経理部長の存在価値
企業は固定資産を取得すると、減価償却の会計処理を行う。減価償却は、時間の経過に伴う資産価値の減少(経年劣化)を耐用年数に渡って費用計上するものである。経理の入門書には、減価償却が非常に重要な会計手続きだと紹介されている。しかし、減価償却費には経済的な意味合いはほとんどない。
例えば、100億円の資産を取得して、100億円全額を5年間掛けて定額法で減価償却し、5年後に設備を廃棄(除却)した場合とまったく減価償却を実施せず、5年後に廃棄した場合を比較する。
減価償却を実施した場合、毎年20億円ずつ減価償却費が計上され、利益が20億円減るので、例えば法人税が40%だとすると、8億円の支出が節減できる。5年間の合計で40億円の税金が減る。一方、減価償却を実施しない場合、最初の4年間は費用が計上されないが、5年目の設備廃棄時に100億円の資産除却損が計上される。税金は、5年目に40億円節減できる。
つまり、減価償却を実施してもしなくても、5年間合計で100億円の経費・損失(損金)が計上され、税金が40億円節減できるという事実は変わらない。よって、減価償却には、経費・損失を計上し、法人税を節減するタイミングが早いか遅いかだけで、経済的な意味はほとんどないということになる。
「ほとんどない」と書いたのは、法人税の支払いが減るとその浮いた資金を運用できる(あるいは借入を減らせる)ので、その運用金利分だけ減価償却を実施した方が得ではある。ただし、トヨタのように年間何千億円も法人税を支払っている超優良企業はともかく、超低金利が続く昨今、普通の企業にとって経済的な意味は無視できる程度だ。むしろ、たくさんの経理部員を抱え、大規模な資産管理システムを運用する費用・手間を考えると、面倒くさい減価償却など実施しない方が良いという企業も多いだろう。
ところが、実際には減価償却を実施しない企業はほとんどない。それどころか、法人税法で定められた資産の耐用年数よりも短い耐用年数で減価償却を実施し、わざわざたくさんの減価償却費を早めに計上する処理が一般的に行われている(超過部分は損金にならないので、有税償却と呼ばれる)。これは諸外国にはない、日本企業に特有の慣行である。
何のために企業は減価償却を実施するかというと、できるだけ経費・損失を早く取り込んで、保守的な決算をしたいからである。では、利益を増やすために活動している企業が、なぜ保守的な決算をするのだろうか? 経理部長に質問をすると、たいてい「会計とはそういうものなのだ」と答える。
たしかに、「企業会計原則」には「保守主義」があり、企業は保守的に、つまり利益を少なく見せるように会計処理をすることが要求されている。しかし、同時に企業会計原則は、経営の実態からかけ離れた「過度に保守的な会計処理」を禁じている。有税償却は、明らかにこの過度に保守的な会計処理に該当する。企業会計原則は法律ではないが、広くすべての企業が遵守すべきものである。その企業会計原則の精神を踏みにじって、有税償却以外にもあの手この手の「過度に保守的な会計処理」が行われている。
なぜだろうか? これは、目先の利益を少なく抑えて、将来経営状態が悪くなったときのバッファー(調整弁)に使いたいということである。日本の経営者は、利益の絶対水準よりも、前年度からの変化、つまり「増益か、減益か?」によって評価される。そのため、決算期が迫って前年度よりも減益になりそうになると、経営者は経理部長にそっとささやく。「経理部長さん、会計処理方法を変更して、なんとか増益にできないかね?」
経理部長は、エヘンと咳払いして答える。「粉飾はできませんから、なかなか難しいのですが、会社にとって一大事ですし、何とかしてみましょう」。そして、有税償却を止めるなど過去のバッファーを取り崩し、利益を捻出する。社長は、「さすが経理部長さん、頼りになるねぇ」と満足する。
つまり、過度に保守的な会計処理は、経営者の立場を守り、経理部長の社内的な存在価値を高めるために行われているのだ。会計操作に経済的な意味はなく、会社のためというよりは経営者の保身のために行われる。そして、経営者の意に沿うように利益操作をできるのが、優れた経理部長の条件になっている。
もちろん利益操作で自分の存在価値を高めようとするのは、古いタイプの経理部長である。新しいタイプの経理部長は、会計情報から自社の経営状態を分析し、経営者に対して経営改革を助言する。その分析・判断の的確さで、社内での存在価値を高める。経営者の保身を手助けする会計処理屋さんではなく、経営者にとって真の番頭である。さて、皆さんの会社の経理部長は、どちらだろうか。
(日沖健、2006年8月27日)