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特集ワイド:歴代首相の引き際採点 「己の限界知る」大切さ 踏ん張る菅首相と比較

 「引き際」が問われている。もちろん、菅直人首相のことだ。任命したばかりの松本龍復興担当相が失言で辞任に追い込まれるなど、被災地や原発事故への対応は心もとない。戦後66年で、この国のかじ取りを担ったトップは32人。有識者に歴代首相の身の処し方を採点してもらい、そのあり方を考察した。【中澤雄大】

 「菅さん? 他の首相と比較するのは無理だね。市民運動の論理で動いている。自党に見放されても『自らを省みて直くんば千万人といえども我行かん』の心境だろう。たった一人の反乱。採点? マイナス100点だな」

 ジャーナリストの田原総一朗氏は孟子の言葉を引用してばっさり切り捨てた。「戦後最大の宰相 田中角栄」など多くの政治関連著作があり、自らのテレビ報道番組で宮沢喜一ら3人の首相退陣のきっかけをつくった。菅首相の狙いについても「8月6、9日の広島・長崎原爆忌で『核廃絶』と『脱原発』を訴え、世論の反応が良ければ衆院の解散・総選挙ということも頭にあるだろう」と見通したうえで、「独りよがりとしか形容できない」と批判した。

 サンデー毎日に「昭和史の大河を往(ゆ)く」を連載中のノンフィクション作家、保阪正康氏は菅首相に「期待していたが、がっかりさせられた」クチだ。「3・11以降、従来以上に政治家は言葉や行動への責任が求められている」という保阪氏。内閣不信任案可決を避けるために「退陣」に言及しながら、知らぬふうを装う首相に「自分の言葉に責任を持たなければ、国民は何を信じればいいのか。偽りの言葉で国民を戦争に駆り立てた東条英機元首相らを想起する--そう批判したくなるほど、哀れな気持ちになってしまいますね」。

 異なる見方もある。

 「原発事故以来、菅さんに致命的な間違いはない。むしろ問題が起きた原因は、自民党時代の原発行政にある」と見るのは北岡伸一・東大法学部教授(日本政治史)だ。「僕は『引き際』で評価することには反対の立場。問題は何をやったかであって、引き際の善しあしは関係ない」と断ったうえで、こう続けた。「これだけ嫌われながら、内閣支持率がなかなか(危険水域と言われる)10%台に落ちなかったのは、国民もそう感じている表れでしょ。首相は倒れるまでやるのが筋。でないと本当にレームダック(死に体)になってしまう」

 まさに「倒れるまで」やりそうな菅首相だが、実は北岡教授の点数は辛い。「国民が首相に期待するのは、自分が正しいと思う路線を必死に実現しようとすること。しかし菅さんは、言ってきたことを本気でやろうとしているようには見えない」と話す。

 それまでの政策的実績に裏打ちされた決断力や判断力の総決算が「引き際」であるとすれば、歴代の首相で特筆すべきは誰か。政治生命をかけて歴史に残る一仕事に取り組んだかどうか--を採点基準とし、田原、保阪、北岡の3氏に挙げてもらった。結論から言えば、3氏のうち2氏が名を挙げたのは、吉田茂(在任期間2616日)▽岸信介(同1241日)▽竹下登(同576日)の3首相だった。

 ◇国益思う信念--吉田茂

 「ワンマン宰相」吉田は1951(昭和26)年にサンフランシスコ講和条約と日米安保条約を調印し、独立を果たしたが、占領期からの長期政権で、国民に飽きられていた。54年の造船疑獄で、当時の佐藤栄作・自由党幹事長(後に首相)の逮捕を見合わせるために犬養健法相に指揮権を発動させ、世論の批判を浴びて内閣総辞職に追い込まれた。

 田原氏が言う。「指揮権発動がなければ、佐藤や池田勇人・自由党政調会長(後に首相)が逮捕されていた。結果的に高度経済成長を果たした池田、沖縄を取り戻した佐藤の両首相を救い、後世につなげたことは評価できる」

 北岡氏は「当時は政権に恋々としていると散々言われたが、吉田には、自分が辞めれば(軽武装・高度経済成長の礎になる)対米基軸路線がひっくり返される……との危惧があった」と解説する。引き際は鮮やかではなかったが、その裏には国益を思う信念があったということか。

 「吉田は当初、総辞職を拒んだが、腹心の池田が涙ながらに『乗り切れない』と説き伏せた。本当に支え、進退を進言できる側近がいた。菅さんに、そんな人はいないのでは」と語るのは保阪さんだ。

 ◇安保改定に命--岸信介

 「不平等条約」と言われた日米安保の改定に執念を燃やした岸は、反対デモの盛り上がりで、警職法改正を目指すなど強権的手法も用いた。アイゼンハワー米大統領訪日延期に追い込まれ総辞職を決意したが、60年6月の新条約発効まで「命がけ」で取り組んだ。「敗戦後の日本の柱となった安保改定など、保守としてやるべきことをやった」(田原氏)「総理の首は重いから、最後に差し出した格好。安保改定に懸けていたわけですね」(北岡氏)。

 ◇消費税を決着--竹下登

 同様のスタイルで幕引きしたのが竹下だ。前中曽根政権が失敗した売上税導入問題に「消費税」で決着をつけたものの、リクルート事件が政官界を直撃。自ら身を引くことでリ事件の「けじめ」とともに、予算案の衆院成立を目指した。「旧田中派・経世会系の政治家は日本をどう動かすか、自分なりの考えを持ち、ビシッとやろうとした。その意味では、沖縄サミット実現に奔走した小渕恵三さんも、そうでしょうね」と北岡氏。

 袋小路に陥っている菅首相からは、日本をどうするかの明確なビジョンはおろか、政権運営の突破口さえ見えてこない。確かなのは、刀折れ矢尽きても自発的な退陣、伸子夫人の言葉を借りれば「切腹」はしないということだろう。

 一つ、「引き際」の研究で見えたことがある。退陣当初こそ評判は悪くても後に「宰相」と尊称される首相に共通するのは、己の限界をわきまえ、歴史に美名を残すことにこだわるような稚拙な権力の乱用をしないことだった。ひいては、それが国民のためになると信じて--。

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 ◆歴代首相の引き際採点

 ◇田原総一朗氏

中曽根康弘 90点(自民党総裁任期満了)

岸信介   80点(日米安保改定)

田中角栄  80点(金脈問題)

吉田茂   70点(造船疑獄事件)

竹下登   70点(消費税、リクルート事件)

菅直人   マイナス100点

 ◇北岡伸一氏

岸信介   80点

竹下登   75点

小渕恵三  70点(在職死亡)

菅直人   職務継続中で採点不可能

 ◇保阪正康氏

吉田茂   80点

池田勇人  80点(病気療養)

大平正芳  80点(衆参ダブル選中に死去)

細川護熙  80点(国民福祉税構想)

菅直人   不可

 (カッコ内は主な辞任理由)

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毎日新聞 2011年7月5日 東京夕刊

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