秘められた海の底で
わたしは大学の動物研究施設で働いています。
これは本当のことなのでしょうか?
巨大な組織は自らを高めることに余念がない。いやむしろ、それは独自の浄めの行程なのかもしれない。大海が様々なものを呑み込みながらも、幾億年も人間を癒し続けているように。
私の働く動物研究施設は、この大学が移転してきたときに建てられたものだ。管理責任者である准教授が中心となり設計したとのことで、日本一の設備だと聞かされた。なるほど、見学者が来たこともある。しかし10年以上がたった今、あちこちの機械が壊れて作動しない。うさぎの飼育室の自掃機は動かず、作業員が毎日ヘラで山盛りになった糞を掻き流す。整備、修理のための予算は沢山計上してあるに違いないが、どうしたことか。一番必要なところにお金が使われないのは、世の習いか。
この施設にはSPF飼育室がある。Specific Pathogen Free―特定病原微生物を持たない状態で飼育された動物たちのための飼育室だ。ここは外部からさらに隔離される。室内は除菌された空気が供給され、室内の気圧を高くすることにより外部からの汚染された空気の流入を防ぐシステムだ。作業員は空気のシャワーを浴びてから入室する。ところがここは(壊れた)ことになっている。ここを利用した研究者はまだいない。ただひとり、管理責任者の准教授とその愛人の他には。
そう、確かにここは外部から遮断されている。オートロックの二重三重のドアの奥は、暗い祠の中の、さらに奥深い禁断の牢獄だ。腐った二人の営みは、ガラスケース、ステンレスの棚、そして暗く白い光源に照らされた処置台が見ている。処置台の上に敷かれたボアのベッドパッド。そして流し台の下には捨てられた使用済み避妊具の山。今は白昼。講義棟ではいくつもの講義に大勢の学生たちが耳を傾けているだろう。教授たちは熱心に教えているだろう。だがここは、廊下で繋がった研究棟の奥。動物研究施設、SPF。
もしかすると、ここは祠でも牢獄でもなく、海の底なのかもしれない。深く暗い海底で何が起ころうが海面は穏やかで、小魚たちが煌めきながら游いでいる。海は大いなる浄化力で腐敗したものすべてを呑み込み許し続ける。太陽は頑なに突き返され、光が底を明るく照らすことを拒み続けるのだ。汚れた営みをもこの海は守り、深みに匿い、許し続けるというのか。
一面に降り注ぐ声
「生き続けよ」と 光の筋のように
昼より明るい夜は
頭を抱え 目を閉じてやり過ごす
寄る辺を探した きょう
探すのをやめた きょう
わたしは
理性など欲しくはなかった
愛すべき無よ
心の核にしまい込んだのだ
風を掴み
光を絡め
音から遠ざかろうとする
この道
生まれおちてから、どんな道を歩んできたのか。いろんな人生があることを、今更ながら 思います。
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