生体腎移植を受けるため、暴力団関係者らに1000万円の報酬を渡し、腎臓の提供を受けようとした疑惑が浮上した開業医(55)は当初、フィリピンに渡航して生体移植を受ける計画を立てていたことが捜査関係者への取材で分かった。国内での死体腎ドナー不足に直面したためとみられるが、国際的な生体移植の規制強化で渡航計画も頓挫。この後、暴力団関係者らとの偽装養子縁組に踏み切り、臓器売買をしようとしたとみられる。
捜査関係者によると、開業医は05年8月に慢性腎不全と診断され、体外式の人工腎臓装置に血液を通して毒素を取り除く人工透析を始めた。しかし人工透析は1回数時間かかり、週に2、3回施設に通う必要がある。ある移植医は「人工透析は生活にも仕事にも支障をきたしかねない」と指摘する。長年にわたって人工透析を続ける患者も多いが、開業医は移植を目指すことにしたという。
開業医は07年2月、「日本臓器移植ネットワーク」に登録。脳死や心停止後に臓器提供を受ける死体腎移植を待った。しかし希望する患者に比べてドナーは圧倒的に少なく、移植が実現するまで平均15年の待機を強いられるとされる。
臓器移植には、健康な人から臓器提供を受ける生体腎移植という選択肢もあるが、日本移植学会の倫理指針はドナーを原則親族と限る。開業医は親族からドナーを見つけられなかったとみられ、海外での移植を目指したという。
開業医が渡航先に選んだのはフィリピンだった。しかし、フィリピン政府も「貧しい人が金銭目的で臓器を提供している」という国際的な批判を受け、08年6月、外国人への臓器提供を禁止。開業医の移植計画も断念に追い込まれたとみられる。【川崎桂吾、前谷宏】
臓器売買疑惑が持たれる開業医(55)は5月16日、東京都江戸川区で経営するクリニック内で毎日新聞の取材に応じた。ドナーとの養子縁組を偽装した上で生体腎移植を受けようとした疑いには明確な回答を避けたが、臓器売買については「そういうことはないと思う」と否定した。一問一答は次の通り。
--養子縁組したドナーから臓器提供を受けようとしたのか。
個人的な問題なので答えられない。(一般論として)法的に問題はないと思うが。
--ドナーの紹介者が暴力団組員だったのではないか。
うちの患者にも組員はいるが、個人的な付き合いはない。
--ドナーやその紹介者に金銭を渡したことはないか。
そういうことがあれば警察は黙っていないでしょう。そういうことはないと思います。
--臓器移植についてどう考えるか。
私の知見では、日本では(死体腎ドナー不足で)難しい。そういう人が海外に行くのだろうが、最近では海外も厳しくなってきている。
--疑惑は事実ではないということか。
そう聞かれても困る。こんな事実があったと具体的に指摘されれば話すが、何が何だか分からないような話を言われても困る。
毎日新聞 2011年6月23日 15時00分