東奔政走

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崩壊止まらない福島原発 現実から遊離する「菅降ろし」政局

 ◇山田孝男(やまだ・たかお=毎日新聞政治部専門編集委員)

 「菅降ろし」政局の混迷が続いている。被災地のみならず、内外世論から総スカンを食ってもやまない。なぜか。福島で起きていることを正しく理解していないからだと筆者は思う。与野党を問わず、「原発事故は、曲がりなりにも収束へ向かう」と思っているから、国民の不安と懸け離れた政争を繰り広げて恥じるところがない。

 福島原発事故は収束に向かっていない。核燃料の冷却作業は、工程表通りには進んでいない。「おおむね順調」「心配ご無用」と繰り返す東京電力の説明は、あたかも第2次大戦中の「大本営発表」のようだと誰もが感じている。

 ◇安全より利益を優先する東電は政府に泣きついた

 本当のところ、福島で何が起きているのか。いま引っ張りだこの小出裕章京大原子炉実験所助教(61)はこう言っている。

 「(原子炉内部の)水がほとんどなくなっていたという東電の発表が正しいとすれば、ドロドロに溶けたウラン燃料が、圧力鍋のような容器の底を次々に破ってコンクリートの土台にめり込み、さらに地下へ沈みつつあると思います」

 小出は東北大と同大学院で原子核工学を修めた。原子力の専門家だが、在学中に女川原発(宮城県)の反対運動に触れ、反原発に転じた。名利を求めず、40年来、原発に警鐘を鳴らしつづけた不屈の研究者として脚光を浴びている。

 東電は「核燃料はまだ原子炉内にあり、冷却は可能」というタテマエを崩していない。だが、実態が小出の指摘の通りであるとすれば、メルトダウン(炉心溶融)は抜き差しならぬ段階にある。

 チェルノブイリ原発を「石棺」に封じ込めたように、福島原発もなんらかの形で封印し、放射性物質の空中飛散・水中流出を食い止めなければならない。にもかかわらず、東電は「水をかければ大丈夫」の一点張りで、政府も追随し、さらに深刻な事態へ突き進んでいるというのが小出の主張である。

 小出の見立てが誤りで東電の公式発表が正しければ安心だが、そういう感じがしない。

 6月16日、テレビ朝日の情報番組に出演した小出は、放射性物質拡散の差し迫った危機として、福島原発直下の地下水の汚染を挙げた。「地面を深く掘って壁をつくり、地下水の海洋流出を食い止めなければならない」と訴えた。

 たまたまこの番組を見た筆者はさっそく取材を試みた。その結果、政府と東電の説明はますます疑わしいという心証を強くした。政府も東電も、小出の言う土中の「壁」をつくる必要は認めていた。それなのに経済的な理由から着工を遅らせ、計画の公表さえ控えているという確証を得たのである。

 原発の周りに地下30メートルの壁をめぐらせれば、費用は1000億円レベルになる。政府は東電に計画の発表を促したが、東電は拒んだ。既に新聞のコラムに書いたことだが、東電が政府に泣きを入れた文書の写しを筆者は入手した。

 要約すれば「市場から債務超過と評価されたくない。詳細の公表はご勘弁を」である。記者会見の想定質問と、万事「知らぬ存ぜぬ」で押し通す応答要領がついている。安全より株価重視という事故対策の実情を裏づける文書だ。

 6月27日、間もなく退陣するはずの首相が閣僚を入れ替え、新設の原発事故担当相に細野豪志を指名した。事態は改善するだろうか。難しいのではないか。根本の問題が放置されたままだからだ。

 筆者と憂いを同じくする政府関係者の1人は小出が警告し、政府もその気になった「壁」の建設が進まぬ理由を4つ挙げる。

 第1、東電と政府の責任分担、線引きのあいまいさ。

 第2、表向きは「企業の社会的責任重視」だが、実は利益優先という東電のモラル欠如。

 第3、被災現場・国民と乖離した政界全体の雰囲気。

 第4、政権の司令塔不在。

 菅直人が首相に居座ろうと、現在思いつく限りの新首相に交代しようと、それだけでは、これらの課題は解決しない。衆院解散・総選挙に持ち込んでも変わらない。にもかかわらず、解決しなければ日本も世界も立ち行かない。そういうジレンマに我々は直面している。

 ◇今こそ「昭和の教訓」をかみしめるべき時

 福島原発事故の国際評価尺度はチェルノブイリと並ぶ最悪のレベル7だが、実態はチェルノブイリが上だと見なされている。

 福島は原子炉内の核分裂停止後の事故と考えられるが、チェルノブイリは核分裂中の爆発で、急性放射線障害の死者が多数出た。チェルノブイリでは事故自体が秘匿され、対応が遅れた。それは旧ソ連の劣悪な設備と、冷戦末期のソ連社会の規律崩壊から生まれたロシア固有の悲劇であったと解釈され、今もこの見方が支配的である。

 だがそれは、問題の一側面に過ぎないのではないか。原発リスクの暴発という点では福島もチェルノブイリも変わらない。しかも崩壊した福島第1原発1~4号機の総出力は281万キロワット。チェルノブイリの3倍近く、制御困難に陥った核燃料も福島の方が多い。

 チェルノブイリは曲がりなりにも石棺に封じ込められたが、福島では放射性物質の流出が続いている。時間の経過とともに、放射能による史上最悪の海洋汚染、大気汚染に発展する危険が全然封じられていない。この対策に集中せず、これと無関係に日本経済の発展を夢想するなどは論外の妄想だろう。

 日露戦争(1904~05年)に勝ってロシアを侮った日本は、ノモンハン事件(39年、旧満州国とモンゴルの国境紛争)で旧ソ連軍の機甲部隊に惨敗した。

 チェルノブイリ原発事故(86年)を「ソ連の失敗」と見下していた日本が、福島原発事故(2011年)で「経済技術大国」の天狗の鼻をへし折られた。2つの逸話はよく似ていると思う。

 昭和初期の日本はノモンハン事件に学ばなかった。失敗の本質を直視せず、理解せず、責任者の処罰もなかった。政治家は無力で、首相がコロコロ代わった。旧態依然の軍隊で世界大戦に突っ込み、文字通り亡国の敗戦を迎えた。昭和の教訓をかみしめるべき時だ。(敬称略)

2011年7月4日

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