そこはまさに断崖絶壁だった。
薄暗い周囲の中、細い道を歩いて行く。
どうしてここにいるのか分からない。
どうして歩き続けているのか分からない。
だが行かなければならない。
その先にあるのは鎖が巻きついた、獰猛な牙を持つ扉。
『その扉を開く者は、新たな力を得る』
声が響く。
『しかしその者は代償として、1番大事なものを失うであろう』
「オレの1番、大事なもの……?」
思わず数歩、後ずさる。
その足場がどれだけ不安定なものか忘れて。
結果、足場が崩れ……
「うわああああああっ!」
闇の中へと転落する。
それで目が覚めた。
「……また、あの夢か」
いつの頃から見るようになったのか、覚えていない。
いつも最後はあそこで終わるのだ。
少年……九十九遊馬は癖のある前髪を掻き揚げ……重い音を響かせる年代物の振り子時計の存在に気付いた。
鐘の数は7回。
「……朝か」
身支度を整えなければ遅刻してしまう。
「お早う、遊馬」
今日も観月小鳥は幼馴染みである遊馬に笑顔で挨拶をしてくる。
「ああ、お早う」
九十九遊馬
ここ、ハートランドに住む中学1年生。
ジャーナリストである姉、明里と祖母、春との3人暮らし。
取り立てて目立つというわけではない。遊馬は物静かな方で、確かに成績は優秀な方だが、それだけだ。
だというのに遊馬は目を引く。
生まれ持ったカリスマ性、とでも言うべきなのだろうか。
ただの中学生には似合わない言葉なのに、そうとしか言い表せないものがある。
小鳥の目に遊馬がいつも首から下げているペンダントが留まる。
「どうした、小鳥」
胸元を凝視していたのに気付かれる。
「そういえば遊馬、それって……」
「ん、ああ」
遊馬はペンダントを軽く持ち上げた。
「言ってなかったか? 親から貰ったんだ」
「遊馬のご両親って、確か……」
それは聞いたことがある。
冒険家である遊馬の両親は消息不明となっているのだ。
「ああ。……まるで鍵みたいだろ?」
「鍵?」
確かにあまり類を見ないデザインだが、鍵には見えない。
「これは何かを起こしてくれる……その『何か』の鍵のような気がするんだ」
そう言われても、小鳥にはよく分からない。
だが遊馬がそれを大事にしているのは知っている。
でなければ常に……体育の時でも肌身離さず持ち歩くはずがないのだから。
今日も放課後になると中庭で生徒たちがデュエルをしている。
「やってるな」
ポケットからD・ゲイザーを取り出し、セット。
とたんに立体化したモンスターが所狭しと現れる。中には建物を壊しているモンスターまでいる。
これが現実だったら大問題だが、これはソリットヴィジョン。建物が壊れて、コンクリートの破片が落ちてくるのだって立体映像だ。
「遊馬、あれ」
同じようにD・ゲイザーをセットした小鳥が指差す先には、鉄男がいた。
武田鉄男。
遊馬の悪友とも呼ぶべき存在。
鉄男の相手は神代凌牙、通称シャーク。
「オレはレベル3のスカル・クラーケンとビッグ・ジョーズをオーバーレイ!」
スカル・クラーケンとビッグ・ジョーズがフィールドに現れた渦の中に消える。
「エクシーズ召喚! 来い、潜航母船エアロシャーク!」
『エクシーズ召喚』
フィールドに存在する2体以上の同レベルのモンスターを素材にして、「モンスターエクシーズ」をエクストラデッキから特殊召喚すること。
素材となったモンスターは墓地に送られずオーバーレイユニットとなり、モンスターエクシーズの下に重ねられる。そしてモンスターエクシーズは素材モンスターを墓地に送ることにより、その効果を発揮することが出来るのだ。
残念ながらと言うべきか、遊馬は1枚もモンスターエクシーズを持っていないが。
「行けエアロシャーク! ダイレクトアタック!」
シャークの宣言によりエアロシャークが鉄男にダイレクトアタックを決めた。
その衝撃で鉄男は後ろに吹き飛ばされる。
残り800だった鉄男のライフがそれでゼロとなってしまった。
対するシャークのライフは4000。無傷のまま。
『WIN』の文字が消えるとともに、遊馬はD・ゲイザーを外す。
「鉄男……」
「フン……約束通りこいつはいただくぜ」
そう言ってシャークが拾ったのは、今まで使っていた鉄男のデッキ。
「そいつをどうするつもりだ!」
「……誰だお前」
シャークが鉄男との間に割り込んだ遊馬を見る。
「九十九遊馬。鉄男のクラスメートだぜ」
「お前……このお方が誰だか知ってるんだろうな?」
シャークの取り巻きの、パーマの生徒が遊馬を睨む。
「ああ、知ってるぜ。シャークだろ、お前」
神代凌牙。
全国大会にも出場したことのあるこの学校で1番の実力者である。
だが同時に札つきとも言われている。
「ああ、これは正当な報酬だぜ」
そう、シャークは鉄男のデッキを持ち上げる。
「今のデュエル、オレたちは互いのデッキを賭けた」
「……何でそんなことを」
鉄男が視線を逸らす。
「……こいつらに、オレはデュエリストを名乗る腕じゃないって因縁つけられて……」
それでアンティルールに乗ってしまったらしい。
互いの合意となれば、これは確かに正当な報酬だろう。
だが、遊馬はそれを放ってはおけなかった。
「……ならシャーク。オレとデュエルをしようぜ」
「何?」
「オレとデュエルをして、負けたら鉄男のデッキを返せ」
自分でも分からない。
だが気付いたらそう言ってしまっていた。
だが後悔はない。
言ってから何故かやけにすっきりとした気分になった。
「バーカ! シャークさんは全国大会に出場してたほどの腕だぜ!」
「テメーらが勝てる相手じゃねー!」
「そいつはどうかな? やってみなければ分からないだろう?」
それでも遊馬は不敵に笑ってみせる。
「……いいさ、このデッキを返してほしかったら、お前の1番大事なものを差し出しな」
「そいつは無理だな」
だが遊馬は堂々と胸を張る。
「何だと?」
「『見えるんだけど見えないもの』。それがオレの1番大事なものさ。こいつは、お前が奪うことなんか出来ないぜ!」
「なっ……!?」
『見えるんだけれど見えないもの』
突然そんなことを言われ、シャークも困惑したらしい。
だがそれも僅かな間だけ。
「……なら」
シャークが手を伸ばし、遊馬が胸元に下げている鍵を引き千切った。
「なっ……!」
それは両親の形見。
「奪えないっていうんなら、代わりにこいつを奪うまでさ」
取り巻きが遊馬の動きを拘束する。
「ずっと持ち歩いているんなら、これも大事なモンなんだろ?」
やけにシャークの動きが緩慢に見えた。
鍵が地面に、無造作に落ちる。
「大事な物ってのはな……失ってみると分かるんだよ。本当の価値がッ!」
バキンッ!
そんな音を立てて鍵がシャークの足の下で砕けた。
「「あっ!」」
小鳥と鉄男が声を上げる。
「お前の大事なものも……こうやって壊れ、消えていくんだよ!」
破片をシャークが蹴り飛ばすと、下の茂みへと落ちていってしまった。
これではどこにいったか分からない。
遊馬は歯噛みをし、シャークを睨む。
「残念だが、このデッキを返すわけにはいかない。だがチャンスをやろう。オレにデュエルで勝てばこのデッキは返してやる。しかし、オレが勝ったらお前のデッキを貰う! 今度の日曜、場所は駅前広場。デッキを取り返したかったらそこに来な。はっはっはっは!」
片手を挙げ、悠々とシャークは取り巻きを連れて去って行った。
その背中を遊馬は黙って見送るしかなかった。
表向き、遊馬は平静でいつも通りのように見えた。
「遊馬……」
それがかえって小鳥には痛々しく映る。
シャークの言っていた約束の日曜は明日なのだ。
「……気にすることはないぜ、小鳥。オレの本当に大切なものは、誰にも奪えない」
「それって、『見えないんだけれど』……ってやつ?」
「ああ」
「遊馬!」
スケボーに乗った鉄男正面から来る。
「鉄男」
「遊馬、明日のデュエル、行くつもりか?」
「ああ」
「行くな」
鉄男はまるで遊馬の道を塞ぐかのように立ち塞ぐ。
「お前には無理だ」
「どうしてだ?」
「今までデュエルをまともにやってこなかったやつが、シャークに勝てるわけないだろ!?」
確かに、遊馬は今までデュエルというものをほとんどやったことがない。
もちろんルールは知っているし、デッキも持っている。
だがデュエルをするとなると、どうしても乗り気がしかったのだ。
だから自分でも、シャークにデュエル啖呵を切ったことには驚いている。
「それに……元々オレのせいだ。借りなんて作りたくねえ」
電灯が次々と灯り、道を明るく照らしていく。
「……勘違いするな」
「え?」
「オレは、お前のために行くわけじゃないぜ。……目の前で、大事なものを否定されたんだ。引き下がるわけにはいかないぜ」
「大事なもの……?」
「『見えるんだけれど、見えないもの』。……オレは、オレのために戦うんだ」
そう、遊馬は笑みを浮かべて宣言する。
「遊馬……結局、それって何なの?」
小鳥の質問に、遊馬は自分の胸に拳を置いてみせた。
説得は無理。
そう悟ったのか鉄男が何かを投げてよこした。
「……勝手にしろ」
それは砕けて失ったはずの、ペンダントの欠片。
「鉄男……」
「へっ、たまたま見つけただけだ!」
だが遊馬は見逃さなかった。
鉄男の指が土で汚れていたのを。
『その扉を開く者は、新たな力を得る』
声が響く。
『しかしその者は代償として、1番大事なものを失う』
いつものように、そこで目を覚ました。
時刻はまだ深夜。
机の上には綺麗に整理されたカードが並べられている。
こうしてデッキに触れるのも久しぶりだった。
姉にデュエル禁止令が出ている、というのは関係ない。
遊馬はデュエルを1度辞めたのだ。
遊馬にとってデュエルとは文字通り決闘。
カードとは言わば剣。
その剣を遊馬は既に捨てている。
だというのに、またデュエルをしようとしている。
せっかく今はこうして「九十九遊馬」という名を得て、新たな生を受けているというのに。
遊馬は昔……まだ「九十九遊馬」と呼ばれる以前、本来の名ではなく別人の名と体を借りていたときのことを思い出す。
そこで彼は、相棒と共にデュエルチャンピオンとして名を馳せた。
全ては己の記憶を取り戻し、何者か思い出すため。
相棒の名で、器でデュエルを続け、求めていた記憶を思い出した先に待っていたのは……仲間たちとの別れ。
そして彼は相棒と戦い、剣を捨て、本来いるべき場所に帰った。
そして新しく与えられた名が「九十九遊馬」
ここでは彼が相棒たちとの過ごしていた世界と同じようにデュエルが流行していた。
だが決定的に違ったのは、ここに相棒たちが住んでいた町がないこと。
名を馳せていた大企業も、デュエリスト養成の学園も、カードの枠が白いモンスターも存在しない。
ここは、彼が生きていた世界ではない。
デュエルが普及しているいくつかの次元のひとつなのだろう。
彼は……というより彼が本来生きていた時代では死者が復活すると信じられていた。
だから自分がこうして「九十九遊馬」として生きているのに違和感こそあるが驚きはない。
だが、どうして「九十九遊馬」なのか。本来いた世界ではないのか。
疑問は尽きない。
それは物心つき、過去のことを思い出すようになってからずっと考えていること。
そのせいか遊馬は年の割に落ち着いているということを言われる。姉に言わせれば「手のかからない弟」だそうだ。
遊馬はデッキの中から迷わずカードを数枚抜く。
デュエルはしないと決めていたのに、カードだけは集めていた。
その中の数枚は、いつの間にか遊馬が持っていたもの。
買ったのではなく、カードの方から遊馬の元に集まったとしか考えられない。
「……お前たちは、これからもオレについて来てくれるのか?」
時間と世界を跳び越えて付き従ってくれる僕たちが笑った……気がした。
翌日。
「怖気つかなかったのは褒めてやるが、尻尾を巻いて逃げりゃお前のデッキだけは助かったものを」
全くだ。
どうして逃げなかったのだろう。
この身はデュエリストを止めたはずなのに。
しかも今回のデュエルのために父親のデッキに遊馬のカードを色々と混ぜてまで。
だが、恐怖はない。
むしろこれからのデュエルに対する高揚感の方が強い。
「御託はいい。さっさと始めようぜ」
デュエルディスクとD・ゲイザーをセット。
そしてデュエルターゲットをロックオン。
『デュエルヴィジョン、リンク完了』
通行人が視界から消える。
このデュエルを見ることが出来るのは、デュエルヴィジョンをリンクしている者たちだけ。
「「デュエル!!」」
遊馬 :4000
シャーク:4000
「頑張れー! 遊馬ー!」
「行くぜ、オレのターン!」
手札が目の前に表示される。
遊馬はポーカーフェイスを保ち、手札からモンスターを1枚選ぶ。
「ズババナイトを守備表示で召喚」
ズババナイト:レベル3 地属性 戦士族 守備力900
「リバースカードを1枚セットし、ターン終了」
「フン……オレのターン、ドロー!」
シャークがドローしたカードを手札に加える。
「オレはビッグ・ジョーズを攻撃表示で召喚!」
渦と共にその名の通り巨大な鮫がフィールドに現れる。
ビッグ・ジョーズ:レベル3 水属性 魚族 攻撃力1800
「バトルだ! いけ、ビッグ・ジョーズ! ビッグマウス!」
ビッグ・ジョーズが巨大な口でズババナイトを噛み砕く。
「オレはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「オレのターン!」
カードをドローし、手札に加える。
ビッグ・ジョーズの攻撃力は1800。
だが、それよりも警戒するのはビッグ・ジョーズがレベル3だということ。
シャークには鉄男とのデュエルで見たエクシーズ召喚がある。
『潜航母船エアロシャーク』をエクシーズ召喚するためにはレベル3のモンスターが2体必要なのだ。
……しかし。
遊馬はちらりとシャークのフィールドに伏せられているカードを見る。
あれは恐らくこちらの攻撃を防ぐカード。
エクシーズ召喚をするためには特定のレベルモンスターを2体以上揃えなければならない。
ならば、ビッグ・ジョーズを守るはずだ。
「……オレは、『ビッグ・シールド・ガードナー』を守備表示で召喚!」
ビッグ・シールド・ガードナー:レベル4 地属性 戦士族 守備力2600
「これでターンを終了するぜ」
「ハッ、防戦か……オレのターン!」
シャークはドローしたばかりのカードをフィールドに出した。
「オレは『スカル・クラーケン』を召喚!」
スカル・クラーケン:レベル3 闇属性 水族 攻撃力600
地面が割れ、骸骨の蛸が現れる。
……余談だが、蛸は軟体動物であり、骨はない。
スカル・クラーケンのレベルは3。
奇しくも鉄男がやられたときと同じ組み合わせ。
それに鉄男も気づいたらしい。
「奴はエクシーズ召喚するつもりだ。……やっぱ遊馬じゃ勝てねえ」
「遊馬……」
「……いいこと思いついたぜ。オレがお前のデッキを奪ったら、その鍵同様目の前で破り捨ててやる」
「貴様……!」
デッキを破り捨てる。
その発言が遊馬の怒りを買う。
「デッキはデュエリストの魂だ! それを破り捨てるなんて、許さないぜ!」
遊馬の感情に反応するかのように、鍵が眩い光を放った。
気付いたとき、遊馬はいつもの夢の場所にいた。
「鍵が……」
しかもシャークに壊されたはずの鍵が復元されている。
『さあ、扉を開けろ』
また声が響く。
『扉を開けろ。さすればお前は新たな力を手に入れる。だがその代償として、1番大事なものを失う』
「大事なもの……」
見えるけれど、見えないもの。
それは誓い。
仲間との絆。
だがそれは「九十九遊馬」となったときに消えたもの。
それでも、仲間への想いに偽りはない。
唐突に、遊馬は理解した。
遊馬はただ縋っていただけ。
「九十九遊馬」として生きながらも過去に執着していたから、デュエルをしなかった。
だが、過去を見ているだけではいけない。
未来へと進むために剣を捨てたというのに、今は過去を懐かしんで剣を握らなかっただけ。
「……すまない、相棒。皆」
これでは泣きながら送り出してくれた彼らに顔向けができない。
……ならば。
手にした鍵を、扉の隙間に差し込む。
そこが鍵穴であったかのように、自然に鍵がはまった。
扉の隙間から青白い光が漏れ出す。
「くっ!」
何故か遊馬は後ろに弾き飛ばされた。
尻餅をつくことは逃れ、扉の向こうを見透かすように目を細める。
鎖が砕け、音をたてて扉が開いていく。
次の瞬間、遊馬は100枚はあろうかというカードに包まれていた。
だがそれもつかの間、カードが飛び散り……遊馬はあの駅前広場に戻ってきていた。
「今のは……」
右手に固い感触。
はっとして見てみると、元通りになった鍵を握っていた。
「ぐおお……」
そんなうめき声が聞こえ、遊馬は声の主……シャークを見る。
「何だ……力が……、漲る……。ぐおおおおおおおお!」
シャークが衝動に任せて叫ぶ。
その叫びに反応するかのように、ビッグ・ジョーズとスカル・クラーケンが光となった。
「オレはレベル3のビッグ・ジョーズと、スカル・クラーケンをオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!」
光が渦となり、消えた。
エクシーズ召喚だ。
「来い、『No.17 リバイス・ドラゴン』!」
17という数字と共に、シャークのフィールドに固い鱗を持った龍が現れる。
リバイス・ドラゴン:ランク3 水属性 ドラゴン族 攻撃力2000
「ナンバーズ……!?」
「じゃあ、何なの!?」
「分からねえ……。あれはオレの時に呼んだモンスターじゃない!」
「1ターンに1度、オーバーレイユニットを使うことで、リバイス・ドラゴンの攻撃力は500ポイントアップする!」
「何!?」
シャークがスカル・クラーケンを墓地に送ると、リバイス・ドラゴンが周囲を飛ぶ青い光をひとつ食べた。
リバイス・ドラゴン:2000→2500
「まだだ! オレはマジックカード『アクア・ジェット』を発動! このターンのエンドフェイズまで、水属性の攻撃力を1000ポイントアップ!」
「出た!」
「シャークさんのマジックコンボだ!」
リバイス・ドラゴン:攻撃力2500→3500
これでビッグ・シールド・ガードナーの守備力を超えた。
「もう勝負は決まったな!」
アクア・ジェットの効果は1ターンとはいえ、遊馬の手札に攻撃力2500を超えるモンスターはいない。
……だが、手がないわけではない。
『このデュエル、勝つぞ』
遊馬の闘志に答えるかのような声がした。
傍らを見ると、いつの間にか青く光る体の少年がいた。
目は左が金。右が……白の、オッドアイなのだろうか。体のあちこちに緑色の文様や、装飾を身につけている。
「お前は……?」
『アストラル。……記憶が確かなら』
「記憶が……?」
ということは記憶喪失なのだろうか。
「どうしたの、遊馬」
「なに独り言言ってんだ?」
「お前ら……見えないのか?」
そうアストラルを示す。
「え? ……誰かいるの?」
「あいつまさか……ビビりすぎて変になっちゃったんじゃねえか?」
どうやら2人には見えていないらしい。
だが確かにここにいる。
「……オレにしか見えてないようだな」
『そのようだ。……どうやら私は記憶を失っているらしい。恐らくこの世界に来るとき、何かの衝撃で飛び散ったと推測できる』
ふと先ほど見たあのカードの飛散するシーンを思い出す。
「記憶が飛び散る……? 忘れる、じゃないのか……?」
「大丈夫かなぁ、遊馬……」
「……やっぱり無茶だったんだ、シャークにデュエルで勝つなんて」
「鉄男君まで弱気にならないでよ! このデュエルにはあなたと遊馬のデッキがかかってるのよ! シャークなんかに奪われてたまるもんですか……しっかりしなさいよ、遊馬ー!」
「……ああ、そうだったな」
詮索は後。今はデュエルだ。
シャークに視線を向ける。
シャークからは紫色のオーラが立ち上り、手の甲には17の文字が浮かび上がっている。
「行け、リバイス・ドラゴン! バイス・ブレス!」
リバイス・ドラゴンがビッグ・シールド・ガードナーへと襲い掛かる。
だが、これで分かったことがある。
シャークは遊馬を舐めている。
それもそうだろう。今まで遊馬はデュエルというものをほとんどしてこなかった。
だからデュエルの駆け引きも知らない、素人だと判断している。
でなければリバースカードを警戒する素振りを見せず、攻撃宣言をするはずがない。
「リバースカードオープン!」
遊馬は発動させたのは最初のターンに伏せたカード。
「『マジカルシルクハット』!」
ビッグ・シールド・ガードナーの姿が消え、代わりに遊馬のフィールドには3つのシルクハットが現れる。
そしてリバイス・ドラゴンのが攻撃したのは空のシルクハット。
「オレは場に1枚のカードを伏せて、ターンエンドだ! ……お前のデッキを奪ってやる!」
舌打ちをして、シャークはターン終了を宣言した。
そしてシルクハットも消える。
リバイス・ドラゴン:攻撃力3500→2500
『ナンバーズ……』
アストラルが呟く。
『奴に関する重要な記憶があったはず……私の本能が、このデュエルに勝てと言っている』
「へぇ。お前、デュエルを知ってるのか」
『そう……私はデュエリスト。私のターン!』
「オレのターン、ドロー!」
ポーカーフェイスを保ち、遊馬はドローする。
その瞬間、光の剣がリバイス・ドラゴンの身動きを封じた。
「なっ……!」
「魔法カード、『光の護封剣』を発動させてもらったぜ」
ニヤリと遊馬は笑い、ドローしたばかりのカードをシャークに見せる。
「光の護封剣だと……!? だが、3ターン凌いで何になる!」
『ゴゴゴゴーレムを守備表示でセット!』
「ゴゴゴゴーレムを攻撃表示で召喚!」
地割れからゴゴゴゴーレムが現れた。
ゴゴゴゴーレム:レベル4 地属性 岩石族 攻撃力1800
確かに守備表示ならばゴゴゴゴーレムは1回の攻撃に耐えられる。だが遊馬はあえて攻撃表示で召喚する
『攻撃力1800では、奴のモンスターには勝てない』
「分かっている。だが、次のターンリバイス・ドラゴンの攻撃力は3000に上がってしまう。
……手札から『破天荒な風』を発動! 攻撃表示のモンスター1体の攻撃力を、次の自分ターンまで1000ポイントアップさせる!」
ゴゴゴゴーレム:1800→2800
「遊馬、チャンスよ!」
「ゴゴゴゴーレム! リバイス・ドラゴンを攻撃!」
シャーク:4000→3700
だというのに、リバイス・ドラゴンはフィールドに残っている。
「なっ……!?」
「ライフは削れたのに……どうして倒せないの!?」
小鳥が鉄男に掴みかかる。
「おおっと、言ってなかったな。ナンバーズはナンバーズでなければ倒せない」
「なっ……!」
遊馬はナンバーズどころかエクシーズモンスターさえ持っていないというのに。
これではリバイス・ドラゴンを倒せない。
「……ターン終了だ」
これで倒せなかったのは大きい。
「オレのターン!」
シャークの表情に苛立ちが走る。
「リバイス・ドラゴンの効果発動! オーバーレイユニットをひとつ墓地に使い、攻撃力を500アップ!」
リバイス・ドラゴン:攻撃力2500→3000
『……思い出した。ナンバーズとは、私の記憶のピース! ナンバーズとはモンスターエクシーズの中でも特別なカード。この世界のカードでは倒すことが出来ない。そして、ナンバーズ同士でのデュエルでは、勝者は敗者のナンバーズを吸収する』
「……もしかして、この勝負に負ければお前が消えるということか?」
遊馬はナンバーズを持っていない。
この場合ナンバーズに該当するのがアストラルだとしたら……。
『そういうことだ』
「……なら、尚更勝たなくちゃな」
「……いい加減諦めるんだな! 光の護封剣の効果も、あと2ターンだ!」
遊馬の前には攻撃力3000のモンスターが。
思わず『あの時』のことを思い出し、笑みを浮かべる。
あの時も、攻撃力3000のモンスターが立ち塞がった。
それでも勝てたのは仲間の存在がいたのと……
「何がおかしい!?」
「教えてやるぜ……真のデュエリストは、どんな逆境にあっても絶対に諦めないのさ!」
その仲間に諦めないということを教えられたから。
そして遊馬のデッキには、まだ逆転の手は残されている。
「諦めない……その言葉を聞くとイラッとするぜ」
シャークの目の揺らぎが強くなる。
ゴゴゴゴーレム:攻撃力2800→1800
「オレのターン!」
引いたカードを見て、遊馬は目を細めた。
どうやら心配性は治らないらしい。
『条件は揃っている』
遊馬のフィールドには守備表示のビッグ・シールド・ガードナーとゴゴゴゴーレムが。
『ビッグ・シールド・ガードナーとゴゴゴゴーレムをオーバーレイだ』
オーバーレイ。その単語が意味するところは。
「まさか……エクシーズ召喚!?」
『エクストラデッキを見ろ』
そう言われ、遊馬はすぐにエクストラデッキを確認する。
そこには今まで見たことのないカードが。
「これは……!」
しかしテキストが読めない。
ヒエラティック・テキストでもないようだ。
『No.39 希望皇ホープ。キミに与えられた力だ』
あの扉でのことを思い出す。
これが与えられた『力』だというのなら、代償として失うものは……?
だが今はデュエルに集中するべき。
「分かったぜ……。ビッグ・シールド・ガードナーとゴゴゴゴーレムをオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
「『現れろ、No.39 希望皇ホープ!』」
遊馬とアストラルの声が重なる。
39の文字と共に希望皇ホープが姿を現した。
希望皇ホープ:ランク4 光属性 戦士族 攻撃力2500
「ナンバーズ、だと……!?」
シャークが茫然として希望皇ホープを見上げる。
『これが、唯一リバイス・ドラゴンを倒せる切り札……希望皇・ホープ』
「またナンバーズが!?」
「希望皇、ホープ……? 遊馬……あんなカード持ってたんだ……」
だが驚いているのはシャークだけではない。小鳥と鉄男もだ。
「リバースカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「……ナンバーズを呼ぼうと、お前は敵じゃない! オレのターン!」
すぐに立ち直ったシャークがドローをする。
確かに、希望皇ホープの攻撃力は2500。これではリバイス・ドラゴンを倒せない。
「オレは手札から『浮上』を発動! このカードは、墓地の水属性モンスターを守備表示で特殊召喚する! 甦れ、ビッグ・ジョーズ!」
どうやら光の護封剣を消すカードはドローできなかったらしい。舌打ちをして、シャークは魔法カードを発動させた。
ビッグ・ジョーズ:守備力300
「さらに、オレはビッグ・ジョーズをリリースして、ジョーズマンをアドバンス召喚!」
ジョーズマン:レベル6 水属性 獣戦士族 攻撃力2600
「このカードの攻撃力は、自分フィールドにあるこのカード以外の水属性モンスター1体につき、300ポイントアップ!」
シャークのフィールドには水属性であるリバイス・ドラゴンがいる。
ジョーズマン:2600→2900
「残り1ターン……いい加減諦めろ!」
「……お前こそ、どうしてそう諦めさせたいんだ?」
どうして何度も遊馬に「諦めろ」と言うのか。
「シャーク……その言葉、まるで自分に言ってるようだぜ」
「っ……!?」
シャークが遊馬を睨む。
どうやら図星らしい。
「オレのターン、ドロー!」
ドローしたカードを見て、遊馬は笑みを浮かべる。
『……勝利のピースが揃った』
アストラルも、ドローしたカードの意味を理解した。
「オレは、手札からマジックカード『古のルール』を発動する!」
古のルール。手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚するカードだ。
遊馬が召喚するのはもちろん……
「来い、我が最強の僕! 『ブラックマジシャン』!」
遊馬が「遊馬」と呼ばれる以前から付き従ってくれている僕がフィールドに現れ、ホープと並ぶ。
ブラック・マジシャン:レベル7 闇属性 魔法使い族 攻撃力2500
「馬鹿か! ジョーズマンの攻撃力は2900! 攻撃力が足りないぜ!」
もちろんそれくらい遊馬だって分かっている。
「バトルだ! 希望皇ホープ、リバイス・ドラゴンに攻撃しろ!」
「どうして!?」
「何で攻撃力の低いホープで!?」
希望皇ホープの攻撃力は2500。リバイス・ドラゴンには届かない。
だが、遊馬には伏せているカードがある。
「リバースカードオープン! 『ブラック・スパイラル・フォース』! このカードは自分フィールド上にブラック・マジシャンが存在するとき、自分フィールド上に存在するモンスター1体の攻撃力を倍にする! オレが選択するのは……希望皇ホープ!」
「何だと!?」
この攻撃が通れば、リバイス・ドラゴンは倒されてしまう。
希望皇ホープ:2500→5000
だが。
「オレの伏せカードをまったく警戒しないとはな。罠発動!」
『ポセイドン・ウェーブ』
相手モンスターの攻撃を無効とし、自分フィールド上に存在する水属性モンスター1体につき800ポイントのダメージを与えるカードだ。
それはシャークが最初のターンに伏せていたカード。
ホープの握る剣が霧散した。
「これでオレにダメージを与えられない! トラップが無駄になったな!」
「それはどうかな?」
それも、計算通り。
だから遊馬は勝利を確信した。
「あんたが攻撃を無効化するカードを伏せていたことくらい、読んでいたさ! オレは、手札から速攻魔法『ダブル・アップ・チャンス』を発動するぜ!」
「速攻魔法だと!?」
ダブル・アップ・チャンス
モンスターの攻撃が無効になったとき、攻撃力を2倍にしてもう1度攻撃できる速攻魔法。
つまり……。
希望皇ホープ:5000→10000
「攻撃力、10000だと……!?」
「『行け、希望皇ホープ! リバイス・ドラゴンに攻撃!』」
遊馬とアストラルの声が重なる。
「『ホープ剣・スラッシュ!』」
「うわあああああ!」
シャーク:3700→0
「遊馬が……」
「勝った……?」
鉄男と小鳥は顔を見合わせ……抱き合った。
だが反対に、
「あんな奴に負けるようじゃ……」
「落ちぶれたぜ、シャーク!」
シャークの取り巻き2人が逃げ去っていった。
シャークが差し出したのは鉄男のデッキ。
「約束だ」
「確かに、返してもらうぜ」
「九十九遊馬……覚えておくぜ」
シャークが背中を向ける。
「シャーク……また、やろうぜ」
何故か自然と、そんな言葉が口を出た。
シャークの返事はなかったが……いつかまた、シャークとデュエルする予感を遊馬は覚えていた。
----------------------------------------------------------------
遊戯王から遊馬へ転生モノです。
遊馬の中の人があの人……ということなのです。
もちろんただのネタです。
何しろデュエルの組み立てが難しくて……。ほぼアニメ沿いでしか書けません。
カードの効果も何度も確認しながら書いていますが、間違っていたらご容赦を。
それでは、失礼しました。