余録

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余録:復興担当相の「放言」

 中国の思想家・荀子というと性悪説が思い浮かぶ。だが自然現象に独自の因果関係を認め、また西欧の社会契約説を先取りしたような近代的な思想の持ち主だったことが最近ではよく指摘される▲その「荀子」に「人と与(とも)に言を善くするは布帛(ふはく)よりも暖かに、人を傷つけるの言は矛戟(ぼうげき)よりも深し」がある。人に善い言葉を用いれば着物のように心を暖めるが、人を傷つける言葉は矛で突くより深く心を痛ませる。人は自分の言葉が他人を傷つけるのに鈍感である▲おごりたかぶるのは人の災いであり、慎み深いのは多くの武器にまさる強さをもつ--荀子は先の言葉の直前でそう説いていた。もっとも人がその口から出た言葉の本当の恐ろしさに気づくのは、言葉の矛先が我が身にはね返ってきてからだというのが世の常である▲「知恵を出さぬやつは助けない」「コンセンサス得ろよ」「我々は何もしないぞ」「ちゃんとやれ」……松本龍復興担当相の、岩手・宮城県知事との会談で被災自治体を見下したような物言いが物議をかもした。会談に遅れた知事には握手も拒んで頭ごなしの叱責だ▲察するに担当相は本音での話し合いを演出したかったのに違いない。だが東京から来た閣僚が、被災地で奮闘する首長に出迎えなかったと憤激する図を国民はどう見たか。おごりとも見える調子外れの言動で、復興に必要な現地との相互信頼が築けるのかと危ぶもう▲野党も担当相追及の構えを見せ、またも復興を遅らせかねない混乱の火種を抱えた政界だ。慎みを欠いた政治家の言葉に傷つき、復興の足まで引っ張られる被災者の心中、こちらは察するに余りある。

毎日新聞 2011年7月5日 0時03分

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