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FC 第二節「消えたエヴァンゲリオン」
第二十二話 銀髪の少年と黒のオーブメント
<ボースの街 遊撃士協会>

リシャール大佐の指揮する王国軍情報部が空賊のアジトを突き止め、事件を解決した事はあっと言う間に街中に広まって行った。

「はぁっ、これじゃあリシャール大佐達だけで事件を解決したように思われるじゃない」

街で配られたリベール通信の号外を見てアスカは面白くなさそうな顔でため息をもらした。

「でも、事実そうじゃないか」
「僕達が空賊に捕まってしまった事が報道されないだけナイアルさん達に感謝しないと」
「う、それはそうかもしれないけどさ」

ヨシュアとシンジの言葉を聞いて、アスカは気まずそうな顔になった。

「あたし達は縁の下の力持ちで良いってシェラ姉も言っていたじゃない」
「ふぉっ、ふぉっ、その通りじゃよ」

笑顔でエステルが言った言葉に、ルグラン老人は同意して微笑んだ。

「よしっ、気分を切り替えて依頼をこなしましょう!」
「そうじゃ、失敗した分はこれから取り返せばええんじゃ」

アスカの言葉にルグランはうなずいて、エステル達に遊撃士協会へと入っている依頼の内容を見せた。
空賊事件に関わっている間に他の依頼は保留していたので、依頼が溜まってしまっているようだった。

「うわぁ、休む暇が無さそうだね」

シンジがウンザリとした顔でぼやくと、アスカは首を静かに横に振る。

「忙しい方がいいわ。……だってパパの事を考えずに済むじゃない」
「アスカ……」

アスカの言葉を聞いたシンジは悲しそうな表情になった。
ルグランは依頼が書かれているファイルのうちの1つを取り出すと、エステル達に見せる。

「お前さん達、急いでこの依頼をこなしてくれんか?」

そこには指輪の調査依頼が書かれていた。
依頼人は強盗に遭った南市街の住民で、押し入った空賊に結婚指輪を奪われてしまったのだと言う。
リシャール大佐の部隊により、空賊達は逮捕されたのだが、取り調べで空賊はアジトを移すのが急な話だったので、その時に忘れて来てしまったと話していた。
その婚約指輪はガラス製だったので、空賊も適当に管理をしていたらしい。

「ひどい、その人にとっては大切な思い出の品なのに!」

ルグランから話を聞いたアスカは憤慨した。

「アガットに引き受けてもらおうと思ったのじゃが、手配魔獣も多くてのう。調べる範囲も広い事じゃし、4人で行って来てもらえんか?」
「ええ、もちろんよ!」

強くうなずいて快諾するアスカに、エステル達も賛成した。

「空賊の居た砦まではそれなりに遠い道のりじゃ、それに人気が無くなる事で魔獣が住みついてしまっている可能性もあるから、気を付けるんじゃよ」

ルグランに見送られて、エステル達は霧降り峡谷の奥にある空賊がアジトにしていた砦へと向かうのだった。



<ボース地方 霧降り峡谷 空賊砦>

霧降り峡谷に住む山男ウェムラーの案内でエステル達は苦労する事無く空賊砦の入口までたどり着いた。
エステル達がお礼を言うと、ウェムラーは遊撃士にはいつも世話になっているからと笑顔で山小屋へと帰って行った。
ウェムラーは遠路はるばる来たエステル達を歓迎し、自分の鍋料理を振る舞おうとしたが、アスカとシンジは危険を感じ取り、頑なに断った。

「せっかくなんだから、ご馳走になれば良かったのに」

朝から歩き通しだったエステルは不服そうに口をとがらせた。

「あの鍋はミサトカレーと同じ匂いがしたわね」
「うん、食べていたらきっとただでは済まなかったよ」

アスカの言葉に、シンジは深刻な顔をして強くうなずいた。

「ミサトカレーって何?」
「えっと、それは……」

エステルに突然尋ねられて、シンジは言葉に詰まった。
分かるように説明するには、シンジとアスカの保護者であった葛城ミサトの事を話さなければならない。
シンジとアスカとミサトは、以前は葛城家として家族になろうとしていた。
だが、家族としての関係は長く続かずに終わりを迎えた。
使徒に飲み込まれそうになっているアスカを見捨てるミサトの冷徹な判断に裏切られた気持ちは強かった。
あの時のアスカとシンジは14歳の子供、ミサトは29歳の未熟な大人だったのだ。
シンジもアスカも、カシウスやエステル、ヨシュアと言うブライト家の暖かい家族に触れて、ミサトを恨む気持ちは薄れていた。
しかし、まだミサトを赦して良き保護者として他人に話すのには抵抗を感じていた。

「あたし達の保護者をしてくれた、ミサトがね……」
「話したくないなら、無理しなくて良いよ」

アスカが重い口を開こうとすると、エステルは辛そうな顔をして首を横に振った。
シンジはアスカの瞳もエステルと同じように悲しそうな光を放っている事に気が付いた。
きっと自分も同じような目でアスカを見つめているのだろうと、シンジは思った。

「あたし達はこれからずっと一緒だもん、慌てなくてもきっと話せる時が来るよ」

エステルが笑顔になってそう言うと、アスカも嬉しそうに泣き笑いのような顔になり、エステルを抱き締める。

「エステル、アンタ良い事言うじゃない!」

すっかり明るい表情に戻ったアスカに、シンジとヨシュアは顔を見合わせて安心して息をついた。
気分が落ち着いたエステル達は捜索を開始する。
エステル達が捕まって居た時は壁に掛けられた松明たいまつの光で明るかった通路も、もぬけの殻となった今では真っ暗だ。
ランプを持ったヨシュアを先頭にゆっくりと魔獣の姿を警戒しながら進んで行く。
しかし、行けども魔獣の姿は1匹も見かけなかった。

「静かすぎる……」
「そうね……」

ヨシュアとアスカは厳しい表情に変わってうなずき合った。

「どうしたの?」
「別に魔獣が居ないからって気にすること無いじゃない」

シンジとエステルは何も気が付いて居ないのか、ポカンとした顔でヨシュアとアスカに尋ねた。
その2人の表情を見たヨシュアとアスカはあきれたようにため息をつく。

「この砦は魔獣達が住処にするのに適した場所だよ」
「何の問題も無ければ魔獣の巣になっていてもおかしくないはずよ」

ヨシュアの言葉に、アスカも同意してうなずいた。

「魔獣が1匹も居ないのは魔獣がここから逃げ出して近寄れないって事なのさ、どうしてか解るかい?」
「うーん」

ヨシュアに質問されて、エステルは首をひねって考え込んだ。

「それは、魔獣達が恐れて逃げ出してしまうほどの危険な”何か”がここに居るって事よ」
「えっ!?」

アスカが低い声で言い放つと、シンジは青い顔になった。

「すぐに引き返した方がいいのかもしれない」
「うん、僕もそう思う」

ヨシュアの提案に、シンジもうなずいた。
しかし、アスカとエステルは不満そうな顔になる。

「まだ指輪を探し始めたばかりじゃない!」
「そうだよ、少しぐらい平気だよ」

だが、ヨシュアはエステルの肩をつかむと、真剣な眼差しで訴えかける。

「僕は、君達を守りきる自信が無いんだ」
「ヨシュア……」

ヨシュアの尋常ではない雰囲気に、アスカもすぐに引き揚げる事を了承した。
エステル達が足早に引き返そうとすると、別の通路から走って来た人影と遭遇する。

「きゃあああっ!」

アスカが悲鳴を上げてシンジに飛びついた。
しかし、エステルから発せられた言葉は意外な物だった。

「アガットさん?」

エステルの言葉を聞いたアスカはシンジから体を離してほっと胸をなで下ろす。

「んもう、驚かせないでよ」
「お前が勝手に騒いでるだけじゃないか」

アガットは少しあきれた顔でアスカを見つめた。

「どうして、こちらに?」
「魔獣退治が終わったから見回りに来ただけだ」

ヨシュアの質問に、アガットは不自然に怒った表情を作って答えた。

「こんな人が近寄らない場所を見回り?」
「そうだ、別にお前らを手助けに来たんじゃないんだからな!」

アスカがニヤケ顔で尋ねると、アガットは顔を背けたまま言い放った。
その姿にエステル達から笑いが起こったがヨシュアは緊迫した雰囲気を緩めずにアガットに尋ねる。

「アガットさん、この砦の静かすぎる雰囲気は妙だとは思いませんか?」
「ああ、俺もそう思って調べた。こっちの部屋へ来い、見せたいものがある」

アガットはそう言って自分がやって来た奥の通路の方の部屋にエステル達を手招きした。
エステル達が部屋に足を踏み入れると、そこは数匹の魔獣の死骸があった。
だがそれよりもエステル達の目を引いたのは、壁に刻まれた多数の真新しい傷だった。
魔獣の爪の引っかき傷では説明が出来ない、剣で切りつけたような深い跡が付いている。

「俺の剣でも石壁にこれほど鋭い傷を付ける事はできねえ」

アガットは少し悔しそうにうめいた。

「これが魔獣達をこの砦から追い出した原因なの?」
「ああ、多分な」

アスカの質問にアガットはうなずいた。
ヨシュアは付けられた傷跡に指を滑られてつぶやく。

「こんな切れ味が鋭くて、強度の強い剣なんてなかなか無いよ」
「鉄製なら相当重量が無いと無理ね」

武器屋でアルバイトをしていたヨシュアの意見に、アスカも同調して付け加えた。

「アガットさんは部屋をこんなに荒らした人の姿を見たんですか?」
「銀の髪をした怪しい人影がこの部屋に入って行くのを見た」

ヨシュアの質問にアガットがそう答えると、ヨシュアは眼光を鋭くして再び尋ねる。

「その人影はどんな服装をしていたんですか?」
「後ろ姿だけだったが、お前らと同じぐらいの背丈だったな」

アガットからその言葉を聞くと、ヨシュアは安心したような残念なような表情を浮かべた。
シンジとアスカはヨシュアの表情が目まぐるしく変わるわけが解らず困惑した。

「それだけしか判らなかったの?」
「ああ、そいつの姿を追いかけてこの部屋に入った時には姿が消えていたからな」
「そ、それって幽霊?」

アガットの答えを聞いたエステルは怯えてヨシュアの腕に抱きついた。

「もう、だらしが無いわね」
「あたしは幽霊とか、居るんだか居ないんだかはっきりしないのは苦手なのよ!」

あきれた顔でため息をついたアスカに、エステルは顔を赤くして反論した。

「でも、そいつは手には何も武器を持って居なかったぜ」
「それじゃあ、どうやってこんな斬り傷を付けられるのよ!」
「俺に怒ったって仕方無えだろう」

怒鳴ったアスカに手を焼いた感じで、アガットはアスカにそう言った。

「この部屋に傷を付けたのとは別の人じゃないのかな?」
「うん、タイミング的にもそう思えるよね」

シンジの意見に、ヨシュアもうなずいた。

「じゃ、じゃあやっぱりアガットさんがさっき見たって言う銀髪の人影は幽霊……?」
「ちょっとエステル、いつまでヨシュアにしがみついているのよ」
「あ、あはは……」

アスカに指摘されて、エステルはごまかし笑いを浮かべてヨシュアの腕から手を離した。
とりあえず、脅威を感じる存在は去ったと考えたエステル達はアガットの協力も得ながら依頼である指輪探しを再開する事にした。
アガットはウンザリとした顔でため息をつく。

「俺も目ぼしい場所は探したんだがな、見つけたのは壊れた掃除機の中に入っていた黒いノートだけだ」
「でも、見落としがあるかもしれないし、僕達でも探してみようよ」

シンジはアスカを励ますために言ったのだが、シンジの空気の読めない鈍感レベルはかなりのものだった。
そのシンジの言葉を聞いたアガットは顔を引きつらせる。

「それは、俺の調査がまだ信用ならないって言いたいのか?」
「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ」

アガットがにらみつけると、シンジは震え上がって謝った。
エステルがその雰囲気を取りなして、エステル達は砦の部屋の中をまた調べ直す事にした。
しばらく探索を続けた後、エステル達は廊下の角に落ちていた指輪を見つけた。

「これで依頼した人も喜んでくれるわよね」
「うん、きっとそうだね」

アスカが目を輝かせて喜ぶと、シンジは穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。
途中であきらめずに探索を続けたかいもあったと言う物だ。

「さあ、早く街に帰ってお昼ご飯を食べよ!」

エステルは大声でそう言って、ヨシュアを少しだけあきれさせていた。
目的の指輪を見つけたエステル達が帰ろうとすると、静かな砦の中にエステル達以外の足音が響いている事に気が付いた。

「やっぱり、あたし達以外に誰かが居るのかな?」
「上の階の方から聞こえて来ている」

エステルが尋ねると、ヨシュアはうなずいた。

「……行くぞ」

アガットの提案に、エステル達全員が賛成して首を縦に振った。
エステル達は足音を殺して駆け足で階段を登って行く。
謎の足音の主は、エステル達を誘うようにさらに上へと登っているようだった。
そして、階段を登り終ったエステル達は終点の飛行艇の発着場へとたどり着いた。
砦がある洞くつの斜面に大きく開いた穴から陽の光が差し込んで来る。
飛行艇の発着場の先端には銀髪の少年が静かに待ち受けていた。
銀髪の少年は街の中にでも居るような軽装だった。

「……やっと会えたね」

銀髪の少年は階段から登って来たエステル達に向かって穏やかに微笑んだ。

「えっ、誰かの知り合い?」

突然馴れ馴れしく声を掛けられたエステルは、他のメンバーに尋ねるが、アスカ達はみな困惑した顔をして首を横に振った。

「俺が少し前に見かけた人影は多分あいつだ」

アガットがそう断言すると、アスカ達に緊張が走る。

「アンタ、こんな所で何をしているのよ?」

アスカの問い掛けに銀髪の少年は黙って微笑み、何も答えなかった。
そして後ろを振り向くと身をひるがえして姿を消した。

「飛び降りた!?」
「マジかよ!?」

それを目の当たりにしたシンジとアガットが思わず悲鳴を上げた。
エステル達は急いで銀髪の少年が飛び降りた場所へと駆けつけて見下ろした。
しかし、その先は切り立った崖になっていて、落ちたらとても助からないと思われた。

「本当に幽霊だったの……?」

エステルは青い顔をしてへたり込んだ。
アスカは銀髪の少年が立って居た場所に、何かが落ちているのに気が付いてひろい上げる。

「何か真っ黒な機械みたいだけど……」
「オーブメントのようだね」

手のひらサイズに収まる黒い反球体の物体を見て、アスカとヨシュアは首をかしげた。

「まあいいんじゃん、持って帰ってルグランさんに見てもらおうよ」

エステルはアスカから謎の黒いオーブメントをひったくると、腰に付けたポシェットの中へと放り込んだ。
そして砦から出るエステル達の姿を霧の中から見つめる2人の人影があった。
先ほどの銀髪の少年と琥珀の塔に居た水色の髪の少女。
水色の少女は銀髪の少年に抱きかかえられて、エステル達の頭上遥か高くの空中へと浮遊していた。
2人は無言でエステル達の姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
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