本拠地・宮城が東日本大震災で甚大な被害を受けた楽天に、早くも“奇跡”が起きそうなムードが漂ってきた。12日の今季開幕戦(対ロッテ=千葉QVCマリン)で、選手会長の嶋基宏捕手(26)が劇的な勝ち越し3ラン。この分なら暮れの「新語・流行語大賞」も、嶋の「野球の底力」に決まりだ!? (宮脇広久)
試合終了直後、楽天・星野仙一監督(64)はベンチ裏で目を潤ませながら球団フロント陣と握手を交わし、「涙? それが普通じゃないの、ウン」と認めた。
報道陣に囲まれた三木谷浩史球団会長(46)も、「野球を見ていると、現実を忘れるというより、頭の中が楽しい思いになる。東北のみなさんもパブリックビューイングを見ていらっしゃると思います…」と語ると、感極まって嗚咽を漏らした。
それほど劇的な展開だった。1−1の同点で迎えた7回2死一、三塁。嶋がロッテのエース成瀬から左翼席へ放った値千金の3ラン一発で勝利を引き寄せた。
球界きってのエンターテイナーである星野監督は試合後の記者会見で、「嶋の底力! それを見たね」と吠えた。そしてテレビカメラが下がって周囲が新聞記者だけになると、「ホームランが出た時点で、“嶋の底力”という言葉がおれの脳裏に浮かんで、インタビューではそう答えようと決めていたんだ。もう用意してたから、おれは」と明かして笑わせた。
というのは、嶋は今月2日、復興支援慈善試合の前に楽天選手代表としてあいさつに立ち、スタンドに向かって「私たちが神戸で募金活動をした時に『前は私たちが助けられたから、今度は私たちが助ける』と声をかけてくださった方がいました」とスピーチ。「見せましょう、野球の底力を。見せましょう、野球選手の底力を。見せましょう、野球ファンの底力を。共に頑張ろう東北! 支え合おうニッポン! 僕たちも野球の底力を信じて、精いっぱいプレーします」と締めて、名スピーチと話題になったのだ。
この時も涙ぐんで聞いていた星野監督が、報道陣から「29日の仙台での本拠地開幕戦では、監督もスピーチを」と水を向けられると、「嶋みたいなスピーチはできないから、嫌。嶋より下手では、格好つかへん」と逃げ腰になったほど。
その星野監督が浸透に一役買った「野球の底力」は、今季のプロ野球のキーワードになりそうだ。
嶋自身は、実直な人柄で何かにつけて控えめ。普段は目立つ方ではない。「中学時代の通知表を持ってこさせたら、オール5だった」とテレビ番組で明かした野村克也元監督のもとでリードを磨き、昨年は打撃の方もリーグ8位の打率・315と開花、初めてゴールデングラブ賞とベストナインにも選出され、一気に球界屈指の捕手として躍り出た。
それでも、しかられ役になりやすいタイプらしい。2月の久米島キャンプ中、星野監督が就任後初のカミナリを落とした相手も嶋だった。実戦形式の練習中、マスクをかぶっていた嶋は、飛び出した三塁走者を刺そうとしたが、打者の楠城の体がじゃまになって送球を躊躇した。公式戦なら打者を突き飛ばしてでも送球するところで、チームメートゆえにためらった格好だが、星野監督は「あんなもん、突き飛ばせ!」とマジ怒り。
さらに同キャンプ中、視察に訪れた野村元監督からもブルペン内で、在任当時さながらに長々と説教されていた。
ヒーローになったこの日も、4回の守備では2死三塁から、金泰均の三塁ゴロで本塁突入した三塁走者・荻野貴にひざでキャッチャーミットを蹴られて落球し、失点。激痛に顔をゆがめ、右手で患部の左手を押さえながら転々とするボールを追う姿はけなげだったが、星野監督は「ブロックが甘くてミットを蹴られた。あれは甘いところ。死んでも落としちゃいかん」と、ミスはミスと切り捨てた。実際、このプレーでは嶋に失策が記録された。嶋という男、お人よしで“鬼”に徹しきれないところが玉にきず、ではある。 ⇒【試合詳報はこちら】
もっとも、そんな嶋は楽天を象徴する選手といえる。星野監督は「楽天の選手たちは本当にやさしい。思いやりがある。あとはもうひとつ、闘争心をもっともっと身につければ、いいチームになる」と評しているからだ。
「東北のみなさんと一緒に戦っているので、その気持ちがあの打球に乗ったんだと思う」とコメントした嶋が引っ張る楽天。これからの戦いが楽しみになってきた。
■嶋 基宏(しま・もとひろ) 1984年12月13日、岐阜県生まれ、26歳。愛知・中京大中京高3年の春、二塁手としてセンバツ出場。当時東都大学リーグ2部の国学院大に進学後、捕手に転向した。主将となった4年春に2部MVPに輝き、2部優勝に貢献。入れ替え戦も制し、1部昇格を果たした。2006年の大学・社会人ドラフト3巡目で楽天入団。4年目の昨年、打率が前年の・233から・315に急上昇し、ゴールデングラブ賞、ベストナインも初受賞。今季年俸も5800万円に。身長179センチ、体重82キロ。右投右打。既婚。