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インドネシア:ジャワ島に有毒ガスの「忘れられた被災地」

有毒ガスが原因と見られる呼吸困難で死亡した妹ナディアちゃんの写真を手にするムハンマド君(左)と父アディブさん=インドネシア・ジャワ島東部シドアルジョで、佐藤賢二郎撮影
有毒ガスが原因と見られる呼吸困難で死亡した妹ナディアちゃんの写真を手にするムハンマド君(左)と父アディブさん=インドネシア・ジャワ島東部シドアルジョで、佐藤賢二郎撮影

 インドネシア・ジャワ島東部に住民が「忘れられた被災地」と呼ぶ地区がある。2006年5月末、天然ガス試掘中に地下から泥とガスが噴き出す「泥火山」事故があり、5年以上過ぎた今も止まらず、周辺住民は有毒ガスによる深刻な健康被害にさらされている。次期大統領の最有力候補と目される人物のグループ企業が事故を引き起こしたことから、政権側が解決に消極的になっているとの批判がある。【シドアルジョ(インドネシア・ジャワ島)で佐藤賢二郎】

 シドアルジョ県ポロン。堤防を上ると一面「泥の湖」が広がる。黒い泥が噴き出し、白煙が立ち上る。12の村が泥に埋まっている。

 「湖」の北約500メートルの村。硫黄臭が鼻を突いた。ムハンマド君(13)が4月に突然死した生後4カ月の妹ナディアちゃんの写真を見せた。死因は大量の有毒ガスによる呼吸困難。村では先月も5歳の男の子が同じ症状で死んだという。

 民間団体の調査で周辺の大気から基準値を超す二酸化硫黄と硫化水素が検出された。二酸化硫黄は1960年代に日本で発生した「四日市ぜんそく」の原因物質。記録では事故後に「呼吸器疾患」の患者が倍増。自治体調査では周辺で働く労働者の8割以上に深刻な肺疾患が見つかった。

 泥噴出は天然ガス開発会社ラピンド社の試掘が地下2800メートルに達した時に始まった。「自然災害」と主張する同社に対し、英国の専門家チームは「手抜き工事」による「人災」と指摘。ユドヨノ大統領はラピンド社に補償金支払いを指示し、泥に埋まった1万3000世帯(約4万5000人)は同社が、道路など公共インフラと周辺住民3000人の移転費は政府負担となった。

 しかし、当初全額を現金支給すると約束したラピンド社は、8割を代替地での住宅提供か分割払いにすると方針を転換。一部被災者が反発し、交渉は止まっている。同社に賠償を命じた大統領令に罰則規定はなく、周辺住民への政府補償はラピンド社の支払い完了後と規定。同社幹部は地元メディアに「資金難で政府系銀行に緊急融資を依頼中」と説明した。

 地元医療センター長のジョコ医師は「噴出坑付近に住民が住んでいる限り健康被害は続く。政府は実態を調査し、対策を講じるべきだ」と語る。政府の「シドアルジョ泥流緩和庁」のハリス副長官は「健康被害は深刻ではない」と否定的だ。

 ラピンド社はユドヨノ政権で連立与党に加わるゴルカル党・バクリ党首のグループ企業の子会社。同氏はインドネシア有数の大富豪で次期大統領の有力候補。環境団体「WALHI」のベリー事務局長は「政府が問題解決に消極的な背景にはバクリ氏の政治・経済的な影響力がある」と指弾した。

 ◇ラピンド社

 不動産や金融業、メディア産業などを抱え、国内外に強い影響力を持つ大財閥バクリ・グループの子会社が株式の半分を保有する関連企業。国内30カ所以上で天然ガス開発などを続ける。グループを率いるバクリ氏は、09年の前回総選挙まで公共福祉担当相としてユドヨノ政権に入閣。同氏は現在、連立与党の一角を占めるゴルカル党党首。

毎日新聞 2011年6月19日 20時52分(最終更新 6月19日 22時43分)

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