就任後たった9日目で、松本龍復興兼防災担当相が辞任した。震災復興に関する岩手・宮城両県知事との会談で「知恵を出さないやつは助けない」と述べたことなどがきっかけとなった。彼は就任以来、記者会見中にサングラスをかけたり、「自民党も民主党も公明党も嫌いだ」と述べたりしたことでも注目を集めていた。一連の行動を見ていると、復興相就任があまりに不本意だったがために、自ら不祥事を起こし退任につながる雰囲気を作り出そうと意図したのではないかと勘繰りたくなるほどだ。
ただ、こういった行動が衆目を集めたのは、彼の言葉づかいの悪さや、いわゆる「上から目線」の態度の大きさ、東日本大震災の被災者に対する思いやりのなさなど、言ってみれば見かけや行儀作法に関する部分だ。筆者の個人的な見方としては、実はこうしたことは取るに足らないと感じている。取るに足らないというのが言い過ぎだとすれば、これぐらいなら目くじら立てて騒ぐ必要はないという感想だ。もちろん人柄がいいに越したことはない。だが、企業の経営者であれ、政治家や官僚であれ、顔も会わせたくないほど性格が悪い人間はいくらでもいる。そんな人々を「態度が悪いから」とクビにするだろうか。要するに仕事の成果を出していればいいわけだ。復興相の人柄がいくら下品に見えようが、復興に向けて貢献さえすればいいというのが私の考えだ。もちろん、政治家の中には人柄も仕事ぶりもそろってすばらしい人がいることもわかっている。だが、あえて今回の世間の極端な反応ぶりに異を唱えたい。
とは言え、今回松本氏を取り上げたのは彼を擁護するためでなく、やはり批判するためである。私が気になったのは、前述した態度や言葉ではなく、宮城県知事とのやりとりを取材していたマスコミ陣に対しての彼の発言だ。知事が先に部屋にいなかったことに腹を立てた後、「今の言葉はオフレコだ。書いたらその社は終わりだ」と言い放ったのだという。
筆者自身も元記者なので、オフレコ取材というものが存在することは知っているし、経験もした。オフレコ取材は通常、取材する側とされる側の相互信頼があった上で、約束によって取り決められる。つまり双方が合意した場合でなければ成立しない。また、ある言葉の発言者を守るよりも、その言葉を報道することのほうが社会的使命が重いと記者が判断すれば、そこでオフレコの取り決めは破っても仕方ないものだとも考えている。つまり、国民の知る権利というのは、それほど重いものなのだ。
さて、今回のケースだが、公開の場で会っていた大臣と知事を取材していたわけだから、そもそもオフレコの合意は存在していない。にもかかわらず、自分にとって都合の悪い場面になったからいきなりオフレコを命じるというのは、勘違いも甚だしいと言わざるを得ない。
ただし、このような出来事は最近よく耳にする。つい最近も、資源エネルギー庁長官が官房長官を批判した「オフレコ発言」を東京新聞・中日新聞の論説副主幹である長谷川幸洋氏がコラムに書いたことで、東京新聞の経済産業省の記者クラブ詰め記者に対して、事務次官などの幹部との懇談への「出入り禁止処分」が行われた。「オフレコ」という魔法の呪文を口にすればマスコミがおとなしく従うと思う人が多いのか、この言葉をやたらと連発する人たちが増えている。
こういった勘違いはもちろん困る。ただ、こうした勘違いを許してしまっているのは、メディア側にも問題がある。つまりメディアの甘い態度がきっかけとなって「ちょっと脅せば、どうせ唯々諾々と従うだろう」とナメられてしまっているのだ。信頼関係を築くことと、癒着関係に陥ることは、距離の近さは似ていても、全く違う現象である。
今回の松本氏の「オフレコ発言」が発せられた時、当初は地元のテレビ局だけが報じ、それがじわじわと広がったようだ。つまり、他のメディアはこの一方的なオフレコ宣言に従ってしまったということらしい。こんな態度が、発言者の勘違いを育んできたことにそろそろ気づかなければならない。ただし、当の地元テレビ局の「勇気ある」行為を英雄視する声があると聞くが、本来これが当たり前なのであって、あまり特別扱いすることには違和感を持ってしまう。
世間では、とにかく松本氏の態度の悪さの方にばかり大きな注目が集まってしまった。だが、今回の騒動で本当に大切なのはそこではないということに、より多くの人たちに注目して欲しい。濫発されるオフレコ宣言に、なんの検証もなく言いなりになるマスコミばかりでは、多くの人々が、知るべき重要事項を知ることができなくなってしまうからである。
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金井啓子(かない・けいこ)
Regis College(米国)と東京女子大学を卒業。ロイター通信(現トムソンロイター)に18年間勤務し、ロンドン、東京、大阪で記者、翻訳者、エディターと して英語・日本語記事を配信。2008年より近畿大学文芸学部准教授。英語やジャーナリズム関連の授業を担当。「ロイター発 世界は今日もヘンだった」 (扶桑社)を特別監修。日本テレビ「世界一受けたい授業」、関西テレビ「スーパーニュースアンカー」への出演、新聞でのコラム執筆の経験を持つ。