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[28400] Swordnly ~ソードンリー~
Name: しんぺー◆a7993d12 ID:7e9a502e
Date: 2011/06/30 00:52
                



                 道を反れぬは己の為

                 道を反れぬは牙を折らぬ為


                 人を斬るのは先が見えぬから、

                 人を斬るのは死ぬるが恐ろしいから











[28400] 序幕 『魔法』と刀
Name: しんぺー◆a7993d12 ID:7e9a502e
Date: 2011/06/17 03:01



その血しぶきが『死』合の合図となったのか。

「どけっ!どけっ!どけよテメぇ!俺の道塞ぐんじゃねぇよっ!」

初まりにして始まりにあらず。
相手がいかほどであろうと決してその背を見せようともせず。

「相も変わらずの狂犬ぶりか。少しは学ぶことも覚えたかと思えば」

自らが散ろうとも決してその生涯に悔いは残さず。
ただあるがままに敵に食らいつき、芯に残る人の性を決して忘れることなく男は静かに狂う。

「こうも躾にたてつかれてはかなわん。早うに眠らせてやろう。お前に時間を使うほど暇でもないのでな」
「邪魔だってんだっ!どけよテメぇ!」

男にとって進む道は一つ。
なれど安易に通ることまかり通らぬは誰の目にも明らか。
されど進む。
他に道無し。
男が決めた道を阻む者すべて邪魔。他に道を知らぬが故に斬ることでしか通ることかなわぬ。

「少しは人に目覚めぬか。いつまで夢を見ておる。お前が好む時代はもう終わりぞ。適応に苦しむは猿だけではないか」
「うるせぇっ!」

刃が奔る。
その速さ疾風の如し。その威力、地獄の鬼の首をも斬り落とす。

「芸が無い」

男はただ左手をはらっただけ。ただそれだけで男の剣を簡単に受け止める。
無いはずのものを創り出す。それこそが『魔法』の真骨頂。今の時代において魔法を知らぬは戦う術を知らぬ赤子も同然。

「邪魔だっ!邪魔だっ!邪魔だってんだよテメェっ!」
「弱い者ほどよく吠えるとはよく言ったものだ。人に成れと言うはお前には無理があったか。まずは猿から出直して参れこの虚け」

赤子の首を落とそうと腕が上がる。

「どけぇぇっ!!」

咆哮が勝る。決して崩れることはないと信じていた『魔法』を剣が打ち壊す。
守るものが無くなった今、主を斬るは必然。翻り、首を狙うその剣はしかし、またしても『魔法』によって阻まれる。

「遊びが過ぎます。その男は危険です。現に『障壁』を腕力だけで断ち斬った」
「……世は広しと言えど、ここまでの阿呆はそうもおるまい。お前は生まれてくる時を違えたようだな」
「どけっ!どけっっ!どけってんだテメェ!」

男の猛りは悲痛な叫びでもあった。
剣を交える前から知れていた結果。わざわざ目で確認することなどないと分かってはいても足を運ぶのは、きっと男の猛りを刻むため。
世が違えたわけでもなければ男が違えたわけでもない。流れに反するは力に反するに同じ。
ただ道を通りたいだけであるのに。
それが他の何より困難であることを、男は知っているはずなのに。
されど吠える。
例え哀れと人に云われても、例え道化と罵られても。

「邪魔なんだよっ!なぁテメェ邪魔なんだっ!いつまで俺の前にいやがるっ!どけっ!どけっ!どけってんだよテメェっ!!」

血しぶきを上げながら。
男は吠える。
時代を越えてその声が聞こえるなら、男にも救いは残されていたやもしれぬのに。

「しばし眠るがいい。目が開いた時、お前が人であったらと願おうぞ」

咆哮も、猛りも闇に呑まれ。
男はまた、いくばくかの夢を見る。









               序幕 『魔法』と刀










「……っ!」
「あら、お目覚め?」

肩口に激痛が走る。燃えるような痛みが体中を包んでいる。クソッ、また俺が死んだのか。

「今回は随分派手に暴れたのね。相当キレてたわよ、アナタ」
「……別に」
「まるで別人ね。戦う場ともなれば人が変わるんだから。ジキルとハイドを生で見てるようだわ」
「……俺の刀は」

女は両腕を上げて首を振った後で壁を指差した。
男は立てかけられていた刀を手に取り、慣れた手つきで腰に結うとそのままベットに倒れこんだ。

「お呼びがかかってるわよ。傷を治して個室まで来いって。人間かどうか確かめてからにしろって言われたんだけど。どう?」
「どうも何も。俺が人間じゃないならアンタ何なんだよ」
「失礼ね。私を疑うなら人間なんてこの世にいやしないわよ」

ぼんやりと白張りの天井を見上げていると、闘技場でのあの忌々しい顔が浮かんでくる。
また『魔法』に遅れをとった。あんな腑抜けに俺は勝つことができないのか。

「いい加減に観念したら?張り合ったっていいことないでしょ。あの人が目をつけるぐらいなんだから素質はあるんだろうし」
「素質?『魔法』のか」
「他に何があんのよ」
「……死んだほうがマシだ。そんなもんいらねぇ」

燃えるような熱さはまだ傷が熱を持っているからだろう。ドクドクと血潮が体中を巡っているのを感じる。
この猛りを相手にブツけることこそが闘いと呼べるものだ。それを、魔法などというものに置き換えるのはあんまりじゃないか。

「……邪魔だな、アイツ」
「はいはい、起きたんならレイナのとこで傷治してもらいな。アタシはあくまで命を救うことしかできないからね」
「いいよ。ほっとけば治る」
「治んないよ。アンタ死にかけてたこと分かってんのっ?私がいなきゃアンタ絶対死んでたね。そもそも何回死ねば気が済むわけ?」

くだらない、つまらない。
『魔法』に包まれたこの世界に、どうして俺は生まれてきたのだろう。
アイツの言うことを認めるのは気に食わないが、どうしてもその一点だけは共感できる。
俺は生まれてくる時代を間違えた。ここじゃない。俺が立ちたかった場所はこんな場所じゃない。

「目が覚めたのか?」

部屋に入ってきたのはアイツの右腕と呼ばれる女。
相当な『魔法』の使い手らしい。コイツとはまだ殺し合いをしたことがないから実際はどれほどのものかは分からない。

「迷惑をかけるなアンナ。後は私が引き取ろう」
「レイナんとこには行かせなきゃダメよ。完全に治りきってないんだから」
「連れていくよ。死なれては困るからな。おい、行くぞ。さっさと立て」
「うるせぇ。いちいち指図すんな」

この女、どうやら俺という人間を心底嫌っているらしい。アイツの右腕だと評判を立てるぐらいだから思考もアイツに似通っているのだろう。
ツカツカと俺に歩み寄り、何の迷いもなく脇腹を蹴り飛ばす。

「……ッ!」
「言われた通りにしろ。お前の為にわざわざ時間を裂いてやってるんだ。うだうだ言わず動け。ヨシノブ様がお待ちだっ」
「……なら、アイツに言っとけよっ。俺に話があんなら、テメェが来いってよっ」

再び蹴りがくるが、今度は鞘で受け止める。
そう何度も何度も蹴られちゃたまったもんじゃない。

「……邪魔なんだよ、テメェ」
「その様で鞘を抜いて何ができる。万全の状態のお前ですら私に傷一つ負わせられないだろうに」
「やってみなくちゃ分かんねぇだろ。いいぜ、やってやるよ」
「やんなくていい。ここは闘技場じゃないんだから暴れるのは止めて頂戴。シオ、あんたもカッカしすぎ。何イラついてんのよ」

女は俺を睨んだまま何も言わなかったが、アンナが頭を一度ひっぱたくと不服そうに目をそらした。

「何をする」
「言って分かってもらえなさそうだから殴ったの。文句ある?」
「私に非があると言うのか。この猿が私に従わぬのが悪いんだ。私の命はヨシノブ様の命でもあるんだぞ」
「この子にゃ何言っても無駄だよ。そんなの今更だろ?いいからさっさとレイナんとこに連れていって頂戴。アンタも仕事でしょ?」

耐え難い屈辱を受けたかのように女は歯軋り。
俺はそれを見て一言。

「仕事だろ、アイツの為の」
「貴様っ!」
「も~やめなってばぁ!」

ククッ、少しは憂さ晴らしができたな。







[28400] 一幕 子離れ
Name: しんぺー◆a7993d12 ID:2bbd43be
Date: 2011/06/19 02:20





「力に固執したところで何を得ることもないわ。貴方は何をそんなに憎んでいるの」
「憎んでなどいない。ただ赦せないだけだ」
「確かに『魔法』に固執した今の世界は間違っているんのかもしれない。けれど回っている歯車を止めるには理由がいるわ」
「……傷はまだ癒えないのか」

誰と話しても二言目には『魔法のことばかり。
いつか溺れると理解していながらそれにすがることしかできないのか。

「クド、聞いているのですか」
「傷が癒えたのならもう用は無い。行ってもいいだろ」
「貴方と言う人は。少しは人の善意にすがってみたらどうなの。宿木なしじゃいつか枯渇してしまうわよ」
「そりゃ俺じゃねぇ。テメェらだ」

遠い昔に見た世界を今でも覚えている。
どこまでも高く、まるで違う世界にいるかのように、上層の奴らは俺たちを見下している。それがただ、気に入らなかった。
上に上るには力がいる。そう、俺がただひたすら固執しているそのルールはこの世を統べる絶対のルールだ。
弱ければ死ぬ。強ければ生き残れる。弱いながらも立ち回れば命を繋ぐことはできる。だがそれは惨めの一言に尽きた。
遠い昔に夢見た世界を今でも覚えている。
手が届かないわけではない。お前はまだその方法を知らぬのだと、酒漬けのあの男が珍しく素面で語ったことがあったのだ。

「……見下しやがって」

いつの間にか治癒院を出て天蓋の下にいた。
そうだ、その呼称ですら俺たちは自らが劣っていることを証明していることに何故気づかない。

『回廊の世界』と言われる所以は俺たちが『ソラ』を知らないことになる。
俺も見たことがない。何でもタイヨウとやらが出ている間に見上げればクモとやらが気ままに浮かび、
ツキとやらが出ている間に見上げれば漆黒の中に散りばめられた宝石を見ることができるのだとか。
『ソラ』は俺たち底辺の者が見ることはできず、『回廊』を上り詰めた先の世界に生きる奴等だけが見ることができるのだという。
『回廊』を上るには自らを高めるしかない。
しかし世襲などという下らんものが残っている現状では、底辺に生きる俺たちは生涯を通して見ることはできないものだと教えられる。
誰もが不条理を受け入れる。その瞬間から、この底辺に未来は無くなった。

「ナメやがって」
「粋がるな。力を持たぬ半端者が」

俺の横腹を蹴り飛ばした女がいつの間にか俺の背後に立っていた。

「そんなに憎いのか。この世界が、『魔法』が」
「うるせぇ。テメェらみてぇな傍観者には死んでも分かんねぇだろうよ」
「あのお方は自らが非力であることを知っている。だからこそお前が赦せないのだ。力が無いなら、それはそれで立ち回る方法がある」
「……邪魔なんだよ、テメェ」

いちいち勘に触る女だ。二度と喋れないようにしてやろうかと刀に手をかけようとした時だった。

「フム、傷は癒えたようだな」
「……テメェ」
「暴れてくれるなよ?同じ手間をまた繰り返すは阿呆のようだろう。お前ならやりかねんがさりとて私の手に余る。ほれ、急がぬか」

クンと指を引いただけで体が地面にヘバりつく。
クソッ、また何かやりやがったな。

「こげな浅はかな魔にかかるとは。いよいよもって私の責任問題ではないか。まぁそれも今の問題に比ぶれば些細なものよ。のぉクド」
「悪ぃな。何の話かまるで思いつかねぇな」
「学院から脱走したと聞いた時は驚きもせなんだが、どこぞの狡い盗賊団が壊滅状態になったと聞かされた時は流石に食の手を止めた」
「あぁ?何だそりゃ」
「聞けば剣を持った一人の男が乗り込んできては根こそぎ首を奪って行ったと言うではないか。……、お前、少し度が過ぎるのではないか」

どうやら隠し通すことはできそうにない。
俺が殺るとどうしても跡が残る。証人などいるはずがない。全て殺した。耳に入ったというのはこの虚けのガセか。

「ヨシノブ様っ」
「良い。お前は先に戻っておれ。少し話をしてから往く」
「っ、しかし」
「良い。手間を取らせたな。下がれ」

不服そうな表情が一変、俺を睨み付けるとそのまま身を翻して路地に消えていった。

「言い逃れはできぬぞ。何せ言人がおるのだ」
「そいつはおかしいな。首は全て獲ったはずだ」
「侮るな。ネクロマンシーの一人や二人、都合がつかぬとでも思うたか」
「……死者に喋らせるか。えげつねぇな」
「お前にだけは言われとうないのぉ。まぁ積もる話もある。始末も含めてゆるりと話そうではないか」










               一幕 子離れ










「どう始末をつける気か。悪事を働こうと全て首を払ってはどちらが悪か分かりはせんではないか」
「悪事も何も関係ねぇ。気に入らねぇから斬っただけだ。クソ狭い場所に閉じ込められてばかりじゃ体が鈍るんでな」
「お前は体を解す度に二十の首を獲らねばならぬのか。難儀な体を持ったものだ」

個室に放り込まれた俺は身動きができないままソファーに転がされた。
アイツはそのままいつものイスに座ると深くため息をついた。

「やるならやるで一声掛けぃ。事後処理は疲れる」
「テメェに言うぐらいならやんねぇよ」
「ほんに難儀な性格じゃの。オキツグの事がなければお前と関わることもなかったのだが」
「文句ならあの呑んだくれに言うんだな。俺もアイツの言葉がなけりゃテメェの下につくこともなかったんだからな」

人前では絶対に見せないだろう姿勢、背もたれに背を預け、しばらく無言のままで天井を見つめていた。
互いに言葉を発することなく、ただ無駄に時間が流れていくことに苛立ちを感じ始めた頃、アイツが口を開いた。

「子に会うたよ」
「あ?」
「お前を罰するなと泣きながらに喚く子でな。まだ若そうな母親も一緒になって頭を下げとった」

……余計な真似はすんなって釘を刺しておいたのに。

「お前を下に置くのは一重に恐ろしいからだ。お前の力はワシらにとっては赤子のものでも、そうでない者にはただひたすら脅威的だ」
「安心しろよ。無害な人間の首は獲らねぇよ」
「わかっとるだけに恐ろしいんじゃ。『魔法』も満足に使えぬ輩がノサバルことなど世の定めだからのう」
「分かってんならテメェもそうすりゃいいだろ。俺を放してさっさと上に行けばいい」

こいつが『回廊』をわたる権利を持っていることは知っていた。
世間一般では善人で通っているらしく、俺が足を引っ張っている為に上に上れないのだと嘆く声が家臣から上がっている。


「上、か……。クド、お前上に行きたいか」
「あ?」

何故今更そんなことを聞くのか。真意を問いただそうとしたところに、

「大変ですヨシノブ様っ!サークルの一角が落ちましたっ」
「……おちおち話をすることもできんな。どこが落ちた。まぁ聞かんでも分かるのだが」
「イリヤ様ですっ。最近は落ち着いていたということで注意をはらっていなかったところを踏み込まれたようでっ。救援の要請が来ています」
「落ち着いている時こそ注意を払うべきではないのか。若造が座るには荷が重かったか。どれ、お前行ってみるかク……」

言葉が最後まで紡がれることはなく、いつの間にかもぬけの殻となったソファー。

「せめて命を聞いてから行けば良いものを」
「任せてよろしいのですか?敵は宗教の一派だということですが」
「構わぬ。最近は平和だったろう?あの虚けにはそれが苦痛にしかならなかったのだろう。手もかからぬし一石二鳥。何、死にはすまい」
「兵はいかほどに?」

その問いにはさも当然のように、

「要らぬ。兵は送れば帰って来ぬかもしれぬしな。噂に聞けばイリヤ殿は大層できるツワモノを従えているそうではないか」
「……」
「心配せずとも良い。こちらに痛手は無い。相手が死ぬだけよ」


『回廊』がどこまで続いているのかは誰も知らない。
少なくとも生きている内にその事実を掴める人間はほんの一握りだろう。
存外少なく、七ほど上がれば『ソラ』を拝めるという人もいれば、軽く百は越えるだろうと思う者もいる。
実際のところは分からない。だが『回廊』を上がる毎に暮らしは目に見えて楽になるのだと信じられており、上を目指す人間は星の数ほどいる。
『回廊』が区切っているのはあくまで空間でしかないが、人々がそれを世界と置き換えることに疑問はなかった。
上階、下層階との繋がりはほとんどなかった。
『回廊』を渡った後に下層に戻るような奇行をとる者がいないのも頷ける話であり、上がって来たものはたいてい下層の暮らしを汚点と見る。
だからこそ世界はそれぞれが隔絶されたものであり、そこで何が起こっているのかを知ることができるのは、そこに生きる人間以外には無いのである。
隔絶された空間を世界と置き換えるのならばそこには法が必要であり、統制が必要とされる。
統制無き場所に人の生きる道無し。嫌悪されながらも必要とされる機構は絶対的に作り上げられる必要がある。
それを担っているのが『円環』と呼ばれるものだった。


「イリヤねぇ。耳にしたことはあるが会ったことはねぇな」

だがそんな物に興味を寄せる男なら、とっくに刀を手放していたろう。
クドは街中を駆ける。
落ちた『円環』は南方。宗派の阿呆共はとにかく神を盾にして自らの悪をひた隠す。
領域の住人全員人質にとってイスを要求することも簡単にやってのける。人を殺すことを正義と言い切るのだからやつ等の中に悪意は微塵もない。

あぁ、最高じゃないか。
そんなクズを、斬れるこの喜び。



「止まれこの愚か者がっ!この南方はつい先ほど我等がゼルフ司祭の配下になっ」
「邪魔だってんだよテメェ」

バッと舞い散る鮮血はクドの全身を鮮やかに染めていく。
『魔法』を身構えていた狂信者にとって刀での一撃など想定すらしていない出来事。クドの身のこなしを追えるほどの目を持っているわけでもない。

「き、ききき、貴様何をっ!?」

領域を共に守っていた信者が杖を構える。
しかして目の前で物言わぬ躯に成り下がったかつての相棒を悼むその心より、人として命の危険を感じて打ち鳴らす警鐘に心を注いでいた。
殺られる。危険だ。今すぐにここを離れねば。
震える腕で突きつけた杖。だがしかし乱れきった精神で『魔法』を放つことなど不可能。血が滴る刀を携えた死神を前にただ命を守ろうと、

「死ね」




死神に心無し








[28400] 一幕 子離れ ②
Name: しんぺー◆a7993d12 ID:6188e008
Date: 2011/06/23 02:38



城内を血で染め上げながら狂ったように男は進む。
否、男は自分が狂っているなどと微塵も思っていなかった。
斬るべくして斬るのだからどこにも矛盾は生じない。それを狂気と置き換えるのは、そこに恐怖があるからだ。
生物である限り、食うか食われるかの世界には常に足を突っ込んでいるものだ。
『死』を具体的にイメージできない者にとってのみ、男はただひたすら恐ろしかった。

「邪魔だってんだよ、なぁテメェ邪魔なんだ。俺の前に立つんじゃねぇよ」
「ひっ……ひぃぃっ!」
「情けねぇ声出すな。ほら、ちゃんと力込めろ。こんな時の為に立派に磨いてきた杖なんだろ?」

血に染め上げられた刃がまた一つ男の首を狩ろうとしている。
杖を持つものにとって、それは魔法を放つ為の大切な媒介。手入れを怠れば詠唱にも支障をきたす。
魔道士がまず基本として教えられるのは媒介の扱い方。心が詠唱の際に大きく左右することが何よりの原点だ。
震え上がる道士は今、自らの命をその媒介に託していた。
刻が立つほどに男の刀が杖に食い込んでいく。杖を突破されてしまえば、次に突破されるのは自らの首。

「た、助けっ」
「誇りを持てぬのなら、死ね」

男はただ少し力を込めただけ。
ただそれだけで容易く分厚い杖を刀が突破し、道士の首を胴から引き裂いた。

「……つまんねぇな」

己を血で染めながら、しかしてその血は己のものではなく。
常に『死』を意識している男とそうでない者との差は歴然。今まさにこうして立っていることこそが男の強さの証明だった。
命を捨てる覚悟があるわけではない。ただ男は命がいつかは零れ落ちることを誰よりも深く知っているだけ。
男が信じる強さに優劣の基準はなく、ただ誇りの重みによってのみ影響されるというのなら、男は誰よりも気高くひたすら強い。
自らを恥じたことはない。
考えが及ばない周りの人間をこそ、恥じた。

「しかし数が多い。これだけ斬ってもまだ気配を感じる。踏み込んだこともない城じゃ鈍っても仕方ねぇか」

侵入を万一に考え城内は複雑に入り組んでいた。
ヨシノブの下にいるとはいっても政治や権力といったものにとんと興味が無い男にとって城に踏み入った経験は無い。
そもそもこの南方の主の顔すらまともに覚えていない。今のような場合ならまだしも、常時刀を下げて入るわけにもいかない。

「主はイリヤとか言ったな。まだ生きているのか、はたまた既に首が落ちているのか」

生死は言ってしまえばどうとでも良かったができれば生きていて欲しいと願う。
ヨシノブの報告に死んでましたと上げるのはどこかシャクだ。助けられるに越したことはないが、死んだらそれはそれで仕方ない。
こういう宗派を表立って名乗る輩は過激なものが多い。
それこそ公開処刑も平然とやって退けるだろう。カッツでの宗派奮起はまだ記憶にも新しい。
こちらが首を斬り落とすだけではつまらない。極限まで命を削りあった後で首を獲る。そこに命が光る瞬間がある。
などと一人愚痴をこぼしていた時だった。

空気が張り詰める。心地良い殺気が男を串刺しにする。

「……誰だ」
「お前か。斬り捨てたのは」

姿を見せたのは華のように艶やかな雰囲気を纏った一人の女の姿。
法衣に身を包んでいても、女が持つ高貴さとでも言うものが感じられる。だが男はそんなものよりも、もっと興味をそそるものがあった。
コイツ、強いな。
心がまるでブレていない。ただひたすらに俺に向けて殺気を放っている。俺が斬った仲間の死を悼むよりも、憤るよりも。
ただ女は一心に俺の首を欲しがっている。女自身がそれを怒りだと信じていても男には分かる。それはただの言い訳。ただこの女は、

「邪魔なんだろ?」
「……何?」
「俺が邪魔なんだろ、お前。分かるぜ。そういう目だ」

ただ男が思っていることを女が願っているだけ。
合わせ鏡のように、男はそこにかつての自分を見出す。どんなものにも勝る渇望。人間という動物が持てる愚かさの真骨頂。
あらゆるものを踏みにじり、あらゆるものを打ち壊し、ただ己の存在が絶対であることをしらしめ誇る。女はただひたすら、それを願って。

「何故全て首を狩る」
「心臓を突き刺したところ死なない奴等は散々見てきた。背中を斬られる可能性を削れるのはそういう方法が一番いいことを学んだだけだ」
「……クズめ。死をもって償え」

瞬時、女が視界から消える。
同時に女がいた場所から爆炎が上がる。
男は刀を構えなおした。
女は詠唱を行っていない。つまり瞬時に魔法を発動させた。ノーモーションであれだけの魔法を起こせるのなら腕は期待できる。
気を抜けば殺られる可能性も十分に考えられる。しかし今のは本当に魔法なのだろうか。そもそも手の内を最初から見せるのかも欺瞞。
男の頭の中にはありとあらゆる可能性が浮かぶ。見えない女の姿を探す前に、まずは生き残る可能性が一番高い手段を考えろ。
むやみに動けば危険。近距離で魔法を放たれればモロに受けることになる。耐性の無い俺ではダメージは半端ではない。
しかし動けぬというのはシャクなもの。動かないところで危険は必至。動いても危険があるのならそちらにかけてみるが吉。
そして行動に移そうとした時、男の視界を何かが掠める。

……足?

「うぉっ!?」


轟く轟音。耳を割くような爆音は少なからず男に影響する。
咄嗟にかわして避け、振り返ると探していた女の姿がそこにあった。

「……かわされるとは思っていなかったな。なるほど。刀を扱うに相応しい体力があるということか。道士なら命を置いていったろうが」
「おもしろいモノを持ってるな。何だソレ」
「話す義理は無い。何も知らぬままに死んでいけ」

また爆炎とともに女の姿が消えた。
男はついさっきまで自分がいた場所を見やる。そこにあるのは深いくぼみ。
周囲に影響は無いものの、その一点のみの威力はすさまじい。女の足が振り下ろされた瞬間、確かに爆発が起きた。
魔法、確かに魔法だ。
特有のエーテルの香りが確かにした。
だがしかし、魔法ではないのではとの不確定な要素が男の頭の中を奔る。それというのも、魔法を操る為の媒介を女は持っていなかったからだ。
道士と呼ばれる連中は少なからず杖を媒介に選ぶ。何でも自然から創り出したモノにはアニマがほどよく蓄積されておりエーテルを集めやすい。
ガソリンで湿らせた布切れに火を近づければ自ずと引火する。原理はそれと同じだ。だが女にはそれがない。
加えてノーモーション。

「っ!」

考えていた矢先の襲撃。
先ほどと同じように何とか避けて攻撃に転じようと体制を整える。だがしかし、

「……っ!?」

ガクリと体が傾く。
動けと叱咤しても体はそれを拒否して地に着きたいとごねる。何とか踏みとどまって相手を睨み付けるまではいいが、声を張る余裕がない。
こんなことは初めてだ。体が追いついていかない。自分が想定する動きを体が悉く拒否するのである。
男が鍛錬を惜しんだことは無い。周囲のものが魔法だと騒いでいる間、自分は誰よりも刀を振るってきた。
現にこの女と戦う前までは自らの動きに不満などなかった。すぐに物言わぬ躯になれ果てる相手に不満はあっても、だ。

「なるほど。これでは道士が殺られるのは分かる。修練をサボッて裏工作に勤しむ連中だ。首が飛んでも仕方ないな」
「……」
「どうした。口が重くなっているぞ」
「テメェどこのモンだ。その技は一体何だ」

女は男を見やった後、クスリと小さく笑った。

「お前は魚が食いたい時には山へ登るのか?」
「……なンだと?」
「お門違いだって話さ」

女は駆ける。
男は膝をついたまま女を見ていた。












----------


「強情なお人だ。この南方(みなみかた)に護るものなどないでしょう」
「そういう話ではございませんっ。私は、父様から任されたこの地を護る義務がございますっ!」
「ですから、それを我々が引き受けようと、そう仰っているではありませんか。イリヤ様はまだお若い。世間というものを知らない」

体を縄で縛られた小柄な少女。
体をすっぽりと覆うような美しい銀髪が何より目に映える。
意思を灯した瞳は揺るがず男を見据え、圧倒的不利なこの状況にあろうとも臆すること無く。

「よくお考えなさい。これだけの騒ぎが起きているにも関わらずどの方も援軍にいらっしゃらない。これはどういうことです」
「っ、ヨシノブ様が援軍を遣してくれているはずですっ!」
「人が良いことで有名なヨシノブ様でさえ手を出しては頂けない。送ったとするなら既についているでしょう?」
「……っ、遅れているだけですっ!援軍は必ず来ますっ!貴方たち!早くこの縄を解きなさいっ!」

必至に叫ぶもそれが空しいものであることは誰の目にも明らか。
イリヤ本人でさえ自らを信じることができていないのだから尚更のこと。

「シュタイン様の治世も見る影もない。貴方は道を間違えたのです。それを正してやることが私たちが神から受けた啓示なのです」
「ふざけたことをっ」
「ゼルフ様、少しご報告が」

割って入るように一人の道士が司祭に近づき何事かを告げる。
一瞬表情を曇らせたがすぐに平静を取り戻し、再びイリヤに向き直る。

「信じるものは救われる。神の教えを護ったアナタは一つ奇跡を起こしたようですな」
「……どういうことです」
「アナタが願っていた援軍が到着したようです。階下には何故か首が離れた死体がいくつも転がっているようですよ。無論、私の部下ですが」
「……え?」

それは驚きと疑問を含んだ言葉だった。
自らが願っていたことではありながら、この荒れた南方に好んで援軍を送るようなお人好しはいないだろうと思っていた。
人格者であるヨシノブに援軍を依頼してはいたものの、それでも実現することはないだろうと信じていた矢先の出来事だけにそれも当然。
だがイリヤにとってはそれよりも解せないことがあった。

「……アナタ、何故そんなに平然としているのです」
「少々のトラブルに平静を保てないぐらいで人の上には立てませんよ」
「そうではなく、アナタ何故部下が殺されているのにそんなに平然としているのですかっ」

イリヤにとっては当然のこと。
目の前で自分の為に死んでいく部下の姿を目に焼き付けたイリヤはそれこそ発狂したくなるほどに心を痛めた。
それでも気丈に振舞うのは自らの立場が人の上にあるからだ。父の後を継いだ自分が挫けては国が挫けてしまう。
どんな不幸にまみれようが、国を背負う立場だからこそ自らが折れてはいけないと自分に言い聞かせ続けてきた。
歯を食いしばり、自らの為に命を捨てる兵の姿を何度も見てきた。兵が倒れる度に言い聞かせた。大丈夫、私は決して倒れないからと。

「おかしなことを言いますな。多少の死者ぐらい想定はするはずではありませんか。このような大事でしょう」
「しかしあっさりしすぎていますっ。命の重みを説く貴方たちが、何故祈りの仕草すら見せないのですっ!」
「それはアナタとて同じでしょう。行き着く先が同じなら神に告げるまでもありません。……まぁそもそも、神がいればの話ですが」
「……っ、アナタっ」

ゼルフはさもおかしそうに嘲笑う。

「我々の宗派は少し特殊でしてね。まぁ今時分どこも同じかもしれませんが。神に感謝はしていますが実在するかどうかは焦点ではありません」
「ならばっ、偽りを語る虚偽の信仰であるとっ!?」
「信仰に虚偽も何もないでしょう。司祭が言う。信者が信じる。最低限その二つさえあれば名乗ることを赦されるわけですから」

少なからず、宗派にも通じ、神の姿を信じてきたイリヤにはその事実は信じがたく。

「よもや……この時だけの為に、アナタたちは」
「さぁ。どうでしょう。……まぁ、一つ言うとするのなら」

それはそれは、皮肉の笑顔で。

「神は寛大だということです」


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「このっ……!動きやがれっ!!」

必死に動かそうとするものの、痙攣を起こしながらわずかしか動いてくれない。
攻撃を避けた後に攻撃に転じることこそ、男が信じる戦いの鉄則。それを守れない自らの体を恥じる前に、目の前の敵はその瞬間を見逃さない。
力量を探っていた最初の頃とは違い、女の動きは明らかにキレが増していた。
段々と加速する攻撃。次の攻撃に転じるまでの時間もどんどん短くなってきている。
避けるだけで精一杯の男に反撃の手段などあるはずがない。
まずはこの体の鈍りを何とかしなければ。原因が分からないまま攻撃を避けている現状では、相手の攻撃が先に自らの命に届く。
ここで死ぬのはつまらない。
何より、
自らを見下したあの女の首を獲るまでは。

「口数がめっきり減ったな。生物というものは死が近づくとそうなるらしい」
「……テメェは逆に増えたな。悪ぃ、耳障りだ」
「言うじゃないか。その耳で何を聞いてるって?」
「あぁ?」

間合いを取ったままで女は微笑む。それが余裕からくるものであることが男を更に駆り立てる。

「まだ気づいてないのか?人間の平衡感覚を司るのは耳だ。その耳が私の爆音で機能していないからお前はまともに攻撃できないわけさ」
「……」
「敵を砕く為に編み上げたモノじゃない。いかにして敵を殺るかに長けたこれが私の力だ。殺し合いは散々経験してきたんだろう?」
「だったら何だ」
「いやなに、刀を携えているということはお前、今はもう無き『ワの国』の者だろう。その国の男たちの引き様は美しいと聞いたことがある」

要するに、
俺に、腹を斬れと言っているのか。

「……はっ、はははっ」
「?」
「あっははははははっ!!」


見下されているのか。
俺が。
この俺が。
名も知らぬ女に、生まれの国すらもバカにされて。

「……何だいきなり笑いだして」
「いや何、己の無様さに笑いが来ただけよ」

俺の存在は 何だ

「そうだ、阿呆のようにチマチマ戦うのはおもしろくも何ともない。受けに徹するなど俺にあるまじき失態」


ただ俺は 敵の首を狩る その為だけに





「女、お前の首を狩る。構えろ、早々に閻魔に会いとうないのならな」









[28400] 一幕 子離れ ③
Name: しんぺー◆a7993d12 ID:6188e008
Date: 2011/06/30 00:43




男にとって『誇り』とは命以上に価値があるものだった。
命を失ってでも護らねばならぬものがある。命を至上に置く者は戦いの場に立ってはならない。
それ即ち『覚悟』。
敵を前にして生きて帰ると願うな。
常にそこに自らの命の果てを思い、描け。
そして命を失えばその場に頭を遺し、悔いを残さず閻魔に首を渡すのだ。
『誇り』は確固たるものではなく、一人一人が胸に刻まねばならない永遠の刻印。
廃れれば命を差し出し、無様なままで生きてゆくぐらいならば自らの手で自らの首を狩れ。
小難しい理屈は男にはわからなかった。ただし静まり返るあの美しい庭園で、何を言っているのかは十分に理解できた。
その瞬間から男に命はなくなった。
死ぬことを恐れるのが人間だというのなら、男はもはや人間ではなかった。
一人、いつだったか覚えてもいない時間の中で男は命を捨て、命を新たに組上げた。

「邪魔だ……、邪魔なんだよテメェ」

駆ける。
策などあるはずもない。
無防備なまま、ただ己の誇りに従うだけの獣へと男は成り下がった。
冷静を捨てるは勝負を捨てるに同じ。常に己在ればこそ。鉄則を破る男の姿を見る女にはさも滑稽に見えよう。
だがしかし、相手をあざ笑う余裕を持つ前に、少なからず自らの死期を予期させる男の姿にわずかながら戸惑いを持った。
死を賭して戦えばこそ知る、今までになかった極限に身を浸すことは誰しもそう簡単にできるものではない。
魔法を知らぬが故に培ってきた男の気迫は用意に女のそれを上回る。
だが女とてただ単純に生きてきたわけではない。血に塗れることで勝利を収めてきた自負がある。
死の間際に見せる気迫に押されてどうする。相手を崩さないことには自らの命を護れぬことなど、赤子でも知っている事実。

「……ならばなぎ倒して往くんだな。道を譲るつもりはない」
「俺の前に立つんじゃねぇよっ!」

刹那、女の前に男の顔。
抜き身の刀が奔るっ。吹きずさぶ疾風の如く、想定を頭に残さぬ女に交わす術無しっ。
だが実際に宙に舞ったのは女の首でもなければ真っ赤な鮮血でもなかった。宙に舞うは美しい女の髪。
想定を超える攻撃であることを女は認めざるを得ない。だがなにがしかのおぞましい攻撃が来ることは範疇を外れることはなかった。

「終わりだな。沈め」

ヒュッと振り下ろされる女の足。
それはさながらギロチンの刃。斬れるという点に現実味を持たせることはできないが、確実に息の根を止めるという意味では同じ。
相手の攻撃の後に反撃することはいつの時代であろうが有効。隙を少なくすることはできようとも完全に0にすることは叶わぬ。
振り下ろした刀を戻すよりも女の攻撃が男に届くほうが速いは必至。
やはり冷静を失った時点で男の明暗は決まっていた。どれだけ吠えたところで強さに磨きがかかるわけではない。
芯がブレない女が遅れをとることなど皆無。勝利の余韻を浮かべた女。
だがその頭に戦慄がよぎる。

「ナメんじゃねぇぞ」
「…っ、なんだとっ!」

あってはならない出来事。
防御に間に合わぬと踏んでいたはずの刀が翻る。
女の読みは正しかった。速度に関して女は自信を持っていたし、事実この場においては男のそれよりもわずかに上回っていた。
戦場において速さは重要な要素。互いが拮抗していない以上、有利は明らか。
腕力と比べて何よりも目立つのは技量のタカではなく、どちらが上回っているかの点だけに尽きる。
わずかでも相手を上回ればそれだけで話は違ってくる。捕らえなければ攻撃は当たらない。見えなければ攻撃を受けることもない。
そう信じていた女にとって男のその行動は信じがたかった。
男の刀は防御に間に合っていない。
だがしかしその刃は自らを護る為に翻ったのではなく、女の首を狩ろうと女の首下に翻ったのだった。
今から避けていては間に合わない。確かに軌道は防御に徹するよりも短くてすむ。だがそれにも増して自らの足が届く方が速い。
刀が首に届く前に男の息の根を止めてしまえばそれで十分。何も恐れることはない。この男は命の極限に怯えているだけだ。
自らの恐れを打ち消し、相手のみを見据える。
だがそれが結果としてマズかった。


凄まじい轟音が轟く。
男は笑い、女は強く唇を結んだ。










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「人を救うことができるのは決して信仰などではありません。祈ったところで幸福を生み出せるならこんな殺伐とした世にはならんでしょう」
「ですがアナタ方はその先鋒とならなければならないのではないのですかっ」
「そう願っていましたがね。結局のところ無駄だという結論に落ち着いたのです。だってそうでしょう。この世には人が多すぎる」

聖職者にありながらその全てを否定するような口調はどこか皮肉のようなものでもあった。
首から下げたロザリオは輝きを失わずにいたが、男の光は暗く沈んだ海の底で仄かに光るクラゲのよう。
信じていたものの本質を垣間見た男にとって、否定するには材料が必要だった。
穴が開けば埋めればいい。
その単純な理論の下に身を捧げた男が見たものは、自らの心など及ぶべくもない、更に更に深い深遠の淵。
身を投げることもない男は司祭は笑うしかない。
できぬのなら、できるようにすればいい。代償として払うのならその全てを投げ出そう。やれるとすれば今、生きているうちに他ならない。

「正論だけで渡っていける世なら聖職者など必要が無い。悪があればこその聖職者なら我々もまた悪に違いない」
「何を、言っているのです」
「知らないということがもはや罪なのですよ、若き女王よ。さて、もう話す暇も惜しい。階下の轟音も気になる。お覚悟はよろしいか」
「私を殺したところで地位はお前に下らないっ。お前が望むものはただ民を混乱に陥れるだけだっ」

司祭はそこで、声を上げて笑った。

「何がおかしいっ」
「何を言うかと思えば。ここに国などありはしません。ここにあるのはカタチだけの張りぼて。出来が悪くとも見栄えは良いほうがいいでしょう」
「私が無能だと言いたいのかっ」
「別にアナタに限ったことではありませんよ。ここにメシヤはいない。いないなら祭り上げねばならない」

光が届かぬのなら創り出してしまうまで。
傲慢と罵られようとも、男はそれに耐えていけるだけの覚悟はあった。
上に立つのならと、犠牲を笑ってでも上に着かねばならぬ。男の覚悟は若き女王を完全に上回る。

「『護る』とは一言ではその全ては補えないでしょう。王よ、貴方はこの土地に何を見ている。平和?繁栄?そんなものは決してありえない」
「諦めることは誰にでもできるっ。アナタのようになっ」
「アナタは国というものを勘違いしている。そのような甘い考え方で導こうと言うのがそもそもの間違い。アナタにはまだ早すぎる」
「戯言をっ」

若き女王とて『誇り』はあった。
父上から受け継いだこの国を立派にして見せるのだと、幼い頃より想いを馳せた。
激務に体を崩し、眠るように死の床についた父親の姿を覚えている。そして、何故か安堵に満ちた父親の顔も頭から離れずにあった。
幼い頃に母親を亡くし、激務に追われる父親の姿をひたすら見ていた。
身の回りに不自由することは何一つなかった。金で解決できるものは全て解決できた。
上等の服、豪華な食事。幼かった王はまだ王ではなく、それが当たり前のものとして日々を過ごして生きてきた。
だからこそ何故争いが起こるのかが不思議でたまらなかった。食事の為に争うのは何故か。土地の為に争うことにどんな理由があるのか。
食事の為に争うのは一重に生きる為であるし、国境を越えて食べ物を平等に分け合っていると信じていた王にとっては理解できなかった。
先祖代々護ってきた土地を荒らされれば怒るのも当然のこと。しかし他に移れば解決するのにと信じ込む王には彼らの『誇り』が理解できない。
お父様は効率が悪すぎる。
解決策はそこに転がっているのに何故それに気づかぬのか。
何故周りの者はそれを進言してやらぬのか。
無論、誰しもが若き王が思い至った解決策を頭に浮かべていた。だがしかし、それが解決から最も程遠い方法であることも同様に知っていた。

「王よ、イスを私に譲りなさい。アナタがそこに座るにはまだ早い」
「愚弄するかっ!私にできぬことをアナタができる確証がどこにあるっ!私が導くっ!私がこの土地を」
「ならば王よ、何故民衆は貴方に足並みを揃えようとしないのですか」
「……っ」

それは誰の目にも明らか。
無論、王にとってもそれは既知の事実だった。

「まだ、日が浅い」
「そのようなお言葉で逃げるおつもりか。理想論だけを掲げるだけで進歩は何一つとしてありはしない」
「私は神ではないっ。すぐに出来ようものなら既にやっているっ。目に見える変化だけを求めるお前たちは何故全体を見ようとしないっ」
「全体が変わっていないからではないでしょうか。王よ、アナタもまた全体を見れていない。現に貴方は私の前に膝をついている」

その意味を、若き王はすぐには理解できなかった。
だがすぐに思い当たり、顔を崩して周囲を見渡す。

「ま、まさかお前たちっ……!」
「若き王よ。城というものは簡単に陥落することはありえない。そう、外部から崩すのはとても困難なことなのですよ」



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「……っ!」

女はただ衝撃の際に生じた煙の中の影を見つめていた。
首こそ繋がってはいるものの。右肩口から左腰にかけてドス黒い赤い帯状の傷を持つこととなっていた。
それでも意識がハッキリとしているのは、ここで途切れてしまえば二度と目が覚めなくなってしまうことを本能的に感じていたからだ。
影もまた動くことはない。
頭部からの流血はもはや致死量。
立っていることすらも本来ならできるものではない。
爆発の衝撃を直接受けた男は見るからに満身創痍。服は引きちぎれ、傷という傷を全身に受けながらも、それでも眼光は決してブレることなく。
相手が呼吸をしていることが赦せない、その一点のみを秘めていて。

「気に入らねぇなぁ。なんでまだ生きてやがる」
「……なるほど、お前が噂に聞く狂犬か。ヨシノブが持て余すわけだ」
「生きてんじゃねぇよ、喋ってんじゃねぇよ、俺の道塞いでんじゃねぇぞっ!」

とうに命を終えていてもおかしくもないその体。
そんなことはお構いなしに男は吠える。
それしか生き方を知らない。
塞ぐものは払わなければ道を通ることができない。そう、それこそが男の持ちえる『誇り』であり、命。


男にとって『誇り』とは 目に見えた道を進むこと


それが間違いであろうが男にとっては関係が無い。男が見出した道はただひたすらに正しい。
人を殺めることでしか進めぬ道があるのなら男は迷わず人を手にかけた。人のままで進めぬ道であるというのなら男は人を捨てた。
日々生きていく時間が長ければ長いほど、男が進むべき道は困難を極めた。その先に何があるかが問題ではなく、進めるかどうかが問題だったのだ。
だから男は『魔法』を生涯使わぬという道は外れないし、腰に下げた刀を手放すこともこれから先絶対に無い。
『誇り』とは命の具現化。進むこと適わぬのなら、その先生きていくことができぬが道理。
『魔法』に頼らず生きていくことは、男が生涯を賭して護らねばならない永遠の『誇り』。
故に遅れをとるわけにはいかない。男が進む道に、『魔法』はただの下らない大道芸であり続けるのだ。

「頑丈などと言う言葉では済まされん。私の攻撃を受けて生きている貴様の方が不思議でならんな」
「目障りなんだよっ、さっさと消えちまえっ!」

強引に振るわれたかのように見える男の一閃はしかして、確実に鋭さを増していた。
速度も信じられないぐらいに上がっている。一度攻めに転じた男は持ちうる全てを攻撃のみに特化させる。
様子見などではなく、動き全てをもって相手の息の根を止めにかかることを考えれば不思議はない。余計なことを考えずに狙うは命一つだけ。
全てが必殺。判断一つ誤れば命を持っていかれる。
極限まで研ぎ澄まされた中、女は冷静を保とうとするが、体が頭についていかない。
その構図はまさに対比するに相応しく、男と女は今対極に位置していた。
元来人間の思考とは己を護ることに特化しているものであり、簡単にはその定理を覆すことはできない。
例えば自らが危機に瀕しているならば、目の前で死に掛かっている他人はどうでもよくなってしまうだろう。
だが狂犬にとってそれは支離滅裂。相手が生きているというのに自分が死ぬなどということはあってはならない。
相手が呼吸を止めない限り己は決して命を落としてはあらない。つまり、相手を殺すことでしか自らの死を迎えることができないのだ。
逆に女は自らの命を護ろうと頭は必死に命令を下す。しかしながら隙を見せようものなら首が飛ぶ今の状態ではその伝達を緊張が阻害する。
普段通りに動いたとして、この攻撃全てを捌けるかと言えばノーというしかない。それを今緊急で行えと頭が訴える。
相手を殺すことに特化した男。
自らの命を護ることに従順する女。
互いが持ちえる気迫のどちらが上回るかと言えば、それは。


「邪魔だっ!邪魔なんだよテメェ!なぁテメェ邪魔なんだっ!!」
「ぐっ……!」

女の右腕に刀が深々と斬りこまれる。
防御になど徹したことのない女にとって自らの心の臓を護るにはもはや腕を犠牲にするしかなかった。

「外れろっ!さっさと外れろっ!俺の前に立ってんじゃねぇぞっ!」
「このっ……!いつまでも、調子にっ」

もはや女は食われる寸前。だがしかし男は一つ見落とした。
追い詰められた者が最後に見せるチカラというものを、見誤った。

「のるなっ!!」

瞬時、女の足が消える。同時に男の右側頭部にヒットした瞬間、凄まじい爆音が響く。
女自身ですら感じたことのない手応え。人を殺めることは避けていた女にとって、それは味わいたくなかった感触。
ヨシノブに頭を下げねばならぬと思った瞬間、
右腕に違和感を感じる。

そこにあったはずの腕が 今確かに斬り落とされた

「バッ、バカな」
「外れねぇなら、死ね」

迫る白鉄の刃。女は呆気にとられたまま、死をどこかで覚悟した。













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