大阪府の公立学校教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例が13日、施行された。条例案浮上からわずか1カ月で、府議会の過半数を占める首長政党「大阪維新の会」府議団が他会派の反対を押し切り、可決・成立させた。府教委や教育現場は警戒感を強めている。【田中博子、堀文彦】
「そこまでやる話じゃないよね」。6月上旬、ある府立高校職員室で、成立したばかりの君が代条例が話題に上った。起立しない教職員はおらず直接の影響はないが、「条例による強制は行き過ぎ」という点ではほぼ全員が一致した。男性教諭(49)は「それでも決まった以上仕方ない。教師が条例に従わなければ生徒にも影響するので、起立しないという選択はあり得なくなるのでは」と話す。
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「通常の組織なら管理者交代」「起立して歌わない教員は府民への挑戦」「組織のルールに従えないなら、教員を辞めてもらう」。5月7日午前、「大阪維新の会」の代表でもある橋下徹知事は、府幹部に一斉メールを送った。4月の府立高校入学式で不起立の教員は38人。このうち職務命令を受けていた2人が戒告処分になったことを報じる同日付朝刊を読んだ直後だった。維新の会幹部には条例案の議員提案を促した。
橋下知事は元々、府教委のやり方に不満を抱いていた。99年の国旗・国歌法施行で学習指導要領に日の丸掲揚と君が代斉唱が規定され、府教委は02年、府立学校の入学式や卒業式での日の丸掲揚、教員に対する君が代の起立斉唱を文書で指導。「望ましい形」での実施率は03年度入学式で74・3%、卒業式で81・7%だったが、08年度はいずれも100%になった。
しかし、実態は不起立の教員がいても校長が実施とみなして報告しており、09年度入学式まで校長は職務命令を出さずに厳重注意でとどめてきたため、職務命令違反による懲戒処分は今回の2人を含め2件6人だけ。思想・良心の自由にかかわる問題のうえ、命令を出すことで職場の人間関係がぎくしゃくするのを避けたかったとみられるが、知事には生ぬるいと映った。
条例提案を前に知事と府教委幹部が開いた会議で、府教委は一貫して条例化に消極的だった。あくまで信頼関係を重視する中西正人教育長は「教委と校長が力を合わせたマネジメントで徹底したい」と強調。府議会本会議でも「条例は必要ない」と答弁した。
6月中旬、条例制定を受けて開かれた知事と府教育委員の意見交換会では、百マス計算で知られる陰山英男教育委員が「条例は100%の民意を受けているわけではない」と慎重な対応を求めた。だが、知事は「最後は組織のルールに従うかどうか。府教委が努力しても、起立は徹底していない」と必要性を強調した。
橋下知事は9月府議会で、職務命令違反を繰り返した公務員の処分条例案も提案する意向も示し、成立すれば学校現場が混乱する可能性もある。
大阪にはアジアにルーツを持ち、日の丸・君が代の強制に抵抗を感じるとみられる教員も少なくない。橋下知事は「教員は公務員である以上、どんな思いがあったとしても起立斉唱すべきだが、子供や保護者は別」と説明する。だが、小学校の女性教諭(24)は「教師が起立を強制されながら、子供には『いろいろな考えがあっていい』とは教えられない」と話しており、児童・生徒へ影響が及ぶ可能性も出ている。
東京都教委は03年、君が代の起立斉唱を義務づける通達を出し、学校長による職務命令を徹底してきた。これまでに延べ437人を懲戒処分としたが、処分者数は減少傾向。今年度の入学式では1人だけだった。
処分された教諭が、教委の対応は「思想・良心の自由」を保障した憲法に反するとして都に処分取り消しなどを求めた訴訟は23件にのぼる。うち3件は5、6月に「起立斉唱命令は合憲」との最高裁判決で、訴えを退けられた。
八王子市の元中学教諭、根津公子さん(60)は今春の定年退職までに6回処分を受け、そのすべてで都との裁判を争う。大阪府条例には「東京と同様、教員が萎縮してものを言えなくなるのではないか」と危惧し、「自由な意思表示を認められない教員が、どうして子供に自由を教えられるか。心ある教員は沈黙せず、条例の問題点を発信してほしい」と話している。【遠藤拓】
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◆「君が代条例」骨子◆
目的 府民が伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する意識の高揚に資するとともに、府立学校、府内の市町村立学校における服務規律の厳格化を図る
国旗掲揚 府の施設で執務時間に国旗を掲げる
国歌斉唱 学校の行事で行われる国歌斉唱では、教職員は起立により斉唱を行う
毎日新聞 2011年6月27日 東京朝刊