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[28446] 【習作】わりと偏執的な“彼女”【IS二次】
Name: ノベルティ◆b4f80a06 ID:3b23f2b4
Date: 2011/06/19 19:52
※諸注意

・この作品は、IS<インフィニット・ストラトス>の二次創作になります。

・三人称単視点っぽい女性ORISYUモノです。でも主な視点はORISYUではありません。

・原作ISをリスペクト(笑)としたオリISっぽいものが出てきます。あくまで“っぽいもの”ですが。

・設定に関して独自解釈が入り込んでます。

・百合とか難易度高過ぎて書けないので、その辺の展開はなしです。

・原作キャラの性格改変が起きているかもしれません。

・更新が割と亀です。

・プロット段階でのとりあえずの目標は一巻終了時点です。



以上の諸注意をよく読まれた方の中で、この作品に少しでも興味を持たれた地雷原ランナー様がいらっしゃれば、
私の方から多大なる感謝を捧げさせていただきます。

ではもう少ししたら本編入りますんで宜しくお願い致します。



[28446] 一話 ティナ・ハミルトンと“彼女”との出会い
Name: ノベルティ◆b4f80a06 ID:3b23f2b4
Date: 2011/06/25 17:36
一話 ティナ・ハミルトンと“彼女”との出会い

―――――――――――――――――――――――――――






(ほぁー……この皆が、私のクラスメイト、かぁ……)

 などと考えつつ教室の自席に座り、口を僅かに開いて周りをきょろきょろと眺めているのは、一対のつぶらな碧眼だった。
 肩まで伸びた金色の髪、その毛先を指でくるくるといじりながら、彼女――『ティナ・ハミルトン』は、一年二組のクラスメイトを、どこか高揚した様子で忙しなく見回していた。
 彼女の心の中に渦巻くのは、期待と不安とが入り混じった、何とも言えないような“むず痒い”感覚。
 今日という日にしか味わえない、初々しい緊迫感と胸の鼓動に、ティナの心は落ち着きを失い、掻き乱されていた。
 落ち着けない。動悸が止まらない。心臓がざわめいている。なぜか訳も無く、瞳が潤みを帯びてくる。……総じて、心中は今までにない程に、とてもとても騒々しい様相を呈していた。
 しかし、彼女は自身のその心境を、決して不快には思っていない。
 なぜならば、この心境は、俗に言うところの――――

(わくわく、してるなぁ……私)

 ……見知らぬ土地での、新しい日々の始まり。いずれ既知になるであろう、未知への楽しみ。夢に続く道への、第一歩。
 彼女にとっての今日という日は、まさに特別。故に不安にも包まれるし、楽しみも止め処無く溢れてくるのだ。
 そう。今日は、この学び舎――IS学園の、入学初日。ティナの新生活、そのスタート地点であった。

(……あ、やばい。なんか変に緊張してきた)

 入学式がつつがなく終了し、新入生が各々の所属するクラスの教室に誘導されてから、早十分弱。
 一年二組では、クラスの全員が所定の席に座り、妙な緊張感と静寂に包まれながらも、担任教師の姿が現れるのをじっと待っていた。
 どこかそわそわとした空気を肌に感じながら、ティナは未だに自分の席――教室中央少し後ろ寄り――の周りを見回している。
 彼女の碧い目に映るのは、真新しい制服に身を包んだ、少しばかり表情の硬い女生徒達。彼女達は皆ティナと同様に、喜びと憂いの入り混じった気持を抱いていることだろう。
 そんな想像をしつつ、ティナが相も変わらず落ち着きなく周囲を眺めていると。

(……ん? おお、良く見ると綺麗な人っぽい)

 彼女の目線が、斜め前の席にいる一人の女生徒に定まった。
 艶のある短めの黒い髪と、白く透き通った肌色のうなじ。真っ直ぐに伸びた背筋は張り詰め、しかしその体勢を無理に維持しているようには見えない。その整った姿勢が自然体と思わせるような余裕を、その女生徒は持っていた。
 その姿勢の良さと少々小柄な体格が、典型的な日本人、という雰囲気を醸し出している。

(髪黒いし美人っぽいし、あとなんか控え目っぽいし……あれかな、ヤマトナデシコってやつ?)

 如何にも“日本人らしい”人間をあまり見たことがなかったティナは、その女生徒を興味深そうに見つめていた。
 すると。
 前触れ無く、教室入口の引き戸が勢い良く開かれた。

「っとと、ごめんなさい! 少し遅れちゃったかな?」

 慌てて教室に入ってきたのは、出席簿を小脇に抱えた、グレーのスーツ姿の女性だった。
 少しばかり赤みがかった髪色と、影が無く快活そうな表情をしたその女性は、少し焦りながら教壇へと早足で駆けよって、素早く教卓の前に陣取った。
 そして、深く息を吐く。

「はぁー…………その、ごめんなさいね? ちょっと鬼バ――――教頭先生に呼び止められて、来るのが遅れちゃって。……じゃあ、早速だけどSHRを始めましょう。まずは、挨拶、っと」

 言うや否や、その女性は教卓の隅に備え付けられた小型コンソールを操作し始める。
 すると、間をおかずに、教室正面の“黒板”――正確にはホログラフ投影型のディスプレイだが――にアルファベットの文字列が躍った。
 曰く、『Edwars Flancie』。

「皆さん、初めまして。私の名前は『エドワース・フランシィ』、このクラスの担任教師です。出身はカナダ、年は二十五、担当科目は一般教養の数学になります。……ISのことを学びに来たあなた達にしてみれば私の授業は退屈かもしれないけれど、一般教養は何やるにしても大事になってくるから、手を抜かないでしっかりと勉強して頂戴ね?」

 調子を崩してウインクを一つ、言い聞かせるように響いたその声に、苦笑らしき小さな笑い声が所々から上がった。……一般教養は、何時の世も学生たちの敵である。

「じゃあ、ちょっと予定から遅れちゃってることだし、ぱっぱと自己紹介移りましょうか?」

 フランシィの言葉に、教室の空気がさらに張り詰める。
 その独特な緊張感はティナにもひしひしと伝わり、否応なく彼女の心拍数を上げていく。
 少しばかり感慨深く、ティナは思う。

(なんか、始まった、って感じだなぁ……)

 期待と不安とが入り混じった、少々浮つき気味の教室で、少女たちの自己紹介が始まった。





 ◇





 IS、インフィニット・ストラトスとは、十年ほど前にその名が世に広がり始め、今や現代を代表する最新系技術の結晶、その代名詞となったマルチフォーム・スーツの名称。
 元は無重力無酸素領域、つまり宇宙空間での諸作業を目的として製造された物であるが、その性能の凄まじさ故に軍事にも転用されることとなった、という経緯を持つ。
 しかし、今日に於けるISは原則として“平和利用”を目的としており、著名な国際IS競技会『モンド・グロッソ(2ページ参照)』はその理念が形となった証左である。
 従来からあるパワードスーツ類の機械よりも比較的大型ではあるものの、大気圏内外を問わずに高速三次元機動と長距離航行が可能な空戦・宙戦能力、高速で飛来する宇宙塵対策として搭載された高耐力の二層式エネルギー障壁、現実に存在する物質を特殊なデータ領域に転送する『量子変換機』等々、パワードスーツとは比較にならないほどの驚異的な性能を持つ。
 “女性しか扱えない”という原因不明の欠点を持ち、現存し機能するISの総数が467機と限られているものの、その性能や未来への可能性に関しては依然として明るく広いものがある。
 本校『IS学園』は、そのISの操縦者及び技術者を育成するために創設された、特殊国立高等学校である。
 ――『IS学園入学の手引き』一ページ『ISとは?』より引用。

 ……この学園に集まった女生徒は皆、ISのパイロットとなって自由に空を飛ぶことを、強く夢に見ている。
 『モンド・グロッソ』の中継放送にて幾度となく流れた、華麗に宙を舞う凛々しい女性たちの姿を、彼女達はずっと憧れの眼差しで見つめていた。
 ――いつか私も、こんな風に。
 昨今の少女の誰もが一度は思い浮かべるであろうその夢を、諦めることなく追い求めた結果、ようやく踏み得た第一歩――――IS学園への入学を、今この場所にいる彼女達は果たしたのだ。
 否が応にも、期待と不安が膨れ上がってしまう。今まで感じたことの無いような心の昂りに、戸惑ってしまう。……それは、当たり前のことだった。

 そんな、新入生の期待と不安と、どこか浮ついた空気に満ちている、四月初めのIS学園。
 その舞台の上で、彼女達の物語はゆっくりと、少しずつ、しかし確実に、進んでいく。





 ◇





「――――これから一年、よろしくおねがいしますっ」

 勢い良く一礼。直後に拍手の音が上がり、顔を僅かに紅潮させたその少女が、いそいそと着席する。
 その初々しい様子に、フランシィは優しく柔らかい笑顔を浮かべていた。

「ふふっ、ありがとうフォスターさん。……じゃあ次の子、自己紹介お願いね」

「わかりました、先生」

 立ち上がり、周囲の生徒顔見せするように体の向きを変えたその少女に、ティナは僅かに反応した。

(あ、さっきの……)

 先程ティナが眺めていた、少しばかり小柄な、濡烏色の短い髪――俗に言うおかっぱ頭――をした少女。しかし野暮ったい雰囲気など欠片も持たない、清楚な空気を身に纏う、ティナの中での『ヤマトナデシコ』。
 ティナの碧い眼が捉えたその少女の顔は、大きめのつぶらな瞳と小振りの唇が愛らしい、少し幼めの印象を抱かせるものだった。
 優雅な所作で軽く一礼をしたその少女は、鈴の鳴るような清い声で、名を名乗る。



「はじめまして。わたしの名前は『倉持 牡丹<くらもち ぼたん>』と申します。……一応のことながら、専用機を所持しております」



 彼女がそう名乗った瞬間、教室が微かにざわめき始める。

 ――――え、専用機持ち?

 ――――彼女、代表候補生じゃないよね? なんでなんだろ……。

 ――――というか、倉持ってまさか……!

 ――――同姓、ってだけな訳……ないよね?
 
 少女たちが驚いている理由は、二つ。
 一つ。彼女が専用機持ちである、ということ。ISという極めて希少な代物を個人所有しているという事実は、ISパイロットを志す少女達にとっては驚くべきことであり、同時に羨むべきものであるのだ。本来ならば、専用ISは『特殊な立場』にある人間しか所持出来ないモノなのだから。
 もう一つ。少女――牡丹の姓である『倉持』は、ISというものを良く知る人間にとってはあまりに有名なモノであった。……仮に彼女が本当に『倉持』であるのなら、その事実は一般生徒でありながら専用機持ちである、ということの、ある種の裏付けにすらなり得る。
 つまり、総合して纏めると――――

(……すっごい大物、なのかなぁ? あんまりそうは見えないけど)

 などと、ティナが少々失礼な印象を抱きながら、続く自己紹介に耳を傾けていると。



「――――わたしは、『打鉄<うちがね>』が大好きです。愛しているといっても過言ではありません」



 ――――…………………………はい?

 牡丹の言葉に、教室の空気が静止した。
 が、牡丹はそんなことなど気も留めずに、喋り続ける。

「特技は“『打鉄』の整備と調整作業”、趣味は“わたしの『打鉄』を眺めること”、日課は“わたしの『打鉄』を磨くこと”、マイブームは“『打鉄』の活躍する雄姿を想像すること”、今年の目標は“わたしの『打鉄』を完璧に乗りこなすこと”、座右の銘は“心の中に、いつも『打鉄』”、命よりも大切なモノは“わたしの『打鉄』”です」

 彼女の口から紡がれる言葉には、全てに『打鉄』という単語が絡んでいた。
 その驚異的な『打鉄』率は、倉持牡丹という人間の印象を決定付けるには十分すぎるものであった。

 ――――あ、この子変人だ。

 一年二組全員の心境が密かに同調し、牡丹への印象は、教室内の生徒の心中で綺麗に一致していた。

「あ、そうだ。『打鉄』をあまり知らない人のために軽い解説を入れておきましょう。『打鉄』とは、倉持技術研究所が二年ほど前に世に送り出した第二世代型のインフィニット・ストラトスです。現行第二世代や最新型の第三世代に多い機動力重視の機体とは違い、装甲強度やバリアの耐力に優れた防御能力特化の機体となっています。各種機体性能に癖が無く、操作が複雑化するようなシステムは何一つ採用されていないためにレスポンシビリティに優れており、IS搭乗初心者であっても難なく操縦できる操作性と汎用性をもった、ISの『最高傑作機』です。外見はまるで東洋の武者のような雄々しい姿をしています。外国の方には『サムライ』といえば通じますかね。外見において一番特徴的なのは、和の装いを呈した肩甲型の非固定浮遊部位<アンロックユニット>ですね。打鉄の高い防御性能の一端を担うユニットで、現行のどの機体よりも堅牢かつ重厚な装甲が使用されています。強度の高い部材を使ったせいでかさ増しされてしまった重量は内蔵された小型PICによって大幅に軽減されており、スムーズかつ素早く機体周囲を移動することが出来るように調整を――――」

「す、ストップストップ! く、倉持さん、時間がないからその辺に……ね?」

 牡丹の口から凄まじい勢いで流れ出していた『打鉄』解説を慌てて止めたのは、フランシィであった。
 調子よく語っていたのを中断され、牡丹は残念そうな表情を浮かべる。

「ぅ、わかりました。……まだ軽い触りしか喋ってなかったんですけど……」

(あれで触りだったの!? というか解説が一切軽くなかったよ!?)

 やはり変人という評に間違いは無い、と改めて心の内で確認をしつつも、ティナはじっと牡丹を観察していた。
 その一対の碧い眼に、一層の興味と感心を込めて。

(えっらいぶっ飛んだ子だなぁー……)

「では皆さん。『打鉄』とわたしを、どうぞよろしくお願いします」

 愛らしい笑顔と共に深々と一礼をし、牡丹は静かに着席する。何故か自分の事よりも『打鉄』の存在を大きく前に出した斬新な自己紹介に、クラス一同は全員で“ぽっかーん”としていた。
 心中で、ティナは密かに思う。 

(ヤマトナデシコって、変わってる人ばっかりなのかな……)

 ……ようやく拍手が上がったのは、牡丹が席に座ってから、数秒後のことであった。





 ◇





 自己紹介の直後に始まった一限目の授業がようやく終わり、今は休み時間。
 入学初日の朝から授業が開始される学校というのは、日本中を探してもそうそう見つかりはしないだろう。
 それは、このIS学園が『特別』である様々な理由の一つ。……高校レベルの一般教養+ISに関する専門知識を全て学ばせるカリキュラムに組んでいることにより授業コマ数に一切の余裕がないため、あらゆる手段を講じて授業時間数を引き延ばしているからだ。
 その理由から、この学園は完全週休一日制を採用しており、土曜日も授業コマが平日同様にぎっしりと埋まっている。IS学園は、基本的に多忙であるのだ。
 閑話休題。
 休憩時間特有の緩やかな空気が、入学直後特有のどこかよそよそしい微妙な雰囲気と混じり合い、教室の中はどこかむず痒い空間となっている。
 だが、先程の自己紹介前の空気に比べれば、今の状態はまだましな部類と言えた。
 外から聞こえてくる女生徒達の喧騒もあるが、一番の理由は単に人が少ないからだ。
 教室内に残る女生徒はまばらで、ティナが一目見た限りでも、先程の半数は切っているであろうことが直ぐに分かった。
 いったい何故、ここまで教室を出る人数が多いのか。その理由は、この教室の隣にある、一年一組のクラスにあった。
 曰く、“世界初にして唯一の、男性IS適合者”。一組のクラスには、その肩書を持つ生徒が所属しているのだ。
 彼の名を『織斑 一夏<おりむら いちか>』。その名字も興味を引く十分な理由となっている彼は、今や絶好の“好奇の的”であった。

(今週……や、来週あたりまでは、こんな感じっぽいなぁ……)

 織斑一夏は、良くも悪くも話題に欠かない存在である。
 先述した理由に加えて、彼は、今の今まで実質的な“女子高”だったIS学園に合法的に紛れ込んでいる、ただ一人の男子生徒なのだ。
 思春期の女生徒がひしめく女子高に放りこまれた――噂では容姿端麗の、しかも希少価値の高い――、男。
 好奇心旺盛な生徒ならば、一目見たいと思うのは別段不自然なことではなかった。故に、一年二組教室の閑散具合も、ある意味では当然のことであった。
 一方。
 ティナはと言えば、そこまでミーハー根性のある人間ではなかった。
 確かに男は珍しい。本音を言えば、ティナも興味がないわけではない。とはいえ、今すぐに見に行くほどの物でも無い、と彼女が思っていることもまた事実であった。

(別に一週間後でも二週間後でも、あの男の子が逃げるわけじゃないしねー)

 ティナ・ハミルトンは、比較的マイペースな人間である。故に、無駄に急いたり慌てたりはしない。 
 今行って上級生や同級生にもみくちゃにされながら見学するより、少し落ち着いた機を見計らって観察するなり話しかけるなりすればいい。
 焦る必要なんてない。そもそも今絶対に見たい、と強く思っているわけではないのだから。……何も自ら進んで、外から聞こえてくる喧騒の仲間になどなりたくはない。
 そういった理由から、ティナは教室に残ることを選んだのだった。

(とはいえ、ここはここで微妙な雰囲気なんだよねぇ……)

 今、一年二組の教室にいる十余人。その内の数人は、概ねティナと同じような理由で、件の男子生徒の見物に行くことを控えていた。
 だが、残りの数人は違った。……また別の興味対象がこの教室に居るために、その数人の少女達は教室を離れようとしなかったのだ。
 二組の教室でそこまで注目を集めているのは、いったい誰なのか。……それはもちろん、誰もが想像する自己紹介の形の遥かに斜め上をいった、『打鉄』好きなあの人である。
 教室に残る女生徒達は、皆彼女――倉持牡丹に強い興味を持ってはいるものの、お互いがお互いと目を合わせる度に、顎をしゃくったり目線を他の生徒にやったり首をぶるぶると横に振ったりと、忙しなく動いているだけで、一向に牡丹に話しかけようとはしていない。
 この状況を端的に言い表すと、『「お前行けよ」→「いや、お前が行けよ」→以下繰り返し』という状態なのである。
 そんな様子で落ち着きなく互いに“初っ端”を譲り合う同級生達を見て、少し呆れ気味にティナは笑う。

(ちゃっちゃと行けばいいのに……いや、話しかけにくいのは分かるけどさぁ)

 何せあれだけ“ぶっ飛んだ”自己紹介をしたのだ。近づくことを躊躇うのも頷ける。
 先程の、少しばかり熱い『打鉄』講義を思い出し、ティナが再び笑った、その時。

「……あの、なにか?」

「――――ほぇッ?」

 休み時間の騒がしい音にまぎれて、牡丹の声がティナの耳に届いた。
 瞬間、教室内の女生徒の一部が“びくっっ!”と反応し、即座に牡丹から視線を外した。
 一方、声の直接の行き先であったティナは、目を逸らして逃げるわけにもいかない。
 座ったままで身体を捻って後ろの方を向き、少しばかり怪訝そうに彼女を見つめる牡丹の様子を見て、ティナは慌てて弁解を始めた。

「あ、いや、あのね? さっきのは別に、その、倉持さんを笑ったわけじゃなくて、……ほら、ね?」

 ティナはその碧眼で目配せをして、先程までこそこそと譲り合いをしていた――今は慌てて携帯電話を見たり窓の外を眺めたりをして誤魔化している――女生徒達を、暗に指し示した。
 すると、牡丹は何かに得心が言ったように「あぁ……」と頷き、直後に表情を柔らかく崩す。

「……興味を持ってもらえてるみたいなのは、うれしいんですけど、ね」

 少しだけ身体を寄せて小声でそう囁いた牡丹は、少しだけ困った様子で、柔らかい笑顔を浮かべていた。

(……なんか、思ったより話しやすいような)

 人懐こい表情をしている牡丹につられて、ティナも思わず小声で苦笑する。

「はは、だよねぇ……ああまで隠れてやられちゃあ、自分から行くのも躊躇っちゃうよね」

 二人して、クラスメイトの少し不審な様子に、小さく笑う。彼女達に悪気がないことは、二人も良く分かっていた。
 直後、少しだけ表情に不安を乗せて、牡丹は小声でティナに囁く。

「……わたし、話しかけづらい雰囲気とか、出してましたか?」

「うーん、あの態度の理由はそういうことじゃないと思うよ? 原因は多分、さっきの自己紹介だし」

「? 自己紹介、何か拙いことでもありましたか……?」

 その言葉に、ティナは少しの間、言葉を失った。

「…………………え、あれ? もしかして、自覚とかなかったり、する?」

「自覚、ですか……? ええっと……わたしとしては、少しでもわたしのことを知ってもらおうと思って、頑張って自己紹介したんですけど……」

 どうやらこの大和撫子さんは、自らが言い放った『自己紹介』の異常性に気付いていない。そのことを、ティナは瞬間に悟った。 

(あ、これ正直に言わないといろいろ取り返し付かなくなるような気が……)

 暫し逡巡した後、ティナは心の中で頷いて意を決した。今はっきりと言わなければ、きっと牡丹は後々困ることになる。主に人間関係で。……何せ“あんなかんじ”で自己紹介をしてしまったのだから。
 ゆっくりと、言葉を詰まらせながらも、ティナは口を開いた。



「えっと……自己紹介ん時の印象だけを言うと、その…………相当なレベルでの『変人』だよ、倉持さん」



 少々はっきりと言い過ぎた感のあるその言葉を受けた牡丹は。



「え゛!? ……それ、本当ですか……?」



 ティナの予想通り、酷く驚いた表情を見せた。
 ちなみに、焦茶色の眼が少しばかり潤んできているように見えるのは、決してティナの錯覚ではない。

「……あ、マジで自覚なかったんだ」

 呆れ気味に口を突いて出たティナの言葉は、小声ではなくなっていた。
 つられて牡丹も、声のトーンが上がってしまう。

「ううぅ……自己紹介って、好きなものとか趣味とかを言うのがセオリーです、よね……? だったら、おかしくなんて――――」

「いや、言ったもの全部に『打鉄』が絡んでる上にいきなり機体解説とか始めちゃったら、そりゃあ奇異の目で見られるでしょ」

「うっ…………だって、知ってほしかったんですもん……『打鉄』の素晴らしさとか……」

(あ、『打鉄』ラブ発言は本気だったんだ……)

 呆れ具合を少々深めつつ、ティナは苦笑いを浮かべる。

「……うん、とりあえず倉持さんが不器用だってことは、よぉくわかった」

「うぅ、反論できません……」

 牡丹は肩を落とし、俯き加減でその大きな瞳を潤ませている。

「はぁ……気合を入れたつもりが、失敗してしまってたんですね……。新学期から、幸先が悪いです……はぁぁぁ」

 酷く落ち込んだ様子で肩を落とす牡丹を見て、流石にティナも気の毒に思い始める。
 と、言うよりも。牡丹の落ち込んでいる姿に、ティナの心の奥にある保護欲が掻き立てられていた。

「ま、まぁ、そこまで悲観することないんじゃない? まだ入学初日だし、第一印象なんて、いくらでも変えれるもんだし、さ?」

「……そう、でしょうか?」

「そうそう。だってさ、現に私は倉持さんとこうやって話してみて、印象良くなったよ?」

「……でも……皆さんがハミルトンさんみたいに親切じゃないかもしれないですし……わたし、あんまり打たれ強い方ではないので、もし嫌われたらと思うと……」
 
 落ち込む彼女に、何を言えば良いだろうか。ティナは自分の語彙の中から、牡丹を励ますことのできる言葉を探す。
 そして、ふと。
 ティナは、思いのほか真剣に思い悩んでいる自分に気が付いた。

(……私、こんな面倒見良かったっけ?)

 過去にここまで同級生に気を使った覚えの無いティナは、自分自身の心境に少し疑問を持ちつつも、やはり真剣に励ましの言葉を吟味する。
 そして。
 ……ティナが思いついた言葉は、特に捻りも無いものだった。

「――――今、結構嬉しかったよ?」

「……はい?」

「名前、憶えててくれたでしょ? 初日でそれって、結構嬉しいもんなんだよ。……倉持さんはそう思わなかった?」

「あ……」

 何かに気付いたように、牡丹はハッと顔を上げた。少しばかり、瞳の中に光が戻る。
 ティナは、僅かに元気の戻った牡丹の様子に笑顔を浮かべ、言葉を続けていく。

「今はさ、皆不安なんだよ。友達何人できるかなーって奴でさ。……だからさ、多分嬉しいと思うよ? 話しかけてあげるのも、名前呼んであげるのもさ」

 その言葉に、牡丹の表情は、徐々に明るくなっていく。

「そう、ですよね。……これで落ち込んで黙ってたら、それこそ逆効果、ですもんね」

「そのとーり。ていうか、私とこんだけ喋れてるんだから、特に不安要素とか無いんじゃない?」

 ティナがそう言い終える頃には、牡丹はすっかりその活力を取り戻していた。
 牡丹は真っ直ぐにティナを見つめ、  

「あの……ありがとうございました、ハミルトンさん。わたし、同級生の方にこんな親切にしてもらったの、初めてです」

「そう? どーいたしまして、そういって貰えるとこっちも嬉しいよ」

 笑顔で言葉を交わし合う二人は、お互いにちょっとした絆が生まれた様な気がしていた。
 だからこそ、その言葉は自然とティナの口を突いて出た。

「あ、そうだ。私の事はティナでいいよ、倉持さん。折角こうやって話したんだしさ」

「では、わたしのことも牡丹と呼んでください。折角こうやって話したんですし」

 そのやりとりに、二人して楽しげに笑い合う。

「あはは、りょーかい。んじゃ、これからよろしくね、牡丹」

「はい! よろしくお願いします、ティナさん!」

 明るく朗らかな笑顔と共に、元気よく返事をした牡丹を見て、ティナはふと思う。

(……なるほど。私が面倒見良い、ってわけじゃないな、これは)

 少々抜けているところはあるが、何に対しても真剣にぶつかっているような印象の、小柄な少女。
 その純粋さと真っ直ぐさは、今時の女子高生にしては珍しいモノだ。

(なんてゆーんだろ、ほっとけない子、って感じ?)

「……♪」

 嬉しそうに自分を見ている牡丹の様子にティナは、改めてその印象が間違いでないことを知る。
 そして、牡丹の明るい顔を見て、いつの間にか彼女も柔らかな笑顔を浮かべていた。

(……うん。なんか、この子とは上手くやってけそうな気がする)

 ティナ・ハミルトンのIS学園における初めての友人は、少しばかり変わり者の、しかし真っ直ぐな心を持った少女であった。






 








――――――――――――――――――――

こんな感じでのんびり進みます。一巻終了時までは続きますよーに。
次は二組クラス代表決定回の予定。まだヒロイン勢は出てこないです……orz









[28446] 二話 ティナ・ハミルトンと“彼女”のこだわり
Name: ノベルティ◆b4f80a06 ID:3b23f2b4
Date: 2011/06/25 17:41


二話 ティナ・ハミルトンと“彼女”のこだわり

――――――――――――――――――――――――――――





「はーい、センセ。私は倉持牡丹さんが良いと思いまーす」

 挙手とほぼ同時に、微妙に気の抜けた声でティナはそう言った。
 その言葉に誰よりも驚いたのは、何を隠そう倉持牡丹である。大きな瞳をひんむいて「ふひゃっ!?」と奇妙な叫び声を上げた後、牡丹は即座に立ちあがり、自席の斜め後ろに勢い良く振り返った。

「はい!? ティ、ティナさん!?」

「はい、ティナさんですが何か?」

 しれっとそう返したティナに、牡丹は弱々しくも詰め寄る。

「な、なんでわたしなんですか!?」 

「いや、牡丹って専用機持ちなんでしょ? だったらほぼ決定じゃない?」

「で、ですけど……わたし、クラス代表なんて器じゃないですし……それに、そんなに強くないですよ……?」

 そう。只今一年二組では、『クラス代表』の選考を行なっていた。
 クラス代表とは、文字通りクラスの代表者。その組の顔となる人間である。
 様々な行事に於いてのクラスの取りまとめ役であり、普通の高校における“学級委員”とさして変わらない立場の役職である。
 ただし、学級委員とは違い、牡丹の言葉通り『強さ』が求められる役職でもあるのだが。

『自薦他薦は問わないわ。でも一旦候補にあがったら辞退は無し。複数候補が出たらまぁ、なんかで決めましょう』

 そんなフランシィ教員の言葉で始まったクラス代表選考会は、開始直後に上がった先程のティナの一言で即座に進行した。
 このまま反対意見や立候補が無ければ、牡丹がクラス代表となるだろう。

「強くない? ホントにぃ? 参考までにIS適性言ってみてくんない?」

「え、っと……『A』ですけど……」

「十分強いじゃん!? それはなに? 『B+』の私に喧嘩を売っているのかな?」

「や、その!? そういうつもりでは、滅相も無いです!」

「それに、さっきも言ったけど牡丹は専用機持ちでしょ? だったら私達よりアドバンテージあるじゃん?」

「で、ですけど、それは……」

 腰が引けている牡丹に対し、ティナは一向に引こうとはせず、少々ふざけ気味牡丹を納得させようとする。……本当に説得する気があるのかは甚だ疑問ではあるが。

「いいじゃんかいいじゃんかー、YOUクラス代表になっちゃいなよー」

「なんですかその似非外人っぽい口調!?」

「牡丹、それはちょっと失礼だよ? 私もジャ○ーさんも正真正銘のアメリカ人だからね?」

「あ、それはなんというか、その、すみません……ってジ○ニーさんて誰ですか!?」

 からかうような口調で煽るティナと、それに真面目に受け答えしようとしている牡丹。
 そんな二人の会話が教室内響き始めたせいか、教室の空気がどことなく明るくなった。
 ……だからだろうか。

「……あのさ、ちょっといいかな? あたし、ずっと気になってたんだけど」

 恐る恐るではあるが、一人の女生徒が声を上げた。

「はい? ……えっと、何でしょうか、フォスターさん」

 少しばかり、おっかなびっくりした様子で、しかし丁寧に受け答えをする牡丹。
 フォスターは、そんな彼女の様子に少しだけほっとした顔を見せ、再び声を出す。

「倉持さんってさ、その……何で専用機持ってるの?」

「あ、それ私も気になってた。……代表候補生、ってわけじゃないんだよね? 倉持さんって」

「もしかして、倉持って名字も関係、あったり?」

 フォスターの言葉を切っ掛けとして、途端に教室はざわつき始めた。
 その様子に、牡丹はおろおろと周りを見渡して戸惑っている。

「あ、あの……えっと……」

「はいはいはいはい、皆が皆喋ってたら倉持さんが喋れないでしょう? ちょっと静かになさいな」

 手を何度か叩きながらフランシィ教員がそう言うと、クラスメイト達は少し物足りなさそうな表情を浮かべながらも、騒ぐのを止めた。
 そして、フランシィは優しく語りかけるように、牡丹を促す。

「……良ければ皆に話を聞かせてあげてくれるかな、倉持さん。皆、あなたのこと気になってるみたいだから」

 その言葉に、牡丹は少し遠慮気味に頷く。
 そして、それから数秒程度の間をおいて、おそるおそる、といった風に牡丹は語り始めた。

「えっと、ですね……わたし、『打鉄』がロールアウトする少し前から、倉持技研で『打鉄』専属のテストパイロットをやってるんです。……つまりですね、皆さんよりも多少長く乗ってるから、適性もある程度高いだけ、なんです」

 瞬間、何人かが驚いたように息を呑んだことを、喋ることに必死だった牡丹は気付かなかった。
 『倉持技研』は世界でも有数のIS製造メーカーであり、現在稼働中のIS中で世界トップクラスのシェアを誇る『打鉄』を初めとする、数々の傑作機を生み出してきた、IS関連企業の雄である。
 牡丹がその『倉持技研』所属の、テストパイロットであるという事実。一般生徒が息を呑む理由として、それは十分すぎるモノであった。

「それと、皆さんのお察しの通り、わたしは倉持技研の所長の娘、なんです……だから、そういう立場についていて、ですね……あ、別にそれだけがテストパイロットになった理由、というわけではないのですが……。
 と、とにかく。……その流れで、私は専用機として『打鉄』を所持しているんです。はい……」

 牡丹がそう言い終わり、教室に流れる暫しの沈黙。
 途端に静かになったクラスメイトを、牡丹は不安そうにきょろきょろと見回す。
 そして、彷徨う視線はティナへと向いた。……泣きそうな顔で、牡丹は助けを求める。
 それに対し、ティナは、『だ・い・じょ・う・ぶ』と声を出さずに口の形だけを動かした。
 そう。これは嵐の前の静けさなのだと、ティナは分かっていたのだった。

 ――――直後、黄色い声が響き渡る。 

「す、すっごーい!! 倉持さん凄いじゃん! 超VIPじゃん!」

「く、倉持の所長令嬢でしょ? しかもテストパイロットって……」

「『打鉄』のロールアウトって結構前だよね!? それより前から乗ってるってことは……何百時間とかいうレベルじゃないよね、搭乗時間!」

「やばいよ、倉持さんが代表やれば、クラス代表戦勝てるかもしれないよね! ね!」

 口々に牡丹を称賛する言葉を口にするクラスメイト。
 急変した級友たちの様子と、所々から聞こえてくる自分への褒め言葉に、牡丹は酷く狼狽し、顔を紅潮させていた。

「へ、あの……えっと……えぇ?」

 その様子を見てティナは、一人静かに頷いていた。

(…………上手くいった、かな?)

 話しかけやすい雰囲気を作れば、その流れに乗って誰かが牡丹に話しかける筈。何せ牡丹は専用機持ちで、しかも『倉持』なのだから。興味を引かない筈がない。後は牡丹の周辺事情を先生か私あたりが引き出せば掴みはOK。あとはその場のノリで何とかなるだろう。
 ……そう考えて、ティナはわざわざ教室の雰囲気を盛り上げていた。先の休み時間に牡丹の事情をこっそりと聞いておいたからこそ、その方策を直ぐに取ることが出来たのだ。
 そして、彼女の思惑は見事的中したのだった。
 クラスメイトの牡丹への評価は、間違い無く良い方向に転じた。ティナはそのことを、楽しそうな声が所々から上がっている一年二組の教室の様子から、確信したのだった。

「……よかったね、これでイメージアップじゃん?」

 騒がしい教室の中、ティナは小声で牡丹に声をかける。
 すると牡丹は、きょとんとした顔を浮かべた後に、何かに気付いたように眼を見開いて。

「……あ、ありがとうございます……」

 とても嬉しそうな満面の笑みを、ティナへ向けたのだった。

「さて、なんのことやら」

 しらを切るように牡丹から目線を外し、ティナは思う。

(……割と駄目もとだったんだけど、結果オーライ、かな?)

 見切り発車にしては上手くいった。そのことに、ティナは満足していたのだった。
 だからだろうか。気を抜いた彼女が、うっかりとそれを口にしてしまったのは。

「まぁでも、相手が第三世代になったときを考えると、こっちの専用機が『打鉄』ってのは、ちょっと不安要素かもだけどねー」

 ティナが少し大きめの声で、茶化すようにそう言った、その瞬間。
 “それ”は、突如として起こった。



「…………あァ?」



 牡丹の口から、その外見イメージとは明らかにかけ離れた声が、恐ろしい響きを持って放たれた。
 ――――教室の空気が、一気に凍る。

「…………今、なんて言いましたか、ティナさん?」

「へ、あ、その……えぇ?」

 牡丹の突然の変貌についていけず、ただ戸惑いを見せるティナに対し、牡丹は静かに、しかし迫力を持って詰め寄る。

「わたしの耳が狂っていなければティナさん、あなたは今、“『打鉄』は不安要素である”という旨の発言を、なさいませんでしたか? ……ねえ?」

「うぇ、っと……え、その……」 

「なさいませんでしたか、と聞いているんですが!?」

「ふぁい! なさいました! 間違い無く!」

 恐怖に震えた声でティナがそう叫んだ、その直後。
 牡丹は、心の底から呆れているような、途轍もなく深い溜息を吐き出した。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………これだから困るんですよ。少々ISのことを理解している“つもり”の人は、決まってそう言うんです。“『打鉄』は性能面で第三世代に確実に劣る”、と」

 まるで『分かってねえ、コイツ全然分かってねえよ』とでも言いたげな表情をティナに、そして何故かクラスの面々一人ずつに向けていく、牡丹。
 ……しかも、こちらも何故かはわからないが、牡丹は自分の席を離れ、教卓の方へと歩き出した。……フランシィ教員は、その様子にいち早く気付いて即座に教卓前のスペースを開ける。その怯えた様子には、教師としての威厳など欠片も残っていなかった。
 そして、教卓に辿り着いた牡丹は、一息を吐き。
 明らかな怒りの表情を浮かべながら、ゆっくりと語りかけるような口調で、教室にその声を響かせていく。

「いいですか? ISの性能は、第一世代を除く世代間で基本的に、その総合値はほぼ等価なんです。世論によって重要視する性能が変遷しただけであって、基礎スペックの開きは言うほどに大きくは無いんですよ。……特殊装備関連は別にして、ですが。
 言ってしまえば、“どの性能に比重を傾けるか”、要はそれだけなのです。……機動力を上げれば、装甲が犠牲になる。出力を上げれば、継戦能力が悪くなる。拡張領域<バススロット>を広げて兵器選択の自由度を上げれば、その分カスタムに掛かる時間と費用が大きくなるし、カスタム自体の難度も上がる。これは当然のことです。技術発展次第で多少のバランス改善やベース性能の向上は望めますが、それでも完全に解消できる類のモノではありません」

 牡丹の声のトーンが、右肩上がりに急上昇していく。対しクラスの面々の態度は、留まるところを知らないほどに縮み上がっていた。
 牡丹が教卓を、勢い良く“ばんっ!!”っと叩く。同時にクラス全員の肩が跳ね上がる。

「要は天秤なんです! あちらを立てればこちらが立たず! ……その天秤が、可能な限り平衡を保つように、実用性と汎用性を重視して造られたのが、IS史上の『最高傑作』! 性能バランスは随一で! 操作性も随一で! 欠点は特になしで! それでありながらバランスを崩さないように既存技術を駆使することにより、第二世代に於いて最優を誇る防御性能を持つに至った『最高傑作』!! それが、『打鉄』!!!!
 ……その素晴らしき『打鉄』が……なんですって? 一芸に秀でている“だけでしかない”見世物小屋のライオンが如き第三世代に対しての、“不安要素”? …………既に数多の戦場を駆けてきた本物の獅子を舐めないで頂きたいものです!!!!」

 どこから声を出しているのか分からないほどの声量での一喝。
 ……先程までの弱気な牡丹は一体何処へ行ったのか。他のクラスメイトよりは多少彼女と関係の深いティナでさえも、それは分からなかった。

「近接戦が得意な相手には射撃戦を、射撃戦が得意な相手には近接戦を、徹底して挑み! それが叶わないほどに相手の機動力が高いのなら、守りを固めつつ足を止めて撃ち合えば良い! ガード性能の高い機体ならば、持久戦を挑んで逆にこちらの“堅さ”を存分に思い知らせてやればいい!! そういった戦術のフレキシブルさが『打鉄』の取り柄なのです! その取り柄を上手く利用しさえすれば、『打鉄』は無敵の存在へとなり上がるのです!! 理解していただけますか!?」

 ――――――…………………。

 あまりに凄まじい声量と勢いに、完全に委縮し沈黙してしまっている生徒達(含む担任)に、牡丹は僅かに頬を引きつらせ、苛立ちを露わにする。
 そして、一喝。

「分かったのならばお返事を!!!!」

「「「「「は、はいぃ!!」」」」」

「よろしい! ……では復唱を要求します!! “『打鉄』は決して第三世代に劣らない、素晴らしい機体である!!!!”」

「「「「「【『打鉄』は決して第三世代に劣らない、素晴らしい機体である!!!!】」」」」」

 その、恐怖に声が震えている一年二組の斉唱を聞き、牡丹は満足そうに笑顔を浮かべる。
 直前の般若が如き形相からの一瞬の表情変化に、クラス全員が一種の怖気を抱いていた。
 柔らかく明るい、朗らかな笑みを浮かべて、牡丹は一言。

「ふふっ。……皆さんに『打鉄』の素晴らしさを理解していただき、嬉しい限りです」

 その瞬間、クラスの全員が心の中で、深い深い安堵のため息をついたのは、言うまでも無い。





 ◇





「うううぅぅぅ……やって、しまいましたぁ……」

 二限目終了直後の、休み時間。
 自分の席に座って頭を抱えながら、牡丹は先程の自らの態度を深く深く後悔するように、机の上で沈み込んでいた。
 ティナは牡丹の席の前に立ち、酷く呆れた様子で声を掛ける。 

「……自覚出来てる分だけさっきより成長してるみたいだけど。……あれはもう、私も庇いようがないよね、っていう」

 すると牡丹は、勢い良く顔を上げて、ティナの方を向いた。……細い両眉をハの字にして、とても申し訳なさそうな表情をしている。

「ティナさん……! ごめんなさい! 折角気を遣って頂いたのに、わたしティナさんに失礼なことを……」

「ああ、だいじょぶだいじょぶ。その辺は気にしてないから。…………うん、その辺は、ね」

 含ませる言い方をしたティナの言葉に、牡丹が気付かない筈がない。
 再び机に沈み込むように突っ伏し、頭を抱える。

「…………ううぅ……わたしの『打鉄』への愛が、こんな形で発露するとは……」

 自然に“『打鉄』への愛”とか言ってしまっている時点でどうなんだろう、とティナは密かに思いつつ、落ち込む友人を励まそうとする。
 ……が、気の利いた言葉が思い浮かばない。先程の牡丹の激昂があまりにもぶっ飛び過ぎていたせいで、何を言っても取り繕いようがなかったのだ。

「あれだ、もうああいうキャラで押し通すしかない気がする。あそこまでやっちゃうと流石に。……というか、あれ本心からでしょ?」

「……はい。『打鉄』を悪く言われると、つい反応してしまうんです……うぅっ」

 反応ってレベルじゃねえぞ、とティナは思う。
 好きなものを貶されて嬉しく思う人間は居ないだろうが、あそこまでかっ飛んだ怒り方をする人間が他にいるだろうか。そう問われれば、ティナは間違いなく首を横に振るだろう。
 それが“つい”起きてしまうモノだとなれば、それはもう施し様のないことだ。

「意識して直せるもんじゃあない、よね……?」

「うぅ、うううぅぅ…………」

 言葉にはなっていないが、牡丹から発せられた泣き声(鳴き声?)に混ざり込んだ悲しみからティナが察するに、それは肯定の声であった。

「……まぁ、考えようによってはかなりインパクトのあるキャラ付けが出来たわけだから、結果オーライかもだけど、ね?」

「いんぱくとだけで、おともだちはできません。むしろみんなわたしからはなれていきます」

「……ごめん、適当言ったのは謝るからそんな遠い目をしないでお願い」

 ティナをじと目でひと睨みした後、牡丹は再び肩を落として、落胆する。

「はぁぁぁ……わたし、これからうまくやっていけるんでしょうか……?」

「さて、ハードルが無茶苦茶上がっちゃったのは事実だからねぇ……どうなることやら。………………ん?」

 いつの間にか。
 気付けば牡丹は、酷く不安そうに眼を潤ませながら、ティナの顔を見上げていた。
 そして、恐る恐る声を発する。

「あの…………ティナさんは、これからも、わたしの友達で、いてくれるんですか……?」

「ああ、その辺は心配しないで。そんくらいで関係捨てるほど薄情なつもりないし」

 ティナがしれっとそう言うと、牡丹は途端に感動したように声を上げた。

「あ、ありがとうございます! 嬉しい、です……」

 瞳を潤ませて感謝を述べた牡丹に、少し気恥かしさを覚えて、ティナは目を背ける。
 ……薄情なつもりはない。確かにそれはティナの本心ではあったが、彼女が牡丹を許容出来る理由は、他にもあった。

(ていうか、牡丹と似たようなの知ってるし、割と慣れてんだよねぇ……)

 ティナの脳裏に浮かぶのは、本国アメリカのISテストパイロット。
 米国内でも随一のIS操縦技能を持ち、一般の人々の間で多大なる人気を誇る彼女。TV画面の向こうに映る、美しい容姿と凛々しい表情に、ティナも“一時は”憧れたものであった。
 だが、その彼女が一週間ほど、ティナの通っていたIS専門予備校に特別講師として姿を現した時に、儚くもその憧れの念は砕け散っていた。
 曰く。

『ああ……今日も超可愛かったわぁ……あの子……。やばいわよ、何時間だって見てられるし。……あの子、ミロのヴィーナスを軽く越えてるわ。芸術性の塊よ』

『誰が何と言おうとあの子は私のなの!! あなた達がいくら頼んだって一瞬たりとも乗せたげないんだから!!』

『今あの子を侮辱したの誰!? ダサいし燃費悪いとかほざいたの誰!?!? 今すぐ出てきなさいツラ貸しなさい『銀の鐘<シルバー・ベル>』でハチの巣にしてあげるから!!!!』

 思い出されるのは、彼女の偏執的な“あの子”への愛。生徒の誰もが彼女の言動に引いていたことを、ティナは良く覚えていた。
 そして、牡丹を見る。

(ああ、やっぱ似てるなぁ……)

 “彼女”というワンクッションを置いていたからこそ、そして事前に牡丹と友人になっていたからこそ、ティナはあのようなことがあっても牡丹を容易に受け入れる事が出来たのだ。
 その点を鑑みると、初見であれだけの衝撃を植え付けられた他の生徒達が、果たして牡丹を受け入れることが出来るかどうか。
 ティナは、とてもではないが、その疑問に首を縦に振ることは出来なかった。

(……イメージアップ、無理っぽくない?)
 
「ティナさん、どうかしましたか?」

「へ? ……ああいや、別に、なんでもないよ?」

 慌てたようにティナは誤魔化し、窓の外の青空を眺める。……雲一つない、晴天だった。
 そして、ふと思う。

(こーゆー感じの人に二人も遭うって、なかなかの確率だよねぇ……)

 ティナは、自らに絡みついた奇縁に、心の中で苦笑いを浮かべる。
 彼女のIS学園における最初の友達は、どうやら。
 想像の遥か斜め上をつっぱしる、正真正銘の変わりモノであるらしかった。




 ◇





 おまけ


「少し良いですか、ミス・フランシィ」

「…………織斑先生。出来ることならば敬称は『ミズ』でお願いします。ええ、切に」

「……そこまで気にするようなことですか」

「気にしますよっ。もう私達、若くは無いんですし……」

「……私はそれほど、そちらに関して気には留めていないのですが……」

「織斑先生は美人だからって気にしなさ過ぎなんです! 私達はもう二十も半ば、お肌の第一コーナーはすぐそこなんですよ!? まともな直線はもう無くて、あとは失速するだけなんですよ!? 人生のチェッカーフラッグは限られた者の頭上にしかはためかないんですよ!?」

「……ミス、声が大きいです」

「ハッ!? ……っと、失礼いたしました。ついつい熱くなってしまって。あと敬称は『ミズ』でお願いします。…………で、私に何か用でもありましたか?」

「ええ。……うちのクラスについて少し、相談事が」

「一組について、私にですか?」

「はい。自らのクラスに関して他クラス担任の先生にアドバイスを求めるなど、情けない限りですが……」

「いえいえ。私達は教師になって日が浅い者同士、助けあいも時には必要です。……で、何か問題でもあったんですか?」

「それが……うちのクラス代表を決めるときに、一悶着がありまして。……候補者である織斑一夏とセシリア・オルコットが、今日より一週間後にISの実戦闘にて勝負を行ない、その勝者が代表となる、という形となったのですが」

「ああ、風の噂で聞こえてきてましたよ、私の方にも。……いろいろとお疲れ様です、先生」

「……いえ。お気遣いありがとうございます、ミス・フラン――――」

「『ミズ』でお願いします」

「――――失礼、ミズ・フランシィ。……それで、決め方自体には然して問題は無いのですが、織斑の方に少し、困ったことがありまして」

「困ったこと、ですか?」

「ええ。今回の勝負は、“お互いが専用機持ちである”ということを前提として組んだ物だったのですが……実は、織斑の専用ISが、まだ……」

「……ああ、それはまた…………一週間後までには、間に合うんですか?」

「はい、期日までには届く予定となっているはずなのですが。……万一のことを考えると、予備機を用意しておいた方がいいのでは、と……」

「それが良いと思います。……ISはデリケートなものですから、納期が遅れることなんてざらですしね。『ラファール・リヴァイブ』や『打鉄』の修理でも、たまに難航していたりしますし」

「……私も、そう思ったのですが」

「ん? 何か、問題でも?」

「今から予備機を用意するとなると、そもそも届け出が受理されるまでの時間が足りない上に……その、性能面で差が出過ぎ――――――」

「――――!? 織斑先生!!!! シッ、黙って!!!!!!!!」

「はい? ――――むごっ!? もごぅ!?」

「………………誰も、居ないわね」

「――――――っはぁっ! はあ、はぁっ……い、いきなり何を!?」

「良いですか織斑先生! ……これからは、絶対に、『打鉄』を含む第二世代を貶すような言葉を、発さないでください……!」

「……いや、別に貶したわけでは無かったのですが―――」

「それでも! ……少しでも『打鉄』を下に見るような意が含まれている言葉を、特にうちのクラスの近くでは、絶対にっ! 言わないでください、お願いします……!」

「…………良く分からないのですが、何もそんな泣かなくても」

「これが泣かないでいられますかっ……! う、ううっ………! とにかくっ、……お願いします、貶さないで……!」

「は、はあ……わかりました、以後気を付けましょう」

「本当に、お願いしますよ! …………では、私はこれで失礼しますっ」

「あ、ちょっと、ミス・フランシィ! まだ相談は終わってな――――」

「『ミズ』でお願い致しますっ! …………ううっ」

「行ってしまった。……一体なんだったんだ。並々ならない動揺っぷりだったが……」



『あ、ミス・フランシィ! ちょっと質問が――――』

『『ミズ』! 私の事はミズ・フランシィとお呼びなさい! ……ぐすっ』

『ひぃっ、すみません! …………って、あの、ミズ? どうしたんですか? 良ければ相談に乗りますけど……』

『ハッ!? 私、生徒に対して何て口を! ご、ごめんなさいねフォスターさん……先生、まだ大丈夫だから……』



「………………どのクラスの担任も、相応の苦労している、ということか」






――――――――――――――――――
どうも。打鉄・量産機スキーの方々の感想に喜びを隠せない作者です。やっぱり感想が付くのって嬉しいです。

今回はORISYUの説明回です。うちのORISYUがどういう人なのか、この回で分かってもらえたなら幸いです。
次は少しだけキンクリしましてセシvs一の決闘を見学する回?になりそうです。三話目にしてやっとモブじゃない原作キャラ登場っぽい。
では、次回もよろしくです。


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