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大震災と原発事故に直撃された日本経済だが、景気の先行きには幸い、明るさが広がっているようだ。日銀短観の6月調査で、企業が抱く足元の景況感は3月に比べて落ち込んだ。部品の[記事全文]
これからの時代の捜査や裁判はいかにあるべきか。政府の法制審議会にそんなテーマについて話し合う特別部会が設けられた。各界から委員を集め、多角的・重層的な議論をめざす。対立[記事全文]
大震災と原発事故に直撃された日本経済だが、景気の先行きには幸い、明るさが広がっているようだ。
日銀短観の6月調査で、企業が抱く足元の景況感は3月に比べて落ち込んだ。部品の供給網を寸断された自動車や電機などで大幅に悪化したためだ。
しかし、3カ月後の見通しでは、持ち直すとの見方が強い。企業現場の必死の努力で、生産や物流は完全復旧ペースを速めている。消費の自粛ムードも1カ月余りで峠を越えた。
電力不足への対応も冷静さを取り戻している。節電に伴う消費者のライフスタイルの変化は新しいビジネスを生む。そんな前向きの発想で動き出す企業が多いのも心強い。
ただ、世界を見渡せば、政府債務の膨張とインフレの加速により、不透明感が増している。
米国では、「QE2」と呼ばれた超金融緩和策が8カ月の期限通り、6月で打ち切られた。エネルギーの高騰や、製造業の部品調達などで日本の震災の影響も受け、経済がふらつき始めている。議会では財政再建をめぐって与野党の対立が続いており、新たな財政政策を打つのは困難な情勢だ。
新興国が抱える最大の問題はインフレだ。中国では、度重なる利上げでもはかばかしい効果が出ず、暴動などの社会不安も頻発している。
国際エネルギー機関(IEA)が備蓄原油を放出するなど、商品・エネルギー相場の沈静化も試みられている。インフレの主因は主要国の超金融緩和政策であることから、国際決済銀行(BIS)は世界的な金融引き締めを求めた。
金利が上がれば大きな借金を抱える政府も苦しくなる。このジレンマの縮図が欧州だ。
国家の危機に直面するギリシャでは、追加支援を受ける条件である緊縮財政法が辛くも成立したが、一時しのぎとの見方が強い。債務の減免などをいつ行い、打撃を受ける民間銀行をどう支えるのか。欧州は遠からず決断を迫られそうだが、減免が現実になれば、他の巨額赤字国にも不安が広がる。
日本もひとごとではない。特例公債法案を政争の駆け引きに使ったり、復興策の遅れで景気が腰折れしたりすることは、世界経済にとってもマイナスだ。
他の主要国とは違い金融緩和がまだ必要だが、潤沢な資金を空回りさせず、省エネや新エネなど新たな成長産業の拡大に生かす。回復軌道への歩みを確実にすることが、震災で支援してくれた世界への責任でもある。
これからの時代の捜査や裁判はいかにあるべきか。政府の法制審議会にそんなテーマについて話し合う特別部会が設けられた。各界から委員を集め、多角的・重層的な議論をめざす。
対立と停滞――。刑事司法改革の歴史はこの一語に集約できる。矛盾や限界があらわになっても捜査、弁護、裁判所の考えの違いから、長い間、大きな見直しはなされてこなかった。
裁判員制度の導入により、専門家が独占してきた世界に風穴が開いた。変化の兆しは見られるものの課題は山積している。部会をその名のとおり「新時代の刑事司法」を切り開く場にしなければならない。
直接のきっかけは大阪地検特捜部の不祥事だった。事件を通じて、取り調べの様子を録画してチェックできるようにすることや、証拠を適切に管理し、弁護側に示すことの重要性が改めて浮き彫りになった。
だが、それらの手当てをすれば事足れりという話ではない。
客観的な証拠や証言を集める仕組みが十分でないまま、容疑者の追及とその供述調書に依存する捜査・公判が続いてきた。そのつけが捜査機関の劣化と重大な人権侵害になってあらわれているとすれば、手をこまぬいているわけにはいかない。
例えば欧米には、罪に問わないことを条件に捜査への協力を求める司法取引や、おとり捜査を認めている国が多い。黙秘すると不利な推定を受けてもやむを得ないとするところもある。これらをどう評価するか。
法律家だけで判断していい話ではない。人々の法意識や正義感にかかわる問題であり、まさに国民的な議論が必要だ。
部会は、戦後60年余をかけて築いてきた人権尊重や適正手続きの理念をしっかり引き継ぎつつ、従来の常識やタブーにとらわれることなく、広い視野から検討を進めてもらいたい。
メディアや社会のありようが問われる場面もあるだろう。
私たちは、犯行の動機を含め真相の徹底解明を捜査・公判に期待してきた。もちろんそれは刑事司法の大切な使命だ。しかしそこで明らかになるのは、一定のルールに基づき、検察、弁護双方が提出した証拠から認定できる事実であって、それ以上のものではない。そんな冷静さをもつことも必要だろう。
過剰な期待は、無理な捜査やゆがんだ裁判を生み、社会に混乱と不信を招きかねない。
刑事司法に何を求めるか。目に見える制度や手続きだけでなく、その根底にある考えについても意見を交わしていきたい。