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[27648] 原作編3話更新【ネタ】混ぜるな危険! 束さんに劇物を投入してみた(IS×狂乱家族[一部])
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/07/02 13:09
小さい頃、宇宙の構造とか、生物図鑑などを眺めてわくわくした事はありませんか?
不可能を可能にしようとする科学者が大好きです。

しかし、新しい発見は時として世界を大きく書き換えてしまったりします。

ノーベルやアインシュタインはその事に苦悩したそうですが、一方未知への探求に対する飽くなき衝動で、そんな事一切考えない人達。


それを狂科学者マッドサイエンティストと人々は言います



フィクションの世界であるからこそ魅力ある彼ら。
Dr.ワイリー(ロックマンシリーズ)
Dr.ウェスト(デモンベイン)
ジェイル・スカリエッティ(リリカルなのは)
Dr.ゲボック(狂乱家族日記)
Dr.エッグマン(ソニックシリーズ)
キース・ホワイト(ARMS)
葉月の雫(おりがみ)
峰島祐次郎(9S)
篠ノ乃束(インフィニット・ストラトス)
涅マユリ(BREACH)
高原イヨ(吉永さんちのガーゴイル)
海苔巻煎餅(Drスランプ・アラレちゃん)
カレル・ラウディウス(Add)
剛くん(サイボーグクロちゃん)
探耽求究ダンタリオン(灼眼のシャナ)

とかとか大好きですね
などなどまだまだ居ますね〜

まぁ、そんな中二つ程チョイスしてクロスしてしまいました
リアルで超忙しいのに何してんだ俺・・・
拙作は公開処女作となります。激しく未熟です
原作は持ってますが、考察不足で独自設定を知らず出してしまうかもしれませんし
辻褄合わせの為に独自設定をだすかもしれません。というか出しますね・・・俺なら
そもそも、遅筆で更新不定期です

クロス当初編と本編編を交互に出して行きたいと思います
本編編はオリ主編でもあります。苦手な方はご注意ください

・・・次回に出るのいつだろう・・・

そんな未熟作ですが、もし好奇心があったらご一読ください



[27648] 遭遇編 第 1話  邂逅———割とありがちな爆発移動
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/05/08 14:09
 とある田舎の小さな村。
 そこにはよくある怪談が流れていた。

―――曰く、村の片隅にある廃工場、そこには悪魔が住んでいると

 よくある怪談だった。
 危険な場所に子供を行かせないため言い聞かせる『子供部屋の邪妖精』のようなものである。

 不穏な事件など何も起こらなかったし、肝試ししようとする活動的な若者も居なかった。
 子供達はただ一人を除いてそれを信じて近付かず、大人の真意に気付いていた聡明な少女も、まだ好奇心はそちらに向いていなかった。



―――ただ
 ある意味において、ある者達に取ってはそれは噂通りの存在であった。

 それは本来ならば彼らこそが、人々が恐れ、忌み嫌う闇夜に生きる人外共。
 その彼らが、そこの廃工場に『悪魔』が居る、と恐れるものが生み出されつつあったのだ。
 もしも、それが完成したのならば、その圧倒的な悪意によって彼らに暴虐が降り注ぐ事であろう事は間違いなかった。

 そこが廃工場である事も、生み出そうとしている者たちの意図によって偽装されたものだった。

 だから、その情報を得た彼らは家族を、大切な者を守るため、廃工場で生まれつつあるモノを破壊しに来たのである。



「ぎゃあ!」
 それは、どの人外の悲鳴だったか。
 彼らの屈強な肉体さえものともせぬ凶悪な弾丸が、留弾が、次々と彼らに襲いかかる。
 全身鎧にも似た装甲服を着た、化け物狩りのスペシャリスト達がそこには待ち伏せしていたのだ。



 廃工場の情報は真実だった。
 だが、その情報の漏洩そのものが彼らの罠だったのだ。
 だが、一方的にやられるわけにはいかない。
 彼らにも守るべき者は存在し、彼らは人には無い異能がある。

 尤も―――
 彼らとて限界はある。
 だが、自分の命などよりも大切な者があった。

 しかし、現実は厳しいものだ。
 とある人外が、吹き飛ばされ、一瞬だけ意識をとぎらせたと思えば、足が動かない。
 気付けば胸から下が爆弾で破裂したのか無くなっていた。
 どうりで、力が入らない筈だ。
 たとえ人間とは比べ物にならない生命力があろうが、これでは助かる筈も無い。
 
 痛みは無い。
 眠くなって来た。
 仲間はどれぐらい生き残っているのだろうか。
 逃げられた者は居たのだろうか。
 いや。
 自分と同じ志願した者達だ。
 何もなせず逃げる事は無いだろう。

 力を絞り出す。
 流れ出る血液とともに。命さえ加速させて。
 どうせ助からないなら出し惜しみするようなものでもないのだし。
 彼に気付いたのか、あちこちから、自らを省みない仲間達の力を感じた。
 それにすまない、と胸の内だけでつぶやき、意識は永遠に闇に落ちる。

 いったい、どんな力だったのかは人間には分からないだろう。



 この離れた地から、放たれた彼らの異能の力は———

 根こそぎ廃工場をこの世界から消し飛ばした。
 後に、核兵器さえ凌駕すると言われた、悪魔の頭脳とともに。












———某日本国某県某市、篠ノ之神社裏———

 友人と遊んでいた少女、織斑千冬はそのとき、起きた事をたった二つしか理解できなかった。
 爆音と暴風である。

 当時5歳でありながら、すでに自分の肉体コントロールが同年代の児童たちを遥かに凌駕していた彼女は、一緒に遊んでいた友人に覆いかぶさり、とっさにその余波からかばっていた。
 とは言っても彼女の知識では何が起こったのか理解出る訳も無く、内心では動揺凄まじく心臓はバクバクと鳴っていた。
 
 友人はこの神社の神主の娘で、篠ノ乃束と言う。
 束は神童と呼ばれる程の頭脳を有してはいるが、肉体は至って普通の五歳児並だった。

 頭脳が並ではない束と、身体能力が並ではない千冬。
 何かと浮きがちであった少女二人は、自然と交流を持つようになって行った。
 今では互いに無二の友である。
 肉体的に頑健なのは自分なのだから守らなければ、と言う義務感をしっかり持っている千冬であった。



「何が・・・起こったんだ?」
「えへへ〜、すごかったねえ、ちーちゃん」

 あたりを舞う粉塵を吸い込まないように袖で口を覆い、全く気に留めない束の口元も抑える。
 なんというか、のんきだなあ、怖くないのか? と考えてしまう千冬であった。

 やがて、粉塵が収まって来る。
「う・・・わ———」
 そこにあったのは直径三十メートル程のクレーターだった。
 神社裏で整備されていた木々は根こそぎなぎ倒され地肌を晒しており、中心に向かうに連れ、ギラギラと光沢を放っていた。
 さて、中心にはぐちゃぐちゃにスクラップと化した鉄屑の固まりと・・・。

———千冬はそれを認識した。
 年は自分と同じぐらいの、子供が踞っているのを。

「子供が居る!」
 千冬はクレーターを駆け下りようとして引っ張られた。
「危ないよ〜」
「止めろ束! あそこに子供が!」
 突撃しようとした千冬を束が両手で引っ張っていた。
 身体能力の差で、逆にずるずる引っ張られているが。

「でもね、ほらち〜ちゃん。中心に向けて光ってるよね、地面が高温で解けてガラスになってるんだよ、熱くて火傷しちゃうよ?」
「何を言っているんだ束? なんで地面がガラスになるんだ?」
 普通の五歳の意見である。
 ちょっと知識の差が出てしまったようである。
 だが、何故危ないのかは千冬も察した。その辺は同年代より聡明な千冬である。
 束が飛び抜けすぎているのだ。
 
「それこそ火傷する程熱いならなおさらだ! あの子が危ないだろ!」
「それこそどうでもいいのにな〜」
「良くない!」

 千冬に会うまで、知能の高さ故に隔絶されていたからなのだろうか。その点は推測するしか無いが、束は千冬以外に人としての興味を持とうともしなかった。
 何を言おうが完全に無視。
 いや、千冬以外、束の世界に居ない、と言った所か。
 両親さえ辛うじて認識する、と言った程度なのだ。
 後に、千冬に言われ、嫌われたくないと思った束は一応、人の話を聞く事だけはするようになったのだが。



「離せ、私は行く!」
 束を振り払って、まだ蒸気を上げるクレーターの中を千冬は突き進んで行った。

「あ〜あ、本当にどうでも良いのに。ち〜ちゃんは優しいなあ。でも」
 束はクレーターの中心にずんと、構える鉄屑を注視した。

「あっちはちょっと面白そうだな〜、あとでいじっちゃお★」 
 にこり、と天真爛漫に束は笑むのだった。



 その後、爆音を聞きつけた束の両親が神社裏の有様に悲鳴を上げ、さらにまだ熱引かぬクレーターに千冬が乗り込んで行っているのを見るや重ねて悲鳴を上げ、その中心の巨大な金属の塊になんだあれはと絶叫して、止めに千冬が助けようとしている、ここから見たら死体だよなあ、としか思えない程ぼろぼろの子供を見て、しばらく声が掠れて出なくなる程に絶叫する事になる。
 束はうるさいなあ、としか思っていない。
 ああ、千冬の心配だけはしているが。



 慌てて父がクレーターの中に入り、千冬とその子供を抱え上げた。
 さらさらとした、絹のような金髪を持った少年だった。
 無事な所を見つける方が大変な程全身くまなく大怪我をしており、彼は妻に救急車を呼ぶよう叫んだ。声は枯れ切っている。

 幸い、千冬は両掌の皮が水ぶくれになった———少年を担ごうとして地面に触れたからなのだが———他は、靴底のゴムが溶けたぐらいですんだ。

 やがて救急車に搬送され、千冬は火傷の治療の為同伴し、束は残った。
 危ないから止めるように言う母の言葉は完全に無視し、束は安全な場所までクレーターを降りて数秒観察、その鉄屑がなんなのか一発で見抜いた。
 胸に湧くのは好奇心。

 高き知能で大抵のものを理解できる少女にとって、未知とは最大の愉悦と言っても良い。
 大抵の事は大人でも匙を投げる書物を読みあさり、知識として参照できる彼女に取って、その鉄屑は理解できたが未知だった。

 何故なら、それは現行技術では絶対に作り上げる事は不可能であるのだから。






 少年の身元は不明だった。
 しかも明らかに国籍不明。
 すったもんだの紆余曲折の後、神社から最寄りの孤児院に引き取られる事が決まった。

 そして、少年とともに神社裏に出現した鉄塊だが。
 その日の夕刻、しばらくしたら来る警察になんと説明したら良いかと神社裏に来た神主———束の父が———神社裏に来た時すでに。

「ほっほ〜、なーるほど〜、こうなってるんだ〜これは凄いねっ! ふふふっ! これが分かるなんて束ちゃんはやっぱりすごい! まぁ、これを作った人もそこそこだけどね!」

 その神社の娘、束によって徹底的に解体されていた。
 五本の指の隙間それぞれに異なる工具を挟み、猛烈な勢いで分解、解析しつくしきっていたのだ。
 彼は自分の娘の異常性が恐ろしくなった。
 あの子は本当に人間なのだろうか、と。

 もう用は無い、と自分の横を通り過ぎる娘は、自分の事を認識していなかった。
 あまりの事に呆然とし、それこそ警察になんと説明しようか、と彼が頭を抱えるのはしばし後の事である。






 そして、少年は辛うじて一命を取り留めた。
 それからしばらくして、意識を取り戻したらしい。
 驚くべき事に、言語も通じて会話も出来るそうなので、面会謝絶が取り下げられた。
 だが、取り調べは、子供という事の上に、認識の齟齬が大きく、進んでいないらしい。

「ねー、ち〜ちゃん、本当に行くの〜?」
「当然だ」

 その事を聞いた千冬は、見舞いに行く事にした。
 4年後、弟が生まれその愛情を一点集中するまでは、全方面に優しい少女だったのである。
 
 花束とバナナが土産である。代金は何故か束の両親に貰った。
 お見舞いに行く、束も何故か付いて行くと告げたらくれたのだ。
 申し訳なかったが、手ぶらで行くのもあれだと、素直に受け取る事にした。
 花屋での買い物は、篠ノ乃母同伴である。
 バナナは吸収が良くて弱った体にもいい、と束に聞いていた事もある。

 なんだかんだ言って、最後まで束も千冬に付いて来た。

 病室に入ると、包帯だらけの少年が居た。背もたれを上げて、座るようにベットに寝ていた。
 包帯が無くても、貧弱で弱そうな印象を受ける。
 人形のように奇麗な顔立ちと美しい金髪に、一瞬、千冬は呼吸も忘れて息を飲んだ。

「大丈夫か?」
 千冬の声に一瞬だけびくっと反応したが、すぐに少年は千冬へ笑みを浮かべた。
「———大丈夫ですよ、手も足も折れてるらしいですけど」
 確かに、四肢は全てギブスで覆われていた。

「・・・そうか。———って、こら束。何をしてる」
 少年のギブスに落書きしようとしている束の襟首を引っ張って戻す。
 視線を戻すと、少年はじっと千冬を———いや、持っている花束を見ていた。
 そうだ、土産を渡そう。と思う前に少年は口を開いた。

「あなたがその手に持っているのはなんですか? 奇麗で、いい匂いがしますけど?」
「———あぁ、これか、お見舞いの花束とバナナだ、丁度渡そうと思っていたんだ」
「おぉ〜、バナナだバナナ〜、腐りかけが一番美味しぃんだよね!!」
「束、お見舞いの品を食おうとするな」
「え〜」

 そこで少年は妙な表情を浮かべた。
 今まで動揺の笑顔に、感動が含まれた表情である。
「お花・・・・・・? 不思議な構造をしてますね」
 その物言いに、さすがの千冬も問いかける。

「どうした、そんな顔して。まさか、花を見た事が無いのか? まぁ、それなら存分に見てくれ、あまり高い花は買えなかったのだがな」
 花束を少年に渡す。
 と言っても、両手がギブスなので腕で抱けるように。

「束、花瓶はあるか?」
「ん〜、わかんなーい。大丈夫! 三日ぐらいで腐っちゃうよ!」
「お前に聞いた私が馬鹿だった、看護士に聞いて———ん?」

 ナースステーションに向かおうとした千冬は、少年の様子が変わった事に訝しむ。
 少年はふるふると震えていた。
 そして、酷く恐縮した態度でまっすぐ千冬を見つめて来たのである。
「ありがとうございます!」
「あ、あぁ、そんなに気に入ってもらえたなら———」
 感動溢れんばかりの少年に千冬は面食らった。どもりながら言葉を紡いで行くと、言い切る前に少年は感動の言葉を繋げる。

「こんなに嬉しい贈り物は初めてです。あなたは、まるで天使のようです」
「んな、なぁっ———!」
 あまりにストレートな物言いに千冬の顔が真っ赤になる。
「ふふん、今更そんな事に気付くなんてまだまだだね! ち〜ちゃんは女神様みたいに輝いているんだよ!」
「お、おお、お前まで何を言っているんだ束!」
 何故か束が対抗して来た。
 もはや耳まで真っ赤になった千冬を尻目に、束は少年に千冬の魅力を語る。
 普段ののったりとした喋りではなく、まさしくマシンガントークで。
 これは見るものが見れば驚愕の光景だった。
 束が、千冬以外に語りかけているのである。内容は千冬の事だが。

「いい加減にしろ!」
「ち〜ちゃん!? ちょっとそれそのまむぅわ——————!!」
 羞恥がトップに達した千冬はバナナの房を一本毟ってそのまま束の口に突っ込んだ。
 当然、皮は剥いていない。
 それを少年はにこにこと笑顔で見つめていた。

「お前も、そんな恥ずかしい事を真顔で言うな!」
「そうですか? 思った事をそのまま言ったのですけど」
「それをやめろと言っている!」
 少年の口にもバナナを突っ込もうとして踏みとどまる。相手は怪我人だった。それを考慮できる程には物事を考えられる・・・はずだ、と自分に言い聞かせる彼女。

「そういえば、何を探していたのですか? さっき部屋から出ようとしていましたが」
「花瓶だ。花束をさすがにそのままにするわけにはいかないからな、」
「どんな用途に使うのですか? 形を教えてください」
 聞いて来てどうするのだ、と思ったが、素直に教える。なんだか、一般常識も随分知らなさそうだなあ、と思いながら。

「それでしたら、これを使ってください」
「これ?」
「これです」
 空きベットだった隣から花瓶を丁度持って来る。
「あぁ、これだ。これを花瓶って言う・・・は?」

 そうなんですか、これが花瓶ですね、教えてくれてありがとう御座います、と相変わらず畏まって腰の低い少年はベッドに寝そべったままだ。
 そりゃそうだ。彼は両足が骨折している。ベッドから動けない。
 では何が、今自分に花瓶を渡したのだ?

 なお、束は口から出したバナナを改めて皮を剥いて食べている。
 彼女では有り得ない。

「———な?」
 見つけた。見つけた後見つけなければ良かったと思ったが、見つけてしまった。
 ベッドの脇から、腕が生えていた。
 しかも機械製のマジックハンドである。
 ご丁寧に五本指で、精密動作もばっちりこなせそうだった。

 少年はそれを見上げ、にっこり笑いながら説明する。

「あぁ、両腕が使えないんで不便だったから、ベッドに腕を付けたんです。ついでに歩けないから頼んだ通り動くようにベッドを改造しましたし」

 何だそれは。

 あまりの事に千冬が思考停止していると、バナナを食べ終えた束がその腕を少し調べ。
「すごいよ、ち〜ちゃん。これは思考操作だねえ」
「はい。触れている肌の電位の差から思考を読み取らせているんです」
「ん〜ん〜、このへんはどうなってるのかなあ!」
 トンでも無い少年の発言を全く聞いていない束。さっきのは奇跡だったのか。相変わらずの束である。
 勝手に一人で解析している。ただ、上機嫌で鼻歌なんぞ歌っている。よっぽどこのベッドが気に入ったらしい。

「これ・・・お前が作ったのか?」
 両腕が折れているのに・・・いやそもそも、その年でどうやって? 材料は?
 次々と疑問が浮かんでは沈むあたり、千冬の頭脳も優秀である。
 
「はい。元々怪我する前にしていたお仕事と大して変わりませんし」
 そう言えば、と千冬は思う。
 彼はどうして神社の裏の爆発の中心で倒れていたのか

「どうしてあんな所で大怪我をしていたんだ?」
「さあ? お仕事をしていたらいきなり目の前が光って。気付いたらここで寝ていました」
「お仕事?」
 五歳の子供からは似つかわしくない言葉が出て来る。
「作っていました」
「何を?」
「ひこうき」
「・・・ひこうき?」

 何を言っているのか分からなくなった。
 ひこうきとは、まさか、飛行——————

「うん! あそこに一緒にゴミになってたあれだよね、ち〜ちゃん!」
 束が答える。返事をする気がないだけで、聞いてない訳ではないらしい。
 それで気付く。
 少年の側にあった鉄のかたまり。
 束が分解してしまったらしいそれを思い出す。

「あれを?」
「そう、軍事用重量爆撃機。長距離運行でばびゅーんと飛べるよ! 束ちゃんがぱぱ〜っと調べた分じゃ、お〜よそ地球の直径、その3分の2以内の距離なら無補給で何処へでもひとっ飛び! しかもこのマジックハンドと同じで思考操作だから誰でも機長になれちゃいます! えぇ〜、おっほん! 当便は〜単機で小さな島ならグロス単位で焦土に変える事ができます。半島だって余裕余裕! お客様達はせいぜい命乞いをしやがれーって、ぐらいすっごい代物だよ!」

「———国の偉い人がね是非とも必要だからって制作を頼んで来たんです」
 少年が独り言のように、特に誇るでも無くつぶやいた。
「最初は、簡単な玩具とかを作ってたんですよ。あとパズルとか・・・・・・皆面白がってくれたんですけど、だんだん化け物でも見るみたいに僕を見て・・・そのうち、僕に何かを望んでくれるのは、頼んでくれるのは軍の偉い人だけになりました」
 寂しそうに言うのだった。
 千冬はこのとき理解した。

 この少年は、束の同類だ。
 こんな幼い少年に軍が依頼する。
 異常事態だ。

 少年はきっと嘘をついていない。
 千冬は心に決めた。
 束と、この少年の力を無粋な破壊力になどせず、もっと素晴らしい事に生かしてくれるよう、自分が側に居てやろうと。
 一緒に遊ぶのだ。この、花や花瓶の存在すら知らなかった少年と。
 だから、手始めに仲良くなろうと思った。そのために必要な事を今まで忘れていた。

「私の名は織斑千冬だ、こいつの名は篠ノ乃束。人見知りする奴だが、悪い奴ではない。あなたは?」
 そうだ。名前の交換を忘れていた。
 何故忘れていたのだろう。そんな礼儀知らずになったつもりは無かった。
 そんな当たり前の事さえ忘れるような事が何かあっただろうか?
 考えても思いつかない。その思考は後に回す事にした。

———だが、彼女の決意は非常に困難な道である———

 少年は無邪気に微笑む。名を教えてもらった事に素直に感動しているのだ。
 きっと、自己紹介すらした事が無いのだろう。
 そう思うと、千冬は胸が痛くなった。

———何故ならば、彼は後に、生きた天災と称される束同様にDr.アトミックボムと称される事となる———
 
「僕、ゲボックと言います。フルネームでは、ゲボック・ギャクサッツです」

———別次元の頭脳を持った少年なのだから



[27648] 遭遇編 第 2話  幼少期、交流初期
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2011/05/15 04:56
 天才、と言うものはまず発想そのものからして常人とは違うものである。

 かの有名なアインシュタインが、相対性理論について考え出したきっかけは、エレベーターに乗った時、ふと。

―――このエレベーターが光の速度で動いたらどうなるのだろうか。

 と、いきなり妄想した事だったという逸話がある。
 常人ならば、そのエレベーターが登ればブレーキが効かずに建物の天井をぶち抜いて逝きっ放しロケットになるか、下れば地面に馬鹿でかい穴をあけるとしか考えないだろう。

 とまぁ、このように着目するところが一般人とは根本的に違うので、よくよく認識のズレというものが出てくる訳だ。

 この齟齬に対し、一切の無関心を貫いたのが篠ノ乃束であり。
 興味津々で突撃するもあまりの勢いで通り過ぎてしまうのがゲボック・ギャックサッツである。

 その結果、この二人の天才のお互いに対する認識は。

 束 → ゲボック = ちーちゃんと遊ぶのに邪魔(路上に落ちているレシートでも見るような目で見ている)
 ゲボック → 束 = 凄い人(傍から見ると懐いている)

 という図式で成り立つのだった。

 ゲボックは自分の頭脳が優れているとは思っていない。
 世の中には無尽蔵に自分の知らない事があると考え、自分にとって未知の事柄を知っている人を素直に尊敬し、感動するのである。
 尊敬される方も、悪い気はしないので教えるのだが、その人がそこまでにくるまでの努力だとか年月など全く意に介せず瞬く間に吸収し、未知な事が無くなるとまた尊敬できる人を探してフラフラと彷徨うのだ。

 詰まるところ、何が起こったのかといえば明白だった。ゲボックはこの世界で出会った束に釘付けとなったのだ。
 果てしなく湧き出るアイデアの泉、ゲボックはずっと、束を尊敬し続けていた。

 尊敬しているのは千冬に対しても同様だった。
 千冬は常人には理解できない二人の世界からいつも年相応の遊びの世界に二人を引っ張り出した。

 即興で情報圧縮言語を喋り出した束に、凄い凄いと即座に翻訳して返事するゲボック。
 無視されてもへこたれず話すゲボックに束は暗号化をかけて「しつこいなあ」と悪態をついて、それを解読してごめんなさいと謝るゲボック。

 そんな二人を周りの大人は気味の悪いものを見るような視線を向け、それに憤りを感じた千冬が「訳が分からん!」と殴りつけ、頭頂部をおさえる二人を公園まで無理やり引っ張って遊ぶのである。



 例えば。

「今日は、そうだな、砂場で城を作るか」
 何気に男前な千冬だった。
 この二人に限らず、ママゴトをすると母親役をやらせてもらえないのがささやかな悩みだったりする。
 姉ならばともかく、他に男子がいるのに父親役なんてやらされたらふてくされるのも仕方がないわけだが―――
 これがまた似合うから堪ったものではない。

「うーん、どんなお城にしましょうか」
 ゲボックは芸術的な行動が苦手である。
 積み木で遊ぶと寸分の狂いも無くジェンガも真っ青なバランスで積んだり並べたりするが、城を作ったりとかはしないのである。

「ハートの女王様のお城みたいなのがいいよね!」
 と言うのは束だ。
 彼女は不思議の国のアリスが大好きである。ウサギを見ると見かけに反した機動性で追いかける程に。

「とにかく大きな城がいいな」
 千冬の希望が出れば、暴走し出す二人がいる。

「それならば、強度を上げるためにハニカム構造にするといいですね」
「それじゃ女王は女王でも蜂の女王様のお城だよ! やっぱり二次元とも言えるトランプ兵をたくさん収容する為にフラクタルに積み上げなきゃ!」
「どれだけ増築しても違和感が無いようにするんですね。でも強度に不安があるので自作の補強剤で砂を固めないと」

「お前ら、城作りの相談だよな? これは」

「もちろんだよっ!」
「そのとおりですけど」
「そ、そうなのか?」
 千冬が腑に落ちないものを感じている間にも色んなものは加速する。

「翼をつけて見ましょうか」
「ふふんっ、そんなの前時代的だね!」
「分かりました。ではこの浮遊石を使いましょう」
「白兎のガードロボットも欲しいな! 空を飛んだりレーザーを撃ったりするんだよ!」
「地上に向けてプラズマ砲も撃てるといいと思いませんか?」
「おーい、おまえら・・・」
「なぁに?」
「なんですか」
「こう言う時だけ仲が良いな」
「?」
「タバちゃんは僕の話聞いてませんよ?」
「今まで明らかに会話してたよなぁっ!?」

 などなど。

「フユちゃんはどんなのがいいですか?」
「攻め込まれた時の為に自壊装置が欲しいな」
「おぉ~、んじゃ、このヌル爆雷で」
「格好いいですね、では僕からはこの超重力メギドで」
「あのなぁ・・・おい冗談だって、どうしてお前達は私の言葉を全肯定するんだ?」
「ちーちゃんだから」
「フユちゃんのお願いですから」
「だから何故だっ!?」



 その翌日。
 日本上空を周回していた某国のスパイ衛星は、衛星軌道上に突如として割り込んで来た城塞に激突したことで木っ端微塵となった。

 破壊される前に送信された映像を見た某国の人たちの反応と言うと―――
「これがラピ◯タ・・・」
「竜の巣から出てきたのか!!」
「いや違うって」
「◯ピュタは本当にあったんだ!!」
「違うつってるだろいいから黙れ!」
「ふははははっ見ろ―――人がゴミのようだ!!」
「そこのにわかオタクをつまみ出せ、ここはロボットが起動した時のセリフだろう!」
「「「貴様もかっ!!」」」
 (以上、分かりやすい様に翻訳しております)

―――とまぁ
 ご覧のとおり、砂の城は、最終的に天空の城へ進化したのである。
 空への打ち上げの号令は三人揃っての「「「バ◯ス」」」であり、前日見た地上波ロードショーに影響されたのは間違いない。
 この時ばかりは千冬もノッていた。
 国民的アニメの再現に興奮しない幼児はいない。
 千冬だってまだまだ子供なのだ。
 余談だが、千冬はドー◯のファンである。
 ますますキャラクターの成長チャートが順調に進むというものである。

 なお、主成分公園の砂である天空の城は撃破を目論む各国の基地を「神の雷」で次々と蒸発させ、直接落とそうとしたミサイルや戦闘機にいたってはウサミミ型レーダーを取り付けた起動兵器に迎撃され、尽くが撃破される大惨事を巻き起こす。

 処女航海を滅びの呪文で送られた天空の城は、敵なしとなるや悠々と地球の重力圏を離れ、浮遊石へのエネルギー供給が途切れた後、月面―――静かな海に不時着。
 ヘリウム3を採掘してエネルギー源とし、兎型自律メカがフラクタルに城を増築し続けているらしい。
 そして現在に至るも、『人類に敵対的な地球外起源種』もかくやの勢いで月と言う天体丸ごと建材扱いで、エンドレスに増築リフォームしっぱなしである。
 これで独自推進システムでも獲得したら彗星帝国の出来上がりだ。

 後に千冬が月を見ながら、己の黒歴史に頭を抱え、『時効・・・あれはもう時効だ』と呟いていたのを一夏少年が目撃している。



 とにかく、普通の感性で物事を捉え、何かと常識はずれな二人をを叱る千冬は必然的に二人を引っ張るようになる。
 ちょろちょろ動き回って騒動を起こす為、幼い日の千冬は姉気質が順調に育って行ったのは皮肉な話である。
 ゲボックにしても悪い事を教えてくれる千冬を尊敬していた。
 彼の住む孤児院ではゲボックは浮いてしまっていたので、彼はますます二人に依存して行く事となる。

 そんな三人の関係に変化が訪れたのは、束に妹が生まれた日の事である。

 その日は七夕なので、ゲボックと千冬は白紙の短冊とジュースを手に、公園でぼぅっとしていた。

「束は今病院か」
「そうみたいですね、家族が増えるってどんな気持ちなんでしょう」
「そうなってみないとなんともな・・・うちももうすぐ生まれるから、自然とわかるんじゃないか?」
「予定では十月でしたね。完成予定日までわかるなんて人間は凄いですね。でも、僕は前も一人でしたから、難しいです」
「ゲボック・・・」
「いいのですよフユちゃん。僕にはフユちゃんとタバちゃんがいるので寂しくないですよ? それに大好きな科学ができればそれで満足です」
「束はいい加減どうしたものか。出会ってもうすぐ四年・・・全然お前と打ち解けてくれないしな」
「僕が何か悪いのでしょうね。何かお願いしてくれればいいいのですけど」
「お前は別に悪くない・・・あいつもだいたい自分でなんでもできるしな。あぁ、一つだけ言わせろ、人の役に立ちたいからと言って、なんでもホイホイ聞くんじゃない。黙って従ってても仲良くなるとは限らん。だいたい、お前は本気で誰の頼みでも考えなしで実現させるからな。確実にシャレにならんことになるんだぞ?」



 一度、学校の肝試し大会で仕掛けを作ってくれと頼まれたゲボックがゾンビパウダーを精製してとんでもない事になった。
 生物化学室の標本が一斉にゾンビ化して地獄絵図を作り出したのである。
 幸い、人を襲わない親和的なうえに、趣味はボランティア。感染して増殖しないタイプだったので千冬無双で片付いた。篠ノ乃流を学んでいて良かったと心から感動した日である。
 ただ、取り囲んでスリラーを踊り歌い出すのでSAN値が凄まじい勢いで削れていくが。
 防腐剤滴るムーンウォークはその筋すら唸らせたらしい。

 致命的な被害者は一名。
 工作が得意だと聞き、ゲボックの度合いを知らずに『思いっきり笑いが止まらなくなるほどの恐怖で!』と頼んだ先生はゾンビ稼働をその身で体験した第一号となり、今でも病院で壁に向かって笑い続けているらしい。

 なお、骨格標本を一体逃がしてしまった。
 束によれば本物の女性の遺骨だったらしいと千冬でもゾッとする後日談もあったりする。



「フユちゃん・・・」
「なんだ?」
「子供ってどうやって作るんでしょう?」
「ぶほっ! ・・・いきなり何を言う!? ・・・ん? お前が分からないのは珍しいな、どうしたんだ?」
 ジュースが炭酸だったのがまずかった。思い切り放物線を描くように噴出した。
 努めて誤魔化す千冬は女の子である。
 成長の早い子は月のものがそろそろ来るので、男子よりその手の教育を早く受けるからだ。
 しかし、知識の極端なゲボックである。
「僕にはまだまだ分からない事は沢山あるんですよ? ただ、この件についてはみんな調べようとすると邪魔するんですよ。どうしたんでしょうか」
「ゲボックだからな」
 くす、と千冬は笑う。
 内心は動揺をしまくっているので流石のポーカーフェイスだった。

「フユちゃんの笑顔は相変わらずかわいいですねえ」
「だからそう言う事をお前は真顔で言うな!」
 照れには弱い千冬だった。
 これに鍛えられたせいで、後に弟が感じる千冬のツン度が比較的向上したらしい。
 ジュースを口に含みなおし、顔色を直そうとする。

「痛い!? どうして殴るんですかぁ―――?」
 頭を抑えてうずくまるゲボックを見下ろし、彼女は大いに悩む。
 まさか嘘八百を教えるわけにも行くまい。ゲボックの場合、それを実現化させる可能性がある。
 『木の股から子供が出てくる』なら森では人口爆発が起きるし、『キャベツから赤ん坊が出て』くれば収穫の際下手すれば畑がグロ真っ盛りの血畑となり、終いには赤子を浚うコウノトリが大増殖しそうな気がする。
 だが、今回は珍しくゲボックの質問である。なので返答を吟味し、真相をついてはいないが、嘘ではない言葉を用いて、誤魔化す事にする。

「そうだな、結婚すればできるんじゃないか?」
 有名なお父さんとお母さんが、のごまかしで使うネタだ。
 上の例でも出たが、木の股やコウノトリ、キャベツなどの類似ネタがある。

「それならフユちゃん、結婚してくれますか?」
「ブッふぉぉあああっ!? な、な、なな―――」
 切り返しを暴投したゲボックに千冬が再度噴き出した。結局まったく飲めずに終わる。
 そうなのだ、ゲボックとはこういう、良くも悪くも素直なやつなのである。

「―――な、なな、な、何をいきなり言い出すんだお前はっ!!」
「フユちゃんが家族になってくれるなら大歓迎だと思いまして。結婚すれば子供をどうやって作れるか研究できますし」
「するなっ! この馬鹿者がっ!」
 全力全開で隕石の如く、脳天に拳が炸裂。

「痛い痛い痛いっ! 何故だかいつに無く強力です! 何か自分が悪い事しましたか!? あぁぁぁぁぁっ!!」
 頭を抑えてゴロゴロ転がり出すゲボック。

「大体お前の様な未熟者が私と結婚しようなど十年早いわっ!」
 貧弱なゲボックがこの時ばかりはフルパワーの千冬鉄拳を受ければこうなるのも当然である。
 だから彼女は聞こえ無かった。

 十年ですか。

 短冊を握り締め、そう呟いたゲボックの声を。
 これを聞き逃す―――それがどんな事を意味するかも気づくわけも無く。



「しかしそうなると、タバちゃんの妹さんを見てみたいですね」
「確かにな。かわいいだろうしな」
「行きましょうか? 実物が一番標本として素晴らしいですし」
「行ってみたいが、間違っても束の妹をそんな目で見るな。本気で怖い。そもそも・・・あー、ちょっと待て。このあいだお前が作ったジェットチャリはゴメンだから―――と言っているそばから出すな」
「―――アダブッ! 痛いですよ、うぅ、それは残念です。フユちゃんと二人乗りとか夢だったんですけど」
「一漕ぎで新幹線のトップスピード追い抜く自転車なんぞに誰が乗るかっ!」
「でもフユちゃん乗りこなしましたよね? 空も飛べるから車の心配もないですし」
「どう考えてもただのミサイルだろそれは・・・」
 アーハーッと叫びながら神風しているゲボックを想像してげんなりする千冬。

「じゃあ、これで」
 そう言ってゲボックが取り出したのは輪になった紐だった。
 地面に円を描くように敷いてその中に千冬を招いて二人で入る。
「これでしっかり紐を掴んでください」
「ん?」
「よいしょっと・・・」
「なんだこれは?」

 二人でで輪になった紐に入って前後に並んで紐を持っている。
 完全無欠の電車ゴッコだった。

「おいゲボ―――」
「車掌は僕で、運転手も僕ですよ!」

 後にISの航空機動の要となるシステムPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)をどうやってか実装したロープで二人は結局空を飛んだ。

 なお、その様をシルエットで見るとETの棒有名シーンが一番近いので参照していただきたい。



「あははははははっ! Marvelous! 見てくださいフユちゃん! 緯経座標を入力すれば目的地まで一直線ですよ!」
「待てゲボック、今一直線と言ったか!?」
「はいっ! そのとお―――ゲバァ! 痛いなぁなんでしょこ―――レヴァッ!」

 ぐっきょんがっきょん、信号機に激突して嫌な音がする。
 飛んでる高さが問題だったのだ。丁度道路標識が掲示されているぐらいの高さだったりするので―――以下、ゲボックの悲鳴生中継でお送りします。

「看板ですかこ(ガンッ)痛い痛い! 針葉樹はマズイですねって、これは―――電線でずバババババババババアアアアァ!! どうして都合よく首にから(ぎゅるん!)? 絞首刑張りでビビィッ!」
「・・・ゲボック、高さを設定したらどうだ?」
 千冬は無傷だった。優れた動体視力で見切って最小限の動きでよけ、またゲボックを楯にして凌いでいる。
 なんなのだろうかこの無敵小学生は。
 自身とて突っ込みどころ満載であるのに、一々突っ込むのを辞めた彼女が当たり前の提案をするが、電線を振り払ったゲボックは何故か笑いだしている。

「タバちゃん探知機に切り替えたのでタバちゃんのいる高さでしか飛びませんよ? あー痺れました」
「生き物は轢くなよ」

 地上に彼女がいたらどうするつもりだったのか。
 車とか建物等・・・まぁ、ゲボックだから死にはしないか。
 変な信頼が芽生えてる事に自分の常識も危ういかもしれぬと脳裏に浮かぶが、常識人として一応注意するのだった。

「馬鹿かお前はっ! ・・・しかし無駄に頑丈になったな」
「フユちゃんにいっつも叩かれてますしね。それに強くなって誇れるよう頑張って強化改造してますから」
「―――は?」
「それよりフユちゃん、病院がもう見えて来ましたよ、あぁ、赤ちゃん楽しみです!!」
 興奮するゲボックに対し、千冬は冷静に病院を指差して言う。

「本当に早いな、ところでゲボック、どうやって止まるんだ?」
「・・・ア」
「・・・分かった、私はここで降りさせて貰う」

 ため息とともに千冬は身を翻す。
 黒豹を思わせるしなやかな躍動を見せ、三階分はある高さから躊躇い無く飛び降りる。
 そのまま空中で身を捻ると病院脇の植木の枝を順次蹴りつけながら減速、片膝を着いた形に着地した。

「おぉーう、フユちゃん、綺麗で―――ぐびゃあ!!」
 見惚れていたゲボックが病院に激突したのは、最早突っ込むまでも無い―――

―――それが、鉄筋コンクリートの壁面をぶち抜くほどのもので無ければ、だが。

「ゲボック!? ―――今行く、ちょっと待て!」
 幸い、ここは病院だ。医者には事欠かない。
 産婦人科ではあるけれど。



「どうしようっかな?」
 そこにいたのは、いつもの自信に満ちた姿とは程遠い、酷く狼狽えた姿の束だった。

「おーう、タバちゃん見つけましたー。とおおぉっっ―――ても探しましたよ? 如何しました? 僕で良ければ力になりますよ」
 そこにやって来たのは空気読めない男の子、頭にコンクリのかけら乗っけたゲボックである。
 千冬とはまた違った意味で不死身っぷりを表しているが、まあゲボックだしで片がつく。
 病院中から、「何今の音?」「事故!?」「馬鹿、三階に何がぶつかるんだよ!」「まさかあの時の奴が!」「うぉあ、でっかい穴、なんだこりゃあ!」「院長、奴って何ですか!」「先代院長があれだけの犠牲を払ったのにもう・・・だと!?」「だからそれなんですか院長!!?」「この間のあそこの若頭にやっちゃった医療ミスの報復かなあ」などと、一部を除いてゲボックの突撃で大騒ぎになっていた。

 頭からダクダク血が流れているが、ゲボックは相も変わらずハイテンションのまま、立ちつくしている束の肩越しにそれを見た。

「おぎゃあっ―――!!!」
 そこで泣いていたのは赤子だった。
 この女の子こそが篠ノ乃箒、誕生後数時間の束の妹だった。
 新生児室なのか、新生児が沢山居た。
 普段なら必ず何人か看護師がつくのだが、ゲボックが起こした騒ぎで、ここにいるのは束だけだったのである。
 職務怠慢である。普通なら逆にここに居なければならないのに。

「どうして泣いているのですか?」
 ひょこひょこやってきて真面目に赤子の方に聞いている。
「・・・誰、かな?」
「ゲボックですよ」
「知らないなあ」
 束はゲボックの事など、名前さえ覚えていなかった。

「僕は知ってますよ。タバちゃんはとっても頭のいいフユちゃんのお友達ですね!」
「フユちゃんって、ちーちゃんの事? センスないねー。あと、束ちゃんが天才なのは当然だからね」
「当然です! それで、どうしてこの子は泣いているのでしょう」
「それは分からないよ、それで考えてたんだけど・・・お腹がすいたのかなあ」

 束は優秀だったが、他人に殆どといって良いほど興味が無い。
 例外は千冬だが、彼女が泣いたところなど一度たりとも束は見たことがないのだ。
 よって、人が何故泣くのか。さっぱり興味の無かった束には分からないのだ。

 かろうじて認識できる両親に妹を見てもらうように言われ、見ていたのだが泣き出した。
 両親としては、面倒を見る、では無く、もっと人に意識を向けて欲しかったのである。
 親の心子は何とやら。正直束は途方にくれているという非常に珍しい状況下にあった。
 普段の彼女ならまったく気にしないで居ただろう。だが『妹』は束にとってもまだ未知の存在である。学習するにもまだ時間が無く、興味を持つかも決めていない。

「フムフム。泣くのはストレスが溜まっているからでしょう。セロトニンが足りないんでしょうか? 笑わせるには内在性オピオイドを分泌してもらえばいいのですが」
「・・・それは自分で出すとはいえ麻薬だよ」
「おぉ! 今日はタバちゃんが四ターン連続で返事してくれます! とってもいい日です!! よぅし、痛くないこの無針注射で赤ちゃんにニコニコ笑ってもらいましょう!」
 単純にそれが嬉しくてテンションが上がるゲボック。

「おぎゃああああああああああああ――――――!!!」
 赤子にしてみればこれは怖い。まだ目も良く見えていないものだから大泣きする。
 逆効果も甚だしい。

「―――ぉおう!? どうしたんですか? どこか痛いんですか? 注射嫌なのかなぁ、痛くないのになぁ―――ま、いいですか。ふっふっふ、まぁ、でもですねタバちゃん。僕は知っているのですよ、僕の居る孤児院にもこの子ほどではないですが小さい子が居ますから。その子らはこうするとみんな笑うんですよ。えと、どうです? タバちゃんの妹ちゃん、高い高いです!」
 もし、このまま抱えあげれば、生まれたばかりで首の据わっていない赤子にどれだけダメージが来ただろうか。というか、変な注射されていたかもしれないし。
 この時、偶然か生存本能か。
 生まれたばかりの赤子とはいえ、箒は自らの命を守護する行動を取った。

「―――ダアッ!」
「メガあああぁぁ!」
 綺麗な金髪を振り回し、顔面を抱えて後ろに仰け反ってぶっ倒れる。
 元気よく振り上げた足が、箒を抱え上げようとしたゲボックの目を突いたのだ。
 生まれたばかりの赤子は本来、うようよとしか体が動かせないものだが、天を突き上げんばかりに伸びた爪先が立って居た。
 産まれて早々、受難多き人生に適応し始めているのかもしれない。
 逞しき、生命の神秘を垣間見た気分である。

「ぶぎゃぁ!」
 止めとばかりに先程の激突で出来た頭部の怪我を強打。血糊がぶばっ、とばかりに広がった。
 それきりぴくぴく痙攣するゲボック。
 不死身にも限界はあるらしい。

「だぁ、だぁ」
 ゲボックを撃退した箒は束の指を掴んで笑っていた。
 一体、いつの間に泣き止んだのだろか。

 束は箒とゲボックを無表情に何度か見比べ―――



 のっぺりとした束の無表情に、とある亀裂が奔る。
「あは、ははは、は、あはは、あはははははははっ!!!」
 それが何なのかは分からないが、束の何かを壊したのは確かだった。
「箒ちゃんすごーい! えと、君なんていうんだっけ面白いね、でも役立たずー! あはははははははっ!」

 迸る哄笑。何事か、とそれを頼りに入ってきた千冬が見たものは。
 泣く赤子と大笑いする束。そして痙攣するゲボックだった。
「・・・何があったんだ?」
「箒ちゃんが泣いててこの子が高い高いでメガー! だよ、おっかしいよね!」
「全然分からん」
 千冬の感想ももっともである。



 良くわからないのだが―――
 ゲボックは束の笑いのツボを酷く突くらしい。
 今まではゲボックの作ったガラクタを興味深そうに分解し、改良して作り直して居たぐらいだったのだが―――

「あ、おはようございますフユちゃん。今日もいい朝ですね」
「ちーちゃんおっはよー!」
 二人は良くつるむようになった。
 一度興味を向ければのめり込む束である。

「ところで・・・」
「なあにー? ちーちゃん」
「束はどうしてゲボックに乗っているんだ?」
「お馬さんだから」
「ちなみに僕は手と膝にナノマシンを塗って運んでもらってます。三段亀さんみたいですね」
 シャーッ! とアスファルトの上を滑っていくゲボック&束。無駄に超性能だった。
「むーっ、駄目だよゲボ君! お馬さんは蹄の音を立てて走るんだよ」
「分かりました。どかかっどかかっ」
「あははははっ! そこは口なの!?」
 そこ、笑うとこか?
 あと少しは怒れ、ゲボック。

「どうしました? フユちゃん」
「・・・いや、お互い合意の上なら別にいいんだが」
「フユちゃんも乗ります?」
「結構だ!」

「えー、・・・それなら、あんまりやる意味ないねー」
「そうですねー」
 束はあっさりゲボックから降りる。
 馬も人に戻って立ち上がる。

「・・・お前らは何がしたかったんだ?」
「フユちゃん、車で行きますか?」
「あるのか?」
「ありますよー」
 答えるゲボックを無視して束が呼ぶと、普通の車両がやってきた。

「ゲボックの孤児院の人の車か?」
「タバちゃんのフルスクラッチです! 必要に応じてウサ耳が出ます」
「は・・・ふる? ・・・耳?」
 車にウサ耳が必要な事態って何だ。

「まーまー、乗った乗った、乗るのだー」
 嫌な予感がしながらも束に押されて車両に乗り込む。
「・・・誰も乗ってないぞ?」
「そりゃタバちゃんのですから」
「説明になっとらんぞ」

 というか、どうやってここに来た?
 運転席に誰も居ない。
「いやー、AIは組まさせてもらいました」
「・・・ええ、つまり?」
「この車は僕とタバちゃんの合作です! 言うだけで勝手に行ってくれますよ?」
「・・・そーか、良かったな」
「これなら免許がなくても大丈夫ですね!」
「そもそも運転手が居ない! どうしてこうなったんだ?」
「うっふっふ、それはなんでしょーか! それじゃあ、うぃーきゃんふらーいだね!」
 束はあんまり会話しないで事態を次へ進めることとなる。

「「せーの、ぽちっとなー!」」
「話を聞け! うぉおおおおおおっ!?」

 ジェットを噴射して、車は空を飛んだ。ウサ耳は展開済みである。
「お前らどうして何でも飛ばそうとするんだ? おかしくないか!? 車である意味がなくなるだろう!」
「「?」」
「二人そろって「ごめんなさい何言ってるのか分かんない」風に首を傾げるな! なんだか私がおかしい様な気になるじゃないか! 私が変なのか?」
「大丈夫です、僕が一緒になってあげますから」
「ほう? この私に、上から『なってあげますから?』か?」
「ごめんなさい」
 おかげで正気に戻る。
 ゲボックは素直に土下座。躾がずいぶんと行き届いている証拠だった。
 まあ、態度は絶対に改めないのだが。

「それじゃあ、束ちゃんは先に行ってるねー?
 ドアを開けて、何故か背負っているカバンから火を噴いて飛んでいく束。
 反重力も出来るが、様式美らしい。
ゲボックと千冬はそれを見送る。千冬の脳裏をよぎるデジャヴが、一つの疑問となって投擲される。
「・・・ゲボック、これはどうやって着地する?」
「・・・ア」
「頭がいいのだからそこは学習しろ馬鹿者が!!!」



 冒頭で述べたとおり、人は優秀になるにつれ、認識が一般人と乖離していく。
 天才の極みとは絶対的な孤独。
 だが、ここでは都合が良すぎるほど都合よく、とある天才が二人そろった。
 孤独ではなく、互いに互いを研究対象としているのが友情といえるかは不明だが。
 進歩が進歩を呼ぶというのならば、この組み合わせは爆発的なそれを生み出すだろう。
 驚異的な革新は、世界に歪みを生む。時として取り返しのつかないような。
 だが、それによって危機に陥る事は何とか差し押さえられている状態だ――――――



「フユちゃん」
「・・・なんだ」
「置いて行かないでくださいよ」
「ええい、断る!」
「手厳しいです!」

「うふふー、どうしたのかな、二人とも。遅刻しちゃうよー?」

 シュバーと飛んで来て言いたいことを言ったらすぐ戻っていく束。わざわざ言いにきたらしい。

「束・・・あとで覚えてろ」
「まあまあまあまあ―――がんっ!?」
「少し黙れ」
「痛タタ・・・といいましてもここには確か脱出装置が」
「あるのか」
 思わず身を乗り出す千冬――――――がちん。
「ありますよー? 飛行機みたいに座席ごとばしゅーんって飛ぶんです」
「ところでゲボック、一つ聞きたいんだが」
「何ですか? フユちゃんの質問なら大歓迎です!」
「今私が押した、これは何だ?」
 それは、青い石だった。
 運転席の後頭部、ちょうどその後部座席あたりに半ばめり込んである。
「死ぬほど痛いよ(はーと)」と、束の字で親切にも注釈付きだった。

「これは自爆装置ですよ」
「わざわざ説明するな」
「痛い! 聞きたいっていったのに!」
「何でこんな押しやすいところに設置しているんだお前らは・・・!」
「科学とは爆発なんですよね? タバちゃん言ってましたよ」
「束ええええええっ!」
 どっかんと花咲く炎の花。
 その寸前に飛び出した千冬はまさにハリウッド主人公といったところである。
 ゲボックの襟首を掴んで脱出したのは彼女の最後の良心である。
 ぐえーとか言っているゲボックを気にしてはいけない。彼はこのぐらいではびくともしないのである。









―――世界は何とか保っている。そう、一人の少女の心労の引き換えに、であるのだが



[27648] 遭遇編 第 3話  中等期、関わり始める世界、前編
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/06/05 20:36
「くそっ・・・」
 とある河川敷。
 川を横断するために跨る橋の根元。
 血と反吐と泥にまみれて彼はもたれ掛かっていた。

「あのアマ、絶対犯して殺してやる・・・」
 彼にしては珍しく、言葉を紡ぐ。
 今までにありえない、怨嗟の言葉だった。

 彼は典型的な、力で物を得るタイプの人間だった。
 金、女、物。
 あらゆるものを力尽くで脅し、奪い生きてきた。
 元々体格に優れていたと言うのもある。
 何より彼が力を求める事にためらいの無いのも原因の一つだった。
 武道を身に収め、その精神的理念とは間逆の行為をなし続けた。

 だが、力で出来る事など所詮高が知れている。
 力で奪うものは、結局更なる力に奪われるだけなのは常の世のさだめである。



「おいそこのお前、その見苦しいのを止めろ」
 いつもどおり、彼が弱者から金銭を巻き上げているとき、彼の栄華は終幕のコールを受ける。

 珍しい———歯向かう者がいる事に喜びを覚えながら彼が振り向けばそこにいたのは中等部にあがったばかりと思われる少女がいた。
 整った顔立ちだが、まとっている気配が尋常では無かった。
 触れれば切れるどころか心の臓までえぐりぬく! と言わんばかりの剣呑な気配。
 目はこの世全てを憎みきっているといわんばかりに釣りあがり、美しく整った顔の印象を台無しにしてしまっていた。

 嗜虐心とともに口角を吊り上げ、見下ろす。
 彼は言葉というものをあまり用いない。
 ただ力で押し潰し、踏み躙り、毟り取る。
 人の形をした獣といっていい存在だった。

 何故彼がこのような人格形成に至ったかは分からない。
 両親はごく普通の共働きの会社員、彼は特に家族の愛情に飢えるでもなく、また溺愛され甘やかされるでもなく普通に育てられてきた。
 別に貧困に喘いでいた訳でもない。
 逆に、満ち足りすぎているが故に渇望の求め先が無いわけでもない。

 生まれ育ってきた環境、幼いころ受けた印象深い事。
 そんなものは結局、些細な事でしかない。
 結局は、彼がこういう人間だった、という事に過ぎなかっただけなのだ。

 ただ、獣として行動するだけである。

 だが。
 彼が獣として足りないところがあるとすれば———

 ごぎん。
 伸ばした腕がへし折られた。

「——————っ!」
「見たところ初めてというわけでもあるまい。やる、という事はやられてもかまわない、という事だろう?」

 少女も彼と似た表情を浮かべる。
 口角を吊り上げた、威嚇の笑み。



 獣ならば。
 自分より強いものに威嚇などしない。
 見ずとも同じ空間にいるだけでそれと察する。

 特に———圧倒的強者と相対する場合は。

 つまるところ。
 彼は自分より強いものと出会ったことが無かっただけなのだ。

 彼は人の知性で、自分が負けるはずが無いと思い込んでしまった。



———獣ならば。
 脇目も振らず逃げ出さねばならぬほどの差なのだから———




 後は彼にとって馴染み深い展開にしかならなかった。
 圧倒的強者による一方的な蹂躙だ。
 ただし、それを受ける側に回るのが、初めてだっただけだ。



 そして、カメラを冒頭に戻そう。
 そこに残っていたのは獣の残りカスである。
 残された人としての恨み。
 ただ、人としても獣と共通したものが残された。

———殺意

 動かぬ体にはフラストレーションがたまる。

 そこにあるのは最早獣の様な剣呑さを内包したニンゲンに過ぎなかった。



「———Sです。検体を発見しました」
 彼の耳朶に女の声が届いたのはそんな時だった。
 日本人ではない。鮮やかな金髪が映えていた。
 女というには幼い、彼を叩きのめした少女と同じぐらいの年齢である。

「はい、状態も良好、順調にパラメータも上昇中です、間が良かったとも言えますね」
 少女が何を言っているのかも分からない。
 そもそも言葉を交わしているのは少女が耳に当てている携帯の先だ。

 年嵩が同じ程度の少女、それだけで彼の鬱屈を高めるには十分な理由だった。
 全身の筋肉が躍動する。彼は起き上がり、その身をねじ伏せようと———

 プシッ———

「———がああっ!」
「御免なさいね、寝てて頂戴」

 その怒りは激痛に寸断される。
 携帯とは逆の手には小口径の銃が握られていた。
 消音措置がなされている———恐るべきは反応速度の方である。
 いつ銃を取り出し、彼を撃ったのか、全く見えなかった。

 四肢を撃ち抜かれて転がる彼に保健所の職員のような格好をした男たちが取り掛かる。
 暴れる彼を押さえつけ、担架に縛りつけ、首筋に無針注射を押し当てて黙らせる。
 それを、対して興味なさそうに眺めていたが、少女は一息つくと、区切りとしたのか。

「———さて、これからどうなるのかしら?」
 言葉に反して、相変わらず興味なさそうに銃を持ち上げる。
 銃の紫煙を吹き消す仕草の後、懐にしまうときびすを返す。
 作業の隠匿は完璧だった。銃によって出来た血痕も既に無い。






 ISが発表される一年前。
 まだ、男女平等に移行しつつあるとはいえ、男尊女卑の根強かった時代の話である———






 あれから数年の時を経て、三人は中等部に上がっていた。
 この時の三人の状態とは言うと。

 まず。
 束の一人称が束さんに変わり。
 ゲボックの一人称が小生に変わった。



———学校について

「えー、ちーちゃんとゲボ君が居なきゃこんなつまんないところ来ないって」
 まず束。色々言いたいが義務教育だ。
 サボリの常習犯だった。なおかつ主席を取るのだから何も言えない。
 予断だが、ゲボ君のイントネーションは『下僕ン』だったりする。

「いやいや、ここも中々面白いですよ。なにで証明しているのかのか分からない杜撰な理論教えてますし」
 全く悪意無しで毒を吐くゲボック。本当に凄いと楽しんでいるから性質が悪い。

「お前らな・・・」
 二人を見て溜息をつくのは、最近めっきり目つきの悪くなった千冬だった。

 理由はある。彼女の両親がとうとう消息不明になったのだ。
 元々、家に寄り付かない両親だった。
 一夏などは二人の顔も覚えていない。
 というか、四年前の九月二十八日、『名前は一夏です。昨日生まれました』という添え書きとともに一夏が玄関で寝ていたのを見たときは、本気で両親の正気を疑った千冬である。酷すぎるネグレクトだ。
 一応、防寒処置は完璧だったが。

 そのため、あまり今まで変わらないのだが、唯一つ。蒸発に伴い困ったことが起きた。
 経済的支援がぱったり途絶えたのである。

 元々貯蓄はしていたのだが、全く収入が無ければ精神的余裕もなくなってくる。
 ゲボックが孤児院うちに来ますか? と言ったり、束の家でお相伴に預かったりしていたが、それで尚きつい。

 孤児院に行くのはきっぱり拒否していた。
 ゲボックにしても、いつの間にか自称『秘密基地』が出来てたりするので、あまり孤児院に執着は無い。大人にまで不気味がられるからだ。
 警察沙汰になるのは面倒なので、中学卒業までは孤児院に居るように千冬が言いつけている。
 同様に、両親の蒸発についても警察に届けていなかった。
 市政の介入があれば、現在の生活は出来ないからだ。

 余裕が無くなっているのは自分でも分かっているつもりだった。
 尤も———二人が最近の千冬を心配しているのも良く分かるのだ。



 しかし。
「特許で取ったお金だよー。束さんってばやっぱり天才!」
 背負ったリュックに札束を満載してくると言う暴挙をなす幼馴染だったり。
「金ですよ。使ってください!」
 といって純金の塊を持ってくるゲボック。
 念のためこれはどうしていたのかと聞いてみると。

「小生が作りました」
 錬金術師でも禁止されている事に頭痛を覚え、とりあえず張り倒して庭に金塊ごと埋めてしまった幼馴染だったり。何故死なないのだろう。



 有難いのだ。有難いのだが、今はその善意が重かった。
 この頃よくありがちな、善意を無条件で受けることに抵抗を抱き始める年頃ゆえの葛藤だった。



 千冬の困窮の種はそれだけではない・・・ことさら重いのが、家でニコニコ笑っている女性である。

 内側に緩くカールした灰色の髪に灰色の瞳、そして灰色の割烹着。
 常に笑顔を絶やさない、そして極めて無口なぱっと見人間の彼女。
 誰が思おうか、これが人の手によって作られた生命体だとは。

 家事手伝い用生物兵器———灰の三番。

 家事手伝い用とは何だ・・・と突っ込みたいのだが。
 ついに生命の創造まではじめた彼に、千冬は暗澹とした将来を感じずにはいられなかった。

 最初は当然断った。お手伝いなど要らないと。
 しかしゲボックは人手は必要ですよ、とこういうときに限って正論で論破してくるのだ。

 ゲボックや束、千冬が中学に上がり、一夏を保育園まで迎えにいくのが困難になったため、と言う事らしい(束の母がいっしょに迎えに行けばいいと言う発想は思いついていない。大人に頼りたくない年頃の弊害である)。
 再来年、一夏も小学生となる。家を守る存在も必要だ、と言う事だ。
 一夏を持ち出されては千冬も折れざるを得ない。

 なにより、千冬は家事が未だに上達しない。
 出来ないわけではないが、所謂要領をつかめないのだ。
 目の前でテキパキと掃除をこなしていく灰の三番に千冬は何もいえなくなった。
 それ程に彼我の戦力には差があるのである。

 実は一夏と同い年のようで稼働時間は四年———千冬は素直に四歳と言え、と言っているが。
 ゲボックは一夏や箒と幸せそうに笑いあう千冬や束の様子を見て、素直に羨ましく思ったらしく、家族を造ってみようと思い立ったようなのだ。
 実際可能なのが恐ろしい所である。

 そうやって生まれた灰の三番は生まれてから今まで何をしていたのかと言うと、『秘密基地』の管理をしていたとのことで。
 そこには束も入り浸っているし、千冬もよく通っていた。
 私生活はずぼら———その辺は三人とも似たようなものだが、そのゲボックの『秘密基地』が片付いていたのはどうも、そんなタネがあったようだ。
 良くぞ今まで出会わなかったものである。
 等と聞いてみたら、実は出過ぎるのもどうかと、と返された。
 ゲボックの何を抽出したらこんな子が出来るのか以後、永遠の謎である。

 だがしかし、見た目は十代の終盤、千冬たちより年上に見える。
 作られたとき既にこの見た目だったらしい。
 母恋しいのだろうか、千冬はそう思ってしまう。時々、一夏も隠しては居るがそんな表情だから。

 されどまあ———高いところにある洗濯物をとろうとして物理的に腕を伸ばしているのを見ると、あぁ、やっぱり人間じゃないか、と納得してしまうのがなんとも、である。

 どう見ても年上の灰の三番が、創造主であるゲボックの前では年相応の子供のようにニコニコと懐いているのはなんとも微妙な絵面であるが、『家族』としての仲は良好なようで、そこは良かった、と千冬も思っている。



 だが!!!
 
 
 
「グレイさーん、何を作ってるのー?」
 グレイさんなる程、そういう呼称もありだ。
「———(指を立ててニコニコなにやらジェスチャーをしている)」
「よっしゃ! ハンバーグだー!」
「———(びしっと、指を一夏の目の前に突きつける)」
「げっ、ピーマンに詰めんのか」
「———(びっと、指の動きを止める。心なしか眉が寄っている様にも見える)」
「む、好き嫌いしてたら千冬ねえみたいになれねえ・・・うー、分かった」

「・・・・・・」
 台所を覗く千冬は腕に力を込めすぎて震えていた。
 一夏が異常に懐いているのが・・・なんとも・・・どうにも・・・納得・・・できん!
 何気にふてくされている弟大好き千冬だった。

 それも仕方が無いもので、千冬は一夏を守る、と言う姿勢を常に貫いてきた。
 それゆえに、一夏にとって千冬は父性の象徴のような存在になっており、対して灰の三番は格好も相まって母性的な存在である。
 立派な男になるように、と少々躾も厳しくしている。まあ、それで少し身を引かれがちではある。
 それに、時々束の家で彼女の母に良くしてもらっている一夏としては、母性的存在は憧れだったのである。

 だがしかし・・・っ、一夏、何故奴のジェスチャーを理解できるんだ・・・っ!
 それは千冬を持ってしても最大の謎だった。

 しかし、生活費を自分で稼ぐと豪語したからには家に居る時間が減るのは必須。
 痛いです! と憤りの矛先を向けられるゲボックが居るだけである。

 張り詰めつつも、ギリギリの一線で気を抜かれ、不安定ながら平静な千冬だった。






「むー・・・この空前絶後の美貌の持ち主にして、天才束さんが苦戦するとは君も中々やるねー」

 そこは暗い部屋だった。
 縦横無尽に四周から声の主に向けられているモニターのみが光源となっているのだ。

 胡坐をかいて腕を組み、淡白く光るその物体を凝視しているのは束だった。



 その物体は、今束が精魂こめて作っているものだった。
 ぱっと見はキューブである。
 それがずらずらと転がっていた。

 誰がこの時知りえようか。これが完成した暁には、この世の全ての兵器が淘汰されようなどとは。

「何かお困りですかー? タバちゃん」
 モニターの隙間からさかさまにずるずる降りてくる人影———ゲボックだった。
 ここはゲボックの秘密基地、その中の束の部屋だった。
 ここには灰の三番も入っていないため、惨憺たる有様だった。
 まあ、この秘密基地自体が似たような状態になりつつあった。とんでもない速度で。
 灰の三番が織斑家に入り浸り、秘密基地の仕事は暇が出されていたからである。

「んぬぬぬぬー、今開発中の宇宙空間での作業用スーツに使う、コア君についてなんだけどねー」
「どうしました?」
「量子化、絶対防御、自己進化、自立意識の付与、他からの干渉を一切排するコア間での独自ネットワークの構築、ここまでは上手く行ったんだけどねー」
 それだけでも恐ろしいものだ。どれか一つでも技術の革新が生まれる。

「あれ? それって完成じゃないんですか? それにしても絡まったケーブルが痛い! どうして気付いたらおうちがトラップまみれになるんでしょ? 管理については灰の三番が居ないと駄目ですねー、どうしてですかねー、灰シリーズは何体か居るはずなんだけどおっかしいなあ? あだだだだっ! 何で有刺鉄線がここにあるの!?」
 ぶら下がっているゲボックが一人よがって痛がっている。

「それが一つのコアに搭載出来ないんだよー、今の束さんの課題だね! ねえ、ゲボ君———」
 ぎゃーうぎゃー、感電しました! 刺さる刺さる!

「・・・えい」
「ぶぎゃああああああああああ———っ!!」
 無数のモニター・・・タッチパネルのそれは侵入者迎撃用だったらしい。途端に流れる高圧電流にのたうつゲボック。
 話を聞いてもらえなかった事にぷくーっと脹れる束は年相応に可愛かったと述べておく。
 束の前に墜落。ぐわしゃっ! とコアをぶちまけて墜落。びくんびくん痙攣していた。
 あちこち焦げている。


「うっひょ、お、おおっ!? アイデアわきましたよ? さすがタバちゃんです」
 いきなりリレイズするゲボック。本当に不死身だなこいつ。

「もっかいやる?」
「ちょちょちょちょ、それは待ってくださいタバちゃん、ストーップです、さらっと怖いですよ、タバちゃん・・・冷血?」
「聞こえてるよ?」
「ほわーっ! 質問なのに既に決定事項としてスイッチ持ってるし!」
「世界って・・・ままならないよねー」
「待ってください、善良極まりない一般市民に平然と凶器を・・・おうおうおうおうっ、なにこれって戦争なのよね? みたいに諦めブギャアアアアーっ!」


 で、もう一回痙攣と復活。


「ところでゲボ君って今何してるの? 束さんは興味深々だね!」
「じぃーつはですねぇ、お薬を作ってるんですよ、それと笛ですかね。そうそう、前から作りたかった『わーいマシン』のようなものを作って欲しいって言ってくれた人が居ましてね! もうこれは作るっきゃありません!! 曲解して完全に自分の作りたいものにしちゃってるんですよ! だって楽しいし、検体と資金が湯水のように出ますし、まあ、元々金なんてどうでもいいですけど———ってことで寝ても研究し、覚めても研究し、最近食事も忘れ気味で研究してたせいでなんだかちょっと餓死っちゃう寸前でしたよ。灰の三番が居ないとこういうとき不便ですねー」
 マシンガントークだった。よほど楽しいと見える。

「灰の三番ってそんなに便利なの?」
 ちょっと興味出た、と身を乗り出す束。恰好もずぼらであるため、既に発達を始めた特定部位が此方を覗く。
 しかし、そんな事気にするものは一人も居ない。ある意味では若さの全く無い現場だった。こちらとしては寂しいモノがある。

「便利ですよー? 誰に似たのか気配りできる子ですし、かゆいところに手の届く孫の手みたいですよ。いっくんも懐いてるみたいですし」
「うーん、ちょっと欲しいかもー」
「でも他の灰シリーズはどうしてか三番程にはならないんですよねえ」
「ふーん」
 その辺は興味ないのでまたコアを弄り始める束だった。
 のち、三秒後。

「ねーゲボ君、これあげる」
「げっふぅっ! 何気に剛速球!?」
 それまで弄っていたのコアを急に投げつける束だった。
 ゲボックが撒き散らした限定版コアの事だ。
 あ、三連続でゲボックの頭に直撃した。

「いたた・・・えーと、このコア君ですか? 限定機能でも結構使えると思いますけど」
「束さんは常に完璧を求めるのだよ! にゃっはっは! ってゆーか、飽きちゃった。一から作った方が早いしね!」
「そうなんですか? 小生は逆に中途半端なものはそのままにして置くのは嫌だったりしますね」
「ほええ〜? これはちょっと驚いたよ。ゲボ君にもそう言うのがあるってのは知らなかったなあ」
「小生は基本、楽しく科学できれば良いんですけどね」
 なるほどなるほど、と頷く束は、ちょっと前の話題を引っ張り出す。

「そう言えば、いっくんが懐いてる灰の三番もリサイクル品だっけ?」
「そうなりますね? 元々微粒子をナノマシン制御する統制用の母体だったんですけど、展開速度に難がありまして。それじゃあ、別の事してもらいましょってことで。まあ、それでもチタン合金ぐらいは輪切りに出来る生物兵器なんですけどねぇ」
 ばっちり家事にハマってるみたいですよ? とニヤニヤ笑う。

「あ、そーだタバちゃん十人の小人って知ってます?」
「当然! 知ってるよー。十人の小人からそれぞれ腕とか足とか頭とか取っちゃうひどい話だよね。束さんはその人が何をしたいのか良く分からないよ。その実興味無いだけなんだけど」
「小生にも良く分かりませんね、そもそもなんで思いついたんでしょ? ま、いっか! 十人から取った手足を組み合わせると11人目の小人が出来るんですね。その子は手足の長さがちぐはぐだったりしますけど、それでも他の小人と違って———どこも欠けていない」
「その子達を小人さんにするってこと?」
「そうですねぇ〜、小生は実験してみたいだけですし。ま、今の研究が終わったらですけど」
 もらっておきますと服の中に明らかに納まりきらないコアを詰め込んでいく。

———入ったし。どうなってるそれ。

「———あ、そうだ、いっくんと言えば———タバちゃんタバちゃん、いっくんが何故か小生に会うたびに『初めまして』って言うのか理由知ってますか?」
「あー、あれはゲボ君がいっくんをデラックスにしようとするからだよ?」
「格好いいじゃないですか!」
 目をきらきら光らせるゲボック。

「少なくともドリルとミサイル、ブースターは絶対付けたいです!」
「いいかも・・・なーんて駄目駄目! ちーちゃんが怒るよー?」
「・・・・・・」
「ゲボ君?」

 はて。ゲボックは?というとガタガタ震えていた。
「おぉぉぉおお〜もい出させないで下さいタバちゃん! 実際物凄く怖かったですから!」

「え? 本当? どんな感じだった?」
「気付いたら空中に殴り飛ばされて。小生が動かなくなるまで地上に戻してくれませんでした」
 エアリアル的な意味で。

「わーお・・・そりゃ愛だね・・・そうそう、いっくんがゲボ君のこと覚えてないのは、ちーちゃんに記憶消されてるからだよ」

 そんな処置が必要なトラウマ刻むのか、いったい何をしたんだろうこの馬科学者は。

「そんな愛は重すぎます!? ふぅううーむ? ついにフユちゃんは記憶を消す秘孔でも身に付けたんですか? 中国に嫁探しに行くって六年前に失踪した竜骨寺さんとか使ってましたけど」
「え? 何それ? いや、まーそりゃどうでもいいけど。あーもう、そんなんじゃないね! ふっふっふ・・・・・・じゃっ、じゃじゃーん! なんとびっくり! 単にいっくんのこの辺を斜め上からびしっと———綺麗さっぱりゲボ君の事だけ忘れてるんだよね。本当びっくり! ちーちゃんのいっくんへの熱々の溺愛だね!」
 ちょっぷの真似。
 しゅっしゅっと口で言っている。

 一夏は古いテレビか。

「いっくんの記憶力って初期ロムぐらいなんでしょうか」
「さあー?」
「って事はいっくんも結構叩かれてますねー。週一くらいで」
「・・・どれだけいっくん改造したいの?」
「是非ともですよ! しっかし良かった! てっきり小生のキャラが薄くて忘れられてるかと心配してましたよ!」
「あはははは! ゲボ君に限ってそれは無いよー!」
「束ちゃんだって名前覚えてくれるまで四年もかかりましたし・・・やっぱ小生って・・・」
 喋りながらどんどん気弱になっていくゲボック。なんだか一人でいじけ出してのの字を書き出した。

「あー、ゲボ君いじけちゃ駄目だよ! あの時はただ興味無かっただけなんだし!」
「悪意の無い正直な言葉で胸がえぐられる! いよぉし、こうなったら頑張っていっくんに名前を覚えてもらいます!」
「その前にゲボ君がハンバーグにされそうだね!」
「おぉう・・・とってもリアルな未来予測ですね・・・でもフユちゃん料理下手ですし」
「二人して色々彷徨ったしね!」
「なんの道具も無しで空の上に行ったのは初めてでした」
「・・・そうだねー・・・こう、ふわふわーっと・・・なんかお父さんいた気がしたね・・・」
 二人して遠い眼をして見上げる。
 人はそれを幽体離脱と言うのである。
 因みに上を見ても配線と天井しかない。
 照明も乏しいので真っ暗だった。
 しかし、ツッコミが誰も居ないボケ通しは非常に苦しいものがある。

 なお、束の父、篠ノ乃柳韻は、篠ノ之流剣術師範のバリバリの現役で存命どころか健康極まりない。



「ま、いっか! 続きしよー続きー、束さん頑張っちゃうぞー!」
「手伝う事はありますか?」
「今の所無いね! 束さんだけで十分十分! 後で見せあっこしようよ!」
「いいですねえ! 分かりました。小生も戻って科学してきますねー?」
 よいしょいよいしょと元の場所に戻ろうと四苦八苦しながら登っていくゲボック。
 恐らく、これからひたすら研究と実験に突入するのだろう。



「———ほう? 何を頑張ると? 学生が学校も来ずになにをやってる? お前ら」

 低い、地の底から響くような声が聞こえなければ。
 ツッコミが到着したようだった。

「お?」
「ほよ?」
 いい加減学習しないのか、怒気満ちる声を聞いてもぽかーんとしている。

「珍しく大人しいと思ったら・・・!」
 ずしんっ! と足音を響かせんばかりの勢いで千冬が部屋に入ってきた。
 その背後にはゲボックの作った生物兵器が死屍累々と倒されていた。
 それをみてようやく。冷や汗をたらすゲボック。

 警備員代わりの生物兵器は、敵意を見せない限り身内認定の千冬には攻撃しない。
 つまり、相当殺気を放っていると言う事だ。

「なんか妙だと思ったら、偶然鼻を押した瞬間二人とものっぺりとした顔になってくれてな?」
 千冬は人間大の人形を二体担いで居る。
 待て、担いだまま警備員替りの生物兵器をなぎ払ってきたというのか?

「あ、それってコピーロボット(人間大)だねー。良くぞ今まで頑張った! ほめて遣わすぞー」
「影武者として学校に行ってもらってたんですよ?」
 二人はただ、千冬が怒っているという事しか気にしていない。
 どうして、怒っているのかなど分かるわけもない。
 何故なら、研究をしていたからだ。
 研究第一なのだ。他にはなさそうだった。特にゲボック。

「最近な、新しい係が出来たんだよ・・・『対特定狂乱対策係』というものでな・・・?」
「それでどうしたんですか?」
「私が、長に命じられた」
「わー、ちーちゃんさっすがー!」
「人員は・・・私一人だ」
「凄いじゃないですかフユちゃん! ただ一人選抜されるなんて!」
 悪意は無い。全くこの二人に悪意は無いのだ。

「学校も来ずこんな物に代役をやらせるとはなあ・・・」
 学校での最近の流行は思考放棄だ。嘆かわしい。
 思考行動は人間にのみ許された行動だと言うのに。
 まて、私はこんな事を考える女だったか?

 二人に毒されている?
 あり得る。おそらく世界で一番二人の影響を受けているのは自分だ。それだけの時を一緒に生きている。
 
 ・・・だからって先生。『お前ぐらいしか適任者が居ない。是非とも頑張ってくれ、いやいや待て待て待て、待ってくれいや、待って下さい、この通りお願いします。本当この通りです』と男泣きしながら土下座なんて本気で止めて欲しかった。
 生活指導の強面先生だったので逆の意味でトラウマだ。

 さらにだ。それから廊下ですれ違う不良達に『オス! 姐さん今日もお美しいですね、お務め頑張ってください!!』と最敬礼されるのだ。
 どうしてくれる。
 ここままだと道を歩いても似たような事になるんだろうさ、私だって女なのに!!


 千冬が自分の将来に不安を抱いている所にあっけらかんとゲボックが笑顔になってへこへこやってくる。
 こいつに悩みなんてないんだろうなぁ。
 殺意芽生えてきた。

「あー、分かりました!」
 剣呑になってきた千冬に全く気づいて居ないゲボックはぽんっ、と手を打った。
 なになにー? と束も近寄ってきた。

「で、今まで何していた? 二人とも」
「あー、聞きたい聞きたいー?」
 満面の笑顔の束。聞いて欲しくて仕方が無いのだ。なにやらゴソゴソしていたゲボックは、束が担いで居る二体と同じ人形を引っ張り出していた。

「———フユちゃんも遊びたいんですよね! 明日からフユちゃんも要ります?」

 ぶちっ———

 確かに、何かが切れる音がした。
 理由は分からなくても生存本能で逃げ出す二人。

 だが、元々運動が得意でない二人が千冬から逃げられる道理は無い。
 千冬はコピーロボット二体を投げ捨てるや人間離れした速度で突撃し、非常用ハッチに潜り込もうとしていた束の襟首を掴む。
 束が息を詰まらせて硬直している間に後ろ手に逃げ出そうとしているゲボックの足首を捕まえた。
 地獄の釜に引きずり込まれる罪人のようにゲボックを引きずり吊るし上げ、二人とも地面からぶらり浮かされる。

「お前ら・・・」
 宙に浮いてじたばたしている二人を、怒りのまま振り回しつつ、すでにプッツンしていた千冬は爆発した。

「真面目に学校に来んかああああああああ——————っ!!!!」
 こんな調子の続く、落ち着かぬ日々が三人の日常であった。






「おぉおう・・・」
 ようやく通学させたある日。
 ゲボックが食い入るようにその本を見ていた。

「これは、凄いです・・・」
「だろう? ゲボック、お前も変に頭ばっか使ってないで偶にはこういうのも見ろよなー」

 学校におけるゲボックは、別に孤立しているわけではない。
 見識のあるものほどゲボックについては不気味がったり、あるいは利用しようとする。
 だが、利用しようとすると千冬が待ち構えているのだ。

 逆に、ゲボックのことを単なる変な奴だと思っている級友は、気さくに会話をしたりする。全く外国人らしくない仕草や、なんでも素直にホイホイ聞くのが、人気の原因らしい。
 もう一人、似て異なる素質を持つ束が居る事もある。
 彼女の方は興味の無いものに対しては一切無視を貫いているため。
 御高くとまっている女、と見られて敬遠されており、それに比較されてゲボックが緩くなっている感じだった。

 ベキャッ!

「おぉぉ・・・ぷっけぴぃ!」
 一心不乱に本を読んでいるゲボックの頭に英和辞書が炸裂した。
 舌を噛んだようであひあひ言っている。
 因みに本を貸した級友も頭を抑えている。
 金属補強が施されているのだ。これは痛い。

「もうすぐ先生が来ると言うのに何をしているお前らは」
「・・・ふおいおろれふ(凄いものです)」
「げ、織斑・・・ゲボック、おい嫁が来たぞ」
「お嫁さん!? それは本当ですかフユちゃん! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「誰が嫁だ!」
「アウフッ!」
「・・・真に受けるな」
 ぶぎゃああああと悲鳴を上げるゲボック。二発目だった。

 落ちている本を拾う。
「いったい何を読んでるんだ? まあ、お前も年頃の男だし・・・少しは隠すような真似をだな・・・ん? 漫画?」

「おう、こいつにもこういう娯楽を教えてやろうと思ってな」
 それは、マンガの神が描いた作品の一つだった。
 普段はどこか足りない少年が、額のオデキに隠された第三の目を開放するや卓越した知能と超科学技術で活躍するマンガである。

———ちょっとゲボックと性質が似ているな、と思ったのは内緒である。まあ、ゲボックには攻撃性のかけらも無いが。

「見てください! 人間の脳みそがトコロテンになってます!」
「いや・・・まぁ、なぁ」
 流石の千冬も漫画にはツッこめない。
 そうだな、と思案する千冬。

「これは原子変換ってレベルじゃないです! 他の細胞に変化は無く、頭脳のみを変換してさらに最低限の生命維持活動を維持しています! Marverous!! 歩行だってしてるんですよ! 一体どうしているしょうか! 分からない! 照点レーザー? いやいや、ただ普通の発光です。指向性があるようには見えない・・・あぁ、驚きました。小生も頑張って科学をしてきましたが・・・まだまだなのですねえ。思い知りました。山崎君、素晴らしい物を見せていただき、有り難うございます」

「あーそう言う見方すんのねお前。相変わらず科学馬鹿だな」

「ええ、小生の科学的探求なんてまだまだ児戯にすぎないんですね。これに比べれば馬鹿と言っても差し支えない・・・思い知りました」
 話がかみ合っていない。

「山一、ゲボックの変なスイッチいれるな」
「悪りぃ悪りぃ、嫁が言うんじゃ旦那———ぎゃあ!」
「誰が嫁だ」
 誰相手だろうと容赦無い千冬だった。

「あと俺山口だから。ま、続き持って来てやるから楽しみにしとけ」
「分かりました! 是非ともこれら実現させて山崎君にプレゼントします!」
「いや、マジでそうなったら織斑に『ブッ消されそう』だからやめとくわ」
「山一・・・」
「やべ、じゃーな、俺席に戻るわ・・・あと俺は山口だ・・・なんでお前ら夫婦は俺の名前を良い加減憶えないんだよ・・・」

「何を言ってる? 山一」
「山崎君は山崎君ですよ?」

「畜生! 悔しくなんかねええええ!!」
 何気に息の合う二人が悔しかったのか捨て台詞付きだった。

 残された二人は朝の準備を始める。
 ふと、この楽しさを他にも広げようとしているゲボックが。
「後でタバちゃんにも見せてあげましょう」
「頼むからやめてくれ」 
 後が怖い。







———そんなこんなで放課後

 正直、学校で天才二人が学ぶことはない。
 既に教職員の誰よりも高い知性を得てしまっているからだ。
 千冬はそれでも二人を沢山の人と接触させたかったのだ。

「バイト行ってくる」
 荷物を片付けながら千冬は述べた。
 彼女はちょっとしたBerで働いている。

 一夏と生活する為にはどうしても先立つ物が必要だ。
 束やゲボックは金銭に疎い。
 そのくせどうやってか大量に得ているのだ。
 頼めば二人はいやな顔一つせず全部差し出してくるに違いない。

 だが、それは千冬の望む事では無いのだ。

 幸い、勤め先のマスターは良い人だった。
 未成年であるにも関わらず、黙っていてくれる。

 表向きは十才も逆にサバを読んでいるが、案外客には通じる物である。大事なのは度胸だ。

 マスターの店は雰囲気が良いのでセクハラしてくる客も少ない傾向にある。
 一度尻に手を延ばして来た客を極めつつ投げ倒し、捩じ伏せてしまった事もあるだろう。
 
 最早篠ノ之流の古武術(剣術だけじゃすまなく、千冬は秘伝まで吸収して行った。調子に乗って教えすぎたとは柳韻の後述)は骨まで染み付いているようだった。
 何より、バイト自体にも少しずつだが、楽しみを見出して来た。
 特に上がりの際マスターが出してくれる・・・待て待て、ここでは言えない。



 と、いきなりだった。

「チャオ! もしもし小生ですよ? ——————はい分かりましたよ? 伝えておきますね」
 宙に向かってブツブツ言いだすゲボック。千冬にぐるんと向き合うと腕をブンブンふりだした。
 
「フユちゃん! 灰の三番から脳波です! 今日の夕食はコロッケと海藻サラダらしいですよ!」
「脳波って・・・あいつからか・・・分かった、いつも通りの時間でバイトから上がると伝えてくれ」
 千冬も慣れてしまっていた。ああ、そうなんだと考え始めている。
 頭痛が酷くなるし。

「分かりましたよ、フユちゃん」

 今の話題では、そんな事より千冬を悩ます事柄があるのだ。

———あぁ、悔しい
 あの家事手伝いは一夏と手を繋いでスーパーで夜の献立を吟味していたのだ。
 お菓子をねだる一夏をいさめ、一つだけですよ、と結局妥協したに決まっている。

———あいつは甘すぎる! 一夏が虫歯になったらどうする!

 思わず握っていたシャーペンがへし折れた。
 落ち着け、落ち着くんだ千冬、はい深呼吸。

 何とか気を宥めると、まだ宙へ視線をふらつかせるゲボックを見やる。
・・・・・・おかしなクスリをヤっている様にしか見えない。

「ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが・・・何というか、危ない」
 色んな意味で。

「・・・どうしてですか?」
 何か電波を受信しているみたいで・・・あぁ、そうか、実際に受信しているのだった。

「まぁ・・・ゲボックなら何とかなるか」
 普段の言動的に。



 かなり失礼だが、真実を突いた意見を抱くと千冬はバイトに向かった。

「さて、今日は小生も灰の三番のご飯貰いましょうか、さて、今日こそいっくんに———」
「させるかぁ!」
 迷わずバックしてシャイニングウィザードを放つ千冬だった。

 なお、束はサボりでとっくに早退している。






「楽しいお友達ですね」
「いえ、少し冗談では済まない事もありまして」

 キュッキュとグラスを磨くマスターにむっつりとした顔で千冬は嘆息する。
 バイト先のBarで、雑談を求められたために出たのは幼馴染みの二人の事である。
 一度、一夏について語り出したらもう止めて下さいと言われてしまったのだ。
 何故だろうか。
 今の千冬は、バーテンダーの衣装を装っている。
 カクテル一つ作れないが、そこは雰囲気です。とマスターに押し切られた。

「でも、お二人とも大切なお友達なのでしょう、貴女の顔を見れば、分かりますよ」
「ええ・・・まぁ、そうかもしれませんが」
 素直に認めたく無いもので。

「ですがね、千冬さん」
 年相応にブスッとしている彼女にマスターは急に少しだけ険しい表情を浮かべる。

「そう言う貴女だってそうとう暴れているでしょう? 聞きましたよ? 不良グループを丸々一つ潰してしまったとか。たとえその行為が正義感から来たものだとしても、暴力で全てを解決しようとする姿勢はいけません。そのような事を続けて行けば、いつか手痛いしっぺ返しに会ってしまいますよ」
「・・・はい、申し訳ありません」

 マスターの情報網にはいつも舌を巻く。
 先月、多人数で一人を恐喝している現場に居合わせ、全員を木刀で叩きのめした。
 その事に恥ずかしくなる。
 別段、正義感からでは無いからだ。

 最近、両親が蒸発してから、千冬が情緒不安定なのは前も述べたとおりである。
 この時も、目の前で行われる行為に、ただ居ても立っても居られなくなっただけだ。
 放って置く事そのものに憤りを感じ、兎に角堪らなくなった。
 ぶちのめさずにはいられなかったのである。

 敵対的な意識を向けるだけで勝手に襲って来た。
 後に過剰防衛だと諌められたが、相手の数が数だけに不問となった。


———その裏で、暗躍した二人がいるとも知らずに


 幸い、彼等は力で統率されたグループだったらしく、リーダーを血だるまにした途端、蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 しかし、なにか憮然とした後味しか残らない。
 圧勝だったとはいえ、久々に歯ごたえのある相手だったのに・・・何もすっきりしないのだ。
 千冬はただ解消できぬ『何か』を暴力に変えてあたっただけにすぎないのだから。
 鬱屈とした感情は、彼女の心理に重く沈殿していく——————



 ガシャーン!

 ハッとして顔をあげる。
 テーブルが倒れ、料理やドリンクが床にバラ撒かれている。

———倒してしまった・・・ようには見えないな

 どうやらマスターに愚痴っている間に諍いが初まったらしい。
 見たところ、血気盛った客同士の諍いだ。



 Barの隅にあるバケツから、木刀を抜き取る。
 千冬愛用の真っ黒な『鋼よりも強靭な木から削り出した木刀』だ。
 ゲボックの秘密基地に植生していた木から出来ている。
 時によっては『アレトゥーサ』と言うものになるらしい。 
 その場合、ただの木なのに、冬虫夏草のように動物の死体に寄生して歩き出すらしい。どんな化け物だ。
 まったくもってよく分からない。
 しかもまだ生きているらしい。だから、普段は肥料を溶かした水に浸けている。
 ものすごく頑丈なので乱暴に熱かっても気にしないと言う。
 ただ、優しく接していると応えてくれますよとか。なぜプラントセラピー?
 
 言われた通りにしてみたら、春には花を咲かすので千冬はその観賞をささやかな楽しみにしていた。



———ぶれかけた思考を仕事に集中しなおす
 マスターから千冬に与えられた仕事の一つ———用心棒だ

 つまみ一つ満足に作れない千冬がここに置いてもらえる最大の理由だった。
 他には在庫の出し入れなどが主な仕事だ。
 大樽があったりして、中々重労働だったりする。

 それはさておき。
 店にはマスターの趣味で色んな人がくる。
 色々訳ありが集まりやすいそうだ。
 えり好みしないのは千冬を置いてもらえる理由にもなっているので文句は言えないが、かなり頻繁に諍いが起こる。
 千冬もそんなに暇できないと言うものだ。
 それでいてBer全体に下卑た雰囲気が無いのはマスターの人柄だろう。
 千冬がくる前からそうなのだから———まさか前はマスター単身で無力化していたのだろうか。

 特に部活等もしていない千冬の戦闘能力を何故知っているのか。
 超実践派である篠ノ之流古武術は危なすぎて対外試合は無いし———

 まぁ・・・疑問点に目を瞑れば、千冬の言いたく無い事を察して黙っていてくれる上に、適した仕事を采配するマスターは本当にないすな燻し銀。まさに適材適所、感謝してもし足りない。



 戦闘を意識した瞬間。
 千冬の雰囲気が———『堕ちる』
 表情が変化が乏しくなり、目付きが殺気で塗り潰される。
 剣呑な空気が周りに圧迫を与え始めた。

 気弱な者は充てられて呼吸困難を訴える程だ。



 そしてその結果など、今更語る迄も無い。



「流石ですね」
 気楽にマスターはカクテルを振っていたりする。
 暴れた客は適度に殴打して、転がしておくだけに留めている。
 骨や靭帯に損傷を与えなければよし、と言うここルールの為、後遺症こそ残らないものの袋叩きである。
 警察に摘発されないか、千冬としてはなんとなく心配である。

「いえ、マスター。相手がこれでは剣が錆びます———おい、身包み剥いだあとふん縛って表に転がしておけ!」
「はい! 姐さん!!」
「うぐっ!」
 あぁ、ここでもか。
 年上の男にまでそう言われてしまっている。
 
 彼は店員ではない。店の雰囲気には全く合ってないが常連なのである。
 お陰で千冬とも少なくない面識がある。
 彼が素直に支持を聞くのは———空気、としか言いようが無い。

 年齢を偽っているとは言え———いや、だからこそ落ち込む。


 その時。

「———ぐあっ!」
 千冬の指示を受けて動いていた青年がヨロヨロと下がって来た。
 彼は苦鳴をもらしつつ、肩を抑えていた。指の隙間からは決して少なく無い血が流れている。

「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です姐さん・・・ただちょっと、こいつはおかしいですぜ」
 口調があれだった。愛称はマサとかケンに違いない。
 実は千冬、名前を覚えていない。

「ううぅぅ・・・ぐぅううぅうぅ・・・」
 千冬が倒したはずの男が起き上がった。
 その姿は尋常なものではない。

「おい・・・」
 焦点が合わず中空を見つめ苦しみ出し———

「あがああああああああああああああっ——————!!!!」

 そして。
 鼻面が突き出して牙がむき出しになり、青年の血が滴る爪が鋭く伸びた。

「は?」
 非常時において思考が硬直する事は死に繋がる事が多い。
 しかし、千冬はそうであっても生に最も近い反応を見せた。

 すなわち。

 ドゥゴフッ!

 木刀の切っ先が男の喉元に突き刺さった。
 殺気を感知した瞬間、瞬間的に突きを放ったのだ。
 それは千冬の意識外の咄嗟の反応と言えた。
 そうでなければ、一歩間違えれば死に至らしめる一撃など放たない。
 電光石火の危険極まりない急所突きは今度こそ男を沈黙させた。

「———なんだ? 今のは」
「さらっとあんな危ないのはよして下さいね。マナーを守らない客は客でないので別に良いのですが、反吐を吐かれたりすると店が汚れますので」
 え? ダメージ制限ってそれが理由なのか? 千冬は一瞬だけ頬を引きつらせた。

「反応は、何かしらの薬物依存症患者に似ていましたが———」
 荒く息を吐く千冬の傍でさすがにマスターが眉をひそめながら、倒れた男を見ていた。

「しかし、そんな、聞いたことがありません」
 その———変形———する麻薬など。

「確かに、怪力を発すると言われるフェンサイクリジンでもさすがにここまで劇的な身体の変形は無いですし」
「フェン・・・?」
「千冬さんは別に知らなくても良いですよ? ですが千冬さん・・・」
「マスター?」
 急にマスターが言い淀んだ。
 怪訝に思って千冬がマスターを見上げる。
 そこには冷や汗を流しているマスターが居た。

「裏口から逃げてください」
「マスター?」
「早く!」

 珍しいマスターの怒鳴り声を聞いた瞬間だった。

「「「「「ゴオオオオオオオオオオォォォォォォアアアアアアアアアア」」」」」

 轟声が響いた。
 あまりの大音量に店自体が振動しているような感じさえ受ける。

 失点だった。
 倒れた男に注意を向けすぎていた。

 店中の人間が、マスターと千冬を除いて同じ症例に襲われていたのだ。

「マスターは!」
「私も逃げます! 千冬さんは早く!」
 押し込められるように裏口に追いやられる。

 店の外に出ると、扉が施錠された。
「マスター!!」

 扉の奥からは大きな物音が聞こえる。
 千冬が叫べども叩けども、扉は開かない。

「———くそっ!」
 爪が掌を食い破り血を流す右手を扉に叩き付けた。

「———誰かに———」
 店の裏口から出た千冬は地獄絵図見た。

「うううぅぅぅ・・・」
「がああああああっ」
「ぐるるるる・・・」

 Berを出た通りに犇く同様の症例者を。

「まったく・・・唐突になんなんだこの三流映画は!」
 木刀をぶら下げる。

「上等だあああああああああっ!!!」
 内心に反し、そのときの千冬の口角はつり上がっていた。






 自分より身体能力の高いものとは戦いなれている千冬だった。
 練習相手は、ゲボックの作った生物兵器である。
 あれらは間接が変なところに合ったり、時々超能力としか思えないものを使うものも要るため、非常にやりづらい。
 それに比べれば。
 見た目どおりの野獣じみた身体能力だけでは、千冬の敵ではない。

「———ふっ」
 もう何度目か分からない、木刀を振るう。
 しかし、いかんせん数が多い。
 動きが単純な相手と言えど、油断は出来ない。
 実家ではどうなっているのか、一夏は無事なのか。
 この事態は何だ、絶対ゲボックに違いない、あの馬鹿今度は何をした。
 数を相手にしているときは走り続けるしかない。
 飛び掛ってきた一匹を地に叩き伏せ、すぐさま走り出す。

「くそっ! 雑念が多くなるっ!」
 疲労が溜まっていたのか、余計な思考が多くなる。

 そう言えば束は無事なのだろうか。
 近頃はゲボックの秘密基地に良く篭っている。
 一応千冬もおばさんには、『束も男の家に行くのは構わないけれど、年頃の娘だからお願いね』と頼まれている。
 ゲボックならその意味では安全だが、人としては外れる割合が跳ね上がる。
 あの二人は揃うとろくなことが無いのだ。
 最近、研究のジャンルが違ってきた二人だが、それでも別ジャンルなど関係なく、気楽によそ見出来る呆れた天才同士だ。
 人の道から外れそうになってもアクセルをべた踏みにするどころか、ニトロ積んでジェットでぶっ放すほどに危険極まりない。

 まあ、あの家も生物兵器がひしめいていいるから危険な事は何も無いだろう。

 無理やり思考に一区切りつけるが、一瞬遅かった。
 後ろから振り下ろされる爪、気付いても反応速度の限界が、千冬に絶望感を与える。

 極力ダメージを何とか減らせないものか。
 覚悟したときだった。

 ダムッ

 一発の銃声が、そいつを吹き飛ばした。
「・・・なん、だ?」
「よかった、当たってない」

 不安になる言葉を残して、銃声の主が姿を現した。
 年の頃は千冬と同じ頃だろうか。黒のパンツスーツと同色のベスト、革の手袋。それに同素材の靴をまとった出で立ち。
 何となく、バーテンの衣装を着た千冬に似ている。
 ショートカットの金髪を無造作に整えた少女が、硝煙を上げる銃を構えて佇んでいた。

「ねえ。貴女は人間かしら」
「その問いは悪意しか感じないぞ」
「あら、ごめんなさい」
 全く悪びれずにさらに銃を三発、吹っ飛ぶ同じ数の人影。

「・・・」
「これ? 大丈夫よ、出るのは衝撃波」
 銃を直視している千冬に気付いたのだろう、彼女はくるり、と銃を舞わす。
 そのまま握把で一人を殴り倒す。

「そんなもの、何時、何処で手に入れた?」
 千冬は四五体張り倒しながら少女の元へ駆け寄る。
 銃声は大きい。放っておいたら際限なく集まってくるのだ。
 その銃は妙だった。幼馴染みの顔が浮かんで来る。

「手に入れたのは昨日。場所は言えない。衝撃波が出るってのは知ってたけど、どれぐらいのが出るかはさっき撃って分かったわ」
「なるほどな、よかった、とはそう言う事か」
「大丈夫よ、当たっても死なないらしいし」
 少女も一緒に駆け出した。

「ぬけぬけと・・・織村だ」
「シャウト、よ」

 二人揃ってからはまさに快進撃だった。
 優秀な前衛と後衛が揃えば、身体能力任せで突っ込んでくるだけの獣同然の奴らなど敵ではない。

「撃ち慣れているな」
「だって私、銃社会の国の、人だものね」
「・・・この国には、銃刀法というものがある」
「法に引っかかる機構は無いわ。そう言う貴女だって、法には掛からないけど随分とした得物を持ってるようだし」
「仕方ない、緊急事態だしな」
「そ。緊急事態だものね。ところで、どこか行く当てがあるの?」
「ああ・・・」

 家に、と言いかけて口を噤む千冬。
 今、自分は大量の奴らを引きつけている状態だ。
 家に戻れば、大量に連れて行った奴らとそこでろう城をする羽目となる。
 家には、一夏がいる。万が一にも危険には晒すわけにはいかない。
 ではゲボックの秘密基地に———と考えて思いとどまる。

 さっきの思考とは反するかもしれないが、今。家は無事なのだろうか。

 思考の袋小路に突っ込まれた千冬は言い淀み———

———は〜い、テステス! 束さんはらぶりーなマイクテス中だよ? 私の美声を聞け〜 ———
「うぉあったあ!」

 いきなり脳内に響いた甲高い束のヴォイスにバランスを崩し、盛大に転ける所だった。
 ギリギリで持ち直したのは千冬であるが故のさすが、としか言いようが無い。
 緊急事態でのギャグは、実際起こればとても致命的なのだ。

「ちょ、大丈夫?」
「・・・なんとか」

 漫才のようなやり取りの中でも、二人の攻撃が精彩を欠く事は無い。
 悲しいまでに見事だった。
 千冬の頭に響いた声はシャウトには当然ながら聞こえない。
 経験したのは初めてだが、ゲボックが自分の生物兵器と遠距離で連絡を取っていた何かだろう、とあたりは付ける。

 ・・・頭の中で思考を伝えれば良いのか?

———さっすが〜、ちーちゃんもうコツ掴んだの? さっすが〜 ———

 束の声。どうやら正解であったらしい。
 
 状況を把握したい。ゲボックはどうした?

———ん〜、ゲボ君は、ちょっとおねんね中かなあ? ———

 なに? まさかゲボックも?

———あはは〜、そこは大丈夫。セイウチになったいっくんに踏みつぶされただけだから———

 一夏が!? 束、一夏は大丈夫なのか!

———落ち着いてちーちゃん、いっくんは、元通りになってくーくー眠ってるよ———

 本当、か・・・?
 千冬は思わず胸を撫で下ろす。

———ちーちゃんも現金だねー。私はゲボ君が潰されたって言ったのに〜。ゲボ君、いっくんの事、潰されながらも治してくれたんだよ?———

 ・・・あ・・・すまない。
 一夏の事ばかり考えていて、全くゲボックの事を心配していなかった。
 本当、余裕が無い。
 恥ずかしくなるばかりの千冬だった。

———別に気にしてないからいいよっ。でもいっくん、何でセイウチなんだろうね? そうそう、ちーちゃん知ってる? セイウチの群れって ———

 すまないが、雑談は後にしてくれ。それよりゲボックと話をさせてくれ、この事態を。

———ああ、ちーちゃんは今の状況をゲボ君の仕業だと思ってるんだ———

 ・・・え?

———この事件は、ゲボ君が起こしたんじゃないよ? ———

 ・・・は?

———うんうん、その気持ちは分かるよ。束さんも絶ぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっ対、ゲボ君がやったんだと思ってたし。本当? って何回も聞いたもん。でもね、ちゃーんと束さんは言質もとったよ? ゲボ君は、この事件を起こしても居ないし、この事件の原因とも言える薬物は作ってないよ———
 
 なんだ、って?

 そん、な・・・あ、すま、ない、束・・・。

———だーめ、後で一緒に謝ろう? ———

 ああ・・・分かった。

 穴があったら入りたい、とはこういう気分なのだろう。
 異常事態が起こればゲボック、束のせい。
 そう決めつけていた。
 決めつけて勝手に憤っていた。
 もし、今、会話していたのが束ではなくゲボックだったら。
 冷静に事実を受け止められただろうか。
 ・・・・・・・・。



 それで、頼りっぱなしなのはすまないが、対処法は分かるか?

———それなら完璧! 万事オッケー!! ゲボ君が解毒薬作り終わってるから、ちょっと取りに来て? 今ちーちゃんちだから。
 いやー、実は今篭城してるんだよねぇ。『第二形態』になるとゲボ君の生物兵器と同じぐらい強くなるらしいし、それにゲボ君の生物兵器、生物ベースの子は取り込まれちゃったしにゃー。しっかあああああしっ! ここは備えあれば憂い無し、まさかリサイクル品だった灰の三番が無機物ベースの生物兵器だったから一番役に立って、何とか交戦できてるって感じ! あと、ゲボ君はいっくんに踏み潰されてしばらく使えないから、そっちに色々もって行けないし? あらら、冷静になってみると逆に・・・割と絶体絶命かも? ———

 分かった。今行く。後少々、保たせてくれ。
 うん、了解だぜえっ。束さんも、合流次第箒ちゃんの所行かなきゃ行けないし、やる事山積みだね!

 ・・・全然反省できていなかった。
 束も、大事な妹が居るのだ。一緒でないのだろう、心配で仕方ないに違いない。

———でも気をつけてね、ちーちゃん。さっきも言ったけど『第二形態』になって個性が出て来るとちょっと手強くなるから———

 は? 個性?

———そう、いっくんみたいに———

 どういう事だ? 今、襲ってくるのは一様に犬面で牙を剥き出し、かぎ爪を鋭利に延ばしているものしか見えないが・・・。

———あと、噛まれちゃ駄目だよ? この薬品、凄い浸透圧で全身の体液に浸透してるみたいだし・・・どれだけ希釈しても効果に殆ど変わりはないみたいだから・・・噛まれると、唾液から感染るよ? ———

 それは狂犬病か!?

———あー、そうだね、そんな感じだね! ちーちゃん頭良い!———

 天才の束に頭良いと言われても、複雑な気分にしかならないものだった。
 しかし、この事態の活路を見いだした事に一筋の光明を見た気がした。
 今までの会話中、それまでと一切変わる事無く奴らをあしらっている事が凄い。
 完全に、思考と動作が乖離していて、それで居て必要な行動をとっているのだから。

———さあて、いっくよ! 本邦初公開のぉおお、大・天・才!! 束さんの大発明———『壁の穴を埋めるバズーカ』!!———

 束も、まだまだ隠し種を持ってそうだった。
 千冬は意識を引き締め直し、意識を完全にこちらへ戻した。



「シャウト、一先ず私の家に向かうぞ、対処法が見つかりそうだ」


「・・・それの真偽も疑わしいけど・・・何より貴女本当に大丈夫!? 奴らの仲間になったりしないわよね?」
「・・・どういうことだ?」
「そりゃあねえ・・・だって貴女、急に目が空ろになったと思ったら百面相になって顔を青くしたり赤くしたりしてたし、本当に大丈夫?」
「・・・え?」

 一拍後、いつぞやゲボックに言った事を思い出す。



——————『ゲボック、その通話法についてだがな、やめる事をお勧めするんだが・・・何というか、危ない』——————



 ああああああああっ!!
 今の私はあの時のゲボックに似た姿をしていたのか。
 本気で死にたい。
 ゲボックに謝ったらその場で殺そう。

———理不尽な事を考える千冬だった。






———その瞬間。

「・・・なんか、気配が変わったみたいね」
「まさか———」
 これが、第二形態移行か?

 ビンゴ。

 千冬の懸念は的中する。
「ヴグルルルルウルルルウルっ!」
「ヒヒィィイィイイイーン!」
「パォオオオオオオオオーン!」
「シャギャアアアアアアアアアッ!」
「メエエエエエエエエエエエッ!」

 周囲で響き渡る、獣達の鼓舞。
 ブルドック、馬、象、狐、羊、狸、猫、駱駝、獅子、牛、etc,etc——————
 さっきは元となった人物の印象が強く残っていたため不気味だったが、これは笑いが止まらない。
 一転して様々な種類の獣と人が合わさったような、違和感しか振りまかない二足歩行の生き物が姿を現して来る。
 今まで以上にファンタジーだった。

「はっ———まるで動物園だな」
「余裕ねえ。私はいい加減疲れて来たのだけど」
「弾に余裕はあるか?」
「んー、後百発ぐらいは撃てるかな? 普通、熱や衝撃でとっくに駄目になるのに、これって無駄に頑丈なのよね」

「これからはどうやら手強くなっているらしいが、やり方は変わらん。一点突破で行くぞ」
「分かったわ。貴女前衛私後衛。それで良いわね」
「当てるなよ」
「貴女こそ取りこぼさないでね」
「言っていろ!」

 獣人の群れに突っ込んだ千冬は犬面の腕をかい潜り、脇腹に叩き付ける。
 筋肉の厚みの薄い所に鋼より強靭な一撃を叩き込まれ、さすがに動きを止めた所へ体当たり、後続の羊にぶつけると、怯んだ隙に逆袈裟で切り上げ、そのまま勢いを殺さず右へ。
 
 肘が右から食らいついて来た狐の顎を砕き、その後ろの駱駝のこめかみを左下から伸びた木刀で逆袈裟の余韻で引き上げ、打ち抜く事で意識を消し飛ばす。
 さらにステップして一回転、踏み込んで身を沈みこませ、左から迫っていた象の臑に下段の居合いを叩き込む。

 象の筋肉は銃弾すら通さない。そもそも高質化した皮膚は、まさに鎧と言って過言ではない。
 強靭な筋肉で威力が半減され、弾かれるが、帰って来た木刀を己の身に添える千冬。
 
———刃無き木刀であるが故の戦術。これで、居合いの死に体は無くなった。

 自分の胸を貫くように延ばされる象の牙を木刀で受け、身をその勢いに逆らわず滑らせる。
 そのまま象頭の膝より頭が低くなるように姿勢を極限まで身を倒し、象の後ろへ通り抜ける。
 
 跳ね返したとはいえ、ただの象ではなく獣人であるため足の構造は人間と変わらない。人より遥かに分厚いとは言っても肉の少ない臑への一撃。与えた痛撃は相当だったのか、牙を繰り出した勢いのまま前のめりになる象。

 打たれなかった方の足で踏み込むがそこに背後から尾てい骨に一撃。
 振り向きもしなかった千冬の追撃だった。

 立て続けに守りの薄い所を一撃されて仰け反る象をシャウト連発した衝撃銃が止めを加える。
 他より一際強力な連撃を受けたせいか、牙を粉砕させ、ついに墜ちる象。

 先に進んだ千冬を両脇から馬が襲って来る。
 蹄をかわして跳躍した千冬はその頭上から睥睨、着地点に牛を発見。

 左右の馬が、勢い余っている所に銃撃が炸裂、吹き飛ぶ。
 そのまま連発された射撃は正面の牛は顎下に衝撃を与え、涎をまき散らし牛は仰け反った。

 先の象もそうだが、精確無比な射撃に千冬は頼もしさを覚える。
 右足を引き寄せ、勢いのまま左足を蹴撃の形に固め———

 半開きになっているその口に千冬の飛び蹴りが彗星の如く炸裂。
 臼のようになっている歯をまき散らす牛をそのまま倒して勢いのまま滑る。
 倒れた牛の体は獅子と狸を巻き込んで転がり、千冬はサーフボードのようになった牛から体勢を崩す事無くその身を降ろし、躊躇無くそれぞれのこめかみを蹴り抜いた。

 その後ろでは、最初に千冬に飛ばされた狼と、それと縺れて絡まっていた羊に止めを刺したシャウトが千冬を追って来ていた。

「ねえ・・・貴女、人間? 何今のジャンプ。どれだけ跳んだのよ、ねえ!」
「さあなっ!」



 二人の快進撃は、千冬の家まで後一キロ、と言う所まで続く。






 織斑家。

 そこには一人の少女と、眠っている二人の男が居た。
 束と、獣化が解けた一夏。潰されて実は重傷のゲボック。

 ゲボックの頭にはテープのようなものが貼付けてあり、
 そこから伸びた幾本かはパラボラのようなアンテナに伸び、残りは束のPDAに繋がっていた。

「んーふふー」
 鼻歌まじりに束はPDAを突ついて操作する。
 これも束の自作だ。指だけでは無い。一度に複数の情報入力手段が存在するハイスペック器で、鼻歌の旋律さえも、それには含まれる。まさに、常人ならば使いこなす事も不可能な代物だった。



 ゲボックが自分自身を改造した事で、特定の種の生物兵器と思念通話のようなものが出来る事は知っていた。
 正しくは、回線を生物兵器に開いてもらう事で送信が出来る、と言った感じだったが。

 束は機械を繋いで生物兵器の代用をして、さらに思念の偏重を整え、千冬と回線を繋いだのだ。
 生体関係の研究は束も必要だからやっていたが、ここまでオカルト臭のする技術は興味を抱いていなかった。
 そもそも、機械式で近い事は束も実践中だ。
 ゲボックのような方法も、やろうと思えば出来ない事も無いが、まず発想に繋がらない。

 本当に、ゲボックは面白い。
 四年間もの時間をよくぞ無駄にしたものだと。珍しく自分を叱責したい所である。



 表では、灰の三番が奮闘している。
 リリース落ちした個体でもこれだけの戦闘力とは、本当にゲボックの叡智には果てがない。
 それに勝つ千冬はまた、別として。

 PDAを操作して灰の三番の援護をしつつ、先程完成したばかりの『子』を調整、さらにゲボックのダメージの調整、意識への刺激を同時に行う。

———『子』———束は当然ながら子を宿した事は無い。しかし、ゲボックは自分の生み出した存在を『子』と呼んでいた。そこに普通の親としての感情が全くなかったとしても———ならば、そう言う遊戯もまた楽しいだろう。



 何故そう思うのかと問われれば、ゲボックの思考の先、意図さえも理解できるのは自分だけだという自負があるからだ、束はそう答えるだろう。
 通常は答えるのすら面倒で、そのくらい理解できないものに興味は無い、と切り捨てるだけだが。

 そして、自分自身がゲボックに劣っている気もまた、ありえない。ゲボックが専攻している事でも、理解できればそこまで追いつける。

 だが、それは向こうも同じだ。
 どれだけ突飛な、相手が思いつかない事を着想しようとも、気付けば同じになる。
 この、思念通話の技術のように。
 どうせ同じならば違う事をしよう。
 それが、最近の束のテーマだ。

 ゲボックは生体から機械が如き存在へのアプローチを。
 束は逆に機械から生体のような存在へのアプローチを。

 恐らく、最終的には一つの同じ点へ収斂していく。

 対し、違う事と言えば。
 
 ゲボックの求めるものが称賛であると言う事が束との違い。

 束と違い、ただ研究し続けるだけ、永遠に終わらない円周率の計算を延々と続けるだけでも楽しいのがゲボックと束の差異だ。

 だが、過程は束は考慮しない。
 その時、どんな風に立っているのか。
 現時点と結論しか束には興味が無い。

 自分と同じ所に容易に立つブラックボックス。

 これさえあれば、どんな事があろうと自分が退屈に苛まれる事は無い———



「ちーちゃん、あと二キロぐらいだよ、頑張ってねー」
 ゲボックを抱き寄せ、その耳———入力装置代わりになっている———に千冬への応援を囁く。
 千冬は再び頭に響く自分の声にびっくりしていた。

 自分の世界は、自分に優しいものだけで良い。
 それ以外は、何にだって邪魔されるわけにはいかない。



「ねえ、ゲボ君? 束さんは知ってるんだよ?」
 ゲボックの耳を塞いで、束は言う。

「確かにこの事件にゲボ君は関わっていない———でもね、それなら———どうしていっくんを治療する解毒薬を持っていたのかな?」

 懲りずに一夏を改造しようと織斑家に来たゲボックとただそれを余興に楽しむ為に来た束が見たのは、傷つける訳にも行かず、発症した一夏を拘束し続け、困り果てていた灰の三番だった。

 解毒しようとしたゲボックは絶妙なタイミングで第二形態のセイウチになった一夏に踏みつぶされていた。
 本当に間が悪いと言うか面白いと言うか。
 だが、しっかりしている所はある・・・。手に持っていた無針注射ですぐに一夏を元に戻したのだ。

 その後、質問する束に全く平静にゲボックは関係ないと言って、吐血直後ぶっ倒れた。
 ならば、本当に今回の件はゲボックの手によるものではない。

 ゲボックは、誤摩化そうとする事はあっても、絶対に二人に嘘を吐けない。
 というか、嘘をつこうとしたら目をそらすわ口笛吹くわ、動揺してどもるわで絶対にばれるのだ。



 ・・・だが、嘘をついていないし、隠し事もしていないと言う思考のもとでなら、確かに動揺は無い。
 まずいね。ゲボ君の習性を知っている人が他にも出て来たみたい。

 ゲボックは楽しい楽しい自分と千冬の『お友達』だ。
 絶対誰にも渡してやるわけにはいかない。

 そのためにも、この『子』にも頑張ってもらわなくちゃ。
 あとは、千冬をどう説得するかだ。
 束は、今後の行動を組み立てて行く。






 それは。砲弾のように二人の間に落下した。

「シャウト!」
 地面との激突、その衝撃に余波がまき散らされ、千冬はとっさに後退。

 まずい、しまったと舌打ちする。
 これがなんなのか、分からないが———
 シャウトと引き離された。

「くっくっク・・・」
 
 笑い声が聞こえた。
 聞き覚えがあるが、思い出せない。
 そのぐらい、千冬に取ってはどうでも良い程の重要度しか無い声である。
 人間、だった。
 五体満足、一分の隙もなく、人間である。
 顔面や、肌を覗く腕などにタトゥーのようなラインがはしっている。
 特に口の両端から耳の後ろへ流れて行くそれが禍々しさを醸し出していた。
 この特徴を除いても、やっぱり記憶に無い。

「ミぃいいイイイつけたぞ、オンナあああああアアアアアアアアアアアアッッッ——————!!!!」

 逆に、相手に取って千冬の重要度はかなり高そうだった。

 その思いの丈と言うか雄叫びと言うか・・・それは、今までの獣の咆哮に似て、しかし決定的に違っていた。
 含まれる人語。それは明らかに人の知性が存在する事を意味し、しかしそこに含まれる感情が人間の理性がそこに含まれている考慮を無用のものとしていた。

 かなり大柄な体型である。
 上下に着ているボディラインをあらわにする衣服にはその下の隆々とした筋組織を容易にイメージさせた。
 そして、見た目通り馬鹿そうで、単純、短気で粗暴そのものである。

 同じ男として、師匠やゲボックと比べるのもおこがましい有様で・・・。
 
 ・・・おい待て、何故今ゲボックが出た。
 やはり、男は師匠のように凛々しく、精悍としていなければ。
 自分の思考を必死に制御する千冬。

 一夏は是非そのように育てよう。灰の三番にも言い含めなければ———
 思考が脱線しかけたのを慌てて引き戻し、敵(としか思えない程こちらに敵意を向けている)の観察を再開する。

「あの体型、どこかで見たな・・・」
 何か引っかかるが記憶から出てこないもどかしさがある。
 
 こんな事を考えられるとは・・・。
 非常事態に段々慣れて来ているのかもしれない。

———ダムッ、ドム、ドッ———

「シャウト!?」
 しかし、その気もすぐに引き締まる。
 男の後ろの方からは何発も衝撃銃の発砲音が聞こえたのだ。
 それはどんどん引き離されているようで、男の横をすり抜けなければ彼女の方に向かう事は出来ないだろう。


「ヴぅうううガアアああああああああああッ!」

 何故か、周りの獣人はその声一つで引いて行く。
 それだけでも、シャウトとの合流の困難さは理解できた。
 今まで野の獣も同然だった獣人だったが、最悪この敵が居れば統制が取れる。
 種族は違えど似たような攻撃しかしてこなかったが、適材適所を当てはめられれば、そもそも生物としてのスペックはこちらが下だ。敵う訳が無い。

「・・・首謀者の関係者か?」
 それとも、これも何かしらの実験の過程なのか。

 ゲボックや束の動向を見て来た感想から言えば・・・。

———後者の線が濃厚か

 千冬は覚悟を決めた。

「あがあああああああああああああああっ!」
 獣人を遥かに上回る速度の突進で迫って来る。

 だが、単純なそれならば、今まで同じである。
 かい潜り、脇腹を打つ。

 ぐむ。

「!っ———堅いっ」
 象人を殴った時にも感じなかった密度。
 まるでゴムの塊を拳で打ったような違和感がする。

 その千冬に振り上げるような一撃が迫る。
 
 背筋をはしる寒気。
 予感がある。
 当たれば、防御の意味は無い。


 この敵の攻撃は全て、一撃必殺だと。


「ちぃっ———」
 転がり、その一撃をかいくぐる。
 かすった指が千冬の神を何本か毟っていく。
 その痛みが、千冬の神経をさらに鋭敏にした。

 感だけを頼りに、転がり様に両足を振り上げる。
 蹴りの為ではない。そんなもの、何の役にも立たない。
 その身をまっすぐ倒立させる。

 その身の芯をなぞるように。
 
 さっきまで千冬の胴があった所に———
 
 千冬の眼前を拳が落ちる。

 その時発した音を千冬は聞けなかった。
 一瞬灰色になる世界。聴覚はカットされた。
 脳の処理能力が、限界まで跳ね上がり、余計なものが削げ落されたのだ。
 これが緊急事態に感じるゆっくりとした世界か、と思う程に余裕ができる時間感覚。
 
 冗談じゃなく、拳で地面を割る瞬間を事細かく目の当たりにしてしまう。

 巫山戯た、なんてものではない。

 ゲボックの生物兵器とて、こんな膂力は無い。
 無駄だからだ。
 地面を割りたければ、別の攻撃手段を用いた方がエネルギーの効率がいい。

 それを震脚でもなく、わざわざ振り落とした拳で。
 どうやって勝つ?
 高速化した思考はあらゆる戦術を構築する・・・が。
 その殆どが自分の死で終わる。
 こんな事なら、ゲボックや束の護身武具を素直に貰っておけば良かったと公開する。
 あれは、明らかに過殺傷なんだよなあ。
 今は、無性に欲しくてたまらないが。

 唯一貰ったのはこの黒い木刀。『アレトゥーサ』だけである。
 この木はまだ生きている。
 寄生はされたくないものだ。

 待てよ?

 確か、漆黒のフラーレン(とか言うらしい)の強靭さと『アレトゥーサ』は植物故の構造を合わせた。あの攻撃があった筈。
 冗談だと聞き逃していたが———



 筋道は立った。
 後は全力を尽くして足掻くだけである。
 この手の賭けは思えば好みであった。
 例え百回に一回でも、最初の一回に出ればそれは確実だ。

 これから十と少しの年月後、まさか弟が似た思考を抱くとは思わず、千冬はうって出る。


 反動を付け、倒立のまま跳ぶ。
 身を猫のように捻り、少しでも男から離れるべく飛距離を稼ぐ。

 頬が熱い。
 間近で粉砕されたアスファルトが千冬の全身を抉っている。
 こめかみから流れるものと、切れた頬から流れる血が合流して顎を伝う。
 気にするものかと、千冬はアドレナリンを自覚する。

 割れた地面を一息に飛び越え、男は突っ込んで来る。
 振り上げた腕を、右方向へ時計回り。体を独楽のようにまわして回避。
 相変わらずとんでもない力と速度。巻き起こる風だけで肌が裂ける。

 男の腕は千冬の狙い通り、電柱をぶち抜いた。

 こちらに倒れ初める電柱。
 男の膂力ならば、片腕で払ってしまうだろう。
 まったく、なんなんだこいつは。
 くそ、やはり思い出せない。

 なぜ、獣人とセットになって来ているのだか。
 戦術を探る思考が余計なものまで引っ張って来る。
 即座に黙らせ、思考の全てを一点に注ぐ。
 
 千冬はタイミングの計測に全力をかけ、一回転を終了ささせる。
 相手は半身を返している段階だった。

 倒れて来る電柱。
 無造作に片手で払おうとしている瞬間。

「やああああああああああああっ—————————!!」
 気合い一拍、遠心力も加えて振り上げた木刀を膝裏に叩き込んだ。

 どんな膂力があろうとも。
 人体工学上、関節の向きに逆らう事は出来ない。

 さすがの男も体勢を崩した。
 タイミングを外され、電柱は違わず男の脳天に炸裂した。
 そこを起点に再度へし折れる電柱。
 電線は垂れ、紫電をまき散らす。

 そこでやった! とは思わない。
 のしかかって来る電柱を、男は反対の手で振り払う。
 まるで、直撃した発泡スチロールに対してやる様に。



「く———あっ!」
 無造作に払われ、飛んで行った電柱の端が千冬を掠める。
 それだけで激痛が脳髄に噛み付いた。

 だが止まらない。
 止まれば死しかない。
 全身のバネを用いてその身を跳ね上げる。
 同時に、振り下ろした木刀を全力で引き寄せるた。

 男は不安定な体勢で電柱を払った為か、半身からこちらに向き直るには一秒程かかりそうだ。

 それだけあれば有り余る。
 胸の前で構えた木刀を、男の口内に突き込んだ。

 口内は、あらゆる生物の弱点だ。
 そこを突かれれば、ひとたまりも無い。


 しかし。


 その希望も、男はあっさり、木刀に食らいつく事で叩き潰す。
「な———」



 フラーレンで出来た、ダイヤを凌駕する強度の木刀の先端が噛み折られていく。

 しかし、千冬が浮かべたのは絶望ではなく、己の算段が通った会心の笑みだ。
「んてなあああああっ———!」

 生物たる木刀は、折られる事に生命の危機を感じ、防衛反応をおこす。
 すなわち。

「ぶがあああああああああああっっっっっっっ!?!!??」  

 吸っていた水を、フラーレンと言う強固な素材で極限まで圧縮し、先端から射出。
 鋼鉄すら容易に両断する水圧カッターは男の口内で炸裂し、後頭部から抜けた。
 もう一度言うのだが、口内は生物共通の急所だ。



 一瞬の躊躇も、作戦成功の余韻も見せず、千冬はそこから全力で退避する。
 折れた電柱。散らばる電線。
 木刀から出た生理電解水。
 この組み合わせが意味するものは。

 がつんっ!

 殴りつけるような音の一瞬の発光。
 配電線を流れる電圧は、一般家庭用とは異なり、六千ボルトに達する。
 一瞬でショートし、電線は焼き切れた。



「はぁ、はあ———ふぅ・・・すまん、助かった」
 はあ、と。
 千冬はようやく、一息をついた。
 先端を食い折られた木刀に礼を言う。
 これが無ければ死んでいた。

 電柱が掠めた左肩を抑える。
 急いで家に向かわなければ。

 今はこの男が命じたからだろう。
 シャウトが大半を連れて行ってくれたのか、それとも命令の内容はそれだったのか。
 助け出そうにも、今時分が行けば逆に足手まといにしかならない。
 一端、休息を取らなければならない。

 あまりの集中に疲労困憊だ。獣人が集まってくる前にどうにかしなければ、今の自分は対処できるか分からない。
 今までの快進撃は、優秀な後衛が居てこそである。
 これからは身を潜めて確実に———

「ヂくしョう・・・」
「なっ———」

 男はあちこちを焦がしながらこちらを睨みつけていた。
 なんと言う殺気か。

 喉を突き破られ、そもそも無事な筈が無い。
 脊椎は確実に損傷し、倒れていないのも異常すぎる。



 男は、怨嗟のうめきを延々と放出する。

「殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる殺しテやる殺シてやる殺してヤる殺してやルコロしてやる————————————!!」

 くぐもった声。
 そこで千冬は気付いた。
 この声は、合成音声だ。
 損傷を受け、それでようやく電子的に合成した音声特有のダミが聞こえて来たのである。

 ボロボロと男の着ていた衣類が崩れる。
 高圧電流で発熱した男の表皮で溶け、または炭化したようだ。

 そこから見た素肌に見えるのは、顔面同様の謎の入れ墨のライン。



 否。

 それは感覚素子(センサーグリッド)だ。その線が全身、一気に割れた。
 その隙間から飛び出すケーブル、チューブ、センサー。などなど、通常、人類の内部に無いものが顔を覗かせる。

 途端、男の体は、内側と外側がひっくり返る(・・・・・・)

「コロシテヤルコロシテヤ———」

 男の声だけが、公園に響く。



 それは、全身機械化人間(サイボーグ)だった。

 しかも、ただのサイボーグではない。だが、その特別とされた昨日は発揮される事無く。
 これまで、完全な適合者が居ない為、ただのサイボーグとしてしか機能していなかった。

 ———尤も、それでも、これまでの戦闘兵器を遥かに上回る有効性を示していた。
 それは千冬との戦闘で見せたこれまでで十分証明している。

 では、適正とは何か。
 今回の稼働に置いて、男が力に飲み込まれ、ただ振り回しているだけの様を見れば、寧ろ人選を誤ったように思えるだろう。
 冷静に男が戦っていれば、千冬に勝機は無かった筈だ。



———だが———



 それにある最大の特徴。
 内部にある人体の特定の感情———主として闘争心を食らって形状を形成する、精神感応金属によって構成されている肉体を最大限に生かす為には、とある適正が必要だった。

 それは、抑圧された圧倒的なまでの攻撃衝動。
 普通に暴力を振るうだけでは発散される事の無い理不尽な憤怒。

 それを持ちやすい、特定の家系、レヴェナの眷属と言われる世界中に分布する血統。しかも先祖帰りをおこし、尚かつその攻撃性が最も高まる・・・思春期頃の、男子。

 それが、彼である。

 一般的に、男子の方が視覚的イメージ情報として尊重しやすい、と言う特徴がある。
 方向音痴が女性に多いのはそのためだ、とも言われている。

 それは、容易に変身願望を精密に描き出す。



 望むものは———おおかみ。
 


 月に吠える願いが、敵意が、そのまま形状を完成させる。
 ずっと彼の胸の内に眠っていた、しかし物理的に表出する事の出来なかった怒りが鋼の獣を完成させる。
 精神感応金属が喉の傷を埋め、全身を変形とともに修復していく。

 鋼の人狼。
 直立すれば身の丈三メートルはあるだろうか。
 背を曲げ、それよりは低いだろうがその巨躯の迫力は尋常ではない。
 明らかに質量保存の法則を無視して変形を完了させた男は——————
 今度こそ、見た目にふさわしい、遠吠えをあげた。

 千冬の眼前で、生まれたばかりの赤子のように。









「はい———Sです」
 離れたビルからスコープで覗いていたシャウトは金髪を掻き揚げつつ、連絡する。
 その周囲も獣人が居ない訳ではない。
 彼女の手にあるのは笛だった。
 くるくる振り回され、空気を振るわせている筈だが、周囲には風を切る音しか響かない。
———人間には

 逆に、獣人を問答無用で蹴散らす機能が付与された特殊音波を放つ高周波専門の笛である。
 ある意味超強力な犬笛と言えよう。
 これがある限り、獣人はシャウトに近付く事さえ出来ない。



「ええ、こちらでも確認しました。成功です。Were Imagine(ヴェア・イマジン)完全稼働、モニターを継続します」



 夜はまだ、終わらない。



[27648] 原作編 第 1話  えと、自己紹介【オリ主、憑依未遂モノ】
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:a6979411
Date: 2011/07/02 13:10
 神様なんてクソ食らえだ。
 人生は一度きりだ。転生なんて知った事じゃねえ。
 というか本当に神か? ただの化けもんじゃねえの!? んなことできるなんてイアイアとカフングルイとか妙な祈り捧げられてんじゃねえの!?

 そもそも―――
 この人生は、俺のものなんだっつうの。






 はて、唐突で申し訳ないが、いきなりぐだぐだ言われるのもあれなので、現在持っている知識で筋道建てて並べてみるとする。

 ここはやはり、詳しく述べるなら事の始まりは第2回モンド・グロッソの決勝戦当日に起きた織斑一夏誘拐事件だと思う。
 
 はっきり言って我がファーザーが護衛の一人でも一夏少年につけてりゃこんな事件は起こらなかったのだが、記憶容量が脳改造でペタバイトぶっちぎってる癖に一切一般常識関連項目が欠如し尽くしている我が父君にとって、そんな発想は無理だったのだ。
 千冬女史、せめて貴女が思いついて下さい、貴女だけが世界の救いです。

 少年を攫ったその目的とは、今ちらっと名前が出たけど千冬女史。フルネーム織斑千冬。
 現在世界最強の兵器、<インフィニット・ストラトス>・・・略してISでの戦闘試合。その世界最強を決める第1回モンド・グロッソを制覇した、名実共に史上最強のレディである彼女を、負けさせる事。

 まぁ、彼女は第2回大会においても決勝戦まで順調に勝ち進み、下馬評では彼女の2連覇は間違いないとまで言われていたものだから。
 そりゃそうさなあ、IS開発者である篠ノ乃束博士と、Dr.アトミッックボムが両脇固めてセコンドしてりゃあ、誰も敵わねえだろうよ。
 千冬女史本人の戦闘能力が人間離れしてるってのもあるけど。
 知ってるか? あの人生身で生物兵器薙ぎ払うんだぜ!?

 まぁ、前者は表向き行方不明だし、後者は表の世界には名前がそもそも知られてないし。ま、いいのか?

 で、ぶっちぎりで最強が居たりすると賭け事とかを裏で元締めてる人とか、パーツ作ってる企業とかのシェアとか? よく分からんけどそんな人達に不都合が出るとかで、兎にも角にも、彼女を不戦敗にしようとした訳だ。
 いや、まあ推測だけど。

 千冬女史はお父さん曰く、優しい人情味溢れる人らしい。非常に照れ屋で、そう真正面から言うと命に関わる、分かりにくいツンデレだそうです。やべーまじこえー。
 
 そんな訳で、弟の為にまっすぐ助けに向かって二連覇は逃したのでした。
 感動的な話である。
 そのとき、色々なドラマがあったのだが、当事者でない俺はここでの必要な事だけをのべる事とする。

 それは、誘拐されていた一夏少年が一発ぶん殴られた時の事だ。
 周囲で待機していたIS一勢起動して動力を上げたらしい。
 その様は、暴走族が威嚇の為にアクセル全開で吹かす様にも似ており。俺が思うにそれは警告だったんじゃなかろうか。
 ISにまで愛されてるって凄いよね、彼。

 そう言う訳で、世界的にはこの間有名になった、世界で唯一のISを起動させる事の出来る少年、織斑一夏の特性は裏の社会に何年も前にバレバレになっていたのである。
 しかも、まあ、起動できるかはまだ試してなかったんだけど、ほぼ確定事項。
 何せ、登録も何もしてないISを遠隔で反応させたようなものだから。
 その潜在能力は天蓋知らずってものでしょうなあ。



 元々、少年は返すつもりだったらしい。
 まあ、そうだよね、世界最強の戦闘能力と世界最狂最凶のW頭脳を本格的に敵に回したくないものだよ、誰だって。

 だが、このとき彼の細胞サンプルがとられてしまってね。
 彼の特性を兵器利用しようとした訳だ。
 よくある話って奴だね。

 最初は、そのままクローンを作ろうとしたらしい。
 なにせ、ISは男は起動できない。
 彼の何がISを動かしたり得るのか、それが分かれば凄い偉業と言う事。
 その因子を抽出できれば、男だってISを動かせるようになる時代がやって来る。
 でも、本物には怖いお目付役が付いているからまずは模造品をたくさん作って、それから実験しようと言う事だ。わぁい、人間って何処までも墜ちれるってことだねえ。

 だが駄目だった。
 ダディならともかく、一般科学技術如きでの男性の体細胞クローンは非常に弱い。
 元々男ってな、女の突然変異らしい。
 生物的に異形だから、二次成長を迎えて体が安定するまでは脆弱な生き物って事さ。
 途方も無い進歩の果てに、人類はやっと本来の女尊男卑に辿り着いたのだ・・・て何このフレーズ。
 邪馬台国とか地母神信仰の古い文明ではそうだったらしいけど、対等が一番だと思うよ、実際には有り得ないけどさ、皆がそれで良いって思ってるのが少なくとも良いと思う。

 あー、脱線したな。そんなだからまぁ、作っても死ぬ事死ぬ事。

 辛うじて成功したのはたった一体。
 でもそれだって失敗作でねえ。
 オリジナルの織斑一夏同様、遠隔でISと感応したり、起動させることができたんだけど・・・。
 初めての戦闘用起動実験終わったらその負荷に耐えられなくてぐずぐずに崩れちまったのだよ。
 おかげでクローン計画は凍結。
 だけど多額の資金をかけてこれじゃあ、って事で女性化クローンの製造に移ったわけだよ。
 何せ史上最強の千冬女史の弟で、元々桁外れのIS適正値の持ち主。
 期待もあるって訳さ。



 さて、以上の文面に実は俺が入ってたりする訳だ。
 まあ別にクイズでもなんでもないので種明かしすると、ぐずぐずになっちまった男性クローンが俺なんだよね。
 別にトラウマでもなんでもない。
 作りたてだったから感情ってのがまともじゃなくてね。
 淡々と情報を認識する事しか出来なかったよ。

 とりあえず体が何一つまともじゃなかったので、脳を取り出されて生命維持装置付きのシリンダーに生きた標本として突っ込まれた訳だ。
 本当なら生ゴミ行きだったんだけど、脳みそ取り出される前にIS遠隔感応しておいて助かったよ。
 特に意図してなかったけど偶然動かしたから、脳みそだけでも価値があるってことでクラゲオブジェとして生き残れたっつうこと。

 しかし、そうなっても情緒は育たないんだよね。
 何せ情報が入ってこない。
 人は色々な刺激を受けて人になって行くらしいけど、俺にはそのインプット装置が何一つ残っていなかった訳だ。
 何も見えない聞こえない、味も無ければ匂わない。
 一番大事な触覚なんて全くない。
 知ってるかい? 人間が取り入れる情報の八割は視覚だって言うけどさ。人間としてのベースが出来る時って視覚は殆ど無いぼやけた世界なんだわ。
 そこで色々なものに触れたり、言葉を聞いたりして個性を形作って行く。
 脳みそだけになっても、それは生き物ではなく、物体でしかないんだよ。

 そんな俺に救いが来たのは、うん。あれだ。妹との出会いだね。
 その妹は一夏少年の女性化クローン、その一人だったんだけどえーと、当時はマテリアル十三だったかな?
 彼女と彼女の持ってたISコア―――どっかから強奪したものらしい―――を介して俺は世界を見た訳だ。
 妹の五感を使って俺は世界を見ることができた。
 初め妹はびっくりしてた。そりゃそうだろう。世間に慣れてたら俺の事を幽霊かなにかだと思っても間違いない。
 俺も妹も情緒とか殆ど無かったからね。あの沈黙、今の俺じゃ耐えられねえ。

 それから、ISのネットワークを通じて俺達はコミュニケーションをとって行ったわけだ。
 なかなか苦労したし、色々なエピソードがあるけどここでは割愛させていただく。

 そんなるある日だ。
 
―――ん、なんだここは?
 
 頭の中で声がした。
 最初は、俺ら以外にISネットワークに介入した奴が居たのかと思ったさ。
 だが違った。
 そいつは正真正銘俺の脳内に突如として出現したのだ。
 はっはっは、脳しか無いけどね! と言う突っ込みは無しで頼む。

―――ん? 何だ俺

 それはこっちの台詞である。

―――なんだこりゃあああああああ!! なんで俺脳みそしか無いの!? Dr.ク○ンケに憑依したってか!? 冗談じゃねえ! あの神のやろう! なんてモノに転生させやがる!

 後に記憶を漁って分かったのだが、彼は全く異なる平行宇宙で死亡し『神』とか言う存在によって別の肉体に移されたそうなのだ。
 脳みそしか無かった俺が選ばれるとはなんとも哀れな男だが、こっちもまた地獄であった。
 そいつを意識した瞬間、凄まじい勢いで『自分』が塗りつぶされて行くのを自覚したわけですよ。
 ぶっちゃけ意識しか無い俺にとってはそれは生身の人間よりもいっそう恐怖を感じるもので、俺はISネットワークを通じて悲鳴を上げた。助けを求めたんだよね、ヘルプミーって!

 しかし、俺の抵抗は虚しく瞬く間に『俺』の個性が無くなって行く。もともと自我を構築する情報が足りなく、意志薄弱だった為か、さっぱり俺は無へと帰ろうとしていた。
 そんな、時だった。

―――誰だお前。お兄ちゃんに勝手に取り付くってな良い度胸だなあ、あぁ!?

 妹だった。誰よりも早く俺のSOSに気付き、俺の中の異物に対し精神攻撃を仕掛けたのである。さっぱり便利だ、ISネットワーク。
 でもドス効き過ぎだって。マジで怖えよマイシスター。
 やっぱ普段マフィア式戦闘訓練受けてると荒んで行くんじゃないかね。なんてこったい。
 つうか、ISネットワークに殺気乗せるって凄まじすぎるわ。危うく俺の精神が消し飛ばされる所だった。
 
 俺は薄れ行く意識の中。イドに沈み行く俺に手を伸ばす妹のヴィジョンを幻視した。
 兄馬鹿である事をぬかしても言おう。妹は、とても美しかった。
 だってあれだよ、いつも妹の目でしか見てないから妹自身が見れなかったんだよ。あの子鏡見ないし。

―――馬鹿な! この展開では・・・俺に勝てる道理が無い・・・だと!?
   何故だ! 俺が主役だ! 俺には数々のチートが・・・俺のハーレム・・・が―――

 てな感じで最後までよく分からん奴だったが、妹の精神力にすりつぶされ消滅し、俺は妹のおかげで存在を取り留めた。
 さて、そいつだが、数々の能力を【神】とやらに貰っていたらしい。
 なんか武器作るだとか、むにょーんってISの量子化みたいな門とか。
 極め付きはあれだ。『支配者の右腕』とか言うもの。
 どこぞの市長さんが持っているものとかで、触れたものに対して万能の力を行使するらしい・・・それだけの力を持って何がしたかったんだアイツは。

 まあ、俺は何も使えないのですよ。あくまで『アイツ』に与えられた能力だったらしい。
 ただ、俺の浅い人生が記された海馬に、奴の濃厚な記憶が産業廃棄物のように残された。
 まあ、影響は無いと思いたい。記憶と経験、個性は違うものだと、俺は思う。
 思わないとなんか汚染されそうで嫌すぎるんだよね。

 その記憶の殆どを占めるそれを参照すると、アイツは所謂『サブカルチャー』と言うものに通じていたらしい。
 ぶっちゃけよう、俺もはまった。
 なにせ俺は脳みそだぜ? 娯楽がねえ娯楽がねえ。
 何より、妹に物語を聞かせるにはもってこいだ。
 話題が尽きなくて何よりである。
 わくわくしながら聞いてくる妹は俺の宝だね、全く。

 しかし、こいつの知ってるサブカルチャーは結構偏っていて、なんか選びたくないものが八割を占めていた。特にその、女性関係の奴だ。
 見た瞬間絶対脳の血管何本か切れたね。絶対あれは妹には見せられない。

 まぁ、正直、妹の精神攻撃でこの記憶も障害を受けて穴だらけなんだよな。
 インフィニット・ストラトスって題名の奴なんて、タイトル以外霞がかかってるし。というか、それってISそのものじゃん。他のも虫食いみたいに所々知識が抜けているし。
 もう一つ、狂乱家族日記ってのもね。日記・・・日記!? よくわからん。
 


 そんな楽しい時間は、しかし終わりがやって来るのが諸行無常というもので・・・違ったかな、使い方。
 妹と引き離されたのである。
 涙ぐんでいるイメージが流れ込んで来たのは、俺にとって本当に屈辱の記憶である。
 俺には手も足も無い。まさしくDrクラ○ケだ。
 まあ、その知識も『アイツ』のものなんだけどね。あの亀凄いよね。俺はミケランジェロのようになりたいよ。

 俺は無力だった。
 遠隔感応できても、遠隔起動も遠隔操作も出来ないなら意味が無いじゃないか。

 俺の世界は、妹の専用ISコアを通じて広がっていたと言える。
 俺は再び闇の世界に墜ちた。






 これだけ自我が育つと、逆にこの闇では気が狂いそうになる。
 非常に不本意だが、それを救ったのは『アイツ』のサブカル記憶だった。
 まさしく何の情報も入らない常闇に引きこもり、俺はそのデータを鑑賞し、必死に発狂しないよう自分を維持し続けるしか無かった。
 何ていうか、この時代思い出すと語りにも余裕が無くなるよなあ。

 そして、どれだけの時間が経ったのだろうか。情報が無いとそれも判断できない。
 そんな闇の中に、カンペ用のボードのようなものが落ちて来た。
 それが転機だったんだ。



 ボードに意識を向けると、声が出て来た。
 正直、はぁ? である。
『もしモし? もしもーシ?』

 はっきり言おう。
 このとき俺が感じたのは
 
『うぜえ』

 の一言に尽きた。いや、本気で。

『もしモし? お機嫌イかがですか~? あっレぇ? おかシいなぁ~―――さっき調べた限りデは、精神活動ヲしている事をはッキり確認でキたンですけど』

 何と言うか、通常の音声に機械音が無理矢理デュエットしようと割り込んでいるような、妙に頭に引っかかる声。
 俺は脳しかないから全身に引っかかる声って言うのか? とりあえずあまりに鬱陶しくて放っておけないので返事する事にした。

『ちょっとうっさいよアンタ、ところで交信できるってことはISネットワークに接続できるのか?』
『オォ~う、やっト会話できるよウになりまシたね。小生はいっクんじゃないので、IS使えませンよ? いヤ、科学を駆使すれば科学的に出来なくもないンですけど、ソウすると絶交せンばかりに嫌われマすし』
『何に?』
『ISにでスよ』

 ん、すげえ納得。

『けど、そうしたらどうやって俺と会話してるんだ』
『脳内の循環液に照射しタ試験波や脳波を統合シて、意識みたイな形に整えて、解析しタそこにアる思考を、言語に翻訳していマす。逆に小生ノ思考はあなタの神経細胞を刺激する形二なるよう、保存液の振動伝達も計算してシリンダーに振動を与エています。キっちり翻訳して』

 何言ってるか全然分かんねえよ。
『まあ、脳に電極刺されてないってことが分かっただけでもマシか』

『脳に痛覚は無イでスからね。とイうか、そコから出したらドロッドロに溶けちゃいマすよ? その保存液、品質悪いデすから、その状態で脳が活動を継続できテいるのは奇跡デす!! Marvelous!! それは是非ともこの手で調べタい! こんナ適当極まりない処置をされテおきながら精神活動を継続しているナんてMarvelous!! ビィ~バァ!! 僕らはみんな生きテいる!!』

 いきなりそいつは興奮し始めた。
 長らく妹としかコミュニケーションをとっていなかった俺は正直訳がわからんかった。
 何だこいつ、よくわかんねえ。
 というより、俺はもうこの液体を漂い続けるしか無いらしい。取り出した途端、デロんは悲しすぎる。
 ははは、さらば現世、サヨナラばいびー、ホナさいならだ。

『素晴らシい―――データです。ところで何か不自由とかなイですか?』
『見て分からんのかボケ! 自由が微塵もねえよ! 文字通り手も足もねえんだからな!!』
『アハハハ!! 分かりマした!! お望みナら、小生が用意しまスよ!』
『え? でも俺この液体から出したら脳ミソ溶けるんじゃねえの?』
『大丈夫です! 小生はコういうモノですから!』
 ドモドモ、と、やたら頭を下げる腰の低いイメージを送りつけてきながら、俺が言ったときそいつは名刺の形をした、メッセージボードを俺のヴィジョンに落して来た。
 そこには。

―――天才科学者。

 これって職業なのか? と言う疑問もさておき。
 と、それに続いて。

―――Dr.ゲボック・ギャックサッツ

 と記されていたわけだ。
 自分の中のサブカル知識が一斉に警鐘を上げる。
 やべえ! こいつはやべえ! と。
 だが、同時に期待も持ち上がる。生まれたばかりのあの時は、感動というものが殆ど無かったが、人並みの神経を手に入れた俺は肉体を渇望していた。

『御心配ナく! 科学的に作った予備の脳髄に、科学的に魂の移動をこなシて、それを科学的に作った体に脳移植しテお薬をダバダバ飲んで、科学的に生ジた地獄の激痛と副作用に耐えながら科学的にリハビリをやり遂げればあなタは自由に動けるようにナります!』

 途中、すっげえ気になる一文があったが、肉体を手にいれられるなら、文句は無い。
『おっけぇ、乗ったぜ、天才科学者』
『アハハハ! よウし、これで思いっキり実験が出来まスね。幻覚とか見えるンですよ』
『ちょっと待てやコラああああああ!』






 こうして俺は自分の肉体を手に入れた訳だ。
 いやしかし、父さん・・・あぁ、ゲボックの養子ってことで戸籍を手に入れたんで俺はその天才科学者の息子と言う事になっている。
 正直、あの人の周辺はすげえ。
 何だかよく分からん生物兵器が普通にうようよしてるし、その中心で一人はっちゃけて理解できねえような実験繰り返してるパパ上様いるし。
 まあ、その辺はまた語るとしよう。

 そうそう、副作用はマジで地獄だった。
 あまりの痛みに気絶して、次の瞬間痛みで気絶から叩き起こされるんだよな。
 それを何度も何度も繰り返すと脳内麻薬がとんでもない量分泌されて幻覚を見始めるんだよ。
 天使の羽生やした妹が群れでやって来た時は思わず手を伸ばしちゃったりさ。
 途端に量産型エ○ァに貪られたエヴ○弐号機みたいにフルボッコにあって正気に戻ったよ。泣ける。

 いつか、妹と再会したいものである。これは真面目に本音だ。






 えーと、さてさて。
 俺は目の前にあるIS学園を見上げる。
 今日からここに通うのかぁ。

―――女として

 何でも、男として入ったら目立っちゃうでしょというものである。
 何でも、周囲の目は一夏お兄さんに集中させて行動しやすくするらしい。
 で、何させんだ親父? と聞いたら、『陰なガら冬ちゃんのお手伝いでスよ、内緒二ね』とか言われてペンチな右手でピースされた。
 蹴り倒した俺に正義はあると思う。

 それに、実際俺はISを動かせる訳だが、調べられたら一夏お兄さんとの関連性がばれるし、俺のクローン細胞から作られた脳に科学的に魂を移植した(魂に科学って合わなくね?)とはいえ、ぶっちゃけそれってつまり一夏お兄さんの孫クローンって事だし、何より俺は十割人工物の、ある意味合成人間型生物兵器だ。『じゃあ、シリーズに乗っテ斑の一番とかドぅでしょ?』とか型番も付けられている。
 ぱぱりんの生物兵器は、似たような性質ごとに、色と作った順番の数字を付けられて名前が付けられるが・・・よりのよってブチのいちばんって・・・色じゃねえだろ模様だろおい。まあ、ネタは分かるけどさあ。

 まあ、通常の検査じゃ絶対に引っかからんがね。
 それと言うのも、俺に入って来て妹に滅殺された奴の事を父に告げた事がある。
 なんだか、おっ父自身も身に覚えがあったらしく。二秒ぐらい真面目だったが、その後で俺の記憶にある。サブカル知識を知ったら再現しようと取りかかり始めやがった。
 魂を移動させる際、記憶のバックアップをとってやがったらしく、そっから他のも抽出。俺のプライバシーは!? 妹のとこ参照したらぶん殴って記憶消したけど。
 やばい、これはやばい。
 なんというか、生きたドラ○もんのポケットみたいな人である。
 篠ノ乃博士と共に何度も世界を危機に陥らせた狂科学者は伊達じゃない。
 叫びたい気分だ。助けてぇぇええええ千冬さああああんっ! てな感じに。

 そして、再現された能力が<偽りの仮面>と言う能力だ。
 俺となんか境遇似てる人造人間十二人姉妹の次女の能力で、あらゆる検査をかいくぐる程の完全な変身が出来るらしい。
 正直俺としては六女のモレ・インター的な能力が欲しかったのだが。
 だってあの人、マジで俺みたいな境遇の人三人もぶった斬ってたし。
 ところでビームも出せるのに、何で爪が必殺武器みたいになってるんだろうね。あのお姉さん。
 何よりそんな能力移植されたら死亡フラグが立つようで非常に嫌である。
 一方、あのジジィは六女の能力を自分に搭載してやがった。殺意が芽生えた瞬間だった。

「こレで、冬ちゃンのお風呂覗き放題です!!」
 と言って一週間外出したファーターはダンボールに血袋状態で無理矢理圧縮され、郵送という形で帰って来た。
 一瞬サイコかと思ったよ、世界を守って来たヒロインマジパねえ。

 とまあ、自己紹介はこの編で終わりにしておこう。
 正直俺の秘密を片っ端から語ったのはあれだ。秘密ってのを小出しで徐々に出すってのは嘘付いてるみたいでやなんだよねえ。なんかマスコットな孵卵器みたいじゃねえか。
 まあ。お仕事なら仕方ないけど。
 
 俺がそんな任務にむしろ進んで乗ったのは、正直俺自身がISに関わって行きたいからだ。IS学園ならその点、バッチ来いだろ?
 俺と妹が製造されたのは亡国機業とかいう老舗のテロ組織らしい。
 そこはしょっちゅう各国からISを強奪しようと画策しているようで。
 いつか、妹への足がかりを掴むなら関わって行くしかないからねえ。
 それならば、学園でここに対抗する為のコネを作っておくのもアリってわけですよ。

 正直、父君と束博士に頼めば一発で見つかりそうなんだがね。
 俺は幻視でしか妹の姿を見てない訳なのですよ。
 聞いた声も妹の耳で。つまり、客観的な声とは違う訳で。
 まあ、いつまでの親の臑かじってるのものあれだしね。親って程あの博士達も年食ってないし。
 下手言うと、く〜ちゃんに刺されるしね。死ねないから逆に苦しすぎるんだよ。
 
 ヒントは、織斑一夏の女性変換クローンであるという事。ま、俺の妹だからね。
 まぁ、頑張って行きましょう。 

 そうそう、自己紹介って言ってたくせに名前言ってなかったな。

 俺の名前はソウカ・ギャックサッツ。妹と、互いに贈り合った名だ。
 セロとエドワウみたいで素敵だろう?
 まあ、あんな感動的なだけで悲しい結末を迎えるつもりなんてさらさらないがね。
 フルで呼べば『そうか、虐殺』みたいな名前なんで、お呼びの際は出来ればファミリーネーム抜きで頼みます。
 あの名字って、見る人が見りゃ一発で分かるからなあ。






 ところで。
 なんであの天災科学者の事を『父』的に言おうとすると毎回違うのが出てくるんだ?
 言語機能バグってんじゃねえのかあ!
 あのお父タマめっ・・・てよりによってそんな呼び方すんじゃネエエエエエええええええええええええええ!!!!! 
 
 
 
 
 
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 やばい、取らなきゃ行けない資格試験の勉強あるのに一日潰して書いちまったああああ!
 こういう転生未遂ものって表記しないと駄目なんですかね
 
 所謂過去編では三人称、本編編ではソウカの一人称でお贈りするつもりです。
 ゲポックの大暴れをみたかった方には申し訳ないですが、この形式でやって行きたいと思います
 
 先程ちらっとみて感想が来ている事に感動してみたり。
 ありがとう御座いますっ! m(_ _)m Flying DOGEZA
 返事はこの後書こうと思います。
 ・・・試験の前日って猛烈に掃除したくなりますよね。そんな気持ちです。
 やばい! やべぇくらい本気でやばい!



[27648] 原作編 第 2話  入校―――オチは古典
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:975a13eb
Date: 2011/05/22 05:41
「ねえ、お兄ちゃん」
『なんだねマイシスター』
「カツオブシエボシって凄いねー」
『確かにあの毒性は半端ねえとおもうな。だが、俺は圧倒的物量を伴うエチゼンの野郎の方を一押しするね』
「えー、あの無害そうなのがー?」
『いや、わりと漁師にゃ洒落にならんらしいぞ』
「へえ~、そうなんだー」
『しかし我が妹はクラゲが好きだなー』
「うん・・・まぁね」
『 ? ん、なんか歯切れ悪いな。言いたく無い理由でもあるの?』
「!! なんでも無いよ! なんでも!」
『甘いぜー、それじゃなんかあるって言ってるも同じだろ? ほーれ言ってみー?』
「んとね、あのね」
『うんうん』
「クラゲって・・・お兄ちゃんそっくりだから(赤面)』



―――バギィンッ!!

 えー、業務連絡です。
 とある幻想がぶち殺されました。



 内容が内容だけに・・・ねぇ・・・怒れないよね! だって妹の純粋善意十割だもの!

 海月とシリンダーに浮かぶ脳クラゲ、もとい『俺』・・・うん、似てるよね。



『ははは・・・そうか』
「誰にも言わないでね。恥ずかしいから」
『ああ』












 言えねえよ。

―――某海月野郎の日記より抜粋






 さーて。
 ここがIS学園ですよ皆さん。
 完全に海上に独立した学園都市ならぬ学園島。
 本土とを繋ぐモノレールの駅を背後に、学園を見上げて見ましょう。
 学園中央棟から左右に何かが突き伸びておる。
 なんだろう、某戦等民族のプロテクターみたいなあれは。
 いや、うん。まさか・・・でもなあ。
 云々かんぬん・・・。

 閑話休題。

 おぉっとう。考えすぎてた。
 そう言うデザインなんだとうん、まぁ納得するとしよう。

 えっちらほっちら校内に入る。
 真っ正面の壁には名簿が張り出されていた。
 一クラス三十名の四クラスで百二十名か。全国のみならず、海外からも積極的に留学生も受け入れているのでこの数はなるほどエリートの集まりなのだなあ、と納得してしまった。

 何より、この『壁に張り出される』と言うのがなんとも素晴らしい様式美では無いか。この調子ならテストがあるたびに成績順に張り出されたりするに違いない。
 そして生徒たちは一喜一憂し、上位成績者を羨むのだ。おぉ、楽しみだねぃ学校生活。
 最新鋭のIS設備が整っているのみならずこういう古典も用意してくれるのは、俺としてはありがたいのだ。
 学校というもの自体が初体験の身としてはマンガ等でみた知識が如何しても先行しちゃうからね。
 予習できるイベントがありのは何とも安心なんですな。

 近づいて名簿を一組から見上げて確認する事にした。
 そう、かなり見上げるだ。俺の背はかなり低いんだよね。
 これは製作者であるとーさんに文句を言いたいところだ。

 男ならば、やはり長身に憧れるだろう?
 今の俺はかなり小柄な女性なんだけどね。

 そうそう、<偽りの仮面>で変身した俺の容姿は一言で言うと、現代的な顔付きの市松人形、と言えば分かるだろうか。
 真っ黒な直毛の髪質で肩甲骨の辺りで横一直線に切り揃えている。
 前髪も眉の辺りで横一線。
 着物なんか着せたら。はんなりしそうな装いだ。

 これは俺の趣味でも親父の趣味でも無い。
 まぁ、おいおい語っていくとしよう。

 えーっと。まずは一組一組ーっと・・・。
 おぉ、早速おりました。

 一組:担任 織斑千冬

 この人のフォローをすれって―――そう言えば具体的な指示はなにも出されていなかったりする。
 一夏お兄さんがISを公的な場で起動させちゃったもんだから心労が蓄積されているだろうし、そのケアでもすればいいのでしょうか?

 で、そのまま視線を下げていくと。
 おぉう、おりましたよ織斑一夏。
 千冬お姉さんも流石に職権を振るったのでしょうね。
 目の届きやすいところにおいておきたいとかそんなところでしょう。
 話によれば、かなり弟ラブなそうですし。



 で、俺はと言うと―――

 あれ? 居ない。

 如何やら自分は一組では無いようです。
 Q.どこかなどこかなー。
 A.四組です。

 遠っ!
 何かもう端から端じゃ無いですか。
 つまりお一夏兄さんのプライベートのフォローでも無い。

 俺になにをしろと。
 合同授業も実技が少々の程度だろうし、この構造なら一、二組ないし、奇数組と言う事で一、三組ならありますが、一、四組となると全クラス合同授業でも無い限り一組とのバッティングは無さそうなもので・・・。

 まさか・・・その辺なんも考えてないとかじゃ無いだろうなあ。
 俺の体とか境遇から、いい実験になりそうだとか思っているだけと言う可能性も無きにしも非ず・・・だよなあ。
 あー、何かそう思ったらそれが確定な気がしてきた。
 もういいや、口調完璧に戻そう、今までもちょくちょく戻ってたけど。



「ん~? どうしたの~」
 ごっそりやる気をなくしていると何やら間延びした声が背後から。
 どなたですかい。と振り返れば発見、両袖を余らせた制服を着用の女の子。

「いや、僕自身のクラスを確認していたのだよ。なお、クラスは四組だったと言うわけで」
「ふーん。ん~とね、私はね~~~~~~~」

 捜索中です。うん。伸びる声が可愛いねえ。
 しかし背筋を走るこの寒気はなにか。
 はて、こんな口調で我が魂に何か彫りくださった方が居るんでしょうかの?

 我が扁桃体が海馬に思い出すなと言明して居るので思い出すのは諦めよう。
 でもさあ、自分自身にびっくりだよ。なに今の口調。一人称『僕』なんて初使用なんですが。

 まぁ、種は知って居るんだけどね。
 これぞ〈偽りの仮面〉の一機能、『個性偽装』だ。
 変身している見た目にふさわしい口調に自動翻訳してくれる代物だ。
 ・・・なんか二枚舌みたいで自己嫌悪があるのは置いておこう、うん。言っている言葉を偽って出すわけじゃ無いしね。
―――自己弁論完了

 確かに俺には女の子になりきるなど出来はしないし、そもそも人生経験が足りない。どこでどんなボロが出るか分からないし、そもそも一般常識だって満足だとは思えない。
 だって、今までまともに会話した事あるのは妹とお父ちゃま・・・それと少しだけど二人だけなんだぞ? ――――――後で絶対クソ親父の呼称に関わる思考回路治そう。

 硬く決意を固めてる俺。実はこれ現実逃避だったりする。
 女の子だよ女の子。
 妹は妹だから別として、後は父っつぁんの同類な女とそれを神様感覚で崇拝してる刺突娘だけだし・・・あぁ、その通り、俺は舞い上がってテンパって動揺しまくりなんだよ。良かった! それを完璧に隠せる〈偽りの仮面〉があって本当に良かった!

 ん? ここってそう言えばお兄さん以外は全部女学生・・・やばい、俺詰んだかも。心拍数的な意味で。
 ネズミと象って生涯の心拍数一緒っていうじゃない。
 俺このままじゃ寿命がマッハで・・・あ、俺そう言えば脳だけじゃん! はっはっは、心配して損した(絶賛テンパり中)。



「あったあったー、みっけたよ~、一組だぁ~」

 ビックゥッ!
 うおっ、いきなり喋るから吃驚した!
 え? まさか今までかかってたの? 一組ってかなり最初の方じゃ無いか。

「別のクラスか、そいつは残念だねぇ」
「大丈夫~ご飯やお風呂でまた会えるよ」
「おぉう、成る程」

 それきり沈黙する我ら。
 目の前のぽややんとした子はニコニコとしてるけど、内心コイツつまんねえとか思ってんじゃ無いだろうか。

 いかん! いかんぞ! このままでは学校生活がお先真っ暗になってしまう! 聞くに女子の情報伝達速度は量子ファイバーを軽く凌駕すると言うでは無いか。
 みんなにハブられ、針の筵で過ごすなど、想像するだけでも恐ろしい。

 ではどうする!?
 あいにくだが俺は大して話の話題というものが無い。
 
 こんな時こそBBソフト。
 常識に疎い俺のためにインストールされたソフトを起動する。
 明日の天気から国家元首の浮気相手のお肌の曲がり角まで! ありとあらゆる知識を放り込んだこの電子図書館ならば!



~初対面の人に好印象与える会話切り出し~
 まずは自己紹介! お互いの名前を交換だ! 一言添えて印象付けるのが良いぞ!



 はぁいっ! ってやべえ! 早速駄目じゃん! 既にかなり会話してるのにお互い名前も知らねえよ!
 そもそも話す話題が無くてBBソフトに頼る俺が俺が一言添えられるかああああああ!!!

 だがしかし! ここでひいてはヤマアラシに取り囲まれる、そんな学園生活は嫌だ!
―――ええい、ここで退けるかああああっ!

「自分は、こういうものです」
 見よう見まねで、親父が人に差し出していたのを真似る。

「すっご~い、名刺だあ~、どれどれ~?」
 俺が差し出した名刺を受け取りしばし眺める彼女。
 裏返したり、透かしたりしている。

「あっれ~?」
「なんかまずかった?」
 え? なんか手順違った? 渡す時の姿勢だとか態度だとか。

「何も書いてないよ~」
「なんか書くの!?」
「あはは~、変なの~、常識だよ」
 何ですと!?

「えっとね~」
 彼女は筆ペンを取り出して、雰囲気どおりのゆっくたりとした動作で名刺に記入している。
「ど~ぞ、よろしくね~」

 そこには、達筆でこう書かれていた。

 先祖代々メイドさんだよ~
 布仏本音、よろしくね

「おおぉ・・・」
 名刺の正しい使い方にも感動だが、先祖代々メイドというのも凄い。
 世の中にはこんな人も居るのである。
 ああ、面白い! 生きてて良かった。
 ところで、なんて読むのだろう。
 BBソフトによれば、のほとけ ほんね、と振り仮名が出た。

 初名刺記録として記憶素子に焼き付けておこう。ROM指定で。
 あ、そうだそうだ。
「じゃあ、僕も―――」
 真っ白で何も書いてない名刺(二枚目)に名前を書く。
 ソウカ・ギャックサッツ。と、名前だけを。
 それ以外は、これから作っていこう。

「わーい、ありがと~。んとねーんとねー、じゃあ、そっくんだ~」
「?」
「ソウカだからそっくん~」
「・・・ええっと、それってまさか」
「綽名だよ~」
 ・・・なんだとっ! 字数増えてるけど。

「おおぉ、生まれて初めて、『このクラゲ野郎』『金食い浮き輪』『モルモットでスね』以外の綽名をつけられた・・・感動だよ」
「・・・苦労してるんだね~、でもびっくりだよ~、日本人だと思ってたし」
 よしよしと頭を撫でられる。
 背の高さの都合でな・・・ちっくしょう。

「えーと、それじゃあ、それじゃあだね、ほんねだから、えーと・・・」
「いいよ~、別に無理につけなくても、本音でね」
「口惜しや・・・いつか必ずいい綽名をつけてあげるから!」
「ほ~、それは楽しみだー」
「耳を洗って待っているがいい! と、時間ももう無いな」
「ん、そっくんまたねー」

 それじゃあ、ここでお別れである。

 非常にゆったり歩いていく彼女を見送る。遅れないか? 彼女・・・。
 ん? 綽名が君付け?
 今ちゃんと女だよなあ?

 小首をかしげながら俺は四組に向かった。






 やばし・・・。
 周りは全部女の子だよ。俺も見た目は女の子だけどな!
 いやー良かった! 俺心臓無くて良かった!
 あ、ちなみにちゃんと心音偽造装置はあるから大丈夫だけどね。
 なんかバクバク五月蝿くない?
 妙なところまで再現してるなあ。

「さーて、それじゃ、次はギャックサッツさんね」
 我がクラスの担任、榊原先生の司会で俺が呼ばれる。
 現在、HRでクラスメイトたちの自己紹介が進んでいる訳です。
 さっきの本音さんもそうだけど、ここは美人さんばかりいる気がする。
 まさか、選定基準に写真選定が合ったりしないよなあ。
 などと、なんでかそんな単語ばっかり知ってんだよ俺。ああ、モノレールで読んだ女性週刊誌か。

「えーと・・・ソウカ・ギャックサッツです」
 さて、ここが一つの山場だ。
 せめて何か一掴みせねば。
 ここでの動向一つで楽しい学園生活orヤマアラシの巣穴でスフィンクス(体毛の無い猫)になるか決まるといっても過言ではない!!






 ・・・なんもねえ。
 Dr.ゲボック作の全身義肢です・・・うん、言えねえ。
 以上です、と締めるか・・・いや、それはまずい。何がまずいかって、なにか俺に共鳴反応を起こしてる何かが『それしか無い』と言ってるから寧ろやらん、としか言えん。なんだかカブりたくねえ。因みに何かって繰り返したのはわざとだぞ。

 わーい、困ったときのBBソフ(以下略)。

 検索結果―――まずは自分の趣味を語ってみましょう。なにかしら共通の事項があった人から反応があるかもしれません。話を振るのに使えるかもしれないですよ。

 来たああああ! 趣味、趣味、趣味・・・今一番楽しい事か―――
 正直に、正直に・・・か、今一番何に充実しているか、それはもう決まっている。

「趣味は、生きてる事です!」
「「「「は?」」」」
 あれ? なんかハズした? ええい、フォローだフォロー・・・えーとBBソフト内の(簡単! プレゼンテーション)を参照して―――
 よし、それならジェスチャーも交えよう!
 これ以上に、常に俺の感じる感動は無いのだから。

「何が楽しいかって、自分の思い通り体が動くのが楽しいし、知らない事を見るのも聞くのも楽しいし、そう―――」

 教室の入り口までひょこひょこ歩いていってドアに歩み寄る。
 どっかんばっかんドアを開閉する俺。

「いやーもう、こうやってドアを開け閉めできるって、ただそれだけでもう楽しいのですよ。口から物を食べたときの感動ったらなかったし、視線が固定されて見るか見ないかの選択肢だけじゃなくて―――何を見るか選べるのもこの上なく楽しい! いやもう何をしても楽しくて仕方が無いのですよ、僕は殆ど何も知りません、知識では知ってても、やった事なんて殆ど無い。そんな無知ですが、皆さんとの三年間で楽しんで、知って、体験して、楽しみ尽くして生きたいです、どうかよろしくお願いします!」

 普通に動ける事が幸せだったと知らなかった生まれた直後。
 だが、その幸福が失われてからそれがかけがえないものだと分かったのは何たる皮肉か。
 その後、奇跡といえる出来事のあと、この感動を取り戻したのだ。何もかも楽しいに決まっている。
 皆も気付いた方がいいぞ、この素晴らしさは。

「えと、どういう事?」
 女の子の一人がそんな事を言ってくる。
「いや、前は身動き一つ出来なかったのだよ、いや素晴らしい。健康って素晴らしい」

 辺りは静まり返ってる。何でだろう。
 後日、そりゃ笑える事じゃない、と指摘されるまで俺にはわからなかったのだが。

「それがこんなに健康体、こんなに飛び跳ね―――」
「「「「「あ」」」」」
 べきゃあ―――

 跳躍した俺は天井に嫌な角度で激突した。
 戦闘モードでないため、運動能力の割には防御力を低く設定していたことが仇になる。
 肉体に傷一つつかないが、中身の『俺』にはその衝撃はきつかった。
 うーむ、シールドはやはり必要か。
 顎ぶん殴って気絶させるのは、脳を揺らして失神させるためだという。

 とりあえず肉体はスリープモードへ移行。
 失神、といわれる状態になったのだった。






「自称、『黄泉から帰ってきた』という事で話題になっている、俳優の鷹縁結子さんですが―――」

 ん? こりゃニュースかな?
「十六年前に理科実験室で蘇ったんよ、最初はスケルトンで苦労したんやで? おっかない小学生が木刀持って追っかけてくるし」とか言っている。なんのこっちゃ。

 意識の覚醒を確認。
 全身の思考制御四肢に命令を下す。起きれ―――俺!

「ふぅ、おはようだぜ」
 おきたらおはよう、これは肝心だよな。
 辺りは真っ白い。病室かね。
 嗅覚センサーにもメタノールの成分が感知できるし、間違いないだろう。
 だが、メタノール意外にも強い匂いが・・・。

「なーに男の子みたいに言ってんだい?」
 寝ていたベッドを囲んでいたカーテンが開いてお姉さんが出てきた。
 ビジネススーツの上に白衣を着ている。
 おお、清潔な白衣というのを初めて見た。

「おおう、初めまして。誰ですか? ちなみに僕はソウカ・ギャックサッツです」
「あたしはここ、保健室の主だ」
 それは凄い。
 素直に感心してると、くっくっく、とお姉さん―――ああ、保健室の主は笑う。

「変わったガキだねえ、聞いたよ、大ジャンプして天井に頭ぶっけて気絶したんだって? その割にはコブ一つないし元気なもんだよ。でもさ、その前は寝たきりだったんだって?」
「寝たきりではないかな、身動き一つ取れなかったけど」
 浮かびっぱなしです。

「なんだいそりゃあ、状況が分からん」
「あんまり説明したくなくてね」
 あの時代の、無の恐怖は。
 あ、今の幸せと並べるならどんどんいけるけどね、昼間みたいに。

「おっと、こりゃごめん―――と、もう体は大丈夫かい?」
「十全ですよ、今までのも脳を揺らしたからだし、どうも健康すぎる肉体というのは今の自分では制御が難しいらしい」
 なんだいそりゃあ、としばらく彼女はこちらを値踏みする。
 やがてどうでもいいかと口の中で呟いて、しっしっと手を払い始めた。
 口の中で喋ろうとハイパーセンサーは聞き取ってしまうのんだけどねー。

「さあ、怪我人でもなんでもないなら出てった出てった。あたしゃ、ヤニが切れたら死んじまうんだ」
「・・・ヤニ?」
「これさ」

 と言って箱を取り出す保健室の主。
 ハイパーセンサーで確認して成分分析。

―――結論 常習性のある毒物。麻薬の類。

「それ、毒ですよ」
「いい気分になれるんだよ、ガキに吸わせる気はないからとっとと出てけ健常者」
 それを、毒と言うんだが。
 だが待てよ?
 言葉通り、健常者はこの部屋に居られないなら苦渋の選択かもしれないな。
 保健室の主として、勤務し続ける権利のある健常者ではなくなるため毒物を摂取する。
 職務に誇りをかけているのだろう。
 まあ、自分は健常者とは程遠いし、この程度の毒は無効化されるが、敬意を表して出て行くこととしよう。

「それでは、お世話になりました」
「あぁ、ちょっと待て」
 言われて振り向くと金属が飛んできた。
 受け取ると・・・なんだこれ。

「菜月から預かってた。あんたの部屋の鍵だよ」
「菜月?」
「自分の担任の名前ぐらい覚えときな」
「あぁ、榊原先生の下の名前ですか」
「あいつは部活棟の管理任されてるから、いつまでもついててられないんだってさ」
「重ね重ね、感謝します」
「宿舎の場所は分かるかい? オリエンテーションの間気絶したみたいだしさ」
 ちょっと待て、ドンだけ気絶してたんだ俺。
 最近寝てなかったかなあ・・・。
 学校が楽しみで興奮しすぎてたからなあ。丸三徹。
 寝床で数えた羊が億を越えてから数えるの面倒になったんだよねー。

「大丈夫です、道に迷ったら交番で聞きますから」
 キョトンとしている保健室の主を後に廊下を歩きだす。
 迷ったときは交番に聞く。これは常識だね。
 ・・・ん、念のためBBソフトで確認してみる。
―――よし、合ってるな。
 ちょっと待ちなガキんちょおおおおおっ! と保健室の主が自分の城から出てきたのはその直後だったりする、まる。






 なんてこった。
「学園には交番が無いですって・・・っ道に迷ったらどうすればっ!」
「普通に人に聞けっての」
 なるほど!

 半ば呆れた顔で見られてしまったが、再度お礼を言うと微笑ましい顔で見送られてしまった。何だろうね。

 だが、杞憂だったのか道に迷うことなく自室に辿り着く。
 しかし、これが鍵ねえ。
 俺の住んでたところじゃ遠隔個人認証だったしなあ・・・全ドア。
 ああ、よく侵入者と誤認されて撃たれた実家が懐かしい・・・。
 よく生きてるな俺。

 何事も、やってしまえば、面白い。

 季語なしでリズム良く呟いた俺は勢いよく鍵を突っ込んで回し、解錠。
 そのままドアノブ(レバー?)を掴んで手首を三百六十度大回転!!
 いけい! 開けゴマぁ!

 ぶちんっ!
―――ドアノブがネジ切れた
 行くどころか、逝ってしまわれた。

 ・・・・・・弱っ・・・じゃねえ!
 うん、あとで直そう。



 室内に入って見ればベッドは二つ。
 二人部屋か~、相手は誰だろうなぁ。
 女の子か。
 ただそれだけで結構緊張するんだけど・・・俺ってな、今年で三歳だから性欲とかはないんだよね。
 言っててあれだが幼稚園児の恋愛感情?
 好きな子が出来てもいじめないようにしなきゃな。
 漫画でも子供―――特に男って好きな子にいじわるしてちょっかい出すようだし。
 現在の女尊男卑社会でもあるのか分からんけどね。

 そう、忘れてもらっては困る。
 俺の脳は男だ。




 そうそう、完璧予断なんだがトト様なんぞは学生時代、後ろから大好きな女の子によく抱きついて―――

『気づけバ肉屋裏のゴミ箱でバラ肉とイっしょに野良犬に噛まレまくってましたョ』

 ・・・パパよ、それ絶対脈ねえよ、むしろ毛嫌いされてるって・・・。

―――あ

 このバグ取らねえとな・・・。
 忘れてたよ、この妙な言語変換!
 あんの―――父しゃん―――ってうがああああっ!
       ↑ ※親父と言いたい。

 決めた。今でこそ脳内ヴォイスだけですんでるが、いつ発声言語に干渉与えるか分からねえしな。

 決めた。今から修理するとしよう、あとドアも。






 人に聞きながら整備室に向かう俺。
 おぉー、ここかー。

 でっかく扉の上に整備室、と看板が掲げられた扉をくぐる。
「工具は工具はどこですか~」
 迷子の子猫ちゃんのリズムで鼻歌交じりにハイパーセンサー展開、いっせいに周囲を見回すと、パーテションの向こうに何人か、機械に取り付いて整備中の人が居る事を確認できる。
 一年は俺と同じで昨日今日入寮だから、上級生だろうね。

 おっ、工具発見。
 棚の上にあるツールボックスを見つけて手を伸ばす俺。
―――惜しい! 背の丈足りない。
 うっせえ。

 ・・・飛んでしまおうか。
 そう一瞬考えるが、いかんせん今はどんな機器を使ってるか分かったもんじゃない。
 PIC起動時の慣性制御力場を感知されたら、後々面倒である。
 ジャンプは・・・あれだ、一日二度も気絶する恐れのあることはしちゃいけないと思うんだ。
 梯子を持って来ようとしたら、ぽんぽんと肩をたたかれた。
 いや、ハイパーセンサーでは見てたけどね。
 振り向いて見上げると おお、眼鏡な人だ。
 それだけかい? って? うるせえ、語彙が少ないんだよ、まだ俺は。

「君、もしかして1年生?」
「そうですが?」

「珍しいねえ、一人ならず二人までも一年生がこの時期に整備室来るなんて。来たばっかでしょ」
「今日来ました」
「ほほー、ここならIS見れると思って来たとか?」
「いえ、単純に工具が借りたくて」
 いや、実家で腐るほど見たしねえ。

「あらそう、残念」
「見れるんなら見たいですが、ね」
 俺だって社交辞令ぐらい知ってるし。

「駄目だよー、決まりは決まりだから」
「分かりました」
 見せたいのか見せたくないのか良く分からんなー。
 ま、ハイパーセンサーで感知した壁の向こうのあれなんだろうけど。

「それで、このツールボックス?」
「おお、有難うございます」
 取ってくれた。この人優しい。好感度が上がります。

「ねえ、君はこの学園に何を求めてきたのかな?」
 急に先輩はそんな事を聞いてきた。
 俺がこの学園に来た目的ねえ。

「まあ、本当はある人の手伝いなのですが、個人的には、生きてる実感を得るため、知らない事を知りに来た、って所なのかなあ。僕は世間知らずですからね、色々知的好奇心が疼くわけですよ」
 なんたって何しても楽しいし。
 そう言うと、先輩はおお、と感嘆した声を上げた。

 妹探しの手掛かり、と言う事は言わなくて良いだろう。本当に個人的なものなのだし。

「君も真実を探求する口かね」
「虚も実も、活用できる知識なら何でもですよ」
「言うねえ。そうだ、情報に沢山触れたいなら、新聞部に入らない?」
「新聞部ですか?」
 おお、これが学校名物部活動勧誘シーズンという奴ですか。

「そ、いろんな人から聞き込みしたり、噂の真偽を確かめたり!」
「それは楽しそうですね・・・ちょっと考えて見ます」
 部活動か・・・いいかもしれない。
 運動部は駄目だしなー。この体じゃ逆に鬱憤たまりそうだし。
 ところで先輩、こっちに背中向けてよっしゃとか何言ってんです? 俺見えるんすよ。

「私、黛薫子二年生、よろしく!」
「僕はソウカ・ギャックサッツ、新入生です。今後ともよろしくお願いします」
「こいつはびっくりだ、日本人じゃなかったのね」
「人種は知りませんが、国籍は日本のはずですよ」
「そうなの?」
「父が帰化人なので」
 言えたー、父って言えたー! でもたまたまかも知れぬ。
 しかし、ダディ―――言えてねえ―――の元国籍って良く分からないんだよな。
 真面目に聞いたことあるんだが、大日本帝国っつってたし・・・戦前!?
 ひょいっと、工具箱を持ち上げる。
 同居人が帰ってきたとき、ドアノブがもげてたらびっくりするだろうしね。
 ・・・でもその前にこの頭何とかしないと。

「見た目に反して力持ちだねー」
「そうですか?」
「そのツールボックス、結構重いよ」
 成る程、普通の人にはそうなのか。
 一つ学習する。
 あと、見た目に反してって言わないで欲しい。背丈が低いの気にしてるのに・・・。

「ところで、それ何に使うの?」
 黛先輩が指差すのは当然のごとくツールボックスである。

「ああ、ドアノブ引きちぎっちゃいまして」
「は?」
 まさか、ちょっと頭弄ろうと思いまして、とは言えない。嘘じゃないから別にいいし。
 しかし、常識の範疇で答えた回答に対し、先輩は沈黙。

「ははは、本当に力持ちなんだねえ・・・」
 ?
 何故か雰囲気が変わったのを感じたので、早々に立ち去る事にした。
 しかし、空気の変化がわかっても、読めなきゃ意味ねえよなあ。

「それ、貸しとくからまたねー、新聞部のこと、考えといてよー」
 整備室を去る俺に、背後から先輩の声がかかった。
 俺は一礼して自室に向かう。
 しかし、俺以外に整備室に来た一年の子って誰なんだろうね?
 ・・・俺は駄目なのにその子はいいのか?






 幸い、同室の子は帰ってきていなかった。
 早速作業を始めるとしよう。

 初めに<偽りの仮面>を解除、背丈の変わらない(変えると、エネルギー消費に格段の差が出る、出来ないわけじゃないんだけどねえ)少年の姿になる。バイザー付き。
 このヴィジュアルは小学校卒業時相当の一夏お兄さんだ。
 実家に尋ねて来た千冬お姉さんが忘れていった写真がモデルなんだよね、俺。
 父ちゃん―――ちっ―――にしてみたら、その隣に移っている劇レア画像、微笑んでいる千冬お姉さんの様子に大興奮してたけどねぇ。
 ちなみに、バイザーは高感度センサー(機械式)化して金色に光っている両目の性能を落とすフィルターのようなものだ。

 動体視力がちょっと人間離れしたものになるんだよね。
 某黒鼠の会社で作ったフルアニメがコマ送りに見えたときは絶望したもんだ。

 オンオフ切り替えは今度会ったときにしてくれるとか言ってたけど、あの忙しさ、また変な物頼まれたんだろうなあ。
 嬉々として作る方も作るほうだけどさあ。

 そう言うわけで、バイザーを付けているのが素の状態なのである・・・今は。



 両手で頭を掴んで左に九十度首を回す。
 真左を向いた状態で、カチリと音が鳴ったのを確認したら左手を額に、右手を後頭部に添え直してさらに左に九十度。
 真後ろを見ている形になる。
 再度カチリという音を確認したら同じ要領で今度は一気に百八十度。傍から見たら首一回転だ。
 その上で。
「んちゃ!」

 と認証音声を出すと首が外れる。何故この単語なのか・・・察して欲しい。
 胡坐をかいてその上に俺の首を乗せる。
 ハイパーセンサーのおかげで俺は、俺自身の頭を弄る事が出来るのである。
 俺の視線は窓の外の三日月を見据えていた。

 月の公転周期と自転周期の組み合わせは絶妙で、常に同じ面を地球へ向けているという。
 そのお陰で、月の形は変わっていないのだ。

 今から十八年前、未だに真相が明らかになっていない『ムーンインベーダー事件』が起きた。

 城の形をしたUFOが突如として現われ、某国の監視衛星をぶち壊したのだ。
 UFOは即座に対抗してきた軍隊を次々に撃破、城はそのまま月に漂着して拠点を作り出したらしい。
 それは月の形状を大きく変えるほどの大工事であり、今もなお続いているという。
 だが、静かの海に漂着したそいつらのある性質のため、地球から見た月は変わっていない。

 そいつらは、地球から見える面を、惑星の形を無視して真っ平らな面になるよう削っていったのだ。
 月を金太郎飴にたとえるなら、地球の方を向いているのが絵のある断面だ。
 面の図が変わらないよう、切られていく断面が今見える月、といえば分かるだろうか。
 こちらからの見かけを保ちつつ、真円を見せながら水平に削られていく月。
 いずれ星の中心まで削れば円の直径は小さくなっていくのであろう。
 そして、削った月はそのまま月面上の城の建材として使われている。
 平面な、こちらを土台として・・・つまり、地球からは城の屋根が見えるわけだ。

 それが表しているのが・・・うん、言わないでおこう。死ぬのはまだ早い。
 毎月満月の日には絶叫してるんだろうなあ・・・。
 御免、未だに真相が分からないというのは嘘。
 もう、俺の知っている人間だけで犯人が特定できるわ。



 それは兎も角。
 頭部装甲パーツを取り外して開頭、俺の言語中枢とを繋いでいる回路を弄くる。
 これがなかなか上手くいかない。

 心の声では戻っても現実での呼称が変な物になっては俺が死ねるのである。

「うーん・・・これでどうだ?」
「ぱっぴぃ」
 なんじゃそりゃ。
 ちょっとイラっと来たので思わず叩き付けるところだった。
 危なかった、危うく凄まじく阿呆な自殺するところだった。



 あーでもない、こーでもないと弄っていると。
「ここが・・・私の・・・部屋・・・」
 とか聞こえてきた。か細い声だけど俺の聴覚センサー舐めんじゃねえぞ。
―――ってかやっべぇ! ドアノブ直してねえ!

「ドア・・・壊れてる?」
 ごめんなさい、ねじ切ったの俺です。

「あぁ、悪ぃ、ドア壊しちまったの俺なんだよ、今日中に直すから勘弁してくれないかな? ―――と、まずはこう言うのが礼儀だったっけ。これからよろしくお願いしますよ」
 左手に『俺』を抱えてドアを開ける。

「・・・あ・・・あ、あの、こちら、こそ・・・」
「まあ、入り口にいるのもアレだし、入ってよ、まだ初日だってのに遅かったね。えーと、お疲れ様? でいいのかね・・・茶でも飲む?」
 うつむいて下を向いたまま彼女が入ってきた。
 うん、彼女だよ、ここには俺と一夏お兄さんしか男はいないしね。
 青い髪がシャギーっぽく外に跳ねている子だ。
 雰囲気は大人し目、ただ、俯いてて顔が分からないねえ。

「あの・・・私・・・はじ、初めまして―――?!?―――ひぃっ!」
「あ」

 俺が後に回ってドアを閉めたとき、ようやく彼女は顔を上げ、俺を見て・・・引きつった。
 そこに居たのは、頭蓋骨を割り開かれ、透明な謎のゲボック素材のポッドに入っているとはいえ脳味噌さらした生首―――いや、状態見やすくするための透明素材なんだよ! と弁論してみる―――を抱えた首なし俺のボディ。
 イッツァ・デュラハーンである。
 ドアばかり気にして首つけなおすの忘れてた!
 <偽りの仮面>も剥がれてるじゃねーか! 俺って言っちゃってたし。よく気付かなかったなー彼女、あ、この子も眼鏡の人だ。

 Q.さて問題だ。スプラッタホラーな何かが今まで茶あ飲む? とか聞いて来てて、自分はちゃんと会話を成立させてしまっていたのだとか気付いてしまったら皆はどうするかね。



 A.彼女の場合。
「――――――はうっ」
 あっさり失神しました。
 どうか翌朝夢だと思ってくださりますように、と思いつつ俺はあわてて抱き止めようとして。
「ぎゃあ!」

 『俺』を落として踏んづけた。
 あ、悲鳴俺のね。
 で、俺の体は彼女を抱えつつ一緒に倒れ・・・おのれ体め、えーと知識参照―――ラッキースケベやりやがったなあ!
 あ、別に胸とか掴んでないぞ。もつれて倒れるだけで俺はセクハラだと思う人です。
 うがあっ! 自分で自分追い詰めた俺!

「ん・・・」
 あ、今の衝撃で目を覚まし・・・。
 床に転がってる『俺』と目が合った。

「―――はうっ」
 今度はさっきよりも火急的速やかに失神してくれやがりました。



 妹よ、世界のどこかにいるわが妹よ。
 お兄ちゃんの学園生活は、前途多難です・・・。
 いや、この後始末どうしよ・・・。
 まずこの回路だよな、やっぱ・・・。








_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 どうも、お久しぶりです。
 何とか1次試験は合格しました。でもまた本試験あるんだよなあ。

 ソウカのキャラを一定化させるのが難しい・・・。ブレまくってます。
 ちなみに皆さんお気づきだと思いますが、最後に失神したのは更識家の簪ちゃんです。
 あっれぇ? 一夏お兄さんと遭遇させるつもりが・・・届かず、何故か黛先輩が・・・?
 どうしてこうなった?



 観想くださった皆様。有難うございます!
 返事は必ず書くので少々お待ちください・・・。



[27648] 原作編 第 3話  兄の試合までの一週間
Name: 九十欠◆82f89e93 ID:fd3d2bc0
Date: 2011/07/02 11:43
 こぽこぽと保存液に沸き上がる気泡。
 その中に浮かぶ『俺』。

 あぁ、今となっては懐かしい。

 親父に拾われた後、俺がまだ脳クラゲだった頃の記憶。
 オッケイ。なるほど、こりゃ夢オチか。

 んで、俺が『俺』自身を見る事ができるのは、『俺』のそばに鎮座しているISコアのお陰だ。

 コアはハイパーセンサーやマイク、スピーカーに接続されている。

 お陰で俺は外界とコミュニケーションを人並みに取れる訳だ。

 しかし、まだ俺には手も足も無い。
 じきにこのコアを搭載したISを、俺の手足として開発してくれるそうなのだ。

 まぁ、脳味噌しかない俺の数少ない特性が、自分専用でないISに対しても感応可能、と言う代物であるからして、科学者たる親父がその発想に辿り着くのは当然だ。

 しかし、俺から見ても飛び抜けている科学者である親父が突拍子もない発想をしなくてよかった。

 鹿の胸に『俺』を移植するとかさ。

―――ISに遠隔感応可能な鹿、但しIN俺、みたいなーなんてもんになっちまったら、どんな面して妹に会えばいいのかわからんでは無いか。

 鹿面? 巫山戯んな。



 おっと、話が逸れた。
 しかし―――ISのコアってこんな形だったか?
 俺の数少ない知識から参照すれば、キューブ状・・・角の取れたサイコロ、といった感じだった筈なのになぁ。



 なんて言うか―――これって。
 まるで卵細胞の分裂、その初期段階じゃないか。

 一つの球体を歪な四角形で無理やり組み上げた感じ。
 なんて言うか、生き物っぽいって言うか生々しいのだよ。
 それでいてつるっとした無機質感。

 酷いジョークなら針金とゴムで命を作りましょう、って感じだ。



 ISコアは天才科学者(親父がそう言うのだからコレはマジだ)篠ノ之束の作った超兵器な訳で。
 本当なら宇宙空間での活動を想定したマルチフォームな強化外骨格との事なのだがね。
 宇宙線やらマッハうんたらのデブリがカッ飛ぶ過酷かつ危険きわまりないところを想定してるんだから・・・そりゃ、親父クラスの天才が作るんだ、戦闘向きで無くとも最強になる訳だ。

 世界の兵器の概念を一変させてしまったその時について、詳細はおいおいとしてだ―――

 だけれど、どういう訳か、彼女は四六七個しかコアを製造しなかったらしい。

 彼女は世界を支配したいのだろうか。
 現在の軍事力はISに依存している部分が大きい。

 当の彼女は行方不明だと言うし、人知れずコアを自分の為だけに創り、自分の戦力として配備すればあっさり軍事的にも世界征服可能である。

 そもそも製造者たる彼女がコアを一番理解していない訳がない。
 数も質も現状を遥かに凌駕できるって事だわな。



 はて、何故にそんな貴重なコアがここにあるんでっしゃろ?

 この屋敷にあるカメラで見たフォトを見たんだが、親父と束博士は、フォークダンスをこの家でやるぐらいは仲が良い。

 二人だけでフォークダンスってどんな拷問だよ。

 コアを用いたISを使える訳でも無い親父の元にあるコア。
 親父と親しい束博士。

 んで、何だかんだで俺と言うモルモット。

 ・・・まさか
 このコアってその為・・・だけに作られたんじゃあねえだろうなあ。

 身内贔屓ここ極まれりって感がビンビン 何だけど。
 この異形のコアがなんか俺の将来を暗示している気がしないでも無い訳だが・・・。



 さて。
 俺の周りを見てみると、そこには一人の女性が鏡の前にして身嗜みを整えようとしていた。

 おや? ここには女性も居たのか。
 正直驚愕もんだが、じっくり観察を続ける事にする。

 いや、だって普通の人なんだもん。
 逆にすごく珍しくねえ!?

 今までに俺が見た動くの。

 一。親父。
 二。何かデッサン人形をデカくしたみたいなの。オドオドしてたのが印象的。
 三。一つ目の青い饅頭。蜘蛛みたいな脚がある。ピカピカ目が光ってた。純粋に可愛い。
 四。両手がサバイバルナイフになってる変な関節で手足がくねくね動く一つ目ロボット。ナイフがチュインチュイン鳴ってて怖い。
 五。真っ黒黒助の灰色版。ぞざざーと群れ動く。
 六。首から上がメロンになってる全身タイツな何か。五人集まってポーズ練習。ただし、全員緑色。

 『俺』みたいな脳味噌オブジェなんて埋れてしまいそうな個性派達である。
 まー、なんと言ってもやはり筆頭は親父だがね。奇行的に。



 後に彼らを兄弟扱いしなければならないとは当時の俺は知る良しもなかったが。

 あ、ベストマイシスターはウチの子だからね! と先に言っておく。これ重要ですから。テストに出るんでアンダーライングリグリ引くように。



 そんななか、逆の意味で非常に『個性的』な女性が現れた。
 灰色の髪は内側に軽くカールしており、ちょっと不思議な光沢をはなっているのが印象的だ。
 髪と同色の灰色の瞳。その眦は常に笑顔を創り出す一要素となって居て、見る者全てに慈愛を感じさせるものとなっていた。

 肌はやや血色が悪いがシミ一つ無く。
 そこからもたらされるものは万人にすべからく好意的な第一印象、と言うのは驚きもので、素敵の一言に尽きる。

 しかも、純粋に美人さんだ。
 おかげで益々違和感が爆発だ。
 言うならば夢の島に朱鷺と言った違和感しか受け様が無い。

 プライベートであるがゆえのYシャツジーパンルックの彼女は自分の笑顔チェックをしている。
 成る程。日々のたゆまぬ訓練が素敵な笑顔を形作っているのか。

 純粋に感心していると、彼女はキョロキョロとまわりを見回し始めた。
 何か見られたくないものでもあるのだろうか。

 ・・・・・・非常に、気になる。
 今現在、一オブジェにすぎない俺はスピーカーのスイッチを切り―――いわゆる気配を殺し―――あらゆるセンサー感度は研ぎ澄まし、彼女の一挙一動足を観察する。
 非難しないでくれ。前みたいな絶対な無じゃない分、暇なんだよこの生活。



 やがて納得したのか、彼女は一つ頷くと。

 顔をずるっ―――と・・・。
 引っぺがした。

 ホワット?



 某世界的な怪盗三世みたいに『べりっ』って感じじゃない。
 本当にずるって感じなのだ。

 崩れ去るって感じ。残っているのはなんとのっぺりとしたつるんキラりんなガラス的質感の卵みたいな『顔っぽいの』。

 しかもそれだけじゃなかった。

 髪も、まとっていた衣類も、どうようにずざざざ・・・っと体から剥がれ落ちる。
 肌さえも同様に光沢を得て行く。表面の何かがひっぺがれたのだ。

 えぇー・・・。
 前言撤回、彼女も立派なここの住人であった。
 今や彼女はサイ◯ガンも通じなさそうなクリスタルガールになっている。
 スタイルならサイボーグなレディーなのに。

 そして彼女が取り出したのは。
 目が50000を超える超細目のスポンジヤスリ。

 そして。
 うぉおおっそうきたかっ!?

 彼女はそれで体を磨き始めた。
 なんと、目の細かいヤスリは、体を磨くものだったのか。

 何だか、入浴シーンを見ているようで後ろめたい気分になってしまう。

 やがて―――
 全身を徹底的に磨き抜き、文字通りピッカピカに輝いている彼女は再び『肌を纏い』はじめた。

 あ―――、成る程。
 こうやってじっくり観察するとわかるのだが。
 体の表面を覆っているのは灰色の砂―――それも凄まじく目の細かい粒子だ。
 さっき見た真っ黒黒助の灰色版と全く同じ―――それでいて、それらとは隔絶した速度である。

 その密度で陰影を作り、笑顔や肌の質感を再現しているのだ。
 別の意味で芸術。
 クセニア・シモノヴァも真っ青な程の砂絵である。
 どうりで表情がほとんど変わらない――――――



 ん?



 彼女がじっ―――と、俺の方を注視している。
 はて、俺がなんか目立つようなことをしたのでしょうか?

 スピーカーも切ったし―――とか思いながら、儚い希望とともに他に何か彼女が注視そうなものを探す。

 お―――?

 しかしで、なんと目立つものを俺は発見する。
 あぁ、これに気づいたのね。

 俺の感情に合わせて様々に変色し、輝くコアに。
 ・・・すっげぇ目立つな。
 俺も彼女も今まで良く気づかなかったなぁ・・・はっはっは。

 ここにいる二人・・・単位なら一体と一個か? の天然度に呆れつつ・・・彼女の視線をもう一度追う。

 コアから伝い・・・あ、俺に繋がってるとこまで来た。
 彼女の陰影だけでできた笑顔が語っていた。
 凹凸が無い二次元な笑顔だと分かるといっそう怖い。

―――見ましたね?

 怖っ!
 何故見られたくないのか、それは彼女にしかわからない。
 しかし何故喋らないのか。
 単純にさっきの『素顔』を見るに、発声器官が無いだけとも言えるが、あれだけの粒子操作能力を持つ彼女だ。あの粒子を声帯のように震わせて発声させることも不可能では・・・。

 あのー、まさか、喋る余裕無いほど怒ってます?

 スピーカーから出た俺の言葉にゆっくりと彼女は首肯一つ。

 右腕をゆらり、と垂らして。
 その腕の表面から肌の質感が消えて白く輝いた。
 おぉ! なんと言う光量だ・・・まさか光子フォトン!?
 さらにシリンダーを震わせる空気の震え・・・。

 ちょっと待てー!! 光子纏っている上に超振動!?
 ぶち撒ける上に焼き飛ばす気かあっ!!
 しかもベキベキ何かそれが巨大化して行くぅぅぅううう!!

 うわーっ!? 覗いててごめんなさい二度としませんから文字通り手も足も出せない俺にどうかお慈悲を!
 もうあまりの恐怖で句読点も出ねえ。
 お願いですのでそれ振り上げないで・・・あ、やめてくれるんですか―――って横から薙ぎ払う気だこの姉ちゃん!! うおおおおおっ、何故だっ何故こんなにもピンチなのに都合良く目覚めない何か凄い能力ぅううううっ!!
 こらそこのコア! お前に繋がってる俺が非常にピンチだ! ほら、一応俺ら一蓮托生状態なんだし何か出してくれ絶対防御的なもんとかイージスの盾みたいなの!!

 ん?
 薄情なコアが自分にだけシールド張りおったあああああ!?

 うわっぎゃああああああああ――――――っ!!!!









―――夢でした(暗笑)

 予告通り夢ですけどねえ・・・でも夢って、記憶の整頓だよね。
 経験した事のリプレイにしか見た事無い夢。でもなあ。
 さっぱり記憶に無いんだけど・・・こんなことあったのか? 考えるな、感じるんだと感性が言っている。
 脳の職務放棄を叱咤するけど埒があかん。
 実際にあったのか無いのかは知らんが、今となっては夢だ夢。



 さて、毎朝の日課で昨日の事を思い出す。



―――あぁ、同室の彼女が気絶したんだっけ?

 その後、彼女を布団に放り込んでドアを取り付け。
 調子に乗って自動ドアにしてしまった。横のドア袋に収納されるタイプの。

―――西洋ドアなんだけどなぁ・・・我ながら謎だ。

 その後、言語回路の調整を日付が変わる直前まで調整し。
 あまりの難易度に、憤怒のあまり自分の脳を砕きそうになる事両手の指の数を超える。
 しかし、四苦八苦の末に何とか言語機能のバグを取り除く事に成功したのだった。

 いやあ、苦労した手間取った。
 もうちょっとで自分分解し尽くすとこだった。

「あー、あー、親父親父ー糞親父いいいぃぃぃーっ!」
 と直った事を確認。感動ものだった。
 何でこんな些細な事で・・・。
 少々虚しく思いながら床に就いたのだよなあ。

「ん・・・」
 隣の彼女がようやく起床。
 下着姿で。

 いやいやいや、言い訳聞いて下さいよ。
 ドアを直す前に失神した彼女を上着を脱がして布団に放り込んだだけですってば。
 ムラムラしたかって? いや、残念ながらまだ性欲は無い。
 美人なのは判別できるぞ。
 その方で目の保養は出来ました。本当この学園は美人さんが多い。

「おはよー。初めましてー」
「・・・んー?」
 寝ぼけた声。しかし俺のは妙な挨拶だね。全く。



 起きて顔洗って歯を磨いて朝食までテレビでも見るかーとしたその時。
「首っ!」
 唐突に彼女が叫び出した。

 ようやく意識が覚醒したらしい。
 低血圧なんだねえ。
 彼女はこっちの顔を見てさらに四方を見回した。
 小さめな動きで何かを指差したいのか目標見つからず手が動き・・・。
 よっしゃ・・・。
 彼女、昨日の事件を現実だと断定できてないな。
 <偽りの仮面>の中で邪悪な笑みを浮かべた俺はそのまま彼女の狼狽を観察する事にした。



「ねえ、あの、昨日・・・この部屋に、く、首が・・・?」
 言いながら冷静になって来たのか、段々信憑性のない事に自分で気がついて来たのだろう。
 どんどん力を失っていく言葉。
 まあ、室内に自分の首持って歩いている男の子が居ました、なんて普通言えないですよねえ。

「首?」
 と言って自分の首をさす俺。
「え・・・っと、私、昨日、どんな感じで帰って来たかな・・・?」
 彼女は、切り口を変える事にしたようだ。
 寧ろ俺の意見を求めるってことは、自分自身、確認を取りたいんだろう。

「昨日? 帰って来た途端バタンキューでしたよ? 悪いと思ってたけど脱がしました。でも張り切りますね。初日からそんなんなるまでなんて」
「・・・えっ・・・ごめんなさい」
 少々頬を紅く染めながら取り乱す彼女。やがて、小さく謝ってくれました。
 う、嘘は言って無いからな、嘘は・・・なんて言うか、
胸が痛いね。
 逆に、好感度は俺の中で上昇中。礼儀正しい子は良いですよね。

「おかまいなく」
 流暢でソフトな口調に自動補正してくれやがる<偽りの仮面>。
 言いながら刺さっている罪悪感が胸を抉ります。うぅ、結構きつい・・・ああ、もう御免なさいと懺悔しちゃおう。神っぽいのとか妹とかに。

「さて、食事に行きましょう」
「・・・いっしょに?」
「当然のぱーぺきです」
 手を差し出す俺。
 もちろんだ、と言う意味合いを出したかったのだが・・・しかしその言い回しは女性的にどうなのだ<偽りの仮面>よ。



 食堂に到着。とても金銭をかけた衛生的な立ち並び。うん、まっこと素晴らしい。
 食事がビーカーやシャーレで出されるどっかとは大違いだ。
 なんか嫌な薬品残ってるんだよな。
 スキャンして焼き消すけど。

「さて、うどん食いましょうか」
「朝からうどん・・・?」
「おいてるかなあ」
「普通・・・パンかご飯・・・」
「それもそうですね」
 体や胃には良いんですがねえ。
 受験日とかはカツじゃなくてうどんの方が脳への血行が良くなるとか。

 自分は麺類が好きです。
 和洋中関係なく全部。

 俺は栄養的なことを言えばブドウ糖が一番大事なのである。
 何せ『俺』脳だし。
 脳というのは、ブドウ糖しか活動のエネルギー源に出来ないらしいのだ。
 しかも脳だけで全身のブドウ糖消費のかなりの割合を持っていきます。
 筋肉やらは結構他のエネルギーで代代え出来ますけど、『俺』はそうはいかない。
 故に、糖分や炭水化物を好みます。
 ご飯もパンもそうだけど何だか麺ってのは一番炭水化物を食ってる気がする。
 あくまでイメージなのですが。
 中でもうどんは消化の早さに定評があります。
 
 砂糖舐めてりゃ良いってのも嫌だしね。夏休みの自由研究の蟻じゃあるまいし。
 勿論、娯楽で食を得るのも大好きです。ああ、生きてるって素晴らしい。

 一緒に並んで食事します。うどんは昼だそうです・・・うぅ。
 しょうがないのでパン食いますパン。俺の遺伝子は日本人ですが米にこだわりはありません。いや、好きですけど、朝は米じゃあ! とかはないんだよ。
 ・・・でも今度寿司っての食ってみたい。

 体が出来た事で生じた『食』への欲望で夢を膨らませていると・・・ん? なにやら真面目な視線を感じた。
 ぎぎぎっ、ってやな予感をしてそっちを見ると半眼のルームメイトさんが睨み付けて下さってるぜよ・・・ところでこの口調変?



「・・・どうなってるの?」
「は?」
 隣の彼女は驚愕の表情でこっち見てたりする。
 なんか妙な事断言して下さいました。
 その台詞はこっちのものでございます。何言ってるのお嬢ちゃん。
 俺の方が年下だけどさ。

「こんな小型・・・」
 ひくっ、と口角の上がる俺。
 小さくて悪かったな。
 作った奴が悪いんだよ!
  
「分からない・・・」
 とか言いつつ俺の頭を左右からがしっと掴む彼女。
 もしもし? ここ食堂よ? みんな見てる前で何奇行をしてらっしゃるの?
 奇行に関しちゃ見慣れてると言う悲しい現実を背負ってる俺だったりするが、まさか俺の家の外でこんなすぐに変な行動に遭遇するとは思っていませんでしたよ。

「・・・殆どがブラックボックス」
「それは俺の頭のことを言ってるのか?」
 何考えてるか分からんとか?
 ショックである。
 知り合って二時間もたってないのにそんな事おっしゃるなんて。
 <偽りの仮面>もショックで剥がれた気がする。
 まさか―――って、ん?



 ぐきゃん。



 青い髪の彼女は、俺の首をありえない角度までねじ回した。
 かっぽんと首が胴体から取れる俺。

 え?

 疑問符を浮かべていると、俺の頭部はずるずると引き出されていく。
 あの、ここ食堂ですよ。俺じゃなかったら憩いの朝食にスプラッタ画像流出ですよ。
 オイ待て、淡々と作業続けるんじゃねえ―――だ・か・ら!! ちょっと待てええええええええええええええっ!!!!









―――はっ!?



「ぶるううううああっはああああああっ!?」
 はっ、とビクトリームな絶叫を一つ。すると、目の前には布団があった。

 あれ? どうして俺はまた寝てるんでしょうか? また失神したのか?
 よし、と視界に日時を表示させて見る・・・え? 正真正銘、今朝?

 ・・・まさか・・・。
 ・・・まさかまさかの二段夢オチだとぉ!?

 どれだけ珍妙な未来予知してるんだ夢の中の夢の中の俺!
 そういえばルームメイトの子の名前が一回も出てきてないのはそういうことかっ!
 確かに自己紹介し合って無いから名前知らない。記憶に無ければ夢にも出ないしねえ!!
 人間の未知なる力が無駄に都合よく目覚めそうな気がしたが、死ぬ気で余計な出来事だった気がしたので『俺知らね』と現実に帰ってくる。

 ・・・ところで、さっきから聞こえて来るんだが・・・。
「・・・ぶつぶつ・・・ぶつぶつ」
 怖いわっ! 何この声!
 地獄の深遠から響いてくるような、耳朶にこよりを突っ込むが如き呟き。
 どっちから聞こえてくるのか。えーと、声のする方は―――・・・・・・。
 あーれー? 首がー、うーごきーませーん。

 ん? 文字通り手も足も動きません。
 つーか、手も足も反応してくれません。

 はて・・・。
 ハイパーセンサーで確認してみる。
 ・・・。
 無い。
 首から下が無い。

 何だこの微妙な正夢はあああああああああああああああああああああっ!!!

 PIC起動! 今の俺は餓◯様だぜ、と言わんばかりに浮力発動。
 布団を押しのけてふよふよと浮かぶ。
 レーダー波を全方向に放射・・・する前にハイパーセンサーの全三百六十度視界が俺の体―――首から下を発見した。


 青い髪のルームメイトの手により、絶賛解剖中。



 ちょ、待、って、おえぇ? ぎゃあああああああああああああ!?
 お、お、俺の体ぁ―――!?

 ちょっとここで休憩。
 ここで、夢の中の彼女の台詞を再生してみます。

 ・・・どうなってるの?
 こんな小型・・・。
 分からない・・・。
 ・・・殆どがブラックボックス。

 ・・・なる程ね、俺の体の事だったんですね。
 それが耳に入って夢として再編集された、と。

―――冗談じゃねえ!?

「おーい! 姉ちゃん、体! 俺の体返してー!」
「・・・・・・(ビクッ!)ぶつぶつ・・・・・・まさかっ!」
 おー? なんか特定の単語に反応して一瞬ビクッとしたけど全く聞いてねぇー!

 どの単語に反応した言葉が何なのか分からんが、結局こっち向いてくれないなら一緒だ。
 なーんか、この姿はデジャビュるんだよなあ。
 すすすーっと彼女の傍まで浮遊する。
 推進剤で移動するわけではないので実に隠密、後ろから忍び寄る。

―――待ちなさいお嬢さん
 隅出来てますよ!?

 昨日俺は一応日付が変わる前に寝た。
 もし、その後入れ替わるかのように彼女が目覚めたとしたら・・・。

 あれ? 俺、ちゃんと<偽りの仮面>起動して寝ただろうか・・・。



―――回想―――

「ふはははははっ! 直った! 直ったぞこの糞親父! 天才じゃなくても直せるわー! ははははっ!! さて寝よ」

―――回想終了―――

 うぉーえ・・・やばい、起動した記憶がねえ・・・。
 それどころか首取り付けた覚えもねえ。

 恐らく目覚めた彼女は布団に眠る男を発見したか、それともデュラハンを見たのか。

 びっくりよりも、本当に首が取れるのか触れてみたら、取れちゃってた・・・って所か。
 都合よくもう一度気絶してくれれば良かったんだけどな・・・。

―――はっ、これが適応能力!? 生命の力かっ!
 俺は恐れ戦き・・・おお、待て。そうか、そういうことか。

 俺は生命の神秘に戦慄していたが。
 ふと、とある事に納得した。

 考えてみれば、それからずっと彼女は俺の体を見ていたと言うわけで。
 Dr.ゲボックの英知の片鱗を・・・健康には気をつけなきゃな。

―――あぁ、分かった。
 彼女の姿が何かに被ると思ったら・・・そうだ親父だ。
 さすがに度合いは違うだろうが・・・・・・彼女から、同じ匂いがする。

 ならば・・・彼女が、知的探求が睡眠時間と肌の美容を度外視してしまうタイプであるのは納得できる。
 一度自分の世界にのめり込むと外界に反応しなくなる、と言うのはま、見ての通りだ。



 ちょっとやそっとじゃね・・・ならばこちらにも考えがある。ふくくくかっ。

 おれはすすーっと彼女の耳元で呼気を細く、細く―――
 耳の穴に吹き込んだ。


「わきゃああああっ! なに? ・・・何な・・・・・・わきゃあああああああっ!」
 反応は劇的。神経が集まってるから些細な刺激で良い反応が出る出る。
 さらに、驚いて見回してすぐ後ろに居た俺と鉢合わせしてまた驚いていた。
 熱中してたら知らないうちに後ろに◯眠様がいたらそりゃ驚くだろうし。

 だが、流石にもう失神せんか・・・うぬぬ。

 それよりも、だ。やばい、人を驚かすって、何か病みつきになりそうな快楽がある。
 もし何かしらで職を失っても遊園地のお化け屋敷で食っていけるかもしれん。

 おぉっと、馬鹿な事考えすぎてた。
 相手が慌てていると冷静になれるものだ―――よし、諭してみよう。

「朝なんだし静かにしようぜー、な」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
「あれ・・・でも・・・あれ?」

 でもこの反応はおかしいよね。
 常識ってわかんねえなあ。ま、それはともかく―――

「まあ、まずは兎も角ぅぅぅううっ、体返せええええ!!(叫ぶも小声)」
「―――――――――っ!!!」
 律儀に口を押さえて悲鳴を上げる彼女。何というか、人の言う事を素直に聞いてしまう性質なんだなあ、まあ、騒がれないのは嬉しいですけど。

 しかし彼女、なぁに考えたのか、俺の体抱えて逃げ出した。
「あ―――っ待てって、体、体っ!」
「――――――!」

 IS学園の寮室は結構広い。
 ぐるんぐるん室内を駆け回る俺と彼女。

「待ぁぁぁぁああああてぇぇぇえええっ!! 日崎イイイイイイィッ!!(小声)」
 名前が分からないので何となく思いついた名前を叫ぶ俺。

「――――――ううぅっ・・・」
 声を抑え切れず、僅かに漏らしながら逃げる彼女。


 なんだかどんどん楽しくなってきた。
 目覚めていくのだよ・・・何ていうのかなぁ、狩猟本能?
 さて、どこまで追いかけられるか。

 ・・・ん? まずい、目的と手段が反転してないか俺。

 まぁいいか。必死に駆ける彼女。身体能力がそこそこあるのだろう、俺の体を抱えたまま良く逃げる。
 しかしここは部屋。
 さらに、高低差が意味を成さない俺は少しずつ彼女に追いつき、ついに彼女を部屋の隅に追い詰めた。

「ふーっ、ふーっ、体返せぇぇぇ」
 いい加減疲れてきた。途中調子に乗ってたのは認めますけど。

「泥田坊・・・?」
「いや、返して欲しいの田じゃなくて体だし」
「あっ・・・これ・・・」
「まぁ、とーにもかーくにーも体ぁ―――」
「え、ちょ、と・・・待・・・」

 待ちません。食いついてみましょう。
 口を開けて、うぉりゃあああああ―――!

 俺が口開けてさあいくぞ、との瞬間。

「ん~・・・ねむねむ・・・おは・・・ふぁ~、かんちゃ~ん、あなたの使用人、布仏本音だよ~」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 ジャーっと扉が開いて。
 世界観がぶっ壊れました。

 えーと、彼女は確か昨日の布仏本音さん?



 何故に?
 その着ぐるみみたいな衣装はもしかして寝間着? 
 それ以前に扉の鍵は?

「本音・・・鍵は?」
 俺に追い詰められてる彼女も同じ感想を抱いたらしい。
 と言うより、一組の彼女とお知り合いだったんですか。

 あなた四組ですよね。自己紹介の時、壇上で見た覚えがあります。

 お、録画画像参照。
 俺は法的証拠にできる録画映像を眼球で撮影できます、とか言って見たり。

 おお、やっぱりいた。

 俺はソウカ・ギャックサッツ・・・苗字順だったんで『ギ』な俺は結構最初の方である。紹介中に気絶したので紹介を聞いてない人の方が多いのだ。
 ・・・そういえば彼女の名前まだ知らねえなあ。
 追いかけるの楽しすぎてまともに会話してません。


 名称不明の彼女による質問に、本音さんは、んー? としばらく考えて。

「開けたのだ~、でもでも引き戸だったからびっくり、気づかないでしばらく引っ張ってました~、えへへ」

 ぽやや~んと笑う彼女。
 だが―――雰囲気にはそぐわぬものが・・・。

 そう、獣を模したパジャマの垂れた袖には、ヘアピン。
 おぉぉぉ!? つまりこれってピッキングっ!

 これだからアナログキーは・・・いや、家の個人認証もたまに誤認して超音波メスとか撃ってくるけど。
 何より彼女がそう言う技術を持っているとは意外すぎる。

「本音がこんな時間に起きているのは変・・・いつもギリギリまで寝てる・・・」
 あ、そうなんだ。
「んー・・・ねむねむ・・・すぅー・・・」
 た、立ったまま寝てるぅー!?

 驚いていると、ぼんやりと目を開ける本音さん。

「お嬢様のピンチには、当たるかもしれない感で駆けつける~、週休三日でお仕えします、布仏本音です」
「本音・・・お嬢様はやめて・・・」

 お嬢様・・・ですと?

 はい? この人お嬢様とか言われるそんな人? うーん、栄養状態は確かに良好、いいとこの育ちっぽい・・・え? 今時栄養状態なんか目安にならんと?
 いやいや、そうでもない。飽食の時代たる昨今、逆にちゃんとした栄養管理はよほどしっかりした人でないと為されないのだ。

「あと、三日は休みすぎ・・・」
 あ、俺もそう思う。

「ん~ねむねむ~・・・だいろっかんのせいで目が覚めてしまったのだ~」

 え? 第六感?

 感性でって事? うぬう、侮れん。
 そんな事を思っていると、ぬぬぬぬぅっ―――とゆっくりこっちを向いて来る彼女。


「あれれ~?」
 本音さんの視線が俺を射抜く。
 すげぇ、本音さん生首に全く動じてねえ。
「ん~・・・マサカド?」

 ・・・独眼竜ビーム?
 そりゃ伊達政宗。
 ・・・タチコマとか儀体とか?
 それは士郎正宗ね。
 んー・・・じゃ、因果覿面で。
  相州五郎入道正宗だって。
 何故にマサカドって言ってんのにマサムネばかり出てくんだよ・・・。

 それならばっ―――人生五十年、下天のうちを―――
 そりゃ敦盛である。苗字は合ってる。惜しい。
 平家だっての! 平将門!!
 ふぅ、ほんまに謎だ、BBソフト。

 しかし何故に平将門? ・・・って、あ。

―――おぉ、あれも生首だっ―――

「かんちゃんぴんち~、天罰覿面、さあさ振りかぶって~・・・」

 ・・・ん?
 意識にそれはすんなりと入った。
 つまらん事に感動していたせいかもしれん・・・。

 ゆっくりな動作故に、じっくり認識できた。
 故に、逆に納得できなかった。

「落としたっ!」
―――本音さんの振り上げたスパナに。



 俺は。
 それ故に、それまでの動作とうって変わって猛加速した凄まじいスパなアタックを。

「ブギャらあッ!!」
 食らうその瞬間迄眺め続けていた。
 ただの阿呆だな、俺は。

 床に叩きつけられる俺。
 二、三回バウンド。正直泣きそうなぐらい顔面が痛い。
 ・・・今は全身が痛いとでも言えばいいのだろうか?
 まぁ、ンな戯言は兎も角。
 なんちゅう破壊力だ。普段の彼女からは想像もできない。

 そこにねむねむ~、とひたひたやって来る彼女。
 何故か昨日聞いた音と同じはずなのに、死神の足音に聞こえるのですが。マジ助けて欲しい。

「すぴー・・・まさかどハント~」
 そう言って鼻提灯を膨らませながら脚を振り上げる彼女。

 ちょっと待て、俺狩られんの!?
 なんとか転がり、人目のかからない所に逃げねば・・・。

 って、あれは・・・。
 見えた。

―――説明しよう
 布仏本音さんは、被り物のようなゆったりとした寝巻きを着ている。
 すっぽり被るタイプのもので、フードこそあるものの、ワンピースと大差がなかったりする。

 つまり、生首状態である俺が見上げると―――



 本音さんの下着がモロ見えになるわけで・・・。

 変わった制服や寝間着と違い、ピンクで同系色のリボンのついた、一般的ながらも可愛いらしいしろものである。

 ・・・まぁ、それはさておき。

 ふと、疑問に思ったのだが。
 生後二年とちょいの俺、性欲の乏しい俺には分かりかねるのだが・・・・・・。

 なんで衣類に人間は性的反応を見出すのだろうか。
 実際問題、人間が求めるのは衣類ではなく中身の筈・・・だと思うのが、違うのだろうか・・・。

 一度、兄弟達にも質問して見た事がある。
 あれは丁度ニュースで下着ドロが出たときに周りの皆でわいやわいややっていたときの話だ。
 人間って分からんよなぁみたいな意見が殆どだったが、最終的に。

 料理も見た目を重視する事がある。それと一緒ではなかろうか、との意見で落ちついた。

 確かに栄養補給に見た目は関係無い気がする。
 しかし、その美しさは食を豊かにしているのは確かなのだ。

 性欲的なものでも、同様の事が言えるのではなかろうか。
 俺の頭の中には忘れ形見なその手の知識が数ギガバイト突っ込まれてるが・・・・・・。



 ・・・さぁ、気を取り直そう。ここで常識的なBBソフトに一言添えていただく。

 『フェティシズム』

 成る程、人間故の高等な精神活動なわけか。
 ん? なんだろうこれ・・・シークバー? つか小っさぁ!

 それでずらーっと下迄ながしていくと・・・。







 長ぇ・・・・・・。
 に、人間って奴は・・・。

 ぺと。

 俺に乗っかる何かの感触。
 しまったぁ! なんか内面世界に潜り込んでたら超スローな本音さんに追いつかれたぁ!?

 これに追いつかれるってどんだけぇ!?

「よいしっょ―――」
 ・・・これって、本音さんの足ですか?
 つまり、スタンピング?
 ならば耐えようもある。天井にぶつかって失神したり、スパナで殴り倒されたりと、モロさを提示してばかりだった俺の防御力だが、実のところは、ぶつかった瞬間、「痛てっ」と言ってしまうのと同じだ。
 感覚器官で痛いと喚いているものの、『防御設定値』を跳ね上げればフランス、デュノア社の特製パイルバンカーを食らおうが耐えられる頭蓋骨硬度は持っている。
 スポンジ強度からダイヤ以上迄。ゲボック合金製の頭蓋骨を舐めないでいただきたい。

 だが。

―――めし

 な、なんだこの音は・・・。
 構成物質に問題ある圧力では全く無い。
 だが。圧力を感知し得る最大値に徐々に肉薄して行く。

 メシメシッ―――!

 先のパイルバンカーの例で言えば、強度はともかくその感覚に耐えられるわけが無い。
 故に、一定以上の衝撃を脳に伝達しない一種のブレーカー的機能があるのだが、これは絶妙だった。
 そのリミッター値に引っかからない、その値ギリギリ。
 しかも感覚が圧力に適応するタイミングを知っているとしか思えぬ一定した加圧。
 限界まで。じっくり、絶妙に。

 つまり―――
 メリィメキィミキィビキィ―――!

 痛だだだ――――――だだだだだァアッ!

 俺の感知しうる最大限の激痛があっ!
 じっくりたっぷりゆうううぅぅぅっっっっっくり捻じり込まれてくるぅ!?

 踏まれているので、首が回転出来ない。
 視線が固定されている。

 俺の視界にはピンクの着衣が。
 本音さん、年頃の少女が下着を男子にさらしてはいけません。
 それにしてもマジ痛い。
 なんと言う彼女らしい、ゆっくりとした、激痛。いやマジ痛い。

 いや。本当これ、い、い、い――――――痛みがゆぅうううううううううっくりぃぃぃいい~!?



 みしっ。

 どれだけ苦痛を感じたのか、実際定かでは無いが、やっと本音さんの足が俺の顔面から離れる。

 まずい、なんと言う恐ろしい攻撃。
 ここまでゆっくりとした攻撃、もう一度食らったらどうなるかわかったもんじゃ無い。

 冷静になって見ると、やっぱり下着。
 ここがIS学園だから、俺が男であるという事に対する意識は無いのだろうか。

 じぃ・・・。
 ・・・・・・。
 いいぃぃ・・・。

―――はっ?!

 なんかじっくり見てた? 何で?
 なにはともあれ、視線をそらさねば。

 ぐるんっ、と顔を横に背けようとする―――前に

「むむ・・・悪しき気配・・・なんちゃって、えへへ」

 ぺと。

 頭部に食い込む 足。
―――あ

 ちょっと待って、二発目は耐えられないって、うぬぬ、顔が背けられませぬ・・・って、な、に・・・視線が動・か・な・い~?

 なんで? はっ―――これがまさかの男のサガって奴なのか、何故か動かない。あー、そういえば踏まれてますし? ってなんだかとっても嫌なんですけどこれが性の目覚め!? 首は兎も角視線は動かせるのに何でか釘付け。我ながらとっても嫌なんですけど―――――――――

 ミキィッ――――――

 またかああああああああっ!!! いぎゃあああ・・・い・た・み・が、ゆぅぅぅうううっくりぃぃぃぃぃいいいい・・・。

 これぞまさしく黄金体○ゴー◯ド・エ◯スペリオンス

 しかし、視界を埋めるのは痛みでぼんやりしてきたせいなのか淡く広がる桜色。

 黄金なのに桜色? いや桃色? いったい全体これ如何に。
 なんかどうでもいい事に逃避しつつ、意識が拡散して行き・・・。





「あれれ? やっぱりだ」
 気付けば俺は本音さんに持ち上げられていた。

 また失神してたのか・・・でも今回のはしょうがない、強化した感覚を逆手に取った攻撃なんてねえ。

 暗視ゴーグル被ってる人にスタングレネード放り込むようなもん。
 軍隊を相手にした時ぐらいしか、良い子は真似しちゃいけません。

 しょうが無いんです。お願いします、そういう事でお願いします。



「むむむむぅ? おりむ~そっくり」
 おりむ~とはなんぞや?
 おりむ、おりむー、おり、お、おり、織斑か・・・・・・はえ?
 気づかれたぁ!?

 本音さんてば、ぽややんとしてるくせに鋭いですよ。

「バイザーが邪魔だね。取っちゃおう」
 ミシミシミシミシィッ。
「痛だだだだっ! それ取れないから! 頭蓋骨に食い込んでるから!」
「にゃはは~? そうなの?」
「普通に会話してる・・・」
 ルームメイトさん、そっちで感心してないで助けて下さい。



「そうなんです、いい加減体返してください」
「かんちゃんに意地悪しない?」
「生憎ですが、かんちゃんと言う知り合いはいません」
「かんちゃんはかんちゃんだよ」
「えーと、アースマラソン完走した人?」
「違うよ~」
 じゃあ、誰やねん。

「あの・・・それ、私」
 救いの女神がいました。
 おずおずと小さく手を上げるルームメイトの彼女。
 成る程、かんちゃんさんですか。

「あぁ、貴女でしたか。実は昨日もう会ってますが、ソウカ・ギャックサッツです」

「「え?」」
 女性陣は口を揃えてキョトンとしています。
 やばいです。容姿がいいからスゲえ可愛い。

「そっくん?」
「・・・昨日天井に食い込んだ人?」
「?」
「そうそう」
 本音さんは兎も角、クラスじゃやっぱりそういう印象かぁ。
 ・・・これからやってけるかね?

「でも、顔違うよ? おりむ~だよ?」
「体返してくれたら証拠を見せます」
「えー?」
「すみませんお願いします。この通り」
 立場が弱いと男なんてこんなものです。

「―――うん、いいよ」

 しばらく見つめられていたのだが、本音さんはぺとぺと歩いて俺をかんちゃんさんの持っている体にくっつけた。

 よし。

 取り外す時とは逆に首を回転、外す時とは違い、これは乗っけると手を必要としないので楽である。
 きりきり首が鳴るなか、俺は認証音声を発する。
「頭がぐるぐる擬人の証~」
「おぉ~」
「・・・ビクッ」

 二人の対象的な反応を見つつ。
 自己診断を開始―――



 結論。
 エラー、エラー、エラーの大・合・唱!!

「な、な、なな、なんじゃこりゃあああああ!?」
 視界が真っ赤なモニターで埋まってるんですけど!?

「そっくん? どうしたの~」
 あぁ、本音さん、確証もてるまでは疑問形なんですね。

「腹の中身、殆ど無いんですけど」
「・・・あ」
 えと、かんちゃんさん?
 咄嗟に口を塞いだ彼女の視線を辿ると、そこにあるのは彼女のベッド。
 俺の中身がばら撒かれてる。
 そうだったね、目覚めたら解剖されてましたね。
 おぉ、ミイラ~、とか本音さん呑気すぎます。

 生命維持装置は頭部だけでも機能するから最低限は大丈夫であり、パワーアシストや一番重要な<偽りの仮面>はフレームの固有能力なんで機能するからいいか。

「まぁ、必要最低限な機能はあるから放課後ですねえ」
 二日連続で自己修理ですか。
 何だかねえ。



 エラーメッセージを保留して<偽りの仮面>を起動。
 骨格フレームに肉付けられているナノマシン群体が登録されている人体に即座に擬態。

 細胞レベルで擬態するので、怪我すれば血が出る再現力が凄い。

 未来から来たTでXな殺人ロボットの骨格(Ⅲの敵)に、力が欲しいのか親切にも聞いてくれるケイ素系生命体を被せた感じだろうか。



―――偽装完了

「そっくんだ」
「そっくんです本音さん、渾名は少々お待ちください」
「戻さなくて・・・大丈夫?」
「かなーり色々オミットされてるけど、死にゃあしないし、まぁなんとか。それより弄くられ過ぎて調整一からしなきゃ行けないのが辛いかなあ、さっきから違和感が全身凄いんですよね・・・・・・ま、自己最適化でその内再調整は済むと思います」
「・・・ごめんなさい」
「いえいえ、実家の都合とは言え、こちらも偽りの姿で驚かせました」
「・・・驚いたのはそっちじゃ・・・無いけど」
「まぁ、僕の体についてとか―――」
「おりむ~そっくりなとことか?」
「そうそう」
 あと俺の性別とかね。

「・・・おりむー・・・?」
「ほら、世界で初めてIS動かした男の子だよ~。うちのクラスに居るんだよ」
 そう言えば一組だったよなぁ、一夏お兄さん。

「・・・・・・・・・・・・」
「かんちゃんどうしたの~?」
「・・・何でも無い」
 ・・・いきなりツンケンしてしまいました。どうしたのですかね?

 それより。
「えと、そろそろ朝ごはん行かない?」
 時計を見る二人。
「・・・食べ逃しちゃう・・・」
「食事回数減らすと太るって言いますし、そういう事ですっ!」

 二人して準備を速攻で済ませる。
 ついでに部屋中をスキャン。よし、変なもんは仕掛けられてないな。
「朝食は御一緒で?」
「・・・いいけれど・・・」
 許可を得たので走り出す。
 廊下は、ばれなければ走って良いのだよ。

「待って~」
 涙声が聞こえたので振り向けば部屋の入り口付近に本音さん。
 スローな動きが仇になったみたいだ。
「ええい、ままよっ」
 引き返す俺。

「ギャックサッツさん!?」
「ソウカで良いです、なんか虐殺みたいに聞こえるんでっ」

 走る。
 辿り着く。本音さん殆ど進んで無い。
 本当にゆったりな人だな。

「では失礼―――」
「うぉにゃあ?!」
 抱え上げる。
 未調整で違和感あるとは言え、軽い乙女なんて造作も無い。
 そして―――

「ただいまっ」
「早い・・・」
 抱えたまま戻って来ると流石にその速度に驚かれました。
 非・生身は伊達じゃない。
「解剖されても生身じゃ無いのでこのぐらいは。さて、急ぎましょうか」
「おぉ~、そっくんタクシーはとっても便利~」
 小柄な本音さんとは言え、さらに小さい体で抱えてるので違和感あるんだろうなあ。

「・・・私も・・・」
「―――ん?」
 走りながらかんちゃんさんはこちらをじっと見つめ。
「乗りますか、かんちゃんさん?」
 かんちゃんさんはふるふると首を振って否定。
 おや? 違うん?

「私の事は簪って呼んで? かんちゃん・・・さん? は、正直・・・やめて欲しい」
「えぇ~、そんなあ~、かんちゃんはかんちゃんだよ~」
「了解です」
 即座に了承。だって苗字知らんし。
 かんちゃんってカンザシの愛称だったんだなあ。



 生首と解剖から始まったデス・フ◯イルチックな仲ですが、仲良くなれそうで良かったもんだ。
 ・・・字面に直すと改めて非常識が浮き彫りになるけどさ・・・。



 しかし・・・さっき、一夏お兄さんの話題が出た時の簪さんの表情・・・あれは一体なんなんでしょうね。

 敵愾心?

 はてな・・・二人に接点は無い気がしますが・・・。

 少々幸先が怪しい気がしますねぇ。






 ・・・嫌な予感とはよく当たるものである。

 食堂で最初に会ったのは真面目な印象の鏡ナギさんだった。
 どうも元々は彼女が本音さんを起こして連れてくる予定だったらしい。
 約束通りにならなかった事と連絡の不備について注意を受けた。

 印象通りしっかり者の様だ。
 本人曰く、鷹月さんほどではないとか・・・誰やねん。
 最後の一人、谷本癒子さんと合流し、自己紹介を済ませた後に、発見した。



「なぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「なぁって、いつまで怒ってんだよ?」
「・・・・・・怒ってなどいない」
「顔が不機嫌そうだぞ?」
「生まれつきだ」



 てな感じで、声をかける男子、
にべも無い女子。
 そんな調子で、一組の男女が仲良く無さそうに食事をつついている。
 いけねえなあ、食事は人生の愉悦の一つだぜー? と口調を変えて皮肉って見る。
 心の中でだけどね。

 女性は凛とした感じだ。
 背筋がぴん、と立っていて武人の印象を受ける。
 髪を後ろで一つに纏めてポニーテールにしており、それがいよいよ侍然とした感じであった。
 スタイルも出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。

 鍛え上げて絞り込んでいるのかね。
 スキャンしたら理想的な体脂肪率と出た。
 あれだけ体脂肪が胸部にあるのに理想的とは・・・それ以外は本当に鍛え抜かれているのだろう。アメコミも真っ青かなあ。
 腕を見る限りはそうではないんだけどね。

 これで不機嫌そうにむっつりとしていなければさらに美人が際立つというのに、勿体無いもんだなぁ。

 で、その彼女の隣で何とか彼女の機嫌を取るべく話しかけている彼。

 えー・・・これがファーストコンタクトですか。

 彼ぞこの学園唯一の学園男子生徒(公式)織斑一夏お兄さんその人である。



「あ、おりむ~だ」
 部屋で聞いた時は何とも思ってなかったが、お兄さんにまで即座に綽名をつける本音さんのコミュニケーション能力は凄いと思う。
 単にマイペースなだけという意見もあるけどね。

 一方、一瞬ビクッとした後目元を吊り上げる簪さん。
 気配が硬化して行ってますよ? なんとも頑なに。
 本当、何したんだろうお兄さん。

 しかし、なんだか緊張しているかもしれない。
 何せ、あっちは知らないとは言え、兄にして我がオリジナルである。
 興味が無いと言えば嘘になる。
 故に、実行するのだ。

 務めて自然に。
 しかし、この学園に来ると決まった時からずっと決めていた事を―――

「あ、お兄さん、お隣良いっすか?」
「ん? あぁ、いいぞ」
 なんだかげんなりしている。
 そりゃこんだけ物珍しそうに注目されりゃあそうもなるか。

 自然にでも何でも良い―――

 たとえ、今は単に血が繋がっているだけの他人なのだとしても―――



―――彼を、『兄』と呼ぶ事を

「お兄さん?」
 お? 目ざとく気付いた。
「いや、特に他意はないよ? 僕の誕生日は三月の末でね。それにこの背丈ナリだし。お兄さんと呼んで差し支え無いかな?」

 心の中で一点だけ、血涙を流しながら言う。
 その、背の辺り・・・とかな。

「別にいいぞ? ―――ただ俺って末っ子だからさ、ちょっとな」
「あー、弟とか妹とかに憧れあったとか?」
「・・・あー、そう言うのもあるな」
 何か複雑そうな表情で、お兄さん。
 なんか家族関連で複雑な事情でもあるのか? ・・・今度親父に聞いてみるとしよう。

「ならばいくらでも僕を弟扱いして堪能するが良い!」
 その裏にある感情が何なのか分からんので、適当に押し切る事にした。
「それを言うなら妹なんじゃ無いか?」
「お兄さんは知らないんだろうさ、上下を姉妹に挟まれる世知辛さがね・・・」
 ギャックサッツになってから、兄弟が一杯増えましてね?

「いや、だから・・・えーと、お前女だろ?」
「そう言えばお兄さん、自己紹介がまだだったね、僕の名はソウカ・ギャックサッツ。呼ぶ時はソウカでよろしくなー」
 聞いてねぇ!? それよりまぁ―――おう、よろしくとか言ってるお兄さん。
 後ろで目を丸くしている侍お姉さん。
―――あぁ、こっちは俺のファミリーネームに心当たりがあるみたいだね。

「・・・俺の事はニュースとかで知ってるかもしれないが、織斑一夏だ・・・ん? なんだ? ソウカの名前聞いた途端後頭部が痛みだしたんだが・・・」
「・・・そこが忘却の秘孔か・・・」
 話にだけには聞いたことがある。

 お兄さんに悪影響を与えるとしか思えない親父に関する記憶を消すスイッチ。
 ンなもん開発するとは、げに恐ろしきは人体の神秘。千冬お姉さんはどれだけ姉煩悩なんだろうか。

 使われ過ぎた副作用なのか知らないが、ファミリーネームを聞くだけで反応し始めるとは・・・この際戦慄すべしは千冬お姉さんかはたまた一夏お兄さんか? つぅかこの条件反射はパブロフか。

「なんか言ったか?」
「別に? ただ、これだけは言っておくよ、お兄さん」
「なんだ?」
「僕の脳は男だ」
「―――はぁ?」



 しぃん―――



―――ハズした
 ・・・・・・あああああああああ!! やっべえ、恥い!? 外したあああああああっ!!
―――現在、俺、サイレントにしてスニーキングに悶え中
 <偽りの仮面>で無表情貫いてますけどね。



「おりむ~もそっくんもすぐ仲良くなったねえ」
「あ、のほほんさんの友達だったのか。ん~、なんだろうな、自分でもわからないけど、初めて会ったのに他人の気がしないと言うかなんと言うか・・・」
「む・・・」
 嬉しい事を言ってくれてるお兄さんだが・・・。
 一方、隣のお姉さんは明らかに機嫌を損ねたようで、眉がキリキリと寄っている。美人が台無しだ。
 ・・・ん? この単語でこの反応って、まさかまさかのもしやか?

「なん・・・だと・・・っ」
 だが、そんなことより、俺にとっては遥かに深刻な、とある単語とセンスが解き放たれたわけで。



 のほほんさん。
 もう一度繰り返そう、本音さんにのほほんさん。



 ば、馬鹿な・・・。
 まさか、まさかだぞ!?
 苗字か名前のどちらかをもじるのでは無い・・・それぞれの先頭を抽出して繋ぎ合わせるという一見簡単仕様にして、しかしそうそう思いつかない・・・だが、何よりも―――彼女のイメージに何よりもそぐうこれ以上無い愛称。

 俺なんかじゃ一生かかっても発想不可なベスト・オブ愛称―――類を見ぬほどの傑作だ。



 負けた。
 完膚無きほどに負けた。
「これが、これが真作と贋作の差だと言うのか!? 兄より優れた弟は居ないと言う事なのかっ―――」
 一人打ちひしがれている俺。
 その肩にぽん、と手を置く慈愛の女神様がお一人。
 さっきもそうだけど、崇めなきゃだめでしょうかね。

「・・・なんの事か分からないけど、そんな事は無いよっ・・・・・・頑張れば弟だって・・・妹だって・・・勝てる事はきっとあるからっ・・・!」
 そこに、それまで沈黙を貫いていた簪さんがそれまでに無い決意のこもった表情で励ましてくれました。

―――と、言うより、私も頑張るから、との決意表明に見える。
 それでも、四つん這いになってorzっていた俺にはまさに光明だった。
「あぁ・・・簪さん、僕頑張るから!」
「うん・・・うんっ!」

 しかし。

「でも駄目だ、簪さん。これを聞いてしまったからにはもう、僕は本音さんを『のほほんさん』以外の愛称で呼ぶ事はできない・・・っ! それ程の傑作なんだ!!」
「そこは・・・認めなきゃ、でもっ・・・必ず、きっと必ず―――」

「・・・えーっと、なにしてんだ?」
「もしもーし、かんちゃんもそっくんも戻って来るんだよー」
 一瞬にして現実回帰。
 お兄さんにえらい凝視されてました。
 なお、本音さん・・・認めよう、認めようでは無いか・・・のほほんさんは何やら俺らを突っついていた。

「―――――――――っっっ!!」
 簪さんはギリッと一夏お兄さんを一瞥し、席に戻って食事を再開。
 なお、六人掛けの席なので、一人余る。
 簪さんは自らその一人になって隣の机に座っている。
―――え? わざわざそこから励ましに来てくれたのですかい?
 良い人だなあ、優しさに涙が・・・あれ、視界がゆがんでるよ?

 あ、あまりに俺らが食べ始めないから一人で戴いていた様だ。
 お兄さんはええ? 俺なんかした? って顔だ。うん、俺もそう思う。

 一夏お兄さんのそばは嫌だったようだが、俺やのほほんさんが一夏お兄さんと合席したせいでその折衷案―――隣の机にいるようだ。
 良い人だけども典型的な、苦労する日本人気質ですね。
 物凄い真っ赤な顔がなんとも可愛い。

「え―――俺が悪いの?」
「よくわからないけど、こう言う時は男が悪いらしいね。IS発表前からさ」
 取り合えず、お兄さんの肩を叩いておいた。

「本音さん・・・」
「もぐもぐんまんま・・・ん~、なーにぃ?」
 あ、のほほんさんも勝手に食ってる。
 何気に皆でいただきますは憧れだったのに、簪さんに続いてのほほんさんまでなんてっ・・・ちょっと悲しかった。

「僕はお兄さん発案の、『のほほんさん』以上の愛称を思いつかないんだ・・・そう呼ぶことを許してくれは、しませんか?」
「(むぐむぐ)むぅぐむ、むーむぉ~」
「・・・本音、食べ物を飲まずに喋るのは行儀悪い・・・」
「はは、飲み込んでからでいいですよ」
「ん~、わあっ―――んぐぅ!?」
「うわぁ!? まさか、なんか喉に詰まったのか!?」
「・・・み、水!」
「ありがとう、簪さん、んぐっぐ―――ぷはぁ! のほほんさん! 大丈夫!?」
「ソウカさんのじゃ無い!」

 へ?

「んむ――――――!!」
「うわ!? のほほんさん顔色がヤバすぎるぞ」
「はい? ってうわ、本当だあ!!」
「お前ら何をしてる・・・布仏ぇ―――!!」



 わいわいガヤガヤどんどんパーフー。



「ん―――ごっくん、いいよ~」
「おおおぉぉぉぉ! のほほんさあああああんっ! ごめん! 本当にごめん!」
「おー、そっくん。よーしよーし」
「・・・不死身・・・?」
 俺の頭を撫でくり撫でくり―――畜生。
 簪さんはガタガタぶるぶる。

「・・・訳が分からん」
 侍お姉さん、それは俺もです。



―――さてさて、閑話休題



 食事を再開し始めてから、一夏お兄さんによる、侍お姉さんへの語りかけは続いておりまして。

「あ、この鮭美味いぞ」
 と言ってお兄さんが箸でほぐし始めたのは鮭。
 お兄さんと侍お姉さんはお揃いの和食セット。
 やっぱり実は仲良いのではなかろうか。
 嗜好が合うだけってのは無いと思う。
 そもそも仲良くなければ一緒に食卓には付かないだろうし。

 するとこの態度が説明できないしなあ。
 仕様です・・・な訳無いし。

 今回といい簪さんと良い、一体何をやったのだろうか?
 単に女性を怒らせる天才・・・とかだったら嫌だけど。

 そんな一夏お兄さんの健気な提案にお侍姉さんは一貫して無視を決め込んでいる。
 あ、でも箸がすぐに鮭に伸びてる。
 根は素直な人なのかも。



 それを横目で見つつ。
 パンを口に。
―――しゅるんっ、ごっくん
 効果的喫食モードで吸い込む様に食べる俺。

「おおぉぉぉッ? おもしろい~」
「さっきの本音みたいに・・・危険」

 素直に驚いてパタパタしてるのほほんさんと、なんかちょっとヒキ気味の簪さんだった。

 机越しに忠告してくれる簪さんは優しいなあ。でも、その点は安心してくれ。論理上、俺の頭と同じぐらいのものまでなら一瞬で飲み込めるらしいから。

「平気ですよ、この僕、ソウカは吸引力の無くならないただ一人の喫食者なんで」

「面白ーいぃぃぃッはい! あーん」
「はむ・・・(しゅるんっ)・・・まぁぶっちゃけ、酸素は違う所から取り込んでますから喉詰まっても窒息しないし(ボソっ)」
「後で・・・色々教えて貰うけど」

 のほほんさんに餌付けされつつ、なんか怖いフラグが立つのだった。
 なんだこれ、お兄さんとは全く違うんですけど。



 ・・・一方。
「なぁ、箒」
「な・・・名前で呼ぶなっ!」

 ふぅーん、箒さんと言うのか。
 俺は意味もなくダ◯ソンで対抗してた様だ。

 しかし妙だ。
 なんか重要な単語だった気がする。

―――ぽーん
 BBソフトの重要キャラクター・篠ノ乃箒が更新されました。

 ・・・効果音と共になんかメッセージが視界に表示されたんだが・・・。

 ふむ・・・篠ノ乃さん・・・ですか。
 あー、なるへそねえ、かの『天災』科学者の妹さんって彼女の事でしたか。
 確かに髪を下ろしてメカウサ耳カチューシャ付けたうえであのキリッとした眼差しを垂れ目にしたらそんな感じですね。
 なんでこんな重要人物が学園に居る事を教えてないんだあのクソ親父。

 そう言えば、お兄さんの方のは更新されんのかね? 今みたいな反応無かったけど。後で見てみよう。



「なら―――篠ノ乃さん」
 名前を呼ぶなと言われたのでそう呼んだのだろう。
 しかし、なんやかんやで赤面し、乙女の顔付きだった篠ノ乃さんはムスッとした不機嫌そうな顔付きに戻ってしまっている。

 じゃあ、なんて呼びゃあ良いんでしょうかね?

 お兄さんには名前で呼んで欲しいって所だと思うけど。

 お兄さんはそんな機微に気付かないのだろう。ま、俺だって第三者の視点だから分かるんだけど・・・え、鈍いか?

 困り果てたお兄さんはしばし考え。
「それにしても、女子ってそんな量で済むもんなのか?」

 SOSをこっちに要求してきました。いいね! まかせて欲しい。各種場を和ます話術についてはBBソフトに大量に記載されてるからな!

 はむ。しゅるんっ―――ぱく、しゅるんっ。

「―――ソウカ以外」
「除外されたぁ!?」
「いや、それだけ食いっぷり見せつけられたらなぁ・・・」

 力になれず・・・不覚。

 なお、脳の生命維持に関する以外の栄養素は、某国民的青狸型ロボット的に全て儀肢の動力源になるので無駄にはなりません。

「わーい、追加追加~、楽しいな、何なのかなぁ?」
「いくらでも来い、その存在、尽く食い尽くす! あ、でものほほんさんはパン一つで大丈夫なの?」
「お菓子食べるから大丈夫~」
 おいおい。

「「体に悪いって」」

 あ、お兄さんとハモった。
 些細なことだが嬉しいものである。

「む・・・」
 対してむっとしてしまう篠ノ乃お姉さん―――束博士と被るから箒さんと呼ぼう―――は確かに面白くあるまい。
 なんだこのゲームバランス。詰むぞ。

「う、うん、私達は平気かな」
 お兄さんに応えたのは鏡さん。
 全力でこっちから顔を背けているのは非常に気になるけど、頑張って一夏お兄さんをフォローしてくれ。
 しゅるる。あ、これカレーパンだ。
 
「いつもこんなかんじだもんね。でもやっぱり一夏君って男の子だよね、凄い量」
 さらに援護射撃。なお、谷本さんである。彼女もやっぱりこっちを絶対に見ようとしない。

「俺は夜少なめに取るからさ。朝多くしないと後々辛いんだよな」
「その年で体調管理ですか? しっかりしてるなぁ」
「ソウカは・・・お、牛乳はストローでっ―――てうぉおっ! 一瞬で吸い込んだぞ!?」
「吸引力は以下略だ」
「・・・いや、俺は前の聞いてないし」
「―――え? そう?」
 そうかぁ、じゃあ、なんて言おう。

「・・・織斑、私は先に行くぞ」
「あ、ああ・・・分かった」
 立ち上がる箒さん。あ、僕らばかりお兄さんを構ってたから拗ねてしまった。
 ・・・失敗だぜおい。

 何せ、残ったのは俺(女性モード)とレディズだ。
 先程から周囲の好奇の視線やら聞こえる密談で居心地悪そうにしてたしな。
 関係ないけどレディズってなんか暴走族のレディースに似てるよね。語源同じだし。



 そこに、大きく手を叩く音が食堂に響き渡る。
 なんじゃらほい? とそっちを見たら・・・いた。

 あぁ・・・なるほど。
 これは圧倒的だ。
 何が、と言われれば存在感だ、とかオーラだ、としか言えない。
 前に見た時は、対身内用の顔だったからなぁ。
 しかも、俺はオブジェだったから気付かれていまい。
 職場では、やはり違う。



「いつまで食事をしているつもりだ! 食事は迅速に、かつ効果的に取れ! 遅刻するような事があれば、ここのグラウンドを十周させるからな!!」

 これが漫画なら集中線引かれた上でドォォォン!! とか文字書かれてるだろうなあ、な感じ。
 腕を組み、足は肩幅に開いて仁王立ち。
 まさしく威風堂々の四文字がふさわしい、織斑千冬・・・お姉さん。上下ブラックジャージ仕様。
 別名、人類史上最強。
 威圧感に、何故か彼女の方の肌、その圧力センサーが誤認データ送ってくるんですが。

 ちなみに、ここのグラウンドは一周五キロ。
 あれはグラウンドって言うより敷地って感じだよな。
 俺が本気で走ればアッと言う間だが、シャレ抜きで人外の速度が出るので却下。
 人間速度に合わせるのは、F1で歩行者に速度を合わせて走るようなものであり、非常に苦痛を伴う・・・拷問だな。

 お兄さんが見て取れるように食事をかっ込み出した。
 すっごい素直です。調教とも言うかもしれない。
 さて、自分の食事は終わりだ。

 簪さんとのほほんさんが食べ終わるまで待つとしよう。




 

 所変わって本日一時限目。

「はーい皆、授業始めますよー? 浮かれても昨日の誰かみたいに天井に頭ぶつけたりしないようにー」
 榊原先生、いきなり毒吐きますね。

 それからの授業。
 全部分かってしまうが故に真面目に勉強し直している。
 何でかって?
 いや、俺の頭は悪いよ?

 ISてなもんは歴史が浅い。そりゃ当然だ。
 しかし世界に与えた影響はでかすぎる。ありとあらゆる意味で突然変異の異邦因子だ。
 だから、取り扱いどうしたもんだと諸国は頭を悩ませつつも、とりあえず思いついたのを法律として片っ端から詰め込んだ訳だ。
 世界的にはそれを持ち合って、あーでも無いこうでも無いと調整してアラスカ条約ってのが出たもんだが、それでも条項見るに被る所あるわ、さすがに矛盾する所は引っこ抜かれているが、それでも表記の莫大さは正直言って受験生不眠症に追いやる事は間違いない。
 だって、電話帳並みの厚さになったんだぞ、基本項目だけで。
 人間の脳は10Tバイトしか保存できないんだから余計なものは詰め込みたく無いものだよ。まったく。

 で、何故分かってしまうのか。
 ISについて、俺が何だ? と疑問に思った瞬間、勝手にBBソフトが起動して視界にその詳細を移すのだ。

 ばれたら殺されるな、このフルオートカンニングシステム。
 皆の努力を馬鹿にしてるようなものだからなー。
 俺のせいで確実に受験者一人の努力を無駄にしている訳だしね。
 でも受験日前日に命令するのは鬼畜の所行だと思う。なぁ、親父ぃ。
 最終目標はテスト時でも表示されない程に知識を身につける事だ。



 カリカリと、静かに授業が進む。
―――現在の総IS数は467機その中枢たるコアは全て、篠ノ乃博士が作成したものであり、しかし以上の制作を彼女は拒絶しています。コアのシステムは完全にブラックボックスであり、その製造技術や、それに関する情報は一切開示されていません。そのため各国、機関、そして企業は振り分けられたコアで―――云々。

 ・・・実は467個どころじゃないんだよなー・・・。
 しかし、コアの製造技術を公表しても意味がねえんだよな。
 まず、ISのコアの概念が理解できねえ。そもそも作る設備が作れない。
 それそのものが既にブラックボックス。
 俺、親父に運ばれている最中垣間見た事があるけど、どうやって出来ているのか正直理解できませんでした。

 次に。ISのコアを作る設備を作る機械類が作れない。
 さらに、ISのコアを作る設備を作る機械類の材料、その加工も取得も出来ない。
 あれ、どんな物質で出来てるか。
 スキャンしても分からない。
 いや、親父製のスキャンだからちゃんと結果は出てくるんだよ?
 その、スキャン結果が何なのか俺にはさっぱりなんだよ・・・。

 止めに、ISのコアを作る設備を作る機械類の材料を・・・のループが既に途方もない事になっている・・・。

 現行技術とのかけ離れっぷりがもうとんでもない事になってまあ・・・凄い事に。
 タキオンとかブラディオンとかが普通に交わされる天才二人の会話に俺は現実逃避しか出来ませんですよもう。

 次に、国家代表について。
 ISは、戦争での使用を禁止されている。
 もはや核兵器と同等だからな。
 抑止力としての活用法が大きくなっていったのだ。

 しかし、ISと大量破壊兵器には大きな差異がある。
 それは、競技用としてクリーンなイメージで民衆に定着している事だ。

 これは狙ってやったのか偶然なのか、ISが女性にしか使用できない所から生まれた所がある。
 ISはシールド防御機構を有しているが故に、無骨な物理装甲を必須としない。
 また、研究などに用いられる為に少ないISから、表舞台へ出て来るISの数がさらに限られる。

 国家の動向を左右する『兵器』を国民に好意的に受け入れさせるには?
 美しく、強い女性をさらに映えさせるようにISの装甲や見た目、形状を収斂させていけばいい。
 申し合わせていないにも関わらず、一斉にその方針を取った国家郡には失笑ものだが、それは成功した。
 所謂、ISパイロットの偶像化だ。
 一番最初のISが全身装甲だったのは、初期型故のエネルギーシールドへの信用度もあるのだろうが、シールドがあるからと言って物理防御が全く無くて良い訳ではないからだ。
 それをわざわざ生身を晒すのだ。それは『見てもらう』以外に理由は無い。

 そして『強い女性』に皆の憧憬は集まる。
 ちらりと聞いた一組での千冬お姉さんへの反応を見ればよく分かると言うものだ。

 そして、憧れた女子達は数の限られたISを駆る権利を得るため、自らを研鑽する。
 夢は厳しいもの程、到達者は洗練される。
 狭き門は、登り詰める少女達をさらに、さらにたくましく育てていく。

 ・・・そりゃ、一般人に置いても洗練されていくのが女性過多、男性過疎になるもの仕方が無い。
 全てがそうとは言わないけどね。
 ISがたった467個しか無いのにそれに乗れるから、というだけで女性優勢の社会になる訳ではない。
 女性が平均的に自らを研鑽し、男性はそのままだったから置いていかれた。
 優秀な男性はそりゃたくさん居るさ、しかし全体的にはその期待値が変わってしまう。
 自らを高めているうちに、ふ抜けた男が多い事に、失望したのだろう。
 それがきっかけ。
 後は空気が、後々生まれて来る男女にも伝播していく。
 裏で政治家とかが何かしてない訳も無いが、それだけじゃ社会は変わらないものなのだ。



 ISを駆り、空を舞う国家代表。
 その憧れへの目標まで後一歩の者達。
 それが代表候補生だ。

「皆知ってると思うけど、更識さんも代表候補生。日本の未来を背負って立つかもしれないのよね」
「おー」
「そう聞くとすごいよね」
 え? 皆知ってるの?
 
「ギャックサッツさんが天井に突き刺さった後にクラス中に知れ渡ったのよ」
 隣の人が教えてくれました。
 なお、彼女の名前知りません。
 あと、俺は相変わらず天井の人か。

 なんでも、自己紹介中にうっかり榊原先生が漏らしてしまったそうなのだ。
 おいおい、個人情報の保護ちゃんとしてくれ教員。
 そうなると当然。
 俺は年間イベント表を取り出すと隣の子に聞いてみた。

「ってえことは、クラス代表は簪さん?」
「そうそう、満場一致で」
「そりゃあ、そうなるねえ。って事は今月末のクラス代表戦は簪さんかあ」
「あれ? ギャックサッツさん、更識さんの事名前で呼んでるの?」
「ルームメイトでして」
「はあー。なるほど」
 等と会話していたら、イベント表の裏から一枚のパンフレットがするーっ、と抜け出した。
 あ、入校式のとき貰った学園のパンフレットだ。挟まってたようだな。
 学『園』なのに入『校』とはこれいかに?

「おお、懐かしいもの持ってるねえ。どれどれ、あ、生徒会長が載ってる・・・え?」
「どうしました?」
「これ、生徒会長。前見た時は何とも思わなかったけど」
「どれどれ」

 そこには、IS学園の学園長、第一回モンド・グロッソ優勝の千冬お姉さん、そして生徒会長の顔写真が載っている。
 で、その生徒会長・・・『更識盾無』・・・さらしき?

 おー・・・。
 なんと言うのだろう。
 簪さんから眼鏡をキャストオフしてパッチ当てたみたいな見た目。
 ぶっちゃけそっくり。

「おぉー」
 あ、思ったのがそのまま口に出た。
「はい、そこの二人」

「はい?」
「げ」
 じっくりパンフ見てたら榊原先生に発見された。

「先生の授業中になーに世間話なんてしちゃってるかなー、先生つまんないかなー? そう、つまらないから男が・・・世界はもう女尊男卑なんだし男なんていっそ―――」
「先生が授業中に暗黒面に落ちかけてるッ!」
「ギャックサッツさんは私を差し置いて男なんかに靡かないわよねぇ・・・」
 にじり寄って来た。

「ぎゃあああ―――ッ! なんかさらに黒化したあああっ!! 大丈夫ですそれだけは誓いますっ! 大魔王様に誓って誓いますっ!」
 やば、なんかか前髪が心無しか伸びたような気がして顔の上半分が隠れているっ! 覗いてる目がとってもホラーチックだよ・・・。
 うん、誓いに関しちゃ大丈夫だ、それは余裕で誓える。俺男だし。そりゃ無いし。

「ギャックサッツさん、早まっちゃだめええええ! この年で行き遅れ確定になるのはっ!」
「それより誓ってるのが大魔王なのは何で!?」
「い、行き遅・・・ッ■■■――――――ッ!!!」
「榊原先生が狂化したあああああああっ!!」
「押さえて、皆押さえてええぇぇぇ!?」
 ・・・なんだろうね、この阿鼻叫喚。






―――十分後
「はぁ、はぁ、内のクラスに青森出身の子がいて助かったわ」
「よりよってイタコ? さらに喚んでちゃ激化するわっ!?」
「でも収まったわね」

「・・・うわー」
 昨日の皆の自己紹介聞いときゃ良かった。イタコなんてマジ聞きたかったよ。
 生首対イタコ。うーん、昭和の映画か。
 ・・・すっげえ見たい。
 ちなみに俺、昭和と平成初期の怪獣映画は大好きです。
 『目』が出来て、初めて見た映画だしね。



「―――で、二人は何の話していたの?」
 榊原先生、何事も無かったように復帰したよ!?

「いえ、授業ともあながちずれた事は言ってないですよ?」
 隣の子はパンフレットを差し出す。

「ほら、ここのパンフレット。生徒会長って更識さんのお姉さんでしょ?」
「――――――っ!!」
 え?
 簪さんが思わず息を飲むのを聴覚センサーが捉えてしまった。
 まさに朝、俺が飛び回ったときのように。
 それは悲鳴にも聞こえ。

「すごーいっ、姉妹揃って専用機持ちなの! こりゃクラス代表戦は貰ったも同然ね」
「ねえ、ねえ、やっぱりお姉さんと同じで強いんだよね! 今度ISの操縦教えて!」
「どんなISなの? 今度見せてね!」

「・・・出来てない」
「え? 今なんて言ったの? 更識さん」
「専用機、出来てないの! だから、代表戦は・・・打鉄でしか・・・ッ」
「えー、そうなのー?」
「なんだー、がっかりしたー」
「やっぱお姉さんが生徒会長でもそう言うのは無いかー」
「・・・・・・ッ!」

 あーあー、そう言う言い方は・・・悪気は無いんだろうけどなあ・・・。
 簪さん、俯いちゃってて泣きそうになってるよ。

「まぁまぁ、そりゃつまり皆でクラスの顔たるISを作って行けるって事だから良いではないかね」
「・・・え?」

 朝いろいろ助けられたのでお返しです。
 ・・・それに。
 ルームメイトの精神安定も出来ず、千冬お姉さんの手伝いなんて出来ませんからねえ。

「でも、ISの組立てなんて私達じゃ出来ないわよ?」
「まあまあ、そこに先生もいるじゃないか」
「丸投げしたわね、ギャックサッツさん」
「あはははは・・・・・・」
「そもそも授業中に私語したのは確かなんだしね。これが織斑先生なら出席簿が脳天に炸裂するわよ」
 ・・・それ、死人が出来るんじゃなかろうか。
 あの人、片手で生物兵器ぶん投げるし。
 榊原先生はぱんぱん、と手を打って。
「はいはい、授業に戻るわよ。あとギャックサッツさんに深山さんは罰として、二人で今週一週間、4組が担当する所の掃除ねー」
「「地味に刑が重い!!」」
 あと、隣の人は深山さんというのか。今更だが覚えとこう。





 放課後になる。
 掃除は終わった。なんで六カ所もあるんだよ・・・。
 まあ、深山さんと分けたけどさ。
 屋上で一人、俺は今日一日得た情報を纏めてみる事にした。

 とりあえず箇条書きで。

・ルームメイトは更識(授業前に聞いた)簪さん。

・布仏さんは更識家の使用人の家系であり、簪さんお付きの使用人である。

・少なくとも俺のボディが人工体である事がばれている。

・この後、ある程度の情報提供。出来れば協力関係に持っていきたい。

・篠ノ乃博士の妹さん事、箒さんが一夏お兄さんと同じクラス。恐らく要人は最強である千冬お姉さんの掌握下に置いている・・・しっかし、別クラスなので俺の存在理由が希薄に。

・素人目に見ても箒さんはお兄さんに好意を抱いている。二歳でも分かるってどんだけ?

・朝食い過ぎた。なんか腹重い。変だなあ、超高速消化の筈なのに。

・簪さんは日本の代表候補生だそうだ。

・姉は生徒会長、確かロシア代表。BBソフトで要調査。

・榊原先生に男の話はタブー。

・隣の人の名は深山鍾馗(みやましょうき)さん。緑色とか茶色とかが似合いそうな名前だ。



 こんな所か。
 さて、部屋に戻るとしよう。
 何処から切り出すかね? 



「へい姉ちゃん! ただいまだぜ!」
「・・・なに、そのテンション」
「・・・・・・すぴー・・・」
「お? のほほんさんも来てるの? でも寝てるし」

「じゃあ、約束通り・・・」
「早速話すかい?」
「お茶ぐらいは用意する」
「んじゃ、僕は盗聴に対応するよ」
 センサーを部屋全域に拡散。



「・・・・・・はぁ」
「うわーい・・・」
 スキャンかけてみたら、出るわ出るわ。
 昨日は無かったし、今朝も一応部屋を出る前にかけた。
 起きた後は精神的余裕が無かったからなあ。
 万一盗聴されていたら逆探しなければならなかったしな。
 ん? 当然口封じの為ですよ。

「仕掛けられたのは、授業中ってことかなー」
「・・・どうするの?」
「食う」
「・・・・・・それ、向こうが聞き取ったらどうなるんだろう・・・」
 しゅるん。ベギボギバギボギっ!!
 瞬時に咀嚼器によって粉砕され、自己修復用素材の方へ量子化、貯蓄しておく。

「さらに、と」
 壁にぺとぺとダーツの矢のようなオブジェを突き立てる。
「それは?」
「情報隠蔽の何かとしか。親父の発明ってよく分からんのよ。使い方分かれば良いけど、仕組み考えてたら日が暮れる。兎に角、隣で耳をそばだてても、集音装置使っても何も聞き取れなくなるし、ISのハイパーセンサーだろうが見通せなくなる。これで、何をしても僕の秘密が漏れる事はない訳だ」
「・・・ッ、何をする気」
「―――え? 話じゃないの?」
「・・・・・・え?」

 何やら互いの認識に齟齬が生じているようです。

「・・・よかった・・・何をされるのかって・・・」
「いや、そりゃ言いふらされるならこっちも考えますよ? でもルームメイトをどうこうすると、今後の学園生活に後を引く事になりますからねえ」
 簪さんそのものをしゅるんっ。ごっくんなんて後味が悪過ぎる。

「・・・それは安心して、私も本音も言いふらしたりはしない」
「―――ま、言いふらしてもそもそも信じられるかは別問題ですがねえ。ところでさっきの盗聴器ってそちらの方を狙ってのものなのかな?」
「多分、私の姉」
「会長さんですか・・・」

―――は?

「犯人が姉え!?」

 うーん、会長像がいまいち分からんくなって来た。
 監視? 姉馬鹿? どっちですかね。
 仲が悪いのか。それとも、溺愛過剰なのか。それすら分からんのに判断は出来ないもんで。

「・・・・・・」
 どうも、これ以上彼女が口を開く事はなさそうだ。のほほんさんに聞いてみるしかないが、案外こういう事に対してはしっかりして居るので、望みは薄いなあ。

 とりあえず部屋をロック。これでノック無しに侵入者―――は無くなるだろう。
 <偽りの仮面>を解除、俺は自分のベッドに腰掛けた。

「―――さて、何から話す?」






「私なりに、あれを調べてみた・・・・・・今朝見た、あなたの体も鑑みてみると―――」
 まずは私の推測を聞いて欲しい。
 簪さんはそう言った。
 そこで簪さんは一旦区切る。

「ソウカさんの体はIS。信じられないけど、そうとしか説明できない」

「どうして、そう思ったんだ?」
 楽しみながら彼女の推測を聞く俺。

「あなたの体には、大きな関節ごとにPICが内蔵されていた。その―――あり得ないぐらいサイズが小型化されていたけど、間違いない。他にもエネルギーラインや量子コンピューター、装備の量子変換還元装置・・・挙げればきりが無い。あなたの体は、ISが備えているもの、それを全て持ち合わせている。それは、逆にいえば、ISでなければ搭載出来ない、いや、搭載した所でバラストぐらいにしか役立たないものを持っていたから」

 ・・・・・・おぉ。
 流石、としか言いようが無い。
 ・・・まさか、俺のパーツを学生の身分でISの物だと見抜けるとは。

 Dr.ゲボックの脳には、妥協や常識と言った二文字は無い。
 何故なら製造中であっても彼の技術は向上し続けるからだ。

 現在ならば、一抱え程のサイズのシステムを用意にチップにしてしまう。真空管演算機とLSI程の格差がある。
 それを、見抜けるとは。
 技術に対する見識に於いて彼女はそれなりの自信があるのだろう。
 今の言動、一切途切れることが無かった。
 出会ったばかりの俺が分かるのだ。
 普段の喋りを良く見ている者なら、尚更その差は顕著に映ると思う。
 それに、敬意を評する。
 これだけの人なら、協力してもらえたら嬉しいし。

「其処までバレてるならしゃーねえか、その通り、俺の体はISそのものだ」
「でも、あり得ない! あんな・・・あんなのって・・・!!」

 それまでこ冷静さをいきなり振り払い、簪さんは大声を張り上げた。

「言いたいのは技術レベルが違い過ぎるって事? それとも―――」
 言って、自分の頭をコンコン、と突つく。
「俺と言う―――『人間』への取り扱いについてかい?」
「両方・・・!! 人間を、脳を直接ISに組み込むなんて―――っ」
 優しい、子だね。

「ふう、ちょっとだけ誤解があるみたいだから言っておくよ」
 だから、ちったぁ安心させてあげねえと。

「常時稼動式全身義肢型IS・可変機能搭載仕様、開発コード未胎児胚『エンブリオ』それが、この機体の名称だ。そう、義肢なんだ。俺はね、この体になる前は、もう脳髄これしか無かったんだよ」
「え・・・」
「俺の自己紹介、覚えてるよね」
「・・・・・・うん」
「俺には、何も無かったんだよ、普通の人なら持っているモノ全てがね・・・今の俺はね、何でもできるんだ、簪さんと会話する事も、一緒に食事を摂る事も。日々が感動で満ちていて堪らない―――そうだ、今度は一緒にいただきますをしよう、きっとそれは、素晴らしい事なんだから」
「・・・うん、分かった。良いよ、そうしよう」
 やっぱり優しい人である。

 彼女の眦には輝くものが―――
 あ、やっば。
 俺の境遇知って泣いた人なんて今まで一人も居なかったからなぁ・・・。
 泣くなんて考えてなかったわ・・・はっはっは、このマッド共めぇ。

「でだ、俺の機体スペック、実はISという兵器としてはそんなに優れてなかったりする」
「嘘!?」
「いや、本当なんだよな。せいぜい第二世代の量産機程度。ガチでやりあって打鉄と互角ってレベルかねぇ」

「でも・・・そのサイズでそれだけのスペックが出せるなんて」
「いや、まぁそうなんだけどな? そもそも常時稼働ってのがコンセプトだからエネルギー効率に性能を振り切ってるんだよ。そのため、『エンブリオ』には、ある意味俺の専用機であるにも関わらず、待機状態ってものが無い。なった所で脳クラゲが強化プラスチックの中に入ったまま路面を転がる事来なっちまうしな」
「笑えないよ」
「あぁ、とてもじゃねえが笑えねえな」
 と、言いつつ俺は笑っていた。

 なんとかおかしくなった空気を戻したとおもったら。

「ね~ね~、どうしてそっくんはおりむ~そっくりなの?」

 その様子をじっくり観察されていた。

「・・・・・・本音?」
「・・・・・・のほほんさん? 起きてたの?」
「えっとね。途中からだよ? ぐっすりねむねむだったけど、声が聞こえて目がパッチリに~」
「えーと、どのぐらいから?」
「ん~とね、え~とね、『さて、何から話す?』ってとこからー」
「―――ってェ! 殆ど最初からだァああああぁぁッ!?」
 ◯金体験の時から思ってたけど、のほほんさんは底知れない。



 うっわー。それにしても恥ずかしい。話すと思った相手以外に言葉が届いてるのはものすごく恥ずかしい。
 具体的には、道を歩いていて、考えた必殺技名をボソッと呟いた時にすぐ隣を人が歩いていた事に気づいた時ぐらい恥ずかしぃ!!

「ね~ね~、なんで?」
「うん、まぁ、特に深い意味は無えぞ? 親父―――あぁ、俺の体作った人な、とさ、織斑先生って小学校上がる前からの幼馴染なんだよ、で、俺の体作る時に、織斑先生が忘れてった三年前の彼の写真をモデルに俺を作ったわけ。だから似てるのは当然って奴だよ」

 一つだけ嘘を吐いた。
 俺が、お兄さんのクローンであるから、という事が少なからず掛かっているという事を。
 親父は話していないが、全く関係ないという事はあるまい。

 そうで無ければ、わざわざ<偽りの仮面>を搭載なんてあの親父がするわけが無い。

 あぁ見えて、本当に余計な事はしない親父殿である。
 ・・・・・・。
 しない、よな。

 なんか、やっぱり信用出来なくなってきた。
 自分の言葉がこんなに信じられなくなったのは久しぶりだ。



「ふ~ん、じゃあ、もう一つ!」
「なんですかい、のほほんさん」
「そっくんは女の子? それとも男の子?」
「・・・本音、ISは」
「でも、おりむ~がいるよ」
「あっ―――」
「のほほんさん鋭いね。今日、お兄さんにも言っていただろう、と言うかのほほんさん、俺の事君付けだから、初めからばれてるかと思ったよ、そう。俺の脳は男だ・・・本日二度目だな。いっその事決めゼリフにしようかね・・・で、分かってたの?」
「にひひ~、どうでしょう」

 む、むむむぅ―――。
 侮れん・・・。

「ん? かんちゃんどうしたの?」
「私、服脱がされた・・・」
「そのまま寝かせたら制服にシワつくよね」
「そっくんてえっちだ~」
「うええ!?」
 なんで!?

「そもそも・・・男女七歳にして席同じゅうせず・・・っ」
「その点は安心してくれ、俺ニ歳」
「にーさーいー?」
「・・・・・・え? えええええええええええええええ???」



「でもー? そっくん私のパンツじーっと見てたよ?」
「ぶっふぅッ!!」
 当たり前だけどばれてたあ!

「本音だけ・・・」
「え? 簪さん、えぇ?」

「やっぱり、私って魅力無いのかなあ・・・胸だって本音より・・・」
「ちょー、ちょー、ストップ! ストォォォオオオオップ! 榊原先生みたいになってるぅ!」
「かんちゃん泣かしたー、お嬢様ぁ、ろうぜきものをせいばいせいばい~」

「ぬぉぉおっ―――のほほんさんスパナ持ち出さないでー!!」



 がごすっ!



「痛っっってえええぇぇぇ・・・」
「そっくんと言い、おりむ~と言い、男の子はデリカシーがなさすぎるよ? それにそっくんはムッツリだし~」
「ぐはぁ!」

 そげな事言わないで下さい。

「・・・・・・てくれたら許す」
「え? 簪さん、なんて言ったの?」
「・・・させてくれたら・・・許す」
「へ?」
 小さすぎてハイパーセンサーでも聞き取れんのですが。
「組み立てさせてくれたら許すって・・・言ったの!」
 それで手打ちって・・・。
 俺の目に狂いは無かった―――親父と同じ研究者タイプだ・・・。



「・・・本気?」
「・・・うん」
 聞くまでも無かった。目がマジです。
 ものすっごく怖いんですが。

「俺の場合、背と腹は代えられるけど、仕方が無い、それでお願いします」
「うん!」
 ああ、なんて満面の笑顔・・・。
 ぎゃあああああっ、工具持ってにじりよらないでええええっ!
 観念したのは、それからたったの三分後だったという・・・。



 お腹を開けて。
 さあ、朝入れられなかった各種パーツを・・・。

 ごろん。
 擬音を付けるならそんな感じで。
 小麦色の塊が腹の中から出て来た。

「・・・なんだこれ」
 今までパーツが収まってた所に代わりに詰め込まれてたんだが。
 なんか、腹が重かったのって、これのせいだったのか?

「・・・固い」
 工具で簪さんが小突くと、金属音。
 いや、本当、何これ。

「んー、くんくん~、良い匂い」
「マジで!?」
 のほほんさんが匂いを嗅ぎ出した。

「ちょいスキャン掛けて見るわ」
 ・
 ・・
 ・・・。

「―――待てコラ」
 出て来たスキャン結果に思わず柄が悪くなる。

「・・・どうしたの?」
 俺はおもむろに、これから簪さんが取り付ける予定のパーツを一つ、持ち上げて。

「この、まだ俺に取り付けられてないこれね」
「う・・・うん・・・」
 俺の妙な迫力に工具だけは手から離さず息を呑む簪さん。

「―――消化機(誤字じゃ無い)なんだよね・・・」
「・・・・・・え?」
「気付かなかった俺も相当だが・・・つまり、これ、俺が今日食ったものの超圧縮体」
 食ったもの全てが消化されずに腹に押し込められ、そのうち、その圧力でできた物体Xだ。
「おおおお~、凄い~」

 俺の体って・・・。
 よく壊れなかったなぁ。
「ペレットみたい・・・」
  ペレット―――鳥類などが消化出来ないものを固めて吐き出したもの―――

「全く栄養になってないけどね」
「うん・・・」
「パンの香りが美味しそう~」

 カチン。

「うぅぅぅう~硬いぃ~っ!」
「躊躇無しで食べにいったしッ!」
「・・・齧ったら駄目っ!?」
「そうだぞ? 一応俺の腹に入ってたんだしな。いや、でもなんでこんなに硬いんだよ」
 努力マ◯の豆腐製鉄下駄か。

「なんでだろうね・・・」
「でも良い匂い~」
「芳香剤として使うにも腹減るしなあ」
「なんか・・・サスペンスで凶器に使われそう・・・」

 その晩、妙な空気で俺を組み立てて行く俺たちだったという。






 それから三日ぐらいしたある日。



「ロケットアームゥッ!!」
「ロケットパンチじゃねえのか!?」
「だってこれは肩から外れた腕そのものだからね、パンチは肘から先、手首迄の何処かを切除、射出したものだと言うのが僕のポリシーなんだよ!」
「本体が無いのにパンチのポリシーもなんも無いだろ」
「あー、まあねえ」
 実は僕が本体です、とは言えない。
 偽装用ナノマシンで両腕を生やしている様に見せている俺としては。
 空っぽの筒みたいな腕ですが。

 茶が掛かったISが空を駆ける。
 頭上から振り下ろされた『腕』そのものを紙一重で交わし、茶色の機体は剣を振るう。
 振り向きざまに『腕』は切り払われるか? という刹那。
 もう一本の腕が回り込み、指先から放たれた熱線が降り注ぐ。

 それを肩部のシールドとブレードで受けながら、射軸から脱出する。

「やるね!」
「ソウカこそ、無人機の遠隔操作が上手いな! なんで腕型なのか知らんけどなっ!」
「そこはあえてツッコまないでくれ・・・」


 俺とお兄さんはアリーナでバトっていた。


 正しくは、『俺の首から下を可変させ、ISとしたものを装備』したお兄さんに、『PICで戦闘機の様に用いている両腕』で模擬戦、というかなり自己完結なバトルだった。

 良いんですよ、胴体の方の操作は一応お兄さんがやってますから。



 どうしてまた、こんな事になったのか。
 説明するには、三十分前の出来事を話す必要がある。



「う、うぐぐぐ・・・」
 なんだありゃ。
 廊下でうねっている芋虫を発見した。

「あ、そこでくたばってるのはもしかしてお兄さんかね?」
 見覚えがあるので声をかけてみるとドンピシャだった。
 まー、お兄さん以外は用務員さんしか男性を確認して無いから確実なんだけどね。

「そ、ソウカか・・・応える余裕があんまり無いんでな・・・勘弁してぐぉ!?」
 側にしゃがみ込んでツンツン突つくとその度に蠢く。
 ・・・うわ、何これ面白い。

「うぐぉ!? 止めろって、そこ痣になってて・・・待て、そこは筋肉つぅううおッ!?」

 おぉ、面白い。
 なんでもここ数日、鍛え直してくれると豪語した箒さんにしこたましごかれているようです。

 その苛烈さはお兄さんをみれば一目瞭然。
 流石は全国制覇の剣道家少女。
 なんで知ってるかって?
 キャラクター情報の更新で載ってた。
 やたらと私情がこもってたなあ。
 可愛い可愛いの連呼でした。
―――なお、この項目は特別に謎の天才美女T.Sさんによって編集されています・・・。
 ・・・・・・・・・頼むから、誰もツッコまないでくれ。

 箒さん、役に立てると思って張り切ってんだろうなあ、と思ったら何やら違うようで。

 かつて同門であったお兄さんの腕を見たら、あまりの弱体化に色々奮起してしまったようだ。

「◯空にリベンジする為にやって来たベジ◯タが、ヤムチ◯並みに弱体化したそれを見た時のようなショックだったんだよ」
「絶対なんか違うよな、その絶望感は救いがなさ過ぎるし!?」

「そもそも、どうしてそんな事になったのさ」
「いや、実はな―――」

 喧々諤々うんたらかんたら・・・。

「・・・お兄さん、あんた阿呆だろ、僕でさえもっと後先考えた方がいいと思うぞ」
 なんでも、クラス代表の選出のとき、あまりに男やら日本やらを侮蔑した英国代表候補生、オルコットさんに思わず喧嘩を売ってしまったとか。

「は、そこで引いたら男じゃ無えだろ」
「まぁねぇ。先の言葉に反するようだけどさ、僕は同意するよ。素直に言わせてもらおう、格好良いじゃねえか」
「止めろよ、なんかこっ恥ずかしい」
 そうかね? 今時そんな男気溢れる奴はそうそう居ないと思うがね。

「でもキッツいぞ? オリンピックの出場を選考されてる人にスポーツで勝負するようなもんだし」
「それで箒に教えてもらえるよう頼んだんだが・・・」

「その結果が、まずは生身の戦闘能力を見ようとして、ベジー・・・」
「そのネタはもう良い」
 えー、せっかく面白いと思ったのに。
 二番煎じは駄目か。案外お笑いには煩いのだろうか。

「オッケー。ま、これでも飲みなよ」
 気を取り直して量子から還元した栄養剤を渡す。
 ISって本当便利だねえ。

「お、どうもな―――な、なんだこれ? みるみる疲れが取れて・・・体も前より軽い!? なんか変なモノ入ってないよな? 怖っ!! 全部飲んじまった!?」
「さあ? ゲボック印の発明品だからね、百人中七人ぐらい寿命が二時間程縮むかもしれない」
「実証しにくいなそれ・・・」
「それで全快したお兄さんや」
「どうした?」
「IS―――乗ってみるかい?」







「じゃじゃーん! これが日本のマイナー機、第二世代IS、通称『茶釜』だ!」

 お兄さんの前に鎮座して居るのは全体的に茶掛かった、地味目なカラーのISだった。
 全体的には、IS学園でも練習機として多く活躍して居る『打鉄』に似ているが、それより装甲がかなり少ない。

 鉄骨で体を覆って居るという感じで、ISに付けられた強化外骨格という名称で呼ぶのにより相応しい見た目だったりする。
 対し、膝から下や肩部のシールド状非固定浮遊部位(アンロックユニット)は丸みを帯びて膨らんでおり、なんつうか―――全体的な印象が埴輪とか土偶とかそんな感じ。

「うわ、本当に出て来たっ! ・・・ん? でも日本の量産機って『打鉄』じゃ無かったか?」
「だから初めに言っただろう? マイナーだってな!」
 嘘です。

「へー、ソウカって詳しいんだな。でも良いのか? アリーナとか訓練機とか勝手に使って」
「フッ・・・そこは蛇の道は蛇に聞けってなぁ」
 俺らの部屋にも使った謎の情報隠蔽装置である。
 認識阻害効果もあり、人の接近リスクも激減する。


「今までにない邪悪な表情してるじゃねえかっ! 全然安心出来んわ!?」
「ケッケッケ、大船に乗ったつもりで安心するんだなあ」
「・・・その船、乗員が一人残らず海賊だとかそういう奴なんだろ! 絶対そうだろ!」

 とかワイワイ騒ぐ俺ら。
 栄養剤が効きすぎたんかねえ。

 ハイテンションのまま偽名IS、『茶釜』を装備するお兄さん。
 名前については、咄嗟にこれなんて言うんだ? と聞かれたので、あー、色が茶色っぽいから、茶ー、茶ー、えと、じゃあ茶釜でって命名されたのである。

―――はっはっは。俺の首から下がね

 でも本当にネーミングセンスの無い俺。
 茶釜だなんて、聞いても『分福茶釜』ぐらいしか思いつかねぇ。

 お兄さんが『茶釜』をじっと見て居る。
「お兄さん? どうしたのさ」
「いや、なんか、茶釜、茶釜、うん。分福茶釜か―――って思・・・どうした?」
「お兄さんとは仲良くなれそうな気がするよ」
「泣いてる!?」
 哀、涙です。センス的に。



 さて、『茶釜』の事を説明しよう。
 俺の首から下のフレームから<偽りの仮面>のスキン用ナノマシンを引っぺがしたもの。
 乱暴に言ってしまえばそれだけの代物である。

 残った骨格に、予備として量子化していた『打鉄』のパーツをおざなりに取り付けて即席IS『茶釜』のでき上がり。

 ちなみに俺は首だけになってPICで浮遊。首からは骨格フレームを包んでいたナノマシンでがらんどうの肉体を作って吊り下げることでショッキングな光景を晒さずにいる。

「やっぱり、凄いもんだよな」
 今、お兄さんは周囲全てを睥睨できる視点を得ているはずだ。

 そこから得られる万能感、優越感は並のモノではない。
 そして今現在、この感覚を得ている男子は世界中探したとしても、アリーナにいる二人だけなのだ。
 なんとも贅沢な話である。



「んじゃー、実戦訓練いきますよー」
「え?」
「実戦はどんなものより優れた訓練になるって言うらしいからね」
「おい・・・どういう・・・」

 キーン、と風切り音。

「死ねやあああああぁぁぁ! フライング・ラリアットォオオオオオオ!!」
「どぉうわああああああっ!!」

 死角から突如飛来する『腕』。お兄さんの首を刈り獲ろうと飛来する。
 肘をやや曲げているのでブーメランっぽい。
 お兄さんは悲鳴こそあげるが、知覚から反射的な回避への移行が流石に早い。

「腕の形をした無人機?」
 飛んで来た俺の腕を見て単体であるがゆえの珍妙さに、首を傾げるお兄さんは正直ギャグっぽいが、その実やってる事は舐められない。
 ブリュンヒルデの弟は伊達じゃ無いと言う事か。才能は流石の折り紙付きだ。
 ・・・別に自画自賛は含まれてないのであしからず。



「ちぃっ―――流石だな!!」
「舌打ちした!?」
「だが甘い!!」
 腕は一本じゃ無いのだ!!

 お兄さんの頭上に配置した逆の腕。
 親指人差し指中指を摘まむ様に固めてお兄さんに向け、エネルギーを収束。

 ズバリ指からブラスター!
 現在名前募集中だ!!

「ビーム!? 危ねえなっ! お前本気でやってるだろ!」
「ふははははっ! 騙される方が悪いのだ!」
「なんだとっ、クソ、武器もねえのに」
「あ、それなら検索かければ出るよ? 今は織斑先生と同じでブレードぐらいしか無いけど」
「あ、本当だ。ありがとな―――それだけあれば十分だ! お前の性根諸共、そのホラーちっくな腕擬きを叩き落としてやる!!」
 やや膨らんでいる脛が横に開き、何も無かったそこからベキベキと音を立ててブレードが形成されて行く。
 俺の可変フレームは必要に合わせてナノマシン配列を変換し、各種デバイスを形成するのだ。
 何でも、親父の友達が状況に応じて切り替える展開能装甲を作ってるのを見たので、別アプローチ方向での試作品として作ったとか。
 データはそっちに還元されるらしい。
 これで試作品か、末恐ろしい。

 お兄さんは出来上がったブレードを引き抜き、正眼に構えた。
 一刀両断の腹づもりらしい。
 こちらも、自分の両腕を、そうそうやらせる気は無い。
 俺が遠隔操作してお兄さんを狙っているのは、お兄さんが搭乗して居るIS同様、偽装用ナノマシンを引き剥がした俺の腕である。
 内蔵されて居るハイパーセンサーをリンクさせ、遠隔操作しているのだ。
 正直、たった二本なのに思考が一杯一杯だ。俺本体はほとんど動いて居ない。
 まあ、一風変わった訓練機を遠隔操作していると言っているので、武装もしてない俺が狙われる事は無いが。
 ちなみに、お兄さんが両腕に装備しているのはそのまんま、『打鉄』のものだったりするので、茶色じゃ無かったりする。
 同性の俺からみても格好いい。
 うむ、箒さんみたいな美人にモテる男は何着ても映えるという証明だ。



「いえいえ、どういたしまして―――モドキじゃなくてちゃんと『腕』だっての! やれるものならやって見ろ! ・・・ん? なんか会話の流れおかしくない?」
「・・・そういえば・・・」
 二人して何かがおかしいのがわかるのだが、何がおかしいのか分からない。

「・・・ま、良いか」
「あぁ、考えてもしょうがないしな」

 よし。

「「行くぞ、覚悟しろォォォアアアアアァァァァァ!!」」



―――と言う経緯があったからである



 それから一時間後。

「ちょっと・・・はしゃぎ過ぎたな・・・」
「そう言えば、箒との練習の後だったしな・・・」

 アリーナでぶっ倒れている俺等二人。
 『茶釜』(笑)は、首から下に戻っている。
 幸い、お兄さんは疲れきっていたので、女だけに力仕事はさせられないというのを振り払って、『茶釜』を担いで逃げる様に持ち去り、物陰で合体。

 お陰で、俺はちっこい怪力キャラとして定着―――今チビっつったの誰だゴラァ!!

「ソウカのお陰で助かったな。ISの体感もだいぶ掴めた」
「そいつは良か・・・たわ、ふぅ」
「大丈夫か? 顔色悪いぞ? やっぱり片付け手伝った方が良かっただろ」
「いや、それとは別口でね」

 単なる俺の考え無しのせいである。
 俺の攻撃が『茶釜』に当たろうが、お兄さんの斬撃が腕に当たろうが、どっちも俺の体なわけで。

 どっちの攻撃が当たってもダメージを食ってるのは俺・・・あれ?

 地味に苦しい自業自得だった。
 それを除いても調整の問題なのかまだ調子が悪いし。



「んじゃ帰りましょうか」
「そうだな、部屋の箒もそろそろ心配するだろうし」
 ちょい待ち、いま聞き捨てならん事言ってなかったか?

「えぇ!? まさか箒さんと同室なんですか・・・えと、色々言われませんか? その―――男女ですし」
 二歳の俺ですら色々言われたと言うのに。

「そりゃあ、そうだけどな、木刀で刺し殺されかけたし。ま、あれだ。気心知れた幼馴染だからじゃないか?」
「・・・刺し殺すって・・・多分、お兄さんは箒さんの思春期特有の葛藤とか、覚悟とか全く気づいてないんだろうなあ」
「・・・ん? ソウカ何か言ったか?」
「いや別に」
 言うても分かるまい。

「そしたら、また明日ねお兄さん。良い夜を。見つからない様に帰るのだよ」
 通風口の柵を引き外す俺。
 ここ数日の密かな楽しみは、IS学園の通風口を踏破すべくマッピングする事である。
 このアリーナの隙を見つけたのも、この散策のお陰である。
 俺のこ・・・こ、小柄な身では十分潜り込めるんでね。
 あれ? 進めない。
 よくみれば、何とも神妙な面持ちで足を掴んでいるお兄さん」

「・・・待て、モグラかお前は」
「身体的特徴を活かした裏道活用法といって欲しいのだけど 」
「あぁ、ちい―――へぶぅ!」
「誰がチビだゴルァッ!」
 咄嗟に振り上げた踵が鼻を打ち据えたらしい。
 その間に通風口に潜り込む俺。

「いづつつ・・・、なんでわざわざそっち行くんだよ」
「結構先生が巡回してて見つかりやすいんだよね」
 その点、この経路なら見つかりにくい。
 たまに気配感じてるとしか思えない人もいるけどな。

「・・・んじゃ俺は?」
「頑張って部屋に戻るんだス○ーク」
「誰が○ネークだよ!?」
 待てコラー! というお兄さんを後に通風口の柵をクローズ、部屋まで戻る俺だった。



 ガチャンと通風口を開け。
「やっほー」
 ぬぅ、と降りてくる俺。

「・・・・・・わきゃああああァァァァァッ!」

「ただいまー、おぉ、この快感、病み付きになるかもしれん・・・あ、また盗聴器」
 天井下りよろしく天井の通風口を開いて上半身だけぶら下げる俺。
 悲鳴をあげる簪さんを見つつ、思うのだった。
 やっぱり俺の天職は、お化け屋敷のお化け役だな、と。


―――余談だが
「よう、ソウカ・・・」
 翌日、何かビキビキ全身を鳴らしているお兄さんを発見。

「あー、やっぱりあの栄養剤は後回しにする奴か」
「確信してたが、原因はアレか・・・っあのな、言いたい事はそれだけかっ・・・」
「まぁ、はしゃぎたいのは分かるけどね、と言うわけで、突ついてみよう」
「やめ、おいっ―――はぐぉッ」
「一人で呻いてもあれだと思うよ。まだやってないし。そいや」
「やめ―――うぐぉおおおっ!」



 そんなこんなで数日経ちました。
 今日、お兄さんとオルコットさんの、クラス代表をかけた試合があるその日だったりするのです。

 方や英国の代表候補生にして、実験機とは言え最新鋭の第三世代。

 対するは、世界で唯一ISを起動出来るお兄さん。
 なお、機体はお兄さんの身体反応をデータ取りするためという名目こそあるが、絶対裏で相当の手を加えられている代物。

 裏の事こそ知られてはいないが、見ないと言う道理は無い。

―――筈なのだが、簪さんは整備室に引きこもってしまった。
 未完成の『打鉄弍式』に取り掛かると言う。
 初めてそのネームを聞いた時はちょっと興奮した。
 だって、弍式って事は、つまりMark.2って事なんだぞ!

 興奮事項は置いといて、いずれ、お兄さんへの確執の理由を話して欲しいと・・・いや、秘密を持っているのはお互いか。

 サア――――――



―――さて、現実逃避はこのぐらいにしなければなりませんな

 どう言うわけか機能停止。
 今の俺は壁に寄り掛かって動けない。
 ここんところ何か調子が妙だったからなあ。
 単に調整バランスが悪いとかそういうのではなくて。

 酸素濃度、老廃物排除のための体液循環、ともに異常は無いが・・・このままここに放置されているとまずいかもな。

 ここは物資搬入のハンガーだ。
 ギリギリまでやって来なかったお兄さんのISを一目見ようとして突如機能不全。一体なにがあったのか。

 サア・・・・・・。

 さて、どうしたものか・・・。
 ISの開放回線での呼びかけはアウト。
 こんなISだらけの所で発したら誰が受信しているか分からない。

 サア――――――

 では、個人間秘匿通信?
 ・・・あ、簪さんのISにアクセスした事ねえ。
 完成してないと言っていつも見せてもらえないのですよ。

 まずいなあ・・・。

 しばらく、悩んでいたせいだろうか。

 サア―――・・・。

 それにようやく気付いたのは一体いつの事だろうか。
 ずっと前から聞こえていた、打ち寄せては引く潮騒に。
 見回せば景色も変わっている。

 白い砂浜。

 一言で言い表すと、そう言う世界だった。


 ・・・精神世界か?
 一歩も動いていないのに海岸なんかに移動するわけが無いからだ。と言うか今も体は不調で動けない。

 あはは、ははは。
 あははは、きゃは、うふふふっ。

 沢山の子供の笑い声がする。



―――そんな中、他の子供達よりはちょっと年上の少女が現れる

「・・・私は、怒ってるんだよ?」
「―――初対面でいきなり怒られてますよ俺」
 白い少女だった。
 いきなり怒られても反応のしようが無いのですが?
 俺、何かしました?

 その長い髪も、着ている衣服も、流れる血潮すら透けそうな白い肌も。

 ただ、何故かお冠の様で、その感情だけは炎の様だった。

 さあ・・・。

 潮騒の音だけが変わらず静かに響いている。

 そして俺は彼女をもう一度見る。
 彼女の周りには、沢山の異形が楽しそうに駆け回っていた。
 一見、人間の子供。
 しかし、人ではあり得ない異形を備えた子供たち。

 あははは、きゃははは、あは、うふふふ。

 笑い声は、その異形達から聞こえてくる。



 さて、俺はこれからどうしたものか。
 もしかして、動けないのはこれが所謂る心霊体験・・・。
 金縛りと言うやつだからなのかっ!
 誰かお神酒を、塩でも良いから持ってきてー!
「誰が悪霊だって?」
「心読まれてる!?」



―――妹よ、お兄ちゃんは、不思議体験、体感中です。
 お化け屋敷が天職だなんて言ってごめんなさい。
 めっちゃ怖いです。

 誰か助けてぇぇえええええええ!!!



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 な、長かった・・・。
 多分、長すぎる。
 適度な所で切ればよかったんですが・・・。

 お陰でこんなにずるずる時間がかかってしまいました。
 丸一月。

 勉強していた試験の本試験で落ちてしまい、二週間呆然としていたと言うのも・・・はい、言い訳ですすいません。

 プロットは書いているのに、プロット通りに書くとここまで増えた摩訶不思議。

 状況説明文が冗長過ぎるのでしょうか?

 プロの作家さんは本当にすごいのだなぁと感心して見たり。
 見苦しいとの意見があれば、黄金体験w辺りで切ろうかとも思っていますが。


 最後に、毎度こんな未熟作を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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