前書き.
よーし完結させよう。
感想・指摘よろしくお願いします。
ベースボール・ガールフレンド
「転校生の阿島 慶(あじま けい)です。どうぞよろしくお願いします」
黒板に自分の名前を大きすぎず小さすぎず、震えそうになりながらも書ききった阿島慶は、新しいクラスメイト達に向き直り、お辞儀をする。
「ええと、阿島君はこの春から皆さんと同じ屋根の下で勉学を共にする仲間です。仲良くしましょうね」
阿島の緊張する面持ちを笑顔で眺めていた担任の安藤 咲(あんどう さき)は、教室を見回すと教室の端っこの誰も座っていない机を指差した。
「阿島君は、夏目さんの隣の席に座ってもらえるかな?」
「わ、分かりましたっ」
阿島は、足元に置いていた黒色の地味めなリュックを左手で持ち上げると、指定された席へと座った。
担任の安藤は、阿島が座るのを見届けると、今日のクラス予定について話し始めた。
「……ところでさ、君」
「え?」
阿島の隣の席にいた少女は、ひそひそ声で話しかける。
赤みのかかったサラサラな髪の毛を白のリボンで二つ分け、幼さ残る好奇心に満ちたその表情を、阿島は内心でビクつきながらも見る。
「君、東京第一中学校にいたんだよねっ?」
「あ、う、うん」
阿島は、心臓に杭を打ち込まれ血液の流れが停止したかと錯覚した。
「じゃあさ、野球部とかに所属していたりするのかなっ?」
顔面の血の気が引き、青ざめる。
「い、いや、野球は興味なかったからなぁ……」
(おい、もう勘弁してくれよ野球とかっ)
阿島は叫びたいという欲求を必死に封じ込め、愛想笑いをなんとか維持する。
「えー本当?もったいないなぁ。せっかく野球の名門中学にいたのにさっ。ん、でも阿島君って他にスポーツやってたんじゃない?体つきがスポーツマンっぽいし」
「そ、そうかな?運動は苦手なんだけどな」
「ふふ、大丈夫だよー。阿島君ならすぐにウチの野球部でもレギュラーになれるよっ。どう?入部してみない?」
少女の言葉は阿島を数センチずつ後退させていく。
「ああ、一応……考えておくよ……」
(考えとくだけだけどね)
「うん、ちゃんと考えといてね。あ、自己紹介がまだだったね、私は夏目 美恵子(なつめ みえこ)っていうんだー」
「あ、俺は……」
「知ってるよっ」
「え?」
阿島の背に何か冷たいものが流れた。
それが冷や汗だという事実に本人は気が付かない。
「なんで隠すのかなー、君。東京第一中学校でエースピッチャーやってた阿島 慶君でしょ?私、毎月野球小僧読んでるから、そこで阿島君が紹介されているの知ってたんだよねー」
ガタッ
「なっ!?」
阿島は椅子をひっくり返して転んだ。
そのまま卒倒しそうになる阿島だが、実際にはそうならない。
「ん、大丈夫かな、阿島君」
担任の安藤先生の言葉は阿島に届かない。
心配した安藤先生は、阿島のもとに近寄る。
「あ……あ……ちょ、ちょっとトイレ行ってきますっ!」
「うん?」
夏目と安藤先生は首を傾げる。
阿島はクラスの皆からの視線から目を背け、唇を強く噛みしめて教室の外へと出て行ってしまった。
「あれ、ええと……」
事態を把握できずにいた安藤先生は、口を開けたまま立ち尽くす。
教室の生徒は、そんな安藤先生の反応にざわめきを立て始めようと口を開こうとして、しかし、それを止めた。
「大丈夫ですっ、先生!」
夏目美恵子が、教室全体に響く嬉々とした声を発したからだ。
「大丈夫……って、何が?」
安藤先生は、夏目美恵子の言葉の意味を推すことができない。
そもそも、誰が聞いても彼女の意図を察することはできないはずだ。
「我らが北原紅葉中学校野球部の、未来がですっ!」