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[28590] IS <インフィニット・ストラトス>を改変して別の物語を作ってみた。
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:11
ISの再構成(?)の作品です。主人公に男をもう一人置いてのスタートになります。

織斑一夏と葵春樹は家族のような存在。彼らは女性しか扱えないISを起動させてしまい、IS学園に強制的に入学させられてしまう。

この二次創作は少々ブラックです。それに恋愛要素は少なめになっております。ご注意を。
そして設定改変や、オリジナル要素も多く、原作ファンにとっては不快な表現等もあると思いますし、「こんなのはISじゃない!!」と思うかもしれませんが、そこはどうかご勘弁を……。

それでは、どうぞお楽しみください。

(この作品は『小説家になろう』でも連載中です。)



[28590] プロローグ『全ての始まりという名の原因 -Trigger-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:16
 とあるところに男の子が二人。名前は織斑一夏と葵春樹。この二人は家族同然の関係である。どういうことかと言うと、春樹は両親を亡くしているのに加えて親戚という人物は居なかった。完全に一人になってしまった春樹。そこに救いの手を差し伸べてくれたのが織斑家の二人だった。年上の織斑千冬。同い年の織斑一夏。この二人も両親がおらず、姉弟で暮らしていた。同じような境遇の葵春樹を家族に向かえ入れたのだ。
 それからというもの、同い年である一夏と春樹はとても仲がよく小学校・中学校ともにずっと一緒だった。何をするにしても二人で笑い、悲しみ、怒り、そして悔しがることだっていつも一緒だった……という記憶がある。
 そして、今日は高校受験の日……彼らの運命は変わった。これから高校へ入って一緒にバカやって、テスト勉強して、色んな友達を作る気でいた……。
 彼らは今、高校受験の会場に来ていた。
 しかし……迷った。
 自分達の受験場所がまるで分からなくなった。いつも頭がきれる春樹も今日に限ってなんか頼りない。やはり高校受験ということで緊張しているのか。それとも迷った事で気が動転してしまったのかは分からないが、人に場所を聞いてもよくわからず二人揃って迷ってしまった。
「おい、春樹……こっちでいいんだよな?」
「…………わからん。すまん、一夏……マジでわからん」
「……本気と書いてマジか? どうすんだよ俺ら、戻る道もよくわからなくなっちまったし……」
「おちつけ一夏! ここは冷静にだな……」
 とかいいながら冷や汗搔きまくりの春樹。一夏はいつもの春樹じゃない。と内心焦っていた。こういうときに役に立つのが春樹なのに、今回に限ってその頼みの綱のその春樹が調子が悪い。春樹らしくない。
 春樹はいつも冷静で頭の切れる奴だったはずなのに、その冷静さが欠けていた様な気がする一夏。それは気のせいなのかどうなのか分かるはずがなく、とりあえず二人で受験海上を彷徨っていた。
 そして、ドアを見つけた。関係者以外立ち入り禁止と書いているが、二人はとりあえず道を聞くだけ。ということで誰かがいることを願ってそのドアを開けた。
 しかし二人の願いは叶わなかった。人がいない。そこには中世の鎧のようなものが忠誠を誓うようにひざまずいているだけだった。それが何なのか二人には分かった。
 『インフィニット・ストラトス』通称ISとよばれる。最初は宇宙活動を目的として作られたものだが、それを軍事目的で使うことが始まり、後にアラスカ条約により軍事運用は禁止された。そしてISは競技種目、スポーツとして活用されている。
 しかしこのISには不可思議な部分が多いのも事実。ISのコアと呼ばれる動力部の情報は一部を除いて開示されていないし、なにしろこのISは何故だか女性しか動かせない。
 そして春樹はそのISに近づいてこう言った。
「おい、これ……」
 一夏もISを確認して頷く。
「ああ、ISだな……」
「一夏……ちょっと見てみようぜ?」
「っておい春樹、それは不味いんじゃないの? 一応ここ関係者以外立ち入り禁止だし」
「大丈夫だろ、ちょっとぐらい。もし人が来ても迷ったって言えば誤魔化せるだろうし」
「…………春樹、お前そんな奴だっけか?」
「さあね」
 春樹はそのISに手で触れた。その瞬間、手で触れた部分が光りだす。
「…………動く」
 その時、春樹は呟いた。何か意味ありげに……だ。
「え? 春樹、どういうことだ?」
 その時、関係者であろう女性が数人部屋に入ってきた。
「君達、ここで何してるの!? ここは――」
 その女性達は驚いていた。それもそのはずである。ISは女性しか使えない。ISを知っていれば誰もがわかる常識だ。しかし、その常識を無視してISを反応させている人物が目の前にいる。なにが起こっているのかここにいる人は誰もが理解する事が出来なかった。
「まさか……反応してる!?」
「そんなバカな、ISを男が動かすだなんて!」
 そこにいた関係者らしき女性たちは驚きの声をあげていた。勿論一夏も例外ではなく驚きの声をあげていた。
「春樹……おまえ…………女だったのか!?」
 突拍子も無いことを言い出した一夏に春樹は大声でそんなわけあるか、と大声で否定し、ISから離れた。
「えっと……あの、いいかな君たち?」
 その女性は一夏と春樹のことを呼びかけた。それに一夏が答える。
「えっと、なんでしょう?」
「あのね、ちょっとお話聞かせてもらってもいいかな? あと、一応……君もISに触れてみてくれる?」
「え、は、はい。分かりました」
 その女性は一夏にもISに触れるよう要求した。目の前にISに触れて反応させた人物が一人いるのだ。一緒にいたその男の子も試してもらった方がいいだろう。もしかするとこのもう一人の彼もISを起動させてしまったりするのだろうかと期待せざるおえないからだ。
 一夏がISに触れる。そしてその女性達の期待は裏切られる事は無かった。一夏が触れるとISが反応した。まぎれもなく男性がISを起動させている。これは一大事であった。
「嘘、マジで!? まさか俺……女だったのかぁ!?」
 わけのわからないことを言い出す一夏。女性達は呆れ顔になり、春樹は笑っていた。今までのシリアスな雰囲気が台無しである。
「そんなわけあるか一夏! ほら、自分の下半身を確認しろ!」
「はっ、そうか!」
 と言って一夏は自分の下半身にある男の象徴の有無を確認した。よし、しっかりある。とほっとした一夏はため息を吐いた。
 そして呆れた顔で男二人を見る女性達。
 しかし、この二人がISを起動させたのは事実であり、これは放っておける問題ではない。しっかりとした確認を取って手続きを行わないといけない。
 そして一夏は自分達の問題を思い出した。自分達は早く試験を受ける教室を見つけなくてはならないことに。ちょうど関係者もいるので場所を聞くことにした。一夏は試験会場の場所が記された紙を用意した。
「あの、すみません……俺達、この教室で試験受けなくちゃいけないんですけど、何処にありますか?」
 すると、その女性達は真剣な顔でこう言った。
「君たちは、ISを動かす事のできた現在唯一の男ですから、ただ事ではありません。その学校の入試どころではないでしょう。IS学園の入試を受けてもらう事になります。というのが、上からの決定だそうです」
「「はあああああああああああ!?」」
 と二人の男は叫んだ。
 どうやら、二人がつまらないショートコントをしている内に外に連絡していたのあだろう。

 そして、これから始まるIS学園においての生活は、二人を様々な出来事に巻き込む事になる。織斑一夏と葵春樹。そしてどうしてISを二人は動かす事が出来たのか、それについてはまだ謎のままだが…………。

 これから始まるのは男がたった二人だけのIS学園での生活。



[28590] 第一章『世界で二人だけの特別な男 -Special-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:18
  1

 織斑一夏と葵春樹はIS学園に入学していた。しかし、周りの人は当たり前なのだが女の子に女の子に女の子であった。しかし、織斑一夏と葵春樹は同じクラスだ。ちょっとした安心できる人。それが近くにいるだけでも違った。もし、これが自分ひとりだけなら周りの女子からの視線で押しつぶされ、プレッシャーに負けていただろう。
 周りが女の子だらけで、男が経った二人だけ。そんな状況、話を聞く限りではこの幸せ者め! と言いたくなるが、話を聞いて想像するのと実際にその場で経験するのとでは全然感覚が違う。まず理性の問題。これだろう。二人も健全な十六歳の男子であり、これからの生活が耐えられるのかと不安になってくる。
 そしてこれが一番重要なことだ。人間関係である。やはり男子が考える事と女子が考える事では色々と変わってくる。クラスの人と仲良くなれるかどうか不安になる。下手をすればクラスの女子から嫌われ、クラスで一人ぼっちになることも考えられる。
 しかし、一夏には春樹が。春樹には一夏がいるので何かと安心できるのが正直な感想である。
((これは……想像以上にキツイ……))
 一夏と春樹は二人揃って同じことを考えていた。
 すると教員が教室に入ってきた。教卓の近くに移動するなり自己紹介を始めた。
「みなさん入学おめでとう! 私は副担任の山田真耶です!」
 と後ろのモニタに自分の名前を映し出してビシッと決めたが、生徒からの反応は今ひとつであった。生徒の反応が無いものだから不安になる山田先生。
「えっと……今日から皆さんはこのIS学園の生徒です。この学園は全寮制。学校でも放課後でも一緒です。仲良く助け合って、楽しい学園生活にしましょうね!」
 後ろのモニタに写真を写しながら丁寧に教えるが、しかしまたもやクラスの生徒からの反応は皆無で山田先生も焦りを表に出してきてしまう。
「ああっと……では自己紹介をお願いします。では出席番号一番、葵春樹君!」
 出席番号は男女絡めてあいうえお順だ。最初の文字が『あ』である葵春樹が一番最初に自己紹介することになった。
「え~、葵春樹です。よろしくお願いします。俺は見ての通り男ですが、ISを動かす事が出来る男。ということでこの学園にやってきました。皆さんと仲良くやっていければと思っています。これからよろしくお願いします」
 クラスのみんなから拍手が起こる。一夏も拍手をして緊張しながら自分の番を待っていた。プレッシャーに負けそうになっている一夏は春樹に助けを視線で求めたが、春樹は笑っているだけ、どうもこの状況を春樹は楽しんでいるらしい。
(春樹の奴、覚えてろぉ……あ、えっと……ほ、箒ぃ……)
 一夏はこのクラスにいる幼馴染の篠ノ之箒にまたも視線で助けを求めたが、彼女はそっぽ向いて一夏のことを無視した。
(それが六年ぶりに再会した幼馴染に対する態度か……? 俺、嫌われているんじゃ……)
 篠ノ之箒は一夏と春樹の幼馴染で小学校の頃は共に剣道に明け暮れていた。しかしその箒も小学校四年生のときに引っ越していった。その原因は箒の姉である束にある。なにしろISを開発したのはその篠ノ之束本人なのだから、その危険性も束自身のみならずその親族にまで及ぶ可能性もあるとしてどこかへ行ってしまった。
 春樹はそんな箒の態度を見て鼻で笑っていた。春樹は知っていたのだ、篠ノ之箒が織斑一夏に対して恋心を抱いている事を。小学校の頃に幼いながらも春樹にちょっとした相談をしていた。春樹はどうしたのか、もう一夏のことはどうでもよくなってしまったのかとちょっと心配していた。
 そして一夏がその雰囲気に飲み込まれそうになっていたとき、ついに一夏の番が回ってきた。しかしその事に気づかなかった一夏に山田先生は声をかける。
「織斑君? 織斑一夏君!?」
「は、はい!」
 今までぼーとしてしまっていたからか、すぐに先生の言葉が耳に入らなかった一夏は驚きの声をあげた。
「大声出してごめんなさい。でも『あ』から始まって今『お』なんだよね。自己紹介してくれるかな? 駄目かな?」
「え、いや、その……そんなに謝らなくても……」
 一夏は立ち上がり自己紹介を始めた。
「え、えーと……織斑一夏です。よろしくお願いします」
 しかし、クラスの人たちは黙ったまま。箒の方を見るもまたもやそっぽを向いた。次に春樹の方を見たが、彼はだまってドヤ顔をしていた。
(く、くそ……このままだと、暗いやつのレッテルを貼られてしまう……!)
 すると一夏はスーハーと深呼吸をする。クラスのみんなが「お!!?」と思い、一夏に注目する。 しかし、一夏が言った言葉は…………。
「以上です!!」
 こんな言葉だった。クラスのみんながお笑い芸人顔負けのズッコケをやり、春樹はクスクスと笑っている。そんなみんなの反応に一夏は戸惑った。
(あ、あれ? 駄目でした!?)
 すると一夏の頭に飛んできたのはとある女性の拳骨であった。一夏はその拳を受けて痛がり、顔を確認するなりこう言った。
「ん? げぇ! 千冬姉!?」
 そう言った一夏にまた拳骨をお見舞いした。
 その女性。もといその教員は織斑千冬その人だった。一夏と春樹の面倒を見てくれた人であり、一夏と春樹のもっとも尊敬する人物である。
「学校では織斑先生だ」
「先生、もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてすみません……」
(なんで千冬姉がここにいるんだ? 職業不詳で月一、二回しか家に帰ってこない俺の実の姉が)
 千冬は勢い良く生徒に向かってこう言った。
「諸君! 私が担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物にするのが私の仕事だ」
 その瞬間、クラスの女子がいきなり騒ぎ出した。キャーキャーキャーキャー正直うるさい。一夏と春樹はそんなクラスの女子達に対して凄く驚いていた。
「毎年よくもこれだけばか者が集まるものだ。私のクラスにだけ集中させているのか?」
 さらにクラスの女子の騒ぎは加速した。
 春樹はその女子達が騒いでる中、一夏の下へ行った。
「お、おい一夏……」
「ああ、春樹。どうも、俺達の姉が俺らの担任らしい……」
 すると千冬が一夏の方を向いて拳を握っている。
「ところで、挨拶も満足に出来んのか、お前は」
「い、いやぁ……千冬姉、俺は……」
 また千冬姉と言ってしまった一夏の頭を机の方へ押し付けてこう言った。
「織斑先生と呼べ」
「はい、織斑先生……」
 するとクラスの女子達がコソコソと話を始めていた。
「え……じゃあ織斑君ってあの千冬様の弟?」
「じゃあ、男でISが使えることもそれが関係しているのかな?」
「でも、じゃあ葵君の事は……」
「静かに!!」
千冬はザワザワしているクラスを沈めて、
「諸君には、これからISに関する知識を半年で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか? いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ!」
 はい! と、クラスの女子は一斉に言った。しかし、一夏と春樹だけは少しばかり戸惑っていたようだ。
 織斑千冬。一夏の実の姉であり、春樹にとっては義理の姉のような存在だ。春樹は両親を亡くしてから織斑千冬の世話になっていた。
 彼女は第一世代IS操縦者の元日本代表であるが、ある日突然引退して姿を眩ましていたが、この場でようやく今現在その千冬が何をやっていたのかが分かった。彼女はIS学園の教師をしていた。心配していた二人は「なんだ……心配するほどでもなかったじゃないか」と思っていた。
 そして山田先生によるISの授業が始まった。
「皆さんも知っている通り、ISの正式名称はインフィニット・ストラトス。日本で開発された、マルチ・フォームドスーツです――」
 そのISは10年前に開発され、元々は宇宙空間での活動を目的として開発されたが、その研究は現在停滞中。さらにアラスカ条約というもので軍事利用も禁止されており、今現在では競技に使用されている。
 そして、今一夏と春樹たちが入学したこのIS学園は世界で唯一のIS操縦者を育成する教育機関であり、世界中からIS操縦者になるために人がやってきている。
「――では、今日から三年間。しっかり勉強しましょうね!」
 クラスの女子達ははいと元気よく答えた。そう、女子達は。このクラスにいる男子二名は改めて自分の置かれている状況に疑問を抱いていた。
((今更だけど……改めて思う……なんで、なんで男である俺がここにいるんだよ!?))
 すると、チャイムが鳴った。これで授業は終わりである。
「はい、ではここまで。では起立、礼」
 クラスの皆が礼をすると、山田先生はこの教室から出て行った。
 そして、休み時間となった今、クラスの中のみならずクラスの外からも女子が集まってきている。目的は世界でISを動かせる世界に二人だけの男子である一夏と春樹だろう。
 皆が一夏と春樹に注目してなにやらワイワイガヤガヤと話しているが、そんなことを気にもかけずに一夏と春樹は話していた。否、そうやってこの雰囲気に飲まれることを回避していたのだ。 すると、一人の女子生徒が二人の前に現れた。篠ノ之箒である。
「ちょっといいか、一夏」
「あ、ああ。じゃあ、春樹。また後で」
「ああ、分かった」
 そして、春樹は箒を手招きして側に越させると彼女の耳元でこう囁いた。
「久し振りに会ったんだ。しっかりやれよ?」
 箒は顔が赤くなった後、恥かしがりながら一夏と共にどっかへ行ってしまった。
 しかしここで春樹は重大な事に気がついた。一夏がいなくなってしまったら俺一人になってしまう。この雰囲気に耐えれなくなってしまうと。
(早く、クラスに馴染みたいものだな……)
 と春樹はしみじみと思っていた。

  2

 一夏と箒は屋上へと来ていた。この二人、小学校の頃分かれてから六年の歳月の末再会を果たしたのだ。この再会は言わば奇跡とも言えよう。
「六年ぶりだし、何か話すことでもあるんだろ?」
 と一夏が聞くと、箒はなにやら恥かしがりながら、
「え、ああ、うん。しかし、よく覚えていたものだな……私の事を」
 と言った。その喋り方はまるで話すのに慣れていない人の様で、それを見た一夏は少し微笑んでしまう。何故なら、その六年前にも同じような事があったからだ。
「ははは。そりゃあ、忘れないだろ、幼馴染のことぐらい。髪型変わってないし、雰囲気も昔から変わってないよ」
「そうか……うん。ありがとう」
 箒はいきなり明るくなり、軽く頬を赤く染めていた。彼女は実のところ、一夏の事を六年もの間好きでい続けていたのだ。これほど嬉しい事はないだろう。
「その……一夏は、私に再会できて嬉しいか?」
「そりゃあ……嬉しいよ、うん」
 その一夏の言葉にとても幸せそうな顔をする箒。
「ふふ。でも、一夏がテレビで出たときは驚いたものだ。自分の家のテレビを何度も見返してしまった」
「ああ、あれは……その……成り行きでな……」
 笑いながら誤魔化す一夏。特に誤魔化す必要性など無いのにだ。
「テレビで見たとき……、もしかしたら、IS学園で会えるかもしれないと思ったんだ。そして今ここで二人で話している。春樹にも再会できた。この運命には感謝せねばなるまい」
「そうだな。じゃあ、再会した記念として握手でもするか」
 そう言って一夏は箒に手を差し出す。箒は恥かしそうにその手を握り、握手を交わす。一夏はニッコリと笑顔で箒を見る。それを見た箒は恥かしくて一夏の目を見ることが出来なかった。
「これからよろしくな、箒。昔みたいに仲良くやろうぜ、春樹と三人とでさ」
「そうだな……皆で、うん」
 するとチャイムが鳴った。これは予鈴であるから、この五分後が授業開始なのだが次の授業は千冬のものである。遅れたらどんな罰を受けるかもわからなので、ここは万全を期して早めに戻るのが吉というものだ。
「箒。次は千冬姉(ちふゆねえ)の授業だし、遅れるとどうなるかもわかんない、だから早く戻らないと」
「ああ、そうだな」
 一夏と箒は屋上から教室へと戻っていった。

  3

 一方、春樹はクラスで黙ったまま、特に何もせずに休み時間を過ごしていたのであった。というより周りを気にしないように頑張っていた。と言ったほうが正しいのかもしれない。
 しかし、クラスの女子にはクールでカッコいい男子。という風に見えていたのは春樹には秘密である。
 そして現在、山田先生によるISの座学が行われていた。とりあえず一通りのISについて解説が終わったが、織斑一夏はまったくもって分かったような顔をしていなかった。というよりは全然分からなくて焦っている。
(このアクティブなんたらとか広域うんちゃらとか、どういう意味なんだ……全く持ってわからん……まさか、全部覚えなくちゃいけないのか!?)
「織斑君なにかありますか? 質問があったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」
 山田先生は笑顔で一夏に接した。しかし、一夏は全く持ってわかっていない。一夏はゆっくりと小さく手を上げた。
「はい、織斑君!」
 山田先生はまた笑顔で一夏を当てた。
「ほとんど全部わかりません……」
 そんな一夏に驚く山田先生。焦りながら他に分からない生徒はいますかと尋ねるが、誰一人と分からない人がいなかった。それもそのはずである。彼女達はISの操縦者になりたいからこの学園に来ているのだ。必読として配られたISについての基本知識の本の内容は当たり前のように頭に入っているだろう。
 千冬はそんな一夏にある確認を取る。
「織斑……入学前の参考書は読んだか?」
「えっと……あの分厚いやつですか?」
「そうだ、必読と書いてあっただろう?」
「あ~、間違えて捨てました……」
 その瞬間一夏の頬に千冬の持っていた出席名簿で殴った。とても痛そうである。
「後で再発行してやるから、一週間以内に覚えろ!」
「いや! 一週間であの厚さはちょっと……」
「やれと言っている!」
 と千冬は一夏を一夏を睨んだ。とても良い目力を持っている。ちょっと怖い。
「あ…………は、はい」
 そんな一夏を春樹は笑いながら見ていた。あいかわらずだな。とそう思っていた。
 そして授業は再開し、山田先生が教科書を開くよう指示したのだが、その瞬間チャイムが鳴り、授業の終了を示した。
「ふ……じゃあ今回はここまでだ。織斑」
「はい! わかっております!」
 一夏はわざとらしく大げさに返事を返す。千冬は少し微笑んだかと思うと千冬とアシスタントの山田先生は教室から出ていった。
 授業は終わり休み時間。春樹は一夏に話しかけた。
「お前あの参考書捨てたのかよ……」
「ああ、電話帳かなんかと間違えて……」
「仕方が無いな……俺が少し教えてやるよ」
「本当か? ありがとうな春樹」
 するとある女子生徒が話しかけてきた。縦ロールのある長い金髪に透き通った碧眼。いかにもお嬢様、といった態度。さしずめ、ヨーロッパの方の人だろう。
「ちょっとよろしくて?」
「「ん?」」
 一夏と春樹は二人揃ってその女子生徒の声に同時に反応した。
「まあ! なんですのそのお返事! 私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんじゃないかしら?」
 春樹はその女子の顔を見て誰なのかとようやく分かった。しかし、一夏その女子を見てもいまいちピンと来ていないようだった。
「悪いな、俺、君が誰だか知らないし……」
 春樹は「え!?」っという顔をした。流石にそれは無いだろうと。テレビを見ていればちょっとぐらい見る事があるだろうし、知っているはずだ。何せ彼女はイギリスの代表候補生。ちょっとぐらいは知っていてもおかしくないはずではあるが……。
「私を知らない? セシリア・オルコットを!? イギリスの代表候補生にして入試主席のこの私を!?」
 すると一夏はセシリアの前に手を置き「待った」のポーズを取った。
「えっと、質問いいか?」
「下々の要求に答えるのも貴族の勤めですわ、よろしくてよ」
「………………代表候補生ってなに?」
 その瞬間、教室中の生徒がズッコけた。春樹も一夏が何も知らな過ぎるので呆れていた。セシリア・オルコットの事は知らなくても「代表候補生」という言葉ぐらいは知ってほしかった。というのが春樹の気持ちだった。しかも、単語からでも十分その意味は分かるはずなのに……。
「おい一夏! いくらなんでも代表候補生を知らないなんて……お前ニュース見てるか? 新聞読んでるか!?」
「な、なんだよ……春樹……」
「いいか一夏、代表候補生っていうのはな。国家を代表するその候補として挙げられた人たちのことだ。単語そのままの意味だろうが……」
「うっ……言われてみればそうだな……」
 するとセシリアは大声でこう言った。
「そう! エリートなのですわ! 本来なら、私のような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡! 幸運なのよ! その現実をもう少し理解していただける?」
 とセシリアは男二人に顔を少し近づけ睨みつけてきた。しかしその男子二人は臆することなく、しかも春樹がこんな事を言い出した。
「そうかい……それはラッキーだなぁ……で一夏、ISというのはな――」
 セシリアを無視し、一夏にISの事を教えだす春樹。そのような態度を見たセシリアは静かにちょっと低い声でこう言った。
「馬鹿にしていますの?」
 怒っているであろうセシリアの事を気にもせず春樹はこう反応を示した。
「いや、お前が自分と同じクラスになったのは幸運だって言うからラッキーだなって思っただけじゃないか。それより俺は一夏にISのことを至急教えないといけないんだ、だから自分のアピールはこの後にしてくれ」
「私を後回しに……? この私は入試で唯一教官を倒したエリートなのよ!?」
 と、ついに大声で怒鳴ったように声は張ったセシリア。しかしそんな彼女とは対照的に落ち着いている二人は衝撃の事実を彼女にぶつけた。
「それなら俺も倒したぞ。一夏は?」
「ああ、俺も、一応な…………」
 実際のところ、一夏は始まって早々に教官が突っ込んできたところをかわしただけであるが、春樹は違った。圧倒的な強さを見せて入試試験の教官を倒していた。
 しかし、一夏もその教官がそんなミスをしなかったとしても勝っていた事だろう。いままで一夏と春樹は同じ体を鍛える訓練を続けてきたからだ。実力では春樹と大差は無いはずであり、後はISの熟練度の違いだけだろう。
 しかし、ISを起動させてまもないというのに春樹は教官を圧倒できるほどの実力を持っていたことはなんとも不思議な事である。天性の才能なんだろうか?
 そしてセシリアはその事実を突きつけられて驚愕していた。
「なんですって!? 私だけと聞きましたのに……」
「女子では。ってことじゃないのか?」
 春樹はいやらしくセシリアにそう言った。するとセシリアはそこにいる男子二名の目の前でこう叫んだ。
「あなた、あなた達も教官を倒したっていうの!?」
「顔が近い。とりあえず落ち着け……」
 と春樹が言ったがセシリアは興奮状態でそんな言葉を聞くわけもなく……。
「こ、これが落ち着いていられますか!!」
 そのときチャイムが鳴った。そのチャイムの音で頭に血が上って興奮状態だったセシリアも落ち着きを若干だが取り戻し、こう言った。
「話の続きはこの後で、よろしいですわね!?」
 そう言い捨てて自分の席に戻っていった。

  4

 放課後、一夏と春樹は亮に向かっていた。もちろん部屋はこの学園でただ二人の男子である一夏と春樹は同じ部屋。二人揃って寮に向かう最中、二人の後方には十数人の女子が後ろからついてくる。恐らく、物珍しさでついてくる人から、恋愛感情剥き出しな人まで様々だったが、その女子十数人のほとんどが後者であった。
 二人の部屋に着いた一夏と春樹はその落ち着いた雰囲気でビジネスホテルをもう少し豪華にした感じの部屋に感動していた。
「一夏、凄いな」
「ああ、いいなこれ。俺奥のベッドな」
 そう言って一夏は奥の方のベッドに腰掛ける。すると、春樹は何か思い立ったように、
「あ、ああ。そうだ、シャワーは先に入っていいぞ」
「いいのか?」
「ああ、一夏が使い終われば次の人のことを気にせずゆったり出来るからな」
「そういうことか……春樹らしいよ。お前結構長風呂だもんな、シャワーでも無駄に長いし」
「そう言うなよ……。じゃ、改めて。これから同じ部屋。よろしくな一夏」
「ああ、こちらこそ春樹」
 そして二人は右手で拳を作りお互いに拳の先をぶつけ合った。これは小さい頃からの二人の友情の証のようなものである。これが二人の「家族」の証であった。
 一夏は着替え等を持ってシャワールームへと向かい、中へと入っていった。
 そして春樹は一夏が完全にシャワールームに入ったことを確認すると、入り口側のベッドに腰掛けて、疲れが溜まったようにため息を吐いた。
(なんだかんだで疲れたな……。何とか一日を終えることができた。さて、これから色んな事が起きるだろう。そのときは、頑張らなくちゃな)
 そう思った春樹は携帯電話を取り出してメールを打ち始めた。そのメールの相手は――

  5

 次の日、一夏と春樹が食堂へ行くと、そこには見慣れた女性。篠ノ之箒がいた。箒は一夏の顔を見るなり少し顔を赤くして目を逸らしていた。それを見た春樹は今後この二人が上手くいくことを願っていた。
 開いてる席を見つけて三人が座る。配置は一番左が箒でその横が一夏、そしてその横が春樹である。この配置も春樹が自然とこうなるように仕向けたものであり、ここまでの行動が極自然で狙ってやったなど誰も気づかなかった。
 三人が朝食を取っていると、女子が三人隣いいかな? と尋ねてきた。
「葵君、隣いいかな?」
 特に断る理由がないので春樹はいいよと言った。するとその女子三人はよし。と言って座った。正直春樹はなにが「よし」なのか正確には理解していなかった。ただ、惜しかったが……さしずめ「お近づきになっておこう」位だと春樹は思っていたが、実際のところ、それど頃ではなく、もっとその先のことを考えての隣の席を確保していた。
 女子三人の内、すこしだぼだぼな着ぐるみちっくなパジャマ姿の女の子が一夏と春樹の朝食の量を見て「すごいたべるんだー」と言った。しかし、食べ盛りの男子であるからあたりまえではある。
「つか、女子はそんなんしか食べなくて昼までもつの?」
 春樹が疑問に思ったことを言ったが、彼女達は誤魔化すように少し笑っている。春樹は理解した。
(なるほど、ダイエット中ってやつですかい?)
 と思った矢先、着ぐるみパジャマの女子がお菓子よく食べるし、と言い出した。春樹はダイエット中と取ったが凄い勢いで間違っていた。ダイエット中って訳じゃないみたいだ。ダイエット中ならお菓子を食べるだなんてそんなことをしてはいけない事である。
 すると、一夏と箒は席を立って、
「じゃあ、春樹。俺は先行ってるぞ」
「私もだ。後でな春樹」
「ああ、一夏、箒。後でな」
 と言って頑張れよ、と箒にウインクをした春樹。それを正確に受け取った箒は赤面して一夏の方へ駆け寄っていった。
 二人がいなくなり、春樹一人だけになったところに隣に座った女子から質問が来た。
「葵君って織斑君と仲いいの?」
「ああ、一夏とは家族みたいなものだよ」
「「「家族?」」」
 その場にいる女子三人はよくわからない、理解できない、といった顔をしている。だって一夏と春樹は苗字が違う。
「ま、詳しいこと話すと長くなるから割愛させてくれ」
「う、うん。そういえば、織斑君と篠ノ之さんってなんか仲良いけど、どんな関係なの?」
 なんだか、複雑な事情があるのかと受け取った女子三人は急いで違う話題に切り替える。
「まあ、アレだ。幼馴染ってやつだよ」
「「「え!? 幼馴染!?」」」
 急に三人の声が重なり、大きな声がより大きくなっていた。しかも食いつきが良い。やはり女子はこういった色恋沙汰に関係あることには興味津々なんだろうか?
「ああ。小学校一年のときに一夏と剣道場に通うようになってから、四年生まで一緒のクラスだったんだよ」
 その時、パンパンと手が叩かれる音が食堂に響き渡る。なにかと後ろを見るとそこにはジャージ姿の千冬が立っていた。
「いつまで食べてる? 食事は効率よく迅速に取れ!」
 その瞬間周りの女子の食べるスピードが凄くあがった。とても早い。そして千冬は言葉を続けた。
「私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンド十周させるぞ?」
 その時春樹は理解した。千冬が中々家に帰ってこない理由を。寮長を務めていたりとすごく忙しい先生なのだ。さすが織斑千冬。現役時代のカリスマ性を持ってすれば人を惹きつけるなんて容易い事であり、教師としてもそれなりの立場になるだろう。
(なるほどね、千冬姉ちゃん忙しいな……頑張れ!)
 春樹は急いで朝食を食べた。

  6

 教室では来週行われるクラス対抗戦の代表者を決める事になっている。このクラス代表に選ばれれば、これから行われるクラス対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会への出席など、クラス長のような仕事をすることになる。
「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」
 その事が織斑千冬の口から発せられると。クラスの女子は……。
「はい! 織斑君を推薦します」
「え……はい! じゃあ、私は葵君を……」
「私も葵君に一票!」
「私は織斑君!」
 そんな言葉が飛び交っていた。そんなクラスの女子達に正直戸惑っている一夏と春樹。すると千冬が他に誰かいないのか。と言った。このままだとこの二人で決選投票になると。
「納得がいきませんわ!!」
 セシリア・オルコットは机を叩き、立ち上がる。そして言葉を続ける。
「そのような選出は認められません。男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ!」
「それはどうかな?」
 と口を挟む春樹。
 しかし、そんな春樹に一言言ってして話を続けた。
「うるさいですわ! ……このセシリア・オルコットに一年間そのような屈辱を味わえとおっしゃるのですか? 大体、文化としても後進的な国で暮らさなければいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で……」
 その瞬間、一夏は「あちゃあ……」といった感じに顔を掌でで覆った。その時だった、今までの春樹のキャラが一気に崩れ去った。クラス中に春樹の怒号が響いた。春樹は自分の住んでいる日本という国が大好きであり、それを侮辱され、更に自分達をそこまで否定した事が彼を怒らせた。
「いい加減にしろよ……!! お前はどんだけ偉い人なんだよ? 代表候補生で専用機持ちだからって調子に乗んじゃねーよ……。イギリス人のお前にこの日本を侮辱して欲しくねぇな……。第一、世界的にも日本の技術というものは最高レベルなんだぞ? お前の持っているISだって日本の技術がなけりゃあただのガラクタになりうるんだからな」
「な、なんですってぇ!? イギリスがあなたの国に劣っているとでも?」
「そうだよ、あんたらの国、大したお国自慢なんてものはねぇだろうが」
「あ、あなたイギリスを馬鹿にしてますの!?」
「さあね、どう取ってもらっても構わないけど」
「ふざけるのも大概にしていただける!?」
 とセシリアが言った瞬間、クラスは一気に静かになった。しばらくの沈黙。それを破ったのはセシリアだった。
「決闘ですわ!」
「ああ、分かった。何をするよりも簡単でわかりやすい」
「あなたが負ければ私の小間使い、いえ……奴隷にしますわよ?」
「ふはは、そりゃいいね。じゃあハンデはどれ位つければいいんだ?」
 その瞬間教室中が笑いに満ちた。春樹の発言のハンデをつける。という部分である。本気で言ってるのか? と笑われている。それはそうだろう。相手は代表候補生で専用機持ち。普通の考えなら無謀な事だろう。意地張ってそう言っている。そういう風にしか見えない。
 しかし、春樹はたとえ相手が代表候補生で専用機持ちでも量産機である第二世代の打鉄を使って倒すだけの自身があった。
 しかし、何処からそんな自身が出てくるのか。もしくは自分の力を過度に評価しすぎているのかは分からないが、表情を見るに何かしらの勝てると確信できるだけの何かがあるのだろう。
「むしろ、私がハンデをつけなくていいのか迷うくらいですわ。日本の男子はジョークセンスがあるのね」
「葵君。今からでも遅くないよ、ハンデつけてもらったら?」
 近くに居た女子からの忠告。しかし、春樹はそれを無視して真っ直ぐセシリアの顔を見てこう言った。
「そこまで大口叩いていいのかよ。よし、じゃあ仮にだ。俺がお前に勝ったら何してくれるんだ?」
「そんなことはありえませんけど、仮に私に勝てればそれ相応の罰を与えてくれればよろしくてよ?」
 そして千冬が少しニヤッと笑い話を進めた。
「よし、話は済んだな。勝負は次の月曜日。第三アリーナで行う。織斑と葵。オルコットは勝ち抜き戦を行ってもらい、勝った者にクラス代表になってもらう。それでいいな? では三人はそれまでに準備をしておくように」
 一夏は春樹の久し振りにキレたところを見た。そんな春樹を見ていると話が勝手に進み、自分もクラス代表の選抜試合に出る事になってしまった。正直あんまり気が乗らないが、もうクラス代表になる事を拒否できる空気ではなくなってしまった。だから、やれるだけやってみる事にした一夏。春樹はアレだけの自身を持っているが、自分は正直あそこまでの自身を持てない一夏。しかし春樹とは共に鍛えてきた仲。彼に出来るなら自分にも出来るはず。とそう思った一夏であった。



[28590] 第二章『男達の力 -Force-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:21
  1

 一夏や春樹たちが居る一年一組の教室では、昨日のクラス代表を決定する事についてで盛り上がっていた。しかも、一夏と春樹に専用機を授けるという話が出てきてからずっとそればっかりだ。
 千冬の話によれば、一夏と春樹のISの準備には時間がかかるので、専用機の到着はギリギリになりそうだ。という事だった。それがクラスのみんなに更なる期待をあげてしまったものだから、クラスの盛り上がりは半端なかった。
 何故代表候補生でもない一夏たちが専用機をもらえるのか。それはとても簡単な理由だ。その二人は「男」だからである。世界的に見てもこのISを動かせる男というのは大変希少で、現在ISを動かす事のできる男は織斑一夏と葵春樹だけである。世界中を隅々まで探せば他にもISを動かせる男が見つかるのかもしれないが、現在分かっているのは一夏と春樹の二人だけというのは揺ぎ無い事実である。しかもこの二人を調べないわけにもいかない。というのが正直なところだろう。二人はISを動かせる男の貴重なデータを収集するためだけに専用機が渡されるのだ。
 ちなみに一夏は専用機を持っていることがどれだけ凄い事なのかはわかっていなかった。そもそも専用機は国家もしくは企業に所属している人物にしか与えられない。つまり、その人たちがこの人物なら専用機を渡してもいいだろう。と思える人物に与えられるものだろうから、ISの操縦が上手いのは当然だろう。
 しかし、この専用機を渡すのは結局のところ、ISを扱える人なら誰でもいいのが事実である。ISには第一形態移行(ファースト・シフト)から卒業までに第二形態移行(セカンド・シフト)さらには単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の発現まで持ってこれれば良いのだ。ISを研究・開発している人からしたらそれがゴールであるから。
「あの、篠ノ之さんって、篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」
 とある生徒が、一夏と春樹のISについての話をしているところでこう言った。
 その発現に対し、千冬は肯定した。篠ノ之束はここにいる篠ノ之箒の姉だという事を。
 するとクラスの女子が騒ぎ出す。当然だろう。ここにいるみんなはISの操縦者を目指すもの達の集まりであり、その開発者の妹がここに居るとなると驚かないはずがないはずだ。
 しかし、箒はいきなりは怒ったような感じでこう言った。
「あの人は関係ない!」
 すると教室が静寂に包まれ、箒は言葉を続ける。
「私はあの人じゃない。教えられることなど何もない……」
 突如教室は嫌な空気に包まれた。その空気を壊すように千冬が山田先生に授業を始めるように言った。
 一夏はわかっていなかった。箒がここまで束を嫌う理由が。
 理由を知っていた春樹は誰よりも暗い雰囲気になっていた。
 実を言うと、箒が剣道の大会に出る事になり、優勝したら一夏に告白する。と春樹にそう話していた。春樹はそんな箒を応援していた。
 しかし、箒の姉である束がISを開発し、複雑な事情がたくさん絡み合って……引越しする事になってしまった。もちろん、剣道大会だなんて言ってる暇は無く、気がつけば箒は引越しをしていた。誰にも分からないように、静かにその家から立ち去った。
 だから、あのときの箒の気持ちがどんな感じだったのか、ちょっとだけなら分かる春樹。だからこそ、この再会は本当に運命的なものを春樹は感じた。だから、春樹は全力で一夏と箒の事を応援する事にした。
 ISの座学が始まり、山田先生はISのことについての解説を行っていた。
 インフィニット・ストラトスは操縦者の周りを特殊なエネルギーバリアで包んでいる……等、山田先生は解説していく。
「ISには意識に似たようなものがあって、お互いの対話、いっしょに過ごした時間で分かり合うというか、操縦していた時間に比例してIS側も操縦者の特性を理解しようとします」
 春樹は黙ってその話を聞いていたが、一夏は相変わらず理解が上手く出来ていないようだった。
「ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください。ここまでで質問がある人は?」
「しつもーん! パートナーって彼氏彼女のような感じですか?」
 という質問に山田先生は照れてモジモジし始めた。ちなみに山田先生は男性とそういう関係を持ったことが無いらしい。凄く良いプロポーションを持ちながら今まで彼氏を持ったことが無いとは不思議である。どういう要因でそうなったのかはちょっと気になるが、それは一先ず置いておこうと思う。
(所謂女子高のノリって奴だよな、これ……)
 と一夏は思ったが、残念ながらその考えはハズレである。こんなノリは女子高でなくとも普通にあるだろうから。
 そして一夏は箒の方を見た。ずっと外ばっかり見ているし、なんだか不機嫌そうである。一夏はこのあとの昼食でもいっしょに誘ってみようかなと思った。

  2

 授業が終わり、昼休み。相変わらず外を眺めていた箒に一夏は話しかけた。
「箒、おーい箒。飯食いに行こうぜ。春樹、お前もどうだ?」
「あ、ああ……いいな。よし行こう」
「ほら、春樹も行くってよ。ほら箒も行くぞ」
 しかし、箒はちょっと低めの声で不機嫌そうに言った。
「私はいい」
「そういうなって、ほら立てよ」
 と言って箒の腕首辺りを掴んで無理やり立ち上がらせようとする。箒は慌ててながら言った。
「な、わ、私は行かないと……」
「はあ……いつまでそう不機嫌なんだよ。そんな箒は嫌いだぞ、俺は」
 そう一夏が言った瞬間、箒は焦った。一夏を不機嫌にさせてしまったからだ。自分が変な意地を張ったせいで。箒は慌ててさっき言ったことを訂正した。
「あ……すまん一夏。じゃあ、行くとするか……」
 箒は顔を赤くしながら言った。しかも一夏は箒の腕首から手を離し、今度は箒の手を握り、手を繋いで食堂へ向かおうとした。箒はこの状況に訳がわからなくなっている。舞い上がって我を失いかけていた。
「春樹行くぞ~」
「ああ、一夏……」
 春樹は思っていた。その手を繋ぐという行動が無意識での行動というのが箒にとって良いのか悪いのか。
 春樹は笑顔になりながら箒を引っ張っていく一夏の後ろについていく春樹であった。
 そして一夏たちは食堂へと向かう。一年生の教室からは食堂は少々遠い。それも仕方が無いと妥協して、少しばかり長い距離を歩いた三人は食堂へと着く。
 食券を買って、食堂のおばちゃんにそれを渡す。そして、自分の頼んだメニューが来るのをまちながら、一夏はさっきの箒の態度についてちょっとした説教をしていた。
「あんなに意地張らなくていいのに、やっぱり素直な方が可愛いと思うぞ?」
 突然そんなことを言い出す一夏に顔を赤くしながら箒は言葉を返した。
「そ、そ、そうか。素直なほうが良いのか……」
「ああ。なあ春樹?」
 すると春樹は何故俺に振る? と考えながらも一夏の言葉を肯定した。
「あ。そうだな」
 このとき春樹は思った。また一夏の無意識でのその行いか。と……。恐らく、一夏と箒の間ではちょっとした意味合いのすれ違いがあった。
 一夏は「どんなやつでも素直なほうが良い」という意味で言っており、箒は「素直なほうが自分は一夏に可愛く見られる」という純粋な気持ちで受け取っていた。箒の受け取り方も間違いではないが、微妙な意味合いのすれ違いは見て感じてむず痒い。
 箒は幸せな感情に包まれていたところ、現実に戻される声が耳に響いた。
「はい、日替わりお待ち!」
 そこには一夏と春樹、箒の分の日替わりランチが並んでいた。箒はその声を聞いて現実に戻される。どうしようもない事なのにちょっと不機嫌になる箒。自分の分の日替わりランチを取るなり一人でさっさと行ってしまった。
 一夏は不安そうに春樹を見ながら言う。
「俺、なんかしたか?」
「いや、お前は恐らく悪くないよ。たぶん……」
 一夏の質問にちょっと自信なさげに答える春樹であった。すると、食堂のおばちゃんが話しかけてきた。
「ちょっとアンタたち!」
 一夏と春樹は声が聞こえた方を振り返ると、そこには人が良さそうな食堂のおばちゃんが立っていた。
「なんでしょうか?」
 春樹はそう返すと、食堂のおばちゃんは笑いながら調理場から出てきて一夏と春樹の前に立ち、おもいっきり二人の背中をビシビシと叩いた。
 二人はいきなりの事でビックリして日替わりランチを落としそうになったが、持ち前のバランス力で体制を元に戻す。
「うん、身体は鍛えてるようだね。あんた達が噂のISに乗れる男なんだろう?」
「まぁ、そうなりますね」
 今度は一夏が質問を返答すると、
「アンタ達結構イイ顔してるねぇ。モテるだろう?」
「う~ん……モテてる感じを味わうより、まずは周りと馴染む事が何より優先することだと今は考えていますがね……やっぱりそこから始めないと」
 春樹は今の悩みを感じていた。やはり、何をするにしても回りに馴染むのがなにより優先しなくちゃいけない。でないと、やりたいこともやれないからだ。
 しかも先日、セシリア・オルコットなる女子と決闘の申し込みを受けてしまうし、昨日の自分には反省せざるおえない状況だった。流石にあれは熱くなりすぎた、と後悔している。
「でも、専用機持ちに決闘する男子生徒がいるって話があるんだけど、どっちが戦うんだい?」
 春樹は今現在の悩みの一つをさらっと言われてしまい、言葉を失ってしまう。それを見た一夏はフォローするかのように「コイツです」と言って春樹の方を指差した。
 すると、食堂のおばちゃんは春樹をまじまじと見つめ、
「アンタかい…………。まぁ、アンタ強そうだからねぇ、問題ないと思うけど……。男としてのプライドを忘れちゃいけないよ。男ってやつは女を守ってやることが生きがいだろう?」
 確かに、昔はそうだった。男は女を守ってやる。そういったテーマの作品は沢山あった。漫画にアニメ、実写映画にドラマなど、そういったものが人気を博したときもあった。
 しかし、今の時代ISの登場によって女の方が強いものである、といった考えが浸透していおり、女尊男卑の世の中になってしまっている。
「今の時代、男は生きにくい世の中になっちまったけど、アンタ達はその女性しか使えないって言われているISってやつを動かせるんだろ? なら、その力の使い方を謝ることなく、皆を守ってやることに使うんだよ。アンタ達は立派な男だろ?」
 一夏と春樹は、この食堂のおばちゃんの言葉には感動してしまった。この女尊男卑の考えが世間に広まっている中、昔ながらのその考えを持っていることは男として嬉しかった。
「そうだ、おばちゃんの名前、教えてもらえますか?」
 と、春樹が聞くと、
「私かい? 私は皆藤っていうんだ。まぁ、皆藤のおばちゃんって呼んでくれれば私はいつでも話し相手になってあげるよ」
 と言ってくれた。とても良い人だ、と物凄く思った二人。もし、悩んで悩んでしょうがなくなったときには皆藤のおばちゃんに相談しに行こうと思った。この人なら、良い答えを貰えそうだから。
「すっかり長話になっちまったね。ほら、女の子待たせてるんだろ? 早く言ってあげな。悪かったね、長い話して」
「いえいえ、じゃあ、毎日この食堂にはお世話になると思うので。これからよろしくお願いします。皆藤のおばちゃん」
 春樹は微笑みながら軽い礼をすると、続けて一夏も軽く礼をする。
 そして、箒の待つ席へと向かった。
 二人は箒が確保してくれた席に座る。箒は「遅い」と言ったが、二人は笑って誤魔化し、三人は昼食を食べ始めた。少し立ったところで一夏が二人に話しかけた。
「なあ、春樹、箒、ISのこと教えてくれないか? このままじゃ、セシリアと春樹にストレート負けしちまう。対戦相手に頼むのもちょっとおかしい話だけど、どうだ? 教えてくれないか?」
「別に、一夏はクラス代表になる気は無いのだろう?」
「そんなわけに行くか! やる前からやっぱ俺はいいです。ってそんなかっこ悪いこと出来るわけないだろう」
「むっ……」
 箒は自分の失言に自分で自分を怒っていた。そこに上級生らしき人物が近づいてきて一夏と春樹に話しかけた。
「ねえ、君達ウワサの子でしょ? 代表候補生の人と戦うって聞いたけど、でも君達素人だよね? 私が教えてあげようか、ISについて」
 と、その先輩の女子生徒が言った瞬間、春樹と箒は凄い勢いで……。
「「結構です!!」」
 と叫んだ。これには一夏もビックリした。まさかこの二人がこのようなアクションを起こすとは思いも思わなかったからだ。
 春樹は一夏と箒の間に変な虫が入り込まないように。箒は一夏の近くに上級生の女子が一夏にものを教える。というシチュレーションが恐ろしくて必死に言ったのだ。
「俺が――」
「私が――」
 ほぼ同時に春樹と箒は自分のことを一人称で呼び、そして同時にこう言った。
「「教える事になっていますので!!」」
 あまりに息が合っていたので一夏は微妙に引いた。上級生の先輩も負けじと言葉を紡ぐ。
「君達も一年生でしょ? 私三年生。私の方が上手く教えられると思うなぁ」
 しかし、こちらも負けない。すぐさま次の言葉を繰り出す。
「私は篠ノ之束の妹ですから」
「俺は織斑千冬の弟分ですから」
 実にこの二人、言い放題である。箒はさっきまで束に対してはイライラしていた原因だというのにこの有様である。使える、自分が有利になる言葉は遠慮無く使う。今の二人は何が駄目で何が良いのか。その線引きなど気にしていなかった。
「「ですので結構です!!」」
 またもや春樹と箒の言葉は同時に発せられていた。
「教えて……くれるのか?」
 一夏は大丈夫なのかと不安になりながら二人に尋ねた。すると二人は力強く首を縦に振り肯定した。一夏は変な不安に駆られながらも放課後になるまで待っていた。

  3

 食堂の一軒で一夏の特訓のコーチをすることになった春樹と箒。
 そして現在放課後になり、ISについて教える事になる。座学が春樹、実技が箒担当ということに決まった。
 放課後の教室には一夏と春樹と箒しかいない。いや、正確には教室の外、つまり廊下には人がいる。どういうことかというとお察しください。
 ともかく、教室の外で覗いている女子達は無視して春樹によるIS解説が始まった。
「では一夏、ISの戦闘について教えるが、これは頭で考えることじゃないということだけまず教えておこう。戦闘中は考えている暇なんて無いからな」
「まあ、多分そうなんだろうけど……で、何に気をつければいいんだ?」
「まずは動き続けろ、ということだ。動かないISなど射撃訓練の的のようなものだ。そして空を飛ぶときはとりあえずイメージしろ。深く考えるな。ISは自分が行きたいところへ飛んで行ってくれる自分の翼だと思って、自分が華麗に空を飛んでいることをイメージするんだ」
「はあ、イメージ……動き続ける……」
 一夏はなんとなく分かった。という風な感じだった。そんな一夏を見て春樹は補足した。
「まあ、まだISは起動したのは入試のときの一回だけだしな……。しかも一夏はほとんど動かしていなかったようだし」
「ああ……知ってた?」
 実は入試試験の一夏の相手は山田先生であった。しかし、開始早々訳もわからず一直線に突っ込んできた山田先生を避けるとそのまま山田先生は壁に激突。ノックダウンしたらしい。おそらく、山田先生は世界的に有名になったISを動かせる男子の一人である一夏と戦うことになってあがってしまったのだろう。あの先生は元代表候補生だし、IS学園の教師をしている時点でISの操縦は凄く上手いはずだが……。
「まあな……。で、話は戻るがISは――」
 そして一時間後、春樹による座学は終わった。
 話したことはIS最低限のことである。ひとまずセシリア・オルコットのISである『ブルー・ティアーズ』についての情報などだ。
 セシリア・オルコットが操る『ブルー・ティアーズ』は未だ開発・実験途中である第三世代ISである。第三世代ISの特徴は操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器にある。
 例えばセシリア・オルコットの『ブルー・ティアーズ」の場合、特殊兵器としてこの機体名の由来である『ブルー・ティアーズ』がある。これはビット兵器であり遠隔操作でビットを飛ばし、相手を狙撃する事ができるものだ。六機中四機がレーザービットでその名の通りレーザーを発射することができる。そして残りの二機はミサイルビット。ミサイルを発射する事ができる。
 等々、特殊な装備を持っているのが第三世代ISの特徴だが、実験・開発中ということもあってか燃費が悪いという問題が残っている。
 とりあえず、未だ自分達に贈られるという専用機が到着してない以上、そのISのスペックも分からないし、どんな装備があるのかも分からないのでそこからの対策は不可能だ。したがって、授業でやった事を分かりやすく、要約して一夏に教えた。そして春樹は一夏に「あとは感覚だ。実際にISを動かしてどうすれば良いのか直感でやるしかない」と言った。
 これも手元に自分達が使えるISがあればもっと別な事が出来たのだが……。

  4

 そしてこの次は箒による実技である。とは言っても訓練機のISの使用許可も貰っていないのでISを使用してでの訓練は不可能だ。
 ということで、現在三人は道場へ来ている。一夏と箒は竹刀を持っていた。そして箒は言った
「よし、一夏。今はISが使えない。だから今日は剣を握って戦闘の感覚をなんとなくでいいから掴もう。ということだが、良いか?」
「ああ、わかった。じゃあやろう」
 と一夏は言い、箒と剣を交じる。
 実は今日の特訓の全ては二人で考えている。二人に分野を分けたからといって別にそれぞれが勝手に考えた事ではない。ということを補足しておく。
 一夏は現役の剣道部である箒と対等にやりあっている。まさに防戦一方で、譲らない戦いであった。
 しかしこの一夏、中学校では帰宅部だった。しかし何故これだけの動きが出来るのかというと、春樹と一夏は二人で体を鍛え続けていた。そう、あの『事件』がきっかけで……。
 そのとき春樹は思った。「大切な人を守れるだけの力が欲しい」と……。そして一夏は「大切なものを守れる力が欲しい」と……。その事件があってから考えるようになった。そして彼らは強くなるためにひたすら体を鍛えていった。
 しかし、その『事件』を語るのはまた後ほど、ということにしてほしい。
「一夏、やはり強いなお前は……」
 息を若干切らせながら言う箒。しかし一夏はまったく息は切れておらず、まだまだ余裕の表情である。
「なぁに、まだまだだよ俺なんて。春樹はもっと凄いからな……。しかし箒、もう息がきれてるのか? ちょっと早いんじゃないか? もっと体力をつけた方がいいと思うぞ?」
 箒はその言葉に凄く反論したくてしょうがなかった。実際、箒も剣道という運動は続けてきたし、体力にもそれなりの自身があった。しかし自分の目の前に居る男。一夏は考えられないほどの持久力があった。普通の人ならどんなに運動していてもこれぐらい動けば息切れくらいする。
 しかし一夏はこれだけ動いても息切れしない。まだまだ余裕の表情をしている。ようするに一夏はとんでもないほどの体力と持久力を持っていた。
(一夏……何があった? なんでそんなにも強い……? しかも春樹はもっと凄いだと……。あいつらは一体何のためにそこまで強くなる?)
 箒の頭の中は疑問でいっぱいだった。ちょっとした混乱が起こっている箒の状態を一夏が見逃すわけも無く……。
「箒、試合中に考え事とはな……」
 と小さく呟き、大声で
「隙あり!!」
 と言った。
 箒は驚いた。一夏の握られた竹刀は箒の頭の上一センチぐらいで止まっている。
「あ…………、すまない一夏……気を乱してしまった……」
「いや、いいさ。おい春樹、久し振りにやらないか? 試合」
 そう言って一夏は春樹に竹刀を投げて渡した。パシッという竹刀の音が鳴り、春樹は強くその竹刀を握りしめた。
「ああ、いいぞ。本気でいこう」
「そのつもりだよ!」
 一夏と春樹は素早い。箒が最初に感じたことがそれだった。この二人はいい意味でどこかがおかしい。そう思った。
 しかし二人は剣道の動きではない。どちらかというと剣術の動きである。ようするに敵を殺しに行く動きである。そこにスポーツマン精神というものはない。相手を殺す。それに特化させた動きを二人はしていた。箒は一夏と春樹の二人を見てこう俯きこう思った。
(一夏……春樹……お前達は誰だ……?)
 少なくとも箒の目には戦っている二人は別人のように見えた。まるで、本気で相手を殺しに行く侍のように。
(お前達は……なんでそこまで……私はどうすれば……?)
 正直、箒は戸惑っていた。今の彼らは彼女の知っている二人ではない。そのことが彼女の胸がもやもやする感じに襲われていた。
 箒が変な感じに襲われながらも、二人の方の決着がついた。春樹の竹刀の先が一夏の顔の前に突き立てている。
「はあ、やっぱり強いよ春樹は」
「いや、一夏も強いよ、結構危なかったし……」
 二人は笑っていた。それを見て箒は少し安心できた。何故ならば箒自身が良く知っている二人の顔になっていたからだ。
 箒はこの場で起きた事を、この二人の戦っているときの表情を忘れることはなかった。否、忘れる事などできなかった。



[28590] 第三章『クラス代表決定戦 -Duel-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 21:47
 1

 一夏、春樹、箒の三人は第三アリーナに来ていた。無論、クラス代表を決めるための試合のためだ。
 三人が戦う順番はくじ引きで決まった。三人がくじを引き、折り畳まれた紙を開く。すると春樹とセシリアのくじに丸が書かれており、一夏のくじには何もかかれて居なかった。つまり、第一試合は春樹とセシリアとの勝負。そしてその試合で勝った者が一夏と戦う事になる。
 試合開始の時間までそう時間が無い。しかも彼らの機体はまだ準備が出来ておらず、未だに待つだけの時間を過ごしていた。
「おい、まだかよ。俺らの機体は?」
 痺れを切らした一夏は千冬に向かってそう言った。
「そう焦るな、もう少しで来るはずだ。なにも心配する事は――」
 「ない」そう言いかけた千冬だが、その言葉は山田先生の言葉により遮られた。
「来ましたよ! 織斑君と葵君の機体が!」
 そう山田先生が叫ぶと近くにあった扉が開かれる。そこには二機のISがあった。二つとも白い機体カラーであり、片方は今まで見たようなISの形をしていた。なぜわざわざこんな事を言うのかというと、もう片方のISは今まで見たことが無い形をしていた。
 デザイン的には白くて何処か、その名の通り天使を思わせるようなものであり、装甲はものすごく薄く、もはやそれは「服」だった。今までのISにあった機械的でゴツゴツしたパワードスーツというものを感じられない。しなやかで、だがそれなりに装甲は硬い。そんな不思議なISであった。もっと言うなら西洋の甲冑、と言ったら分かりやすいだろうか? あれをもっと衣服のようにしたもので、顔の鎧衣が無い状態。と言えばいいだろう。
「それがお前らの機体。』白式(びゃくしき)』に『熾天使(セラフィム)』だ。お前らからむかって右側にあるのが白式。織斑、お前の機体だ。そして左側にあるのが熾天使。葵の機体だ」 
 「熾天使(セラフィム)」そう呼ばれた機体が先ほど言った装甲があまりにも薄いパワード・スーツという言葉を感じさせないISだ。
「これが……俺の機体?」
 そう呟いた葵。今まで見たことが無いISに胸を躍らせていた。これはいったいどんなスペックなのか。どんな装備なのかと。
「時間だ。試合を始める。葵、急いでそのISを装備しろ。と、言いたいところだが、その機体はちょっとばかし特殊でな、装着の仕方がいままでのISと違う。私がそちらへ向かうから待っていろ」
 千冬の指示に従い、葵は自分のISになる熾天使(セラフィム)の前で待っていた。  
「おい、春樹。お前の機体……」
「ああ、こんなIS見たことが無い、どんなISなのかと期待しながらも少し不安だ」
「大丈夫だ、春樹ならどんなISでも扱えると思う」
「そうか……おっと、ち……織斑先生が来たようだ。じゃあ俺は……」
 今一瞬千冬姉ちゃん、と言いそうになった春樹だったが、ギリギリのところで直すことが出来た。それを一夏は華麗にスルーして、
「おう、負けんなよ……!」
「誰に向かってそんなこと言ってる? 俺が負けるとでも思ってんのか?」
「そうだな、ここで負けしまえば、俺達が今まで頑張ってきたことの意味がどっかに行っちまう」
「そういうこと、じゃあ俺は……」
「ああ、引き止めて済まない。いって来い!」
「ああ!」
 そんな彼らの会話を箒は黙って見ていた。彼らの言う頑張ってきた意味。という言葉に疑問が生まれる彼女であったが、今はそんなことを気にしていても仕方が無い。と少し吹っ切れたようだ。とりあえず今は春樹とセシリアの試合を見守る事だけを考えていた。
 そして春樹は千冬に指導を受けながらISを装着していた。確かにいままでのISとは様々な点で違っている。従来のISは「装着する」というイメージであったが、この『熾天使』というISは「着る」という言葉が似合っていた。
 白い装甲を身に着けていく。胴、腕、足に次々と身に着けていく。部分部分のパーツがあってそれを身に着けていくイメージだ。
 全体のカラーは白で、腰辺りに推進剤が積まれている大きめのスラスターがある程度。これを見る限り超加速、超高速型であることは一目瞭然であった。
 全てを装着し終えると、ISから音声が再生された。
『Access.』
 すると目の前に様々な画面が現れた。機体のスペック。装備のスペック。等々、この機体の様々な情報が表示された。
(なるほど、やはり装甲そのものの耐久力やシールドエネルギーを犠牲にして驚異的な加速力と最高速度を出している。さらに武器の火力をそれなりにあるな……)
 すると、目の前の画面に『ブルー・ティアーズ』と書かれた画面が開かれた。セシリアのISの簡単なスペックが書かれている。通信で山田先生がセシリアのISについての説明をしてくれた。
『セシリアさんの機体名はブルー・ティアーズ。遠距離射撃型の機体です』
(よく知ってるよ、調べたからな)
『ISには絶対防御という機能があって、どんな攻撃を受けても、最低限操縦者の命が助かるようになっています。ただ、命に危険があるような攻撃を受けた場合、シールドエネルギーは極端に消耗しますが……分かっていますよね?』
 続けて千冬が葵に向けて話し出した。
『葵、気分は?』
「大丈夫、何の問題もないさ。むしろテンションが上がっています」
『そうか、それは何よりだ』
 春樹は一夏と箒の方を見て、こう言った。
「一夏、箒。勝ってくるからな」
「おう、勿論そんなことはわかってるよ!」
「そうか……」
 しかし、箒は黙ったままだった。春樹は特訓を始めた頃から箒の様子がおかしい事を感じ取っていた。しばらく経っても直らず結局のところ今日になっても箒の様子は変わる事がなかった。そんな彼女を心配した春樹は今夜相談にでも乗ってやるかな? と思っていた。
 春樹はカタパルトの方まで歩き、足を固定し飛ぶ準備をした。
「葵春樹、行きます!」
 そう叫んだ春樹はカタパルトの力によって勢い良く外へ飛び出した。
(でも、こいつ……まだ初期設定のままなんだよな……。フォーマットとフィッティングを終え、第一形態移行(ファースト・シフト)が終わるまで何とかなるか……。それが終わる前に終わらせることもできなくもないと思うが……さて、どうするか)
 そんなことを考えていると目の前の青い機体に包まれたセシリア・オルコットが話しかけてきた。
「最後のチャンスをあげますわ」
「チャンスだって?」
「私が一方的な勝利を得るのは自明の理。今ここで謝ると言うのであれば許してあげないこともなくってよ?」
「それはこっちの台詞だよ」
「な、そう……残念ですわ……それなら――」
 と言った瞬間、春樹のISの画面には警告の文字が大きく出ていた。ロックされているという警告だ。
「お別れですわね!」
 そう言ってセシリアは強大なレーザーライフルである『スターライトmkⅢ』を放ってきた。しかし春樹はその攻撃を悠々と回避する。この『熾天使(セラフィム)』の加速力を持ってすれば、牽制の射撃が当たる筈がない。
 セシリアは構わず『スターライトmkⅢ』の砲撃を続けるが、一向に当たる気配がない。
(正確な射撃だと思うが、そんな攻撃は動き回っていれば当たらないぞ……!)
 セシリアは少し焦っていた。相手の動きが早すぎるのだ。正直、このまま撃ち続けても当たることはない。それは分かっていた。だから、次は『ブルー・ティアーズ』によるビット攻撃に移る事にした。
「なら、これで!!」
 そう言ってセシリアはビットを展開し、春樹に全方位からの攻撃を試みる。
 アレだけのスピードを彼は扱いきれない。だから細かい動きがまだ上手く出来ない。そう踏んでいたが、セシリアの予想は大きく裏切られた。
 確かにビットによる攻撃は春樹を少しだが苦しめている。しかしあくまで「少し」なのだ。
(な、なんで。なんであの方はISを動かして間もないはずでしょう!? なぜあのような動きが出来ますの!? しかし、最初機体のスペックを見たとき驚きましたわ……あのシールドエネルギーの量。あれじゃ、下手をすれば……いえ、下手をしなくても一撃でも当たってしまえば落ちてしまうぐらいの装甲の薄さ。だから、一撃……一撃でも入れれば圧倒的に私が有利になりますのに!)
 セシリアが今行っているビットによる攻撃は実を言うと火力はいまいちである。本当は『ブルー・ティアーズ』のビット攻撃で相手の動きを規制させ、『スターライトmkⅢ』で攻撃を出来れば理想的なのだが、現状では同時に二つの武装を扱うことが出来ない。そこに穴がある。
 春樹は、『熾天使(セラフィム)』の加速力とその速度に振り回される事もなく自分のISを操っていた。
(武器は……『ブレイドガン』……か。近距離から中距離向きか……)
 『熾天使(セラフィム)』は銃の先端に剣がついた立ち回りしやすい武器『ブレイドガン』をメインに置き、他にも様々な武器がある。それは機体のウエイトを限りなく軽くするため、全て量子化されており、慣れていないと武器を変更する際に大きな隙が出来てしまう。流石に春樹も初めて扱うISだけあって完全に全てを把握していない。武器の形状、特性などを把握していないため素早い武器変更は現状では不可能だった。
 春樹はブレイドガンを片手にセシリアに接近を試みるが、ビット攻撃によって接近を食い止められてしまう。
(くっ、やっぱり代表候補生、そう簡単には勝たせてくれないか……)
 一方セシリアは焦っていた。ビット攻撃もライフルの攻撃も当たらない。しかも武器を持ってこちらにやってくる。
 今の接近はビットの攻撃でなんとかなったものの正直ヤバイものを感じていた。本気で殺されそうな、そんな雰囲気を感じたのだ。
「あなた、なかなかやりますわね。ここまでやるとは思いませんでしたわ」
「ふーん……」
 春樹は精神的な攻撃を仕掛けている。なにごとも勝負ごとは自分を見失った方が負けるのだ。
「あら、冷たいのですね。なら、ここからは本気を出しますわよ!」
 もちろん、こんな発言はハッタリだった。正直いっぱいいっぱいだった。攻撃が当たらない。一撃でも当たれば勝ったも同然なのに……。そういのが精一杯だった。
「そうかい、ならばこちらも……!?」
 すると機体に変化が現れた。『熾天使(セラフィム)』のISの形が変わったのだ。装甲に僅かな変化を起こしていた。もっともちょっとした模様が入り、装甲の線がスッキリし、直線的なデザインに変わっている。
 しかし、何よりも、この試合を見ている人を魅了させたのが、その熾天使の名にふさわしい純白の大きな翼だった。
「な、第一形態移行(ファースト・シフト)……あなた、今まで……しょ、初期設定で戦っていたというの?」
 セシリアは絶望していた。今までのあの状態でさえ攻撃を与える事ができず、さらに攻撃を防ぐだけでもギリギリの状態だったのだ。
 春樹のISの画面には「フォーマット」「フィッティング」という表示が現れ、さらに単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の表示があり、『天使の翼』そう表示されていた。つまり、この翼こそこの『熾天使(セラフィム)』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)であった。
 春樹がその翼の能力を確認すると、この翼はあるゆる防御手段にも使う事ができ、さらに移動速度は1.5倍に跳ね上がる。というものであった。ただでさえ早かったこの『熾天使(セラフィム)』に更なる速さを追加された。
 しかし、防御力はいうなれば「紙」同然で、さっきまでの仕様と変わらず一撃でもくらえば落ちるが、この翼は防御手段に使える。あらゆると書かれているので恐らく実弾だろうがビームだろうが防いでしまうのだろう。だが、この翼がどれだけ耐えれるのかが不安である。もし仮に壊れてしまう事があれば、このISは飛ぶことすら間々ならなくなってしまう。つまり、あまり翼の防御に頼るのは不安要素が大きすぎるのだ。翼による防御は緊急時のみとしておいた春樹。
「さて、第一形態移行(ファースト・シフト)も終わったところで……決めさせてもらいますか」
 春樹は手に持っていた『ブレイドガン』を量子化し、新たなる武器を取り出した。
 その武器は真っ黒で春樹のISの白とは対照的な武器で、巨大なライフルである。『バスターライフル』という名の武器で、火力は熾天使の手持ちの武器の中で最高である。
「最後に言っておく、お前。まだまだ伸びる。成長するぞ。代表候補生だからとか何とか言ってないで、その先の強さを見つけろ。そうすれば、セシリア・オルコット。お前は更に強くなる。俺も一夏も、常に先のそのまた先の強さを見据えて自分を鍛えてきた……」
 セシリアはその言葉に少し励まされた。
 この試合をしてよくわかった。
 自分が代表候補生だからって、この中の誰よりも強いと思い込んでいたことを。
 他の人物を何も知らないで見下してしまった事を。
 その先にある強さを追い求めていなかった事を。
 セシリア・オルコットは色んなことを思い出し、そして深く反省していた。
「行くぞ、セシリア。本気で来い!」」
「分かりましたわ! 行かせて貰います!」
 と言って『スターライトmkⅢ』を構えた。セシリア・オルコットはヤル気である。まだシールドエネルギーは尽きていない。まだ勝つチャンスはある。
 相手の盲点を突けば、まだ勝てるチャンスがあると。
 春樹は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を発動させ、翼の生えた『熾天使(セラフィム)』の機動力に驚いていた。さっきの機動力の1.5倍というのは伊達じゃなかった。凄く早い。そう感じる。
 『バスターライフル』を構えてセシリアに放つがかわされる。
 セシリアも何か掴めたように動きが先ほどとは違っていた。

  2

 春樹の操縦テクニックに山田先生は驚いていた。
「葵君……本当にISの起動が二度目なんでしょうか? ありえませんよ、あれだけ扱いの難しいISを動かせるだなんて……。葵君、彼のあの技術はいったいどこから?」
 先生方々はふとモニターに目をやり確認し、千冬と山田先生の二人は現在試合中の二人をみて驚愕していた。
「織斑先生、彼女……」
「ああ、山田先生。オルコットの奴、動きが変わった。いい動きになっている」
「ええ、先ほどとは見違えるようです。何か掴めたのでしょうか?」
「そうみたいだ、葵の奴と戦って、どうすれば勝てるのか、それを考えているのだろう。なにか吹っ切れたのだろうな」
 「フッ……」と千冬は笑ってモニターを見つめ直した。
(春樹……お前は……、これじゃあ先生の立場が危ういな、そう思わないか? 山田先生)
 そう思っていた千冬だった。
 確かに、セシリア・オルコットの動きは見違えるようだった。生徒達を一流のIS操縦者に育て上げるのがこのIS学園の教師の仕事である。
 しかし、今試合をやっている生徒の片方である、男でありながらISを使えてしまう人の内の一人は、この試合を通してのこの短時間で、ある生徒を急激に成長させていた。

  3

 春樹は驚いていた。
 セシリア・オルコットの動きが先ほどとはまるで違うことを。
 ビット攻撃は意表を突くようにいやらしいところに飛ばして撃ってくるし、ビット攻撃によって生じた自分の隙を突いてライフルで狙撃してくる。
 何度か危ないところがあったのだが、春樹のどこで学んだのだか分からないが持ち前の技術でその危険を回避していた。
(こままじゃ埒が明かない。接近武器で攻撃を試みるか……)
 そう思った春樹は新たなる武器を展開した。
 それは日本刀を模した剣、『シャープネス・ブレード』であった。
(おっと、日本が好きな俺にとってちょっと嬉しい武器だねぇ)
 そう思った春樹はその『シャープネス・ブレード』を構えてセシリアに接近したが、ビット攻撃によって接近が拒まれる。
(なら、そのビットをまずは叩く!)
 春樹はセシリアへの攻撃を止め、ビットを壊す事にした。セシリアのビットの攻撃をかわしながら、一機、二機……とビットを破壊していく。そして四機全てを破壊した春樹は改めてセシリアに攻撃を仕掛けたが……。
「かかりましたわね! 四機だけではないのですのよ!」
 そういってもう二機のミサイルビットの銃口を春樹に向けてミサイルを発射した。
 しかし、春樹は事前にブルー・ティアーズのことを調べていたのでミサイルの攻撃を仕掛けてくるのは分かっていた。
 セシリアはミサイルがヒットした。勝ったと思った瞬間、煙の中から現れたのは自分の翼に身を包んだ春樹の姿だった。
「な、その翼は防御にも使えましたの!?」
 セシリアは驚きの声をあげる。
「残念だったな……ッ!!」
 「残念だったな……」この言葉を聴いた瞬間、セシリアの視界から春樹の姿は消えていた。彼はセシリアの後方に回っていたのだ。
 彼女の背中に思いっきり斬りかかる春樹。何度も斬りつけ、吹っ飛んだセシリアに追い討ちかけるようにバスターライフルをセシリアに向けた。ロックオンし、攻撃をチャージする春樹のバスターライフル。
(私の……負け……ですわね……)
 セシリアがそう思った瞬間、春樹のバスターライフルから放たれた砲撃はセシリアを襲った。
 セシリアのシールドバリアーの数値が0になり、試合終了の宣言が入った。
『試合終了! 勝者、葵春樹!』

4

葵春樹はセシリアとの試合が終わり、一夏の下へ戻った。すると一夏と箒が出迎えてくれた。二人は凄く輝いて尊敬するような眼差しが春樹に注がれている。
「春樹、お前すげーえな! 何処で覚えたんだよ」
 一夏はそういった質問を吹きかけてきたが、そのときある女性からも同じ質問が帰ってきた。
「そうですね……葵、お前は何故あれだけのISの操縦ができるんですか?」
 そこにいたのは山田真耶先生だった。彼女もそこについてはやはり疑問に思うようだ。
 だがしかし、ISの起動が二回目だというのにアレだけの操縦を見せつけ、さらに代表候補生に勝ってしまうほどだから気になるのは仕方が無いことだろう。
「まあ、それは……イメージ……ですかね?」
 春樹は自信がなさそうにそう言った。
「イメージ……ですか?」
 山田先生は正直よくわからなかった。彼はイメージというがどんな意味なのか。なんらかのイメージトレーニングかなんかなのか、と疑問に思っていた。
「はい、何故だか分かりませんが、色んな雑念が消えて鮮明にイメージできたんです。どういった動きをすればいいのか。その動きをするにはどうすればいいのか、とか」
 山田先生はなるほど、と思っていた。彼のいうイメージはそういうことだったのかと。
 春樹の言っている事は、常に状況が変わっていく戦闘中のやるべき事を無意識のうちにすぐに理解し、行動に移れる。という一種のスキルを持っていた。
 しかし、それとISを動かせることとは結びつかない。何故自分のイメージする動きをまだ操縦も慣れていないだろうISで出来るのか。謎は深まるばかりだ。
「そうですか……なるほど……。では、次は葵と織斑の試合ですね。織斑君、準備をしてください。そして葵君、連続で戦ってもらう事になりますが、大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
「はい、では織斑の準備が終わり次第試合を開始します」
 山田先生のその声で一夏も自分のISのところへ行き、ISの装着を始めだした。一夏のISである「白式(びゃくしき)」は試合前に見たものとは変わっていた。恐らく第一形態移行(ファースト・シフト)したんだろう。あの大型のスラスターを見る限り一夏のISも超高速型なのだろう。
 春樹はIS の近くでのスペックを確認し、武装の特性を見ていた一夏に話しかけた。
「一夏、今度は俺相手だ。本気で来いよ?」
「おうよ、ISでの勝負は今回が初めてだからな。今回は負けねぞ!」
「ああ、こちらこそ……じゃあ、俺もISの確認に行って来る」
 春樹は一夏の下を去り、逆のアリーナの操縦者控え室に向かった。
 ちなみに一夏と春樹の二人は小さい事からなんにしても勝負してきた。下校時間、どちらが先に家に着くか勝負し、テストではどちらが良い点数を取れるか、夏休みの宿題はどちらが先に終えるか。など、どうでもいいことを含め、勝負してきたのだ。 
 一方箒はこれからの戦う一夏と春樹が一体どうなってしまうのか不安だった。もしかしたらどっちかが死んでしまうんじゃないか、とも思えてしまったからだ。
 今日、この日まで結局ISによる練習が出来なかった為、訓練は剣道によるイメージトレーニングを続けていたが、あの二人が戦うとそこにスポーツという概念がなくなる。本当に人を殺すという殺気しか箒には感じられなかった。
「一夏……」
「ん? なんだ、箒?」
「い、いや…………春樹とはその……」
「ああ、アイツとは小さい頃からくだらないこととかで勝負してきたからな、今回もその一環だよ。どちらが上手くIS使えるか、って言ったところか?」
 一夏は笑顔で答えた。しかし箒にはその笑顔が何を示しているのか……それがわからなかった。なにより、剣道での勝負時の殺気。それは今の一夏の言葉では到底説明しきれないようなものだった。
 結局のところ、二人に何があったのかは聞けなかった箒であった。

  5

 春樹は一夏とは逆側の操縦者控え室に来ていた。そこにはセシリア・オルコットがいた。なにやら向こう側、一夏の居るところをずっと見つめていた。
「なんだ、まだ居たのかオルコットさん」
 春樹がセシリアに話しかける。するとセシリアは驚いたように春樹の方を見た。
「え、春樹さん!?」
「なんだよ、そんなに驚いて……当たり前だろ、今度は一夏と戦うんだから、どっちかがこっちに来るのは」
 春樹はため息をついて自分のISのデータを観覧した。先ほどの試合は十分に武器の特性を知らないまま戦っていたのだから。
 しかも今度の相手は一夏である。小さい頃から一緒にいた一夏には自分の特性等、あらゆる点を知っている。今まで争ってきた彼だ、しかも人間観察は彼の方が得意だ。なんでも色んなところにすぐ気づく。
「あの……春樹さん」
「なんだ、オルコットさん」
「あ、私のことはセシリアでいいですわ」
「そうかい、で、セシリア。何の用だい?」
 するとセシリアは申し訳なさそうに春樹の顔を見て言った。
「あの……何故あんなにも強いのですか? 春樹さんはISの起動が僅か二回目と聞きました。なのにあれだけの動き……」
 セシリアの疑問は当然だろう。なにせ代表候補生として選ばれた自分のISの操縦技術は当然ながら自信があった。少なくとも、これから少しずつ覚えていく一般の生徒よりは上手くISを動かせる自身ぐらいはあった。
 しかし、ついこの間の入試試験の実技で初めて操縦し、今回ので二回目という春樹。彼の操縦はどう考えても物凄い長い間練習し続けた様なベテランの動き。とても二回目の起動とは思えない。春樹を少し不振に思ってしまうのはしょうがないだろう。
「それはな、俺には守りたい人がいる。その為に強くなった。まあ、ISは動かしてみるまで自分に動かせるかどうか心配だったけど……でも、そんな心配は要らなかったよ。ISは自分の思うとおりに動いてくれた」
「守りたい……人?」
「ま、色々とな。過去に辛い思いをしてきたんですよ、俺は」
 春樹は少し微笑んで彼女にそう言った。
「そうなんですの……」
 セシリアは少々焦った。もしかしたらあんまり触れて欲しくない話をしてしまったのではないかと。セシリアは慌てて謝る。
「あ、あんまり触れて欲しくない事でしたのなら謝ります。すみません……」
 頭を下げたセシリア。春樹はさっきまでのセシリアとはまったく違う態度を取っている事に驚きながらも、セシリアのその行動をやめさせた。
「セシリア、頭上げて。そんな気にするほどの重い話でもないから」
「ですが!」
「あー、セシリア。そんなことより俺は違うことでセシリア謝って欲しいんだがなぁ……」
 春樹は意地悪そうにそう言った。そしてセシリアは思い出した。クラスでの自分の言動を。そのことを思い出したセシリアは慌てて頭を下げて春樹に謝った。
「そのことは本当にごめんなさい! 私、あの時は調子に乗ってしまって……」
「まあ、俺からはもう何にも言う事はないかな。セシリアが謝ってくれたからそれで。……あ、頭上げな? もう十分だから。それに、こっちだってセシリアの国であるイギリスを侮辱してしまったし……ごめんな」
「はい……それはいいですけど。……もう許してくれたのですか? 春樹さん、あんなに怒っていらしたのに……」
「ああ、もう許すよ。あ、それ相応の罰ってやつも気にしなくていいから。もうそのことについてはおしまい。仲直りした。うん、よかったよかった」
 春樹は無理やりそのことについての話を終わらせ、その場の空気を変えようとした。
「あの、ありがとうございます」
「おう」
 するとアナウンスが入った。一夏との対戦の時間だ。
「そういうことで、行ってくるよ」
「あ、はい。春樹さん、頑張ってくださいね?」
「分かったよ」
 そして春樹はISを起動させる。全身が白い装甲に包まれ、背中には大きな翼が広がる。本当に金属で出来ているのかと疑問に思うほどのしなやかで美しかった。
「葵春樹、行きます!」
 そう叫び、アリーナの方へと飛び出した。
 目の前には白い装甲で大型のスラスターが印象的なIS『白式』がそこにあった。そして、一夏の方から話しかけられた。
「よう、春樹。全力でお相手するぜ」
「オッケー、油断せずに行こう」
「ふふ、お互いにな」
 そして試合開始の合図を待つ。目の前に数字がカウントダウンされていく……3、2、1………0となった瞬間、一斉に二人は動き出す。観客は何がなんだか分からなくなっている。モニタルームにいる千冬と山田先生もなにが起こっているのか、肉眼で確認するのも人苦労なぐらいの高速戦闘が行われていた。
 一夏は長剣『雪片弐型』を何回も何回も春樹に切りつける。しかし間一髪で春樹はそれを避けている。
 やはり一夏の白式は超高速型だ。しかも装甲が凄く薄く、一撃攻撃を受けただけでやられそうなくらい脆い。そういう点では春樹の熾天使も同じような使用だが、速さで言えば白式の方が早い。しかもその速さをものにしている一夏。正直言ってこの二人を止められるものはいるのかと問いたい位である。一人上げるとすれば彼らの姉である織斑千冬だろう。ただ、春樹にとっては「姉のような存在」ではあるが……。
 春樹も目には目をという風に一夏の剣に剣で挑んでいる。装備が雪片弐型しかない白式は熾天使と違って接近戦特化型であり、オールマイティに対応できる熾天使とは接近戦になったときの対応力は断然違う。こうなれば白式が断然有利になる。
 しかし、春樹のプライドが遠距離戦に持ち込むなんていうつまらない事はしなかった。春樹は一夏に剣で勝負を挑みたいのだ。
 一夏はそんな春樹に答えるように今まで剣道で鍛え上げられた太刀筋がものをいった。もちろん、春樹もそれに遅れを取っていない太刀筋だ。
(春樹、中々やるじゃん。でも、これは俺の距離だ!)
 一夏は白式の必殺技である『零落白夜』を出すタイミングを窺っている。
 零落白夜とは自分の稼動エネルギーを雪片弐型に集中させ、相手のシールドバリアーを切り裂き、相手に直接のダメージを与える。するとISの機能である『絶対防御』なるものが発動する。これは操縦者の身の安全を守るための機能で、これが発動するとIS中のシールドエネルギーをあるだけ使い操縦者を守る。というものである。つまり、決まれば勝利といったような能力であるが、あくまで「決まれば」なのである。
 そしてこの零落白夜は先ほども言ったとおり稼動エネルギーを大量に消費して使う能力。つまり使えば使うほどISの燃料がなくなっていく。限界を超えると白式は動かなくなり、仕様不可になる。という使うにも三、四回が限度といった非常に使いにくい能力であるが、白式は装甲、シールドエネルギーを犠牲にした超高速型。使いこなせれば相手が気がつかないうちに仕留めるというのも可能なのである。
 一夏は切り札である零落白夜の出しどころをずっと窺っていた。
 春樹と一夏は互いに斬りかかるも互いの剣で弾くのみであり、致命的な攻撃は一度も入っていない。
 高速戦闘が続く中、一夏は秘匿回線を使って春樹に話しかけた。
「おい春樹、そんなもんかよ。こっちはまだまだ加速するぜ?」
「こっちは使える武器がまだまだあるんだよ、油断すんな!」
 一夏の武器は『雪片弐型』しかないが、春樹にも近接戦闘用の武器はまだある。今使っている日本刀を模した『シャープネス・ブレード』に加え、、鎌の『サイズ』もある。更には『ブレイドガン』もあるので、戦闘の柔軟性で言えば熾天使の方が上なのである。
(でも、キツイな……速さなら一夏の方が上……なら、やるしかないか……あれを)
 春樹の言うあれとは相手の死角に入った瞬間に急加速をし、一撃必殺を決める事である。これは織斑千冬も使っていた攻撃である。名を『瞬間加速(イグニッション・ブースト)』という。
 そして、春樹はチャンスを掴む。一夏の死角を取ったのだ。
(今だ!)
 と思うばかりに急加速をし、一夏に向かって刃を向けた。春樹は正直勝ったと思った。
 しかし……一夏は少し微笑んだように見えた。春樹は正直ヤバイと思った。
(春樹、甘いぜ……その攻撃は俺には通用しない!)
 一夏はやはり千冬の実の弟だからなのだろうか、春樹の『瞬間加速(イグニッション・ブースト)』は完全に見切られていた。
 それどころか、一夏の雪片弐型は実体剣からエネルギーの刃へと変化していた。
 零落白夜。
 それこそが相手を仕留める一撃必殺の攻撃、切り札である。
「これで終わりだ!」
 一夏は春樹の攻撃をかわした瞬間、春樹の後ろに零落白夜を斬りつけた。元々耐久力のない熾天使ならばこの攻撃でシールドエネルギーは0になり、一夏の勝ちになる……はずだった。
「最後まで油断すんなよ!」
 一夏は春樹のその一言を聞いた瞬間、目の前にはエネルギー弾があった。いきなりの攻撃に一夏はかわせなかった。
 一夏の攻撃を受けた春樹はシールドエネルギーが完全に0になる前にバスターライフルを展開して一夏に放ったのだ。
 そして、ほぼ同時に両者のシールドエネルギーが0になった。
 結果は僅かなさで春樹のシールドエネルギーが0になったが、誰も一夏を勝者とも取らなかったし、春樹が勝者とも思わなかった。あれは完全なる引き分けだと、観客や先生方々はそういう判断を下したのだった。

  6

 試合が終わり、完全に疲れきった三人はすぐ部屋に戻って汗を洗い流して寝ようと思っていた。
 そして、一夏と春樹は部屋で話をしていた。
「今日はお疲れさん」
 春樹がベットに座りながらシャワーを終えて着替えて出てきた一夏に話しかける。
「おう」と言いながら、一夏は飲み物を持ちながら自分のベットに座った。そして言葉を続ける。「やっぱり春樹は強いよな~、俺も頑張らないと」
 一夏はあの試合は自分の実力で勝ったわけではなく、春樹が遠距離武器を封印していたからこそ、まともに戦えた試合だったと思っている。しかも、遠距離武器を封印してあの結果だったなら、春樹が装備を全て開放して戦っていたら自分は勝てなかったのではないか、完封されて負けていたのではないかと考えていた。
「まぁ、一夏も強いよ、ホント」
「でも春樹は遠距離武器使ってなかっただろ? じゃあ、お前が持っている武器全てで相手されていたら俺はどうなっていたか……」
 そんなことを言う一夏に向かって春樹はちょっとした励ましの言葉を送った。
「それなら、それに合わせた戦い方をしていただろうさ。だから、相手がどんな戦い方していたか、だなんて大した問題じゃないと思うがね」
「そうか……そうだな。ありがとう、春樹」
「気になさんな、まぁ、今後ISの特訓だな。あ、そうだ箒も一緒に」
「そりゃいいな。よし、頑張ろう!」
 この学園のたった二人の男子は二人で、そして笑顔でその夜を過ごしていた。

  7

 セシリア・オルコットはシャワーを浴びながら春樹と一夏の男子二人の事を思い出していた。
 あれだけ強くて逞しい男性はいままで会ったことなかったし、自分をISの試合で打ち負かすほどの実力を持った人。彼女は彼に惹かれていた。特に自分を打ち倒した葵春樹に。
 セシリア・オルコットは早くに両親を事故で亡くし、勉強を重ねて周囲の大人達から両親の遺産を守ってきた努力家でもある。実家発展に尽力した母親のことは尊敬していたが、婿養子という立場の弱さから母親に対し卑屈になる父親に対しては憤りを覚えていた。
 このことから、セシリアの考える理想の男性というものは今まであった事がなかったのだ。しかし、今日その理想の男性に会ってしまった。強くて逞しい、そしてとても優しい葵春樹という男性。
 セシリアは非常に悩んでいた。この感情は何なのか、これが恋というものなのかなんなのか。自分自身が自分の感情を理解できなくなってしまっている。
 ただ分かっていたのは、彼のことを考えると体が少し熱くなり、胸がちょっと締め付けられるような感覚に襲われることだけだった。
(なんなんですの? この感情は……)
 シャワールームからずっと水が流れる音が続いている。彼女は中々シャワールームから出てこなかった。ずっと、一人そこで悩んでいたのだ。
セシリアはシャワーを止める。側にあるバスタオルで身体を拭き、バスタオルを身体に巻きつけてシャワールームを出る。
 そして、洗面台の前に行き、髪を傷めないよう丁寧にドライヤーで髪を乾かす。このときのセシリアは思考停止状態だった。
 髪を乾かして櫛で髪を梳かし終わると、キャミソールを着る。そして、シャワールームを後にし、ベッドへとダイブした。現在、同室の仲間は別の部屋に遊びに行っており、ここにはいない。
 そしてセシリア相変わらずは思考が停止していたままだった。頭の中には葵春樹のイメージだけが映されている。
 もはやこれは恋だが、彼女にはこういった体験は初めてなのだ。何故なら、生まれたときから情けない男ばかりと会っていたからである。だからこそ、葵春樹という強い男性に惹かれた。
(これが……恋……ですの?)
 彼女は理解した。これが、恋なのだと、理想の男性に会えたのだと。
 すると、急に恥かしくなってしまったセシリアは枕に自分の顔をうずくめる。すると、ドアの開く音。同室の仲間が帰ってきた。

  8

「ということで、織斑君クラス代表おめでとー!」
 次の日学校の食堂にて、とある女子生徒が言うと周りの女子生徒も一斉に「おめでとう!」と言ってきた。
 現在、クラス代表が決定したということで小さいパーティーをしていた。
「って……なんで俺?」
 一夏は疑問に思っていた。確かにあの勝負は僅かな差で自分の勝ちだが、他の皆はあれは引き分けだよ。って言ってくれていたのに。何故、クラス代表が自分になってしまうのか。
「しょうがないだろ? 僅かな差で俺が負けてしまったんだから」
 春樹のその言葉は「僅かな差」を強調して言った。しかも春樹は悪い微笑みをしている。一夏はこの微笑を見るといつも諦めることにしている。こうなった春樹には言葉で勝てないからである。
 そして一夏は横を見ると春樹がなにやらセシリアと仲良くしていた。いや、セシリアが春樹にべったりなのだ。
「お前ら、いつそんなに仲良くなった?」
 春樹は一夏の方に振り向くなり、とぼけた顔でこう言った。
「え、そんな風に見える?」
「ああ、見える」
 するとセシリアは顔が真っ赤になり、小さくなっていった。
 一夏はそんなセシリアを見て、春樹の事が気になっている、もしくは好きになったんじゃないかと悟った。
 するとそこへカメラを持った女子が一夏たちの前に現れた。
「はい、新聞部ですが、お話聞かせてもらえますか?」
 どうやら新聞部のようだ、やはりISを使える男、そしてクラス代表になったのはその男なのだ。しかも先日の一夏と春樹の試合は学園内で一夜にして有名になった。目にも留まらぬ速さでISを動かしていた、あれほどの試合は見たことがない、と。これを取材しなかったら新聞部は何をやっているんだ、とツッコミが入るだろう。
「では、クラス代表の織斑一夏さん。なにかコメントをよろしくお願いします!」
「え……えっとぉ……」
 一夏はいきなりの事で言葉を失う。とりあえず何か言っておかないと、間違った印象を皆に植え付けてしまう可能性があると思い、深呼吸をして話し出す。
「俺は……今までコイツ、春樹といつもくだらない勝負で争っていたんです。だから、今回の試合もその一環というか……そんな感じでISで勝負していました。でも正直、今の俺は春樹より実力的には負けていると思っています。でもクラス代表となったからには今度のクラス対抗戦は必ず勝ちたいと思います!」
 思った以上の若干シリアスがかった感じで話し出す一夏、周りの雰囲気も何故だかシーンとしてしまう。
「あ、あれ? 俺変なこと言った?」
 焦る一夏。新聞部の女の子は困った表情をする一夏をこちらも慌てながらもフォローした。
「い、いえ。思ったより、重めの話だったから……。こちらとしては軽い感じでよかったんだけども。まぁ、大丈夫。ありがとうございます。では、今度は代表候補生のセシリア・オルコットさんにお話を伺いたい。今回、男性のIS乗りと戦ってどうでしたか?」
 セシリアは先日の試合を思い出していた。あの葵春樹の事を。
『最後に言っておく、お前。まだまだ伸びる。成長するぞ。代表候補生だからとか何とか言ってないで、その先の強さを見つけろ。そうすれば、セシリア・オルコット。お前は更に強くなる――』
 この言葉を思い出したセシリアはカッと体が熱くなった。この感じは昨日シャワールームで感じたのと同じであり、彼女はこの感じは一体何なのか、それに悩まされていた。
「ど、どうしたのかな? オルコットさん?」
 新聞部の人の言葉でハッと我に返ったセシリアは慌てて言葉を出す。
「彼には……色々大事な事を教えていただいて、私は今まで気づかなかったことに気づかされましたわ。そして、春樹さんはとても強いお方だと、私は感じました」
「ふんふん、なるほど! ありがとうございます! では最後に一年生の期待の星! 葵春樹君にお話を!」
 春樹は落ち着いた雰囲気でこう言った。
「昨日さくじつの試合はまだISを起動させて二回目なんですが、思ったより上手く動かせてよかったです。一夏との試合は負けてしまいましたが、今度戦う事があれば次は必ず勝ちたいと、そう思っています」
「はい、ありがとう! では最後に、三人で写真でも取ろうか! はい、並んで~」
 するとセシリアがパァと明るい表情になり……。
「写真ですの? その写真は私にも貰えますか?」
「え? ああ、いいですよ、もちろん」
 セシリアはよしっと言った感じに小さくガッツポーズをした。そしてセシリアは春樹の腕を引っ張って春樹と横になるようにした。
 一夏は春樹の横に行き、並び準は右から一夏、春樹、セシリアと言った感じになる。
「じゃあ、いきますよ~、ハイ、3246+4454 は~?」
「え!?」
 一夏はビックリした、ぱっと聞いて答えられるような問題ではない、っと思うが、しっかりと聞いていれば実に簡単な問題だ。
「7700」
「正解!」
 春樹がさらっと答えを言ってパシャっとカメラのシャッターが押される。だが気がつくと周りにはクラスの皆がいた。どうやら取る瞬間にカメラに写るように入り込んだらしい。箒はキチンと一夏の隣のポジションをゲットしていた。
(ナイスだ、箒!)
 春樹は箒の方を見て微笑みながらそう思った。
 一方、箒自身はこの皆の流れに身を任せて一夏の隣をゲットしようと必死になっていたのだ。案の定一夏の隣をゲットした箒は微妙に一夏の制服を掴んでいた。一夏も気がつかない程度に。
しかし一夏は流石に気づいてしまう。チラッと横を見ると箒が自分の袖をちょこっと握って恥かしそうにしているところを。そんな箒を見て、ドキッとしてしまう一夏。今までこんな感じになる事はなかったのに、なんか意識してしまう。
(ほ、箒……? えっと……なんで顔を赤くしているんだ!?)
 一夏がそんなことを考えながら箒を見ていたものだからそれに気づいた箒は恥かしくなりパッと手を離した。周りの女の子達はその様子を見て篠ノ之箒は織斑一夏を狙っている。幼馴染ってずるい。と思っていた。



[28590] 第四章『クラス代表対抗戦 -Match-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:34
  1

 クラス代表決定パーティーを終え、部屋に戻ってきた一夏と春樹の二人はある意味疲れ切っていた。二人とも部屋に帰ってくるなりそれぞれのベットにダイブした。
「今日はお疲れ、一夏……」
「ああ、疲れた……」
「そ、そうだな……早く寝ようぜ……」
「ああ、そうだな……」
 二人は、制服を脱いで、シャワーをどちらが先に使うか、じゃんけんをした。結果は一夏の勝利。一夏は先にシャワーを使い、最初に眠る事ができる権利を得た。
「じゃあ、先使わせてもらうぞ~」
「ああ、早くしろよ?」
「分かってるよ」
 一夏は自分の着替えを持ってシャワールームに入っていった。
 そして春樹は、今後の事を考える。
「……さて、どうしたものか……一夏、まさかお前がな……今頃だけど……」
 春樹は一人呟いていた。なにやら意味深な事みたいだが……。今この現状では何も分からないのが現実。
 すると春樹は携帯電話を手に取り、誰かに電話をかけた。プルルルと電話のコール音が部屋に響く。三コール鳴ったところで相手が電話に出た。
「もしもし、束さん?」
 その電話の相手の束とは、かのISの開発者であり、篠ノ之箒の姉である篠ノ之束のことである。
『もしもし~春にゃん? どうしたの~?』
 電話からは陽気な軽い感じな声が聞こえてくる。その声は可愛らしく、束と箒、どちらが姉なのか声だけでは分からないぐらいの幼さを感じる。
「……その春にゃんって呼び方よしてくださいよ……で、一夏の事なんですけど」
『はいはい、分かってるよ、春にゃんの聞きたい事はね……。一夏は恐らく春にゃんと同じだろうね。昨日の戦闘映像見せてもらったけど、IS起動が二回目であれだけの動き、そうじゃないと理解できないよ』
 急に言葉が軽い感じから重い感じにシフトする。それに合わせたように春樹もいつもより声が低めになる。
「やっぱりですか……で、箒の方は?」
『箒ちゃんは、そうだね……とりあえず、IS自体は完成してるんだけど……』
「対応するコアが見つかっていない……」
『うんそう、一夏のコアは分かりやすかったんだけどね~』
「そうですね……で、俺の機体って……」
『ああ、ビックリしてくれた~? 春にゃんのは今までにないくらいのスマートなデザイン。今までにないような感じにしてみました~、どう、気に入った?』
「はい、気に入りました。最高の機体ですよ」
『気に入ってくれて何より~! 結構あれ作るのに苦労したんだよ~」
「それはそれは、ありがとうございます、束さん」
 すると一夏がシャワールームから出てきた。
「ふぅ~、いいぞ、春樹」
「おう。じゃあこれで……はい」
 そう言って通話を切る春樹。そして立ち上がってシャワールームに入ろうとした。
「って、春樹、誰に電話してたんだ?」
「ああ、ちょっとな……」
 春樹は誤魔化すように颯爽とシャワールームに入っていった。一夏は、そんな春樹を見て首を傾げた。気になった一夏はシャワールームに侵入し、春樹の携帯電話の履歴を確認しようと企んだ。
 一夏は、そっとシャワールームのドアを開けた。そこは洗面所で、さらに奥にシャワーがある。洗面所には春樹が脱いだ制服がある。一夏はそっと春樹の制服を広げ、春樹の携帯電話を探した。
 横からはシャワーの流れる音が続いている。どうやら春樹は一夏に気付いていないらしい。一夏はそのチャンスを逃さないように素早く携帯電話の履歴を確認した。そこには篠ノ之束の表示。
 それを確認した一夏。するとシャワーの音が止む。一夏は慌てて携帯電話を元に戻し、最初となんら変わりない状態に手早く戻し、シャワールームから去った。
(一夏……そんなに気にならなくても……恐らく近いうちに分かるときが来るだろうよ……)
 春樹はシャワーの蛇口を握りながらそう思っていた。

  2

 次の日、クラスにて一夏と春樹は女子達と話していた。最近はそれなりにクラスの女子と仲良くなってきた二人は、ある意味安堵していた。
 話の内容は近日に行われるクラス対抗戦についてだ。
 現在、専用機持ち生徒がいるクラスは一組と四組であり、一夏たちのいるクラスは一夏と春樹とセシリアの三人。四組には四人いるらしい。
 そして中国人の転校生がやってきたという話も出ている。学校が始まってまだ数日しか経っていないのに転校生とは、どんな事情があるのだろうか……。
「ま、クラス対抗戦は私達のクラスと四組だけだから余裕だよ」
 とある生徒がそう言うと、教室の入り口の方からなにやら聞き覚えがあるような声が聞こえてきた。
「その情報、古いよ!」
 そこにいたのは少々小柄でツインテールの女の子が右手を腰に当てて立っていた。
「二組もクラス代表が専用機持ちになったの、そう簡単には優勝できないから!」
 一夏と春樹がそこにいる女の子をじっと見つめる。その人が自分達の知っているあの人だということをよく確認して、一夏と春樹は一斉に声をかけた。
「「鈴! 鈴じゃないか!」」
 そう、彼らが小学校五年生の初めに転校してきた中国人の女の子、鳳鈴音(ファン・リンイン)その人だった。鈴音は彼らが中学校二年生のときに突然転校してしまったが、なんてめぐり合わせだろうか。この学園では箒といい鈴音といい、一回別れてしまった人たちとよく再会する。
「そう、中国の代表候補生の鳳鈴音! 今日は宣戦布告に来たってわけ!」
 その鈴音の発言にクラスがざわめく。そして一夏は微笑みながら言った。
「鈴、何カッコつけてるんだ? すっげー似合わないぞ」
 そして春樹も一夏の隣に立って。
「そうだな、似合わないぞ鈴」
 そんな二人の言葉に怒ったのか、鈴音はこう言った。
「な、なんて事いうのよ、アンタ達は!」
 とその瞬間、黒いスーツに身を包んだ美しい女性が鈴音の後ろに現れた。その女性は鈴音の頭にげんこつをした。
「いった~……。って、何を――」
 鈴音は言葉を失った。何故なら振り返ってそう言おうとした相手は織斑千冬だったからだ。
「もうショートホームルームの時間だぞ」
 鈴音はまずいといった感じの顔をした。そして何故だか言葉が硬くなる。いや、身体も強張っていた。
「あ、ち……千冬さん……」
「学校では織斑先生と呼べ。さっさと自分のクラスに戻れ、邪魔だ」
「す、すみません……」
 鈴音は昔から千冬のことが苦手だった。彼女が言うには絡みづらいとかなんとか。
「また後で来るからね、逃げないでよ、二人とも!」
 と言って鈴音は自分のクラスに帰っていった。

  3

 そして昼食時、一夏たち皆で食堂の方へ来ていた。鈴音は相変わらずラーメンを頼んでいた。昔から彼女はラーメンが好きだった。
「相変わらず、ラーメンが好きだなぁ、鈴」
 春樹は鈴音に向かってそう言うと、彼女は頼んだラーメンを持つなり、いいじゃない、とそっぽ向いてさっさと行ってしまう。
 一夏の昼食が完成するなり、自分の日替わりランチを持って鈴音のことを追いかける。次に春樹も自分の昼食を持って一夏の事を追いかけた。
 開いている席に座る一夏たち。何故か知らないが、一夏と春樹と鈴音が使っているテーブルの周りにはその他に誰もいない。何故か一緒の席に座ろうとしないのだ。
 そんな光景を見るなり、春樹は箒に向かって「大丈夫だからこっちに来い」と手招きした。彼女は言われるままにこっちの方へ近寄り一夏の隣に座る。すると何故だかセシリアもついてきて彼女は春樹の横に座った。
「一夏、とりあえず鈴の事教えたら?」
 春樹は彼女達の疑問に答えるべく、一夏に鈴音の事を説明するよう促した。
「あ、そうだ。箒は鈴の事知らなかったもんな。えっと、箒が引っ越してしまった次の年に鈴が転校してきたんだ。まぁ、彼女とは良くも悪くも小中学校時代を共に過ごした親友ってとこかな」
 鳳鈴音は一夏と春樹にとってよく一緒に遊んだ良き女友達だった。日本にいた頃はそこで中華料理店を営んでおり、良く一夏と春樹はそこの中華料理店に食事に行ったものだった。そのときには鈴音が凄く歓迎してくれていた。
「そうねぇ……あの頃は楽しかったわね~」
「ってか、いつ代表候補生になったんだ?」
 という一夏の疑問に答える鈴音。
「まあ、中国に帰ってから、色々とあってね。てかアンタ達こそニュースで見たときビックリしたじゃない!」
 一夏と春樹はあの入試試験の時にISを動かしてしまった。あの時はメディアに大きく取り上げられ、全国ネットでそのことがニュースになっていた。ISを動かす事ができる男現る。みたいな感じで放映されていた。
「まあ、俺らもまさかこんな事になるとは思わなかったよ。ISを動かせるだなんて、自分でもビックリだよ」
 春樹は鈴音に入試試験当時の事を言い聞かせる。その一方一夏は昨日の春樹の電話相手が篠ノ之束だったことについて気になっていた。
 何故、春樹は束と連絡を取っているのか。正直、春樹は彼女とはあんまり仲良くなかったし、今になって電話するなんてどういうことだろうか。そもそも箒の姉は行方不明ではなかったのか。彼女と自分の知らないところで何かしらの交流があったのか。色んな考えが頭の中で渦巻いている。
「って一夏、聞いてる!?」
 鈴音が考え事をしていた一夏に声をかけた。一夏は焦りながらそれに応答する。その際、春樹の方をチラッと見るが、特に気にしていないようなので変に焦った自分が馬鹿だったと思う一夏であった。
「で、何だって?」
 一夏は何の話だったか鈴音に尋ねた。
「はぁ……だからあんた達の入試のときの話よ」
「ああ、あのときか。あの時は春樹の様子も変だったよな。いつもの春樹じゃないってかさ…………」
 一夏はあの時、あの入試の日の春樹がいつもと違う雰囲気だったのを思い出した。そうだ、あの時IS学園の試験会場らしき所に行ってしまったのが、春樹が意図的にやった事だとしたら……しかし、何のために? 一夏はまた頭が混乱してしまう。
「一夏、一体どうしたというのだ、今日の一夏はなんか変だぞ?」
 箒が一夏の事を心配していた。彼女は今日の今このときまで一夏の異変に気付いた彼女は一夏の事を観察していた。しかし、妙に春樹の事を気にかけてそわそわしている様子だったのを箒は覚えていた。いったい、一夏に何があったのか。箒は本気で一夏の事を心配していた。
 そしてセシリアも、言葉を出さないが、一夏が少し変だということに気付いていた。何か春樹さんの事を気にしている。いったい彼らに何があったのか。気になるセシリアであった。
「い、いや。なんでもない。じゃあ、先戻ってるわ」
 一夏は食器を持って、先に戻ってしまった。
(やべーよ俺。もしかしたら大した事でもないかもしれないのに。なんか焦ってるよ俺、動揺しまくりじゃねえか……。とりあえず落ち着かなくちゃな)
 一夏はゆっくりと深い深呼吸をして、教室に戻った。

  4

放課後、一夏と春樹は箒と共にISの特訓をするべく、アリーナの方へ来ていた。更には、クラス代表選出戦で戦い仲良くなったセシリア・オルコットも同席する事になった。
「一夏、お前の装備はその雪片弐型しかない。じゃあ、接近戦しか出来ないわけだよな。だから、今回はセシリアと戦ってみろ。遠距離特化型の『ブルー・ティアーズ』となら、そういった戦闘に慣れることが出来るだろうしな。とりあえず今日はセシリアの全方位攻撃をひたすら避ける練習だな」
 一夏の『白式(びゃくしき)』には近距離戦闘用の長刀である『雪片弐型』しか装備がない。 
 しかも、本来ISは後付で装備を増やす事ができる領域が存在しているが、白式にはそれがない。完全なる近距離戦 闘特化型ISであり、近距離戦闘を有利に行うための大型のスラスターによる高速移動。そして一瞬で最高速度近くまでスピードを出す高等技術である瞬間加速(イグニッション・ブースト)。
 これらを使いこなせれば、相手がどんな装備だろうと懐に潜り込む事が可能だろう。
 しかし、あくまで「使いこなせれば」である。
 『白式(びゃくしき)』はIS中でナンバーワンの加速力・最高速度を誇るISだが、耐久力の低さもナンバーワンであり、その次に低いのが春樹の『熾天使(セラフィム)』である。
 こういった機体特性故に、攻撃を受ける事は許されない。正に当たらない事を前提に作られていると言わんばかりである。
「わかりましたわ、では一夏さん。お相手願いします」
「おう、よろしくな」
 一夏とセシリアは空へ飛び上がり戦闘を始めた。
 セシリアも一夏も、春樹との戦闘のときとは比べ物にならない位進化していた。セシリアに至っては相手の動きを予測しながらの射撃をし、一夏を苦しめている。
 一方一夏は、そのセシリアの的確ないやらしい射撃を交わしている。しかも迷いがなくスムーズに。『ブルー・ティアーズ』の全方位ビット攻撃も細かい動き で交わしているが、春樹の目には無駄な動きが多く写っていた。もう少し、動きを小さくして最小の動きで相手の攻撃をかわす。それまで突き詰める事が出来れ ば合格ラインだ。
 そして春樹は箒の方を見て。
「じゃあ箒、こっちも訓練しようか」
「ああ、よろしくな春樹」
「とりあえず箒はその『打鉄(うちがね)』を使いこなせるようにならないとな。土台作りが完成すれば、応用が利くようになるし、下手すれば専用機持ちをも倒せるようになる」
 『打鉄(うちがね)』純国産の第二世代ISで、性能面では非常に安定しており、練習機としては最高のISである。しかしながら、この『打鉄(うちがね)』でも突き詰めていけば実戦でも十分戦えるISである。
「箒はさ……強くなりたい?」
「強くなりたいか……。そうだな、出来るなら強くなりたいな」
「そうか、じゃあ、強くなりたい理由って聞いても大丈夫か?」
「理由か……私は……まだ強くなりたい理由を持っていないな」
「じゃあ箒、宿題な。自分が強くなりたいのなら、その理由を考えておく事。強くなりたいならその理由をはっきりとさせないと。人間はな、目標があれば努力できるんだ。それを覚えておけよな」
「わかった」
 箒は目を閉じてゆっくりと頷いた。そして目を瞑ったまま数秒。なにやら意思が決まったようにさっきとは目の色が違っていた。
「じゃあ、訓練始めようか」
「ああ、よろしく頼む。春樹」
 春樹は白い翼を広げ飛び立つ。箒もそれに続き、日本の武将の鎧を連想させるグレーの機体『打鉄(うちがね)』が空へと舞った。

  5

 鳳鈴音はその四人の訓練をアリーナの観客席から見ていた。特に一夏と春樹を中心に。
 見れば見るほど、ちょっとした絶望を感じる。
 なんせ、彼らはISの操縦がとても上手かったのだ。一夏は無数に飛んで来るエネルギー弾を華麗に避けている。ビット攻撃による全方位攻撃だというのに当たる気配がまるでないのだ。
 そして春樹はなにやら基礎的なことをやっている。恐らく操縦が全然慣れていない人に教えているのだろう。しかし、そういう基礎的なことは、その人の実力がすぐ分かってしまうものだ。そういう土台作りがキチンと出来ている人ほど、ISの操縦は上手い。
 春樹は非常に上手だった。地上に立っている状態からの上昇。上手な人ほど、安定していて、真っ直ぐに飛ぶし、初速が速い。そして加速、上昇し、そこから 急降下。そして完全停止をする。つまり地面に着く直前でホバリングし、安全に地面に足をつく方法であり、それは地面に近ければ近いほど、隙が小さくなる。ただ、上手い人でも床上十センチ位であるが、春樹は床上一センチと言ったところでホバリングしていた。正直、狂気の沙汰である。それに驚愕する鈴音。
(はぁ!? 何なのよ、アイツ。頭のネジが二三個吹っ飛んでる!?)
 そして練習している篠ノ之箒はやはり地面からまだ距離があり、随分と高い位置で止まっている。しかし普通はそうだ。まだ慣れない内は恐怖との戦いである。その恐怖と戦い、自分の技術を信じる事で初めて地面ギリギリまで寄れるのだ。
 しかし、春樹はまだISを操縦してまだ何日も絶っていないはずなのに、あれだけのことをやっている。彼のISの操縦テクニックは異常だ。
(あいつ、本当にISに触れて数日しか経っていないの? もしかしたら、皆が気付かないところでずっと前からISの操縦の特訓してたりして……ってないか)
 鈴音がそうこう考えているとみんなの特訓が終わったようで、その場からいなくなっている。すっかり周りは暗くなってしまい、今頃皆は夕食を食べている時間だろう。
 鈴音は一夏と春樹を迎えに行くために、その場から去った。

  6

 制服に着替えた一夏はぐったりとしていた。一時間ずっとセシリアの射撃をかわし続けていたから当然ではあるが……。
 これまた制服に着替え終えた春樹は少し満足そうな顔をしていた。箒もやはり筋が良く、すぐにコツを掴み始めていた。
(やっぱりな……)
 一夏はタオルを頭に被っていると聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。しかし、タオルが邪魔でよく見えなかった一夏はその女の子の攻撃をくらってしまう。
「うわっ、冷てぇ!」
 それなりに冷えた、水を一夏の首下にくっ付けてやったのだ。案の定一夏はビックリして、奇襲攻撃は成功した。
 一夏が頭に被っているタオルを取るとそこにいたのは鳳鈴音であった。
「ははは、こっちの思い通りのリアクションありがとう一夏君。そのリアクション頂ました!」
「くそぉ、鈴にまたやられたよ……お前にはこの手の悪戯というかなんと言うか……ホント好きだよな」
「まあ、一夏の反応が面白いからね。やめれないよね」
 鈴音は笑いながらそう話す。春樹も、それにはクスッと笑ってしまう。
「ホント、鈴にからかわれてる一夏は面白いよな」
「春樹まで……もういいよ、そんなことより飯食いに行こうぜ春樹、鈴は? もう食ったか?」
「いや、まだだけど」
「じゃあ、一緒に食いに行こうぜ」
 そう言って一夏は更衣室から出て行き、春樹と鈴音は一夏の背中を追った。

  7

 数日後、ついにクラス代表対抗戦が行われる事になった。これは新一年生のクラスから代表者を出し、競う行事であり、更に優勝者にはIS学園付近にある洋菓子店のデザート食べ放題券が渡されるため、クラスの女子は代表者者である一夏に絶対優勝するように、と言われていた。
 一夏はこの日の為に今まで特訓を続けていた。最初は回避行動を突き詰め、さらにそこから反撃できるように、主にセシリアを相手にして頑張ってきた。
 現在、一夏たちはトーナメント表の前に来ている。もちろん対戦相手を確認するためだ。しかし、まだ対戦相手はわからない状態にある。緊張する中、トーナメント表をじっと見つめる一夏と春樹。
 そしてついにトーナメント表に対戦相手の情報が表示された。一夏は自分は誰と戦うのか確認すると、なんと一回戦であり一夏の横に書かれていた名前、それは鳳鈴音その人だった。いきなり鈴音と戦う事になり、一夏は少し楽しみであった。
「初戦から鈴とか……頑張れよ、一夏」
 春樹はトーナメント表を見るなりそう言った。
「ああ、鈴か……どんな機体なんだろうな?」
「まあ、それは山田先生に聞いてみるか」
 彼らは、その場から立ち去り山田先生の事を探す。とりあえず職員室に向かった彼ら。しかし、そこには山田先生がいなかった。恐らく一回戦だからアリーナのピットにいるのだろう。一夏と春樹はアリーナの方へ向かった。

  8

 アリーナのピットには山田先生と千冬がいた。一回戦が一夏の試合の為、既にスタンバイしているのだろう。
 彼女らが試合の時間までコーヒーを飲みながらゆったりしていると、ある生徒が入ってきた。
「失礼します」
 そう言って入ってきたのは一夏であった。後ろには春樹もいる。
 一夏と春樹の二人はやっぱりここか、という風な顔をしていた。
「聞きたいことがあります。鳳鈴音の機体ってどんな感じなんですか?」
 すると、山田先生が説明してくれた。
 鳳鈴音が扱うIS名前は『甲龍(シェンロン)』という。甲龍の装備は『双天牙月(そうてんがげつ)』は大型の二本の青龍刀であり、それらを連結させると投擲武器として使用できる。
 そして、甲龍最大の特徴である『龍砲(りゅうほう)』は空間自体に圧力をかけ、砲身を作り、衝撃を砲弾として打ち出す衝撃砲。砲弾だけではなく、砲身すら目に見えないのが特徴。砲身の稼動限界角度はない。
 以上が甲龍の装備であり、特に目立ったものはない。しかし言葉は悪いが、こういう地味なものほど実戦向きで扱いやすい。
 聞く以上に注意していないといけない相手である。
「なるほど、鈴はそういう機体か……コイツは厄介だな一夏」
「ああ、みたいだな」
 今まで一夏は回避を中心に特訓はしてきたものの、見えない砲弾となると少々つらいものがある。しかも『白式(びゃくしき)』は装甲が薄い為、当たる事すら許されない。だからこの勝負に勝つには、最初の龍砲の攻撃をいかに対処し、見極めるかが勝負のカギとなる。
「――だから一夏、鈴と相手するときは迂闊に近寄らない方がよさそうだな。上手い具合に龍砲の発射を誘って、それを見極めるしかないな。連射は不可能らしいから、龍砲の発射後が零落白夜のチャンスになる」
「みたいだな、上手くやるよ。絶対に勝つ!」
「おう、頑張れよ!」

  9

 鈴音は試合の為にISの最終チェックを行っていた。
 今までの一夏たちの練習を見てきたが、日に日に彼ら彼女達が強くなっていってるのがよくわかっていた。
 特に今日この後対戦する織斑一夏の練習による上達スピードは異常で、セシリアの砲撃、全方位ビット攻撃をされながらも彼女を追い詰めていた。セシリアも毎日の特訓で随分と上達していたというのに……。
 一夏は代表候補生のセシリアを凌ぐ成長であった。
(いったいあいつはなんなのよ! ありえない)
 正直、鈴音は焦っていた。一夏に勝つ自身がなくなってきている。しかし、ここで負けるわけにはいかない。自分は途中で割り込んできてクラス代表になったのだ。クラスのみんなの期待に応える為にも負けるわけにはいかなかった。
 そして、やはり鈴音も女の子である。甘いスイーツは大好きであり、食べ放題券は是非とも欲しかった。当然、クラスの皆もスイーツは大好きであり、それは是非とも欲しいのである。だから、代表候補生の鈴音にクラス代表を任せてくれたのだ。だからこそこの勝負は負けられない。しかも、幼馴染には絶対に負けたくないプライドもある。
 第一回戦まであと三十分といったところである。ISのチェックももうそろそろ終わる。後は自分を落ち着かせる為の時間に使いたい。音楽を聴いたり、本を読んだり。試合の直前までは自分をリラックスさせる行為は欠かせない。

  10

 一夏も自分のISのチェックをしていた。試合まで後三十分。
  なんだかんだでクラス代表になったが、代表になったからには優勝したい。そしてクラスの皆に食べ放題券をあげて喜んでもらいたい。そう思った一夏。やはり彼はどこまでも優しい。そんな風に他人を思いやることを普通にやろうとする。
 それが一夏の良い所である。箒が彼に惚れたのはそこにあるのかもしれない。
 彼女は剣道をやっていたからか力が強く、そのことから「男女(おとこおんな)」と呼ばれ、小学生の頃いじめを受けていたことがあった。それを自らやめさせたのは一夏であった。正直、男の春樹から見てもあの行動はカッコいいと思ったのだ。そして助けられた箒はこれをカッコいいと思わないはずも無く、結果一夏に惚れたのだ。
 現状では地味にアピールを続けている箒。ISのチェックをしている今でも箒は一夏の隣で話し相手になっている。
 一夏がこの程度で気になる女性になる事は難しいだろう。特に幼馴染は。
 しかし、まだ希望はある。もしこれが小学生のころから今まで一緒、ということになれば確実に彼女彼氏という関係になる事は難しかっただろう。何故なら今まで一緒に仲良くやってきた「篠ノ之箒」という認識にしかならないのだ。今まで楽しく仲良くやってきたことが当然で、そういう関係になるなんて考えられないからだ。
 しかし、彼女は一回離れ離れになったということが逆に恋愛の発展に貢献しているといっても過言ではなかった。
 しかも六年ぶりという長い期間であることが、一夏を振り向かせるには十分なアドバンテージになりうる。
 春樹は遠くで二人を見ている。その雰囲気についニヤニヤしてしまっている。春樹にとってこの二人の幸せは、間接的にではあるが、自分の幸せになりうるのだ。
 何故なら、一夏と箒は昔からの親友で、大切な『仲間』でもあるから。理由はそれだけだ。とても簡単な理由。だが、それで十分だ。
「お前は、何ニヤニヤしてるんだ?」
 すると千冬が春樹に向かって話しかけてきた。
「いや、あの二人を見てるとつい……あはは……」
「……そうか、確かに仲良くしているあの二人は微笑ましいな」
「俺はあの二人を応援してるんですよ。くっついたらいいな~って」
「そうか……、それそろ時間だ。葵、織斑に声をかけてやってくれ」
「わかりました」
 春樹は一夏の方へ近づいて、そろそろ試合の時間だとい事を伝えた。
 しかし、春樹は気になっていた。さっきの千冬の雰囲気である。なんだか残念そうというか哀愁漂うというか……。
(あいかわらず千冬姉ちゃんは一夏に依存してるよな~)
 春樹はそう思っていた。
 千冬は昔からそうだ、一夏のことが大好きなんだろう。それは当然恋愛対象として、ということではない。家族として、弟として一夏の事が大好きなのだ。
 それを世間ではブラコンというのだろうか……。
(いくら千冬姉ちゃんが一夏の事が好きでも、俺は協力しませんけどね……)

  11

 ついに試合のときがやって来た。今、ピットには一夏が『白式(びゃくしき)』を身に纏い、試合のコールを待っている。
 春樹や箒、セシリアは千冬、山田先生とモニタルームでモニタを見つめて一夏の事を見守っていた。今まで共に特訓してきた仲だ。是非勝って欲しい。
 そして、ついに第一回戦の開始を宣言された。
 一夏と鈴音は共にピットからアリーナの方へ飛び出す。
「一夏、手加減はしないわよ!」
「こっちこそ、お前には負けないからな」
 目の前にはホログラムで一夏と鈴音の名前が投射されていた。そして、試合開始のカウントダウンが行われる。
 十……九……八……――一……零!!
 その瞬間、試合開始の音が大きく鳴り、両者一斉に動き出す。
 最初は両者共々様子見の動き、そして最初に動き出したのは鈴音だった。彼女は『双天牙月(そうてんがげつ)』を一夏に叩きつけるように攻撃した。その重い攻撃はまともに喰らったら致命傷を負ってしまうだろう。
 しかし一夏はスピードがあまりないその攻撃を軽くかわす。
 そう、鈴音の『甲龍(シェンロン)』の弱点はスピードだ。超高速型の『白式(びゃくしき)』が高速移動を利用しだすと、鈴音は非常につらくなる。
 一夏は決して動きが止まる事はない。止まってしまえばたちまち『龍砲』の餌食になってしまう。
 しかし、無闇に鈴音に攻撃をしようとしても『龍砲』の餌食になってしまう。
 試合は防戦一方の膠着状態。一夏はずっと動き回り、鈴音の『双天牙月(そうてんがげつ)』の攻撃をかわし続けている。
 痺れを切らした鈴音はついに『龍砲』を使い出す。
 しかし、動き回る一夏に当たる事はなかった。
 その瞬間、一夏が動き出す。一直線に鈴音に向かう一夏、彼が手に握っている長刀『雪片弐型』は実体験からエネルギーの刃になる。
 『零落白夜』
 一夏はそれを起動させ、鈴音に切りかかろうとするが、それは中止せざるをおえなかった。
 鈴音が『龍砲』を発射したのだ。
「なっ……!?」
 一夏は龍砲の銃口が光っているのに気がつき、緊急回避を行った。無理やり身体を右に動かし、間一髪で龍砲の攻撃をかわす。
「ふん、連射は出来ないと思ったの? でも私の龍砲は二門あるのよ?」
 そう、鈴音の『龍砲』は背中の左右に一門ずつ、合計で二門あるのだ。右で一発撃ち、そして左で続けて撃てば二連射できるのだ。
 それに気がつかなかった一夏は自分で自分を責めていた。
(くそっ、なんでそれに気がつかなかった! 連射は不可能と踏んでいたが、これだと上手くやればずっと龍砲を撃ち続けられる……)
 もし、片方の龍砲を撃ったときに、次の発射までのタイムラグがほとんどなければ右の龍砲を撃ち、そして左を撃つ。そして今度は右の龍砲を……とできるかもしれないのだ。
(こればっかりは、試してみないと分からないな……)
 一夏は覚悟を決めて鈴音に突っ込む。
 勿論、鈴音はそんな直線的な接近は許すはずもなく、龍砲を撃ち込む。しかしそれは交わされる。次に先ほど撃たなかったほうの龍砲で一夏を追撃、しかしそれも交わされる。
(なんで……砲弾は見えないはずなのに……なんでそんなに悠々とかわせるの!?)
 鈴音は一夏が軽々と龍砲の攻撃をかわしていることに驚いていた。あまりにも余裕な表情でかわしているものだから、鈴音が驚くのも無理はない。
 しかし、現実は違った。一夏もいっぱいいっぱいだった。見えない砲弾・砲身というのをかわすのは精神をすり減らしていく。しかし、龍砲は発射する際、龍砲が発光する。それを見た一夏は砲弾を撃ち出すタイミングを感覚だが見計らってその瞬間にかわしているだけだった。いつ被弾してもおかしくはない。そんな状態が続いていた。
(やっぱり、発射した後のタイムラグはほとんどない……)
 それはつまり連射が可能だということが分かったのだ。
(そうなれば、瞬間加速(イグニッション・ブースト)しかないか……)
 そう思った一夏は作戦を変更。死角を突くような動きに変わる。
 鈴音も一夏の動きが変わったのは分かっていたが、作戦までは分からなかった。
 一夏は、龍砲を動き回ってかわす。そして上手い具合に鈴音の死角になるような位置に来る。鈴音は一夏をもう一回視界に入れる為、後ろに目をやろうとしたとき、一夏は一瞬で最高速度になり鈴音に切りかかる。
「しまっ……」
 その瞬間だった。鈴音の後ろにエネルギー弾が飛んできた。しかもアリーナ全体を覆っているエネルギーバリアをも壊すほどの攻撃力。一夏は急遽、零落白夜の起動をやめて鈴音を庇う姿勢に入る。
「りいいいぃぃぃん!!」
 一夏は叫んで鈴音の事を抱えた。そのときの『白式(びゃくしき)』は最高速度をマーク。一体なにが起こったかわからないまま鈴音のことを助けた。
 さっきのやつは地面にぶつかったのか、大爆発がおき、そこにはクレーターが出来ていた。そして、そこから現れたのは全身黒く、腕が地面まであった。フルアーマーのISだった。
「なんだよ、これ……」
『試合中止! 織斑! 鳳(ファン)! 直ちに退避しろ!』
 一夏と鈴音のISにはその言葉が響いていた。

  12

モニタルームにいた山田先生、織斑千冬、篠ノ之箒、セシリア・オルコットはたった今不法侵入してきたISを確認していた。
 山田先生はすぐさま一夏と鈴音にこれから先生達による制圧部隊を送るから、すぐさま逃げるように言ったが、一夏はまるで言う事を聞こうとはしなかった。アリーナに取り残されている生徒達が逃げるか、その制圧部隊が来るまでは持ちこたえると言っている。
 山田先生はその一夏の答えに猛反撃、駄目だと強く言う。もしかしたら命か危険に晒されるかもしれないこの事態。そんなものを生徒に任せるわけにはいかない、と。
 しかし、千冬はその一夏の申請を許可した。本人達がやると言っているなら、やらせる。どの道、このままでは戦おうが戦わなかろうが、一夏たちに危害が及ぶ可能性が高いからだ。
 そしてあの黒い謎のIS。
 学校のアリーナのエネルギーバリアをも壊すほどの威力を持っているエネルギー弾に謎の頭から足まで装甲を身につけたフルアーマーのIS。
 異常事態。
 その場にいた四人はそう思っていたのだ。
 しかし、この場で表情を一切変えない人物がいた。
 葵春樹だ。
 彼はモニタをじっと見つめ、表情一つ変えずに真剣な表情で何かを考えていた。
 そしてこれだけの異常事態に動じない春樹を他四人の女性達は不振に思ったのだ。普通はこれだけの大騒ぎになれば、少しでもパニックになってもいいだろう。
 あの謎のISが現れたとき、箒やセシリアは当然の如く驚き、山田先生、千冬までもが焦りを見出していた。いままで先生をやってきて、色んな事を経験してきた先生二人でも、こんな事態は初めてなのだ。普通は焦る。しかも千冬は大事な弟がその謎のIS を目の前にしているのだ。
「先生、何故動かないのです! こうなったら私が出ますわ、先生、ISの使用許可を!」
「却下する!」
 セシリアの申し出を、すぐさま却下した千冬。
 これには訳がある。セシリアと一夏は今まで特訓してきたものの、連携訓練はしてきていないし、そもそもセシリアの『ブルー・ティアーズ』はビットを使った全包囲攻撃が一番の特徴である。しかしこの武器は複数の敵と戦う場合非常に有用であるが、一体の敵に対し、複数で相手にする場合、セシリアの『ブルー・ティアーズ』の武装はむしろ足を引っ張ってしまうからだ。
 千冬はそう説明すると、セシリアはおとなしく引き下がった。今は自分の出番ではないことを理解したのだろう。そして千冬は話を続けた。
「それに、この通りだ」
 モニタを指差し、
「これでは救援も送れない。しかも通信も繋がりにくくなっている。恐らく電波のジャックをしているのだろうな」
 モニタには『LEVEL 4』と書いてある。これはIS学園が何らかの緊急事態に陥ったときの防災機能である。しかし、アリーナの観客席を守る為の遮断シールドが完全ロック。さらに全ての扉にロックがかかっていた。
 この状況下において、ふさわしくない対応。
 それは何者かが、外からこのIS学園をハッキングして、この防災機能を発動させたのだろう。しかも『LEVEL 4』防災機能の最高レベルであるが、これだけのレベルははっきり言って、よっぽどの事がない限りこれだけのレベルになる事はない。『LEVEL 4』は最終手段。外からの操作はおろか、内側からの操作でさえ解除する事が不可能になる。最後の砦だ。これを発動するとなればIS学園の一大事であろう。
 これを解除するには特別な措置が必要である。IS学園のお偉いさん方が持っている三つのキーに、鍵を持っているその三人しか知らないパスワードを入力する必要があるが、今は全員身動きが取れない状態にあるため、何もする事ができない。
「そんな……」
 セシリアはそう呟く。
 外への連絡もできない。先生達はこの防災機能のせいでアリーナ内へ入れない。となれば、一夏たちに任せるしかなくなる。
 すると、春樹は携帯電話を取り出した。なにやら電話をかけている。電波はジャックされていて通話は出来ないはずなのに何故……?
 そして春樹は電話の相手と繋がったようだ。
「もしもし、束さん?」
 その春樹の言葉にそこにいた他四人が一斉に春樹の方を向いた。

  13

 一夏と鈴音は謎のISと戦っている。
 一夏は『白式(びゃくしき)』のスピードを生かして謎のISの攻撃をかわしている。そして、攻撃のタイミングを見計らっていた。
 零落白夜で攻撃する為に、あまり動き続けるのはよくない。白式(びゃくしき)は短期決着型であり、長期戦になれば稼動エネルギーの問題でISが停止してしまう危険があるのだ。だからここぞというときのために零落白夜を温存して戦うしかない。一秒でも長く零落白夜を使っていたい為、稼動エネルギーの管理を忘れなかった。
「一夏、どうすんのよあれ!」
 鈴音は焦っていた。正体不明のISは声をかけても全く反応しない。ただ私達を襲うだけ。しかも奴の攻撃は遅いながらも重さを持っていたためにこれこそ当たったら最後だろう。もしかしたら命の保障はないかもしれない。
「どうするも、アイツを停止させるしかないだろ!」
 謎のISは地面まである腕には超高出力ビーム砲を装備しており、その重量のあるボディで格闘攻撃をしてくる。
 格闘攻撃をしてくるときは、素早く回転しながら殴ってくる。まるでコマのように高速回転しながらこちらに向かってくる攻撃は絶対に当たるわけにはいかない。
 それを受けたならば『絶対防御』なんてものはお構いなしに叩きつけられるだろう。ISの機能も絶対ではない。そのISの絶えうる限界を超えたならば命の保障はできなくなる。
 鈴音は『龍砲』を発射するが、たとえ当たっても何事もなかったように接近してくる。相手はのけぞるというものを知らないのか、というぐらい硬かった。
 そして一夏は思う。零落白夜でも切り裂けなかったりするのだろうか、と。
「なんなのよアイツ! あんなの倒せるの!?」
「わからない、でもやるしかないだろ!」
 一夏と鈴音はこの絶望的状況に対し少しイラついていた。それは不安というものから出来たものであり、それはこの二人を衝突させてしまう。
「ちょっと、何してんのよ!」
 一夏は零落白夜を起動させ、無理やり謎のISに近づこうとする。
 が、
 謎のISはその大きな腕で強烈なパンチを放ってきた。
 一夏はそれを回避するが、追撃としてビームが飛んでくる。
「っ!?」
 一夏はそれ避けるが、無理な軌道でISの動きを乱してしまう。そこに更にビームを打ち込まれる一夏。彼は正直もう駄目だと思った。
 しかし鈴音が一夏を庇い、体当たりで一夏を吹き飛ばす。
 一夏を吹き飛ばした矢先、鈴音の目の前にはビームが向かってくる。なにか考える暇もなく、鈴音にそのビームが直撃。
 鈴音はシールドエネルギーが0になってしまった。鈴音の『甲龍(シェンロン)』はまだシールドエネルギーに余裕があったはずだ。なのにあのビームをくらった瞬間、鈴音のシールドエネルギーが0になった。
「!? ……うわああああああああああああああ!!」
 一夏は叫んだ。こうこれ以上は出ないぐらいに。
(なんだよ……アイツ……化け物かよ……)
 一夏の顔には絶望しか感じられなくなっていた。

  14

 鈴音が撃墜されてしまう数分前、春樹は束に電話をかけていた。
 そう、あの現在行方不明でどこにいるかも分からず、連絡がつかない状態になっていたはずのISの生みの親、篠ノ之束その人だ。
 しかし、今確かに春樹は「束」と確かに電話相手の名前をそう呼んだのだ。
「今、こっちに黒くてでかい腕のISが襲ってきたんですが、何かわかります?」
 千冬は春樹の電話を黙って聞いていた。
 千冬と束は昔からの仲であり、彼女はIS開発を束と共にしていた。そしてIS第一号『白騎士』のパイロットが織斑千冬だというのは有名な話である。
「はい、なるほど……じゃあ、ぶっ壊しても大丈夫なんですね? …………あはは、そこまではしませんから。……はい、分かりました。では早急に対処します」
 春樹は電話を切り、それをしまい込むと制服を脱ぎ始めた。もちろん、ISを装着する用のISスーツになる為である。
 そして、誰の許可を取るわけでもなく、胸元の十字架の形をしたペンダントを握る。それは待機状態の『熾天使(セラフィム)』であり、それ起動させてその身をISで包み込む。モニタルームには美しくしなやかな白い美しい翼が広がる。
 突然の春樹の行動に戸惑いながらも千冬は今の行動の意味と問う。
「何をしている! 葵、説明してくれるんだろうな?」
「Need not to know.悪いですが、どういうことかは言えません。私にはその権限がありませんから。ただ言えることは、詳しい事は篠ノ之束にお聞きください。ということですかね」
 と言って熾天使(セラフィム)の武器の中で一番威力がある『バスターライフル』を取り出した。強力なビームライフルを握りしめ…………。
 するとモニタルームは一夏の叫び声で包まれた。鳳鈴音の名前をこれ以上とないぐらいの大声で。
「一夏!?」
 箒はずっとこの雰囲気に押しつぶされ、黙り込んでいたが、一夏の叫び声を聞くなりモニタに駆け寄った。そこには鳳鈴音が撃墜され落下している光景だった。
「鳳(ファン)……鈴音(リンイン)……?」
 箒は信じられなかった。鈴音は左腕の辺りが血まみれになったように見える。出血しているのだろうか、ISはここまで危険なものになってしまうのだろうか……。そう思った箒は束のことが頭に浮かんだ。
 姉がインフィニット・ストラトスなど作らなければ、こんな事になるなんてことはなかったのではないのか。もうどうしようもない現実を否定したがる箒だった。
「…………みんな、離れてろ」
 春樹はいつもより低く、ドスの利いた声でそう言った。
 しかし、突然の事で誰も動けなかった。
「離れろって言ってるだろォ!!」
 怒り狂った声で四人を脅した。山田先生はモニタの前でビクッと身体を強張らせ、箒とセシリアは黙ってゆっくりと後ろに下がった。そして千冬は内心どうなのか分からないが、外見はいつも通りのクールな彼女だった。
 そして、『バスターライフル』の引き金が引かれた。その瞬間ビームが発射され、開かなくなっていたドアを丸ごと吹き飛ばした。
 そして、彼はモニタルームから出て行った。
(Need not to know. あなたは知る必要はない……か。春樹、お前は今何をしているんだ?)
 千冬は春樹が破壊した扉の向こう側をずっと見つめていた。

  15

 一夏は、撃墜され気を失って落下している鈴音を受け止める。
 そして鈴音を見ると彼女の左腕が血まみれになっていた。
「う、うわあああああああああああああああああああ!!」
 一夏は叫ぶ。さっきよりも大きな声で。さっきの自分の何も考えていない行動で鈴音を大怪我させてしまった。自分のせいで、自分のせいで、自分のせいで、自分のせいで…………一夏の頭の中ではもうそれしか考えられなかった。小学校三年生から中学校二年生までずっと仲がよかった彼女。
 そして、ここで再会できて、大いに喜んでいた彼女。一夏の頭の中にいままでの鈴音との思い出が蘇ってくる。そしてついに一夏は泣き出してしまった。
 しかし目の前にはまだ謎のISがいる。悲しんでいる暇などなかった。そしてそのISは右手を一夏の方に向けてビームを撃とうとしていた。
 チャージしているのか、銃口に光が集まっているように見える。
 そして……発射された。
 一夏は鈴音を抱きかかえながら、ボロボロに泣きながら、それに気付きビームを回避した。
(そうだよ、こ……ここで……負けるわけには……いかないんだよ! 鈴が俺を庇ってこんな大怪我を負ったってなら、絶対にアイツをぶち殺す!)
 一夏の目は涙は流しているものの、目の色が違った。目の前にいる敵をぶち殺す。そういった殺気が溢れていたのだ。
 ビーム攻撃をかわしている一夏。しかし、鈴音を抱きながら戦闘を行えるはずもなく、ただかわすだけしか出来なかった。
 敵は接近して格闘攻撃をしてくるが、『白式(びゃくしき)』の持ち前のスピードで距離を取る。
(くっ、これじゃあ攻撃も出来ない……でも鈴を適当なところに置いてくるわけにもいかないし……どうすればいいんだよ!)
 このままじゃジリ貧だ。いつまでもかわし続けるなんてことは出来るはずもない。一夏も今まで鍛えてきたとはいえ、限界はあるし、ISにだって稼動エネルギーを失えば動かなくなる。
 正直、一夏は気を張る戦闘が続いて集中力が失いかけてきているのがわかる。
 このままじゃ、死ぬ。
 そう思った矢先の事だ、何度距離を取ろうが接近して格闘戦に持ち込もうとする謎のIS。そしてちょっとした気の緩みで奴のパンチを暗いそうになった。とてもごつく、大きな拳。それをくらうという事は……。
 一夏は目の前に巨大な拳が見えた時点で、一夏は覚悟した。俺はここで死ぬのだと。
 その瞬間、一夏の目の前にオレンジ色の一閃が上から下へと貫いた。そして、目の前の謎のISの腕が若干砕けていた。
「すまんな、一夏。遅くなった」
 一夏の頭上には葵春樹が白い翼を広げてそこにいた。彼の手には『バスターライフル』が握られていた。
「じゃあ一夏、お前は休んでろ。鈴のことよろしくな。で、出来ればでいいが、俺の戦い、よく見てろよ?」
 春樹は『バスターライフル』を量子化し、日本刀である『シャープネス・ブレード』を取り出した。そして一夏の武器も長刀である。
(ま、まさか、良く見てろって……そういうことなのか?)
 春樹が日本刀を取り出した理由。それは一夏には近接戦闘のやり方を見ていろということだ。
 春樹は謎のISに日本刀を握り締めて向かっていった。
 敵は大きな拳で反撃に出ようとするが、その拳のところにはもう春樹は居なかった。どこにいるのかといえば敵ISの下にいたのだ。
 パンチが当たる瞬間、推進剤の噴射をやめて翼をたたみこむ。そうする事で自身の身体は急降下。その行動で敵ISの攻撃を回避して、下から敵ISを切りつけた。しかし、大した攻撃にはならなかった。
 やはり実体剣というのが駄目だったのか? と思った。実体剣・実弾の武器はあまり効かないんじゃないか。そう思った春樹は止む終えず、武器を『鎌(サイズ)』に変えた。
 これは『熾天使(セラフィム)』の仲で唯一ビーム系の近接武器である。鎌(サイズ)の刃の部分がビームで出来ている。
「これじゃあ、天使というより死神か? だけど、今この状況だとちょうどいいのかもしれないな……。お前を地獄の底に突き落としてやる!」
 ビーム攻撃を右、左へとかわし、敵ISに近づける。ここで近接戦闘をしている。いままでずっと同じパターンが続いているのだ。しかし、それは全く持って無駄がなく、強いのは確かな事である。
 しかし、そこからチャンスはめぐってくる。
 もう春樹は何をするべきなのか、もう分かっていた。
 右腕のパンチを最小限の動きでかわし、右腕を鎌に引っ掛けて腕を切断した。
(なんだよ、あれ……シールドは? ISって操縦者の安全は確保されるんじゃないのかよ……! 何なんだよ、この状況は……!?)
 一夏は鈴音の事を地面に下ろして鈴音の事を見守りながら、同時に春樹のことも見ていた。
 そして、また一旦距離を置き、さっきと同じ動きで左腕も切断した。
 この謎のISは同じ事にひっかかっていた。全く同じ事をされて左腕を切断されたのだ。何かがおかしい。一夏はそう思っていた。
(もしかしたらあれ、人が乗ってない? いや、それはありえない。AIで動いているISだなんて聞いた事がない。でもあのIS……どういうことなんだ!?)
 そして、春樹はついに敵ISの両足を切断したのだ。また、同じ事に引っかかる敵IS。そして最後の仕上げに敵ISのスラスターなど、推進剤を噴射するものを全て破壊し、敵ISは全く動けなくなってしまった。
(流石、試験段階のことはあるね、弱い)
 春樹はそう思っていた。
 一夏は春樹を見て、あいつはやっぱり何かを隠している。そしてあのISのことも。今では両足、両腕、そして推進剤噴射口が全て破壊され、身動きが取れないあの黒い謎のISのことも春樹は知っているんじゃないか。
 そう思ったが、もう体力の限界に来てしまったのか、一夏の視界がぼやけ始めた。
(あ、あれ……もう……だめだ……)
 そして一夏は眠ってしまった。



[28590] エピローグ『葵春樹と篠ノ之束 -Huddle-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:31
 織斑一夏は目を覚ました。自分はベットで寝ている、と理解する。
 そして目に映った天井は見たことがないものだった。
「一夏……目を覚ましたのか」
 一夏がその声に反応して横を見てみるとそこにいたのは織斑千冬だった。彼女は凄く安心したようで、今までにないような微笑みを見せている。
「ちふ……織斑先生……」
 一夏は呼び慣れた「千冬姉(ちふゆねえ)」と呼びそうになったが、慌てて訂正したが、千冬はこの学園でいつも見るような表情はそこになく、昔家で一緒に過ごしていたときにいつも見ていた極上の微笑みで、
「今は……千冬姉(ちふゆねえ)でもいいぞ。私だってお前を名前で呼んでるしな」
 と言った。
「千冬姉、ここはどこだ?」
「ここは保健室だ。一夏はここに来るのは初めてか? まぁ、お前ならISで怪我なんてことは滅多にないだろうしな」
 一夏は理解する。自分はあの後、気を失って保健室に運ばれたのだろう、と。
 そして彼は重大な事を思い出す。
 鳳鈴音は無事なのかどうなのか、この保健室にはいないようだし、やはりあの出血ではこんなところでは対処しきれないのだろう。
「千冬姉! 鈴は!?」
「彼女は病院の方へ運ばれたよ。腕が折れているようだが、今後のISの操縦に支障はないそうだ。ISの絶対防御が彼女を守ってくれたな」
「でも、あの出血に骨折……。あの黒いISはなんだったんだ?」
 千冬は目を閉じ、俯いた。
「すまないな、一夏。それはお前には教えられない」
「そうか……じゃあ春樹は? あいつはどうしたんだ?」
 一夏は気になっていた。今まで見せなかった強さ。そしてあのISを圧倒するIS。彼の『熾天使(セラフィム)』は一体何なのか。
「あいつは今――」


 葵春樹は篠ノ之束と会っていた。
 その場所は窓もなく、エアコン等で温度調整されているような感じだ。どこかの施設のような感じであるが、どこかの地下なのだろうか? しかし、それが何処にあるのか分からないし、普通の人には分からなかった。
 春樹と束は紅いISを目の前にしていた。
「コイツが紅椿ですか、うん、良い感じですね」
「でしょ~、春にゃんの希望していた機能とデザインを実現しました! どう? 偉いでしょ?」
「ああ、偉いな~」
 春樹は若干の棒読みで束の頭を撫でた。こんなノリは今に始まった訳じゃなく。束と会うと大体こんなノリになっている。
「えへへ、春にゃんに褒めてもらっちゃった~」
「はぁ……。で、コアの方は?」
 春樹はため息を吐き、そして極真面目な表情になり、会話を続けた。
「まだ。中々見つからない」
 そして、束も真面目な表情になって言葉を返す。
「そうですか、地道に探すしかないですよね、こればっかりは……」
「うん、全部で四六七個のコアから箒ちゃんと同調するものを探すのは、骨が折れる作業だよ~」
「仕方が無いですよ、こればっかりは」
 この世に存在するISの動力部分である四六七個のコア。何故、四六七個なのか、その理由はこの探し物にあるのかもしれない。
 箒と同調する。
 これはどういうことなのか。今のこの二人の会話だけでは何も見えてこない。
「そうだよね~、頑張るよ束は!」
「ああ、よろしく頼みます」
「うん、で、あの黒いISは……春にゃんが倒したと。どうだった?」
「あのISは物自体は超高性能でしたが、AIはまだ試作段階といったところでしょうか。動きが単調でしたし、恐らくはテスト感覚で送り込んだのかと……」
 あのIS学園を襲った謎の黒いISは人が乗っていなかったのだ。全て機械仕掛けの自動起立型、AIで動くISだったのだ。
 ISは人が乗らないと動かない、そういうものだったのだ。
 しかし、動かせたということは……
「やっぱりAIか……私が作ったコアとは全く違うものを使っているのかもね」
「その通り、あれは今存在するコアの情報とまったく一致しないものでした。恐らくは連中が独自に作ったものでしょうね」
「心配だね、あいつらにとってIS学園というパイロット育成学校というものは、万が一のときのために潰しておきたいしね。変に強い奴が出てきても厄介なだけだし」
「まぁ、滅多に現れないでしょう。普通の人には因子がないんですから」
「そうだけど、万が一って事もあるでしょ?」
「それは、そうですね。でも大丈夫。あそこには俺と一夏、そして箒がいます。これから三年間はIS学園は無事ですよ」
「あはは、心強いね」
 そして時計を見る春樹、時計は昼の十二時半を過ぎていた。ちょうどお昼時、おなかもすいてきたので、束と一緒に食べに行こうと思った。
「そうだ、一緒にお昼ごはんでもどうです?」
「え、春にゃんとご飯!? はいはいは~い! 行きます! 絶対に行きます! どんなお店だってOK! よし食べに行こう! 春にゃん行くよ~!」
(俺が誘ったっていうのに指導権は束さんに握られているみたいだな……)
 すると、束は春樹と腕にぎゅっと抱きつく。しかも、自分の自慢の豊満な胸を押し付けてアピールしているようだった。
「ほら、行こうよ~」
「はいはい、分かりましたよ~」
 春樹はとくに嫌がるわけでも、恥かしがるわけでもなく、その場から歩き出した。
 もしかしたら、まんざらでもないのかもしれない。


 今、保健室には一夏と箒の二人である。もしこの状況を春樹が見たら、箒にニヤニヤしながら、今だ、押し倒せ。見たいな事を言われかねないだろう。
 そして一夏は保健室で箒が持ってきてくれた昼食を食べている。
 箒はいつも一夏が注文する日替わりランチを頼んでいた。今日は鯖の味噌煮定食だった。
「一夏、その……大丈夫だったか?」
 箒は一夏を見て心配そうな顔をしていた。しかし、保健室で寝ている割には包帯とか、治療したわけではないので、特に痛むところはなかった。それならば、鈴音の方が一夏の数十倍、数百倍も危険な状態になっていたのだ。正直、自分の事より箒には鈴音のことを心配して欲しかった。
「俺は特に怪我とかしていないし、大丈夫だよ。この俺を心配するくらいなら鈴のことを心配してやってくれよ」
「ああ、そうだな……」
 モニタ越しだったが鈴音の左腕に赤いものが写っていた。アレはあの時思った通り鈴音の血だった。しかも骨折までしていると聞く。
「そうだ、春樹は…………束さんに会っているみたいだぞ?」
 その時、箒の身体が僅かにビクッと反応していた。
 行方不明にして、ISの開発者、そして自分の姉である束と春樹が会っていると聞いて、なんであの二人が会っているのか、理由が分からない。何故、各国が血眼になって探している自分の姉と何故春樹は会えるのか。いったい姉は何処にいるのか。とても気になっていたのである。
「なんか、千冬姉(ちふゆねえ)によると、あの黒いISの事と何か関係があるとかどうとか……春樹が言ってたって」
「黒いISと姉さんが……関係あるというのか……?」
「ああ、でもそれ以上のことはなにも教えてくれなかったみたいだけど」
 一夏は定食を食べながら話す。
「どういうことなんだろうな~、春樹の奴。箒、なんか聞いてないのか?」
「え、いや……私も姉さんの連絡先を知らないからな」
「そうか……謎は深まるばかりってか……」
 一旦会話は止まってしまい、一夏は定食をガツガツと食べている。
 箒も、自分の定食を食べているが、何を話したらいいのかまるで思いつかない。どうにかしてこのシーンとした状況を何とかしたかった。
「い、一夏」
「なんだ、箒?」
「あの……だな……今度一緒に出かけないか?」
 箒は焦りながら、随分と早口でそう言った。
「ああ、いいぜ。何処に行く?」
「えっと……鈴音のお見舞いだったり、色々だな」
「そうか、そりゃいいな。よし、明日は休みだし、明日にでも行くか?」
「ああ、分かった!」
 箒は本当に嬉しそうに笑顔で言った。そして鈴音のことも正直気になっている。お見舞いに行って、調子を聞くのもいいだろう。そう思った。


 春樹と束は今いる謎の施設にある食堂にきていた。そこで働く人たちが何人かいた。そこに居た人は「春樹さん、こんにちは」「束さん、こんにちは」と、次々と人とすれ違うたびに挨拶をしてくる。
 春樹と束はそれぞれ日替わりランチを頼んでいた。今日のメニューはからあげ定食である。からあげと野菜。ご飯に味噌汁と一般的な定食のセットである。
 二人は頼んだものを受け取るなり開いている席に座る。
「じゃあ、いただきます!」
 束は笑顔でそう言った。続けて春樹も「いただきます」と挨拶をする。
 何個かからあげを食べて、ご飯と味噌汁を食べる。
 そして、束の手が止まった。そして、何秒か動きを止めてた後、束は箸でからあげをつまむなり……。
「ねえねえ、春にゃん!」
「ん?」
「はい、あ~ん!」
 束がからあげを春樹の口元に持っていく。
 春樹は流石に恥かしくなり、顔を赤くしてしまう。
「た、束さん……それはちょっと……」
「え~、食べてくれないの? うぇ~ん、束さんはショックなのだ~」
 春樹は、こういった女性にだけ許される行為に弱かった。しかも、束のように可愛げのある人がやると、春樹は困ってしまう。
「え、あ、えっと……束さん……別に、いいよ? あはは……」
「なんだよ、それなら最初に言って欲しかったな~、じゃあ、はい、あ~ん」
 春樹は口を開けてからあげを食べる。
 特に束が食べさせてくれたからといって、味が変わるわけではない。しかも、食べているものは二人ともまったく同じものなのだ。それはもう気持ちの関係である。どう思ってそれをやるのか……考えればすぐ分かる事だ。
「じゃあ、次は春にゃんね!」
「え……」
「え~、私にも食べさせてよ~」
 今度は束による上目遣い攻撃。春樹はやはりこういう行為に弱かった。気になる人にされてしまうと特に断れなくなる。
 春樹は自分のからあげを箸でつまみ、束の口元まで持っていく。
「は、はい、あ~ん」
「あ~ん!」
 束はとても嬉しそうに、そして自分で食べるよりもおいしそうにそのからあげを食べていた。同じものだから味は変わらないはずなのだが……やはり気持ちの問題なのだろうか?
「お、おいしい……ですか?」
「うん! 自分で食べるよりずっとおいしいよ~!」
「そ、そうか……」
 その光景を見ていた他の人たちは「春樹と束はバカップル」という風に見られていた。二人は付き合ってはいないのだが……。
 そして、真面目な話に入る。やはり、束と春樹の間にはシリアスな雰囲気は付き物なのだろうか?
「今度、ドイツのラウラ・ボーデヴィッヒがIS学園に来るそうだよ」
 箒のその言葉に驚く春樹。
「え、ラウラが……これも、奴らのシナリオってやつですか?」
「どうだろうね、でも彼女の事を考えると……ありえなくない話だと思うよ」
「ですね、わかりました。何かあったときは自分が対処しても?」
「うん、構わないよ。そのために春にゃんはいるんだからね」
 ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女は春樹が中学校一年生のとき、自分の身体を鍛える為、ドイツ軍の教官になることになった織斑千冬についていき、ドイツの軍に体験入隊をしたことがあった。体験といっても、それは他の軍人となんら変わりないことをさせられていたのだ。
 そのときに出会ったのが「ラウラ・ボーデヴィッヒ」であった。彼女とは「仲間」という意識が高い。軍で共に汗をかきながら自身を鍛えていたのだ。
 同じ部隊にいると、自分が足を引っ張ると、それは部隊全員のせいだとして連帯責任をくらってしまう。だからこそ、自分の部隊の人間には迷惑をかけたくない。そういう気持ちが同じ部隊の人間を「仲間」という意識が大きくなっていったのだ。
「ま、なんにせよ、俺の友人が来るんだ。歓迎してやらないとな」
 春樹と束の二人は昼食を続けた。

 春樹、束は今何をしているのか。
 一夏と束はどう関係してくるのか。
 そして、謎のISはどこから来たものなのか。

 それは、いずれ分かる事になるだろう。
 そして一夏と箒も、春樹と同じ責務を負うことになる。



[28590] プロローグ『戦後 -The_before_Day-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:37
 あのクラス代表対抗戦から一週間が経った。春樹が壊した扉等は気がつけば元に戻っており、IS学園は何事も無かったかのように毎日が過ぎていく。
 そして、一夏と春樹、箒の三人は鈴音が入院している病室の前に来ていた。
 ガラガラとドアを開けて、鈴音がいることを確認して声をかけた。
「やあ、鈴。久しいな」
 箒が鈴音に向かってそう言った。
 鈴音と箒は一夏と二人でお見舞いに来たときにとても仲がよくなったそうで、鈴音は箒と呼んでいるし、箒は彼女を鈴と呼んでいる。  
 二人で話すときは、一夏の話で笑いあっているそうだ。だが、この話を一夏は知らない。これは鈴が春樹にそういう話をしているんだと聞いてわかったことである。
「あ、箒に一夏、春樹も来てるんだ。久しぶり、元気にしてた?」
 鈴音はベットから起き上がりながらそう言った。その言葉に一夏はツッコミを入れた。
「それはこっちの台詞だろ。で、鈴は元気にしてたか?」
「うん、元気だけど、正直暇でしょうがないよ。こうやって皆が来てくれると嬉しいな。早く学園に戻りたいよ~」
 それを聞いて一夏は軽く笑って、
「しょうがないだろ、自分の身体を最優先しろよな」
「そうだね一夏」
 春樹は手に持っていたビニール袋をアピールするなり。
「一夏、箒、せっかく差し入れ持ってきたのにそのことについてはスルーなのかい?」
 春樹たちが持ってきた差し入れとは良くある果物の詰め合わせである。メロンに林檎、バナナなどの果物が入っているものだ。
 一夏と箒は「すまん」と謝って差し入れをビニール袋から取り出した。とりあえず、メロンを食べる事にした四人。ナイフを取り出し、春樹は手馴れたようにメロンをカットする。
 春樹は昔から一夏と共に料理を作ってきてるので、こういった調理器具の使い方はもう慣れてしまっている。
「へぇ、上手いもんじゃない春樹」
「まあ、昔からこういうことしてきたからな。料理だってできるし、一夏だって料理くらい出来るよ」
「へぇ、一夏も料理とか出来るの?」
「まぁな。千冬姉(ちふゆねえ)はいつも俺たちのために働いてくれてたから、俺たちが料理ぐらいしてあげないとって思って」
「ふ~ん、そうなんだ」
 春樹がカットしたメロンを皆で食べ始める。そのメロンは果汁たっぷりでとても甘く、おいしかった。
「あ、これおいしい」
 鈴音は素直な感想を述べた。
「まあ、メロンが取れる時期だしなぁ」
 と、春樹は答える。
 メロンは収穫時期が五月から九月の間であり、さらに春樹がおいしいと思っている農家が作ったメロンをチョイスしている。おいしくないわけが無い。
 その後も、果物を食べながらの雑談は続いた。ここ一週間で起こったこととか、学園の笑い話など様々だ。
「ところで、あの黒い謎のISについて何か分かった?」
 鈴音は純粋に気になったのでその事を聞いた。前に一夏と箒が来たときには何も分からなかったのだが、一週間も経った今なら何かしらの情報が入っているかもしれない。そう思った彼女は改めてその事を尋ねた。
 彼女があの謎のISに襲われ、一夏を庇ってそのまま撃墜された。その後大怪我をして気を失っていた彼女にはその事を気を失う直前までの事しか覚えていなかった。
 すると春樹は鈴音の顔を真っ直ぐに見つめて申し訳なさそうに言った。
「ごめんな、そのことは俺たちからは言えない事になってるんだ……。そんなことよりもう少し楽しい事話そうぜ」
 春樹は表情を明るくして話の流れを変えようとした。周りの反応は「そうだな」と春樹の意見に賛成して皆は明るい表情を作る。
「そういえば――」
 一夏は何かを思い出したように話し出した。
 その話を楽しそうに聞く鈴音。同じように一夏と春樹、箒の三人も楽しそうにしている。四人が話している光景はとても微笑ましかった。



[28590] 第一章『新しい仲間 -Choice-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:38
  1

 鈴音のお見舞いをした次の日、IS学園。朝のショートホームルームにて突然の報告を受けた。なんと、編入生がこの一年一組に二人も来るという言葉を山田先生は言った。
 編入生が同じクラスに二人来るという時点で不自然気回りないのだが、恐らく裏で何かがあるのだろう。
「では編入生を紹介します。二人とも、教室に入ってきてください」
 山田先生は教室の外で待っている編入生二人を呼んだ。
 入ってきた生徒二人は、片方は銀髪で眼帯をつけている。何か堅苦しい雰囲気が漂っているのに対し、もう片方の人物。その人は男子用の制服をつけていたのだ。という事はどういうことなのか。ただならぬ男という事だろう。彼は金髪で可愛らしい感じがあった。とても高貴な感じがあり、第一印象から好感が持てるような人だった。
 最初に金髪の男子生徒が自己紹介を始めた。
「シャルル・デュノアです。こちらに僕と同じような境遇の人が居ると聞いて編入してきました。どうぞよろしくお願いします」
 彼が挨拶をするなり教室の女子達が騒ぎ出す。このノリはなんだか懐かしい感じがする一夏と春樹だった。これは自分達が自己紹介したときと同じだった。客観的にみるとこういう感じなのか、と落ち着いた雰囲気で二人はその光景を眺めていた。
「静かにしろ! まだ紹介は終わっていない!」
 千冬の一喝でその場が沈められる。一夏は自分達の入学当時を見ているようでなんか不思議な気持ちだった。
 あのときは千冬の登場に女子達が騒いでいたのを覚えている。
 そして春樹は、目の前のISを動かせるという男子に注目している。しかも観察するようにその男とやらをする。本当に男なのかどうかを疑問を持ったからだ。
 確かに、ここにISを動かせる男は存在している。篠ノ之束が言うには男がISを動かせる要因は特別なDNAの情報があるかどうかで決まるそうだ。その『因子』と呼ばれるDNAの情報は何故かISのコアに強く反応して共鳴し合う。その結果として普通の人よりISを上手く動かせる様になる。
 何故その『因子』を春樹たちが持っているのかは分からない。だが、何かがあるはずなのだ。その『因子』とやらの宿命を春樹たちに押し付けた何かが。
(アイツ……本当に男なのか? まさか、因子を持っている? とりあえず束さんに連絡してみようかな。あの人のネットワークなら何か分かるかもしれない)
 そして、もう一人。銀髪で眼帯をつけている女の子。
「自己紹介をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
 彼女は千冬のことを教官と呼んだ。つまり、千冬がドイツで教官をしていたときに関わった人物という事になる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「あ、あの……以上ですか?」
 山田先生はあまりの短さに戸惑いながら聞いてみるが……。
「以上だ」
 きっぱりと言われてしまった。
 そして彼女は一夏の方を見るなり歩み寄り……右手を一度左に持っていき、勢いよく一夏の事を叩(はた)いた。
 周りの生徒は突然の行動に驚きを隠せなかった。
 一夏もいきなりの事でなにが起こったのか理解できなかった。何故自分は叩(はた)かれたのか、理由が見当たらない。自分は目の前のラウラという人物とは今初めて会うはずだ。何かうらまれるような事はしていないはずだが……。
 そしてラウラはこんな事を言った。
「私は、お前を許さない」
「何が許さないんだ?」
 ラウラはサッと声が聞こえてきた後ろを向くと、彼女には馴染み深い人物がそこに居た。
 葵春樹である。
 実は春樹は中学校一年生のときに千冬がドイツの教官をする事になったのだ。その時に春樹は自分を鍛える為にドイツの軍に体験入隊する事になった。その時に出会ったのがこのラウラ・ボーデヴィッヒである。
「春樹……か?」
「……ああ、そうだよ、葵春樹だ。で、何が許さないんだよ?」
「そ、それは……後でちゃんと理由を話す」
 ぎこちなく返事を返すラウラ。すると春樹は微笑んで、
「そうか、わかったよ」
 と返す。
 すると、織斑千冬の鉄拳が春樹とラウラに飛んできた。いきなりの事で何が起こったのか理解するのにはそれなりの時間が必要だった。
「感動の再会中悪いが、まだショートホームルーム中だ。席に戻れ葵。それからラウラ・ボーデヴィッヒ!」
 千冬に名前を呼ばれたラウラはビシッと姿勢を正し、敬礼をしながら、
「はっ。何でありましょうか、教官」
「今は先生だ。それより……いきなり教師の目の前で暴力行為とは……勇気あるな。だが、まあいい。今の拳骨が指導の変わりだ。今後、教師の目の前で暴力行為は慎むように」
「はっ。了解いたしました」
 またもラウラは敬礼をしながら席に着く。
 一夏は今の言葉を思い返してみると、あることに気付く。
(教師の目の前以外なら暴力はいいのかよ!?)
 
  2

 朝のショートホームルーム後、一夏は箒に彼女とはどういう関係だったか聞かれていた。
「それがわからないんだよ。今日初めて会ったってのに、わけわかんねぇ」
「もしかしたら、一夏さんが知らないだけで、実はもう会っていたりってことはないのですか?」
 セシリアは一夏にそう聞いてみた。だが……。
「いや、あいつはドイツの人らしいし、俺と会っていたってのは無いと思うぞ」
「そうですか……」
 自分の推測が外れてちょっと残念そうな顔になるセシリア。
「そういえば、春樹があのラウラってやつと知り合いだったみたいだが、どういう関係なんだ、一夏?」
 箒はさっきのショートホームルームの事を思い出していた。あの親しそうな感じ、どう見たって初対面じゃない。なにかあるはずだとそう踏んだ。
「ああ、アイツは千冬姉(ちふゆねえ)がドイツ軍の教官をする事になったときに一緒についていったんだよ。自分を鍛える為にな。たぶんそこで出会ったんじゃないのか?」
 それは初耳だった。春樹が軍隊の訓練を受けていたとは知らなかったのだ。あの剣道でのトレーニングのときに見せた異常な体力と身体能力はそこにあったのか。と納得した。しかし、一夏もそれに追いついているのには凄く気になった。
 軍を体験した春樹とトレーニングをしたからといってそう簡単に対等な力を手に入れられるものなのだろうか、と気になった。
「春樹さんって、軍隊に入っていたことがありましたの?」
「ああ。正式な入隊ではないんだけどな。なんか心身共に鍛え上げられた感じで帰ってきたぞ? あの時はビックリしたなぁ、すげー筋肉だったし、随分と逞しくなっていたなぁ」
「そ、そうなんですの……」
 なんかセシリアは自分の世界に入ってしまっている。なにやら変な妄……いや、想像をしているのだろう。なんか顔が惚けている。
 邪魔したらいけないと思い、一夏と箒は二人で会話を再会する。
「で、一夏も春樹が帰ってきた後、春樹と共に身体を鍛えたのか?」
「ああ、最初の頃は凄くきつかったぞ。でも、これでも軍の訓練に比べたら三分の一の量だぞって言われたときは驚いたよ。春樹はどんな訓練を受けてきたんだよって思って……」
「でも、やってく内に軍となんら変わりない訓練でも大丈夫になったのだろう?」
「そうだな、慣れるまで随分と時間がかかったけど……」
 要するに、一夏は春樹に追いついたという事である。これで一夏の強さもはっきりした。これを二年間続けてきたのだ。恐らく早朝にでも走りこみをしているのだろう。
「いまでも、なんかしているのか? そういったトレーニングは」
「そうだな、毎朝春樹と走りこみをして、その後の筋力トレーニングも欠かさず毎日やってるよ。いまじゃこれは習慣になっちまってて、やらないと逆に不安なんだ」
 一夏と春樹は毎朝のトレーニングは欠かさなかった。皆がまだ寝ているだろう時間にグランドまで出て走っていたのだ。
 すると、今日編入してきた、フランスの代表候補生であり、ISを動かせるという三人目の男らしい男が話しかけてきた。
「なになに? どういう話をしてたの?」
「ああ、あのラウラ・ボーデヴィッヒってやつの話と春樹の話だよ……えっと……」
 一夏はなんて呼んだらいいか迷ったが、シャルルはすかさずフォローを入れた。
「ああ、僕の事はシャルルって呼んでもらって構わないよ。だから君の事も一夏って呼んでもいいかな?」
「ああ、いいぜ、シャルル。えっと、こっちは俺の幼馴染で篠ノ之箒っていうんだ」
「篠ノ之箒だ、よろしく」
「うん、よろしく、篠ノ之さん」
 箒とシャルルは握手を交わした。そんな光景を見た女子達はクラスの女子達は箒を見つめてこう思った。
(箒は織斑君のことが好きなんじゃないの……これって浮気じゃない!?)
 全く持って勝手な思い込みであった。

  3

 屋上に来ていたラウラと春樹は会話を交わす。
「とりあえず、久し振りだなラウラ。二年ぶりか?」
「そうだな」
「で、何で一夏を叩(はた)いたんだ?」
「それは……」
 急に口ごもるラウラ。春樹が知っているのはキリッとしているラウラだったが、こうなってしまうという事は、教えたくないか、教える事が恥かしいことなのだろうと春樹は思った。
「わかったよ、言えないならそれでもいい。でも、これだけは忘れないで欲しい。お前にとって俺は訓練を共にした仲間だ。だからなんかあったらいつでも頼っていい」
「ああ、ありがとう春樹。……それより聞きたいことがある。春樹、お前はあの後何処に行っていた?」
 ラウラは急に表情を変えて睨みつけるかのように春樹の事を見が、春樹は決して戸惑う事も無く、ラウラのその睨み付けにもびびることなく話す。
「それは……言う事は出来ない」
「納得がいかない! だって私は……」
 ここで予鈴のチャイムが鳴った。今日は一時間目から二時間目までは座学で三時間目から放課後までずっと実技である。
 そのチャイムによってこの二人の間には変な空気が流れている。お互いに何かを隠しているのは一目瞭然だ。互いに詮索する事を避け、そして春樹は言葉を出す。
「一時間目は座学だ、教室へ戻るぞラウラ」
「ああ……」
 ラウラはこの緊張感で声が出てくれなかったが、それでも力を振り絞って返事を返した。
 そして、春樹とラウラはクラスへと戻っていった。

  4

 三時間目、実技の授業が始まる。要するに急いで着替えなくちゃいけない。男子の更衣室は特別用意されてなく、男子は体育館まで行き、そこの更衣室で着替えてそこからまた玄関まで行き、グランドに向かわなくちゃいけない。それを休み時間の十分の間でやれというのだから凄く大変である。しかも今日は編入生を案内しなくてはいけない。二時間目の授業が終わるチャイム。そして号令と同時にシャルルをつれて教室を出た。
 そこには編入生がどんなものか見たい女子が沢山いた。ここで女子に捕まったら確実に授業に遅れてしまう。それだけは避けたかった一夏と春樹はあの女子の集団をかわしていくしかない。
 パッと見、数は二十人ぐらいいるが、あれを回避するには……。
「突っ切るのみだ、いくぞ春樹!」
「おう。シャルル、一夏の手を離すなよ!」
「え、う……うん」
 一夏はシャルルとはぐれない様に強く手を繋いでいる。万が一の場合を考えてその後ろにつく春樹。そして、ここはあえて、このままそこに居ると危ないぞ。と警告するようにスピードを落とすことなくそのままスピードを上げて真っ直ぐに突っ走る。
「って一夏、速い! 速いって!」
 シャルルはそのスピードに驚き、ギリギリ追いつけるかどうかの領域に達していた。
「頑張れシャルル、もう少しだ! どけええええええええ!」
 一夏はそう叫んで女子の群れに突っ込む。女子達は突っ込んでくる一夏にびびってしまい、反射的に避けてしまう。一夏の作戦勝ちであった。
 そのまま体育館まで走り、更衣室に入る。
「よし、ここまでくれば安心……じゃあ、急いで着替えなくちゃな」
 一夏は制服のボタンを外して、急いで脱ぐ。続けて春樹も制服のボタンを外した。
 しかし、シャルルは一向に着替えようとはしなかった。このままでは授業に遅れてしまう。春樹は速く着替えるようにシャルルに言った。
「おい、シャルル。速く着替えないと授業に遅れる」
「え、ああ、うん。えっと……お願いだからあっち向いてて」
「え? …………わかった、おい一夏」
「ああ、わかった」
 一夏と春樹はシャルルとは逆の方向を向いて着替えを始めた。
 春樹は基本ISスーツの上に制服を来ていたので、制服を脱ぐだけで準備完了するが、一夏は一日中ISスーツを着ているのは変な感じがして嫌らしいので、実習のときに着替える様にしている。
 そして、何故シャルルは着替えを見られたくないのか、恐らく何か深い訳があるだろうから、あまり触れないことにした二人。
「い、いいよ~」
「「って、早っ!」」
 一夏と春樹はシャルルのあまりの着替えの早さに驚愕するが、今は驚いている暇はない。急がないと授業に遅れ、千冬からのキツイお言葉を貰う羽目になる。それだけは避けたかった。

 5

 実習の授業になんとか間に合った一夏と春樹とシャルルの三人。
 そして今日から実戦を実演してもらうらしい、ということで専用機持ちであるセシリアとラウラが呼ばれた。
 呼ばれた二人は「はい」と返事をした。前に出た二人は早速ISを起動させる。
「ボーデヴィッヒさん、よろしくお願いします」
「…………」
 セシリアの挨拶を無視するラウラ。そしてラウラは千冬に質問する。
「教官、私の相手はコイツなのですか?」
「いや、お前達はチームになって山田先生と戦ってもらう」
 すると山田先生が空中から颯爽と現れた。そして地面すれすれでホバリングしている。地面から五センチといったところだろう。これを見るだけで山田先生は凄い乗り手というのが分かる。基本を突き詰めて出来る人ほど上手いからだ。
「二人で……ですの?」
 セシリアは純粋な疑問を述べた。何せ、自分のパートナーは専用機を持っているラウラ・ボーデヴィッヒがいる。そして相手は山田先生一人。これではいくら先生でもキツイものがあるのではないのか、というのがセシリアの正直な感想だった。
「そうだ、だが大丈夫だ。今のお前達なら圧敗する」
 セシリアは理解した。自分は相手のISの特性を知らないし、どういった連携を取ればいいのか、全く分からなかった。
「ボーデヴィッヒさん、ここはちゃんとお互いのISの特性を理解したうえで――」
「必要ない」
 セシリアの言葉はラウラの言葉によって遮られた。
「ふん……では始めろ!」
 千冬の声で三人は一斉に空へと飛び立った。
 山田先生が扱うISはデュノア社製の『ラファール・リヴァイヴ』IS第二世代の最後期の機体ではあるが、最後期の機体だけあって完成度は非常に高く、それは初期の第三世代のISに引きを取らない性能である。
 そして現在配備されている量産型ISの中では最後期の機体ながら世界シェア第三位である。
 『ラファール・リヴァイヴ』の一番の特徴はその応用の利くところだろう。装備によって遠距離から近距離まで、攻撃型から防御型まで満遍なく対応でき、バランスが良いというのがその特徴である。
 ラウラが話も聞かずに戦い始めるので、セシリアはもうどうにでもなれと、『ブルー・ティアーズ』のビット攻撃を仕掛けるが、それは簡単に避けられてしまう。しかしそれは仕方が無い。今の攻撃は様子見の射撃。先生の起動特性を掴む為の攻撃だった。
(なるほど、山田教諭の動きは大体分かりましたわ……中々、いや、非常にISを扱うのが上手ですのね、流石は先生といったところでしょうか)
 セシリアはもう一回『ブルー・ティアーズ』を飛ばして山田先生の動きを制限させる。当たらずとも相手の動きを制限させる事は非常に意味がある。
 そして一回『ブルー・ティアーズ』の動きを止めて大型のビームライフルである『スターライトmkⅢ』を放とうとするが、狙いの先に突然ラウラが現れる。彼女はセシリアの事も考えずに山田先生に『プラズマ手刀』で攻撃を仕掛けた。
 もし、今の攻撃が出来ていれば、かわされたとしても、そこからパートナーによる追撃が可能だったはずであった。しかし、事実現状の確認もせずに一人で突っ込んでいるラウラがいた。チームワークという言葉のかけらもない。
「ちょっと、ボーデヴィッヒさん!? 何を考えていらっしゃるの!?」
「ふん、あのビットは邪魔だ。非常に動きにくいから元に戻してくれないか?」
「なっ!?」
 完全にラウラは一人で戦っている。セシリアと協力するという姿勢が見られない。
 ラウラは『ワイヤーブレード』を展開、これはワイヤーで相手を攻撃したり、拘束したりする為の武器である。『ワイヤーブレード』は伸びていき、山田先生を捕らえようとするが、中々つかまらない。
「ちぃっ」
 ラウラは舌打ちをする。今度は『レールカノン』で砲弾を発射し、攻撃を試みるが、やはりこれも当たらない。
 セシリアはその光景をみて、もう見てられなくなり、『ブルー・ティアーズ』を展開、ラウラの事を無理やりサポートする事にした。
 するとどうだろう、ラウラがなんとセシリアのビットを『プラズマ手刀』で切り裂いた。
「な、何をしてらっしゃるの、あなたは!?」
 流石にこの行為にキレるセシリア、今は協力関係にある仲間の支援砲撃を邪魔者呼ばわりする彼女。セシリアはトサカに来ていた。
「邪魔だと言っただろ、何故私の邪魔をする!」
 と、その時だった。山田先生が戦闘態勢に入る。『グレネードランチャー』を取り出してラウラに向かって発射する。ラウラはそれを避けるがそれは牽制に過ぎなかった。
 山田先生は素早くラウラの目の前に移動。今度は『ガトリングガン』に装備を変更。無数の弾をラウラの至近距離で放った。放った弾は当然の如く全て直撃、ラウラは撃墜、さらにセシリアに近づいて『パイルバンカー』で強力な一突きを放った。
 『パイルバンカー』は攻撃速度の遅さ、そしてリーチの短さから使いにくいというイメージがあるが、山田先生のように基礎が完全に出来上がっており、一瞬の隙も見逃さない、そのチャンスをものにする力があればこの攻撃もワンチャンスある。
 今回のこの試合もその一瞬のチャンスをものにした山田先生の力であった。
 撃墜されたラウラはこう思っていた。
(くそっ、アイツの邪魔さえなければ、私は……)
 そして千冬は鼻で笑い、
「これで貴様らも山田先生の力がわかっただろう。今後は敬意を持って接するようにな」
 クラスの皆は「はい」と返事をした。この後は班に分かれて戦闘の基礎訓練になった。

  6

 放課後、部屋割りの方をどうするかで、山田先生と話している一夏とシャルルと春樹の三人。部屋は二人部屋なので、必然的に一人取り残されてしまうのだ。
 一応、開いていないこともないのだが、そうなると一部屋に男と女が一緒になってしまうのでそれは非常にまずかった。
 すると、ある女子生徒が職員室に入ってきて山田先生に泣きついた。
 どうやら、ラウラと同じ部屋になった人らしい。彼女と話すことは出来ないし、ラウラには誰も寄せ付けない威圧感があったのだ。部屋を一緒するのはキツイものがあるのだろう。
「先生、俺がラウラのところへ行きますか?」
 春樹の突然すぎる発言。流石の山田先生も驚いてしまう。
 しかしこれには理由があった。春樹が軍に体験入隊していたころ、ラウラと同じ部隊になったのだが、そこに個室というものはなかった。大部屋で部隊の人と全員で夜を過ごすのだ。こういうことから自分がラウラのところへ行くのはそういう事もあって、他の人に任せるのはキツイものがあるだろう。だから自分が行く事にしたのだ。
「なるほど……それなら……織斑君、デュノア君、それでいいかな?」
「俺は大丈夫ですよ、先生」
「僕も大丈夫です」
 一夏とシャルルは春樹の案を肯定。
「わかりました、では葵君、準備の方をお願いします」
 そして春樹は部屋の方へ向かった。すぐさま引越しの準備をする。衣類等の少ない荷物をバッグに一つにまとめる。
 そして、次にこの部屋に残る一夏とこの部屋の住人となるシャルルもちょっとした別れの挨拶をした。
「じゃあ、一夏。シャルルと仲良くやれよ?」
「そっちこそ、ラウラって奴と上手くやれよ? 今日の授業の事を考える限りあまりいい奴とは思えないんだ」
「あいつ、ドイツに居た頃はあんな奴じゃなかったんだけどな……まあ、話を聞いてみるよ」
 春樹は部屋を後にして、ラウラの部屋の方向へ歩き出した。すると、廊下である人物と出会う。
 織斑千冬だ。
「ちょっといいか、葵」
「……はい、なんでしょう」
「とりあえず、私の部屋まで来てくれるか?」
「……わかりました」
 春樹は千冬に言われるままについていく。いったい何なのかは分からないが、とりあえず千冬は真剣な眼差しで尋ねてきた。それだけ重要な話なのだろう。
 千冬の部屋前まで一切会話をせずに来た春樹。そして部屋の中へ入った。そこは生徒の部屋と比べ物にならないほど豪華だった。山田先生と同じ部屋らしいが、今はいなかった。恐らく、千冬が席を外すよう頼んだのだろう。
「で、なんの用ですか?」
 春樹は前置きも何もなしにまずはそのことを聞いた。
「お前、何を隠している?」
 千冬は今までの疑問も含めてその一言で質問した。
「だから、そのことを言える立場じゃないんですって」
「なら、束と連絡を取ってくれ、私が直々に話をする」
「…………わかりました」
 少し考えて、その要求を許可する春樹。そして携帯電話を取り出して束に電話をかけた。電話のコールが静かな部屋に響く。そして、電話が繋がった。千冬は束のものらしき声を確認する。
「束さん、今ここに千冬姉ちゃんがいるんですけどね、話したがっているんですよ…………はい……はい……わかりました。では――」
 春樹は携帯電話を千冬に渡して……。
「大丈夫だそうです。思う存分に話してください」
 千冬は春樹の携帯電話を手に取り、耳元まで持っていく。
「束か? 色々と積もる話もあるが、まずは一番気になる事言うかな……束、何を隠している?」

  7

 織斑一夏は何かがおかしいと思っていた。その何かとは「シャルル・デュノア」のことである。彼女は何かを隠している。そう感じていた。その隠している事は分からないが、隠し事をしているように見えるのだ。
 先ほど、春樹が部屋を出ていってシャルルがこの部屋に来たが、なんかシャルルは必死に落ち着こうとしている様子があった。逆に落ち着きないようにも見える。
 男子同士、なにも恥かしがる事などないはずだ、なら身体的な問題でも抱えているのだろうか、あまり人には見せたくない傷跡みたいなものがあるのだろうかと一夏は考える。
 今日の着替えのときもそうだ、着替えを必死に見られたくないように、後ろを向くよう言われたし、やはり身体的な問題を抱えているのだろうか?
「なあ、シャルル」
「え、何? 一夏」
 二人はそれぞれのベットに座り込み話している。
「いや、なんか悩み事があれば相談に乗るからな」
「え、なんで?」
「いや……せっかく一緒の部屋になったんだし、もう俺たち友達だろ? 友達ならお互いに助け合っていこうと思って」
「ああ、そういうこと。ありがと、一夏」
 シャルルは笑顔を見せる。その笑顔はとても可愛らしいといえば、本人に対して失礼に当たるのだろうけども、本当に可愛らしかったのだ。クラスの女子が言っていた、「守ってあげたくなる系の男子」っていうのが男子の自分でもよくわかった。
「お前って、笑顔素敵だな」
「え!?」
 シャルルは驚く。まさか、自覚がないんだろうか……?
「笑顔が素敵な人って羨ましいよ。人を惹きつける力を持っているように感じるからさ……」
「そ、そう?」
「ああ、シャルルは笑顔が素敵だよ」
 恥かしそうに笑うシャルル。あまりこのようなことは言われたことがないんだろうか? 一夏はそう思ってシャルルと話を続けた。
 一夏は何か飲もうと思い、緑茶を注いだ。やはりお茶というものはおいしいものである。飲むと何か落ちつくのだ。
「あ、それ僕も飲んでいいかな?」
 一夏が緑茶を飲もうとするなり、シャルルも飲みたいといってきた。一夏はシャルルに緑茶のおいしさを知ってもらうのもいいかなと思ってシャルルの分も注いであげることにした。
「はい、シャルル。熱いから火傷に注意な」
 一夏は入れたての緑茶をシャルルに渡した。そして緑茶を飲む二人。
「おいしいね、緑茶って。紅茶とは随分違う感じ……」
「でも、紅茶と同じ茶の葉なんだぜ? 知ってたか?」
「え、そうなの!?」
 その事実を知らなかったのか、驚くシャルル。
「ああ、お茶の葉を飲めるようにする時に炒るだろ? その炒り方によって変わってくるみたいだ」
「へ~そうなんだ~……あ、そうだ一夏。一夏って放課後よくISの練習をしてるんでしょ? 良かったら僕もその練習に付き合ってもいいかな?」
「ああ、いいぜ。じゃあ、明日から一緒に練習しようか」
「うん」
 シャルルは嬉しいというか、一安心したような表情を見せた。どういう思いでそういう態度を取ったのか、一夏には分からなかった。

  8

 ラウラ・ボーデヴィッヒは自室に一人でいた。先ほど同室だった生徒が居なくなってしまったからだ。だからと言ってどうということはないが、ただ、少しモヤモヤ感があるだけだった。彼女を変な感情にさせる何かが少なからずある。
 するとこの部屋のドアがノックされた。一体誰なのだろうかと思い、ドアを開けるラウラ、するとそこには山田教諭と織斑千冬、そして……葵春樹が立っていた。
 山田先生が、春樹がこの部屋に来る事を伝える。
「ボーデヴィッヒさん、実はですね、シャルル・デュノアさんが編入したことで部屋割りの変更がありました。今日から葵君と同じ部屋で過ごす事になります」
「な……どういうことです、教官」
 ラウラは驚いた、まさか男と同室になるとは思わなかったからだ。確かに、軍に居た頃は春樹と一緒の大部屋で過ごしていたが、それとこれとでは話は別である。こんな狭い部屋で二人きりになる事は……正直言って、キツイものがある。色んな意味でだが……。
「どうもこうも、お前達は共に軍で鍛えぬいた者同士だからな。いくらか抵抗というのも少ないと思ったのだが……なんだ? そういう羞恥心を未だに持っているとは、貴様は軍で何をしてきたんだ?」
「う……いえ、そういうわけでは……わかりました。春樹、よろしく頼む」
「ああ……」
 ラウラは千冬には弱いらしく、大人しく引き下がった。だが、相手が葵春樹というのも大人しく引き下がった要因の一つでもある。確かに、過去に仲良くしていた春樹が同じ部屋なら、いくらか話し相手にもなるだろう。気が楽なのだ。
 先生達はその場から立ち去り、部屋にはラウラと春樹の二人だけになるが、二人とも黙り込んでいる。特に黙っている理由もないのだが、二人とも話し出すきっかけが欲しかった。部屋は静寂に包まれる。そして、何処となく、名前を呼ぶ二人。
「ラウラ」
「春樹」
 被った。見事に二人の言葉は被ってしまった。そのせいでまた黙り込んでしまう二人。そして、そちらからどうぞ、と譲り合う二人。その言い合いの結果、まずは春樹から言う事になった。
「じゃあ、ラウラ。まずは……今日の授業の事だ。お前はなんであんな動きを? 何故セシリアと共闘しなかった?」
「それは……」
「やはり何も言えないのか……一夏の時だってそうだったよな。どうしたんだよ、ドイツに居た頃は少なからずそういう奴じゃなかったと思ってたんだが」
 ラウラは何も言えなかった。きっと自分がしたいことを言えば春樹の事だから全力で自分を邪魔しに来るだろう。昔からあいつはそういう奴だった。だからこそラウラは今回の一夏への攻撃についてのことは言えない。
 事実、彼女はこの気持ちが何なのかも理解していなかった。一夏に対するこの気持ちは何なのだろう、何故自分は一夏を許せないのだろうか、それが分からない。
 もしかしたら、春樹になら……このことを話したら何か答えが見つかるのかもしれない、という考えもあり、本当にどうしたらいいのか自分で分かっていなかった。
「春樹……あの……だな。私は……」
 ラウラはここまで言葉を出しておいてまだ悩んでいた。でも、今日の屋上での出来事を思い出す。春樹は悩みがあればいつでも聞いてやる。仲間だから、と言ってきた。だから、今回の事は正直に話せば春樹は何か答えを出してくれるのかもしれない。
「私が、織斑一夏を許せない理由……聞いてくれるか?」
「ああ、いいよ」
 ラウラは春樹のその優しい声に安心した。彼は何かとこういうことになれば優しかった。黙って話を聞いてくれて、そして正しき道を示してくれる。必ずしも正しいというのは少し語弊があるが、でも、本人が正しいと思うのだから、それは他人がどう思おうとも「正しい」ということになるのだろう。
「私は……織斑教官を……逞しく、凛々しく、そして強いあの方を、あのような顔にしてしまう織斑一夏を許せないのだ」
 あのような、と言われると少し分かりにくいが、春樹にはすぐに分かった。小さい頃からあの二人を見てきたが、千冬が一夏の事を思うときの顔はなんだか、自慢の弟をそのまま自慢する。そのときの顔は……なんだか優しさを感じるのだ。やはり、大事な家族、ということなのだろう。両親に捨てられたあの二人にとっては「家族」という固い絆で結ばれている。春樹自身もその「家族」という絆の中に途中からだが入れてもらっている。やはりそこには「温かさ」があった。
「なるほどね、だいたいわかった」
 春樹はそこまで聞いてラウラがどんな気持ちでいるのか、それが予測ではあるが、わかったのだ。ラウラが抱いている感情、それは「嫉妬」である。
 ラウラも辛い過去がある故、織斑千冬という存在は憧れというものにあわせて尊敬していた。ラウラを見捨てずに面倒を見てくれた彼女を尊敬していた。
 だけど、千冬が弟の話をするときには自分と関わっているときには見せない表情をしていたのだ。何故自分と話すときはあんな風な表情になってくれないのか、何故千冬は一夏の話をする時にそのように嬉しそうに微笑んで話しているのか。
 もうそれは完全な「嫉妬」である。
 しかし、ラウラはその感情に気がついていない。まず、嫉妬というものがどういうものなのか、そこからの説明をしなくてはいけない。だが、ラウラにはそのような心理論を話してもあまり理解してもらえないだろう。そういう風に育てられたのだから。
「わかって……くれたのか?」
「ああ、お前のその気持ち、よくわかった……多分な」
「そうか、なら、私はどうすればいい?」
「それは……自分で見つけ出さないと意味がない。だから、俺からは一つだけ……自分が正しいと思うことをやるんだ。でも、安易に行動するな。じっくり考えて、そして正しいと思うことを実行するんだ」
「正しい事……」
 ラウラは考える。自分がやるべきことは、正しきことはなんなのか。

  9

 次の日の事だ。放課後、一夏と箒とセシリアとでISの練習をする為にアリーナまでやってきている。その場に春樹の姿はなかった。
 とりあえず一夏は春樹に毎日やるよう言われた練習を始める。
 セシリアが射撃を本気で当てに行き、そして一夏はそれを十五分間避け続けるというものである。
 セシリアは素早く動く標的をいかに狙い撃つか、そして一夏はその射撃を避ける。そうすることで、お互いに確実にレベルアップさせる。という魂胆である。
「いきますわよ、一夏さん」
「おう、いつでも来い!」
 セシリアは早速ビットを展開し、全方位射撃を繰り出す。一夏の周りからビーム攻撃が飛んでくる。そしてそれを縫うようにかわす。
 そして肩慣らしを終わらせたセシリアは『スターライトmkⅢ』の攻撃も織り交ぜて攻撃する。自分で自分の攻撃リズムを崩す事で、相手のリズムを乱してバランスを崩させるという攻撃。そしてこれがもっと上達したならば、全ての攻撃において一定のリズムというものが消滅する。相手はリズム感を感じることができず、戦いにくくするのだ。セシリアはまだそこまで到達はしていないが、相手のリズムを乱すという事はできる様になっている。
 一夏もその攻撃には戸惑い、違和感を感じるし、危うく攻撃に当たりそうにもなる。このセシリアの攻撃には悩まされている。しかもセシリアは本気で当てに来ているので、それもまた厄介だ。
「へぇ~、一夏もオルコットさんもやるね。あの相手のリズムを乱してやる攻撃は中々のものだよ。そしてそれを避けている一夏も凄いね、普通だったら何回も続けて避けれるものじゃないよ、あれは」
 箒はシャルルに今行っている練習について補足する。
「あの練習方法は春樹が考えたんだ。一夏のISは近距離武器しかないから、ああいうセシリアの全方位射撃をかわし続けるのは良い練習になると」
「確かに一夏はその装備しかないなら、こういった弾幕をはられるような相手を相手にしていれば、自然と突破口を自分で見つけれるようになるし、オルコットさんもあの高速起動を相手にしているから、自然に射撃能力が上がっていく……なるほど、お互いに競いあう事で、気付かないうちに上達していくんだ」
 そして十五分間の時間が経った。結果は一夏の逃げ切り。要するに一夏の勝利である。そして二人は地上へ降りてきた。
「はぁ……また一夏さんの勝ちですわね……」
「いや、セシリアも十分な強さだよ、正直危ないところもあったしな」
「でも、負けは負けですわ」
 落ち込むセシリアにシャルルは励ましの言葉を送った。
「でも、今回はオルコットさんが負けたけども、勝てないってことは無いと思う。だから、もっともっと頑張れば一夏に勝てるよ!」
 なんだか、励ましの言葉なのか怪しい感じではあるが、シャルル本人は励ましているつもりである。ただ、セシリアがどう思っているのかは分からないが……。
「そうだ、一夏。僕と模擬戦でもしない?」
「お、いいぜ。色んな奴と戦えればそれだけでいい経験になるからな。しかもシャルルのそのISはもちろん専用機なんだろ?」
「うん、そうなんだ。僕の機体は――」
 シャルルのオレンジ色に塗装されたそのISは『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』である。
 この機体は名の通り、第二世代量産型ISの『ラファール・リヴァイヴ』のカスタム機であり、基本性能を限りなくチューンし、追加武装を行う為の『拡張領域(パスロット)』を二倍に増やしている。このことで装備できる武装の数は二十を超える。
「なるほど、その大量の武装で距離を選ばない攻撃が可能なんだな。でも、それだけの武器を入れ替えて戦うって、ちょっと難しいんじゃないのか?」
「それは大丈夫だよ、僕の得意技は一瞬で武装を変えられることなんだから」
「そうなのか、特技があるっていいよな~」
「一夏だって得意な事あるじゃん、その剣術とか。ま、とりあえず模擬戦やってみようよ」
「おう、そうだな。じゃ、いくぞー」
 一夏とシャルルの二人は飛び立ち、二人は向き合っている。箒の合図で二人は一斉に動き出す。
 一夏はシャルルの攻撃方法がわからないから変に攻撃ができなかった。しかし、シャルルも攻撃を出さない。下手な動きをすれば一気に距離を縮められる可能性があるため、相手の動きを待っている。
(シャルル、そっちが動かないならこっちから攻撃させてもらうぜ)
 一夏はこの動かない試合を何とかする為に自分から攻撃を仕掛ける事にした。『白式(びゃくしき)』の加速力を利用して一気に距離を詰める一夏。
 するとシャルルは先ほど得意と言っていた素早い武器変更を行った。これは『高速切替(ラピット・スイッチ)』といい、大容量の拡張領域(パスロット)を利用して、事前によく使う武器をISに記憶させておく。そうする事でその武器をいちいち操縦者がイメージして呼び出すことなくその武器をすぐさま展開できるようにしている。
 だから、この機能は使用頻度が低い武器には対応しておらず、『高速切替(ラピット・スイッチ)』には対応していない。そこだけが弱点であった。
 シャルルは『ビームライフル』を取り出し、一夏へ放つ。一夏はそれを避けるが、すぐに的確な射撃が一夏を襲う。しかしそれも持ち前の高速機動でかわす。
 一夏はシャルルの目の前に到達できたので、練習用低出力の『零落白夜』で一撃必殺を決めようとするが、シャルルはそれを最小限の動きでかわした。
「一夏、動きが単調すぎるよ。そんな直線的な動きじゃ当たらない」
 シャルルはかわした後、『ビームライフル』を構えて一夏の後ろを撃とうとするが、かわされた後の一夏の対応がシャルルの予想より早かった。シャルルの射線上からは一夏の姿が消えており、一夏は気がつけばシャルルの真上にいた。
 一夏はかわされた後、上昇して反るような形で動き、シャルルの上を体が逆さの状態で取る。そこから降下して斬りつけようとする一夏であったが、そこでシャルルの『高速切替(ラピット・スイッチ)』が発動。素早く弾速が早い実弾系の武器である『ショットガン』を装備して一夏に発射。撃った先は高速でこちらに向かってくる一夏。これは当たったとシャルルが思った瞬間、一夏はシャルルの目の前に居た。
(な、なに? 何が起こったの?)
 シャルルは驚いていた。あのタイミングは普通はかわせない。しかし、一夏はそのタイミングで回避ができるほどの力があった。『瞬間加速(イグニッション・ブースト)』である。瞬間的に最高速度まで到達するこの技はこの高速型ISに非常に有効だった。
「へぇ、一瞬でそこまで……やるね一夏」
「ふぅ……今のは正直やばかった。お前の状況把握の能力はすげえな」
 するとそこに、とある女性の声が聞こえてきた。
「ふん、その程度か? 織斑一夏」
 ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 彼女がそこにいたのだ。彼女は漆黒のISに身を包んでいる。
 彼女のISは第三世代『シュヴァルツェア・レーゲン』右肩の大型の砲撃砲『レールカノン』が印象的である。
「織斑一夏、この私と戦え」
「はぁ? 今はシャルルと模擬戦を行っているんだよ、それなら後にしてくれ」
「なら、力ずくで――」
 ラウラは『レールカノン』の発射体制に入った。しかし、それはIS学園の先生方に邪魔される。
『そこの生徒、何をやっている!』
 生徒の誰かが、このことを先生に報告したんだろう。流石世界のIS乗りを鍛えあげる学園。対応が早い。
「ふん、邪魔が入ったな……」
 ラウラはISを解除し、そしてすぐさまこのアリーナから立ち去っていった。
「なんなんだ、アイツは。どういうことなんだ、一夏」
 ラウラはあの時、確かに撃つ気でいた。無理やりにでも戦闘に持っていこうとしていたのだ。一夏とラウラの間には何かがある。箒はそう思ったのだ。
「やっぱり、オルコットさんの言う通り過去に何かがあったんじゃないかな。一夏の気付かないところで」
 シャルルは今日のSHLの後の会話を思い出して答えた。
「一夏さん、心当たりは?」
 セシリアも一夏の事を心配していた。しかし、一夏は本当に心当たりが全くなかったのである。何故なら自分はドイツまで言った事もないし、もしそういう展開だったら自分より春樹の方がありえる話しだろう。
「う~ん……そうだ、春樹に聞いてみよう。アイツならなにか分かるかもしれない」
 一夏は一時期ドイツ軍にいて、ラウラと親しい存在にある春樹に聞くしかないと思った。

  10

 一夏たちは練習を終えて寮へ戻ろうとしていると、春樹が目の前からやって来た。
「よう、練習終わったのか?」
「ああ、それより春樹、お前いままで何処に行ってたんだ?」
 春樹はこの一夏の質問を華麗にスルーして自分の用件を話す。
「一夏、箒、俺についてきてくれ。えっと、シャルルとオルコットはすまないけどここでお別れだ」
「そうですか、わかりましたわ」
「うん、分かった。一夏、部屋で待ってるよ」
 セシリアとシャルルはそれぞれ、一夏と箒が抜ける事を了承し、先に部屋へ戻っていった。そして、その二人の姿が見えなくなると、春樹は真剣な眼差しで一夏と箒の二人を見た。
「これから行くのは千冬姉ちゃんのところだ。一夏、箒、真剣な話だからしっかりとした態度でな」
 一夏と箒の二人はなにやら雰囲気がシリアスだということを意識してしまい、呼吸も妙にゆっくりになってしまう。
 黙り込む一夏と箒、そして春樹。結局、織斑千冬の部屋につくまで一切喋る事はなかった。
 春樹は千冬の部屋のドアをノックすると、中から入って良い、という声が聞こえてきた。春樹はドアを開けて、一夏と箒を部屋に入れる。
「さて、これから俺と織斑先生がお前らに重要な話を言う。耳の穴かっぽじって良く聞けよ。一度しか言わない。そして、すぐに理解するのは難しいだろうが、無理やりにでも理解しろ。分かったな」
 春樹は二人に少々無理強いをさせるが、気にする様子はない。この三人は千冬の目の前まで行くと、千冬は口を開いた。
「では、はじめるとするか……とりあえず春樹のことだ。今まで束の下へ尋ねていたのは……聞いているな?」
 一夏と箒は「はい」と同じ答えを出す。
「なんでそうなっているか……わかるか? それはな……今、篠ノ之束は命を狙われている」
 箒はビックリした。やはり嫌ってるといっても実の家族である。命を狙われていると聞けば驚かないわけはない。
 そして一夏も同じく驚いていた。行方不明というのは知っていたが、まさか命を狙われているとは思わなかった。
「ん、まてよ……じゃあ春樹が束さんの下に行く理由ってのは……」
 春樹は一夏の言葉を遮るように答えた。
「その通り、俺は束さんの身の安全を守るために動いている。そして……先月このIS学園を襲った謎のIS……あれは、束さんの命を狙っている集団がつかったものだろう。恐らくはテストだろうな。どれだけ強いか試す為に」
「ちょっと待て、じゃあ、そいつらのそんな兵器のテストごときで鈴は大怪我を負ったのかよ!」
 一夏は興奮して、つい叫んでしまう。それを春樹は「おちつけ」とたしなめた。
 彼は大人しく引き下がる。
「一応、こういった事態に関しては基本俺が解決することになっている。そして本題だ。何故お前達二人をここに呼んだのか……」
 千冬は春樹の言葉を続けた。
「それは、一夏、箒、お前達を束が必要としているからだ。現状ではここまでしか話せないが、きっと近いうちに束と会うことになるだろう。その時に詳しい話を聞く事になる」
 一夏と箒は結局のところ、話しが良く分からないでいた。もっとも、情報が制限されている時点で、深いところまでは理解できなかった。しかしなんとなくは理解していた。
 春樹は束さんの命を守る為に動いており、それはある組織からの攻撃を守る為である。そして、束さんは一夏と箒を必要としている……。
 箒は自分の姉の命が危ないことを知り、しかも春樹が自分の姉を助けてくれている。それだけでも春樹には感謝している。
 そしてもう一つ。近いうちに姉に会う事になる事を箒はどうしようかと思っていた。自分が今まで嫌っていた姉。でも今回の話を聞いて少し複雑な気持になっていしまった。心にはなにかモヤモヤした感じがする。しかしそのモヤモヤも姉と会う頃には直っている事を期待していた。
「しかし春樹。何故今そのことを私達に?」
「良い質問だ、箒。でも考えてみろ? いきなり、はいじゃあ一緒に戦うんでよろしく。って言われても困るだろ? だから、そんな事を近いうちにお願いされるって分かってもらっていた方が良いと思ってね。でも『そのとき』が来るまでまだ時間はある。ゆっくり今話したことを考えていてくれ」
 ちょっとした沈黙の後、一夏が急に立ち上がり喋りだす。
「待ってくれ、ちふ……織斑先生も……この事に関わっているんですか?」
「実はな織斑、昨日、束から直々に聞いてな。協力関係になった」
「そう、ですか……」
 千冬は昨日、春樹を捕まえて束に連絡を取ってもらった事である。 束はあんまり千冬には関わって欲しくなかったが、千冬が自ら進んで協力してくれるというなら、お願いしたいと言ってきた。
 千冬が「何を言っている、昔からの仲じゃないか。お前を春樹にだけ任せてられんよ」と言うなり束はベラベラと言ってはマズイ事まで千冬に話していた。これは束が千冬を信用している証だろう。そして頼りにしている事も。
「なんにせよ、今の事は頭に残してもらえれば問題ないよ。あんまり今は深く考えないでくれ。『そのとき』が来たときに悩んでくれれば良いから。じゃあ解散で。部屋に戻ってくれ」
 春樹がそう言うと一夏と箒は立ち上がり、なにやら暗い感じで部屋を出て行った。今話されたことで頭の中がいっぱいいっぱいなのだろう。

  11

 一夏は部屋に戻ってきた。そこにシャルルは居なかった。シャワールームから水が流れる音が聞こえた。シャワーを浴びているのだろうか。
 一夏はベッドに腰かけ、さっき聞いた事を思い出す。
 春樹があそこまで強い理由。それは束を助けたいという意思の現れだろう。
 一夏はようやく分かった。恐らく春樹は守りたいものができたからこそ、あれだけ強いんだ。目標はただ一つ。篠ノ之束を守ること。なんて簡単で難しいことだろう。しかし、それを遂行する為に彼は強くなった。そう一夏は思った。
「あ、そういえば……」
 一夏は何かを思い出しそう呟いた。たしか、ボディーソープが切れそうになっていたはず。もしかしたらシャルルが困っているかもしれない。そう思った一夏は換えのボディーソープを手に持ってシャワールームへと向かった。
 一夏がドアを開け……
「シャルル、ボディーソープ切れてなかった……か……?」
 シャワールームにいたその人はシャルル……ではない。外見は非常にシャルルに似ているのだが、身体が女性のものである。女性の象徴であるその胸元が膨らんでいる。
(あ……これは……どういう……ことだ? シャルル?)
 正直戸惑いを隠せない。衝撃が強かったからか身体が動かない。もう一夏の頭の中は、目の前に裸の女性がいる。ちょっと見えたし儲かったな。というものではない。決してない。
 つい先ほど聞いた束の話に今度はシャルルが女性だった(?)という二つの衝撃が一夏を襲っていた。もう何がなんだか分からなくなっている一夏。とりあえず、一夏はボディーソープを渡す。
「え。えっと……これボディーソープな……」
「え、あ、ありがとう……」
「じゃあな……」
 一夏は何故か動かない自分の身体を無理やり動かしてシャワールームから出て行く。
 シャワールームのドアが閉まり、今湿っぽい空気の中にいたからか、シャワールームから出ると涼しい風を感じる。一夏はそれでようやく我に帰ることができた。
(何なんだ今日は。なんでこんなにサプライズが連続して起こるんだ? 落ち着け……落ち着くんだ。春樹が言ってたじゃないか、何事も落ち着いてやれと。そうだ、冷静に対処するんだ)
 しかし、別に何もやる事がなかったのでベッドの上に腰掛けて黙っていただけだった。
 一夏はじっとベッドの上に座っていると、ガチャリとドアが開く音がした。シャワールームの方からだ。シャルルがシャワーから出てきた。
 シャルルは自分のベッドの上に座る。しかし一夏と顔を合わせることはない。気まずい雰囲気が流れている。どうしようかと悩んだ末に一夏は何か飲もうか、とシャルルに聞いた。
「う、うん……お願いするよ……」
 一夏はシャワーからあがったばかりだし冷たいものでも、と思い、冷やしてあったミネラルウォーターをシャルルに渡した。
「ありがとう、一夏……」
「お、おう……」
 しかし、雰囲気はまた気まずくなっていく。もうどうにでもなれ、と思った一夏はシャルルに事情を聞く事にした。心臓がバクバクいっている中、一夏はゆっくりと口を開け……。
「もし良かったら……事情、聞かせてくれないかな? ほ、ほら! 前に言ったろ、悩みがあれば俺に相談すると良いって……言ってくれない?」
 シャルルはふぅ……と息を吐いて、そして思いっきり空気を吸い込んだ。
「実家から……そうしろって言われて……」
「お前の実家ってことは……デュノア社の?」
「僕の父がそこの社長で、その人の直接の命令でね」
「命令?」
 シャルルは「うん」と頷き、そして……目を閉じる。決心を決めたのかちょっと経って再び目を開けた。
「僕ね、一夏。父の本妻の子じゃないんだよ」
 一夏は驚愕した。凄く重い話であったからだ。これだけの悲しい過去を持っていて今までのあの笑顔。あれは嘘だとは思えなかった。
「……父とはずっと別々に暮らしてたんだけど、三年前に引き取られたんだ。そう……お母さんが亡くなったとき……」
 三年前……ちょうどそれは自分が誘拐された年である。そして、春樹がドイツの軍へ体験入隊した年。確かに色々とあった。あの時シャルルはこんなことがあったのか、と、一夏はそう思う。
「その時、デュノアの家の人が迎えにきてね。それで、その時にISの適正検査を受けたんだ。するとIS適正が高い事が分かって……。それで非公式ではあるものの、テストパイロットをする事になったんだ。でも、父に会ったのはたったの二回だけ……話をした時間は一時間にも満たないかな……」
 ISの適合検査を受けた。と言う事は、元々シャルルの父はそのことだけを考えてシャルルを呼んだだけということ。自分の為に愛人の子を利用した。そして偶然にもIS適合が高かったことが分かり、その父は歓喜しただろう。そういうことがなんとなく見えてきた一夏はだんだんムカついてきていた。もちろんシャルルのその父親に。
「その後の事だよ、経営危機に陥ったのは」
「え? だってデュノア社って量産機のISシェアが世界第三位だろ?」
「結局『ラファール・リヴァイヴ』は第二世代型なんだよ。現在ISの開発は第三世代ISが主流になっているんだ。セシリアさんとボーデヴィッヒさんがこっちに転入してきた理由も、第三世代ISのデータを取る為。デュノアの方も第三世代ISの開発に着手してるんだけども、中々形にならなくて……」
 このIS学園に入学する生徒はISを上手に使えるようにする為だけの施設ではない。所謂(いわゆる)専用機持ちの人はその用途をもう一つ持っている場合もある。
 第三世代ISを使用したデータを取ったり、その第三世代ISが持っている『自己進化能力』によってIS自体を進化させること、つまり『第一形態移行(ファースト・シフト)』や『第二形態移行(セカンド・シフト)』まで最低でもさせることが、専用機持ちの仕事の一つである。
 そして正直に言ってしまえばここまで第三世代ISの開発が進んでいたのなら、第二世代ISは時代遅れ、と言われてもしょうがないものがある。
「だけど、それとお前が男のフリをしてるのってどう関係があるんだ?」
「簡単だよ、世界的にも非常に珍しく、現在確認されているのは二人だけのISを動かせる男、となれば良い宣伝になるし、僕が男なら、日本で発生した特異ケース、つまり、一夏や春樹に接触しやすいし、それで機体データや一夏や春樹の身体データも手に入るかもってね。……そう、IS学園にいるISを動かせる男のデータを盗んで来いって言われてるんだよ、アノ人にね。でも、春樹とは中々接する事ができなかったな。あれ、ばれてたのかな? 僕…………。でも、言ってみたらスッキリしたよ。ありがとう一夏、僕の話を聞いてくれて。それと、今まで嘘をついていてごめん。春樹にも謝らないとね」
「いいのか、それで?」
 一夏は若干低めな声でそう言った。そして立ち上がり、シャルルの肩をつかんだ。一夏の目は何か悲しそうで、でもシャルルの事を想ってくれている様だった。
「良い筈ないだろ!? 親がいないと子供は生まれない。そりゃそうだろうけどさ、でも、だからって自分の子供をそんな風に扱って良い筈ない!」
「一夏……」
 シャルルは驚いていた。そんなことを言う一夏に。今まで、そんなことを言ってくれる人なんていなかったからだ。
「俺も……両親に捨てられたから……春樹も……。いや、こんな事はどうでも良い。シャルルはこれからどうするんだ?」
「どう……って……」
 シャルルは言葉に困った。自分は一体何がしたいんだろうか、どうせ、このままいったら…………。
「女だってことがばれちゃったし、本国に呼び戻されるだろうね。きっと……良くて牢屋行き……かな」
 一夏は考えた。どうすれば良い? こんな事になってしまったのは自分のせいだ。自分が、見てしまったからだ、シャルルが女だって言う決定的な証拠を……。じゃあどうすれば……どうすればシャルルを守れるのか……。
 一夏はこれ以上はないくらいに頭を回転させる。そして、ある項目を思い出した。
「だったらここにいろ!」
 シャルルは突然の一夏の言葉に驚く。いきなりの事でどういう意味かすら一瞬理解することが出来なかったぐらいだ。
「俺が黙っていれば問題ないし、もし仮にばれたとしてもお前の親父や会社は手出しできないはずだ」
 一夏は、自分の手荷物を漁り、そして生徒手帳を取り出し、
「IS学園特記事項。本学園における生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。ということはこの三年間は大丈夫ってことだ。それだけあればどうすればいいか考え付くだろうさ」
「良く覚えていたね、特記事項って五五個もあるのに」
「こう見えても勤勉なんだよ、俺はな」
「一夏……ありがとう」
 シャルルはこの二日間で見たことないぐらいの笑みを見せてくれた。
 一夏はあまりの笑顔に心臓がドキッとしてしまった。そして一夏は思った。この、シャルルの笑顔を守りたい。こんなに良い笑顔をする彼女を悲しい顔にさせたくない。だから、何が何でもシャルルのことは自分が守ってみせると。



[28590] 第二章『紅の鎧 -Answer-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:40
1

一夏がシャルルが実は女性だった事の問題でゴタゴタしている頃、一方篠ノ之箒は部屋で悩んでいた。
 箒は正直に言うと織斑一夏のことが好きなのである。
 好きになった理由、それは小学生の頃にいじめを受けていたところに一夏が助けてくれた、そしてその後に優しくしてくれたからである。
 好きになる理由など、実はちょっとしたことだったりする。小学生のとき、箒は春樹に相談した事がある。その時、一夏を誰よりも知っていて、尚且つ自分と一番仲が良かった人物が彼だからだ。
 箒は勇気を出して一夏が好きなことを春樹に話した。すると春樹は笑顔で応援すると言ってくれた。そのときは本当に嬉しかった。結構気を使ってくれたし、色々と協力してくれた。
 そしてある時、箒は一つの決断をした。剣道の大会で優勝したら一夏に告白をする。好きだと一夏に伝える。その為に剣道の大会に優勝するんだと。
 そしたら春樹は剣道の稽古に付き合ってくれた。箒が優勝できるように、とアドバイスもしてくれた。正直嬉しかった。良い友達を持ったと思った。
 しかし……。
 そのときだ、箒の姉、束がインフィニット・ストラトスを開発し、そして『白騎士事件』により篠ノ之の家系は全員保護対象にされ、そして地元を離れる事になってしまった。
 もちろん剣道の大会に出る事もそれで優勝する事も、優勝して一夏に告白することも叶わなくなってしまった。
 その後の箒はちょっとした自暴自棄になり、力任せの剣道をしていた、自分のイライラを解消するだけの剣道。そこにスポーツマンの精神などというものはなかった。
 確かに剣道で勝った。剣道の技量では相手では上だった。しかし箒は何か空虚感に襲われていた。何故なら、剣道というスポーツを楽しんでいなかったからだ。
 ただ自分の力を自身が満足する為だけに振り回していただけだった。
(そう……あのときの私は、まるであのラウラ・ボーデヴィッヒのようだ……)
 箒はラウラの今までの模擬戦を思い出す。自分の力を相手の事も考えずに振り回す。それはまるで過去の自分を見ているようで、とても不快だった。
(駄目だ、奴の事を考えては……今は……)
 箒は考えてる事が全く違うものになっている事に気付いて軌道修正した。箒が一夏と再会して三ヶ月。やはり一夏の事が好きだった。
 そして彼にどう告白しようかと悩んでいたのだ。
 箒は怖かった。彼に告白する事が。
もし彼に振られてしまったら? 告白したせいで避けられてしまったら?
 考えただけで怖くて怖くてしょうがなくなる箒。
(そうだ、こんなときは春樹に相談すれば……)
 箒は携帯電話を取り出して春樹に電話をかける。
 1コール、2コール、3コール、そして4コール目の途中で春樹が電話に出る。
『もしもし、どうした箒?』
「あ、春樹か。実は相談が……」
『何、やっぱ一夏の事か?』
 やはり春樹にはなんでもお見通しなのだろうか。箒はいきなり正解を言われてドキッとした。
「そ、そうだ。実はな――」
 箒は自分が考えている事を全て話した。
 一夏に告白しようか悩んでいる事、そしてもしかしたら、嫌われたり、避けられたりするのではないかという考え。
 その箒の悩みに春樹はため息をつく。
「なんだ、馬鹿にするのか」
『まぁ、そんな感じ。確かに一夏は鈍感だけど、面と向かって告白すれば大丈夫だよきっと。箒結構可愛いし、自信持ちなよ。あんまり遠回しにアピールしてるだけじゃ一夏は堕ちないぞ?』
「そ、そうなのか?」
『ああ、一夏はそういう奴だよ。あいつは鈍感の中の鈍感だからな。気を惹こうとしてアピールしてるだけじゃ、あいつは答えてくれないよ。だから、好きなんだという事をはっきり伝えるんだ』
「わかった。ありがとう、いつもありがとう、春樹」
『ああ、俺はいつもお前達の味方だよ』
 と春樹は言い残して電話を切った。
(面と向かって、はっきりと……か……)
 言うだけなら簡単だ。しかし、そこに踏み出すまでが最大の障害である。
 やはり不安と羞恥というものが邪魔してそこまでに踏み込めない。ましてやこの六年間思い続けてきた男性だ。そしてその想い人に再会した。幸いにも彼は箒のことを忘れずに覚えていてくれた。箒はなによりそれが嬉しかった。
 だけど……面と向かって告白して、結果があれだったら?
 やはり考えただけで怖い。だけど、春樹の言った通り、伝えないと何も始まらない。だから――。
(よし、なら今度の学年別トーナメントで納得のいく成績を収めたなら……一夏に告白しよう……うん!)
 箒には専用機はない。だからこの学年別トーナメントで勝ち抜くのは至難の業であり、箒の現在の腕では専用機持ちに当たっただけで勝てるかどうか危うい。
 今まで一夏や春樹、そしてセシリアと練習を続けてきた。確かにISの操縦は入学当初に比べて遥に上達しているのは箒自身も実感していた。
 だけど、それだけ。専用機持ちの操縦テクニックにはまだ及ばない。
 こういったISのトーナメントを行うときは、専用機持ちの独壇場にならない為に機体に規制(リミッター)をかけることになっている。武器の出力と機体自体のスペックを量産機並みのものにする事になっている。
 これで機体性能で勝つことは不可能になるし、求められるのはその操縦者のテクニックのみ。
 しかし、そのテクニックは流石専用機持ちと言うべきか、非常に上手である。伊達に専用機を預けられているだけあり、結構前からISを操縦しているのだろう。
 しかし、ここで箒は疑問を感じた。
 織斑一夏と葵春樹である。
 過去に何かありそうな春樹はともかく、一夏はクラス代表を決めるときのあの春樹との戦闘。あれはおかしかった。確かまだISの操縦は二回目であり、そしてあの操縦テクニック……。おまけに春樹に勝ったのである。
(一夏……お前はなんだ……)
 箒は一夏の存在に疑問に思ったが、そんなことはどうでもいい、と思い、ベッドにもぐりこんだ。そして箒は眠りにつく。

  2

 二日後、量産型IS『打鉄』の使用許可を得ることが出来た箒はセシリアと共に特訓を行うことにした。
 ちなみに一夏はこの場にいない。彼とは今あんまり練習したくない。これは箒の一夏への告白のため戦いである。一夏にその為の練習など見て欲しくなかった。
 だから箒はセシリア・オルコットに頼んだ。春樹は練習に付き合えないそうなのでここにはいない。セシリアは何故か残念そうな顔をしていた。
 箒はそんなセシリアを見て彼女は春樹のことが気になっているのか、と思った。
「すまないな、セシリア。練習に付き合わせてしまって」
「いいえ、大丈夫ですわ箒さん。お友達のせっかくのお誘いですもの。学年別トーナメントも近いことですし」
 箒とセシリアは春樹や一夏を通して仲良くなっていた。今や名前で呼ぶほどのお友達だ。
 セシリアの専用機、『ブルー・ティアーズ』であり、ビットによる全方位攻撃が特徴的な武装を持った機体である。
 箒は彼女と一夏がいつも行っている練習をやってみることにした。セシリアが攻撃、そしてそれを十五分間避け続けるあれである。
「やってもいいか?」
「ええ、構いませんけど……」
 二人は飛び上がり空中へ、そして。
「じゃあ、行きますわよ!」
 そう言って『スターライトmkⅢ』を放つ。それをかわす箒。
 そして『ブルー・ティアーズ』を解き放つセシリア、ビットが箒を囲み、全方位攻撃を仕掛ける。
 無数のビームが彼女を襲う。箒は慌てて、間一髪でかわしていた。しかし今のははっきり言ってまぐれだった。運が良かっただけだ。次もかわせるとは言い難い。
(一夏は……こんなのを毎日やってたのか……これを十五分間逃げ切る……のか?)
 無理だ。
 箒はそう思った。ただでさえ今までセシリアは一夏と練習してきて射撃の精度も上がっているし、一夏も攻撃を避けることに関してはとてつもなくスキルアップしているはずだ。
 到底自分が敵うような相手じゃない。そう思った。
 だけど、その後も何発かかわす事の出来た箒。
 セシリアはその攻撃を何回かかわされて驚いていた。彼女は量産機の『打鉄』で、しかもセシリアは一夏との練習で、スキルアップをしているはずなのだ。
 なのに、つい最近まで春樹に基礎的な事を教えてもらっていた彼女が、今こうして自分の攻撃をかわしている。
 その事実が信じられなかった。
(箒さん……あなた……)
 基礎は完全に出来ている。後は臨機応変に対応する応用力を養うだけ、という状態だという事。つまり土台作りは完全に終わっていた。
(何だ、さっきはまぐれでかわしたと思ったが……。当たるかどうかギリギリだがかわせる……?)
 箒も自分でもよく分かっていなかった。身体が動いてくれる、危なっかしいが、何とかかわせる。
 しかし、ギリギリの綱渡り状態だった為か、セシリアの攻撃がヒット。たった三分間であったが、毎日練習して日々成長しているセシリアに初めて挑戦、しかも『打鉄』で三分間耐えられただけでも凄いことだろう。
二人は一回地上へ降りて、話し合うことにした。
「箒さん、凄いですわね。基礎はもうちゃんと出来てるみたいで」
「ああ、自分でもビックリだ。まさか私がここまで動けるとはな。危ないところは沢山あったがな」
「後は戦況に合わせれる応用力を鍛えていけばいいですわね」
「うむ、ではもう一度いいか?」
「ええ、行きますわよ、箒さん」
 二人がもう一回さっきと同じ練習を始めようと、空へ飛び立とうとしたそのときであった。いきなりの砲撃が二人を襲った。
 いきなりの砲撃であったが、セシリアと箒の二人はそれをかわした。
 そして二人の前に現れたそれは黒くて、そして大型のレールが右肩部のスラスターに取り付けられているのが特徴的なその機体。ドイツ軍IS部隊隊長専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』であった。
「ラウラ……ボーデヴィッヒ……」
 セシリアはISの画面に映し出された『シュヴァルツェア・レーゲン』のスペック情報を読んでそう呟いた。
「どういうつもりだ、いきなりこちらに砲撃してくるとは!」
 箒は怒りながらラウラに対して怒鳴った。
「イギリスのブルーティアーズと量産機の打鉄……。打鉄はともかく、イギリスのは資料を見たときの方が強く感じたな」
 ラウラは箒の怒鳴り声に耳も傾けずに無視をした。箒はこれ以上こいつに何を言っても無駄だと思ったからこれ以上何も言わないようにした。
「さて、古いだけが取得の国は余程人材不足なのだろうな。そして量産機を使っている奴は……学年別トーナメントにでも向けて特訓といったところか……。一つ言っておく、無駄だ、やめておけ。どうあがいても専用機持ちには勝てない」
 ラウラはもうあからさま過ぎるほどの挑発を二人にした。セシリアと箒の二人はラウラの挑発にまんまと飛び掛る。
「コイツ……余程、ぶん殴って欲しいみたいだな」
「ええ、箒さんの言う通り。これだけの事を言って、吼えるだけかと思って?」
「ふん、なら。二人がかりで私に挑んで来い」

  3

 一夏はシャルルと廊下を歩いていた。
「一夏、今日のISの練習は?」
「今日は箒とセシリアが二人で練習するらしい。春樹もなんか用事があるみたいでいないし……」
「じゃあ、今日は僕と一緒に練習しない?」
「ああ、いいぜ。シャルルがいて助かったよ。このままじゃ、練習相手がいなくて困るところだったよ」
 シャルルは一夏と一緒に練習する事になって嬉しそうな顔をしていた。
 すると、とある少女数人がアリーナに向かって走っていく。なんか、アリーナで専用機持ちが模擬戦をやっているらしい。
 専用機ということは、用事でいない春樹と現在入院している鈴音、そして一夏とシャルルを除けば、セシリアとラウラ、そして四組の四人だけである。一体誰がやっているのか気になった一夏はアリーナへと走った。それについていくシャルル。
 そしてアリーナで戦っていたのは箒とセシリア、ラウラの三人だった。
 箒とセシリアは目を合わせると共に頷いてラウラに箒は『ブレード』を持って突込みに行き、そしてセシリアは距離を取って箒を援護する作戦のようだ。
 まずは箒の『ブレード』による一振り、これは勿論かわされる。しかしかわした先には、セシリアの『ブルー・ティアーズ』があった。そこからビームが発射されるが、その攻撃がラウラには届かなかった。
 ラウラは余裕の表情である。
「なんだ、今のは!?」
 箒は驚きの声をあげた。『ブルー・ティアーズ』から放たれたビームはラウラにヒットする直前に消滅したのだ。彼女が右手を前に出すのと同時に。
「Charged Particle Canceller か……」
 シャルルは呟いた。
「なんだ、そのチャージド……なんちゃらって?」
「チャージド・パーティクル・キャンセラー……通称『CPC』これはビーム系の武器を無力化する装備。恐らくこの新装備をIS学園でテストを行ってるんだろうね」
「そうなのか……セシリアの装備のほとんどが無効化されちまうってことになるな」
「うん、セシリアさんがラウラ・ボーデヴィッヒに対抗するには残りのミサイルが発射できる『ブルー・ティアーズ』二基と実剣装備の『インター・セプター』ぐらいしか彼女にダメージを与えられない」
「でも、弱点はあるんだろ?」
 一夏がニヤついてシャルルに問う。
「うん、もちろん。それを、箒さんやセシリアさんが気付くかどうかにかかってるけどね」
 セシリアは今のが何なのか理解していた。『チャージド・パーティクル・キャンセラー』が自分のISと相性が絶望的に悪い事を。
 ブルーティアーズのミサイルを発射するが、弾速が遅すぎてまず当たってくれなかった。
 こうなったら近接戦闘用ナイフ『インター・セプター』を使用するしかない。そう思ったセシリアは少々時間がかかったが『インター・セプター』を展開し、箒とともに近接戦闘を試みる。
 しかし、ラウラのISは近距離から中距離を得意としている。セシリアが近接戦闘に加わったところでどうしようもなかった。第一近接戦闘はあんまり練習していないのだ。やるだけ無謀だって事は彼女が一番分かっていた。
 だが、プライドの高いセシリアがあれだけ挑発されて黙っていられるわけがなかった。
 そして箒はISの機体性能の差に絶望していた。
 所詮量産機の『打鉄』である。専用機としてチューンされたISの前では歯が立たなかった。
 ラウラのISは機動力、防御力、そして武器の火力をも遥に量産機を上回る。
 勝ち目がなかった。箒ははっきり言って基礎完全に出来上がっており、土台がきちんと出来ている。これも春樹との練習のおかげだ。
 しかし、目の前のラウラには勝てる気がしなかった。
 近接戦闘用武器の『ブレード』を握り締め、剣道で蓄積された技術を最大限に活用しても、軽く受け流されて反撃を受けてしまう。
 セシリアと箒の二人はラウラの攻撃を前に後方へ大きく吹き飛ばされた。
 そしてラウラは『ワイヤーブレード』を発射。無数のワイヤーがセシリアと箒の方へ飛んでいく。彼女達は受身を取っていてすぐには次の動作に移れなかった。
 そして、ラウラの発射された『ワイヤーブレード』に捕まってしまい、喉元を拘束される。首が絞められる状態だ。
 ISの防御機能で息が出来なくなることはないが、苦しさは少なからず感じる。
「今度はこっちの番だ!」
 ラウラはそう大きく声を出してセシリアと箒の二人を自分の下へ引き寄せる。
 そして、二人をボコボコに殴ったり、蹴ったりしたのだ。しかもその加減は度を越えていた。下手をすれば命が危なくなるほどに。
 二人のISの装甲はところどころ砕け散り、もうISの装甲も限界であった。このまま行くとシールドエネルギーが0になるどころか、ISに致命的な損傷が起こるし、何より彼女達の命が危険だった。
 一夏はそれを見ていて、憎悪した。これ以上はヤバイと思った。
「なんだよ……何やってんだよ……。やめろおおおおおお、ラウラあああああああああああ!!」
 アリーナのバリアを叩き、叫ぶ一夏。しかし、アリーナのバリアは素手で叩いたところで割れるはずもないし、ラウラも一夏の発言に耳を傾けることもないだろう。
(そうだ、『零落白夜』でこのバリアを切り裂けば……)
 そう思った一夏は右腕の白いガントレットを見つめて、心で念じた。「来い、白式」と……。
 すると一夏は『白式(びゃくしき)』に身を包まれ、そして右手に持っている剣、『雪片弐型』を強く握り締めて、そして『零落白夜』を発動させた。
 『雪片弐型』は半分に割れて、そしてその間からエネルギー系の刃が出てくる。
 『白式(びゃくしき)』の稼動エネルギーが減っていく中、一夏は目の前のバリアを切り裂き、破壊する。そして、そのままラウラの方へ飛んでいった。
「お前はあああああああああああああ!」
 一夏は叫んでラウラに斬りかかる。しかし、ラウラの『チャージド・パーティクル・キャンセラー』を前に『零落白夜』でさえも無力化されてしまう。
「なんだ、好きな女が殴られ蹴られしてるうちに頭に血が上ったか? 沸点の低い奴だな……」
「離れて、一夏!」
 シャルルがオレンジ色の機体『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を身に纏い、そして、一夏がそこから離れた瞬間に実弾系の武器でラウラを狙撃した。
 実弾系は『チャージド・パーティクル・キャンセラー』では防ぐことが出来ない。仕方がなく、ラウラはそこから動いてその攻撃をかわした。
 『ワイヤーブレード』の拘束が解け、さらにシールドエネルギーが0になった為にセシリアと箒の二人はISがその身から外れ、その場に倒れこむ。
 専用機の『ブルー・ティアーズ』は量子化され、量産機の『打鉄』をその場に倒れこむようにして機能を停止、身体を固定する固定具が外れた。
 一夏はその隙にセシリアと箒を回収、そして持ち前のスピードでラウラの砲撃をかわし、先ほど切り裂いたアリーナのバリアへ向かい、アリーナの観客席の中に二人を入れた。
「すまないな、一夏……」
「ごめんなさい、一夏さん……」
 二人は身体の痛みを我慢しながら一夏にお礼を言った。
「大丈夫だって、謝る事はない。お前らはそこで横になってろ。いいか?」
 二人は「はい」と返事をしてアリーナの方へ戻った。
 その時だった、シャルルがラウラの『ワイヤーブレード』に捕まり、そして『プラズマ手刀』の攻撃を受けそうになっていたのだ。
「シャルル!」
 一夏は急いでシャルルを助けようとその『白式(びゃくしき)』を加速させた。しかし、距離的に間に合いそうになかった。
 そのときであった。そこには懐かしきISがそこにあったのだ。
 暮桜。
 織斑千冬の専用機であり、世界一になった機体。
 そしてそこにはもう一人、もう見慣れた……白くて美しい、しなやかな翼がとても特徴的なその機体、葵春樹の『熾天使(セラフィム)』であった。
 千冬は『雪片』でラウラの『プラズマ手刀』を受け止め、そして春樹は『シャープネス・ブレード』でラウラの首元に押し当てていた。
「ラウラ、動くなよ。動いたらこれでお前を斬る」
 春樹は小さくラウラに警告した。
「きょ、教官……春樹も……」
 ラウラは驚きの声を上げる。
 そしてラウラは諦めたように体の力を抜いた。
 千冬も身体の力を抜き、楽な姿勢に入った。そして、全員に聞こえるように大声で警告をする。
「模擬戦をやるのは構わん。だが、アリーナのバリアを壊したり、過度な攻撃を繰り返すその行為は教師として黙認しかねる」
 誰もが黙り込んだ。千冬が言っている事は誰もが理解できる。そしてそう指摘され、自分の過ちにようやく気付く事が出来たのだ。
 一夏も二人を助ける為とはいえ、アリーナのバリアを壊すのはちょっとまずかったとは今になって思った。
「この戦いの続きは、学年別トーナメントでつけてもらおうか」
「教官がそうおっしゃるのなら……」
 ラウラはそう言ってISを解除する。
「織斑、デュノアもそれでいいか?」
「あ、ああ……」
「教師にははいと答えろ、馬鹿者が……」
 一夏はそのときの千冬の目を見ると、いつにもない凄く怖い感じの目だった。その目には一夏、そしてその周りの人手さえ、後ろに一歩下がってしまうほどの迫力があった。
「僕も……それで構いません」
 シャルルは淡々と返事を返した。
「よし、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止とする。解散!」

  5

 保健室ではセシリアと箒が横になっていた。ラウラの攻撃によって少々の怪我をしたからだ。その怪我はISのおかげでそこまでの怪我はなかったが、痛みは少しあるらしい。少し安静にしていれば治るらしい。
 だが……。
 セシリアの『ブルー・ティアーズ』は損傷が酷く、修理しないと使い物にならないらしい。しかもその修理は最低でも一週間はかかるらしく、学年別トーナメントには間に合わない。よってセシリアはそのトーナメントに出ることが出来ない。
 一応、用意されている量産機を使えば出れない事はないのだが、使い慣れない機体を使っても結果は見えているし、それにより変な感覚を身体に覚えこませてもまずかった。
「一夏さん、箒さん……春樹さん……私の分まで、戦ってください。そして、あのラウラ・ボーデヴィッヒを……」
 セシリアは弱々しく三人に頼んだ。
 三人は無言で首を縦に振りうなずく。
 そして……。
「春樹……頼みたいことがある。残り五日間で、出来るだけ私を強くしてくれないか? 前出した春樹の宿題……強くなりたい理由、見つけたぞ」
 あの、クラス代表対抗戦の前に皆で練習しているときに春樹から出された宿題。『自分が強くなりたい理由を考える』というものの答えがようやく見つかったのだ。
「私は……ラウラのような、力の使い方を教えられる強さを手に入れたい。あのラウラのような奴に、教えてやりたいのだ……」
「そうか……わかった。じゃあ、明日から練習を始めるぞ。だから、早く寝て身体を早く直しておけ」
 そう言って春樹は保健室から出て行った。そして廊下に出るなり携帯電話を取り出した。電話の相手は……篠ノ之束だ。
「もしもし、束さん? 頼みごとがあるのですが。……『紅椿』……明日、こっちに届けてくれませんか? コアはとりあえず適当なの積んでくれれば問題ないありませんから…………。え? 見つかったんですか!? なら話は早い。予定を早めます。『紅椿』を箒に使わせようと思います。もちろん、機能制限(リミッター)はかけておいてください。……はい、それでは」
 そして、電話を切った春樹は、今日自分の部屋へと戻ることはなかった。

  6

 次の日のことだ。IS学園に一つの贈り物が届いた。それは昨日春樹が束にここまで送っておくよう頼んでおいたIS『紅椿』である。
 それを春樹と千冬と箒はこの学園のアリーナのピットの方へと専用の車を使って運び入れ、そのISの金属製の大きなカプセルを開ける。そこから現れたのは何処までも紅い、真紅のISであった。
「これが……私の機体……『紅椿』……」
 箒はまじまじと目の前のISを見る。まるでISを始めて見るかの様に細かく隅々まで舐め回す様に見る。箒は正直見とれていた。これが自分の嫌う姉が作ったというのに、そんなことも忘れて目の前のISに惚れていた。その美しいフォルムに。
「そう、これが箒のIS『紅椿』だ。デザインと機能面の案は俺。実際に製作したのは束さんだ」
「え、春樹も……このISに関与しているのか?」
「ああ。このISはお前の為に用意したものだ。本当はもう少し後、箒がもっと強くなったら渡そうかと思っていたんだが……もう待つ必要なんて無かった。箒はもう強い。立派なIS乗りだと判断したからな。あと、本当に必要なときが来てしまった、っていう理由もあるけど」
 箒は昨日、春樹が望んでいた答えを出してくれた。『強くなりたい理由』を春樹が望む形で答えてくれた。それが大きな理由だろう。大きな力を手に入れるとき、人はそれをどう使うのか、それによって状況が大きく変わってくる。良いことに使えば、人々に喜んでもらう事もできる。だが、悪いことに使えば人を悲しませてしまうだろう。だから箒にはその『強くなりたい理由』を聞いた。
 そして、箒は誰かの為に大きな力を必要とした。だから春樹は急ピッチで『紅椿』という大きな力を用意させた。箒によってラウラを止めてもらう為に。
「さて、篠ノ之。早く『紅椿』を装着しろ。フォーマットとフィッティングを終わらせて、お前の機体にしなくてはならないからな」
 千冬は箒にISを早く装着するようせかせる。千冬にしても、ラウラのやっている事を止めてやりたいのだ。だが、彼女がやっている事は春樹や千冬があーだこーだ言っても解決にはならないだろう。何故なら、千冬と春樹は過去にドイツ軍基地でその自身の強さを見せ付けている。だからこそ、自分達の事は無視されてしまうだろう。所詮、力ある者の話でしかない。それに彼女は勝利を求めている。異常なほどに。その理由は恐らく三年前に自分の隊の隊長が殺されたからだろう。だから、春樹や千冬がラウラをISでボコボコにしたとしても何の解決にもならない。ここはラウラ自身も初めての相手に叩きのめしてもらうしかないのだ。
 それにラウラは個人的に一夏を恨んでいる。その原因である千冬が何をやったとしても更にラウラは一夏への憎しみを増させるだけだろう。
 ラウラがどんな理由で一夏を恨んでいるかはわからない。一応理由は話してくれたのだが、それだけが全てではないと思われる。何せ、あの言葉だけでは彼女の奥底の気持ちはわからない。
 箒は紅椿を身につけると、網膜投影された画面を凝視する。この機体のスペックを確認しているようだったが、彼女の顔は驚愕にかわるまではそう長くはかからなかった。
「これは……こんな高性能な機体……」
「誰が作ったと思ってんだよ、俺とお前の姉だぞ。今回ばかりは姉に感謝しなくちゃなぁ、箒」
 春樹は箒の疑問に答える。
 箒は流石に春樹の言う事に賛成せざるをおえなかった。今回ばかりは自分の姉、篠ノ之束に感謝しなくてはならない。正直、自分の夢を断ち切った姉は許せない存在だが、仮にも実の姉、家族なので本当のところ嫌いでもないかもしれなかった。
「そうだな、姉さんには感謝せねばなるまい。春樹、今度姉さんに会うことがあったら言っておいてくれないか? 妹が感謝していたと」
 すると、春樹はニヤリと笑って、
「いや、その必要は無いだろう。自分で言うんだな」
 すると、春樹の持っている携帯端末の画面を箒に見せ付ける。そこには篠ノ之束が映し出されており、画面の向こうの束は箒を確認するなり、
『やっほ~、箒ちゃんひさしぶり。元気してた~?』
「姉さん!?」
 やはり箒は驚いた。春樹は予想通りの反応ですこしニヤケてしまった。
『あまり長くは話せないから、手短に説明するね。箒ちゃんの専用機『紅椿』は私と春樹の二人で製作したんだよ。まぁ、実際のところ他にも協力者である整備士の人たちに手伝ってもらったりしたけどね。っと、そこは置いとおいて……。その『紅椿』は第四世代ISなんだよ』
「え……今、何と言いましたか?」
 これまた箒は予想通りの反応を示した。
 第四世代ISの存在は本当のところ、あってはならないものだと思われる。何故なら現在のISは第三世代ISの開発が主流になっており、しかもそれはまだ開発段階で実験中といったところだ。それなのにここには第四世代のISがある。そう聞いて驚かない人などいないだろう。実のところ、箒のフォーマットとフィッティングのサポートをしている千冬も驚いているのだから。
『ふふふ……驚いてるねぇ、ちーちゃんも良い顔してる。まぁ無理も無いよ、まだ第三世代を研究している最中に第四世代だからね――』
 その第四世代IS『紅椿』は全ての距離、攻撃・防御・機動。全てにおいて即時対応できるように製作されたのが第四世代ISであり、『紅椿』である。
 しかし、問題点がいくつかある。それは世界中に第四世代が作られたと知られれば、篠ノ之箒の存在が危うくなる。どの国に属すのか、それを巡って争いの火種になりかねないのだ。そしてその製作者は誰なのか解答を求められるだろう。
 篠ノ之束が命を狙われていることが分かっている今、表舞台に彼女を出すのは非常に危険である。箒もそのことは前に話しているので、『紅椿』の製作者については解答できないだろう。そうなれば、箒の存在はどうなるのか……。IS国際委員会に目をつけられ、身を拘束されてしまう危険性もある。
『だから『紅椿』には機能制限が設けられているんだよ。そのスペックでも結構性能を落としているんだよね』
「これで……性能を落としているんですか? 信じられない……」
『それでも結構性能が高い専用機程度だから、目をつけられる事は無いと思うよ。詳しく調べられない限りはね。だからあんまり目立ちすぎないようにね』
 すると、春樹はそこに口を挟み、
「束さん。それ、これからやること分かってて言ってます?」
『まぁ、箒ちゃんも専用機手に入れたのかぁ、お姉さんが関与してるのかな? って思われる程度にしておいてねってこと。わかった?』
 春樹と箒は「はい」と返事をする。すると、フォーマットとフィッティングが終わり、箒の網膜投影された画面には『フォーマット・フィッティング完了』の文字が表示されていた。
「よし、これで終わりだな。では篠ノ之、春樹と模擬戦形式で試合をしてこのISに慣れて来い」
「了解」
 箒はそう言って、ハンガーから出ようとすると、春樹は箒を呼び止める。
「箒、早く『紅椿』を動かしたい気持ちは分かるが……ほら、お姉さんに何か言うことは?」
 箒は嫌というよりは少し恥かしい感情を抱き、顔を赤らめる。彼女は春樹が持っている携帯端末に映し出された束をチラッと見ながら、
「ありがとう、姉さん……」
 と、ボソッと言って、そのままハンガーを出て行った。
 束はとても嬉しかったらしく、物凄いスマイル顔になっている。春樹はそのまま画面を自分の目の前に持って行き、束との会話を再開する。
「束さん、とても嬉しそうですね」
『当たり前だよ。離れ離れで嫌われていた妹に感謝の言葉を言われれば、そりゃ嬉しいよ!』
「やっぱり……家族って良いですね……」
『春にゃん…………』
 春樹は両親を失っている。過去に事故死、という風に聞かされている彼だが、実際にその事故現場を見たわけでもなく。ただ、警察の方から事故死ということを聞いただけだった。
 それが事実かどうかは分からない。ただ言えることは……春樹は両親の愛情を短い時間しか注いでもらっていないということ。春樹の両親が死んだのはほんの五歳の頃であり、ものごころがついてきて親に甘えたい時期。そんな頃を彼は両親なしで生きてきた。さらには彼には親戚筋というものがいなかった。
 だが、そんなときに手を差し伸べてくれたのは、お隣の織斑家「織斑千冬」と「織斑一夏」だった。織斑家の二人も同じような境遇で両親がいない。だから同じような境遇同士、協力し合って生きていこう。という事になり、それからは一夏と一緒に暮らしてきた。
 春樹が織斑家にお世話になる際、それを維持できる程の経済力など、五歳児にはなかったので、家を売り払った。だから、春樹には実家というものはない。いや、織斑の家が実質の実家ということになるだろう。千冬も一夏も、春樹のことは家族だと思ってくれている。それだけで春樹は嬉しかったのだ。
「いや、ごめんなさい、なんかこんな空気になっちゃって。それから、その春にゃんってのやめてくださいよ」
『うん…………。でも、やめない!』
「まったくもう……。じゃあ、俺はこれで。箒と模擬戦に行ってきますから」
『うん。じゃあね』
「はい」
 春樹はテレビ電話の通話を切り、携帯電話をポケットにしまう。
 そして春樹は制服を脱ぎ、下に着ていたISスーツの姿になり、春樹は自分のIS『熾天使(セラフィム)』を展開。そこには特徴的な美しい白い翼が広がっている。
 春樹は千冬に挨拶をすると、ピットから飛び出し、そのまま近くのアリーナに飛んでいった。



[28590] 第三章『赤と黒 -Correction-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:40
  1

 学年別トーナメント当日。
 今、箒と春樹はトーナメント表を見ている。そして……第一回戦、箒の相手はラウラ・ボーデヴィッヒであった。
「なんという組み合わせだ……。だが――」
「好都合だ、ってか?」
「ああ、そうだな」
 箒は今日の学年別トーナメントのために必死に練習してきたのだ。箒の専用機『紅椿(あかつばき)』とともに。
 その練習はとてもつらいものであった。たった五日間で箒を現役の軍人相手に対等に勝負できるほどに鍛え上げなくてはいけないからだ。
 早朝に練習をし、授業を受け、そして放課後周りが暗くなり、アリーナが使用禁止になる時間まで練習を続けてきた。ちなみにこの練習は極秘に行われてきた。箒たちが使っていたアリーナは千冬が監督し、他の生徒達をそのアリーナには入れさせなかった。これも箒の専用機の事を他の生徒達に知らせない為で、あまり「噂」という形で『紅椿』のことを口外して欲しくなかったということもある。いずれ見せるときは来るのだが、噂という形で広まれば、変な間違った情報まで流れてしまう可能性も無きにしもあらず。さらに、箒が専用機を持った、という情報が流れれば、アリーナには人だかりが出来てしまうだろう。そんな状況で練習もあったものではなく、真剣な練習が駄目になってしまう。だからこそ、春樹と二人だけの空間で時間をめいいっぱい使ってもらっていた。
 千冬は職権乱用ではないのか、と言われるだろうが、それも束との協力関係にあるからであり、そうでなければここまではしないだろう。彼女もラウラの事は心配なのだ。だからこそ、箒にはラウラを倒して欲しい、そしてラウラに本当の力の使い方を見せ付けて欲しい、と、そう思っているのだ。
「しっかし、一回戦からとは……千冬姉ちゃんが裏から手を回してたりして」
「ははは、考えられるな」
 箒は笑い、そしてすぐ近くにはラウラ・ボーデヴィッヒの姿がある。それを確認した春樹はこう思った。
(ラウラ……何故こんな風に……。エルネスティーネさんに隊長と認められ、専用機を授かった……。なのになんでこんな……)
 彼女は間違った道を進んでいる。確かに、春樹は自分が正しいと思うことをやれとは言った。だが、たとえそれが自分が正しいと思ったとしても、他の人がそれを認めなければ正しい事とはならない。逆に言えば、他人に認められて、ようやくその自分で考えた事が正しくなるということである。
 しかし彼女の考えを正しく思う人などいない。彼女は勘違いしている。恐らく口で言ってもわからないだろう。
 だから、この学年別トーナメントを利用して、自分の正義をラウラにぶつけてもらうことにした。力とはどうあるべきなのか、どういう風に使えばいいのかを教えるために、箒には頑張ってもらわなければならない。
 箒も春樹の目線に気がつき、ラウラ・ボーデヴィッヒの姿を確認した。箒が彼女に目を向けると、それを察知したのかラウラは箒にニヤリと笑って人ごみにまぎれて何処かに行ってしまった。 箒は舌打ちをして、春樹に話しかける。
「春樹……ラウラ・ボーデヴィッヒとは昔知り合ったのだったな。そのときは……どんな奴だったのだ?」
 春樹は言っていいのかと、少し悩んでから……、
「ラウラは……アイツは……最初は落ちこぼれだったよ。隊の中でも最弱のな……」
 箒はその言葉を受けて衝撃を受けた。でも、よくよく考えてみると当たり前の事である。誰だって最初は弱いものだ。だが、人は99の努力と1の才能とは何処かで聞いたようなフレーズだが、それもそのはずだ人は誰だって弱いところから努力して這い上がっていく。そして、その努力で何かが出来てこそ、その努力は意味のあるものになる。
 だが、ラウラ・ボーデヴィッヒは違った。彼女はその99の努力をその1の才能(ひらめき)で水の泡にしようとしている。
 あれが、彼女なりの正義だったとしても……周りの人間は誰一人として彼女の行いを認めていない。完全にラウラは一人歩きをしてしまっている。
「どうして……あんな風になってしまったのか、なにか分かっているか?」
 箒の質問に、またしても春樹は良く考えてから言う。
「ただ言える事は、ラウラは今、復讐心と嫉妬の両方がごちゃごちゃに混ざり合って何が良くて何が悪いのか、その判断が出来ていないということ。だから箒、アイツを目覚めさせて欲しい。それが、俺がいま箒できるお願いだ。やってくれるか?」
「ふん……春樹、私たちは何の為にいままで練習してきた? やってみせるさ、その願い、必ず叶えてやる。だから春樹は安心して待っていればいいさ」
 そのときの箒の表情はとても頼もしく、春樹は箒に任せても大丈夫だとそう確信したが、逆に不安も覚えた。もし、ラウラとの戦闘中に何らかの襲撃があったらと思うととても不安になる。
 この前の鈴音と一夏との試合中に起きた謎のISの襲撃によって鈴音は大怪我をしてしまい、今は入院中だ。そんなことがもし箒やラウラの身に迫ったらと思うととても不安になる。
 そんなこともあったからか、春樹はとても不安だった。なにか、いやな予感がして……。
「箒……俺は織斑先生のところに行ってくる。箒は試合前だし、一人で精神統一でもして気持ちを落ち着かせたりしな」
「うん、わかった……」
 春樹はその場から立ち去り、箒とはいったん分かれることになった。
 そして、春樹はそのまま千冬がいるであろう、試合が行われるアリーナのモニタルームへと向かう。生徒が続々とトーナメント表を見に、アリーナの方へと歩いていくのに対して、春樹は逆方向へ向かう。
 春樹は階段を上り、一般生徒の観客席とは少し高いところにあるアリーナのモニタルームへと訪れた。
 春樹はノックをすると、そのモニタルームに足を踏み入れる。そこには千冬一人しかいなく、春樹は目の前にいる千冬に挨拶をする。
「織斑先生、少し話したいことが……」
「なんだ、葵。急用か?」
「そうですね、急用といっちゃ急用です」
「話せ」
「はい。この後の箒とラウラの試合、もし何かがあれば……すぐに俺をアリーナに乱入する許可を与えてくれますか?」
 千冬は春樹の顔をじっくりと見てから……。
「何か起こるのか?」
 千冬は少し小さめに声を発し、春樹に尋ねた。
「いえ、まだ何か起こるのかはわかりません。ただ、専用機持ちがこのタイミングで二人もこの学園に来るなんて不自然にも程があります。俺の見る限り、ラウラ・ボーデヴィッヒ、またはシャルル・デュノアの両名に関わる事には何かが起こる可能性があり、先日の鳳鈴音と一夏の試合の事から、この試合で何かが起こる可能性は大いに考えられます」
 千冬は右手を顎へと持っていき、考えるポーズを取る。
「確かに、その可能性は否定できないな……。よし、分かった、許可しよう。ただ、迅速に対処をお願いしたい」
 すると、ドアがいきなり開き、春樹と千冬の二人は慌ててドアの方を見る。そこには山田真耶がそこにおり、春樹と千冬は安堵した。
「あのぅ……何かマズイところに私来ちゃいましたか?」
 千冬は微笑して、
「いや、大丈夫だ。では、春樹はいつでも出れるところに待機していろ」
「分かりました」
 春樹は山田先生に挨拶をしてから、モニタルームを後にする。
(もし、この試合で何かがあったとすれば……、暗部組織の仕業に違いない。ただ……言える事は、何故このIS学園を狙うのかだ……。あのときの奴らは束さんの命を狙っていた……なのに何でわざわざこのIS学園を狙う? 狙いは両方なのかあるいは……束さんの命を狙う奴らとまた違った組織なのか……だ)
 春樹はそのままアリーナの選手待機のピットの方へと向かった。

  2

 第一回戦、ラウラ・ボーデヴィッヒ対篠ノ之箒、その火蓋が切って落とされた。
 そして、会場は箒が装備している専用機に驚きの声をあげていた。その真紅の機体、『紅椿』に対し、何故、彼女が専用機を持っているのか。やはり、篠ノ之束の妹だからなのだろうか、と騒ぎ、それをズルイと言う人までいた。まぁ、世の中は平等ではない、ということは知ってほしいものだが……。
「なんだ、私に勝ちたいから姉にでも泣きついたのか?」
 ラウラはあからさまに箒の事を煽るが、箒は表情一つ変えずにラウラに言い返す。
「確かに、お前に勝ちたいのは否定しないが、この『紅椿』はそんな理由で用意してもらったわけじゃない。その強大な力の使い方を間違っている……そんなお前を修正する為だ! 歯を食いしばれぇ!」
 試合のゴングがアリーナに響き渡る。
 箒は『紅椿』の装備、日本刀の形をした『雨月』と『空裂』を握り締め、ラウラに突っ込んでいく、箒は叫び、一気に距離を詰める。
「っ、速い!?」
 ラウラは驚いた、予想外の速さ。見た目の速度では春樹の『熾天使(セラフィム)』ぐらいは出ているのではないのか、と思うラウラ。
 ラウラは『プラズマ手刀』で箒の剣を受け止めるが、彼女はもう一本剣を握っており、もう一本の剣でラウラを斬る。
 二刀流。それは剣道において、非常に扱いが難しいとされている。だが、箒は幼少期から剣道を続けており、基本的なことから応用までしっかりと出来ていた。
 そしてこのトーナメントまでの四日間、箒は春樹と共に二本の剣を同時に扱う『二刀流』というものを練習していた。
 やはり、二本同時に扱うのは難しく、最初は中々上手く戦えなかったが、何回も春樹と模擬戦を行っていくうちに何かコツを掴んだようで、動きが段々とよくなっていたのが春樹も、そして彼女自身も感じていた。
 流石はいままで剣道を続けてきただけはある。基本的なことから応用方法まで理解している彼女だからこそ、この短期間で二刀流をものにしたのだ。
(なんだこれは……こんなことが……)
 ラウラは一先ず距離を取り、『ワイヤーブレード』を発射。無数の『ワイヤーブレード』が箒を襲う。
 がしかし、箒は縫うようにそれをかわしていく。
 ラウラも諦めない。『レールカノン』で箒を狙撃しながら、『ワイヤーブレード』でなんとか箒を拘束しようとする。
 そしてそのラウラの攻撃を潜り抜けて箒はまたラウラに接近し、斬る。着実にシールドエネルギーを減らしながら、何度も何度も、ラウラを斬る。
「くっ……ここで負けていられるかああああああ!!」
 ラウラは『プラズマ手刀』で箒の攻撃受け止めつつ反撃に出る。ラウラの『プラズマ手刀』も両腕に装備されている。相手が二本の剣を使うなら、自分も二本の剣を使う。目には目を歯に歯をというようにラウラも接近戦を試みる。
 ラウラの両腕に装備された『プラズマ手刀』と箒の『雨月』と『空裂』がぶつかり合い、火花を散らす。
(私は……ここで負けられない。死んでいった仲間の為にも、エルネスティーネ大佐のためにも。この『シュヴァツツェア・レーゲン』が負けるわけにはいかないんだ、どんなことがあろうとも……!)
 ラウラは三年前にあったドイツ軍基地襲撃事件の犯人の奴らを許しはしない。だから、この力を使って奴らを倒す。その為にはこんな奴に負けてなどいられない。そんな気持ちが彼女の中にあった。
 ラウラは『レールカノン』を彼女に向け、発射する。こんな近距離で使うなど凶器の沙汰である。暴発すれば、自分にだって危害が加わる。
 箒は焦った。こんな至近距離で当たるわけにはいかない。だから一回攻撃をやめて『レールカノン』の砲弾をかわす。
 その時だった。箒の目の前には無数の『ワイヤーブレード』が……。
「なっ!?」
 箒はつい言葉を出した。『ワイヤーブレード』が箒の足を掴み、空中へ足を拘束しながら飛んでいく。そして、ラウラは宙吊りとなった箒に、対ISアーマー用特殊徹甲弾を『レールカノン』から発射された。砲弾は真っ直ぐ箒に向かって飛んでいく。
 箒にヒットしたかと思われたそのとき、箒の『空裂』からエネルギーの刃が発射され、その砲弾は真っ二つに割れる。割れた砲弾は推進力を失い、その場から地面に落ちる。その瞬間、ラウラの目の前にはビーム攻撃が飛んでくる。
 ラウラは慌てて『CPC』を発動、そのビーム攻撃を無力化する。
 なんとか防いだと安心したその瞬間、目の前には彼女がいた。二本の剣を握った篠ノ之箒が。
「お前のチャージド・パーティクル・キャンセラーは――」
 箒は『空裂』で斬る。
「ビーム系の攻撃を無効化する――」
 今度は『雨月』で斬る。
「だがそれを発動している間は……身動き出来ない!」
 箒はラウラに連続で切り込む。まるで格闘ゲームのコンボを決めているかの様に何度も何度も何度も、ラウラを斬る。
「お前は間違っている! その力のあり方を……その力が何のためにあるのかを!」
 箒はフィニッシュだと言うかのように『空裂』と『雨月』の攻撃によりラウラの事を吹き飛ばし、そして二本の刀から放出されるビームをラウラに向けて放った。
 『雨月』は複数のビームを放ち、『空裂』はその斬撃をビームとして放つ。
(何を……お前に……何が分かる……!)
 ラウラはその攻撃を諸にくらった。ラウラのシールドエネルギーが一気に削られる。アリーナの端まで飛んでいき、そしてアリーナのバリアに叩きつけられた。
(私は……こんなところで、負けるわけには……!)
 その時だった。ラウラのISに異常な変化が起こった。

  3
 
 ラウラ・ボーデヴィッヒは遺伝子強化試験体として生み出された試験管ベビーであり、戦うための道具としてありとあらゆる兵器の操縦方法や戦略等を体得し、優秀な成績を収めてきた。
 しかしISの登場後、ISとの適合性向上のために行われたヴォーダン・オージェの不適合により左目が金色に変色し、能力を制御しきれず以降の訓練では全て基準以下の成績となってしまう。
 この事から軍で出来そこない扱いされ存在の意味を見失っていたが、突然現れた少年、葵春樹のアドバイスとISの教官として赴任した千冬の特訓。そして、春樹がISを動かした後、営倉に入れられてからは、戻ってきたとき、今度は自分が春樹にISの事を教えようと思い、必死に練習していた為、部隊最強の座に再度上り詰めた。
 だがその後、ある奴らによりその願いは砕かれた。
 アベンジャーと名乗る謎の奴ら。それにより大切な仲間を失った。そして、春樹もその直後いなくなってしまった。『またね』という言葉を残して。
 その後、必死でISの訓練を続けていた。かの織斑千冬のような強く、凛々しく、そして堂々としている彼女に憧れて。あの謎のISと戦っていたような強さに憧れて。
 しかし、あの織斑一夏の事を語ったときの織斑千冬の表情を思い出す度に胸がムカムカして、イラついてくる。
 だから、その原因となる織斑一夏の事が許せなかった。自分が憧れる織斑千冬をあのような優しい表情にする織斑一夏が。
 そして、ドイツ軍基地を襲った奴らを倒すという、願望を叶える為にも。エルネスティーネが自分に託した『シュヴァルツェア・レーゲン』を使って負けるわけには行かなかった。
 エルネスティーネ隊長を殺した、奴らを倒すまでは……。

 ――願うか? 汝、自らの変革を望むか? より強い力を欲するか?

 何処からこの声が聞こえてくるかは分からない。だが、ラウラにははっきりとこの声が聞こえていた。

 よこせ、力を。この私の信念を貫き通す――その力を!
 絶対に、あいつらをこの手で倒すそのときまで、私は負けられない!

 Damage Level ...... D.
 Mind Condition ...... Upleft.
 Certification ...... Clear.

 Valkyrie Trace System ...... boot.

  4

「うわああああああああああああああああ!」
 ラウラは叫んだ。そして『シュヴァルツェア・レーゲン』が見るにも無残にドロドロに溶けて、そしてラウラを包んでいく。
「なんだ、これは!?」
 箒は驚いた。ISがこんな風になるとは知らない。聞いたこともない。目の前で起こっている未知なる現象をただ見ているだけしか出来なかった。
 この現象は第一形態移行(ファースト・シフト)や第二形態移行(セカンド・シフト)とも違う。別の何かの現象であった。
 そしてサイレンがアリーナ全域に響き渡る。
『非常事態発令。トーナメント全試合は中止。状況をレベルDと認定。鎮圧の為、教師の部隊を送り込みます』
 アリーナの観客席の緊急用隔壁が下り、完全に観客席が防護された。
 そしてラウラを包み込んだドロドロに溶けたISは段々と形を作り固まっていく。
 それはまるで……織斑千冬の専用機『暮桜』を真っ黒に染めたようなものだった。
「私はこれを……無力化できるのか? しかし、教師がこちらにやってくるはず……」
 箒は一度目の前のおぞましいものから目を背けるが、何やら考え事を数秒間した後、もう一度ラウラを取り込んでいるおぞましい黒いISを見る。
「でも……彼女を修正する為、助ける為に私がやるしかない!」
 箒はそう言って『暮桜』を模したそのISに向かい、剣を振った。
 しかし、その攻撃を軽々かわし、そのISは箒に向かって剣を素早く振った。その剣筋は箒も見えないほど速く、かわすことなど出来なかった。
 箒は地面に叩きつけられ、シールドエネルギーが一気に削られる。
「なんだ、これは……。この剣筋……まるで昔千冬さんに剣道を教えていただいたときにやってもらったものに似ている?」
(なるほど、何から何まで織斑千冬だな。そんなにあの人に憧れるか……。だが、それはお前の強さじゃない!)
 ラウラに向かって箒は叫ぶ。
「これがお前の望む強さか!? それがお前が求める強さか!? そんな偽りの強さはお前の強さなんかじゃない! そんなことをして……、お前の憧れる織斑千冬を汚す気か、ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
 だが、ラウラは何のアクションも取らない。まるで話を聞いていないようだった。そして奴は箒に更なる攻撃を行う。
 見えない剣筋には箒も何も出来ない。ただくらうだけしかなかった。
(くっ……千冬さんは……流石だな。しかし、本物はもっと凄いはずだ……!)
 ついに箒の『紅椿』のシールドエネルギーは0になってしまい、強制解除されてしまう。箒は身を守れるものなど何もなかった。
 ヤバイ。
 そう思ったが、奴は何もしない。動かない。攻撃してこない。
「いったい……どういうことだ?」
 箒はそう言うと、横には白い翼が現れた。春樹の『熾天使(セラフィム)』だ。
「それはな、こいつはISにしか反応しないからだ。離れていろ、箒」
 春樹はそういうと、ラウラに突っ込む。
 鋭い剣筋を軽々とかわす春樹。それを見た箒は「すごい」と素直に思った。
「やはり本物以下だな……これが――」
 春樹は『シャープネス・ブレード』を持ち、そして……、織斑千冬の剣筋に似ている、否、同じ剣筋でラウラを包んでいた黒いISを模した何かを切り裂いた。そのときの『シャープネス・ブレード』はエネルギーで包まれていた……様にに見えた。
「本物だ……」
 そう春樹が呟くと、切り裂かれたその切り口からラウラの身体が出てきた。
 春樹はラウラを受け止める。
「たく……変な考えを持ちやがって……後で説教かな?」
 この騒動は十分も経たずに終局した。
 春樹に抱かれているラウラの表情は気を失いながらも微笑んでいるように見えた。
 ラウラと春樹、そして箒は何らかの繋がりを感じた。これの感じは何なのかは、春樹でさえ分からなかった。



[28590] エピローグ『友達 -Growth-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:41
 時は夕食時、保健室にはラウラ・ボーデヴィッヒが寝ていた。先ほどの学年別トーナメントにおいて、異常な現象に巻き込まれ気を失っていたからである。
 すると、ラウラが目を覚ます。そしてすぐ横を見ると、そこには彼女が憧れ、尊敬している女性、織斑千冬がそこにいた。
「……いったい、何があったのですか?」
 ラウラは弱々しく、そして不安になりながら千冬にそのことを尋ねた。
「一応、重要案件である上に、機密事項なのだがな……VTシステムというものは知っているか?」
「ヴァルキリー・トレース・システム……」
「そう――」
 『ヴァルキリー・トレース・システム』とは研究、開発、もちろん使用も禁止されており、過去のモンド・グロッソの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムである。
 ラウラは「織斑千冬」のデータがラウラ・ボーデヴィッヒのISである『シュヴァルツェア・レーゲン』に組み込まれおり、彼女の身体的ダメージ、そして精神的な……今回のラウラの場合、強い力に憧れ、負けたくないという『願望』がそのVTシステム起動のスイッチになったのだろう。「私が……望んだからですね……」
 ラウラは唇を噛み締め、そしてベッドのシーツを握り締めた。
「いいや、お前が何故それを望んだのか……それはあのとき、自分の力が足りなかったと思ったからだろう?」
 あのとき……三年前のドイツ軍基地襲撃の事だろう。あの時ラウラは、勇敢に戦い、そして自分を守ってくれた千冬に憧れていた。そして、自分は何も出来なかったことが腹立たしかったのだ。
 強くなる為に努力もしたし、部隊でもトップクラスの実力にもなった。だけど、あいつらには歯が立たなかった。身動きすら出来なかった。そんな本当はそんなに強くもない自分に絶望した。 だから力を求めた。織斑千冬や春樹のような……強い力を。
「お前は誰だ?」
「え?」
 千冬は突然そんな事を聞いてきたので、わけがわからないラウラ。
「言っておくが、お前は絶対に私にはなれないぞ。お前は自分なりの強さを求めろ。自分が本当にしたいことは何だ? そのしたい事の為に何をすれ良いいと思う? それが分からなければ、本当の強さを得る事はできないぞ。私や、春樹のような強い力をな……。お前はラウラ・ボーヴィッヒなんだ、他の誰でもない。この事をちゃんと覚えておけ」
「はい……。了解いたしました、教官!」
「学校では先生だと言っているだろう」
 そのときの千冬の顔は優しく、そして少し微笑んでいた。
 ラウラはその表情を見たとき、ドイツ軍にいたときには感じることのなかった不思議な感情に襲われた。なんだか温かいそんな感情に。
「じゃあ、私は行く。好きなときに部屋に戻れ」
 千冬はそう言ってこの保健室から出て行こうとドアを開けると、そこには葵春樹が立っていた。「葵か、ラウラにはちゃんと言っておいたぞ」
「ありがとうございます、織斑先生」
 春樹は軽く礼をして千冬を見送る、そして保健室の中に入り、ラウラの寝ているベッドの近くの椅子に腰掛けた。
 春樹はラウラの顔を見るなり、微笑んだ。ラウラが無事で安心したのと、千冬に説教されて顔つきがよくなっていたからだ。
「千冬姉ちゃんに説教されたか」
「うん……。なあ春樹……その……ごめん」
「ああ」
「怒ってないのか? 」
「いや、自分が間違っていた事に気付いて、もう反省したんだろ? それに新しい目標も出来た。なら俺から言う事はないよ」
「……ありがとう」
 ラウラは毛布に顔をうずくめてそう言った。なんだかとても恥かしそうに。
 なんでそんなにはずかしがるのか分からなかった春樹はラウラに向かって「どうした?」と声をかけたが、ラウラは何も言わず、ただ毛布に顔をうずくめていただけだった。
 もうどうしたらいいかわからなくなった春樹はとりあえず頭に思い浮かんだ言葉である「夕食」をヒントに何を言おうか考えたが答えは簡単だ。夕食に誘えばいい。
「なあ、ラウラ。もう身体の方は大丈夫なのか? 大丈夫なら一緒に夕食を食べに行かないか?」
 ラウラは毛布から顔をひょこっと出して、
「春樹とご飯?」
「あ、ああ……」
 春樹はようやくラウラが反応してくれて安堵する。
「わかった、行こう」
「おう!」
 ラウラはベッドから立ち上がって春樹の横に立った、そして春樹の袖を掴んで早く行こうとせかす。
 春樹は「はいはい……」とそう言って椅子から立ち上がり、保健室を後にした。


 食堂へやって来た春樹とラウラであるが、ラウラはずっと春樹の袖を離さなかったし、今も春樹の袖を掴んでいる。
 そこでは箒と一夏、セシリアとシャルルの四人が一緒に食事を取っていた。そして春樹とラウラもそこに混ぜてもらう事にする。
「よう、皆」
 春樹が皆に呼びかけると、皆それぞれ春樹の名前を呼んでくれた。
 皆はラウラの存在に気付き、ラウラは皆にどう思われているのか不安になったのか春樹の後ろに隠れる。
「おいおい、そんなに警戒すんなって。今回の事はラウラのせいじゃないって皆分かってるからさ。そうだろ、皆?」
 皆は頷いて肯定する。やっぱり、皆やさしかった。
「だってさ、安心しろよ、ラウラ」
 ラウラは春樹の後ろからそっと出てきてそして、不慣れな感じでラウラは微笑んだ。
 そして春樹は食べたいものをラウラから聞いて、そして座っているように言った。
 やはり、あんなことになった彼女に気を使って夕食を取りに行ったのだろう。
 そしてもう一つ、彼には計画があった。
 春樹はラウラの食べたいものを聞くなり早速注文しに行った。そしてラウラは皆の中へ恐る恐る混じって、そして椅子に腰掛ける。
ラウラは緊張してなにも話せなかった。
 それもそのはずである。一夏を叩(はた)き、シャルルの練習の邪魔をし、セシリアとはマトモに共闘せず、更には度が過ぎる攻撃を繰り返し、彼女の専用機をボロボロにした。そして箒にも同じように度を過ぎた攻撃を繰り返したのだ。
 こんな事をやっておいてこんな所にノコノコと居座る方がおかしいのだ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ――」
 箒はラウラに話しかけ、言葉を続けた。
「今までやってきたことはもう気に病む必要はない。私たちはラウラ・ボーデヴィッヒの事はもう許しているんだ。そして、お願いがあるんだ」
「お願い?」
 ラウラはそのお願いというものは何なのか、もし今までの償いだったのなら、相手の気が済むまで受け入れる覚悟はあった。
「私達の……友達になってくれないか?」
 ラウラはいきなりの事でどういうことか理解するのに少々の時間がかかった。
 友達になって欲しい、ということは……自分と仲良くなろう。ということだ。
「友達?」
 ラウラはもう一度皆に尋ねた。
 彼女の初めての同い年での友達は葵春樹だけだった。だけど、もしこんなにも沢山の友達が出来るなら、それは凄く楽しい事だろう。春樹と一緒に過ごした毎日を思い出すだけでも本当に楽しい気持になる。
(私は……こんな風に幸せになってもいいのだろうか? 私はあんな過ちを犯した奴なのに……)
 そう思ったラウラだが、そんな気持ちはあっという間に否定されてしまった。
「そう、友達だ。ラウラ、お前がどう思っているか知らないけど、俺達はお前と友達になりたいんだよ」
 一夏はそう言った後、続けてシャルルが話す。
「そうそう、もしラウラが嫌じゃなければ、沢山僕を頼ってね」
 そして、続けてセシリア。
「専用機を壊されたのは目を瞑ります。あれは私の力が足りなかっただけのこと。ですから、今後私とISの練習をして共に強くなりましょうね、ラウラさん」
 すると、夕食を二つ持った春樹が登場し、笑顔でこう言った。
「皆こう言ってるんだよ。ラウラ、お前は大切な仲間が出来るんだ。嬉しがってもいいと思うぞ。もし……嫌じゃなければな」
 ラウラは正直なところ嬉しかった。嫌なわけがない。こんなに私が幸せでいいのだろうか、とも思ってしまう。
 そして、こんな大事な仲間を自分は守りたいという感情が芽生えたのだ。自分が強くなり戦う理由。それは……友達を守りたいという気持ち。あいつらを倒そうという無謀な事は考えない事にした。
 自分はまだまだ力足らずな奴だ、そんな奴があいつらを倒そうだなんて、馬鹿な話だと思う。自分は最低限そういう奴らから友達……仲間を守りたい。そう思う。
 あいつらを倒すまではいかなくても、守ることなら……。そう思う。
(だから……それが今私が正しいと思うことだ……これでいいのか? 春樹)
「皆、ありがとう……」
 ラウラはそう言って涙を流した。しかしそれはうれし涙。シャルルはラウラの頭を撫でて励ます。春樹もラウラの隣に座ってラウラを励ました。
 そのときのラウラの表情は、三年前のドイツ軍にまだいた頃の春樹と友達になったとき以上の幸せそうな表情をしていた。
 春樹はそんなラウラを見て安心した。皆と和解して……そして、彼女の中で何らかの決意ができた事が春樹は本当に安心したのだ。
(どうなるかと思ったけど、みんな優しいよな……ラウラがこんな嬉しい表情をするなんて……。一夏、箒、セシリア、シャルル……ありがとう。後は、近々退院する鈴と友達になれば完璧だな。まぁ、アイツなら誰とでも仲良く出来るだろうな)
 ラウラ・ボーデヴィッヒはまた一歩、人間として大きく成長した。
 人間はこうやって失敗を繰り返し、そしてその失敗を糧にして精神的に強くなっていく。それが人間としての成長であり、そして大人になっていくということである。



[28590] プロローグ『過去へ -Past-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:46
 これは三年前のお話。一夏と春樹がまだ一三歳の頃の事だ。
 第二回IS世界大会モンド・グロッソ。
 一夏や春樹にとっての我らが姉、織斑千冬が優勝候補としてその大会に参加していた。
 彼ら二人は決勝戦での千冬の活躍を絶対見ようとして、このモンド・グロッソの大会会場まで来ていたが、まさか……あんな事になるとは誰も思いもしなかった。
 だが、またこれが……全ての物語の始まりなのかもしれない。これがなかったら、春樹や一夏はこれから起こる事に巻き込まれること無く、普通の高校に通っていたのかもしれないし、箒に再会する事は無かったのかもしれない。
 だけど……この出来事があったから、私たちは平和に生きているのかもしれない。この世界で、友達と、最高の仲間と共に楽しい日々を過ごす事も無かったのかもしれない。
 春樹はこう思った。
 もし、この出来事が無ければ……俺は平和に過ごせたのかもしれない。何事も無く、普通の高校に一夏と一緒に登校して、楽しくバカやって過ごして、彼女なんかも出来たりして、毎日が平凡に流れていく日々を過ごしたのかもしれない。
 だけど、この生活も悪くないと感じている。辛い事は正直沢山ある。だけど、目的も無くただ平凡に過ごすよりも、何か目的を持って辛い事もありながら、だけど嬉しい事もあって……。毎日が刺激に満ち溢れている生活の方が、俺は楽しくて良いと思う。今体験している事が全てで、「もし」なんてことは妄想に過ぎない。もしかしたら、普通の高校に通って楽しくしているのが今の自分にとって今が最高と思うかもしれないが、それはやっぱり妄想に過ぎないからだ。
 だから、今のこの自分のこの体験している事に俺は満足している。女子しかいないけど、俺もこの状況に慣れてきたし、一夏もいる。シャルルも……男子として接している。
 この今置かれている立場にはなんら文句はこれっぽっちも無い。
 織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルル・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒ。
 こいつらは俺の大切な仲間だ。友達だ。もし、こいつらに何かしようとする奴らがいるならば、俺はそいつらを許さない。俺は仲間を守っていきたい。この……力で……。



[28590] 第一章『元凶 -Kidnapping -』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:47
   1

  ここはISの試合が行われる国際アリーナ。座席数は二万を超える大型のアリーナだ。
 そして彼らはちょうど、試合の合間に抜けてきてくれた織斑千冬と話をしていた。
「じゃあ千冬姉、ちょっと飲み物買ってくるよ」
「ああ、私の試合までにはちゃんと戻れよ、決勝戦見逃したなんてことになったらシャレにならん。春樹、一夏についていけ、お前と一緒なら安心だ」
「分かったよ千冬姉ちゃん。じゃあ行こうか一夏」
「おう」
 一夏と春樹、この二人は言うなれば兄弟みたいなものである。
 この後はいよいよ千冬の決勝戦。
 やっぱり千冬は凄かった。たった一振り、それだけでいい。たった剣を一振りすれば終わる。その鮮やかさといえば、見とれてしまうほどである。
 彼女の攻撃は相手のシールドを切り裂き、本体に直接攻撃、強制的に『絶対防御』を発動させて一気にシールドエネルギーを削り取る『零落白夜』である。これは織斑千冬が発動させた『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』である。
 春樹や一夏も千冬の剣術を教わってきた。だからこそ、この大舞台でのその一閃はとてつもなくかっこよかったのだ。
 そして彼らはアリーナの外の自動販売機の方へと向かった。何故外まで行くのかというと、アリーナ内で売られているものは何かと高いのだ。お金が少ない中坊の二人にとってはできるだけ安い方が良い。そう思った彼らはわざわざアリーナを出てきたのだ。
「あ……ここまで来てなんだけど、俺トイレ行ってくるわ」
 春樹はわざわざアリーナの外までやってきたというのに、突然の尿意に襲われる。内心わざわざ外まで来たのに、また戻らないといけない。その自分の状況が腹立たしかった。
「なんだよ、せっかく外まで来たのに」
「俺もそう思ったよ、悪いけど、俺の分も買っておいてくれるか? 俺コーヒーな、ブラックの」
「しょうがねぇな、分かったよ、ブラックコーヒーな。早くトイレ行ってこいよ」
「ああ、行ってくるよ。自販機の前で待っててくれ、迎えに行くからな」
 少し冗談を加えて笑いながら言う春樹。それに一夏は冗談混じりに軽く怒った。
「なんだよ、千冬姉(ちふゆねえ)の言いなりになりやがって!」
 春樹は一夏の話を最後まで聞かずにアリーナの方へ走り出した。
 一夏はしょうがねえな、と思い、そのまま歩き出し自動販売機を探す。しばらく歩いていると……自動販売機があった。
「俺はコーラと……春樹は……あれ、ブラックねえや……仕方が無い、微糖で我慢してもらうかな……」
 一夏は自動販売機にお金を入れて微糖のコーヒーを買った。自動販売機の取り出し口に手を突っ込み缶を取りだす一夏、そして戻ろうとすると……一夏の目には黒いワンボックスカーが目に留まる。それはドラマや映画で見るような誘拐するシーンでよく見るものだった。
(なんだ、あれ。なんか映画のワンシーンみたいだな)
 そう思った一夏は春樹に言われたとおりにそこで待機している。近くのベンチに座り、コーラのペットボトルのキャップを開ける。プシュ! という炭酸が抜ける音を聞き、コーラを一口飲む。
 一夏はずっとアリーナの方を見ている。春樹が来るのを待っているのだ。
 しかし、待ってもいれなくなった一夏は立ち上がってアリーナの方へと歩こうとすると、後ろから車の音が聞こえる。
 一夏はその音に気付き、後ろを振り向くと、自分の目の前でいきなりその車が停車し、中から本当に映画にありそうな黒服の男達が現れた。

  2

 春樹はトイレを済まして手を洗っていた。
(早く一夏の下へ行かねえとな、飲み物買わせちまったし)
 春樹は急いでトイレから出て、外へ出る。そして一夏が向かったであろう場所まで走る。すると、春樹の目の前には信じられない光景が広がっていた。
 一夏の近くまで黒いワンボックスカーが止まる。そしてその中から黒ずくめの男達が一夏を無理やり連れ込まれている。
 春樹は恐怖で身動きが取れなかった。周りには他に誰一人としていない。みんなアリーナの中で決勝戦を今か今かと待っている。
 黒ずくめの奴らは春樹の存在に気がついていない。これは奴らの状況判断のミスかなんかだろう。目撃者がいる。それだけですぐに助けを呼ぶことができる。
 でも春樹は動けない。
 そして春樹は結局何もできずに一夏はそのままさらわれていった。そう、「何もできず」に……。
 春樹はここまできてようやく動きが取れるようになった。だけど足がまだ震えていた。息をする事すら難しかった。
 そんな足を無理やり動かしてある人のところへ向かおうとした。とても強い人、織斑千冬のところへ。
 春樹は恐怖のあまり震える足を無理やり動かし走り出す。早く、早くこの事を千冬に伝えないと。そう思った春樹はひたすら走った。
 ハァハァと、息を切らせながらアリーナに向かって全力疾走をする。
 そして、アリーナ目の前、関係者以外立ち入り禁止の入り口から入ろうとするが、当然警備員の人に捕まってしまう。
「こらっ、君! ここは入っちゃ駄目だ。関係者以外立ち入り禁止の文字が読めないのか!?」
「早く、伝えないと、あの人に……千冬姉ちゃんに!」
 春樹は焦っていて言葉がまとまっていない。この話を聞いただけでは何を言いたいのかまったく伝わらなかった。
 しかし、その警備員の耳にはあるワードが頭に残った。「千冬姉ちゃん」である。
 そしてその警備員は目の前のの子供に目をやった。この子はあの織斑選手の弟なのか、と。あながち間違ってはいないが、実の弟は一夏である。春樹は義理の弟、といったところか。
 だが、そんなことはどうでもよかった。警備員の人は目の前が顔が青ざめており、焦りに焦っている。尋常じゃないくらいの汗をかいているし、余程の緊急事態なのだろうと思った。
「わかった、君の名前は?」
「え、葵……春樹です」
 葵春樹、織斑の姓ではなかった。しかし、その焦り方は悪ふざけとかそんなものではなかった。そのことが、警備員の心を揺らがせる。
「じゃあ葵君、ちょっと待っててくれるかな?」
「はい、わかりました」
 春樹は待っている間に息を整えようと、大きく息を吸い込んだ。

  3

 織斑千冬が選手待合室で休んでいると、部屋のドアがノックされた。いったい誰なのだろうかと思い、ドアを開ける。そこには警備員の人が立っていた。
「織斑選手、お休みになっている所すみません。葵春樹という子供が焦りながら織斑選手の事を呼んでいたのですが……」
「なに?」
 千冬の目はガラリと変わった。さっきまでのリラックスしきっていた優しい感じはもうなかった。千冬は急に目つきがきつくなる。
「もう顔も青ざめていて、汗なんか尋常じゃないくらいかいていますし、どうしますか?」
「……よし、会いに行こう。案内してくれますか?」
「分かりました」
 千冬は警備員の人についていった。
 千冬は考える。いつも冷静沈着でいつもクールな春樹、何事も落ち着いて色んなことを対処する春樹をそこまで焦らせるほどの事態。何が起こっているのか、正直、不安に駆られている。
 アリーナの外に出る出入り口を出るとそこには葵春樹。警備員の人が言ったとおり、春樹の顔は汗でびっしょりで顔も青ざめていた。
「おい、春樹。どうしたんだ、そんなに汗かいて。何が起こったんだ?」
「…………一夏が、目の前でさらわれた」
「なっ!?」
 千冬は驚愕する。一夏が、大事な弟である一夏が何者かにさらわれた。
 誘拐。
 そのキーワードが千冬の頭の中を駆け巡る。
(何故一夏を誘拐した? 優勝妨害か? 私はどうすればいい? 何をすればいい? )
 考える千冬。
「春樹、そのときの状況を教えろ」
 春樹はそのときの状況を出せるだけ出した。
 あのときは……春樹がトイレから一夏の下へ戻ろうとしていたときの事である、一夏を見つけたと思えば黒いワンボックスカーが止まり、中から黒ずくめの男達が出てきていきなり一夏を襲って車の中につれ込んだ。そしてそのまま車は何処かへ行ってしまった。
「ごめん、千冬姉ちゃん……俺、何もできなかった……」
「いや、ちゃんとお前の仕事は果たしたよ。お前はすぐに助けを呼んだ。それだけで十分だ」
 千冬は春樹の頭を撫でる。
 しかし、千冬は考えた。一体どうすればいい? 一夏はさらわれたのだが、自分のもっている情報が少なすぎる。正直このままじゃなにもできない。
 すると黒髪の女性から声がかけられる。
「あら? ブリュンヒルデ、こんな所に……」
 『ブリュンヒルデ』、北欧神話に登場するワルキューレの一人だ。その女性は戦死した兵士をオーディンの住むヴァルハラへと導く戦女神ワルキューレの一人として描かれている。それから取って第一回IS世界大会にて織斑千冬は見事優勝したその時につけられた称号、それが『ブリュンヒルデ』である。
「お前は……リーゼロッテか」
「はい。で、どうしたのですか? もうすぐ決勝戦が始まるというのに出口の方へ向かうので気になって追いかけてみたんですけど……」
 リーゼロッテ・ミュラー、ドイツ代表のIS操縦者。次の決勝戦で当たる千冬の相手である。
「実はな――」
 千冬は今起こっていることを全て話した。
 実の弟の一夏が誘拐された事。
 そして、手がかりも何もなく、ただ棒立ち状態になってしまっている事を。
「それは大変ですね……なんなら、このドイツが協力いたしましょうか? 軍の力を使えばどうにかなるでしょうし」
「そ、それは本当か!?」
「嘘を言うだけ無駄です」
「ありがとう、本当にありがとう」
 千冬は心からリーゼロッテに感謝した。そしてドイツ軍にも。
 それから千冬と春樹はドイツ軍の人たちの下へ向かう。コツコツと足音だけが聞こえる状態。気を抜けば押しつぶされるんじゃないかと思うほどの雰囲気だった。
 リーゼロッテはドイツ軍の下へ行き、その部屋のドアを開けた。
「ん? リーゼロッテか……どうしたんだ……っと、これはブリュンヒルデ、どうされたのですか?」
 今喋ったのはドイツ軍のIS部隊隊長、エルネスティーネ・アルノルトである。彼女はとてもしっかりとした姿勢をしている。流石は軍人と言ったところか……。
「すみませんエルネスティーネ隊長、このブリュンヒルデが今困っておりまして、お願いがございます――」
 リーゼロッテは今の状況を素早く、且つ丁寧に説明した。
 すると、エルネスティーネは快く協力してくれると言ってくれた。これには千冬もとてつもない感謝をする。
 これで、一夏を助けられ可能性が高くなった。これで一夏を助けられる。そう思うだけで心が落ち着く。
 エルネスティーネは春樹に問う、
「では……春樹君……だったかな。一夏君が誘拐した車はどんな感じだった?」
「え~と、黒いワンボックスカーでした。ホイールのカラーは銀。えっと……車の形状は……とても四角い感じだったのを覚えています」
「ありがとう、これで大体の事を予測できます」
 なにやらドイツ軍のオペレータの人たちがとてつもない速さで何か文字をコンピューターに入力している。なにが起こっているのか全く持って分からない。
 そして数分後、一夏の現在の座標データを割り出したようだった。とてつもなくスムーズに事が進んでいる。
 この中、春樹は何かがおかしいと思っていた。あまりにもスムーズすぎるからである。まるで最初からこうなる事は分かっていたかのように。
「では早速助けに行きましょうか、車を用意してあります。どうぞご自由にお使いください。これが一夏君の場所を知る為の端末です」
「すまない、感謝します。いくぞ、春樹」
 千冬は薄型のタッチ式の端末をエルネスティーネから受け取った。
 そして春樹は現在の時刻を見た。決勝戦開始の時刻まで後二十分もない。このまま一夏を助けに行ったら千冬は不戦敗になるだろう。
「でも千冬姉ちゃん! このままじゃ決勝戦に間に合わないんじゃ!?」
「黙れ春樹! そんなものより大切なものはある。一夏という大切な家族がな……」
 春樹はその言葉に黙り込んでしまう。確かにそうだ、千冬は何よりも家族が大事、いや、誰だって家族の方が大事である。これは春樹の失言であった。
「ごめん、千冬姉ちゃん……。じゃあ行こう、一夏を助けに!」
「ああ、そうだな。……お前もその家族の一員だよ」
 千冬はそう小さく呟いたが、春樹の耳にはしかっかりと届いていた。そのことが何よりも嬉しく、そして一夏を助けたいと思う気持ちが何倍にも、何十倍にも、何百倍にも膨れ上がった。
 千冬と春樹は一回アリーナの駐車場まで歩いていったが、その間、千冬と春樹は会話をする事はなかった。どちらも今の状況にいっぱいいっぱいであったからだろう。
 すると、一台の車がこちらにやってくる。恐らくエルネスティーネが用意した車だろう。彼女が準備した車はスポーツタイプの車であった。メーカーのエンブレムを見るとこれはBMWであったか?
 エルネスティーネは運転席のカーウインドウを開けて言った。
「では乗ってください、運転は私がしますので」
「分かりました。乗れ春樹」
 春樹は千冬の言われるまま乗り込む。
 ちなみにISは無許可で上空を飛ぶことを許可されていない。更に言うならば一般市街地でのISの使用もよっぽどの事がない限り不可、禁止されている。
 使用すれば直ちにISの部隊によって拘束・逮捕、となるだろう。
 二人は車に乗り込んでその端末が示す場所へと向かう。その最中、春樹が見た千冬は不安に満ちた顔であった。

  4

 座標データが示した位置に織斑千冬、彼女がいる。その場所は特撮ヒーローものとか不良の学生が出てくる映画のようなボロボロの建物がある場所、足元が砂利で本当に人気がない。
 千冬はもしものために春樹をエルネスティーネの下に置いてきた。もし戦闘なんてことになれば春樹の身にも危険が及ぶ。
 千冬はIS『暮桜』を装備して歩み進む。砂利の足場なのか、とても静かだからなのか、足音が非常に大きく感じる。
 人気は……感じられない。ISのハイパーセンサーの能力を持ってしてもまったく人気等は感じられない。
 ちなみに『ハイパーセンサー』とはISに装備されている超高性能なセンサーである。操縦者の知覚を補佐する役目を行い、目視できない遠距離や視覚野の外をも知覚できるようになる。
(よほど高性能なステルスか……または本当に人がいないのか……)
 しばらく歩いていると、ハイパーセンサーに反応があった。人がいる。一人いる。という事は……一夏か? そう思った千冬は急いでその反応が会った場所へ向かう。
 そこはとあるコンテナ。この中に一夏がいる。そう思うと千冬は無我夢中でそのコンテナをISのパワーで無理やりこじ開けた。
 そこに居たのは織斑一夏である。間違いない。一夏の姿を見て一安心する千冬。すると一夏も千冬の姿を確認するなり叫んだ。
「千冬姉(ちふゆねえ)!」
 千冬は一夏の手足に結ばれている縄を切ってあげる。
「千冬姉……ありがとう……凄く不安だったけど、千冬姉が来てくれてホント安心した。本当にありがとう」
「ふん、春樹も来てくれてるぞ。早く合流しないとな」
「そうなのか……春樹が……なら早く行こう」
 一夏はなんだか知らないけど元気だった。迅速に救出することができたから一夏の体力的にもまだまだ余裕があるだろう。だけど、何故こんなにもあっさり一夏を救出する事ができたのか、何故こんなにも……。何はともあれ、このままにしておく事もできない。そこで千冬は思った。一夏と春樹は一旦家に帰そう、と。
 
  5

 春樹はエルネスティーネと共に千冬と一夏が帰ってくることを願っていた。だが、この二人は決して話すことなく、ただ黙っているだけであった。
 そして二人の目の前には二人の人影、あれは間違いない、一夏と千冬だ。
 それを見るなり春樹は車の中から飛び出した。一夏の下へ駆け寄る。
「一夏!」
「春樹!」
 二人はお互いに名前を呼び合った。そして春樹はとても悲しそうな、そして嬉しくて、安心した、そういう感情がごちゃ混ぜになりながら言った。
「一夏……ごめん。一夏があんな事になったのに、何もできなかった……」
「何言ってんだよ、春樹はここまで来てくれたじゃねえか。俺があんな事になったときに助けを呼んでくれたのは春樹だって聞いたよ。俺はそれだけで十二分に感謝するから」
「ありがとう……一夏……」
 春樹はこのとき思った。自分はなんて幸せ者なのだろうか。こんな兄弟が居てくれる。「血」は繋がってなくても、家族という「絆」は繋がっている。

 そして春樹はこの大切な家族を守りたい。心からそう強く思った。
 
 その後、結局千冬は決勝戦に間に合う事はなかった。日本の不戦敗、ドイツの不戦勝という形になった。
 試合会場は強烈なブーイングの嵐。誰もがブリュンヒルデである織斑千冬の試合放棄には戸惑いを隠せなかった。誰もが納得がいかない結果。
 こうして第二回IS世界モンド・グロッソは幕を閉じた。
  
  6

 第二回IS世界大会モンド・グロッソが終わり数時間が経過した。会場の熱気はもう無い。会場からは誰一人と一般の人がいなくなっている。
 そして、一夏はドイツ軍IS部隊隊長エルネスティーネ・アルノルトが事件の事を聞きだしていた。
「じゃあ織斑一夏君、事件の詳細聞かせてくれるかな?」
「はい……」
 一夏は黒いワンボックスカーの中に無理やり連れ込まれた後、そこからの記憶が無いらしい。恐らく、何かの薬で眠らされていたのだろう。そして、気がつけば手足が拘束されていて、あのコンテナの中に閉じ込められていたという話だ。
 あの中にいたときは、どうなるのかと不安で不安でしょうがなかったらしい。でも、きっと助けは来る。そう信じていた。きっと千冬姉(ちふゆねえ)が助けに来てくれる、と……。
 その話を近くで聞く千冬と春樹、二人は一夏を守れた。そのことが何よりも嬉しかった。もう目の前には一夏がいる。それだけが何よりも嬉しかった。
「話してくれてありがとう一夏君、この後の事はこっちが何とかするから」
「本当にありがとうございました。なんてお礼をしたらいいか……」
 千冬はエルネスティーネにむかって礼をする。
「なに、大丈夫ですよチフユ・オリムラ。……あ、なんなら、私の部隊の教官をしていただけないでしょうか?」
「教官を?」
「はい、私のIS部隊の教官を」
「……考えておきましょう」
「お願いします」
 千冬はそのまま外へ出て行った。春樹と一夏はその後姿を眺めていた。
 自分達の姉が軍の教官をする。あの、世界最強と言われた『ブリュンヒルデ』がドイツ軍にISの操縦を教える。これほど光栄かつ贅沢な事はない。一夏と春樹の二人はそのことが誇らしかった。
 そして春樹は考えた。
(千冬お姉ちゃんがドイツ軍に…………よし――)
 春樹は何かを決心した。自分が守るべきもののためにするべきことを見つけた。それを実行する事を。
「一夏……先行ってるぞ」
「え、あ、ああ……」
 一夏はその春樹を見て、いつもと違う雰囲気を醸し出していたことに気がついた。
 あの春樹が妙に逞しく見えた。男の自分でも惚れ惚れするくらい。
 人間というものは、何か目標ができて、それを実行しているときが一番カッコいい。男だと妙に逞しく見えるし、女だと妙に色気づいたり、魅力的になったりする。
 春樹は今居た部屋から飛び出して千冬を探す。しばらく走り、千冬の後姿を見たつけたと同時に千冬の名前を叫ぶ。
「千冬姉ちゃん!」
 千冬はその声に気がついて振り向く。そこには春樹が走って駆け寄ってくるところがその瞳に映し出される。
「どうした、春樹」
「千冬姉ちゃん、ドイツ軍の教官するんだろ?」
「ああ、借りができたからな」
春樹は真っ直ぐに千冬の方を見て、
「じゃあ、俺も……連れて行ってくれないか?」
「何故、と聞いてもいいか?」
「千冬姉ちゃん、俺はやるべき事が見つかった。そのためには自分を鍛える必要があるとそう考えたんだ。だから、少しの間でいい、ドイツ軍にいっしょに連れて行ってくれ」
 すると千冬は鋭い目つきに変わる。物凄い目力でそれだけで殺されそうな勢いだった。
「…………わかった。だが、本当にいいのだな? 弱音を吐くなんてことはしないか?」
 真剣な表情をして、千冬の鋭い目にも臆せず、
「そんなこと、するわけない。しちゃいけないんだ」
 千冬はそんな春樹の表情を見て、
「エルネスティーネ大佐に話をつけてみようか」
「ありがとう、千冬姉ちゃん」
 そして、春樹と千冬はエルネスティーネの下へと向かうことになった。
 二人は何も話そうとしない。ただ沈黙だけが流れる。二人が歩いている廊下には選手専用のものという事があってか、誰も歩いていない。
 エルネスティーネがいるドイツの選手の控え室の前に立つと、千冬はドアをノックする。すると、中から「はい」という言葉を聞くと、ドアが開けられる。ドアを開けたのは当の本人のエルネスティーネ・アルノルトだった。
「あら、チフユ・オリムラ。どうされました? もしかして、教官の話ですか?」
「そのこともあります」
「とりあえず、中へ入って椅子にでも腰掛けてください」
 千冬と春樹は言われるままに中に入って、ソファに腰掛ける。
 目の前のエルネスティーネと目を合わせると、
「ではチフユ・オリムラ、我が隊の教官になっていただけるのですか?」
「はい。ただ一つ条件……というかお願いが」
「はい、何でしょうか?」
「この子を、春樹をドイツ軍の方へ連れて行っても大丈夫でしょうか?」
「ドイツ軍に?」
「はい、春樹が行きたいと言っているので」
「春樹君、どういうことかな?」
 エルネスティーネは優しく微笑みながら春樹に問う。そして春樹はとても真剣な表情でその問いに答えた。
「自分は……やるべき事ができたんです。それには自身を鍛える必要がある。だから、千冬姉ちゃんが教官をやるっていうドイツ軍の方に行きたいと、そう思ったのです」
 その春樹の顔は軍人に引きを取らないキリッとした顔だった。その春樹の顔にエルネスティーネは感心させられた。いまどきの若者でもこのような表情をする子がいるんだな。それもISの登場で男が立場上弱くなってしまっているこの社会で。とそう思った。
「わかりました。では春樹君、泣き言は言わないって約束できるか?」
 エルネスティーネはさっきまでの優しい表情は無くなり、ちょっと怖い感じもする真面目な顔になる。それにびびることもなく春樹は、
「泣き言? そんなものを言うはずありません。何故なら……自分が持ったこの気持ち、信念は揺ぎ無いものだから」
 と言った。その表情は希望・信念・勇気・覚悟……それらが詰まったような顔だった。
(この子……不思議な子ね……気に入ったわ)
 エルネスティーネはこの揺ぎ無い意思を示した春樹を気に入ってしまった。もしかしたら、とんでもない人になるんじゃないか、という期待もしていた。
「ではチフユ・オリムラ、これからよろしくお願いします。そしてハルキ・アオイ、君には期待しているよ。では、準備が整ったら連絡をしますので、それまではゆっくりしていてください」
「わかりました、では」
 千冬は礼をしてその場から立ち去る。
 そして春樹はエルネスティーネの「期待している」という言葉を思い出していてちょっとした考え事をしていた。軍人の目から見て、自分はそんなに期待できるような人なのだろうか、と。

  7

「というわけで一夏、お前は家に帰っていろ」
 千冬は一夏にそう命令した。
「お、おう……」
 そして一夏は、春樹はやっぱり、ドイツ軍の方へ行くのか、と疑問に思っていた。この場には春樹はいない。彼はすでにエルネスティーネについていき、ドイツ軍基地に出向いているからだ。
「そういえば、春樹は?」
 一夏は試しにそう尋ねた。千冬がどう答えるのか、それに期待して。
「春樹はやるべき事ができた。だからお前と一緒には帰れない」
「そうか……わかった」
「よし、ならすぐに帰って休め」
「お、おう……」
 一夏は後ろを向いてそこから立ち去る。一応、ドイツ軍の護衛をつけて。そして千冬は一夏の背中を見守る。もう、何も無いように、一夏が平和に過ごせるように。そう願っていた。
 千冬はドイツ軍からの連絡を待つ。
 これから自分は人にものを教えなくてはいけない。今までそんな経験が無かった彼女は内心不安だった。もし、上手くできなかったらどしよう。そんな感情があったが、これでも自分は第一回IS世界大会の優勝者、ヴァルキリーと呼ばれた『ブリュンヒルデ』なのだから、それに期待する軍人は沢山いるだろう。ここで下手な事をすれば、日本のイメージはガタ落ち。日本を背負っている自分はそのような失敗は許されない。だから、頑張る事にした千冬。

 そして、千冬は問題児に出くわす事になる。
 千冬はその子と深く関わり、そして……その軍一番のIS操縦者にまで成長させる。やはり、千冬の力はとてつもないものであった。



[28590] 第二章『IS部隊 -Army-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:48
  1

 春樹はエルネスティーネと共に、彼女の隊である『シュヴァルツェア・ハーゼ』の練習訓練場に向かっていた。
「春樹君、少し緊張しているのかな?」
「はい、ただ初めてなものですから……。早くこの環境に慣れたいものです」
「そうかい、さあ、そろそろ私たちの練習場だ」
 目の前に広がったのは黒いISが宙を舞っていたり、砲撃したり、ナイフで格闘戦の訓練をしているところだった。
 春樹はただ、この光景にすごいと思った。いままで千冬を操っているISを時々見ていたが、こんなにも近くで見るのは初めてだったから。
 そこは流石ISの部隊ということもあってか周りは女性だらけだった。男性はISの整備兵ぐらいで、こことは違う場所でISを整備してくれているらしい。
 そこにいた隊員たちはエルネスティーネの号令により集められる。一斉に、尚且つ迅速にしかも、しっかりとした隊列になっている。流石は軍人、教育させられているだけはあった。
「貴様らに一つ報告だ。今回、かの織斑千冬に教官をしていただく事になった。織斑千冬明日こちらに出向き、教導してくださる。そして、その織斑千冬の弟である葵春樹には、この半年、この隊と共に基礎訓練を行う事になる。仲良くしてやってくれ」
「「「は!!」」」
 その場にいた隊員たちが一斉に敬礼で返事をした。それは一寸狂わず同時に発せられている。
「では春樹、自己紹介を頼むぞ」
「はい。わかりました」
 春樹は一歩前に出て、
「葵春樹です。心身ともに鍛える為、皆さんと共に訓練をしたいと思っています。ちなみに自分の姓が織斑ではないのは、正確には千冬姉ちゃんの弟ではないからです。自分は織斑の家に引き取られたようなものですから、そこのところを理解したうえ、接してくれればと思います。では改めてよろしくお願いします」
 春樹は礼をし、今度は一歩後ろに下がった。そして、エルネスティーネは命令を下す。
「では各自、自分の仕事に戻れ。そして、ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は。なんでしょう、エルネスティーネ大佐」
 駆け寄ってきたその少女は銀髪で、そして右目に眼帯をしていた。それに少々身体は小柄で春樹はちょっと可愛いな。という印象を持った。
「ラウラ、基地の案内をコイツにしてやれ。ちなみにお前と同い年だからな」
「は。了解しました」
 ラウラは淡々とそう言って敬礼をした。エルネスティーネはその場から立ち去る。
 そして春樹は目の前のラウラという少女は同い年という事を知って驚いた。自分と同い年で感情を排除したようなその感じ。小柄で可愛いと思ったとしても、自分よりは年上だと、そう思っていたからだ。
「えっと、ラウラ……だっけ?」
「そうだが、なんだ?」
「そっか、ラウラ。これからよろしく頼むよ」
 と言って春樹は握手をしようと右手を差し出す。しかしラウラは行動を起こしてくれない。
「握手だよ、握手」
 春樹はそう言うが……やはり無視。春樹は少し怒って無理やり手を握った。
「ほら、握手。よし、これで俺たちは仲間だな」
「え……あ、ああ……」
 ラウラは少し驚いてしまった。男性が自分の手を握ってきたのだ。そういう経験は今まで無かったせいか、とてつもなく驚いてしまう。そして焦ってしまう。
 それを見ていた他の隊員たちは……。
 やるね、彼。
 あのドイツの冷氷をいとも簡単にあんな表情にさせるとは……。
 これはこれは、なにか大きな進展があるかもね~。
 おおー!!
 といった感じに盛り上がっていた。
「では、基地を案内するぞ」
「わかった」
 そして春樹とラウラは基地内を歩き出す。

  2

食堂やISの格納庫及び整備場であるハンガー。そして、このIS隊員が寝る場所である部屋。それは一つの大部屋であり、そこで『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊員たちは寄り添って寝るのだという。
 春樹はさっきの整備班の男もこの部屋で寝泊りしているのかと聞くと、ラウラはそれを肯定。整備員の少ない男とも一緒にそこの部屋で寝るし、着替えも誰がいようが構わずやると聞いた春樹は驚いた。だが、ラウラから戦争の前線に出たらお風呂でさえ男女ともに入るから、これくらいの羞恥心はどうってことはないと補足をされた春樹は、言われてみれば仕方の無い事だな。と納得した。
 そして、一通り基地内の案内を終えた春樹。
「まあ、こんな感じだな。質問は?」
「ないぞ、ありがとうラウラ」
「だから気安く名前で呼ぶなと言ってるだろう」
「でも、これから基礎訓練だけだけど一緒に訓練するんだ、仲間という意識を持たないと駄目だろ、違うか?」
 ラウラは少し春樹の目を見てから、
「ふん、わかった。私のことはラウラと呼んで構わない。だから、お前の事も……名前で呼ばせてもらうぞ」
「ああ、わかった。改めて言う。葵春樹だ」
「あ、ああ……は、春樹」
 ラウラは少し恥かしそうに春樹の名前を呼んだ。少し顔を赤く染めているようにも見えた。春樹はそれを見て男の名前を呼ぶのは慣れていないのかな、と思った。
「そうだ春樹、これからISの訓練が始まる。お前も見に来るか?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
 二人はISの訓練場へと歩き出す。
「なあ、ラウラってISの操縦どうなんだ?」
「私か? そうだな……あまり上手い方じゃない」
「そうか……でも大丈夫だ。明日には千冬姉ちゃんも来るし、たちまちラウラも一流のIS乗りになれるだろうよ」
「そうか? 私も、上手くなれるだろうか?」
「多分な、織斑千冬をなめたらだめだよ。あの人は凄いんだからな」
「そうか、期待しよう」
「ああ」
 そんな会話をしていたらISの訓練場へついた。春樹は遠くから練習の光景を見つめる。
 インフィニット・ストラトス。通称『IS』
 それは女性しか使えないというパワードスーツ。春樹の幼馴染の篠ノ之箒の姉である束が四年前に開発、発表した最強の兵器だ。このISは同じく四年前に起こった「白騎士事件」がきっかけで軍事的にも利用されている。基本は競技として使用されているが、ISを使った凶悪な事件に関しては軍のIS部隊が動き、ISの使用が認められる。ISはISでしか倒せないからだ。もちろん、軍事的にISを使用することは『アラスカ条約』正式名称『IS運用協定』にて禁止されている。
 隊員の皆はISを装備して射撃武器を装備している。標準的な装備としての実弾装備の『ライフル』だ。狙撃訓練だろうか。
 エルネスティーネの合図で目標を撃っていく、的は立体映像で写されたISである。それを的確に撃ち抜いていく隊員たち。特にエルネスティーネは階級が大佐でこの隊の隊長だけあって非常に上手かった。
 そして問題だったのは、ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女だった。
 先ほど春樹に言っていた通り、あまり上手くはなかった。的には中々当たらず、十発撃って二発当たるかどうか、ラウラはISの操縦が非常に下手だった。
 春樹はそれを見て、こう判断した。
(ラウラは……ライフルを撃ったときの反動を吸収しきれていない。だから銃口が安定しないで弾がよくわからないところへ飛んでいくんだ。だから、もっと脇を絞めて重心を低くもたないと。なんで隊のみんなはそこを指摘しない?)
 春樹は苛立っていた。なんで他のみんながそこを指摘しないのか、と。しかし春樹は知らなかったのだ。この事に気がついているのは春樹だけだと。
 要するにエルネスティーネは人を指導する力が皆無なのだ。そして、他のみんなも。
(あとで、ラウラに教えてやるか……)
 そう思った春樹はそのままずっとISの訓練をじっと見つめていた。

  3

 ISの狙撃訓練後は格闘訓練や模擬戦と続けてやっていたが、やはりラウラ・ボーデヴィッヒの成績は著しくなかった。恐らく彼女はIS適正がそこまで高くはないのだろう。
 そして今は夕食時、春樹はラウラと一緒に夕食を取っていた。何故かは知らないが、春樹は周りからの妙な視線が気になっている。なにかと注目されているようだった。 
 何でだろうか、春樹が男だから? そんなわけは無い。整備班の人だって男だ。じゃあ何で? 春樹は色々と気になっていたが……今はラウラに訓練の事を教えるのが先決だ。
「なあラウラ」
「なんだ? 春樹」
「さっきの訓練の事なんだが……」
 すると、ラウラは少し怒ったような顔をして、
「なんだ? がっかりしたのか? それとも笑おうとでも言うのか?」
「いや、そんなことじゃない。お前にアドバイスをしようと思ってな」
「アドバイスだと? ISも操縦したことも無いお前が?」
「まぁ、聞くだけ聞いてみろよ。まずは狙撃訓練からだ。お前は撃ったときの反動の吸収ができていないんだ。だから銃口が安定しなくて弾が変な方向に飛んでいく。だからもっと重心を低くもって、そして脇を絞めて撃ってみな? いくらかマトモになると思うぞ?」
 それは周りの隊員から聞いても的確な答えだった。言われてみれば確かにラウラはそこをうまく出来ていなかった。いままで何で気付いてやれなかったんだろうかと思うほどだ。
 そしてエルネスティーネも食事を取っていたところに春樹のその発言だ。注目しないわけにはいかない。流石は織斑千冬の弟、姉のISの操縦を見てきたからこその判断なのだろう、自分もまだまだだな、とエルネスティーネは思っていた。
「……そうなのか? わかった、明日から試してみる……」
「ああ、試してみな。それからな――」
 春樹は近距離戦闘のアドバイスも始めた。これは春樹が幼少期から剣道をしてきたその知識と経験を活かしてのアドバイスだった。だから、より深いところまで掘って近距離戦闘について話してやった。ラウラはそのことを真剣に聞いている。
 このときラウラには何かが芽生えた。それは何なのか、ラウラにはわからなかった。

  4

 夕食後、皆が寝る大部屋に来ている。ここでは春樹もここに入り寝ることになる。明日から本格的に基礎訓練を始める。覚悟を決めて寝ようとすると隊員のとある女性が話しかけてきた。
「ねえねえ春樹君」
「なんでしょうか?」
「ラウラちゃんに何したの?」
「は?」
「だから、ラウラちゃんに何したの? あの子が他人に心開くなんて……あんな表情するなんて……あなた何したの?」
 気がづけば沢山の人が春樹の周りに集まってきた。春樹はその質問の意味がよくわからなかったので聞き返した。
「えっと……心開くって……どういうことですか?」
 その女性隊員はラウラ・ボーデヴィッヒの事を話した。全ては話せなくとも、なんとなくわかるようには話してくれた。
 ラウラ・ボーデヴィッヒは生まれ方が特殊であり、そのせいでISの適合値が低くなってしまったらしい。そして、彼女は軍人となるべくして育ってきた、だからこそ冷酷に、『軍人』として生きている。だから冷静かつ冷徹な性格の持ち主で、表情の変化に乏しい。他者を寄せ付けない威圧感を放ち、その人間性は部隊内で「ドイツの冷氷」と呼ばれるほどに凄まじかったという。
 そのことを聞いた春樹は驚いた。確かに、初めて話したときはそんな印象を持ったが、握手をした後は別にそんな事を感じることは無かった。むしろ話しやすい子だという印象が大きかった。そのことを話すと……。
「う~ん、これは……」
 そう言って隊員の女性達は目を合わせて一斉に頷いた。すると彼女達の目の色は変わっていた。そこにタイミングよくラウラが部屋に入ってきた。
「ん? どうしたんだ、春樹の周りに集まって」
 その時だった。隊員の女性達はラウラに向かって……。
「ラウラちゃん頑張りなさい、私応援しているから」
「え?」
「寝るときは春樹君の隣を確保しなさい。私が協力してあげる」
「は?」
「ラウラ、おじさん達一同応援しているぞ」
 整備班のおっちゃんたちまでラウラに向かってそんな事を言い出した。
 春樹はどうしてこうなった。と思っていた。
 そろそろ就寝時間。寝る準備を始める一同。しかも皆同時に洗面所に向かい外へと出て行く。なんというチームワークだろうか。
 そして気がつけばラウラと二人きりになってしまった春樹。
「いったいなんだというんだみんな揃って……」
「えっと、ラウラ……」
「なんだ春樹?」
 と、ここでようやく現状に気がついたラウラ。男女が同じ部屋で二人きり、このシュチュレーションといえば……。と思うが、ラウラと春樹は会ってまだ一日しか経っていない。そんな関係になる事は決してない。何を期待しているのだろうか、あの隊員達は……、と思う春樹だった。
 そして皆が帰ってきた。なんだか「はぁ……」というため息が何回も聞こえてきたが、春樹は気にしない事にした。皆が寝始める中、自分も練ることにした春樹。明日からは皆と同じ訓練をするのだ。寝不足なんてことになったら洒落にならない。
 開いているベッドに入って寝ることにした春樹。すると誰かの声が聞こえた。「ありがとう」と。その声は聞いたことがある。恐らくラウラの声である。春樹が声のした方向を見るが、そこには誰もいなかった。 

  5

 春樹がドイツ軍を訪れて二日目、今日は織斑千冬がこっちに出向く。なぜかというとIS部隊の教官をするためだ。
 一夏が誘拐された際に独自の情報網で一夏の位置データを割り出してくれたドイツ軍への礼として彼女はやって来た。
 IS配備特殊部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長、エルネスティーネ・アルノルトが織斑千冬を出向く。
「この度は私の部隊の教官を請け負ってくれてありがとうございます、チフユ・オリムラ。春樹君は今、基礎訓練中ですよ、覗いてみますか?」
「ああ、そうだな。見てみよう」
 千冬とエルネスティーネは訓練場まで歩き出した。
 エルネスティーネは横にいる元『ブリュンヒルデ』、とはいってもドイツが千冬と戦いもしないで手に入れた称号など実質意味がない。「元」というのは間違っている。多くの人間が今でも織斑千冬が『ブリュンヒルデ』だと言うだろう。
 エルネスティーネはそのブリュンヒルデを見ると、やはりオーラというのだろうか、もう雰囲気から軍人顔負けのしっかりとした感じがする気がした。落ち着きがあり、どんな条件下でも戸惑う事がない。そんな人なのだろう、と。
 しかし、千冬は正直なところこれからの教導は不安な事でいっぱいだった。なにせ人にものを教える事など初めてなのだ。人間誰だって初めてやる事は不安だろう。それは千冬も例外ではなかった。
 そうこうしてるうちに訓練場のグラウンドまで来たが、そこには春樹が独壇場で走っている光景があり、それに千冬は驚かされた。彼はいままで訓練を続けてきた隊員たちをランニングで抜いているんだから。
「すみません、あれは春樹が周回遅れってことではないですよね?」
「……はい。あれは周回遅れなんかじゃなく、本当にトップに立っているんです。彼の身体能力には驚かされました。これまでに何か運動でも?」
「いえ、やっていた事と言えば……剣道ぐらいですよ」
「剣道ですか、じゃああれは……春樹君の実力なんでしょうかね?」
「わかりません、でも春樹は何か強い意志と覚悟がありました。それが彼をあそこまで動かしているのかと」
「精神論ですか、でも……あながち間違いではないかもですね」
 するとエルネスティーネは隊員たちに千冬が来た事を教える為に声をかけた。
「ハーゼ部隊集合!」
 エルネスティーネのこの号令で一斉に彼女の前に並んでいく、もちろん春樹もそこに混ざっている。
「こちらの方が今日から半年の間、ISの教官をしてくださる織斑千冬臨時軍曹だ」
 織斑千冬は臨時ではあるが、ドイツ軍に配属する。と言う事になるので階級が与えられる。その階級は『軍曹』一応エルネスティーネは大佐なので彼女の方が階級は高いのだが、まるで自分が下の階級のように接していた。やはり、かの『ブリュンヒルデ』ということで恐れ多いのだろうか?
「私が今回貴様達を教える事になる織斑千冬臨時軍曹だ。貴様達を使えるようにするのが私の仕事。だから、厳しい訓練になるが覚悟しておけよ?」
「「「「は!」」」
 隊員の全ての人が織斑千冬に対して敬礼をする。そして千冬も慣れない敬礼をして返したが、何故か千冬はその敬礼が非常に決まっていた。
 春樹はついに来た千冬に胸を躍らせていた。この人が来たのならば、ISの訓練が非常に面白くなりそうだし、皆がISの操縦が上手くなるだろうし。彼はなにかとISの訓練を見てるのが好きになっていた。自分は男だから操縦できないが、見てるだけでもなんか楽しかった。
 春樹は体力だけは自身があった。先ほどのランニングだけは自分の目標があることもあり、何があっても負けたくなかった。結果は見事トップを死守し、ランニングを終えた。
 しかしこの後は近接戦闘の訓練である。春樹は流石に経験がないので不安要素が沢山ある。精々春樹が今までやって来た剣道の動きを応用してやるしかない。そう思った春樹はラウラを相手にする。友達というか同い年という事もあって何かとやりやすい相手だからだ。
「じゃあ、お相手よろしくなラウラ」
「ああ、いくぞ春樹」
 二人はゴム製の模擬ナイフを片手に刺しあいを始めた。
 間合いを読み、一突き。そしてもう一突き、と春樹はリズム良く攻撃をするがラウラは軽々避ける。流石に素人の攻撃に対して涼しい顔をするラウラ。それに屈することなく攻撃を続ける春樹。
 すると、遊びが終わったかのようにラウラの鋭い攻撃が飛んでくる。春樹は間一髪でその攻撃を避けるが更に次の攻撃が飛んでくる。相手の攻撃を許さないラウラの攻撃。攻撃は最大の防御と言うがこの事だろう。
 春樹は剣道で鍛えた動体視力を生かして避けるだけで反撃の糸口が見えない。
「どうした? こんなものなのか、春樹」
 ラウラが立ち止まってそう言うと……。
 春樹は落ち着くことにした。春樹は目を瞑る。
 心眼。
 春樹はこのスキルをもっていた。心の目で相手の動きを悟り、そして攻撃をする。これは感覚のみに頼った現実的ではない戦法。しかし春樹は剣道においてこの『心眼』の能力をもっていた。これには千冬と春樹、そして箒も驚いていた。なにかの悟りを得た、そういうことらしい。ちなみに一夏にはもっと凄いスキルをもっていた。彼は時折動いているものがスローに見えるらしい。いつもではなく、そういうことになるときはなにか頭の中がクリアらしいが……。
 ラウラは春樹がいきなり目を閉じたので驚いていた。なにか気持ち悪いほど落ち着いた感じ。でも決して諦めた様子がない。何がなんだか分からないラウラはとりあえず模擬ナイフで突くが、春樹が目を瞑ったままその攻撃を避けた。そしてそのままラウラにむかって鋭い一撃を入れたが、ラウラはそれを避けて春樹にタックルする。
 春樹はその一撃に賭けていた。しかし避けられた。これにより大きく隙ができてしまった春樹はラウラのタックルを諸(もろ)に受けてしまう。
「ぐはっ!」
 腹に入ったのか、春樹はみっともない声をあげてしまう。そのまま豪快にぶっ飛んでしまう。
「なんなんだ、それは!」
 ラウラは今でも驚いていた。目を瞑っていた春樹がそのまま自分の攻撃を避けたあとそのまま的確な鋭い攻撃をしてきたのだ。あれは正直危なかった、と思うラウラ。
 そんなことよりも春樹が目を瞑ったままあれだけの芸当をしだしたのが問題である。
「春樹、今のはなんだ!」
 ラウラは腹に手を当てて痛みが和らぐのを待っていた春樹を揺さぶる。しかしそんなラウラなどお構いなしに黙って腹の痛みが引くのを待っていた。
 数十秒後、春樹は二人の間のシーンとした空気を打ち破るべく、むくっっと立ち上がり、さっきの心眼の説明を始めた。
「今のは心眼って言って、心の目で相手の動きを見るといったものだな」
「なんだと? そんなことが可能なのか?」
 ラウラは激しく春樹の身体を揺さぶる。
「まあ、落ち着けよ! 一部のそういった能力をもってる人なら可能みたいだな」
「うむ……で、心の目。とはなんだ?」
「あれ、わかってなかったのか。えっと……なんて言うかな……要するに感覚だよ。相手の殺気を感じ取り、その感覚で相手の攻撃を避けたり、攻撃したりするんだ」
「うーむ、よくわからん」
「まぁ、結構オカルトなところがあるから深く考えないほうがいいぞ?」
「……あまり納得できないが、わかった。と言っておこう」
 すると、千冬が大きな声で部隊全員に命令を出す。
「よし、格闘訓練はここで終了だ。十分間の休憩の後ISの訓練に移る。それまでに訓練場に集合せよ!」
 部隊の皆は「了解」というと、さっさとそこからいなくなる。各々は水分補給をしたり、汗を拭ったりとして、ISの訓練場へと向かっていった。

  6

 ISの訓練に移る。ここからはようやく織斑千冬の出番だ。
 春樹は傍らで練習の風景を見ている。
 そしてラウラが昨日の春樹のアドバイスを活かすときが来たのだ。狙撃、格闘、この二つのアドバイスを受けた彼女は昨日までの落ちこぼれではない。少しでも成長してればいいのだが……。
 織斑千冬が隊員の前に立つ。なんだか妙に決まっていた。隊員の皆も千冬のオーラには何かを感じるようである。
「では、いつも通りにやってみろ。そこから私は教導を入れる。ではエルネスティーネ大佐、お願いいたします」
「了解しました、織斑教官。では狙撃訓練から始める。各自『ライフル』を装備し、狙撃訓練を始めろ」
「「「は!」」」
 隊員たちは次々と『ライフル』を装備してIS用射撃訓練場まで移動する。
 そして準備を終わらせたものから撃っていく。そこから織斑千冬が問題点を挙げて指導する。という流れだ。
 他の隊員たちは千冬の指導により、確実によくなっている。千冬の装備は『零落白夜』を使った剣術しかないが、流石は『ブリュンヒルデ』、射撃のこともちゃんと指導している。織斑千冬をなめてはいけなかった。
 そしてラウラの番が周ってきた。ラウラは『ライフル』を構えて昨日の春樹のアドバイスを思い出す。
 ライフルを持つとき脇を絞めて、重心を低くもつ。たったこれだけである。これだけでどれだけ違うのか、ラウラはドキドキしていた。そして、目標を目掛けて撃つ。しかし外れる。そしてもう一発。今度は当たった。
 ラウラは嬉しかった。初めてこんなにもすぐに当てることができたのだ。 
 そして続けてもう一発撃つ。
 そして十発撃ち終わった。結果は十発中六発命中、昨日より三倍以上、命中率は50%を超えたのだ。ラウラは嬉しかった、自分がこんなにも当てる事ができるなど、考えもしなかった。しかし現実に起こったのだ。たかが六発、されど六発。他の隊員の平均が十発中八発ヒットの中、ラウラは遅れを取っているが、すばらしい成長であることは変わりなかった。
 ラウラは近くで見ているだろう春樹を探した。春樹は遠くの方で見守ってくれていた。ラウラは慣れない笑顔を春樹に見せた。
 他の隊員は驚いていた。ラウラがいきなり六発も的に当てた事、そしてラウラが笑顔を見せた事だ。いままでこのようなことはなかったのだ。『ドイツの冷氷』と言われたラウラがこんなにもやわらかくなって笑顔を見せている。
 だが、それはとてもいいことである。他の隊員がラウラがこんな風になってくれて嬉しかった。
 そして織斑千冬も驚いていた。聞いた話によるとラウラ・ボーデヴィッヒという人物はIS適合が低く、ISの成績はあんまり芳しくなかった、という話であったが、この狙撃訓練では聞いていた話とは違う成果が挙がっていた。
「すみません、エルネスティーネ大佐」
「なんでしょう? 織斑教官」
「ラウラ・ボーデヴィッヒの事なのですが……」
「ああ、実はですね、昨日――」
 エルネスティーネは昨日の夕食時にあった事を話した。
 葵春樹がラウラ・ボーデヴィッヒの問題点を挙げ、さらにアドバイスまでした。そして先ほどの訓練がその成果であることを。
「春樹が……」
 千冬は更に驚いていた。春樹がそんなことをしたのかと、確かに剣道では心眼を使いはじめるわ、それでもってちゃんと使いこなすわで色々と凄かったが、まさかISの事まで口出しをして、さらに問題点を直すとなると、流石に驚くしかなかった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「はい、教官」
「お前ももうちょっと落ち着いて撃ってみろ、ISの自動照準ロックシステムがあるんだから、的一つ一つを的確に狙う。そのためには標準を的にあわせたときにワンテンポ遅らせて撃て。別に早撃ちではないのだから、的確に的を狙うんだ」
「了解しました。ありがとうございます、教官」
 ラウラは敬礼して訓練に戻った。
 そして千冬は春樹の方を見た。ぼけーと訓練の光景を見ている彼がラウラを成長させたという事実に自分の立場が危ういような気がした千冬であったが、そんなものは気のせいだ、幻想だと思って彼女は訓練の指導に戻っていった。



[28590] 第三章『崩れていく日常 -Unknown-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:49
  1

 ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』に体験入隊して数週間、春樹は時折足を引っ張ってしまい、連帯責任として隊のみんなに迷惑をかけたこともあったが、春樹はそんな自分を許せず、人一倍頑張っていた。とりあえず持ち前の体力を駆使して隊のみんなに追いつくのが目標である。
 ランニング、近接格闘訓練、射撃訓練、等々様々な訓練を続けていた中、意外と春樹が最も得意だったのは以外にも射撃であった。
 春樹はハンドガンを扱うのが非常に上手かった。最初こそ慣れてなくて全然的に当たってくれなかったが、何発か撃っていくうちに段々と正確に且つスピーディーに射撃をすることができるようになっていた。
 ラウラもこのことには驚きを隠せなかった。聞けば春樹は剣道をやっていたと言っていたのに得意なのは射撃。
 人間は時折意外なものが得意だったりする。春樹の場合それが射撃だったのだ。
 ISの訓練は相変わらず千冬による鬼教導が続けられていた。元々高い能力をもっていたハーゼ部隊であったが、千冬のその教導によって更にレベルアップしていた。
 ラウラはなんと部隊でベスト5に入るんじゃないか、と思うほどの実力の持ち主にたった数週間で成長していた。春樹もこれには驚いた。最初は直視できないほどの下手なISの操縦だったが、あのときの春樹のアドバイスとこの数週間に渡って行ってきた千冬の教導の成果は多大なるものだった。
 ラウラは最近本当に嬉しそうな表情をする。春樹と会ったばっかりの頃は表情があんまりなく、『ドイツの冷氷』と言われるほどの冷たい感情をあらわにするその性格。だが、春樹と会ってから、千冬の教導を受けてから彼女は非常に楽しそうにしていた。
 部隊の人間もこのラウラの変化にはとても嬉しく感じている。葵春樹という人物には本当に感謝したいぐらいであった。ラウラの『友達』になってくれた事に。
 千冬もラウラのその表情には微笑ましいものを感じていた。春樹が彼女と友達になり、それからISの操縦も上達が早かった。ラウラのこの状態の支えとなっているのが葵春樹その人である。

 そう、ラウラは春樹と接しているときが一番幸せそうなのである。

 そしてこの今の状況は崩されてしまう事を、彼女はまだ知らなかった。

  2

 現在、春樹はISの訓練場で千冬の教導によって扱(しご)かれているハーゼ部隊を見ていた。この時間帯はこうしているのが習慣である。
 ハーゼ部隊のISを自由自在に操っているところを見て春樹を時々思うのだ、自分もISで空を飛んで、自由自在に操ってみたい、と。
 しかしそれは願わない夢、理由はわからないがISは女性にしか使うことができない。何故か男性はISが使えないのだ。
 ISの開発者である篠ノ之束は実は知っているのかもしれない。ISが女性にしか使えない原因を。
 しかし彼女は行方不明。そしてたとえ見つけてもそのことを教えてくれるのかさえ怪しい。篠ノ之束は結構投げやりにすることが多い。少なくとも自分の興味のないものはそんな風に扱うのだ。それがモノであってもヒトであっても。
 ラウラは順調に成績を上げていた、どんどん成長しているのが分かる。
 そして……
 一番油断し易いのも、この時期なのである。
 今はISによる模擬戦が行われている。一対一のタイマンで行われている。実力が近いもの同士で行われるこの模擬戦は自分が今どの段階にいるのか、目に見えるように示してくれるのだ。だからラウラは次々と対戦相手が変わっていく。段々強い乗り手と戦う事になるのだ。
 ラウラはそれなりの実力者との模擬戦を行っている。今までに受けた指導を思い出し、そしてそれを駆使して戦う。
 ラウラはハーゼ部隊に配給されている量産型IS『シュヴァルツェア・ゲーベル(黒い銃)』を駆っている。そのISは両肩部に『キャノン砲』を装備、そこから発射されるエネルギー弾は威力が強い。そして『ナイフ』が近距離用武装として用意されている。
 ラウラともう一人の隊員は『キャノン砲』を使い射撃を入れながらも隙を見つけては『ナイフ』で近距離戦を挑む。シンプル且つ実戦的な戦術である。
 このときラウラは成長してきた自分を過大評価しすぎていた。
 そしてそれを感じ取っていた春樹。ラウラは非常に危なっかしかった。今にでもミスをして相手にやられそうな感じがしていた。
 ラウラは『キャノン砲』を撃ちながら距離を詰めるが攻撃が当たらない。しかもその後の追撃である『ナイフ』の攻撃すら当たらない。流石にここまできたならば相手も非常に強くなってきている。簡単には勝たせてもらえないだろう。
 そしてついにそのときが来た。戦闘場所は遥か上空、そこで戦闘が行われていたがラウラがミスをしたのだ。相手の攻撃を避ける為に機体を無理な方向へ傾けてしまった。それによりバランスを崩してしまう。さらにそこに相手の『キャノン砲』の攻撃が飛んでくる。それをもろに喰らったラウラのシールドエネルギーは0になり、なんと、上空から一直線に落ちてくる。なにが起こったのか分からないラウラの対戦相手。 このときラウラはあまりの衝撃に気を失ってしまったのだ。ISの制御ができない中、機体は一直線に地面へ向けて真っ逆さま。しかもシールドエネルギーはもうない。もしこのまま落下したら……。
 そう考えた春樹はその先のことも考える暇もなく身体を自然と動かした。本当に何も考えずに……。
 ラウラの方へ走る春樹。
 そして――春樹はあるものに手を伸ばした。

  3

 ラウラは目を覚ました。そこには軍の医務室の天井が見える。ラウラはあのときの事を思い出していた。
 自分はあの時、自分の油断からできた隙を突かれて『キャノン砲』の攻撃を受けた……が……その先のことは覚えていない。一体何があったのか、気になるラウラは周りを見渡した。しかしそこには誰もいなかった。
 なぜ自分が一人なのか、医務室の人が一人二人いてもおかしくないのに何故……?
 すると医務室のドアが開く。
 そこには織斑千冬が立っていた。
「教官!」
「目が覚めたのか、ラウラ」
「教官、一体何があったのですか? 私はあの時気を失って……あの後どうなったのですか? 誰が助けてくれたのですか?」
 しかし千冬から発せられた人物はラウラの予想を大きく斜め上に裏切る人物だった。

「あいつだ……春樹だよ」

 ラウラは驚いた。だってラウラはあの時ISを装備していたし、結構な高さから真っ逆さまに落ちていたはずである。
 そんなものを素手では流石に受けることはできない。ではどうやって?
「教官、でも私はあのときISを装備していました、一体どうやって私を助けたんです?」
「……春樹がISを動かした」
 今、千冬から信じられない言葉を聴いた。「春樹がISを動かした」なんてはずはない。ISは女性しか反応しない。起動することができないのだから。
「きょ、教官……今なんと?」
「だから、春樹がISを動かしたと言ってるだろう!」
 千冬の大声にラウラはすこし驚いた。
 確かにいま織斑千冬は「春樹がISを動かした」と言った。どう聞いても間違いない、聞き間違いはなかった。
「どういうことか……聞かせてもらえますか?」
「あいつは――」
 千冬は説明した、あのとき何があったのかを。
 ラウラが落下しているときに、助けに行こうとした千冬の横を春樹が抜き去る。勝手にISの訓練場に入ってきて、さらに近くにあった空いている予備のISに勝手にさわり、そして起動させた。その時千冬は驚きを隠せなかった。いや、そこにいた隊員全員が驚いていた。
 そしてそのままラウラの方へ飛んで行き、ラウラを受け止めたらしい。
「そんな馬鹿な! たとえ動かせたとしても、春樹はISについて右も左も分からないはず。そんな芸当ができるはずは……」
「だが事実だ。今、春樹が尋問を受けている。嘘発見器も持ち合わせて話を聞いているところだ」
 千冬はラウラの話を遮り、現状を説明した。
 今、春樹は何故ISを動かせたのか、ということ。
 目的は何なのか、ということ。
 本当は自分がISを動かせる事を知っていたのではないか、ということなど質問をしていたが、春樹は全て「分からない」と答えていた。自分は何も知らない。気付いたら体が勝手に動いていて、ISを動かしていたらしいのだ。しかもこの答えに嘘発見器はなんの反応もない。嘘は……ついていないことになるが……。
「織斑教官」
 するとエルネスティーネ大佐が医務室に入ってきた。
「なんです、エルネスティーネ大佐」
「報告です、只今葵春樹の尋問が終わりました。嘘はついていないようですが、念のため営倉に入れることになりました」
「了解だ。で、その期間は?」
「一ヶ月間です」
「わかりました。私もそちらの方へ向かいます」
「わかりました、では……」
 千冬はエルネスティーネと共に医務室を出て行った、そしてラウラは……絶望の表情をしていた。そして何も考える事さえできなくなっていた。
 ベットのシーツを握り締め、そして、彼女の顔には涙があった。

  4

 葵春樹は営倉にいた。何故自分がこんな所にいるのか気持ちの整理がついていなかった。
 あの時自分はラウラを助けるのに必死だった。気がつけば自分がISに乗っていた。何故かは知らないけど、無意識の中で乗り、そして飛んだんだ。ラウラを受け止めて我に返ったときにはもう遅かった。
 ラウラを助ける事はできたのに、降りてくれば自分は軍の上層部の人たちに囲まれて、そして尋問室に強制連行された。よくわからない装置を頭につけられるし、何がどうなっているのか、全く分からなかった。
 無駄な抵抗はしないほうがいいと思ったから、とりあえず質問には正直に答えていった。そこには織斑千冬もいた。途中でいなくなったが、何処に行ったのだろう。
 嘘はついていないことは分かってもらえたのだけれど、何故か自分は今営倉にいる。
 恐らく警戒を続ける、と言う事だろう。
 だけど春樹には何の裏もない。自分でISを動かせた理由も分からないし、動かしたからと言って特に何をするってわけでもなかった。だが、営倉に入れられてしまう。確か、期間は一ヶ月だったはずだ。ラウラはその間、どうなるんだろうか、と春樹は心配だった。
 するとそこへ、二人の女性が現れた。
「春樹、すまないな」
 織斑千冬だった、そしてその隣にはエルネスティーネ・アルノルトがいた。
「春樹君、君が嘘をついていない、というのは分かるのだけれど、上の決定だからね、どうしようもなかったんだよ」
 座っていた春樹はゆっくりと立ち上がり、
「いえ、大丈夫です。ああなっちゃったら警戒しない方がおかしいだろうし……」
「ああ、そうだ春樹君」
 とエルネスティーネは笑顔で、
「君がISを動かした事は世界には公表する事はないから」
「え?」
 春樹は驚いた。何故なら男がISを動かした。という事実がどれだけのニュースになるのか計り知れない。世界の常識を翻した人物がここにいるのに何故?
「考えてみろ春樹、ここはドイツ軍だ。この特殊ケース、未知の存在をまずは自分達のために研究したいだろ?」
 この話を聴いた瞬間、春樹は青ざめた。自分が研究材料になる。そのことを考えただけでも不安だった。
「そう心配な顔をしないで、春樹君。私達が何とかするから、ね?」
 エルネスティーネは笑顔でそう言ってくれた。それがなにより春樹の心を安心させてくれた。
「そのための一ヶ月間だ。春樹」
 千冬はそう言って、後ろを向いた。
「だから、お前は安心していろ。お前は私が守る」
 そう言って千冬は立ち去った。そしてエルネスティーネもこっちに微笑みかけ、それから後ろを向いて営倉から出て行った。
 そして春樹は後悔したのだ。今、ラウラの事を聞けばよかった、と。
 春樹は営倉に設置されている固いベッドに腰をかける。
(千冬姉ちゃんとエルネスティーネ隊長がなんとかしてくれる……か……。さて、ラウラの事聞きそびれちゃったけど……大丈夫かなって過保護すぎかな? アイツは一人でもやっていけるはずだよな、前までのラウラとは違うんだし……)
 ラウラは春樹と会うまでは一人ぼっちだったらしく、人を寄せ付けない感じがあった……らしいが、そんなものは春樹という『友達』ができてからはそんな感じは見せなくなっていった。
 今となっては周りの人たちと和解して、皆仲良くやっている。そこからは笑いが絶えなかったし、悔しさだって分かち合った。悲しさだって分かち合った。
 だけど、この一ヶ月間はそれに春樹は参加することが出来ない。
(それは……とても寂しいな……)
 春樹はそれにとてつもない寂しさを感じていた。ラウラが心配だし、それでもって寂しさも感じてしまう。
 春樹は感じた。
 ここで一ヶ月間耐え抜いていけるのか、と。



[28590] 第四章『崩れ去る日常 -Raid-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:50
   1

 葵春樹が営倉に入ってから一ヶ月が経とうとしていた。この一ヶ月間は春樹にとって苦痛しかない毎日であった。得にする事もない。何も起こらない。だから時間が無駄に長く感じてしまう。人間にとって何もない事こそが苦痛である。
 それももうそろそろ終わる。
 春樹は千冬やエルネスティーネが頑張ってくれたのか、特に身の危険を感じる事は起こらなかった。
(ラウラは……元気にしてたかな……?)
 春樹はこのドイツ軍に来てからの初めての友達、同い年の女の子のラウラ・ボーデヴィッヒの心配をずっとしていた。そういうことぐらいしかする事はなかったのだ。
 そしてこの営倉はある程度の立場の人で無いと立ち入ることができない。無論、ラウラは少尉である。つまり簡単に言えば会社の平社員と変わりないのである。
 そんな彼女はこの営倉に入ることができない。
 しかし織斑千冬は違った。一応、春樹の保護者兼教導官である為許されている。
 そして所属している『IS配備特殊部隊シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長エルネスティーネ・アルノルト大佐もこの営倉に立ち入る事が許されていた。
 この三週間、時折その二人が話に来てくれたが、まぁ、そこまで楽しい話題とかはなく、事務連絡がほとんどである。
 そしてこのとき、春樹は思いもよらぬ人物が着てくれることを知らない。

  2

 ドイツ軍基地、その門の目の前にある女性が立っていた。
 その姿は青い個性的なワンピースに、頭にはなにやらウサ耳のような機械的なものをつけている。
 その名を「篠ノ之束」
 かのISの製作者である。彼女の顔を知らないものはいないだろう。全国ネットで顔が晒されているのだから、インターネットでも彼女の名前を検索すればすぐに顔写真が見れるだろう。たしか彼女は今政府によって保護されているはずであるが……何故ここにいるのだろうか。
「はいは~い、こんにちは。篠ノ之束です!」
 そう言って門兵の人に身分証明になるものを見せ付ける。
 門兵は驚いた。かのIS開発者が目の前にいるのだから。
「あ……えっと……何の御用で?」
「ここに織斑千冬がいるはずなんですけど」
「はい、確かに今はISの部隊の方で教官をやっておりますが……」
 門兵という立場だが、世界的にも有名人であるかの『ブリュンヒルデ』である織斑千冬がこの基地で教官をやっているということは、ISに関わっていない人物でも知っている事だ。
「実は、彼女と会うことになっているのですが、連絡を取っていただけますか?」
「はい。しばらくお待ちください」
 そう言って門兵は織斑千冬に連絡を取った。そしてしばらくして……。
「織斑軍曹殿があなたとお話をしたいそうです」
「分かりました~」
 そう言って束は門兵についていき、目の前のモニタに目をやった。そこには千冬が映し出されており、束はなにか懐かしい感じがした。
「やっほ~、久しいね、ちーちゃん!」
『何のようだ、束』
「何の用だって、冷たいね~ちーちゃんは。知ってるんだよ~春樹のこと」
 束のその言葉に千冬は表情をにごらせた。春樹がISを動かした事はこのドイツ軍の人物しか知らない。このことを口外したものは重い処罰をくらう事になっている。一体どうやってその情報を手に入れたのか、不思議でたまらなかった。
「おやおや、何でそのことを知っている? って聞きたそうな顔をしているねぇ~。でも秘密。裏ルートから手に入れた情報だからね」
『なんだ、その裏ルートは? ……まぁいい。で、本当に何の用なんだ?』
「春樹に合わせてくれないかな?」
 千冬はいきなり真面目な口調に引き締まった表情になった彼女に少しびびっていた。 いままでこんな表情を見せるのはほとんどなかった、というか見たことがなかったのである。
『何か知ってるのか?』
「いいや、これから調べるの。天才束さんに任せてもらえれば簡単に分かっちゃうんだから!」
『ふん……待ってろ。そっちに行く』
 通信が切れた。千冬がわざわざこっちに出向いてくれるらしい。
 しばらく経って千冬が束の前に現れた。
「やっほ~、ちーちゃん!」
 と束が叫んで千冬の方へ全力疾走、そして千冬の身体へダイブ!
 しかし、千冬はその束の体をすらりと華麗にスルー。そのまま束は地面に突っ込んでしまう。
 束は地面にぶつけた自分の顎を撫でながら、
「痛~い! 避けるなんてヒドイ!」
「さっきまでの真剣な表情は何処へ行った? はぁ……春樹に会うんだろ?」
「うん、そうだね。早速行こうか」
 と言って千冬についていった。
 しかしそこで待っていたのは厳重な荷物検査と身体検査。軍の基地に入るのだから当たり前だろう。盗聴器や盗撮機など持っていたら、情報漏洩の恐れもあるし、そこのところは厳重に取り調べなければならない。
 持ち物一つ一つ厳重なチェックが行われれる。
 結局このチェックが終わったのは三時間後であった。

  3

 春樹は営倉で暇な時間を過ごしていると、奥の方から足音が聞こえてきた。誰か来る。しかし恐らくは千冬かエルネスティーネだろうと、そう思っていた春樹だったが、その予想は大きく裏切られた。
 なんだかよくわからない人物が自分の目の前まで来たのだ。
「やあやあ、久し振りだねぇ春樹!」
 もしかしたら、と春樹は思った。個性的なワンピースとこの奇妙なウサ耳。そしてこのハイテンションな喋り方。間違いない……。
「えっと……束……さん?」
「正解! みんなのアイドル篠ノ之束だよ!」
 手でピースを作ってそれを目元に持っていくお馴染み(?)のあのポーズを取る束。しかし、誰からの反応が返ってこない束は怒り出した。
「もう! ちょっとくらい反応してくれてもいいんじゃない!? ツッコミぐらい入れてよぉ!」
「えっと……ごめんなさい……」
「まあ、いいや。で、自分がISを使えた理由、わかってる?」
「え、じゃあ束さんは原因を!?」
「いいや、これから調べるんだよ。本当は営倉入りは一ヶ月という期間だったけど、私の力で春樹を解放させたから」
 春樹は今束が言った「私の力」という言葉が気になった。やっぱり、ISの生みの親だからなのだろうか、それとも何か別の要因があるのだろうか? もしくは、金という絶対的な力を使ったのか……まぁ、そういった手段ははっきり言ってどうでもよかった。なによりここから出られたことが一番嬉しかったから。
とある軍人が鍵を持ってきて牢の鍵を開けて、更には春樹の荷物をも返してくれた。
「さて、調べてみようか。春樹がISを使えた原因を!」
 あいかわらずの高いテンションで春樹の手を握り締め、引っ張っていく。
 そのとき春樹は少しドキッと心臓に若干の痛みを感じたが、なんで自分がそうなったのか、はっきりとは分からなかった。もしかして、自分は……そう思いながらもそんなことはない、と自分のよくわからないその気持ちを否定していた。
「で、束さん。一体何処に?」
 その喋り方には少したどたどしさが見られる。
「ん~とね、まあ、ここの実験室を貸してもらってるんだ。そこに行ってみよう!」
「はぁ、分かりました。ところで、俺の体を解剖……なんてことはないですよね?」
「んなことするわけないじゃん。もっとスマートにするのが私のやり方だよ、春樹」
 そして束はさらに歩くスピードを速めて春樹を引っ張っていった。誰もいないことを確認して廊下を突っ切る。まるで誰かに見られたらマズイような感じだったのを春樹は感じた。

  4

 ラウラ・ボーデヴィッヒが廊下を歩いているととある人物が目に入った。それは彼女が待ちに望んだ人物、葵春樹であった。彼はすぐに道を曲がってしまい視界から外れてしまう。
 彼はなにやら女性に手を引かれて何処かに手を引っ張られ、どこかに行こうとしていた。しかもその春樹の手を引っ張っていた女性はこのドイツ軍基地ではあまり見たことがないが、何処かで見たような顔をしていたような気がするが、誰だったか、と考えていた。
 とりあえず追いかけようとして、彼が曲がったところへ走っていくと、そこには……誰もいなかった。一体何処へ行ったのだろうか、ついさっきここを曲がったはずである。しかし目の前には誰もいなかった。
 すると後ろにある女性が立っていた。
「ボーと立って何をしている? ボーデヴィッヒ」
 ラウラが振り返るとそこには織斑千冬が立っていた。
「きょ、教官!」
 慌てて千冬に向かって敬礼をするラウラ。そして千冬も敬礼を返す。
「教官。今、誰かに春樹が引っ張られていくところを見たのですが、何か知っていますか?」
「ん? 春樹だと? 見間違いじゃないのか、春樹はまだ営倉の中だぞ」
「え?」
 ラウラは考えた。今のは何かの見間違いだったのか、しかし、あれは間違いなく春樹の顔であった。そして不思議な格好をした女性と共に移動していたのをはっきりと覚えている。
「春樹は営倉の中だ。わかったか?」
「は、はい……。分かりました……」
 千冬なあまりの鋭い目にラウラは引くしかなかった。
(しかし、あれは間違いなく春樹だった……でも何故このことを隠す? ……何かあるのか?)
「では、教官、私はこれから自主訓練に入りますので」
「そうか、あまり無茶はするなよ」
「了解」
 千冬はそのままそこから立ち去り、そしてラウラは……。
(春樹……)
 春樹の事を想い、探る事を決心する。
 彼女にとって春樹という存在は心の支えなのだ。この約一ヶ月間、寂しい思いをしたが、先ほどようやく彼の顔を見ることが出来た。彼が営倉から出たのだ。それだけでも彼女にとっては希望そのものだった。

  5

 春樹は気がつけばとある研究室にいた。さっきまで廊下を小走りで進んでいたのに、一瞬でこの研究室に立っていた。隠し部屋だろうか? ていうか、何故隠し部屋がこのドイツ軍基地にあるのだろうか? もしかしたら、元々ここでドイツ軍は春樹の研究をするはずだったのかもしれない。
 そしてそこにはド素人の春樹には全く分からないコンピュータが並んでいる。
「はい、じゃあ春樹、そこ座って~」
 束は春樹に近くにある椅子を指差して座るように要求した。
 春樹は「はい」と答え、何をするのか不安になりながらもその椅子に腰掛ける。すると束が春樹の頭の髪の毛一本をつまんで抜いた。
「痛っ!」
 いきなりの事で春樹は驚いた。しかし束は、
「あ~、失敗した~、もう一本抜くよ」
 と言い出した。
 春樹は一体何なんだ、と束に問うと、髪の毛の根毛の根毛鞘からDNAの鑑定をするらしい。何故こんな事をするのかというと。
「ISのコアはね、人間の遺伝子に反応するんだよ――」
 束から語られる事実、インフィニット・ストラトスは人間の遺伝子に反応するが、何故か女性の遺伝子にしか反応しなかった。その為、男には使うことができない。ということらしいが、それでは春樹がISを動かせる証明には全くならない。
 では何が要因なんだろうか、まさか、春樹には女性の遺伝子が混ざってるとでもいうのだろうか?
「まさか、俺には女性の遺伝子が混ざってる……なんて事は?」
「当たらずとも遠からず、ってとこかな。私も春樹の遺伝子を詳しく調べてみないと分からないけど、きっと春樹の遺伝子には特別な何かがあると踏んでいるんだ」
「特別な……何か、ですか?」
「うんそう、特別な何か。今からそれを調べるから、春樹はこの部屋でゆっくりしてていいからね~」
 そう言って束は春樹の髪の毛をもう一本引き抜いた。今度は上手くいったらしく、満足げな顔をしていた。それから小難しい今まで見たこともないような機械をいじりだす束。春樹は正直全く分からないので、ただじっと待っていた。
(そういえば、ラウラはどうしてるんだろう、なんか営倉から出てきたけど……大丈夫なのか、本当に?)
 春樹はそう思って、久し振りの携帯電話をいじる。とりあえずはニュース等で現在の外の情報を手に入れたかった。
 インターネットでニュースの記事を見て周る春樹。そして、ふと彼は「篠ノ之束」というキーワードでインターネット検索をかけた。
 すると、彼女が行方不明という記事があった。この記事が投稿された時刻はつい最近であり、ごく十分前であった。
 彼女は保護施設を抜け出して、そしてそのまま連絡も取れずに行方不明になったらしい。
 春樹はこの記事を見て、目の前の彼女を凝視した。この記事の当の本人がここにいるのだ。もしかして、この俺のことを調べる為だけに、大事になることを覚悟して来たのだろうか? しかしそれならボディーガードみたいな感じのをつけてここまで来ればいいのに、何故一人でこっそり来たのだろうか、という疑問にぶつかってしまう。
 恐らく、人に見られていては駄目なのだろう。極秘に動きたかった、そういうことになる。では、こんなドイツ軍基地の中でこんな事をしていていいのだろうか、と思ったが、もしかしたら、この訪問でさえ非公式なのだろうとそう思った。
(そうだ、一夏にメールでも送るかな)
 そう思ったときだった、束が解析を完了したらしい。仕方が無いので後でメールをすることにした。
「早いですね。流石は天才束」
「やめなされ、照れるじゃないか~」
「そんな事より結果を」
「そうだね、春樹のDNAには――」
 その時だった、ドイツ軍基地が大きく揺れた。しかも縦揺れであったから、立つ事さえ難しかった。案の定、束も春樹も転んでしまう。
 いったいなんなのか、地震なのか、と心配になる春樹。
 しかしさっきの揺れは地震のものではないことを感じていた。
 そして、外が大変な事になっている事も感じていた。

  6

 ラウラ・ボーデヴィッヒはどうしていいか、わからなくなっていた。
 春樹が何処へ行ったのか、いなくなった通路を探していたところにいきなりの爆発音、そして突然の縦揺れ……。
 これは間違いない、敵の襲撃だ。ラウラはそう思った。
(誰だ、ドイツ軍基地をを襲撃する馬鹿は!)
彼女はそう思い、IS配備特殊部隊の下へと駆ける。
『緊急事態発生、何者かがこのドイツ軍基地を襲撃、各自配属された隊へ集合せよ』
 というコールがかかる。
 ラウラは走った。
 様々な人が廊下で交差する。
 男、女、誰もがパニックに陥っていた。軍人たるもの、こんなことでパニックになってどうする、とラウラは思っていた。それはドイツ軍の軍人のほとんどがたるんでいた事を示していた。
(くそっ、なんだこれは。こういった事態を速やかに対処する。それがドイツ軍ではないのか!? こんなとき、春樹ならどうしたのだろうか……)
 ラウラはこんなときでも彼のことを想っていた。
 初めて自分に馴れ馴れしく話しかけてきた奴、でもあいつと居て楽しい。
 友達。
 ラウラは初めての感覚だった。自分にISのアドバイスをしてくれたり、一緒に食事を取ってくれたり、笑い話を聞かせてくれたり。
 そんな彼なら、この事態どうしたのだろうか。ISを動かせるという彼なら……。
 そんな感情がめぐる中、皆が集まることになっているブリーフィングルームに到着し、『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊員と合流した。
「ラウラか、これで全員だな」
 IS配備特殊部隊隊長、エルネスティーネ・アルノルト大佐がそこに居た。そして他の皆もここに居る。
「では、現状を説明する。現在、謎のIS二機がこのドイツ軍基地を襲撃、今もこのドイツ軍基地を徘徊している模様。ただちに我がシュヴァルツェア・ハーゼはISを装備し、その目標を無力化する。質問は?」
 ドイツ軍基地が襲撃された。しかも謎のISに。
 しかもこの基地内を動いていると言う事は大型の質量兵器は使用できない。ならどうするか。ISが配備されているこの部隊だけが頼りということになる。
 小型で機動力と火力を持った目標を無力化する一番効率の良い方法はISを使用する他になかった。
「はい、隊長」
「なんだ、ラウラ」
「その目標のISの武装などは分かっているのですか?」
「残念ながらそれは分からない。なので目標と接触した場合、戦闘を行いながら情報を収集するしかない」
「……了解いたしました」
「他に質問は?」
 他の隊員は黙ったままだ。質問はもう無いのだろう。
「ならば各自ISを装備しろ。最小単位は二機(エレメント)だ。そしてラウラ、貴様は私と組むように」
「隊長とですか?」
「不満か?」
「い、いえ……」
 ラウラは正直驚いていた。自分が隊長と組む事になるとは思いもしなかったが、よくよく考えてみればラウラは一ヶ月前にあのような失態をしてしまったのだ。もし何かがあったときの為にフォローできる人物を配属することにしたようだ。
 本当はラウラと共に行動する人物は葵春樹が一番良いと思っていたエルネスティーネだが、彼は今営倉にいる。だからせめて自分がラウラと組んで春樹を回収しようという魂胆だった。
 隊員たちは次々とブリーフィングルームを出て行き、ISを格納しているハンガーへと走る。
「ラウラ、お前と私はまず春樹を回収するぞ」
「え……あの……そのことなのですが……実はさっき春樹がとある女性に連れて行かれるのを目撃したのです……」
「何?」
 エルネスティーネは春樹が営倉から出たということは聞いていなかった。春樹が営倉から解放されるのは五日後のはずだったが、何故そんなことが起こっているのかわからなかった。そしてその女性とはいったい誰なのだろうか。
「嘘……のはずがないよな。お前は無駄な事はしないし、ここで嘘を言う理由もない」
「……嘘ではありません。あれは間違いなく春樹でした」
「……なら一応営倉の方に行ってみるか。ではラウラ、私達もハンガーへ急ぐぞ」
「了解!」
 ラウラとエルネスティーネはブリーフィングルームを出てハンガーへ向かった。
 彼女らはハンガーへと走る。目標の敵と対峙しないように願いながら、先ほどのブリーフフィングルームから100メートル先のハンガーへと。
 ハンガーからは先に出て行った隊員たちが出て行く。エルネスティーネに挨拶してさらに加速する隊員たち。
「私達も急ぐぞ」
「了解」
 エルネスティーネのその声にラウラは更に走るスピードを上げた。
 ハンガーへとついたラウラとエルネスティーネは整備されている『シュヴァルツェア・ゲーベル』を起動させる。
 無論、これを装備するのはラウラだけであり、エルネスティーネには専用機をがある。
 彼女の専用機の名は『シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)』
 様々な武装を装備した万能機である。
 対ISアーマー用特殊徹甲弾を発射する『大口径レールカノン』をはじめ、相手を攻撃したり拘束したりする事ができる『ワイヤーブレード』に近接戦闘用の『プラズマ手刀』がある。
 ラウラは『シュヴァルツェア・ゲーベル』の最終調整を終え、出撃可能となった。
「よし、準備が出来たようだな。ではまずは営倉の方へ向かう」
「了解!」
 ラウラとエルネスティーネは春樹が居るであろう営倉の方へ向かった。

  7

 襲撃した当人である二人は目標を探す為にドイツ軍基地を探索していた。
 その二人が装着しているISは二つとも黒く、顔まで隠されている。両手には剣が握られており、そこからはビームも発射できるようになっていた。
「おい、アベンジャー1」
「なんだ、アベンジャー2」
アベンジャーと名乗るその二人。恐らくコールサインだろう。
 その二人の声は、変な感じがした。これも恐らく声から人物が特定できないようにする為だろう。 
 誰だか分かってはならない、と言う事は暗部の組織に関係するものであろう。顔や声等々絶対にこういった行動をするときには知られてはいけない。普段の生活に支障が出るからだ。
「本当にここに篠ノ之と例の男が居るのかよ」
 アベンジャー1が問う。そしてそれにアベンジャー2が答えた。
「ああ、間違いないよ。情報収集専門の奴らからの情報だ。篠ノ之束とそのISを動かせる男がそこにいる、とね」
「ふ~ん、じゃあ信じていいんだぁ。篠ノ之束と……織斑一夏がここに居る事」
「信じていいと思うんだけどね、でも織斑一夏が牢にぶち込まれてるっていうから行ってみたけど、もうそこは誰も居なかったしね……情報収集する奴を疑うよ全く」
「でも、もしかして篠ノ之束がそいつを既に牢から連れ出していたとしたら……」
「それなら、見つけ出して二人とも殺すまでだよ」
「そうだよな。アハハハハ!」
 アベンジャー1が高笑いしてISを加速させてドイツ軍基地の廊下を凄いスピードで駆けていく、アベンジャー2もそれに続いて後ろについていった。

  8

 春樹は束と共に隠し部屋の中で身を隠していた。
「束さん、これって……」
「…………」
「束さん?」
 正直束は焦っていた。もしかしたらこれは自分を狙う奴らの襲撃なのかもしれないと。
 やはり何だかんだ言って篠ノ之束はISを開発した歴史に名が残るであろう人物であり、ISのコアの製造方法を知っているのは彼女だけなのである。
 そして、命を狙われる可能性も無きにしも非ずなのである。
「春樹……私の側に……いてくれる?」
「え?」
「お願い……。私の側にいて」
「は、はい……」
 春樹は突然の束の要求に戸惑った。そんな事をわざわざ言わずとも側にいるつもりであったが、本人から直々にそう言われるとなんだか変な気持ちになってしまう。
 しかし、束の顔は不安と恐怖でいっぱいであった。
 このとき、春樹は唯一つ、このときに決めた事があった。
 篠ノ之束を守り通す、何があっても、何が来ようとも、彼女を守る。他の事なんて関係ない。今は束を守ることだけを考えることにした。
 外からは何やらISが飛び交う音がかすかに聞こえてくる。IS部隊が動いたのか、もしくはこのあたりを敵がISに乗って徘徊しているのだろう。
 こうなったならば敵の襲撃があったのは間違いないだろう。束が怯える理由もこれで良く分かった春樹であった。
 しかし、春樹はこれ以上何をすれば良いのかも分からなかった。
 とりあえず束とここに身を隠して、外の騒ぎが収まるのを待つしかないだろうと、そういう判断を下したのだ。
「束さん、安心して。俺がここに居るから」
「うん、ありがとう春樹」
 すると束が春樹に身を寄せてきた。ドキッとする春樹であったが、束の怯えた顔を見るとそんな感情など起きるはずもなかった。
 そんな束を見てつい抱きしめてしまう春樹。
「大丈夫、どんな事が起ころうとも……俺は……」
「春樹……」
 束は春樹の胸に顔をうずくめる。この数ヶ月、軍で鍛え上げられたその胸筋はとても逞しく、そして春樹がとても強く感じられ、束は凄く安心できた。
 しかし、その安心は長く続く事はなかった。
 いきなりの爆音と爆風に身を縮める二人、そして入り口の方には……。
「みぃつけたぁ……!」
 漆黒の鎧に二つの剣、ISを身に着けた人が一人居た。
「こちらアベンジャー1よりアベンジャー2へ、目標の二人を発見、位置を確認次第こっちに向かってくれ」
『アベンジャー2了解』
 そしてそのアベンジャー1と名乗ったその顔まであるISを身につけた人はこちらへISの機械音を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。
「さぁてぇ、お前ら二人とも殺す……あぁん? はぁ? 誰だよコイツ、織斑一夏じゃねぇじゃん」
 篠ノ之束と葵春樹の二人は「織斑一夏」に反応した。彼がこの謎のISを装備した奴らに何か関係があるのだろうか? 何故彼を殺そうとする? と考えたが、目の前のこの状況をどうするかが問題である。
「まぁいいや、そこのお前がなんで篠ノ之束といるか知らないけど、一緒に死んでもらうわぁ、アハハハハ!」
 そう言って黒いISがこっちに突っ込んでくる、もう駄目だ、ここで死ぬ、そう確信した二人だった。
(終わりだな……ごめん、束さん、一夏、千冬姉ちゃん、ラウラ……)
 が、しかし目の前の黒いISは気がつけば横に吹き飛び、目の前には束と春樹の二人が良く知るIS……その名も『暮桜』
 彼女が『雪片』を握って立っていた。
「大丈夫か、束、春樹」
 あまりにも突然な事で言葉を出せない二人、ただ頭を縦に振りその質問を肯定する。
「てめぇ……確か織斑千冬だったな、こうなったら仕方が無い。お前も殺す!」
「ふん、やれるものならやってみろ」
 狭いこの研究室で二つのISが動き出す。
 千冬は素早い踏み込みで相手を切ろうとするが、黒いISは軽々それをかわす。もう一度切り込み、更にもう一回切り込む。
 しかし、相手はこの連続の切り込みをかわし続け、今度はこっちの番だとも言うように二つの剣を降る。
 その剣筋は千冬にも引けを取らないものであった。鋭く、正確な一閃。千冬はその攻撃には防御の姿勢を取って身を守ることしかできなかった。
「どうしたぁ? お前はあのブリュンヒルデだろォ? こんなもんかよ、アハハハハ!」
 黒いISに乗っている奴は余裕な感じを出して喋っている。まるで織斑千冬をからかうかのような動きで攻撃、本気はまだまだ出していないぞ、とも言いたげな感じで斬ってくる。
 相手は顔を隠しているので表情までは千冬にまで伝わらないが、それでも喋り方であきらかに千冬を馬鹿にしていることがわかった。
「くっ……春樹、束、私がコイツの相手をする。お前らは逃げろ」
「でも千冬姉ちゃん――」
「逃げろと言っている! これは命令だ、教官としてのな……」
 春樹はその言葉で立ち上がり、研究室から春樹と束は出ようと出口へ走る。
「お前ェら待ちやがれ!」
 謎の黒いISは逃げる二人に向けて、剣の先についている銃口を向けたが、風を切るような音がしたと思った瞬間、その剣は真っ二つになっていた。
 逃亡を阻止する為の攻撃を防がれた為、春樹と束の二人はここから逃げ出すことに成功した。
「てめェ……」
「ふん……余所見をしている場合か? お前の相手はこの私だ!」
 千冬は『零落白夜』を起動させていた。『雪片』にはエネルギーの刃になっており、そのおかげでその剣の鋭さは何十倍にも増していた。
 しかしこの攻撃には弱点がある。
 この『零落白夜』はISを動かすための稼動エネルギーを使用する。その使用量は十秒で一般的なISの稼動エネルギー量の五分の一を持っていく。
 つまり、ゲームのように必殺技を乱発する事はできないのである。
 千冬は素早く『零落白夜』を解除してここぞというときの為に稼動エネルギーを温存する。
「アハハハハ! やっぱりその『零落白夜』は弱点が多すぎる欠陥品の単一能力仕様(ワンオフ・アビリティー)てかァ?」
「言ってろカスがっ……私はこれで世界一になった」
「それは世界の代表選手がそれこそカス揃いだったって事だろ?」
「なら、何故お前はそれだけの力を持って代表選手にならない?」
「こんな事する奴が教えるとでも?」
「思ってないさ、期待はしてない」
 二人はまた動き出して斬りあう、黒いISは先ほど二つの剣の内一本は先ほどの『零落白夜』の一閃で駄目になってしまった為に一本での戦闘になった。
 二人が激しく切りあいが続くが、千冬はじりじりと押されていた。世界一に輝いた織斑千冬が謎の黒いISに、しかも剣術で押されているということは誰かが見ていれば驚愕の事実だろう。だが、この戦闘を見ている者など誰一人と居なかった。
(春樹、束……生き残れよ。私もコイツを倒してすぐに追いつく)
 千冬はそう思って『零落白夜』を起動させて黒いISに斬りかかった。

  9

 ラウラ・ボーデヴィッヒとエルネスティーネ・アルノルトは営倉の中にいた。
 営倉の中にいるはずの葵春樹を回収する為だ。
 しかしそこには春樹は居なかった。なにやらISが暴れまわった痕跡が残されており、ラウラとエルネスティーネは最悪の事態も想像していた。
「隊長……これは……」
「もしかしたら、ラウラが見たその春樹は間違いなく本人だった……ということがほぼ確定したことになるな」
「はい。では春樹は何処へ行ったのでしょう?」
「…………なら、ラウラが言っていたその廊下のところまで行ってみるか。何か分かるかもしれない」
「了解」
 ラウラとエルネスティーネは営倉から廊下へと移動して春樹が消えた廊下へと向かった。
 二人のISは凄いスピードを出しながら狭い廊下を右へ左へと曲がっていく。やはりこの旋回性能とこの加速力、最高速度など、機動性能だけでもやはり現状の兵器の中でもトップクラスの実力を持つ。やはり、このISという兵器は世の中の兵器の常識を全て覆したものである事が改めて感じられる。
 そして量子化による様々な装備の複数所持が可能。これが反則と言わずなんと言うだろう。
 それを使って現在このドイツ軍が襲撃を受けている。しかもたった二機のISに。
 ISを倒せるのはISだけ、と言われているが……あながち間違いではない。機動力と火力、そして距離を選ばない装備を持つことが出来るISが万能に機能するからだ。
 ラウラとエルネスティーネは自分が今操っているISと襲撃者が操っているISに差はない。まったく同じものである。
 ISというものはやはり危険でしっかりと管理しなければ最悪、世界征服などという漫画だけにしかないような事も不可能ではないと思ってしまう二人。
「目標の位置まで後100メートル」
「了解」
 エルネスティーネはISにより表示されたドイツ軍基地のマップを確認してラウラに伝える。ここから一直線で残り100メートル。
 二人はさらにISを加速させてそこまで突っ切る。残り20メートルといったところでブレーキをかける二人。
 止まると同時に右に曲がり、身を隠す。ここから左に曲がり真っ直ぐ進めば目標の位置である。
「ラウラ、準備はいいか?」
「大丈夫です。行けます」
「じゃあ行くぞ。カウント……5、4、3、2、1……」
 武器を構えて二人は左に曲がる。すると見覚えのない部屋があった、しかもドアらしきものがない。見てみるとドアが吹き飛ばされていた。
 その部屋にはもう誰もいない。
「こんな部屋があったなんて……隊長はご存知でありましたか?」
「いいえ、私もこんな部屋を見たことがない。なんでこんな部屋が……」
「隠れて何かを調べる為……でしょうか?」
 ラウラのその発言にエルネスティーネは寒気を感じた。思い当たる節がいくつかある。まずはISを動かした春樹の事と、ラウラたちのことなどだろう。
「……とりあえず中を調べるよ」
「了解」
 ラウラはエルネスティーネの少し変な間を気にしたが、今はこの場所を調べる事が最優先だ。
 二人は誰もいない部屋の中へと入る。そこはなにやら戦闘したような後がある。そして敵の武器らしい壊れたものが落ちていた。
これはISの武器なのかと手に取ってみると、確かにそれはISの武器だった。剣の先が綺麗に切れており、真っ二つになっていた。
 あまりにも綺麗に折れていた為、これは何かしらのISの武器によって切断されたと予想する二人。
 と、いうことはこの場所で戦闘が行われていたと言う事だ。なら戦闘を行った人は何処へ行ったのか……。
 そして、恐らくここにいたであろう春樹は何処へ行ったのか……。
「隊長……」
「そうだなラウラ少尉、春樹は今、敵から逃げている可能性が高い」
「どうします? 探しますか?」
「そうだな、もし敵から逃げているなら、早く見つけ出して保護しないと」
「なら……」
「ああ。ではこれより葵春樹を保護する為に行動する」
「了解しました」
 二人は隠し部屋から出て行き、春樹を探す為にISのハイパーセンサーの反応を頼りに春樹を探す事にした。

  10

 春樹と束は廊下を走り続けていた。
 春樹はいままで体を鍛えてきたし、元々体力には自信があったので特に問題はないのだが、束はあまり運動は得意ではないのか息が切れている。
 しかしここで足を止めて休んでいる暇はない。少しでも遠くまで逃げる事が最優先である。一歩でも遠くへ奴から逃げる。
 しかしこれは相手が何人いるのかということを考慮していない危険な行為であったが、春樹はこれに気がついていなかった。
(早く……もっとだ。奴から少しでも遠くへ逃げないと……)
 息一つも切らさず走る春樹であったが、息をゼェゼェ切らせている束は春樹に要求した。
「待って、春樹……もう私……はぁはぁ……体力が……」
 春樹は後ろを向いてみると束が息を切らせて汗をかいていた。ヤバイと思った春樹は近くの部屋を見つけてそこに身を隠すことにした。
 束の手を引き、近くの部屋の中に入る春樹と束。ドアをロックして座り込む二人。
「ごめんなさい束さん……あなたの事をちゃんと考えていなかった」
「いや……いいよ。こちらこそごめんね、こんな事に巻き込んで……」
「え?」
「だってアイツ言ってたでしょ、篠ノ之束を殺すって」
 春樹はその束の発言を聞いて黙り込んでしまう。
 そうだ、束は今命を狙われている。
 何故かはわからないけど一夏も命を狙われている。
 今アイツは家で一人だ。でもドイツの人が一応監視をしているから何とかなっていると思うが、しかし今回のドイツ軍の襲撃……。たった数人の監視の中、先ほどの千冬並みの強さを持った奴が来たら、一夏はどうなるのだろうか。
 一夏が無事な事を祈る春樹、そしてさっき分かれた千冬はどうなったのか、非常に気になる。千冬は無事なのか気になってしまい落ち着けない。
「春樹……。大丈夫だよ、ちーちゃんならアイツをきっと倒してくれる。きっとね」
「そんな保障が何処にあるっていうんですか!?」
 つい春樹は束に向かって叫んでしまった。明らかにあの戦いは千冬がじいじりと押されていたのだ。あのまま戦えば千冬は負ける。そしたらどうなる?
 答えは「死」だ。
 あれだけの事をしでかす奴だ、戦った相手を殺さないわけがない。そこから自分のISの情報が漏洩する可能性があるからだ。だから自分と戦った相手を殺さないわけはないはずである。
 そして春樹は、怒鳴ってしまった事を反省していた。こんな時に……命を狙われている当の本人に向かって怒鳴り散らすなど最低だ。
「あ…………。ごめんなさい、怒鳴ってしまって……」
「ううん、こっちこそごめんね、根拠のない事言っちゃって……」
 少しの間が生まれる。そして二人は静かに笑い出した。
「束さんとこんな風に話すことってなかったですよね」
「ふふ、そうだねー。春樹は正直あんまり好きじゃなかったんだ。私達とちーちゃん達の間にいきなり割り込んできたよそ者だったからね、あの頃は」
「そうですね。そこは否定できません」
「でも、私は……今なら春樹の事認めれるかも」
「そうですか?」
 二人がリラックスしきっていたところに、春樹と束の前にうっすらと大きな影が生まれた。
 二人は驚いて後ろを振り向くと、先ほどとはまた形がちがう黒いISがあった。
「見つけた。こちらアベンジャー2、目標を発見」
『アベンジャー1了解』
 春樹は驚愕した、そして束も……。
 今かすかに「アベンジャー1」とそう聞こえた。
 なら、織斑千冬はどうしたのだろう。さっきまでその「アベンジャー1」という奴と戦っていたはずだ。
 しかし、今はもう大丈夫だ、と言わんばかりの余裕の返事。もしかしたら、織斑千冬はやられてしまったのかもしれない。
 そんな思考が頭をめぐる中、銃口をこちらに向けて放とうとしている黒いIS。
「じゃあね、さようなら……」
アベンジャー2は銃口を二人の方へ向けてビームを放つ、春樹は束を抱き寄せてそれを間一髪でかわす。
「へぇ~、中々やるねアンタ。篠ノ之束を庇いながらそれがいつまで続くかな?」
 もう一回ビームを放った。それを春樹は束を抱き寄せながらそれをかわす。
(この余裕、アイツ遊んでやがる……)
 春樹はその射撃が本気ではない事を悟った。明らかに銃口を向けてから発射するまでの間が長いのである。それは避ける時間を作ってあげているみたいであった。
「さて、遊びはこれ位にして……そろそろ本気で殺しに行きますか……」
 その黒いISは顔まで隠れていて表情は分からない。けども、笑っている表情が安易に想像できた。楽しそうに二人に近づいてくる。
 そして……剣を振りかざして……二人は横に真っ二つに……なるはずだった。
 目の前にはもう一つの黒い機体がそこにあった。しかしこれは味方なのだとすぐ分かった。何故なら自分達を庇って攻撃を防いでくれていたからであり、そしてその顔は見慣れた人物であったからである。
「危なかったね、春樹、それと……もしかして……篠ノ之束さん?」
 そこにいたのはエルネスティーネ・アルノルトである。彼女の『シュヴァルツェア・レーゲン』の『プラズマ手刀』で相手の剣を受け止めていた。
 そしてエルネスティーネの質問に「はい」と答える束。
(また他人に助けられたのか……束さんを守るとか言っておきながら……俺は……)
 春樹は自分の誓いも守れないような自身に腹が立っていた。
 ISを操縦できる自分だが、その肝心なISが近くにない。もしISがあったとしてもまともに使用したことがないから、束を守れるかどうかも分からない。
 役立たずな自分だな、と春樹は絶望した。
 エルネスティーネは相手の攻撃を受け止めながら、
「まさか、篠ノ之束がここに来ていたとはね。ラウラ!」
「は!」
「春樹と篠ノ之束様を保護していろ。コイツは私がくい止める」
「了解!」
 ラウラは『シュヴァツツェア・ゲーベル』に乗っており、春樹と束に近づいた。
「大丈夫か春樹、それに篠ノ之束さんも」
「ああ、ラウラ」
「はい、大丈夫です。春樹が守ってくれましたから」
 二人はラウラの後ろへ行き、ラウラのISに身を隠す。
 そしてエルネスティーネはアベンジャー2と戦っている。しかし、この狭い空間で戦うには『シュヴァルツェア・レーゲン』は不利すぎる。もっと広い空間でないと武器を有効活用できないからだ。ここで使用出来る物といえば『プラズマ手刀』ぐらいである。『ワイヤーブレード』などこんな狭い場所で使用することなど不可能であるが、相手は違う。メイン武器が剣であり、小回りが利く短刀である。そのことからこういった狭い場所では非常に有利である。
 相手もこういった場所での戦闘になるからこういった装備にしているのだろう。やはり場所によって装備を換えるのも重要である。
 エルネスティーネとラウラ。その相手に黒いIS、コールサイン「アベンジャー2」
 この三人がこの狭い部屋で戦っている。
 ラウラは『キャノン砲』を使った砲台的な役割、そしてエルネスティーネは『プラズマ手刀』を使った近接戦闘で戦っている。
「ふふふ、あなたの装備じゃ、こんな狭い場所では不利だろうに」
「でも、二対一のこの状況ではそんな事を言ってる場合か?」
「何を言ってるの? 私達は二人なんだよ?」
 その瞬間だった。もう一機の黒いISがエルネスティーネのISを切り裂く。
「アハハハハ! 何油断してるんだよコイツは。軍人だろ? ISの部隊の隊長なんだろ? アハハハハ!」
 そこで高笑いしていたのは「アベンジャー1」だった。
 エルネスティーネは吹き飛び、壁に衝突。あまりの衝撃に口から血を吐き出し、そしてISが解除されていた。
 ラウラは言葉を失っていた。たった一撃、たった一撃で『シュヴァルツェア・レーゲン』のシールドエネルギーを0にしたのだ。
 ありえなかった。いったいどんな装備なんだ、とそう思ったラウラはエルネスティーネの方を見る。
 口から血を吐き出し、さらに体の方も血まみれ、そして何より見た目では分からないが骨の方までその衝撃は伝わっており、折れているらしい。
「隊長!」
 ラウラは驚きのあまり隊長の方へ駆け寄る。ショックのあまり涙を流し、妙にかん高い声になっていた。
「あらら、そこのちっこいの。守るべき対象を間違えてるんじゃないのかなァ?」
 アベンジャー1は馬鹿にしたようにラウラに話しかける。
 ラウラはしまった、と思った。
 軍人らしからぬ今の行動。ラウラは自分の今の失態に心を痛める。
 そして、アベンジャー1は春樹と束に襲い掛かった。
 そのときである。またアベンジャー1は横に吹き飛んだ。まるで先ほどの隠し部屋のときのように。
「おやおや、また同じようにやられたな。お前には学習能力というものはないのか」
 そこに立っていたのは織斑千冬だった。『雪片』を握りながら敵の二人に語りかけた。
「お前ら、私の大切な人に手を出すとはな……。覚悟は……できているか?」
「て、てめぇ……見失ったと思ったらこんな所にまた出てきやがって。殺す。ぜってェに殺してやる」
 アベンジャー1は立ち上がるなり興奮状態でそう言った。
「殺すか……さて、お前に私を殺せるか? 今の私は機嫌が悪い」
「アハハハハ! 言ってろ逃げた雑魚がっ」
 アベンジャー1とアベンジャー2が並ぶ。そしてそれに立ち向かおうとしているのは織斑千冬ただ一人。
 この三人が戦いを始めた。アベンジャーの二人は春樹と束を殺す為。織斑千冬はその二人を守る為に。
 そして春樹と束、ラウラはエルネスティーネの近くに駆け寄った。
「ラウラ……ハァハァ……私、もう駄目かも」
 壁に頭を強く打ち付けたエルネスティーネは非常に危ない状態になっていた。
 しかしISには『絶対防御』というものがあり、操縦者の身は守られるシステムがあるはずなのに、エルネスティーネは今瀕死状態にあった。
 束はこの状態がいったい何なのか理解できなかった。自分が開発したインフィニット・ストラトスを超えるそれをあいつらは造ったのだろうか、『絶対防御』なんてものが無力と化すそれを。
「ラウラ……私のこの『シュヴァツツェア・レーゲン』を使ってくれないか? 私はもうそんなに長くはない。だから、次期隊長はお前にするよ。異論は認めない。私が認めたIS乗りだからな」
「ですが……!」
「ああ、大丈夫。シールドエネルギーは予備のエネルギーパックで補給されてあるから。問題なく今使えるよ」
「いえ、そんなことではなく……」
 段々と声が弱くなっていくエルネスティーネ。ラウラの口元に人差し指を持って行き、喋るな、と目で伝えた。
 そして足についている『シュヴァルツェア・レーゲン』の待機状態である黒いレッグバンドを取り外し、ラウラに授けた。
「後は、よろしく頼むよ。……もう休んでいいかな? 結構この状態を保つのは辛いんだよ」
 ラウラは唇を噛み締め、そして顔を上げて敬礼をした。
「エルネスティーネ・アルノルト大佐……お世話になりました……!」
「うん、ラウラ。春樹と仲良くね。せっかくの同い年のお友達なんだから」
 エルネスティーネはそう言って……静かに目を閉じた。
「「隊長!」」
 春樹とラウラは揃ってそう叫んだ。しかしエルネスティーネから反応がない。このことが何を示しているのか……。春樹とラウラ、そしてそこにいた篠ノ之束も十二分に理解していた。
 篠ノ之束はショックを受けた。ISで人が死ぬ。このことを目の前で体験してしまったのだ。束にとってISはいうなれば自分の子供のようなもの。それによって人が死んだ。このことが何よりショックだった。
 そして、そのISを使いこのような事をしでかす奴らを許せなかった。今千冬が戦っている。黒いISの奴らが。
 しかし今の自分には奴らと戦えるだけの力がなかった。今頼れるのは、織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒという眼帯の子だけである。
「ラウラ、その量産機、俺に使わせてくれ」
「何?」
「ラウラはその隊長からのISを使うんだろ? なら、今使っているISを俺に使わせてくれ。頼む!」
「しかし、春樹。お前はISをマトモに動かした事がないのだろう?」
「……そうだ、否定しない。でも、俺は束さんを守ると決めた。どんなことがあろうとも、絶対に。だから、お前がそれでも駄目というのなら、俺は無理やりにでもお前のその量産機を使わせてもらう」
 ラウラは目を閉じて、「ふ……」と笑った。
「仕方が無いな。なら『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒが春樹に『シュヴァルツェア・ゲーベル』の使用許可を出す」
「ありがとう……ございます。ラウラ……隊長殿!」
 ラウラはISから降りて、隊長から授かったレッグバンドを身に着けた。そしてISを起動させた。
 新しいユーザー登録など、正式に使えるように再設定し直すラウラ。そして春樹も『シュヴァルツェア・ゲーベル』の設定をする。
 千冬もその光景をチラッと見て、微笑んだ。ついにこの二人の本気が来ると思ったからだ。
 設定はものの三○秒程度で終わる。そして、そこに立っていたのは『シュヴァルツェア・レーゲン』を身に纏ったラウラと『シュヴァルツェア・ゲーベル』を身に纏った春樹だった。
 しかし春樹はISスーツを着ていない為、操縦性は悪くなってしまうが、そんなこともお構いなしに春樹はISを扱う。
「いくぞ、春樹!」
「ああ、ラウラ隊長!」
 ラウラと春樹は千冬の横に並んだ。これで三対二、数ではこちらが有利になったが、問題はそのISの強さにある。相手は専用機のシールドエネルギーを一撃で0に出来るほどのふざけた攻撃力を持っている。
 奴らの攻撃の前にはシールドエネルギーの量のなど関係ない。一撃でも攻撃が当たればそれこそひとたまりもない。先ほどのエルネスティーネ大佐のように死を迎えることになる。
「お前ェ……お前もISを動かす事が出来るのかよォ!」
「どういうことだ?」
 春樹はアベンジャー1の言葉を理解できなかった。お前「も」と奴は言った。なら奴が言った言葉と組み合わせてみる。
 確か奴らは篠ノ之束と織斑一夏を殺す任務を任されているらしい。なら、その「お前も」というのは一夏もISを動かせる、ということになるのではないのか? そう考えた春樹。
「なら、本当にお前を殺さないといけなくなったな」
 春樹の質問を無視し、アベンジャー2は春樹を殺すと言った。
 春樹は素早く束の近くに行き、束を守る状態になる。
「束さん、待ってて。こいつらを撃退するから」
 春樹はそう言って二人に『ナイフ』を持って立ち向かった。
 敵の攻撃を縫うようにかわし、攻撃を入れる春樹。かわされはするものの、春樹は物凄く相手を押していた。
(なんだよ、これ……相手の動きが見える。どうすればいいのか分かるし、自然と体も動く……)
 春樹は自分の動きに驚いていた。ISのおかげなのか分からないが、体は自由自在に動くし、何をすれば、どういったアクションを起こせばいいのか即座に分かる。そして体は思ったとおりに動いてくれる。
 イメージできる。何をすればいいのか、どう動けばいいのか。
 頭の中の雑念が消える。
 頭の中がクリアになる。
 相手の動きが良く見える。
「なんだ、コイツはァ!?」
「コイツも、我らと同じ?」
 アベンジャーの二人はよくわからないことを話していたが、春樹はそんなことも気にせず『ナイフ』で奴らを刺そうする。
 そして『キャノン砲』で奴らを砲撃する。
 着実に相手のシールドエネルギーを削っていく。
 そんな戦闘に千冬とラウラは眺めているだけだった。
 何故彼女らは春樹の助けに入らないのか、それはあまりにもレベルが高すぎて自分が入ったところで足手まといなる可能性が高いからだ。
 それは千冬でさえそう思ったのだ。自分の武器は『雪片』という剣が一本のみ、これで近接戦闘に割り込んだところでこのあまりの戦闘スピードには追いつく自信はなかった。
 だから、束の保護をする事にしたのだ。
(春樹……お前はいったい……なんなんだ?)
 千冬はそう思った。
 そしてラウラはワイヤーブレードにより相手を拘束するそのワンチャンスを窺っていた。
 左右からの剣をかわし、『キャノン砲』をアベンジャー1に打ち込む春樹。
「なんだ、何なんだよォ! その強さはァ!」
 春樹は黙ったまま、アベンジャー1は吼える。
 アベンジャー2による後ろからの射撃もかわし、『キャノン砲』を発射する。
 アベンジャー1は剣を春樹に向かって振り下ろしたが、キックによりその剣を弾き飛ばされる。そして……。
「今だ! 春樹!」
 ラウラは叫び『ワイヤーブレード』を発射、アベンジャー2の両手両足を拘束。そこに『キャノン砲』を撃ち込んで撃ち込んで撃ちこみまくる春樹。
 一気にシールドエネルギーを削られ、後方に吹き飛ぶアベンジャー2、そして、千冬による『零落白夜』で止めを刺されるアベンジャー2であった。シールドエネルギーは間違いなく0になった。
「最大出力の零落白夜だ。下手をしたら命も危険に晒される危険な攻撃だが、お前らを無力化するにはこうするしかなかったと思ってな」
 アベンジャー2は動かない。
 そしてアベンジャー1はこれは非常にまずい状態になった、と感じた。いや、これは間違いなく非常にまずい状態なのである。だって、三対一という状態は弾幕を張られてしまえばたちまち蜂の巣になってしまうからだ。
「ちぃ……こちらアベンジャー1、作戦続行不可能。これより帰還する」
 そう言ってアベンジャー1はとても大きなハンマーを持って床を叩き割った。そこには大きな空洞がある。
 失敗したときのために逃走経路を準備していたのだろう。こうなっては追いかけるのは無謀な事なのである。
「やったのか?」
 ラウラはそう呟く。
「ああ、目標は一体を拘束、もう一体は逃走させてしまった」
 そして束は、春樹の事をずっと見つめていた。
(春樹……やっぱり君は――)
 束はそう思ったが、あまりの疲労感に襲われその場に倒れてしまった。
「っ!? 束さん!!」
 春樹は驚いてISから飛び降りて束の下へ駆け寄ったが、ISから降りた瞬間、春樹もとてつもない疲労感に襲われてしまう。これだけの緊張感を持った逃走と戦闘。これだけの事があればそうなってしまうのも仕方が無いだろう。
 この二人は二回も敵に見つかり死にかけたのだ。そのたびに誰かかしらに助けてもらっていた。この二人は凄く運が良かったのだ。下手をしていたら死んでいた。
 その現実を直面する春樹。
 そして……春樹はその場に倒れてしまった。ラウラや千冬に何か話しかけられたような気がするが、それが春樹に届く事はなかった。



[28590] エピローグ『覚悟と決意 -To_The_Future-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:51
 葵春樹は目を覚ます。そこはドイツ軍の医務室である。
「起きたか、春樹」
 そこにいたのは織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒであった。そして隣のベッドには篠ノ之束が寝ていた。そして他のいくつかのベッドにも見慣れたIS部隊のメンバーが寝ていた。
「俺は……結局どうなったんですか?」
 千冬が春樹の質問に答えた。
「今回の襲撃でドイツ軍基地が半壊、シュヴァルツェア・ハーゼの隊員も二人死んだ。しかし、守るべき対象は守りきったんだ。そこは誇って良いと思うぞ」
「そうですね、この任務で散っていった仲間達には笑顔で感謝しないといけませんね……」
「そうだな」
 春樹はここで泣いて悔やんでもしょうがないと思い、前向きに考える事にした春樹。
 今回のこの襲撃は誰のせいでもない。しいて言うなら襲撃してきたあいつ等のせいだ。
「そういえば、奴らの内一人は捕まえる事ができたんですよね? 何か分かりましたか?」
「……それがな。自爆した」
「え?」
「奴の体とISものとも爆発して跡形もなく吹き飛んだんだ」
「情報漏洩を防ぐ為、ですかね?」
「おそらくな。暗部組織かなんかだろう。手がかりも、奴らの目的も分からないままになってしまった」
 アベンジャーと名乗った二人……奴らの目的はなんだったのか。篠ノ之束や織斑一夏、そして葵春樹を殺してなんになるのだろうか。
 春樹は考えた結果、もしかしたら俺がISを動かせることに関係があるのだろうと考えた。そして奴らの話からすれば一夏もISを動かせるのかもしれなかった。
 すると束も目を覚ました。
 彼女は目をこすってあくびをしながら身体を伸ばす。
「ん~っ、……あ、ちーちゃん、春樹……」
「束か、起きたんだな」
「うん。なんか……ごめんね。特に春樹には沢山助けてもらっちゃった。ありがとうね、春樹」
「え、あ……はい。大丈夫ですよ」
 素直に感謝されるとなんだか恥かしくなってしまった春樹、そして自分は束のために何をしたんだろうか、と思った。
「ラウラ……」
「なんだ? 春樹」
「いや、これからお前は隊を引っ張っていく事になるだろうけど……大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「千冬姉ちゃん、ラウラのやつこんなこと言ってますけど」
「ま、お前が一人前になるまで私が扱いてやるからな、訓練が再会したら覚悟しておけよ?」
 千冬は少し鼻で笑いながら言った。
「は。了解いたしました、教官」
 春樹は相変わらずのラウラを見て笑う。つい先ほどみんなの隊長だったエルネスティーネ・アルノルトは死んだ。そして次期隊長がラウラになり専用機を受け取ったのだ、『シュヴァルツェア・レーゲン』を。
 隊長を任せられるとは生半可な気持ちでは務まらない。だが、ラウラなら隊員を引っ張っていくと言う責任を背負っても大丈夫だろう。
 専用機を持つ。これは力の使い方を間違えた者に与えた場合はいろんな人を悲しませる。現段階で最強とうたわれる兵器なのだ。一歩間違えれば、世界を滅ぼしかねないほどの性能を持っている。
「ところでちーちゃん」
「なんだ、束」
「これから春樹と二人きりで話したいんだ。ちょっと二人で出て行ってもいいかな?」
「二人でか? そうだな、今IS部隊のブリーフィングルームが空いている。あそこは何の被害にもあってないからそこに行け」
「ありがと、ちーちゃん」
 束は笑顔で千冬にお礼を言って、そして春樹の手をつかんだ。
「さ、行こうか春樹」
「あ、はい」
 引っ張られるように医務室から出て行く二人。そしてそこに残ったラウラと千冬は顔を合わせるなり、ラウラから千冬に話しかけた。
「教官、一つ聞きたいことが」
「何だ?」
「教官は……何故あれほど強いのですか?」
 ラウラは襲撃してきたあの黒いISと対峙したときの千冬の戦闘が頭から離れなかった。
 あの時はエルネスティーネの方に集中していたのだが、しっかりと千冬の戦いも目に焼き尽くしていた。
 大佐ですら一瞬でやられてしまったのに、千冬は奴らと対等に戦っていたし、あの時は二対一であったのだ。しかも束や春樹、そしてラウラを守りながらの戦闘だった。
 ラウラは『ワイヤーブレード』を一回使用するだけで精一杯だったのだ。あのときの春樹、そして千冬の戦闘は頭から離れる事はなかった。
「そうだな、私には弟がいる」
「春樹ですか?」
「いや、確かに彼も大切だがな。私の実の弟だよ」
「確か、織斑一夏……でしたよね?」
「そうだな、私は実の弟が凄く大事だ。色々とあってな、最初は一夏と二人で暮らしていた。春樹が私達と一緒に暮らすようになったのは一夏が小学生になったときの事だったな。春樹には悪いが、私にとって一夏はたった一人の血の繋がった家族なんだ。だから、一夏を守る為、そして強くするために私は強くなった」
 千冬が語っている姿は微笑んでいて、とても優しく感じた。ラウラには千冬のこのような表情は見たことがなかった。
 いままで千冬を尊敬してふれあってきたが、このような表情になった事はなかった。はじめて見る千冬に戸惑いを感じるラウラ。
(教官、何故そんな顔をするのです? 何故?)
「あの、教官……。これからも……よろしくお願いします」
「期待していろ、みっちり扱いてやるからな」
 そのときの千冬はいつも通りの千冬の表情になっていた。
 ラウラはこのときに何か分からないモヤモヤを感じていた。


 春樹と束はIS部隊用のブリーフィングルームへ来ていた。
「じゃあ、春樹。お話の続き……しようか」
「はい」
 束は椅子に座る。
「春樹の遺伝子にはね、普通の人にはない特別な因子があるんだよ――」
 春樹の身体についての事を詳しく聞かされた。はっきり言って信じられないようなことではあった。何故なら……春樹がISに乗ると、コアが強く反応し、そして、春樹のその因子も強い反応を示していた。お互いに反応し合うように。恐らくこれがISに乗れる理由なのではないか、と。
 しかも、そのとき普通では考えられないような出力をISは出していたらしい。
「それで私は考えたんだ。これが本当のISのコアの力なのではないか、ってね」
 春樹は立ったまま、手を握り締め、束の話を黙って聞いていた。
(これが本当なら……一夏もISを使うことが出来るのか? あいつらが言っていた事と合わせると、恐らくそうだ……)
 そして束は話を続けた。
「で、春樹に頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと……ですか?」
「そう、私のところに来ない?」
 春樹は少し考え、
「……どういう事です?」
 束は目を瞑り、一呼吸置いて再び目を開いた。そしてゆっくりと口を開け、
「今回のこのドイツ軍基地への襲撃は私がターゲットだった。で、天才束さんはこんな事を考えた。表舞台には出ない暗部組織が何かを策略している。そして今回の私と一夏、そして追加で春樹を殺すのが奴らの目的の一部分。その大きな目的は分からないけど、殺そうとするという事は奴らの目的の障害となるものである事は間違いない。だから――」
 束は立ち上がって、
「この暗部組織の計画が世界的に危険な事ならば、それを止めたい。私が生み出したISで悪い事をするなら、絶対に許さない」
 束は春樹の両肩を掴む。
「……春樹、だから私にその力を貸して欲しい。本当は年上のお姉さんが年下で、まだ中学生の春樹に助けを求めるのはみっともないという事は分かってる。でも、私はあいつらのような奴らは許せないんだ。お願い……春樹……お願い……」
 束は俯きながら必死に春樹に助けを求めていた。
 そんな束に対して春樹は微笑みながら、束の手を握って言った。
「束さん、俺……こんな俺でも誰かを助けれるなら喜んでお受けします。束さんを守ることが、皆を守ることに繋がるなら……俺は束さんを命をかけて守ります」
 このとき束は感じた。春樹の目は戦士の目になっていた。戦うものの目……それはあらゆる覚悟と目標を掲げ、その目標の為に血眼で頑張る。そのような目をしていたのだ。
 束はそんな春樹に対して特別な感情を抱いてしまった。このときの春樹が誰よりも頼もしく、逞しく、そしてカッコよく見えた。
(……私、まだ中学生の春樹に……? 嘘、ありえない……でも……)
 束は心臓をチクリと針で刺されたような刺激を否定しながら、でもあのとき守ってくれた春樹を思い出してしまい、ますます自分の感情が分からなくなってしまう。
「束さん……どうしたんですか?」
「え、いや……なんでもない……あ、ありがとう。春樹」
 束は笑顔で春樹に礼を言った。
 春樹は初めて束のこんな笑顔を見たので、少し驚きながらもその可愛らしい笑顔に見とれてしまった春樹。そんな自分が非常に恥かしく思えてきて顔が熱くなった。
 二人は非常に物理的に近い所にいた。もう目と鼻の先である。
 彼、彼女の顔が目の前にある。二人はそう思ったら急に恥かしくなってしまい、どっちと言うことなく同時に身体を離した。
「あはははは……」
「えへへへへ……」
 二人は苦笑いしながら気持ちを落ち着かせていた。そして……。
「なら、今すぐにでも私と一緒に来て、春樹には悪いけど、このドイツ軍基地とはお別れになってしまうけど……」
「…………大丈夫ですよ、俺はもう束さんを守るって決めましたから」
 しかし春樹は心残りがあった。ラウラの事である。
 彼女とは友達になれたのに、一ヶ月もしない内にISを動かして、それが理由で営倉に入れられて……そして謎のISによる襲撃。本当にあんまり一緒にいられなかった。
 彼女にとっては同い年で初めての友達だったという。だから春樹は心残りがあった。もっとラウラと遊べたらなって思っていた。
 だけど、もう彼女は一人じゃない。エルネスティーネに、皆に認められた『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長である。春樹が兄のように、または父親のように過保護になってどうする? それはただ気持ち悪いだけだ。だから……「これでいい」と春樹は思ったのだ。
「じゃあ、行きましょう。さよならは言いません。だけど……」
 春樹は携帯を取り出してメールを打った。贈る相手はラウラである。
「今、ラウラに『またね』って贈りました。もう心残りはありません。じゃあ、行きましょう束さん」
「……うん。行こうか」
 そして春樹と束はドイツ軍基地を後にした。誰にも何も言わずに、ただ、春樹がラウラに対して『またね』と打っただけである。

 そして春樹と束の二人は仲間集めに徹した。束の新たな組織を立ち上げる為に。
 これが暗部で話になっている『束派』と呼ばれる集団である。
 葵春樹はそこでISの操縦を磨くことになる。仲間と共に。

 以上が葵春樹の物語であり、そして、ここから新たな物語がもう一つ始まる。
 
 そう、『織斑一夏の物語』が。



[28590] プロローグ『平和な日々 -Discharge -』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 22:25
 七月一日、土曜日。今日の授業は休みである。
 今一夏と春樹と箒の三人は鳳鈴音(ファン・リンイン)の退院するお手伝いをしている。今まで色々と溜め込んだ衣類等を四人で協力して片付けていた。
 主に箒と鈴音が衣類。一夏と春樹が荷物運搬といったところだ。彼女達がまとめた荷物を男二人が運ぶ。
 外には山田先生が車でスタンバイしており、鈴音の荷物を学園の寮まで運んでくれるそうだ。一夏と春樹はそこまで運ぶのが仕事になっている。
「色々と今までありがとね」
「何、気にする事はない。鈴は親友だからな。当然の事だ」
「じゃあ箒、今度リハビリも兼ねて私と模擬戦ね!」
「ああ、分かった」
 鈴音はみんなに感謝していた。今まで何度も何度もお見舞いに来てくれた三人には本当に感謝していた。定期的に暇を見つけてはお見舞いに来てくれる。そんな三人には色々と話を聞いていた。転校生のシャルルとラウラの事や先日に起こった事件の事。
 そして箒が専用機を持つことになった事。このことは鈴音にとって聞き捨てならないことであった。親友が専用機を持ったことによってそれはライバルと化す。何故なら、専用機を持つということはそれでけ実力が認められたということ。いい加減な気持ちで専用機を扱うのはご法度である。だからこそ箒は鈴音にとって競い合う相手となった。
「よし、これで全部片付いたみたいね。三人ともありがとう」
「おう、じゃあ看護師の人たちに挨拶するとしますか!」
 一夏はそう言って、鈴音がお世話になった看護師の人たちの下へと向かい、そして三人でご挨拶をした。いままでありがとうございましたとご挨拶をして、それから山田先生の車へと向かう。せっかくだから学園まで車で送ってくれるそうだ。
 病院の階段を下りながら、春樹はシャルルやラウラの事について話した。
「学園に着いたらまずはシャルルとラウラに挨拶だな」
「そうね、皆から話は聞いてたけどまだ会ってないし。会うのが楽しみだわ。でも、まさかISを動かせる男がもう一人居たとはねぇ……」
 その言葉にビクッと身体を強張らせてしまう一夏。
 シャルル・デュノアは父親の命令で男のフリをしてIS学園に通っている。何故かというと、一夏や春樹のデータを収拾したく、それをしやすくする為に男のフリをしているのである。
 しかし、ある日一夏は偶然にもシャルルの裸を見てしまい、そしてそのせいでシャルルが女である事がバレてしまった。
 しかし一夏の優しさもあり、シャルル、もといシャルロット・デュノアはこのIS学園で平穏に過ごすことができる。しかし、一夏以外の人物にその真実を知らせるわけにはいかない。学園中の噂になってしまえばシャルルの人生もそこでアウトになってしまう。この秘密だけはなんとしてでも隠し通さなければならない一夏である。
「どうしたんだ一夏?」
 春樹は急に身体を強張らせた一夏にその疑問を問いかけた。
「な、なんでもねえよ。早く行くぞ、山田先生も待ってるだろうしな」
 そう言って一人で先に行ってしまった一夏。
「……なんなのよ、どうしちゃったわけ? 一夏の奴……箒知ってる?」
「いや……知らないな、どうしたんだろうか……?」
 箒は知らないのは当たり前である。一夏以外はシャルルが女だという事実は知っているはずはないはずだ。
「春樹、アンタは何か知ってる?」
「残念ながら知らないな」
 春樹は淡々と答えた。
 その答え方に違和感を感じた鈴音だったが、どうせ問いただしてみても適当にあしらわれてしまうだろうしあまり気にしない事にした鈴音。
 とりあえず山田先生が外で待っているそうなのでその場に残った三人は先に行った一夏を追いかける。
 一階まで下りた三人はそのまま病院の入り口へ向かうとそこには山田先生と一夏が待っていてくれた。
 春樹、箒、鈴音の三人は山田先生の下へと駆け寄り、挨拶をした後山田先生の車の方へと歩き、そして車の方へ乗り込んだ。そして皆で山田先生によろしくお願いしますと挨拶をすると、山田先生は「はい」と返事をしてそのまま車を発進させた。
 IS学園に着くまで鈴音は山田先生に色々と詳しく聞いておきたいことがあった。
 授業の進み具合や、転校生の事。
 そして、今まで起こった事件の事である。
「ちょっといいですか、山田先生」
「なんですか、鳳(ファン)さん?」
「IS学園で起こった事件……詳しく聞かせてくれますか?」
「……鳳さんに話せる事は限られていますけど――」
 山田先生は今まで起こった事件を話した。
 まずは鈴音も巻き込まれた謎のIS事件。あの事件に鈴音は直接関わっているのだが、謎のISの攻撃を受け、そのまま大怪我を負って病院へ運ばれた為、その後のことは全くわからない。一夏たちに聞いてみたのだが、話していいのか危ういラインだというので直接先生に聞くことにした鈴音。
 そして今がそのときである。山田先生の話によると、あのISは無人機である今までとは全く違った概念で作られている、ということだけであり、それ以上のことは分からなかったらしい。
 何のためにIS学園に送り込んだのか、攻撃をしてきた理由、そもそも無人機というものはISの性質上ありえないことである。ISコアは人間と同調して初めて起動する。それを人を介すことなく動かすことなどありえなかった。
「無人機……? そんなことがあるはずが……」
「ですが事実です。これ以上の話は出来ませんが、どうか理解してください鳳さん」
「……分かりました……」
 鈴音は納得は出来ていないが、話せないことなら仕方が無いと思ってこれ以上聞くのを諦めた。
 すると一夏は暗い雰囲気なこの空気を打開するべく、話の方向性をシフトする話をふった。
「山田先生。鈴にシャルルとラウラの事、先生から見てどんな人か教えてあげてくれませんか?」
「デュノアさんとボーデヴィッヒさんですか……そうですね、デュノアさんは本当にいい子だと思いますよ。とても紳士的で、優しくて、落ち着きがあって。優等生気質な子ですね。そしてボーデヴィッヒさんは、最近なんか変わりましたよね。最初は誰も近づくなって感じがしてましたけど……なんか自分をするべきことが見つかったのでしょうかね? 彼女はとても努力家ですよ」
「へ~、会うのが楽しみだわ」
 鈴音はちょっと楽しそうな表情をしながら言った。
 そして車はIS学園の近くまでやってきた。



[28590] 第一章『友達? -Shopping-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:55
  1

 学園に着いた四人は荷物を部屋へ運び終わると早速シャルルとラウラに会いに行くことになった。事前に会うことを約束していたのだ。二人は食堂で待ってくれているはずである。
 一夏は先攻して食堂へと向かった。
 一夏と春樹、鈴音と箒は食堂へと着くとそこにはシャルルとラウラが既に待っていてくれていた。シャルルはこっちこっちと手招きをしてくれた。
「遅いよ皆、待ちくたびれちゃった」
 シャルルはため息をついて、一夏の方に目をやった。それを見た一夏は「悪いな」と両手を合わせてシャルルに謝ると、皆食堂の椅子に座ってテーブルを囲んだ。
 そして一夏が話を始めた。
「まぁ、あれだな。シャルルとラウラにはもう伝えてるけど、コイツが鳳鈴音(ファン・リンイン)だ。仲良くしてくれ」
「鳳鈴音よ。よろしくね、デュノアさんに、ボーデヴィッヒさん!」
「うん。よろしくね、鳳さん」
「よろしく頼むな。鳳鈴音」
 同い年の子が自分に対してわざわざ丁寧な言葉で接してくるとなんだか気持ち悪さを感じる彼女。すぐさま鈴音はそのことについて話す。
「そんなに畏(かし)まらなくていいって。鈴音でいいわよ。あ、一夏や春樹、箒が言ってるみたいに鈴でもいいわよ。とりあえず、敬語はやめてくれれば……。だから、二人とも名前で呼びたいんだけど……いいかな?」
「うん、別に構わないよ」
「私も構わん」
 シャルルとラウラは鈴音の性格は一夏達に聞いた通りだった。とても人懐こくて、しかも明るくて、誰とでも仲良くできる。そんな子だ。
「そういえば、もう少しで臨海学校ね、楽しみだなぁ海」
 その言葉にシャルルはドキッとしてしまった。同じく一夏もその鈴音の発言にはドキッとしてしまった。何故なら、シャルルは実は女であるし、そのことは一夏とシャルルの二人だけの秘密である。もしこれが皆にばれてしまえば……今度行く臨海学校は専用機持ちの新しいパーツをテストする貴重な場であるが、その一日目は海で自由に遊んで良いことになっている。
 シャルルは男の設定なので、いろんな女の子から一緒に泳ごうと誘いを受けるだろう。しかし、ただ単に断り続けても不振に思われるだろうし、無理やり連れて行かれれば女だという事がばれてしまう。かと言ってシャルルが肌を晒すわけにはいかない。
 シャルルは特製のコルセットで胸を押しつぶして、胸のふくらみを隠している。コルセットなど皆に見せるわけにもいかない。なら、どうすればいい?
 一夏とシャルルは二人揃ってそう考えていた。
「どうしたんだ、二人とも」
 ラウラは二人の不振な態度に疑問を持ったので聞いてみた。
「え、な、なんでもねぇよ」
「う、うん。なんでもないよ。臨海学校のことすっかり忘れていただけ。あはは」
 あながち嘘ではないのが上手い。確かにシャルルは臨海学校という行事を忘れていた。覚えていたなら事前に対策は練っているはずである。臨海学校に行くまであと五日、それまでに何かいい考えを思いつかなければならない。
「う~ん、病院から一夏は様子が変なよねぇ……あのときはこの二人の話題になったときに動揺していたみたいだし、今回はシャルルと一緒に動揺しているし……。あんた達、何か隠し事でもあるんじゃないのぉ?」
 流石鳳鈴音、鋭い。
 核心を突かれてしまい更に動揺しそうになる二人を春樹がフォローに入る。
「その辺にしておけ鈴。二人が困ってるじゃないか、あんまり隠し事を詮索するもんじゃないぞ?」
「うむ、春樹の言う通りだ。鈴、その辺にしておこうではないか、誰でも話したくない事や知られたくない秘密ぐらいあるだろう」
「わかったわよ、ごめんね二人とも」
 春樹と箒に怒られてしまった鈴音は素直に謝った。
その後も何分か話は続いたが、鈴音の荷物のまとめもあるので一回お開きになった。箒とラウラは鈴音についていきお手伝い。そして男である一夏と春樹とシャルルは適当にやっていろ、という事だった。
 シャルルと一夏は自分の部屋へと戻るととりあえず五日後に迫る臨海学校の対策を考えなければならない。
「どうしよう一夏! 僕このままじゃ……」
「まぁ、落ち着け。考えるんだ。要するに女性の身体の特徴的な部分を皆に分からないようにすれば良いんだろ」
「う~ん、僕のこの胸は特製のコルセットで隠してるからね、そのコルセットが見えないようにできればいいんだけど……」
「なんか、服の様な水着ってないのかね?」
「調べてみようよ」
 一夏は部屋に備え付けてあるパソコンの電源を入れ、検索サイトを早速開き、男性用の水着をチェック。自分が買うものも考えつつ、シャルルの身体を隠せる且つ似合いそうなものを探していく。
 色々と検索ワードを考えながら色んなサイトへと飛び回り、そして一つの回答を見つけたのだ。
 その名も「トップス水着」
 上半身に着る水着であるが、シャルルのこの状況にはこれ以上ないぐらいの適した水着であった。この水着は日焼けも軽減したり水から上がった後の冷え感も抑えてくれる。これならシャルルのコルセットを隠しながら水着になる事ができる。
 しかもこれまたオシャレなものもあるので着ていても何の違和感もないはずだ。
「これなら何とかなるんじゃないか?」
「そうだね、でもここら辺に売ってるのかなぁ?」
「明日にでもショッピングモールの方へ行ってみるか?」
「え……一夏と一緒に?」
「ああ、明日日曜日だし。俺も水着買っときたいからな」
「じゃあ、明日ね……」
「おう。……そろそろ夕食の時間だな。食堂にでも行くか」
「うん!」
 シャルルはとても嬉しそうに返事をした。いつも男のフリをしているシャルルだが、シャルルも女の子である。気になる男の子と一緒にお出かけともなれば、テンションが上がってしまうのも仕方が無いだろう。なんだかんだでまだ一五歳の女子高生なのだから。

  2

 一方、春樹はラウラと一緒に夕食を取ろうとしていた。二人は手に夕食を持ちながら空いてる席を探していた。
「とりあえずラウラ、鈴の手伝いお疲れな~」
「ああ、鈴は……アイツは明るい奴だな」
「そうだろ? アイツは小学校から明るくて元気な奴だったからな」
「そうなのか。なら楽しい日々を小学生のときに送っていたのだろうな……」
 ラウラは少し寂しそうな顔をしていた。彼女は生まれが特殊で戦う為だけに生まれる事になった遺伝子強化素体である。彼女は友達というものを知らないまま生きてきたのだ、春樹と知り合う前までは……。
 春樹は自分の小学生の頃、ラウラがどんな生活を送っていたのか、はっきり言って想像できない。だが、この今のラウラの表情を見るなりあまりいい思い出がなかったのは確かであった。
 では、どうすればいい? 答えは簡単だ。これから友達……春樹や一夏、箒にセシリアに鈴にシャルルと共に良い思い出を残せばいい。このIS学園の三年間、この貴重な学校という時間を思う存分に楽しんで、思い出を作っていけば良い。
「ラウラ……とりあえず座ろうか、あそこ空いてるみたいだな」
「ああ、そうだな……」
 二人は空いているテーブル席にお互いに向かい合う形で腰掛けて、そして春樹が、
「もう少しで臨海学校だけど、ラウラは水着とか持ってるのか?」
「水着だと……? 学校指定のものしかないが……」
「そうなのか、もしあれだったら明日一緒に買いに行かないか?」
「一緒に……」
「ああ、町の方に出て買い物行こうか」
「あ、ああ。そうだな、行こう!」
 ラウラは物凄く嬉しそうな表情をしながら春樹の事を見つめた。それに春樹もラウラのその表情につい微笑んでしまう。すると近くからとある女性の声が聞こえてきた。
「あ、あの……今の話――」
 その声の主はセシリア・オルコットであった。どうやら今の話を聞いていたらしい。セシリアは一緒の席で食事してもいいかと聞き、了解を取った後に春樹の隣に座る。
「で、なんだっけ、セシリア」
 春樹は話の事を聞くと、
「あ……。先ほどボーデヴィッヒさんと水着を買いに行くと言ってましたよね? もしよかったら私(わたくし)もご一緒させて頂いてもよろしくて?」
 セシリアは若干上ずった感じな声でそう言った。とても恥かしそうな感じで春樹に聞いてくる。春樹は特に問題はないし、もしかしたらこういう事に疎いラウラにアドバイスをしてくれるかもしれないと思い、一緒に行ってもいいかな? と思った。もとより断る理由もないのだが……。
「大丈夫だよ」
「本当ですの!?」
「ああ、じゃあ明日な。明日の十時に出発だ。いいか、二人とも」
「ええ、分かりました」
 セシリアは本当に嬉しそうに春樹を見つめて笑ってくれたが、ラウラはぶっきらぼうに「分かった」と答えただけだった。拗ねている様に見えた。だが、春樹の事は見つめていた。
 しかし春樹はそんな事も気付かずに食事に戻ると、そこに現れたのは一夏とシャルルの二人だった。
 ラウラは二人が来たのに気付き、二人を見るとラウラはなんだか嬉しそうな表情をしているシャルルに気がついた。
「なんか嬉しそうだが、なにかあったのかデュノア?」
「え!? あ……なんでもないよ!」
「そうか……」
 あからさまに焦りを見せたシャルルにラウラは不振に思いながら彼を見続けた。一夏は春樹の隣に座り、シャルルは一夏の前に座った。
 すると一夏はシャルルに向かって、コソコソと小さな声で話しかけた。
「おいシャルル、何か女の子ぽくなってたぞ、気をつけろ」
「うん、ごめん……」
 シャルルも小さなかすれた声で一夏に謝った。その光景をすぐ近くで見ていた春樹は「どうしたんだ」と問うと、「なんでもない」とたぶらかされてしまった。
 しかし春樹の表情はとても何かを知っているような感じで一夏の方を見ていた。
(な、なんだよ春樹……まさか、シャルルの秘密を知ってるんじゃあ……)
 一夏は春樹の方を見るが、何事もなかったかのように夕食を口に運んでいたので一夏は春樹の事をしばらく気にかけながら自分も食事を始めた。
「そういえばセシリア、お前なんか凄く嬉しそうだけど何かあったのか?」
「え? あ、それはですね――」
 そうセシリアが言いかけたとき、また皆がよく知る二人が現れた。
 篠ノ之箒と鳳鈴音である。
「なんだ、皆一緒に食事を取っていたのか」
「なによ皆……言ってくれればいいのに……」
 鈴音は不機嫌そうに言葉を吐いて、そしてまた二人も夕食を持ってテーブルを囲むように座る。箒は一夏の隣に、そして鈴音はシャルルの隣に座った。
「ま、皆でこうやってご飯食べれるなら、いっか」
 鈴音はやはりとても優しい子だ。鈴音は今箒から相談を受けている。もちろん一夏についてである。以前は春樹に頼っていたが、やっぱり箒が転校してしまった後に入れ替わるかのようになったが、その時から鈴音は一夏の事はよく知っているのだ。
 一応、彼女も中学校二年生で転校してしまい一夏と春樹とは離れ離れにはなってしまったが、小学校から中学校まで長く付き合っていた仲だ、大抵の事はお互いに結構分かってしまう。
 しかも鈴音は女の子だから、そこからの視点の方が箒にとっても良い事だろう。やっぱり男からだけの言葉より、女性からの言葉も聞いたほうが断然良い。春樹もこのことには賛成してくれた。鈴音なら心配は要らないと、自分なんかより役に立ってくれると言ってくれた。
 しかし、鈴音には好きな人はいないのだろうか、そう思う箒。
 自分には色々と協力してくれる鈴音だし、自分の親友だ。彼女とはお見舞いを繰り返しているうちに自然と仲良くなっていったが、一方的に相談に乗ってくれるだけで、彼女からの恋沙汰の話はしたことがなかった。
 鈴音も年頃の女の子だ。恋の一つや二つあってもおかしくはない。
 今はシャルルの隣に座っている。確かに彼は紳士的でとても良い人であるが、鈴音は実際の所箒には知る由もないが、見たところシャルルに対しては特別な感情を抱いてはいないと思われる。
 特に変なアクションも起こさず、楽しそうに皆と話して食事を取っている。彼女は恋愛より友情をとる人なのだろうか、箒の脳内にはそんな思考が流れる。
「ん、どうしたの箒? 」
 鈴音は夕食に手もつけず、何か考え事をしているような顔をしている箒に声をかけたが、箒は「なんでもない」と答えて食事を取り始める箒。
「なにかあったら私が相談に乗ってあげるからね」
「うん。ありがとう鈴」
 男二人に女五人。この七人はその後も笑いが絶えない夕食が続いた。
 その光景は正に青春という言葉がピッタリで、高校を卒業して大学やら就職した人がもしこの光景を見たなら、もう一度高校生活に戻りたいな、と思うような……そんな微笑ましい光景だった。

  3

 次の日の七月二日、日曜日。シャルルと一夏はショッピングモールへと来ていた。
 IS学園は外出する際も制服の着用が義務付けられているので、二人ともIS学園の制服である。
 シャルルはちょっぴり緊張気味。それもそのはず、実のところシャルルは女の子だからだ。「シャルル・デュノア」という名は偽名であり、本名は「シャルロット・デュノア」である。
 彼女はとある家庭の事情があり、男としてIS学園に編入してきた。その事情とは織斑一夏と葵春樹のデータを取ってくる事であり、接近しやすくする為に男に扮していたのだが、偶然シャルルの裸を見てしまい、一夏には女性である事がばれてしまっている。だから、彼と二人だけのときは女の子らしいところをちょっとは見せている。
 しかし、仕草などはしっかりと仕込まれているのか男そのものだが、一夏にばれてからはどことなく女の子らしいところがチラホラと見えてしまっている。その度に一夏に注意されているシャルル。
 今日、シャルルは一夏と一緒にお買い物に来ているわけだが、誰が見ているのかもわからないので、とりあえず「男の子」であるシャルルでいなくてはならない。
 しかし、男の子とデートなんて事を経験した事がないシャルルは緊張してしまって、動きがぎこちなくなってしまっている。
「シャルル、どうしたんだよ。緊張でもしてるのか?」
「え……な、なんでもないよ。さ、水着買いに行こうよ!」
 シャルルは誤魔化すように先行して歩く。
 ふと一夏が立ち止まり、
「シャルル、悪いけど先に行っててくれるか? 俺、他に買っておきたいものがあるんだよ」
「え……うん……わかった。早く追いついてよ!」
「わかったよ」
シャルルは先に水着売り場の方へと歩いていった。一夏はシャルルが見えなくなるまでそこに立ち止まり、そして、シャルルとは逆方向へと歩き出した。
 何故、一夏はこんな事をするのか。それは臨海学校二日目の七月七日は篠ノ之箒の誕生日なのだ。だから、一夏は彼女に送るプレゼントを買うためにこのショッピングモールへと来たのだ。はっきり言うと、一夏にとって水着はおまけのようなものである。
 色んな店を見て回り、箒には何をプレゼントすればいいのか悩む一夏。
(う~ん、どんなプレゼントがいいんだろうか……。そうだ、新しいリボンなんかどうかな……?)
 一夏は箒の事を思い出し、彼女のポニーテールを思い出す。彼女はリボンで髪をまとめている。だから、新しいものをプレゼントするのもいいかな、と思ったのだ。せっかく再会できたし、再会してから最初の誕生日なのだから。
(そういえば、あのリボン――)
 かすかに覚えている小さい頃の思い出。確か、今箒が使っているリボンも……一夏がプレゼントしたものだったはずだと、一夏はかすかな記憶を頼りにして思い出そうとしていた。だが、記憶が曖昧だ。はっきりと思い出せない。
(あのとき…………駄目だ、思い出せない。まぁいいや、今は箒へのプレゼントを買うことだけを考えればいいんだ)
 一夏はそう思って、そういった女性向けのものが揃っているお店を探して、中に入る。やはり女性向けだけあって可愛らしいものが沢山ある。すると、女性店員が一夏に話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
 その女性はとても若くで十代から二十台前半だろうか、エプロンを身に着けている。
「あ、すみません。髪を留めるリボンってありますか?」
「はい、ございますよ」
 若いがとても礼儀正しい女性店員。やはり、日本人のお客に対する接待というのはとてもしっかりしているのが分かる。外国の人がこの礼儀正しさに驚き、感心しているとは……外国の店員さんはどんな接待をしているのだろうか?
 一夏はリボンのカラーとデザインを良く見て箒が似合うと思うものをじっくりと考えている。
 篠ノ之箒はあの専用機『紅椿』のあの赤がとても似合っていたので、やはり赤が似合うかな? と思った。
 だが、赤と言ってもその赤色のリボンだけでまた何種類かあるのだ。またそこで悩んでしまう一夏。
 すると店員さんが、
「女の子へのプレゼントですか?」
「あ、はい。幼馴染への誕生日プレゼントです」
「そうなんですか、その女の子には赤が似合うのかな?」
「そう……ですね。でも、赤のリボンでも何種類かあって何が良いのか……」
 すると店員さんは微笑んで、
「ではこちらなんかどうです? 最近の流行なんですよ、こういったシンプルかつ可愛らしいデザインのものが」
 そう言って店員さんが手に取ってのは、ちょっと細めの赤色のリボンだ。特に凝った模様が入っているわけでもなく、だけどこれを箒がつけたら……と考えると、とてもいい感じに思えた一夏はそれを買うことを決意。
「じゃあ、それ買います」
「まいどありがとうございます。では、プレゼント用の包装にしておきますね」
「はい、ありがとうございます」
 一夏はそのお会計を済ませて赤いリボンが入っている紙袋を受け取った。そして、その店から出るなりシャルルが待っている水着売り場へと向かおうとすると、とある人物に出会う。その男は、一夏の見知らぬ男性。だが、その男は一夏の事を知ってるかのような目で一夏を見てくる。
 少し細身で、顔はイケメンと言ってもいいんだろうか……。髪は日本人のような黒い色で、見た目からしたらとてもいい人っぽい雰囲気がある。
 その男は一夏に近づいて、
「もしかして……葵春樹君かな?」
「え?」
「ああ、いや。人違いならいいんだ。そのIS学園の制服で男子って言ったら片方の手の指で数えれるしかいないから……そうじゃないかな、と思ってね」
「春樹と知り合いなんですか?」
「まぁ、知り合いって言うか……ある意味同じだね」
 その男は意味ありげに言った。という事は一夏の中で仮説ができる。この男は葵春樹となんらかの繋がりがあり、そして知り合いのようなものである。つまり、篠ノ之束の組織に何らかの関係があるということ。
 だが、この男を仲間と決め付けるのも早い。敵の可能性も考えなくてはならない。束さんや春樹が戦っている暗部の人物という事もかんがえなくてはならないのだから。
「そうなんですか、でも今日は春樹とは一緒じゃないんで……」
「そうなんだ。参ったな……まぁいいや、ごめんね、引き止めちゃって」
「いいえ、それじゃあ……」
 一夏は逃げるようにそこから立ち去り、男から距離を取る。
(なんだ、アイツ……春樹に教えないといけないな)
 一夏は水着売り場へと向かった。

  4

 一夏はメンズの水着売り場へと来ると、そこには春樹がいた。一夏は先ほどの男の事を早速伝えようと思ったが、ここで話さずIS学園に戻ったときに話した方が安全だと思い、先ほどのことはここでは話さないことにした。
「お、一夏か。お前もここに来てたのか」
「ああ。春樹は一人か?」
「いいや、ラウラとセシリアとで来たんだ。今は二人仲良く水着を選んでいるだろうよ。お前こそ一人か?」
「いいや、シャルルと来たんだ」
「そうか、アイツならさっきあっちで見かけたぞ」
 春樹が日々さす方向、それは昨日シャルルと二人で色々と調べた「トップス水着」のコーナーであった。
「そうか、じゃあ合流してくるよ」
「ああ、じゃあな」
 一夏はトップス水着のコーナーへと歩いていった。そしてさっさと水着を買った春樹はセシリアとラウラを待つだけだ。
 とりあえず状況を確認しようかな、と女性用水着売り場へと行ってみると、ラウラがセシリアに翻弄されていた。ラウラに似合あう水着は何なのかとあれこれ色んな水着を押し付けていた。
「お~い、まだなのか?」
 春樹は二人に向かって言うと、セシリアは素早く春樹の方を見るなり駆け寄ってきて春樹に詰め寄る。
「春樹さん! ラウラさんの水着はどんなのが似合うと思います?」
「って言われても……そうだラウラ、部隊の皆に聞いてみたらどうだ?」
「え……ハーゼ部隊の皆にか?」
「ああ。なんだかんだでお前は部隊長だからな、皆お前の事はしっかりと考えてくれるだろうぜ」
「……そうだな」
「おう。じゃあ、俺はあっちで一休みしてるからな」
 そう言って春樹は休憩所の方を指差し、そしてそこに向かった。ラウラは携帯電話を取り出して電話をかける。
 電話をかけた先はラウラが隊長を務めているIS部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』の副隊長クラリッサ・ハルフォーフ大尉の携帯電話である。
 電話が繋がる。
『もしもし、どうかしましたか、隊長』
「あ~、実はだな。今度臨海学校に行くのだが、そのときの水着を買うかとになってな……そこでどんな水着を買えばいいのか分からん。そこでハルフォーフ大尉からアドバイスを貰いたい」
『なるほど……では隊長が今所持している水着は?』
「学校指定のスクール水着一着だけだが……」
『なんですって!?』
 クラリッサはつい叫んでしまい、ラウラはあまりのうるささに携帯電話を耳から遠ざける。
「な、なんだ……ハルフォーフ大尉」
『し、失礼しました。ですが、それでは一部のマニアしか受け付けません。隊長はあの葵春樹という男性を意識しているのでしょう?」
「な、何を言う!?」
『失礼いたしました。とりあえず、隊長はこの部隊のイメージカラーである黒の水着を選んでください。黒が似合うお方というのは美しい女性である証拠。隊長にはそれだけの美しさがあります』
「う、美しい……?」
『そしてもう一つ……選ぶ水着はセパレート型女性用水着、つまりビキニにしてください。やはり無難かつ男性には効果的!』
「な、なるほど……黒のビキニだな……了解した」
『は! 御武運を……』
 そして電話を切るとそこにはセシリアはもういなかった、何処へ行ったのかと思うとセシリアは凄いスピードでラウラの前に再び現れる。彼女の手には黒いビキニが何種類か持っており、「さ、早く試着しましょう」と言わんばかりの目で見てくる。
「わ、分かった……試着してみるか……」
 ラウラはそう言って、セシリアと共に試着室へと向かう。

  5

 一夏とシャルル、春樹の三人は皆水着を買い終わり、後はセシリアとラウラに合流するだけだった。
 せっかくだから一緒にIS学園の戻ろうということになり、今はその二人を探しているところだ。
 女性用水着のコーナーへ三人が行ってみると、そこには見慣れた女性が二人。一人は黒髪にすらっとした体格をしており、とても美しい女性。そしてもう一人は少し身長は低く幼さが残る体格だが、胸だけは豊満である。
 実のところその人物は織斑千冬と山田真耶である。先生方も臨海学校のときに着る水着を買いに来たのだろう。
「あれ、織斑君に葵君にデュノア君!」
 山田先生はいち早く三人に気付き、声をかけてくれた。三人は先生の方へと近づき、
「三人も水着を買いに来たんですか?」
「ええ、でもオルコットさんとボーデヴィッヒさんも一緒に来たので、そろそろ買い終わったかなと思ってこっちに来た次第です」
 山田先生の問いにシャルルが答えた。すると、千冬が一夏と春樹に向かって、
「一夏、春樹、お前らはどっちの水着がいいと思う?」
 彼女が提示してきた水着はどちらもビキニではあるが、色が違う。黒と白、どちらの方が良いのか……。二人は間髪いれずに答えた。
「「黒だな」」
 あまりの即答にも動揺することなく千冬も「そうか」と言ってその水着を持ってさっさとレジの方へと持っていった。
 すると、セシリアとラウラがこっちにやって来た。
「一夏さんとデュノアさんも来てたんですの」
「ああ、まぁな。今先生たちと会ったところだ」
 すると会計を済ました千冬が戻ってきた。
「オルコットとボーデヴィッヒか。そうだ、皆お昼はまだ食べてないか?」
「まだですけど」
 春樹が答え、
「俺らもまだだな」
 一夏が答える。
 すると千冬は微笑んで、
「なら、一緒に食べに行かないか? 私が奢ってやる」
「良いんですか?」
 シャルルはそう言うと、千冬は。
「ま、せっかくだからな……山田先生もいいでしょう?」
「はい、もちろん。皆さん一緒に食べましょう」
 すると皆は顔を見合わせて、「はい」と一斉に答えた。
 一夏はこのときすっかり忘れそうになっていた先ほどの謎の男についての事だ。せっかく近くに居るのに話す事を拒んでしまう。なんかここで話すのは危険な気がするからだ。とりあえず、IS学園に戻ったら春樹に話そうと一夏は思った。
 そして、千冬と山田先生。一夏と春樹とセシリアとラウラとデュノアの七人は先生についていき、おいしいお昼ご飯を頂いた。



[28590] 第二章『青か赤の海 -Romance-』
Name: 渉◆ca427c7a ID:3799dadf
Date: 2011/06/28 20:56
1

 七月六日、ここは臨海学校。目の前には青い海に白い砂浜。そして、一日目は自由行動、つまり……海で泳ぐも良し、ビーチバレーをするも良し、日光浴をするのも良し、部屋で涼んでいるのも良し。だけど、ほぼ全ての女子は水着を持ってきているらしく、皆海を堪能する気満々である。
 ということで一夏は更衣室にて水着に着替えていた。ここにはシャルルもいる。シャルルは女の子だが、男の子の設定でこのIS学園にいるので、しょうがなくここで着替えている。一夏はシャルルが女の子だという事は知っているのでシャルルに気を使ってロッカー越しに着替えているし、誰かが来てもいいようにシャルルには外からは見えない位置で着替えてもらっている。
 シャルルは膨らんでいる胸を特製のコルセットで締め付けて隠している。そして、着替え終わった彼女は一夏に確認を取った。
「一夏、もういいかな? こっちはもう大丈夫だよ」
「そうか、こっちももう大丈夫だ、じゃあ行くか」
「うん」
 二人は更衣室を後にして外へと出る。そこには白い砂浜と青い海が広がっており、そして周りには……女の子しかいなかった。
 それもそのはず、IS 学園はISの事を教える場所、基本ISは女性にしか動かせないのだから当然である。
 しかし、例外というものがある、一夏もその一人だがもう一人……葵春樹はこの場にはいなかった。周りを見渡して本当にいないかどうか一夏は確認するもやはりいない。
「あ、織斑君とデュノア君だ!」
 とある女子がそう言った瞬間、周りの女子が一斉に一夏とシャルルの下へと走ってくる。この様子だと春樹がいないのは確かだろう。
「あのさ、春樹こっちに来てない?」
 一夏は尋ねるが、周りの女子は首を横に振るだけである。一夏はなんかあるのだろうか、とも思いながら、とりあえず今は海水浴を楽しむ事にした。
「おりむー凄い筋肉だねぇ……カッコいい」
 IS学園生徒会所属、布仏(のほとけ)本音(ほんね)。通称「のほほんさん」が一夏の腹筋にタッチしながらそう言った。
「まぁ……今まで春樹と鍛えてきたからな」
「へぇ~、じゃあ葵君もこんな筋肉なんだぁ」
「まぁな……」
 一夏の筋肉はやはり凄かった。これも今まで毎日春樹とトレーニングを続けた成果であろう。
「つーか、のほほんさんってこういうの好きだよなぁ」
 布仏本音は着ぐるみの様な水着を身に着けている。というか、水着なのかも怪しい代物だ。黄色いそのデザインは、とあるゲーム会社の電気を発する黄色いネズミを連想させる。
「いーちーかー!!」
 後ろからそう叫んできたのは鳳鈴音である。彼女はそう叫んだ後、ピョンと飛び跳ねて一夏の肩に乗っかる。
「っておい! あぶねえからいきなり飛びつくのはやめろよ。……はぁ、お前も変わってねぇな、いつもこういう事して俺と春樹を困らせるのは」
「いいじゃない、楽しければ」
 鈴音はそう言って一夏の頭に抱きつく。
「俺や春樹は楽しいとは限らねえよ……」
 周りの女の子達は驚いた後、「いいなぁ」という視線をぶつけてくる。困った一夏を助けてくれたのはシャルルだった。
「ほら鈴音下りて。早くみんなで遊ぼうよ」
 シャルルは「みんな」を強調して言うと、鈴音は反省したように。
「……そうね。ごめんね一夏」
「大丈夫だって、もう慣れてるからな」
 一夏は笑いながら答えるとそれにつられるように鈴音とシャルルもクスクスと笑う。
 するとそこへラセシリアとラウラも登場、セシリアは『ブルー・ティアーズ』と同じカラーである青い水着に腰にはパレオを巻いている。やはり彼女には青が似合っている。
 そしてラウラは黒いビキニであり、更には髪はいつもと違ってツインテールにしてあり、小柄な彼女の可愛さを更に引き立ててくれている。
「一夏さん、もういらしていらっしゃったの? あの……春樹さんはまだいらしていませんの?」
「ああ、春樹はまだいないみたいだな」
「僕達もさっき来たばっかりなんだ」
「そうなんですの……」
 セシリアが残念そうにしている最中、ラウラはなんだか一安心したような仕草。彼女はこういった格好は初めてなのだろう。しかも、これを春樹に見られるとなるとなんだか恥かしいし、ここにまだいないと分かってほっとしたんだろう。
(本当に春樹の奴何してるんだろう……、一応、買い物に行ったときの男の事は話したけど……そのことで何かあったのか?)
五日前、シャルルと一緒に水着を買いに行ったあの日、一夏は謎の男に話しかけられた。その男は春樹の事を知っていたようだったし、春樹を探していた。そのことをIS学園に帰ってきたときに話すと春樹は顔色を変えて何処かへと行ってしまった。恐らく束さんにでも連絡しに行ったのだろうが、そのときの顔色は芳しくなかった。
 言うなれば……絶望。本当にヤバイ感じの表情であったのは一夏の目に焼き付けるように残っている。
(春樹……お前は一体どんなことに首を突っ込んでいるんだ?)
 すると、鈴音から一緒に泳ごうというお誘いが来た。一夏は正直考え事に浸りたかったが、わざわざこんな青い海を目の前に考え事で時間をつぶすのもなんだと思って今は楽しむ事を優先させた。
 一夏は鈴音の下へと走って海へ入る。
(束さんの組織か……)
 あのシャルルとラウラが編入してきた直後だったか……あの時に春樹と千冬から話された篠ノ之束の組織、その勧誘。束さんの命が狙われている……。そして今までIS学園で起こった事件。春樹はその事件に関与して謎の無人機を倒し、ラウラのISの暴走を治めた。
 これが束さんの命を狙う奴らに関係があるのなら……。
(本当に、真剣に考えなくちゃいけないみたいだな)
 一夏は海へと飛び込んだ。

  2

 葵春樹は篠ノ之束と一緒に皆が遊んでいる海から少し外れた場所にいた。
 今回、篠ノ之束は春樹の『熾天使(セラフィム)』、一夏の『白式(びゃくしき)』、箒の『紅椿(あかつばき)』の専属メカニックとしてここに来ている。
 今回の臨海学校の宿泊研修の目的は広々としたところでのIS操縦訓練。専用機持ちは新しいパーツのテスト及び、ISのチューンアップが目的である。
 篠ノ之束はISの仕様が他とは違う『白式』『熾天使』『紅椿』の新パーツとチューンアップのの為に来た……というのは表の事情であり、本当の目的は、暗部組織が動き出した。という情報を少し前に手に入れた為、ここまで篠ノ之束は訪れたのだ。
 その情報とは、アメリカとイスラエルが協同して作られたISが明日、テスト運転をするというもの。そして、それに合わせて暗部が動き出したというものであった。
 暗部の奴らはそのISを悪用する可能性が高い事と、今までIS学園で起こった事件からして、今回もIS学園が来ているこの臨海学校がターゲットにされる可能性が非常に高いと予想、そのため篠ノ之束がここに訪れたというわけである。
「束さん、何故危険を冒してまでここに来たんですか? 本来なら安全な場所で待機して俺に指示を送ればいいのに」
「そうもいかないんだよね~、今回ばかりは。そのアメリカとイスラエルが協同して開発したっていうIS 、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』はスペック的に今の『熾天使』と『白式』、『紅椿』じゃあちょっとヤバイんだよね……。たとえ因子の力を行使しても……」
「因子の力を使っても……ヤバイ……!?」
 因子の力……それは、男性でもISを動かせる原因と見られているものであり、そしてその因子を持っているものがISを動かし、そして因子の力を行使したとき、ISのコアは通常より遥に強く操縦者と同調し、ISもといコアの本来の力を使うことが出来る。というのが篠ノ之束の見解であり、一つの仮説である。
「だから、こうやってこの束さんが来たってことなんだよね。だから用意してあるよ、『熾天使』のバージョンアップパーツと『白式』のバージョンアップパーツ。そして『紅椿』はリミッターを外さないとね」
 『紅椿』リミッターはそのISの本来の力をIS学園に知らされないようにするためにリミッターをかけて基本スペックを落としているのだ。何故なら『紅椿』は第四世代のISなのだから。
 この第三世代でさえ、実験機の域を出ないこの現在に、第四世代のIS……装備の換装無しでの全領域、全局面展開運用能力の獲得を目指した世代である。
 そして何を隠そうその第四世代IS『紅椿』のパイロット篠ノ之箒は春樹と同じその『因子』持っている者である。そして『白式』のパイロットである織斑一夏も同様にその『因子』を持っている。つまり、暗部に立ち向かえる事ができる者、ということになる。だから、その二人を束の組織に呼んだのだ。
「後それからもう一つ目的が……、箒ちゃんと一夏の私の組織への勧誘は直々にやりたかったからね。やっぱりこういうときは当本人がいないと駄目だと思うんだ」
「そうですか……、分かりました。とりあえず、何かあったときは俺が束さんを守りますよ。そのために俺はいるんですから」
 純粋な笑顔で春樹がそう言うと束はぎゅっと春樹の身体を抱きしめた。束は春樹の耳元で、本当に小さな声で「ありがと」とそう言って離れる。
 そして束は焦るように春樹にこう言った。
「じゃあ春にゃん、海に行こうか!」
「海って……水着は持ってきてるんですか?」
「もち!」
 束は笑顔でそう言うと海の方へと走っていってしまった。だけど、束はあんまり運動が得意ではないのか走る速度は遅かった。
 春樹はそんな束を見て笑うと、五日前の一夏の言葉を思い出す。
(俺の事を知っていた謎の男か……もし、束さんを狙う暗部の人間ならば早めに始末しなくちゃならない。もし仲間になれる余地があるのなら、そのときは仲間に入れたいし、全く関係のない人間ならほっとけばいい。ま、今は目の前の事だけを考えよう)
 春樹はそう思うと束の事を追いかけた。

  3

 織斑一夏は鳳鈴音と一緒に泳いで遊んでいた。シャルルは海岸でビーチパラソルの下でクラスの女子とお話をしながら涼んでいる。
「一夏、競争よ!」
「あ、ちょっと待て!」
 一夏と鈴音は競争だ何だと無邪気に遊んでいた。が、このとき鈴音の身に危険が忍び寄る。
「!?」
 なんと、鈴音の足がつってしまったのだ。足が思うように動かせない、そして今いるところは足が底につかないような海だ。
 当然、溺れかけてしまう鈴音だったが、このときの一夏の対応が早かった。
 一夏は鈴音の違和感を感じ取り、すぐさま溺れていると判断し、鈴音の下へと急いで泳いだ。
 じゃばじゃばと必死にもがいて水上へと上がろうとしている鈴音を一夏は背負うように背中に乗せてあげた。
「い、一夏……ありがとう……」
「どうしたんだよ……鈴」
「ちょっと足がつっちゃって……あはは……」
「ったく、笑い事じゃねぇだろ、溺れてたじゃねえか」
「大丈夫、ギリギリのところで一夏が助けてくれたから」
「そうかい、とりあえず沖まで行くぞ、しっかりつかまってろ」
 一夏は上手く鈴音が水面より上になるような形で泳いでいく、岸が近づく最中、鈴音は強く一夏の背中を強く握り締めていた。多分、物凄く怖かったのだろう。
 しかし、それもそうだろう、死ぬか否かの瀬戸際だったのだから。
 岸までつくとシャルルが出向いてくれた。鈴音は大丈夫だから、とは言うものの、しばらくは安静にしてクールダウンした方が良いと説得して、ビーチパラソルの下で休ませた。
「はい、鈴音」
 シャルルは鈴音に冷たい飲み物を渡した。鈴音はありがとうと感謝をしてそれを受け取ると一口飲んだ。
 鈴音は海をぼけーっと見ていると、一夏が鈴音の下へと来てくれた。
「どうだ、鈴。落ち着いたか?」
「うん、まあね」
「俺も少し休憩だ」
「あ、飲み物飲む? 一夏の分もあるよ」
「すまないな、シャルル」
 一夏はシャルルから飲み物を受け取るなりゴクゴクと音を立てながら飲んでいく。
 するとそこに織斑千冬と山田真耶が水着姿で登場。山田先生はその豊満な胸で、男の子を悩殺。そして千冬はそのスタイルの良さと、黒いビキニでこれまた男の子を悩殺できるだろう。
 と言ってもここに男子は一人しか居ないのだが……。
 一夏は無駄に無反応、逆にクラスの女子の方がスタイルが良いだの何だのって盛り上がっている。やっぱりそういう事は女の子の方が盛り上がりやすいのだろう。男の子がそういうことで盛り上がれないのは精神年齢的にやっぱり幼い部分があるからなのだろうか……?
「先生達も泳ぎに来たんですか?」
 シャルルがそう尋ねると、
「まぁな、せっかく水着も買ったんだ。少しぐらい泳がないとな」
 千冬がそう答える。
 そして、一夏はその千冬の黒いビキニをつけた千冬を見てしみじみと思った。俺と春樹の目に狂いはなかった……と。
「そうだ、先生。ビーチバレーやりません?」
 とある女子が提案すると、みんなは大盛り上がり。クラスの皆でやりましょうやりましょうと先生達を急かしてくる。クラスの皆の勧めで千冬は山田先生と話した結果、二人ともやるという事に。
「おりむーも一緒にやろ~」
 布仏本音が一夏を誘う。もちろん断る理由もないし、むしろやりたい気持ちはあったので、シャルルと鈴音、セシリアとラウラも誘ってバレーボールをする事にした。
 だが、ここにまだいない人物がいる、春樹と……箒だ。
(そういえば、春樹はともかく箒まで……どうしたんだろう……)
 海で遊んで良い時間になってから随分と時間が経っている。
 すると更衣室の方から新たに二人が現れる。一人は皆が見慣れている人物である葵春樹に、もう一人はほとんどの人が知らないであろう篠ノ之束であった。
「やっほ~、ちーちゃ~ん!」
 と、砂浜を走って千冬の下へと行こうとしたが、砂に足を取られてその場に倒れてしまう。春樹はクスッと笑って、束の下へと行き、「大丈夫?」と声をかけると、
「アイテテテ……あははは……私って本当に運動音痴だよね」
「その分、頭は誰よりも良いでしょう?」
 春樹はそう言うと、
「そうだなぁ……恐らくこの世でもトップクラスの頭の持ち主だろうな」
 と、千冬は束の近くまで来てそう言った。
 今この海にいる人たち何人がこの運動音痴が誰なのか正しく認識できている人は何人いるだろうか?
 いや、たとえ分かっても信じられないだろう。ISの生みの親で、現在行方不明とされている篠ノ之束が目の前にいるのだから。
 しかも白いビキニの水着で。
 そして春樹がとその篠ノ之束が一緒来た……いろんな意味で怪しいと思う生徒一同。ただ一人の生徒を除いて。
「何故お前がここにいる?」
 千冬は質問をするが、束はその質問を無視して千冬に質問をした。
「ねえねえ、箒ちゃんは?」
「質問をしているのはこっちなのだがな……」
 そう呟いて周りを見渡すが、肝心の箒がいなかった。
「織斑、箒を知らないか?」
 一夏は千冬の質問に頭を横に振って否定した。
「いいえ、俺もさっきいないのかな、と思って周りを見渡していました」
「だそうだ、どうする束?」
「大丈夫、そのうち来るだろうし。たとえ来なくても急ぎの用事じゃないから」
 と束は言いながら一夏の方を見てニヤニヤと笑い始めた。やはり、自分の実の妹の好きな人ぐらいちゃんと把握しているようである。
しかしその可愛らしい顔が台無しになるぐらいにニヤけている為、それを指摘するべく春樹は言った。
「束さん、ニヤけ過ぎですよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
 すると束は顔を赤らめて、急に春樹の事を直視できなくなってしまう。
 春樹はそんな束を見て、どうしたのだろうかと疑問に思いながら、彼女に近づいてどうしたのか聞こうとしたそのとき束は春樹の腕に抱きついた。春樹はどうしたのかわけが分からなくなる。
 しかも今の格好は水着だ。肌を覆っている布はそれはもう薄く、そして束の豊満な
胸も春樹の腕にしっかりと押し付けられていた。
「もう春にゃんったら、そんな事言ったらこの束さんでも照れてしまうのですよ~」
「た……束さん……み、皆が見てますよ……」
 春樹は周りの皆の反応を見て顔を青ざめた。皆に大きな衝撃のせいで口をあけて唖然とし、黙り込んでしまっている。一夏も、千冬も春樹と束ののその状況を見て驚愕してしまった。
 束は生徒達の方を見て、何やら勝ち誇ったかのような笑み。
 そして、ラウラは何故だか春樹の事が遠ざかったかのような感覚に襲われてしまう。ただ、あのときの……ドイツ軍基地の襲撃のときのターゲットになったISの開発者である女性が春樹に好意を向けているだけだというのに……。彼女が春樹を好きになってしまうのは自然だというのに……。ラウラは何故だか空虚感に襲われる。
 そして、セシリアもラウラと同じような感覚に襲われていた。自分の好きな男性が他の女性と仲良くしている。しかもその女性が春樹の腕に抱きついている。この事によるショックはとても大きく、そして自分の気持ちが何処へ向かえばいいのかが分からなかった。
一夏は久し振りに束さんに会ったと思ったらいきなりこれで唖然としたし、千冬も同様な理由で唖然としている。
 シャルルは……密かにあんな風に積極的になりたいと思っていた。
「とりあえず、バレーやろうよ。皆もやろうとしてたんでしょ?」
 束はそう言うと、皆もじゃあ皆でやろうと言い出した。せっかく春樹も来たし、ISの開発者さんが来てくれたから、ということで皆でバレーをする事に。
 ジャンケンでチームを作った結果、一夏のチームは「シャルル」「鈴音」「千冬」で、春樹のチームは「セシリア」「ラウラ」「山田先生」である。束は春樹を応援する、と言っていたので見学している。
 この四対四の戦いが切っておろされる。

 などという楽しい海水浴はこれで幕を閉じた。
 結局最後まで海水浴場に来なかった箒は何をしていたのだろうか、疑問に思った一夏と春樹、そして束であったが、それはこの後の夕食で理由を聞くことにした。

  4

楽しい海水浴が終わり、温泉も堪能して今は夕食時。一夏達のクラスのみんなは一つの大部屋で夕食を取っていた。
 その夕食とは刺身やすき焼きといった豪華なものであった。
一夏は箒とシャルルに挟まれて座布団に座っている。一夏は隣の箒に話しかけて、海になんで来なかったのかと聞くと、気分が乗らなかったからとしか返してこない。
箒はぶつぶつと何かを言ったような気がした一夏だが、なんだか機嫌が悪そうな感じがしたのでそっとしておく事にした。
 一方春樹はテーブルを前に椅子に座って夕食を取っていた。隣には左隣にはラウラが、右隣にはセシリアがいる。
 セシリアとラウラは正座に慣れていないので、一緒に食事を取る事になった春樹の彼女達への気遣いだろう。
 皆でわいわいと食事を楽しんでいると、部屋にとある女性が乱入してきた。頭にはウサ耳の形をしたカチューシャのような機械を付けており、浴衣姿の篠ノ之束が。
 いきなりの乱入に箒は驚いてしまう。自分の後ろには行方不明だったはずの姉がいるのだから。
すると束は春樹の下へと歩いていき、そして春樹に後ろから抱きつきながら、
「春にゃん、話があるから、後でロビーで待ってるね」
 それだけを残して、みんなの部屋から出て行った。いきなりの事でさっきまでの楽しい雰囲気がなくなってしまっている。とても静かになってしまった。
 春樹は今の束にはちょっとしたムカつきを覚えてしまった。せっかくクラスで他の悪しくしていたのにこんな空気にして帰っていった。今の行動は何の為だったのか……。そう春樹は考えていると、セシリアがとてつもなく元気なさげな顔をしている事に気がついた。
「大丈夫か? 気分優れないのか?」
 と春樹は聞くとセシリアは「大丈夫」と答えるのだが、表情は何一つとして変わっていなかった。
 そして春樹は悟った、今までのセシリアの行動と、束が目の前に現れてからのその態度。もしかしたら……春樹はなんとなく、核心は持てないにしてもそう思ったのだ。
 春樹はセシリアの耳元に顔を持って行き、吐息多めでコソコソと話し始める。
「セシリア、あのさ……夕食の後に俺の部屋に来てくれないか? 話したいことがあるんだ……」
 セシリアはピクッと身体を震えさせ、顔を赤らめて春樹の方にゆっくりと向き直る。そこには微笑んでいる春樹の顔があった。
 セシリアは心臓をバクバク言わせながら、「はい」と答えて首をゆっくりと縦に振った。
「ありがとう、じゃあ待ってるから……」
 春樹は席を立って、この部屋から出ると束が待っているロビーへと向かった。
 廊下には誰もいない。恐らく、他のクラスは温泉に入っているだろうし、それ以外のクラスも皆自分達と同じく食事の時間だ。誰とも遭遇するわけがない。ただ、先生は別だが。
 さっき夕食を食べていたところからロビーは非常に近い。歩いてすぐだ。
 ロビーまで出ると、そこには束がさっきと変わらぬ姿で立っていた。彼女は春樹が来たのを確認すると春樹の下へと走って抱きついた。
「待ってたよ、春にゃん!」
 元気よく、子供らしく言う束。だが、春樹はそんな彼女とは対照的に物静かにぼそりと呟いた。
「束さん……なんで……」
「え?」
「なんで皆で楽しく夕食を食べているときにあなたが来るんですか?」
 束は春樹の態度を見てびびってしまい、春樹の身体から離れると、彼の顔を見る。その表情は明らかに怒っているのが分かる。
「それは……春にゃんに話があったから……」
「なら、メールで連絡すりゃいいでしょう? わざわざあそこに来る必要性なんてないでしょう?」
 束は何の言葉も返せない。春樹は続けて、
「あなたがあそこに来た事で楽しい雰囲気が台無しだ。この行事はね、重要な高校生生活の思い出になりうるものなんですよ? 束さんがあそこであんな行動をするから、それで楽しい雰囲気が壊れてしまったんですよ」
 海のときとはシュチュエーションがまた異なる。あの場は単純に遊びだったし、その場のノリが良かったので特に雰囲気は悪くはならなかった。
 確かに、一部の人の元気がなくなってしまったのは否定できないが、全体の雰囲気はよかったのは事実だ。
 しかし、さっきの行動は……あれは食事中だ。束の行動に食事中ということもあってか不快に思う人も多いだろう。
「これは一応IS学園の行事の一つなんです。ISの開発者であるから、俺達の専属メカニックであるからといって好き勝手やってもいいってわけじゃないと思うんです」
 束は一歩下がる。やはり何も言えない。
「それで、話ってのは?」
束は春樹のその聞き方には冷たさを感じた。いや、いつもより言葉に温かさがない。完全に怒っている様だった。
 束は弱々しく、
「明日……暗部が動き出すから……気をつけてね……それだけ」
 そう言ったときの束の表情はとても不安に満ちて、本当に春樹の事を想っているのが伝わってくる。春樹はそんな束を見て心臓がバクバクし始める。
「……わかった。ありがとう。あと、気を付けるのは束さんもだよ」
 春樹はそう言った後、自分の部屋の方へと走っていた。そして、そこに残った束は遠のいていく春樹を見て不安な気持になる。もうこれ以上会えなくなる様なそんな気がして……。
 春樹は自分の部屋へと走る。自分の気持ちがどうにかなりそうだった。わけがわからない。この気持ちは何なのか……春樹には分からなかった。
(何だよ、この感じは……こんなの初めてだ……)
 すると、鈴音から電話がかかってきた。春樹はその電話に出る。
「もしもし、なんだよ鈴音」
『なんだよって……あんた忘れてんじゃないわよ! 箒の事、忘れてるんじゃないでしょうね!?』
 箒の事とは、今日の海水浴のとき鈴音と話して計画されたことである。名づけて「一夏と箒の距離を一気に縮めてみようぜ作戦」……そのままである。
 要するに一夏と箒が二人きりの状態を作り出していい感じの雰囲気にしようというありがちなものである。
『こっちは準備OKだって言うのに……そっちはどうなの?』
「わりぃ、これからだ。大丈夫、上手くやるから」
 鈴音は笑いながら、
『ちゃんとやりなさいよね、まぁ箒もちょっと緊張しててリラックスさせるまで時間が少しかかるからそんなに急がなくてもいいから』
「了解、じゃあな」
『うん』
 通話を切ると、また再び自分の部屋へと向かう。部屋は一夏とシャルルと一緒の三人部屋である。
 春樹は自分の部屋に戻ると、そこには一夏とシャルルの二人が既に部屋に戻っていた。
 春樹は早速箒と合わせるべく、一夏にむかって言った。
「一夏、箒が呼んでたぞ。ロビーまで行ってこい、アイツが待ってるから」
 一夏の場合、この際ストレートに用件を言った方がいい。一夏の場合、変にひねって言うと変な誤解を招く可能性が大いにあるからだ。
 一夏は、「そうか」と言って何の疑問も持たずに部屋から出て行く。そして、春樹的にはシャルルもこの部屋から出て行って欲しかった。何故ならこの後セシリアがこの部屋にやってくるからだ。このとき春樹は何故この部屋に呼んでしまったのか、と後悔したが、それはもうしょうがないとして済ませた。
「シャルル、実は……セシリアと重要な話をこの部屋でしたいんだ。だから悪いけど……お願いできるか?」
「ふふ……いいよ。どれくらい?」
「そうだな……長くて二十分ってとこかな」
「ちょっと長いね。でもいいよ、その辺ぶらぶらしてるから」
「すまないな……」
 そして、シャルルもこの部屋からいなくなる。これでこの部屋には春樹一人だけになった。シーンとする自室。テレビも電源をつけないで本当に静寂に包まれる。
(束さん……なんで、そんな悲しい顔を?)
 春樹が真っ先に思い浮かんだのは束さんだった。何故自分が束さんのことでさびしい感じになってしまうのか分からなかった。
 だが、これからセシリアがこの部屋に来る。しっかりとお話をしなくちゃと思う春樹。彼はセシリアの好意には気付いていた。
 彼女はイギリスの女性らしく、褒めると恥かしがりながら「よしてください」と言って謙遜する。
 特に春樹がISで褒めたりすると特に恥かしがるし、この前の買い物だってそうだ。春樹と一緒にお出かけできると思って嬉しがっていた。
 どっちかというと、あの時はラウラにずっと構っていたのだが、でもよくセシリアと視線が合ったのは事実。視線が合うと決まって彼女は自分から視線をそらしていく。
 そして今日の出来事、束さんと一緒に出てきた春樹……そして束と話していたとき、セシリアはなんだか寂しそうな顔をしていたのを覚えている。
 だから、そのことの確認を取って、そしてその話の決着をつける為に彼女を呼んだのである。

  5

 織斑一夏は春樹に箒がロビーで待っていると教えてくれたのでロビーに向かうべく廊下を歩いていると、セシリアに会った。
「お、セシリアじゃねえか。どうしたんだ?」
「いえ、ちょっと……」
 セシリアは誤魔化すように笑って答えると、彼女も一夏に問う。
「一夏さんこそどうしましたの? 一人で」
「まぁ……ちょっとな。箒に呼ばれてんだ」
「……そうなんですの」
 セシリアはビクッと身体を震わせたかと思うと何事もなかったかの様に話を進める。彼女はふと箒の事を思い出す。
 箒はどう考えても一夏の事が好きだ。詳しく聞けば小学校の頃は一緒だったみたいだし、このIS学園において六年ぶりの再会という事もあってか更に箒は一夏の事を意識してしまったのだろうとセシリアは考査した。
「まぁ、なんだ。お互いに人待たせてるみたいだし、これで……」
「そうですわね。それでは」
 セシリアがそう言って、一夏とは逆の方向へと向かう。一夏は一体何処に行こうとしているのか分からないが、とりあえず箒を待たせているので急いでロビーの方へと向かう。
 一夏は色んな生徒とすれ違い、ちょっとした視線を受けながらロビーへと着くと、箒はロビーにある椅子に腰掛けて、一夏が来たのを見つける。
 箒は一夏がやって来たことに気がつくと顔を赤く染めながら身体を硬くする。心臓が無駄にドキドキしながら一夏が近づいてくる。
「よぉ、箒。待たせたか?」
「い、いや……大丈夫だ」
「そうか。で、なんだよ用事って」
「えっと……とりあえず夜風に当たって散歩しながらでいいか?」
「ああ、いいぜ」
 一夏と箒の二人は旅館から出て行く。目の前には月で照らされてこれまた美しい海が広がっている。今は雲ひとつなく、しかもそれなりに涼しい、というちょうど良い環境。夏にしては凄く過ごしやすい気候だ。
 二人はしばらく歩き、旅館から離れて人の雰囲気も感じられなくなったところで二人は地面に座って海を見ながら黙っている。
 ちょっとの間、この幻想的で美しい海を見ながら、箒は言った。
「い、一夏……明日は何の日か覚えているか?」
 明日は七月七日……つまり、篠ノ之箒の誕生日なのである。
 箒は期待していた。一夏が自分の誕生日を忘れているはずがない。卑しいかもしれないけど、何かしてくれるだろうとそう思っていたのだ。
「当たり前だろ、幼馴染の誕生日くらい覚えているさ。ガキの頃皆で祝っていただろ、春樹と一緒にさ」
「そうか……そうだったな……」
 一夏が言った言葉は正に箒が望んでいたのと同じ言葉だった。箒は妙に身体が熱くなるのを感じながら、気分が高まっていく。
 すると、一夏は思い出し笑いをしながら、
「そういえば、覚えているか? 箒の誕生日のときにさ、春樹がくしゃみかなんかしてケーキのロウソクを消しちまった事」
「ああ、あれか。あの場は皆で笑っていたな。今となってはいい思い出だ」
 箒もそのことを思い出して笑う。そして、落ち着いてくると、箒は髪を留めているリボンに手をやって、思い出に浸るようにした。そして一夏に聞く。
「……これの事、覚えているか? 私の八歳の誕生日にこのリボンをプレゼントしてくれた事」
一夏は箒がリボンの事を言っているのに気付き、
「もちろん。忘れるわけないじゃないか」
 箒は一夏の顔を見つめながら、
「私はな、一夏がこのリボンをプレゼントしてくれたとき、本当に嬉しかったんだ。一生大事に使うんだってその時決めた。だから、今でも大事に使っているんだ」
 一夏は正直、箒が言ってくれたことはとても嬉しかった。凄く前のことなのに、箒は忘れずに、しかもそのときのプレゼントをずっと使い続けてくれたのだ。大事に使ってくれた。一夏は逆に感謝したい位の気持ちになる。
「ありがとう箒。そんなに大事に使ってくれて」
そして箒は黙り込む、一夏の方をチラチラと見ながら、それから息を大きく吸って一夏の方をしっかりと見る。
「……一夏……明日、大切な話があるんだ、だからその……明日の夜、時間を空けておいてくれないか?」
「え? いいよ、大丈夫だ」
 箒はこのとき決心していたのだ。明日、一夏に告白する事を。しかし、正直こうやって真正面から言うのはとても恥かしい。春樹には真正面からぶつからないと一夏を振り向かせるのは難しいと聞いていたのでやってみたものの、やはりこうやって言うのは恥かしかった。
 そして一夏は、目の前の少し顔を赤くしながら、そして恥かしがっている箒を見てドキッとしてしまう。このとき彼は箒の事がいつも以上に可愛く写っていた。
 そんでもってその大切な話というのも変な期待をしてしまう一夏であったが、もしその期待が外れてしまったならば虚しく感じてしまうだろうと思って必死で自分を騙そうと平常心を保とうとしていた。
「じゃ、じゃあ、おやすみ。また明日な」
 箒はそう言ってその場から立ち去ってしまう。箒はこの場から一秒でも早く逃げたかったのだ。そうしないと自分を保つ事が出来なくなりそうだったから。
 そして一夏はその場から立ち去って行く箒の後姿をじっと見ていた。さっきから変に箒の事を意識してしまう。変な気持ちだ。
 今まで幼馴染だと思っていた箒をこういう風に感じることはこれが初めてだった。 
 もはや一夏はこのとき箒を一人の女性として見ていた。
 この感情は何なのか、これが恋というものなのか、これが人を好きになる事なのかと一夏は思う。
 そして、一先ず部屋へ戻ろうとしたそのときだ。とある女性の泣いている声がかすかに聞こえてきた。後ろの木の陰から聞こえてくる。いつからいたのだろうか、そう思いながら一夏はその泣いている声の下へと行ってみる。なんとなく聞き覚えのある声だったような気がしたからだ。
 すると、見覚えのある女性が見えた。その女性は篠ノ之束。すると束は近づいてきた一夏に気付く。
 泣いているところが見られた。もう何がなんだかわかんなくなった束は一夏に抱きつく。
「ちょっと、束さん!? どうしたんですか、いきなり……」
 束は涙を流して、そして苦しそうに声を出した。
「春樹に嫌われたかもしれない……もう、駄目かもしれない。一夏ぁ……私、どうすれば良いと思う……?」
「どう、って……」
 一夏は何でこうなってしまったのか、よく分からないのだ。春樹に嫌われた、もう駄目かもしれないというのはどういうことなのか、その理由を束に詳しく聞いてみる。すると、束はゆっくりと一夏から離れる。
「あのね、さっき……春にゃんに怒られちゃったんだ……。なんで食事中にあんな事をしにきたのかって」
 確かに、食事中に束が来てそして春樹と何かを話した後、束は部屋から出て行った。そのときの春樹はなんだか不機嫌だったのを一夏は覚えている。
 たぶん、あの時クラスの皆が静まり返って雰囲気が悪くなってしまったことに怒っているのだろう。
 一夏は束の気持ちは確証は持てないが分かっていた。恐らく束は春樹の事が好きだ。何故好きになったのかは一夏には分からないが、海の事とか、食事中に春樹に抱きついた事とか見ていれば一目瞭然である。
 これまでも束と会う機会が多かった様である春樹は何らか事があるのだろう。しかし、この二人は付き合っている。という事ではなさそうだ。
 そして束ねも、異性を好きになる事はこれが初めてなのである。
 そう、これは初恋。
 初めての恋というものはやはり経験がないせいか上手くいかないものである。しかも相手は春樹。一夏の知る限りでは彼は未だ女性と交際したことがないはずである。
「絶対に嫌われたよ……どうしよう……ねぇ、どうしたらいいの!?」
 束は若干ヒステリックにそう言った。
「束さん。大丈夫ですって。春樹はきっとこの程度で人を完全に嫌うという事は無いと思いますよ。アイツはちゃんと自分のやってしまった過ちを反省したら、何事もなかったかのように次からは接してくれます。春樹はそういう奴ですよ」
 この前のラウラ・ボーデヴィッヒのときもそうだった。一度は道を踏み外してしまったが、その後ちゃんと反省し、そして今では春樹とラウラはもう仲良くやっている。そして一夏たちとも友達になれた。もうラウラは一夏達の大切な仲間だ。
「……ありがとう、一夏。私、ちょっと元気出てきたよ、ありがとう」
「いいえ、色々と頑張ってくださいね」
 束は自分を励ましてくれる一夏には感謝していた。
 そして、一夏には自分の組織に入ってもらう人物。という事は、今後春樹の事で相談できそうだな、と思っていた。
 そしてもう一つ。明日には一夏と箒には重大な責務を負わせる事になってしまうかもしれない事を、申し訳ない気持ちなっていた。
 すると、一夏はあることを聞いてみる。
「束さんは結局、春樹のことが好きなんですか?」
「うん!」
 一夏の質問に束は笑顔で、そして元気良く、力いっぱいにそう答えた。

  6

 箒は旅館へと戻ると、辺りを見回し誰かを探している様子の織斑千冬に出会った。箒がどうしたのだろうかと千冬に近づくと、彼女は箒を見るなり、
「ああ、篠ノ之。一夏を知らないか?」
 と聞いてきた。箒はさっきまで会っていたので、何処にいるのかはわかる。だから、正直に何処にいたのかを話す。
「え……ああ、さっきまで会ってましたよ。一緒に夜風にあたってました」
「そうか。すまないが、呼んできてくれないか?」
「あ、はい。分かりました」
 箒は一夏を探す事になったので、再び外へと出る。さっきまで一夏と一緒にいた所まで歩き、その付近を捜す。
 しかし、見当たらない。もう旅館へと戻ってしまったのだろうか、と思うが、戻ったのなら自分とすれ違ってもおかしくないと思ったので、まだこの辺りにいると予測する箒。
 すると、森林の方から声が聞こえてくる。一夏の声のような気がしたので、もしかしたらと思い、その声のした方へと行ってみる。そこには一夏と、自分の実の姉、篠ノ之束がそこにいた。二人とも身体が妙に近く、そして二人とも笑顔で話し合っている。このとき、箒は嫌な気持になった。自分の好きな男性が他の女性、しかも自分の姉と知らないところで、二人きりで楽しそうに話をしている。人目につきにくいところで。一夏と束の二人は寄り添っているようにも見えた。
 こんな状況であるから、マイナスな思考に陥ってしまう箒。その原因の一夏の事も別にやましい事でもないし、ただの人生相談の様なものだから責められない。こればっかりは誰も悪くなく、タイミングが悪かった、としか言えないだろう。
 箒はそんな光景を見て目から自然に涙が出そうになる。自分の気持ちがモヤモヤしたものになり、自分の感情もわかんなくなる。頭の中は混乱して何を考えていたのかも忘れて思考停止に追いやられてしまう。
 箒はその場から逃げ出す様に旅館へと走る。
 旅館へと戻ると、千冬が話しかけてくる。
「篠ノ之、一夏は見つかったのか?」
 しかし、箒はこんな状況で言えるはずもなく、
「いいえ。すみません、見つかりませんでした」
 と答え、すぐさまその場から去る。今にも涙腺が崩壊しそうで、誰にも涙を流しているところは見て欲しくないからだ。だけど、誰かを頼りたいのも事実。箒はこんなときに頼れる人物といえば春樹か鈴音だが、今回ばかりは女性である鈴音しか頼りに出来る人がいない。人気がいないところ、もう皆入浴時間が終わっていて誰も来ないであろう風呂の方へと向かった。そして鈴音に電話をする。
「鈴……」
 そしてついに涙腺が崩壊してしまい涙が溢れてくる。鈴音派は涙声になっている箒の変に思い、
『箒どうしたの? ねぇ今どこにいるの? 今から箒のところに行くから』
「お風呂のところだ……」
『分かった、お風呂ね』
 そう言うと鈴音の方から電話を切った。
 そして箒は近くにある椅子に座り込みあふれ出てくる涙をどうにかしようと必死に涙を押さえ込もうとする。だが、止まることはない。止まってくれない。自分では止まって欲しいと思っているのにも関わらずだ。
 必死に自分の感情と戦っていると、鈴音が来てくれた。鈴音は箒を見るなり駆け寄って箒の事を優しく包み込んだ。
 鈴音の顔の横に箒の顔が来る。ボロボロに泣いていた箒の顔はせっかくの美人が台無しになるほどだ。
「箒、どうしたの? こんなになるまで泣いちゃって……」
 鈴音は内心焦っていた。つい先ほどまで「一夏と箒の距離を一気に縮めてみようぜ作戦」とか言って二人きりさせた。そして今目の前には箒がボロボロに泣いている。最悪の事態も予測した鈴音は自分のせいで……と思い、深刻に考えてしまう。
「一夏が……姉さんと……」
「箒のお姉さん……一夏と束さんがどうしたの?」
「一緒に……楽しそうに話していたんだ……寄り添いながら」
 鈴音は何かの間違いだろうと思った。まさかあの二人がそんな関係になるとは思えないからだ。
 とは思ったものの、束と一夏は小さい頃から知り合っていた様だし、可能性があることは否めない。だが、長い間会ってもいないのに、いきなりそんな関係になるとは考えにくい。
 なんだかんだ言って一夏はそういう恋愛事は真面目に考える人で、そういう色恋沙汰に敏感になる中学生のときも、そういうことは真剣に考えていた。
 はっきり言って一夏は容姿も良いしモテる。だが、今まで一夏は女の子と付き合ったことがなかった。本人曰く、付き合うなら本気で好きになった人にしたいと言っていた。たかが中学生のお遊びの様な付き合いに対しても良く考えていた一夏。そんな彼がお互いの事をあまり知っていない束の事をすぐさま好きになるのだろうか、と思うと首を捻りざるをおえない。
 だが、本当に一夏の初恋が束だったとなれば洒落にならない。箒の事を更に悲しませてしまう。
 鈴音はそんなことあるわけない。と自分に言い聞かせて「大丈夫」だと思い込ませていた。
(一夏なら、箒の事を真剣に考えてくれているはず……)
 鈴音は一夏が箒にプレゼントをちゃんと用意してあることを知っている。前に相談を受けたからだ。だから、一夏は箒の事を想ってくれている。そういった確信を持っていた。
 ただ、このタイミングでそれを言うわけにはいかない。だが……。
「箒、明日はアンタの誕生日でしょ。もしかしたら、一夏が何かくれるかもね」
 プレゼントの内容は言わない。だけど、こんな箒をほっとけるはずもなく、プレゼントの事をほのめかす程度で箒の事を励ます。
「そう……だろうか……?」
 箒は顔を上げて鈴音の方を見ながら言うと、鈴音は笑顔で言った。
「うん。きっとそうだよ。一夏の事だもん、用意してくれていると思うよ。だから、明日になれば……ね?」
 その言葉に励まされた箒は少しだが、笑顔を取り戻す。
「そう……だな。別に、姉さんとそういう関係になっているという確信はまだ持てないもんな」
「そうだよ、だから箒は安心して明日を待ちなよ!」
 鈴音は箒を励まし、そしてしばらくの間、箒が落ち着きを取り戻すまで一緒にいてあげた。
 箒は鈴音という親友を持って本当に嬉しいと、その時思ったのだった。

  7

 一方、セシリアは春樹が独りだけでいる部屋にやって来た。その部屋にはセシリアと春樹の二人だけである。
 セシリアはこの二人だけの空間に身体が硬くなる。もし、変なことが起こってもおかしくはない。何故なら年頃の男女が二人だけでいるのだから。
「セシリア……」
「は、はい!」
 ふと、春樹はセシリアの事を呼ぶと、彼女は慌てたように返事をする。そして、春樹は単刀直入にセシリアに尋ねた。
「お前、俺の事……どう思ってる? いや、もっと直接的に言うかな……。俺の事……好き……かな?」
あまりにも質問が直球過ぎる為か、セシリアは慌て、そして恥かしがりながら、あたふたしてマトモに話すことが出来ない。
 しばらくして呼吸を整えると、セシリアは言う。
「私(わたくし)は……その……春樹さんの事が……好きですわ。あの最初に戦ったあの日から、ずっと……」
「そっか……」
 春樹はセシリアの気持ちは十分に分かってあげたし、嬉しかった。
 だが、素直に彼女の気持ちを受けとることは出来なかった。まだ、自分の中にあるモヤモヤする何かがまだ残っているし、そして今自分のおかれている状況が、セシリアと交際することを許すわけにはいかなかったからだ。
 仮にセシリアの気持ちを受け止めてあげて彼女と交際することになったとしても、その当の本人である春樹のせいで彼女を苦しめる事にもなりかねない。
 そして、春樹には決意している事がある。それは、「篠ノ之束を命を懸けて守る」というもの。これだけは、あの三年前のドイツ軍基地襲撃事件から、それは決めた事だ。何より、春樹は『束の組織』に入って暗部の活動をしているのだ。彼女を巻き込むわけにはいかない。特に『因子』を持たないものが関わったのならば、命はないだろう。だけど、春樹にはその力がある……だから。
 だけど、セシリアと付き合ってしまえばその責務はどうなる?
 正直なところ、恋愛などしている暇は無かった。いつ暗部の奴らが束の命を狙ってくるのかも分からない。そんな状況で女の子と遊び惚けているなど言語道断だ。彼は束を命を懸けて守ると決めたのだから。
 だから、春樹は強くならなくてはいけない。春樹がISの操縦が上手く、そして強かったのはそういう理由があるからだ。
 目標があれば人は努力できる。その言葉の下、春樹は今まで自分を鍛えてきたのだ。
「その気持ちは凄く嬉しいよ……でも、今の俺にその気持ちを素直に受け止めてあげる事は……できないんだ」
「え……? どうして……。理由を言ってください!」
 セシリアは春樹に詰め寄りながら自分の告白を断った理由を尋問のように聞き出そうとしていた。
「俺は……束さんを守らなければならない立場にいるんだ。これ以上のことは言えない、セシリアを危険な目に合わせるかもしれないからね……。でも、もう一度言うけど、セシリアの気持ちは本当に嬉しかったよ」
「春樹さんは……束さんの事が好きですのね」
「……!? 違う!」
 春樹はセシリアの言葉を聞いた瞬間に胸の辺りにズキッという痛みを感じた。しかし、こんな感じになるのは初めてだ。
 しかも、「違う」とは言ったものの、本当にそうなのか、と自分のその感情に疑問を抱いてしまう。
「嘘ですわね……」
 セシリアはそう言うと、春樹は黙り込む。
 春樹はどの感情が正しくて、何が間違っているのかわけが分からなくなってしまう。
「じゃあ、俺は……どういう風に考えればいいんだよ!何が本当の気持ちなんだよ! 教えてくれよ……!!」
 春樹は混乱していた。そしてついセシリアに向かって叫んでしまう。女性に怒鳴りつけるというのは褒められたものではない。だが、今の春樹はそれをもしてしまうほどのストレスを感じていたのだろう。今まで辛い訓練に命がけの実戦。数々の辛い出来事、わずか一六歳の男の子が耐えれる精神のマージンを優に超えてしまっているのだ。今まで耐えてきただけでも凄い事だろう。
 それが、今回の事も含めて様々な要因が重なり、ついにそれが爆発してしまったのだろう。
「そんなの分かりません。それは春樹さんの気持ちなのですから、私が分かるわけないでしょう!?」
 その時、春樹はついカッとなってしまい、セシリアの事を押し倒す。セシリアの浴衣が少しはだけてしまうが、春樹はそんな事は気にしなかった。春樹はセシリアの事をまっすぐ見つめながら、こう言った。
「そうだよな、お前が俺の気持ちなんて分かるはずがないよな! 人の気持ちなんて他人に分かるわけねえよな……俺の本当の気持ちが……!」
 春樹は八つ当たりをする様にセシリアに言葉をぶつける。自分が出来る最大の事を……。
 しかし、セシリアは極冷静に、真剣に春樹の事を見つめて。
「春樹さんは……今まで私たちに色んなことを教えていただきました。でもそれは、きっとあなたが目標の為に頑張ってきた事を私たちにも教えてくれたということ。春樹さん……自分の気持ちにもっと正直になりましたら? その目標……本来あなたは何を望んでそうなったのかをまた思い出してみましょうよ」
 自分の目標。
 春樹が忘れかけていた、命がけで束を守ることに決めたその原点。それは、一夏が誘拐されたことから始まった。あのときに、春樹は目の前で行われている一夏の誘拐に何のアクションも取る事が出来なかった。それが悔しかったのだ。だから、強くなりたいと願った。自分の大切な人を守る為に。
 だから千冬にお願いして、ドイツ軍基地まで足を運んだのだ。
 そして、その時に……束と……。
(そうか……俺は……。でも、それでいいんだろうか?)
「セシリア……その……ごめん」
「ええ。それより……この格好をどうにかしてくれますか?」
 今の二人の格好は春樹がセシリアの事を押し倒したかのような状態。まぁ、実際押し倒したのだが……。
 しかし、こんな所を誰かに見られたら……、それを思うと背中がぞっとした。自分だけでなくセシリアまで迷惑をかけてしまうことになる。
 そう思った瞬間だった、部屋のドアが開く……そこに入ってきたのは織斑一夏だった。彼は目の前の光景に驚愕した。
 春樹は慌ててセシリアから離れるが、その行動が更に一夏に不振感を抱かせてしまう。
 この部屋の空気が凍りつく。
 シーンとする中、春樹はセシリアに部屋に戻るように言った。彼女を早くこの空気から開放させる為に。元はといえば自分が悪いのだから。
 セシリアは黙って首を縦に振り、春樹の顔を見てそそくさとこの部屋から出て行く。
 すると一夏は普段より低い声で怒った様に言う。
「春樹……お前……何してた?」
「いや、やましい事は何一つない。ちょいと言い争いになっちゃてね。で、俺がキレちゃってああなった」
一夏は春樹を睨みつけながら、
「本当か?」
 と問うと、春樹は、
「本当だ……」
 と言うが、一夏はこの春樹の態度には納得がいかず、信じきる事ができなかった。
 いつもの春樹ではない、と一夏は思った。いつも通りの春樹ならば、こんなテキトウな返事はしない。もっと理性的にものを言うはずである。だが、今の春樹にはそれがなかった。一夏は何かがおかしいと思いながらも、春樹に先ほどの事を伝える。
「そうか、ならいい……。それから、さっき束さんに会ったよ」
 春樹は身体を少しビクッとさせた様な気がしたが、何事もなかったかのようにぶっきらぼうに言った。
「ふーん……それで?」
 やはり今の春樹は何かがおかしいと思う一夏。彼のテキトウな態度を見て一夏は正気に戻させようとキレる。一夏は畳に座っている春樹の胸倉を掴んで無理やり起こさせる。そして、壁に春樹の体を押し付けた。
「それで? じゃねーよ!! 束さんは泣いていたんだ!!」
 一夏は叫ぶ。それに身体を震わせて反応する春樹。
「泣いていた?」
「ああ、さっきまで束さんと話していたんだ。束さんの気持ち、沢山聞いたよ……。春樹、お前は束さんに愛されてんだよ、惚れられてんだよ!! お前気付いていないのかよ!?」
 春樹はなんとなくだが、自分の気持ちのモヤモヤ感が少しだが晴れた気がする。春樹はこのとき理解した……、自分の気持ちが何なのかを。
「…………」
 春樹は黙り込む。そして数秒の間、二人の入る部屋は静寂に包まれていた。そして、春樹の口から言葉が発せられた。
「束さんは……何処にいる?」
「……この旅館を出て少しの所、木が沢山生えている所だ」
 それを聞くなり、春樹は胸倉を掴んでいる一夏の手を無理やり解き、そして部屋から飛び出る。
「きゃ!?」
 という声が聞こえてくる。その声の主はシャルル・デュノアもといシャルロット・デュノアであった。今の声は凄く女性らしく、シャルルもマズイと思った。だが、そんなことを気にもせず春樹は何処かへと行ってしまう。
 春樹はロビーへと走る。するとそこには織斑千冬がいた。
「どうした春樹、そんなに急いで、何かあったのか?」
 と聞くが、春樹はその言葉すらを無視して旅館から抜け出した。
 春樹はひたすら走る。すると、木が沢山生えていて、海が綺麗に見えるところまで出てきた。そこは先ほどまで一夏と箒が話していた場所だ。
 春樹は周りを見回すが、誰もいない。春樹はISを起動させ、ハイパーセンサーだけを機能させる。この付近の人の気配を感じようとするが、反応がない。
 束は何処かへと行ってしまった。
 その事が、春樹の胸に突き刺さる。何か物足りないような、悔しいような、様々な感情が胸の辺りを渦巻いている。
 その後も春樹は束がいそうな場所を何箇所も探したが……見つけることが出来なかった。
「くそっ……束さん……話したいことがあったのに……」
 春樹はそう呟き、そして彼の夜は更けていった。


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