その血しぶきが『死』合の合図となったのか。
「どけっ!どけっ!どけよテメぇ!俺の道塞ぐんじゃねぇよっ!」
初まりにして始まりにあらず。
相手がいかほどであろうと決してその背を見せようともせず。
「相も変わらずの狂犬ぶりか。少しは学ぶことも覚えたかと思えば」
自らが散ろうとも決してその生涯に悔いは残さず。
ただあるがままに敵に食らいつき、芯に残る人の性を決して忘れることなく男は静かに狂う。
「こうも躾にたてつかれてはかなわん。早うに眠らせてやろう。お前に時間を使うほど暇でもないのでな」
「邪魔だってんだっ!どけよテメぇ!」
男にとって進む道は一つ。
なれど安易に通ることまかり通らぬは誰の目にも明らか。
されど進む。
他に道無し。
男が決めた道を阻む者すべて邪魔。他に道を知らぬが故に斬ることでしか通ることかなわぬ。
「少しは人に目覚めぬか。いつまで夢を見ておる。お前が好む時代はもう終わりぞ。適応に苦しむは猿だけではないか」
「うるせぇっ!」
刃が奔る。
その速さ疾風の如し。その威力、地獄の鬼の首をも斬り落とす。
「芸が無い」
男はただ左手をはらっただけ。ただそれだけで男の剣を簡単に受け止める。
無いはずのものを創り出す。それこそが『魔法』の真骨頂。今の時代において魔法を知らぬは戦う術を知らぬ赤子も同然。
「邪魔だっ!邪魔だっ!邪魔だってんだよテメェっ!」
「弱い者ほどよく吠えるとはよく言ったものだ。人に成れと言うはお前には無理があったか。まずは猿から出直して参れこの虚け」
赤子の首を落とそうと腕が上がる。
「どけぇぇっ!!」
咆哮が勝る。決して崩れることはないと信じていた『魔法』を剣が打ち壊す。
守るものが無くなった今、主を斬るは必然。翻り、首を狙うその剣はしかし、またしても『魔法』によって阻まれる。
「遊びが過ぎます。その男は危険です。現に『障壁』を腕力だけで断ち斬った」
「……世は広しと言えど、ここまでの阿呆はそうもおるまい。お前は生まれてくる時を違えたようだな」
「どけっ!どけっっ!どけってんだテメェ!」
男の猛りは悲痛な叫びでもあった。
剣を交える前から知れていた結果。わざわざ目で確認することなどないと分かってはいても足を運ぶのは、きっと男の猛りを刻むため。
世が違えたわけでもなければ男が違えたわけでもない。流れに反するは力に反するに同じ。
ただ道を通りたいだけであるのに。
それが他の何より困難であることを、男は知っているはずなのに。
されど吠える。
例え哀れと人に云われても、例え道化と罵られても。
「邪魔なんだよっ!なぁテメェ邪魔なんだっ!いつまで俺の前にいやがるっ!どけっ!どけっ!どけってんだよテメェっ!!」
血しぶきを上げながら。
男は吠える。
時代を越えてその声が聞こえるなら、男にも救いは残されていたやもしれぬのに。
「しばし眠るがいい。目が開いた時、お前が人であったらと願おうぞ」
咆哮も、猛りも闇に呑まれ。
男はまた、いくばくかの夢を見る。
序幕 『魔法』と刀
「……っ!」
「あら、お目覚め?」
肩口に激痛が走る。燃えるような痛みが体中を包んでいる。クソッ、また俺が死んだのか。
「今回は随分派手に暴れたのね。相当キレてたわよ、アナタ」
「……別に」
「まるで別人ね。戦う場ともなれば人が変わるんだから。ジキルとハイドを生で見てるようだわ」
「……俺の刀は」
女は両腕を上げて首を振った後で壁を指差した。
男は立てかけられていた刀を手に取り、慣れた手つきで腰に結うとそのままベットに倒れこんだ。
「お呼びがかかってるわよ。傷を治して個室まで来いって。人間かどうか確かめてからにしろって言われたんだけど。どう?」
「どうも何も。俺が人間じゃないならアンタ何なんだよ」
「失礼ね。私を疑うなら人間なんてこの世にいやしないわよ」
ぼんやりと白張りの天井を見上げていると、闘技場でのあの忌々しい顔が浮かんでくる。
また『魔法』に遅れをとった。あんな腑抜けに俺は勝つことができないのか。
「いい加減に観念したら?張り合ったっていいことないでしょ。あの人が目をつけるぐらいなんだから素質はあるんだろうし」
「素質?『魔法』のか」
「他に何があんのよ」
「……死んだほうがマシだ。そんなもんいらねぇ」
燃えるような熱さはまだ傷が熱を持っているからだろう。ドクドクと血潮が体中を巡っているのを感じる。
この猛りを相手にブツけることこそが闘いと呼べるものだ。それを、魔法などというものに置き換えるのはあんまりじゃないか。
「……邪魔だな、アイツ」
「はいはい、起きたんならレイナのとこで傷治してもらいな。アタシはあくまで命を救うことしかできないからね」
「いいよ。ほっとけば治る」
「治んないよ。アンタ死にかけてたこと分かってんのっ?私がいなきゃアンタ絶対死んでたね。そもそも何回死ねば気が済むわけ?」
くだらない、つまらない。
『魔法』に包まれたこの世界に、どうして俺は生まれてきたのだろう。
アイツの言うことを認めるのは気に食わないが、どうしてもその一点だけは共感できる。
俺は生まれてくる時代を間違えた。ここじゃない。俺が立ちたかった場所はこんな場所じゃない。
「目が覚めたのか?」
部屋に入ってきたのはアイツの右腕と呼ばれる女。
相当な『魔法』の使い手らしい。コイツとはまだ殺し合いをしたことがないから実際はどれほどのものかは分からない。
「迷惑をかけるなアンナ。後は私が引き取ろう」
「レイナんとこには行かせなきゃダメよ。完全に治りきってないんだから」
「連れていくよ。死なれては困るからな。おい、行くぞ。さっさと立て」
「うるせぇ。いちいち指図すんな」
この女、どうやら俺という人間を心底嫌っているらしい。アイツの右腕だと評判を立てるぐらいだから思考もアイツに似通っているのだろう。
ツカツカと俺に歩み寄り、何の迷いもなく脇腹を蹴り飛ばす。
「……ッ!」
「言われた通りにしろ。お前の為にわざわざ時間を裂いてやってるんだ。うだうだ言わず動け。ヨシノブ様がお待ちだっ」
「……なら、アイツに言っとけよっ。俺に話があんなら、テメェが来いってよっ」
再び蹴りがくるが、今度は鞘で受け止める。
そう何度も何度も蹴られちゃたまったもんじゃない。
「……邪魔なんだよ、テメェ」
「その様で鞘を抜いて何ができる。万全の状態のお前ですら私に傷一つ負わせられないだろうに」
「やってみなくちゃ分かんねぇだろ。いいぜ、やってやるよ」
「やんなくていい。ここは闘技場じゃないんだから暴れるのは止めて頂戴。シオ、あんたもカッカしすぎ。何イラついてんのよ」
女は俺を睨んだまま何も言わなかったが、アンナが頭を一度ひっぱたくと不服そうに目をそらした。
「何をする」
「言って分かってもらえなさそうだから殴ったの。文句ある?」
「私に非があると言うのか。この猿が私に従わぬのが悪いんだ。私の命はヨシノブ様の命でもあるんだぞ」
「この子にゃ何言っても無駄だよ。そんなの今更だろ?いいからさっさとレイナんとこに連れていって頂戴。アンタも仕事でしょ?」
耐え難い屈辱を受けたかのように女は歯軋り。
俺はそれを見て一言。
「仕事だろ、アイツの為の」
「貴様っ!」
「も~やめなってばぁ!」
ククッ、少しは憂さ晴らしができたな。