2011-07-04
松本復興相を断固支持する
松本復興相が岩手・宮城両県を訪れた際の言動の数々が問題になっている。
これを全て擁護する気は毛頭ない。批判すべき部分は多い。多くの部分についてはネット上に溢れている怒りの声と概ね同感である。
しかし、批判の声が誤っている部分もある。これは指摘しておかねばならない。特に、一点については、松本復興相を断固支持する。
被災した漁港を集約するという県独自の計画に対しては「県でコンセンサスをとれよ。そうしないと、我々は何もしないぞ」などと厳しい口調で注文をつけた。
http://www.asahi.com/politics/update/0703/TKY201107030246.html
一読すると、県が頑張って行っている復興事業に対し、地域の努力を理解しない一大臣が冷たく乱暴な言葉を浴びせたと映る。
はい、全然違います。
これは住民の反対を無視して暴走する県の事業を国が諌めたという話である。
国と県の対立というと県の方が地域の実情を把握して地元寄りの立場を取っていると思い込みがちだが、まったくもってそうではない。
単純に漁港を集約するという話であってさえ当然住民のコンセンサスを得て進めなければならないが、それ以上の話である。
宮城県の復興計画
野村総研が全面関与
知事「地元の人 入れない」
東日本大震災からの復興をめぐり、宮城県では村井嘉浩知事が、大企業が漁業権を獲得しやすくなる「水産業復興特区」構想を打ち上げる(10日)など財界と同じ「構造改革」路線が突出しています。同構想には、漁業者が激しく反発していますが、知事は「撤回するつもりはない」(23日)と貫徹する構えです。
(中略)
「あえて地元の方はほとんど入っていただかないことにした」と表明。その理由として「地球規模で物事を考えているような方に入っていただいて、大所高所から見ていただきたいと考えた」などと語っていました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-05-29/2011052901_02_1.html
県(知事)の独走である。
住人のための理想を掲げて住人を置き去りにするだけでも、民主主義の軽視である。三分の理ぐらいはあるが、許されない。
宮城県の施策はそんな理念の暴走ですらないのである。最初から住民は埒外に置いた、企業の利益のための施策。災害というチャンスを利用して住民の権利を剥奪し、企業に与えようという施策だ。まあその利を得るのが「企業」かどうかは、赤旗にとっては重要でも今回の論では重要ではないが。
宮城県の復興計画は総じてこのように住民無視である。地域の実情に寄り添うどころか、村井知事の思想として意図的に住民を排除している。
民意は間違っているから大所高所から決めてやると公言して進められている施策に対しては、コンセンサスを取れと厳しく釘を刺すのが当たり前だ。この件については、『厳しい口調で注文』の部分も含めて、松本復興相が完全に正しい。
もう一点、言葉の選び方があまりに悪いから全面的に擁護する気にはなれないのだが、しかし非難一辺倒もおかしいだろう、と感じた点を挙げておく。
これだ。
知恵を出したところは助けるが、知恵を出さないやつは助けない。そのくらいの気持ちを持って」と述べた。
http://www.asahi.com/politics/update/0703/TKY201107030246.html
言葉通りに自己責任論で切り捨てるということなら乱暴すぎる。
しかし、趣旨としては、重点施策の考え方を説明したものではないか。
何にでも潤沢に予算を付けていければいいのだが、そうはいかない以上、総花的にあれもこれも予算をつけて全部中途半端に終わるのでは全体がだめになるだけ。そこで制約のある予算を有効に使うため、意欲的な案がある部分に重点的に予算配分する。
そういう趣旨かと思う。
こんな大災害なのに差をつけるなんて許せない、全部最重点だ全部復旧して復興して盛りたてるべきだという意見もあろうが、それに対しては本当に無限の税負担に耐えられますね、これまで不正以外の何らかの使途に「俺の税金をそんなことに使うな」と言ったことが一切ありませんね、という二点を問えば足る。
上記二件の内容は、復興相の振る舞いとは切り分けて考えるべきものだ。松本復興相の発言が正しい、あるいは、必ずしも誤っていない。