■ 「発電原価試算」
日本の電力会社は、消費者のために実績から電源別の平均的なコストを計算し、比較検討して公表するようなことはしていない。発電所毎の立地条件も違うし、それぞれ稼働率も異なるから公平な比較をするには結構面倒な作業になる。これまで競争があったわけではなく、どれだけコストがかかっても全て電気料金に転嫁できるから、「なんでそんな面倒なことをする必要があるの?」といったところだろう。
「では事業所毎のデータを..」とお願いしても、それは企業秘密に属することらしく、丁寧に断られる。結局、実績に基く原発の発電コストを私たちは知ることができないのだろうか。否々、実はかつては通産省は実績を基にした発電コストの試算値比較を毎年公表していた。それが86年に突如として計算方法を変えてしまった。
発電方式の違いによるコスト比較を前提にする場合、一般的には「初年度発電原価試算」と「耐用年発電原価試算」というものが利用されている。
□初年度発電原価試算: 発電所が完成した後1年間の実績を基に電源別のコストを比較しようというもので、建設費、燃料費、および人件費を含む維持管理費を実績に求めて作成する。但し、稼働率については比較のため統一し、水力は45%、火力、原子力は70%にしている。 □耐用年発電原価試算: まず電源別に発電所の耐用年数を決めておき、期間中の燃料費や為替レートの変動を予測し、それをモデルプラントのコストに反映させて比較しようというものである。稼働率などの条件は「初年度..」と同じである。 通産省がかつて発表していたというのが実績をベースにした「初年度」方式であった。彼らがこの発電原価試算を始めた79年という年は、第二次オイルショックが発生した年に当たり、化石燃料が急騰していたから、試算の発表は原子力の経済的な優位性を印象付けるには十分であった。しかし、次第に原油価格は落ち着きを取り戻し、85年頃には火力発電、特に石炭火力と原子力の差は殆どなくなっていた。
そして、86年、原油は国際的な供給過剰から急落した。火力発電は全てにおいて原子力より安上がりになる筈だった。ところが通産省は、この年以降の発電原価試算を、突然「耐用年」方式に変更したのである。理由は「発電所のように長期に渡る設備には、使用される燃料価格と為替レートの変動をコスト計算に含めるのがより公平」というものであった。考え方としてはそれなりに納得できるものであるが、問題は原油価格の見通しに IEA(国際エネルギー機関:石油に関するリスク回避機関である)の予測が参考にされ、常に大幅な値上げを見込んでいることである。原子力の燃料費は殆ど変わらないとしているから、発表されたコスト計算では原子力が再び優位になった。
さて、現在の「耐用年発電原価試算」だが、今、資料を取り寄せると6年以上も前の92年に試算したものが送られてくる。かつては毎年更新していたから何か理由があるのかと問い合わせてみると、原子力のバックエンド費用が具体的になりつつあるので試算を控えているという。新しい試算は、早ければ2000年の電気事業審議会需給部会報告として発表されるとのこと。
下表の右側が現在公表されている試算結果で、92年に運転を開始した場合、所定の耐用年数で1kWh当たり、どれくらいの発電単価になるかを電源別に比較したものである。参考のためにその5年前のものを 中央に並べておいた。
*このうちウラン燃料費用は約半分
試算緒元 1987年運転開始 1992年運転開始 電源種 出力
kW/基耐用
年数利用率 建設単価(kW当たり) 耐用年発電単価(kWh当たり) 燃料費の占める割合 建設単価(kW当たり) 耐用年発電単価(kWh当たり) 燃料費の占める割合 一般水力 1〜4万kW 40年 45% 64万円位 13円位 − 60万円位 13円位 − 石油火力 60万kW 15年 70% 15万円位 11〜12円位 6.5割位 19万円位 10円位 6割位 LNG火力 60万kW 15年 70% 23万円位 11〜12円位 5割位 20万円位 9円位 5割位 石炭火力 60万kW 15年 70% 25万円位 10〜11円位 3割位 30万円位 10円位 3割位 原子力 110万kW 16年 70% 32万円位 9円位 1割位 31万円位 9円位 * 2割位
原子力の燃料費の割合が変わっているのは、現在の試算には再処理費用を含めているとのことである。トータルコストは9円のままだが、内容的には、もう一つ大きな違いがあるかもしれない。バックエンドの費用の取り扱いがはっきりしないのである。
現在の資料には廃炉費用や最終処分費を含むとあるので(試算表に金額の記載はないが討論会などでは100万kW級1基に付き300億円位と説明されてきた)資源エネルギー庁(公益事業部開発課:以下エネ庁)に問い合わせると、87年運転開始ベースのものにも同じように含まれていると云うのである。しかし、当時エネ庁に試算の基礎資料を出していた(ご本人と思われる)東電の加納時男氏(現参議院議員)は上記試算にバックエンドの費用は含まれず、「それらを含めば合計10円位」と言明していたから(「朝まで生テレビ」88年10月28日放送など)、両者の話しはくいちがう。当時のどの資料にもバックエンドの費用は含まれないとあるから、担当者の勘違いに違いないのだが、数年の間に10円から9円に縮めたというのもちょっと信じ難い話しである。1円の違いというのは、収益から見るとよく解るが、現在の発電量であれば1日で8億7千万円の利益の差になる程の違いである。
しかし、いずれにせよ10年前の試算だし、まさかこの試算を鵜呑みにして原発を発注した電力会社はないだろうから今さら詮索する気は毛頭ない。ただ、どうせ帳尻を合わすつもりなら建設単価を29万円にした方が無理がなかったのにと思うくらいである。(建設単価は公表されているが施設毎にマチマチなのだから..)
繰り返すようだが、どうして92年をもってこの試算は保留されたのだろうか。担当者が言うようにバックエンドの費用が間もなく具体的になるからというのであれば、金額が確定するまでこれまでのやり方を続けるのが普通である。少なくとも92年の試算は10年前のものと違い、現在でも有効とされて出回っているのである。どうも腑に落ちない。
そう、86年と同じである。さすがに今回は他の計算方法も見つからず、どうにもならない。さりとて経済的メリットはこれまで原子力推進の大きな武器にしてきたため崩すわけにはいかない(発表されてきた試算では常に原子力が一番安かった)。仕方ないから少しでも格好がついているところで止めてしまおう...こう考えるのは穿ちすぎだろうか。
明細がないため大雑把な計算にならざるを得ないが、93年にそれまでと同じ試算を継続していたらどうなっていたかを検証してみた。
● 火力発電
原油の価格推移を見てみよう。以下は大蔵省の通関統計(CIF)で、98年は未集計らしいので四半期毎のデータを載せた。
年
月92年
度計93年
度計94年
度計95年
度計96年
度計97年
度計98年
3月98年
6月98年
9月98年
12月¥/KL 15,196 11,407 10,855 11,057 15,298 14,504 11,103 11,817 11,485 9,743 $/B 19.29 16.73 17.32 18.27 21.63 18.82 13.86 13.55 13.18 12.88 ¥レート 125.27 108.36 99.63 96.23 112.46 122.52 127.35 138.65 138.58 120.26 LNGと海外炭の通関統計価格が、わが地方都市の市立図書館に見つからず、大蔵省、エネ庁、日本ガス協会などにメールで問い合わせたが、一週間以上経過して、何の返事も頂けない。できないならできないと云ってくれた方がこちらとしてはハッキリしてありがたいし、第一、それが礼儀じゃないかと思ったりもするのだが...。結局、データを送ってくれたのは唯一東京電力だけで(感謝)、以下の通りである。原油と表記方法が違うのは、こういう事情によるものなのでご容赦頂きたい。出典はどちらも通関統計(CIF)で、同じである。(追伸:大蔵省は10日目に閲覧場所について返信してくれた)
年
月92年
度計93年
度計94年
度計95年
度計96年
度計97年
度計98年
上期LNG(¥/d) 23,465
18,899
16,754
17,235
22,355
23,545
21,019
石炭(¥/d) 5,990
4,877
4,344
4,767
5,452
5,432
5,505
エネ庁による試算では、例えば石油火力の燃料費は92年の19.29$/Bから2010年には30.0$/Bになると予測し、計算上は定率上昇するものとして算出している。レートは124.8¥/$で大蔵省のものと違うようだが、試算結果は円単位だから上記一覧の¥項目だけ見れば、少なくとも相対的な試算はできる。問題は燃料費の変動をどう見るかだが、実際にはこれまでのところやや下降気味で推移していることは見ての通りである。しかしこれは結果論だから、一応92年に予測された上昇率をそのまま使うことにした。18年間で石油が155.5%、LNGが167.0%、石炭は118.3%という高率である。エネ庁の試算表から「〜位」をはずして、単純な面積計算をすると以下の結果が得られる。
電源種 耐用年発電単価
(kWh当たり)石油火力 8.5円
LNG火力 8.1円
石炭火力 9.4円
93年に同じ試算を続けていれば、石油、LNGは明らかに原子力を下回っていた。内容が見えない維持管理費、化石燃料に対する高い上昇率をもってしても以上の結果である。86年の例もあり、どうもエネ庁は意図的に新たな試算の公表を避けているとしか考えられない。
「都合の悪いことは隠す」...これは動燃の事故隠しと全く同じで、今では推進派の誰もが動燃の対応を批判するが、話しが発電原価の公表に触れると、途端にその同じ口を閉ざすのである。
● 一般水力発電
「試算」の一般水力発電の単価が余りに高いので揚水発電も含まれているのかと一瞬考えたが、確認したところ、やはり揚水発電は含まれず、維持費が高いのはあくまで出力が小さいことに起因するとのことである。
ところで、「試算」にあるような中規模水力発電は地方自治体が保有し、運営しているものが少なくない。自治体は発電した電力を電力会社に売ってきたが、その実績を調べてみると、当時の平均的な単価は大体9円/kWh程度であったことが分かる(「地方公営企業年鑑」)。更に驚くことはこれら公営発電事業は毎年販売料金の2割程の経常利益を上げているのである。エネ庁による「試算値」との違いを埋めるは土地の扱いくらいしか思いつかないが、それにしても違いすぎる。
10年ほど前にNHKが電力会社の「有価証券報告書」から水力発電のコストをはじきだそうと試みている。借入金の利息などは一括計上されているため(財務費用)、それぞれの発電設備の固定資産比に振り分けて可能な限り実績に近付こうとした作業である。そうして得られた結果は、稼働率24.5%のままで8.8円となった。但し、これには揚水発電が含まれている(「有価証券報告書」では一般水力と揚水発電の区別がない)。揚水発電については後述するが、かなり割高なシステムであることに間違いない。稼働率を試算表の40%に補正することも追加すれば一般水力のコストは更に大幅な縮小が見込まれる。これは自治体の公営発電所のコストにも符合するから、実績値としては8円以下というのが妥当なところではないだろうか。
エネ庁の「試算値」についてはモデルプラントの条件を確認するしかないが、上記のような話しをエネ庁にぶつけてみても、「試算に間違いはなく、モデルプラントについては守秘義務があって話せない」と、いつも通りの対応である。
この種の「試算」が困難なのは分からなくはない。特に水力などは個々に規模も条件も違うため指標となるような平均的な値を求めること自体、現実的ではないように思える。しかし、それだからこそ実績を中心にした数多くのデータを公表することが求められるのである。
エネ庁の試算方法のモデルとなったアメリカでは、原子力産業の団体である「エネルギー啓発評議会」が、やはり86年に実績値の公表を取りやめ耐用年方式に切り替えている。当時の取材に「原子力の方が石炭よりも高くなり、われわれには不利になったので実績値計算はやめたんだ」と評議会の職員が答え、その率直さに驚いたとNHKの取材班は伝えている。その一方、日本のエネ庁に当たるアメリカ・エネルギー情報庁は「都合の悪い統計でも発表します。事実は、事実なのですから」として、試算値ではなく、それぞれ数十ヶ所の発電所を選んで実際にかかった費用を計算し、「但し書き」をつけながらも原子力より石炭火力が安いことを公表してきた。
■ 「設置許可申請」に表れた原子力発電の原価
原子力発電所を建設する際の手続きとして電力会社は「電源開発調整審議会」での決定後、通産省に「原子炉設置許可申請」を行う。ここで、電力会社は建設しようとする原発の発電原価についてエネ庁と同様の試算を行い、結果を記載することになっている。エネ庁によるものがモデルプラント(内容は不明)であるのに対し、こちらは発電所毎に試算されるわけだから、より具体的で信頼性が高いものになる。設置許可申請書は原子力公開資料センターまたは未来科学技術情報館で閲覧できるようだが、どちらも東京だから、地方の人は、まずインターネットで一覧表を確認してから電力会社に問い合わせてみるのがよいだろう。
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「申請書」に記載された試算結果をプロットしたものが右図で、値に初年度方式が多いのは「申請書」が運転開始より10年位前に作成されるためである。
一目でお分かりの通り、電力会社自身による試算結果はエネ庁の試算値を大きく上回っている。また、電力会社の試算にバックエンドの費用は入ってないからエネ庁のものと比較するには更に1円程加算されなければならない。そうすると、平均的に15〜6円位を見込んでいるサイトが多いことが分かる。
エネ庁による試算はモデルプラントを想定しているから、必ずしも平均値に一致する必要はないが、これだけ違っているとモデルプラントの設定そのものに問題があると言わざるを得ない。とはいえ、エネ庁にモデルプラントのデータがあるわけではなく、管理費等のデータは電力会社からもらっている筈だから、燃料費の影響が少ない原発では、本来このようにかけ離れた値になること自体あり得ない話しである。こんなことはエネ庁が分からないわけはなく、要するに何もかも承知した上で行っていることだと言える。
それでもエネ庁がモデルプラントを設定するのに電力会社からの情報は不可欠である。中でも重要視されているのが東京電力のデータで、実績からみても東京電力のデータだけでモデルプラントを設定して何の支障もない程である。上の図から東京電力分を抜き出すと以下のような内容である。
東京電力の設置許可申請書に記載された発電原価 発電所名 (設備番号) 認可出力 (万kW) 電源開発 調整審議会 決定年月 原子炉設置 許可年月 運転開始 年月 建設単価 (万円/kW) 発電原価 (円/kWh) 試算 方式福島第二 1号機 110.00 1972/6 1974/4 1982/4 約25 10.32 初年度 〃 2号機 110.00 1975/3 1978/6 1984/2 約23 10.79 初年度 〃 3号機 110.00 1977/3 1980/8 1985/6 約29 14.55 初年度 〃 4号機 110.00 1978/7 1980/8 1987/8 約25 13.43 初年度 柏崎刈羽 1号機 110.00 1974/7 1977/9 1985/9 約33 14.04 初年度 〃 2号機 110.00 1981/3 1983/5 1990/9 約36 17.72 初年度 〃 3号機 110.00 1985/3 1987/4 1993/8 約31 13.93 初年度 〃 4号機 110.00 1985/3 1987/4 1994/8 約31 14.24 初年度 〃 5号機 110.00 1981/3 1983/5 1990/4 約42 19.71 初年度 〃 6号機 135.60 1988/3 1991/5 1996/11 約31 11.24 耐用年 〃 7号機 135.60 1988/3 1991/5 1997/7 約28 10.37 耐用年
東京電力の電源別発電量の構成比における原子力の割合は既に43%(97年)にもなっている。全国の原子力発電に占めるシェアも40%を超えており、上表に炉型は記載していないが実際はフランスの原子力開発を思わせるほど標準化と国産化を図っている。これは国と電気事業者および原子炉メーカーによる軽水炉改良標準化計画に沿って導入が図られているためで、上表の刈羽6号機は3次計画におけるABWR(改良型軽水炉:米GE社と共同開発)の初号機であり、当然モデルプラントに想定されているであろう原子炉である。
このABWRの設置許可申請は刈羽7号機と共に10年前に提出されたものだけで、その後新しい申請書は提出されていない。東京電力は現在、福島第一と青森の東通に計4基の建設計画を持っており、この内福島第一の7、8号機がABWRと思われるが「設置許可申請」が提出されていないのである。福島第一の7号機は2005年の運転開始予定であったから大幅に遅れていることになる。原発の完成には上表にある通り、「電源開発調整審議会」での決定後9年程かかるのが普通だが現在はその前の状態である。東通はその後の計画で、こちらも進んでないから、東京電力としては珍しく新設に10年のブランクが生じることになる。
こうした状況で、現在の原発の発電原価を求めるのは厳しいが、取りあえず使える金額は刈羽6、7号機の11円に最終処理費をプラスした12円というところで、大出力のため一般的かどうか分からないが、これが最も安い発電原価である。
■ 更に原子力発電には「発電原価試算」から除外されている費用がある。
1.税金による補助
97年度の国の原子力関係の予算は約4,908億円で、この年の原子力発電量は3,191億kWhだから1kWh当たり1.5円になる。他の電源に対する予算がないわけではないがケタが違う。この中には立地の円滑化を目的とした所謂電源三法関連予算だけでも2,874億円の原子力関連予算が含まれている。2.揚水発電
揚水発電は夏場のピーク時に対応するための発電と理解している人が多いが、おそらくそれは正しい理解ではない。何故なら、夏場のピーク時対応だけを考えるのであれば火力を増やした方がずっと安上がりだし(注)融通もきく。揚水発電は水を揚げるために、発電量の1.3倍程の電力を費やし、稼働率は10%以下である。それらを仮に、試算の一般水力の発電原価13円を参考にして調整すると1kWh当たり60〜70円になる。実質値に近いと思われる8円を使用したとしても、原子力の発電原価をやはり実質値に近づければ50円位になってしまう。
揚水発電というのはむしろ電力消費の少ない時期に発生する余剰電力を何とかしようと考えられた発電方法であって、夏場は既に存在する設備を有効利用しているのに過ぎない。このような利用の仕方の原因は言うまでもなく原子力発電である。従って、エネ庁の試算表には何故か表れていない揚水発電のコストは原子力発電のコストとセットにしてみるのが自然である。
(注)東京電力が平成9年度の電力卸入札制度で設定したピーク時のみ(利用率10%)の上限価格は33.7円/kWhである。これは、この価格以上であれば自社の設備で発電した方が安いという意味だから、ピーク時対応に火力発電を増設したとしてもこの金額で収まると見積もっていることになる。因みにLNG火力の発電原価を8円に設定し、稼働率を調整すると大体この金額になる。ただ、解らないのは何故こうまでして揚水発電にこだわるかということである。LNGの価格上昇を大幅に見込んでいる、技術的な問題、電源の多様化等々色々考えられるが、このコストの差が、日本のレートベース方式の特殊性もあって、極めて安易に電気料に上乗せされていることだけは確かである。3.送電費用
送電に関わる費用には送変電設備そのものと送電線の抵抗から生じる送電ロスがある。送電ロスは、当然ながら距離に比例し、かなり改善されてはいるが、今でも全国で総発電量の5%が失われている。97年度の総発電量は8,950億kWhだから447.5億kWhが送電の際に失われていることになり、発電コストを9円としても4千億円を超えることになる。
原子力発電所が消費地から遠く離れた所に建設されていることはよく知られている。東京電力を例に上げると、火力発電所が千葉から横浜の東京湾沿いに、消費地に隣接して立地されているのに対し、水力は100km圏、原子力は福島、新潟の200km圏(計画中の東通1,2号機は青森県)となっている。全国的にも(東京電力程ではないかもしれないが)この傾向は共通している。
東京電力はホームページにバランスシートと損益計算書を公開(現在は97年度分)しているので送変電に関する費用と設備資産に対する利息(電気事業財務費用を固定資産比で振り分け)が分かる。それらを合計すると8,197億円にもなり、それをこの年の発電量2,941kWhで割ると1kwhの単価 2.79円が算出される。問題はこの単価の振り分けだが、他社との調整にも使用されており、詳細なデータがないと金額の特定はできない。しかし、東京電力に関する限り、立地分布が比較的にパターン化されており、特に火力が消費地に接して立地されていることから、その多くが水力と原子力に占められると考えられる。水力の発電量のシェアは7%しかないから原子力と火力の送変電コストの差は少なくとも 2円位にはなるのではないだろうか。
■ この項のおわりに残念ながら電力会社がデータを公表しないため金額の特定はできないが、こうして付帯的な周辺設備を含めて詳細に見てくると、原子力のコストが他の電源の2倍以上になることは明らかである。関係者の間では原子力が最も高い電源であることは常識になっており、討論会など、双方向の意見交換がある場合は推進側から原子力の経済性を挙げることはない。むしろ、明らかに避けたい話題の一つになっている。
しかし、その一方でPR紙や解説本などでは、未だにエネ庁の試算値がそれとなく引用され、結果的に国民を欺くような情報が平気でまかり通っている。
「情報公開」とか「信頼の回復」とかが、まるで合い言葉のように言われて久しいが、「発電原価試算」にみるエネ庁は、自分達に不利な情報を隠すだけではなく、黒を白と言いくるめるようなごまかしの情報を流し続けていると言われても仕方がないだろう。オイルショック以降、わが国の産業界は世界的に稀に見るほどの省エネ対策を実行してきた。音頭を取ってきたのは通産省である。短期的な成果は上がったが本当にこれでよかったのだろうか。
彼らはあらゆる問題を自分達だけで解決しようとしてきた。市民レベルでの議論は問題を複雑にするだけで解決を遅らせるだけだと考えている。京都会議の準備段階での通産省、環境庁、外務省の密室会議はその最たるものだと言えよう。この会議の結果は日本にとって、予定をはるかに上回る厳しいものになり、世界との約束を果たすためには国民に省エネへの意識改革を呼びかける必要が出てきた。ずっと蚊帳の外に置かれてきた者が突然エネルギー消費を抑えてくれと言われて理解を示すだろうか。
将来のエネルギー問題を一人一人が考えることから省エネへの意識改革は始まる。ドイツの原子力事情で紹介した省エネ・新エネルギーの導入促進を見るとそのことが実感できる。そこには自由で豊かな市民の発想がある。わが国では「国民会議」に名を借りた実質官製の「サマータイム法」がいかにも安易に立法化されようとしている。今からでも遅くはない。将来のエネルギー源を判断するために、公平で正確な情報を提供して欲しい。
(99年3月)