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グランセル地方編
第三十六話 政略縁談とトライアングル・ラブ
<ツァイスの街 遊撃士協会>

新型エンジン設計図の盗難事件に端を発したノバルティス博士は完全に解決したと言うのに、受付のキリカの表情はさえなかった。
その手には封筒が握られている。
消印はカルバード共和国、差出人は”スミス”とだけ書かれている。
スミスとはカルバード共和国ではありふれた名前で、匿名で名乗りたい時も良く使われる名前だ。
おそらく今回のケースもそうだろう。
キリカもそれは心得ていた。
手紙に書かれていた”使命”の内容を見て、キリカはため息をついた。
キリカが今の職業に就いたのは、泰斗流の家を出るためでもあった。

「キリカさん、トラット平原の手配魔獣、退治して来たわ」
「お疲れ様」

元気一杯の笑顔でエステルが受付に飛び込んで来ると、キリカは持っていた手紙を封筒に入れて引き出しにしまい、エステルに穏やかな笑顔を返した。
エステルの後からゆっくりとヨシュアが入って来る。
そして、エステルとヨシュアから魔獣退治の証拠品を受け取ると、報告書を書き始めた。
魔獣を倒すだけのシンプルな内容だけあって、書類作成にもそれほど時間はかからない。

「ところで聞きたいのだけど、オリビエさんに恋人はいらっしゃるのかしら?」
「えっ!?」

突然キリカに尋ねられて、エステルは息をのむほど驚いた。
ヨシュアも驚いた様子だったが、胸に手を当てて落ち着いてキリカに尋ね返す。

「キリカさんなら僕達に聞かなくてもわかるんじゃないですか?」
「そうね、シェラザードとの事は知っているけど、あなた達から見た印象を聞きたいのよ」

キリカに聞かれてエステルはしばらく考え込んでから話す。

「うーん、シェラ姉の方がオリビエさんに言い寄って退かれている感じかな?」
「ツァイス地方にも、シェラザードさんから逃げるようにやって来た様ですし……」
「そう、じゃあ付き合っていると言うわけじゃないのね」

エステルとヨシュアの言葉を聞いて、キリカは真剣な顔をしてつぶやいた。
そんなキリカの表情を見て、エステルは息をもらす。

「でも意外ね、キリカさんはオリビエさんには興味が無いと思っていたわ」
「そうかしら」

キリカの言葉にエステルはうなずく。

「うん、あたしはてっきりキリカさんが、ヴァルターさんかジンさんと付き合っていたのかとばかり思っていたけど」

エステルがそう言うと、いつも余裕を持っていそうなキリカの表情が少し曇ったように見えた。
その微妙な雰囲気を感じ取ったエステル達は慌ててキリカから視線を反らし、話題を変えようとする。

「さ、さあて、掲示板にはどんな依頼が来ているのかな~?」
「ちょっと待って」

キリカに背中を向けて掲示板の方へ行こうとしたエステル達をキリカが呼び止めた。

「あなた達、グランセル支部に行ってみるつもりは無いかしら? グランセル支部から応援要請が来ているのよ」
「応援要請って、何か事件でも起きたんですか?」

ヨシュアの質問にキリカは首を横に振って否定する。

「アリシア様の生誕祭に備えて、人手が必要らしいのよ」

キリカの話によると、今年はアリシア王妃の60歳の誕生日だと言う事で、例年の生誕祭よりも大規模な物になるようだ。
それだけ多くの人々が集まるので、王国各地から応援の遊撃士が駆けつけると言う事だった。

「ツァイス支部からも誰かを出向させるつもりだったのだけどね」
「でも、僕達で良いんですか?」
「あなた達もこの支部に来てから様々な事件を解決して来たのだから、私も推薦状を書くのに異論は無いわ」

ヨシュアの質問にキリカはそう答えた。
キリカの言葉を聞いたエステルは嬉しさと寂しさが入り混じった困惑した顔でつぶやく。

「せっかくツァイスの中央工房の依頼に慣れて来た所だったのに」
「グランセル支部では要人に関わる仕事が多くなるから、礼儀作法も必要になって来るわ」

キリカはそう言ってエステルに礼儀作法について書かれた本を差しだした。
これを読んで勉強しておけと言う事なのだろう。
エステルは困った顔でごまかし笑いを浮かべながらキリカにお礼を述べて本を受け取った。

「あなた達が拒否するのではないのなら、グランセル支部へ連絡をさせて貰うわ。構わないわね?」
「はい、僕達は構いません。そうだよね、エステル?」

キリカの質問にヨシュアがそう答えると、エステルもうなずく。

「でも、アネラスさんは?」

エステルは自分にライバル宣言をしている黄色いリボンをつけた先輩準遊撃士の事を思い浮かべて尋ねた。
後輩の自分達に追い付かれただけで無く追い抜かされたら落ち込んでしまうだろうと思ったのだ。

「そうね、あの子も頑張っているとは思うのだけど、私はまだその実力を見極めてはいないのよ」
「うへえ、厳しいのね」

キリカの言葉を聞いて、エステルは参ったような表情でぼやいた。

「あなた達も評定が足りないのに推薦状を出されても納得行かないでしょう?」
「言われてみれば、そうよね」

キリカの考えにエステルは賛成した。

「でも、すぐにあなた達に追い付くと思うけど」
「そうですね」

ヨシュアは穏やかな微笑みでキリカの言葉に同意した。
そして、エステル達は掲示板の依頼をこなしながらツァイスの街の人々に別れを告げるために遊撃士協会を出て行った。
エステル達の出て行く姿を見送った後、キリカは物憂げな表情でため息をついた。

「どうした、元気が無いじゃないか」

エステル達と入れ替わるように入ってきたのはジンだった。
その手には新聞、リベール通信が握られていた。

「世の男達の不甲斐なさを嘆いていたのよ」
「それには俺も含まれているのかい?」
「さすがに自覚してはいるようね」

キリカはジンからリベール通信を受け取りながらそう答えた。

「ノバルティス博士の周辺はどう?」
「あれから何も問題は無い。ヴァルターも退屈をこらえるのに苦労しているぜ」
「それは功夫カンフーが足りないのよ」

ジンに皮肉を言いながらも、キリカの目はリベール通信の記事に釘付けになっていた。
その記事はリベール王国の姫がアリシア王妃の誕生祭で婚約発表をすると言う物だった。

「やっぱり、その記事が気になるのか」
「どうやらそこまで鈍感では無いようね」

ジンが尋ねると、キリカは皮肉めいた言い方をしながらもジンの目を見つめた。
先に視線を反らしたのはジンの方だった。

「あなたもヴァルターも父上の事を気にし過ぎなのよ」
「全くもってその通りだな」

キリカの言葉にジンはうなずいた。

「いつまでも逃げているわけには行かないのよ」
「ああ、解っているさ。だからな……」

ジンはそう言ってリベール通信の記事を指差した。
それはアリシア王妃誕生祭の中で行われる武術大会の記事だった。

「続きはあなたが優勝してから聞く事にするわ」

キリカはそう言ってジンに微笑むのだった。



<ツァイスの街 中央工房>

エステルとヨシュアがティータ達にグランセル支部に異動する事を告げると、ティータは目に涙を溜めて泣きそうな顔になった。

「せっかくお姉ちゃん達と知り合いになれたのに、みんな居なくなっちゃうなんて悲しいです」

怪我の治ったアガットもボース支部へと戻り、共和国からヒラガ博士が来る事になったのと入れ替わる形でノバルティス博士も帝国へと戻るそうだ。
と言う事はレンも帝国へ帰る事になる。

「ティータの側にはパパとママが居るし、そんなに寂しくは無いじゃない」
「で、でもぉ……」

レンが大げさにため息をついてティータにそう言うと、ティータは上目づかいでレンを見上げた。

「レンだって、ここに居る間ずっとパパとママと離れているんだから」
「そうだったよね、レンちゃんもパパとママに会いたくなっちゃったんだよね」
「べ、別にレンがワガママ言って帰るわけじゃないんだからね!」

レンの言葉にティータが気が付いたような表情でそう答えると、レンは少し顔を赤らめ人差し指を突き付けてティータにそう言い放った。
すっと近づいたエステルは穏やかな微笑みを浮かべると、ティータの手を握って優しく言い聞かせるように話し掛ける。

「ここでお別れと言っても、二度と会えないわけじゃないわ。今度はティータの方からみんなに会いに行けばいいのよ」
「私の方から、みんなの所へですか?」
「そうだね、良い経験になると思うよ」

エステルの意見にヨシュアも同意してうなずいた。

「ティータはツァイスから出た事無いものね」
「わ、私だって1人で旅行したりできるもん!」

レンが余裕ぶった言い方をすると、ティータは顔を怒ってふくれさせて言い返した。
するとレンは挑むような目つきでティータに話し掛ける。

「じゃあ、これからすぐにレンと一緒に帝国に行く事はできるかしら?」
「もちろん大丈夫だよ!」

そんなエスカレートしたレンとティータのやり取りを見かねたエステルが止めに入る。

「こらこら、ティータと離れるのに耐えられないのはレンの方じゃないの?」

図星をつかれたレンが顔を赤くして下を向くと、エステル達に笑いが広がった。

「それじゃ、あたし達は仕事の途中だから行かないとね」

そう言ってエステルとヨシュアが立ち去ろうとすると、エステルの腰にティータとレンがまとわりついた。
エステルは頭を撫でて2人をなだめ、やっと解放されたのだった。

「でも、ティータは家族のみんなから物凄い愛されちゃってるから、旅に出るって言ったら猛反対されそうね」
「可愛い子には旅をさせろっていうけどね」

部屋を出てエステルがそうつぶやくと、ヨシュアも苦笑しながら同意した。
その後もエステル達は中央工房の様々な部屋を回りながら、掲示板に書かれた細かな依頼をこなして行った。
そしてエステル達も立ち寄った先で餞別せんべつとして様々な物を受け取った。
ストレガー社の研究員ティエリ博士からは新しいスニーカー。
新種のトマトを研究していたレイ博士からは栄養剤として、にがトマトのジュース。
にがトマトのジュースをエステル達が貰った事を聞いた医務室のミリアム先生は、笑ってキャンディをエステル達に渡した。
エステル達が廊下を歩いていると、屋上から降りて来たアントワーヌとすれ違う。
アントワーヌは口にビー玉をくわえていた。
エステル達の側に着くと、アントワーヌはビー玉を床に置いてエステル達に鳴き声を上げる。

「にゃーお」
「こんにちは、アントワーヌ」

ヨシュアはアントワーヌに笑顔であいさつを返した。

「もしかして、これをあたし達にくれるの?」
「にゃおーん」

エステルが尋ねると、アントワーヌはうなずいたように見えた。

「僕達への餞別せんべつだね、ありがとう」
「にやゃゃぁ~」

ヨシュアが笑顔でお礼を言うとアントワーヌは嬉しそうに鳴いた。

「じゃあ、またね」
「にゃ~おん」

エステルがそう言って手を振ると、アントワーヌは高い声で鳴いて尻尾をピンと立たせて優雅に歩き去って行った。



<ツァイスの街 空港>

中央工房の中を回り終ったエステル達は、最後に空港へと立ち寄る事にした。
ここでは新型エンジンを載せる予定のアルセイユの改造、そして新たに現れた山猫号の整備で賑わいを見せていた。
エステルとヨシュアは忙しそうに動き回っているラッセル博士達に声をかけるのを戸惑ってしまう。
しかし、ツァイスの街ではたくさん世話になった仲である、せめてラッセル博士にあいさつをして行こうと声を掛ける。

「ラッセル博士、こんにちは」
「おう、お前さん達か。頼んでおいた部品は届けて置いてくれたか」

いつもの調子で答えるラッセル博士にエステルとヨシュアは心が和むのを感じた。
しかし、ここで別れを告げないわけにはいかない。
エステル達がグランセル支部に異動する事を話すと、ラッセル博士は作業の手を止めてエステル達の話を聞いていた。

「ティータにはもう話したのか?」
「うん、泣いて引き止められたわよ」
「そうじゃろうな、ティータはいつも兄弟や友達を欲しがっておった」
「だからね、今度はティータの方から会いに来てって言ってあげたの」
「……まずかったですか?」

ヨシュアが尋ねると、ラッセル博士は首を横に振って否定する。

「そんな事は無い。ワシがティータのために大陸中を短時間で飛びまわれる小型飛行艇を開発しよう」
「相変わらず、凄いバイタリティね」

エステル達はラッセル博士と手を振って別れ、空港を後にしようとすると、ジョゼットから声を掛けられる。

「2人ともツァイスの街を出て行っちゃうって本当なの!?」
「うん、グランセル支部からの依頼を受けたから」

エステルの返事を聞くと、ジョゼットは悔しそうな顔になる。

「そんな、これから同じ街でしばらく一緒に居られると思ったのに!」
「でも僕達は準遊撃士だから、他の支部も回らなければならないんだよ」

ヨシュアはジョゼットをなだめるようにそう言った。
すると、ジョゼットは口をとがらせてぼやく。

「羨ましいよな、ずっと一緒に居られて……」
「そうだ、ジョゼットも遊撃士を目指してみたらどう?」

エステルは良いアイディアを思い付いたとばかりにジョゼットに笑顔で話し掛けた。
しかし、ジョゼットは悲しそうに首を横に振る。

「ボクはカプア運送の社員で、山猫号のレーダー手だよ。兄貴達と離れる事は出来ない」
「そっか、いい加減な事言ってごめんね」
「ううん、気持ちは嬉しかったよ」

そう言ってジョゼットはエステルの手を取って握手を交わした。
手を放したエステルは少し寂しそうに不安な表情で尋ねるようにつぶやく。

「あたし達、また会えるかな?」
「大陸を回っていれば、また会えるよ」

ヨシュアの言葉に、エステルとジョゼットも強くうなずいた。
エステル達は笑顔でジョゼットに別れを告げて空港を立ち去ろうとした。

「ヨシュア!」

ジョゼットがヨシュアを呼び止めて、そっと耳打ちをする。

「ねえ、エステルじゃ無くてボクならずっと一緒に居られるだろう、だからさ、ボクについて来ない?」

ジョゼットがそう言うと、ヨシュアは少し怒ったような固い表情になり首を横に振った。
そしてヨシュアの目は寒気を覚えるほど冷たい物だった。

「変な事を言ってごめん!」

そのヨシュアの表情を見たジョゼットは逃げるように空港の中へと引き返して行った。
そんなジョゼットの様子を見てエステルは首をかしげてヨシュアに尋ねる。

「どうしたのヨシュア?」
「別に大した事じゃないんだよ……」

そう言ってエステルに向かって穏やかに微笑むヨシュアの瞳はとても悲しげで、エステルはそれ以上聞く事は出来なかった。



<ツァイスの街 遊撃士協会>

エステル達が街での仕事を終えて遊撃士協会へ戻ると、キリカはすでに推薦状を書き終えてカウンターの上へと置いていた。
それを見たヨシュアは感心したようにつぶやく。

「さすがキリカさん、仕事が速いですね」
「でも、あたし達本当にツァイス支部を卒業してしまっていいのかな?」

エステルは少し不安そうな顔でヨシュアに同意を求めるように尋ねた。

「あなた達は、街の人達に認められる功績を十分に立てたわ。そのプレゼントがその証拠よ」

キリカは荷物を抱えたエステル達を見て笑顔を浮かべた。

「グランセル支部に連絡したら、早速あなた達に頼みたい仕事があるみたいよ」
「どのような仕事ですか?」

ヨシュアは真剣な表情になってキリカに尋ねると、キリカは首を横に振る。

「それは通信では聞けなかったわ、どうやら身分の高い方の極秘の依頼のようだから」
「うわぁ、いきなり責任重大ね」

エステルは驚いた顔でそうつぶやいた。

「そんな重要な依頼が入っているなら、なるべく早く出発しないと行けないね」
「それは、そうだけど……」

ヨシュアの提案に、エステルは戸惑っていた。

「重要な依頼が入っているのだからすぐにグランセルに向かって欲しいところね」
「わ、分かりました……」

キリカにも推されて、エステルは結局賛成した。
エステル達は急いで荷物をまとめて、遊撃士協会を出発する準備が整った所で、ヴァルターが遊撃士協会の中へと入って来た。
そしてエステル達の格好を頭のてっぺんから足の先まで値踏みするように見回す。

「何だお前ら、この街から出て行くのか?」
「2人はグランセル支部に異動する事になったのよ」

ヴァルターの質問にはエステル達の代わりにキリカが答えた。

「なら、お前らも武術大会に出場するのか?」
「なんですか、武術大会って?」

エステルが聞き返すと、ヴァルターはつまらなそうに舌打ちした。

「生誕祭で行われるイベントの1つよ。大陸中から腕に覚えのある人達が集まるのではないかと期待されているの」
「へえ、面白そうね」

キリカが説明すると、エステルは感心したようにうなずいた。

「まあ、お前ら新米遊撃士共が出場しても俺の相手にはならないだろうな」
「何よ失礼ね」

ヴァルターがため息をつきながらそう言うと、エステルはほおをふくれさせた。

「僕達じゃまだまだ力不足なのは当然だよ、でもレーヴェ兄さんが出場したら勝てるかどうかわかりませんよ?」

ヨシュアも悔しかったのか、挑むような目付きで義兄の名前を上げた。

「誰だ、そいつは?」
「ほら、あなたも鍾乳洞で危ない所を助けてもらったじゃない、あの銀色の髪をした大剣使いよ」

キリカが話すと、ヴァルターは思い出したのか愉快そうに口を歪ませる。

「面白れえ、そいつも呼んで来い、ジンとまとめてぶっ倒してやる!」

ヴァルターは大声で笑いながら遊撃士協会を立ち去って行った。
その後ろ姿を見て、エステルはぼう然とつぶやく。

「ねえ、ヴァルターさんは何か用事があってここに来たんじゃないの?」
「バカばかりね」

しかし、キリカのほおは嬉しそうに少しほころんでいた。



<ツァイス地方 リッター街道>

エステルとヨシュアはキリカに別れのあいさつをすると、すぐにグランセルに向けて出発した。
門から出て後ろを振り返っても、見送りの人影もない静かな門出だった。

「今までは居たのに、見送ってくれる人が誰も居ないなんて、寂しいわね」
「仕方無いよ、中央工房の人達は研究所で忙しく働いているんだから」

ため息をついたエステルをヨシュアがなだめた。

「心配は無用だ、その寂しさは僕達が埋めてあげようじゃないか」
「げげっ、オリビエさん」

街の門の陰から姿を現したオリビエを見てエステルは顔をこわばらせた。
そんなエステルの反応を見てもオリビエは気にせずに笑顔でエステル達に微笑みかける。

「んもうっ、照れ屋さんだなエステル君は。僕とまた一緒に居られるのがそんなに嬉しいのかい?」
「どうしてそう見えるのよ」

エステルはあきれて顔をしてため息を吐き出した。

「紅蓮の塔で僕達が君達の跡をついて行かなかったら、どうなって居ただろうね」
「う、あの時の事は感謝しているけど」

オリビエに図星を突かれて、エステルは口ごもりながらそう返した。

「人質救出のタイミングなど、とても勉強になりました」
「そうだろう、そうだろう」
「天狗になるな」

ヨシュアにお礼を言われて調子に乗るオリビエを、後ろに立っていたミュラーがいさめた。
断るわけにも行かず、エステル達はオリビエ達の同行を受け入れる事になった。

「オリビエさんも生誕祭を観るためにグランセルに行くんですか?」

ヨシュアの質問にオリビエは黙って軽くうなずいた。

「でもまだ少し生誕祭が始めるまでに間があるみたいだけど?」

疑問に思ったのかエステルはそうつぶやいた。

「生誕祭の事もあるけど、そろそろ帝国の大使館に顔を出さなければならなくてね」
「大使館って、あのダヴィル大使が居る所ね」
「滞在ビザの期限が切れてしまいそうだから、更新しなければならないのさ」

オリビエの言葉を聞いたヨシュアは顔色を変えた。

「そう言えば、ヨシュアの方は大丈夫なの?」
「遊撃士は特別な制度があるから平気なんだよ」
「ふーん」

ついに気付かれてしまったとヨシュアは冷汗を浮かべながらもごまかし笑いを浮かべてエステルに答えた。
エステルは興味を無くしたのか、腕組みをしながらぼやく。

「あーあ、もう一度温泉に入りたかったなぁ」
「えっ!?」

エステルの言葉を聞いたヨシュアは驚いて声を上げた。

「そんなに驚いてどうしたの?」
「だって、温泉であった事を思い出したらさ……」
「あっ……」

エステルの質問にヨシュアが顔を赤くして答えると、エステルも顔を赤くする。

「別にそう言う意味で言ったんじゃないからね」
「分かっているってば」

ヨシュアも顔を背けてそう答えた。

「そう言えばお前は温泉で騒ぎを起こしたそうだな」
「反省してるから許して下さい」

ミュラーににらまれたオリビエはへこんだ顔でそうつぶやいたのだった。



<グランセルの街 遊撃士協会>

そしてエステル達は道中トラブルも寄り道も無く、その日の夕方にグランセルの街へたどり着いた。
初めて訪れた王都は、ルーアンの街に匹敵する格調高い門と美しい白ハヤブサの彫像の噴水、ボースの街に負けないぐらいの賑やかさでエステル達は圧倒された。
生誕祭の準備なのか、街灯には垂れ幕のようなものがつるされ、街の通りには露店が並び、生誕祭を告げるのぼりが立てられている。

「うわあ、面白そうなお店がたくさんあるね」

エステルは周囲を見回しながら歓声を上げた。
自然と歩きは飛び跳ねるようなスキップとなっている。

「みっともないからもっと落ち着いて歩きなよ」

ヨシュアは隙があれば寄り道しようとするエステルの腕を引っ張りながら遊撃士協会への道を歩いて行った。
その姿はまるで兄妹のようで、オリビエとミュラーは顔を見合わせて苦笑しながら少し離れて後ろを歩いていた。

「しばらく会わないうちに成長していると思ったら、全然変わって無いわね」

そんなエステル達の前に姿を現したのは、新しい仕事着に身を包んだシェラザードだった。

「シェラザードさん!?」

ヨシュアの言葉を聞いて、露店の方に目が行っていたエステルも振り返ってシェラザードの姿を見つけて笑顔になる。

「シェラ姉、どうしてここに!?」
「生誕祭に備えてって事で、ロレント支部から応援にね。……それで、あなたは何をさりげなく逃げようとしているのかしら?」

エステルに声をかけたシェラザードは背中を向けて立ち去ろうとするオリビエを目敏く見付けた。

「まさかこの女性に迷惑でも掛けたのではあるまいな」

ミュラーが怪しんだ表情でオリビエの腕をつかんで逃げられないようにした。

「そ、そんな、僕は何も悪い事はしてないよ……」

冷汗を浮かべながらシェラザードの方を向くオリビエの姿を見て、エステルとヨシュアは同情するようにため息をついた。

「黙って私の前から姿を消した落とし前は付けてもらうわよ」
「た、助けてー」

シェラザードに腕を引っ張られて悲鳴を上げながら遊撃士協会の中へ消えて行くオリビエ。
エステルとヨシュアはシェラザードがうっすらと涙を浮かべた事に気が付いてしまう。

「シェラ姉、オリビエさんが居なくなって本当にショックだったんだね。でも、どうして今まで追いかけて来なかったんだろう?」
「応援要請が無ければロレント支部から離れる事はおいそれと出来ないよ」
「そっか、遊撃士の仕事って大変ね。あたしとヨシュアは同じ支部を中心に活動しようね!」
「う、うん……」

それが出来たらどんなに良い事かと、ヨシュアは内心思いながらも、エステルの笑顔には抗う事は出来ずにうなずいた。

「それじゃ、あたし達も遊撃士協会に入ろう!」

ヨシュアがうなずくと、エステルも遊撃士協会の中へと入って行った。
自分がリベール王国を去らなければならない日が段々と近づいている。
ヨシュアは極秘の依頼よりもそちらの方が不安として胸に圧し掛かっていた。
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