ツァイス地方編(6/29 33,34,35話修正)
第三十五話 迷い猫オーバーヒート!
<ツァイス地方 レイストン要塞 発着場>
それ程長く無いフライトを終えて、エステル達の乗った小型飛行艇メルカバはレイストン要塞の発着場に着地した。
搭乗口の扉が開かれると、そこには兵士達が整列して待っていた。
ルフィナを先頭にエステル達がタラップを降りると、兵士達は敬礼を始めた。
「こう言う出迎えって緊張するわね」
エステルは引きつった笑顔を浮かべてそうつぶやいた。
ルフィナは待っていたシード少佐に共和国の諜報部員を引き渡すと、諜報部員はシード少佐の部下により収監される事になった。
連れていかれる諜報部員の姿を見送ったエステルは、見覚えのある小型飛行艇『山猫号』が発着場に泊まっているのを見て驚く。
「これってジョゼット達が乗っていた飛行艇よね?」
「ああ、その飛行艇は事件の証拠品として押収した物だよ」
エステルが山猫号を指差してそう言うと、シード少佐はそう答えた。
「じゃあ、ジョセット達もここに居るの?」
「多分、そうだろうね」
エステルの質問にヨシュアはうなずいた。
「あーっ、何であんたがここに居るのさ!?」
ウワサをすれば影、発着場に姿を現したのはジョゼット達だった。
「それはこっちのセリフよ、牢屋に入っていたんじゃなかったの?」
「彼女達は今日で刑期を終えて釈放されたんだ」
「そう言う事」
シード少佐がエステルに説明すると、ジョゼットは腰に手を当てて自慢気に言った。
「外に出られるようになって良かったね」
エステルが笑顔でそういうと、ジョゼットは少しふてくされた表情になる。
「元はと言えば、あんた達のせいでボク達は何ヶ月も牢屋に入れられるハメになったんじゃないか!」
「こらあ、お前はまだそんな事を言っているのか!」
ジョゼットがエステルに人差し指を突き付けてそう言うと、ジョゼットはたくましいあごひげを生やした大男に鉄拳を食らった。
「痛いじゃないか、ドルン兄!」
「そこのお嬢ちゃん達が止めてくれたおかげで、お前達が罪を重ねなくて済んだんじゃないか」
「そ、それはそうだけど……」
ドルンに図星を突かれて、ジョゼットは口ごもった。
「それに、悪いのは会社を上手く経営できなかった社長の俺なんだ……」
「違うよ、ドルン兄だけが悪かったんじゃないよ!」
うつむいてしまったドルンを、ジョゼットは励ました。
そんな兄妹愛にあふれたジョゼット達の姿を、エステル達は暖かい目で見守っていた。
これならこの兄妹達はきっとやり直せるとエステル達は確信した。
「それでこれから君達はどうするの?」
「またこの『山猫号』を使って運送業を再開するつもりさ。何て言ったって、この船の速さは世界一だもんね!」
ヨシュアの質問にジョゼットは誇らしげにそう答えた。
「でもなあ、しばらく動かして無かったから、いろんな所がさびついちまっているかもしれないな」
そう言ってキールは残念そうにため息をついた。
キールの発言にドルンとジョゼットも同意してうなだれた。
そんなジョゼット達の姿を見て、エステルはしばらく考え込んだ後、何かを思いついた顔になって明るい調子でジョゼット達に声を掛ける。
「そうだ、ラッセル博士やノバルティス博士に飛行艇を直してもらえば良いじゃない!」
「お嬢ちゃん、俺達には博士に修理を頼むお金なんてありゃしないんだよ」
ドルンは落胆した顔でそう言うが、エステルは退く様子は無い。
「そんなに凄い船なら、博士の方が放って置かないわよ」
「エステル、勝手にそんな事言って……」
ヨシュアはあきれ顔でエステルにツッコミを入れた。
「じゃあ、あたしが博士に聞いて来る!」
エステルはそう言うと、メルカバの中で休んでいるノバルティス博士の所へと駆けて行ってしまった。
元気なエステルの姿を見たジョゼットはため息を吐き出した後、ヨシュアに話し掛ける。
「あんたもあの娘と一緒に居ると大変じゃない?」
「そうかもしれないね」
ヨシュアはジョゼットに言われて笑顔を浮かべて答えた。
そのヨシュアの顔をジョゼットはじっと見つめていた。
ジョゼットに見つめられたヨシュアは不思議そうに尋ねる。
「どうしたの、僕の顔に何か付いてる?」
「な、何でも無いよ!」
ジョゼットは慌てて首を横に振った。
「侵入者だ!」
その時、レイストン要塞の中庭の方から大声が聞こえて来たのだった。
<ツァイス地方 レイストン要塞 中庭>
大声が聞こえた方にエステル達が向かうと、中庭では兵士達が塀の上を指差して騒いでいた。
何事かとエステルが兵士達の視線の先を見ると、そこには1匹の黒猫がこちらを見下ろしていた。
「何や、猫かいな」
ケビンがあきれたようにため息をついた。
それは兵士達の上司であるシード少佐も同様だったようで、手でこめかみを押さえながら兵士達に言い聞かせる。
「確かに私は見回りでは猫の子一匹見逃すなとは言ったが、それを言葉通り受け止めるとは杓子定規が過ぎるぞ!」
「はっ、申し訳ありません!」
黒猫を追いかけていた兵士達はシード少佐に敬礼のポーズをとって謝った。
兵士達は去って行ったが、黒猫は怯えてしまったのかそのまま固まったまま動かない。
「ほら、怖い兵士さん達は行っちゃったから、安心して降りて来なさーい!」
エステルがそう呼びかけても、黒猫はエステル達をじっと見つめたまま動かない。
「どないすればええんやろか」
「……餌で釣ると言うのはどう?」
ケビンのつぶやきに、リースがそう提案すると、ケビンは指をパチンと鳴らす。
「さすがリース、いつも食べ物の事ばかり考えているだけはあるやないか」
「ケビン、花も恥じらう乙女に向かってそれは失礼」
リースはムッとした顔でケビンに言い返した。
話を聞いたシード少佐は自分の執務室から猫の餌を持って来るように部下に命じた。
そして部下は素早くマグロの入った缶詰めを持って戻って来た。
その手際の良さにエステルは驚いて目を丸くする。
「どうして猫の餌があるの?」
「それは、ツァイスの街からやって来る猫のための餌なんだよ」
エステルの質問にシード少佐はバツが悪そうに答えた。
シード少佐の話を聞いて、エステルとヨシュアは多分アントワーヌの事だろうと推測する。
アントワーヌはレイストン要塞に出入りする工房船ライプニッツ号に乗ってやって来るのだと言う。
共和国産のマグロを使った高級猫缶を持っているシード少佐に、エステル達は苦笑を浮かべた。
しかし猫缶を置いても黒猫は警戒しているのか、降りて来る気配がしない。
これにはシード少佐もすっかり困り果ててしまった。
すると、ヨシュアがすっと黒猫の方に静かに歩み寄る。
「追いかけまわして、怖がらせてごめんね」
ヨシュアはそう言うと、穏やかな笑顔を浮かべて黒猫を見つめた。
塀の上に居た黒猫はじっとヨシュアの顔を見つめるが、ヨシュアは決して目をそらそうとしなかった。
すると黒猫はゆっくりと立ち上がり塀から飛び降りると、ヨシュアの胸に飛び込んで来た。
見守っていたエステル達から驚きと歓喜の入り混じった声が上がった。
「これで一件落着やなあ」
ケビンがポツリとつぶやいた後、レイストン要塞の入口付近が騒がしくなった。
どうしたのかと中庭に居たエステル達が入口の方を見ると、開かれたゲートからその原因である人物の怒鳴り声が響いて来る。
「こらっ、一体何を騒いでおる!」
怒声と共に姿を現したのは、ボース地方のハーケン門の国境警備隊を率いるモルガン将軍だった。
モルガン将軍の側にはリシャールの姿も見える。
「入口の見張りの兵士がいつもより少なかったが、何があったのかね?」
「そ、それは……」
リシャールに尋ねられたシード少佐は言いにくそうに身体を震わせながらモルガン将軍とリシャールに中庭での騒ぎを説明した。
聞いているうちにモルガン将軍の顔はどんどんと赤く変化して行く。
「馬っ鹿もーん!」
モルガン将軍の怒りの叫び声は中庭だけでなく、レイストン要塞の建物の中に居る者達にも聞こえるほど響き渡った。
その轟音に驚いてヨシュアの胸に抱かれていた黒猫は逃げて走り去って行った。
そしてモルガン将軍はシード少佐と部下達を整列させてガミガミと説教を始めた。
そんなシード少佐達の姿をエステル達は冷汗を浮かべながら見ていた。
「ねえ、あたし達はどうしようか?」
「モルガン将軍に気付かれないうちにさっさとツァイスの街へ行ってしまおうか」
「せやな」
エステルの言葉にヨシュアがそう答えると、ケビンも賛成した。
エステル達はモルガン将軍の隣に立っていたリシャールに無言であいさつをすると、発着場へと戻った。
そして、エステル達が乗り込んだメルカバとジョゼット達の乗り込んだ山猫号は逃げるようにレイストン要塞から飛び立って、ツァイスの街へと向かうのだった。
<ツァイスの街 中央工房>
2隻の小型飛行艇、メルカバと山猫号はほぼ同時に中央工房の屋上へと着地した。
メルカバから降りたケビンは山猫号から降りて来たジョゼット達に向かってにこやかに話し掛ける。
「このメルカバはかなりの速さ何やけど、ほんまに追い付かれるとは思わなかったで」
「ふん、エンジンの調子が悪く無かったら負けてはいなかったよ」
ジョゼットは自信たっぷりにケビンにそう言い返した。
「でも、お嬢ちゃんよ、本当にタダで飛行艇を診てもらえるんだろうな?」
「大丈夫よ、ね、ノバルティス博士?」
「……ああ」
ドルンは不安そうにエステルに話し掛けると、エステルは自信満々に返事をした。
ノバルティス博士は穏やかな笑顔でエステルに向かって返事をした。
「本当にエステルが無茶な事を言ってすいません」
「助けてもらったお礼だよ」
謝るヨシュアに、ノバルティス博士はそう言って首を横に振った。
そしてエステル達が中央工房の建物の中に入ろうとすると、それよりも早くエレベータで屋上に上がってきたのはマードック工房長だった。
マードック工房長は怒った表情で建物から姿を現す。
「こら君達、こんな所に勝手に飛行艇を泊められちゃ困るよ!」
「すいません、マードックさん」
「ああ、ヨシュア君達だったのか」
謝るヨシュアの姿を見たマードック工房長は表情を和らげた。
「マードックさん、設計図もノバルティス博士も取り戻したよ!」
「博士、無事でしたか!」
エステル達の後ろに立つノバルティス博士の姿を見ると、マードック工房長は笑顔になった。
「ケビンさん達に助けて頂きました」
「そうですか、それはそれはありがとうございました」
ヨシュアがそう言ってケビン達を紹介すると、マードック工房長はお礼を言いながらケビン達に近づいた。
「工房長はんにお願いなんやけど、ツァイスの街で用事を済ませるまでこのメルカバをここに泊めさせて置いて欲しいんや」
「それぐらいお安い御用です」
マードック工房長はケビンの言葉に即座にうなずき、了承をした。
しかし、マードック工房長はメルカバの隣に泊まっている山猫号が気になる様子。
確かに七耀教会の印が刻まれている優美な感じのメルカバに比べて、山猫号は質実剛健で無骨な飛行艇に見える。
「あの、こちらの飛行艇は……?」
「ああ、それは私がメンテナンスの依頼を引き受けた物だよ」
「そうでしたか」
「急な事で悪かったね」
「いえいえ」
マードック工房長はノバルティス博士に軽く首を振って答えた。
「そうだ、こうしちゃ居られない、ノバルティス博士の無事を皆に知らせないと!」
マードック工房長はそう言うと、慌ててエレベータに乗り込んで降りて行ってしまった。
そんなマードック工房長の姿を見て、ケビンは苦笑を浮かべながらつぶやく。
「ずいぶんと忙しい性格の人やなあ」
「私達は階段で降りて行きましょうか?」
ルフィナが屋上に残ったエステル達にそう提案すると、ノバルティス博士は山猫号に自分達を乗せてツァイスの街の空港のドッグまで運んでくれるように頼んだ。
整備の機械や部品などを屋上まで運ぶのは手間が掛かるからだ。
ノバルティス博士の言葉にドルンは了承し、エステル達は山猫号に乗り込んで空港へと行く事になった。
<山猫号 船内>
貨物輸送船として使われていた山猫号には、エステル達も余裕で乗りこむ事が出来た。
ブリッジに入ったエステルは機関銃座を見つけると素早く近づく。
「まったく、この船の機銃には何度も驚かされたわね」
「あっ、勝手に触るな!」
エステルの動きに気がついたジョゼットが注意をした。
「ちぇっ、ケチ」
「あんたが触ると撃ってしまいそうで怖いんだよ!」
「それは言えてるかも」
「全く、ヨシュアまで」
ジョゼットの意見にヨシュアが賛成すると、エステルはしぶしぶ機関銃座から手を離した。
「それにしても、ロレントで宝石を奪われる事件から色々あったわね……」
「そうだね」
エステルが目を細めて懐かしそうに過去を振り返ると、ヨシュアもエステルの言葉に同意した。
「ルーアンの市長さんの家ではとっても怖い犬に襲われちゃったり、ツァイスの鍾乳洞ではペンギンみたいな魔獣に囲まれちゃうし、本当何度も死んでしまうかと思った事があったわ」
「でも、学園祭の出し物に参加させてもらったり、みんなで温泉に入ったり楽しい事もあったじゃないか」
思い出話を始めた2人の姿をジョゼットは羨ましさと悲しさと少しの悔しさが入り混じった瞳で見つめていた。
「でもここと次のグランセル支部で推薦状を貰えば遊撃士に成れるんだよね。あたし達、遊撃士になってもこのまま上手くやって行こうね!」
エステルの笑顔はまぶしすぎたのか、ヨシュアは思わず顔を反らしてうつむく。
「エステル、僕は……」
ヨシュアが言い淀むと、ジョゼットの大声がそれをさえぎる。
「ほらっ、もう着いたよ!」
ジョゼットは怒った顔でエステルとヨシュアに告げた。
エステルは驚いてジョゼットを見つめる。
「何をそんなに怒っているの?」
「ボクはこの数ヵ月ずっと、牢屋の中に居たんぞ! ボクだって楽しい思い出を作りたかったよ!」
目からポロポロと涙をこぼし始めたジョゼットを見て、エステルとヨシュアは面喰ってしまった。
「ごめんジョゼット、あたし達は別にそんなつもりじゃ……!」
慌ててエステルはジョゼットを慰めるが、ジョゼットは泣き止まなかった。
その状況を見かねてケビンが優しくジョゼットに声を掛ける。
「お嬢ちゃん、過ぎてしまった事は仕方あらへん。でも、これからは何でも出来るやないか。仕事に打ち込むのも、友達を作るのも、恋をするのも自由や」
「でも、ボクがそんな事できるのかな?」
「心配あらへん、空の女神様はお嬢ちゃんの事をずっと見守ってくれとる。お嬢ちゃんの罪も赦されているはずや、これからはきっと良え事がぎょうさん待ってるで」
段々と明るくなって行くジョゼットの表情を見て、エステルとヨシュアはさすが神父だなと感心した。
<ツァイスの街 空港>
エステル達を乗せた山猫号は、空港で整備中のアルセイユの隣の小型飛行艇専用ドッグに着地した。
突然空を飛んでやってきたメルカバと山猫号にはすでに注目が集まって居たらしく、アルセイユの整備をしていたラッセル博士達も山猫号へと寄って来た。
「おう、無事じゃったか」
山猫号から降り立ったノバルティス博士の姿を見て、ラッセル博士が声を掛けた。
「心配をかけて済まなかったな」
ノバルティス博士がそう答えると、ラッセル博士は首を横に振って否定する。
「いや、アルセイユの整備に追われて、それどころじゃ無かったわい」
「全くお主らしいな」
ラッセル博士の言葉にノバルティス博士は苦笑した。
軽口を叩けるほどのラッセル博士達の姿を見て、エステルとヨシュアも安心した。
「それで、お前さんがさらわれた原因は何だったんじゃ?」
「どうやら、私とお主とで新型エンジンを開発しているのが気に食わなかったようだな」
ラッセル博士の質問にノバルティス博士がそう答えると、ラッセル博士はしばらく考えた後につぶやく。
「なるほど、共和国の差し金か」
「鋭いな、それでヒラガ博士をここに呼ぼうと思うのだが」
「ヒラガ博士じゃと!? あの頑固ジジイが開発に参加したらややこしい事になるぞ」
「ラッセル博士に頑固ジジイって言われるヒラガ博士って、どんな人なのかな」
エステルはラッセル博士の言葉を聞いてそうつぶやいた。
そしてラッセル博士達はもう帝国のラインフォルト社製である山猫号のエンジンに話を移していた。
「さあ、自分らは依頼者の待っている遊撃士協会へ行こうか」
「そうね」
ケビンの提案にエステルはうなずき、空港を後にしようとした。
そこへ、目に涙をためた紫の髪の少女が駆け込んでくる。
「レン!?」
レンの姿を見たエステルは驚きの声を上げた。
遊撃士協会でティータと一緒に居たレンはマードック工房長からの報告を受けたキリカから話を聞いたのだろう、遊撃士協会のある街の方からずっと駆けて来た様子だった。
エステルは慌ててレンに道を開けた。
「博士ーっ!」
ラッセル博士と話していたノバルティス博士は振り返って、レンを受け止めた。
レンはノバルティス博士の胸に顔を埋めて泣いている。
「私に黙って勝手に居なくなっちゃうなって、ダメなんだからね!」
「悪かった、許しておくれ」
「じゃあこれからはレンの側に居る事! 10年経っても、レンが大人になってもずっとよ!」
ノバルティス博士に抱きついて泣いているレンはいつもの大人びた雰囲気とは違って、年相応の子供に見えた。
エステル達はそんなレンとノバルティス博士の姿を見送ってそっと空港を後にするのだった。
<ツァイスの街 市街地>
空港を出て中央工房に向かうエステル達の目の前に、とんでもないものが飛び込んで来た。
それは、街の通りの中央を歩いている猫の着ぐるみだった。
街の人々も遠巻きにその姿を見つめていた。
エステル達も関わらないようにそそくさと通り過ぎようとしたが、猫の着ぐるみは親しげに手を上げてエステルに近づいて来る。
「やっほー、エステルちゃん」
「アネラスさん!?」
着ぐるみのわずかな露出部分から顔をのぞかせたのはアネラスだった。
エステルとヨシュアは驚いて開いた口が塞がらなかった。
いち早く自分を取り戻したヨシュアがアネラスに尋ねる。
「ア、アネラスさん、その格好は何ですか?」
ヨシュアの質問に、アネラスは誇らしげにこれも遊撃士の仕事の一環だと答えた。
ヴォルフ砦で兵士と協力して出入りする運送業者に目を光らせていたアネラスは、エステル達がノバルティス博士を助け出したとオリビエ達から連絡を受けたキリカから連絡を受けた。
そこで帰ろうとしたアネラスはヴォルフ砦の兵士ブラムから中央工房に勤めている恋人のフェイに仲直りするための手紙を渡し、できれば可愛いプレゼントを買って渡して欲しいと頼まれた。
アネラスは女の子の気持ちが分かる自分にぴったりの依頼だと自信満々だ。
街の雑貨屋『ベル・ステーション』でプレゼントを探したアネラスは新商品の猫の着ぐるみを見つけて、試着用・保存用・プレゼント用の3つを買ったと言う。
「この”ねこスーツ”なら、きっとフェイさんも喜んでくれますよ! こ~んなに可愛いんだから」
アネラスはよっぽど気に入ったのか、恥しがる様子も無く身体をくるりと回してエステル達に見せた。
「着ぐるみはやりすぎじゃないかな」
ヨシュアはドン引きした様子でアネラスにそう言うと、アネラスは口をとがらせて首を横に振る。
「女の子の気持ちが解っていないな、ヨシュア君は。可愛いは正義だよ!」
「そ、そうなんですか?」
ヨシュアがそう尋ねながらその場に居た女性達エステルとリース、ルフィナに視線を向けると、3人は困った顔をして見つめ返した。
「わあ、とってもかわいいシスターさん達ですね」
アネラスは特にリースの方を見つめて目を光らせているようだった。
「姉様、何かちょっと怖いです……」
リースはそう言ってルフィナの陰に隠れた。
「アネラスさんて、可愛いものとなると人格が変わるわね」
エステルはそんなアネラスの姿を見て苦笑するのだった。
アネラスはこれから中央工房の地下倉庫に居るフェイに手紙とプレゼントを渡しに行くのだと言って去って行った。
<ツァイスの街 遊撃士協会>
エステル達が遊撃士協会に到着すると、受付ではいつもと変わらない落ち着いた様子でキリカがエステル達を待っていた。
「事件解決、お疲れ様」
戻ってきたエステル達にキリカは労いの言葉を掛けた。
淡々とした言い方と落ち着いた表情の中にも、少しだけ温かみが混じっているようにエステル達は感じられた。
「でも、今回はオリビエさん達やケビンさん達の助けが無かったら、危なかったわ」
「まあ、自分らは偶然良いタイミングで通り掛かっただけや。エステルちゃん達は博士を救出するタイミングを計っていたんやろ?」
「うん、オリビエさん達に博士が飛行艇に乗せられようとする時を狙うって言われてたわ」
ケビンの言葉に、エステルはそう言ってうなずいた。
するとそれまで考え込んでいたヨシュアが顔を上げてキリカに尋ねる。
「キリカさん、お聞きしたい事があるのですが」
「何かしら?」
「オリビエさん達が僕達の跡を追いかけて来たのは、本当にたまたま何でしょうか」
ヨシュアの質問にキリカは沈黙しか返さなかった。
「まあ、自分で考えるべき問題なんやろうね」
「ふふっ、そう言う事にしておくわ」
ケビンが助け船を出すようにそう言うと、キリカは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
しかし、その目は笑っていないようにヨシュアには思えた。
踏み込めない領域を感じ取ったヨシュアはそれ以上キリカに追及をするのは止める事にした。
「あっ、エステルお姉ちゃん達、お帰りなさい」
受付のにぎやかな雰囲気を察したのか、2階に居たティータが降りて来てエステル達に笑顔を見せた。
「アガットさんの様子はどう?」
「教区長さんの作ってくれた薬が効いたみたいで、ぐっすりと眠っています」
「怪我をしている方がいらっしゃるのですか?」
エステルとティータの話を聞いたルフィナが口を挟んだ。
ルフィナはアガットが怪我を負わされた事を聞くと、自分の力でもアガットの治療を早められるかもしれないと言ってティータと2階に上がった。
「アガットさんの怪我も治ったし、これにて一件落着ね」
「そうだね」
ホッとした笑顔でエステルがそう言うと、ヨシュアも同意してうなずいた。
「なあ、あの博士がまた狙われるって事はないんか?」
ケビンがキリカにそう尋ねると、緩んでいた空気が再び引き締まった。
しかし、キリカは首を静かに横に振ってそれを否定する。
「大丈夫、ラッセル博士達は共和国のヒラガ博士を新型エンジンの開発チームに加える事にしたそうよ。それに、ジンとヴァルターの2人に警戒させるように言っておいたから」
「なるほど、心配の必要は無いわけやな」
キリカの説明に、ケビンは納得したようだった。
そのケビンの表情を見て、エステルは再び笑顔になる。
「それじゃあ、今度こそ安心ね」
その後、ケビン達はキリカがジミーから預かっていたアーティファクト、《銀露の宝珠》を回収して任務を果たした。
そして、ルフィナとリースの診療の成果からか、2階で寝ていたアガットもティータと共に降りて来た。
目を覚ましたアガットはすっかり調子を取り戻した様子だった。
時刻はすっかり夕暮れになっていたので、エステル達は事件解決とアガットの回復を祝って街の居酒屋フォーゲルで飲み会を行う事になった。
それは楽しい飲み会だったが、ヨシュアはオリビエとケビン、キリカの間に流れる微妙に張り詰めた空気が気になった。
しかし、ヨシュアはその理由を誰にも尋ねる事は出来なかった。
拍手ボタン
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。