電力は市民の生活だけでなく産業も支える。その安定供給を求める立場から、経済界は「脱原発」に慎重とされるが、その中からも、原発に依存しない社会へのシフトを唱える声が上がり始めている。経済界と原発--その関係はどう変わっていくのか。【宮田哲】
来客用の長椅子の脇で、2台の扇風機が首を振る。
「暑いのは困るけど、これなら大丈夫ですね」と男性客(41)。東京都品川区の城南信用金庫営業部本店。カウンターには、赤い福袋とともに中身の麦茶やうちわなどが並ぶ。電気使用量が昨年同月より3割以上減ったのを示す電力会社のお知らせを持参した客がもらえる。天井の蛍光灯は半分以上が抜かれている。
「脱原発」を掲げ、社内の月間電力使用量の目標を「3年以内に3割削減」と設定。5月は前年同月比28・6%減を達成した。節電を応援する金融商品も売り出した。ソーラーパネルやLED照明などを設置した人で、購入費10万円以上=1年もの定期預金の金利優遇(1%)▽同50万円以上=購入資金ローンの当初1年間は無利息--というもの。6月27日現在の実績は預金16件、ローン21件。
都内と神奈川県で85店を展開し、信金としては預金量全国2位。その城南信金が脱原発にかじを切ったのはなぜなのか。吉原毅理事長(56)によると、きっかけは福島県の信金から「内定を取り消した学生を採用してもらえないか」と依頼されたことだった。
「その信金は、原発事故の影響で半数近くの店舗が閉鎖に追い込まれ、顧客の多くも町を離れた。東京が放射能災害に見舞われれば、私たちも同じ状況に陥り、地域全体が失われる危険性がある。そう痛切に感じ、原発に頼らない生き方はできないものかと考えたのです」
削減目標の「3割」は、総発電量に占める原子力の割合に等しい。「その分を減らすから、原発は止めてほしい」というメッセージだ。
「皆の幸せに役に立つようにお金を管理するのが、本来の金融機関の仕事。好意的な反響をいただいています」
そう語る吉原理事長は、今月1日、静岡地裁に提訴された中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の廃止などを求める訴訟の原告団にも加わっている。依頼されてのことだが「東京、神奈川は営業地域。その地域を守る裁判なら助けたい」と意気込む。
「原発の発電コストは、使用済み核燃料の処理費用などを含めれば決して安くないし、福島のような事故リスクもある。国の保護がない民間ベースなら融資する銀行は一つもないでしょう。メーンバンクは会社に強い影響力を持つ。電力会社のメーンバンクも、日本のあり方を考えた行動をしてもらえれば」
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福島第1原発の事故後も、財界重鎮の発言には「原発継続やむなし」との声が多い。
「事故の再発防止に向けた対策を着実に講じたうえで、原子力の活用を考えることが重要」(経団連の米倉弘昌会長=住友化学会長)
「日本は(国民投票で脱原発を決めた)イタリアのように隣国から電力を購入できない。国の政策として、取るべき選択肢は限られている」(経済同友会の長谷川閑史代表幹事=武田薬品工業社長)
背景には、電力供給の不安定化や電気料金の値上げ懸念などが指摘されている。
その一方で、「脱原発」に言及する経済人は吉原理事長一人にとどまらない。
その先頭を突っ走るソフトバンクの孫正義社長は神奈川や北海道など35道府県とともに「自然エネルギー協議会」を設立予定。大規模太陽光発電所「メガソーラー」や風力発電の普及に乗り出している。
また、意外な大物経済人も「脱原発」に共感する。
その経済人とは、元三井住友銀行頭取で日本郵政社長も務めた西川善文氏。「脱原発は可能か」と題した日本経済新聞電子版掲載のブログ(5月26日付)で「一定の時間軸をおいて、国を挙げて様々な対策に取り組めば、脱原発は十分可能」と述べている。さらに「国民生活の安心、安全が第一義であるから(中略)我が国のエネルギー政策の舵(かじ)を大きく切っていくしかない」と指摘し、実現には節電や代替エネルギーの開発とともに「金融機関の協力とリーダーシップ」が必要と説く。城南信金の「脱原発宣言」を「見習うべき点がある」と称賛し、国が脱原発に取り組むなら「こうした動きが大銀行をはじめ全金融機関に波及することを期待する」とまで踏み込んでいるのだ。
「最後のバンカー」と呼ばれた西川氏の「気骨」を感じさせる物言いではないか。
菅直人首相が中部電力に浜岡原発の運転停止を求めた際は、スズキの鈴木修会長兼社長が「国の最高決定権者として正しかったのではないか。自分がもしそういう立場だったら同じようなことをしたと思う」と話し、大橋忠晴・神戸商工会議所会頭(川崎重工業会長)も「専門の学者が福島と同様の危険性を指摘している。国民の生命を守る観点から(停止は)当然」と支持を表明した。いずれの趣旨も脱原発とは異なるが、柔軟な発言として注目された。
震災前から、浜岡原発即時停止を求める署名運動の賛同者に加わっているのは、日本航空の再建を担う稲盛和夫・京セラ名誉会長だ。
顧みれば03年には、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を巡り、国の設置許可を無効とする高裁支部判決が出た際、当時の奥田碩・経団連会長が「日本のエネルギー政策全体を考えたとき、原子力が要るのか要らないのか、考えてみる必要がある」と発言。その後、「当面はやるべきだ」と“真意”を説明したこともある。その微妙な空気が変わったとすれば、震災と福島第1原発事故が経済界に与えたインパクトは大きかったと言うべきだろう。
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経済評論家の内橋克人さんは、原発と経済界の関係について、こう語る。
「原発は1基数千億円で、メーカーの下に多くの関連産業がぶら下がっている。しかも、原発推進は国策なので景気や個人消費の動向に左右されない。経済界にとっては、確実に利益が見込め貴重な市場だった。しかし、放射線被ばくが招くのは数十年後の死であり、日本はリスクを前提に生きる社会に突入したのです。そうした消費者の不安がある以上、原発も安定市場ではあり得ない。経済界も実は、新エネルギーにシフトしなければならないことに気づいているはずです」
原発依存を続けるべきか否か。企業戦略と消費者の声とのはざまで、経営者が判断を迫られる局面もありそうだ。
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毎日新聞 2011年7月6日 東京夕刊