チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/10/08 23:19
前書き

タイトル通りヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョの多重クロスです。
クロスさせるにあたって原作の設定を変更、あるいは捏造しておます。※さらに一部のキャラは原作と違う最期を遂げる場合があります。
苦手な方はご注意下さい。

なるべくキャラは原作どおりにするつもりですが、力不足により不可能な場合があります。ご了承下さい。

それでは、よろしければどうぞ。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第一話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/10/08 23:24
 
 世の中には金など目じゃない悪党もいる。
 脅しも理屈も通じず交渉も成り立たない。
 世界が燃えるのを見て、喜ぶ連中です。
          ――「ダークナイト」 
 

 ロンドンは燃えていた。
 狂気の業火によって。
 底知れない優雅さをたたえていたセント・ポール大聖堂のドームは瓦礫と化し、市民に親しまれていたビッグ・ベンは崩れ去り
ロンドン橋はマザーグースの唄のように落ちた。
 たった一夜の悪夢によって表参道、裏通りを問わず屍の山が積み重なり、テムズ川は血河と化していた。

「いつの日かこれに追いつく!」
 ペンより重いものを持った事がない、と言わんばかりの細腕を振り回し、地獄の片隅で男が叫んだ。
 神経質そうに切りそろえられた髪に、ゴチャゴチャと度の違うレンズをくっつけた眼鏡。そして長年着古したくたびれた白衣。
 到底声を張り上げるような風采ではなかったが彼は激高していた。
 半世紀をかけた己の研究を否定された為に。
「いつかアーカードを越えてみせる!」
 彼の名前、というか愛称はそのままズバリ博士(ドク)といった。
 ナチスが擁する多くの天才科学者たちの中でもズバ抜けていた彼に敬意と親しみを込めて、部下も上司も同輩も皆、彼の事をドクと呼んだ。
 本名がなんというかはもはや関係なかった。物知りドク、天才のドク。そう言えば彼の事を指していた。
 彼自身もそれでよかった。
 さて、その天才の研究は人間を吸血鬼と変化する研究である。
 確認される中で最強の吸血鬼であるアーカードに血を吸われた哀れなミナ・ハーカーの死体と、不思議なオーパーツである石仮面を教材に研究は進められ
半世紀をかけて最後の大隊が完成した。
 どんな化け物にも負けない、吸血鬼を超えた吸血鬼の軍隊のはずだった。
 その力をもって彼らはイギリスを蹂躙した。だが結局のところアーカードに追いついてはいなかった。
 彼は敗北したのだ。

「馬鹿言っちゃいけない。お前も僕も皆死ぬ。欠陥品は全部死ぬ」
 体中から血を流し、まさに満身創痍といったていの少年が、淡々とそれを否定した。
 少年の名はウォルター・C・ドルネーズ。通称死神ウォルター。英国国教騎士団ヘルシングの元ゴミ処理係。
 老いを理由に一線を退いてからはヘルシング家の執事として、より一層の忠義を示した。
 名実共にヘルシング家当主の懐刀のはずであった。
 だが混乱の最中に彼はナチスの側に着いた。
 一人の男として最強の存在に挑みたい。その一念が彼に忠誠を誓った主を裏切らせたのだ。
 彼は吸血鬼として生まれ変わり、地位も名誉も魂さえも捨てて一世一代の大勝負をしかけた。
 しかし結果は惨敗。
 想像以上にアーカードは強大だった。
 つまり彼もまた敗者だった。
 だが、彼はドクと違いこれから死ぬというのに奇妙な満足感を得ていた。
 負けた以上、もはや舞台から降りるだけだ。ならば精々胸を張って降りようと思っていた。

 ドクは激情に駆られてさらに声を張り上げた。
「黙ァれぇえ!!」
 少年はそれをみてニヤリと口元を綻ばせると、高名なピアニストさらがらの精密さで傷だらけの腕を動かす。
 その腕の先、指の間からは極細の鋼線が伸びており、少年が僅かに腕を振るっただけで鋼線は獰猛な蛇のようにドクに襲い掛かった。
 ドクはこの鋼線が鉄板や人体を軽々と切り裂く事を知っていた。
 確実に迫りくる死を前に思わずキツく目を瞑る。
「……ッ」
 ヒュパッ。
 閉ざされた視界の中で鋼線が風を切り裂いて唸る音が聞こえた。
 一秒が経過した。
 二秒が経過した。
 三秒が経過した。しかし、やって来るはずの体を両断される痛みが来ない。
「……?」
 ドクは不思議に思い、恐る恐る目を開けた。
 いつの間にか自分とウォルターの間に立ちふさがるように数人の男達がおり、その内の一人が身を盾にして必殺の鋼線を防いでいた。
 盾となった男の腕は鋼線が食いつき、両断しかかっていたが、不思議な事に男からは一滴の血も出ない。
「な、なんだァ手前ェら!?」
 あまりにも唐突な出来事に、死神は焦燥の色を浮かべて吼えた。
 乱入者の中で少年から見て最も後方にいた一人が口を開いた。どうやらリーダーらしい。
「僕達かい? ドクの古い友人さ。こんなところで彼を殺されはしない。死ぬのは君だけだよ」
「あァ?」
「紫外線照射装置、構え」
 乱入者のリーダーがそういって腕を振りかぶると、彼が引き連れてきた男達の両肩からカメラに似た奇妙な機械がせりだした。
「ふざけんな、もう全部、終わったんだよォ!」
 ウォルターはそう叫んでありったけの力を腕に込めた。
 もう半世紀ぶりのバカ騒ぎは終わったのだ。
 救い難いナチスも、妄執に取り付かれた狂信者も、自分の身勝手な野望の為に主を裏切った執事も、揃って舞台から降りるべきだ。
 逃げるだ? 逃がすワケねーだろ。
「らァ!」
 ピンと張り詰めた鋼線がギリギリと擦り合う。
 さらにウォルターが一喝して気合をこめると、ついに均衡は破れた。
 鋼線は乱入者の一人の腕を断ち、さらに多くの者を引き裂かんとして飛び出した。
「照射」
 ほぼ同時に乱入者のリーダーが呟やいた。
 鋼線が乱入者たちの胴に巻きつき、一瞬その肉体をぎゅっと締め付けた。
 しかし、死神の糸が肉塊を作り出すよりも一瞬速く、乱入者たちの光の刃が鋼線を操る死神の腕を穿った。
 紫外線は吸血鬼にとって致命的な弱点の一つだ。
 強烈な光を受けて音もなくウォルターの腕は消し飛ぶ。
「クソ、ふざけなよ、ふざけんなよ、ふざけるんじゃねぇぞ! 手前等ァ!」
 腕がない。ウォルターは顔を歪ませた。
 どうせ遠からず死ぬ身だ。その事自体は問題じゃない。
 問題なのはもう糸を操る事はできない事だ。目の前のクソ野郎共を殺せない事だ。
 ……何をやってるんだ僕は。
 好き勝手暴れて、後始末も付けられないのか。
 ダメだ。だめだめだめ。それだけはダメだ。ここでこいつらは殺す。
 それが勝者への礼というものだ。そしてバカな執事から主への最後の、最低限の、せめてもの償いだ。
 幕の閉じた舞台にゴミを残してはいけない。
 絶対に逃がしてはいけない。絶対にだ。
「逃、が、す、か、よ!」
 両腕の消し飛んだウォルターは、吸血鬼に残された最後の武器である牙をむき出しにして咆哮と共に飛び掛った。
 光は雨のように降り注ぎ、次々とウォルターという存在を削り取っていく。
 腹に風穴が開いた、右目が消えた、
 問題ない。とっくに痛みはない。
 前へ! 前へ!
 両足がついに打ち抜かれた、首から下が消えていく。
 問題ない。
「ぁぁぁぁぁァァアアアアアアア!」
 首だけでウォルターは動いた。不粋な者たちに牙を付きたてようとした。
 しかしそれでも……あと一歩が届かなかった。
「無駄だよ、死神」
 ウォルターが最後の最後に、聞いたのはその抑揚のない声だった。

 嗚呼、申し訳御座いません、お嬢さ――。
 
 光が消えたときには肉も骨さえも残っておらず、ただ灰が僅かに風に舞った。


「ふう、彼が死に掛けで助かったよ、もし万全ならもっと面倒な事になっていただろうね」
 ウォルターを葬った乱入者はそう言って肩をすくめた。
 同時にドクは身構えた。確かにコイツは自分の命を救ったがそれだけで味方であるという保証はない。
「……お前は誰だ?」
「おいおい、僕の声を忘れたのかい? 悲しいね。まぁ久しぶりだからしょうがないかな」
「な、そんな。あなたは……ッ」
 乱入者は振り向くと、ドクに衝撃が走った。
 男は首から上をすっぽりと覆うようにガスマスクを被っていたのだ。これではどんな顔をしているか分からない。
 だが、かつてナチスには常にガスマスクを被るという奇癖を持った男がいた。
 その男もドクと同じく、天才と呼ばれていた。
「クロエネン大佐……」
「やっと思い出してくれたね。さ、時間がない、急いでここから離脱しよう。ヘリを待たせてある」
「一体どこへ?」
「我々の拠点さ。まだまだ我々の夢も君達の夢も終わらない、否、終わらせない。その為に君の力が必要なんだ」
 ドクは呆けたようにオウム返しに繰り返した。
「我々の夢?」
「おいおーい、大丈夫か? さっきのショックが大きかったみたいだな。しっかりしてくれよ、いつも少佐が言っていたろう
 『次の戦争の為に、次の次の戦争の為に』負けっぱなしでいいのかい?」
「い、いえ」
「その意気だ。次は勝つ。アーカードだって超えてみせる。その為に君の力が必要なんだ。協力してくれるかい? ドク」
「是非」

 ドクはクロエネンが差し出した腕を両手で握り締めると、深く頭を下げた。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第二話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/11/10 23:59
 
 しかし、彼が何者であろうとその行いは善であった。
 罪なき者を救い真実に仕えたのだ。
 最後の審判における裁きの基準は何だと思う?
 我らの背負う重荷か……その背負い方か?
      ――「アストロシティ・コンフェッション」



 1999年、秋。
 ロンドンに吸血鬼の一群が侵攻した。
 飛行船に乗って進む彼らの旗印はハーケンクロイツ。
 突如として再来した半世紀前の悪夢。ヒトラーの思い描いた切り札。
 その名は最後の大隊。千人もの吸血鬼の兵。
 彼らの目的は戦争だった。死と生が渦巻き、正気と狂気の境が崩れるあの地獄を求めていた。
 故に彼らは叫ぶ。
 続きを!
 あの戦争、第二次世界大戦の続きを!
 イギリスよ、英国国教騎士団よ、殺させてくれ、殺してくれ。俺達の相手をしてくれ!
 それに対するのは12名の紳士淑女、大英帝国円卓会議の面々。
 一人また一人と命を散らしても決して怯むことなく抗い続ける忠義の士たち。
 彼らが必死の抵抗を続けていた時、アメリカ合衆国もまた混乱の極みにあった。

 吸血鬼を乗せた飛行船がイギリスに到着する直前、ホワイトハウスで武装テロが発生。
 瞬く間に大統領以下官僚13名が死亡し、その他の死亡者百名以上、さらに行方不明者多数。
 彼らの生存の可能性はかぎなく低く、生存の見込みは絶望的である。
 誰が何の目的で、こんな真似を? 議事の最中で起こったこの悲劇にアメリカは凍りついた。
 緊急の対策案がようやく纏まりかけた時、さらに厄介な続報が届いた。
『犯人は人間ではない』
 計画は白紙になり、すぐさまこういった事態の専門家――ローマ・カトリックの抗魔組織、イスカリオテ第13課のアメリカ支部が呼び寄せられ
 事態の収拾に取り掛かった。
 
 イスカリオテの動きは緩慢でまるでわざと悪戯に時間を潰しているようだった。
 一刻を争う事態だってのに、この段取りの悪さは何だ、とヘルボーイはイライラしながらホワイトハウスに目を向ける。
 ようやく人員の配置が完了した後「上の指示がないから動けない」とある神父が言った時、アメリカの誇る超常現象捜査局のトップエージェントの忍耐は限界を迎えた。
「指示がねぇから動けねぇだと? ガキの使いじゃねぇんだぜ!」
 鼻を鳴らしながら吼えた男は明らかに尋常ではなかった。
 血のような深い真紅に染まった肌、くたびれたコートの間からは小さな尻尾がちょこんと顔を覗かせ、さらに一際目立つハンマーのように肥大化した右腕。
 身の丈は2メートルを楽に越え、体重もどんなに軽く見積もっても200キロは下らないだろう。
 悪魔の様な、というよりも悪魔そのものの大男であった。
彼こそヘルボーイ。超常現象捜査局(B.P.R.D.)の名物男である。
「いいか、中にまだ生きてる奴がいるかも知れねぇんだ、分かったら俺を通せ今すぐにだ!」
「ダメです」イスカリオテの職員は無表情な顔のまま、眉も動かさず淡々と言い放った。
「向こうがどんな手を用意しているかまるで分かっていません。万全を期するためにもう少し増援を待つべきです。それにもはや生存の見込みは絶望的――」
「絶望的だから助けに行くんだよ! お前、本当に神父か? 俺を洗礼した神父さんは困った人を助けましょうって言ってたぜ!?」
「ですが、マクスウェル大司教は勝手に動くなと」
「確かそいつは英国にいるんだったよな? 俺はここをさっさと片付けて、大司教様に手を貸すために英国に行く命令も受けてんだ。もう一度だけ言うぞ、そこをどけ」
 ヘルボーイが猛禽に似た鋭い目つきで目の前の男をにらみつけると、武装神父はわずかにそのポーカーフェイスを崩して少し身をよじった。
「ど、け」
 消え去りそうな小さな小さな声でもう一度ヘルボーイが言うと、さしもの男もずこずこと引き下がった。
「テメェらここで吸血鬼が逃げないように見張ってろ!」と叫んで、ずかずかと大股でヘルボーイは死地に向かって歩いていく。
 十分に遠く離れたのを確認して神父は悪態をついた。
「悪魔め、地獄に帰れ」

「ぐぐぐぐぐぐ」
「ぎぎぎぃぃぃぃぃ」
 グール。吸血鬼のなりそこない。食欲と生体の反射に引きずられて、腐った肢体を動かし続ける生ける屍。
 屋内にはこの哀れな化け物がひしめき合っていた。
 歯軋りと悪夢にうなされた人間ような病的な唸りがホワイトハウスに木霊する。
「ひでぇな」
 百戦錬磨のヘルボーイでさえ思わずそう零してしまう惨状であった。
 グールの服装を見れば、ほんのついさっきまでこの化け物たちが人間であったことを嫌でも思い知らされる。
 黒い服を着たSP、取材許可の腕章を付けた記者たち、ホワイトハウスの職員、高そうなスーツを着た官僚。そして合衆国の大統領。
 何の罪もない、とは言い過ぎかも知れないが、少なくとも彼らの人生の些細な過失とはなんら関係のない事によって、彼らは人の尊厳を踏みにじられた。
 人間の狂った虚像、悪意あるパロディとなっていた。
「ギャッァァァァううううう」
 その時一匹のグールが死者独特の奇妙な唸りを上げて、ヘルボーイに飛び掛った。
 骨折した猿のような奇怪な動きで、素早くはあるが型も何もないメチャメチャな突進である。
 ヘルボーイは巨体を感じさせない流れるような動きでグールの体当たりを避けると同時に足を払った。
 勢いよくグールは転倒し、即座にヘルボーイの槌のような豪腕が唸る。
 下段に振り下ろされた鉄槌をまともに喰らい、グールの頭蓋はかぼちゃの割れるような音を立てて破裂、腐った脳漿を床にぶちまける。
 以後はこの繰り返しだった。
 学習能力のないグールは延々と同じようにヘルボーイへ挑み、同じように押し花にされていった。
 その間、ヘルボーイはずっと無言だった。
 その悪魔的な外見とは裏腹に、物心付いたころからずっと人間に育てられてきたヘルボーイの精神は非常に豊かで人間的だ。
 嬉しい事があれば素直に喜び、仕事中にジョークを飛ばす事もしばしば。仲間たちと共に笑い、騒ぎ、時に悲しんできた。
 そんな彼がずっと無言であった。彼と付き合いの長いエイブ(ヘルボーイの同僚、半漁人)やリザ(同じく、発火能力者)なら気がついたであろう。
 彼は怒っていた。そしてそれ以上に悲しんでいた。
 グールになってしまった者はもはや助からない。速やかに排除してやることこそ、慈悲である。
 ヘルボーイも頭では理解していた。だが、やりきれなかった。血に染まった拳が震えていた。
 人ではないが、人であった者の血で。
 悪魔である自分を育ててくれた人々と同じ種族の血で。
「くそ」
 バツン、バツンとグールをすりつぶす音と、呻くようなヘルボーイの声がフロアに響いた。
「くそぉ」

 ヘルボーイは目に付くグールを全て叩き潰したあと、何度も生存者に呼びかけを行った。
 しかし、もはやホワイトハウスの中は物音一つしない。
「誰かいないか!」
 返答は無い。もう一度大声で呼びかけた。
「誰か!」
 答えはなかった。生存者はいない。
 誰も助ける事はできなかったのだ。
 そう思った時、ふとヘルボーイは何かの気配を感じ沈痛な面持ちのまま顔を上げた。。
 辺りはしん、と静まったが、しばらくすると遠くの方でにかたん、かたんと皮靴が床を叩く軽快な音がかすかに聞こえてくる。
 そしてその音は、徐々に大きく近くなってきた。
 明らかにグールのたてる足音ではなかった。奴らは死後硬直のせいで足音が不規則だったり、あるいは足を引きずってずりずり床をこする。
 生存者はいない。グールは全て倒した。
 ならばこの悪夢と化した場所で、規則正しい足音を立てるのは自分以外では一つしか考えられない。
 すなわち、この惨禍の主、吸血鬼だ。
「ようやく来たな、待ちくたびれたぞ」
 そう言って長い廊下の奥から現われたのは若く背の高い男だった。
 ヘルボーイは初めて見る男だと思った。
 しかし、しばらくして突然気がついた。自分はこの男のことを知っている。
 さらに言えば米国民の大半は彼の顔を知っていた。
 痛烈な皮肉で日々報道を賑わす大統領補佐官。
 この男が裏切り者であった。
「大統領補佐官」怒りでヘルボーイの歯が軋しむ。
「昨日テレビで見たときは白髪交じりだったが、まるで若返ったみたいだぜ。ここで何をしてる?」
「君を待ちながら遅めのランチを、ようやく来たね、ヘルボーイ」
 周囲にはまだグールの腐臭が残っていた。自分の右手には血がこびりついていた。
 ランチだと! この惨状をランチだと!
「俺を待っていた?」 
「総統代行殿は君達、超常現象捜査局にお楽しみを邪魔されたくないのだ。その代わり私と踊ってもらおう」
「クソ野郎、ナチに尻尾振りやがったな!」
 激怒したヘルボーイは飛び掛ると同時に右腕を振り下ろす。だがその拳は虚しく空を切った。
 どこへ消えた?
 ヘルボーイは吸血鬼を探して首を回した。その瞬間首を回した方から飛んでくる顔面へのハイキック。
「う、お」
 ヘルボーイは顔を右手で抑えながら、吸血鬼を捕らえようと左手を伸ばしたが、今度はがら空きになった腹にボディブローが突き刺さる。
 悪魔の体がくの字に折れ曲がるとさらに後頭部へダメ押しの踵落し。
 一連のヘルボーイのスタンプの製作時間は僅かに0.2秒ほど。比喩なしで瞬きほどの時間でヘルボーイは地を舐めた。
「ハハハ! どうしたヘルボーイ!」
 二十人力の力に弾丸さえ見切る反射速度。愚鈍なグールとでは比較にならない、吸血鬼の力。
 同僚を裏切り、祖国を売って得た力に男は酔いしれた。
 あふれ出る力に、不死身の体。吸血鬼とは素晴らしい。
 倒れこむヘルボーイの首根っこを掴んで引きずり起すと、にっと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「私が地獄に送り返してやるよ、ヘルボーイ。そぉら」
 吸血鬼が右腕を振り回すと、ばおんと音を立ててヘルボーイの巨体は宙を舞って柱に激突した。
 余りの衝撃にホワイトハウスそのものが揺れた気がした。
 フラフラと壁に手をつきながら辛うじて、立ち上がったヘルボーイを見て、吸血鬼は勝利を確信した。
 私の力はこの悪魔より勝っている、と。
 
 フラフラと壁に寄りかかりながら、ヘルボーイはホルスターに手をかけて巨大な拳銃を抜いた。
 15インチもある超常現象捜査局が開発した対化け物用の特殊拳銃サマリタン。
 一発でも当れば吸血鬼とてただでは済まない。
 しかし、それを見ても吸血鬼は下卑た笑みを浮かべたままだ。
「ほう? やってみろ」
「喰らえ」
 大砲のような轟音と共にサマリタンが火を噴いた。
 だが、吸血鬼は迫り来る弾丸を軽々と避けながら臆すことなく歩を進める。
 二発目、三発目も同様に掠りもせず、ホワイトハウスの壁に穴を穿っただけだった。
「下手くそめ」
 嘲笑する吸血鬼の右フックがヘルボーイの顔面に打ち込まれる。
 再び、ヘルボーイは宙を舞った。
「やれやれ、頑丈だな君は。殴るほうの身にもなってくれ、手が痛い」
 吸血鬼はしばらくプラプラと手を振っていたが「おっと」と言って何かに気が付いた。
「これはいいものが落ちているじゃないか」
「……後悔するぜ」
「私はそう思わないな」
 吸血鬼はサマリタンを拾い上げるとヘルボーイの額にしっかりと狙いを定める。
「さようなら、ヘルボーイ」
 バァンとサマリタンが咆哮した。
「が……っ。な、何っ」
 吸血鬼は腕を押さえ、痛みに身をよじる。
 銃が暴発しただと? 
 一体いつの間にこんな仕掛けを。
 ハッと気付いた時はもう遅かった。次の瞬間、吸血鬼の顔面にヘルボーイの鉄拳振るわれる。
 ゴンっと空気が低く震えて、吸血鬼の余裕も笑みも戦意さえも吹っ飛んだ。
 吸血鬼の顔は半ば潰れ、もはやできることと言えば「あ……あ……」と呻くのが精一杯。
「だから言ったろ、後悔するって。俺な、歯車の類と相性悪ぃんだ。二、三発撃っただけでいっつもぶっ壊れるんだよ」
 もう一度空気が震えて、吸血鬼の心臓が粉砕された。

「ヘルボーイ!」
 フラフラとホワイトハウスから出ると誰かがヘルボーイの名を呼んだ。女の声だ。
「ケイトか」
 声の主は超常現象捜査局顧のケイト・コリガン博士だった。
 ほんの少し老いが忍び寄り始めた金髪の女性は、心配そうにヘルボーイを覗き込む。
「情報どおり補佐官が犯人だった。そいつは倒したが、すまねぇ、みんなグールになってて……たぶん生存者はいねぇ。誰も助けられなかった」
「大丈夫?」
「まぁな、あちこち痛ェがそれよりも、くそ、嫌なもんだなグールってのは。けど休んでいる暇はねぇ。すぐ飛行機を手配してくれ」
「ちょっと、どこに行く気よ!」
「決まってるだろ、ロンドンさ」
「ロンドン!? あそこは今メチャメチャよ!」
 余りにも予想外の返答に冷静沈着な女博士は珍しく叫んだ。
「だから行くのさ。どの道ヘルシングを助けに行かなきゃなんねぇだろ。それにこの件、裏で糸を引いてるのはナチだ。俺が止めなきゃなんねぇ」
 地獄からヘルボーイを召喚したのはナチスである。
 大戦末期、追い詰められたナチスは起死回生を狙い、ラグナロク計画群という多くのプロジェクト推し進めた。
 全身を機械化した兵士や、宇宙に漂う何か巨大な邪悪との交信といった、およそ尋常ではない計画の数々。
 吸血鬼の軍勢ヴァンピール・シュトルムこと「最後の大隊」やヘルボーイ計画もその一つである。
 ヘルボーイは奇妙な縁を感じていた。
「……あまり一人で背負い込まないで。今日死んだ人たちはあなたのせいで死んだわけでもないし、今のあなたとナチスは関係ないわ」
「ああ。分かってる。因縁なんて関係ねぇし知らねぇよ。ただ化け物どもに人が殺されていくのは我慢ならねぇだ。だから行くぜ」
「もう、デカいナリしてそういうところは頑固っていうか子供っぽいわね。わかった、飛行機は手配するわ」
「助かる」
「言っとくけどリザもエイブもロジャーもイギリスには回せないわよ。落ち着いてきたとはいえ、まだまだこっちも大変なんだから」
 ケイトは呆れた顔で肩をすくめた。
 アメリカが受けた傷も決して軽くはない。ホワイトハウスの他にも各地の軍事施設で吸血鬼が暴れているという情報が入っている。
 超常現象捜査局も全力で当たらなければ被害は拡大するばかりだ。現状でも一万人以上の人名が失われている。
 そんな時、ヘルボーイの戦力は正直惜しい。惜しいが、かと言ってイギリスも放ってはいけない。
 あそこをこれ以上放置したら何が起こるか分からない。
「無茶はしないで」
「ああ、分かってるよ」
 そう言いながらヘルボーイは血で濡れた右腕をタオルで拭った。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第三話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/10/17 15:15

 闇の匂いも分かったし、闇の味をも感じる事ができました。
 闇を切り取ってトーストに塗る事だって出来そうなほどに。
 でも、私が狂ったなんて思わないで。違う、全然狂ってないわよ。
 だって狂った女って……こんな事する?
               ――「エミリー・ザ・ストレンジ」


 ミレニアムが作った不死者と、いわゆる天然モノの不死者には違いが多々ある。
 吸血鬼のなりそこないであるグールの発生と消滅も一例だ。
 通常、吸血鬼に血を吸われた者が非童貞、非処女だった場合グールに、性交渉のない者はそのまま吸血鬼になる。
 そして運悪くグールとなったものは、宿主たる吸血鬼が死んでしまえば全て消滅してしまう。
 ところがミレニアムの吸血鬼は性交渉のあるなしに関わらず、血を吸った者全てをグールへと変え、しかも宿主の吸血鬼が死んでも消滅しない。
 ナチの残党が敗北した後もこの違いが、被害をさらに増やし続けていた。
 吸血鬼は駆逐した。だがグールは消えない。
 カーテンを引いた屋内、裏路地、地下室。陽の射さないところはいくらでもある。
 なりそこないとはいえグールもまたアンデットだ。グールに襲われた者もグールへと変貌していく。
 グールがグールを産み、新たな悲劇を生み続けていた。
 一夜にして野戦病院と化した郊外のとある病院。
 次々と運び込まれる負傷者達。そして必死の手当ての努力もむなしく死んでいく人々。
 そんな死者達の一部が死後、化け物となって黄泉から帰還した。
 院内の混乱は一瞬にして加速する。
「逃げろ!」と誰かが叫び、大きなうねりとなった人波が一目散に駆けて行く。立つ力もなく廊下に横たわる人々を尻目に。
 サッと消毒用アルコールの匂いがする空気を裂いて、腕から翼の生やした吸血鬼が人々の頭の上を通り過ぎたが
狂熱にうなされた人々が、その存在に気が付く事はなかった。

「ママ、どこ? ママァ」
 病院の廊下で母親とはぐれた少女が大きな声で泣いていた。
 待てど暮らせどその声に母親が答えることはない。代わりに反応したのは亡者達だった。
 甲高いその泣声はグールを呼び寄せるのに十分な効果を発揮した。のそのそと緩慢な動きながら、確実にグールたちは少女に迫っていく。
 少女はガタンと何かが倒れる音に反応して、びくっと体を震わせると、恐る恐る音のした方の廊下の曲がり角を覗き込んだ。
「ひっ、な、なに?」
「うううう」
「あああああ……きゃあああああああああっ」
 視界にグールの群れが映った時、ようやく少女は涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら駆け出した。
 少女の体は、生存本能と恐怖によって自分自身でも思いもよらない信じ難い速さで廊下を走り抜けていく。
 今、駆けっこをしたら、彼女は男子にも負けなかっただろう。だがそんな火事場の馬鹿力も長続きはしなかった。
 すぐ肺がオーバーヒートを起すと、喉が焼け付くように痛みだし、腸のあたりが狂ったように暴れたような錯覚に陥る。
 心臓も爆発寸前のように高鳴り、最後にはその細い体にある僅かな筋肉の力を使い果してしまった。
 ようやく亡者達の姿が見えなくなったとき、少女は立ち止まってゼイゼイと息を整えた。
 しかしその時、彼女は決定的な過ちに気が付いた。
 ボロボロの体と引き換えに命拾いをしたと思ったが、パニックを起した少女は出口から遠ざかるように逃げていたのだ。
 程なく、少女は亡者達に取り囲まれていた。
「来ないで、来ないでっ!」
 懇願しながらもはや少女は逃げる気力もなく、その場にへたり込んでしまった。
「いや、いやぁ」
 頭と手を振り回して必死に亡者を拒絶しようとするが、その程度の威嚇でグールの歩みは止まらない。
「……ママ、助けて」
 とびきりの恐怖を前に、少女が生を諦めて現実から目を背け、地面を見ながら母に助けを求めた。
「ママぁ……」
「大丈夫、必ず助けるわ」
 その小さな呟きに誰かが答えると、一瞬のうちに亡者たちは引き裂かれた。
 少女が顔を上げた時、あれほど怖かったお化けたちは一体も残っていなかった。
 何が何だか分からないまま少女がきょとんとしていていると、声の主は少女を抱き抱えてはにかんだ。
「ママじゃないけどね」
 優しげな太陽のような微笑を見て、ようやく安心したのか、少女は豊満な胸にうずまって再び大声で泣いた。
「よしよし、もう大丈夫よ」

「本来であればもっと早く出迎えるのだが、二日も待たせてすまなかったな」
 ヘルシング家当主、インテグラ・ヘルシングはボサボサになり掛けた金髪を掻き揚げながら会釈した。
 目の下にはクマも浮かんでいる。恐らくこの二日間は身支度どころか満足に睡眠も取ってないのだろう。
 多大な犠牲を払いながらも、英国はナチの残党ミレニアムを駆逐した。
 しかしそれでインテグラの仕事が終わったわけではない。
 傷つき今も助けを待っている人々の救助活動、物陰に潜み今も餌食を漁っているグールの掃討、同盟関係にある各国の対魔機関への支援の要請。
 ヘルシングが被った被害の詳細の纏めと部隊の再編、事件の概要の纏め、その他の諸問題……。
 人手不足の為に、インテグラはそれらに殆ど一人で取り組んでいた。
 常であれば有能な秘書が言わずともテキパキと段取りを済ませるのだが、その秘書も死んでしまった。
 二日間不眠不休で働いていたが、仕事はまだ山のように残っている。
「気にしてないぜ、こっちこそ忙しい時に押しかけてすまんな。その、ウォルターとアーカードの事は聞いた……残念だ」
「ふん、悲しむのは後でいい。今はすべき事をするだけだ。それに、アーカードの直系が言うには、あいつははまだ生きてるらしい」
「俺も生きてるほうに掛けるぜ。とても死ぬとは思えねぇからな」
「それをそうと、まさかそんな事を言う為に来たわけではないだろう?」
「ああ、実はこれを」
 男が話を切り出し始めたとき、書斎の扉がバターンと勢いよく開かれ、大きな胸を揺らしながら金髪の可愛らしい女性が現われた。
 彼女の名はセラス・ヴィクトリア。ヘルシング家子飼いの吸血鬼である。
「インテグラ様、病院の方が片付けましたけど、薬も弾薬も足りませんよー。どうしまギャアアアアアアア!」
 物資の催促に来たセラスはインテグラの方を見て――正確にはその客人を見て、盛大に叫んだ。
 何かいる! 何かいる!
「イッインテグラ様、離れて! 悪魔っ悪魔がそこに! ああもう弾がないのに!」
「黙れ」
 インテグラのドスの聞いた声とパァンという渇いた銃声がヘルシング家の書斎に響いた。

「失礼した」
「へっ久しぶりに初々しい反応だったぜ」
 コホンと咳払いをするとインテグラは客人と部下を交互に紹介した。
「お互い顔を合わせるのは初めてだったな。ヘルボーイ、こっちはセラス・ヴィクトリアという。少し前にウチに入った。
 さっき言ったのはこれの事だ。セラス、こちらはアメリカの超常現象捜査局に所属しているヘルボーイだ。
 我々と超常現象捜査局は友好的な関係にある。くれぐれもその関係にヒビを入れるような言動はするなよ」
 インテグラは皮肉っぽく言ってセラスをギロリと睨む。
 セラスは俯きがちに「す、すみませんでした」と頭を下げた。
「へっ最初の印象が悪いほど口説き甲斐がある。あー……ミス・ヴィクトリア、アーカードの直系がお前さんみたいな人だとは驚きだぜ」
「セラスでいいですよ。ヘルボーイさん。生憎とお誘いには乗れませんが」
「俺の事もさん付けじゃなくてもいいぜ。振られたのは残念だが、よろしくセラス」
「よろしく、ヘルボーイ」
 ニッと笑みを浮かべて二人は握手を交わした。
「物資が足りないみたいだな。俺からもアメリカの方に言っておく」
「ありがとうございます」
「すまんな、ヘルボーイ」
「なに、気にするな。俺も先代のアーサー・ヘルシング卿には世話になってたからな」
 悪魔は手を振ってぶっきらぼうに謙遜すると何かを思い出すように一瞬目を閉じた。

 40年異常も昔、最初にヘルシング邸の門をくぐった時のやり取りをやりとりを、今でも時々思い出す。
 あの時も確か、ヘルシングの職員の誰かが、俺の事を悪魔と馬鹿にして、俺は落ち込んだ。
 そん時ゃ今よりもずっと若かったからな、無理もない。
 でもすぐに俯く俺の頭をアーサー卿は撫でて、口を滑らせた職員を怒鳴った。
「ブルームは俺のダチだ。そのガキを悪魔呼ばわりする奴は俺が許さねぇ!」
 アーサー卿は俺の為に怒ってくれた。
 あんな事言われたのは先生――トレバー・ブルーム教授……父さん――以来だったぜ。
 今度は俺がアンタの娘を助ける番だよな。
 俺がインテグラの露払いをしてやるよ、アーサー卿。

「この二日は俺も救助の手伝いをしてたが、全くひでぇ有り様だ。ナチめが」
 イギリスは傷つきすぎていた。
 そして今もその出血は止まっていない。セラスは実際に見て回って、肌でそれを感じていた。
 ヘルボーイの言葉にセラスは重く頷いた。
「飛行船は街中にバカスカ落ちてるし、橋にゃでっけえ空母が引っかかってがる」
「あ、空母はマスターが」
「セラァス!」
 部下が口を滑らせそうになったのを慌てて制止するとインテグラはセラスの耳元でボソボソと呟いた。
「あれは全部ナチのせいだ。我々は一切関知してない。そうだなセラス? ん?」
「そう……でしたかな、ハハ……」
 恐る恐るセラスが言うと、インテグラの眼鏡が不気味に光った。
「あ?」
「モチロンデス、インテグラ様、全部あの太っちょの少佐がやりました」
「よろしい」
「……話しを進めていいか?」
「ああ、頼む」
 インテグラが促すと、ヘルボーイはコートのポケットから二つの品を取り出した。
「俺ァ復旧の手伝いに来たんだが、そうもいかなくなったんだ。これを見てくれ」
「……ウォルターの遺品か」
「ああ、ナチどもの旗艦の研究区画らしき場所で見つけた」
「そうか」
 鋼線を仕込んだ手袋を見て、インテグラの表情が僅かに曇った。例え裏切ったにしろ、ウォルターは長年彼女に仕え、支えてきた男だ。
 先代が死んでからは殆ど親と教師を兼ねた存在でもあった。
 愚かな事をしたな、とインテグラは思った。
 お前がいないせいで私は仕事に追われてるぞ、主人に仕事を押し付けるとはお前らしくもないじゃないか、ウォルター。
「そしてこれも同じ場所で見つけた」
 ヘルボーイがもう一つの品を机の上に置くと、それはゴンと重量感のある音を立てた。
 それは精巧に作られた、鋼の義手だった。手首の先はで鋭利な刃物か何かで斬られた様にスパッと切断されていた。
「これは義手ですか?」
「ああ、ナチはサイボーグ紛いの兵士の研究もしてたらしい、これはその一端さ」
 なるほどな、と言ってインテグラは重く頷いた。
 インテグラとセラスの脳裏に浮かぶのはミレニアムの指導者『少佐』の最期。
 あの狂った男は体の半分以上が機械に置き換わっていた。ナチならこのような義手も作れたかもしれない。
「この切断面はウォルターの鋼線だな」
「ああ、どうやらこの腕の持ち主とやりあったみたいだ。だがあそこには鋼線とこの腕しかなかった。体が見つかんねぇ」
 ピンとインテグラの眉が釣りあがった。
「つまりナチの生き残りがいると?」
「決まったわけじゃねぇが、日の出にハーケンクロイツをつけたヘリが飛んでいたって情報もある」
「……舐められたものだ」
「ああ、俺は腕の持ち主を探しに行く。無駄足かもしれねぇけどな。ただ一応アンタの耳にも入れといた方がいいと思ってな」
 インテグラは深く溜息を吐いた。
「探すあてはあるのか?」
「戦前だがナチはこの分野に関してスピードワゴン財団と技術交流があったらしい。まずこいつが本当にナチのものかスピードワゴン財団に問い合わせてみる」
 スピードワゴン財団とはアメリカのとある石油王が設立した財団だ。医療や福祉の分野での活躍は目を見張るものがある。
 特に義手や人工臓器の製造には定評があり、そして一部の者にはその裏の顔でも有名であった。
 スピードワゴン財団では超能力や吸血鬼に関わる部門が存在するという。
「あそこの噂はいろいろと聞いている」
 そこまで言ってインテグラは口に手を当ててしばし頭を巡らせた。
「ヘルボーイ」
「なんだ?」
「こちらがもう少し落ち着いたらそちらにセラスを送る。世話を頼めるか」
「え、ええええええええええええっ本気ですか?」 
 ヘルボーイが何か言うよりも早く、セラスが素っ頓狂な声を上げた。
 しかしインテグラの眼光は鈍らない。
「冗談なものか。吸血鬼どもは我々ヘルシング機関に喧嘩を売ったのだぞ。私の目の黒いうちは一匹たりとも逃さん」
 インテグラがそう告げると、もはやセラスもおちゃらけてはいなかった。
 真剣な面持ちで真直ぐにインテグラの目を見つめ返す。
「ヘルボーイもよろしいか?」
「へっ勿論よ、セラスのような子なら大歓迎だぜ」
「すまんな。ではセラス、一ヵ月後に超常現象捜査局に出向を命じる。ナチの生き残り共を一人残らず叩いて潰せ」
「イエッサー」
 カツンと踵を踏み鳴らして、吸血鬼セラス・ヴィクトリアは静かに応えた。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第四話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/11/11 00:01

 目の前にいるのはもはや動物でも命ある仲間でもない。一つの問題なのだ。
 苦痛に哀れみを覚えるか……随分前にはそんな事もあった気がする。
 わしの望みは、たった一つの望みは、生物の可塑性の限界を窮める事だった。
                           ――「モロー博士の島」



 打ち捨てられた古城。
 かつて煌びやかな調度品を飾った大広間は埃と塵に打ちのめされ、在りし日にはいかなる敵も寄せ付けなかった城壁はゆっくりと苔と黴に侵食されつつあった。
 もはや訪れる者とていない廃墟を誰が顧みよう?
 誰が知ろう?
 その地下奥深くに、悪魔たちが巣食っていたことを。

 クロエネン達の一派は驚くほど力を蓄えていた。一体どこから金をひねり出したのか、機材の設備や装備などはミレニアムにも劣らない。
 少なくともドクは彼らの拠点を見てそのように値踏みした。
「最後の大隊か、素晴らしいよドク」
 手にしたファイルをざっと流し読みしながら、ガスマスクの男――クロエネンはその資料の作成者を褒め称えた。
 資料は隙間なくぴっちりと文字の海に埋め尽くされており、時折凄惨な手術の写真やドク自身が記した手書き註釈の付箋が貼り付けられていた。
 このファイルこそ人を人外へと変貌させる術を記した、現代の魔術書とも言うべき資料である。
 禁断の知識から目を離さずにクロエネンは続けた。
「実は吸血鬼の兵に関しては僕と総統は同じ意見だったんだよ『不可能だ、人間の手に負える問題じゃない』ってね。全く自分の浅はかさが嫌になるよ」
「……私を助けた兵は何者ですか? あれからは生気を感じない……人間じゃない」
 ドクはそう言いながら今も自分とクロエネンを守るように配置された兵に、チラリと目をやった。
 助けられて以来、彼らが会話をしている所など見た事がなかった。それどころか呼吸さえしていないように感じる。
「ああ、これかい? 君が最後の大隊を作ったように、僕の方でも作っていたんだ。名づけて黙示録の軍団さ。獣の数字にちなんで666体製造したんだ」
 クロエネンはドクのファイルをぺらりと捲りながら興味なさそうに答えた。
 焦れたドクは慎重に言葉を選び推察を口にした。
「……グール?」
「君の目はごまかせないな、その通りさ。機械化して弱点を補ってるんだ。技術的には最後の大隊よりも一枚下の代物だよ。
 尤も戦力的には決して劣るものではないと自負しているけどね。一応『柱の男』たちを基準に作ってある」
「柱の……吸血鬼の捕食者ですか」
 ドクは無意識の家に指を手袋越しにガジガジと噛みながら言った。
 『柱の男』に関してはドク自身も多少ながら知っていた。
 彼らは昔々、この地球に現われた人類の近縁種。
 この星の生態系の頂点に君臨するに足る非常に優れた存在であり、その知恵と力は人類とは比較にすらならず、加えて数々の恐るべき能力を持っていた。
 だが、彼らはその能力と引き換えに、長い長い休眠を必要とした。
 二度目の大戦が始まる直前、ナチスドイツは石柱と同化するように眠っている彼らを発見し『柱の男』と名づけ、彼らに関する研究を始めた。
 彼らを調べるにつれて次々と恐るべき事実が明らかになった。
 例えば吸血鬼研究者たちの教科書の一つ、人を吸血鬼に変える不可思議なオーパーツ『石仮面』は彼らが作ったものであり
 効率よく活動エネルギーを得る為に、人をより栄養価の高い吸血鬼に変える用途に使っていたのだと言う。
 不死身の吸血鬼を喰らう怪物に、その存在を知ったもの誰もが恐怖した。

「その通り、そしてそれこそ、吸血鬼アーカードを超える鍵さ」
「どういう意味です?」
 ドクは指を噛み続けながら、クロエネンを見つめた。
 それを見てガスマスクの男もパサリとファイルを机に置く。
「最後の大隊、特にヴェアヴォルフ部隊だったかな? アレは見事だった。明らかに石仮面の吸血鬼の平均スペックを大きく超えている」
「ですか、ですが、何度も言うようにアーカードには……」
「そこだよ」
 ドクが恥じるように言いかけた時、クロエネンの鋭い声がそれを遮った。
「石仮面を含めて人造の吸血鬼化技術はアーカードに及んでいない。我々は不完全なのだ……だからまだきっと進める」
 そこまで聞いてドクもおおよそ、察しが付きはじめていた。クロエネンが何をしようとしているのか。

 吸血鬼。
 身を裂くほどの絶望を味わい、なお歩みを止めとめられる哀れな存在。
 死してなお立ち上がってしまった、哀れな魂。
 心と体の両面で極限まで追い詰められた時、その精神的な圧力によって脳が『押され』て次の段階へと進んでしまった者たち。
 石仮面とはそれを擬似的に再現したものだった。
 生き血と骨針によって人体に直接・霊的な圧力を加え、脳を『押し』人を吸血鬼に変える。
 恐るべきは、石仮面の製作者『柱の男』の麒麟児カーズである。
 しかし、カーズの時代――数万年も昔、ようやく人類が穴蔵から出始めた頃はまだ自力で吸血鬼になった人間はいなかった。
 彼には手本がなかったのだ。ゆえに彼は気が付かなかった事がある。
 吸血鬼とは、不死身や驚異的な身体能力だけではない。
 人の脳を完全に押し切った時、人間はアーカードのような底知れぬ闇の化身となる。
 恐ろしい恐ろしい怪異に。
 だが、人造の吸血鬼たちは能力的にはほぼ対等にながら、数値化できない要素……言うなれば禍々しさ、おぞましさの点でアーカードに大きく劣っていた。
 つまりカーズや我々では脳の『押し』が足りなかったのだ。
 故に、研究を進めればさらに脳を『押せる』とクロエネンはそう言っているのだ。

 それでもドクはふるふると首を振りながら小さな声で反論した
「アーカードの如き吸血鬼。時間さえあれば或はそれは造れるかもしれません。ですがあれは500年かけて力を蓄えた吸血鬼です。
 同じ土俵に立った所で、超えるには至らないでしょう」
「吸血鬼同士だとそうだろうね。だが鍵は『柱の男』と言っただろう? 究極生物についてのシュトロハイム大佐の報告書を読んだかい?」
 クロエネンの言っているのは第二次大戦の少し前に起こった事件の報告書の事だ。
 当時のナチスとスピードワゴン財団、波紋使いと呼ばれるチベットの仙道たちが、眠りから目覚めた『柱の男』たちと戦った事件のあらまし。
 その争いの最後に『柱の男』の首領格カーズがより進化した存在となったと報告書は伝えていた。
 ドクは少し考えてから口を開いた。
「え、ええ。『柱の男』の一人が自分達用の石仮面でさらに一段階進んだ存在、究極の生命体ともいえる存在になったと聞いております」
「彼なら、アーカードを倒せると思わないか」
「は?」
「アルティメット・シング(究極生物)だよ」
「もういませんよ。宇宙の彼方に消え去ったはず」
「ところがだ、我々がつかんだ情報によれば、アメリカのスピードワゴン財団が生きた『柱の男』を保有している。そしてこれだ」
 そう言いながらクロエネンは試験管を取り出していた。その中でルビーに似た結晶体が艶かしく輝いている。
「これこそ件の究極生物カーズの血液さ」
「なっ……」
 ドクの優秀な頭脳は乾いて冷え切った僅かな血液の為に停止しかけていた。
 そんなバカな。
 あの究極生物の血液だと!? なぜこんなものが!?
「信じられないかな?だが間違いなく本物だよ。決戦の場にいたナチス党員に祝福あれだ。
 シュトロハイム大佐に内緒で我々に届けてくれたんだ。大佐はカーズを異常に危険視していたからね」
 多重レンズの奥に光るドクの眼が見開き、その体はブルブルと震えていた。無論恐怖ではない。武者震いである。
「もしも、もしもそれが本物なら、もし、もしアメリカのどこかに生きた柱の男がいるなら……究極の生物を復元できるかもしれません」
「復元じゃ困る。石仮面の吸血鬼を君は超えた。同じように石仮面の『柱の男』もさらに改良してくれ。究極の生物をさらに窮めるんだ」
「……大佐の、ご命令とあらば」
 ガスマスクの下で、クロエネンの唇が綻んだ。

「は、ハハハッ」
 ドクは自分でも気がつかないうちに笑っていた。
 少しづつ勝機が見えてきた。アーカードを超える勝機が!
「よろしい、では次は研究材料集めだ。柱の男は当然だが、チベットの山中に住む仙人たちが柱の男用の石仮面に必要な宝石を保有しているらしい。できればこいつも手に入れたいね」
「まず生きたサンプルを押さえるのが先決だ」
 いつから部屋にいたのか、クロエネンの言葉に答えたのは片眼鏡を掛けた初老の男だった。
 死線を潜る度に顔に刻まれた深い皺は、無言のままそれまでの彼の人生を雄弁に語っている。
 オットー・ダンツ……かの悪名高きルートヴィッヒ・ダンツの息子。
「この親子の罪状を並べるだけで電話帳と同じ厚さになる」とは連合国側のある官僚の言だ。
 確か彼は十月の騎士団の団長だったな、とドクは彼に関する情報を脳から引き出した。

「はっ! 血液があるのならサンプルなどどうとでもなる。ならば手に入れるべきは『柱の男』を究極の生物に押し上げたという石だわい」
 部屋の端から再び違う声が響いて、ドクがそちらに振り返ると、そこには金魚鉢のような小さな水槽に浮かんだ生首が、やれやれとダンツを見下していた。
 その後ろには彼の手足となる忠実な猿人――力と知恵を兼ね備えたゴリラが主人から一歩引いて佇んでいる。
 ヘルマン・フォン・クレンプト教授だ! まさか生きていたとは!
 頭だけになっても生きている男を見て、ドクはさきほどカーズの血液を預かったのと同じくらい仰天した。

「ケンカは良くないよ。二人にそれぞれ頼もうか。ダンツはスピードワゴン財団の『柱の男』を、教授はチベットの宝石を頼む」
「任せておけ」
「ふん、良かろう。今回はお前の顔を立ててやる、カール」
 ダンツは厳しい顔のまま、対照的にクレンプト教授は尊大そうにそう答えた。
「頼もしいな。じゃあ僕はドクと一緒に留守番だね。さて、それでは僕達4人でもう一度、バカ騒ぎを始めようか
 我々の技、我々の夢、我々の科学で、世界を驚愕させるんだ。そう、僕達は――神様を作るんだ。
 死の大河のようなあの闇の吸血鬼をも焼き尽くす偉大な神をね」




「よっこらせ」とじじ臭い声を出しながらヘルボーイは財団が用意した専用のジェットに乗り込み、操縦者に声をかけた。
「よぉ! 今何時だ?」
「二時五十六分です」
「そうかい、ありがとさん」
 赤い肌の悪魔はらんらんと輝く瞳を窓に向けた。
 約束の時間は三時だが、待ち人が現われる気配はない。どうやら出発は少し予定よりも遅れそうだ。
 まあ多少は仕方がない。飛行船事件の混乱は各地で続いている。
 セラスも予定より遅れるという通信がインテグラから届いたばかりだ。
 一服しようと思ったヘルボーイは巨大な右手で器用にライターを操り安い煙草に火をつけて、煙を吐き出す。
 スピードワゴン財団に調査を依頼した義手はいくつかの点で、戦前のナチの義手のデータと一致した。
 これがキッカケでナチス残党の活動を警戒していたスピードワゴン財団と超常現象捜査局は、ナチスの足取りを一つの手がかりを手に入れた。
 概要はこうだ。
 つい先日、インドで一人の呪医が何者かに襲われた。
 超常現象捜査局の捜査スタッフが駆けつけた時には拷問を受け、瀕死だったが死ぬ間際に呪医は自身に何があったか話してくれた。
 それによると、自分を襲ったのはナチスで、チベットにある波紋使い達の集落の正確な場所を知りたがっていたらしい。

 波紋使いか。
 吸血鬼の対極に位置する、東洋の奥地に伝わる秘術の使い手たち。
 なるほどナチが狙ってきそうな匂いがぷんぷんするぜ、とヘルボーイは思った。
 大方、門外不出の波紋の技術を奪うつもりなんだろうが、そんなこたぁさせねぇ。
 ふう、と煙を吐き出すと全部の煙を吐き出さないうちに、パイロットから厳しい声が飛んできた。
「禁煙です」
「ああ、悪ぃな」と言いもう一度だけ煙を肺に入れて、すぐ火を消す。
 全く喫煙者に厳しい世の中だぜ、と言い出しそうになったが、それ以上は何も言わなかった。
 ヘルボーイはスピードワゴン財団に来てからのこの一ヶ月の生活を思い出した。
 財団は思ったよりもずっと居心地がよかった。
 さきほどのこのパイロットにしろ、俺を普通の人間と同じように扱った。
 実にいい気分だった。少し惜しいがタバコ一本分の価値はある。

 しばらくしてヘルボーイの乗るジェットに一人の人間が近づいてきた。
「おい、あれか?」
「ええそうみたいですね、あれが承太郎さんです」
 ヘルボーイとパイロットが会話を交わしているうちに、件の人物、空条 承太郎はひょいと飛行機に乗り込み二人の前に顔を突き出した。
「遅くなってすまなかった、飛行機が少し遅れたもんでな。 空条 承太郎だ。アンタがヘルボーイだな」
 低く優しげだが、同時に力強い声だった。
 偉丈夫と言ってもいい体格にしなやかな身のこなし。
 真紅の巨漢を見ても、表情を変えないどころか眉一つ動かさない胆力。
 コイツァただもんじゃねぇな、というのが承太郎に抱いたヘルボーイの感想だった。
「よぉ! キマってるな! なぁに、遅刻は俺もしょっちゅうさ。会うのは初めてだが、噂はジョースターさんから聞いてるぜ」
 SPW財団の相談役ジョセフ・ジョースター。
 今は隠居しているが、かつては多くの闇の眷属を血祭りに上げ数々の伝説を築きあげてきた大物である。
 特に有名なのが10年前の1989年、自ら出向いてエジプトに巣食う吸血鬼とその信奉者の一派を駆逐した、というものだった。
 その際に、ジョセフはまだ二十歳にも満たない孫を、吸血鬼狩りの旅に同行させたという。その孫こそ空条 承太郎である。
「……なるほど、じじいの知り合いだったか。いい噂なんだろうな?」
 承太郎は帽子を目深く被りなおすと、めんどくさそうに呟いた。
「勿論だ、ま、細かい事は飛びながら話そうか。しかしハイスクールに通いながら吸血鬼どもを一掃したのは、俺が知る限りじゃお前さんの他には
 バフィーくらいだぜ。今回は当てにさせてもらうからな!」
 やれやれ、という承太郎の溜息は飛行機の飛び立つ音にかき消された。




[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第五話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2011/07/02 22:57
「グレイトブラックの只中…大いなる黒に四方を囲まれ
 見るからにか弱くそれでも勇敢なのがグレイトホワイトだ」
「なぁ見た所、大いなる黒の方が圧倒的に優勢のようだがワシらは負けるのか?」
「いいや、かつては黒だけだった。我々は勝利しつつある。これでいい。さぁ共に行こう」


                                    ――「TOP 10」
 

 チベットの険しい山道を越えた先には古い古い寺院があった。
 三千年とも四千年とも言われている歴史を持つこの寺院に住む者たちは、寺院と同じくらい古い技術を今に伝えていた。
 その技術の名は『波紋』
 特殊な呼吸法により体中から溢れんばかりのエネルギーを引き出す仙術である。
 静かな時が流れる中、波紋の修験者たちは技を磨いていた。
 外界から悪鬼の軍勢がやってくるまでは。

 初めに異変を知ったのは、寺院からやや離れた水汲み場に向かっていた若い修行者二人だった。
「ん?」
 若者の一人が前から迫り来る影に気がついた。その時すでに二人の運命は決していた。
 音も無く湧き上がるように蠢く黒い影は、見る見るうちにその数を増し猛烈な勢いでこちらに迫ってくる。
 震える声で二人は囁きあった。
「おい、なんだあれ……」
「知るかよ! だけど、やばいのは分かる……」
 その影達を見ているだけで滝のように汗が流れてくる。
 生理的な嫌悪感を伴った恐怖が若者の心をかき乱し、体から血の気が引いていった。
 反射動作や体内の制御を司る、脊椎。
 その上に位置し餓えや怒りといった感情の司である爬虫類の小脳。
 小脳に覆いかぶさり下位の脳の手綱を握って社会性を維持する哺乳類の大脳皮質。
 そしてホモサピエンスがつい最近――ほんの数十万年ほど前――獲得した、未来を予測し計画を練る脳、前部前頭葉。
 その全ての脳が叫んでいた。あれは一体なんだ?

 目を凝らしてよく見ると、その影は人の形をしていたが、脳は混乱していた。
 それは爬虫類にも、哺乳類にも、人間にも未知のものだった。
 あれは、生命に非ず。と知識と記憶を司る側頭葉が冷たく告げる。
 迫り来る影は、アンデッドの群れだった。
「オ、オオオオオオオオオオオオッ」
 若き戦士は恐れを振り払うように雄雄しく叫んだが、それが断末魔の叫びとなった。
 その声さえもたちまち黒い影に飲み込まれた。


「怪我人を奥へ運べ!」
 普段は静寂が支配するチベットの山中で怒号に似た声が飛ぶ。
「早くしろ! それと裏手にも見張りを立てろ!」
「しかしメッシーナ師、裏は崖……」
「いいか、貴様」
 メッシーナと呼ばれた白髪の男は諭すような口調で話ながら若者に詰め寄った。
「お前にゃ無理かも知れんが俺なら一時間もあれば登れる。ゾンビ共だって三時間もかからんだろうよ。分かったら早く行け! グズグズするな!」
「は、はっ」

 未曾有の危機に熟達の波紋戦士メッシーナは焦燥していた。一刻も早く体制を整えねば、波紋の戦士達はここで滅ぶ事となる。
 これ以上血を流させるわけには行かない。
「ぬぅ……まさかゾンビ共が天敵たる我らの本拠地に攻め込むとはっ」
 激しい後悔の念がメッシーナを襲うのと同時に、昔に負った腕の古傷がひりひりと痛む。
 イギリスの飛行船事件からまだ半年と経っていないというのに、心のどこかでここは絶対に安全とタカをくくっていた自分に腹が立つ。
 だが今はそんな事を考えている暇はない。まずは目の前の敵を駆逐しなくては。
 雑念を振り払うように顔を上げると視界の奥で二人の敵に追われる味方の姿が見えた。
 懸命にこちらに辿り着こうとしているが怪我を負っていて思うように走れないらしい。追いつかれるのは時間の問題だった。
「くそっ」
 メッシーナの体は反射的に正面の門を飛び越えていた。
 勢いよく息を吸うと、独特の呼吸法によって体の隅々まで波紋の力を充実させる。
 集めた波紋エネルギーを足の裏に集中させ、波紋の力と地面とを反撥させると、メッシーナの体はまるでバネのように勢いよく弾けとんだ。
 三歩ほどで味方の場所まで辿りついたメッシーナはすれ違い様に「あと少しだ!」と怪我を負った波紋の戦士を励ますとその勢いを緩めることなく追跡者に突進していった。
 追っ手のゾンビは飛び掛ってくるメッシーナの動きを予測し、次の瞬間メッシーナがいるであろう位置に向かって鋼の拳を振りかぶるが、地に足が触れた瞬間メッシーナは
 波紋の性質を反転させ、ぴったりとその場に張り付いて急ブレーキをかけた。
 顔の一センチ先をゾンビの腕が掠める。
 「アホウが!」メッシーナの顔が不敵に歪む。
 飛んでいたほんの数秒の間に十分に波紋を練りきったメッシーナはありったけの力を込めてゾンビの胴体に拳を叩きこんだ。
 ゾンビの胸元は半ば鋼によって形作られていたが、メッシーナは腕を振りぬく瞬間に波紋を反撥させてゾンビを勢いよく吹っ飛ばした。
 
 もう一人のゾンビは仲間がやられても些かも怯まずに無表情のまま、黒ずくめの衣装をはためかせて弾丸のように襲い掛かった。
 対するメッシーナは臆することなく、飛び掛って来る敵に右手を差し出した。
 ゾンビの攻撃の方が一瞬速く波紋使いの首を切ると思われた瞬間にメッシーナの腕はゴムの様に伸び、鉄の扉に弾丸が当ったような奇妙な音と共に侵略者を叩き落す。
 すると拳の当った侵略者の首から上は濃硫酸を浴びせられたように、じゅうじゅうと音を立てて崩れていく。
「これが山吹色の波紋疾走だ……ゾンビどもめ」

 二人のゾンビを片付けるとメッシーナも立て篭もっている寺院に引き返した。
 帰ってきたメッシーナは共に仙道を歩む仲間達を見て回った。
 負傷し、恐怖と疲労を浮かべた者。怒りに燃え凄む者。戸惑う者。
 皆押し黙っていた。奇妙に静まり返っていた。
 恐る恐る静寂を破ったのはメッシーナが先ほど救った男である。彼は斥侯として敵陣を偵察してきたのだった。
 手当てを受けながら、彼は見てきたものを報告していく。震えているのは寒さのせいだけではない。
「ゾンビの数は100体を下りません。今までの襲撃は小手調べかと……」
「100……」
「我々の倍はいるな」
「一体これはどうした事だ」
 偵察の報告に波紋の戦士達にも動揺が走った。
 元々、波門を学ぶ者の数は少ない。この時チベットの山にいた修行者の数は50人ほどである。
 既に怪我を負った者、高齢の為に戦えない長老各を除いた実質的な戦力は40人を下回るだろう。
 そして今寺院を包囲しつつある100体のゾンビはただのゾンビではなかった。
 相手は腐りかけた体は鋼鉄のフレームで強化され、アンデッドの弱点日光を対紫外線処理を施す事によって克服した悪鬼である。
 各々の顔を見て回ったメッシーナは髭をなでながら微笑んだ。
 相手が現代科学と魔術の恐るべきハイブリットであることはメッシーナも承知であった。それを知りながら彼は笑った。
「おいお前、怖いか?」
 メッシーナは震えている斥侯の男に声をかけた。
「あ、いや、その」
「いい、嘘をつくな。死ぬのは誰だって怖い。わしも怖い。だがあいつらは違う」
「あいつら?」
「ゾンビ共だ。いいか」
 メッシーナは集った全ての仲間に聞こえるように、大きな声を張り上げた。
「死ぬことを怖れるのは恥じゃない! 怖いが為に人間はそれを乗り越える勇気もった。
 今、最大の恐怖が迫っている! これを乗り越えた時、わしらは最高の勇気を持って戦えるだろう。そして最高の勇気こそ最高の波紋を生むのだ。
 だがゾンビ共は恐怖を知らん、勇気も知らん。そもそも必死になるという事を理解できん。
 死に物狂いで戦う人間と、ただ死んでないというだけの死にぞこない。勝つのはどっちだ? フフこの勝負、我々の勝ちだ!」

 メッシーナが激を飛ばしている頃、不死者の陣営も慌しく動いていた。
「ご主人様、寺院の包囲完了しました」
「うむ、では行くか」
 ゾンビのたちを掻き分けてヘルマン・フォン・クレンプト教授は前に進み始めた。
 その姿はナチスの怪人達の間でも特に奇怪だ。
 クロエネンはいつもガスマスクを被り決して素顔を見せない。
 オットー・ダンツの体に刻まれた無数の傷跡も尋常とは言い難い。
 ミレニアムの天才、ドクの両手の指は常よりも一指多い。
 しかしそれでも彼らは異様ではあるが、当然ながら人間である。妙な性癖、異常な経歴、多指症に至っては比較的よくあることだ。
 だが、クレンプト教授は違う。
 首から上と、それを収め生命維持と浮遊移動を行う機械、それが今の彼の姿である。
 化け物と表現するのが適切だった。
 そしてその傍らにいるのは強化改造された言葉を操るゴリラ、クリークアフェ10号だ。
 いついかなる時も主人の側にいてあらゆる危険に目を光らせている。

 進み出たクレンプト教授はマイクを手に取りそのだみ声を響かせた。
「聞こえるか、波紋使い共。貴様らは我が軍勢により完全に包囲されている」
 そこでクレンプトは波紋のの戦士達の動きを探るようにほんの少し間を置いた。しかし固く門を閉じた寺院からは物音一つしない。
 クレンプトは言葉を続けた。
「ここで戦えばお前達の全滅は免れないが、一つだけ助かる手がある。エイジャの赤石を寄越せ。そうすれば兵を退こう」
「は!」
 軽蔑のこもった笑いが空気を震わせた。
 クレンプトが顔を上げると、いつの間にか門の上に男が立っている。
 すっかり白くなっていた髪と髭、顔に刻まれた皺は波紋ですら補いきれない老化の証だ。
 この男は資料の写真に載っていた男だ、とクレンプトは思った。確か波紋戦士達の実質的な指導者メッシーナだ。
「何を言うかと思えばエイジャの赤石だと。ありゃ貴様らが持っていても何の意味もないわ!」
「そんな事を尋ねてはおらん。いいから石を持って来い」
「断る」
「そうか、なら死ね」
 クレンプトは右手を上げゆっくりと寺院を指した。
 その瞬間、アンデッドの軍団が黒いうねりとなって門へと殺到する。
「それも……断る!」
 武僧たちは練り上げた波紋と勇気を胸に、敢然と立ち向かった。
 襲い来る弾丸の暴雨と、その間から迫る百のアンデッドの衝撃力を想像できるだろうか。
 銃が火を噴き石造りの寺院を徐々に削り取っていく。その轟音だけで耳を塞ぎたくなるが、それでさえ眼前に広がる光景に比べると可愛いものだ。
 黒々としたローブを羽織ったゾンビたちは、荒れ狂う大河のように押し寄せてくる。
 押し留めるのは何人たりとも不可能に思えたが、メッシーナは叫んだ。
「甘いッ」
 波紋の戦士達は、ゾンビの第一陣の猛攻を真っ向から受け止め、そればかりか押し返した。
「守るなッ、攻めろ、攻めろ、攻めろッ!」
 飛び交う弾丸を紙一重で避けつつ、ゾンビの懐に飛び込み拳を叩き込む。奇跡のような技巧である。
 もしも一発でも弾が当れば、波紋の練りが不足していてゾンビを殺しきれなかったのなら、先に待っているのは死。
 しかし、彼らは奇跡を積み重ねつつあった。


 波紋の戦士達の住処の近くは乱気流に阻まれ、飛行機ではなかなか近づく事ができない。
 そこで承太郎とヘルボーイは途中で地上に降下し、徒歩で件の寺院に向かっていた。
 ひゅう。
 ヘルボーイは頭の中で感心していた。
 もう三時間もこの山道を登りっぱなしだってのに、承太郎の奴顔色一つ変えねえ。
 学者って聞いたが、どうやら中身は生粋の冒険家って奴だぜ。
 そんなことを思いつつヘルボーイは途中、擦り剥いた肘をさすった。
「痛むか?」
 へっとヘルボーイは自嘲気味に笑うと腕を回す。
「野暮な事聞くなよ。いつものことだぜ」
 山道を歩きながら承太郎もヘルボーイを観察していた。取り分け驚いたのがヘルボーイのタフさである。
 先ほど飛行機から地上に飛び降りる際に、ヘルボーイのパラシュートが開かず、全く無防備のまま地上に落下するというアクシデント起きた。
 ふわりと地上に降り立った承太郎は慌ててヘルボーイが落ちた場所に向かったが、そこで見たのは死体ではなくパラシュートに独創的な悪態をつくヘルボーイの姿だった。
 見たところ骨折はおろか怪我らしい怪我は殆ど負っていない。少々肘を擦り剥いただけある。驚くべき耐久力であった。
「ところで承太郎、波紋使いの里に行った事はあるのか?」
 いや、と地図を見ながら承太郎は答えた。
「……行った事はない。ジジイの話と地図によればそろそろ着く頃だと思うが……」
 承太郎が地図から顔を上げて行き先を確かめるように目をやると、山の向こうからもくもくと黒煙が上がっていく。
「こいつぁ……」
「急いだほうが良さそうだな」


 メッシーナは拳の血を拭った。
 流れ出る血はゾンビのものではなく、自らの血だ。いかに鍛えた肉体とはいえ、機械化ゾンビを殴り続けて無事ですむはずが無い。
「ここまで粘るとは予想以上だったな。だがここまでだ。その怪我ではもう握れまい。残りの連中ももうじき片付くだろう」
 気がつくと目の前には強kガラスに収められた生首が、ニタニタと笑いを浮かべてメッシーナを見下ろしていた。
「舐めるなよ、化け者が。血液は波紋をよく流す、かえって貴様らを倒すのが捗るわ」
「なぜそう死にたがるのだ。虚勢を張るのも程ほどにしておけばいいものを」
「いいやそのオッサンの言う通りだぜ! 勝負はここからだナチ公!」
「貴様……ヘルボーイか!?」
 二人の間に巨大な赤い影が割って入ると、クレンプトの表情から笑いが失せ、忌々しげに顔が歪んだ。
「おおよ、久しぶりだなクレンプト教授。今度は逃がさないぜ、覚悟しな」
「ぬ……かかれ!」
 クレンプトが叫ぶと、三体のゾンビが猛獣のような不気味な唸りを上げてヘルボーイに襲い掛かった。
 一体目はヘルボーイの胸にとび蹴りを食らわせ、二体目は左腕に噛み付いた。そして三体目がダメ押しの攻撃を加えようとした瞬間
ヘルボーイの巨大な右腕から繰り出されるアッパーがゾンビの頭を粉砕した。
 今度は左腕に噛み付いていたゾンビの頭を鷲掴みにして引き剥がすとそのまま地面にたたき付ける。
 ペッと唾を吐いてピクピクと痙攣するゾンビを踏み潰すとヘルボーイはもう一度クレンプトを睨みつけて言った。
「なぁ馬鹿にするんじゃねぇぜ」
「ちっ、だがこちらにはまだ兵が残っているぞ」
「おっと、来たのが俺だけだと思っているのか? おめでたいな教授」
「何!?」
 ぶんっと、引き千切られたゾンビの右腕が無造作にクレンプト教授目の前に投げられた。
「この腕の機構、イギリスで回収されたものと同じだ……これで裏が取れたぜ。やれやれ、何を企んでるか分からんが、好きにはさせねぇぜ」
 腕を投げた男はポケットに手を入れたまま大股でクレンプトに向かって歩を進めた。その後ろには夥しい数のゾンビが列を為す用に倒れこんでいる。
 どのゾンビも正確に頭か心臓を貫かれていてそれ以外の外傷が見当たらない。
 クレンプトは頭の中で毒づいた。
 つまり、一撃で倒して退けたというのか? この男は一体……。
「クリークアフェ! 奴らを血の海に沈めろ!」
「オオオおオおオおおオオオオオオッ!」
 クレンプトの命令を受けて類人猿は牙を剥いて叫ぶ。
「やれやれ、動物を殴るのは趣味じゃないんだが」
 刹那、ゴンっと鈍い音がしてクリークアフェの体が宙を舞った。
「向かってくるなら容赦はしねーぜ」
「ガァっ」
 クリークアフェは地面に叩き付けられる寸前、体を捻ってうまく着地すると、獣特有の敏捷性でもって素早く反撃に転じた。
 しかし、またもや承太郎の一歩手前で何か見えない壁に弾かれるようにどんっと吹き飛ばされる。
 これはおかしいと流石にクリークアフェも気がついた。見えない何かがあの男を守っている。しかし対処する方法までは思いつかなかった。
 承太郎とヘルボーイの顔を睨みつけて低く呻いた挙句、クリークアフェはさっと主の入ったケースを抱えると、その筋力の許す限り猛然と駆け出した。
「ちっあのエテ公思ったより利口みたいだぜ」
 急いで後を追おうとしたヘルボーイと承太郎をメッシーナが制止した。
「ここは任せろ」
 そう言って懐から取り出したのは吸い込まれそうな輝きを放つ真紅の宝石だった。
「見ておれ。コォォォォォォ……」
 波紋独特の呼吸法でメッシーナの体に生命エネルギーが漲っていく。肺から血液を通して全身へ。そして全身から集まったエネルギーを右手へ。さらに右掌から宝石へ。
 凝縮されたエネルギーは宝石の中でさらに収束され、赤い閃光が走った。


「何をしておる! 戦えクリークアフェ!」
「ダメですご主人様。あの場にいたら殺されます」
「何を弱気な……」
「今は退くべきです。ご主じ……ん」
 ブゥンと空気の焦げる匂いがしたかと思うと真紅のレーザーに胸を貫かれてクリークアフェは転倒した。
「ご、しゅじ……にげ」
 ゴボゴボと血を吐きながら、最後まで主人の身を案じる類猿人の姿を見て意外にもクレンプト教授も悲しげに目を背けた。
「いい、もう喋るな」
 波紋のレーザーによって抉られた胸の傷はどう見ても致命傷だ。もはやしてやれる事などない。
 じわりと鮮血を流しながらクリークアフェは絶命した。
 その死を名残を惜しむ間もなく、戦局を覆したイレギュラー二人がすぐにやってきた。
「さて、クレンプト教授……とか言ってたな。傷心の所悪いが一緒に来てもらうぜ。何を企んでたか洗いざらい吐いてもおうか」
「……貴様らに言う事などない」
「あんまり強情張るのはオススメしないぜ教授。さて」
 ヘルボーイと承太郎はクレンプトのケースを抱えて、辛くも機械化ゾンビを撃退した波紋戦士達の元へと向かって歩き出した。
 途中「ところで承太郎」とヘルボーイ。「お前さんどうやってゾンビを倒したんだ? 突然奴らが吹っ飛んだように見えたが」
「……大したことじゃない。アンタと同じさヘルボーイ、殴ってやったのさ」
「fumm……」
 ヘルボーイは承太郎がどうやったのか考えこんだが、結局分かったのは『承太郎は今まで見てきたどの魔法とも違う技を使う』という事だけであった。

 寺院に足を踏み入れると、すぐにメッシーナが二人を出迎えた。
「いや、危ないところをすまなかった。わしはメッシーナ。一応ここの責任者だ。恩人にこんな事を聞くのもなんだがあなた方は一体?」
「俺ァヘルボーイ。こんなナリだがアメリカの超常現象捜査局(B.P.R.D.)のエージェントやってる」
「空条承太郎だ。あなたの事は祖父から聞いてるメッシーナさん」
「祖父……?」
「ジョセフ・ジョースターさ」
「なぁにぃ!」
 承太郎はそこでメッシーナより一呼吸早く口を動かしてぼそりと呟いた。
「あいつにこんなデカい孫がいるのか、年は取りたくないな」
「あいつにこんなデカい孫がいるのか!? いやぁ年は取りたくない……っは!?」
「今の言葉は爺からさ。会ったら言えとよ」
「ふ、はっははは。なるほどな、確かにジョセフの言葉だ。ようこそ波紋の故郷へ歓迎しよう、我らの恩人よ!」

 ヘルボーイはいまだ暗躍するナチスを追ってここへ来た経緯をメッシーナに説明した。
「ぬぅ、イギリスとアメリカの噂はここにも届いていたが我々も油断していた」
 ヘルボーイが話し終わるとメッシーナは重々しく口を開いた。
「しかし、解せんのはなぜ奴らがこれを狙ったかという事だ」
 メッシーナは懐から真紅に輝く宝石を取り出した。
 エイジャの赤石。光や波紋の力を収束し増幅する奇跡の石。しかしいくら奇跡を起すといってもナチや吸血鬼が持っていても無用の長物のはずだ。
 その疑問の答えを知っている人物、クレンプト教授に三人の視線が向けられる。
「教授、お前達は何を企んでいる」
「我々の目的? 勝利だよ。半世紀前に始まった第二次世界大戦に勝つ事だ」
「ふざけるなよ、お前らは負けたんだよ。お前ぇだってその時に頭だけになっちまったんだろうが」
「首だけだが貴様らより偉大だ」
 ガンっとヘルボーイは机を叩き付けた。
「てめぇ本当にその金魚蜂を叩き割るぜ」
 ピリピリとした雰囲気が張り詰める中、静寂を破ったのはピピピという電子音だった。
「なんだ?」
「俺たちを送ってきたパイロットから電話だ。すまねぇが少し静かにしてくれヘルボーイ……俺だ……ああ連絡が遅れてすまない、こっちはもう着いたぜ」
「ほお……こんな山奥で電話が出来るのか」
 メッシーナは思わず感心した。
「SPW財団の衛星電話だ。地球のどこに居たって電話できるぜ」
「凄いのう」
「……何っ!?……ああ、分かった、すぐ行く」
 一瞬場の雰囲気が緩んだが、珍しく承太郎が発っした大声によってすぐさまそんなものは消し飛んだ。
 肝の据わった承太郎が声を荒げるなど並みの事態ではないからだ。
 承太郎は電話を切ると真剣な顔つきで今しがた受けた連絡を二人に伝えた。
「……SPW財団の本部がナチに襲われたそうだ。まだ連絡が取れない状況らしい」
 その言葉を聞いた瞬間クレンプト教授は大声で笑い出した。
「クククククククッハハッハハハハハハ!」
 ヘルボーイの堅く握られた拳と承太郎の噛み締められた奥歯がギリギリと音を立てたがそれも笑い声によってかき消された。

「メッシーナ師、悪いが俺達は急いで戻らなきゃならないようだ。代わりにすぐ兵をやるが少しの間無防備になるが我慢してくれ」
「謝る事はない。むしろ礼をいうのはこちらだ。何から何まですまんのう」
「この生首野郎は預かっていくがいいか? 向こうでたっぷり絞ってやりたいんだが」
「勿論構わん。それとエイジャの赤石もお前達に預けようと思う」
「それは危険だ」
 承太郎は首を振って断った。再びナチと戦いに行く自分たちがこれを持っていくのは、奪ってくれといわんばかりの行動だ。そんな危険は冒せない。
 しかしメッシーナも退かなかった。
「悔しいが我々では次は守りきれないと思う。お前達が持っていた方が安全だろう」
「……承太郎。確かにあぶねぇ橋だがこいつが手元にある限りナチ共は向こうから向かってくるはずだぜ。犠牲は少なくてすむはずだ」
 しばらく悩んでいた承太郎だったが、最後には首を縦に振った。
「分かった。これも預かっておこう」

 こうしてナチの襲撃を防いだ後、殆どとんぼ返りになる形で、二人は再び山を降りていった。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.11948800087