トップ
|
ログイン
世に倦む日日
critic5.exblog.jp
本と映画と政治の批評
by thessalonike5
アクセス数とメール
今日
昨日
since 2004.9.1
ご意見・ご感想
最新のコメント
香山リカによる脱原発の異..
by terryclabtree at 17:47
例えが良くありませんが、..
by 33 at 17:38
(続き) なんだか話題..
by 33 at 15:57
大学時代に師事した先生が..
by 33 at 15:03
3・11以降、福島の原..
by カプリコン at 11:51
宇宙太陽光発電は現状の技..
by Chic Stone at 11:28
>適応障害 自分た..
by ゆたか at 00:58
再生可能エネ派(?)の話..
by littlepencil_ at 23:37
つづき うえの333..
by nyckingyo at 12:02
最新のトラックバック
街かどでOne Shot..
from NY金魚
以前の記事
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
more...
since 2004.9.1
XML
|
ATOM
skin by
thessalonike5
香山リカによるネットの小出裕章支持者への揶揄と偏見
香山リカが、小出裕章を支持する脱原発の者たちに悪質な
暴言
を吐き、ネットで問題になっている。香山リカによれば、小出裕章の不遇に同情と共感を寄せ、小出裕章の説明に蒙を啓かれているわれわれは、現実社会にうまく適合できない「適合障害」であり、小出裕章に仮託してルサンチマンを晴らす代償行為をしているのだと説明されている。これは、明らかに、ネットで脱原発の言論をリードしてきた市民を卑しめ貶める偏見であり、逆境に屈せず脱原発を貫いてきた小出裕章への侮辱の発言だろう。香山リカの小出裕章に対する悪意が見える。馬脚をあらわしたというか、マスコミ御用達の軽薄文化人の素性が露呈した瞬間で、脱原発の側から一斉に反発が上がっている。あらためて言うまでもないが、私はネットで小出裕章の存在を初めて知ったし、その動画を最初に見たとき、科学者としての清新で誠実な人格に感銘を受けた。嘘ばかり言う御用学者がテレビを占領して、原子炉の健全性は保たれているだとか出鱈目な解説を垂れている頃だった。今回、脱原発の世論はネットの中で広がり、マスコミの情報操作に抵抗し、それに反駁しながら勢力を拡大したものだ。ネットこそ<脱原発>をキャリーした情報ビークルに他ならない。香山リカの無用な暴論は、その積極的意義を否定するもので、ネットで脱原発を担った者たちを矮小化する不当な中傷である。
香山リカの暴言には、ネットの言論者への差別の底意が見える。マスコミと商業論壇で地位と評価を得ている自分たちだけが、この国の言論の正統を独占しているのであって、ネットの地べたを這いずって政治を論じる下賤の者など、所詮は価値と資格のないモグリだろうという特権者の視線の投げつけがある。私は、今回の香山リカの大胆で軽率な発言については、単に彼女一人の思いつきが迂闊に表出したのではなくて、おそらく、マスコミの業界関係の仲間内で、そういう会話が盛り上がった場面があったのだろうと想像する。テレビや出版の関係者と睦んでいるときに、茶飲み話の中で、ネットでの小出裕章の人気沸騰が目障りで不愉快だなどという話になり、「そうだよね」と意気投合する一幕があったのではないか。だから、香山リカは業界の心中を代弁したのであり、業界の共通認識に依拠しているのだという自信と納得があったから、小出裕章を標的にして攻撃する挙に堂々と出撃したのだろう。そういう「根拠」でもなければ、ここまで無謀な行動は単独では思いつかない。ネットの脱原発の言論を敵に回す行為だからだ。香山リカの中で、ここまでネットの脱原発や小出裕章は小さい存在であり、それを叩いても共感する層のパイの方が大きいだろうという判断があったのだ。それは錯覚で誤認なのだけれど、業界に浸かっているから、業界の常識の方に拠るのである。
香山リカは、小出裕章による事故分析や対策提案を支持し、その情報をネットで注目し拡散するわれわれを、「ニート」とか「引きこもり」という悪性表象を被せて人格攻撃する。こうした言葉を投げつけ、ネガティブなレッテルを貼ることで、小出裕章に影響を受けつつマスコミ批判を先鋭化させる者を貶め、持論の説得力を得ようとするパターンだ。しかし、よく考えると、この二語は少し古臭くて、悪性レッテルの効能が薄れている事実にも気づく。この言葉(ニート・引きこもり)が生きていて、表象と観念にリアリティがあり、政治議論の範疇として力強く機能したのは、今から6年から10年前の頃だ。小泉・竹中の「改革」の嵐が吹き荒れた時代である。ニートも引きこもりも、当時も実在したし、現在も実在は続いている。だが、その意味づけの程度は相当に変わっている。表現に迷うが、侮蔑言語としての二語が、それを受ける側にあまり気にならないと言うか、傷つける刃としての言語力が減価償却されている。香山リカに反撃する意趣で敢えて言えば、ニートも引きこもりも、その生き方が一般化し、日常社会の光景になり、ある意味でマジョリティの性格に接近したため、差別され蔑視される概念としての意味を失ったのだ。それは、例えば、「ネット依存症」などという言葉も同じだろう。今日、多数の者が、10年前に揶揄して言われた「ネット依存症」の類型である。ネットと凝着して生活している。
そのことは、逆から言えば、「ニート」や「引きこもり」の言葉に未だに執着し、その言語の効能を信じ、ネットの言論者を貶める武器に使用している香山リカが、時代遅れで、議論と主張がワークしていないことを意味する。空振りなのだ。時代は変わっている。香山リカの日常世界は、マスコミや業界の人間との空間であり、彼らの通念においては、未だにネットの中は「ニート」と「引きこもり」が充満し、蛆虫のように暗い地底で蠢き、何の影響力も現実世界に及ぼせない空疎で無力な仮想世界なのだろう。香山リカや同業者の頭の中では、ネット世界は10年前から何も進歩していないのである。われわれのように、ネットの言論が、官僚機構から小沢一郎の政治生命をプロテクトしているとか、脱原発のモメンタムをジェネレートしているとか、そういう認識は露ほどもなく、社会を動かす能力を持った人間がネットの中に生息しているとは考えていないのだ。世の中を動かしている権力者は、官僚であり、政治家であり、経団連であり、外資系であり、マスコミであり、マスコミの顔として公共空間の言論を支配している自分たちだと、彼らは確信している。自分たちの主張が真理であり、支配者の正義は揺らぐことはないのだと、マスコミ御用達のコメンテーターは自惚れている。香山リカの「ニート」と「引きこもり」の二語は、その観念の投影なのだ。ネットで抗議と抵抗の言論している者などは、精神科医の資格を持った者が、精神異常者と決めつけて唾を吐いてやればよいくらいに思っている。
香山リカの暴言は軽率な不始末だけれど、このように、マスコミとネットの言論構図のコントラストとか力関係のバランスの視点から考えると、香山リカや同業者のある種の焦りを読み取ることもできそうな気がする。マスコミと商業論壇のプラットフォームが転換する時期に来ている。例えば、飯田哲也は、おそらく、1年後とか、ワイドショーや報道番組のレギュラーになり、政局も、経済も、殺人事件も、芸能スポーツも、全ての話題をこなすオールマイティなコメンテーターになっているだろう。原発とエネルギーの専門家のポジションではなくなっているだろう。論壇のプラットホームのアーキテクチャが変わる。原発やエネルギーを論じる者が、万事を語る全天候型の評論家の位置に来て、デイリーのテレビで商売するようになっているはずだ。思い返すと、16年前にそうした出来事があった。江川紹子、有田芳生、二木啓孝。いわゆるオウム・ウォッチャーと呼ばれる者たちが、オウムの専門家から時事一般のコメンテーターへとプロモートし、テレビで常連席の椅子を占め、ジャーナリストの評価を得て出世を遂げて行った経過があった。1995年、3月に上九一色村のサティアンに強制捜査が入って以降、国松長官狙撃事件やら、村井秀夫刺殺事件やらが続き、晩秋までテレビは朝から晩までオウム問題一色だった。年が明け、オウム事件は主たる関心事ではなくなったけれど、ウォッチャーたちは指定席から去ることはなかった。オウムという地震と津波の襲来が、テレビ論壇を世代交代させたと言える。そうした業界の変動が、今度の原発事故についても再現される可能性があると、私はそう思っている。
誰か新入者が来れば、マスコミの指定席は同じだから、誰かがトコロテンのように押し出される。今回も、引導を渡される者が出るはずで、「二軍落ち」に不安な日々を送るのは、マスコミで商売している者なら誰も同じ事情だろう。特に、原発についてもエネルギーについても知識がなく、情報を整理できず、有効な解説をする能力を持たない者は。私は、金子勝が、現在の日本経済の危機を全く論じようとせず、景気回復も言わず、内需拡大も言わず、増税なき財政再建を言わず、空洞化防止策も提言せず、エコノミストの任務と使命を放り出し、とにかく原発とエネルギーばかりに集中して発言し、まるで原発評論家に転職したような姿勢を不審に思っていたが、こうして意地悪な補助線を引き、「ビジネス」の論理構図で動機を考えると、なるほど、生き残りのために必死なのだと内在的に理解することができる。香山リカの今回の暴言、すなわちネットから颯爽と英雄になった小出裕章に対する敵意は、このマスコミ業界の共通感覚であると同時に、業界人たちの心理の内奥にある没落の恐怖が投影されたものではないか。また、それは、香山リカの個人的な危機であると同時に、次第に情報価値を高め影響力を増すネットと、次第にそれを失っていくマスコミと、二者の明暗が交錯する地点で起きた小さな事件のように思われる。上に飯田哲也の名を出したが、もう一人、岩上安身も情報世界のセンターのポジションを得るだろう。マスコミと官僚が飼っていた者たちは外れる。
勝間和代、香山リカ、茂木健一郎、寺島実郎などは外れる。誰をセンターに置くかは、マスコミの選択ではなくネットの選択に基づくようになる。ネットの選択、それは、香山リカが侮辱して決めつけていた者たち、つまり、「ニート」や「引きこもり」による選択だ。今後、youtubeなどのネット動画が、事件や政治を一般に伝える情報媒体として相対的地位を上げる。テレビ報道の情報は、どれだけ費用をかけて取材したものでも、それが官僚のプロパガンダだったり、世論操作を目的にした歪曲されたものであったら、その時点で価値はゼロなのだ。人々は、テレビの報道番組だけに頼らず、ネットの動画情報を検索しながら、政治の動向と真相を追いかけ、状況を価値判断するようになるのであり、二つをバランスよく使い分けるリテラシーと習慣を身につけようとするだろう。物理的な生活形態を絵にすれば、テレビを見ながらPCに密着し、キーボードを打ちながらチャンネルを回すライフスタイルになる。「依存症」的な態様は、テレビとの関係でもPCとの関係でも携帯との関係でも等しくある。PCや携帯との関係だけが、「依存荘」と揶揄される時代ではない。ネットは最早、香山リカが一方的に思い描く「ニート」と「引きこもり」の暗黒大陸ではなく、それは過去のものだ。香山リカの記事に感じるのは、香山リカがネット情報の内実に詳しくない点である。香山リカが想定しているネット世界は、右翼が薄汚く屯す大手掲示板のイメージであり、そこで発想と進化が止まっている。その「適応障害」論の言説パターンは、紙と電波の旧媒体でしか通用しないもので、ネットのユーザーには反動だ。
マスコミの寵児の香山リカが、過去の人になる日も遠くない。
by
thessalonike5
|
2011-07-04 23:30
|
東日本大震災
|
Trackback
|
Comments(
1
)
トラックバックURL :
http://critic5.exblog.jp/tb/15883366
トラックバックする(会員専用)
[
ヘルプ
]
Commented by
terryclabtree
at 2011-07-04 17:47
x
香山リカによる脱原発の異端視は酷いものです。私は、政治・経済学的な自主・独立性の観点から、原発というオプションは残しておくべきだと考える者ですが、脱原発に共感している人々が、香山リカがレッテル貼りするような方々であるとは決して思いません。寧ろ、この問題意識を深められない人間は、最早人間ではないでしょう。
異端視の問題を突き詰めていくと、私は今後の共産党の動きが気がかりです。共産党が脱原発を大々的に謳い始めたら、マスコミはそれを取り上げて脱原発の「異端化」を図ることでしょう。昨日行われた共産党の第3回中央委員会総会を奇貨として、「世論」形成する可能性があります。
私は、段階的廃炉という選択はあっても即時廃止の選択肢は持たない者ですが、原発依存の体制を脱却するためには、あくまで小出氏や広瀬氏を主軸に据えて運動を展開していく必要があると考えます。現在の為政者に頼るのは誤謬に他ならず、国民運動として政治を行い、体制を転換させるべきだと思います。
名前 :
URL :
非公開コメント
※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。
削除用パスワード
< 前のページ
昔のIndexに戻る
次のページ >
ブログパーツ
世に倦む日日
Google検索ランキング
下記のキーワード検索で
ブログの記事が上位に 出ます
NHKスペシャル 激論2009
竜馬がゆく
花神
世に棲む日日
翔ぶが如く
燃えよ剣
王城の護衛者
この国のかたち
源氏物語黄金絵巻
セーフティネット・クライシス
本田由紀
竹中平蔵
皇太子
江川紹子
G20サミット
新ブレトンウッズ
スティグリッツ
田中宇
金子勝
吉川洋
岩井克人
神野直彦
吉川元忠
三部会
テニスコートの誓い
影の銀行システム
マネー敗戦
八重洲書房
湯浅誠
加藤智大
八王子通り魔事件
ワーキングプアⅢ
反貧困フェスタ2008
サーカシビリ
衛藤征士郎
青山繁晴
張景子
朱建栄
田中優子
三田村雅子
小熊英二
小尻記者
本村洋
安田好弘
足立修一
人権派弁護士
道義的責任
古館伊知郎
国谷裕子
田勢康弘
田岡俊次
佐古忠彦
末延吉正
村上世彰
カーボンチャンス
舩渡健
秋山直紀
宮崎元伸
守屋武昌
苅田港毒ガス弾
浜四津代表代行
ガソリン国会
大田弘子
山本有二
永岡洋治
平沢勝栄
偽メール事件
玄葉光一郎
野田佳彦
馬渕澄夫
江田五月
宮内義彦
蓮池薫
横田滋
横田早紀江
関岡英之
山口二郎
村田昭治
梅原猛
秦郁彦
水野祐
ジョン・ダワー
ハーバート・ノーマン
アテネ民主政治
可能性の芸術
理念型
ボナパルティズム
オポチュニズム
エバンジェリズム
鎮護国家
B層
安晋会
護憲派
創共協定
二段階革命論
小泉劇場
政治改革
二大政党制
大連立協議
全野党共闘
民主党の憲法提言
小泉靖国参拝
敵基地攻撃論
六カ国協議
日米構造協議
国際司法裁判所
ユネスコ憲章
平和に対する罪
昭和天皇の戦争責任
広田弘毅
レイテ決戦
日中共同声明
中曽根書簡
鄧小平
国民の歴史
網野史学
女系天皇
呪術の園
執拗低音
政事の構造
悔恨共同体
政治思想史
日本政治思想史研究
民主主義の永久革命
ダニエル・デフォー
ケネー経済表
価値形態
ヴェラ・ザスーリッチ
李朝文化
阿修羅像
松林図屏風
奈良紀行
菜の花忌
アフターダーク
イエリネク
グッバイ、レーニン
ブラザーフッド
岡崎栄
悲しみのアンジー
愛は傷つきやすく
トルシエ
仰木彬
滝鼻卓雄
山口母子殺害事件
ネット市民社会