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松本龍の暴言事件 - 問題を深刻視しないマスコミとネット
松本龍の暴言について、マスコミと野党がそれを叩かない。そして、ネットの中でも怒りが沸騰しない。この異常に驚かされ、絶句させられる。意外きわまることに、夜のニュース番組はどこもトップで報道せず、NHKは3番目、報ステは2番目の小さな扱いで済ませ、異常を異常として伝える批判を発しなかった。素通りだ。昨夜(7/4)の間に公邸に政権の幹部が集まり、更迭が決まるとばかり思っていたが、あまりの政界とマスコミの静けさに蒼然とさせられ脱力させられる。憤慨しているのは私一人だけ。石原慎太郎や橋下徹の会見が出て、国民の怒り心頭を代弁する場面があるかと思ったが、そのような映像すらなかった。志位和夫や福島瑞穂の反応も全く放送がなかった。こういうとき、政治を語る者は、問題の重大さを国民に説かなくてはいけないし、そして、絶対に許してはいけないことだということを、感情を露わにして伝えなくてはいけない。言葉が要るし、激情が要る。言葉も熱もない。朝日新聞の社説は、それを「放言」と呼んでいる。放言の範疇ではない。そんな軽いものじゃない。暴言以上のものだ。この事件について言うときは、前代未聞とか言語道断とか怒髪天を衝くの言葉を繰り返し使うか、もっと別の激越な言語を持って来る想像力が要る。今まで見たこともない政治の現実だからだ。考えられない社会の事実だからだ。常識を通り越したところですら、受け止める神経を持てない衝撃的な悪行だからだ。
被災地の人々からすれば、大臣更迭などで容認できる問題ではなく、議員辞職に該当する問題だし、正常なこの国の国会なら、超党派で議員辞職勧告決議案が採決されて当然だと言える。憤りながら、この政治の裏にある二つのことを述べよう。第一は官僚の影である。この点をネットの中で指摘する者がいない。ネットの中では、勘違いをしている者がいて、村井嘉浩の漁港集約と民間資本導入の新自由主義政策を批判する動機で、その裏返しとして松本龍の態度と暴言を正当化する理屈を立てている。的外れも甚だしい。村井嘉浩の水産業解体のネオリベ政策は、村井嘉浩以上に菅政権のものであり、政府が推進しようとしているものだ。表看板に知事の村井嘉浩を立てているだけである。今回の行動は、松本龍とは防災相のときから旧知の仲だった村井嘉浩には意外で、意表を衝かれたものだっただろう。要するに、あれは松本龍の思惑を持った演技だ。撮影された映像が放送されることも計算している。オフレコで収まるなど思ってはいない。その思惑には政局的なものがあるが、それに加えて官僚の政策的意向がある。結論を言えば、官僚は復興対策相に何もさせる気はないのであり、復興対策の予算と法案を先送りしたまま、つまり「復興対策相」を冬眠させたいのだ。補正予算を組みたくないのである。
こうした事件を起こせば、騒ぎの影響が尾を引き、県・自治体と各省庁との間の政策的な詰めはできず、復興庁の具体行政や補正予算は宙に浮いたままになる。早速、本日(7/5)、松本龍が辞任して、新復興相が就任という事態になり、スタッフを集め直すか、擦り合わせをやり直さなくてはならなくなった。時間が無駄にされた。官僚はそれが狙いなのであり、要するに、復興行政の本格的な中身を形作らせず、混乱させ、政治主導にさせず、政治家(政権)が被災地の要求をなるべく汲み上げないようにしたいのである。指導力のある大臣を中心に迅速に救済を進めるという図を消したいのだ。カネを使いたくないのであり、労力を使いたくないのだ。漁港は再建させず、病院も学校も再建させず、鉄道も道路も復旧させず、時間を潰させて、その間に三陸の小さな集落を潰し、三陸から人口を東京に移動させようと目論んでいるのである。早く非正規労働者になって出て来いと促しているのだ。予算を組むには税金を使う。税金は官僚のカネであり、使い道が決まっている。天下り法人を維持し、それを増殖させることにカネは使われなくてはならず、被災者を助けるためのカネなど一文もないのだ。消費税増税でない限り。官僚の意思はそこにある。だから、復興相にトラブルを起こさせ、このポストを有名無実にするよう策動している。松本龍はそれに乗ったのだ。私の見方では、復興対策には仙石由人と亀井静香の政争が背景にある。
すなわち第二の問題は、仙谷由人と亀井静香の政争で、官僚の論理は仙谷由人の政策である。亀井静香の方は、どうやら仙谷由人とは逆の方向で、赤字国債を発行して、大量の復興資金を被災地に入れようとする政策だろう。そして、そこには参院の自民党議員の一本釣りが絡んでいて、復興利権のカネを回してやろうとする算段が見え隠れする。膨大な復興公共投資は担当した政治家の蓄財になる。復興相の下に政務官として就けば、億単位のカネが転び込む、などという話を亀井静香は囁いているのかもしれない。復興相が松本龍に落ち着いた人事は今もってミステリーで、そこで何が起きたのかをよく解説しているマスコミの政治記事を見たことがない。復興相は、一見して、仙谷由人と亀井静香が綱引きして争っていたポストだ。亀井静香は上のような戦略と政策で動き、菅直人に自分を復興相にするよう求めたと思われる。松本龍は、菅直人による復興相就任の打診を二度も拒否したという経緯があり、これは、松本龍がこの政争を見ながら、仙谷由人の指示に従ったと解してよいだろう。仙谷由人は、早く菅直人を辞任させたいのであり、亀井静香的な方向に復興行政が傾くのを阻止したいのだ。第二の政争の観点から見ると、菅直人が辞任するのでなければ、仙谷由人を復興相にするか、亀井静香を復興相にするしか、その二者択一しかない。いずれにしても、延命遊泳術の一策としての松本龍の復興相は大失敗だった。
こんな具合に論点を二つ並べれば、それなりに政治記事の体裁は整う感じもする。しかし、問題はそういうことではないのだ。 国民が愚弄され、被災者が傷つけられたことだ。その責任問題について、官房長官が報道のコメントを逃げたばかりでなく、野党も生半可な態度で見過ごし、マスコミが正常な批判報道を展開しなかったことだ。問題を深刻だと捉えてる者が(可視的に)いないことだ。この問題について、マスコミだけでなく、ネットの世論も憤然としていない。轟然と怒りが燃え広がるという様相になっていない。私はそのことに当惑と衝撃を覚える。愚弄されたという意識がない。感情を害することなく報道に接し、わけの分からない評論をしたり、松本龍を弁護する発言を上げている。つまり、こういう政治が日常的にあっても気にしないとか、仕方がないと思っている者が多いのであり、不条理に慣れきってしまっているのだ。同じ状況が再現されても、苦痛に思うことがないのだ。私は恐ろしいことだと思う。松本龍がいる。この男は狂気の中で計算し、不気味な思惑で行動している。その周囲に政治家たちがいる。本当は、この問題は参院の問責決議で始末しなくてはいけなかった。一日で本会議を召集し、野党の多数で決議案を可決すればよかった。政治家たちの中にも、国民や被災者の立場の者はいない。ただ政局の変動を睨みながら行動している。異常を異常として強く認識していない。このことが真にどういう意味を持ち、どういう影響を及ぼすかを考えていない。
そして、その周囲にマスコミやその関係者がいる。彼らは、問題の本質を報道せず、事件を小さく小さく報道し、問題が何かを説明していない。表現していない。山口二郎を始めとする政治学者もそうだ。分かっていない。そして、その外側に、テレビを見て、Twitterなどに興じている者たちがいる。彼らは、マスコミ報道を聞くまま、この政治に悶えたり抗ったりすることをしない。異常を異常だと覚知できず、愚弄を愚弄だと認識できず、この政治の進行の先にある破局が見えていない。私たちは正気にならなくてはいけないのだ。私は、今回の事件の意味は、福島の事故で撒き散らされた放射能によって、身体が被曝し、遺伝子が傷つけられたということと、ほとんど違いはないように思う。われわれの被害の大きさについて、想像力を及ぼす必要がある。それは、一人一人が心を傷つけられて、ストレスを蓄積し、ダメージを受けたということもある。しかし、そういう一過性の個別の精神的な傷ではなく、社会的な全体の精神において、そこに癌細胞が生みつけられたというか、そんなダメージなのではないか。少なくとも私は、今度のことに激怒できない者たちに不信感を持つし、松本龍の政治生命の抹殺に動かないマスコミに嫌悪感を持つ。メルトダウンはないとか、格納容器は健全だと言い、事の重大さを国民に隠していたマスコミと同じだ。原発事故については、広瀬隆や小出裕章が出てきて、われわれを正気へ導いたが、政治については、このまま狂気と異常と隠蔽がまかり通って行くのだろうか。
松本龍がそのまま議員を続けるなど、それが許されるなど、私には到底考えられないことだが。
by
thessalonike5
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2011-07-05 23:30
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