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[9729] 《習作》Fate / different phase(オリジナル設定)
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2009/06/21 01:08
はじめに

・これは“Fate/stay night”の設定を借りたオリジナルです。

・ですので舞台・登場人物など多くがオリジナル設定となります(なるべく繋がりは持たせますが)。そのため、本編とは矛盾する設定が多々登場と思います。

・こうしたSSを執筆した経験が圧倒的に足りません。ですので、拙い表現もいくつかあるかもしれません。

以上を許容できる方のみ閲覧をお願いします。



[9729] プロローグ「偽りの狂宴」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/05/15 02:40
聖杯戦争・・・・・・
 冬木市に眠る願望器“聖杯”を降臨させる儀式・・・・・・
 その儀式の実体は七人の魔術師がそれぞれ七騎の英霊を従え、一つの聖杯をめぐり最後の一人となるまで、自らの願望、欲望、野望のために争う・・・・・・
 されど、冬木の聖杯は贋作。しかしながら、そうまでして手に入れる価値は、ある。なぜならこの聖杯は“万能の釜”を起源とする代物。ましては普通の人間が御するには手に余る英霊を使い魔“サーヴァント”として現界させるだけではなく、“令呪”なる絶対命令権を持って従えさせられること自体が奇跡なのだ。ゆえに叶えられぬ願いなど、ない。
 それだけで十分に甘美な響き。だが手にできるのは言うまでもなく一人。血で血を塗る凄惨なこの戦いも五度に渡り繰り広げられた。その三度目には聖杯は全てを呪う呪詛の器と化してしまった・・・・・・しかし、この決戦も五度目をもって完全に終結、聖杯も解体へと至るのだった・・・・・・
 英霊同士が争うこの聖杯戦争は冬木独自のもの。よって、聖杯戦争は二度と起こることは決してありえない、そのはずだった・・・・・・



 夜は深まり、闇に包まれ、生けし生けとし者は眠りにつく。しかし、この現代においてはそれが当たり前とも限らない。闇深まる夜でも繁華街はネオンの光によって照らされ、またそこを行きかう人々も大勢いる。そんな雑踏の中、一人の少女が行く。この時間帯で、一人で行動するには、あまりに年端もいかない少女だ。にもかかわらず、少女はそんなことを気にする様子もなく、一人人混みの中を進んでいく・・・・


 道を進む少女、だが少女の進む先にはだんだんと人の数が少なくなっていき、そしてとうとう人気のない通りに至った。そして起こるべくして起こったというべきか、少女の進行方向を塞ぐかのように立ちはだかるバイクにまたがった男が一人。ヘルメットをすっぽりとかぶっているので男の人相はわからない、がどこからどう見ても一人の悪漢と一人のか弱い少女の構図以外の何物でもない。

 「あの、すいません。私、先を急いでいるんです。だからそこ、どいてもらえませんか?」

 暴力的なエンジン音をかき鳴らす男に放った少女の一言。一見すると深窓の令嬢にも見えなくもない少女の言葉がこのごろつきのような風貌の男に届くはずもない。この後の展開としては攫われるか何かされるか、いずれにしてもろくなことが起こらないだろう。だが男のとった行動は、そういったことではなく、ただ手にはめていたグローヴを片手だけはずしただけだった。すると男の手の甲には奇妙な紋様が刻まれていた。その紋様を見るなり、少女は薄ら笑いを浮かべた。

 「あら、わざわざ見せてくれてありがとう。でもそんなことしてくれなくたってわかってるわよ、そんなの」

 先ほどのしおらしい言動とは打って変わって、少女は余裕に溢れていた。だが、それでも少女の持つ気品のようなものは一切失われていない。

 「むしろ感謝してちょうだい。こっちはわざわざあなたのために人気のない通りを選んだんだから。“周りの人が気になって負けました”じゃこっちも拍子抜けしちゃうもの。だから、完膚なきまでに叩き潰してあげる」

 あくまでも挑戦的な少女の発言。すると、少女は片手を前に突き出した。その手のひらには男のものと似て非なる紋様が浮かんでいた。

 「セイバー。遠慮はいらないから、全力で勝ちなさい!」
 「承知!」

 すると少女の傍らからいつの間にか一人の男が現れ、バイクの男に向かって突進してきた。だがその男の身に纏っているのはこの時代の人間のものではない。白銀に輝く鎧を身に着け真紅のマントを羽織り、その手には荘厳な剣を構えていた。その男を一言で表すなら“騎士”。だが、バイクの男の前にもいつの間にか別の男が現れた。この男の様相もこの時代の人間のものではなく、その男が身に纏っている鎧兜に手にしている盾、それらは黄金の輝きをもっている。その様、まさに“戦士”。騎士の一撃をその盾で防ぐと、戦士はお見舞いに槍の一撃を放った。だが騎士はそれを後方に飛ぶことで避ける。両者共に激突せんと、互いに前進するのだった。その光景はまさしく、冬木市で行われていた聖杯戦争そのものである・・・・



 北日本に位置する地方都市“幌峰”、その周辺の多くが山林に囲まれていながらも、中心部をはじめとして繁華街が多く立ち並ぶ。だが大都市と呼ぶにはあまりに規模は小さく、かといって田舎かといえばそれなりに賑わいを見せている、それがこの幌峰市だ。その幌峰の郊外に一軒の洋館が建っていた。その洋館の一室にアトリエのような部屋があり、そこに一人の長い黒髪の女性が薄暗い明かりの中で静物画を描いていた。するとそこへノックが響く。

 「爺。入ってきて」
 「はい。失礼いたします、お嬢様」

 そして部屋に一人の老紳士が入ってきた。どうやら彼はこの館に仕える執事で、そこで絵を描いている女性は彼の主人であるようだ。

 「お嬢様。非常に申し上げにくいのですが、中心街の裏通りでセイバーとランサーが戦いを始めてしまったようです。詳細な場所は・・・・」
 「わかっているわ、爺。まったく、全てのサーヴァントが揃うまで自重しなさいとあれほど言ったのに・・・・」
 「致し方ありません。何しろ、サーヴァントというのはどうも血の気の多い方々が多いらしいようですし、今回の参加者の方々もそれに負けず劣らずの血気盛んな面々のようで・・・・」
 「はあ・・・・こっちはただでさえ後始末に負われているっていうのに・・・・でも、これ以上言っても仕方ないわね」

 女性は思わず溜息をついてしまう。セイバー、ランサー、そしてサーヴァント・・・・これら全てある儀式に関わる言葉、その儀式とはすなわち、聖杯戦争である。彼女たちの言葉によれば、この街でその聖杯戦争が勃発していることが伺える。だが英霊を呼び出すことができるのは冬木の聖杯の力があってこそ。この幌峰に何故聖杯が成立したのかなどは後に語ることにする。
そして先ほど溜め息をついていたこの女性の名は守桐神奈。この地を預かっている“管理人”にしてれっきとした“魔術師”だ。魔術は秘匿が原則、ゆえに表沙汰になってはならない事象だ。彼女の言う後始末とはその魔術が一般の市井に目を向けさせないように手を回すこと。ましてや、この幌峰で行われている聖杯戦争ならばなおさらだ。“戦争”と呼ぶからには、被害もそれ相応に大きい。ゆえにその後始末も厄介なことこの上ない。

 「はい。申し訳ございません。すでにつくしを現地へと向かわせて、事態の収束に動いておりますので」
 「つくしさんを・・・・・・?逆に不安なんだけれど・・・・」
 「お気持ちはわかりますが、逆にわたくしがそれに向かった場合、この報告がかなり遅延したものと思われますが?」
 「そっちのほうがまだよかったわ。早めに手を打ってくれたのは助かるんだけど、本当に大丈夫なの?」
 「まあ、彼女も一応やるときはやりますからね。多分問題ないでしょう。自信を持って断言できないのがお恥ずかしい限りですが・・・・ところで」

 少なくとも、この会話で“つくし”という人物がかなり問題のある人物であることは確かだ。だがこれ以上この話を続けていても仕方ないので、老紳士は話題を転換した。

 「お嬢様。いつ召喚の儀式を執り行うのですか?確か、以前口にされていらっしゃったことには、今日が都合のよろしい日と伺ったのですが?」
 「ええ。実はそろそろ始めようと思った頃合よ。予想以上にサーヴァントが出現しているし、これ以上うだうだやっても仕方ないもの」

 神奈は自分の習得している魔術により、今日この日が召喚を行うのに最適な日であることを把握していた。だが彼女自身が言っていたように次々とサーヴァントが召喚されているのだ。自分の今後のことを考えると、より強力なサーヴァントを召喚するにはあまりにも時間がない。

 「然様ですか。やはり召喚されるのはアーチャーで?」
 「理想的にはね。もう召喚できるサーヴァントも少なくなってきているし、この際贅沢は言わないわ。召喚されたサーヴァントが私を勝利に導くことができる力を持つのなら、それに越したことはない。そういうわけだから、爺。これから儀式を行うから誰であっても私の工房に立ち入らせないようにしてちょうだい」
 「かしこまりました、お嬢様」

 老紳士が恭しく頭を下げると、神奈は自分の工房へ向かうべく、部屋を後にした。自らにふさわしいサーヴァントを手にするために・・・・



 夜も更け、多くの生物が眠りに就いている頃、一人の男が生い茂る木々の中に立っていた。どこかの林の中だろうが、こういった時間に一人で行動する人間はほとんどいないと言っていいかもしれない。この男の目的は単に散策というわけでは決してない。男はただ、林の中で一人たっているだけだった。だが、そんな男の手には何か手にしているようだ。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。
  降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

男は一人、何か呪文めいた言葉を口にしていた。いや、男が口にしているのはまさしく呪文“そのもの”である。男の呪文に呼応するかのように、辺り一帯の木々がざわめく。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
 繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する・・・・・・・・」

 すると男の足元が輝きだし、それが光の奔流となって強まり、大気も大きく唸り上げそうな様相を示してきている。

 「・・・・・・告げる。
  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば答えよ。
  誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者・・・・
  汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 立ち上る光は一気に弾け、男の周囲を覆いつくす。光が次第に収まっていき、辺りは再び闇に覆いつくされた。呪文を唱えていた男は力を抜いて腰を落とし、片膝を着いて辺りを狩人のように注意深く探った。

 「実に浅ましいことよ・・・・今代の人間は死して黄泉に眠る者を否応なしに現世へと引き戻す術を得たというのか・・・・」

 どこからともなく響く声。男はその声のした方向に全神経を向ける。

 「この身を蘇らせたのだ。それ相応の理由を聞こう。主は何ゆえ、かような行いに至ったのか?返答次第ではその身、五体満足で済むと思うな」

 試しているのか、それとも敵意を持っているのか・・・・いずれにせよ声の主は男に問う。そして男の口が開く。

 「そんなこと、決まりきっている。サーヴァントを喚ぶ理由は一つ、俺には俺の叶えるべき願いがあるだ・・・・!」

 聖杯戦争、その血戦の舞台は次第に整っていく・・・・



[9729] 第一話「血戦開幕」 ※残虐描写あり
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/05/15 02:38
 最近、わたしはよく同じ夢を見る。わたしが前に住んでいた街が大きな火災に遭って辺り一帯を焼き尽くした、あの日の夢・・・・家も、木も、草も、人も、そしてわたしのお父さんとお母さんも・・・・・・まだ小さかった妹を背負って、私は当てもなく焼け野原となった住み慣れた街をさ迷い歩く・・・・・・そこは友達や妹と遊んだ公園も、家族でよく通った道路や馴染みのお店も、親切だった近所の人たちや友達の家も、それらの一切が面影を失っていた。わたしは直接体験したわけじゃないから確かなことは言えないけれど、たぶん戦争に巻き込まれてしまった街って、こんな風になるものなのかな、と今になって思った・・・・・・・・



 「・・・・・う・・・・・・ん・・・・・・・」
 カーテンから射す朝日の光がわたし、野々原沙織の目を覚ました。朝に弱いほうじゃないと思うけれど、目覚めたばかりということもあってわたしは少しぼんやりした頭に手をやった。それにしても、どうして近頃前に住んでいた街を襲った災害の夢を見るんだろう・・・・・・?
 それによって続く夢に滅入っているのか、それともまだまどろんでいるのか、そのどっちにしてもわたしはまだ布団の外へ出られないでいる、そのときだった。部屋の外から勢いのいい足音が響き、それがどんどんとわたしの部屋のほうへ近づいてきている。そしてわたしの部屋の前に来た途端、足音がぴたっと止むと今度はこれまた思いっきり部屋の戸がガラッと開かれた。

 「ねえちゃん、おっはよーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 入ってきたのは飼い犬のシローを連れた妹のこのかだった。日課であるシローの散歩から帰ってきてわたしを起こしに来たのか、わたしはゆっくりを上半身を起こした。

 「あー、うん、このか。おはよう・・・・・・」
 「も~、ねえちゃん近頃寝覚め悪いよー!それよりもシロー!こういうときは思いっきりねえちゃんに向かって思いっきり飛び掛って、のしかかるなりしてよ~!」
 「ワフウ・・・・・・・・」

 シローは呆れているかのように鳴いた。そもそも本当に呆れているかどうかはわからないけれど、そう見えてしまうから仕方ない。

 「ところでこのか、どうしてシローがわざわざわたしに飛びかかる必要があるの?」
 「だって、まだ寝ている人に飼い犬がフライングボディプレスをして起こすのって朝のセオリーでしょ?」

 どういうセオリーなの、それ・・・・・・・まあ、かく言うわたしもさっきまで起きていたかって言われたら自身もって言えないけれど。

 「それに、姉ちゃん近頃変な夢を見ているみたいだから、寝起きの気付けに一発っていう妹の心配りでもあるんだよ」
 「そうなの・・・・ありがとう、このか。でもそんなに大した夢じゃないから、気にしないで」
 「そう・・・・?だったら、いいんだけどさ」

 わたしは妹にウソをついてしまった。実際その夢のせいで気が滅入ってしまうこともないとは言えない。でもあの日のことはこのかは覚えていない。だから無理に話す必要もないとわたしは思う。

 「それはそれとしてさ、もうそろそろ朝ごはんができてる頃だから早く行こうよ」
 「うん、そうね。それじゃ、・・・・・・」

 行こうかって言おうとしたところ、このかはさっさと部屋から出て行って食卓へまっすぐと向かって行った。部屋にはわたしとシローが残され、そのシローはじと眼で私を見上げている。

 「シローはやっぱりわかっちゃうんだ、わたしが今日見た夢を気にしてるってこと・・・・」
 「ワン」

 シローは結構こういうことには鋭い。何か隠し事をしているとしても、まるでその心を見通しているような感じさえある。そのくせして、あまり素直じゃない。シローの散歩はわたしたちみんなが交代で行うけれど、わたしのときはすぐにわたしの言うことを聞いてくれないこともある、というよりもわたしのいうことと逆のことをわざとやることがほとんど。つまりは、意地悪ということになるかもしれない。それでもこの家の立派な一員であることに変わりはない。

 「確かにこのかにはウソをついたけれど、夢のことは気にしていないって言うのは本当だから・・・・・・・・・・・・・ちょっとだけなんだけど」

 確かに、夢のことで気が滅入ることもあるけれど、やっぱり夢は夢。どうしてそんな夢を見るのかなんてわかるはずもないし、夢のことを考えていたって仕方ない。少なくとも、わたしはそういう風に割り切っている。

 「それじゃシロー。わたしたちもそろそろ行きましょ。シローもごはんを食べないと」

 部屋を出ていくわたしにシローは黙ってついて行く。このとき、あの日の夢がこれから起こることの前兆だということは、このとき食卓へ向かう私には知る由もなかったし、知る術もなかった。


 ところで、わたしたちの前住んでいた街でどうにか生き延びることができたわたしとこのかだけれども、場合によっては孤児院に入れられていたかもしれなかった。でも、幸いにもわたしたちには当てがあったので別の町、つまり今住んでいる幌峰に移ることになった。そこでわたしたちは祖母の絹の下で暮らしていて、現在に至る。

 「ねえちゃんにシロー!遅いよー!アタシもうお腹ペコペコだよー!」
 「このか、遅れてきた沙織やシローだってお腹を空かしているのよ。だから沙織たちも悪いわけじゃないんだから、あまりそういうことは言わないでちょうだいな」
 「むー・・・・・・そういうことならわかるけどー・・・・」
 「おばあちゃん、おはよう」
 「おはよう、沙織」

 ラジオが流れる中、おばあちゃんはこのかに優しく諭しつつ、食卓に着いたわたしににっこりと挨拶してくれた。

 「おばあちゃん、シローのごはんは・・・・・・」
 「ああ、それならいつもの場所に置いてあるわよ」
 「うん、わかった。じゃあ、とって来る」
 「シロー、あまり沙織に意地悪しないでちょうだい。あの子だってあなたのことが好きなんだから」
 「クゥン・・・・・・」

 さすがのシローもおばあちゃんには頭が上がらない。亀の甲よりも年の功というか、シローの扱いはわたしやこのかよりもずっと上手だ。単におばあちゃんのほうが家にいる分、わたしたちよりもシローと長く一緒にいるということもあるかもしれないけど。
 それはそれとして、シローのお皿にシローのごはんを盛り付け、それをシローの下へ運んだ。その後、わたしは自分の席についた。わたしたちの朝食は決まってごはんや味噌汁を中心とした和食だ。おかずは日によって様々だけれど、わたしのお気に入りの卵焼きが入っているのがなによりだったりする。

 「ねえ、ばあちゃん。早く、早く~」
 「そう慌てないの。ご飯は逃げやしないんだから。でも、みんなもうお腹を空かせて限界でしょうし、ここでいただくとしましょうか」

 わたしたちみんなで一斉にいただきますをすると、シローも一瞬遅れてお皿に盛られたごはんにかぶりつく。いつもと変わりない、いつもの朝食の風景・・・・・・

 「むー、やっぱりお魚の骨取りづらい~」
 「やっていけばだんだん馴れてくるようになるわよ。おばあちゃんだって、昔はお魚の骨とるの苦手だったんだから」
 「え!?そうだったの!?ちょっと意外~。ねえちゃんは知ってた?」
 「え?えーと、今知ったけど・・・・?」
 「誰だって最初からできるわけじゃないんだから、知らず知らずのうちにできるようになるものよ」
 「ふ~ん・・・・あ、ねえちゃん。しょうゆとって」

 そんな他愛ない会話をしているときに、ラジオではニュースが流れていたのか、次のニュースが始まった。これもわたしの見る夢とは違った意味で滅入る話だけれど、また失踪者が出たそうだ。それもここ数日続いている事件だ。

 「あら、また失踪者が出たの?やぁね、本当に・・・・・・」
 「ねえ、失踪っていなくなるってことなんでしょ?どうしていなくなっちゃうのかな?」
 「さあ・・・・・・?やっぱり、何か色々理由があるんじゃないの?」

 そんな当たり障りのないことをわたしは言っていた。そもそも悪い言い方になるかも知れないけれど、失踪者の気持ちなんて誰も知る由もないんだし、それにここしばらく出ている失踪者の共通点もないという。ニュースで流れる分には、いなくなった人たちは特に何の問題もなく日常を過ごしていた、つまり失踪するような理由、例えば生活苦だとか世の中が嫌になったとかというものではないということらしい。かといって、誰かに誘拐されたかどうかもわからないけど、その辺りも調査中だという話だ。
 そんな中、おばあちゃんは食事の手を止め、悲しそうな顔をしていた。

 「どんな理由でも、どんな形でも、誰かがいなくなるのはとても悲しいこと・・・・・・当たり前のように傍にいた人が突然いなくなるなんて、残される人にとってそれは耐え難いこと、いいえ。むしろ耐えられない痛みかもしれないわね・・・・・・」

 そんなことをおばあちゃんは言っていた。わたしもあの災害でお父さんとお母さんを亡くしたけれど、あの時はどう思ったんだろう・・・・・・?昔のことなのか、あまり鮮明に覚えていない。そしてラジオは次のニュースに変わり、わたしたちは食事を続けた。でも、おばあちゃんの食事の手はさっきよりも遅くなっていた。



 「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」
 「うん、行ってきま~す」
 「行ってきます」

 おばあちゃんに見送られ、このかと制服に着替えたわたしは学校へと向かって行った。わたしの通う高校とこのかの通う小学校は途中まで同じ道を歩くことになる。

 「はあ~、今日はやだなぁ。だって今日、算数のテストだもん」
 「え?大丈夫じゃないの?だってわからないところはわたしやおばあちゃんに聞いていたでしょ?」
 「それはそうなんだけど、やっぱりイヤなものはイヤ!!」

 そんな感じで一緒のときは朝食のときみたいなこれまた他愛ない会話をしていた。そんなこんなで、とうとう分かれ道に差し掛かった。

 「うわ~・・・・・・もうここまで来ちゃったよ~・・・・・・あ~あ、今日はイヤな日だな~・・・・・・」
 「そんなことないよ。だってラジオの占いでこのかの星座一位だったし」
 「でも、ねえちゃんの星座、下から二番目だったじゃん・・・・」
 「わたしはいいの。それよりもこのかがちゃんと算数でいい点取れればそれでいいんだから」
 「逆にそれ、プレッシャー・・・・・・」
 「え、えーと、それじゃあわたし、そろそろ急がないと遅刻しちゃうから、もう行くね」

 上手くフォローできず、わたしは急いで学校へと急ぐ。おばあちゃんだったら、もっと上手いこと言えるんだろうな・・・・・・わたしが何をしようともシローには絶対、鼻で笑われそうだけど。

 「ねえちゃん!!!」

 そんな時、このかがわたしに向かって大きな声で呼びかけた。何なんだろう・・・・・・?

 「・・・・・・ねえちゃんは失踪なんかしたりしないよね?ねえちゃんがいなくなっちゃったりしたら、やだよ?」
 「・・・・・・大丈夫だよ。わたしは失踪したりなんかしない。だから安心して」
 「そうなの!?じゃあアタシ、今日の算数のテスト、ちょっとだけがんばってみるね!!」

 そう言ってこのかは手を振った後、軽快に学校へと走っていった。そんな妹を見送って、わたしも学校へと向かう・・・・・・本当に急がなきゃ、冗談じゃなく学校に遅れちゃう・・・・・・



 どうにかわたしの学校、美柳高校へと遅刻することなく間に合った。その日の授業を別に何の問題もなく受けていた。それはそんな休み時間のことだった。

 「沙織~、ここにいたのかい?」
 「あ、引沼さん」

 体育の授業を終えて教室へ戻るわたしにクラスメイトの引沼亜美さんが話しかけてきた。

 「あんた、随分遅かったねぇ。また後片付けやらされたの?」
 「あ、うん。でもただやらされたんじゃなくて、自分で決めてやったことだから・・・・」
 「でもやれって言ってきたの、今日の後片付けの当番の連中だろ?あいつら、もう先に教室にいるからもしかして、と思ったけど、案の定だったね・・・・」
 「でも、借りていたノートを急いで返さなきゃいけないって言っていたから・・・・」
 「そんなの口実。本当は単純に面倒だからあんたに押し付けただけだよ」
 「それは、そうかもしれないけど・・・・・・」

 学校でよく頼まれごとをされるのは日常茶飯事だった。やれノートを見せてほしい、やれ日直を代わってほしい、やれ掃除を交代してほしい、そういうことがよくある。どちらかといえば、わたしは物静かなほうであまり積極的に人とは話さない、ただ引沼さんみたいに向こうから話しかけてくることはあるけれど、彼女みたいにどちらかといえば親しく話しかけてくる人よりは頼みごとをしてくる人のほうが多いだけの話。それに私は特別、それが嫌だとは思っていない。

 「全く・・・・・・あんたはそうやって人がいいんだから・・・・まあ、あたしもたまにあんたに宿題見せてもらっているから人のことは言えないんだけどさ」
 「仕方ないよ。引沼さんはバスケ部で忙しいんだから。だって引沼さん、もうエースなんでしょ?」
 「まあ、エースっていってもあたしらの学年で一番多く試合に出させてもらっているってだけの話だよ。試合経験なんて少ないから、そう簡単にレギュラーの座なんて手に入らないよ」
 「それでも、試合に出てるってだけでも、すごいこと、なん・・・・・・」
 「どうしたのさ?急にしどろもどろになっちゃって・・・・・・?」

 あ・・・・・・別にこれには、深いわけなんて決してなくて、単に急にしどろもどろになっているだけであって・・・・・・そんな感じで頭がごちゃごちゃになって正常に思考が働かない。ともかく、早いところここを切り抜けないと・・・・・・

 「ああ、そういうことね。なるほど~」

 そう思ったけれど、手遅れになってしまいました。引沼さんも目の前にいる“彼”の存在に気づいてしまったようです。狩留間鉄平、わたしの憧れの先輩に・・・・

 「このままあたしに黙って狩留間先輩を素通りしようなんて、そう簡単にできないって」

 その通りでした。何しろ、狩留間先輩といえばこの学校では知らない人などいないくらいの人気のある生徒だからだ。その爽やかな外見と人柄に憧れを抱かない女子などこの学校にはいない。無論、わたしもそうした女子の一人だ。それを抜きにしても品行方正を地でいくために生徒や先生からも信頼されているという。なのに、どういうわけか生徒会みたいな役職にも就かず、どの部活にも入っていないらしい。それがかえって謙虚だという人もいるという。
 一応こんな感じで解説していますが、今わたし、ものすごい心拍数上がっています。

 「ねえ、せっかくだからここで狩留間先輩に話しかけてみたら?」
 「え?え?えええええええええええええええええ!?!?!?!?」

 な、何でそういう話になっちゃうわけ!?確かに、狩留間先輩と一度話してみたいなとは思うけれど、私と先輩じゃ違う次元の人。そもそもこんなわたしじゃ会話なんて成立するはずないし、それにわたしどちらかというと傍でそっと先輩を見つめているほうがずっと気が楽だし・・・・・・

 「だからなの。そうやって自分から動かないから他のヤツが調子にのってあんたに色々と押し付けたりするんだから」

 あれ?ひょっとして、わたしの心読まれた?でも、でも・・・・・・

 「はいはい、余計なことは考えないで行った、行った」
 「ひゃう!?」

 引沼さんに背中を押され、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。うう・・・・・・こんな変な声上げたんじゃ、まともに顔なんて上げられない・・・・・・でも、ここまでなったらもう後は野となれ山となれ!ここは思い切って喋ってみよう!八割方、自暴自棄になっているような気がしないでもないけれど・・・・・・

 「あ、あの・・・・・・・・」

 そして上手く声が出なかった。というより声が小さすぎた。なんか喉が細くなっているような感じで、音量が上手く出せない。

 「あの・・・・・・・・・・」

 一応自分で声を張り上げたつもりだったが、傍から聞いたら大して変わんない。うう、このかとなら普通に話せるのに、何でこういうときに限って・・・・・・もうここまで声が出ないんじゃどう喋ろうがこっちの知ったこっちゃない。もはや完全にやけくそです。

 「あの!!!」

 ようやくまともなボリュームを出せた、そのときだった。

 「ああ?さっきから“あの”“あの”って、何なんだよ?」

 瞬間、背筋が凍ってしまった。そして恐る恐る顔を上げてみる。目の前には確かに先輩がいた。ただし、それはわたしが苦手とするほうの先輩である大迫純一という人であった。

 「ひ、ひゃあああああああああああああああ!?!?!?す、すいません!!!!!」

 そこから教室に着くまでの記憶は確かではない。ただ一つ言えるのは教室に向かうまで必死だったということだ。後ろで大迫先輩や引沼さんが何か言っていたような気がするけれど、あまりよくわからなかった。しかも廊下を走っていたかそうでないかもわからないほどだった。そういうわけでその次の授業は半ば上の空だったとさ・・・・・・



 「だからゴメンって。そんなに気を悪くしないでちょうだい」
 「ううん。わたし、そんなに気にしてないから・・・・・・」

 昼休み、わたしがお昼を食べに学食に行く途中、またしても引沼さんと一緒になった。わたしから話しかけることはないけれど、引沼さんとの付き合いはこんな感じだ。確かに引沼さんがやったことに関しては気にしていないけれど・・・・・・

 「でもあんたもあんただよ。あんな逃げ方ってないでしょ、普通」
 「それはわたしもそう思うから、あんまり言わないで・・・・・・」

 あれはさすがにわたしも堪えた。あれは大迫先輩でなくても引いていたと思う。というよりも、あれを狩留間先輩に見られたかと思うと・・・・・・

 「まあ、沙織が苦手なのもわかる気もするけどね」

 そこはわかってくれた。大迫先輩のメガネから覗く眼光だけでも威圧的なのに、雰囲気だけでも人一人は気絶しそう。それもそうだ。噂ではあの人は中学の頃、周辺の不良たちの多くを締めたというらしい。それで今でもその不良たちの恐怖の象徴との噂だ。本当みたく聞こえるから困る。むしろ本当かもしれないけれど・・・・・・

 「あれ?野々原?アンタ学食に行くのかよ?」

 すると突然、同じクラスの女子のグループに声をかけられた。この人たちはよくわたしに頼みごとをしてくる人たちだ。もちろんこの人たちはその一部で、他にももっとたくさんいる。今の時間を考えると、きっとお昼を買ってきてほしいのかもしれない。

 「だったらさ、購買で焼きそばパンかってくんね?うち、忙しいからさ~」
 「じゃあツバサ、コロッケパンね~」
 「アンパンとコーラ頼むわ」
 「オメー、アンパンにコーラって、合わねえから!それ!!」

 色々なアクセサリーをごちゃごちゃとつけたリーダー格である女子がどっと笑うと、連れの女子たちもつられてげらげらと笑う。

 「・・・・・・沙織、そんなの聞く必要ないよ。ホラ、さっさと学食に行くよ」
 「引沼、オメーの一存で決めんなよ。うちらは野々原にお願いしてんだよ」
 「勝美。あんた、そうやって前も沙織をパシらせただろ?いい加減にしなよ、パンぐらい自分で買いなよ」
 「あー、あー。バスケ部の時期エース様の言うことは立派でございますねー。でもうちらは本人も了承してもらっているから、パシリじゃないんですー」
 「勝美!だから・・・・・・!」
 「引沼さん。先に学食行ってていいよ」
 「沙織・・・・・・!」
 「ホラ、本人がいいって言ってるからさっさと行けよ!」

 引沼さんは苦虫を噛み潰したような顔をわたしやその女子の集団のリーダー格の竹中勝美さんに向けた。でも引沼さんの言うこともわかるけど、ここでいざこざになるのはもっと嫌だから。それにこれはわたしが竹中さんの言うことを聞けば済む話だし・・・・・・

 「えっと、竹中さん?確か、竹中さんは焼きそばパン、だったよね?」
 「うん。あ、後お茶も頼むわ」
 「沙織!いいから行くよ!」

 引沼さんが無理矢理わたしの腕を引っ張って、竹中さんたちからわたしを引き離そうとした。

 「おいおい!そんなことやっていいのか?こいつのやりたいようにやらせなきゃオメー、消されるって。“疫病神”様に逆らったらおしまいだって」

 竹中さんがある言葉を発したそのときだった、わたしの中の世界が凍り付いてしまった。

 「あんたら・・・・・・・・!」
 「えー、何々ー?疫病神様って、何ー?」
 「ああ、オメー違う中学だったから知らねえか。実はこいつさー・・・・・・・・」

 竹中さんが連れの人たちに色々なことを吹き込む。あること、ないこと・・・・・・でも、その中には身に覚えのあることもあったような気がする。けれど、聞き取れていたかどうか怪しい。なんだか、近くで私のことを話されているのに、なんだか遠くでひそひそ話されているような気がする・・・・・・

 「えー!マジで!?」
 「うん、マジだって」
 「じゃあ、最近の失踪事件って、こいつの仕業じゃね?」

 どうしてだろう・・・・・・?なんだか急に頭がぼんやりしてきた・・・・・・なんだか、今すぐここから離れたいような衝動に駆られている気がする・・・・・・

 「オメー、なんだよ、その目は?なんか文句あんのか?」

 え?そんな・・・・・・文句なんてないし、そんなこと考える余裕なんてないよ・・・・

 「何とか言えよ!オラ!!」
 「キャ!?!」

 竹中さんが急にわたしのことを突き飛ばしてきた。あまりに突然のことだったので、思わず目を瞑ってしまった。あまりに勢いよく突き飛ばされたため、そのまま後ろに倒れてしまうと思った。
 でも、倒れなかった。それに気付くまでしばらく時間がかかった。そしてわたしは閉じた目をゆっくりと開けるのだった。多分、今日の学校生活で一番信じられないことかもしれない。なぜなら、あの狩留間先輩がわたしを抱えてくれていたからだ。

 「君、そろそろ一人で立てるよね?」
 「え?あ、はい」

 わたしは狩留間先輩に支えられながらゆっくりと元の体勢に戻した。

 「君たち、一体何がほしいのか知らないけど、購買も人が多いから急いだほうがいいよ。人に買いに行かせるよりも自分たちで行ったほうが早いと思うから」

 突然の人物の乱入にわたしどころか、引沼さんも竹中さんたちも唖然としていた。

 「そこの君」
 「え?あ、あたし?」

 狩留間先輩は、今度は引沼さんに声をかけた。当然、引沼さんもしどろもどろになる。

 「君、この子の友達、だよね?」
 「え?えーと、まあ、そんなところです・・・・・・」
 「じゃあ、君たちも急ごう。じゃなきゃ学食で食べる時間も少なくなってしまう」

 そう言って狩留間先輩はわたしと引沼さんを連れてその場を離れていった。あとには竹中さんたちが立ち尽くしているだけだった。

 学食の前までやってきたわたしたちはその入り口の近くで立ち止まった。

 「さあ、早く入っていったほうがいい。もう時間も少ないしね」
 「え?先輩は学食で食べていかないんですか?」
 「ああ、こっちはもう昼は済ませたからね。それにたまたま、君たちが目に付いたわけだし、なんだかほっとけなかったから」

 なんだか、狩留間先輩の人気が高いのがわかる気がしてきた。どこかまっすぐで、自分のしたことに対して自慢するわけでもないからだ。

 「あ、あの・・・・!あ、ありがとうございました・・・・・・」
 「いいよ、別に気にしなくても。ところで君、野々原さん、だっけ?」
 「え?」

 わたし?わたしの名前なんていつ知ったんだろう・・・・・・?

 「その怪我、大丈夫かい?」
 「え?別になんともないですけど」
 「そう・・・・・・なら、気をつけたほうがいいよ」

 そう言って狩留間先輩は立ち去っていった。



 「いや~、なんかあんたが狩留間先輩を見てしどろもどろになるの、なんかわかるような気がしてきたよ・・・・」
 「そ、そう・・・・・・?」

 わたしと引沼さんは学食に入り、食券をとってそんな話を始めた。そういえば、引沼さんもけっこうどぎまぎしてたなぁ・・・・

 「それにしてもよかったじゃない。狩留間先輩に名前覚えてもらえて」
 「え?うん、そうだね」

 でも何でだろう・・・・・・?わたし、特に学校で目立つような存在でもないし、むしろどちらかといえば地味なほうだし・・・・・・

 「そういえばさ、狩留間先輩に言われて気付いたけど、あんたのそれ、なんだい?」
 「え?これ?さあ・・・・・・?わたしもよくわかんない・・・・・・」

 狩留間先輩や引沼さんが言っているのは、わたしの腕にできた変わった痣のことだ。でもこれ、痣って言うにはなんか違うような気がするし・・・・

 「ほうほう。それは連中に突き飛ばされたときですかい?」
 「ううん。大分前からだよ」

 いつだったかわからないけれど、この痣かどうかもわからない模様、そう。いつの間にかこの変な模様ができていた。しかもこの模様が浮かんでからだ、わたしが最近昔の夢を見るようになったのは・・・・・・

 「しかし、狩留間先輩も結構細かいところまで見てるんだね。あたしなんか一応同じクラスなのに気付かなかったよ」
 「そりゃそうだろ。なにしろ、あの狩留間鉄平とうちの野々原が急接近したもんな」
 「そっか。あれだけ近ければわかるもんね」

 多分、わたしが狩留間先輩に抱えられたときにこの模様が・・・・・・って、ああ!!!そ、そういえばわたし・・・・あんな近くで狩留間先輩の顔、初めて見たかもしれない・・・・・・・!!!ど、どうしよう・・・・・・・・!

 「・・・・・・って、真悟!あんた、いつからそこにいたんだい!?」
 「え?いつからって、お前らより先に並んでたけど?」

 なんかどこか軽い感じのする同じクラスの男子、門丸真悟くんがわたしたちのいるほうに振り向いてきた。

 「いや~、野々原。お前しばらくおとなしくしていたほうがいいぞ~。何しろ、あの憧れの狩留間先輩に急接近しちまったんだからな。こりゃ、学校中の女子の反感買うぞ~」

 ど、どどどどどどどどど、どうしよう・・・・・・わたしなんかが、わたしなんかが・・・・あれって、少女マンガだったら絶対わたしと先輩の周りがキラキラしているわけで、何かのラブロマンスだったらクライマックスのシーンで・・・・今、私の思考は別の意味でまともに働かなくなっていた。

 「それよりも真悟!あんた、その様子じゃ勝美たちとのいざこざも見てただろ!?」
 「いや、オレが来たときにはすでに野々原が狩留間先輩に抱えられていたけど。それにしても、あのときのあいつらの顔、結構見ものだったな」
 「か、門丸くん。それはちょっと言いすぎじゃ・・・・」
 「そんなこと言ったってよ~、あいつらあんまりいい評判聞かねえもん。あいつら無駄にいばってるしさ」

 門丸くんはあまり竹中さんたちにいい印象を抱いていないみたいだ。でも門丸くんの言いたいこともわかるような気がする。はっきり言うと竹中さんたちのグループは結構周りから避けられているような気がするし、それに何回か生活指導部の先生に注意されているらしいこともたまに聞くからだ。

 「まあ、とにかく危なかったな、野々原。でも狩留間先輩が来ればどんな問題もいち早くちょちょいのちょいだろ」
 「随分と簡単に言うね・・・・」
 「いや、実際そうだろ。つーか、竹中たちが男だったら、まず無事じゃすまなかったろうぜ」
 「は?それ、どういう意味?」
 「ふっふっふ・・・・・・知りたいか、オレの丸秘情報・・・・・・」
 「じゃあいいや」
 「んなこと言うなよ!むしろ聞いてくれよ~!」

 何か泣きながら懇願しそうな勢いの門丸くん。確かに引沼さんの言う通り、門丸君の言うところの丸秘情報って、いまいち信憑性に欠ける話が多いような気が・・・・例えば、コートの下から動物が出てくる紳士とか、影から出現する黒いクラゲ型の宇宙人とか・・・・
 「チクショウ!こうなったら勝手に喋ってやるもんね!狩留間先輩と同じクラスの大迫先輩っているだろ?」

 別に聞くとも言っていないのに勝手に話し始める門丸くん。それよりも狩留間先輩と大迫先輩って同じクラスだったんだ・・・・・・

 「その大迫先輩は喧嘩じゃ負け知らずだったんだけどな、実は一回だけ、喧嘩に負けたことがあるんだぜ」
 「まさか、その相手が狩留間先輩って言うんじゃないだろうね?」
 「そう!大正解!!!」

 やっぱり・・・・・・・狩留間先輩に限って、そんなことありえないよ・・・・・・

 「オイ・・・・・・なんだよ、その目・・・・・・本当なんだよ、本当なんだって!」
 「丸秘って言うんだったら、もうちょっとマシな話、考えてくるんだね」
 「チ、チチチチチ、チクショーーーーーーーーーー!!!!後で本当だって分かっても、知らないからなーーーーーーー!!!!!」

 そんな捨てゼリフめいたことを口にする門丸くん。ここから逃げ出してしまいそうな勢いだけれども今わたしたち、学食で並んでいるから列から離れられないんだけどね・・・・

 「けどまあいいや。だったら最後にこれだけ言わせてくれ。野々原、お前冗談抜きでおとなしくしてたほうがいいぜ」
 「え?わたし・・・・・・?」
 「そう。竹中たちも結構ねちっこいからな。あいつらには特に気をつけたほうがいいぜ。オレが言いたいのはそれだけ。あ~、腹減った・・・・」

 こんな感じで門丸くんは話を切り上げた。そして門丸くんが最後に言った忠告以外、特に先輩に関するくだりはほとんど記憶に留まることなく、わたしたちはお昼を受け取り、それを食べ、午後の授業を受けるのだった。わたしがおとなしくしていたおかげかどうかわからないけれど、少なくとも学校にいる間、竹中さんたちはわたしに対して何も言ってくる気配はなかった。



 放課後の帰り道、引沼さんと途中まで一緒に帰っていた。引沼さんと別れる際、引沼さんからこんなことを言われた。

 「あんたも色々あるかもしれないけど、あんなこと、気にするもんじゃないよ。あんなのただの尾ひれのついた噂なんだから。あんたがそうやっていちいち気にするから、勝美みたいなやつらがつけ上がるんだから、しっかりしなさいよ」

 わたしがこの幌峰に来てからしばらく経ち、そこでの生活も慣れて数年したときのことだった、いつの間にかわたしには“疫病神”というあだ名がついていた。傍から見ればただの悪口の類ぐらいにしか思わないだろう。
 でも当時のわたしはそうは思わなかった。誰が言っていたのか、どこで聞いたのかは忘れたけれど、こんな言葉が脳にこびりついてしまっている。“自分の幸福は誰かの不幸”って。あの頃はそれをひどく痛感していた。自分が幸せになるために、誰かが不幸になるなんて、あの頃のわたしは耐えられなかった。いや、今でも耐えられないのかもしれない。わたしは今でも自分が幸せになるべきではないと思い込んでいる節がある。他の誰かが聞けば馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。
 でも一つだけ言えるのは、自分のために誰かが不幸になってほしくないということだ。生きていく上ではそれは止むを得ないかもしれないけれど、わたしにはどうしても耐えられない。竹中さんのことに関して言っても、わたしがいるからああなんじゃないかって思うことさえある。もし、わたしがいなければ世の中は何の狂いも生じないようにさえ思えてきた。
 そんなことを考えていると、今朝のニュースでやっていた、失踪事件のことを思い出した。わたしも人知れず、失踪したら誰も不幸にならずに済むんじゃないか、そう思ったそのときだった。

「どんな理由でも、どんな形でも、いなくなるのはとても悲しいこと・・・・・・当たり前のように傍にいた人が突然いなくなるなんて、残される人にとってそれは耐え難いこと、いいえ。むしろ耐えられない痛みかもしれないわね・・・・・・」

「・・・・・・ねえちゃんは失踪なんかしたりしないよね?ねえちゃんがいなくなっちゃったりしたら、やだよ?」

 今朝のおばあちゃんやこのかの言葉を思い出した。わたしがいなくなれば、二人が悲しむことは目に見えている。また同じことを繰り返してしまうかもしれなかった。
 だけれど・・・・といった感じで公園を歩いているわたしの思考は悪循環に陥ってしまい、いつの間にかそのことについて考えることを拒否してしまった。時間帯が時間帯のせいもあるかもしれないけれど、ちょうど今雑木林に差し掛かっているので、そうした鬱々とした気分になってしまったのかもしれない。
 そういえば、今朝の占いでわたしの運勢は下から二番目だったけれど、狩留間先輩とのことを考えれば、今日の占いは大外れなんじゃないか、とそんな取り留めのないことを考え始めていた。



「オッケー!うちの予想通り、あいつの帰り道、ここで大当たりじゃん」

 野々原沙織が帰り道に公園の中を歩いている頃、その先で昼間に彼女に絡んできた竹中勝美たち女子のグループが待ち構えていた。

「そういうことだから、マー君。うちが許すから、あいつ好きにして~」
「おう。こんだけ集めれば十分か?」
「十分、十分!むしろ余裕っしょ!!」

 竹中が猫なで声を使った相手は別の高校に通う知り合いの男子で結構な数がいる。

「あの、マサシさん。この女があの“疫病神”ってヤツっすか?結構いい女じゃないっすか?」
「ああ、俺それ知ってる。たしか、そいつに関わったら不幸になる、とかってやつだろ?そいつと同じ中学に通ってたやつから聞いたぜ」
「まあ、どっちにしてもそいつがターゲットで間違いねえからな。好きにすればいいさ」

 男子たちの下卑た欲求に火がつく。彼らは日ごろたまっている鬱憤をこれから来るターゲット、沙織で晴らそうという腹だ。

「ね、ねえ・・・・勝美~・・・・」
「あん?どうしたのさ?」
「あ、あのさ~、本当に・・・・・・やるの?」
「あたりめーだろ!?このままコケにされっぱなしで終われるかよ!?」

 実際彼女たちが恥をかいたのは上級生の狩留間鉄平が介入してきたからであって、沙織一人のせいではない。だが彼女たちにとってそれはどうでもいいことだ。野々原沙織という人間が気に入らない、彼女たちが沙織を攻撃するにはそれで十分だった。

「てかさ~、疫病神の噂が本当だったらさ~、あたしらのほうがやばくね?」
「バ~カ。あんなのホラに決まってんだろ」
「そ~そ~。何かあったらお兄さんたちを頼りなさい。いい気持ちにさせてやるぜ~」
「やだ~!マジキモいんですけど~!!」

 これから起こる卑しいとしかいいようのない楽しみを待ち望みつつ、馬鹿げた話に花を咲かせている、そのときだった。

のっし・・・・・・・・・・・・・・・・ のっし・・・・・・・・・・・・・・・・

「え・・・・・・?」
「ちょっとちょっと。お前、マジビビりすぎ」
「ひょっとして、怖気づいちゃった?それともちびった?」

 突如、仲間の内の一人が顔を強張らせた。仲間たちはその本当の意味に気付いていない。いや、気付こうはずもない。

のっし・・・・・・・・・ のっし・・・・・・・・・

「あ・・・・あ・・・・・・・・」
「ねえ、どうしたのさ?ちょっとおかしくね?」
「う、後ろ・・・・・・」
「はあ?何言ってんだ、オメー?」

 竹中たちはその仲間の震えている意味さえも全く理解していない。何かが迫ってきているとも知らずに、このあと、自分たちがどうなるかも知らずに・・・・

のっし・・・ のっし・・・

「だから~、言いたいことがあるならはっきり・・・・ん?」

 竹中たちは恐怖で凍り付いている仲間の視線の先に眼をやった。だがそのときはすでに遅すぎた。その仲間は恐怖で思考を麻痺することを選び、また竹中たちは何が起こったのか、おそらくその最後の瞬間まで理解できなかったことだろう・・・・その正体が何なのかも・・・・・・



 一体どうしちゃったんだろう?どういうわけか急に冷や汗が全身からドッと流れてきた。おまけに心臓もバクバクいっている。正直、どうしてこうなったのかさっぱりわけがわからなかった。ただ、それがこのときのわたしは“この先に行かないほうがいい”という考えに至ることはなかった。その奇妙な緊張めいたものの正体が何なのか知りたい衝動、あるいはただの気のせいと思ったのかは知らない。
 けれど、しばらくしないうちにそれがなんなのか知らされることとなる。

――――――――――――!

 何かが進行方向から聞こえたような気がした、と同時に何かがわたしの足元に飛んできた。わたしは思わず下を向いてその飛来物を目にした。その飛来物を、わたしはよく知っている。竹中さんが身につけていたアクセサリーだ。ここでわたしはあることに気付いてしまう。むしろ気付かなかったほうがよかったかもしれない。そのアクセサリーには、何かがこびりついていた。暗くてはっきりとはわからなかったけれど、直感的にアクセサリーについているものを血と断定した。
 そうして私は本能的に、そのアクセサリーが飛んできたほうへと目を向けるため、恐る恐る顔を上げた。正面を向いたわたしの前に広がっていたのは、狩留間先輩に抱えられたとき以上、いや、それとは違った意味で信じられない光景が広がっていた。飛散しているちぎれた体の部分や原型の留まっていない肉片、その先に広がる何かが横たわる血の海・・・・・・その横たわっているものが外灯の明かりで人の死体だとわかる。しかもその死体の何体かはわたしたちの学校の制服を着ていた。その中におそらく竹中さんもいるのだろうが、その死体はもはや誰が誰なんだかさっぱりわからなくなっていた。
 しかもそのすぐ近くに、竹中さんたちの命を奪った凶器が置いてあった。巨大な斧だ。そしてそれは両刃でファンタジー世界に出てきそうな外観をしている。ここで一つ訂正。凶器は“置いてあった”んじゃなくて、誰かがその凶器を“手に持っている”のだった。 その凶行を行った犯人はプロレスラーぐらいの体格がありそうな大男だった。わかるのはそれぐらいで、顔は暗くてよく見えなかった、と思ったら大男がこちらを振り向いてきた。顔はよく見えなかった反面、その目は獣めいていて赤くぎらついていた。
 その瞬間、わたしはすぐに回れ右をしてそこから全力で走り出した。走る、走る、とにかく走る。呼吸が激しくなり、心臓も先ほどにもまして鼓動が大きくなる。このとき、わたしは後悔していた、“どうして今日はこの道を選んだの”とか“どうしてあんなものを見てしまったの”とか。ただ、一つ言えるのは、あの大男が人間ではない、ということだ。
 それにしても、さっきから結構走っているのに、一向に進んでいるような感じは全くしないし、・・・・とにかく、ここから早く逃げ出したい・・・・!そう思っているのに、どうして周りの風景は雑木林のままで変わっていないの!?

『それは貴様が走っていると思い込んでいるからじゃ』

 そのとき、わたしが心の中に抱いていた疑問に答えるかのように誰かの声がどこからか聞こえてきた。
 そして・・・・

「! キャア!」

 わたしは突如響いた声、おじいさんみたいな話し方に似合わないような若い人の声に驚いたのか、とうとう転んでしまい、前に倒れてしまう。すぐに起き上がり、周りを見渡したけれど、声の主は見当たらない。そしてわたしの後ろには先ほどの大男が、まだ距離はあるけれど徐々に近づいてきている。
 少なくとも、あの声はあの大男のものではないだろうけど、一体何がどうなっているの・・・・・・?

『ククククククク・・・・理解に苦しんでおるようじゃな。まあ、愚昧な貴様にわかりやすく答えるとすれば、貴様は“走ってその場から離れている”と思い込まされて、その場をグルグルと回っていただけじゃ、このわしの暗示にな』

 わたしはまだ年寄り口調の声の主を探していた。いや、探していたというよりはただうろたえていただけかもしれない・・・・

『フン・・・・まだ理解できておらぬか。まあ、無理もなかろう。何しろ、今貴様が置かれているのは、貴様とは全く縁のない世界、むしろ貴様が関わってはならぬ世界の一端じゃよ』

 わたしはその声が聞こえているのかどうか、このときはわからなかった。ただ、ここから逃げたい一心でいっぱいだったから・・・・そうして大男がとうとう私の近くまでやってきた。
 その大男の風貌は異様そのものだった。およそ服と呼べないようなボロの腰巻一枚だけの裸に近い格好で、首にはいくつかの小さな髑髏の首飾りがかけられていた。そしてその顔はまだ見えなかった、というよりも見えるはずもない。何しろ、すっぽりと覆面で頭が覆われていたからだ。しかもその覆面もただのボロの布袋に視界を確保できるような申し訳程度の穴が開けられているだけのものだった。その穴から覗く紅い目はやはり人間のものではなかった。

『まあ、それを目にしてしまったのが貴様の不幸じゃな。ただ、その不幸が、貴様が考えうる中で最大のものであっただけの話じゃ。さて、バーサーカー。躊躇う必要はない。殺せ』

 声は淡々とバーサーカーと呼ばれた大男に命じた。そしてそのバーサーカーは手にしていた斧を緩慢な動作で振り上げる、そのときわたしは自分の体全体が突如震えだしたことに気付いた、歯はガチガチ鳴り、目には涙を浮かべていて・・・・

「あ・・・・・・ああ・・・・・・・」

 わたしは先ほど“人知れず失踪したら”みたいなことを考えていた自分をひどく呪った。こんな、こんな怖い思いをしながら自分がいなくなるものだとは思わなかった。わたしが仮にいなくなるとしたら、それはこの街から出て行くか、オカルト的な話でいえば体が透けて何も感じなくなるように消えるものだと思っていた。もちろん、おばあちゃんやこのかのことを考えたら、そんな考え自体間違っているかもしれない。
 でも、今はそれよりも徐々に迫り来る死のカウントダウンがわたしの体と頭を恐怖で支配していた。そして、ゆっくりと上げられていた斧がピタリと止まる。

「・・・・・・・・や・・・・・・・・いや、いや・・・・・・・・・・・・・・・」

 まるで喉が細くなったかのように、声を上手く出すことができなくなっていた。そして振り上げられたときとは打って変わって、斧は一気に加速しながらわたしめがけて振り下ろされていく。
 そのとき、わたしの中であらゆるものが弾き出した。

「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!誰か、助けてええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」

 普通に考えれば、助けなんて来るはずもない。来たとしてもそのときにはわたしは物言わぬ死体になっているはず。それまでの時間がひどく長く感じた。わたしの手に鈍い痛みが走っている。

『なっ!この反応は・・・・・・・!?よもや魔法陣どころか、詠唱もなしでサーヴァントの召喚、じゃと・・・・・・・!?!』

 声は多少の驚きを含んだかのような声を発していたけれど、何がなんだかさっぱりわからなかった。その次の瞬間には、わたしは思わず目を覆っていた。夜という時間なのに真昼の太陽みたいな眩しさ。正直、わけがわからない。
 わたしは自分で覆っていた視界を恐る恐る開けてみると、またもやありえないことが起きていた。この場には、姿を現していない声の人を除けばわたしとバーサーカーの二人しかいなかったはず。
 なのに、ここにもう一人、わたしとバーサーカーの間に正体不明の人物が立っていた。

「やれやれ、こんな形で喚び出されるなんて思っても見なかったぜ・・・・」

 やや呆れながらも余裕溢れる態度のその人物はわたしのいるほうへと向き直った。

「一つ、聞く。あんたがオレのマスターかい?」

 緑衣の上に羽織られた鳶色のマント、そして着ている服と同じ色をした先のとがった帽子をかぶった男の人がわたしの前にいた。そしてわたしは思わず腰が砕けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
 こうして、わたしは不条理なこの戦いに身を投じることとなった・・・・・・



[9729] 第二話「初夜」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/05/19 23:47
 その日のわたしは信じられないことを立て続けに体験していた。学校で狩留間先輩に話しかけられたこともそうだし、帰り道の公園でバーサーカーと呼ばれた大男が起こした殺人を目撃したこと、そのバーサーカーにわたしを殺すよう命令した姿なき声、そしてわたしとバーサーカーとの間に突如として現れた緑衣を身に纏った男の人・・・・そんなありえないことが連続する中、わたしは命を落としかけた。そうしてその男の人が現れてくれたおかげで助かったことに対する安心感からか、腰が砕けてしまいその場にへたり込んでしまう。

 「おいおい。随分と腰抜かすの早いもんだな。まあ、見たところ意図せずして巻き込まれたって話だろ、あんた?じゃなきゃこんな召喚、普通はありえないだろ」
「え?・・・・・・あ、あ・・・・・・・・」

 どうも頭が上手く働かない。こっちのほうも緩くなってしまったみたいだ。でも、どうしてだろう・・・・上手く言えないけれど、あのバーサーカーに襲われそうになったときとは違って、この人はなんだか安心できるような感じがする。

 「安心しな。オレは味方だよ、あんたのな・・・・」
 「あの・・・・・・・・・・あっ!?」

 そのときだった、その人の後ろにバーサーカーが斧を構えそれをわたしたちめがけて振りぬこうとしていた。だがわたしがそうした危機を察知してすぐにその人はわたしを抱えながらそこから跳躍することでバーサーカーの攻撃を回避した。そしてわたしたちとバーサーカーとの距離が一気に開いた。

 「ちっ・・・・・!向こうがあんなんじゃ落ち着いて話もできないな。まあ、理性を奪われたバーサーカーじゃそんな道理わかるわけもないか」

 愚痴をこぼしながらもその人から余裕は消えていない。ところで、何でこの人あの大男が“バーサーカー”って呼ばれているの知っているのかな?その名前、この人が現れてから一回も出てきていないはずだけれど・・・・?

 「悪い。もうちょい詳しい事情を話したいとこなんだが、あいにく向こうがそうさせてくれなさそうだしな。だからもう少し待っててくれ」
 「えっ!?話すって、あなた何を・・・・・・!?きゃっ!」

 その人はわたしを地面に下ろすとそのバーサーカーと対峙する。そしてその人の右手にはいつの間にか細長い剣が握られていた。まさか、あれであの大男に挑むの・・・・!?

 「それじゃ、ボチボチいくとするぜ!!」

 そう言ってその人はバーサーカーに向かって一気に詰め寄る。対してバーサーカーは待ち構えていたかのように、手にしていた斧をまた振りぬいた。だがその人はそれを寸前でバックステップをすることで避けた。けれども、距離を詰めたバーサーカーが斧を大きく横に振った。だがその人は上へ軽やかに跳ね飛び、バーサーカーの後ろを取った。すると構えていた剣でフェンシングのような鋭い突きをバーサーカーに放つ。その攻撃をくらったためか、バーサーカーは後ろに振り向くと同時に斧による攻撃を仕掛けた。それでも、その攻撃も体勢を低くされてしまうことでまたもや呆気なく避けられてしまった。
 斧を振る、避ける、斧を振る、避ける・・・・そして時折隙をついて剣の突きをお見舞いする。バーサーカーの斧を軽やかに避けるその人の戦いぶりはまるで弁慶を相手にしている牛若丸のようでもあった。そしてその人もまた、あの恐ろしい大男と同じような人非ざる者なのかもしれない・・・・でも、その人の攻撃は全くバーサーカーに致命傷を負わせることはできず、傷ができたとしても軽いかすり傷程度のものだった。対して、一回でもバーサーカーの攻撃を受けてしまえばあの人でもどうにもできないだろう。そしてバーサーカーの斧が頭上の高い位置から振り下ろされると、その人は後ろへ思いっきり跳ね飛び、またバーサーカーとの距離ができた。

 『ほう・・・・・・よもやここでサーヴァントが出現するとは、さすがのわしでも想定できなかったが、どうやらその程度の攻撃しかできないようでは、バーサーカーを倒すなど不可能じゃのう』

 この人が現れてから黙り込んでいた声が再びあたりに響き渡る。

 「そのバーサーカーもオレに一撃も入れることができていないみたいだがな。図体だけでかいデクの坊を持っているとあんたも苦労するだろ?」
 『フン。口だけは達者じゃな。じゃが貴様は何者じゃ?見たところ、セイバーでもアサシンでもなさそうじゃな』
 「ああ。確かにオレは堅物のセイバーでもなければ、陰気なアサシンでもない・・・・オレのクラスは、こいつだ」

 およそ今の私には理解の範疇を超えている言葉が羅列しているやり取りの最中、その人は離れた位置からバーサーカーを攻撃した。いつの間にか剣から弓に持ち替えられ、そしてこれまたいつの間にか、文字通りの矢継ぎ早の速さで放たれていた数本の矢がバーサーカーの足を貫いていた。

 「■■■■■■■■■■■――――――――――――!!!!!!!」

 それは声とも呼びがたい叫び声、まるで地獄から響いているみたいだった。どうやらこの攻撃は先程の剣の攻撃とは比較にならないほどのダメージを与えたみたいで、バーサーカーは自分の足を釘のように貫いている矢を無理矢理抜こうとしている。

 『なるほど。やはりアーチャーか』
 「なるほどって・・・・やっぱりか。七人の中じゃ、オレが最後に召喚された一人ってわけか。だったら、それがわかっていながらあんな質問するなんざ随分と人が悪いな、キャスターさんよ」
 『ほう?わしがキャスターと?このバーサーカーのマスターやも知れぬのに?』
 「バカぬかせ。そんな量の魔力を持っている人間なんて、そんなにいるもんじゃない。ましてや、二体分のサーヴァントの気配がするんじゃ、なおさらだ」
 『ふむ。これでも我が魔術でそうした気配はわかりにくくしておるはずなのじゃが、わずかなるそれでわしをサーヴァントと断じるとは、見た目に合わずなかなかのものじゃな』
 「そりゃどうも」

 この二人のやり取りに全くついていけないわたし。わかったことといえばわたしを助けてくれた人が“アーチャー”、声の主は“キャスター”という名前ぐらいだ。そんな中、バーサーカーの足に刺さる矢が残り一本となっていた。先ほどから矢が抜けるたびにバーサーカーの金切り声が上がり、それが抜かれる度に血がホースから勢いよく出る水のように噴射されたのだった。そして、最後の一本がとうとう抜き取られると、今までで最大級の叫びが発せられ、そして最大級の血が飛び出たのだった。

 「ちっ・・・・・・!やっぱバーサーカー相手にあの程度の射じゃ通用しないか・・・・かと言って二対一でこっちが圧倒的に不利ってわけだな・・・・・・」

 口ではまずい状況であることを把握しているにもかかわらず、まだまだ余裕な口調のアーチャーさん。するとひとっ飛びでわたしのところに近づき、それからわたしを抱えあげた・・・・って、これお姫様抱っこ!?

 「そういうわけでこっちのマスターはまだ自分の立場わかってないみたいだから、ひとまずここは逃げさせてもらうわ」

 わたしを抱えているにもかかわらず、アーチャーさんは軽い身のこなしで跳躍した。

 「じゃあな!次は誰も逃げられないような結界でも張っておくんだな!!」

 わたしを抱えたアーチャーさんは空高く飛び跳ね、何かを言っているキャスターの声を尻目にその場を離脱した。人一人を抱えているのに、鹿みたいな軽い身のこなしで公園の木々の高いところまで跳躍し、それから暗くなった空の下を疾駆した。だんだんと青銅色の大男の姿が遠ざかり、木々から建物の屋根へと飛び移り、それからは空を飛ぶみたいに夜の街の上空を駆け抜けて行った。服装のせいか、あるいは今の状況のせいか、アーチャーさんの姿がまるでピーターパンみたいだった。そしてわたしはというと、お姫様抱っこされているせいで縮こまるしかなかった、もちろんかなり高いところにいるというのもあるけれど。

 「マスターさんよ、大丈夫かい?」
 「え?あ、はい!一応・・・・・・」
 「そうかい。じゃあ落ちないようにしときな。どっか静かなとこで今あんたがどういう状況に陥っているのか、ゆっくりと話すとしようぜ」

 そう。わたしはそれが知りたかった。今のわたしははっきりいってわからないことだらけだ。でも、このアーチャーって人は知っている。わたしの知らないことをこの人から聞くつもりだ。でも、しばらくそんなことは考えられそうにないかも・・・・・・だって、アーチャーさんの顔、すごく近いんだもん・・・・・・・!

 「おいおい。そんな真っ赤な顔して見つめるなよ。照れちまうぜ」

 そんなことを平然と言うアーチャーさん。多分、情景的に街明かりを追い越す中で抱えられているんだろうな、わたし・・・・・・しかもこのアーチャーって人、かなりかっこいいし・・・・・・ああ、もう!わたし、何考えているんだろう・・・・・・?



 「さて、と。ここでなら落ち着いて話もできるだろう」

 あまり時間が経っているように感じなかったけれど、あたりはもう完全に暗くなっていて、今わたしたちは河川敷の橋の下にいる。そのアーチャーっていう人に下ろされた後、今までの信じられない出来事の連続と、とりあえず命の危機から脱出することができた安心感からか、もう完全に腰が砕けてしまって立てないでいる。でもそれでもわからないことだらけで、アーチャーさんに何から聞いたらいいのかわからないでいる。

 「とりあえず、改めて自己紹介な。オレはアーチャー。あんたの召喚に応じた、あんたのサーヴァントだ」

 えっと・・・・・・さっきのやりとりで名前はわかったけれど、肝心の正体がいまいちわからなかった。そもそも“召喚”とか“サーヴァント”とかって・・・・・・?

 「あー・・・・・・一応疑問に思ったことはすぐ口に出してくれるとありがたいんだが・・・・」
 「え?あ、はい!ごめんなさい!!」

 これがわたしの悪い癖だ。人にいわれたこと、いわれて疑問に思ったことを頭に色々と巡らせているせいで返事とかが人より少し遅れてしまうことがある。

 「いや、別に謝るほどのことでもないけどな」
 「は、はい!すいません!!」

それと特に悪い事をしたわけでもないのに、すぐ謝る癖がわたしの体に染み付いてしまっている。それはともかく、さっきまで思っていたことをアーチャーさんに聞いてみよう。

 「あの・・・・・・・すいませんけど、サーヴァントって、なんですか?さっきから“召喚”っていう単語がよく出てきているような気がするんですけれど・・・・・・精霊みたいなものですか?」
 「精霊・・・・・・まあ、間違っちゃいないな。厳密に言えば、昔話とか伝説に出てくる英雄なんかが自分の功績で精霊に近い存在の“英霊”とかいうやつになったのがオレたちってわけだ」

 つまり、昔の人っていうことなの?確かに、この服装ってどちらかといえばおとぎ話に出てくるような人の服装だし、少なくともこの時代の人の服でないことだけはわかる。

 「でもわたし、召喚なんてそんな大そうなことできるわけがないですし・・・・」
 「ああ。こういうのは、普通は魔術師がやるもんだが、あんたの場合は事故で巻き込まれた、ってとこだな」

 え?ちょっと待って!魔術師?巻き込まれた?どういうことなの!?

 「あの・・・・・・言っている意味がよくわからないんですけど・・・・・・」
 「だからあんたは巻き添えを食らったのさ。魔術師同士の争いである“聖杯戦争”にな」
 「え?何・・・・・・?その、魔術師とか聖杯戦争って・・・・・・?」
 「そうだな・・・・簡単に言えば、オレみたいなのを従えた何人かの魔術師による聖杯を手に入れるためのバトルロイヤルで、まあ悪く言えば殺し合いだな」

 アーチャーさんがあっさりとそんなことを言った瞬間、わたしの中の何かが砕け散った。そして脳内によぎるのは青銅色の肌をした大男、バーサーカーが起こした殺人・・・・魔術師なんて、そんなのがいるかどうか今でも半信半疑だけど、少なくともわたしが今日味わってしまったものは間違いなく現実だ。一度殺されかけ、自分を昔の英雄だというこのアーチャーさんに助けられた。それだけは間違いない。

 「でも、どうしてそんなことを・・・・・・?一体、何のために・・・・・・?」
 「さっきも言ったろ?聖杯を手に入れるためだよ。聖杯にはなんでも願いをかなえる力があるからな」
 「そんな・・・・・・・っ!そんな、そんなことのためにこんなことを・・・・・・!?わたし、叶えたい願いなんて、ないのに・・・・・・」

 そう、それが今のわたしの正直な心のうちだった。わたしには叶えたい願いと呼べるものは持っていないし、持ちたくもない。それに、願い事を何でも叶える聖杯なんてものがあるかどうかも疑わしい。でも、目の前にその聖杯の力によって呼び出された人、というよりは人の姿をした何者かかもしれないけれど、とにかく今、わたしの周りで非現実的なことが起こっていることだけははっきりしていた。
そして、アーチャーさんは続けて言った。

 「あんたはそうかもしれないが、少なくとも周りはそうじゃない。というか、それ以前に他は自分以外敵っていう考え方だからな。そうだろ、そこのあんた」

 アーチャーさんは誰かに喋りかけるような発言をした。周りには誰もいないのに・・・・そう思ったわたしは、もはやそういったことが通用しない世界にいることをまだ実感していなかったのかもしれない。いつの間にか、人影が一人現れたからだ。

 「ほう、よくぞ我が居所をつかめたな。これでも気配遮断を用いたというのに・・・・・・」

 その人影の姿をよく見てみると、この暗さに溶け込むかのような黒尽くめの服にその服と同じ色合いの覆面、白髪交じりの髪に鷹みたいな鋭い目をしたその男の人は時代劇なんかに出てくる忍者そのものだった。

 「確かに、あんたの居所なんてオレにはわかるわけがない。けどな、風の流れや臭い、地面や壁なんかを伝ってくる振動、それだけあれば気配なんざ読めなくても違和感ぐらいはわかる」
 「ふっ・・・・まるで野生の獣よな、貴様・・・・・・・・」
 「そう気にすることもないぜ。あんたの気配遮断は完璧だったぜ、アサシンさんよ」
 「どうやら先ほどの発言に失言が混じっていたようだな。これではアサシンのクラス失格だな・・・・・・」
 「随分と正直なやつだな、あんた・・・・」

 またしても、わたしは取り残されてしまった。もうわたしの思考は、あの人たちのやり取りについていけなくなってしまっている。そんなわたしをよそに、アーチャーさんとアサシンと呼ばれた忍者との間で緊迫した空気が張り詰めていく。
アサシンが腰にした刀に手をかけようとしていた。

 「おい、ちょっと待て。こっちはまだマスターとの話が済んじゃいない。できれば、あんたの用件はその後にしてほしいんだが・・・・」
 「笑止。聖杯戦争に招かれたサーヴァント同士が巡り会えば戦は必至。それがわからぬ主でもあるまい」
 「・・・・・・ったく!どいつもこいつもオレのマスターに事情を理解させようっていう仏心はないもんかね・・・・」
 「そうか、主のマスターはやはりそこまでこの事情に通じてはおらぬか。ならばまだ好都合というわけか・・・・・・」
 「・・・・・・・・?」

 意味がわからなかった。どうもこれ以上わたしが事情を知ることをよく思っていない人がいるみたい。

 「主の聖杯戦争・・・・・・これにて幕とさせてもらう!!」

 そしてアサシンがほとんど一瞬でアーチャーさんの懐まで詰め寄ると、腰にしていた短めの刀を抜き、その刃がアーチャーさんの喉元まで迫っていった。けれど、アーチャーさんはそれをバーサーカーとの戦いのときに使った剣で防いだ。それからアサシンの攻撃は凄まじい速さで繰り出され、アーチャーさんはそれを剣で何とか防いでいるように見えた。
 目の前で起こっている戦いもそうだけれど、わたしはこれまで起こったことが悪い夢であってほしいと思った。だって、そうでしょ?人が殺されるのを目の当たりにして、しかもその殺した張本人がわたしの前に現れて、その殺人鬼は人間じゃない存在で、さらに今現れた忍者もきっとわたしの命を狙っているかもしれない、聖杯というものが欲しいために。その上、アーチャーさんの話では他にも、聖杯を狙っている人物がいるらしいことを言っていた。正直言えば、今すぐここから逃げ出したい。
 わたしがそんなことを考えていると、いつの間にかアーチャーさんとアサシンの立ち位置が変わっていた。わたしの視界にはアサシンの背が映っていて、アーチャーさんは正面を向いていた。わたしは戦いのこととかよくわからないけど、さっきからアサシンの方が攻めているような気がする。アーチャーさんは剣を使えるみたいだけれど、その名前の通り本当に得意なのは弓矢だ。その威力はあのバーサーカーの様子から見たらわかる。でもアーチャーさんはそれを使う暇さえ与えられない。
 するとアーチャーさんの持っていた剣がアサシンの刀に弾かれ宙を舞った、と同時にアーチャーさんは手放してしまった剣の代わりに弓を構える。こんな距離で弓矢を・・・・・・?
 でもそれはアサシンを狙ったものではなく、矢はわたしに向かってきた。ところが、その矢の狙いはわたしではありえなかった。頭の中が真っ白になってしまったわたしのすぐ横を矢は通り過ぎてしまった。

 「ぐっ・・・・・・!」

 後ろから聞こえてきた声でわたしは現実に戻ってきた。わたしの後ろに、誰かいたの・・・・?そう思ってその方向を見てみても、あるのは草むらや木立だけだった。

 「やっぱり。あんたが囮で、オレをひきつけている隙にオレのマスターをどうにかしようって腹だったか」
 「貴様・・・・・・!」
 「言ったろ?風の流れや臭い、地面や壁なんかを伝ってくる振動さえあれば違和感ぐらいわかるって。それと一つ言わせてもらうが、オレが感じ取った違和感ってのはあんたじゃなくてもう一人のほう、おそらくあんたのマスターの気配さ。けどあんたのマスターの気配の消し方、ありゃ並のサーヴァントでもなかなか気付けないほどだ。が、相手が悪かっただけの話さ」
 「某を謀ったか、貴様!」
 「さっきも言ったはずだぜ、“あんたの気配遮断は完璧だった”ってな。それに誰も“違和感があったからあんたの気配を捕らえた”なんて一言も言っていないはずだけどな」

 どうやら、アサシンの他に誰かいるみたいでその人物が“マスター”と呼ばれる人物であるらしいことはわかった。要するに、わたしみたいにアーチャーさんみたいな“サーヴァント”、でいいんだっけ?それを召喚した人、この場合アサシンのマスターがわたしの後ろにいたらしかった。

 「おっと。動くなよ、アサシン。もし動けばお前のマスターの命はない。オレのマスターになんかしようっていうのなら、お前もお前のマスターも射殺す。例えお前がオレを殺したとしても、オレのマスターには指一本触れさせはしないぜ」

 そして、あたりは先ほどとは違う膠着に陥ってしまった。この場でわたしを含む誰かが動いたとしても、動いたその瞬間に誰が勝つかは別として、戦いは終わるかもしれない、それもあっけないほどに。これが、わたしが巻き込まれたという“聖杯戦争”、これが戦いだということを、今更ながら実感してしまった。
息が詰まりそうなこの空気は、誰もが思っていたよりも呆気なく終わりを告げた。

 「もういい、アサシン。とりあえずここは刃を納めろ」

 それはわたしの後ろにいた人物、つまりアサシンのマスターから発せられた声によって膠着は解かれた。その声に従いアサシンは刀を納め、アーチャーもひとまず戦闘体勢を解いたけれど、まだ警戒心だけは解いていないみたい。
でもこの声、どこかで聞き覚えが・・・・

 「大丈夫、急所は外れている。それに向こうも俺の姿を見せれば、話ぐらいは聞いてくれるだろう」

 その声の主は木立から現れ、ゆっくりとわたしたちの近くまでやってきた。先ほどの聞き覚えのある声、どうかわたしの気のせいであってほしい。そんな期待はその人物が近づくにつれて、徐々に破られていった。

 「あんたがこいつのマスターか?」
 「ああ、そうだ。それと災難だったね、野々原さん」
 「せ、先輩・・・・・・!!!」

 ようやくはっきりと姿が見えるようになった、アサシンのマスターであるその人物は今日の昼休みにわたしを助けてくれたわたしの憧れの先輩、狩留間鉄平その人だった。

 「先輩!その!その怪我、大丈夫ですか・・・・?」

 先輩の姿を確認したわたしは、思わずそんなことを言っていた。先輩は先ほどのアーチャーの矢を太腿に受けたのか、その部分を応急処置で止血していた。それでも先輩は学校で見せるような爽やかさを少しも崩していなかった。

 「ああ、そんなに心配することはないよ、野々原さん。さっきも言ったけど、急所は外れているからね。ところで、君は野々原さんのサーヴァントで、アーチャー、だったっけ?今の俺は君たちをどうこうしようというつもりはないから、まず話だけでも聞いてくれないかな?」
 「無茶言うな。アサシンを囮にしておいて、今更話を聞けはないだろ?」
 「確かに、言い方を変えればそうなるかもしれない。けれど、俺はどうしても野々原さんに早くこの聖杯戦争から降りてほしかった、君がこの戦いに深入りする前に、ね」
 「!そんな・・・・・・!深入りするだなんて・・・・!どうしてそう思うんですか!」
 「どうしてって、君も自分のサーヴァントからもう聞いているかもしれないけれど、聖杯にはあらゆる願いを叶える力を秘めているんだ。それを欲しくないなんていう人間はいやしないよ」
 「そんなこと言われても、わたしは本当に叶えたい願いなんてありませんし・・・・!」

 そう、アーチャーさんにも言ったはずだけれど、わたしは叶えたいと思う願いなんてないし、そんなものを持ちたいとも思わない。わたしには、そういう資格はないのだから・・・・それ抜きに考えたとしても、ここまで非日常的なことを目の当たりにしてしまっているのだから、普通の人だったら、さっさと終わってほしいと思うのが普通だと思う。

 「野々原さんはそうかもしれないけれど、他はそういう理屈は通用しないよ。何しろ、聖杯は魔術師たちが血眼になって捜し求めている品の一つだからね。ああ、言っておくけど、俺は魔術師なんかじゃないよ。魔術師じゃないけれど、俺はこの戦いから降りる気はないから」

 そんなことをきっぱりと言う先輩。よかった、先輩は魔術師じゃないんだ・・・・って、そういうことじゃなくて・・・・・・!

 「あの!さっきから疑問に思っていたんですけれど、魔術師なんて、そんなの本当にいるんですか!?」
 「いや、現にオレやそこのアサシンみたいなのがいるんだから、もう魔術師がいる、いないのレベルの話じゃなくなっているだろ?」
 「え?いや・・・・それはそうかもしれないけど・・・・・・」
 「野々原さんの言いたいことはわかるよ。けどそういう疑問を持つのが普通だ。なぜなら、魔術師にとって魔術の存在そのものが秘匿なんだから」
 「つまり、それって自分たちの存在を知られてはいけない、ということなんですか?」
 「そう。この聖杯戦争も秘密裏に行われているからね」

 確かに、こんなことが公になったりしたら、世の中大混乱だろうな・・・・・・って、そうだ!もしそれがそうだったら、あのことはどうなるの・・・・・・!?

 「だから野々原さん、早く・・・・・・」
 「あの!先輩!もし先輩の言うことが本当だったら、おかしくありませんか!?」
 「この戦いから降りて・・・・・・って、おかしいって?」
 「だって、もし魔術の存在が誰にも知られちゃいけないっていうなら、変ですよ!だって、その話からだとバーサーカーっていう大男がいたんですけど、あれも多分サーヴァントなんですよね?そのサーヴァントがわたしのクラスメイトを殺したところを見たんです!ですから・・・・・・!」
 「魂喰い」
 「え?」

 その疑問に答えたのはアーチャーさんだった。アーチャーさんが口を開いてから先輩は顔をしかめたけれど、アーチャーさんはそんなことを気にせず続ける。

 「オレたちサーヴァントは霊に近い存在だからな。基本的にオレたちはマスターとなる魔術師からの魔力でこの世に留まっていられるってわけだ。がしかし、魔術師の中にはそれだけじゃ飽き足らず、サーヴァントに命令して人を襲わせるやつもいる。人間の魂を得ることでサーヴァントが強化される、らしいからな」
 「でも、どうしてそんなひどいことを・・・・・・!?」
 「さて、な。あんたの住んでいる所だって善人や悪人がいるくらいだから、魔術師たちの世界にも反吐が出るような外道がいる、それだけの話さ」

 わたしは半ば納得ができなかった。それは道徳的な意味合いでもそうだけれども、言っていることが矛盾しているからだ。魔術師たちは自分たちの存在を公にしないというのならば、サーヴァントに人殺しをさせたらそれこそ自分たちの存在が明るみになってしまうんじゃないか、と思う。

 「公にはできないさ」

 今度は狩留間先輩が仕方ないといった感じに口を開く。

 「さっきも言ったけれど、魔術師たちにとって魔術の存在は秘匿すべきもの。その絶対的な掟を遵守するために魔術師たちは“魔術協会”なる組織を結成し、その上で様々な土地に“管理者”を置いて魔術師たちを取り締まっている。もちろん、魔術を悪用するヤツの粛清なんかも行っているらしいからね」

 “粛清”って聞くと、なんだかとても恐ろしい世界のように聞こえるけれど、逆を言えばそれだけ魔術に関する世界は厳しい、ということかもしれない。ううん、むしろわたしたちの世界でもこういう厳罰は存在するし、魔術師たちにとってそれは当たり前なのかもしれない。むしろ、自分たちの決まりさえ守っていれば、普通に魔術師として活動できるのかもしれない。
 もっとも、魔術師の活動がどういうものかは知らないけれど。

 「けど・・・・」

 先輩の話はまだ続く。

 「そういう処置を施せるからといっても、必ずそれらを未然に防げるとも限らないし、犠牲者だって多く出る。中には魔術とはおよそ関わりのない人たちだってその餌食になることだってある。毎年のように出てくる失踪者や原因不明の死亡事故の死亡者の大体はその犠牲者と見ていいかもしれない」

 そういえば、ニュースとか見ても事故の原因が判明せずに終わってしまう事だってあるし、行方不明者だって結局見つかっているのかどうかわからない。そうした人たちはその犠牲者になっていると考えると、ゾッとしてしまう・・・・・・
ちょっと待って!失踪者の中には魔術師の犠牲になっている人がいるって、それじゃあ・・・・・・!
 
「先輩!まさかとは思いますけれど、最近この街で続出している失踪事件の原因って、まさか・・・・・・!!!」
 「・・・・・・・・聖杯戦争が原因だよ。聖杯戦争で魂狩りを敢行しているマスターの魔術師による仕業だ」
 
少し間が開いてから発せられた先輩の言葉に、わたしは愕然としてしまった。今朝のニュースで報道されていた失踪事件も、今までのそういった事件も全て聖杯戦争が原因で起こっていたということに。そしてわたしはわたしの周りの世界が完全に崩壊してしまったという事実を、ようやくのことではっきりと理解した。
公園で目撃してしまったサーヴァントと呼ばれる存在による殺人、そのサーヴァントを従えてたった一つしかない聖杯を巡るというためだけに行われる殺し合い、その参加者の一人である憧れの人・・・・・・そして、わたし自身も人外の存在であるサーヴァントを従えてしまっている、つまりわたしには、もう逃げ場は存在しないということに他ならないかもしれない。
 
「野々原さん。ここまでの話を聞いていればわかると思うけれど、聖杯戦争というものは何がどうなってもおかしくはない世界なんだ。たとえ、目的のためなら誰を犠牲にしたって、どんな卑怯な手段を使ったって構わない、そういう次元の話だ。だから、今ならまだ間に合う。早くこの戦いから脱落するんだ。そうすれば、サーヴァントの魂喰いにさえ気をつけていれば、君が襲われるようなことになりはしないし、俺がそうさせない。そうすれば、後はこのことを忘れて日常の世界に戻るんだ」
 「え?あの、脱落って、具体的にどうすれば・・・・?」
 「おい、あんた。あんたの腕にある模様みたいなのあるだろ?」
 「えっと・・・・これのこと?」

 突然口を挟んできたアーチャーさんが指し示したのは、数日前からわたしの腕にできた模様のことだ。そういえば、アーチャーさんが出てきたときもこの辺りが妙に熱く感じた・・・・・・・・・ような気がする。

 「あんたのそれは令呪って言ってな、まあ、わかりやすく言えば俺たちサーヴァントを服従させることのできる絶対命令権ってとこだな」
 「そう。それがあるかないかで、その人物がマスターであるかそうでないかの判別ができるんだ」

 ああ。だから先輩はわたしがマスターだって思ったんだ。確か、先輩には学校の昼休みにその令呪っていう模様を見られたわけだから。

 「その令呪というのが、何か?」
 「例えば、そいつでオレに死ねって命じる、とかな。それも、オレの意思とかお構いなしに。この戦いから早く脱落しろってのは、そういうことだろ?」
 「ああ、そうだ」

 そんな会話をこともなくするアーチャーさんと先輩の二人。やっぱり、これはわたしの理解できない世界だ。だって、あの先輩がアーチャーさんに向かって遠まわしに“死ね”って言っているように聞こえるし、アーチャーさんもアーチャーさんで自分の命が懸かっているっていうのに、平然としている。それにアーチャーさんは確かにバーサーカーたちみたいな存在かもしれないけれど、わたしを助けてくれた。
それなのに、そんな人に向かって、死ねって命令するだなんて、わたしにはできない・・・・・・!

 「野々原さん。言っておくけど、この程度で思い悩んでいるようだったら、本当に聖杯戦争から降りたほうがいい。敵もこっちを殺す気で来るだろうから、こっちも殺す気で臨まなきゃ逆にこっちがやられる。君が今、足を踏み入れようとしている世界はそういう所だ。仮に君がもし聖杯戦争に加わるというのなら、それは俺が君の敵になるということだ。その上で、君は俺相手に戦えるのかい?俺を殺せるのかい?」

 わたしの考えていることをあっさりと見破った先輩。口調や態度は昼間の学校で見せるような爽やかで優しげな雰囲気だけれど、目つきだけが他と違って見えるせいか、今の先輩が怖い。わたしが可笑しなことを言おうとすれば、刀の切っ先がわたしの喉をすぐに貫く、今の先輩が漂わせているのは、そんな印象だ。そうした中で額から汗がにじみ、頭の血管が脳を締め付けているように感じた。
そしてそれは、すぐに緩んだ。

 「別にそんなこと、どっちでもいいじゃない。だって聖杯を手にするのは、この私以外いないもの」

 またもや現れた来訪者。今度は月明かりの下にいたのか、はっきりとその姿を見ることができた。その来訪者は白銀の騎士を連れた、一人の少女だった。



[9729] 第三話「王者」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/05/20 00:01
 夜の河川敷で、先輩である狩留間鉄平とそのサーヴァントであるアサシンと遭遇してから、今度は知らない女の子がわたしたちの前に姿を現した。その子は私たちより年下だけれど、妹のこのかよりは年上だ。その子が着ている薄紫色の髪に合った淡い色合いの服はまるでお金持ちのお嬢様みたいだった。
 そういう人が連れているのは普通、執事さんとかメイドさんとかだと思うけれど、その子が連れているのはそのどちらでもない。騎士だ。その騎士はバーサーカーほどではないけれど、がっしりとした体格の持ち主で、白銀の鎧に赤いマントを身につけ、顎鬚の生えた壮年男性だ。この人を見ていると、騎士っていうよりは王様かもしれない。

 「は~・・・・まったく、世も末ね。まさか聖杯戦争にこんな魔術師でも何でもない凡人が平気で参加するなんて」

 わたしたちにわざと聞こえるように、愚痴をこぼす女の子。やっぱり、この子も聖杯戦争の参加者で、魔術師!?こんな子が、こんな殺し合いに・・・・!?

 「ああ、そういえば自己紹介が遅れてしまったわね。ごめんなさい。私はサラ・エクレールっていうの」
 「エクレール・・・・・・!!!」
 「せ、先輩!知っているんですか!?」
 「あの子自体は知らないけど、確かエクレールはフランスでも有数の名門魔術師の家柄だったはずだ」
 「あら?貴方、魔力は半人前以下なのに、そういう知識はあるの。ああ、聖杯戦争だから、それに備えてお勉強してきたのね。立派、立派」

 サラという女の子はそんなことを言いながらも、口調や態度は丸っきり人をからかっているような印象を受けた。

 「けれど、それだけで聖杯戦争を勝ち抜こうなんて、甘いわよ。はっきり言うわ。私、貴方たちみたいなのが気に入らないし、迷惑だわ。だから、早く消えて下さりません?」

 だけれど、サラは笑みを浮かべてはいるのに、冷ややかな視線と口調がわたしたちへの敵意を露にしている。私より年下のはずなのに、何でこんな冷たい感じがするの・・・・?

 「サラ。もうそろそろ、挑発はそこまでにしておいたらどうだ?」
 「あら、セイバー。私がまだ何も言っていないのに、もう出てきたの?」

 そして、サラの後ろに控えていたセイバーと呼ばれる騎士がとうとうその口を開き、威厳溢れる声を発した。それにしても、“出てきた”って、どういうこと?
 それと、先輩もアーチャーさんもあの子が出てきた時点で警戒心を丸出しにしていたにも関わらず、セイバーが喋ったときに少し驚いたように見えたのは気のせいかな?アサシンのほうは・・・・覆面をしているから表情はよくわからないけど。

 「それはそなたが要らぬ言葉を発しているからだ。凄まじいエーテル反応がしたから、それを探るだけだという話だったはずだのに、まるでこれから戦いを仕掛けようとしているようではないか」
 「予定は未定よ。私だって、まさかその反応が出た所へ行く途中でサーヴァントに遭遇するとも思わなかったし、ましてやそれが二体もいるなんて予定外もいいとこだわ。それとも何?セイバー、貴方まさか怖気づいたんじゃないわよね?」
 「いや、問題ない。相手が何者であろうと、こちらに負ける要素など見当たらぬ」

 絶対的な自信を持ったセイバーの発言。そのとき、アーチャーさんのこめかみがピクリと動いた。さっきから黙っているアサシンのほうは覆面のため、やっぱりその表情がほとんどわからないけど。

 「へえ・・・・・・随分言い切ってくれるな。ひょっとしたら、負ける要素を見落としているんじゃないのか?」
 「見落としなどありえぬ。逆に、貴様たちが勝つ要素を見つけるほうが難しいと思うが?」
 「随分と言ってくれるじゃないか・・・・上等だ」

 セイバーのその言葉に、アーチャーさんは弓を取ろうとした。

 「アーチャーさん!まさか、あの人たち相手に戦うつもりなんですか!?」
 「まあな。アサシンも言っていたことだが、サーヴァント同士が巡り会えば、戦いは必至。けど、安心しな。こんなもん、すぐにでも終わら・・・・・・!!!」

 アーチャーさんが言い終わるか言い終わらないかといううちに、セイバーがいつの間にかアーチャーさん目掛けて突進してきて、彼に向かって剣を振り下した。アーチャーさんはそれを自分の剣で防いでいるとき、そしてわたしはいつの間にか狩留間先輩に抱えられ、その場から距離を置いた、と同時にアーチャーさんはセイバーの剣圧に吹き飛ばされた。

 「アーチャーさん!!!」
 「野々原さん!早くここから逃げるんだ!」
 「先輩!?でも・・・・・・」
 「はっきり言っておくけど、これは君の手に負えるようなものなんかじゃない!だから、早く・・・・」
 「そうはさせないわ」

 すると、その場に生えていた雑草が急にわたしたちの背丈よりも高く伸びだし、それらは壁となってわたしたちの周りを取り囲んだ。はっきり言って、これはありえない。その辺に生えている草がいきなりグンッと伸びて、しかもそれが冗談みたいな長さになっているのだから。
 そんな草に向かって先輩は手を伸ばした、と思ったらすぐに引っ込めた。よく見たら、指先からほんのわずかな血が出ている。

 「なるほど・・・・・・大体硬さは鉄ぐらいで、切れ味は・・・・カミソリと同じぐらいかな?単に壁としての役割だけでなく、逃亡防止にもうってつけってわけだ。無理に抜けようとしたら、体がずたずたに切られるからね」

 ちょっとしか触っていないのに、そこまでわかるの・・・・!?それにしても、この草、あの子がやったの・・・・・・?

 「先輩。これが、魔術なんですか?」
 「そうだよ。もっとも、君がこんな戦いにさえ巻き込まれなければ、一生見ることもなかったはずだけどね」

 確かに、普通に生きていればこんな現象を見ることなんて絶対ないと思う。正直これだけでも魔術は怖いと思うけれど、反面それをすごいと思っている自分がいる。

 「感心してくれているの?それはそれで悪い気はしないけれど、私の修めている魔術はこの程度じゃないわ」

 なんて思っていたら、いつの間にかサラが歌うような口調で、ゆっくりとわたしたちのほうへ近づいてきた。

 「それにしても、随分と薄情なのね。マスターとサーヴァントは聖杯戦争では一種の運命共同体。どちらかが欠ければ確実に死を意味するし、他の参加者の格好の餌食になる。ましてや、貴方みたいなのが一人で歩いていたら、格好の標的以外の何者でもないわ」
 「どちらかが、欠ければ・・・・・・?」

 言っていることはなんとなくわかる。この異常な命のやり取りの中では、わたしは確実に弱者の側だということを。でもアーチャーさんが仮に誰かにやられて、残るわたしは何もできずに殺されるのはわかる。けど、“どちらかが欠ければ”ってことはわたしが先に死んでも、アーチャーさんも死ぬっていうことなの?逆にわたしみたいな足手まといがいなくなって、逆に戦いやすくなると思うんだけれど・・・・

 「随分と鈍いわね、貴方。サーヴァントがやられたらマスターも基本的に無力化するものよ」
 「え、ええ。それはわかるわ」
 「それと、マスターが先にやられた場合でもサーヴァントは消滅するわ。確実にね」
 「それは、どうしてなの?」

 今、アーチャーさんたちが戦っているセイバーのマスターで、わたしたちの逃げ道を塞いだこの子は、わたしとしてはあまりこういう言い方はしたくないけれど、“敵”ということになる。おかしな話だけれど、わたしは今、その“敵”から説明を受けている。

 「サーヴァントがマスターから供給される魔力で活動しているのは知っているわよね?」
 「え、ええ。それはさっきアーチャーさんから聞いたわ」

 もっとも、言われるまですっかり忘れていたけど・・・・それに魔力の供給って言われても、実際にどうやっているのかさえわからないし・・・・

 「その供給源である魔力の源であるマスターがいなくなれば、サーヴァントがどうなるか、もうわかるわよね・・・・?」

 改めて説明されてみれば、簡単なことだった。いってみればサーヴァントというのは例えるなら車で、マスターはそれを運転する人、魔力はその車を走らせるガソリンみたいなものだ。そしてガソリンがなくなったり、運転手が突然運転操作不能に陥ったりすれば当然車は動かなくなる。つまり、マスターであるわたしが死ぬということは、同時に私から魔力をもらっているアーチャーさんが動けなくなること、死ぬということだ。
 それがわかった瞬間、わたしの頭から血が引いてしまった。

 「理解が早くて助かるわ。これでわかったでしょう?マスターとサーヴァントが一心同体だっていうことを」

 先ほどと変わらない口調で話をしめるサラ。本当に小さな女の子なのに、今はこの子がとても恐ろしい魔女みたいに思えてくる。そんな彼女に先輩が口を挟んできた。

 「何故わざわざそんなことを彼女に教える?」
 「だって、いくら魔術とおよそ関係のない凡人だからって私、加減できるほど魔術に長けているわけじゃないもの。だからって始終何も知らない状態で終わられたら、それこそ不公平だわ。だから私が、これがどういったものなのかを教えてあげたのよ」
 「ふざけるな。彼女は君とは全く違う人間だ。君は君の言う“魔術とおよそ関わりのない人間”でも無理矢理こんな戦いに引き入れるっていうのか?」
 「貴方。魔術師でもないけれど、どちらかっていったら私たちに近い人間みたいだからはっきり言っておくけど、甘いわ。どんな形であれ、聖杯戦争に首を突っ込んだ時点で魔術師も凡人も関係ない。大切なのは聖杯戦争の参加者であるということよ」

 余裕に溢れているサラに対して、射殺さんばかりの目つきをしている先輩。それでも、先輩はそれ以上サラに対しては何も言えず、口をつぐんでしまった。

 「どうもアーチャーのマスターを聖杯戦争から遠ざけたいみたいだけれど、それは自分が少しでも優位に立ちたいから?それとも、何か別の理由でもあるのかしら?あればぜひ、教えてほしいものね」
 「くっ・・・・」

 そういえば、先輩はこの子達が来る前に、わたしに聖杯戦争を脱落するように言っていたけど、どうしてだろう・・・・?とか思っているうちに、わたしや先輩はすぐ目線を戦いが行われているほうへと向けた。そのとき、アーチャーさんの剣が弾かれ、セイバーがアーチャーさんに追い討ちをかけようとしたところ、その攻撃をアサシンがそこに割って入って防いだ。
 はっきり言って、わたしは戦いのこととか全くわからない。けれど、素人目から見ても、セイバーの強さは多分、公園にいたバーサーカーよりも上だと思う。しかもアーチャーさんとアサシンの二人がかりにもかかわらず、セイバーは逆に二人を追い詰めていた。

 「思ったよりしぶといのね。セイバー相手にまさかここまで粘るなんてね」
 「・・・・・・二人を、どうするつもりなの?」
 「決まっているじゃない。これは戦い。死力を尽くした結果負ければ死ぬのは当然のことよ。でも安心してちょうだい。サーヴァントさえ仕留めれば、貴方たちには手出ししないわ」
 「それを信用しろ、とでも言うのか?」
 「そうね。魔術師相手に対して警戒心を怠らないのは正しいわ。けど、私もエクレール家の出。それぐらいは信用してほしいものだわ」

 わたしは魔術師全体がどういうものか知らないし、この子は少し怖いところもある。けれど、多分戦いが終わればわたしたちをどうこうしようということはしないと思う。根拠はないけど、そんな気がする。
 だけど、そうなってしまうということはつまり、アーチャーさんたちの敗北、つまり死を意味する。もしそうなってしまったら、わたしはそんなことに耐えられるの・・・・?先輩からは、そういうことに耐えられないようなら、早く聖杯戦争から降りるよう言われた。
 でも・・・・・・

 「でも、やっぱりアーチャーさんたちが死ぬなんてこと、絶対嫌だ!!」
 「・・・・・・随分とわがままなところもあるのね。でも等価交換の原則の前じゃ、そんな言い分は通用しないわよ」
 「等、価交換・・・・・・?」
 「魔術師たちに通ずる原則さ。何かを得るには、それと同等な何かの代価を支払う必要がある」
 「もっとも、それは私たち魔術師だけのものじゃないと思うけれどね。見方を変えれば、貴方たちの世界にも似たようなことはあるじゃない。例えば、普段行っている買い物だとか、どこかの会社同士の取引だとか、そういうことも見方によっては等価交換に通ずるわよ」

 先輩の説明にサラはそんなことを付け加えた。確かに、世の中には諸々の約束事もそういう同価値のもので成り立っていると思うし、自分のやったことなどが何らかの形で還元されていく。それはテスト勉強なんかがいい例かもしれない。
 それでも、中には割に合わないことだってあるかもしれない。それは、約束が何らかの形で破られたり、自分の努力が無駄になったり・・・・確実に理不尽といえる事象が存在する。はっきり言って、わたしからすれば助かりたければアーチャーさんたちを死なせろ、ということ事態が理不尽にしか思えない。誰かのために、誰かが犠牲になるなんてこと、わたしにはできないし、そういうことはもう嫌だ!

 「納得できない、って顔しているわね・・・・けど、どっちにしても貴方にできることなんて、ただこの戦いの成り行きを見守るぐらいしかないわ。せっかくあそこまで足掻いているんだもの。少しはいいほうに期待してもいいんじゃないの?でも、無駄かもしれないけど」

 もう一度、わたしは目線をアーチャーさんたちの戦いへと戻した。状況はさっきとあまり変わっていないかもしれない。でも、アーチャーさんの顔はまだまだ余裕といった感じで、追い詰められている表情などしていなかった。セイバーは強い。でもそれを相手にして食い下がっているアーチャーさんやアサシンもやはり、わたしなんかが想像できないくらい強いのかもしれない。
 そのときだった。急に体のどこかが震えだしたのを感じた。そしてその震えを自覚した途端、それが体全体へと広がり、そして頭を両手で抱え、その場でしゃがみこんでしまった。

 「野々原さん!?」
 「情けないわねえ。この程度で震え上がるなんて、どこまで覚悟が足りていないの?」

 違う!そう口に出して言いたかったけれど、喉が締め付けられるような感じがして、声が出ない。確かにあの戦いを見て、怖くないなんてことは絶対にない。むしろ今わたしはその戦いから目を背けたい。でも、この怖さはあの戦いを見て感じたんじゃない。この怖さは今日、別の場所で似たような感覚がした。一体なんだろう・・・・・・・・・?
 そうだ!あの感覚は、わたしが初めてサーヴァント、というよりもバーサーカーと遭遇したときの、あの感覚に似ている・・・・!!!!



 話は一旦、戦いが始まったときまで巻き戻す。アーチャーがセイバーによって吹き飛ばされた、というのは沙織の視点から見たものであるが、実際にはアーチャーはセイバーの剣の攻撃を受けると同時に後方へ跳ね飛んだ、というのが正しい。アーチャー自身も多少は剣の心得はあるが、セイバーのそれと比べると勝負にすらならない。アーチャーの得物はあくまで弓であるからだ。加えて、アーチャーの持つ細身の剣でセイバーの攻撃を真っ向から受けること自体、自殺行為に等しい。だから、アーチャーはこうやってセイバーの攻撃を凌ぐしかなかったのだ。
 アーチャーが後方へ飛んだのと同時に、それまで沈黙を守っていたアサシンは手裏剣などの暗器をセイバー目掛けて投げつけ、そこから一気に地を這うように、地面すれすれに駆け出そうとした、がアサシンの放った手裏剣は全てセイバーの剣圧によって発生した風によって弾かれてしまった。その上、アサシンの行く手をセイバーが遮るように立ちはだかり、そこから一歩踏み出し横薙ぎに剣をふるう、がアサシンはその一歩をどうにか踏み止まることで、どうにかこの攻撃を避けることができた。

 「アサシンよ。我がマスター、サラには指一本たりとも触れさせん!」

 アサシンの言葉はない。アサシンというクラスはサーヴァント同士の戦いよりも、そのサーヴァントを従えているマスターの暗殺にこそ特化している。それでもアサシンは自身の持つ武技にそれなりの自負を持っている。だが自分は暗殺者の英霊たるアサシン。ゆえにアサシンの特色たるマスター暗殺に専念すべきだった。だが、それも今ではこの最優のサーヴァントに阻まれてしまっている。
 もっとも、アサシンはサラが喋っている間に暗殺を決行すべきだったが、あの時点でセイバーに警戒されてしまい、それも適わなかった。こうなってしまっては、アサシンの持つ“気配遮断”のスキルも姿が丸見えの状態では意味をなさない。
 このとき、サラは周囲に草の剣の檻を築き始めた。同時に、セイバーはアサシン目掛けて突進しながら斬り込んできたが、アサシンはそれをどうにか忍刀で防ぎ、鍔迫り合いの形となる。

 「そしてアーチャー!貴様に弓は使わせん!!」

 だがセイバーはそんなことに構わず歩を進めたことにより、アサシンはジリジリと後退していく。その方向にはアーチャーがいた。
 無論セイバーはアサシンだけではなく、三騎士クラスの一角であるアーチャーにも警戒を払っていた。アーチャーの実力は遠距離戦でこそ発揮する。だが、それも発揮しにくい環境となってしまった。距離を開けようにも、サラの魔術により、その辺に生えている雑草が堅固な檻と化してしまい、それ以上後方に下がれなくなってしまったこと。さらにアーチャーにとって悪い状況は、アサシンとの距離がそんなに離れていなかったが、セイバーはアサシンごとアーチャーのいる方向へ突っ込んできたせいで、さらにその距離が縮まってしまったこと。加えて、この空間には身を隠せるような障害物が一切存在しないことも、アーチャーにとって不利に働いてしまっている。

 「随分とイヤなところをついてくるな。いい性格してるぜ、あんた」
 「何を言う。戦で相手の弱点をつくは定法ぞ」
 「同意」
 「おい、アサシン。同意、じゃないだろうが」

 そんなやり取りをしている間にも、セイバーは剣を振りぬき、アサシンを弾き飛ばした。

 「まあ、間違っちゃいないけどな」

 そこへすかさずアーチャーは自らの持つ突剣を構え、剣を振りぬいたせいで胴体ががら空きのセイバー目掛け、一気に距離を詰め、突きを繰り出した。だが、その突きはセイバーの空いていた手の手甲で、いともたやすく防がれてしまった。
 そこへいつの間にか、アサシンがセイバーの背後に回って、そこから攻撃を仕掛けようとしたが、セイバーは体を回転させながら斬撃を放った。これにより、アーチャーは後ろに飛んでこれをかわし、アサシンはあと一歩のところで踏みとどまることができた。

 「・・・・・・・・やはりな」
 「何がだよ?」
 「やはり貴様らでは、身を倒すことなどできぬ、ということだ」
 「へえ・・・・・・・・」
 「その委細、聞かせてもらおうか」

 珍しく口を開くアサシン。覆面していることを除いても、表情のわかりにくい彼もセイバーに対する敵愾心は強いことだろう。

 「何、簡単なことだ。先ほど貴様らとは何合か打ち合ったが、貴様らのどの一撃も身を傷つけるには至らぬからだ。アサシン、貴様は先ほどの鍔迫り合いで身に押されたな。このことから、貴様は身よりも力が劣っていると見てよいだろう」
 「・・・・・・・・」
 「フム。どうやらしかと理解しているようだな。そして、アーチャー。貴様の攻撃は身にたやすく防がれた。貴様が白兵戦向きではないことを理由にしても、貴様の力もアサシンと同程度かそれ以下、と見なしていいだろう」
 「ほっとけ。大きなお世話だ」
 「もっとも、宝具さえ使えば身を倒せるかもしれぬが、試してみるか?」

 宝具、それはサーヴァントの生前よりあり続ける切り札ともいえる武装であり、彼らの代名詞とも言える象徴。その例が、アーサー王の持つ聖剣エクスカリバーや、大英雄ヘラクレスの持つヒュドラの毒矢などである。もっとも、古代ギリシアでも一、二を争う魔術の使い手である魔女メディアや、魔に堕ちた宝剣アロンダイトを持つ騎士ランスロットなどのように、彼らの持つ概念がそのまま宝具化することもある。
 だが宝具の使用には、宝具の真名がどうしても明らかになってしまう。それは同時にサーヴァントの持つ“真名”、つまりサーヴァントの正体が判明してしまうことと同義である。そうなってしまえば、ただでさえ過去の偉業のために、その名を広く知られている英雄であるサーヴァントの性格、弱点が浮き彫りになってしまうからだ。
 ゆえに、宝具は切り札である。

 「その必要はなし。なぜなら、主はここで倒れるからだ!」

 再び地に伏すような体勢でセイバーに接近するアサシン。同時にアーチャーもセイバーとの間合いを詰める。そして両者が攻撃を放ったその瞬間、アサシンの忍刀はセイバーの剣で、アーチャーの突剣はまたもや手甲で防がれてしまった。

 「何度も言わせるな。貴様らに身を倒せる道理などなし!」

 そこからは、アサシンは斬撃を、アーチャーは突きを次々とセイバー目掛けて繰り出すが、そのことごとくがセイバーにとって防がれてしまう。そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にかセイバーが攻撃へと転じ、アサシンとアーチャーがそれを防ぐ形となってしまった。

 「確かに、この戦い、すぐに終わりそうだな。アーチャーよ」
 「ごつい見た目のくせして、思ったよりお喋りなんだな、あんたは」
 「剣を振るうだけが戦ではないのでな。それよりも、貴様こそ喋る余裕があるとは、思ってもみなかったぞ」

 だが、セイバーが言うような余裕などアーチャーにはなかった。セイバーの防御がいつの間にか攻撃へと移り変わり、アーチャーはそれを受ける形となってしまっている。しかもセイバーの一撃がアーチャーにとっては重いため、それを受けるたびにアーチャーの突剣が振動し、それがアーチャーの腕へと伝わる。
 無論、それは同じくしてセイバーと戦っているアサシンも同じだろう。そのアサシンの立ち位置も、いつの間にかアーチャーに並び立つような位置にいた。

 「おい、アサシン。さっきのいざこざは水に流すとして・・・・・・」
 「断る」
 「おい!まだ何も言ってないだろうが!」
 「“ここは手を組もうぜ”とでも言うつもりだったのだろう」
 「わかってんなら、何で断るんだよ」
 「足並み揃わぬ連携は烏合の衆に劣るからだ」
 「クソッ・・・・・・的射ている分、余計腹立つな」

 アサシンの言うことはもっともだ。連携というものは、息の合った者同士が行ってこそ発揮するもの。だが逆に、呼吸が合わなければ、両者の動きがちぐはぐなものとなってしまい、互いの持ち味を殺すこととなってしまう。ましてや、アーチャーとアサシンはこの聖杯戦争に喚ばれたサーヴァントで、敵同士だ。しかも、両者が初めて目を合わせたのは、セイバーが現われるほんの少し前。そんな二人がいきなり手を組んで、上手い具合に動けるほど都合のいい話はない。
 そのときだった、アーチャーの手にしていた突剣が、とうとうセイバーの剣の衝撃に耐え切れず、弾き飛んでしまった。むしろ、アーチャーにしては、よくここまで自身の剣でセイバーの剣を堪えたほうだ。だが、戦いの場においては、そんなことは何の気休めにもならない。それはすなわち、より死に近くなってしまうからだ。

 「ゲッ・・・・・・」
 「もらった!」

 何も手にしておらず、無防備なアーチャーに対して、セイバーは一気に距離を縮め、手にしていた剣を一気に振り下ろそうとした。だが、その斬撃はアーチャーに届くことはなかった。突如、アーチャーとセイバーの間にアサシンが入り込み、セイバーの一撃を受け止めたのだった。

 「ふん。余計な口を利いてばかりいるから、こういうことになるのだ」
 「はん。そいつは悪かったな」
 「だが、そのおかげでセイバーもとんだ失策を犯したが、な。それをどうするかは、主次第だ」

 そんな中、セイバーは剣を振るうが、その攻撃もまたもやアサシンによって防がれてしまう。

 「・・・・そこをどいてもらおうか」
 「そうしてほしくば、某を屍にしてからにするのだな」
 「・・・・・・・・・・ああ。そういうことね」

 アーチャーはその瞬間、アサシンの言う“セイバーの失策”の意味をようやく理解した。セイバーはこれまで、アーチャーとアサシンに対して二対一の白兵戦を演じることで、優位に立っていた。つまり、先ほどまではアサシンの言う“足並みの揃わぬ連携”をとっていたことになる。ならば、次に取るべき行動は何か、アーチャーのそれは定まった。
 アーチャーはすかさず、アサシンとセイバーの斬り合いの場から離れ、そして然るべき位置まで移動すると、目線をアサシンとセイバーの戦いの場へと見据え、耳を澄まし、弓矢を構えた。
 アーチャーはさっきまで、二対一の戦いを強いられていたために、自身の得意とする弓術を使うことができずにいた。だから二対一で不利ならば、各々が一対一の戦いを演じ、それぞれが単独で最良の行動を取るべきだったのだ。
 幸いなことに、アサシンの獲物である忍刀はセイバーの剣よりも刃渡りが短めだが、その分小回りが利き、防御に適している。アサシンがセイバーの足止めをしている今が、絶好のチャンスだ。

 「さっきまであんたの土壇場だったんだ。そろそろ、オレの見せ場を作ってもいい頃じゃないの、か!!」

 瞬間、アーチャーの目は見開き、構えていた弓矢をセイバーへと向け、そしてセイバーの心臓へと矢を放った。
 無論、セイバーはこれに気付かぬほど鈍くはない。その矢が自身の心臓へ向かっていることは重々承知していた。だが、今の状況ではその必殺の矢を避けることはセイバーにはできない。しかし、彼は最優の名をほしいままにしている剣の英霊セイバー。避けることができなければ、比較的軽いダメージですむ箇所で受ければいい。そうして、セイバーは自分の腕を差し出し、アーチャーの放った矢がセイバーの腕を深々と貫いた。
 そこへ間髪を入れず、アサシンは一気にセイバーの懐に潜り込んだ。だが、セイバーはアサシンの後頭部を目掛けて剣の柄を叩きつけようとした。それをアサシンは器用に刀を手にしていないほうの手を後ろに回し、いつの間にか握られていたくないでそれを受け止めた。

 「チィッ!上手い具合に防ぎやがって・・・・!」

 とはいえ、百発百中を旨としているアーチャーは“外していないだけよし”と開き直り、第二射を放とうとした。
 だがそのとき、自身のマスターである少女が突如異様なまでに震え出し、その場にしゃがみ込んでしまったのを横目で捉えた、と同時に彼はある異変に感づいた。そして彼は、セイバーに気付かれないような声量で、アサシンにその異変を知らせた。

 「おい、アサシン。聞こえるか?」
 「また余計な口を利くつもりか?」
 「そうじゃない。あんた、何か聞こえないか?」
 「だったら、某と変われ。この有様では、外の正確な数も状況もわからぬ」
 「そうかい。オレの見立てじゃ、大体百近くの何かが近づいてきていやがる・・・・・・まさかとは思うが、サーヴァントか?」
 「それにしては、魔力が弱すぎる。おそらくは使い魔か傀儡の類だろう」
 「なるほど、ね・・・・・・」

 確かに聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは全部で七体。それが百という数字はよほどのことがない限りありえない数だ。また、アーチャーが感覚を澄ませて見ると、セイバーの動作が微かに鈍っているのがわかった。おそらく、彼もアーチャーやアサシンほどではないにしろ、何か違和感のようなものを感じたのだろう。その異変はアーチャーのマスター、沙織が震えだした途端に起こった。
 そしてそのとき、アーチャーの耳と鼻がそれを捉えた。耳に聞こえたのは、無数の馬の蹄の音と人間と思しき声や息遣い、そして鼻でかぎ分けたのは、おびただしい血の臭いだった。そして、とうとうそれらが近づいてくると、草の檻の上空から無数の矢が雨霰と降り注いできた。



 特に理由があったわけじゃない。なんとなく見上げてみると、夜空を埋め尽くさんばかりの矢がわたしたち目掛けて降ってきたのだ。絶対助かるはずのないこの状況に、わたしの頭が真っ白になりかけたそのとき、何かがわたしたちの頭上を覆ってきた。それのおかげで、矢はわたしたちを貫くことはなかった。でもこれ、よく見たらわたしたちの周りを取り囲んでいる草の壁・・・・ということは、わたしたちを助けてくれたのって・・・・

 「ああ、もう!またこれ!?どうして、私たちが誰かサーヴァントと戦っているときに限って、こういう邪魔が入ってくるの!?」

 やっぱりサラだ。あの子が草の障壁を魔術で築き上げて、矢の雨からわたしたちを守ってくれたんだ。でも、さっきの彼女の言うことを考えたら、わたしや狩留間先輩は彼女の敵ということになる。それなのに、どうしてわたしたちを・・・・・・?
 そんな彼女はどういうわけか、癇癪を起こしている真っ只中だったせいで、そういうことをわたしは聞けないでいる、なんてことを考えていたら、サラはゆっくりとわたしのほうを振り向いてきた。

 「・・・・・・・・・・さっきから私をジロジロ見ているけれど、何かしら?」
 「・・・・・・・・・・・え?い、いえ!別に何も!!!」

 とっさに畏まってしまった私。ところで、どうして私、こういう年下の女の子にこうも気後れしちゃっているんだろう・・・・?

 「こういう場では年上も年下も関係ないわ。少なくとも、へっぽこ未満の貴方が私に畏怖を抱くのは当然のことよ」
 「へ、へっぽこ・・・・・・・・」

 未満って言うことは、へっぽこですらない、完全な問題外ってことなんだろうな・・・・

 「そもそも問題にすらなっていないわよ」
 「そ、そうなの・・・・・・?って、それよりもわたしの考えていることどうしてわかるの!?」
 「そもそも貴方みたいなのが何考えているかなんてすぐわかるわよ。よく言うじゃない、“目は口ほどに物を言う”って。もっとも、貴方の場合は顔も物を言っているけれどね」
 「あ、あはは・・・・・・」
 「それと、思ったことはすぐに口に出しなさい。でないと、口が退化して使い物にならなくなっちゃうわよ」

 もはやこれ以上へこむ気力すらなかった・・・・・・確かにわたし、それほど積極的に人に話すほうじゃないけれど、ここまでボロボロに言われるなんて思ってもみなかった。それも、私より年下の、それも“一応”敵の立場をとっている女の子に・・・・

 「それはそれとして、どうして俺たちを助けたんだ?この障壁も自分の範囲だけ覆っていれば、労することなく敵二組を脱落させることができたはずだ。それなのに、何故だ?」

 あ。そうだった。さらに散々言われていたせいで、何を聞くべきかすっかり忘れていた。

 「別に。貴方たちのことを助けたつもりはないわ。ただ、私たちの手で倒すべき相手を、余計な横槍を入れられて倒されたくないもの。だって、貴方たちは私が倒すって決めたんだから」

 あくまで、わたしたちは敵、ということなんだ・・・・・・って、あれ?何だろう?頭にポタッと雫みたいな何かが落ちてきたような・・・・・・?わたしは落ちてきたものを手で拭うと、ヌルッとした手触りがした。その手を自分の顔の前に出し、よく目を凝らしてそれを見てみた。瞬間、わたしは背筋が凍ってしまった。これって、血・・・・・・・!?

 「野々原さん。何も心配することはないよ。君はどこも怪我を負っていないよ」
 「でも、それなのにどうして血が・・・・!?」
 「そんなの簡単じゃない。さっきの矢が血でできていただけの話よ。それに、ほら。上から血がぽたぽたと落ちてきているでしょ?」

 本当だ・・・・・・雨漏れみたいに血がたれてきていた。そんなことはありえない、そう言いたかった。でも、今の私を取り巻いている状況は、そんな言葉が通用しない世界だ。少なくとも、私はアーチャーさんには失礼かもしれないけれど、彼を含む人外の存在を四人(姿を見せていないキャスターは除くとして)も目の当たりにしてしまっているからだ。そして現に、時代劇の合戦の場面も顔負けの矢の雨が今も降り続いている。

 「それにしても、これは一体・・・・・・?」
 「ええ。この量はありえないわね」
 「え?ありえないって、何がどういうことですか?」
 「本来なら、こんなに大量の矢を人間の血で生成するなんて不可能なことよ。これが魔術によるものだとしても、ここまでやったら失血死しているわ」
 「そう考えると、これは人の道から外れた魔術師の仕業か、あるいは・・・・」
 「サーヴァントの宝具によるもの、だろうな」
 「ア、アーチャーさん!」

 いつの間にか、わたしたちの近くにはアーチャーさんだけではなく、さっきまで戦っていたアサシンやセイバーまで来ていた。ただ、三人ともどこかピリピリした空気を漂わせていた。これは他の誰かの奇襲のせいかもしれないけれど、それよりも三人のうちの誰かがおかしな行動を起こしたときには、すぐに攻撃を仕掛けてきそうな一触即発の状態でもあった。ところで・・・・

 「あの、宝具って何ですか、アーチャーさん?」
 「今は説明している時間はないが、まあサーヴァントの必殺技みたいなもんだと考えてくれ」
 「何それ?サーヴァントのくせして、なんて説明の仕方しているのよ」
 「そう言うな。それにしてもあんた、その若さでその魔力とは、大したもんだな」
 「フン。別にそんなことで褒められても、なんとも思わないわ。だって、それぐらい当然のことだもの」

 こともなく、そんなことを言ってのけるサラ。なんというか、アーチャーさん相手に、自信ありげで、誇らしげにはっきり言うのだから、本当にすごいとしか言いようがない。少し照れているように見えたような気がするけど。そんなとき、アサシンが口を開いた。

 「セイバーのマスターよ。今はどうにか何者かの攻撃を凌げているが、このままでは我々だけではなく、主たちまで嬲り殺しとなろう」
 「・・・・・・・・・それで、何が言いたいのかしら?」
 「この囲いを解け」

 単刀直入に言うアサシン。それから少し間が空いて、サラの口が開いた。

 「貴方の言いたいことはわかるわ。この障壁もいつまで持つかわからないもの。でも、仮にこの障壁を解除したとしても、貴方たちがその隙に私たちに攻撃を仕掛けないという保証はないわ。そこは・・・・・・」
 「多分、こいつが宝具によるものだとすれば、おそらく軍団系の宝具だ」

 そこにアーチャーさんが口を挟んできた。

 「この耳で聞き取ったんだ、間違いなくあれは馬の蹄やら、金属が擦れ合う音、その他諸々だ。数は大体・・・・百近くだな。そいつらが外から矢を大量に放っていたんだろうな」

 そ、そんな音、いつ聞き取ったの?この囲いも結構広いはずなのに・・・・・・って、そうだ!!

 「まだわたし、よくわからないことがあるけれど、今この壁を無くしたら大変じゃないんですか!?」

 一応、壁の外側に敵がたくさんいるみたいなのはわかったけれど、その壁がなくなったら、その敵はわたしたちのほうに向かってくるんじゃないの!?

 「そうだ。時間が経てば経つほど、敵に猶予を与えてしまう」
 「・・・・・・・そうね。全部は解除するわけにはいかないわ」
 「いや。解除するのは、あそこの方向だけにしてほしい。あっちのほうに脱出するつもりだから」

 先輩が指を指した方向は、矢が飛んでいる場所とは反対方向だ。

 「それと手遅れかもしれないけれど、敵がいるかもしれない方の壁、もっと長くできないかい?」
 「別に問題はないわ」
 「そう。わかった。それと野々原さん。壁が空いたら、俺について来てくれないかい?」
 「え!?ど、どうしてですか!?」
 「仮に敵が追ってくるとしたら、君じゃ多分逃げ切れないと思う。そこはアーチャーがどうにかするかもしれないけど、そうなったらアーチャーも追ってくる敵に対して十分な攻撃ができないと思うんだ」
 「だろうな。オレ、一応逃げるとしたら、あんたを抱えていくつもりだったしな。で、安全は保証できるんだろうな?」
 「信じてくれ、とは言わないけど、今の俺たちはこの場からの離脱が先決だ。だから、君たちには何も手を出さないつもりだ」
 「・・・・・・・・まあ、いいさ。それであんた。聞く必要はないと思うが、それでいいか?」

 アーチャーさんはまだ完全に先輩たちを信用しきっている風には見えなかった。むしろ、わたしたちに何かしようとすれば、即座に先輩たちを亡き者にしようとしそうな感じだ。だからかもしれない。アーチャーさんがわたしに意見を求めてきたのは。わたしはアーチャーさんと先輩たちに争ってほしくない、というのが正直な気持ちだ。いくら一つしかないものを巡る戦いだからって、そんなことはしてほしくない。
 そうして、わたしは口を開いた。

 「はい。どうか、お願いします」
 「だそうだ。アサシンのマスター。これでサーヴァントともども、おかしなマネをすれば、どうなるかわかるよな?」
 「それは、言葉でなく、この後の行動で示すつもりだ。だから・・・・・・」
 「もうこれぐらいにしてちょうだい。信用しようが、信用しまいが、そんなのどうでもいいでしょ。私が壁を開けたらさっさと尻尾巻いて逃げなさいよ。邪魔だから」
 「え?邪魔って、あなた、どうするつもりなの・・・・!?」
 「当然、ここに残って、私たちを虚仮にしてくれたヤツらにお礼をするつもりよ。だって、このままじゃ私の気が済まないもの」

 サラは平然とそう言いのける。どうして?相手が何者で、どれぐらい恐ろしいかもわからないのに、どうしてそんなに堂々としていられるの?

 「解せぬ、といったところか。アーチャーのマスターよ」

 今度はそれまでこの成行きを黙って見守っていたセイバーが口を開いた。

 「人は誰しも、何ものにも譲れぬ矜持などを有しているものだ。それは理屈などでどうこうできるものではない」
 「そんな・・・・!どうして、そこまで・・・・・・・!」

 わたしには、どうしても理解できなかった。言いたいことは頭の中ではわかっているかもしれないけれど、それでも、失ってしまったら、何にもならないのに・・・・!
 突然、アーチャーさんがわたしの頭をポンッと叩いた。

 「連中の意地やプライドは本物だ。あんたがどうこう言って、どうにかなるもんじゃない。それよりも、オレが抱えている間は喋るなよ。舌噛むからな」

 そう言って、アーチャーさんはわたしを再びお姫様抱っこの形で抱えあげた。

 「運がよかったな、アーチャーにアサシンよ」
 「よく言う。某たちは主の攻撃から傷一つ負っておらぬが?」
 「フン・・・・・・貴様一人でこの身相手にどうにかなったか?」
 「その割には、あんたもオレにとどめを刺すことができなかったみたいだけどな」

 手にしている武器から、互いの口から発せられる言葉をぶつけ合う三人。それはサラの一声で、すぐに終わった。

 「はいはい。口ゲンカはそこまで。見たところ、準備はできたようね。それじゃあ・・・・・・さっさと始めるわよ!!」

 そう言って、サラが地面に手をつけ、何か短い聞きなれない言葉を口にすると、わたしたちを囲っていた草の囲いが円形から曲線へとその様相を変えていった。
 わたしたちの進行方向の壁はなくなった、がまた別の何かがわたしたちの行く手を塞いだ。

 「こいつらか・・・・!外から襲い掛かってきたヤツらの正体は・・・・・・!」

 最初は神話に出てくるケンタウロスのように見えた。でも、実際はよく見てみると、馬に跨った人だ。それが何十何人もいて、もちろんその人たちは鎧を着て、手に弓やら長刀やら槍やらを武装している。

 「アーチャーよ。こやつら相手に抜け切れぬようならば、手を貸すぞ」
 「ぬかせ。こんなもん、獣道を抜けるより簡単だ。そういうわけであばよ。セイバーさんよ。せいぜいこんなところでくたばるなよ」
 「某としては、主が正体不明の敵と相打ちになれば、それでよし」
 「・・・・・・勝手に言っておれ。貴様らこそ、追いつかれても知らぬぞ」

 アサシンやセイバーにそう返すアーチャーさん・・・・・・って、まさか・・・・・・・

 「よし!しばらく縮こまってろよ!」

 や・・・・・・・やっぱり!アーチャーさんはわたしを抱えながら、そのまま謎の騎馬軍団のいるほうへと突っ走っていった。そして謎の騎兵たちは口々に何か叫びながら、ある者は矢を射て、ある者は長刀を振りかざし、ある者は槍を突き出した。これ、当たる!絶対、真っ先にわたしに当たるって!!とか思っていたけれど、実際、それらが当たることはなかった。わたしを抱えているにもかかわらず、アーチャーさんは軽い身のこなしで次々と騎馬軍団の繰り出す攻撃をサッカー選手のようにかわしていった。
 そして、いつの間にか、わたしたちは騎馬軍団の中を突っ走っていた。このとき、先輩やアサシンがどこにいるかは見当もつかない。いつ攻撃されるんだろうか、ということで頭がいっぱいだったけれど、思った以上に攻撃を受けることがなかった。よく考えてみたら、これだけ距離が近かったら、矢を発射することなんてできないし、それに武器を振り回すことだってできない。そんなことをしたら、味方にまで攻撃が当たってしまうからだ。
 ところで、その敵の姿をよく見てみると、彼らも普通ではないことがわかった。なぜなら、その人たちの肌の色も、服も、鎧も手にしている武器も、それどころか馬まで全て血の色をしているからだ。彼らも人間ではない存在、それだけはわかった。それにしても、この人たち、なんだかどこかで見たことがあるような気が・・・・
 今、こうして落ち着いて物事を見れるのは、アーチャーさんが傍にいるからかもしれない。そういえばわたし、何度もこの人に助けてもらっているのに、まだ一言もお礼を言えていない。それどころか、今は騎馬軍団の真っ只中にいて、そのはるか向こう側にいるはずのサラたちにさえも・・・・わたしがこんなことを考えちゃいけないけれど、どうかあの子たちには生き延びてほしい。
 そして、もう一度会ったときには、ちゃんと助けてもらったお礼を言いたい。わたしに願う資格はないけど、それとは裏腹に、どうしてもそういうことを思ってしまう。

「よし、いい子だ。ここからが正念場だ!」

 そうしているうちに、わたしたちは騎馬軍団の中を抜けきった。そして、わたしたちに並行するように、先輩やアサシンが疾走している姿が見えた。とにかく、まずはここを生き延びなきゃいけないと思った。そして、それができたらアーチャーさんにお礼を言おう。



 人通りの全くない橋の上。いくら暗くなったといえども、ある程度は人や車が行き交うはずだ。だが、それが全くない。なぜなら、この周辺は守桐神奈による人払いの結界によって人が全く寄り付かない環境となってしまったからだ。そして、彼女の視線のはるか先には、彼女の喚び出したサーヴァントの指揮下にある鮮血の騎馬軍団がセイバー、アーチャー、アサシン相手に展開していた。

 「迂闊だったわ・・・・まさか、一般人が聖杯戦争に参加しているなんて・・・・」

 神奈は強大なエーテル反応を感知し、その出所を探ってみたが、そこで彼女は新たな“失踪者”が出たことを確認しただけだった。もっとも、この下手人であるバーサーカーを裏で糸を引いているキャスターが大体の後始末をした後だったので、神奈たちはその犯人の姿を視認していない。
 そして、近くにサーヴァントがいないかどうかを探ってみれば、河川敷でセイバーがアサシンと新たに召喚されたサーヴァントのアーチャーを相手に交戦中であることが判明した。しかも、そのアーチャーのマスターが魔術師ですらなかったことが彼女に衝撃を与えた。とにもかくにも、彼女は当初の予定通り、この戦いにサーヴァントによって召喚された鮮血軍団を送って戦いに乱入させた。そして少なくともアーチャーとアサシンのマスターを無力化させ、拘束するつもりだった。
 しかし、ちょうど今アーチャーもそのマスターもアサシンたちとともに逃走してしまったのだ。

 「魔術師というのは、狡猾な“生き物”だと思っていたが、どうもお前はまだ甘いところがあるようだな」
 「ライダー。少しやりすぎよ。あの攻撃でもし、アーチャーとアサシンのマスターが死んでしまっていたら、どうするつもりだったの?」
 「あんなもの、攻撃のうちにも入らん。そもそもこれに“戦争”という名詞がついている以上、それが女子供を分けて攻撃できるはずもなかろう」
 
 ライダーと呼ばれた、先決の馬に跨り東洋的な民族衣装の上に獣の毛皮を纏った壮年の男は、悪びれもせず神奈に言い返した。

 「それよりも連中に逃げられるぞ。一応、追っ手を差し向けるつもりだが?」
 「殺すつもりじゃないでしょうね?」
 「連中が余計な抵抗さえしなければ、な。抵抗する以上、やつらは敵ということになるからな」
 「そう・・・・・・だったら、彼らの進行方向につくしさんを向かわせて正解だったわね」
 「待て。まだお前が俺のことを信用しておらんのはわかるが、いくらなんでもそれは別の意味で問題ではないのか?まだ召喚されて間もないが、それぐらいはわかるぞ」
 「言いたいことはわかるわ。でも仕方ないでしょう。爺は色々な処理に向かっているわけだし」

 お互いに顔をしかめるライダーと神奈。少なくとも、今彼女たちはその問題の“つくし”がちゃんと仕事を果たすかどうか、不安がよぎっている。

 「とはいえ、これでも俺はかなり譲歩しているのだぞ。これでも、数は我が血の一、二滴分の配下しか呼び出しておらんからな。それに“ある程度”は加減するよう厳命しておるのだぞ」
 「その“ある程度”がどの程度なのか、ぜひ知りたいものね」
 「ふん・・・・まあ、お前がどう思おうが構わんが、な」

 そして、ライダーは手綱を握り締め、馬を走らせようとする。

 「どこへ行くの?」
 「まだ召喚されたばかりだからな。まずは挨拶に向かうまでだ」
 「勝手な真似はよしてちょうだい」
 「戦力を測るのも、我が務めだ。直接測るのと、他に測らせるのでは大いに差があるからな。これでも、俺なりにお前に尽くしているつもりなのだがな」
 「そうね。でも勘違いしないで。あなたがもし、私の意に反するようなことをするなら、どうなるかわかるわよね?」
 「案ずるな。お前のほうこそ、俺に余計なことさえせねば、俺はお前を裏切るつもりはない。お前の方こそ、俺を害するつもりならば、そのときは覚えておけ」
 
 互いに睨み合う二人。サーヴァントは本来ならば、自分たちよりも格下の人間に従うはずもない。それを可能にしているのが令呪だ。これのおかげでサーヴァントをこの世に繋ぐことができている。大体の場合において、サーヴァントとマスターの関係というのは、利害一致だ。この二人の間にある張り詰めた空気が何よりの証拠だ。
 それから互いに視線を外し、馬が嘶くと同時に、ライダーを乗せた馬は橋を渡り、歩道から河川敷につながる坂道を下って行き、そしてその姿は闇の中へと消えていった・・・・



[9729] 第四話「暗闇の逃亡者」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/05/25 02:54
 「嫌な連中だな。遠巻きだが、確実にこっちを取り囲んでいるぜ。」

セイバーのマスター、サラが作り上げた草の刃の檻からもう大分離れていた。そのセイバーとの戦いは突如として、全身が血でできている謎の騎馬軍団の乱入によって終わりを告げた。
 無論、わたしたちはその草の檻から脱出をした。その大部分は先ほどまでわたしたちのいたところ、つまりは草の檻に集結しているけれど、十何人かの騎兵たちがわたしたちを追っていた。わたしたちが逃げているとき、その騎兵たちはわたしたちに向けて、矢を大量に連射してきていた。それらに当たることなく、逃げているアーチャーさんたちのすごさを改めて実感していた。現にアーチャーさんはわたしを抱えているにもかかわらず、陸上選手も顔負けのスピードを出しているからだ。すごいといえば、狩留間先輩も同じくらいのスピードを出して走っているような気がするけど・・・・先輩って、もしかして忍者か何か?だって、よく考えたら“狩留間”って変わった名字だし、先輩のサーヴァントのアサシンだって見た目どおりの忍者だし・・・・
そうこうして追っ手を撒いてから、わたしたちは今、木の上に身を隠している。アーチャーさんが言うには、追っ手は今、この河川敷を中心に分散してわたしたちを探しているらしい。また、追っ手は大体2~3人で行動を取っているとのことらしい。詳しい位置はアーチャーさんやアサシンのほうがよくわかっているはずだ。

 「全く、しつこい連中だな・・・・このままじゃ見つかるのも時間の問題だな・・・・」

 そうだった・・・・追っ手はわたしたちを見つければ、即座にあの弓でわたしたちを射抜くだろう。それに彼らが持っているのは弓だけでなく、槍や刀剣を武装した人もいる。もし、見つかってしまえばどうなるかなんて、あまり考えたくない。

 「ならば、このアサシンにお任せあれ」
 「へえ。あんたがやるのか?あいつら全員を?」
 「何も敵を殺すことだけが戦ではない」
 「似たようなセリフ、さっきも別の誰かが言ってたな・・・・」

 アサシンに茶々を入れたアーチャーさんは、少し顔をしかめてしまった、そのときだった。

 「その前にアサシン。俺から一つ彼女たちに言いたいことがあるけど、いいか?」
 「構わぬ」

 先輩が話しに割って入り、それからアサシンはそのまま黙ってしまった。一体、何なんだろう?

 「野々原さん。君は今夜どうするつもりだったんだい?」

 え?え?わ、わたし!?わたしに質問なの!?どうするつもりって、どういうこと・・・・?頭が色々な意味で錯綜していて上手く整理がつかない。

 「ああ、ゴメン・・・・・・・もうちょっとわかりやすく言うね。今夜はそのまま家に帰るつもりだったのかい?」
 「え?ええ。まあ・・・・そうですけれど・・・・・・」

 なんだろう?それがどうかしたんだろう・・・・?

 「アサシンの提案を聞くんだったら一つ、こちらの条件を呑んでもらう」
 「条件って、一体何ですか?」
 「少なくとも今晩、俺の住んでいる所に来てもらう。それが条件だ」

 “俺の住んでいる所に来てもらう”という言葉が何回か頭の中で反復した・・・・・・って、え・・・・・・・・・?

 「えぇ・・・・・・・・・・もがっ!」

 叫びそうになったわたしをアーチャーさんが押さえてくれた。危ないところだった・・・・あのまま絶叫していたら、絶対追っ手に見つかるところだった・・・・それと、アーチャーさんの顔つきがどこか険しく、口を押さえている手も少し力が入っていた。

 「安心してくれ。俺の住処といっても、この聖杯戦争では、そこは立場的には中立だ。だから余計な心配はしなくていい」
「一体、どういうつもりだ?」

 アーチャーさんは先輩の言葉に納得していない様子だ。どうしてだろう・・・・?

 「えっと、申し訳ないんですけれど、アーチャーさん。一体、何が問題なんですか?」
 「何が、っていうよりも全部が問題だ。魔術師の住処っていうのはそいつの工房ってことだからな」
 「こ、工房・・・・・・・・?」
 「わかりやすく言うと研究所ってことだな」

 ま、魔術師の研究所・・・・?そういわれると、大きな釜から怪しい煙が吹き出ていて、かつ天井には干からびたトカゲやらネズミやらが吊るされている印象しか出てこないんだけれど・・・・

 「自分の研究成果ってのは命に変え難いものなのさ、魔術師にとっては。だから、それを奪われないように罠とかそういうのを張り巡らせてんのが普通だからな」
 「わざわざ丁寧な説明、ありがとう。けど、俺は魔術師じゃないって最初に言ったはずだけど?」
「それでも、敵の本拠地っていうことだけは変わらないだろ?」

 そうだった・・・・・・今、わたしと先輩は一応、敵同士の立場だったんだ・・・・・・さっきまで一緒に行動を取っていたから、全然そういう実感が沸かないし、今でも沸かない。もし戦えと言われても、そう簡単に割り切れないと思う。

 「ところで話を戻すけど、野々原さん。君はさっき、そのまま家に帰るつもりだったんだよね?」
 「え?あ、はい」

 アーチャーさんが先輩の出す条件に納得行かない理由はわかった。でも、どうしてわたしが家に帰ることを聞かれるのか、さっぱりわからなかった。別にわたしの家は(わたしが知っている限りでは)魔術師の家とかそんなんじゃないし、ましてや秘密の部屋とか見たこともない。
 そういえば、わたしはまだ学校から家に帰る途中だった。それがこんなことに巻き込まれてしまったせいで、家族に何の連絡も取ることができなかった。きっと今頃、おばあちゃんもこのかも心配しているだろうな・・・・・・・・・・って、よく考えたら先輩とアサシンはともかく、わたしとアーチャーさんって、今までどこへ逃げるつもりで逃げていたの?そういえば、あの場から逃げたはいいけれど、これからどうするかなんて全然考えていなかった。どうしよう?いきなり知らない男の人を連れてきたら、きっとこのかもおばあちゃんもびっくり仰天してしまうだろう、それもかなり高い確率で。いや、やっぱりおばあちゃんはいつも通りかもしれない。それどころか、肉じゃがなんかをご馳走しそうだ・・・・シローは、まあ、冷めた雰囲気を醸し出すだろうな、絶対に。
 などと考えていたら、先輩の言葉でハッと我に返った。

 「野々原さん。一つ警告しておくよ。聖杯戦争の間は家に極力近づかないほうがいい」
 「なっ・・・・・・・・・もがっ!」

 あまりにも思ってもいなかった言葉だったので、また大声を張り上げそうになったけれど、そこはアーチャーさんが再びしっかりと口を押さえてくれたおかげで何とか出さずにすんだ。

 「ほら。説明しな。オレは大体わかるが、うちのマスターはそうはいかないだろ」
 「先ほど、アーチャーも言ってただろう。魔術師の住処たる工房に侵入者用の罠が張り巡らされていることを」
 「それが・・・・一体、なんですか・・・・?」

 今のでなんとなく、先輩が何を言いたいのかわかったような気がした。

 「聖杯戦争ともなれば、敵もそこに攻め入ることもある。仮に君がそのまま帰宅したとして、それで君や君の家族が無事ですむのかい?」

 確かにそうだった。バーサーカーやあの騎馬軍団みたいなのがわたしの家に押し入ってしまえば、絶対このかやシロー、それにおばあちゃんまで巻き込んでしまうことになってしまう。それだけは、絶対にあってはならないことだ。

 「けど、あんたのところだって大して変わらないだろ?」
 「それでも魔術師の工房ほどではないけど、一応は自衛できる仕掛けが施されているから、問題はないけど?」
 「そうじゃない。あんたのサーヴァントはアサシンだろう?暗殺がお得意なあいつのいるところで安心して過ごせって言うのか?」
 「決めるのは、君じゃなくて、君のマスター、つまり野々原さんだ」

 過ごす分には安全だけど、攻め入られたら確実に危険な自宅か、敵か味方かあやふやだけれど、ある程度は自宅よりは安全な場所か。その選択権はわたしに委ねられてしまった。

 「どういうつもりだ?さっきまでうちのマスターを聖杯戦争に関わらせる気がなかったくせして、今になって自分の陣地に来いとか言うか、普通?」
 「今は状況が状況だ。まずはここから逃げることが先決だ。そのために最善を尽くしているつもりだし、君たちが不利にならないように配慮しているつもりだけど?」

不安はないって言ったら、ウソになる。でも、このかたちを危険に晒すわけには絶対いかない。それだけは確かだ。だから、わたしは先輩に言った。

 「一つ、いいですか?」
 「野々原さん。悪いけど、ここではこっちの条件を呑むか呑まないかで答えてほしい」
 「それだったら、先輩たちが絶対にわたしたちを襲わないっていう保障がなければ、わたしは答えません」
 「・・・・・・・・・・・・・・・えーと、野々原さん?」

 な、何?この微妙な空気は?なんだか先輩がほんのちょっぴり呆れているように見えるんだけど・・・・・・

 「一つだけ言わせてもらうけど・・・・その言い方、聞き方によってはこっちの条件を受け入れる前提にも解釈できるんだけど・・・・・・」
 「あ」

 恥ずかしい。すごく恥ずかしい・・・・・・今すぐ木の下から下りて、そのまま馬に蹴っ飛ばされてしまいたい・・・・・・もちろん、そんなことはしないけど。

 「でも大丈夫。少なくとも今晩は、俺は君を襲うつもりはないし、それにアサシンもそのつもりはない。それでいいかい?」
 「は、はい」
 「おい、いいのかよ?これでもこいつら、一回あんたを襲ったんだぜ?」

話がまとまったところで、アーチャーさんが割って入ってきた。彼がそう思うのも無理はないかもしれない。彼からすれば、先輩もアサシンも敵だからだ。

 「だったら、君が俺たちを見張っていればいいだろう。それぐらい、君には簡単なことだろう?」
 「言うじゃないか・・・・・・仕方ない。マスターが決めたんだ。それに従うとするぜ。よく考えれば、そっちのほうが都合いいわけだからな」

 どうやらアーチャーさんも納得してくれたみたいだ。これで本当に一段落がついた・・・・って、なんでこんな話をしていたんだっけ?

 「それで、アサシン。オレたちはあんたらの条件を呑んだんだ。さっさとこの場を抜け出す方法を言えよ」

 忘れてた。そういえば、アサシンがこの場を切り抜ける方法があるとか言おうとしていたんだ。でも、途中で先輩がこの話を振ってきたから、すっかり頭の中から抜け落ちてしまった。自分の脳年齢が気になりそうだったけれど、それまでずっと黙っていたアサシンがようやく口を開いた。

 「その前にアーチャー。この近くに鳥の巣か何かないものか?できれば、鳥の数が多いほうが良いのだが・・・・」
 「鳥?・・・・・・・・・あっちの木のほうに何十羽か眠りこけていやがるが・・・・それがどうかしたのか?」
 「大分離れておるな・・・・・・だが、何とかなるだろう」
 「何をするつもりだ?」
 「何、あの橋の上まで一気に駆け上がり、そこから向こうまで渡ろうと思ってな。問題はなかろう?」
 「ああ、あの橋か・・・・・・・・?・・・・・・・・・・・・・・確かに、別に問題なさそうだな。それに向こう岸には、まだ連中らしい影もない。けど、今下にいる連中がそう易々とオレたちを見逃してくれるとは思えないぜ?」

 あの橋まで一気に駆け上がる?あの橋、かなり高さあるはずなんだけれど・・・・と、そういう風に疑問に思っていたけど、わたしはすっかり忘れていた事実がある。それはアーチャーさんたちがそれぐらい簡単にやってのける人たちだということを。
 実際、アーチャーさんは暗くなった街の上空を駆け抜けたのだから、これぐらいの高さはなんともないだろう。それに、先輩もアーチャーさんたちと並走できるぐらいだから、別に問題なさそうに思えてきた。
 でも、そうするにはまず間違いなく、あの騎馬軍団に見つかるだろう。いくらアーチャーさんたちといえども、多分それぐらい大丈夫かもしれないけれど、逃げ切るのは難しくなるかもしれない。

 「鉄平よ。少し遠回りになるが、それで良いな?」
 「ああ。少し危険が減るのなら、少しぐらい遠回りしたって構わないさ」
 「そうか」
 「普通に無視するな。で?具体的にどうするつもりなんだよ?」
 「まあ、見るがよい。忍法とは、遁法なり!」

 すると、アサシンがどこからともなく、小さな丸い物体を数個取り出した。そして、アサシンはそれらをアーチャーさんが示した先に歩きに向けて、野球のピッチャーみたく思いっきり投げつけた。小さな球体はそのまま暗い空へと吸い込まれていくみたいに、グングンと遠くへと飛んでいった。
 そして、それからしばらく経った後、飛んでいった方向が轟音と共に明るくなり、そしてその方向に歩きから何十羽という鳥が泣き声と羽音をたてて、飛び立っていった。アサシンが投げたのは爆弾だった。そして方々から馬の嘶きがけたたましく聞こえてきた、そのときだった。

 「行くぞ!!!」

 例の如く、わたしはアーチャーさんに抱えられ、そのまま全員が木から飛び降りると、橋へ向かって疾走していった。地上に降りてみると、爆音や飛び立つ鳥に驚いた馬を落ち着かせようとしたり、逆に馬に振り落とされてしまったりというのが大勢いた。それを尻目に、アサシンと先輩、そしてわたしを抱えたアーチャーさんは橋の下を支えている柱みたいなものに向けて走り出す。馬の鳴き声とよくわからない声が響く混乱の真っ只中で、わたしたちに気付いて追ってきたのはほんの数人程度だった。
 だが、そんな彼らもアサシンが放った手裏剣に当たり、そのまま倒れてしまった。倒れ伏した彼らは体をピクピクと痙攣させていた。横目でそれが見えてしまったせいで、わたしが彼らに抱いた操り人形の印象が薄れてしまった。

 「あんた。いちいち気にするな、と言うつもりはないが、しばらくは我慢してくれよ」

アーチャーさんがそう言うと、わたしは自然とすぐに目をギュッと閉じて、歯を食いしばった。そうしないと、外界から身を閉ざすことなんてできそうにないと思ったからだ。 そして、その行動は結果として正解となった。もうわたしたちは橋のすぐ近くまで来ていて、アサシンとアーチャーさんは高飛びをするように軽々と橋の上まで跳んでみせた。その間、わたしは目を瞑り、身を縮めていたので、驚く間もなく橋の上に到達した。さすがに先輩はアーチャーさんたちみたいな芸当はできなかったみたいだった。代わりに、橋の下を支えている柱に向かってそのまま直進、そしてそこから地面から跳び上がり、壁に着地?した後に、壁を蹴っては跳び、蹴っては跳び、をものすごい勢いで繰り返し、壁を駆け上がっていく。やっぱり、先輩って忍者の末裔か何か?
 無論、追っ手の何人かはわたしたち、特に壁を進んでいる先輩に向けて矢を放ってきたのだけれど、木に隠れるまで彼らに追われていたときより、その数ははるかに少なかった。それらの矢に当たることなく、先輩はアーチャーさんたちに遅れて橋の上に到達した。

 「急ぐぞ。ぐずぐずしていては、奴らに体勢を立て直す時間を与えてしまう」
 「そうだな。後は俺たちについてきて・・・・・・・・・・・ん?」

 アサシンの言葉に続いた先輩がふと、進行方向に目をやると、突然その口を止めてしまった。わたしもその方向を見てみた。わたしたちが今いる橋は幅が広く、真ん中の車道も二車線に分かれている。そしてその車道のど真ん中で、仰向けに寝ている人影を確認した。

 「・・・・・・・・・アーチャーよ。主はこれに気付いておったのか・・・・?」
 「いや・・・・・・あまりにも珍妙な光景だったから、どうしたもんかと思って・・・・・・」

 アサシンにそう答えるアーチャーさんはどこかしどろもどろな感じだった。すると、その寝ていた人影がゆっくりと起き上がってきた。よく目を凝らして見てみると、その人の服装は一言で言えばメイド服だった。それ以外、他に言葉が見つからない。というよりも、どうしてこんなところでメイドさん?が寝ていたんだろう・・・・?

 「・・・・・・・・・・・・・!!伏せろ!!!!」

 突然、アーチャーさんたちは地面に屈み、その直後に何かがわたしたちの頭上にヒュンっという矢のような風きり音が聞こえ、通過した。その何かはメイドさんのいる方向から飛んできた。多分、立っていたままだったらその飛んできた何かに突き刺さっていたところだったと思う。
 それからアサシンがすぐ前進しようとしたけれど、一歩踏み出した途端にすぐ踏み止まり、そしてわたしたちの目の前に雪みたいな白い何かが舞っていた。

 「これは・・・・紙吹雪か!」

 え?紙吹雪?紙吹雪って、どう考えてもあの紙吹雪、だよね?どうしていきなりそんなものが?とか考えていたら、アサシンが懐から懐紙を取り出し、そのまま紙吹雪へ放った瞬間、懐紙は紙吹雪によって切り刻まれてしまった。正直信じられなかった。でも、今までこれ以上に信じられないことの連続だったので、多少の耐性がついてきたみたいだった。多分、サラが作り上げた草の刃ぐらいの鋭さなんじゃないかと思う。その紙吹雪の向こうに立っていたのはあのメイドさんだった。
 その人はいつの間にか、わたしたちの近くまでやって来ていたのだった。そして紙吹雪が止み、メイドさんはゆっくりとこっちに近づいてきた・・・・・・・んだけど、なんだか気だるそうに歩いていて、それでいて大きく口を開けて欠伸をしていた。欠伸が止み、口が閉まると、どういうわけか先輩やアサシン、アーチャーさんから張り詰めた空気が流れてきた。アーチャーさんはわたしをそっと下ろしてから、数秒経った。そして対峙しているメイドさんが口を開いた。
 そしてそこから発せられたのは、さっきよりも大きな欠伸だった。

 「なんか言えよ!!!」

 思わず大声を張り上げてしまったアーチャーさん。正直わたしも何か喋るのかな、と思っただけにこのリアクションに拍子抜けしてしまった。

 「あー・・・・・・・そこの忍者と緑の、サーヴァントだよね?」

 メイドさんはとろんとした目つきでアサシンとアーチャーさんに指を刺しながら、間延びした口調で喋った。この人も、聖杯戦争の参加者・・・・!?

 「頼むから、死んでくんない?」

 え・・・・・・!?ちょ、ちょっと待って!!

 「い・・・・・・いきなり何言っているんですか!?」

 思わずわたしは叫んでしまった。

 「だってさー、大将の手下がおたくら捕らえてくれたらうち、やることなくて寝ていられたのにさー、あんたらそいつら撒いちゃうんだもん。そのせいでうちが出張る羽目になるし、しかもサーヴァントいるのにマスター捕らえろだなんてお嬢もめんどいこと言うもん。捕らえるより殺すほうが楽なのにさ」

 何気なくおっかないこと言っているのに、口調だけでなく、喋っていないときの口が少し開いているのと、たまに鼻をほじっているせいで緊迫感があまり伝わってこない。何もしなければ、結構きれいな人なんだけど・・・・・・色々と残念な人だ。

 「あ、そうだ。いいこと思いついた。あんたらマスターなんでしょ?だったら令呪で死んでくれるように命令してよ。そしたらうち、楽に仕事できるから」
 「なっ・・・・・・さっきから何言っているんですか!?」
 「だってー、仕事すんのめんどいけど、サボってお嬢にお目玉くらうのもめんどいもん。だから、さっさと令呪で命令してよ。どうか死んでくださいって」

 相変わらず喋り方も動作も緩慢だけれど、その目は限りなく冷たかった。セイバーのマスターである魔術師、サラの目も怖かった。けど、この人の目はサラのものとは全く違う目だ。

 「早くしてくんない?やんないなら、やってもらえるようにするから」

 メイドさんがそう言うと、わたしに向けて何かを投げつけてきた。それはものすごい速さでわたしのほうに迫ってきた。しかし、わたしの目の前でそれはアーチャーさんによって掴み取られてしまった。って、アーチャーさんが掴んでいるのって・・・・紙飛行機!?どうしてそんなものが・・・・・・!?

 「面倒くさそうにしている割には、随分と仕事熱心だな。メイドさんよ。あんたのご主人様はマスターを傷つけてでも捕らえて来いって言ったのかい?」
 「ん~・・・・・・・・多分無傷で捕らえてほしいんだと思う。でも、はっきり言って面倒だけど」

 な、なんなの、この人・・・・・・・!?この人が何を考えているのか、全くわからない。下手すると、かなり危険な人なのかもしれない。すると、今度は先輩が口を開いた。

 「君の主がどういう命令を下したかなんてどうでもいい。君はさっきこう言ったね。
“大将の手下”って。俺たちもちょうどさっき、血まみれの騎馬軍団に追われていたけど、そいつらがその“大将”の“手下”で、その“大将”がサーヴァントかい?」
 「う~ん・・・・・・操っているって言うか、なんて言うか・・・・・・その辺はお嬢あたりが知っているんじゃない?」

 このメイドさん、さっきの騎馬軍団と繋がりがあったんだ・・・・・・ということは・・・・・・

 「この人も・・・・・・マスター?」
 「いや。こいつには令呪がないから、マスターじゃないぜ。けど、聖杯戦争と無関係じゃないみたいだけどな」

 わたしの予想は見事外れてしまったところで、先輩がそのメイドさんにまた問いただす。

 「それと君の主人、つまりその“大将”のマスターのことだけど、それは守桐家の人間かい?」
 「あー・・・・そういえば、お嬢の古い知り合いのところに世話になっているのがいるって聞いたけど、ひょっとして、それ?」
 「さあ、ね。君の主人のサーヴァントのクラスと真名を教えてくれたら話してあげてもいいけど」
 「う~ん。うち、そんな守秘義務ないけど、さすがにそればらしたらお嬢に怒鳴られるから却下」
 「そうか。でもクラスはライダーってわかってるから、クラス名はいいや」
 「あ。そう」

 ダメだ・・・・全然先輩とメイドさんの話についていけない。それどころか、またわからない単語が色々と飛び交ってきている。でも、頭が混乱する前に先輩がアサシンにこんなことを言った。

 「アサシン。悪いけど、アーチャーや野々原さんを連れてここから離脱してくれ。こいつの足止めは俺がする」
 「いいのか?先ほどの騎兵どもが追いついてくるかもしれぬぞ」
 「大丈夫だ。その前に決着は着ける」

 って、ええ!?先輩!何言っているんですか!?混乱はしなかった代わりに、驚きが頭の中を支配し始めた。そんな中、横目でアサシンが顔を渋くさせているのが見えたとき、今度はメイドさんが口を開いた。

 「あー。ぶっちゃけどうでもいいんだけど、おたく一人で?その自信、どこからきてんの?」
 「さあ、どこだろうね?うらぶれた殺人鬼さん」
 「・・・・・・うち、つくしっていうんだけど、その呼び方もう一回したら殺すよ?」

 さらに驚き。つくしと名乗ったメイドさんが人殺しだということ。だからあんな冷たい目ができるんだ・・・・今、つくしという人の目は釣り上がり、敵意を露にしている。そして、その手には扇が握られていた。

 「で、アサシンのマスターさんよ。一体、どういう風の吹き回しだ?」
 「別に。足止めなら俺でなくてもいいけど、敵はどれだけいるかわからないからね。索敵が得意なサーヴァントが二人もいれば、野々原さんも安全だろう?大丈夫。俺も君たちほどじゃないけど、それなりに索敵とか潜伏はできるほうだから」

 半ば納得しかねるように、先輩を睨みつけるアーチャーさん。ほんの数秒だけ黙っていると、アーチャーさんは溜め息をついた。

 「OK。あんたがどういうつもりか知らないが、その話に乗ることにするぜ。あんたもそれでいいな?」
 「え?あ、はい。わたしは構いません」

 わたしは特に反対する理由もなかった上に、先輩が少しの間だけ味方してくれたおかげか、すっかり先輩を信用しきっていたので、二つ返事で同意した。よく考えたらおかしな話だと思う。何しろ、バトルロワイヤルにおける競争相手、つまり敵に当たる人の言うことを丸呑みにしたのだから。それでも、わたしは先輩のことを敵だなんて思えないけれど・・・・もし、本当にそう思っていたら、先輩の出した条件を呑むことなんてなかったはずだと思う。

 「で、うちがそれ見逃すとでも?別に見逃してもいいけど、後が面倒だから見逃さないから」
 「では、面倒なことになってもらおう」

 そう言って、アサシンは何かを地面に叩きつけた。

 「きゃっ!!!」

 周囲一体が煙に包まれてしまった。煙玉だ。素っ頓狂な声をあげたわたしは、アーチャーさんに例の如く、お姫様抱っこされ、煙から抜け出してきた。つくしが扇を振るったのか、煙は一気に吹き飛ばされた。しかし、そのときにはもう、わたしたちはつくしと先輩が対峙している場所からかなり遠ざかり、そして一気に橋を渡りきった・・・・



 侍女服を身に纏っている女性と学生服を着用している青少年。傍から見れば、何の光景か皆目見当がつかないだろう。そして、この二人がこれから行おうとしているのが殺し合いだということを想像できる者が、はたしてどれほどいるのか?

 「あ~あ、逃げられちゃった。これじゃ、お嬢から小言くらうわ。あー、ヤダなぁ・・・・」

 そう言ってつくしは頭をボリボリと掻くと、何かに気がついたように目を開く。

 「あ。でも手下連中がまだ追ってるから、何とかなる?じゃ、うちおたくを殺るけど、いい?」
 「君の目的はマスターの捕縛じゃなかったのかい?」
 「いいよ。抵抗されて思わず殺っちゃったってことにしておく」

 そういうとつくしは、紙飛行機をダーツの矢のように鉄平目掛けて投げつけてきた。それが鉄平に当たろうとしたとき、金属音が鳴り響き、紙飛行機は地面に落ちた。念のためいっておくが、この紙飛行機は純粋な紙で折られた紙飛行機であって、決して何か仕込まれているというわけではない。
 つくしは鉄平が言ったように、殺人鬼である。彼女の生い立ちについては置いておくとして、彼女は紙を凶器として扱える一族の出だということだけ言っておく。名刺で割り箸を割るとか、ページの縁で指を切ったとかなどの究極系だ。彼女にかかれば、その辺の小さな紙切れもナイフよりも鋭い刃と化す。
 そんなつくしの攻撃を鉄平は防いだのだった。そんな彼の右腕には、いつの間にか日本刀が一振り握られていた。一見すると、彼は帯刀しているようには見えない。なのに、どこからか刀が出てきたのだった。
 そして鉄平はつくしとの間合いを詰めるべく前進したが、つくしは扇を振って紙吹雪を彼に向けて飛ばしてきた。だが、鉄平は構わず前進、それどころかさらに加速し、その上なるべくダメージを軽減すべく地面すれすれまでの低い体勢でつくしに接近し、そしてつくしの足目掛けて、横一文字に右手に握った刀を振るった。つくしはそれを飛び跳ねてかわすと同時に、上から折り紙で作られた手裏剣を地面目掛けて投げてきた。対する鉄平は飛び込んで前転し、それらを避け、転がり終えると元の体制に戻るべく立ち上がろうとするも、つくしが扇を鉄平の脳天に向けて振り下ろし、鉄平がそれを防ぐ。扇と刀がぶつかった瞬間、紙と鉄ではありえない金属音が響き、つくしと鉄平による鍔迫り合いが始まった。

 「ふ~ん・・・・思ったよりやるじゃん。ひょっとして、同業者?」
 「俺の場合、対象は人間じゃないけど、まあ、似たようなもんだね」

 そして何秒か経過し、鉄平は立ち上がると同時に一歩踏み出し、つくしは弾かれたように後ろに飛び退いた。二人の距離は再び開いた。

 「ま、これで殺す気で攻撃できる理由ができたからいいや。そっちの腕っぷしがどれくらいか知らないけど、運がよければ死ぬことはないんじゃない?」
 「逆に君が俺を捕らえるために手加減して、返り討ちなんてことになっても知らないよ」
 「ああ。うち、死合って手加減するなんて器用なこと、できないから。だから、全力出さないと、死ぬよ?」
 「ご忠告どうも」

 鉄平とつくし。二人はそれから一言も発することもなく、ジリジリと摺り足で距離を詰め、永遠に続くような膠着状態に陥った。空高く、月が照っていた。



 わたしを抱えているアーチャーさんはアサシンとともに夜の街を駆け抜けていく。もはやわたしは、アーチャーさんに抱えられていることに馴れてしまったようだ。

 「・・・・・・・・・・・妙だな」
 「やっぱり、あんたもそう思うか?」
 「え?何がですか?」

 二人は何かおかしなことに気付いたみたいだったけれど、わたしにはそれが何なのかさっぱりわからなかった。

 「ある程度時間が経っているはずなんだが、それでも追っ手が来ないこと自体がおかしいって話だ」
 「やつらが追ってくることも考慮した上で、某はこの市街地に進路を取ったのだ」

 言われてみればおかしい。確かに、さっきから敵が追ってくるような感じはしてこないし、その敵が現われる前に感じた震えもない。そういえば、さっきからビルとビルの間を通ったりとか、ところどころで曲がり角に曲がったりしていたのはそういうことを考えていたんだ。それだけ警戒していたのに、その敵は追ってこない。
 ということは・・・・・・

 「まさか、先輩の身に、何かが・・・・・・!!」
 「いや。それはないと思うぜ。あのおっかないメイドさんをあんたらの捕獲のためにわざわざ配置したんだ。あいつをメイドさんに任せて、連中がオレたちを追ってくるはずなんだが・・・・・・ま、それでも何人かはメイドさんに加勢するかもしれないけどな。どっちにしろ、オレたちを追ってくる連中が来ていないってこと自体がおかしいんだ」

 結局はわたしたちを追ってこないからおかしい、っていう話になっちゃうんだ。それでも、一人で残っている先輩が心配でしょうがなかった。

 「心配する必要はない。鉄平は主が考えているよりも優れた使い手だ。今は早く到達地点につくことだけを考えよ」

 アサシンはそれだけ言うと先行し、わたしを抱えたアーチャーさんもそれに続いた。よく考えてみれば、先輩は人知れずこの戦いに加わっていたんだ。それは並大抵のことではないことはわかった。何はともあれ、わたしたちは先輩の住んでいる場所へと向かって行った・・・・・・・・・ん?ちょっと待って。わたしたちの向かっている場所って、先輩の家だよね?それで、色々あってわたしはそこで今晩お世話になる、と・・・・・・・・・あ、ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!そうだ!!わたし、先輩の家に泊まるんだった!わたしが!憧れの!先輩と!一つ屋根の下で!一晩!

 「おい、どうしたんだ?また顔が赤くなっているぞ?」

 それから、わたしは先輩の家に着くまで、ずっと思考回路がショートしたままだった・・・・



[9729] 第五話「終わる一日」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/05/25 03:10
 人も車も通っていない橋の上、そこで狩留間鉄平とつくしは戦いを繰り広げていた。鉄平が刀を振るえば、つくしは手にしている扇でそれを防ぐ。その扇は鉄など一切仕込まれていない紙製、だが彼女が手にすれば、それは鉄扇と化す。
 刀を振るう、扇で防ぐ。刀を振るう、扇で防ぐ・・・・・・そんな攻防が続いていた。一見すると、鉄平が優位に戦いを進めているようだが、実際は一進一退の戦いだ。ある程度間合いが開けば、つくしはダーツの矢と化した紙飛行機を、散弾銃の弾丸の如き紙吹雪を、本物と威力の変わらない折り紙の手裏剣を鉄平に向けて放ってきたからだ。そうなった場合、紙飛行機や手裏剣を問題なく鉄平は避けることができる。だが問題は紙吹雪だ。先ほどの二つは軌道さえ見切れば当たることはないからだ。だが一直線の軌道の二つに対して、紙吹雪は四散して鉄平に向かってくるからだ。
 その際、鉄平は地面すれすれに直進、一気に間合いを詰めた彼はつくしの足目掛けて刀を横薙ぎに振るった。しかしつくしが垂直に飛んだため刀は空を切りってしまった。飛んだつくしは着地する瞬間に、鉄平の後頭部に向けて扇を振り下ろす。しかし叩きつけられたのは、後頭部ではなく背中。鉄平がとっさにずらしたのだ。とは言え、受けたダメージもバカにはできない。そこで鉄平はお返しとばかりに、刀の柄をつくしの脇腹にぶつける。その瞬間、つくしは一瞬だけ呼吸がおかしくなり、今度は鉄平が体全体をつくしにぶつけ、間合いを開け、自分の適した間合いまで詰める。
 それからは、つくしの呼吸も、二人の攻防もほとんど元通りになった。

 「・・・・・・・・・・な~んか、おっかしいな~・・・・・」

 戦いの最中、つくしの間延びした声が聞こえた。確かにおかしい。おそらく、鉄平がおかしいと感じていることは、彼女のものと同じだろう。

 「そろそろ手下どもが来てもいい頃なのに、な~んで誰も来ないのさ?こいつ殺ったらうちが逃げたの追わなきゃいけないじゃん」

 やはり鉄平が感じていた違和感は正しかった。沙織たちが先に行って、かつ戦い始めてから大分時間が経っているにもかかわらず、追っ手である騎馬軍団が誰もその血の色をした姿を見せる者はいなかった。あれだけ追ってきたのにもかかわらず、ここで追撃を諦めるなどありえない。

 「ひょっとして君、見捨てられたとかそんなんじゃないかな?」
 「あ。ありえるかも。うち、一日に何度も怒鳴られているし。それも手帳に書ききれないぐらい」

 鉄平の根も葉もない言葉に同意するつくし。彼女の普段の勤務態度が少し気になってしまった。

 「自覚していらっしゃるのなら、少しは改善していただきたいものですな」

 そのとき、突然この場にはいなかったはずの人物の声が聞こえてきた。鉄平が振り返ると、そこには一人の老紳士の姿があった。

 「狩留間鉄平様ですね。わたくし、そこにいらっしゃいますつくし共々に、守桐家当主であらせます神奈様に仕えております佐藤一郎と申します。どうぞ、お見知りおきを」

 佐藤一郎と名乗ったその老紳士は鉄平に向かって、恭しくお辞儀をすると、つくしのほうへ向き直った。その一連の動作に全く無駄というものなどなく、鉄平もかえって手が出せないでいた。

 「それはそれとしてつくしさん、もう時間は過ぎましたよ。他の皆様方は既に引き上げていらっしゃいますよ」
 「時間?ひょっとして制限時間付きだった、今日?」
 「はい。お嬢様のサーヴァントの能力は大分派手なものですからね。あの力ゆえに、あまり長く時間はかけられない、と。このことは屋敷を出る前に話したはずですが?」
 「あー・・・・・・・そういえば、そうだっけ?」
 「困りましたね。また聞き流していらっしゃったのですか・・・・・・ところで」

 今度は、一郎は鉄平のほうへと向き直った。

 「鉄平様。貴方様はこのまま、聖杯戦争を続行なさるのですか?」
 「それは聖杯戦争から降りろって意味で言っているのか?だったら、答えはノーだ。俺にはそんなつもりは最初からない」
 「やれやれ・・・・・・・これでもしも貴方様の身に何かあれば、空也様に会わせる顔がありませんな・・・・・・」
 「こんなとこでおっさんの名前出すなよ・・・・・・おっさんはおっさん、俺は俺だ。それに、そっちの目的は大体わかるけど、こっちもどうしても聖杯がほしいからな。降りるなんてなおさらだ」
 「やはりあの件が絡んでいらっしゃいますか・・・・・・弱りましたね・・・・・・」

 額に手を当て、困った素振りをする一郎。だが、その目は鉄平の目をしっかりと見据えている。

 「致し方ありません。それでは、この聖杯戦争に関する事で貴方様の身に何かございましても、わたくしどもは一切責任を負いませんので、ご了承願えますか?」
 「くどい。いちいちそんなこと、言う必要ないだろ?」
 「それもそうでしたか。これは大変失礼いたしました」

 一郎が鉄平にそれだけ言うと、くるりと身を翻し、そのまま振り返った方向へスタスタと歩き始めた。

 「つくしさん。もう戻りますよ。お嬢様方がお待ちしておりますぞ」
 「ほ~い」

 気の抜けた返事をつくしがすると、彼女はそのまま一郎についていき、二人とも闇の中へと姿を消した。

 「全く・・・・・・ここの当主もいらないことをするな・・・・・・まあ、らしいといえば、らしいけど」

 二人の姿と気配が完全になくなってから、鉄平は扇で打たれた部分を擦りながら、盛大に溜め息をついたのだった。



 「さて、着いたぞ。ここが鉄平の住処だ」

 アサシンの案内で、ようやくわたしとアーチャーさんは先輩の住んでいる家に到着した。ただ、わたしは最初、普通の一軒家を想像していたけれどそんなことはなかった。というよりも、“家”という表現は間違っているように思えてきた。
 なぜなら、今わたしの目の前にあるのは、この街でも大きな神社である楼山神宮だからだ。わたしやわたしの家族はお正月やお祭りの日ぐらいにしかここに来ないけれど、時折行われる行事だけでなく、周りにある森林や山でハイキングやキャンプを楽しむ人も多くいることから、この辺りは中心街ほどではないけれど、それなりに賑わいを見せるほうだ。

 「へえ。これが神社ってヤツか。知っているのと実際に見るのとじゃ、大分違うもんだな」

 物珍しそうに、アーチャーさんは辺りをきょろきょろと見回していた・・・・って、ちょっと待って。

 「アーチャーさん。今、神社を“知っている”って言いませんでした?」
 「ああ。確かに言ったな。何しろ、オレは日本生まれだからな」
 「え!?」
 「てのは冗談で、実際は聖杯からその時代に合わせた必要な知識を得られるんだけどな」
 「そ・・・・そうなんですか・・・・」

 あ~、ビックリした・・・・・・これでアーチャーさんがもし本当に日本人だったら、上杉謙信が実は女性だったどころの騒ぎじゃないよね・・・・むしろ、歴史どころか人類学を根底から覆しかねない新事実かと思う・・・・

 「ここを回るのは後にせよ。まずは空也殿に挨拶をせよ」
 「空也?」
 「鉄平の叔父で、ここの神主をしている者だ。少なくとも、主たちからすれば某たちよりも信に置ける人物であろう。案内するからついて来い」

 それだけ言うと、アサシンは参道から脇に外れ、わたしたちもそれについて行った。ところで、先輩って親戚の家から学校に通っていたんだ・・・・それと、確かにアサシンたちからすればわたしたちは“敵”かもしれないけど、そこまでいがみ合うほどではないと思うんだけどな・・・・
 アサシンに案内されてから数分もしないうちに、和式の一軒家に到着した。神社の敷地内にある家だから、何か特別な呼び方とかあるんだろうけど、わたしはそういうのは知らない。知っているとしたら、狛犬とか鳥居とかぐらいしか知らない。

 「空也殿。ただいま、戻ってまいったぞ」

 そしてアサシンは、勝手知ったる我が家という感じで入り口の戸をガラガラと開けた。そしてわたしは顔を赤らめてしまった。本日何度目かもうわからない。でも考えてみて。今まさに陰から憧れていた先輩の家に踏み込もうとしているんだよ?それも突然。わたしでなくても、引沼さんだって絶対顔真っ赤にするはずだと思うから。

 「だから、なに顔赤くしてるんだ?」
 「い!いえ!別に!」

 さらに心拍数上昇。おまけに本日オカルティック(?)な現象で出会ったこのアーチャーさん。見た目なんか男性モデルでも十分やっていけそうなこの人に、わたしは何度も抱えられたのだから。
 憧れの先輩と今日出会ったばかりのイケメン・・・・・・こういう人たちと最低でも一晩過ごすというのだから、わたしの何かが持ちこたえられるかが心配だ・・・・・・ある意味、バーサーカーやセイバーよりも強大な敵かもしれない・・・・・・・・

 「おお!アサシン、戻ってきたか」

 すると、奥から男の人の声が聞こえ、その声の主がそこから出てきた。この人が、先輩がお世話になっている空也という神主さんだろう。見た感じは初老を迎えていて、神主さんの服を着たらまさにそれといった感じの外見だ。

 「・・・・・・・ん?アサシン、お前さん一人か?鉄平はどうした?それと後ろのは?」
 「後ろにいるのはアーチャーとそのマスターだ。鉄平は故あって遅れて帰ってくる」
 「ほう。お前さんがたも聖杯戦争に?」
 「え?えっと。わたし、野々原沙織って言います」
 「そのサーヴァントのアーチャーだ。真名は明かせない」
 「ふうむ・・・・・・なにやら、わけありだそうだの。まあ、そこで突っ立っておらんで、こっちに入った、入った」

 そう言うと、空也さんは奥へ引っ込み、わたしたちもようやく建物の中へ入っていった。

 「まず席に着いたならば、空也殿に事情を説明するのがよかろう。今晩はここで世話になるのだからな」
 「確かにそりゃもっともなことだが、そっちが主導権握ってんのが気に入らねえな。ここまであんたやあんたのマスターの思惑通りだ」
 「仕方あるまい。主はともかく、主のマスターはまだ何も知らないことがあるのだから」
 「・・・・・・・・違いないな。ま、それでも癪なのは変わらないけどな」

 アサシンに食って掛かるアーチャーさん。やはりアサシンのことが気に食わないようだ。そのアサシンはさっさと空也さんが行った所へ向かって行った。

 「あの・・・・・・アーチャーさん」
 「ああ。確かにアサシンの野郎とかは気に食わないが、少なくともやつの言うとおり、あのクウヤとかいうおっさんは信用できるみたいだな。それぐらいはわかる」
 「そ、そうなんですか・・・・・・」

 確かに、空也さんはいきなりやってきたわたしたちに対しても、嫌な顔をせず迎え入れてくれているような感じがした。わたしとしては少し申し訳ないような気もするけれど、アーチャーさんが空也さんにいい印象を持ったことに少し安心した。
 それはそれとして、わたしは・・・・・・

 「で?言いたいことはそれだけじゃないんだろ?」

 そうだ。今ここでアーチャーさんに言わなきゃいけないことがあるんだった。わたしは一回深呼吸をして、それから声を出した。

 「あの・・・・!ア、アーチャーさん・・・・!き、今日は助けてくれて、ありがとうございます」

 そう。それがアーチャーさんにわたしが言いたかったことだ。こんなわたしなんかのために、あんなに恐ろしい敵たちに立ち向かってくれたのだから。

 「ああ。なんだ、そんなことか。別に気にする必要はないさ。オレはただ、サーヴァントとしてその責務を果たしているだけ。それにあんたみたいないい女を見事助け出すのも男冥利に尽きるわけだからな」

 アーチャーさんは自分のやったことに、別に鼻にかけるわけでもなく、飄々として返した・・・・・・って、ちょっと待って。今、後半部分なんて言った?

 「え、えーと・・・・・・わたしの聞き違いかもしれないけれど、“いい女”って、わたしのこと、ですか?」
 「そりゃそうだろ。あんた意外に誰がいるんだよ。そりゃまあ、セイバーのマスターも素材は悪くないが、オレから見れば、まだまだお子様だからな。だから断言するぜ。あんたはいい女だ。それともうちょっとハキハキできるようになれば、もっといい女になれるぜ」
 「え?え?そ、そんな・・・・・・・わたしは、わたしは・・・・・・・・・!」

 次第にしどろもどろになっていくわたし。頭の中が熱でとろけそうになっているわたしの頭を、どこまで本気かわからないアーチャーさんがポンポンと叩いて、そして先に空也さんたちのいる奥の方へと行った。わたしはアーチャーさんに叩かれた部分をそっと触った。

 「いい女、か・・・・・・・・」

 そういうことは他人からあまり言われない。けれど、そういう風に言われて悪い気はしないけれど、わたしはそんなことを言われるような人間ではないと思っているし、アーチャーさんが思っているような人間でもないと思う。
 それからわたしは、アーチャーさんたちが待っている場所へと歩き出した。



 会社帰りの時間も過ぎ、車道を行く車の数も数えるほどしか通行していない。そんな暗さに溶け込むかのような黒塗りの高級車が一台、通っていた。その車を運転しているのは守桐家の執事の佐藤一郎、その隣の助手席には当主である守桐神奈、そして後部座席には彼女のサーヴァントであるライダーとメイドのつくしが着席していた。なお、つくしは口からよだれを垂らしながら、だらしなく眠っている。

 「そう・・・・・・やはり狩留間の者も聖杯戦争に参加しているのね」
 「はい。お嬢様」

 鉄平の苗字である“狩留間”は、元々は“狩る魔”の転、つまりは魔を狩ることを生業とする一族だ。無論、鉄平もその末裔であり、これまでにも一般に日本妖怪と呼ばれる魔を駆逐してきた。
 守桐と狩留間はそこまで親交があるわけではない。それはどちらかといえば、狩留間の親戚筋に当たる楼山である。この街で古くから一番大きい神社を構える楼山を通して、狩留間のものは時として、この地にはびこる魔を退治することがたまにある。守桐もこの土地を預かる者として、協力することもある。ただそれだけなのだ。協力はすれども、深入りはしない。そういうスタンスである。
 その狩留間の人間である鉄平がこの街にやって来たのが数年前のことだ。おそらく、何らかの手段でここに聖杯があることを知ったのだろう。

 「それにしても弱ったわね・・・・・・アサシンのマスターが空也さんの親戚で、アーチャーのマスターが巻き込まれた一般人だなんて・・・・・・」
 「何をそんなに悩む必要がある。敵は敵。敵はただ、討ち滅ぼすのみだろう?」
 「そんな簡単に言わないでちょうだい。こっちの気も知らないで」

 頭を抱える神奈の後ろの座席に腕組みしながら座っていたライダーがそんなことを言ってきたもので、彼女はそう返した。

 「確かに、貴様の気なぞ知ることはできぬな。俺からすれば、戦にて戦う者と戦わぬ者を区分する余裕などないに等しいものだ。そして、それらを区分できる余裕などない」
 「確かに、一理あるわ。けれど、アーチャーのマスターに関して言えば、魔術とはおおよそ関係のない一般人よ。そんな人間がこの聖杯戦争に身を投じれば、すぐに破滅するわ」
 「ならば、放っておけばいいものを・・・・それとも何か?後始末が面倒だから頭を抱えているのか?それとも・・・・そのアーチャーのマスターを無傷で日常に戻したいという仏心か?仮に後者だとすれば、貴様が魔術師かどうか疑わしくなるものだな」
 「それは自覚しているわ」

 そしてしばらく、つくしの寝息だけが車内を支配した。それを破ったのは、ライダーの溜め息だ。

 「まあ、いい。これ以上続けても前々のように水掛け論にしかならぬからな。そのマスター共の事は貴様に任せるし、貴様の意に従うつもりだ。何しろ、俺は貴様の“サーヴァント”だからな」

 ライダーはそう不遜に言い切った。このマスターとサーヴァントは今、顔を合わせてはいないものの、その間の空気が張り詰めていた。それを和らげようと、一郎が一つの話題を切り出した。

 「ところでライダー様。お嬢様からお伺いいたしましたが、セイバーとまみえた、とか。それで、如何でしたか?」
 「うむ・・・・・・」

 ライダーはアーチャー・アサシンとセイバーが激突したあの河川敷で、フランスの名門魔術師の出、サラ・エクレールの従えるセイバーに攻撃を仕掛け、実際にそのセイバーと対峙したのだ。
 一郎の問いに、ライダーは一呼吸置いてから答えた。

 「別に悪くはなかったな。セイバーというクラスに違わず、攻守ともに優れていた。ただ、それだけだ」
 「と申しますと?」
 「取り立てて目立った特徴がない、という事だ。確かに、マスターのサポートがあったと言えども、俺が“再現した”配下共と渡り合っていた。それは事実だ」
 「確か・・・・セイバーのマスターはエクレールの者だったわよね?」
 「はい。あの家の者でしたら、当然名の知られた英霊を召喚するものかと存じますが?」

 神奈の確認の言葉を受けて、新たな疑問を投げかけた一郎にライダーが返す。

 「別に、俺はあのセイバーを侮ってはおらぬ。むしろ、奴は俺と同類よ」
 「同類、ですか?」
 「ああ、そうだ。俺の持論になるが、英雄と呼ばれる輩には大体二通りに分かれる。自らの武功で英雄と呼ばれる者、統率者としてその才を発揮し英雄と呼ばれる者だ」
 「ははあ。なるほど。言われてみればごもっともですね。つまり前者が光の御子クーフーリンや完璧なる騎士サー・ランスロットの様なお人達、後者が征服王イスカンダルやライダー様ご自身の様な方々、ということですね」
 「そういうことだな。もっとも、稀にその両方を兼ね備えた奴もいるのだが・・・・」
 「つまり、セイバーもあなたと同じ“統率者”の英雄ということなの?」
 「ああ。俺はこれでも人を見る目はある。だから、それぐらいはわかる」

 ライダーの言葉を受け、神奈は顎に手を当てながらぶつぶつと呟き始めた。

 「・・・・・・セイバー・・・・・・・・フランス・・・・・・・・統率者・・・・・・」
 「お嬢様。思索は後になさって、今日はもうゆっくり休まれては如何でしょうか?」
 「そうね。それじゃ、そうすることにするわ」
 「この後どうしようが貴様の勝手だが、せめて明日どうするか決めてからにしてはどうだ?」
 「確かにそうかもしれないわね・・・・・・それじゃあ・・・・・・」

 それからは、つくしの寝息が車内に響く。



 居間に着いたわたしたちを、空也さんがお茶を用意して待っていてくれた。わたしとアーチャーさんが席に着き、それからわたしは今日学校帰りに起きたことを空也さんに話した。

 「ふーむ・・・・・・成る程のう・・・・それは災難じゃったな。確かに鉄平の言うとおり、聖杯戦争の最中は家に帰るのはよした方がいいじゃろう。後で家に電話をかけるといい」
 「はい。わかりました」

 とりあえず、一段落したら携帯電話で家にかけよう。それはそれとして、まだ聖杯戦争に関してわからないことが多すぎる。聞いても大丈夫かな・・・・・・?

 「まあ、突然こんなのが出てくりゃ、わけがわからなくて当然じゃな。とりあえず、わからんことがあればワシに聞いてみ。ワシに答えられる範囲なら答えるぞい」
 「こんなので悪かったな」
 「すまん。言葉の綾じゃ」

 わたしの意を察してくれたのか、空也さんはそんなことを言ってくれた。とりあえず・・・・

 「なんか、これ聞くのも気が引けるような気がするんですけれど、どうして聖杯戦争なんていうものをやっているんですか?」
 「あんた。それ、オレがバーサーカーから逃げたときに・・・・」
 「アーチャーさん、そうじゃないんです。魔術師たちが聖杯を欲しがっているっていうのも聞きましたけれど、どうして聖杯なんていうものがあるんですか?」

 よく考えたら、聖杯っていったらキリスト教の伝承とかアーサー王伝説のようなヨーロッパの伝説に出てくるものだっていうのは知っている。でも、それがどうして日本にあるのかが不思議でしょうがなかった。

 「まあ、結論から言えばこの街にある聖杯は贋物じゃからな」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 今、なんて言ったの?贋物?贋物って、どういう・・・・・・?

 「お前さんが言いたいこともわかる。しかもこの街の聖杯はさらに性質が悪いことに、贋物の贋物じゃからな」
 「え?え?え??」
 「空也殿。少し、説明の仕方が悪かったのではないのか?」
 「む。そうか。そうみたいだの」

 アサシンに言われて、極まりが悪そうにする空也さん。そこで咳払いをして、話を切り直した。

 「あー、まあ要するにあれじゃ。贋物というよりは模造品、と言った方がわかるかの?お前さんは全く使い物にならん粗悪品のほうを思い浮かべたじゃろ?」
 「え?ええ、まあ・・・・・・」
 「確かにこの街の聖杯は本物ではないが、どんな願いでも叶える事ぐらいはできる。それだけの力を秘めておるんじゃよ」

 贋物って言われると、海賊版みたいなものを想像してしまった。でも本物ではないにしても、アーチャーさんたちを呼び出すだけでなく、色んな願いを叶える力を持っているという聖杯。だからこそ、逆に疑問が深まってしまう。どうして、そんなものがこの街にあるのかを。

 「一体、どうしてそれがこの街に・・・・・・?」
 「ああ、少し話がずれてしまったの。厳密に言えば、“あった”んじゃなくて“作られた”んじゃ」
 「つ、作られた・・・・・・?」

 せ、聖杯って、作れるものなの・・・・・・?でも、逆にそっちのほうが、最初からこの街にあったという事実よりしっくりくるかもしれない。

 「聖杯の力を使って英霊を呼びだすっちゅうやり方は、本来はとある街にある聖杯にしかできない機能じゃったんじゃが、そこの名前は何っていったかのう・・・・?まあ、名前は別にどうでもいいわいな。とにかく、重要なのはこの街の聖杯はそこの街の聖杯を元にして作られたっちゅうことじゃ」
 「一体、誰が何のために・・・・・・?」
 「何のために、というのは少し答えにくいわい・・・・何しろ、少しややこしい話になるし、ワシも全部把握しとるわけじゃないからのお。まあ、作ったのはこの土地の管理人である守桐。この一族とワシは顔馴染みでな、わしが魔術師の事情に詳しいのもこういう繋がりがあるおかげでもあるわけじゃが、もう一つは・・・・・・なんじゃったか?確かフォルクスワーゲンみたいな名前の魔術師の一族じゃったな・・・・とにかく、叶えたい願いや目的があって聖杯を作ったことだけは確かじゃ」

 守桐って、たしかわたしたちを待ち構えていたつくしっていうメイドさんとそれを迎え撃った先輩の会話で出てきた名前だったような・・・・それにしても、空也さんがその人たちと馴染みがあるのにわからない部分もあるなんて、魔術の世界も一筋縄ではいかないみたいだ。

 「確か聖杯を作った大本はその何とかという一族で、守桐はそれに必要な土地を提供したんじゃよ」
 「つまり、その何とか一族が聖杯を作るためにこの街を選んだ、っていうことなんですか?」
 「そうじゃ。もう何十年も前の話じゃがな」

 その二つの魔術師一族が作り上げた聖杯によって引き起こされたこの戦い・・・・そんなことがつい最近の出来事ではなく、昔からもあったことに驚きはしたけれど、初めてそれに遭遇したときほどの驚きではない。やはり、それが鮮明すぎたからだろうか。
 その聖杯にはあらゆる願いをかなえる力があるという。詳しくはわからないけれど、守桐やもう一つの魔術師一族にサラもそういう願いがあって、この戦いに加わっている。それじゃあ、先輩はどうなの・・・・・・?

 「それじゃあ、どうして先輩は聖杯なんていうものを・・・・・・」
 「その先輩とやらが帰ってきたみたいだぜ」

 それまでお茶を啜っていたアーチャーさんがそう言った途端に、居間の戸がガラッと開き、この場に先輩が入ってきた。

 「人がいない間に随分と話が進んでいるんだな」
 「おお、鉄平。戻ってきたか」
 「先輩!その、大丈夫でしたか?」
 「ああ、大丈夫だよ。致命傷になるようなものはないから」

 よかった・・・・・・先輩が無事だったことがわかり、ホッとした。

 「それで、どうするのか決めたのかい?」
 「え?」
 「だから、聖杯戦争を抜けるかどうか、だよ」
 「なんじゃ?この子は参加するかどうか決めてなかったんかい」

 わたしと先輩のそんなやり取りを見た空也さんは意外そうにした。そういえば、先輩のこの問いは何もいきなりのことじゃなかったんだ・・・・それがサラたちに遭遇してなあなあになってしまったけど。

 「もうわかっていると思うけど、これは安易なサバイバルゲームなんかとわけが違う、純然たる命のやり取りだ。生半可な覚悟で挑めば、それだけ死ぬ確率が大きくなる」

 それはもう十分にわかっている。バーサーカーやセイバー、謎の血の騎馬軍団を前にすればいやというほどそういうことを思い知らされることになるし、それにアーチャーさんやアサシンも正直恐ろしい部分はあると思う。
 わかっているけれども、頭がごちゃごちゃになっていて、口が詰まってしまった。

 「この神社がここの管理人と懇意にしていることは聞いたかい?」
 「は、はい。確か、管理人の名前は守桐っていう魔術師なんですよね?」

 少しどもりながらも、何とか声を出すことができたわたしに先輩は頷いた。

 「そうだよ。ここに来る前にも言ったけれど、この神社は中立だ。その守桐が聖杯戦争に巻き込まれた人やサーヴァントを失ったマスターの避難所みたいな役割をこの神社に与えたんだ。君がどっちを選ぶにしても、聖杯戦争が終わるまではここにいたほうがいい。ただ、抜けるかどうかは明日の晩までに決めてほしいんだ。時間は十分にあるから、じっくり考えてくれ」

 それからこの場は誰もが押し黙ってしまった。今、この場で答えを出してもまともに思考の働かない今の状態ではまともな答えなんか出せそうにもないし、多分今出すべきでもないと思う。ともかく、今晩はどのみちここで過ごすわけだから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え~と、今、とてつもなく重大なことに気付いてしまった。多分、それはアーチャーさんや先輩と一つ屋根の下で一晩過ごす以上に厄介なことだ。その事実に気付いてしまったせいで今度は、頭に熱がこもってしまい、別の意味でまともに考えを巡らせることができなくなってしまった。
 沈黙は思わぬ形で、あっさりとわたしによって打ち破られた。それには、ほんのちょっぴり勇気が必要だったけれど・・・・・・

 「あ、あの~・・・・・・一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」
 「ん?どうしたんだい?」

 え?せ、先輩が受け答えするの!?てっきり、空也さんがそうするものかと思ったけど・・・・

 「え・・・・えーと、この近くにコンビニって、あります?」
 「?ここを出て右にまっすぐ行ったところに一件あるけど?」
 「そ、そうなんですか・・・・・・じゃあ、そこに行っても、いいですか?」
 「でも、そこは歩いて15分かかるし、一人で出歩くには色々と危険だけど・・・・」

 先輩がそう言うと、黙って座っていたアーチャーさんがスクッと立ち上がった。

 「よし、わかった。それだったらオレがついていってやるよ」
 「え?じ、じゃあ、できればちょっと離れてくれたら、ありがたいんですけれど・・・・」

 これからわたしが買う物が買う物だから、あんまりピッタリとついてこられても困る。むしろそれはアーチャーさんでなくても、先輩でもアサシンでも困る。それでも、アーチャーさんは詳しいことはよくわからないけれど、レーダーみたいな感知能力があるから、離れていても大丈夫だとは・・・・・・

 「別に近かろうが離れていようが構わないし、あんたが何を買うつもりでいるのかも詮索したりはしないさ。たとえ、あんたが白だろうが水色だろうが黒、は種類にもよるか。けど、赤だけは似合わないと思うから、それだけは買うのはよしな」

 その瞬間、わたしの頭の中は大爆発を起こしてしまった。その証拠に空也さんはそそくさと奥へと引っ込んでしまい、アサシンは我関せずの姿勢を今まで以上に貫き通している。そして先輩は・・・・・・正直、今直視することはできない!わたしは勢いのまま、今から出て行った。出て行くときに「誰も何を買うのか言ってないけどな」というアーチャーさんの声が聞こえたけれども・・・・・・
 一度廊下に出たわたしは、先ほどのアーチャーさんのとんでも発言で頭が爆発したせいか、こんがらがっていたそれが少しは平静を取り戻したみたいだった。それから、先輩の言葉、聖杯戦争を続けるか抜けるかの選択を迫る言葉が何度かわたしの頭の中で反芻した。先輩の本心は多分、わたしに聖杯戦争から降りてほしいんだと思う。そうじゃなければ、何度もそういうことを促す言葉なんて言わないはずだから。
 確かに、聖杯戦争は怖い。バーサーカーやその背後にいるキャスター、セイバーにサラ、謎の騎馬軍団につくしというメイドさん、アサシンどころか先輩にアーチャーさんでさえも・・・・・・正直、聖杯戦争から逃れたいという気持ちももちろんある。けれど、どういうわけか、わたしの中の何かがそれを拒否しているような感じさえする。どうして?
 聖杯戦争に参加したからという義務感から?少なくとも、そんなものじゃない。叶えたい願いがあるから?そんなものはないし、そういうものはわたしが持つべきではないと思う。バーサーカーみたいなのから関係のない人たちを助けたいという正義感?これも違うような気がする。確かに、そういうのを見過ごせないかもしれないけれど、何かが違うような気がする・・・・その“何か”が何なのかは、今はわからない。それがこれからわかるかどうかは怪しいけれど。
 せめて、それがわかれば・・・・・・そういうことを頭の中で巡らせながら、わたしは廊下を歩いていた・・・・



 沙織が居間を出てからしばらく経ったころのことだった。アーチャーは頭をかきながら「少し悪ふざけが過ぎたか」というようなことをボヤきながら、沙織に遅れてから彼女の出て行った戸を抜けていった。
 その間、鉄平は呆気に取られていた。何で沙織が顔を赤くして出ていったのかも、皆目検討がついていないようだった。

 「・・・・・・・何だったんだ、一体?」
 「分からぬか?」

 わけがわからない、といった感じの鉄平にアサシンが声をかけた。

 「一体、何がどういうことなんだ?」
 「それを某の口から言え、と?」
 「わかっているんじゃなかったのか?」
 「分かっている。だが、某の個人的感情として口にしたくない。それだけだ」

 黙秘するアサシンをねめつける鉄平。それが本人たちの感覚で一時間続いているようだった。

 「そこまでして知る必要性は?」
 「ない。けど、気になるものは気になる、個人的な感情として」
 「・・・・・・・・それぐらい自分で考えろ。彼女の今の状況を鑑みれば、自ずとわかろう」

 鉄平は頭を捻らせた。考えてみると、沙織はいきなり聖杯戦争に巻き込まれて、この神社に来る羽目になった。その上でここに寝泊りすることになった。どれだけの日数なのかは不明だ。では、その間は・・・・
 鉄平は少し、恥ずかしさを覚えてしまったが、当のアサシン本人は素知らぬ顔だ。しかも、いきなり話を切り替える始末。

 「アーチャーのマスターが聖杯戦争を抜けるか否かに関して、一晩かけて考えろという話だったな?」

 だが、鉄平は自らのサーヴァントに返事をしなかった。

 「時間というものは有るようで無いに等しい。十分に時間が有ると思えば、気付けばその時間も残り僅かとなることもある。益、無益問わず、だ。光陰矢の如し、とはこの事よ」
 「・・・・・・・・・・何が言いたい?」
 「時間を必要としているのはアーチャーのマスターだけでなく、むしろ鉄平。主も同じではないのか?」

 思わずアサシンの言葉に鉄平は一瞬押し黙ってしまう。その上、アサシンはまた話をずらす。

 「某としては、アーチャーと組んだほうがこの聖杯戦争を有利に進められると考える。奴の索的能力は並外れている上に、アーチャーのクラスに恥じぬ狙撃能力の持ち主であるからな。奴の性質こそは好かぬが、あれとて三騎士クラスの一角。それなりに戦略に幅が広がるだろう」
 「・・・・・・・・それで?」
 「仮にアーチャーと組まぬにしても、一組脱落するだけでも聖杯戦争の進行は大いに変わってくる。アーチャーの腕は確かだが、マスターがあれではこの先思いやられるだろう」
 「お前の言うとおりだ、アサシン。だから俺は野々原さんに脱落を薦めている」
 「本当にそうなのか?」

 鉄平の言葉をいぶかしむアサシン。アサシンの目は鉄平の目を見据えていた。

 「何故、再三に渡り脱落を促す?」
 「・・・・・・・・・お前も知っているだろう。学校の後輩だからだよ」
 「後輩、か。某の勘違いでなければ話しかけたのは今日が初めてだと思うが?」

 そのとき、鉄平は思わず目線をアサシンから逸らしてしまった。それでもアサシンは構わず続ける。

 「そんな人間にどうしてそこまでして脱落を薦める?百歩譲って、単純に学校の後輩だからか?それとも、似ているからか?」
 「アサシン!!」

 鉄平は思わずアサシンに向かって怒鳴ってしまう。それでも、アサシンにたじろぐ様子は一切なかった。

 「空也殿が飯の支度を終える頃には、アーチャーとそのマスターは帰ってくるだろう。それまでに、その張った顔を緩めることだ」

 先ほど、空也が奥へ行ったのは、そういうことだった。今の鉄平はどちらかと言えば落ち着きを取り戻しているのだが、納得はしていない様子だ。

 「主もアーチャーのマスターがどの様な答えを出しても、それを受け入れる準備だけはしておくのだな」

 アサシンが言い終わると、鉄平は後ろを向いた。

 「どこへ行く?」
 「風呂だ。野々原さんたちが帰ってくるまで時間はかかるだろうから、先に済ませてくる」

 そう言って、鉄平は部屋を後にしようとすると、アサシンは彼に声をかけた。

 「鉄平よ」
 「わかっている。どっちみち俺は誰にも勝ちを譲る気なんて毛頭ない。俺は絶対に聖杯を手に入れなきゃいけないんだ」
 「無論だ。某は主の影。影は実体に付き従うもの。某は主の影として、主を勝たせる。それだけだ」
 「そうか・・・・・・いつもすまない、アサシン」
 「気にするな。某はサーヴァントとして、その責務を果たしているだけだ」

 そんなやり取りを終えると、鉄平は居間を出て、その戸を閉めた。



 「そうか。とうとうアーチャーが召喚されたか」
 「ああ。これで今回のサーヴァント全てが揃ったというわけじゃ」

 暗室に響く木製の盤に何かが打たれる音。それは交互に小気味よく響く。

 「まあ正体は大体掴めておるが、あれだけで断じるは愚者のやること。だが一つ確かなのは、奴が優れた弓の使い手だということじゃ。それに他に言うなれば・・・・」
 「別に特定は急ぐ必要などない。何しろようやっとサーヴァント七騎がこの地に集結し、聖杯戦争もついに本格的に始まったのだ。せっかくの聖杯戦争なのだからゆっくり楽しまねば」
 「そうか。じゃが、こちらの方はこれで終わりそうじゃが?ホレ、王手じゃ」

 老成した口調の男の言葉の後にピシャリと将棋の駒が打たれる。対局している二人の顔はよく見えないが、うっすらと見える盤上の形勢は明らかに老成した口調の男の側が圧倒的優位に立っていた。

 「これで投了か・・・・・・フム、やはりこの手のゲームでお前に勝てる者などこの世に存在しない、か」
 「負け惜しみを。これでもこちらは六枚落ちで相手してやったのじゃぞ?」
 「にもかかわらず、それで勝つお前にはただ、感嘆するしかないものだ。ハンデなど、あってないようなものだ」
 「そうは言うが、負けるとわかっていてわしに将棋で挑もうとするお前の気が知れん」
 「勝ち負けなどどうでもいい。ただ、今日は将棋を楽しみたかった。それだけだ」

 もう一人の男の方は負けたにもかかわらず、どこか満足げな口調だった。本当にこの男は将棋での勝ち負けよりも、将棋そのものを楽しんでいたようだ。そんな男の様子に、老成した口調の男がやや呆れてしまった。

 「楽しみたかった、か。それで?聖杯戦争でもただ楽しむだけなのか?」
 「確かに聖杯戦争は存分に楽しむつもりだ。だが、楽しむからには真剣に取り掛からねばならないし、むしろ私が勝利を収めねば意味がない。そうでなければ、せっかくの我が望みも叶わないからな」

 そう言ってすっと立ち上がった男は、単に享楽に耽っているわけではなかった。現に、将棋では負けてしまったが、その勝負内容は決してボロ負けというわけではない。要所要所で相手の攻撃を凌ぎ、かつ相手に肉薄していたからだ。それにもかかわらず負けてしまった。相手がこの手の勝負においては強すぎたのだ。
 立ち上がった男はそのままカーテンの近くまで歩き出し、そしてそれを開けた。月明かりを浴びたそのバスローブを纏った後姿に金糸の髪が映える。

 「さて・・・・・・私を落胆させないでおくれよ」

 サファイアのような蒼い瞳がネオンに輝く夜の幌峰の町を見下ろす・・・・



[9729] 第六話「晴れ間の二日目」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/09/03 03:07
 小学校の学習発表会。それは誰の記憶にも思い出として刻まれていることだろう。
 どういう記憶かは人それぞれだが、当時としては小学校における大きな行事の一つといってもいいだろう。劇の舞台に立つ子供、劇に欠かせない音楽を奏でる子供、その役割は多岐に渡る。それでもやはり、劇の主役を演じる子供が一番注目を集めることだろう。
 とあるクラスの学習発表会の劇でヒロインを演じる役に二人の少女が立候補した。そのヒロインの役に選ばれたのは無論、一人だけ。落選したもう一人の少女はそのことにそれほど気にも留めなかった。なぜなら、ヒロインに選ばれたその少女の将来の夢は女優である。そのことはこのクラスの誰もが知っていたし、その熱心さも同様である。だからだろう、生来のおとなしい性格も手伝って少女はあっけらかんとしていたのは。
 それでも未練がましいわけではないが、そのヒロインの役を演じてみたかったという気持ちはある。あまり人前に出ないこの少女が持つ一種の憧れ、とでも言うべきだろうか。
 学習発表会の数日前、ヒロインに選ばれた少女は自宅の階段から落ちてしまい、大怪我を負ってしまった。そこで急遽、ヒロイン役に立候補していたもう一人の少女がその役をやることになった。
 結果、劇は成功。少女は見事憧れていたヒロインの役を演じることができた。しかし、少女の気持ちは決して晴れやかなものではなかった。なぜなら、本来ヒロインを演じるはずだったその少女はその怪我が原因で二度と歩けない体となってしまった。同時に、彼女の夢が絶たれてしまったことも意味する。
 本来のヒロイン役が夢を絶たれ、代役が明るい照明の下で演技をしていたことに対する後ろめたさなのか、それともいまだにヒロイン役を演じてみたかったと思っていたからなのか・・・・・・一つ確かなのは、舞台に立っていたヒロインの心の奥は明かりのない客席よりも暗いものだった・・・・・・
 この学習発表会以降、少女が劇の舞台に立つことはなかった。



 「・・・・・・・・・・う、う~・・・・・・・ん・・・・・・・・・・」

 頭がぼんやりしたまま、わたしは布団の中から這い出た。それからほどなくして、わたしはすぐに気付くのだった、今自分がいるのは、自分の家の自分の部屋の自分の布団の中で寝ていたのではなく、狩留間先輩の家の空也さんが用意してくれた部屋の布団の中で寝ていたことに気付いた。布団から這い出たのも、わたしがシローを散歩に連れて行くはずだったからだ。きっと、今頃はこのかが散歩に連れて行っているだろうと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。
 わたしが先輩の家で朝を向かえることになったのも、わたしが聖杯戦争という魔術師の儀式に巻き込まれたからだ。それはわたしが学校帰りにバーサーカーという大男が殺人をしていたところを目撃したことをきっかけに、どういうわけかアーチャーというわたしの味方であるサーヴァントを召喚し、それからアサシンを連れた先輩に遭遇すると、サラという魔術師、そんな彼女が従えるセイバーと対峙して、そこへ突然謎の騎馬軍団が乱入してきて、そこから逃れた後で先輩がお世話になっているこの楼山神宮へ身を寄せることになった。
 聖杯戦争の目的はあらゆる願いをかなえるという聖杯をその手中に収めることにあるという。でも、わたしはそんなのにははっきり言って興味などない。けれども、心のどこかでこの聖杯戦争を戦い抜かなきゃ、とも考えている自分がいる。わたしは今でもそのはっきりとした答えを出せないでいる。先輩はわたしが聖杯戦争に関わるのをよく思っていないので、わたしに今晩中に聖杯戦争を続けるか否かの答えを出すように言われている。
 無論、わたしが今楼山神宮にいることを昨日おばあちゃんの絹に電話で知らせた。おばあちゃんはもちろんわたしのことを心配していたけれど、わたしが聖杯戦争のことを省いたにもかかわらず(このことは基本的に秘密にしておかなきゃいけないらしい)、わたしがそこへ泊まることを知らせると、「そう。それじゃ気をつけてちょうだい。それと神社の人たちにもよろしく伝えて」と言ってきた。わたしはどうして泊まることになったのか聞かれると思ったんだけど、逆に聞かれもしなかったのであの時は少し呆気に取られてしまった。本当にわたしのおばあちゃんは少し呑気だな、と思った。きっと、このかのほうはわたしがいないことで駄々をこねていそうだけれど。その様子をシローが冷めた目線で眺めている光景が目に浮かんだ。
 などと、寝起きで鈍い頭を活性化させる意味を兼ねた回想を終えたわたしは部屋を出たのだった。

 今、わたしが目の前にしている洗面所。ここに立ち合わせているこの瞬間がわたしにとって、一番憂鬱な瞬間だ。わたしは“洗面所”が苦手というよりも、そこにある“鏡”が苦手だ。どうして苦手なのかはここではあえて伏せるけれど、とにかくそのせいで美容室だとか、服屋の更衣室にある鏡だとか、他にも鏡のある場所はいくらでもあるけれど、とにかくわたしは極力それを目にしないようにしている。けれど、洗顔や髪の手入れをするときなど、どうしても鏡を直視しなきゃならない場面もあるから困る。もっとも、髪のボリュームは少ないほうなので、あまりそれに時間がかからないのが幸いだけれど。
 そうしてそれら全てが終わってわたしが洗面所を出た、そのときだった。

 「思ったよりも早かったのだな」

 廊下には作務衣を着た痩身の男の人がいた。えーと・・・・・・その白髪交じりの髪とその鋭い目つき、もしかしなくても・・・・・・・・

 「あ、アサシン・・・・・・・さん?」
 「アサシンで良い。余計な敬称など、必要ない」

 やっぱりアサシンだった。いつも覆面をしていたので、逆に素顔だとすぐに判別するまで時間がかかった。一応、わたしたちがお世話になっている形だから“さん”付けをしたけれど、アサシン本人はそういうのは好ましくないみたいだ。

 「安心せよ。主は今のところ、客人だ。某はそこまで外道に落ちてはおらぬ。仮に某が主に何か危害を加えようものならば、アーチャーが黙っておらぬからな」
 「は、はあ・・・・・・」

 そんなことは一切頭になかったので、返事に窮してしまったせいで、気の抜けた返事しかできなかった。すると、アサシンが軽く溜め息をついた。

 「・・・・・・・・警戒心がなさすぎるのも、困りものだな。これでは、今日一日無事で過ごせるかどうか、危ういぞ」
 「あ、はい。すいません・・・・・・・・」

 思わずわたしは謝ってしまった。確かに、どちらかといえばわたしは危機感が薄いほうかもしれない。それは聖杯戦争とかそういうのを抜きにして、だ。つまりは呑気ということだ。そう考えると、昨日生き延びられたのはある意味奇跡的かもしれない。

 「まあ、良い。必要ないかもしれぬが、一応居間まで案内するぞ。朝食の用意ができている」
 「あ。はい、わかりました」

 そう言って、わたしはアサシンのあとについていく。よく考えたら、他から見たらこの時点で危機管理がなっていないのかもしれないけれど。
 ここで余談になるけれど、この楼山神宮は何か霊的な結界が施されているらしい。けれど、ここの神主である空也さんはそういう力がないので、定期的にその道の人が点検みたいなことをしているらしく、またここで働いている巫女さんの何人かもその力を扱える人が微調整を行っているらしい。といっても、ここの巫女さんの多くは特別な力なんてない一般人が大半らしいけれど。
 そんなこんなで、わたしとアサシンは居間の前に着いた。

 「失礼する」

 そう言ってアサシンは戸を開けた。

 「ああ。アサシン、野々原さん。おはよう」
 「おお、待っておったぞ」
 「悪い。先に食ってたぜ」

 和風の朝食ののった食卓を囲む先輩に空也さんにアーチャーさん・・・・・・ん?アーチャーさん?そういえば、昨日の緑色の服じゃなくて、今の若い人たちが着ていそうなカジュアルな服に身を包んでいるのもそうだけど、普通に箸を持って、普通にごはんを食べている・・・・・・それも、結構な勢いで。

 「えーと・・・・・・確か、サーヴァントって食事、いらないんでしたっけ?」
 「まあな。一応オレたちは魔力で動いているわけだから、それで十分事足りるわけよ。食事はあくまでおまけ、みたいなもんだ」

 このあたりの説明は実は、昨日アーチャーさんから聞いた。何で食事を取っているのか、なんとなく心当たりはあった。アーチャーさんによると、サーヴァントは霊体化、つまり姿を消すことができるらしく、そのためにはマスターとサーヴァントを繋いでいる魔力を一時的にカットすることでそれが可能らしい。でもわたしにはそんなことができるはずもないし、やり方だってわからない。そんなわけで、昨日の買い物のときは、アーチャーさんは遠距離からわたしを見守る形となってしまった。そういえば今思い出したけれど、昨日の晩もこんな形で食べてたっけ?

 「それにしてもこれ、うまいな」
 「そうか、そうか。そう言われて悪い気はせんの」
 「それでもうまいもんはうまいんだから仕方ないだろ。悪い、おかわり」
 「ほい」

 そうしてアーチャーさんはお茶碗を、褒められて気分がよさそうな空也さんに差し出す。そして箸の進む勢いもすごい。

 「呑気なものだな。主のマスターが某の近くにいたにもかかわらず、主本人は飯か」
 「あんたに害意がないのは明白だ。それぐらいはわかる。それに、飯云々に関していえな、あんただって毒味とか言って食ってるだろ?」
 「仕方なかろう。必要な処置だ」
 「必要?クウヤが作っているんなら問題ないだろ?それに、毒味って一膳も食って、しかも普通におかわりもするもんなのか?」

 それから、アサシンはぐうの音も出なくなってしまった。いつもは黙っているけれど、この黙り方はちょっとどうかと思う・・・・・・・サーヴァントって、本当に食事いらないんだよね?

 「それにしても、程々にしてもらいたいんだけれど?このままじゃ野々原さんの食べる分までなくなるぞ」
 「言われなくたってこれで最後だよ。少し口惜しいけどな」

 先輩に釘を刺され、最後のご飯を口に運ぶアーチャーさん。本当はサーヴァントも普通に食事するんじゃないのかな?

 「それにしても、いい食いっぷりじゃの」
 「全くだよ・・・・食べるんなら食べるで、ちゃんと味わってほしいけれどね」
 「ちゃんと味わっているぜ。いくら飯がまずくても、腹におさまりゃそれでいいって考えていたあの頃のオレがバカらしくなってきているんだからな」
 「そうか。それなら、腕の振るい甲斐があるってもんじゃ」
 「お。それだったら・・・・・・」
 「先ほどこれで最後と言ったのはどこの誰だ?」
 「チッ・・・・・・・!」

 アサシンにも釘を刺され、心底残念そうなアーチャーさん。とにもかくにも、わたしはようやくのことで食事の席に着いた。幸い、わたしが食べる分はちゃんと残っていたため、なんとかわたしは朝食をとることができた。



 朝食を終えた沙織と鉄平はそのまま学校へ向かうこととなった。二人とも常に危険と隣り合わせである聖杯戦争に参加していることを考えれば、このまま日常生活を送ることは難しいはずだ。だがそれでもあえていつも通りの生活を送るのにはいくつか理由がある。
 まず、二人は魔術師ではないからだ。魔術師は自らがそうであることを誰にも知られてはいけないのだが、沙織も鉄平もそうでないため、そういった負担は一切ないのだ。もっとも、鉄平の生業に関して言えば、魔術師のそれと大差ないのだが、これ以上は込み入ったことになるので割愛させてもらう。
 何度も言うが、魔術師の基本は“秘匿”だ。だからこそ、余計に目立つ白昼に事を起こすことはほとんどない。だが稀に例外、例えば人心をわきまえない外道などはそんなことはお構いなしに襲撃してくることも十分に考えられる。そこで学校にもそういうマスターがいないかどうか確認する意味も込められている。また、いきなり学校を休んだとなれば周囲が不審がるのも大きな理由の一つだ。
 そういうことなので、鉄平と沙織は一路学校へと向かって行った。なお、鉄平は自転車通学、しかも学校まで一時間の距離であるため、沙織を乗せて走行することとなった。
 言うまでもないが、沙織は当然のことながら頭を沸騰させてしまっている。

 「で、アサシン?あんたはあの、テッペイだっけ?そいつの近くにいなくていいのか?」

 沙織と鉄平が既に神社の敷地内から出て行ったのにも関わらず、アーチャーとアサシンはまだ鉄平たちが生活している家屋の前に立っていた。そしていまだにカジュアルな現代風の服装のアーチャーに対して、作務衣から昨日の忍装束の姿となっているアサシンが答えた。

 「問題ない。某の足ならば、この程度の距離すぐに縮められる。主とて同じであろう?」
 「まあ、違いないな」

 サーヴァントとマスターは魔力で繋がれている。そのためか、互いにある程度の位置を把握できるのだ。それを抜きにしても、アーチャーは“超感覚”の持ち主。何キロも先にあるものを見分けられるだけでなく、僅かな音や臭いまで判別し、あまつさえ僅かな振動さえも感じ取ることができる。
 つまり、人並みはずれた視覚などの五感を有しているため、かなり精度の高い射撃能力を持ち、気配遮断をしていたアサシンの位置を特定することを可能としたのだ。

 「さて・・・・今度はこちらの質問に答えてもらおう。何ゆえ、主は食事をとった?」

 あまりにも突拍子もないアサシンの問いに、アーチャーは一瞬呆気にとられてしまったが、その一瞬のうちに元の調子に戻って答えた。

 「うまいもんを食うのに理由なんているのか?そりゃ、オレが生きていた頃はうまいだのまずいだの言っていられなかったわけだが、こうやってうまいもんを食える時代になっただけ、ありがたいってもんだからな」
 「・・・・・・・・はぐらかすつもりかどうかは知らぬが、ではもっとわかりやすく問おう。魔力の供給が十分に行われているにもかかわらず、何ゆえ食事を必要とする?」
 「ん?やっぱり気付いていたか・・・・それなんだよなあ・・・・」

 アサシンの言及にアーチャーはばつが悪そうに頭を掻く。

 「別に隠すつもりはなかったんだが、特に深い意味はないんだぜ?何しろ、魔術に関してとびっきりの素人のくせして、魔力量は一流の魔術師以上だからな。だから、飯を食うのはうまいから以外に答えようがないんだぜ」
 「本当にそれだけが理由か?」
 「くどいな、あんたも。ま、それぐらいでなきゃアサシンのサーヴァントは務まんないか。けど、飯云々の話をするんだったら、あんたも人のことは言えないと思うがな」

 アーチャーのどこか軽い発言にアサシンはなおも問い詰める。それから両者の間には僅か数秒の思い沈黙がのしかかった。

 「・・・・・・・・ふん。まあ、どうしようが主の勝手だ。だが、手遅れになっても某は知らぬぞ」

 それだけ言うと、アサシンはその場で跳躍し、その姿は木陰へと消えた。

 「手遅れ、なあ・・・・・・」

 アーチャーも遅れて歩き始めたが、ほんの一瞬立ち止まった。

 「・・・・・・・・・気のせいだといいんだがな」

 そしてその姿は森の中へと消えていった。



 今、わたしは先輩の自転車の後ろに乗っている。それも、先輩から後ろから抱きつく形で。マンガなんかでよく自転車の後ろに乗るとき、今のわたしみたいな形じゃなくて体の正面を横に向けて乗る乗り方があるけど、はっきり言って、あれは危ないし、怖い。そういうことなので、今こんな体勢である。
 そもそも、自転車の二人乗り自体が危ないけれど。
 でも、今とてつもなく気まずい。わたしは当然のことながら思考が働かず話しかけることなんてできないし、先輩も先輩で一言も喋んない。まあ、わたしがこういう状態で運転する側だったら、運転するのに集中して話しかける余裕なんてないけれど。

 「思ったよりも走りにくいな、二人乗りって」
 「・・・・・・・・え?え、ええ!はい!そうですね!」

 先輩の何の前触れもない言葉でわたしはなぜか大いに取り乱してしまった。

 「?いきなり慌ててどうかした?」
 「そ、そうですか!?き、気のせいですよ!あは、あはははは・・・・・・・」

 先輩が何か喋るたびに背中が僅かに動くのを肌で感じながらも、わたしは変に取り繕いながら乾いた笑いしかできなかった。

 「そう。なら、いいけど・・・・・・」

 そして、再び会話が途切れてしまった。うう、気まずい・・・・・・・まさか、学校に着くまで、ずっとこの状態じゃ・・・・
 あ。そうだ!よく考えたら、学校に着いたらこの状態をかなり高い確率で誰かに見られるっていうこと、すっかり忘れてた!もしそうなったら、色々と困ることになりそうだ。何しろ、今まで先輩とこうなることなんてありえないと思っていたし、それに・・・・

 「あ」

 なんて考えていたら、いきなり先輩がブレーキをかけて、加重が前にかかった。何かなと思って、先輩の後ろからその前を覗いてみると、あの人がいました。誰かって?その人の名は大迫純一。この人もわたしの先輩に当たる人で、わたしが最も苦手とする人。もちろん、バーサーカーとかセイバーとか謎の騎馬軍団を除いて、だけれど。何しろ、この人の外見はものすごい不良っぽくてものすごく怖いし、中学の頃には市内の不良を全てしめた上に市外の不良からも大いに恐れられているという噂(ただし出所はわたしのクラスメイトの門丸くんのものなので、信憑性は低い)まである。
 とまあ、冷静に大迫先輩の概略を軽くまとめてみたけれど、実際は頭の中が凍り付いていて、うまく機能していません。その上、大迫先輩の姿を認めるなり、わたしはすぐに引っ込んでしまったのだから。その間、ものすごいドキドキしています、別の意味で。

 「おい、狩留間・・・・・・」
 「ああ。大迫、おはよう」
 「“おはよう”じゃねえだろ!!!」

 ひゃああああああああああああああああ!!!!!!先輩(紛らわしいけれど、こっちは狩留間先輩)の爽やか前回な挨拶に対していきなり怒鳴ってきた大迫先輩。この人がこんな態度だから、わたし苦手なのに・・・・・・

 「・・・・・・ん?後ろのそいつ、何だよ?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ええええええええええええええええええええ!!!!!!わ、わたし!?!?!?なんで!?わたし何か・・・・・・したね、そういえば。昨日、先輩だと思って声をかけたら、目の前に大迫先輩が立っていて、それにビックリして逃げ出したっけ・・・・・・すっかり忘れてた・・・・・・

 「え?何って、たまたまそこでばったり会って、一緒に学校に行くところだけど?」

 そこですかさず、先輩がフォロー・・・・・・

 「ウソつけ。おれも何回かここ通っているけど、そいつ一回も見たことねえぞ」

 したけれど、全く効果ありませんでした。わたしのいつも通っている通学路は、今いるところとは全く違う場所だから。

 「で?何で見たこともねえやつと・・・・・・・」

 大迫先輩が何か言おうとすると、急にそれを止めて先輩の後ろ、つまりわたしを見つめてきた。メガネの奥から睨みつけているかのような目つきはまるでメドゥーサの眼光の如く、わたしを石みたく硬直させる。

 「・・・・・・・・そいつ、よく見たら昨日急に声かけてきたやつじゃねえか」
 「声をかけた?野々原さんが?」
 「ああ、別にそれはどうだっていいんだよ。おれが聞きたいのは、なんでそいつとお前が一緒にいるんだって話だよ」
 「う~ん・・・・・・・これ言うと、いくらお前でも驚くから、できれば内密にしておきたかったんだけど、多分お前のことだからはっきりさせないとすっきりしないだろうから、あえて話すよ。野々原さんもそれでいいよね?」
 「え?ええ、まあ・・・・・・」

 大迫先輩はやっぱり、昨日のこと覚えていたんだ・・・・・・かなり恐縮していると同時に、どこか恥ずかしさでいっぱいだった。それにしても先輩、何話すつもりなんだろう・・・・・・?

 「実はこの子、野々原さんっていう俺たちの後輩なんだけど・・・・」
 「後輩か。まあ、そんな感じはしてたけどな」
 「それはいいとして、その野々原さんなんだけど、実は昨日の帰りに、ストーカーに追われていたらしいんだ」

 は・・・・・・・はい?ストーカー????

 「それで相手はナイフを持っていたらしいから、偶然会った俺が一応うちまで連れて行ったってわけだ。変に一人にさせるのも危ないからさ」

 な・・・・・・なんだか微妙に無理のあるウソのような・・・・・・その証拠に大迫先輩も妙にいぶかしんでいるような・・・・・

 「なあ、おまえ・・・・・・・」

 ほら。何か突っ込んでくるよ。この追求がわたしに及んだら、先輩には悪いけれど隠し通せる気がしません。

 「うちの学校、外泊禁止しているだろ?」

 って、そこに食いつくの!?まあ、できればそっちの方向に話しそれてくれればありがたいんだけれど・・・・・・

 「確かにそうなんだけどさ、お前は目の前に人が殺されそうになってもそれを見捨てようっていうのか?」
 「別にそんなことは言ってねえけどよ・・・・・」

 頭をぽりぽりと掻く大迫先輩。確かにわたし、昨日本当に殺されそうになったけれど・・・・

 「まあ、いいや。センコーには黙っといてやるよ。とりあえずバレないようにしておけよ」
 「そうしてもらえるとすごく助かるよ」
 「チッ・・・・・・・」

 大迫先輩は最後に舌打ちをして、この話を切った。
 た、助かった・・・・・・というか、わたし全く何にもやっていないのに、どうしてここまでドギマギする必要があるんだろう?それから先輩は大迫先輩に歩調を合わせるためか、自転車から降りて、それを押して歩いた。
 そういうことなので、わたしも徒歩に切り替えた、はいいけれど全く会話に加わることができなかった。もともと人とそんなに話すほうではないから、それも仕方ないかもしれないけれど。けれど、先輩と大迫先輩は少し会話が弾んでいるように聞こえた。そういえば、二人は同じクラスだって門丸くんが言っていたっけ・・・・?



 学校に着くと、オレのマスターのサオリとアサシンのマスターであるテッペイは一旦別れた。アサシンは姿を隠してテッペイの周辺と学校内部の探索を、それでオレはといえば、遠方からの監視と学校周辺の探知だ。そのテッペイはうちのマスターには、聖杯戦争に関わってほしくないみたいだが、どういうつもりなんだか・・・・?しかもサオリも自分が聖杯戦争に参加する動機について、テッペイのやつから今日中にはっきりさせるように言われているもんだから、そのことで頭を悩ませているみたいだな。

 「あ、沙織。おはようさん。いつ学校に来てたんだい?」

 すると、サオリと同じぐらいの年の娘が話しかけてきた。つっても、ここにいるのはみんな大体それぐらいの年なんだけどな。

 「あ、引沼さん。おはよう。今日は朝練じゃなかったの?」
 「ああ。それならもう終わって今から教室に戻るとこだよ。それはそれとして、今日学校行く途中であんた見かけなかったけど、どうかしたのかい?」

 なるほどな。そのヒキヌマって娘がサオリの友人で、関係としてはだいたいテッペイとさっき出てきたオオサコみたいなもんか。それでそのヒキヌマに学校行くときのことを聞かれたもんだから、案の定うちのマスターはえらく困惑してるみたいだな。それもそうか。何しろ、サオリが今首を突っ込んでいるのは口外ご法度だからな。詳しい事情言えるわけないか。しかもあいつがうまい言い訳とっさに言えるとも思えないが、どうすることやら・・・・

 「え、えーと・・・・色々あって・・・・・・」
 「・・・・・・・・ふーん。まあ、そっちもそっちで事情あるんだろうけどさ、ところでちょっとどっかで時間潰さないかい?朝礼までまだ時間あるしさ」
 「え?」

 思ったよりも突っ込んだこと聞かないのな・・・・ああいうのは白黒はっきりさせないときが済まなそうな感じだと思ったが、どうもあの娘は軽々と人の領域に土足で踏み込むようなタイプじゃないみたいだな。とりあえず、うちのマスターは登校中のことをなあなあにされて少しほっとしているだろう。

 「まあ、本音を言えば、今あんたが教室にいると色々と面倒なことになりそうだからさ」
 「え?面倒なことって?」
 「ほら。竹中たちいるだろ?あいつら、どうも昨日から家に帰っていないらしくて、それで学校にも連絡が入ってきたから、失踪事件に巻き込まれたんじゃないかって話が出てきているんだよ」

 タケナカ?そういえば昨日、サオリがオレを召喚する前のことを話したときに出てきた名前だっけか・・・・?確か、バーサーカーに襲われた奴の中にそのタケナカとかいうやつがいたんだとか・・・・
 それはそれとして、教室ってのにサオリがいると面倒なことになるって、どういうことだ?オレはタケナカとかいうのがどういうやつか知らないが、いなくなったのはどう考えてもサオリのせいじゃないだろう。

 「まあ、こんなことしていたら逆効果かもしれないけれどさ。でも、クラス中が噂しているんだよ。“竹中たちが行方不明になったのは疫病神にちょっかいを出していたせいだ”ってさ」

 疫病神って・・・・サオリのことか?なんだって、あいつがそんな風に呼ばれているのかは知らない。けど、どうせヒマなやつらがヒマつぶしに陰口叩いていい気になっているのが容易に想像できた。どこの時代にもいるもんだな、そういうやつらが。その話を聞いていたサオリは張り詰めた顔をしていた。ああいう連中にとって、サオリみたいなのは格好の獲物ってわけだ。

 「あー・・・・・・そんなに深刻そうに考えなくていいから。あくまで噂だよ、噂。みんな暇だから、何かにこじつけてあんたをからかいたいだけだろうさ」

 ヒキヌマの一言で、どうにか我に返ったうちのマスター。やっぱり、見た目どおりのナイーブなやつだな・・・・

 「はあ・・・・・なんか、あたしばっかり喋ってたな。まあ、もともとあんたがそんなに喋るほうじゃないのはわかってるけどさ、あんたがそんなんだから、連中を調子付かせるんじゃないかい?もうちょっとハキハキとしたらどうだい?」
 「う、うん。そうかもね・・・・」
 「けど、そんなに簡単なことじゃないだろうけどさ・・・・それじゃ、そろそろ教室に行くとしますか。それと、クラスのやつらも何か言ってくるだろうけど、あんまり気にしないようにしときなよ」

 そうして、サオリはヒキヌマと一緒に自分たちの教室へと向かって行った。それにしても、オレも一回ヒキヌマみたいなことを言ったわけだが、どうもサオリはそういう風に見えるみたいだな。というかサオリもサオリで自分から喋ったりしている感がしないけどな。あいつ、どこかで線引きしているのか知らないが、ヒキヌマに対してもどことなくよそよそしい感じがしたのはオレの気のせいじゃないだろうな。
 そういえば、色々ごたごたしていたとはいえ、オレのほうも一度もあいつのことを“サオリ”って呼んでいなかったな・・・・



 美柳高校から数メーター離れた位置にあるビルの屋上。アーチャーはそこで待機していた。自分のその鋭敏な感覚を最大限駆使して校内はもとより敷地内及び周辺を探知してみたが、サーヴァントや魔術師のものと思われる気配も何も感じ取ることができなかった。校内にいる鉄平の近くには、アサシンが霊体化しているが、彼らが表立った動きがないことから、少なくともこの学校には魔術師はいないと見て間違いないだろう。ただし、沙織にしても、鉄平にしても彼女たちは魔術師ではないので、もしかすれば“魔術師ではないが、聖杯戦争の参加者”はいるのかもしれないが。

 「しかし、随分と堅苦しい場所なんだな、学校ってのは」

 閉塞的な個室に何十何人を押し込めて、役に立つかどうかわからない知識を叩き込まれる。アーチャーからすれば学校という施設はそんな印象だろう。

 「まあ、それでもこのまま暇ならそれに越したことはないんだけどな」

 聖杯戦争に参加している魔術師が活動を始めるのは基本的に人気が少なくなる夜間だ。しかし、中にはそれらを無視し白昼から仕掛ける輩がいないというわけではない。そんな不測の事態に対応できるよう、アーチャーは周辺を警戒しているのだ。
 そんな時、アーチャーはふと空を見上げた。

 「しかし、周りはこんなんでも、空だけは変わらないな・・・・」

 アーチャーがまだ生きていたあの頃に比べて、この時代は緑が少なくなりつつあり、空気もどこか淀んでいる。この現代において自由だ、平等だなどという謳い文句はあるのだが、現実にはどこか不自由で、不平等なこの歪な世の中で人々は生きている。そしてそんな人々を食い物にしている輩がいまだに存在していることも事実だ。にもかかわらず、この空の青さだけはあの頃のままだ。

 「ま、そんな悪いことばかりでもないか」

 大地がコンクリートに覆われていても、草木はそこに根付いている。理不尽な中にあっても、懸命に生きている人たちもいる。空の青さと同じく、それらもあの頃と変わっていないようだった。それらは時間や場所といった概念とは一切関係なく、どこも同じなのかもしれない。

 「さて、と。サーヴァントとしての勤めを果たすとしますかね」

 それからしばらくして、一通り周辺を探知した後、アーチャーは再び感覚を校内へと向ける。すると、アーチャーの視覚は何かを捉えたようだ。

 「・・・・・・・・・・ちっ。こういうのはフェアじゃない、よな」

 どうやら目にしたのは女子の更衣室だった。ちょうど体育の授業が終わったのか、室内には女子が大勢いる。それでも見るものはしっかりと見たアーチャーであった。

 「しかし、感覚が鋭すぎるのも、困りものだな。本当に」



 「野々原。これが今日の分のプリントだ。頼めるか?」
 「はい。大丈夫です」

 今日の授業が終わり、放課後になって、わたしは職員室に呼び出されていた。わたしは今日配られたプリント類を数枚、先生から渡された。

 「すまんな、野々原。今日は門丸に頼もうと思ったが、あいつは今日、家の手伝いがあるから早めに帰ってしまったからな」
 「いえ。そんなこと、気にしないでください」

 これはたいてい、わたしか門丸くんが率先してやっていることである。ちなみに、今日その門丸くんは朝礼に先生がやって来たほんの数秒後に無事教室に到着、見事ギリギリ遅刻となってしまった。

 「では、失礼しました」

 そう言って、わたしはお辞儀をしてから職員室から出て行った。
 そういえば、わたしがこれから向かうところは先輩のとことは全く逆の方向だけど、どうしよう?それと困ったことに、昨日先輩から言われたことに対する答えがいまだに見つかっていない。授業中でもそのことを考えていたせいか、周りのことが全く頭に入らず、先生に当てられたときや終業のベルが鳴ったときなど、そういったことにも気付かない始末だった。わたしがそれらに気付いたときには、クラスの大勢から笑われるくらいなのだから。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていた、そのときだった。

 「「あ」」

 わたしの頭と体は一気に硬直してしまった。なぜなら、今大迫先輩とばったり、それも正面から出くわしてしまったからだ。

 「おい、おまえ・・・・・・・・・」
 「は!はいいいいいいい!!!!!!!す、すいません!!すいません!!!!!」
 「まだ何にも言ってないだろ。それと落ち着け」
 「あ、はい。すいません・・・・・・・」

 一瞬取り乱したあと、最後は普通に平謝りしてしまったわたし。よく考えてみれば、特に何もしていないのに、猛烈に謝ることはないんじゃないかと思ってきた。何でこういう行動に走ってしまったのか、わたし自身もよくわからない。これはある種の本能的な反射だろうか?

 「お?そのプリント、何だ?」
 「これですか?これは先生に頼まれて、今日欠席した人に届けに行くんですけれど・・・・?」

 まあ、彼の場合、事情が事情なだけに今学期は丸ごと欠席の状態だけれど・・・・

 「そうかい。けど、そいつ届けたら、とっとと帰ったほうがいいぞ」
 「え?どうしてですか?」
 「・・・・・・うちの学校から失踪者が出たって話あるだろ?そのことがあるから、何か事件性があるんじゃねえかって話になって、下校時間も早めで部活もほとんど自粛。寄り道なんてもってのほかだ。まあ、具体的な対策はまだ決まっていないみたいだから、これからPTAとかと話し合うらしいけどよ」

 そんなことにまでなっていたんだ・・・・聖杯戦争の影がこうした日常にまで侵食してきている。もしかすれば、引沼さんや門丸くん、それにこの学校のみんなだけでなくこのかやおばあちゃんたちまで巻き込まれてしまうかもしれない。改めて、聖杯戦争がこの日常を破壊しかねないものだということを知らされるのだった。

 「んな深刻そうに考えるなよ。ところでよ・・・・・・」

 そんなに深刻そうにしていたのかな?どうもこうしているときは自分がどういう表情をしているかというのはわからないものだけれど。それから、大迫先輩は続けた。

 「おまえがストーカーに追われたって話、ウソだろ?」
 「え?えーと・・・・・・」

 そういえば、今朝先輩がそんなウソ言っていたっけ・・・・でも、さすがに聖杯戦争に関することは言えないし、かといってごまかそうにも、目の前にいるこの人相手にそんなことできそうにもないし(そもそもわたしの性格的にできるはずもないけど)・・・・

 「・・・・・・安心しろ。無理に聞こうなんて思わねえよ」

 ところが、大迫先輩から飛び出てきた言葉は、意外なものだった。それだけにわたしはきょとんとしてしまった。

 「狩留間のやつがああしてはぐらかしているんじゃ、もう知りようがねえし、それにそんなんじゃおまえに聞くのも悪い気もするからな。だから、聞かねえことにするわ」

 思ったよりもあっさり引き下がってくれたので、内心ほっとしていた。そういえば、今日の登校中で、先輩は妙にこの大迫先輩と打ち解けているような気がしたけれど・・・・

 「ひょっとして大迫先輩って、先輩・・・・えっと、狩留間先輩と仲いいんですか?」
 「はあ!?」
 「ひゃあ!?!?」
 「あ、悪い」
 「い、いえ・・・・・・・」

 び、ビックリした・・・・・・いきなりすごまれたから、つい・・・・・・・・

 「あのなあ、あいつとおれが仲いいとか言っているけどなあ、おれはむしろあいつをぶちのめしたいと思っているんだからな!!何しろ、あいつがここに来るまでおれはけんかで誰にも負けたことなかったんだからな!!」
 「は、はあ・・・・・・」

 そういえば昨日、当時喧嘩常勝の大迫先輩相手に(狩留間)先輩が勝利を収めたって門丸くんが言っていたっけ・・・・?よく考えてみれば、あんな身体能力の高さを見せ付けられた上に、大迫先輩のこの態度を見たらなんとなく納得できる。今度、門丸くんに何かしてあげようかな・・・・?

 「そのくせ、肝心なことは何も言わねえから余計腹立つんだよ!だから、間違ってもあいつとおれを仲いいだなんて言うなよ!!」

 なんでだろう・・・・?どうしてこんなにも説得力に欠けるんだろう・・・・?それと先輩って大迫先輩以外の誰かとこうして話していたりするんだろうか?あ、そうだ・・・・

 「そういえば、狩留間先輩ってまだ学校にいます?」
 「ん?あいつ今日は掃除当番だけど?」
 「それじゃあ、わたしがこれから総合病院のほうへ行くっていうことを伝えてくれますか?」
 「何でそんなことおれがいちいち・・・・けど、定例会も報告してそれで終わりだろうから、そんなに時間かかんねえから別にいいけどよ」
 「定例会?」
 「ああ。生徒会に今日の服装検査の報告だよ」

 それを聴いた瞬間、わたしは頭を強く殴られたようなショックを受け、そして思考が木っ端微塵となってしまった。

 「ふ!?ふふふふふふ、ふふっふ、ふふ、ふ・・・・・・!?!?ふ?!ふふ・・・・」
 「とりあえず落ち着け。それから深呼吸しろ」

 そうして言われるがままにわたしは深呼吸をして、どうにか落ち着きを取り戻した。それじゃあ・・・・・・

 「えーと・・・・服装検査って、まさか風紀委員だったんですか?」
 「まあな。けど、他にクラスで立候補するやつがいねえから、おれが選ばれたんだけどよ」

 何というか、意外すぎる・・・・・・・わたしだったら、大迫先輩に服装チェックされた日には、もうだらしない服装なんてできっこないだろう。もっとも、今までにも何度か服装検査を受けて注意された覚えはないのだけれど。でも、確かに大迫先輩は制服を着崩している感じはしないし、どちらかと言えば服装はビシッとしているほうだと思う。几帳面な正確だったりするんだろうか?

 「とりあえずあいつにあったら伝えとくな。それと、渡すもん渡したらとっとと帰れよ」

 そう言って、大迫先輩はわたしのそばを通り過ぎ、これから定例会が行われる生徒会室へと向かって行った。何というか、大迫先輩って結構いい人なのかな?今までこうして話したことがなかったから、そういうこともわからなかった。そもそも、私の場合は誰かと進んで話すようなことはしていないのだけれど。
 そしてわたしは玄関へと向かって行った。



 「そのなんだか病院ってのは・・・・あっちの方か?」

 沙織と大迫の会話を遠方から聞いていたアーチャーは、早速それらしき建物を探したところ、それらしき物件を見つけた。その病院の看板には“幌峰総合病院”と書かれていた。おそらく、彼女がこれから向かおうとしている病院というのは、他に似たような名前の病院がないことから、ここで間違いないだろう。
 ただし、その病院のある方向と、聖杯戦争を続ける、続けないということを抜きにして、沙織がこれからしばらく世話になる楼山神宮とは全く真逆の方向に位置している。いずれにしても、彼女一人で行動するのはあまりにも危険なのは明白だった。

 「・・・・・・・ま、大丈夫だろうな。多分」

 だが、超感覚の持ち主であるアーチャーにはそれは大した問題ではなかった。今のところ、ここやこれから向かう場所にはサーヴァントやマスターと思しき姿がないことを確認していた。仮に何者かが沙織を襲撃しようとしてきても、アーチャーの弓術でそれを撃退できる自信がある。それほど高い力量の持ち主なのだ。もっとも、本心を言えば沙織のそばにいてやりたいのだが。
 それと別行動を取っている鉄平とアサシンもあの大迫という男からこのことを聞かされるだろう。そのことについて、彼らがどう思うか知らない。アーチャーの見立てでは、大迫は信用できる人物である。彼は必ず鉄平たちに沙織の行き先を伝えるだろう。
 一つ問題があるとすれば、それは沙織の聖杯戦争に対する動機付けである。時間もそんなに残っていないにもかかわらず、彼女はまだ答えらしい答えを見つけられていないのだ。もちろん、そんなに簡単に見つかるものでもない。だが、不条理がまかり通るこの聖杯戦争ではそう入っていられない。にもかかわらず、沙織は懸命にその答えを探しているのだ、昨夜あれだけ恐ろしい目にあったというのに、だ。

 「・・・・・・・・それでも、オレのやるべきことは変わらないけど、な」

 アーチャー自身は、沙織がどんな結論を出しても、それを受け入れるつもりでいる。英霊というのは、何らかの形で現世に未練を残している者たちが大半だ。しかし、このアーチャーに限って言えば、彼はそれらしき未練などない。喚ばれたからサーヴァントとして現界しているに過ぎない。しかし、喚ばれたからにはサーヴァントとして果たすべきことは果たす。マスターであるあの少女を守り抜くこと。それが現代に蘇ったこの弓使いの使命であり、“義”でもあるのだ・・・・



[9729] 第七話「薄暮の襲撃」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/09/30 03:09
 この街で一番大きな病院である幌峰総合病院。わたしは今、その前に立っている。わたしはこれから、今日の分のプリントをここに入院しているある人に渡しにやって来た。そしてわたしは早速、病院の入り口の自動ドアを抜け、この病院の大きなロビーへと入っていった。
 ロビーには、見舞い客や診療待ちの人はもちろん、ここで働いているお医者さんや看護師さんなど大勢がこのロビーを行き来している。それからわたしは足を進めると、車椅子に乗った同い年の女の子とすれ違った。

 「アレ?沙織ちゃん?今日はどうしたの?」

 その女の子はわたしに声をかけ、わたしはその子に振り向いた。知保志マコ、小学校の頃まではよく同じクラスになっていた子で、中学になってからは違う学校になってしまったせいで、あまり会わなくなったしまった。しかし、わたしがこの病院に通うようになってから彼女と再会した。彼女はわたしのことを覚えていたから、こうして病院でたまに会うようになっていた。

 「え・・・・えっと、知保志さん・・・・」
 「私のことは“マコ”でいいって言ってるのに」
 「でも、わたし、こっちのほうが呼びやすいから・・・・」

 実際、わたしはあまり人を下の名前で呼ばない。だいたい○○さんとか○○くんとか、そういう風に呼ぶ。それに、そうじゃない呼び方は少し苦手だ。そうでなくても、あのことがあったせいでわたしは知保志さんにほんの少し苦手意識がある。いや、苦手というよりも申し訳ない気持ちだ。

 「沙織ちゃんも相変わらずだね。ところで、今日はどうしたの?やっぱりお見舞い?」
 「う、うん。実はちょっと、先生に頼まれて、今日の分のプリントを・・・・」
 「アレ?今日だったら真悟君がくると思っていたけど・・・・?」

 これから会う人にプリントをもって行き始めてから、いつの間にか意識していないにもかかわらずある程度のローテーションみたいなものが出来上がっているようだ。ある日はわたし、ある日は門丸くん、といった具合だ。ちなみにそのことで今、目の前にいる知保志さんは門丸くんやこれから会う人と顔見知りになった。結構人懐っこい子である。

 「まあ、今日門丸くんは家の手伝いとかで・・・・ところで、知保志さん。今日もリハビリに?」
 「うん。結構大変だけど、前よりよくなったって先生が言ってたよ」
 「そう、なんだ・・・・・・」

 あの頃よりは大分マシにはなったと思うけれど、やはり知保志さんと顔を合わせるのは辛い。彼女が今こうなっているのもわたしのせいでもあるからだ。多分、知保志さんのことだから、それほど気にしていないと思うし、わたし自身も知保志さんといて苦に思うことはないけれど、それでもやはり辛い。わたしがあんなことさえ思わなければ、彼女は今頃・・・・

 「私も一緒にお見舞いに行きたいところだけど、入り口の近くでお母さんを待たせているからもう行かなくちゃ」
 「え?そ、そう?」
 「あ~。またぼんやりしていたでしょ。沙織ちゃんも相変わらずそれ治らないね~」
 「ご、ごめん・・・・・・」

 わたしが物事を深く考えすぎることも手伝って、結構ぼんやりしていることが多いらしい。困ったことにそのせいで、考えているようで実は何も考えていないこともあったりする。

 「また何か考えてたでしょ。あんまり考えすぎないほうがいいよ。考えすぎたら、余計頭がこんがらがるから」
 「うん。気をつけるようにするね」
 「それじゃあ、私はもう行くね。それと、会ったらよろしく伝えておいて」
 「わかった。じゃあね」

 そう言ってわたしは知保志さんと別れようとしたところ、出入り口へ向かっていった彼女の車椅子がぴたりと止まり、またわたしの方へと向き直った。

 「沙織ちゃん。しつこいと思われるかもしれないけれど私、あのときのことは気にしていないし、あれは私の不注意だから沙織ちゃんが気にするようなことじゃないんだよ。だから、ね?」

知保志さんがわたしに向けて微笑みかけてきた。そしてわたしもそれで返す。そうして知保志さんが手を振ると、車椅子を出入り口のほうへと向けて、そのまま出て行った。そしてわたしはそれを後ろから見送った。
知保志さんの言いたいことはわかる。確かに、わたしは昔のことを引きずりすぎているのかもしれない。多分、たいていの人たちは昔のことをどうにか折り合いをつけながら生きていくのなんだろう。でも、わたしにはそれができそうにない。今まで何度もそういうことを気にしないようにしようとしてきた。けれど、そうすればそうするたびに昔のことがどんどんとぶり返してくる。その昔のことはもちろん、知保志さんのことだけではない。他にも・・・・

「・・・・・・・、ぉー・・・・・・・」

 僅かだけど声が聞こえてきたので、わたしはその方向にとっさに振り向いた。なんてことはなかった。看護師さんだった。

 「・・・・・・・あの~、どうかしましたか?何かぼんやりと立っていましたけれど・・・・?」
 「い、いえ。なんでもありません」

 看護師さんは何か不思議そうな顔をしながらその場を去っていった。そうだ。早く病室に行ってプリントを渡してこないと。



 件の病室の前に着くと、病室から先生が出てきたので、わたしは一度頭を下げた。そしてその先生もそれを返すと、次の診療があるのか、早足で行ってしまった。そしてわたしは白で統一された病室の中へと入る。

 「やあ。今日は門丸君が来るとばかり思ってたから、君が来て驚いたよ」

病室の中にいくつもあるベッドの内の一つに一人、体を起こしている落ち着いた声の寝巻きのせいで全体的に白く細い印象のする男の子、伏瀬勇夫、わたしがこの病院に来たのもこの伏瀬くんにプリントを渡しに来たからだ。

 「その割にはそんな感じには見えないけどね」
 「うん。なんとなく、野々原さんが来るってわかったから」
 「なんとなく、なんだ」
 「そう。なんとなく」

 伏瀬くんって結構不思議な感じのする男の子で、それでいてわたしよりもぼんやり?のんびり?している感じだ。でも、伏瀬くんといるとどういうわけだか心が落ち着いてくる。ちなみに、そんな彼はあのお調子者な門丸くんとは中学からの付き合いで、わたし自身も彼らに初めて会ったのが中学最後の学年からだ。
 それから間が空いて数秒経過。

 「あ。そうだ。これ、今日の分のプリント」
 「うん。ありがとう。いつも悪いね。いつ学校に戻れるかもわからないのに」
 「そんな気にしなくていいよ。わたしだって好きでやっていることなんだから」
 「そうか・・・・そうだよね」

 わたしはよくわからないけれど、伏瀬くんは高校になってから体を悪くして、入院生活を余儀なくされているという。どこがどういう風に悪いのか、どういう病気なのかとかはわたしどころか、彼と深い付き合いの門丸くんですら知らないみたいだ。確かに線の細い伏瀬くんはお世辞にも体が丈夫なほうではないのだけれども、見た感じでは学校に通っても問題なさそうだと思うんだけどな。そのあたりはお医者さんのほうが詳しいのかな?
 またしても間が空いて数秒経過。

 「そ、それとロビーのほうで知保志さんに会ったけれど、その知保志さんがよろしく伝えてって」
 「そうなんだ。知保志さんもリハビリを一生懸命頑張っているの、見かけるからね」

 伏瀬くんがここに入院してから大分経つみたいだけれど、それでも知保志さんのほうが長くこの病院に通っているらしい。それでわたしも門丸くんもこの病院の事情に少しばかり詳しくなってしまったのは、一途にこの二人のおかげだったりする。
そして間が空いて数秒。これで三度目である。

 「・・・・・・やっぱり、わたしたちだと会話が続かないね」
 「・・・・・・そうだね。僕もそんなに話すの得意じゃないし」

 本当にわたしと伏瀬くんって普段から積極的に誰かと話すほうじゃないから、すぐに会話が途切れてしまう。伏瀬くんの場合は門丸くんが引っ張っている感じで、喋るのはたいてい門丸くんで伏瀬くんは相槌を打つなど聞く側に徹しているのがほとんど。それにしても、色々な話題を持っている門丸くんってある意味すごいのかもしれない。

 「ところで野々原さん。今少し笑った?」
 「え?そ、そう、かな?」
 「うん。ここに入ってくるまでなんだか少し怖そうな顔をしていたから、余計そんな風に見えた、のかな?」
 「・・・・・・そうだね。うん、そうかもしれない」

 確かに今日一日、狩留間先輩から言われた“聖杯戦争に参加する理由”に関する答えについて、これでも色々と考えてみたけれど、今に至るまでその答えがまだわからないでいる。そのせいで伏瀬くんから見たら、わたしは少し張り詰めた顔をしていたのかもしれない。
 そんなわたしの顔が和らいだというのなら、それは伏瀬くんのおかげかもしれない。どうしてだかよくわからないけれど、伏瀬くんのそばにいるとなんだかホッとする感じがする。わたしにもどうしようもなく辛い時期があったけれど、今わたしがこうしていられるのはひょっとしたら、伏瀬くんがいたからだと思う。

 「野々原さんが今どんな悩みを抱えているか知らないけれど、そんなに難しく考える必要はないんじゃないかな?そんなことをするから悩みのほうもどんどん膨れ上がって来るんだと思うんだ」
 「・・・・・・・ほんと、伏瀬くんって結構不思議なところがあるね。わたしがここに来ることもなんとなくでわかっちゃうんだし、それにわたしが色々考えていることまでお見通しなんだから」

 でも、わたしが今どうしているかなんて言えるはずもなかった。そんなことを言ってしまえばまず、間違いなく伏瀬くんまで聖杯戦争に巻き込まれることになる。いや。それを抜きにしたとしても、突然バーサーカーたちみたいなのに襲われることも十分にありえるかもしれない。もちろん、それは伏瀬くんに限った話ではない。わたしの家族、このかやおばあちゃんにシロー、わたしのクラスメートや知り合い、引沼さんや門丸くんに知保志さんと大迫先輩、そしてわたしの知らない人たちまで襲われるかもしれないのだから。

 「喋れば楽になることもあるかもしれないけれど、喋ったら逆に辛くなることだってあると思うんだ。だから、何で悩んでいるのかは、僕は聞かない。だからもし話すとしたら、野々原さんが大丈夫だって思ったときでいいから」
 「・・・・・・・・ありがとう、伏瀬くん」

 本当は今すぐ話したい。けれど話しちゃいけない。それに答えも見つかっていない。状況は何一つ変わっていないはずなのに、なぜか体が少しだけ軽くなったような感じがした。
 窓から紅色に輝く風景の光が差し込んできた。



 「全く・・・・・・・野々原さんも軽率な行動は控えてほしいのに・・・・・・」

 狩留間鉄平は自転車を押しながらぼやいていた。学校が終わればまっすぐ帰宅する(場所は無論沙織の自宅ではなく、鉄平が暮らしている楼山神宮)と思っていただけに、大迫純一からの伝言は不意打ちに等しいものだった。

 「言いたいことはわかる。だが、今回の件を抜きにしたとしても、あれが頼まれ事を断れるような性分には見えぬが?」
 「・・・・・・・・確かに、お前の言うとおり野々原さんっておとなしいほうだからな」

 姿は見えないが、どこからともなく聞こえてきたアサシンの言葉に同調する鉄平。しかし、沙織と鉄平の二人はこの聖杯戦争が始まるまでほとんど接点はなかったにもかかわらず、なおかつ一つ屋根の下で過ごすことになってたった一日しか経過していないにもかかわらず、そうあっさりと断定されてしまう沙織はある意味単純にできているのかもしれない。

 「まあ、あれにはアーチャーがついている。そこまで心配するほどでもないと思うが?」

 沙織一人で行動するだけならかなり危険が伴うが、距離はあるとはいえ、彼女にはアーチャーが控えている。彼女の周囲に敵が近づこうとも、アーチャーの狙撃にかかればどんな敵でもひとたまりもないだろう。
 突然、アサシンの姿が見えないにもかかわらず、彼はその警戒心が高まった。それと同時にどこからともなく悲鳴が聞こえてきた。

 「鉄平よ」
 「ああ、わかっている」

 鉄平が道端に自転車を止めて鍵をかけると、両者は悲鳴が聞こえてきた方向に忍び寄るように接近していった。そして物陰から様子を伺うと、その方向にはスーツを着た男性の亡骸が転がっていた。その遺骸は胸部から上の原型が全く留まっていなかった。そうさせた凶器は巨大な斧、その斧を手にしているのは青銅色の肌をした覆面の大男、バーサーカーであった。

 「あれが野々原さんの言っていたバーサーカーか・・・・」
 「ふむ。まさしく狂戦士と呼ぶにふさわしい容貌だな」

 鉄平と、ようやく姿を現したアサシンはバーサーカーと遭遇するのは初めてだった。そのため、バーサーカーのことは沙織から聞いたこと、つまりその特徴と背後にキャスターがいること、そして魂喰いを敢行していることぐらいしか知らなかった。

 「それでどうする?アサシン?」
 「そんなの決まっておろう」

 アサシンが一呼吸おく。そして続けた。

 「逃げるぞ」
 「ああ」

 アサシンに倣って鉄平もその場から即座に離脱した。無理もない。元来、“アサシン”というクラスは直接的な戦闘に長けているわけではない。むしろ、諜報や暗殺といった暗躍に特化したクラスだ。対して“バーサーカー”は自らの理性と引き換えに強大な戦闘力を得るのが普通。つまり、アサシンとバーサーカーほど相性の悪い組み合わせはないのだ。両者が戦って、よっぽどのことがない限りアサシンがバーサーカーに勝利することは皆無と言っていいほどだ。ましてやそのアサシンのマスターである鉄平もある程度戦闘力は高いのだが、サーヴァントと人間とでは雲泥の差だ。
 とにかく、鉄平もアサシンも全力で逃げている。そんな中で、アサシンが突然立ち止まった。

 「鉄平、待て!」

 アサシンは走っている鉄平を止めさせると、足元に転がっていた小石を拾い上げ、それを前方へ投げ飛ばした。すると、その小石は何もない空中で、何かにぶつかったかのように跳ね返ったのだった。

 「アサシン、これは・・・・!?」
 「うむ。見てのとおり結界だ。一度その領域に入ってしまえば最後、二度と脱出できぬ代物のようだ」
 「やはり、これはバーサーカーのマスター・・・・・・ではないよな?」
 「ああ。十中八九、奴と組んでおるキャスターの仕業だろうな」

 鉄平は最初の方は多少の驚きを示したものの、マスターとサーヴァントの両者はともに淡々としていた。彼らの言葉が示すとおり、自分たちが置かれているこの状況は間違いなく危機的なものに、だ。

 「確か野々原さんの話じゃ、キャスターは遠方から語りかけていたんだよな?」
 「おそらく、今回もそうであろう。そして、まず間違いなくこの様子をどこかから見ているはずだ」

 それから、鉄平とアサシンは姿なき魔術師の英霊を威圧する。

 「「黙っていないで、何か言ったらどうだ?」」
 『そうは言われても、わしの方は貴様らと語ることもないのじゃがな』

 重なった二人のすごんだ声に、アナウンスのように老成した口調の人物の声があたり一帯に響いてきた。

 「随分と手の混んだことをするものだな?」
 『別に、わしは結界を張ろうが張らまいがどちらでもよかったのじゃ。じゃが、昨日どこかの親切なサーヴァントが、次には誰も脱出できぬような結界でも張ったらどうだと助言したのじゃ。ちょうど、サーヴァントが全て出揃ったわけじゃからな』

 明らかに人を馬鹿にしているかのような物言いをするキャスター。だが、アサシンも鉄平もそれに動じることはなかった。また、彼はこれまでバーサーカーの魂喰いに他のサーヴァントが介入してくることはなかったので、今日みたいな結界を張ることはなかった。

 「そんなことはどうでもいいんだ。だがどうしてバーサーカーを使って魂喰いをする?」
 『愚問じゃな。魂喰いは聖杯戦争での常套手段の一つ。何か問題でもあるのかのう?』
 「策を弄するキャスターのやり口とも思えぬ下策よな」
 『そうは言われても、わしは最も弱く、最も臆病なキャスターのサーヴァントでな。この物騒な聖杯戦争に勝ち残るには色々と小細工をする必要があるのじゃ。そうであるから今、バーサーカーと組めて一安心という次第じゃ』

 キャスターはわざとらしくおどけて、自分が弱い立場にあることを強調した。

 「だったら、最初から聖杯戦争に参加するなよ。だったら、俺たちがお前を脱落させようか?」
 『脱落させる?貴様らが?このわしを?ク・・・・・クク・・・・・ハハ・・・・・・・ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!笑わせるな!』

 鉄平の言葉を聞いたキャスターは次の瞬間、押し殺していた笑いを一気に発散させると、急に威圧的な態度に変わる。

 『そもそも貴様のサーヴァントが言っておったように、その結界は何人たりとも抜け出すことができぬ。そしておまけにその中には貴様らの天敵ともいえるバーサーカーがおるのじゃ。貴様らがどう背伸びしようが敵う相手ではない!』

 キャスターが言っているそばから、鉄平たちの後ろからバーサーカーがゆっくりと迫ってきていた。

 『フン・・・・・・相変わらず鈍重なやつよな・・・・・・・・・まあ、よい。ともかく、よほどのことがない限り、貴様らがここから出ることは不可能。よって、脱落するのはこのわしではなく、貴様らの方じゃ』
 「他のサーヴァントに戦わせて、自分は姿を隠して高みの見物、か・・・・随分と臆病なサーヴァントなんだな」
 『そうとも。じゃが、冥土の土産に覚えておくことじゃ。結局生き残るのは、考えもなしに勇み足で突っ込んで身を滅ぼす愚者ではなく、ある限りの知恵を使って思考しその状況を打破する臆病な知恵者だということを』
 「主の言うとおりだな、キャスターよ」

 鉄平の皮肉を返したキャスターに今度はアサシンが口を開いた。

 「古今東西の戦術などの類は自らの身を守らんとする臆病者たちが編み出した知恵の結晶だ。主も一介の知恵者であるのならば、これを戒めるがよい。その態度によって、いつか足元をすくわれるとな」

 その言葉が言い終わるかそうでないかのうちに、アサシンは手元につかんでいるもの何かを地面に叩きつけると、周辺は強烈な光に包み込まれる。

 『目晦ましじゃと・・・・・・?猪口才な』

 その閃光はほんの数秒後には収束していった。しかし、そこには両目を手で覆っているバーサーカーの姿しかなかった。

 『悪足掻きを・・・・・・どの道、ここから出られるはずもなし。まだこの周辺に潜んでおるじゃろう。バーサーカーよ。適当に暴れるがよい。このまま燻りだしてくれるわ』

 キャスターの言葉に反応し、バーサーカーは滅茶苦茶に斧を振るう。その斧によって、地面は大きく削られていったのだった。



 「たったあれだけでここまで逃げられるもんなんだな」
 「これは我らだからこそ、可能としたのだ。並大抵の人間ではここまでは移動できまい」

 先ほどの地点からかなり離れた位置の茂みに、鉄平とアサシンは息を潜めていた。流石にアサシンのような気配遮断は鉄平には不可能だが、それなりに気配を殺すことはできる。アーチャーには悟られてしまったが、今の彼を探し当てることは容易ではない。

 「それでアサシン。何か打開策はあるのか?」
 「ない」

 はっきりとしたアサシンの物言いに鉄平は少し肩を落としてしまう。

 「そもそもこれも単なる時間稼ぎに過ぎん。我らがここから自力で出る方法はないに等しい。このままではいずれ、バーサーカーに見つかって二人ともやられるだろう」
 「それじゃあ、どうするつもりなんだよ?」

 アサシンは少し黙って、遠方を見つめている。その方向は自分たちが逃げてきた方向、つまりその先にバーサーカーが暴れている。

 「どうやら、向こうは完全にこちらに気付いていないようだな」
 「そりゃそうだろう。何しろ、俺たちはあいつらを煙に巻いたんだからな」
 「そうではない。某がこれで一番懸念していたのはキャスターだ。何しろ奴は遠方からこちらの様子を伺っている。奴の遠見が完全なもので、我らの動向を全て網羅していれば、今のこの行動は水泡に帰していただろう」
 「・・・・・・つまり、キャスターもこっちの動きを完全に把握しているわけではないのか?」
 「そうだ。現に奴が我らの動きに気付いていたのならば、真っ先にここにバーサーカーを向かわせるはずだ」

 一呼吸置いてから、アサシンは続ける。

 「とはいえ、奴のあの行動自体が虚偽である可能性も否めない。しばらく様子を見て、密かに移動した後に奴の動きを見極めよう。さすれば、彼奴らが我らの動きを把握しているか否かわかるであろう」
 「どっちにしても時間稼ぎにしか思えないけど、何もしないよりはましか。ひょっとしたら、何か状況が変わるかもしれないからな」
 「そういうことだ」

 鉄平とアサシンはそこで息を潜めるのだった。すると、アサシンが不意に鉄平に話しかけた。

 「ところで鉄平よ。今はアーチャーのマスターのことは捨て置くのだな。今の状況ではどうしようもない」
 「わかってる。野々原さんにはアーチャーがついているんだ。何かあればあいつがどうにかするさ」
 「・・・・・・だとよいがな」

 確かに鉄平には沙織のことが気がかりだった。だが、それに囚われて、命を落とすような真似だけは確実にしない。今の彼らにできることは、ここを生き延びること以外にないのだから。
 だが、アサシンは表情にも態度にも出さなかったが、沙織に関して彼は何か嫌な予感がしていた。最初は気にも留めなかったが、途中から彼はある見落としをしていることに気付いた。しかし、そのことを鉄平にあえて知らせなかった。なぜなら、今自分たちにできることはないのだから。



 今、わたしは自分が軽率だったかもしれないと後悔している。遠くにいるとはいえ、アーチャーさんがいるから安心しきっていたのかもしれない。とにかく、頭の中は半分パニックになっていて、半分どこか落ち着いていた。
 病院から出て、しばらく経ったときだった。わたしは何か胸騒ぎがして、足早にその場を離れようとした。でも、できなかった。離れる前に囲まれてしまったからだ。そして、そこから抜け出すことはできない。なにしろ、わたしの周りを昨日出てきた謎の騎馬軍団が取り囲んでいるからだ。よく考えてみれば、わたしは普通の人間だ。そんな普通の人間が馬に乗った人たちから逃げられるはずもなかった。
 そして今、全身が血の色をしている軍勢に囲まれているわたしの前に黒髪の女の人とどこかの民族衣装を着た男の人が立っている。

 「あなたが野々原沙織さん、アーチャーのマスターね?」

 わたしに声をかけてきたその女性の黒い髪は長くて綺麗で、服装もどこかカジュアルな感じがした。それでも、この人は・・・・・・

 「あなたも、マスターなんですか?」
 「ええ。守桐神奈。それが私の名前よ」

 守桐、って確かこの街を管理しているっていう魔術師の一族だったはず。やっぱりこの人も魔術師で、周りにいる軍団を従えているサーヴァント(多分もう一人の男の人)のマスターである人(ついでに言うと、昨日のだらしないメイドさんのご主人様)。そして、わたしが聖杯戦争に参加するとすれば、確実に敵となる人・・・・

 「いきなり物騒な真似をしてごめんなさい。でも、あなたがこの場にいること自体、あってはならないことなの。だからわかってちょうだい、とは言わないわ」

 神奈という人は心底申し訳なさそうに謝りながらも、その次の瞬間にはきっと目尻が上がっていた。

 「早速本題に入りたいところだけれど、その前に令呪を使ってアーチャーを呼ぼうなんて思わないことね。あなたの腕にそれがある限り、令呪は使えないわ」

 そういえば、わたしが逃げようとして、それで結局囲まれてしまってからこの人に向き直ろうとしたとき、この人の振るった筆でわたしの令呪があるほうの腕に変な模様を一瞬にして描きこんだ。どうやら、この模様のせいでわたしは令呪、サーヴァントに絶対的な命令を下す切り札を使えなくなったというらしい。

 「それじゃあ早速単刀直入に言うわ」

 そうして、守桐神奈はゆっくりとその口を開いた。



 違和感はあった。妙にこの周辺の人間は無人に等しいほど少ないと思った。探査も怠ったつもりもない。だが事態は急転してしまった。その急転に対応できずに何がサーヴァントかと悔やむ暇などアーチャーにはなかった。むしろ優先すべきはこの場を切り抜け、沙織の下へ駆けつけること。だがそれも難しい。
 確かに、アーチャーの狙撃能力はかなり高いものだ。これでも何体かはそれで撃退した。だが問題はこの数の多さだ。

 (正面のビルには大体数百・・・・周りも似たようなもんか・・・・しかも地上には、それ以上がいるな・・・・・・)

 アーチャーの建つビルの周辺には、昨日彼や沙織たちを襲撃してきたあの鮮血兵団が取り囲んでいた。彼のいるビルの周辺に建つビルの中や、そこ一帯の路上におびただしい数の全身が血の色をした兵士たちがこれまた血の色をした弓を構えて取り囲んでいる。おそらく、一体の戦闘能力はそれほど高くないはず。だが、それが集団となると話は違ってくる。

 (さて、どうしたもんかね・・・・・・)
 「貴方様が今回のアーチャーのサーヴァント、でございますね?」

 アーチャーが考えをめぐらせていると、どこかからかわずかな声が聞こえてきた。彼はその声のしてきた方向を振り返ると、ビルの屋上に鮮血兵たちが弓を構えていた。その中で唯一、全身が血の色ではなく人間の肌をしており、スーツを着こなしている老紳士が立っていた。

 「ああ、よかった。どうやらこの声量でも貴方様には聞こえるようですね。あ。それとわたくし、これでも読唇術を少々嗜んでおりますので、どうぞお気になさらず」
 「・・・・・・で、あんた。あの昨日のだらしなさの権現みたいなメイドさんの同僚かい?」
 「つくしさんのことですか。はい、そのとおりでございます。申し遅れましたが、わたくし、守桐家にお仕えさせていただいております佐藤一郎と申します。以後、お見知りおきを」

 そう言うと、一郎と名乗った老紳士は恭しく礼をした。アーチャーはこの老紳士の一連の動きを見て、彼がつくし同様只者ではないことを見抜いた。ただ、彼女と違うのは、この一郎という老紳士のほうが真面目に仕事をこなしていそうだということだ。

 「それで?確かそのモリトウとかいう魔術師がここの管理人って話だよな?その管理人様に仕えていらっしゃる執事さんが何の御用で?」
 「はい。わたくしどもはこれより、貴方様が貴方様のマスターの下へ行かせないよう、足止めをさせていただきます」

 アーチャーの嫌味っぽく聞こえる問いにも行儀よく返答する一郎。アーチャーの目つきに鋭さが増してくる。

 「それで、オレを引き付けている間にオレのマスターを脱落させようってわけか。ここの管理人は随分と、姑息な魔術師みたいだな」
 「・・・・・・・・気分を害したのでしたら、大変申し訳ありませんでした。しかし、この儀式を一般の方に知られるということは本来あってはならないことなのです。ですので、貴方様がここにいる間に、確か野々原沙織様、でよろしいでしょうか?彼女が令呪を破棄していただければ、それで全て丸く収まるということです。ああ、ご安心下さい。沙織様には一切、危害を加えるつもりはございませんので」

 一郎が一通りの説明を終えると、その場はしばらく重い沈黙に包まれていた。それから、アーチャーは一郎に質問した。

 「・・・・・・・・本当に彼女に危害を加えるつもりはないんだろうな?」
 「はい。それはわたくしが保証いたします。上手くいけば10分ほどで説得が終わると思いますので」
 「その根拠は?」
 「何しろ、魔術師の世界といいますのは、非日常的な世界である上に命の危険まであります。そんな世界に身を置いていない方と致しましては、誰が好き好んでそこに居続けるのでしょうか?」
 「命の危険、ねえ・・・・・・今もうちのマスターはその命の危険とやらに晒されていないんだろうな?」
 「はい。もちろんでございます」

 その言葉が終わると、アーチャーは弓に矢を番えた。

 「ごまかすのもいい加減にしろ。今のオレみたく、こんな気味の悪い連中に囲まれているあいつに命の危険がないって言い切れるのか?」

 アーチャーには見えていた。沙織の前に立つ一郎たちの主である女性、神奈とその周囲を取り囲んでいる鮮血兵の姿が。そして一郎は悪びれる様子もなく言葉を発した。

 「はい。あれはただの逃亡防止のための壁のようなものでございます。どうか・・・・」
 「“お気になさらずに”ってか?さっき、あんたは“説得”って言葉を使ったよな?オレに言わせりゃ、あんたらのやっていることはただの脅迫だ!」

 そしてアーチャーは構えた矢を一郎目掛けて放った。その矢は一瞬のうちにして、一郎の頬をかすめ、彼の頬から血が少し流れ出た。

 「・・・・・・・・危ないところでした。これで少しでも動いていれば、わたくしの命はなかったでしょう。いやはや、流石はアーチャーのサーヴァントにふさわしい弓術と鋭い感覚ですな」
 「褒めても何も出ないぞ。出てくるとすれば、次にあんたか周りの奴らを射抜く矢だけだ」

 どうやらアーチャーはわざと矢を外したようだ。だが、彼の弓の腕ならば一郎はもとより、この場にいる鮮血兵に矢を必中させることなどたやすいことだろう。

 「まあ、貴方様と真正面から挑んでも到底叶うとは思いません。ですが、流石にこれだけの数を相手にするのは、いくら貴方様でも骨が折れるでしょう。何しろ、わたくしどもが今なすべきことは貴方様を“斃す”ことではなく“足止めする”ことに尽きますからな。貴方様のマスターでいらっしゃられます沙織様が令呪を放棄していただければ、貴方様と長く戦わずに済むのですから」
 「・・・・・・だったら、あいつが脅されて観念する前に、オレがここから抜け出してあんたらのマスターに説教してやるよ。そのついでにライダーのヤツをぶっ飛ばすのもありだけどな」
 「おや?こちらのサーヴァントが誰か、ご存知だったのですか?」
 「まあな。何しろ、名うての騎馬軍団を率いているヤツといえばかなり数は限られてくる。正体が割れるのも、時間の問題だろうがな」
 「・・・・・・・・まあ、いいでしょう。我々はただ、貴方様を長くここに引き留まらせることに集中させていただきます」

 一郎がその言葉を言い終えると、片腕を上げた。それが合図となって、その場にいた鮮血兵が一斉に矢を放った。それに呼応するかのように、他のビルにいる鮮血兵も矢を放ち始めた。大量に降り注いでくる矢は、あたかもこれから始まる戦いの合図であるかのようだった。



 「返事がないようだから、もう一度言うわね。令呪を破棄してこの聖杯戦争から手を引きなさい」

 正直に言って、わたしはかなり怯えてしまっている。この神奈っていう人の今の雰囲気もそうだけれど、その後ろでわたしを睨みつけている男の人や周りに数え切れないほどいる騎馬軍団がそれを助長している。むしろ、目の前にいる魔術師も怖いけれども、それ以上に後ろの男の人や騎馬軍団のほうがよほど恐ろしい。

 「そんなに難しく考えるようなことではないわ。あなたも自分のサーヴァントやこの儀式のことについて教えてくれた人から聞いたと思うけれど、これには私以外にも多くの魔術師が参加しているの。彼らはどんな手を使ってでもあらゆる願いをかなえる聖杯を手に入れるとするでしょうね。たとえ、誰かを死なせることになるとしても」

 言っていることはわかる。確かに下手すれば、わたしはアーチャーさんを呼び出す前にバーサーカーに殺されていたかもしれない。それに、もしもサラとセイバーとの戦いがあのまま続いてアーチャーさんたちが負けてしまったり、この軍団に追いつかれてしまったら今頃どうなっていたのかわからない。
 とにかく、この人も先輩と同じく聖杯戦争にわたしを参加させたくないらしい。多分、先輩とこの人ではその動機も違うと思うけれど。

 「確かに願いが叶うことはとてもいいことだと思うけれど、そのために命を落とすなんてことになってしまえば元も子もないわ。あなたの場合、この戦いで生き残れそうにないもの。だから・・・・・・」
 「・・・・・・・・わたし・・・・」
 「え?」

 思わずわたしが喋りだしたことで、神奈さんはきょとんとしてしまっている。

 「・・・・・・・わたしに叶えたい願いなんて、ありません・・・・・・・」
 「そう。だったら話は早いわ。なら・・・・・・」
 「でも・・・・・・・・」

 色々とごちゃごちゃして整理のつかない頭のまま、わたしは続けた。

 「でもわたし、この聖杯戦争を無視するなんてこと、できません」

 それがわたしの正直な気持ちだった。でも、どうしてそう思うのかまではわからない。むしろ、先輩に昨晩聞かれたことに対する答えがこれでは、先輩も納得はできないだろう。その証拠に、一瞬緩んだ表情をした神奈さんの顔が険しくなる。

 「無視できる、できないの話ではないわ。この場にいるのならばわかっていると思うけれど、魔術やそれに関することは本来あなたのような人が知ってはいけないし、関わってはいけないことなのよ。そうなってしまった場合、どんな理由であれ、あなたはそれをしってしまった者として魔術協会から粛清されることだって十分ありえるわ」

 確かに魔術師の世界はわたしが思っている以上に過酷な世界だということは認識していた。けれど、神奈さんが淡々とした口調で話しているせいもあって、わたしみたいに魔術の存在を知ってしまった人間に対して容赦しないことに戦慄してしまった。

 「それにあなたが聖杯戦争に命を懸けてまで参加する理由なんてないはずよ」
 「・・・・・・・・けど・・・・」

 逃げ出したい気持ちもあるけれど、それに構わずわたしは喉から声を絞り出した。

 「けど、現にキャスターがバーサーカーを使ってその聖杯戦争に関係ない人たちを襲っているじゃないですか!?そんなの知っておきながら、無視するなって言うほうが無理ですよ!」

 わたしにしては大きな声で喋ったような気がする。一瞬神奈さんの眉がピクリと動いたような気がするけれど、その表情に大きな変化はなかった。

 「それが、あなたが聖杯戦争に参加する動機なの・・・・?」

 動機、と言われれば違うような気がする。確かにキャスターやバーサーカーがやっていることは許せないことかもしれない。もう彼らに関わりたくないと思う反面、それをどうにかしたいとも思っている。けれど、わたしの動機はそういうことではないと思う。そんなことだったら先輩に聞かれた時点でそう答えているはずだと思う。
 わたしが神奈さんに対してはっきりと否定しなかった、というよりもできなかったのは、わたしが明確な目的が何なのかこの状況にあってもまだわからなかったからだ。

 「この世界はあなたにとって不条理なもの。あなたが身を置いている世界で非道とされる行いも魔術師の間では当たり前とされる場合があるのよ。それぐらい、普通の世界と魔術師たちの世界では大きな差異があるものよ」

 変わらず淡々とした口調で話す神奈さんに、わたしは先程よりも震えが増しているような気がした。

 「そんな生半可な正義感で聖杯戦争に望むというのなら、あなたはいつか自分の身を滅ぼしかねないし、あなたがこのまま挑むつもりでも私がそうはさせないわ」

 バーサーカーたちを止めたいという気持ちはあるけれど、やはり自分の命は惜しいという気持ちもある。つまり、神奈さんの言葉のとおり“生半可な正義感”とはそういうことになる。それに下手にバーサーカーに挑んでも、逆に私やアーチャーさんが返り討ちにあう可能性だってありうる。
 叶えたい願いもない、バーサーカーたちを止めたいという理由は中途半端。それじゃあ、わたしはどうしてそこまで聖杯戦争にこだわるの・・・・?

 「でも、あなたが今ここで脱落を表明するのなら、あなたの聖杯戦争に関する記憶を消すことができるわ。記憶の改竄という形になるけれど。でも、少なくとも聖杯戦争中やその後の身の安全は私が保証するわ」

 その言葉でわたしは一瞬揺らいだ。ここで“参加しない”ということを認めればわたしは安全でいられる。それならばおそらく誰も反対はしないだろう、多分アーチャーさんでさえも。
 それでもわたしは迷っていた。聖杯戦争に参加するか、否かということ。これぐらいで迷うぐらいならば聖杯戦争に参加しないほうがいいのではないか。ここで参加することをはっきりさせるべきだ。様々な考えが頭の中に散らばり、まとまらない。

 「・・・・・・ぬるいな」

 そして、それは中断された。それまで一言もしゃべる様子のなかったどこかの民族衣装を纏った男の人、たぶん神奈さんのサーヴァントがとうとうその口を開いた。

 「ライダー。勝手に出てこないでちょうだい。あなたの出番はないのよ」

 神奈さんはそのアジア風な外見の男の人をライダーと呼んだ。それにしても“出てこないで”ってどういうこと?似たようなことを昨日、サラも言っていたような気がするけれど。

 「貴様のやり方ではぬるいというのだ。貴様のその中途半端なやり方ではあっという間に一日が終わってしまうわ」
 「中途半端?これでも説得に手を抜いているつもりはないのだけれど?」
 「説得だと?小娘一人を説き伏せるのに、俺の尖兵をありったけ揃えて囲んでいるこれを説得というのか?面白いことを言うな、貴様は!どおりで魔術師にしてはぬるいと思ったわ!!」
 「くっ・・・・・・」

 今にも大笑いしそうなライダーに苦虫を噛み潰したような顔になる神奈さん。たしかに神奈さんのやり方は強引な感じではなかったし、彼女の言うような魔術師のやり方、それがどういうやり方なのかはよくわからないけど、多分魔術師の英霊だというキャスターと大差ないかもしれないそのやり方で、わたしを無理矢理聖杯戦争から脱落させることだってできたはずなのに、この人はそれをしなかった。

 「まあ、いい。ここは一つ、この俺が見本を見せてやる」

 そう言うとライダーはわたしのほうに近づいてきた。その途端、いきなり刀剣を一振り自分の腰から抜き、それをわたしに突き出した。

 「小娘。聖杯戦争に加わって我らの敵となるならば、その右腕一本で済ませてやろう」
 「ライダー!!!」
 「何も騒ぐほどのことではあるまい。これでも俺はお前の意に沿うようにしているのだぞ。本来ならば、この小娘が敵となった時点で殺してもいいぐらいだ。それが令呪を宿している右腕一本ならば安いものだ」

 このライダーという人、本気だ。多分、神奈さんがいなかったらわたしは殺されてもおかしくない。そんなことを言いながら笑っているこのライダーがとてつもなく恐ろしい。そのせいでわたしは完全に震え上がってしまい、喉や脳が締め付けられてしまった。

 「・・・・・・ライダー。今すぐ馬鹿な真似はやめなさい」
 「フン。元はといえば、貴様が無傷で済まそうとして、ちんたらと時間をかけるからこうなったのだぞ。本当に無傷で済ませたいのならば、これぐらいはやらなくてはなあ。それとも、貴重な令呪を使って俺を止めるか?」

 縮こまっているわたしを余所に、ライダーと神奈さんは睨み合っている。詳しくはわからないけれど、この二人の仲はあまり良好、といえないのかもしれない。

 「・・・・・・もっとも、この小娘も頭が固そうだからな。すぐには首を縦に振らぬだろう。おい、小娘。10秒だ。その間に答えなければ、即座にその腕を切り落としてやる」

 そうしてライダーはカウントを始めた。わたしが聖杯戦争に参加する“答え”を見つけても、彼はどのみち、この場でわたしの腕を切り落とすだろう。そのせいでわたしは雁字搦めとなってしまった。そのとき、わたしはライダーの後ろで令呪を使おうとしている神奈さんの姿が見えた。けれど、彼女の近くにいる騎兵もなぜか動き出そうとしている。多分、神奈さんが令呪を使おうとしているのを止めようとしているのだろう。
 そうこうしているうちに、残りの時間も少なくなってきた。その瞬間、わたしの体は一気に縮こまってしまった。それは、あと数秒で腕を切り落とされてしまうという恐怖心からではない。

・・・・・・・オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!ブロオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・

 どこかからか響いてくる轟音。それはどんどんこっちに近づいてくるのか、ライダーも神奈さんもその方向に目をやった。この音ってひょっとして、バイクのエンジン音!?

・・・・・・・・・・・オオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!

 そして、壁のように周りに連なっている騎兵たちを突き抜けて、一台のバイクが飛び出してきた。それはわたしたちの離れたところでターンをして、こっちのほうに向き直った。そのバイクには二人の人が乗っていた。一人は黒い皮のジャケットを着た赤いヘルメットの男の人。そしてもう一人、後ろにいるのは古代ギリシャの兵士みたいな黄金の鎧を着た人だった。



[9729] 第八話「金色の豹」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/02 03:03
 抉られたアスフェルトの道、倒されている電柱や街灯・・・・大規模な爆発が起こったかのように荒れ果てているこの場所で斧を振るっている大男、バーサーカーは暴れ回っていた。彼は今、キャスターの張った結界に閉じ込められて、身を潜めているアサシンとそのマスターをあぶりだすために隠れていそうな場所を手当たりしだい破壊している。

 「・・・・・・・・フン、鼠どもめ。コソコソとしおって」

 その様子を遠くから様子を見ていたキャスターは苛立ちを隠せないでいたが、その苛立ちで周りが見えなくなってしまうほどではない。アサシンやそのマスターはこの結界から脱出できるはずもない。時間をかけてじっくりと燻り出せばいいだけの話だが、思っていた以上に時間がかかりすぎている。現場で実際に作業をしているのがこの理性を失った狂戦士であるから、それも仕方のないことだろう。頭の中で思い描くことと実際に体感することにこれだけの差異が生じてしまうことにキャスターは自嘲していた。

 「まあ、よい。少々腹立たしいが、ここは一旦気を取り直してこの我慢比べにしばらく付き合ってやりたいところじゃのう」

 彼はここぞという場面での気持ちの切り替え方を心得ていた。それで多少なりとも苛立ちは収まった。

 「しかし、鼠は後々放置しておくと面倒なことになる。何しろ、家財は食い荒らされる、場合によっては病の源にもなる。おまけにちょろちょろと動き回って目障りなことこの上ない。ようやっとのことで追い詰めたと思いきや、生意気にもこちらに噛み付いてくる始末・・・・・・・・・全く持って腹立たしい生き物よ、鼠というのは。そうは思わぬか?」

 独り言のように喋りだしたキャスターはふと立ち上がり、後ろを振り返った。そこには白銀の騎士、セイバーを引き連れた少女、サラ・エクレールの姿があった。

 「確かにそうね。けれど、今の私からすればキャスター、貴方のほうがネズミよりもよっぽど目障りよ」
 「さて、キャスターよ。サーヴァントが七人揃ったところでまだ間もないが、ここで貴様の聖杯戦争も幕引きとさせてもらおう」
 「幕引き、じゃと?それはこのわしを仕留めてから口にすることじゃな」

 最優とされるセイバーのサーヴァントに対して、あくまで強気の態度をとる最弱とされる魔術師の英霊キャスター。その身なりは魔術師というよりも古代の神殿に使える神官といった服装をした青年であった。

 「ハッタリはそこまでにしてもらおう。貴様の魔術が身に通ずる道理などどこにもなし」
 「ハッタリも駆け引きにおいては重要な手段の一つじゃ。まあ、ただ敵に突っ込む事しか能のないセイバーのサーヴァントにはちと難しいかもしれんがのう」
 「キャスター、貴方少し頭が緩んでいるんじゃないのかしら?今から始まるのは駆け引きとか交渉みたいな言葉の戦いではないわ。ここでは勝つか負けるか、それがひいては生きるか死ぬかの命のやり取りよ。ここでは言葉なんて何の役にも立たないわ」
 「魔術師にしては随分と野蛮な物言いじゃのう。じゃが、言っていることは正論じゃ。じゃが・・・・」

 今、キャスターやセイバー、サラのいるビルの屋上は突如として光の壁に包み込まれてしまった。アサシンと鉄平を閉じ込めているものと同じ結界だ。

 「どうじゃ。戦いにおいても言葉も役に立つものじゃろう。これで、貴様らは逃げることも隠れることもできなくなったわけじゃ」
 「その代わり、貴方も逃げることができなくなったけれどね」
 「じゃが、それでもわしがここで敗れ去る要素など何一つない」
 「本当に強気なのね。でも、私たちは逃げるつもりも隠れるつもりもないわ。だって、私たちはここで貴方を仕留めるんだから!」
 「・・・・・・さて、そろそろいいか?サラ?いい加減、この外道を討ち取りたいのだが」
 「ええ、どうぞ。キャスター、貴方の非道な行いもここまでよ!」
 「強気なのはお互い様のようじゃな・・・・まあ、それぐらいでなくては、魔術師は務まらぬか。さて、セイバー。貴様ももうただ突っ立っているのも飽きてきたじゃろう。よいぞ、どこからでもかかってくるがよい」
 「・・・・・・・・そうか。では、参る!!」

 剣を構えたセイバーは自分の敵である魔術師を討ち果たすべく、一気にその距離を詰め、斬りかかった。



 ライダーの騎馬軍団に囲まれ、神奈さんやそのライダーに聖杯戦争から降りるよう迫られているわたし。そこに乱入者が現われた。バイクに跨った二人の男の人。一人はジーンズに黒い皮のジャケットを羽織った赤いヘルメットの男の人。もう一人はその後ろに座っていて、黄金の鎧を身にまとった古代の戦士風の男の人、でも顔は兜をかぶっていてよく見えない。二人の服装があまりにも不釣合いすぎるのだけれど、これだけははっきりしている。この人たちも聖杯戦争の参加者だ。
 すると、前に座っている男の人が自分のヘルメットに手をかけ、それを脱いだ。ヘルメットの下の素顔は短く刈り上げられた髪をした強面の男の人だ。正直、大迫先輩といい勝負かもしれない。

 「よお、管理人さんよお。その節は世話んなったな」
 「あなた、シモン・オルストーね。ここへ何しに来たの?」

 神奈さんはシモンと読んだその男の人をキッと睨みつけた。シモンはそれに動じることなく喋った。

 「別に。おれは聖杯戦争の参加者だぜ?理由はつまるところ一つ。戦うために決まっているだろうが」
 「それだけ?」
 「まあな。あと強いて言えば、ただ隠れているだけのキャスター以外のサーヴァントと一通り当たったわけよ。これで遭遇してねえのはアーチャーだけ。それでサーヴァントの気配がするからそこに寄ってみれば、なんかおかしなことになっているからな。それで野次馬根性が出ちまったわけよ」

 ヘラヘラと喋っているシモンは何というのか、魔術師というよりはむしろ道でたむろしている怖いお兄さんにしか見えない。でも、わたしが気圧されるのには、それだけで十分だった。

 「あの、あの人って、やっぱり魔術師なんです、か・・・・?」
 「ええ。シモン・オルストー、魔術協会に属していないフリーの魔術師よ」
 「フ、フリー・・・・・・?」
 「そう。大方、この聖杯戦争に参加している理由は魔術協会から聖杯の取得を依頼されたんでしょうね」
 「ああ。その報酬でおれはしばらく気ままなバイクのツーリングを楽しめるってわけよ。根源の探求なんざ興味ねえからな」

 親切にもこの人の素性は神奈さんが教えてくれた。それにしても根源って・・・・・・?何のことかさっぱりわからないけれど、この人の目的は報酬だっていうことはわかった。
 そして次の瞬間、わたしがある意味での引き金となってしまった。

 「それじゃあ、あの人の後ろにいるのも、やっぱりサーヴァントなんですね・・・・?」

 その言葉とともに、神奈さんはすごい意外そうな顔をしていた。シモンも珍妙な顔をしているし、ライダーも軽く呆気に取られてしまっている・・・・わたし、何か変なこと、言ったのかな?

 「あなた・・・・・・まさか、霊体化しているサーヴァントが見えるの!?」

 れ、霊体化って、確かサーヴァントの姿を消すあれだよね・・・・・・?わたしの場合、自分の魔術回路(だったっけ?)の切り替えができないせいでアーチャーさんの霊体化ができないけれど。
 神奈さんはそのまま、シモンに視線をやるとシモンは首を横に振った。

 「一つ聞くけれど、まさか、初めてわたしがあなたの前に姿を見せたときに、ライダーの姿までは、流石に見えてないわよね!?」

 神奈さんはわたしの方を思いっきり掴み、わたしの体をガクガクと震わせた。う~ん、なんだかすごい悪いような気もするけれど、ここは本当のことを言ったほうがいい、かな・・・・・・?

 「・・・・・・・・思いっきり、見えました・・・・」

 その言葉を言った直後に、神奈さんはわたしの肩から手を離し、頭を抱え、立ち眩みでもしたかのように地面に倒れそうになった。そこをライダーの配下である騎兵の一人がいつの間にか馬から下りて、彼女を支える。
 なんというか、この空気がすごく痛い。そして、さっき詰められていたときよりも数倍辛い。ていうか、みんなサーヴァントの姿消していたんだ・・・・“なんで出てきたの?”みたいな発言はそういうことだったんだ・・・・・・

 「参ったわね・・・・まさか、一般人と思っていたら、その実は霊感のある人間だったなんて・・・・」

 一応事実を受け入れたのか、さっきより少し落ち着いた神奈さんが軽く息をついたときにはもう、空気が一変してしまった。

 「姿を消しているサーヴァントが見えていようが、見えていまいが、そんなことどうでもいいだろ?」

 すると、聞き覚えのない男の人の声が聞こえてきた。鎧の人だ。彼はいつの間にかバイクから降りて、左腕には彼の上半身がすっぽり隠れそうなほどの大きさの丸い盾、右腕には彼自身の身長ほどの長さを持つ槍を手にしていた。

 「おい、シモン。いつまでボケッとしてるんだよ?」
 「あ、ああ。悪かったな、ランサー。おれもこういった人間を実際に見るのは初めてだからな」
 「へえ。オマエでもあんまり目にしないのか。ま、別にいいけどよ。ところで見たところ、多分そこのお嬢ちゃんがアーチャーのマスターなんだろ?この場にはいねえみたいだが、早く令呪でも使って呼び出してくれよ。オレはまだそいつに会ったこともないんだからな」

 シモンのサーヴァント、ランサーはいきなりわたしに声をかけてきた。そこでライダーの配下から離れた神奈さんが割って入ってきた。

 「生憎だけれど、この子は意図せずにアーチャーを呼び出したのよ」
 「だからどうした?コイツがアーチャーのマスターだってことには変わりないだろ?」
 「それに部外者云々の話になるんなら、そいつだって十分な異能者だ。参加資格あり、だろ?」

 ランサーの顔はよく見えないけれど、彼のマスターであるシモンの顔はまるで獰猛な獣のそれだった。ランサーの今の顔もおそらくシモンのものと同じだろう。彼らもわたしの知らない世界に身を置いていることを思い知らせた。

 「あの、さっきからすごく悪い気がするんですけれど、わたし今、令呪が使えないみたいで・・・・」

 すると目の前の二人はわたしをいぶかしむように見つめていた。

 「ふーん・・・・・・まあ、いいさ。どっちみちピンチだろ、オマエ?だったらアーチャーが駆けつけてくるまで周りのザコと遊びながら待つことにするさ」
 「ほう・・・・・・ザコ、というのか?」

 そしていつの間にかライダーが毛並みも、目の色も、着けられている鞍でさえも血の色をしている馬に跨っていた。

 「ああ、ザコだろ?なあ、シモン。オマエはコイツら相手して問題ないよな?」
 「まあ、なんとかなるだろ」
 「オーケー。死にそうになっても手助けしねえからな」
 「必要ねえよ。つうか、死にそうになったら助けろよ。おれ死んだらおまえ現界できねえだろ」
 「そういやそうだったな。けど、オマエでもコイツら倒せるから安心しろ」

 ライダーを無視して、漫才のようなやり取りを始めたランサーとシモンに、無視されたライダー本人は青筋を立てていた。

 「この俺を蔑ろにして、ただで済むと思っているのか?」
 「何が蔑ろだ。こんなザコども囲まなきゃ何もできねえお山の大将がよ」
 「ならば・・・・そのザコに蹂躙されて、果てるがよい!!」

 ライダーが合図を送ると、周りにいた騎兵たちが一斉に大量の矢をランサーたちめがけて放ってきた。でもその瞬間、ランサーは地面すれすれの低い体勢でライダーのいる方向へ突進し、ヘルメットをつけたシモンもバイクを発進させた。
 ランサーの進行方向に騎兵たちが何騎か躍り出たけれど、ランサーは目にも留まらぬ速さで槍をその騎兵たちに突き出し、騎兵たちは槍で突かれた喉を押さえながら落馬してしまった。速度を落とさず迫ってくるランサーをライダーは手にしていた弓で矢次々と射るが、それらは全てランサーの手にしていた盾で防がれてしまう。
 そして射程距離に入ったランサーはライダーの顔目掛けて槍を凄まじい速さで突き出してきた。しかしライダーは背中を反らしてどうにかその攻撃を避けた。ライダーが不安定な体制になったところをすかさずもう一撃、ランサーは先程よりも低い位置に突きを繰り出したが、今度はライダーを乗せている馬が軽々と跳ねてかわした。馬が着地すると同時に、馬が強烈な後ろ蹴りをランサーにお見舞いする。しかし、その蹴りもランサーの盾によって防がれてしまっていたが、ランサーは後ろのほうへと吹き飛んでしまった。
 そうしてライダーはそんなランサーに次々と矢で追撃をした。しかしそれらの攻撃はランサーが曲芸師のように空中を旋回しながら避けられた上に、ものによっては盾で防がれてしまった。
 ランサーが着地したその場所は、先ほどまでランサーとシモンがいた場所だ。

 「・・・・・・へえ。流石はライダーのサーヴァント。馬の扱いはお手の物ってか」

 ランサーが感心しながらそんなことを言った。確かに、ライダーのほうも無茶苦茶な体勢から巧みに手綱を操って、ランサーの攻撃を避けた上に反撃まで試みている。
 サーヴァント同士の戦いを見るのはこれで四度目になるけれど、わたしはただ、ただ圧倒されるしかなかった。

 「貴様は俺の申し出を退けただけでなく、俺の気分をも害した。残念だが、ここで果ててもらおう」

 そこへわたしたちの周りを取り囲んでいた騎兵たちが続々とライダーの周囲に集結してきた。
 なお、騎兵たちの中にはバイクを走らせているシモンを追撃している者もいた。そのシモンもバイクスタントも顔負けのライディングで騎兵たちを翻弄し、ときには急旋回して騎兵たちのほうに突っ込んで攻撃を仕掛けていた・・・・・・ていうより、この人も魔術師なんだよね?てっきり、炎とか電撃とかを繰り出して攻撃する光景を思い浮かべていただけに、シモンが魔術師だということに半信半疑になってきた。

 「皆の者!相対すべき敵は一人なれど、あれは虎よ!決して一人だからとて手を抜くな!!その瞬間にその喉笛は裂かれ、自らの肉は食まれると思え!!」
 「おいおい。オレはトラごときと同じ評価かよ。せめて竜とか巨人とか言っていただきたいもんだぜ。ま、そいつらでもオレには足りないぐらいだけどな」
 「減らず口を・・・・・・!やれ!骨の一片とて残すな!!!」

 ライダーの号令とともに、弓を携えた騎兵たちは後ろから矢を次々と発射していった。

 「いいねえ。一対多数って状況も悪くないもんだねえ」

 ランサーの口調はどこか楽しげだった。ランサーがいくら強いといっても、数の上では向こうのほうが圧倒的だ。なのに、僅かに見えるその口元には笑みが浮かんでいた。わたしにはその心境は理解できなかったけれど、ランサーはそういう類の人種だということだけは理解できた。
 そして大量の矢がランサーに降り注ごうとしていたが、ランサーは手にしていた槍をものすごい速度で回転させた。旋回する槍が降り注いでくる矢の雨を全く寄せ付けず、ついにはその矢の雨が止んでしまった。

 「ま、ただ単に盾で防ぐのも芸がないからあえて槍使って防いでみたけど、どうよ?」

 得意そうにしているランサーをわたしは命知らずだと思った。盾で防げば安全で確実なのに、下手すれば矢が体に突き刺さってしまうかもしれない。命の瀬戸際を楽しんでいるあの人に安全とか危険とかそういう概念はないのかもしれない。

 「とりあえず、これでわかったろう?そんな矢の撃ち方じゃ、いつまで経ってもオレをしとめることなんてできやしないぜ」
 「・・・・・・前衛、突撃せよ!後衛は前衛の援護をせよ!」

 再び放たれたライダーの号令に、今度は剣や槍を構えた騎兵が相変わらず大量に放たれる矢とともにランサーに向けて突撃していった。

 「そうそう。矢も悪くねえが、やっぱり戦の華は白兵戦だろ」

 地鳴りのように地面を蹄で響かせる騎馬軍団の突撃に対して、ランサーは先ほど見せた低い大勢でその騎馬軍団に向かって行った。その低さと速度も相まって、今度は矢がランサーに全く当たらなくなってしまった。
 騎馬軍団とその距離を縮めつつあるランサーは地面から宙へ跳ね上がり、フィギュアスケートの選手のように体を回転させながら、槍を振るった。横に払われた槍の穂先が見事、先頭にいた騎兵が跨る馬の喉を切り裂き、そんな馬に乗っていた騎兵たちは次々と落馬していった。落ちた騎兵たちは哀れにも、後続の騎兵たちの馬に踏みつけられてしまうのだった。
 そこからの戦いは凄まじい、としか言いようがなかった。あまりそういう戦いを見慣れていないわたしはともかく、わたしよりもこういう世界に近い神奈さんですら息を飲んでいた。ランサーがマシンガンのように繰り出される槍の突きは次々と騎兵たちを貫き、反対に騎兵たちが振り下ろす剣はランサーの盾に防がれ、突き出される槍もその盾で防がれてしまうだけでなく叩きおられ、場合によっては避けられて全く当たらない。
 ランサーが突く、薙ぐ、払う、そんなランサーの攻撃ばかりが当たり、逆に騎兵たちの攻撃はランサーに当たることはなかった。戦いは完全にランサーのワンサイドゲームとなっていた。

 「何、これ・・・・・・?一人で大多数を圧倒するなんてこと、ありえるの・・・・?」
 「ええ。聖杯戦争に呼び出される英霊は自らの功績で英雄に登りつめた者たちがほとんど。もっと言えば、名前の知られた英雄、ヘラクレスとかアーサー王みたいな広く知られた英雄であればそれに比例して、その力も大きいわ」
 「けど、逆にそれが弱点にもなるってわけだ」

 目の前の光景に半ば圧倒されていながら、わたしよりは落ち着いている神奈さんに続いて、いつの間にかバイクから降りヘルメットを脱いだシモンがそばに立っていたため、わたしは驚き、神奈さんは警戒の色を強めた。

 「安心しろよ。おれがここであんたらをどうこうしようって気はねえ。むしろ、のんびり見物と洒落込ませてもらうつもりさ」
 「本当に私たちを人質にとってライダーの動きを封じる、ということはないのね?」
 「んなことすりゃ、逆におれがランサーのやつに殺されるっつーの。あいつの願いは戦いそのものだからな」
 「戦い、ですか・・・・?」
 「そうさ。あいつの望みは命懸けの戦いさ。あいつが生きていた頃は、ちょっとした事情でそれが叶わなかったからな。けど、一応戦い抜いて名声を手にすることはできたんだぜ。それでも、あいつの納得のいくような戦いだけはできなかった。つまりは、そういうことさ。そういう意味じゃ、どうもあのモンゴル騎馬軍団でも役不足みたいだな」

 わたしがシモンの言っている意味がわからなかった。だから、それについて考えようとしたそのとき、神奈さんの眉が少しだけ動いたのが見えたけれど、彼女の表情はそれほど大きな変化はなかった。

 「・・・・・・思ったよりも驚かないんだな」
 「ええ。あれほどの大軍団だもの。いずれは近いうちに看破されると思っていたわ」

 ほとんど置いてけぼりを食らっているわたし。わかるとすれば、今はライダーの正体に関する話題だということだ。たしか、聖杯戦争に召喚されるサーヴァントっていうのは、昔に活躍した人だということは覚えている。ならば、目の前で戦いを繰り広げている二人もそのうちだということになる。

 「それで、連中の装備から見て、ライダーはチンギスカンで間違いないな?」

 シモンの言葉に、神奈さんは何も言わなかった。むしろ、その言葉を聞いて一番驚いたのは、わたしのほうだった。

 「チンギスカンって、モンゴル帝国の・・・・・・!?!」
 「ああ。強力な騎馬軍団を率いて大陸中を震撼させた覇王にして、征服王イスカンダルと並び称される征服者さ」
 「イ、 イスカンダル、って誰・・・・?」
 「あー・・・・わかりやすく言えばアレクサンダー大王だな」

 チンギスカンの名前はさすがのわたしでも知っている。
 そんな教科書でしか見たことのない人物が今、わたしの目の前で大軍団を率いて戦いを繰り広げている。今までも信じられないことの連続だったけれど、今が一番信じられないことなのかもしれない。

 「わかっただろ?名前が広く知られているということが逆に大きな弱点になるってことが。確かにあの軍団も強力なほうだが、おれのランサーのほうがあいつらよりも一枚上手ってことよ」

 なんというか、最終的には自分のサーヴァントを自慢したいみたいだ。それに、今でも“名前が知られることが大きな弱点になる”ということがいまいち理解できていないし。

 「確かに、あのランサー相手の正体がわたしの予想と同じなら、ライダーの分が少し悪いのも頷けるわね。けど、その場合ランサーも一巻の終わりね」
 「チッ。少し喋りすぎたみたいだな・・・・」

 しまった、と言わんばかりにシモンは額に手を当てた。その瞬間、戦場でも急展開が起こった。ランサーを打倒すべく、彼を取り囲んでいた騎兵たちが総崩れとなり、彼らは次々とランサーに討ち取られていった。
 その光景は三国志や戦国時代を舞台にした、一騎当千が題材のゲームをそのまま現実にしたようなものだった。

 「まあ、おれのランサーが終わりかどうかは次でわかるんじゃねえか?そろそろ決着が近いみたいだしな」

 自分の配下がやられているというのにもかかわらず、ライダーは身動き一つとらなかった。むしろ、ライダーはランサーをじっと睨みつけている。ランサーの周囲の騎兵たちは攻撃を受けてその場で倒れこむ者、攻撃の衝撃で吹き飛ぶ者様々だった。
 そして騎兵の一人がランサーの攻撃を受け落馬し、そのまま地面へ転げていった。しばらくその騎兵が転がり回り、そして止まった。わたしはその騎兵と目が合ってしまった。
 今まで血の色をした騎兵たちは意思のない人の形をしたものだとばかり思っていた。けれど、そうじゃなかった。わたしと目のあった騎兵は、その目に色こそなかったものの、その表情から苦悶と死の恐怖がありありと浮かび、体は苦痛で身悶えしていた。そうして、その騎兵は全く動かなくなると、次第に人の形を失っていった。
 そのとき、わたしの頭の中はあの日の光景がフラッシュバックしていた。街を覆い尽くす地獄の炎、方々から響く阿鼻叫喚の叫び、未来永劫続くかのような混沌、仄暗い空に浮かぶ■い■・・・・・・当時小さかったわたしの心にトラウマを残すには十分すぎるほどだった。そしてそれらは言葉で表現できるようなものでもない。父と母、住みかを失い、妹を連れて焦土と化した故郷を当てもなく彷徨っていた。誰も助けてくれる人はいなかった。どれだけ時間が経ったのか、ここがどういう場所だったのか、そういう感覚がだんだんと磨耗していった。助かったのが奇跡としか言いようがなかった。それでもあの日のこと、あの日の光景はわたしの脳に焼きついて、忘れることを許さなかった。炎に焼かれて跡形もなくなってしまった建物、どこにどういうお店があって、どこに誰か友達の家があって、それらは全て炎に呑み込まれてしまった。火炎の悪魔の手にかかり、人の面影の一切を失い、灰燼と化してしまった人、それらは焼け野原のいたるところに転がり、もはや誰が誰なのかわからなくなってしまっていた。その中に昔のわたしの知り合いや友達がいたのかもしれない。そういう人たちが浮かべていた表情は炎に焦がされ、焼かれていたせいで浮かべていた苦しみなのか、正に未練を残してしまったせいで生じた怨みなのか、あるいはその両方なのか、わたしには知る術はない。
 そこでわたしはハッとなり、現実に戻ってきた。昔いやというほど目にしてきた焼死体と先ほど目にした騎兵の最後の瞬間が重なってしまったから、わたしやこのかが何もかもを失った日のことを思い出してしまったのだろう。
 そして再び戦いに目を向けると、ランサーが騎兵たちの間をするりするりと抜けていって、ライダーのいるほうへと向けて疾走していた。攻撃を仕掛けてくる騎兵たちに対して、反撃して返り討ちにするランサー。対するライダーも刀剣を構えていて、彼のそばにいる騎兵たちもランサーが出てきたところを弓矢で射る準備をしている。決着が着くかどうか、それは騎兵たちの陰にいるランサーが再び視界に現れたときにわかるかもしれない。
 そして、とうとうランサーが騎兵の集団から抜け出し、その穂先はライダーの喉下へと定まっていた。ライダーも当然それを迎え撃つ準備ができている。そしてとうとう着くはずだった決着。しかしそれは着くことはなかった。なぜなら、両者の間に一本の矢が深々と地面に突き刺さり、両者の動きを止めたからだ。ランサーやライダー、彼の近くで控えている騎兵たちはもちろん、わたしも神奈さんもシモンも矢が飛んできた方向へと目をやった。

 「オレ抜きで盛り上がっているところ悪いが、そろそろマスターを連れておいとましたいとこなんだが?」

 その視線の先には、緑衣を着たアーチャーさんが電柱の上に悠々と立っていた。



 ランサーとそのマスター、シモンが乱入する前まで時間を遡る。アーチャーは守桐家の執事、佐藤一郎やライダーの鮮血兵団によって包囲され、ビルに立て篭もっていた。彼のすべきことは今すぐここから脱出し、マスターである沙織の下へ駆けつけることだ。
 そして現在、アーチャーはビルの内部にて、降り注ぐ矢を避けつつ外の様子を伺っている。

 「しかし、いくらなんでもやりすぎだろ、これ」

 ぼやいているアーチャーのいるビルは、既に鮮血兵によって囲まれてしまっており、鮮血兵が周辺のビルからアーチャーに向けて雨霰と矢を放っていた。アーチャーも間隙を縫って反撃を試みているが、数が多いせいで一人ずつ倒してもきりがない。それに彼らを相手している暇などありはしないのだから。
 すると、今度は鮮血兵の矢とともに、大量の弾丸が飛んできた。アーチャーがすかさずその場を離れ、この攻撃の主を探った。一郎が機関砲を乱射していた。

 「映画のロケ、過激集団の凶行、カルト教団の犯行・・・・お嬢様には大変申し訳ないのですが、この程度の隠蔽などいくらでも都合がつくのです」
 「本当にそう思ってんのなら、ここは一つ見逃してくれないかい?」
 「それは了承できません。何しろ、これも仕事なのですから」

 一郎は、今度は後ろから何かを取り出し、それを構える。彼が今装備しているのはロケットランチャーだ。ドン、という音とともに砲弾がアーチャーのいるほうへと向かっていく。

 「おいおい、冗談だろ」
 「冗談ではございません。貴方様相手にするのならば、戦闘機一台を用意したいものですから」

 アーチャーがすかさずその場から飛び退くと、彼が先ほどまでいた場所が凄まじい轟音とともに爆炎に包まれた。彼は宙で反転し、体勢を整えるとそのまま地面に着地した。

 「ったく。本当に容赦っていうもんがないな・・・・・・ん?」

 思わず悪態をついてしまったアーチャーは何か違和感を覚えた。アーチャーは床を足で軽くかっカッと踏み鳴らしてみてみた。すると、音がでたらめな方向から聞こえてきた。

 「まいったな。さっきので少し耳がいかれたか・・・・」

 アーチャーは常人より優れた感覚を持っている。それによって、はるか遠くの物体を識別し、ほんの小さな音を聞き取り、僅かな臭いをも嗅ぎ分ける、などといったことを可能にする。
 それはアーチャー最大の武器でもあり、同時に弱点でもある。凄まじい光を目にすれば視覚が、極大な音を耳にすれば聴覚が、そして強烈な匂いを嗅いでしまえば嗅覚が麻痺してしまう、といった具合だ。

 「他は・・・・・・別になんともないな。しばらく、耳は使い物にならないか」

 しかし彼とて幾多の苦難をくぐり抜けてきた英霊、ただでは転ぶような男ではない。一つがダメになってしまったのならば、他で補えばいい。彼が他の感覚、この場合でいえば視覚や嗅覚に触覚などを駆使すれば、空間を把握することなど容易いことなのである。
 それはそれとして、すぐさまその場から離れたアーチャーには一つ、気になっていることがあった。確かに、あの鮮血兵たちは集団戦においてはその真価を発揮するのだが、一体一体の実力ははっきり言ってしまえばたいしたことはない。だが、今自分を取り囲んでいる鮮血兵たちは昨日、自分たちを襲撃してきたあの鮮血兵たちとは何かが違っているような気がしていた。それは騎乗しているか否かではない。はっきりとしたことは言えないが、少なくとも何かが違う。そう直感が告げていた。

 「どうやら、ゆっくりと考えさせてくれなさそうだな。どっちにしても、そんな暇ないけどな」

 アーチャーはこのビルに十前後の鮮血兵が侵入してきたのを感じ取った。鮮血兵だけではない。その中にあの昨日のやる気のないメイドで一郎の同僚である女性、つくしもいた。

 「勘弁してくれよ・・・・オレは女と戦う趣味はないっていうのに・・・・」

 頭をかきながら、アーチャーはすぐ近くの部屋に入った。敵が向かっていく場所は言うまでもなく彼のいる場所。アーチャーの現在地など彼らに知れ渡っているのは明白だ。敵がどんどん階を上ってくる中、アーチャーは部屋の入り口のすぐ近くで弓を携え、息を潜める。
 そしてとうとう、鮮血兵たちがアーチャーのいる階にやってきた。アーチャーは全身が血の色をした敵にその姿を晒した、と同時に早速矢を放った。しかし、彼の手に握られている矢は一本だけではなく、他にもう二本、全部で三本握っていた。一本目を放った後に間を置かずに二本、三本と放っていき、それらは先頭にいた三人の鮮血兵に吸い込まれていくように飛んでいき、そして見事命中した。
 それから後続の鮮血兵たちは一斉に矢を連射してきたので、アーチャーは即座に部屋に身を隠した。そのときアーチャーは感じ取った、彼らの放った矢の速度を。明らかに、昨日の鮮血兵たちのものとは質が違っていた。
 アーチャーは先ほどと同じように入り口付近で待ち伏せしていたが、このときの得物は弓矢ではなく突剣に持ち替えていた。アーチャーが部屋に戻ってから時間が経たないうちに鮮血兵の一人がこの部屋に入ってきた、瞬間にアーチャーはその首目掛けて突きを放った。倒れいく敵の手の甲に何か模様が刻まれているのを、アーチャーは見過ごさなかった。
 いや、“刻まれている”のではなく“描かれている”といったほうが正しい。

 「しかしなんだ、これ・・・・ん?こいつは、数字・・・・?しかも絵の具か・・・・?」

 その模様はよく目を凝らして見ると、数字の列だった。その数字はどういった法則で並べられているのかは知らないが、いやに色とりどりであった。そして鮮血兵が地面に倒れこみ、そのまま溶けるように消えてしまった。それからアーチャーは入り口から離れた。
 部屋に次々と雪崩れ込んで入ってくる鮮血兵の一団。この狭い空間では彼ら得意の連射が生かしにくいと判断したのか、彼らが装備しているのは弓矢ではなく刀剣だった。
 アーチャーと対峙している彼らをよく見ると、最初にこの部屋に入ってきた鮮血兵と同じく、体のある一箇所に先ほどの数列が絵の具で鮮やかに描かれていた。ある者は首筋、ある者は手首に描かれていたが、中にはそれが見当たらないものもいる。おそらくは見えない部分に描かれているのだろう。

 (あいつは4、0、2、1・・・・あっちは8、5、1・・・・にしても、あっちの1は緑で、そっちの1は茶色って・・・・どういうことだ・・・・?)

 相変わらず法則性が全くない数字の列である上に、塗られている色にも法則性がない。早い話がメチャクチャ、といったところだ。

 (けど、数字に関しては読めてきた・・・・・・問題は色のほうは、大体察しがつくが・・・・そういや、あの駄メイド、いないな・・・・・・別にいいけど)

 法則性皆無の数字の正体を見極めたアーチャーだが、部屋に入ってきた鮮血兵の中につくしの姿がないことを気にかけた。ちなみに、駄メイドとは駄目+メイドの造語(アーチャー作)である。

 (大方、オレがこいつらと遊んでいる隙をついて不意を打とうって魂胆か・・・・まあ、悪くない手だが、そう簡単にはいかないぜ)

 目先の戦いにとらわれて、周囲が見えなくなるほどアーチャーの視野は狭いわけではない。それにアーチャーの聴覚は先ほどに比べれば大分回復してきている。つくしの侵入を見逃すようなヘマは断じてない。
 アーチャーと鮮血兵が対峙してから既に数十秒が経過した。とうとうしびれを切らしてしまった鮮血兵の一人がアーチャーに向かって駆けていき、アーチャー目掛けて刀剣を振り下ろした。しかし、その攻撃は当たることはなく、逆に自分がアーチャーの突きを受けて倒れ伏す結果となってしまった。
 だがこれがきっかけとなって、他の鮮血兵たちも突撃してきた。

 「来な。アーチャーが白兵戦に向かないと思ったら大間違いだぜ?」

 次々とアーチャーに切りかかる鮮血兵たち。その攻撃はアーチャーに決して当たることはなかったが、アーチャーも反撃しようとしたその寸前で他の鮮血兵の攻撃に晒されてしまい、その攻撃を避けることとなってしまい、攻撃の機会がなくなっていくのだった。
 このとき、アーチャーは敵の動きに切れがあると感じ取った。彼らの集団戦法に半ば押される形となってしまい、あまりそのことについて深く考える余裕はなかった。そもそも、彼らの動きの秘密に関しては大体の見当がついていたので、そうする必要もほとんどないのだが。
 だが、この展開はアーチャーにとってあまりよくないものだ。敵はある程度強化されているようだが、確かに彼らならばアーチャーの足止めにはうってつけだ。それが下馬している状態の彼らの戦力を補っている。
 ようやくアーチャーがもう一人、敵を仕留めたそのときにつくしが瞬時に部屋の中に入り、アーチャーの背後に回った。そこからつくしはダーツの矢と化した紙飛行機をいくつも投げつけた。だがアーチャーはつくしの侵入を予測していたため、回避には何の問題もなかった。
 しかし、アーチャーが避けると同時につくしは一気にアーチャーとの距離を詰めた、が急につくしがアーチャーの視界から消えてしまった。それでもアーチャーは見極めていた、つくしはアーチャーの頭上から幽鬼のように迫り、手にしていた扇でアーチャー目掛けて振り下ろす。
 だがアーチャーは難なくつくしの攻撃を避け、さらに他の待ち構えていた鮮血兵の攻撃もあっさりと避けた。アーチャーとつくしの距離が開くと、残った鮮血兵もつくしとともに横一列に並んだ。これでアーチャーからこの部屋唯一の出入り口を塞ぐ形となった。

 「うわ~、すんごいショック。今のちょっと自信あったんだけどな~」
 「サーヴァント相手に一撃入れようなんて百年早いんだよ。あんたの身体能力が他と比べて桁外れなのに、そんな贅沢は言うもんじゃないぜ」
 「だって~、おたく相手にするの、めっちゃ疲れるもん。だからさっさと殺したほうが早いかな、って思っただけ。いい加減、面倒だもん」
 「相変わらずそれかよ・・・・」

 アーチャーは変わらず自堕落で何でもかんでもデッドオアアライブな解決法のつくしに少し呆れてしまった。とはいえ、彼女の言っていることも間違いではない。まず、殺す気でかからなければ逆にこっちが殺されてしまう。戦いとはそういうものである。
 気を取り直して、アーチャーは一つつくしに尋ねた。

 「どうでもいいが、周りのこいつら、妙に強くなってないかい?」
 「そ~お?」
 「そうさ。昨日の無駄撃ちに比べて弓術も少し上がっている。しかも動きに切れもある。一日経ってそこまで変わるもんでもないだろ?」
 「う~ん・・・・・・そう言われてもな~・・・・・・」
 「そいつらの強さの原因、そいつらの体にある数字に関係あるだろ?多分、数秘術ってやつで間違いないよな?」

 アーチャーの言う数秘術とは、数の配列によって運命を読み解く神秘の秘法。古くは旧約聖書のモーセの時代より伝わっており、今日においては占いなどにも多用されている。鮮血兵の体に描かれていたのは、まさしくそれである。

 「多分、体に数字を描いてそいつの運命に介入することで、そいつ自身の潜在能力を大きく引き出すってやつだろうな。けど、ただの数秘術じゃそこまでの芸当は少し無理難題ってもんさ。強化するだけなら単純な強化魔術を使えばいいだけの話だしな。多分、それを引き出してんのが数字の色じゃないのか?そいつが何なのかははっきりわからないが、そいつが数秘術の効力を高めているんじゃないのか?」

 アーチャーと向かい合っているつくしは締まりない顔で頭をボリボリとかくだけで、何も喋らなかった。

 「言っておくが、黙っていても意味ないぜ。あんたがとぼけた顔をしていようが、こっちはあんたが今、頭の中がゴチャゴチャになって、それでいて脈が早くなっているのが手に取るようにわかるからな」
 「・・・・・・・・ふぅ。そこまでわかっているんじゃ仕様がないか。うん、ほとんどおたくの言うとおりだよ。大体80点ってとこ?よかったね、おめでとう」

 観念したつくしはあっさりと白状し、アーチャーに拍手を送ったが、拍手どころか言葉にも気持ちが全くこもっていなかった。

 「もっと言えば、色はラッキーカラー?みたいなもん。実際に風水でも色ってさ、結構重要じゃん。お嬢はそこに目をつけて、そいつの持つ数字に・・・・・・えーと、確か・・・・色を、どうするんだっけ?数字にこう・・・・色を塗ってさ、あー・・・・パワーアップするじゃん?」
 「要するに、描く数字は個人個人で違うから、そいつの数字に合った色を塗って数秘術の効果を最大限に発揮する、でいいのか?」

 要領を得ないつくしの説明に呆れたアーチャーは彼女に代わって、その効果をなぜか自分で説明するのだった。

 「よくわかんないけどさ、大体そんな感じ。もうさ、普通にパワーアップでいいじゃん」
 「あのな、仮にあんたのご主人の使っている魔術だろ?使用人が自分の主の魔術を理解しなくていいのかよ・・・・?」
 「いいじゃん、別に。そんなむずかしい部分は考えないでさ、結果だけ見ようよ。カンニングさえばれなけりゃ、テストの答え正解ならそれでいいじゃん」
 「ダメだろ、それ・・・・・・」

 完全にペースを狂わされてしまったアーチャー。かなりどうでもいいことだが、周りの鮮血兵も互いに顔を見合わせていた。向こうのペースも乱れているようだ。

 「・・・・・・おっと。あんたらに付き合っているヒマはないや。オレはこれからあんたらを振り切って、オレのマスターのところに一直線に行くからな」
 「・・・・おたくさあ、今自分の状況わかってる?おたく、ここから出られないんだよ?じゃあ脱出なんて無理じゃん」
 「・・・・・・それは、見てのお楽しみってやつだ!!」

 そう言うとアーチャーは身を翻し、一気に後ろの窓へと跳躍した。アーチャーは何も意味もなく数秘術の種明かしをしたわけではない。彼はその間に脱出経路を探っていた。そして、外にそれを見つけた。
 そこは一番危険地帯ではあるが、他に手段などなかった。そうして、彼は窓を突き破り、そのまま数十メートルの高さのビルから自由落下していった。
 無論、敵がそれを見逃すはずもなかった。別のビルの屋上及び窓から、鮮血騎馬兵が大勢ひしめいている地上から、そしてアーチャーのいたビルから彼の追っ手が矢を大量に放った。その中には無論、殺傷能力の高まった紙飛行機もあった。
 上下左右、あらゆる空間から飛び交う矢、アーチャーは器用にそれらをギリギリで回避する。空間を埋め尽くさんばかりに矢が放たれる中、アーチャーは目的の物を見据える。その視線の先にあるのは、大型のタンクローリーだ。アーチャーはタンクローリーに向けて、一気に番えた矢を三本放った。放たれた矢は金属のタンクを紙でも貫くように刺し貫いた。次にアーチャーは目線をタンクローリーのちょうど上にある電線に向け、そこに向けて矢を射る。
 射られた矢によって、千切れて垂れ下がってしまった電線の切り口から火花が飛び散った瞬間、火花がタンクから漏れているガスに引火し、タンクローリーは大爆発を起こした。その爆風に巻き込まれ、地上の鮮血騎馬兵も大勢吹き飛ぶ中、さらに爆発によって電線や街灯が何本か倒れ、その倒壊に下にいた騎兵たちも巻き込まれた。
 爆炎が燃え盛る中、アーチャーはいつの間にか姿を消していた・・・・



 「そうですか。アーチャーには逃げられましたか」
 「いや~、まいったわ~。まさかあんな爆発起こすなんて思ってなかったや、うん」

 携帯電話で筑紫と連絡を取っていた一郎は、彼女から事の次第を聞いていた。
 アーチャーが飛び降りた地点に一郎のいたビルは面していなかったため、彼はタンクローリーが起こした爆発しか見えていなかった。

 「どうやら、その爆発は騎兵たちに対する威嚇、迎撃及び目晦ましを兼ねていたようですね」
 「目晦まし?」
 「ええ。彼は爆炎に紛れて、着地地点の近くにあったマンホールから脱出したのでしょう。流石に、マンホールの中では馬は乗れませんからな。いやはや、一杯食わされましたね」

 なお、アーチャーはこのとき爆音によってまたもや聴覚がしばらく麻痺してしまったが、他の感覚を駆使すれば、地下水道から沙織たちのいる場所へ移動することなど朝飯前である。しかも、狭い地下水道では鮮血騎馬軍団の数の利を活かしきれない。

 「仕方ありません。つくしさん、一緒にいる兵士たちを伴ってすぐに合流しましょう。場所はわかりますね?」
 「ごめん。忘れた」
 「・・・・・・・・○×△ビル正面(アーチャーのいたビル)です。アーチャー様の行き先は決まっていますので、わたくしたちは地上から参りましょう。それでは、○×△ビルの前で待っています」
 「ほ~い」

 一郎はつくしの怠惰にも顔色を変えることなく、集合場所を強調してから手にしていた携帯を切った。

 「アーチャー様に逃げられたのは不幸中の幸い、ですかな・・・・何やら先ほどから嫌な胸騒ぎがしていましてな・・・・お嬢様に何かなければよいのですが、こうなると大体悪い事が起こりますからな・・・・」

 一郎の過去の経験則による予感は正しかった。すでにシモンとランサーの二人が乱入し、このときにはライダーに戦いを仕掛けていたのだ。

 「・・・・・・貴方と貴方、それにそこの方とその隣の方。わたくしについてきて下さい。急いで所定の場所に行きましょう」

 一郎は随行する鮮血兵を選抜し、彼らも声に出さなかったがそれに同意し、一郎たちは足早にその場から立ち去った。
 そして、現在に至る。



[9729] 第九話「七騎集結」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/02 03:19
 突然のアーチャーさんの出現に、わたしを含むその場にいた全員、ランサーやライダーも戦いを止め、視線をアーチャーさんに向けていた。

 「アーチャー、さん・・・・」
 「よっ!どうやら怪我はないみたいだな。サーヴァントの方はどうだか知らないが、そこにいるマスター二人は普通の魔術師に比べれば良心的だな。まあ、管理人と魔術協会から派遣されたやつじゃ、事を荒立てるようなことをしないのは当たり前か」

 相変わらず余裕たっぷりな態度のアーチャーさん。たしかに、守桐神奈さんはもちろん、ランサーのマスターであるシモン・オルストーも荒々しい見た目とは裏腹に、わたしに何か危害を加えるということは一切してこなかった。
 そうしていると、ランサーが口を開いた。

 「よお。待っていたぜ、アーチャーさんよ」
 「あんたか。最速を誇るサーヴァント、ランサーってのは」
 「ああ。会ったことのないオレのためにわざわざ自己紹介をありがとうよ。ついでに言っておくと、そこのお嬢ちゃんたちのそばにいる柄の悪いヤツがオレのマスターのシモンだ。よろしくやってくれや」
 「おい、ランサー!“柄の悪い”は余計だ!!せめて“ワイルドな男”に言い直せ!!」

 しかし、シモンの抗議は軽く無視されてしまった。本人もうなだれるだけで、それ以上は何も言わなかった。

 「とにかく、オレはテメエと会うのを楽しみにしていたんだぜ。だから、こうしてライダー相手に適当に時間を潰していたってワケだ」
 「ほう・・・・・・?俺はただ貴様の暇つぶしにつき合わされただけ、か・・・・?」
 「そう気を悪くすんなよ、大将。言葉の綾ってヤツだよ。少し遊び足りない気もするけどな」
 「・・・・・・フン。まあ、いい。貴様が本懐を遂げた後でたっぷりと思い知らせてやるまでだ」
 「おっ!オレとアイツとの戦い認めてくれるのか?てっきり、後回しにされて腹を立てるかと思っていたんだがな。なんにしてもありがてえ。そういうわけだ。オレと付き合えや、アーチャー」

 不機嫌なのかそうでないのか、ライダーが何を考えているのかわたしにはわからない。
 けれど、ランサーはアーチャーさんとの戦いに心を弾ませていた。そして、ランサーを囲んでいる空気が一変し、その猛獣のような視線をアーチャーさんに投げかけた。

 「随分とけんかっ早いやつだな・・・・けど、そういうやつも嫌いじゃないぜ」
 「そいつはどうも。オレのアプローチに応えてくれて感謝するぜ」
 「別に、オレはあんたの腕自慢なんかどうでもいいんだがな・・・・まあ、どっちみちオレが断ろうとしても、あんたはそれを許さないだろ?」
 「ああ。オレたちはサーヴァントだ。互いに見えたらやることはただ一つ。どちらかが斃れ伏すまで死合うことよ!テメエの弓術が上か、オレの武技が上か、勝負!!!」

 そう言って、ランサーは手にしていた槍を投げるつもりなのか、その場で大きく振りかぶった。たしかに、あれだけの戦いをやってのけたランサーならば、あそこからアーチャーさんのいるところまで槍を投げつけることは可能かもしれない。
一方、アーチャーさんは、柳のようにユラユラと揺れると、電柱から落ちてしまった。
 その瞬間に、勝負は既に着いてしまった。ランサーが構えていた槍と盾を落とした瞬間に、アーチャーさんは着地した。いや、落ちたのは槍と盾だけじゃない。兜も落ちており、頭には深々と矢が突き刺さっていた。ランサーはその体をしばらく震わせると、そのまま倒れてしまった。
 アーチャーさんは何食わぬ顔をして、こっちに向かってくる。

 「あんたがライダーか」
 「いかにも」
 「そうか。あんたの手下どもには散々世話になったな」

 アーチャーさんは倒れたランサーに目もくれず、ライダーにその視線をぶつけていた。

 「見事な弓の腕前だったな、アーチャーよ。その腕、気に入ったぞ。もっとも、あれが全てというわけではあるまい?」
 「ちっ。さすがにお見通しかよ・・・・ランサーをオレにぶつけて、オレの力量を測っていたのか、やっぱり・・・・」

 そうだったんだ・・・・だからライダーはあっさりと、自分の気に食わないランサーの要望をあっさり認めたんだ・・・・

 「さすがにあの一射だけで貴様の全てを見極めようということ自体が早計だったようだな。だが、腕は悪くないぞ、アーチャー。貴様がその気ならば、オレの部下にしてやってもいいぞ」

 え?何言ってるの、この人?いきなりアーチャーさんを勧誘し始めたんだけど・・・・?それにさっきもランサーと戦っていたときに“申し出を断った”みたいなことを言っていたけど、あれってそういうことだったの?

 「おお、そうだ。俺としたことが迂闊だった。最初から脱落を促すのではなく、小娘とアーチャーをこちらに引き入れてしまえばよかったのだ。神奈、貴様もそれでよかろう?そちらのほうが貴様にとっても都合がいいはずだ」
 「お断りします」
 「何故だ!」

 いきなりライダーに話を吹っ掛けられた守桐神奈さんは、あっさりとライダーの提案を却下。ライダーも神奈さんの返答に理解が苦しいといった面持ちだ。

 「私がこの子に手を引くように言ったのは、この子が一般人だからよ。聖杯戦争に関われば関わるほど、危険も増すわ」
 「そんなもの、大した問題ではないわ。俺がいれば危険などあってないようなもの。アーチャーがいれば百人力ではないか?」
 「そういう問題じゃなくて・・・・・・とにかく、ダメなものはダメよ」
 「・・・・・・おのれ、頑固者め・・・・」

 悔しそうに歯噛みをするライダー。この二人、仲がいいのか悪いのか、だんだんよくわからなくなってきた・・・・

 「そうだ。こういうのは本人意思が大事なのだ。おい、小娘にアーチャー。貴様らはどうなのだ?」

 へ?わたし?なんかこの人、わたしに聞いてきたんですけれど・・・・どうしたらいいんだろう、わたし?

 「小娘、この女に言われたから参加しません、というのは通用せんぞ。ここは自分の意思を示してみよ」
 「だから、ライダー・・・・・・!」
 「アーチャーよ、あまり気を悪くするな。この女はこうだが、これでもまあまあいい女だ。許してやれ」
 「“まあまあ”は余計よ・・・・・・!」
 「大丈夫だ。あんたも十分いい女だ。それはオレが保証する。けど、もう少し頭を柔らかくしようぜ」
 「・・・・・・どうせ、私は頑固者よ。ええ、昔から要領が悪かったわよ・・・・」
 「悪い。少し言い過ぎたみたいだ」
 「アーチャー、気にするな。何度も言うようだが、この女はこういう女だ。それとアーチャー、この女の機嫌を直す方法を知っておるのだが、聞くか?」
 「ライダー!!!!!」

 えーと・・・・・・・・さっきまでの戦闘ムードは、どこいったんだろう?アーチャーさんも、神奈さんも完全にライダーのペースに飲み込まれているような・・・・

 「それはそれとして、小娘。貴様はどうするのだ?」
 「え?えーと・・・・・・神奈さんに同じこと、先輩にも言われたんですけど・・・・まずは先輩・・・・・・」
 「神奈、よかったな。貴様の仲間がいたようだぞ」
 「ライダー。言っておくけれど、その子の先輩だっていう人物も聖杯戦争の参加者よ」
 「ならば、その先輩とやらも、そいつのサーヴァントも俺の部下にしてやろう。それで問題なかろう?」
 「だから・・・・・・・?」

 今度は先輩、狩留間鉄平やアサシンまで巻き込もうとしている・・・・・・普通に先輩とアサシンが渋い顔をしているのが目に見えていた。しかも、シモンも必死に笑いを堪えているし・・・・
 ちょっと待って!そういえば、どうしてこの人は自分のサーヴァントがやられたのに、そんなに平然としていられるの・・・・!?

 「テメエら・・・・・・・オレを無視してんじゃねえ!!!!」

 怒号とともに、倒れたはずのランサーが起き上がってきた。
 その光景に驚愕し、戦慄したわたしは、一気に腰が砕けてしまい、その場にへたり込んでしまった。

 「あの・・・・・・サーヴァントって、不死身なんですか・・・・?」
 「いいえ。たしかにサーヴァントは受けた傷は常人に比べて自然治癒が異常に早いけれど、決して不死身じゃないわ」
 「サーヴァントだって心臓をぶっすりやられたり、首をばっさり斬り落とされたりすれば当然死ぬ。そして、死んだサーヴァントの肉体は消滅する。聖杯戦争の常識だ、覚えておきな」

 神奈さんの態度は平静そのもの。そういえば、この人はランサーの正体に関して、ある程度の心当たりがあったみたい。だから、そのマスターであるシモンは当然、平気だったんだ。
 そして額に矢の突き刺さったランサーは、男らしい口調や態度に似合わず、綺麗な顔をしていた。というよりも、顔のつくりが男の人というよりも女の人のそれだった。しかも、赤い髪の毛まで滑らかで、柔らかそうで、すごく綺麗だ。

 「なんだ。あんた、起きていたのか?」
 「貴様は少々はしゃぎすぎだ。もう少し寝ていていいぞ」
 「うるせえ!」
 「そう言うなよ、人の親切は素直に受け取っておくもんだぜ?」
 「何でそこでテメエがライダーのフォローをするんだよ・・・・!?」

 二人に茶化され、怒りの熱が急上昇していくランサー。こうして見ていると、さっきまで殺し合いをしていたようには見えない。
 ともかく、そんなランサーをアーチャーさんがなだめ始めた。

 「まあ、ひとまずは落ち着けよ。“ギリシャ無双の勇者”さん」
 「チッ。やっぱバレたか。まあ、こんなもん見せ付けられりゃ、仕方ないか」

 半ば怒り心頭だったランサーは、アーチャーさんの言葉を聞くと、急にその沸点は一気に下がっていった。すると、頭に刺さっていた矢を掴んで、それをズルズルと引き抜いた。そうしたら、矢の刺さっていた場所には、傷痕の一つもなかった。
 何食わぬ顔をしているランサーにわたしは驚愕した。

 「・・・・・・・・ふう。死なねえのはいいが、痛えことに変りねえんだよな、っと」

 ランサーがそうぼやくと、地面に落ちていた槍と盾、兜を拾い上げた。しばらく、手にしていた兜を見つめていたけれど、それを装着することはなかった。

 「・・・・・・どういうつもりだ?」
 「別に。ないよりはあったほうがいいんだろうが、こっちのほうがすっきりするんでな。そうそう。狙うんだったらキッチリ、ここか、ここを狙いな。そうすりゃオレを殺せるぜ」

 ランサーが指を差した場所は、左足、そして右足の踵よりちょっと上の部分だった。その場所って確か・・・・アキレス腱、だったよね?

 「やっぱり、ランサーの正体は英雄アキレウスなのね」
 「あーあ。あのばか。あっさり自分の弱点ばらしやがって。まあ、あんなもん見せられて、隠し通せってほうが難しいって話だよな」

 シモンも苦笑してはいたけれど、彼もランサーの正体をあっさりと認めた。
 わたしはそのアキレウスって人物のことをよく知らない。知っていることといえば、伝説のトロイ戦争に参戦した英雄で、その最後は後にアキレス腱と呼ばれる場所を射抜かれて死んだ、ということぐらいだ。
 けれど、ランサーのあんな神懸かり的な強さを目の当たりにした今、彼の弱点だというアキレス腱が非常に小さな的のように思えてきた。

 「いいのか?油断していたら死ぬぜ?」
 「油断じゃねえよ。それにオレは、オレの体のことがあのときよりもよくわかってきた。むしろ、オレからすればちょうどいいハンデさ」
 「言うねえ、あんたも・・・・」

 先ほどの漫才のようなムードから一転して、辺りの空気が張り詰めてしまった。アーチャーさんもさっきに比べてランサーに近い位置にいるため、迂闊に動けない。確かにアーチャーさんは剣も使えるけど、ランサーの戦いを見ていると、どうしてもアーチャーさんの分が悪いように思えてくる。

 「アーチャー。貴様、俺の擁護をしたということは、俺の傘下にはいる、という意思表示で間違いないな?」
 「いや、あんたを弁護したつもりは全くない。それに、か弱い女の子を脅迫したり、人の邪魔をしたりするようなやつの下につくつもりはないね」
 「フン・・・・・・我が要求に応えぬというのならば、敵として殲滅するまでよ」

 先ほどまで熱心に勧誘していたのに、自分の仲間になるつもりがないことがわかった途端、ライダーはアーチャーさんにまで敵意をむき出しにしてきた。
 そして、わたしは改めて思い知った。彼があらゆる地域を征服し、支配してきた覇王チンギスカンであることを。

 「意気込むのはいいがよ、ライダーさんよ。オレとの戦いでそっちの配下も随分削られたじゃねえか?」
 「フン。減ったのならば、また増やせばいいだけの話だ」

 そう言うと、ライダーの左手にはいつの間にか小さな尖ったものが握られていた。そして何を思ったのか、ライダーはそれを自分の右手の手のひらに思いっきり突き刺した。刺さった瞬間、わたしは思わず目を逸らしてしまった。
 それから、恐る恐るライダーのほうへ顔の向きを戻すと、彼は手のひらを下に、右手を前に掲げていた。そして、右手の傷口から血の雫が一滴流れ落ち、それは地面に落ちた。
 すると、雫が落ちたところから、あの全身が血の色をした、いやむしろ血そのものの騎馬軍団が大勢出現した。
 それを見た神奈さんは、かなり複雑な表情をして頭を抱えていた。

 「へえ。ソイツらはそうやってできんのか」
 「そして、それがあんたの宝具ってわけか」
 「うむ。我が“鹿妃の骨矢(コアイ・マラル)”によりいでし“大いなる鮮血騎団(イェケ・ケシクティ)”は我が命ある限り、我が障害となるものを全て駆逐し、遍くを蹂躙しつくすのだ。貴様らも、すぐに平伏せてやろう」

 ほ、ほうぐ・・・・?こあい・・・・?いえけ・・・・?
 よくわからないけれど、あんな風にライダーが、あの尖がっているもので手のひらに傷をつけて、そこから血を流すことであの騎馬軍団を呼び出していることだけはよくわかった。
 よく考えたら、何度でも騎馬軍団を呼んで数を増やして、それでまた減ったらまた呼んで、なんていうことを繰り返されたらいくらアーチャーさんやランサーが強いといっても、数で押されてはいつか限界が来る。そういう意味では、ライダーのあの能力は厄介極まりないものだ。
 ともかく、アーチャーさん、ランサー、ライダーの三つ巴が間もなく始まろうとしているそのとき、わたしの体に悪寒が走った。

 「なんだ?なんか聞こえてきたぞ・・・・?」
 「はあ?何寝惚けたこと言って・・・・いや、そうでもないか」
 「まったく、今日はよく割り込まれる日だな・・・・」

 サーヴァントたちも何かが来ることを感じ取っているようだ。わたしがあの悪寒を感じると、大体サーヴァントが現われるみたいだ。

 「やっぱり・・・・・・・!何か、来る・・・・・・!!」
 「ちょっと!何か来るって、まさか・・・・・・!?」
 「おい、あっちのほうだ!」

 シモンが指し示したその方向から、地獄から響いてくるような叫び声が聞こえてくる。そして、その方向では、血の体をした兵士たちが吹き飛んでいるのが目に見えた。

 「■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――!!!!!!!!!」

 その叫び声は、わたしが聖杯戦争に身を投じるきっかけとなったあの大男のものだった。



 アーチャーが沙織たちの下へ到着する前である。繰り広げられる剣の英霊、セイバーと魔術の英霊、キャスターの一騎打ち。
 だが、それは戦いと呼ぶにはあまりにも、戦いとして成立していなかった。
 キャスターは転移をしては光弾をセイバーに打ち込む、転移してはまた光弾をセイバーに撃ち込む、といった戦法を繰り返していた。いや、戦法というよりは作業に近いかもしれない。
 しかし、キャスターの放つ攻撃は次々とセイバーの剣によって弾かれてしまい、しかも攻撃が当たったとしても、そのダメージは微々たるものであった。
 早い話が、両者ともに膠着状態に陥っているのだ。
 キャスターはセイバーに一方的に攻撃しているように見えてその実、ダメージらしいダメージは全く与えられず、逆にセイバーは致命傷を追うことはないが、キャスターが転移ばかりしているので攻撃に移れないでいた。

 「豪語していたわりには、随分と小細工ばかり弄するな」
 「そうとも。何しろわしは脆弱な魔術師の英霊じゃからのう。こうでもせねば、聖杯戦争を勝ち抜くことができないのじゃよ」
 
 この会話が続けられている中においても、キャスターが攻撃し、セイバーがそれを防ぎ、キャスターが転移して、を繰り返していた。

 「それよりも貴様の方こそどうした?わしを成敗するのではなかったのか?その割には攻撃らしい攻撃などしておらぬではないか」
 「貴様の攻撃のほうがどうした?塵も積もれば山となる、を実践しているつもりか?そんな攻撃では塵もできぬぞ」

 命のやり取りの中にあっても舌戦を繰り広げる二人。だが、キャスターの動きに変化が生じた。

 「確かに、これの繰り返しでは貴様を倒すことなど叶わぬな。じゃが、わしはいくら時間をかけても痛くも痒くもないのじゃが、いい加減億劫になってきた。ここで決めさせてもらうぞ」

 すると、キャスターが両手を天高く掲げると、両手に熱気が収束していき、それが巨大な火球となった。

 「凄まじい魔力だな・・・・並の人間ならばひとたまりもないだろう。だが、これでも身に傷を負わせることはできても、決定打にはならぬぞ」
 「何を言う?今からこれをその並の人間にぶつけるのじゃ」

 キャスターの視線はセイバーの後ろに立っているサラに向けられていた。

 「貴様を倒すことはできずとも、貴様のマスターさえ打倒すれば貴様を打倒したも同然じゃ!!」

 キャスターの放った火球はセイバーの横をそのまま通り過ぎ、サラ目掛けて一直線へと飛んでいった。だが、サラは燃え盛る炎を目にしても動じないどころか、逆に不敵な笑みを浮かべていた。
 すると、いつの間にかサラの両手には二つの小瓶が握られていた。サラはその小瓶の蓋を開け、その中身を振りまくと、小瓶から靄が溢れ出し、その靄が火球を防ぐ。

 「それで?並の人間って誰のことかしら?」
 「む?わしの魔術を防いだ、じゃと?」

 キャスターにとっては少し意外ではあったが、驚いている様子はなかった。むしろ、感心している様子だ。

 「その靄・・・・・・花の密や花粉で生成されておるようじゃな」
 「ええ、そうよ。私がこの手で育て上げた花に私特製の生成法で練り上げた香気よ。魔力を込めれば、色んな用途に使えるわよ」

 サラの家、エクレール家は元々薬草の取り扱いに長けた一族であった。
 魔術と薬草は切っても切り離せぬ関係にある。そのため、エクレール家は草花に関する魔術のスペシャリストとして魔術の世界でも一目置かれる存在となった。

 「わしの魔術を防ぐとは見上げたものじゃ。しかし、どうやら威力はわしの方が上回っておるようじゃのう」

 キャスターの言うように、彼の火球がサラの靄を徐々に押してきている。靄が破られるのも時間の問題だろう。

 「そんなことよりも、貴方のほうこそよそ見していてもいいのかしら?」

 キャスターが気付いたときには、セイバーがすぐそこまで迫ってきていた。セイバーの剣がキャスターに向けて振り下ろされたが、キャスターは寸前のところで転移し、難を逃れた。

 「そこよ!」

 サラがキャスターに向けて何かを投げつけた瞬間、とうとう火球が靄を破った。しかもキャスターに投げつけられた何かは彼の足元に落ちてしまった。火球はその威力を弱めることなくサラに迫っていったが、彼女はとっさに飛びのいてそれを避けた。
 そのとき、彼女が何かを口ずさむと、キャスターの足元から蔦が伸び、それがキャスターを拘束する。サラが投げつけたのは、呪文を唱えれば爆発的に成長する特殊な種であった。

 「フン。この程度で・・・・」
 「今よ!セイバー!!」
 「うむ!」

 そして動きを封じられたキャスターに再び迫るセイバー。キャスターはその指先から光線をセイバーに向けて放つが、その攻撃もあえなくセイバーに避けられてしまった。そうして、セイバーの剣が横一文字にキャスターを切り裂いた。

 「グ・・・・・・ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 あたりにはキャスターの絶叫が響き渡った。
 がしかし、苦痛にゆがんだキャスターの顔が、瞬時に不敵な笑みへと変わり、そしてキャスターの姿が消えた。

 「やった・・・・・・わけないわよね」
 「うむ。我々が今まで相手にしていたのは、キャスター本人ではなく単なる傀儡であったようだ」

 先ほどまでキャスターがいた場所にはただ、その傀儡の残骸が残っているだけだった。

 「敗れる要素などない。いくら時間をかけても構わない。確かに、奴の言うとおりだったな」
 「まあ、いいわ。それよりも、キャスターが張った結界が消えていくみたいだわ。どうも、さっきの傀儡が結界の基点だったみたいね」

 サラの言うように、この場所ととある場所を覆っている結界が消滅していった。あのキャスターの傀儡が結界の基点であると同時に、その番人を務めていたようだ。

 「そういえばサラ。先ほどは助かったぞ。おかげで、傀儡といえどもキャスターを討つことができた。礼を言う。しかし・・・・」

 セイバーは柔らかな笑みを浮かべたが、その次の瞬間には彼の顔が少し曇ってしまった。

 「キャスターの攻撃を防いだ後のことだが、あれは少々危なかったのではないのか?下手すれば、無事では済まなかったぞ」
 「何よ。私に説教でもするつもりなの?こうして無事なんだからいいじゃない」
 「いや。身はそなたに説教するつもりなど毛頭ない。むしろそなたが無事でよかったと思っている。むしろ身がそなたに助けられたような形なのだから。だが、そなたにもしものことがあれば・・・・」
 「あら。私がそこまで頼りないかしら?それとも何?信頼できないの?」
 「誰もそうは言っていない。身はそなたにサーヴァントとして全てを捧げているつもりだ。身がこうして、そなたの傍にいることが何よりの証だ」
 「だったら、それでいいじゃない。貴方が本当に危ないと思ったら、サーヴァントとして私を助けなさいよ」
 「無論、そのつもりなのだが・・・・」
 「だったら話はこれでおしまいよ」
 「うむ・・・・」

 最後は半ば押し切られる形で少々情けない姿となってしまったセイバー。今のこの二人はマスターとサーヴァントというよりは思春期の娘とその父親、といった構図である。

 「そんなことよりも、セイバー。これ見て」

 さらに促され、セイバーは彼女の傍へ歩み寄る。そして、彼女の指し示した先を見る。

 「どう思う、これ?」
 「うむ、随分と妙なことになってきたものだな・・・・」

 サラとセイバーはビルの屋上から地上を見下ろす・・・・



 セイバーがキャスターの傀儡を打ち倒したちょうどその頃、バーサーカーから身を隠していた狩留間鉄平とアサシンを閉じ込めていた結界がとうとう消えた。

 「結界が、消えた・・・・・・?」
 「どうやら、何者かがこの結界の基点を破壊したようだな」

 誰が、何のためにキャスターの結界を破ったのかは、この際どうでもよかった。大切なのは、一刻も早くこの場から離れることだ。
 だというのに、アサシンは遠くに視線をやっていた。

 「アサシン?どうしたんだよ?」
 「ああ。鉄平。あの方角を見てほしい」
 「?一体、あそこに何があるっていうんだ?」

 鉄平はアサシンが示した方向に、目を凝らして見つめた。
 その方向にはバーサーカーはいない。鉄平の視力や聴覚は常人に比べれば、高いレベルであるが、さすがにアーチャーやアサシンなどには敵わない。
 とはいえ、距離が距離なのではっきり見えるわけではないが、視線の先には人垣らしきものが確認できた。ただ、最初はそれが全体的に赤かったので、何かの壁かと思ったが、すぐにそれがなんなのかわかった。

 「あそこの先にいるのってまさか、ライダーの・・・・?」
 「そうだ。もし、奴の真名がチンギスカンならば、あの軍団も大陸を震撼させた騎馬軍団で間違いなかろう」

 鉄平もアサシンもライダーの正体を見破っていた。
 ただ、彼らがわからないことは一つだけある。それは、ライダーの軍団が何故この場にいるのか、だ。

 「大体、あそこで何やっているんだ?」
 「そうだな。何者かと戦っているというのならば、もう少し動きがあってもいいはずだ」

 この時点で、彼らはまだあの先に沙織たちがいて、さらにライダーを含む三騎のサーヴァントがいることを知らない。

 「・・・・・・動かないのは、何か理由でもあるのか?」
 「おそらくは、何かを見張っているか、あるいは何かを囲っているか、のいずれかだろう。少なくとも、現状ではその“何か”が何なのかはわからぬが」
 「まあ、とにかく現状では手出ししないほうがいいかもしれないな。さすがのお前でも、ライダーとバーサーカーの二人相手じゃどうしようもないだろう?」
 「いや。ここはあえてあそこへ突貫しよう」
 「・・・・・・・・は?」

 アサシンの発案を聞いてしまった鉄平は、思わず口をポカンと開けて呆気にとられてしまった。

 「アサシン、お前・・・・・・!!」
 「何も某自身が刃を繰り出して敵を屠るだけが戦に非ず。状況を利用して敵を葬るのも戦。某たちがライダーたちのいるあの場所へ向かえば、バーサーカーもいやでも目にするだろう。上手くいけば、バーサーカーとライダーがぶつかるやもしれぬ。よければ、そのどちらかが潰れてくれれば御の字だ」
 「なんていうか、思ったよりもセコイな。お前・・・・・・」
 「兵法というものは、そういうものだ。それに、奴らがあそこで何をしているのか、確かめるのにも丁度よい。それで、鉄平。どうするのだ?」

 アサシンが鉄平に最終決定を仰ぐ。鉄平は一呼吸置いてから、結論を出した。

 「わかった。それでいこう。いつまでもここにいるわけにはいかないし、どちらかのサーヴァントが倒れてくれれば、こっちにとってもありがたいからな」
 「決まりだな。では、ここからあそこまで行くときはなるべく、バーサーカーの目に付くようにしろ。そして、バーサーカーが追い始めれば、バーサーカーを引き離し過ぎないように。かといってそれに気をとられすぎて、追いつかれてしまえば本末転倒だ。問題ないな?」

 鉄平が頷くのを見て、アサシンは言う。

 「では、行くぞ」

 そして二人とも、隠れている場所から飛び出した。それからしばらくすると、ちょうどバーサーカーが振り向き、二人に反応して追い始めた。

 「確かに追ってきたはいいけど、この分じゃいつでも引き離せるぞ」
 「無駄口を叩くな」

 確かに、彼らを追っているバーサーカーは走っていることは走っているのだが、速度としては普通にランニングしているのと変わりはない。逆に鉄平たちは追いつかれてしまえば一貫の終わりであるために、気を抜くことは許されない。
 そんなこんなでつかず離れずの逃走をしてから大分経つと、とうとうライダーの鮮血騎馬軍団が目前に迫っていた。騎馬軍団も鉄平たちに気付いたのか、一斉に矢を放ってきた。むろん、鉄平もアサシンも易々とこれに当たるような者たちではない。
 言うまでもないが、バーサーカーも騎馬軍団の攻撃の射程内に入ろうとしていた。するとバーサーカーはどういうわけか、一度立ち止まると、何度も地面を踏み鳴らすと、突然弾き飛ばされたかのように鉄平やアサシン、騎馬軍団目掛けて突進してきた。

 「あいつ、牛か!?急に突っ込んできたぞ!まさか、あいつらに反応したからじゃないだろうな?」
 「鉄平よ。牛が赤い物を見ると興奮する、というのは全くの出鱈目だ。興奮するのはむしろ、人間の方で・・・・」
 「アサシン。うんちく垂れ流しているお前のほうがよっぽど無駄口だぞ」
 「うむ。とにかく、速度を上げるぞ」

 前方には矢を大量発射するライダーの騎馬軍団。後方には怒涛の勢いで突進してくるバーサーカー。鉄平とアサシンは当初の手順どおりに、騎馬軍団へと向かっていく。
 先ほどとは比較にならない速さで騎馬軍団へと接近していき、さらに雨のように降ってくる矢をも巧みにかわしていく。とうとう矢ではどうしようもない距離まで達したのか、最前列にいる鮮血騎兵たちが鉄平やアサシンを迎え撃つべく、刀を準備した。
 そしてついに、鉄平たちと騎馬軍団が自分の得物で切り結び始めた。なお、鉄平の右手にはいつの間にか彼の愛刀が握られていて、それを持って騎馬軍団を迎え撃った。
 余談だが、鉄平は常に自分の刀を持ち歩いている。だがそんなことをすればさすがに人目につく。だからこそ、彼はその刀を特殊な布、姿を消す妖魔の類の皮で作られた布袋に刀を納めている。
 そうして、鉄平もアサシンも鮮血騎兵相手に応戦しながら、騎馬軍団の間をすり抜けるようにして前進していった。
 そして他の鮮血騎兵たちも射撃を止めていない者もいた。彼らの標的は鉄平でもアサシンでもなく、こちらに向かってくるもう一人の敵、バーサーカーに向けて放っていた。バーサーカーの体に何本もの矢が刺さっていたのだが、それに構うことなく、というよりもそれらの矢が最初からないもののように騎馬軍団に突っ込んでくる。
 先ほどの最前列にいた鮮血騎兵もバーサーカーを迎え撃とうとするが、彼らの攻撃範囲内にバーサーカーが入ったときには、既にバーサーカーの斧が振るわれており、そして馬の首から上、早い話が彼らの体が丸ごとなくなっていた。それから、残された骸は徐々に形を失っていった。
 それからというものの、バーサーカーは草でも刈り取るかのように彼の前に立ち塞がる鮮血騎兵たちを斧で薙ぎ倒していった。そのおかげでバーサーカーと鉄平たちの距離も大分開いてきた。ほとんどバーサーカーを振り切った鉄平もアサシンも後はライダーに注意すべきだと思っていた。
 少なくとも、騎馬軍団を抜けきるまでは・・・・



 遠くからバーサーカーの叫び声が聞こえてくると、騎兵たちの脇から先輩とアサシンが出てきた。

 「先輩!アサシン!」
 「野々原さん!?・・・・・・何かとんでもないことになっているみたいだけど・・・・?」
 「アーチャー、簡潔に説明せよ」
 「ライダーとランサーと揉め事になっている。以上」
 「見ればわかる。某はどうしてこうなったかということを聞いておるのだ」

 さすがの先輩も少なからずこの様子に戸惑っているみたいだ。そういえば、先輩が日本刀を持っているんだけど・・・・

 「へえ。今度はアサシンのサーヴァントがお出ましか。コイツが噂に聞くニンジャってヤツか。けど、実力のほうはどうなんだろうな?」
 「なるほど。こやつが小娘の言っていた先輩とやらとそのサーヴァントか・・・・ふむ。サーヴァントのほうは引き入れるのに、苦労しそうだな」
 「・・・・・・主らがランサーとライダーか。しかしランサー、貴様のその言葉は某に対する挑発だと見て良いのだろうが、ライダーのほうは何を言っておるのだ・・・・?」

 どうもライダーはアサシンを引き入れようとしているらしい。アサシンもまさか自分が勧誘されているなんて露ほどにも思っていないのかもしれない。そして、誰もアサシンの疑問に答えることはなかった。

 「■■■■■■■■■■―――――――――!!!!!!!」

 これがその理由だ。バーサーカーの叫びがすぐ近くまで迫ってきた。先輩もアサシンもすぐに飛び退き、二人が出てきた場所にいた騎兵たちは、その場で爆発でも起きたかのように吹き飛んでしまった。そして、そこには青銅色の肌をした覆面の大男が唸っていた。

 「おいおい、アサシン。何連れてきてんだよ?」
 「これも事情あってのこと。主がとやかく詮索すべきことではない」
 「へえ。意外と壮観じゃねえか」
 「ほう・・・・・・何かと思えば、獣か。どうやら、我が下に引き込むような空気ではないな」

 アーチャーさん、アサシン、ランサー、ライダーがそれぞれ口にした。

 「これが、この聖杯戦争のサーヴァント・・・・・・」
 「これは、思ってもみなかったわね・・・・」
 「まさか、ここまで揃うなんて思ってもいなかったな・・・・」
 「結構面白いことになってきたじゃねえか」

 わたしも、神奈さんも、先輩も、シモンも思っていることはそれぞれだけれど、圧倒されていることには間違いなかった。



 「セイバー。貴方もあそこに加わってきたら?」
 「状況次第では、な。今、身があそこに行っても、下手に均衡を破るだけだ」

 サラとセイバーが見下ろしている先には、自分たちとキャスター以外のサーヴァントが地上に集結している。

 「それにしても、これって結構すごいことなんじゃないのかしら?まさか、サーヴァントが・・・・」



 「サーヴァント七騎全てが、一箇所に集まるとはのう」

 サラたちがいるビルからそう離れていない場所に建っているビルの看板の上に、白と青で統一された、神官のようなローブを着た魔術師の英霊、キャスターが立っていた。彼もサラたちのいるビルよりも高い場所にいるのか、自分以外のサーヴァント全てを見下ろす形となっている。

 「さて。どうしたものかのう・・・・?」

 白銀の剣、セイバー。金色の槍、ランサー。深緑の弓、アーチャー。鮮血の騎馬、ライダー。蒼白の英知、キャスター。宵闇の影、アサシン。青銅の中の狂気、バーサーカー。
 こうして、幌峰を舞台とした聖杯戦争のサーヴァントが、今ここに全て終結した。



~??????~

 どんな流派であれ、道場という空間は心身を鍛えるという目的もあってか、基本的に質素であるが、同時に厳かな雰囲気が醸し出される。それによって当然、身も引き締まることだろう。

???「タイガ~~~~~~~~~ど~~~~~~~じょ~~~~~~~~~!!!!!」

 ただしここ、“タイガー道場”なる不思議空間にも当てはまるかどうか不明だが・・・・

タイガ「というわけでやってまいりました!毎度おなじみタイガー道場をお送りいたしますのはFate真のヒロインであるこの私、藤村大河と・・・・・・・・・・・・・・お~い、イリヤちゃ~ん、どうしたのよ~?せっかくの出番よ~?ここは張り切って自己紹介しなくちゃ」

ロリブルマ「う~ん・・・・いくらこんなへんてこコーナーでも登場できたから嬉しいんだけど、どうして私たち出てこれたの?」

タイガ「うむ。何かさりげなく失礼な発言が聞こえたような気がするけれど、ここはあえて聞き流す。まあ、正直に言えば理由はただ一つ。“やってみたかったから”!!!」

ロリブルマ「うわ・・・・なんてストレート、というよりいつか自爆しそうな動機・・・・」

タイガ「確かに作者もタイガー道場をやろうかやらないか考え中だったこともあったわ。それで一時はやらない方向だったんだけど、ある日突然やりたくなったから晴れて私たちが登場できたというわけなのだ」

ロリブルマ「というか、出れたのはいいんだけれど、具体的には何やるの?小説じゃ主人公がデッドエンドになる、なんて展開はありえないじゃない?」

タイガ「基本的には、この作品の内容の補足とか、そういうことが中心になる予定よ」

ロリブルマ「要するに、あとがきってことね」

タイガ「そうとも言う」

ロリブルマ「それってわざわざわたしたちを登場させるんじゃなくて、普通に自分の言葉で書けばいいのに・・・・それとも何?自分でやると言い訳だらけになるから、わたしたちにそういう後始末をやらせようっていう魂胆なのかしら?」

タイガ「ちょっと、ちょっと!そういう発言はダメ、ゼッタイ!!全国の私たちのファン総勢1億人を作者の敵にするつもりか!?」

ロリブルマ「大体七割以上はわたしのファンなんでしょうけれど、タイガもわかってるじゃない。それで困るのはわたしたちじゃなくて作者だっていうことに」

タイガ「おお・・・・・・やはりブルマは悪魔っ子かー!?」

ロリブルマ「まあ、作者の意図は置いておくとして、こういうコーナーって、別にわたしたちじゃなくてもいいんじゃないかしら?他にも妹とかあの騒がしそうなクラスメートとか使用人コンビとか色々いそうだけれど・・・・」

タイガ「よせー!よすのだー!!それ以上私たちの首を絞めるような発言はやめてくれー!!!」

ロリブルマ「えー?だって、構想として作者の頭の中にあったんだから、仕方ないでしょ?」

タイガ「お・・・・・・おのれ、作者!あとで思い知らせてやるわ!!」

ロリブルマ「というわけで、基本的にはここはわたしたちが取り仕切っていくけれど、場合によっては作者自身の言葉で記述されることもあるかもしれないわ。とりあえず、そこだけは頭の片隅に置いておいてね」

タイガ「む・・・・・・さすが弟子一号・・・・見事なスルースキルよ・・・・・・あ、そうそう。言い忘れていたけど、この第九話と前回の第八話は、本当は一本でまとめる予定だったんだけれど、思ったよりも長くなったからこうして二本でまとめることになったのよ」

ロリブルマ「ようやく本来のやるべきことをやったみたいね・・・・それよりも、そういうことって本当は前回言うべきだったんじゃないの?」

タイガ「コラコラ!そういうことは言わないの!というわけで・・・・」

ロリブルマ「ちょっとタイガ。何終わろうとしているのよ?まさか、今回のわたしたちの役割って、あれで終わりなわけ?」

タイガ「うん?そうよ?」

ロリブルマ「・・・・・・中途半端に長い上に、言いたいことだけまとめるとたった数行・・・・むなしいわね」

タイガ「だ~か~ら~、そういうこと言わない!余計なこと書いたら、それこそ本当に自爆しかねないし」

ロリブルマ「まあ、これで作者も物を書くということが、どれだけ大変なことか身に染みるに違いないわね」

タイガ「うむ。何事でもやってみて、それが作者の糧となるのならば、それでこそ私たちも本望というわけよ」

ロリブルマ「もうここで話せることもなさそうだから、そろそろここでお開きにしたほうがよさそうね」

タイガ「うむ!それでは皆の者!」

ロリブルマ「またね~!」



[9729] 第十話「始まりの誓い」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/02 03:42
 今、幌峰の街の一角はとある魔術により一時的にゴーストタウンと化している。
 理由は一つ、ここで秘匿すべき魔術、その一端がここで行われているからだ。
 そんな人気のない街中を駆け抜ける影があった。その影は奇妙そのものだった。そのうちのいくつかは馬を走らせていた人間の“形”をしたものだ。だが、それは馬も含めて、体中が血の色をしていた。
 さらに奇妙なのはそれに混じって、馬とそんなに変わらない速度で走っている二人の男女。一人は老紳士、もう一人はどこかの屋敷に仕えていそうなメイドである。
 二人はこの街を魔術協会から任されている管理人の一族、守桐家に仕える執事の佐藤一郎とメイドのつくしの二人であった。彼らは今、主である神奈のサーヴァント、ライダーが呼び出した鮮血騎兵数騎とともに彼女の下へ向かっていた。

 「けどさ~、お嬢には大将がいるんだから、うちらが行く必要ないんじゃない?」
 「そう言われますが、万が一ということもありえます。確かに、我々が辿り着いたからといって、できることはあまりありませんが、それでも時間稼ぎぐらいはできましょう」
 「うへ~、なんか面倒臭そうだな~」

 つくしは心底嫌そうな顔をして、一郎と並走する。二人とも、結構な距離を走っているが、息切れをしている様子はない。

 「とにかく、急ぎましょう。間に合えばよいのですが・・・・」

 つくしの言葉を無視して、一郎は急ぐ。彼がどうして、神奈の下へ向かっているのかといえば、嫌な予感がしたからだ。事実、今彼女のいる地点には全てのサーヴァントが集結しているからだ。その事実は無論、一郎は知らない。
 だが、彼ら以外にも、その死地になりうる場所へ向かっているものがもう一人いることも、一郎は知らない。そして、その人物が自分たちよりも先にその場所へ辿り着いていることも・・・・



 地上にはアーチャー、アサシン、ランサー、ライダー、バーサーカーが、さらにその場にはバーサーカーを除くそれぞれのサーヴァントのマスターが、その近くのビルの屋上にはセイバーとマスターのサラが、そのまた近くのビルにある看板の上にはキャスターがいた。
 全てのサーヴァントが揃い、かつお互いに睨み合っているという異常事態。地上にいないセイバーやキャスターが下手に動こうものならば、この静寂は一瞬のうちにして破られてしまうだろう。
 それほど、絶妙なパワーバランスによって成り立っている膠着状態なのだ。
 つまりそれは、サーヴァント一体の力がどれほどのものかを如実に示している。

 「ふーむ・・・・流石のわしでもこの展開は読めなんだ。さて、どうしてくれようか・・・・?」

 七騎の中で一番天辺の位置にいるキャスターが色々と思案していた。
 この場ではどう動くのが最良か、そもそもこの状況は自分にとっては吉と出るか凶と出るか・・・・少なくとも、考えなしにこの場に乱入してしまえば、まず真っ先にやられるのは自分だということを認識している。
 だからこそ、ここは動かず、状況を見極めることに徹している。万が一のことがあれば、バーサーカーをけしかけるのも手の一つである。

 「む?あれは・・・・・・?」

 キャスターが思考をめぐらせている中、地上をふと見渡してみると、彼の目に何かがとまった。
 そして、それはこの膠着状態が終わりを告げることを意味している。

 「・・・・・・やれやれ。どうやらわしの出る幕はないようじゃのう。仕方ない、一通りこの成り行きを見届けた後に帰るとしよう」

 キャスターは思わず、肩をすくめてしまった。



 わたしが神奈さんたちに囲まれてからどれだけ時間が経ったのだろうか・・・・?その間に色々なことが立て続けに起こり、そしてこの場の状況が目まぐるしく変化した。
 まず、神奈さんが先輩みたいに聖杯戦争から降りるよう忠告すると、ランサーとそのマスターのシモンが割り込んで、それからライダーの騎馬軍団と対決した。
 その後アーチャーさんがこの場にやってきた。
 ここまでで、ライダーがチンギスカンでランサーがアキレウスだということもカミングアウトされた。
 それからなぜか先輩とアサシンが突然ここに現われて、その二人を追ってきたのか、バーサーカーまでここに出てきた。
 そうして今に至る。ここにいるサーヴァントは全て、お互いに睨み合っていてまったく動かないどころか、喋る気配もない。それがこの場に重い空気を醸し出していた。

 「な・・・・なんだか、みんな全く動きませんね・・・・」
 「そりゃそうだよ。下手に動いてしまえば、ただでは済まないからね。もしそうなれば、この状況も確実に変化する」

 わたしの言葉に先輩が返してきた。
 けれど、その言葉の意味をわたしはいまいち、ピンと来なかった。
 そんなわたしに声をかけてきたのが、シモンだった。

 「お嬢ちゃん。おまえ、サーヴァントの力がどれほどのもんかよくわかってないだろ?連中の力を甘く見ちゃいけないぜ。連中の力は、おれたち人間がどう足掻いたって敵うわけもねえ。もしかしたら、あいつらがこの場で暴れたりしたら、地図からこの街の名前が消えちまったりするかもなあ・・・・」

 その言葉を聞いた直後、わたしは戦慄してしまった。

 「どうやら、サーヴァントの力がどういうもんか、よぉくわかったみたいだな」

 そんなわたしの様子を見て、シモンは少し含み笑いをした。
 確かに、アーチャーさんたちは見た目こそわたしたちとそう変わらないからそこまで気にはならなかったけれど、わたしは忘れていた。
 彼らが過去の物語を生きてきた人たちだっていうことを。
 それにそういうことは、ライダーの能力や今までのサーヴァントの戦いを見ていたら頷ける。

 “あいつらがこの場で暴れたりしたら、地図からこの街の名前が消えちまったりするかもなあ”

 シモンの言葉が何度もわたしの頭の中で反芻する。

 キエル?
 コノマチガ?
 アノヒミタイニ?

 「オーイ!!あそこがなんか騒がしいぞ!」
 「なーに?けんかでもやってるのー?」
 「マジかよ!?見に行こうぜ!!」

 どこかからか、数人の人の声が聞こえてきた。
 そのとき、わたしの頭の中で巡っていたものが途切れたと同時に、この場を支配していた静けさが消滅してしまった。

 「・・・・・・このあたりに聖杯戦争に関係のない人間を入り込めないようにしなかったのか?」
 「いいえ。むしろ、一帯の住民には暗示をかけてここ周辺から追い出したし、それに人払いの結界は何重にも張り巡らせたわ」

 先輩に問いただされた神奈さんはそう答える。
 どうやら、神奈さんはここに他の人が入り込まないような魔術を施していたみたいだ。

 「おい!ランサー!ここにいても仕方ねえ!もう行くぞ!」

 今度はシモンがランサーに声をかけた。
 確か、魔術って普通の人に知られちゃいけなかったはず。だから神奈さんは魔術を使ってこの場を無人にした。
 無論、サーヴァントたちもさっきの声に反応していた。それで余計、どう動けばいいのか困惑していた節があったみたいだ。

 「・・・・・・チッ!」

 ランサーが舌打ちをすると、一っ跳びでシモンのそばに到着した。そのとき、ライダーは右腕を上げた瞬間に血の色をした騎馬軍団も霞のように消え、バーサーカーもゆっくりとした動きでこの場を去っていく。
 そして、シモンもランサーを後ろに乗せて自分のバイクに跨った。

 「今日は邪魔が入ったが、次はこうならねえように祈るぜ。それじゃ、あばよ!」

 そうして、シモンはバイクを走らせ、そのままどこかへと言ってしまった。
 そしてアーチャーさんもいつの間にか馬から下りたライダーもわたしや神奈さんの近くに立つ。
 でも、わたしの目では彼が姿を消しているかどうかわからない。なぜなら、わたしは姿を消している、それを霊体化という状態でもサーヴァントの姿が見えるらしい。
 それからしばらく経っても、他の人たちがここに来る気配がない。

 「あの・・・・一体、どうなっているんですか?」
 「何が?」
 「何がって・・・・・・ここに人が来るんですよ!?アーチャーさん、姿消せないじゃないですか!?」

 これから人が来るというのに、平然としているアーチャーさん。わたしが・・・・魔力、でいいよね?それの使い方が下手だから、彼は他のサーヴァントみたいに姿を消すことができない、らしい。
 それにアーチャーさんの今の服装は今の人たちと比べると、明らかに時代が違いすぎる。怪しまれるのは目に見えている。

 「そうは言われても、人間の気配なんていくらもないぜ」
 「え?でも、さっき人の声が・・・・」
 「アーチャーの言うことは正しいよ。このあたりに俺たち以外に大勢の人間がいる気配はしない」

 え?え??何がどうなっているの?
 さっき、何人も人の声が聞こえたはずなのに、アーチャーさんも先輩も口を揃えてそういう人たちはいないという。
 この中では、わたしだけが困惑していた。そんなわたしを見かねてか、神奈さんが言った。

 「確かに“普通”の人たちはこのあたりにはいないわ。けれど、“魔術師”ならもう一人、ここにいるわ」
 「も、もう一人って、シモンならさっきどこかに行ったんじゃ・・・・?」
 「彼じゃないわ。そもそも声が聞こえてきたとき、彼はこの場にいたじゃない」
 「あ・・・・」

 言われてみればそうだ。シモンもあの声を聞いてこの場から去っていったんだから。
 じゃあ、あれは一体・・・・?

 「ちなみにこの近くにセイバーとそのマスターのお嬢ちゃんもキャスターもこの近くにいるぜ。けど、そいつらでもない」

 さらにわたしは、この場にすでにいないランサーやバーサーカーだけじゃなくて、セイバーやキャスターもいることに驚かされた。
 つまり、さっきまでここにサーヴァントが全員いたことになる。もし、ここでセイバーもキャスターもこの場に降り立っていたら、今がどうなっていたか全く想像もつかなかった。
 けど、セイバーのマスターのサラじゃないとすると、一体誰なの・・・・?

 「そろそろ出てきたらどうかしら?」

 神奈さんがその姿の見えない“もう一人の魔術師”に当たる人物に声をかけると、すぐに返事が返ってきた。

 「いや、すまない。唐突に出てくるのも驚かせるようで気が引けたので、出てくるタイミングを失ってしまったのだよ」

 聞こえてきたのは、渋みのある深そうな声だった。その声のしてきたほうから、大きな人影が見えてきた。それはよく見てみると、黒いコートを羽織っていて、背の高いがっしりとした体格の男の人。そして何より特徴的だったのは、鮮やかなまでに金色に輝く髪にサファイアのような蒼い瞳。一目見ただけで、外国から来た人だということがわかる。見た目も声と同じくらい渋さがあるけれど、思ったよりも若い感じがした。

 「お目にかかるのは、あなたが来日して以来ね。ブラットフェレス・ザルツボーゲン」
 「ブラットでいい。そちらの方が呼びやすいだろうし、何よりも私が助かる」

 ブラットフェレスト呼ばれたその男の人は、神奈さんに対してとても紳士的な態度で接した。
 でも、どういうわけかわたしはその人を直視できなかった。

 「それよりも危ないところだったな。ここにサーヴァントが全て揃っていると知った時には肝が冷えると思ったものだよ。仮にサーヴァント全てがこの場で戦い始めれば、聖杯戦争どころではないのだからな」
 「・・・・・・だから、あなたが自分の得意分野を使って、他に人がいるように見せかけたのね」
 「そういう事だ。何より私が助かったのは、ランサーのマスターがこの事に気付いて早急に去ってくれた事だよ。何しろ、この中でランサーが一番好戦的に思えるからな。おかげで、事が拗れずに済んで助かったものだ」

 シモンも気付いていたんだ・・・・ということは、この中で気付いていなかったのはわたしだけ・・・・でも、他に比べて普通の人なわたしが気にしても仕方ないけれど。
 それよりも、物腰柔らかに対応しているブラットに対して、神奈さんは少し気を張っているように思えた。

 「ところで、魂喰いで市井の人々を食い物にしているバーサーカーの背後には、キャスターが潜んでいるそうだけれど、あなたのサーヴァントは何だったかしら?」

 どういうわけか、ここでバーサーカーの魂喰いの話を切り出してきた神奈さん。対するブラットはその間、表情を一切変えないどころか、逆に微笑んできた。

 「恐ろしいものだな。それはさぞ、対応に苦しんでいることだろう」
 「ええ。バーサーカーとキャスターが倒れてくれれば、通常通りの聖杯戦争を行えるんですけれどね」
 「ふっ。それもそうだな・・・・・・」

 神奈さんとブラット、二人の間から溢れている重たい空気はこちらにも伝わってきた。
 それからしばらくすると、ブラットは踵を返して立ち去ろうとしていた。
 そのはずだったのだけれど、彼は急に立ち止まり、わたしや先輩のほうに向き直った。

 「・・・・・・彼らが残り二人の聖杯戦争の参加者かね?」
 「あなたには関係のないことでしょう?」
 「そうかね?」

 神奈さんにそれだけ言うと、ブラットはまずわたしのほうへとゆっくり歩いて近づいてきた。ブラットがあと数歩のところまでわたしに近くに来た途端、アーチャーさんと先輩がそれぞれ突剣と日本刀を手にしてブラットの前を塞ぐように突き出してきた。

 「何、安心しろ。わたしはただ彼女と話をしてみたいだけだ。何もとって食おうというわけではない」
 「安心しろというのか?敵であるお前を?」
 「それを言うならば、お前も彼女の敵という事になるが?」
 「彼女は・・・・・・野々原さんは聖杯戦争には関係ない。巻き込まれただけだ」
 「ほう。野々原、というのか・・・・」

 ブラットはふうむ、と軽くうなずいていた。それはまるでわたしの名前を反芻しているかのように見えた。
 それにしても、先輩の敵意はアーチャーさんのそれよりも大きいような気がするのは気のせいだろうか?

 「そう張り詰めすぎるな、若者よ。あまりそうしすぎると、お前の大切なものがまた失われてしまうかもしれないぞ」

 ブラットのその言葉に、先輩は弾けたように手にしていた刀をブラット目掛けて振りぬこうとした。今、自分が斬られようとしているのにブラットは表情一つ変えずに平然としていた。その先輩の攻撃を止めたのは、以外にアサシンだった。彼が先輩の腕を掴んだことで、刃がブラットの首筋の寸前で止まった。

 「アサシン、お前はいつあいつのサーヴァントになった?」
 「鉄平よ。某が仕えるのは主以外にありえぬ。ゆえに、主が道に背くようなことあらば、某はそれを全身全霊にて止める」
 「道に背く?暗殺者が道を説くのか?」
 「・・・・・・確かに、某は暗殺者の成れの果て。この身はかつて、非道とされる行いもいくつも重ねてきた。しかし鉄平よ。某は主の身の上を承知している。この者が信用ならぬ狐狸の如き者だということもわかる。それでも、某としては、主が害意のない者を斬り捨てて修羅道へ落ちるのを由とできぬ」

 アサシンの言葉を聞いた先輩は、苦虫を噛み潰した顔で刀を引いた。

 「良いサーヴァントを持ったな、若者よ。その忠誠心、アサシンのサーヴァントでいるには勿体ないほどだ。ああ、そっちはアーチャーのサーヴァントか。剣を引くも引かないもそっちの好きにして良い。ここからでも十分話ができる」

 ブラットがアーチャーさんにそう声をかけた後、その視線をわたしに移した。わたしに向けられたその目の色は、綺麗な蒼の色をしていた。けれど、わたしはそれがとても怖くかった。その蒼い目は何もかもを見透かされそうな気がしたからだ。
 わたしがブラットから視線を外そうとした、そのときだった。

 「逸らすな」

 ブラットのその言葉を聞いた瞬間、わたしは金縛りにあったみたいになって身動きが取れなくなった。

 「いくら恐怖や苦難から目を逸らそうとも、逃れようとしてもそれらは決してお前を逃がさない。むしろ、そうすればそうするほど深みにはまるものなのだ」

 わたしはこれまでにも何度か逃げたい、目をそらしたいと思ったことはいくらでもある。そして今に至るまでのことがあったので、ブラットの言っていることが理解できた。

 「それらに臆することなく、立ち向かえと人は言うが、私もその意見に賛成だよ。むしろ、それらに呑まれて、もがく事こそ生の価値がある。ただお前の場合、そうなった時にはお前がお前である保証はないと思うが・・・・」

 それだけ言うと、ブラットはわたしたちに背を向け、そのままつかつかと歩き出した。

 「その時まで足掻くが良い。それまで生を謳歌する事だな」

 それだけ言って再びブラットは歩き始めた。ところが、ふと何かに気付いたかのように彼はまた立ち止まった。そして今度はこちらに振り返ってきた。

 「そういえば、若者の上の名前とそちらのフロイラインの下の名前を聞いていなかったな。今更だと思うが、聞いておこうか」
 「・・・・・・沙織、です」
 「・・・・・・狩留間だ」

 わたしも先輩も少し躊躇いながらも、それぞれ自分の名前を口にした。

 「そうか、野々原沙織に狩留間鉄平、か。覚えておこう」

 満足そうにうなずきながらブラットがそう言うと、今度こそこの場から立ち去っていった。
 ブラットの話を聞いていて、彼の言うことは正論だと思う。けれど、なんだか心を見透かされているみたいで、嫌な気分になった。それは、多分先輩も同じだと思う。
 この場はしばらく、重たい静寂に包まれてしまったのか、アーチャーさんがばつが悪そうに頭を掻きながら、口を開いた。

 「それで?あの陰険な金髪一体誰なんだよ?マスターなのはわかるが、できれば詳しく教えてほしいもんだな」

 アーチャーさんが声をかけた対象はさっきから仏頂面をしている神奈さんだった。ブラットが去った今、彼女の顔はさっきまでに比べると少し和らいでいるみたいだった。

 「・・・・・・彼は今のザルツボーゲンの当主で、キャスターのマスターよ」

 キャスターって・・・・バーサーカーを背後から操って魂喰いを敢行させている、あの!?あの人がそのキャスターのマスターだっていうの!?

 「彼がどうして、魂喰いなんてリスクの高いやり方をやらせているのかは知らないけれど、あの様子じゃ自分のサーヴァントの行動は把握できているみたいね」

 確か、魔術って公にできないから秘密にしているのは覚えている。なのに、キャスターもブラットもそれを知っているはずなのに、魔術の存在を明らかにしかねない魂喰いをあえてやっている。

 「確かに怪しい上に胡散臭そうな奴だったな。それで?そのザルツボーゲンってのはセイバーのマスターのお嬢ちゃんみたいな名門の出なのかい?」

 アーチャーさんの質問に、神奈さんはしばらく間を置いた。それから彼女は口を開いた。

 「どうして、そんなことを聞くのかしら?」
 「別に。ただ、あんたもそこのテッペイみたいに、こっちのマスターを聖杯戦争から遠ざけたいみたいだからな?オレとしては、マスターがどっちを選んでも構わないが、どっちにしてもちゃんと説明義務を果たすべきだと思うんだがね」

 それから、神奈さんは溜め息をついた後で言った。

 「・・・・・・わかったわ。その前に、野々原さん。あなたが今現在で知っている聖杯戦争の情報を教えてくれるかしら?そのほうがこっちも説明しやすくなると思うわ」
 「・・・・・・わかりました。それでは・・・・」

 そうして、わたしはこれまでで知った聖杯戦争のことを話し始めた。



 「思ったよりもあっさりと終わったわね」
 「うむ。だが、これはこれでよかったのではないのか?」

 サラとセイバーは、ビルの屋上からブラットが去るまでの下のやり取りを見下ろしていた。
 なお、ブラットが去った後、彼のサーヴァントであるキャスターも空間転移を行い、その場から去った。
 そして、サラがドアへと向かい始めた。

 「どこへ行くのだ?」
 「決まっているでしょう。帰るのよ。これ以上ここにいても何もないし、それに多分今日はこれ以上何も起こらないと思うわ。だから、帰るの」
 「そうか」

 セイバーはそれ以上、何もサラに問わず、その姿を消して彼女に付き従った。そして、サラはビルの屋上から出て行った。



 それから、わたしが知っている聖杯戦争のことについて神奈さんに話した。
 聖杯と呼ばれるものを巡って魔術師たちが自分のサーヴァントを召喚して戦い抜くこと、その目的はあらゆる願いを叶える聖杯の奪取にあること、それなのにその聖杯が贋物だということ、その贋物を作ったのが、守桐ともう一つの魔術師による二つの一族によるものだということ、わたしは覚えている限りのことを話した。
 そういえば、アーチャーさんがブラットって人のことを聞いただけなのに、どうしてこういう話になったんだろう?そう思いながら、わたしが話し終えてしばらく経った後も神奈さんは少し黙っていた。けれど、ようやくその口を開いた。

 「それじゃあ、この街の聖杯を作ったのが私の家の者だということは知っているのね?」
 「は、はい」
 「けど、その聖杯を作り上げたのは私たち守桐の一族というよりも、むしろもう一つの・・・・」
 「そのもう一つの魔術師の一族がザルツボーゲン、そうだろう?」

 その話に突然、先輩が割り込んできた。その間の先輩はどういうわけだか、不機嫌そうな顔をしていた。

 「鉄平さん。あなたにはこのことは言っていないはずだけれど、どうしてわかったの?」
 「話の流れを掴んだだけさ。ブラットの話から突然聖杯戦争に成り立ちに変わった瞬間、もしかしたら、と思ってね」

 先輩が言い終わると、神奈さんは一息ついてから話し始めた。

 「確かに、彼の言うとおりここの聖杯を作り上げた大本はあの男、ブラットフェレスの一族、ザルツボーゲンの手によるわ。私たちの一族はただ、彼らに土地を提供しただけ?」
 「どうして、そうしたんですか?」
 「魔術師が魔術を行使するのに、魔力や魔術回路を必要とするように、聖杯を起動させるのにも、それを行う土地やそれに必要な魔力を供給する霊脈、言ってみれば土地の魔力みたいなものがどうしても必要なのよ。それに、私たちの一族もある目的があって、彼らに土地を提供したのだから・・・・」
 「その目的って、何ですか?」
 「そうね・・・・・・あなたには少し難しいから、簡単にかいつまんで説明するわね」

 神奈さんは間を置いてから、口を開いた。

 「魔術師たちはある目的を持って活動しているの。その目的は“根源の渦”、万物の始まり、と言ったほうがわかりやすいと思うわ。それを知ることを目的としているの。一応、シモンみたいな例外もいるけれど、私たち守桐は聖杯の仕組みを使ってそれを解明しようとしたのよ」

 つまり、神奈さんの説明では魔術師はこの世の始まりを探る研究者、っていう解釈でいいのかな?確かに、その説明だとシモンが黙々とそういう研究をしている光景なんて想像できない。それは、門丸くんが伏瀬くんみたいにおとなしくなること以上にありえないことだと思った。

 「ところで、何で私たちが使うものが“魔術”と呼ばれていると思う?」
 「え?えーと・・・・」

 そんな余計なことを考えていたわたしに、突然神奈さんが尋ねてきた。言われてみれば、魔術とか魔法とか妖術とか幻術とか似たり寄ったりな単語がいっぱいある。
 それにしても、どうしてそんなことを聞いてきたんだろう?

 「魔術は現代の科学でも再現できるけれど、もう一つ、私たちの世界では“魔法”と呼ばれるものがあって、そっちは現代科学でも再現できないものを行使することができるわ。例えば、タイムスリップとか不老不死とかそういったものよ」

 正直、わたしは理解できているのかどうか、少し怪しかった。
 とりあえず、魔法は魔術のワンランク上の術技、でいいのかな?
 そして、神奈さんは続けた。

 「その中で不老不死に当たるもの、わたしたちの世界では第三魔法と呼んでいるけれど、大昔にそれの習得を巡って二つの魔術師の一族が我先にと互いに出し抜こうとしたの。その第三魔法を手にできたのは片方だけだった。でも、その魔術師の一族からその秘法が失われたことで、敗れてしまった一族は再び第三魔法の習得に執心しているわ」
 「・・・・・・その一族っていうのが・・・・」
 「ええ。ザルツボーゲン、つまりブラットフェレスの一族よ。彼らより先に第三魔法を習得した一族も当然、自分たちがかつて手にした魔法を取り戻そうと躍起になっている。そして、ザルツボーゲンはどこでそのやり方を知ったのかは知らないけれど、その方法をこの街にも再現しようとしている、いいえ。もう既に再現“した”と言ったほうがいいのかもしれないわね」
 「その方法が、聖杯戦争。そうだね?」
 「ええ。そうよ」

 神奈さんは先輩の言葉を肯定する。
 つまり、この街で行われている聖杯戦争はその不老不死だとか、世界の始まりの探求とかを求めるための、いわば儀式として執り行われていたことになる。その儀式のせいで、色んな人たちが受けなくてもいいような被害を被ってしまっているということになる。

 「これでわかったでしょう?これには、あなたが割り込む隙間なんてないの。だから早くこの聖杯戦争から降りなさい。そうすれば・・・・」
 「・・・・・・わたし」

 神奈さんがわたしに聖杯戦争から身を引くよう促しているにもかかわらず、わたしはそれを途中で遮って話し始めてしまった。

 「わたし、実はこの街に住む前には別の街に住んでいたんですけれど、その街は大災害に巻き込まれて、そのときに両親が亡くなって、それでわたしも妹もこの街に越してきたんです」
 「・・・・・・それは・・・・」

 神奈さんが突然、これまでの話に関係なさそうな話題に困惑しながらも、顔つきは少し神妙なものになっていた。

 「災害に遭ったときはすごく怖い思いをしました。そしてわたしが聖杯戦争に巻き込まれてからも、それと同じくらい恐ろしい目に遭いました」
 「だったら、話が早いわ。聖杯戦争から身を引いたほうがあなたの・・・・」
 「そうじゃないんです!」

 わたしは思わず、神奈さんの言葉に反論した。わたしが驚いたのは人に反論したことよりもむしろ、わたしの声がいつもよりもやや大きかったことだ。どちらも普段のわたしには考えられないことだった。

 「あ、ごめんなさい・・・・確かに、聖杯戦争は怖いです。聖杯戦争に参加している人たちはみんな、どこか怖そうですし、いつ自分が死ぬかもわからない状態です。でも、わたしの知っている人たちがそれに巻き込まれるんじゃないかって考えると、もっと怖くなるんです。だから・・・・」

 わたしは息を吸って、自分の正直な心のうちを声に出した。

 「だから、わたしはわたしの身近な人たちを守りたいと思うんです。そのためにも、この聖杯戦争を止めるために勝ち抜きたい、なんて大層なことは言えないんですけれど・・・・」
 「大層かどうかは問題じゃないさ」

 そのとき、それまでずっとこの状況を見守っていたアーチャーさんが声をかけてきた。

 「そんな大きいだ、小さいだなんていうのはどうだっていい。大切なのは、あんたがどうしたいか、それだけさ。あんたが本当に聖杯戦争を止めたいって言うんなら、オレはあんたに持てる限りの力を尽くすぜ」
 「ア、 アーチャーさん・・・・」
 「正直、聖杯だか携帯だか知らないが、そんなものはどうでもいいんだよ。オレはあんたのサーヴァントとして、あんたの力になる。オレはそういう動機で戦い抜こうと思うんだが、ダメかい?」
 「い、いえ!そんな、ダメなんてことはないんですけれど・・・・!」
 「でも、死ぬかもしれないわよ?」

 アーチャーさんの言葉に少しうろたえかけたわたしに神奈さんが言った。それに対してアーチャーさんが返した。

 「そうはいかないさ。なにしろ、オレがいるんだからな。死なせはしない。むしろ逆にあんたのライダーを返り討ちにしちまうかもしれないぜ?」

 そんなことを堂々と言い切るアーチャーさん。
 多分、わたしは今まで人にこういうことをされたことがないかもしれない。いや、むしろそこまでの関係を築いてこなかったのもあるかもしれない。
 でも、今はそんなアーチャーさんの言葉が何よりも心強く感じた。

 「・・・・・・そう。それじゃあ、あなたたちとは敵同士。そういうことね?」
 「・・・・それで、どうなんだ?」

 期待通りにならなかったのか、神奈さんは少し残念そうな顔をしていた。その神奈さんの問いかけを、アーチャーさんはわたしに振った。

 「・・・・できれば、敵でいたくありません。もしそうなったら、そのときはそのときです」
 「・・・・なら、次に会うときは、聖杯戦争から降りなかったことを後悔させてあげるわ。もっとも、それまでにあなたたちが勝ち残っていることなんてないんでしょうけれど」

 わたしは少し言葉を濁してしまったような気がする。でも、たぶんこれも本当のわたし自身の気持ちだと思う。
 実際に、神奈さんを“敵”として見なせるかどうか、ハッタリでも言えなかった。その神奈さんも表情は読めなかったけれど、多分わたしと同じ気持ちかもしれない。もちろん、わたしを聖杯戦争から引き離せなかったこともあるんだろうけれど。

 「・・・・・・野々原さん、もう行こう。これ以上ここにいても仕方がない」

 そのとき、先輩がわたしたちに声をかけてきた。そのときの先輩の顔もわからなかった。なにしろ、先輩も神奈さんみたいにわたしを聖杯戦争から身を引かせたかったからだ。先輩も神奈さんもああいう表情をするのもわかるような気がしてきた。
 それから、わたしとアーチャーさんは先に行こうとする先輩とアサシンの下へ行った。そしてわたしは途中、一度神奈さんのほうへと振り返り、一度頭を下げてから先輩たちの後を追いかけた。



 「お嬢様!ご無事ですか!?」

 一郎やつくしたちが神奈とライダーの居場所へ着いたのは、沙織たちと入れ違いになる形であった。彼らがブラットよりも先にこの場へ着いていれば、彼らもまた全てのサーヴァントが出揃っている様を目の当たりにしていたかもしれない。

 「遅いぞ、お前ら。既に事は済んだわ」
 「ハッ!ライダー様、申し訳ございませんでした」

 一郎は申し訳なさそうに頭を下げるも、つくしはただあくびをしているだけだった。

 「なんだ、もう終わったんだ。つまんないの」

 さらに、サラッと不謹慎な発言までする始末だった。そんな不届きな侍女に主人は呆れてしまう。

 「つくしさん・・・・あなたねえ・・・・」
 「女。お前の言い分もわかるぞ。あらゆるサーヴァントが揃っている光景は圧巻そのものだった。一郎よ。お前にも見せてやりたかったぞ」
 「ハッ。これは勿体ないお言葉です」
 「一郎。ライダーにいちいち畏まらなくていいわよ」
 「お嬢様。これは大変申し訳ございませんでした。しかし、わたくしとしましては、どのような方であれ、誠心誠意尽くさせていただくことを信条としておりますので」

 はっきり言って、神奈とライダーの間にそれほどまでに親密な関係であるとは言いがたい。むしろ、油断をすれば寝首をかかれることすらありえるのだから。
 そういう意味では、一郎が二人の潤滑油のような役割を果たしていると言っても過言ではない。ある意味では、つくしもそれなのだが・・・・

 「ていうかお嬢さ~、その様子じゃあ、説得失敗したんでしょ?いつもよりなんだかギスギスしているし」

 空気を読まないダメメイドがさらに空気を悪くする。やはり、この女は潤滑油ではなく、全てをドロドロに溶かして台無しにする溶解液かもしれない・・・・

 「あれ?脅迫だっけ?」
 「つくしさん。お静かに願えますか?」
 「いいのよ、爺。本当のことだから」
 「お嬢様・・・・」

 だが、神奈の反応は意外なものだった。つくしに指摘されたことで、逆に自身を見つめ直せたようだ。

 「それを言うのでしたら、わたくしどものほうこそ、アーチャーの足止めに失敗し、挙句の果てに出遅れてしまったことを深くお詫び申し上げねばなりません」
 「爺。そういう意味では私も似たようなものよ。だからあまり気にしないでちょうだい」
 「ハッ・・・・・・!」
 「でさー、それだったら連中こっちに引き込んじゃえばよかったのに。そしたら、聖杯戦争楽に勝てるんじゃない?」
 「・・・・・・女。そろそろ貴様はいい加減にしたほうがよさそうだぞ」

 さすがのライダーも空気読めない、というか空気を読む気すらないつくしにかなり呆れている様子だ。
 いつもならばここで神奈は苦言を呈することだろう。しかし、今度も普通に応対してきた。

 「構わないわ、ライダー。つくしさん、確かにあなたの言うとおりね。けれど、その場合勝ち残った後が余計ややこしくなるわ。それに、私の目的と彼の目的は相反するもの。あの野々原さんならともかく、彼はそうはいかない」
 「・・・・・・確かに、鉄平様は聖杯を求めているのに対して、お嬢様の目的はどちらかと言えばこの聖杯戦争の終結にありますからな」
 「ええ。そうよ。根源の渦への到達は私たち一族の本懐だけれど、だからといってこの街を犠牲にしてまで成し遂げるつもりは私にはないわ」

 一郎の言葉を肯定する神奈にとって、この儀式の最大の目的である聖杯にはそれほどの興味を示していないようである。むしろ、彼女にとって聖杯の優先順位はそれほど高くないようである。
 断っておくが、神奈は根源の渦の到達に興味を示していないわけではない。ただ、聖杯を用いて達するべきものではないというのが彼女の考えだ。
 また神奈は場合によっては、この街の聖杯の解体も視野に入れている。聖杯は使い方を間違えれば街一つを壊滅させかねない危険な代物だ。神奈の魔術師としての力量は決して低いものではないのだが、まれに強い力を持った魔術師、例えばあかいあくまや淑女のフォークリフトなどと比べると、どうしても見劣りしてしまう。
 はっきり言って、聖杯は彼女の手に負えるものではないのだ。

 「・・・・・・貴様が何をやろうが、この俺の知ったことではない。知ったことではないが、この俺の目的を阻害するようであれば、どうなるかわかっていような?」
 「あなたのほうこそ、自分が手綱を握られている立場であることがまだ理解できていないのかしら?」
 「手綱を握っているからとて、跨っている騎馬を乗りこなせるわけではない。貴様のほうこそ振り落とされぬよう、気をつけることだ」
 「そうね、忠告を聞き入れておくわ。あまり従順すぎると、ここ一番の場面で馬のほうが先につぶれそうだもの」
 「よく言えたものだな・・・・」

 そして、神奈が沙織や鉄平たちを引き入れなかった最大の理由がライダーだ。彼も同じく聖杯を求めて現世へと舞い戻ってきたのだ。
 そして、マスターが令呪によってサーヴァントを制御できるからとて、必ずしもマスターがサーヴァントを必ずしも支配できるとは限らない。下手に気を抜けば、このライダーに喰われてしまうからだ。神奈は既に火薬庫の中にいるようなもの。
 だが、お互いの最終目標はともかく、聖杯戦争で勝ち抜くためには両者がいなくては成立し得ない。そして、神奈とライダーの間には不思議な利害関係が築かれている。
 すると、ライダーは神奈から背を向けてどこかへと歩き出した。

 「どこへ行くつもりなの?」
 「気晴らしにこの街を巡り歩く。一郎よ、案内せよ」
 「かしこまりました、ライダー様」

 ライダーが一郎を従えて、どこかへと行ってしまった。それを神奈は後ろから見送るのだった。

 「身近な人たちを守りたい、か・・・・」
 「お嬢。なんか言った?」
 「いいえ。何でもないわ」

 この聖杯戦争に加わった最後のマスターの決意・・・・いや。決意と呼ぶにはあまりにも弱々しく、むしろ自分を奮い立たせているように思えた。
 だが、あれが彼女なりの言葉で紡ぎだした心のうちだろう。その言葉を思わず呟いてしまった神奈だが、彼女の決意と自分の決意はあまりにも大きさが違っていた。
 少なくとも、神奈とライダーの当面の敵はバーサーカーとキャスターで間違いないだろう。

 「これ以上、この街で好き勝手は許さないわ・・・・」

 この幌峰の街を守ること。それがこの地を預かる魔術師であり、現当主である守桐神奈の務めである。



 今、ものすごく逃げ出したい気持ちだ。それも別の意味で。というのも、さっきから会話らしい会話がないからだ。この状況だけ見れば、今朝と大して変わらないように見えるけれど、そうなった原因は今朝とは全く違う。
 何しろ、先輩は神奈さんと同じくわたしを聖杯戦争から遠ざけたかったのに、わたしがあんな柄にもない大見得を切ってしまったからだ。
 そして現在、先輩は自分の自転車をひたすら押しながら、それも黙り込んで進み、わたしはそれに並んで歩いていた。本当に、別の意味で逃げたい・・・・
 そんな時、先輩は急に足を止め、不意に口を開いた。

 「・・・・・・野々原さん。さっきはたいそうなことを言っていたけど、あれは本心かい?」
 「え?え、ええ・・・・・・」

 わたしが生返事しかできなかったせいか、先輩はもう一度確認をしてきた。

 「本当に、そうなんだね?」
 「は、はい・・・・不安な気持ちや逃げ出したい気持ちはもちろんありますけれど、あれがわたしの本心です」

 もちろん、その逃げ出したい気持ちは、今のこの状況を言っているわけではないので、あしからず。

 「それが本当なら・・・・・・」
 「ならば某たちとともに戦ってもらおう」

 今度は、あのときから今に至るまでずっと黙っていたアサシンが、先輩の言葉を遮って自分の提案を打ち出した。

 「なっ・・・・!アサシン、お前・・・・・・!!」
 「正直、某のみの力だけでは、鉄平を勝たせることはかなり難しい」
 「そ、そうなんですか?」
 「・・・・アサシンのサーヴァントは直接的な戦いよりも暗殺、要は不意打ち、騙し討ちが得意な連中さ。だから、素の白兵戦だったら話にならないことがほとんど。そうだろ?」
 「主に言われるのも腹立たしいことこの上ないが、事実だ」

 アサシンが、いつの間にか緑色の服から今朝見たカジュアルな服装に戻っていたアーチャーさんの言葉を認めたのが意外だった。わたしもアサシンの戦いを見たのは一回だけなんだけれど、そんなに弱いとは思わなかったんだけどな・・・・

 「ともかく、三騎士の一角である主の助力あらば、某たちの目的を果たしやすくなろう」
 「・・・・・・あんたらの目的ってのは、聖杯か?」
 「少なくとも、鉄平の目的は、な」
 「ちょっと待て!アサシン・・・・・・!」
 「鉄平。少し頭を冷やせ。主の目的はなんだ?アーチャーのマスターを聖杯戦争から遠ざけることか?違うであろう。主の目的は聖杯戦争を勝ち抜き、聖杯をこの手にすること。そうであろう?」
 「・・・・・・そうだ」
 「ならば、アーチャーを引き入れたほうが主にとっても都合がよかろう。この中で主が一番聖杯を必要としていよう。わかったら、主の都合で目的を見失うな」
 「・・・・・・わかったよ」

 口では了承したみたいだけど、先輩の顔は半ば納得できていないように見えた。それにしても、どうしてそこまでわたしを聖杯戦争から降ろそうとするんだろうか・・・・?

 「・・・・・・話を寸断させてすまなかった。それで、どうする?組むのか?組まぬのか?」
 「オレは別に構わないが、あんたはどうなんだ?」
 「わたし・・・・わたしは、それでいいと思います」

 いきなり共闘の話を持ちかけられたときは意外だったけれど、実際にわたしは先輩と戦いたくなかった。だから、アサシンの提案をすんなり受け入れた。それに先輩もそうだけど、アサシンも悪い人じゃなさそうに思えたから、そうしたのかもしれない。

 「交渉成立、だな。鉄平もそれでよいな?」
 「・・・・別に俺は構わないさ」
 「ふてくされるな。ところで、主が聖杯戦争から抜ける、抜けないのどちらを選ぶにしても、しばらくは神宮で暮らしてもらうことになる。そのことに依存はないな?」
 「はい。ありません」

 わたしが今までどおり自宅で生活していたとして、そこを襲われる事だってありえる。 もちろん、わたしが神宮でしばらく暮らすことになったからといって、その危険性がないとは言い切れない。でも、わたしが聖杯戦争に参加していることで四六時中、家にいるよりはずっと安全だと思う。
 このかには悪いとは思うけれど、もし無事に終わることができたら、何かしてあげようと思った。

 「では、行くぞ」
 「ちょっと待った!」

 再び歩き出そうと思ったそのときに、アーチャーさんが待ったをかけてきた。それからしばらくすると、なんだかバツが悪そうにしていた。

 「・・・・・・あー、悪いがあんたらだけでも先に行っててくれないか?まあ、時間はそんなにかかんねえんだが・・・・」
 「・・・・構わぬ」
 「そう言ってもらえると、助かるぜ」
 「・・・・・・フン」

 そして、わたしとアーチャーさんを残してアサシンと先輩は先に行ってしまった。まあ、先輩も少し機嫌悪そうにしていたし、ちょっと距離を置いて色々と整理させてあげたほうがいいかもしれない。
 そして、アーチャーさんはわたしのほうへ振り返ってきた。

 「その、なんだ。オレが召喚されてからさっきのサーヴァント全員集合まで色々とあったわけで、それであんたはようやく腹をくくったわけだ。それでテッペイの言葉じゃないが、本当に聖杯戦争に参加するっていうのは本心なんだろうな?」
 「はい、そうです。ちょっと揺らぐかもしれませんけど・・・・」
 「・・・・なら、それでいいさ。初志貫徹するのもそんな簡単なことじゃないだろうから、その辺は許容しとくさ。そういうわけで・・・・まあ、オレはこういうことは柄じゃないんだが、せっかくだ」

 そういうと、アーチャーさんは一呼吸置いた。

 「これより、我が弓は汝とともにあり。我が矢を以って汝に勝利をもたらさんことを誓う。ここに契約は成立した」

 すると、何かの宣誓文のようなものをアーチャーさんはすらすらと口にした。
 そのときのアーチャーさんは、どんな騎士よりも高潔で、どんな王様よりも厳かで、どんな正義の味方よりも誇り高い姿に見えた。

 「・・・・・・と、こんな感じでいいか?」

 そして一瞬にして、いつものアーチャーさんに戻った。なんていうか、さっきはアーチャーさんの雰囲気に圧倒されて、そして今度は普段の調子に戻られたから、余計反応ができなかった、というよりも後者の方は呆気にとられてしまった、と言ったほうがいいのかもしれないけれど・・・・でも、こっちのほうがアーチャーさんらしいと思う。
 とにかく、黙っているのも悪いような気がしたので、さっきのアーチャーさんの言葉に対する率直な気持ちを口にした。

 「えーと・・・・さっきのは、これからもよろしく、みたいな感じで受け取っていいのかな?」
 「まあ、ぶっちゃければそういうことになるな。そういうわけでよろしくな、“サオリ”」

 すると、アーチャーさんはわたしの名前を呼んで、自分の右手を差し出してきた。それがどういう意味なのかわたしにもすぐわかったけれど、わたしの名前を呼ばれたので、それに戸惑ってしまったせいですぐに自分の手を出せなかった。

 「ほら。こういうときはモジモジしないでこう、ギュッと握るもんだぜ」

 そういうと、アーチャーさんはわたしの出そうとしていた手をとり、そしてそれを言葉通りにギュッと握り締め、わたしもそれに倣って(アーチャーさんよりは弱いかもしれないけれど)強く握った。
 その瞬間、私はほんの少し心が軽く揉み解されたような気がした。

 「・・・・・・こちらこそ、よろしくお願いします」

 この日の夕暮れが、わたしの本当の意味での聖杯戦争の幕開けだった。



 夕闇の中、人通りの少ない街の通りを一人の黒コートの金髪碧眼の男が歩いていた。ブラットフェレス・ザルツボーゲンだ。彼は沙織たちに会ったあのあと、そのまま自分が滞在しているホテルに戻っているところだった。

 「キャスター、いるか?」

 人の姿が見えないにもかかわらず、他から聞いて、聞こえるか聞こえないかの声量で声を発すると、彼の背後から神官風の服装をした青年が姿を現した。

 「わしに何か用か?」
 「幌峰の管理人が、お前がバーサーカーに指示している魂喰いをひどく気にかけているようでな。それでお前が羽目を外しすぎていないかと心配で声を掛けたのだよ」

 魔術は秘匿すべきもの。それは魔術に関わりのない一般人に知られてはならないということであり、またそれを悪用して市井に害をなすのも魔術の世界にとってもあらゆる意味で許されざることなのだ。そのことはブラットもキャスターも十分にわかっていることだ。

 「・・・・・・言いたいことはそれだけか?貴様がわしを心配するような輩ではないはずじゃろう?」
 「お前が何をしていようと、それはお前の勝手だ。しかし、それで私の邪魔となるようなら、どうなるかわかっているな?」

 表向きこそはどこも変哲などないのだが、ブラットは確実に自分のサーヴァントに対して威圧していた。無論、キャスターもそれに呑まれるような人物ではない。

 「わしが何をしようとわしの勝手、か・・・・放任主義もここまで来ればもはや何も言えぬが、わしの行いを知りながら放置しているのもどうかと思うがな。まあ、そのおかげでようやく仕込みを終えることができたのじゃが」
 「ほう・・・・・・」

 自分たちのやっていることが、魔術の世界全てを敵に回しかねない行為であるにもかかわらず、そのことも一般に被害が出ていることも、さして気にしている様子は両者に見られない。
 お互いにとって大事なのは、聖杯を手に入れることなのだから。

 「それでいつ始めるつもりなのだ?」
 「おそらく、明日になるじゃろう。それでようやく準備が終わる」
 「随分と時間のかかる準備だな」
 「事を急くのは愚の骨頂じゃ。確実に“わし”が聖杯を手に入れるためには仕方のないことじゃ」

 ここまで、二人は互いに対面などしていなかった。二人の放つ言葉が時として鋭利な刃と化し、気を抜いてしまえばその刃によって心をえぐられてしまう。二人が交わしている会話はそのようなものであった。
 それは、キャスターが聖杯を入手するのが自分だと言うことを強調したのがなによりの証拠だ。

 「・・・・・・まあ、いいさ。“私”が聖杯にて願いを叶えるためには、不本意ながらもお前の力が必要不可欠だ。せいぜい、詰めを誤らないよう願っているよ」
 「貴様こそ、出し抜かれぬよう用心することじゃ」

 キャスターがマントを翻し、姿を消すと、ブラットは再び足を進めるのだった・・・・



 あたりは暗くなり、空には星と月が浮かんできた頃、家庭では夕飯が始まる頃合だ。
 もちろん、それは野々原家の食卓でもそうだ。家族団欒のときであるこの時間とこの空間であるが、その一員である沙織の姿が今日もなかったのであった。

 「ばあちゃ~ん。ねえちゃん、今日も帰ってこないの?」
 「ええ。しばらく楼山さんのところに泊まってくるんですって」

 ふてくされている表情をしている孫娘のこのかに、祖母である絹は柔和な顔でなだめる。

 「でもさ~、昨日も帰ってこなかったじゃん。なのに、どうして今日も帰ってこないの~?」
 「さあ?きっと、勉強でわからないところがあったから、それを泊り込みで克服しようとしているんじゃないのかしら?」

 どういうわけか、絹は沙織が家に帰らず、よその家に泊まっている理由を聞かなかった。それは昨日と今日の電話でもそうだった。

 「も~!どうしてなのさ!今日もシローの散歩はあたしが行ったし!宿題もわからないところ教えてもらえないし!」
 「それでも、このかは文句一つ言わずにシローを散歩へ連れて行ってくれたし、宿題も自分の力でやっているじゃない」
 「でも・・・・・・でも・・・・・・・・・!!」

 このかは自分の当番でないにもかかわらず、飼い犬の散歩へ行ったことや、宿題を教えてもらえないことが不満なのではない。
 姉がいないことが不満なのだ。そんなこのかの気持ちを察してか、絹は孫娘の近くへ寄った。

 「それじゃあ、明日はこのかが学校から帰ってきたら、みんなで神社のほうへ行きましょう」
 「ホント!?」

 その瞬間、このかの表情は一気に明るくなった。この一日、このかはどこか元気が足りなかったのだ。

 「そうね、沙織もしばらくうちの味を食べていないから、料理を作って持って行きましょうか?」
 「それじゃあ、あたし何か持ってく?」
 「それは明日行くときにお願いしようかしら」
 「わかった!」

 元気よく返事した後、彼女はいただきますの挨拶をしようとしたのだが、ふとそれを止めてしまった。

 「それにしても、ばあちゃんはどうしてねえちゃんが泊まっている理由を聞かないの?ばあちゃんはねえちゃんが心配じゃないの?」
 「心配よ。でもね、沙織にも色々あるのよ」
 「色々?」

 すると、絹は窓の外へと目を向けたのだった。

 「そう。色々、ね・・・・・・」

 それまでのやり取りを、まだ手のつけられていないドッグフードの乗せられた皿を前にした、飼い犬のシローが眺めていた。そして、絹の柔らかな顔がほんの一瞬だけ、曇ったのを見逃さなかった。



~タイガー道場~

タイガ「さあ!毎度おなじみタイガー道場の時間がやってまいりました!それじゃあ弟子一号!張り切っていくわよ!」

ロリブルマ「押忍!ししょー!」

タイガ「・・・・・・と言いたいところだけれども、のっけから反省というか、言い訳というか、そんな内容の話で始まるのであった」

ロリブルマ「う・・・・!さ、最初から何なんすかー?」

タイガ「まずは、今回初登場のブラットに関して」

ロリブルマ「ああ。キャスターのマスターだっていうやつっすね。でも、こいつがどうかしたんすかー?」

タイガ「こいつの雰囲気、誰かに似てない?」

ロリブルマ「誰かって・・・・まさか、あの麻婆な神父ソンっすか?」

タイガ「そうだ。一応、下敷きはあの外道麻婆を元にしているせいで、執筆途中でキャラが被ってしまったというのが現状である」

ロリブルマ「・・・・そういえば、“まずは”って言葉があったんすけど、まだ他にもあるんすかー?」

タイガ「情けないことにもう一つ。それは主人公の参加動機のことよ」

ロリブルマ「へ?それって“みんなを守る”っていうやつっすか?」

タイガ「いや。動機そのものじゃなくて、その動機に至る経緯がちょっと唐突過ぎた、というのが作者の正直な心境よ」

ロリブルマ「・・・・・・わたしの正直な意見を言わせてもらうんだけどさー・・・・」

タイガ「?弟子一号よ?どうしたのだ?」

ロリブルマ「作者は少し、高望みしすぎなんじゃないのかしら?それが悪いとは言うつもりはないんだけれど、もう少し書きながらそういうスキルを上げていけばいいじゃない。キャラ付けにしたって、動機付けにしたって、そんなの後からしっかりさせればいいわけなんだし」

タイガ「確かに、作者の力量云々のことは、もうこれ以上言うつもりはないわ。前回も言ったけれど、これが作者の糧になれば本望だからね」

ロリブルマ「それに、これを読んでどう思うかは読者次第だと思うわ」

タイガ「まあ、この作品がどうなっていくかは作者次第だと思うわ。さて、言うべきことは言ったわけだし、このあたりで・・・・」

ロリブルマ「それじゃ、またね~!」

最後に弟子一号から一言

ロリブルマ「前回の話で誤字があったから、それを修正しておいたわ」



[9729] 第十一話「幕間」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/02 04:04
 人生において、出会いと別れはどのような形であれ、次々にやってくる。小学校の卒業と中学校の入学もある意味ではその一環だ。小学校のクラスメートの多く、それも親しさの度合いなど関係なしに皆、卒業と同時にそれぞれの通うべき中学校へと歩んでいく。そしてそこで新たな友となるべき少年少女と出会い、友愛を育んでいく。
 しかし、誰しもそんな出会いがあるわけではない。
 少女も当然、中学校へ上がると同時に、よく知ったクラスメートの多くが違う中学校へ行ってしまった。また、同じ小学校の出身の者がいるとしても、たいていは馴染みのない、それもほとんどが違うクラスの人間であったのだ。少女は決して人付き合いが悪いわけではない。これでも、小学校の頃は仲のいいクラスメートが何人かはいたものだ。
 ただ、どちらかと言えば少女はおとなしい性分であった。それが災いとなってか、彼女は標的となってしまった。同じクラスの、全く違う小学校の出身の男子二人だ。少女は彼らから執拗にちょっかいを受けていた、それも授業中とか休み時間とかの区別もなしに。
 大体は授業の邪魔をしてくる、ノートに落書きをしてくる、上履きを隠されてしまう、などといった暇潰しのための悪戯である。時を重ねて何年後ともなれば苦い笑い話ともなろうが、当時の少女にとっては深刻な問題でもあった。しつこく絡んでくる男子二人組み。彼らのせいで授業をまともに受けられず、特定の科目が苦手になってしまい、また時にはクラス中の笑い者にされてしまうこともあった。
 それが数ヶ月も続き、あるとき少女は自分の家でふと、こんなことを思ってしまった。

 あんなやつら、いなくなっちゃえばいいのに・・・・・・!!!

 嫌がらせを受けている側としては、こう思ってしまうのも自然なことである。
 しかしその翌日のHRに、その例の男子二人が学校に来なかった。欠席したのではない。行方不明になってしまったのだ。無論、彼らの両親からも警察へ捜索願が出されたほどだ。最初は家出と思われたようだが、どうもそうではないらしい。
 少女の思いが、“またもや”現実となってしまった。結局、その男子生徒二人が発見されることはなく、気が遠くなるほどの時間が経つころには捜査も打ち切られてしまった。
 それから数ヶ月、少女はそれなりに打ち解けられる友人もでき、穏やかな学校生活を満喫していた。
 だが、どこにいても馬の合わない人間というものは存在する。今度は違うクラスの女子生徒、それも四人から陰湿な嫌がらせを受けていた。彼女たちはただ、単純にその少女が気に入らない。たったそれだけであるはずのない出来事がクラス中に広まってしまうこともあった。
 そのせいで心無いクラスメートから散々バカにされる羽目になってしまった。さらに彼女に対して罵詈雑言を浴びせられたこともあった。しかもそれをいうためだけにわざわざ少女の前に姿を現すのだから、あのいなくなってしまった男子二人より性質が悪い。
 最初は無視していたが、そうすればそうするたびにエスカレートしていってしまい、余計ひどくなってしまう。もちろん、これ以外にも数多くのひどい仕打ちを二年になるまで受けてきた。
 ある時、少女が一人きりになったとき、ふと思ってしまった。

 あいつらなんか、死んじゃえ・・・・・・!!
 死んじゃえ・・・・・・・・・!!!!!

 無論、少女はそのとき、あの憎たらしい男子二人のことなど頭になかった。彼らが少女の頭に引っかかることになるのはその翌日である。
 その日、全校ではあの女子生徒たちの話で持ちきりになっていた。今度は行方不明になったのではない。全員死んだのである。
 一人は、真夜中に家が火事に見舞われ、彼女だけが逃げ遅れてそのまま焼け死んだ。
 一人は、たまたま工事現場の近くを通りかかっていたところを、その真上から鉄筋がいくつも落下してきて、そのままその下敷きとなって圧死した。
 一人は蜂の毒針に刺されて、ショック症状を起こして死んだ。
 残りの一人は、駅のホームで足を滑らせてそのまま転落してしまい、走ってきた電車に轢かれて死んだ。
 もちろん、少女のクラスでもこれが話題となっていた。そして、気分が悪くなってしまった少女は人知れず、教室から出て行った。
 少女は女子トイレの手洗いにて、今朝食べたものを全て戻してしまった。
 少女の頭の中に、男子二人が行方不明になったときのことがよぎった。あの時も、今回のことも少女はいなくなれ、死んでしまえと不意に念じてしまったのだ。
 また、少女はあのときのことも思い出してしまう。小学校の学習発表会。そのときも、彼女がヒロイン役をやりたいと思ったばかりに、本来ヒロイン役をやるはずだったクラスメートも受けなくてもいいような不幸に見舞われてしまったのではないのか・・・・?
 少女が顔を上げると、鏡が目の前にあった。そのとき少女は恐ろしさのあまり、顔を強張らせていたはずだった。しかし、鏡に映っていた少女の顔は醜い笑顔を浮かべていたように見えた・・・・

 無残な死体となった女子たちがその少女に対して嫌がらせをしていたことがすぐに噂になり、さらに以前行方不明になった男子二人も少女に対してちょっかいを掛けていたことまで知れ渡ってしまった。
 それを期に、少女にあだ名がついてしまう・・・・

 “疫病神”と。



 今、わたしはわたしが寝泊りしている神宮から学校へ行くのに、先輩の通学手段である自転車に昨日みたいに乗せてもらっている。そして相変わらず、わたしは気まずい雰囲気に包まれていた。
 もちろん、わたしが勝手にドキドキして、それでいて何も話しかけないからこういう状況になっている。しかし、付け加えるならもう一つ、この空気を生んでいる原因があった。
 それは、先輩がわたしを聖杯戦争から降ろそうとしていたのにもかかわらず、わたしが最後まで聖杯戦争を戦い抜く決意をしたから、ではない。
 その原因は昨日、わたしとアーチャーさんが神宮に帰ってきた後にあった・・・・



 話は昨日まで遡る。わたしとアーチャーさんが神宮へ帰ってくると、アーチャーさんは何かをつまむために、台所のほうへと物色しに行ってしまった。一応ここ、他所の家なんだけれども・・・・
 そう思っていると、わたしのそばを、コートにフェルト帽の見知らぬ男の人が、わたしに軽く礼をしてから通り過ぎていった。誰なんだろう、あの人?その人の後姿を見送ってから、ふと室内に視線を戻すと、戸が少し開いた部屋があった。多分、あそこから出て行ったんだろう。
 それで何を思ったのか、わたしはなんとなくその部屋に近づいていった。
 そして、その部屋からは先輩やこの神宮の神主の空也さんの声が聞こえてきた。わたしがその部屋に近づくと、戸の隙間から部屋の中の様子をつい伺ってしまった。

 「ふうむ・・・・これでしばらくは安定するじゃろう」
 「言われなくたってわかるよ、それぐらい。いつもそうしているんだからさ」

 飾り気がほとんどない質素な和室で座っている空也さんと先輩の前に、一人の女の人が布団の中で眠っていた。その人は神奈さんと同い年ぐらいの年上のきれいな女の人だった。本当の美人っていうのは、どんな角度から見ても本当に美人だって思えるから不思議。現に、わたしの位置からではその人の横顔しか見えないのだから。
 それにしても、なんだかあの人は気味が悪いくらいに静かに眠っている・・・・

 「しかし、こうやって定期的に治療を施さねばすぐに悪化してしまうからのう」
 「もうそれでやきもきする必要はないさ。聖杯さえ手に入れば、姉さんはいつまでもこんな思いをせずに済むんだ・・・・!!」
 「まあ、そりゃそうなんじゃが・・・・」

 空也さんはどこか歯切れが悪そうに言っていた。それにしてもあの人、先輩のお姉さんなんだ・・・・どこか具合が悪いのかな・・・・?

 「狩留間清音。鉄平の姉だが、彼女を侵しているのは病の類ではない」

 突然、後ろからアサシンの声がしたので思わず大声を上げそうになってしまった。でもわたしの絶叫が喉から出てくる寸前でアサシンが口を押さえてくれたので、なんとか大声を出さずに済んだ。
 そして一呼吸置いてから後ろを振り向くと、忍装束ではなく作務衣を着たアサシンが立っていた。とりあえず落ち着こう。

 「えっと、それで先輩のお姉さん、清音さんっていうんですか?その清音さんが病気じゃないとしたら、一体・・・・?」
 「簡潔に言えば、清音殿はとある呪いにかかって、今もなおいつ覚めるともわからぬ眠りに就いている」
 「そ、それじゃあ、先輩が聖杯を手に入れようとしているのって・・・・!!」
 「無論、清音殿を目覚めさせるためだ」

 正直、わたしは驚く以外できなかった。
 先輩にお姉さんがいたことなんて知らなかった、のはいいんだけど、そもそもそこまで付き合いのある人って片手で数えられるぐらいしかいない。
 そんな中、部屋の中から空也さんと先輩の話し声がまだ聞こえていた。

 「それはそれとして、あの娘なんといったかのう・・・・早苗さん、じゃったか?」
 「沙織さんだよ」
 「そうそう。その沙織さんが腹をくくったんじゃとな」

 しかし先輩は何も答えず、ただ顔を背けるだけだった。

 「あのなあ、鉄平。たしかにあの娘も少々お人よしなとこもあるが、それでも清音のほうが、度が過ぎておるぐらい人がいいからのう。しかもその沙織さんと清音じゃ、そのベクトルも大分違うじゃろうが」

 けれど、先輩は顔を背けたまま何も答えなかった。

 「・・・・・・ところで、沙織さんにゃお前さんが聖杯戦争に首を突っ込んでおる理由ぐらい話したのか?」
 「・・・・話す必要はないよ。魔術って話でさえ、野々原さんからすれば非日常的な世界だ。俺の戦う理由を話すことは俺の素性を話すことになる。だから、俺は野々原さんには理由を話さない」
 「一応、同盟関係になったんじゃろう?それじゃあ、信用しておらんということにならんのか?」
 「そんなことはないよ。今でも彼女には聖杯戦争に関わってほしくないっていう気持ちはあるけど、彼女が本気ならこっちもそれなりに援護するつもりさ。ただ、これ以上野々原さんには不条理がまかり通る世界に踏み込んでほしくないだけだよ」

 ふうむ、と空也さんが唸ると、そのままスクッと立ち上がり、この部屋の戸へ向かっていく。つまり空也さんは今、わたしとアサシンのいる方向に近づいてきている。
 しかし、戸に手をかける寸前のところで、空也さんはその足を止めて、先輩に顔を向けた。

 「まあ・・・・話す、話さないはお前さんの自由じゃし、それにワシがとやかく言うべきことでもないからのう。とりあえず、ワシは飯の支度でもするが、お前さんはこの後どうするんじゃ?」
 「・・・・・・しばらく姉さんの様子を看ているよ」
 「そうか」

 それ以上何も言わずに、空也さんは先輩と清音さんのいる部屋から出て行ったようだ。
 そしてわたしはアサシンのおかげで、別の部屋に非難することができ、事なきを得た。
 今、トイレの中だけど・・・・・・それも、アサシンと一緒に。

 「すまぬな。近くに手ごろな場所がなかったので、ここに入る以外なかった」
 「い、いえ。わたしはそんなに気にしていないです。ところで・・・・」

 空也さんがいなくなったらしく、また早くこの場所から色んな意味で出たかったので、わたしはトイレから出た。いや。本当に気にしていないからね。便器があることを除いたら、あんなのただの狭い空間なんだから。それでも、ああいう場所に男女二人がすし詰めになるのもどうかと思うけれど・・・・どうでもいいけれど、どうしてわたしたち、隠れたんだろうか?
 とりあえず、まだトイレの中にいるアサシンに聞いてみた。

 「・・・・・・お姉さん、清音さんにかかっている呪いって、やっぱりひどいんですか?」

 わたしの問いに、アサシンは少し黙ってから答えた。

 「・・・・・先ほども言ったが、清音殿はいつ目覚めるかわからぬ状態にある。さらに悪いことに、その呪詛は確実に清音殿の体を蝕んでいる。それでも、空也殿の伝で腕利きの法術師によって、どうにか呪詛の進行を抑制しているのが現状だ」

 そういえば、さっき通り過ぎた見たこともないあの男の人って、その法術師って人なんだ。てっきり、陰陽師みたいな格好をイメージしていただけに、ちょっと意外だった。

 「主が他にも聞きたいことがあろうが、某はこれ以上答える気はない。これでも、必要以上に話しすぎたくらいだ」

 そんなアサシンの言葉に、わたしは首を縦に振った。
 たしかにアサシンの言うとおり、これ以上は聞いてはいけないような気がしたし、今聞いたこともアサシンからすれば自分が話せるギリギリの部分だったのかもしれない。
 上手く言葉では言えないけれど、このまま深く突っ込んでいったら、先輩の人に知られたくない部分がわたしに知られてしまうかもしれないだろうし、わたしがそれを知ってしまったら、部屋の中で先輩が口にしていた気持ちを台無しにしてしまいそうだからだ。
 ひとまず、わたしは用意された部屋に戻ることにした。その戻ろうとした足を止めて、わたしはアサシンのいるトイレのドアのほうへ振り返った。

 「・・・・・・先輩のこと、教えてくれてありがとうございます」

 しかし、アサシンからは何も返ってこなかった。それでもわたしは頭を下げた後、くるりと向き直って自分の部屋へと向かって行った。



 そうして、現在に至る。先輩の素性をあまり気にしていないようで、実は結構気にしてしまっているわたしだった。今、普段から人と話さない、またもや先輩の自転車の後ろに乗せてもらっている、そんな感じの三重殺をくらっているのでした。

 「・・・・・・野々原さん。今朝から少し様子が変だけど、どうかしたのかい?」
 「・・・・・・・・え?えっと、何でもありません!何でもありませんよ、ええ」
 「そう。ならいいけど・・・・・・」

 うう・・・・やっぱり気まずい・・・・・・気まずすぎる・・・・・・!!
 たしかにわたし、朝起きてから、というよりもアサシンから先輩の事情を聞いてしまったときから先輩とどう接していいのかわからなかったせいで、いつも以上に口数が少なくなってしまったのかもしれない。そんなわたしをアーチャーさんはあえて突っ込んでこなかったみたいだけれど・・・・そういえば、先輩もあんまり喋っていないような気がするのは、気のせいだろうか?
 それはそれとして、この空気を誰かどうにかしてほしい・・・・・・!
 そう思っていただけに、この後大迫先輩が合流して心底助かったと思った。そのとき、普段ある意味聖杯戦争の参加者と同じぐらいの圧迫感を醸し出す大迫先輩が救世主のようにわたしの目には映ったのだった・・・・



 学校に着いたわたしは先輩たちと別れた後、肩をがっくりと落として廊下を歩いていた。その様はまさしくゾンビそのものだった。授業どころか、学校に到着するまでかなりヘトヘトになっているわたしって・・・・これからもこんな調子じゃ体が持たないかもしれない。
 それよりも、わたしは今、下手すれば命を落とすかもしれない聖杯戦争に本格的に参加することになっているから、ひょっとしたら学校に通っている暇がなくなるのかもしれない。もしかしたら、ズル休みをしてしまうことも考えた。
 重い足取りで、ようやっと教室へ到着し、その戸を開けた。すると、中がほんの少しざわざわしている。わたしは野次馬根性に乏しいほうなのでそのまま自分の席へ向かっていたのだけれど、横目にそのざわめきの元凶が映ってしまった。

 「か・・・・・・・・門丸くぅん!?!?」

 思わず声が裏返ってしまったわたしの視界には、机に突っ伏して真っ白に燃え尽きている門丸くんの姿があった。その門丸くんは、いつもみたいな陽気で少しいい加減なお調子者の姿ではなく、あったのは視点の焦点があっておらず、体中が脱力しきった動かない死体であった。いや、そもそも普通死体は動かないものだし、門丸くんは死んでもいないけど。
 とにかく、あんぐりとだらしなく開いた口から今にも門丸くんの魂が抜け出てきそうだったから、ついそう思ってしまった。
 一体、何がどうなっているの?これ・・・・?
 !まさか・・・・・・!?門丸くんも聖杯戦争に巻き込まれて・・・・・・!?!

 「なあ、聞いたか?門丸ん家の焼肉屋、どうも昨日の夕方に店中の肉があらかた食い尽くされたらしいぜ」
 「しかも外国人の客二人がじゃんじゃん焼肉の山を平らげたんだって」
 「えー、うそでしょー」
 「いや、マジらしいよ。うちの親父が帰りに門丸の焼肉屋に寄ってみたら、まだ時間あるのに店仕舞いしていたんだってさ」
 「あー・・・・それだったらお店のほうも大変になって、今の状態になるのもわかる気がするね」

 せ、聖杯戦争に・・・・聖杯戦争に・・・・・・関係あるの?
 門丸くんの家が焼肉屋さんだっていうのは聞いたことがあるけれど。クラス中のみんなの話を聞いていると、どうも門丸くんの今の状態は昨日、お店で目も回るくらいの忙しさで倒れてしまったらしい。
 気になるのがその焼肉屋さんに来たという外国人のお客さん。多分マスターかサーヴァントだと思うけど・・・・この場合、聖杯戦争には関係ないんだろうか?実際何が起こったのか、それを知るのはこの場においては門丸くん以外いないだろう。
 それから、門丸くんのあまりの様子に先生も敢えて彼に関与するようなことはしなかった。門丸くんが復活したのは昼休みになってからだった。



 「おまえ、あの後輩と何かあっただろ?」

 昼休み、鉄平とともに購買で並んでいる大迫が放った一言がそれであった。腐れ縁とでもいうのか、この二人の付き合いは意外と長い。
 そのためか、大迫は今朝から鉄平がいつも通りに振舞いながらも、そのかすかな違和感を見逃さなかった。

 「別に、何でもないさ」
 「・・・・・・はぁ。言うと思ったぜ、それ」

 鉄平の反応はある程度予測はできたものの、大迫は思わずため息をついてしまった。
 そもそも、鉄平と大迫は他から見れば友人同士という間柄である。もっとも、大迫本人はそれを大いに否定しているのだが。
 しかし、大迫が何か深く突っ込もうとすれば、鉄平はそれを受け流すのが常だった。無理もない。鉄平はいわゆる妖怪と呼ばれる存在を退治することを生業としている一族の者であり、彼自身若いながらも数々の魔を狩ってきた。鉄平の一族は、魔術師のように自分たちの本業を秘匿にしておくという掟などないのだが、それを他に知られることなく過ごすのが暗黙の了解となっていた。
 そのため、大迫は鉄平にある部分までは深入りすることはないのだが、鉄平が人には言えない何かを隠し持っていることだけは察しがついていた。
 一組の生徒が購買から出て行った。

 「まあ、言う言わねえはおまえの勝手だけどよ、その言わないことをここまで持ってくんなや」
 「そう簡単に言うなよ・・・・」
 「かぁ~・・・・!相変わらず不器用すぎて見てられねえよ、おまえ」

 もし、大迫があのあかいあくまと知り合いでその本性をどこぞの寺の茶坊主程度に知っていたとすれば、その爪を煎じて鉄平に飲ませていることだろう。しかし、実際にそのあくまのごとき人物など彼の周りにはいない、もしくは関わりがないのでただ、呆れるしかなかった。
 最前列の生徒が、会計を終えたようである。

 「いつも思うけどよ、お前、意外とオンオフのつけ方ヘタクソだよな」
 「・・・・確かに、そうかもしれないな」
 「すました顔で言ってんじゃねえよ」
 「悪かったな」

 鉄平は苦笑するしかなかった。
 大迫の言うとおり、鉄平は自分の仕事に関することは上手く隠し通せているのだが、それ以外の悩み事や隠し事などはどうしても顔や態度に出てしまうようだ。もっとも、沙織のことは聖杯戦争に関係していることなので、ある意味“本業”に近いのだが、そちらと違って隠し切れていないようだ。
 これはおそらく、“人間関係”に関する問題なのだろうか、表面に浮き出てこようとしている。皮肉なことに、このオンオフは見事なまでに作動している。
 いよいよ、購買のオバチャンの姿が近くなってきた。

 「ところであの後輩、まだおまえのところにいるんだろ?」
 「・・・・まあな」
 「おれだったら、さっさと帰るか、一歩踏み込むかぐらいはするぜ」
 「例えば、具体的にはどうするつもりなんだ?」
 「・・・・・・・・そうだな。とりあえず、殴る」
 「野々原さんが女子だってこと、忘れてないか?」
 「おれが言ってんのは“おれ”だったらどうするかだよ!大体、ただでさえ気にくわねえおまえが、んな態度やられたらよけい気にくわなくなるっつーの!」
 「気に入らないのはわかったから、もう少し平和的な方法で解決してくれよ、風紀委員長」

 とうとう、自分たちのところまでレジの順番が回ってきた。鉄平は焼きそばパンとペットボトルのお茶を、眉間にしわを寄せている大迫はカツサンドと紙パックのコーヒー牛乳を置いた。
 殴るにしても、なんにしても自分から行動を起こすということは意外と精神的にきついものである。積極的に動ける人間ならともかく、そうでない人間にとってはなおさらだ。
 そう考えると、あの時の彼女が自身の決意を口にするのにどれだけ勇気が必要だったのだろうか。ましてや自分が恐ろしい目に遭うかもしれないのに、だ。
 値段が提示されると、鉄平はあらかじめ用意しておいた金銭に一円玉を何枚か加える。

 「まあ、とにかくやるだけやってみるさ」
 「で?どうするつもりなんだ?」
 「・・・・どうしようか?」
 「あのなあ~・・・・!おれに言わせといて、それはねえだろ」
 「悪い」

 なかば自分を強引に付き添わせたこの級友とともに購買から出て行く。
 鉄平自身も沙織ほどではないにしても、先ほど述べた事情とあいまって、自分から積極的に関わり合いを持とうとせず、逆にそこからある程度の距離を置いていた。
 だが、ある程度は自分がどうすればいいのかがわかったようである。しかし、問題はその方法だ。
 もちろん、平和的な方法をとるつもりだが。



 今日の学校での一日がいつもよりも若干早く終わり、外がまだ明るいうちの下校時間となった。でも明るいといっても、あと数時間もせずに夕方の時刻になる。
 そうすれば、サラやシモン、神奈さんにブラットといった聖杯戦争に関わる魔術師たちが動き出すだろう。もちろん、わたしが初めて遭遇したサーヴァント、バーサーカーも・・・・
 わたしは先輩がいると思われる自転車置き場までこっそりと行った。
 幸い、今のところわたしと先輩が一緒に登下校していることを知っているのは大迫先輩だけだ。それと、引沼さんは前まで登校している途中で会うこともあるだけに、彼女が一番の難所だけれど、最近そうでなくなったにもかかわらず、引沼さんは何故だかそのことを深く追究しようとしない。というか今日、そのことを聞いてきたときの引沼さんはちょっと意味ありげに笑みを浮かべていたような気が・・・・もしかして、見透かされている?もしそうだとしたら、無理に聞き出そうとせず、かつそれを周りに言いふらさない引沼さんの優しさに感謝している。
 ちなみに、その引沼さんは今日、バイトの早番なので早々に下校した。余談だけれど、引沼さんがバイトをしていることはクラス中知っているのだけれど、そのバイトの内容、というか彼女の趣味や将来の夢、などなどを知っているのは、クラスではわたしと門丸くんの二人のみ。わたしにとって一番衝撃的だったのは、あの引沼さんがものすごい涙目でそのことを誰にも教えないでほしいと懇願していたことだ。
 話が大いにずれたけれども、今日も人知れず先輩と下校、とはいかなかった。
 なにしろ、用事があるので、そのことを先輩に言わないと。今朝はホラ、ちょっと気まずすぎたので言い出すタイミングというものが掴めなかったから。でも、ちゃんと自分で言い出さないと!
 そして、自分の自転車のそばにいる先輩の姿が見えた。

 「先輩、待たせてすいません」
 「ああ、別にいいよ。俺もちょうどさっき来たばかりだし」

 言え!言うんだ、野々原沙織!!これを逃したら、いつもの気まずいゾーンに引き込まれるぞ!!!まずは、深呼吸・・・・

 「野々原さん」
 「!ゴホ!ゴホ!!」
 「あ!だ、大丈夫!?」
 「え、ええ。へ、平気です・・・・」

 まさかの展開だった。深呼吸しようとしているときに声を掛けられたのでむせてしまった。初手でまさかの大誤算。とにかく、気を取り直して、心臓を落ち着けて・・・・

 「えーと、もしよかったらそのまま聞いてほしいんだけど、今日はこれから何か用事があるのかい?」
 「・・・・・・・・え?」

 かなり予想外の展開。まさか向こうから聞いてくるとは思ってもみなかったので、一瞬だけ言葉が詰まってしまった。でも、どうにかして自分から言おうとしていたことなので、それほど取り乱さずに喋れた。

 「えっと、そうですね。これから空也さんに頼まれていたものを買いに行こうと思って、それが終わったらまた病院へ行ってみるつもりです」
 「そうなんだ・・・・」

 それから、先輩はしばらく考える素振りを見せてから言った。

 「もし邪魔でなければ、俺も一緒に行っていいかい?」

 意外な展開だった。三度目にして、わたしの頭の中はボッと熱くなってしまった。だって、先輩が一緒に買い物に来てくれるなんて思わなかったものだから。

 「い、いいんですか!?わ、わたしなんかの用事に付き合って、お時間は大丈夫なんですか!?」
 「大丈夫も何も、一応一緒に同居しているわけだから、別にどうってことはないさ」

 改めて“同居”って言葉を使われると、なんだか気恥ずかしい感じがしてきた・・・・
 ともかく、ここはしゃんとしないと。

 「は、はい!よろしくお願いします!」
 「そんなかしこまらなくてもいいよ」
 「あ、はい。すいません」

 つい勢いあまってお辞儀をしてしまったわたし。
 ともかく、先輩と接近するチャンスができたんだ。これからは一緒にいる機会が多くなるんだから、これをちゃんといかさないと!・・・・・・ここだけ見ると、なんだか色々と誤解を受けそうな感じがしてきた。



 そういうわけで、サオリとテッペイの二人は今、買い物する店のほうに向かっているところだ。かなりどうでもいいが、アサシンの奴も気配を消して二人の護衛をしている。今の時間帯のせいか、結構人がいるもんだ。

 「・・・・・・これが今日買うものなんだ」
 「はい。ちょうど少なくなってきたから買い足したかったみたいです」

 本当はクウヤのおっさんが買いに行くつもりだったみたいだが、サオリのほうから進んで買い物を頼まれたって話だ。確か今朝、食い入るようにチラシを見ていたっけな・・・・とまあ、それはいいんだけどよ・・・・

 「それだったら野々原さん・・・・」
 「なんですか、先輩?」
 「さっきの道を曲がったところに確かスーパーがあったはずなのに、どうして通り過ぎたんだい?」

 そう。それはオレも思った。
 買い物を済ませるんだったら、テッペイの言っていたその場所に行けばいいはずなのに、サオリはそうしなかった。にもかかわらず、サオリの奴は平然としていた。

 「いいんですよ、今日は」
 「い、いいって、何が・・・・?」
 「これから行くところのスーパーのほうが、今日買うものが安く買えるんです。それに空也さんから聞いたんですけど、いつもこの商品使っているんですよね?」
 「多分、そうだと思う。俺はよくわからないけど・・・・」
 「だったら、断然これから行くところのほうがお得ですよ。少し遠いのが難点ですけれど、そこは確か三日間ぐらいポイントがいっぱい付きますし、それにあそこは若干値段が高いんですよ」

 どおりでチラシを見ていると思ったら、そういうことか。
 確かに、チラシを見てどう買うか、なんてテッペイの柄じゃないからな。それとあいつ、サオリの話を聞いている間、かなり呆気に取られていたよな・・・・

 「先輩?どうかしましたか?」
 「あ、いや・・・・なんでもないよ・・・・」

 なんでもあるだろ。思いっきり自分の土俵じゃない場所に引きずりこまれていたぞ。しかも、いつの間にかサオリが先頭に立って、テッペイが後ろから自転車を押してついていく、って構図になったな。
 昨日までじゃ考えられない光景だな・・・・


 二人が歩くこと数十分、その例のスーパーの中に入って買い物を始めた。今度はちゃんと二人とも並列して買い物カゴを持って歩いている。
 ん?なんで室内なのに中の様子がわかるかって?んなもん、音を聞けばわかるんだよ、オレの場合。けど、これだって万能ってわけじゃない。例えば、あんたが誰かと喋っているのに夢中になっているとき、周りの音をちゃんと、それも正確に聞き取れるかい?要はそういうことさ。
 話がずれたな。とにかく、今二人は目的の物があるコーナーの一つに差し掛かった。それでテッペイがそのうちの一つを見つけて、その手ごろなものを手にとって買い物カゴに入れようとした。

 「先輩!ちょっと待ってください!!」

 そこへサオリが待ったを掛けた。そのせいでテッペイは驚いたような顔をして、その動きを止めた。

 「の、野々原さん?どうしたの?」
 「先輩。今、一番前にあるものを取ろうとしましたよね?」
 「ま、まあそうだけど・・・・」

 そういえばテッペイの取ろうとしていたやつはそうだな。けど、それがどうかしたんだ?

 「一番前にある商品って大体はあまり色がよくないんですよ」
 「い、色・・・・?」
 「そうです。この手の品物はある程度時間が経っちゃうと色が悪くなっていってしまうんです。こういうものを買うんだったら、値下げされるまで待ったほうがいいですよ。お店の人もこういうものは早く売れてほしいと思っているはずですし」

 ああ・・・・たしかにありゃ、食えねえとは言わないが、少し色が悪いな。
 テッペイがポカンとしているが、サオリは構わず続ける。

 「こういうのを買って使い切るんならともかく、今回はどうなのかわかりませんからね。だから・・・・」

 そう言って、サオリは慣れた手つきで真ん中ぐらいの位置にあるやつを数個とって、それを見比べてからそのうちの一つをかごに入れ、残りは元の場所に戻した。

 「一番後ろでもいいんですけれど、それだとお店の人から嫌味に見えるかもしれませんからね。だからこうやって、さっきのとこにあるものが無難なんですよ」
 「は、はあ・・・・・・」
 「それじゃあ、次行きませんか?」
 「う、うん・・・・・・」

 完全にサオリにペースを握られたテッペイ。聖杯戦争のときとは打って変わって、頼りなさそうな印象になったな・・・・・・それとは逆に、サオリの方は妙に頼もしく見える。オレが生きていたころの宮廷の女中でもこうはいかないだろう。
 それからも、テッペイが何かしようとするたびにサオリから何度も駄目出しをくらいまくっていた。賞味期限がどうの、鮮度がどうの、ってそんな感じで。そのたびにだんだんへこんできているような気がするな。
 そんなテッペイは今、こう思っているに違いない、あいつから聞こえる呼吸音や心拍音から察して、おおかた・・・・

 “俺、ここに来る意味あったのか・・・・?”

 ・・・・だろうな。
 諦めろ、テッペイ。ここがサオリの土俵である今、あんたにできることなんて荷物持ちぐらいしかないさ。アサシンの奴だってきっとそう思っているに違いないから気にするな。



 買い物が済んで、わたしと先輩はそれぞれ荷物を持ってお店の外に出た。どういうわけか、先輩は少しげんなりしているような気がする。どうかしたんだろう・・・・?

 「の、野々原さん・・・・随分慣れているんだね・・・・」
 「え?そ、そうですか?別に、そんなことはありませんよ。これ、とりあえず見様見真似ですから」
 「見様、見真似・・・・?」
 「はい。昔、お母さんと一緒に買い物に行くことがあって、それをなんとなく見ていたんです。それで何度か買い物を頼まれたことがあって、お母さんがやっていたことを真似していただけですから」
 「でも、その割には選んでいた理由とかちゃんと話していたよね・・・・?」
 「あ。それはわたしがなんとなくおばあちゃんに聞いてみたら、そう言っていたからです。お母さんがどう思って買っていたのかはわかりませんけど、多分そうだろうって」
 「・・・・・・そのお母さん本人には聞かなかったの?」

 そのとき、わたしはつい顔を曇らせてしまったせいで、先輩はハッとなって申しわけなさそうに顔をうつむけてしまった。
 でも、わたしは話すことにした。わたしと先輩は協力関係にあるんだし、わたしだって先輩の知られたくない部分を知ってしまったんだから。

 「・・・・前に住んでいた街で原因不明の大災害に遭って、そのときにお父さんもお母さんも亡くしているんです」
 「・・・・・・確か、昨日のあの時もそんなことを言っていたね」

 昨日のあの時、とは言うまでもなくわたしが神奈さんたちに遭遇して、そして全てのサーヴァントが揃ったときのことを言っている。わたしが神奈さんに自分の決意を話すときにこのことを口にしたそのときに、先輩もそのことを耳にしている。

 「あの大災害は街が焼かれて、生き残ったのはわたしや妹を含めてほんの僅かだったんです。それで本当だったら孤児院に入れられるかもしれなかったんですが、わたしたちにはおばあちゃんがいたから、この街へ越してきたんですよ」

 あれから、何度あの日のことを忘れようとしてもわたしの頭がそうすることを許さなかった。そのことを気にしていなくても、頭の片隅に残っているだけで、そこから消え去ることは決してない。
 わたしがあの日のことを思い出しかけたそのとき、先輩はわたしの肩をぽんと叩いた。

 「大丈夫だよ。野々原さんがそのつもりなら、もう大事な人を失うようなことはないよ」
 「せ、先輩・・・・・・」
 「それに俺だってひょっとしたら野々原さんと似たような感じさ。俺が聖杯を求めるのは・・・・」

 そこまで言いながら、先輩はそこで言いよどんでしまった。

 「・・・・・・ゴメン。野々原さんには散々色んなことを言っておいて、俺の方はまだこのことを伝える覚悟ができていないみたいだ」
 「先輩・・・・・・」
 「けど、いつかちゃんと話すつもりだよ。それだけは約束する」

 そう言っていた先輩の顔は、どこか寂しげで、どこか辛そうな感じだった。先輩の聖杯を求める目的が意識を失ったお姉さんのためだ。わたしがそのことを知っているのを、先輩は知らない。
 だから、わたしのほうも余計申し訳ない気がしてきた。

 「ところで野々原さん。確か、これから病院の方へ見舞いに行くんだっけ?」
 「え?はい。そうですけれど」

 そういうこともあって先輩は話題を変え、そしてどういうわけか手を差し出してきた。

 「だったらその荷物、俺が持って帰るよ。俺がいきなり顔を出しても邪魔だろうしね」

 いきなりそう言われてしまったので、わたしは思わずキョトンとしてしまった。そんなわたしの顔を見て、先輩は少し不思議そうな顔をしていた。

 「えっと、どうかしたのかい?」
 「いや・・・・だって、聖杯戦争だからどうのこうのって言われるかと思ったので、つい・・・・」
 「ああ。昨日のことを気にしているのか。あれだけ大規模な行動は向こうだってそう起こせないだろうさ。それに、まだこんな時間から動き出すマスターもいないだろうしね。ただ、バーサーカーやキャスターにさえ気をつければ大丈夫だと思うよ。野々原さんにはアーチャーがついているから多分、問題ないだろうけどね」

 たしかに、わたしは昨日の病院の帰りに神奈さんたちに遭遇したことを引きずっていた。今日も似たようなことが起こらないとも限らない。
 でも先輩の言うようにたしかに、あんな大軍団を連れて回るのは色々と大変そうな感じがした。なにしろ、あのライダーの印象からしてかなり手を焼きそうな感じがしたのだから。もちろん、それ以外にもあるんだろうけれど。
 それで安心したのか、私は自分の持っている荷物を先輩に渡し、先輩は自転車のかごに持っている荷物を入れた。

 「それじゃあ、俺は先に帰っているよ。くれぐれも行き来には気をつけて」
 「はい」

 そう言って、ややふらつく自転車を器用に乗る先輩を見送った。
 多分、先輩はお姉さんのことでいっぱいいっぱいなんだと思う。そのこともわたしを聖杯戦争から遠ざけようとした理由の一つかもしれない。
 もしかしたら、他の聖杯戦争の参加者であるマスターと呼ばれる人たちも、こんな風に色々と背負っているものがあるのかな・・・・?
 先輩の自転車が遠ざかった後、わたしは病院への道に向かうために後ろへ振り返った。病院へ向かう前に、伏瀬くんに何か買っていこうかな?



 一方、その頃。ここは野々原家の玄関先である。

 「ばあちゃん!早く、早く!!」
 「このか。そう急かさないの。まだそんなに遅い時間じゃないんだから」

 気がせいている孫娘を絹は柔らかくたしなめる。
 もはや敷地から一人出てしまっているこのかに首輪を繋がれているシローは律儀にも、まだ敷地内に留まって玄関から出てこようとしている絹をちょこんと座って待っていた。

 「けど、気持ちはわかるわ。だって、二日ぶりに沙織に会うんですもの」
 「そうでしょ!アタシ、ねえちゃんに会ったら・・・・・・・・ええっと・・・・」
 「?どうしたの、このか?」
 「ねえちゃんに会ったら、どうしよう?姉ちゃんに会うことばっかり考えてたけど、何するかまでは考えてなかったや」

 少し締りが悪そうに笑うこのか。そんな孫娘を、祖母は暖かく微笑みを向けた。

 「そう難しく考える必要はないわ。沙織に会ったら、いつも通りにしていればいいんだから」
 「そういうもんなの?」
 「そう。でもね、それが一番難しかったりするものよ。だってホラ、このかだってさっき、“久々に会ったらどうしよう?”なんて考えていたじゃない」
 「あ~、なるほど~」

 祖母の言葉に納得したように頷くこのか。そして絹が玄関から出て行き、シローもそれに続く。

 「それじゃあ、行きましょうか」
 「お~!」

 元気よく声を張り上げる孫娘とその脇にいる飼い犬を連れ、絹は荷物を包んだ風呂敷を両手で下げ、沙織の泊まっている楼山神宮へと向かっていくのだった。



~タイガー道場~

タイガ「いや~!どうにか最新話を更新することができてよかったの~!」

ロリブルマ「ていうか、作者も時間は取れないわ、パソコンを立ち上げたはいいけど余計なことに脱線するわで、こっちに回す時間をもっと増やせって言いたいっす」

タイガ「ウム。どちらにも言えることだけれど、私としては、作者はもう少し時間配分を上手くやりくりするようにと声を大にして言いたい」

ロリブルマ「ところで時間と言えば、感想にもこの作品の進行スピードに関する話題が挙がっていたっすね」

タイガ「そうなのよ。作者も返し忘れていたけれど、結構遅いことは実感しているみたい。今までもそうだったけれど、今回だって一話で終わらせるつもりが、また長引いてしまったわけだし」

ロリブルマ「ある程度の筋道は立てているみたいっすけど、いざ文章にするとうまく表現できない部分もあるっすからね」

タイガ「それだけじゃないわ。今回の買い物だって本当は沙織一人で行かせるつもりが、いつの間にか先輩も一緒に来ちゃっていて、作者も“これは自分でもビックリだ”状態だもの」

ロリブルマ「まあ、作者はそういう突発的に出てきた展開が蛇足部分にならないかどうかも見極めなきゃいけないっすからね」

タイガ「うむ。作者は時間と話の展開の見極めを今後の課題とするように!」

ロリブルマ「以上!今回はここまで!!」

タイガ「・・・・・・なんて言わせてたまるかぁ!」

(タイガ、ロリブルマに竹刀一閃)

ロリブルマ「痛っ!な、何なんすか~!?まだ何かあるんすか~?」

タイガ「そう。ここからが本番なのだよ、弟子一号よ」

ロリブルマ「ほ、本番・・・・・・?」

タイガ「ウム。あなたも気になる、私も気になる。そんなあなたの疑問を解消する、あのサーヴァントのステーテスなんじゃろな?ということでこれからは機会があるたびに真名が明らかになった順にサーヴァントのステータスを公開していこうと思うわよ」

ロリブルマ「おお!それで、まずはどっちからっすか?」

タイガ「記念すべき第一弾は、唯我独尊ぶりならあの金ぴかにも負けないぜ!モンゴル期待の星、ライダーから始めたいと思うわ」

ロリブルマ「あ。それとステータス及びスキルは作者の主観によるものが大きいので、その辺はご了承ください」

タイガ「前置きありがとう!弟子一号!それじゃ、ライダーの気になるステータスは、こちらよ!」


クラス名:ライダー
真名:チンギスカン
属性:混沌・善
マスター:守桐神奈
身長:178cm
体重:84kg
イメージカラー:紅
特技:組織編制、用兵術
好きなもの:酒盛り、女
苦手なもの:軟弱者、犬

ステータス
筋力:B
耐久:D
敏捷:C
魔力:D
幸運:C
宝具:A

スキル
対魔力:E 魔術に対する守り。無効化はできず、ダメージ数値を多少削減する。
騎乗:A+ 騎乗の才能。獣であるならば幻獣・神獣クラスまで乗りこなせる。ただし竜種は該当しない。

人馬一体:A 騎馬民族独自の乗馬法。騎乗時の攻撃力や機動力を大幅に上昇させる。
カリスマ:A Aランクは人間として得うるおよそ最高峰の人望。
軍略:B


タイガ「えー、簡単に解説しておくと、言わずと知れたモンゴル帝国の創始者で強力な騎馬軍団で大陸制覇に乗り出し、事実多くの地域を征服したわ」

ロリブルマ「その後、その征服事業は自分たちの子供たちや孫にも引き継がれ、結果としてヨーロッパにまで跨る巨大帝国となったのよね」

タイガ「ウム。そして何よりも有名なのが蒼き狼と白き牝鹿の子孫という伝説の持ち主なんだけれど、以上の詳しいことは興味があれば自分で調べてみるといいわ」

ロリブルマ「うわ。ここで丸投げするの?」

タイガ「これはSS(厳密に言えばあとがき)であって、図書館や児童書コーナーに置いてあるような歴史解説のページではないのだ!知りたきゃ、自分の力で調べんかい!!」

ロリブルマ「ししょー・・・・・・教育者として最悪っす・・・・・・」

タイガ「Be quiet!あと付け加えるなら、割と早めに登場の決まったサーヴァントの一人なのである」

ロリブルマ「割と早めに・・・・?じゃあ、そういうサーヴァントとそうじゃないサーヴァントとがいるんすか?やっぱり?」

タイガ「まあ、判明している限りで言えば、早めに決まったのがライダー、キャスター、バーサーカー、アサシン、アーチャー。次点はランサー。で難航したのがセイバーってことになるわ。厳密に言えば、アサシンもアーチャーの二人もだけど」

ロリブルマ「それってどういうことっすか?」

タイガ「それに関しては、いずれまた。でも、ライダーも最初からチンギスカンってことに決まっていたけど、そう簡単にもいかなかったのよね」

ロリブルマ「そうなんすか?」

タイガ「まあ、具体的にいうとマスターと宝具、それにキャラ設定が問題だったのよ、この王様の場合」

ロリブルマ「おお!それじゃあ、ここで宝具の解説が・・・・!」

タイガ「ああ。ライダーの宝具はまた今度ね」

ロリブルマ「ありゃ?どうしてなのよ~!読者はそれが一番知りたがっていることじゃない」

タイガ「それはサーヴァントと宝具、それに登場人物の紹介は基本一人、多くても2~3人の予定よ」

ロリブルマ「そういうことなの・・・・・・それじゃあ、どうしてそれらが問題だったの?」

タイガ「まあ、マスターは最初から管理人ってことは決まっていたんだけれど、それもまた別の機会。キャラ設定に関しては、最初はどこぞの征服王に似たような性格だったのが、いつの間にか金ぴかの性格もプラスされたようなキャラになっちゃったのよね」

ロリブルマ「そして、そうなったそのこころは?」

タイガ「ぶっちゃけると、若干とある掲示板の影響を受けてしまった、といったとこかしら。あえてどこの掲示板かは名前あげないけど」

ロリブルマ「ダメダメっすね」

タイガ「まあまあ。それでも差別化は思い浮かぶ限りやっているつもりよ。上手くできているかどうかは別として」

ロリブルマ「・・・・・・とりあえず、キャラが映えるどうかは作者の腕次第っていうことがよくわかったっす」

タイガ「作者よ。願わくは、よりいっそうの精進を願う」

ロリブルマ「今回はちょっと長くなっちゃったっすね」

タイガ「今回に限らず、これはこういう形式だからやむなし!というわけで・・・・」

ロリブルマ「また次回も楽しみにしていてね~!」



[9729] 第十二話「邂逅」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/02 04:26
 先輩と別れてからわたしは今、伏瀬くんのお見舞いのために病院へと向かっている。
 今日の分のプリントは門丸くんが届けているのだけれど、そういうことがなくても時々お見舞いに足を運ぶことがある。
 それに、わたしは聖杯戦争に参加している身だ。いつまでもこうしていられるかどうかわからないし、下手すれば門丸くんや伏瀬くんまで聖杯戦争に巻き込んでしまうことだってないとは言い切れない。だから、日常の何気ないことでも大切にしなきゃと思えてきたから、と思うからだ。
 そういうわけでお見舞いに行くにあたって、手ぶらで行くのもなんだからどういうものを買おうか思案していた。もちろん、伏瀬くんはそういうことを気にしない人柄だけれど。
 まあ、それはそれとして、問題は何を買おうか・・・・?う~ん・・・・・・結構悩む・・・・・・・・

 「キャッ!?」

 そんな風に考え事をしながら歩いていたら、何かにぶつかって思いっきり弾き飛ばされてしまい、尻餅を着いてしまった。お尻のほうに鈍い痛みがあったので、そこをさすりながら顔を上げてみると、わたしがぶつかってしまった何か・・・・というか“誰か”がいた。その人は黒い肌をした、いわゆるイケメンなんだけれど、その人の服装のせいでわたしは危機意識を募らせてしまい、すぐに立ち上がってしまった。なにしろ、高そうなスーツを着ていたから、瞬時にその人がホストか何かだと思ったからだ。
 それで次にわたしが取った行動というのは、これだ。

 「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!あの、わざとじゃないんです!考え事をしていて、それで余所見をしていたから・・・・!!!」

 当然、わたしにできることといえば謝る以外になかった。どちらにしても、何か言いがかりをつけられてしまうと思っていたからだ。
 でも、その人の反応はわたしの予想とは全く違っていた。むしろ穏やかな笑みを浮かべて、もう止すんだと言わんばかりに平手をわたしに向けた。

 「いや、君が謝る必要はない。むしろそうしなければならないのは私の方だ。君の体を傷付けてしまった事、その事について深く詫びねばならない」
 「あ、いえ・・・・そんなことはないです。むしろわたしの不注意が招いてしまったことなんですから・・・・・・」
 「いや。それは大した問題ではない。何しろ、女性というものはどんな教えよりも尊い。その身に子を宿し、多大なる苦痛を伴いながらもそれに勝る慈しみを以ってその子をこの世へと生まれ出でさせるものだ」
 「・・・・・・・・はい?」

 逆に謝られたことで困惑していたわたしは、さらにその度合いを深めることになってしまった。なんだか、話があらぬ方向に向かっているような気が・・・・それに“傷付けた”とか少し大げさすぎる気もするけれど・・・・

 「だから私は何としてでも君に詫びねばならない。そしてこの場は、君の望むとおりにしよう」
 「い、いいですよ。何もそこまでしなくても・・・・・・」

 そのとき、わたしはふといくつかの可能性を見出してしまった・・・・ような気がする。もしかして、これって、新手のナンパじゃないんだろうか、と。あるいはそのままホストクラブへ連れ込まれるんじゃないかと。後者に関しては、わたしがまだ学生だからその心配はないとは思いたい。けれど援助交際とか美人局とかでそういう世界に入ってしまう可能性だって否めない。
 もちろん、わたしの取る行動は、これだ。

 「ごめんなさい!わたし、急いでいるんで、これで失礼します!!」

 そのナンパ屋さんの脇を通り越し、わたしは駆け出した。後ろでナンパ屋さんが何か言っているのが聞こえたような気がしたけれど、わたしは決して後ろを振り返らなかった。
 だからといって、ちゃんと前を向いていたのかどうかさえ怪しかった。

 「キャッ!?」

 またもや誰かにぶつかってしまった。今度はよろめいただけで、すぐにその誰かを確認することができた。ただし、今度は三人組の若い男の人たちで、いわゆるヤンキー・・・・・・すぐに赤信号が灯った。

 「ご、ごめ・・・・」
 「ああ!?ゴメンで済んだらケーサツはいらねえよ!」

 ひい!わたし、まだ言い終わっていないのに!こういうときに何も予想通りの展開にならなくても・・・・

 「どうしてくれんだよ!?テメーがぶつかったせいで大怪我負っちまったじゃねーか!!」
 「あの、だから・・・・」
 「だからゴメンじゃすまねーっつってんだろーがよ!」
 「この落とし前、どうつけてくれんだよ!?」

 いつの間にか行く手を阻むかのように囲われてしまい、しかもそのうちの一人に腕を掴まれてしまっていた。さらに悪いことに、通りがかる人たちは自分たちに危害が及ばないように我関せずの姿勢で知らん振りをしていた。

 「おい。よく見たらこの女、結構イケてるんじゃね?」
 「おっ!そうだな~・・・・それじゃ、おれたちといいことしたら、許してやってもいいぜ?」
 「いいじゃん、それ~」

 何がおかしいのか、その三人組はゲラゲラと笑い出した。そんなやり取りの中でわたしはただうつむいて、目を涙ぐませていた。
 ・・・・・・もう、やだ。どうして、こんな人たちが堂々と外の世界を出て歩けるの?どうして、さも当たり前のように生きているの?こんな人たちなんか・・・・・・こんな奴らなんか・・・・・・

 「そこまでにしたらどうだ」

 後ろから声がしたので振り向いてみると、さっきのナンパ屋さんがこっちに向かって歩いてくる。

 「ああ?なんだ、テメー?」

 当然のことながら、三人組は一変して不機嫌になり、そのナンパ屋さんのほうへと自分たちから近づいていった。もちろん、わたしは腕を掴まれたままだ。

 「彼女とて、悪気があって君達にぶつかったわけではないのだ。彼女には急ぎの用があるのだから、もう許してやったらどうだ?」
 「なに上から目線で言ってんだよ、オラア!」

 ナンパ屋さんの諭すような口調に腹を立てたのか、三人組のうちの一人がナンパ屋さんのスネに向かって思いっきり蹴りこんだ。蹴られたナンパ屋さんは身動き一つとらなかった。それがどういうことなのかというと、痛がる素振りがまったくなかった。それどころか、顔も痛そうにしていなかった。
 要するに、平然としていたのだ。余計に腹を立てた別の一人がナンパ屋さんの胸倉を掴みかかった。

 「おい、コラ!なにすました顔してんだよ!?」

 これだけすごまれても、ナンパ屋さんはびびるどころか、逆に溜息をついてしまっていた。

 「やれやれ・・・・・・では、どうすれば君たちは納得するのだ?」
 「ああ!?何なめたクチきいてんだよ!?殺すぞ!!」

 ナンパ屋さんは何か思案しているのか、しばらく黙っていた。

 「黙ってんじゃねえよ!何様のつもりだ、ゴラア!」
 「では、こうしよう。君達が一人ずつ、これから私の指し示す場所を全力で攻撃するがいい。それで私が少しでもここから動いたのならば、彼女を君達の好きにするがいい。逆に、そうする事ができなければ、おとなしく彼女から手を引くのだ」

 ナンパ屋さんの提案に三人は一瞬、キョトンとしてお互いに顔を見合わせたが、彼らはすぐに顔をニヤリとさせた。
 それにしてもこの人、本気で言っているの!?どう考えても自分も、それどころかわたしも不利な話なのに!

 「オーケー、オーケー。話はわかったぜ。で?どこをどうすればいいんだ?」
 「うむ。それは、ここ・・・・・・」

 そう言って、ナンパ屋さんが自分の鼻先を指差した途端に、そのナンパ屋さんに話しかけた人が思いっきりその場所目掛けて、思いっきり殴ってきた。その瞬間、わたしは思わず目を逸らしてしまった。
 それからわたしは、恐る恐る目線を元の位置に戻すと、殴った人のにやけているはずの顔が驚きに包まれていた。なぜなら、そのナンパ屋さんの顔にはアザ一つなかったからだ。

 「おいおいおいおい、なに手加減しちゃってんのさー?もしかして、びびってんのー?」
 「しゃーねーなー。ここは一つ、おれがお手本を・・・・見せてやんよ!!」

 そう言うやいなや、今度は別の一人がナンパ屋さんの顔を目掛けて蹴りかかった。

 「なっ・・・・!なんて、ことを・・・・・・!!」

 その瞬間、わたしは思わず声をあげてしまった。わたしは彼らがどうしてそこまでできるのか、彼らのそんな行動が全く理解できなかった。しかし、蹴った本人はヘラヘラした口調で言うのだった。

 「バーカ。あいつ、一言も“殴れ”なんて言ってねー・・・・ぜ・・・・・・?」

 しかし、次の瞬間から彼の表情からにやけた顔が途端に引きつってしまった。ナンパ屋さんの顔には全くアザがなかったどころか、蹴られたときにのけぞりもしなかったからだ。
 これには他の二人もさすがに驚きを隠すことができなかったのか、口をあんぐりと開けている。

 「どうした?もう、この程度で終わりなのかね?」

 散々顔を殴られ、蹴られたにもかかわらず、相変わらずナンパ屋さんはその整った顔で落ち着いた表情をしていた。
 そのせいで、わたしの腕をつかんでいたために今まで攻撃に参加しなかった最後の一人の顔がナンパ屋さんに対して敵意をむき出しにしていた。

 「おい。いい加減にしろよ、このクソ野郎が。これ以上、調子こいているとどうなるかわかってんだろーな?」

 そういうと、わたしの腕から手を放し、ポケットに手を突っ込んだ。そうしてポケットから取り出したものに、わたしは目を疑わざるを得なかった。ポケットから取り出したメリケンサックを、利き手と思われるほうの手にはめたのだから。

 「フム。君はそれを使うのかね?」
 「使うな、なんて言わせねーよ。もう泣いて詫びいれても・・・・許してやんねーよ!!」

 最後の一人が思いっきり振りかぶり、サックをはめた手のパンチがナンパ屋さんの顔に叩き込まれた。

 「う・・・・・・ぎゃあああああああ!!!???!!」

 次の瞬間、悲鳴があがり、周りの通行人もこちらに目を向けた。悲鳴の主は殴られたほう、ではなく殴ったほうだった。

 「あ・・・・あああああああ!!!指が・・・・・・・指がああああああああ!!!!!!」

 メリケンサックがカランと落ちると、殴った本人はサックをはめていたほうの手首をつかみ、自分の手の惨状を目の当たりにしていた。
 わたしは少ししか見えなかったけれど、こちらも信じられないことになっていた。最後の一人の殴ったほうの手の指四本が、バキボキにへし折れていた。まるで、指を立てたまま全力でコンクリートに叩きつけたみたいに・・・・

 「あ・・・・ああ・・・・・・バ、バケモノ・・・・・・バケモノだあああああああああ!!!!!!!」

 三人とも、ナンパ屋さんに目線をやると、すぐさま彼に背を向けて我先にと一目散に逃げ出していったのだった。

 「やれやれ・・・・・・化け物とはひどい言い様だな」

 たしかに、あれだけ殴る蹴るをされても動じないどころか、怪我一つないこと自体ありえないことなのかもしれない。でもわたしはそれに対して多少の驚きはあるものの、それほど取り乱すことでもなかった。やはり、聖杯戦争がわたしに与えた影響というものは計り知れないものみたいだった・・・・・・

 「さて。それはそれとして、危ないところだったな、君」
 「あ、はい。助けていただいて、ありがとうございました」
 「礼には及ばぬ。私はこの世に生を受けた者として、そして何よりも男として当然の事をしたまでだ」

 わたしに向き直ったナンパ屋さんはあっさりとそんなことを恥ずかしげもなく言い放った。逆に言われているこっちが恥ずかしくなってきた・・・・
 しかし、ナンパ屋さんの顔は少しだけ曇ってしまった。

 「しかし、先ほどの彼らもそうだが、周りの者にも困ったものだ」
 「あの・・・・?どういうことですか・・・・?」
 「周りの者達は君が危ない目に遭っているというにも関わらず、見て見ぬ振りをして君を捨て置いたではないか。あの時、私が来なければ君はあの者達に辱められていたかも知れぬというのに、だ」
 「それは・・・・仕方ないと思いますよ。誰だって、自分の身はかわいいものですから」

 それはそうだ。このナンパ屋さんみたいに自分の身を犠牲にして助けに入るなんて、よほどの心構えがなければできるようなことではない。誰だって恐ろしい目には遭いたくない。下手に厄介ごとに首を突っ込んでしまえば、自分がただで済むはずがない。ひょっとしたら、わたしだってそうしているかもしれないのだから。
 それでも、ナンパ屋さんの顔は曇ったままだ。

 「確かに人間である以上、誰でも我が身が惜しいものだ。しかし、だからとてそればかりでは魂の徳が損なわれ、業が積み重なるばかりだ」

 そう言うナンパ屋さんの顔は、どこか憂いに似たものに満ちていた。
 この人の言っていることもわかる。けれど、実際にそれを実行できる人間はどれほどいるんだろうか?それでも、わたしがやろうとしていることはそれに近いことだ。
 たしかに尻込みしてしまうかもしれないけれど、やっぱりわたしは見て見ぬ振りはできないかもしれない。
 それに、そういうことをやってのける人をわたしは知っている。実際口に出したりはしないけれど、誰かのために自分の身を投じる人をわたしは知っている。

 「・・・・・・そんなことができる人は、そんなにいないと思います。でも、それができる人たちを、わたしは何人か知っています。その人たちもきっと、さっきみたいな状況に出くわしたら、きっと助けにはいると思います」
 「そうか・・・・・・」

 ナンパ屋さんはそう言って、わたしに背を向け歩き出した。

 「あの、もう行っちゃうんですか?」
 「む?まだ私にいてほしいのかね?」

 立ち去ろうとしているナンパ屋さんをつい引き止めてしまったせいで、ナンパ屋さんは足を止め、わたしのほうへと振り返った。

 「い、いえ!てっきり、その・・・・・・・・・な、ナンパされるんじゃないかと思いまして・・・・・・・!!」

 とうとう“ナンパ”という単語を口走ってしまった瞬間に、わたしの頭は一気にボッと破裂してしまった。
 一瞬だけ、ナンパ屋さんは呆気に取られていたような表情をしていたけれど、それはすぐに悪戯っぽい笑顔に変わった。

 「そうか。やはり私と共にありたいか」
 「あ!いや!だから、そういう意味じゃ・・・・・・!」
 「だが、今日はどうかここまでにしておこう。何しろ、私は君の体を傷付けた侘びとして、降り注ぐ矢の雨から君を守る楯となった。今日のところはそれで由としよう」

 まだ言うんだ、それ・・・・
 それにしても、この人の喋り方ってある意味、キャスターとかセイバーとかライダーとかよりも偉そうな感じがするけれど、そんなに威圧的な感じはなくて、逆になんだかアーチャーさんみたいに親しみを持てるような感じだ。

 「だが、いずれにしても君にも用事があるのだろう?ならば私がそれを妨げるわけにはいかない」
 「そうですか。でも、危ないところをどうも、ありがとうございました」
 「うむ。では、ここで失礼させてもらおう。次に会う時には、君が破滅の定めから逃れられんことを」

 そう言うなり、ナンパ屋さんはわたしの前から立ち去っていった。
 それにしても破滅って・・・・わたし、そんなに危なっかしいのかな?たしかに程度の差はあるけれど、今も昔も色々といやな目にあっているわけだけど。でも、どうして胸の辺りがチクリと痛むんだろう・・・・・・?
 このことと、再会前提で別れたことが少し気になりつつも、わたしはとりあえず先を急ぐことにした。



 沙織と別れてからいつのも帰り道に至った鉄平は、結局前のかごに大量の荷物があるせいで自転車が安定しなかったので、押して歩いていた。

 「・・・・・・・・アサシン、いるか?」
 「ここだ、鉄平」

 鉄平は微風に吹かれると聞こえなくなりそうな声で姿のないアサシンに話しかけると、アサシンも鉄平と同じくらいかそれより小さい声量で返した。

 「今、他のサーヴァントはどうなっている?」
 「大雑把で済まないが、動きはないようだ。やはり昨日のライダーのあの動きは特別だったようだ」
 「そうか・・・・・・それでバーサーカーは?」
 「こちらも動きはない」
 「そうか」

 鉄平の予想通り、かの騎馬軍団による集団戦法が基本戦術であるライダーは昨日のような動きはないようだ。それでなくとも、秘匿を旨とする魔術師にとってライダーのような大軍団を要する戦いは何かと制限が付くものだ。
 しかし、向こうのペースに乗せられてしまえば巻き返しを図ることは難しい。騎兵一騎の力はサーヴァント一体にも及ばない。おそらくは、鉄平自身も一兵卒と一対一に持ち込めば勝てるだろう。しかし、それが集団ともなれば話は違ってくる。ましてや、マスターとサーヴァントの二人で一人という運命共同体ではなおさらだ。
 一方、まだ明るいのか、バーサーカーも動きがない。バーサーカーの攻撃はアサシンの機動力ならば避けることなど造作もないだろう。ただ、決定打がない。それではいずれバーサーカーの攻撃を受けてしまえば、一撃で終わってしまう。鉄平などでは勝負にすらならない。いや、アサシンでも勝負にすらなっていないだろう。
 しかしこれらの報告はあくまで大まかなものだ。アサシンとて一サーヴァント。マスターである鉄平の存在なくしては現界など不可能である。だから、鉄平と別行動を取るべきではない今のこの状況でアサシンは、なるべく彼のそばを離れずに行動を取っている。

 「このまま見立てどおりならば暗くなるまで、どのサーヴァントも行動を起こさぬはずだが、警戒を怠らぬほうが・・・・・・・・」
 「アサシン?」
 「何者か近づいてきたようだ。何の関係のない市井の者かと思うが、念のため話はここまでにしておくぞ」

 それだけ言って、アサシンは話を切り上げた。確かにアサシンの言うとおり、誰か、それも複数がこちらに近づいてくる気配を鉄平は感じ取り、また足運びや呼吸など五感で捉えられるだけの情報からそれが一般人であることもわかった。それがわかった鉄平は少し安心したものの、その警戒心は弱まることはなかった。


 「このか、そんなに走っていたら危ないわよ」
 「平気、平気!これぐらい、どうってことないよ!」

 てくてくとゆっくり歩いている祖母の絹を尻目に、孫娘のこのかは有り余る元気を振りまくかのように走っていた。糸が切れた凧のようにすぐ目を離すと見失いそうな勢いで自分の先を走っていく孫娘を絹は温かく見守っていた。
 何しろ、数日振りに大好きな姉に会えるのだから、もういてもたってもいられないのだろう。少し心配ではあるものの、行き先は同じであり、またこのか自身も神社の場所をよく知っているため、それほどその心配は大きくなかった。
 ちなみに、シローは絹に歩調を合わせようとしているが、今彼をリードしているのは子のかであるために半ば彼女に引っ張られる形になってしまっている。だが、この犬はそれでも自分の飼い主であるこの老婆を思ってか、意地でもその歩みを遅らせているおかげでこの元気娘がはぐれずにすんでいることも事実だ。
 ともかく、絹たちは行き先である神社に近づいてきた。それと同時に、このか派前を歩いている自転車を押している人物に追いついてしまった。


 鉄平は自分の脇を駆け抜けようとしている少女に目をやった。自分どころか、今ワケあって一緒に暮らしている後輩よりも年下だ。おそらく小学校高学年くらいの年だろう。
 それから鉄平は、自分の筋肉が張り詰めたのを感じた。一瞬、彼は敵が近づいてきたものかと思った。鉄平はそれがなんなのかすぐにわかった。敵といえば、敵かもしれない。何しろ、その少女は犬を連れていたからだ。犬の姿を確認した鉄平。柴犬だ。しかもその犬も自分の様子をじっと伺っている。人と犬、この奇妙なにらみ合いは僅か数秒しか満たないはずだが、本人たちからすれば気が遠くなるぐらい長いものであろう。そして、それは犬によって打ち切られてしまった。

 「フン」

 瞬間、鉄平は青筋が立ちそうになったのをかろうじて堪えた。
 少なくともその犬は自分を見上げているはずなのにもかかわらず、なぜか見下されているような感覚がしたからだ。加えて鉄平には、自分を見るその犬の目が蔑みと憐憫が入り混じったような目として写ってしまったからだ。

 「シロー!ダメでしょ、知らない人を馬鹿にしちゃ」

 しかもいつの間にか自分を追い越していた少女はそうはっきり断言してしまった。
 間違いない。やはり鉄平の怒りは、間違いなんかじゃなかった。そして自分を振り返ったそのシローという犬の後姿がまた鉄平の怒りを誘おうとしていた。なぜなら、その後姿がこう見えたからだ。

 “そのような下らない苦手意識など、狗にでも喰わせてしまえ”

 そしてとうとう、シローの声なき声が剣となって、鉄平の堪忍袋の緒を切ってしまう。

 「狗は、お前だあああああああああああああ!!!!!!」

 その瞬間、鉄平は我に返った。
 見渡すと、シローの飼い主である少女、そしてその少女の保護者と思しき、自分の数歩後ろにいる老婆がこちらに視線を注いでいた。
 そして元凶である犬は我関せずの姿勢だ。

 (し、死にたい・・・・・・・・)

 さすがにこれは恥ずかしい。
 しかも怒りの対象が犬だからなおさらだ。
 ただし鉄平は死ぬわけにはいかなかった。なぜなら、彼には成さねばならないことがあるからだ。
 それでも、今すぐここから消え去りたいと思っているのは確かだ。

 「ごめんなさいね。うちのシロー、あれでも普段はいい子なのよ」

 いつの間にか鉄平の近くまでやってきていた老婆が、彼の肩をポンと叩いて声を掛けた。
 鉄平はその老婆の暖かさを感じたが、体のうちには様々な恥ずかしさが駆け巡っていた・・・・



 ナンパ屋さんと別れてから数十分後、わたしは病院に行く前にパン屋に立ち寄っていた。伏瀬くんのいる病院は見舞い品に関して、特に厳しいわけでもなく、こうしてときどき伏瀬くんのお見舞いに行くときはたまに食べ物を持って行ったりすることもある。また、食べ物に関しては、特に胃にきついものでなければ大丈夫とのことだ。
 基本的に、買い物はスーパーを使うほうだけれど、特に安い日でなければこういうお店を使うこともある。お店によってはサービスしてくれるところもあるので、結構有効活用しているほうだと思う。
 それに、このパン屋最大の売りは焼きたてであり、種類も豊富。それに、わたし自身もこのパン屋が気に入っている上に、学校帰りに寄る人もチラホラといるので、ここはいわば隠れた名店、といったところだ。
 さて、とりあえず何を買おうか・・・・?伏瀬くんの好物であるカツサンドは見舞い品としてはさすがに論外だし・・・・ここは無難にタマゴサンドあたりを・・・・

 「あら。このお店のパンもなかなか良さそうじゃない」

 その声が聞こえた瞬間、わたしはとっさにその方向を振り向いた。
 そこには、一人の少女が立っていた。そして、その顔には覚えがあった、というよりも忘れようがなかった。
 何しろ、その少女はわたしが初めて会った魔術師なのだから。

 「そんな怖い顔しないでよ。でも、その様子だと私のこと、覚えていてくれているみたいで嬉しいわ」
 「あ、あなたは、サラ・エクレー・・・・・・・・・・・」

 わたしの言葉はそこで途切れてしまった。
 顔も覚えている。
 声だって聞き覚えがある。
 名前も覚えている。
 ・・・・・・ただ、苗字は忘れただけ。だから、言い切るべき場面で出かかった言葉が出てこないこの状況が非常に恥ずかしい。
 とりあえず、時間が少し経ったせいで、少し眉をひそめているこの子のフルネームは“サラ・なんとか”さんであることは間違いない。
 だけれど、その“なんとか”の部分がなんだっけ?まず、最初の二文字が“エ”と“ク”であることは間違いない。
 問題はその後だ。三文字目が“レ”だったような気がするけれども、あまり自信がない。たしか、ちょっとおいしそうな名前だった気がする・・・・ひょっとして、“エクレア”?なんか違うような気が・・・・

 「貴方・・・・まさかここで私の苗字は忘れたなんて言わないわよね?貴方が何を思い浮かべているか知らないけれど、貴方の考えていることは何もかも間違っているわよ、絶対に」

 わたしがあれこれ考えて時間がけっこう経ったせいか、サラが怪訝そうな顔をして口を開いた。その口ぶりだと、“わたしの考えていることわかっているじゃない!”とは言えなかった。
 ともかく、それからも少し時間が止まってしまった。

 「・・・・・・ごめんなさい」

 そして開口一番に、わたしはなぜか謝っていた。それも、申し訳なさそうに頭を下げて・・・・

 「全く・・・・・・まあ、いいわ。いい機会だからよく覚えておきなさい。私の名前はサラ・エクレールよ。間違っても “エクレア”なんていう風に呼ばないでちょうだい。それと貴方がその名前で何を思い浮かべていたかは知らないけれど、正しくは“éclair au chocolat”よ!覚えておきなさい!!」

 やっぱりわたしが考えていたことが向こうにはわかっていたみたいだ。それについてはもう、何も言うつもりはないけどさ・・・・そしてサラは、疲れたような顔をして頭を抱えた。

 「全く・・・・・・本当、何でこんなのが聖杯戦争に参加しているのかしら・・・・・・これじゃ、先が思いやられるわ・・・・・・」
 「ご、ごめん・・・・・・」
 「謝らなくたっていいわよ。貴方がどうなろうと、私の知ったことじゃないもの」
 「そう・・・・・・ごめん」
 「だから・・・・・・・あ~、もう!」

 なにやら見えない重しのようなものがサラにのしかかり、それが臨界点に達した途端、それは一気に弾けた。

 「貴方もうこれから私の前で謝るの禁止!言い訳も無用!これからは自分の発言及び行動にしっかり責任を負いなさい!いいわね!?」
 「は、はい・・・・・・!」

 有無を言わせないような迫力を伴ったサラにまくしたてられ、わたしは思わず“はい”と言ってしまった。
 全ての言葉を言い終えたサラは少し息が荒くなってからしばらくして呼吸を整えると、元の歌うような調子に戻っていた。

 「わかったのなら、それでいいわ。こうでも言わなきゃ貴方、ずっと黙ったまま気が付いたら色んな雑用とか押し付けられていそうだもの」
 「うっ・・・・・・!」

 若干当たっているのが痛い。
 ある時期からのことを除いても、この街に来る前からわたしはどちらかと言えば大人しめな性格だったせいか、気付いたら遠足の班長に選ばれていたりすることがしばしばあった。

 「それに貴方、今回の聖杯戦争だって巻き込まれたから仕方なく戦っているんじゃないのかしら?」
 「そ・・・・そんなこと、ない!」

 わたしはあの夜バーサーカーに襲われて、何かの拍子でアーチャーさんを召喚して今に至っている。そういう経過から見れば、たしかに聖杯戦争に巻き込まれてしまった。
 でも、今は身近な人たちを守りたいという思いがある。それだけは誰にも否定されたくないし、否定させない。
 そうしてわたしはつい柄にもなく反論してしまった。

 「そ、そういうあなたこそどうして聖杯戦争に参加しているの!?聖杯なんか手に入れてどうするつもりなの!?」
 「別にどうもしないわよ」
 「・・・・・・・・え?」

 返ってきたのは、意外な言葉だった。
 少し困惑気味なわたしにかまわず、サラは続けて言う。

 「だって、そうでしょう?願いなんて自分の力で叶えるから意味があるんじゃないの?そりゃ、私一人の力でどうしようもないときは協力してもらうこともあるかもしれないけれど、基本的には私自身で物事をやり遂げるわ。だから、聖杯なんてどうでもいいのよ」

 な、なんていうかサラって、ひょっとしたらわたしよりも、もっとしっかりしているかも・・・・て、そうじゃなくて!!

 「だ・・・・だったら、どうしてなおさら聖杯戦争に参加しているの?」

 サラの回答でわたしはますますわからなくなっていた。
 聖杯が目的じゃないのなら、どうしてこんなことに首を突っ込んでいるのかを。
 対するサラは、落ち着いた口調でわたしに言った。

 「貴方、どうやって令呪が授けられるか知っているかしら?」
 「え・・・・・・?」

 令呪って、たしか自分のサーヴァントにどんな命令でも聞かせられるこの変な模様のことだよね?わたしも気付いたときにはこれがわたしの腕にできていたっけ?言われてみれば、どうしてこれが出てきたんだろう?

 「聖杯戦争には誰でも参加できるっていうわけじゃないわ。聖杯戦争の参加者は聖杯そのものが選定するの。まずはこの地の聖杯を気付いた守桐とザルツボーゲンの人間が優先的に、それから何らかの意図で他の参加者を選ぶの。そうして聖杯に選ばれた人間には令呪が宿るのよ」

 つまり、令呪って聖杯戦争の参加パス、みたいなものなんだ。たしかに、これがなかったら聖杯戦争に関わることなんてなかったもんね。

 「どうして貴方みたいなのが令呪を宿したのか知らないけれど、当然私の体にも令呪が現れたわ。ある日突然、ね」

 さらりと棘のある言葉を吐きながらも、サラは自分が聖杯戦争に参加する敬意を話している中で、わたしに彼女の手のひらにある令呪を見せてきた。

 「それから私はこの令呪のことをはじめとして、聖杯戦争に関することを色々と調べられるだけ調べたわ。まさか、この街でも聖杯戦争が行われているなんて思ってもみなかったけれど、調べていくうちに私には使命に似たものが宿っていくのに気付いたわ」
 「し、使命って・・・・?」
 「そう。聖杯戦争に勝ち残り、聖杯を手にすること。それが私のNoblesse Obligeだっていうことにね」
 「の、のぶ・・・・・・?」
 「ああ・・・・・・わかりやすく言えば、私みたいな高貴な人間の果たすべき義務、っていうことよ」

 さも当たり前のように自分のことを“高貴”と言ってのけるサラは続けた。

 「それに、それを放棄し、拒むということは私の家名を汚すということ。半端な真似も無様な真似も許されないわ。だから、私は必ずこの聖杯戦争を勝ち抜いてみせるわ」

 その言葉に違わない決意は、まだわたしよりも年下であるにもかかわらず表情にも表れている。
 たしか、初めてサラと会ったときも、先輩もサラの家が名門だって言っていたよね?

 「ところで、貴方は何で聖杯戦争に首を突っ込んでいるのかしら?私が参加している理由を話したんだもの。当然、貴方も言って然るべきよね?」

 彼女自身の口で言っていた“高貴”という言葉があれほどふさわしいまでに凛々しかったその表情は、コロッと小悪魔的な表情に瞬時に変わった。なんかこのオンオフの切り替えが早すぎる・・・・

 「言っておくけれど私、物事は何事も公平でなくては気が済まない性質なの。さっきああ言ったんだもの、巻き込まれたから仕方なく戦っていますっていう理由は通用しないわよ?」
 「そんなんじゃない!わたしが戦うのは、ただわたしの身近な人たちを守りたい。ただ、それだけ・・・・」

 わたしが言い終わると、サラはその目を細めていた。

 「・・・・・・たしかに、義務感だけで戦っているよりはマシだけれど、甘いわね。そんなのじゃいつか損するでしょうし、何より早死にしそうね」
 「そ、そんなのわかんないじゃない!」
 「それもそうね。でも私としては、貴方がどうなろうと知ったことじゃないわ。けれど安心してちょうだい。私がここへ来たのはパンを買いに来たのであって、戦いに来たのではないわ。こんな場所で戦うのも愚の骨頂だもの。それに今の会話はまわりに気取られないようにしてあるから気にしなくていいわ」

 言われて見れば、“秘密”が第一の魔術に関する話をこんな場所で堂々と話して大丈夫だったんだろうか、と思う場面も多々あったような気がするけれど、そのあたりはサラが配慮していたから問題がなかったみたいだ。これもサラが何らかの魔術を使っていたからだろうか?
 そうしてサラは、これで話は終わりよ、と言わんばかりにわたしに背を向けてしまった。それにしても何か忘れているような・・・・・・そうだ!サラに言わなきゃいけないことがあるんだった!それに気付いた途端、わたしの心臓がバクバクしだした。
 落ち着け!
 落ち着くんだ、わたし!
 ただ一言!
 ほんの一言、言うだけでいい!
 そのほんのちょっぴりの勇気をわたしに!
  とにかく呼吸を落ち着けて、三、二、一・・・・・・・よし!サラがまだいることを確認したわたしは、口を開いた。

 「・・・・・・・・ありがとう」

 わたしが精一杯振り絞った声に気付いたのか、サラはわたしのほうを振り向いた。

 「何よ。私、貴方にお礼を言われるようなことをした覚えはないのだけれど?」
 「ううん。そんなこと、ない。だって、初めてあなたに会って、それからあなたのセイバーとの戦いになったあとでライダーの騎馬軍団が襲ってきたでしょ?あのとき、あなたやセイバーの助けがなかったら、とてもじゃないけれど、あの騎馬軍団から逃げ切れなかったと思うの・・・・」
 「・・・・・・・・別に礼には及ばないわ。正直、貴方たちのことなんてどうでもよかったもの。私はただ、私たちの邪魔をしたライダーに一泡吹かせてやりたかっただけ」
 「ウソ。だって、本当にどうでもよかったら、あの場所に自分たちだけ残ってわたしたちを逃がすようなことするわけないじゃないし、わたしに聖杯戦争に参加している理由を話してくれるわけないもの。それに、その理由を話しているときのサラは、上手く言えないけれどなんだかすごい誇らしくて、とても素敵だったよ」

 わたしが全てを言い終わると、サラは一瞬目を丸くしたかと思うと、一気にその顔を茹で上がったように赤らめてしまった。

 「な、何よ。そ、それぐらいで私を煽てようだなんて、お門違いも、は・・・・甚だしいわよ、まったく・・・・・・けど、まあいいわ。貴方のその姿勢に免じて、一ついいことを教えてあげるわ」

 どういうわけか、サラの口調がしどろもどろになってしまい、彼女もときどき視線を逸らしていた。けれど、どうにかしてサラは元の調子に戻し、話を切り替えた。

 「貴方、確か全部のサーヴァントがあそこに出揃ったあの後でブラットフェレス・ザルツボーゲン、キャスターのマスターに会ったわよね?」

 ブラット・・・・・・たしか、あの黒コートを着た男の人だったよね。そういえば、サラも一応あの場所にいたんだったっけ?

 「その人のことだったら、大体は神奈さんから聞いているけれど・・・・聖杯を作り上げたこととか」
 「そう。それだったら、あの男がネクロマンサーだっていうことは知っているかしら?」
 「ネクロマンサー・・・・・・!?」

 それは初めて知ったことだったので、わたしは驚きを隠すことができなかった。

 「あら?その様子じゃ、初耳ってところかしら?」
 「う、うん。ネクロマンサーって、骸骨とか死体を操る、あの・・・・?」
 「そんなの、ニホン人の誇張表現じゃないの。実際は霊を喚び出すことで未来予知とか過去の事象を知ることとかを可能にした魔術のことよ。まあ、貴方の言った骸骨だとか死体だとかの無機物に霊を憑依させればできないこともないけれど、ザルツボーゲンの場合は霊を生物、特に人間に憑依させることでその真価を発揮させると聞いたわ」

 要するに、イタコみたいなものなんだ・・・・それにしても、わたしの持つネクロマンサーのイメージと違ったので少し意外だった。それでも少し不気味なことに変わりはないのだけれど。

 「そういう霊を憑依させる力というのは基本的に女性のほうが強いと言われているわ。動物霊を憑依させるのとは違って、人霊を憑依させることは非常に肉体に負担がかかるらしいの。詳しくはわからないけれど、ザルツボーゲンの家に生まれた女子は霊を憑依させるためだけの媒介として生かされているという話も聞くわ」
 「生かされているって、一体・・・・・・!?」
 「あくまで憶測の域を出ないし、実際のところ本当かどうなのかわからないわ。ただ・・・・・・」
 「ただ?」
 「今回の聖杯戦争に参加しているブラットフェレスだけれども、男にもかかわらず、霊を憑依させる力に優れているらしいわ。実際そういう力を持った男は女に比べてごく少数だけれど、その分魔力量は桁違いなのは確かよ。そんな無尽蔵に等しい魔力を持ちながら、ブラットフェレスが選んだサーヴァントはどういうわけかキャスターだった」
 「それって、どういうことなの?」
 「確かにキャスターのサーヴァントは私たち現代に生きる魔術師から到底及ばないほどの魔術の知識と力を有している。けれど、聖杯戦争に喚び出されるサーヴァントの多くは魔術に対する耐性を持っているもの。だから、キャスターのサーヴァントは基本的に最弱のサーヴァントと見られるのよ」

 なんというか、これも少し意外だった・・・・でも、冷静に考えてみれば、そういうことがあるからキャスターがバーサーカーと組んでいるのも頷ける話だ。

 「そういうことだから、いつも陰に隠れているキャスターを探すのも悪くないけれど、バーサーカーから倒してキャスターを丸裸にするのも手だわ。確か、バーサーカーは幌峰総合病院とかいう場所を根城にしていたはずだわ」

 現在までで一番衝撃を受けた事実が明らかにされた。サラが口にしたバーサーカーの根城が、わたしがこれから行こうとしていて、伏瀬くんが入院し知保志さんが通っている病院だなんて・・・・・・!

 「どうかしたのかしら・・・・?」
 「そこ、わたしの知り合いがいるんだけれど・・・・!」
 「少し落ち着きなさい。そしてよく考えなさい。一度でも病院で行方不明者が出たことがあったかしら?」
 「え・・・・・・?そういえば、そういう話は聞かないけれど・・・・?」
 「そうよね?魂喰いを行っているバーサーカーが圧倒的に人数の多い病院を縄張りにしているにもかかわらず、そこを襲撃しないで他の場所ばかり襲っていた。つまり、何らかの意図があって病院を襲っていないことになるわ」
 「でも、何らかの意図って・・・・?」
 「さあ?そこは自分で考えなさい。仮に病院にいないにしても、バーサーカーの魔力の痕跡を辿ればどこで何をしているかぐらいはわかるんじゃないかしら?貴方のアーチャーだって、そういう索敵が得意なんでしょう?だったら、バーサーカーを見つけることなんて容易いことなんじゃないかしら?」
 「サラ・・・・・・」

 教えてくれたいいことが“二つ”になっているのは気のせいにしておこう。

 「これだけははっきり言っておくわ。私が貴方に有益な情報を教えたのも、貴方があまりにも知らなさすぎるからよ。私、何事も公平じゃないと気が済まないもの。だから、貴方に教えたのよ。いいかしら?」
 「でも、最初わたしの姿勢に免じてって言わなかった?」
 「揚げ足を取らないでちょうだい!とにかく!話はこれで終わりよ!」
 「そう・・・・・・色々教えてくれて、ありがとう」

 わたしが再度礼を言うと、サラはまた目を丸くしながらも、さっきみたいに顔を赤くせず、その表情を引き締めた。

 「貴方・・・・私に礼を言うのも禁止にするわよ」
 「え?どうして・・・・・・?」
 「それは、貴方と私が敵同士だからよ。次に会うときは覚悟しておきなさい、完膚なきまでに叩き潰してあげるわ」

 サラははっきりとそう言った。そしてわたしはいたたまれなくなって、伏瀬くんの見舞い品に買うパンを手にとって、レジのほうへと向かった。
 その前に、サラが声を掛けた。

 「最後にこれだけは言っておくわ。私のことはどう思おうが貴方の勝手だけれど、最低でもブラットフェレスだけは信用しないほうがいいわよ。でも実際、私は直に会ったことはないし、直感で物を言うのは好きじゃないけれど、一応頭の中に入れておいて。それとここからは私の独り言だから聞き流してちょうだい。貴方の戦う理由、確かに甘すぎるけれど、私はそういうの、嫌いじゃないわよ」

 わたしはサラの“独り言”に多少の戸惑いはあったけれど、彼女に頭を下げ、それからパンを買って店の外に出た。

 わたしは店を出て、色々と考えていた。
 わたしが初めてサラに会ったときは、自分よりも年下なのにもかかわらず怖い印象があった。でもそれはあくまで彼女の一面でしかなかった。今日、パン屋にいた彼女は誰よりも気高くて、誰よりも、というよりわたしの知る限りでは引沼さんよりもはっきりとものを言って、誰よりも年相応の女の子らしかった。サラは、聖杯戦争が始まってからのわたしが思い描いていた魔術師のイメージとは大分かけ離れていたように思える。
 なぜなら、彼女はわたしに色々と助言や忠告をしてくれた。多分、先輩以外での聖杯戦争の参加者の中では彼女が一番好感を持てると思う。
 そして、サラが忠告したブラットのこと。
 実際に彼に会ったことのあるわたしは、おそらくは一回も彼の姿を見たことのないサラのいうことをひどく痛感していた。ブラットは態度だけ見ればすごく良識的な大人という印象がするのだけれど、わたしはあの人がなんだかすごく怖かった。どうしてそう思うのか、うまく口にできない。けれど、何もかもを見透かすようなあの目を思い出すだけでゾッとする。
 ひとまず、彼のことを頭から振り払ったわたしは一路、伏瀬くんのいる病院へと向かっていく。
 ところで、霊体化していたのか、セイバーはあの日の夜に会ったときのままの鎧の姿でサラのそばにいた。
 ただ、そのときのセイバーはあの日のような威厳に満ちた様子は完全に消え失せ、どういうわけかしょんぼりとしていた。時折、彼が店に並べられているパンを子犬のような弱々しい目で見ていると、サラが(下手すれば)アサシンも裸足で逃げ出しそうなほどの鋭い目でギロリと睨みつけていたのを今でも鮮明に覚えている。わたしが店を出たとき、最後に見たセイバーの背中には溢れんばかりの哀愁が漂っていた。
 一体、あの主従に何があったんだろうか・・・・・・?少し気になるけれど、ここは“知らぬが仏”ということで。



 鉄平はようやっと楼山神宮へと到着し、そのまま自分たちが生活する住居へと進んでいく。
 だが彼は一つ、気がかりなことがあった。さきほどのあの憎たらしい犬を連れた少女と老婆が自分と同じ方向に進んでいるのだ。最初は神社の参拝客かと思ったが、どうも違うらしい。
 おそらく自分の後見人とも言えるこの神宮の神主、楼山空也に用事があるのだろうが、念のため彼女たちに向き直って聞いてみた。

 「あの・・・・こちらは関係者の住居があるんですが、何か御用ですか?」
 「ええ。一応こちらへ伺う旨を空也さんに伝えておいたんですけれど、何か聞いていないかしら?」

 やはり空也の知人であるようだ。
 ここで鉄平は今朝学校へ行く直前に、空也が誰かと電話で話していたのを思い出した。ただ、あのときは沙織との件もあった上に今にも出かけようとしていたので、今の時点まで知りようもなかったのだが。

 「それでおっさ・・・・・・叔父に何か用でも?」
 「あら。あなた、空也さんの親戚の方だったんですの。それなら多分知っていると思うけれど、私の孫娘がここで世話になっていまして・・・・」
 「ひょっとして、沙織さんのご家族で・・・・?」
 「あらあら。あなた、うちの沙織の同級生かしら?」
 「いえ。彼女は俺の後輩ですけれど・・・・」
 「そうなの。沙織がいつもお世話になっています」
 「あ、いえ。こちらこそ」

 祖母と何者かわからないいい男が会話しているのをこのかは傍から見ていた。
 何故姉が帰ってこないのか?このかはこのかなりに考えた。

《このかの脳内映像》

※ここからは会話だけでお楽しみください

 「あ・・・・いや、そんな・・・・やめて、ください・・・・・・」
 「ハハハ。まだこっちは手を出していないっていうのに、かわいいな」
 「そんなこと、言ったって・・・・・・ダメ・・・・・・」
 「いや。まだまだこれからだっていうのに、それはないだろう?」
 「でも、でも・・・・・・あぅ・・・・・・・・ん・・・・・・・!!」
 「ん・・・・・・こんなんじゃ、全然足りないな・・・・もっといくよ」
 「や・・・・!ぅあ・・・・・あん・・・・・・・・!」
 「はぁ、はぁ・・・・・・どう?意外と気持ちいい?」
 「もう、ダメ・・・・ムリ・・・・・・」
 「まんざらでもないくせに、それはないよ。これからもっと、気持ちよくなるのに」
 「え・・・・・・・・?」
 「いやだなんて、言わせないよ」
 「あっ・・・・・・・・・・・・!」

《ブラックアウト》

 今、洋画並みのディープなキスシーンがこのかの頭の中で勝手に繰り広げられていた。ただし、小六女子の頭ではここまでが限界だったようだ。
 ブツンと映像が切れた瞬間、このかの顔は真っ赤になっていた。そんなこのかをシローは冷めた目で眺めていた。
 そして、このかがある程度平静を取り戻すと、今度は体をワナワナと震わせた。

 「ウワーン!ねえちゃんに何するだあ!」

 そういうや否や、このかは鉄平に向かって駆け出し、そして射程距離に入るとそのまま彼目掛けて飛び掛っていった。

 「な、なんだ!?」

 あらあら、と微笑ましく眺める絹。
 半目で呆れたような目線を送るシロー。
 そして基本的に無心を心がけているアサシンであった・・・・



~タイガー道場~

※お知らせ※
ただいま、ししょーと弟子一号は藤村大河、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとして、映画“Fate/stay night Unlimited Blade Works”に出演中のため、お休みです。
ですので、今回はこのお二方でお送りいたします。

佐藤一郎「皆様、この小説をご覧いただき、まことにありがとうございます。藤村様とイリヤスフィール様を待ち望んでいた方には大変申し訳ありませんが、司会進行は不肖、このわたくし佐藤一郎でお送りさせていただきます。ところで、助手の方の姿がまだ見受けられませんが・・・・おや?ようやく到着したようです。ではわたくしが紹介させていただきます。こちら、同じく司会進行をしていただくシロー様です。どうぞよろしくお願いいたします」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「おや?どうかされましたか、シロー様?」

シロー「・・・・・・一つ、聞いてもいいかね?」

佐藤一郎「はい。なんなりと」

シロー「何故、私はここにいる?」

佐藤一郎「ええ。それは藤村様とイリヤスフィール様の代役で・・・・」

シロー「そういうことを聞きたいのではない。何故、よりにもよって私が選ばれたのか、ということだ」

佐藤一郎「ええ。実は当初、このあとがきでは通常の形式かいつも通りのタイガー道場の形式、そしてこの小説の登場人物たちによるタイガー道場形式のショートコーナーの形式の3パターンが用意されていました」

シロー「ほう?」

佐藤一郎「そうして矢面に立ったのがわたくしやつくしさん、沙織様の妹様、ご学友の門丸様、そして貴方様、という次第にございます」

シロー「そうか。で?他にも候補者がいたにもかかわらず、何故私が選ばれた?」

佐藤一郎「それは、作者様のセンスです」

シロー「・・・・・・・・もう一つ、いいかね?」

佐藤一郎「ええ。お構いなく」

シロー「何故、私はさも当たり前のように人語を話している?」

佐藤一郎「それは、ここがそういう空間だからですよ」

シロー「・・・・・・頭が痛くなってきたので、ここで帰ってもいいかね?」

佐藤一郎「それは困ります。何しろ、まだあとがきらしいことすら始まっていないのですから」

シロー「それが始まる前にWordおよそ1ページ半ほど消費しているのもどうかと思うがね?」

佐藤一郎「・・・・・・仕方ありませんね。ではいい加減、始めましょうか。ですので、どうか、お願いいたします」

シロー「やれやれ・・・・・・こんな調子だから作者の更新スピードも修正されないというものだ」

佐藤一郎「まあ、それは作者様の不徳の致すところですが、それとは別に、この話のある展開のことで色々と頭を悩ませていたようです」

シロー「ほう?それは結構なことではないか」

佐藤一郎「はい。最初の構想ではこの展開はありの方向でしたが、後になって考えて
やっぱりなしとも考えました。しかしそれから一転してありの方向に修正、そして前回の執筆が終わってまたなしの方向に傾きかけて・・・・」

シロー「そうして右往左往していた、と。随分と無様なこと、この上ないな」

佐藤一郎「申し訳ございません」

シロー「それで?結局作者が思い描いていた展開というのはどうなった?」

佐藤一郎「はい。ありの方向で落ち着きました」

シロー「ふっ・・・・・・自ら泥沼へと足を突っ込んで行ったか・・・・」

佐藤一郎「まあ、作者様もそこは腹を括ったようですね」

シロー「そうか・・・・・・では、私から作者に一言くれてやろう」

佐藤一郎「はい。どうぞ」

シロー「妄想を抱いて溺死しろ」

佐藤一郎「これは手厳しいですね。まあ、作者様が書きたいことと読者様が読みたいものとが必ずしも一致するとは限りませんからな。ですが、作者様は物書きとしては、はっきり言いまして素人です。個人で執筆している以上、がむしゃらにやるしかないでしょう」

シロー「それが通用するのも、最初のうちだけだろうさ」

佐藤一郎「一登場人物のわたくしといたしましては、作者様の力量が上がっていてほしいものです。そして、その展開に至ったときにはそうなって欲しいものと願っている所存です」

シロー「その姿勢がいつまで続くことやら・・・・いずれ腐れてしまうかもしれないというのに」

佐藤一郎「作者様としましては、できればこの話は最後まで続けたいものと思っているようです」

シロー「・・・・・・それで実生活にも影響を及ぼすようならば元も子もないがな」

佐藤一郎「それはわたくしどもがどうこうすることではなく、作者様ご自身の問題。作者様で解決していただくしかありません」

シロー「フム・・・・・・話としては、ここいらで区切りがいいところだろうな」

佐藤一郎「ええ。実は作者様が頭を悩ませていたことがもう一つございます」

シロー「なんだ?それは?」

佐藤一郎「はい。実は、ここでの人物紹介ですが・・・・」

シロー「ウム?真名が明らかになっているのは今のところランサーだけだろう?」

佐藤一郎「ええ。実は当初ランサーさまでいくつもりでしたが、急遽セイバー様のマスターであらせられますサラ様の紹介も考えていたようです」

シロー「それで?どちらでいくつもりだ?」

佐藤一郎「そうですね・・・・おや?たった今、ランサーさまに決まったようです」

シロー「今決まったのか!?一体、今の前振りはなんだったのだ・・・・?」

佐藤一郎「そこは気にしてはいけないことかと思います。では、早速最速のサーヴァントにして不死身の勇者、ランサー様のご紹介です」


クラス名:ランサー
真名:アキレウス
属性:秩序・中庸
マスター:シモン・オルストー
身長:187㎝
体重:73kg
イメージカラー:金(赤)
特技:武術全般、競争
好きなもの:馬鹿騒ぎ、海、一騎打ち
苦手なもの:我慢、亀

ステータス
筋力:B
耐久:C
敏捷:A+
魔力:D
幸運:E
宝具:A+

スキル
対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

直感:B 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。
勇猛:A 威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する能力。また格闘ダメージを向上させる。
神性:B


佐藤一郎「こちらも世界的に有名な英雄の部類に入るかと思われます。何しろトロイ戦争で一躍名を馳せ、その勇名は“イリアス”で語られるほど。そして皮肉にも、彼の弱点までもが有名になってしまわれたのです」

シロー「こちらも不死身の肉体の持ち主だが、その形態は本編におけるヘラクレスとは随分と違うな」

佐藤一郎「ええ。ランサー様の不死の肉体も宝具化されていらっしゃいますが、こちらはまたの機会に。ああ、そうそう。宝具といえば、この方の宝具なども含めて、色々と決めるのに随分と四苦八苦されたようです」

シロー「ああ。そういえばランサーのサーヴァントも随分と決めあぐねていた、という話だったな」

佐藤一郎「ええ。槍使いの英雄でしっくりと来る方がなかなかいらっしゃらなかったようで、それでようやくアキレウスで落ち着いたのはいいのですが・・・・」

シロー「それで宝具か」

佐藤一郎「ええ。ですが、ランサー様の宝具がなんなのか。それは後ほどのお楽しみとしていただけたら幸いです。さて、問題はまだございました」

シロー「む?まだあるのかね?」

佐藤一郎「はい。今度はマスターを誰にするか、でした」

シロー「うん?マスターはシモンとかいう男ではなかったのかね?」

佐藤一郎「こちらも難航した部類の一つです。マスターは全員決まっていたのですが、全員最初からこの設定ではありませんでした」

シロー「まあ、なんとなく想像は付くがな。大方、“Fate”という作品に感化されて“こういうやつが出てきたらな”とか妄想していたのだろう?」

佐藤一郎「ええ。そのようです。さて、問題のマスターですが、実は・・・・・・最初はつくしさんがマスターになる予定でした」

シロー「は?つくしというのは、君のところのメイドだろう?つまりはライダー陣営のはずの人物が、何故マスターに?」

佐藤一郎「それが当初つくしさんはメイドという設定ではなく、むしろ退魔に似た組織の刺客という設定でしたが、こちらも詳しくはまた後ほど」

シロー「そればかりだな」

佐藤一郎「仕方ありません。ちなみにマスターで(現時点で判明しているだけの範囲で)最初から決まっていたのはブラットフェレス様、使用魔術以外でしたらサラ様とお嬢様のお二方、それ以外はわたくしや沙織様のご家族でしたな」

シロー「ふむ。これを多いと見るべきか、少ないと見るべきかは各人の視点による、か」

佐藤一郎「まあ、そうですな。それとこれは完全に余談になるのですが、アキレウスと言えばライバルに当たるのが凄まじいまでの槍の投擲を誇るヘクトルですが、作者様の頭の中では聖剣デュランダルの伝承のせいでセイバーのクラスに割り当たってしまったそうです」

シロー「・・・・・・それはなんというか、そういう妄想は作者の勝手だろうから何も言うまい。ところで、そろそろここで区切りをつけたほうがいいのではないかね?」

佐藤一郎「そうですね。妙に長くなってしまったことですし、ここで失礼いたしましょう。それでは皆様、またお会いいたしましょう」

シロー「・・・・・・また?」



[9729] 第十三話「緩やかな時間(とき)の中での約束」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/02 04:41
 この幌峰総合病院に来るまで色々とあったけれど、ようやっと目的地であるこの場所に到着した。
 そして今、伏瀬くんのいる病室は目の前にある。
 不思議なことに、今日は知保志さんに会わなかった。この時間ならリハビリは終わっているはずなんだけれど、もう帰ったのかな?わたしはドアを空けて部屋の中に入ろうとした。

 「へえ~・・・・真悟君も大変だったね」
 「大変なんてもんじゃねえさ。それこそ文字通り目が回りそうになったんだぜ」
 「そうなんだ・・・・昨日は賑やかだったんだね」
 「あのなあ~・・・・賑やかなんてもんじゃねえぞ!お前はあの時店にいなかったからわかんねえだろうがな、ありゃ、戦場どころかヘタすりゃ地獄だったぜ・・・・・・・・」

 ドアを開くと、白い印象の少年のそばにはお茶らけた印象のクラスメートがいた。
 そこには、車椅子の見知った少女がいた。
 どうりで病院入っても見かけないと思ったら、ここにいたんだ。よく考えたら、誰とでも打ち解けられる性格をしているから、そこの二人ともすぐに仲良くなったもんね。そのおかげで時間さえあればここに来るようになったんだから。

 「あ。野々原さん。やっぱり君だったんだ」

 わたしが入ったのに気付いたのか、伏瀬くんがニコニコした顔でこちらを見てきた。

 「あ、うん。邪魔だった?」
 「そんなことないよ。そうだよね、勇夫くん?」
 「うん。君だったらいつでも大歓迎だよ。と言っても、僕に何ができるってわけじゃないんだけれど」

 車椅子に乗った知保志さんの言葉に伏瀬くんが困ったような顔をして同調する。

 「おっ!野々原、お前それ、もしかしてあのパン屋で買ったやつか?」
 「う、うん。そうだけど」

 わたしが手にしている袋に誰よりも先に食いついてきたのは門丸くんだった。どうやら昼間の疲労は大分回復していたみたいだ。
 わたしは伏瀬くんたちのそばにいき、手ごろな台の上に袋を乗せて、そこからパン屋で買ったタマゴサンドを取り出した。

 「おおっ!今日はタマゴサンドか。これ、地味にうまいんだよな~。それじゃ、いただき・・・・」
 「ダメでしょ。これは勇夫君のお見舞いなんだから、先に食べちゃ」

 門丸くんがタマゴサンドに手を伸ばそうとした瞬間、知保志さんがそれをピシャリと咎める。門丸くんが少ししょんぼりしているところ、伏瀬くんは穏やかな顔と声で言った。

 「いいよ。僕を気にしないで、食べて」
 「いいのか!?さっすが伏瀬!話がわかるな~。そんじゃ改めて、いっただっきま~す!」

 今度は遠慮なく門丸くんはタマゴサンドに手をかけ、それを口に運んでガブリと一口食べた。

 「よかったら知保志さんも食べてよ」
 「え?でもなんか勇夫君に悪い気がするけど・・・・あ。だったら沙織ちゃんが食べたら?」
 「あ。いいよ、わたしは。気にしないで」
 「そう・・・・?」

 そう言って知保志さんは半ば渋々ながらもタマゴサンドを食べることにしたようだ。別にわたしが食べるために買ってきたわけじゃないし。それにしても三切れ買ってきてよかった。
二人が食べているので、病室は少し静かになった。でも珍しいことに、伏瀬くんからわたしに話しかけてきた。

 「野々原さん・・・・なんだか、顔がすっきりしているね」
 「そ、そう?」
 「うん、そうだよ。昨日会ったときよりも、ずっとすっきりした顔になっているよ」
 「そ、そうなんだ・・・・」

 たしかに、昨日は聖杯戦争のことで色々と悩んでいて、迷っていた。でも、今は悩むことなんてないし、迷いもしない。わたしは、わたしの身近な人たちを守るって決めたから。
 でも、そのことを伏瀬くんたちに言えないのが正直申し訳ない気がする。

 「沙織ちゃん、やっぱり何か悩んでいることあったんだ。どうりで何か思い悩んでいる感じがするなって思ったんだ」

 やっぱり、と言うべきか、知保志さんもわたしの昨日の様子になにか思うところがあったようだ。一度疎遠になったとはいえ、そこはやはり小学校からの知り合い。そのあたりの見る目は侮れない。

 「沙織ちゃん。私に遠慮するのは構わないんだけど、困っていることがあったらちゃんと誰かに言わないと」
 「ご、ごめん・・・・・・でも、もう大丈夫だから」
 「本当に?」
 「うん。本当」
 「何?野々原、お前ひょっとして竹中たちのこと気にしてたのか?」

 今度は門丸くんが知保志さんに続いた。どうやら門丸くんはわたしが何に悩んでいるのか勘違いしていたようだ。

 「気にすんなって。だいたい、あれお前のせいじゃねえんだし、それにあいつらがいなくなってせいせいしている連中のほうが多いって」
 「ちょっと、信吾君!いくらなんでもそれはないでしょ!」
 「そんなの、クラスのヤツらが言ったのであって、オレが言ったわけじゃねえよ!むしろ薄情なのはあいつらのほうだぞ!なんせ、竹中たちがいなくなった日のあいつらときたら、陰でひそひそ言いたいこと言いまくりやがって・・・・・・とにかく!オレが言いたいのは、とりあえず気にすんなってことだよ」

 知保志さんに咎められ、門丸くんは最初のうちはまくしたてたものの、次第にバツが悪くなっていったみたいだ。でも、門丸くんは門丸くんなりに心配してくれていたんだと思う。

 「さて、と。少し長居しすぎちまったかな、っと」

 そう言うと、門丸くんは椅子から立ち上がった。ただ、その動作が少し鈍い感じがしたから、やはり昨日の焼肉屋の一件の疲れがまだ残っているみたいだ。具体的にそこで何が起きたのか、わたしにはよくわからないけれど。

 「そう?僕は別に構わないんだけど」
 「う~ん。門丸君は別にいいとして、私はそろそろ行かないと、お母さんを待たせちゃうし」
 「お~い。オレは“別にいい”って、どういうことよ~?」

 そう言いつつも、門丸くんは知保志さんの車椅子を押すべく、彼女の後ろへ回った。そういえば、よく考えたら二人ともわたしより先にこの病室へいたんだっけ?

 「それじゃあ、時間あったらまた来るね」
 「んじゃ二人とも、ごゆっくり~」
 「うん。それじゃあね」

 門丸くんが片手をひらひら振りながら、知保志さんの車椅子を押して病室から出て行くのを、わたしと伏瀬くんは見送った。
 二人が去った後の病室は、先ほどの賑やかさがウソみたいに静かになった。まあ、わたしと伏瀬くんだけだったら大体こんな感じなんだけれど。

 「なんていうか、ごめんね。わたしじゃあまり話す話題が少ないから、居心地悪いよね?」
 「ううん。そんなことないよ。野々原さんがいてくれるだけでも僕は助かるよ。むしろ誰もいなくなる夜のほうが落ち着かないよ」

 たしかに、ここの病室ってどういうわけか伏瀬くん一人だけしかいないから、一人きりだと結構寂しいかも。というか、夜の病院って何か怖い気が・・・・

 「でも、丁度いいや。野々原さん。僕、野々原さんに話したいことがあるんだ」
 「わたしに?」

 なんだろう?伏瀬くんから話を振ってくるなんて珍しいこともあるんだ。

 「実は僕、大分前に新しい友達ができたんだ」
 「友達?」
 「うん。もちろん、知保志さんのことじゃないよ。僕と同じ境遇の、本当は寂しがり屋で臆病で、だけどとても優しい心を持った友達なんだ」

 なんて言うか、初耳だ。門丸くんからもそんな話、聞いたことないし。“同じ境遇”って、ひょっとしてこの病院に入院している人か通院している人かな?

 「・・・・いい人なんだね」
 「うん。でも・・・・」
 「どうしたの?何か困ったことでもあるの?」

 わたしがそれを聞くと、伏瀬くんは辛そうにうつむいてしまった。わたしは前言撤回しようとする前に、伏瀬くんが話し始めた。

 「うん。その友達は今、僕のために色々無理をしてくれているんだ。本当は、その友達にとってやりたくないことのはずなのに、無理してやっている。それに似たようなことを昔やっていたせいで苦しんでいたはずなのに、僕のために・・・・」
 「・・・・何か、事情があるんだね?」
 「うん。だから、野々原さん・・・・」

 伏瀬くんは、わたしに向き直って言った。

 「僕の友達に会ったら、今やっていることを止めてほしいんだ。もう、これ以上僕のために苦しまなくて済むように・・・・」
 「伏瀬くん・・・・・・」

 本当に、その友達のことを自分以上に大切に思っているんだね・・・・そんな伏瀬くんの頼みを、わたしは断るわけにはいかなかった。

 「わかった。その友達のことは、わたしが何とかしてあげる。だから安心して、ね?」
 「ありがとう・・・・野々原さん・・・・・・・」

 そのときの伏瀬くんの顔は、本当に安心しきったような顔だった。それは、見ているとこっちまで安心してしまうような顔だった。
 その友達のことを伏瀬くんに聞くべきだったのかもしれないけれど、わたしはなぜかそうしなかった。たぶん、これはわたしなんかが土足で踏み込んでいいような話じゃないと思ったんだと思う。
 それにその友達のことは、伏瀬くんには悪いかもしれないけれど、後回しになりそうな気がしてきた。
 何しろ、この病院に近くには“困った”で済まないほどの性質の悪いものが潜んでいるからだ。



 「しかし、すまんのう。こんなときに沙織さんがおらんで」
 「いえ、そんなことはありませんよ。むしろ、うちの沙織がお世話になったようで」

 住居に上がった絹やこのか、シローを出迎えたのは空也といつの間にか先に戻っていたアサシンの二人であった。なお、作務衣を着たアサシンはここに住み込んで神社の仕事をしているということになっている。
 絹たちがここへ来たのも、自分たちの家族である沙織に会いに来たのだが、その沙織はまだ帰ってきていない。帰ってきたのは、鉄平だけだった。

 「それとこれ、うちで作ったものなんですけれど、沙織の大好物なんです。そちらのお口に合えばよろしいのだけれど・・・・」
 「いや、これはありがたい。これで晩のおかずを作る手間が省けたというものじゃ」
 「でも、これだけじゃ足りないんじゃないのかしら?」
 「ううむ・・・・別に心配いらんと思うが・・・・仕方ない。とりあえず他にも何か作っておくかのう」
 「それでしたら、手伝いましょうか?」
 「いやいや。そこまでしていただくのは申し訳ない。どうかゆっくりしていってくだされ」
 「いえいえ。沙織を待っている間、ヒマですから、どうかご遠慮なさらず」
 「しかし・・・・・・」

 そんなやり取りをしながら年寄り二人は廊下の向こうへ行ってしまい、その場にはこのかとシロー、鉄平とアサシンだけが残された。そして鉄平は、シローはもちろんのこと、このかからも距離を置いていた。そのこのかはというと、自分より背の高い鉄平を見上げる形で彼をねめつけていた。

 「・・・・・・本当にねえちゃんと何にもないんだよね?」
 「だから、さっきも言っただろ?本当に何にもないんだって」
 「・・・・・・本当?」
 「本当だって」

 あの後、このかが祖母に柔らかくたしなめられてから鉄平は、自分と沙織は学校の先輩、後輩という間柄であり、普段はそんなに親しい間柄ではないこと、この場所に泊まりこむようになった理由を聖杯戦争のことを省いて説明したが、このかは半ば納得していない様子だった。それで、先ほどからこの押し問答のようなやり取りが行われていた。
 はっきり言って、鉄平は子供という存在が苦手だ。だからと言って嫌いというわけではないが、“嫌い”と“苦手”は全く別次元の問題だ。自分の本心を包み隠さずあらわす子供に対して、色々と隠し事をする性分の鉄平のなんと相性の悪いことか。今、鉄平の目の前にいるこの子供に対しては全く別の問題も絡んでくるのだが。
 そういうことで、鉄平は正直辟易していた。

 「・・・・・・アサシン。後は、頼んだ・・・・」
 「む?」

 とうとう鉄平は自分のサーヴァントに丸投げしてしまった。鉄平は重い足取りで自分の部屋へ向かっていく。

 「コラー!逃げるなー!やっぱりねえちゃんになんかしたかー!!」

 聞こえない、聞こえない。鉄平はそう念じながらノロノロと進んでいく。ほとんど相手にされなかったこのかは近くにいたアサシンをきっと見据える。アサシンもアサシンで丸投げされたこともあって、少々困惑気味だった。

 (さて、どうしたことやら・・・・)

 さりとて、己が身はサーヴァント。それ以上でもそれ以下でもない。自らが成すべきことはたった一つ。主に与えられた使命を遂行することのみ。
 たとえ、それがどんな形のものであろうとも・・・・



 途中でアーチャーさんと合流したわたしは、楼山神宮へ帰る途中だった。どこで、どういうタイミングで言われたのかは忘れたけれど、アーチャーさんからこんなことを言われた。

 「サオリ。言うまでもないと思うが、しばらくあの病院に近づかないほうがいいと思うぜ」

 そのときのアーチャーさんの顔はいつになく真面目なものだった。バーサーカーのことがある以上、迂闊にあの病院には近づけないだろうし、それにバーサーカーを倒したとしても、あの大男の背後にいるキャスターが何をするかわかったものではない。
 だから、最悪でも聖杯戦争が終わるまではあの病院には立ち寄らないことに決めていた。もともと、今日病院へ見舞いに行ったのもこういうことになると思ったからだ。
 だから、伏瀬くんの頼みもそれら全てが終わってからになると思う。そういうことなので、わたしは心の中で伏瀬くんに謝った。あの心優しい彼に全てを打ち明けられないのが本当に申し訳ない。
 そしてアーチャーさんはそれを言ってからずっと、あの顔のままだった。それが話しかけづらい雰囲気を醸し出し、ここでも沈黙が空気を支配していた。まあ、それがなくてもわたしは話しかけることはほとんどないんだけれど。
 そんな重苦しい空気の中、わたしたちは神宮の敷地の中へと入り、それからしばらく歩いて住居の前へ・・・・

 「・・・・・・・・え?」

 そこで、わたしは信じられない光景を目の当たりにしていた。
 住居の前にこのかとシローの姿があった。これだけでも十分驚くべきことだ。それで、このかたちのそばにいる人物は誰か?
 先輩?
 違う。
 空也さん?
 違う。
 こんな消去法なんてしなくても目の前に広がっている光景を見れば一目瞭然なんだけれど、信じられない。
 信じることができなかった。
 結局、誰なのか?
 言うまでもなくアサシンだ。
 では、何がわたしをこの現実を受け入れ難いものにしているのか?少しずつ整理してみることにした。
 このかとシローは今、何をやっている?
 アサシンに迫ろうとしている。
 何でそんなことをしている?
 アサシンの足元にある物を足で捕ろうとしている。
 それで、アサシンは何をやっている?
 自分の足元にある物をこのかたちから遠ざけようとしている。
 それじゃあ、その足元にある物は?
 ボールだ。
 そのボールの色は?
 白と黒の二色。その上、ちょっぴり幾何学的な模様。
 名称は?
 サッカーボール。
 結局、何をやっているの?
 サッカー。
 隣にいるアーチャーさんの様子は?
 真顔が崩れかけている。

 「・・・・・・・・く、くふ、ふ・・・・こふ、ぷ・・・・・ぐ、く・・・・」

 ラストクエッション。どうしてアーチャーさんの息遣いがおかしい?
 答えは数秒後。

 「くは、は・・・・・・はははあはははははははははっははっはっははははっははあははは!!!!!!!!!!!!」

 アンサー。
 単に笑いを堪えていただけ。

 「ひ~っひっひっひ!ひーっ!何だ、アレ!アサシンの野郎がサッカーとかって!ありえないだろ!」

 たしかに、今は作務衣を着ているけれど、昔の忍者が現代の女の子と犬を相手にサッカーをしている光景って、かなりシュールだよね・・・・これが現代に蘇った、王様になった女の子ならまだ絵になるけれど、これじゃどこからどう見ても子供の相手している近所のおじさんにしか見えない・・・・ていうか、多分手加減しているんだろうけど、何気にうまいし。
 ん?王様になった女の子って、誰のこと・・・・?
 とりあえず、アーチャーさん。笑いすぎ。というか、ずっと笑うの我慢していたんだ、この光景がわかっていたから・・・・
 そんな素振りは一切見せなかったはずなのに、ボールを保持しているアサシンがアーチャーさん目掛けて思いっきりシュート。でもそこは腐ってもアーチャーさん。見事アサシンのシュートをキャッチした。
 しかし、気のせいだろうか。二人の間に交わされている目線が静かに火花を散らしているような気がするのは・・・・

 「あ!ねえちゃ・・・・・・ん・・・・?」

 アサシンがシュートを放った方向、つまりわたしたちのいるほうにこのかが顔を向けると、このかはその顔をぱっと輝かせた、と思いきや途端に胡散臭げな顔になってしまった。どうしたんだろう?今、このかの目線の先にいるのは・・・・アーチャーさん?
 あれ?このかってばどうしたの?なんだか、見る見るうちに顔が真っ赤になっていっているんだけど・・・・?しかも、シローは呆れたような感じでこのかを見つめてるの?なんて思っていたら、このかが急に体をワナワナと奮わせ始めたけど、何?
 どういうわけかアーチャーさんをまるで、仇でも見るような目で見ているし。

 「おまえかああぁぁああ!ねえちゃんに手を出したのはあああぁぁぁああああ!!!!」

 はい?いきなり何を言っているの、この子は?
 それと、何でアーチャーさんに向かって突進してきているの?あ。跳んだ。これが走り幅跳びだったら、結構いい記録行くだろうな・・・・・・って、このかの進行方向にアーチャーさんがいるんですけど!?
 でも別に心配する必要はなかった。いつの間にかサッカーボールを手放したアーチャーさんはうちの妹を見事にキャッチした。

 「う~!放せ~!放せってば~!!」
 「おい、ちびっ子。元気なのはいいが、その年でそういうこと想像するもんじゃないぜ。まあ、サオリのやつがベッドに包まっていて、その下さらしていないだけまだマシだが」

 は?ベッド?その下?何!?何の話なの!?
 ていうか、このか!一体、何想像していたの!?
 頭の中でわたし、どうなっていたの!?

 「うそ!?あたしの頭の中読まれた!?まさか、エスパー!?」
 「ん。まあ、似たようなもんだな」
 「・・・・・・はっ!まさか・・・・それでねえちゃんをたぶらかして!?」
 「安心しろ。オレとサオリは(まだ)そこまでいってないさ」
 「そこまで!?まさか、まさか・・・・・・ウソダ、ウソダソンナコトーッ!」
 「だから、何でそういう中途半端にませた発想するんだよ。痛っ!おい、本気で蹴るな、叩くな!」

 すると、このかはまた何かを想像したのか、アーチャーさんをポカポカと殴る蹴るをし始めた。
 でも、この光景は傍から見るとジタバタしているようにしか見えないのに、やられているアーチャーさんは本気で痛そうにしている。それにしても、うちの妹は一体、何を想像していることやら・・・・・・
 そんな中、シローがトコトコとわたしのほうへやってきた。そしてアサシンも同じく近寄り、声をかけた。

 「随分とはつらつとした娘だな」
 「え、ええ。なんだかいきなりうちの妹が迷惑をかけたようで、吸いません」
 「いや。あれは多少喧しすぎるほうやもしれぬが、健やかであることに越したことはない。慎ましさなどはこれから身につければよい」
 「はぁ・・・・・・」

 なんていうか、アサシンがこういうことを言うのって、すごく珍しい。アサシンってば物事に対して無関心というか、ドライというか・・・・とにかく、そんな印象があったから、さっきこのかとシローと一緒にサッカーをしていたことも含めて意外だった。

 「どうした?某の如き男がこのような戯れをしていること自体が滑稽か?」
 「い、いえ!そんなこと、ありません!ただ、意外に思っただけで・・・・!」
 「・・・・そうか。だが、あまりサーヴァントに対して深く踏み入らないほうがいい」
 「・・・・・・え?」

 わたしはその言葉の意味を聞こうとした。アサシンもその意味を答えようとした。どちらが先だったか、わからない。けど、一つだけ言えることがある。

 「このやろー!待て、コラー!!!」
 「ハッハッハッ。逃げるやつに“待て”って言ってもあんまり意味はないぜ?」
 「逃~が~す~か~!!!」

 それらはこのやり取りによって断ち切られてしまった、と。
 いつの間にか地面に降り立ったこのかはアーチャーさんと追いかけっこを始めていた。
 ていうかアーチャーさんは完全にこのかで遊んでいる。その証拠に、逃げ方もどこか挑発的だし・・・・

 「・・・・・・餓鬼か、あやつは」
 「・・・・・・どうも、すいません」
 「まあ、いい。そういえば、主の身内がもう一人、来ておったが」
 「え?おばあちゃんが?」

 そんなアーチャーさんに呆れつつ、アサシンは話題を変えた。
 たしかに考えてみれば、バーサーカーたちの魂喰いが原因の失踪事件のことがあるから、このか一人じゃ危険だろうから、きっとおばあちゃんもついてきたんだろうな。
 それに、このかにもおばあちゃんにもシローにもしばらく会えなかったわけだし。

 「それならば、早くあがったほうがよいのではないのか?いつまでもそこに立っているわけにもいかないだろう」
 「そ、そうですね。それじゃあ、アーチャーさんたちを呼んできます」

 とりあえず、まずはやや暴走しているこのかから止めなきゃ。そうしてわたしの後ろにシローがついてくる形でこのかに近寄った。

 「このか。もうそれぐらいにして、家の中に入ろうよ」
 「ねえちゃん!本当にあいつから何にもされてない?」
 「う、うん。特にひどいことはされていないよ」
 「本当?」
 「うん。本当だって」
 「本当に本当?キスされたりしてない?覗かれたりしてない?抱かれたりしてない?」
 「うん。そんなことされて、ない・・・・・・・・」

 本来、ちゃんと言い切るべき場面でわたしはそれができず、ついには顔を赤くしてしまった。というのも、最後の最後でわたしは思い出してしまったからだ。アーチャーさんにお姫様抱っこされたときのことを、それも二度・・・・
 わたしがそんな様子だから、案の定このかはアーチャーさんをねめつけた。

 「やっぱりねえちゃんに手を出したな~!!!こうなったら目に物を見せてやる!行け、シロー!!」

 しかし、シローはいうことを聞かなかった。それどころか、口を大きく開けてあくびをする始末・・・・

 「ウワ~ン!この薄情者~!!」
 「どうした?目に物を見せるんじゃなかったのか?」
 「アーチャーさん!それ以上うちの妹を煽らないでください!!」

 それから、妙にアーチャーさんに対して敵愾心を抱くこのかをなだめることができたのは数分後のことだった。それまでのやり取りを見ていられなかったのか、アサシンはやれやれといった感じで助け舟を出してくれた。
 本当にありがとうございました。


 アーチャーさん、このか、シロー、アサシン、そしてわたしの五人(四人と一匹?)は玄関に上がった。とりあえず、おばあちゃんに顔を合わせなくちゃ。

 「そういえば、おばあちゃんはどこに?」
 「さて、な。一応空也殿と夕飯の支度をしようとしておったから、台所のほうにいるのではないのか?」
 「そうですか。ありが・・・・」
 「ここからはもうワシ一人でも大丈夫じゃから、もう休んでいなされ」
 「そう。それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら」

 わたしが言い終わらないうちに、奥のほうから声が聞こえてきた。それから間もなく、声の主の一人が奥から出てきた。その姿を見て、わたしは思わず大きな声を出した。

 「おばあちゃん!」
 「あら、沙織」

 いきなりわたしがいた上に大声を出したせいか、おばあちゃんは多少驚いていた。気付けば、わたしは思わずおばあちゃんのそばまで駆け寄っていた。

 「沙織、久しぶりね。元気にしてた?」
 「うん!それとおばあちゃん、ごめんなさい。おばあちゃんたちになんの断りもなく、勝手に他所の家に泊り込んだりして・・・・」
 「いいのよ、沙織。私はそれほど気にしていないわよ」
 「おばあちゃんが気にしていなくても、あたしは気にするよ!!」

 おばあちゃんの言葉にこのかは頬を膨らませて抗議する。まあ、このかがさびしい気持ちもわかるけど。

 「いいじゃないの、このか。こうやって沙織に会えたんだから・・・・・・あら?」

 おばあちゃんは途中で言葉を切って、視線をある方向へと向けた。それはわたしの後ろだ。その視線の向かっている先にいるのは・・・・・・アーチャーさん?

 「あなたは・・・・・・?」
 「あっ!おばあちゃん、聞いて!きっとお姉ちゃんが帰らなくなったのは、こいつのせいだよ!」
 「あのな、ちびっ子。まだそれを言うか?」
 「そう、あなたが・・・・・・」
 「・・・・・・え?」

 どうしたの、おばあちゃん?なんだか神妙そうな顔をして?まさか、このかの言い分をそのまま、信じちゃったの?

 「気のせいだろう。主が帰ってくる前までは、鉄平がその容疑者になっていたのだから」

 いつも通り、心の中を読まれたわたし。
 ていうか、このか。先輩とかアーチャーさんにどんな印象持っているのよ・・・・

 「沙織。久しぶりなのに悪いけれど私、ちょっとこの方とお話をするわ。夕飯までまだ時間はあるでしょうし、それまでゆっくりしてちょうだい」
 「・・・・・・ぬ?」
 「・・・・・・え?」

 えええええええええええええええええ!?
 まさか、本当に、このかの言い分を信じちゃったの!?わたしと、先輩やアーチャーさんはそんなんじゃないんだって!アーチャーさんにはお姫様抱っこされたけど。それも二回。

 「ほら!正義は必ず勝つ!」

 なぜか誇らしげに胸を張るこのかを、シローは冷ややかな目で見上げていた。

 「まあ、なんでもいいけどな。とにかく、エスコートを受ければそれに答えるのが男ってもんだ。そういうわけだ、サオリ。しばらくこのばあさんと一緒にいるぜ」
 「は、はあ・・・・・・」

 そう言ってアーチャーさんはそのまま、おばあちゃんの後についていった。
 それよりもおばあちゃん、一応ここ他所の家なのに、なんでこうも勝手知ったる我が家みたくすいすいと歩いていけるんだか・・・・まあ、おばあちゃんの順応力が高いだけなのかもしれないけれど。
 とりあえず、このかはわたしといられるのが嬉しそうで何よりだけど、これからどう時間を潰そうか?



 絹とアーチャーの二人はとある一室へと入っていった。そこは客間のようだが、何も使われていないせいか、他の部屋に比べて質素である。

 「まあ、とりあえず楽にして下さいな」

 絹は手ごろな場所で正座し、アーチャーも絹に向かい合う形で胡坐をかいた。

 「それで?ばあさん、一体あんたはオレと何を話したいんだい?」
 「そうね・・・・・・それじゃあ、あなたから見て沙織のことをどう思っているのかしら?」

 絹がしばらく顎に手を当てて、それから話を切り出した。
 それでアーチャーは、この老婆の意図が、少なくとも自分のマスターである少女のやかましい妹のものとは違うことを察した。

 「そうだな・・・・・・端的に言えば、おとなしくて気立てのいい女、ってとこか?」
 「それで、他には何かないかしら?」
 「他に・・・・・・?ま、さっき言ったことは裏を返せば、お人好しすぎるってことにもなるな。はっきり言わせてもらうが、オレとサオリはあってからそんなに時間は経っていない。けど、それぐらいはわかる。あいつの場合、少し度が過ぎているような気がするんだが・・・・」

 アーチャーは自分が召喚されてから今日に至るまで、沙織の日常を自身の目で見て、耳で聞いてきた。
 彼が沙織に抱いた印象というのは、先ほど彼が口にしたとおりだ。人がいいのも悪いことではないし、控え目なのも本人の気質にもよることなのだ。ただ、大抵そういう人間は、自分の本心を口に出さず、どんな嫌な頼みごとでもそれを引き受けてしまう。主体性に乏しいこともある。沙織はその典型的なパターンだ。
 沙織が聖杯戦争を戦い抜く決意をしてからまだそんなに時間が経っていないので、学校生活においても若干それらの傾向がある。
 もっとも、沙織は人間関係に恵まれているほうなので、場合によっては引沼や門丸といった彼女と親しい仲の者が助け舟を出すこともあるのだが。

 「・・・・・・確かに、あなたの言う通りね」

 すると、絹は何か遠くを眺めるかのように視線を宙へとやった。その様子は昔を懐かしんでいるようにも見られる。

 「あの子は、この街に住み着く前からおとなしくて、素直で、優しい子だったわ。あ。もちろん今でもそうよ」
 「ああ。それはわかっている」
 「でもね、ここに来てからあの子、それがいやに目立つようになっちゃったのよ。なんて言ったらいいのかしら・・・・自分のことよりも他人のことを優先させているって言ったほうがいいのかしらね?もちろん、それが悪いことだとは思わないわ。でも、あの子がなんだか無理しているように見えるのよ・・・・」

 絹の言っていることはアーチャーにも大体は理解できた。
 沙織は他に比べて利他的な傾向にあるのだ。だからこそ、沙織はああいう性格なのだろう。それが災いしてか、沙織は嫌なことでも口に出さず、それを自分のうちに封じ込めて引き受けているのだ。
 やはり人間たる者、多少なりとも妥協するものだが、沙織の場合は必要以上にそうしているように思えてならない。その結果、そういったものの積み重なりによって、当人を自滅へと追いやってしまうことも珍しくはない。
 そして一瞬、目の前にいる老婆がアーチャーには何か哀しげに見えてしまった。

 「人間って、不便なものよね。その人の中にある想いだとか、考えだとか・・・・・・願いも口にしなきゃわからないもの。沙織は人と競ったり、比べたりするのが好きじゃない子だから、今でも無理しているんじゃないかって思うの。今も、昔も、一緒に暮らしているっていうのにこんなことにも気付けないなんて・・・・保護者失格ね」
 「ばあさん・・・・・・」
 「あら、やだ。ごめんなさい。お話しましょうって言い出したのに、これじゃ私ばかりが喋っているわね。気分を悪くされたかしら?」
 「いや、そんなことはないさ。それよりもばあさん・・・・・・」

 アーチャーは絹を見据えて言った。

 「あんた、オレにどうしてほしいんだい?」

 絹もその視線をアーチャーにしっかりと向けている。今のこの老婆はもう、悲しさを醸し出していない。そして絹は、両手をそっと床に置き、頭を下げた。

 「どうか、孫娘をお願いいたします」

 絹の顔は伏せられていて、窺うことができない。
 しかし、この老婆は自分の孫が何か、尋常ならざることに巻き込まれていることに気付いているのだろう。いや、むしろこの街で今起こっていることを見通しているのかもしれない。アーチャーは心拍数や僅かな呼吸など、五感を使って感じ取ることはできるが、考えを完璧に読み取ることまではできない。あくまで、それらから心理や思考を推理するにとどまっている。
 しかし、絹が何を知っていようと、何を思っていようと、アーチャーの答えは一つしかなかった。

 「安心しな、ばあさん。いつになるかはわからないが、サオリは必ずあんたらの元へ帰す。しばらくはあのちびっ子も寂しい思いをするだろうが、全てが終わるまで待ってくれ」

 アーチャーが言い終えると絹は顔を上げ、そして元の姿勢に戻した。その顔には、先ほどの憂いなどなく、元通りの穏やかな顔になっていた。

 「ええ、わかりました。このかには私から言って聞かせますので、それまではどうぞ、沙織のことをよろしく頼みます」
 「ああ、言われるまでもないさ」

 アーチャーが言うと、絹はハッとなったかのように立ち上がった。

 「あら、もう空也さんは食事の支度を終えたかしら?とりあえず空也さんに聞いてみましょう」

 そういうと、絹は戸の前まで足を進めると、その前で止まってしまった。

 「・・・・・・沙織といるのが、あなたのような人でよかったわ・・・・」

 そう呟くように絹が言うと、戸を開けて部屋の外へ出て行き、そして戸を閉めたのを、アーチャーは最後まで見やった。



 「やったー!!またあたしが一位だー!!!」

 このかはありったけの声で高らかに自分の勝利を口にするとともに、手にしていたハンドル型のコントローラーを天高く掲げ、そして勢いのままグッとガッツポーズを決める。そう、わたしたちは今テレビゲームで遊んでいた。

 「・・・・・・それで、何で俺まで巻き込むんだよ?」

 そして現在地は先輩の部屋。部屋の本棚にはマンガとか何かの雑誌とか置いていたり、他にもテレビやラジオなどが置いてあったりと、意外にも普通の高校生らしい部屋をしていた。これを見ると、わたしの部屋って物がなさすぎるような気がしてきた・・・・
 ちなみに今やっているゲームは有名キャラクターが集結したレーシングゲームで、参加しているのはわたし、先輩、このか、そしてなぜかアサシンまでもプレイしていた。

 「いいじゃん、別に。みんなでやったほうが楽しいじゃん」
 「それは、そうなんだろうけど・・・・」

 どういうわけか、先輩はこのか相手だとどうも喋り方がぎこちない。そして、若干わたしたちから遠ざかっているような気がする。原因は多分、わたしんとこの飼い犬だ。シローは完全に観戦モードに入っているけれども、なぜか先輩の近くに居座っている。先輩が遠ざかろうとすればするほど、シローはジリジリと先輩に近づいてくる。しかも絶妙な位置にいるからかなり性質が悪い。長らくシローと一緒にいるわたしだからこそ、わかることがある。
 それは、シローは確信犯であるということだ。それは、あの顔を見ればわかる。

 「それにしてもおっちゃんってば意外とやるね~。やり始めより上達してっているよ」

 そう。それはわたしもかなり意外だった。最初アサシンはゲームへの参加を渋っていたけれど、結局このかに押し切られる形で参加する羽目に。昔の人にゲームは無理かと思われた。しかし実際は、最初のうちはうまく動作できなかったのが、段々とコツを掴んできたのか、普通にプレイできてきた。多分、画面だけ見ればプレイヤーの正体が忍者だなんて誰も思わないだろう。
 それにしてもアサシンって、意外と順応力が高いような・・・・

 「よ~し!もう一回やるぞ~!!」

 すると、先輩の部屋に誰かがコンコンとノックをしてきた。

 「どうぞ」
 「お邪魔します」

 先輩に促されて入ってきたのは、なんとおばあちゃんだった。

 「もう夕飯の支度が済みましたよ」
 「あ、わかりました。わざわざ知らせに来てくださって、ありがとうございます」
 「いいえ。それとこのか、今日の夕食はここで食べましょう。空也さんもいいって言っていたわ」
 「ホント!」

 おばあちゃんの言葉にこのかは目をキラキラと輝かせる。

 「ねえちゃんと一緒にゴハン食べるの久々だな!それで!?今日ゴハン食べ終わったらねえちゃん一緒に帰るよね!?」
 「えー、と・・・・・・」

 このかの屈託のない笑顔を前にして、わたしはキッパリと“帰れない”とは言えなかった。しかし、このかはわたしが何を言いたいのかわかったのか、次第にその表情を曇らせてしまう。

 「・・・・・・どうして・・・・?」

 まだゲームがつきっぱなしであるためか、テレビから軽快な音楽が流れてくる。それとは裏腹に、このかの声は今にも泣き出しそうだった。

 「どうして家に帰ってこないの!?やっぱりあいつがねえちゃんに何かしたからなの!?それともあたしと一緒にいるのがイヤになったの!?あたし、ねえちゃんがいなくてもちゃんと宿題やってるよ!シローの散歩だって、家の手伝いだってちゃんとやってるよ!だから、だから・・・・・・家に帰ってきてよ、ねえちゃん・・・・・・・・・!!」

 このかの語気がだんだんと弱まっていくと、その顔を伏せ、肩を震わせてしまった。先輩やアサシンがゲームとテレビの電源を切ると、わたしたちに声をかけずに部屋から出て行ってしまった。このかのそばに近寄って見上げるシローも、いつもの嫌味な雰囲気もなかった。
 そんなこのかに、おばあちゃんは柔らかな声で言った。

 「このか。沙織はね、今はやらなくちゃいけないことがあるの。それが終わるまでは、どうしても家に帰ることができないのよ。今日まで沙織がいなくてもいい子にしていられたんだから、もうしばらくの間我慢できるわよね?」

 このかは何も言わなかった。けれど、肩の震えは止まっていた。わたしはこのかの前に立ち、このかの目線に合わせるようにしゃがみこんだ。

 「このか、みんなに何も言わないでここに泊まったことと家に帰らないこと、それに理由をきちんと話せないこと、本当に悪いと思っている。今はまだ帰れないけれど、全部済んだら必ず帰ってくるって、約束する。だから、そんな顔しないで」

 そうしてこのかは、徐々にその顔を上げていった。

 「・・・・・・本当に?」
 「うん」
 「もういなくなったり、しない」
 「もちろん。ちゃんと帰ってくるから、安心して」
 「・・・・・・わかった。じゃあ、ねえちゃんが帰ってくるまで、待ってるからね」

 このかのその言葉に安心したのか、おばあちゃんは先程よりも柔らかな笑顔で言った。

 「それじゃあ、話も済んだことだし、皆さんを待たせては悪いからもういきましょうか」
 「うん!あ~、なんか急におなかが減ってきたよ~」
 「ワン!」

 そして、そこにはいつも通りのこのかがいた。シローが一声鳴くと、わたしたちはその部屋から出て行った。
 それから、久々の家族との食事、それにアーチャーさんたちを加えたそれは和やかな空気に包まれていた。
 そして食事が終わり、一段落がつくと、おばあちゃんたちは家路についた。そのおばあちゃんたちをアサシンが送っていった。
 そして夜が更ける。
 聖杯戦争の時間だ。



~タイガー道場~

佐藤一郎「皆様。本作品をごらんいただき、真にありがとうございます。では、今回も藤村様とイリヤスフィール様に代わりまして、この佐藤一郎とシロー様でお送りいたします」

シロー「正直、このような茶番に付き合うのも馬鹿馬鹿しいが、彼女たちがまだ映画に出演している以上、この場にいるのも仕方ないだろう」

佐藤一郎「はい。それでは早速話に移りたいと思いますが、今回も前回に引き続き幕間的な話となっております」

シロー「何か色々とフラグが乱立しているような印象がするのだが?」

佐藤一郎「まあ、それもきちんと回収するつもりでいるようです。そして前回もそうですが、今回も登場人物の意外な一面が描かれていますが、如何だったでしょうか?」

シロー「ウム。確かに、こういう側面は幕間的な話ならでは、だな」

佐藤一郎「はい。今後もそういったことを色んな形で描けたらな、と思っているようです」

シロー「フム。どこまで実行できることやら。まあ、期待しないで待っておこう」

佐藤一郎「さて。ここからは前回僅差でランサー様に敗れ去れました、サラ・エクレール様の紹介に移りたいと思います。それでは、どうぞ」


氏名:サラ・エクレール
性別:女性・十代前半
サーヴァント:セイバー
身長:154㎝
体重:42kg
イメージカラー:薄紫
特技:ガーデニング、薬草の扱い、??
好きなもの:花、ハーブティー、美食
苦手なもの:都会、害虫


佐藤一郎「では、ここで軽く説明いたします。沙織様が二番目に遭遇したマスターで名門エクレール家の跡取り娘にございます。聖杯戦争参加の動機は基本的に戦いに勝ち残ることで、聖杯自体には何の興味も持っていない、とのことです」

シロー「説明の途中で申し訳ないが、特技の中に“??”とあるが、これは何かね?」

佐藤一郎「ああ。そちらはまだ本編では登場していない、あるいはここで記した場合何か差し障りのありそうなものはこうして“?”で表記することにしましたので、そこはご了承下さい」

シロー「そういえば、サラの使う魔術が第九話で草花に関する魔術とされていたが?」

佐藤一郎「はい。サラ様は当初からセイバーのマスターとして登場の決まっていた方でして、後は行使する魔術を決めるだけでした。それで色々と考えているうちに、“そういえば、花の魔術ってよくね?”みたいな考えに至ったようです」

シロー「それはいいのだが、彼女の苗字である“エクレール”に意味は?」

佐藤一郎「はっきり言いまして、言葉の響きだけで選んだようです」

シロー「・・・・・・その言葉の意味は、知っていたのか?」

佐藤一郎「知っていたらしいですよ」

シロー「・・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「そんな目をしないで下さいませ。とりあえず跡付け的に何かそれっぽいものを付け加えようかな、と試行錯誤していらっしゃるのですから」

シロー「下手な付け加えはちぐはぐなものになると知れ」

佐藤一郎「苦言、ありがとうございます。ちなみに花に関する魔術に決めたきっかけはとある心無い13人の11番目の方の属性から。エクレールという苗字に決めたのは某赤いレプリロイドが主人公のゲーム第4段に出てくるペガサス型の敵から。サラという名前はどこかの手強いSRPGに出てくる同名のキャラからとられました」

シロー「随分とゴテゴテな元ネタだな・・・・ところで、彼女の登場シーンがどこか本編におけるイリヤスフィールの初登場シーンを彷彿とさせるのだが?」

佐藤一郎「はい。確かに、そちらも参考にしていらっしゃるようです。事実、設定的にイリヤスフィール様と遠坂凛様を足して2で割ったようなキャラだとしていますので」

シロー「はたして、そのキャラ付けは上手くいっているのかね?」

佐藤一郎「それは、各人の判断に委ねます。感想掲示板に触発されたこともありますが、彼女の掲げる“Noblesse Oblige”も含めまして、是非とも伸ばしていきたいと思っているようです」

シロー「あんまりそこを気にしすぎるのもどうかと思うがね」

佐藤一郎「しかし、本筋を曲げるようなことはしないはずですので、よっぽどひどいことにならない限りそこは大丈夫でしょう。ちなみに、サラ様は凛様やルヴィアゼリッタ様に匹敵する魔力の持ち主、との設定です。そして、それを是非活かしたく思っているようです」

シロー「フム。大体、語るべきものは全て語ったようだな。伏せたほうがよさそうなのも含めて」

佐藤一郎「はい。そこは敢えて晒すことで作者様自身にお灸を吸える意味合いも込めております」

シロー「やりすぎて自虐に走らないようにな」

佐藤一郎「はい。さて、次回はいよいよ序盤の山場を迎えるわけですが、そこは本編におけるセイバールートのライダー様との決戦に当たる部分ですので、力を入れたいと思っているようです」

シロー「どうやら、この調子を保てるのならば、月に2回のペースで更新できそうだな」

佐藤一郎「そこは実生活との折り合いもちゃんとつけてのことです。さてさて、それでは皆様。ご機嫌よう」

シロー「ああ。それから最後に私から一つ、言っておきたいことがある。前回、ランサーの紹介でイメージカラーが抜けていたので、それをつい先日追加したところだ。報告が遅れたこと、すまなく思う。では、私からは以上だ」



[9729] 第十四話「火蓋は檻の中」 ※残虐描写あり
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/05 02:50
 闇は平等である。闇の届かぬ場所などないに等しく、闇は遍くを包み込み、闇は何もかもを暗きに染める。闇を恐怖の檻と見るか、それとも安寧の薄衣とするかは各人を取り巻く状況にもよるだろう。
一つ言えるのは、この幌峰総合病院とてその例外ではない、ということだ。白を基調としたこの建物も他と同様に闇に覆われ、その中には夜勤の医師や看護師たちがいるだろうが、この周辺は静寂を保っている。
 そして病院の屋上に、闇と同化している影があった。アサシンである。気配を絶った彼を見つけ出すことなど、高度なレーダーを備えていても容易ではないだろう。

 (ここには、バーサーカーの影も形もなし、か・・・・ここへ来れば、何か掴めると思ったのだが・・・・)

 夕食を終え、沙織の身内を家へ帰した後、アサシンや彼のマスターである鉄平は彼女から放課後にサラと会ったことを聞かされた。サラのバーサーカーに関する話を聞かされた彼らは当初、サラの言っていることを鵜呑みにしなかった。
 しかしよくよく思い返してみれば昨日、鉄平たちがバーサーカーに遭遇したのも病院にいる沙織を迎えに行く途中であったので、あながち信用に欠ける情報ではないと判断した。奇しくも、沙織が聖杯戦争に身を投じるきっかけとなったバーサーカーの襲撃のあった公園。そこは病院から歩いて数十分程度の距離に位置していたのだ。
 また沙織の願いで、魂喰いを繰り返すバーサーカーやキャスターから倒すこととなった。沙織としては、これ以上の凶行を止めたい一心であろう。そこで、鉄平はアサシンを病院へと偵察に向かわせた。
 そして、今に至る。

 (これ以上、長居はできぬな・・・・むしろ、これでもいすぎたくらいだが)

 アサシンは念入りに、病院内部やその周辺を数度探ってみた。しかし、やはりバーサーカーの姿は確認できなかった。加えて、アサシンは先日のようなキャスターの罠を最大限警戒していたのだが、それも仕掛けられている様子がなかった。

 (しかし、何もバーサーカーを見つけなくとも、奴を蹴落とす方法などいくらでもあるのだが・・・・)

 はっきり言って、アサシンというサーヴァントはバーサーカーとは絶望的に相性が悪い。これは、間諜に特化したアサシンと戦闘能力が大幅に強化されたバーサーカーとの差であろう。
 くどいようだが、アサシンの持ち味は暗躍でこそ大きく発揮される。その際たる例が、敵マスターの暗殺である。暗殺術に優れた英霊に一度狙われたともなれば、並みの人間であれば一溜まりもない。
 ただし、ここでのアサシンの目的はあくまでも偵察である。ただ、沙織がサラから聞いた情報を聞く限り、アサシンにはバーサーカーのマスターがどこへいるかもおおよその見当がついている。これは鉄平やアーチャーも同じであろう。そのマスターを見つけて、屠ることなどアサシンにとっては造作もないことである。

 (しかし・・・・・・)

 できるだけ、余計な犠牲を出したくないと考えているのか、沙織はマスターを殺すことだけは止めてほしいと言ってきたのだ。これには鉄平もアサシンも面食らってしまった。アーチャーも最初のうちは彼らと似たような反応だったが、すぐに沙織の考えに賛同したような形をとった。

 (つくづく、甘いものだ・・・・・・)

 戦いとは、そう生易しいものではない。古今東西の戦記物などでは、様々な信念がぶつかり合い、物語を引き立てる。
 しかし、実際はそんな煌びやかな綺麗事の全く行き届かない、どす黒く醜悪な暗部が必ず潜んでいる。そういったものは必ず、表沙汰にはされず、闇の中へと捨て置かれるものだ。アサシンもそういった汚い部分を数多く目にしてきた。
 沙織がそういったことを言うのは、その闇を知らないからだ。故に、アサシンは彼女を甘いと見る。そして、その言い分をそのまま受け入れてしまっている自分や鉄平も・・・・

 (さて、一先ずは現状を報せに戻らねば、な。だが・・・・・・)

 アサシンはひとまずこれまでの調査の報告をマスターである鉄平に報せようとしたが、その前に彼はアーチャーの元へ赴こうと考えていた。
 アーチャーも、その超越した感覚を用いてバーサーカーの居所を遠方から探っている。なお、アーチャーまで離れてしまっては沙織たちのそばにはサーヴァントがいなくなるので、彼女から距離を置くわけにはいかなかったので、彼女たちからほとんど離れていない場所で探査しているはずだ。
 とはいえ、沙織たちはまだ楼山神宮の敷地内にいるのだが。

 (彼奴の首尾は如何なるものだろうか・・・・?)

 アサシンは一瞬のうちに、病院からその姿を消した。


 アーチャーは、神宮からやや離れた森林の木々の上に立っていた。ここからでも十分沙織たちの様子を窺うことができ、敵を狙撃できる絶妙な位置でもある。
 ここで、アーチャーはバーサーカーやキャスターの居場所を探っていた。もし、病院に彼らがいなかった場合のことを考えて、だ。

 「・・・・・・随分と早かったな」

 アーチャーはアサシンが自分のすぐそばまで近寄ってきているのを感じ取った。はるか遠くの、針の落ちる音を正確に聞き分けられるこの男の前では気配遮断も形無しである。

 「相変わらず出鱈目な神経をしているな。で?バーサーカーたちを見つけたのか?」
 「いや。こっちもまだ捉えていない」
 「そうか・・・・・・」

 アーチャーの超感覚を以ってしても、いまだにバーサーカーたちの発見には至っていない。だがアサシンから見て、それとは別にアーチャーには何か気にかけているものがわずかにあるように思えた。これはアサシンの経験による洞察力である。

 「・・・・何かあったのか?」
「ああ・・・・実は、少しばかり気になることがあってな・・・・」
 「気になること・・・・?」
 「ああ・・・・・・」

 どういうわけか、いつもの彼らしくなく、アーチャーはどこか歯切れが悪かった。これにはアサシンも予想の範疇を超えていた。

 「まあ、こいつは確信がないからなんとも言えないんだが・・・・」
 「構わぬ。その是非は主の話を聞いた後に判断する。状況が状況ゆえに、できるだけ手早く、簡潔に話せ」
 「ああ、悪いな。実はだな・・・・」



 やっぱり、この街ってよく冷えるなあ。
 たしか、最初の夜のときも同じくらいの気温だったはずだけれど、あのときは正直それどころじゃなかったし、それに今はアーチャーさんたちを待っているだけだから余計肌が冷たく感じちゃうからなあ。

 「野々原さん」

 振り返ってみると、先輩が両手に何かを持ってこっちにやってくる。あれは・・・・・・コップか何か?なんだか湯気が出ているけど。

 「これ、甘酒。おっさんが温めてくれたから、飲むといいよ」
 「あ、ありがとうございます」

 先輩から甘酒の入ったコップを受け取って、それを一口。
 あ~・・・・あったまるなあ~・・・・・・・

 「そういえば、野々原さん。一ついい?」
 「なんですか、先輩?」
 「君は、なるべくならマスターたちの命を奪うようなことはしないでほしいって言ったよね?」
 「は、はい」

 それは、アーチャーさんたちがここを出て行く前の話だ。部屋で今晩の方針について話し合っていたところ、アサシンからそれとなくマスターの暗殺をほのめかすようなことを言ったので、わたしが反対した。
 正直、いくら殺し合いだからって、誰かが誰かを殺すなんてことはいやだったからだ。
 とりあえず、今日はバーサーカーの討伐ということで話は落ち着いたけれども。

 「意地悪なことを言うようで悪いけれど、それって裏を返せばサーヴァントはどうなってもいい、ってことにならないかい?」
 「そっ・・・・!そんなこと・・・・・・!!」

 “そんなことない”と言おうとした。むしろ、そう言いたかった。
 でも、途中で言葉が詰まってしまって言えなかった。多分、わたしはサーヴァントを“強大な力を持つ召喚獣”くらいにしか思っていなかったのかもしれない、わたしによくしてくれているアーチャーさんも含めて。
 それに、わたしは神奈さんやサラにあれだけのことを(自分からすれば)嘯いていたけれど、実際に戦うのはわたしではなくて、アーチャーさんだ。それについて、正直申し訳なく思っているし、逆に感謝もしている。
 でも、これはわたしのサーヴァントがアーチャーさんだからこそ成り立っていることだ。もしわたしが喚び出してしまったのが、ライダーやキャスター、バーサーカーみたいなのだったら?
 そして、急にライダーや神奈さんのことを思い浮かべてしまったせいで、不意にこんなことを言ってしまった。

 「・・・・・・どうしてサーヴァントって、わたしたちのために戦ってくれるんでしょうね?」
 「サーヴァントは、俺たちのために戦っているわけじゃない。結局はサーヴァントも自分自身のために戦っているだけなんだ」
 「え?」
 「聖杯はあらゆる願いを叶える代物だ。それは過去の英雄であるサーヴァントも喉から手が出るほどほしいものさ。だからサーヴァントはマスターと組んで戦う。そして、そこには信頼も何もあったものじゃない。ただ利害関係が一致しているだけだよ」

 わたしは、わたしが思っている以上に何も知らないことに内心呆れてしまった。
 よく考えてみれば、あのライダーが神奈さんにおとなしく従うはずもない。それに願いに関することだって、あの時シモンが“ランサーの望みは戦い”みたいなことを言っていたのだから。

 「・・・・・・やっぱり、マスターとサーヴァントでも信用しちゃダメ、ってことなんですか?」

 そんなわたしの心中を察してか、先輩は先程よりも声を和らげて言った。

 「といっても、全部がそうっていうわけでもないけどね。実際、アサシンも聖杯を求めているわけじゃないし、多分アーチャーだって同じだろ?だったら、野々原さんは野々原さんがやるべきことを考えてればいいんだよ」

 先輩がわたしを安心させようという言葉に、わたしは少しホッとした。
 でも、それでも納得できないものが、わたしの中で悶々としていた。そして、わたしはそれをつい、口に出してしまった。

 「でも、誰かが誰かを蹴落とすのって、やっぱりイヤです」
 「野々原さん・・・・・・」

 先輩はコップの中に残った甘酒を一気に飲み干してから言った。

 「それは仕方ないことだよ。願いや望みを叶えるってことは、誰かのそれを踏み台にしなきゃならないこともあるんだよ。誰もが一位になれるわけじゃないし、合格できるわけじゃない。ましてや、誰でも主役になれるってわけじゃないんだから」

 そのとき、わたしは手に持っていたコップを落としてしまった。コップから少しばかり残っていた甘酒がこぼれてしまい、それが地面に染みていく。

 「野々原さん?」
 「あ、大丈夫です。別になんでもありませんから、ええ」
 「そう・・・・?」

 そしてここで一呼吸置いて、わたしは言う。

 「そうですよ。それにああ言いましたけどわたし、やっぱりバーサーカーやキャスターたちのやっていることは許せません。それだけははっきりしています」
 「そう・・・・・・ゴメン。なんだか迷わせるようなことを言って」
 「え?いいえ、そんなことはありません。むしろ、わたしのほうが勝手にそういう方向に話を持っていったわけですから・・・・」
 「まあ、そこはお互い様にしておこうか。それよりも、おっさんに頼んでまた甘酒持ってこようか?」
 「え?いいんですか?それじゃあ、お言葉に甘えて・・・・・・」

 またしても、わたしの言葉は途中で途絶えてしまった。

 「野々原さん?どうしたの?」
 「な、なんでもない、と思いますけれど・・・・」

 なんだか体が妙に冷えるような気がした。それは外の空気の冷たさではないことだけははっきりしていた。
 これは、バーサーカーに初めて遭遇したときや、ライダーやランサーが現れる前のときに感じる悪寒が若干弱まったような感じだった。



 時間を少々巻き戻す。アーチャーはアサシンに自分が“気になっていること”を話した。

 「なるほどな・・・・・・」
 「それで、あんたはどう思うんだ?」

 アサシンは何か考え込むように顎に手を当て、そして間を空けてから言った。

 「確かに主が先刻言ったように、何の確証もないようだな。ならば、今はそれを気に掛けるよりも、これからのバーサーカー戦に心を向けた方がいいのではないのか?」
 「まあな。一応教えたからな」
 「承知した。では、そろそろ鉄平たちの元へ向かわせてもらうぞ。件の病院にバーサーカーの気配もキャスターの罠もなかったことを伝えねばならぬのでな」
 「ああ。悪かったな」

 アサシンがアーチャーの下を去ろうとしたそのときだった。

 「待った!」

 アーチャーはアサシンを引き止めた。

 「何事だ、今度は・・・・・・・!?」

 アサシンはアーチャーの尋常ならざる様子を感じ取った。アーチャーは何かを必死に探っているようだった。

 「バーサーカーか?」
 「いや、今の時点でどうだかわからねえ。けど・・・・・・」

 アーチャーは続けて言った。

 「血だけじゃなく火の臭いもしやがるし、それどころか悲鳴まで聞こえてきやがる」



 「引沼さん、もうそろそろ上がったら?」
 「あ、はい。でも、ここの片づけを終わらせたらすぐに上がります」
 「そう?でも、近頃は何かと物騒だからね。切りのいいところで切り上げて、もう上がっちゃいなよ。後はこっちがやっておくからさ」
 「そうですか。でも、そんなに時間はかからないと思いますので、大丈夫ですよ」
 「そう。だったらここは任せるよ。片づけが終わって、帰る支度ができたらいつもの出入り口までおいで。戸締りはやっておくからさ」
 「わかりました」
 「それじゃ、お疲れ」
 「はい。お疲れ様です」

 引沼亜美は洋菓子屋でアルバイトをしていた。
 ここはケーキ各種だけではなく、シュークリームやエクレアなどといった洋菓子の定番も多く取り揃えており、また出来たてをこの店で紅茶やコーヒーを味わいながら楽しめるのも魅力の一つだ。味もさることながら、幌峰ではちょっとは名の知れた店でもあり、地元のテレビでも何度か取り上げられるようになってからはここを訪れる客も多くなった。
もともとそういうのがなくても、この店は人の集まりがいい。
 なにしろ、街の中心部に位置する幌峰ステーションに店舗を構えているからだ。ここ、幌峰ステーションは通常の列車だけではなく地下鉄とも繋がっており、バスターミナルをも備えている。また、駅の両隣に位置するように大手百貨店とも連結していることで、ここは駅としてだけではなく、ショッピングやグルメをも楽しむこともできるのだ。

 「さて、と。それじゃあ、早いとこ終わらせるとしますかね」

 店の営業自体は八時で終わる。
 だからと言って、店の仕事も終わるわけではない。後片付けはもちろんのこと、材料などの保全や朝の作業をスムーズに行うための仕込みなど、やることは山ほどあるのだ。そして亜美は基本的に販売の仕事が主だが、最近では週に一~二回ほど仕込みを任されることもあった。
 とはいえ、亜美はアルバイトとして働いているため、あくまで補助の域を出ないが、それでも亜美からすればこの上なく喜ばしいことであった。
 というのも、学校ではスポーツ万能でならしている亜美は、実はお菓子作りが趣味で、ときおり部活で自作のお菓子を持っていくこともある。実際それで他の部員や先輩たちから好評を得たこともある。ただ、店の仕事が重労働であることには変わりないが、亜美にとってはやりがいを感じる仕事であるのだから。
 ともあれ、店長が去った後、亜美は残った仕事に手をつけるのだった。


 「ふう。少し時間オーバーしたけど、これでも早いほうかな?」

 後片付けを終え、亜美は更衣室で着替えを終えていた。
 そもそも、亜美がこの店のアルバイトを希望したのも、本人がお菓子作りに興味を持っていたのはもちろんだが、ここの制服が可愛かったことも大きな要因だ。
 引沼亜美という人間は、学校ではそのサバサバした気風のよさと面倒見のよさ、そしてボーイッシュな外見から男女の人気も高く、また彼女の所属しているバスケ部の先輩たちからの期待も大きく、同じ部員たちからの信頼も厚い。
 しかし、少女マンガや恋愛小説をこの上なく愛読していたり、オシャレで可愛らしい服を陰で好んで着たり、先ほどのお菓子作りと相俟って自身も大の甘い物好きであったり、そのくせホラー物やゴキブリといったものが大の苦手だったりと、その本質が乙女全開していることはあまり知られていない。
 なので、ここはある意味亜美にとっては秘密の花園といえる場所であるの“だった”。

 「なのに・・・・まさかああいう風に知られるなんて・・・・・・・・」

 亜美は不意に思い出してしまい、ガックリと項垂れてしまった。
 それは、彼女がいつも通り仕事をしているときだった。そのときはここの仕事にも大分慣れてきて頃でもあった。

 『いらっしゃいませ』

 とびきりの営業スマイルと作った声、そしてフリフリのエプロンにプリティな制服を身に纏った亜美の視線の先には、いた。同級生の野々原沙織と門丸真悟の二人が。脳がそれを認識した瞬間、亜美は営業スマイルのまま凍りついてしまった。
 空いた時間を見つけて、その二人を店の裏まで呼び出すと、一人は意外そうな顔をして、もう一人は腹を抱えながら大爆笑をしていた。
 はっきり言ってしまえば、そのときの亜美の理性は崩壊しており、彼女が二人に対して泣きそうになりながら、このことを内密にしてほしいと頼み込んだことだ。これには、大笑いしていたほうはかなり気まずそうにしていた。もっとも、こっちのほうは軽い性格のお調子者なので、いつクラス中、いや学校中に知られるか気が気でならない。
 しかし現時点では、この二人以外に自分の本当の趣味や将来の夢(パティシエール)を知っている者はいない。これでも、門丸真悟は義理堅いのだ。なので、そのことを知られる心配は全くない。

 「さて、と。これ以上店長を待たせちゃ悪いし、そろそろ帰ろう」

 亜美が更衣室の出入り口まで来て、部屋の明かりを消したそのときだった。

 ガシャン!!

 「え!?なに!?」

 突然店の外から聞こえてきた轟音に亜美はうろたえてしまった。車か何かがぶつかったような大きな音が聞こえてきたが、亜美にはそれが何なのかまったく見当もつかなかった。

 「一体、何なの・・・・・・?そうだ!店長!!」

 今、店長が店の出入り口で自分を待ってくれているはずだ。店長なら、外で何があったか知っているはずだ。まずは店長の元へ急ごうと、足早に更衣室から出て行った。
 この時点で、亜美は気づかなかった。自分が店に残って、後片付けをしたのが“ある意味”幸運だったと。


 店の外に出た亜美は、必死に店長の姿を探していた。

 「店長!どこですか、店長!!」

 しかし、店長は出入り口にいるはずなのに、どこにも姿が見当たらない。
 そして亜美はもう一つ、何か違和感を覚えていた。それが何なのか瞬時にはわからなかったが、店長を探しているうちにそれにようやく気がついた。
 それは、駅が真っ暗であるということだ。この時間なら、まだ列車も地下鉄も走っているはず。だから構内のコンコースも地下街も普通に通れるはずなのだ。にもかかわらず、この日の運営が終わってしまったかのように、あたりが暗闇に包まれている。
 亜美が戸惑っている中、暗がりの中で壁にもたれかかり、その場に座り込んでいる人影が見えた。そして亜美は、ようやく暗さに目が慣れてきたのか、それが誰なのかわかった。

 「あ、店長!よかった、探しましたよ。一体ここで、何が・・・・・・?」

 亜美は、何か妙な感覚に捕らわれてしまった。ここにいるのは自分がよく知っている店長だ。それは間違いない。
 なのにどうして、このような形容しがたい何かが自分に纏わりついているのか、全くはっきりしなかった。
 しかもよく見てみれば、店長は水溜りのようなものの上に腰を落としている。これが何なのか、全くわからなかった。わからなかったのだが・・・・
 とにかく目を凝らしてよく見てみる。

 「!?!」

 その瞬間、亜美は目を大きく見開き、息を呑んでその場にしゃがみこんでしまった。
 どうりで何の反応もないと思った。亜美の体は小刻みに震え、脳が拒否しているにもかかわらず視点は店長“だった物”に向けられていた。
 血溜まりの中にいる人間の形をしたそれは、顎から上がごっそりなくなっていた。亜美が見ている前でそれは、口のあった場所から血を滴らせながら、ビクンビクンと体を痙攣させていた。



 ひょんなことから、突然アーチャーさんとアサシンの二人が戻ってきた。どういうわけか、二人の様子はどこか急いでいるような感じだった。

 「アサシン!何かわかったのか?」
 「いや。某ではなく、アーチャーめが先にバーサーカーの居所と思しき場所を掴んだようだ」

 アサシンはちらりとアーチャーさんのほうに目をやると、アーチャーさんが説明を始めた。

 「バーサーカーの居場所、というよりは何か異変が起きている場所が分かっただけなんだがな。けど、そこから僅かに血の臭いやおびただしい数の悲鳴が聞こえてきたから、多分そこで間違いないと思うぜ。ただ・・・・」
 「ただ?」
 「どういうわけか、火の臭いまでしてきやがる。どうも、そこが火に囲われているみたいでな」

 火?わたしが襲われたときもそうだけれど、今までのバーサーカーの襲撃で火なんて使われたことなんてあったっけ?

 「多分、バーサーカーの能力か、あるいはキャスターの魔術によるものかもしれないな」
 「どっちにしろ、キャスターのヤツは高みの見物と洒落込んでいるだろうがな」
 「それで、その場所はどこだ?」
 「ああ。南西の方角に、だいたい5~6キロ先ってとこだな」

 南西に5、6キロ・・・・?なんでだろう。ものすごく、嫌な予感がする。この予感がせめて、外れてほしいと思ったのに・・・・

 「・・・・・・特徴は?例えば、近くにどんな建物があるか、とか」
 「ん?現場は随分とわかりやすいもんだ。何しろ、平べったい建物に、その両脇はやたら無駄に高いビル。そして、何よりもその建物の中に線路が続いているぜ」

 こういう予感に限って、当たってしまう。死刑宣告に等しいアーチャーさんの言葉を聞いて、わたしは背筋が冷える思いがした。
 それは、決して冷たい空気のせいなんかじゃない。

 「幌峰、ステーション・・・・・・」
 「ん?どうした、サオリ?なんか顔色が悪いぞ」
 「そこ・・・・・・そこの中にあるお店、引沼さん・・・・わたしのクラスメートのアルバイト先があるんです」
 「ヒキヌマ・・・・・・って、確かあんたの。それじゃあ、今日そこにそいつがいるのか?」

 わたしはただ、コクコクと頷くしかなかった。

 「幌峰ステーションか。確かに、そこなら人が大勢いるから魂喰いには絶好の場所だな」
 「しかし、解せぬ」

 先輩が納得しているところ、アサシンが割ってきた。

 「いくら奴の魂喰いが露呈していたといえども、これまでは人知れず遂行してきたはず。だのに、いくらなんでもこれでは人目に付きすぎる」
 「だが、どっちみち行ってみなきゃ何も始まんないだろ?そういうわけだ、行くぜ」

 そういうと、アーチャーさんはそこへしゃがみこんでわたしに背を広げた。それを見たアサシンと先輩は怪訝そうな顔をした。

 「どういうつもりだ?」
 「どういうつもりって、そりゃお前、今からサオリを背負ってその駅に行くに決まってるだろ?」

 さも当然のように言うアーチャーさんに、アサシンはその眉をひそめながら言う。

 「はっきり言う。主のマスターまでついてきては、ただの足手まといにしかならぬ。ならば、ここに残ったほうがまだ安全だ」
 「確かに、うちのマスターは未熟だ。そいつは認める。それも、感覚共有もまともにできないぐらいにな」
 「わかっているのならば、何故・・・・?」
 「あのな、相手はバーサーカーだぜ?いざ令呪が必要ってときに、サオリの知らない間にオレがお陀仏になってたんじゃ話にならないだろ?」

 たしか、マスターとサーヴァントってどんなに離れていても、お互いに見たり聞いたりといったことを通じ合えるんだっけ?でもわたしの場合、それがおぼろげにしかわからない、というよりもほとんど共有できていない状態なので、アーチャーさんの言っていることもわかる。
 それに、わたしは先輩たちに反対されること覚悟で一緒についていくつもりでいた。やっぱりわたしが無力なのはわかっているけれど、ここで何も知らぬ存ぜぬを通すことなんてできそうにないからだ。それだけに、アーチャーさんがわたしの気持ちを汲み取ってくれたのが嬉しかった。
 そして今度は、先輩が口を開いた。

 「けど、逆に野々原さんが危険な目に遭うかもしれないんだよ?」
 「だが、今サオリの友達が一番危ない目に遭っている。そんな状態でサオリがここに残ると思うか?オレからすれば、サオリを置いてって、そのサオリが一人でここを抜け出すことのほうがよっぽど危険だと思うがね」

 もし、本当にわたしがここに残ることになったとして、わたしがそういう行動を取らないとは言い切れなかった。今でもかなり切羽詰っているのだから。先輩はしばらく難しい顔をしてから口を開いた。

 「そこまで言うんだったら、もう何も言わない。ただ、最後に一言だけ言わせてもらう。野々原さんを危険な目に遭わせるな」
 「言われなくたってわかってるさ」

 先輩にそう言ったアーチャーさんは、わたしに視線を向ける。

 「さあ、サオリ。早く乗った、乗った」
 「あ、はい・・・・・・アーチャーさん、ありがとうございます。それと先輩、アサシン、ごめんなさい・・・・」
 「何、気にするなよ」
 「別に、野々原さんが謝るようなことでもないよ」

 アサシンだけは何も言わず、そして私はアーチャーさんの背に乗り、それからアーチャーさんは一気に跳躍し、木々の上を駆け抜けた。冷たい風が肌を切るような感覚がしたけれど、正直今はそれどころじゃなかった。
 引沼さん、どうかわたしたちが着くまで、無事でいて・・・・・・!



 館内は今、騒然としていた。嘘か真か知らないが、駅構内を巡回している警備員によると、突如何もない空間から覆面を被り、斧を持った大男が出現したという。そしてその大男が暴れだしたという報告を最後に、その警備員とは連絡が取れなくなってしまった。
 そして現在、二人の警備員が東側の百貨店五階の通路を駆け抜けていた。この辺りはカジュアルな服や靴を取り扱っている店舗が多く、ここから階下を眺めることができる。
 ただし、時間も時間であるため、どの店舗も閉まってはいるのだが。

 「しかし、何がどうなっているんですかね?新手のテロですか?」
 「わからん!わからんが、何か尋常じゃないことが起きているのだけは確かだ!」

 あちこちで警報がけたたましく鳴り響いている中、二人の警備員はそんなやりとりをした。少なくとも、二人ともこれは自分たちの手に負えるようなものではないことだけは理解しており、外に救援を要請したが、どういうわけか外とは連絡が付かなくなってしまっている。
 とりあえず、警備室には経験の浅いアルバイトの者を残して、自分たちは館内に残っている客たちの避難誘導に専念することにした。
 そのためにはまず、まだ連絡のつく同僚から、走りながら現状を聞くことにした。

 「こちら置田!そちらの避難誘導は完了しましたか!?」
 『いえ、それが・・・・来客の避難誘導、失敗しました!』
 「!?どういう意味だ!」

 置田と呼ばれた警備員は、思わず声を荒げてしまった。

 「失敗とは、どういうことだ!?」
 『その・・・・・・自分が誘導した来客は全て・・・・全滅しました』
 「何!?言っている意味がわからん!まさか、他に大男の仲間がいるのか!?」
 『いえ、違います・・・・!』
 「なら、どうしてだ!」

 自分が大声を出しているせいでもあるかもしれないが、少なくとも相手の方は何か怯えているようにも聞こえてくる。そして、相手方はゆっくりと説明を始めた。

 『自分は、お客様方を・・・・自分が安全だと思うルートに誘導しました。現に、そこは大男が暴れている場所からは、かなり遠かったはずです。それで、後はお客様を外に出すだけでした・・・・』
 「ならば、どうして!?」
 『わかりません・・・・・・!』
 「わかりません!?」

 置田は思わず鸚鵡返しに言ってしまった。

 『ドアが開いたら、突然そこから炎が押し寄せてきて・・・・それで、お客様全員を、呑み込んでしまったのです・・・・・・・・!!』

 それを聞いた瞬間、置田の顔は一気に青ざめてしまった。

 『自分はたまたま、ドアから離れたところで誘導していただけです・・・・・・!それなのに、いきなり目の前でお客様方が火だるまになって、もうわけがわかりま・・・・・うわああああああああああああああああ!!!!!!!』

 会社から支給された無線機から絶叫が響き渡るのを最後に、後はザーという音がするだけだった。そして置田は手から通信機を落としてしまった。もはやここで起きていることは、置田の長い職歴に照らすことのできない、理解の範疇を超えたものだった。
 置田がふと横を向くと、同僚の警備員が自分に向けて凍りついたような顔を見せていた。

 「おい、沢田。どうしたんだ?」
 「ば、化物・・・・・・」
 「何?」

 置田は自分の後ろを振り返ったが、そこには何もなかった。

 「化物おおおおおぉぉぉぉおおおおお!!!!!」
 「な!?」

 いきなり沢田と呼ばれた警備員が、いつの間にか手にしていた警棒で置田を殴りつけたのだった。思わぬ攻撃で、置田は倒れてしまう。

 「お、おい!沢田!落ち着け!オレだ!わからないのか!?」
 「ひ、ひいいいぃぃぃぃいいいいい!バ、化物が何か言ってやがる!化物が!化物があああああああ!!!!」

 沢田は地面に倒れている置田を何度も警棒で叩きつける。その一打、一打に死ね、死ねと念じながら。
 どれほど打ち据えたのかは定かではないが、倒れている置田はぐったりとしているのか、ピクリとも動かなくなってしまった。その前に立っている沢田は荒い息を吐きながら、置田を見下ろしていた。しかし、その視点はどこか焦点が定まっていなかった。

 「は・・・・はは・・・・・・やった、やったぞ!!化物を倒した、倒したぞ!」

 乾いた笑いを浮かべながらも、沢田は大声で勝利宣言をした。だが、すぐにその表情は凍り付いてしまう。

 「そうだ・・・・!この化物が生き返って、俺を襲ってきたりでもしたら・・・・!!」

 先ほどからわけのわからないことばかり口にする沢田。念のために言っておくが、置田は倒れてはいるものの、死んでなどいない。単に気を失っているだけにすぎない。そんな置田を前に、沢田は何かを躊躇しているかのように立ち尽くしている。

 「・・・・くそっ!こうなったら、腹を括るしかない!」

 そう言って、沢田は置田を引きずり、そしてガラスの仕切りの前までたどり着くとその場で置田をどうにかして抱え上げ、そのまま置田を吹き抜けへと落としてしまった。階下は暗くてよく見えないが、しばらくもしないうちにぐしゃりと何かが潰れるような音が僅かに聞こえてきた。

 「よし・・・・!これで一安心だ・・・・!これでもう、化け物が襲ってくる心配はなくなった・・・・ひゃは、ひゃはははははは・・・・・・!」

 沢田はただ、壊れたように笑いながら、吹き抜けから下を見下ろしていた。

 「とにかく、早くここから逃げないとな。いつ他の化物が襲ってくるかわかったもんじゃねえ」

 そう言って、沢田はその場から走り出した。それからふと、沢田は足を止め後ろを振り返った。その瞬間、沢田の顔は驚愕に包まれていた。

 「ひ、ひいいぃぃぃぃいいい!!?!?む、虫がこんなに!!?!」

 しかし、沢田の前方、いや、その周囲には虫の一匹さえいなかった。ただ、闇が広がっているだけだ。

 「く・・・・・・来るな!こっちへ来るな!!!」

 沢田はジリジリと後ずさりしながら、いるはずもない虫に向けて声を張り上げている。仮にそんな虫がいたとしても、その言葉が通用するとは思えないのだが。
 そんな時、沢田はいきなり全身に妙な浮遊感を感じた。

 「あ・・・・・・・・」

 いつの間にか、仕切りを越えてそのまま落下してしまったらしい。それに気付いたときには、沢田の体は一階の床に激突してしまっていた。

 「あ、あが・・・・・・いぎ、ぎぃ・・・・」

 沢田は体中から骨が何本も突き出ている上におびただしい量の血を流しており、手足はありえない方向にひん曲がっており、割れた頭からは脳漿が、片方の眼窩からは眼球が飛び出している。顎も変形してしまい、痛みのあまりに絶叫どころか、まともに呼吸することすらままならない。そのうえ、その耐え難き激痛により沢田の思考回路は完全に機能しなくなってしまった。
 沢田が、その苦痛に満ちた命を手放すのに随分と時間がかかってしまった。



 駅構内でバーサーカーが暴れまわっている中、館内にいる人間たちはパニックを起こしていた。出入り口はおろか、非常口から逃げ出そうとしても、外から炎が脱出しようとする人間を容赦なく焼き尽くす。それに、どういうわけか内部にいる人間同士で殺し合いまでしている始末だ。
 そんな地獄絵図を、構内のどこかの高みから見下ろしている二つの人影があった。

 『イヤハヤ、ナントモ滑稽ナ光景ダ。ホンノ少シ、不特定多数ノ人間ノ思考ニ干渉シテ幻ヲ見セタダケデコノ有様ダ』

 人影の一つが喋ったが、どういうわけかしわがれた声、あどけなさの残る声、低めの声、高めの声、様々な種類の声が重なって聞こえてくる。

 「人間ナド愚カ以外ノ何者デモナイ。恐怖ニ煽ラレレバ、スグニ恐慌スル」

 もう一つの人影はぶっきらぼうでいて、目の前で起きている惨劇に全く関心のなさそうな口ぶりで物を言っていた。

 『ダガ、ソノオカゲデ我々ハ暇ニナラズニスムノダガネ。人間ガイルカラコソ、我々ハ死ヌホド退屈ナ思イヲセズニイラレルノダヨ』
 「ソノ人間ノセイデ、我ラガ腹立タシイ契約ヲ結バサレル羽目ニナルノダガナ」
 『ヤレヤレ・・・・君ハソレバカリダナ。ダガ、ソレモ事実ナノガナントモ度シ難イ限リダ』
 「オレ以外ニモ、ソウ思ウ者ハ大勢イル」
 『ソレモ然リ』

 重なった声の主はただ、肩をすくめるばかりだ。

 『サテ、ソロソロ行コウカネ。我々ノ仕事ハマダ終ワッテハイナイ』
 「フン・・・・下ラン。ソモソモコノ茶番モ大掛カリスギルノダ」
 『ソウイウモノダヨ』

 二つの人影は去ろうとしている。そのうちの一つ、無骨な声の男は何かに乗ろうとしている。男の持っている“何か”に照らし出されたそれは、馬ほどの大きさを持つ大蛇が鎌首をもたげながら舌をチロチロとさせていた・・・・



 亜美はただ、ひたすら走っていた。当惑しながらも、ただ走るしかなかった。

 「はぁ・・・・はぁ・・・・い、一体なんなの、これ・・・・・・!?」

 亜美は自分の置かれている状況について、整理してみた。
 あの後、東側のコンコースのある広場へ向かってみると、そこには覆面を被り、いくつもの小さな髑髏を連ねた首飾りをした大男が斧を持って暴れ狂っていた。亜美は人目見て、その大男が店長を殺した犯人だとすぐにわかった。
 そして、その危険性も・・・・
 大男が大暴れしているせいで、構内はパニックになっていた。とにかく外に出ることが先決だ。
 そう思って一番近い出入り口に向かったのだが、そこで脱出しようとして、燃え盛る炎に焼かれている人たちを目の当たりにしてしまった。他の出入り口や非常口に向かってみても、同じような状況で、それが脱出を不可能なものにしていた。
 しかも、どういうわけか中に留まっている人々がお互いに殺し合いをしているのだ。その狂気をはらんだ叫びに亜美はすくみながらも、どうにかその場から逃げ出すことができた。
 そういう意味で、亜美は本当に運がいい。何しろ、一歩間違えれば自分も火炎に焼かれていたかもしれなかった上に、狂気と幻影に囚われた人間たちに襲われることもなかったからだ。
 今、彼女は人気のない通路に一人いた。とにかく、亜美は逃げる以外助かる手立てはなかった。

 「でも・・・・どこに逃げればいいの・・・・・・・?」

 今の亜美は、普段の気質はすっかりなりを潜めてしまい、弱々しくなっていた。逃げる以外できることはない。だが、もはやどこにも逃げ場などなかった。しかも亜美はさっきからなんともいえない感覚に襲われていた。それをうまく言い表すことはできないのだが、この駅がまるで、街から切り離された異空間の中に隔離されたように思えて仕方ないのだ。
 亜美は完全に絶望していた。もはや助かる道など無いのだと・・・・

 「もう、ダメかも・・・・・・」

 ヘロヘロと、後ろの壁に寄りかかろうとした、そのときだった。

 「きゃあ!」

 いきなり爆発したかのような衝撃が壁を襲い、その壁とともに亜美は吹き飛んでしまった。一瞬で瓦礫の山が出来上がり、亜美はその下敷きとなってしまった。

 「あう、う・・・・・・」

 か細い声を出しながら、亜美は後ろから重い足取りが一歩一歩踏みしめるのを感じ取った。その足音を耳で聞いてのことか、地面や瓦礫から伝わる振動を肌で感じてのことかはわからない。
 そうして、亜美の視界に全ての元凶である大男の姿が映った。大男は腰巻一丁で、その腰巻や大男最大の特徴である覆面は粗末なボロ布だった。首に巻かれている首飾りの髑髏の数も思ったよりも多く、多分十数個あるようだった。手にしている斧はファンタジー物に出てきそうな戦斧で、その中心に位置するかのように赤い宝石がはめられていた。そして、その宝石と同じような輝きのその目は狂気に満ちていた。

 (あたし・・・・・・本当にもう、ダメかも・・・・・・・・・)

 諦観によって虚ろになっていた亜美の目は、自分の存在に今気付いたのか、こちらに向き直った大男の目と合ってしまった。

 「■■■■■■・・・・・・」

 地鳴りのような低い唸り声を上げる大男は死神となって亜美の前に立ちはだかり、彼女のこの世とのつながりを断つべく、手にしている斧を振り上げた。
 しかし、その斧は振り下ろされることなく、逆に大男の後ろに落ちてしまった。

 「おい、デクの坊。女の扱いがなっちゃいないぜ。その上、随分とやりすぎたみたいじゃないか・・・・悪いが、あんたはもうここまでにしてもらうぜ」

 誰かの声が聞こえた・・・・大男の標的はその声の主に変わったのか、大男は亜美の前から去っていった。代わりに、また別の誰かが近づいてきたが、意識が朦朧としていて誰だかはっきりとわからなかった。
 だが、聞こえてくる声には聞き覚えがあった。誰よりもお人よしで、危なっかしくて、おとなしくて・・・・そのくせに誰よりも頑固で、心優しい友人に・・・・

 (何やってるんだい、こんなところで・・・・危ないから早く、逃げなよ・・・・・・)

 それでも安心してしまったのか、とうとうその意識を手放してしまった。



~タイガー道場~

佐藤一郎「皆様。この作品をごらんになり、真にありがとうございます」

シロー「・・・・・・」

佐藤一郎「司会進行はこのわたくし、佐藤一郎とこちらにいらっしゃいますシロー様でお送りいたします」

シロー「・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「今回のお話はバーサーカー戦のプレストーリーといったところですが、ちゃんとした戦闘は次回お送りできると思います。ですので、それまではどうか気長にお待ち下さい」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「おや?どうかされましたか、シロー様?先ほどから随分と微妙なお顔をされていらっしゃいますが・・・・?」

シロー「・・・・できれば聞くまいと思っていたのだが、このままこうしていても埒が明かないので、敢えて聞くが、なぜまだ私たちはこの場にいるのだ?」

佐藤一郎「と申しますと?」

シロー「とぼけるな。すでに映画の公開は終了しているはずなのに、なぜこの場を取り仕切っているのがあの二人ではなく私たちなのだ?」

佐藤一郎「ああ。それでしたら、藤村様は映画の打ち上げに最後まで参加していらっしゃったせいで、現在二日酔いにつき自宅で休みを取られていらっしゃいます」

シロー「全く・・・・・・どこにいても世話の焼ける・・・・・・・・ん?“藤村様は”?ということはイリヤスフィールのほうは別の理由なのか?」

佐藤一郎「ええ、そうですが」

シロー「ならば、そっちはなんだ?まさか二次会か三次会はアインツベルン城で行ったせいでその後始末に負われている、といったところか?」

佐藤一郎「まさか、そんなはずないじゃありませんか。何しろ、イリヤスフィール様は映画で心臓をズギュルッポンッとされてしまいましたのに、どうして打ち上げに参加できましょうか?」

シロー「・・・・・・・・は?意味がわからん」

佐藤一郎「ええ。ですから、ギルガメッシュ様に心臓をズギュルッポンッとされましたので、現在その蘇生手術を受けている最中ですので、今回は不参加でした」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「おや?余計に微妙なお顔になられましたが、何か?」

シロー「・・・・・・いや、このままこの問答を続けても切りがない上に、どこから突っ込んでいいのかもはや見当もつかん。それにこれ以上このことを考えるだけ無駄な労力だと今、はっきりした」

佐藤一郎「はい。ご理解ありがとうございます」

シロー「で?次回から本格的な戦闘シーンが始まるとさっきその口で言ったが、うまく描写できるのか?」

佐藤一郎「そうですね。作者様もそのためにハードアクション小説と謳っている“メギド”や“傭兵代理店”という小説をお読みになられまして、感銘を受けたようで」

シロー「そうか。それで?その文章を物にできるほどに読み込んだのか?」

佐藤一郎「さあ?どうなんでしょうかね?」

シロー「・・・・本当に大丈夫なのか?」

佐藤一郎「まあ、そこは書き始めてみないと何とも言えないところですな。さて、それはそれとしまして、先ほどあげた二つの小説ですが、内容も秀逸な上に読みやすいので、ぜひ一度手にとってみてはいかがでしょうか?」

シロー「とりあえず、面白いかどうかわからなければ軽く眺める程度でも違うだろう」

佐藤一郎「そういうことです。それでは、今回はこれで・・・・」

シロー「うん?今回は随分と短いな?」

佐藤一郎「ええ。変に長くやるのも悪い意味でぐだぐだになってしまいますし、それに今回は被害に遭われた沙織様の同級生の方の紹介でもしようかと思っていたようですが、やはり他のサブキャラの皆様とあわせて紹介する方向になりましたので」

シロー「書くことがなければ随分とあっさりするものだな」

佐藤一郎「そういうものです。それでは皆様、ご機嫌よう」



[9729] 第十五話「怒号に包まれて」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/11/05 03:09
 アーチャーさんに背負われ、わたしはバーサーカーたちがいると思われる幌峰ステーションへ向かっていた。アーチャーさんはビルの屋上を飛び移って移動していたために、夜の街の風景や明かりが次々と通り過ぎていく。
ふと、あの夜もアーチャーさんに抱えられて、こうやって街の上を駆け抜けていったのを思い出した。その日と今では違うことが二つある。
一つは、お姫様抱っこかおんぶの違い。
そしてもう一つは、バーサーカーから逃げるか、こちらから向かっていくかの違いだ。

 「そろそろ駅が近くなってきたと思うんですけど・・・・・・?!あれは・・・・!?」

 駅が近づくにつれて、建物が見えてくるはずだった。しかし、たしかに駅の建物が見えてきたのだけれど、そこに火の手が上がっているのが見えた。
たしか、アーチャーさんの話では火の臭いもしたって、言っていたっけ。

 「どうも駅の周りが火で囲われているみたいだな・・・・しかもご丁寧に周りには人っ子一人いない上に、駅の異変に気付いているやつもいないときたもんだ」
 「そっ・・・・・・それって、どういうことなんですか!?」
 「つまり、あそこは外界から完全に隔離された、いわば陸の孤島ってわけだ。これだけの範囲で人払いの結界だけじゃなく、あそこに意識を向けないよう念入りに魔術を施されているみたいだぜ。まったく、たいしたもんなんだか、えげつないんだか・・・・」

 アーチャーさんの言葉を聞いて、わたしは胸が塞がる思いがした。そして、炎の壁に囲われてしまっている駅が視界に入ってきた。

 「さて、あの目障りな火は逃亡防止用の罠だ。あそこから出ようとすれば容赦なくあいつが襲い掛かってくるって寸法だ。つまり、一度入れば二度と出られなくなるってわけだが、心の準備はできてるかい?」

 アーチャーさんの念を押すような言葉に、わたしはすぐ返した。だって、答えは一つしかないんだから。

 「大丈夫です!お願いします!!」

 わたしの言葉に、アーチャーさんは満足そうな声で返した。

 「よし。それじゃあ、しっかりしがみついていろよ!落ちても知らないぜ!!」

 その言葉を聞いて、わたしはアーチャーさんを後ろから抱きしめるように、腕にしっかりと力を入れる。それから数秒もしないうちに足も踏ん張ることになってしまった。
だって、アーチャーさんが手を放すなんて思ってもみなかったんだから、内心冷やりとした、冗談抜きで。
 自由になったアーチャーさんの手には、いつの間にか弓矢が握られていた。アーチャーさんは弓に矢を番え、それを目いっぱい引き絞って矢を放った。
同じような動作で矢を次々と放つ。放たれた何十本という矢は風となって駅の上部にある窓ガラスを次々と突き破っていった。

 「ゆ・・・・・・弓を使うんならそう言ってください!!」
 「悪い、悪い。けどオレはちゃんと“しっかりしがみついていろよ”と言ったぜ。それにこれもあんたのためにやっていることなんだぜ?」
 「ど、どういうことですか?」
 「あんた、オレがあのまま窓ガラスを身一つで突き破って突入するとでも思っていたんだろ?」
 「え、ええ・・・・そう思っていましたけど・・・・・・」
 「オレは別に大丈夫なんだが、問題はあんたさ。ああやった場合、落下とともに窓ガラスの破片が次々とあんたの体を傷付けていって、地面に降り立つころにはなます切りみたいなことになっていたぜ」
 「え・・・・・・?」

 そう言われて、ハリウッド映画のような突撃シーンを思い浮かべていたわたしの体は、かなり冷や汗が溢れ出していた。

 「ま、オレの体が盾になっている可能性もあったんだろうが、あんたが無傷ですむ保証もなかったからな。とにかく、そういうわけだ」
 「・・・・ありがとうございました」
 「どういたしまして。さて・・・・」

 それからのアーチャーさんの声はさっきとはうってかわって引き締まっていた。

 「そろそろ行くとするぜ!」

 そしてわたしたちは炎の障壁を飛び越えて、割れた窓から駅の中へと飛び行った。
 駅の内部へと着地したわたしたちを向かえたのはまず、しんと静まった真っ暗な闇だった。中に漂う色々な異臭が、アーチャーさんから降りたわたしの鼻をつく。

 「ああ、サオリ。あんまりこの臭いの元を考えたり、床に転がっているものに対して目を凝らして見ようとしないほうがいいぜ。多分、あんたの頭と心が対処できないだろうからな」
 「・・・・・・はい」

 なんとなく想像はついていた。やっぱり助かっている人はいない。そんな考えがわたしの頭を支配した。
 しかし、それもすぐに打ち消されてしまった。誰かが近づいてくる気配がしたからだ。人だった。多分、サラリーマンだろう。それを見たわたしは一安心した。

 「よかった・・・・・・!まだ、無事な人がいたんだ・・・・・・・・!!」
 「サオリ、下がっていろ」
 「え?」

 わたしがアーチャーさんの言うことを半分も理解できないうちに、生存者の声がかすかに聞こえた。

 「・・・・バケモノ」
 「え?」
 「バケモノが、まだいやがる・・・・」

 何、それ?言っている意味がわからない。でも、その人の目はどこか血走っていた。

 「死ね、バケモノ・・・・・・死ね!死ねええええぇぇぇぇええええええ!!!」

 そう絶叫しながら、わたしたちに向かってくるその人の振り上げた手には、割れたガラスの破片が握られていた。
 しかし、アーチャーさんのハイキックがカウンター気味にその人の顔面に命中し、呆気なく吹っ飛んだ。

 「ったく。バケモノって、おまえなあ・・・・それ相手にそんなもんで向かっていくもんじゃないだろ」

 そう呆れたような口ぶりをしたアーチャーさんは、わたしに向き直って言った。

 「ああ、安心しろよ。ある程度手加減はしているからまだ生きてはいるぜ。鼻は折れたかもしれないけど。けど、生き残りのやつらも錯乱しているみたいだから、気をつけたほうがいいぜ」
 「は、はい・・・・・・」

 なんだか余計にこの駅の中にいる引沼さんのことが心配になってきた。こんな状況で、引沼さんは果たして大丈夫なんだろうか・・・・?

 「さて、あっちから生臭い臭いがするから・・・・・バーサーカーはあっちのほうだ。さっさと行くぜ・・・・ん?」

 アーチャーさんが向いた方向にはまばらに人が、それぞれ手に獲物を持ってこっちに向かってきていた・・・・

 「バケモノ・・・・!」
 「化け物・・・・・・!」
 「化物・・・・・・・・死ね!」
 「ちっ!こいつらも頭が変になってやがる!仕方ねえ!!」

 出来の悪いホラー映画や下手なゾンビの群れよりもよっぽどおっかない人たちを前にして、アーチャーさんは弓を構えた。

 「あ、アーチャーさん!?」
 「安心しな!誰一人殺しはしないさ!!」

 そう言ったアーチャーさんは矢を継ぐことなく、弓一つで狂人と化した人々に突っ込んでいった。
狂わされた人々はそれぞれ何かを手に持っていたけれど、それらを振るう前に倒されていった。何しろアーチャーさんはリズムよく弓で突く!弓で払う!そんな感じで次々と向かってくる人たちを鞭のように繰り出される弓の打撃で返り討ちにしたのだから。
そしてアーチャーさんが駆け抜けた後には、襲い掛かってきた人たちが蹲っている姿だけが残された。それは、あっという間のことだった。

 「この辺りには、もうこの手の連中はいないみたいだな・・・・とにかく、急ぐぜ。こいつらが起きたとしても正気に戻っている保証もないし、それにあんたの友達のこともあるからな」

 そうして、わたしはアーチャーさんの後ろについていった。その途中で、昏倒している人たちのそばを通り過ぎながら、わたしは心の中から謝った。生きているその人たちや他に死んでしまっている人たちの区別なしに・・・・



 鉄平とアサシンは街の通りを疾走していた。目的地は沙織たちと同じく敵がいると思われる幌峰ステーションだ。幸い、時間帯のおかげで人も車も見かけることはなく、止まることなく進むことができた。
もっとも、鉄平たちは人通りが少なく、かつ駅まで最短で到着できるルートを選んでいたことにもよるのだが。

 「それにしても、野々原さんたちはもう駅に着いたんだろうか?」
 「さて、な。だが、そちらの方がこちらとしても好都合。何しろ、その分敵がアーチャーたちに集中している分、こちらも動きやすくなるのだからな」
 「・・・・・・そうだな」

 アサシンが言うように敵が先行したアーチャーたちに目が向いているほど、自分たちの持ち味である暗躍がしやすくなる。そうしてバーサーカーの撹乱、もしくはキャスターの捜索、場合によっては戦闘を念頭に入れて行動をとるつもりだ。

 「鉄平よ。おそらくは、これから向かう場所にはキャスターの罠が張り巡らされていることも十分に考えられる。故に、主はその罠に対する対処のみを考えよ。無理に戦闘だけは行うな」
 「わかっているさ、それぐらい。むしろ、巻き込まれたら全力で逃げたいぐらいだよ」
 「そうだ。それでいい」

 鉄平はそこそこ腕の立つ使い手だ。しかし、それはあくまで人間のレベルでの話だ。いくら鉄平が“魔”相手に戦えたとしても、それとサーヴァントでは隔たりがある上に、その若さゆえの経験の浅さもある。鉄平もそこを十分承知しているが、自分の身はある程度自分で守れるぐらいの強さを持っていることも確かだ。

 「とにかく、この分なら十分もかからないうちに駅まで・・・・・・」
 「む!鉄平!!」
 「アサシン、どうした!?」
 「・・・・・・いや、もう遅かったか」

 アサシンが何かに感づくと同時に、その顔は若干歪みを見せる。
 突然、強烈な光を浴びせられ、鉄平は目を瞑ってしまう。目が慣れたころには、それがライトによるものだとわかった。自分たちの前に現れたのは、赤いバイクに乗った赤いヘルメットの男、シモン・オルストーだった。その近くには、黄金の鎧を纏った戦士、不死身の勇者ランサーが控えていた。

 「お前・・・・・・!シモン・オルストー・・・・・・・・!!」
 「へえ。おれの名前知ってたのか。あとから来たおまえらには名乗った覚えはないんだけどな」
 「お前らのことや、あのときのことは野々原さんから聞いたよ。アキレウスをサーヴァントにしているんだってね?」
 「ノノハラ・・・・?ああ、あのアーチャーのマスターの女か。なんだ、おまえら組んだのか?」

 鉄平に言葉を返すシモンには、自分のサーヴァントの正体を知られてしまったことに対してはそれほど気にしている様子もないようだった。
すると、ランサーが前に進み出て、自分が持っている槍の穂先をアサシンに向けた。

 「なら、オレの望みも聞いているよな?だったら、しばらく付き合えや」
 「・・・・・・何?」

 ランサーの言葉にアサシンはいぶかしむ。ランサーやそのマスターであるシモンの目的も沙織からだいたい聞いている。
だが、問題は何故このタイミングで?

 「悪いけど、お前らなんかに付き合っている暇なんかないんだ、こっちは。急いでいるから、どいてもらうよ」
 「そうつれないこと言うなよ。どうせ行ったってほとんどすることねえだろ?それに、あの周りは火に囲まれていて、地上からの侵入は無理だわ、あれ」

 どうやら、シモンたちは鉄平たちがどこへ行くのか、その目的を知っているようだ。それを知っていて、戦いを仕掛けようというのだ。

 「お前だって、サーヴァントの能力が常識を超えていることぐらい知っているだろう?だったら、それぐらいどうとでもなるはずだ」
 「まあ、そりゃそうだがよ。けどもう一度だけいうが、どうせ行ってもすることないだけだろうがな。あそこにゃサーヴァントが三体もいるんだ。おれたちが着くころにはもう事態は収まっているさ」
 「だったらなおさら、そこを無理矢理にでも通してもらう・・・・!」

あくまでも邪魔しようというシモンに鉄平は腸が煮えくり返っていた。それ以前に、向こうがその何らかの意図を隠していることに対しても、鉄平の苛立ちに火を注いでいる。

 「そうそう。それでいいんだよ。こっちの時間潰しに付き合ってもらうぜ」

 シモンがバイクから降りてヘルメットを脱いで、指を鳴らしながら鉄平の前に立ちはだかる。

 「して、ランサーよ。主はこの方針に関してどう思っているのだ?」
 「ん?んなもんどうだっていいだろ」

 意外にも、ランサーの回答は実に素っ気ないものだった。

 「確かに、バーサーカーのやっていることは気にくわねえし、それにどうも引っかかるもんがあるけどよ、今そんなもん気にしても仕方ねえことだしな。それにサーヴァントは基本、マスターに従うもんだろ?もっとも、これがあの業突く張りだったら即行でボイコットするけどよ」

 最後の一言を口にしたランサーの顔はどこか苦々しげだった。とりあえず、今のマスターとの関係は良好なほうであろう。
さらにランサーは付け加えた。

 「ついでに言っておけば、今アーチャーの野郎がバーサーカーとドンパチやってるみたいだからよ。それなら今のところは、これ以上被害も大きく出ることはないだろうさ。丸投げしているみたいでカッコつかないがな」

 ランサーがそう言い終えると、アサシンが問うた。

 「・・・・それで、仮にアーチャーが斃れたとすれば主はどうするつもりだ?」
 「あん?どういう意味だ?」
 「主はアーチャーとの戦いを切望していたはず。故にこのまま、バーサーカーめにみすみすやられるのを黙って見ているつもりか?」
 「・・・・・・まあ、万が一にもあの化け物相手にアーチャーが遅れをとるとは思えねえが、そうなったらそうなったで勝ったヤツと戦えばいいだけの話だ。これぐらいでやられるようなヤツと戦っても仕方ねえよ」

 ある意味では、ランサーの言っていることも合理的である。短絡的に考えれば、勝ったほうが強いということになる。
元来、戦いの勝敗のみで強い弱いを測ることは難しい。当人たちを取り巻く環境次第では、その優劣も大きく変化するのだから。
もっとも、単にランサーが割り切った考え方の持ち主であるだけかもしれないが。そうでなければ、ランサーはその“業突く張り”に愛想をつかして戦場に戻るようなことがなければ、かの戦役やその主役である勇者の名声も大きく違っていただろう。

 「おい。前置きはそれぐらいでいいだろ?さっさと始めようぜ?急いでんだろ?早くしないとお仲間がやられるかもしれねえからなあ」
 「そういうわけだ。ま、せいぜい間者相手に時間を潰すとさせてもらうぜ」

 鉄平は歯噛みして顔を歪ませた。
よく考えてみれば、これは単なる足止めというわけではなさそうだ。場合によっては、これは二組ものサーヴァントとマスターを蹴落とすことにもなる。鉄平は他からの妨害が入ることもある程度は考えていたが、それがキャスター以外のものから受けることまでは予想もしていなかった。
 鉄平とシモンが互いに睨み合う。

 「ほら、ぼうず。とっととおっぱじめようぜ!」

 そんな中、シモンはそう言いながらおもむろに、羽織っていた皮のジャケットを脱ぎ始めた。が、その言葉が言い終わらないうちに、ジャケットを鉄平に目掛けて投げつけ、そして大きく反動をつけ、ジャケットで覆われた顔面にパンチを入れた。
 それが合図となったのか、ランサーも踏み込んで、アサシンに渾身の突きを見舞った。しかし先ほどまでアサシンの立っていた場所にはその姿はいつの間にか消えており、槍の穂先が空を切った。と同時に、ランサーは大きく旋回し、薙ぎ払う。一瞬のうちに自分の背後にアサシンが回りこんでいたからだ。
アサシンは地に伏すような姿勢で槍の薙ぎ払いをかわし、そのままランサーに向けて直進していった。狙いはアキレウスであるランサー最大の弱点である踵、アキレス腱と呼ばれる場所だ。
アサシンの目前にそこが迫ると、腰にしていた忍刀を抜き放つ。しかし刃はアキレス腱に届くことはなかった。直前で、アサシンは上からランサーの左手にしていた盾で押しつぶされるように殴りつけられたからだ。
そして今度は、右手の槍を引っ込めるようにして短く持ち直し、そのまま盾を持った左腕を引いて槍を突き下ろす。だが自身の体を押さえていた盾が離れたことで、アサシンは一瞬で横へ転げ、ランサーと距離をとって体勢を立て直した。

 「へえ・・・・意外といい反射じゃねえか」

 兜の影でよくは見えないが、明らかにランサーの声は楽しげだ。

 「しかし、マスターのことを気にしていない・・・・というか気にする必要はないってか」

 ランサーが横目でちらりとシモンたちのほうに目をやった。
 どうやら鉄平は、ジャケットを投げつけられた後で、後ろに飛び退くことでシモンのストレートを回避したようだ。その証拠に、指紋と鉄平の距離は先程よりも大きく広がっている。

 「主こそ、鉄平を甘く見ないほうがいい。たかだか喧嘩自慢のゴロツキ如きに遅れをとるような男ではない」
 「言うねえ・・・・けど、テメエのほうはどうなんだ?オレはあくまで時間潰しに戦って“やって”いるが、時間はどれぐらいもつんだ?」

 相変わらず声は先程と同じく楽しそうにしている、がしかし油断しているわけでは決してない。その証拠に、僅かに見える口元は口調ほどに緩んでいない。むしろ、その引き締まった口は本気で倒しにかかっていることの何よりの証明だ。

 「それに、言葉を返すようだが、オレのマスターもなめないほうがいいぜ。あいつは、ただの“喧嘩自慢”ではあっても“ゴロツキ”・・・・みてえなもんだがあれでもれっきとした“魔術師”だ。あの小僧もなかなかやるようだし、先も見てみたいが・・・・死ぬぜ?」
 「・・・・・・ならば、主を屠った後に、主のマスターも屠るまでだ」
 「アサシンごときがオレを屠るとは、身の程知らずが・・・・・・!!まあ、いい。おしゃべりがすぎた・・・・いくぜ」
 「うむ」

 アサシンとランサー。鉄平とシモン。ここにもう一つの戦いが展開する。



 駅の中に入ってから五分も経っていないというのに、わたしの不安は徐々に大きくなっていく。もうすでに引沼さんのアルバイト先も通り過ぎてしまった。

 「もうそろそろバーサーカーのやつの近くまで来ているぜ。それとそいつの近くに、人の気配もする。多分、そいつがあんたの友達だろうが、まだ生きている」

 そんなわたしをアーチャーさんが気遣ったのか、近くにバーサーカー、そして引沼さんがいることを伝えた。わたしは一瞬安心した。けれど、近くにバーサーカーがいるとなると、もう抜き差しならない状況になっていることだけははっきりした。

 「■■■■■■・・・・・・」

 すると、向こうから聞き覚えのある、地獄から響くような唸り声が聞こえてきた。
あの声だけは、忘れようがない。
何しろ、ある意味でわたしを聖杯戦争へと引き入れた張本人なのだから・・・・

 「まずいな・・・・!あの野郎、あんたの友達を殺しにかかろうとしているぜ・・・・・・!」
 「そ、そんな・・・・・・!!」
 「そんな顔するもんじゃないぜ。ここならちょうどいい・・・・いくぜ」

 そう言ってアーチャーさんはそこで立ち止まり、弓矢を構えた。泊まったその場所から、斧を振り上げているバーサーカーの姿があり、そしてその前には瓦礫の山があった。その下に引沼さんがいるのが見えてしまい、わたしの心の中には安心感と罪悪感が混在した。
 そして、アーチャーさんの放った矢がバーサーカーの体に吸い込まれるように突き刺さり、そして手にしていた斧が後ろにガシャンと落ちてしまう。
 バーサーカーの視線がこっちに向いてきた。

 「おい、デクの坊。女の扱いがなっちゃいないぜ。その上、随分とやりすぎたみたいじゃないか・・・・悪いが、あんたはもうここまでにしてもらうぜ」

 アーチャーさんはあからさまな挑発の言葉を、バーサーカーへ向けて投げつけた。

 「■■■■■■・・・・・・!!」

 バーサーカーが唸る。その唸り声とその目には明らかな敵意が含まれていた。

 「サオリ。わかっていると思うが、オレがあいつを引きつけておく。その間にあんたはあそこで寝ている友達を、あの寝心地の悪そうなベッドから引きずり出しておきな。その後は安全なとこで避難していてくれ」
 「そ、それはわかりましたけど、大丈夫なんですか・・・・?」
 「まあ、なんとかなるさ」

 アーチャーさんは口元に笑みを浮かべていた。それに対して、向こうにいるバーサーカーは後ろに落ちた斧を再び手にして、片足で何度も足踏みをしていた。

 「来るぞ!!」
 「え?キャッ?!」

 アーチャーさんの声が聞こえてきたのとほぼ同じタイミングで、わたしはアーチャーさんに横へと突き飛ばされた。

 「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!!!」

 その直後、わたしの目の前でバーサーカーが通り過ぎた。アーチャーさんはバーサーカーが突っ込んでくることがわかったから、わたしをああやって飛ばして、自分はバーサーカーを引きつけたんだろう。
たしかに、ここであのバーサーカーと戦えるのはアーチャーさんしかいないのはわかるけれど、それでもあんな化け物じみた敵と戦えるアーチャーさんにただ、ただわたしは驚嘆する以外なかった・・・・

 「・・・・そうだ!ボケッとしている場合じゃなかった!」

 早くあそこの瓦礫の下敷きになっている引沼さんを助けないと・・・・!
 わたしは足早に引沼さんの下へ駆け寄った。引沼さんのそばまでやってきたわたしは、彼女が頭から血を流していて、荒い息を吐いていた。そして、体の半分近くが瓦礫に埋まっていた。

 「引沼さん!しっかりして!!引沼さん!!」

 引沼さんの薄く開かれた目がこっちを向くと、一瞬だけその口元が緩んだように見えた。そして引沼さんの瞳は完全に閉ざされてしまい、体中の力が抜け切ったかのようにガックリとなってしまった。
 それでも、引沼さんの口から僅かに呼吸している音が聞こえてきたため、強張りかけたわたしの体が弛緩した。
 大丈夫、引沼さん。必ずわたしが・・・・わたしたちが助けてみせるからね。



 バーサーカーを沙織たちから引き離すことに成功したアーチャーは、現在沙織たちだけではなく、バーサーカーとも離れ離れの状態になって、西側の改札口のあるコンコースにいた。
ここに至るまで、アーチャーは突進してくるバーサーカーに矢を何発も射たが、バーサーカーはそれにお構いなしに突っ込んできたので、その突進をギリギリで飛び退くことで回避し、それによってバーサーカーとの距離を稼いでいた。
 そして現在、沙織たちの位置から大分離れ、かつバーサーカーの注意が完全にこちらに向いてきたので、いったん体勢を立て直すべく、バーサーカーから逃れる形でここに辿り着いた。

 「しかしあいつ、なんか必要以上に凶暴化していないか?」

 アーチャーは最低でも二度、バーサーカーと遭遇している。
一度目は沙織に召喚された、あの日の夜の公園で。
二度目はライダーやランサーと対峙し、七騎のサーヴァントが一箇所に集結したとき・・・・それらの印象によって、バーサーカーの腕力はおそらく全サーヴァントでも随一、しかしその半面鈍重で命中率も限りなく低いというのがアーチャーの見立てだ。
 もちろん、それでもバーサーカーが凶暴であることには変わりない。
 しかし、ここにいるバーサーカーは今まで以上にその凶暴性が強まったようにアーチャーは感じた。現にこのコンコースも、死体や元は人間“だった”肉片が散乱している上に、壁や床、ここに置かれているオブジェもバーサーカーの斧の餌食になったのか、大きく削り取られていた。
 このことから、バーサーカーがここでメチャクチャに暴れたものと推察できるが、二度の遭遇でこれほどまでに暴れたことはなかったはず。もちろん、そのたった二度でバーサーカーの全てを推し量れるなどという虫のいい話はないことはアーチャーにもわかっている。
 もっとも、バーサーカーというサーヴァントは理性を奪われた英霊がつくクラスで、それを代償として“狂化”することによって莫大な力を得るのが常だ。
 つまり、今までバーサーカーは狂化しておらず、この場でようやく狂化したと考えるのが普通だ。

 「・・・・もっとも、それだけじゃないんだろうが、な・・・・」

 アーチャーはそんなことを呟いたが、今アーチャーがなすべきことはバーサーカーの凶暴化の理由を探ることではなく、そのバーサーカーを斃すことだ。サーヴァント同士が遭遇すれば必死を意味することはアーチャーにも十分わかっている。
 だが、問題はどうあの凶悪な怪物を仕留めるか、だ。
 狭い通路ならばアーチャーの矢も決して外れることはない。自分の矢が外れるなどとはアーチャー本人は露ほども思っていない、がしかしあの様子を考えるに生半可な攻撃ではバーサーカーを倒せないことはすでに証明された。
 加えて、今アーチャーがいるこのコンコースもちょっとした広場という感じだ。この空間はどちらかといえば、大振りな攻撃がほとんどのバーサーカーにとって有利であることは確かだ。

 「まあ、手なんていくらでもありそうなもんだけどな」

 そう言って、アーチャーはロックされた自動ドアのほうに目をやった。その先には、大手百貨店に続いていた。


 バーサーカーがアーチャーのいたコンコースに到着したのは数分後のことだった。しかし、すでにアーチャーの姿はなく、バーサーカーは大げさな動作でアーチャーの姿を探した。
 そして、バーサーカーは破られた自動ドアが目に入った。ほとんど本能的に、そこに敵が逃げ込んだと認識したのか、バーサーカーはその自動ドアに向けて突っ走った。

 「■■■!■■■■■■■■■!!」

 バーサーカーは自分より小さいそのドアをほとんど無理矢理突き通り、自動ドアのあったその場所に大きな穴ができた。
 バーサーカーは再びアーチャーの姿を探す。このフロアは、化粧品や宝石類など、婦人用の小物を取り扱っている店が並んでいる。もちろん、シャッターが閉まっていたりカバーがかけられていたりするのだが。
 すると、バーサーカーの頭上から数本の矢が降り注ぎ、それらがバーサーカーの背に刺さる。バーサーカーが後ろに振り返って見上げると、一階と二階は吹き抜けとなっていて、二階の欄干からアーチャーが弓を構えて立っていた。

 「デクの坊!オレはこっちだ!!」

 声高らかに言ったアーチャーは矢を弓につがえ、それを放つ。さらにもう一本、同じように放つ。二本の矢はそれぞれ微妙に込める力を微妙に変えていたが、そのどちらも狙いはバーサーカーの頭、とくに眉間だ。
 矢は吸い込まれるようにバーサーカーの頭部へと向かっていった。しかし、矢がバーサーカーの頭に刺さることはなく、逆にバーサーカーがブンブンと頭を振るうと同時に矢は二本とも弾かれてしまった。

 「おいおい、マジかよ!?」

 アーチャーは百発百中を信条としていただけに、これは軽くショックを与えた。
 しかしすぐに“弾かれたのなら、弾いた部分に当たったのだから問題なし”という考えに切り替わった。

 「しかし、あのボロっちい覆面の下はどうなっているんだか・・・・」

 もちろん、その下はバーサーカーの素顔ということになっているが、アーチャーがあの覆面の下にあるものを想像するその前に、バーサーカーは斧を持った腕を振りかぶった。

 「■■■■■■■■■■■■!!!!」

 バーサーカーはアーチャーのいる欄干に向けて、斧を投げつけてきた。斧は回転しながら放物線を描き、アーチャーの立ち位置へと迫っていく。

 「やべえ!!・・・・なんて言うと思ったかよ!」

 アーチャーはひらりと身を翻して欄干から飛び降り、数秒後にはその欄干に斧が突き刺さると同時に、明かりのない店内に轟音が響き渡った。
 斧が刺さっている場所にはヒビが入っていた。
 バーサーカーはその場でしゃがみこんでから斧の刺さっているその場所へと一気に飛び上がった。バーサーカーは右腕で斧を掴み取り、左腕で欠損していない欄干に手をかける。バーサーカーが斧を引き抜くと同時に、突き刺さっていたその場所はガラガラと音を立てて崩れ去った。
 その後でバーサーカーは欄干をよじ登って二階に降り立った。
 二階は婦人服売り場となっており、カバーがなければ色とりどりの服が店舗に飾られ、客の目を奪っていたことだろう。
 ここはコンコースや一階とは違って、遮蔽物も多く隠れ場所にはうってつけだ。要するに、バーサーカーは狙撃を得意とするアーチャーのフィールドに引きずり込まれたということだ。

 「と言っても、狂化しているあんたにはそんなこと考える脳みそもないだろうがな!!」

 どこからともなく矢が飛来し、バーサーカーの体に先程よりも深く刺さる。バーサーカーが飛んできた方向に振り向いたときには、アーチャーは移動しながら矢を放ってきた。今度も先程よりも深かった。そしてすぐにアーチャーを見失ってしまった。
 バーサーカーはそれにも構わずアーチャーのいそうなところに突撃するも、またしても矢を受けてしまう。アーチャーのいそうな売り場に到達したバーサーカーはめっぽうやたらに斧を振り回す。しかし売り場の空間が狭いために、思うように斧を振るえない。
 それでも壁やカバーのかかった商品棚は破壊され、値段の安さ高さなど関係なしに服が次々と価値のない布へと変わり果てていく。
 この破壊活動により、アーチャーの隠れ場所が半減していくので、ある意味効果的といえなくもない。

 「おい!なに一人で面白おかしく暴れてんだ!?」

 いつの間にか売り場から出ていたアーチャーはそう囃し立てながら、バーサーカーに次々と矢を見舞う。それらは寸分違わずバーサーカーの体により深く突き刺さる。
 それでもバーサーカーは身じろぎ一つせず、敵意を剥き出しにした目でアーチャーを睨みつける。

 「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 バーサーカーが怒りの咆哮を上げ、アーチャーが姿を消した方向へ突撃していくが、その直後に四方から時間差で矢が連続でバーサーカーに襲い掛かってくる。
 だが、暗闇の中でアーチャーの姿を見つけ出すことはできず、バーサーカーはただ怒り狂って斧を振り回し、自分の周囲にあるものを粉砕するばかりであった。


 「ここまで予想通りの反応をされると、逆に呆れてくるな・・・・」

 アーチャーはバーサーカーから大分離れた位置の物陰から、暴れ狂っている敵の様子を伺っている。

 「しかし、攻撃は通ることは通るんだが、いかんせん効いている様子がないんだよな・・・・」

 アーチャーの矢は正確無比にバーサーカーの体を突き刺している。おまけに射れば射るたびにその加減を強めてもいる。
 しかしいくら射ても、バーサーカーにまともなダメージがあるようには見えない。
 現に、数えるのが億劫になるほどの矢が刺さっているにもかかわらず、バーサーカーの勢いは変わらない。
 アーチャーはふと、見上げるようにして顔を上げる。

 「やっぱり、宝具しかないよなぁ。どう考えても・・・・」

 一体、何を持って英雄と断ずるのか?やはりその人物がいかなる武勇を残したかであろう。それを成し遂げるには、個人の実力は当然としよう。
 他に必要なものがあるとすれば、そのうちの一つにあげられるのは強力な武器であろう。
 そうした武装や伝承が“宝具”という形となってサーヴァントの切り札として難局を打破する。
 しかし宝具とサーヴァントは表裏一体、どちらかの名が明らかとなれば、なし崩し的にもう片方の名前が割れてしまう。
 それはつまり、相手方にそのサーヴァントの対策を練られてしまうことを意味する。

 「ま、いずれにしても使わなきゃバーサーカーを倒すなんて無理な話だよな。それにこの格好じゃ、どのみちオレの真名も知られたも同然だしな」

 アーチャーは溜め息混じりにそうぼやく。しかしそうは言っても、あの狂戦士はこの場で倒さなくてはならない相手であることには変わりない。

 「そうと決まれば、さっさと場所移すか」

 近くには、この百貨店から出るための連絡通路がある。その先には別の百貨店へと続いている。アーチャーはそれを隔てているドアに向けて矢を引き絞った。


 ガシャアァアン!!

 何かが割れる音が聞こえて、バーサーカーはそっちに振り向いた。無論、バーサーカーはそこへ向かって突き進む。案の定、ガラス戸の自動ドアが割られていた。バーサーカーは一階のときのようにそこに体をぶち当て、無理矢理ドアの外へ出る。
 橋のようになっているその通路は、下のコンコースを見下ろせる形となっており、それはここより上の階層の通路も同じだった。
 もっとも、橋のようになっているのはこの二階の通路だけなのだが。また出入り口が近いためもあって、巨大なガラスの窓から駅の外を見渡すこともできる。
 バーサーカーがアーチャーの姿を求めている中、四階の割れたガラスの仕切りの向こうからアーチャーが弓を構えていた。
 現在アーチャーがいる位置は、バーサーカーのいる通路を見下ろせる位置にある。
 アーチャーは息を殺すようにしてバーサーカーを伺っている。
 本来ならば、バーサーカーが姿を見せたのと同時に宝具で狙い撃ちにしたかったのだが、バーサーカーの出現が思った以上に早かったため、体勢を整えることができなかったことによる。

 「とりあえず、これぐらいでいいか」

 これまで散々轟音が鳴り響いたこともあり、アーチャーの聴覚は重度ではないにせよダメージがいくらか残っていたことも攻撃が遅れた要因の一つでもある。
 アーチャーが宝具を発動しようとした、そのときだった。

 「・・・・・・・・!?!何かの気配がする・・・・!これは、キャスター、か・・・・?」

 アーチャーはこれまでバーサーカーに集中していたので気がつかなかったが、この駅に妙な気配を感じ取った。
 状況から考えれば、バーサーカーの背後に潜んでいるキャスターというのが妥当な線だ。しかし、キャスターというには、どこか妙な感じがしてなぜかそう断ずることができない。バーサーカーのマスターという可能性もあるが、少なくともこれは人間のものではないことだけは確かだ。
 しかし、この正体不明の気配によって、戦局は大きく変化していった。

 「・・・・・・!?しまった!!バーサーカーのやつ、もうここまで来やがった!」

 気付けばバーサーカーはアーチャーを見つけたのか、上の階の連絡通路をよじ登ってアーチャーのいる階の通路まで到達しようとしていた。
 三階から上の通路は二階のそれとは違って、ガラス戸で仕切られ、そこから下の階を見下ろすことができる。
 つまり必然的に壁を登るような形になるのだが、手で掴めるような凹凸がないに等しい。よく見れば、壁にヒビが多く入っているので無理矢理手を突っ込んだり、斧をピッケル代わりにして登っていたりしていた。
 そうこうしているうちに、とうとうバーサーカーは四階に降り立ってしまった。バーサーカーが移動している間は、確実に仕留めることのできる絶好のチャンスだった。
 にもかかわらず、アーチャーはそれをしなかった。
 というのも最後に狙撃してから、謎の気配を感じ取ったせいで一瞬だけ戸惑ってしまった。その戸惑いがバーサーカーに猶予を与えてしまうこととなったのだ。

 「・・・・けど、どっちにしてもやることは変わらないけどな」

 こうしている間にもバーサーカーは迫ってくる。バーサーカーがここに踏み込めば最後、アーチャーは袋の鼠となる。
 だが、それはバーサーカーにとどめをさす最大のチャンスでもある。自分の持つ宝具と弓の技量さえあれば、一撃でバーサーカーを倒すことができるとアーチャーは確信していたからだ。

 「さて、と。ここで気を取り直さないとな・・・・」

 アーチャーは深呼吸をし、来るべき敵を迎え撃つ準備を整える。

 「・・・・・・ん?なっ・・・・!?」

 そこには信じがたい光景が広がっていた。
 店内のほとんど、というよりもアーチャーの視界の先にある空間が捻じ曲がっていたのだ。

 「こいつは・・・・キャスターの仕業か!?」

 だとすれば迂闊だった。
 あのときバーサーカーを倒していれば、この局面において余計な介入をされずにすんだのだから。
 そして、アーチャーがキャスターと思しき気配の探索をほとんどしなかったのも、その気配は霞がかかっているようで掴みきれなかったからだ。
 それがこうして、また超越した感覚による探知が仇となってしまった。

 「・・・・・・くそが!」

 今、自分が見ているこれは幻覚だ。おそらくは、これのせいで駅にいた人間の多くがこれに取り殺され、殺し合いを演じることとなってしまったのだろう。
 幻を振り払うべく、アーチャーは自分の額を思いっきり殴りつけた。
 そうして、視界は正常に戻った。その視界には目の前で突っ込んできているバーサーカーの姿があった。

 「ぐっ!!」

 またもやバーサーカーに機会を与えてしまっていた。脳天を前面にして突っ込んできたバーサーカーの突進をアーチャーは受けてしまったが、ギリギリで後ろに飛んだため深手を負わずにすんだ。
 しかし圧力が強すぎたのか、吹き飛んだアーチャーは割れたガラスからそのまま下へ落ちていく。

 「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 バーサーカーはその場で雄叫びを上げた後に、アーチャーに追撃すべく、自らも飛び降りた。

 「・・・・・・くそったれ!勝ち鬨はまだ早いっての!!」

 アーチャーは空中で弓を引き絞り、矢を放った。しかし矢が向かう先にバーサーカーはいない。その先にあるのは、窓ガラスだ。
 矢は窓を突き破った、と同時に割れた場所から竜の吐息のごとき炎が噴出した。その火炎は時間差で堕ちてきたバーサーカーを包み込み、バーサーカーは火達磨となって悶えながら、体勢を崩して落下していく・・・・



 嵐が過ぎ去ったかのように、無人の雑貨店に静寂が戻る。割れた仕切りの下では炎が収まっていたが、火炎がガラスの穴のあたりでくすぶっている。
 商品棚の脇から、人影がゆらりと現れる。暗くてよくは見えないが、かすかに見えるその姿は昔の学者を思わせる、ゆったりとした服装で、何かの書物が右手に携えられている。

 『ヤレヤレ・・・・・・我ガ主カラハ“戦イニハ一切ノ手出シヲスルナ”ト言ワレタガ、アマリニモ一方的ナ展開ダッタノデ、ツイ手出シシテシマッタヨ』

 その人影からは、いくつもの声が重なって店内に響く。

 『我ガ同輩タル魔獣大長ニ言ワセレバ、非常ニ簡易ナ計算問題ヨリモ、アリキタリナ表現ノ連続シカナイ詩ヨリモ非常ニ退屈ナモノダ。ヤハリ一進一退ノ攻防アッテコソノ戦イ・・・・ラシイカラナア』

 人影はそんなことを呟くと、くるりとその場から背を向ける。

 『サテ、休憩時間ハ終ワリダ。ソロソロ次ノ仕事ニ取リ掛カラネバ。全ク以ッテ、扱キ使ワレル身モ楽デハナイモノダヨ』

 そう言って、人影はその場から幽鬼のように闇の中へと姿を消した。



 わたしは引沼さんをほぼ引きずる形で、駅の中を当てもなく彷徨っていた。引沼さんの上にあった瓦礫はかなり重かったけれど、どうにか頑張ってどかせられるものはどかしてどうにか引沼さんを救出することができた。
 多分、今回のこれは人生で一番体を使っていると思う。というか引沼さんには悪いけど、意外と重たい・・・・・・!
 アーチャーさんは安全な場所へ隠れろと言ったけれど、はたしてそんな場所がここに存在するのだろうか?まだ生きている人たちがいるとして、もちろんそういう人たちがいてほしいわけだけれども、その人たちが気を狂わされてわたしたちを襲ってこないとも限らない。
 それにバーサーカーの背後にはあのキャスターがいるんだ。多分、駅の中にも罠とかがありそうだ。だから、ここには安全な場所なんてないと思う。
 けれど、こうしてうろついていても危険であることには変わりない。最低限でも危険から遠い場所さえあれば、そこでどうにかやりすごせるかもしれないんだけど・・・・
 それにしても、なんだろう?サーヴァントの出現と同時に感じる悪寒、きっとサーヴァントの気配に似た何かはすることはする。
 バーサーカー以外にももう一体、きっとキャスターのものだと思うけれど、それとは別に嫌な悪寒がわたしの体中を走っている。
 少なくとも、これはサーヴァントのものとは違う。それは、サーヴァントたちとは違う怖さがあって、掴みどころがなくて、それでいてとても不気味な感じ。
 それが、わたしの体にまとわりついていた。
 ん?あっちのほうは、たしか駅の南口だよね?なんかやけに明るいような気がするけれど、何?・・・・・・!まさか、誰かがここから出ようとして、駅の周りを取り囲んでいる炎に焼かれたんじゃ・・・・!?それにしてもあの明かり、段々大きくなって・・・・
 違う!大きくなっているんじゃない!
 こっちに向かってきているんだ!
 だんだんドタドタした音とともにこっちに近づいてくるそれをよく見ると・・・・アーチャーさんにバーサーカー!?なんで!?なんでバーサーカーの体がところどころ燃えていて、アーチャーさんがバーサーカーの頭にくっついているの!?
 わたしは引沼さんを懸命に運びながら、急いでその場からすぐさま離れた。
 ダンプカーのように突っ込んできたバーサーカーは柱にぶつかって、ようやくその突進が止まった。その進路はちょうどさっきまでわたしが立っていたところだ。下手をすればわたしがあれにぶつかって吹き飛んでいたかもしれない。
 柱にぶつかった衝撃とともにアーチャーさんの呻き声が微かに聞こえてきた。

 「アーチャーさん!?」
 「よお、サオリ・・・・悪い。少しドジっちまったみたいだ・・・・・・」

 アーチャーさんは苦しい表情と声をしながらも、いつも通りの軽い口調で答えた。
 でもアーチャーさんの体はバーサーカーの頭にくっついたままで、そのバーサーカーは柱に頭突きするように何度も何度もアーチャーさんの体を強く打ちつけた。そのたびにアーチャーさんの苦悶の声が聞こえてくる。

 「■■■!■■■■■■!!!」

 アーチャーさんの体ごと頭突きを繰り返すバーサーカーが唸っている中、アーチャーさんの声をわたしは聞き逃さなかった。

 「なるほどなあ・・・・頭を狙った矢を“こいつ”で弾いていたってわけか・・・・そろそろその汚いボロ袋を取りやがれ!このデカブツ!!」

 わたしのいる位置からではよく見えないけれど、アーチャーさんが微妙に動いたような気がした。

 「■■■■■■■■■■■■■■■!?!!?」

 その瞬間、今度はバーサーカーが絶叫しながら、物凄い勢いで目を押さえつつ頭を振り始めていた。当然のことながらバーサーカーの頭にくっついているアーチャーさんはそれに振り回され、そしてその反動でようやくバーサーカーから離れ、わたしたちのところへ吹き飛んできた。

 「アーチャーさん!大丈夫ですか!?」
 「あ、ああ。なんとかな・・・・・・あれだけ啖呵切っておいてこのざまだ」

 アーチャーさんはお腹を押さえながら、顔には笑みを浮かべて返した。よく見たら、そのお腹のほうから血が流れている・・・・!

 「アーチャーさん・・・・!その傷・・・・・・!?」
 「ああ・・・・あんたも見てただろ?さっきバーサーカーのやつに刺されてな。抜けにくい上に野郎があんまりにもしつこいもんだから、つい目を小突いちまった・・・・」
 「め、目・・・・・・?」
 「そうだ・・・・いくら狂化しているっていっても、さすがに目玉まではそうはいかなかったみたいだな・・・・さすがに潰れやしなかったが、とにかくざまあ見ろってんだ・・・・」

 な、なんだか言葉だけ聞いていると、アーチャーさんのほうがよっぽど悪く思えてくるような・・・・これでも、アーチャーさんのほうがダメージ大きそうなんだけど・・・・・・・・
 ちょっと待って!今、アーチャーさんはなんて言った!?バーサーカーに、“刺された”・・・・!?

 「ほら。こいつを見な」

 そんなわたしの考えを読み取ったのか、アーチャーさんは自分の手に持っているものをわたしに見せた。これって・・・・バーサーカーの覆面?

 「まさか、あの下に何か仕込んでいたんですか!?」
 「まあ、見てなって。いよいよバーサーカーの素顔の御開帳だ」

 わたしがバーサーカーのほうに目をやると、覆面を脱がされたバーサーカーが押さえていた手をよけてこっちに向き直ってきた。

 「・・・・・・・・・・え?」

 思わず、わたしは自分の目を疑ってしまった。
 これまで、バーサーカーのことを怪物“みたいな”サーヴァントだと思っていたけれど、それは間違いだった。
 なぜなら、バーサーカーは怪物“そのもの”だからだ。

 「■■■■■■■■・・・・・・・・」

 バーサーカーの覆面の下の素顔、牛の頭であるそれから生えているその角の片方はアーチャーさんの血で染まっていた。
 そして、肉食獣のような血走った目がわたしたちを捉える。

 「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 この鋼鉄の迷宮を振るわせるほどまでに大きな怒号を放つその口には、何もかもを噛み砕きそうな鋭い牙が剥き出しになっていた・・・・



~タイガー道場~

佐藤一郎「皆様。今回もこの作品にお付き合いくださり、まことにありがとうございます。前回に引き続きまして司会進行はこのわたくし、佐藤一郎とこちらにいらっしゃいますシロー様でお送りいたします」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「おや?シロー様?如何なされましたか?今まで以上に不機嫌な顔をされていらっしゃいますよ」

シロー「・・・・・・もうこれ以上、口にするのも億劫だが、一応聞こう。いつもこの空間にいるあの二人はまだ帰ってこないのか?」

佐藤一郎「ええ。藤村様は、本業は教師ですから学校での業務に追われていらっしゃいます。一応、学校があんなこと(集団不登校)になりましたからなあ」

シロー「・・・・・・それで?もう一人の方は?」

佐藤一郎「ええ。イリヤスフィール様の方は今、リハビリの最中ですが・・・・一応、念のため、確認を取ってまいります」

(佐藤一郎、懐から携帯電話を取り出し使用開始)

プルルルル・・・・・・
 プルルルル・・・・・・

ガチャリ

???『この駄犬。どこで油を売っているのですか?頼んでおいた買い物を十秒以内に終わらせなさいとあれほど口を酸っぱくして説明して差し上げたのに、その頭ではそんな簡単なことも覚えられないのですか?いい加減にしなければ去勢しますよ?』

佐藤一郎「申し訳ございません。わたくし、ランサー様ではなく佐藤一郎にございます」

???『・・・・・・貴方でしたか?それで、何か御用でしょうか?』

佐藤一郎「ええ。実は、藤村様の代理でイリヤスフィール様のその後の経過を伺いたいと思いまして・・・・」

???『そうですか。安心してください。イリヤスフィールは無事に改ぞ・・・・いえいえ、手術を終えました。今は知っての通り、順調に調きょ・・・・もといリハビリに励んでいる毎日ですので、心配はいりませんよ』

佐藤一郎「そうでしたか。いえ、それだけわかれば十分です。お時間いただき、真にありがとうございます。お礼といってはなんですが、後ほどメールでランサー様の居所をお教えいたしますので」

???『そうですか。ご協力、感謝いたします。では、貴方に神のご加護がありますように』

佐藤一郎「これはもったいないお言葉を・・・・では、これで失礼いたします」

ガチャリ

ツー・・・・
ツー・・・・

佐藤一郎「はい。イリヤスフィール様は元気にお過ごしとのことです」

シロー「待て。今、誰と何を話していた。というよりも、誰に何を頼んだ?」

佐藤一郎「さて。本題に戻りますが、今回でバーサーカー様の正体がほぼ判明いたしました」

シロー(スルーしたな・・・・)

佐藤一郎「しかし、真名はまだ判明には至っていませんので、ステータスは次回に持ち越しということでご了承ください」

シロー「ふむ。まあ、あの特徴だけでは完全に正体が割れたわけではないからな。もっとも、ほとんど判明したようなものだがな」

佐藤一郎「とりあえず、バーサーカー様の正体に関しては次回のお楽しみということでご容赦ください」

シロー「それで、今回の戦闘描写は作者としてはどういう感触だ」

佐藤一郎「ええ。アサシン様とランサー様の戦いは作者様本人の主観によるものですが、ある程度の手ごたえを感じたそうです。ただ・・・・」

シロー「ただ?」

佐藤一郎「メインであるはずのアーチャー様とバーサーカー様の戦いはどうも四苦八苦したようですな」

シロー「そういえば、その戦いは基本的にアーチャーが物陰に隠れてバーサーカーを狙撃して、がほとんどだったな」

佐藤一郎「ええ。流石にアルトリア様のほうのセイバー様とエミヤ様であらせますアーチャーさまとの戦いのような描写はさすがに厳しいものがありますからね。まあ、こちらのバーサーカー様の戦闘スタイルのコンセプトが佐島時×なので少し荷が重いかと」

シロー「なんだ?最後の発言は?」

佐藤一郎「とはいえ、ここはストーリー序盤の山場。前回でも書きましたが、ぜひとも力を入れておきたいところ。レベルが低ければ、勢いと熱意と妄想でカバーという次第です」

シロー「いや。妄想でカバーするな」

佐藤一郎「とまあ、今回の話に関することはこんなところですかね」

シロー「ふむ。では、ここでお開きというわけか」

佐藤一郎「いえいえ、とんでもございません。実は、今回からご感想のお返事をここで返すことにしたようですよ」

シロー「そうか。これはこれで随分と思い切ったことをするな」

佐藤一郎「はい。それとお返事はちゃんと作者様の言葉で記すので、どうぞご安心ください。それでは、どうぞ」


確かに少しばかり派手にやりすぎてしまいました。でも、これにはちゃんと理由がありますので。もっとも、それがちゃんと辻褄が合うかどうかは少し不安な面もありますが。それと今回の感想でモヤモヤとしていたものが大分振り払えましたので、お礼を言わせてください。
ありがとうございます。
今回は感想に助けられる形となりました。
それと、サブの皆さんもちゃんと活躍させたいなあ・・・・


シロー「“モヤモヤとしていた”・・・・?」

佐藤一郎「これは今後の展開にかかわる話ですので、多くは言えません。ただ、本筋だけは曲げていませんので、どうかご安心ください」

シロー「それにしても、“派手に”どころの話ではないな、今思えば。下手をすれば第4次のキャスターよりも性質が悪いぞ、これは」

佐藤一郎「そこはお返事にもありますように、いずれ理由が明かされますので」

シロー「これで半端な理由だったらただでは済まないだろうな・・・・」

佐藤一郎「これは手厳しい。ああ。それと、前回と第一話のタイトルの横に“残虐描写あり”の注意を書き足しましたので、ここにご報告いたします」

シロー「本来なら前回報告してから付与するつもりだったが、それ自体忘れてしまって今に至るというわけだ。これをもってこの不手際を詫びさせてほしい」

佐藤一郎「それと作者様も近頃、加筆・修正をしたいと考えているようですが、いかがでしょうか?」

シロー「む?どういうことだ?」

佐藤一郎「ええ。それは以前から指摘された部分などをそうしたいと思っているようですが作者様ご自身の未熟さを晒す意味もこめてそういった部分は放置していらっしゃいまし、勝手に変えたりするのも問題だろうと考えていらっしゃいますので。それに、そういうことに手を出すとなるとしばらく更新が滞ることもありえますからね」

シロー「パソコンを開いては高確率で脱線するような人間が何を・・・・」

佐藤一郎「とにかく、できればでよろしいので、これに関するご意見をお願いいたします」

シロー「おそらく、今手を出すにしても誤字修正などがほとんどになると思う。そして、そのタイミングはバーサーカー戦終了後か、もしくはもう一山終えてからになるはずだ」

佐藤一郎「では長くなりましたが、今回はここで仕舞いとさせていただきます。それでは皆様。ごきげんよう」

シロー(それはそれとして、イリヤのほうは無事なんだろうか・・・・ものすごく不安なのだが・・・・・・)

追記

佐藤一郎「感想掲示板のほうに“名前の明記はやめてほしい”という旨の書き込みがありましたので、一先ずは名前だけ削除いたしました。作者様に代わりまして、ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします」



[9729] 第十六話「闘争乱立」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/04/10 02:32
 幌峰ステーションから十数キロ先にある中央公園、その名のとおりこの街のほぼ中心に位置しており、観光客で賑わいを見せるだけでなく、市民の憩いの場所として長く親しまれている。そのまたほぼ中央に位置している百年記念塔は、街のシンボルでもあり、住民たちにも親しまれているスポットだ。これは文字通り、街ができて百年を迎えたことを記念して作られて時計塔である。時間ごとに鳴り響く鐘は市民に愛される存在であり、また面白いことに、この塔自体が日時計となっているのも注目すべき点だ。その内部は街全体を見渡せる展望室だけでなく、観光客向けの土産物屋やレストランなども設けられたことで、街での人気名所第一位の座を守り続けている。
 夜が更けつつあるこの時間では、当然のことながらどの店も営業を終了している。しかし、塔の一角にあるレストランの座席に一人で着いている人物がいた。暗がりの中で、ゆったりとした姿勢でイスに座っているその男の、四本の指に色とりどりの宝石をたたえた指輪をはめている右手で、香ばしい香りとともに湯気が立ち上るコーヒーカップを口元へ運び、その香りを存分に堪能する。熱々としたコーヒーの入ったカップに口をつけると、その苦みを反芻するかのようにゆっくりと喉元へ流し込んだ。

 「ほう・・・・ここで、ようやくバーサーカーの正体が明らかとなったか。まあ、タイミングとしては程好いところか」

 この時代には似つかわしくない、神官のような服を纏った男、キャスターはゆったりとした姿勢で窓を眺めていた。しかし彼が眺めているのは、窓から見下ろせる夜景などではない。彼が駅に放った使い魔を通して送られる構内での様子、特にアーチャーとバーサーカーとの一戦を映像として窓に投影されていた。その様子はまるで映画鑑賞でもしているかのようだった。
 古より蘇りし魔術師であるキャスターがこの現代にて、今口にしているこのコーヒーという飲み物がいたく気に入っていた。その苦みがキャスターの嗜好に合っていたし、何よりも飲めば頭が冴える感覚がするのも大きな理由だ。そして砂糖を一切入れず、ミルクで味を調える飲み方が彼のこだわりである。そのミルク独特のまろやかさがコーヒーの苦みを引き立たせるからだ。
 コーヒーを飲み干したキャスターは、いったんカップをソーサーに置くと新たにコーヒーを注ぐべくポットに手をかけようとした。しかしそのポットはキャスターの手に触れる前にひとりでに割れてしまい、テーブルクロスが闇に侵食されるかのようにコーヒーの液体が染み込んでいく。
 キャスターの顔から薄ら笑みが消えた。

 「おやおや。王ともあろう者が、人のコーヒータイムを邪魔して良いものかの?」

 キャスターが振り返ってレストランの入り口のほうに視線を送ったその先には、ライダーが腕組みをして近くに四、五人の鮮血兵を控えさせて立っていた。

 「貴様の都合など知ったことか。そんな泥水を啜りながら呑気にしていた貴様が悪い」
 「やれやれ、この至高なる味の程が理解できぬとは・・・・漢族が貴様らを夷狄と蔑むのもわかるような気がしてきたのう」

 ライダーの不遜な物言いに対して、キャスターはただ肩をすくめるのみだった。

 「そんなことはどうでもいい。それよりも貴様、随分と大胆な真似をしたものだな」
 「はて?何のことかのう?」
 「とぼけるな」

 ライダーはキャスターの言葉をばっさりと切り捨てた。

 「貴様が今眺めているそれだ。そいつのせいで神奈の奴、出遅れたと言ってずいぶんと癇癪を起こしていたからなあ。俺としてはあそこで何人死のうが知ったことではないが、あれでもあいつはこの街を統べる者だ。それゆえ、貴様の勝手に我慢ならなかったのだろう。もっとも、俺としてはいい迷惑だがな」
 「それは、それは。お互い苦労するのう」
 「で?貴様、一体どういうつもりだ?」

 ライダーはあからさまな敵意のこもった目でキャスターを睨みつける。だが、そのキャスターは相変わらず薄ら笑みを浮かべていた。

 「それよりも、どうも貴様もそのマスターも大きな誤解をしておるようだ」
 「何?」
 「ワシはただ、バーサーカーのマスターの代わりにあれを預かる者として、最低限のことを果たしておるつもりじゃ。何しろ、バーサーカーというクラスは魔力を食う上に制御が難しいからのう。ゆえにワシがバーサーカーの制御を買って出たのじゃが、生憎こちらが目を放した隙に暴走してしまったので、一旦転移の魔術を使って奴を人目に付かない所へ移動させようとしたのじゃ」

 そこで一度キャスターは言葉を切って、それから続ける。

 「しかし、慌てて行使したのがまずかったのか、移動先がどうも都合の悪い場所だったようでのう。その結果、ああいうことになったのでワシはどうにか四苦八苦しながらもバーサーカーをあの駅に拘束することができたのじゃよ。いやはや、あそこにいた者たちにも、そしてお前のマスターにも悪いことをしたと思っておるよ」
 「・・・・戯言を」

 ライダーはその敵意を決して緩めることはせず、キャスターを見据えて問い詰める。

 「貴様ほどの魔力の持ち主が、バーサーカーを制御できぬはずも、そして転移先も誤るはずもなかろう。そしてあの駅の有り様で、よくもそんな白々しい言葉をよく吐けるものだな」
 「ワシの言う事が、白々しいと・・・・・・?」
 「貴様が何を企んでいようが、そんなことは俺にとってはどうだっていい。だがこれだけは聞いておこう、キャスターよ」
 「ほう。ワシに答えられることなれば何なりと」
 「貴様、最初からバーサーカーを切り捨てるつもりだったろう?」

 一瞬、暗いレストランが沈黙に包まれ、ライダーとキャスターが静かに睨み合っている。最初に口を開いたのは、キャスターのほうだった。

 「・・・・・・して、その根拠は?」
 「簡単なことよ。貴様がこれまでやってきたことといえば、獲物を逃がさないようにすることと、そして今に至ってはあの混乱の演出だけだろうが」
 「・・・・すまんが、ワシにわかりやすく説明してくれんかの?」

 ライダーの怒気を逆撫でするような口調で話すキャスターに構わず、ライダーは続ける。

 「貴様は先ほどこう言ったな、“バーサーカーのマスターの代わりにあれを預かる者”と。にもかかわらず、アーチャーとの戦闘に突入している奴の援護など一切せず、貴様はのんびりとあの泥水を啜っていた。つまりは、奴の手助けをするつもりなど、初めからないのだろう?」
 「・・・・・・ふ、く、くっくっくっ・・・・・・・・」

 すると突然、キャスターが含み笑いを始めた。

 「さすがは覇道王。かの征服王と並び証されるだけあるのう。そうじゃ、貴様の言う通りじゃ。これは聖杯戦争、最後の一組になるまで戦い抜くもの。にもかかわらず、何が悲しくて、このワシがあのような愚鈍な輩の面倒を見なければならないのじゃ?」

 キャスターは先ほどの卑屈さから強気な態度に一変したのを見て、ライダーは呆れたように言う。

 「随分と開き直りが早いな、貴様・・・・」
 「態度や姿勢はところどころで変えていくもの、周りを取り巻く状況が時とともに変わっていくのと同様じゃ」
 「確かにな。だが、一つだけ解せぬことがある」

 ライダーは言葉を区切り、語気をさらに強める。

 「バーサーカーを始末したいのであれば、何故あそこまでやる必要がある?あんな事態だ、神奈だけでなく他のマスターやサーヴァントも敵に回すことぐらい、貴様ならわかりきっているだろうに」
 「・・・・・・それを、ワシが言うと思うか?それに、ワシの企みなど知ったことではなかったのか?」
 「やはり、何かあるようだな・・・・」

 今度はライダーがキャスターに向けて、薄ら笑みを浮かべた。

 「それにじゃ。貴様と同じ事を言うようじゃが、駅で何人の人間が死のうとワシの知った事ではない。それに、貴様が生涯で殺し、あるいは死に追いやってきた人間どもに比べれば、まだ可愛いほうじゃろうに」
 「そうだな。貴様のやっていることなど、俺に言わせれば目くそ鼻くそにすぎぬ」

 ライダーの顔から笑みが消え、瞬く間に自分の短弓を手に取り、目にも止まらない速さで矢を放った。その矢はキャスターの頬をかすめた。

 「だが、軽率だったな。俺がこれまで蹂躙してきた奴らを軽々しく口にすること、俺の覇道への侮辱と知れ。そしてこれ以上貴様の耳障りな屁理屈を聞く気もない。そのことを悔やみながら逝ね」
 「フン、戯言を・・・・それにしても貴様お得意の勧誘はこのワシにはせんのか?」
 「する必要はない。貴様が気に食わん。それだけで敵対する理由は十分だ」
 「思ったよりも短絡的な男じゃな、貴様」

 ライダーはキャスターの言葉を気にすることなく続ける。

 「それにあえてもう一つ加えるとするならば、俺が王である以上、貴様もセイバーも俺が倒すべき俺の敵だ。王は、この世に俺一人で十分だ」

 その言葉を聞いた瞬間、キャスターの笑みで緩んでいた口元が真一文字に引き締められ、その目を細めた。

 「・・・・・・どうあっても、ここでワシを打ち滅ぼしたいようじゃな・・・・よかろう。これより我が知恵の深淵を以って、貴様を跡形もなく呑みこんでくれよう」

 キャスターが手のひらをライダーたちに向けると、ライダーたちのいる空間が歪んできた。するとライダーらは間髪を入れず、二手に別れるように側面に飛び退いたその直後、ライダーたちのいたレストランの入り口が大爆発を起こした。
 騎兵と魔術師、二人のサーヴァントの戦いが、爆炎を開戦の狼煙として勃発した・・・・



 けっこう距離は開いているはずなのに、唸り声がここまで聞こえてくる・・・・その主であるバーサーカーは、牛の頭を丸出しにしてアーチャーさんと睨み合っていた。

「ア、 アーチャーさん。あれって、まさか・・・・・・!?」
「そうさ、あんたの思っている通りさ。“ミーノスの牡牛”の名とともに語り継がれる迷宮伝説の恐怖の主人公、ミノタウロス。それがあいつ、バーサーカーの正体だ。まあ、真名って意味だったら、アステリオスって名前のほうがそうなんだろうが」

 わたしはただ、口をポカンと開けて呆けたようにしていた。無理もないかも。何しろ目の前にいるのが、ある意味ではチンギスカンやアキレウスよりも有名な怪物なのだから。
 するとわたしは、あることに気付いて思わず声を大にして言った。

 「で、でもおかしくないですか!?サーヴァントって昔の英雄がなるものなんですよね!?なのに、どうして英雄でもなんでもない、怪物のミノタウロスがサーヴァントとして召喚されているんですか!?」
 「英雄、つーか英霊ってのも一括りじゃないってことさ」

 アーチャーさんはバーサーカーの角に刺されたお腹を庇いながらも、いつもの調子と態度で喋っていた。

 「英霊にも色々いてな、何も世間一般の英雄的行為でそうなったヤツ以外にも、そいつのやった悪行が善を呼び込んだり、そいつ自身が恐怖の的になったり・・・・そういう連中は“反英雄”ってカテゴリに分類されるわけさ。現にあいつの場合、怪物ミノタウロスって存在が英雄テセウスをもたらしたわけだが、野郎が正規の反英雄かどうか少し疑問だけどな」

 わたしは自分から聞いておきながら、目の前にいる牛の怪物を恐れおののいていたせいで、アーチャーさんの言うことを話半分ぐらいにしか聞いていなかった。でも、あのバーサーカー、ミノタウロスみたいなのがサーヴァントとして現代に蘇ったことだけは確かだ。

 「いいか、サオリ」

 アーチャーさんが真剣な表情でわたしに話しかけてきた。無論、今度はちゃんと聞けるようにしている。

 「オレがあの牛野郎を引き付けておく。あんたはその間に友達を連れてできるだけ遠くへ逃げな。それぐらいはわかるよな?」

 わたしはその言葉に刻々と頷いた。さらにアーチャーさんは続ける。

 「それとこいつが一番重要なことだ、よく聞けよ。友達を助けたきゃ、オレがあんたの目の前でどんなことになろうとも、絶対に悲鳴をあげたり、オレのそばに近づいたりするなよ」

 その言葉を聞いてわたしは一瞬、顔面蒼白になったような感覚がした。なぜなら、それはアーチャーさんを見捨てて逃げろって言っているようなものだから・・・・

 「安心しな。オレがあんな牛にやられると思うか?オレはあんたの弓になると誓った男だぜ?だったら、オレのこと信じてくれてもいいだろ?な?」

 そう言ってアーチャーさんは無邪気な笑顔を浮かべながら、ウインクをしてきた。それを見たわたしはただ、ただ頷くしかなかった。いや、頷かなきゃ・・・・この人の思いに応えなきゃと思った。

 「それでいい。それでこそ最高の女・・・・もといオレのマスターだ」

 アーチャーさんは向かいにいる敵に向き直った。その敵は、何度も足踏みをしていた。

 「さあ、行きな!」

 アーチャーさんのその言葉と共に、わたしは気を失っていて動けない引沼さんを懸命に運んでこの場から離れた。それと同時にバーサーカーが闘牛のように突進してきた。アーチャーさんはそれに矢を恐るべき速さで次々と射掛けるものの、バーサーカーは全く気にも留めなかった。
 引沼さんを運んでいるわたしの目に、アーチャーさんがバーサーカーに衝突され吹き飛んでいくのが見えた。バーサーカーは標的をすぐにわたしたちのほうに変えようとしたけれども、アーチャーさんは空中からバーサーカーに矢を放った後で、グシャリという音を立てて地面に落ちた。その執拗な攻撃に苛立ったのか、バーサーカーは再びアーチャーさんに突進してきた。
 わたしがもう少し早く動くことができたなら、こんな光景を目にしなくてすむのに・・・・そう思いながら、わたしは目を瞑ろうとしたけれども、何かがそれを拒んだ。
 ようやっとのことで暴風圏から脱出すると、先ほどまでわたしたちのいた場所からはバーサーカーの怒号しか聞こえなくなった・・・・



 「全く、どうなっているのよ!もう!!」

 幌峰ステーション地下街のとある一角、サラ・エクレールは駅にいた人間の治療に当たっていた。彼女は自分が築き上げた、何重にも編まれた茨の障壁と自分特製の花粉や蜜で生成した靄の結界、侵入すればたちどころに深い眠りに着いてしまう、を張り巡らせていた。その中で彼女は、助けられるだけの人間をここに連れ込んで傷を治し、そして今日ここであったことを一切思い出さないように記憶操作をも施した。

 「仕方なかろう。あの混乱の中では動きもほとんどとれず、しかも中にはこちらに襲いかかってくる者もいたほどだ。それに、このような者達を救うのも、高貴なる者の務めではないのか?」

 不機嫌そうにしているサラに、セイバーはそう言って諭す。現に彼らがここに到着した時点では、まだ駅の中は混乱の真っ最中で、殺し合いをする者や発狂して襲撃する者さえいた。そうした人間の相手をしている間に、気付いたらこういうことになっていたという寸法だ。ちなみに、彼女たちが一番乗りだったりする。

 「そりゃまあ、そうだけれど・・・・ここの人たちを見捨てた日には寝目覚めも悪そうだし、仮にそんなことをしたら、末代までの恥よ。けれども、戦いに来たはずがこうして人命救助をするなんて思ってもみなかったわ」

 サラは文句を言いつつも、負傷者の治癒に当たっている。これでもこの少女はここに到着したときよりも大分ましになっているものだ、とセイバーは思った。それもそのはず、サラたちがこの駅に着いたときには、中には凄惨な光景が広がっていた。いくらサラが優秀な魔術師だといえども、まだ年若い娘。魔術師としての経験も少なく、まだ成熟しきっていないのだ。そんな少女が、あのような地獄絵図を目の当たりにしてしまえばどうなるか、想像に苦しくない。幻覚によって狂わされた人間たちが襲い掛かってきたときも、セイバーが彼らに当て身を食らわせなければどうなっていたことか。
 そして今に至るまで、数少ない生存者の救出をしているうちにサラのモチベーションもどうにか元に戻りつつある。このような文句を言っていればほとんど問題ないだろう。

 「それよりもセイバー。確認するけれど、本当にキャスターは何にも仕掛けてこないのよね?」
 「うむ。あくまで予測の域でしかないが、おそらくはこれ以上何もないだろう。奴は我らのうちのいずれかにバーサーカーを討ち取らせ、あわよくばその上で我らの戦力を削る算段でいるのだろう」
 「そう・・・・どっちにしても気に入らないわね」
 「全くだ」

 サラの魔力を込めている腕に力が入る。彼女は正義を振りかざすつもりなど毛頭ないのだが、少なくともこの惨劇の張本人に怒りを覚えていた。魔術師というものは、魔術を秘匿した上でその探求を行う者。そのためならばどのような犠牲も厭わないのだが、サラの怒りはそれとは違う。まだまだ若輩であるがゆえだろうし、それは彼女の気質でもあるのだが。くわえて、この殺戮の下手人であるとはいえ、協力関係にあるバーサーカーを見捨てる気でいるキャスターが気に食わないのだ。
そして、それはセイバーも同じである。彼はむしろ、自らの手でこの非道を働いた輩どもを成敗したいと思っているようだ。しかし彼とてサラのサーヴァント。敵地のど真ん中であるこの場所でマスターである彼女を置き去りにしてバーサーカーに向かっていく真似など彼にはできない。もっとも、彼女がそういう命令をすれば話は別なのだが。

 「ああ、もう!ここの管理人は何やっているのよ!?本当だったらこれ、あっちがやるべきことでしょう!!」

 苛立ちがピークに達した少女は怒りの矛先を、ある意味見当違いな方向へと向けたのだった。



 駅からどれほど離れているのか、人気のない道路で激しくぶつかり合っている二つの人影、睨み合ったまま動かない二つの人影、“動”と“静”二対の対決が繰り広げられていた。
そのうちの一方である睨み合いをしている二人、狩留間鉄平とシモン・オルストーの二人は互いの出方を伺っているようだ。一見すると、徒手空拳のシモンよりも日本刀を手にしている鉄平のほうが有利のように思える。しかし仮にもシモンは魔術協会から派遣された魔術師だ。知識はあるものの、魔術への耐性を持たない鉄平にとっては油断ならない相手だ。しかもこうして対峙しているということは、何らかの戦闘用の礼装を保持していると見ていいだろう。
 だというのに、当のシモン本人はオーソドックスなファイティングポーズをとっているだけだ。鉄平は一瞬、自分の考えすぎとも思ってしまうほどだ。

 「どうした?かかってこいよ」

 しかし鉄平はシモンの言葉に耳を貸さない。

 「おいおい、びびったのかよ。それとも何か?妖怪退治はできても、人殺しはできませんってか?」

 明らかに挑発だ。鉄平はそれに一切応じず、それに比例するかのようにシモンの顔に険しさが増す。

 「・・・・・・さっきからだんまりを決め込みやがって。なめてんじゃねえ!!!」

 痺れを切らしたのか、シモンが鉄平に向かって直進し、そのまま大振りのパンチを打った。しかし鉄平がそれをあっさりと左に回りこんでしまったので、パンチが当たることはなかった。そうして鉄平は刀を振り上げ、そのままシモン目掛けて一気に振り下ろした。だが、その一閃はガキンという音とともに防がれてしまった。そして大きく見開かれた鉄平の目は驚愕に満ちていた。鉄平の刀を受け止めた“それ”は、なんとシモンの“腕”そのものだった。しかも肌が露になっているので、何かを仕込んでいるとも思えない。
 刀と腕、この奇妙極まりない鍔迫り合いの最中、シモンが空いているほうの腕でフック気味のパンチを放ったことで、鉄平は後ろに飛び退き間合いを開けた。

 「今のは・・・・・・」

 時間は数秒かそこら程度だったが、戦闘という極限状態においては状況を一転させるのに十分過ぎる時間である。そういう時間があったおかげで、鉄平は頭を落ち着けることができた。

 「今の音や手応え・・・・・・金属のものだな」

 鉄平の言葉を聞いて、シモンはしてやったという顔をした上で待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

 「Melt Down.」

 シモンが何か、呪文を詠唱した途端に、彼の両腕が赤く変色すると同時にそこからおびただしいまでの熱気が立ち上る。

 「Shape Shift, Reformation.」

 そしてその変化はすぐに現れた。シモンの腕が肩当と篭手が備わっただけに思えるが、先程よりも腕が一回り太くなっている。そしてそれは明らかに人間のものではないことは確かだ。

 「随分と変わった腕をしているな。まさかどこかのマンガみたいに、禁忌に手を出してそうなった、とか言うんじゃないんだろうな?」
 「んなわけあるか。単純におれん家のゴーレムの暴走で腕が二本ともなくなっただけだよ。その代わり、そのゴーレムの腕が今のおれの腕ってわけだが」
 「ゴーレムの腕・・・・?そんなものが義手みたいになるのか?」
 「今はそんなこと、どうだっていいだろ?それよりもおまえがここを切り抜けられるかどうかが大事なんじゃねえの?」
 「・・・・・・確かにな」

 シモンが過去にどういう経緯で腕を失い、今の鉄平にはそれどころではなかった。鉄平は頭の中にかすかに残っている疑問を打ち消し、刀を構え直してシモンを見据える。

 「そうそう、それでいいんだよ。そういうわけで、戦闘再開だ!」

 するとシモンは広げた掌を鉄平に向けて、それで彼を掴もうとでもいうのか、そのまま突っ込んでくる。無論鉄平はさっきと同じ要領で回避するも、シモンはそれに追い討ちをかけるかのように突き出していた腕を振るうのだった。これも後ろ跳びで鉄平はどうにかかわすことができた。
 ギリギリかすったのか、鉄平の服が少し破れてしまった。しかも破れ目から焦げ臭い臭いがする。

 「これ、魔術っていうより異能だろ・・・・」

 鉄平はシモンの魔術らしきものがどういったものかを看破した。どうもシモンは熱を操作しているらしく、それで腕を変形させたり、一箇所に熱を集中させたりできるようだ。
 追撃してきたシモンは拳を振り下ろす。鉄平はこれを難なく回避できた。しかし先ほどまで彼の立っていた場所にシモンのパンチが炸裂したことで、アスファルトの地面が大きく砕けてしまった。動作があまりにも大振りだったので、鉄平はその隙にシモンに斬りかかる。だがまたしてもシモンの腕に阻まれてしまった。向こうもそれなりに戦闘経験が豊富なようだ。
 次の瞬間、鉄平はいつの間にか視界が天に向いてしまい、背中より強い衝撃を受け、息が詰まってしまった。迂闊にも、鉄平はシモンの腕ばかりに集中しすぎて、足による攻撃、今の足払いまで注意が向かなかった。

 「こいつはけんかだ!パンチでもキックでも・・・・刃物も魔術もありのルール無用のけんかだぜ!!」

 立ち上がったシモンが倒れている鉄平を踏みつけるべく、上げた足を一気に下ろす。しかし突発的とはいえ、倒れた際に頭を打たなかったおかげで鉄平は転げ回ってシモンの連続の踏み付けを避けた。そしてほぼ本能的に転がった反動を利用して立ち上がった。

 「ぐっ・・・・・・かはぁあっ!!」

 ようやく体内にたまっていた息を一気に吐き出し、それから鉄平は呼吸を整えた。鉄平の視線の先にいるシモンは、挑発的な目線を彼に送っていた。

 「思ったよりもやるじゃねえか・・・・あの反応、ちょっとやそっとでできるようなものじゃねえ。だが、こっちもこれまでと思われちゃ、困るな」
 「なに・・・・・・?」

 先程よりも呼吸が安定してきたとはいえ、鉄平は息も絶え絶えだった。

 「Melt Down.」

 シモンが先ほどの呪文を詠唱し始め、鋼鉄の豪腕が赤い熱を帯びた。

 「Shape Shift, Acute Blade!」

 すると腕が見る見るうちに、文字通り鋭い剣のような形に変形していった。手のあった場所である切っ先には指があったため、それが握ったり閉じたりという動作が行われている。

 「こっちはいろいろと変形できるんだ。なめてかかると痛い目見るぜ?」
 「くそっ・・・・・・!お前、本当に魔術師かよ・・・・?!ほとんど異能者だろ!?」

 鉄平とシモン。しばし睨み合いが行われた後、一気に間合いを詰め、お互いの刃で打ち合い、火花を散らす。
 打ち合いを演じているのは、彼らのサーヴァントであるアサシンとランサーとて同じだ。
ランサーは右腕に槍、左腕に盾を構えているので、ほとんど片腕で槍を繰り出している形となっているが、それでも凄まじいまでの突きと薙ぎを次々とアサシンに見舞う。しかし、突風や旋風となって襲いくるランサーの攻撃をアサシンは逆手持ちの忍刀一振りでこれらを捌いていた。そのさまはまさしく、柳そのものであった。
 ランサー最大の弱点である踵の腱。それが判明しているからといってそうやすやすと狙えるわけでもない。そこに目を向けすぎていては、他への警戒がおざなりになってしまうし、あからさまに攻撃しようとしてもそれが決まるわけでもない。要するに隙がないのだ。ランサーの武技は、最大の弱点をも補ってあまるほど強大なものなのだ。
 しかしアサシンとて、防戦一方というわけではない。これまでにも、本当に針の穴ほどの隙をついて反撃を試みているのだ。しかしそのせっかくの機会も、ランサーによってそのことごとくが潰されてしまっていた。しかもランサーの攻撃も繰り出せば繰り出すたびに加速していっている。それにもかかわらず、アサシンはランサーの怒涛の攻撃を防ぎきっている。
 このとめどない打ち合いの中、ランサーは独楽のように身を反転させ槍を水平に薙ぎ払う。しかしそこへすかさず、アサシンが振り抜かれようとしている槍に向けて何かを放り投げた。それは野球ボールほどの大きさの玉だった。それが槍にぶつかった瞬間に炸裂すると同時に、大量の煙がランサーとアサシンの周囲を覆いつくした。

 「なっ・・・・・・目晦ましか!?」

 一瞬のうちにアサシンの姿を見失ってしまったランサーだが、戦闘体勢を元に戻すのにそれほど時間がかからなかった。

 「この程度でオレを煙に巻けるとでも思ったか!」

 彼はすぐさま、煙に歪が生じている箇所を見つけ、そこに向けて渾身の突きを放った。案の定、その歪の向こうにアサシンがいたが、アサシンはするりとランサーの槍をすり抜けるように前進し、低く地に沈むかのような姿勢へと移行した。狙うべきは一つ。

 「クソが!」
 「ぬっ!?」

 ランサーはアサシンの頭部側面目掛けて膝蹴りを水平に打つが、寸前のところで一気に沈み込むと同時にランサーに刃を食い込ませ、そのまま斬り裂く。しかし思わぬ反撃により、当初の狙いである弱点の踵ではなく太腿を切り裂く結果となってしまった。手応えはあったが、沙織たちの話のとおりにランサーの傷を負った箇所は瞬く間に回復してしまった。
 結果はともあれ、アサシンは低い大勢から一気に飛び上がり、軽業師のような早業で煙の中へと姿を消した。

 「猪口才な!」

 ランサーが槍を大きく旋回させると、煙は一気に四散した。そしてアサシンはランサーの間合いの外に立っていた。

 「今の一撃、悪くなかったぜ。あれでちゃんと狙い通りにいっていたんならオレを斃せたかもな」
 「・・・・・・・・・・・」
 「なんだ?不思議そうな顔しやがって・・・・別にほめているわけじゃねえぞ」
 「いや。主のことだから、てっきり怒りをぶちまけるとばかり思っていたのでな」
 「ん?別にどうということはないぜ。戦場じゃ騙し討ちも定法中の定法。はめられたヤツから死んでいくだけの話だ。それはオマエのほうが一番よくわかっているだろ?」

 ランサーという男はもっと感情的な男かと思われたが、意外にも割り切っている部分はあるようだ。確かに、盟友パトロクロスの仇であるヘクトルを討ち取った後、彼の亡骸を散々辱める真似をしておきながら、あまりの仕打ちに嘆くトロイ王プリアモスに同情してその息子の亡骸を返還するといった、全く真逆の残虐性と人間性が同居しているのだから。そういう意味で、戦士としての“静”と“動”を併せ持っているのだろう。
 それだけに、アサシンは彼に関して一つの疑問を抱いていた。

 「一つ、問おう」
 「なんだ?せっかくの戦いに水を刺すつもりか?」
 「どう捉えようとも主の勝手だ。話を進めさせてもらうが、主の望みは戦いそのものだそうだな」
 「それがどうした?」
 「主はかのトロイの戦役にて、数々の武勲と栄誉を手にした身の筈。にもかかわらず、何故これ以上の戦を求めるのだ」

 兜の下に隠れてよく見えないが、あからさまにランサーの顔が険しくなっている。

 「・・・・・・まさか、本当に水を刺しやがるとはな。ふざけやがって・・・・」
 「やはり、その不死の体の故か?」

 ランサーの不死の肉体、宝具“この身に満つる悲嘆(コープス・ステュクス)”には一つの由来がある。彼の母親である海の女神テティスが息子の死を恐れて、彼を不死身にすべくその体を、冥府を流れる川のうちの一つであるステュクス川に浸し、結果彼は文字通りの不死身となった。しかしその際にテティスが掴んでいた箇所は不死身とならなかったために、そこをトロイ戦争の原因の一旦である王子パリスに射抜かれて死ぬこととなる。これが後にアキレス腱と呼ばれることになる。

 「バカ言え。この体は、お袋が良かれと思ってオレにやったことだ。それを感謝こそすれ、どうして恨みに思えるんだよ?」

 どうやら違っていたようだ。その不死ゆえに満足のいく戦いができなかったと思われたが、当てが外れてしまった。そのせいでアサシンの疑問は深まった。

 「ならば、一体・・・・?」
 「あの戦い、オマエらがトロイ戦争と呼ぶソイツがどうして起こったか、知っているか?」
 「無論だ」

 トロイ戦争。アキレウスが活躍し、それをホメロスが謳い上げた伝説の戦・・・・この詩、“イリアス”は征服王イスカンダルに深い感銘を与え、また失われたトロイへの情熱を燃やすシュリーマンの飽くなき原動力となったように、後世に多くの影響を与えている。
 事の起こりはこうだ。ペレウスとテティス、アキレウスの父母となるこの二人の結婚に神々が祝福を与え、宴席を設けた。ただ一柱呼ばれなかった不和の女神エリスはこの扱いに怒りを覚え、アフロディテ、ヘラ、アテナの三柱のうちのいずれかに黄金の林檎を与えるといった。しかし誰がこの輝かしい林檎にふさわしいか一悶着となってしまい、当初はゼウスにその審判を委ねたものの、彼はそれを避け、トロイの王子パリスにそれを押し付けてしまった。女神たちはこの若き王子に各々の条件を出すことで黄金の林檎を手にしようとした。結果、パリスに選ばれたのは美の女神アフロディテだった。アフロディテの出した、“世界一の美女を与える”という条件によりパリスはそれに該当する絶世の美女、ヘレネを娶った。しかしヘレネはメネラオス王の妻だった。突然妻が強奪されたことにより激怒したメネラオスは兄弟のアガメムノンの助けもあって、妻を取り戻すべくトロイに出兵する。
 これが神代最大規模の戦いのうちの一つ、トロイ戦争である。

 「一体、それが主の動機とどう繋がりがある?」
 「わからねえか?オレたちが神々のいいように躍らされていたってことに・・・・!ヤツらは自分らの不始末を他所に押し付けるだけじゃなく、あろうことかオレたちの命がけの戦いをダービー代わりにして楽しんでいやがった・・・・!だが、一番気に入らねえのはあの色ボケ親父だ!!」
 「・・・・・・大神ゼウスか」
 「そうだ。元はといえば、ヤツの不始末から出たサビだ。しかも事が起こったら起こったで、人間のちょうどいい数減らしだとよ。そのくせ、オレが生まれる前に、散々お袋に色目を使っておきながら、お袋との間に生まれる子が自分の地位を脅かすと知った途端にキッパリと諦めたのも気に入らねえ。わかるか?野郎の身勝手さが?それのせいでオレたちが振り回される羽目になった・・・・!!それは、オレたちの誇りを踏みにじったも同然だ・・・・・・・・!!!」

 怒りに震えるランサーは声を荒げる。ランサーの神々、特にオリンポス十二神に対する怒りは並々ならぬものを感じた。彼からすればゼウスは自分たちを弄んだ元凶、そしてかの太陽神は場合によっては自分の息子の仇でもあるのだ。もっとも、それは息子の自業自得ともいえるが。
 鉄平とシモンが打ち合う金属音だけが響き、怒りを発散させたおかげか、ランサーはさきほどよりも落ち着いた声で言った。

 「だがよ、そんなオレにもチャンスがかかったんだ」
 「それが、聖杯戦争か」
 「そうだ。それなら神々の余計な茶々もねえ。もちろん魅力はそれだけじゃねえ。不死の因果を断つ武具の持ち主、オレの再生が追いつかねえほどの技の使い手・・・・そんな連中とぶつかるかもしれねえんだ。疼くなって言われても無理な話だ」

 静かながらも、狂喜に近いものを含んだランサーの言葉。それが終わった直後に、ランサーは盾を背に担ぎ、槍を両手で構え直した。

 「そういうテメエこそ、何者だ?不意打ちとはいえ、オレよりも先に一撃を叩き込んだんだ。そしてテメエのあの技量はどう考えてもアサシン程度のものじゃねえ。あれは、おそらくはランサーかセイバーのクラスに匹敵するそれだぜ」

 対するアサシンは、無形の位に近い、自然体でランサーに臨んでいた。

 「・・・・主ほどの男が言葉で問うか?某が・・・・・・・・俺が何者か知りたくば、その槍で語れ」

 その言葉に満足したのか、ランサーの口元が裂けんばかりの笑みで浮かんでいた。

 「いいぜ!それでこそ全力を出すに値するってもんだ!最初は他愛ない時間潰しぐらいにしか思っていなかったが、本当に時間が過ぎていくのも忘れるぐらい楽しめそうだぜ・・・・・・!!さて、オレをがっかりさせるなよ?」

 槍と影の対峙、その上空で鳥が一羽旋回していた・・・・



 否。それは鳥に非ず。ハンググライダーのような器具を用いてつくしが幌峰の夜空を滑空していた。彼女はその出自ゆえ、夜目が非常に利く。

 「はあ~・・・・めんどくさ~・・・・・・誰かが余計なことしたせいでこっちの仕事増えたよ~・・・・・・しかもお嬢から手抜きするなって言われたし・・・・・・めんどくさ」

 いかにもかったるそうな口調で愚痴をこぼすつくしは今、いつものメイド服ではなかった。闇に溶け込まんばかりの色合いをした山伏を思わせる衣服、これが彼女本来の服装である。
 そもそも、何故彼女がこんな時間に単独飛行をしているのかというと、原因はバーサーカーらの駅での凶行にあった。それの勃発後に探知したために、彼女の主である神奈は後手に回ってしまったことに激しく憤った。おまけにライダーが勝手にいなくなったこともそれに拍車をかけた、もっとも感覚共有で彼がキャスターの下へ向かっていることを知り、また彼から鮮血兵数隊を任されていたこともあって、そこまで怒りが激化することもなかったのだが。そうして執事の佐藤一郎が操縦するヘリコプターに主とともに搭乗し、幌峰ステーションの上空まで飛行した。そしてつくしにはあるもののために降下、後に滑空しながら彼女に任せられた任務を果たすことだったが、降下直前にもかかわらず彼女は眠っていた。これには神奈も一郎も大いに呆れ果てたが、開かれたヘリのドアから寝返りを打ったつくしが落下、しかしそれと同時に目を覚ましたつくしはメイド服を脱ぎ捨て、グライダーの装着を完了していた。
 そして、現在に至る。

 「ま、いっか。どーせこれで最後だし、これ終わったらさっさと寝なおそっと」

 そう言って、彼女はグライダーの後部に繋がれているもの、凧状で下に何かの数字のようなものが描かれている石がぶら下がっているそれを結んでいる糸を、札状の紙を投げつけて切り離した。糸の切れた凧はそのまま空中に浮遊、一郎特製の制御装置を取り付けられているため、安定を失うことなくそのままぷかぷかと浮かんでいた。
 つくしはそれを確認すると、装着している発信機に向かって応答した。

 「あ~、こちらつくし~。全部設置し終えたから、もう戻るよ~」



 「お嬢様。つくしさんから連絡入りました。どうやら霊石の設置をすべて完了した模様です」
 「そう。わかったわ。それじゃ、すぐに術式を発動させるから、所定の位置まで移動して」
 「かしこまりました、お嬢様」

 佐藤一郎はヘリコプターを転換させる。つくしは神奈の魔力の込められた絵の具の力を十全に発揮できる霊石を駅周辺の特定の場所に空中から設置していたのだった。場所によっては高度や地形のせいでヘリコプターが入り込むには難しい箇所もあったために、より小回りの利くつくしのグライダーに委ねたのだった。
 そうして数分もしないうちに、神奈たちの乗ったヘリは所定の場所まで移動し終えた。ここからは、炎の壁に囲まれている幌峰ステーションがよく見える。それが目に入ったのか、神奈は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 「よくも、ここまで好き勝手やってくれたわね・・・・・・!」
 「お嬢様。術の発動直前ですので、どうかお心を乱されぬように」
 「わかっているわ、爺」

 一郎に諭され、神奈は深呼吸をしてから、詠唱を始めた。

 「我、天よりの秘法をかのサモスの賢人を祖とせし探求者たちの意思を継ぎし者なり」

 詠唱とともに、神奈の魔力がうねり始めた。

 「天舞う息吹、地伏す蛇龍・・・・それらの恩恵、今ここに集い給え」

 そして地上から魔力が立ち上り、それらが空中の霊石に収束していく。

 「我が意、秘められし言の葉を持って今示さん」

 霊石に込められた魔力が溢れ出し、他の霊石へと繋がろうとしている。

 「空に渦巻きし奔流、その力にて邪なる因果断たんとす」

 輝かんばかりの魔力が、巨大な数秘紋となって幌峰ステーションの上空に形成された。

 「これを以って、その洗浄の光輝を体現せよ!!」

 夜なお暗い幌峰に、眩いばかりの魔力が駅全体を包み込んだ・・・・



 その光景は、地上からでも窺うことができた。魔力が収まると、駅を覆っていた炎の壁が消え失せていた。おそらくは、駅の中に立ち込めていた何とも言い難い狂気の根源も絶たれたことだろう。

 「おっ!どうやら、うまくいったみたいだな」

 戦闘の最中だというのに、シモンは飄々とした口調で言った。もっとも、鉄平もあまりにも突然のことであったために、戦いの手を止めていた。そして、アサシンもランサーも・・・・盛り上がろうとしていたランサーが不機嫌そうな顔をしたが、どうやら戦闘はほぼ中断と見ていいようだ。

 「ランサー!盛り上がりそうになっているところで悪いが、そろそろ切り上げろ!!」
 「・・・・・・ちっ!仕方ねえ」

 ランサーは渋々ながらもシモンに従って武器を収めた。一応戦意がなくなったと判断したアサシンもそれに倣った。

 「・・・・どういうつもりだ?」

 鉄平は当然の疑問をシモンに投げかけた。いつの間にか、シモンの腕が普通の人間の腕の状態に戻っている。

 「言っただろ?時間潰しだってな」

 シモンはそれにさも当たり前といわんばかりの口調で続ける。

 「バーサーカーもキャスターも今まで好き放題やってきたが、なかなか尻尾を出さなかったからな。そこでこの騒動だ。こいつのせいで管理人のお嬢ちゃんの逆鱗に触れちまったってわけだ。一応他のマスターとも一時休戦のつもりで呼びかけたんだが、これが意外にも捕まらなくてな・・・・それでたまたま連絡のついたおれが協力することになったわけだ。まあ、結果的におまえらはバーサーカーたちに敵対しているみたいだし、しかもセイバーたちもあの中でボランティアしているみたいだしな」

 鉄平は構内にいる残り一体のサーヴァントがキャスターだと思っていただけに、セイバーたちがあの中にいること自体が驚きだった。確かに、セイバーのマスターであるサラの性格を考えればそれも当然かもしれないが。
 鉄平は後で知ったことだが、神奈は駅周辺に鮮血兵を配備し、魔力による浄化の後に構内に突入、バーサーカーと敵対しているサーヴァントの援護を行いつつ、生存者の救助を目的としていたらしい。少なくとも、バーサーカーやキャスターに対する包囲網がほぼ出来上がっているようだ。

 「そういうわけだ。さっさと行くとしようぜ?基本的にやつらに対抗するやつらはみんな味方みたいなもんだからよ」

 確かに、鉄平たちとシモンらの目的は同じだろう。それだけに、鉄平は一つ腑に落ちないことがあった。

 「とりあえず、俺たちの目的もわかっていたってことだよな?」
 「ああ」
 「それにもかかわらず、駅に仕掛けられた魔術を解除している間の暇潰しだけのために俺たちに喧嘩売ってきた、と?」
 「まあ・・・・悪く言えばそうなるな」
 「それは別にいい。見方によっては俺たちの力量を測っていたっていう解釈もできるからな。で、もしもその暇潰しのせいで俺たちがやられたらどうするつもりだったんだ?」

 すると、シモンの目線があらぬ方向に泳いでいた。これで、何も考えていなかったことだけははっきりした。
 鉄平に睨みつけられて、シモンは慌てたように取り繕った。

 「と、とにかくだ!一応共同戦線が確立したことだし、これでこのことは水に流そうぜ!?そういうわけだから、改めてよろしく頼むぜ!!」

 そう言って、シモンは右手を差し出した。握手でも求めているのだろう。そして鉄平も右手を差し出した・・・・ように見えたが、鉄平の突き出された右拳はシモンの右手の横を通り過ぎ、シモンの顎にクリーンヒット!思わぬ攻撃をくらってしまったシモンはそのまま後ろに倒れこんだ、ゴッという鈍い音を立てて・・・・
 それを見ていたランサーは額に手を当てて呆れていた。

 「あーあ、だから言ったんだよ。向こうがきれるからやめとけって」
 「ほう。ちゃんと言ったのか?」
 「ああ。一応な」
 「で?ちゃんと行動に移すことで、それを止めたのか?」
 「いや、全然。どうせぼんやり待ってたってヒマだろうしな」

 今の発言で、サーヴァントのほうも本気で止めようとしなかったことが浮き彫りとなった。というよりも、止める気もなく悪乗りしていたのだろう・・・・ランサーが寒気を感じた瞬間、アサシンは蹴り上げた。そのとき、うっそうと生い茂るジャングルにそびえるように立っているヤシの木、そこになっている黄金色のヤシの実二つが見事に割れた・・・・・・どこからか、鐘が鳴った。
 仰向けに倒れ魚類のように口をパクパクとさせているシモン、股間に痛覚が残留しているためにそこを押さえてうずくまっているランサーを置いて(ちゃんとヤシの実は再生している)、鉄平とアサシンは駅へと向かっていった。
 暗い夜空の下にありながら、二人の心は非常に晴れやかなで清々しいものだった。



 「炎が・・・・・・消えた?」

 わたしは駅のホームに上がり、電車の中の座席に引沼さんを寝かせていた。思ったとおり、ホームには人の姿もほとんどなく、電車も止まっているものがほとんどだった。今日の運行はもう終わっているはずだから、多分もうここに電車がくることはないだろう。それにしても、引沼さんを連れて階段を上がるとき、本当にきつかった・・・・きっと、今までの人生の中で一番体力を使った瞬間かもしれない。現に上りきった後はしばらく動けなかったし。
 ともかく、電車の中で応急手当を済ませたわたしは、その中で息を潜める。人気のなくなったホームといっても、いつどうなるかわかったものじゃない。だから隠れる意味もこめて、このホームに移動した。
 今頃、アーチャーさんは命懸けであのバーサーカーと戦っているはず。大丈夫だと思いたいけれど、心配になってくる。先輩たちは、どうしているんだろう・・・・?炎も消えたし、駅の中にも入りやすくなっただろうな・・・・

 ジリリリリリリリリ・・・・・・!!!

 え?な、何?

 『間もなく、5番ホーム、紬山線、木野代行きの列車が発車いたします。閉まるドアにご注意ください』

 な!?ど、どういうこと!?!この電車は動かないはずだし、運転手の人もいないことも確認したのに・・・・・・!ああ!ドアが閉まっちゃった!!電車も動き出している・・・・・・!!!
 何が・・・・一体、何がどうなっているの!?!



~タイガー道場~

佐藤一郎「皆様。今回も・・・・」

シロー「ちょっと待ってもらおうか」

佐藤一郎「おやおや、シロー様。人が挨拶している最中に話しかけるとは、いただけませんなあ」

シロー「そんなことはどうだっていい。だが、ここの主が長期不在で、しかも我々が長く居座っていること自体が問題だと思うのだが」

佐藤一郎「ああ、そういうことですか。確かに、この状況では看板に偽りありの状態ですからね。少々お待ちください」

(佐藤一郎、一時退場)

ガチャガチャガチャ・・・・

とんっ、とんっ、とんっ!

(佐藤一郎、再登場)

佐藤一郎「お待たせいたしました。さて、これで文句はないでしょう」


~タイガー道場/えくすとら~

シロー「問題だらけだろうが!勝手に他所の看板をいじるな!!」

佐藤一郎「何を仰いますか。これは、藤村様とイリヤスフィール様のお二方による“タイガー道場”が“Fate/Extra”への出演を祈願しての命名なのですぞ」

シロー「そもそも、割り込める余地があるのか・・・・?というよりもだな、私はここで好き勝手するほうが問題だと言っているのであって・・・・」

佐藤一郎「さて、前回申しましたように、今回は角がチャームポイントのサーヴァント、バーサーカー様についてお話したいと思います」

シロー「(やはり無視したか・・・・)では、まずはステータスから見てもらおう」


クラス名:バーサーカー
真名:アステリオス
属性:混沌・狂化
マスター:???
身長:203cm
体重:173kg
イメージカラー:青銅
特技:なし
好きなもの:なし
苦手なもの:閉所、暗所、人間

ステータス
筋力:A+
耐久:A-
敏捷:C
魔力:D
幸運:E
宝具:B

スキル
狂化:A 筋力と耐久を2ランク、その他を1ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる

怪力:A 一時的に筋力を増幅させる。魔物・魔獣のみが持つ攻撃特性。使用することで筋力を1ランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
戦闘続行:D
神性:E-


佐藤一郎「ミノタウロスという名前でおなじみの牛の頭を持つ世界的に有名な怪物でございます。バーサーカーという名前から斧使いのイメージが先行してしまったために、早い段階から登場の決まっていたサーヴァントの一体となりました」

シロー「それで、何故バーサーカーが“斧使い”なのだ?」

佐藤一郎「それは某手強いシミュレーションのイメージからです」

シロー「・・・・確か、あれにも斧を使わないバーサーカーが初期のものにいたはずだが?」

佐藤一郎「そこは気にしない方向でお願いいたします。この方で難産だったのが、宝具でした」

シロー「確かに、バーサーカーの宝具といわれてもぱっと出てくるものではないからな」

佐藤一郎「色々とアイディアが浮かんでは消えました。そして、結果的にどういうものが生まれたのか、それは後のお楽しみということでご容赦ください」

シロー「その割には、バーサーカーも今戦っているアーチャーも今回そんなに出てこなかったな」

佐藤一郎「はい。実は、当初マスターやサーヴァントを全員出す予定は一切ありませんでした。それがだいたい一ヶ月ほど前にふとしたきっかけ(こちらに関しましてはお察しください)でインスピレーションが沸いて出てきてしまったために書くこととなりました」

シロー「初めのうちはどうするつもりだったのだ?」

佐藤一郎「シモン様とランサー様は通常通りに狩留間様とアサシン様と対戦なされまして、後はキャスター様とライダー様が対峙するという形でした。そうして次回の展開にもっていくつもりだったようです」

シロー「そうなると、本来であれば守桐神奈やセイバー組の出番はなかったわけか。確かに、彼女らの性格を考えればこのまま黙って見ているわけもないか。だが、今回の場合は少し焦点があっていないのではないのか?」

佐藤一郎「まあ、そこは思いついたものは仕様がないということで勘弁願います」

シロー「仕様がないで済ますな」

佐藤一郎「他にもいい方法があったのでしょうが、今となっては後の祭りにございますからなあ。それにこういう格言もございます。“これは、これで、イイ”と」

シロー「格言でもなんでもないだろう。というかなんだ?そのトラックのバック走行で連続大量殺人でも始めそうな喋り口調は?それとむしろ頭冷やせ」

佐藤一郎「そうですね。そういうわけですので、ランサー様の動機を上手く書けたかどうかを気にしつつ、今回はここでお開きとさせていただきます」

シロー「む?前回から始まろうとしていたアレは・・・・?」

佐藤一郎「それでは皆様。ごきげんよう」

シロー(なかったことにしたか・・・・)



[9729] 第十七話「疾走する戦場」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/04/30 03:11
 「はあ・・・・・・はあ・・・・・・ったく!思ったよりもしぶといヤツだな・・・・」

 柱の物陰にて隠れているアーチャーは荒い息を吐いていた。今、彼の数メートル先でバーサーカーがアーチャーの姿を求めていた。
 猛牛よろしく暴れ狂う牛頭の狂戦士、バーサーカー相手にアーチャーは宝具発動の暇さえ与えられず、後退を余儀なくされた。だが、おかげでバーサーカーの注意は完全に自分に向いており、沙織たちを遠くへ逃がすことができた。

 (さて・・・・これからどうするもんかね・・・・?)

 直接バーサーカーにまともなダメージを与えられ、かつ勝負の決め手となるのはやはり宝具だ。アーチャーの宝具はそのクラスのとおり射撃兵装によるものなので、接近されてしまえば一貫の終わりである。今ならば、遠方からバーサーカーに宝具を浴びせることも可能だ。ここでは慎重な行動が要求されるだろう。
 先ほど気がついたことだが、どうやらこの場にセイバーたちもいるようである。ただ、アーチャーはそこから感じ取れる動きから彼らが基本的にそこから動くことはないだろうものと考えていた。

(それにしても、あいつのあれは・・・・)

 アーチャーはバーサーカーの素顔が露呈された後の戦いの最中に、その首筋に刻まれているある文様が目に入った。その鈍く怪しい小さな光を放っていた刻印はどこか不気味さを醸し出していた。

 (まあ、あれが何なのか・・・・だいたいの察しはつくがな。そうなると、色々と面倒なことになりそうだ・・・・)

 しかしそれの正体をアーチャーはすぐに見抜いていた。それもそのはず、それはある人物に関わるものであり、その人物の正体を示すものだからだ。そしてそれによってアーチャーは逆に戦慄してしまった。もしかすれば、この一件は単なる狂乱では済まない可能性がでてきたからだ。

 (けど、今はそんなことを考えている暇はないか。問題は、あいつをどう仕留めるか、だからな)

 アーチャーはいまだに自分の姿を捜し求めている狂戦士を陰から見やり、身構えていた。相手がどんな思惑を持っていようと、今この場ではあの怪物の凶行を止めること、それがアーチャーのなすべきことであり、また彼のマスターである少女の目的だからだ。

 (とにかく、あいつを倒したら早くサオリを安心させないとな・・・・)

 アーチャーがバーサーカーの隙を窺いつつ、自分のマスターのことを考えていたそのときだった。どこからか鳴り響いてきたベルの音が彼の耳に入ってきた。この時代に招かれたアーチャーにとっては聞きなれないそれは、機械的な音。

 (なんだ?この音は・・・・?なんだか妙な胸騒ぎがするんだが・・・・・・)

 アーチャーはスキルとしての“直感”は持ち合わせていない。しかし、彼の持つ“超感覚”による超越した感覚器官による情報によって総合的に培われる“勘”さえあれば、直感のスキルがなくとも不自由などしない。それが彼の第六感となって働きかけるのだから。そして今、その勘が警鐘を鳴らしていた。

 (くそっ・・・・!サオリ、オレが行くまで無事でいれよ・・・・・・!!)

 アーチャーはバーサーカーの動きに警戒しながら、音の出所へ向けて全速力で向かっていった。そして、そこはそう遠くない、アーチャーの後方に位置する改札口の向こう、そこから先の階段を上った先にあるホームから聞こえてきた。


『間もなく、5番ホーム、紬山線、木野代行きの列車が発車いたします。閉まるドアにご注意ください』
 「なっ・・・・・・!?」

 アーチャーが到着したときには、列車は今にも動き出そうとしていた。彼は初めて目の当たりにする大型の鉄の箱に驚かされてはいたが、それ以上になんとも名状しがたいこの異常性を肌で感じ取っていた。なぜなら、今この場は交通機関としての機能を失ってしまっているからだ。このとき、アーチャーは駅全体を囲っていた炎の障壁が消失していることに気付いたが、今はそんなことを気にしている余裕などなかった。
 そして、アーチャーの視覚が、列車の窓の向こうで困惑の表情を浮かべている沙織の顔を捉えた。

 「サオリ!!」

 アーチャーは走行を始めた列車に向かって走り出した。しかし、そのとき唸り声のように聞こえてくる空気を切る音がアーチャーの背後から迫ってきていた。

 「くそっ!」

 アーチャーはその場に屈みこむように伏せて避けた。寸前のところで、アーチャーはそれに当たらずに済んだ。そして後ろからの飛来物が列車に突き刺さる。その正体は言わずもがな、巨大な戦斧だった。

 「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!!!!!!」
 「くそったれが!しつこいんだよ!!」

 後方に目をやると、バーサーカーが突進せんばかりの勢いで階段を駆け上がってきていた。アーチャーが移動していたのが見えたのだろう、それを追ってきたのだ。当然、斧の刺さった列車にも衝撃が伝わり、それによって沙織はようやく列車の外にアーチャーとバーサーカーがいることに気付いたようだ。

 「今はあんたなんかに付き合っている場合じゃないんだよ!!」

 アーチャーは沙織の乗せられた列車に向かって飛び掛り、その屋根の縁にしがみついた。

 「さて、ここからどうするかだが・・・・」

 しかし状況はアーチャーに思案させる時間を与えてくれなかった。アーチャーが列車の屋根の上によじ登ると、車両全体を震動が襲った。バーサーカーまでもが列車に飛びついてきたのだった。

 「やっぱこうなるのかよ・・・・・・!!」

 苦虫を噛み潰したような顔をするアーチャーをよそに、現代を走る鋼鉄の牛馬は戦場となって闇を駆け抜け始める・・・・



 「アサシン!あれを見ろ!!」

 遅れをとってしまった鉄平たちはようやく幌峰ステーションの近くまで辿り着いたのも束の間、駅から一台の列車が発進したのが目に入った。

 「鉄平よ!あの列車にはアーチャーとバーサーカーがおるようだぞ!!」
 「は?!一体どういうことだよ!?何でこの状況で電車なんて走るんだよ!?」
 「詳しいことは某にもわからぬ。だが、少なくともこのままでは引き離されてしまうのがオチだろう」

 鉄平が当たり前のような疑問をアサシンにぶつけても、これまた当たり前のように答えが返ってなかった。

 「クソ!これも全部、あのバカ二人が余計な邪魔をしてきたからだ!!」
 「鉄平!それに関して否定する必要はないが、少しは落ち着け!無用な怒りは思考を狭めるだけだ」

 憤慨する鉄平をアサシンが諌めると、鉄平の張っていた肩の力が抜けていった。

 「・・・・アサシン、悪かった」
 「謝る必要はない。主自身も言ったことが、これも全てあの地獄の果てまで阿呆な大馬鹿二人組のせいだ。気に病む必要は一切ない」

 必要以上に全責任を先ほど遭遇した二人にアサシンは押し付けた。今頃、一人はグロッキー状態になりながらバイクを押して、もう一人は槍を杖代わりにして、しかも無傷な股間の痛覚残留で内股気味に移動していることだろう。

 「鉄平よ。これよりあの列車を追うつもりだが、ついてこれるか?」
 「これぐらい、どうってことはないさ。むしろこれぐらい序の口だ」
 「よかろう。ならば、行くぞ」
 「ああ」

 アサシンの問いに力強く返事をする鉄平。文字通り疾風のように駆け出した二人は、夜の闇に溶け込むようにして、その場から姿を消していった・・・・



 「お嬢様!あれをご覧ください!!」

 一方、上空でもつくしを回収し終えたヘリコプターが線路上を走る列車の陰を捉えた。つくしが眠りこけている中、それを見た神奈はまたしても言い知れぬ怒りを覚えた。駅を襲っている魔術を解除した矢先に、今度は突如列車が走り出したのだ。しかもその上にサーヴァントがいるのだから。

 「弱りましたな、お嬢様。これではどう取り繕えばよろしいやら」
 「爺。今はそんなことよりも、あそこでサーヴァントが戦闘を始めた場合のほうがよっぽど問題だわ」
 「・・・・確かにそうですな。サーヴァントの皆様はとてつもないお力を持った方々。それがあんな場所で戦った日には、どうなることやら」

 サーヴァントは一種の兵器である。その兵器同士がぶつかるゆえに“戦争”。そしてこの状況を例えるなら、列車から機関銃を乱射しながらお互いに破壊力満載のダイナマイトを数え切れないほど爆破させているようなものだ。しかしながら、サーヴァントという兵器の力を言い表すならば、今述べたような例えでは足りないほどだ。

 「お嬢様。今更お尋ねする必要もないかと存じ上げますが、このままあの列車を追跡してもよろしゅうございますね?」
 「ええ。頼むわ、爺。いざとなればライダーを令呪で呼び寄せてでも、あの戦いを止めるわ」
 「かしこまりました、お嬢様」

 佐藤一郎は自らが操縦するヘリを旋回させた後に、そのまま列車の追尾を開始した。その様子は地を這うヘビを追う鷹のようでもあった。



 所変わって、ここは中央公園の百年記念塔、その一角にあるレストラン。ライダーとキャスターが対決しているこの場は、燃え盛る炎で部屋全体が明るく照らし出されていた。しかもキャスターの魔術によって、防火設備も完全に無効化されてしまっている。
 ライダーの手勢は、自身のそばに兵士が一人いるのを除いて、ほとんど散り散りになってしまっている。それもそのはず、キャスターは恐るべき巨大な炎の鉄槌、うねりを見せる蛇の大群の如きプラズマの矢が繰り出していたからだ。無論、ライダーたちも遠巻きに矢を次々と放っていたが、それらは全てキャスターに届くことなく、魔術の障壁によって防がれていた。

 「ほう・・・・これが神代の魔術というものか。その凄まじさ、噂以上だな」
 「ふっ、感心しておる場合か。仮にもワシを屠るつもりの男が、この程度で音を上げるとでも言うのか?」

 キャスターの周囲に燃える炎が渦巻き、それが大型の蛇竜の姿を形成していった。蛇竜はその牙を剥き出しにして、カウンターの陰に潜むライダーたちに襲い掛かっていった。しかし蛇竜がカウンターに衝突して炎上する頃には、ライダーたちはその毒牙から逃げ押せることができたのだった。

 「だが、術の威力に比例してその発動が遅すぎる。その証拠に俺も含めて誰一人として屠られていないようだ」
 「しかし、貴様もこのワシに傷一つを負わせることができておらぬではないか。もっと手駒を増やしたらどうじゃ?貴様の宝具ならば、それも簡単じゃろう?」

 舌戦においてもお互いに一歩も譲る気配のない二人のサーヴァント。ライダーたちが矢継ぎ早の速さでキャスターに矢を射掛けるが、矢はキャスターに近づくにつれて、そのスピードを落としていき、そしてキャスターに刺さることなく落ちていった。そのキャスターの両手の間の空間で魔力が不気味な輝きを帯びながら渦巻く。

 「じゃが、ザコでは話にならん。貴様が連れているそやつらも、おそらくは上位の隊長クラスと見受けるが、もっとマシな奴はおらんのか?例えば、四駿四狗のメンバーだとか、貴様の血統を受け継ぐ子や孫だとか、じゃ」

 キャスターの放つ稲光が枝分かれしてライダーたちに矢となって襲いくる。

 「もっとも、そやつらを呼び出せれば、の話じゃがな」

 キャスターはライダーの持つ鏃の宝具“鹿妃の骨矢”によって現界する “大いなる鮮血兵団”の特性を見破っていた。ライダーは自身の配下となる鮮血兵を魔力の許す限り無尽蔵に召喚することができる。これによって大陸を震撼させた騎馬軍団を再現することが可能としているのだ。また最大の特徴として、全ての鮮血兵がライダーの支配下にありながらもそれぞれが自分の意思を持っていることにある。これによって、戦闘においても臨機応変に行動をとることによって戦略の幅を広げているのだ。
 しかし、彼らはライダーに肉体と意思を与えられていながらも、彼らは英霊でもなければ亡霊ですらない。鮮血兵はいわゆるゴーレムに近い存在だ。そこがライダーの宝具の限界でもある。それが、彼の下で目覚しい活躍を遂げた将兵や一族の召喚を不可能なものにしている。
 雷撃が穿たれた場所、ライダーたちのいた場所から炎が立ち上るのを見て、キャスターはその顔を満面の笑みで浮かべさせていた。

 「どうじゃ、思い知ったか!これが天に唾せし者の末路!神をも恐れぬ愚昧なる破壊者の最後よ!!」

 今にも高笑いをしそうなまでに勝ち誇っているキャスターはその両腕を広げて、天を仰いでいた。だが、キャスターの袖を一本の矢が刺さり込む。

 「いちいち喚くな。五月蝿い」

 炎の中から、ライダーが姿を現した。辛うじて回避できたようだが、彼の衣服がやや焦げ付いてしまっている。ライダーの姿を確認したキャスターの顔から表情が消えた。ライダーの手の者たちも無事だったのか、炎や燃えているテーブルの陰からその姿を現した。

 「ふん・・・・ただでさえワシに押されておったというのに、この少ない手勢でどうワシを下すつもりじゃ!?」
 「貴様なぞ、これぐらいで十分だ。そしてよく見させてもらった」
 「・・・・・・そうか。ならば貴様の策、見せてもらおうぞ!!」

 そう言ってキャスターが両腕を掲げると、魔力とともに空気までもが渦巻いている。そしてそれは凝縮された暴風となった。

 「どうした!?早く見せねば八つ裂きにされようぞ!!」

 そうしてキャスターは巨大な旋風を放ち、それは室内の炎をも巻き込んで火炎の嵐となった。だがキャスターが攻撃に転じたと同時に、ライダーたちもキャスターに大量の矢を射掛けた。これにもさすがのキャスターも目を点にしてしまった。だがキャスターが咄嗟に避けようとして体を捻らせた拍子に、炎の嵐がライダーたちの放った矢をことごとく焼き尽くしていった。またライダーたちもギリギリのところでその場から飛びのき、風の刃から逃れることができた。

 「フン・・・・・・悪運の強い奴め。だが、これでわかったろう?我らは図らずも貴様の放つ神代の魔術の威力に萎縮してしまっていた。それゆえ、我らは貴様の攻撃を避けていたがゆえに、今まで貴様に届きもしない攻撃ばかり繰り返してきた。しかし、貴様に攻撃を加えるチャンスがあるとすれば、それは貴様が攻撃を放つ瞬間よ。このときばかりは、さしもの貴様でも防御魔術を行使することはできまい」

 不敵な笑みを浮かべるライダーを前にしているキャスターは、先ほど見せた驚きなどとうに消え失せていた。

 「・・・・なるほどな。策と呼べるほどの代物でもない単調なものじゃが、こういったものが逆に厄介よな。そして、よくぞそこまで見ていたものだ、とだけ言っておこう。まあ、あそこまで逃げ回っていれば当たり前の話じゃがのう」
 「だったら、今度は貴様に末期の言葉を言わせてやろう。それも、絶望と後悔に満ちた言葉でな」
 「身の程知らずめが・・・・よかろう。少しでも予定調和が崩れねば、我が知恵も振るい甲斐がないというもの。向こうも本格的になってきておるようじゃし、ワシも気を引き締めてかからねばな」

 睨み合うライダーとキャスター。しかし、キャスターがコーヒーを飲みながら眺めていた駅の映像がまだ写されていた。ただし、その光景は駅の構内ではなく、失踪する列車の上だった。



 古き時代の人間であるアーチャーは当然のことながら、生まれて初めて電車に乗ったことになる。ただし、きちんと車内にいるのではなく彼は車両の屋根の上に立って、しかも目の前には神代における恐怖神話の怪物が立ちはだかっていた。

 「まいったな・・・・ほとんど逃げ場はなしってわけか」

 長さの割には、およそ人間数人分が横に並んだぐらいの幅しかない狭い車両、つまりアーチャーの狙いもほとんど外れることはないが、逆にそれはバーサーカーにもいえることだ。しかも狭い通路とは違ってここは屋外であるため、バーサーカーの怪力を存分に発揮できる。もっとも、この足場の狭さがバーサーカーにどう影響するかはアーチャーにも予見できない。
 速度を上げて疾走している列車から飛び降りてもサーヴァントからすればなんら問題はない。しかし車内には沙織やその友人の引沼がいる。アーチャーは半ば人質をとられた形となってしまっているのだ。
 もっとも、アーチャーには最初から逃げるつもりなどないわけだが。

 「どっちにしても、ここいらで決着をつけようじゃないか」

 幸い、先ほどバーサーカーが投げ飛ばした斧は車両に突き刺さったまま放置されているので、今の時点でバーサーカーは徒手空拳となっている。しかしその肉体から繰り出される攻撃はアーチャーにはどれも致命傷になりうる。おそらくは、バーサーカーの攻撃、特に斧によるそれに耐えられるサーヴァントはこの中にはいないだろう。もっとも、ランサーでもバーサーカーの一撃には耐えられないだろうが、あの槍使いは不死身の肉体の持ち主なのでそれほど問題でもないのだが。ただ、その恐るべき攻撃力の割には、恐ろしいぐらいに命中率が低いのが幸いだ。
 位置関係としては現在、アーチャーが沙織の乗っている車両、先頭から二番目の上に立っており、バーサーカーの斧は最後尾の車両に突き刺さっていた、しかもバーサーカーはそのはるか前、アーチャーの立っている車両の次にいる。

 「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーー!!!!!!」

 バーサーカーが妙に姿勢を低くして、口を大きく広げて咆哮をあげた。それが戦闘再開の合図となって、バーサーカーはお決まりの突進、頭の角を前に出してアーチャーに向かって突っ込んできた。バーサーカーが一歩一歩踏み出すたびに、地震が起きているかのように列車が揺れている。

 「くそったれ!!」

 アーチャーが毒づきながら、横へと飛び退く。バーサーカーの突進を避けることができた。しかしそれによって電車から飛び降りる形となってしまった。しかしアーチャーは間髪入れずに、列車の壁に向けて自分の持っている突剣を突き刺し、列車からの落下を防いだ。

 「チクショウ・・・・!思ったよりもやりにくい場所だな・・・・・・!」

 バーサーカーが動くたびに列車が揺れるのでは、アーチャーの狙いがつけにくい。それでも、そんな状況でもアーチャーにはバーサーカーに命中させられる自信があるのだが。もっとも、これからのバーサーカーの動きは直線的なものが多くなるのでしっかり狙いを定めれば、確実に仕留めることができるだろう。だが問題は距離だ。この限られた足場で一気に間合いを詰められてしまえば、そこでアーチャーの敗北がほぼ確定となってしまう。
 しかし、何も悪いことばかりでもないようだ。やりにくいのは向こうとて同じのようだ。突進を終えたバーサーカーはまた先ほどのようなほぼ前屈みで中腰の体勢をとっていた。格闘技にて、似たような構えはあるにはあるのだが、長い年月を迷宮の中で過ごしてきたあの怪物にそのような心得があるとは思えない。その証拠に、バーサーカーの攻撃はほとんど単調な力任せなものなのだから。では、何がバーサーカーにそうさせているのかといえば、答えは彼の頭上にあった。架線である。バーサーカーの図体はほとんど架線をつきぬけてしまうために、あのような体勢にならざるを得ないのだ。
 とはいえ、それでもバーサーカーの怪力は健在だ。不自然な体勢のおかげで幾分かは力が落とされているものの、一発でも攻撃を受けてしまえば致命傷は避けられない。

 「やっぱり、一筋縄じゃいかないみたいか・・・・・・ん?」

 剣にぶら下がっているアーチャーはふと、窓の中から沙織がこちらを向いているのが目に入った。突然の列車の発進に加え、たびたびこの列車が揺れているのだ。おまけに外で戦っているため、そこで何が起きているのか窺うことはできない。そのせいか、沙織の表情に不安がありありと浮かんでいた。
 そしてアーチャーは口元にふっと笑みを浮かべる。

 「安心しな、サオリ。こんなふざけた戦い、さっさと終わらせたら、ちゃんとそこから出してやるからな。だからもう少し我慢してくれよ」

 列車のどの窓も閉め切られているので、アーチャーの声が沙織に届いたかどうかは怪しい。しかし、アーチャーのその屈託のない笑みに沙織はほんの僅かだが、安心感を覚えたようだ。
 そうして沙織を安心させたアーチャーは顔を上げ、その目つきは鋭いものになった。

 「■■■■■■■■■・・・・・・・・・!!!!」

 バーサーカーが唸りながら、列車の屋根の上からこちらを覗き込んでいる。おぞましい牛の頭をした獣は、アーチャーを掴むべくその手をギュンと伸ばした。

 「そんなんでオレを掴めるわけがないだろ!!」

 アーチャーは反動をつけ突剣をバネのようにしならせて、そこから一気に高く飛び上がった。それで高く飛び過ぎないように、アーチャーは架線を掴んで抑制したことで、鉄棒を用いたような回転を見せた。アーチャーの足が頂点に達すると、そこで彼は架線から手を離し、その瞬間に体を捻らせることで体勢を整えるとすぐに架線に着地した。それを目で追っていたバーサーカーは自分の頭上にいるアーチャーを見上げる形となっていたが、アーチャーはすぐにバーサーカーから離れるように架線の上を駆け出した。

 「どうした?オレを狙っているんじゃなかったのか?」

 自分の挑発が狂っているあの怪物に届いているかどうかは判断に窮するところだが、それでもバーサーカーはほとんど四つん這いに近い体勢でアーチャーを追う。地面の上を走るのと変わらない速さで駆けるアーチャーは矢を三本つがえると、それらをバーサーカーの進行方向へと放つ。だが、その程度ではバーサーカーの勢いを止めることなどできやしなかった。その突進する猛牛が自分に近づいてくると、アーチャーは体操選手のようにその場から跳び上がり、体を反転させながらバーサーカーの後方へと着地した。そのバーサーカーの向かっている先には、列車の発車直前に刺さった本人の武器である斧があった。

 「よーし、いい子だ。そのまま気にとられていろ」

 バーサーカーは今、自分の斧にしか目がいっていない。アーチャーが架線上にいるのもバーサーカーに斧へ注意を向けやすくするためだった。そうすればその分だけバーサーカーの隙が大きくなる。バーサーカーが背を向けている今、アーチャーは宝具を発動しようとした。
 しかし斧を目前にしたバーサーカーは意外な行動に出た。両腕で掴んだのは斧ではなく、頭上にある架線だった。この瞬間、アーチャーは宝具を発動させずにバーサーカーの動きに全神経を傾けた。その動きに不穏なものを感じたからだ。バーサーカーは両足を屋根から離し、体重を両腕で支えていると、その直後に架線から手を放し、音を立てて地面に着地した。このとき、大きな揺れが列車を襲った。

 「くそっ!同じ徹は踏まないってか!?」

 バーサーカーであるミノタウロス、アステリオスの最後は不意打ちをくらって絶命したという、意外にも呆気ない死に様だったという。バーサーカーにアーチャーの意図が読めたかどうか知らないが、本能的に不穏なものを感じ取ったのだろうか。
 揺れが収まったころには、バーサーカーはすでに斧を手にしており、その刃を水平にしつつ先ほどのような低姿勢で突進を始めた。

 「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーー!!!!!」
 「ちぃっ!結局振り出しどころか、こっちが不利になりやがった!!」

 今から宝具を発動するにはギリギリかもしれない。バーサーカーの攻撃を回避できることは回避できるが、それがいつまでも持つとは思えない。それに車内には沙織がいる。戦いを長引かせるわけにはいかなかった。
 アーチャーが苦虫を噛み潰しているかのような顔をしていると、何か強大な魔力が列車を追跡しているかのように近づいてきているのを感じた。

 「今度は何なんだよ!?」

 バーサーカーとアーチャーとの距離がほぼ数メーターに達したそのとき、その魔力が自分たちの間に割って入ってきた。ガキン、という金属音が響くと同時にバーサーカーの突進が止まった。
 セイバーが、渾身の力をこめてバーサーカーの攻撃を受け止めたのだった。

 「随分とてこずっておるようだな、アーチャーよ」
 「あんた・・・・!?どうして、ここに・・・・・・・・!?」

 アーチャーの驚きはもっともなものだった。何しろ、セイバーの介入はないものと踏んでいたのだから。
 鍔迫り合いの末、両者ともに弾かれて距離がある程度開いた。しかしセイバーの剣とそれを手にしている腕が若干震えているところを見ると、力ではバーサーカーのほうが上のようだ。

 「どうして、か。見てのとおり、令呪によってここへ飛ばされてきたのだが?」
 「いや、それはなんとなくわかるが、オレが聞きたいのはあんたがなんで、令呪で飛ばされてここにきたのかってことだよ」
 「フム・・・・・・とりあえず要点だけ話そうか」

 セイバーは短めな顎鬚をさすりながら話し始めた。

 「そなたも気付いていようが、我々は故あって駅に侵入、その後に被害に遭った者たちの救助に当たっていた」
 「その辺りは気配でわかった」
 「しかし、これ以上バーサーカーどもの凶行を看過できぬものとした。そなたとバーサーカーがぶつかり合っているのを魔力で察したのでな。そして、そなたの助太刀をすべく、我がマスターにその旨を話した」
 「・・・・で、あのお嬢ちゃんはなんて答えたんだ?」
 「“言うのが遅すぎるわよ!”と怒鳴ってきた直後に、令呪により参上したという次第だ」
 「ハハ・・・・まあ、らしいといえばらしいか。けど、大丈夫なのか?あんたがここにいる間はお嬢ちゃん、無防備になるんじゃないのか?」
 「少なくとも我らの近くにライダーの鮮血兵がいた。どうも敵対の意思なしと見て結界を解除、それからは被害者たちを屋外へと運搬した。少なくとも今は安全な場所で引き続き救護を行っておるよ」
 「・・・・なるほどな」

 アーチャーはこれでセイバーもこちらに敵対する意思がないと見た。これだけの情報を与えたのだ、少なくとも共闘の意思ありと判断できる。もっとも、この主従の性格を考えてもこちらの油断を誘うような真似だけはしないことだけはわかっていたのだから。ともかく、無事な人間がいることを早く自分のマスターに伝えたい。そのためには、目の前にいる敵を打倒する必要がある。
 この思わぬ共闘者は、話すべきことは全て終えたとして、敵意を剥き出しにしている狂戦士へと刃を向ける。

 「さて、バーサーカーよ。貴様に言葉が通じるとも思えんが、敢えて言わせてもらおう。貴様の・・・・いや。貴様らの蛮行、ここまでとさせてもらう。もはや一切の慈悲や赦しはないものと思え」

 セイバーは腰を落とし、バーサーカーに向けていた剣を構え直した。

 「■■■■■■・・・・」

 対するバーサーカーは唸り声を上げ、斧を両手で握っていた。

 「■■■■■■■■■■■■!!!!」

 すると、バーサーカーが咆哮したその直後、バーサーカーは斧を横に振るいながらセイバーに向かって突っ込んでくる。そして迎え撃つセイバーは身動き一つとらず、バーサーカーを待ち構えていた。バーサーカーの斧がセイバーに近づきつつあると、ついにセイバーはその剣を振るった。セイバーの剣はバーサーカーの斧をいなす。さらにもう一撃を受け流す。次々とバーサーカーの繰り出す攻撃をセイバーは見事に防ぎ切っていた。そのバーサーカーもセイバーの見えない圧力に圧迫されてか、今までのように突き抜けることができず、そこから進むことができないでいた。

 「さすがは最優のサーヴァント。ほとんどあの攻撃をものともしてねえや」

 激しい金属音が鳴り響く中、二人の打ち合いは常に最高潮そのものであった。それもそのはず、セイバーもバーサーカーほどではないが、かなり大柄だ。頭のてっぺんが架線に触れるかどうかはギリギリのところなのだから。そして怪物バーサーカーとここまでの戦いを演じられるのも、“セイバー”というクラスの能力や数値のおかげともいえる。もちろん、これらを大いに活用できているセイバーの力量も高いことを示している。
 この分ならば、アーチャーも心置きなく後方からの狙撃に集中できるというものだ。

 「・・・・・・ん?ちょっと待てよ」

 ここでふと、アーチャーはあることに気付いた。サーヴァントの中でもトップクラスの体格を誇るバーサーカーとセイバー。そして二人の足元から聞こえてくる、金属音で掻き消えてしまうほどの僅かなイヤな音。
 アーチャーは思いっきり嫌な予感がした。

 「お、おい。マジかよ・・・・」

 この後の展開は簡単に読めてくる。この展開はアーチャーにとって非常にまずい、しかし場合によっては好機ともいえるものだ。それでも彼の本心からいえば、これだけは絶対に避けたい事態だ。彼は声を大にして二人の戦いを止めたかった。

 「むううううううううううううううん!!!!!」
 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 しかしこの状況では、どうしても二人の耳に届くとも思えない。ましてやもう一人のほうは言葉が通用するかどうかさえも怪しい上に、敵対関係にあるのだ。下手に止めようものならば、こちらの身が危うい。
 加えて、突如やってきた協力者に関しても同じことがいえるし、それにおそらくはこのような戦いの中断を由としないだろう。アーチャーは少なくとも、“騎士”という生き物がどういうものかを知っているのだから。
 そして、ここから狙撃するにはセイバーが妨げとなっていてバーサーカーを狙えない。狙おうにも、時間がなさすぎる。

 「・・・・・・くそったれが」

 こうなってしまっては、アーチャーは毒づくしかなかった。



 駅から発車してどれくらいなんだろう。もう通りかかる駅も停車することなく進行しているし、悪いことにこの場に時計もないから時間もわからない。アーチャーさんも窓からこっちに顔を見せてからそれっきりだ。ときどき列車に揺れが襲ってくるたびに不安がこみ上げてくる。
 座席に寝かせている引沼さんはまだ目を覚ます気配がない。でも、引沼さんには悪いけれど、逆にまだ気を失ったままでいたほうがいいかもしれない。わたしたちがあそこに着くまで、引沼さんの身に何があったのか知らないけれど、きっと物凄い怖い目にあったことだけはわかる。そんな目にあったのに、いきなりこんな暗い列車の中にいたらパニックを起こしかねない。
 ノンストップで走っている列車の中にあって、もうどれぐらい時間が経っているのかわからなくなってきた。上のほうで多分、アーチャーさんがバーサーカーと戦っているんだろうけれど、本当に列車の外で何が起こっているのかさえもわからない。わからないことだらけのこの車内は、一種の無人島のような空間となっていた。
 それにしても、上から聞こえてくる戦いの音がいっそう激しくなっているような・・・・

 ガコオォン!!!

 「きゃあ!?」

 大きな音とともに天井が突き破れてしまい、それと同時に二つの人影が列車の中に降り立った。背中を向けている一人はいうまでもなくバーサーカーだけど、もう一人がセイバーだとわかるのに少し時間がかかってしまった。
 それもそうだ。何しろ暗くて顔がよく見えなかったし、それにここにいるはずのない人物がこうして敵と戦っているのだから、脳の処理が追いつかなかったせいだ。
 落下してきた二人の距離が開いているみたいだ。

 「やっぱり、こうなっちまったか」

 すると、二人に続いてアーチャーさんが飛び降りてきて、バーサーカーの背後、つまりわたしの近くに着地した。

 「アーチャーさん!大丈夫ですか!?」
 「ああ、なんとかな」
 「それにしても、どうしてセイバーが・・・・?」
 「あのお嬢ちゃんがよこしたんだとさ。考えていることはだいたいあんたと一緒みたいだ」

 そうだったんだ・・・・なんだか、サラにまた借りができちゃったな。

 「ま、なんにしてもこれで背後取ったりっていう形になったわけだ。狂っているとはいえ、下手にオレとセイバーのどっちかに手を出したりすりゃ、自分がただじゃすまないっていうことを理解できる脳ミソはあるみたいだな」

 そういえばそうだ。今、バーサーカーを挟み込むようにしてセイバーとアーチャーさんの二人が立っている。こういう形になった以上、この戦いはほとんどアーチャーさんたちが優位だ、それは素人目から見ても明らかだった。
 それなのに、どうしてアーチャーさんは浮かない顔をしているんだろう・・・・?

 キキィィィィィィイイイイイ!!!!!!
 ガシャアアアアァァァァァアアアアン!!!!!!

 「きゃっ!」
 「なっ―――――――!?」
 「■■■!?!」
 「くっ!よもやこの場面で!!」

 カーブに差し掛かった際に列車は音を立てて横倒しになってしまい、車内の空間に秩序が失われてしまった。外での戦いがどんなものだったかわたしにはわからないけれど、それでも結構揺れていたはずだ。むしろ今まで倒れたり列車が崩壊したりしなかっただけでもたいしたものだと思った。
 けれど、事態は急転する。
 わたしは、目にしてしまった。倒れた衝撃でバーサーカーの手から斧が抜けてしまったところを。そして、その先には、座席から転げ落ちる引沼さんの姿が。
 その先に待ち受ける未来は、明白だった。




 ―――ダレカガ、シヌノハイヤダ




 蒼白になった頭の中は、一つの思いに支配され、それがわたしの体を動かした。



 思い返せば、倒すチャンスはいくらでもあったんじゃないか。現に、バーサーカーがセイバーと打ち合いをしているときや列車の中に落ちた瞬間を狙えば倒せたはずだ。この列車が倒れたときなんかそう思って後悔したな。
セイバーの奴はまだ剣をどっかに突き刺して凌いでいたからまだいい。けど、あろうことかバーサーカーの野郎の斧が列車に揺られて思いのほかあっさりとヤツの手から抜けやがった。さらに悪いことに、斧が吹っ飛んだ先にサオリの友達がいた。そのせいでサオリは、オレが考えられるだけでも最悪の行動をとろうとしていた。
ほとんど動きがとりにくい中にあっても、オレはどうにかしてサオリに手を伸ばそうとした。




―――間に合ってくれ!!




 だがしかし、オレのそんな願いも、オレの手も届くことはなかった。



 自分でも、あんな状態でよく動けたなと思う。でも動いてしまった。そのとき、自分やその周りが非常にゆっくり動いているように思えた。そういえば、このかが前に見ていたテレビ番組で、戦闘中に周りがスローモーションのように動いていたり、逆に止まっていたりといった場面があったのを思い出した。でも、この場合は動いているわたしもゆっくりしたものに感じたけれど。
 それでもわたしは、引沼さんの前でその身をさらす。バーサーカーの手から抜けた斧が、わたしの体にその刃を深くめり込ませた。
 ああ、やっぱりこうなっちゃった。思っていたよりも恐怖感とか、頭が真っ白になって何も考えられなくなったとか、そういうことはなかった。これで三度目になるからだろうか。一度目は災害で死に掛けて、二度目は自分から死にに・・・・誰かのために身を呈するというのは意外にも、これが始めてだったりする。正直、引沼さんが助かってよかった。けれど、誰かを救えたという自己満足にも似た感慨は沸かなかった。現に、アーチャーさんなんていつもじゃ考えられないような顔をしているのが見えちゃったし・・・・
 そして、世界は動き始めた。



~タイガー道場/えくすとら~

佐藤一郎「皆様。今回もこの作品にお付き合いいただき、真にありがとうございます。司会進行はこのわたくし、佐藤一郎でお送りさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします・・・・・・・・」

(間)

佐藤一郎「おや、シロー様?どうかされましたか?」

シロー「どうかした、とは?」

佐藤一郎「いつものシロー様であれば、“なんだ。まだ我々はこんな茶番を続けているのか?全く、時間の無駄もいいところだな”といった感じの皮肉を仰るかと思われましたが」

シロー「正直、いちいち構うのも億劫になった」

佐藤一郎「然様ですか」

シロー「それに、だ。どうにも先ほどから落ち着かないのもその理由の一つともいえるかも知れんな」

佐藤一郎「ああ、なるほど。それでしたら、あとで説明するといたします。それより今回は、宝具の紹介を始めたいと思っております」

シロー「ほう・・・・そういえば、最低でも二つは出てきたはずだが、まずはどちらから説明するのだ?」

佐藤一郎「ええ。今回は情熱の赤い血潮がイメージカラーのライダー様の主力であらせます騎馬軍団“大いなる鮮血騎団”の紹介に移りたいと思います」

シロー「その詳細は、これだ」


名称:大いなる鮮血騎団(イェケ・ケシクティ)
使用者:ライダー
ランク:A
種別:対軍宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:1000人
右手の掌に、鏃の宝具“鹿妃の骨矢(コアイ・マラル)”で刺し傷を作り、そこから流れ出た血によって現界する、生前のライダーの配下だった騎馬軍団。それを構成する鮮血兵は基本的にライダーの支配下にあるが、ある程度の自立した意思を有する。また、ライダー自身の騎馬もこれによって生成。一般兵卒から隊長格までその戦力差はまちまちだが、騎馬戦を得意としている。ただし、これはあくまで“再現”であるため、実際のライダーの配下たちとはまったくの別人であり、また実在した人物、特に名を残した人物の再現はさすがのライダーといえど不可能である。ちなみに、宝具は騎兵召喚に用いる“鹿妃の骨矢”のほうで、量にもよるが、血一滴で100騎の騎兵の生成を可能とする。


佐藤一郎「一応ライダーさまの宝具も実は何気に難産だったりします。と言いましても、先ほど見直しましたところによりますと、こちらは形状以外のものでしたらほぼ原型どおりだったようです」

シロー「“こちら”か。宝具の名前を見てもしや、とも思ったがやはりか・・・・」

佐藤一郎「ええ。シロー様のご想像通りです。そちらのほうも、後ほどのお楽しみ、ということで」

シロー「ちなみにここだけの話だが、若干よその掲示板の影響もあるようだ」

佐藤一郎「しっ!黙っていれば気付きませんのに!!」

シロー「ああ、すまん。つい口が滑ってしまった。見てのとおり、この体は犬でできているのでな。基本的に何も隠すことなどないから口も軽くなってしまうというものだよ」

佐藤一郎「それはそれで仕方ありませんね・・・・」

シロー「あと余談だが、作者の頭の中ではイスカンダルと比べた場合は火力では向こう、機動力ではこちらが上回っていると思い込んでいるようだ。勝敗を左右するのは両者の戦術次第、とのことだ」

佐藤一郎「まあ、お二方とも広大な領土を有した上に、後世まで強い影響をお与えになられた方々。まともにぶつかればそれこそ大戦争ですな」

シロー「それで、本編に関する話題に切り替えるが、随分と思い切ったことをしたな。列車の上での戦闘やら、最後のシーンやら・・・・」

佐藤一郎「はい。まず、戦闘シーンに関しましては、以前に赤いレプリロイドが主人公のゲームの第二弾をやったときに、黒豹の姿をしたボスとの戦闘場面にて、“電車の上でのバトルって、クールじゃね?”と思ったことがきっかけなんだとか」

シロー「それにしては、あまりそのシーンを活かしきれていないな」

佐藤一郎「と言いますと?」

シロー「これがシエルやメドゥーサのような空中戦を得意とするキャラクターならばまだ見栄えがあるだろう。だが、パワー重視のバーサーカーでは列車の疾走感を表せないと思うが?」

佐藤一郎「まあ、そこは大目に見てやってください。何しろ、執筆中でキャラを動かしにくかったそうで、しかもそのことに気付いたのはその最中だったのですから」

シロー「まあ、実際列車の上で戦闘などまともにできそうにないがな。現に上は架線やら何やらでゴテゴテとしているのだからな」

佐藤一郎「それと最後のシーンですが、決して意味もなくやっているわけではありませんよ。色々思うところはあるのかもしれません。ですが、このように本編でも危機的状況を迎えているわけですが、決して沙織様方が脱落するようなことはありませんので、そこはご安心ください」

シロー「そこまで言っていいものか・・・・・・ん?ちょっと待て。今なんて言った?本編“でも”・・・・?」

佐藤一郎「ああ、それですか。それでしたらシロー様。こちらをご覧ください」

シロー「ん?望遠鏡・・・・?一体外に何が・・・・・・・・・・あれは、ヘラクレスの頭のように見えるが・・・・?む?だんだん近づいてきているぞ・・・・よく見ればあの上にイリヤスフィールと藤村大河の姿が・・・・・・」

佐藤一郎「お分かりになられたでしょう。何故、先ほどから落ち着かないのかが」

シロー「・・・・ああ、十分に分かった。だが、これも当然の成り行きだろう。何しろ、他所に土足で上がって我が物顔で居座っているようなものだからな」

佐藤一郎「ええ。それで、実際問題どういたしましょうかね?」

シロー「そんなもの簡単だ。これでお役御免ならば、早々にここから立ち退けばいいだけの話だ」

佐藤一郎「それなんですが・・・・」

シロー「なんだ?」

佐藤一郎「実はこの空間、決して伝説になれない緑の勇者における仕掛けを解かないと脱出できないダンジョンの小部屋に似た状況と言いますか。もっといえば口(“くち”と読みます。というよりもむしろ読んでください)ックマンのボス部屋に似た状態になりましたと言いますか・・・・」

シロー「要するにここから出られないのだな」

佐藤一郎「はい。仰るとおりで」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「イヤですね。そんなネロア様を前にしたアルクェイド様みたいな目でわたくしを見つめないでくださいよ。恥ずかしい」

シロー「そもそもこうなった原因は何なのかわかっているのだろう?」

佐藤一郎「はい。ですが、こちらもただぐだぐだと雑談に興じていたわけではございません。こうなることを予測して、ちゃんと対策も練りました」

シロー(何故、素直に明け渡そうとしないのだ、この男は・・・・?)

佐藤一郎「目には目を、歯には歯を、バーサーCARにはバーサーCARを。というわけでバーサーCAR零式発進です」

シロー(バーサーCARとは、随分とまた陳腐な真似を・・・・)

ゴウン
 ゴウン
  ゴウン・・・・・・
ガチャーン・・・・・・・

バーサーCAR零式「Aaaaaaaaaaarrrrrrrthurrrrrrrr!!!!!!」

シロー「って、バーサーCARってそっちか!?」

佐藤一郎「言ったでしょう。バーサーCAR“零”式と。ではバーサーCAR零式、発進」

バーサーCAR零式「Aaaaaaaaaaaaaaaaa―――――――!!!!!!」

バーサーCAR零式、本家バーサーCARへ全速前身。

佐藤一郎「さて、バーサーCAR零式も無事発進しましたことですし、向こうのバーサーカー戦もクライマックスを迎えました。それでこのあとは今までの話の手直しをするかどうか迷っていらっしゃるようです。ですが、どうか温かい目で見守ってやってください」

シロー「あー・・・・この場面でこういうことを言うのもあれだが、我々は先ほどのバーサーCARに乗ってここから脱出したほうがよかったのではないのかね?」

佐藤一郎「それでは皆様、ごきげんよう」

シロー「やはり無視か・・・・あ、向こうで両者もろとも大破したぞ」



[9729] 第十八話「一矢」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/05/08 03:02
 事故や災害というものは突発的に起こるものだ。それらは前もって予測できるようなものではない。現代においては予報などで事前に知らされることも多くなり、また予防策も多く知らされている。しかし、それでもそれらの被害が後を絶たないのは、いきなり襲い掛かってこられてしまうからである。だから、防ぎようがない。
 では、この場合はどうなのだろうか?列車が脱線し横倒しになった。普通に考えれば、それだけで大事故であるのは間違いない。そして現在、その中で何が起きていたのか。一般には知られることのない魔術師の儀式、聖杯戦争。その一端が倒れた列車の中でも繰り広げられていた。
セイバー、アーチャー、バーサーカー・・・・この三人の英霊、そして彼らを従えるマスターと呼ばれる存在。この場ではアーチャーのマスターしかいないが、サーヴァントという名でこの世に蘇った英霊にとって、マスターの存在は必要不可欠だ。なぜなら、サーヴァントがこの世に留まるにはマスターから供給される魔力が必要なのだから。では、そのマスターが死亡すればどうなるか?答えは明白だ。サーヴァントは自然と消滅するのみである。
 そういう意味で、アーチャーは自身のマスターに手を伸ばそうとした。もちろん、それは彼自身がマスターである少女を守ると決意したからである。アーチャーのマスターである少女、野々原沙織はその体にバーサーカーの斧、列車が倒れた際に握っていた手から抜け出てしまったその刃が深く食い込む。その凶刃から聖杯戦争に巻き込まれた友人を守るために、自分の身を晒して・・・・
 アーチャーの手が届く前に、沙織の体は地面へと仰向けに倒れる。
 このとき、アーチャーは自分のはるか後ろでセイバーが目を見開いているのを感じ取った。彼もアーチャーと同じくバーサーカー打倒を目的としてこの場に現れた。それだけに、この状況が彼にとっても信じられないものだったのだろう。
 このときのアーチャーの思考は誰にもわからない。だが、それからしばらくもしないうちに更なる異変が起ころうとしていた。



 沙織がバーサーカーの斧に倒れる前に時間を戻す。神奈は佐藤一郎の操縦するヘリコプターに搭乗してサーヴァントたちのいる列車を追っていた。このとき、ちょうどセイバーが列車の戦いに参戦したころだった。

 「おやおや。エクレールのお嬢様も大胆なことをいたしますなあ」
 「何はともあれ、これでバーサーカーの打倒も早くなりそうね」

 神奈はこの土地を任された管理人であることも手伝って、一族の悲願である「」の到達よりも街の治安を第一に考えて行動しており、ライダーから預けられた鮮血兵たちにも本来ならば敵対関係にあるはずのサラの支援に回らせている。何しろ、そのサラが駅で救護活動を行っていたためである。これが済んだあとで、助かった人間の記憶操作を施すつもりだ。無論、それは魔術の隠蔽のためでもあるが、神奈自身は体験していないが少なくとも今日あの駅は地獄だった。そんな記憶をいつまでも持たせるのは酷だと考えているからでもある。

 「こんな事態ばかりなら、もうこれからは聖杯の解体を本格的に視野に入れて動くべきね・・・・」
 「そう仰ると思いましたが・・・・それもそれで茨の道ですな」
 「わかっているわ。けれど、根源の到達は何も私の代で成さなくても、次代に託せばいいだけの話だもの」
 「まあ、そこがお嬢様らしいといいますか、なんといいますか・・・・」

 佐藤一郎は少し口を濁してしまった。神奈の魔術師としての心構えやその魔力は決して他の魔術師たちと比べても劣っているわけではない。根源への到達の意味さえ十分理解している。しかし、彼女の場合、魔術師としての矜持よりも街への愛着心が強いようである。この聖杯戦争は彼女の一族が根源へいたるためにザルツボーゲンへ土地を提供したのだが、どうも一族の悲願よりも街の安寧を第一に考えて動いている。そして、今回駅で起こった凶行を機に、彼女の比重は聖杯解体へと大きく傾くことになったことだろう。
とはいえ、それこそ茨の道である。ランサーのマスター、シモン・オルストーは魔術協会の意を受けて聖杯の回収を目的にこの地を訪れている。いきなり解体となれば彼も魔術協会もすぐに納得できるものではないだろう。
 そしてアサシンのマスターである狩留間鉄平。彼は純粋に聖杯を求めている。その力を使って意識を失った姉にかけられた呪いを解くことを目的としている。少なくとも彼ならば聖杯を悪用することもないだろうし、彼の事情もよく知っているだけに、率直に言えば彼ならば聖杯を譲ってもいいとさえ考えている。しかしすぐに聖杯を解体するとなれば彼との対立も避けられない。そうなれば彼と手を組んでいるアーチャーとも激突する可能性もある。
 だが、この二人よりもさらに厄介なのが自分のサーヴァントであるライダー・覇道王チンギスカンに他ならない。彼もまた鉄平と同様に聖杯を求めているが、鉄平が“他”のために使おうとしているのに対し、ライダーはあくまで“己”のために聖杯を用いようとしている。その目的は肉体を得て、生前自分が果たせなかった世界制覇を今度こそ成し遂げようというのだ。そうなれば世界が今以上に混乱することは目に見えている。
 一番の難敵が、他のマスターやサーヴァントではなく自分のサーヴァントであることが皮肉な話だ。

 「しかしながらお嬢様。その憤りによる決意はもっともでございますが、ここは一つ、それが早計とならないよう冷静におなりください。あのお二方さえ打倒すれば、少なくともこのようなことはもう起こりはしないのですから」
 「・・・・・・何が最良なのか、よく考えてみるわ」

 下界の列車の屋根が陥没し、サーヴァント三騎が車内に入ったころ、後部座席で眠っていたつくしがいきなり起き上がったのだ。

 「おや、つくしさん。ここでお目覚めとは珍しいですね」
 「・・・・・・・・ん~・・・・なんかさぁ、寝つきが悪くてさぁ~・・・・・・」
 「いつも隙さえあれば、立ったままだろうが仕事中だろうがところかまわず居眠りするあなたが何を言っているの・・・・」

 寝ぼけ眼のつくしに苦言を呈しているところで、つくしはハッとなった。何の前触れもなくつくしが目を覚ますときは決まって何かよくないことが起こる前兆である。
 そして、それは起こった。

 「お嬢様、こちらを」
 「これは・・・・・・?」

 つくしに気をとられていると、いつの間にやら列車がカーブで横倒しになっていた。サーヴァントならば、この程度は問題ではないだろう。
 しかし、神奈はつくしが起きたことによりこれだけでは済まないことを肌で感じ取っていた。そして、そのときだった。

 「爺!早くここから離れてちょうだい!!」
 「は・・・・・・?何が何なのかわかりませんが、かしこまりました」
 「とにかく急いで!できれば速度を上げて!なるべく遠くへ!!」

 神奈の魔術師としての勘が警鐘を鳴らしていた。そうしてヘリコプターはその場から離脱。その直後、神奈は列車からおびただしいまでの魔力が溢れ出るのを肌で感じ取った。それは、沙織がバーサーカーの斧に刺さってからのことだが、彼女は沙織が列車の中にいることまでは知らなかった。



 「なあ、アサシン。ここはどこだ?」
 「さて、な。少なくとも我らは市内を走っていたことだけは確かだ。それも、列車を追って」
 「だよな・・・・一応外にいたんだよな?」
 「ああ」
 「なのに、何でいきなり室外にいるんだ?」

 鉄平の疑問はもっともだった。自分とアサシンは沙織やアーチャー、バーサーカーが乗っていると思われる列車を追って走っていた。いきなりセイバーと思われる魔力が列車に到達したときは肝を冷やしたが、敵対する気はないことが判明して一応安心した。
 問題はそこからだ。いよいよ列車に追いつこうとしたとき、いきなり膨大で禍々しい魔力が自分たちに迫ってきたのだ。その魔力が自分たちを包み込んだ次の瞬間には、自分たちは見たこともない通路に立たされていた。
 そこは石造りの大きな回廊で、ジメジメとした暗い雰囲気を醸し出していた。その光景はまるで、RPGに出てくる地下迷宮、俗に“ダンジョン”と呼ばれる場所のようでもあった。

 「一体全体、何がどうなって・・・・」
 「鉄平よ。これはおそらく固有結界、もしくは宝具の類かと思われる」

 固有結界とは、魔術師にとっての秘奥である“魔法”に近い大魔術。宝具とは英霊の持つ武装でその英霊の切り札でもあり、諸刃の剣でもある。

 「現に、この空間に引きずりこまれてから、某の力が落ちている。それがどれほどかまでは判断に窮するが」
 「確かに・・・・いわれて見れば、こっちも気力がどんどんと削がれているような気がするよ」
 「いや・・・・削がれているというよりは吸い取られている、と言ったほうが正しいかもしれぬ」
 「少なくとも、この状態での戦闘は危険ってことに変わりはないんだよな?」
 「ああ。そのとおりだ」

 アサシンは他のサーヴァントに比べて戦闘力が特別高いわけではない。そして鉄平もサーヴァントに敵う戦力ではない。この状況は、二人にとってマイナスの方向に働いている。

 「とにかく、なるべく戦闘は避けること。アーチャーか沙織を見かければ、沙織を優先的につれて離脱を図ること。ただの人間である彼女には、ここはきつかろう」
 「そうだな・・・・とにかく、ここで立ち止まっているわけにもいかないな」
 「ああ。急ぐぞ」

 二人の影は回廊の闇の奥へと溶け込むように消えていった・・・・



 「向こうもいよいよ大詰めを迎えてきたようじゃのう」

 炎が燃え盛る室内にて、ライダーらと対峙しているキャスターが自分自身で窓に投影した映像を横目で見つつ上機嫌で喋った。

 「何が面白いのだ・・・・何も映っておらんではないか」

 ライダーはそんなキャスターに呆れた眼差しを送った。彼は窓に駅や列車の様子が映されていたことに気づいていたが、今その映像は砂嵐で乱れていた。というよりもほとんど映像として成り立っていない。

 「まあ、ここいらで休憩と行こうではないか」
 「何をふざけたことをぬかしておるのだ、貴様は?」
 「とりあえずはワシの話を聞け。貴様も知りたくはないか?バーサーカーの真名とその宝具を?」

 ライダーはキャスターに向けていた弓を下ろす。一応は彼の話を聞くつもりはあるようだ。他の鮮血兵たちもそれに倣って戦闘体勢を一時的に解く。

 「まずはバーサーカーの真名、奴の名は雷の忌み仔アステリオス。まあ、愚昧なる貴様にはミノタウロスという名のほうが馴染み深いじゃろう」
 「ふん、ミノタウロスか・・・・そうなると、その宝具は奴の名とともに知られる迷宮伝説、というのが妥当なところか。くだらん・・・・・・」
 「まあ、ここからが奴の宝具の面白いところじゃ。じゃが、その前に貴様に一つ、問題じゃ。ミノタウロスといえば、奴を幽閉した迷宮も世界的に有名じゃが、その迷宮にミノタウロスの餌となる少年少女が何人送られたかのう?」
 「・・・・・・小童が七人、小娘も七人。全部で十四人。それが宝具の発動条件か」
 「然様」

 キャスターは変わらず講釈を続けるように話す。

 「流石のワシでもきっちり、少年七人少女七人と数えられているかどうかは疑問じゃが、奴の斧に十四人分の生き血を吸ったとき、奴の真の力、“魔宮の幻牢(ラビュリントゥス)”を呼び起こし、その場を迷宮伝説の恐怖を現代に再現するのじゃ」

 嬉々として語るキャスターとは対照的に、ライダーはさもつまらなそうに聞いていた。

 「なるほどな・・・・“ラビュリントゥス”とはもともと両刃の斧の“ラブリス”が語源。あの斧が宝具発動のための寄代、というわけか・・・・だが、単に迷宮の再現だけではちと面白みにかけるな。おそらくは、他に何かあるのだろうが、そんなことは今の俺にはどうでもいいことだ」

 ライダーは弓を構え、矢を放つ。しかし矢はキャスターの魔術によって防がれてしまった。

 「今、重要なのは貴様を殺せるかどうか、だ」
 「やれやれ・・・・話し甲斐のない奴よな、貴様。せっかく貴様に迷宮の中ではどうなるかとかあそこから出る方法とか、そういったことを話す気でいたのに、それが全て台無しになってしまったわい。理解力と勘は申し分ないのに、もったいない」
 「貴様に褒められて喜ぶ奴など媚を売る奴ぐらいだろう。俺は今、貴様がくだらないお喋りをしている間にさっさと葬り去ればよかったと後悔しているところだ」
 「その割には随分と饒舌じゃな・・・・まあ、一つの小休止だと思え」
 「戯けが・・・・・・」

 ライダーや鮮血兵たちが一斉に矢を弾幕のように放つ。しかしキャスターはそれらを苦もなく、魔術で防ぐ。しかし、先ほどとは違ってキャスターは自分から攻撃に転ずることができなくなっていた。そうしてしまえば、ライダーたちの矢が自分を貫くかもしれないからだ。もちろん、それで自分が敗れるとは露ほどにも思ってもいないが、万が一ということもある。
 キャスターは、自分最大の武器が一撃で城塞をも破壊するほどの威力を持つ神代の魔術ではなく、自分が願って手にすることのできた知恵であると自負している。幸い、この部屋にはいくつか致死的な威力を持つ罠を張っている。上手く誘導すれば、ライダーの戦力をいくらか削ることができるだろう。もちろん、ここでライダーを葬り去ることができるのがベストだが、それは高望みだというもの。
 確実に、そして徐々に敵を疲弊させ、あるいは減らすこと。そういった臆病なまでの慎重さが知恵者に与えられた特権でもある。この程度のことなどキャスターは苦でもない。
 まずは、あの辺りにいる鮮血兵の近くには自分が張った罠の一つがある。そこに上手く誘き寄せ、発動さえすれば敵への牽制になるだろう。キャスターは心の中でほくそ笑んでいた。



 バーサーカーの宝具が発動したその直後、突然沙織に突き刺さっていた斧から膨大な魔力が溢れ出し、それらが突風のように自分たちを襲ってきたと思えば、あたり一体の景色が横倒しになった列車の内部などではなく、どこかの石造りの建物の回廊に一変していた。
 その場には、アーチャーや沙織だけではなく、セイバーや引沼、そして当然のことながらバーサーカーもいた。そして相変わらず引沼は気絶したままだった。

 「なんだ、こりゃ?」
 「おそらくは、これがバーサーカーの宝具なのだろう」
 「宝具か、なるほどな・・・・」

 突然のことに面食らってしまったアーチャーの疑問にセイバーが答える。アーチャーも一時期が動転しそうになったが、皮肉にもバーサーカーの宝具の発動で幾分か落ち着く結果となってしまった。そうして彼は気付いてしまったのだから、宝具発動の引き金となったのが、沙織がバーサーカーの斧に刺さった瞬間だということに。
 何かが自分の頭上を飛び越えた。バーサーカーだった。彼は沙織のそばで着地し、彼女に刺さっていた斧の柄を掴んで、それを引き抜いた。斧の抜けた傷から、血が噴水となって噴き出た。

 「■■■■■■■■■ーーーーー!!!」

 バーサーカーの咆哮が回廊に轟き、再び手にした斧を横に振るう。しかしアーチャーはすぐさま沙織や引沼を抱えながらもそれを回避することができた。アーチャーはぐったりしている沙織に目をやった。沙織はその体にあまりにも大きな傷が刻まれているものの、確かに彼女の口から微かな呼吸が聞こえた。アーチャーは沙織の命が潰えていないことに少ないながらも安堵した。しかし、その傷からは血が溢れ出している。
 アーチャーは顔を上げ、斧を振りかざしているバーサーカーをねめつける。その目には、明確な敵意が宿っていた。しかし、その斧が振り下ろされることはなかった。すかさずセイバーが間に入ってバーサーカーを切り伏せたからだ。

 「アーチャー。あれを睨んでいる暇がそなたにはあるのか?」
 「・・・・・・わかっている」
 「はたして、そうか?今のそなたはバーサーカーをこの手で葬り去ってやりたいという思念に囚われている。激情は結構だが、果たしてそれで倒せるような相手ではないと思うが?」
 「二度も言わせるな。それぐらい自分でもわかっているんだよ・・・・!」

 アーチャーは先ほどと変わりのない口調だが、その声にはその目同様の怒りがこめられている。しかし、彼は辛うじて声を抑えていた。

 「正直、色んな感情がオレん中で暴れまわっていて、今にも体が張り裂けそうなんだよ。はっきり言って、今すぐあいつをあんたの言うようにこの手で葬り去ってやりたいが、こんなんじゃそれもできやしねえよ・・・・・・!」
 「・・・・その感情は、バーサーカーに対する憤りか?」
 「・・・・半分。もう半分は、オレ自身の不甲斐なさへの、だ」

 アーチャーは口の端が裂けるほどに強く歯軋りした。その一方で、セイバーの攻撃を受けて倒れていたバーサーカーが、立ち上がった。だがバーサーカーに倣う形でアーチャーも沙織と引沼の二人を抱える形で立ち上がる。アーチャーは言う、先程よりも落ち着きを幾分か取り戻した口調で。

 「悪いが、オレはサオリたちをどこか安全な場所まで運ばなきゃならねえ。こんな場所で寝かせるわけにもいかねえからな。だからそれまでは、あんたがあいつの相手をしてくれ。そうすりゃ、オレの頭も十分冷えるかもしれないからな」
 「・・・・どうしても自らの手でバーサーカーを倒さねば気が済まぬようだな。だが、仮に身がそなたの主張を聞き入れたとして、身に何か益はあるのか?」
 「オレがあいつを倒すには、どうしても宝具が必要だ。敵対サーヴァントのうちの一体の宝具がもう一個拝めるんだ。あんたにとっても、あのお嬢ちゃんにとっても、悪い話じゃないと思うけどな」

 セイバーはアーチャーの言葉に眉を顰める。それでも、バーサーカーへの注意は怠っていない。

 「・・・・・・それが何を意味するか、そなたはわかっているのか?敵となりうる者に対して、その名を明かすということはこの戦において狂気の沙汰としか思えぬ」
 「あんただって、オレが何者かぐらいは検討ついているんだろ?こんな格好だ、正体がばれているも同然だ」

 セイバーはしきりに唸っているバーサーカーへと対峙する。

 「・・・・・・五分だ」

 しばらく間を置いてから、セイバーは言った。

 「五分で彼女らの避難を完了させよ。それ以上は待てぬ、ゆえにそのときは遠慮なく奴をこの剣にて征伐させてもらう」
 「・・・・・・ああ。悪いな」

 二人のやり取りは、それで終わった。それでアーチャーは沙織と引沼の二人を抱えながらそこから去っていった。
 そして残されたセイバーとバーサーカーは互いに睨み合う。この空間は先ほどの列車の中よりは広く、バーサーカーが思いっきり斧を振るうには十分すぎるほどだった。

 「・・・・さて、ここは気を引き締めねばな」

 セイバーは先ほど以上に警戒心を強めていた。この空間に移り変わってから、自身の全てのステータスやスキルが下がっているのを感じ取った。それだけでなく、自身の魔力でさえも搾り取られている感覚もした。おそらくは、これがバーサーカーの宝具の特製なのだろう。そして、連日のように伝えられていた失踪者の中には、ここで命を落とした者もいるはずだ。

 「■■■■■■・・・・」

 バーサーカーは再度、斧を振り上げる。

 「その攻撃はもはや見切った。もう通用は・・・・・・?」

 セイバーは何か違和感があって、目を凝らして見た。それは見間違いなどではなかった。バーサーカーの全身の筋肉が、やや膨張していた。
 セイバーは全力でその警鐘を鳴らした。バーサーカーの斧が振り下ろされ、セイバーは後ろへと一気に飛び退いた。振り下ろされた斧の一撃が炸裂したその床には、大型の力士が二人ほど並べられそうな巨大な穴が開いた。

 「ぬうっ・・・・・・!よもや、この局面にて“怪力”を発揮したか・・・・・・!!」

 サーヴァントの持つ“怪力”はメドゥーサやミノタウロスなどの怪物として後世に伝えられている者どもの持つ恐るべき力を発揮するスキル。このバーサーカーの一撃に関して言えば、たった一撃でも受けてしまえば、死体とは呼べないほどの無惨な肉塊に成り果てるだろう。この一撃を耐えられる英霊など、おそらくは片手で数えられるぐらいしかいないに違いない。

 「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーー!!!!!!」

 その後もバーサーカーは斧をメチャクチャに振り回しながら前進する。セイバーは後退を余儀なくされ、回廊のいたるところには巨大な穴や溝がいくつも出来上がった。

 「こうなってしまっては、背に腹は変えられん・・・・・・!!」

 セイバーは意を決した。もはや五分どころの話ではない。その時間も先ほどのバーサーカーとの打ち合いから計測したものだが、このままではアーチャーが来る前にこっちがやられてしまう。やはり手加減など純粋な殺し合いの場には不要なものなのだ。
 そして、セイバーの剣から魔力が溢れ出す。セイバーの剣の刀身からまばゆいまでの輝きが放たれる。

 「さて、鬼が出るか、蛇が出るか・・・・・・!!」

 バーサーカーとの間合いが完全に開いているにもかかわらず、セイバーはその場で剣を振り抜く。剣から光の塊が飛び出してきた。その輝きは、アメジストをも上回る紫色の煌きだった。その光の塊はバーサーカーの胸部に炸裂し、バーサーカーは後ろに飛ばされた。その威力はクレーンの鉄球に勝るとも劣らないほどだ。

 「では次だ!」

 さらにセイバーは剣を振るう。今度はオパールのような黄金色に輝く光弾だ。それが倒れているバーサーカーに命中。今度はバーサーカーの体に電流が走った。バーサーカーから苦悶の声が響く。

 「うむ・・・・攻撃は一級品だが、守りに関しては粗末としか言いようがないな」

 それでもバーサーカーのダメージは微々たるものだが、全く効果がないわけではなかった。なにしろ、これまでセイバーの放っていた攻撃は自身の宝具を開放していたのだから。
だからと言って、セイバーは宝具を完全に開放したわけではない。現にこれまでバーサーカーに浴びせていた攻撃も、ランクで言えばCの対人宝具クラスの攻撃なのだから。セイバーはこの攻撃を“虹輝剣爛(ルミナス・レギア)”と名付けていた。威力は決して見劣りするものではないが、どのような効果を持つ攻撃が放たれるか、セイバー自身にも予測がつかないのが玉に瑕だ。
もっとも、この宝具の真の力はこれと比較にならないほどの威力を持っているのだが、それはまた別の話。
 立ち上がるバーサーカーにさらに“虹輝剣爛”の一撃を見舞う。今度はバーサーカーの体に、立ち上る炎とともに刀傷が広がった。

 「貴様を屠るは身の役目ではないが、そこで二度と立ち上がれぬよう倒れ伏して、貴様にふさわしい末期のときを待っているがいい!!」

 セイバーは剣を振るうべく構えを取るが、対するバーサーカーは振りかぶった勢いに任せてセイバーに向けて斧を投げ飛ばした。それはアーチャーとの対決で見せた放物線を描いた投擲ではなく、フリスビーさながらに水平に飛んできた。
 セイバーはとっさに後ろに倒れこんでそれを避ける。

 「危ないところであった。身ともあろう者が、この程度の攻撃を予測できぬとは・・・・・・むっ!?」

 顔を起こしたセイバーは、バーサーカーがこっちに突進してくるのが見えた。それは角を前面に出した、これまでどおりの突撃。しかしセイバーにとっては初めて目の当たりにする攻撃。しかしながら、そのスピードはアーチャーのときの比ではなく、仮に先ほどの列車と真正面からぶつかっても、最低でも先頭車両を粉々にするぐらいは造作もないに違いない。

 「いかん!!」

 セイバーはバーサーカーの突進が視界に入った直後に、横へ転げた。その僅か数秒後にはバーサーカーはセイバーのすぐ横を通り過ぎた。だが、その風圧でセイバーはより勢いをつけて地面を転がることとなってしまい、壁に背中を激突させてしまう。とはいえ、あのままだったのならば確実にその肉体をバーサーカーに踏み砕かれていたことだろう。

 「とはいえ、この状況はあまりよろしいものではないな・・・・」

 ゆっくりと立ち上がるセイバーの視界には、バーサーカーが先ほど自分に投げつけた斧の元へと到達し、それを拾い上げているところだった。
 こちらにくるりと振り向いてきたその顔は、牛の大口を開けてその目を敵意でぎらつかせていた。セイバーの額から、冷や汗が一筋流れ落ちる。



 薄暗い回廊の中を行く影一つ。その影が辺り一帯をうかがうような素振りを見せると、その場でしゃがみこんで、何かを下ろした。

 「・・・・大体この辺でいいか」

 この場所ならば、今バーサーカーとセイバーが戦っている地点からかなり離れている。他にも迷宮の中を彷徨っている者たちがいるが、おそらくはバーサーカーの宝具の発動に巻き込まれた部外者たちだろう。なので、とりたてて問題にはならないものと判断したアーチャーはそこに引沼と沙織の二人を寝かせた。沙織の傷ついた体をアーチャーが応急手当のために、自らのマントでその傷口を包んでいた。

 「・・・・・・セイバーも少し押されてきたか。少し急がないとな・・・・」

 バーサーカーの宝具により形成された迷宮の影響で、アーチャーの超感覚の精度も若干落ちてしまっていた。しかし、それでも彼の持つ感覚が常人以上であることには変わりない。

 「・・・・悪いな、サオリ。こうなっちまったのも、さっさとバーサーカーを仕留められなかったオレの責任だ。あいつを倒したらそれで許されるわけでもないが・・・・それでも今はあいつを倒さなきゃならないのは確かだ」

 セイバーがバーサーカーに破れるとは考えにくいが、万が一ということも十分ありうる。おまけにこの宝具はどうも、内部にいる者たちの魔力を吸い上げているようだ。それがいつまで続くか全く見当もつかないが、沙織が大怪我を負っている今、そんなに時間をかけていられるはずもない。おそらくは、この宝具を発動したバーサーカーを倒しさえすれば自然と解除されるに違いない。脱出できる確証はないが、ほかに手立てはない。そうでなくとも、バーサーカーは倒さねばならない相手の一人であることに変わりはない。

 「サオリ、ちょっと行ってくる。それまでは不安になるかもしれねえが、これだけは許してくれよ・・・・」

 顔だけ見れば、沙織は眠っているようにしか見えない。しかし、彼女は今、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。黄泉への迎えが来る前に、早くしなければと思いつつも、焦りに駆られないよう自制している。アーチャーは立ち上がり、闇の奥へと足を勧めた・・・・



 「ぬう・・・・っ!!やはり、五分とは言わず、三分と言えばよかったか・・・・」

 バーサーカーとセイバーの戦いは横から見ている分には互角のように思える。しかし、心理的にセイバーは追い詰められていた。斬り込もうにも、一歩踏み違えばバーサーカーの斧の餌食となってしまい、一瞬で木っ端微塵となるだろう。なおかつ、バーサーカーの攻撃を剣で捌こうものならば、剣ごと粉々に砕かれてしまう。かといって、先ほどのように離れた上での戦いとなれば、斧の投擲か突進のどちらかがセイバーに襲い掛かってくるだろう。
 だが、運命の女神はセイバーを見捨てたわけではない。これらの攻撃をつかず離れずの距離で上手く凌いでいた。だからといって、防戦一方というわけではない。台風圏のごとき猛攻の隙間をついてどうにか“虹輝絢爛”を放ってはいた。しかし、その攻撃のどれもが決定打とはなりえなかった。
 勝機はないわけではない。その手段は一つ。だが、それではアーチャーとの約束をたがえることとなる。
 そして今もなお、バーサーカーの振り回す斧の攻撃をセイバーはギリギリ見切って回避していた。このままではジリ貧になるのは誰の目から見ても明らかだった。

 「■■■■■■■■■!!!」

 バーサーカーが斧を振り上げた瞬間、突如としてその動きを止めてしまった。これにはさしものセイバーも呆気に取られてしまった。

 「・・・・・・遅すぎるぞ」

 しかし時間としては五分以内なので、遅いことはない。セイバーの視界には、アーチャーの姿があった。遠くからといえども、身に纏っている服や頭に被っている帽子の何もかもが緑一色で統一されていた。その出で立ちは、現代の幻想小説に登場するエルフを髣髴とさせていた。
 肩に刺さった矢に構わず、バーサーカーはアーチャーのいるほうへと振り向いた。

 「バーサーカー・・・・いや、ミーノスの牡牛アステリオス。あんたが何を思って現世へ蘇ったのか、キャスターやあんたのマスターが何を望んでいるのかは知らない。だが、あんたは少しやりすぎだ。おとなしく“座”へ帰って反省していろ・・・・・・!!」

 アーチャーはすでに矢を弓に番えていた。対するバーサーカーはアーチャーの姿を確認すると、セイバーのことはもはや捨て置いて、闘牛のように足踏みを始めた。
そのセイバーはもはや手出しする気などなかった。しかし、もしもの場合を考えていつでも背後から斬りかかれるよう身構えていた。それが約束を反故にするものであることも、騎士道に反する行為であることも十分承知していた。だが、ここでアーチャーが倒されたとすれば、バーサーカーへの勝利が難しいものとなってしまう可能性もある。しかもそれだけ時間もくうだろう。そうなれば、この迷宮で魔力を吸い尽くされ、何がどうなっているかわからぬまま朽ち果てていく者たちも出てくるはずだ。

 (・・・・アーチャーが、身がいる中で宝具を用いるのもわかるな)

 もちろん、宝具を使えば状況をひっくり返すことなど容易い。もはや出し惜しみなどしているヒマなどない。
 その一方で、アーチャーが弓を構え、矢を強く引き絞る。しかし、先に出たのはバーサーカーだった。バーサーカーが一歩踏み出したその瞬間、アーチャーの矢に光が集束していった。その光は手に触れた瞬間に弾けそうな脆さでありながら、どこか温かみがあって、若々しい、そんな感じの光だ。

 「これは、もしや・・・・・・!」

 一歩、一歩・・・・・・突進するバーサーカーはその光を追っているようでもあり、その光景は、この状況では少しおかしな例えになるが、まるで虫捕りに興じる児童のように思えた。
バーサーカーとアーチャーの距離がどんどん詰まっていく。その距離が半分ほどまでに迫ったそのとき、アーチャーの矢に眩い光が帯びていく。しかしその光は、セイバーの剣の荘厳さを醸し出す光とは違う、どこか牧歌的でありながら神秘的なものを感じさせた。
 この光を見たセイバーが連想したものは“森”だった。

 (森にまつわる、緑衣の弓使い・・・・!アーチャー、やはり、そなたは・・・・・・・!!!)

 ここに、一人の男の物語がある。その男はある意味では、“英雄”と呼ぶにふさわしくないのかもしれない。なぜならば、その男は“無法者”、彼は法を犯し、金品を強奪していた、いわば盗賊の類だからだ。しかし人々はその男を好ましく思っていた。なぜならば、その対象となっているのは私欲の限りを尽くす悪人に分類される輩で、逆に弱者からは決して奪わず、また自身の仲間も決して見捨てる真似はせず、そのために大勢の仲間からも慕われていた。また無法者といえども、彼は敬虔なる愛国者でもあった。
 彼の死は非業なものであったのかもしれない。だが、彼の名やその生き様は人々の心に焼き着いていた。語り継がれる彼の物語は多岐に渡る。
 一つだけ変わらないものは、その男が義に生きたこと。その男の名は、彼が根城とした森の名とともに広く知れ渡っている・・・・

 バーサーカーがいよいよ、アーチャーの目前にまで迫ってきた。しかしアーチャーは決して動じず、バーサーカーを見据える。

 「“深き森精の一矢(シャーウッド)”!!!」

 最大限まで絞られた弓弦が鳴り、森の精の力を纏った矢はバーサーカーの眉間一直線に向かって放たれる。
 矢は吸い込まれるようにバーサーカーの眉間に深く突き刺さる。

 「■■■■■■■■■■■■―――――――――――!!??!!?!!!!」

 仰け反るバーサーカーの口から響く叫びは、地獄から吹き荒ぶ魔風を思わせた。
 ノロノロと後ずさるバーサーカーは手にしていた斧を落とし、力なく膝を着いてしまった。
 この戦いの勝利は辛くも、アーチャー、緑林の義士ロビン・フッドの手によっておさめられたのだった。



 百年記念塔におけるライダーとキャスターの戦いは、ライダーの配下の鮮血兵の数人がキャスターの罠にはまり消滅したといえども、均衡を保っていた。
 そのとき、窓の映像の砂嵐が収まったのがキャスターの目に入った。そしてライダーも何事かとキャスターの視線に釣られたことで、戦いの手はまたもや止まってしまった。
 映像には、横倒しになった列車の中で、膝立ちになってほうけたように見上げているバーサーカーの姿が映されていた。そして、その眉間に矢が深々と埋め込まれたところを見ると、その勝敗は明らかであった。

 「ふん・・・・・・狂化しているといえども所詮は退治されるだけの獣。やはりサーヴァントの一体や二体を仕留めるまでにはいたらなかったか・・・・」

 先ほどの上機嫌にライダーに話していたときとは打って変わって、キャスターは吐き捨てるように言った。

 「ならばもういいだろう。貴様も同じ目にあうがいい。もっとも、貴様の場合は矢一本ではなく我らの射る矢でハリネズミのようにしてやるつもりだが?」
 「まあ待て」

 口元を笑みで歪ませながら、キャスターはライダーを手で制す。

 「遺言は聞く気はない」
 「そう言うでない。これぐらいの後始末、すぐに済むから気を急くでない」
 「後始末・・・・・・?」

 ライダーが怪訝そうな顔をすると、キャスターはパチンと指を鳴らした。



 「おい、ここは・・・・・・」

 案の定、バーサーカーに宝具を浴びせたその直後に、迷宮は消え去った。だが、どういうわけか自分やセイバーにバーサーカーはおろか、離れた場所に避難させた沙織と引沼の姿まであった。

 「どうやら、やつの宝具が解除されれば元いた場所に戻るようだな」
 「そうかい。何の意味があるのか知らないがな・・・・」

 理由はわからないが、逆にアーチャーにとってはありがたかった。迷宮が解除された場合、沙織たちの位置がどうなるかまでは思い至らなかったからだ。もっとも、バーサーカーを倒すことに集中していたため、考えもしなかったのだが。
 ともあれ、これで一段落といったところだろう。バーサーカーの背後に潜むキャスターの動向が気になるが、これで少なくとも魂喰いが頻発することはないだろう。
これで沙織も一安心・・・・と言いたいところだが、その沙織は瀕死の重傷を負っている。もはや一刻の猶予もないだろうことは明らかだった。すぐに治療に専念させねばならない。その辺りは空也がどうにかしてくれるかもしれないが、はたして鉄平はこれをどう思うか・・・・彼は沙織のことを気にかけていただけに、このことを知ればショックを受けるだろう。もっとも、気落ちするか自分に怒りをぶちまけるかはわからないが、そのどちらになってもアーチャーはそれを受け止めるつもりでいる。
そしてバーサーカーはまだ肉体は残っているが、あの分では抵抗する力も戦意も残っていないだろう。サーヴァントは死を迎えれば、その肉体は消滅する。バーサーカーは明確な敵だったが、何故だかその死を見届けねばならない気がした。

 「・・・・・・ん?」

 バーサーカーのほうに目をやったアーチャーは、ある意味では信じられないものを見てしまった。バーサーカーがその目から涙を流し、その力の入っていない口が弱々しく動いていた。

 (・・・・・・なんて、言っている・・・・?)

 アーチャーは耳を澄ませてバーサーカーの口から声が僅かに聞こえてきた。バーサーカーは死を迎える瞬間に、その特性たる狂化が解ける。そのため、バーサーカーたるミノタウロス、アステリオスも何か言い残そうとしている。
 そして、アーチャーはその最後の言葉を聞いた。

 (・・・・守れ、なかった・・・・?)

 聞こえてきたのは、思わぬ言葉。その意味をアーチャーが知る由もなく、また考える暇も与えられなかった。
 突如として、車内が明るくなった。照明がついたのではない。列車が出火したのだ。

 「なっ・・・・・・!?」

 炎は尋常ならない勢いで一気に燃え広がり、車内は炎の海と化し、アーチャーたちの周囲を包み込む。

 「くそ、何がどうなって・・・・・・!!!」

 バーサーカーに勝利した僅かな気の緩みと、バーサーカーの言葉の意味を考えあぐねていた直後にできた気の緩み。この二つの緩みが油断となってしまった。幸い、沙織と引沼の二人は自分のそばにいたおかげで、すぐに抱え上げたからまだいいが、今自分たちは炎に取り囲まれてしまっている。セイバーは問題ないとして、自分だけの脱出ならばまだしも、沙織たちもいる中での脱出は一人のときより困難なものとなってしまっている。だがしかし、ここでモタモタしている暇などないのも事実だ。
 そのとき、アーチャーは背後から何者かが炎を通り越してこちらに近づいてきている気配を感じた。その気配の主がセイバーではないとわかり、警戒を強める。

 「くっ・・・・!バーサー、・・・・・・・・・?」

 ここでアーチャーの言葉は途切れ、張り詰めていた気が途端に緩んでしまう。背後から現れたのは、確かにバーサーカーであった。その肉体や、その牛の頭は見間違えようもない。現に戦いの最後で自分の放った矢が見事に刺さったままなのだから。だが、その体を炎に焼かれながらも、その目は敵意に燃えておらず、むしろ逆に穏やかな目をしていた。
 バーサーカーはぬっと手を伸ばし、二人の少女を抱えているアーチャーを掴みあげ、それを自分の懐に寄せる。

 「あんた、まさか・・・・・・・」

 バーサーカーは身をかがめ、炎の中を進んだ。そうして辿り着いた場所は、セイバーとバーサーカーが屋根の上で戦闘していたときにできた穴だった。

 「アーチャー!これは、一体・・・・・・!?」

 セイバーにとっても、バーサーカーがアーチャーらを救出した光景が信じがたいものに映っていた。
 それから、バーサーカーはその穴へ向けて、アーチャーらを投げ飛ばした。

 「お、おい!!」

 幸い、陥没した天井にできた穴の周辺には炎は燃え広がっていなかった。しかも投げたときの力がそれほど強くなかったおかげもあって、アーチャーは空中で姿勢を整え、着地することができた。沙織と引沼の二人とも、服や体にすすは着いていたものの火傷の一つも負っていなかったのは不幸中の幸いだった。
 それから程なくして、セイバーが屋根にできた穴からこちらに駆け寄ってきた。

 「セイバー。バーサーカーは?」
 「もうじき消えるだろう。一応はそなたを助けたのだ。礼は言っておいた」
 「そうか・・・・・・」

 バーサーカーも自分の最後は理解できているのか、燃え盛る列車から出てくる気配はなかった。炎の勢いは激しいにもかかわらず、夜の闇をほのかに照らすに留まっていた。

 「なあ、セイバー・・・・」
 「礼など不要だ」
 「そうかい・・・・けど、あいつ、本当に伝承どおりの化け物だったのかねぇ・・・・?」
 「さて、な。だが、それでヤツの仕出かしたことが帳消しになるとも思えんがな」
 「そんなことぐらいわかっているさ・・・・」

 ミーノスの牡牛と呼ばれ、怪物と蔑まれたあの大男が何を思っていたのか、なんともいえない顔をしてぼうぼうと燃える列車を見つめる二人にはわからず、それを知る術すらも残されていない。
 アーチャーの胸の中で、何かが疼いた。



 キャスターが指を鳴らしたその直後に、列車が炎に包まれている光景が映し出された。キャスター本人は薄ら笑いを浮かべている。

 「これで、後始末はお仕舞いじゃ」
 「なるほどな。バーサーカーごと他の奴らも始末しようという腹積もりだったか」
 「まあ、そうなれば一番なのじゃが、相手は曲がりなりにも三騎士に数えられるクラスに据えられた英霊。この程度で葬り去れるとも思えんが、まあ片方のマスターが重傷を負ったようじゃからのう。七騎のうち二騎が脱落。一騎は消え、その上でもう一騎はほぼ行動不能となるに違いない。成果としては上々じゃ」

 キャスターは薄笑いを浮かべたまま、続ける。

 「それに、こうしておけば貴様のマスターも大助かりじゃろう」
 「その心は?」
 「正体不明のカルト教団、駅でテロ行為。列車にて逃亡を図るも事故で炎上し全員死亡。その犯行の犠牲者は・・・・時間帯から考えて三桁まで達するのは非常に厳しいが、それでも相当な数が死んでおるじゃろうな。まあ、いずれにしろ明日の朝刊が見ものじゃ。喧しい新聞記者どもや低俗なワイドショーのレポーターどもがハイエナのように群がってくる様が目に見えているようじゃよ」
 「明日のことを考えている暇があるのか、貴様に?貴様もあのバーサーカーと同じように炎の中で朽ち果てるがいい」
 「ほざけ。さて・・・・この辺りでワシも本気を出させてもらうとするか!!」

 キャスターの魔力が今まで以上に溢れ出さんまでの高まりを見せた、がその瞬間にキャスターが一瞬だけ顔を歪め、その魔力が段々と抑制されていく。

 「ちっ、ブラットめ・・・・余計な手出しを・・・・・・!!」

 忌々しげに下を打つキャスターだが、その顔から表情が消えていく。

 「とはいえ、ワシとしたことが少し頭に血が上らせすぎたようじゃな。これは大いに猛省すべき点じゃ。じゃが・・・・」

 キャスターの顔に再び笑みが浮かぶ。

 「ライダーよ。貴様も命拾いしたものじゃ」
 「命拾いだと・・・・?」
 「そうじゃ。今死ぬか、後で死ぬか。違いはそれぐらいのものじゃ。ここで一つ確かになったことは、仮庵の門前にて貴様が果てることじゃ。それも、裏切りの槍を墓標としてな」
 「ほう・・・・」

 ライダーもキャスターに負けず劣らずの酷薄な笑みを浮かべる。

 「今日の余興はそれなりに楽しめた。この礼はいずれさせてもらおう」
 「そういわずに今すぐ礼を受け取りたい。貴様の命でな」
 「そうしたいのは山々じゃが、こちらも色々と入用なのでな。では、ここいらで失礼させてもらおうぞ」

 すると、鮮血兵の一人が長刀を抜いてキャスターに斬りかかろうと駆けるが、キャスターの肉体が闇に包まれ、それが晴れた後にはキャスターの影も形もなくなっていた。鮮血兵の刃の行き場が失ってしまった。

 「仮庵の門前、裏切りの槍が俺の門前、か。くだらん・・・・」

 口とは裏腹に、ライダーはなおも酷薄な笑みのままだった。それは、至上の獲物を見つけた獣さながらだった。

 「貴様もセイバーも俺にとっての障害だ。これぐらいでなくては張り合いがないわ」

 笑みを浮かべる口はまさしく獣の口元そのものである。そして、握り締める自らの拳に目をやる。

 「これらの障害を駆逐した後に、残る者どもも蹂躙しつくす・・・・そうして聖杯を手にし、我が肉体をこの手に・・・・!そして、この世を我が覇で覆いつくさん・・・・・・!!」



 自分は醜悪そのものだった。それは周りの見る目からも明らかであったし、自分でもそう思っていた。母がどう思っているかは知らない。本当の父親が何者なのかは当時の自分が知る由もない、けれど母の夫である男、その男が自分の父親に当たる男の自分の見る目は今でも忘れない。おそらくは、自分が生まれた瞬間も、こういう顔をしていたのだろう。
 他もその男と似たような顔をしながらも、自分に余計な手出しをしてきた。石を投げつけられるのも、当たり前になった。そのたびに、そいつらに目に物を言わせてきた。どういうわけか、自分の腕力はそういった連中よりもはるかに強いようだ。周りが危害を加えてはそれを叩き伏せる、それが日常となっていた。
 あの男もそれが何年も続いたのを知ったのか、気がつくと自分は薄暗い回廊の中にいた。その男が自分のことをどう思っていたのか、そんなことぐらいはわかりきっていた。わかりきっていたはずだが、体の中で何かが疼き、それが全身を駆け巡った。その日から、ここが自分だけの宮殿となった。
 時折、ここにも他人が入り込むようになった。外で何があったのかはそのときの自分が知る由もない。興味も関心もない。ただ、そいつらが自分を目前にしたとき、あの男と同じ顔をしていた。そいつを散々殴りつける。ひたすら殴りつける。おそらくは、外で自分を虐げたやつら以上に叩きつけたのだろう。気がつけば、そいつはピクリとも動かなくなってしまった。そして、自分の中で何かが燃え出し、口から涎が溢れ出た。いつの間にか、動かなくなったそいつの体を一心不乱に貪っていた。ここで口にできるものといえば、ネズミとかコケとかここを漂う虫とか、そういったものばかりだった。だから、久々にご馳走にありつけた。外ではここまではしなかった。きっと、この中に居座る闇と周りに対する自分への態度が、自分を完全な怪物にした。だから、罪悪感も沸かない。外から来る連中が自分を見て怯え、そうして自分が感情のまま殴り殺し、食事を済ませる。そういったことが何年も続いた。
 自分は死んだ。どうして死んだのかは覚えていない。一つはっきりしているのは、自分も外から来た連中にそうしたように、殺されたということだ。どうやって殺されたのかは知らない。知るつもりもない。しかし、それでホッとした自分がいたことも確かだ。ようやく、あの薄暗い闇の宮殿から出ることができたのだから。


 時間の感覚もなくなった。だというのに、どこかからか自分を招く何かを感じた。何の導くままに呼び寄せられる自分。そのとき、自分の中に怒りの感情が芽生えた。その何かを感じれば感じるほど、自分の中の怒りが段々と強まってくる。
 そうして、自分は再びこの世へと招かれてしまった。
 やはり薄暗かった。ただし、ここはあの宮殿ではない。部屋だ。あの宮殿の回廊に比べれば、ずっと狭い。その部屋にいくつもの寝台が並べられていた。しかし使われていたのは一台だけ。その中に一人寝ているヤツがいる。そいつは自分の宮殿の入ってきた連中と同じぐらいの年をしていた。
 そいつは起き上がった。そいつの体は、こちらが掴むだけで折れてしまいそうな、そんな弱々しい印象。けれど、連中やあの男とは違うものがあった。

 「やあ・・・・・・」

 自分の姿を目前にしているというのにもかかわらず、そいつは笑顔だった。初めて目にする、柔らかい笑み。そいつは、羊のような印象さえあった。
 それでも、こちらの怒りを収めるには至らなかった。

 「ご、ごめんなさい!そ、そういうつもりはなかったんです!ただ、なれたらいいなって思ったら君を呼んじゃったみたいで・・・・き、君にしてみれば物凄い迷惑だったかもしれないけれど、僕もいきなりでビックリしているし、正直どうしたらいいのか全然わからないし・・・・」

 怯えている。怯えているが、今までのやつらとはどこか違っていた。むしろ、謝る意味もわからない。だが、謝られたのも初めてかもしれない。

 「あ。できれば怒鳴らないでくれると助かるんだけど。夜遅くまでいる先生とかに見つかると、すごく困るから」

 ここがどういう場所かも一応はわかっている。幸い、今まで唸っているだけだったのだから。しかし理性がない今ではあまり意味はないが。それにしても、ここで頼み事などするものだろうか、普通?とはいえ、それに従ってしまう自分も自分だが・・・・

 「あ、あの・・・・・・」

 おずおずとそいつは声をかける。まだ怒りはくすぶっている。隙あらば、その首をへし折ってやるつもりだ。

 「こ、これからも、よろしくお願いします・・・・」

 どういうわけか、ペコリと頭を下げてきた。今、自分がどういう状況に立たされているのかわかっているのだろうか?そしてそいつは、上目遣いでこちらを見てきた。

 「で、できれば、友達として・・・・」

 完全に意味がわからなかった。自分以外の誰かが自分と同じように喚び出されたとしても、そう思うに違いない。

 「・・・・・・・・ダメ?」

 怒りは完全に行き場を失ってしまった。そもそも、自分がどういう存在で、かつ自分が返答できないことをわかっているのだろうか・・・・?こういうのをズレているというのか。
 だが、不思議と悪い気はしなかった。むしろ、どこか安心するように思えた。


 それからというものの、自分は基本的に姿を消していた。夜に人気がなくなれば、そいつは自分に色々と話しかけてきた。ほとんどはそいつ自身やそいつの友達とやらの話がほとんどで、こちらとしては、あまり関心はない話題ばかりだった。ただ、聞いている以外することもなかったし、どう動けばいいのか正直わからないというのもあった。
 あるとき、そいつは不意に話し始めた。それは今までのような呑気なものではない。

 「僕、君が羨ましいって思うんだ・・・・」

 羨ましい・・・・どういう意味だ?

 「だって君って、体も大きいし、力も強そうだし、角だって立派だし、それから、ええと・・・・・・」

 褒めているのだろうか?しかし最後の一つは褒める点としては間違いという気がしてくるのは何故だ?つくづく気の抜けるヤツだ。

 「つまり、何でもそれで思い通りにできそうだなって・・・・」

 思い通りに・・・・?確かに、自分に向かってくる連中は叩き伏せた。それは簡単なことだった。だが、あの闇の宮殿での日々を思い出せば、それだけ怒りが込み上げてくる。そういう意味で、思い通りになったといえるのか?
 今、こいつの体を引き千切りたい衝動に襲われた。しかし、そうすることはなかった。

 「・・・・・・僕には、無理だよ」

 そいつは顔を伏せ、そいつの体以上に弱々しい声で喋った。

 「確かに、ありのままの自分になれば思い通りにできるかもしれない。でも、怖いんだ・・・・そんなことしたら、僕が僕でなくなりそうで・・・・それに、僕が本当は何者か、みんな知ったらみんないなくなっちゃうかもしれない・・・・」

 そいつは今にも泣き出しそうだった。そうして、そいつは顔を上げた。

 「もしも神様がいて、僕が神様に一つお願いできるとしたら、こうお願いするつもりなんだ。僕を・・・・普通の人間にしてくださいって」

 何故、自分がこいつに対して敵意を抱かないのか、それがようやくわかった。そして、何故こいつが自分を召喚することができたのかも。
 こいつは、自分と“同じ”存在だからだ。かつての自分はあの闇があろうがなかろうが、いずれは怪物に成り果てたかもしれない。こいつも同じく、常に自分の中に闇を抱えている。こいつはその闇に怯えている。そして、いずれは・・・・・・

 「でも、それが叶っちゃったら、君と同じじゃなくなるかもしれないから、もう一緒にいられないかもしれないね。だから、今はちょっと迷っているんだ・・・・」

 もし、もし自分が今この場で言葉を話せるとすれば、こう言っていたに違いない。

 ―――そんなことは、ない

 このとき、自分がこの場にいる意義を見出した。それは、こいつのためにこいつの願いを叶えさせること。そしてそれは、自分の願いでもあった。
 生まれて初めてだった、誰かのためにこの身を捧げるということは。こう思えるようになったのは、こいつがいたからだった。だから、何がどうなっても構わない。こいつが、この白い檻の中から出られるのだったら・・・・


 事態は動き出す。自分たちの元へ来たやつがいた。そいつは、自分の敵とも言える存在。だが、そいつに戦意はなく、むしろ逆に何故自分たちがこの世へ招かれたかの説明を始めた。その男の説明を聞いていたそいつは、思ったよりも理解が早かった。やはり、これがどういうことなのか、うすうす感じ取っていたのだろう。

 「どうじゃ?ここは一つ、ワシと手を組まぬか?」

 その利点を、男はそいつにクドクドと回りくどい説明をしていた。そいつは顔をうつむけているだけで、何も答えない。こちらも話は聞こえていたが、ほとんど理解できるはずもない。だが、そいつの切り出した条件だけは理解できた。男と組めば、そいつの抱えている闇を少しでも和らげるというものだ。代わりに、男の指示通りに街の人間を襲うこと。
 無論、そいつは拒んだ。だが、自分は自然と男の前へ進み出た。

 「ほう・・・・狂っている割には物分りがいいのう」

 男が感心しているのをよそに、そいつは何度も自分を引きとめた。だが、今はそいつの言うことを聞いている場合ではない。何しろ、そいつの闇が日増しにひどくなって、そいつを蝕んでいる。そいつの願いを聞いたときもそれがひどい状態だった。それから今まではごくたまに発生していたものが、段々と間隔が短くなっている。時間がないのは明らかだった。それに、この男を含めた六人を倒さなければそいつの願いは叶わない。それには動く必要があるからだ。
 もはや、そいつのためにもう一度自分が怪物に戻ることに何の躊躇いはなかった。そいつの声が遠く聞こえる。

 「交渉成立。では、早速・・・・」

 そう言って、男は自分に手を伸ばしてきた。その手が自分の首筋にそいつに服従する証が刻まれた。
 それからは、夜な夜な街の人間を襲い、それを自分の力にしていた。男は意外にも約束はしっかりと守っていた。自分がそうするたびに、男はそいつにちゃんとした治療を施した。そいつの苦痛は和らぎ、ほとんど発作も起こすことはなくなっていた。男の見立てでは、とりあえず数年ほどは問題ないという。だというのに、そいつはいつも悲しげな顔をしていた。
 どのみち、願いが叶えば自分は消え去る運命。そいつの心の痛みまでは取り去ることはできない。我慢を強要する気はないが、そいつの願いさえ叶えば、広い外でのびのびと生きられる、普通の人間として。
 それからも、男の指示に従ってきた。そのたびにそいつに治療が施され、そいつの顔が曇っていく。
 運命の時がやって来た。
 敵の中に、かつて自分が襲おうとした、そいつの友人の一人がいた。そいつが傷つき倒れたとき、そいつの悲しんでいる顔が見えたようだった。
 そして、断罪の矢が打ち込まれる。その直後、周りが炎に包まれる。わかっていたとはいえ、男は最初から自分を切り離すつもりだった。そうして自分は最後の力を振り絞り、自分に矢を射た男、その男が守ろうとした二人を炎の中から逃した。多分、あいつだったならば、こうしていたはずだった。
 燃え盛る炎の中、思い浮かんだのはあいつの泣き顔。そして、結局自分はあいつを苦しませていたんじゃないかとさえ思ってしまった。そして、もうそいつは願いが叶わなくなってしまった。

 ―――守れなかった

 その思いとともに、意識と肉体が霧散していった―――



~タイガー道場/えくすとら~

佐藤一郎「皆様、本日もこの作品を・・・・と挨拶したいところですが、今回は事情により省略させていただきます」

シロー「珍しいな。どうしたというのだ?」

佐藤一郎「ええ。帰ってきました」

シロー「そうか。だが前回で爆散したと思ったが?」

佐藤一郎「シロー様、こちら」

シロー「うん?上・・・・・・ああ」

♪なんかボス敵が出てきそうなBGM

(BGMに乗って二人の人影が天井を突き破って降下)

???「タイガ~~~~~~~~~ど~~~~~~~じょ~~~~~~~~~!!!!!」

???「リターンズ!!“Extra”にタイガー道場あるかな?なんてちょっぴり気になっちゃう編!!!!」

佐藤一郎「ああ、藤村様。イリヤスフィール様。お帰りなさいませ」

タイガ「うむ!ただい・・・・・・って言うと思ったかあ!」

(タイガ、ロリブルマに竹刀で一撃)

ロリブルマ「イタっ!!・・・・・・って、どうして自分を殴るんすかあ!?」

シロー「ああ、これは一応快気祝いだ。受け取るといい」

ロリブルマ「え?ワーイ!そういえばこれ、ちょうどセラも欲しがっていたやつなんだよね~」

タイガ「おお!弟子一号よ、まずはお姉さんにもちょっとだけ・・・・って、敵から何受け取ってんじゃい!?!」

(タイガ、ロリブルマに竹刀で強打)

ロリブルマ「痛い!!」

佐藤一郎「嫌ですねえ、敵だなんて。わたくしどもはただ、留守を預かっていただけですよ?」

タイガ「預かっていたって・・・・ほとんどこのコーナー占領しているだけじゃねーかい!しかも爺やと犬って、一体どこに需要のある人選か!?」

ロリブルマ「そーだ、そーだ」

タイガ「しかもこの看板はなんじゃい!?」

佐藤一郎「え?“タイガー道場/えくすとら”ですが?」

タイガ「誰もタイトルなんぞ聞いとらんわい!弟子一号!!」

ロリブルマ「押忍!!」

タイガ「早速言って、看板の改修を行うがいい!!」

ロリブルマ「りょーかいっす!ししょー!!」

(ロリブルマ、一時退場)

タイガ「ふっふっふっ・・・・さて、お主らの横暴、そこまでとさせて・・・・」

シロー「それにしても、思ったよりも早く仕上がったものだな」

佐藤一郎「ええ、悲しいことに作者様にただでさえいっぱいある無駄な時間が、GWとなって余計いっぱいできましたから」

タイガ「・・・・って、ムシすんじゃねえ!!おねえちゃんは寂しいと死んじゃうのよ!?しかも何気に作者の現在の状況を示唆する発言はやめなさい!!!」

佐藤一郎「いや~」

タイガ「爺やが照れても何にもならんっつーの!」

(ロリブルマ、再登場)

ロリブルマ「ししょー!看板の改修、完了したっす!!」

シロー「ああ、ご苦労だったな」

タイガ「おまえが言うな!・・・・まあ、そんな態度も今のうちよ。これまで働いてきた無礼千万の数々、新たな看板の名の下に・・・・」



~イリヤちゃんのドキドキ☆お悩み相談室
 あなたの色んなこと、解決してア・ゲ・ル❤~



タイガ「ここに成敗して・・・・・・って、なんじゃこりゃあ!?!」

ロリブルマ「え?イリヤちゃんのドキドキ☆お悩み相談室~あなたの色んなこと、解決してア・ゲ・ル❤~だけど?」

タイガ「誰も看板のタイトルなんぞ聞いとらん!つーか、二度も言わすなあ!それよりも!!わたしの道場の看板は!?」

ロリブルマ「え?あっち」

タイガ「む?あっちとは・・・・?」

佐藤一郎「ああ、盛大に燃えていますね」

シロー「ああ。先ほどから作中の場面が思い起こさせるようだな」

タイガ「これが秋だったらみんなで焼き芋でもやって・・・・ってなにするだあ!!」

ロリブルマ「何って?道場乗っ取り」

シロー「サラッとストレートに答えたな」

タイガ「平然と“当たり前のこと聞かないでよ”みたいな言い方するんじゃねえ!!」

ロリブルマ「え~?だって、“Fate/Extra”に私が出てきそうもないし、それにタイガとそいつら二人が潰しあってくれれば自動的に道場は私のものになるかな~、なんて」

佐藤一郎「さりげなくわたくしどもまで葬り去るつもりでしたとは・・・・いやはや。さすがは悪魔っ娘の二つ名は伊達ではありませんな」

タイガ「感心すんな!おのれ~・・・・・・!!弟子一号の分際で~・・・・もはや許るさん!!!!」

リングアナウンサー(CV:シュタットフェルトでも紅月でもない人)
「ラウンドワン、ファイト」

(タイガとロリブルマ、戦闘開始)

シロー「おい・・・・戻ってきて早々に、勝手に仲間割れを始めたが、いいのか・・・・?」

佐藤一郎「まあ、いいんじゃないんですか?それよりも、今回で序盤の山は越えたわけですが・・・・」

シロー「・・・・いい加減、そのスルーにも慣れてしまった自分が悲しい」

佐藤一郎「どんな形であれ、作者様もホッと一息ついておられる様子です」

シロー「まあ、確かに先ほど言ったように時間ができたおかげでもあるが、今回は妙に筆の進みが早かったからな」

佐藤一郎「まあ、後はセイバー様とバーサーカー様がぶつかって、アーチャー様が宝具を使って、当初爆発するはずだった列車を炎上させて、キャスターを退場させて、それから最後のシーンという流れでしたからな」

シロー「確か、今回で苦労したものといえば、アーチャーが宝具を発動させるシーンだと聞いたが?」

佐藤一郎「ええ。書く前から“ただ宝具を打つだけのシーンなんて、迫力ないよな・・・・”みたいな感じに怖気づいていましたからね」

シロー「だが運のいいことに、とあるマンガでとある狩人が、自分に襲い掛かってくるシベリアンタイガーを狙撃するシーン、それもほぼ眼前まで迫ってきているシーンを思い出したそうだ」

佐藤一郎「ええ。それに似た描写が上手くできているかな?という心配はありますが、おかげで執筆も早くなりました」

シロー「では、ここでようやく明らかになったアーチャーのステータスを見てみることにしよう」


クラス名:アーチャー
真名:ロビン・フッド
マスター:野々原沙織
身長:184cm
体重:71kg
イメージカラー:緑
特技:悪戯、弓術
好きなもの:自然、女
苦手なもの:女の涙

ステータス
筋力:C
耐久:D
敏捷:B
魔術:B
幸運:A
宝具:B+

スキル
単独行動:C マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。ランクCならば、マスターを失っても一日現界可能
対魔力:C 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法などは防げない

仕切り直し:C 戦闘から離脱する能力。また不利になった戦闘を戦闘開始ターンに戻す
超感覚:B 人並みはずれた視聴覚などの感覚器官。また射撃ダメージや制度、索的能力を上昇させる
精霊使役:B 自然霊の力を借りることができる


佐藤一郎「ご存知、イギリスが誇るヒーローの一人で、その名はアーサー王に匹敵するものでしょう」

シロー「作者がサーヴァントとして登場させたかった人物の一人だな」

佐藤一郎「ええ、それなんですが・・・・」

シロー「どうかしたのかね?」

佐藤一郎「ここだけの話ですが、当初は女体化させて登場させよう、とも考えたそうですよ」

シロー「にょ、女体化・・・・・・」

佐藤一郎「当初は男性が主人公の予定でして、性格的には鉄平様のご学友に近いものでして、しかも何か魔術か異能を使うはずでした。それが何なのか、もう記憶の彼方に吹き飛びましたが」

シロー「・・・・・・そ、それでどうして今の形になったのだ?」

佐藤一郎「結局女性として登場させる勇気が息絶え、だったらマスターは女の子にしようということになりました」

シロー「そうして、野々原沙織が誕生したわけか・・・・」

佐藤一郎「ええ。ですが二人に共通しているのは、以前は“とある街”に住んでいてそこが未曾有の災害に襲われたこと、そこから無事生き延びて妹と祖母と一緒に暮らしている、等です。家族の設定は、今と変わりはありません」

シロー「・・・・ちなみに、アーチャーが女性として登場していた場合は、どうなっていた?」

佐藤一郎「勝気な女の子になっていたかもしれません。しかし主人公が沙織様となって、いつの間にかクールガイとなりましたが」

シロー「服装は“ロードス島戦記”に登場するエスタスのイメージで、戦闘スタイルとしては一応剣術も使えるのだが、弓の比重が大きい。そして“仮面ライダークウガ”の影響でペガサスフォームのイメージも取り込まれたそうだ」

佐藤一郎「それが“超感覚”というスキルの誕生になりました。ただしスタイル的には“クウガ”本編のペガサスフォームというよりも“仮面ライダーディケイド”で一時見せたアクションできるペガサスフォームという形です」

シロー「たしか、そのネーミングも難産だったな」

佐藤一郎「ええ。色々考えた挙句、“超感覚”という名前に落ち着きました。そして先ほどまで“心眼(偽)”のスキルが存在していたのですが、“某ゾルディック家クラスの感覚があるのに必要ないんじゃないのか?”と作者様が思い至ったために、そのスキルは削除されました」

シロー「後で作者が、弓術に接近戦で弓を用いて適を迎え撃つ技があるのを知って、アーチャーに剣を使わせたのは失敗だったかもしれないと思ってしまったそうだ」

佐藤一郎「まあ、ロビン・フッド様も一応剣は使えますからな。問題はないでしょう。まあ、それはそれとして、まだ語りたいことはあるでしょう。しかし、これ以上は長くなりそう(というよりも何を話していいかわからない状態)になるので、この話はここまでとさせていただきます」

シロー「さて、問題の手直しに関してだが、これは時間の合間を見てボチボチとやっていくそうだ」

佐藤一郎「やはり話を進めたいという気持ちがお強いようですね。ただ、話はここで一時中断させていただきますが?」

シロー「む?どういうことかね?」

佐藤一郎「実は作者様が少しやってみたいことがあるようでしてな。それを次の更新で実行しようという魂胆です」

シロー「それが何なのか、次回の更新を楽しみにしてもらえると、こちらとしても嬉しい限りだ。それが蛇足とならないように心がけるつもりだ」

佐藤一郎「それでは、色々と気になることがございますが、今回はここでお開きと・・・・」

シロー「ところで、あの二人は・・・・?」

ロリブルマの体のどこかにあるディケイドライバー的な何か(CV:ダメットさんの保証人っぽい人)
「ふぉうむらいどう。イリヤ。プリズマ」

ロリブルマ「イヤアアアアアア!?!?!なんか勝手に変身しちゃったあ!?」

タイガ「・・・・・・・・・・プッ!だ、ダメだわ・・・・・・リアルで見ると、何かおかしなものが・・・・・・・」

ロリブルマ「うわ~~~~ん!!タイガなんか、二度消滅しちゃえ~~~~~~!!!」

タイガ「んぎゃああああああああ!!!二度も消滅できないわよ!!ていうか、簡単に消えてたまるかい!!」

佐藤一郎「・・・・・・いやあ、お元気ですなあ」

シロー「もはや我々のことなど眼中になさそうだな・・・・というか、以前言っていたイリヤスフィールに施された手術って・・・・」

???(CV:平行世界の保健室の先生、この人に似ているけど・・・・本人?)
「それでは皆さん、またお会いしましょう」

佐藤一郎「あ。お別れのセリフとられました」



[9729] 外伝「王の闘い~焼肉編~」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/06/06 05:30
「ライダー。貴様の言うこと全ては盗人の屁理屈でしかなく、王のものでは断じてない。貴様が成してきたこと全ては略奪の上で成り立っていると知れ」
 「フン。戯言を抜かすな、セイバーよ。かく言う貴様も貴様が盗人と罵る俺とやっていることは大して変わりはなかろうよ。いや、偽善で塗り固めている分だけ貴様のほうが、なおさら性質が悪い」

 話だけ聞けば、この二人、セイバーとライダーは喧々諤々と互いに言葉をぶつけ合っているのだけれど、正直私は頭を抱えたくなってきた。というよりも実際時間が経てば経つほど、頭に鈍い痛みがしてきている。そんな私とは裏腹に、二人の舌戦は熱気を帯びていた。はっきり言って、口だろうが剣だろうが、そのどちらでやりあおうが私は一向に構わない。もともと私が身を置いているのはそういう世界なんだから。
 でも、どうせやるなら場所を移しなさいよ。ただでさえ熱の帯びている場所なのに、余計暑苦しくなるじゃないの。
 ああ、もう!いい加減鬱陶しくなってきた。というよりも時間の経過でひどくなって言っているのは私の頭痛だけじゃない。私の、腹の虫の居所も悪くなっていっている。もし、今の私が場をわきまえずに何か一言言えるとしたら、こう言うつもりだ。
 いい加減にしろ、と。



 話は数時間前にまで遡るわ。
 今日の夕方、私の誇るサーヴァント、セイバーを含む七人のサーヴァントが一堂に集結した。あわや一触即発という状態にさえなりかねなかったが、事なきを得た。
 私はセイバーとともに、日の暮れている街の通りを足早に歩いていた。というよりも、私としては早くこの街から抜け出したかったというのが本音だ。はっきり言わせてもらうと、私は街、というよりも都会そのものが嫌いだ。
 だって、そうでしょ?見渡す限りコンクリートだらけだし、空気も濁っているし・・・・だから、私は都会というものに何の価値も見出せない。それでも、歩道の脇にある街路樹やたまに見かける花屋があるだけでもまだこの街はマシなほうだ。それに街中にも植物園があるのも救いだと思う。それでも、それらで私の都会の毒で苛立っている気分を鎮めることは難しいだろう。
 だから、拠点である別荘もそういった場所からなるべく遠く、かつ緑の多い場所を選んだ。さあ、早く帰ってハーブの香りに包まれながら優雅に夕食といきましょう。問題は、何を作るかだけれども。

 「サラよ」

 そんなことを思っていると、セイバーが不意に私に話しかけてきた。
 今、セイバーは霊体化しているのではなく、実体を持って私の横を歩いている。もちろん、戦いのときみたいな鎧姿などではなく、コートを羽織った姿となっているため、一見すると刑事のように見える。
 ところで、さっきから気になっていたんだけれど、何で鼻をヒクヒクさせているのかしら?

 「先ほどからなにやら芳しい臭いがするのだが?」
 「臭い?そんなものするのかしら?」

 これでも、草花の扱いはお手の物なので鼻には自信はある。ただ、セイバーの言うその“芳しい臭い”がどこからするのか、そもそもそんな匂いが漂っているのかさえもわからなかった。

 「ふむ・・・・・・この鼻を通じて舌を刺激し、この腹の底から沸き立つ至福に満たさんとするこの想い・・・・・・間違いない、これは肉の香りだ」
 「に、肉・・・・?」
 「決めたぞ、サラ。今宵はこの肉にて宴を開こうぞ」
 「・・・・・・・・は?」

 いきなり何言っているのよ?そりゃ、サーヴァントは基本的に食事を取らないことぐらいは知っている。でも、このサーヴァントに限って言えば例外だ。とにかく、食に関する関心が異常に高い。でも、この英霊は私の故郷の礎を築いた人物だから納得できる。でも、“私の故郷”というと語弊があるけれど、とにかくそれだけ影響力が強い。事実、このセイバーの生前の食に関するエピソードもそれなりに知られているのだから。
 ・・・・・・って、そうじゃなくて!!

 「悪いけれどセイバー。私、一刻も早くここから出たいの。私がこういうところが嫌いなの、貴方も知っているでしょ?それに肉料理が食べたいのなら、わたしが腕によりをかけて作るつもりだから、それで問題ないわよね?」
 「サラよ・・・・そなたの料理に関する腕が高いことも、食に関して妥協がないことも、そして食材も選りすぐりのものを用いていることも、身はよく知っている・・・・」

 だがしかし!と拳を握って高らかに言う。正直大げさすぎ。

 「いくらそなたが極上の料理を身に差し出そうとも!!身のこの肉に対する思いを断ち切ることは、たとえ令呪を用いても不可能である!!!」

 なんだか力説しているみたいだけれども、正直私はどうでもよさげに聞いていた。そもそも、そんなくだらないことで貴重な令呪を使うつもりなんてないし。

 「さあ、サラよ!いざ参らん!!我らがエデンの園へ!!!」

 目を輝かせながら、セイバーは意気揚々と進んでいく・・・・って、ちょっと待ちなさいよ!?まだ私、その“エデンの園”とやらに行くことを了承していないわよ!!ちょっと!!
 って、もうあんなところに!?もう駄目ね、これ。こうなったらセイバー、梃子を使ってでも動きそうにない、というかもう肉しか頭にない。
 マスターとしては少々癪だけれども、ここはひとつ“おおらかな”心で妥協してセイバーの後についていった。
 ただし、向かっている先が牛丼屋の類だったら、セイバーを投げ飛ばすつもりだけど。



 一方その頃、ライダーの視線は一点に向けられていた。その目はまさしく、獲物を狙い、身を潜める肉食獣であった。今の彼にはもう、周囲の喧しい音など耳に入っていない。彼は目の前で激しく動いているものをジッと見据えていた。ライダーの眼前で繰り広げられているそれらは目まぐるしく跳ね飛んでいるような動きを見せ、進軍していく。それらは現時点でのライダーの手駒であり、また彼の戦利品でもある。彼が真に対峙しているのはその中央に鎮座しているそれ、ライダーの視界の中にあって圧倒的な存在感を放っており、変幻自在に変化させる三つの面は多くを翻弄させるであろう。しかしライダーとて数多の大地を征服し、覇道に生きた王者。不動に座するその三つのうちの二つをわけもなく仕留めた。同じ顔色をしている。そして、その残る最後の面もとうとう次第にその動きが鈍くなり、ついにそれも討ち取られてしまった・・・・

 「やりましたな、ライダー様。ボーナスステージ突入ですぞ」
 「フン。まだこれから先どうなるかなど誰にもわからん。だがまあ、やることは変わらんが」

 脇にいる佐藤一郎にそう答えたライダーだが、まんざらでもなさそうだ。このときのライダーは鮮やかな色をした民族衣装ではなく、地味な色合いのジーンズにジャケットといったいわゆる“ちょい悪オヤジ”を思わせる姿だった。そして誰も彼がかのチンギスカンだとは思わないだろう。何しろ、今の彼はどう見てもパチスロに興じているオヤジそのものだからだ。
 とはいえ、ライダー自身はそれほどパチスロに入れ込んでいるわけではない。むしろこれを単なる“遊び”として割り切っていた。そもそも彼は一通りパチスロを嗜んだ時点で、これが店側にとって有利に働いている片八百のようなものだと断じた。これに客側が入れ込めば入れ込むほど、店にとってはおいしい結果になるものと。これは別にパチスロに限った話ではない。他に類似した遊戯にも言えることだし、また全く別のもの、それが殺しであれ、麻薬であれ、一時の快楽のために何もかもを投げ出す者さえいる。なんにせよ、戦いだろうが遊びだろうが、引き際を誤った人間を待つものはいつだって破滅だと相場が決まっている。
 だが、ライダーはこれが単なる暇潰しの遊びだからとて、決して手を抜く気など毛頭なかった。熱があるからこそ、遊びは楽しくなるのもまた事実だ。熱心にはなるが、のめりこみすぎず。そのおかげか、快調そのものの彼の手元の玉数は数知れず。そして今回も見事大当たりといったところだ。
 そうして一段落がついて、不意にライダーが佐藤一郎に声をかけた。

 「一郎よ」
 「はい。なんでございましょうか?」
 「俺が許す。これでお前もパチスロとやらに興ずるがよい」
 「はあ・・・・そう言われましても、少し困りますなぁ」
 「構わん。俺がいいといっているのだ。ならば貴様はそのとおりにするがいい」
 「・・・・本当によろしゅうございますね?」
 「くどいぞ。俺の気が変わらんうちに適当な台に着くがよい。ただし、後の金は自分で払え」
 「別に、大当たりを連発しても構いませんね?」
 「ほう・・・・随分と強気だな。ならば見事、その通りにしてみよ」
 「仰せのままに」

 そう言って佐藤一郎はライダーのそばにあるケースを一つ持ち上げると、ある程度台を検分しながら辺りを回っていた。そうして、とある台に目をつけそこに座った。

 「この手のものは初めてですが、腕が鳴りますなあ・・・・」

 のらりくらりとした口調から数秒後、佐藤一郎の目つきが豹変した。それは正しく勝負の世界に生きる者の目だった・・・・



 「さて、着いたぞ、サラよ。ここが今宵の我らのエデンの園ぞ」

 ようやっとそのエデンの園を前にした私たち。というか、私たちの別荘から大分離れている上にしかもやけに遠回りだったのは気のせいかしら。でもまあ、中心街から結構離れているだけまだマシね。あそこに比べれば、街路樹とかもそれなりにあるほうだし。
 ただ、これをエデンの園と呼ぶにはどうかと思うわ・・・・だってこれ、どう見ても焼肉屋よね・・・・?しかもここ、どちらかといえば簡素な住宅地のほぼど真ん中みたいだし。それ以前に、どう考えても場違いとしか思えないわよ、私たち。

 「サラよ。何を案じているのだ?」
 「別に。ただ、あなたがこういうところを気に入るのが意外に思っただけ」

 私でなくても、この人物を知っている人間ならば誰でもそう思うわよ。でも、この人物の好物を知っていれば納得できないこともないだろうけれど、それでも何か違和感が・・・・

 「何を言うか。庶民のあ・・・・もとい、暮らしぶりを知るのも上に立つ者の役目の一つ。そこに何の躊躇があろうか?」
 「今、“味”って言おうとしたわよね?」
 「どちらも大して変わらぬ」

 変わるわよ。単純に焼肉食べたいだけでしょ。

 「とにかく、早いうちに入るぞ。今ならばまだ開いている席があるやもしれぬ」

 そう言ってセイバーは早歩きでその焼肉屋の前へと進んでいく。もう仕方ないから私もそれに続いた。
 それにしてもこの店の看板、“平安苑”って読むのかしら?とにかく、店の戸を開けた。


 「ヘイ!らっしゃい!!」

 店に入った私たちを出迎えたのは、店の従業員と思われる青年の威勢のいい声だった。ただ、そいつは一目見てお調子者といった印象を受けた。年は・・・・あのアーチャーのマスターと同じぐらいかしら?
 まあ、そんなことはどうだっていいわ。ただ、そいつは私たちを見るなり、目を丸くした。それからしばらく間が空いてから、従業員がようやく口を開いた。

 「あー・・・・あい、きゃん、すぴぃく、いんぐりっしゅ、もあ、りとる。えぇと・・・・はう、めにぃ、ああ、ゆう・・・・」

 妙にたどたどしい言葉遣いだった。ていうかそれ、英語?イントネーションが滅茶苦茶すぎるわね・・・・けど、目の前の従業員の語学力はさて置いといて、対応に困っている感じがするわね。それはここにいる客たちも同じような感じ。よく観察してみると、客のほとんどが会社帰り、それより少ないながらも家族連れもいる。私たちが外国から来たということを除いても、如何に私たちが場違いだということが明らかだ。
 それにしても、じれったいわね。もう面倒だから手早く済ませるわよ。

 「見ての通り二人よ。それと丁寧に応対してくれようとしているのはありがたいのだけれど私たち、フランスから来ましたの。ですから、こちらの習慣に不慣れな面ですけれど、よろしいかしら?」

 再び従業員はポカンとしてしまった。日本語で話しかけられてきたのが意外だったみたい。

 「おい!真悟!!ぼさっとしてねえでさっさとお客様を席へ案内しろ!!」
 「あ!父ちゃん!悪い!!」

 奥のほうから怒鳴り声が聞こえてきた。なるほど。どうりで結構若いと思ったらこいつ、ここの店主の子だったのね。

 「えー、大変失礼しました!それで、おタバコはお吸いになりますか?」

 そうして店主である父親からシンゴと呼ばれたその従業員は、元の調子に戻って張りのある声を出してきた。それにセイバーが応じた。

 「いや、煙草は吸わぬ」
 「わかりました!それじゃ、席へご案内します!」

 それでシンゴに案内された席へ私たちが着くと、瞬く間に水の入ったコップとおしぼりをそれぞれ二つずつにメニューを持ってきたところで、シンゴが不意に口を開いた。

 「えー、つかぬことをお伺いしますが、お二人様はひょっとして・・・・親子だったりしますか?」

 水を口にしようとした寸前で、私は目に見えない衝撃を受けてしまった。水を口に含んでいたらとんでもないことになっていたかも・・・・それよりも、いきなり何言ってくるのよ!?

 「いや、身はこの子の後見人、といったところだ」
 「こ・・・・こうけん・・・・・・?」
 「言ってみれば、この子の面倒を見ているといったところだ。というのも、この子は世の見聞を広めるよう父親から言われていてな、それで身がその世話を任された、という次第だ」

 セイバーの説明に納得したかのように、しきりに頷くシンゴ。まあ、考えてみればこの組み合わせなら親子以外に思い浮かばないだろうけれど、相手のほうも意外なほどにあっさりと信じたわね。記憶操作の魔術も必要ないくらい。

 「そういうことなら、この街もこの店もごゆっくりしていってください!それじゃ、ご注文のほうが決まりましたら、どうぞお呼びください!」

 そう言ってシンゴは人懐っこい笑顔を見せながら、そこから立ち去った。

 「・・・・なかなか愛嬌のある若者だな」
 「そう?ただ単純なだけじゃないの?」

 それでも、その接客は意外にも丁寧なものだったけれど。

 「しかし、ああいう者がいるからこそ、場の空気を和らげてくれるというものだ。そういった者がいるかいないかで物事の進展も大きく異なるというものだ」
 「・・・・・・それもそうかもね」

 でも、私にとっては厄介以外の何者でもないのだ。特に、秘め事の多い魔術師にとっては、だ。ああいうのがこちらの警戒心をスルスルとくぐり抜けて、気付いたときにはこちらの懐まで迫ってきているのだから。
 けれども、それはあくまで“魔術”に関する世界の話。それはシンゴにはおよそ関わりのないこと。こういう日常的な世界において、シンゴみたいな性格が人と接するような仕事に向いているのだろう。それでも、彼がいつ聖杯戦争に巻き込まれるか、そういう可能性もあるのだけれども・・・・

 「さて、まずは何にしようものか・・・・?サラは何か所望するものがあるのか?」

 セイバーの一言で思考は中断されてしまった。まあ、ここでそんなことを考えていても仕方ないわね。

 「・・・・私は別にいいわよ。セイバーが決めてちょうだい」
 「かたじけない。それにしても、これを見つめるだけでも腹が満たされる心地だ。ここに記されている肉の、なんと見栄えのよいことか」

 大げさね・・・・けど、そんなに急ぐ必要もないか。別に毒されたわけじゃないけれど、こういうところでゆっくりしていくのも悪くないかもね。



 「いやはや、今回はついていましたな」
 「ふん。この程度のことなど、どうということはないわ。これでつまづくようならば、聖杯戦争で勝ち残るなど到底できぬ」

 どうやらパチンコで大勝を収めた様子のライダーと佐藤一郎。そもそも、パチンコと聖杯戦争を結びつけるのもどうかと思うが。

 「とはいえ、こちらもさじ加減が昔ほど上手くいきませんでしたな。何しろ、少々ラスベガスにいたときと同じノリで興じていましたからな」
 「ほう?どういうことだ?」
 「実はお恥ずかしい話、跳ね回りすぎてカジノを一つ潰してしまいましてな・・・・そのせいでその元締めのマフィアから追っ手を差し向けられたのですよ。まあ、全て返り討ちにしましたが」
 「フム、やるではないか。俺でさえ、身一つで逃げおおせるのがやっとやも知れぬというのに」
 「まあ、それが一番ですな。何しろこちらも反撃でいっぱいいっぱいでして、結果的に仕留めきれなかった方が何人もいらしたのですから」
 「詰めが甘いな・・・・その甘さが即、己の死につながると知れ」
 「ハッ、申し訳ございません・・・・」

 パチンコ屋の帰りになんとも物騒な話をする二人である。ちなみに、その“仕留めきれなかった”追っ手たちもその全てが今頃は、病院のベッドの上で植物人間となって生き永らえているのだが・・・・哀れである。

 「それにしても・・・・これは一体何なのだ?」

 ライダーが手にしているパチンコの景品の中から一つ取り出し、それを見つめる。

 「ええ。お嬢様の機嫌を損ねないように、と。なにしろ、このようなことをしていると知られれば、すぐに頭に血を上らせるでしょうからな」
 「相変わらず器の小さい女だな、あいつは・・・・」
 「まあ、まだお若いですからね」
 「どうだか・・・・しかし、俺の目から見ても、どういう趣味をしているのだ?」

 ライダーが手にしているそれは、一言で言えばぬいぐるみである。
事実、彼のマスターにして、佐藤一郎の主である守桐神奈の自室には、かなりの数のぬいぐるみがある。しかもそのぬいぐるみの種類は二通り。一つは、一般女子の好みそうなファンシーなもの。もう一つは、良く言えばシュールで独特。悪く言えば“キモい”。
ライダーが手にしているのは、後者。見ようによってはネコに見えないこともないのだが、フラストレーションに似た何かが心のそこから沸いてくる。そんな感じの生物(ナマモノ)である。

 「とはいえ、折角の快勝だ。ここらで羽目を外すのも悪くないだろう」
 「左様ですか。それでしたら、この辺りとなると・・・・」
 「どこか良い場所があるのか?ならば案内いたせ」
 「ハッ!お任せください」

 佐藤一郎がライダーの前へ出て彼を先導するように歩く。この先に待ち受ける運命も知らずに・・・・



 「うむ!これは旨い!」
 「セイバー。そんな大きな声を出さないでちょうだい。みっともない」
 「む・・・・すまぬ、サラ。しかしだ、一口の大きさに切りそろえられたこの小さき肉が、タレによってその旨みを引き立たせ、その風味が口の中に溢れんばかりに広がっていく・・・・これほどの味わい、わが時代では決して味わえぬ・・・・まさに至高の芸術品といえる旨さだ!!」

 セイバーって、こんなに大げさなヤツだっけ・・・・?
 でも、たしかに肉の質もなかなかのものだし、それに野菜もそのほとんどが新鮮なものばかりだ。ここにいるお客も結構いることから、ここは隠れた名店といったところかしら。
 それとセイバー。肉に舌鼓を打つのは構わないんだけど、たまには野菜も食べなさいよ。
 そこへ、通りかかったシンゴをセイバーが捕まえた。

 「少年よ。この店の肉、なかなかのものだな」
 「はい!ありがとうございます。ぜひとも、他のメニューもご賞味ください」
 「そうか。ならば今度は牛カルビを一皿、頼もう」
 「牛カルビですね!ありがとうございます!!注文は以上で?」
 「うむ。他にあれば、また呼ぶ」
 「ありがとうございます。少々お待ちください」

 そう言って、シンゴが私たちの席から離れたそのときだった。

 「らっしゃい!!」

 私たちのときみたいな威勢のいい声が聞こえてきた。新しい客が来たみたい。

 「二名様でよろしい・・・・・・あっ!お客様!?」

 何かしら?何か様子が変だけれど・・・・?
 その疑問はすぐに解決した。
 ここに来店してきたのは、ライダーと管理人のカンナについていた執事の男だった。私たちの席まで近づいてくる彼らを、シンゴが慌ててその後を追っていた。

 「こんな所で飯か・・・・」
 「ライダー・・・・・・!!」

 私たちの目の前に現れたこの男に、警戒心をむき出しにする。セイバーも箸を休めてライダーを見据えていた。

 「そう警戒するな。セイバーの・・・・いや、小娘。俺たちはただ、ここで一服しにやってきたのだ。それがまさか、貴様らまでもがここにいるとは思わなくてな・・・・」
 「どうかしら?」
 「へ?何?知り合い?」

 目を丸くしていたシンゴは、思わず素が出てしまったみたいだ。
 そうしてライダーは、おもむろにセイバーの向かい側の席に近寄る。

 「ここに座しても構わんな?」
 「ああ」
 「そうか。感謝する。おい、お前もそこに座れ」
 「恐れ入ります」

 ライダーと執事がそれぞれの席に着く。まさか、敵のサーヴァントとそのマスターに使える人間と同席して食事をすることになるなんて、ね・・・・
 シンゴのほうも状況がつかめず少しオロオロしている様子だった。
 そこへライダーが彼に声をかけた。

 「おい、小僧。ジョッキ生四つ、大だ」
 「は、はい!ただいま!!」

 そういうなり、シンゴはすぐさまそこから離れていってしまった。
 そしてセイバーとライダーは互いに向き合う。

 「なかなかの量を食っておるようだな・・・・まさしく噂に違わぬ大食ぶりだ」
 「食は国が誇るれっきとした文化だ。そういった文化を破壊してきた貴様にとやかく言われる筋合いはない」

 ライダーに皮肉で返したセイバーは普通に肉を口に運び続けている。もちろん、反芻するように味わいながら。少し空気が張り詰めているような気がするけれど、そんな中で普通に食事を続けられる辺りが大物というか、なんというか・・・・
 対するライダーは、席に着いてからくつろいだような姿勢でいる。

 「ふっ。随分と食にうるさいようだな、色々と。確か、そこの小娘の故国も大層食に通じた国だと聞いたが、それも貴様のそういった面が今のフランスとやらに反映されているかもしれぬな。まあ、フランス“だけ”に限った話ではないだろうがな」
 「・・・・・・何が言いたい?」
 「何。今の“西”があるのも、貴様が刻んだ功績だけではないだろう、と思っただけの話よ」

 そのときセイバーの目に警戒の色が色濃く現れた。尻尾を出さないように気をつけていたつもりだけれど、こいつ・・・・セイバーの正体を見破った!?

 「安心しろ。俺は貴様の名を触れ回るつもりなど毛頭ない。先ほども言ったが、俺はここで一服しに来ただけの話なのだ。貴様らは周りにいる奴ら同様に食いながら談笑していればいいだけだ」
 「お待たせしました!牛カルビ一皿、ジョッキ生四つ、ただいまお持ちしました!!」

 ライダーが喋り終わったか否かのタイミングでシンゴの張りのある声が聞こえてきた。私たちのテーブルに生ビールの入った大きなジョッキと肉が盛り付けられた大皿が置かれた。

 「セイバー、俺が許す。飲むがいい」
 「断る。酒は好かん」
 「貴様の場合、“酒”ではなく“酔っ払い”であろう?まあ、いい。一郎よ、飲め」
 「申し訳ございません、ライダー様。これでも職務中ですので、お酒は控えさせてください」
 「相変わらず真面目すぎるな、貴様は・・・・ならば」

 そう言って、ライダーは私の方に目を向けた。

 「嫌よ!!!」

 その瞬間、私は大声を張り上げた。そのせいで周りが私の方を見てきた、一旦私たちの席から離れたシンゴも。というか、四つ注文したのって、自分だけじゃなく、セイバーやそこの老執事、あろうことか私にさえも飲ます気でいたの!?

 「ふん、軟弱な奴だな・・・・」
 「軟弱以前に、私未成年なんだけれど?」
 「そんな些細なことを気にしていたのか。下らん。だが、俺の申し出を跳ね除けたその性根だけは評価せんでもないがな」

 全然些細じゃないわよ。それに酒を断っただけで評価されても逆に困るわよ。

 「しかし、飲むのが俺一人とは・・・・まあ、いい」

 そう言った直後に、ライダーはまずジョッキ一つを手に取り、それを一気に飲み干した。さらに一杯、そしてもう一杯を一気に飲み干し、とうとう最後の一杯をも飲みきった。
 こっちを見ていた客も、おおっ、という感嘆の声が沸いてきた。

 「小僧!」

 あれだけの量を、しかも一気飲みで飲んだにもかかわらず、ライダーは涼しい顔をしてシンゴを呼んだ。

 「はい!ただい、ま・・・・・・!?」

 ここに来たときのシンゴはかなり驚いていた様子。それもそうね。さっき注文したばかりなのに、それがもうなくなっているんだから。

 「先ほどと同じものを頼もうか」
 「は、はい・・・・!」
 「ではこちらは、牛タン一皿だ」

 セイバー!貴方、いつの間に肉全部食べたのよ!?

 「は、はい!では、ご注文は・・・・」
 「ジョッキ生の大が四つ、牛タン一皿。これでよろしゅうございますね?」
 「・・・・少々お待ちください」

 完全に狐に包まれたような顔をしたシンゴはそのままそそくさと立ち去っていった。そんなシンゴを尻目に、セイバーはライダーに鋭い目線を送っていた。

 「睨むな、睨むな。俺を他の酒に飲まれて醜態をさらす軟弱者どもと一緒にするな。それとも、貴様は一刻も早く目の前の夷狄を斬り捨てたいか?」

 不敵な顔をしたライダーはセイバーに対して挑発的な言葉を吐いてきた。

 「セイバー」
 「わかっておる。ここで争う気などありはせぬ」
 「貴様にその気がなくとも、俺がその気にさせてやろうか?」
 「何・・・・・・?」

 今度は挑発どころか、完全に戦意をむき出しにした言葉だった。けれど、こんなところでサーヴァント同士が戦うなんて、まずとんでもないことよ。
 とにかく、まずは落ち着く必要があるわね・・・・

 「どういうつもりなの?」
 「小娘、勘違いするな。せっかくの酒を血で濁す気などない。そして、俺の言う争いとは、何も武によるものだけではない」
 「・・・・どういうことなの?」

 ライダーの言っている意味が全くわからない私に、その争いを誘発しようとしている張本人が、やれやれといった面持ちで口を開いた。
 正直、腹が立つのだけれどここで癇癪を起こしても仕方がない。

 「言葉を紡ぐ舌を弓とし、そこより紡がれる言葉を矢とし、言葉を生み出す思考を城塞とする戦よ。故に敗れ去っても命は落とさねど、失うものはたった一つ」
 「その者の根幹たる誇り・・・・そういうことだな、ライダーよ?」
 「そういうことだ、セイバーよ。貴様も自らの王道を行く者ならば、よもやこれを退けるということはあるまい?」

 言い方は悪いけれど、つまりは言い争いでセイバーを挫こうっていうつもりなのかしら?
 そこへ、シンゴが注文したものを運んできた。

 「お待たせしました!ジョッキ生四つに・・・・牛タン一皿、です・・・・!」

 シンゴはそれらをテーブルに載せると、さっさとその場から離れていった。喋っている勢いはそのままだけれど、この異様な空気を感じ取ったのか、どこか萎縮しているようにさえ思えてくる。

 「貴様が挑んでくるというのならば、身はそれを拒みはしない。だが、この場は如何にして争うつもりだ?」
 「知れたこと。何故、この聖杯戦争に臨んでいるか、だ」

 私が言うのもなんだけれど、刃のないこの戦いの議題が絶妙なことこの上なかった。
 はるか高みの存在である英霊がサーヴァントとして人間につき従い、そして聖杯戦争に加わっているからには、それなりの理由がある。そしてライダーのいう争いに敗れるということは、そのサーヴァントの存在意義そのものの否定に他ならないからだ。
 早速、セイバーが肉を焼きながら言った。

 「して、ライダーよ。そう言うからには、貴様にはそれ相応の理由があるのだろうな?」
 「ふっ。言うまでもないことよ」

 ライダーが近くにあったジョッキに手をとった。

 「この世に再び、我が覇を唱えんがためよ」

 ライダーはジョッキの中のビールを飲み干した。このとき、肉の半分以上がセイバーの胃の中に収められた。

 「やはり、か・・・・生前成し遂げられなかった世界制覇を聖杯の力にて遂げようとでも言うのか。浅ましい・・・・」
 「勘違いするな。世界制覇を成すのは聖杯ではなく、この俺自身の手によってだ。聖杯は我が肉を得るための手段にすぎぬ」
 「成る程。厳密な意味での貴様の望みというのは、受肉か」
 「そうだ。願望器によって成される制覇など容易い。が、それ以上に味気ないものなどない。故に、覇を唱えるは己が手で成さねばならぬ。俺以外に、この地上を自らの覇で覆わんとせし者ならば、誰でもそう思うだろうよ」

 ライダーのジョッキも残すところ一つとなった。同時に、セイバーが最後の一口を食べ終えた。

 「やはり貴様の言う制覇は浅ましいとしか言いようがないな」
 「ほう・・・・?」

 ライダーが最後の一杯に口をつけ始めた。セイバーがシンゴを呼び新たな肉の追加注文をした。ついでにライダーも新たな生ビールの追加注文も・・・・ビールの量は先ほどと変わらないけれど、肉の量がさっきよりも増えた。シンゴが冷や汗を一筋流して戻った。

 「いつの世でも、征服者に蹂躙されし者はそれまで築き上げてきた秩序を破壊され、文化を破壊され、そしてより悲惨な場合には畜生の如き扱いを受ける。これ以上の浅ましさはなかろう」
 「・・・・貴様がそれを言うか?まあ、いい。して?貴様は何を以って此度の聖杯戦争に臨んでいるか、それを聞かせてもらおうか」

 とうとうライダーが最後の一杯を飲み終えてから、しばらく沈黙が続いた。その間僅か数秒の後にセイバーが口を開く。

 「・・・・・・この身に聖杯にかける願いなど、ない」

 セイバーの言葉を聞いたライダーが意外そうな顔をしていた。そのときちょうど、シンゴが新たな注文の品を持ってきて、それを置いて退散した。

 「ありえんな・・・・貴様もサーヴァントである身なれば、願いを以ってこの世に降臨したはずだ。そうだな・・・・貴様でいえば、卑劣なる裏切りにより叩き折られし十二の刃、あるいは膨張しすぎたが故に三分を余儀なくされた貴様の王国、それらの否定を望んでもよかろう」
 「・・・・・・確かに身は、斃れし彼らに涙を流し、分かたれることとなった国を思い悔やみもした。しかし、それ以上はない。むしろ、我らの如き者が願いを持つべきではないのだ」
 「・・・・・・なんだと?」
 「我らは我らの証を立て、そして死した後に歴史の一部と化した。それで、我らの役割は終わったからだ」

 不遜であり続けるライダーに対して毅然として言い放つセイバー。正直、召喚した当初はそういうセイバーに対して不信感みたいなのはあったのは事実だけれども、それ以上にセイバーの持つ威光みたいなのに圧倒されたから、そういったものは全部吹き飛んでしまった。
それとここだけの話なんだけれど、実は私・・・・最初はライダーの言っていた“十二の刃”、特にその中でも最強と目されるそのうちの一人を狙って召喚を試みたんだけどね。
 この間に、肉もビールも全滅。シンゴを呼ぶ。注文する。シンゴが行く。

 「・・・・・・言わんとしていることはわかる。ならば、貴様は何のために戦っている?願いを持たぬサーヴァントなど、その存在自体がありえぬのだから」

 ライダーの言うこともわかる。なぜなら、サーヴァントというものは悲願があるためにマスターとなる魔術師の召喚に応じるものだからだ。けれどもセイバーの場合は、私が召喚に彼の王国で作られた剣、おそらくは生前彼が何らかの儀礼かあるいは剣術の鍛錬で使ったであろうその剣を媒介として召喚の儀式を行ったため、彼がセイバーとして召喚されることとなった。サーヴァント召喚には、サーヴァント縁の品を用いるかサーヴァントとの縁を有するかが一般的だ。
 注文したものが来た。シンゴがいなくなって数分もしないうちに肉とビールの半分が消滅。セイバーが一旦箸を置いて口を開く。

 「・・・・・・ライダー。貴様は、あらゆる願いを叶えるというあの聖杯をどう思うのだ?」
 「さあな。だが、あれがなんであろうとも願いを叶えるだけの力があればそれで十分よ。もっとも、ここに聖杯を仕込んだ連中が腹に何を隠しているかまではわからんがな」
 「・・・・ライダー。貴様の様な者が聖杯という名の禁断の果実に誘き寄せられるのだな」
 「・・・・何が言いたい?」

 憐憫のこもったかのようなセイバーの目に少なからず憤りを覚えるライダー。
 肉とビール、全滅。シンゴ、呼ぶ。注文。シンゴ、行く。冷や汗の量が半端じゃなかった。

 「あらゆる願いを叶える願望器・・・・その存在そのものが危険極まりない代物だ。心悪しき者、欲深き者・・・・そのような者共に渡ってしまえば必ずやこの世に大いなる災いが降りかかるであろう」

 すると、それまで物も言わずにライダーの横でジッと座っていた老執事がスッと立ち上がった。

 「ライダー様。論戦に火が着いているところ申し訳ございませんが、わたくしめは一旦席を外してもよろしゅうございますか?」
 「構わん。好きにするがいい」
 「ありがとうございます。では、しばらく失礼いたします」

 そう言ってその老執事は席を離れ、店の外へ出て行った。どういうつもりかしら・・・・?このことを主の耳に入れるつもりかしら?
 そこへ注文の品が運ばれてきた。さっきから思っていたんだけれど、注文するたびに肉とビールの量が多くなってきているわね・・・・

 「・・・・悪かったな。続けよ」
 「・・・・故に、聖杯は災厄と破壊をもたらすとなりうるのだ。かと言って、それを放置しておくことも当然できぬ話だ。場合によっては何者かの手によって悪用されることもありうる。よって、聖杯は我が手に収めなければならぬ。そしてその聖杯を身が認めしマスターたるサラに捧げる。これが、この戦いに身を置く理由だ」

 ここの席で飛び交っていた声が途絶え、肉が焼ける音だけが響く。

 「・・・・・・・・・・・・くっ」

 それを破ろうとしているのがライダーだ。けれど、どうも息遣いがおかしい。

 「くくっ・・・・く・・・・・・・くははははははははははははは!!はあぁぁああぁあああっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!」

 突然、ライダーが大口を開けて大笑いを始めた。セイバーが顔をしかめただけでなく、周りの客たちもこちらに目を向けてきた。

 「・・・・何が可笑しい、ライダー?」
 「可笑しいとも・・・・!これが笑わずにいられるか!!なんだかんだ言って、貴様も結局は聖杯を求めているだけではないか!!!」

 口元を三日月のように歪めているライダーに対して、セイバーは目の前で笑い飛ばしたその男を睨みつけている。
 これで、口に焼いた肉を運んでいなければ、それなりに緊迫した場面なんでしょうけど・・・・



 ちょうどそのとき、厨房から真悟が謎の外国人三人が座っている席をうろたえながら見ていた。どういうわけか、日本人らしき老人は席をはずしたのだが、ライダーと呼ばれている男、最初は日本人かと思ったがどうも日系らしいその男がビールをガバガバと飲み、最初からいたセイバーという男が肉を大量に腹の中へと投入している。
 そして今、そのセイバーが肉に手をつけ始めていた。

 「ああっ!に、肉を食べ始めてるぅぅうう!!ど、どうしよう・・・・・・!!また、あそこに行かなきゃいけないのかよぉ・・・・・・・!!」

 彼が生きてきたこの十何年間のほとんどは店を手伝ってきた軌跡でもある。これまでの手伝いで、彼の意思が挫けそうになってきたことがあろうか?これまで、ここまで恐竜のような勢いで飲み食いする客の相手をするのは初めてだった。運動部の団体でさえもここまで食べるものはいなかった。しかも注文すればするほど、量が増えピッチが早くなってきている。客は彼らだけでなく他にもたくさんいる。
 現に、今ここにあるビールや肉の量はいつもの半分近くを切っていた。

 「真悟!しゃんとおし!!それぐらいで情けない顔するんじゃないよ!」

 ほとんど泣きべそをかきそうになっている息子を母親が嗜める。ふくよかな体つきに威勢のよさそうな母親だ。

 「母ちゃんの言うとおりだぞ、真悟!!いつも言っているだろうがよ。客商売ってのは、戦いだってな」
 「と、父ちゃん・・・・・・」

 息子に声をかけた父親は、平均的な日本人男性の身長だが筋骨逞しい体つきをした昔気質の男性といった感じだ。
 真悟の父親は続けて言う。

 「客ってのはなあ、色々いるもんだ。常連もいりゃあ、初めて来るのだっているし、たまにただ冷やかしに来るやつだっている。だからこっちはどんな客が相手だろうと全力で相手してできる限りのことを尽くす!そうして満足させてきたからこそ、“平安苑”の看板は今日まで掲げてこられたってわけだ!!」

 父親の熱の入った言葉に、息子は耳を傾けている。若干、ジーンときているように見えなくもない。

 「それとこれだけは忘れんなよ!商売は、店と客がいなきゃ成り立たないってことだけはな!!わかったら、とっとと注文聞きに行け!!」
 「お・・・・お、おう!!」

 息子、門丸真悟はさっきより力をこめて返事をし、厨房を後にした。

 「おい、母ちゃん!!」
 「わかってるよ。馴染みの店に片っ端から電話かけてみて、肉卸せるかどうか電話してみるよ!!まあ、多分今日はもう店仕舞いだろうけど、やるだけやってみなくちゃね!それとそっちもぼさっとしてないで、さっさと肉を捌いたらどうだい!?」
 「あいよ!母ちゃん!!」

 息の合った言葉のキャッチボールをこなす夫婦。
ちなみにいまだに倦怠期を迎えておらず、双方ともに浮気の経験もないんだとか。



 セイバーが肉を全て平らげたところで、ちょうどシンゴが注文を聞きにやってきた。そのときライダーの大笑いも収まり、二人が注文する。シンゴがその量にやや狼狽しながらも、最初のときみたいな人懐っこい対応を見せた。少し涙を堪えていただけでも、ちょっと立派と言えなくもない。
 そうして、ライダーから口を開いた。
 というか、なんか周りがまだこっちを見ているような気がするんだけれど・・・・

 「話が途切れてしまったな。そうそう、貴様が大義名分を振りかざしているだけの偽善者、という話だったな」
 「偽善者だと・・・・?」
 「そうだ。貴様、先ほどまで俺をイナゴの如く国土を食い荒らす災厄のように見ておったが、貴様のやっていることもさして俺のそれと大差なかろう。ああ、勘違いするなよ。何も貴様の行いを否定しているわけでは決してない。事実、貴様が西の礎を築き、文化をもたらした。その業績は俺も認めよう」

 怪訝そうな顔をしているセイバーを尻目に、ライダーは続けようとしたが、シンゴが注文されたものを持ってきて、それを置いた。がほぼ一瞬でジョッキの中身が消滅した。ライダーが追加注文したことにより、シンゴの気力が再び挫けかけそうになった。

 「しかし、そのために貴様は一体どれほどの人間を敵として駆逐してきた?神子と十字架を押し付けんがために、それまで崇められてきた聖木を焼き払ったのは秩序の破壊ではないのか?」

 セイバーは黙ってライダーの言うことを聞いている。
シンゴがちょうど新たなジョッキ生を持ってきたその瞬間に、ライダーがそれを奪い取ってそれら全てを飲み干した。シンゴの体が震えていた。ライダー、そして肉全てを腹に収めたセイバーが注文。シンゴが涙声になりながらも、戻っていった。
 それと周りの客はというと、ライダーがジョッキを飲み干し、セイバーが肉を完食するたびに歓声を上げ、折れそうなシンゴの心を励ましていた。それやるぐらいなら、誰かこの暴食の化身×2を止めなさいよ。
 混沌と化す周囲の状況に構うことなく、ライダーは続けて言う。多分、客たちはこの口論の内容をよく理解していないようだ。

 「結局のところ、歴史など蹂躙と制圧の繰り返し。それによって歴史は拓けるのだ。イスカンダルの東方遠征然り。コロンブスの新大陸到達然り。欧米列強の抗争然り!」

 それでも、セイバーは決して傲岸なライダーに臆せずに言い返す。

 「それも事実だ。されど、誰かが矢面に立たねばいずれ彼の地は異民族や異教徒によって踏み躙られ混迷の乱世となり、やがては東の威光に平伏していたであろう・・・・そして、大義なくばそれらはただの殺戮に他ならぬ!」
 「世迷言を抜かすな、セイバー!殺戮などに意味を持たせること自体がそもそもの誤りなのだ。殺戮は殺戮、されどそれらがなくば自国の安寧も繁栄もありえぬ。そのことと築き上げた屍のみが唯一にして絶対の真実よ!」

 一歩も譲らない両者の主張。そこへシンゴが新たな品を持ってきた、がまたもやライダーにジョッキを奪われ、セイバーが肉を食べ始めると同時にライダーが・・・・
もうなんだか億劫になってきた・・・・



 ここはさる異国の魔術の大家の一人娘に与えられた地下工房・・・・しかし、地下と呼ぶには違和感があることだろう。この場所は、光あふれる地上となんら変わりのない明るさを持ち、また辺りにはあらゆる植物が生を謳歌し水のせせらぎも聞こえてくる。だがしかし、ここは間違いなく魔術師の工房であり、人工的に作られたこの環境で木や草花が生育されている。
 少女は自らの手のひらにできた紋様を見て昂揚していた。これこそが古に群雄割拠せし勇者たちとのつながりを示す令呪。それが一つの願望器を巡る七人の魔術師たちによる争奪戦に参加する証でもあった。少女は多少の不安はあったものの、過去の英雄たちに対する畏敬の念と彼らと共にあることができるという誉に似た感情がそれらに勝った。
 少女は彼らを招くべく、片手には魔道書、片手には彼女の望む英雄縁の品、古の王国の戦士たちが振るった小剣を片手に、召喚の儀式に臨んだ。
 儀式は見事に成功。彼女の前に立つは、威厳溢れる秩序の守り手たる白銀の聖教王。

 「―――問おう。そなたが、我が剣の担い手たるマスターか?」

 歓喜と畏怖とが交じり合い、少女の小さな体は震える。



 ―――――はっ!!いけない!!すっかり現実逃避しちゃってた!!
 とにかく、セイバーとライダーは現在、言葉では決着が着かないと判断したのか、かたや食う、かたや飲むといった状態だった。

 「ライダー。貴様の言うこと全ては盗人の屁理屈でしかなく、王のものでは断じてない。貴様が成してきたこと全ては略奪の上で成り立っていると知れ」
 「フン。戯言を抜かすな、セイバーよ。かく言う貴様も貴様が盗人と罵る俺とやっていることは大して変わりはなかろうよ。いや、偽善で塗り固めている分だけ貴様のほうが、なおさら性質が悪い」

 このやりとりを、最後にして・・・・・・
 シンゴは身も亭々といった感じで接客を続けていた。もはや体はよろよろしており、目には涙が溢れていた。ライダーは相変わらずジョッキを奪い取っていた。セイバーまで肉を載せた皿を奪い取っていたら、もう泣き崩れているだろう。
 周りの客は、自分たちがこの店へ来た目的も忘れて、見物に興じている。

 「いいぞ!喰え!もっと喰え!!」
 「いい飲みっぷりだなぁ!もっといけるぞー!!」
 「ママー。あのひとたちおなかこわさないのー?」
 「しっ!見ちゃいけません!!」

 聞こえてくるのはこんな声ばかりだった。とりあえず、神様には子供にこんな場面を見せまいとする親たちに感謝したいところ。
 ・・・・・・正直、堪忍袋の緒が切れそうだった。これまで、私が口を挟めるような状況じゃなかったけれど、いくらなんでもこれはやりすぎよ。そんな我慢の限界を迎えそうな私。でも、最後に残された理性がそれを圧し留めてくれていた。それまで決壊したら、多分魔術を見境なく使いまくっていると思う、怒りに任せて・・・・
 ほんとに怒鳴りたい!正直怒鳴りたい!!腹の底から怒鳴りたい!!!喉が潰れるまで怒鳴りたい!!!!
 令中を使うという考えが出てこないだけでも、まだマシかもしれない・・・・



 「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!か、母ちゃん・・・・・母ちゃあああああああああああああああん!!!!!」

 厨房には絶叫が響き渡っていた。悠久のときのように流れていた時間、果てしなく続く厨房ととある客席での戦闘。そのうちの一つである厨房にて、これらの戦いの要である包丁を手にした腕が、とうとう限界を迎えていた。いや、すでに限界を超えていたのかもしれない。もう最後には店の看板を守り続けてきたという自負と意地が彼の腕を支えていたのかもしれない。

 「あ、あんた・・・・・・あんたああああああああああああああ!!!!!!」

 そして今日、いつも以上に夫を支えてきた妻が自らの伴侶に駆け寄る。彼女の体も、そして自分たちが儲けた子供もすでにボロボロになってきた。自慢の息子もさっきのように泣きつくようなことはしなかったが、もはやいつ心が折れてもおかしくない状態だった。
 そして、その目には、いつもの気丈な性格から想像できないほど、目に溢れんばかりの涙をたたえていた。

 「あんた・・・・!・・・・・・・あんた!!」
 「ち、ちくしょう・・・・!腕がもういうことをきかねえ・・・・・・・・!!」

 夫の胸中は、顔から見て取れる。無念だ、と。
今日、ここまで肉を捌いてきたことなどあっただろうか?ただ、切り揃えていたのではない。ほとんど短時間で、それでいて猛スピードで肉を相手にしていたのだ。そして、もうどの肉も、そして生ビールでさえも底を尽きかけている。他の客たちが観戦に夢中になって注文しなくなったのが不幸中の幸いだ。

 「母ちゃん、悪い・・・・一人できついかもしんねえけど、頼むわ・・・・」
 「そんなこと言ったって・・・・!もう、肉もビールもないんだよ!?そんなんでどうやってお客様を相手にしろっていうのさね!?」
 「バッキャロォイ!こっちがそんなんでどうする!?最後の一切れまで・・・・最後の一杯まで客を満足させる!!それが、俺たち商売人ってもんだろう・・・・・・!?」
 「あ、あんた・・・・・・!!」

 腕に激痛が走りながらも、挫けそうになっている妻を叱咤し、客商売のあり方を説く夫。その言葉に妻は、心を打たれる。

 「あんた・・・・!あたしがどうかしてたよ・・・・・・!そんなあんたに惚れて結婚したこと、すっかり忘れてたさね・・・・・・・・!!」
 「へっ、こんなときにんなこと言うかよ・・・・・!いいからさっさと手つけろ。こっちはちょっと、しばらく休むわ・・・・」
 「わかってるよ。あんたも、そんなとこでだらんと座ってないで、さっさと奥に引っ込んどくれ」
 「おう・・・・・・!」

 夫は妻に言われるがままによろよろと戸のほうへ向かっていき、そこを開けた。広がっているのは、どこの家庭にもある生活空間だった。夫はそこへと足を踏み入れ、戸を閉めた。その瞬間、その場でへたり込んでしまった。

 「・・・・・・・・後は、頼んだぜ・・・・・・・」

 その言葉を最後に、夫は意識を手放してしまった。しかし、己の信念を貫き、その職を全うしたこの男の顔は、満足そうな顔をしていた。
 ・・・・・・・・どうでもいいがこの夫婦、色々とオーバーすぎるのである。



 それから、どれほど時間が経ったのだろうか。客たちは自分たちの食事を終えているにもかかわらず、誰一人として会計を済まさずにこの場に留まっている。もはやこの闘いに言葉などいらないといわんばかりの勢いで、セイバーは肉を次々と平らげ、ライダーはジョッキを空にしていく。客たちは固唾を飲んで見守っていた。ただし、サラだけは苛立ちを募らせて・・・・

 (ひいいぃぃぃいいい・・・・もう、肉もジョッキ生もこれで最後・・・・それでも向こうがまだ注文してきたら、どうしよう・・・・・・)

 母が最後の力を振り絞って揃えた品。そして、これが正真正銘最後の品となるであろう・・・・しかし、真悟は今完全に弱気になっていた。あれだけ食べて飲む客など生まれて初めてだ。途中で腹を満たす、あるいはほろ酔い気分で帰るものとばかり思っていた。それがまさか、このようなことになるとは・・・・

 (チクショウ!考えるのは後、後!こうなったら当たって砕けろだ!!)

 意を決した真悟は、ついにその足を進める。そして、件の席の前に立った。

 「お待たせしました!こちら牛ロースとジョッキ生です。どうぞ、ごゆっくり・・・・」

 言い終わるかそうでないかといううちに例の如く、ジョッキ生全てを奪い取られ、その全てをこの場で飲み干されてしまった。セイバーも肉の乗った皿を受け取り、焼く。そして香ばしい香りのする肉を怒涛の勢いで口に運ぶ。それでも、味を堪能することだけは忘れない。
 そして、瞬く間に全てがなくなった。

 (これで、終わりだ・・・・・・・・)

 沈黙が支配するかと思われた、そのときだった。

 「ジョッキ生を・・・・・・」
 「では今度は・・・・・・」
 (まだ足りないのかYOーーーーーー!?!)

 真悟は泣き叫びたい気分になった。というか彼の心も体も限界を迎えようとしている。それはもう一人も同じだ。
 もはや、別の意味で終わるかと思われた。先に待つのは絶望だけ。
そのときだった。救世主現る。

 「皆様!お待たせいたしました!!」

 どこかで聞き覚えのある声がした。先ほど店を出て行った老紳士、佐藤一郎その人であった。どういうわけか、いくつものクーラーボックスを抱えていた。

 「皆様、わたくしが席を外していたばかりにご迷惑をおかけいたしました」
 「あ、いや・・・・別にお客様が悪いってわけでは・・・・・・」

 しかし、真悟は途中である事実に気が付いてしまった。それは最初と今とでは大きな違いであり、誰の目にも明らかであった。しかしその誰もがそのことについて触れることができないでいる。
 そんな中にあっても、真悟はおそるおそるそのことについて聞いた。

 「あの、お客様・・・・・・・?一体、どうされましたか?」
 「は・・・・?どうされた、と申しますと?」
 「いや・・・・だから、その、何でボロボロになっていらっしゃるかな~、と・・・・・・」

 そう。この老紳士は明らかにボロボロになっていた。服もどこか土っぽくなり、しかも若干服装も乱れてしまっている。おまけによく目を凝らしてみれば、服に血が滲んでいたり、顔に少し痣ができていたりしていた。まるで、何者かと戦闘を繰り広げていたとしか思えない・・・・

 「いやはや、年はとりたくないものですなあ」
 「いっ・・・・いやいや!意味がわかりません!」
 「まあ、それはそれとしまして・・・・」

 そう言って佐藤一郎はクーラーボックスを下ろして、それを開けた。中にはキンキンに冷えた生ビールのビンや新鮮な肉がギュウギュウに詰められていた。

 「ほう、一郎よ。お前、食い物と酒を調達して参ったのか」
 「ええ。お二方のことですから、このお店の食材ではとても足りないものかと・・・・ですので、わたくし独自に食べ物を手に入れてまいりました」
 「フム。なかなかやるな」

 この老紳士の行動力に感心するライダー。それはおそらくはセイバー、そして周りの客たちも同じであろう。
 しかし、真悟はどうにも腑に落ちなかった。食材の仕入れだけで人はボロボロになるものなのだろうか?だが、彼は気付いてしまった。クーラーボックスの中をまじまじと見ていたために・・・・

 「・・・・ところでこれ、なんか明らかに牛肉じゃないんですが、なんですかコレ?」

 真悟とて焼肉屋の一人息子。牛肉ぐらいなら見慣れている。だが、彼の目に入ったこれは一体なんなのだろうか?豚肉でも鶏肉でもなく、ましてやラム肉でもない、初めて目にする肉。いくら彼でもこれがなんなのかは知らない。

 「いやはや、急いで方々の肉屋や牧場を訪ね回ったのですが、やはり無理な相談でしてな。それで、やむなく山中へと入りまして・・・・」
 (や、山・・・・!?)
 「それでどうにか見つけ出したのはよろしいのですが・・・・お恥ずかしい話、斃すのに時間がかかってしまいましたので、予定より到着が遅れた次第でございます」
 (斃す!?“倒す”じゃなくて!?!)
 「そうしてようやく解体にこぎつけたという次第ですよ」
 「・・・・・・・・え?か、解体・・・・?」

 真悟は恐る恐る、再びクーラーボックスの中身に目を向けた。中にあるのは、正体不明の肉。それだけではない。そのどちらも、新鮮だ。というより新鮮すぎる。そのせいか、クーラーボックスの中に少し血が付着してしまっている。
 つまりは、そういうことなのだろう。ここでさらに疑問が沸いた。

 「・・・・・・一体これ、何の肉ですか・・・・?」
 「ああ、それはですな・・・・」

 疑問の答えが返ってくる前に、ライダーが割って入った。

 「この際、何の肉だろうとどこで手に入れようとそんなことは些細なことでしかない。とにかく、早く続きを・・・・・・」

 ライダーは言葉を止めてしまった。彼とセイバー、そして佐藤一郎の体が張り詰めた。客も真悟も何か異様な気配を察した。その気配の出所は、セイバーのすぐ近くだった。そこでは、サラがものすごい目つきで、無言の圧力をかけていた。気のせいか、その背後には恐るべき猛獣の影がチラホラと見えてくるようだった。
 もしサラが何か言うとすれば、それはこの一言に尽きる。

 ―――いい加減にしろ!

 店内には妙な沈黙がのしかかった。
 そんな中で、セイバーとライダーが睨み合う。

 「この場はここまで、のようだな・・・・」
 「どうやら、決着をつける方法はたった一つしかなさそうだな」

 スクッとライダーが立ち上がり、席から離れる。

 「セイバーよ。貴様に引導を渡すのはこの俺だ。この俺に殺される日を待ち望むがいい」
 「それはこちらの台詞だ、ライダー。貴様こそ、足元を掬われるなよ」
 「・・・・フン。行くぞ、一郎よ」
 「はっ。では、お支払いの方は・・・・」
 「貴様が骨を折ってまで用意したのだ。それぐらい連中にもたせておけ」
 「は、はい・・・・」

 店から出て行くライダーたちを見届けるセイバー。客も真悟も、この二人に何があるのか知る由もない。

 「さて、と・・・・・・」

 店の中には、ある意味ではライダー以上に恐るべき敵が残っている、それもすぐそばに。セイバーは今にも巨大な獣に呑み込まれんとしている心地であった・・・・



 店からまばらながらも、客が出て行く。飲食店としては、満足のいく量の食事ができなかった。だが、それでも彼らはどこか満足感の溢れる顔をしていた。まるで、プロ野球の試合の中でも最高のゲームを観戦した後のようであった。

 「ありがとうございましたー」

 真悟は最後の客を見送り、店の戸の前に“営業終了”の看板を下げた。そして、店の戸をゆっくりと閉めると、そのままばたりと倒れてしまった。厨房では母が、居間に続く戸の向こうでは父がそれぞれ眠るように倒れていた。
 その翌日の朝刊では、地元の猟師が長年仕留められなかった巨大熊が何者かの手によって殺害されたことが報じられていた。また、しばらくしてから焼肉店“平安苑”では熊肉フェアが開催されたのだが、警察ではこの因果関係を見抜くことができなかった。
 そして同店では、店の壁に二人の外国人の顔写真が張られていた、たまたま携帯電話のカメラで取った客から提供してもらって。その写真のすぐ下には、こう書かれてある。

 “肉禁止!!”
 “ジョッキ生禁止!!”

 そのうちの一人は、連れの少女から丸一日の食事を禁止されてしまった。そのとき、その人物は少女の手のひらにある刺青のようなものを見せられて脅されているようだった。
 もう一人は、老紳士の主と思われる女性がそのことを知って卒倒しそうになったという。そして、表向きは画家ということになっているその女性の館からは、転地が裂けんばかりの怒鳴り声が聞こえたという。
ただし、その元凶はまったく懲りた様子はなかったのだが。



~タイガー道場~

タイガ「皆の衆!待たせたな!!」

ロリブルマ「毎度おなじみ、タイガー道場の時間だよ!!」

タイガ「いや~、それにしても随分と更新が滞ったものだのう」

ロリブルマ「ホント、そうだよね~。懲りもせずに脱線しまくったり、無駄な時間の過ごし方をしたりしてたもんね~」

シロー「全くだ。こうなってしまってはもはや呆れるほかはないというものだ」

ロリブルマ「・・・・・・・・・・!?」

タイガ「まあ、そう言ってやるな。作者とて、今回の話で色々と迷走していたんだからね。その辺は推して測ってちょうだいな」

佐藤一郎「それと藤村様、どうやら今度出る“Fate/Extra”ではあなた様専用のイベントがあるようですね。ここはひとまずおめでとう、とだけ言っておくべきでしょうか?」

ロリブルマ「・・・・・・・・・・・!?!?」

タイガ「いや~!全く嬉しい限りよ!なんていうか、これが真の人気キャラのあるべき姿、みたいな感じなのかしら?・・・・・・・・・・・・・って、なに己ら普通に居座っとるんじゃい!?!!?」

シロー「さて、な。文句なら作者にでも言ってくれ」

ロリブルマ「うわ、素敵すぎるくらいの作者への全責任転換。そこにシビレル、アコガレルゥ!」

佐藤一郎「わたくしどもキャラクターに何かあれば全て作者様の責任になりますので、そのあたりは問題ございませんよ」

ロリブルマ「わあ、それなんて素敵な免罪符」

シロー「ところで毎度のことながらいきなり話を転換するが、先ほど言っていた“迷走”というのは、一体どういうことだ?」

ロリブルマ「あ、そうだ。わたしもそれ聞きたかったんだ。ね~、タイガ。一体どういうことなの?」

佐藤一郎「是非、お教えください」

タイガ「エェイ!三人まとめて問いかけてくんじゃねえやい!まあ先に言っちゃうけど、今回の話は本筋にまったく関係のない外伝話じゃない?」

シロー「そういえば、前回でそれをほのめかすような発言があったな」

タイガ「で、いざ書き始めたはいいんだけれど、これが意外に難しいのよ」

ロリブルマ「それって、どういうこと?」

タイガ「まず、ライダーさんのパチスロのシーン。作者自身、パチンコなんて一度もやったことのない上にそれに興味を持たない人種だからね。だから、どう表現していいのか全く見当もつかないのよ」

佐藤一郎「それでこのシーンのためにパチンコやろうと考えたこともあったようですが、結局は未遂に終わりましたが」

シロー「それが正しい判断だな。そんなことをやってしまえば後で泣きを見るのが目に見えている」

ロリブルマ「それで、他にもあるんでしょう?」

タイガ「それとこれ言っちゃうとこの外伝自体否定することになりそうなんだけれど、途中でコンセプトがわからなくなっちゃったのよね?」

シロー「確かに、セイバーとライダーがバカみたいに飲み食いしている反面、当人たちは真面目に自身の目的について問答しあっているのだからな」

ロリブルマ「要するに、どっちつかずになったってこと?」

タイガ「そう。シリアスに行くのか、コミカルに行くのか。ただでさえ二次創作小説修行中の身でそんなこと簡単にできるはずもないでしょう。そうして中途半端になってしまったのであった」

佐藤一郎「まあ、作者様ご自身としましては、途中から言峰神父様が麻婆豆腐をお食べになるシーンを思い起こして開き直りましたが」

タイガ「それでも、門丸一家を書いているときはそれなりに楽しんで書けたそうよ」

ロリブルマ「それにしても、これ本筋に関係ないとか言いながら、その一方でセイバーの正体をほとんど暴露しているじゃない」

シロー「そうだな。作者もセイバーの目的をちゃんと描けているのかが心配になっているようだが、な」

タイガ「まあまあ。セイバーさんに関しては彼の紹介のときに触れるつもりだから、その辺にしときなさいな」

佐藤一郎「とりあえず、ここはキャラクター紹介と行きませんか?」

タイガ「む?誰か紹介するようなのが出てきたかしら?」

佐藤一郎「いやですね、この方に決まっているじゃないですか」


氏名:門丸真悟
性別:男・十代半ば
身長:167cm
体重:58kg
イメージカラー:狐色
特技:その気もないのに周りにトラブルを起こすこと
好きなもの:にぎやかな雰囲気、洋画、洋楽
苦手なもの:湿っぽい空気
家族構成:父(焼肉屋)、母


タイガ「・・・・って、こいつかい!?」

ロリブルマ「ていうか、特技欄どういうことなの?」

佐藤一郎「ええ。門丸様は“逆転裁判”シリーズの矢張政志を意識したキャラクターでして。“事件の影にはヤッパリ矢張”と呼ばれるほどのトラブルメーカーである彼にあやかってこのような特技になったということです」

タイガ「しかし、その割には全然それっぽいシーンが出てきておらんな。むしろ、ただの騒がしいヤツという印象しかないぞ、しかし」

シロー「それともう一つモチーフになったのが、マンガ“ホーリーランド”に登場する主人公の友人の一人であるシンちゃんこと金田シンイチ。一応これでも友人思いという設定だそうだ。ちなみに、名前は同作のもう一人の友人である緑川ショウゴと合わせたものとのことだ」

佐藤一郎「いつか、こういう設定を生かせる話を描けたらな、と心のどこかで思っているようですな」

ロリブルマ「ところで、この家族欄ってどういう意図でつけられたものなの?」

タイガ「ああ。それは、とあるセリフで有名になってしまったマンガ“エデンの檻”の単行本の巻末で主要キャラたちの家族構成について触れていたから、つい書いてしまったらしいわよ」

シロー「そうでなくとも、作者は捜索の登場人物、特に学生や未成年のそれが登場すると、妙に家族構成や両親の職業が気になってしまう傾向にも影響されているという話だ」

佐藤一郎「なお、となりに職業がかかれていない場合は、主婦か学生だと思ってください」

ロリブルマ「それはいいんだけど、たしか前に紹介されたサラも未成年なのに家族構成が書かれていなかったわよね?それはどうしてなの?」

シロー「む。それはサラが聖杯戦争に参加している主要人物であるということと、魔術師の名門ということに起因しているようだ」

ロリブルマ「でも、サオリやテッペイはなんとなくわかるけど、サラの家族って登場しないんでしょ。それだったら何人家族かぐらいは書いてもいいんじゃないかしら?」

タイガ「・・・・・・えーと、エクレール家家族構成は機会があれば、いずれ公表したいと思います」

ロリブルマ「要するに、考えていないってことね」

佐藤一郎「そういうことですな」

タイガ「とりあえず、話すべきことはだいたい話しつくしたので、今回はここまで!次回からは本筋に戻るわよ!!」

シロー「なお、今回のような外伝はいずれまた描いてみたいとのことだ。現にいくつかはなしも考えてあるようだ。そしてそのときは、今回のようにどっちつかず、ということにはならないようにするつもりだ」

ロリブルマ「そういうことだから、みんな。またね~」



[9729] 第十九話「苦悶の狼煙」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/06/20 02:53
 少女の心は虚ろだった。来る日も来る日も、少女は学校でいわれのない暴言を浴び、常に白眼視され、陰湿な嫌がらせを受け、時には彼女の存在はないものとして扱われていた。彼女の味方と呼べるのは、家にいる祖母と妹、そして飼い犬だけ。それだけに、彼女らを心配させていることが、何よりも辛かった。
 日増しに激しくなる少女への迫害。家の外には、少女の味方と呼べるものは何一つ存在せず、彼女を教え導く存在である教師でさえも彼女の置かれている状況を放置していた。それに比例して発生する怪死、不審死、蒸発、事故・・・・それらが起こるたびに、少女を取り巻く状況がより陰湿さを増していく。
 少女にはどうすることもできなかった。できることといえば、何も望まず、何も願わないだけ。それでも、ときに少女は周りを呪ってしまう。

 死んじゃえ・・・・
 いなくなっちゃえ・・・・・・
 地獄に落ちちゃえ・・・・・・・・

 そのたびに少女の心は激しい嫌悪感に掻き乱され、衝動のままにその髪を掻き毟る。
 少女は、希望という存在を信じなくなってしまった。
 しかし、それでも一筋の光が少女に降り注ぐ。

 「大丈夫?辛くない?」

 そう声をかけてくれた、話したこともない女子。その一言だけで、少女は救われる心地がした。

 「あんなの、気にしちゃダメだよ。気にしたら、向こうの思うツボだから」

 何かあるたびに少女を気遣い、ときには少女とともに周囲から非難されることもあったものの、それでも笑顔を絶やさなかった。いつでも少女のことを思っていてくれた。少女の味方でいてくれた。

 「心配しないで。何かあったら何でも言って。相談に乗るから」

 少女は迷惑じゃないかとさえ思った。その女子に悪いような気がして・・・・
 それも、次の言葉で全て吹き飛んだ。

 「いいの、いいの。私達、友達でしょ?」

 友達。
 初めて耳にするような、この言葉。一体最後に聞いたのはいつだろう?友達と呼べる存在がいたのは、一体どれくらい前のことだろう?
 少女は心が弾んでいた。
 少女はだんだんとだが、悲観するようなことはなくなった。

 このままずっと、友達でいれたらいいな―――

 しかし、少女のそんな切なる願いも翌日には打ち砕かれてしまう。
 少女は知ってしまう、その友達の死を。
交通事故である。



幌峰ステーションを舞台とした聖杯戦争の一幕から、一夜が明けた。
 この日の朝刊では、幌峰ステーションで過激集団によるテロ事件が発生、駅に居合わせた多くの人間が死亡、あるいは重軽傷を負い、その集団も列車で駅から脱出を図るも途中で列車が横転、そのまま爆破炎上し全員が死亡した記事が掲載されていた。
 そして、駅で生き残った人間もどういうわけかそのときの記憶が欠落しているという。医師の見立てでは、突然の大惨事のショックによる記憶喪失と見なした。また、それは今後の生活になんら支障をきたすことはないとした。
 ともかくこれで、駅で起こった真実を世間に知られることはないだろう。

 狩留間鉄平は自転車を走らせていた。一人で自転車をこぐのも、随分と久しぶりのような気がする。ここしばらく聖杯戦争の参加者でもあり、自分の後輩でもある少女、野々原沙織と一緒に登校していたからだ。その沙織も、今はいない。
 僅か数日のことだったが、鉄平は心に隙間ができたような感じだった。
 そこへ、級友の大迫純一と合流する。

 「よお」
 「・・・・ああ」

 何気ない返事だが、大迫はこの時点で鉄平の違和感に気付いた。

 「・・・・おい、狩留間。お前、ツラだけじゃなく返事も気が抜けてんのな」
 「・・・・そうか?」
 「ちっ・・・・!何でおれがこんなこと、気にしなくちゃならねえんだよ」

 大迫は苦虫を噛み潰した顔をしながら毒づいた。そして、大迫はふとあることに気付いた。

 「ところでよ、お前あの後輩はどうしたんだ?もう自分ん家に帰ったのか?」
 「いや。まだ家にいるけど」
 「じゃあ、何か。病欠か?」
 「ん?まあ、そんな感じかな?」

 大迫は鉄平の顔をじろりと見ながら、またもや渋い顔を見せた。

 「・・・・やめだ、やめ。お前が何考えていようが、あの後輩が何で休んでいようが、そんなのおれには関係ないことだしな。お前のことだ、何聞いたってどうせ適当にはぐらかすつもりだろうしな」

 大迫が言うだけ言って一人先に歩いていると、その足を止めて鉄平のほうに向き直った。

 「けど、そのツラだけはやめろ。こっちの調子まで狂っちまう。せめて、学校にいるときぐらいはずっと能面みてえなすまし顔でも貼り付けておけ」
 「ずっとって、随分とむちゃくちゃ言うな、お前」
 「うるせえ!そんなこといつものことだろうが!とにかく、他のやつらに何か聞かれても知らねえからな!!」

 そう言って、大迫は一人でさっさと先に行ってしまった。
 そしておいてけぼりをくらった鉄平は、つい顔に手をやってしまった。

 「・・・・いつものこと、か。それだったら楽なんだけどな」

 顔と心は密接に繋がっているもの。鉄平の心は、いつも通りの平静さを保てるわけではなかった。
 彼の心がここまで乱れている原因は、ある意味沙織のせいでもあった。



 昨夜、鉄平とアサシンが到着した頃には横転した列車が炎上しているところだった。
 気を失ってしまった沙織の同級生がそばにいたらしく、彼女をサラ・エクレールのサーヴァント、セイバーが抱えて去っていく場面に出くわした。あのサーヴァントやマスターのことだろう、その同級生に危害を加えるまねをすることはないだろう。現にその同級生は、今では入院し安静にしているわけだが。
 鉄平は沙織の身に何があったのか、アーチャーから聞いた。鉄平はやり場のない怒りと自分の無力感に苛まされることとなった。
 だが、彼が実際に見たものは耳で聞いたものとは違っていた。アーチャーの話では、沙織はバーサーカーの斧の直撃を受けて重傷を負ってしまったという。しかし鉄平やアサシンが見る限りでは、沙織にはそのような傷は一切なかった。ただ、アーチャーの顔が驚きに包まれていたところを見れば、彼の言っていることはウソというわけでもないだろう。
 しかし、沙織は今もなお意識を失ったまま、神宮の一室でいつ覚めるともわからない眠りに就いていた・・・・



 そのことを思い出すたびに、鉄平の心は落ち着かなくなってしまった。もし、あの場に自分がいたならば、沙織もあんな目に遭わずに済んだことだろう。最初はアーチャーを責めたい気持ちがあったが、そのアーチャーも鉄平と同じ心境だったであろうことは想像に苦しくないため、責めるに責められないでいた。

 『鉄平よ、少しはしゃんとせい』

 そこへ霊体化しているアサシンの声がどこからともなく聞こえてきた。

 『鉄平。某は主に何もかもを割り切れとまでは言わぬ。だが、沙織の命に別状はなく、自分から動けるような状態ではないのだろう。ならば、ある意味ではよかったのではないのか?』

 しかし、鉄平からは何も返ってこなかった。

 『すまぬ。今の発言は失言だった。だがこれしきで滅入っては、この先の戦いも迷走するばかりであろう』
 「・・・・悪い、アサシン。俺でもよくわかんなくなってきている。これでも、自分の目的はわかっているつもりなんだけど、な」

 今や鉄平たちにとって、沙織らはあらゆる意味で大切な存在となっているようだ。しかし、それ以上に鉄平にはかけがえのない存在がいる。その人のために沙織にばかり比重をかけすぎてしまうと、本来の目的を見失ってしまいかねない。かと言って、今沙織たちを切り捨てるには、あまりにも親密になりすぎたかもしれない。
 アサシンは溜め息混じりに鉄平に言った。

 『鉄平。余計なことかも知れぬが、最低でも今晩は休んだらどうだ?その間だけは、某が聖杯戦争に関わることを引き受ける』
 「・・・・じゃあ、今回はその言葉に甘えるとするよ。それとまだ時間はあるだろうけど、一足早く神宮に戻ってくれないか?」
 『御意。終わり次第、すぐに主の元へと向かう。それとくれぐれもキャスターたちの動きに注意を払ってくれ』
 「ああ。じゃあ、そういうことだから、そのときにその内容を知らせてくれ」

 先ほどから、鉄平の自転車の進みは遅く、そのペダルもどこか重たそうだ。しかし、それでもその心だけは先程よりはほんの少しだけ軽くなったようだ。



 街の郊外にある植物園。そこでサラはセイバーとともに散策していた。

 「それにしても、アーチャーの正体は案の定だったわね」
 「うむ。特徴的な緑衣に卓越した弓の腕・・・・見破る要素などいくらでもあったのだが、宝具をこの目で見るまでは確信できなかったものだ」
 「そうね。私も貴方の話を聞いて知ったアーチャーの正体、納得したのも随分と早かったわよ」

 セイバーはバーサーカーが展開した迷宮の中で、アーチャーの宝具を目の当たりにした。それはアーチャーが根城とした森の名を関する射撃兵装。
 そしてアーチャーの真の名は、弱きのために義の元で立ち上がったアウトロー、国王を敬愛せし至高の愛国者、ときには恋に悩む者たちのロマンスの導き手となり、そして今代においては春の訪れを告げる五月の精霊、ロビン・フッド。この義侠の名はシャーウッドの森とともに広く世に知れ渡っている・・・・

 「それに、アーチャーの宝具は射撃兵装だってこと以外に何かあるのかしら?」
 「うむ。あの射撃には精霊の力が込められていた。あれが通常の射撃の威力をより高いものへと昇華させ、宝具となっているようだ。身がアーチャーの射を見たのはたった数度のみだが、あの一射は見事と言うほかない。身が生きていた世ならば、ぜひとも宮廷に招き入れたかったほどの腕前だ」

 どこか遠く離れたような恋人を思うような口ぶりのセイバーに、サラが歯止めをかけた。

 「はいはい。惚れ惚れするのは勝手だけれど、あれが敵っていうことぐらいは認識してちょうだい。それよりも、もし相対するとなったら勝てないなんてことはないでしょうね?」
 「無論。我が名とこの剣にかけて、そなたに勝利をもたらすと誓おう」
 「頼もしいわ。それでこそ私のサーヴァントよ」

 少し満足げなサラが歩いている道の脇の木陰からは、小鳥のさえずりが聞こえてくる。しかし、そんな中にあっても一羽のみ全く鳴きもせずにサラたちに視線を送っている鳥がいた。

 「全く、鬱陶しいわね。わざわざこんなところにまで使い魔をよこす必要なんてないのに」
 「まあ、その使い魔の主が何者かは大方の検討がついているがな」
 「ええ。こういう状況で私たちに接触したいマスターなんて、一人ぐらいだもの」

 そのマスターとは言うまでもなく幌峰を任されている管理人にして、ライダー・チンギスカンのマスター、守桐神奈である。

 「どうせ、用件なんてキャスターに関することでしょう」
 「そこまで気付いていながら、何故無視し続けるのだ?」

 神奈にとって、バーサーカーを背後で操っていたキャスターの行いは決して許されないものだ。おそらくはキャスター討伐のために聖杯戦争は一時休戦の形をとって他のマスターに招集をかけているのだろう。
 またサラにとっても、そしてセイバーにとってもキャスターは許しがたい存在でもある。

 「もちろん、キャスターは倒すつもりよ。けれど、それはあくまで私自身の手でやること。誰かと仲良しクラブみたいに足並み揃えて挑むつもりなんて毛頭ないわよ」

 そう言って、サラは小鳥の姿をした使い魔に向き直って言った。

 「そういうわけよ。こっちはこっちで勝手にやるから、そちらはそちらでどうぞお好きになさってちょうだいな」

 サラが言い終わると、使い魔はそのままどこかへと飛び去った。向かっている先は無論守桐邸だろう。

 「そこまで無下に断らずともよかろうに・・・・」
 「構わないわよ。どうせ私たちが加わらなくても、ランサーのマスターは協会の人間だから、まず協力するでしょうし。アーチャーとアサシンに関しては・・・・少し微妙ね」
 「だが、アーチャーのマスターの性格を考えれば、協力してもおかしくなさそうだが?」
 「それはそうでしょうけれど、アサシンのほうよ。マスターと違ってアサシンはこういうことに首を突っ込むような感じじゃなさそうだもの」
 「しかし、マスターが決めればそれに従いそうなものだが?」
 「なるほどね。確かにそうかもしれないわね・・・・」

 今の聖杯戦争の陣営は自分たちや、ランサー、ライダー、アーチャーとアサシンの同盟、そしてキャスターの五つである。今のキャスターは自分以外の残りのサーヴァント全てを敵に回している状態なのだ。

 「それはそうと、ようやく使い魔がいなくなってのびのびできると思ったのに、どうにも落ち着かないわね」

 サラはゆっくり歩きながら愚痴をこぼした。



 学校や会社では昼休みの終わったであろうこの時間の楼山神宮境内。本殿の前に立っている守桐神奈が両脇にライダー、佐藤一郎、つくし、今回の件の立会人となった楼山空也を控えさせている。彼女の目の前には魔術師シモン・オルストーとそのサーヴァントであるランサー、鉄平のサーヴァントであるアサシンの三人が並んでいた。
 その全てが神奈の召集に応じたマスターとサーヴァントであった。

 「・・・・なーんか、思ったよりも集まり悪いね」
 「まあ、やむを得ませんね。何しろ、今回のこの集まりは当人の意志に任せるものがございますし、それにこれに加わったからといいましても何かしらの特典がつくわけでもございませんからね」

 神奈が彼らを集めるのに際して、当人の意思を尊重する形をとっていた。佐藤一郎の言うとおり、彼らがこれに参加したからといってもなんらメリットがないのだから。サラがこれを拒絶したのが何よりの証拠だ。
 つくしに続いて、今度はライダーが口を開いた。

 「ところで、セイバーの奴が姿を現さんのは聞いておるが、アーチャーまで姿を現さんのはどういう了見だ?」
 「どうも、本人が“気が乗らねえ”とか言っておったわい。話も聞かないそうじゃ」
 「ほう・・・・・・」

 空也の返答を聞いたライダーは心底意外そうな顔をしていた。
 この集会の目的は誰の目にも明らかであった。その目的にアーチャーが顔すら出さないこと自体がライダーだけではなく、ある一名を除いて、この場にいる者全員にとって予想外のものだったらしい。

 「まあ、いいわ。とにかく、話を始めましょう」

 神奈が一呼吸置き、そして会合が始まった。

 「今回集まってもらったのは言うまでもないわ。先日の幌峰ステーションにおけるバーサーカーの暴走。それによって多くの犠牲者が出てしまったわ」

 このとき、神奈は一瞬だけ歯軋りをした。そして続ける。

 「どうにか生存者の救出に成功して、彼らも今は安静にしているわ。それも、そのときの惨状の記憶を消して。そして、その張本人であるバーサーカーも、今はここにはいないアーチャーの手によって倒された。けれど、それらの一件を裏で糸を引いていたキャスターは今も健在よ」

 顔を怒りで滲ませている神奈の言葉を、一郎が引き継いだ。

 「キャスター様、ならびにその行為を黙認いたしましたブラットフェレス様方は明らかに魔術における暗黙の了解を破りました。また、今回の事後処理に協力してくださいました協会からはこの件に関しまして、この街を任せられていらっしゃいます神奈お嬢様に全権を委ねられました」

 一郎の落ち着きのある態度と喋り口調により、いくらか怒気の緩んだ神奈が後に続いた。

 「そこで、キャスター討伐のために私たちに協力してほしいの。その間はキャスター以外のサーヴァントとの交戦は原則禁止。それを果たすことができればその後は通常通りよ」

 神奈が締めると、腕組みをしながら話を聞いていたシモンが尋ねてきた。

 「・・・・話はだいたいわかった。それで?だれかがキャスターかそのマスターを倒したとして、それで何か得になるようなことはあるのかい?」

 しばらく間が置かれると、神奈は口を開いた。

 「申し訳ないけれど、そういったものは一切ないわ」
 「・・・・して、利点もないのに然様なことで我らを拘束できるとでも思うておるのか?」

 アサシンの問いに、神奈は難しそうな顔をして答える。

 「はっきり言うけれど、今回の件にあなたが思っているような拘束力というのはないと思うわ。情けない話だけれど、これはどちらかといえば依頼とか頼み事に近い形だわ」

 神奈が言い終わった途端、ランサーがくつくつと笑い出した。それに誰もが、マスターのシモンでさえも怪訝そうな顔をした。

 「随分と苦労してんなあ、管理人さん。けど、その判断もあながち間違いでもないぜ。なにせ、今ここにいるのは本来なら敵同士の連中だ。ただでさえ足並み揃えんのに一苦労だろうに、それが変な手柄を目の前にして功名心が先走りしちまえばなおさらだもんなあ」

 軽い態度とは裏腹に、的を射た物言い。ランサーは続けて言った。

 「そんなアンタの気苦労に免じて、だ。オレはアンタに協力してやってもいいぜ。まあ、オレのマスターが許せば、だけどな」

 ランサーに続いて、今度はシモンが口を開いた。

 「何が気苦労に免じて、だ。おまえのことだ。どうせ、ただ単に暴れたいだけだろ?」
 「そんなの、オマエだって似たようなもんだろ?」
 「つーか、こっちは一応魔術協会に雇われているんだぞ。それなのに、そんな契約違反みたいなことができるかっつーの」
 「・・・・つまりシモン。あなたはこちらの依頼に応じてくれる、というのね?」
 「どっちみちおれが協会側の人間って時点でそうなるだろ。気ままにあちこちを行くのは構わねえけど、それが追われる身なんて形なのはゴメンだからな」

 こちらはぶっきらぼうな物言いだが、シモンとランサーの二人に関しては特に問題はないだろう。
 そうして、今度はアサシンが口を開いた。

 「・・・・それで、仮にこちらが協力を申し出るとしよう。それでこちら、あるいはそちらのいずれかが離反、あるいは切り捨てるということもありうる上での連結か?」

 この問いに答えたのは、意外にもライダーだった。

 「暗殺者風情が裏切りの心配か?まあ、いい。キャスターどもを血祭りに上げるまで、貴様がこちらに反旗を翻すような真似をせぬ限り、それ相応の扱いはしてやる。そしてそれからは俺を葬り去るなり、神奈の奴の首を狙うなり、貴様の好きにするがいい」

 あくまでも不遜な物言いのライダー。とはいえ、チンギスカンである彼は裏切りをもっとも忌むべきものとして見なしている。またランサーことアキレウスもたびたび上と対立することはあっても、決して仲間を敵に売るような真似はしなかった。
 しばらくあたりに静けさが広がったと思われた後で、アサシンが口を開いた。

 「某が三途の川よりこちらへと舞い戻ってきた意味は、新たなる我が主、鉄平を勝利に導くことのみ。そのためならば、利用できるものは利用するのみ」

 アサシンはキャスター討伐に協力する姿勢を見せた。
アサシン自身も、生前は影として己が主に尽くしてきた。彼に無念があるとすれば、それはその主を勝利に導けなかったこと。その一点のみである。仮に勝てないにしても、せめて主が彼の仇敵の首をあげていれば・・・・あと一歩でそれが成らなかったのもある意味では天の采配。それだけに口惜しい。
 ただし、とアサシンは続けて言う。

 「某はあくまでも鉄平に仕えしサーヴァント。故に鉄平が否といえば某はそれに従い、鉄平が討てと命ずれば某はこれに従うまで。それを努々忘れるなかれ」

 アサシンは周囲にそう念を押した。とはいえ、すでに鉄平は協力を請われた場合にはこれを受けること自体了承していた。
 もっとも、この討伐自体アサシンにとっても鉄平にとっても大きなチャンスであることは言うまでもない。最低でもサーヴァントを一体潰すことになるだろうし、それにこちら側のサーヴァントの手の内も見て取れるかもしれない。
 ゆえに、あらゆる観点から見ても好都合であるのだ。
 そこで神奈が締めくくるように言った。

 「どうやら、話はまとまったみたいね。それじゃあ、決行は今晩だけれど、その段取りはこれから話し合うわ。それで申し訳ないけれど、ここの一室を使わせてくれないかしら?」
 「む。別に問題はないぞ。そこへ案内するからついてきてくれ」

 神奈に尋ねられた空也を先頭にして、他の者たちもこの後に続いていった。
 それにしても、とアサシンは思った。
 キャスターはこうなることを承知で魂喰いを承知したのだろうか?その本人はどうだか知らないが、少なくともそのマスターは魔術の大家だ。自分のサーヴァントのしでかしたことが最終的にどうなるかわからないはずがない。
 またライダーの話によれば、バーサーカーはもともと切り捨てるつもりだったらしい。そんなサーヴァントの強化をしてなんになるというのだろうか?
 その真意を知る者は、二人だけ。おそらくは、この場にいる者はこのことに気付いているだろうが、それを見破れている者はいないだろう。



 「お客さん、見る目があるねえ!鯖は今が旬だよ!!」
 「そうか。では頼む」
 「あいよ!!」

 威勢のいい声が店内に響くと、店員はすぐに寿司を握り始めた。
 ブラットフェレスは、その店員の手捌きを凝視していた。勢いがありながらも細やかな動きを見せる包丁、剛柔一体となった寿司飯を握る手・・・・それら一連の熟練した技術は時として芸術となる。
 ブラットフェレスはそれに見惚れていた。

 「フン。わざわざここまで足を運んでまで寿司、か。ご苦労なことじゃな、ブラット」

 ブラットフェレスの隣にドカッと腰を下ろしたのは彼のサーヴァントである英霊、キャスターであった。今の彼の格好は神官を思わせる服装などではなく、どこにいるビジネスマンが着ていそうなスーツだった。傍から見れば外国企業の上司と部下、誰もこの二人を魔術師だとは思わないだろう。そして、魔術師が存在するとも夢にも思わないことだろう。

 「確かに苦労したよ。何しろ、今夜は寿司にしようか蕎麦にしようか迷ったほどだからな」
 「だったら、出前というものがあるじゃろう?それで頼めばよかったものを・・・・」
 「寿司は握りたて、蕎麦は出来たてに限るからな。それに、今の状況で出前を取るのは得策とはいえん」
 「かといって、遠出してまで寿司を食いに行くのもどうかと思うがの」

 この時間になれば、誰もが腹の虫を空かせている頃合だ。
 そんな時間になってブラットフェレスが宿泊しているホテルの周辺は、以前神奈が沙織を聖杯戦争から脱落させようとしたときに用いた暗示によって一時的にゴーストタウンと化していた。もちろん、これは神奈の手によるものだ。
 そんな場所に出前の兄ちゃんが足を踏み入れては、不審がることは目に見えている。
 キャスターは口元に笑みを浮かべながら続けた。

 「それにしても、ライダーのマスターもご苦労なことじゃな。おかげでこちらは楽することができた」
 「そのせいであのあたりの店も閉まってしまったわけだが・・・・まあ、それはここで話すべきことではない。それよりも、バーサーカーのマスターはその後どうなった?」
 「ああ。あれでも一応は二、三十年持つよう施しておいた。今のところは放っておいても問題なかろう。これでバーサーカーも浮かばれるというものじゃ」

 二人のこの物騒な会話を聞いている者はいない。この会話に注意が向かないように施している。ほかのものには、単なるビジネスに関する話題にしか聞こえないだろう。それに、仮に聞かれたとしても理解できるものはいないだろう。

 「どの口でそのようなことが言えるのやら・・・・それよりも、ぬかりはないな?」

 ブラットフェレスのその問いに対して、キャスターは不敵な笑みで答えた。

 「侮るな、ブラットよ。このわしを誰だと思っておる?わしは天よりの知恵を以って栄華を極めし者ぞ」

 この答えに、ブラットは口元に笑みを浮かべた。

 「・・・・そうだったな。お前ならば、最優とされるセイバーにさえ引けをとらぬのだったな」

 もっとも、並みのサーヴァントならばこうまではいかないだろう。キャスターが最大限かそれ以上の力を発揮できるのも、ひとえにこのブラットフェレスの魔力量が異常であることに他ならない。

 「へい!鯖、お待ちぃ!!」

 そこへ突如、店員の声が響き渡った。ブラットフェレスの前に、鯖の握り寿司がいくつか並べられた皿が置かれた。
 ブラットフェレスの視線は、そこに注がれた。

 「さて、いただこうか」

 そう言うと手元にあった割り箸を割って、それを使って寿司を挟み、すでに用意していた小皿に注がれた醤油につけて口の中へと運ぶ。
 閉ざされた口の中で噛み砕かれる寿司は、米の程よい甘味と芳醇なる酢が舌を一気に駆け巡り、さらに鯖の脂がこれらと融合して一つの旨味を織り成す。またそれらの旨味に醤油が絡み合うことにより絶妙な風味を生み出し、また多くもなく少なくもない、適量ともいえる生わさびがそういった味を引き立たせていた。そして舌全体をまろやかな食感で包み込まれていることの、なんと心地よいことか。
 ブラットフェレスはすっかり、この寿司の虜となっていた。おそらくは、この寿司屋で握られる寿司は彼が生涯食べた中でも五本指に数えられるだろう。
 そして理性を取り戻したブラットフェレスは、今キャスターの存在に気づいたかのようにそちらのほうに向けて放った一言がこれだった。

 「食うか?」

 キャスターはただ、呆れた目線で自らのマスターを見ているだけだった。



 草木も眠る丑三つ時とは言うが、ここには眠りに就いている生命の気配などない。
 ホテル・ノーザンクロス。幌峰市内にいくつもある大きなホテルの中でも広く名の知れ渡ったホテルだが、今このホテルの中には従業員も宿泊客の姿もない。しかしながら、宿泊客全員がこのホテルから姿を消したわけではない。その客は、何かを待ち構えているかのようだった。
 そして、このホテル周辺にも人間の気配が一切ない。そして、それを不審がる人間もいはしない。ホテル周辺は、幌峰から切り離された異空間と化していた。
 街明かり一つない夜の闇の中で確かに存在する街を、ライダーが見つめていた。

 「フン、思ったとおりか。キャスターの奴め、やはりここに俺が攻め込むことを予期してそこら中に防衛網を敷いていたか」

 ライダーの視界の遥か先には、ただ闇と静寂に包み込まれた街が広がっているのみ。その先には宿敵の一人が待ち構えている。しかし、その前に立ち塞がる者どもが確かにいる。それは、決して人間ではありはしない。闇の中に蠢くのは、人ならざる者どものおぞましき大群。ホムンクルス、キメラ、ゴーレム・・・・これら歪なる被造物がライダー有する騎馬軍団を迎え撃つべく暗闇の中に潜んでいる。

 「随分と用意周到なものよ。奴も窮地に立たされてもてる力の全てを出すつもり・・・・か?」

 確かに現時点の情報においては、ライダーの騎馬軍団を迎え撃つには軍隊に匹敵するほどのもの、あるいはそれらを駆逐できるほどの罠が必要であろう。
しかし、とライダーは思う。ライダーの予測が正しければ、キャスターは必ず万人の虚を突けるような搦め手を用意しているはずだ。キャスターの正体がライダーの思っている通りならば、それぐらいは容易なはず。そう考えれば、キャスターの真の力を以ってすればこの程度の被造物どもを生み出すこと自体容易いのだから。

 「だが、何がどうあれ俺の果たすべきことは変わらんのだからな・・・・」

 手はずどおり、ランサーもシモンもすでに動いており、またキャスター側の状況を報告し終えたアサシンも直ちに行動を開始した。
 今この場にいるのはライダーと彼の配下の似姿を持った鮮血兵のみ。
 なお、神奈もライダーに同行しようとしたのだが、ライダーに反対され屋敷で待機することに。その際ライダーは神奈にこう言った。

 『引っ込んでおれ。足手まといだ』

 その一言だけで神奈の怒りが頂点に達しかけたが、そうなる前に佐藤一郎がライダー側に立って説得したのですぐに納得した。何しろ、聖杯戦争におけるだいたいの魔術師の立ち回りというのは、自らの工房にこもって安全を確保。その上で的確なときに令呪を施すというものだ。これまで神奈はサーヴァントとの感覚を共有するのではなく、自らの目で見て、その場の空気を肌で感じ取ることによって判断を下すために戦列に加わっていた。このような神奈のケースは魔術師にとっても珍しい部類であろう。しかも珍しいことに、このときあのつくしも神奈の説得に当たっていたのだ。
 つまり、この事態がどういうものかがこの状況で如実に語っている。
 そして今、ライダーは視線を眼前に広がる赤き血の軍団へと移した。

 「聞け、皆の者!此度の我らの敵は神代の魔術と無限ともいえる知識と知恵の海を刃とせし古の魔術師、そしてそれを従えるは死霊どもと語らう術を持つ降霊術師、彼奴らは間違いなく恐るべき敵の一角といえよう!そして奴らはこの先の戦場にて、数多の罠と権謀術数を蜘蛛の巣の如く張り巡らせていることだろう!しかし!我らにとっては奴らの小手先の兵法など恐れるに足りぬものだ!なぜなら、我らはそれらを打ち破る術をいくつも知っている!!」

 声を張り上げていたライダーはそこで一旦言葉を切り、そして一呼吸ついたところで再び言った。

 「奴らの御首、他の奴らに譲るつもりなど毛頭ない!故に、大汗の名において命ずる・・・・皆の者、心行くまで蹂躙せよ」

 そのときだった。

 ―――――――!

 ――――――――――――!!

 ――――――――――――――――――――!!!

 兵たちはいっせいに鬨の声を張り上げた、否。彼らは声というものを持ち合わせていないのか、それは単なる空気の振動でしかなかった。しかし、意思を有する彼らの口によって震える空気からは様々な感情が読み取れる。忠節、使命感、歓喜、愉悦、憤怒、憎悪、野心・・・・・・彼らは単なる使い捨ての手駒にあらず。末端の一兵に至るその全てがライダーの力の象徴ともいえる。意思なき兵など木偶にも劣るもの。兵は個々で思考し、自ら判断してこそ戦法の幅が広がる。時として、感情は兵を弱める要因にもなれば強める起爆剤となりうることも然り。これまで盾としてきた捕虜とてその範疇なのだ。
 そしてついに、ライダーの口から号令が発せられた。

 「前衛に配している者よ!直ちに先行し、邪魔立てする者ども全てを駆逐せよ!中衛は前衛部隊の援護及び後方への中継と、状況に応じて立ち回れ!」

 ――――!

 ――――!

 吹き荒ぶ突風の如く震える空気はそのまま兵全体の士気の高さでもあるようだ。
 ライダーが発する声は、そうした轟音以上のものだった。

 「いざ・・・・突貫!!!」

 その一言によって、とうとう騎馬軍団が始動した。
 地鳴りの如く鳴り響く蹄の音と共に、前方に配置されていた部隊が次々と夜の闇の中へと雪崩れ込んでいった。そして闇は震撼する。
 すると、ライダーはそういえば、と思った。
神宮の集会においても、そして今この場においても、結局アーチャーは最後まで姿を現さないままだった。アーチャーのマスターは意識不明といえど存命であり、またアーチャー自身にも行動するのになんら問題はないはずだった。普通に考えれば、動けないマスターの警護をしているのだろう。
 そう結論づけると、ライダーはそれ以上考えることはしなかった。いない者のことを考えても意味をなさない。今問題なのは、いかにキャスターとそのマスターの首をあげるか、だ。それも、他の者たちよりも早く。
 そこでライダーは自嘲の笑みを浮かべた。
昼間の会合においては、この戦いに加わったとしても得られるものは何もないという話だった。誰がキャスターをどう倒そうが、今後の聖杯戦争で有利になるということはない。だが、今のこの状況はどうだ?自分自身が誰よりもキャスターを討ち取ろうと躍起になっているではないか。いや、おそらくはランサーも同じような心境だろう。そしてアサシンも早期決着という観点を置いているのであれば、一番にブラットフェレスの首を狙うはずだ。
 結局、この戦いもある意味では競争のようなものになっていた。戦利品はキャスターとブラットフェレスの首、満たされるのは己の自尊心。それだけだ。
 だが、これもサーヴァントのあるべき姿ともいえよう。サーヴァントは己の願いを果たすために出し抜こうとする、蹴落とそうとする。故に他と相容れることなどありはしない。他のサーヴァントとも、自分のマスターでさえも。



 宿題を終えた鉄平は自室の窓から夜空を見上げていた。月に、雲がぼんやりとかかっている。朧月夜とでもいうのか。昔から日本人は月を眺めて風情を感じるものなのだが、逆に鉄平は妙に落ち着かない心地だった。

 「そういえば、しばらくぶりだったな・・・・」

 鉄平は気付いた。今までこの時間には夜の街に下り探索を行っていた、聖杯戦争で勝ち残るために。だが、今は自宅の自分の部屋にいる。そしてアサシンも近くにいない。今まで行動を共にしてきたので、逆にそわそわしてしまった。

 「ここしばらくはどっぷりと浸かっていたもんな、聖杯戦争に・・・・」

 それだけ生活に染み込んでいたということなのだろう。それも構わないと鉄平は思っている。姉さんの意識さえ取り戻せれば・・・・
 しかし、今意識を失っているのは姉だけではない。沙織もまた姉と同じようなことになっているのだ。聖杯戦争における他の参加者というのは敵以外に他ならない。だが紆余曲折あって自分と沙織、そして自分たちのサーヴァントは協力関係を結んでいる。そして沙織も彼女のサーヴァントのアーチャーも聖杯を求めている様子はない。それはアサシンとて同じだ。つまり、この中で聖杯を必要としているのは鉄平のみである。だが、鉄平が聖杯を用いるためには、アーチャーが脱落していなければならない。そのことに関して、本人はどうとも思っていないだろう。鉄平自身もそれを迎えたときは迷わないつもりでいた。しかし、沙織はどう思うのだろうか・・・・?その沙織も今はいつ目覚めるかわかったものではない。もし、終局にまで至って沙織も姉と同様に意識がないままだったら・・・・
 考えれば考えるほど、わけがわからなくなってきた。ここへ来て、鉄平の覚悟が揺らいでいるとでもいうのか?
 そのとき、ノックの音が聞こえた。鉄平が入るように促す。
 入ってきたのは空也だった。

 「お~い、鉄平や。ビール知らんか?」

 鉄平は一気に拍子抜けしてしまった。さっきまで思い悩んでいたのがバカらしくなってくるほどだった。

 「ビールなら冷蔵庫にあるだろ?」
 「いや。ないから聞いておるんじゃろ」
 「ない・・・・?確か、まだあったはずだと思ったけど・・・・?」
 「ついでにつまみに食おうと思ってた柿の種もないんじゃが・・・・まさか、お前さんが平らげたのか?」

 不意に鉄平は溜め息をついてしまった。

 「そんなわけないだろ。こっちは未成年なんだからさ」
 「けど、ワシん頃はお前さんぐらいのときにタバコやっとったぞ?」
 「おっさん時と今は違うだろ。それに、飲みつくしたとしたらアーチャーぐらいしかいないんじゃないのか?」
 「あ。それもそうじゃな」

 鉄平は思わず、頭を抱えてしまった。そうして、頭から手を離して言った。

 「ないんだったら、納戸に行って取りに行けばいいだけの話なのに、そんなことわざわざ人に聞くまでのことか?」

 鉄平の苦言とも取れる言葉を聞いた空也は、ばつが悪そうにしていた。

 「ま、まあそうじゃな。じゃあ、納戸に行ってくるわい」

 そうして空也は鉄平の部屋から出て行って戸を閉めようとした。しかし、閉まろうとしていた戸が途中で止まり、隙間からひょっこりと空也が顔を覗かせた。

 「ああ、一応念のために言っておくとな、タバコをやったはいいが、苦い上にケムリ臭くてかなわんから、それっきりじゃ」

 そういった空也が戸を閉めるのを見て、鉄平は苦笑した。
 しかし、すぐに口元から笑みが消えた。鉄平はまた考え始めた。今度はウジウジとしたものではない。アーチャーのことだ。
 ビールや珍味がないのは多分アーチャーの仕業で間違いないだろうが、それにしても妙だった。今日のアーチャーはよく食べていた。アーチャーが食欲旺盛なのは鉄平も承知の上だが、今日に限っていえば食べすぎといえるほどに食べていた。いつもなら残っているはずの作り置きも、その全てがアーチャーの胃袋の中に消えてしまった。そのせいで、余分に食材も消費してしまった。また間食やつまみ食いもしょっちゅうだった。一体、何でそこまで食べるのだろうか?
 沙織を守りきれなかったから自棄でも起こしているのだろうか?だが沙織は一応無事だし、キャスター討伐に加わってもおかしくはないはずなのに、その様子もない。
 鉄平はまた考えるのを止めた。先ほどに比べれば取り留めのないことだからだ。



 明かりもなく、人気もない楼山神宮の境内。肝試しをするにはうってつけだが、いかんせん時間が遅すぎる。

 「はあ・・・・・・はあ・・・・・・・」

 どこからともなく聞こえてくる呻き声。風に掻き消えてしまいそうなほどの弱々しい声だった。声は鳥居の下から聞こえてきた。
 アーチャーが、その下でうずくまっていた。

 「・・・・・・・くそっ・・・・!何がどうなっていやがるんだ・・・・!?」

 沙織を守りきれなかったことは事実だが、それがどういうわけか意識を失っているだけというのは不幸中の幸いであった。しかし、沙織がいつ覚めるともわからない状況ではあるが、それでもアーチャーは己のサーヴァントとしての本分を全うするつもりでいた。そのために、キャスターは捨て置けない存在でもあった。本心を言えば、今すぐにでも戦いに加わりたかった。
 しかし、体がいうことを聞かない。それがなぜなのか、アーチャー自身にもわからなかった。魔力が絶対的に足りなければ、サーヴァントは消え去る運命だが、そんなことは決してない。沙織はマスターとしても未熟で、しかも意識不明であるにもかかわらず、供給される魔力は十分すぎるほどであった。そして、バーサーカーとの戦いで負った傷もすでに回復している。体にはなんら異常はない。
 にもかかわらず、体の内側から苦痛が蝕んでいた。原因の一切が不明。あらゆる状態が万全だというのに、ただ苦痛のみがするだけというのがなおさら性質が悪い。このときばかりは、アーチャーの持ち味ともいえる超感覚により苦痛に対してより鋭敏になっていた。

 「一体・・・・何が、どうなってるっていうんだよ・・・・・・・・」

 呻きながらも悪態をつくアーチャー。だが、その疑問に答えられる者は、この場にはいない・・・・



~タイガー道場~

タイガ「さあ、今日も始まりましたタイガー道場!司会進行はししょーこと藤村大河と!」

ロリブルマ「弟子一号、あるいは真のヒロイン、イリヤでお送りいたします!」

タイガ「ブルマの分際で何言っているのかさて置いといて・・・・」

佐藤一郎「この佐藤一郎とこちらのシロー様も加わっております」

タイガ「今回は新たな戦いのプレストーリー・・・・って、普通に加わってきやがったあ!?」

シロー「毎度迷惑をかける」

タイガ「そう思うんならこのじーさま連れてさっさと退場せんかい!つーか!わたしたちが劇場版に出演しているときは不在だったのに、そっちは普通に小説に登場している上でこっちにも登場なんてずるいわよ!!」

佐藤一郎「いやはや、そうは言われましてもな。もう定着してしまったというかなんというか・・・・」

シロー「とりあえず、余計なことを気にする前に早く進行させることを薦める。これ以上やっても単に不毛なだけだ」

タイガ「む。一理ある発言。それじゃあ、改めて続けるわね。とにかく、今回は新たな戦いのプレストーリーの位置づけなのよ」

ロリブルマ「そのおかげか、今回はいつもに比べてやや短め。執筆も結構早めだった部類みたい」

シロー「まあ、前書いた外伝を無理矢理一話にまとめたせいでもあるからな。それで余計短く感じたのだろう」

タイガ「それでも、他に比べれば比較的短めなことに変わりないんだけどね。今回は場面描写がちょっと短かった気もするけど」

佐藤一郎「それでも、作者様からすれば書きたかった場面の一つが書けてよかったと思っているようです」

タイガ「ほうほう。それはどこかしら?」

ロリブルマ「ブラットフェレスのお寿司屋さん」

タイガ「そこかい!?」

シロー「ブラットフェレスに関して今回深く言及はしないが、さわりだけ述べると彼(というよりもザルツボーゲン一族)はかなりの親日家という設定だ」

ロリブルマ「ああ、そういえば序盤でキャスターと将棋していたっけ?」

佐藤一郎「そういうこともありまして、どこでいれようか考えていたときに今回どうにかねじ込むことができて、さらにワクワクしながら執筆しておりました。ただし、作者様ご本人がこういった本格的な寿司屋に入ったことは数回あるかないかですが」

タイガ「む~。作者も難儀なものよのう」

ロリブルマ「そうっすね。そのうちイマジネーションにも限界くるんじゃないかしら?」

シロー「いつか本当に訪れそうだな」

タイガ「コラコラ!そういうことは思っていても口にしない!というわけで、今回は今逃したらいつ紹介するかタイミングがわからなくなるバーサーカーさんの宝具について紹介するわ。そのステータスはこんな感じよ」


名称:魔宮の幻牢(ラビュリントゥス)
使用者:バーサーカー
ランク:B
種別:対軍宝具
レンジ:10~40
最大捕捉:50人
バーサーカーの持つ戦斧で14人殺害、あるいはその分の血を吸収される結界型宝具。バーサーカーが生前幽閉された迷宮を再現した空間が広がり、範囲内の不特定の人間、優先的に魔力の高い人間がこの空間に隔離される。巻き込まれた人間は体内に宿る魔力がこの空間に吸い取られ、その上で感覚の一部が麻痺してしまう。バーサーカーが14人の人間を殺すか、バーサーカーを殺害すれば宝具は解除される。


タイガ「この宝具も結構難航したのよね。最初は普通の斧の宝具だったかしら?なんか攻撃すればするほど、相手の色んな感覚が削り取られるっていう」

シロー「最終的にはこの効果で落ち着いたが、はたして上手く説明できていることやら」

タイガ「まあ、大体こういう宝具なんだって思ってくれればいいわ。色々粗探しすればツッコミどころが見つかるでしょうけど。ところでこれ、固有結界なのかしら?」

佐藤一郎「作者様的には、メドゥーサ様の鮮血神殿と同じ感じの宝具として捉えているようですが」

タイガ「とりあえず、そこは読者の皆さんに判断を委ねるわ」

ロリブルマ「とうとう読者にまで丸投げしちゃったよ、この作者・・・・ところで、この宝具発動したら、近くにいた人が急にいなくなっちゃうってことも十分ありえそうな気がするんだけど、その辺は大丈夫なの?」

タイガ「うっ・・・・!い、いきなりいなくなってもいなくなったことを認識されない、んじゃないかしら・・・・?」

ロリブルマ「それで?バーサーカーが14人やっちゃう前に何らかの原因で全滅しちゃったら?」

佐藤一郎「自動的に解除されます。多分・・・・・・」

シロー「随分とあやふやだな」

タイガ「うわーん!そういう指摘なんて反応ないとわかんないんだも~ん!!だから今回はここまで!!さらばじゃ!!!」

ロリブルマ「あ。逃げた」



[9729] 第二十話「会戦」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/07/07 02:27
 月と星とが空に輝く夜においても、現代の地上においてはそれ以上の輝きを以ってして空の輝きを制圧している。しかし、それはごく一部の地にすぎず、全体的に見れば、月と星の光が地上を照らしている地もある。
 そういう意味ではこの幌峰の街は異様をなしているかもしれない。街がネオンの街明かりを放っている反面、とある一区画は静寂な闇に包まれていた。そこには、人間どころか野良犬や野良猫の類も姿を消していた。ただし、人間の場合と違って野良の生き物たちは何かを恐れてそこから逃げ出したにすぎない。
 このホテル・ノーザンクロスを中心として、その周囲は黒く染まっていた。だが、その黒を染めるように赤いうねりが波のように押し寄せていた。

 「とうとう始まったわね」
 「うむ。どうやら、ライダーの軍団がキャスターの用意した被造物どもと正面からぶつかっている間に、ランサーたちがホテルに潜入しようとする手はずのようだな」

 これを遠方から眺めているのは、サラとセイバーだった。
 彼女らは、この戦場からそう遠く離れていないくらいの距離に位置している高台の緑地に陣取っていた。

 「それで、セイバー。貴方から見てどちらがこの戦いを制すると思う?」
 「そうだな。キャスターもこのために多くのホムンクルスなどを配したが、その程度ではライダーの騎馬軍団を止めることはできぬだろう。いくら向こうの力が凄まじくとも、戦上手なライダーのことだ。キャスターの手勢など巧みに退け、ホテル近辺へ侵攻を果たすだろう」

 しかし、とセイバーは続けた。

 「真に勝敗を決するのは、外の戦いではなく内の戦いだ。いかに早くキャスターとそのマスターを討ち取るか。この戦いの雌雄を決するは、そこにある」

 サラはしばらく考えてから、セイバーに尋ねた。

 「それで、ランサーにしてもアサシンにしても、キャスターへの勝率は?」
 「ふむ・・・・これまで身がこの三人と戦ったときの経験を踏まえて考えれば、まずキャスターの分は悪かろう。ランサーはもとより、アサシンの武力もなかなかのものだ。正面から当たってもキャスターを討ち取ることは不可能ではないだろう」

 だが、途端にセイバーは顔を曇らせてから言った。

 「そのいずれも底を見たわけではない。ましてや、キャスターなどはいまだその名も、宝具を明かしてはいない。もしも、キャスターの正体が身の思っている通りならば・・・・」

 それだけに解せなかった。もし、キャスターの正体がかの人物ならば何故、先日のような蛮行を働いたのか。それによって自分に不利益をもたらすことなど明らかなのに。現に、今の彼は攻め立てられている状況なのだ。
 サラは俯きながら唸っていた。

 「本当に、考えれば考えるほどわけがわからなくなるわよ」
 「いつものそなたらしくないな」
 「・・・・何もかもが、漠然としていてはっきりしないのよ」

 それは、キャスターに限ったことではない。どういうわけか、この戦いにアーチャーが参戦していないことは使い魔を通して知ったが、そんなことでもない。
 それは今この場からではない。昼間から、そういった胸騒ぎがサラを掻き毟っている。
一体、何がそうさせているのか?意図も正体も掴めないまま不気味に沈黙しているキャスターの思惑がわからないからだろうか。それとも、別の何かであろうか・・・・?



 鮮血の騎馬に跨り、鮮血の兵士たちは夜の街を駆け抜けていく。目指すは偉大なる大汗の宿敵が居座る、あの夜空に突き刺す高さの鋼鉄の城。いや、あれは城ではないだろうが、敵が控えている以上は城も同然だ。降伏はありえない以上、遍く敵には破滅のみ。
 そして、とうとう視界の彼方に敵の姿が見えてきた。一見すると、古代の鎧兜を身に纏っている以外は普通の人間といった面持ちだが、その目は虚ろでどれもが人形のような顔つきをしていて特徴がない。あれがホムンクルスと呼ばれる魔術により生み出されし人造人間であろう。最前列にいるホムンクルス兵は、槍を構えてこちらに向かってきている。
 しかし、敵が人間だろうがそうでなかろうが、これが戦いである以上やるべきことは変わらない。鮮血兵たちは短弓を構え、矢を次々と放ちこれを弾幕としてホムンクルスたちに浴びせる。雨霰と降り注ぐ矢は、次々とホムンクルス兵を地に這わせる。しかし、敵はこれに怯む様子もない。むしろ、前が倒れてもなお、矢がヤマアラシのように刺さっていてもなお、一切恐怖することなく前進してくるのだった。そもそも、これらを生み出した創造主はこの人造人間たちに恐怖などの感情を植え付けたのだろうか。
 槍を構えたホムンクルス兵が不気味な前進を続けている中、その後ろから次々と手槍、矢、投石器によって放たれた石がこちらに飛んでくる。これらのいくつかはこちらの放つ矢の弾幕で射落とせる、打ち砕ける。しかし、それに気をかけているばかりではホムンクルス兵がこちらに到達し、槍を容赦なく突き穿ってくることだろう。言うまでもなく、鮮血兵は矢を放ちながら後退。騎馬兵たちの動きは乱れることなく、ぐるりと急転換し来た道を戻っていった。このように敵に背を向ける形となってしまったが、撤退しつつかつ振り向きながらの正確な騎射、いわゆるパルティアン・ショットなど彼らにとっては朝飯前で、これにより追っ手は次々と矢の豪雨に晒され倒れていく。それでも追っ手の歩みは止まらない。
 下がっていく鮮血兵に追撃するホムンクルス兵。その距離は一向に縮まらないまま、ホムンクルス兵の戦列は次第に乱れてくる。すると撤退している鮮血兵は途端に散開しバラバラと脇道へと逃れていった。その光景はまるで、紅いカーテンが開くようであった。そのカーテンから現れたのは新手の鮮血兵、それも重騎兵が突撃してきた。突進してくる彼らが振るう槍、長刀によりホムンクルス兵たちは次々と踏み躙られ、その僅かな抵抗も通じず、重騎兵の通った後に残ったのは無残にも踏み砕かれたホムンクルス兵の残骸だった。
 ホムンクルス兵の虐殺が行われているその頃、散開していた先鋒部隊の鮮血兵たちはその先で合流を果たした。この周辺の地理はすでに大汗を通して把握している。後続の部隊は間もなく幽鬼の如き人形どもを駆逐し終えた頃だろう。ならばこちらもこちらのなすべきことを果たすのみ。
そう思っていると、向こうから新たな敵の影が見えてきた。それも先ほどのホムンクルス兵の大群とは比べ物にならないほどの速さで近づいてくる。見えてきたのはやはりホムンクルスによる集団だったが、今度は歩兵部隊ではなく戦車部隊だった。しかもその戦車を引いている馬はただの馬ではなかった。それらの馬の特徴はまちまちで、ワニの口を持つもの、ヘビかサソリの尾を持つもの、首から先がイノシシか獅子、野牛、あるいはトラといったもの、さらには足以外のみが馬でそれ以外は別の生物というものまでいる。いわゆる合成獣と呼ばれる人造生命体だ。
 こうして鮮血兵は再び散開、それも迅速に。しかしそれでも逃げ遅れた者たちも存在しており、そういった者たちは凄まじい突進を繰り出す戦車の輪禍に巻き込まれ、そこから長槍や戦斧、あるいは人造キメラたちの牙や爪で確実にその息の根を止められてしまった。さらに戦車兵は散らばった鮮血兵たちにも攻撃を仕掛けてきた。戦車兵たちは車上から矢を大量に放っていった。対する鮮血兵たちも文字通り矢継ぎ早の早さで先ほど以上の数の矢を射る。互いの矢が空で交差し、あるいは互いにぶつかり互いにその軌道を逸らすこの空の光景は、まるで流れ星が夜空一杯に降り注いでいるようにも見えた。
 流れ星は古来より不吉をもたらすといわれる。この不吉とは死をおいて他ならず、その不吉が鮮血兵やホムンクルス、キメラの区別なく流れ落ちてくるのだった。しかし鮮血兵に限って言えば、何も矢ばかりが不吉の形となって現れているわけではない。戦車部隊の脇から、新手のキメラが躍り出てきた。それらは猟犬や狼、虎に豹、獅子をベースとしたもので、これらもやはり別の生物の特徴がかけあわさっているようだ。それらキメラは次々と鮮血兵に飛びかかり、あるものは馬の喉笛を食いちぎり、あるものは馬上から押し倒してやはりその喉笛を噛みちぎった。鮮血兵の何人かはそういった合成獣を腰にしている刀で迎え撃っていた。それは乱戦の模様となった。
 戦車部隊はそれに構わず前進を続ける。だが、突如何台かの戦車が轟音と共に弾き飛んだ。彼らは今、鮮血兵とホムンクルス兵両方の先鋒隊が初めて遭遇した地点に到達していた。実は、開戦と同時に鮮血兵の別働隊が密かにその脇道に配し、火術兵器を設置していた。その結果、通りがかった戦車部隊やキメラの群れは真横から飛んでくる火薬の格好の的となった。
 こうして戦車部隊は銅火銃による爆撃に晒されて隊列が乱され、キメラの群れの多くが混乱の真っ只中にいた。そこへ重装騎兵部隊が浮き足立っている敵を突貫すべく総攻撃を仕掛けた。無論、ホムンクルスやキメラもこれを迎え撃つ形となったことで、こちらの戦いも乱打戦の様相となってきた。



 各方面でライダーの騎馬軍団とキャスターの仕掛けたホムンクルスなどの手勢が激突しているその頃、ホテルに向けて赤いバイクを走らせている影があった。
 ここまでの道のりで、シモンは完全に素通りできたわけではない。ビルの窓や屋上から弓矢やスリングで攻撃を仕掛けてくるホムンクルス兵、鳥類をベースとしたキメラ。それらがシモンに向かって襲い掛かってきていた。無論、シモンはこれらを持ち前のテクで振り切っていた。そして彼は油断抜きで目的地に到達することなく果てるなど露ほどにも思っていないようだ。

 ――――!

 ――――――!

 風を切る音がシモンの耳を支配する中、頭上からおぞましい喚き声が聞こえてきた。そしてその声の主はバイクのバックミラーからも視認することができた。
その姿は恐ろしくやせ細った醜悪な外見で、ハンググライダーほどの幅のある蝙蝠のような翼を持つ、獣のような形相をした人外。おそらくは、その体は石や金属でできていることだろう。新手の襲撃者の正体はゴーレム、ファンタジー小説でいうところのガーゴイルといったところだ。無論、これらは複数で群れをなしている。
 ガーゴイルのうちの一体が、シモンに襲い掛かるべく爪を振りかざしながら迫っていた。しかしその爪はシモンに届くことなく、頭は踏み砕かれ体に大穴を開けて落下していった。
攻撃者は、なるべく近い位置にいるガーゴイルに狙いを定め、そこに向かって跳躍していた。標的となったガーゴイルは大口を開けてその牙を突きたてようとしたが、攻撃者の持つ槍が口の中を貫き、そして勢いに任せてその首をもぎ取った。頭を失ったガーゴイルの背に着地すると、牽制のために別のガーゴイルに向けて刺し貫かれた首を槍で振るって放り、次の標的に向けて飛び跳ねる。この間、僅か数秒。
 ガーゴイルを空中で次々と葬り去っていく攻撃者、ランサーは八艘跳びを思わせる羽のように軽やかな身のこなしで次々とガーゴイルというガーゴイルへと飛び移り、そのたびに足場となったガーゴイルを確実に撃墜している。攻撃を受けた哀れなガーゴイルたちは次々と落下していき、地面に衝突してガシャンと砕けてしまう。
 ランサーが最後の一体を倒し終えると、そのままひとっ跳びでシモンのバイクの後部に着地する。

 「お見事さん」
 「どーも」

 やり取り自体は実に素っ気ないものだったが、二人にはそれ以上の言葉は必要なかった。

 「随分と歯ごたえのない見かけ倒しな連中だったぜ。これじゃ、準備運動にもやりやしねえ」
 「仕方ねえさ。おいしいとこはほとんどあっちにいるようなもんだからな」
 「どうだか」

 肩をすくめてみせたランサーの耳には、確かに聞こえていた。金属がぶつかり合う音と、何かが崩れ落ちる音。
 ところで先ほどの一文で気になった方もいることだろう。

 “ビルの窓や屋上から弓矢やスリングで攻撃を仕掛けてくるホムンクルス兵”

 これがもし、ライダーの鮮血兵たちのところにもいたとすれば、彼らとてひとたまりもないはずだ。この状態は例えていうならば、狭い谷間を行軍しているときに、上から攻撃を受けるようなものだから。無論、ライダーもこれに対するカウンターを用意していた。ライダーはこの戦いに、カタパルト式の投石機を投入していた。
 先ほどから聞こえてくる何かが崩れ落ちる音とは、投石によって攻撃を受け倒壊するビルの音である。

 「しかし、あそこまで派手にやって大丈夫かねえ・・・・?下手すりゃ、キャスターやバーサーカーのやつらよりも性質が悪いぞ」
 「そんなの、オレが知るかよ。むしろ、そういう事情はオマエのほうが詳しいんじゃねえのか?」

 シモンはただ顎をポリポリとかくだけで何も答えなかった。実のところ、彼自身もライダーがこの戦いで用いている兵器がどこから沸いて出てきたのかよくわかっていなかった。ライダーが鮮血兵たちに命じて作らせたのかもしれないし、あの老執事独自のルートで入手させたのかもしれない。
いずれにしても、あの管理人の悩みの種がまた増えていくのが目に見えていた。
 どれだけ考えてもどうしようもないので、シモンは話題を切り替えた。

 「おまえ、さっきまでの連中が歯ごたえないとか言っていたけど、おまえはキャスターと戦えるんだ。そういう意味じゃおまえのほうが大当たりさ」
 「どうだか。けど一つはっきりしてんのは、ホムンクルスもキメラもゴーレムもアイツからすればオマケみたいなもんだからな」
 「これだけいておまけかよ・・・・意外と派手好きなんだな、あいつ」
 「量より質ってことだろ?」
 「違いねえ」

 冗談のように交わされる会話。そうしているうちに、いよいよ目的のホテルに近づいてきた。バイクのライトのみの明かりしかない中にあって、その巨大な建造物は夜の暗さの中で一際大きく見えてくるのだった。

 「あっという間に目的地だな。多分、アサシンの野郎も・・・・あん?」

 ホテルまであと少しという距離で、またしても障害が立ちはだかっていた。2メートルほどの大きさを持つゴーレムにクマやゴリラを元にしたキメラ・・・・それらが壁のように立ち並んでシモンたちを待ち構えていた。

 「また団体さんかよ。うっとうしいぜ」
 「ま、こっちは準備運動できていいけどな」

 シモンがスピードを上げて敵を突き抜けようとしたが、その前にランサーが声をかけてきた。

 「おい、シモン。オレが合図したらスピードを上げろよ」
 「ん?なんだよ」
 「いいから、早く」
 「わかったっつーの・・・・って、おい!」

 シモンが了承する言葉を言い切らないうちに、ランサーはいつの間にかバイクの前部に乗り移り、カエルのようにしゃがみこんでいた。

 「ランサー!早くどけろ!前が見えねえだろうが!!」
 「シモン!今だ!スピードを上げろ!!」
 「ああ、クソ!ひとの話聞いてからにしろってんだ!!いくぞ!!」

 悪態をつきながらもシモンはバイクを加速させると、ランサーはその瞬間に一気に敵のいる方向に向けて槍を突き出しながらバイクの推進力を利用してビュンと飛んだ。ミサイルとなったランサーの突貫により、その前方に立ち塞がっていた敵全員がボーリングのボールによって弾き飛ばされたピンのように四方八方へと吹き飛んでいった。それはストライクさながらであった。
 これを見ていたシモンはひゅうと口笛を鳴らしながら、さらにスピードを上げ一気に突破したのだった。



 生き残っていたゴーレムやキメラ、増援のホムンクルスやガーゴイルを振り切って、シモンたちはようやくのことでホテル・ノーザンクロスの中へと侵入することができた。侵入といっても、ホテルの付近数メートルに敵らしい敵の姿はなく、ホテルの入り口の真正面から入ることができた。
 そしてシモンたちのいるロビーは奥行きのある広さとなっており、また二階が吹き抜けとなっているためより広く感じられる。本来ならば、きらめく明かりの中で大勢の宿泊客やホテルの従業員で賑わいを見せることでこの空間に華を与えていたはずだろう。しかし時間帯を抜きにしても、明かりの一つもなく人の気配が一切しないことによって醸し出されるこの重苦しさが、ここを敵地だということを認識させている。

 「このぶんじゃ他の客どころか、外にいたような連中もいなさそうだな・・・・」
 「それだけ身の程知らずなんだろうよ、向こうは」

 身の程知らず。言われてみればそうだ。聖杯戦争中にもキャスターはバーサーカーに魂
喰いをさせていた。そして先日の駅での凶行。確かに魂喰いはサーヴァントを強化させるのに一番手っ取り早い手段の一つだ。しかしそれだけにリスクも大きい。一歩間違えれば街の管理人どころか他の聖杯戦争の参加者、それどころか魔術協会や場合によっては聖堂教会をも敵に回しかねない諸刃の剣ともいえる手段。真っ当な魔術師であればそのことは十分承知しているはずだ。
 はたして、キャスターやそのマスターのブラットフェレスは今のこの状況をどう思っているのだろうか?

 「シモン。オマエさんのしわの少ない脳ミソで考えたって埒があかねえ。オレたちはただ、キャスターたちを倒すことだけに集中していればいいだけだ」
 「それもそうだな・・・・つーか、一言よけいだ」

 この張り詰めた空気にそぐわない、冗談めいた談笑を交わす二人だったが、それが終わると途端に二人の顔がキッと引き締まった。

 「・・・・シモン、感じるぜ。ものすげえ魔力がこの下からよ。間違いねえ、こいつぁキャスターのやつの魔力だ」
 「ああ。上からもまとわりつくような薄気味悪い魔力の流れがあるぜ。多分、マスターのブラットフェレスだろうな。それにしても、サーヴァントとマスターが別々に行動か。ま、こちとらタイマンは望むところだがな」
 「おい。張り切るのはいいが、これでハズレだったら笑えねえぞ」
 「こんな状況でマスターが一人でいるんだ。だったら、自信満々と見ていいだろうさ」
 「・・・・どうやら、キャスターのほうが身の程知らずか。魔術師の分際でなめたマネしやがって・・・・・・!」
 「どうだかな。キレるのはいいが、それで足元すくわれんなよ」
 「オマエもな」

 次第に口の端が緩んできた二人は、その会話を最後にして二手に別れた。
 ランサーは地下にいるキャスターの下へ。
 シモンは上の階にいるブラットフェレスの下へと進んでいった。



 ホテルの電気が作動していないのか、エレベーターはどこも停止してしまっている。
 なので、シモンは階段を使って上へゆっくりとした足取りで上っていく。ブラットフェレスの宿泊している部屋はかなり高い階にあるのか、ひたすらグルグルと回るように上っていっているため、次第に時間の感覚がなくなっていく。これで階の表示がなければ自分が今どこにいるのかさえわからなくなるだろう。
 しかしシモンには時計も表示も必要なかった。なぜなら、ブラットフェレスの魔力が流れているため、それが道標となっていた。それにしても、ブラットフェレスの魔力もキャスターほどではないにせよ、このホテルに充満しているようである。その魔力の質は、一介の魔術師であれば萎縮するようなものだが、シモンは逆に高揚していた。
しかしシモンは魔術師として一流というわけでもなければ、天才というわけでもない。どちらかといえば平凡、その一言に尽きる。彼の扱う能力が異様というだけの話だ。そんな彼を何がそうさせるのかというと、それは単純な闘争本能につきる。故に、彼は魔術師というよりは正しい意味での喧嘩屋に近いかもしれない。
 ようやくのことで、シモンはブラットフェレスがいると思われる階に到達した。さすがに長い間階段を上っていたのか、軽く肩で息をしていた。そうして一息つくと、シモンは前へ進んだ。匂いを辿るように、魔力の痕跡を追って。
 部屋を見つけること自体はさして時間もかからなかった。シモンが立っている部屋のドアの向こうから、膨大な魔力が迸っていた。改めてこれを前にしたシモンの額から、冷や汗が一筋流れた。

 「鍵は開けてある。入りたまえ」

 部屋の向こうから声が響いてきた。ブラットフェレスのものだ。これでも一応は物音を立てずにここまで来たつもりだ。それにもかかわらず、こちらが来たことを感知したかのように声がかかってきたので、シモンは僅かながらの戦慄と興奮を覚えた。それでも多少は訝しく思いながらも、ドアノブにゆっくりと手をかけ、これまたゆっくりとドアを開けた。
 部屋に入るまで、思っていたほど何もなく、それどころかこの部屋の主はこちらに背を向けて窓の外を眺めていた。

 「今夜はなかなかいい眺めだな。命はこうしたせめぎあいの中でこそよりその色濃さを如実に表すというもの。もっとも、己が矜持を有していればそれもより高みを見せるのだが、キャスターやその下僕どもの作り上げた木偶程度ではそれも望めないな。いずれにせよ、戦いというものは次第に狂気を帯びていくもの。その過程の儚さとその中にあっても己であり続ける気高さに鮮烈を覚えてしまってからは、いかなる一大スペクタクル映画ももはや児戯に等しい」

 一通り言い終えたところで、背を向けていた黒コートを羽織った長身の男がこちらにくるりと振り返り、堀の深い顔に青い瞳を湛えたその顔を見せた。その態度や顔には敵愾心などは一切なく、まるで馴染みの客人をもてなそうとする穏やかな顔をしていた。

 「君はどう思う?シモン・オルストーよ」

 ブラットフェレスの問いに対して、シモンはぞんざいに答えた。

 「おれは観戦するよりも実際に暴れるほうが好きなんでね。あいにくだが、そのへんはわかんねーんだわ」
 「ふむ。やはりしがらみを完全に捨て去って奔放になりすぎるのもある意味では問題、ということか」

 その言葉にシモンは眉をひそめた。

 「シモン・オルストー。お前の家は名門と呼べるような大家でもなければ、歴史の浅い新興の家柄でもない、いわば平凡そのものの家系。そんな家にお前は次男坊として正を授かりながらも、魔術の探求に対する関心は一切なく、それも家督がお前の兄に継がれることになってそれが顕著になった。それからは喧嘩や遊びにふける日々を送り、ある日原因不明の起動で暴走した家のゴーレムによりお前は両腕を失った。変わりに、お前はそのゴーレムを破壊した後にその腕を融合させることに成功し、それがきっかけで家を飛び出し、お前は自由を得ることができた。それからは今のお前に至るというわけだ。違うか?」

 シモンはただ、ブラットフェレスの話を黙って聞いていた。そして、その内容は全て真実であった。
 シモンは重い沈黙の中、口を開く。

 「・・・・・・わざわざ人のこと調べたのかよ?」
 「ふっ。この程度のこと、霊と語らえばすぐにでも判明することだよ」
 「さすがは代々続くネクロマンサーの家系、ってわけか。けど、その割にはずさんじゃねえか」
 「杜撰?何がだ?」
 「言われなくてもわかるだろ。おまえのサーヴァントのやらかした魂喰いでおまえらはほかのサーヴァントを敵に回したんだ。ま、どっちにしろおまえらの自業自得なわけだが」
 「ああ、そんなことか」

 ようやく納得できた様子のブラットフェレスは、手をポンと叩いた。そのブラットフェレスを前にしているシモンは、眉をひそめた。

 「おいおい。そんなことっておまえ・・・・これがどういうことなのかわかってんのか?」
 「幌峰ステーションとそれ以外でのバーサーカーの魂喰いの犠牲者は合計85人。ただし駅に関しては、7人が発狂した後に死亡、13人が何らかの原因で自殺、11人が発狂した人間に殺害。そして、今も最低でも69人もの重軽傷者が市内各所の病院に収容。今も意識不明の者さえいるそうだな。なるほど、協会にしてみれば人道的な意味合いよりも秘匿を明かしかねないとした我々を葬り去りたいわけだ。その体のいい後始末を守桐の当主に押し付けたということか」

 ニュースキャスターよりも事実を淡々と告げるブラットフェレス。そしてその含みのある物言いにシモンは驚きを示していた。今この街は、人間がどうあがいても太刀打ちできないサーヴァントが複数存在する、いわば火薬庫のような状態だ。そこにわざわざ首をつっこもうとする者はいない。だから、当事者である神奈に一任させたのはそういう裏事情があってのことだった。
 するとシモンは、自分が向こうのペースに呑まれかけていると思い、話を戻した。

 「そこまでわかってんのなら、どうしてそこまで平然としてられんのかねえ?」
 「別に平然としているわけではないさ。だが、今のこの状況が取り立てて絶体絶命というわけでもない」
 「はあ?おまえ、なに言ってんだ?これが絶体絶命じゃないとかって・・・・ひょっとしておまえ、まさか・・・・・」

 思わず声を張り上げてしまい呆気にとられたシモンは、自分のこめかみに指を刺してその指をクルクルと回した。それを見てブラットフェレスはフッと微笑を浮かべた。

 「さて、な。そもそも私に言わせれば、人間という生き物は必ず何かに狂うものだよ。血に狂う者、酒に狂う者、金に狂う者、愛に狂う者、生に狂う者、死に狂う者、願いに狂う者、欲望に狂う者、理想に狂う者、野望に狂う者・・・・・・狂う要因は様々、程度の差は人それぞれだが、それが命を燃やす原動力になると私は思うのだ」

 半ば圧倒されている様子にシモンに構わず、ブラットフェレスは続ける。

 「そしてこれまでの状況と今の状況、これこそが私の願いをかなえるのに最良の手段だと思っている。だから、私はキャスターを敢えて止めなかったのだ」
 「おまえの願い?第三の会得か?それにしては、これが最良とか笑えねえ冗談だな」
 「・・・・・・今は、そんなことはどうでもいいだろう」

 ブラットフェレスは、ふとそれまで浮かべていた微笑がその顔から消え、いつの間にか左腕には日本刀が一振り握られ、鞘から白く煌く刀を抜いた。

 「それよりも、話に来たのではないのだろう?早くしなければ、おいしいところを全てアサシンに持っていかれるかもしれないのだぞ?」

 鞘を腰に刺すと、ブラットフェレスは両腕で日本刀を握り、構えた。その出で立ちはまさしく剣豪そのもの。
 それを見たシモンは歯茎が見えんばかりに口の端を広げ、右手で作った握り拳を左手の掌にバンバンと叩きつける。

 「ハッ!上等じゃねえか!それじゃ、遠慮なくぶちのめさせてもらうぜ!!」

 ファイティングポーズを取ったシモンは興奮していた。敵の実力は未知数。武器を所持しているといっても、シモンはそういう相手とは何度も戦ってきた。バイクを走らせているときとこうして喧嘩に興じることができるとき。この二つがシモンに生きている実感を与えるものである。
 人間という生き物は必ず何かに狂う。なるほど、今ならブラットフェレスのその言葉も理解できる。今の自分は、明らかに血と暴力に狂わされているのだから。



 シモンと別れてから、ランサーはキャスターのいる場所へ向けて階段を降りていた。
 一歩、一歩を踏みしめるようにゆっくりと進んでいく。やはり敵の気配はない。感じるのは、キャスターから放たれる膨大な魔力だけ。そしてランサーはすぐに階段から地下一階の回廊へと進んでいく。意外にもキャスターとの遭遇はすぐになりそうだ。
 その回廊はほぼ一本道で、ランサーの目の前にはドアが閉ざされていた。ドアの前に立ったランサーは一度そこで立ち止まり、気配をうかがう。やはりここにはキャスターしかいないようだ。そしてランサーはその大きなドアをあけた。
 ドアの向こうには、一階のロビー並みの広さと奥行きを持つ大広間だった。ここは地下一階ではあるが、二階分の高さはあるだろう。上のシャンデリアの明かりが灯っていればこのホールはそれなりに豪華絢爛な様相を示すはずだった。それもそのはず、ここは何らかのパーティーや冠婚葬祭の催し物が執り行われる宴会場なのだから。しかし今はそんな華やかな雰囲気とは無縁の薄暗い不気味さである。明かり一つ灯っていない真っ暗闇というわけではなく、空中に青白い炎が壁の上部に一定間隔で並んで燃えているため、この雰囲気に拍車をかけている。
 この鬼火を思わせる炎は、キャスターが灯したのだろう。

 「我が下へ訪れし客人の方。このような夜更けに遠路はるばる足を運んでいただき、誠に痛み入る」

 すると、ホールの奥から仰々しい声が聞こえてきた。言うまでもなくキャスターだ。両腕を広げている彼はまるでランサーを歓迎しているような素振りだった。

 「さて、わざわざ時間を割いてもらって恐縮だが、あいにく馳走も酒も用意できなかったことをここに深く詫びさせてもらう。しかしその代わりと言ってはなんだが、時間が経つのも忘れてしまいそうな娯楽ととっておきの贈り物を用意してある。これによって心から楽しい時間を過ごしていただければ幸いである」

 詰まることなく流れるようなキャスターの喋りは何かの宴のスピーチのようであった。これでキャスターがスーツでも着てようものならば、その司会進行役にピッタリであろう。
ランサーは皮肉めいた口調でキャスターに言い放った。

 「随分と豪勢な宴だな。オレ一人がこの場にいるのがもったいないぐらい光栄だぜ。飯も酒もないのが正直不満だが、別に気にやむ必要はないぜ」

 すると、ランサーは槍の穂先をキャスターに向けた。

 「何しろ最初から、テメエの肉と臓物を豪勢なごちそうに、テメエの血を最上の酒に、テメエの断末魔を酒の肴にして楽しむつもりだったんだからな。それで何が一番楽しみかっていうと、それは死に直面したテメエのマヌケ面を拝むことだ」

 それを聞いていたキャスターはクツクツと笑い始めた。

 「それはよかった。正直、ここまで心待ちにしてもらえるとは思ってもみなかったぞ。そして客人を心からもてなすことこそ人生最大の喜びと考えるわしにとっては嬉しいことこの上ない」
 「・・・・ほざいてろ。どっちみち、テメエはここでくたばることになるんだからな!!」

 そう言った直後、ランサーは一気に駆け出した。それをキャスターは呆れたような顔をして見ていたが、キャスターが何かを唱えると、ランサーに向かって無数の雹が降り注いできた。しかしランサーは足を止めることなく、ただひたすら前進した。そのため、雹はランサーの体をかすることはできず、また避けきれないものは盾で防がれていた。もっとも、“この身に満つる悲嘆”で雹によるダメージは瞬く間に回復してしまうわけだが。それも、踵以外は。もちろん、ランサーは踵へのダメージに最大限の注意を払いながら進んでいる。
 いよいよキャスターが目の前に迫ってきた。ここまで来ればその喉に槍で貫くのみ。ランサーの目が、いつのまにか本のようなものを手にしているキャスターの姿を捉えた瞬間、ランサーのすぐ目の前で火柱が立ち上った。キャスターの魔術だ。これにランサーは一瞬怯んだが、構わず槍を突き出しながら突貫。炎を貫いたランサーだが、そこにはキャスターの姿はなかった。
 火柱の向こうに降り立ったランサーは辺りを見回す。

 「クソッ・・・・・・!あれだけ大口を叩きながらトンズラかよ!!」

 ランサーが悪態をついた次の瞬間、キャスターの声がどこからともなく響いてきた。

 「せッかチな奴じゃノう・・・・言ったハずじゃ。“客人を心カらもてナすことこソ人生最大の喜び”と。こコであっさリとワしが貴様に討チ取られては味気なイにもほドがあるじゃロう?」

 声は聞こえてくるが、キャスターの姿はまだ見つからなかった。しかし、何かがおかしい。この声は確かにキャスターのものだ。しかし、その声に何か異質なものを感じる。まるで、何か別のものが混ざっているような・・・・

 「どうシた?何処ヲ探しテいる?ワしはコこじゃゾ」

 そして意外と早くキャスターを見つけることができた。青白い炎の照明がある中で、赤々と燃える炎があったからだ。そしてそこにキャスターがいた。
 しかしキャスターの姿を見て違和感を覚えた。それはなぜか、すぐにその理由がわかった。その顔も、その服装も、間違いなくキャスターのものだ。しかしそのクビの両脇にはネコとヘビの頭が生えていた。そしてキャスター自身は馬をも丸呑みにしてしまいそうな大蛇の上に座っている、右手に松明を、左手に先ほどの書物を手にして・・・・
 その姿はまさしく法に長けた火炎を司る悪魔そのもの。しかしその悪魔がサーヴァントとして召喚されることは決してない。件の悪魔をはじめとする七十二もの地獄の重鎮たちを支配した魔術師、それがキャスターの正体である。

 「おいおい、なんだよその姿は?仮装大賞にでも出ようってのか?」
 「貴様程度に見セる出し物とシては上々ジゃ。現ニ貴様はこウして驚いておルようじゃかラのウ」

 確かに、ランサーはこのキャスターの姿に驚きはした。ただ、それだけだ。戦闘に支障が出るわけではない。

 「時間が経つのも忘れてしまいそうな娯楽、か・・・・確かにたっぷりと楽しい時間が過ごせそうだな、キャスター。いや・・・・・・」

 ランサーは言葉を切ってから、先ほどとは比にならないほどの大声を放った。

 「魔術王ソロモン!!!」

 青白い炎が照らす二人だけの宴。しかし、黄金の鎧を纏った勇者の豹さながらのその顔は、闘争に飢えた心そのものでもあった。
 勇者は渇望した。目の前の敵の血肉と臓物を。



~タイガー道場~

佐藤一郎「いよいよキャスター戦の火蓋が切られました今回の話」

ロリブルマ「とりあえず本格的な戦闘は次回に持ち越されたわけで、ここからはいつものタイガー道場が始まるわよ」

(しばらく沈黙)

シロー「イリヤスフィール、どうした?」

ロリブルマ「・・・・・・いや、なんかタイガがいないから調子が出なくて・・・・」

シロー「ほう?君のことだから、この隙に乗じて道場を乗っ取る算段でも立てているものかと思ったが?」

ロリブルマ「それはそうなんだけど、そういうのはタイガの妨害を乗り越えてこそ達成されるべきものだから、ちょっと・・・・・・」

佐藤一郎「ああ。藤村様なら、あそこですが」

ロリブルマ「え?どこどこ?」

シロー「ああ。あそこか」

タイガ「(ダラ~ン)なんかやる気でな~い。お姉ちゃん夏バテしちゃった~(ゴロゴロゴロゴロ)」

ロリブルマ「うわ・・・・!何、あれ・・・・・・!?」

シロー「見事にだらけきっているな。いつもの騒々しさが全く感じられないぞ」

ロリブルマ「い・・・・一体どうしちゃったんスか、ししょー!?二人でスターダムに上るという約束はどうなったんすか!?」

シロー(道場乗っ取る気でいるクセして何を・・・・)

佐藤一郎「実は、藤村様は先日発売されました“TYPE-MOONエース”内の作品にてワカメ様の妖精に吸われたやる気がまだ回復しておりませんのでな・・・・それでこの場でもこの状態で登場してしまったという次第にございます」

ロリブルマ「なっ・・・・何なの、それ!?そんなのこんなヘボ小説にまで反映させる意味あるの!?」

シロー「コラ。登場人物はそういうことを思っていても口にしないものだ」

ロリブルマ「そうは言うけど、そんなのが許されるんだったら私なんて宿題終わらせた疲労でヘトヘトになっていてもおかしくないわよ!?」

シロー「言いたいことはわかるのだが・・・・む?移動を始めたぞ」

ロリブルマ「な、なんか面倒くさすぎて立ち上がらずにナメクジのように体引きずって動いてるッス!?」

佐藤一郎「さすがにここまでだらしない動作は他に・・・・・・・・・・・・・・わたくしの身近に一人いました、はい」

ロリブルマ「とりあえず、タイガはほっといてさっさと始めるわよ」

シロー「それもそうだな・・・・さて、今回はライダーの騎馬軍団といわゆる魔法生物系の敵との対決、そして敵の首下に迫ったランサー組の話がメインだな」

ロリブルマ「それはいいんだけれど、騎馬軍団のくだりはちょっと淡々としすぎじゃないかしら?しかも一つもセリフ出てきていないし」

佐藤一郎「まあ、あの場には喋ることのできる方は一人もいらっしゃいませんからね。それでもお嬢様かライダー様、あるいはアサシン様セイバー様方に実況させるという手段も考えたようですが・・・・」

シロー「一通り書いたらそこまでやる気力が潰えたそうだ。加えて、執筆中はいつもと勝手が違ったらしく少々てこずったようだ」

ロリブルマ「まあ、それはわかるとしても・・・・下手すればこの戦いのほうがバーサーカーの大暴れより危ないんじゃないの?普通に兵器で待ち壊しているし」

佐藤一郎「ああ。心配ございません。作者様の知る限り、Fateの二次創作小説でこれよりもすごいことになっているものがいくつかございますからね。具体的なタイトルをあげることはできませんが」

シロー「そこで他の作品を引き合いに出すな!!」

ロリブルマ「さ、さて。ここからは紹介に移りたいと思います」

シロー「キャスターの正体も明らかになり、紹介すべきものが増えたわけだが、今回はランサーのマスターであるシモン・オルストーについて話したいと思う」

佐藤一郎「詳細は、こちらです」


氏名:シモン・オルストー
性別:男・二十代
サーヴァント:ランサー
身長:183cm
体重:79kg
イメージカラー:赤
特技:バイク整備、ケンカ
好きなもの:バイク、昼寝
嫌いなもの:高速、雨天


佐藤一郎「経歴の方はブラットフェレス様が明かされましたが、立ち位置としましては魔術協会より聖杯会得のために動いているフリーランスの魔術師。喧嘩好きな性格のためランサーとともに聖杯戦争に参加、という次第にございます」

シロー「そのブラットフェレスによる説明も上手くできたかどうか手ごたえがあまりなかったようだ」

ロリブルマ「そういえば、以前に多様な話題が出てきたときは確か、ツクシとかいうのがマスターの予定だったのよね?」

佐藤一郎「ええ。これは前倒しになりますが、実は当初この聖杯戦争に参加するマスターというのが以下のとおりだったのですよ」


セイバー:サラ
ランサー:つくし
アーチャー:男(名前忘れた)
ライダー:神奈
キャスター:ブラットフェレス
アサシン:鉄平
バーサーカー:一般人。本編に出てこない


佐藤一郎「・・・・と、このような方々で構成されています。また、この時点では大きく設定の異なる方々もいらっしゃいます。ところで、これをみて何か気付くことはございませんかね?」

シロー「というと?」

佐藤一郎「はい。魔術協会サイドの方がいらっしゃらないということです。これは少しまずいかなと思ったため、色々と再編した結果、今の形になったということです」

ロリブルマ「それが、シモンが登場した背景ね。それでどうやってシモンという人物が出来上がったのかしら?」

佐藤一郎「さあ?」

ロリブルマ「さあ、って・・・・・・」

佐藤一郎「何しろ、何でこういう方が出来上がったのか作者様自身でもよく覚えていらっしゃらないようです。ただ、ひたすら魔術協会からの人間を考えようということになって・・・・」

シロー「つまり、悪い言い方をすればポッと出のキャラなのか?」

佐藤一郎「まあ、そうなるかもしれませんね。それでも“喧嘩屋”に“バイク乗り”というコンセプトの下でフリーランスの魔術師ということになりました」

ロリブルマ「まあ、こっちのほうが魔術の世界のしがらみに囚われないで動きやすいのかもね」

佐藤一郎「そして、あのゴーレムの腕に関してですが、何か特徴的なものがほしくて、その結果、マンガ“ダイモンズ”をモチーフとしたようです」

シロー「一応、この能力に関しては主人公の仇のうちの一人で、四人目に登場する敵のそれがモチーフだそうだ」

ロリブルマ「もっと詳しい背景は、できれば前の焼肉のときみたいな外伝にしたいかなと考えているみたいよ。まあ、話はまとまっていないようだけれど」

佐藤一郎「さて、ここいらでお開きと・・・・」

シロー「その前に、あそこでダラダラしているトラは放っておいていいのか?」

ロリブルマ「あ。トラって言ってもまったく反応しない。というか、あれ確実に夏バテじゃないわよね」

佐藤一郎「まあ、これはさすがにわたくしといえども手出しが・・・・・・」

ロリブルマ「そう・・・・・・あ。一ついいこと思いついた」

シロー「なんだ、それは?(少し嫌な予感がするが・・・・)」

ロリブルマ「そんなの簡単よ。だって、呪文を一つ唱えればいいんだから」

佐藤一郎「おや?そういったものがあるのですか?」

ロリブルマ「まあ、やったほうが早いわ。だからそこで見ていなさい」

佐藤一郎「はい。かしこまりました」

ロリブルマ「それじゃあ・・・・・・・・・・・喪女(ボソリ)」

シロー「呪文でもなんでもないだろうが!しかも声が小さい!」

佐藤一郎「あ。完全に動きが停止してしまいました」

ロリブルマ「あちゃー・・・・逆効果だったかしら?ん?シローってばどこ行ったのかしら?いつの間にかイチローまでいないし・・・・あ」

タイガ「デストワイルダーーーーーーーー(?)!!!!!!!」

ロリブルマ「きゃああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

(安全圏)

佐藤一郎「さ、さて・・・・それでは皆様。ごきげんよう」

シロー「あの寝そべった体勢から一気に跳ね飛ぶとは・・・・完全に獣だな」



[9729] 第二十一話「悪魔が来たりて死地へと招く」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/07/19 03:08
 「臨・・・・・・兵・・・・・・闘・・・・・・者・・・・・・」

 路地裏にて低く唸るように聞こえてくる早九字。アサシンはそこで座し、呪術の力を用いて解析を行っていた。
 昨今のファンタジー物においては、忍術と魔術的なものを混同する傾向にあるが、半分正解で半分不正解、といったところだろう。というのも、忍者はいうなれば隠密のプロフェッショナル。故に他国へたびたび潜入を計ることもあった。しかし生半可な潜入ではかえって怪しまれてしまう。そのため忍者は独自の変装術を持って潜入する。しかし単なる変装ではなく、その道の技術を完全に習得して変装するものだ。例えば、僧侶に変装するとすれば、きちんと仏門をくぐりみっちりとした修行を行った上で僧侶に変装する。
よって、忍はオールラウンダーであることが望ましかった。
無論、山伏などのような隔世的なものにも変装することさえあった。その一環で忍者は呪術を習得し、また隠密行動においてそれを用いることもなんら珍しいことではないのだった。もっとも、そういった修験道などは忍者の起源とされている。ゆえに、九字護身法などは朝飯前である。

 「皆・・・・・・陣・・・・・・烈・・・・・・在・・・・・・前・・・・・・!!!」

 指で印を組み、意識を最大限にまで高めるアサシン。もはや周囲から聞こえてくる山鳴りの様な戦いの音など彼の耳には入っていない。言うなれば、それだけ彼は無防備となっている。そのことを重々承知していたため、彼はあらかじめ周辺にいたホムンクルスたちを一掃した。その証拠に、彼の周囲にはその残骸が散らばっていた。
 どれほど時間が経ったのか定かではないが、気の高まりが収まり、アサシンはゆっくりとその目を開いて印を解いた。

 「・・・・・・やはり妙だ」

 それがアサシンの第一声だった。
 事実、彼はここに来てからというもの、奇妙な違和感が彼の心にまとわりついていた。アサシンたる彼のここでの目的はブラットフェレスの暗殺であった。しかし、標的のいるホテルに近づけば近づくほど、その違和感は段々と肥大化していった。もはやそれを無視できなくなってしまった彼は、その根源を調べることにした。
その結果、辿り着いた場所には何らかの術式が施されていることが判明した。しかもそれは時間が経てば経つほど、魔力的な高まりを見せている。そのため、解呪を施そうとしても実質的にそれが不可能なものとなってしまっている。

 「一体なんなのだ、これは・・・・?」

 この術式は地脈から魔力を吸い上げているわけではないことは確かだ。それだけに、このような魔力の貯まり方は不可解そのものだった。しかも詳しい位置は特定できていないが、どうやらこの式は他にも複数ホテル周辺に配されている。
 ただ、一つ言えるのは、これがキャスターの何らかの要であるということだ。

 「もう少し、調べてみる必要がありそうだな・・・・」

 そう言ってアサシンは立ち上がる。
 かといって、調査にそこまで時間を割いてはいられない。しかしこれを見過ごすのもかえって危険だ。調べ上げれば何らかの対策は練れるかもしれない。
 一瞬のうちに、アサシンの体は闇に溶け込むように消えていった。



 ホテル地下の大ホールは二種類の炎によって支配されていた。
 一つは、今のこのホールの照明となっている青白い炎。
 もう一つは、敵を滅ぼさんとする赤々と燃え盛る炎。それは鎌首をもたげた大蛇に座している一人の男の手にしている松明から勢いよく放たれていた。その男、キャスターの今の姿は異形そのものだった。なぜなら、何かの書物を手にしている彼の今の姿は、ネコとヘビの頭が彼の首の両脇から生えているのだから。
 ネコとヘビ、一説によればこれはエジプトの古代神の神性を現しているといわれている。そしてその姿を持つものは神などではなく悪魔。法と炎を支配する悪魔アイニ。キャスターのその姿はまさしくアイニそのものであった。しかし、キャスターの真の名は別にある。
 魔術王ソロモン。神から授かりし知恵を以って黄金時代を築き上げた古代イスラエルの賢王にして神の忠実なる僕。そして同時にアイニをはじめとする悪魔たちを自らの僕にしたという伝説を残す魔術師でもある。聖と魔の両方の側面を持つ知恵者、それが今代の聖杯戦争によって現代に蘇った魔術師の素性である。
 様々な軌跡を描いて放出される炎は、俊足を誇るキャスターが対峙している敵、ランサーにかすりもしなかった。ランサーは縦横無尽にホールを駆け回り、キャスターの火炎を避けていた。床に被弾したことにより、そこでごうごうと燃えている炎もランサーの行く手を遮ることはなく、逆にその炎の壁は軽々と飛び越えられてしまった。そのたびにキャスターは松明をランサーに向けて火炎弾を発射するが、それもランサーの槍で薙ぎ払われてしまった。しかしキャスターの攻撃によりランサーは彼に近づけないでいるのも事実。
 しかし膠着は突然に破られる。キャスターの攻撃の間隙をついて、ランサーは彼目掛けて飛び掛った。しかしキャスターはそれを見てニヤリと口元を歪め、これまでの中でも最大級の火炎の塊をランサーにぶつけるのだった。
 そして炎は、キャスターの目の前で弾け散る。

 「バカが!!この程度でオレを殺せると思ったか!?」

 ランサーの声が響いてきたと同時に、炎を突き破って彼は盾を構えている姿で現れた。キャスターの目が見開く間もなく、ランサーは突きを彼にお見舞いした。彼の槍は、そのままキャスターの首の隣にあったヘビの頭を貫き、そして砕いた。
 とっさに避けようとしたキャスターはそのまま体勢を崩して大蛇から落ちてしまった。ランサーが先ほどまでキャスターが座っていた場所に着地すると、後ろから大蛇が金切り声を上げながら、こちらに牙を向けてきた。
 大蛇はランサーを呑み込もうと、一気にその口をランサーに近づけた。しかしランサーは振り返りざまに迎撃。ランサーの繰り出した槍が大蛇の口を通して、その穂先が大蛇の脳天から突き出てきた。

 ――――――――――!?!

 大蛇の断末魔がホール全体に響き渡る中、ランサーは口笛を吹いた。
 すると、いきなり大蛇の姿が靄に包まれたかのように消えていった。それによりランサーは足場を失ってしまったが、取り立てて何の問題もなく着地することができた。そして彼は周囲を探った。先ほどまで大蛇の背に乗っていたあの魔術師の姿を求めて・・・・

 「いやはや。さすがはトロイ戦争における英雄。人ならざるものとは初めての対決だったろうに、まるで何匹も怪物を葬ってきた者の如き立ち回りじゃ」

 ランサーはキャスターの声のした方向を見やった。そこにはキャスターが元の姿で立っていて、先ほどまでヘビの頭のあった肩口を押さえていた。ただ、ランサーとの距離はかなり開いている。落下の際に浮遊の魔術を用いて体勢を立て直し、移動系の魔術にて距離を稼いだのだろう。

 「イタタタタ・・・・仮初の姿とはいえ、痛いことには変わりないものじゃ。しかも、元の姿に戻っても、そのまま痛みが残るのが難点なのじゃが・・・・」
 「なれねえことするからだよ。つーか、さっき時間が経つのも忘れて云々とかほざいたけど、これじゃ忘れる前に終わっちまうだろうがよ」

 ランサーはキャスターに皮肉を浴びせるが、当の本人はそれを気にする様子もなく返してきた。

 「まあ、そう焦るでない。まだまだ始まったばかりじゃ。少しは気長に楽しんだらどうじゃ?」
 「あいにく、こっちもそんなに長居する気はないんでな・・・・悪いが、宴はここでお開きにさせてもらうぜ!」

 そう言ってランサーは走り出そうとしたが、キャスターは先ほど手にしていた本、“魔性招きし門扉の記述”(ゴエティア)を出現、宝具を発動させたキャスターはパラパラと本のページをめくりながら、聞きなれない言葉で詠唱を始めた。
 しかしランサーはそれにも構わずキャスターに向けて突進した。しかしランサーは突如、足を止めてそのまま後ろへ飛び退いた。なぜなら、キャスターの前に突然二つの膨大な魔力を放つ魔法陣が宙に出現したからだ。魔法陣を前に警戒のため、より身構えるランサー。そしてその二つの魔法陣から青ざめた馬に跨った二つの影が現れた。魔法陣からゆっくりと前へ進み出てくるその馬は騎手によってその足を止めた。

 「紹介しよう。わしの自慢の僕サブナックにわしの頼りになる僕のフルカスじゃ」

 キャスターに紹介された二人の悪魔は馬から下りた。

 「クハハハハ、久々ノ娑婆ノ空気ダゼ・・・・!景気ヅケダ、貴様ノ喉笛ヲ掻キ切ッテヤル!!」

 ライオンの頭をした戦士、サブナックは手にした長剣を舌なめずりしながら残酷に言う。

 「カッカッカッ・・・・ソノ女子ノ如キ貌ヲ苦痛デ歪メタルハサゾ愉シカロウ」

 禍々しい風貌に似合った槍を構えた長い髭を蓄えた老騎士、フルカスは残忍な笑みを浮かべる。
 これらの悪魔を眼前にしたランサーは、彼らに勝るとも劣らない凶悪な歓喜によってその顔が歪んでいた。

「随分と凝った出し物じゃねえか、キャスター。こいつなら十分楽しめそうだぜ・・・・・・!」
 「そうか、それはよかった。じゃが、これだけで満足したわけではあるまい?」
 「ああ、その通りさ。こいつらを血祭りに上げてからテメエをぶっ殺すまでは満足できやしねえよ!!」

 ランサーが大声を発すると同時に、イナゴの大群がどこからともなくやってきた。キャスターの魔術によって呼び寄せられたイナゴだ。イナゴはランサーを噛み付くべく、彼に襲い掛かるが、イナゴの群れはランサーに近づくこともできずに一振りで全滅させられてしまった。
 その直後に、サブナックとフルカスの二柱の悪魔がランサーとの間合いを一気に詰めた。一合目はランサーとフルカスの槍の穂先がぶつかり合い火花を散らした。その瞬間にサブナックは見た目どおりの野獣さながらの挙動でランサーの懐に潜り込んだが、ランサーは獅子の魔戦士に向けて蹴り上げた。しかしサブナックはその蹴りを剣の峰で受け止めると、一気に後ろへ跳ね飛んだ。この動作による重心の変化を老騎士は決して見逃さず、一気に槍を振りぬく。これによりランサーの槍は弾かれてしまったが、ランサーは勢いよく踏み込んで盾でフルカスに殴りかかる。
 だがここで思わぬ邪魔が入ってしまう。キャスターの手で放たれた一筋の雷光がランサーとフルカスの間に落下したため、ランサーの攻撃の拍子が崩れてしまった。これによりフルカスはランサーの一撃を避けることができた。そこへすかさずサブナックがかなりの低空の姿勢で長剣を振り切ろうとしていた。狙いはいうまでもなくランサーの足元、もとい弱点である踵だ。だがランサーはこれを難なく自分の槍の石突で防いだ。
 そこへ間髪を入れずにキャスターが新たなる攻撃魔術を行使した。矢継ぎ早に放たれる火炎弾がランサーに襲い掛かる。キャスターがアイニの力を宿していたときほどの威力はないが、それでもその攻撃力は侮れないものがある。サブナックが離脱したと同時に、火炎弾がランサーに着弾した。そのとき、サブナックは離脱したときの反動を利用して一気にランサーへと飛び掛り、口にくわえた剣でランサーの首を斬り裂いた。そのとき、頭部が宙へ飛んでいった。そしてフルカスも手にしていた槍を一度旋回させると、その勢いで強烈な突きを繰り出した。その突きは鎧の隙間を通して肩口を貫いた。
 ランサーと対峙していた悪魔たちはニヤリと笑う。しかしその瞬間、ランサーの槍は高く振り上げられ、そのまま一直線に振り下ろされた穂先がフルカスの顔面を切り裂く。そして手にしていた盾をキャスターに向けて円盤のように投げ飛ばした。しかし盾がキャスターに命中する直前で、彼は空間転移を用いて逃れた。そして飛び掛って襲い掛かってきたサブナックをも回し蹴りで一蹴、サブナックは吹き飛んでしまった。
 致命傷ではないにせよ、顔に傷を負ったフルカスやけりで下あごが外れてしまったサブナックの顔から酷薄な笑みは驚愕によりすでに消えていた。代わりにランサーがその体を炎に焼かれながらもまさしく悪魔のような笑みで口元を歪めていた。先ほどのサブナックの攻撃で兜が吹き飛んでしまったため、それを着けていたときよりもランサーの顔がよく見えている。

 「今までの波状攻撃、なかなかのもんだったな。テメエの援護ありとはいえ、このオレに一撃ずつ入れたんだ。これはなかなか楽しめそうだな」
 「誉められて悪い気はせぬな。じゃが、貴様も戦士として名高いこやつらを相手にここまでの立ち回りじゃ。肉体の不死性にかまけただけの大うつけかと思いきや、トロイの戦役の勇者の名に恥じぬ見事な戦いぶりじゃ。やはり聞くのと見るのとでは大いに違いが生じるものじゃ」
 「今さら見直したって遅えよ。テメエの運命は、一つしかねえんだからな・・・・!」

 あくまでも大胆不敵といわざるを得ない態度と抑えきれないほどの歓喜をあらわにしているランサー。そのランサーに対してフルカスは傷ついた顔を庇いながらその表情を怒りで滲ませ、サブナックは外れた顎をはめなおした。

 「運命は一つか・・・・ククッ!確かにそれも一つの心理じゃ。しかし、同時に抗った末に変えることのできた運命も存在して然り。貴様の同胞である知将がいい例じゃろうて」
 「そんなもん、テメエの口から出るセリフかよ・・・・」

 そう呟いたランサーは、両腕で槍を構え直した。
 そこから生じる気迫は凄まじいまでの高まりを見せていた。



 夜もより深まり、いまだに赤い奔流と闇に潜む者とでのせめぎ合いが続いていた。
 その様子を拝むことのできる高台では、サラは意識を集中させていた。彼女の周囲では花の香気が渦巻き、ある方向へ向けてそれが伸びていっている。また、彼女は先ほども地面に生えている草にも意識を向けていたばかりだった。それでも、一切の疲労が顔にも体にも表れてはいない。
 数分にも及ぶこの作業は今ようやくのことで香気が静まってきた。

 「サラよ、様子はどうだったのだ?」

 サラの近くで控えていたセイバーは彼女を気遣いながら尋ねた。

 「案の定よ。やっぱりどの植物もあの周りを怖がっているわ」

 サラが指差したその先には、今ランサーたちがキャスターと戦っているホテルのある場所だった。

 「それも当然ではないのか?何しろあそこには恐るべき者たちが暴れまわっているのだから」
 「確かにそれも怖がっているみたいだけれど、私が言っているのはもっと別のことよ。なんて言うのかしら・・・・こう、よくわからないものが張り巡らされているというか・・・・そうだ!術式よ。それがホテルの周りに張られているんだわ、それも二重に」
 「二重?」

 訝しそうに聞くセイバーにサラは答えた。

 「ええ。まず、文字通りホテルの周り数メートルの位置と、そこから大きく離れた位置に円形に形成されているわ。これで外と内で二重の術式となっているみたいよ」
 「そうか。それでそれは一体どういう効果をもたらすのだ?例えば、ホテルの守りを固める結界だとか、ライダー側の力を大きく低下させるだとか」
 「・・・・・・わからないわよ」
 「わからない?」

 セイバーはますます頭に浮かぶ疑問符が大きくなるのだった。

 「あくまで今のところは、よ。だって、あの術式の効果があそこに現れているわけでもないし、それにただひたすら魔力が貯まっていくだけだもの。これじゃ特定するのも逆に難しいわよ」
 「そうか・・・・・・」

 セイバーが聞く限り、サラの言葉にはどこか苛立ちが現れている。それもそのはずだ。敵の意図が全く読めないのだから。
 そしてセイバーは再び、ライダーの軍勢やキャスターの仕掛けた魔生物が衝突していると思われる場所に目を向けた。

 「それにしても、ライダーもキャスターも随分な数を用意したものだな・・・・あれだけいるのであれば、生成するのに相当な魔力を要し、相当な数が斃れたろう。身に言わせれば、これでは単なる浪費だ。浪費された魔力も何らかの有用性があったろうに・・・・」
 「言われてみればそうね。近頃もったいないって言葉がよく聞かれるけど、これ見たらなおさらよ。これだけ魔力、一介の魔術師でも・・・・・・!?」

 そのとき、セイバーが呟いた言葉に何気なく返したサラは何かに気付いたようだ。そしてそれと同時に、彼女の顔から血の気が引いて青ざめてしまう。

 「なんてことなの・・・・!それじゃあ、最初からこれが目的だったってわけ・・・・・!?」

 独り言を言いながら頭を抱えているサラだったが、しばらくすると踵を返してズンズンと足を進めていった。

 「どこへ行く?」
 「決まっているわよ。ライダーか、カンナのところよ!」
 「行ってどうする気だ?」

 あくまで淡々とサラに問いかけるセイバーに彼女は答えた。

 「そんなの、ライダーたちを退かせる以外ないわよ!だってこのままじゃ、あそこにいるサーヴァントは全滅よ。それも、キャスター一人を残して・・・・・・!」



 ランサーの膝で蹴り上げられてしまったサブナックは、上顎と下顎が激しく衝突したことにより、噛み合わされた牙は一気にボロボロになり、いくつか抜けてしまった。
 その背後からフルカスが槍を振り上げ、それをランサー目掛けて振りぬこうとした。槍がランサーに衝突しようとする直前で、ランサーはその攻撃を両手で掴んでいる槍で受け止め、それを弾き飛ばした。そしてランサーは勢いよく自らの槍で強烈な突きを繰り出し、その穂先がフルカスの喉を貫いた。

 「・・・・!?!」
 「はっ!苦痛で歪んでんのは、テメエのシワくちゃな顔じゃねえか」

 そう言ってランサーはフルカスを突き飛ばすように彼の喉から槍を引き抜くと、驚愕と苦痛にその顔を支配されてしまった老騎士は血の溢れ出る喉下を両手で押さえ、そのまま膝をついてしまった。そのとき、担い手を失った槍は音を立てて地面へ落ちた。
 その直後、サブナックはボロボロの牙を剥き出しにして、地を這うような姿勢でランサーに迫っていた。

 「テメエもいちいちうっとうしいんだよ!!」

 ランサーは低姿勢のサブナックに向けて槍を突き出した。しかしサブナックはその攻撃を予期していたのか、すぐにもんどりを打ちながら後退した。
そして地面へ着地すると同時に一気にそこから飛び上がり、いまだ体勢が戻りきっていないランサーに向けて剣を振り下ろした。その刃でランサーの首筋を斬り裂いて、サブナックは着地した。そして弱点である踵をその勢いのまま斬りつけようとしたが、ランサーはその太腿を振り上げて刃に食い込ませた。サブナックは懸命に剣を抜こうとしているが、かなり深く食い込んでしまっているため、なかなか抜けない。
 ランサーの首の傷からは、血が流れ出るともに蛆が沸いて出てきた。

 「バカ。テメエの狙いはバレバレなんだよ」

 槍を高く振り上げたランサーは、一気に槍を振り下ろし石突でサブナックの頭を叩き割った。サブナックが目を白黒させている間に、ランサーは足で思いっきり蹴り飛ばした。そして彼は足元に転がっているフルカスの槍を拾い上げると、仰向けに倒れているサブナックに向けて投げつけた。
 槍の突き刺さったサブナックはビクンと大きく体を引きつらせると、そのままピクピクと痙攣させてしまった。
 ランサーの太腿の傷はすぐに治った。そして彼は首の傷から蛆を数匹全て抜き取ると、そのまま指で潰した。そして首の傷はすぐに消えた。

 「オイ、キャスター。これで終わりか?まだ物足りねえが、これで仕舞いだってんならもうテメエは死んでいいぜ?」

 キャスターに向き直ったランサーはその穂先を眼前の敵へと向けた。そのキャスターはといえば、その顔には信じられないというような驚きで満ちていた。

 「ま、まさかここまでとは・・・・!」
 「あん?どうやらもう本当にお仕舞いみたいだな?じゃあ死ね」

 ランサーは両手で槍を持ち直し、キャスターへと歩を進める。キャスターはいまだ驚愕したままだ。

 「まさか、まさかこれほどまでに・・・・・・」

 キャスターはその顔を歪めさせる。

 「わしの思い通りに事が運んでくれるとは」

 突然今までどおりの笑みを浮かべ始めたキャスターに、ランサーは思わず足を止めて怪訝そうな顔をしてしまう。

 「ああ?テメエの思い通りだ?何寝ぼけてやがる?それとも頭が働きすぎてとうとうおかしくなっちまったか?」
 「生憎じゃが、あらゆる観点から見てもわしは正常じゃよ。それに先ほどまでに驚いておったのは、貴様の先ほどまでの挙動や言動、それにサブナックどもとの攻防もわしの思い描いていたとおりだったまでの話じゃ」

 相変わらず尊大な態度をとるキャスターに、ランサーは半ば呆れ果ててしまった。

 「あのなあ、キャスター・・・・テメエ」
 「“誇大妄想もそこまでにしておけ”と。そう言いたいのじゃろう?」

 今度はランサーの顔が驚きに支配されてしまった。キャスターの口にした言葉の一言一句その全てが自分の言おうとしていた言葉そのものだったからだ。このため、ランサーはキャスターにただならぬものを感じ取った。

 「ああ。言っておくが、読心の魔術の類は一切使っておらぬ。この程度のこと、表情の変化やその動きを隈なく観察すればあっさりと看破できるものじゃよ」
 「・・・・オレの言おうとしていたことをどうやって知ったのかはだいたいわかった。が、今のテメエのこの状況もテメエの予知どおりか?」
 「もちろんじゃとも」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるキャスターはそのまま発言を続けた。

 「それと一つ訂正させてもらうが、わしは予知の類なども一切使っておらん。ある程度起こりうる状況をいくつか想定すればいいだけのこと。要は将棋において相手の手を読むのと一緒じゃよ。もっとも、それだけにセイバーやアーチャーがこの戦いに加わっておらんのが少々意外じゃが、それならそれでいなかった場合の状況を考慮すればいいだけの話じゃ」

 チッチッと口を鳴らしながら人差し指を振るキャスターの挙動や物言いはどこか仰々しく、それでいて芝居がかっていた。これによりランサーは多少焦れていた。

 「・・・・言いたいことはそれだけか?それだったらここでテメエが死ぬのも想定内ってか」
 「わしは死なぬ。貴様らがわしの手の上で踊り狂っているうちはな」
 「はあ?」

 突如として真顔になったキャスターの表情。もはやこの場の流れは彼によって支配されていた。

 「・・・・貴様は疑問に思わなかったのか?何故、わしがバーサーカーに駅で大っぴらに暴れさせたのかを?なぜ、わし以外の全てのサーヴァントを敵に回すような愚行を働いたのか?答えは簡単じゃ」

 キャスターは口元に笑みを浮かべた。それは、今までのような人を小バカにしたような笑みではなく、余裕に溢れた笑み。

 「最初から、貴様たちをここへ誘き寄せること。それこそがわしの狙いだったのじゃよ」
 「ますます意味がわからねえ。一体、それでテメエに何の得があるんだよ?」

 自分の言おうとしていることを理解できていない様子のランサーに、キャスターはやや呆れ気味に溜め息をついた。

 「やれやれ、これだから品も学もない猪武者は困る。これならまだ貴様以外の生き残りのサーヴァントのほうが、理解が早いかのう?」
 「・・・・わかった。おしゃべりはここまでだ・・・・!それじゃ・・・・・・・・!?」

 ランサーが痺れを切らしてキャスターに突撃を仕掛けようとしたその瞬間、いきなりこのホールに大きな揺れが襲ってきた。やや狼狽気味なランサーをキャスターは満面の笑みで見つめていた。

 「どうやら始まったようじゃのう」
 「・・・・キャスター、テメエ一体・・・・・・!?」
 「貴様の場合は口で言うよりも見てもらったほうが早いようじゃ。そしてちょうど、溜まり切った。わしの目的が何か、その一端を貴様はこれから知ることになるじゃろう」



 一人の人間の姿もないホテル・ノーザンクロス周辺の市街地。そこではいまだにライダーの軍団とキャスターの魔生物の群れが激しい戦闘を繰り広げていた。しかし戦いはもはや乱戦模様となり、戦場は狂気によって支配され、何人かの鮮血兵は敵の殺戮に快楽を見出していた。
しかし、それも長くは続かなかった。突然、どこからともなく地響きが聞こえ、あたり全体を揺るがす。この揺れに敵味方両方がとられ、戦いは中断されてしまった。そして、二度と再開することはなかった。突然、光の激流が流れてきた。それは一気にホムンクルスやキメラ、ゴーレムを飲み込み、あっという間に鮮血兵を呑み込み始めた。光を浴びた鮮血兵は、光に巻き込まれた部分から徐々に消えていった。それはまさしく消しゴムで消される文字のようであった。それは文字どおりの光の速さで消えていった。
逃げ惑う鮮血兵だったが、逃げ出す暇もなく次々と光に呑まれてしまう。その大きな光の本流は次第に枝分かれしていき、小道や分かれ道へ、そして建物の中にまで流れ込んでいった。建物の中から光が溢れ出てきて、それが空飛ぶガーゴイルをも呑み込んでいった。そして光はぐんぐんと成長する植物のように空へ伸びていった。
 そうして螺旋を描きながら上昇していくいくつ物光はやがて、空中で一つとなって巨大な光となった。



 その光景をサラやセイバーは目の当たりにしていた。
 今、戦場だった場所に光の柱がそびえ立ち、爛々と輝いていた。
 そうして光は収まった。鮮血兵、ホムンクルス、キメラ、ゴーレム、ガーゴイル、兵器の数々・・・・・・そうしたものは光に飲まれ全て消えていった。
 こうして、ホテル周辺に赤い波が消え、元の暗闇が広がっていた。

 「遅かった・・・・・・!やっぱり、あの術式は地上で戦っているのがやられればやられるほど、その分だけ魔力が貯まっていって、それで一定量まで貯まると一気に放出する仕組みだったのね・・・・・・!!」
 「なるほど・・・・キャスターは最初から自分を的にして、そうして他のサーヴァントを一気に叩き伏せようという魂胆だったのだな」

 キャスターがバーサーカーを派手に、かつ人目につくほどまでに暴れさせれば、当然管理人である神奈はその討伐に乗り出そうとするはずだ。そして街に愛着を持っている彼女のことだ、おそらくは他のマスターやサーヴァントにも協力を呼びかけることだろう。
 その結果、ライダーが差し向けた軍団は全滅。神奈たちは見事なまでにキャスターがあらかじめ仕掛けておいた罠に嵌められてしまったというわけだ。
 先ほどまで光の柱の立っていた場所にサラは背を向け、足早にそこから去っていこうとする。

 「どうした?もうこれが罠であることはライダーたちにも知れ渡ったことだろう」
 「確かにそうよ。でも、まだライダーは倒されたわけじゃないわ。今だったら、どうにかカンナを説得して全員を退かせるぐらいはできるわ。今なら、まだ・・・・・・!」
 「サラ。魔術師であるそなたの観点から言って、これはサーヴァントが自然と脱落するチャンスではないのか?」

 セイバーがかけた言葉によりサラはその足を止め、そしてセイバーに向き直る。

 「・・・・・・確かにそうかもしれないわ。けど、それでキャスターが一人勝ちして笑うようなことになるのだけは我慢できないわ。だから・・・・・・」
 「しかしライダーたちの敗北が決定したわけではない」

 セイバーが割り込んだことにもよるのだが、それよりもその言葉の持つ何らかの力でサラは口をつぐんでしまった。

 「確かに、戦況を見る限りではライダーたちの分が悪いだろうし、ライダーのマスターもそなたの忠告に耳を貸すであろう。しかし、それではライダーたちの誇りを汚すことになりかねん」
 「だ、だから何よ!そればかりに括られてたら、あのときの二の舞になっちゃうじゃないの!彼が友人の忠告を聞き入れなかったせいであなたは彼らを失う羽目になったんじゃないの!」
 「・・・・あれの誇りを貶める気など毛頭ないが、言われるまでもなくあのことの落ち度はあれにある。それだけは認めよう。しかし、昔と今のこの状況では大いに差が生じている。ライダーとて何も負ける戦を仕掛けているわけではない。奴のことだ、これぐらいのことなどわかっていただろうし、何らかの対処もすでに講じているはずだ。誇りのみに執着しそれ以外を鑑みないことは愚行だが、いまだ手がある者たちに外野が口を挟んでそれを妨げることもまた愚行だ」

 あくまでも諭すような口調のセイバーに反論を返されてしまったためにサラはそれ以上何も言うことができなくなってしまった。あたりが沈黙してしまったので、セイバーが続けて言う。

 「それにだ、サラ。そなたにも魔術師としての矜持があるのだろう?その矜持が根底から否定されてしまえば、そなたはそれに耐えられるのか?」

 その言葉が衝撃となってサラの頭を打ちつけたことにより、彼女はそれっきり何も言えなくなってしまった。

 「気持ちはわからないでもない。だが、我らが動くには後手に回りすぎた。それだけのことだ」

 今から自分たちが動こうとも、状況にそれほど大きな変化をもたらすわけではない。もはやサラは歯噛みするしかなかった。



 ホールには巨大な映像、先ほどまでの殲滅の模様が映し出されていたそれを、ランサーは食い入るように見つめてしまっていた。

 「どうじゃ?わかったじゃろう?これこそが駅での騒動の理由じゃ」

 キャスターがパチンと指を鳴らすと、映画館のスクリーンのような映像が消え去った。あとに残されたランサーは視線をキャスターに向けた。

 「・・・・それで終わりか?」
 「はて?質問の意図がわからぬが?」
 「この程度のことでライダーの野郎が引き下がるとでも思ってんのかよ?むしろオレに言わせれば、今すぐにでもテメエを殺しにやってくるぜ」
 「そうか。それは好都合」

 相変わらずキャスターは余裕に満ちた笑みを浮かべていた。それがより一層、ランサーの神経を逆撫でさせた。

 「いい加減くたばれ、キャスター・・・・・・!」
 「おお。怖い、怖い。じゃが、そう言う割にはさっぱり攻撃してこぬがな。貴様の手にかかれば、わしを殺して勝利の栄光を手にすることなど容易いことじゃろうに」

 すると今度は、キャスターが何か思いついたかのように口を開いた。

 「そういえば、勝利を手にした者、誉の只中にいる者は同時に破滅と隣り合わせになるのが世の常のようじゃな。ちょうど、これを手にした者たちのように、な・・・・」

 そしてキャスターは腰を曲げて、地面から何かを拾い上げた、というよりは持ち上げた。それを見たランサーの顔はすぐに驚愕に支配されてしまった。今、キャスターが手にしているのは黄金の鎧、先ほどまで間違いなく自分が身に着けていたものだった。そして今気づけば、自分は鎧を纏っていなかった。
 ランサーは顔をしかめながらキャスターに言う。

 「キャスター・・・・!テメエ、いつの間に・・・・・・!」

 すると、キャスターの脇から何かが闇の中から出てきた。それはロバの頭を持ったライオン、盗賊の悪魔ヴァレフォルだった。また、いつの間にか膝をついていたはずの老騎士も、槍に貫かれて倒れている獅子の頭の戦士の姿も見えなくなっていた。

 「アンタ。コノ男ノ口車ニ乗セラレスギダゼ?アンタノ腕前ナラ、話ノ最中ニデモコイツヲ刺シ殺スナド簡単ナコトダッタハズダロウニ」

 ロバの口から言葉が聞こえてくる。確かに、キャスターの口八丁によって攻撃の気を失っていたことだけは確かだ。しかも攻撃しようにしても、上手い具合にいなされてしまったのも事実だ。

 「貴様の鎧の特性、見切らせてもらったぞ。貴様が単なる不死の肉体の担い手であれば、貴様は今頃フルカスの奴婢となり、その傷口から蛆虫が溢れ出ていただろう」

 曰く、フルカスの槍に貫かれた者はフルカスの奴隷となり、またサブナックに傷をつけられた者はその傷口から蛆虫が湧き出て、そしてその傷は数日も治ることはないという。
現にランサーはこれらの悪魔の攻撃を受けながらも、全くそれらの効果が現れることはなかったからだ。いくら不死身の肉体の持ち主といえども、そういった因果を防ぐことなどできはしないはずだからだ。
 キャスターは説明を続けた。

 「それもそのはず。それらを防いでいたのは貴様のこの鎧、栄光と誉れを一身に浴びる代わりに破滅をも約束されたこの鎧がそういった呪詛を防いでいたのじゃろう。それにしても、これによって貴様だけでなく多くの者の運命を惑わせるとは・・・・全くもって傍迷惑な代物じゃのう」
 「テメエ!お袋がオレのためにと用意してくれたこの鎧を侮辱するんじゃねえ!!」

 ランサーが激昂して叫んだそのとき、突如激しい頭痛が彼を襲った。
 いつの間にかキャスターの隣に役人か祭司を思わせる法衣を纏った人物が立っていた。しかしその人物は、頭部にいくつかの顔、老若男女の顔を持っていた。しかし、その顔のどれもが能面じみていた。

 『フムフム。ヤハリ何ラカノ強烈ナ感情ニ支配サレルト、幾分カ介入シヤスクナルナ。コレハ貴重ナ例証ダヨ』

 そのいくつ者声が重なって聞こえる人物、ダンタリオンは相手の精神に介入して幻覚を見せる力を持ったインテリ派の悪魔である。
 しかしダンタリオンの精神攻撃を耐えることなどランサーには容易いことだった。

 「この程度、すぐにでも・・・・!」
 「すぐにでも、なんじゃ?」

 いつの間にか、キャスターがランサーの目の前に立っていた。あまりにも突然のことだったので、ランサーの思考の処理が追いつかない。

 「一応先ほどの戦いで、兜の外れた頭部にサブナックの攻撃を受けたようじゃが、そこから蛆虫が沸いたといえどもすぐに回復したようじゃな。しかし念には念を、という次第じゃから貴様の鎧を取り外させてもらったというわけじゃ」

 キャスターは握り拳をランサーの額に向ける。その指には、いくつ物色とりどりに輝く鮮やかな色合いの宝石がはめ込まれた指輪がつけられていた。

 「それではランサー・・・・いや、勇者アキレウスよ。今度とも、よろしく」

 そう言うと、中指にはめられていた指輪のアクアマリンが砕けた。そしてその下からは、鈍い輝きを放つ六芒星の文様が刻まれていた。
 見開かれているランサーの目を見て、キャスターは満足そうな笑みを浮かべていた。

 「“王の契約(テスタメント・サロモニス)”」



~タイガー道場~

タイガ「はい!いつものタイガー道場のお時間がやってまいりました!司会進行は、いつものメンバーでお送りさせていただきます!!」

シロー「随分と今回は張り切っているな・・・・何かあったのか?」

タイガ「いや~!それがどういうわけか知らないけど、なんだか体の切れがいいのよ!なんていうか、こう、体が羽のように軽い、みたいな?」

ロリブルマ「そんなの、前回散々だらけまくっていたからじゃないの?」

タイガ「チェスト!」

(竹刀による快心の一撃)

ロリブルマ「イタイ!」

佐藤一郎「なお、今回はリアルタイムで忙しかったため、若干急ピッチで仕上げさせていただきました。そのあたりはどうか、ご容赦ください」

ロリブルマ「でも、パソコンを開くたびに作者も無益な時間を過ごしているものね。そんなことをしている暇があるんなら、もっとこう・・・・」

タイガ「言わぬが仏!」

(竹刀一閃)

ロリブルマ「きゃん!」

佐藤一郎「まあまあ。とりあえず、ここいらで話を始めようではありませんか」

タイガ「そうね。まずわたしが言いたいことは、ここのキャスターさんがなんだかどこぞの死神によるチャンバラマンガのぺ・ヨンジュン似の敵っぽく思えてくるのは気のせいかしら?」

シロー「随分と妙な言い回しを・・・・だが、キャスターを“弁舌で相手を惑わす策謀家”という位置づけに据えているようだ」

ロリブルマ「でも、その割には妙にくどいよね」

シロー「そう言うな。これでキャスターを完全に再現できているようならば、人生をくすぶっているはずもなかろう」

タイガ「これ!ユーたち容赦なさすぎ!」

佐藤一郎「とりあえず、ここで今問題になっておられますキャスター様に関するステータスを発表いたしましょうかね?」

タイガ「む?随分と早いわね?」

佐藤一郎「いえ。いつも通りですよ」

ロリブルマ「その詳細は、こちらで~す」


クラス名:キャスター
真名:ソロモン
マスター:ブラットフェレス・ザルツボーゲン
身長:169cm
体重:54kg
イメージカラー:青
特技:知恵比べ、頭脳ゲーム
好きなもの:知的なもの、討論
苦手なもの:無知、蓄財

ステータス
筋力:E
耐久:E
敏捷:C
魔力:A+
幸運:B
宝具:A++

スキル
陣地作成:A+ 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。“神殿”を上回る“大神殿”を形成することが可能
道具作成:A 魔力を帯びた器具を作成できる。擬似的ながらも、不死の薬さえ作り出せる

英知:A 神より授けられし大いなる知恵。人並みはずれた思考、洞察力により、自身にとって最適な展開を論理的に把握する能力
カリスマ:B
精霊使役:A+ 聖霊や悪霊など、高い霊格を持つ霊を自在に使役できる能力
高速神言:B 呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。大魔術であろうとも第二節以下の詠唱で起動させられる。神代の言葉なので、現代人には発音できない


シロー「こちらは聖書の世界にて最大の知恵者とされる賢王である一方で、数多くの悪魔を従えたという伝説を残す異色の王。その功績でもっとも有名なのが、イェルサレムの大神殿を建立したことだろう」

タイガ「また、キャスターがソロモン王っていうことはマスターのブラット共々に最初から決まっていたわけだから、キャラ付けにはそんなに苦労しなかったそうよ。それとキャスターの目的は今後語られる予定なので、そのへんも楽しみにしてもらえると嬉しいわ」

佐藤一郎「キャラ付けに関しまして、大いなる知恵者ということで自然と、見た目の若さとは裏腹に年寄りじみた感性と口調になってしまったようです」

ロリブルマ「そういえば、なんだかこのキャスター、コーヒーが好きみたいだけれど、何か理由でもあるの?」

タイガ「いや。単に作者の好みらしいわよ」

ロリブルマ「こ、好み・・・・!なんて適当な・・・・・・!」

シロー「それがそうでもないようだ。作者の記憶の彼方にコーヒーを賛美する詩があったのを思い出して、その中で葡萄酒が“頭の働きを鈍くさせる”云々といったことが書かれていたらしいのだが、はたして」

ロリブルマ「つまり、これって場合によっては紅茶好きになっていた可能性もあるってこと?」

佐藤一郎「そういう可能性も無きにしも非ず、ですな」

ロリブルマ「・・・・と、とりあえずキャラ付けに関してはあんまり問題はなさそうね」

タイガ「ウム!一応、宝具の方はやや四苦八苦気味だったが、それは後に語るとする!しかし!問題は意外な場所にもあった!」

ロリブルマ「な、なんスか、それ?」

タイガ「ずばり、見た目、ビジュアルよ」

ロリブルマ「え?どういうことっすか?小説だからあんまり関係ないと思うっスけど・・・・」

佐藤一郎「そうは言いますが、これでも作者様は足りないイマジネーションを稼動させながら作品を書いているようで。キャラを動かすのにも姿をイメージしているのですよ」

シロー「そのせいで、ランサーが作者の頭の中では思いっきり蒼崎青子になってしまいかけているがな」

タイガ「とにかく、見た目はコンセプトにも繋がるからね。とにかく神官みたいな外見にして、見た目は旧Fateのセイバーを魔術師らしい外見にした感じっていうイメージなんだけれど、これでもあんまりしっくりきていないみたいね」

ロリブルマ「というか、それって多分マスターも同じ金髪だからじゃないスか?」

タイガ「まあ、それもあるかもしれない。しかしある日、作者が何気なく図書室から借りた聖書の小説でソロモンの髪の色が黒とあったために、いつの間にかポォウ!って叫びながらムーンウォークしてそうなビジュアルになってしまったとさ」

シロー「ちょっと待て!もっといい表現はないのか!?」

タイガ「仕方ないじゃないの!この人の歌聞きこんでないんだから!!」

シロー「だったら、こういう場所でも実名出しても問題ないだろうに・・・・」

ロリブルマ「ところで、なんかランサーが悪魔たち相手に男は黙って残虐ラーメン!な残虐ファイトを繰り広げているんだけど、これって“残虐描写あり”の注意表記しておいたほうがいいのかしら?」

タイガ「う~ん。その辺は作者だけの判断ではなんともし難いのよね」

佐藤一郎「これをご覧になっている皆様方。もしよろしかったら、これに関する意見をお願いできますか?」

シロー「さて、とりあえず今回はここまでにしておかないか?」

タイガ「ウム!では、皆の衆!それでは・・・・」

ロリブルマ「まったねー!!」



[9729] 第二十二話「裏切りの槍」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/08/08 03:20
 キャスターが仕掛けた破滅の光が発動したちょうどその頃、遠くで光が立ち上るその光景をライダーは目の当たりにしていた。

 「キャスターめ、猪口才な。やはり迎撃用の罠を仕掛けていたか・・・・」

 ライダーの見つめているはるか先にて戦いを繰り広げていた鮮血兵たちの騎馬軍団。しかし、それら全てがあの光によって全滅してしまっているだろう。
 しかしライダーは取り乱した様子もなく、むしろ逆に沈着であった。キャスターが何らかの仕掛けを施してこちらを迎え撃つこと。それぐらいのことはライダーにとってはとっくに予測済みのことだった。
もっとも、彼の本心から言えば、その仕掛けが発動する前に勝負を決めたかったのだが。

 「さて。戦の決め手となるのはこの後か」

 光を眺めながら呟くライダーの周囲には、全滅してしまったであろう部隊と同じかそれ以上の鮮血兵が大勢ひしめいていた。
 あれだけの規模の攻撃魔術である。発動にはそれなりの時間を要したであろう。現に、あの光も軍団が踏み込んだその瞬間に発動さえすればあっという間に全滅させることができたであろうに、それがなかったのが何よりの証拠だ。
 攻撃のチャンスは光が収まったその瞬間でしかない。
 それを抜きにしても、ライダーは早期決戦を決めたかった。
 なぜならば、ライダーはすでにキャスターがあの世界で最も偉大なる知恵者である魔術王だということを見抜いていたからだ。そしてそのキャスターと対峙しているのはランサー。間違いなく、キャスターとランサーの相性は最悪であろう。
 すると、ライダーは自分の右手に握られているものに向けて目を落とした。

 「もしかすれば、これは今ここで使うべきなのかも知れぬな・・・・」

 右手には、燃え盛るような血の塊を思わせる紅玉が握られていた。このルビーを思わせる赤い石に宿っているもの、それがライダーの真の切り札であり、彼の天下無敵の騎馬軍団を上回る力を持っているといえる。対して、キャスターは自分が持つあの指輪の魔力をランサーに向けていることだろう。もはや猶予や躊躇いなど、ありえない。

 「さて、そろそろ動くべきときが来たようだな・・・・!」

 顔を上げ、キッと猛禽類のように目を引き締めたライダーの視界からは、巨大な光は収束へと向かっていた・・・・



 アサシンは困惑していた。
 文字にすれば、“キイィィィィィィイン”というような感じの擬音語になるだろうが、それが果たしてどのような種類の音と呼べばいいのか、彼の経験や知識からでは判別しにくいものである。
 川が勢いよく流れる音に似ているのか、それともジェット機のエンジン音のようなのか。あるいはこの両方なのかもしれないし、生まれて初めて耳にする音なのかもしれない。
 そんな新感覚の音を、アサシンは下水道から耳を済ませて聞いていた。

 「・・・・・・どうやら、あの式は地上にいる者を対象としているようだな。これで、後数刻ここに潜り込むのが遅れていれば、某も今頃は・・・・」

 アサシンが地下水道に身を潜めたのも、ほとんど直感的なものによるものだった。彼は術式を構成する基点に溜まっていく魔力が時間を追うごとにどんどんと高まっていくのを肌で感じ取ると、即座に近くのマンホールからこの地下下水道へと入り込んだ。マンホールのフタを閉めてから数秒も経たないうちに術式が発動。現在に至る。
 これにより、術式の範囲内にいる者は全滅してしまっているだろうことをアサシンは推測していた。そして、事実全滅してしまっている。
 そして、音が止んだ。こうして闇は、一時の静けさを取り戻した。

 「・・・・すぐさま、移動せねばな」

 アサシンは、下水道の中に広がる闇の中へと溶け込んでいった。
 まだ地上が安全とは限らない。ホテルに近づくまでしばらくは、この水道を通って接近する。アサシンはこの街の地理を把握していたので、地下の移動にも不自由はない。
 この戦いの行く末はもはやアサシンには見通せなかった。ただ、どちらかが勝ち、どちらかが負けるにしても、戦いの決着は近い。アサシンは、そんな予感めいた確信を胸に抱いていた。
この戦いに身を委ねている以上はそれを見届けねばならず、また何が何でも生き残らねばならない。彼には願いはない。あるとすれば、ただ一つ。それは、今世で巡り会った主に勝利をもたらす。それが、影として生きてきた自分の望みであり、自分の生の唯一の証でもある。



 キャスターが仕掛けた破壊魔術が収まってから、しばらく時間が経った。

 「収まってから、随分と時間が経ったように感じるな・・・・つい先ほど収束したばかりだというのに。しかし、あれほど強大でありながらもどこか儚く、優美なものは我が生涯でも滅多に見ることは叶わない。ぜひとも、じっくりと眺めたかったものだ」

 部屋の窓から階下を見下ろしているブラットフェレスは溜め息を漏らさんばかりに言った。

 「まあ、この状況ではそれも望むべくはないが、な」

 くるりと後ろを振り返った彼の視界には、きれいに整えられているはずのホテルの一室が、いまや乱雑そのものに荒れ果てていた。言うまでもなく、ここでも戦いが行われている。ベッドの布団や毛布もズタズタに切り裂かれ、照明器具などの部屋の調度品も見るも無残に破壊され、部屋中の壁は傷だらけとなっていた。
 その真ん中に、シモンが立っていた。しかし、彼の様子も部屋の様子以上に悲惨な状態であった。彼はすでに肩で息をしており、膝が笑っていた。そして彼最大の特徴ともいえるゴーレムの腕も、いまやボロボロ。何度もちぎれそうになっては、それを一度融解して元通りに直すということを繰り返し行っていた。その結果、金属製のゴーレムの腕は磨耗しかかっていた。

 「ふむ。腕は悪くないが、如何せん動作が荒削りすぎる。これではすぐに息が上がってしまうのももっともな話だ。そうだな・・・・・・是非機会があれば空手でも習ってみるといい。君ならば黒帯ぐらいは容易いだろう」

 シモンは顔を俯けたまま、何も言わない。
 しかしブラットフェレスはそれにもかかわらず、刀を構えなおした。両手で構えられた刀の白刃から放たれる妖しい輝き。そして、それ以上に自然体に近い形の立ち方。それはまさに正統派の剣術家、といったところだろう。実際ブラットの目も、まさしく“死合い”に臨む者の目をしている。

 「う・・・・・・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 突然シモンは叫びだしながらブラットフェレスに顔を向け、勢いのままに突進して右腕を大きく振りかぶった。

 「やれやれ、お決まりの大振りの打撃か。お前ほどの者ならばその程度の徒手空拳では私に掠り傷一つ負わせることができないことぐらい承知しているだろう」

 顔に苦笑を浮かべたブラットフェレスは、迷うことなくシモンのストレートを刀であっさりと受け止めた。しかしその直後、シモンの左腕から新たな打撃が繰り出された。だがブラットはそれを難なく防いだ。さらにシモンのパンチ。ブラットはこれをいなした。
 パンチ、防御、パンチ、防御、パンチ、防御・・・・・・それまでのシモンの攻め方というのは、ほとんど大きく振るう打撃が数発打たれる程度だ。しかし路上のケンカで培われたシモンの喧嘩の腕っぷしは本物だ。しかしそういった喧嘩自慢をことごとく打ち砕いてきた大打撃もこの戦いで全て不発に終わっていた。
 故に、シモンは攻撃の手を休めることなく怒涛の連続攻撃を繰り出す先方に切り替えた。攻撃の重さは先ほどよりも若干落ちているが、並みの喧嘩自慢ならば簡単に悶絶させることは容易い、彼がゴーレムの腕を持っていることを除いても。大抵の吸血種を粉砕することも朝飯前だ。
 現に、ブラットフェレスは防戦一方だ。これまで彼は、シモンの攻撃を見切って攻撃を繰り出す、という戦い方だったせいか、今度は反撃する暇さえないように思える。
 それがおよそ一分近くすぎた。

 (それにしても、これだけ攻撃しまくってんのに、何で当たりもしねえんだよ?けど、今はそんなこと気にしている場合じゃねえ!とにかく、今は攻めて攻めて・・・・・・!)

 これだけ時間が経ってもシモンは攻撃の手を緩めることはなかった。しかし彼の思っているとおり、彼の攻撃の一切がブラットフェレスに当たっていない。シモンの体は先ほどの疲労が抜けきっていないといえども、この状況はブラットにとっても面白くない展開のはずだ。にもかかわらず、彼の表情は先ほどの冷淡だか皮肉めいているのか判別できない顔のまま。

 (あん?なんだ、このつぶやき?)

 すると、シモンはブラットフェレスがなにやらブツブツ言っているのをその耳で聞いた。
 そしてブラットの言っていることが次第に聞こえてきた。

 「・・・・・・右腕による直線の打撃、鳩尾の真っ直ぐ。左腕の横振りによるパンチ、右側の頬。右腕の同様の攻撃、左腕に・・・・・・・・」

 ブラットの言い当てた箇所への攻撃はこうして次々と防がれていった。

 「なっ・・・・・・!?」

 一瞬、シモンは狼狽してしまった。どこにどう攻撃するかなど、ほとんど意識せずに攻撃していたからだ。

 「驚くのは構わないが、左腕ががら空きだぞ」

 その一瞬の虚をブラットの妖しい輝きを持つその両眼が見逃すはずもなく、シモンの遅い攻撃を繰り出している左腕に向けて剣を振りぬこうとした。

 「くそっ・・・・・・・・・!!!」

 シモンはとっさに後ろへ飛んで距離を稼ごうとしたが、刀の切っ先が腕に若干触れてしまった。
どうにか、ブラットとの間合いを開けることに成功した。おそらく、先ほどの攻撃もこの分では致命傷にもならないだろう。

 「そういうものは、自分の目でよく確かめてからにするべきだ」
 「・・・・・・は?」

 シモンはブラットが何を言っているのか、全くわけがわからなかった。しかし、自分の左腕に目をやった瞬間、その意味がようやくわかった。

 「なっ・・・・・・!?!」

 シモンは絶句した。先ほどの攻撃は大して深々と斬り裂くことはできなかったはず。なのにその左腕は今、風が吹くだけでもげそうなほどに斬られていたのだった。
 シモンは大いに混乱した。

 「てめえ・・・・・・!さっきから何していやがった・・・・・・!?」

 シモンはちぎれる寸前の左腕に、そっと右手を差しやった。

 「落ち着けないときは、深呼吸するのが一番だろう。左腕を修復しながらやるといい」

 ブラットの言葉に、シモンはまた驚かざるを得なかった。自分が混乱していることも、左腕の修繕に取り掛かろうとしていたことも、全て見通されていた。
 シモンが、自分の持つ疑問をブラットに投げかけようとした、そのときだった。

 「言っておくが、私はいつも人の心を見透かせるわけではない。ましてや、そういった類の魔術も使ってはいないし、読唇術や表情を読んでの心理分析を行っているわけでもない。加えて、未来予知を行っているわけでもない。我が一族に限っていえば、そういう力を有しているのは女たちだけだからだ」

 ブラットは、シモンが口にしようとした疑問やそれに対するシモンなりの推測も、全て言い当てられてしまった。もはや、シモンは自分が発言することさえ許されないような気がしてきた。

 「そう思うな。私とて、完全にお前の心がわかるわけではない。ある程度まで推測をする、それだけだ」
 「・・・・・・どういう意味だ?」
 「ああ、すまない。一つ訂正させてもらおう。以心伝心のような魔術を用いてはいないが、私は心を知ろうとするのに魔術は使っている」

 ようやく言葉をひねり出すことのできたシモンに、ブラットは答えた。だが余計に諮問の混迷は深まってしまった。
 それを見抜いたのか、ブラットは質問を彼に投げかけた。

 「私の一族が降霊術、世間で言うところのネクロマンサーの一族であることは知っているな?」
 「・・・・・・てめえらが亡霊どもとお喋りしている陰気な一族ってのはよく知っている」
 「ただ、語らうのではない。霊たちは肉なき存在。故に、何らかの意思が働きかけない限り、この世に干渉できぬ不確かなもの。死人に口などないがために、我々がそういった霊に語りかける。そしてあらゆる事象を知ることができるのだ」
 「それぐらいは、この聖杯戦争に身を置いている以上知っている。けど、それがてめえのわけわかんねえ力と、どう関係がある?」

 やや息も絶え絶えにシモンは言った。もしこれまでの発言が本当ならば、ブラットが霊を通して未来予知のような力を発揮しているかもしれないが、それは先ほどブラット自身の口で否定されたばかりだった。

 「では、端的に言おう。私にできることといえば、ただ霊をその身に宿すことのみ」
 「・・・・霊をその身に、宿すこと“のみ”?てめえ、いったい何を・・・・?」

 もはやシモンはブラットにその心を読まれることに順応してしまった。ザルツボーゲンに関する情報はある程度知っていたため、ブラットが未来予知を行っていることに対してはやや半信半疑であった。だから、余計わけがわからなくなってしまった。ブラットが言うには、彼自身はただ霊を憑依させているだけだという。不可解すぎるブラットの力ほどではないが、シモンでも今のブラットがウソを言っていないことは理解できる。そのせいで頭の中の混乱の度合いがますます深まっていく。
 それに死んだ人間の霊といえども、結局は他者の意思だ。そんなものを自分のうちに宿し、しかもブラット本人が平然としていること自体が魔術師の観点から見ても異常そのものでしかないからだ。

 「要するにだ、私が霊を憑依させているおかげで、この身には二人分の思考が働いているのだよ。そうだな・・・・わかりやすく言えば、自分自身の意識を保ったまま、トランス状態に陥っている、と言えばいいのだろうか?気絶してから覚醒状態に入り、そのまま戦いに勝利した武芸家の話ぐらいは聞いたことがあるだろう?あれを、私は気絶しないで、しかも自我を保ったまま行えると考えてくれればいい」
 「お、おい・・・・・・それじゃあ、なにか?てめえ、まさか・・・・・・」

 その話を聞いた瞬間、シモンは戦慄を覚えた。普通に考えれば、ありえない。しかしブラットの言うことが本当ならば、それ以外にありえない。確信めいたそれは、シモンに“恐れ”を抱かせた。

 「霊を・・・・屈服させている、って言うのか?」
 「まあ、他人の目から見れば、そうとも言えるな」

 シモンは身震いしてしまい、体中から冷や汗が溢れ出た。自意識を持ったまま、霊を媒介する。その霊の意識が働いて、自分の一挙手一投足を見抜くことができる。つまり、二人分の意識を持っている。それだけで驚異的な力というべきなのだろうが、ブラットのそれは常軌を逸している。
一人分の肉体に二人分の魂が定着していることもそうだが、そのもう一方の魂を服従させて自分の体のうちに宿しているということ事態ありえないし、そんな話はいくらシモンでも聞いたことがなかった。
 シモンは思わず、近くのベッドにかけられていた毛布に手をやった。そしてシモンは口を噛み締めながら、ブラットに向けてその毛布を振るう。振るわれている毛布は、一気に燃え広がってブラットに迫る。
 しかし、ブラットはほとんど動じる様子もなく刀を横一文字に薙ぎ、火炎の幕を一直線に切り裂いた。そして妖気を帯びた輝きをその目に宿したブラットはその直後に一気にシモンとの間合いを詰め、刀の切っ先でシモンを貫こうとした。だがシモンが体を咄嗟に動かしたおかげで、ブラットの突きをかすりながらも避けることができた。
致命傷はよけられ、シモンとブラットの距離は再び開いた。
 シモンは、壁に手をつき体を支えた。

 「ほとんど悪あがきに近かった動きだろうに、運がよかったな。このまま行けば、お前もあの毛布と同じように“殺される”ところだったのだから」

 シモンは完全に恐怖していた。
 シモンはブラットに左腕を斬られた感覚を思い出してしまった。否、“斬られた”のではない。その感覚は、先ほど彼が手にしていた毛布を伝った食感で確信してしまった。あれは、“撫でられる”様な感覚であった。
 時折見せるブラットの目の放つ異様な輝きが、何よりの証拠だ。

 「てめえ・・・・・・!目に何もつけねえで頭おかしくなんねえのかよ・・・・!?」
 「もとより、私にとって死とはもっとも近く親しい隣人のようなもの。それを拒む理由がどこにある?と言いたいところだが、実際“視る”という行為はやはり大きな負担だよ。だが、お前は何気なく眺めている窓の景色に移る建物の色や形をどれほど覚えている?要するに、これは意識の問題だ」

 そんなもので済む話ではない。それを視認できて平然としていること自体どうかしている。大抵は頭に負担をかけないように何らかの細工を施すものだ。
 化け物。
ブラットを一言で言い表すのに、これ以上の言葉があるのだろうか?

 「お前は普段から喧嘩に明け暮れている分、他の者よりも強弱を見分ける本能は敏感なものとなっている。生物ならばそれは当然であり、何も恥ずべきことではない。だが、私に言わせれば、そのようなものは凡百に等しい」

 もはやブラットの口から聞こえてくる言葉の全てが死刑宣告に等しい。今のシモンの頭の中は、どうやってこの場から逃れるか、今は令呪を使うタイミングかどうかである。
 そのときだった。
 入り口のドアが乱暴に蹴破られた音がした。シモンは思わずその方向に目をやった。そこには自分のサーヴァントであるランサーが立っていた。

 「ランサー!?おまえ、キャスターを倒したのか!?おまえにゃ不本意かもしれねえが、、さっさとこいつを始末してくれ!情けねえ話だが、こいつはおれの手におえねえ!頼む!!!」

 しかしランサーの顔はやや下向き加減で、その足取りも重くゆっくりとしたものだった。兜は外しているらしく、赤い髪は振り乱した後のようであった。

 「おい、ランサー・・・・?一体、どうした・・・・・・?」
 「悪い、シモン・・・・歯ぁ食いしばってくれ・・・・・・・・!!!」
 「!?」

 シモンの理解が追いつく暇もなかった。
 ランサーは突然、手にしていた槍の穂先をシモンの脇腹に深く突き刺したのだった。

 「あ・・・・が・・・・・・っ・・・・!!」

 口から漏れる声とともに吐き出されるシモンの血。シモンの目には、この戦いの自分の片翼であるはずだったサーヴァントの顔が映った。その顔は、何かを堪えているかのような苦悶の表情。そしてその額には、六芒星の印がくっきりと刻まれていた。
 曰く、真鍮は多くの天使を、鉄は数多の悪魔を支配する力を有しているといわれ、あらゆる生物の声を聞くことができるという。至高の知恵者ソロモンが大天使から授けられたこの指輪は“王の契約”と呼ばれるキャスターの宝具となっている。
 神の血を引くランサーも、この指輪の魔力によって支配されてしまっている。
 ランサーの槍が引き抜かれると、シモンの腹から血が噴射された。その槍と入れ替わるように、ランサーはシモンに横蹴りを浴びせた。サーヴァントの蹴りをまともに受けてしまったシモンの体は、車に撥ねられたかのように宙へと吹き飛び、窓を突き破って吹き飛んでいった。
 ランサーは荒い息を吐きながら、立ち尽くしていた。

 「ほう。随分と飛んだな。あれで手加減しているというのだから恐ろしい」

 ランサーはブラットに鋭い目線を投げかけた。

 「わかっているとも。これはお前なりの悪あがきなのだろう?この場にマスターがいては、いずれは我らによって葬り去られる。あの男もよいサーヴァントに恵まれたな。いくら私に恐れをなしたといえども、あの分なら生き延びてもおかしくはあるまい・・・・これで、キャスターの手の平の上で踊らされていると知ればどうなることやら」

 ランサーの目が鋭さを増し、殺気が篭もり始めた。

 「その指輪はサーヴァントを支配する強大な力を秘めているが、何もマスターからサーヴァントを奪い取るわけではない。マスターとの令呪や魔力の繋がりを持ったそのままでサーヴァントを己のものにする。まあ、言うなればハイジャックのようなものだな。つまり、お前は最初からマスターを逃がすことを見越されていたのだ。キャスターの拘束に抗ってみせたのではなく、お前が加減できるように拘束を緩められていただけの話だ」
 「テメエ・・・・・・!」

 怒りのまま、ランサーはブラットを手にかけようとしたが、魔術的な縛りが彼の動きを封じる。

 「ぐっ・・・・!くそ・・・・・・!」

 そして突如、ホテル全体を揺るがす揺れが襲いかかってきた。

 「ようやく、ライダー本隊のお出ましか。果たして、キャスターはどれほど耐えられることやら」

 揺れがしばらく続き、それが収まった後でランサーはブラットに背を向け、部屋から出ようとした。

 「・・・・いいか、テメエら。たしかに、オレはテメエらの操り人形として動かされているかもしれねえ。だが、今はこうして息の根がある。おそらくは、他のサーヴァントを皆殺しにするまでこき使われるだろうが、そのときは覚えていろよ・・・・!テメエも、キャスターも、血祭りに上げた後はその骸を晒しものにしてやる・・・・・・!!」
 「そうか。それは楽しみだ」
 「・・・・そのすまし顔も、今のうちだけだ・・・・・・!」

 そう言って、ランサーは部屋から出て行った。その背に、怒気をはらませながら・・・・



 一階のロビー。
 ランサーはここからシモンと別行動をとった。しかし、シモンと再び会うことはないだろう。シモンは先ほど、自分が蹴り飛ばしたからだ。ブラットが言っていたように、シモンはあの程度でくたばるような男ではない。ランサーはそう思っている。
 この一階のロビーも、さっきとは打って変わってすっかり荒れ果ててしまっている。彼がキャスターの指輪に支配され、彼の操られるままに諮問とブラットのいる部屋に向かわされた。その途中でこのロビーを通ったが、そのときはこのような有様ではなかった。おそらく、先ほどの揺れに関係があるだろう。
 そして、ホテルの外にはその揺れの原因を作った張本人がいる。
 ランサーは、一歩一歩踏みしめながらホテルの外へと歩いていった。
 そうしてホテルの外に出たランサーの目に映ったのは、一人の覇王に率いられた血の軍勢。その騎馬軍団による包囲が赤い塀と化していた。

 「ランサーよ。貴様、やはりキャスターの走狗と成り果てたか」

 そう言うライダーの表情には、侮蔑どころか何の感情も表れていなかった。

 「やはりって、そりゃねえだろ。こっちはこれでも野郎を殺す気満々だったんだからよ」
 「それで逆に取り込まれたようならば世話もない。それで、念のために聞いておくが、おとなしくその首を我らに捧げる気など毛頭ないのだろう?」
 「ああ、これっぽっちもねえな。オレはこれでも、この手でキャスターのクソ野郎とそのクズマスターを殺してやるつもりなんでな。それまでは誰にも殺される気もねえし、自分から死ぬつもりもねえ・・・・!それを邪魔するってんなら、誰が相手でも容赦はしねえ・・・・・・!」

 その言葉を聞いた瞬間、ライダーの口元は残忍な笑みで歪んだ。

 「そうか。その言葉を聞いて安心したぞ。これで貴様が死を懇願していようものならば、拍子抜けもいいところだ。とはいえ、その場合ならば貴様にふさわしい死を与えてやるつもりだったがな」
 「そうかい。それじゃ、テメエの期待に応えられたってことでいいか?」
 「そうだな。これでサーヴァントが“二体”葬り去れるのだ。俺にとってこれほど都合のいいことはない」

 今度はランサーが残虐な笑みを浮かべる。

 「ハッ!皮算用もほどほどにしとけよ、ライダー!!テメエがオレに殺されねえって保証はねえだろうが!!」
 「保証?戦いにそんなものがあったのか、知らなかった。やはり、トロイの戦役の勇士の言葉は一味違う」
 「言うじゃねえか、覇道王・・・・」

 それから互いに黙り込んでしまい、夜風がこの場に吹く。

 「フフフ・・・・・・」
 「ククク・・・・・・」
 「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」」

 そして、互いに高笑いを始めた。

 「全軍、突撃!心置きなく蹂躙せよ!!」
 「ヘッ!やれるもんならやってみやがれ!オレが一人残らず返り討ちにしてやる!!」

 ライダーの号令に従い、全ての鮮血兵がランサーへと殺到していった。
 かくして、流血の狼の群れと、一匹の荒ぶる豹の喰い合いが始まる・・・・



 階段を下りたブラットは、地下大ホールへと足を踏み入れた。
 明かり一つないこの空間を彼は見渡していた。

 「ふむ・・・・喧騒に満ちていながらも、華やかだった宴の後のこの静寂もやはり趣き深いものがあるのだな」

 そう言って彼はホールの中を一歩一歩進んでいく。ホールの中は、壁や床が抉れ、所々にひびが入っていた。まるで中で嵐が起こったかのような荒れようであった。
 ホールの壁際まで足を進めたブラットは、そこで足を止め傍らを見下ろした。

 「キャスター。散々はしゃいで遊び疲れるのはいいが、お前にはまだやることはあるのだぞ。ここで倒れてもらっては困る」

 ブラットの目線の先には、キャスターが壁を背にうずくまっていた。彼は荒い息を吐いており、清潔感に溢れていた服もいまや傷口から溢れ出る血で汚れていた。

 「フン・・・・人に休みも、与えてはくれぬのか・・・・随分と、人遣いの荒いマスターじゃな・・・・」
 「こうなったのは、お前の計算ミスではないのか?」
 「これでも予防策は、何重にも張り巡らせておった・・・・それら全てを突破され、このわしにも多少のダメージを負うことも、ある程度予測しておった・・・・故に、わしが深手を負いながらも、この場にいられるだけでも、ありがたい。さすがは、覇道王。その最後の一噛みで、わしの予測を上回るとは、さすがに脱帽ものじゃ・・・・」
 「最後の・・・・?となると、やはり・・・・」
 「ああ」

 キャスターは苦痛に満ちた顔をしながらも、いつもの余裕に溢れた笑みを浮かべた。

 「ライダーは、死んだ。貴様がここに来る少し前に、奴の放った宝具が消滅し、そして奴の魔力も、もはやかけらも感じぬ」
 「そうか」
 「これで、サーヴァントが“二体”、脱落したも同然じゃ。残りは、わしを含め四体・・・・」
 「四体?ランサーは数に含めないのか?」

 キャスターは自分の指にはめられている指輪のうちの一つ、六芒星の文様が刻まれた、鉄と真鍮の指輪に目をやった。

 「奴は、今やわしの手の中に、いる。奴の運命は、わしの手の平の中、といっても過言ではない。よって、奴は脱落したも、同然」
 「なるほど。奴を生かすも殺すもお前次第、というわけか・・・・それで、せっかくだからもう一体、サーヴァントを脱落させるか?」

 そう言ったブラットは、何もない闇のみが広がる空間に目をやった。

 「必要ない。ライダーが敗れ、ランサーが篭絡された今、暗殺者風情がどうこうできる話ではない」
 「だ、そうだ。虫の息のサーヴァント一体と“ただの”人間のマスター一人、お前一人でも十分方はつくと思うが、どうだ?」

 ほんの一瞬、静寂が訪れた。

 「賢明な判断だ」

 どうやらアサシンは去ったらしい。ブラットはもう一度、キャスターに顔を向ける。

 「それでキャスターよ。具合の方はどうだ?」
 「・・・・戦闘には、支障は出るじゃろう。もっとも、これより先はわしが戦う予定も、ないがな。じゃが、それ以外の準備ならば、問題ない」
 「そうか」

 そう言って、ブラットはキャスターに背を向けた。

 「もう霊体化するといい。お前にはまだまだ働いてもらわねばならんのでな」
 「話を、切ろうとするな」

 ブラットはくるりと向き直った。彼の目に映るキャスターの顔は険しさを増していた。

 「わしも、貴様に聞きたいことが、ある・・・・!」
 「ほう?何を聞きたいのだ?」
 「・・・・これまでにも、何者かが潜んでいるような気配は、あった。じゃが、それが今日、この戦いの最中で、二つも、感じた・・・・!この気配は、まるで・・・・!」

 キャスターはここで言葉を切って、より鋭い視線をブラットにぶつけた。

 「答えよ!あれは一体、なんなのじゃ!?貴様はそれらを知らぬとは言わせぬ!何しろ、貴様はこの戦いの仕掛け人なのじゃからな!貴様はわしのマスターである以上、わしに答える義務がある・・・・グッ!ゴホッ、ゴホッ!」
 「そんな体で大声を出すからだ、全く」

 キャスターが一方的にまくしたてたせいでややむせてしまった後、しばらくあたりに静けさが満ちていく。そして、ブラットの口が開く。

 「・・・・そうだな。今言えるとすれば、一つは贋作の贋作ゆえに生じるべくして生じたイレギュラー。そしてもう一つは、誰にも予測しえなかった正真正目のイレギュラー、といったところか」

 言い終えたブラットに、キャスターはより険しい目つきとなり睨みつける。それに対して、ブラットは済ました顔でいながらも、その視線をまっすぐに受け止めていた。
 やがて、キャスターはその口から言葉を紡ぎだした。

 「・・・・ふん。まあ、いい。いずれ時が来れば、わかること。いかなる事態に対応してこそ、真の知者。その招かれざる客が、何者であろうとも、わしの妨げとなることなど、許さんのだからな・・・・」

 そう言うと、キャスターはその姿を消した。霊体化した。
 キャスターの姿が消えた場所から、ブラットはくるりと背を向け、ゆっくりとした足取りで歩み始める。

 「さて、ここで佳境に入ったか・・・・面白い。これでこそ私の望みの価値も増すというもの。しばらくは高みの見物か・・・・」

 黒コートを羽織っていたためか、ブラットの姿はすぐに闇に溶け込んだ・・・・



 ここは守桐邸。その一室で、神奈は膝をつき、手首を掴んで項垂れていた。伏せられた顔からわずかに見えるその色は、蒼白となっていた。

 「お嬢。気持ちはわかるけどさぁ、ここは切り替えようよ」

 珍しく、近くに控えていたつくしが神奈を気遣う。
 しかし、神奈からは何も返ってこなかった。そもそも、今の彼女に言葉を返す余裕などない。彼女の掴んでいる手首には、先ほどまでは聖杯戦争の参加者の証である令呪が宿っていた。だが、今はそれがない。
 それはつまり、彼女のサーヴァントであるライダーの敗北を意味していた。
 敗北。その事実だけが、彼女の頭に重くのしかかる。
 不意に、ドアからノックの音が聞こえてきた。

 「失礼いたします」

 部屋の中へ、執事の佐藤一郎が恭しく入ってきた。

 「先ほど、アサシン様がこちらに訪れて、詳細を述べてくださいました。どうやら、ランサー様はキャスター様に支配され、マスターのシモン様は行方不明。しかしながら、キャスター様は深手を負った模様です」

 それでも、神奈から言葉は返ってこなかった。一郎が溜め息をつき、それから神奈に言った。

 「お嬢様。ライダー様を失い、聖杯戦争に敗れたその心中、お察しいたします。しかしながら、お嬢様はこの街の管理人にございます。そうであるからには、やるべきことや成すべきことが山ほどございます。幸いにも、キャスター様は重傷を負い、すぐには動けないはず。その間に、彼らが好き勝手できないよう手を打つことは出来ます。ですので、お嬢様は聖杯戦争に敗れても、その望みが絶たれたわけではございません。そのことを、どうかおわかりください」

 しかし神奈は何も言わなかった。言わなかったが、その場でスクッと立ち上がり、そのまま扉のほうまで歩いていった。

 「お嬢様」
 「爺、つくしさん。あなたたちの仕事は後から伝えるわ」
 「かしこまりました」

 一郎が礼をして頭を下げると、神奈はそのまま部屋から出て行った。



 久方ぶりに味わう感覚だった。
 しかし、以前と先ほどとでは、その感覚の出所は大いに違っていた。前は、病魔から。今は、自身の心の臓を貫いた槍の穂先から。
 その穂先から伝う熱い感覚が広がるとともに、これまでのことを思い起こしていた。
父が裏切り殺されたこと。そのせいで、信頼していた多くの者が去っていったこと。それが彼に憤りを与えた。裏切りを働いた卑劣な輩に、そして無力に打ちひしがれる非力な自分に。
 故に、彼は強くあろうとした。強くあり続けた母を敬い続けた。弟の裏切りに対して、相応の報いを与えてやった。自らの伴侶となる女を愛し、心の底から信頼できる朋友とも苦楽を分け合った。
 そして、彼は覇道を歩み始める。
 裏切りには報いを、力ある者にはそれにふさわしいものを与えた。
新しい掟だ。それに多くの者が惹かれた。
それは同時に、多くの者の血を流した。その中には、かつての朋友の姿もあった。
 その後も、彼の歩んだ道は血に染まる。しかし、彼は立ち止まらず、振り返らず。
 人は、彼を残虐非道と言う。しかし、彼ほど熱き時代を駆け抜けた男もそういないだろう。
 そして死してから後、彼は現代に蘇る。再び覇を唱えるために。
 彼は立場上、従者と称されることになるが、彼はそれに甘んじるつもりもなかった。彼に再び熱い感覚が蘇る。激しき戦いや、自分とは相容れない、主を名乗る女との確執・・・・・・それら全てが熱を帯び、彼の体を突き動かした。
 しかし、彼は敗れた。体から急速に熱が失われていく、後には泥に呑まれるかのような感覚のみ・・・・
 彼は今際にて、不意に思う。
 はたして、これはかつての自分の最後に味わった感覚だろうか、と。



 闇が静けさを取り戻し、街は闇に抱かれる。
 人知れず戦いが起こったホテル・ノーザンクロスの周辺も、その例外ではない。
 それを一望できる、高層ビルの屋上。そこから夜風に乗って笛の音が流れてくる。

 「・・・・金色の槍は青白き智慧に絡め取られ、血塗られた騎馬は担い手を奪われた槍に貫かれ、その騎手は怨憎の泥へと代わる・・・・」

 笛の音が止み、今度は穏やかな声が聞こえてきた。聞きようによっては、聞いていて心地よくなる声。あるいは、背筋に寒気が襲ってくるような、恐ろしげな声。

 「されど、邪念はいまだに似姿を得られず。今はただ、走狗を得たのみ、か・・・・・・やはり、破滅の定めを歩んでしまったか・・・・」

 声は一時、途絶える。それは、何か物思いに耽っているかのようだ。

 「私が動くべき時も、近づきつつある、という事か・・・・これも我が定めなれば、それを受け入れよう」

 屋上から聞こえてくる声。その主は、黒い肌に黒いスーツを着こなしていたために、闇に溶け込まんばかりであった。



~タイガー道場~

タイガ「おのれ・・・・おのれぇぇええぇぇええ!!納得いかん!!!!」

ロリブルマ「し、ししょー。どうしたんスか?いつもだったら、最初のほうでタイトルコールやるのに、何憤っているんスか?」

タイガ「なぜキャス狐どもルーキーに専用ミニゲームがあってわたしにはないのだ!?」

シロー(なんだ、そんなことか・・・・)

ロリブルマ「でも、あっちのキャスターにしてもセイバーにしても、“Extra”のメイン張っているんスから、仕方ないんじゃないんスか?」

シロー(アーチャーに関してはノータッチか・・・・まあ、私には関係のないことだが)

タイガ「甘い!甘すぎるわ!弟子一号よ!!ヤツらが進出してきら、真っ先にルートのないわたしたちが危ない目にあうのよ!?」

ロリブルマ「あ・・・・ああああああああああああああああ!?そ、そうだった!そうなったらイリヤルートどころの話じゃなくなるわ!」

タイガ「そういうことだ、弟子一号!そうなっては大河ルートさえも危うくなるのだぞ!」

シロー(かたや“トラぶる花札”とか“タイガーころしあむ”とかで散々メインを張って、かたや連載中のスピンオフマンガの主人公の身で何を今更・・・・)

佐藤一郎「それでしたら、ミニゲームコンテンツを考えればよろしいでしょう」

タイガ「おお!それもそうね!こうなったらいっそのこと、バタフライエフェクトに賭けてみるのも一手!その考え、いただき!」

佐藤一郎「快諾、ありがとうございます。それでは、早速わたくしのほうでこんなものを用意させていただきましたが・・・・」


~タイガーフードファイト!!~
とにかく、出される料理を喰らい尽くせ!!


ロリブルマ「わあ。ものすごくタイガらしいミニゲーム」

タイガ「弟子一号よ、どういう意味で言っているのかは知らぬが、ここは海よりも広いわたしの心で許してやろう」

ロリブルマ「それじゃあ、早速試しにやってみるっス!」

タイガ「おお!準備がいいわね!!それで今日の料理はなんじゃろな?」

佐藤一郎(はて・・・・?ミニゲームの試遊版、用意いたしましたかな?)

ロリブルマ「聞いて喜びなさい、タイガ。今日は、お兄ちゃんの作ったにくじゃがを食べてもらうわ」

タイガ「お兄・・・・ということは!」

ロリブルマ「そう!それじゃあ、早速愛情込めて食べてちょうだい!!」

タイガ「よし!おねえちゃんが真心を込めて、士郎の思いを受け止め・・・・・・ってなんじゃこのダークマター!?」

ロリブルマ「え?だからお兄ちゃんの作ったにくじゃが」

タイガ「ウソつけ!どう見てもどこかの洗脳探偵の作った料理のなりそこないだろうが!」

ロリブルマ「本当にお兄ちゃんが作った肉じゃがだって。一番初めに作ったヤツだけど」

タイガ「なっ・・・・!?あれは平行世界のお主が食べきったんじゃなかったか!?」

ロリブルマ「うん。リンのところの変なステッキが持ってきてくれた」

タイガ「あ・・・・・・・・あの腹黒がああああああああああ!!!!!!!!!」

ロリブルマ「それで?食べられないの?タイガにかかわりのない世界の士郎の作ったものだから食べられないの?それとも、タイガのお兄ちゃんに対する気持ちって、そんなもの?」

タイガ「・・・・・・そ、そんなことないわい!わたしの士郎への思いは宇宙よりも広く!ビンのフタよりも固い!!士郎の一人や二人受け入れることなどどうということはない!よって!この料理も見事完食してみせよう!!うおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・!!!!!!」

(ただいま、タイガが必死で食事をしています。しばらくお待ちください)

タイガ「はぁ、はぁ・・・・!み、見たか・・・・・・!こ、これがわたしのありったけの気持ちだい・・・・・・!」

佐藤一郎「いやはや、お見事です。命を削りつつ愛情を示す。今の世の中でもそれを実行に移せる方はそうそういません」

ロリブルマ「さて、ここで皆さんに残念なお知らせがあります。犬の方のシローが先ほどの料理の臭気にやられて退場することになってしまいました。回復のめどがまだ立ちませんが、早い復帰を心より祈っております(笑)」

タイガ「(笑)ってなんじゃ!?というかこのミニゲーム、品物さえしっかりしていれば悪くないんだけど、こっちの分が悪すぎよ!」

佐藤一郎「と仰られますと?」

タイガ「あの二人、生意気にも野郎どものエロス引き出すようなミニゲームだからよ!よって!こっちも大人の色気というものを全面的に強調してやつらに対抗する必要がある!」

ロリブルマ「えー?タイガがそんなことしたってモザイク処理かけられるか別映像に差し替えられるかのどっちかでしょ?」

(タイガ、無言で竹刀のクリティカルヒット)

ロリブルマ「イタイ!」

佐藤一郎「それを抜きにしましても、イメージ的にはギャグ畑で栽培されておりますからなぁ・・・・」

タイガ「そんなもん作者の独断と偏見でしょ!?こちとら立派な日常の象徴じゃい!!」

ロリブルマ「こんなカオス空間にいる時点で象徴も何もないと思うんだけどね・・・・でも、“Extra”セイバーやキャスターたちほどじゃないけど、それなりにタイガの魅力を引き出すミニゲームがあるわ」

タイガ「なに!?本当か!?そういうことは先に言えばいいのに~。んもう、イリヤちゃんったらイジワルね~」

ロリブルマ「まあ、それはいいとして、女の武器といえばやっぱり顔!そんな素敵な顔を活かしたゲームは・・・・これよ!!」


~タイガー福笑い~


(竹刀による快心の一撃)

ロリブルマ「キャン!まだ説明していないッス!」

タイガ「シャラップ!説明などいらんわ!こんなのタイトル見ただけでルール丸わかりじゃわい!どう転んでも変な顔になるだろうが!!」

佐藤一郎「・・・・ふむ。こちらにありますのは、猫型ナマモノらしきお顔と、もう片方の黒いほうのナマモノ。それに、地味なルートでしか姿を現さないご老公に、インスマンスのような魔術師のお顔、そして赤くておかっぱな・・・・どこにも藤村様のお顔はございませんね」

タイガ「どっちみち変な顔になるんかい!?しかもわたしの顔がないとか、余計性質悪すぎだろうが!?」

ロリブルマ「う~ん・・・・それじゃあ、最後のこれでどうだ!」


~タイガーオンザラン~
とにかく、走れ!


ロリブルマ「体からほとばしる汗、それは時に美しく、時に鮮やかで、時にはあでやかに・・・・!そんな体力バカなタイガにピッタリのミニゲームよ」

タイガ「弟子一号よ。一言余計だが、ここは許そう。それで、何でわたしは走ったりするのかしら?」

ロリブルマ「そりゃあ、バーサーカーに追われているから」

佐藤一郎「おや。それでは“Unlimited Code”の士郎様と同じではございませんか?」

ロリブルマ「それぐらいもうまんたいよ!まあ、実際にやってみればわかるわ」

タイガ「え?実際に・・・・?」

ロリブルマ「そういうわけで・・・・・・・バーサーカー!!」

タイガ(まあ、どうせいつものあの車らしき何かでしょうけど・・・・)

バーサーカー(ヘラクレス)「―――――――――――」

タイガ「・・・・って、本物かい!?」

ロリブルマ「そういうわけだから・・・・バーサーカー。狂いなさい」

バーサーカー「■■■■■■■■■――――!!!!」

タイガ「ちょ・・・・いきなり難易度ルナティック!?」

ロリブルマ「じゃあ早速・・・・殺っちゃえ!バーサーカー!!」

バーサーカー「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

タイガ「んぎゃああああああああああ!?!?なんか字が恐ろしいことになってる!?というかわたし、トラック100周しかできないのに過酷すぎよ、これ!!!!!!」

(タイガ、逃亡。バーサーカー追跡)

佐藤一郎「・・・・行ってしまわれましたな・・・・」

ロリブルマ「さて、ここでようやく本題に入るけれど―――――」

佐藤一郎(あ、それが目的でしたか?)

ロリブルマ「今回色々と動きが出てきたわけだけれど、その上で謎の存在が示唆され、ますます混迷を見せていく聖杯戦争」

佐藤一郎「その存在に関しまして、“この話に登場させない”という選択肢もあったわけですが、あえて“登場させる”ことを作者様は選びました。よってそれに対する周囲の反応は芳しくないものになるかもしれませんが、わたくしとしましては最後まで突き通してほしいですね」

ロリブルマ「まあ、それを抜きにしても、この一ヶ月は現実的に忙しかったものね。これから時間ができるかどうかはわからないわ。でも、作者自身の考えとしては、最後まで続けたいそうよ」

佐藤一郎「わたくしどもとしましては、ぜひとも頑張って継続してほしいものですね」

ロリブルマ「とりあえず、ここで紹介のほうに移りたいと思うわ。今回はランサーの宝具を二つ紹介しようと思ったらしいけれど、もう片方の名前が明らかになっていないので、やっぱり例によって一つだけ。その宝具はこれよ」


名称:この身に満つる悲嘆(コープス・ステュクス)
使用者:ランサー
ランク:A+
種別:対人宝具
レンジ:-
最大捕捉:一人
冥府の川、ステュクス河に浸されたランサーの不死身の肉体。サーヴァントの持つ回復力をはるかに上回る瞬間再生能力によって、ランサーの肉体が攻撃を受けたその瞬間に再生される。しかし踵がその核となっているため、そこに傷を負うだけで致命傷を負ってしまう。それはだいたいの意味においては、死を意味する。


佐藤一郎「さて、ランサー様のお体のことも世界的に有名ですな。それにしましても、この話ではよくあるようなヘラクレス様のような頑強すぎるお体というわけではございませんね」

ロリブルマ「そう。ランサーはいわずとしれた不死身の肉体の持ち主だけれど、これが意外に厄介だったのよね・・・・」

佐藤一郎「まあ、言われてみればそうですな。変に頑強にしてしまったら、もう片方の宝具の意味があまりないような気がしますし」

ロリブルマ「そこで助けとなったのが、ある意味レッツパーリィなあのゲームよりもはっちゃけた世界観を持つマンガ“SAMURAI DEEPERR KYO”に出てくる不死のシンダラの能力を参考にした、というか丸パクリね」

佐藤一郎「せめてオマージュと言うべきでしょう」

ロリブルマ「そんなこんなで今に至るわけだけれども、この漫画でちょっと参考にしているのがもう一つあるけれど、それはまた今度」

佐藤一郎「それが大いに反映されているかどうかは、今となっては微妙ですが」

ロリブルマ「それじゃ、今回はこんなところかしらね」

佐藤一郎「それでは皆様。次回またお会いしましょう」

ロリブルマ「・・・・それにしても、今回のタイガってばミニゲームに躍起になっていたけど、よく考えたらあのゲームに出てるタイガって本人じゃな・・・・」

佐藤一郎「それ以上言ってはなりませぬ!!!!」



[9729] 外伝ノ2「ヤンキーと狩人」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/08/22 03:14
 それは、遠い日の出来事。
 少年は木々の間を走り抜けていた。林の向こうから聞こえてくる笛の音に誘われて、袴を穿いた足が一歩、また一歩と前へ進んでいく。
 いよいよ笛の調べに近づいてきた。茂みを抜けると、そこには一人の着物を着た、清楚な少女が岩に座って横笛で音色を奏でている。その心地よい旋律に誘われて、小鳥が何羽もその女性の周りで戯れている。
 小鳥たちが少年の存在に気付き、慌てて飛び去っていった。それから少女は笛を奏でる指を止め、ゆっくりと少年のほうに目を向けた。

 「鉄平。今日の鍛錬の方はもう終わったの?」

 少年、狩留間鉄平の姉である清音は、いきなり現れた小さな弟を咎める様子もなく、穏やかな口調と表情で問いかけてきた。それに対して、鉄平は目をキラキラと輝かせながら言った。

 「うん!今日は一回もなかないで、ちゃんとふりつづけることができたよ!」
 「そう」
 「そしたらね、おとーさんが“こえぐらいできてあたりまえだ。つぎからこのかいすうをいじできるようしょうじんしろ”だってさ」
 「そう」

 鉄平がおどけて父の声色を真似たのか、清音は思わずその笑みを寄りいっそう綻ばせた。

 「でもおねーちゃん。“いじ”って、なに?」
 「そうね。ずっとそのままでい続ける、っていうことかしらね?」
 「ふ~ん。でも、どうしてそのままだなんていうんだろう?」
 「そうね・・・・それがとても大変で、難しいことだからじゃないの?」
 「ふ~ん・・・・」

 まだ幼い鉄平には、まだその意味はできていないようだった。

 「でもぼく、はやく大きくなって、おとーさんみたいに悪いバケモノをたくさん、やっつけたいのにな」

 鉄平がそう口にした途端に、それまで明るい日差しのような清音の笑みは、翳りを見せてしまった。

 「おねーちゃん、どうしたの?ひょっとして、ぼくがとつぜんやってきたからおこってるの?」
 「・・・・ううん。鉄平は何にも悪いことしていないでしょ?むしろ、今日の鍛錬を頑張ってやり遂げたのよね?」
 「・・・・うん」

 少しばつを悪そうにしてしまっている弟に、姉は精一杯の笑顔を見せた。

 「それに、早くお父さんの役に立ちたい、そう思っているのよね?」
 「・・・・うん!」
 「それは、とても立派な事だって思うわ。お父さんたちがやっていることも、必要なことなのかもしれない。でもね、鉄平。私ね、こう思うの。―――――――」



 「・・・・・・・・ん?」

 学生服を身に包んだ鉄平は、その重たいまぶたをゆっくりと開けた。

 「・・・・・・夢か。随分と懐かしい、夢だったな・・・・」

 鉄平は緑地の草むらで寝転んでいた体をゆっくりと起こす。
 起こしながら、彼は昔を思い起こしていた。
生家で鍛錬に明け暮れた日々。父は師として厳格であり、こちらがよっぽどの限りでない限り、例えば最低限の指摘だとか鍛錬の目標の達成だとか、それ以外では滅多に声をかけることはなかった。今思えば、あれは無言の圧力というやつであろう。下手に怒鳴り散らす頑固オヤジよりもずっと迫力があった。
 そんな彼の心の支えとなっていたのが、姉の存在であった。母親を早くに亡くしてしまった彼にとって、姉の存在は何よりも勝るものだった。

 「そういえば、もうこんな時間か・・・・」

 このお気に入りの場所で、日向ぼっこをしていたらいつの間にか眠ってしまったようだ。そして、随分と長い時間寝ていたようでもある。これは鉄平にとっては、命取り以外の何者でもない。
 そもそも鉄平の一族は、人にあらざる者を討伐することを生業とする一族。鉄平もその技術を、遊び盛りの時期を費やして体得した。
しかし、姉の清音だけは違っていた。彼女は“狩る者”の技ではなく、“浄化する”力を備えていた。彼女の場合、彼女自身が奏でる笛の音に何らかの力を乗せることで、万物の“負”の念を沈めるという力が備わっていた。この流麗でいてどこかはかなさを漂わす笛の音に聞き入った者は、たとえ魔でも二度と害をもたらすことなく人知れず静かに時を過ごし、荒ぶる狂戦士でさえもたちまちのうちに戦意や憎悪などの一切の念が薄れ、途端に争いそのものが止む。姉の持つ力というものは、そういった力だ。
 それゆえ、“魔を狩る者”の一族の長である父はそんな姉に複雑な思いを抱いていた。それを、当時の鉄平が知る由もなかった。
 だから、夢の中の記憶で姉は表情を曇らせていたのだろう。

 「・・・・そういえば姉さんはあの後、何て言ったんだろう・・・・?」

 しかしそれを知る術は、今の鉄平にはない。そして、そのことを姉に聞くこともできない。なぜなら、清音はいつ覚めるともわからぬ眠りに就いてしまっているからだ。
 こうなったのも、鉄平の慢心が招いたこと。
 ある年までに、鉄平は相当な数の魔を駆逐してきた。それによりついてきた自信が、やがて驕りとなるのは誰の目にも明らかだった。あのときの彼の耳には、厳格たりえた父の言葉も、この世で一番の姉の言葉も届かなかった。
 いつも通りの狩りに、いつも通りの成果。そのはずだった。死に際に呪詛をかけてきたこと以外は。その呪詛から身を挺して鉄平を庇い、そして清音は眠った。
 そのことを思い出すたびに、鉄平は激しく歯軋りをする。
 そして現在、父の勧めでこの幌峰の街に移り住み、今は親戚の家で世話になっている。そして、姉の面倒もここで看てもらっている。
 そして、鉄平がこの街に移り住んだのにも、もう一つのわけがあるが、それはここにおいてはあえて省かせてもらう。

 「・・・・そろそろ帰らなきゃな」

 もう時間も時間だ。鉄平は尻を払ってから、ここを去っていった。



 あたりは薄暗くなり、人通りも進んでいくたびにまばらになってきた。
 鉄平ぐらいの年であれば部活に精を出したり、街で遊ぶことで時間を潰したりする者の方が多いだろう。しかし、鉄平自身はそういうことに興味は持てなかった。
 彼がこの街に移り住んだのには、もう一つ理由があった。それは、この街には姉を救える可能性がある、とある代物があるということだ。しかしそれを手にするためにはあまたの障壁をくぐり抜けなければならない。もっとも、それ以前に鉄平の求めているそれに“選ばれる”かどうか。今彼にとって一番感心があるのはそれだけだった。
 はたして、自分はその争奪戦に加わることができるのだろうか。
そう思っていたそのときだった。

 「おい、ちょっといいか?」

 声がしたので意識をそちらに向けた。いつの間にか自分は囲まれてしまっていたらしい。人数はそう多くはないが、一人で切り抜けるのには普通なら一苦労だ。そして全員がいかにも品性のなさそうな顔だった。

 「ちょっとおれたちよお、カネなくて困ってんだわ」
 「そうそう。だから少しおニーサンたちを助けてほしいんだよね。だいたい一万円でいいからさ」

 そのとき取り囲んでいる連中がドッと笑い出した。やはりこいつらはそういう人種だった。そしていくらこじつけだからといって、そのたかりの理由もかなり頭の悪いものだった。
 こういう連中と波風立たせないようにするために、なるべくひっそりとしていたし、関わりも持とうとも思わなかった。もちろん、今の今までうまく避けてきたわけだが。
 そう思って鉄平は溜め息をついてしまった。

 「・・・・オイ、なんだその態度は?」

 鉄平の正面にいる奴が、彼の態度に腹を立てたようだ。
これはまずかったか。鉄平はそう思ったが、何も慌てふためくような事態ではない。

 「人が下手に出れば調子に乗りやがってよ・・・・・・何いい気になってんだ、オイ!?」

 人数揃えて一人を取り囲んでいるそっちのほうがいい気になっているだろう。鉄平がそう思った途端、目の前の不良が彼の胸倉を掴もうとしているのか、手をぬっと伸ばしてきた。
 なんだ、これは?腕か指でも折られたいのか?そう思った鉄平はひょいっと後ろに下がった。

 「テメエ!チョーシこいてんじゃねえ!!」

 後ろのが鉄平を捕まえようとしたが、それも避けられてしまう。次々と仲間の奴らが鉄平に掴みかかる、あるいは殴りかかろうと彼に躍りかかるが、いずれも彼を捕らえることも、一撃を加えることはできなかった。
 全然大したことないな。それが、鉄平が不良たちに抱いた印象だった。

 「この・・・・!こいつ・・・・・・!」

 不良たちはその凶暴性を維持しながらも、段々と息が上がってきている様子だった。
そもそも動きに無駄が多すぎるんだよ。そろそろここいらでやっておくとするか・・・・
 鉄平は自分の正面にいた不良、おそらくはリーダー格と思われるその不良の顔面に向けて、正拳を見舞った。しかし、それは肌に触れるか否かの距離で止まった。いわゆる寸止めだ。
 しかし、止まったのは彼の拳だけではない。周りの不良たちも、唖然としてその光景を眺めていた。

 「・・・・・・オイ、コラ!テメエ、一体何の・・・・・・・つもり、だ・・・・?」

 鉄平に攻撃を加えられそうになったその不良は、はじめは不可解ながらも自分より格下の者に攻撃された憤りもあったが、激情に任せて放ったその怒声は次第に弱まっていった。
なぜなら、彼は自分の誤りに気付いたからだ。自分たちが今たかっていたのは格下のパンピーではない。自分たちがいくら武装しても敵うはずのない相手。それが彼の鉄平への認識だった。彼は、彼自身の経験値に助けられた。
 もはや戦意がなくなったと見た鉄平は、リーダー格の不良の脇を通って、その場から立ち去った。後ろから不良たちの声が聞こえてくるが、もはや自分には関係のないことだ。それでも彼らの存在を認知できず、こんな事態を招いてしまったのだ。油断はできない。
 普段の彼なら、こういった不良と関わりを持たないために、自分の存在を希薄なものにすることに努め、不良たちが接近すればひたすら逃げの一手に転じていた。しかし、物思いに耽っていたため、彼は生まれて初めて不良に絡まれることとなってしまった。
 長く昼寝してしまったことといい、不良に絡まれてしまったことといい、自分は随分と隙だらけになってしまったものだ。この街に来てからそうなってしまったのか。それとも、姉の存在がそうさせているのか?
 それは、今の鉄平にはわかるはずのない問答だった。



 「あんだと!?もう一度言ってみろよ、オラア!!!」

 あたりが暗くなったこの公園で怒声が響き渡る。
 公園には大勢の不良たちが集まっていた。その不良たちに取り囲まれているかのように、彼らの仲間の何人かが縮こまっていた。

 「で・・・・ですから、そのう・・・・オレらそいつを手ごろな獲物だと思ってたかったんですよね・・・・それでそいつが調子にのりやがったもんですから、身の程教えてやろうと思って、それで・・・・・・」
 「それでこのありさまってわけか」
 「は、はい・・・・・・」

 その年にしては、大柄で小山のような印象を持つそのグループのリーダーに問い質されている不良の一団は、夕暮れのときのようなふてぶてしさはなりを潜め、完全に萎縮してしまっている。

 「・・・・・・けんな」
 「は?」
 「ふざけんなっつってんだよ!!!!」

 怒鳴り声を上げながら、リーダー格は近くにいた不良のうちの一人の胸倉を掴みかかり、つかまれたほうはヒッという悲鳴をあげてしまった。

 「いいか!?オレたちヤンキーがパンピーになめられたと知られてみろ!そんときゃオレたちゃ世間のいい笑いもんじゃねえか!ああ!?」

 リーダー格に一方的にまくしたてられる不良。周りでそれを見ている他の不良たちの何人かは、その不良を嘲笑っているか、今あそこにいるのが自分でなくて助かったと安堵しているかなど様々である。
 眉間にしわを寄せたリーダー格が掴んでいた不良を突き放したため、その不良は尻餅をついてしまう。

 「いいか!さっさとそのパンピーを見つけろ!見つけたらテメエらで始末をつけろ!!」

 不良たちは首をコクコクと頷きながら、震え上がっていた。しかし、リーダー格の怒りはいまだに継続したままだった。

 「返事しやがれ、このクソガキどもが!!!!!!!」
 『は、はいいぃぃい!!』

 すっかり及び腰になってしまった不良たちは、すぐに回れ右をしてその場から駆け出していった。
 しかし、彼らを呼び止めたものが一人いた。

 「おい。待てよ、お前ら」

 すると、不良たちはピタリと足を止めて、声の主のほうに向いた。

 「お前らがそのパンピー見つけてもどうにもできないぜ。そいつ多分、使えるやつだ」
 「・・・・・・へ?そ、そうなんですか?」
 「・・・・・・・・おい」

 不良たちを呼び止めた仲間の内の一人に対して、リーダー格は明らかに不服を示していた。

 「そいつ見つけたら、まずおれに知らせろ。おれがそいつと戦る。それでいいな?」
 「オイ。誰がテメエの都合を聞いてんだよ?」
 「それじゃおれ、もう帰るわ。後はそっちでやってくれ」
 「待てや!シカトぶっこいてんじゃねえぞ!」

 しかしその不良はリーダー格の言葉を聞いている様子もなく、すぐにこの会合から抜けていった。

 「勝手なことしてんじゃねえ!大迫!!待てっつってんだろうが!オイ!!!」

 しかし去っていこうとする不良、大迫純一は歩調を緩めることなくそのまま暗がりの中へと消えていった。
 リーダー格はあからさまに悪態をついた。

 「クソ!!いつもいつも勝手ばかりしやがって!!!」
 「でも、オレたちがこうして幅きかせられんのも、あいつのおかげなんすよね」

 するとどこからともなくそんな声が聞こえてきたため、周りがそれに同調し始めた。

 「そうそう。あそこの佐良山中の庄司に竜宮、剣持の凶悪トリオを潰したのもあいつなんだよな」
 「しかも蔵間土、河山、東吾での快進撃も、あいつがいたからなんだよな。それもほとんどあいつの手柄だっけか?」
 「噂じゃ、高校生の強えのとか街のチームもあいつの前じゃ形無しだって話だぜ」
 「まあ、実際そういうのが目をつけて、スカウトしようとしているらしいからな」
 「みんなが言ってるぜ。このへんをしめてんのは、あの大迫だってな」

 すると、その場の全員が目を見張って最後に発言した者を見やった。

 「え?あ・・・・・・」

 そして彼は、ようやくのことでリーダー格が体をわなわな震わせていることに気付いた。しかしもはや後の祭りだった。彼が弁明する暇もなく、硬い拳が顔面にぶつけられ、勢いよく飛んでいったからだ。

 「・・・・・・誰が、どこを、しめてんだって?」

 荒い息を吐きながら、リーダー格は倒れている不良に近寄った。

 「言っておくけどなあ!オレは!一度も!大迫の野郎に!劣っているだなんて!思ってねえからな!オレが!大迫の!野郎に!!!」

 怒気の篭もった言葉を吐きながら、リーダー格の不良は倒れているものを容赦なく何度も何度も踏みつけた。そのたびに耳に障る音が聞こえてくる。

 「ちょっと!御堂さん!落ち着いてください!!」
 「そうっすよ!これ以上やったら死んじまう!!」

 リーダー格の御堂は周りになだめられ、ようやく場当たり的な八つ当たりをやめた。しかし、踏みつけられた方は、肌の見える部分はアザだらけで血が滲んでおり、原型の留まっていない血だらけの顔は、歯もボロボロで鼻も折れてしまっていた。

 「大迫ォ・・・・・・!!!!」

 しかし、御堂の怒りはそれで収まらなかった。御堂は、自分の思い通りにならない目の上のたんこぶのことを思い起こすたびに、歯軋りを起こしていた。



 昼休み。
 この時間になると、それぞれの生徒たちが思い思いの場所に昼食を広げて食べる。ここのクラスでは、大抵の生徒は一塊となって談笑しながら弁当を口にするのが常だった。
 しかし、どこにでも例外はいるというもの。わいわいとした雰囲気の中で、誰とも交わらず、窓際の自分の席で弁当箱を広げている生徒がいた。
 鉄平は、いまだ箸を動かさず、弁当箱の中身を眺めていた。

 (今日は、卵焼きにウインナー。かまぼこに昨日のポテトサラダ、それにブロッコリーとミニトマト・・・・ごはんの上は、サケのふりかけか・・・・)

 もちろん、この盛り付けは今彼が世話になっている楼山神宮の神主である楼山空也によるものだ。

 (毎度思うことだけど、やっぱり姉さんの料理はこんなもんじゃなかったな・・・・)

 鉄平はつい思ってしまった。
 ただし、これは空也の料理がまずいというわけではない。
むしろ、姉の清音の作るものの方がまずいのだ。
 というよりも家では、基本的に清音に家事全般をやらせるわけにはいかなかった。もし、彼女が家事をやってしまえば、料理は哀れな食材を生贄に魔界から瘴気を呼び起こす儀式と、掃除は家の中が世界終焉の如く荒れ果てる暴風域と、洗濯は数々の衣類の阿鼻叫喚の断末魔を上げる地獄絵図と化す。
 このような暗黒黙示録とも言うべき破壊活動の中で、あの厳格な父が泣いて止めてくれと希ったものだ。
 そこで、鉄平は思考を一時中断した。これ以上この件について考えると、彼の中の色々な何かが崩れ去ってしまいそうになるからだ。
 ところで、周りは鉄平のそんな心情に無関心だ。というよりも、ここでは鉄平は空気のように希薄な存在と化している。別に彼はそんなことに気を留める様子もなく、平然としていた。
 彼の特殊な家庭に関わらず、彼は普通の学校に通っていた。
 しかしながら、彼のその特殊な家庭の生業に従事する者の暗黙の了解なのか、彼は積極的に交友関係を広げようとはしなかった。
 それは、この学校へ転校してきてからも同じだ。今までの学校であれば、彼は変わり者というレッテルを貼られていたため、特に問題を起こすようなことはなかった。しかし最初の頃は、この学校の人間は彼に色々な形で関わろうとしてきた。友人となろうとする、あるいは暇潰しのちょっかいをかける。しかし、彼はそのいずれも今までのような素っ気ない態度をとり続けた。反応が薄ければ、次第に関心を失っていくことを知っていたからだ。
 そうして、現在に至るまでこの状況を維持してきたようにも思う。彼には、薄っぺらいつながりの友人など必要なかった。

 (姉さん・・・・俺は、姉さんさえいてくれれば・・・・・・)

 姉を救える方法は、一つだけ。
しかし、彼が“そこ”に加われるという保証はない。彼がこの街に来たのも、“それ”が目的だった。
 彼はそれ以外に感心がない。この間の一件ですら、もはや彼の頭の中になかった・・・・



 「大迫さん、いました!あいつです」

 あれから随分と日数が経ったもんだから、次第に連中の言っていることが嘘八百なんじゃないかと思い始めたときだった。
 しかし、連中の言うことは正しかった。なるほどな。確かに、ありゃあ使えるやつの雰囲気だ。そのへんのチンピラとわけが違う。けど、それがどうしたってんだ。これまでケンカしてきたやつらの中にだって空手とか柔道をやってきたのだっていた。だからなんのわけもねえ。やることは今までとは変わらねえ。

 「それじゃ、大迫さん。おれたち、行ってきます」
 「ああ」

 とりあえず、手はずではこいつらがあの野郎を囲んで、そこからおれとのタイマンに持ち込むってわけだ。
 そうして連中がバラバラと駆け出し、例のあいつを取り囲んだ。

 「・・・・やっぱりあんたらか。それで?この間のお礼参りか?」

 あの野郎、思ったよりも落ち着いていやがるな。それにしても、なんだ?妙な違和感があるんだが、あいつらはそれに気付いていないみたいだな。

 「だったら話が早え!なら面貸せや!!」
 「テメエのせいでオレたちゃ、いい笑い者だ!この落とし前、どうつけさせてくれんだよ!?」

 こっちからあいつの顔が見えるが、取り立ててビクついている様子なんざ一切ねえ。むしろ余裕しゃくしゃくだ。ん?余裕・・・・?なんか少し違う気がするな。
 まあ、そんなことはどうでもいいな。おれとしては、ヒマを潰して、日ごろの鬱憤さえ晴らせりゃ。
 それよりも・・・・

 「オイ。何とか言えや、コラ」
 「ヨユーかませんのも今のうちだぞ。それともなんだ?いまさらビビッてんのか?」
 「そんなんですむと思うなよ、オラア!テメエにはたっぷりと泣き見てもらうからな!!」

 あいつの態度に連中も腹立て始めていやがる。このままじゃやられるな。もちろん、あいつらが。あいつらがどうなろうと、こっちの知ったことじゃねえが、獲物がとられるのも面白くねえな。
 そろそろ、行くか・・・・・・

 「オイ、おまえら。そこまでにしておけ。おまえらが先にはじめたら、何のためにおれが来たんだよ?」

 連中も驚いたような顔でこっちを見てきた。まあ、段取りとは少し違うことになったが、別に問題ないだろう。それよりも、問題のあいつの顔には相変わらず変化というものがねえ。まったく、能面みてえな顔した野郎だぜ・・・・

 「案の定、もう一人いたか・・・・こいつらの代わりにお前がやるのか?」

 こいつ、思ったよりも生意気な口きくな・・・・!こりゃあ、気の短いこいつらなら腹立ててもおかしくないな。現にこっちも頭にきそうだ。

 「ハッ!いい気になってるな!おまえのことは、こいつらから聞いた。この間のことで調子に乗ってんのか?」

 相変わらず、反応らしい反応はねえ。いい加減、おっ始めたいところだぜ。ん?こいつ、今鼻で溜め息つかなかったか?この野郎・・・・完全にこっちをなめていやがるな。
 すると、向こうはカバンを地面に落とした。
 フン。きっかけにはちょうどいいな。

 「調子こくのも、ここまでだ!オラア!!!」

 まずは一発ぶちかます!こいつでおしゃかとまではいかねえだろうが、これくらえばあいつだってひとたまりもないだろう。
 ん?あいつ、今足を上げて振りぬかなかったか?なんだ、それでキックのつもりか?かすったが、ぜんぜん痛くもかゆくもねえ。
 って、お?なんだ?なんか足元がグラグラしてんぞ。
 つーか、周りも何でさっきみたいに驚いたツラしてんだ・・・・?
 しかも、あいつのしけたツラも、相変わらずだし、なんだってんだよ・・・・・・?
 それよりも・・・・どうして、地面が、おれの、目の前に・・・・・・・・・・?



 楼山神宮の社務所の食卓は、若干重い空気に包まれていた。
 あたりには、空也が味噌汁をすする音と鉄平が沢庵を噛み千切る音だけ響く。

 「・・・・鉄平や。お前さん、また喧嘩したじゃろ?」

 味噌汁の注がれた椀から一度口を離した空也の問いに、鉄平が答えた。

 「別に。向こうから仕掛けたから身を守らざるを得なかっただけだ。むしろ被害者はこっちなんだけどな」
 「何が被害者じゃ。お前さんにかかれば、どんな腕自慢も歯が立たんじゃろうが」
 「何だよ。じゃあ、おっさんは俺におとなしくサンドバッグになれって言うのか?」
 「そうは言っておらんじゃろう。ただ、ほどほどにしておけと言いたいんじゃ」

 鉄平は、煮物の大根を箸で切って口へ運ぶ。それをよく噛んで飲み込んでから言った。

 「ほどほど、ね・・・・それだったら毎度のこと喧嘩を売ってくるあいつに言ってくれよ・・・・毎度毎度、こんな説教くらうこっちはいい迷惑だ」
 「ああ。確か・・・・大迫君、といったかの?」

 成り行きで始まったタイマンも、鉄平の上段回し蹴りの一撃を大迫の顎にかすらせ、脳震盪を起こして沈めた。
 しかし困ったことに、それからその大迫がお礼参りにやってくるようになったのだ。当然、そのたびに鉄平はそれを返り討ちにするのだが。

 「なんだ。おっさん、あいつの名前覚えたのかよ」
 「まあな。ここ最近の話題とくれば、だいたい学校の成績かその大迫君のことぐらいじゃからのう」

 事実、あるとき敗れた大迫は自分の名前を名乗りだしてきた。それから負かすたびに名乗ってきたため、さすがに鉄平も名前を覚えてしまった。しかも日を追うごとに、出没地も増えつつあり、出現率も上昇中である。
 もはや学校帰りに大迫と一戦交えるのが、鉄平の日課と化していた。

 「あいつ、弱いくせに何でこうも毎回飽きもせず喧嘩売ってくるんだか・・・・」

 口ではそうは言っているものの、大迫は決して弱いというわけではない。普通と比べれば、彼の腕っぷしはなかなかのものだ。ただ、鉄平から見て隙が多すぎるだけ。
 空也が話を聞いている間、手に持っていた箸を置いた。

 「のお、鉄平や。わしが思うに、お前さんと大迫君はお互いに似た者同士なんじゃないかのう」
 「はあ?!」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった鉄平。ちょうど刺身を一切れ口に運ぼうとしていたので、それが箸から落としてしまった。

 「俺とあいつが似た者同士って・・・・それ、何の冗談なんだよ!?」
 「いやな。これといった理由はないんじゃよ。ただな、お前さんも大迫君もなんだか不器用な感じに思えるんじゃよ」
 「不器用って・・・・」
 「だって、そうじゃろ?多分、大迫君は何かに固執しているような気がするんじゃよ。それが喧嘩という形になっているだけでな」
 「それじゃあ、俺が何に固執して・・・・」

 そこで鉄平は口を止めた。
 自分が何に固執しているのか。それに思い当たる節があったからだ。
 似た者同士。
 その言葉が、鉄平の脳の中を何度も駆け巡る。

 「のお、鉄平。ここで清音のことを触れるつもりはないが、清音についてお前さんが責任を感じておるのはよくわかる。じゃがのう、もう少し下がって鑑みてはどうじゃ?お前さんも大迫君もまだいいが、いずれはきっと行き詰るじゃろう」

 それまで罰を悪そうにしていた鉄平は、少しムッとなって残っていたごはんなどをかきこみ、平らげた。

 「ごちそうさま」

 それだけ言うと、鉄平はさっさと食卓から出て行ってしまった。
 空也は思わず、溜め息をついてしまった。
 鉄平が学校でもあまり交友関係を持たない事情をよくわかっているつもりだが、どうもそういったことだけではないように思える。鉄平も大迫も、一つのことに囚われすぎて周りが見えなくなってしまっているのだろうと空也は考えた。
 幸いなのは、鉄平が年相応の食欲を発揮することと、聞かれたことに対してある程度受け答えすることだろうか。少なくとも、隠し事をしたことなど今までない。
 ひょんなことから始まった関わりも、問題は色々あるだろうが、鉄平にとっていいものであるのか。
 空也は残った味噌汁に目を落としてそんなことを思っていた。



 暗くなった公園のベンチにもたれかかって、大迫は痣のできた頬に氷嚢を押し当てていた。

 「チクショウ、狩留間のヤロウ・・・・・・!次会ったら、必ず叩きのめしてやる!!」

 ベンチに座りながら悪態をつく大迫。どうやら、彼も向こうの名前を覚えたようだ。
 しかし、彼の目の前の数人の不良たちは、どこかそわそわしている様子で佇んでいた。

 「あ、あのう、大迫さん・・・・」
 「ああ!?なんだよ?こっちは今、気が立っているんだよ!」
 「それはわかるんスけど・・・・そろそろ、あいつから手を引きません?」
 「ああ!?」

 大迫に凄まれて、不良たちは萎縮してしまった。しかし、そのうちの一人が言った。

 「言っちゃ何ですけど、大迫さんここ最近あいつに負けっぱなしじゃないですか」
 「どういうことだよ!?だからあいつをぶちのめそうってことじゃねえか!!」
 「確かにそうッスけど・・・・こんな調子じゃ御堂さんも黙っていないッスよ?」
 「そうですよ。あの人、日ごろから大迫さんのこと気に入ってなかったみたいですし・・・・」
 「それに、最近聞いた話じゃ御堂さん、近いうちに仕掛けるらしいって・・・・」

 しばらくの間、大迫は黙って不良たちをねめつけるだけだった。

 「・・・・・・そんなの、おれの知ったことじゃねえよ」

 それだけ言うと、大迫はベンチから立ち上がって早足で歩き、不良たちを通り抜けた。

 「ちょっと!?大迫さん!?」

 大迫を呼びとめようとする不良たちの呼び声にも、一切耳を貸さなかった。
 そして人気もなくなったところで、大迫はその足を止め舌打ちをした。

 「・・・・・・クソが!!」

 そう怒鳴りつけるような口ぶりで、彼は氷嚢を地面に叩きつけた。
 大迫は、次第にその苛立ちを増していた。
 最初は、色々とちょっかいをかけられてきた。はじめのうちは無視してきたが、次第にその内容が乱暴なものになってきた。そうしたところで、彼は反撃に転じた。
 そう。はじめは身を守るためだった。しかしいくら撃退しても、際限なく執拗に絡んでくる。ついには喧嘩自慢まで現れるようになってきた。何度も何度も喧嘩を繰り返していくうちに、皮肉にも彼の腕前が上がってきた。
 そしていつの間にか、自分までもが喧嘩に駆りだされるようになってきた。そしてその多くで彼は白星を収めてきた。
 いつしか、彼は近隣から恐れられるまでになっていた。

 (クソッ・・・・・・!何で、昔のことが頭に浮かぶんだよ!?)

 そこで大迫は、昔を想起していた自分に気がついた。
 いつからか、自分がこうして強いだとか、弱いだとかに括るようになってしまっていた・・・・



 下校時刻。
 鉄平は思わず溜め息をついてしまった。このように、人通りの少ない場所を通学路に選んでいる自分が恨めしい。
 歩を進めていくと、鉄平の悩みの種が現れた。

 「・・・・またお前か。いい加減にしてくれないか?」
 「うるせえ!てめえの知ったことじゃねえ!!」

 鉄平は例の如く現れた大迫に辟易しながらも、彼は何か違和感に気付いた。大迫が、いつも以上に苛立ちを露にしているのだ。

 「なあ。何をそう荒れているんだよ?なんだか、おっかないぞ」
 「てめえの知ったことじゃねえっつったろ!!」

 鉄平は頭をボリボリと掻いて、それから言った。

 「わかったよ。じゃあ、今日は俺の負けでいいから、帰ってくれ」
 「ふざけんな!そんなんで納得できるわけねえだろうが!!」
 「けど、一日だけ休みでもいいだろ?そうじゃなきゃ、少し落ち着け」
 「落ち着け!?こうなったのも、てめえのせいだっての!!」
 「はいはい。俺のせい、俺のせい」

 鉄平は不意に、自分の中からおかしさが込み上げてきた。こうして喧嘩を売ろうとしている相手にこうして軽口を叩いているのだ。これじゃ余計に向こうの怒りを煽るだけなのに。それで憤りを増す大迫にもおかしさを感じてきた。ほんのちょっぴり、ちょっかいをかける側の気持ちがわかってしまった。
 大迫がすごい剣幕のまま、こちらへ近寄ってきた。やはりこのままいつも通りの喧嘩に突入するのだろう。しかし回を増すごとに、あっちの耐久力が上がってきているような気がする。段々しんどくなってきているのも事実だ。
 しかし、鉄平は一瞬、何かに感付いた。

 「わかった。じゃあ、せめて場所を変えて始めよう。それからでも・・・・」
 「うるせえ!今ここで・・・・」
 「いや。少し遅かったか」
 「あ?」

 大迫は一瞬わけがわからなくなってしまったため、呆けたような顔になってしまった。
 しかし、彼の顔もすぐに引き締まった。鉄平と大迫の周りを、どこからか出てきた大勢の不良たちに囲まれてしまったのだ。不良たちの囲いからそのリーダーである御堂が肩で風を切りながら進み出てきた。

 「よお、大迫!そんなモヤシ一人にてこずるたあ、いいザマだな、オイ!」
 「御堂・・・・!てめえ、やっぱり・・・・・・!!」
 「やっぱり、何だ?オレがいつかこうすると思ったか?あいにくだがなあ、テメエがそこのパンピーにやられた時点でオレらの顔を潰したも同然なんだよ!つまり、これは当然のなりゆきってわけだ!!」
 「当然?単純にきっかけがほしかっただけだろうが。おまえがおれのことを気に入ってねえのはよく知っているからな」
 「まあ、負け犬はなんとでも言えよ」

 どうやら見る限り、大迫とそこの御堂という不良は水面下で対立していたらしい。もっとも、大迫本人は御堂のことを歯牙にもかけていないのだが。

 「だが、わからねえ。おれをリンチするならいつでもできたはずだ。それなのに、どうしてすぐに仕掛けなかった?」
 「あ?んなの決まってんじゃねーか。テメエがいくら負け犬だからっつってもここいらでケンカ一番なのに変わりねえからな。そこのそいつが何者か知らねえが、テメエを一発で沈めたヤツも一緒に潰したかったからな。大迫とその大迫を負かしたヤツをかたづけりゃあ、オレの箔もつくってもんだ」

 どうやら、妙なことに巻き込まれてしまったらしい。
 鉄平はそう思った。いずれにしても、この場を切り抜ける以外に他はない。
しかしながら、自分たちを取り囲んでいる不良たちの数は相当なものだ。中には鉄パイプやバットなどのような道具を所持している者もいる。鉄平から見れば、彼らは“戦い”に関しててんで話にならないが、これだけの人数だ。相当骨が折れるだろう。

 「最後に一つだけ、聞かせろ・・・・」

 不意に大迫が口を開いた。対する御堂は、相変わらず下卑た笑みを浮かべたままだ。

 「どうして、ここがわかった?こいつがどこを通ってんのか、そんなのてめえらが知ってるはずねえだろ。それなのに、なんで・・・・?」

 それは鉄平自身も思った。
 鉄平は大迫に絡まれるようになってからは、頻繁に帰り道を変えるようにしていた。不良たちのコミュニティがどれほどの規模かは知らないが、彼らはどうやってここを突き止めたのか?かなりの日数が経過しているとしても、そんな簡単にはいかないはずだ。
 すると御堂はより一層、顔を笑みで歪めさせると、近くにいた不良に顎をクイッと上げて合図を送った。その不良はその意を察して、人垣から何かを突き飛ばしてきた。

 「お、おまえら・・・・・・!」

 大迫は驚愕した。そこには、リンチでもされたのか、ボロボロになった数人の不良の姿があった。おそらくは、大迫に近しい関係にあったのであろう。

 「お、大迫さん・・・・すんません・・・・・・」
 「俺達・・・・ゲロっちまいました・・・・・・」

 彼らを見下ろしていた御堂をはじめとする不良たちはゲラゲラと大笑いをしだした。それらが重なって、大迫はとうとう激昂した。

 「御堂おおおおおぉおぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 それが合図となったのか、取り囲んでいた不良たちは一斉に襲い掛かってきた。
 当然のことながら、鉄平も彼らの標的となっていたため、やむなく応戦することとなった。もっとも、彼らの実力は大迫よりも格段に劣るので、攻撃を避けるのにも、彼らを打ち倒すのにもそんなに苦労はしなかった。

 「はあ!ひょろいクセしてやるな!!!」
 「だったらこいつでどうだ!!」

 今度は道具持ちが一斉に雪崩れ込んできた。しかし、彼らの攻撃動作があまりにも大振りすぎるので、攻撃を繰り出す前に倒してしまうのがほとんどだった。
 さらには、遠巻きに取り囲んでいる不良たちの中にもナイフなど隠し持っていたものでちらつかせていた。

 (ホント、なりふり構わずってところだな)

 それだけ、何が何でも自分と大迫を打ち負かしたいということなのだろう。数をそろえた上に道具を平気で用いるなど、手段を選ばないあたりにもそれをうかがうことができる。
 一方、大迫の方もかなりの数を打ちのめしていたが、だいぶ時間が経ったのか疲れが見えてきた。もっとも、鉄平の方は必要最小限の動きで敵を仕留めているため、そこまで疲れが出てきていないが。

 (チクショウ・・・・あとどれぐらいぶちのめせば、あいつのところに・・・・・・!)

 人垣と化している不良たちの群れの向こうでふんぞり返っている御堂を目にして、大迫は焦れ始めたそのときだった。

 「ガッ・・・・!?」

 隙のできた大迫の後頭部は鉄パイプで思いっきり叩きつけられた。前のめりに倒れた大迫を不良たちが袋叩きにする。

 「大迫!!」

 鉄平は駆け寄ろうとしたが、不良たちに阻まれて彼の下へ進むことができない。
 その大迫に寄ってきたのは鉄平ではなく、この騒ぎの張本人である御堂だった。彼は残忍そうな笑顔を浮かべて、大迫の頭部や腹部を目一杯蹴りつける。

 「いい気味だなあ、大迫!!やっぱ、ケンカが強くても数の前にはかなわないってか!?ああ!!」

 サッカーボールのように蹴られているため、大迫の口から苦痛により声が漏れてくる。いや。それは声というよりも、詰まらせた喉を通して無理矢理腹のそこから吐き出される息であった。

 「テメエ言ったよなあ!オレがオマエのことを気に入ってねえって!その通りさ!最初からテメエのことが気にくわなかったんだよ!少しばかりケンカが強えからって!!いい気になりやがって!!調子にのってんじゃねえぞ!!この!!!×××が!!!××××野郎!!!!××××!!!!」

 それからはあまりにも口汚い罵声を大迫に浴びせながら執拗に蹴りこむ御堂。そんな中にあって、痣だらけでところどころに血が出ている大迫は言い返した。

 「そういう、てめえこそ・・・・おれとか、他の連中とか、いなきゃ・・・・なんにも、できねえ、お山の大将だろうが・・・・・・」

 その言葉は御堂の期限を損ねさせたのは言うまでもなく、御堂は大迫を蹴り飛ばして無理矢理仰向けにさせた。

 「ああ?何寝ぼけたことぬかしてんだ、ボケ!元はといえば、テメエが散々はねまわったからだろうが。ケンカが強えくせして、他の誰ともめったにつるまねえ。先輩連中もそう愚痴こぼしまくっていたぜ。それで何か?一匹狼気取っているつもりか、ゴルァ!!」

 そういいながら、御堂は大迫の腹を思いっきり踏みつけた。大迫は完全に息を詰まらせてしまったようだ。それにもかかわらず、大迫はまだ噛み付いてくる。

 「知るかよ、そんなこと・・・・!てめえらの事情なんざ・・・・おれにはどうだっていいんだよ・・・・・・!!」
 「ふざけんな!!!だったらハナからしゃしゃりでてくんじゃねえ!!!!!!」
 「うるせえ・・・・!てめえらみてえなのがいるから・・・・おれは、こんなのに頼んなきゃいけなかったんだろうが・・・・・・!人の気も知らねえで、好き勝手に、ケンカに巻き込みやがって・・・・・・!!それだったら、てめえらがおれに関わってくるんじゃねえ・・・・!!!!」

 すると御堂は蹴り足を止めたかと思うと、いきなり大迫に馬乗りになって顔面目掛けて殴打し始めた。それは一発では終わらず、何発も何発も殴り続けた。

 「そうかい!やられたくねえから抵抗したってか!だが!それでどうなった!?この有様だろうが!!テメエが生意気に歯向かうからこうなるんだよ!!いいか!てめえらみてえなのはな!最初からオレらの前で這い蹲ってりゃいいんだよ!!わかったら二度とたてつくんじゃねえよ!!このクズが!!!×××××!!!!××××!!!!!」

 周りの不良たちも一斉に大笑いし始めた。
 正直、鉄平は激怒しそうになっていた。感情の荒波に飲まれては自分の命運が尽きてしまうことを知っているからだ。それでも、彼は感情のコントロールが難しくなってきているように感じていた。それだけ御堂の身勝手さが目に付くのだろうが、ここまで感情が乱れることは滅多になかったため、鉄平自身も正直困惑気味だった。
 だが大迫を救出するには、この状況を切り抜けなければならない。
 そのとき、鉄平はハッとなった。

 (今、あいつを助けることを考えた・・・・?俺が・・・・・・?)

 今思えば、大迫を気にかけていたこと自体、鉄平にとっては不思議なことだった。しかし今はそれについて深く考えているヒマはない。それを不良たちが許しはしないからだ。

 (どっちにしても、せめて“得物”さえあれば・・・・・・)

 はっきり言って、鉄平は素手での戦いの専門ではない。それを抜きにしても、拳も足も限界に近づいてきた。しかしいくらなんでもこんなケンカに“本物”を使うわけにもいかない。今は持っていないのが幸いなのかどうかはわからないが。
 すると彼は並み居る不良たちを蹴散らしながら、目線を下に送った。そこには不良の一人が使っていたと思われるバットが一本転がっていた。
 鉄平は不良たちの間隙をついて、そのバットを拾った。

 (やっぱり重量が違うし、握りの勝手も違う・・・・)

 これだけの人数がいれば、道具もそれなりにあるのだろう。しかし、今は選別している時間はない。今あるものを有効活用しなければならない。

 (ま、この際贅沢は言っていられないし、何とかなるだろうな)

 意を決した鉄平は構えた。
 そのとき、不良たちは鉄平の雰囲気がガラリと変わったことに気付いたが、もはや後の祭りであった。



 御堂はエクスタシーを感じていた。
 自分があの大迫を痛めつけているのだ。経緯はどうあれ、憎き相手に攻撃を加えているのは、間違いなく自分であるということが重要なのだ。これだけ時間が経っているのだ。パンピーの方も片がついているだろう。それからでも自分が手を下すのは遅くはない。
 だが、大迫の方はまだ折れていないだろう。あのしぶとさは折り紙つきだ。ここで大迫を二度とケンカのできない体にしてやるのも悪くはない。そうすれば自分の身のほどというものがわかるのかもしれない。道具はたっぷりあるのだ。
どれで、どう躾けてやろうか・・・・
そのときだった。御堂は向こうで異変が起きているのに気付いた。周りの連中も、まだ辛うじて意識のある大迫もそれに気付いたようだ。
 目を向けてみると、そこにはバットを“構えた”パンピーの姿があった。しかし、どうも奇妙だ。あの持ち方はどう見てもバットの持ち方ではない。そんなパンピーに何人かが襲い掛かってきたが、一瞬のうちにバットで打ち据えられ倒れてしまった。
 御堂は思い出してしまった。あの持ち方はバットの持ち方ではない。そしてあの立ち方。それはまさしく時代劇に出てくる侍そのものだった。
 何をバカな。
 そう思いながらも、御堂はなぜかそのパンピーが昔の侍か何かに見え、そして手にしているバットが真剣そのものに見えた。
 次々と向かい来るのを叩きのめすパンピー。あの動きは、どう見ても一回だけ退屈な授業で見た剣道のものではない。あれはまさしく、“殺す”ことを目的とした動きだ。現に倒れているヤツらも全て一撃の下で打ち倒されてしまっている。
 そのパンピーがどんどんこちらに近寄ってくる。
 完全に肝を冷やしてしまった。
 そのとき、ナイフを持った二人がパンピーににじり寄ってくる。しかしパンピーはわけもなくその二人を片付けてしまう。
 とうとう目前にまで迫ってきた敵を前にした御堂からは、先ほどまでの優位性が完全に消え失せてしまっていた。

 「た、たしゅけ・・・・・・!」

 それが、今日最後に聞いた自分の言葉だった。



 大迫は半ば唖然としていた。それと同時に、妙にむしゃくしゃもしていた。
 彼は御堂の攻撃を前に意識を手放しそうになっていたが、それも信じられないような光景を前に一気に覚醒してしまった。今からではもう、気絶することさえも叶わない。御堂が倒れてしまったことを抜きにしても。
 あれだけいた不良たちがもはや全滅していた。立っているのは、彼らがパンピーと侮っていた鉄平のみ。しかも、彼はバット一本で彼ら全てを捻じ伏せてしまったのだった。

 「おい・・・・!」
 「うわ。ひどい顔だな。なんかのホラー映画に出れるんじゃないのか?」
 「うるせえ!!いつもだったらこんなやつらヘでもねえよ!!!!」

 おどけた顔をされた上におどけた言動をされてしまったので、大迫は思わず怒鳴ってしまった。だが、それと同時に自分が何を言おうとしたのか忘れてしまった。胸の中のモヤモヤとした感覚を全てこいつにぶつけようとしたのだが、どこかでもうどうでもよくなってしまったようだ。
 それにしても、こいつはこういうやつだったのだろうか。

 「それよりもさ、早く病院に行ったほうがいいんじゃないのか?もちろん、仲間のそいつらも連れてだけどさ」

 鉄平は御堂たちにリンチされてしまった不良たちに目をやった。それで大迫は目を伏せてしまった。

 「・・・・あいつらは、初めておれがおまえにケンカを売ったときに案内してもらっただけだ。それからはおれに、お前から手を引けって忠告してきたんだが、たぶんそのせいなんだろうな。こいつらがこうなったのも・・・・・・」
 「・・・・なんだか、色々ありそうだな。けど、もう心配ないんじゃないのか?」

 そう言って、鉄平は口をあんぐりと開けて気を失って倒れている御堂に目を落とした。

 「これだけの人数をそろえて、しかもボロ負けしたんだ。多分、ヤンキーとしては終わりだろうな」
 「だろうな。こいつのことだ。今日のことは死んでも口を割らねえだろうな」

 それからしばらく間が開くと、鉄平が手を差し伸べてくるのを大迫は見上げた。

 「立てるか?」

 しかし大迫はムッとなって自力で立ち上がり、少しよろめきながらも鉄平の横をさっさと通り過ぎて、倒れているリンチされた不良たちの下へ駆け寄ると、彼ら全員を抱え上げた。

 「あ、おい!無茶するなよ!第一、お前怪我人だろ!?」
 「うるせえっての!病院までこいつらおれ一人で運んでいくなんざどうってことねえよ!」
 「けど、一応無傷のおれも手伝ったほうが・・・・」
 「これ以上てめえに借り作ってられっかよ!」

 これ以上言っても無駄と悟ったのか、鉄平はそれ以上何も言わなくなってしまった。
 しかし、意外にもその沈黙を大迫のほうから破ってきた。

 「とにかく、おれはケンカからきっぱり身を引く。一応こいつらにもそうするように言っておく。ま、どうするか決めるのはこいつらだけどな」
 「そうか」
 「・・・・もう会うこともねえだろうから、一応礼だけは言っておく。じゃあな」

 それだけ言って数人を抱えた大迫はそこから去っていった。鉄平はその後姿を見えなく間で見続けていた。

 (たまには、こういうのも悪くないかもしれないな)

 その間、鉄平の胸のうちは妙に清々しい気持ちで満たされていた。
 しかし、大迫の姿が見えなくなるとそれも徐々にしぼんでいき、途端にこれまた妙なむなしさに襲われた。

 (けど、俺が本当に守りたかったのは・・・・)

 しかしそれでも、彼は夕暮れの空を見上げた。そこには、何の憂いの色もなかった。

 (でも、手遅れなんかじゃない・・・・!必ず争奪戦に加わって、そして絶対に勝ち取ってやる・・・・!姉さんの呪いさえ打ち消せる、あの万能の釜を・・・・・・!!)

 彼がアサシンのマスターとして、聖杯戦争に加わるのはこれより数年後の話だ。
 そしてその前に、彼が中学を卒業して高校に進学したときに、あの大迫と図らずも再会してしまう。そのとき、彼がうんざりとした顔をしていたのは言うまでもない。



 遠い昔、色鮮やかな思い出の中に確かにあった忘却の彼方―――
 最愛の姉が傍らにいた幼き日々。
 その姉が口にした、確かなる言の葉―――

 「でもね、鉄平。私ね、こう思うの。大勢の人たちを苦しめる悪者をやっつけることよりも、自分の身近な人、目に見える人たちを懸命に守る人たちのほうがよっぽど素敵で、とても誇らしいことなんだって」



~タイガー道場~

タイガ「た・・・・タイガァ・・・・はぁ、はぁ・・・・どう、じょ~・・・・ぜえ、ぜえ・・・・」

ロリブルマ「ししょー、どうしたんスか?妙に息が荒いっスよ?」

タイガ「お、おのれーブルマ・・・・人にあのマッチョマンをけしかけといて・・・・よく、そんなこと、いえるわね・・・・ぜえ・・・・」

ロリブルマ「な~んだ。じゃあ逃げ切れたのね?・・・・バーサーカー。まさか貴方、手を抜いていたんじゃないんでしょうね?」

タイガ「そ、そういうことは心の中で言わんかい~・・・・・・はぁ、はぁ・・・・」

シロー「と、とりあえずだな・・・・深呼吸でもして、呼吸を、整えたら、どうだ・・・・?」

佐藤一郎「おや、シロー様。お鼻の加減はもう大丈夫なのですか?」

シロー「大丈夫も何も・・・・ひどい目にあったものだ・・・・・・」

ロリブルマ「その分じゃまだ、治りきっていないみたいね?」

シロー「そうだな・・・・ある程度時間が経ったので大分マシになってきたが・・・・まだ鼻がグズついて敵わん・・・・犬としては、致命傷だ・・・・」

佐藤一郎「それでしたら、とりあえずここにアロマの香りの詰まった小瓶を置いておきますね。一応、鼻の調子をある程度よくするだけではなく、リラックスの効果もあるようですので」

シロー「・・・・・・ああ。少しは楽になったな。恩にきる」

タイガ「うむ。とりあえず、大分楽になってきたので、本題に入ろうと思う」

ロリブルマ「というか、また性懲りもなく外伝話を書き上げたわね」

タイガ「どうも一日が終わって次の日に移行する前にこういった外伝が上がる寸法のようね。今後もそういったスタイルでいくと思われるわ」

佐藤一郎「現にいくつか考えていらっしゃいますのもありますからな。とはいえ、はたしてこの話は上げていいものか、と思っていらっしゃるようでもありますが」

タイガ「まあ、それは作者本人の判断に任せていいんじゃない?これからも小説とか抜きにしても自分で判断しなきゃいけないわけだし」

シロー「かと言って、独断でどんどん突っ走っていくのも問題だがな」

タイガ「うむ。その辺の折り合いはちゃんとつけるように」

ロリブルマ「とりあえず、今回は憧れの先輩が結構シスコンでしたって話だったっスね」

タイガ「んな身も蓋もない・・・・というかそれよりも姉ゴンのあの割烹着とせんのうメイドをフュージョンさせたような性質はなんじゃい!?主に悪い部分のみが」

佐藤一郎「どうも、作者様が“なんか清音のキャラ薄いな~”と思っていたところに急にひらめいた結果によるものだそうです」

タイガ「ううむ・・・・キャラクタークリエイトも一歩間違えれば、恐ろしい事態を招くものね・・・・」

ロリブルマ「その点、タイガは突然変異みたいな感じでできたようなもんだから、ちょっとは楽だったもんね」

タイガ「なんか、褒めているのか貶しているのかよくわからんの~・・・・」

シロー「とりあえず、今回は“鉄平の友人”ということで設定された大迫純一を紹介して終了したいと思う」

タイガ「ちょ・・・・!何勝手に終わろうとしているのよ!?」

シロー「ふむ。とりあえずあまり語れるようなトピックがないからだ。下手にグダグダ進行するのも困りものだしな」

ロリブルマ「まあ、他に言える留意点といえば、“ヤンキー君とメガネちゃん”の和泉をイメージしているぐらいなんじゃないんスかね?」

佐藤一郎「ちなみに中学時代、つまりこの話ではまだメガネはかけておりません」

タイガ「意外とあるじゃん・・・・」

シロー「さて、これが大迫純一の全てだ」

タイガ「・・・・って、本気で終わらそうとしている!?ちょっと!まだ喋り足りないのよー!!!」


氏名:大迫純一
性別:男・十代半ば
身長:174cm
体重:69kg
イメージカラー:藍色
特技:ケンカ、格闘ゲーム全般、整理整頓
好きなもの:清潔な空気、森林浴
苦手なもの:乱雑な空間
家族構成:父(運送業者)、母、兄(大学二年)


タイガ「ああ!もう終わろうとしているー!?」

ロリブルマ「まあ、近頃無駄に長くなってきているから丁度いいんじゃない?それじゃみんな。待ったねー!!」

タイガ「勝手に終わらすなーーーーー!!!!!!」

シロー(今思えば、この人数で進行すること事態が無謀のような気が・・・・)



[9729] 第二十三話「アンデッド」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:835c6937
Date: 2010/09/03 02:54
 ―――どうして?

 放課後。
 人気のない、手洗いの鏡の前で少女はうなだれる。

 ―――どうしてなの?

 少女の頭の中では、その言葉のみが反芻する。
 上履きを隠されたとき、それを見つけてくれたのも彼女だった。
 ノートや教科書を落書きされてしまったとき、代わりを貸してくれたのも彼女だった。
 どんな陰口を叩かれても、どんなに無視されても彼女だけは自分を支えてくれた。
 だから少女は願った。

 このままずっと、友達でいれたらいいな、と。

 しかし、その友情は長くは続かなかった。
 なぜなら、その友と呼べる少女が交通事故で死んでしまったからだ。
 自分はただ願っただけであって、決して破滅を望んでなどいない。
 なのに、死んでしまった。これまで、自分に危害を加えてきた者と同じように。

 ―――どうして?

 理由などわからなかった。わかるはずもない。
 少女はただ、むせび泣くしかなかった。

 ―――どうして?
 ―――どうして、死んじゃったの?死んでほしくなかったのに・・・・

 『いいえ。死んで当然よ、あんな女』

 ―――誰?

 少女はキョロキョロと辺りを見渡した。
 ここには、自分以外に誰もいないはず。それなのに、声が聞こえてきた。
 空耳だろうか?

 『空耳なんかじゃないわ。ワタシは、ここよ』

 確かに、声が聞こえた。それも、ありえない方向から。
 少女は恐る恐る、その方向に顔を向ける。
 “それ”は、いた。少女の目の前には、鏡に映る自分がいた。しかし、今の自分の顔は涙に濡れているはずだ。にもかかわらず、鏡の中の自分は涙など浮かべていない。むしろ、逆に笑いを浮かべていた。それも、マンガに出てくるような悪人のような笑顔。

 『何をそんなに驚いているの?失礼ね。ワタシは“あなた”なのに』

 ―――何を、言っているの?わたし・・・・悪い夢でも、見ているの?

 『いいえ、夢なんかじゃないわ。これは紛れもない現実。“あなた”が望んだ何もかもが実現した、理想的な世界よ』

 鏡の中の自分は言う。これは現実だと。
 ありえない。鏡の中の自分がひとりでに喋っているなど、あまりにも現実離れしすぎている。自分は、頭がおかしくなってしまったのだろうか?

 『本当にひどい話ね。せっかく、人が親切心で“あなた”の願いを叶えてやったのに・・・・』

 少女はますます、わけがわからなくなった。

 ―――願いを、叶えて・・・・?

 『そうよ。小学校の頃の学習発表会のとき、“あなた”はヒロイン役を演じたいと思った。けど、それは普通に考えれば叶わない。なぜなら、そのヒロイン役は“あなた”のお友達がやることに決まったから。それでも“あなた”はヒロイン役をやりたいと思った。それだったら、話は簡単よ。そのお友達を、二度とヒロイン役を演じられないようにしてやればいい。そうすれば、ヒロイン役は“あなた”に転がり込む。そうしてどうなったか、“あなた”はよく知っているわよね・・・・?』

 ―――そ、そんな・・・・

 少女は、ショックで頭を打ちのめされてしまった。
 そのために、彼女は車椅子生活を余儀なくされてしまったというのか?夢に向かって真摯だった、あの子が・・・・

 『別にいいんじゃない?本人、気にしていないみたいだし。というか、かなりタフで前向きでいい子じゃない。むしろ、この後の願いのほうが叶えやすかったわよ。ただ、いなくなってほしい。ただ、死んでほしい。随分と楽だったわね。そのかわり多すぎたような気もするけど』

 ―――う、ウソだ・・・・そんなの、ウソよ・・・・

 『いいえ、ウソじゃないわ。それよりもさ、どうしてそんな怯えたような顔しているの?むしろ喜んでよ。願いがこうも叶っているんだからさ』

 ―――こ、こんな・・・・こんなこと、願って、ない・・・・こんなので、喜べるわけ、ないよ・・・・

 すると、鏡の中の自分は呆れたように溜め息をついた。

 『いい加減にしてよね。いいわ、いい機会だから教えてあげるわ。“あなた”がどれほど自分勝手で欲深い、卑怯者なのかってね』

 ―――い、イヤだ・・・・!イヤだ!!

 『イヤだ、イヤだじゃないわよ、全く。“あなた”一体全体いくつなのよ?それぐらいの歳になれば自分の責任は自分で負うものよ。それなのに、“あなた”は全くそうしない。それどころか、あれもしたい、これもしたいと思うだけで、ただただ憧れたり羨んだりするだけ。あれもイヤ、これもイヤと思うだけで自分からは何も動かない。ただただ状況に流されるだけ。“あなた”ってば、ヒロイン役やりたいと思ったときに何かした?連中にいじめられたとき何か一つでも抵抗でもしたの?』

 少女は強ばって、何も言えなかった。
 まるで鏡の中に本心を晒されてしまっているような心地だった。鏡の自分の言うことを否定できない自分がいるからだ。
 鏡の中の自分が、さらに続ける。

 『確かに“あなた”には後ろめたい気持ちとかもあったわ。けどその一方で、舞台に立てて舞い上がっていた自分が、連中がいなくなったり死んだりしてせいせいしていた自分がいたはずよ』

 少女は絶句し、思考回路の全てが麻痺しそうになった。
 思い返してみれば、劇のときも蒸発及び不審死の連発のときも、彼女の中にあったのはまず信じられないという驚きの感情だった。それからしばらくすると、自己嫌悪や混乱が彼女を襲ってきた。そんな中にありながらも、少女の中に確かにあったのかもしれない。舞台に立てた喜びと演じきった達成感が。自分を貶めた連中が消えて自身の溜飲の下がる心地が。
 こんなにも、自分は醜い心の持ち主だったのだろうか?
 しかし、それでも腑に落ちない疑問がある。

 ―――それじゃあ、どうして今回は、こんなことに・・・・?

 もし自分の願いの全てが叶うのであれば、友人の突然の死はあまりにも理屈に合わなさすぎる。
 鏡の中の自分は、嘲るような口調で投げかけられた問いに答える。

 『だってあの女、“あなた”のことを裏切ろうとしていたんだし。というよりも、裏切るとかそれ以前にあいつ“あなた”のこと、最初から友達だなんて思っちゃいないわよ』

 またもや衝撃が彼女の頭に直撃した。そのとき、彼女の中の何かが割れるような感覚に襲われた。
 相変わらず、鏡の中の自分は人を馬鹿にするような態度で答えた。

 『“あなた”だってうすうすは感づいていたんじゃないの?上履きを隠したのは誰か?教科書とかノートに落書きをしたのは誰か?クラス中で流れる“あなた”に関する悪口や陰口の出所はどこか?それ、ほとんどあの女の仕業よ』

 何も言えない少女を尻目に、鏡の中の自分はなおも続ける。

 『あいつ、自分が元凶だとも知らずに慕ってくる“あなた”のこと、陰で笑い飛ばしていたわね。それがあいつとその周りの話題の種だったみたい。その話が出てくるたびに、いつ“あなた”のことをポイしてやろうかゲラゲラしながらお喋りしていたわね』

 ―――・・・・やめて。

 『しかも“あなた”相手に友達面しているときはすんごくふんぞり返っていたわよ。向こうは“あなた”のこと、エサを上げればホイホイついてくるバカなペットぐらいにしか思っていなかったわ』

 ―――・・・・やめてってば。

 『そんな思い上がった勘違いしたやつに思い知らせてあげたのよ。そのおかげで“あなた”の願いを叶えることができたわ。だって、そうでしょ?あの女が裏切る前に死んだから“あなた”を裏切ることなくずっと“友達”のまま死んだんだから。これって、素敵じゃない?』

 ―――もうやめてって言っているでしょ!お願いだから消えて!永遠に!!

 『・・・・そう。今度はワタシを否定するのね。“あなた”であるワタシを。でも、覚えておいてちょうだい。いくら“あなた”がワタシを否定したところで、“あなた”がワタシである限り、ワタシが“あなた”である限り、ワタシは何度でも“あなた”の前に現れるわ。そして、“あなた”はワタシから逃れることはできないし、ワタシは“あなた”を逃がしはしない』

 少女は後ずさりをして、そしてその場から逃げるように走り去っていった。

 ―――・・・・もう、イヤだ!もう、こんなのはたくさんだ!!

 自分が何かを願うたびに、何かを望むたびにこうして誰かが犠牲になることが耐えられなかった。そして一瞬の気の迷いによる呪いすら、いとも容易く実現してしまうことでさえも正直辛かった。
 自分の願いが全て呪いとなる。その呪いからは誰も逃れることはできない、絶対的な不文律。それは、自分とて例外ではないはず・・・・
 少女は、顔を泣き濡らしながら走っていた。
学校からひたすら走っていた少女は気付くと交差点の前に立っていた。涙を流しつくしたかのような、少女の瞳には何も残ってなどいなかった。
 少女は、向こうで光っている赤い光が自分を導いてくれるような気がした。少女は何も感じないまま、足を一歩一歩踏み出していく。周りで何か聞こえてくるような気がするが、少女はさして気にも留めなかった。そして横から耳を劈くようなクラクションが響き、その直後には鋭いブレーキ音とバコンという大きな音が聞こえた。それから、少女は空中を漂った。あまりにも早すぎるために、時間が止まっているように感じた。そして自分の体が地面に近づくにつれ、時間が一気に加速した。
 潰れるような音が僅かに聞こえたのを最後に、少女は意識を手放した。


 気がつくと、少女は病院のベッドの上で寝ていた。
 そして近くには、自分のそばでワンワンと泣きじゃくっていた妹の姿があった。
その後ろには、悲しそうな顔をした祖母の姿があった。
 少女は、自分への呪いを成就させるのに失敗した。しかし、愛しい家族の悲しみに暮れる姿を目の当たりにしてしまった今、少女は二度と自らの命を手放すようなことはしないだろうし、できるはずもないだろう。
 しかし、それは同時に少女へ苦痛溢れる世界で生きることを意味する。
 それから、少女は希望というものの存在を信じることができなくなってしまった。
 少女は、願いなどというものがまやかしでしかないと信じるようになってしまった。



 ホテル・ノーザンクロスでの戦いから数日が経過した。
 狩留間鉄平は、楼山神宮の鳥居の下で佇んでいた。そんな彼のそばにサーヴァントのアサシンが音もなく現れた。

 「アサシン。首尾のほうは?」

 鉄平の問いかけに、アサシンはただ首を横に振るだけだった。

 「そうか・・・・やっぱり見つからないか」
 「セイバー陣営もキャスターたちの行方を追っていたな。もっとも、向こうの成果もこちらと大して差はないが」
 「そうか」

 ライダーを下し、ランサーを従えたキャスターとブラットフェレスはあの戦いから完全に姿を消してしまっていた。そしてセイバーもサラもキャスターたちを狙って動いているようだ。

 「何でこんなときだけおとなしくして・・・・いっそのこと、何か事でも起こしてくれたら見つけやすいんだけどな」
 「鉄平」
 「冗談だよ」

 鉄平がこういう物騒な冗談を口にするのも無理はない。これまでキャスターは背後に回って、バーサーカーに魂喰いを敢行させていたのだから。しかし今では彼はそういった大事になるようなことは一切していない。完全に雲隠れしてしまった様相となってしまっていた。

 「ともあれ、聖杯戦争もこれで佳境に入ってきたな」
 「そうだな・・・・」

 今、幌峰を舞台としたこの聖杯戦争では、大きく三つの陣営に分かれていた。
 まずは、この地に聖杯をもたらしたネクロマンサーの血を受け継ぐブラットフェレス・ザルツボーゲンと古の魔術師の英霊であるキャスター。さらにそれだけではなく不死身の勇者アキレウスを正体に持つランサーもこの陣営に加わってしまっている。なお、この時点ではアサシンたちには、キャスターの正体がイスラエルの魔術王ソロモンであることは明らかになっていない。
 そして、フランスの名門魔術師一族の娘であるサラ・エクレールと彼女に付き従う最優とされる剣の騎士の英霊セイバー。名門という名に違わず、彼女の魔力は折り紙つきでセイバーとの相性も抜群のものである。また、セイバーの真名がいまだに明らかになっていないのも大きなアドバンテージである。
 最後に、鉄平と暗殺に長けたアサシンに彼の後輩である野々原沙織のサーヴァントである弓使いアーチャーの同盟である。森の人ロビン・フッドを正体に持つアーチャーはその卓越した弓術で他の追随を許さない。また隠密行動に優れたアサシンの一挙手一投足も大きな脅威となりうる。
 残りのサーヴァントは五体。しかし勢力としては三つ。佳境を迎えたこの聖杯戦争も、今では不気味な沈黙を守っている。これはキャスター陣営が姿を消したことと、他の二つの陣営がキャスターを狙っていることにもよるのだが、これ以外にも理由があった。
 それは、アーチャー・アサシン陣営が抱えている大きな問題に他ならない。

 「沙織の様子は?」
 「・・・・まだ目を覚まさないよ。あれから、大分時間が経っているというのに・・・・」

 鉄平は顔を伏せがちにそう言った。
 アーチャーのマスターとなってしまった野々原沙織は、バーサーカーとの戦いの最中で重傷を負ってしまった。しかしそれでも、彼女は一命を取り留めたがいまだに昏睡状態に陥っている。

 「鉄平。主が気にしてもどうにもならぬことはよくわかっていよう」
 「わかってるって。ただ、動きようがないから余計滅入るんだよ」
 「・・・・全くだ」

 確かに、奇妙な膠着状態に陥ったことで戦いも停滞してしまった。正直に言えば、これにはさすがのアサシンも鬱積が溜まってしまっている。
 普段にも増してむっすりとしてしまっているアサシンは、鉄平にあることを尋ねた。

 「そういえば、アーチャーは?」
 「さあ?多分、あっちの林のほうじゃないのか?」
 「そうか・・・・」

 そう言ってアサシンは鉄平に背を向け、鉄平の指し示した林のほうへと足を向けた。

 「どうかしたのか?」
 「さて、な。あやつはここのところサーヴァントらしいことをしておらぬからな。今頃はどういった様子かと思って、な」
 「・・・・それもそうだな」

 それだけのやり取りの後、アサシンは林の中へと入っていく。
 確かに、アサシンはアーチャーの様子を見に行くつもりだった。しかし、それは彼が口にしたような意味合いでは決してない。これもこの陣営が抱える大きな問題の一つであるからだ。そしてそれを知るのは、この中では本人とアサシンだけである・・・・



 「ふう・・・・・・」

 木を背にもたれかかりその場でしゃがみこんでいるアーチャーは、深く息を吸ってそれを吐き出し呼吸を整えていた。しかしそれでも息は乱れがちだが、先ほどよりは大分マシになってきた。しかし、体を蝕むこの苦痛だけはどうにもできない。
 動こうがじっとしていようが、肉という肉が痛みに苛まされ、これに伴い精神がズタズタに切り裂かれる。幸い、アーチャーの精神力の高さは超感覚を有しているおかげかこれらを屈することなく堪えることができるほどなのだが、時間が経過するごとにそれも徐々に削り取られてしまっている。
 息を切らし、体中から脂汗が滲み出ているアーチャーは、ここに何者かが近づいてくるのを察知した。そしてそれが誰なのかも・・・・

 「どうした、アサシン?足手纏いになりそうなオレを始末しにでも来たか?」

 ゆらりと現れたアサシンは、しゃがみこんでいるアーチャーを見下ろす形で立っていた。

 「愚問を。確かに主はいずれ我らと見える定めにあるが、我らの側に立っている以上はそれを不意打ちで駆逐するような真似は一切せぬ。そのことは既に承知済みと思っていたが?」
 「ヘッ、違いねえ・・・・」

 苦しいながらも、顔にはいつも通りの余裕に溢れた笑みを浮かべるアーチャー。そのアーチャーを見ても、アサシンはただ淡々としながら質問をした。

 「して、それはいつごろからなのだ?」
 「さあ、ね」
 「しらばっくれる気か?」
 「そうじゃねえよ。違和感なら最初からあったさ。魔力と一緒にチビチビと流れ込んできていたからな。それぐらい、あんたならすでに承知済みかと思っていたけどな?」

 アサシンは不満そうに鼻を鳴らすと、そのまま話を続けた。

 「つまり、場合によっては召喚された当初からあった、と。そういうことか?」
 「さあな。何しろ流れてくるのはほんの僅かな量で、しかも初日からゴタゴタ続きだったからな。気付いたらあったって感じさ」
 「確証はなし、か。成程・・・・で?その僅かにしろ、確かにあった違和感が悪化したのは、やはりバーサーカーとの一戦の後か?」
 「ああ。あのときからまるで、堤防が決壊したせいで一気に氾濫した。そんなとこだな」

 アサシンはしばらく顎をさすりながら考える仕草をしていた。彼が口を開いたのはそれからだ。

 「いずれにせよ、主はここから動けぬわけだ」
 「不本意ながらな。この間の戦いのときも、オレが出張っていればキャスターのやつなんぞ一発で仕留められたんだがな」
 「随分と自信があるな」
 「まあ、な。それができなかったせいで、やつらが勢いづいちまったからな。そのくせ、引っ込みやがるから余計性質が悪い」
 「・・・・現時点でやつが如何なる企みを持っているかは知らぬ。一応の対策は取ってはいるが、キャスターの性格から考えて向こうから攻めてくるような真似はせぬだろうし、セイバーやそのマスターとて今はキャスター打倒に躍起になっておる。しばらくはこのまま何もかもが動かざることだろう」
 「そうでもないぜ」

 いきなりアーチャーが真っ向から否定してきたので、アサシンは少し面食らったようだが、ほとんど表情には表れていない。
 それに構わずアーチャーは言う。

 「ずっとここにいたんだが、どうも森の木々が妙にざわついていやがる。何かに怯えているみたいに、な。そんで、こういうときは大体こういう流れさ」

 アーチャーはアサシンを見据えて言った。

 「もうすぐ、戦いが始まる」



 その日の晩のことだった。
 野々原沙織は、用意された部屋の布団に寝かされている。体中から大量の汗を流し、息が荒くなっている彼女の意識はいまだ戻らないまま。そんな彼女のそばにアーチャーが座っており、ときおり濡らした布巾で汗を拭っていた。しかし彼とて沙織と同様に安静が必要な状態なのだ。にもかかわらず、彼は息が乱れながらも苦しさを堪えていた。
 そうして苦しんでいるにもかかわらず、彼は進んで沙織の面倒を看ていた。そのときの彼の顔には普段の飄々とした態度がなりを潜めてしまっている。
 それから、アーチャーは沙織の額に手を乗せた。

 「・・・・サオリ。悪いな。あんたの弓になると言っておきながら、この様だ」

 アーチャーは静かに沙織に話しかける。答えが返ってこないと知りながらも・・・・

 「いくら詫びを入れても、いくら悔やんでも仕方のねえことだとはわかっているけどよ、どうしても自己嫌悪に陥っちまうんだわ。バーサーカーをもっと早く倒せればとか、キャスターとの戦いに加わっていれば戦いも早く終わっていたんじゃないかとか、な。ま、今更どうしようもないけどな」

軽口は叩くものの、いつもの気楽さはない。しかし、次から彼の言葉に力強さが宿る。

 「けど、一つ幸いなのはあんたが生きているってことだ。しかもオレもいまだ健在だ。ペナルティはついているみたいだけどな。だから、今度こそあんたを守り抜いてやる。たとえ、世界があんたを忌み嫌い排除しようとしても、オレだけはあんたの味方でいる。だから、いつまでも寝ていないで早く目覚めてくれよな」

 新たなる誓いと共に、森の義士はそれまでの悔いとは決別した。
とはいえ、今の彼は弱ってしまっている。彼は彼女の前では、たとえ見てはいなくともそれを表に出さないように努めた。このまま張り詰めた気を緩めてしまえば、それが途端に表出してしまいそうな気がするからだ。しかし、今は絶えることが苦でないような気がした。
 だが、気持ちを新たにしたそのときだった。

 リィィィィィ・・・・・・ィィィィィン

 どこからともなく、音叉が鳴るような音が聞こえてきた。それは、この屋内全てに響き渡っていた。

 (この音、確か・・・・)

 アーチャーは思い出していた。
 この神宮の周辺には、結界が張られていることを。そしてそのうちの一つに、害意を持った悪霊や怨霊の類が神宮周辺に出現すると、それを知らせる仕掛けも施されているという。
 今鳴っている音は、まさしくそれだ。もはや考えるまでもない。

 (やっぱり敵か!)

 そう思うや否や、アーチャーは部屋から出ようとした。しかしその前に一度、沙織のほうを振り向いた。

 (サオリ・・・・悪いが、しばらく離れるぜ)

 そしてアーチャーは部屋から駆け出す。
 狭い空間の中で急行するアーチャーは、途中狼狽している空也を脇目に捉えた。突然のアーチャーの出現に驚いているのか、それともこの警報が鳴ったことによるものなのか。そのどちらかは知らないが、今のアーチャーには空也に構っている暇などなかった。
 アーチャーは社務所の外へと出て、韋駄天の如き早さで本殿へと辿り着き、そして本殿の屋根を一気に駆け上がった。
 そして屋根の上から辺りを見渡す。その途端に、アーチャーは苦痛のために顔を歪めてしまう。急いでいたせいで、それまで堪えていたものが急にぶり返してしまったようだ。

 (くそっ・・・・!こんなときに押しかけてきたのはどこのどいつだ・・・・・・!?キャスターか?セイバーか?それとも・・・・)

 アーチャーは深呼吸をして落ち着ける。
 そしてアーチャーは瞬時に目を凝らし、耳を澄ませ、ありとあらゆる感覚を研ぎ澄ました。その際、襲い来る苦痛がそれらを乱そうとするが、アーチャーはそれをできうる限り遮断した。
 そうして索敵していると、すぐにアーチャーは敵の影を捉えた。しかし、アーチャーの顔は驚きに満たされ、そしてすぐに苦痛に歪んでしまった。驚いてしまったせいで、アーチャーは苦痛への遮断が緩んでしまったのだ。そのため、彼は自身の胸を抑えた。それでも、アーチャーは驚きを隠すことなどできない。

 「おい、ウソだろ・・・・」

 アーチャーは思わず声に出してしまった。
 彼がすぐに敵の影を発見できたのも、それが大量にいたからだ。

 「あいつ・・・・確か、アサシンの話じゃやられたはずじゃ・・・・?」

 アーチャーには敵の姿がはっきりと見えていた。
 そしてそれは見間違えるはずもない。敵は全て馬に跨り武装していた。その装備はかつてモンゴル騎馬軍団が用いたものだった。

 「けど、あれは一体・・・・?」

 アーチャーが疑問に思うのも無理はなかった。
 あの覇道王の流した血によって再現された最強の軍団は、肌の色も武具も馬も何もかもがその鮮やかな血の色をしていたからだ。
 しかし、アーチャーの見る限りでは、この軍団には一切の鮮やかさもない。今の彼らは闇に溶け込みそうなほど暗く、虚ろで濁った黒い泥の色をしていた。
 この不気味な軍団が神宮の敷地内周辺に押し寄せる中、アーチャーの中に波打つ苦痛も次第にその強さを増していった。



 今から数年前の話。
 とある病院での、とある二人の医師が向かい合って話していた。

 「・・・・それでは、もう一度話を聞こうか」

 椅子に深々と座っている初老の医師が、目の前で立っている若年の医師にそう言った。その若い方の医師は、どこか恐縮したかのような面持ちだ。

 「で、ですから何度も申し上げていますように、先ほど運び込まれました少女は、どうもいきなり歩道から飛び出したらしく、そのまま走ってきたトラックに追突して跳ね飛ばされてしまったようで、それで運び込まれてから数時間後には意識を取り戻したようで・・・・」
 「それぐらいわかっている」

 座っている医師は、じっとりとした目つきで若い医師を一瞥すると、その場のデスクに置いてあった事故に関する書類を取り上げた。

 「私が知りたいのはね、そういうことじゃないんだよ」
 「と、いいますと?」
 「・・・・君。確か、事故の現場へ向かった救急車に乗り合わせて、実際にその子の救命に当たったんだよね」
 「・・・・実際、これは自分の担当ですので、できうる限り迅速に・・・・」
 「この際、君が何をしたのかはどうでもいい。正直、君が何をしていようと興味が持てないんだよ、私は」
 「はあ。申し訳ございません・・・・」
 「それよりもね、私が興味あるのは、これだよ」

 そう言って、椅子の医師はある項目にざっと目を通した。

 「車に撥ね飛ばされた距離、そして出血量・・・・」

 そうして書類から目を離した医師はずいっと乗り出す様に、梟のように見開いた目をした顔を若い医師へと向けた。そのため、若い医師は少したじろいでしまった。

 「これ、どう考えても死んでるよね?」
 「・・・・そこに記されている上では、そうなります・・・・」
 「記されている?でも実際、事故現場には血痕が残っているし、目撃者もたくさんいるんだったよね?誰がどう見ても助かるはず、ないよねえ?」
 「・・・・それは、居合わせた我々も同じでした。もはや助かる見込みは、ないものと・・・・」
 「それはそうだよね。それで?その子の容態はどうだったの?」
 「はい・・・・今は回復の傾向にあり、今後日常生活への支障はないものと・・・・」
 「ああ、ゴメンゴメン。私が知りたいのはそういうことじゃなかったんだ。いや、悪いね。どうも口下手で。私が知りたいのは運んでいる最中の経過のことだったんだよ。それで、説明できるよね?ん?」

 その問いかけに、どういうわけか若い医師は目を逸らして顔をうつむかせてしまった。それを見て、もう一方の医師はわざとらしく首を傾げて見せた。

 「どうかしたのかな?何かまずいことでもあるのかな?そんなはずないよねえ?これで不手際をして死なせたっていうんなら話はまだわかるけど、別にそうじゃないよね?だったら何もやましいことなんてないじゃない。なのに、どうして黙っているのかな?」

 若い医師は、意を決して口を開いた。

 「・・・・病院に到着する直前には、あらゆる傷が完治していました・・・・それどころか、内臓や骨格、筋肉に神経などにも損傷は見られません・・・・」

 すると、座っているほうの医師は背もたれに背を預け、何も知らない人間が見ればそれこそ穏やかな顔で言った。

 「どういうことかな?事故もその子が死にかけていたことも本当みたいだけれど、どうしてなのかな?状況から見て誤診なんてまずありえないだろうけど、どうしてだろうね?」

 しかし若い医師は思わず反論めいた口調で返した。

 「ですが、何がどうであれ助かる見込みのないはずが奇跡的に一命を取り留めることができたのです!それを・・・・」
 「奇跡的ぃ?」

 若い医師の言葉を遮り、椅子に座った医師が鼻を鳴らしてあからさまな侮蔑を浮かべながら言った。

 「君たちはそうやってすぐ、手に負えないことが物の見事に解決すればそれを奇跡と呼んで称える。全く便利な言葉だね、奇跡っていうのは。でもね、私に言わせればね、奇跡なんてものは存在しないんだよ。だって、そうじゃないか。世に奇跡って呼ばれているものの大抵は誇張か自分で機運を掴み取った結果のどちらかしかないんだよ」

 先ほどのように身を乗り出したりはしないものの、妙な迫力を帯びたこの医師を前に若い医師は少したじろいでしまった。

 「それにね、仮に奇跡がこの世に存在するとしてもだ。今回のこれは“奇跡”なんて呼ばない。これはね、“異常”に他ならないんだよ」

 それから、若い医師は何も言えなくなってしまったため、この場は重苦しい沈黙に包まれてしまった。だが椅子の医師はそれを少しも意に介さずに続けた。

 「話が変な方向に行っちゃったから変えるけど、あの子のお見舞いにご家族の方がいらしたよね?なかなか人の良さそうなおばあさんに、可愛らしい妹さんじゃない」

 突然の話の転換に若い医師は顔をしかめてしまった。しかし一方の医師はそれを気にする様子もなく、すっと立ち上がって窓際に向けて足を進め、そこに立ち止まって窓の外を眺めながら続けた。

 「今回の件から見るに、あの子自殺をしようとしたんだよねえ、やっぱり。全くイヤな世の中になったもんだねえ。世間には自殺するほど深刻な問題が蔓延して、それで自殺したりそれに失敗したりすれば妙なレッテルを貼られて社会から変な目で見られる。本当に、イヤな世の中だよ。ましてや、今回のこの奇妙な事件が世に知られたら、あの子もあの子の家族も結構苦労するだろうねえ」
 「・・・・・・何が、言いたいのです?」

 いぶかしそうにしている若い医師に、もう一人の医師が顔をそちらに向けた。

 「いや、別に。ただの独り言だよ。この件が世間に知られたら色々と面倒なことになるってだけの話だよ。あの子にとっても、我々にとってもねえ」

 そう言って、その医師はつかつかと若い医師に歩み寄り、顔をぐんと近づけた。

 「世の馬鹿どもはこういうことに関心を持ちたがるんだろうけど、はっきり言って我々にとっては迷惑以外の何者でもないんだよ。それぐらい、君にもわかるだろう?」

 若い医師が面食らうと、初老の医師は数歩下がってくるりと背を向けた。

 「話は以上だ。報告ご苦労様」

 それから、若い医師は硬直から解放されると礼をして、それから足早にこの部屋から去っていった。


 それから、あの部屋から大分離れた若い医師は、人気のないところで思わず口走ってしまった。

 「くそっ!あのタヌキ・・・・!よくもいけしゃあしゃあと・・・・・・!!」

 あの書類には、今回の事故に関する事項が全てまとめられている。おそらくは、あれに目を通した上で今までのような話を切り出したのだろう。
 あの粘着質な医師を思い浮かべるだけで、段々と腹が立ってくる。しかし、あの事故について考えをめぐらせると、それも収まっていった。

 (しかし、あれは一体なんだったんだ・・・・?)

 自分は、他の同年代の医師と比べて多くの経験を積んできていると自認している。
 しかしあの事故、というよりも自殺をしようとしたあの少女に関して不可解な点が多すぎる。誰の目から見ても、助かるはずのない命だった。それなのに、あの少女は生還した。しかも、事故による外傷も目を離している間に完治してしまっていたのだ。まるで事故や自殺そのものがなかったかのように消え失せてしまったかのように。
 先ほどは自分の口では奇跡、あの医師の言葉では異常としたが、あえて一言で言うとするならば、ありえない以外の何者でもないだろう。
 また、これを異常と断じられたことについても思いを巡らせた。異常にしても奇跡にしても、それで助かる命があるのならばそれに越したことはない。少なくとも若い医師はそう思っていた。

 (面倒なことになる、だと・・・・?)

 確かに、このことが公になればそれこそ奇跡だなんだとしてあの少女が取りざたとされるだろう。そうなってしまえば少女にも、その家族にも心休まるときがなくなってしまう。
 しかしそれだけでなく、この不可解な現象についても追及されるはずだ。だが、こちらはまだその全容を把握していない。そもそも、把握できやしないだろう。これは明らかに自分たちの手に負えるレベルではない。きっと、この事件を担当している警察のほうでもそのうち暗礁に乗り上げるだろう。
 若い医師は溜め息をついてしまった。
 おそらくは、自分がなにをするでもなくあの医師の要望どおりに、この件の大部分は抹消されるだろう。
 それも、確実に。



~タイガー道場~

タイガ「あ~・・・・あ~つ~い~・・・・・・・・」

シロー「見事なだらけぶりだな」

タイガ「そんなこと言われたって~・・・・暑いものは暑いんだから仕方ない~・・・・というか、七月は雨ばっかりで八月は本州と大差ない気温と湿度。作者も特別な用事ない限りほとんど外出なんてしておらんがな」

ロリブルマ「そこで作者の事情出さない。というか、住んでいる地域とか別にしても確かに暑いっすね~・・・・」

佐藤一郎「そういうときにこそ、食というものをしっかり取らねばなりませぬ。ということでここは一つ、冷麺でも作ってみましょうか」

ロリブルマ「え~・・・・一から作るの~?」

佐藤一郎「まあまあ。作る喜びを知り、それを堪能する経験も時には大切です。そういうわけですので、早速材料を確保してまいりました」

タイガ「材料!?」

佐藤一郎「はい。ワカメにチャーシューに食べるラー油にございます」

ロリブルマ「え?そんなの見当たらないけど・・・・って、何?向こうにあるあの檻・・・・?というかあそこからきこえるのって・・・・」


ワカメ「おい!何で僕がこんなところに閉じ込められなきゃいけないんだよ!早くここから出せよ!!」

チャーシュー「一体どういうことなんです!?約束の話(盗撮写真)は一体どうなりましたか!?」

食べるラー油「アオサキィ!どこだぁ!!」


タイガ「・・・・って、材料ってコイツらか!というかワカメって時点で大方の予想がついたわ!!」

シロー(しかもネタとしても微妙に旬が過ぎているようにも思えるが・・・・)

ロリブルマ「というか、こんなの材料にしたら食中り起こすわよ、絶対に」

佐藤一郎「しかし燈子様の使い魔はラー油を丸呑みすることができましたが?」

タイガ「いや~、あれはさすがに例外でしょ?」

シロー「ところが、そうでもないらしい」

タイガ・ロリ・一郎「「「ん?」」」

シロー「実は、本人からこういうメッセージが届いている。では、聞いてくれ」

(音声再生)

燈子『いやな。実はあの後、あの鞄しばらく使い物にならなかったんだよ、どういうわけか。しかもよく耳を済ませてみるとな、聞こえてくるんだよ、呻き声が。最初はアル・・・・ああ、ここではラー油だったか。ラー油のものかと思ったがそうでもなかったんだよ。一応これでも長年の付き合いだったんだ、間違いはない。そう考えるとやっぱり、賞味期限が過ぎていたんじゃないかと思うんだよ。まあ、一応悪いことはしたなって思うよ、鞄に。けど、別に反省も後悔もしていないがな』

(再生終了)

タイガ「・・・・や、やっぱりまずかったのかしら、ラー油として・・・・」

ロリブルマ「というか、何こんなところに顔出しているんスか?それ以前に、何で食べられたはずのラー油がここにいるの?」

タイガ「というか、どうするの?あっちの材料?」

ロリブルマ「そんなの、即刻廃棄処分に決まっているでしょ」

ワカメ「え・・・・?ちょ、待てよ!もしかして、僕らの出番ってこれだけ!?というかこれだけのために檻にぶち込まれたのかよ!?」

タイガ「まあ、ワカメはどこ行ってもワカメでしかないから弟子一号よ、任せた!」

ワカメ「おい、藤村!こんなんでも一応僕はお前の教え子なんだから、せめて少しは庇う素振りとかしろよ!!」

ロリブルマ「じゃあ・・・・殺っちゃえ!バーサーカー!!」

(バーサーカー出現。檻を抱えて退場)

ワカメ「・・・・て、本当に処分する気かよ!チクショウ!僕の扱いって、結局こんなもんなのかよ!?ライダー(メドゥーサの方)!やっぱり僕のサーヴァントはお前しかいないよ!あのパイレーツのマスターは僕だけど僕じゃないから戻ってきておくれ!頼むからカムバック!!!」

(バーサーカー、檻と共にフェードアウト)

シロー「とてつもないページ数の無駄だったな・・・・」

タイガ「というか、あんなのどうして連れてきたのよ?」

佐藤一郎「・・・・てへっ」

タイガ「だから、じーさまがそんな可愛らしく照れるような仕草見せるなっつーの!」

ロリブルマ「ていうよりもタイガ、いつの間にか復活しているっスよ?」

タイガ「・・・・あ、本当だ。お姉ちゃんビックリ」

シロー「だったら早速本題に入るとしよう」

ロリブルマ「といっても今回もプレストーリーみたいな位置づけなんだけどね」

タイガ「なんかほとんど過去話に焦点が当たっているような感じだしのう」

佐藤一郎「ちなみに病院のシーンですが、結構勝手がわからなくて苦労した模様です。といいますのも、作者様自身がこういった病院に関する描写をあまり目にしないことにもよりますからね」

タイガ「よって、作者は医龍を読み直すか、救命病棟24時を視聴するかなどをするように!」

ロリブルマ「(多分そんな気力ないだろうけど・・・・)そういえば、医龍といえば、上司みたいな医者は最初、若手の医師にきつく当たっているように描こうとしていたみたいだけれど、途中からどういうわけか野口教授みたいな人物像になっちゃったみたい」

タイガ「まあ、どうもとあるサイトのこの漫画のレビューの影響が大きいみたいね、これは」

シロー「とりあえず早速だが、今回はキャスターの宝具の一つを紹介しようと思う。詳細は以下に」


名称:王の契約(テスタメント・サロモニス)
ランク:A+
種別:対人宝具
レンジ:3~9
最大捕捉:一人
キャスターの代名詞ともいえる、六芒星の紋様のついた鉄と真鍮でできた黄金の指輪。神霊の類を自信の支配下に置くことのできる魔力を持ち、特に神性適性の高いサーヴァントにその効力を発揮する。また、そうでないサーヴァントにも強い拘束力を発揮する。なお、この宝具は彼が従えている72柱の悪魔のコントローラーのような役割をも持つ。


シロー「もはや説明不要と思われるソロモン王の指輪。天使がソロモン王に授けたとされる指輪で、悪魔や天使を従えるだけでなく、動植物の言葉をも理解できる力を持つともいわれている」

タイガ「なんか正しい指輪の使い方みたいなのがあるみたいだけれど、作者ったら指輪の使用シーンじゃそれをぼかしたみたいだからね」

ロリブルマ「なんか作者の頭の中じゃ、星のマークからビームを発射して・・・・っていうイメージみたい」

佐藤一郎「とりあえずイメージといたしましては、エルキドゥとルールブレイカーの2種類が合わさったような宝具、と認識していただければ幸いです」

タイガ「そう考えると、結構恐ろしい宝具だのう、これ」

ロリブルマ「ちなみに、令呪を打ち消すルールブレイカーと違って、こっちは令呪があってもそのまんまサーヴァントを乗っ取っちゃうっていう感じね」

シロー「その上キャスターの魔力が冗談のように高いことにより基本的に支配権はキャスター>本来のマスターということになる。魔力供給は本来のマスターが行うが、実際に支配しているのはキャスター。そういう図式だ」

タイガ「なんか、屈辱的な能力ね。特に慢心王にとっては」

佐藤一郎「その慢心のせいで、いくらでも付け入る隙はありそうですからなあ」

タイガ「とまあ、今回はこんな感じかしらね」

ロリブルマ「多分、今頃あの檻の中のあれは地下大空洞あたりにでも廃棄されているだろうから、また今度ね」

シロー「では、また会おう」



[9729] 第二十四話「亡者の進撃」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:28f17abe
Date: 2010/09/18 02:59
 現代において、夜という時間は家の中で団欒した後に平安なる眠りの中でまどろむことが大半だ。少なくとも、古の時代ほど夜の闇がもたらす諸々の恐怖に晒されることは少ない。それは時代と共に明かりが発達してきたこともある。
 しかしそんな眩い明かりの中にあっても、この楼山神宮の中の空気は張り詰めていた。室内に響き渡る音叉の音。それが鉄平と空也に緊張をもたらした。なぜならそれは、敵の襲撃を知らせる音に他ならないからだ。
 それからほどなくして、アサシンがこの場に突如として出現した。

 「アサシン!外の様子はどうなっているんだ!?」

 鉄平が急かすように自分のサーヴァントに問い質した。アサシンは取り乱す様子もなく、淡々と答えた。

 「どうやら、今ここに襲撃をしかけようとしているのはライダーの手勢らしい」
 「ライダー!?」

 アサシンの回答に、鉄平は驚くより他はなかった。なぜなら、その襲撃者はもはやここには存在しないはずだからだ。そのため、鉄平は思わずアサシンに聞いてしまった。

 「けど、ライダーは確かキャスター・・・・ていうよりもランサーにやられたはずじゃ・・・・!?」
 「そのあたりの事情は某にはよくわからぬ。何故、彼奴が黄泉より舞い戻ってきたのか、何故ここに攻め込むかも。しかしライダーが顕在していることだけは確かのようだ。ただ・・・・」
 「ただ?」
 「・・・・どうやら向こうの様子が変貌してしまっているようだ。どういうわけか、今のライダーの手勢の色は血の色ではなく泥の色をしているらしい」
 「それって、どういうことだよ?」
 「くどいようだが、そこまでは某にもわからぬし、何よりも推測を立てるには材料が少なすぎる」

 アサシンの言うとおりだった。今起きていることは、あまりにも不可解すぎることが多すぎる。一つわかるとすれば、何らかの異常事態が起こっているということだ。もっとも、その原因は皆目見当もつかないが。
 するとここで、空也が声高らかに言った。

 「なんだか偉いことになっておるようじゃが、心配いらんわい!いざここに敵が来たとなればこの空手五段のワシがギッタンギッタンのギッチョンギッチョンにしてくれるわ!」

 そう言って空也は空手の型の動きを始めたが、その途中なにやら不気味な音が聞こえてきたと同時に、空也はその場でへなへなと崩れ落ちてしまった。それも、腰を抑えながら。

 「あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・・こ、腰が・・・・・・・腰があああああああああああああああ・・・・・・・・・」

 ギックリ腰になってしまった空也を、アサシンは冷めた目つきで、鉄平は呆れた目つきで見ていた。

 「おっさん・・・・もう年なんだから、無理するなよ・・・・」

 とはいえ、事実空也は若い頃“幌峰の飛び鷹”と恐れられた空手の実力者で、今でも時折馴染みの空手道場で空手を教えていることもあるという。しかし、はたして戦力になるかどうかといわれれば、はなはだ微妙である。
 そういう意味では、鉄平も似たようなものであろう。もちろん、一般兵卒一騎が相手ならば十分戦えるだろうし、空也でも自分の身を守るぐらいならできる。しかし相手はユーラシア大陸を恐怖のどん底へと叩き落したモンゴル騎馬軍団で、率いているのは覇道王チンギスカンである。英霊となった覇王とその軍団相手に並の人間では、勝負は目に見えている。
 アサシンは腰の痛みが若干薄らぎつつある空也に話しかけた。

 「空也殿。確認のため、この神宮に施されている守りについて聞こう」
 「ん?あ、ああ。わかった・・・・」

 空也は腰を抑えながら立ち上がり、それから説明を始めた。

 「この神宮に張り巡らされておる結界は、悪意や害意を持った霊的な存在が近づくと、自動的にそれが発動する仕組みとなっておる。その源となっておるのは、この四方にひっそりと安置されておる祠の霊石じゃ。ただ、それを見つけるのは容易でないでの。詳しい場所を知っておるのは、ワシを含めてほんの数人。守桐のお嬢さん方にも知られておらんはずじゃ」
 「けど、そんな場所に隠されてあるのをライダーが見つけられるのか?」
 「さて、な。奴とて愚かではない。おそらくは、この結界の根源となりうる箇所を人海戦術にて捜し当てようとするだろう。そして空也殿よ。仮にこの結界が破られたとすれば、その予防策というものはあるものか?」
 「うむ。一応時間稼ぎ程度にしかならんが、破られれば本殿に結界が張られる。ただ、こっちは以って一日程度じゃが、それぐらいあれば抜け道から脱出するぐらいはできるじゃろうて」
 「そうか・・・・」

 しばらくアサシンは目を瞑り黙り、そして口を開いた。

 「念のため聞くが、ここから結界の外に出ることは?」
 「まあ、できることはできるが・・・・一度出たら二度とこの中へ入ってこられんぞ?」
 「問題ない。それは某がライダーを討ち取ればいいだけのこと」

 そう言って、アサシンは鉄平たちに背を向け歩き出した。それを鉄平が呼び止めた。

 「・・・・行くのか?」
 「無論。確かに分はこちらに悪かろう。しかしとて、こちらに勝機がないわけではない。暗殺がいかに防ぎ難く、そして恐ろしいものか・・・・それは歴史のあらゆる事象が証明している」

 さらにアサシンは言う。

 「加えて、奴らの主戦場は平原。しかし今戦場となろうとしているのはここ周辺の森。故に、地の利は我にあり。既に仕込みも備えておる。付け入る隙などいくらでもある」

 そしてアサシンは鉄平たちに向き直って言った。

 「鉄平。そして空也殿よ。主らは清音殿と沙織を連れて、本殿へ移れ。少なくともここよりは安全であろう。加えて、本殿の守りはアーチャーが就くはずだ。これならばここを守りきることもありえない話ではない」
 「アーチャーが?それじゃあ、お前一人で行くつもりなのか?」
 「言ったはずだ。問題ない、と」

 そして再び、アーチャーは鉄平たちに背を向けた。

 「では、行かせてもらう」

 それだけ言うと、アサシンは一瞬のうちにその姿を消してしまった。
 いつものことながら、この後にはどういうわけか立ち尽くしてしまうものだ。
 一番先に動いたのは、空也だった。どうやら、ぎっくり腰も少しは治まったらしい。

 「それじゃあ鉄平。早いうちに動くぞい」
 「わかってるって。おっさんこそ、もう腰を痛めるなよ」
 「お、大きなお世話じゃい!!」

 そう言って、空也は先に部屋を出た。
 鉄平はしばらくこの部屋に留まり、柄にもないことを考えていた。

 (アサシン・・・・こういうことはらしくないかもしれないけど、死ぬなよ。俺にはまだ、お前の力が必要なんだ・・・・)

 そして鉄平は部屋から出て行った。



 その耳に響き渡るのは暗闇よりの侵略者の足音と息遣い。
 その目には蹄の蹴足によって舞い上がる土埃を捉えていた。
 その光景に、アーチャーは本殿の屋根の上に控えて注意を払っていた。弓を携えている彼のその体は脂汗で滲んでおり、右手で胸を押さえ、息も切らしていた。はっきり言って万全ではない。これから長時間、己の感覚を研ぎ澄ますとなれば、かなりの集中力を要するだろう。そしてその分だけ疲労が積み重なっていく。

 「ちっ・・・・!なんだって、こんなときに・・・・!」

 はっきり言って、状況は思わしくない。敵の一体一体の力はそれほどのものでもないだろう。しかし自分はこの有様だし、アサシンとて長期戦には向いていないはずだ。つまり、戦いが長引けば長引くほど、形勢は自分たちにとって不利なものになっていく。そしてその分だけ、この結界が破られてしまう可能性が大きくなっていく。
 それにしても、わからない。倒されたはずのライダーがここにいること、敵が奇妙な変貌を遂げたこと自体もそうだが、何故ライダーがここを襲うのか?これでライダーがキャスターを狙うのならばまだ話はわかる。だがそれがなぜ、よりにもよって自分たちがその標的となっているのだろうか?
 ここから一つ言えることがある。もし彼がまだ守桐神奈のサーヴァントであるならば、すでに令呪によって退却させられているはずだ。そもそも、こんな襲撃は彼女が許すはずもないだろうし、そして何よりも彼女がここに攻撃を仕掛ける理由もない。つまり、今ライダーは神奈の制御下から離れていることを意味している。
それが何を意味するのが、アーチャーには皆目見当もつかなかった。

 「・・・・けど、心機一転した矢先に踏ん張れねえようじゃあ、カッコつかねえよなあ・・・・」

 アーチャーは腹を括った。というよりも、彼自身最初から戦い抜く覚悟でいる。たとえこの身が苦痛によって捻じ切られようとも、彼は最後まで沙織を守り抜くと決めている。そのためにも、わけのわからない復活を遂げた敵相手に倒されるわけにもいかない。その顔には、苦痛で歪みながらも強い意志の表われが見えていた。
 まずは、どう動くべきか・・・・アーチャーがそう思案している最中、森の中では彼の思いもよらぬ事態が起きていた。



 闇夜を夜風の如く駆け抜ける騎馬部隊。森の中なので勝手が違うものの、林道が整備されているため、馬を走らせる分にはあまり気になるようなことはない。
 大汗が言うには、目的の場所へ到達するためにその妨げとなっている結界の源を破壊しなければならない。まずはそれを探し当てなければならないという。
 ところで、騎馬兵はふと思った。自分たちは何かが変わっているような気がする。それは見た目の色もそうであるが、何故だか力がみなぎってくるようだ。これだけの数を動員したわけだが、発見するのにおそらくはそれほど時間はかからないだろうと予感めいたものを感じていた。それは大汗とて同じだろう。
 全ては大汗のため。そう意気込んでいるそのときだった。
 突如自分の前方にいるはずの兵士が突如として姿を消したため、手綱を引き急停止した。これにより、自分と同列の者やそれより後ろの者たちも同じようにした。そしてよく目を凝らしてみると、前方部隊は姿を“消した”のではない。そのまま地面から“落下”したのだ。落とし穴だ。しかも向こうまでかなりの幅があり、そして底は人二人分ほどの深さだが、落とし穴には竹槍が仕掛けられていた。落ちた者は、助かってはいまい。
 運よく落とし穴に引っかからなかった者たちもいるかもしれない。そしてその者たちに追いつくべく、すぐさま迂回して茂みの中に入り、自分たちにとっては未知の空間である森林地帯に入り込むこととなった。
 とはいえ、ここは薮の中。道など無いに等しい。平原で生まれ育った“記憶”を持つ彼らは森の中の移動に四苦八苦していた。中には下馬して馬を引いて移動する者さえ現れた。しかし、そこでもまた彼らを待ち受ける罠があった。足元で、何かに触れるような感覚がした。と同時に、近くにあった木が自分たちに向けてそのまま倒れだしてきた。それも、一本や二本ではない。何本か数えることぐらいはできそうなものだが、あいにく彼らのほとんどは冷静にそれをできる者はいない。むしろ、ここ一帯の木々全てが自分たちに向けて倒れ掛かってきているような錯覚さえ覚えてくる。
 どうにかして木々の罠から逃れると、すぐさま他の生き残りの確認に当たった。出撃時より大幅に減ってしまっている。そうして罠に注意しつつ進行。そしてようやくもとのリンドウ、落とし穴の向こう側に到着することができた。やはり無事落とし穴を突破した者がいたようだ。しかし、どうも様子がおかしい。すると、馬や乗り手の体がズルズルと滑り落ち、そうしてその体はバラバラになって地面に散らばった。そしてすぐにその亡骸は解けるように消えていった。その光景に、見えない敵の刃に切り裂かれて死んだかのように思えた。だが、現実はそうではなかった。よく見ると、空中で黒い液体が垂れていた。ピアノ線のようなものがそこら中に張り巡らされていた。先鋒部隊は、それが張られているとも知らずそのまま進行、そうして体を引き裂かれたという寸法だ。
 その途端に、ざわざわとしたいいしれぬ不安に襲われた。このあたり全てには、自分たちを葬り去ろうと牙を研ぎ澄まして待ち構えている罠で満たされているのではないのか。そして今もその罠にかかり使命を果たすことなく散っていく同胞もいるのではないのだろうか。そう思うと鳥肌が立ってしまう。
 とにかく、今はここを離れなければ。そう思い、馬を走らせる。とにかく、今は目的を果たすのが先決だ。敵の拠点への進行を妨げている結界。その源となっているものさえ破壊すれば、後はどうとでもなる。
 しかしふと思ってしまった。
 はたして、こんな罠だらけの森で、そんなものが見つかるのだろうか?
 仮に破壊したとしても、結界の先に罠がないとも限らない。そこを無事突破することができるのだろうか?
 そのような迷いにも似た考えを振り払い、己を奮い立たせる。今の自分に意識はあれど、所詮は“個”ではない。ここで自分が倒れたとしても、大汗が新たなる増援を呼び出すはずだ。それで罠が減るのであれば決して無駄にはならないはず。ならば、自身のなすべきことといえば、進撃するのみ。
 そう自分に言い聞かせた。
 馬を走らせてから、どれほど時間が経ったのかはもはや定かではない。もはや罠による犠牲者も多くなってきた。かくいう自分も、辛うじて生き延びているに過ぎない。
 そんな中、目の端に何か奇妙なものが映った。そこに目を向けてみると、変わった形の門の向こうに、小ぢんまりとした小さな祭壇が祭られてあった。あれが“祠”と呼ばれるこの国独特の祭壇なのだろう。そして、あれこそが目的のものなのかもしれない。
 そう思うと、周囲にも罠がないか慎重に馬を進めつつ、祠に近づいた。何か罠が仕掛けられている様子もない。それでも油断はできない。すると、ふと馬の歩みを止めた。何も近づく必要はない。ここからならば、たとえ祠の近くに何か罠が仕掛けられていたとしても、弓で射て破壊すればどうということはない。そんな些細なことを見落としてしまっていた。そうとう取り乱していたのだろう。
 そう気を取り直して弓に矢を番え、狙いを祠へと澄ました。ギリギリと弓弦が引き絞られ、ついにその矢を放った。矢がグングンと祠へと向かっていく。そして矢が鳥居を通過した、そのときだった。
 突如祠がいきなり轟音と共に弾けとび、それに騎兵も馬も巻き込まれて空中へと吹き飛ばされてしまった。
 どういうことだ?あれを破壊すればよかったのではないのか?それとも、破壊してしまえば命を落としてしまう罠でも仕掛けられていたのだろうか?
 騎兵は最後まで、たった今自分が破壊した祠が“偽物”であるということに気付くこともなく、その体を地面に激しく叩きつけられて、しばらく悶え苦しむとそのまま動かなくなってしまった。
 そして、その肉体は解けるように消えてしまった。



 「首尾は上々・・・・うまい具合に多くが“仕込み”にかかってくれたようだな・・・・」

 樹上にて気配を殺し、辺りをうかがっている影、アサシンはざわついている森からそれを察した。事前に、アサシンはここが何者かに攻め込まれることを予期して、神宮周辺に罠を仕込んでおいた。もっとも、それがライダーだとは夢にも思わなかったが。ともあれ、ありとあらゆる場所に計算された絶妙な位置に配された罠は、今頃敵を混乱と恐慌の真っ只中に落としているはずだ。
 自身はそれなりに腕が立つほうであり、それなりに己の強さに自負はあるものの、やはり“アサシン”というクラスである以上は他の戦闘に特化したクラスの敵に遅れを取ってしまう事実は否めない。ただし、アサシンはそれらに対抗する術を持ち合わせてはいるが、今はそれを表に出すべきときではない。またアーチャーも原因不明の不調に陥っている。
よって、正面からぶつかっては潰されるのはこちらだ。だからこそ、搦め手を用いてこの難局を乗り切る以外にない。そもそも、暗殺とは搦め手による騙し討ちや不意討ちによって標的を抹殺するもの。乱暴なまとめ方をすればそういうことになるが、それは決して生半可なものではない。暗殺者は己の任務遂行のためにまずは標的の人となり、その習慣や住処の地理や警備の程度などの下調べを徹底する。そうした上で計画を練りに練り上げ実行に移す。そして標的の虚を突くためにも、真理の機微を把握しておかなければならない。
 すなわち、暗殺とはいわば一種の頭脳戦で、それを思考する暗殺者はいわゆる一つの戦術家ともいえる。事実、戦国時代においても忍の出の武将は珍しい存在ではなかった。
 よって、この程度の混乱を演出することなどアサシンにとっては造作もないことなのである。

 「今が好機・・・・そろそろ向かうとしよう・・・・・・」

 アサシンは次々と木々の上を飛び移り、移動を始めた。罠が敵に対してかなりの効力を発揮しているといえども、所詮は足止め程度のもの。時間が経てば、罠としての威力を失ってしまう。ならば、首を刎ねるのであれば今がその時。幸い、敵もその足並みが乱れている。今が好機といわず、いつ好機が訪れるか。
 機を見つけたのであれば、即刻それを衝くこと。アサシンはそれを鉄則としていた。



 ライダーは自らの視線の先を、森の向こうへと向けていた。
今の彼もまた、鮮やかな血の赤から濁った泥の黒へと変色した配下たちと同様に変化していた。彼の衣服も、武具も、跨っている馬もその何もかもが黒となり、そしてその肌は蝋人形の如く白く、その眼光も血走った赤で鈍く輝いていた。これで洋装さえしようものならば、B級映画に登場する吸血鬼に様変わりするであろう。
 周囲に兵を配しているライダーは正直、苛立ちを覚えていたが、これもある程度想定していたので、それほど憤りによって我を忘れることなどなかった。もっとも、今の彼が抱く怒りの感情に匹敵する苛立ちなど露ほどでもない。
 正直、のらりくらりとする気などライダーにはなかったが、こればかりは時間をかけねばならない。そうすればそうするほど、罠も出尽くし、その位置も明らかとなるからだ。そうなればいくらでも対策は練れる。頃合を見て一旦兵を退かせるつもりだ。それからはじっくりと、この結界の基点を打ち砕けばいい。そうすれば、後は目的を果たすのみだ。

 「随分と様変わりしたものだな、ライダーよ」

 上から声が聞こえてきた。見上げると、そこにはアサシンが木の上で猿のように佇んでいた。それを目の当たりにしたライダーの兵たちは彼に向けて一斉に矢を向けたが、ライダーがそれを手で制したことにより、全ての兵たちはその弓を下ろした。
 そして、ライダーがその口を開いた。

 「久しぶりだなあ、アサシンよ。貴様とはこうして面と向かうのはこれで二度目か。まあ、あの時は色々と慌しかったからなあ。それで?俺の軍門に下りに来たわけでも、降伏の意を示しにやってきたわけでもあるまい?」

 その極端なまでに顔色が白いせいで、その薄ら笑いも酷薄なものに見えてしまう。しかしながら、その笑みに表れている余裕とその態度が醸し出す不遜さは相変わらずのようであった。
 アサシンはそれに構わず一言言った。

 「無論」
 「フッ・・・・見た目どおりに面白みのない男よな、貴様は」
 「これから死すべき定めの主には必要なきことよ」
 「ほう?その気があるのであれば、すぐにでも実行に移せばよかろうに。貴様程度の腕の持ち主ならば容易いことだろう。それをせぬということは、それだけが目的ではないということか?」

 木の上と地の上に立つ者。その二人の交わす言葉と交わる視線が矢の応酬となっていた。
 そして、アサシンは答える。

 「主には、いくつか尋ねたいことがある。それが終われば、貴様には払うべきものを払おう。三途を渡るための渡し賃を、な」
 「俺に質問か・・・・まあ、答えられるものならば答えよう」

 アサシンが一呼吸置き、質問を始めた。

 「まずは一つ。何ゆえ、滅びたはずの主は蘇った?」
 「さて、な。俺にも何がなんだかさっぱりよ。正直、ランサーの槍が俺の心の臓を貫いた時、もはやこれまでと思いきやこの有様だからな。おかげで、調子はこの上なく絶好調だが、気分はこの上なく最悪よ」
 「・・・・それは、先ほどから主の内から発せられる、妖気にも似た禍々しい魔力か?」
 「思えば、愚かな奴よ。この程度で俺を屈服させられるとでも思ったのだろうが、王たるこの俺を従えようなぞ片腹痛いわ」

 今のライダーの口から発せられる言葉には怒りが滲んでいる。そのせいか、先ほど浮かべていた彼の薄ら笑いもいまや消えかかっている。
 そしてとうとう笑みが消え、憤怒の相から放たれる言葉となって表出した。

 「その愚かさは絶望と後悔にて報いた後に、恐怖と悲嘆で包みながら切り刻み!辱め!一切の尊厳という尊厳を踏み躙り!永劫に続く苦悶の原に晒してくれる!!!この俺が“死ね”と口にするまで死ぬことすら許さん!!!!!!」

 怒気がここ一帯を震わせた。そのせいか、彼の周囲にいる兵たちも少したじろいでいるようだ。
 アサシンはそれを受け流し、続けた。

 「そこまでの憤怒がありながら、何ゆえここを襲う?本来、主が怒りの矛先を向けるべき相手を差し置いて、だ」

 その質問に対して、一気に怒りを解き放ったせいか若干それも薄らいだライダーは答えた。

 「言ったはずだ。絶望と後悔にて報いた後に、と」
 「・・・・・・?」

 アサシンは一瞬、顔をしかめてしまった。

 「質問はこれだけか?ならば、降りかかる火の粉は払わねばなあ」

 そう言って、ライダーは手を上げ合図をした。それに従い兵たちは寸分違わずに、一斉に弓を構え、矢を無数に放った。アサシンのいる樹上へと向かっていく矢も、アサシンが瞬く間に闇の中へと消えていってしまったために命中することはなかった。

 「油断するな!奴は必ずやこの俺を仕留めるべく、闇に潜み機を窺っているはずだ!常に警戒しろ!!」

 ライダーが大声を上げて促してから、しばらくしたその時だった。
 突如、彼より前にいる兵たちが同士討ちを始めたのだった。通常ならば、ここで様々な雄叫びが上がっていることだろう。
 しかしライダーは決して取り乱すことなく、その方向へと集中した。兵たちはほとんどメチャクチャに刀剣を振り回していた。しかも顔をよく見てみると、顔を引きつらせた者、目つきを尖らせた者など様々であった。しかしいずれも、狭い視野の中で錯乱状態に陥っている様子であることは見て取れた。
自分の近くにまで混乱が波及しようとしていた、その時だった。

 「静まらんか!この戯けどもが!!!」

 ライダーの一声で、それまで混乱していた兵たちはその動きを、ピタリと止めた。それで混乱は収束した。

 「フン・・・・アサシンめ。やってくれたな」

 おそらくアサシンは、自分の目の届かぬところで誰か兵を一人、始末したのだろう。その突然の出現に兵たちは度肝を抜かれたはずだ。それからは時間差で兵を一人ずつ葬っていったのだろう。そして時折、声を上げて自身の居場所を告げたはずだ。そうすれば兵は攻撃を仕掛けてくる。しかし仮に声が聞こえたからといって無闇に攻撃すれば、アサシン以外の他の者に攻撃が当たってしまう。兵同士の間隔が若干狭めなのもその要因のうちの一つだ。これを繰り返せば、自然と混乱が勃発し、同士討ちが始まる。
 神出鬼没に現れたことにより頭がついていかず、そしてそれが自分らの近くにいることで不安を促し、そして居所を発信することでその不安の元を断とうと躍起になる。この一見単純でいて、効果的な手法にライダーは感心したものの、決してそれに気が緩むことはなかった。

 「あの一声で兵たちを静めたか・・・・さすがは草原の覇王、チンギスカンか」

 そのとき、どこからともなくアサシンの声が聞こえてきた。今度は先ほどとは違って、姿も見えないため兵は思わず辺りをキョロキョロと見回した。そんな中にあっても、ライダーはずっしりと構えていた。

 「何がどうなっているのか。その大方の予想はつくが、全てが全て把握しておらぬし、おまけに材料も少ない。しかしだ、ライダーよ・・・・」

 アサシンの声が低く聞こえる。それは、明確な敵意を伴っていた。

 「如何なる理由であれ、俺の主やその同胞に刃を向けること、罷り通らん。よって、お前はここで絶望と後悔に塗れながら逝ね。そして、お前の目的が決して果たされぬものと知れ」

 アサシンの声はそこで途絶えた。
 それからだった。音もなく、兵たちの何人かは苦しみ悶えながら落馬し、何頭かの馬、騎手のいるいないを問わずに突如暴れだした後に横へどっかりと倒れた。暴れ始めた馬に跨っていた者は、その突然のことに馬から振り落とされ、どうにか馬や手綱にしがみついている者様々であった。
 アサシンがここに紛れて攻撃をした様子もない。おそらくは毒を塗った武器を放ったのだろうか。致死性ではないのか、人も馬も地面にのた打ち回っている。
 だがライダーにじっくり考えるヒマなどなかった。ライダーの耳にかすかな風切り音が聞こえてくると、彼はすぐさま横に滑るように、馬の横へと滑り込んだ。その直後に、アサシンの攻撃と思われるものが彼の騎乗していた馬に命中した。馬の体の鼓動からするに、それは六発だった。ライダーはすかさず倒れる馬から飛び降り、気を張り詰めた。こちらの警戒などアサシンにとっては児戯に等しいのだろうが、それでもないよりはマシだ。元よりライダーとて幼い頃から野で獲物を追い、川で魚を撮る生活を送っていた。そして敵に捕らわれていたときも身一つで脱出した。なので、こういったいつ危機が訪れるかわからぬ状況には慣れている。
 しばらく攻撃する気配がないと判断したため、ライダーはようやくのことで周囲を注意深く観察することができた。生き残りがいる中で、倒れている者たちはいまだ苦痛に喘いでいる。だがそれにしては、その苦しみ方は尋常ではなかった。苦しんでいることには変わりないが、バタつかせている足には目一杯の力が入っており、その様は見えない地面の上で全力疾走をしているようであった。身のよじらせ方もより激しいものであり、そのうち体が捻じ切れてしまうのでないかと思うほどであった。体のある部分、主に喉を押さえているその手は、掻き乱して皮膚を破りそうでもあった。事実、体の各部分やその辺の地面を引っ掻いている者がいるからだ。そして表情。それを司る筋肉の全てが突っ張り、口も顎が外れんばかりに大きく開かれている。
 ライダーとて数々の戦場を駆け巡ってきた。そこで多くの地獄絵図を目にしてきた。しかし、目の前で苦悶に満ちているこの光景はこれまでライダーが見てきたどんな光景など比にならぬほどの地獄そのものだった。
 しかし、ライダーは近くで倒れている者に歩み寄った。それをよく見てみると、その者の皮膚には黒く丸い小さめな斑点が一つ出ていた。他の者たちにもその斑点が現れており、またそれが現れている箇所も各個人で異なっていた。そしてライダーは、今度は自らが先ほど乗っていた馬に歩み寄って、それを見た。馬はすでに死んでおり、口の横から泡を出していた。その顔もやはり想像を絶する苦しみで満ちていた。その馬にも首筋にやはり斑点が現れていた。しかしその斑点は一つではなかった。上に三つ、下に三つ。計六つに並んでいる斑点は、一つの紋様となっていた。そして馬は解けるように消えていった。
 それを見届けたライダーの顔には、笑みが浮かんでいた。

 「そうか・・・・それがやつの正体か・・・・・・」

 それは、斑点などではなかった。そして、彼らを苦しめている根源も毒ではないのだろう。ライダーは聖杯より与えられ知識で知っていた。その紋様が、死を厭わぬ覚悟を持った太平の世が築かれる前の日ノ本最後の兵の旗印であるということを。

 「フフフフフ・・・・・・クククククク・・・・・・・」

 何を思ったのか、ライダーは突然含み笑いをしだした。

 「ハアーーーーーーーーーーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!!!!!!!」

 それが高笑いへと化したとき、周りでうろたえていた騎兵たちは思わずライダーのほうへと目を向け、呆気に取られてしまった。
 そして、笑い声が止んだ。

 「名無しどもがこの俺に歯向かうなど笑止千万この上なし!!!」

 そう言ってライダーは、鏃“鹿妃の骨矢”で自らの右手の掌に傷をつけた。

 「我が醜態をこうして晒す羽目になるが、それも致し方ないことよ」

 そして今度は血のような紅色に輝く宝玉を取り出した。それを見た兵士たちは、今度は息を飲んでしまった。そんなことを気にする様子もなく、ライダーはその取り出した宝玉を右手で力を込めて握り締めた。
 アサシン。かの東照大権現の喉元を貫こうとした槍の影よ。この俺を冥土送りにしなかったこと、歯軋りして悔やむがいい!そして刮目せよ!この俺の・・・・否。我らが血族、その真の力を!!!



 アサシンはその成り行きを、木陰より見届けていた。
 もとより緩急をつけて混乱が煽られる中でライダーを討ち取る。そういう算段だった。しかしそれが裏目に出てしまい、猛る狼を呼び覚ましてしまった。
 しかし、アサシンは決して心乱すことはなかった。まだこちらの敗北が確定したわけではない。できることならばこの場でライダーを討ち果たしたかった。しかしライダーが目的を果たす前に討つこと。それがこちらの勝利条件だ。その機ならばいくらでも巡ってくる。今もその機のうちの一つだが、アサシンは動くことができなかった。それは、ライダーの右手に収まりきらないほどの膨大すぎる魔力がそうさせている。ライダーの握り拳から紅い光が漏れてくる。
 おそらくは、結界は破られるだろう。そして、そこより先に仕掛けた罠をも・・・・
 騎兵たちが大慌てでライダーの目の前から散り散りになって避け、ライダーは前方に向けて掌を広げた。
それが、ライダーのもう一つの宝具が発動される瞬間だった。



 「アサシンの野郎・・・・!何しくじってんだよ・・・・・・!!!」

 本殿の屋根の上でアーチャーは思わず悪態をついてしまった。
 アーチャーはその目でしっかりと見た。神宮周辺に張られていた結界が、一つの膨大な魔力によって打ち破られる様を。そしてその魔力が一路こちらへ向けて物凄い速さで突っ込んでくるのを。
 アーチャーは脂汗を滲ませながらも、迎撃体勢をとった。しかしアーチャーが矢を手に取る暇もなく、巨大な魔力がとうとう本殿へと到達してしまった。魔力は跳躍し、こちらへと飛び掛ってきたが、アーチャーはそれを飛び跳ねて避けた。しかしアーチャーの体を蝕む苦痛がアーチャーの勢いを殺し、鈍い跳躍がアーチャーの体を地面へと落とした。
 地面を転がり姿勢を直したアーチャーは見上げる。本殿から見下ろす絶大なる魔力を。
 月明かりの下、屋根の上に悠然と立っている、巨狼の姿を・・・・



~タイガー道場~

タ♪
イ♪
ガー♪
タイガー
ど♪
う♪
じょう♪

タイガ「・・・・って、いきなりなんじゃあ!?」

シロー「まあ、元ネタは言わずとも察することはできるが・・・・」

ロリブルマ「相変わらず作者もこういうのにひかれるわよね~」

佐藤一郎「ですが、内容はいつもの(ぐだぐだとした)タイガー道場ですので、どうかご安心ください」

タイガ「その( )の中はちょっと余計だけど、とりあえず始めるわよ」

シロー「その中の話題の中の一つとして、何ゆえライダーを復活させた?今更すぎるような気もするが」

タイガ「そうね。ライダーが神宮に襲撃を仕掛ける展開は前々から考えられていたわ。ただ、その背景がちょっとばかり違うのよね」

ロリブルマ「最初のうちは、ライダーはまだカンナのサーヴァントで、しかも独断で神宮を襲うって感じだったのよね。でも、ライダーの信条的なこととかカンナの出方とか考えたらちょっと違うかなって思い始めたみたいね」

佐藤一郎「ですので、そこに“あるキャラ”を暗躍させることでその展開を果たしたわけです。もっとも、その“あるキャラ”に関しましてはまだ口外することはできませんが」

タイガ「一応現時点で判明しているサーヴァントだけに言及すれば、敵に据えられているのって主にバーサーカーとライダーにキャスターの三人だからね。やっぱりそのうちの一人のライダーと対決させたかったっていうのがあるのよ」

シロー「その対決も、ライダーが切り札の宝具を発動したことで局面を迎えた、ということか・・・・」

タイガ「ところで、なんか近頃小説の文量が減っているような気がするんだけど、気のせいかしら?」

佐藤一郎「まあ、今までが今まででしたからなあ」

ロリブルマ「病院のときとかバーサーカー戦とか、色々な対決を並行させていたせいもあるのかもね」

シロー「とりあえず、話に関する話題はここまでにして、とりあえず登場人物、宝具の紹介に移るとしようか」

ロリブルマ「とりあえず色々定まっていなかったけれど、今回はひとまず無難にこれね」


氏名:楼山空也
性別:男・老齢
身長:165㎝
体重:52kg
イメージカラー:ねずみ色
特技:手相占い
好きなもの:風呂、お灸、わびさび
苦手なもの:礼儀知らず、騒音


タイガ「無難というか、微妙なチョイスね、これ」

佐藤一郎「まあ、ここを逃したら、紹介するタイミングが掴めませんからな」

タイガ「あら。それ要ったら佐藤さん方サブキャラ勢全般に言えることじゃないかしら?現にそこのいぬっころなんて妹共々に本編からフェードアウトしてるっぽいし」

佐藤一郎「いやはや・・・・痛いところをつきますなあ」

シロー「反論できないところが特に、な」

ロリブルマ「とりあえずそれはそれとして、コンセプトとしてはテッペイの日常の面っていったところだけれど、一般人に比べれば魔術とかテッペイの本業とかに通じている部分を持たせたみたいね」

シロー「というのも、一応聖杯戦争に脱落者を保護する役割を持たせたからだ。だが、決して原典における言峰教会ほどの権限はない、とだけ言っておこう」

佐藤一郎「お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、ここでの聖杯戦争では監督役に相当するものは存在しておりません。強いて言うならば、お嬢様が似たような役割を管理人として担っていらっしゃるといったところでしょうか」

タイガ「なんとも複雑な立場よのう・・・・ところで、なんか空手がどうのって話が今回の話で出てきたけれど?」

佐藤一郎「ええ。藤村様が“冬木の虎”と呼ばれていたのに対抗しようとした結果だそうです。ですから何か武道の実力者と設定をつけたく思ったそうです」

ロリブルマ「まあ、異名に関してちょっと難儀したみたいだけれど。最初は“虎”に対して“竜”ってやろうとしたけど、別にタイガと因縁あるわけじゃないから違うかなって思ったようね」

佐藤一郎「他にも“熊”や“牛”などが思いついたようですが、どれも空也様のイメージに合わず、ほとんど思いつきで“鷹”となりました」

シロー「とりあえず、現状における空也に関するトピックはこんなところだな」

タイガ「いや~!なんか久々に後書きらしいことをしたなって感じがするわ!」

佐藤一郎「そうですね。今まで若干ネタに走りすぎた感がしますからな」

ロリブルマ「・・・・でもそれって、裏を返せばそういうネタが尽きたからじゃないの?前回のだってほとんど失速気味だったし」

タイガ「うぐ!!!」

シロー「そうだな。さきほどのオーズのネタとて、今回のタイガー道場の切り出し方をどうすればいいのか迷った挙句に無理矢理くっつけたという悪あがきにしか思えんからな」

タイガ「ぐふ!!!!!!」

佐藤一郎「言ってはなんですが、作者様も無理矢理ぐだぐださせようという魂胆が無きにしも非ずといったところですからね」

タイガ「うびゃあ!!!!!!!!!うわ~ん!!!みんなしてお姉ちゃんのこといじめる!本当は作者が糾弾されてしかるべきなのに!そんなに言うんだったら、道場なんて止めてやる、コンチクショー!!!!!」

佐藤一郎「ああ。そういえば冷蔵庫にロールケーキがございますが?」

タイガ「わ~い。近頃実は食べたいなって思っていたのよね~」

ロリブルマ「うわ。立ち直り早すぎ」

シロー「・・・・彼女がそういう人柄だということを、君はよく知っているだろう?」

ロリブルマ「そうね・・・・」

佐藤一郎「というわけで、タイガー道場はこれからも続きますよ。多分・・・・(ボソリ)」

ロリブルマ「ちょっと!今、何呟いたのよ!?」

佐藤一郎「では皆様。次回にてまたお会いしましょう」



[9729] 第二十五話「月下決着」 ※残虐描写あり
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:28f17abe
Date: 2010/10/15 02:48
 灰色の斑模様の狼。
 これが本来の意味であるにもかかわらず、この国ではどういうわけか“蒼き狼”という訳で知られていることが圧倒的である。しかし、今のこの光景を目の当たりにすれば、誰でもその言葉の意味を知ることとなるだろう。
 なぜなら、その名を与えられし狼が、今本殿の上で敵を見下ろし、月の光を受けその毛並みが蒼く輝いているのだから―――


 地面に降り立ったアーチャーは、突如現れた巨大な狼を見上げていた。おそらくは、その体長はバーサーカーよりも大きいことだろう。
 獣でありながら、その佇まいや眼差しはとてつもない力強さを秘めており、それでいてその巨体には計り知れないほどの尊厳や誇り高さに満ち溢れていた。
 そして巨狼は天を仰いだ。

 オオオオォォォォォォォォオオオオン―――――――

 その遠吠えは、アーチャーの体を震わし、地面や建物をも揺るがした。

 オオオオォォォォォォォォオオオオン―――――――

 その遠吠えは、本殿の周りの木々を揺らし、波打たせた。

 オオオオォォォォォォォォオオオオン―――――――

 その遠吠えは、天をも落とさんばかりに鳴動した。
 あの巨狼から放たれる咆哮による震えは、体中が苦痛で支配されてしまっているアーチャーにとっては堪えるものがあった。

 「チッ・・・・!随分とバカでかいオオカミだな。もしかしなくても、ライダーの野郎の宝具だろうな」

 “ライダー”というクラスに選ばれる英霊とは、騎乗兵装を有している者に限られる。騎馬軍団を率いて大陸制覇を唱えたチンギスカンもそのクラスの資質を持ち、今まで見せた血の軍勢を主力としていた。事実、彼自身の騎馬もそこから生成された。しかし真の切り札と呼べるものはあの狼であった。そもそも、ライダーのクラスの英霊のほとんどは自身の戦闘力よりも自信の持つ宝具の威力が軒並み高い者たちがほとんどだ。そしてこの巨大狼を呼び寄せた宝具も、そうした宝具の典型的なパターンのうちの一つといえよう。
 天を仰いでいた巨狼の目が、まっすぐアーチャーのいるこちらを見据える。その狼に向け、アーチャーが弓を構えようとしたが、その手も寸前で止まってしまった。というのも、彼は構える前に察知してしまったからだ。狼が攻撃態勢を取ったことを。そして、次に狼が取る行動も把握してしまった。
 狼は牙を剥き出しにして、屋根の上からこちらへ一直線に飛びかかってきた。肉爆弾となった狼が地面へと被弾し、そこを大きく抉り取りクレーターのような穴ぼこができてしまった。しかしアーチャーはそれを避けることができたのだが、回避行動を取る寸前に苦痛が体を走ったせいでその運動を若干鈍らせた。結果、狼の特攻をギリギリでかわすこととなった。

 「クソッ・・・・!これじゃあ、先が思いやられるじゃねえかよ・・・・!!」

 アーチャーは顔をしかめ、よろよろと後ずさり狛犬にもたれかかってしまった。
 しかし巨狼はそんなアーチャーに追撃を仕掛け、前足を横に振るう。アーチャーはまたもや狼の攻撃をギリギリで宙へ飛び上がって避け、狛犬は見事なまでに粉砕されてしまった。
 アーチャーは着地すると同時に、少し体がよろけてしまう。さらに狼はアーチャー目掛けて突進する。アーチャーはその場で深くしゃがみこんだが、その瞬間に太腿の筋肉が切り裂かれるような激痛に襲われてしまった。アーチャーは顔を苦痛で歪めながらも一気に飛び跳ね、狼の巨体を飛び越した。そしてトンボを切ったアーチャーは無事着地、狼は方向転換をしてアーチャーに向き直った。

 「おかしな話にも程があるだろ、これ・・・・」

 アーチャーの体は苦痛に苛まされているにもかかわらず、その激しい痛みと苦しみとは裏腹に体中の力が漲り、感覚も今まで以上に冴えているようであった。とはいえ、動けば動くほど、集中すれば集中するほど、肉体が悲鳴を上げ精神が磨り減ってくる。その証拠に、アーチャーは荒い息を吐き体中には脂汗が滲んでいた。

 「諸刃の剣ってのは、このことだな・・・・しばらく剣なんて使っちゃいねえが」

 普段のような軽口を叩いてみるが、いつものような切れはない。そもそも、目の前の巨狼にそれが通じているかどうかも定かではなかった。
 息を切らすアーチャーと唸り声を上げる巨狼の睨み合いが続いた。これぐらいの距離ならば矢を放てる距離である。しかしもはや狼ばかりに気をとられるわけにもいかなくなったことを、アーチャーは察知した。
 本殿を囲っている外壁の向こうから矢が大量に降り注いできた。ライダーの騎馬軍団が本殿近くまで到達し、総攻撃を仕掛けてきた。
 動悸が激しくなったアーチャーは弓を構え、矢を番える。しかし矢を手にした腕は、破裂しそうな筋肉がそのまま皮膚を突き破らんばかりであった。歯を食いしばったアーチャーは矢を放った。矢は凄まじいスピードを上げグングンと上昇していき、矢の雨を次々と打ち落とし、その軌道を逸らしていった。

 「な・・・・なんだ、こりゃ?」

 これに一番驚いたのはアーチャーだった。まさか自分でもここまで勢いのある射だとは思ってもみなかったようだ。見る見るうちに、矢は空に吸い込まれていくように消えていった。
 一方の狼もその巨体ゆえに、矢を避けることはかなわなかった。しかし体中に刺さっている矢は、狼がその体を震わせることで振り払われてしまった。その柔軟でありながらも頑丈な毛並みが矢を防いだのだ。
 それからも矢は絶え間なく降り注いできた。もはや矢を番える暇もないアーチャーは降りかかる矢を自分が手にしている弓を振るって防いだ。軽く風圧も感じるようだ。しかしただ防ぐばかりにもいかない。矢の雨が降る中でも巨狼が襲い掛かってきたからだ。アーチャーは狼の攻撃を紙一重がかわす。矢を防ぐことも、狼の攻撃を避けることも段々しんどくなってきた。もはやギリギリであった。
 それからしばらくして、矢の雨が止んだ。どうにか狼との距離をあけることのできたアーチャーだが、これで攻撃が終わったわけではないと思った。
 とうとう本殿に濁った泥のような騎馬軍団が雪崩れ込んできたのだ。アーチャーは狼にも注意を払いつつ、増援に向けた弓矢を構えた。

 「ぐっ・・・・!く、う・・・・・・・・!!」

 アーチャーの苦痛の度合いが強まってきた。今度は神経まで切り裂かれるようであった。アーチャーは苦しみながらも矢を放つ。またしても矢は凄まじい勢いで放たれた。そして矢は次々と騎兵たちを射抜いていく。というよりもそれは貫いていく、あるいは穿たれていく。矢はその勢いを弱めることなく、次々と騎兵たちを葬り去っていく。そしてとうとう矢は壁に刺さった。かと思うと壁にひびが入り、そしてそのまま大きく崩れ去った。

 「なっ・・・・・・!?」

 その予想外の威力に、アーチャーはただ目を丸くするしかなかった。巨狼の視線も崩れた壁のほうに向けられている。そして騎兵たちも目を見張っていた。彼らは壁だけでなく、哀れにも犠牲となった同胞へも目を向けていた。その悲惨な光景を見れば、誰が矢で射抜かれたと思うであろうか。矢で貫通した部分は深く抉られ、風穴が開いているからだ。その無惨な亡骸も、解けるように消滅していった。騎兵たちは、若干たじろいだ様子だった。
 そして狼はアーチャーへと向き直り、牙を向けて飛び掛ってきた。騎兵たちも戦意を奮い立たせて狼に続いた。しかしながら、今のアーチャーの超感覚はより鋭敏なものとなり、敵がどのタイミングでどう攻撃を仕掛けるか、またどう攻撃を回避するか手に取るようにわかるようになっていた。

 「しかし、こんなんで大丈夫なのかよ、これ・・・・」

 感覚もより鋭いものとなっている。おまけに、運動能力も飛躍的に向上している。だが、アーチャーの肉体がそれらについていけなくなってきているのも事実だ。ついていこうとすればするほどに、肉も魂も確実に磨耗していくのだから。

 「けど、四の五の言っていられる状況じゃないけどな・・・・」

 それでも、アーチャーは退けぬ理由がある。ここで自分が敵に討たれるようならば、自分が守ると誓ったマスターである少女の命もその敵によって消し去られてしまうのは目に見えているからだ。故に、アーチャーは一秒でも長く敵を引き付ける。その間に、かの薄幸な少女が敵の手から逃れられるのならば。無論、自分がここで容易く敵に屈するはずもない。

 「もう少し持ってくれよ、オレの体!!!」

 まず、飛び掛ってくる巨狼をアーチャーが前へ低く飛び込み、前転して滑り込む。そうして狼の懐に潜り込むことに成功した。これによりアーチャーの姿が見えなくなったことで、敵はその姿を求めているはずだ。そしてアーチャーは狼の懐からある方向へ向けて矢を射た。案の定、尋常ならざる威力だ。
その方向の敵を掃討し、アーチャーはそこへ逃れ出る。無論、敵は出現したアーチャーに襲い来る。アーチャーはそれらを迎え撃つべく、愛用の突剣を抜いた。アーチャーは、普段では考えられないほどの凄まじい速度の突きを弾幕の如く繰り出し敵を撃退する。その突きを食らった敵の全ては、それを受けた箇所に風穴が、先ほどの射撃よりは劣るが通常の剣の突きでは考えられないほどの大きさの穴が開けられた。無論、風穴の開けられた騎兵たちは戦闘不能となったことは言うまでもない。
しかしこの攻撃で敵全てを撃退できたわけではない。他の騎兵たちも刀剣や槍を振りかざしアーチャーに迫り来る。しかしアーチャーはそれを難なく飛び退け、鳥居の上に降り立った。そしてさらにそこから矢を一矢射た。矢の着弾地点はまるで爆弾が落とされたかの如く炸裂し、周辺にいた敵は全て弾け飛んだ。もはやこれは矢による攻撃ではなかった。
 先ほどの狼の急降下による攻撃の痕ほどではないにせよ、矢の攻撃の痕跡は地面を大きく抉ったことで残されていた。騎兵たちは再び臆してしまった。
 しかし、アーチャーの攻勢も長くは続かなかった。

 「・・・・・・グッ!?」

 アーチャーは胸を押さえ、思わず前屈みになった。
 この尋常ならざる苦痛に今まで耐えてきたこと自体、奇跡的と言わざるを得なかった。むしろアーチャーはこれまでこの苦痛をほとんど気力と精神力だけで乗り切っていた。しかしこれに耐え続けるには、肉体も精神も限界を迎えていた。

 ―――ネ―――

 大きくなりつつある苦痛の中で、アーチャーの心に何かが囁きかけるような何かが流れ込んできた。

 ―――ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■ネ、■―――

 しかしながら、その囁きは何かノイズめいたものがかかっていてはっきりとしない。それどころか、アーチャーの中のどこかでそれを確かにさせてはならないという警鐘が鳴り響いていた。
 だが、それには少しばかり遅すぎたようである。

―――■ネ、■ネ、シネ、シネ、死ネ、死ネ、死ネ、死ネ、死ネ、死ネ、死―――

 それは、まさしく怨嗟の声にしてあらゆる憎悪、怨恨、憤怒、悲嘆、絶望、呪詛・・・・・・ありとあらゆる負の念が凝縮されていた。それらはアーチャーの体を苦痛と共に蝕んでいく。

死ネ、死ネ、死ネ、死ネ、死ネ、死ネ、死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ

 「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 体が引き裂かれる以上に狂う寸前までに破裂しそうな頭へのあらゆる苦痛のあまりに、アーチャーは絶叫して鳥居から落ちてしまった。意外なことに、この場にいる騎兵たちの全てがアーチャーに襲い掛かろうとはしなかった。むしろ、彼らは逆に呆気に取られてしまい、互いに顔を見合わせるばかりであった。
 しかしただ唯一、巨狼だけはアーチャーにゆっくりと近づき、その片方の前足を地面に倒れもがき苦しんでいるアーチャーに向けて鉄槌の如く振り下ろした。

 「あ・・・・がっ・・・・・・」

 狼の前足に押しつぶされてしまったアーチャーは、もはやその足をどかすほどの力も残されてはいなかった。

 「無様なものだな、アーチャーよ」

 アーチャーの視界には、人影が映った。濁った泥のような体色の黒馬に跨った、黒衣に死者のような色の白い肌をしたライダーが現れた。

 「ライダー・・・・・・!」
 「ほう。まだ喋られるだけの余力はあったか。まあ、いい。柄ではないが、末期の言葉ぐらいは聞いてやってもいいだろう」

 変わり果てた姿ながらも、その自信に満ちた言葉はそのままに。豪胆なる態度はそのままに。その不敵なる笑みはそのままに。この男は何一つ、変わってはいなかった。その熱き誇りは決して汚されることなく、そのままにいた。

 「あんたのそれ、まさか・・・・・・!」
 「どうやら、貴様の抱えているものとこの俺の身を変容させてこの現世に留まらせているものは同一のようだな。これはまさしく全人類を呪い殺すことのできる汚濁。無色も善も何もかもを黒く染め上げるこれは、その一かけらといったところだろう」

 ライダーを見上げるアーチャー。しかしいくら体を苦痛で食い潰されようとも、その戦意だけはいささか衰えてはいなかった。

 「・・・・オレのこれと同じだっていうんなら、どうしてあんたは平然としているんだよ?そんな凄まじい力の呪いで、しかもその呪いに染まっているってんなら、平気なはずが・・・・」
 「平然?平気?俺と貴様の如き名無しを一緒にするな。俺からすればこの程度のものなど呑気に草を食んでいる羊や馬の鳴き声と大差ないわ。まあ、出所の程度が低すぎるのもあるがな」

 あくまでも傲岸。あくまでも不遜。アーチャーを見下ろすライダーの視線はそれら全てを凝縮していた。
 ライダーは続ける。

 「そもそもこの俺を誰だと思っている?俺は自らの覇道を歩むに際し、無量の屍を築き大数の恐怖を振りまいてきた覇王ぞ。そしてこの腹に収められたるはそうした者たちの怨み辛み、憎しみに嘆き、絶望、苦痛、恐慌、呪い、悔い、憤り・・・・・・よく覚えておくがいい!王とは、人の善きも!悪しきも!その全てを全て余すことなく飲み干すことのできる者!!それが王よ!!たとえこの呪いがより強大で!より邪悪であったとしても!この俺の魂を塗りつぶすことなどできぬものと知れ!!!」

 ライダーの言葉は確信に満ちた力強さを帯びて、この場の空気を震わせる。それはさながらに、狼の咆哮のようでもあった。

 「無茶苦茶すぎるだろ・・・・そんなことできるの、あんたぐらいのもんだぜ?」
 「それは貴様とて同じであろう?魂だけは染まらなかったものの、肉体だけはそうはいかなかったようだ。だがしかし、委ねればよいものを貴様はそれをほとんど精神の強さで撥ね退けてきた。名無しにしては、よくやったほうだろう」
 「さっきから人のこと、名無し名無し言いやがって・・・・まあ、実際そんな感じだけどよ」
 「どうやら、軽口を叩けるだけの気力はあるようだな」

 そう言ったライダーは濁った黒馬から降り、腰に刺している刀剣をすらりと抜いた。

 「貴様は死なすには惜しい男よ。だが、俺の前に敵として立ちはだかるのであればその道の果ては二つに一つ。だが、我らが軍勢の前に片方の道はありえぬ。よって、貴様はここで果てる以外ないのだ」
 「言ってくれるじゃねえか、ライダー・・・・・・!!!」
 「フッ。口先ならではなんとでも言えよう。しかし、実際はどうだ?魂だけは屈せずとも、既に身も心もそれに追随することすらかなわぬ有様ではないか。故に、貴様には滅びの道しか辿れぬ。いや、貴様だけではない。あの社殿に張られている結界もそう長くは持つまい。結界が消え去った後にその中にいる者どもを全て葬り去ってくれよう」
 「なっ・・・・・・!?」
 「逃げ道くらいは用意してあろうが、俺の軍勢の前では逃れることすらかなわぬこと、その身を以って知るであろう。無論、アサシンもだ。奴も生かしてはおけぬ。この後に燻りだして始末してくれよう」
 「この野郎・・・・・・!!!」
 「何を今更。この俺に対するということは、そういうことなのだ。そこには、老いも若きも男も女もない。そこにいるは敵のみよ」

 そして、ライダーは刀剣を振り上げる。

 「御託は終わりだ、名無しの森の人よ。これで終わりにしてやろう」

 そして、ライダーは斬首の刀剣を振り下ろした。
 さすがのアーチャーも観念してしまった。ふと、視界の端に眩いばかりの光が色とりどりに輝いているのが見えた。アーチャーには、これが死出の旅の門のように見えた。



 一方、本殿の中。
 楼山空也と狩留間鉄平の体には張り詰めた空気がまとわりつき、その傍らには野々原沙織と鉄平の姉の狩留間清音が床に伏せていた。しかし同じ寝ている二人ではあるがその様子は対照的で、一方は眠っているように意識が覚めぬままでいるのに対して、もう一方は熱に浮かされているかのようにうなされていた。

 「ううむ、まさかこうも強引に外の結界を突き抜けるとはのう・・・・」
 「多分、ライダーが宝具か何かを使って無理矢理突破したんだろう。そうじゃなきゃ、ここの結界が発動するなんてありえないよ」
 「これがサーヴァントの力っちゅうもんか。なんというか、たまげたとしか言いようがないわい」

 口ではややおどけてみせてはいるが、口ほどに今の空也にゆとりはない。それは鉄平も痛いほど痛感していて、それ以上は何も言えなかった。

 「鉄平や。準備はできておるか?大体の道筋はわかっておろうな?」
 「・・・・言われなくたって」
 「なら、さっさとここからずらかるぞい。いつまでもここにいては、命がいくつあっても足りんわい」

 これ以上、というよりも最初から自分たちがここにいても何もできることはないことはわかっていた。ここの脱出路がどこにあって、どこへ繋がっているかもきちんと理解できている。しかし、際限なく兵力を投入できるライダーのことだ。その兵力を駆使して抜け道を見つけ出すことぐらい難しい話ではないはずだ。無事にここから生きて出られるとは、鉄平には思っていなかった。それは、若いながらも魔を狩る“狩人”として生きてきた彼の経験が告げていたことだった。
 それだけに、鉄平は歯噛みしていた。聖杯戦争に身を投じている自分がそこで命を落とすだけならばまだマシだ。もっとも、彼は命を捨てるつもりなどないのだが。しかし、それが世話になっている叔父や自分が救い出そうとしている姉、そしてほとんど巻き込まれた形で聖杯戦争の戦列に加わってしまった学校の後輩をそれに巻き込むことだけは我慢ならなかった。
 思わず、鉄平は寝ている姉と後輩の方へと目をやった。

 「・・・・・・ア、アーチャーさん、アーチャー、さん・・・・・・・・・」

 沙織は先ほどから、うわ言のようにアーチャーの名を繰り返していた。しかし、清音はただ眠っているように床に伏せているだけだった。

 「のお、鉄平や」

 ふと、空也が鉄平に声をかけてきたので、彼は視線を叔父のほうへと戻した。

 「すまんな。こうなるとわかっておったら、せめてお前さん方だけでも逃がしてやればよかったわい」

 空也の思わぬ言葉に、鉄平は思わず目を丸くしてしまった。

 「なんじゃ。そこまで驚くことないじゃろう?わしはお前さんの直接の親ではないが、これでもお前さんがまだよちよち歩きの頃から見てきたんじゃ。お前さんの考えていることぐらいわかって当然じゃよ。逃げようが逃げまいが、わしらは助からん。そうじゃろう?」
 「・・・・・・ああ」

 鉄平は顔を背けて答えた。沈痛な面持ちをしている鉄平とは裏腹に、空也はカラカラとした様子で言った。

 「まあ、わしとて昔は“幌峰の飛び鷹”と呼ばれた男じゃ。モンゴルだかどこだか知らんが、ただで死んでやるつもりはないわい。何人でも道連れにしちゃる。だから鉄平。わしがひきつけている間にお前さんはできるだけ遠くへ逃げろ。二人も抱えることになるから少ししんどいじゃろうけどな。それにお前さんには、まだ令呪が三つも残っておる。危なくなったらそれ使ってアサシン呼んでどうにかしてもらえ」
 「だったら、今ここで・・・・・・!!」
 「いいや、駄目じゃ。それは本当に危険なときに使ってこそ、じゃ。そしてそれは今ではない。仮に生き延びることができたら、守桐の屋敷に匿ってもらえ。事情さえ話せば、向こうも悪いようにはせんに違いない。神社のことは・・・・まあ、嫁いでいった娘が継ぐとは思えんが、どうにかなるじゃろうて」

 陽気に振舞う叔父を前に、鉄平は居た堪れない気持ちになってきた。令呪を使えば助かる可能性はまだあるかもしれない。しかし叔父を見捨てることなどできはしない。かと言って、このまま姉や沙織を死なせるわけにもいかない。
 鉄平は頭の中で答えのない問答を繰り返していた。もはや命の優先順位のつけ方がわからなくなってしまった。

 「・・・・さん・・・・・・・」

 鉄平は不意に、いまだうわ言を繰り返している沙織に目をやった。

 「・・・・アーチャーさん・・・・助けて・・・・・・・・・・・」
 「野々原さん・・・・・・」

 どうやら、彼女はアーチャーに助けを求めているらしい。鉄平はそう思っていた。

 「・・・・を・・・・・・けて・・・・」
 「え?」

 鉄平の耳が何かを察知したのか、沙織の言葉に耳を済ませて傾ける。

 「・・・・助けて・・・・アーチャーさん、を・・・・助けて・・・・・・アーチャーさんを・・・・・・」
 「野々原さん・・・・自分じゃなくて、アーチャーが助かってほしいのか?」

 ここまで危機が差し迫っている状況で鉄平も空也もアーチャーのことまで気が回らなかった。しかし沙織は、自分が死にそうな目にあっているにもかかわらず、なおかつ今まさしく死ぬかどうかの瀬戸際にもかかわらず、彼女はひたすらアーチャーの身を案じていた。

 「・・・・お願い・・・・・・誰か、アーチャーさんを・・・・助けて・・・・・・・助けて・・・・・・・・・!!!」

 そのときだった。
 突如、どこからともなく眩い光が室内を覆いつくした。

 「な、なんじゃいきなり!?」
 「この光、まさか・・・・・・!?」

 鉄平は沙織の体にかかっている布団をめくった。彼が思っていたとおり、光は沙織の腕から発生していた。
 この状況で自分たちが助かる可能性は、限りなく低い。しかしながら、決して助からないわけではない。少なくとも、一縷の望みはある。鉄平はそう思った。



 「なっ・・・・何事だ!?」

 ライダーは突然の魔力の奔流に目を覆い、振り下ろされた刀剣も途中で止まってしまい、そして巨狼もその膨大なる魔力の光に目を瞑ってしまった。

 「まさか・・・・令呪か!?ぬかったわ!!」

 しかしライダーが気付いたときにはもはや手遅れで、目を瞑った狼の前足の力が弱まり、先ほどまでその下敷きになっていた男がそこから這い出てきた。

 「おのれ!!」

 ライダーが遮二無二、刀剣を振り下ろしたがその一撃は容易く避けられてしまった。

 「やれやれだぜ。まさかこんなところで令呪使用なんて思ってもみなかったぜ・・・・けど、おかげでこっちは完全復活、いや。それ以上ってところだな」

 立ち上がるアーチャーの姿からは、先ほどまでの弱りきった姿など微塵も残っていなかった。そこにいるのは、漲る力を迸らせている緑衣の弓使いであった。

 「貴様・・・・!あの汚濁は全て、魔力に変換されたというのか・・・・!?」
 「さあな。サオリが令呪にどんな命令を吹き込んだのかオレは知らねえ。けどな、どんな命令にしろ、女の声に応えるのが男ってもんだからな」
 「戯言を・・・・!!」

 余裕を取り戻した、その飄々とした態度から一転して、アーチャーは真顔でライダーに言った。

 「ライダー。確かにあんたの言うとおり、オレは“ロビンフッド”という英霊の座に据えられただけの、名前もない盗賊の親分さ。けどな、一度信じた者のためなら、どんな状況にあったって命張れるこの粋だけは、他のロビンフッドや英霊にも負けないつもりさ。ライダー。オレはあんたが今何を思っているか知らねえし、知ろうとも思わない。けど、あんたは少し調子に乗りすぎだ。悪いが、ここで仕舞いにさせてもらうぜ」
 「抜かせ!この名無しめが!!全軍、かかれ!!!」

 ライダーの怒号と共に、騎兵たちは一斉に弓矢を構え、大量の矢の弾幕を放った。しかし、アーチャーはそれらをいとも容易く自らの放った矢で軌道を逸らし、一本の矢で何本もの矢を射落とした。そしてそれは同時に何期もの騎兵たちを射抜いた。アーチャーはこれまで、一本たりとも敵の矢を受けてはいなかった。

 「いい加減学習しろよ。この程度の射じゃオレは倒せないぜ?」

 そして今度は刀剣や槍を携えた騎兵たちが突撃してくる。しかしアーチャーはそれらをすばやく、かつ正確に射抜く。一騎、また一騎と騎兵がアーチャーの矢の前に倒れていく。アーチャーの今の矢には、先ほどまでの暴悪な破壊力はなりを潜めていたが、代わりにその射は目を見張るほどまでの冴えを帯びていた。
 そして向かってくる敵も残り数騎というところで、牙を剥いた巨狼が月明かりを背に躍りかかってきた。アーチャーはすかさず狙いを狼へと変え、矢を三本番えた。アーチャーの弓から放たれた矢は、全て狼の急所へと射られていく。しかし、先ほどまでの破壊力を持った矢ならば、狼に傷をつけることができたであろう。だがその攻撃力を失った今では、狼に致命傷を与えることはできなかった。それでも、狼の勢いだけは多少弱まったようで、アーチャーは後ろへと跳ね飛んだ。狼がアーチャーの立っていた場所に着地したのはその直後だった。
 そしてアーチャーは、本殿にある賽銭箱の前に降り立った。

 「さて、と。ここらがお立合いってところだ。そろそろ決着と洒落込もうぜ」
 「フン、抜かしおって。どう足掻いても、貴様が俺に屈するのは目に見えておるわ!!」

 ライダーはいつの間にか巨狼の後ろへと控え、そして右手の掌を広げる。そこには、血の塊のような紅い玉が嵌めこまれていた。

 「我らが血族の偉大なる始祖よ!その天命と地の理を以って、我が仇なす敵を薙ぎ払い給え!!!」

 ライダーの紅玉が輝きを帯びると同時に、月明かりを受けて蒼く輝いているその灰色の毛並みを持つ狼の巨体が、紅い輝きに包まれていく。

 「“狼王の紅玉(ボルテ・チノ)”!!!」

 紅い輝きが最高潮にまで達した巨狼は、その巨体をアーチャーに向けて突風の如く突っ込んでいった。

 「こいつをくらったら一貫の終わりだな・・・・けど、今のオレは絶好調以上だ。それがもっと、それ以上になるんだぜ」

 アーチャーは矢を番え、それを力強く引き絞る。すると、神宮の周りの森から蛍火のような光が湧き上がってきた。そしてそれらのおびただしいまでの光は、イチイの木で作られたアーチャーの弓に次々と収束していく。森の精の力が込められた矢は、まさしく雄大なる森を思わせる緑色の光で溢れ出さんばかりだった。

 「“深き森精の一矢”!!!」

 アーチャーの弓から放たれた矢は、バーサーカーとの戦い以上の力を帯びて、それは閃光となって巨狼へと向かっていく。
 翠緑と深紅の光が激突する。もはやライダーの手勢たちはただこの戦いの決着を見届ける以外できることはなかった。

 「・・・・・・今か」

 ライダーは近くにいた濁った黒馬に跨ると、すぐに駆けさせた。これほどまでの魔力量を放出したのだ。おそらくはその分だけ隙が大きいだろう。そして何よりも、ここで襲撃を受けるとは夢にも思っていまい。ライダーは馬を走らせながら、弓を携えていた。
 正直に言えば、ライダー自身も宝具を行使したことによりかなり体に負担がかかっている。しかし、ここで自分が滅ぶわけにはいかない。必ずや、自分に屈辱を味わわせた怨敵を殲滅し、然る後にセイバーやキャスターといった他の敵をも駆逐する。そうして聖杯を手に入れ、再び覇道を歩みだすのだ。
 そろそろアーチャーに近づいてきた。ライダーは矢を番え、弓を構える。
 アーチャーの姿が見えてきた。しかしアーチャーもまた、弓矢を構えていた。しかも再び宝具を発動しようとしていたのだった。これにはさすがのライダーも目を丸くせざるを得なかった。

 「言ったはずだぜ?今のオレは絶好調以上だってな」

 それでも、ライダーは決してたじろぐことはなかった。宝具の再使用は意外だったにせよ、超感覚を持つアーチャーならば迎撃は予想の範疇だ。敵が用いるのが宝具であろうとも、矢を急所に射られれば斃れ伏すことに変わりない。ライダーは全神経を手にしている矢とアーチャーに向けていた。

 「・・・・・・ぐっ!?」

 突如、ライダーの顔が歪みだした。無論、アーチャーはそれによって一瞬生じた隙を逃すはずもなかった。

 「終わりだ、覇道王!“深き森精の一矢”!!!」

 膨大なまでに収束した精霊の矢がアーチャーの弓から放たれる。精霊の光を帯びた矢は、ライダーの胴体へと向かっていき、そしてそこを大きく穿つ。

 「ぐ・・・・はああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 ライダーの絶叫が当たりに響き渡る。それと同時に、宝具同士のぶつかり合いも決着が着いた。ライダーの巨狼が競り勝った。だが、いくら狼が生き延びようとも、それを呼び出したライダーが敗れてしまえば現界はできない。それを知ってか、狼は不思議な輝きを持った眼差しにてこちらを見つめていた。
 そしてライダー配下の騎馬軍団の反応も様々だ。自分たちの王が敗れたことを信じたくない者、認めたくない者。沈痛な面持ちをしている者、ただその成り行きに身を任せている者。もはやこれまでと観念した者、静かに来るべき最後の時を迎えようとしている者。いずれも黙してはいるものの、言葉はなくとも彼らが何を思っているのかがその顔を見ればわかる。

 「やはり・・・・貴様相手に、急襲は無謀、だったか・・・・」

 胴体に大きな風穴を開けられ、息も絶え絶えなライダーではあったが、その顔だけ見ればそんな傷を負っているとは思えなかった。
 手負いのライダーにアーチャーが答える。

 「けど、結構いい線いっていたけどな。まあ、最初からこうでもしなきゃあんたには勝てないと思っていたからな」
 「ふ・・・・この俺に対して、憐憫か・・・・?驕るなよ、アーチャー・・・・・・!」
 「驕っちゃいねえさ。そもそもあのオオカミ、あんたの先祖だろ?」

 ライダーはアーチャーの言葉に黙って耳を傾ける。

 「えーと、あんたの右手になんか石はめられていたよな?あれで呼び出したんだろ?けど、あんだけ高い霊格の持ち主だ。ただ呼び出すんじゃさすがのあんたでも制御できねえはずだ?そうだろ?だから魂に形を与えて現界させた。それで幻想種に匹敵するオオカミの出来上がり。そんなところだろ?」
 「・・・・俺が、答えを言わずとも・・・・・・貴様ならば、それが正しいかどうか、明白であろう・・・・?」

 アーチャーの耳は心拍数を、アーチャーの目は際限なく変化する表情をも捉える。ゆえに、嘘か真かの判別をつけること自体難しい話ではない。
 アーチャーは続けた。

 「そんなの相手にして果たして打ち破れるかどうかはっきり言って微妙だった。現にさっきの衝突もあんたのご先祖さんのほうが勝っていたからな。それだったら、勝つ方法は一つしかない。そいつを呼び出したあんたを倒せばいい。抜け目ないあんたのことだ。きっと宝具を使った後の油断を狙って何か仕掛けてくるだろうと思っただけの話さ」
 「フ・・・・抜け目ないのは、貴様の、方だったが、な・・・・」
 「これで、あんたが馬じゃなくオオカミの姿を取ったご先祖さんに乗っていたら結構まずかったけどな」
 「それこそ、ありえぬ・・・・如何に合理的で、なくとも・・・・我らの、偉大なる・・・・始祖の背に、跨れるものか・・・・・・ましてや、この・・・・有様ならば、な・・・・・・」

 ライダーの言葉にこもる力も次第に弱まっていく。それでも、ライダーの持つ威厳は決して失われることはなかった。

 「今度は、こちらが・・・・問う番だ・・・・・・」
 「問う?何をだよ?」
 「貴様が、義を・・・・重んじる男で、あることは、わかる・・・・・・それだけに、解せぬ・・・・・・」
 「だから、一体何がだよ?」
 「何故・・・・貴様ほどの、男が・・・・駆逐されて、然るべき・・・・・・邪悪の、側に立つ・・・・・・?」
 「・・・・邪悪?」

 アーチャーはキッとライダーを見据える。

 「貴様も・・・・身を以って、知ったはずだ・・・・・・あれは、世に存在しては、ならぬ・・・・最も、醜悪で・・・・最も、汚れた・・・・・・存在で、あることを・・・・」
 「・・・・どういう意味だ?あんたがそんな風になったことに、何か関係があるのか?」
 「ほう・・・・気付いて、いないと・・・・いうのか?遍くを・・・・掴み取る・・・・・・風の如き、感覚を・・・・・・その身に・・・・宿していると、いうのに、か・・・・・・?」

 ライダーの肉体が光の粒子と共に薄れていく。いよいよ、覇道の王に最後の時が訪れた。

 「フン・・・・貴様が、もたもたしているから・・・・答えを、聞くヒマが・・・・・・なくなったでは、ないか・・・・・・王の前で・・・・何たる、不届きよ・・・・・・」
 「知るかよ。こっちは本気で何のことだかさっぱりなんだ」
 「言い訳は、聞かぬ・・・・貴様に・・・・王としての、裁定を・・・・下す・・・・・・せいぜい、異端の紛れた・・・・この、争いの中で・・・・・・悶え苦しむが、いい・・・・・・貴様は、いずれ・・・・身を、裂かれるが如き・・・・・・苦しみと、絶望を・・・・味わうことに、なるだろう・・・・そのときが、来ることを・・・・覚悟して、おくがよい・・・・・・俺は、先に逝く・・・・・・この俺の、裁定だ・・・・・・王たる俺の、許しが・・・・ない限り、決して・・・・屈することは、許さぬ・・・・・・」

 そして覇道を歩んできた真の覇王チンギスカン、ライダーは最後まで不敵な笑みを浮かべながら消えていった。それに続いて、彼に最後までつき従った騎馬軍団も次々とその姿を消していく。潔くそれを受け入れている者もいれば、顔に嘆きや無念といった念がありありと浮かんでいる者たちもいる。そして静かに佇んでいる巨狼の姿をとったライダーの先祖も消えようとしていた。アーチャーをじっと見つめているその目からは、何かが伝わってくるような雰囲気さえあった。
 そうして、ライダーの力によってこの世に姿を留めていた者たちが全て、ここから消え去ったのだった。

 「ったく・・・・最後まで憎たらしい野郎だったな。まあ、それがらしいといえばらしいけどな」

 そしてアーチャーは、ある方向へと目を向けた。

 「アサシン、いるんだろ?いい加減姿を現せ」

 すると、闇の中から浮き出てくるように、アサシンがその姿を現した。

 「あんた、ライダーになんかしただろ?」
 「さて?何のことやら」
 「とぼけなくてもいいぜ。ライダーが矢を射ようとした一瞬だけだが、あいつの全身に痛みが走ったのを感じ取ったぜ。それについてどうこう言うつもりはないが、はっきりさせておきたくてな」
 「・・・・ライダー自身も言ったことだが、それが正しいかどうかは主ならば明白なことだ。それに、ここでいかなる手段を用いてもライダーを駆逐せねばならぬ。そう思っただけの話だ」
 「オレ一人でも十分だったってのに、大きなお世話だぜ・・・・まあ、さっきまでのオレじゃそうしたくなるのも無理ねえけど」
 「とはいえ、奴を葬り去るにしても、渡したのは一銭のみ。主に討たれた奴には十分な位だ。これでもし三途の向こうに行けば、それこそ地獄は奴の天下になりかねんからな」
 「・・・・違いねえ」

 しかし倒された英霊は、自動的に自らの英霊の座へと戻されるはずだ。決して地獄へも極楽へも行けないだろう。もしかすれば、英霊のシステムというのはライダーのような輩に地獄を征服されないための必要措置なのかもしれない。
 すると、アサシンは背を向けて歩き出した。

 「・・・・どこへ行くんだよ?」
 「何。野暮用だ。すぐに済む」

 そう言ってアサシンは姿を消した。

 「へっ。いいタイミングでいなくなりやがって・・・・」

 アーチャーは、ライダーが口にした意味深な言葉についてアサシンに聞こうとしていた。アサシンもライダーの末期の言葉を聞いていたはずだからだ。しかし、どうしてもアーチャーはその踏ん切りがつかなかった。そして、アサシンがいなくなり、少し安堵を覚えている自分がいた。
 アーチャーはひそかに恐れているのかもしれない。その言葉の意味を知ることを。どうしてそう思うのか、漠然としすぎていてアーチャーの感覚でも捉え切れなかった・・・・



 アサシンは神宮本殿の裏側の林道に到着した。そこで、彼は凄まじい光景を目の当たりにしていた。

 「やはり、これは先ほどの光によるものなのだろうか・・・・?」

 その場所は鮮やかな光が輝いていた場所だった。その目を奪われるような光の跡は痛ましいという言葉以外なかった。地面が巨獣の爪痕のようにいくつも抉り取られているからだ。
 アサシンはその痕へと近づき、一つずつ丹念に観察する。

 「これが巨大な刀剣のようなもので切り裂かれたかのような痕であるのに対して、向こうは砲弾か何かが直進したかのような痕跡・・・・同じようなものがいくつかあるが、場所によっては霜が張り付いているか焦げ臭いかのどちらかだな・・・・これらの痕跡が全部で30、か・・・・」

 アサシンは何者かが近づいている気配を感じ、その気配のするほうへと振り向いた。

 「セイバーよ。これは主の仕業だな?」

 アサシンの目には、闇の中にあっても白銀の鎧が映えている剣の英霊、セイバーの姿があった。

 「一体何があったというのだ、アサシンよ?ここら一帯には罠が張り巡らされておった上に、倒れたはずのライダーの尖兵たちが様変わりしてうようよといたではないか」
 「よくここまで来られたものだ。一応ここらの罠も厳重に仕掛けていたのだがな」
 「やはり、あれらの罠は貴様の仕業だったか・・・・まあ、いい。大方はライダーの兵たちが嵌っていたからな。こちらはその場所に注意して進んでいったまでの話だ。そしてそれでもまだ数え切れぬほどの大軍がこちらに襲い掛かってきたのでな。それでやむなく用いたまでだ」
 「やはり、宝具か・・・・」
 「おそらく、身の真名はキャスターに知れた。ライダーも見抜いておった故に、遠慮はいらぬと思ってな」
 「そういうことか・・・・」

 しかし、アサシンはセイバーが気になる言葉を口にしていたのに気付いた。

 「キャスターに・・・・?」
 「奴は、身にランサーをぶつけてきた。その戦いの顛末は、全て奴の目に入っている」
 「すると、ランサーは・・・・?」

 しかし、セイバーは目を瞑るだけで何も言わなかった。
 アサシンは自身の無遠慮さを呪った。セイバーがここにいるということ。そしてセイバーの真名や宝具の名をキャスターに知られたということ。それらが意味することは一つしかない。おそらくは、キャスターは何らかの形でその戦いに介入したのだろう。彼らの誇りを汚す形で・・・・
 今のセイバーの心中を察してか、アサシンは話題を変えた。

 「して、セイバーよ。ここへは何の目的で来た?」

 その問いにセイバーは、ゆっくりと目を開けて答えた。

 「うむ。実はこれをだな・・・・」

 セイバーは懐から何かを取り出した。それは何かの液体の入った小瓶だ。セイバーはそれをアサシンに差し出した。

 「先日のキャスター討伐にアーチャーがいないことを気にした我がマスター、サラは使い魔を用いて調べさせたところ、そのアーチャーが妙に苦しんでいるのを知ったのだ。加えて、アーチャーのマスターである娘も、いまだに目を覚まさぬそうではないか。故に、サラはアーチャーの変調がそのマスターの昏睡に何かつながりがあると思い、この万能薬をこしらえたのだ。おそらくはこれで、意識も回復しよう」

 セイバーの説明を黙って聞いていたアサシンは、しばらく沈黙を守った後にその重い口をようやく開いた。

 「・・・・して、その保証はどこにある?主のマスターとアーチャーのマスターは敵同士だ。アーチャーがどうなろうと某の知った事ではないが、これでも彼奴は某と手を組んでいるからな。ましてや、主のマスターはまだ年の端もいかぬ娘といえども、草花の扱いに長けた魔術師だ。それが薬ではなく毒という可能性も拭いきれぬ。なのに、それをどうして受け取れようか?」

 アサシンとセイバーの交わる視線が静かな緊張を生み出す。それが切れた瞬間に体も切られそうなその緊張の中、セイバーは答えた。

 「・・・・保証は、ない」

 セイバーの思い声があたりに響き、彼はそのまま言葉を続ける。

 「貴様がそう思うのも当然のことだ。魔術師とは術数に長けた海千山千の輩たち。サラも間違いなく、そのうちの一人だ。貴様のその考えは、正しい。さりとて、サラは栄えある名門の出であり、身も法と教えを重んずる者であると同時に一介の騎士だ。そのいずれも、自らの紡ぐ言葉の重みを知る者。故に、我が剣と我が名、そして我がマスターたるサラ・エクレールの名と名誉、我らが誇りに掛けてこれらの言葉に嘘偽りないこと、ここに誓おう」

 セイバーの口にした言葉は、強い意思の宿った目と共にその力強さを増していた。アサシンはしばらく何も言わなかったが、ようやくのことで彼自身の言葉を紡いだ。

 「・・・・某は影。影は命に死や恐怖を纏わせるもの。影は心中に悪意を宿らせるもの。影は冷たき虚無。しかし、同時に影は光に映し出す。主の目に輝く光に偽りなきこと。それが唯一の真実だ。もっとも、アーチャーであればすぐに主の言うことが真であると断じるのだがな」
 「すまぬな、アサシン」
 「それが、某の性分だ」

 そして、アサシンはセイバーから薬の小瓶を受け取った。

 「さて。身は目的を果たした。これで失礼させてもらおう」

 そう言ってセイバーはマントを翻し、そのまま去ろうとしていた。

 「セイバー!」

 しかし、それをアサシンが呼び止めた。セイバーが後ろからアサシンのほうを振り向いたが、アサシンは何も言わなかった。
 しばらくしてから、アサシンは口を濁しながら言った。

 「・・・・すまぬ」
 「気にするな」

 そしてセイバーは向きを直して歩き出し、アサシンはその後姿が見えなってもその場に留まり続けた。
 正直に言えば、アサシンは躊躇っていた。そして、アサシンが先ほどセイバーに向けていった言葉は、彼が真に言おうとした言葉ではない。彼が気になっていたことをセイバーに躊躇していえなかったのは、色々と不可解なことがありすぎたからだと断じた。
 アサシンは気に掛けていた。いつも白銀の剣の王の傍らにいた、あの可憐な花の魔術師の姿がないことを・・・・



 「はあ・・・・はあ・・・・・・!」

 人気のない通りで、男はひたすら走っていた。スーツを着たその男は、二十代半ばか後半といった働き盛りの年代だ。しかし、その男の顔には、明らかな怯えの感情が浮かんでいた。

 「はあ・・・・!チクショウ・・・・・・!何で、オレがこんな目に・・・・!」

 男は思わず立ち止まってしまった。ここまでずいぶんと走った。現に呼吸も荒く、膝が笑い、肩で息をしていた。おまけにシャツも汗でぐっしょりだ。さすがに学生時代でも、これほどまでの長距離を走ったことはなかった。
 しかし、男は走る以外なかった。いや、走らなければならない。男は、いまだに信じられなかった。自分が目にしたものを。それが、自分が走らなければいけない理由だ。
 男は、自分は混乱しているのかもしれないと思った。しかし、呼吸も落ち着いてきたところで頭も同じく落ち着いてきたようだ。それが、彼にほんの少し安心感を与えた。それでも不安は完全に拭いきれず、男はつい周りをきょろきょろと見渡した。

 「■■■■■■■■■■■■・・・・・・」

 どこからともなく、唸り声が聞こえてきた。それが、男に再び恐怖の感情を植え付ける。

 「ひっ・・・・!」

 男は、その方向に恐る恐る目を向ける。そして、“それ”はいた。
 狼男。小さい頃によく聞かされた、西洋の妖怪だ。その狼男は、前のはだけた、明るめな色合いのパジャマのような服装で、しかもその服には血がこびりついている。そして、何よりも特徴的なのは、その血のような真っ赤な毛だ。茶色に近い赤というわけではない。それは紛れもなく“赤”なのである。
 狼男が男を見据えて、ジリジリとにじり寄ってくる。男は、完全に腰が引けた状態で後退していた。

 「ひ・・・・ヒ・・・・・・ヒイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!」

 男は回れ右をして、すぐに走り出した。しかし、男は右肩に強い圧力を感じた。まるで、巨大なペンチで挟まれているかのような圧力だ。するとすぐに男の体は、自分が進もうとしていた方向とは逆方向に力が働き、その力に引っ張られてしまった。

 「ひぎゃあ!?」

 男はアスファルトの地面へ転がされると、全身を襲う痛みを堪えながら立ち上がろうとした。

 「・・・・へ?」

 しかし男の眼前では信じられない光景が繰り広げられていた。

 「あ、ああ・・・・・・」

 先ほどの狼男が何かにかぶりついていた。見ると、何か細長いもののようだ。その細長いものが何なのか、目を凝らさなくてもよくわかった。腕だ。それも、人間の腕だ。狼男はそれをスナック感覚で食べていた。
 では、その腕は誰の腕か?
言うまでもない。
 自分の腕だ。

 「ああ・・・・あいつ、オレの腕を・・・・・・オレの腕を・・・・・・!!」

 男は、完全に体がすくんでしまっていた。恐怖が肩口から失ってしまった腕の激痛を上回った。
 男は昔から、ドラキュラだとかフランケンシュタインだとかの類が何故こんなにも怖がられるのかが理解できなかった。むしろ、そういうものはゲームや何かで退治される、いわば敵キャラでしかなかった。
 しかし、男はその理由が今や完全に理解できてしまった。あれらは、人間を餌か獲物と見なす怪物だ。いくらライオンやトラが凶暴な猛獣でも、滅多なことでは人を襲わないことを知っている。そういう獣が餌とするのは、たいていは他の獣や動物だ。
 しかし、怪物は違う。怪物の餌は人間だ。そして怪物はライオンやトラ以上に、積極的に人間を襲う。人間を喰らう。
 男は涙目になりながら歯をガチガチと鳴らした。

 「チクショウ・・・・!何で、オレがこんな目にあわなきゃいけないんだよ・・・・・・!せっかく、邪魔になりそうな後輩から彼女を寝取った上で、それで会社から追い出して、出世まっしぐらだっていうのに・・・・!襲うなら老い先短い上司のクソじじいどもにしろってんだよ!」

 場違いな悪態をつきながらも、男はこの場から逃げようとしていた。しかし片腕がなくなったこともあってうまく立てない。
 そして、ほとんど骨だけになった腕をキャンディーのようにしゃぶっていた狼男は、それをポイ捨てした。

 「■■■■■■■■■■■■―――――――!!!!」

 狼男はその場から一気に跳躍し、そして倒れている男の体にのしかかった。

 「ひ・・・・ひっ!!」

 狼男の顔が男の顔を覗き込んだ。狼男はその口をゆっくりと開けた。男の鼻に獣特有の生臭さが充満した。口から垂れるよだれが男の顔にかかる。
 狼男は牙剥き出しの口をゆっくりと近づける。

 「ひいっ・・・・!や、やめろ・・・・!やめれ!いや、やめてください。ほんと、やめて・・・・」

 男の視界はついに、狼男の口腔内で埋め尽くされてしまった。そして、牙が男の顔面につきたてられる。その牙に力が込められ、そして牙が皮膚に食い込む。

 「ひ、ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 想像を絶する苦痛のあまり、男は絶叫した。狼男の口は男の顔から離した。それと同時に、男の顔が剥ぎ取られてしまい、筋肉剥き出しの男の顔面に夜の冷たい空気が染み渡った。男は狂ったかのように叫び続ける。
 そして、狼男は手ごろな場所の肉を食む。そしてそれを引きちぎり、よく噛んでそれを飲み込む。狼男はそれを男の体で繰り返した。
 狼男が肉を食いちぎる。
 狼男が骨を噛み砕く。
 狼男が臓腑を引きずり出す。
 狼男が体内を貪りだす。
 狼男が血を啜る。
 男は生きながら自分の体を食われていた。叫び声も時間と共に弱くなっていった。それと共に、男の心臓はいまだに機能しているにもかかわらず、その心は既に機能しなくなっていた。その想像以上の苦痛と恐怖ゆえに、男の本能は自己を崩壊させるしか、それらから逃れる術が残されていなかったからだ。
 狼男が食事を終える前に、男の意識はようやく肉体から乖離することができた。



~タイガー道場~

(木魚の音)

佐藤一郎「えー、皆様。いつも本作品をごらんいただき、真にありがとうございます」

タイガ「今回はお亡くなりになられた方がいるので、このタイガー道場もいつもと趣向を変えて、ここで告別式を執り行わせていただきたいと思います」

佐藤一郎「それでは、これよりザジこと佐治か・・・・」

シロー「ちょっと待った」

タイガ「ん?何よ、いきなり。いくらわんこでもお葬式のときぐらいは静かにしなきゃいけないものよ?」

シロー「いや、それはそうなのだが・・・・それよりも何ゆえ全く関係ない作品の登場人物の葬式をここでやっているのだ?」

タイガ「いや~、だってあまりにもショッキングだったから、つい・・・・」

シロー「“つい”で道場の中を葬式の会場に仕上げるものなのか?不謹慎すぎるぞ、かえって」

佐藤一郎「ですが、某バラエティ番組でも似たようなシチュエーションのコーナーがありましたが・・・・」

シロー「そもそも、作者自身その番組見ないだろう。あまり見ないものをネタとして仕込むこと自体危険だろう。見るとしても、食わず嫌いを本当にチラッとだけ見る程度だろう。最近は見もしないらしいが」

ロリブルマ「それよりも、まさかこんなに早く今回の話を仕上げたのって・・・・」

タイガ「うん。明日マ○ジンが発売する前にと思って」

シロー「このネタ仕込むためだけに早く投稿したのか!?」

ロリブルマ「まあ、早いことにこしたことはないんだけど・・・・最後のシーン何なの?」

佐藤一郎「ああ。あれは本来ならば全く別のシーンを用意するつもりでしたが、思いつきで今回のこのシーンにいたしましたそうです。そのために“シャトゥーン”(漫画のほう)を読み直したのですから」

タイガ「といっても、今回のシーンは全くのぽっと出ってわけじゃないのよ。本当はもうちょっと後に用意されるはずだったのよ。当然、本来のシーンも出てくる予定だけれども」

ロリブルマ「すごくどうでもいいんだけど、この作品って妙にイヌ科の生き物が出てくるわね」

シロー「作者自身意図したことではないらしいがな」

ロリブルマ「それで、今回は何を紹介するのかしら?」

タイガ「まあ、今回は二つほど候補があるから色々と迷うところね」

佐藤一郎「ですが今回は先にお逝きになられましたライダー様の宝具から紹介したいと思います。詳細は、こちらです」


名称:狼王の紅玉(ボルテ・チノ)
使用者:ライダー
ランク:A
種別:対軍宝具
レンジ:2~50
最大捕捉:500人
血のように赤い石の宝具。これに“鹿妃の骨矢”でつけた右手の掌の傷口から流れる血をたらすと、ライダーの先祖霊を巨狼の姿で召喚する。その幻想種に匹敵する力はアブゾーバーとなっている紅玉で制御され、また真名開放と共にその力は極限にまで高まる。


佐藤一郎「ライダー様の持つもう一つの宝具でして、こちらは騎乗へいそうにすると決めていたようです。無論、難産だったわけですが」

シロー「たしか、前のライダーの別の宝具の時もそんなことを言っていたな」

佐藤一郎「ええ。最初は同じ名前で馬具の宝具にしようと思っていたようですが、なんかどうもしっくりこなかったようで」

ロリブルマ「そんなときに某掲示板のチンギスカンの影響受けちゃったってわけね」

タイガ「だから弟子一号よ。そういうことは黙っておけばいいと言っておろうに」

シロー「事実、宝具の形状が石という時点でどうも、な」

タイガ「とりあえず、宝具発案の話はこれまでにしましょう。で、その威力だけど、作者の頭の中では桜ちゃんとこのライダーさんの宝具と互角ぐらいって見方ね」

ロリブルマ「あと、冒頭で狼が吼えているシーンは作者が呼んだ仮面ライダーの小説での狼男との対決シーンからパク・・・オマージュらしいわ」

タイガ「だから黙っとけばバレないっつっとろーが!!!」

(竹刀一閃)

ロリブルマ「だからオマージュだってば!!」

シロー「・・・・それはそれとして、いよいよ次の展開か」

タイガ「ところがそうはどっこい。まだ一日は終わらないのだよ」

ロリブルマ「ああ・・・・そういえばなんか別サイドでも動きあったみたいね」

佐藤一郎「そういうことですので、次回はそちらを追っていきたいと思います」

タイガ「そういうわけで皆の者!また次回をお楽しみに!!」



[9729] 第二十六話「血凍て肉竦む戦い」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:28f17abe
Date: 2010/10/15 02:47
 黒化したライダーが楼山神宮を急襲したこの日、もう一つの動きがあった。そこで、時間をその出来事があった夕暮れ時まで遡る。

 ここは、幌峰でも多くの工場が密集している工業団地。一昔前はそれなりに人が大勢いて活気に満ちていたが、木枯らしの吹くようなこの世相では住人の数も昔よりも減少し、それに伴い閉鎖される工場も相次ぎ寂れている場所も見受けられるようになってしまった。
 今回の話の舞台となるのは、その外れにある完全に寂れてしまった廃工場である。

 「はあ・・・・随分とイヤな場所ね。空気も淀んでいるし、ほとんど砂利とかそういう場所ばかりだし・・・・」

 その廃工場を前にして、文句を垂れ流すサラをセイバーが嗜める。

 「止むを得まい。なにしろ、辿り着いたのがこの場所なのだからな」
 「わかっているわよ。せっかく掴んだシッポだもの。ここで逃がす気なんてないわ」

 彼女たちがここへ来たのも、彼女たちが拠点としている別荘に近くにキャスターのものと思われる使い魔の姿があったからだ。最初は警戒していたが、どうも自分たちを案内するために現れたらしく、それを辿ってここまできたのだ。

 「サラよ・・・・」
 「ええ。見たところ、罠らしい罠はなさそうね。それでも相手はキャスター。何を仕掛けてくるか、何を仕掛けているか油断はできないわ。それよりも・・・・」
 「うむ。いるな・・・・」

 セイバーたちにはわかっていた。今のキャスターには、バーサーカーに変わる手駒を一つ、手にしていることを・・・・

 「ところでサラよ」

 ふとセイバーは自分のマスターに声を掛けた。

 「何度も聞くようで悪いが、今そなたが手にしているそれだが・・・・」
 「ああ、これ?」

 サラが取り出したのは、何か液体の入った小瓶だった。その液体の量からは想像もできないほどの魔力が溢れていた。

 「これ完成させるのに相当苦労したわよ。時間もかかったし、調合には神経をすり減らしたし・・・・でも、おかげで予想以上のものが出来上がったわ。これだったらどんな死にそうな体でも、たちどころに全快よ。いいえ、それどころか気力も魔力も十全以上にみなぎるから、それ以上の効果があるわね」
 「ふむ。それだけの効果があるなら、副作用が恐ろしくあるな・・・・」
 「心配ないわよ。使ってみたけど、別になんともないわ。多分、この分だと何も起こらないんじゃないかしら?」
 「使って・・・・?サラ、そなたまさか・・・・!?」
 「ええ。実際に自分で使って試したわ。おかげで、いい気付け薬にはなったわよ」

 さも当然のように言ってのけるサラに、セイバーはただ面食らうばかりであった。

 「なんと無茶な・・・・!」
 「それは私でもわかっているわよ。でも、こういうのって自分で実証してみない限りわからないものがあるのも確かでしょ?」
 「そ、それは確かに、そうではあるが・・・・」
 「それに副作用があるとしても、単純にこの薬が習慣化して効果が薄れるぐらいね。そういう意味もあるから、実際に効果があるのは三回までってところね」
 「三回・・・・まるで令呪よな」
 「まあ、そんなところかしら。さ、早いとこ済ませましょう」

 そう言って歩き出そうとするサラ。しかしその足もセイバーが放った言葉によって止まってしまった。

 「サラ。その薬はアーチャーのマスターのために作ったものだな」
 「はあ!?」

 歩みが止まってしまったサラは素っ頓狂な声をあげて、セイバーのほうへと勢いよく向き直った。

 「ちょ、ちょっと!何バカなこと言っているのよ!?どうして私があんなウジウジしたへっぽこ未満の凡人のために貴重な時間を割かなきゃいけないのよ!?」
 「その割には、寝る間も惜しんで一心不乱に没頭していたように思えるが?」
 「そ、そんなの魔術の研磨に熱が入っただけよ!それぐらい魔術師なら当たり前じゃない!!」
 「そうか。しかし、集中している人間がしきりに使い魔から送られる情報を気にするものなのだろうか?」
 「・・・・・・・・!!こ、これは聖杯戦争なのよ!敵の情報にも気を配って当然でしょう!!」
 「だが、我らの当面の敵はキャスターのはず。使い魔から送られる報せはほとんどアーチャーのマスターに関することばかりだったが?」
 「だ・・・・だって!キャスター倒したら次はアーチャーたちでしょ!それなのにあのままじゃ不公平じゃない!別に心配とかそういうことは・・・・・・・・~~~~!!!」

 喋れば喋るたびに、サラの顔は赤く火照り、その口もしどろもどろになってきた。そしてとうとう押し黙りそうになったとき、サラはプイッと元の進行方向へと向き直した。

 「もうこの話はこれでお仕舞い!さっさと行くわよ!セイバー!!」

 サラは一人でつかつかと歩いてしまった。
 そんなサラをセイバーは微笑ましく見つめながらも、一方で複雑な思いに駆られてしまった。エクレール家の一人娘であるサラは、その跡取りとして徹底された英才教育を受けてきた。彼女は自分に課せられたものを完璧にこなし、また見聞も広めてきたが、彼女の周りには友人と呼べる存在は誰一人としていなかった。心を許せる存在がいるとしても、年齢も離れてしまっているのがほとんど。つまり、サラはこれまで自分と同年代の人間と接してきたことがないのだ。
 もし、これが聖杯戦争でなければ、アーチャーのマスターとよき友となれたであろう。しかし、彼女とは聖杯戦争でなければ巡り合うこともなかったのも事実。交流こそ少ないが、サラがアーチャーのマスターを気に掛けているのは紛れもない事実である。

 「セイバー!何ぼんやりと立っているのよ!さっさと私について来なさい!」
 「ああ、すまぬ。今行く」

 セイバーは一旦、それらの考えを振り払った。
 今、集中すべきはこの先待ち受ける敵を打倒すること。それがかの狡猾なる魔術王に繋がるかもしれないからだ。
 セイバーは早足で主の元へと進んでいく。



 その廃工場から遠く離れた場所。キャスターは用意した椅子に腰掛け、コーヒーカップに注がれたコーヒーの香りを堪能しながら、ゆっくりとそれを口へ運びその苦みを味わう。

 「ようやっと進んだか・・・・随分と無駄な茶番だったものじゃ」

 コーヒーカップを小テーブルの上にあるソーサーに乗せ、そう呟いた。

 「やはり、これを持ってきて正解じゃ」

 そう言って、キャスターは片手に持っている本のページをめくる。ジョン・スタインベックの“怒りの葡萄”である。彼は再びコーヒーに口をつける。

 「これを読み終える頃には、全てが終わっているじゃろうて」

 そして空になったコーヒーカップの中に、香りと共に湯気の立つコーヒーで満たす。
 もともと、キャスターはどちらが勝とうとも、さして興味はなかった。セイバーが勝てば手駒の処分してくれたことになり、逆に負ければ敵はアーチャー・アサシン組のみに絞られる。不穏分子の処分などどうにでもできる。この戦いの認識は、キャスターにとってはそれぐらいのものでしかなかった。
 場は整えてやった。せいぜい、勝手に食い合うがいい。どのみち最後に笑うのは、このわしにおいてほかならないのだから。
 嘲笑にも似た笑みを浮かべたキャスターは、ページをめくりコーヒーを口にする。
 そろそろ、セイバーたちはあの愚かなる不死身の男と対しているころだろう。



 物体というものは、遠くと近くで目に映る印象というものが大分異なる。この貧相に思えた廃工場とて、その大きさゆえにどこか物々しさが漂っている。

 「随分と汚らしくてボロボロなところね、ここ・・・・」
 「無理もなかろう。使われなくなってから、随分と時間が経っているようだからな」

 この廃墟からは、かつて工場として稼動していたころの名残などなく、一見すればただのボロ倉庫にしか見えない。

 「・・・・いるみたいね」
 「うむ。間違いない。この熱気の如き迸る、怒気をはらんだ魔力・・・・それが次第に強いものとなってきている」

 そしてセイバーたちは入っていった。敵の待ち受ける廃工場の中へと。
 隙間風の通る廃工場の中は予想以上に広かった。というよりも内部にはおかしいほどに何もなかった。おそらくはここで、何かの製品が作られていたことだろう。しかし工場としての機能を失った今では、この荒れ果てた空っぽの屋内からそれを窺い知ることはできない。
 そんな荒れ放題で、薄暗い中にあってもひときわ強い存在感を放つ者がいた。長く鋭い槍を携え、煌く黄金の鎧を身に纏った不死の勇者、ランサー。彼はこの作業場と思しき場所のほぼ中央でしゃがみこんで、来るべき敵を待っていたようだ。しかし、兜の下から覗く彼の目はその眼力だけで視界の全てを焼き払わんばかりであった。
 そんなランサーを見たサラは少したじろいでしまったようだ。

 「久しいな、ランサーよ」

 セイバーが前に進み出てランサーに話しかけたが、見るだけで凍りつくような炎を目に宿した彼からは何も返ってこなかった。
セイバーは構わず続ける。

「こうして貴様と対するはあの時以来か・・・・あれから何日か経った程度だが、それでも数年という長き間の隔たりがあったようだ。しかし、それだけでも人を変えさせるには十分な長さであるようだな」

 サラは思わず生唾を飲んでしまった。セイバーの言葉に何も言わず、ただ黙って睨みつけているだけのランサーに少なからずとも威圧されてしまったようだ。

 「殺気と敵意でぎらついている今の貴様はまるで、かつて身が対した享楽的でありながらも誇り高かったランサーかと思うほどに変わってしまっている。その別人のように変わり果てた貴様からはそれらが感じ取れぬ。よもや、キャスターの走狗と成り果てたことで・・・・」
 「ごちゃごちゃうるせえよ」

 ようやくランサーから言葉が返ってきた。しかしその言葉からはかつての気楽さは成りを潜めてしまっていた。その熱さのない言葉は周りを凍りつかせんばかりであった。

 「ごたくはいいんだよ。テメエも一介のサーヴァントならば、お互いにやるべきこと、わかるだろ・・・・?」

 その言葉と共に、ランサーはゆらりと立ち上がった。

 「・・・・そうであったな。すまぬ、ランサーよ。我らサーヴァントは己が崇高なる願いの下、刃にて語り合うのみ。そこに、言葉の介在する余地はない」

 セイバーがそう詫びたあと、サラのほうにチラッと目を向ける。

 「サラよ。これより身はランサーとの戦いに入る。故にそなたはすぐに戦いの巻き込まれぬ場所にて・・・・」
 「・・・・!セイバー!!」

 息を飲むような顔でサラは叫んだ。そしてセイバーはそれが何を意味するのかすぐに理解したが、反応するには遅すぎた。セイバーの顔面にランサーの盾が飛来してきた。セイバーはそれをまともに受けてしまったのだ。そしてその時間差でランサーは槍を両手で構え突っ込んできた。その一撃をセイバーはどうにか剣で受け止める。剣と槍の鍔迫り合いが始まった。
サラは慌ててこの場から離れた。そして、サラはある程度離れた位置に着くと、くるりと向き直って突如始まった戦いに目を向ける。

 「い、今の不意打ちじゃない・・・・!そんなの、卑怯よ!」

 サラは少したじろいでいるのか、若干弱い声のトーンで抗議した。

 「いや。そんなことはない、サラよ」

 意外にも、サラの抗議にセイバーが反論してきた。

 「戦いにおいて、油断は許されざること。この場は、余所見をしていた身に非が・・・・」

 しかし、そんなセイバーの言葉も途中で途切れてしまった。喋っているセイバーはその首にランサーの廻し蹴りを受けてしまう。人間というものは横より働く力にとかく弱い。これにより、セイバーは地面に転げそうになってしまうが、どうにか踏み止まる。だが、ランサーの蹴りは踵でセイバーの首を刈り取ろうと、再び襲い掛かってきた。しかしセイバーは、それを後ろに退くことでどうにか避けることはできたのだが、先ほどの首のダメージがまだ抜けきっておらず、思わず尻餅をついてしまう。そこへランサーが追撃をしてきた。ランサーは槍の穂先をセイバーに向けて突き出すが、その攻撃はセイバーが横へ転がるように避けたために空振りに終わってしまった。そして立ち上がったセイバーはすかさず、ランサーに一撃を叩き込む。本来ならば、セイバーの剣がランサーの首を刎ねているはずだった。
 しかし、ランサーは不死身の勇者アキレウスを正体にもつ男。首と体は離れることなく、すぐに再生した。だがその一撃で、ランサーの兜は吹き飛んでしまった。先ほどの攻撃により二人は交差したため、互いに向き直る。兜の下のランサーのその女性と見紛うような美しい顔は、眉間に皺を寄らせ目尻が上がっていることで悪鬼羅刹を思わせる顔つきとなっていた。それにより、キャスターの指輪によってくっきりと刻まれた六芒星の紋様が禍々しく映った。
 それを横から見ていたサラは、思わずゾクッとしてしまった。

 「よもやここまで悪辣とした戦法にて重点的に攻めるとは・・・・しかし、それだけでは身は倒せぬ。そのことはわかっていよう」

 顔半分がひしゃげてしまったセイバーの言葉にまたもやランサーは何も答えなかった。彼はただ、ゆっくりとセイバーとの距離を詰めた。槍を構えているでもなく、ただ歩いて近寄ってくるため、ある種の不気味さを醸し出している。

 「なっ・・・・何なのよ!?さっきからだんまり決め込んでいるだけじゃなくて、卑怯な戦い方ばっかり・・・・!」

 サラは吼えるようにランサーに抗議の言葉を飛ばしたが、それもランサーがギロリと睨みつけられたことで途端に怯んでしまった。

 「ごたくはいらねえっつったろ。テメエのような小娘がとやかく口出しするんじゃねえよ」

 すっかりぐうの音も出なくなってしまったサラを尻目に、視線をセイバーへと戻したランサーは先ほどと同じ調子で歩みを進めたかと思うと、一気に加速してセイバーとの間合いを詰めた。そして両手で構えた槍の突きを弾幕の如く繰り出してきた。

 「この凄まじい突き・・・・!まさしく、ランサーに相応しき槍捌きよ・・・・!」

 槍とは、その長さゆえにかなりの重量を有している。しかしその汎用性の高さからか、戦に慣れていない者でも容易に扱えることのできる数少ない武器でもある。その理由として、その長さゆえの絶大な攻撃力と相手を懐へと近づけさせずに倒すことのできることのできるからだ。これが熟練の戦士が扱えばどうなるか、言うまでもないだろう。故に槍は“兵器の王”とも称される。
 そんな槍を片腕で巧みに振るっていたランサーの技量も舌を巻くほどではあるが、いまや両腕にて振るわれている彼の槍は一種の災害と化していた。
 しかしセイバーとて、最優と称されるサーヴァント。この荒れ狂う嵐の如き槍の穂先を自らの剣にて捌くことで、ランサーの攻撃を凌ぐことができていた。
 この凄まじい攻防を繰り広げる二人のサーヴァントだが、セイバーの顔には一切の余裕はなかった。実際、彼はランサーの攻撃を防ぐだけで手一杯なのだ。それは、ランサーの攻撃が壮絶であるのもそうだが、理由はそれだけではない。
 そして突如、セイバーの脳に揺れが襲う。ランサーが石突きによる攻撃を織り交ぜてきたのだ。その石突きの攻撃が被弾した場所は、セイバーの顔のひしゃげた部分だった。顔半分が負傷していることによりセイバーの視界は狭まってしまったために、セイバーはなかなか攻勢に移れないでいたのだ。
 それからも、攻防は際限なく続く。石突きの一撃があってから、ランサーはセイバーのつぶれた顔半分にも徹底的に狙いを定めていた。それでも、セイバーはどうにかその顔半分への攻撃を凌ぐことはできているものの、槍の穂先や石突きがそこを掠めるのだった。
 その戦いを見守っていたサラは、若干顔を背けていた。時折聞こえてくる石突きの一撃が何かにぶつかる鈍い音が聞こえてくると、彼女の顔には不快感が表れていた。

 「今の貴様の戦い振りは正直、気に障る部分はあるがそれでもその技量はなかなかのものだ・・・・!」

 ランサーのえげつない戦い方に、劣勢とはいえセイバーはあまりいい気分にはなれなかった。とはいえ、その弱点の攻め方にしても、そこ一点だけを狙うのではなく、他の部位への攻撃やフェイントも織り交ぜて巧みに攻めている。情け容赦ないとはいえ、そこにはトロイ戦争の勇者の技量の高さが見て取れた。
 そもそも、ランサーには最大にして致命的な弱点を有している。顔半分がつぶれただけのセイバーには文句も言えるはずもない。もっとも、戦いに身を預ける者としてはそれ自体が言語道断なのだが。

 「しかし!このまま黙っている身と思うな!!」

 すると、セイバーの剣が輝きだした。紫と黄色い光が一体となり、ランサーにぶつかった。セイバーの“虹輝絢爛”である。何か巨大な者に衝突して吹き飛んでいるランサーの肉体には電撃が迸っていた。しかしランサーは空中でもんどりを打ち、体勢を立て直して地面に着地した。二人の距離が再び開いた。

 「今度はこちらから行かせてもらうぞ!」

 そうしてセイバーは“虹輝絢爛”を次々と放つ。だがランサーはそれらを恐るべき敏捷を発揮して次々と避けていく。それによって、彼が先ほどまで立っていた場所からは火柱が立つ、深い風穴が開けられる、といった多種多様の攻撃が炸裂していった。しかしながら、どんなに優れた攻撃でも、当たらなければそれは無駄撃ちに同じ。
 ランサーとセイバーの間合いがどんどん縮まっていく。しかし、さしものランサーとてある一定の境界までは踏み越えることができないでいた。不死の肉体を持つランサーといえども、ここを越えられるかどうかが勝負の分かれ目となることは承知している。下手に踏み違えれば、こちらの身が危ういのだから。
 しかしランサーは、いきなり急停止し獣が地を這うが如くセイバーと向かい合った。

 「どういうつもりかは知らぬが、ここまでだ!」

 セイバーは渾身の力をこめて、剣を振るう。振るわれた剣からは緑色に輝く光が弾丸のようにランサーに向けて突き進んでいった。対するランサーは、その場でぐっと踏ん張ると一気にバネのように飛び跳ねていった。ランサーの向かっている先には、光の弾丸が同じく向かっている。そしてランサーと光が互いに衝突した。この激突に競り勝ったのは、ランサーであった。彼は光の弾丸を突き破り、そのままセイバーへと一直線に飛び込んでいった。
 このとき、サラは顔を真っ青にして息を呑んでいた。

 「くっ・・・・・・!!」

 セイバーは歯噛みしながらも、この攻撃を予測していたのかすぐに回避行動に移ることができた。

 「その程度でオレから逃げられると思うなあ!!!」

 しかし着地したランサーはすぐに急転換し、セイバーに追いついた。そしてランサーの繰り出した一撃を、セイバーは今度こそ避けることができなかった。

 「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 ランサーはセイバーの横っ腹に槍を突き刺したまま、槍を上へ振りかぶりセイバーを投げ飛ばした。投げ飛ばされたセイバーはそのまま地面へ真っ逆さまにぐしゃりと落ちると、サラはとうとうこの戦いから目を逸らしてしまった。

 「くっ・・・・さすがは音に高き、神々が貴様のために与えた武具・・・・!やはり、あの程度の攻撃では、傷一つつかぬか・・・・!」

 ランサーの身に着けている武具、“栄えある勝者纏う破滅(ヴィクトゥア・アルマトゥス)”は鍛冶神ヘパイストスがこしらえたもの。並大抵の攻撃が通用しないのは自明の理である。さらに悪いことに、セイバーはランサーの槍を受けてしまった。ランサーの槍には、相手に不治の傷を負わせる力を持っている。セイバーの押さえている腹の傷からは、とめどなく血が溢れ出ている。
 よろよろと立ち上がるセイバーに、ランサーがつかつかと距離を詰めてくる。

 「まだ立てんのかよ?もうそろそろここでくたばっとけ。そんでおとなしくオレに殺されろ」

 ランサーが冷たく言い放つ。しかし、セイバーは脂汗を額から流しながらも、ランサーに言った。

 「貴様らしくないな・・・・!好戦的な貴様のことだ。身との戦いに心躍らせているかと思いきや、貴様の振るう槍から伝わるは、怒り以外何もない・・・・!そして、そこには貴様の重んじる誇りでさえも・・・・・・!」
 「勘違いするんじゃねえよ。これは“戦い”じゃねえ。“殺し”だ」

 そう言い放ったランサーの言葉には静かな怒りが滲んでいた。そのためか、ランサーの表情は能面のように何の感情も表れていないような冷たさがある。

 「テメエ、さっきオレに言ったよな?キャスターの走狗に成り果てたってな。その通りさ。この身は今やアイツの言いなり。体の自由も誇りも、全部アイツに掠め取られたってわけだ」
 「なるほどな・・・・“戦い”に誇りが伴っていなければ、それは“殺し”と同じ。貴様が言っているのは、そういうことか・・・・」

 戦いは常に忌み嫌われるもの。しかしそこに赴いている者は、自らが“戦う者”だという誇りを胸に抱いている。その誇りは戦士としての矜持であったり、愛国心であったり、場合によっては家族を養うためというのもある。しかし、いかなるときにおいても踏み越えてはならない一線というものがある。それを越えてしまった瞬間に、誇り高き戦いは陰惨な殺戮へと変わり果てる。
 このように、戦いより生ずる狂気、トランス・オブ・ウォーが潜んでいるからこそ、戦いというものは忌み嫌われる。現にランサーが加わったトロイ戦争でも、トロイ落城の際はギリシャ軍による虐殺と陵辱が繰り広げられていたのだから。

 「しかし、貴様ほどの男ならばキャスター如きに黙って従っていられるはずもないだろう。にもかかわらず、奴におとなしく服従している素振りをしているのは、やはり・・・・」
 「そうだ。キャスターとそのマスターのクソ野郎どもはオレがこの手で殺す。ヤツらに、オレを貶め、シモンに手を掛けさせた落とし前はつけさせてもらう。けど、野郎の指輪の魔力に支配されているんじゃ、それもままならねえ。だから、テメエら全員をぶち殺した後で、連中もぶち殺す!その前にヤツはオレを潰しにかかるだろうが、おとなしく潰される気もねえ!そうでもなきゃ、死んでも死にきれねえ!だから、オレは誰の手にも殺される気はねえ!必ず生き延びて、報いを受けさせてやる!」

 ランサーの表情はここで一気に爆発し、溢れんばかりの怒りと憎しみが弾け出た。そのせいか、ランサーが口にする言葉やその目には妙な力が宿っていた。ランサーの激情がこの場を支配しているようであった。
 しかし、そんなランサーを前にしたセイバーはなぜだか哀しみと憂いに似たものが瞳に込められた。

「なんだ、その目は?憐れみか?それとも蔑みか?テメエがどう思おうと・・・・」
 「それは身にもわからぬ。だがランサーよ。その怒りの矛先は誰に向けられているのだ?」

 その言葉を聞いた瞬間、ランサーのこめかみが僅かに動いた。

 「話だけ聞けば、キャスターたちへの怒りが並々ならぬことは誰の目にも明らかであろう。その怒りも理解できよう。しかしだ、ランサー。貴様が真に許せぬのは、キャスターでもなんでもなく、他ならぬ自分自身ではないのか?」

 ランサーは何も言わず、黙ってセイバーの言うことに耳を傾けているようだ。

 「そうであろう?己の尊厳も誇りも何もかもが踏み躙られ・・・・それらを招いてしまった自分自身が許せぬのではないのか?そしてマスターと共にあることができなかった自分の不甲斐無さが何よりも許せぬのではないのか?ランサーよ。貴様が身をどう思おうとそれは身の与り知らぬことだ。しかし今の貴様に必要なのは、復讐でも懲罰でもなく・・・・」
 「黙れ!!!!!!」

 セイバーの言葉を遮って、ランサーが叫んだ。

 「知ったような口を利くんじゃねえ!テメエにどうこう言われる筋合いはねえよ!!!」
 「聞け!ランサー!今の貴様からは一切の誇りが感じられぬ!その誇りを取り戻すことこそが、貴様が真になすべきことではないのか!?」
 「黙れっつってんだろうが!二度も言わすな!テメエらを皆殺しにした上でヤツらに惨めな死を与えない限り、オレの誇りは戻ってこねえんだよ!!!」

 するとランサーは足を上げて、そのまま一気に地面を踏みしめた。その勢いや、力士の四股を思わせる。そして槍を突き上げ、同じ勢いで地面をガツンと石突きで打ち鳴らした。

 「覚悟しろ、セイバー・・・・!テメエのその無駄口、二度と叩けないようにしてやる・・・・・・!!!」

 それからランサーが深く息を吸った、その直後だった。

 「・・・・・・オオオオオオ・・・・・・」

 地獄の悪魔の唸り声のような音がランサーの口から漏れてきた。

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」

 ランサーの口からは、およそ叫びという枠のうちには収まらない大音量が響き渡っていた。その音を発するランサーは胸を反らし、天を仰ぎ、大口を開けていた。

 「オオオオオオおおおおおおおおおオオオオ■■■■■■■■■■■■オオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ■■■■■■■■■■■■オオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおオオオオオオオオおおおおおおおおおおお■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!」

 ランサーの衝撃波のような威圧感を前に、セイバーはたじろぎ冷や汗を流す。

 「・・・・・・なんだ、これは?ランサーのあの荒ぶる怒りを前にすると、全身が萎縮してしまう・・・・まさか!?」

 そこで、セイバーは一つの事象に思い当たった。
 伝承に曰く、盟友パトロクロスを討たれたアキレウスは、それまでのわだかまりの一切を捨てて戦線に復帰した。そして彼は盟友の仇である大英雄ヘクトルとの一騎打ちに望む。こうして一騎打ちの幕が上がったが、凄まじき怒りのアキレウスを前にしてしまったヘクトルは逃走を余儀なくされてしまう。無論、アキレウスはそれを追撃する。そうしてヘクトルは意を決してアキレウスを迎え撃つが、あえなく返り討ちにされてしまう。しかし、死に際のヘクトルにアキレウスは暴言を吐き、その亡骸を散々引きずり回したという。

 「つまり奴の真の切り札は、不死の肉体でも、神々の武具でも、決して癒えぬ傷を負わす槍でもなく、奴の内に宿る怒りだというのか・・・・!?」

 そして夜叉のようなランサーの顔がセイバーに向けられると、ランサーは槍を構え突風の如き凄まじさを以って直進していった。

 「死ね!セイバー!“憤流砕破”(イーラ・トゥレンス)!!!」

 ランサーは突きの一撃を繰り出した。その一撃は、まさしく隕石落下を思わせる衝撃と威力を持っていたためか、その場には噴煙が舞い上がった。
 噴煙が晴れると、ランサーがゆらりと幽鬼のように立ち上がった。

 「へえ・・・・ギリギリであれを避けられるとは、思ってもみなかったぜ・・・・」

 ランサーは憤怒の相のまま、ある方向へと振り返った。
 その方向に、セイバーがいた。しかし彼は荒い息を吐き、すでに膝も笑っていた。それどころか、先ほどまで彼が身に纏っていた荘厳な銀の鎧は砕け散り、その下の戦装束が露になっていた。

 「けど、もう避けられねえだろ?テメエがそんなんだし、そして何よりも・・・・」
 「くっ・・・・!かすっただけでも、この威力か・・・・・・!」

 セイバーが後ろを振り返る。そこには、彼のマスターであるサラがいた。

 「・・・・サラ!サラ!!」

 しかし、彼女からは返事がない。サラは腰が砕けその場でへたり込み、身を縮こませてガタガタと震えていた。歯を鳴らし、明らかに怯えている表情をしたサラからは、普段の気丈さと強気な様子の一切が死に絶えていた。

 「ムダだ!そいつはもう心が折れちまった!その場から一歩も動くこともできやしねえさ!そんでテメエはそのマスターを見捨てることができず、オレに殺される!それ以外にテメエの選択肢はねえんだよ!!!」

 そしてランサーは再びセイバーに向け、その激流のような怒気を纏って突進してきた。だが、それを前にしてもセイバーの顔からは恐怖の感情などなく、それどころか逆にまっすぐ見据えていた。それは、まさしく覚悟を決めた者の顔。

 「ランサーよ、勘違いしてもらっては困る。選択肢は、もう一つ存在する・・・・それは、身が貴様を倒すという選択肢だ!」

 一瞬、セイバーはその目を瞑った。

 「サラよ、すまぬ。そなたの許可なく宝具を用いること、許してほしい・・・・」

 そして、セイバーはその目を見開いた。すると同時に、彼が手にしている剣からは無数の光で彩られた。
 伝承に曰く、権威の証たるその剣は一時間にその輝きが30通りも変化したという。この聖遺物を埋め込まれた奇跡の剣は、かのデュランダルと同じ製造過程を持ち、その名は“喜び溢れる様”を意味する。

 「・・・・“歓喜もたらす至高の剣”(ジュワユーズ)!!!」

 剣の英霊セイバー、西欧の護法者たる聖教王シャルルマーニュが剣を振るい、そこから虹の如き輝きを放つ光の爪が怒れる勇者を切り裂かんと襲い掛かる。
 そして、ランサーの体をその光が飲み込んだ。

 「なっ・・・・!鎧が、砕けた・・・・!?それどころか、再生も追いつかねえ・・・・・・!」

 光が収まり、あとにはその爪痕が残された。そんな静寂の中で、セイバーは荒い息を吐いていた。

 「・・・・セイバー」

 後ろからか細い声が聞こえてきた。サラの声だ。

 「・・・・ランサー、倒したの・・・・?」

 その場にへたり込んだまま尋ねてくるサラはあまりにも弱々しかった。そのとき、どこからか物音が聞こえてきた。その音にサラがビクッと反応した。

 「ひっ・・・・・・!」

 引きつった顔になったサラは、腰が砕けたまま後ずさる。その方向にセイバーは目をやった。胸部から上と右腕しか残されていないランサーが、その目に怒りを宿したまま、体を引きずっていた。彼は最初に、セイバーに不意打ちを食らわせた場所にまで吹き飛んでいた。

 「・・・・あそこから我が宝具の光から生き延びるとは・・・・とっさに弱点となる足を上体で庇い、光から足を逸らさせたか」

 他の部分が原形を留めていない中、彼の足だけは無傷のままだった。そんな状態にもかかわらず、ランサーはいまだに戦意に燃えている。

 「よせ、ランサー。もう勝負は決した。貴様ほどの使い手ならば、それぐらいのことはわかるだろう」
 「いや・・・・まだだ・・・・!まだ、終わっちゃいねえ・・・・!まだ、オレの息の根が止まっていねえ・・・・!これは、どちらかが死ぬまで終わらねえ、殺し合いだ・・・・!ここから生きて出たきゃ、あそこにある足を切り裂け・・・・!それが、道理ってもんだ・・・・!!」
 「ランサー・・・・」

 セイバーは先ほどランサーに向けたような、哀しみと憂いを帯びた目をした。

 「・・・・身が、そのようなことをすると思うか?そのような、敗者に鞭打つ真似を・・・・」
 「だが、オレはテメエの言うムチ打つマネを、平気でやったぜ・・・・!やりたくなきゃ、やらなきゃいいさ・・・・!そのかわり、オレがこの体を再生させて・・・・そんで、テメエを殺して終わりだ・・・・!今のテメエを殺すことなんざ、ヘでもねえ・・・・!」

 あくまでも、その憎悪の炎を決して絶やすことなく燃やし続けるランサー。はっきり言って、セイバーは憂いに満ちていた。もはや、どのような手立てをもってしても、この男の荒れ狂う怒りを沈めることなどできやしないことを悟ってしまったからだ。
 しかしそんなとき、事態は急変する。
 セイバーをはじめとして、この場にいる者たちはこれに感付く。

 「なっ・・・・!これは・・・・!?」

 セイバーが上を見上げる。廃工場の屋根を突き破り、火炎の絨毯爆撃が地上へと襲い来る。それによって廃工場は一気に火の海に包まれてしまった。

 「チッ・・・・!キャスターの野郎、もう始末をつけにきやがった・・・・!!」
 「くっ・・・・!サラ!!」

 セイバーがさらに呼びかける。しかし、普段の彼女から考えられないほどに呆然としてしまっているサラは、この事態に脳の処理が追いついていない。それどころか、ランサーに気圧されてしまったこともあって、立ち上がることすらままならないようであった。

 「サラ・・・・!グッ!」

 セイバーは己のマスターの下に駆け寄ろうとしたが、ランサーとの激戦により傷つき疲弊した体では思うように動くことすらままならず、膝をついてしまう。

 「サラ・・・・!サラ!!!」

 もはやセイバーには呼びかけるしか手立てはないものの、それでも主の下へと進もうとしている。しかし、その主には自身のサーヴァントの声すら届いていなかった。

 「クソッタレが・・・・・・!」

 それを見ていたランサーは、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。そして、彼は近くに落ちていた“あるもの”に手をかけた。

 「セイバー!どけやがれ!!!」

 絶叫するランサーの声にセイバーは思わず反応してしまった。そのときには、ランサーは自分が手にしたものを投げつけた後だった。そしてセイバーは思わずそれにも反応してしまい、避けてしまった。

 「・・・・!サラ!」
 「・・・・え?」

 しかし、セイバーが避けた飛来物は、まっすぐサラへと向かっていった。

 「キャッ!!!」

 そして、サラはその飛来物の下敷きとなってしまった。

 「ランサー・・・・・・!!!」

 セイバーが叫ぶ中、炎に焼かれている天井が崩落を始めたのだった。



 ページをパタンと閉じると、手に取ったコーヒーから香る香ばしい香りをじっくりと鼻で楽しみ、十分に堪能した後はそれを口へと運び、流れ込むミルクで包まれた苦みを舌先でゆっくりと味わう。
 しかし、コーヒーカップを手にしているその手はおよそ人間のものではなかった。その手には黄金色のような毛が生え、爪はナイフよりも鋭利な鋭さであった。
 コーヒーを口にしている口回り、それどころか頭部全体は、およそ人間の頭をしていなかった。顔も手と同じ色合いの毛並みが生えそろい、目はまさしく猫目石さながらであった。
 宙に浮く書物はキャスターの宝具“魔性招きし門扉の記述”。キャスターは今、焔を纏った豹の悪魔、フラウロスの魔力をその身に宿していた。彼の眼前には、燃え盛る廃工場が映し出されていた。

 「ふム・・・・よウやクランさーも息絶えタか。ソれに、セいバーの真名ガ判明したのモ僥倖この上なシ」

 そう言ってコーヒーカップを小テーブルの上に置いた。
 そんなとき、焔を纏った豹のような姿をしたキャスターのそばに一羽のカラスが舞い降りた。彼の使役する使い魔だ。

 「む?コれはアーチゃーどモの動向を探っておッた使イ魔じゃったな。何事ジゃ?」

 そしてキャスターは自らの手を使い魔の頭にかざした。そしてキャスターの頭に使い魔が得たあらゆる情報が流れ込んでくる。そしてその情報の中には、キャスターがおよそ予測のつかなかった情報があった。

 「死んダはズのらイダーが黒化しテおるじゃト・・・・?どウいうこトじゃ?」

 キャスターは眉間に皺を寄せた。確かにあの時、ライダーの消滅を感知したはずだ。そしてあのランサーが仕留めそこなうとは考えにくい。そしてなぜかライダーが黒化してしまって肉体が変容してしまっているのだ。

 「やはリ、イレぎュラーの仕業と見ルのが打倒かノう・・・・?しかシ、解せヌ」

 何故ライダーがアーチャーたちと対するのか?これが自分ならば理解できる。そして、その相手がセイバーでも・・・・しかし、ライダーがまず襲撃を仕掛けようとしているのはアーチャーたちだ。これはライダーの意思か?それともライダーを黒化させた張本人か?いずれにしても、狙いはアーチャーたちの殲滅なのか、それとも別の何かなのかを推測するには材料が足りない。

 「マあ、いイ。うマくいケばまダ正体の割れてオらぬアサシんの素性も看破デきよう。わしトしては、オ互いに潰シ合ってくレればそレでヨし」

 そう言って、キャスターは立ち上がり、指を振るうと手元の本やコーヒーカップの乗せられた小テーブルを一瞬のうちに消し去った。

 「ソれに、バーさーカーやランさーのおかゲで準備もほボ完了。通常なラば残リは四人ジゃが、せイバーもあレでハ脱落も時間ノ問題じゃ・・・・さテ。件の戦いヤいレギュラードもの正体ヲ探りなガら仕上ゲにかカるとしヨう」

 キャスターは知っていた。たとえ予想外の自体が発生したとして、それに釣られて慌てて行動を起こすことほど愚かなことはない。そうしてしまえば余計に混乱してしまうからだ。
よって、いくら予定調和から外れた事態になろうとも、支障をきたさない限りはあくまで予定通りの行動に徹する。そうしながら対策を練ることなどキャスターにとっては造作もないことだ。

 「でハ、そウと決マれば早速行動じゃ。早めニ終わらセ、思考を練ルたメの時間を増やサねバ」

 キャスターは身を翻し、闇の中に溶け込むように消えていった。
 キャスターが消えた後には、灰工場の炎も収まってきた。



 「サラ!サラ!」

 やけ崩れた廃工場の跡にて、セイバーは地面に仰向けに倒れている自らのマスターである少女に呼びかける。しかし、彼女からの返事はない。

 「・・・・あの時、ランサーが投げなければ今頃は・・・・」

 倒れているサラの体には、火傷どころか煤の一つもない。燃え落ちてくる炎から、ランサーが投げつけた盾が、サラの体を守ったのだ。セイバーも動きが取れなかったあのとき、ランサーの盾がなければサラはまず間違いなく焼け死んでいたに違いない。緊張の糸が切れたのか熱気に煽られたのか、今サラは気を失っている。
 そして、先ほどまでセイバーと死闘を演じていたあの猛る槍の英霊は、もはやいない。

 「ランサーよ・・・・そなたは何を思い、逝ったのだ・・・・・・?」

 それを知るすべは、何もない。願わくは、あの不死の勇者が失われた誇りを取り戻し果てたことを望むばかりであった。
 それから、セイバーはサラの懐から転げ落ちている一つの小瓶に目をやった。サラが精製した秘薬だ。

 「サラよ・・・・そなたがこれをどうしようとしているのか、これから何を成そうとしているのか、身にはわかる・・・・」

 それは、サラが時間を費やし、あらゆる労力を惜しまずに作り上げた一品。これほどではないにせよ、サラは他にもこの秘薬に匹敵する品をいくつも所有している。薬だけではない。種や香水など、その魔力から見ても一級品と呼べる代物ばかりだ。それらだけでも聖杯戦争を優位に進めていくには不自由せず、なおかつ数にも余裕がにもかかわらず、あえてこれを精製したのは、おそらくはあの少女のためだろう。いくら口では悪く言っても、なんだかんだ言って気に掛けているあの少女に・・・・
 セイバーはその小瓶を拾い上げ、自分の懐にしまった。

 「サラ。これは必ずや身が届けてくる。だから、そなたはゆっくりと休んでいるがよい」

 そしてセイバーはサラを別荘へと運ぶと、一路楼山神宮へと向かって行った。
 しかし、そこで彼は黒化したライダーの軍勢による襲撃に巻き込まれてしまうこととなった。ある程度マシになったといえども、ランサーとの一戦での傷も疲労も癒えぬままに戦闘に突入したため、やむを得ず宝具を使用することとなる。そして彼は無事、サラの秘薬を届けることができた。
 黒化したライダーがアーチャーの手によって討たれたのは、周知のことである。



 燃え盛る炎にこの体が焼かれている。
 今までこの身は様々な攻撃を受けてきたものの、炎に焼かれることだけは生涯に一度もなかった。
 思えば、自分は根からの戦士である者だと思った。刃を手に取らなければ、穏やかで安穏とした生活を送ることもできたろう。緩やかな幸福の中で長く健やかに生きられたであろう。この身を憂う母の心中も察することもできる。しかし、彼は煌く白刃を見て血が疼いた。倦怠なまどろみの中で死ぬのは自身の性に合わない。限りあるこの命の中で、自らの手で栄光を掴み取ろう。たとえ、血塗れた大地の上で短き命を散らすとも。激しさを増す心臓の鼓動が高鳴り、彼は剣をその手に取った。
 そして彼は伝説にその名を残し、短いながらも栄光に満ちた生を歩んだ。そうして、彼は座に招かれた。
 様々な出来事があったが、彼はそれに一切の後悔もなかった。
 そのはずだった。
 彼は座に招かれたことで知ってしまう。
 あの戦いが、神々にとっては座興も兼ねた人類の刈り取りであることを。
 我が子が太陽神に打たれて冥府に落とされたことを。
 彼の誇りは痛く傷付けられてしまった。何のために自分は戦っていったのか。何のために彼の戦で敵も味方もその命を散らしていったのか。あの熱い鼓動はなんだったのか。
 座にてひたすら悶々とする以外他になかった彼は、新たな戦へと招かれる。
 今度は、ありとあらゆる豪傑英傑が集う戦いだという。誇り高きこの身は魔術師に使役される身となったものの、半身となる魔術師は、およそ魔術師とは呼べぬほどの風来坊であった。彼は幸運を感じずにはいられなかった。この戦いに赴く者の中には、卓越した戦技の使い手がいる。不死をものともせぬ刃の担い手がいる。これに心躍らせるなと言われるほうが無理な話だ。そして、これには彼の強欲なる総大将も神々の陰謀の一切の介入もない。存分にこの腕を振るえるはずだった。
 しかし、またしても彼は絶望に叩き落される。
古の狡猾なる魔術王の指輪に支配されてしまい、気心の知れた半身を突き刺してしまう。そして彼は自身から全てを奪いし邪なる輩どもをこの手で惨殺することを誓う。そのために、自らの敵となる者たちを討たねばならぬ。
 もはや、誇りが介在する余地はない。
 そして、彼の剣の王との対決と相成ったものの、その煌く虹の刃の前に倒れ伏してしまう。怒りが覚め止まぬ中、魔術王は自分らを始末すべくこの戦いの場を焼き討ちにした。
 もはや目的が果たせなくなったものと悟った彼は、思わず自身を切り裂いた王の主に盾を投げつけた。その盾の下にうまい具合にその少女の体を覆い、炎を防いでいるのを見た。そこには、もはや自身の中の怒りの炎の行方がわからなくなった。
 思えば、未練は憎き蛇蝎どもを葬り去れなかったことだけではなかった。
 彼の緑衣の弓使いとの決着をつけられなかったこと。
 彼の宵闇の影の底を完全に出せなかったこと。
 そして何よりも、この戦いに誇りを以って臨めなかったこと。
 今の彼を焼いているのは憎しみではなく、悔いであった。

 「最後につまんねえ、戦いをしちまったな・・・・・・」

 目がかすんできた。程なくして、彼は現世から乖離した。



 あれから、どれくらい日にちが経ったんだろうか。
 だいぶ治まってきたと思っていたのに、またひどくなってきた。
 あの人はひどい人だとは思うけれど、それでもウソをつくような人ではないと思っていた。現にあの人は、これまで何度も処置を施してくれた。おかげで随分と楽になった。
 それなのに、最近“これ”がぶり返してきた。
 耐えようとすればするほど、頭がおかしくなってくる。
 抑えられなくなってくる。

 ■ベタイ―――

 ここしばらくは面会謝絶をしてもらっている。しばらく友達にも会っていない。会えば絶対、とんでもないことになるからだ。
 僕が抱えている、僕の知られたくない部分も知られてしまう。

 ■ガ■ベタイ―――

 正直、一人でいるのは辛い。もう、僕に寄り添ってくれる彼はもういない。それは正直悲しいし、僕が“これ”に加わっている以上はありえた話だからある程度は覚悟していた。でも、だからって周りの人たちがどうなってもいいっていうわけじゃない。でも、僕はどうしても自分の願いを叶えたい。

 柔ラカクテ■■イ■ノ■ガ■ベタイ―――

 でも、もはや僕は願いを叶えることはできない。なぜなら、僕はもうその資格を失ってしまったからだ。それは仕方ないことだと思う。
 けれど、今のままだったら、もっとひどいことになるかもしれない。

■ゴタエガアッテ■■ノアル■ノ■ガ■ベタイ―――

 多分、そうなったら今まで以上に犠牲になる人たちが増えると思う。そして、遅かれ早かれ僕は死ぬことになるかもしれない。それはきっと、当然の報いだと思う。
 でも・・・・やっぱりいやだ!
 僕は、死にたくない!
 死ぬのは怖い!
 誰も傷ついてほしくない!
 誰かを傷付けるのもいやだ!
 いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!■ベタイいやだ!いやだ!いやだ■ベタイ!いやだ!いやだ!いやだ!■ベタイいやだ!いやだ!■ベタイいやだ■ベタイ!いやだ!いやだ■ベタイ!■ベタイいやだ!いやだ!いやだ!いやだ!■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベタイ■ベ

・・・・ぼ、僕は何を考えていたんだ!?そんなことを考えちゃダメだ!だって、そんなことをしたら僕は僕でなくなってしまう!だから・・・・

 『―――わよ』

 ・・・・・・え?誰?

 『だから、我慢する必要なんて、ないわよ』

 だ、誰なの・・・・?一体、誰なの?

 『とりあえず、“はじめまして”って言ったほうがいい?ああ、そんな怖い顔しないでよ。ワタシはアナタの味方なんだから』

 み、味方・・・・・・?何なの?君は?

 『味方は味方よ。ワタシはアナタの願いを叶えるためにやってきたんだから』

 無理だよ・・・・僕の願いは、叶いっこない。それに・・・・

 『最初から無理なんていっていたら何も始まらない。アナタ、苦しんでばかりいたから気づいていなかったかもしれないけれど、ちゃんとあるから。願いを叶えるための資格が』

 ウソだよ・・・・だって、もう・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 そ、そんな・・・・どうして?だって“これ”、もう消えたはずなのに・・・・それがどうして、また・・・・?

 『そうそう。話を戻すわね。はっきり言って、我慢なんてよくないし、体に悪いわよ。現にアナタ、そうしているから余計苦しむ羽目になっているじゃない。だから、そういうのは思いっきり解き放ってパッとやっちゃいましょう』

 で、でも、そんなことしちゃったら・・・・・・

 『もう四の五の言っていられる状況じゃないの、アナタもわかっているでしょう?私もアナタに負担を掛けたくなくて試してみたんだけど、ダメだったわね。あの人、全然言うこと聞いてくれないんだし、おまけに勝手に動き回るし・・・・やっぱりワタシって一部分どころか、ほんのひとかけらでしかない存在ってことかしらね?』

 な、何を・・・・?君は何を言っているの?

 『だから、ワタシの力、貸してあげるからアナタもワタシにその力を貸してよ。ワタシはどうしても叶えたいことがあるから、どうしても生き残らなきゃいけないの。そのためには、頼りになるパートナーが必要なの。それがアナタなの』

 ・・・・どうして?どうして、僕の力を・・・・?

 『アナタだってわかっているはずでしょう?アナタは誰にも負けない力を持っているんだって。ワタシとアナタが組めば、百人力。アナタはやりたい放題やっていいから、ね?』

 ・・・・・・いやだ。

 『どうして?』

 だって!僕は誰も傷付けたくない!誰も■べたくない!僕はこの力を消したい!ただ、それだけなのに・・・・!

 『無駄よ。だって、アナタ放っておいたら結局■べて、それで願いが叶うことなく死んじゃうじゃない。願いを叶えずに死ぬか、願いを叶えるために何が何でも生き延びるか。選ぶまでもないわ』

 いやだ・・・・いやだ!
いやだ!
 いやだ!

 『いやだ、いやだじゃないわよ。もう。ここから逃げようとしても無駄。だって、アナタのそれが何よりの証拠じゃない。だから、一つだけ言っておくわ。“部屋から出たら、アナタは一人■べる”。それは、必ず現実になるわ』

 何も聞きたくない。言っていることを理解したくない。
 僕は思わず、部屋から出て行った。遅い時間にもかかわらず、思いっきり走った。他の部屋の人たちに迷惑になるかもしれないけれど、僕はひたすらそうしたかった。本当に狂うかもしれないからだ。
 でも、途中で転んでしまった。
 僕はその場でうずくまってしまった。

 「――くん!――くん!」

 ・・・・・・その声は?

 「どうしたんだ!?こんな時間に何をしているんだ!?ん?ひどい熱じゃないか!?どうして■■でおとなしくしていなかったんだ!?」

 もう・・・・ただその言葉が聞こえているだけだった。もはや、言葉を口にしようとしても、かえって苦しさは増すばかりだった。

 「おい!どうした!返事をしてくれ!おい!」

 そして、だんだん声が遠くなっていった・・・・・・
 その後のことは、あまりはっきりとはしない。
 けれど、体に残っている感覚だけは覚えている。
 心を徹底的に痛めつける不快感と、舌先から全身を駆け巡るこの上ない満足感が、僕の体に満ちていった・・・・



~オマケ~
・DEAD END?

 夜も更け、草木も眠る頃、わたしは洗面所へと向かった。この後は特に何の予定もないし、特にやるべきこともないので寝ることにした。
 さすがにあの場所へ行くのは億劫だけど、人間である以上こればっかりはどうしようもない。どんなに苦手なものが必ずあっても、歯は磨かなきゃいけない。だって、人間歯が命だもん。
 そうして、洗面所のドアをわたしは開けた。思えば、ここで過ごすようになってから大分慣れてきたなあ。この洗面所にしたって、お風呂場に通じているもんだから誰がどの時間に入っているのかいまだわからない部分があるもん。それでも、わたしに比べると比較的に入浴時間が短めだから、今までお風呂上りに先輩とかアーチャーさんとかにばったり遭遇という事態は発生していないけれど。
 そして、部屋の中の洗面所へと足を進める。なるべく、目の前のものに目を向けないように、目を伏せて・・・・・・・・・・・

ガチャリ

 え?ガチャリ?今の音、ひょっとしてお風呂場から?まさか・・・・・・?
 わたしはおそるおそる、お風呂場の方向へと目をやってしまった。頭の中で警報が鳴り響いているにもかかわらず。

 「「あ」」

 そして、お互いに目が合っちゃいました。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「い・・・・・・!いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!??!!?!?!?!???」

 わたしは力いっぱい回れ右して、全速力でその場から離脱した。そのスピード、初めてバーサーカーに遭遇した夜と比較にならないぐらいに。
 そうして、わたしは自分の部屋へと到着し、思いっきりそこの戸を開け、中に入ると命懸けで戸を閉めた。
 そして数秒後、わたしは前のめりにバタンと倒れてしまった。完全に精力が尽きようとしていた。
 わたしは自分の迂闊さを呪った。あそこで、お風呂上りの空也さんと遭遇することを全く想定していなかったのだから。
 そして、しっかり見えてしまいました。老いてもなお、衰えることの知らぬゾウさん、というかナウマン象?むしろ、マンモスかもしれない・・・・いや。別に見ようと思って見たわけじゃありません。本当に。信じてください。というか誰か。わたしの脳裏にモザイクかけてください。
 けれどもわたしの脳裏にあのベヒーモス級のナニが焼きついたまま、意識が混濁していった・・・・・・・・・・



~タイガー道場~

タイガ「・・・・・・・・・・・・」

ロリブルマ「・・・・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「・・・・・・・・・・・・・・・」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

シロー「(だ、誰も切り出せないでいるな・・・・これが始まる直前にあった、七代ぐらいまでは笑い飛ばされるであろう沙織の最後?について・・・・)と、ところで、オマケと証したあれは一体何なのだ?」

ロリブルマ「な、なんか作者が本編に組み込めそうにないから、こういう形で載せたみたい・・・・」

佐藤一郎「確か以前に“サービスシーンを一度”みたいな声を聞いて思い浮かんだのがこれらしいです、はい・・・・」

タイガ「ちょっと待たんかい!よりによってなぜにあのおっさんの全裸を拝まなきゃならんのよ!?アサシンぐらいまでならまだ許容範囲であるものの、こんなの見て一体誰が得するんじゃ!?」

佐藤一郎「その上、今後も他に本編に入れられそうにないものを今回のような形で入れるらしいです・・・・」

シロー(珍しく及び腰だな・・・・)

ロリブルマ「ていうかさ、最近のタイガー道場とか今回のこれとか、近頃作者やりたい放題じゃないの?これって、大丈夫なの?」

佐藤一郎「大丈夫だ、問題ない。とは作者様が仰られていました」

タイガ・ロリブルマ・シロー(((大丈夫じゃなさそう・・・・)))

佐藤一郎「そ、それよりも早いところ紹介に移りたいと思いますが、いかがでしょうか?」

シロー「そ、そうだな・・・・これ以上これを引きずってもろくなことにならん」

ロリブルマ「というわけで、今回は豪華二本立て!作中で一番メイド服の似合いそうなキャラ(作者独断)のランサーの宝具二つを一気に紹介しちゃいたいと思います♪その詳細は、こっち」


名称:栄えある勝者纏う破滅(ヴィクトゥア・アルマトゥス)
使用者:ランサー
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:-
最大捕捉:一人
ランサーが装備しているヘパイストスの作り上げた黄金の武具。幸運のステータスを1ランクダウンさせる代わりに、他のステータスを1ランク上昇させる。また、宝具などによる特殊効果を打ち消す能力を持ち、Cランク以下の攻撃を無効化する。ただし、装備品の範囲外はその限りではない。

名称:憤流砕破(イーラ・トゥレンス)
使用者:ランサー
ランク:C+
種別:対人宝具
レンジ:2~4
最大捕捉:一人
かつて大英雄ヘクトルを討ち取った、ランサー怒りの一撃。故にその怒りが増せば増すほど、その威力は最大通常の攻撃力の三倍まで上昇し、発動時は自身にCランク相当の“恐慌”のスキルが付与される。ちなみに、彼の持つ槍は傷の治癒を妨げる効果も持ち、それはランサーの死かその穂先を削った粉末でしか癒せない。

※恐慌:C 敵対者に恐怖心を植え付けるスキル。Cランクならば周囲5マスの敵の全パラメータ、あるいは精神干渉に耐性のあるスキルを1ランクダウンさせた上で-補正を付与させる。並大抵の人間ならば最悪の場合、発狂してしまう。


タイガ「なんというか、改めて見るとチートな宝具よね・・・・」

シロー「とりあえず、鎧のほうから聞こうと思うが、どうしてここまでコテコテな設定となった?」

佐藤一郎「どうやら、ヘクトルの宝具がデュランダルと思っていた時期に、デュランダルの効果を色々考えた上でこういう形となりました。まあ、結局ここではヘクトルとデュランダルは関係なかったようですが」

シロー「・・・・ちなみに、作者の考えるデュランダルの効果とは?」

ロリブルマ「押忍!ズバリ!あらゆる守りの効果を打ち消して必殺の一撃を叩き込む!らしいッス」

シロー「・・・・しかし、それではフラガラックとゲイボルグの打ち合いみたいな結果にならないか?」

ロリブルマ「それどころか、下手すればもっと悲惨なことになりかねないかもね」

タイガ「コラコラ!そういうことは言わない!とりあえず、こっちのランサーさんの刺すほうのゲイボルグがただの突きになったり、ダメットさんのフラガがただの後出し攻撃になったりって感じでいいんじゃないかしら?」

シロー「・・・・まあ、とりあえずそういうコンセプトになった宝具だからな。作中ではあんまり反映されなかったようだが」

タイガ「まあ、鎧の方はもういいとして、今度は槍の攻撃のほうね。これはどうしてこうなったのかしらね?」

ロリブルマ「押忍!こっちは作中でも述べられていたとおり、ヘクトル戦がモチーフとなっているらしいッス」

佐藤一郎「最初は単に“怒りの一撃”でしたが、色々といじくってちょっとした魂砕きみたいな効果も加わりました」

シロー「名前をつけるためだけに、わざわざ大手本屋でラテン語の辞典を見つけて、それで意味とか調べていたらしい。あえて槍を宝具にしなかったのは、他のクラスでも対応できるようにと思ってのことらしい」

ロリブルマ「じゃあ、他にもクラス適性があるってこと?」

シロー「一応、作者の頭の中ではアサシンとキャスター以外のクラスへの適性があるということだ」

タイガ「けれどこの人の宝具って、すぐに傷は治って、パワーアップしたうえで特殊攻撃をただの攻撃にして、ものによってはあんまり通用しなかったり、それどころか下手に怒らせたらこっちがパワーダウンしてあっちがさらにパワーアップ。少しやりすぎじゃないの?」

佐藤一郎「ですが、真に恐ろしいのはそれらよりもランサー様自身の技量と言ったところですね」

シロー「同じギリシャの英雄であるヘラクレスが力の英雄というのに対して、このアキレウスは技の英雄という設定らしい。これでも作者は、それをアピールしようと躍起になっていたらしいからな」

ロリブルマ「でも、わたしのヘラクレスが最強なのに変わりはないけどね」

タイガ「この悪魔っ子は相変わらず・・・・!」

シロー「ちなみに、今回ランサーにはあえてラフファイトを心がけさせたつもりでいたようだ。はたしてうまく描写できたかどうかは知らんが」

タイガ「というか、ここでようやくサーヴァント三体脱落とかって・・・・結構時間かかりすぎじゃない?」

佐藤一郎「そうですね。文章量が結構多くなったり、初期の頃は文章を完成させるのに時間がかかったりしていましたからね。そして終盤に向けての展開が少しずつではありますが固まってきたものの、もはや何話で終わるか作者様自身にもわからないことですからな」

シロー「というか、こういう無駄な文章自体が余計だと思うが」

タイガ「だからそういう発言はやめて!作者だって頑張っているのよ!?」

シロー「我々にこういうことを言わせているのは、その作者本人だがな」

タイガ「だ~か~ら~・・・・・・!」

ロリブルマ「とりあえず大体作者のせいっていうことで、また次回!」

佐藤一郎「では、またお会いしましょう。それではごきげんよう」



[9729] 外伝ノ三「完全無欠(コンプリート)爺や・前編」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:28f17abe
Date: 2010/10/31 02:44
 あれは、かなり昔の話だ。
 あの頃、オレがまだ格闘の世界に身を置いていた頃だ。自分で言うのも何だが、あの頃のオレはけっこう強かった。おかげで表の格闘界から追放されることになっちまったがな。そりゃそうさ。強さに開きがありすぎちゃ、試合として成立しなくなるからな。
 けど、オレの格闘人生はそこで幕となったわけじゃねえ。そういうやつの行き着く先の一つが、アンダーグラウンドだ。どこにでも血を見たがる連中ってのはいるもんだからな。無論負けたら、ヘタすりゃ命はねえ。けど、やることは一緒さ。違いがあるとすれば、それはルールがあるかないか。
 もちろん、ここでも負け知らずだったさ。この腕っぷしさえあれば、何もかもが思い通りになる。そう信じていた。けど、表も裏も結局は同じだと現実は教えてくれた。強すぎる力ってのは、弾かれるもんだってな。
 それを思い知らされたのは、久々に試合の決まったその日だった。
 正直、このときオレは息巻いていた。このオレの試合なんだ。どんな強いヤツがくるんだって思っていたな。まあ、慢心していたとも言えるかもしれないが。
 そうしてリングに向かおうとしていたとき、ジジイが言ってきた。

 「おい、ミッキー!お前、そろそろ加減ってもんを覚えやがれ!」
 「はあ?加減?そんなもんしたらこっちがやられちまうだろうが」
 「そうは言うが、はっきり言ってお前は強すぎる。この儂が言うんだ。間違いない。だがな、そのせいで試合も賭けも全く成立しなくなったっていうじゃないか!」
 「そんなの、オレの知ったことじゃねえよ。オレは、オレのベストをつくすだけさ」
 「何がベストだ。そのせいで表を追放されたというのに、懲りない奴だな!」
 「OK、OK。そろそろ始まるから、説教はまた後な」
 「・・・・どうなっても知らんぞ」

 近頃うるさくなったもんだな、あのジジイ。一応セコンドって言う立ち位置だが、こんなところでセコンドなんていていないようなもんさ。まあ、マネージャーっていうのが正しいだろうな。けど、アル中のクセして、あのジジイの見る目だけは確かだ。現にこのときも安物の酒を煽っていたからな。
 そんで、ここからいよいよ運命の試合ってわけだ。

 「さあ、お待たせいたしました!今宵も皆さんに、血沸き肉踊る素敵なバトルをお届けしたいと思います!」

 スポットライトの下には、いつもの見慣れた形だけのレフェリーが突っ立っている。こうしてバカみたいに喋っていれば金もらえるってんだからボロい商売だ。実際、こいつがいるときはいつもと比べて妙に観客も多いっていう噂もあったみたいだがな。ただ、その金はだいたいギャンブルに消えているらしいが。

 「さて!今回はまだるっこしい前口上は省略いたしまして、早速本日のファイターの紹介に移りたいと思います!私の出番とお金が減るのは口惜しい限りですが」

 ここでドッと観客席から笑いがおきる。けどこいつ、たまに八百長に一枚噛んでるから、その分だけおこぼれに預かれるって話だ。全く、ボロい商売だぜ。

 「まずは、赤コーナー!表も裏も負け知らず!こいつのパンチやキックを食らったら一貫の終わり、一生のおしまい!再起不能になったファイター数知れず!今日も瞬殺KOを見せてくれるか!我らがチャンピオン!“高速の壊し屋(マッハ・クラッシャー)”ミッキィィィィィィィィ!!!ロウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 オレがリングに上がった途端、観客席から一気にブーイングの嵐が飛び交った。最初はこれに腹立ったよ。まあ、力のほど見せ付けて黙らせてやったのがほとんどだ。が、それが段々と心地よくなってくるんだよな、これが。オレって、意外とヒール向きなのかね?

 「続きまして、青コーナー!知る人ぞ知る伝説の男!今宵は、王座に居座り続けるチャンピオンに引導を渡すべく、満を持してリングに帰ってきました!チャンピオンの不敗神話に終止符を打つ命知らず!その名は!“無冠の暴君(ノンタイトル・タイラント)”イチロォーーーーーー!!!サトォーーーーーーーーーー!!!」

 その瞬間、オレは呆気に取られちまった。それは、さっきまで周りでブーイングしていた客どもも同じだった。何しろ、今オレの目の前にいるのは、スーツ着たじいさんだからだ。多分、ジャップだろう。オレの目の前にいる、つまりはそのじいさんがオレの対戦相手ということだ。
 そんな呆れ返るぐらいに静まり返ったこの会場は、一気に笑い声で満たされた。その笑い声の種類は嘲笑、さっきレフェリーに向けられたのとは違う種類の笑いだ。

 「おいおい、じいさん!ボケて迷子にでもなったのか!?」
 「とっととひっこめ!テメエみてえなジジイに用はねえんだよ!」
 「逃げろ逃げろ!ぶっ殺されちまうぜー!」
 「ミッキー!手加減してやれよー!応援してるからさー!」

 そして同時に野次で溢れかえった。気持ちはわかるさ。オレでも、多分客席にいたら同じ気持ちになっていたろうしな。
 ところで、ジジイだけこの世の終わりみたいな渋い顔してやがったな。

 「それでは両者共に用意はいいですか!?」

 レフェリーがそう呼びかけたときだった。

 「ああ。少々失礼してもよろしいですかな?」

 レフェリーが少々面食らったような顔をした。さすがにあのじいさんの反応は予想外だったらしい。それであのじいさん、何をしたかと思うと、急に上着を脱ぎだし始めたんだよな。

 「汗をかくといけませんからな。それに、何か隠し持っていると思われても困りものですし」

 またもや会場は嘲笑と野次で溢れた。まあ、このときオレもモウロクしてんのかと思ったからな。
 それで、じいさんはとうとうシャツまで脱ぎ始めた。

 「さて・・・・これでよろしいですかな?」

 それでじいさんは上半身真っ裸になった。
そのとき、オレはようやく戦慄を覚え、息を呑んだ。

 「なっ・・・・・・あ・・・・・・!?!」

 このとき、オレは顔面蒼白になったのを覚えている。
 何しろ、そのじいさんの体は一言で言えば、肉の鎧だった。さすがにターミネーターには負けるだろうが、少なくともダビデ像には勝っている。このオレが言うんだ、間違いない。

 「おいおい、じじい!それ、見掛け倒しじゃねえだろうな!」
 「言っておくが、ここはフィットネスクラブじゃないぜ!」
 「ヒャー!コエー!小便ちびっちまったー!」
 「おーい!それどこの薬使ってんだー!?」

 相変わらず客たちは野次を飛ばしまくっている。節穴の連中には、なんもわかっちゃいねえ。
 あれはドーピングだとかで手に入った体じゃねえ。気の遠くなるような時間をかけて、鍛錬に鍛錬を重ねることで手に入った体。しかも、実践訓練のおまけ付きだ。このオレでもめったにお目にかかれねえし、言うのもなんだがあれは肉の芸術だ。

 「それでは、レディ・・・・・・ゴー!!!」

 なんだかんだでもうゴングが鳴っちまった。
 じいさんが構えた。体中から一気に冷や汗が流れ出た。オレの視線はじいさんに釘付けになっていた。

 「オイ、ミッキー!ビビってんじゃねえぞ!」
 「ジジイだからって遠慮するようなタマじゃねえだろ!」
 「コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!」
 「じいさん、死なない程度に頑張れよー」

 本当に連中は何にもわかっちゃいねえ。これは、面と向かっているオレだからこそわかることなのか?何しろ、あのじいさんからあふれ出てくる威圧感みてえなのが、オレの体に気味悪くまとわりついてくる感じだったからな。そのせいで、じいさんの体が余計大きく見えてくるほどだった。あれじゃ、多分素手で白熊殺せるんじゃねえかって思えてきた。
 そんな風に、ガラにもなく向こうの出方を伺っているそのときだった。

 「よろしいのですかな?貴方様最後のリングだというのに、そのような消極的な戦い方では“高速の壊し屋”の名折れですぞ」

 じいさんがそんなことを言ったとき、オレの体は一気に熱くなった。
 闘志が沸いてきたのか、挑発に乗せられたのかは今じゃ覚えてねえ。ただ、あれはオレじゃねえと思った。だからこそ、オレはお決まりのストレートをぶちかましてやることにした。これまでだってこいつで大勢の敵を潰してきた。
 それでオレはほぼ一瞬で射程距離まで詰めた。自慢じゃねえが、こういうときのスピードは誰にも負けねえし、付け入る隙も与えたこともねえ。そこからストレート一発。それで大抵の敵はグロッキーになるはずだった。
 けど、そのストレートの打った先には、あのじいさんはいなかった。それどころか、逆にオレのあごに衝撃が走った。じいさんのパンチがオレのあごを砕いたと気付くのには、けっこう時間がかかったな。
 あごが砕けたから、何も喋れねえ。オレがリングに倒れるまで、色んなもんが見えた。あまりの展開に唖然となっている観客たち、額に手を当てて首を振っているジジイ・・・・多分、ジジイはこうなることを予想していたんだろうな。いや、もう一人いたな。あのレフェリーだ。あのすまし顔は、上からなんか聞かされていたに違いない。
 じいさんは言っていた。
 最後のリングだと。
 そのとき、オレは妙に納得しちまった。
あのときほど、上には上がいると思い知らされた日はねえ。それで思ったぜ。もし、生きていられたらオヤジの農場を継ぐのも悪くねえ、と。
 それで、現在に至るってわけだ。



 試合を終えた佐藤一郎は、黒スーツの強面の男たちによって執務室へと案内された。
 ここは、地下闘技場を運営するプロモーターの中でも最大の勢力を誇る暗黒街の重鎮、マードック一家の屋敷であった。一郎の目の前にいるのは現当主であるバゾル・マードックその人だった。
この部屋には、デスクの向こうにいる彼以外にも、案内してきた者も含めて四人いる。

 「ご苦労だった、ミスター・サトー。まさかこの年で“無冠の暴君”の伝説を目にできるとは思っていなかったよ」
 「これはバゾル様。ご満足いただき、恐縮の極みにございます」

 佐藤一郎が恭しくお辞儀をした。
 彼のこの名は、かつて路上で喧嘩に明け暮れた日々からのものだった。そこでも負けなしで、道具も使わず体一つでストリートギャングを潰したことも何度かあった。程なくして、ジムに所属するようになるも、出場した試合は一度のみ。それも彼の完勝。その試合に出た後にそのジムから去っていった。
そういったことが何度も続いた。ボクシング、柔道、空手、各種拳法、その他格闘技で・・・・それからは、有名・無名問わず実力のある達人たちに喧嘩を売り、その妥協のない戦いで多くの勝利を収めてきた。
 そしてアンダーグラウンドへ流れ着き、そこでも勝利を収めてきたが、名が売れる前にいつしか姿を消していた・・・・
 故に、“無冠の暴君”。

 「それはそうと、このたびはわたくしのご要望に応えていただき、真にありがとうございます」
 「ん?ああ。別に構わんさ。確か、今回の報酬でミッキーの命を買う、だったか?あんたも酔狂なことをするもんだな。わざわざ、ありったけの大金をドブに捨てるような真似をするとは・・・・」
 「はい。申し訳ございません」
 「まあ、どのみちヤツはファイターとしてはもうおしまいだ。むしろ余計な手間が省けて、礼が言いたいぐらいだ」
 「はい。ありがとうございます」

 バゾルは上機嫌だった。
地下闘技場を運営する上で、何人ものファイターを潰し、賭けが成立しなくなるだけでなく、プロモーターたちが仕組む八百長試合にも拒否の姿勢を貫き続けたミッキーの存在は、彼にとっては目の上のたんこぶ以外の何者でもなかった。
 そんな時、あの伝説の“無冠の暴君”の情報を入手し、どうにか招きよせることができた。最初はその見た目に半信半疑であったが、配下の中でもとびきりの腕利きをあっさり倒したことから、彼にミッキーを潰させることにした。その際、一郎から先ほどの条件を提示され、それを呑んだのだった。

 「とはいえ、今日の働きを考えると手ぶらで帰らせるわけにもいかない。そこで、こちらとしては何かボーナスを与えたいと思う。何か欲しいものがあれば何でも言ってくれ。どんなものであろうとも、お安い御用だ」
 「どんなものでもよろしいのですかな?」
 「もちろんだ」
 「そうですか・・・・それでしたら・・・・・・・」

 一郎はしばらく考えるような素振りをして、口を開いた。

 「貴方様の命、頂戴いたします」

 一郎を除く、この場にいる全員がぽかんと口を開けていると、一郎はすかさず一丁の星のような形の傷の入った拳銃、SIG P210を取り出すと、そのまま狙いをバゾルの額に定めて引き金を引いた。
 乾いた銃声が響き、バゾルは額に風穴を開けてそのまま後ろに倒れた。
 それから、一郎はくるりとバゾルの配下の男たちに向き直った。

 「申し訳ございませんが、本日をもちましてマードック一家は壊滅となります。どうか、ご容赦ください」

 その言葉に男たちは一人を除いて、一斉に一郎に銃口を向けるとそのまま打ち始めた。しかし一郎は一瞬のうちにデスクを飛び越え、バゾルの死体を持ち上げ、それを盾にした。かつての主にもかかわらず、バゾルの死体に次々と銃弾が撃ち込まれる。
 だが次の瞬間、銃痕だらけのバゾルの死体が男たちに向けて突き飛ばされた。男たちは思わず、後ろに退いてしまう。しかし、どこにも一郎の姿はなかった。
 そのときだった。男のうちの一人が突如後ろから口を塞がれ、ぬっと後ろから出てきたサバイバルナイフによって喉笛を切り裂かれてしまう。男の切り裂かれた喉から噴水のように血が噴き出すと、唯一銃を手にしなかった男が部屋から逃げ出してしまい、それをもう一人が追いかける。
 一人残された男は、投げつけられたサバイバルナイフをどうにか避けることができた。だが、そこで彼は一郎から何発も銃を撃ち込まれ、絶命してしまう。

 「さて・・・・もう一働きと行きますかな」

 そしてどこからサブマシンガンを取り出した彼の目は、鷹のように鋭さを増していた。



 銃声と聞き覚えのある声の断末魔が遠くで聞こえてくる中、あの執務室でただ一人発砲しなかった男は走った。ひたすら走っていた。とにかく遠くへ。この屋敷から一刻も早く逃げ出さねば。
 いよいよ裏口が先にある曲がり角に差し掛かったとき、何者かに肩口を掴まれ、走らせていた足が不意に止まってしまい、ぐいっと後ろを振り向かされてしまった。
この男を追ってきた者だ。
 彼は物凄い剣幕でまくしたてた。

 「オイ!何一人でトンヅラぶっここうとしやがってんだよ!?ボスに拾われた恩を忘れたのか!?」

 逃げていた男は怯えた表情をしていた。しかし、それは決して目の前の男に気圧されたからではない。

 「知るか!何が拾われた恩だよ!?そのボスにバカスカ鉛玉ぶちかましていたのはどこのどいつだよ!?」
 「ああ!?テメエ、このままあのクソジジイ一人始末できなきゃ、俺たちの面子ってもんが・・・・」
 「無理だ!そんなの!あの化け物に敵うわけがねえ!全員殺されるんだ!」
 「何言ってやがる!?ちょっと腕が立つからって言っても、所詮はジジイ。しかも一人だろ!?だったら、全員でかかれば・・・・」
 「お前、あのSIG見なかったのかよ!?」
 「あ?SIG・・・・?」

 そこで口論は止んでしまった。追ってきた方はわけがわからないといった顔をしている。その男は、逃げようとしていたこの腰抜けからその理由を聞かされることとなった。

 「オレの知り合いに傭兵やっているヤツがいてよお・・・・そいつから聞いたんだが、何でも恐ろしく腕の立つ傭兵がいるって話だったんだ。その傭兵は、敵に回せば生き残れる確立は僅か1%らしいけど、味方になりゃ生存率は75%も上がるって話だ。それで星みてえな傷のついたSIGを愛用しているそいつは、全ての戦歴が激戦地ばっかりだからこう呼ばれてるんだ、“気狂いの練達兵(マッド・ヴェテラン)”ってな・・・・」

 逃げようとした男の説明を聞いてか、さっきまで眉に皺を寄せていた男の顔が途端に蒼ざめていく。どうやら、名前ぐらいは知っているらしい。

 「ちょっと待てよ・・・・!それじゃあ、“無冠の暴君”と“気狂いの練達兵”は同一人物だってのか?けど、どっちにしたってたかがジジイ一人・・・・」
 「お前知らねえのかよ!?この前どっかの独裁国家が一気に崩壊したのも、あいつのいた傭兵部隊が介入していたからだ!しかもあいつ一人で一個師団クラスの部隊を殲滅したって噂もあるんだぞ!そんな化け物にオレたちが勝てるわけがねえ!」
 「馬鹿言うな!そんなの、ただの尾ひれのついた噂だろ!?」
 「そういう噂があるぐらいやばいヤツってことだよ!とにかく!オレはブラジルかどっかにばっくれるからな!」
 「おっ・・・・おい!」

 止めるのも聞かずに、男はさっさと逃げ出して、曲がり角を曲がった。
 しかしそれからしばらくすると、耳をつんざく轟音が響き、男は身を縮みこませた。
 焦げ臭い匂いが漂い始めると、男は恐る恐る顔を上げ、そろりそろりと曲がり角の向こうへ行くと、その先にあるはずの裏口が大破し、ところどころが焦げ付いていた。やはりドアに爆弾が仕掛けられていたのか、爆発が起きていたのだ。
そして男は思わず足元を見てしまい、ギョッとなってしまった。そこには、逃げ出そうとしていた男の変わり果てた姿だった。その体が爆炎に焼かれた上に、爆発の衝撃でバラバラになっていた。さしもの彼でも、これには腰を抜かしてしまった。
 そして、銃声がどんどんこちらに近づいてくるのを感じ取り、男は肝を冷やしてしまった。そしてゆっくりと後ろへ振り返ると、先ほどの老人、“無冠の暴君”であり“気狂いの練達兵”でもある男がサブマシンガンをこちらに向けていた。
 しかし既に射撃は始まっており、男の体はサブマシンガンから放たれる銃弾の嵐によって砕かれていった。
男は、自らの身を以って、生存率1%の意味を体感しながら絶命した。



 バゾルが射殺されてからおよそ一時間が経過した。
 佐藤一郎は、炎上する屋敷を後にしていた。この燃え上がり方なら、屋敷の一切は跡形もなく燃え尽きるだろう。
 一郎が歩を進めていると、正門に背を預けている一人のブロンドの髪を持った美女がいた。羽織っている厳つそうなコートさえなければ、一流のキャリアウーマンといった印象を受け、またその美貌はファッション雑誌のモデルさえも遠く及ばないほどであった。

 「ご苦労様。見事な手際だったわ」
 「ポーラですか。いえ、とんでもございません。現に、何人か逃げられてしまいましたから」
 「わかっているわ。さすがのあなたでも一人では厳しいでしょうから、討ち漏らした分はこっちで用意した兵隊に始末させたわ。当然、死体の処理も既に完了済みよ」
 「そうですか・・・・・・」

 一郎はポーラという女性にそう言ったが、組織の構成員の約九割以上は彼の手にかかっていた。というのも、思いもよらぬ襲撃で屋敷全域は混乱の真っ只中であったからだ。いくら彼らがいくつもの修羅場を潜り抜けてきたといえども、態勢を整える間もなく奇襲を受けてしまえばひとたまりもない。
 また、一郎はあらかじめ脱出路全てに罠を張り巡らせていた。これにより、逃げ出そうとする者がいても、その罠にかかってしまうという寸法だ。無論、その罠の全てが致死性であるのは言うまでもない。
 つまり、マードック一家を殲滅したのは実質的に一郎一人ということになる。

 「まあ、おかげで懸念されていた一家の台頭を永久に阻止することができたからいいわ。けれど、確か今はイチロー、だったかしら?」

 ポーラが一郎に言う。

 「あなた、本当にいくつ名前もっているのよ?三ツ星レストランの厨房に立てば“厨房の魔術師(クッチーナ・マーゴ)”、各種競技の審判を努めれば“絶対審判(アブソリュート・アンパイア)”、ひとたび乗り物全般を操縦すれば“触れえぬ背中(アンタッチャブル・バック)”・・・・・・昔から思っていたんだけれど、一体あなた何なの?」

 ポーラの質問に一郎が答える。

 「・・・・単なる器用貧乏、という奴ですよ。様々なものに手を出しすぎて、一流にはなれなかった。それだけのことです。それよりもポーラ。この手の仕事はそろそろ、ここまでにしていただけませんかな?正直、年のせいで心身ともに厳しくなってまいりましたし、もう辟易ですよ」
 「悪いけれど、イチロー。もう一つ、仕事を請け負ってもらうわ」

 自分の申し出をポーラにばっさりと切り捨てられただけでなく、また新たな仕事が発生したために一郎は思わず溜め息をついてしまった。

 「そばかすだらけの顔をしたあの女の子が、今ではこうしてキビキビと指示を出す側に回ったわけですか・・・・時の流れは、残酷ですなあ・・・・」
 「余韻に浸らないでちょうだい。この件は、どうしてもあなたの力が必要なのよ」

 しばらく間が置かれたが、一郎はややうなだれた背をピンと伸ばした。

 「致し方ありませんな。他ならぬ貴方の頼みとあらば、聞かないわけにもいかないでしょう」
 「助かるわ。イチロー」

 そしてポーラは一郎に背を向けた。

 「ついてきてちょうだい。この先に車を止めてあるわ」
 「承知いたしました」

 美女と老紳士。変わった組み合わせの二人は燃え盛る屋敷を後に、闇の中へと消えていった。



 少女は今、まどろみの中にいる。
 意識は完全に体から乖離し、脳もその働きを今は休めている。それでも、体中に張り巡らされた緊張の糸だけはいまだ切られていない。
 現に、何者かが近づいてきているため、いつでも意識を引き寄せる準備は整っている。
 そして部屋、押入れがある意外は何の調度品も見られない空き部屋に近いその部屋に入られたと同時に、一瞬で目を覚ました。
 入ってきたのは、やはり自分の血のつながった父に当たる人物だ。彼は蝋燭の薄明かりのみが灯る部屋に幽鬼のようにゆらりと現れた。

 「目覚めたか。仕事だ」

 少女の父親であるその人物は、娘に当たるその少女に一枚の紙を手渡した。

 「それが今回の仕事の内容だ」

 少女は紙に書かれている内容を全て頭の中に叩き込んだ。空で何度も復唱できる。

 「今回はこちらも出向く。先に、行かせてもらう」

 それだけ言うと、父親に当たる男は薄暗い部屋から出て行った。
 少女はその紙で紙飛行機を作った。そして少女は蝋燭の火に蛾が集っていることを確認すると、少女は蝋燭へ向けて紙飛行機を投げた。それは一直線に蛾へと向かっていき、そして命中した。それも、ただ当たったのではない。紙飛行機が蛾の体に刺さったのだ。そのままの勢いで紙飛行機は壁に突き刺さる。蛾はすでに、絶命していた。そして蝋燭を通過したために、紙飛行機も蛾の亡骸も燃え尽き、消す屑となった。壁には微かな焦げ目がついただけであった。
 自分と父との関係などあの程度のものであった。父にとって自分は“娘”であるかどうかなど大した問題ではなかった。大事なのは、確実に仕事ができるかどうか、である。事実、自分はこれまでに何度も仕事をこなしてきたし、しくじりなど皆無である。
 先ほどの紙に書かれていた内容を覚えることも、その紙を処理することも、できて当たり前。やって当たり前ということだ。
 だからどうしたということもない。それらが全てなのだ。
 ちゃんと仕事ができる、つまり“使える”かどうか。それが全てであるし、そんな自分にも疑問を抱いたことはなかった。
 自分のしている仕事に疑問を持つことなどありえなかった。
 少女は蝋燭の火を消すと、部屋から出て行った。



 佐藤一郎は、オフィルルームのような部屋にいた。
 その部屋には、何人かの人間がいる。青年実業家を思わせるスーツ姿の男、中華風の衣装の壮年、ガンマンのような格好の男、黒コートに仮面をつけた人物、プロレスラーのような体格の黒人男性、アロハシャツを着た金歯の初老の男性・・・・人種などが異なるこれらの人間に一つ共通していることがある。
 それは、彼ら全員がプロの殺し屋であるということだ。
 一郎の予測していた通り、これから行われるのは汚れ仕事である。
 彼らを前にしているポーラが説明を始めた。

 「全員揃ったようだから、説明を始めるわね。もう言うまでもないと思うけれど、あなたたちには、一人の男を始末して欲しいの」

 思ったとおりだった。ポーラは構わず続ける。

 「標的の名は、黒田博巳。表向きは生物研究者ということになっているけれど、その実は生物兵器製造に関わっているマッドサイエンティスト。写真は手渡した資料に載ってあるから、見てちょうだい」

 一郎はページをめくり、黒田の写真を見た。
 写真で見る黒田は、げっそりと痩せこけているために若いのか年老いているのか判別に難しいところである。ただ、二つ言えることがある。一つは、彼が名前どおりの日本人であるということ。もう一つは、写真越しといえどもくぼんだ目には狂気が宿っていることがはっきりしているということだ。

 「その黒田が、最近何らかの生物兵器の完成に成功したという情報が入ったの。そこでなんとしてでも、その黒田を消し去ってほしい。それが、今回の依頼よ」

 ポーラが質問を促そうとした矢先に、一人挙手をした。西部劇に出てきそうなガンマン風の男であった。

 「どうしてこれだけの人数を集めた?俺は一人でやるのが性に合っているんだが?」
 「万が一のときのためよ。黒田はすでにその生物兵器をロールアウトしている可能性だってあるし、情報によれば黒田はこれを見越して、カウンター用として一流の殺し屋や傭兵を数多く雇っていると聞くわ。他に質問があるのは?」

 今度は挙手するでもなく、真っ先に口から質問が飛び出た。中華風の衣装に身を包んだ壮年の男だ。

 「では、我々に手を組んで事に当たれというのか?」
 「それはそちらで決めてちょうだい。互いに別行動をとってもよし。あえて組んで遂行するのもよし。とにかく、こちらからはそっちのやり口に一切口出ししないから、自由にやって構わないわ」

 佐藤一郎はポーラのその判断を妥当だと思った。この手の人種が相容れることなど決してありえない。それだけ、彼らには確固たる流儀や思考などを持ち、それが反発を生むことを知っているからだ。仮に組んだとしても、そのせいで足並みが揃うことなどないのは明白だ。
 だから、ポーラはあえて自分たちに自由行動の権限を与えたのだ。

 「これ以上質問がないのならば、この会合はここまでにさせてもらうわ。それじゃあ、ぜひともこの依頼を果たしてちょうだい」

 それだけ言うと、ポーラは一足先に部屋から出て行った。
 それから殺し屋たちも一言も発することなく部屋から出て行った。不干渉がこの業界での暗黙の了解であり、また最善にして最良の潤滑油でもある。
 一人部屋に残った一郎は溜め息をつき、思いを巡らせていた。彼は今、口の中で砂がザラザラしているような感覚を思えたからだ。
そしてこういうときは決まって、これから彼の臨む仕事が大概の場合一波乱起こるというジンクスがある。そして何か得体の知れないものが蠢いているのがほとんどというおまけ付きだ。
 無論、どの仕事でも一筋縄ではいかないことなど承知済みである。しかし、その中でも命の危機に瀕するようなものも星の数ほどこなしてきた。これは、そういう彼の経験から来る一つの勘である。
 少なくとも、ここでジッとしていても仕方がない。引き受けたい上は最後まで全うするつもりでいるのだから。
 そして、一郎は部屋を後にした。



 あくる日、一郎は決行当日に備えて標的・黒田の住む屋敷周辺の下見に赴いていた。
 しかしながら、どこに黒田の雇った傭兵や殺し屋たちが潜んでいるかわかったものではない。彼が実際に足を運べるのは屋敷からおよそ10キロ以上離れたこの市街地までが限度である。
 そこから先へは、おそらくその日になってからでないと進めないだろう。それまで、目立つ行動は避けなければならない。事を荒立ててはいけない。
 一郎は溜め息をつき踵を返して足を進めた。屋敷周辺を探るには、現時点では遠方から望遠鏡を使う以外手立てはない。なので、彼は特定のポイントまで戻ることにした。
 とはいえ、こうした監視はおそらく長時間に及ぶことになるだろう。それにはかなりの集中力と体力を要する。そのため、一郎は再び溜め息をついてしまった。
 どこか手ごろな店で食料品を買い溜めしようとした、そのときだった。

 「おや?」

 一郎の目に留まったのは、一人の少女であった。
 その少女は、この現代的な街におよそ似つかわしくない和装をしており、どこか伝統的な日本人形を思わせる雰囲気を醸し出していた。前へ一歩、また一歩と歩むその姿はそれだけでも、日本の伝統芸能における一場面を想起させた。
 そのせいでもあるのだろうが、一郎はその少女から目を離すことができなかった。
 そして、とうとう一郎はその少女に声を掛けてしまった。

 「もし、そこのお嬢さん。どうかなさいましたか?」

 しかし、その少女は何の返事もしなかった。少女は一郎に見られていることを気にも留めていないようだ。
 というよりもその少女はその出で立ちから、周りから物珍しいものを見るような目で見られているのだが、少女は一向に気にする気配はなかった。
 それでも、一郎は少女に声を掛けた。

 「お嬢さん。この様な所でいかがなさいましたか?迷子でしょうか?」

 やはり少女からの返答はない。歩みを止めない少女に一郎は思わずその後ろにつく形となってしまった。
 一郎はそれでも、少女に声を掛けた。

 「・・・・わたくしにできることならば、何なりとお申し付けくだされば、ありがたいのですが?」

 そしてようやく少女はその足を止めた。

 「・・・・邪魔だし、早く消えて」

 加えて、ようやくのことでその少女は口を開いた。明らかな拒絶を示されたにもかかわらず、一郎はほっと胸を撫で下ろした。

 「ようやっと口を利いてくれましたな。しかし、“早く消えてほしい”のであれば、どうして早く仰っていただけなかったのでしょうか?」
 「必要なかったから」

 素っ気なく少女は言い放ったのに対して、一郎は言った。

 「しかしですな、人というものはとかく不便なものです。どうしてほしいのか、何をしてほしいのか。そういったことは言葉を介さなければ理解することができません。ですので、必要ないということはないのではありませんか?」
 「人の言葉は、ウソだけ。だから、人を信じるな。そう教わった」
 「いやはや。その年でそう仰るとは・・・・聡いといわざるをえませんな。しかし、それは正しいとは言えませんな」

 少女は首を傾げたのを見て、一郎は言った。

 「いいですかな、お嬢さん?嘘といいますのは、本当が織り交ざっているからこそはじめて成立するものなのですよ。ですので、“嘘だけ”といいますのは、嘘しか仰っていませんからそれをひっくり返せば本当だけということになります。いやはや。貴方様のご両親は貴方様に用心させるべくそう仰ったのでしょうが、いささか不十分でしたな」
 「・・・・・・別に、そんなんじゃないし」

 一応話してはくれるものの、一向に表情に変化というものが表れない。そのためか、一郎はばつを悪くして頭をポリポリとかいた。

 「そうですな・・・・早く消えなかったことですし、ここはお詫びの印にこれを差し上げましょう」

 そう言って一郎がポケットから取り出したのは、いくつかのキャンディだった。しかし、少女の目から一切の興味の色は表れなかった。

 「おや?お気に召しませんでしたか?本当ならばこれよりももっと良い物を差し上げたいところですが、生憎今はこれしかありませんし、それに・・・・」
 「人から物は一切受け取るな。そう教わった」
 「まあ、心配せずともこれをお渡しいたしましたら、早く貴方様の前から立ち去る所存で・・・・」
 「人から渡されるものには毒が含まれているし、それに何か仕掛けられているかもしれないし」

 一郎は一瞬、神妙な顔つきになったが、すぐにそれを打ち消した。

 「・・・・それは、大変失礼いたしましたな。では、これにて失礼いたします。それでは、お気をつけて」

 そうしてキャンディをしまった一郎は少女に背を向けて、歩き始めた。
 それから何歩かしたところで立ち止まり、くるりと後ろを振り返った。見ると、少女も歩き出し、一郎とは逆の方向へと進んでいった。
 一郎は少女のことを考えていた。
 少女がキャンディを受け取らなかった理由は毒を盛られているからとか仕掛けが施されているとかそんな理由だった。あれぐらいの年であれば、誘拐犯にさらわれるといった理由が口に出るとばかり思っていた。実際、少女に話しかけている一郎自身は傍目から見れば怪しい人物に見えていたに違いない。
 しかし、それ以上に少女は浮世離れしているという言葉では収まらない何かを感じ取った。
 それに一郎は少女を一目見た瞬間から、その際立った存在感と相まってどうにも気にかかってしまっていた。
 そしてあの日本人形のような少女がどうにも“人形”そのものに思えて仕方なかった。それだけ、少女の表情の変化が乏しかったのだ。
 しかし一郎は、いつまでもあの少女に気をとられているわけにもいかなかった。

 「さて、早いところ買い出しを済ませませんとな」

 一郎は手ごろな店を探しながら、前を向いて歩き始めた。



 見知らぬ人間とは一切口を利くな。
 そう教わっていたにもかかわらず、少女はそれを破ってしまった。どうしてなのか、自分にもわからない。
何故だかあの男と会話をしてしまった。そして、それに耳を傾けてしまっていた。その上、会話の流れの主導権まで向こうに握られてしまっていた。途中で無視して立ち去るなり、突き放すなりすればよかったにもかかわらず、それをしなかった。
 おかしいと思ってしまった。それはあの男なのか?それとも自分なのか?
 ふと少女の目に、街路樹の根元に生えている小さな植物が見えた。それは、何か筆のようなものにも見えるし、馬の尾にも見える。
 それを目にした瞬間、少女は目の色を変えてその植物を踏みつけた。
 一心不乱に踏みつけ、そして踏み躙った。それを繰り返した。
 周囲は無論、より奇怪な“物”を見るような目で少女を見る。
 少女ははっとなって、自らが行っていた行為を止める。少女はただ、踏みつけられてグチャグチャになったそれを見下ろしていた。
 どうして自分が自分と同じ名前をした“それ”を徹底して踏み躙ったのか、理解できていなかった。
 しばらくして、少女の心に発生した波が静まり、その波長は元通りの平坦なものとなった。
 これでいい。
 心を乱すことなどあってはならないこと。そうなった瞬間、自らに死が訪れる。
 死を与えることはあっても、死を与えられることはあってはならない。
 そもそも、自分とそれは全く違う存在。
 自分には死が憑いている。それによって多くの命に死を与えてきた。その喉に、その眉間に、その心の臓に刺し込むことによって死を与えてきた。
 “憑く死”。
それが自分の名の意味である。これまでも、そしてこれからも、それは変わらない。
 少女は振り返ることなく、歩いている。
 そして時が満ちたときこそ、また別の命に死が訪れるだろう。



 佐藤一郎とつくし。
 これが二人の最初の出会いであった。



~タイガー道場~

タイガ「・・・・・・・・・・・・・・・」

ロリブルマ「・・・・・・・・・・・・・・・・」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

シロー「(ま、またこのパターンか・・・・ここは、私から切り出すしかないのか?この、誰が得するのか全くわからん今回の話について・・・・)あー・・・・今回の話はどうやらいつもならばここにいるはずの佐藤一郎に関する話のようだが・・・・」

タイガ「・・・・つーか、出だしから何よ!?いきなりなんかの格闘漫画に出てきそうなワンシーンから始まって!それからなんか“マ”のつくお仕事している人たち相手に無双して!あんなじーさまがハッスルしている話なんて面白くもなんともないわよ!」

ロリブルマ「しかもそのシーンのためにわざわざコーチャンフォー行ってミリタリー系の本読んだらしいけど。もっとも、あんなのじゃ読んだうちにも入らないだろうけど」

シロー「加えて一応、つくしの小さい頃も出てくるようだが・・・・」

ロリブルマ「でもあれ、最終的に劣化しちゃうのよね。主に性格面が。ほんと、何でああなっちゃったのかしら?」

タイガ「つーか今回のこれ、何気に前・後編の二部形式だけれど大丈夫なの?」

ロリブルマ「流れ的には“大丈夫だ、問題ない”って言うべきなんだろうけれど、本音を言えばさっさと本筋進めろって感じよね~」

シロー「だが、どうも外伝をやろうと決めたあたりからこの話は考えられていたようだ。それも、セイバーの焼肉話とほぼ同じ時期に筋書きは大体出来上がっていたそうだ」

タイガ「だからって、やっていいこととやらないほうがいいことってもんがあるでしょうが!まあ、ここで私がどうこう言っても仕方のないことなんだけれども」

ロリブルマ「そうね。作者が良かれと思って判断したのなら、それからは作者自身の責任って事だものね」

タイガ「そういうこと。さて。この話はこれまでにしておいて、早速キャラ紹介に・・・・」

シロー「・・・・・・・・・・・・・・・・」

タイガ「む?どうした?なんだか浮かない顔しちゃって」

シロー「いや・・・・今回の紹介に関してなにやら色々と問題しかしないのだが・・・・」

タイガ「う~む・・・・そこは何気なく気になるけれども、紹介を始めないことには話が進まないのであるからして・・・・」


氏名:佐藤一郎
性別:男・年齢不詳
身長:180cm
体重:69kg
イメージカラー:灰色
特技:多すぎて不明
好きなもの:不明
苦手なもの:不明
一切の経歴:不明


タイガ「・・・・って、なんじゃこりゃあああああああああああああああ!?!」

ロリブルマ「うわ~・・・・見事なまでに不明だらけ・・・・何なの、これ?」

シロー「一応コンセプトとしては“完璧(パーフェクト)超人・・・・否!完全無欠(コンプリート)超人!”とのことだ」

タイガ「コ・・・・完全無欠・・・・・・」

シロー「執事というキャラから万能キャラを思い浮かべて、それで今回の話の前半みたいな通り名がいくつも存在して、しかも“一般人の中では間違いなく最強ランク”ということだ。もっとも、これでもまだスポイルされたほうで、発案時は・・・・とりあえず伏せさせてもらおう。これを書くと確実に非難される光景が目に浮かぶからな」

ロリブルマ「ば・・・・万能って言うよりも、これじゃあ何でもありなキャラじゃ・・・・」

シロー「まあ、その辺も感想で一度突っ込まれたがな」

タイガ「・・・・つーか、本当に何者なのよ!?あのじーさまは!?」

ロリブルマ「きっと、通りすがりの執事か何かじゃないの?」

シロー「・・・・ちなみに名前は、“山田太郎的な名前”というコンセプトらしい」

タイガ「うむ。なんかあの名前も偽名っぽい空気が流れておったからのう」

シロー「まあ、今回は大体こんなところだろう」

タイガ「そういえば、これっていつの話なのよ?あの駄メイドもけっこうちっちゃいみたいだったし、守桐さんちに仕える前なのかもう仕えているのか?」

ロリブルマ「“・・・・気にせずどうぞ”らしいわよ」

タイガ「ここへ来てなんとアバウトな・・・・まあ、とりあえずまた次回ということで」

ロリブルマ「それじゃ・・・・まったねーーーー!!!!」




[9729] 続・外伝ノ三「完全無欠(コンプリート)爺や・後編」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:db7f55b5
Date: 2010/11/13 02:39
 貨幣経済が幅を利かせるこの現代において、何をするにも金銭が必要である。衣食住を問わず、何を作るにも材料を調達するのに金銭が必要となり、設備を整えるにも金銭がこれまた必要で、人手が足りなければそれを招くのにもやはり金銭が必要である。
 つまるところ、基本的には金銭がなければ何もできないのと同じである。
 歴史において偉大な発明や発見をし、あるいは心を奮わせるすばらしき芸術をこの世に生み出してきた偉人たちも、この現代にも繋がる不条理な仕組みに泣かされてきた。彼らの中には死ぬまで貧しい生活を送ってきたのがほとんど。その上、死んでから評価されたという者までいる始末だ。
 その点では、この屋敷の主は恵まれているといえるかもしれない。彼の家はまず間違いなく上流といえる家柄であった。それもそのはず。父は資産家で母も裕福な家の出だという。これにより彼はなに不自由ない生活を送ってきた。
 しかし、不自由のない生活とは、ある意味では閉鎖的な生活である。不自由しないということはたいていの場合、満ち足りているのだから。そうした環境が、彼の異常な性癖、両親ですら気付くことのできなかったその性癖を育むこととなった。
 幼少期の彼は小さいものは蟻から、大きなものは猫までその体を解体した。時には生きながら、時には既に死んだ肉体をバラバラにしていたが、彼のその行為は“バラバラ”という範疇を軽く越えている。
 なお、彼が解体したものを処理するには特別困ることはなかった。むしろ、処理する必要がないからだ。なぜなら、彼が解体したものは跡形もなくなっているのだから。皮膚は網目よりも細かく裁断され、肉は一流の料理人ですら難しいほどまでに小さく刻まれ、骨は粉末になるまで徹底的に砕かれた。ただし臓腑はさすがに破裂してしまうので、処理の仕方は皮膚と同じだ。最初の頃はあまりにも雑だったそれは、次第に何らかの工芸品を制作する職人のような細やかな作業をこなせるまでに至った。
 そんな彼だが、人間に手を出し始めたのは思春期に入ってからだった。加えてその入手法は巧妙に、そして自らの手は汚さないだけでなく、一切の暴力さえも伴っていない。加えて、その手段の一切は決して痕跡など残ってはいなかった。
 肉体を刻んでいる時間こそが彼にとっての至福の時だ。その瞬間こそが命に触れ、そしてその命を握っている実感が沸いてくるのだ。
 そんな歪みに歪みきった生命観の持ち主、黒田博巳は生物学の門戸を叩き、その筋では知られるようになった。
 そして彼の住む屋敷の敷地内には今、大勢の屈強な男たちが物々しい雰囲気を醸し出しながら足を進めていた。黒田に雇われた彼らの経歴は、ある者はあらゆる戦場を渡り歩いてきた傭兵、ある者は依頼に応じて秘密裏に要人の始末を行ってきた殺し屋、ある者は度が過ぎた何らかの行為のために軍隊を追われた元軍人などといった具合に、各々が何らかのプロフェッショナル、それも裏の世界で広く名の知られている者たちがほとんどである。
 彼らは敷地内の隅々まで配置されていた。屋敷の廊下や中庭はもちろんのこと、屋外のプールやテニスコートまで隈なく人員が配されている。中には敷地の周辺数キロまで出歩いている者までおり、彼らはその場所の環境に溶け込みながら常に目を光らせていた。
 そんな蜘蛛の巣の様に張り巡らされた防衛網だが、異変がないわけではなかった。
 廊下を見廻っていた者の一人が、突然何かの力が働いて物陰に引きずり込まれたのだ。彼とて、かつては某国の諜報員として活動していた。何度も死線を潜り抜け、不可能に思えるような潜入も見事に遂行してきた。現在は自国に背いた立場であるが、それでもこの日まで生き延びることができた。腕もそこそこ立つ彼だが、今はなす術もなく一人の老紳士によって首を絞められていた。
 まるで気配を殺した大蛇のように忍び寄られ、そして一気に締め付けられた。首から下の自由もほとんど利かなくなってきており、次第に元諜報員の意識は遠のきつつあった。絞め殺されるか、首をへし折られるかのいずれか。そこから脱出することはもはや困難であった。しかしながら、そのどちらでもなく彼の命は唐突に絶たれた。
 老紳士がいきなり体の向きを変えたことにより、どこかからか放たれたボウガンの矢が諜報員の眉間に突き刺さったのだ。老紳士はとっさに矢が飛んできた方向へ向けて、懐から取り出したナイフを投げつけた。
 蚊が鳴くかそれぐらいの僅かな呻き声が聞こえた。しかし老紳士にとっては、それだけで敵の位置を知るには十分すぎるほどだった。それからほどなくして、潜み隠れていた襲撃者が遠ざかる気配を察知した。しかし、老紳士はそれを追うことはなかった。

 「・・・・やはり、中枢に近づけば近づくほど、それなりに手練れ揃いとなってきているようですな」

 その老紳士、佐藤一郎は死体を目立たないように自分のいる物陰に隠しながら、小声で呟いた。
 潜入するまでは、どうにか順調だった。問題は、そこからの挙動だ。巡回している敵たちはさすがに腕利きばかりで、一筋縄ではいかない相手だ。
 そんな警戒の網を潜り抜け、どうにか屋敷内まで進めたはいいが、先ほどの元諜報員も含めて七人ほどに遭遇しそうになり、その七人を僅かな隙を見つけて始末せざるを得なかった。その上で、そうした死体をどこか人目のつかない場所に隠しておかなければならない。侵入の発覚を少しでも遅らせるためだ。
 これでも、慎重に慎重を重ねた上での行動だ。現に先ほどの襲撃者に対して命中させたナイフにしても、雫一滴で象を痺れさせる毒液を仕込んでいたのだ。おそらくは今頃、その襲撃者で八人目になるだろう。
 さすがに一郎は、これはまずいと思った。

 「・・・・・・もうばれていてもおかしくはありませんな」

 自分でもこうなのだ。おそらくは、他の刺客たちも同じであろう。
 一郎は隠密に、かつ迅速に移動を始めた。糸で縫う様にスルスルと動く彼だが、それでもその一挙手一投足からは微塵の性急さは見られない。
 そして一郎はとあるドアの前で立ち止まると、慎重な手つきでドアノブに手をかけ、そしてゆっくりとそこを開けた。ドアノブに手を触れる瞬間から開ける瞬間まで、何度も何度も確認を重ね、一郎は部屋の中に入っていった。
 ホテルのスイートルームほどの広さを持つ客室だ。様相もそれなりに絢爛で、調度品もどれも高価なものばかりだ。もっとも、この館の主に招かれるものは果たしてどのような人種なのか。そもそもあの狂人が当主では、ここが客室としての機能が果たせているかなど疑問は尽きない。
 しかし、一郎にはその疑問について考えている暇などなかった。

 「さて・・・・もうよろしいのではないのですか?」

 一郎は何者かに声を掛けた。しかし、部屋には一郎一人だけである。

 「ああ。そのままで結構ですので。念のため言っておきますが、居場所はまだ特定できてはいません。しかし、何人かここにいらっしゃるのはわかっております。何しろ、わたくしが三人目の方に遭遇してから妙な気配を感じましてな。最初は正直、いつ背中を刺されるかわかったものではございませんから冷や冷やいたしました」

 しかし返事の一切はない。傍から見ると、独り言を言っているようにしか聞こえない。

 「気配の殺し方や移動法、そのいずれをとっても一級品でしょう。しかしですな、どうしてもわかってしまうのですよ。いくら居場所がわからずとも、いくら察しにくい気配といえども、それ以上に確実に標的を仕留めるという意思のこもった濃密な殺気が。まあ、それでも大抵のプロの方でも判別は難しいでしょう。わたくしがこうして存在を認知できましたのも、長年の経験による勘、というやつですな」

 流れるように話している一郎だが、決して襲撃者への警戒は微塵も緩んではいなかった。襲撃者たちも一郎の隙を見つけようとしているのか、先ほどから一切攻撃の素振りを見せていないのが何よりの証拠だ。

 「まあ、それでも貴方様方の優位に揺らぎはないでしょう。数でも貴方様が他の方が上でしょうし、何よりも暗殺者としての技量も同じでしょう。仕掛けるのであれば、いつでもどうぞ。しかし、わたくしは簡単にやられるつもりはございませんよ」

 一郎がそう言って、両手を広げたようとした、そのときだった。一郎は懐から愛用の拳銃、SIG P210を懐から抜き出し、発砲した。いつの間にか開いていた天井の隙間から、だらりと腕がぶら下がってきた。
 そして一郎も、いつの間にか頬に僅かに切り傷ができ、そこから血が流れ出た。

 「言ったはずでしょう?簡単にやられるつもりはございません、と」

 そう言いながら、一郎は自分に傷をつけた凶器を確かめるべく、ちらりと横目で盗み見た。それにはさしもの彼でも驚かざるを得なかったが、決してそれは顔に表れることはなく、またそれに気を取られ続けることはなかった。
 刺客が用いた凶器とは、どこの神社にでもありそうなお札であった。しかも一見すると、何の細工も施されていないようでもあった。詳しいことは丹念に調べてみないとわからないが、この状況ではそれも許されない。
 さらに状況は一変する。
 部屋にはいつの間にかもう一人、人間の姿が現れた。幽鬼の如く表れたその人物は、切れ味の鋭そうな鋭い目の持ち主で、柳のようなしなやかな体にどこか黒子の衣装を思わせる着物を着た男だった。

 「弱りましたな・・・・これはなかなか、手強そうですな・・・・・・」

 一郎は額から冷や汗を一滴流した。目の前の男が今自分を取り囲んでいる刺客の中でも、とりわけ腕の立つ人物であると見なした。それも口では説明できない、勘による洞察である。
 ところで、一郎は頭に何かがかすめた。一郎はこの人物を知っているような気がするのだ。知っているというよりは見たことがある、といったほうが正しいかもしれない。それがどこで何かは思い出せない。ただ、この男の目を、この男の顔をどこかで見たような気がする。今はそれ以上思いを巡らすことができない。
 男の指の間には、いつの間にか先ほどの札を人差し指ほどの大きさにしたものが数枚はさめられていた。男はそれを目にも止まらぬ速さで一郎に投げつけた。一郎はそれを寸前で回避した。今度は先ほどとは逆側の頬に、猫に引っかかれたかのような傷ができた。

 「これは・・・・本当に骨が折れそうですなあ・・・・・・」

 男の機械のような精密な動きに、一郎は若干恐縮してしまった。しかし、それは決して動きを鈍らせるほどのものではなかった。
 この場を切り抜けるには、幽霊のようにつかみどころのないあの男を“斃す”以外ない。一郎の警戒心がさらに高まった。



 屋敷のとある場所に存在する一室。そこに繋がる階段を進んでいるのは、屋敷の主である黒田博巳だ。彼は今、激しく歯軋りをしていた。

 「おのれ・・・・!我が崇高なる命への探求を理解しようとしない鼠どもめ・・・・!」

 げっそりとした骸骨のような顔つきのこの長身の男は、カツカツと足音を立てながら階段を降りていった。その後を、彼に仕える使用人がついてくる。

 「し、しかしですな、ご主人様・・・・敵の雇った刺客は予想以上に手ごわいことに違いはございませんが、今我々が雇ったプロがただいまその行く手を阻んでおります。ですので、何も“アレ”を動かすことはないかと・・・・」
 「いいや!万が一ということもありえる。この屋敷を踏み荒らした以上は、それ相応の報いを受けてもらわねばならん」

 鼻息を荒くしながら、とうとう件の部屋の前まで辿り着いた黒田。
 もともと彼は、刺客に対してのカウンターとなる傭兵や殺し屋たちを雇う気など最初からなかったのだ。それぐらいならば、彼自身が長い年月をかけて作り上げた代物でも十分可能であるのだから。
 しかし、周囲は言って聞かなかったので、半ば押し切られる形でプロを雇うこととなった。
 今のところ、こちらと敵で拮抗しているが、どう転ぶかは黒田にはわからない。もしかしたらこの防衛網が破られるかもしれないし、ひょっとしたら見事撃退するのかもしれない。
 しかし、そのどちらになっても黒田にとっては困り物なのだ。突破されれば自分の研究成果を破棄せねばならなくなる可能性だって否めないのだから。それに下手に撃退されても困る。
 なぜならば、この機会を逃せばいつ“実験”できるかわかったものではないからだ。
 だから、黒田は傭兵たちを雇うことに反対していたのだ。
 そしてとうとう黒田はその扉を開け、部屋の中へと入った。
 その部屋は、この屋敷には似つかわしくないほど趣を異にした、機械的な設備の整った部屋だった。まるで、そこはどこかの軍事基地を思わせるようそうだ。この部屋の壁の一面のほとんどが、巨大なモニターで埋め尽くされている。
 そして黒田は一路、モニターの前に設置されてある装置の前へと足を進めた。

 「ご、ご主人様・・・・!別に何も、起動させるのは今でなくとも・・・・」
 「いや。今だからこそ、だ。こういう均衡を保っている今だからこそ、さらにこちらの勢いが増せば、鼠どもとて一溜まりもないはずだ」
 「し、しかしお言葉ですが、現段階では全ての実験体に不確定要素がいくつかあるのかと・・・・」
 「不確定要素などあって当たり前だ。何しろ、未完成なのだからな。こういうことは実験を重ねて改良を繰り返して、そしていずれは完成へと辿り着くのだ」

 そういう意味では、プロを雇ったのはある意味正解だったかもしれないと黒田は思った。
 なぜなら、うまくいけばまた新たな“実験体”が手に入るかもしれないのだ。そして、敵味方そのどちらも素材としてはかなり上質なほうだ。
 黒田は先ほどまでとは打って変わって、これより実験を行えるという喜びにより顔をほくそ笑ませていた。

 「さて・・・・これから世紀の瞬間の始まりだ・・・・・・!」

 そうして、黒田は装置に取り付けられていたレバーを引いた。
 あたりには不気味な起動音が鳴り響いてきた。



 ようやくのことで、ガンマン風の男は目の前の敵を斃すことができた。向こうもかなりの銃の使い手のようだった。

 「くそっ・・・・!奥へ進めば進むほど、警備の網も厳しくなってきているし、おまけにたむろしている連中も油断ならねえ相手ばかりだ・・・・!こりゃ、ヘタうてばこっちがやられるだろうな・・・・」

 ガンマンはそうぼやいた。
 おそらくは、他も似たような感じであろう。とはいえ、ここで仕事を投げ出しては、自らの流儀に反する。そこで気を取り直して、ガンマンはゆっくりとした足取りで慎重に進み始めた。
 しかし、そこでガンマンは再び足を止めた。新たな気配を感じ取ったからだ。今度もかなりの使い手だ。ガンマンは溜め息をつきそうになるも、すぐに気を引き締め、敵の出方を伺った。
 だが、ガンマンはここでさらにもう一つの気配を感じ取った。それはすぐ近くまで来ている。だが、それはあまりにも無造作な足運びであった。その雑な動きは、まるで素人よりもひどいものだった。
 それでも、ガンマンは思わずその近づいてくる気配の主へと目をやった。
 ガンマンの目に映ったのは、プロレスラーを思わせる体格の黒人の大男であった。ガンマンは、この大男に見覚えがあった。以前の会合のときに居合わせた刺客の内の一人。つまりは、こちら側の人間だ。
 しかし、あの時は各々の判断で動くものという合意がなされたにもかかわらず、この大男は自分の目の前に姿を現した。それどころか、この大男もそうとうの使い手だったはずにもかかわらず、その足運びはひどい以外の言葉では言い表せないほどお粗末なものであった。それよりもガンマンが気になったのは、この大男の目の焦点があっていないこと。まるで、死者のような印象があった。
 そして、ガンマンのその印象は正しかった。大男は、いきなり大口を開け、歯を剥き出しにし、ガンマンへと襲い掛かってきたのだった。

 「なっ・・・・・・!?」

 ガンマンは思わず拳銃を抜き取ってから瞬く間に、眉間に照準を合わせて撃った。銃弾は見事に命中した。
 しかし、大男はそれにもかかわらず動きを止めるどころか倒れる様子もなく、そのままガンマンへと向かっていった。

 「ど・・・・どうなっていやがるんだ・・・・・・!?」

 ガンマンは大男の懐が迫ってくる前に横へ飛び退いた。
 しかし、ガンマンは自分が本来対峙すべきはずだった敵のことをすっかり失念してしまっていた。
 ガンマンの背中に、ナイフが刺さる。

 「ぐっ!?」

 ガンマンはその場でうずくまり、動けなくなってしまった。
 大男の動きはどこか緩慢でありながらも、飛び掛るときは一気に飛び掛った。とうとう大男の腕にガンマンは掴まれてしまった。そして、ガンマンの首筋に大男が噛み付いてきた。

 「ガッ・・・・あ、ああ・・・・・・・・・!!!!」

 こうしてガンマンはその命を搾り取られつつ、その意識を手放していった・・・・


 刺客は正直、戸惑いを覚えていた。
 突然の予期せぬ襲撃者。しかしその動きはいやに稚拙。だがそのおかげでこちらはピンポイントで急所目掛けてナイフを投げつけることができたのだ。
 それでも、刺客はどうしても頭の中に何かしこりのようなものが残っていた。敵はその襲撃者に襲われているが、おそらくは助かるまい。それなのに、疑念めいたものが頭の中を駆け巡っていて、どうにも気を落ち着けようとしても気が散ってしまう。
 これの意味するところは一体、何であろうか?
 今、謎の襲撃者に襲われていた敵がその手から開放され、倒れた。もはや起き上がることもあるまい。ひとまずは、この場から離れるに限る。
 そう思った、そのときだった。

 「ん?」

 刺客の注意は、謎の襲撃者のほうへと向かっていった。その襲撃者は、こちらへと向かってきている。それも、おぼつかない足取りで。
 向こうが何者かは知らないし、知ろうとも思わない。襲ってくるのであれば迎え撃つ。それだけのことだった。
 しかし、突如あちこちから奇妙な気配が近づいてくるのを感じ取った。そのどれもが、この襲撃者と同じように雑そのものであった。

 「な・・・・なんだ・・・・・・!?」

 この分ならば、倒すのにそこまで苦労はしないだろう。それはわかる。だが、その気配には何か言い知れぬ不気味さが漂っていた。それは、未知なるものをはじめて目の当たりにしたときに感じる、体中から感じる妙な圧迫感に似ていた。
 しかし、それによって命を落とすようなヘマをするような自分ではない。まずは、近づいてくるこの襲撃者から仕留めなければならない。
 そう思って、無造作な襲撃者の喉笛に向けて、ナイフを正確に投擲した。
 ナイフは襲撃者に、見事に命中した。
 しかし、襲撃者はその歩みを止めなかった。
 これに、刺客は少なからず驚愕してしまった。喉をやられてまともに動ける人間などいない。しかも自分のナイフには毒も仕込んであるのだ。それにもかかわらず、襲撃者は苦しむ様子もなく、まっすぐにこちらへと向かってきている。

 「・・・・くそったれが!」

 刺客は二つナイフを投げつけた。寸分違わず、ナイフは襲撃者の足の甲を貫いた。
 襲撃者は、足にナイフが刺さっていることにも気付かず前へ進もうとしたがために、そのまま前のめりに倒れてしまった。
 しかし、襲撃者はなおも前進を続けようとし、前へ這おうとする腕に力が入る。足のほうから何かがちぎれる音が不気味に聞こえてきた。
 そろそろ、他の気配、おそらくはこの襲撃者と同類項のそれらが近づいてくる頃だ。
 この数で、しかもこんなのならば手に負えるはずもない。
 男は迷うことなく、その場から屋根裏へ離脱した。

 「一体、何がどうなっている・・・・?」

 男は思わず、屋根裏から下を覗き見た。
 すると思わぬことに、謎の気配の正体は意外にも、彼と同じくこの屋敷の主である強靭に雇われた者たちだった。
 しかし、どうにも様子がおかしい。油断も隙もないはずだった彼らの体の動きの何から何まで著しく劣化してしまっているのだ。しかもよく見てみると、その目は死んだ魚のよう、いや。死んでいるのだ。
 まるで、ゾンビの出てくるホラー映画かパニック映画のようでもあった。

 「ん・・・・?あれは・・・・・・!?」

 刺客はまた驚かざるを得なかった。
 自分と敵対していたと思われる敵、すでに死んで倒れ伏しているその敵がゆっくりと起き上がってきたのだ。そんな手ごわい敵だったはずのその敵も、復活したと同時に他のゾンビと同じ動作、同じ死んだ目と化してしまったのだ。

 「お・・・・俺は夢でも見ているのか・・・・?」

 刺客は半ば現実逃避に走ってしまった。
 死者が蘇り、それがゾンビになるなどありえない。だが、実際にそれが自分の目の前で繰り広げられている。視界には、そのゾンビたちが群がっている。
 こんな非現実的な世界からは早く去るに限る。
 しかし、その決断も遅かった。
 刺客は、後ろに何かがいるのを感じ取り、恐る恐る後ろに振り返った。

 「なっ・・・・・・!?!」

 刺客はもはや声を出すこともかなわなかった。
 それは人間のような姿であった。
 しかし、それは人間とはいえないような姿であった。
 それは、一言で言うならば化け物。それ以外に当てはまる言葉などありはしない。
 その姿を認識した次の瞬間、その化け物によって首筋を噛みつかれてしまう。その直後、化け物によって体中の血を吸われようとしていた。
 刺客は思った。あれは、ゾンビなどではなかった。あれは、間違いなく吸血鬼だ。そして、敵も、味方もその吸血鬼に血を吸われたがために同じく吸血鬼と化したのだ。
 そして程なく、自分も同じく吸血鬼になるだろう。
 血を吸われ続ける中にあって、刺客の意識は朦朧としてきた。



 「これは、本当に骨が折れますなあ・・・・」

 一郎はその老体に鞭打つ中、思わずそう呟いた。
 敵の投擲する札は正確無比なものであった。その腕前は、ダーツの世界チャンピオンでも逆立ちしてもかなう相手ではないだろう。
 しかも相手は一人ではない。複数この部屋のどこかに潜んでいるのだ。
 今、姿を見せている幽鬼のような男が一番の実力者であろうが、彼の姿が見えているだけにどうしても注意が彼に向かってしまっている。そのせいで、隠れている敵への注意がどうしても疎かになりがちだ。
 実際、その敵への攻撃はほとんど紙一重の差で避けることができているのだから。

 「まあ、敵の獲物に毒物が仕込んでいらっしゃらないのが幸いですが」

 現に、一郎の体は引っ掻き傷のような傷ができていた。だがそれは致命傷と呼べるようなものではなかった。もしこれに毒でも塗りこんであるのならば、その効果は今頃出ていることだろう。

 「さて、と・・・・どう致しますかな?」

 敵の数やその居場所、その力量も大体把握できた。おそらく、その全員が暗殺者としての実力ならば一郎の上を行っているだろう。
 一郎はあらゆる分野に手を出しては、その基本をしっかりと身につけ、マスターしている。それだけである。百点満点のテストがあったとして、彼が答えられるのはせいぜい六、七割が限度。それ以上は言うなれば、達人の領域である。
 一郎はあらゆる分野においては優秀であることに間違いはないが、その分野の達人の前では手も足も出ない。突出したものが何もない。それが、一郎の弱点である。
 しかも敵は機械のような精密さを持って、一郎を追い詰めつつある。気を緩めてしまえば、瞬く間にこちらがやられてしまうだろう。

 「まあ、かといって簡単にやられる気はございませんが・・・・」

 しかし、敵がいくら機械のようであっても、結局は人間である。それに変わりはない。
 しかも今はチャンスが巡ってきているようでもある。先ほどから、どういうわけか隠れていた敵の攻撃が減っているのだ。一郎が返り討ちにしたのは最初のたった一人である。それ以降は隠れた敵への攻撃は一切行っていない。
 それが少なくなっている今がチャンスであるのだ。
 加えて、先ほどから一郎とその幽鬼のような男との間に大きな距離が開いている。ここでの戦闘は、男の投擲と一郎の銃撃がほとんど。ある意味では膠着状態に陥っていた。今は両者共に物陰に隠れている。ただし、一郎の場合は隠れている敵がいるため、完全に隠れ切れているとは言い難いが。
 確かに、一郎はその道の達人に勝てることはない。だが、勝てることはなくとも、決して負けることはない。
 とはいえ、この状況で引き分けることなどありえないし、ましてや逃走も難しいだろう。だが、この戦いによって残りの弾数も半分まで切ってしまった。決着を着けるならば今しかないだろう。

 「では、これを使いますかな?」

 一郎はサングラスを懐から取り出し、それをかけた。そして同じくどこかからか鉄製の小さな厳つい球体のようなものを取り出した。
 一郎が今日まで生き延びられてこられたことの一つには、まずはその引き出しの多さにある。確かに、彼には目立った特色らしきものなど存在しない。しかし足りなければ他でカバーすればいい。彼がここにいられるのもそのおかげでもある。

 「うまくいけばよろしいのですが、それでも何とかするしかありませんな・・・・!」

 そして一郎はその球体を敵のいる方向へと投げつけると、それは空中で強烈な光を放ちながら炸裂した。閃光弾である。
 ここは狭い空間であるため、下手に使えば自分の目もやられてしまうが、これでもまだ光の強さは弱いほうだ。それでも、裸眼ならばしばらくの間はまともに視覚が働かないほどであるが。

 「・・・・今ですかな」

 そう言って一郎は近くにあった椅子を掴み、同じようにそれを敵へぶつけるように投げつけた。と同時に、一郎も動き始めた。
 サングラスをかけているといえども、閃光弾による光の残照がまだ残っているため、視界も安定しない。しかし、それでも敵が一郎の投げつけた椅子を横へ避けたのを気配で感じ取った。一郎はその方向へ向かって直進していく。
 しかし敵も一郎の接近に感付いたのか、主要武装である札を何枚も投擲した。しかし一郎は決して速度を緩めることなく、真っ向から向かって行った。やはり光に目をやられたのか、投擲の精度も先ほどより落ちている。
 そしてとうとう敵の懐まで迫ってきた。一郎はサバイバルナイフを取り出し、それを一直線に突き出した。ナイフはそのまま敵の胸元を刺し貫き、刃先は心臓へと至った。
 その一刺しで、男はその生命活動を終えることとなった。一郎が突き刺したナイフを引き抜くと、男の体はそのまま後ろへと倒れた。

 「・・・・なかなか、手強いお方でしたな。しかし・・・・」

 いくら機械的な精密さを持っていようとも、結局は人間。人間には人間の反応というものがある。いくら超人的な強さを持った人間がいようとも、太陽を直視できる人間などいるはずもない。半永久的に体一つで水中にて活動を続けられる人間などいるはずもない。ましてや、心臓を貫かれて動ける人間などいようはずもない。
 人の積める経験というものには限りがある。しかし一郎の積んできた経験は他よりも多く抜きん出ている。そうした経験が一郎の老獪さを養うこととなった。
 ところで一郎はふと、先ほどまで対峙していたこの敵のことを思った。彼は経験上、多くの人間の死に様というものを目の当たりにしてきた。そしてそのときの人間の目には様々な色が浮かぶ。無念や絶望、ときには満足感や充足感といったものまである。
 しかし、そういった色がこの男の目にはなかった。死を当然のように受け入れているわけでもなかった。いわゆるマインドコントロールを受けた兵士でもこのような目はしていない。まるで、自分が死ぬことに対して何も感じていないようでもあった。
 とはいえ、一郎はいつまでも死んだその男のことを考えるわけにもいかなかった。
 この部屋にはまだ何人もの刺客が残っている。一郎は引き続き警戒を怠ることはなかった。
 だが、それにしても奇妙である。いくら一番の使い手がやられたからといって、何もしないことはないはずである。逃走、あるいは攻撃の続行といった行動の兆しも見当たらない。
 敵の方でも、何かあったのであろうか?
 その答えは、すぐに知ることとなる。

 「おや?」

 天井から一人落ちてきた。先ほどの男と同じ黒子の様な服飾をしている。一郎はその人物を一目見て、すでに死んでいることを知った。
 だが、それがどういうわけかいきなり起き上がって、ぐるりとこちらのほうに振り向いてきたのだ。

 「これは・・・・厄介なことになりましたなあ・・・・」

 おそらくは、これに似たようなのが天井から出てくるかもしれない。
 そう思うと、一郎の額から冷や汗が滲み出てきた。



 「ふはははははははははは!!!予想以上の成果だな、これは!!!」

 吸血鬼もどきが大量に跋扈している光景を映し出しているモニターを前にして狂喜している黒田を見て、彼の使用人は付き合いきれないと思った。
 確かに、あの感染力は半端ではなく、それがたちまちのうちに増殖していっている。しかし、あれには敵味方を区別する思考を持っていない。まるで躾のなっていない猛獣である。もっとも、これを見る限り猛獣のほうがまだマシのように思えるが。
 しかもこちらの雇ったプロの中には、通常であればオリンピックのメダルを狙える運動能力の持ち主も何人かいたはずだ。しかし、そのほとんどがあの吸血鬼もどきに噛まれて同じ存在に成り果ててしまった。しかも映像を見る限りでは、その身体能力も活かされていないようだ。
 一体、何が予想以上の成果なのか、彼には全く理解ができなかった。

 「ふふふふ・・・・別に思考や運動などはこの際問題ではない」

 はあ、とだけ使用人は答えた。
 正直、彼自身は主である黒田の話を聞いて理解できたためしなど一度もない。
 なので、彼はいつも通り聞き流すことにした。

 「いくら細胞を用いて何体も培養したからとて、実際に吸血鬼としての能力がなければこれまでの研究の意味がない。今回知りたかったのは、あくまでも吸血鬼の力があるかどうか、だ」

 使用人は話半分に聞きながら頷いていた。それにもかかわらず、次第に熱が入ってきたのか、黒田は興奮しながら喋り続けた。

 「思えば、あれが運命の瞬間だった・・・・小さい頃から命という存在に疑問を持っていたがために、様々な探求を行ってきたものだった・・・・だが、それも行き詰まり荒れ始めたそのときだった・・・・この目で、確かに見たのだよ。吸血鬼という存在を!そして、彼らの食事をしているその瞬間を!」

 同僚によれば、この話は何度も聞かされたらしい。最初はウソ臭いと思っていた彼だが、モニターを通して映し出されるその姿を見ると、あながちウソとは言えないようだ。

 「そのときは恐怖のあまり必死で逃げたものだった・・・・そしてしばらくするとそれは確信へと変わった!これこそが長年追い求めてきたものだったと!そしてすぐに様々な文献を手に入れ、虱潰しに調べていった。まあ、このとき初めて魔術の存在を知ったのだがね。だが、そのおかげで我が研究も大きく飛躍し、それからとあるコネで件の細胞を手に入れることができた!そうして研究に研究を重ねて今にまで至った!ここに魔術と科学が一つとなり!その果てに命の根源への到達に至るのだ!」

 演説めいた独白を終えると、黒田は狂ったように笑い始めた。
 使用人は、そんな主を呆れた目で見ていた。ほとんど話の脈絡が見えてこない。そもそも、こんな狂った人間からそんなものを期待するほうが間違いなのだが。
 とにかく、吸血鬼とか魔術とかが出てきて、ここもいよいよきな臭くなってきた。早いところ、新たな転職先を見つけてここから早いところおさらばしなければならない。
 そう思っていると、不意に黒田の笑い声が止んだ。何事かと訝しげに黒田を見ていると、黒田の首がゆっくりとずれはじめ、それが地面へと落ちた。

 「ひっ・・・・!?」

 いくら主が狂人だからといっても、映像ではなく実際に目の前で人が死んだことに変わりはない。顔が蒼白くなった使用人はやや後ずさりすると、ふと誰かがいるような気がして後ろを振り返った。
 そこには、黒子のような衣装を身に纏った小さな少女だった。実際に黒子の被る覆面はしていないものの、その少女の顔がまるで本物の人形のように思えて不気味に見えてきた。
 よく見てみると、少女は紙飛行機を手にしていた。使用人がこの張り詰めた空気に場違いなそれをぽかんとして見つめていると、少女はそれをヒュッと投げた。
 紙飛行機は、ダーツの矢となって使用人の眉間に突き刺さった。

 「あ・・・・あ・・・・・・?」

 この信じ難い状況、紙飛行機の一投で死ぬ寸前の使用人はよろめき、そして仰向けに倒れ息絶えた。
 二人分の死体が転がるこの部屋を表情一つ変えずに前へ歩くこの少女、つくしは黒田の首無し死体のそばまで寄ると、彼の命を絶った凶器、紙製の扇を拾い上げた。
 これが、今回の彼女の仕事だ。黒田の刺客として雇われることで彼の近辺に潜り込み、そして自分たち資格と侵入者が激突しているこの混乱の中で黒田を葬り去る。これがつくしに与えられた役割だった。
 黒田がどんな研究をしていようと、つくしにはどうでもよかった。だがおそらくは、この戦いで父に当たる男も、同じ一族の者の何人かは命を落としているだろう。
 しかしつくしは悲嘆することはしなかった。そもそも彼女に“悲嘆”をはじめとする諸々の概念すら存在していない。彼女は、ただひたすら人を殺める“だけ”の殺人鬼として生きてきたのだから。
 しかし、つくしの仕事はまだ終わっていなかった。この屋敷にいる人間全ての始末。それが今回の仕上げであった。
 おそらくは、自分の命はここで果てるだろう。しかしそれに対してどうとも思わなかった。仕事の最中で死ぬのであれば、ここまでというだけ。それだけの話だ。
 そうしてつくしは部屋から出て行った。
 しかし、つくしは気付かなかった。この部屋にもう一人、人間がいることに。
 つくしが去った後には、黒コートに仮面をつけた人物がぬっと現れた。

 「・・・・黒田博巳の死亡を確認。自身が雇ったプロの中に紛れていた刺客の手にかかった模様・・・・しかし、黒田の創り上げた吸血鬼の出現だけは阻止できず、これに伴い発生した死者で屋敷は溢れかえっています・・・・至急、屋敷周辺が死都と化す前に、周囲に配備した代行者を含む増援の突入を」



 もはやどれほど時間が経過したのか、一郎にはわからなくなっていた。
 突如出現した敵は不死身で、急所を突いてもものともしなかった。そこで一郎は手足を攻撃して動けないようにする、あるいは顎を砕いて噛みつけないようにするといった戦法を取った。
 これにより、どうにか現在まで生き延びることができていた。

 「とはいえ、はたしてどこまで持つことでしょうか・・・・」

 しかし、無尽蔵に等しい敵を前に、一郎の武装はほとんど尽きかけていた。見たところ、敵の知能は相当低いようだが、不死身という特性がそれを補って余るほど厄介極まりないものだった。
 しかも敵は何らかの形で増殖するようだ。見たところ敵や黒田に仕えていたと思われる使用人、そして同じく自分と同じく雇われた襲撃者の姿さえあった。
 人間を不死身の怪物へと変える。おそらくはこれが、黒田が開発していたという生物兵器の正体なのであろう。

 「これは、一時撤退したほうがよろしいですかな?」

 長くこの場に留まることは不用意に死の確立を高めるだけだ。それは一郎にとっても本位ではない。少なくとも、ここから離脱する必要があるだろう。
 そう思った、そのときだった。

 「む!?」

 一郎は何かが投擲された気配を察して、それを避けた。投擲物は一郎の直線状にいた怪物の眉間に命中した。その投擲物の正体は、意外にも紙飛行機だった。
 この珍妙な飛び道具に目を丸くするようなことはなかったものの、それを放った人物に驚きを示さずにはいられなかった。

 「貴方様は・・・・!?」

 その正体は、一郎が昼間に出会った少女だった。
 それでも一郎はその少女の素性に、すぐに納得した。昼間とは違って少女は今、黒装束に身を包んでいる。これは、この部屋で一郎を襲撃した一団と同じ服装だ。そしてその一団で唯一、一郎が手にかけた刺客こそがこの少女の実の親であろうことも。一郎がその刺客を見たことがあるような気がしたのは、その刺客と少女の顔が似ていたからだ。
 一郎がそれ以上考える前に、扇を握った少女が一郎に躍りかかってきた。その扇の一撃を、一郎はサバイバルナイフで防いだ。

 「お嬢さん。やはり、只者ではございませんでしたか・・・・おそらく、あそこのあの方は貴方様の親御様でしょうが、それを殺された憎しみによる仇討ちですかな?それとも、あくまでも与えられた役割を果たそうとする執念ですか?」
 「・・・・憎しみ?執念?何?うちはただ、標的を殺したから、もう屋敷中の人間を殺すだけ」

 思わぬその一言に、一郎はガツンと頭を殴られたかのような衝撃に襲われた。
 しかし、先ほど紙飛行機を投げつけられた怪物が襲いかかろうとしたため、二人揃ってその攻撃を避けた。そして一郎は怪物に手足に銃弾を打ち込み、その動きを封じた。
 怪物の乱入により、二人の距離は開くこととなった。
 ここで一郎は、その少女が殺したという標的が黒田であることを見抜いたが、今はそれどころではなかった。
 まずはここから脱出しなければならないし、そして何よりも目の前のあの少女が哀れでならなかった。
 おそらくは、言葉を覚えるよりも先に殺人術を叩き込まれたのであろう。ただひたすら、殺人のために生き、他者を寄せ付けず、生きることの意味を知ることも、親の死を想うこともなく、その親を殺した張本人である自分へ本来ぶつけるべき感情を持つこともなく、この先も殺人の道具として淡々と生き続けるだろう。
 だが、一郎は長らくあの少女に哀れみの目を投げかけているわけにもいかなかった。
 またしても怪物が現れたからだ。しかもその怪物は今までのような死人とは違う。人のようではあるが、人ではない。なんとも形容しがたい姿をしていた。おそらくは、これが黒田の開発していた生物兵器のうちのいったいであろう。
 その生物兵器は、少女に狙いを定めた。当然少女も、それを迎え撃つ。
 そのとき、一郎の受信機に連絡が入った。
 ポーラからだ。

 『イチロー!?よかった・・・・どうやら、無事なのはあなただけのようね。聞いてちょうだい。今からこの屋敷から脱出して!どうやら、私達が雇った刺客の中に聖堂教会の手の者が紛れ込んでいたみたいだわ。おそらく、すぐに教会勢力が屋敷へ向かってくると思うわ・・・・!だから巻き込まれないうちに、ここから逃げ出してちょうだい!』

 そうしてポーラからの連絡は切れた。

 「聖堂教会、ですか・・・・どうやら、とことんまで厄介なことになりましたなあ・・・・」

 聖堂教会。
 十字と乙女の腹より出でし奇跡の子の教えを奉ずる信者たちにとっての“異端”を駆逐する陰の集団。そんな彼らが出張ってくるとは、やはりあの怪物の正体は俗に吸血鬼と呼ばれる存在であろう。
 教会に吸血鬼・・・・さすがの一郎でもこればかりは自分の手に負えるレベルをはるかに超越しているため、ここはポーラの言うとおりにするのが望ましい。
 しかし、今はそういうわけにもいかなかった。
 黒田の生物兵器である人造吸血鬼の一撃を受けたのか、少女は壁を背にぐったりとして動かなくなっていた。おそらく、気絶してしまっているのだろう。その少女に向けて、人造吸血鬼はその牙を剥き出しにしてにじり寄ってくる。
 そのとき、一郎はとっさに銃口を人造吸血鬼の足へと向け、二度引き金を引いた。銃弾は人造吸血鬼の足を撃ち抜き、他に動きを封じられている者どもと同じ運命を辿るはずだった。
 しかし、銃弾は足にめり込むだけで、そのまま肉に弾かれてしまった。

 「やはり、並大抵の銃弾では通用いたしませんか・・・・!」

 だが全く効果がなかったというわけでもないらしい。というのも、人造吸血鬼は足を止め、くるりと一朗の方へと向き直った。今度は一郎に狙いを定めて向かってきた。

 「まあ、これもある意味僥倖ですかな!?」

 そして一郎は手榴弾を取り出し、それを投げつけて人造吸血鬼を迎え撃った。手榴弾は人造吸血鬼の顔面へと吸い込まれるように飛んでいき、そしてその真ん前で炸裂した。
 だが、手榴弾を以ってしても人造吸血鬼の顔に傷一つつけることはできなかった。これに面食らった一郎は、もはや腹を括るしかなかった。
 人造吸血鬼は大口を開け、牙を剥き出して一郎へと突っ込んでいった。しかし一郎はそれに対して、大きく開かれている口に向けて腕を突っ込んだ。腕はかなり奥まで入り込んでしまったために、人造吸血鬼はかえって口を閉じられなくなっただけでなく、呼吸さえも容易なものでなくなってしまいもがいていた。
 そうして人造吸血鬼は一郎の腕を掴み彼を引き剥がそうとしているが、一郎はそうはさせまいと踏ん張っている。
 両者の戦いは組み合いのような形となってしばらく続いた。

 「ふう・・・・!ふう・・・・!!これでも・・・・!早くに表れるように・・・・!しておいたはずなんですがね・・・・!!」

 ただしこれでも一郎は若干の不安を抱いていた。人の手で造られたといえども、相手は吸血鬼。はたして、このような人工的な代物が通用するかどうか一郎にもわからなかった。なぜなら、相手は爆薬でもものともしない相手だからだ。
 しかし、それでもこの状況でこれ以外に方法が思い浮かばなかった。外側からが通用しなければ、内側から蝕めばいい。
 そしてようやっとのことで、効き目が表れた。人造吸血鬼のあたかも喉に詰まらせたものを必死に吐き出そうとするように、口の中の腕を押し戻そうとする運動が途端に強くなり始めた。しかし一郎はそれに逆らうことなく、流されるままに口から腕を引き抜いた。
 すると、一郎は人造吸血鬼を見向きもせずに、しゃんと背筋を正して、外したベルトで抜き出した腕をきつく締め上げた。人造吸血鬼の牙が一郎の腕を傷付けた可能性も否めないからだ。もっとも、人工的なものといえども相手は魔的な存在なのでその応急処置も果たして効果があるのか甚だ疑問だが。
 だが人造吸血鬼は一郎を追撃しようとはせず、それどころか目を白黒させてひたすら体に流し込まれた遺物を吐き出そうともがくだけだった。

 「ある意味一か八かでしたが、それでも体を張った甲斐があったというものですな」

 一郎の突っ込んだ腕には小型の注射針のようなものが握られていた。この中に仕込まれているのは、彼が特別にこしらえた毒薬である。本来ならば痙攣した上で意識が混濁するはずだったが、相手の耐性がそれなりに高いのか、その効果は半減していると言ってもいい。
 しかし、動きを封じ込めるのには十分すぎるほどの効果である。
 一郎は、壁にもたれかかって気を失っているあの少女のほうへと目を向けた。

 「さて・・・・これ以上の長居は無用ですかな?」

 標的は死んだ。
 敵もほぼ沈黙した。
 後始末はこれよりこの場に現れる狂信者たちがしてくれるだろう。
 一郎は少女に近寄り、そのまま担ぎ上げると、その場から離脱した。



 少女が目を覚ますと、そこは屋外だった。それも、屋敷からずいぶんと離れた場所らしい。
 しかし少女はある姿を認めると、すぐに身構えた。少女の眼前には、あの怪物が襲撃するまで自分が始末しようとしていた老人の姿があったからだ。

 「オヤ?お気づきになられましたかな?」

 こちらが攻撃に転ずればすぐに仕留めることができるほど、向こうは隙だらけであるにもかかわらず、それがかえって手出ししにくくしてしまっている。こうした相手が危険であることを、少女は経験的に知っているからだ

 「・・・・お聞きにならないのですね。どうして自分を助けたのか、と」

 確かに、それについて少女は何も思わなかったわけではない。もともとどうでもいいのだ。自分が生きていようが、死んでいようが、そのどちらでも。だから、尋ねるほどまでに関心がない。それだけである。

 「・・・・違いましたか。“お聞きにならない”のではなく、“どう聞いていいのかわからない”というのもあるのではないのですか?」

 目の前の老人の言葉に、少女は思わずキョトンとして目を丸くしてしまった。

 「その様子では、思い当たる節がないわけではありませんね。覚えていらっしゃいますかね?以前、貴方様と初めて会った時のことを。あの時、確か貴方様はほんの少しだけ話すぐらいで、それ以外はほとんど何も仰いませんでしたな。あれで思いましたが、貴方様はもしかすると、ほとんど会話をしてきた経験がない。違いますか?」

 少女の中に波風が立ち始めた。確かに、自分は肉親を含めた他者と言葉を交わしたことなどほとんどない。先ほど、自分を尋ねなかった理由も関心がなかった以外にうまく言葉にできなかったことにもよる。
 少女はますます、僅かのことで自らを看破するこの老人に対する警戒心が高まった。

 「まあ、ひとまずは落ち着いてください。貴方様は会話以外にも様々な面で不足しております。貴方様のその技量ならばわたくしを屠ることなど容易いでしょう。しかし、貴方様にそれはできませんし、わたくし自身そうさせません。何しろ、貴方様には経験が決定的に欠けているのですから」
 「・・・・けい、けん?」

 少女は思わず、老人の言葉を反復してしまった。

 「そう、経験です。経験は何にも勝る武器と言っても過言ではありません。経験を多く積むことによって、大きく開いている力の差を縮めることだって難しい話ではございません。現に、貴方様のそうした技量も今まで積んできたであろう血の滲むような鍛錬があってこそではありませんか?」

 少女の中は今、メチャクチャになってしまっていた。この老人の言葉を聞くたびにそれがどんどん激しさを増していく。少女は、それを懸命に沈めようとしたが、どうしていいのかわからないのだった。

 「まあ、そこでですな・・・・わたくしについてきませんか?」

 その思いがけない老人の言葉に少女はポカンとなってしまった。だがおかげで、自分の中のグチャグチャも鎮まってきた。

 「先ほども言いましたように、貴方様の技量には目を見張るものがございますが、それ以外の経験が圧倒的に足りていません。ですので、貴方様は様々なものを見て、聞いて、感じていく必要がございます。わたくしも色々と飛び回っているわけですから、見聞を広めるためには絶好の機会でしょう」

 少女の頭の中の糸がこんがらがってきた。この男はいったい、どういう目的で自分にこんな話を切り出しているのか?そもそも、なぜ自分などのためにこんな提案をするのだろうか?それは、少女一人では答えの出ない問いだった。

 「もちろん、貴方様に不都合なことなど何もありませんよ」

 少女はただ大人しく、老人の言葉に耳を傾けていた。

 「とりあえず、あの屋敷の中にいた人間は・・・・まあ、あの様子ではほとんど助かっていないでしょう。しかし、わたくしは今こうしてここにいます。つまり、貴方様は自らの使命をいまだ果たせていないというわけです。わたくしとて四六時中張り詰めているわけではございませんから、そのうちこうして隙を晒すこともあるでしょう。もちろん、ただでこの命、差し出すわけにもいきません。しかし貴方様も経験を積めば、それなりにわたくしに肉薄できるようになるでしょう」

 少女は思った。今、自分の中で揺らいでいるこれが気の迷いとでもいうのだろうか、と。

 「ああ。申し遅れましたね。わたくし、佐藤一郎と申します。それでお嬢さん。よろしければ、貴方様の名前をお教え願えますか?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つくし」
 「そうですか、つくしさんですか。それでは・・・・」

 どういうわけか、少女は思わず佐藤一郎と名乗った老人に自らの名を名乗ってしまった。そして一郎はポケットから何かを取り出し、包み紙のようなものからそれを出すと、それをそっと少女の口の中に入れた。
 少女はそれを思わず口にしてしまい、唇を閉ざし舌まで運んだ。するとどうだろうか。少女の舌に何かが広がった。とろけるような、包み込まれるような感じのその何かは、口の中のその元をコロコロと転がすことでますます広がっていった。

 「・・・・何、これ?」
 「ははあ。その様子では、初めてキャンディを口にしたようですな」
 「キャンディ?じゃあ、この口の中に広がっている、これは・・・・?」
 「広がって・・・・?ああ。それは“甘い”というのですよ」
 「甘い?」
 「はい、そうです。世の中には、これ以外にも様々なもので満ち溢れています。ですが、どうするかは貴方様の自由です。このまま虎狼のように生きるもよし。わたくしと一緒に来るもよし。どうするかは、貴方様ご自信でお決めください、つくしさん」

 そう言って、一郎は少女に背を向け、そのまま前へと進んでいった。
 少女の中では様々なものが交錯していた。少女は、わけがわからなくなっていた。というのも、自分の名を呼ばれるのも、自分自身で判断を委ねられるのも、これが初めてだからだ。これまで、実の親にすらそうされたことのなかったからだ。
 そうして、少女はある言葉を口にした。

 「・・・・・・めんどくさ」

 それでも、少女は老人の後についていった。
 このとき、少女が自分の意志を以って一歩を踏み出した瞬間なのかもしれない。


 つくしが守桐の屋敷に一郎付きのメイドとして仕えるようになるのは、彼女が年の頃になるときのことである。



~タイガー道場~

 とある冬の日の、とある街で散歩していたときのことです。
 何気なくとある公園の中を通りかかっていると、道端には小さなダンボール箱の中で寒さのため、その小さな体を縮こませて震えているシキウサギをコクトー青年が見かけました。そのシキウサギの入っている段ボール箱を、コクトー青年はマンションの自室へと持ち帰りました。
 部屋に帰ったコクトー青年はダンボールからシキウサギを出そうとします。しかしシキウサギは警戒心の強い生き物です。なので、シキウサギはなかなかダンボールから出ようとしません。ですが今まで必死になってダンボールから出ようとしなかったためか、ダンボールを横にした途端、ヘロヘロになってそのままばったり倒れて気を失ってしまいました。
 シキウサギが目を覚ますと、いつの間にか自分の周りに柵が立てられていました。これはコクトー青年がシキウサギのために用意したスペースです。でもシキウサギは柵を破ろうと何度も何度も体当たりをします。そんなとき、コクトー青年がそっと優しく手を差し伸べてきました。それを見たシキウサギは、思わず後ずさってしまいますが、次第にその手が危険なものではないとわかると、シキウサギは恐る恐るその手を触ります。すると、シキウサギはその手にすりより、そしてじゃれ始めました。
 元気に走り回るシキウサギですが、シキウサギは急にお腹を空かせてしまいます。そこでコクトー青年はシキウサギにご飯を上げることにしました。しかし何が好きなのかわからないため、とりあえずパンのかけらを上げてみました。しかしシキウサギはそれを食べようとはしません。
 次にコクトー青年は、ニンジンを上げてみました。しかしシキウサギはニンジンを食べるどころか、チョップを繰り出してニンジンを叩き割ってしまいます。それを面白がったシキウサギは、次々とチョップを繰り出してニンジンを砕き始めました。そうすると、ニンジンが粉々になる頃には、シキウサギは疲れ果ててしまいました。
 そうしてコクトー青年が最後に出したものは、ハー○ンダッツのイチゴ味でした。すると、これにシキウサギは夢中になって食べ始めました。どうやら、これがシキウサギの大好物だったようです。ハー○ンダッツのイチゴ味を何度もおかわりするシキウサギ。
そうしてお腹いっぱいになったのですが、ハー○ンダッツのイチゴ味をたくさん食べたため、頭が痛くなってしまいました。コクトー青年は肩をすくめながらも微笑み、シキウサギの頭を優しくなでました。これにシキウサギの顔は安らいできました。
 それから、コクトー青年とシキウサギはずっと一緒に過ごしてきました。晴れの日も、雨の日も、春の空が広がる日も、夏の海が澄み渡っている日も、秋の雲がのどかに漂っている日も、冬の雪が降り積もる日も、ずっと一緒に・・・・
 そうして、コクトー青年はシワだらけのコクトーおじいちゃんになってしまいました。病院で寝たきりの生活を送っているコクトーおじいちゃんの膝元には、彼になでられて気持ち良さそうにゴロゴロとしているシキウサギの、変わらぬ姿がありました。
 シキウサギの寿命は491年と言われています。人間よりもずっと長生きです。
 そんなシキウサギを穏やかな顔で見つめるコクトーおじいちゃん。そしてコクトーおじいちゃんのまぶたはゆっくりと閉じられると、全身の力が抜けていき、シキウサギを優しくなでていた手も止まってしまいます。
 そんな眠っているかのようなコクトーおじいちゃんを不思議そうに見つめるシキウサギ。しかしシキウサギは次第に、コクトーおじいちゃんがもうここにはいないことがわかると、その目には、涙で一杯溢れてしまいました・・・・



タイガ「・・・・って、ちょっと待ったあ!!!いきなり何よ、これ!?いちいち私らの出番削ってまで差し込んだこれって何よ!?そもそもシキウサギって何さ!?しかも寿命491年とか長すぎる上に中途半端すぎるわ!!!しかも餌がハー○ンダッツとかって贅沢すぎよ!!!!!・・・・ぜぇ、ぜぇ・・・・・・・!し、侵略してきやがったくせにツッコミどころが多すぎよ、このパロディ・・・・とにかく、時間がないからさくっといっちゃうわよ」


氏名:つくし
性別:女性・二十代
身長:166㎝
体重:54kg
イメージカラー:白
特技:サボり、折り紙
好きなもの:自堕落な生活
苦手なもの:多忙、手加減


タイガ「えー、当初は退魔的な組織の刺客で、なおかつランサーのマスターとして聖杯戦争に参戦するというのは以前ランサーの紹介で話したとおり。一応苗字もあったらしいんだけど、それはもう作者の頭の中からきれいさっぱり消え去ったようで。そのときの性格は今回の幼少期のような性格をしていたという。つーか、それがどうして、なおかつ今回の話からどうしてこうなった・・・・!?もはや作者も気付いたらこうなっていたというのであった。でも、メイドという設定は、“守桐のお屋敷にもメイドがいたほうがいいかな”という発想から。まあ、紙が武器というのは、“こういうのが型月系にいたら面白そうだな”ってそんなアバウトな感じで。ぶっちゃけ、どうなのよ、それ?・・・・・・・・ああ、もう!何でこういうときに限って私一人なのよ!?コンチクショウ!!!まあ、いいわ。こうなったら次回からこのタイガー道場を派手にしてやるんだから!というわけでまた次回ね~」



[9729] 第二十七話「記憶に抱かれて」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:88bcddd4
Date: 2010/11/25 02:51
 遠いようで遠くない。
 古いようで古くない。
 これは、そんな過去の話。
 遅い時間に、少女は一人で夜道を駆け抜けていた。近頃は物騒な事件が続いている。現に、自分の身近な友人も何人か行方知れずとなってしまっており、その消息は絶望的なものとなっている。
 それにもかかわらず、親を伴わず少女は一人で走っていた。ふと、少女はその足を止め、前屈みになって膝に手を当て、ゼエゼエと荒い息を吐く。少女はあまり体力に自信があるほうではなかった。それでも、少女はある程度息を落ち着けると、再び走り出した。
 少女には、妹がいる。その妹が、突然いなくなってしまったのだ。先述の事件はすでに終結したと見られているが、それでも同様の事件が再発したと考えられなくもない。
 それでも、少女には確信があった。妹が無事であることを。
そして、今どこにいるかも。
だから、両親には無理を言って家に残ってもらい、単身妹の元へと向かっているのだ。

 それが、後にまで至る大きな悔いに繋がるとも知らずに。

 少女が辿り着いたのは、妹の遊び場の一つである裏山であった。少女はよく妹にここに連れて来られては、毎度のようにへばってしまっている。
 しかし今は音を上げている場合ではない。少女は棒になりそうな足を懸命に前へ踏み出しながら、念のために持ってきた懐中電灯を手に暗い山道を進んでいった。こうして進むことができるのは、この山の坂道が比較的緩やかであることと、曲がりなりにもこの山に慣れているからだ。
 そして、少女はようやく目的の場所へと辿り着いた。そこには、見上げるほどの巨大な樹があった。少女はその巨木に近づく。巨木の洞の中には、妹が膝を抱えてしゃがみこんでいた。

 「探したよ。よくこんなところまで一人で来れたね」

 しかし妹は拗ねたかのようにそっぽを向いてしまう。いつもならば、姉にベッタリとくっついて離れないかのように慕っている妹が。
 しかし、姉である少女はそんな妹の胸中を察していた。

 「やっぱり、今日の運動会にお父さんが来なかったから、それで家出したんでしょ?」

 妹は何も答えなかったが、少女はすでに確信していた。
父親が急な仕事が入ったために妹の運動会を見に来られなかったことを、妹本人が一番残念そうにしていた。それは一緒にいた少女自身がよくわかっていることだし、そして何よりも妹の顔を見ればわかる。
 加えて、この裏山は妹の遊び場であるだけでなく、ふてくされたときの隠れ場でもあるのだ。だから、少女には妹がここにいることがすぐにわかったのだ。
 それからしばらく押し黙っていた妹は、ようやっとのことでその口を開いた。

 「・・・・だっておとうさん、あれだけやくそくしてくれたのに、けっきょくこなかったんだもん・・・・」

 やはり、思ったとおりだ。そのせいで、少女はつい微笑んでしまったので、それに気付いて口元を正した。
 そして少女は妹に言った。

 「でもね、お父さんはね、運動会を見に行けなくてすごく残念そうにしていたよ。だってお父さんってば、家に帰ってきてすぐに今日の運動会のことを聞こうとしたのに、いきなりいないって知ったから大慌てだったんだよ」

 というよりも、あの父親はいつも妹がいなくなるたびにそうなのだが。それで母親が毎度のようになだめるのだ。少女が一人で妹を探しに行った理由の一つが、ここにもあった。
 それでも妹は若干怪訝そうな顔をしていたが、それでも先ほどのむっつりした顔よりは幾分か和らいでいるように見える。

 「だからね、お父さん、今度の休みどこか好きなところに連れて行ってくれるって言ってたよ」
 「・・・・・・ほんと?」
 「うん、本当だよ」

 ただし半分近くは、母親が無理矢理父親に約束させたものだ。当の父親本人は相当そわそわしていてそんなことを自分から言い出せるような様子ではなかったのだから。ただし、父親自身もきちんとこの埋め合わせはするつもりでいるようだ。母親は、ただその方向を示しただけ。そのやり方は少々強引なものだったが。
 顔を上げた妹は、まっすぐ姉である少女を見つめていた。

 「それじゃあ、ねえちゃんもいっしょにくるの?」
 「もちろんだよ。きっと、お母さんだって」

 妹の潤んでいた瞳が、ここへきてキラキラと輝きを見せていた。
 それを見た少女は、妹に手を差し伸べた。

 「さ、帰ろ。今日はお母さん、おいしいごちそうを用意して待っているし、お父さんだって早く運動会の話を聞きたがっているよ。だから、帰ろ」
 「・・・・・・・・うん!」

 顔がこぼれるほどの笑顔を見せた妹は大きく頷いて、姉の手を取って立ち上がった。
 その妹の顔は、いまや空の星のように輝いているようだった。

 「ねえ、ねえちゃん。なんだかきょうはまちがあかるくてきれいだよ」
 「うん。そうだね・・・・・・・・?」

 そこで少女は、妹の発言に何か違和感を覚えた。
 妹は、何と言ったのか?
 ・・・・・・街が“明るくてきれい”?
 一体、何が明るくてきれいなのだろうか?それだけの言葉なのに、少女は後ろを振り返って街を見渡した。
 確かに、妹の言うように街は明るくなっている。それも、異様なほどに。
 だが、少女は妹ほど素直に今の街をきれいだと思えない。思えるはずがない。
 その明るさは、街明かりによるものなどでは決してない。
 街が燃えている。
 だから、こんなにまで明るいのだ。炎が、街全体を覆いつくしているのだから。
 だから、自分は今こんなにもゾッとしてしまっているのだ。

 「・・・・ねえちゃん?」

 自身の不安が妹にまで波及してしまった。
 それに気付いた少女は妹へと振り返り、しゃがみこんで妹の肩口を両手でつかんで言い聞かせた。

 「いい?ねえちゃんが戻るまで、絶対ここから動いちゃダメだよ!!」
 「ね、ねえちゃん・・・・?」
 「いいから!!!」

 その言葉に、妹は肩をビクッとさせてしまった。おそらく、今妹の肩を掴んでいる自分の手には、必要以上の力が入っているのかもしれない。
 しかし少女は、今はそんなことに構っていられなかった。
少女はすぐさま妹に背を向けて、街へ向かって走り出した。妹の声が聞こえるが、全く聞き取れていなかった。

 「お父さん・・・・・・!お母さん・・・・・・!」

 危険なのは、わかっている。
しかし、両親の安否を確認しなければ、この津波のような不安が絶え間なく自分に押し寄せてくるだろう。
 妹を探しに奔走しているときとは比べ物にならないほどのスピードで、少女は走っていた。

 それが、自らを破滅へと追いやる愚行とも知らずに。

 少女の速度は次第に落ちていった。ここまでほぼ全速力で走ったこともある。
だが、それ以上に、この場所が少女の体力を奪っていった。
 少女は思わず我が目を疑ってしまった。
 ここは、本当に自分の生まれ育った場所なのか。ここは、先ほど通った道なのかと。
 それほどまでに、この街の風景が一変してしまっているのだ。

 「お父さん・・・・・・お母さん・・・・・・ゴホッ!ゴホッ!」

 ふと父と母を呼びかけたとき、少女はむせてしまった。
 というのも、彼女の周り全てが炎と煙で覆いつくされ、それらが夜空を朱に染めている。
 この光景を、一言で言うなれば地獄である。キャンプファイアをみんなで囲んで踊る自分たち、オーブントースターで食べ物を熱している自分らの立場が突然逆転してしまった。

 「お父さん・・・・・・!お母さん・・・・・・!」

 少女は口の中が熱気で蒸せ、目や鼻が煙に侵食されているにもかかわらず、再び自分の住処へと駆け出していった。
 頼りないながらも優しさに溢れた父。
 喧しいが暖かな温もりを抱いた母。
 きっと、二人ともまだ家で待っているはずだ。
自分たちの帰りを待っているはずだ。
 急かされるような心地になりながらも、少女は一心不乱に走る。彼の小説に出てくる、友のために走った一人の勇気ある男のように。
 しかし少女には、勇敢なる男に与えられた誉れ高き結末など待ってはいなかった。
 目の前にあるのは、絶望。自分の住みなれた家で巨大な炎が踊り狂っていた。

 「お父さん!!!お母さん!!!」

 自分と妹の帰るべき場所が、燃えてしまっている。
 もはやそれは家とは呼べないまでに焼かれてしまい、今にも崩れそうになっている。よく見れば、他の家も自宅と似たような状況にあった。

 「おとうさん・・・・・・おかあさん・・・・・・」

 少女は一気に力が抜け、ガクンと膝を着いてしまった。
 よく考えてみれば、これだけの火災なのだ。自分の家も焼かれていないはずがなかった。それに、二人とも火事に気付いてすでに逃げ出し、自分たちを探しているのかもしれない。だが、どちらにせよ両親の安否を知る方法などない。
 そして耳を済ませてみれば、あちこちから悲鳴がこだましている。助けを求める声、苦しみに満ちた声、我を忘れてしまった声などが入り混じり、一種のオペラのようになってしまっている。
 少女は不意に恐ろしくなってしまった。自分も炎に焼かれるのではないか。そう思うと急に目から涙が溢れ出てきた。それは決して、煙で目が沁みたせいだけではない。
 忌々しい炎が苦しみと恐怖で一杯の自分を滑稽な喜劇として拍手喝采しながら見物しているようであった。

 「きゃう!」

 少女はビクッとなってしまった。いきなり自分の近くで声がした。
 その方向に目をやると、そこには裏山で待っているはずの妹が転んでから起き上がっていた。

 「―――!!どうしてついてきたの!?」

 つい少女は妹に怒鳴ってしまった。妹の名前を叫んだが、声にならなかった。
 しかし妹はすでに涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになってしまっていた。

 「えぐ、だって・・・・うう、だって・・・・!ねえちゃん・・・・・・!!!」

 目や鼻から迸る液で声がくぐもってしまい、妹の声はほとんど濁声に近かった。普段のやんちゃな妹からでは考えられない姿。それほどまでに、一人で暗い裏山で待っているのが不安だったのだろう。
 そんな妹を、少女は強く抱き寄せた。

 「ごめんね・・・・ごめんね・・・・・・!」
 「ねえちゃん・・・・!ねえちゃん・・・・!ああああああああああ・・・・・・!!!」

 姉の胸の中で妹は大泣きしてしまった。もはや一人出なくなったことに心細さはなくなったが、それでも死の恐怖だけは執拗に纏わりついていた。
炎は変わらず嘲笑うように踊る。
 悲鳴が鐘の音となって空気を震わせる。
 ふと、少女は空を見上げた。
 炎によって染められてしまった空に、巨大な空洞が開いていた。
 それはまるで、地獄を照らす黒い太陽・・・・・・
 この惨状をもたらしたのは、あの身の毛もよだつようなおぞましい黒い塊に違いない。
 少女は直感的にそう思ったが、同時に全ての気力、夢だとか希望だとかの類が全てあの中へと吸い込まれていってしまうような感覚に陥ってしまった・・・・・・

 ―――わたしが前に住んでいた街が大きな火災に遭って辺り一帯を焼き尽くした・・・・家も、木も、草も、人も、そしてわたしのお父さんとお母さんも・・・・・・まだ小さかった妹を背負って、私は当てもなく焼け野原となった住み慣れた街をさ迷い歩く・・・・・・そこは友達や妹と遊んだ公園も、家族でよく通った道路や馴染みのお店も、親切だった近所の人たちや友達の家も、それらの一切が面影を失っていた。わたしは直接体験したわけじゃないから確かなことは言えないけれど、たぶん戦争に巻き込まれてしまった街って、こんな風になるものなのかな、と今になって思った・・・・・・・・



 早朝。
 とある繁華街の路地裏にて、惨殺死体が発見されていた。
被害者は、とある有名商社に勤めていたサラリーマン。三十路を越すか越さないかのその哀れな被害者は、なかなかにおだて上手で上司や女性社員からの評判はよかったらしい。その反面、後輩社員に対しては散々いびっていたという。典型的な自己中心的性格の持ち主である。
 警察による現場検証が行われている中、人だかりができている。野次馬が群がる中、そこに一人の身なりの良い老紳士が携帯電話で通話していた。

 「・・・・そうですか。そちらでも同じような事件が・・・・ええ。わかりました。何かありましたら、こちらから折り返し連絡いたしますので。くれぐれも、サボろうなどと思わないようにお願いいたします。それでは」

 そう言って老紳士、佐藤一郎は電話を切ると、溜め息を漏らした。

 「やれやれ・・・・やはりこういう事態を招いてしまいましたか・・・・わたくしもつくしさんもこうなるからこそ、早急に“処分”するようにとあれほど口を酸っぱくして申し上げましたのに・・・・致し方ありませんな」

 そう言って、一郎は野次馬の中に潜り込むように消えた。
 あたかも、初めからそこにいなかったかのように。



 ここは楼山神宮。その一角にある神主の住居。
その中の食卓にて狩留間鉄平とそのサーヴァントのアサシンが対面して座していた。

 「・・・・ここまででバーサーカー、ライダー、ランサーの三人が敗退したことにより、残ったサーヴァントは我ら二人とセイバー、キャスターの四人となった。これを以って、聖杯戦争も佳境に入ったと言っても過言ではない」
 「となると、最終的にぶつかるのはセイバーかキャスターのどっちかっていうことになるんだよな?」
 「如何にも。だが、当面の敵はキャスターだと考えれば、最後に見えるはセイバーということになろう。もっとも、セイバーを倒せばそれで終わり、というわけではないが・・・・」

 そこでアサシンは一旦言葉を切った。
 確かに、残る敵はセイバーとキャスターの二人である。しかし、残るサーヴァントは四人。セイバーとキャスターを倒せたとしても手にできる聖杯は一つ。対して残るサーヴァントは二人。
 つまりは、そういうことである。
 だが、今はそんなことよりも問題は残る敵のうちの一人、キャスターである。ランサーが倒れてから再びその消息が途絶えてしまった。その行方を探るのは、容易なことではない。

 「ところで思ったんだけど、何でライダーのやつは復活したんだ?それも、黒くなってさ」
 「うむ・・・・」

 鉄平の言葉に唸るアサシン。
 キャスターの行方も気になるが、こちらのほうも気がかりである。
 最初に敗れ去ったサーヴァントがバーサーカー。その次がライダー。そのはずであるにもかかわらず、そのライダーが復活してこの楼山神宮を襲ってきたのだ。聖杯戦争に、敗者復活のシステムはない。だがライダーはそれとは関係無しに蘇っただけではなく、その体を黒く汚染させて現れたのだ。しかしその汚染はサーヴァントの精神を蝕むものであるはずなのだが、当のライダー本人は全く平然としていたのだが。
 そのライダーを目にしたアサシンだが、彼には何故ライダーが復活したのかいまだわかっていなかった。推測はいくらでも立てられるが、どれも根拠に乏しい。
 とりあえず、わかっている範囲だけ口にした。

 「現時点では、それに関する材料が足りなさ過ぎる。だが、確かなことはいくつかある。それは、どうもライダーは自身が蘇った仔細については知らぬものの、その張本人に関して心当たりがあったらしいこと。しかもその者に対して明確な怒りを示していたこと。そして、確かな目的を持ってここを襲撃したことだ」
 「・・・・なんだかよくわからないな。ひょっとして、それってキャスターのことか?あいつ、ランサーを支配していたって言うし」
 「いや、キャスターではない。話を聞く限りでは、キャスターは他者のサーヴァントを支配することはできてもライダーのような黒化までできぬはずだ。仮にキャスターの仕業だとしても辻褄が合わぬ。それならば、ライダーは何もここを襲う必要などないはずだ」

 アサシンは、鉄平に黙っていることがあった。
 ライダーがアーチャーによって倒されたその瞬間、彼は密かにその近くに潜んでいた。
そしてそこでアサシンはアーチャー共々に、ライダーがその死の間際に口にした意味深な言葉を耳にしていた。
 その内容は要約すれば、アーチャーが邪悪の側に立っているというものだ。
無論、これは負け惜しみで言ったのではないことは明白だ。
 ライダーが神宮に攻撃を仕掛けたこと、ライダーが黒化して蘇ったこと・・・・全てはこの言葉に繋がるのではないのか?
 アサシンはその言葉が意味するところについて、彼なりの予測を立てていた。
しかし、それはあまりにも突拍子もないことであり、アサシン自身にとっても信じ難いことであった。
 そういう力があるものとは、アサシンには思えない。しかし、それにしては心当たりが多すぎる。
 そこへ、楼山空也が部屋の中に入ってきた。

 「おっさん。どうだった?」

 入ってきた空也に鉄平が声を掛けた。

 「ウム。念のため尋ねてみたが、どうやら聖杯戦争とは関係がないというそうじゃ、一応」
 「一応?」

 鉄平は空也の言い方に少し引っかかってしまったようだ。
 空也の手には、今朝の朝刊が握られている。その見出しの中の一つに、このような記事がある。

 “猟奇殺人事件 被害者7人遺体で発見 失踪事件に関連か”

 空也はこの件が聖杯戦争に関係あるかもしれないとして、管理人である守桐の家に連絡を入れたのだ。

 「まあ、向こうもまだ調べておる最中じゃし、まだ足取りがつかめておらん様子じゃったからのう」
 「足取りって、キャスターの仕業じゃないのか・・・・!?」
 「いや。少なくとも、キャスターではないだろう」

 そこへアサシンが割って入って言った。

 「奴は今、どこかで息を潜めている身。魂喰いを敢行するにしてもランサーを失った今では、敢えて人目に付くようなやり方で実行に移す利点などないはずだ」
 「けど、それ自体がキャスターの罠とも考えられないのか?」
 「そう考えられなくもないが、今は奴一人に対して三人も相手取らなければならぬ。どう考えても、割に合うまい」

 確かにキャスターには相手のサーヴァントを自分の支配下に置く宝具を有しているが、残っているサーヴァントは最優とされるセイバー。暗躍に長けたアサシン。そして残る一人がアサシンたちの協力者であり遠距離戦を得意とするアーチャーである。
 三騎士とされるサーヴァントのうちの二人を敵に回している分、あのキャスターがそこまで無謀な賭けに出るつもりなどないだろう。
 そしてアサシンは鉄平の表情から、自分のマスターが焦りを覚え始めているのを見て取れた。
 キャスターが行方知れずとなっていることは言うまでもないが、どういうわけかそのキャスターを同じく敵視しているセイバーたちもここしばらく動きらしい動きを見せていないのだ。動きがあるとすれば、アサシンらがキャスターの行方を探っているだけ。
 早い話が、聖杯戦争は停滞してしまっているのだ。これは、どうしても聖杯で叶えたい願いを持つ鉄平にとっては堪えるものがある。
 鉄平は歯噛みをしていた。

 「くそっ・・・・!せっかく、手口を掴んだと思ったのに・・・・!」
 「鉄平よ。急ぐは大いに結構だが、焦りだけは別だ。そうなればそうなるほど、心身ともに深みにはまり自滅にいたる」
 「わかっている・・・・!わかっているけど、どうしても・・・・・・!」
 「じゃがまあ、全く聖杯戦争に関係ないというわけでもないぞ」

 そこへ今度は空也が二人の話に割り込んできた。鉄平は思わず呆気に取られて空也のほうに目を向けた。

 「一体どういう意味だよ、それ?さっき、関係ないって言ったはずじゃ・・・・」
 「確かに聖杯戦争とは関係ないんじゃが、どうもその下手人が・・・・」

 だが空也はそこで言葉を切った。
 誰かがこの部屋に入ってきそうな気配がしたからだ。

 「すいません。ちょっといいですか?」
 「ああ。どうぞ、どうぞ」

 戸を開けて入ってきたのは、鉄平の後輩であり、またその協力者でもあるアーチャーのマスター、野々原沙織だった。

 「なんだか話し合いしているみたいでしたけど、大丈夫でしたか?」
 「ん?あ、ああ。別に大した話じゃあないから、これと言って問題でもないわい」

 どういうわけか、空也が沙織に対して気まずそうにしているのを見て、鉄平は眉をひそめて見ていた。

 「そうなんですか?一体、どういう話だったんですか?」

 それは沙織にとっても同じで、不思議そうにしていた。
 しかし、それに対してアサシンが代わりに答えた。

 「本当に大した話ではない。主の快気祝いとして、どこか食べに行くか、それとも空也殿自身が腕によりをかけて何かを作ろうか、というだけの話だ」
 「・・・・まあ、そんなところじゃ」
 「そうだったんですか?どうもすみません・・・・・・それと、ごめんなさい」
 「む?ごめんなさいって、どういうことじゃ?」

 いきなり謝られて、空也は面食らってしまったようだ。

 「だって、みんなが色々大変な思いをしたっていうのに、わたしだけ寝込んで迷惑をかけたみたいで・・・・」

 そう言っている沙織は申し訳なさそうな顔をしていた。
 重傷を負ってしまった彼女はしばらくの間、寝たきりの状態になってしまったせいで聖杯戦争に関わることができなかった。そのために鉄平たちが矢面に立っていたことを申し訳なく思っているようだ。

 「主が気に病む必要など、どこにもない。某たちはただ、己が勤めを果たした。それだけのことだ」

 意外にも、アサシンが沙織を気遣ってそう声を掛けた。それでも沙織はまだ伏し目がちとなっていた。
 そこで鉄平も声を掛けた。

 「野々原さん。もう体の方は大丈夫なのかい?」
 「あ。はい。おかげさまで・・・・」

 沙織がここまで回復できたのも、実はセイバーのマスターである魔術師サラのおかげでもある。彼女が調合した秘薬によって、沙織は昏睡から目覚めることができた。当初鉄平は半信半疑であったが、その秘薬を服用させたことでここまで持ち直すことができた。
 そしてその秘薬は、残り二回分も残っている。

 「ところで野々原さん。何か用事があったみたいだけど、どうかしたの?」
 「はい。実は、アーチャーさんを探しているんですけれども、どこを探してもいなくて・・・・それで、どこにいるか知りませんか?」
 「いや・・・・俺は見ていないけど?」

 それから鉄平は空也に目配せをしたが、空也も居場所を知らないのか、首を振った。
 沙織はまだ申し訳なさそうにしているが、鉄平との会話でそれも多少和らいだようだ。それでも、鉄平も空也も彼女のサーヴァントであるアーチャーの居所を知らない様子なので、少し困った顔をしてしまった。
 そこへアサシンが言った。

 「おそらくは、本殿の屋根の上にでもいるのだろう。奴は概ね、そこにいる」
 「そうなんですか?」
 「確実にいるという保証はないが、な。行くにしても、主は病み上がりゆえ気をつけよ」
 「はい。ありがとうございます」

 そう言って沙織はペコンと頭を下げ、部屋を出て行き、戸を閉めた。

 「・・・・あの分なら、もう大丈夫そうだな」
 「うむ。副作用や傷の後遺症などの心配もないものと見ていいだろう。もっとも、ある程度は経過を見ていく必要はあるが」

 鉄平たちはほっと胸を撫で下ろした様子だった。
 いくら秘薬を用いたからといっても、すぐに沙織が本調子に戻ったというわけではない。体力もかなり失われてしまっており、しばらくの間はまだ寝ていたのだから。
 沙織が回復した様子を見て一同が安心したところで、鉄平は空也に尋ねた。

 「ところでおっさん。野々原さんがきたとき、どうもさっきの話を誤魔化したみたいだけど、どうしてなんだ?そりゃ、俺だってあんまり野々原さんに無茶はしてほしくないっていうのはあるけど、それでも野々原さんとは協力関係にあるんだ。黙っているのもどうかと思う」
 「い、いや・・・・それはそうなんじゃが・・・・」

 鉄平に問い詰められて空也はどこか歯切れが悪かった。
 そもそも沙織は聖杯戦争に巻き込まれる形で身を投じることになったが、現在では聖杯戦争によってもたらされる危機から身近な人たちを守りたいという意志の元でこの戦いに身を置いている。
 初めの頃、鉄平は沙織が聖杯戦争にマスターとして参戦することをあまり好ましく思っていなかった。しかし、まだそういう節はあるにせよ、彼女の意志はある程度尊重している。
 にもかかわらず、沙織が回復したばかりということを置いておいても、どういうわけか空也は沙織に件の猟奇殺人事件のことをはぐらかしたのだ。

 「その下手人に関して、アーチャーのマスターに知られてはまずいことがある。違いないな?」

 そこへすかさずアサシンが言い放ったことで、空也はその視線を落とした。

 「おっさん」

 鉄平に促され、空也は溜め息をついてから口を開いた。

 「そうじゃな・・・・アサシンや、お前さんの言う通りじゃ。この件は沙織さんにゃ知られちゃまずい。というのもな、その事件の下手人は・・・・」



 どうにかこうにか、わたしは神社の屋根の上へと上ることができた。
アーチャーさんがその上にいるのを見かけたので、わたしはどうにか屋根へ上る場所を探したけれど、梯子らしきものはどこにもなかった。まあ、神社に梯子がかかっているのなんて見たことないしね・・・・
 そういうわけで、わたしはわざわざ物置から脚立を持ち出して、それを使って神社の屋根の上へ上ることにした。なんだか、変に強情だなあ、わたし。下からアーチャーさんを呼べばいいだけの話なのに・・・・
 まあ、上ったものは仕方ないので、とりあえずアーチャーさんに声を掛けるべく、後ろから近づく形となった。

 「よお、サオリ。よくここまで上がってこれたな」

 するといきなりアーチャーさんから声を掛けてきたので、わたしは思わずビクッとなってしまった。
 てっきり気付いていないとばかり思っていたけれど、よく考えてみればアーチャーさんって、かなり感覚鋭かったんだっけ・・・・
 するとアーチャーさんは、イタズラっぽい顔をしながらこっちを向いてきた。

 「やっぱ驚いたか。まあ、あんたがここに来ることはわたっていたことだし、それにあんだけここの周りをうろちょろしていれば、どんなに鈍いやつでも気付くって」

 そう言われてわたしは顔が赤くなってしまった。
 確かに、結構ウロウロしていたような気がするなあ・・・・

 「その様子じゃ、もう大丈夫そうだな」
 「あ。はい。おかげさまで・・・・」

 って、これって先輩たちにも言ったような気がするな。

 「それでここまで来れたってわけだ。このオレに会いたいがために」
 「あっ・・・・い、いや、そんなんじゃなくて・・・・!!!」

 アーチャーさんにからかわれてしどろもどろになってしまうわたし。そういえば、こうしてアーチャーさんに面と向かって、こうして話すのも随分久しぶりな気がする。
もちろん、それはさっき会った先輩たちにも言えることだけれど。

 「まあ、そういうわけなんだ。言いたいことがあるなら、早いところ言っちまえばいいさ。そうしないと、いつまで経っても言えず仕舞いになっちまうからな」
 「あ。はい」

 そうしてわたしはいったん深呼吸をしてから言った。アーチャーさんに会って、言おうとしたことを。

 「アーチャーさん。本当にありがとうございました。それと、ごめんなさい・・・・・・」
 「まあ、あんたにお礼言われて悪い気はしないな。けど、“ごめんなさい”ってのはなしだ」
 「で、でもわたしが寝ている間に色々と・・・・」
 「多分、アサシンの野郎も言っただろうが、あんたが気に病む必要なんてどこにもない」

 多分、っていうか実際に言ったんだけど。知っていて言っているのかもしれないけれど。

 「それに、オレはあんたの弓だ。あんたのために身を粉にして働くのは当たり前さ」
 「でも、なんだか色々迷惑かけて、悪い気がして・・・・」
 「こんなの、屁でもねえさ。少なくとも、手下に裏切られて死んだときに比べれば、な」

 そうアーチャーさんは自嘲気味に言った・・・・って、アレ?
 今、何て言った?“手下に裏切られて”?

 「えーと・・・・アーチャーさんって、ロビンフッドなんですよね?」
 「ん?あんたにオレの真名教えたっけか?」
 「いいえ。アサシンがそう言っていたので・・・・」
 「なんだ、あいつ経由かよ・・・・そういえば、あいつもオレの宝具見たんだっけな」

 アーチャーさんは自分の本当の名前を知られたことに対して、とりたてて気にしている様子はなかった。
 アサシンが言うには、おそらくは残りのサーヴァント全てにその真名が知られているというらしい。少なくとも、セイバーには知られているとのこと。
 一応寝込んでいたと言っても、後のほうになってくると目は覚めているけれどまだ体が本調子ではないという感じだった。
 そういうわけなので、ずっと横になっているのもあれだから、アーチャーさんのことを教えてくれたアサシンに頼んで、ロビンフッドに関する本を借りてきてもらった。ロビンフッドの物語は結構心躍るものだったけれど、その最後は確か、どこかの修道女の罠にかかって血を抜き取られて死んだ、っていう内容じゃなかったっけ?

 「えーと・・・・これ聞くのも悪いような気がするんですけれども・・・・」
 「その前に一ついいか?」
 「え?はい」
 「オレは、あんたの思っているようなロビンフッドじゃねえ。というより、オレはロビンフッドでもなんでもないのさ」
 「・・・・・・え?」

 ええええええええええええええええええ!?!?!
 ちょ、ちょっと待って!ロビンフッドじゃないって、どういうこと!?まさか、よくある本物の名を騙る偽者!?でも、それって本物とは似ても似つかない海賊版じゃ・・・・?

 「ああ。言い方が悪かったな。オレはロビンフッドという英霊ではあるが、ロビンフッドじゃねえ」
 「・・・・ますます意味がわからないんですけど」
 「まあ、聞け。確かにロビンフッドっていう英雄はいたかもしれねえが、いなかったかもしれねえ。というのも、ロビンフッドってのは人々の祈りから生まれた英雄。つまり、基本的に想像だけの存在ってことさ。そしてこのオレは、たまたまロビンフッドという英霊の枠に当てはまっただけの、しがない盗賊さ」
 「そ、そうなんですか・・・・?」
 「ああ。だからきっと、他にもロビンフッドの名を名乗る羽目になっちまった奴らが、オレ以外にもいるってことさ。もっとも、それがどれぐらいいるのか、オレも知らねえが」

 言われてみれば、ロビンフッドの話って色々あったっけ・・・・?だから、こんな感じで他にもロビンフッドがいるかもしれない、と・・・・

 「まあ、そう考えると人間の想像力ってすごいよな。虚構が現実を塗り替えることだってできるし、本物を上回る贋物を生み出すことだってできる。まあ、そういうのがあるから、人間は今日までやってこれたんだろうけどな。こういうのも、一つの願いなのかねえ」
 「願い、ですか・・・・・・」

 すごい今更過ぎるかもしれないけれど、わたしはこの言葉があんまり好きではない。なんだか、他の人たちを出し抜いて自分だけが得しているみたいで・・・・
 うつむいてしまった自分の顔を上げて、わたしはアーチャーさんに尋ねた。

 「・・・・アーチャーさんは、その・・・・悔しくなかったんですか?」
 「ん?悔しいって、何がだよ?」
 「だって、裏切られたんですよね?それも、自分の身近な人に・・・・それなのに、懲らしめてやろうとか、ひどい目にあってほしいとか、そう思わなかったんですか?」
 「ん~・・・・それがなあ、不思議なことにそう思わなかったんだよなあ」
 「・・・・・・え?」

 アーチャーさんの答えが意外すぎて、わたしはただただ目を丸くするしかなかった。
 アーチャーさんは続ける。

 「そりゃ当然、腹は立ったさ。何しろ、このオレがまんまと出し抜かれたんだからな。けど、それよりも周りの連中がいい歳してピーピー泣いてるもんだからうるさくて敵いやしねえ。せっかく、人がこれから一足先に天国行っていい思いしようと思っているときによ。こちとら大声出せねえんだから、なだめるのにも一苦労だっての」

 アーチャーさんは自分が死んだときの話をしているのに、まるで笑い話でもしているかのようにケラケラと話している。
 わたしは、どういう顔をしていいのかわからなかった。

 「まあ、実際死んだら死んだで、着いたとこは天国じゃなくて英霊の座とかいうわけのわかんないとこだったんで、正直面食らったな。まあ、あれはあれで天国かもしれねえけど、どうなんだか」

 わたしはまたアーチャーさんに聞いた。私自身で聞いても、そのときの自分の声はひどく沈んでいたように思える。

 「・・・・それで、アーチャーさんは後悔とかなかったんですか?例えば、あれがしたかったとか、これがしたかったとか・・・・・・」
 「・・・・・・そうだな~・・・・例えば、あの腐れ領主の飼っている馬全部放してやろうとか、アホ面したバカ司祭の残り少ない髪全部剃ってやろうとか・・・・それぐらいで、特に後悔なんてなかったな」

 なんだか、物凄くレベルの低さに若干拍子抜けしてしまった。それでもまだわたしはアーチャーさんに聞いた。

 「・・・・ところで、アーチャーさんを裏切ったっていう人は、どうなったんですか?」
 「さあな・・・・オレを売ったんだから、それなりにいい値の金貰えたんじゃねえの?それで飯もたらふく食って、うまい酒あおって、きれいな女抱いて、豪勢な館で踏ん反り返って、そんな感じだろ」

 そんなアーチャーさんを前にして、わたしはひどく後ろめたい気分に陥ってしまった。
 わたしは一体、アーチャーさんにどんな答えを期待していたというのだろうか?自分がだんだん最低な人間のように思えてしまった。いや、事実最低なのかもしれない。
 そんなわたしを見たアーチャーさんは頭をポリポリと掻いてから言った。

 「よし・・・・それじゃ、行くとするか」
 「え?」

 行くってどこへ?
 そう聞く間もなく、わたしはアーチャーさんにいきなりお姫様抱っこされてしまった。思わず“キャッ!”という悲鳴をあげてしまった。
 そうしてアーチャーさんはかなりの高さのある屋根の上から軽々と舞い降りるかのように飛び降り、見事に着地した。
 そしてアーチャーさんはそのままわたしを地面に下ろすと、今度はわたしの手を引いてまっすぐ駆け出した。
 わたしもそれにつられる形で、ややおぼつかない足取りで走ることに。

 「あ、あの、アーチャーさん・・・・!行くって、どこへ・・・・!?」
 「ん?そんなの、サオリの行きたいところならどこでもいいぜ」

 わ、わたしの行きたいところって・・・・!?

 「気晴らしだよ、き・ば・ら・し。あんたもここしばらくは寝てて、まともに出歩いてないだろ?だからそんなに塞ぎ込んじまうんだ」
 「で、でも・・・・」
 「デモもヘチマもねえ、ってこういうのを死語っていうのか?とにかく、暗くなったときはパアッと思いっきりやる。これに限る」
 「でも・・・・」
 「いいから、いいから。もう暗い方向に考えるのはなし。とにかく、今は色々忘れて楽しくやろうぜ」

 なんだかほとんど勢いで、それも半強制的にどこかへ出かけることになってしまった。けれど、不思議と不快な気持ちはどこにもない。
 そういえば、誰かと遊びに行くのってずいぶんと久しぶりな気がする・・・・
 なんだか気を遣ってもらって悪い気がする反面、どこか高揚感で満たされようとしている自分がいるような気がする。
 でも、その前に・・・・・・

 「アーチャーさん。まずお金とか取ってこないと。それと、先輩たちにも知らせておいたほうが」
 「あ」

 はたして、大丈夫なんだろうか?
 すごく、不安になってきた・・・・それも、別の意味で。



~オマケ~
・王は人の心がわからない

 ねえちゃんが家を空けてから随分になります。
 今日も今日とてこのアタシ、野々原このかがシローを散歩に連れて行っています。
 ねえちゃんがいないので宿題ももっぱら自力で・・・・できるわけないよ。だから友達の家に行って宿題を教えてもらう・・・・はずなんだったけれど、そのうちの一人、見た目はすごいできそうな感じなのに、得意教科は図工だけとまさかの戦力外。もう一人はちょっとマイペース過ぎるし、残りの一人は・・・・アタシとどっこいどっこい、かな?
だから結局宿題は四人で四苦八苦しながら解くっていうスタイルなんだよね、これが。
 それでもアタシは元気でやっています。
 そんなある日、いつも通りシローと散歩をしているときのことです。
 なんか前からすごい偉そうにふんぞり返って歩いているおっちゃんがやってきました。なんかいかにも、“俺様がこの世界の支配者だ、ガハハハハハ”って感じの。気のせいか、自分から道ゆずる気は全くないし、他の人がどけて当たり前って感じ。でもラスボスって感じはしないんだよね。近頃、ヒーローの世界でも敵の入れ代わりが激しいし。
 そういえばあのおっちゃんの感じ、なんて言えばいいんだろう・・・・?あ!そうだ!ああいうのが“ちょい悪オヤジ”っていうんだ!まだいるんだ、そういうの。
 あ。そうこうしているうちにおっちゃんがこっちに近づいてきた。とりあえず、よけたほうがいいのかな?・・・・・・って、あれ?シロー?どうしたの?なんか動こうとしないんだけど?
 あ。とうとうおっちゃんが目の前に来た。うわ。意外と大きいな、このおっちゃん。なんか腕組んでいるからよけい偉そう。なんかこのおっちゃん、立ち止まってこっち見ているよ。まさかどけてほしいの?そうしてもいいんだけど、シローが動こうとしないから・・・・・・あれ?
なんかシロー、おっちゃんを見上げているよ。
 ところで気のせいかもしれないけど、おっちゃんもシロー見てるような気がする。
 そういえば、なんかおっちゃんの顔がなんか、汗でいっぱいになっているような・・・・顔は余裕一杯。でもなんかだんだんおっちゃんが大きいけど小さくなっていってるような気がする。
 対するシローは・・・・うん。なんだかおっちゃんに比べてシローのほうがずっと余裕って感じ。
 二人の間に見えない火花が散っている・・・・ような気がする。でもおっちゃんのそれはちょっぴりシローのそれに押され気味。
 そして、決着は意外と早かったりする。

 「運がよかったな、小娘。貴様のその犬に、感謝するがいい」

 うわ、本当に偉そうな口ぶり。それだけいって、おっちゃんは自分からどけて前へ行っちゃった・・・・
 なんだったんだろう、一体?
まあ、とりあえずよくわかんないけど、ここはシローをほめる場面だと思って頭をなでた。
 シローは相変わらずの無愛想な顔をしていたけど、しっぽだけは正直だった。
 ん?何、これ?

 “これを、貼り付けてください”・・・・?

 一体、なんだろう?

×誤 ・王は“人の心”がわからない
○正 ・王は“犬の良さ”がわからない

 どういうことなんだろうね、シロー?
 ま、いいか。
 とりあえず、もう帰ろう。



※お知らせ※

カレン「皆様。本日も貴重な時間を割いてまでこの自己満足に溢れた文字の羅列をごらんいただき、まことに感謝しております。さて、本日予定していました“タイガー道場”ですが、嬉しい事に作者が何者かの手により半殺しにされましたので、今回は休みとさせていただきます。犯人は和服に赤いジャケットを羽織った危険人物です。もしその人物を見かけましたら、ぜひともお礼をしたいので言峰教会にお報せください。そうしたら莫大な報酬を支払いますので・・・・・・・・ギルガメッシュが。どうぞご協力お願いいたします。さて。今回のお話ですが、さすがに今回で逢引とまでは行かなかったようです。それは、次回に持ち越し、ということで。それにしても作者はいつになったら学習するのかしら?一話でまとめようとすると大抵、二話かかると言うことに・・・・・・まあ、そんなことはバゼットの就職状況と同じくらいどうでもいいことね。まあ、そんなことは些細な問題として、とりあえず今回はアーチャーの宝具の紹介に移りたいと思います。詳細は、こちらです」


名称:深き森精の一矢(シャーウッド)
ランク:B+
種別:対人宝具
レンジ:5~40
最大捕捉:1人

精霊の力を収束させる力を持つ弓の宝具“祀りの弓(イー・バウ)”から放たれる、ロビンフッドが拠点にしたという森の名を冠する射撃。これによって矢に精霊の加護が備わり、通常とは比較にならないほどの攻撃力と速度を有するようになる。なお、周囲に木々が多ければ多いほど、その威力は増幅する。また、木の種類や状態によってはその性質が変化することもある。


カレン「以前から書き記そうと思いながらなかなかその機会に恵まれず、機会を逃がして、とにかくそんな醜態を晒しすぎているわけですが、ここでようやっと述べることができます。まあ、その辺の概要は今回の話やライダーとの決着でチラッと出てきましたが。そうです。このロビンフッドと“EXTRA”に登場したロビンフッドは全くの別人です。というよりも、作者がこの話の構想を妄想・・・・・・いえいえ、練っている間は“EXTRA”は影も形もありませんでした。そういうわけですので、これは事故とも言えますね。ですが作者、神に感謝しなさい。これが他の面子だったら、まず間違いなく言い訳はできなかったでしょう。その光景を面白おかしく眺めることが出来なかったこと、悔やまれてなりません。まあ、レンジャーらしさで言えば断然向こうのほうが上であることは言うまでもありません。ともかく、そういうことですので、宝具も断片的に修正。ハサンたちの“ザバーニーヤ”ようにロビンフッドの宝具も“イー・バウ”という名称で“○りの弓”の形になるかもしれないという思い込みの元で修正されました。そうですね・・・・威力は最大でうちの駄犬の投げる方のゲイボルクとほぼ互角、でしょうか?語れるとすれば、こんなところでしょうね。では皆様。作者を見舞いに行くことがあれば、ぜひとも足を運んでください。そしてその時に死なない程度に止めを刺してくれることを切に願っています。それでは・・・・・・ぽるかみぜーりあ」



[9729] 第二十八話「幸せの在り処」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:88bcddd4
Date: 2010/12/07 01:50
 アーチャーさんに連れられてどこかへ出かけることになったわたし。でも何の準備もしていなかったので、お金とかそういう持ち物を取りにいったん戻ることに。
 一応、空也さんたちにもこのことを言って出かけた。空也さんはともかく、先輩あたりはあんまりいい顔しないと思ったけれど、意外にも・・・・

 「しばらく閉じこもるような生活を送っていたんだし、今日ぐらい羽を伸ばしていいんじゃないか?ああ、俺のことは別に気にしなくて大丈夫だから。とにかく、今日は思いっきり楽しんでいきなよ」

 ・・・・と言って逆に勧めてくれた。
 でも、なんか逆に悪い気がするかも・・・・
 けれども、今はそういうことは頭から振り払うことにした。
 そうして今は、アーチャーさんと一緒に市電に揺られている・・・・んだけれども、なんだかみんなこっちのほうを見ている。
 うう・・・・なんだか、すごく恥ずかしい・・・・今冷静に考えてみたけれど、アーチャーさんってかなりかっこいい人だからなあ・・・・
 しかも、今お世話になっているところはわたしの憧れの先輩、それも女子十人がそばを通れば九人は振り向くぐらいだから、よく正気を保てたと思う、わたし・・・・

 「おい、サオリ。どうかしたのか?」
 「え!?い、イエ!別になにも!!」

 思わず声が裏返ってしまった。それを見ていたアーチャーさんはイタズラっぽく言った。

 「そういえば、最初の頃もそんな感じで結構心臓バクバクいっていたよな」
 「あ、あれは・・・・!」
 「まあ、女子ってのは得てしてそういうもんさ。むしろ、当たり前って言うべきなのかねえ」

 わたしはますます顔を赤くして体を縮こませた。
 よく考えてみれば、わたしってば聖杯戦争が始まった当初は結構こんな感じにドギマギしていたよね。ここまでドギマギするのは随分久しぶりかもしれない。
 結構それに対する耐性がついたと思われたわたしだけれども、人目に晒されるとなっては、話は別だ。そんなわたしをアーチャーさんは面白そうに見ている。
 イジワル・・・・
 でも、そんなこんなであっという間に目的地に到着した。
 わたしとアーチャーさんは市電から降りた。そのとき、意外にもアーチャーさんは慣れている様子だった。
 そういえば、アーチャーさんって昔の人のはずなのに、この市電とかそういう現代のものに慣れている感じがするな。
 後にアーチャーさんが言うには、そういう知識は聖杯が提供してくれるんだそうな。
 それはそれとして、わたしたちが降り立った場所は、山の麓の公園だ。場所が場所だから、公園の中も木々で一杯。現に、ここでは春になれば花見とか、秋になれば紅葉狩りとかで賑わう場所だ。
 アーチャーさんはここを気に入った様子だった。
 けれども、わたしたちの目的地は別の場所にある。そこはここから山道をちょっと登った場所にある。でも、山道としては緩やかな方なので、誰でも気楽に散策を楽しめる。ただし、わたしはあまり体力のあるほうではないので、少ししんどいものがあるのだけれど。それでも、昔よりはマシになったほうだと思っている。
 アーチャーさんは出かける前に、わたしの行きたいところならどこでもいいと言ってくれた。正直、いきなり言われて困ったけれど、一つお気に入りの場所があったので、そこに行くことにした。
 きっと、ここならアーチャーさんも気に入ってくれると思ったからだ。
 そうしてわたしは気力を振り絞って、体を奮い立たせて前進した。その場所は、わたしがここに移り住む前からの、小さい頃からのお気に入りの場所だ。
 そうこうして、その場所に辿り着いた。

 「へえ・・・・なかなかいいところじゃねえか」

 アーチャーさんは第一印象から気に入ってくれた。
 この動物園は、わたしが前の街に住んでいたころから好きだった場所だ。おばあちゃんの家に遊びに行くたびに、このかと一緒によく連れて行ってもらったものだ。近頃は別の街にある動物園が脚光を浴びているけれども、ここもそれなりに人が入るので、けっこう盛況だったりする。

 「なかなかいい選択したじゃねえか。人間ってのは不思議なことに、動物と一緒にいると自然に心が和むもんだからな」
 「そういうものなんですか?」
 「そういうもんさ。というか、それぐらいのことはあんたが一番よくわかっているんじゃないのか?」
 「・・・・そうかもしれませんね」

 そのとき、わたしはふとシローのことが頭に思い浮かんだ。シローは無愛想でちょっと嫌味なところもあるけれど、不思議と一緒にいてイヤな感じはしない。多分、それはシローもそう思っているに違いない。
 そういえば、しばらくシローを散歩に連れて行っていないな・・・・多分、散歩はこのかがちゃんと連れて行っているんだろうけれども、そのこのかにもこの動物園へよく連れてきてくれたおばあちゃんにも会っていない。
 というのも、今わたしは危険な魔術師たちの儀式に加わっている身。その危険性は下手すれば、おばあちゃんたちを巻き込むかもしれない。だから、今は別々に暮らしているのだから・・・・

 「おい、サオリ。今は聖杯戦争のことはなしだ、なし。とにかくさっさと入ろうぜ」
 「あっ、はい」

 いつの間にかアーチャーさんにリードされているわたしは、チケット売場に行って一緒に入場券を買って、そして動物園の中に入った。
 入り口のすぐ脇には資料館のようなものがあり、向かって左側は様々な鳥類が、右側にはカンガルーやレッサーパンダといった動物たちの入った檻が見え、そういった動物たちが出迎えてくれる。といっても、鳥たちは基本的に昼寝しているか止まり木に止まって日向ぼっこしているかのどっちかだけれども・・・・
 ともかく、そういった鳥や動物たちを眺めながらゆっくりと前へ進んでいった。大分時間が経っているせいか一緒になって歩いている人たちばかりのせいかは知らないけれど、市電に乗っていたときのドギマギはもうこのときには感じなくなっていた。
 そうして様々な分かれ道のあるサル山に差し掛かった、そのときだった。

 「そういえばサオリ。ここに来たときからずっと気になっていたんだが、あれはなんだ?」
 「アレ?アレって、アレのことですか?」

 アーチャーさんが目を向けた方向には、立ち入り禁止の立て看板があった。そしてその向こうには、クレーン車やブルドーザーなどの工事現場でよく見かける車両が騒音防止のためのシートや囲いから見えていた。

 「・・・・あそこには、遊園地があったんですよ」
 「遊園地?動物園の中にか?」
 「はい。といっても子供向けの遊園地なんですけれど」

 ただし、よくデパートの中や屋上にあるようなこぢんまりとしたものではない。ちゃんと観覧車やコーヒーカップだってあったし、メリーゴーランドやお化け屋敷、それどころかジェットコースターだってあった。でも、アメリカ生まれのねずみが王様の遊園地を体験した人たちにはかなり物足りないに違いない。規模としては、デパート以上ねずみ王国未満だと思う。

 「おばあちゃんたちと一緒に動物園の中を一通り見て廻ったら、必ずと言っていいぐらいここに寄ったんですよ。でも、今のご時勢じゃ人の入りもあんまりよくなかったらしくて・・・・それでこの遊園地の閉園が決まったそうです・・・・」

 うろ覚えだけれども、その遊園地の跡地には、チンパンジーやゴリラの住処を新しくしてここに移すらしい。それはそれでいいことなんだろうけれども、あの遊園地に子供の頃から慣れ親しんだわたしにとっては寂しくもあった。このかがはしゃいで乗って、わたしが怖がって乗らなかったジェットコースターも結局は乗らず仕舞いだった。
 そうした遊園地の思い出がわたしの頭の中を駆け抜けていく中、いきなりアーチャーさんがわたしのこめかみを軽く小突いてきたため、それも止まってしまった。すると、周りの人たちの賑やかな声がわたしの耳の中に入ってきた。

 「思い出の中に浸るのもいいけど、今は動物を見て楽しむべき時だろ?しんみりすんのはいつだってできるだろうが、楽しめんのは今その時だけ。早くしようぜ」
 「えっ・・・・!?ちょ、ちょっと・・・・!!」

 そう言って、アーチャーさんはわたしの手を引っ張って駆け出した。あまりにも積極的なアプローチにわたしはただ、ただ驚くばかりだった。
 それからは、木の枝に首を伸ばすキリンやゆったりと柵の中を歩き回るゾウ、プールの中を気持ち良さそうに泳ぐアシカやセイウチに生まれたての赤ちゃんをかわいがるヒグマを眺めて楽しんだ。
 ただライオンだとかサイだとかワニだとかジャッカルだとかはウロウロしているか日向ぼっこしているかのどっちか、でも動いている分だけ入り口近くの鳥たちよりは幾分か活動的かもしれない。けれども、鳥たちを含めてそういった動物を眺めているだけで心が弾むものがあった。
 中でも印象的だったのは、普段は昼寝や日向ぼっこばかりしているトラが一声吼えたことだ。生でトラが吼えるのを見たのは、これが始めてだったりする。
 そしてヤギやらクジャクやらカピバラやらに餌をあげることのできる広場、そこでこの動物園を一通り巡ったことになる。
 その広場で散策を終えるまでの間、時間がゆっくりと過ぎていたようでもあり、あっという間に過ぎたようでもあった。


 動物園を出たわたしたちは、手ごろなファミレスを見つけて、そこでお昼を取った。幸い、ランチタイムにより一部のメニューがいくらか安くなっていたので、お財布的にも大助かりだった。
 でも、問題はここからだった。
 これからどうしよう?
 とりあえず動物園に行くまではよかった。でも、その先のことは一切考えていなかった。というか、そこ以外行きたいところなんて思い浮かばなかった。
 なお、アーチャーさんにどこか行きたいところはないかどうか尋ねてみたところ・・・・

 「悪い。いくらオレが超越的な感覚を持っているっていっても、この街の隅々まで見渡したり耳澄ませたりしているわけじゃねーんだわ。それに、こういう良し悪しもちょっとわからねえところもあるしな」

 ・・・・というわけで、取り立てて思い浮かぶわけでもないみたいだ。昔の人なんだから、現代の物にもっと興味を持つと思ったのに・・・・!!
 でも、ここで嘆いていても仕方ない。とりあえず、何かわたしの足を運ぶところをひたすら思い浮かべてみよう・・・・

 学校。
 このかの通う小学校(たまに迎えに行くときなどに寄ったりする)。
 シローの散歩コース。
 馴染みのスーパー、もしくは商店街。
 お祭りのときに行く神社。
 伏瀬くんのいる病院。
 引沼さんのバイト先。
 たまに本人に連行される門丸くんの家の焼肉屋。

 ・・・・・・・・・・

 す、少ない・・・・悲しいぐらい少ない!というか思い浮かばない!そういえばわたし、誰かと遊びに行くことなんて、ほとんどなかったんだった・・・・!!
 あまりにも狭い行動範囲に、わたしの嘆きに拍車がかかってしまう結果となってしまった。
 でも、悲嘆に暮れていても何も始まらない。
 なので、ひとまずは中心街へ行ってみた。そこなら色々なお店もあるし、ひょっとしたら何か突破口が見つかるかも・・・・!
 とりあえず、どこへ行こう?

 服屋さん。
 月に一回の○ニクロかしま○らで限界だからパス。
 スイーツショップ。
 体重計怖いからパス。
 ゲームセンター。
 怖いお兄ちゃんとかたくさんいそうだからパス。
 百年記念塔。
 ほとんどおみやげ屋さんとかレストランばかりだからパス。そもそも展望台もアーチャーさんの能力考えたらほぼアウト。
 パス。
 パス。
 パス。
 ぱす。
 Pass.

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 あれ?どうしてだろう?なんだか、涙が溢れて止まらない・・・・ただ、ただ一緒に歩いているだけなのに、どうしてこんなにも惨めな気持ちになるんだろう・・・・?

 「サオリ、大丈夫だ。大丈夫。オレは十分楽しんでいるぜ。これも一種のウィンドウショッピングと思えば・・・・」

 ごめんなさい。今はあなたのその優しさが痛いです。もはや完全に最悪なパターンに入ったと見ていい。
最悪のパターン。それは、目的もなく誰かを連れまわしているだけというもの。
 想像してみてほしい。はじめは、友達といっしょに目的があってどこかへ行こうとした。しかしその目的が店仕舞いだとか売り切れだとかのなんらかの形で果たせなかったとする。でも時間が余っているからどこか適当な所で時間を潰そうとする、あるいは別の場所で目的を果たそうとする。でも、もしその“適当な所”が見つからなかったら?あるいは、別の場所でも目的を果たせなかったら?時間が無駄に過ぎていくに連れてその友達のフラストレーションもどんどん溜まっていく。そんな感じのデフレスパイラルだ。
 もちろん、アーチャーさんに限ってそんなことはないはず。でも、逆にこっちが申し訳ない気分に陥ってしまう。
 一体、どうしたらいいの・・・・!?

 「・・・・おい、サオリ。あんまりこん詰めて考えるなよ。もっと気楽にいこうぜ?」
 「あ。はい。すいません」

 平謝りしてしまった。ますます申し訳なく・・・・
 ・・・・そうだ。諦めるのは、まだ早い。
 手段なら、まだあるじゃない!そしてそれはある意味、奥の手とも言える。
 その手段とは、人類の叡智が生み出した最大の奇跡。その名は・・・・映画!行き場に迷った人々が最後に辿り着く秘境にして、素敵な時間をお届けする夢の国。
 しかし、それはある意味では博打でもある。選択を誤ってしまえば、秘境は途端に苦痛溢れる監獄に、素敵な時間はあっという間に死ぬほど退屈な時間に早替わりしてしまうからだ。
 正直、アーチャーさんがどのジャンルが好きかなんて知るはずもないし、アーチャーさんにとっては初めての映画となるのだ。
 けれど、ここでじっとしていても仕方ない。こうして立ち止まっている間にも、時間は刻々と過ぎていく。過ぎれば過ぎるほど、上映時間が終わりに近づいてきてしまうからだ。
 中心街の映画館は、ここからだと少し距離がある上に、交通の便もあまりよろしくない。それに位置関係も少しあやふやになっているから、到着できるかどうか怪しいし。
 となれば・・・・

 「行きましょう!アーチャーさん!」
 「あ、おい。サオリ?」

 そしてわたしは張り切って前へ進んだ。
 そうしてバスに乗って中心街から少し離れ、わたしたちはビール博物館に到着した。
 ただし“博物館”といっても、それは名前だけ。昔ビール工場として使われたその内部は、今やレストランや各種ショップが並ぶ、一種のショッピングモールであった。
 ここなら映画館はあるし、ついでにゲームセンターもファミリー向けだから怖いお兄ちゃんとか居座っていないはず。
 とりあえず、ひとまずは映画館の中へと入った。
 それで今、上映しているのは・・・・

 『劇場版 真月譚月姫・第二夜』
 『とらブル花札道中記銀幕版』
 『魔法使いの夢』
 『未来黙示録』

 ・・・・・・・・

 う~ん・・・・できればこういう場合、雰囲気のあるものがいいな。
 となれば、選択すべきはラブストーリー物。あ。言っておくけど、他意はないからね。今、旬のラブストーリー物は・・・・

『君へ届いて』

 ・・・・ダメだ。今日の上映時間が終わってる・・・・!せっかくここまで来たっていうのに、もうダメだっていうの・・・・!?

 「・・・・おい、サオリ。サオリ、聞こえてるか?」

 もはやこれまでかと思われたとき、アーチャーさんがわたしに声を掛けてきた。アーチャーさんに目を向けたわたしは、アーチャーさんの目が一点に向いていることに気付いた。
 その視線の先にあるのは、恋愛物でも洋画でもなく、特撮ヒーロー物だった。

 「サオリ。これ、一体どういうやつなんだ?」
 「え?ええ、と・・・・簡単に言えば、ヒーローが悪い怪人をやっつける話で・・・・」

 あまりこの手の話には詳しくないけれど、唯一映画化されなかったシリーズの第一作目を“新約”と銘打って四部構成で上映されているものらしい。ただし当時のキャストは諸事情により起用できなかったので、シリーズ十作目にこのヒーローに扮した俳優が起用されたという。リメイクでありながらも、当時の雰囲気を壊すことなく再現されたこの映画は三部ともにファンからの評判も高く、最終作であるこの第四部にも期待がかかっている・・・・と門丸くんは言っていた。
 気のせいか、アーチャーさんの目が興味津々といった感じに、キラキラと輝いているような気がする。

 「よし、決めた!サオリ、これ見ようぜ」
 「・・・・・・え?」

 そしてその言葉は何よりも早く飛び出てきた。
 どうやら、相当気に入ったらしい。

 「で、でもアーチャーさん・・・・これって子供向けの番組を映画化したものですし、それにこれ、四作目ですからきっと、話の筋も流れもさっぱりわからないと思いますし・・・・」

 それにわたしはこのシリーズを少し敬遠している節がある。というのも、このテレビ放映されていた第一作目をチラッと見てみたけれども、怪人による殺人シーンがあまりにもえげつなかったため見るのをすぐに止めてしまった。
 ちなみにこのかが好きなのは、三作目と五作目(ただしどちらもDVD)、八作目に最新作の十一作目らしい。
 しかし、アーチャーさんのパッションはそんなことで止まらなかった。

 「そんなの問題じゃねえって。何年経ってもこれが好きだってやつもいるらしいし、ベテラン俳優の中にはこれに変身できて喜んでいるやつもいるって話じゃねえか。まあ、話の筋とかそういうのは・・・・前回のあらすじみたいなのでどうにかするしかねえか」

 なんか一部どこから仕入れたのかよくわからない情報もあるけれど、とにかくアーチャーさんから迸る熱気にわたしは圧倒されている。
 ・・・・まだ見てもいないのに、何コレ?

 「まあ、あんたの見ようとしていた映画ももう終わっちまったみたいだし、急がねえとこれも終わっちまうからな。せっかく来たのに何も見ないですごすご帰るのも後味悪いだろ?だったら、さっさとチケット売場に行こうぜ」
「ア、アーチャーさん・・・・!」

 わたしはアーチャーさんの後に続く形でチケット売り場のほうへと行った。
 まあ、確かに何も見ないよりはマシかもしれない。それに、あんなに子供みたいにワクワクしているアーチャーさんっていうのも、けっこう新鮮かもしれない。
 チケットを買って、ポップコーンとコーラ、そしてパンフレットを買ったアーチャーさんと一緒に劇場の中へ入り、席に着いた。
 そして、とうとう上映開始となった。

 話の大まかなあらすじはこうだ。
 とある遺跡から蘇った、太古の邪悪な殺戮集団。情け容赦ない殺戮を繰り返すこの怪人たちに立ち向かうのは、その怪人たちを封じたという戦士の力を纏うことになった一人の青年。はじめは自分自身のために戦っていたこの青年だけれども、次第にみんなの笑顔を守りたいという願いに目覚め、仲間たちに支えられて怪人たちとの戦いを繰り広げていく。
 そして、とうとう怪人たちの首領を打倒し、平和が訪れたと思われた、その矢先だった。突如遺跡から黒い霧が溢れ出し、人々を死に至らしめるだけでなく、死んだ人々を今まで倒したはずの怪人に変えていた。首領との戦いで凄まじき戦士の力を身に着けてしまった青年は怒りに燃え、それを上回る究極の力に目覚めてしまい、暴走。その力を恐れてしまった青年は仲間の前から姿を消してしまう。自信を喪失し一人きりになった青年は、その過程で自分自身を見つめ直し、そして誰かの後押しを受け再び立ち上がる。戦いに舞い戻った青年は、恐るべき究極の力を制御できるようになり、最後の敵との戦いに臨んだ。その敵と一対一で激戦を繰り広げ、しかし戦いの舞台である遺跡が崩れ落ちる中にあってもそれは続いた。仲間の叫びも届かず、青年は最後の敵と共に崩落する遺跡の中へと消えたのだった・・・・
 締め括りは仲間たちのその後が描かれ、そしてテレビ放映当時使われたED曲が流れる中、バイクに跨った青年の後姿が青空の下で街を見下ろしながら旅へ向かう姿が描かれて、映画は終わりとなった。


 映画が終わった頃には、あたりはもう暗くなっており、街灯も点き始めていた。
 わたしたちはまだそのまま帰る気が起こらないためか、近くの公園を散策している。けっこう静かだ。

 「いや~、やっぱり見て正解だったな!こりゃ、今までのやつも見たくなるってもんだ」
 「は、はい・・・・」

 興奮冷めやらぬアーチャーさんはといえばずっとこんな調子だ。
 現に映画見ていたときも、手や表情に思いっきり力がこもっていたし、映画よりもこっちを見ているほうがずっとハラハラしてしまう。特に、ラストバトルの主人公と最後の敵であるオオカミの怪人との戦いなんかそれが顕著だった。そのうえ、見終わったら見終わったで、ものすごく感動したのか、しばらくその場から動けなかったし・・・・
 ちなみに、アーチャーさんが気に入ったのはラストバトルよりもその一歩手前に繰り広げられた、復活した主人公と究極態と化したカブトムシの怪人との戦いのほうらしい。他にも色々と気に入った場面はあるのだけれども、挙げていったら切りがないのでここで割愛。
 とにかく、アーチャーさんが満足して何よりだった。

 「ま、それはそうと今日はありがとうよ、サオリ。こんなに楽しい思いをしたのは随分と久しぶりだからな」

 こっちに向いたアーチャーさんは本当に満足そうな笑みを浮かべてそう言った。
 けれど、逆にわたしはそれで申し訳ない気持ちになってしまった。

 「そんな・・・・こちらこそ、すいません・・・・」
 「ん?何で“すいません”なんだよ?こういう場合は“どういたしまして”じゃないのか?」
 「だって、今日は色々と迷惑をかけたし・・・・動物園の時なんかほとんどアーチャーさんがリードしてくれましたし、お昼の後なんてほとんど歩き回ってばかりだったし、映画にしても最終的に何見るか決めたのだってアーチャーさんですし・・・・」
 「なんだ、そんなことか。気にするなよ。今日は釣りがくるぐらい楽しんだんだから、そんなことは問題じゃないさ」

 アーチャーさんのまっすぐな顔を前にするたびに、まっすぐな言葉を耳にするたびに、わたしの目線はだんだんと下へ向いてしまった。それでも、アーチャーさんの話は続いていた。

 「それに、だ。この時代にあるものの全部がオレにとっちゃ目新しいものばかりだからな。実際にこうやって間近で見て、聞いて、感じて・・・・こればかりは聖杯から知識を得ることや遠くからオレの目や耳で見聞きするのとはわけが違う。だから、そんな顔するなよ」
 「はい・・・・本当に、すいません」
 「だ~か~ら~・・・・」

 アーチャーさんは呆れたのか、額に手を当ててしまった。
 前までだったら、この言葉で安心するはずなのに、どういうわけか今日はそんな気にならない。

 「・・・・・・アーチャーさんがせっかくわたしに気を利かせて外へ連れ出してくれたのに、いい気分になったっていうのに、それを台無しにして・・・・・・わたしってば、映画に出てきた怪人みたいですね」
 「は?怪人?何でそうなるんだよ?少しオーバーすぎだろ」
 「だって、あの映画の怪人たちって自分たちのために色々とひどいことをしてきたじゃないですか?わたしだって、あそこ行きたい、ここ行きたいとかでアーチャーさんを振り回してきたわけですし、それにそれ以外にもわたしのせいで色々な人にも迷惑をかけて・・・・」
 「そうか?オレには、あんたは怪人っていうよりもどっちかって言うと、あの主人公に近いと思うけどな?」
 「そんなこと・・・・」
 「“ない”とは言わせないぜ。それに、あんたが聖杯戦争で戦う理由、何だよ?」
 「・・・・・・わたしの、身近な人を守りたい・・・・」

 けれど、わたしの顔は相変わらずうつむいたままで、声も張りがなく小さかった。

 「だよな?そんなこと、怪人みたいな思考回路したやつがすることか?むしろそれこそ“みんなの笑顔を守りたい”っていうことに近い考えじゃないか?」
 「・・・・でもわたし、結局何もできていないですし、それに、逆に邪魔になっているんじゃないかって・・・・」

 だんだんと自分でも何を言っているのかわからなくなってしまった。アーチャーさんの言うことを否定しようと躍起になっている感さえする。
 そんなときだった。

 「・・・・あんたは、何も悪くない」

 その言葉を聞いたわたしは、思わず顔を上げた。わたしの目の前にいるアーチャーさんは真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 「あんたは、何も悪くないさ。今までのことは、不幸な偶然が重なっただけだろ?あんたは何もしていないのに、何でそこまで自分を責める必要があるんだ?」
 「だから、わたしが何もしていないからアーチャーさんや先輩たちの足手まといに・・・・!」
 「“聖杯戦争”のことじゃない。あんたの昔のことだ。オレに言わせれば、あんたをいじめたり、裏切ったりした連中がああなったのは因果応報だし、劇のこともあんたが気に病む必要なんてどこにもないはずだ」
 「・・・・・・!?どうして、それを・・・・?」

 わたしはただ、目を丸くして驚くしかなかった。それと同時に、心臓の鼓動が妙に早くなってしまった。

 「さすがに霊体化できないってのは相当なハンデだからな。だから眠れるときに眠っていたんだな、実は」
 「それは・・・・」
 「けど、重要なのはそこじゃない。本来ならサーヴァントは寝る必要もないし、夢も見ない。だが、たまに魔力回路を通して夢を見ることもあるって話だ。ああ、話の腰を折っちまったな。とどのつまり、オレが何を言いたいかっていうと、サオリ自身もちょっとは自分のことを顧みろってことさ」
 「わたし、の・・・・?」
 「そうだ。結局のところ、人間の一生ってのは自分ありきなんだ。何しろ“自分”って存在がなきゃ何も始まらないんだからな。だからって、あんたのいう映画の怪人どもや昔のいじめっ子連中みたいに独りよがりになれって言っているんじゃないぜ。自分のしたことってのは、いい形であれ悪い形であれ必ず自分に返ってくるもんさ」

 サオリ、とアーチャーさんは続ける。その間もわたしは黙って話を聞いている。

 「あんたが優しい人間だってことは、このオレがよくわかっている。だから、テッペイもあんたの手助けをしてくれるんだろうし、あんたに良くしてくれるヤツらもいるんだろうが。それであんた一人だけが幸せじゃない結果になったとしたら、悲しむだろうぜ」

 どうしてだろう・・・・?
わたしが心から信頼している人の言葉なのに、本当は誰かにそう言ってほしかった言葉であるはずなのに、わたしの心のどこかがそれを受け入れまいと頑な拒んでしまっている。
 その“どこか”がおぼろげな形をとっている。

 「だから、サオリ。あんたはもう少し、自分の幸せってやつについて・・・・」
 「そうじゃないんです!!!」

 すると、わたしは大きな声を出してアーチャーさんの言葉を遮った。それにアーチャーさんも少しは面食らってしまったようだ。

 「・・・・そうじゃ、そうじゃないんです・・・・」
 「・・・・・・サオリ?」
 「だって・・・・だって、わたしは、きっと・・・・・・」

 自分でも、何を言おうとしているのかわからない。けれど、その何かが言葉を通して一つの形になろうとしている。そして、それが形となるのを、わたしは恐れている。
 けれど、結局はそれが形になることはなかった。
 形が出来上がる前に、アーチャーさんの目つきは変わり、わたしとは違う方向に目をやっていたからだ。



 沙織とアーチャーがこの公園に来る、しばらく前のことだった。
 すでにあたりは薄暗くなっており、公園の人通りもほとんどなくなっている中で、何人かの人影が群がっていた。

 「いやっ・・・・!そこを、どいてください・・・・!急いでいるんです・・・・!」
 「おいお~い。そんな釣れないこと言うなよ~」
 「そうそう。オレたちはただ、一緒に遊ぼうって誘ってるだけじゃねーか」
 「だ、か、ら、そんな怖い顔すんなって~」

 一人の少女が、四人の不良たちに絡まれてしまっている。
 今日はたまたま、塾の帰りが遅くなってしまったので、急いでいることもあってこの公園の中に足を踏み入れた。しかし、昼間に近道として利用しているこの公園だが、このような時間に立ち入ることなどなかった。
 こうして今、目の前でにやけ面をした不良たちに運悪く遭遇してしまったという次第だ。

 「いい加減にしてください・・・・!そうじゃなきゃ、警察を・・・・」
 「警察を、なんだ?」

 少女が言い終わらないうちに、不良の一人が少女の腕を掴んだ。少女の顔には、明らかな嫌悪感が表れていた。

 「オレたちはよぉ、ポリなんざ怖くねえけど、面倒はゴメンだ。こっちが下手に出ているからって、つけあがってんじゃねえぞ?おぉ?」

 先ほどの締まりないにやけ面と打って変わって、不良の目つきは鋭くして少女を凄んだ。
 少女は顔に嫌悪感を浮かべながらも、しっかりと不良たちを見据えていた。
しかし、一人が少女の腕を掴んだことを機に、他の三人も少女ににじり寄ってきた。強引に事を運ぼうとでもいうのだろうか。
 だがそのうちの一人が、人の気配か何かに気付いたのか、腕を掴んでいる一人に一声かけ、それからその方向に促した。
 その場にいる全員が、その方向に目をやった。
 そこには、パジャマのような服を着た、一人のみすぼらしい格好の少年がうずくまっていた。その少年は全体的に線が細く、白い印象がある。しかも着ている服もよくみてみれば、パジャマというよりは病院に入院した患者の着る服だ。
 少女の腕を掴んでいる不良が他の三人と目を見合わせると、見ているだけで不快感を与える笑みを浮かべた。そして二人に少女を預け、自らは一人を伴ってその少年に近づいた。
 少女は自分が危ない目に遭うかもしれないのにもかかわらず、あの少年の身を案じていた。
 そして二人の不良が少年の目の前に立った。

 「おい、おまえ。何勝手に通り過ぎようとしてんだ?」
 「ここを通りたきゃ、通行料を払ってもらわなきゃいけねえ。まあ・・・・見たところおまえ金なさそうだし、俺たちも金ない奴から巻き上げようってほど鬼じゃねえから、今から別のことしてくれれば、見逃してやってもいいぜ?」

 不良たちがあの少年をどうする気なのか、すでに明らかになっている。
 少女の顔に、不安の影がよぎる。
 すると、少年がか細い声で言った。あたりには静けさが漂っているので、こちらにもその声が聞こえてきた。

 「・・・・すいません・・・・早く、逃げてください・・・・早く、僕から逃げてください・・・・」

 不良たちは明らかに面食らった顔をしたかと思えば、声をあげて大笑いし始めた。聞いていて不愉快になってくる。

 「はあ?“逃げてください”?“逃がしてください”の間違いだろ、オラア!!」

 すると先ほどまで腕を掴んでいた不良が少年の鳩尾に向かって勢いよく蹴りこんだ。
 少女は一瞬、それから目を逸らそうとしたが、自分の近くにいる不良のうちの一人が無理矢理その方向に顔を向けさせた。どちらの不良も、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
 そして、少年の近くにいるもう一人の不良が少年の頭を踏みつけると、そのまま地面に押し当ててグリグリと踏み躙った。

 「それにしても、ずいぶんと汚ねえカッコウだな、オイ。そんなんでよく人前に出れるな?」
 「それにおれらをおちょくってただですむと思うなよ!」

 そうして二人の不良は一人の少年に対して執拗な暴行を加えた。少年はただ、亀のように丸くなっているだけで、ひたすら不良たちに蹴られ続けた。
 少女はやや涙目になってしまった。対して、少女の動きを封じているもう二人の不良もにやけ面をして眺めている。
 するとどうだろうか。少年はいきなり不良たちの踏み付けを飛び上がるようにすりぬけたことで、陰湿な暴力からの脱出に成功し、そのまま茂みの奥へと姿を消した。

 「野郎!調子こきやがって!」
 「おい、おまえら!おれらはあのクソガキを追うから、その女見張ってろ!間違っても先に手を出すんじゃねえぞ!」
 「ウス」
 「わかってるって」

 そして暴行していた二人は少年の後を追って、茂みの中へと入っていった。
 少女は、自身の行く先に不安を覚えると同時に、あの少年のことも気がかりで仕方なかった。
 それにしても、あの少年の髪が異様に赤かったのは気のせいだろうか?それはまるで血のような色をしており、また暗い中にあってもその鮮烈な色は際立って見えていた。


 獲物を追って、どれほど時間が経過したのだろうか?暗いせいもあるのだろう、すぐに追いつくかと思えば、意外に骨が折れる。それでもそんなに時間は経っていないだろうし、遠くまで行っていないはずだ。

 「くそっ・・・・!あのガキ、どこへ消えやがった・・・・?」

 不良はひどくいきまいていた。せっかく上等な女を物にできるだけでなく、格好の憂さ晴らしの相手も見つかったのだ。これ以上ないほどに今日は充実している。
 それなのに、女は一向になびかず、獲物は生意気にも逃げ失せようとしている。焦らされる気分だ。はっきり言って、こういうのは気に食わない。

 「さて・・・・さっさと見つけて、早いとこお楽しみといきたいぜ・・・・」

 不良の頭の中は下卑た考えで満たされていた。
 世の中はつまらないことばかりで何の面白みもない。やれ規則だ、やれマナーだのとあちこちがうるさい。そんなものはこっちの知ったことじゃない。好きなことを好きなだけやることの何が悪い?
 とはいえ、色々とやりすぎると後々が面倒だ。少年院入りもそれはそれで箔がつくが、今は何者にも縛られないこの時間を存分に楽しみたい。
 だから、獲物は生かさず殺さず痛めつけ、女は従順に躾ける。両者共に自殺なんてばかげた真似をさせるつもりもない。また女に関して、孕ますのも厄介事しか呼び起こさないので、そのあたりには気をつけるつもりだ。何人も経験があるので、加減もわかっている。
 不良はますます下劣な笑みで歪んできた。来るべきエクスタシーのためにもさっさと獲物を引きずり出す。
 すると、どこからか気配のようなものを感じ取った。
 不良は音を立てないように、その方向へと向かって行った。そして、しゃがんでいる獲物の後姿が見えてきた。

 「オ。いたいた」

 気付かれないように、慎重に足を運ぶ。いよいよ、待ち焦がれていた時間がやってくる。
 だが、不良はそこで妙な感覚に囚われた。獲物に近づけば近づくほど、耳に何か聞こえてくる。それも、ひどく不愉快な音が。
 しかもよく見てみると、獲物の足元に何かが転がっている。それが何か訝ると、目がようやくその“何か”を認識した。
 それは、自分の仲間だった。どうしてそれがすぐに仲間だとわかったのかといえば、仲間の顔がこっちを向いていたからだ。しかしここからであっても、仲間の目に生気が宿っている感じがしない。しかも片目がはっきり見えない。
 そしてそれは、目玉が眼窩から飛び出ているためだとわかった後には、不良は思わず肝が冷えてしまい、後ずさりをしてしまった。
 不良ははっきりわかってしまった。
 仲間は、死んでいる。そして仲間を殺したのは、自分たちが獲物と見なしていたあのガキであることも。
 しかし何らかの拍子に、小枝を踏んでしまったせいでパキッという音が鳴った。静か過ぎるためにそれは大きく聞こえた。
 不良の顔から血の気が引いた。そしてガキがこちらをゆっくりと振り向いた。その形相は、世にも恐ろしいものだった。
 口元は裂けているのではないかと思うばかりに横に広がっており、剥き出しの歯には血がこびりついている。極めつけにその目は、異様な輝きを帯びていた。このとき不良は、ガキの手にちぎれた腕が握られていることに気付いた。
 不良はガキが何をしているのか瞬時に理解した。そして同時に、こうも思った。

 ありえねえ・・・・・・!

 不良はすぐに回れ右をして、全速力で林の中を走り出した。
 今まで、やばい相手と何度もぶつかったこともある。だが、あそこまでやばい相手などみたことはなかった。いや、むしろいかれていると言ってもいい。
 あれに関わってはいけない。不良としての本能がそう告げていた。
 いよいよ茂みから出ようとしている。
 ものすごい勢いで茂みから抜け出すと、女も残りの仲間もきょとんとした顔でこちらを見ている。

 「オイ!逃げるぞ!今すぐにだ!!」
 「え?おい、待てよ。チャリでもきたのか?」
 「ところであいつ、どうしたんだよ?・・・・あ!置いていくなって!」

 少年を追いかけていった不良のうちの一人が慌てふためいてどこかへと走り去り、他の二人もわけがわからないままその後を追っていった。
 少女はあまりの唐突さに呆然としていた。自分は助かったのだろうか?
 そう思う間もなく、少女のうなじに激痛が走る。それは鋭い痛みであると同時に、万力で締め付けられているかのようであった。しかも肩口も掴まれて爪が立てられているようだが、少女の感覚は激痛の根源である襟首に集中していた。

 「あっ・・・・い、いやっ・・・・・・・・!」

 痛覚が全身を駆け巡り、うまく発声できない。
 しかもその激痛がスイッチとなって恐怖が少女の脳を支配し、それが体中へと波及していった。

 「た、助け・・・・おと・・・・さん・・・・かあ、さ・・・・おにい・・・・・・!」

 そしてゴリッという不快感を伴う音がすると、重力に逆らえなくなり、筋繊維がちぎれ、地面へと向かっていく。
 文字通り、首が落とされた。
 人間は首だけになっても、しばらくの間は意識があるという。しかしながらその真偽がはっきりとしていない以上、少女の目にあの少年が獣じみた顔をして自分の首のついていた体を茂みの中に引きずっていく光景を目にしていたのかそうでないのか、誰も知る由はない・・・・



 アーチャーさんの目つきが険しくなってから、向こうからバタバタと足音が聞こえてきた。するとその方向から、わたしが本来苦手とする人たちが走ってきたのだった。
 その戦闘を走っていた人がアーチャーさんの肩にぶつかった。

 「チッ!気をつけろ、バカ野郎!!」

 謝るどころか、そう吐き捨ててそのまま走り去っていった。そして後に続いていた人たちも代わりに謝りもせずに、睨みつけるか舌打ちするかして同じ方向へ行ってしまった。
 けれどもそれ以上に気になるのは、アーチャーさんにぶつかった人の異様な怯えようだった。

 「・・・・サオリ、話は後だ。それと悪いが、この先あんたは来ないほうがいい。早いとこ、テッペイに連絡を入れて・・・・」

 しかしアーチャーさんの言葉がわたしの耳に届かず、そのままフラフラ前へ進み出ると、そのまま速度を伴って進んでいった。

 「・・・・おい!サオリ!サオリ・・・・・・!!」

 アーチャーさんが止めるのも聞かずに、わたしはそのまま前へ前へと駆け出していく。
 どうしてだかわからない。本当は嫌な予感がして、この先へは行きたくない。行きたくないはずなのに、夢遊病にでもかかったかのようにひたすら前進を続ける。
 そしてしばらく進むと、地面に何かが転がっているのが見えた。

 「・・・・!ヒッ・・・・・・!」

 わたしは、口元を押さえて思わず息を飲んでしまった。
 転がっていたのは、首だった。それも、わたしと大して年の変わらない女の子の・・・・
 何か叫び声を上げているかのように口は開かれ、恐怖で見開いた目には僅かに涙が残っていた。

 「・・・・ごめん、なさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・!」

 わたしは涙ぐみ、首だけとなってしまったその子にひたすら謝っていた。
 そのとき、茂みの奥から何かがいるような気がした。
 わたしは何かに引き寄せられるかのように、その茂みの中へと入っていった。
入ったはいいけれども、その足取りは非常にゆっくりとしていた。その先へと進むにつれて、何かいやな音が聞こえてきた。それはまるで、行儀の悪い子供が物音を立てて食べているような音だった。
 そして、林の中でわたしは信じられない、いやむしろ信じたくない光景を目にしてしまった。

 「・・・・・・!?そんな・・・・!どうして・・・・・・!?」

 わたしの目の前にいる“彼”は一心不乱に、先ほどのあの女の子の体を貪っていた。体中のいたるところにある肉は食いちぎられ、もがれた腕はほとんど骨だけとなってしまい、そして今、“彼”はお腹から臓物を引きずり出して食べている真っ最中だった。

 「ウソ・・・・!そんな・・・・そんなはず、ないよね?そうでしょ?伏瀬くん・・・・・・!」

 わたしの目の前にいる彼、伏瀬勇夫は血で染まったかのような真っ赤な髪をして、飢えた野獣さながらに死肉を貪り続けていた・・・・



~タイガー道場~

タイガ「タイガアアアアァァァァ、どおおおぉぉぉぉじょおおおおぉぉぉ!!!!」

ロリブルマ「なんだかこのタイトルコールも久々!というかタイガー道場自体も久々!なんだかオラ、ワクワクしてきたぞ!」

シロー「というよりも前々回でどこぞの海の使者のパロディをやって、前回でそのしわ寄せくらっていたからな。まったく、ヤレヤレだ」

佐藤一郎「この話もついに後半に突入いたしましたからな。作者様には是非とも、しっかりと最後まで続けてもらいたいものです。あ。もちろん実生活に支障をきたしてはなりませんぞ」

タイガ「そういうわけで、私達も張り切っていくわよー!」

ロリブルマ「押忍!ししょー!!!」

タイガ「と言うわけで、今回は見ての通りデート話。まあ、作者自身生まれてから一回もデートしたことがないので最初のあたりは軽く四苦八苦していたみたいだけれども」

シロー「というかデートできるような環境であればこんなもの書いていないだろう。まあ、我々からすれば作者が人生経験少なかろうがあっさり騙されて泣きを見ようが、知ったことではないがな」

タイガ「コラ、そこ。毒はかない。一応作者だって繊細な心の持ち主なんだから。とりあえず作者はもっと出会いの機会を増やすこと。作中で緑茶二号さんが言っていたように自分がなきゃ何も始まらないんだから。だから、もっと積極的に自分から動くこと」

ロリブルマ「とりあえず言いたいことは色々あるけれど、言ったら脱線しそうだから捨て置いて、なんで二人の見た映画が伝説を塗り替えたやつなの?」

タイガ「うむ。とりあえずこのデートシーンを書くに当たって、“アーチャーが映画を見るならば特撮ヒーロー”という風に決めていたそうな」

ロリブルマ「だから、何で特撮ヒーローなの?それが悪いとはいわないけど、けっこう描写ギリギリだったじゃない」

佐藤一郎「それに関してですが、本家でもサーヴァントの方々の大多数が現代の生活に慣れていらしたように、こちらでもそういった要素を加えたいと思ってのことです」

シロー「確かに言われてみれば、キャスターにしてもコーヒー通になっているようだし、ライダーにしてもパチンコに興じている姿があったな・・・・」

佐藤一郎「そうして、アーチャー様にその要素を加えるとなったときに思いついたのが、ヒーロー物、それも特撮です。まあ、別に深い理由はございません」

ロリブルマ「でも、かなり偏見入っているかもしれないけど、こういう場面で特撮ヒーロー見に行くっていうのもどうかと思うわよ・・・・」

シロー「まあ、衛宮士郎がライダー(メガネ)と一緒に見に行った映画に比べればはるかにマシだがな」

タイガ「それは言わないでちょうだい!あ。あとちなみに、もしこれが“hollow”みたいな世界観になったとしたら、バイトしながらレンタルで平成シリーズ制覇っていう感じらしいわよ。昭和シリーズも近いうちに・・・・」

シロー「少なくとも、形になる日は永遠に来ないだろうが」

ロリブルマ「ですよねー」

佐藤一郎「それと今回の反省点としましては、その映画を見終わった後の野々原様の態度がやや唐突すぎた、ということでしょうか?」

タイガ「まあ、今回に限ったことじゃないんだけれども、沙織に関する描写のさじ加減がいまだに難しいっていうのもあるものね。ホラ、そこ。作者への糾弾は後にしなさい」

シロー「・・・・・・・・・・・」

タイガ「とにかく、どこまで文字として形にしていいのか、ここをこうしたら開けっぴろげすぎやしないだろうか。そういうジレンマが少なからずあるのよ」

ロリブルマ「まあ、それが物を書くっていう醍醐味なんだと思うけれど」

タイガ「というわけで、今回紹介しようと思うのは、件の野々原さんについて紹介したいと思うわ」

佐藤一郎「このタイミングで紹介していいものか、甚だ疑問なところはございますが、その詳細はこちらにございます」


氏名:野々原沙織
性別:女、十代半ば
身長:162cm
体重:54㎏
イメージカラー:栗色
特技:世話焼き、買い物
好きなもの:人の幸せ、祖母の手料理
苦手なもの:自分の幸せ、願い事、鏡


ロリブルマ「・・・・えーと、特技に“世話焼き”ってあるけど、なんか作中のイメージのせいで世話の焼けるイメージしかないんだけれど・・・・」

タイガ「まあ、そこは未知の世界に足を踏み入れた結果と思いなさい」

佐藤一郎「さて。解説に移りますが、最終的にアーチャー様の性別をお決めになられますと、“ロビンフッドならマスターはか弱い女子のほうが燃えるだろう”という発想から誕生いたしました」

タイガ「一応、野々原さんの前に主人公となるキャラを考えていたらしいんだけど、それもお蔵入り。でも、アーチャーのマスターであること以外にも、少なくとも妹がいることとあともう一つの設定だけは受け継がれたみたいよ」

ロリブルマ「もう一つ?もうひとつって、なんスか?」

タイガ「・・・・それは、今ここでは言えないわ。だってこれ、野々原さんの秘密に関わることだもの」

シロー「だが、ある程度はそれとなく匂わせているような描写はいくつも見受けられるがな」

タイガ「とにかく、野々原さんに関する秘密も近いうちに明かされると思うわ」

シロー「おまけに、ついに姿を現した伏瀬勇夫の暗躍で聖杯戦争の行く先も混迷を極めている。はたして、作者はこれをきちんと料理できるものだろうか・・・・?」

ロリブルマ「まあ、そんなこんなだけれども、今回はここまで。次回も楽しみにしていてちょうだいね」

佐藤一郎「それでは皆様。またお会いいたしましょう」



[9729] 第二十九話「ケダモノ、月見テ狂フ」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:81a378d5
Date: 2010/12/27 22:43
 「はあ・・・・!はあ・・・・!」

 暗くなった公園の中を、三人の少年たちが走っている。三人とも柄の悪いその見た目どおりの不良であり、心臓に毛が生えているかのような輩たちである。
 しかし先頭を走っている不良はどういうわけか、その顔に恐怖の色がありありと浮かんでいた。

 「おい・・・・!一体、なんだってんだよ?」
 「女どころかヒロオのやつも置いてっちまったけどよ、いいのか・・・・?」
 「知るか!いいから黙って走れ!!」

 仲間の二人はただ、顔を見合わせるばかりであった。
 このとき、二人はその女もヒロオという仲間も死んでしまっていることを知らない。しかし、リーダー格と思われる不良は、少なくともヒロオが死んでいるのをこの目で確かに見た。だから、図太い神経の持ち主である彼がここまで怯えてしまっているのだ。
 しかし、そんな彼にもようやく顔に安心感が表れた。公園の出入り口が目の前に近づいてきた。その近くに自分たちのバイクが止めてある。とにかく、これでひたすら遠くへ行くしかない。女を置いていったのは痛いが、あれぐらいならどこにでもいる。
 今は、一刻も早くここから出なければ・・・・
 しかし、そのとき彼らに異変が起こった。

 「ん?な、なんだ・・・・!?」
 「ぜ、ぜんぜん前へ進めねえ・・・・!」

 どういうわけか、そこで自分たちの足が止まってしまった。いくら動かそうとしても、足が前へ進まない以前に、足が持ち上がらない。

 「う、うわあ!な、なんだよ、これ!?」

 すると、仲間の内の一人が叫び声を上げた。目線は足元に向いている。二人もそれに倣って見下ろした。
 すると、二人とも息を飲み絶句した。彼らの足元には黒い塊が広がっており、そこに自分たちの足が埋まってしまっている。しかもその塊はよく見てみると、人の形を取っていた。それが何体も存在しており、顔はただ目や口に穴が開いているだけでしかなかったが、それがかえって不気味な様は亡霊を思わせる。しかもその口から心が凍りつきそうな呻き声をあげながら、彼らを下へ下へと引き込んでいる。

 「あ・・・・ああ・・・・・・」
 「ウ、ウソだ・・・・ウソだろ、これ・・・・!」
 「い、一体何がどうなっているんだよ!」

 三者三様の反応を見せているが、共通していえるのは彼ら全員、恐怖にとりつかれてしまっていること。亡霊たちが自分らを引っ張っているせいでだんだんと自分たちの体が沈んでいってしまっている。

 「放せ!放しやがれ!ゴラア!!!」
 「た・・・・助けて・・・・誰か、助けて・・・・・・!」
 「は、ははは・・・・お、おれってば何変な夢見てんだ・・・・?そうだ、夢だって自覚できたらあとは思い通りにできるんだっけか・・・・じゃあ、消えろ。ダメだ、消えない。消えろ、消えろ・・・・」

 彼らは必死で亡霊たちを引き剥がし、ここから抜け出そうともがいているが、そうすればそうするほどにだんだんと底なし沼のように体が沈んでいってしまっている。亡霊たちの引っ張る力との相乗効果によるものか、彼らはあっという間に腹の下まで亡者の群がる暗い空間に浸かっていた。

 「チクショウ、なんでオレがこんな目にあわなくちゃいけねえんだよ・・・・!!誰だ!こんなことしやがったヤツは!出てこいや!勝負しろ!オラア!なんだビビって小便もらしたのか!?フザけんじゃねえ!ブッ殺すぞ!この玉無し野郎!×××するぞ!×××!×××!×××!!!」
 「いやだいやだいやだ!死にたくない死にたくない!助けてください!お願いします!もう悪いことしません!おれ本当はこんなことしたくなかったんだよ!今までイヤイヤやってきたんだ!もう・・・・!もう、足洗うから、だから許して・・・・!!」
 「あひゃ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!おかしいな、夢なのにぜんぜん覚めねえぞ!やべえやべえなんかすげえ気持ちいーかもーてかなんかもうあれどうしてかぽんこぽんこしばしばももげーぐばふおうくろうふ○×△□√々@?+♪¥$-ゑ!∀♯&%=*ゐ÷・・・・・・」

 一人は怒り狂いながら、一人は顔を涙と鼻水で皺くちゃにして命乞いをしながら、一人は正気を失いながら亡霊どもによって深淵へと引きずり込まれていった・・・・
 二度と誰も見ることのない、彼らの姿を最後まで見ていた者がいた。

 「あはははははは・・・・いい気味ね・・・・やっぱりクズの最後の瞬間ほど溜飲の下がるものはないわね・・・・ああ、あれはクズですらなかったわね・・・・まあ、いいわ。後始末は済んだことだし、早く行かないと遅れちゃうわね・・・・」

 どこからか聞こえてくる女の声。その声の主の影から不良たちをこの世から消し去った亡者の群れが出現し、女はその群れと共に影へと沈み、その姿を消した・・・・




 沙織が先走ったときのことだった。
 アーチャーの身体能力を以ってすれば沙織に追いつくことなど容易いことなのだ。
 しかし、彼は邪魔が入ったために自らのマスターの後を追うことができなかった。

 「いきなり何なんだよ、こいつ・・・・!人が急いでいるってのに・・・・!!」

 突然闇の中から現れた一体の人形。
 それは、不浄な闇が人の形をしているようであり、目や口もただ穴が開いているようにしか見えない不気味なその姿はまさしく、亡者と呼ぶに相応しい。しかしその姿以上に、アーチャーの本能がこの亡者に対して最大の警鐘を鳴らしていた。
 すでに彼はカジュアルな現代の衣服ではなく、戦闘時に纏う緑衣に換装していた。

 「・・・・ま、こいつどかさなきゃ、サオリには追いつけないよな」

 冷や汗をかきながらも、アーチャーは弓に矢を番え、それを亡者の眉間へと寸分の違いなく放った。
 矢は亡者の眉間に命中した。しかし、矢は見る見るうちに亡者の眉間へと吸い込まれていってしまった。その亡者自身はなんともない様子だ。

 「おいおい、勘弁してくれよ・・・・!ここまで予想通りだと、困っちまうぜ・・・・」

 彼の直感は正しかった。これはおそらく、人間にとっても有害であるだけでなく、サーヴァントにとっても恐るべき存在だ。これに取り込まれれば最後、肉体はこの世から消え失せてしまうだろう。運よく溶かされずにすんだとしても、その場合は肉体が汚染されてしまうに違いない。楼山神宮を襲撃した、ライダーのように・・・・!
 アーチャーは少し疑問に思った。何故、ここまで自分の直感が正しいと思えるのか?そして、どうしてそこまであの亡者を知っているのか?
 しかし今はそれどころではない。動きそのものは緩慢であるが、このおぞましき亡者を野放しにしていい理由などないはずだ。しかもあの向こうには沙織がいる。もたもたしているわけにはいかない。

 「・・・・怖がっているところ悪いが、ちょっと力貸してもらうぜ・・・・!」

 するとアーチャーは矢を番えずに弓を構えた。だがその瞬間、公園の木々からほのかな光が溢れ出し、それがアーチャーの弓に収束していった。アーチャーは矢がないにもかかわらず、弓弦を引っ張り、光を射た。
 すると、どうだろうか。光は亡者の中の吸い込まれてしまったが、次第に亡者の体は縮まり始め、ついには跡形もなく消え去った。

 「・・・・ったく。何だったんだよ、あれ・・・・?」

 アーチャーは物心ついたころから精霊の対話することができていた。そして彼はその力を使役することができ、先ほどは木々の自浄作用を利用して亡者を消し去ったのだ。
 とはいえ、これはあの亡者単体だからこそ可能だったこと。これが大群となればとても対応できまい。

 「とにかく、サオリ・・・・・・!」

 アーチャーは急いで沙織の後を追った。
 そうしてしばらくしてからのことだった。
彼は地面に一人の少女の首が転がっているのを見つけた。沙織ではない。彼女はまだ生きている。
 アーチャーは一旦足を止めると、その少女の首へと歩み寄り、そっとその手で恐怖によって見開いた目を閉ざし、断末魔を上げたその口を閉ざし、少女の顔は安らかなものとなった。
アーチャーは少女の冥福を祈ると、自らの外套で少女の首を包み込んだ。

 「・・・・まずいな。もう遭遇しちまったか・・・・!」

 アーチャーは茂みの一角へと目をやり、そこに踏み入った。
 走る彼の目には案の定、沙織がある人物と対面している場面が映った。
 その人物はみすぼらしい格好でありながら、あの少女の肉体を貪っているという恐慌を働いていた。そしてその髪は血で染まったかのごとく赤く、その眼光は満月のように狂気で爛々と輝いていた。
 アーチャーはその人物を直接は知らないが、沙織を見守っていたときに遠くから見ていた。そして名前も聞こえていた。
 名前は確か・・・・伏瀬勇夫といった。アーチャーは彼の正体について、ある程度勘付いている。だが、問題はどうしてこのような凶行を働いているかということだ。
 そしてアーチャーは、勇夫を前に立ち尽くしている沙織のそばに辿り着いた。

 「どうして・・・・?伏瀬くん、どうして・・・・?」

 しかし当の沙織本人は目の前の現実を受け入れられないのか、うわ言を繰り返している。アーチャーはそんな沙織を見かねて、彼女の体をこちらへと向けさせた。

 「ったく!しっかりしろっての!!サオリ!サオリ!!」

 アーチャーは沙織の名を呼びかけながら、彼女の体をガクガクと揺さぶった。

 「・・・・ア、アーチャー・・・・さん・・・・?」

 その甲斐あってか、沙織はようやく目の前にアーチャーがいることを認識した。だがすぐにハッとなって再び勇夫に顔を向けた。

 「そうだ!伏瀬くん!!!」
 「サオリ!よせ!!」

 しかしアーチャーはそんな沙織を抑えた。そのため沙織は信じられないような目をアーチャーに向けた。

 「アーチャーさん!?どうして・・・・?」
 「サオリ。悪いが、こいつはもうあんたの出る幕じゃない。このまま、ここにいても何もいいことはないぜ」
 「でも・・・・きっと、キャスターのせいであんな・・・・!」
 「キャスターのやつは関係ねえ。とにかく、あいつに気取られないうちに・・・・・・」
 「■■■■■■■■■・・・・・・!」

 しかしアーチャーが言い終わらないうちに、どこからか唸り声が聞こえてきた。唸り声を上げていたのは、勇夫その人だった。しかし歯を剥き出しにし、四つん這いになっている彼の挙動は明らかに人間のものではなく、むしろ獣のそれだった。
食事の邪魔をされたと思ったのか、それとも新たな獲物を見つけたのかは定かではないが、彼の目は敵意で満たされている。

 「チッ・・・・!遅かったか・・・・・・」
 「アーチャーさん。一体、何がどうなって・・・・」
 「サオリ。こいつはオレが引き付けておく。だから、あんたは早くここから逃げろ」
 「でも・・・・」
 「いいから逃げろ!」

 有無を言わせないとばかりにアーチャーは沙織に怒鳴りつけた。いつもの彼からでは考えられない言動に、沙織はビクッと体を震わせると、よろよろとその体はアーチャーから離れていった。
 しかしそれに目をつけた勇夫は狙いを彼女に定め、その場から一気に沙織目掛けて飛び掛った。だがアーチャーはまだ近くにいる沙織の体を突き飛ばすと、すぐに突剣を抜いて勇夫の心臓に向けて突き出した。その切っ先が勇夫の胸板に突き刺さるかと思われたが、それを勇夫は体を捻らせることでかわし、そのまま地面に着地した。
 その光景に沙織が息を飲んだのを、アーチャーは肌で感じ取った。

 「悪食もいい加減にしろよ。あんたみたいなのには、ちとお灸を据えてやんなきゃな」

 そして伏瀬の目がこちらへ向いたのを見ると、アーチャーはすぐに弓矢を構え、全神経を勇夫へと集中させた。

 「■■■■■■■■■・・・・・・!」
 「こいつは、けっこう骨が折れるかもな・・・・」

 唸り声を上げる勇夫を前にアーチャーの額から冷や汗が流れた。本来、普通の人間がサーヴァントに勝つことなど到底ありえないことなのだ。
 そう。“普通”ならば。

 「■■■■■■■■■■■■―――――!!!」

 勇夫が咆哮すると、恐るべきスピードでアーチャーに迫った。当然アーチャーは勇夫目掛けて瞬時に矢を放ったが、その矢は勇夫によって叩き落され、手の爪でアーチャーを引っ掻いた。
 しかしその攻撃はアーチャーの体をかすめただけで、致命傷にはなりえなかった。

 「別に痛くも痒くもないが、ランサー張りのスピードじゃこれ如何に、だな・・・・」

 軽口を叩いてはいるが、アーチャーには口ほどの余裕はなかった。
 勇夫はその勢いのままアーチャーを通り過ぎていったが、すぐに急ターンをして再び弾丸のようなスピードでアーチャーに突っ込んだ。しかし勇夫の爪がアーチャーの服を少し裂いただけで、アーチャーはこの攻撃もまた避けることができた。
 それからも、勇夫は驚異的なスピードによる突進に加えて、一瞬でアーチャーの懐に潜り込んで腕を振り回す、あるいは爪で引っ掻きつけるといった攻撃も仕掛けるようになった。
 だが、それらの攻撃も数度繰り返しただけで、とうとうアーチャーには一切当たらなくなった。

 「確かにその敏捷性は目を見張るものがあるが、如何せん攻撃がワンパターンすぎだ。悪いが、これで仕舞いに・・・・」

 勇夫の動きにも慣れ、アーチャーが弓を構えたその瞬間だった。
 勇夫はいきなり跳躍したかと思えば、木の幹に着地し、また飛び跳ね別の木に着地。かと思えば再び地面に降りたその次には、高く飛び上がって太い木の枝に足を着けた。勇夫はゴム鞠のように飛び跳ね、アーチャーを翻弄しようとした。
 しかし、それに躍らされるようなアーチャーではない。すでに勇夫の動きや速さを見切ったアーチャーにはその軌道が手に取るようにわかるのだから。跳ね回っているその状態でも、射落とすことは難しくはない。
 アーチャーは勇夫の動きの先を読み、そこに弓を構えたそのときだった。
 パキッと、小枝の折れる音がアーチャーの後ろから聞こえてきた。
 思わずアーチャーが後ろを振り返ると、そこにはまだ沙織の姿があった。

 「サオリ!なんでまだここにいる!逃げろって言っただろうが!!」
 「だ、だって・・・・伏瀬くんが・・・・・・」

 アーチャーは己の迂闊さを呪った。
 沙織の性格を考えれば、自分だけ逃げるという行為を行うはずがなかった。ましてや、顔見知りがこのような変わり果てた姿と化していればなおさら、だ。
 だからこそ、沙織をここから離れさせたかった。この先はどうなっても彼女の望む結末など訪れることなど、もはや起こりえないからだ。ならば彼女を無理矢理にでも連れ出して神宮に戻すべきだったのだろうが、相手が相手だけにそうは行かなかった。
 今を逃せば取り返しのつかない事態になるだろうから・・・・
 しかしアーチャーが沙織に気をとられている一瞬の隙をつかれて、勇夫は沙織の目の前に飛び降りた。

 「サオリ!!!」

 そう叫んでアーチャーが弓を構え、勇夫の爪が沙織に振り下ろされようとしていた。
 しかし、勇夫の爪が沙織に下ろされることなく、逆に勇夫本人は体を縮ませて震え始めた。
 沙織はあまりのことに目を閉じ、体を硬直させたが、恐る恐る目を開け、勇夫の姿を確認した。

 「・・・・野々原・・・・さん・・・・」
 「伏瀬くん!伏瀬くんなの!?」

 勇夫の弱々しい声とそれに伴って弱まった眼光を目の前にした沙織は彼に呼びかけた。

 「伏瀬くん・・・・!伏瀬くん、なんだよね・・・・・・?」
 「そうだよ・・・・紛れもなく、僕だよ・・・・」
 「伏瀬くん・・・・よかった・・・・・・!」

 変わり果てながらもいつもの穏やかな笑顔を見せる勇夫を前に、沙織は泣きながらも安堵した。しかし勇夫の笑顔は長く続かず、途端に深刻な顔となってしまった。

 「野々原さん、聞いて・・・・僕は、もう・・・・ダメだ・・・・」
 「そんな!ダメなんてことは・・・・!」
 「もう僕は・・・・手遅れなんだ・・・・!もう・・・・償うことなんて、できないぐらいに・・・・・・!」
 「伏瀬くん・・・・何、言ってるの・・・・・・?」

 沙織は理解が追いついていないのか、認めたくないかのどちらか知らないが、明らかに困惑した表情を見せている。
 しかし伏瀬はくるりと沙織に背を向け、アーチャーに向き直った。

 「色々と迷惑をかけてごめんなさい・・・・もう、覚悟はできていますから・・・・」
 「・・・・それがあんたの意志なんだな?」
 「はい・・・・少し、怖いのもありますけど・・・・そんなこと、言っていられませんから・・・・」
 「・・・・あんたとサオリ、バカみたいに似た者同士すぎるな。できれば、こんな形で会いたくなかったぜ・・・・」

 そのとき沙織がこの後どうなるかという未来が見えてしまったので、それを阻止すべく二人の間に割って入った。

 「止めて!二人とも止めて!」
 「サオリ!」
 「野々原さん・・・・!」

 沙織は勇夫の肩口を掴んで、先ほどまで立ち尽くして成り行きを黙って見ているしかなかったときとは打って変わって、普段から考えられないような口の速さを見せた。

 「伏瀬くん!どうして!?どうしてそんなこと言うの!?」
 「もう手遅れなんだ!」

 すると勇夫も、普段では見せない大声を上げた。

 「野々原さんだって見たでしょ・・・・?僕は、泣いて助けを求めていたあの子を、食べてしまったんだ・・・・!そして僕は、それを・・・・おいしいと思った・・・・!」
 「伏瀬くん・・・・ウソ、よね?ウソでしょ・・・・?」
 「・・・・ウソなんかじゃない・・・・!それに僕は、あの子以外にも、大勢の人を殺して、食べた・・・・!僕によくしてくれた・・・・病院の先生も・・・・!」
 「そんな・・・・!」

 勇夫の言葉を聞いた沙織は、彼の言っていることがウソではないとわかってしまった。それでも、沙織は勇夫の言葉を認められないでいた。

 「野々原さん!そこをどいて!もう・・・・もう、時間がないんだ・・・・!」
 「伏瀬くん!ダメ!」
 「いいんだ・・・・!でも、本当は怖くて、辛かったんだ・・・・こんな、こんな思いをするくらいだったら・・・・聖杯なんて求めなければよかったんだ・・・・!」
 「いやだ!そんなこと言っちゃダメ!だから・・・・」

 そこで沙織は自分の言葉を止めてしまった。
 彼女は気付いてしまった。本来ならば、彼の口から断じて出ることのなかった“ある言葉”が彼の口から自然と流れてきたことに。

 「伏瀬くん・・・・今、なんて言ったの・・・・?どうして・・・・聖杯があるって、知ってるの・・・・?」
 「・・・・・・野々原さん。僕は・・・・僕は、本当は・・・・」

 しかし、勇夫がウッと呻いたかと思うと、そのまま自身の体を抱き寄せて震え始めた。それはさきほどの比ではない。

 「伏瀬くん!?」

 しかし沙織はアーチャーによって勇夫から引き離された。

 「アーチャーさん!離してください!」
 「バカ言うな!もうあいつの正体が何なのか、あんたにだってわかっているだろ!?」

 アーチャーの言うとおりだった。
 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン・・・・これら六人のサーヴァントのマスターは全て明らかになっている。だが一人だけ、マスターが判明していなかったサーヴァントはいなかったか?
 事実が目の前にいくつも並べられていながらも、やはり沙織は認められない。認めたくなかった。
 しかし、次の瞬間には自分の思考から解き放たれることとなった。

 「ウ・・・・ガアアアアあアあアアあああアアア■■アアああ■ア■アああア■アああああアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!!!」

 そのとき再び狂気に満ちた眼光を宿した勇夫は、この世のものとは思えないほどの絶叫を上げている中、彼の体に変化が起こっていた。体中の皮膚から毛が生えだして、それが急激な速さで伸びている。また爪や剥き出しになった歯はナイフのような鋭さを帯び、歯は牙と化した。極めつけは口が横に裂けていき、顔面も前に突き出るような形となって変形していった。
 そうして勇夫は全身毛むくじゃらとなり、獣のような姿となった。
 その姿は沙織もよく知っている姿でありながら、実際に見るのは初めてだった。というよりも、こうして“見る”こと自体がありえない事象だからだ。
 今の勇夫の姿は、ドラキュラに代表される吸血鬼やフランケンシュタインが創造した名もなき人造人間と並び称される西洋の魔、狼男。しかもその姿で目を引くのは、その毛の色だった。全身の毛は血を連想させるが、“紅”と呼ぶべきか“赤”であるのか、それとも“朱”なのかは判別できない。とにかく、そういう系統の色なのだ。

 「アーチャーさん・・・・あれ、どういうことなんですか・・・・?」
 「どうやらあいつの先祖は、そうとう名のある人狼だったらしいな。おそらくは、誰も知らないところで先祖返りを果たしちまったんだろうよ。だから、ああいう姿になっちまったのさ」

 沙織は絶句してしまった。
 自分の親しい人間が、実は生まれついての怪物であること以上に、この受け入れがたい現実を前に沙織はただ、ただ呆然としてしまった。
 しかしその次の瞬間には、沙織は人狼と化した勇夫に向かって大声で呼びかけた。

 「伏瀬くん!聞こえる!?わたしだよ!沙織だよ!お願いだから元に戻って!!!」
 「サオリ!よせ!」
 「でも・・・・!アーチャーさん・・・・!」
 「気持ちはわかるが、もう手遅れなんだよ!あいつ自身も言っていたが、すでに大勢の人間を手にかけている!人狼の血と掟を忘れさせるほどの年月が経って、人間の味を覚えちまったあいつはもうあんたの知る人間じゃない!あそこにいるのは、人を食うことしか頭にない獣だ!!」
 「でも、あそこにいるのは伏瀬くんだよ!」
 「サオリ・・・・!」

 しかしもはや二人に言い争っている暇などなかった。

 「■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 勇夫が天を仰ぎ、満月に向かって咆哮した。口腔から発せられる音の振動はこの周囲を震わせていた。
 そして頭を下ろしたかと思えば、今度は深く息を吸い込み、それを勢いよく吐き出した。咆哮の次は、突風の如き息吹が勇夫の口から吐き出された。

 「きゃ・・・・!」
 「クソ!あいつ、“三匹の子豚”に出てくる狼かよ!?」

 勇夫の発した突風にとられるアーチャーと沙織だったが、沙織はアーチャーの支えもあってどうにか踏ん張ることができた。しかしとうとう堪えきれずに、沙織の体はアーチャーから引き離されてしまった。

 「サオリ!」

 しかしアーチャーが沙織の手をとろうとした瞬間、勇夫がこちらに接近してくるのを感じ取り、そちらに向き直った。
 アーチャーはやむなく、突剣を構えて勇夫に向けて突き出したが、アーチャーの突きは勇夫の牙によって難なく受け止められてしまった。その上、勇夫に噛み付かれた突剣はそのまま力任せにへし折られてしまった。

 「おいおい、ウソだろ・・・・!?」

 そしてその次には、勇夫は口に咥えている折れた剣をアーチャーに向けて吐き出した。剣は弾丸となってアーチャーの顔面に迫ったが、アーチャーはギリギリとところで回避した。
 そうしてアーチャーは全力で勇夫の懐から脱出した。このまま留まれば爪や牙の餌食になってしまうからだ。だが勇夫はそんなアーチャーに容赦なく追撃を仕掛けた。
それでもアーチャーはそれを見越してか弓矢を構え、矢を連続で三本放った。一本目は勇夫に叩き落とされ、二本目は先ほどの剣と同じように勇夫の牙で受け止められ、三本目は見事命中したが、柔らかで丈夫な体毛に阻まれて勇夫の肉体を傷付けることはできなかった。
 だが、どうにかアーチャーは勇夫の射程距離から離脱することはできたようだ。

 「あの野郎・・・・!油断したら、逆にこっちがやられちまうぜ・・・・!」

 人狼の姿になってから、勇夫の能力は大幅に向上した。敏捷性も跳躍力も先ほどと比べ物にならないほどに高くなり、今では爪や牙という武器さえ有している。
 もし彼が吸血鬼であるのならば、空席のある二十七の椅子のうちの一つに納まっていてもおかしくはない。
 今、自身を倒さねば餌にありつけないと判断したのかは知らないが、勇夫の注意はこちらに向いている。沙織には悪いが、彼はここで倒さねばならない。
 自分に対して身構えている勇夫に向けて、アーチャーは弓矢を構え、弓弦を引き絞った。並大抵の射ではあの毛並みの前では歯が立たないだろう。確実に仕留めるには、宝具以外にありえない。
 アーチャーが“祀りの弓(イー・バウ)”にて精霊の力を収束させようとした、そのときだった。
 突如、地面から障壁のようなものが盛り上がってきたからだ。

 「なっ・・・・!?こいつは・・・・・・!?」

 アーチャーは目を見張ってしまった。というのも、その障壁となっているものに見覚えがあった。というよりも、それはつい先ほど目にしたばかりのものだからだ。
 その障壁の正体は、あの黒い亡者だった。しかも先ほどとは違って一体ではない。数え切れないほどの亡者が積み重なって障壁と化しているのだ。

 「この野郎・・・・!これじゃあ・・・・・・!!」

 さきほどの精霊の力を借りた浄化は一体だから何とかなったのだ。だが、それが群れとなれば話は別だ。これだけの数を浄化するとなればそうとう時間がかかる。ただし宝具を用いるとなれば話は別だが。
 しかもこれがサーヴァントにとっての天敵である以上は迂闊に手が出せない。

 「ダメでしょ、フセくん。相手が違うでしょ?」

 そのとき、どこからか声が聞こえてきた。女の声だ。
 その声の主は突如として暗がりの中からぬっと現れた。その姿は黒い布の塊としか言いようがなかった。それも僅かに口元が覗いて見えているだけで、どういった人物なのかははっきりしない。
 しかし二つ言えることがある。
 一つは、女であること。
 もう一つは、人にあらざる存在であるということだ。

 「はじめまして。アーチャーとそのマスター。お会いできて嬉しいわ」
 「おい、あんた。藪から棒に何のつもりだ?というかそれ以前に何者だよ?」
 「まあ、それもそうね。だったら自己紹介してあげる。そうね・・・・とりあえずワタシは“アヴェンジャー”と名乗ることにしておくわね」
 「アヴェンジャー?名乗る?おいおい、自称かよ。それじゃあ、本名は何だよって話になるだろ」
 「だって仕方ないじゃない。本当の名前言うわけにもいかないし、言えないし・・・・それに、そういうのは隠しておくのが聖杯戦争の常識なんでしょう?」
 「・・・・おい。なんだ、あんた?一端のサーヴァントのつもりか?」
 「・・・・まあ、サーヴァントということにしておくわね。ああ、そうそう。そうなるとワタシのマスターはあそこのフセくんということになるわね」
 「なんだか聞けば聞くほどメチャクチャだな、あんた・・・・」
 「まあ、細かいことはいいじゃない。例外っていうのは得てしてそういうものだもの」
 「それ言ったらおしまいだろ・・・・まあ、仮にあんたがサーヴァントだとしても、“復讐者”なんてカテゴリーの英霊なんて聞いたこともないからな」

 アーチャーは半ば呆れ気味に頭をボリボリと掻いた。対してアヴェンジャーと名乗ったこの女は、コロコロと楽しげに滑らかな言葉を紡ぎだしていく。
 そして、アーチャーは目つきに鋭さを帯びさせてアヴェンジャーを見据えた。

 「それに、あいつがあんたのマスターだ?バカも休み休みに言え。それ自体もありえないだろ」
 「そうね・・・・本当だったら、ありえないことだものね・・・・」

 すると、アヴェンジャーは目線を別のところに移した。その先にいるのは、アーチャーではない。

 「だってあの子、バーサーカーのマスターだったものねえ」

 アヴェンジャーの視線の先にいるのは他ならぬ沙織だった。彼女は半ば呆然としながらその場でへたりこんでいた。
 そしてアヴェンジャーは、さも愉快そうに喋りだした。

 「それにこの際、ルールとかそういうのは大した問題じゃないわ。大切なのは、チャンスがあるかどうか。おかげでフセくんはもう一度チャンスを掴むことができたもの。そう・・・・自分が普通の人間になるっていうチャンスをね!だって一回、どこかの誰かさんにそのチャンスを潰されたもの」

 アヴェンジャーの言葉を聞いているうちに、アーチャーの顔つきは苦々しいものとなった。アヴェンジャーの言葉には、並々ならぬ“敵意”と“悪意”に似たものがこもっているからだ。
 その言葉の向けられている相手はアーチャーではなく、どういうわけか彼の後ろにいる沙織であった。
 アヴェンジャーがどうしてそのようなことをするのかアーチャーには皆目見当もつかなかった。ただ、こうなる前に逃がせばよかったと思うばかりである。しかし今逃げるとなれば、そうとう難しいものとなる。
 アーチャーと沙織の距離はかなり開いている。沙織が逃げようとすれば、人狼と化した勇夫が彼女に襲いかかる恐れがある上に、アーチャーが駆けつけようとすればアヴェンジャーの亡者に阻まれてしまう可能性があるからだ。
 さらにアヴェンジャーは言った。

 「けど、いくらチャンスがあってもそれに気付かなきゃロスしているのと同じ。ワタシは、その機会を与えてあげたのよ」
 「・・・・与えた?どういう意味だ?」

 今、アヴェンジャーの口元に微笑が浮かんでいた。しかし微笑みと言うには、あまりにも意地の悪い印象である。

 「本当はワタシだって、穏便に事を進めたかったわよ。けど、ワタシってば自分で言うのもなんだけど、ひどいくらいに弱いもの。これじゃいくらなんでも棒に振っているのと同じ。そんなの、悲しすぎるじゃない?」

 アーチャーは油断なくアヴェンジャーを凝視していた。とはいえアヴェンジャー本人が言うように、本当にサーヴァントとしての戦闘能力が軒並み低いようである。かと言って、油断していいような相手ではないのだが。
 何しろ、相手は“例外”なのだから。

 「だから、思い出させてあげたのよ。自分が何者なのか、そして自分の願いがどれほどのものかっていうのを、ね。これでも色々と苦労したのよ。だって・・・・」
 「・・・・・・やめろ」

 するといきなり、アーチャーがアヴェンジャーの話を止めようとした。しかしアヴェンジャー自身にはそんな気などなく、むしろそれに構わずに嬉々として話し続けた。

 「だって、キャスターが獣化を抑える魔術を丁寧に施していたんだから」
 「・・・・いい加減にしろ」

 アーチャーの口調も表情も険しさを帯びていき、アヴェンジャーに凄む。
 だがアヴェンジャー相手にそれは効果などなく、相手は同じ調子で話し続けた。

 「どうしてあのキャスターがそんなことをしたのかって?だって、あれでも一応約束はしっかり守るようなやつみたいだもの。そのおかげで彼、バーサーカーが殺した人間の分だけ、“普通の”人間でいられるはずだったんだから」

 アーチャーは自分の背中から、沙織が衝撃を受けているのを感じ取った。
 バーサーカーの末期の言葉を聞いてから、アーチャーはなぜバーサーカーがキャスターの言いなりとなって凶行を働いていたのか薄々は感づいていた。しかしだからといって、バーサーカーの行いが許されるわけではない。
 アヴェンジャーはなおも話し続ける。しかし、彼女の顔から酷薄な笑みが消えた。

 「けれど、それは一時的なものにすぎない。時がくれば、彼は必ず獣となってしまうのだから」
 「言っていることおかしくないか?あんたのやっていることは、余計悪化させているだけだろうが」
 「キャスターの処置が“一時的”なものなら、ワタシが彼にしてあげていることも所詮は同じ“一時的”なものにすぎない。けど、それでワタシを責めるのはお門違いよ」

 アーチャーはアヴェンジャーを睨みつけたが、アヴェンジャーは相変わらず気にする気配はない。
 そして次の瞬間、アヴェンジャーは声を掛けた。その相手は、アーチャーではない。

 「彼をここまで追い詰めたのはあなたのせいよ、野々原沙織!だからあなたには、報いを与えてあげるわ・・・・“恐怖”という形でね!!!」

 アヴェンジャーに言葉を投げかけられた沙織の表情は凍り付いてしまっていた。
 そしてアヴェンジャーはちらりと勇夫に目を向け、そして軽い目配せをすると勇夫は唸り声を上げながら沙織へにじり寄ってきた。
 沙織のほうはといえば、全く動く気配がない。腰が砕けたのもあるだろうし、恐怖で体が動かないのもあるだろう。しかしそれら以上に、アヴェンジャーの言葉が何よりも効いているようだ。

 「サオリ!」

 アーチャーは沙織に駆け寄ろうとした。
 しかし、アーチャーの周囲はすぐに亡者に囲まれてしまい、彼の行く手を阻んだ。

 「邪魔はさせないわ。アナタは大人しくそこで見ていてちょうだい」
 「フザけるな・・・・!早くここから出せ!」
 「そんなに怒らないでちょうだい。アナタは何も気にする必要もないし、心配する必要もない。ああ、そうそう。言う必要はないと思うけれど、無理にここから出ようとしないことね。これが何なのか・・・・アナタはもう“知っている”はずよ」

 アーチャーは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
 この亡者たちはアヴェンジャーの支配下にある。彼女ならば、この亡者たちを意のままに操ることなど容易い話。その気になれば、亡者たちでアーチャーを包み込んで葬り去ることだってできるのだ。

 「確かにワタシはものすごく弱いけれど、その代わりにアナタたちサーヴァントにとっての天敵を身に纏うことができるわ。そのおかげで、弱いなら弱いなりの戦い方ができるようになったもの」
 「・・・・ハッ!生意気言うなよ。こんなの、使い手さえ潰せばいくらでも・・・・」
 「いいえ、無理だわ。というよりもアナタはその選択肢を選ぶはずがない。だってアナタ、さっきから大口叩いている割には一回もワタシに手を出さなかったもの。いくらでもチャンスがあったっていうのに・・・・それもそうね。アナタ、女の人に甘いもの。多分アナタ、他のどのロビンフッドよりも一番ロビンフッドに近いんじゃないのかしら?」

 アーチャーは冷や汗を流し、押し黙ってしまった。
 確かにアヴェンジャーの言うとおり、アーチャー自身女性に手を上げることはしないという信条を持っている。それが今、かえってアーチャーの足を引っ張る結果となってしまっていた。
 このままでは、沙織が獣と化した勇夫の毒牙にかかってしまう・・・・

 「そうカリカリしないで。これはすぐに終わるから。そう、すぐに・・・・」



 さっきから目の前で起こっている出来事に頭が追いつかない。
 伏瀬くんが狼男になって、その伏瀬くんがアーチャーさんと互角ぐらいまでに戦って、しかもいきなり気味の悪い黒い壁のような塊が出てきて、そして今度はアヴェンジャーと名乗るサーヴァントらしき人が現れて・・・・
 でもどういうわけだか、あの黒い塊も、それを操っていると思われるアヴェンジャーも、初めて見るとは思えなかった。
 そのアヴェンジャーはアーチャーさんと面と向かっているにもかかわらず、その声はわたしに向けられていた。
 その口から出てくる言葉は、信じたくないものばかりだった。
 伏瀬くんがバーサーカーのマスターであったということ。
 そのバーサーカーが伏瀬くんのために魂喰いを行っていたこと・・・・
 そのとき、最後に伏瀬くんと会ったとき、彼が言った言葉の数々を思い出した。

 “実は僕、大分前に新しい友達ができたんだ”
 “うん。もちろん、知保志さんのことじゃないよ。僕と同じ境遇の、本当は寂しがり屋で臆病で、だけどとても優しい心を持った友達なんだ”
 “うん。その友達は今、僕のために色々無理をしてくれているんだ。本当は、その友達にとってやりたくないことのはずなのに、無理してやっている。それに似たようなことを昔やっていたせいで苦しんでいたはずなのに、僕のために・・・・”
“僕の友達に会ったら、今やっていることを止めてほしいんだ。もう、これ以上僕のために苦しまなくて済むように・・・・”

 本当は、伏瀬くんがおかしくなったときから気付いたはずだった。けど、認めたくなかった。
 伏瀬くんのいう友達が、バーサーカーであったこと。
 伏瀬くんと約束したはずなのに、その約束を破ってしまったこと。
 伏瀬くんをこんな姿になったのも、ワタシのせいであるということ。
 これらの事実が直接言葉となった瞬間に、わたしに重くのしかかる。

 “彼をここまで追い詰めたのはあなたのせいよ、野々原沙織!だからあなたには、報いを与えてあげるわ・・・・“恐怖”という形でね!!!”

 ふと、わたしの耳にアヴェンジャーの声が届いた。
 それから伏瀬くんがわたしに近づいてきた。
 アーチャーさんが助けに入ろうとしたけれど、すぐに黒い塊によってその姿が見えなくなってしまった。
 けれど不思議なことに、逃げようという意志はどこにもなかった。
 そして気付いたときには、わたしは飛びかかった伏瀬くんに押し倒され、狼男となってしまった伏瀬くんの貌が目の前にあった。その横に裂けた口は、まるでご馳走を前にして喜びを隠しきれずに笑っているようにも見えた。そこから吐かれる息や垂れてくる涎から漂ってくる生臭い臭いがわたしの鼻を覆った。
 次の瞬間、伏瀬くんの貌が一気にわたしに近づき、その牙がわたしの首に食い込んだ。



~オマケ~
・死の価値

 窓が一つしかない薄暗い部屋。そこが、彼女の世界の全てである。
 監禁といえば監禁ではあるが、彼女の取り巻く世界は閉鎖的なものであり、また彼女の住むこの場所も、人界からほとんど隔離されていることもその要因である。
 しかしながら、彼女は一人ではない。彼女の親族もここに住んでいる。しかし、その誰一人として、彼女に関心をもつ者はいない。
 そんな親族が彼女に接するときといえば、彼女の力を求めるときのみである。彼女の力とは、霊をその身に宿すこと。彼女の家系は、とりたて霊と語らう力に特化している。とはいえ、霊を憑依させるということは、言うなれば己に非ざる者を内側に内包すること。常人であれば、その魂が崩壊してしまう恐れがある。
 しかし、彼女の一族で女として生まれた“物”はそれを容易くやってのける。
 だが、それ以上ではない。少なくとも、尊ばれることなど一切ない。彼女にとって、それが当たり前であった。ただ、何も考えず何も感じずに言われたままのことを行う。
 それだけである。
 しかし、時として例外もある。
 同じ一族の者で、他に霊を宿す者。こちらは女ではなく男だ。男がその力を有すること事態が稀であり、またかなり高い力を秘めているという。
 男は、彼女に会うときもあった。しかし、彼女が男の言葉に反響することはない。彼女は男が何を考えているのかわからない。それは、空虚な彼女に限った話ではないようだ。
 そして、運命の日が訪れる。

 「・・・・馬鹿な!?そんなことをして、一体何になると・・・・!」
 「く・・・・狂っておる・・・・!」
 「貴様は異常だと思っていたが、ここまでとは・・・・!」

 霊を通して、彼女はここにいる一族の人間の声を聞いた。何故そうしようと思ったのかは、自分でも定かではない。
 しかし次の瞬間、霊から伝えられるのはおびただしい数の悲鳴と断末魔。その元凶は二人。
 かくして、この場で生きている“人間”は自分を含めて二人だけとなった。
 そして、この惨劇の張本人が彼女の下へ近づいてくる。彼女はそこから逃げよう灯していない。だがしかし、死を覚悟したわけでも、逃げられないからといって観念したわけでもない。
 そして、彼女の部屋の戸が開けられた。現れたのは、時折彼女に会いに来ていた男だった。その男の手には刀が握られていた。

 「・・・・相変わらずだな、お前は」

 男はそう言って、彼女に話しかけた。彼女が虚ろであることとは関係なく、誰の目から見ても、この男の真意を汲み取れる人間など、そういないだろう。

 「相変わらずお前という女は、どんな言葉を投げかけてもその心に波紋は広がらず、如何なる物を目にしたとてその眼に光が宿ることはない・・・・」

 男は刀の切っ先を彼女に向けた。しかし、彼女の顔には変化というものがない。

 「今日に至るまで、お前という人間を何度も前にしてきて、わかったことが一つだけある」

 男は一呼吸置いてから言った。

 「今のお前には、死ぬ価値など何一つない、ということだ」

 やはり彼女はぼんやりと男を見つめたまま。男は構わず続けた。

 「死というものは突如として訪れるもの・・・・それはこの世で最も公平な存在だ。そこには富める者も貧しき者も、清き者も卑しき者も、老いも若きも男も女も、畜生ですら関係ない」

 彼女は反応らしい反応などしないため、ほとんど男の独白となってしまっている。

 「これは私の独り善がりな考えだが、人間の本質というものは死の間際にて現れるものだと思っている。例えるならば、本能のままに生にしがみつこうとする輩の中でも、何が何でも生き延びようとする者とみっともなく無様に生きようとする者の差異、といったところか・・・・悲しいかな、ここにいた者達は間違いなく後者だったよ」

 そのときの男の口調には、若干の軽蔑が込められていた。

 「私に言わせれば、そういう者たちは万死に値するものだ。仮に生き延びたとしても、必ず何らかの形で終わりを迎える・・・・むしろ今日まで滅ぼされずに存在できていたこと事態が奇跡的というものだ」

 そして男は、彼女に向けていた刀を下ろした。

 「諦観や無知は、時として死すべきに値することもあるだろう。だが、お前の場合はそのどちらでもない。お前がここにいた者達のように、私の邪魔だてをするつもりでいるならば、話は違ってくるだろうが、そんなつもりもあるまい・・・・」

 そうして男は彼女に背を向けた。

 「私が災いの類であるならば、お前に死を与えられただろう・・・・だが、闇雲に誰彼構わず殺すほど私は酔狂でもないのでな。ここに留まり続けてそのまま朽ち果てるもよし、一歩を踏み出して空を満たすべく足掻くもよし。どちらを選ぶも、お前の自由・・・・私の知るところではない」

 そう言って、男はそれ以上何も言わずに彼女の前から姿を消した。
 それが、彼女が見た男の最後の姿である。
 彼女がどちらを選び取ったのか、それは彼女のみが知ることである・・・・


 「フン・・・・召喚されてからしばらくもしないうちに、このわしがこのような愚昧なる輩どもの処分をすることになろうとは、思ってもみなかったものよ・・・・」

 炎に焼かれ、人間だった骸たちが無数に折り重なるかのように倒れている中、一人の男が立っていた。その神官の服装をした男は、若々しい見た目をしていながら非常に老成した口調で話していた。
 彼は、ここから逃げ出そうとしていた者たちを全て焼き尽くしたのだった。それもそのはず。かつて髪から与えられた知恵にて栄華を築いたこの男の神代の魔術から逃れられる者などいないのだから。

 「まあ、いい。せっかく我が悲願を達することのできる機会に恵まれたのじゃ。その機会を、存分に活用しなければなあ・・・・」

 そう言って、神官風の人ならざるこの男は不敵な笑みを浮かべるのだった・・・・



~タイガー道場~

ロリブルマ「ふう・・・・今年もいろいろあったけれど、士郎たちを招いてのクリスマスパーティーも無事に終わったことだし、あとはこの道場をさっさと終わらせて、年を越したら士郎のところで御節をいただかなきゃ。あ。せっかくだからリズも連れて行こうっと。リズってばお雑煮楽しみにしていることだし、セラは・・・・どうなんだろう?」

(ロリブルマが道場に入りました)

ロリブルマ「押忍!ししょー!」

(しかし道場の中はゴミだらけだった)

ロリブルマ「・・・・って、何コレー!?!」

佐藤一郎「(掃除している手を止める)あ、イリヤスフィール様。お出でなさいましたか」

ロリブルマ「な・・・・?な・・・・?何が一体どうなっているの!?」

シロー「(同じく清掃作業中断)ああ。その原因はあれだ?」

ロリブルマ「・・・・・・あれ?」

(視線の先に飲んだくれて泣き濡れているタイガの姿)

ロリブルマ「・・・・激しくどうでもいいんだけど、どうしたの?」

佐藤一郎「まあ、クリスマスを衛宮様と一緒に過ごそうとしたらしいのですが、生憎ご不在だったらしく、ここで一人飲んだくれている様子で・・・・」

シロー「そもそも前の日も忘年会だったというのにこの量・・・・もはや呆れを通り越して驚嘆に値するがな・・・・」

ロリブルマ「うわ~・・・・酔っ払いのことをトラっていうらしいけれど、今のタイガなんてまさしくそれね・・・・(まあ、士郎たちがいなかったのも、わたしが呼んだからなんだけれども、それは黙っておこう・・・・・・)」

タイガ「・・・・・・お主らに、一つ尋ねよう・・・・」

ロリブルマ「うわ!いきなりのっそりと立ち上がってびっくりした!」

シロー「・・・・それで、何を聞くつもりだ?」

タイガ「クリスマスとは、何のためにあるのじゃ?」

佐藤一郎「え?ええ・・・・確か、イエス・キリストの生誕を祝う日ですが、それが?」

タイガ「そう・・・・それが本来のクリスマスの意義のはず・・・・なのにこの国はなんじゃい!?街じゃリア充どもがイチャイチャと浮かれまくっているじゃないか!?それに引き換え、我ら独り身は焙れ、一人健太のチキンを食らうのみ・・・・そもそもクリスマスなんぞ本来は西洋の行事!祝うのはクリスチャンだけにしやがれ!日本人は大人しく忠臣蔵に花を咲かせんかい!八百万の神々にも程があるってのよ!」

ロリブルマ「・・・・そもそも、タイガもいいとこのお嬢様だったわよね?一応・・・・」

佐藤一郎「まあ、藤村組のクリスマス事情は、わたくしどもには図りかねますので、なんとも・・・・」

シロー「単に衛宮士郎に構ってもらえなかったから荒れているだけだろう。いい加減弟離れしてほしいものだ、全く・・・・」

タイガ「だいたい肉食系は手当たり次第搾取しまくっとるし、草食系は受身すぎ・・・・こんなんでまともなLOVEなんぞ育めるか!誰か、私に蜘蛛の記憶を!そして全てのリア充どもを爆破してくれるわ!!!」

ロリブルマ「・・・・どうしよう、これ?」

シロー「そろそろ、ここいらで止めるとしよう。そうでなければ、後々が面倒になるからな」

佐藤一郎「それもそうですね・・・・えー、藤村様。もうそろそろよろしいのではないのですか?これ以上飲み過ぎますと、アニメ化したTAKE-MOONの出演にも影響が出てきますよ?」

タイガ「・・・・・・・・そうであった。そうね、こんなことでウジウジしている場合ではないわ!さあ、今回も始まりましたタイガー道場!」

シロー「・・・・思ったよりも早く復活したな」

ロリブルマ「ま、タイガだし」

タイガ「まあ、正直に言うと、今回出てきたアヴェンジャーとかの登場でこの話もぶれてくるんじゃないかと思っているみたいよ、作者は。けれど、登場させると決めた以上、また登場させる伏線を色々張った以上はこうやってちゃんと登場させなきゃいけないと思うわ」

シロー「そういえば実際、作者も色々と揺れ動いていたようだからな」

タイガ「まあ、そんなわけだから、最後まで突っ走ってほしいと思うの。始めた以上はちゃんとした形で終わらせたいっていうのが本心だから」

佐藤一郎「さて、それではここで紹介に移るといたします。今回紹介いたしますのは、正体が明らかになったこの方です」


氏名:伏瀬勇夫
性別:男・十代半ば
身長:164cm
体重:51kg
イメージカラー:白(紅)
特技:犬との会話、臭いの嗅ぎ分け、周囲を和ませること
好きなもの:犬、肉、月
苦手なもの:月、血、銀製品


シロー「・・・・こうしてみると、狼男丸出しな設定だな・・・・」

ロリブルマ「ところで、なんで狼男なの?型月なら死徒とかそういうのがあるはずなのに」

タイガ「ウム。それは作者が“吸血鬼に人造人間とくればやっぱり狼男だろ”という安易な発想から出たのであった」

ロリブルマ「ホント、安直ね・・・・ていうか、狼男って型月的にはどうなのよ?」

タイガ「そこは独自解釈で、鬼種みたいな存在という風に考えているみたいよ。それに遠野家を意識しているせいか、狼男の姿のときは自然と赤系統の色になったみたい」

佐藤一郎「それと今だから話せることですが、本来狼男のマスターは別の人間になる予定でした。それに関しましては、その人物の紹介の際にできるだけ詳しく述べていきたいと思っておりますが」

シロー「確か聞いたところによると、バーサーカーのマスターも本来は旧Fateのライダーのマスターのような女性だと聞き及んだが?」

タイガ「まあ、引き継がれているのは病院で寝たきりの状態になっているっていうことぐらいかしらね?」

ロリブルマ「そういえば、作中じゃなんかアーチャーとほぼ互角の戦い演じていたっぽいけれど、これってどうなの?」

佐藤一郎「まあ、一応実力的には二十七祖並みのポテンシャルを秘めているということになっておりますからな。ただし、実際はさっちんクラスの実力者ってことらしいけれど」

ロリブルマ「色々と適当ね・・・・というか、最後サオリとんでもないことになっているけれど、大丈夫なの?」

タイガ「大丈夫だ、問題ない。それは次回を見てのお楽しみということで」

シロー「まあ、ここでネタバレをするのもどうかと思うがな・・・・さて、さっさと(掃除の)続きを・・・・」

ロリブルマ「ししょー。まさかこれ自分のやるのでありますかー?」

タイガ「当然であろう。師匠がこれからやろうというのに、弟子がやらずしてなんとする」

シロー(一応掃除する気はあるのか・・・・)

佐藤一郎(まあ、他に誰もいませんからな・・・・)

ロリブルマ「でも、犬に掃除やらせるのもどうかと思うっスよ?」

タイガ「いいからきびきび動け。口より先に手を動かすべし」

ロリブルマ「押~忍・・・・・・って、アレ?いつもだったら竹刀の一撃がくると思っていたけれど、どうしたの?」

タイガ「うん。私ね、気付いたのよ・・・・なんだかんだあっても、私もTYPE-MOONを代表するキャラなんだって。だから、クリスマスがどうとか言っている場合じゃないんだって」

佐藤一郎(一応効果はあったようですな・・・・)

タイガ「今年は映画にゲームも出て、月姫の漫画も無事に終わってまさしくTYPE-MOONの年といえるけれども、これから“魔法使いの夜”も控えているし、“Fate/Zero”だって文庫化にアニメ化だってするんだから。ここで腐っているわけにいかないもの!」

ロリブルマ・シロー・佐藤一郎「「「あ」」」

タイガ「・・・・って、どうしたのよ?人がせっかくいい事言って今年を締めようっていう気でいたのに・・・・ん?みんな何見ているのよ?・・・・・・む?」

(いつの間にか置かれていたパソコンに注目しているようだ)

タイガ「こんなところにパソコンなんてあったかしら?ていうかちょっと。何みんなこそっと帰ろうとしているのよ?まだ掃除終わってないのよ?私だってなけなしのやる気出して、い・・・・る・・・・・・・・」

(タイガ、恐る恐るパソコンのウィンドウに目を向ける)

(パソコンのウィンドウに井戸が映っている。そこから這い出てくる長い紫色の髪の女。井戸から出てきたその女は、保険医のような白衣に身を包み、その髪の長さは地面にべったりとつくほど。女はフラリフラリとこっちにゆっくりと近づいてくる。画面ギリギリまで近づくと、べったりとそこに張り付き、濁った血の色をした、死んだ魚のような目でこちらを凝視している)

タイガ「ンギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?」

そんなこんなですが、これからもこの作品をよろしくお願いいたします。

p.s. 桜ルートはOVAが無難だと思いますが、どうなんでしょうか?



[9729] 第三十話「バジリスク・グランサー」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/01/15 03:07
 わたしの意識は今、混濁してしまっている。
 息が詰まると同時に、全身の筋肉は張り詰め、心臓の鼓動が急速に速まり、脳がしぼんだように圧迫された。そのせいか、正常に物事を考えることができないでいる。
 この状況は四度目。その四度のうちで、今も含めた三度は、実際にこの命そのものが断たれる寸前だった。
 多分、もうこれでわたしも終わりかもしれない・・・・それ以外のことは何一つとして考えることができなかった。
けれど、違った。
 心臓の鼓動と共に、何かがわたしの頭の中に囁きかけてくる。

・・・・セ、■セ、■セ、■セ、■セ、■セ・・・・

 最初はハウリングしているみたいで何も聞き取れなかった。
 そしてしばらくもしないうちに、それが何なのか認識できるようになってしまった。

・・・・殺セ、殺セ、殺セ、殺セ、殺セ、殺セ、殺せ、殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ・・・・・・!
 殺サレル前ニ殺セ
 殺ソウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ傷付ケルヤツヲ殺セ
 自分ヲ傷付ケヨウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ罵ルヤツヲ殺セ
 自分ヲ罵ロウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ憐レムヤツヲ殺セ
 自分ヲ憐レモウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ陥レルヤツヲ殺セ
 自分ヲ陥レヨウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ憎ムヤツヲ殺セ
 自分ヲ憎モウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ裏切ルヤツヲ殺セ
 自分ヲ裏切ロウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ見下スヤツヲ殺セ
 自分ヲ見下ソウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ犯スヤツヲ殺セ
 自分ヲ犯ソウトスルヤツヲ殺セ
 自分ヲ脅スヤツヲ殺セ
 自分ヲ脅ソウトスルヤツヲ殺セ
 自分カラ奪ウヤツヲ殺セ
 自分カラ奪オウトスルヤツヲ殺セ
 自分ノ邪魔ヲスルヤツヲ殺セ
 自分ノ邪魔ヲシヨウトスルヤツヲ殺セ
 自分ニトッテ邪魔ナヤツヲ殺セ
 自分ノ敵ヲ殺セ
 自分ノ敵トナロウトスルヤツヲ殺セ
 殺セ
 全テ殺セ
 呪エ
 呪イ殺セ
 全テ呪エ
 全テ呪イ殺セ
殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ・・・・

 それはまさしく、地獄の亡者の呼び声だった。
 わたしはそれに呑み込まれてしまい、抗うこともせずに身を委ねるのだった・・・・



 アーチャーは異変を察知した。
 アヴェンジャーによる亡者の囲いによってその先を見ることはできないが、それ以外の感覚を以ってすれば、何が起こっているか把握することなど容易い話である。
 だが、それによって得た情報は、彼にとっておよそ信じ難いものであった。
 人狼と化した勇夫は沙織の喉に噛み付き、そのまま引き裂くはずだった。しかし、いきなり彼は喉から口を離し、逆に自分の喉を押さえて口の中のものを吐き出そうとしていた。
 そこにアーチャーは妙なものを感じた。
 急に勇夫が正気を取り戻し、慌てて沙織から口を離したようにも見えるだろう。しかし、勇夫はいまだ獣性を保ったままで、とてもそういう光景には見えない。むしろ、これは勇夫が沙織を“毒”だと判断したかのようである。
 味覚を司る舌とは、人体にとって安全か危険かを見極める重要な器官。これによって毒物かどうかを区別するのだから。
 すると、いきなり勇夫は沙織から飛び退き、彼女から距離を置いた場所で四つん這いになり、毛を逆立て唸り始めた。それから沙織は、のっそりと起き上がった。
今の勇夫は警戒感を丸出しにしている。それも、沙織に対して・・・・
 一体、沙織の何が彼にそうさせているのだろうか?

 「本当、すごいわね。アナタ。まさか、何も見ないでここまで把握するなんて、ね。けど、こういうのは見たほうが早いわよ。今からそれをどかすから、じっくり御覧なさいな」

 そんな愉快そうな口調で、アヴェンジャーはアーチャーを囲っていた亡者の壁を地面へと沈めた。そしてアーチャーの視界が開けた。

 「なっ・・・・・・!?」

 そこには、アーチャーの予想すらしていなかった光景が広がっていた。
 喉から血を流し、起き上がっている沙織の目は虚ろで、その周囲には黒い闇が纏わりついていた。そしてその闇の正体が、アヴェンジャーが従えている亡者と同じであると認識するのに、やや時間がかかってしまった。
 さらに信じられない出来事がアーチャーの前で起こる。
 沙織の喉の傷から流れている血が、いつの間にか止まっていたのだ。それもそのはず。その傷口を黒いジュクジュクとした泥のようなものが、瘡蓋のように覆っているからだ。そして、だんだんとその泥は小さくなっていき、泥は吸い込まれるように消えていった。すると、泥に覆われていたはずの傷口が、跡形もなく消え去っていたのだ。それも、一切の傷痕を残さずに。
 このとき、アーチャーは理解した。
 これが彼女の自殺を失敗させ、バーサーカーの斧で負った傷を完治させた要因であるということに。
 頭の整理がついたころには、沙織の周りで蠢いている亡者どもが寄り集まり、一つの塊となった。亡者は群体となって、巨大な腕と化したのだ。その腕が勇夫に向けて、横に振るわれた。勇夫は咄嗟にその腕の一撃を飛び退けた。だが腕からは、水飛沫のように亡者が飛び散り、勇夫を追う。勇夫は完全に恐れを成しているのか、亡者から逃げ惑っている。如何に反転して正気を失った混血といえども、これが一体どういうものなのか理解できているようだ。ちなみに、飛び散った亡者のうちの数対がアーチャーにも襲い掛かったが、その亡者どもはアーチャーの浄化の力を込めた矢によって敢え無く消滅されてしまった。
 執拗に追ってくる亡者から逃げている勇夫に、さらに容赦ない一撃が迫ろうとしている。いつの間にか作り上げられていた亡者の巨大な腕が、勇夫に振り下ろされようとしていた。
 鉄槌のように振り下ろされる腕の一撃も、おどろおどろしい亡者の追撃も、その全てが逃げ腰になっている勇夫に炸裂しようとしていた。しかしそれら全ての攻撃は彼に届くことはなかった。亡者の障壁が、沙織の亡者から彼を守ったのだ。その障壁となっている亡者の群体を使役しているのは、いうまでもなくアヴェンジャーだ。

 「驚いたわね。まさかいきなりここまで出来るようになるなんて思わなかったわ」

 口では沙織にそう言っているものの、アヴェンジャーの口調には何の感慨も込められていなかった。

 「けど、もうここらで限界みたいね」

 すると、亡者の群れの成す巨人のような腕も、それにより飛び散った亡者も次第にその形が崩れていくように消えていった。それと同時に、沙織の周囲の闇の亡者も姿を消し、沙織の体も地面に倒れてしまった。

 「サオリ!」

 アーチャーが慌てて駆けつけ、沙織の体を抱え起こした。沙織は完全にその意識を失ってしまっているのか、今は眠るようにその目蓋を閉ざしている。

 「ホラ、もう大丈夫。もう怖くない。怖くないから」

 するといつの間にか、アヴェンジャーも勇夫の近くに立っており、まるで子供をあやすかのような口調で彼の頭を撫でる。明らかに怯えきっていた勇夫の貌も、次第に安堵した貌になっていった。その人狼の姿と相まって、今の彼はまるで従順に躾けられた狗のようでもある。

 「今夜はもうこれでお仕舞いよ。さ。帰りましょ」

 そう言ってアヴェンジャーは勇夫を伴って、くるりと背を向けた。

 「待てよ」

 去ろうとするアヴェンジャーを呼び止めたのは、他ならぬアーチャーであった。
 呼び止められたアヴェンジャーは、アーチャーに顔だけ向けた。相変わらず、目深に被られたフードのせいでその表情が読みきれない。

 「何かしら?ワタシはもう用は済んだし、アナタも早くそいつを休ませたいんじゃないのかしら?」
 「そりゃそうだがな。だが、あんたに聞きたいことがある。あんた・・・・こうなることがわかっていただろ?」
 「・・・・・・それぐらい、アナタならワタシが何も言わなくてもわかるんじゃないの?」
 「・・・・ったく。仕方ねえ。まとめて質問するようで悪いが、とりあえず順々に答えてくれ」
 「そうね・・・・そっちのほうが手っ取り早くて助かるわ。それで?何を聞きたいのかしら?」

 アヴェンジャーの体が完全にこちらに向き直った。その彼女のそばに控えている勇夫は、アーチャーに対して警戒心を丸出しにして唸っている。
 アーチャーは構わず質問する。

 「まず、なんであんたはこういう展開になるってわかっていた?次に、どうしてあんたとサオリは似たような力を持っている?それと、その力は一体何なんだ?」
 「・・・・そうね。答えになっていないはずだから悪いと思うけれど、まとめて答えさせてもらうわ。そのうちわかるわ」

 そんな意地の悪い答えを返されたアーチャーは、額に手を当て呆れてしまった。

 「いきなり答えがわかっちゃうなんて、そんな都合のいい話があるわけないじゃない。せめて、ある程度自分で答えを探そうとしてから質問しなきゃ。どうしてもわからない場合に限って質問するっていうのが筋じゃないのかしら?」
 「まあ、そりゃ・・・・そうだな。悪かった。それじゃあ、せめてこの質問には答えてくれ」

 額から手を離した途端に、アーチャーは真顔となって、アヴェンジャーに尋ねた。

 「あんた、なんでそんなにサオリに執着してんだ?」

 すると、アヴェンジャーの纏っている雰囲気がガラリと一変した。先ほどまでの饒舌で愉快そうな口調はすっかり鳴りを潜めてしまった。

 「・・・・・・そうね。正直、ワタシ自身はこいつがどうなろうと知ったことじゃないわ。むしろ、あのままフセくんに食い殺されてしまえばよかったっていうのが本心よ」

 そう言うアヴェンジャーの顔は相変わらず読み取れない。しかし、そんな彼女は明らかな敵意と悪意が沙織に向けられていた。
 アヴェンジャーはそれらを抑えて、続けた。

 「けど、仕方ないことなのよ。ワタシ自身の望みを叶えるためには、どうしてもこいつが必要なんだから。だって、そうでしょ?好き嫌いばかりしていたら、丈夫な体ができないもの」
 「あんた自身の・・・・?あんたの目的は、聖杯じゃないのか?」
 「聖杯なんて、フセくん自身が自分のために使えばいいのよ。けど、ワタシの望みはワタシ自身で叶える。今までも、そしてこれからも・・・・!」

 その言葉に、アーチャーは思わず首を傾げてしまった。
 アヴェンジャーはそこでくるりとアーチャーに背を向けた。

 「ちょっと話しすぎたかしらね・・・・そのせいで、ちょっとヒントも漏れちゃったみたいだし・・・・」
 「ヒント?どういう意味だ?」
 「・・・・・・まだ気付かないのね。感覚が鋭いくせに」

 そのアヴェンジャーの口調は、今までの嘲りの込められたものでも、悪意と敵意のこもったもののいずれでもなかった。
 アーチャーが考える間もなく、アヴェンジャーは今までどおりの口調で言った。

 「せいぜいそいつのこと、守ってやりなさいよね。この先もずっと、何があっても、ワタシのためにね・・・・」

 そう言ってアヴェンジャーは勇夫と共に去り、その後姿は亡者の壁によって遮られてしまった。壁が消えると、二人の姿はいつの間にか消えていた。

 「一体、何なんだ?あいつは・・・・」

 思い返してみれば、得体の知れない相手だった。
 その正体も、目的も、その力の根源も、何一つわからないままであった。
 一つ、確かなことがある。
それは、彼女が沙織に対して敵対心を抱いているということだ。



 「野々原さ~ん。今日は楽しかったわよ~」
 「また一緒に温泉、行きましょうね~」

 一切の老いも感じさせぬ、はつらつとした老婆たちに野々原絹は柔和な笑顔をしながら、手を振って別れた。
 彼女は、老人会で気の知れた仲の者たちと一緒に日帰りの温泉施設を楽しんだ。近頃、この街でもそういった施設が繁盛している。それは絹たちの世代の人間だけではなく、若者たちにも受け入れられている。温泉だけではなく外食、場所によってはその他レジャー施設が充実しているのもその要因であろう。
 老人会の仲間たちの姿が見えなくなると、絹の和やかな笑顔は途端に消え失せ、物憂げな表情となった。近頃の絹はこの調子である。彼女が温泉へ行ったのも、そんな彼女を心配した老人会の者がどうにか元気を出してもらおうと誘ってくれたからである。
 無論、相手の好意を無下にできるはずもなく、また今回訪れた温泉もずいぶんと前から関心のあった場所だ。家で留守番している孫娘と飼い犬も、念のため親しい隣家に頼んでいる。おかげで、彼女はずいぶんと温泉を楽しむことができたようだ。
 しかし、彼女に纏わりついている不安の霧は温泉などで晴れるはずもなかった。

 「沙織・・・・・・」

 絹は、もう一人の孫娘のことを思っていた。その孫娘は今、わけあって彼女たちと離れて暮らしている。もっとも、老人会の仲間もその孫娘が他所へ外泊していることは知っているようだったが、単に彼氏ができたからだと思っているらしい。
 しかし、物事はそう単純ではない。確かに、孫娘が心配なのは本当のことだ。だが近頃、孫娘のことを思うと妙な胸騒ぎがして、彼女を不安へと駆り立てている。
 そして、皺を重ねた肌に妙な冷たさを感じていた。決して夜風が冷たいわけではない。この冷たさは、以前にも感じたことがある。それも、何十年も昔に。

 「・・・・やっぱり、まだ消えていなかったのね」

 齢を重ねれば、いくつかは忘却の彼方へと消えていってしまう。しかし、この感覚だけは忘れようがない。誰もが生きることで必死だった時代から豊かさに目覚めていった時代に移り変わる中にありながら、悲しくも熱いあの激動に身を委ねることとなった、あの時に感じたものに間違いない。

 「あなたは一体、何を考えているの・・・・?」

 絹は一人、問いかける。ここにはいない、何者かに・・・・



 草木が眠り、多くが夢でまどろむ中にありながらも、ここ守桐邸ではいまだに住人たちが寝る間も惜しんでせっせと動いている。つくしは相変わらず、人目もはばからず大口を開けて欠伸をしている。それだけならまだしも、老齢でありながらも頑強な佐藤一郎ですら、その顔に疲労の色が見えている。
 彼らは今、神奈が街の隅々に放った使い魔から送られた情報を元に、それを照合している作業に追われている。しかし、いまだに彼らの求めている情報が得られていない。
 そんな中、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。二人ともその方向へ振り向くと、神奈が二人の作業している部屋へ入ってきた。

 「お嬢様。休息はもうよろしいのですか?先ほどお休みになられたばかりだというのに・・・・」
 「こんなの、体が動かせる程度にまで休めれば十分よ。これ以上、ゆっくりしているわけにも行かないわ」

 しかし神奈とてその言葉とは裏腹に、その体には疲れを蓄積させている。それもそのはず。ここしばらくはまともな睡眠などとっていないのだから。
 だが、ライダーのマスターとして聖杯戦争に参加していた神奈はいまや脱落した身。もはやここまで身を削る必要などないはず。しかし彼女とてこの街を任された管理人。敗退したからといって、決して何もせずに傍観などしていられるはずもないし、するはずもない。

 「爺・・・・あなた、言ったわよね。この事態を招いたのは、私の甘さからきたことだって。確かに、そのとおりよ。だからこそ、この不始末は私自身で拭わなくちゃいけないの。それが、この街を預かる者の役目だもの」
 「お嬢様・・・・」

 主の揺るがぬ決意を前にして、彼女に仕える老執事は複雑そうな表情を浮かべた。
 そして神奈は、改めて一郎に尋ねた。

 「ところで、爺。私がいない間に何か変化は?」

 しかし神奈の問いかけに、一郎は首を横に振って答えた。

 「申し訳ありませんが、お嬢様がお休みになさる前と何ら変化はございません・・・・」
 「そう・・・・それじゃあ、どちらもまだ発見できていないというわけね」
 「お恥ずかしいながら、そのとおりにございます・・・・・」

 彼女らの求めている情報は、二つある。
 一つは、ブラットフェレス・ザルツボーゲンとそのサーヴァントのキャスター、この二人の行方。この二人が姿を晦ましてから、神奈たちは全力を挙げてその行方を追っているのだ。
 もう一つは、かつてのバーサーカーのマスターであり、人狼の混血である伏瀬勇夫の行方。捜索を始めたのは反転した彼による殺人が行われてからのことなので、その分だけ負担がかかってしまっている。
 なお、彼女らはすでに勇夫が混血であることは把握済みである。であるにもかかわらず、何故ここまで放置しておいたのか疑問に思われる方もいるだろうが、これは後ほど語ることとする。
 神奈は自分の不在時においても状況が変わっていなかったために、険しい顔つきとなった。

 「そう・・・・それじゃあ、尚の事うかうかしていられないわね・・・・また厄介事が起こったみたいだし、どれも放っておけば、この街に災害が降りかかる・・・・」
 「災害、ですか・・・・」

 一郎が咀嚼するように言った。それによるものなのか、深刻な表情をしていた神奈はハッとなって言った。

 「ああ、そういえばまだ言っていなかったわね。実は・・・・」
 「・・・・お嬢様が仰ろうとしていらっしゃるのは、“厄介事”のことですかな?」
 「ええ。そうだけれど・・・・?」

 神奈は一郎の問いかけにやや怪訝そうな顔をしてしまった。
 それに対して、一郎は言った。

 「いえ。お嬢様が“災害”という言葉を使われたとき、ふと気になることがございまして・・・・」
 「気になること・・・・?」
 「ええ。お嬢様からの又聞きですが、確か野々原様に聖杯戦争から身を引くよう勧告なさいました時に、似たような言葉をお使いになりませんでしたか?」
 「似たような・・・・?」

 そこで、神奈はライダーを伴って野々原沙織を聖杯戦争から遠ざけようとしたときのこと、そのときに彼女が発した言葉を思い出した。

 “わたし、実はこの街に住む前には別の街に住んでいたんですけれど、その街は大災害に巻き込まれて、そのときに両親が亡くなって、それでわたしも妹もこの街に越してきたんです”

 このあと、野々原沙織は聖杯戦争に参加するマスターとしての決意を固めることとなった。
 そのときのことは一郎やつくしに包み隠さず話した。
 それから、間を置いて一郎は言った。

 「お嬢様。申し訳ございませんが、独自に調べたいことがございますので、少々席を外してもよろしいですかな?もしかすれば、この聖杯戦争にも関わりのあることかと思われますので・・・・」

 神奈は一郎の顔にその視線を向けた。
 自分に仕えてくれるこの老執事が、何の意味もない行動をとるとも思えない。それは、子供の頃から傍にいるからこそ、顔を見ればわかることであった。
 そうして、神奈は言った。

 「・・・・いいわ。行ってらっしゃい。ただし、あまり無理をしては駄目よ。こっちのことは気にしなくていいから、自分のペースでやってちょうだい」
 「はっ。そのお言葉、痛み入ります。それでは・・・・」

 そうして一郎は、恭しくお辞儀をしてからこの部屋を去っていった。
 それから、神奈は微笑んでいる口元を引き締める。

 「さて、と。早いところ取り掛からなくちゃ・・・・」

 そう言って、神奈は後ろを振り向いて作業を始めようとした。
 しかし、その動きもピタリと止まってしまった。会話に参加していなかったメイドのつくしが手も動かさず、窓の外を見つめているのだ。
 それを見た神奈は、呆れた口調で言った。

 「ちょっと、つくしさん。誰が休んでいいと言ったの?爺がいなくなったのだから、あなたも倍以上は・・・・」

 苦言を呈しながらつくしにつかつかと近寄った神奈だが、その言葉は足の歩みと共に不意に止まってしまった。
 いつもつくしがサボるとすれば、大抵は適当に手を抜くか居眠りするかのどちらかだ。そして今のつくしは、ただぼんやりとしているわけでもない。
 ただならぬ何かを感じて、神奈はつくしに言った。

 「・・・・どうかしたの?」
 「・・・・闇が、鳴いている・・・・・・」

 言っていることが抽象的すぎて、神奈には理解できなかった。
 しかしつくしとて元は殺人鬼。そんな彼女であるから、感じ取れるものがあるのだろう。
 また、何かがこの街で起ころうとしている・・・・
 そんな確信めいた予感が、神奈の中で駆け巡っていた。



 空には満天の星、地上には煌びやかな街明かり・・・・闇が支配する夜にあっても、この国の夜は光に溢れている。
 それらの光を一望できるこの稲手山の頂上付近に根付いている大樹。その見上げるほどの雄大さから地元の人間はこれを“豊かの樹”と呼んで親しみ、大切にしてきている。
 その樹の下に座している一人の男。ここにいるには似つかわしくないスーツを着こなした褐色の肌を持つその男はしかし、修験者を思わせる厳かな空気を纏って瞑想していた。そのスーツと相まって、男はまるで闇を体現しているかのようだった。

 「・・・・ついに、目覚めてしまったか・・・・」

 男は、ゆっくりと目を開ける。

 「できることならば、破滅の道を歩むことなく、目覚めぬまま終わってほしかったものだ。そうすれば、私とて森を腐敗させる三本の樹を切り倒すだけで済んだものを・・・・とはいえ、うち一本はすでに滅びたが」

 男はスクッと立ち上がり、樹から離れる。

 「しかし、駆除すべき蝗が増え、森だけでなく大地そのものを腐らせる樹となった以上、もはや看過できぬ」

 男は山から見えるその景色を一望する。そして、男の視線はある場所に向けられた。

 「今この時を以って、君の幸薄き生に終止符を打つべきときが来た・・・・せめて、来世にて幸溢れる生を歩まんことを」

 男の視線の先には、一つの公園があった。その近くには、もはや明かりも消えかけているビール博物館があった。



 「な・・・・なんだよ、これ・・・・・・」

 ようやくわたしの意識が戻ってきて、目をうっすらと開けることができた。けれど、見ることと聞くこと、呼吸すること意外は何もできなかった。
 そんなわたしの目に映ったのは、傍にいるアーチャーさんの顔だった。けれど、いつもの余裕に溢れた表情ではない。脂汗を流して戦慄している。そんな感じの表情だった。

 「くそっ!なんだってこっちに来るんだよ・・・・!せっかくの楽しかった気分が、わけのわからねえ連中のせいでパアだ!」

 そう言ってアーチャーさんはわたしを例のお姫様抱っこで抱え上げ、その場から一目散に去っていった。まるで、肉食獣に追われている獲物みたいに・・・・
 必死の形相を浮かべて夜の闇を駆け抜けるアーチャーさん。けれど、今のわたしはアーチャーさんほどの危機感なんて一切ない。それどころか、抱えられているときの胸の苦しさも、肌を切る夜風の冷たさも、何もかもが鈍くなっている。
 そんな中で一つ確かなことがある。わたしは、体感していた。あの、アヴェンジャーと呼ばれる女の子と同じ“モノ”を操っていたということを。それはいやに現実感の伴わない体験だったはずだ。けれど、寝るときに見た夢の内容をそのまま覚えていて、かつそのまま実体験したかのような感覚に陥っているかのようだ。この場合は、本当に“体験”したのだから余計に性質が悪い。

 「チクショウ!もう、ここまで・・・・!このままじゃ回り込まれちまう・・・・・・!」

 アーチャーさんの声からは明らかな焦りがあった。アーチャーさんが方向転換をしようとした、そのときだった。

 「無駄だ。君は私からは逃げられぬ。それは、君自身が一番わかっていよう?」

 どこからか聞こえてきた、聞き覚えのある声。その主は突如として、わたしたちの前に現れた。
 闇から浮かび上がるように現れたその人を、わたしは知っている。いつか、わたしを助けてくれたナンパ屋さんだ。
 けれど、以前に会ったときのような安心感が、今のナンパ屋さんからは一切感じられない。むしろ、そのナンパ屋さんが死神となってわたしをこの世から連れ去ろうとしているとしか思えなかった。
 そして、わたしは再び意識を手放してしまった・・・・



 「い・・・・一体、何事だというのだ・・・・?」

 エクレール家によって貸し切りとなっている別荘の窓からセイバーはある一点を見つめていた。その場所から立ち上る、異様な魔力。それも、先ほど感知した邪気が発生した場所から、そう離れていないのだ。
そして、そこにはアーチャーたちがいることを、セイバーはまだ知らない。

 「むう・・・・!先ほど感じた邪気といい、この魔力といい、この聖杯戦争、何かがおかしいようだ。それにしてもこの魔力は、まるで・・・・!」

 戦慄するセイバーだったが、すぐに顔を引き締めくるりと向きを変えた。

 「こうしてはおれん!すぐにでもあの場所へ赴かねば・・・・!やはり、他の者に聖杯を渡すわけにはいかん!」

 急ぎ足で部屋から出ようとするセイバーだが、途端に彼の歩みは止まってしまった。
 何者かの手が、セイバーのマントの端を掴んだからだ。そうして、セイバーは後ろを振り返る。毛布に包まっている何かがカタカタと小刻みに震えている。

 「やだ・・・・いかないで・・・・」

 そこから蚊の泣くような声が聞こえてきた。セイバーのマスターであるサラだ。
 しかし、今の彼女の様子が明らかにおかしい。毛布を頭の上から被り、ベッドの上で蹲っている。それどころか、毛布から覗く顔は、目の下にできている隈のせいで見た目以上にげっそり痩せこけたかのような印象を受ける。そのせいか、目つきも梟のように見開いてギョロギョロとしたものになってしまっている。
 そんなサラを、セイバーは宥めるように言った。

 「サラよ。何も心配することなどない。この身は万難を排する剣。全てはそなたのために行っていることだ・・・・」
 「やだ!いかないで!お願いだから、ずっと傍にいてちょうだい!」
 「だが、このままではそなたに聖杯を捧げることも敵わぬのだぞ。それに、離れるといってもだな・・・・」
 「いらない!聖杯なんていらない!もう戦いなんてしたくない!もうここから出たくない!わかったら・・・・」

 サラが子供のように駄々をこねていると、どこからか物音がした。どうやら、どこかに立てかけておいた本が重力に逆らえずに崩れ落ちたようだ。

 「ヒッ!イヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 それだけのことのはずにもかかわらず、サラは一瞬のうちにベッドに伏せて丸くなってしまった。ガチガチと歯を鳴らしながら震えているサラを見て、セイバーはただ溜め息をつくしかなかった。
 ランサーとの戦いから、サラはずっとこの調子だ。部屋に篭もるようになってしまい、まともに食事も睡眠も取っていない。ただ、ひたすら怯えているだけだ。ランサーの怒気に当てられてしまったせいで、サラから優雅さや可憐さというものの一切が消え失せてしまった。

 「・・・・なんで、なんでこんなことになっちゃったのよ・・・・なんで、聖杯戦争なんかに参加しちゃったのよ・・・・なんで、こんな思いをしなくちゃいけないのよ・・・・!」

 こうなってしまった以上は、セイバーにはただ見守る以外できることはない。今のサラにどんなに言葉を投げかけようとも、それが響くことなどないのだから。叱咤する必要はあるのだろうが、今はそのときではない。立ち上がるのは、サラ以外において他はないのだから・・・・



 沙織を抱え、目の前に現れた褐色の肌の男と対峙するアーチャー。その視線は一点に、闇の如きこの男に注ぎ、すぐに挙動できるよう緊張状態を保っていた。額から、一筋の汗が流れる。

 「ふむ。こうして君と見えるのは、これが初めてだな」
 「・・・・なんだよ。こっちに気付いていたのかよ?」
 「無論。あれだけあの場所に意識を集中させていれば、至極当然。それもこれも、常時において弛まなく周囲に気を配れる私なればこそ、なし得た話だ」
 「そうかい。おかげでこっちは助けに入るタイミング自体なくなったけどな」
 「だが、彼女がいつぞやの不貞なる輩によって手篭めにされるよりは良いであろう?」
 「まあな・・・・」

 軽い口調で闇の男と口を交わしているアーチャーだが、今の彼には一切の余裕などない。むしろ、今にも心臓を握りつぶされそうな心地に陥ってしまっている。闇の男は涼やかな顔をしているにもかかわらず、その体全体からは妙な圧力があった。
 アーチャーは言った。

 「それで?何の用だよ?こっちとしては、早くこの子を休ませたいんだが?」
 「用があるのは君ではない。彼女だよ」
 「バカ言うな。こんな状態で用もクソもあるかい」
 「何、すぐに済む。そして、君が彼女を案ずる必要も皆無・・・・」

 それから、男は言った。

 「彼女は直に、彼女を煩わす現世の遍く苦悩から久遠に解き放たれるであろう。私の手で、一切の苦しみを伴わずに」

 男の圧力が強まった。男からは、明確な“殺意”が見て取れる。その矛先は、アーチャーの腕の中にいる沙織だ。
 アーチャーは、男の圧力に抗いながら言った。

 「やっぱりな・・・・しかし、随分とひでえ話だな。この間助けておいて、それで今殺すってか。あの不良たちよりもよっぽど性質が悪いってもんだ」
 「彼の者達は、その身を虚勢と暴力で満たした子悪党ども。私が手を下さずとも、いずれ破滅しよう」
 「破滅って、あんたの頭の中には“更生”って言葉はないのかよ・・・・?」
 「さりとて、いずれ何らかの形で報いは受けよう。否。受けるべきである。されど今、渦中にあるは彼らに非ず。他ならぬ、彼女だ」

 そう言って、男は沙織に指差す。それが死刑執行の合図であるかのように。

 「確かに、あのバカたれどもがどうなろうと知ったことじゃないが、偉そうにしやがって・・・・他にもいそうなもんだがな。天罰が下るべき連中が」
 「案ずる事なし。狂える賢王と霊の渡し役には然るべき末路を与えよう。害なす獣もこの手で駆逐されよう。だが、彼らに先立って滅するべきは彼女であるというだけの話だ」

 アーチャーはこの男が恐ろしくないはずがない。しかし、男の傲岸不遜な態度、そしてあくまでも沙織を亡き者にしようとするその姿勢が彼の神経を逆撫でさせた。

 「いい加減にしろよ・・・・!どうしてそこまで、サオリを消そうとするんだ?」

 それから、両者の間に沈黙がのしかかった。しかし、それから程なくして男の口が開いた。

 「・・・・一つ、話をしよう。ある場所に、一人の王がいた」

 突然、男は話を始めた。これにはアーチャーも眉を顰めてしまった。
 男は、続ける。

 「王には、一人の王子が生まれた。しかしその王子には不吉なる兆しが現れた。当然の事ながら、多くの臣の者達はすぐさま王子を捨て去るべきだと進言した。しかしながら、王は我が子可愛さにそれらの言葉を無視。それから幾星霜もの月日が流れ、王子は文武共に優れたる王者となった。しかし、それには似つかわしくないほどに妬み深く、邪悪で捻じ曲がった性の持ち主。結果、その王子は多くを巻き込む戦乱をもたらし、それにより王子をも含む大勢の命が失われることとなった・・・・」

 そこで、男は言葉を切った。どうやら、ここで男の例え話は終わったようだ。
 そして、男は再び言葉を紡いだ。

 「わかるか?彼女は話に出てきた王子と同じ、ここで放置すれば必ずや多くの災厄をもたらす、災い招く者なのだ。そしてそれは彼女自身をも内側から蝕み、害する事となろう。なればこそ、ここで葬り去ってやるという事こそ、慈悲」
 「勝手なことを言うな。第一、サオリがそんなだっていう・・・・」
 「根拠ならば、ある」

 その一言で、アーチャーは思わず押し黙ってしまった。

 「それは、君自身もその身を以って思い知った事であろうし、その目でしかと見たはずだ。君の内を蝕みし汚濁、彼女の内に宿りし呪詛・・・・それらが、彼女が邪なる魔を孕んだ女人、すなわち“魔女”に他ならないと」

 男の言葉が、あたりに重く響く。
 当然のことながら、アーチャーは男に言われるまでまったく感知していなかったわけではない。かつて自身の内側を蝕んでいた、ライダーと同じ黒い汚染。夢で知ってしまった沙織の周囲で起こっていた不審な事件・・・・それら全てが、この男の言葉に帰結している。これはアーチャーにとっては信じがたい事実ではあるが、改めて言葉にされるとその重みに違いが生じる。
 静寂がこの場にのしかかる中、アーチャーは言い放った。

 「・・・・それで、“はい、そうですか”って言ってオレがあんたの言葉どおりに従うとでも思ったのか?だとしたら、思い違いも甚だしいってもんだ」
 「されど、君とてもうすでにわかりきっているはずだ。彼女が・・・・」
 「それ以上言うな。耳にタコができちまう。それに、基本サーヴァントっていうのはマスターが第一なんだぜ。それぐらい、あんたにだってわかるだろ?同じ“サーヴァント”であるあんたになら、な」

 一瞬、静けさが辺りを包み込んだ。しかし、男は相変わらず涼やかな顔をしているため、その真意が読み取りづらい。
 やがて、男の口が開いた。

 「・・・・聞くまでもないやも知れぬが、一応聞いておこう。その根拠を」
 「簡単なことだ。あんた、自分じゃうまく抑えているつもりだろうが、オレからすればあんたの半端ない魔力が駄々漏れなんだよ。それも、人間には到底及ばないような量の、な」

 それから、アーチャーは頭を掻きながら続けた。

 「けど、あんたがサーヴァントだとしても、どうしても腑に落ちないことがあるんだよな。例えば、どうして七体しか呼び出せないにもかかわらず、もう一体サーヴァントが存在しているとか、な」

 そしてアーチャーは鋭い視線を男に投げかける。
 しかし、闇のサーヴァントである男はそれに動じた様子など一切見受けられなかった。

 「・・・・君には、およそ関わりなき事だ。マスターを失い彷徨った挙句に消え果るか、この私の手で滅せられるか・・・・そのいずれかにせよ、君が知るに及ばぬ事なのだから」

 その言葉が発せられると同時に、闇のサーヴァントの圧力が一気に強まった。
 アーチャーはやや気圧されはしたが、それによって怯むことなどなかった。

 「やっぱり、こうなっちまうのかよ・・・・けど、だからって尻尾巻いて退くわけにもいかないけどな」
 「思い上がるな、貌と名も無き森の人よ。君が私に敵う道理などなし。それは、その身を以って思い知る事となろう」
 「チッ・・・・!寝言は寝てから言えってもんだ」

 だが重ねて言おう。今のアーチャーには、口ほどの余裕など一切持ち合わせていない、と。それだけ、闇のサーヴァントの圧力が底知れないということだ。この男を前にしていると、まるで魂を闇に吸い取られるような心地に陥ってしまう。先ほどからこのサーヴァントは大口を叩いているが、それだけ彼の力は裏打ちされたものに相違ないのだろう。
 加えて、この先アーチャーはどう動いていいのかわからないでいた。沙織を安全な場所に寝かせるにしても、先手を打つにしても、その他諸々のいずれかの行動を取ったとしても、その先に待ち受けるのは、この男の前に屈している自分の姿。それ以外の未来図など、想像できなかった。
 しかし、闇のサーヴァントとの対決は避けられぬものであろう。もはや玉砕覚悟で挑む以外に手立てはない。
 睨み合う両者から発せられる空気によって、今にも戦いの火蓋が切られようとしていた。だが、その火蓋が切られることは決してなかった。
 両者ともに、これから戦場となろうとしているこの場に似つかわしくない人物がいつの間にかやってきたことに気付いたからだ。二人とも、その人物のいる方向に目をやった。そこには、一人の老婆がいた。

 「あんたは・・・・!?」

 アーチャーにはこの老婆に見覚えがあった。自身のマスターである沙織の祖母、野々原絹その人であった。
 思いがけぬ人物の登場に、アーチャーは思わず面食らってしまった。しかし、絹はこの張り詰めた空気に動じることなどなく、その場に佇んでいた。気のせいか、彼女の柔らかな顔つきが陰っていた。
 当然のことながら、闇のサーヴァントも絹に視線を向けていた。
 この沈黙を最初に打ち破ったのは、彼であった。

 「何かね?君は?これより、この場は君の様な老婦人には似つかわしくない場所となろう。早々に立ち去るが・・・・?」

 すると不意に、闇のサーヴァントは言葉を切り、首をかしげた。

 「うん?君とはいつか、何処かで会った事があるような・・・・?出会った女性は決して忘れないはずなのだがな、私は。しかし魅力に溢れたその素朴で円らな眼、確かに覚えがある。あれは・・・・・・」

 闇のサーヴァントはしばし思案する素振りを見せた。アーチャーは黙ってその成り行きを見ているしかなかった。
 そして闇のサーヴァントは、ハッと何かに気付いたかのような顔を見せ、それから絹とアーチャーの腕の中にいる沙織とを見比べた。

 「そうか、君だったか・・・・随分と年を取ったものだな・・・・すると、彼女は君の孫、という事になるのか。随分と皮肉な事よな・・・・」

 闇のサーヴァントは、一人納得するように何度も頷いている。これに対し、アーチャーは完全に置いてきぼりをくらってしまっている。そもそも、このサーヴァントと絹が顔見知りであること自体、アーチャーにとって予想の斜め上を行っているのだから。
 それに対し、今度は絹がその口を開いた。

 「・・・・あなたは、相変わらずなのね」

 そう言う絹の言葉には、様々な思いが込められていた。やはりこの二人は顔見知りであることに間違いないようだ。

 「相変わらずあなたは誰よりも不遜で、誰よりも狡猾で、それでいて誰よりも愛嬌があって・・・・これだけ時が経ったっていうのに、あなたは何一つ変わらず、決してぶれることがないのね・・・・ライダー」

 絹の口から思いがけぬ言葉が発せられた。
 “ライダー”。
 あの男がサーヴァントである以上は、それが闇のサーヴァントのクラスであるに違いない。しかし、二人の間で言葉が交わされるたびに、アーチャーはだんだんわけがわからなくなってきていた。
 これにより、アーチャーは一切の思考を排除して二人の会話に耳を傾けた。

 「そう言う君こそ、何一つ変わっていない。いくら齢を重ねようが、皺を増やそうが、君の根本はあの時のままだよ。それが私にとって、何よりも好ましい事だ」
 「あなたがそう言うのなら、きっとそうなのでしょうね。そうしてあなたはその口で多くの人たちを惹き付け、その分だけ多くの人たちを陥れてきた・・・・あなたは悪い人ではないのだけれど、そういうところが私、どうしても好きになれないわ。そんなことをしなくても、きっと分かり合えた方法があったはずなのに・・・・」
 「フッ・・・・そういう君だからこそ、あの七人の中で唯一生き延びる事ができたのだ。それは、ある意味では必然の事。いや、あるいは・・・・」

 そこで、闇のサーヴァントは言葉を切った。

 「・・・・やはり止そう。顧みられる事なき過去に何の意味はない。また、この今においては君の介在する余地は一切ない。仮にあったにしても、今の君に止める力などない。もはや君は、このまま私の手で君の孫が屠られる様を見届ける以外ないのだ」

 それはあまりにも無情な宣告。この男は平然とした面持ちで、人の孫を殺すと言ってのけているのだ。
 だがしかし、絹はその冷酷な言葉に狼狽することなく、口元をキュッと引き締めて闇のサーヴァントをまっすぐ見据えていた。
 闇のサーヴァントとの睨み合いの対象は、アーチャーから絹へと移った。この根競べのような空気に、絹は決してたじろぐことなく闇のサーヴァントの前に立っていた。しかし、先に口を開いたのは、闇のサーヴァントであった。

 「・・・・とは言え、私とて君の前でそこまで酷な行いをするほどの冷血漢ではないつもりだ。この場は君に免じて、立ち去る事にしよう」

 そうして闇のサーヴァントが背を向けたかと思うと、その視線をアーチャーと絹の両者に投げかけた。

 「しかしとて、私がその娘の命を貰う事に変わりはない。私がそうすると口にした以上、それは避けようのない絶対的な定めなのだ。そのことを、努々忘れぬ事だ・・・・」

 そうして、闇のサーヴァントは去っていった。文字通り、闇に溶け込むかのように・・・・
 辺りを包んでいた緊迫感が消え失せ、アーチャーは深く息を吐いた。それから、アーチャーは絹に向き直った。彼女には、いくつか聞くべきことがあるからだ。
 頭の整理のついたアーチャーは、絹に問う。

 「もしかすればと思ったが、ばあさん。あんた、やっぱり・・・・」

 アーチャーが言い終わらないうちに、絹は答えた。

 「ええ。あなたが察しているとおり、この街で行われた前の聖杯戦争で、私はマスターとして参加していたわ。けれど、私が彼女を召喚したのは、偶発的なものだったわ。きっと、沙織も似たような感じであなたを召喚したのでしょうね」
 「ああ。まあな・・・・やっぱりあんた、自分の孫がかつての自分と同じことになっているってことに気付いていたってことか・・・・」
 「・・・・最初はなんとなくそう思っていただけだったわ。けれど、あなたを一目見たときから、それは確信へと変わった。本当は、ウソであってほしかったのだけれど、ね」

 絹はそう顔を伏せながら言った。
 アーチャーは沙織とその祖母に聖杯戦争と妙な因縁を感じずにはいられなかった。魔術とはおよそ無縁な二人とも、意図せずしてその殺し合いに身を投じる羽目になり、しかもその舞台となっているのがこの街なのだから。
 そこでアーチャーはふと、絹の発言で気になることがあったので、そこを尋ねた。

 「ばあさん。今、彼女を召喚したって言ったよな?あんたのサーヴァントはあいつじゃないのか?」
 「ええ、そうよ。彼は私のサーヴァントではないわ」
 「そうなると、おかしくないか?」

 アーチャーは、確かに闇のサーヴァントのあの言葉を聞いていた。
 “そういう君だからこそ、あの七人の中で唯一生き延びる事ができたのだ”と。

 「あんた以外のマスターは全部死んだってことだよな?それなのに、あいつが他の誰かのサーヴァントだったら、今現界していること自体がおかしいってことになるんじゃないのか?」
 「・・・・そうね。私も彼が最後の戦いで消えたとばかり思っていたわ。けれど、違った。彼はこうして健在だったもの」
 「・・・・なるほどな」

 マスターを何らかの形で失ったはずの闇のサーヴァントが何故今日まで存在することができたのか?その答えを知るには、あまりにも材料が少なすぎる。
 そこでアーチャーは、別のことを絹にたずねた。

 「ところでばあさん。あいつ、ライダーのサーヴァントで、しかもその口振りからすると最後まで残っていたんだよな?じゃあ、あいつの真名とか宝具とかわかるのか?」
 「・・・・いいえ」

 その答えはアーチャーにとっては予想だにしていなかった答えだった。そのため、思わず絹をまくし立てて言ってしまった。

 「ちょっと待てよ・・・・!わからないってことはないだろ・・・・!?そいつ、最後まで残っていたっていうんなら、宝具なんて一回か二回ぐらい使っていてもおかしくないはず・・・・!」
 「・・・・私の知る限りでは、彼はたったの一度も宝具を使ったことはないわ」
 「・・・・なんだって!?」
 「直接見たわけではないけれど彼、宝具を使わずに敵を倒したらしいわ。それに、時には自分の手を汚すことなく相手を陥れたこともあるそうよ」
 「マジかよ・・・・!?ほとんど反則じゃねえか・・・・」
 「仮に、彼の宝具や真名を知っているとしたら、それは彼のマスターと、最後に彼と戦ったサーヴァントの二人ね。けれど、それは私じゃない。私は最後の戦いの前でサーヴァントを失った。もし、彼女がいなければ、私は今日まで生きられなかったでしょうね・・・・」
 「ばあさん・・・・」

 絹はどこか遠い目をしていた。おそらくは、かつて彼女と共に苦楽を歩んできたサーヴァントに思いを馳せているのだろう。
 結局、闇のサーヴァントであるライダーに関する有力な情報は得られなかった。わかることといえば、いけ好かないことと尊大な態度に見合うだけの力を有しているらしいこと。それ以外は全くといっていいほど、何一つとしてわかることはない。
 わからないといえば、その目的である。

 「しかし、参ったな・・・・こうもわからないことだらけじゃ、あいつが何考えて沙織を付け狙うのか・・・・・・」

 頭を掻きながら思わずそう一人アーチャーは、自らの失言に気付き、絹に詫びを入れた。

 「ばあさん。悪かった・・・・こいつは、あんたの前で言うべきことじゃなかったな・・・・」
 「いいのよ。こっちのことは気にしないで。むしろ、あなたが気に病むことなんて、何にもないんだから」

 絹はアーチャーにそう言って笑顔を見せた。彼女がそう言うのだから、事実そうなのだろう。
 絹はアーチャーの腕の中にいる沙織へと目を向けると、再びその顔から笑みが消えた。

 「・・・・私の息子夫婦、つまりはこの子の親なんだけれども、違う街へと引っ越して行ったのを私は何も反対しなかった。色々と都合があったのだし、それにそのほうが聖杯戦争と関わらずにすむと思っていた。けれど、違った」

 顔をよりいっそう曇らせた絹は続ける。

 「その街も、この街と何も変わらなかった。それでも、二人の孫だけでも生き延びてくれたことだけは嬉しかった。けれど、その日から沙織は変わってしまった・・・・あの街で何があったか知らないけれど、それでも私はあの子の抱えているものや、苦しみに気付けなかった・・・・気付いてからも何もできなかったし、何もしてやれなかった・・・・」

 自身の胸中を吐露するたびに、絹の顔は次第に俯いていき、その声もやや震えてきた。
 似たような言葉を、アーチャーは初めて絹と会ったときにも聞いた。しかし、その心中を知る以前と知った今ではその響きの重みが異なっていた。正直、彼自身も沙織の身に何があったのか、完全に把握したわけではない。
 それでも、アーチャーは絹に向けて言った。

 「ばあさん。心配する必要はないさ。前にも言っただろ?サオリは必ずあんたらの元へ返すってな。あんな偉ぶった黒色男にやられるわけにはいかねえさ。だからあんたは安心して家でちびっ子と一緒に待っていな。それでサオリが帰って来たら、笑顔で迎えてやってくれ」
 「・・・・そうね。私がこんなんじゃ沙織に会わせる顔がないわ。こんなときだからこそ、私がしっかりしなきゃいけないわね。どうも、ありがとうね」

 そう礼を言って、絹は深々と頭を下げた。

 「いいって。ばあさん、気にするなよ」
 「それもそうかしらね。それじゃあ、私は家に帰って孫の帰りを待つことにします」

 そうして絹はくるりと背を向けて歩き出そうとしたとき、アーチャーに聞こえるように呟いた。

 「・・・・あなたも、無理はしないでちょうだいね。それと改めて、孫のことをよろしくお願いします」

 そして振り返らずに去る絹を、アーチャーはその後姿が見えなくなるまで見届けた。
 それから、アーチャーは天を仰ぎながら言った。

 「さすが、亀の甲より年の功ってか・・・・ホント、参るぜ・・・・」

 アーチャーの心中は絹に見抜かれていた。絹の前ではああ言ったが、彼も内心は不安でどうしようもなかった。無理もない。わからないことがこれでもかというほどに噴出してきたのだから。
 その中でも、絹に言えなかったことが一つだけある。それは、沙織の内側に潜んでいる、どす黒い泥のような呪怨。おそらくは、絹も薄々は感づいているだろうが、こちらも正体不明のまま。仮に絹に尋ねたとしても、他と同様に明確な答えは返ってこないだろう。
 前回の聖杯戦争から生き延びているサーヴァントに謎の存在と同様の力を持つ自身のマスター・・・・二つの闇の出現が、この戦いを混迷へと誘っている。

 「サオリ・・・・・・」

 アーチャーは自身の腕の中で眠る沙織に目を落とした。今だけはどうかこのまま、眠っていてほしい。これから迫り来る闇に、その体が蝕まれないように・・・・



~タイガー道場~

佐藤一郎「皆様。年も明けてから大分時間が経ち、中には成人を迎えられた方もいらっしゃるかもしれませんが、いかがお過ごしでしょうか?どうにか無事更新でき、物語もいよいよ終盤へと向かって行っております」

シロー「正直、アヴェンジャーだの闇のサーヴァントだの色々とやりすぎている感がするが、一応話が破綻しないように心がけてもらいたいものだな」

ロリブルマ「まあ、次の更新は懲りもせずに外伝をやるつもりみたいだけれど、少なくともその謎のうちの一つがちょっとは解明されるかも。それを是非、楽しみにしていてちょうだい」

シロー「・・・・ところで、彼女は?」

ロリブルマ「ああ。タイガのこと?タイガならあっちでへばっているわよ」

タイガ「ゼェ・・・・!ゼェ・・・・・・!(荒い息を吐いて、かなり汗だく)」

佐藤一郎「おや。生きておいででしたか、藤村様」

シロー「よく無事ですんだな」

タイガ「ゼェ・・・・!ゼェ・・・・!こ、こっちも危ないところだったわ・・・・!型月切り札のDVD収録がなかったら、どうなっていたことやら・・・・・・!」

ロリブルマ「でも扱いは相変わらずだけどね。まあ、プチ特集が組まれたから少しは機嫌よくなったみたいだけれど」

佐藤一郎「とある筋の情報によりますと、間桐家では大晦日に三が日と例年に比べて賑やかだったそうでございます。その上“ようやっとまともにテレビに映れるわい”と臓顕様が上機嫌だったために、二人のお孫様のお年玉もこれまた例年に比べて4.5%ほどアップしたようです」

ロリブルマ「ああ。そういえばテレビアニメじゃ顔がほとんど映らなくて、ゲームのOPじゃ一瞬だけだったものね」

シロー「だからといって、まともに出番があるとは限らないと思うのだが・・・・」

ロリブルマ「とりあえずいい夢ぐらい見させてあげなさい。どうせ出たにしたって、ほとんど出番なんてないんだし」

佐藤一郎「・・・・とりあえず、このあたりで本題に入りましょう。これ以上は野暮というものですし」

ロリブルマ「それもそうね。それじゃあ早速、今回の話について」

シロー「一言で言えば、顔見せ第二弾、といったところだろう。とはいえ、前回でアヴェンジャーが出てきたばかりにもかかわらず、立て続けに登場させてよいものかと、ない頭を捻らせたようだが」

ロリブルマ「それで、最初の構想どおりの展開にした、と」

佐藤一郎「まあ、その闇のサーヴァントの方にも多少戦わせるつもりでいたようですが、それは再登場時へ持ち越しとなりました。加えて、アサシン様やブラットフェレス様方の動向もちらりとお見せするつもりでしたが、それも加えるとなるとただでさえ多い文章量が余計増えるだけでなく、よりグダグダ感が増すということになりかねませんので、やむなくカットと相成りました」

シロー「まあ、妥当な判断だ、とだけ言っておこう」

佐藤一郎「では、ここで紹介に移りたいと思います。今回は、この方です」


氏名:野々原絹
性別:女性・老齢
身長:159cm
体重:41kg
イメージカラー:浅葱色
特技:家事全般
好きなもの:孫の笑顔、幸せな空気
苦手なもの:騙し合い、悲しい空気

氏名:野々原このか
性別:女子・十代前半(サラより年下)
身長:147cm
体重:39kg
イメージカラー:赤茶色
特技:体育、何もかもを自分のペースに持ち込むこと
好きなもの:家族、動物
苦手なもの:算数

氏名:シロー
性別:オス・犬
体高:39cm
体重:9kg
イメージカラー:赤?
特技:探索、ガラクタいじり?(人間態であれば家事全般?)
好きなもの:絹手製のエサ、ドッグラン(人間態であれば家事全般?)
苦手なもの:正義の味方?


ロリブルマ「・・・・思い切って野々原一家全員を出したわね・・・・」

佐藤一郎「まあ、タイミング外すと紹介せずに終わってしまう可能性もありますからね。ひとまず、解説に移らせていただきます。主人公の家族を考案する際、自然と“優しいおばあちゃん”のイメージで固まり、それに伴って“前回の聖杯戦争のマスター”という設定も加わりました」

ロリブルマ「それで妹は気付いたら、姉とは正反対の性格になったみたいよ。それで、飼い犬は・・・・」

(シロー、逃走準備)

(シロー、逃走失敗)

ロリブルマ「・・・・それで、何か言うことはあるのかしら?」

シロー「・・・・・・も、黙秘する・・・・!」

佐藤一郎「はっきり言いますと、名前からして“あの方”を意識していました」

ロリブルマ「なんか微妙にごまかしているような、そうでないような感じがするけれど、思いっきり狙い撃ちしているじゃない。しかも思いっきり弓兵のほうを意識しているみたいだし」

佐藤一郎「なお、“某見習い魔術師との関係は不明、某錬鉄の英雄との関係はもっと不明”だそうです」

ロリブルマ「・・・・それで、実際のところはどうなのかしら?」

シロー「黙秘する!」

ロリブルマ「へえ・・・・そういう態度とっていいんだ?いいわ。そっちがその気なら・・・・」

(道場の奥からなにか三体出現)

ロリブルマ「次のうちのどれかに魂を移転してあげるわ。さあ、どれがいいかしら?」

A、 体は某赤い執事(バトラー)で顔は某青髭な邪神造型
B、 思いっきりメタボ体質な某正義の味方
C、 無意味やたらに筋肉質な上に顔も濃ゆい某無銘

シロー「ぐはっ・・・・!ど、どれも嫌すぎる・・・・・・!!!」

ロリブルマ「それじゃあ、一分だけ時間をあげるわ。時間が経ったら、教えてね。さもないと、勝手に選んじゃうから」

シロー「くっ、油断していた・・・・!まさかここで悪魔っ子体質が発動するとは・・・・!」

佐藤一郎「あのー、お取り込み中申し訳ございません。何かお忘れではありませんか?」

ロリブルマ&シロー「「・・・・・・あ」」

(タイガ、ゆらりゆらりと復帰)

タイガ「人を放置して勝手に話を進めおってからに・・・・おかげで今回の出番少なかったじゃないのよーーーーー-!!!」

(タイガ、暴走)

シロー「おっ・・・・落ち着け!こんなところで暴れるな!」

ロリブルマ「きっ、緊急事態発生!緊急事態発生!バーサーカー!!!」

バーサーカー「■■■■■■■■■――――!!!」

佐藤一郎「・・・・それでは、藤村様も無事回復しましたので、また次回。それでは皆様、ごきげんよう」



[9729] 外伝ノ四「懐古」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/02/02 02:51
 ある日の幌峰総合病院。
 普段ならば患者や医師、看護師などで溢れているこの病院だが、ここしばらくは警察の関係者も出入りしていた。警察が出張ってくるようなことといえば、事件があったからに他ならない。
 ただし、ここで警察が追っている事件とは、医療ミスの隠蔽でもなければ、病院上層部による裏金疑惑でもない。
医師が一人、殺されたのだ。それも、口で説明するにはあまりにも無惨な死体となって。連日多発している猟奇殺人事件の被害者の一人だ。
 さらに患者が一人、行方不明となっている。ただし、警察はその患者が何者かによって拉致されたものと見なしており、また患者の生存は絶望的なものだとしている。
 警察の捜査がなお続く中にあっても、病院そのものはいつも通り診察を行っている。犠牲者が一人、行方不明者が一人だけというのはある意味では不幸中の幸いだったようだ。
 この病院のナースステーションで、一人の少年が窓口で女性看護師から何か話を聞いている。そして話が済んだのか、少年は一言礼を言って、窓口に背を向け歩き出した。
 この少年、門丸真悟はナースステーションから大分離れると、盛大な溜め息を吐いた。

 「やっぱ進展なし、かあ・・・・」

 彼がナースステーションで看護師から聞いていたのは、この病院に入院している彼の親友、伏瀬勇夫のことである。この人物こそが、行方不明になっている患者に他ならない。
 一度警察に尋ねてみたが、操作の守秘義務もあってか、碌な話も聞けなかった。そこで顔馴染みの看護師からある程度事情を聞くことにした。しかし、彼女から伝えられるのは捜査に進展なしの言葉ばかり。それが何日も続いている。
 そんなこんなで、真悟が浮かない顔をしている、そのときだった。

 「・・・・・・ん?」

 彼の脇を、何人かの女子が通り過ぎた。彼女たちが着ている制服は、間違いなく真悟の通っている高校のものだ。現に、その集団の中にも見知った顔がちらほらといた。
 前までならば、彼がこの病院に来る目的は勇夫の見舞いである。しかしその勇夫も行方不明となってしまっているため、真悟がこの病院に来る目的はほとんどないはずだった。
 だが、ここしばらくは別の人物の見舞いに来ている。その人物のいる病室は、もうすぐそこだ。
 真悟はゆっくりと病室のドアを開け、中に入った。そして目的の人物のいるベッドまで近づいた。

 「オーッス。来てやったぞ」
 「なんだ。誰かと思ったらあんたか、真悟」
 「なんだとはなんだよ。せっかく人が来てやったっていうのに」
 「ああ、悪かったね。だからそんなに気を悪くしないでおくれ」

 真悟に軽口を叩かれたその相手は、彼のクラスメイトである引沼亜美であった。彼女は、先日の幌峰ステーションで発生した謎の襲撃事件に巻き込まれ、そこで負傷したために入院してしまったのだった。
 なお、真悟は引沼の言葉に気を悪くした様子などなく、むしろケラケラとして彼女に言った。

 「その様子じゃあ、もう大丈夫そうだな」
 「おかげさまで。けど、逆にこんな生活が長く続いてるから、体がなまって仕方ないよ。おまけに、病院食がまずいとは思いやしないけど、味が薄くてさ・・・・あたしの舌にはあわないよ」
 「だと思った」

 引沼が苦笑したように言うと、真悟は白い歯をニッと見せた。
 そういえば、と真悟は思って言った。

 「お前の病室に来る前にうちの学校の連中を見かけたけど、あれか?」
 「ああ。うちの部の先輩と同じ学年の子。あたしがいないと練習に張りがないから早く復帰してほしいってさ」
 「さすが、人気者は違うねえ」
 「茶化さないでよ。こっちは本当に、早く退院したいんだからさ」

 先ほどの集団の学年にバラつきがあったのでやはり、と思った。真悟のちゃらちゃらした口の利き方と態度をしてはいたものの、むしろ彼はみんなから慕われている引沼に対して感心していた。
 すると真悟は、あることが頭に浮かんだが、それを引沼に言うべきかどうか迷った。
 妙に目が泳いでいて、そわそわしている真悟を見た引沼は言った。

 「なんだい、あんたらしくない。言いたいことがあったらさっさと言いなよ」
 「え?・・・・・・いいのか?」
 「ああ・・・・大体察しはついているからさ」
 「そうか、悪いな。その・・・・・・バイト先のことは残念だったな」
 「まあね・・・・大丈夫って言ったらウソになるけど、店長があんなことになったんじゃ、仕方ないよ・・・・」

 神妙な顔つきになった真悟に、引沼はやや顔を伏せて言った。彼女のバイト先である洋菓子屋は、まさに事件のあった駅に店を構えており、その事件に巻き込まれ店長は死んでしまった。その店はしばらく営業停止となっていたが、とうとう閉店することとなってしまった。
 引沼は目線を窓の外に向けて続けた。

 「バイト先の人たちもすごく残念そうにしていたよ。けど、そういうことは一切表に出さないで、あたしに気を遣ってくれてさ・・・・」
 「引沼・・・・」
 「けど・・・・」

 そこで引沼の声のトーンが少し変わったので、真悟は少し眉をひそめてしまった。

 「けど不思議なことに、あのときのこと、あんまり覚えていないんだ。何があったとか、誰に襲われたとか・・・・店長が死んだときのこととか・・・・それであたしさ、なんて薄情な人間なんだって一回思ったよ」

 そこで真悟はどう声を掛けるべきかわからないでいた。そのためか、真悟と引沼の周囲には妙に重たい空気が漂っていた。
 すると、真悟の目には引沼の口が若干緩んだように見えた。それからこちらに向けた引沼の顔には陰りなどなかった。

 「何そんな神妙な顔してんだい?あんたらしくない。言っとくけど、あたしはあんたに心配されるほど落ちぶれちゃいないつもりだよ」
 「なんだと、この」

 真悟はふざけて握った拳を振り上げる仕草を見せた。引沼の顔は完全に綻んだ。

 「先生が言うにはさ、当時の出来事があんまりにもショックが強すぎたから、脳が拒絶したんだろうってさ」
 「・・・・まあ、そうだろうな」
 「確かに店は潰れちゃったけどさ、だからって落ち込んじゃいられないよ。それに、退院して落ち着いたら、また新しいとこを探すつもりだしさ」
 「そうか、がんばれよ。そしたら今度こそオレにお前の手作りケーキ食わせてくれよな」
 「それが本音かい・・・・」

 呆れ果てた引沼を気にせず、真悟は腰に手を当て、胸を張って言った。

 「いいじゃねえか。未来のパティシエ様のスイーツをこのオレが食ってやるっていうんだぞ。ありがたく思えよな。あ。もちろん野々原のやつとか・・・・」

 そこで引沼の目は見張ったようである。それに真悟は思わず言葉を切って、頭に疑問符を浮かべてしまった。

 「そういえばさ、沙織は最近どうしてるのさ?」
 「へ?野々原?そういえば野々原、最近学校休んでいるよな・・・・」
 「休んでる?なんでさ?」

 迫るような引沼の勢いに、真悟は困惑しながらも答えた。

 「さ、さあ・・・・なんか無断っぽいし、それにオレだってこの世の全てを知ってるわけじゃねーからな。いくらなんでもあいつが休んでいる理由なんてわかんねーよ」
 「・・・・そう。あんたに聞いたあたしがバカだったってことでいいかい?」
 「どういう意味だよ、それ?人がせっかく教えてやったっていうのに」

 引沼の皮肉に思わずムッとなった真悟は続けて言った。

 「あ。でも関係ないかもしれねえけど、噂じゃどうも野々原のやつ、家に帰らないで狩留間先輩ん家に泊り込みしているらしいぜ」
 「・・・・本当に関係なさそうだね。しかも信憑性なさそうだし。いつものことだけど」
 「うるせー。この野郎」

 大げさに喚いてみせる真悟。しかしここは病室なので、声は控えめである。
 だが、引沼がどこか遠い目をしながら口元に微かな笑みが浮かんでいるのを見て、真悟はオーバーリアクションを止めた。

 「・・・・けど、その泊まっている云々の噂が、本当ならいいんだけどね・・・・」
 「・・・・それ、どういう意味だよ?」
 「だってさ、あの子ってば普段から積極的に自分から人の輪に溶け込めるような性格じゃないでしょ?だから、それぐらいできるようになっているんなら、あの人見知りも少しは解消できたんじゃないかなってだけの話だよ」

 それを聞いていた真悟は納得したような面持ちだった。
 野々原沙織という人物は、はっきり言えば大人しい少女だ。その性格ととある事情が重なってか、彼女は自分から積極的に人に関わろうとしない。それは、沙織と比較的親しい仲にある引沼や真悟にも、彼女自身から話しかけるようなことはほとんどないのである。もっとも、それで人付き合いが悪いというわけではないのだが。
 そこで、真悟はふと気になったので、引沼に尋ねた。

 「ところでよ、なんでいきなり野々原のことを聞いたんだ?」
 「あ。うん・・・・気のせいかもしれないんだけど、駅でのことあんまり覚えてないって言っただろ?それなのにさ、なぜかあの時沙織がいたような気がしたっていうことだけは覚えているんだよね・・・・」

 真悟は目を丸くし、それからしばらく頭を捻らせた。真悟が知る限り、沙織は夜遊びをするような人間ではない。しかし、沙織が学校を休むようになったのも、駅での事件があった次の日からだ。もしかすれば引沼の言うように、事件のあった夜に沙織もあの駅にいたのだろうか。
 真悟が唸っていると、引沼は困ったような顔をして言った。

 「ああ、ゴメン。今の話、忘れて。きっと気のせいだろうし、それこそあんたの話みたいに何の根拠もないから」
 「おい。それじゃまるでオレがウソツキ星人みたいじゃねーか」
 「そこまでは言ってないけど、本当だった例のほうが少ないじゃない」
 「あのなー・・・・」

 そこで真悟は病室の時計に目が入り、言葉を切った。
 そうして、前のめりの姿勢を正して言った。

 「もうこんな時間か・・・・悪いけどオレ、このへんで帰るわ」
 「帰るって・・・・店が忙しくなる時間はまだじゃないの?」
 「まあ、そうなんだけどよ、今日はちょっくら寄り道して帰りてー気分なんだわ。んじゃ、そういうことで」

 そう言って真悟は、引沼に背を向け、軽く上げた手をひらひらと横に振った。
 その真悟を引沼は引きとめた。

 「それじゃあ、最後に二つくらい言ってもいいかい?」
 「ん?二つ?何だよ?」
 「まずは一つ・・・・」

 真悟が振り向いたのを見てから、引沼は言った。

 「あたしの場合は未来の“パティシエ”じゃなくて“パティシエール”だから。覚えておかないと、あとで恥かくよ」
 「何だよ。それだけかよ?」
 「それともう一つ」

 呆れる真悟をよそに、引沼は言った。

 「あんたもごちゃごちゃと、考え込むんじゃないよ。あんたらしくないから」

 引沼が言い終わると、真悟は顔を前へ向け、手を軽く上げて病室を後にした。
 病院の廊下をテクテクと歩き、引沼のいる病室から大分離れたところで真悟は呟いた。

 「ごちゃごちゃと考え込むな、か・・・・」

 そう呟いて真悟は歩きながら上を向いて、天井を見上げた。

 「それぐらいオレにもわかってるっての。それができてりゃ誰も苦労はしないってのに・・・・」

 真悟の言葉は溜め息とともに吐き出された。
 引沼は見抜いていた。友人が行方不明になって、真悟が心穏やかでいられていないことに。彼が色々思い悩んでもどうにもならないことぐらいはわかっている。しかしどうしてもいてもたってもいられなかったり、そのために何もできない自分がもどかしかったりしてしまうことが、ここしばらくの間で頻繁になってしまった。
 無理もない。真悟と勇夫は小学校からの付き合いだ。きっかけは、クラス替えしてそのクラスに馴染めず、ほとんど孤立していた勇夫に話しかけたのがきっかけだ。以来、ゲームやテレビ、マンガにアイドルの話で盛り上がったり、互いの家に遊びに行ったり、馬鹿話もした。

 「そういえば、あいつも最初はあの頃の伏瀬みたいだったもんなあ・・・・」

 病院から出た真悟は、遠い目をしてどこかを眺めた。特別、何かを見ていたわけではない。
 真悟を思い悩ませているのは、何も勇夫のことだけではない。もう一人、最近では姿を見せない、もう一人の親友のことでも思い悩んでいた。こちらは事件性がないだけに、余計不安に苛まされる。
 不意に、真悟はその親友と出会ったときの出来事に思いを馳せていた・・・・



 それは、中学最後の年の春麗らかな日。ここに至って高校受験が控えているのだが、いまだその実感も沸かない頃であった。
 同じクラスとなった真悟と勇夫の二人はそのクラスに馴染んだ頃、ただし大半が顔見知りのために馴染むも何もないわけだが。
 その日の朝礼が終わり、担任がまだいるにもかかわらず、クラス中がどこかざわざわとして浮ついていた。

 「静かに!」

 担任の一声でクラス全体が静まった。しかし、いまだにどこか浮ついている雰囲気はあり、まだかまだかと何かを待ち遠しそうにしている様子でもある。

 「これから、炊事遠足の班決めをしたいと思う。まずはプリントを配るから、それを見てくれ」

 そうして担任がプリントを配り始めた。
 クラス中が落ち着きを失っていたのもこのためである。この炊事遠足は、早い話が学校で行う野外のバーベキューのようなものである。ただし、遠足の体裁を取り繕うため、キャンプ場などに入ってからはある程度歩くわけだが、やはりメインは食事であることに変わりはない。各々が持ち寄った用具や食材を用いて、焼肉や焼きそば、焼き鳥などといった料理を自然の空気と一緒にじっくりと味わう。ただ、生徒たちは単に焼肉などを食べたいだけなのだろうが。
 ともかく、担任の説明が終わり、各自で班を決めることとなった。一班およそ五人編成だ。やはり三年の付き合いのある者がある程度集まっているのか、入学当初よりもそれは潤滑に行われた。

 「おーい、伏瀬~。こっち来いよ~」
 「あ。ちょっと待ってて」

 無論、真悟と勇夫の二人も例外ではない。早い段階から、二人は班を組むこととなった。

 「なんだかみんな、盛り上がってるね」
 「そりゃ、そうだろ。学校行事がめんどいやつはめんどいだろうけど、これに限っちゃ肉が食えるからな。あ。言っとくけど、肉独り占めすんなよ」
 「わかってるよ」

 伏瀬と付き合って真悟が意外に思ったことは、彼が大食漢であるということだ。見た目は思いっきり内気な文学少年だというのに、食べる量は恐竜ぐらい。小学校の頃の給食でもおかわりは当たり前。いつの間にか“伏瀬がおかわりする前におかわりしろ”という暗黙の了解までできていたほど。さらに遠足で持ってくる弁当のボリュームも半端ない上に、ほとんどが肉類。しかも真悟も実際に見たのだが、近くのファミレスでおよそ二合近くのカレーを三分で食べ切れるかどうかというチャレンジカレーなるものを見事時間内に完食したほどだ。

 「ところで、門丸くん。他に誰を班に入れる予定なの?」
 「あー・・・・そういえば、武田も蘇部も別んとこ行ったしなあ・・・・お前は?」

 勇夫が首を横に振ったのを見て、真悟は溜め息をついた。

 「だよなあ・・・・」

 勇夫は前に比べていくらか明るくなったものの、まだ自分自身から友人を作れていなかった。他に友人がいるとしても、それは真悟が作った友人だ。
 勇夫は申し訳なさそうな顔をして言った。

 「ご、ごめん・・・・・・」
 「なに、気にすんなって。別に困ることでもねーだろ?」
 「でも、他の班の人はどうするの?」
 「そりゃあ、やっぱ誰か余っているやつを引き込むか、どこかに入れてもらうしかねーだろ?けど、まあ気楽に行こうぜ」
 「うん」

 そんなこんなで、二人の班にはもう二人入ることになった。一人は、野球部に入っているという陣内。もう一人は、女子で柴田という。二人とも出遅れたために友人のいる班に入れなかったようだ。真悟はこの二人とは去年までクラスが違っていたため、あまり会話がなかったが、それもすぐに馴染んだ。
 ほとんど班もまとまり、それぞれが席で寄り集まったその時に、担任が全体を見渡してから言った。

 「・・・・なんだ。一人余っているじゃないか」

 担任の言葉をきっかけに、それまで浮かれていた教室の空気が一変し、一気に張り詰めた。真悟たちと同じ班の陣内と柴田の二人は露骨に嫌悪感を露にした顔をしている。真悟も勇夫も互いに顔を見合わせてキョトンとしていた。クラスのほとんどがそのどちらかの顔をしていた。

 「・・・・どうやら門丸たちの班が一人足りていないようだな。それじゃあ、野々原。お前は門丸たちのところへ入れてもらえ」

 クラス全員の視線がある一点に注がれた。その対象となったのは、後列に位置する座席に座っていた一人の女子生徒。その生徒はどこにでもいる普通の女子といった面持ちだが、その目は沈んでいて、全体的にどんよりとした空気を漂わせていた。
 担任の呼びかけられた野々原という女子は、その言葉にただこくりと頷くと、のっそりと立ち上がり、重い足取りで真悟たちの集まっている席へと近づいていく。嫌な顔をしていた生徒は、彼女が近づくと磁石に反発するかのようにすぐ離れていった。
 そうして真悟たちのいる席へと辿り着いた彼女に、他の二人はまるで汚いものでも見るかのような視線を浴びせた。しかし当の本人はまるで気にしていないのか、相変わらずそのくらい空気を纏ったままだった。

 「・・・・よし。これで全部決まったな。それじゃあ、これから班で話し合って役割分担を決めてくれ」

 依然しこりのようなものが残ったまま、各班で話し合いが始められた。
 その結果、他の班と同様に真悟が班長となり、それぞれが炊事遠足の際に持ってくる食材、用具が決まった。しかしその話し合いの中でも、暗い雰囲気の女子は一言も発することはなかった。



 その日の放課後、いわゆる帰宅部である真悟と勇夫がいつも通り帰路に着いていたときのことだった。真悟が自動販売機で買った缶ジュースを飲んでいる脇で、勇夫は近くのポールに繋がれた一匹の子犬としゃがんでじゃれていた。

 「・・・・あの後クラスのやつに聞いてみたんだけどよ、あいつ、野々原沙織っていうらしいぜ」
 「野々原さん・・・・?」
 「ホラ。オレたちと一緒の班になった、あのジメッとしたやつ」
 「あの子のこと?あの子が、どうかしたの・・・・?」

 勇夫は指で子犬の喉をくすぐりながら返した。子犬は尻尾を振っている。

 「覚えてないか?うちの学校に警察が何回か来たことあったろ?」
 「ううん・・・・そんなことがあったような、なかったような・・・・」
 「まあお前、野次馬根性ないから知らなくても仕方ねーか。とにかくな、うちの学校で行方不明になったやつとか、事故で死んだやつとかたくさん出ただろ」
 「・・・・そういえば、そうだったね。ニュースや新聞でやっていたから、覚えている」

 勇夫の声が少し沈むと、子犬はその首を傾げた。真悟は缶ジュースから口を放して続けた。

 「それでそいつら、どうもあの野々原にちょっかいを出していたらしいぜ。そんなもんだからあいつ、疫病神って呼ばれているみたいだぜ」
 「疫病神・・・・?」
 「そう。疫病神。オレも話ぐらいは聞いたことあったけど、そのときは話半分だったし、本当かどうかも怪しかったしなあ」

 そう言う真悟こそ、真偽性の疑わしい話をよく発信している。中でも小学校の頃には、クラスメイトのうちの一人が女子高生と交際しているという噂を流した挙句、真実はその件の女子高生はそのクラスメイトの姉だったという真相に辿り着き、赤っ恥をかいたという。

 「しかも噂じゃあいつ、自殺しようとして失敗したって話だ。まあ、あくまでも噂だけどな」

 言い終えた真悟は缶ジュースを飲み干し、空になった缶を近くのゴミ箱へ向けて放り投げるように捨てた。しかし外してしまったため、真悟はそそくさと地面に転がっている缶に近づき、今度はきちんとゴミ箱に捨てた。
 勇夫も立ち上がり、真悟のところへ歩み寄った。

 「悪い。なんか、暗い話しちまったな」
 「ううん。大丈夫だよ」

 そうして二人が歩き始めたところ、勇夫は振り返って子犬に手を振った。すると子犬は勇夫に向けて一声鳴いた。

 「“また遊んでね”だって」
 「またまた~。本当にそう言ったのかよ~?」
 「うん。なんとなく、だけど」
 「ふ~ん・・・・お前ってさ、やっぱりブリーダーとかに向いてんじゃねーの?あるいはペットショップの店長、とかさ」
 「そう、かな・・・・?」

 勇夫ははにかみながら応じる。
 どういうわけか、勇夫は犬の気持ちがよく理解できているようだ。また犬たちも、勇夫に対してはよく懐いている。どこかほのぼのとしていながら、どこか不思議な感じが漂っている。
 そして勇夫は、思わず溜め息を漏らしてしまった。

 「なんだよ?さっきの話、真に受けちまったの?気にすんなって。あんなの、ただの噂だよ。う・わ・さ」
 「うん・・・・わかっているけどさ、野々原さんのこと考えていたら、なんだか他人事に思えなくて・・・・」

 勇夫の言葉を聞いた真悟は眉間に皺を寄せた。勇夫は続けた。

 「僕も、門丸くんに会うまではあんな感じだったからさ・・・・誰からも相手にされなくて、誰からも白い目で見られて、そのくせに自分から動く勇気がなくて・・・・」
 「・・・・・・ああ。そういえば、お前もそんな感じだったもんなあ」

 真悟はすぐに納得できたようだ。
 勇夫はその大人しい性分から見知らぬ人間とは打ち解けにくかった。そのために、不特定のクラスメイトから嫌がらせを受けたりしたこともあったし、何かあっても自分から言葉を発することもほとんどなかった。仮に仲良くなれた人間ができたとしても、運悪くクラス替えによってまた元の木阿弥だった。
 勇夫が真悟と会ったのは、まさにそんな時だった。

 「けど、言っちゃあれかもしれねーけど、なんだかお前のほうがまだマシなように思えてきたぜ。なんて言うかさ、お前んときはどこかお遊び半分って感じだったような気がするし・・・・けど、あいつの場合はなんかよー、ヘイトが混ざっているっていうか、完全に別世界の何かって感じで扱われているっていうか・・・・」
 「・・・・・・野々原さんは、きっと門丸くんと出会わなかった僕だと思うんだ。僕もひょっとしたら、野々原さんみたいになっていたかもしれないし・・・・」
 「おいおい。そりゃいくらなんでも大げさすぎだろ?」
 「そんなことないよ」

 勇夫が断言すると、まっすぐに真悟の方へと顔を向け、そのまま彼を見つめて言った。

 「僕、門丸くんには感謝しているんだ。門丸くんがいてくれたから僕、初めて学校生活が楽しいって思えるようになったんだよ」
 「・・・・よせやい。そんなの真顔で言うんじゃねーよ。気色悪い」

 そう言いながら、真悟は目線を勇夫から外し、頬を人差し指で掻いていた。
 よく考えれば、伏瀬勇夫とはそういう人物であった。いわゆる“臭いセリフ”に分類されることも平気で、それも本心から言える、純真培養された人間であるのだ。そうした性質が、小学校時代によくからかわれた原因でもあるのだが、いまだに赤ちゃんはコウノトリが運んでくるかキャベツ畑から生まれてくると思っていることだろう。さすがに保健体育を習ったからには、そんなことはないだろうが。
 以上のことから、真悟は思っている。もし、伏瀬勇夫が動物の姿をとるとしたら、まず間違いなく羊の姿をしているだろう、と。
 気を取り直して、真悟は言った。そろそろ分かれ道である。

 「とにかく、だ。せっかく外で肉焼いて食えるんだし、そういう深刻なことは忘れることにしようぜ。んじゃ、またな」
 「うん。またね」

 そして真悟が軽く手を上げると、勇夫は同じく手を上げ軽く振って、家路に着く真悟を見送った。
 一人残った勇夫は、赤らみかけている西の空を見つめると、いつになく引き締まった顔をして力強く頷いて見せた。



 炊事遠足当日。
 現地まではバスでの移動となり、到着してからは遊歩道を通って炊事広場へと移動していく。意外にもこれが、なかなかに距離があり、体力のない者はすぐにヘトヘトになってしまう。案の定、真悟たちの学年でも体育の成績が下から数えたほうが早い者たちの多くは息が上がってしまっている。
 無論、真悟たちも額に汗を流していた。暖かな春の日差しも、必要以上に照っているような気がしてならない。
 なお班の持ち物は大まかに分けると、班長の真悟が焼肉に使う肉や野菜、勇夫が紙製の食器に飲料、陣内が鉄板に油、柴田が着火装置や着火材などの小物、そして沙織が炭をそれぞれ持ち寄った。
 沙織も体育の成績が芳しくない部類の人間であるために、班からだんだんと離れてしまい、次第に後ろのほうに追いやられてしまっている。さらに炭の重さが相乗効果となって、彼女の体力を奪ってしまっている。そんな彼女が炭を持ってくることになってしまったのも、ほとんど流れによるものだった。もっとも、炭以外にも食器という選択肢があったのだが、どういうわけか彼女の方から炭を選んでしまった。
 一方、沙織の前を歩いている真悟と勇夫は陣内を交えながら談笑していた。柴田も別の女子のグループと話し込んでいるようである。それは他の班の生徒でも同様だ。
 そもそも班という枠組みも、学年が上がるごとにあまりその意味をなさなくなっているようだ。基本的に炊事は各班でそれぞれ行うものだが、他の班へお裾分けしてもらう光景がしばしば見受けられるようになっていく。特にそれは男子に多い光景である。
 そんな中にありながら、沙織はほとんど班から引き離され、周りのクラスメイトも沙織を認識していないかのように、誰も見向きもしていなかった。たまに誰かと目が合ったとしても、その誰かから蔑みと憐れみが交じり合った目を投げかけられる。
 そんな沙織を勇夫は時折チラチラと見ていた。最初はタイミングがわからないでいたようだが、ついに行動を起こした。

 「門丸くん、陣内くん。ゴメン。ちょっと離れるね」
 「ああ。別にいいぞ」

 そう言って勇夫は真悟たちの後ろへと下がっていった。そうして勇夫が近づいた相手は、なんと沙織であった。彼女は相変わらずどんよりとした空気を放っているが、その顔は汗だくになっていた。運んでいる荷物がかなり重いようである。
 そんな沙織に勇夫が横に並ぶようにして歩きながら、何気なく声を掛けた。

 「なんだか重そうだね。よかったら手伝おうか?」

 勇夫の言葉に反応したのか、沙織の目はキョトンと丸くなった。話しかけられたことが意外に思ったのだろうか。
 しかし、その顔はすぐに元の曇った顔になってしまった。

 「・・・・いい。一人でも、大丈夫だから」

 そう言って、沙織は勇夫から離れるように歩調を速めて前へ進んで行った。
 一人になってしまった勇夫は溜め息をつくと、同じく前へ進んで行った。
 それより前にいる真悟は、会話に他のクラスメイトも混ざってきたため、その様子を横目で盗み見ていた。

 「・・・・ありゃ、重症だな・・・・」
 「門丸?お前何か言ったか?」
 「ん?ああ。いつまで歩くんだろうなってな」

 小声で呟いたのを聞かれたのか、真悟はそう言って誤魔化した。そもそもそうする必要性などないはずなのだが、なぜかそうしてしまった。やはり、クラスから半ば白眼視されている沙織が関わっているからだろう。
 それからようやくのことで広場に到着し、各班で準備が始められた。
 まずは広場に常備してある、鉄板を載せる台を作るのに必要なブロックや椅子代わりの小さな丸太などを持ってくる。真悟の班では沙織がこれを持ってくることとなった。それも、自分から進んで。さすがに一人では無理があると思ったので、勇夫も一緒に運ぶことにした。
 真悟たちが自分たちの班の場所で準備を進めていく中、勇夫と沙織の二人はブロックなどを運んできた。この間、二人の間には会話らしい会話などなかった。
 台の設置が終わり、今度は水飲み場から水を運んでくるときだった。これまで、ほとんど言葉も交わされなかったが、それでも勇夫はなるべく沙織の負担を軽減するために多くを持ち運んだ。ただし、ほとんど無理をしていたため、沙織に負けず劣らず汗だくとなり、息も荒くなってきた。
 そんなときに、なんと沙織のほうから声を掛けてきた。

 「・・・・・・どうして?」
 「え?」

 あまりにも突然のことだったので、バケツに水を入れている勇夫は目を丸くしてしまっていた。これまでにも・・・・「これは僕が持っていくからいいよ」などの類の言葉を投げかけてきたが、いずれにしても相手から返ってくることはなかった。それだけに、沙織から話しかけてきたことが勇夫にとっては驚くべきことであり、それは同時にまたとないチャンスでもある。

 「・・・・どうして、わたしなんかのために、こんなにしてくれるの?こんなことしても、何にもならないのに・・・・」
 「どうして、って言われても・・・・なんでだろう?放っておけなかったから?う~ん・・・・なんか、違うような気が・・・・気になったから?それもちょっと違うかなあ・・・・?」

 一人唸りながら考え込む勇夫。よくよく考えてみれば、どうして見ず知らずの、それもたまたま同じ班になっただけのろくに話もしない女子一人のためにここまでするのか。改めて考えてみると、勇夫本人にもよくわからないことであった。
 勇夫が思考の泥沼にはまっている間、沙織がまたもや口を開いた。

 「・・・・同情しているの?わたしが、みんなから軽蔑されているから?」
 「・・・・同情なんかじゃないよ」

 いまだに考えがまとまっていない中、勇夫はそうはっきり言った。

 「君の悪口がけっこう広まっているのは、知っているよ。でも知ったのは、君が僕と同じ班になってから・・・・だから、同情のしようなんてないし、君が思っているほどみんなはそんなに気にしていないと思うよ」

 確かに、クラスの中にはその噂を知っていて沙織に対してよくない感情を抱いている者もいれば、面白半分でとやかく言ってくる者もいる。しかしその反面、それを信じていない者もいるのも事実だ。現に、勇夫にそのことを教えた真悟でさえも単なる噂でしかないと思っているのだから。
 しかし、沙織は言い返した。

 「・・・・でも、その噂は本当かもしれないよ?」
 「そんなの、悪い偶然が重なっただけだよ。それにもし本当だとしても、そういう目に遭ったのって君によくないことをした人たちでしょ?あ・・・・でも、もしこれが君にとって迷惑なことだったら僕もそうなるかもしれないけど・・・・・・それでもそうならないと思うよ、うん」

 一瞬、余計なことを言ってしまったかもしれないと思った勇夫は慌てて言い繕った。しかし、沙織は変わらず淡々とした口調で言った。

 「でも、わたしによくしてくれた人・・・・友達だと思っていた人も事故で死んだよ」

 その瞬間、勇夫の体は硬直してしまった。
 そのためか、バケツに水が注がれる音のみが二人の周囲を覆う。すると、沙織が勇夫の脇に立った。どうやら蛇口を閉めていなかったため、バケツに水が溢れてしまっている。沙織は蛇口の水を止め、余分な水を流すとバケツを持って、勇夫の脇を通り過ぎた。
 ややフラフラとした足取りで、班のみんなのいるところへと戻ろうとした。すると不意にその足が止まった。

 「・・・・けど、その人はわたしのこと、裏切ろうとしていたみたいだけど」

 振り返らず、聞こえるか聞こえないかの声量で沙織は言い、再び歩き出した。
 沙織のほうへ振り返っていた勇夫は、半ば呆然としていた。沙織の抱えているものが予想以上に重たく思えたからだ。しかも友人だと思っていた人物の死を話したのも、暗にこれ以上関わるなと言っているように思えた。
 それでも、まだ口を利いてくれただけ一歩前進したと勇夫は思うことにした。これより先へ進むためには、何故自分が沙織に関わろうとするのか。それをはっきりさせなければいけない。



 どうにか炊事遠足も無事、終了。しかし食事中、沙織とは一切口が利けなかった。
 そんな帰りのバスの中でのことだった。

 「しかしお前、思ったよりも食わなかったな、肉。これ、明日は雪か?」

 真悟はとなりの座席に座っている勇夫に向けてそう冗談めかしたことを言った。

 「そんなこと、ないよ。僕だってちゃんとお肉食べたよ」
 「い~や。いつものお前だったら、三人前かそれ以上食っているはずだ。なのにどうした?」

 実際、勇夫の食べている量は常人から見れば“食べ過ぎ”に十分当てはまるのだった。しかし、真悟が大げさに言っているせいもあって、彼は自分が知る勇夫の食べっぷりにややオブラートがかかった印象を受けた。結局、肉の大半は他の半の人間の胃の中へと収まったわけだが。

 「ひょっとして、野々原のことか?」

 真悟のその言葉に、勇夫は少しだけ目を丸くしてしまった。

 「どうも、図星みたいだな」
 「・・・・・・うん。まあ、ね。それでね・・・・」

 勇夫は観念したのか、あっさりと認めた。その上で、彼は真悟に水を汲みにいったときのことを話した。
 すると、真悟は言った。

 「・・・・ああ。確かそれ、聞いた話じゃ陰で野々原のことを馬鹿にしていたみたいなことは聞いたな。けど、なんでそれ野々原本人が知っているんだ?」
 「さあ・・・・?」

 勇夫は取り立てて気にもしていなかったが、改めて考えてみれば不思議だ。人との係わり合いの少ない彼女がどこでその話を聞いたのだろうか?誰かが彼女を叩き落すために言ったのだろうか?
 すると、真悟は言った。

 「・・・・なんていうかさ、もうこれ以上は取り付くしまもないんじゃねーのか?なんか傍から聞いていると、あんまり関わってほしくなさそうな感じするけど?」
 「それは、そうなんだけど・・・・」

 どういうわけか、勇夫はそれを受け入れられないようである。何がそうさせるのか、自分でも不思議だ。
 すると、真悟は一呼吸置いてから言った。

 「でも、お前はこのまますごすごと引き下がる気はないんだろ?」

 真悟の言葉を受け、勇夫は大きく頷いた。それを見た真悟は、口元を緩めて言った。

 「だったら、お前の気の済むまでやればいいさ。よく考えたら、お前がこうして自分から動くのって初めてだしな。こうなったらとことんまでやっちまえ。あ。でも法に触れるようなことはするなよ」
 「そんなの、できるわけないよ」
 「わかってるっつーの」

 仕舞いに、勇夫は真悟と二人で笑い合った。先ほどまで、心のどこかに突っかかりのようなものを感じていた勇夫だったが、今ではすっかり晴れやかな気持ちになった。
 思えば、この友人がいてよかったと心から思える。本人はそんな大したことはしていないと苦笑しながら言うだろうが、自分にとっては大きな助けとなっていることに変わりはない。
 今度は自分の番、というわけではないが、彼女には誰か支えとなる人物が必要だと無意識のうちに感じていた。それが自分に勤まるかどうかはまだわからないが、とにかく今は考えるよりも動くこと。
 それらが本能的なものとなって、勇夫を突き動かしていたのだった。



 学校に到着し、連絡事項も特になかったため、バスから降りると各自解散となった。
 沙織もバスの収納庫から下ろされた自分の荷物を持つと、誰かと話し込むでもなく、そのままその足で帰り道についた。そもそも、そういう相手など沙織にはいないのだから。
 校門から出て、いつもの帰り道を歩く。学校から大分離れてきた、そのときだった。

 「まっ・・・・・・待って!待ってーーーーーー!!!」

 後ろから誰かの声がしたので、振り向いた。すると、誰かが走って自分に駆け寄ってくる。それは今日の炊事遠足で、同じ班になった同級生だ。確か名前は、伏瀬といったはずだ。
 その彼が自分の前で止まると、膝に手を当てて息を荒く吐いた。おまけに遠足のとき以上に汗だくになっていた。また、先ほどの呼び声も微妙に声が裏返っていた。だからどうというわけでもないが・・・・

 「・・・・何か用なの?」

 沙織はすでにヘトヘトになってしまっている勇夫に素っ気なく言った。対して、勇夫は呼吸を落ち着けてから、顔を沙織に向けて口を開いた。

 「その・・・・君に一言謝ろうと思って・・・・」
 「謝る・・・・?何を・・・・?」

 思いがけなかった言葉に、沙織は思わず目を丸くして呆気に取られてしまう。しかも相手の声の調子がいかにも申し訳なさそうだったので、どうしていいのかまるでわからなかった。
 そして勇夫は言った。

 「ほら・・・・二人で水を汲みに行ったとき、なんだか君を嫌な気分にさせたみたいだったから・・・・だから本当に・・・・ごめんなさい!」

 そう言うと、勇夫は上げていた頭を再び下げた、それも勢いよく。
 謝られた沙織は、今までどおりの淡々とした抑揚に乏しい口調で言った。

 「なんだ・・・・そんなことだったの。いいよ、別に気にしていないから。それじゃ」
 「あ・・・・!待って!」

 一方的に話を切って、勇夫に背を向けて帰ろうとしたが、その彼に再び呼び止められてしまう。再度振り向いた彼女の顔には、どこか彼を鬱陶しく思っているようである。

 「えっ、と・・・・迷惑だったら本当にごめん。でも、これだけは言っておきたくて・・・・」

 沙織の不愉快そうな表情に少しうろたえ気味の勇夫だったが、それにもめげずに言った。

 「あの時、どうしてみたいなこと聞いたよね?それで、あの時はうまく言葉にできなかったんだけど、今なら答えられると思う」
 「・・・・それで、何なの?」
 「うん。どうしてかっていうとね・・・・君は僕に似ているから」

 沙織はまたもや呆気に取られたかのような表情をした。勇夫は言葉を続けた。

 「僕も小学校の頃は、色々と嫌がらせを受けていたんだ。仲間外れにされたり、教科書とか取られたり、一人で静かにしていたいのにいつも邪魔されたり・・・・まあ、今考えたらすごく低次元だけどね」
 「・・・・それぐらい、わたしもやられたことがあるよ。でも、話を聞く限りじゃ、あなたのほうがまだいいほうかもね」
 「うん。門丸くんにもそう言われたし、君から見ても僕のなんて本当に低次元かもしれない。でも、あの時は本当に辛かったんだよ・・・・先生に言っても、僕が大人しいからあれぐらいがちょうどいいって言ってぜんぜん相手にしてくれなかったし・・・・門丸くんに会うまで、僕の周り全部が敵のように思えたし、僕のいる世界そのものが間違っているように思えたんだ・・・・」

 勇夫はどこか遠くを眺めるような目をしながら話す。沙織も思うところがあるのか、ただ黙って勇夫の話を聞いていた。

 「けれど、それってよく考えたら、僕が勝手に塞ぎこんで、殻に閉じこもっていたからかもしれない。誰かに話せば楽になれたかもしれないのに、話したらもっとひどいことになるかもしれないと思い込んでいたから、状況は全く変わらなかったから・・・・それで、余計に泥沼になっちゃった」

 沙織のほうへと向いて、苦笑しながら勇夫は言った。勇夫は続けて言おうとしたが、そこへちょうど沙織がか細い声を出した。

 「・・・・・・あなたは、考えたこと、ないの?」
 「え?」
 「あなたは、その・・・・ひどいこととか、考えたことないの?例えば、誰かいなくなっちゃえ、とか。誰か死んじゃえ、とか」

 どこからか、重苦しいエンジン音が聞こえてきた。おそらく、これはトラックか何かだろう。近くの道を走っているのだろうが、ここからでは見えない。
 トラックの音が遠ざかっていくと、勇夫は静かに言った。

 「・・・・・・思ったよ。それぐらい、何度も思ったよ。あいつさえいなくなればいいのに、とか。あいつさえ死んでくれれば学校生活も楽しくなるのに、とか。こんなひどい学校なんて消えてなくなればいい、とか。たまに僕が病気になればいいのに、とか思ったよ。そうすれば、学校に行かずにすむからね」

 それから、勇夫は目を伏せがちにして言った。

 「でも、そういうのって全部本当のことにならないから、もっとむなしくなって、もっと悲しくなって・・・・そういうのって自分じゃどうにもできないって決め付けちゃってるから、そういうことを考えちゃうと思うんだ。そのせいで、自分から動こうとしないから余計、ね・・・・動かなきゃ、何も変わるはずないのに・・・・」

 そこで勇夫は一呼吸置いた。沙織は先ほどのように口を開く様子はないようだ。

 「だから、門丸くんが話しかけてくれる前に、自分から動いていたらもっとよくなっていたんじゃないかって思うことあるよ。お父さんとかお母さんとか、妹にも何にも話さなかったし、散々心配かけていたから、なおさら、ね・・・・」
 「・・・・・・妹、いるの?」
 「え?」

 勇夫は目線を沙織に合わせた。このときの沙織の顔はキョトンとした顔であった。しかしこれが今まで見せた軽い驚きの顔とは違う臭いを嗅ぎ取ったため、意表を突かれる形となりながらも勇夫は彼女の問いに答えた。

 「えっと・・・・今年中学に上がったばかりだけど・・・・?」
 「このかより年上だ・・・・」
 「このか・・・・?君の妹さんの名前?」
 「うん・・・・まだ小学生だけど」
 「そうなんだ・・・・まあ、僕のも去年まではランドセル背負ってたけど」

 それから、どういうわけかお互いの妹の話へと移行してしまった。
 やんちゃでやや喧しい沙織の妹に対して、勇夫の妹は逆に大人しく、よく近所から似た者兄妹と言われているが、その反面として勇夫本人よりも大分しっかりしていること、などを話した。
 この話を通して、沙織がどれほど妹のことを大事に思っているのかということがはっきりとわかった。

 「このかにも見習ってほしいぐらいだね」

 そう言った沙織の顔に、変化が現れた。先ほどまで無愛想で、表情の変化に乏しい彼女だったが、ここへ来てその顔が柔らかものになった。話の脱線が功を奏した。
 その変化を目の当たりにした勇夫は、思わず微笑んだ。

 「・・・・・・どうしたの?」
 「え?いや・・・・なんだか、そういう顔も新鮮だなあって・・・・」
 「あ・・・・・・」

 だがしかし、勇夫に表情の変化を指摘されてしまった沙織は、すぐにそれを消してもとの暗い顔へと戻ってしまった。
 それにより勇夫は慌ててしまった。

 「ど、どうしたの・・・・?別に、変っていうわけでもないし、むしろそっちのほうがいいと思うんだけど・・・・・・」

 すると、今度は暗い顔をした沙織の目に涙が滲んできた。そしてその涙が目から滝のように溢れ出し、頬を伝った。勇夫は余計オロオロと慌てふためいてしまう。

 「だ、だって・・・・だって・・・・・・!わたしが、わたしが・・・・幸せとか感じたり・・・・何か、ほしいって思うと・・・・誰かが、不幸になっちゃう、ような気がして・・・・・・」

 沙織の涙声は、次第に鼻が詰まりだして濁声になってしまった。にもかかわらず、沙織は続けた。

 「さっき・・・・ひどい、こと・・・・どうとか、話したよね・・・・・・あれ・・・・いっぱい、考えちゃったせいで・・・・本当に、そのとおりに、なっちゃって・・・・・・!その、せいで・・・・傷つかなくていい人、まで・・・・・・傷ついて・・・・!だから・・・・!わたし・・・・!頭・・・・おかしくなってるか・・・・!本当に・・・・!ほん・・・・と・・・・・・・・!」

 最後からはもはや言葉として成立せず、単なる泣き声になってしまった。その嗚咽とともに、沙織の大粒の涙の雫は頬を伝って地面に落ちていった。
 目の前で泣き濡れるこの同級生を前にして、勇夫は瞬時に理解した。彼女が極端なまでに人と関わることを恐れていることを・・・・

 「・・・・君は、疫病神じゃない」

 勇夫は、言った。今までにないような、穏やかな声で。それを聞いた沙織は、涙を拭う手をどかして、目線を勇夫に向けた。

 「君は、疫病神なんかじゃないよ。だって、そうでしょ?君がもし、本当に疫病神だったら、こんなことで泣いたりなんかしないはずだよ。だから本当は、君はとても心の優しい、普通の女の子なんだって僕は思うんだ。ね?野々原さん?」

 すると、沙織の目は再び涙で潤みだし、今度はその場にへたり込んで、両手で顔を覆った。

 「あ、あああああ・・・・!あああああああああああ・・・・・・!」

 手で覆われた顔から、沙織の嗚咽が漏れてくる。勇夫は何も言わず、ただ沙織に目線を合わせるかのように屈みこんだ。
 沙織の声が枯れはてるまで、屈みこんだ。
 思えば、このとき沙織は中学に上がってから初めて自分の名前を呼ばれたのかもしれない・・・・



 その日の店の手伝いを終え、夕食を取った真悟は自分の部屋で、両手を頭の後ろにしてベッドの上で寝転がっていた。いつもならばお気に入りの歌手のCDを聞くか、ゲームをするか、テレビを見ているか(ただし自室のそれを使うのは見たい番組が重なったときと前述のゲームをするとき+α)のいずれかであるはずだった。
 しかし、今の彼は何をするでもなく、ただベッドの上でぼんやりと寝転がっているだけである。強いて言うならば、昔を懐かしんでいた、といったところだろうか。

 「・・・・そういえば、炊事遠足の次の日からだっけ?野々原と話し始めたのって」

 口元を緩めながら、真悟は独り言を呟いた。
 いつも通りに勇夫と話していると、なんと沙織のほうから勇夫に挨拶をしてきたのだった。これにはさすがの真悟も驚かされたが、彼はこれに便乗して、沙織に話しかけた。話せば意外に、話が弾んだのである。
 相変わらず、学校では沙織に対する風当たりは強かったものの、最後の一年はこれまでの学校生活とは比較にならないほど満ち足りたものだったに違いない。
 又聞きでしかないが、それもこれも勇夫のおかげであるのだ。

 「にしても、いまだにあれってのは・・・・やっぱり相当重症だな・・・・」

 そう言って、真悟は溜め息をついた。
 沙織と付き合ってまだ数年ほどしかないが、彼女のそれに気付くには十分すぎるほどである。そしてそれは勇夫ですら気付いていることであり、高校からの付き合いである引沼、そして病院でよく顔を会わせる沙織の元同級生の知保志マコとて同じだ。
 彼らが思うに、野々原沙織という人間は、願いや希望というものの存在を否定している。そしてそのために、自らの幸せを放棄しているといってもいい。いや、放棄しているというよりは、むしろ自分が幸せになることも恐れているように思える。沙織は、自分が幸せになってしまえば、必ず他の誰かが不幸せになってしまうと信じ込んでいる節があるのだ。疫病神の名は、相当に根深い。

 「つーか、なんでいまさら昔のことなんか・・・・」

 ぼやくように真悟は言った。
 なぜだかよくわからないが、今日はどういうわけか沙織が自分と勇夫と親睦を深めるきっかけとなった炊事遠足の日のことを思い浮かべてしまう。しかも片や連絡が取れず、片や行方不明となってしまっている。近頃不審な事件ばかりが続いてしまっているので、変な方向に考えてしまうのも無理はない。だが真悟は客観的に見て、そこまで深く考えるような人種ではない。にもかかわらず、脳の思考が止まろうとはしない。

 「・・・・・・なんだか、あいつらとはもう、今までどおりに付き合えねえかもな・・・・」

 そこで真悟はハッとなったのか、顔をしかめたそのときだった。

 「真悟ーーーー!お風呂開いたわよーーーー!さっさと入んなさーーー-い!!」
 「ほい、ほ~~~~い」

 母親の呼び声に真悟は返事をして、上体を起こした。
 真悟は一つの疑問を感じながら、足を床に下ろした。どうして、自分はそんな突拍子もないことを考えてしまったのか?確かに、二人とも目を離せないほど危なっかしいのだが、それにしても今の考えはあまりにも極端すぎやしないだろうか?

 「・・・・・・まさか、な」

 途端に、真悟の眉間の緊張は解け、口元を緩めて苦笑した。柄にもなく考えすぎてしまっているから、こういうことが頭に浮かんでしまうのだと立ち上がった真悟はそう結論づけた。

 「ま、あいつは意外としぶといやつだし、野々原にしたって多分駅の事件でショックを受けてんだろうよ。とにかく、伏瀬が無事見つかったら、うちで焼肉パーティーでも開くとするか」

 もちろん、それは引沼の快気祝いも兼ねることにしようと真悟は思っている。真悟は先ほどの疑問を振り払うようにして、部屋から出て行った。



 月明かりの映える夜。
 とあるビルの屋上。
 そこにポツンと立つ人影一つ。

 「■■■■■■・・・・」

 そこにいるのは、人にあらず。
 狂気を帯びた目と血のような毛並みを持つ狼男である。
 狼男は、口から涎を滴らせながら月を見つめながら唸り声を上げる。

 「■■■■■■■■■■■■―――――――――!!!!!!」

 狼男は吼える。
 その咆哮は誰の耳に届いているのか。
 遠吠えは、虚空へと吸い込まれていく。



~タイガー道場~

ロリブルマ「いや~・・・・この前まで一月だと思ったらあっという間に二月になって・・・・時間が経つのって、早いよね~・・・・・・(コタツでぬくぬく)」

シロー「光陰矢のごとし、とはまさしくこのことだな。気のせいか、更新も思っていたよりも遅れてしまったようだしな(inコタツ)」

ロリブルマ「そういえば気になっていたけれど、タイガともう一人は?タイガだったら、確実にコタツでみかん食べていると思っていたけれど?」

シロー「ああ・・・・その二人なら雪かきと雪下ろしで表に出ているぞ」

ロリブルマ「ああ、そう・・・・そういえば、今年は雪、すごかったもんね」

シロー「十二月に降らなかった分、一気に降ったといったところだな。詳しい要因は、自分で調べてみることだ」

ロリブルマ「いや~・・・・それにしても、コタツって、いいよね~・・・・」

シロー「それはいいが、早いところ今回の話について・・・・・・」

ロリブルマ「いや~・・・・これぞ、人生よね~・・・・」

シロー「(駄目だ・・・・完全にコタツの魔力に呑まれてしまっている・・・・)仕方ない・・・・私だけで進めるとするか・・・・今回は外伝の第4弾。伏瀬勇夫と門丸真悟が野々原沙織に出会ったときの話だが、色々と四苦八苦気味だったな。過去の経験を思い出しながら書いている分、記憶もおぼろげになっていたせいもあり、また本来ならば食事中に二人と打ち解けるはずだったのだが、気付けば今のような形になってしまったという次第だ。まあ、それがいい形なのか、悪い形なのか・・・・それは各自に任せることとしよう。また字数も詰めようとさりげなく思っていたようだが(そもそもこれ書いている時点でもはやアウトなのだが)、情けないことにいつも通りの結果となったようだ。まあ、字数をどれだけ制限できるか・・・・これは要課題、といったところか。それさえ突き詰めれば、更新速度ももっと上がるだろう(そこまで甘くはないだろうが)。一応、過去から一旦現代に視点を戻して、真悟が寄り道しているときに私を散歩に連れ出している野々原このかと出くわす、というシーンも考えていたようだが、やむなくカットとなった次第だ。さて、ここで早速登場人物紹介に移るとしよう。今回は、彼女だ」


氏名:引沼亜美
性別:女、十代半ば
身長:165cm
体重:52kg
イメージカラー:水色
特技:バスケ、洋菓子作り
好きなもの:少女マンガ、おしゃれな服装、甘いもの
苦手なもの:ホラー、ゴキブリ
家族構成:父(銀行員)、母、弟(中一)


シロー「彼女は門丸真悟と同じく、野々原沙織の日常の要因といったところだ。イメージとしては、美綴綾子を思い浮かべていただければわかりやすいと思う。現に、作者も若干意識していたからな。その差別化として、裏の顔は少女趣味全開という要素も備わった。まあ、語れるとすれば、こんなところだろうな。さて、そろそろ頃合か・・・・」

(シロー、コタツから出てどこかへフェードアウト)

ロリブルマ「あ~・・・・どこ行くの~?もしよかったら、雪見大福とって来て~・・・・」

タイガ「・・・・・・・・喝!」

(タイガ、いつの間にか出現。竹刀一閃)

ロリブルマ「痛!な、何するのよ~?」

タイガ「シャラップ!貴様こそ人が汗水たらし、寒さに震えながら雪と格闘しているときに、何一人でコタツでよろしくやっとるんじゃ!?!」

ロリブルマ「な・・・・何よ~!そんなの、わたしだけじゃなくて、さっきまでシロー、も・・・・」

(ロリブルマ、何かに気付く)

ロリブルマ(あ・・・・あの犬っころ~・・・・わたしをおいて逃げたわね!!!)

シロー(すまん、イリヤ・・・・ああなった彼女を止めることは、誰にもできやしないんだ・・・・)

(タイガ、ロリブルマの首根っこを掴み上げる)

タイガ「さあ、己も大人しく・・・・雪国の皆さんの気持ち味わって来んか~い!!!」

(タイガ、ロリブルマを外に放り投げる)

ロリブルマ「いやあーーーーーー!せめてそれなりの格好させてから外出してよーーーーーー!!!」

佐藤一郎「・・・・では、皆様。また次回、お会いいたしましょう」



[9729] 第三十一話「冷酷な朝」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/02/13 21:40
 もはや時間の感覚もなくなってきた。
 見慣れた景色も荒涼たる焼け野原と化してしまい、小さな妹を負ぶってただひたすら歩き続けた。
 当てがあるわけではない。
 どこへ向かっているかもわからない。
 何をどうしたいのかさえわからない。
 少女はただ、ひたすらこの惨憺たる焼け野原を彷徨っていた。それをどれほど続けていたのか定かではないが、少女の体力は激しく消耗し、その意識も半ば朦朧としていた。
 そのためか、足元を取られてしまい、そのまま前のめりに倒れてしまう。
 背負われていた小さな妹は、それまで疲れ果てて眠ってしまっていたのか、姉である少女が倒れたその瞬間、驚いたような顔をしてきょろきょろと辺りを見回した。しかし、その動作はあまりにも緩慢そのものである。

 「・・・・・・ねえちゃん?」

 その背から下りた小さな妹は、フラフラとした足取りで姉の目の前に近寄る。そこには、普段の溌剌さは微塵もなかった。

 「ねえちゃん、ねえちゃん・・・・・・だいじょうぶ・・・・?いたくない・・・・?ケガ、してない・・・・?」

 小さな妹はその場にしゃがみこんで、姉の体をゆさゆさと揺らした。
 姉である少女は、ゆっくりと顔をできるだけ妹に向けた。

 「・・・・こ・・・・・・か・・・・?」

 少女の声は妹以上に掠れてしまい、ほとんど聞き取れない。

 「どうしたの・・・・ねえちゃん・・・・?おなか、すいたの・・・・?それとも、ねむいの・・・・?」
 「だい・・・・じょーぶ、だよ・・・・だい・・・・じょ、ぶ・・・・・・ねーちゃ・・・・いるよ・・・・・・」

 妹の呼びかけに答える少女だが、その口振りはどこか要領を得ていなかった。そして顔は妹に向けられていながらも、その目は焦点が合っていなかった。

 「・・・・へーき、だよ・・・・・・ねーちゃ・・・・そばに・・・・いる、よ・・・・・・ね・・・・・・そば・・・・・・いる・・・・・・・・こ、の・・・・・・か・・・・・・ず・・・・・・と・・・・・・い・・・・・・・・――――――――――」

 壊れたラジオのような少女の意味不明瞭な言葉も、それきり途切れてしまった。

 「・・・・ねえちゃん?ねえちゃん・・・・・・?」

 小さな妹は、先ほどにもまして姉である少女の体を揺さぶった。

 「ねえちゃん・・・・どうしたの・・・・?ねちゃったの・・・・?こんなとこでねちゃったら・・・・カゼ、ひくよ・・・・?」

 小さな妹の目から見れば、少女はだらしなく口を開けて眠っているように見えたのだろう。しかし普通ならば、目を開けたまま眠ることはない。
 妹は気付いていなかった。
 姉が■をしていないことに。
 妹は気付いていなかった。
 姉の■が徐々に■たくなっていることに。
 妹は気付いていなかった。
 姉の■からすでに■が失われてしまっていることに。
 妹はそもそも理解していない。
 ■というものの存在を。

 「ねえちゃん・・・・ねえちゃん・・・・・・」

 妹はひたすら姉の二度と■かぬ体を揺さぶる。姉の呼びかけがないために、妹に漠然とした不安が襲い掛かる。次第に、妹の弱々しい呼び声も涙ぐんできた。
 そのときだった。妹に影が降りかかった。
 妹が後ろを振り返ると、そこには一人の男が立っていた。見上げるほどの長身に、ぽっかりと穴の開いたような、底の見えないような目。黒い衣服を身に纏っているせいか、全体的に暗い。しかしそのためか、首にかけられた十字架が一際目立っていた。

 「そこの娘よ。どうかしたのか?」

 男は小さな妹に呼びかけた。しかし妹は男に何も答えず、それどころか毛を逆立てている小動物のように、目の端を吊り上げて男をジッと睨みつけていた。
 それから、男は再び言った。

 「・・・・どうして何も答えないのかね?」
 「・・・・・・だって、しらないひととはなしちゃいけませんって、いわれたもん・・・・」

 あっさりと妹はそう素直に答えた。
 それを聞いた男は、思わず苦笑しながら言った。

 「・・・・何、安心するがいい。私は決して怪しい者ではない。通りすがりの、ただのしがない神父だ」
 「・・・・シン、プ・・・・・・?」

 どうも“神父”という言葉が耳慣れないのか、妹は首を傾げながら言った。
 そのため、男は苦笑混じりに簡単に説明した。

 「まあ、わかりやすく言えば神の使い、といったところだな」
 「・・・・・・かみさま?じゃあ、おじちゃん、てんしなの?」
 「天使とは違うが・・・・まあ、今はいいだろう。それよりも、ここで会ったのも神の思し召しによるもの。私で良ければ力になれると思うが、まずは話してはくれないだろうか?」

 すると、妹は倒れ伏している姉に目を落としてから、神父を見上げた。

 「・・・・・・あのね、ここでねてるの、アタシのねえちゃんなんだけど・・・・ぜんぜん、おきないの・・・・」
 「フム・・・・・・では、少し失礼させてもらおうか」

 妹の言葉を聞き一頻り唸った神父は、倒れている少女に近寄った。妹が退くと、神父は妹のいた場所で屈み、その手を少女の顔にかざした。
 そのようなことをせずとも、神父は一目見てその少女がどうなっているのかすでにわかっていた。しかし普通に考えれば、何もわかっていないその妹に対する形式的なことと捉えることもできる。
 もちろん、そういう意図もあっただろう。だが、他にも別の意図が神父にはあった。

 ―――やはりな。大地の魔力をこの体が吸い上げている・・・・血縁者に土着の巫女か、あるいは異能などに類する何かがいるのだろうが、どのみちこのままでは長くは持たんだろうな・・・・

 不安そうに見つめる妹に目も暮れず、神父は思案する。

 ―――だが、“これ”を試すのにはちょうどいい“素材”だ・・・・やはり、この巡り合わせも神の思し召し、というのだろうな・・・・
 「・・・・おじちゃん?」
 「む?何かね?」

 妹に呼びかけられ、神父は振り向いた。

 「おじちゃん・・・・どうか、したの・・・・?」
 「どうかしたとは?」
 「えっと・・・・おじちゃん・・・・どうして、笑っているのか・・・・気になって・・・・」

 妹が指摘したとおり、その神父の口の端は歪なまでに緩んでいた。まるで、歓喜を抑えきれないと言わんばかりに。
 神父は口元を正すことはせずに言った。

 「・・・・二人も無事な人間が見つかったのだ。これが喜ばずにいられるものか」
 「え・・・・?ねえちゃん、だいじょうぶなの?」
 「無論だ。彼女はただ、疲れ果ててしまっているに過ぎない。然るべき所で安静にしていれば、元に戻る事だろう」
 「・・・・・・ほんとに?」

 弱々しい声でありながら、その目に輝きを灯す妹に神父は微笑を浮かべながら頷く。
 しかしこの聖職者らしい柔和な微笑の裏に潜んでいるものを、純粋な妹は知らない。
 ともかく、神父は倒れている少女を片腕で担ぎ上げる。体格に恵まれているため、年端も行かぬ少女の体を持ち上げることなど造作もない話であった。

 「・・・・・・立てるかね?」

 そう言って、神父はしゃがみこんでいる妹に手を差し伸べる。
 無論、妹はその神父の差し出した手を取り、立ち上がる。

 「・・・・では、行こうか。この巡り会いに、感謝を・・・・・・」

 ―――故に、私は待つ事にしよう。真実を目の当たりにし、全てが絶望に染まる、その日を・・・・



 そして、わたしは目を覚まし、勢いよく上体を起こした。
 荒い息を吐きながら、わたしは部屋の時計に目をやった。時間は・・・・五時になったばかりだ。いつもなら、まだ布団の中で眠っているはずだ。
 でも、今は眠るのがとてつもなく怖い・・・・
 気のせいか、体中が汗でビッショリとなっている。
 外からは、雀のさえずりが聞こえてくる。けれど、わたしはそれに和めるような状況じゃなかった。

 「・・・・わたし、わたし・・・・・・」

 辛うじて、声が出る。
 目を落としているわたしの両手が、布団を掴んで震えている。
 ・・・・脳が、はっきりと拒絶してしまっている。先ほど、夢に見た光景を。

 「・・・・わたし・・・・・・わたしって・・・・・・・・」

 認めない。
 認めたくない。
 そういった認識が、はっきりと警告している。

 “それ以上、口にするな”と。

 それにもかかわらず、わたしの口は意識せずに動いている。
 言葉を紡ごうとしている。
 震える声が、喉からせり出てこようとしている。

 「・・・・わたしって、やっぱり・・・・・・そういうことだったんだ・・・・・・・・」

 その瞬間、野々原沙織という世界が崩壊を始めた。
 何かのゲームで、“目の前が真っ暗になった”というメッセージがあったことを不意に思い出したけれど、あれはまさしくこれのことを言っているのだろう。
 真っ暗になっているのは、目の前だけではない。
 頭の中。
 心の中。
 何もかも、何もかも・・・・



 朝の守桐邸の食堂。
 一人で使うには大きすぎる、そのダイニングテーブルにトーストやサラダの添えられたベーコンエッグ、コンソメスープにヨーグルトが神奈の前に並べられていた。
 しかし彼女は、そうした簡単な朝食にはまだ手をつけておらず、紅茶を口にしながら何枚かにまとめられた資料に目を通していた。
 ちなみに、彼女の傍にはつくしが控えているが、相変わらず締まりない顔でうつらうつらとしている。

 「・・・・一晩でこれだけ調べ上げるなんて、流石と言うべきか、それともどうやって調べたのか気になるのやら・・・・」

 今、神無が手にしているこの資料は、佐藤一郎が独自に調査したものをまとめたものであった。
 神奈はその資料に書かれている一文を読み上げる。

 「野々原絹・・・・旧姓は、御嘉蔵。前回の聖杯戦争でアサシン・ユディトのマスターとして参戦・・・・こっちもほぼ偶発的に聖杯戦争に巻き込まれた、という感じね・・・・」

 その資料には絹の素性が明記されている。
 元々は別の地方の神社の娘であること、その神社とは絶縁状態になってしまっていること、当てもなく彷徨っていたところにこの幌峰の街に行き着いてしまったこと・・・・どのようにして調べたのかは定かではないが、それらが事細かに文字として記されている。
 しかし、神奈からすれば絹がどうして神社を出て行ったのか、そして聖杯戦争終結後の暮らしなどどうでもいいことだった。重要なのは、今の聖杯戦争にてアーチャーのマスターとして参加している野々原沙織の祖母もまた、かつてマスターだった。そのことである。

 「最初は聖杯戦争に巻き込まれた一般人、としか見ていなかったけれど、然るべくして聖杯戦争に身を置くことになった。そんなところね」

 神無は、手にしていたティーカップをソーサーに戻した。

 「そして、極め付けがこれ・・・・」

 神奈は別の資料を見やる。
 その資料には絹の息子夫婦、つまりは沙織らの両親に関することが記されていた。どうも両親は別の街に転居し、そこで沙織、このかの姉妹が誕生した。

 「・・・・ここまでこうだと、因縁めいたものを感じるわね・・・・いいえ、それどころか肩まで泥沼に浸かっている、と言ったほうがいいのかしら・・・・?」

 一通り資料に目を通すと、神奈はそれらの資料を脇に置いた。

 「とにかく、今は爺を労いたいところだけれど・・・・どこに行ったのかしら?」

 そう言って神奈はつくしに目を向けた。
 つくしは、目を半開きして気だるそうに答える。

 「あ~・・・・それなら一眠りした後、どっか行ったよ」
 「どっかって・・・・その“どこ”に行ったのかを知りたいのだけれど?」
 「さあ?聞いてないからわかんない」

 神奈は思わず、頭を押さえて溜め息をついてしまった。
 つくしはそれにもかかわらず続ける。

 「でもさ~、もう大将いないじゃん?どっちみち、動くにしても誰かと組むしかないじゃん。だから、きっとそれじゃない?」
 「・・・・そうね。今の私たちには、誰かに協力を仰ぐ必要があるものね」

 神奈のサーヴァントがまだ健在ならば、今後の動きも潤滑に進んだであっただろう。しかし、彼女のサーヴァントはすでに敗退してしまっており、神奈には聖杯を手にする資格がなくなってしまった。
 だが、このまま指を銜えて静観していれば、必ずや大きな災厄が引き起こされるに違いないだろう。この街の管理人としては、それだけは阻止しなければならない。
 また、自分たちだけで動くにも限界がある。
 そろそろ、誰かの力を借りるべきときかもしれない。

 「もっとも、協力してくれそうなのも、限られているんだけどね・・・・」

 神奈は窓の外を見て、またもや溜め息をついた。
 おそらくは、佐藤一郎も神奈の思っているような人物の元へ向かっていることだろう。 
 そうなれば、彼らが持っている情報と引き換えに、こちらが知っている情報を明示しなければならない。どういうわけだか、神奈にはそれがひどく気の進まないことであった。
 神奈が先ほどまで目を通していた資料。
 そこに記されている野々原夫妻の転居先がいやにはっきりとしていて仕方なかった。
 この文面の中で異様に際立っている“冬木”の二文字が・・・・



 ここ、楼山神宮では妙に慌ただしい空気に包まれていた。
 近いうちに大きな祭りが催されるというわけではない。
 神宮の境内に、狩留間鉄平が走って現れ、石畳の上で止まり、息を切らした。
 さらに、どこからともなくアーチャーも姿を現した。

 「・・・・・・いたか?」
 「いや。この周りにはいないみたいだ。今、おっさんも中を探し回っているけど、多分、いないはずだ」
 「そうか・・・・」

 彼らが探しているのは、アーチャーのマスター野々原沙織その人だ。どういうわけか、今朝から彼女の姿がどこにも見当たらないのだ。

 「一体、どうしたっていうんだ?今、野々原さん一人が動き回るには危険すぎるっていうのに・・・・」

 鉄平は、アーチャーから昨日のことを聞いていた。それは彼にとっても、彼のサーヴァントであるアサシンにとっても、およそ信じがたい話であった。
 泥のような亡者の群れを従える、アヴェンジャーなる存在。
 そして前回の聖杯戦争から生き延びているというライダーのサーヴァント。
 この新たに出現した謎の二つの存在が、沙織を狙っているというのだ。ただでさえ、力のない沙織が一人で動くには危険すぎる聖杯戦争だというのに、それをひとりで動くなどもってのほかだ。

 「・・・・ところで、アサシンのヤツは?」
 「アサシンは、ここにはいない。アサシンには別にことをやらせている」
 「くそっ!なんて間の悪い・・・・・・!けど、野郎を引っ張り出すには仕方ないけどな・・・・」

 アーチャーは毒づきながらも、すぐに納得した。
 彼らが懸念しているのは、何も新たに現れた存在だけではない。
 いまだ姿を晦ましたままのキャスターが、今もどこかで策を張り巡らせているかもしれないのだから。
 アサシンは今、そのキャスターの行方を追っているのだ。

 「けど、ヤツのことだ。こっちが躍起になって探し回っているのは承知済みだろうから、何らかの対策を施しているはずだ。あんまり、深追いはさせないほうがいいぜ?」
 「その点なら、問題ない。それよりも、今は野々原さんだ」
 「そうだな・・・・まだ、そう遠くに行っていないはずなんだが・・・・」

 そこでアーチャーはいきなり言葉を切ったので、鉄平は怪訝そうな顔をした。

 「テッペイ。ここからはオレ一人でサオリを探す」
 「一人で?一体、どうして・・・・」
 「あんたに、お客さんがいるからだよ」
 「俺に?」

 豆鉄砲を食らったかのような顔をする鉄平をよそに、アーチャーは背を向けて続ける。

 「よく考えてみれば、これ程度の人探しぐらい、アサシンがいなくてもオレ一人で何とかなるもんさ。それに、これはある意味ではオレの落ち度だからな。だから、オレがオレ自身で落とし前をつけなきゃならないってことさ」

 言い終わったところで、アーチャーは目線を鉄平に送る。

 「・・・・サオリがいなくなったときもそうだが、何も言わないんだな。いつものあんただったら、オレを責めそうなもんだがな」

 鉄平が返答するまでの間、沈黙が訪れた。妙な空気が漂った。

 「・・・・別に、野々原さんがいなくなったのも、あんたのせいじゃないと思ったからさ。それにその言い方だと、俺が四六時中野々原さんのことで腹を立てているみたいじゃないか」
 「へっ・・・・違いねえ・・・・・・」

 そう言ったアーチャーの口元には笑みが浮かんでいた。
 そして、アーチャーは前を向いた。

 「そういうわけだ。サオリはオレが見つけておくから、あんたはあんたでうまくやりな」

 そうして鉄平が言うのを待たず、アーチャーは駆け出した。
 境内から、そして神宮の敷地から大分離れてきたところで、アーチャーは一人呟いた。

 「・・・・・・ったく。変に気を使いやがって・・・・!調子が狂う。これじゃ、怒鳴られたほうがまだマシだっての」

 そう漏らしたアーチャーは、鉄平たちに伝えていないことが二つあった。
 まず一つは、沙織がアヴェンジャーと同じ亡者を従えていたということ。
 そしてもう一つ。これは昨日の時点では知らせようがなかったのだが、そのことを知った今朝にしても、言うタイミングがなかった。そもそも、今はまだ言うべきではないとアーチャーは判断したからだ。
 アーチャーもまた、見てしまったのだ。沙織が見たあの夢を。おそらく、彼女はあの夢のせいで姿を消したのだろう。

 「一体、何なんだよ・・・・!わけがわからねえ・・・・・・!」

 アーチャーは顔をしかめながらそう溢した。アーチャー自身もまた、自分が見たものを信じられないでいた。というよりも受け入れられないといったほうが正しいのかもしれないが。
 気を駆け上がるアーチャーは、胸のうちが妙にむしゃくしゃしてしまった。その捌け口は、どこにもない・・・・



 神宮の敷地の外へ向かってみると、確かにアーチャーの言うとおり、鉄平を待っている人物がいた。
 停車してある黒塗りの高級車の近くに佐藤一郎が姿勢正しくピンとした背筋で直立していた。

 「お待ちしておりました、鉄平様」

 そして一郎が鉄平の姿を確認すると、恭しくお辞儀をした。それを前にした鉄平は、呆れたような目つきで一郎を見やり、溜め息をついた。

 「あんたか・・・・あの管理人のことだから、黙って事の成り行きを見ているはずがないと思っていたけど、まさか俺のところに来るなんてな・・・・」
 「そうは仰いますが、貴方様とて守桐の家に何の関わりもないとは言い切れないはず。この流れは、至極当然のものだと思いますが」
 「まあ・・・・それはそうなんだけどさ・・・・・・」

 鉄平はバツを悪そうにして頭を掻く。
 そして一郎は後部座席のドアを開ける。

 「ここで立ち話もなんですから、お屋敷までお連れいたしましょう。ああ、念のために言っておきますが、搦め手を用いて貴方様から令呪を掠め取ろうなどという考えは一切ございません。それはわたくしが保証いたしますし、守桐家の名誉に誓ってもよろしいでしょう」
 「・・・・それぐらいはわかっているさ。そもそも、彼女がそんなことをする人間だとは思っていないからな」
 「そう仰ってもらえるのならば、幸いです」
 「・・・・それで?俺に何をしてほしいんだ?」
 「・・・・その前にお聞きいたしますが、沙織様は?」
 「・・・・・・野々原さんなら、今はいない」

 もっとも、鉄平は沙織が今行方不明になっているとは口が裂けてもいえないのだが。

 「それは安心いたしました。何しろ、この会合は一部、沙織様にとっては都合がよろしくない内容となっておりますので」
 「・・・・どういう意味だ?」
 「わたくしどもとて、余所の方の傷口を抉るほど卑劣ではないと言っておきますが・・・・まあ、それは後でお話いたしましょう。とりあえず、今は情報交換といきましょう。まずは車内にて、一通りお話を伺わせていただきます」
 「・・・・わかった」

 そう言って、鉄平が車に乗り込もうとした、そのときだった。

 「ああ。それとお屋敷へ向かう道すがら、わたくし個人からお願いがございます。そのお願いに関することは、お嬢様の前ではご内密にできますかな?」
 「お願い・・・・?」
 「ええ。何しろ、ある事におかれましては、お嬢様とわたくしどもとでは、どうも意見が食い違うこともございますので・・・・詳しくは、移動中にお話いたします」

 一郎の意図を察したのか、鉄平は頷き、車の中へようやく乗り込んだ。
 一郎がそのドアを閉め、自らも車の中へ乗り込む。
 エンジン音がふかされ、高級車はそのままゆっくりと発進した。



 その頃、アサシンはキャスターたちの居所を求め、疾駆していた。
 なお、現在の彼は忍装束を身に纏っているが、気配遮断を用いているため、明るい時間帯においても他人に気取られることはない。ただし、曇り空のせいでそこまで明るいわけではないが。

 「・・・・これだけ探っても、尻尾も掴めぬとは・・・・そろそろ、奴に近づきたいところではあるが・・・・」

 セイバーとランサーとの戦い以来、ぱったりと足取りの途絶えてしまったキャスター。今日まで、今までのような目立った動きは一切見られない。
 しかし、それまでアサシンは手を拱いていたわけではなかった。彼は幌峰市内を隈なく探ってきた。これまで南、西、東と虱潰しに当たってきたにもかかわらず、キャスターの姿を見つけることはできなかった。
 残すは北のみ。ここでキャスターを見つけることができねば、もはや手の打ちようがない。

 「しかし、彼奴とてこの世から姿が消えたわけではない・・・・必ずや、どこか奴に繋がる場所があるはずだ・・・・」

 そして再びアサシンは駆け出した。
 中心部から大分離れてきており、郊外へと差しかかろうとした。特に今のこの場所には、かつて一大リゾートホテルが運営されていたが、バブルが弾けたことにより閉鎖されてしまっている。現在、そのホテルは別のグループが買い取って運営されているらしく、スイーツやスパ目的に訪れる客もいてそれなりに繁盛。それ以外でここを訪れるものがいるとすれば、釣りか墓参りといったところである。
 ともかく、ここまでの展開はこれまでどおり。ここで足取りを掴みたいところだ。

 「さて・・・・まずはどこから、当たろうもの・・・・・・!?」

 すると不意に、アサシンは妙な気配を感じ取った。
 何かが、こちらに向かってきている。アサシンは警戒を強めた。

 「まさか、ここで仕掛けるつもりか・・・・!?」

 そのおかげか、すぐに接近してくる者を気取ることができた。
 それは人ではなく、人の形をした毛むくじゃらの何かであった。しかし、それはアーチャーから聞いた人狼の混血ではない。その毛むくじゃらの襲撃者は獅子を思わせる鬣を持っていたが、獅子の怪物というわけではない。よく見れば、ロバの頭をしているからだ。そして手元には、ページの開かれた本が宙に浮いている。気のせいか、神官を思わせる服装も見覚えのあるものであった。
 そして謎の獣人がアサシンに躍りかかるが、アサシンはこれを難なく回避した。と同時に、アサシンは獣人の手前に煙玉を投げつけた。煙玉を投げつけると同時に、アサシンはその場から離脱した。
 だが、すぐにその行く手を一羽の鴉に遮られた。しかもその鴉はこちらに向かって急降下してくる。

 「使い魔か・・・・!」

 アサシンは手裏剣にてこれを迎撃。それは鴉の頭部に直撃したが、その勢いは止まることはなかった。
 やむなく、アサシンはこれを飛び退く。

 「・・・・・・む?」

 瞬時に、アサシンは周囲の状況を把握する。
 このあたりを何体もの使い魔が蠢いている。鴉や鴎の姿をしたそれらは空中で旋回し、犬や猫に扮したそれらはこちらに睨みを利かせている。

 「・・・・どうやら、圧力をかけているようだな」

 この程度の使い魔を相手取ることなど、アサシンには造作もないことであった。
 しかし、ここでもたもたしているわけにはいかない。いつまた、獣人が襲い掛かってくるか、わかったものではないからだ。

 「・・・・やはり、キャスターに近づきつつある、ということか。よかろう。主のその思惑に乗ってやろう」

 それからのアサシンの行動は、実に手早いものであった。
 使い魔に行く手を阻まれたと思えば、すぐに方向転換を図り、時には襲い来るそれを難なく撃退した。使い魔たちの牽制がまるで壁となっており、一つの場所へ誘導しているように思える。

 「・・・・まあ、いい。これは、これで好都合。はたして、出てくるは鬼か仏か・・・・」

 進むに連れて、先ほど獣人に襲撃された場所よりもだんだんと寂れてきた。先ほど自分が通過した場所も、使い魔たちがひしめいている。退路はない。
 進路は一つ。その先にあるのは、墓地であった。
 多磨村霊園。お盆になれば墓参りに大勢が訪れるが、駐車場に車が一台もないところを見ると、今日は誰もここに来ていないようだが、それにしては人気がなさすぎる。ここの管理者たちの気配さえ感じ取れない。
 ともかく、アサシンはひとまずこの墓地に足を踏み入れた。

 「ヨくぞ、こコマでお出デなすっタ。大シた持テ成しもできヌが、ゆるりトしてイくがヨい」

 アサシンは、声がした方向に目を向けた。
 先回りしていたのか、そこには先ほどの獅子とロバの合わさった怪人がゆっくりと向こうから歩いてきた。その怪人が宙に浮いていた本を閉じてから、歩を進めるごとに、変化が少しずつ現れてきた。怪人が歩みを止めるころには、怪人は完全な人の姿となっていた。

 「キャスター・・・・!」

 アサシンと元の姿に戻ったキャスターの距離は何十もの墓石で隔てられているものの、それほど遠く離れているわけではない。むしろ、それらの墓石を飛び越えれば難なく目前まで迫れるぐらいだが、キャスターが魔術を行使するにもちょうどいいほどの、危うい境界線であった。

 「いや、魔術王ソロモン・・・・」
 「フッ。ようやっと、我が真名に辿り着けたか。まあ、あれで気付けぬようであれば、ただの阿呆ではあるが」
 「今まで確証がなかっただけの話だ。ランサーが貴様に御されたと聞いた時点でもしやと思っていたが、先ほどの魔盗公ヴァレフォルの力を纏った貴様とあの魔道書を見て、ようやっと確信しただけの話だ」
 「ほう・・・・あの力をも理解しおったか。まあ、気配遮断した貴様の居所を察知するには、あれほど都合のよいものはないわけじゃが」
 「だが、貴様がどのような悪魔の力を纏っていようが、それはどうでもよいことだ」

 アサシンの眼光がより鋭さを増して、それから彼は言い放った。

 「これまで高みの見物に徹していた貴様が、この局面で出張ってくるとは、どのような了見だ?」
 「わしとて、これまでどおりの方針で行くつもりじゃった。何しろ、バーサーカー、ライダー、ランサーが斃れ、セイバーのマスターの心が完全に折れた今、実質的な敵は貴様とアーチャーのみ。後はじっくりと、確実に片をつける。そのはずじゃったからなあ・・・・」

 途中から、キャスターの顔も、その口も苦々しいものへと変わっていった。そこから彼が当初の予定を変更せざるを得ない状況に移り変わってしまったことを読み取れた。
 そして、その要因は明らかだ。

 「やはり、二体のイレギュラーか・・・・」
 「とはいえ、逸早くその存在を察知できたのは、おそらくはこのわしだけじゃろうな。初めのうちは静観していたものの、動き出したとなれば話は別」

 すると、キャスターは先ほどの魔道書のページをめくり、その動きは二度止まった。
 そしてアサシンを挟み込むように二種類の魔法陣が出現し、そこからまた異形の影が二つ出現した。
 一つは、翼を持った牛ほどの大きさを持つブルドッグのような犬。
 もう一つは、黒狼に跨り梟の頭をした闇の天使。
 キャスターは不敵な笑みを浮かべる。

 「故に、貴様はここで幕を下ろすがよい」

 アサシンは動じることなく、自分の脇にいる二柱の悪魔を横目で見やってからキャスターに向かって言った。

 「・・・・確かに、イレギュラーの存在は憂慮すべき事態。今のところ何者で、何を目的としているのか、皆目見当もつかぬ。そのような得体の知れぬ輩どもに備えるべく、当初の予定を前倒しにする必要性も至極当然のことと言えよう・・・・が、それだけか?」

 キャスターの鋭さを帯びた目つきが、アサシンに向けられる。

 「貴様がこれまで大胆かつ強かに物事を派手に遂行できたのも、急激な変化に対応できる冷静さを併せ持った慎重さによって裏打ちされていたからだ。現に貴様は、あのライダーを打破することができたのだからな。そんな貴様は、新手の一つや二つ現れた程度で急くほど柔ではあるまい?」

 キャスターは無言を保ったまま、アサシンをねめつけていた。

 「やはり、貴様が打って出てくることになったのはイレギュラーの存在が大きいのだろうが、もはやそうできるほどまでの余裕を持てる状況となった、ということか?」
 「・・・・戯言を。何ゆえ、このわしがたかだか盗人風情に島国の山猿程度に搦め手を用いねばならぬ?」

 キャスターは冷たさのこもった言葉と共に、冷ややかな視線をアサシンに投げかける。

 「そもそも、貴様こそ現状をわかっておるのか?今、ここにいるのは類稀なる識者にして恐るべき殺戮者のグラシャラボラスと、戦乱を求める破壊者アンドラスの二柱。猿如き屠るなど、容易きことよ」

 アサシンも、それは当然理解していた。彼は自分の両側で唸り声を上げているこの悪魔どもが現れてからも、常に警戒の糸を張っていた。
 キャスターは、なおも続ける。

 「サーヴァントは死しても肉が残ることはない故、墓石など不要のものじゃが、もし貴様の墓標に名を刻むとするならば、こう刻むべきかのう?」

 そのとき、アサシンのこめかみが僅かに動いた。

 「猿飛佐助、と」

 アサシンはその言葉に動じることはなかったものの、その目つきは先ほどに比べてよりいっそう鋭さを増した。
 対するキャスターは薄ら笑みを浮かべている。

 「・・・・貴様、ライダーの襲撃を見ておったのか?」
 「まあな。貴様の真名の正誤はともかく、少なくとも貴様が真田縁の忍であることだけは確かじゃ。ライダーの騎馬どもの体に現れたあの模様・・・・真田六文銭が何よりの証じゃ」

 六文銭。
 三途の川の渡し賃であり、また日の本一の兵とされる真田の名と共に語り継がれる旗印。
 それが何故、ライダーの騎馬や配下に現れたのか。それは、また別の機会に語ることにする。
 それはそれとして、キャスターは嘲るような口調で言った。

 「じゃがこの際、貴様が猿飛佐助かどうかなど些末なこと。故に、もう一度言わせてもらおう」

 キャスターが利き腕を頭上に高く掲げると、熱気が収束し巨大な火球となった。

 「貴様はここで、幕を下ろすがよい」

 キャスターは掌をアサシンに向け、そして火球がアサシン目掛けて直進する。
 アサシンはこれを高く飛び上がることで避け、もんどりを打った。アサシンが先ほどまで立っていた場所に火球が着弾し、勢いよく燃え上がった。
 これをグラシャラボラスとアンドラスが追撃してきた。グラシャラボラスは牙を剥き出しにし、アンドラスは禍々しい細身の剣の切っ先を向けた。それらが着地したばかりのアサシンに襲い掛かる。
 両者の体がアサシンを覆うようにズシンと重い音を立てて着地し、地面がひび割れた。
 しかしそのどちらもが体勢を元に戻すと、辺りを見回した。攻撃を受けたはずのアサシンがどこにもいない。それどころか、アサシンに攻撃が当たってすらいないのだ。

 「随分と躍起になっているものだな・・・・それもこれも、聖杯に対する執念のなせる業、といったところか」

 どこからともなく、声が聞こえてきた。
 悪魔たちも、キャスターも、その声の聞こえてきた方向に目をやった。そこには、アサシンが悠々と通り道を歩いていた。

 「だが、貴様が聖杯に何を望んでいるかなど、知る気もないし、知ろうとも思わぬ・・・・」

 いくつも連なっている墓石の向こうから、アサシンたちに向けて睨みつける。

 「俺はただ、俺の新たなる主をこの戦にて勝利させるのみ。故に、正義を振りかざすつもりなど毛頭ないが、俺がこうして現世にいる以上は貴様の非道、清算するがいい・・・・!」

 アサシンは腰の忍刀を抜刀し、構える。

 「賽の河原にて、永劫にな・・・・」
 「ククククク・・・・ハッハッハッハッハッ・・・・・・・・!!!」

 すると、急にキャスターが弾けたように笑い出した。
 そして笑うのを止め、嘲りをこめて言った。

 「戯言も大概にするがいい、この下衆め!貴様の如き浅ましき異教徒こそ、地獄で泣いて歯軋りするがいいわ!さて・・・・歴史は繰り返すというが、貴様は時代が変わるその狭間にて再び淘汰されるがよい!」

 キャスターは再び魔術を発動させようとし、悪魔たちもアサシンに向き直り、いつでもアサシンに飛びつけるよう身構えた。
 空は曇り模様。その先行きは、誰にも見通せない・・・・



~オマケ~
・黄昏より見つめる果て無き道

 さる屋敷の庭先。男はそこで安楽椅子に座って風に当たっている。微かに流れるこの風が今は心地よく感じられる。昔ならば、こんなことを感じることはなかっただろう。
 ふと気付くと、誰かがこちらに駆け寄ってくる。男はその方向に目をやった。
 自分の娘だ。
 小さな娘が、こちらを見上げている。

 「・・・・神奈。今日は、どんな絵を描いてきたんだ?」

 父親である男は、自分の娘の名を呼びかけた。
 娘は満面の笑みを浮かべて、手に持っていた画用紙を男に差し出した。
 画用紙には、ここよりやや遠い所にあるポプラ並木の道が色鉛筆で描かれていた。

 「なんだ。この絵、前にも描いたじゃないか?どうして同じ絵をまた描くんだ?」

 しかし娘は、それに気を悪くした様子もなく、無邪気に答えた。

 「だって、この前描いたのは、クレヨン使って描いたんだもん。違うの使って描くと、同じ場所でも違って見えるもん」
 「・・・・そうか」
 「それに私、この場所大好きだし」
 「・・・・そうか。父さんもここが大好きだよ。けど、あそこのユリ畑のほうがもっと好きだな」
 「うん。私もあそこ、大好き!」
 「それじゃあ、神奈。それを描き終わったらでいいから、今度はあそこのユリ畑を描いてほしいな?」
 「うん、いいよ」

 娘は顔を綻ばせながら答え、父親は満足そうな笑みを浮かべた。
 ところで、と父親は話を切り出した。

 「神奈。聖杯のことは知っているな?」
 「うん。お父さんたちががんばって、手に入れようとしているものだよね?それがあれば、お父さんたちのやりたかったことができるようになるんだよね?」
 「ああ。そうだよ・・・・」
 「それじゃあ、私も立派な魔術師になって、聖杯を手に入れてあげるね!」
 「ありがとう、神奈。それと、一つ聞いてもいいか?」
 「何?お父さん?」

 父親は、一呼吸置いてから言った。

 「聖杯とこの街、どちらか一つ大切にしなさいと言われたら、神奈だったらどっちを選ぶ?」

 父親の質問に、娘は眉に皺をよせ、頭を捻らせながら一生懸命考えた。
 そんな娘の頭を、父親は軽くポンポンと撫でながら言った。

 「ゴメン、ゴメン。ちょっと、難しかった?」
 「・・・・うん。私、聖杯も大事だってわかっているけど、やっぱりこの街が大好き。だから、どっちかにしなさいって言われても、わかんないよ・・・・」
 「・・・・そうか。でも、今はそれでいいんだよ」

 穏やかな顔をした父親に娘は頭に疑問符を浮かべた。

 「そういう大切なことは、すぐに答えられなくてもいい。じっくり考えて、それでこれだっていう答えを信じられるようになれれば、それでいいんだ」
 「えっと・・・・どういうことなの?」
 「今はわからなくてもいい。ただ父さんは、神奈は神奈の思うとおりにしてほしいって願っているだけさ」
 「ふ~ん・・・・」

 わかっているような、わかっていないような。そんな顔を娘はした。

 「それじゃあ、この話はこれでおしまい。絵を見せてくれて、ありがとう」
 「・・・・うん!それじゃあ、また描きに行ってくるね!」

 そう言って、娘はパタパタと父親の前から走り去っていった。
 父親は、それを穏やかな目をして見送った。
 そういえば、自分は近頃こんな風に和やかな気持ちでいることが多い。使用人たちに聞いてみれば、随分と微笑むようになったという。
 確かにそうだ、と自分でも思った。昔ならば、絶対にありえないことだった。諸々の劣等感やら疑心やらが自分のうちに満たされていたからだ。ただ唯一、あくなき探究心のみが自分を支えていた。

 「・・・・俺がこうなったのも、全部お前のせいだ・・・・」

 穏やかな顔と声で、男はそう言った。
 昔の自分ならば、目の端を吊り上げ、顔中の血管が張ったような面持ちで今の言葉を言っていたのかもしれない。だが、その言葉を向ける相手も、今はもういない。罵詈雑言も、自分の胸のうちを吐露することももはや叶わないことなのだから。
 そういえば、近頃体がだるい上に重くなってきた。大分前まで、酒浸りの生活を送ってきたせいだ。
 多分、自分は長くない。
 男は、直感的にそう思った。

 「死に近い人間っていうのは、意外に安らかな気分でいられるもんなんだな・・・・」



 半年後、守桐家の党首の座に神奈が座ることとなった。
 今では見つかっている答えも見つけられぬまま、ユリ畑の絵を一枚も見せぬままに・・・・



~タイガー道場~

(今回もコタツからお送りいたします)

ロリブルマ「いや~・・・・二月もあっという間に半ばだね~・・・・」

タイガ「そうだの~・・・・」

ロリブルマ「そして、あっという間に雪祭りも終わっちゃったしね~・・・・」

タイガ「そうだの~・・・・」

佐藤一郎「藤村様、みかんにございます」

タイガ「あ。ど~も~・・・・・・」

ロリブルマ「この分だと、春もあっという間に来ちゃいそうだよね~・・・・」

タイガ「全くだ・・・・いい加減、雪にもうんざりしてきたというものだ・・・・」

ロリブルマ「あ。雪見大福お願い~・・・・」

佐藤一郎「はい。ただいまお持ちいたしました」

シロー「・・・・全く、早く春になってもらいたいものだな。君たちを、コタツから引っ張り出すためにも・・・・」

タイガ「まあまあ。そう固いこと言いなさんな・・・・」

シロー「そもそも、ここまでだらけきっていいものか?まあ、ここまでだらけきって運動不足になっても、それは私の知った事ではないが・・・・」

タイガ「ダマらっしゃい!」

(タイガ、チャブ台返しならぬコタツ返し。ロリブルマ、コタツの下敷きに)

ロリブルマ「うきゃあ!?!」

タイガ「私だってねー!本当は士郎のとこでのんびりくつろいでいたいのよ!」

佐藤一郎「・・・・結局、やっていることは今と大して変わらないような・・・・」

タイガ「けど、仕方ないことなのよ!これが私の役割だし!そのくせにネタ切れしやがっているし!!!」

シロー「・・・・頼むからカミングアウトしてやるな」

タイガ「しかも本編も下手したら綱渡り運行になりそうなのよ!?これがだらけられずにやってられるかい!!!」

シロー「・・・・それはどちらかといえば、作者の落ち度だと思うが・・・・」

佐藤一郎「・・・・まあ、その皺寄せがわたくしどもにも及ぶわけですからね。困ったことに・・・・」

シロー「ならば、さっさと始めて、さっさと終わらせればよかろうに」

タイガ「まあ、そうね。とりあえず、今回の紹介はこの人で」


氏名:守桐神奈
性別:女性・二十代前半
身長:169cm
体重:49kg
イメージカラー:黒
特技:絵画
好きなもの:幌峰の街、ぬいぐるみ
苦手なもの:街を泣かすもの


佐藤一郎「おや。わたくしどものお嬢様ですか。そういえば、お嬢様は最初からライダー様のマスターとして設定されていましたな」

タイガ「まあ、この人は幌峰の管理人でライダーのマスター。性格は基本的に今と変わらないと思うんだけれども、最初からこれってわけじゃなかったのよね」

シロー「というと?」

タイガ「実はこの人が、狼人間枠で登場するはずだったのよ」

佐藤一郎「・・・・そういえば、蒼い“狼”のライダー様と人狼・・・・それなりに縁のある組み合わせでございますね・・・・」

シロー「となると、本当ならば守桐家は遠野家のような家になるはずだったのか?」

タイガ「というよりも、狼人間に変身する魔術を使う魔術師の家っていう風にするはずだったんだけど、それがうまくまとまらないこと、まとまらないこと・・・・」

佐藤一郎「そうして、ピクトマンサー的な魔術師に移行したという次第にございます」

シロー「それで色々と魔術師らしくしようと小細工を弄しまくって、こうなったわけか・・・・」

タイガ「加えて、いつの間にか“街>聖杯及び魔術師の目的”っていう比重になっちゃったのよね。それも、某ハーフボイルド並みの愛着で。そのせいでなんだか作者も“魔術師には向いていない魔術師”っていうイメージが凝り固まっちゃったのよ」

シロー「まあ、それがいい方向に働いているのかその逆か・・・・そんなものは我々の知ったことではないがな」

タイガ「とまあ、そんなところかしらね。いや~・・・・終わった、終わった。この後のビールがまたなんとも・・・・」

シロー「その前に、早く救出することをおすすめする」

タイガ「え?きゅうしゅつって・・・・・・あ」

佐藤一郎「・・・・どうやら、手遅れのようですな」

ロリブルマ「・・・・人のこと、放っておいて・・・・・・!やっちゃえ、バーサーカー・・・・・・!」

バーサーカー「■■■■■■■■■―――――!!!!」

タイガ「ちょ・・・・待て待てーーー!!!今助けるから、その物騒な人を帰しなさい!!!」

シロー「・・・・この手のオチに逃げたな・・・・」

佐藤一郎「それが、勢いのみで突き進んだ結果でしょう。それでは、また次回お会いいたしましょう」

タイガ「勝手に終わらすなーーーーーー!!!!!!」



[9729] 第三十二話「陰影の色」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:69e618d3
Date: 2011/03/01 02:15
 今にも泣きそうな空の下、アサシンは多磨村霊園の中を駆け抜けていた。そのアサシンを追走しているのはキャスターが従える二柱の悪魔、アンドラスとグラシャラボラス。墓石の上を駆け、アサシンに狙いをつけている。
 通用しないとわかりながらも、アサシンは手裏剣を投擲して牽制。案の定、手裏剣は弾かれるか体毛によって防がれるかのいずれかであった。

 「■■■■■■■■■―――――!!!!!!」

 まず先制したのは、狼に跨った梟の堕天使アンドラス。この悪魔は雄叫びを上げながら、手にしている剣を振りかざし、騎獣である狼も獰猛に大口を開け、こちらに飛び掛る。しかしアサシンはそのまま前方へ飛ぶように一気に加速し、これを回避。アンドラスの細身の剣は空を切り、着地地点は赤子一人が隠れられそうなほどのクレーターができた。

 「あれはサーヴァントでいえば、バーサーカーに相当するか・・・・いずれにせよ、キャスターは本気のようだな」

 アサシンがそう口にしたそのときだった。
 大型肉食獣を思わせる翼を生やした犬がアサシンの行く手を遮った。

 「確カニ、アレハスグニデモ殺メタクテ殺メタクテ仕方ガナイトイッタトコロヨ」

 ブルドッグを思わせる姿をしたその悪魔、グラシャラボラスは歌うような口調と渋い声色で話しかけてきた。

 「イズレニセヨ、君ノ命運モココデ仕舞イ。潔ク散リ逝クガ良イ」

 そして右の前足を振り上げると、そのまま勢いよく横に振り抜いた。
 アサシンは飛び上がりこれを避けることができたが、その薙ぎ払いの勢いは風圧を起こすほどで、若干空中でのバランスが崩れてしまった。おそらくこの一撃ならば、熊をも殺すことは容易いだろう。
 ともかく、アサシンはどうにか墓石の上に着地することができた。

 「■■■■■■■■■!!!!!!」

 すると今度は後ろからアンドラスが追撃して来た。
 この狂える悪魔の突撃をアサシンは前転しながら飛び退いた。勢いあまったアンドラスはそのまま突き進み、ある程度すると転換してアサシンに向き直った。
 アサシンが体勢を立て直すか否かというときに、空に飛び立ったグラシャラボラスが彼目掛けて空中から急降下してきた。無論、アサシンは陸上選手のように駆け出して回避。先ほどまでアサシンのいた場所はグラシャラボラスによって粉々に砕かれてしまった。
 更なる攻撃がアサシンを襲う。仕掛けてきたのは、アンドラスでもグラシャラボラスでもなく、彼らの主に当たるキャスターであった。どうやら彼はアサシンが悪魔たちの攻撃を凌いでいる間に燃え盛る炎の蛇竜を三匹生成していたようだ。蛇竜たちはうねりながらアサシンに向かって突き進んできた。
 アサシンはすぐさま回れ右をして遁走。だがいつの間にか、進行方向から悪魔たちがこちらに向かってきていた。
 蛇竜と悪魔。これらに挟み撃ちにされたアサシンは横にそれるようなことはせず、そのまま直進し、そして滑り込むようにグラシャラボラスの懐に潜り込んだ。
 結果、蛇竜の形をした火炎は見事に悪魔たちに直撃し、アサシンはそのまま道に飛び降りた。だが悪魔たちはその体を炎に包まれながらも、アサシンに迫ってきた。
 そこでアサシンはふと、はるか後方にある寺院のような霊園の事務所をちらりと一瞥した。

 「安心サレヨ。ココノ者達ハ今頃、深ク甘美ナルマドロミノ中ヲ漂ッテイヨウ。目覚メシ後ハ、偽リノ記憶ニ基ヅキ動クノミ」

 答えたのは、意外にもグラシャラボラスであった。相変わらず、その歌うような喋り方のせいで、怒りに震えているアンドラスが妙に際立っていた。
 そしてアサシンはここからそう離れていない場所に気配を感じ取った。
 キャスターである。転移でも使ったのか、着かず離れずの場所に立っている。
 そのキャスターが嘲るように言った。

 「それにしてもアサシンよ。随分と往生際の悪いことよな。それも足掻くのではなく、ただ、ただ逃げの一手に徹するのみ。貴様はここで潰える定めとはいえ、これではちと面白味がないというものじゃ」

 確かにキャスターの言うとおり、これまでアサシンは忍刀を抜いているにもかかわらず、ほとんど攻撃の手を出せずにいた。それは悪魔たちやキャスターの波状攻撃のせいで息つく暇もないせいでもあるのだが。
 そのキャスターらに対して、アサシンが言った。

 「・・・・やはり、“このまま”では手も足も出ぬか・・・・」
 「何を言っておるのじゃ?たかだか下賎なる輩がわしはともかく、こやつらに歯が立つわけがなかろう。そもそも、白兵戦に持ち込まれたのが貴様の運の尽きじゃ」
 「いや、そうでもないぞ。キャスター」

 言い返されたキャスターは、怪訝そうな顔をしていた。アンドラスたちを包む炎は収まったが、その怒りの炎はまだ消えていない。

 「鼠は猫を噛み殺すこともできる・・・・蜂の群れは熊をも征することができる・・・・蟻の大群は象をも蝕むこともできる・・・・見くびってもらっては困るというもの」

 それからアサシンは刀を納めた。これを見たキャスターは思わず呆気に取られてしまったが、一瞬後にその顔が綻んでしまった。

 「ほう・・・・ついに観念したのか?」
 「観念するのは貴様のほうだ、魔術王」

 アサシンの言葉を聞いたキャスターの顔から笑みが消え、かわりにこめかみがピクリと動いた。

 「俺が終わりを迎えるのは、我が主を勝利へと誘ったときのみ・・・・それまで、俺は滅びるわけにはいかんのだ・・・・!」

 力強く言ったアサシンはどこからともなく得物を手にし、構えた。

 「来るがいい。魔術王とその眷属たる魔性よ。この場にて我が努め、果たさせてもらおうぞ」



 この時間帯にしては、車の通りも少ない道路を一台の黒い高級車が走っている。
 佐藤一郎が運転するそれを、狩留間鉄平はその後部座席に座っていた。

 「なるほど・・・・自称アヴェンジャーに前回の聖杯戦争のライダー、ですか・・・・」
 「ああ。けど、こっちは直接見たわけじゃないし、それに又聞きだから詳しくは知らないけどな」

 鉄平は一郎に予め、昨夜アーチャーたちが遭遇した二つの存在について話した。彼はこの後、この老執事の主である守桐神奈にも話すことになるので二度手間ではあるが、知っている人間が多いほうが少しはスムーズに行くだろうというのが一郎の弁だ。

 「それはそれとして、そのアヴェンジャーの傍にバーサーカーのマスターの方がいらっしゃったということですな。それも、反転した状態で・・・・」
 「そうらしい・・・・」

 これは無論、野々原沙織の同級生である伏瀬勇夫その人に他ならない。彼はバーサーカーのマスターというだけでなく、人狼の混血でもある。

 「・・・・知っていたのか?野々原さんの知り合いが、マスターだっていうことを」

 鉄平はその答えがわかりきっていながらも、あえて尋ねた。彼自身、アサシンの報告から病院にいる誰かがバーサーカーのマスターだとは思っていたが、それが沙織の同級生だとは思わなかった。ましてや、その人物が混血であるということさえも・・・・
 そもそも、守桐家は聖杯戦争のマスターであるだけではなくこの街の管理人だ。知らないはずがない。
 一郎は答えた。

 「・・・・よもや、鉄平様から話を振ってくるとは思いませんでしたな」
 「話?どういうことなんだ?」
 「言ったはずです。わたくし個人からお願いがございます、と」
 「ああ、そうだったな・・・・そういうことか・・・・・・」

 鉄平はすぐに納得した。
 一郎の言うお願いとは、すなわち伏瀬勇夫の殺害に他ならない。無理もない。彼はすでに多くの人間を殺しているからだ。
 理解した後、鉄平は言った。

 「別に尻込みするつもりはないけど、相手はサーヴァントでさえ苦戦するような化け物だ。そんなの相手に、俺をぶつけようっていうのか?」

 勇夫との戦いも、当然のことながらアーチャーから聞いていた。もし彼が人狼などではなく、“死徒”と呼ばれる吸血鬼であったのならば、おそらくは二十七祖の席に収まっているだろうというのが共通の見解だ。
 とはいえ、鉄平とてアサシンとうまく連携を取れればできないこともないが、それでも難しい話だ。彼自身、腕の立つほうではあるのだが、ここまでの強敵にはたして勝てるかどうか。
 それでも、もし対峙せねばならないとなれば迎え撃つまでなのだが。

 「そう思われるのも無理はありません。何しろ、勇夫様のご先祖はかつて東欧にて勢力のあった人狼の一族なのですから。しかしそれも今は昔。教会勢力や時には死徒の勢力、また切り拓かれていく文明も徐々にご先祖様の一族を追いやったのですからな・・・・そうして、とうとう一族は散り散りとなってしまい、中には人間と交わる者もいたことでしょう」

 そうした人狼のうちの一人の血を受け継いでいるのが、勇夫というわけだ。確かに、異端を敵視する聖堂教会はもとより、死徒との縄張り争いもあったことだろう。おまけに年月を重ねるごとに、人狼たちの住処である森も減少していく一方・・・・衰退は目に見えている。
 いくら強大な力があろうとも、そうした摂理に逆らえないのもまた事実。
 ところで、と一郎は言う。

 「そもそも、誤解されがちですが、人狼とて無闇に人を襲い、喰らっているわけではございません。そんなことを続けていればいずれは人間達を食べ尽くして餌にありつけなくなるでしょうし、それに聖堂教会も魔術協会も黙ってはいられません。だからでしょうな。人狼たちは掟を重んじる。自分たちがいつまでも存続できるように、いつまでも自然と共に生きていけるように・・・・ある意味、一番のエコロジストですな」
 「誰もそんな話は聞いていない」
 「まあ、お聞きになってください」

 唐突に話が横道に逸らされたと思った鉄平をなだめ、一郎は続ける。

 「彼らの掟の中には、人と交わることを禁じたものがあると聞きます。彼らは本能的に知っていたのでしょう。先祖返りの恐ろしさを・・・・先祖返りを果たしてしまった末の者が理性を失って暴れ狂うことにより、その犠牲者たちの怒りの矛先が自分たちに向けられる。それも恐れたのでしょう。それが子や孫ならばまだしも、掟を忘れてしまうほど月日が経てばそれもより顕著なものとなるでしょう」
 「・・・・つまり、伏瀬勇夫は最初から自分が混血だとわかっていなかったっていうことか?」
 「ええ、その通りです」

 掟や法の類は窮屈に思えるだろう。しかしそれは逆を言えば、自分たちの安全を保つための枠でもある。そうした掟などを学べたのならば、勇夫のような凶行は起こさないということであろう。

 「けど、それじゃおかしいだろ。伏瀬勇夫が聖杯にかける望みは、自分が普通の人間になるっていうことだって聞いたぞ。それって、自分が人狼だってことを知っていたっていうことじゃないのか?」
 「・・・・ここだけの話ですが、彼は一度、反転したのですよ」
 「なっ・・・・!?そんなバカな!」

 鉄平は思わず声を荒げてしまった。
 鉄平とて一介の狩人。反転した者の末路など見慣れている。彼らは自我を失い、挙句に化け物と成り果てる。その末に人として終わりを迎えることは、ない。

 「一度反転したっていうのなら、どうしてあの病院で大人しくしていられたんだ!?少なくとも、聖杯戦争が始まる前まで、ここしばらくの猟奇事件のようなのは聞いたことないぞ!」
 「・・・・それが、こちらもわからないのですよ」
 「わからないって・・・・!?」

 鉄平はさらに狼狽した。

 「何しろ、発見されたときにはすでに元通りになっておりまして、その上に反転していたときの記憶もすっぽりと抜け落ちていたのですから。そのくせに、自分が普通ではないということだけは理解していたようですが」
 「・・・・要するに、自分は人外だという自覚はあっても、人外だったという記憶はない、ということか?」
 「断っておきますが、お嬢様は決して記憶操作などなされておりません。誰の仕業かもいまだわかっておりません。ただ、お嬢様はこれを酌量の余地ありと見なしまして、あの病院に隔離したという次第にございます」

 考えてみれば妙な話だった。
 もし、混血が反転したとなればそれを放置するはずもない。即刻処断というのが常だ。だがしかし、もし反転したものが元に戻っていれば・・・・?彼女が戸惑うのも、無理もない話だ。
 ふと、何かが鉄平の頭に引っかかった。
 彼はそれを一郎に尋ねた。

 「・・・・その口振りだと、やっぱり・・・・」
 「はい、お察しのとおりです。父親に母親、それに妹。それが彼の犠牲となった方々です」

 いつの間にか、雨が降ってきたようだ。霧雨だ。量が量だけに、普通の雨が降っているのと変わりない。
 一郎はワイパーを作動させる。

 「もともと、無理な話だったのですよ。事情を知らない病院を介して、反転衝動を抑えてきたのですが、魔術的設備の整っていない場所では当然、限界もございます。そして今回の件にて彼は罪もない方々を多く殺しました」

 ワイパーが子気味よく動いている中、一郎は淡々と喋る。

 「もはや、彼には救いなどありえないのですよ」
 「・・・・・・そう、か・・・・」

 鉄平は車の窓からすぎていく雨に濡れた風景を横目で眺める。
 彼とて、この手の事など日常茶飯事であった。今までも片手で数えられる程度でしかないが、反転した者をこの手で屠ったこともある。
 だが、ここまで気の進まない気分になるなど、これまでの人生の中でなかったことだ。それが、雨のせいで余計際立ってくる。



 「ク・・・・ククク・・・・カーーーーカッカッカッカッカッカッ・・・・・・!!!」

 当初、キャスターはその目を細めて、アサシンが手にしたものを見ていたが、突如弾け出したかのように笑い出した。
 アサシンが手にしているのは、穂先が十字状に別れた槍、十文字槍。ただし、アサシンが槍を用いることなどなんら不思議なことではない。忍者八門においても槍術は必修とされているからだ。
 しかし問題は、彼が構えているその朱色の十文字槍である。この代物は、彼の主君である真田信繁が振るったとされる槍。それをアサシンが手にしているのだ。
 霧雨が降りつける中、キャスターは笑いを堪えながら、言った。

 「ク・・・・ククク!何事かと思えば、主君の猿真似か!ああ、そうであったな!この国は確か、猿真似だけは一人前だったのじゃな!しかし、それがましてやこの局面においてはあまりにも・・・・!あまりにもお粗末すぎるではないか・・・・!アサシンめ、とうとう血迷ったか!!!」

 思い切りアサシンを嘲るキャスターだが、当の本人は相変わらず黙々と対峙している悪魔を見据えている。
 これにキャスターは、気分を害したようだ。

 「・・・・侮っておるのか?この卑しき山猿めが」

 そんなキャスターには一切目も暮れず、アサシンは静かに言い放った。

 「・・・・侮っているつもりなど、毛頭ない。キャスターよ。これが単なる猿真似かどうか、その眼にてとくと見よ・・・・!」

 にじり寄ってくる悪魔に、不機嫌そうな顔をして魔術行使の準備に入るキャスター。
 だが先制したのは、それまで逃げに徹していたアサシンであった。これにはさしものキャスターとて目を丸くしてしまった。
 アサシンが狙いを定めたのは、グラシャラボラス。いきなりアサシンが特攻を突っ込んできたために出遅れてしまったグラシャラボラスだが、最初の一撃の突きをどうにか前足を横に振るって弾くことができた。だが、続いて二撃目の薙ぎ払いがグラシャラボラスの肉体に迫る。アサシンの攻撃はグラシャラボラスの首筋に命中したが、分厚い皮にて阻まれてしまった。

 「ホウ・・・・ソノ勢イヤ、ヨシ。サレドモ、勝機モナク挑ムハ、無謀ニ同ジ。コレガイワユル、神風ト呼バレルモノデアロウカ?」

 グラシャラボラスの口元を横に広げ、舌を垂らしているその皺だらけの顔が醜く歪んだ。
 と同時に、アサシンの背後からアンドラスが騎乗している狼とともに突進し、アサシンを貫こうとする。

 「否・・・・我、神風にあらず!」

 その言葉と同時に、雨によって濡れた地面をものともせずに、アサシンは独楽のように大きく旋回しながら槍を振るった。これにグラシャラボラスも後ろへ飛び退いてしまい、アンドラスの突きをアサシンは受け止めた。

 「我・・・・!屍朽ちる戦場にて吹き渡る血風・・・・!」

 そこでアサシンはアンドラスの剣を弾くと、その勢いに任せて怒涛の突きをアンドラスに見舞った。アンドラスはアサシンの攻撃を容易く捌くが、相手の勢いに押され、徐々に後退を余儀なくされている。
 さらにグラシャラボラスもアンドラスと同じように、アサシンを仕留めようとその大口を開け、彼に噛み付こうとした。しかしアサシンは烈火の如き攻撃の手を止め、流れる水のように横へ回り込み、さらにそのままグラシャラボラスの背後を取ると、攻撃が不発に終わり前のめりになったその悪魔の背に乗った。
 当然、アンドラスはグラシャラボラスの背にいるアサシンに向けて遮二無二攻撃を仕掛けた。

 「止メヌカ!コノ気狂イメガ!」

 そう抗議しながらグラシャラボラスは背にいるアサシンを振り落とそうとするが、暴れ馬を御するように平然とその背に跨り、アンドラスの攻撃を受け流す。
 そんな中、悪魔の背に乗るアサシンに向けて、雷光が矢のように飛んできた。キャスターの放った魔術だ。
 それをアサシンはいとも容易く、グラシャラボラスに揺られているにもかかわらず、一躍にて雷光の矢をかわした。

 「我!苦悶満ちる地獄より吹き荒ぶ魔風なり!」

 その勢いにて、アサシンは文字通り風となってキャスターに命絶つ白刃を突きつけるべく、ぐんぐんと彼の魔術王に迫っていく。
 そこでキャスターは迷わず“回避”を選択。転移したため、アサシンは滑り込むように着地した。
 暴風圏より逃れることのできたキャスターだが、途端に膝が笑い出し、胸を押さえて荒く息を吐き出す。

 「はあ・・・・!はあ・・・・!このわしが・・・・気圧された、とでもいうのか・・・・?」

 墓石の陰にて、キャスターは一人呟く。
 アサシンが目前にまで迫ったとき、彼は間違いなく“死”に直面していた。
 よくよく思い返してみれば、アサシンはあのランサー相手に互角の戦いを演じていた。もっとも、あのときは駅構内を注視していたこと、また自分の前にライダーが現れたため、そこまで注意を払っていなかった。現に両者とも、自身が仕組んだ騒動にそこまで介入できていなかった。
 そして今見せたあの戦いぶり。あれは忍というよりは、むしろ武者である。
 キャスターはどうにか自身を落ち着けると、顔を上げ、戦いの場を見やった。
 アサシンを前にしているグラシャラボラスもまた、自分と同じく萎縮してしまったようだ。反対に、アンドラスは怒りを滾らせ、アサシンに突撃。グラシャラボラスもそれに続く形で突進した。
 するとアサシンは、先ほどのような猛虎の如き攻め方ではなく、当初の牽制に使っていた手裏剣の投擲である。もちろん、それはアンドラスにもグラシャラボラスにも通用しないことはわかっているはずである。当然のことながら、何発もの手裏剣は両方の悪魔には通じていないようであった。
 しかしまたもや、アサシンは手裏剣を投げつけた。今度はアンドラスが跨っている狼に向けてである。だが、それも二発命中すれども効いている様子は狼にはなかった。
 一体、アサシンは何のつもりだろうか?
 するといきなり、アンドラスは前に投げ出されるように飛ばされ、地面を転がった。そのアンドラスにアサシンはすかさず、槍の穂先を突き出した。倒れながらも弾幕のように繰り出されるアサシンの攻撃を防ぐアンドラス。これにグラシャラボラスも加わるが、攻めあぐねている様子だ。
 キャスターはアンドラスが転倒した地点に目を向けた。
 すると、アンドラスの乗っていた狼がその場で倒れて、のた打ち回っていた。涎の垂れた口から聞こえてくるのは苦痛に満ちた喘ぎ声。目も見開いてしまっている。
 そしてキャスターは見えてしまった。狼の体に、黒い円形の斑点が二つあるのを。否。それは斑点にあらず。狼の体に浮き出たそれは文様である。そしてそれは本来ならば“二つ”ではなく“六つ”あって一つの旗印となるのだ。
 キャスターは自身の従えている悪魔にも目をやった。アンドラスにも、グラシャラボラスにも、同じような文様が体に浮き出ている。両者とも狼のように苦痛に喘いでいる様子はないが、多少痙攣を起こしているようである。

 「・・・・流石に悪魔が呪を受けたとなれば、もはや笑い者同然であろう。だが、悪魔本体が無理ならば、その騎獣ならばどうだ?」

 アサシンが何者かに声を掛けた。当然、それはキャスターに向けられた言葉だ。顔はこちらに向けられていないにもかかわらず、その声だけははっきりと聞こえていた。
 しばらくもしないうちに、グラシャラボラスは堪りきれずに後退してしまい、アンドラスと最後の一合まで打ち合うと、双方ともに飛び退き、距離を置いた。
 悪魔たちが攻撃を仕掛けてくる様子がなかったので、アサシンは離れているキャスターに向き直って、言った。

 「六道銭・・・・俺の呪を別のもの、だいたいは投擲物に込めて打ち込む三途の渡し賃・・・・」
 「呪・・・・?なるほど・・・・打ち込まれた分だけ、文様がひとつずつ浮き出てくる。そういうことじゃな?」
 「そうだ。しかし半端な数では三途を渡れるはずもなかろう。故に、そうした者は終わりなく苦痛に晒される。これから逃れる術は、二つ。六文きっちり揃えるか、俺が三途を渡るかのいずれかだ」

 つまりは、紋様がしっかりと“六文銭”の旗印になるように打ち込まれるか、呪詛の大元であるアサシンが死ぬかのいずれかである。いずれにしても、悪魔ですら痙攣するほどだ。アンドラスの狼の苦しみようから見て、その苦痛は筆舌しがたいものがあるだろう。
 もっとも、とアサシンは続ける。

 「これは本来ならば戦闘ではなく、拷問に用いるもの・・・・口の堅い輩のそれを割るのに、これほど便利なものはないものよ・・・・」
 「そういう貴様は、随分と口の軽いことよ・・・・おそらくは、それこそが貴様の宝具に当たるものであろう・・・・が、そうベラベラとその特性を口にしてよいものか?」

 しかしアサシンは、反対にフッと鼻で笑った。

 「構わんさ。何しろ、こちらも貴様の宝具の特性を見破ったも同然だからな」

 キャスターの目つきが険しさを帯びた。だがアサシンはそれに構うことなく続ける。

 「まず、最初に貴様は俺をここへ追い込むのに、自らの体に悪魔を宿し、大勢の使い魔を用いてここへ誘い込んだ。そして目論見どおりにいったというわけだ」

 もっとも、あえてそれに乗ってやったのだが、とアサシンは口にすることはなかった。

 「だが、それならば何故今のように悪魔を召喚して行わなかった?使い魔を用いるよりは、そちらのほうが、より効率的に行動できると思うのだがな?」
 「・・・・世迷言を。貴様如きを相手にそうする必要がなかったまでの話だ」

 しかしアサシンは首を横に振って、それを否定した。

 「そうする“必要がなかった”のではなく、そうすることが“できなかった”だけだろう?何故なら、貴様の宝具は悪魔の力を宿すか、悪魔召喚のどちらかしか行えないからだ」

 アサシンの言葉に、キャスターは何も言い返さなかった。
 ある意味においては、それは無言の肯定。

 「それもそうだろう。貴様が従える悪魔どもは、その全てがサーヴァントに匹敵する力の持ち主。一介のサーヴァントにすぎぬ貴様が大勢のサーヴァントと契約を交わしているようなものなのだから」

 それに対しても、キャスターは言い返さなかった。
 途端、キャスターの手元で浮いていた魔道書を彼は手に取り、ページの開かれていたそれをパタパタとめくり、そして閉じた。
 瞬間、悪魔たちの足元から魔法陣が浮き上がり、悪魔たちの姿を消し去った。梟の頭をした悪魔の怒声を響かせながら。
 キャスターはまたもやページをめくる。今度はキャスターの両脇に魔法陣が出現する。
 そこから現れたのは、アーチャーを髣髴とさせる二人の射手。うち、一人は煌びやかな衣装に身を包んだ、いかにも高貴そうな身分の四人の人物がトランペットを吹いている。

 「・・・・あまり調子付かぬことじゃ。見破ったからとて、勝ったも同然でいる愚か者の末路はいつも決まって、泣きを見るものじゃからな!」

 そう言って、キャスターは掌をアサシンのいるほうへと向けた。
 と同時に、キャスターの脇に立つ二人の射手、レライエとバルバトスの二人は一斉に矢を番え、矢をすばやく射る。キャスターとて、掌から光弾を時間差で放つ。
 文字通り、矢継ぎ早の早さで射られてくる矢をアサシンは手にしている槍で次々と叩き落していく。時折飛来してくるキャスターの光弾に対しては身を捩じらせ、身を屈めて、身を反らしてかわしていく。よって、アサシンは一歩もその場から動かず、キャスターたちの攻撃を凌ぐ。
 面白いことに、バルバトスの従者である四人の王は、矢が射られるたびにトランペットを奏で、光弾が放たれるたびに響かせ、攻撃を防ぐたびに吹き鳴らしていた。
 そしてとうとう、キャスターたちの攻撃の手が止んだ。
 アサシンは動かずして攻撃を凌ぎ切った。

 「・・・・失策だったな、キャスター」

 静かな声でアサシンは言う。
 キャスターの目は険しいままだ。

 「どうやら、一度に召喚できる悪魔は多くて二柱まで。これは貴重な情報だ」

 それもそうだろう。
 魔術師の頂点に立つキャスターとて、サーヴァント同然である悪魔を顕現させるだけでもかなり魔力を食うものだ。悪魔使役は確かにこれとなく強力なものであるが、それだけ反動も大きい。しかも複数ならばなおさらだ。仮に三柱以上の悪魔を召喚するとなれば、維持するだけでも魔力消費はより大きいものとなる。
 強力な力に対しては、自然と制約ができるものなのだ。

 「二柱も現界させ、完全に支配下に置くだけでもたいしたものだが、先ほどの悪魔どもを退かせたのは間違いだったな。おかげで、貴様の手の内がだいたい把握できた」

 情報というものは、ある意味においては力である。それが他に知られるとなれば、自身の立場が脅かされるということに他ならない。悪ければ、死に直結することさえある。無知は罪とは、言い得て妙である。
 それにもかかわらず、キャスターは決してたじろぐようなことはせず、鋭い目でただアサシンを見据えていた。

 「・・・・あえてもう一度言おう。あまり調子付かぬことじゃ、と。戦況が五分になったとでも思ったか?だとすれば、思い違いも甚だしい。猿がサムソンの弱点を知りえたからとて、それで何になろう?所詮、知識はあれどそれを活かす知恵なくば、それは無知に同じじゃ」

 再び、レライエとバルバトスは矢を番え、アサシンに狙いを定める。
 だがアサシンは構えた槍を下ろし、無形の位となった。

 「何のつもりじゃ?よもや、観念したというわけでもあるまい?」

 キャスターは怪訝そうな顔を見せる。
 それに対して、アサシンは答える。

 「これだけ知ることができれば、もはや十分だ」
 「十分じゃと?まさか貴様、ここから逃げ果せることができるとでも思っておるのか?」
 「思っているとも」

 まさか即答するとは露ほどにも思っていなかったため、キャスターは思わず眉をしかめてしまった。
 しかし次の瞬間、キャスターの鋭かった目が、驚きのために見開かれてしまう。アサシンの周囲で光の粒子が立ち上り、霞がかっていくかのようにその姿が薄れていっているからだ。

 「令呪か!おのれ、猪口才な・・・・!」
 「・・・・言ったはずだ、キャスター。この場にて我が努め、果たさせてもらおう、と。それは今、相成った。よって、そう遠くないうちに貴様の目論みも泡沫と帰すであろう。それを努々、忘れることなかれ・・・・」

 消え行くアサシンを前に、キャスターは言葉を絞り出した。

 「何なのじゃ、貴様は一体・・・・!?!」

 幽鬼のように揺らめくアサシンの体。覆面のためにその表情は読みきれないが、なぜだかアサシンが不敵な笑みを浮かべているように思えた。

 「・・・・ただの影だ」

 そうして、アサシンの姿が完全に消失した。
 アサシンのいた空間をキャスターは睨めつけ、音を立てて魔道書を閉ざす。そうして、悪魔たちもまた、消えた。

 「完全にぬかったわ・・・・!わしとしたことが、令呪の存在を念頭に置いておらなんだ・・・・」

 キャスターの口から吐き出される言葉からは、完全に苛立ちが見て取れた。
 だが、それもほどなくして、キャスターの眉間に寄っていた皺も緩み、釣り上がっていた目元と口元も幾分か和らいだ。
 彼は怒りを抑えこむ術をいくつか知っていたが、時にはそれを解き放つことで解消できることも知っていた。この程度の苛立ちならば、抑える必要もない。

 「まあ、いい。逆に考えれば、奴のマスターももはや下手に令呪を用いることなどできはしないだろう」

 知ってのとおり、令呪とはサーヴァントを従えるマスターの証でもあり、その繋がりを示す証明。その縛りは遙か高みの存在である彼らを御することができるほど、非常に強力なもの。それに抗えることのできる英霊など微々たるものであろう。
 しかし、その束縛も無限に行使できるというわけではない。
 三度。
 それが、令呪を用いて命令できる限度額。それら全てを使い果たせば、サーヴァントとマスターの関係が絶たれるということに他ならない。故に、実際に用いることのできる令呪は基本的に二度までということになる。
 アサシンのマスターが、令呪をいくつ用いたのかは定かではない。だが、一画にせよ二画にせよ、もはや令呪を迂闊に使用することはできないだろう。
 ついには、キャスターはほくそ笑んだ。

 「加えて、我が宝具の特性が看破されようとも、我が優位に一切の揺らぎなどないのだから・・・・」
 「そうだ。仮にこちらの手の内が相手に知られようとも、もはやどうする事もできぬのだから・・・・」

 別の声が聞こえてきた途端に、キャスターは一気に不機嫌そうな表情を浮かべ、声の聞こえてきた方向へと目をやる。
 キャスターのマスター、ブラットフェレス・ザルツボーゲンが傘を差してこちらへと歩み寄ってくる。

 「フム・・・・墓場に降る雨というのもなかなかに赴き深いものがあるが、如何せん雨脚がやや強めだ。これで普通の霧雨ならば、風情があるのだがな・・・・」
 「貴様の感性など、こちらの知ったことではない。何しにここへ来た?」

 キャスターは、棘のある物言いでブラットに言った。
 しかしブラットはそれを気にも留めずに言った。

 「何。お前がどんな様子かと思って見に来ただけだ」
 「フン。それこそ余計というものじゃ。それに、貴様にあれこれと口出しされるほど、わしも落ちぶれてはおらんのでな」
 「わかっているとも。どう背伸びしようとも、腹芸で私がお前に敵うはずもなかろう。だから私は敢えて余計な口出しは一切せず、この工程全てをお前に一任した。そういう意味では、私は理想的なマスターと言えないか?」

 いけしゃあしゃあと言い放つブラットに、キャスターはより顔に不機嫌さを募らせたようだ。

 「そんな顔をするな。これでも私なりに、お前に尽くしてきたつもりだ。お前が神言や宝具を十全に行使できうるほどの魔力、お前の陣地に相応しい土地・・・・そういったものをお前のために提供してきたのだがな?」
 「・・・・貴様のせいで、発散された憤りもまた積もってきおったわ。ここまで苛立ってきたのも、過去に例はない」

 話はこれまでだ、といわんばかりにキャスターは踵を返した。
 しかし、立ち去ろうとするキャスターの足取りは、ブラットの一言によって止められてしまった。

 「お前も気付いているだろうが、奴は猿飛佐助でもなんでもない」

 その言葉を発したブラットに、キャスターは鋭い視線を投げかけた。

 「・・・・やはり、貴様も気付いておったか」

 それに対して、ブラットは口元に笑みを浮かべて答える。

 「そもそも、猿飛佐助をはじめとする真田十勇士の面々は、後世の講談などでしか姿を現さない、いわば架空の存在。そうした英霊が現実にて姿を現すのは、二つに一つ。一つは、物語の具現化。もう一つは、その存在の殻を被るのに都合のいい存在を当てはめる。奴の場合は、後者だろうがな」

 キャスターが話を続けているブラットに向き直る。彼は黙ってマスターの話を聞いている。

 「奴が真田の忍というのは事実だとして、おそらくその素性は主君である真田左衛門佐信繁の影武者か何かであろう。なるほど。影とは言ったものだ」

 しかし、ブラットの言葉を聞いているキャスターは、いかにもつまらなそうに聞いていた。おそらくは、彼の推論が正しいものだということに違いない。

 「そんな顔をされるとは、心外だな。お前の考えに、確信を持たせる意味で言ったはずなのだが、な」
 「そもそも、わしにそのような必要などない」

 ばっさりと、ブラットの発言を斬って捨てた。
 それとは対照的に、ブラットは気を悪くする様子など微塵もなかった。

 「・・・・まだまだ余裕そうだな」
 「わしの魔力が底を尽きることなど、もはやこの段階においてはありえぬ事象じゃ」
 「だが、まだ明るい上に、どこも動きを見せていない・・・・しかし今夜、必ず何か動きが出るだろう」

 一瞬、キャスターは訝しそうに顔をしかめた。
 一拍子置いて、ブラットは言った。

 「そうなれば、打って出るぞ」

 それからしばらくの間、しんしんと霧雨が降っているだけだった。
 しかめっ面をしているサーヴァントと、飄々と捕らえどころのない笑みを浮かべているマスターという、先ほどとはなんら変わらぬ構図が描かれていた。

 「・・・・別に反対する理由もないが、一応その旨を聞いておこう」
 「勘のいい奴の事だ。程なくして、こちらの思惑にも気付くだろうし、こちらの今後の方針も篭城か攻勢に出るかのいずれかだと予測するに違いない。だからこそ、敢えて仕掛けようというのだ」

 そしてやはり、キャスターは不機嫌そうな面持ちで言った。

 「言いたいことはわかるが、それならばわざわざこちらから動かずとも、使い魔を送って静観するのも手だと思うがな。むしろそちらのほうが、こちらも痛手を負わずに事が進むというもの」

 敢えてブラットに反論するキャスター。しかし、その口調はどことなく断固反対というわけでもなさそうだ。
 それに対して、ブラットが言った。

 「・・・・それも手だろう。だが、“奴”ならばアサシンは言うまでもなく、アーチャーやセイバーをも屠る事など容易いだろう。奴と対等に渡り合える英霊など、太古の英雄王かギリシャの大英雄ぐらいのもの。誉れ高き騎士王とて、失われし鞘なくば、苦戦は免れまい」
 「成る程な。じゃが、そのような輩を相手取るとなれば、まず間違いなくわし程度の者など赤子を捻るよりも容易く葬られるに違いあるまい。だのに、そのような命をドブに投げ捨てるようなまねなどできようものか?」

 ブラットは肩透かしを食らわせるように、口元に笑みを浮かべた。

 「臆したか、キャスター?お前ならば、神にも等しい知恵と無限まで及ぶ知識を持つお前ならば、奴を手玉に取る事など造作もあるまい。それに敢えて言わせてもらうならば、命など常にドブの中にあるものだよ」

 先ほどに比べて雨の勢いが弱まり、ようやく霧雨らしい霧雨となった。
 すっかり毒気を抜かれてしまったキャスターは再びブラットに背を向け、ゆっくりとした足取りで歩き始める。
 ブラットが自分のサーヴァントに声を掛けた。

 「もし、お前がその気ならば、私にも一声掛けてくれ。私も出向くつもりだからな」
 「・・・・フン。マスターならばマスターらしく、大人しく奥に引っ込んでおればよいものを・・・・まあ、いい。その時になれば、使い魔でも送ろう」

 キャスターはブラットの気まぐれな出撃に同意したようだ。
 キャスターが数歩歩いたところで、その姿は消えた。霊体化したようだ。
 一人残されたブラットは、傘の下から雨空を見上げる。

 「随分と長かったな・・・・ここまで至るのに随分と時間が掛かったものだ・・・・此度の聖杯戦争の終わりも近いが、同時にそれは新たな始まり・・・・」

 一人呟くブラットの口元に笑みが浮かんでいる。しかしそれは先ほどまでキャスターに見せたような笑みではなく、明らかに歓喜の含んだ笑み。

 「ここで気を抜くわけではないが、もうすぐ・・・・もうすぐだ。それで、私の望みは叶う・・・・・・」

 そのとき、ブラットの傘を握る手に力がこもる。

 「聖杯は、こちらの手中にあるも同然だが、このままこちらの完封勝ちというのも味気ないが・・・・いずれにせよ、この先どのような物語を刻むのか、楽しみだ・・・・フフフフフフ・・・・」

 そうしてブラットの口からとうとう、笑い声が漏れだしてきたのだった。
 霧雨があたりにしんしんと降り注ぐ。



~タイガー道場~

シロー「・・・・・・・・・」

佐藤一郎「・・・・・・・・・・・」

(両者ともに、天井を見上げている。そこには、ロリブルマが頭を天井にめり込ませ、その体をブランと力なく下がっていた)

シロー「あー・・・・一つ聞きたいが、一体何がどうなって、このようなトラウマを喚起させるような光景になっているのだ?」

タイガ「いや~。冷蔵庫に閉まってあったロールケーキを食べられたもんだから、ついカッとなっちゃって、いつもどおり竹刀でガツンとやったら、こうなっちゃって・・・・」

シロー「いつも何かある度に竹刀で・・・・・・・・・・・・」

佐藤一郎「叩いてますな。それも思いっきり、力の限り、かどうかはわかりませんが・・・・」

シロー「それで、どうしてああなった?」

タイガ「そりゃあ、柄にもなくSYORYUKEN風に一発ブチかましちゃったら、こうなったのよ。いや~。我ながら、自分の力が怖くなっちゃうっていうか、なんていうか・・・・私もまだまだ現役ね」

シロー「・・・・・・で、放っておいていいのか?」

タイガ「ああ。いいの、いいの。別に天元突破な漢道みたいなことになるわけでもないし」

シロー「なったらなったで大問題だろうが・・・・はあ。いきなり疲れがドッと・・・・」

佐藤一郎「とりあえず、そろそろ始めましょう。今回の総括を」

タイガ「む。そうね。とりあえず、今回で正規サーヴァントの正体が全員判明したことになるわね」

シロー「とはいえ、アサシンの素性に関しては本来ならば、彼が鉄平の元へ戻ってきた際に解説するつもりだったようだが・・・・作者もフライングしてしまったようだな」

タイガ「まあ、別に作品の進行に支障きたすわけでもないから、別にいいんじゃない?」

シロー「だが、ここしばらく執筆スピードが遅れていることに関しては、どう言い訳するつもりだ?」

タイガ「まあ・・・・月の初めぐらいだったらモチベーションが上がらなかったことも原因なんだろうけど、原因はもう一つあったりするのよ」

佐藤一郎「そういえば作者様も、小説の合間を縫って某動画の大百科事典の記事作成を行っているようですが、前回の投稿の後にその記事投稿がパソコンの接続が繋がらなくなったり、フリーズしたりしてうまくいかなかったらしいですな」

シロー「ちょっと待て。それはここで言うようなことか?」

佐藤一郎「それが悪いことというわけでもないのですから、特に問題はないでしょう。それにその投稿も、モチベーションの維持をかねているようですから」

シロー「・・・・まあ、あの作者がモチベーションなどという言葉を使うのもおこがましい気もするが、それで発憤できるというのならば文句はあるまい」

タイガ「そういうわけで、今回は特性も明らかになったということで、キャスターさんの宝具を紹介したいと思うわ。それで、その詳細は以下に」


名称:魔性招きし門扉の記述(ゴエティア)
使用者:キャスター
ランク:A
種別:対軍宝具
レンジ:1~10
最大捕捉:200人
72の悪魔を封じたと言われる魔道書。書を通じて悪魔たちの持つ力を自身に付与することを可能としている。基本的にこの宝具は召喚用の魔道書のため、通常は悪魔を召喚し、それを使役する。だがキャスターの魔力をもってしても、一度に一、二柱しか召喚できない。なお、悪魔憑依と悪魔召喚は同時に行うことができない。


タイガ「思えば、この宝具の構想もかなり難航したわね~」

シロー「そういえばこの宝具、何やらゴテゴテとした印象があるが、それと関係あるのか?」

タイガ「まあ、ぶっちゃけて言えば、最初は悪魔召喚だけのつもりだったのよ。でも、それがロマサガ3のラスボス戦を動画で見た影響から、悪魔憑依にも魅惑されるようになっちゃって・・・・」

シロー「そうしてどっちつかずとなった結果、両方を取り合わせた、と」

タイガ「し、仕方なかったのよ!迸るこの情熱を抑えることが出来なかったというか、考え付いちゃったら実行したくなっちゃうっていうか・・・・」

シロー「作者はもう少し知るべきだな・・・・没になったものの果てというものを・・・・」

タイガ「でも、これでも大分スリムアップしたほうなのよ?最初はなんだか魔道書五冊ぐらい持っているっていう設定で、それで天使とかも召喚するつもりだったんだから」

シロー「確かにそれだとやりすぎだな・・・・」

佐藤一郎「ちなみに、キャスター様は悪魔憑依に際しましては、あまり戦士系の悪魔の憑依を行いたがらない、と作者様は考えていらっしゃるようです」

タイガ「とまあ、今回はそんなところね。それじゃ、次回までまた会おうねー」

シロー「・・・・とりあえず、あれ・・・・・・」

佐藤一郎「まあ、ほとぼりが冷めてから、下ろしましょう・・・・」

(天井裏)

ロリブルマ「うう~・・・・首痛いよ~!しかももげそう~!このままじゃ、リアルゆっくりになっちゃうよ~!タイガ~!ロールケーキなら新しいの買ってあげるから、だから下ろして~・・・・!」



[9729] 第三十三話「会合」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/03/15 22:29
 「こちら、粗茶でございますが、どうぞお召し上がり下さい」
 「あ、ああ・・・・」

 湯呑みから湯気がこの上なく立ち上っている日本茶が、狩留間鉄平の前のテーブルに出された。
 その間、ゆったりとしたソファに座っている鉄平はどこかぎこちなくしていた。というよりも、彼はこの空間に若干の苦手意識を持っている。広々としていて、かつ豪華すぎず質素すぎないこの部屋がリビングなのか、応接室なのか彼にはよくわからなかった。
 だからといって、鉄平はこうした部屋が苦手というわけではない。
 問題は、ここが守桐邸だということだ。
 そしてそれは、今のこの時期が聖杯戦争だからではない。

 「・・・・・・くれぐれも、お一人でお手洗いなどに行こうなどと思われないように」
 「ああ、ああ。わかっている。十分すぎるほど承知しているさ」

 ボソリと耳打ちしてきたここの老執事、佐藤一郎に鉄平は苦々しい顔つきで答えた。
 思わず、彼の脳裏に昔の記憶がよぎってきた。
 あれは、まだ姉がいつ覚めるともわからぬ眠りにつく前だろうか。
 一度、父に伴われてこの屋敷を訪れたことがある。
 そうして暇を持て余したとき、歳相応の冒険心が働いて、この屋敷の探索に乗り出した。当時は、この広大で華やかな屋敷に心を奪われると同時に心が躍ったものだ。
 しかし、冒険にはリスクが伴うもの。
 探検を続けているうちに、小さい鉄平は迷ってしまったのだ。どこから来て、どういう道筋を辿ってきたのか、不意にわからなくなってしまった。
 さらに運が悪いことに、そのとき尿意を催してしまったのだ。
 どこにトイレがあるのかわからない彼は、必死でそこを探した。
 そして、小さい鉄平はここだという所のドアに手を掛け、そこを一気に開け放った。
 だが、彼の目に映ったのは、あらゆる汚れという汚れを余すことなく飲み干す、清らかな白磁の大口などではなかった。
 彼の眼前に広がっていたのは、部屋中にぎっしりと覆いつくさんばかりに溢れかえった数多のぬいぐるみである。
 これがまだ、ファンシーでキュートなぬいぐるみだけなら、まだいい。現に、あの時もウサギやクマなどといった可愛らしい外見の動物や誰もが知っているマスコットキャラのぬいぐるみなどがあったのだから。
 しかし問題は、別にあった。
 そのファンシー系のぬいぐるみとは別に、どう見てもどこかの暗黒教団で崇められていそうな邪神の偶像としか思えない造形の、見るもおぞましいぬいぐるみも存在していたからだ。それも、可愛らしいぬいぐるみと同じくらいの数が。
 ネコか人間か区別のつかぬわけのわからない生命体、普通に見れば赤毛の少年だが顔の作りが完全にエイリアン、もはや半分近くがゾンビなパンダと思しき何か・・・・
 はっきり言って、キモイ。
 キショイ。
 気味悪い。
 ここまで3Kが成立してしまうのも、稀である。あのキュートなぬいぐるみたちが生物(せいぶつ)だとするならば、あの邪神群は生物(なまもの)である。
 そうした暗黒の邪悪な神々が強烈すぎたのか、鉄平少年の命運は尽きてしまった・・・・そのときの記憶は、股間を中心に広がった感触とともに忘れ得ぬことのできない記憶となってしまった・・・・
 今でも疑問に思うことが、二つある。
 何故この事実をあの老執事が知っているのかということと、ここの当主の趣味である。
 そんな風に、鉄平が思いを馳せて(?)いると、不意に向こう側のドアからノックの音が聞こえてきた。

 「どうぞ、お入り下さい」

 一郎がそう返事すると、ドアが開いた。
 ドアから当主の守桐観奈が入ってきた。神奈が部屋の中に入りきると、後ろに控えていたメイドのつくしが開かれたドアを閉めた。
 そうして神奈は、鉄平の向こう側の一人掛けのソファに腰を掛けた。

 「どうぞ、紅茶にございます」

 そう言って一郎は、いつの間にか運んできた紅茶を神奈の前にそっと差し出した。
 それから、神奈は言った。

 「ごめんなさいね。こんなときに、ここまで足を運んできてもらって・・・・」
 「いや、まあ・・・・こっちもあんたがこのまま、大人しく見ているはずがないと思っていたしな・・・・それに、あんたには話しておかなきゃならないこともいくつかあるわけだし」
 「話しておきたいこと・・・・?」

 鉄平は横目で一郎を見やると、彼はこくりと頷いた。
 そして、鉄平は話を切り出した。

 「一応、そこの執事さんにはあらかじめ話しておいたんだが、この話はあんたに聞かせておいたほうがいいと思ってな・・・・きっと、信じられないことだらけだと思うけど、できるだけ落ち着いて聞いてほしい」
 「・・・・わかったわ。ぜひ、聞かせてちょうだい」

 そうして鉄平は頷き、話し始めた。
 彼は、聖杯戦争の最中に起こった諸々の出来事を神奈に話した。
 神奈のサーヴァントであったライダーが黒化して楼山神宮を襲ったこと、ライダー復活の張本人がアヴェンジャーなる存在であること、そして前回の聖杯戦争におけるライダーが今も顕現していること・・・・それら全てを、人狼の混血である伏瀬勇夫のことを省いて話した。
 話を聞いている間の神奈は、若干驚いた様子も見られたが、それでも一切取り乱すようなことはせず、黙って鉄平の話に耳を傾けていた。
 そうして、鉄平は話を終えた。

 「それで、何か心当たりはないのか?例えば、聖杯に妙な細工を施されている、とか・・・・」

 神奈は顎に当てている手を下ろしてから、鉄平の問いかけに答えた。

 「申し訳ないけれど、そうしたイレギュラーな事態に関してはこっちでは何もわからない状態だわ。現にあなたから聞くまで、そんなのがいるだなんて思ってもみなかったもの」
 「・・・・確かに、見る限りではそんな感じだったな」
 「仮に、そういったことを知っているとすれば、おそらくはブラットフェレスでしょうね」
 「ブラット・・・・・・あいつか・・・・」

 鉄平はすぐに、サーヴァントが一堂に会した、あの夕暮れに出会ってしまった底の知れぬネクロマンサーの姿、そして全てを見透かすかのようなあの蒼い瞳を思い出してしまった。

 「ええ。私たち守桐家が聖杯を稼動させるのに必要な土地を提供したのに対して、向こうは聖杯の器、そしてサーヴァントたちを御する令呪を用意した。一番、聖杯に細工を施しやすいのは、言うまでもなく彼らザルツボーゲンね」

 そこで神奈が一息つくかのように、紅茶のカップを手に取り、一口飲んだ。
 神奈がティーカップをテーブルの上のソーサーに戻したのを見て、鉄平は言った。

 「しかし、よく考えてみたら、とんでもないな。聖杯っていうのは。こんな異常事態が発生しているっていうのに、願望機としてきちんと機能しているみたいだからな」
 「そうね・・・・ここの聖杯は元々、オリジナルとなった聖杯を元にして構築されたもの。根源へ至る方法は同じだとしても、その微妙な細工のせいでこうしたイレギュラーが起こっているのね」
 「それもそうだな・・・・」

 ところで、と鉄平は話を切り替える。

 「根源へ至るとかっていう話は前にもしたんだよな?それって、やっぱり聖杯に願掛けでもするのか?」
 「いいえ、そんな必要はないわ」

 神奈はキッパリと言った。

 「・・・・言ったはずよ。オリジナルとなった聖杯を元にしている、と。根源への到達する方法も、もちろんオリジナルと一緒よ。本当ならば、こんな無意味な殺し合いなんてする必要はないもの」
 「・・・・どういうことだ?」

 途端に、鉄平の顔つきが険しくなった。
 神奈はそれに気後れすることなく言った。

 「七騎のサーヴァント全てが消滅し、その際“座”に戻るために生じる孔を辿り、世界の外側に出ることで根源へと至る。これがオリジナルと共通する、根源への到達方法よ」
 「・・・・・・なるほどな」

 鉄平は、内心ではゲームマスターとも呼べる存在に利用されたという憤りはあるものの、その反面として、魔術師たちの思惑に意外なほど関心がないことに気付いた。根源だかなんだか知らないが、そこに行きたければ勝手に行けばいい。あくまで自分の目的は、呪詛によって眠らされた姉を目覚めさせることに尽きる。
 よって、鉄平の決意に揺らぎなどない。
 そんなとき、鉄平がふと呟いた。

 「・・・・・・そろそろ、頃合か?」

 その呟きが聞こえたのか、神奈には何のことだかわからなかったので、思わず眉をひそめてしまった。
 すると、彼女の後ろに控えていたつくしが、そのぼんやりとした顔が一瞬ピクリと動いた。テーブルの脇に立っている一郎も言わずもがなである。
 その次の瞬間、神奈は立ち上がって何もない空間を凝視した。
 彼女ははっきりと感じ取っていた。そこに、魔力が激しく渦巻いていることを。
 その何もなかった空間に、一人の人影が現れた。
 魔力の渦が収まり、その姿をはっきりと視認することができた。
 忍の姿をした鉄平のサーヴァント、アサシンである。

 「アサシン。首尾はどうだ?」
 「うむ。おかげで、色々と得るものがあった」

 アサシンに声を掛ける鉄平をよそに、神奈たちは目を見合わせてしまっていた。
 彼女たちが記憶する限り、アサシンの武器は忍刀であったはずだ。しかし彼が手にしている武器は槍、それも朱色の十字槍である。しかし、神奈たちが呆気に取られている間に、アサシンが槍を一回転させると、それは手品のように消えてしまった。
 鉄平は、三人の微妙な視線に気付いたのか、やや気まずい心地になってしまった。

 「えー、と・・・・なんだっけ?サラダだかなんだかって・・・・」

 その空気をぶち壊したメイドが一人、発言した。
 アサシンは鉄平に目を送ると、鉄平は力なく頷いた。
 そうしてアサシンは言った。

 「主らも某が手にしていた獲物を見て、真名を気にしていよう・・・・されど、某には名乗るべき名など持ち合わせておらぬ」
 「成る程。影武者にございますか」
 「然様」

 アサシンは包み隠さず言った。

 「一応、真名は猿飛佐助ということになっているようだが、この身は我がかつての主君、真田信繁公に仕えた忍であると同時に、信繁公の影武者・・・・無名の影の亡霊、それこそが、某の実体だ」

 一郎はすぐに納得した様子であり、神奈も少しずつ咀嚼しながら理解していった。そしてつくしはわかっているのか、わかっていないのか、はっきりしていなかった。おそらくは後者であろう。もっとも、本人は興味ないのだろうが・・・・
 そして鉄平は軌道を修正すべく、再び口を開いた。

 「それにしても、お前がそんなもの持つってことはやっぱり・・・・」
 「如何にも。ようやっとのことで、キャスターの尻尾を掴むことができた」

 その言葉を聞いて、再びソファにもたれかかった神奈は先ほど以上に勢いよく立ち上がった。

 「それ、本当なの!?!」
 「うむ。鉄平の用いた令呪のおかげで、な・・・・」
 「令呪・・・・・・?」

 そこで、神奈はハッとなって言った。

 「まさか、あなた・・・・!令呪を一気に二画も使ったの!?」

 神奈の勢いに圧倒されたのか、鉄平はやや身を引きながらコクコクと頷いた。

 「まあ・・・・局面が局面だからな。しかも相手が相手だから、令呪も二画使ったんだ」
 「フム・・・・もし、差し支えなければ、どのように命じたのか、お教え願えますかな?」

 一郎の問いに、鉄平はすぐ答えた。

 「まず、一つ目は“キャスターとの戦闘に突入したら、できるだけ相手の手の内を明かせ”。キャスターが何者で、その宝具がどんな効果があるのか。まずはそれを知る必要があったってわけだ」

 次に、神奈が問いかけた。

 「・・・・それで、二つ目は?」
 「それは、“自分でここまでと思った場面で俺の元に戻って来い”っていう命令だ。いくら正体が看破できたとしても、そこでやられたら意味がないからな。だから、ここにこうしてアサシンが現れたってわけだ」
 「けどさー。それって引き際見誤ったら、大惨事じゃん?しかも、一歩間違えたらこっちがやられちゃってたかもしんないし」

 鉄平が一通り説明を終えると、つくしが茶々を入れた。
 それに対して、アサシンが言い返した。

 「某が引き際を見誤るなど、断じてありえぬ。ましてや、某がたかだか魔術師風情に遅れを取ることなど、それこそありえぬよ」

 言い返されたつくしは、少しムッとなってしまったようだ。
 思えば、鉄平がアサシンに課した令呪の縛りは、よほどアサシンに信を置いていなければ、令呪を使い潰す結果になっていたどころか、逆にアサシンがキャスターに返り討ちに遭う恐れがあったかもしれない。
 つまり、鉄平はそれだけアサシンを信頼しているということであり、アサシンもまた然りである。
 聖杯戦争におけるマスターとサーヴァントの関係性とは、本来であれば単なる利害一致の関係に他ならない。大抵のマスターにとって、サーヴァントとは最上級の使い魔、あるいは道具でしかない。そもそも、サーヴァントも聖杯を求めてこの世に降臨しているのだ。よって、ある意味においては他のマスターよりも、サーヴァントのほうが最大の競争相手とも言えなくもない。
 ここの聖杯戦争でそういったマスターとサーヴァントの関係が成り立っていたのは、神奈とライダー、そしてブラットとキャスターぐらいのものである。
 鉄平は、アサシンに成果を尋ねた。

 「とにかく、アサシン。ちょうどよかった。早速で悪いんだが、お前が探索で得た情報を教えてくれ」
 「うむ。某が北へ重点的に探りを入れている時に、キャスターこと魔術王ソロモンと遭遇し、多磨村霊園で彼奴と・・・・」
 「ちょっと待って!」

 アサシンが説明を始めてしばらくも経たないうちに、神奈が待ったをかけた。

 「今・・・・多磨村霊園って、言わなかった。まさか、そこでキャスターと遭遇したっていうの・・・・?」
 「正確には、そこよりやや南に下ったあたりでキャスターと遭遇した。奴は某をそこへ誘い込んでいた故に、敢えてそれに乗ってやったまでだ」
 「ていうか、お嬢。さっきからオーバーリアクションばっかだけど、今度はどったの?」

 冷やかしながらも、つくしは神奈のただならぬ様子をなんとなく察した。それは周囲にいる者全員も同じだ。
 神奈は深刻そうな顔をして、何事か呟いている。

 「そういえばここしばらくの間、どこの霊的な地点も妙な霊障が働いていて、うまく感知ができなかったわ・・・・まさか、でもそんな・・・・・・」
 「一体、どうしたっていうんだ?一人でブツブツ言っていないで、こっちにも教えてくれないか?」
 「そうは言われても、私にだって信じられないというか、まだあんまり考えがまとまっていないというか・・・・とにかく、今は頭を整理するので精一杯よ」
 「でしたら、ひとまずはわかっている部分だけ言ってくださいませんか?そちらのほうが、うまくまとまるかもしれませんし、相手の意図もわかるかもしれません」

 一郎に言われて、神奈は一呼吸置いてから言った。

 「・・・・つくしさん。悪いけれど、書斎から地図を取ってきてもらえないかしら?」
 「え~。別になくたってさ~・・・・」
 「いいから!急いで取ってきてちょうだい!」
 「ほ~い・・・・」

 そうしてつくしは渋々、ものすごい剣幕の神奈に言われて部屋から出て行った。
 つくしがいなくなってから、妙な沈黙が部屋中に漂っており、誰も口を開くことができない。神奈が敢えてつくしに地図を取りに行かせたのも、彼女が取りに行っている間にできるだけ落ち着けて、なるべく考えをまとめるようにしているのだろう。
 そうして十分以上がすぎ、ようやくのことでつくしが戻ってきた。

 「ほい、地図」

 そう言ってつくしは無造作に地図をテーブルの上に投げ出した。
 いつもならば、神奈はつくしに怒鳴るか叱るかのいずれかの行動を取ったであろうが、そのどちらもせずに地図を広げた。

 「何度も口にするけれど、オリジナルを元としたここの聖杯は、その仕組みもオリジナルとほぼ同じ・・・・聖杯と呼ばれるものは、私たちが求めている願望機の“小聖杯”とその小聖杯を顕現させるのに必要な魔力を供給する“大聖杯”の二つによって成立しているわ」
 「本当にオリジナルとか、元にしたとか同じとか・・・・そういう単語ばっかりだな。これじゃ、真似されたほうからすれば悪い冗談みたいだろうな」

 すると、神奈は地図のとある地点にペンで丸をつけた。その数は十個。

 「そして、小聖杯が降臨する場所は全部で十ヶ所・・・・どこも重要な魔術的な基点か、霊脈として優れた場所よ」
 「この形・・・・まるでカバラ秘術の生命の樹、セフィロトよな・・・・・・成る程。数秘術の大家らしい配置よ」
 「ん?ちょっと待てよ」

 鉄平は、神奈が丸をつけた場所を一通り見た。しかし、そのどこにもアサシンがキャスターと対決したという墓所の名前が丸で囲まれていない。

 「アサシンがキャスターと戦ったっていう場所が、その小聖杯が降臨する場所に含まれていないぞ。一体、どういうことなんだ?」
 「印をつけた場所は、あくまで小聖杯を降臨させる基点。アサシンが言うように、これらの魔術的基点はセフィロトを模しているの。そして、小聖杯が降りるのは、十ヶ所・・・・」
 「・・・・そうか。ダアトに当たる場所こそが、大聖杯が安置されている場所。そういうことだな」
 「ええ。そうよ」

 そう言って、神奈はその場所に色の違うペンで丸の印をつける。地図で見る限り、その場所はアサシンがキャスターと戦った多磨村霊園からは、さほど離れていない場所に位置している。

 「支杭沼。そこが、大聖杯が安置されている場所よ」
 「沼?大聖杯っていうからには、相当の大きさなんだろ?そんな場所にそんなもの置いていいのか?」
 「問題ないわ。ここは人の手が及んでいない場所だし、過去に何度も地元の名士たちがここを開発しようと試みたらしいけれど、その事業も失敗しただけでなく、自身も破滅してしまったという曰くつきの土地よ。地元の人間ならば、まず近寄ろうとしないわね」

 どうやら、相当よくない謂れのある土地であるようだ。
 人界から隔離された場所。まさに、魔術師にとっては儀式などを行うのに都合のよい場所ともいえる。
 そこで、ちょっと待て、と言わんばかりに鉄平が言った。

 「ところで、なんで聖杯の仕組みの話になっているんだ?話が脱線しすぎだろ?」

 それに対して神奈は答えた。

 「・・・・これは私の憶測でしかないのだけれど、ひょっとしたらキャスターは大聖杯が安置されている支杭沼に陣地を形成したのではないのかしら?」
 「陣地って・・・・・・・・!!!」

 鉄平が言葉を反芻しているうちに、神奈が言わんとしていることにようやく気がついた。
 そこから、神奈の言葉を継ぐようにアサシンが言った。

 「思えば、不自然なことであった・・・・魔術師にとって要とも言える陣地、この場合は彼奴らが拠点としていたあのホテルのことだが、そこを容易に放棄するはずがない、と。そのことに気付くべきだった」
 「ええ。つまりそこは、陣地としてなんら機能を果たしていなかった。それどころか、本拠地ですらなかったのかもしれないわね」
 「うむ。人目が行き届かぬ上に、霊地としてもかなり格が高い・・・・陣地を築き上げるには、まさしく打ってつけの場所だな」

 そこへ、つくしが割り込んできた。

 「あのさー。よくわかんないけどさー、それってけっこー時間かかるんじゃないの?それこそ、見つかったらアウトだし」
 「・・・・そうだよな。いくらなんでも、陣地なんてそんなすぐにできるわけがないよな。それに、マスターから供給される魔力にだって限界があるわけだし」

 鉄平もつくしの言葉に賛同した。
 陣地とする場所には相当な魔力を蓄えなければならない。増してや、キャスターの陣地作成のスキルはかなり高位に位置している。陣地の形成など、それこそ一朝一夕で出来上がるものではない。
 これにアサシンが答えた。

 「・・・・奴は、気取られないように色々と策を張り巡らせていた。そして我々は、まんまとそれに踊らされてしまった。しかも性質が悪いことに、奴が仕出かしたこと、その全てが過剰なまでに目立っていたからな」
 「・・・・まさか、魂喰いも、駅での騒乱も、ホテルでの攻防戦も、セイバーとランサーの一騎打ちも、全部それから目を逸らさせるために仕掛けられたものだっていうのか・・・・!?」
 「最初から気付くべきであったな。あそこまで大袈裟すぎるパフォーマンスの裏には何かがある、と」

 言われてみれば、確かに納得のできるものである。現に、この聖杯戦争で発生した事態の多くは、その裏側にキャスターの影があったのだから。しかし、気付いたときにはもはや手遅れといったところだ。それだけに、神奈は激しく歯軋りをした。

 「そして、奴はもうすでに陣地を完成させた」
 「ほう?どうして、そう言い切れるのですかな?」
 「奴は確かに、こう言っていたからだ・・・・」

 “・・・・・・何しろ、バーサーカー、ライダー、ランサーが斃れ、セイバーのマスターの心が完全に折れた今、実質的な敵は貴様とアーチャーのみ。後はじっくりと、確実に片をつける。そのはずじゃったからなあ・・・・”

 「・・・・“後はじっくりと、確実に片をつける”・・・・つまり、そのための準備はとうに終えた。その準備とは、言うまでもなく陣地の形成に他ならない。もっとも、イレギュラーの出現までは予測すらできていなかったようだが・・・・」
 「・・・・準備?準備って、何だよ、それ。今までの戦いの何もかもが全部、あいつにとってはただの前座でしかないって言うのか?」
 「腹立たしい気持ちもわかる。だが、奴にとってはその程度でしかないのだろう」
 「・・・・・・くそ!」

 鉄平は顔を赤くしながら悪態をついた。
 無理もない。何しろ、何もかもがキャスターの思惑通りに事が運んでしまい、その上自分たちはまさしくキャスターの掌の上で踊っていた。これに憤るなと言われても、無理な話である。おそらく、あの沙織でも怒りを露にするに違いないだろう。
 しかし鉄平とは対称的に、この場で最も怒り狂っていてもおかしくはない神奈の顔は蒼ざめていた。

 「もう、陣地が出来上がっているっていうの・・・・それじゃあ、聖杯はあの男の手に渡ってしまう・・・・・・」

 半分近くうわ言のように言っていた神奈を見て、鉄平の怒りは収まり、彼女に言った。

 「待った。確かキャスターのマスター・・・・ブラットだったか?そいつの目的って、率直に言えば不老不死なんだろう?俺が言うのもおかしいけど、別に世界の破滅を願っているわけじゃないんだから、大丈夫じゃないのか?あんたには、申し訳ない気もするけど」

 それに対して、神奈は首を横に振って否定した。

 「何でだよ?そう言ったのは、あんた自身じゃないか」
 「・・・・それは、あくまでザルツボーゲンの目的よ。あの男の目的は、おそらくは違う・・・・・・いいえ。あの男は第三も、根源も興味がないはず」
 「違うって、なんでそう言えるんだ?」

 そうして神奈は、ゆっくりと答えた。

 「・・・・確証はないわ。けれど、自分の一族を皆殺しにするような男が、そんなものに関心を示すはずがないわ」

 それを聞いた鉄平の目は大きく見開かれた。アサシンも大きな反応はないものの、その目つきが若干鋭さを帯びた。

 「皆殺し・・・・!?」
 「正確には、たった一人だけ生き延びている方がいらっしゃるようです。念のため言っておきますが、その方はブラットフェレス様ではございません」
 「だが、それは聖杯を独り占めするため、ということはないのか?」
 「・・・・・・あなたたちから見て、あの男がそんな風に見えるのかしら?」

 鉄平も、アサシンもブラットの顔を思い浮かべる。
 会ったのは、たった一度きり。ただしアサシンはホテルでブラットと遭遇している。いずれにしても、ろくに会話も交わされていない。
 しかし、それでもわかるものがある。
 鉄平が知る魔術師は、全部で四人ほどしかいないが、まともに会話を交わしたことがあるのはそのうちの一人か二人だけである。しかしブラットは、他の三人とは根本的に何かが違う。その三人も、鉄平の思う魔術師のイメージからは大分乖離している節があるが、ブラットのそれはその三人とは比べ物にならないほどだ。
 異質、あるいは異端。
 鉄平のブラットに対する印象は、まさしくその言葉に尽きる。

 「・・・・・・だいたい、ブラットがどういう男か、想像が付いたみたいね」
 「・・・・ああ。立った一回しか会っていないのに、ここまで印象づくなんて思ってもみなかったからな」

 そして何より、脳裏に焼きついて離れないのが、あの心の奥底を見透かすかのような、あの異様なまでに蒼い眼。あの宝石のような眼を前にしていると、まるで死に直面したかのような寒気さえ覚えてしまうのだから。
 さらに神奈は言う。

 「ザルツボーゲンの聖杯に対する妄執は、きっと冬の聖女の一族のそれをも遙かに凌いでいると思うわ。けど、私が思うにあの男がそんな妄執に囚われているとは思えない。だって、そうでしょう?もし、ブラットまでもがそういう類の人間だったのなら、自分の安全とか、そういったものに気を配るはずよ」

 そう言われた鉄平は頷いて納得した。
 全てはキャスターの思惑通りといえども、やはり一歩間違えれば即、死に繋がりかねない。通常のマスターであれば、サーヴァントのやることに口を挟むか、あるいは令呪にてその行動に制限をつけるかのいずれかを取るであろう。しかし、ブラットはそのどちらでもなく、むしろキャスターの好きにしろと言わんばかりに静観していた。しかもホテルでの攻防戦でも、彼自身その戦火の中にいたのだ。
 並みのマスターであれば、そんな状況には到底耐えられないはず。むしろ静観できるはずもない。

 「そういえばアサシン。お前、ホテルであいつに会ったんだよな?」
 「会った、というよりは目にした、というのが正しい」
 「まあ、この際どっちでもいいけど、お前から見て、あいつはどんな感じだったんだ?お前の印象を話してくれ」

 鉄平に言われ、アサシンは答える。

 「・・・・某が見る限り、あの男は危険極まりない。むしろ、あの男はあの状況を愉しんでいたようにも見受けられる」
 「愉しんでいた・・・・?」
 「そうだ。奴は、自分の命でさえも平然とドブにさらせるような人間のように思える。そして、そうした人間ほど危険極まりない」

 人間に限らず、どのような生き物とて、最後にて自身の生存本能が勝るもの。しかしブラットは、失うことさえも恐れず、むしろそれさえも愉悦を感じているのだという。彼は自身の命さえもギャンブルに使うチップのうちの一つとしてしか見なしていないのだろう。
 ますますブラットの目的が何なのか、わからなくなってきた。
 そんなときに、つくしが言った。

 「あのさー・・・・もう、そいつの話、いいんじゃね?これ以上話しても埒あかないし、それにぶっちゃけどうでもいいし・・・・・・」
 「・・・・そうだな。とりあえず、ブラットがかなりイカれたやつだっていうことは十分わかった。けど相手が誰であろうと、こっちは聖杯を譲る気なんてないからな」

 鉄平は毅然としてそう言った。
 他の目的がどうであれ、自分自身、聖杯を求める理由がある。その覚悟だけならば、誰にも負けないと思っている。
 しかしアサシンの目には、何故だか神奈の表情が曇っているように見えた。
 それから、鉄平は付け加えるように言った。

 「まあ・・・・そのためには野々原さんとアーチャーの協力も必要不可欠だけどな」
 「確かに・・・・これよりの戦い、某単体では厳しいものがある。故に、アーチャーとの連携も必要不可欠となろう」
 「とまあ、そういうことだ。あんたらの頼み引き受けてもいいけど、その代わり野々原さんを探すの、手伝ってくれないか?」

 しかしそれに質問してきたのは、意外にもアサシンであった。

 「アーチャーのマスターが・・・・?どういうことだ?」
 「ん?ああ・・・・そうか。お前、タイミング的に知らなかったもんな。実は・・・・」

 しかし鉄平が話す前に、神奈が言った。

 「・・・・もう、いいんじゃないかしら?」
 「ん?」

 ほとんど言葉を発するか否かの拍子で止められてしまったため、鉄平は顔をしかめてしまった。

 「もう、彼女は十分やったと思うわよ・・・・これ以上は危険だろうし、もう聖杯戦争から離れてもいいんじゃないのかしら?」
 「・・・・・・おい、ちょっと待て!それ、どういうことだよ!?」

 神奈が、またしても沙織を聖杯戦争から遠ざけようとしているためか、鉄平は目に見えるくらいに狼狽した。
 ブラットフェレス・ザルツボーゲン、キャスター・魔術王ソロモン、アヴェンジャーに人狼・伏瀬勇夫、前ライダーである闇のサーヴァント・・・・当面の敵たちは恐るべき力を持っているか、得体の知れない面々である。確かに、そう思う気持ちもわかる。現に、沙織はどういうわけか、アヴェンジャーや闇のサーヴァントにその命を狙われたという。
 しかし、彼女はそう言われたからといって、首を縦に振るような人間ではない。そのことを、鉄平はよく理解していた。
 神奈は淡々と言った。

 「・・・・彼女は、一般人にしてはよくやったほうだと思うわ。現に、ここまで生き延びてこられたと思うもの。でも、もうここで限界よ・・・・彼女を探すことには協力してあげる。でも、これ以上彼女が聖杯戦争に関わることは許容できないけれど、こちらのできる限り、彼女やその家族を保護することは約束するわ」
 「・・・・そう言われて、野々原さんが納得すると思っているのか?」

 そう言っている一方で、鉄平は皮肉に思った。
 かつて、沙織を聖杯戦争から遠ざけようとしていた自分が、彼女を死地に留まらせようとしていることに。

 「爺」

 神奈は一郎へ目配せをすると、彼は恭しく一礼する。

 「かしこまりました。お嬢様」

 そうして一郎は、いつの間にか取り出した資料を鉄平に手渡す。その際、一郎はこう付け加えた。

 「こちらの資料の一枚目に記されていますのは、前回の聖杯戦争に参加されましたとあるマスターの情報にございます」

 鉄平はその資料に目を通し始めた。
 まず、その資料に記されている人物の名前を呟いた。

 「・・・・御嘉蔵、絹・・・・・・?なんだかこの人・・・・どこかで見たことがあるような・・・・・・?」

 資料に用いられている写真に写っているのは、一人の女性だった。前聖杯戦争当時のものであるのか、相当古い写真だ。だが、初めて見るにもかかわらず、何故だか見覚えがあるように思えた。
 それから、鉄平はその資料に記載されている絹という人物の略歴を一通り読むと、その理由を理解した。

 「この人、野々原さんのおばあさん・・・・!?」

 そして鉄平はもう一度、時代を感じさせる写真に写った、この争いごととは無縁そうな穏やかな顔をした女性に目を向ける。
 確かによく見てみると、目元などは神宮で見かけたあの老婦人のものであり、また沙織とよく似た顔つきであった。血のつながりのなせるものであろうか?
 それよりも、彼女が聖杯戦争に身を投じていたことに驚きを隠せなかった。
 すると、不意にアサシンが言った。

 「鉄平よ。続きを読んでみせよ・・・・アーチャーのマスターの祖母もまた、聖杯戦争の関係者だというのならば、その一枚だけで十分なはずだ」
 「あ、ああ・・・・」

 鉄平は資料をめくった。
 沙織は、なるべくしてマスターとなってしまった。それは彼女の祖母もまたマスターだったという事実が何よりの証だ。これ以上、何があるのだというのだろうか?
 二枚目以降は沙織の祖母、絹が野々原性となってからのことが事細かに記されているが、鉄平はそれを読み飛ばしていった。
 途中から、絹の息子夫婦の詳細が記載されているが、鉄平はそれも読み飛ばしていった。しかし、途中で彼はある一点に目の焦点が合ってしまう。
 それを見た瞬間、鉄平の目は大きく見開かれてしまった。
 鉄平はその場所から、ゆっくりと記されている内容を読んだ。


××年×月 野々原肇・香苗夫妻、転勤に伴い冬木に移住



××年×月 長女・沙織、誕生



××年×月 次女・このか、誕生



××年×月 長女・沙織、穂群原学園小等部入学



××年×月 冬木に未曾有の大災害発生。
     肇・香苗夫妻 死亡
     沙織・このか 被災後、孤児院にて保護される
     後に祖母の野々原絹宅に引き取られる





 ここまで一通り読み終えた鉄平は絶句してしまった。その間、彼の口はわなわなと震えている。アサシンをはじめとする周りの者たちも、それを察してか皆一様に黙っている。
 ここで、ようやく鉄平の口が開き、言葉が漏れ出てきた。

 「・・・・なんてことだ。冬木っていったら・・・・オリジナルの聖杯戦争の行われていた場所じゃないか・・・・・・!」

 それから鉄平は、額に手を当て項垂れた。
 幌峰の聖杯戦争は、元々はその仕組みや形式の何もかもが沙織の生まれ育った冬木の地で行われた真の聖杯戦争のものをほぼそのまま模倣したもの。
 全ては、第三を追い求める妄執のなせる業・・・・
 そこへ、神奈が補足するように言った。

 「そこに記載されている大災害のことだけれども、おそらくは聖杯戦争の影響で発生したものだと睨んでいるわ。もっとも、詳しいことは部外者の私たちにはわかりようもないけれども」
 「まこと、皮肉な話よな・・・・祖母は聖杯戦争のマスターとしてその身を投じる羽目になり、父母をその冬木とやらの聖杯戦争で失い、自身もまた聖杯戦争に身を置く・・・・アーチャーのマスターの人生は、まさしく聖杯によって狂わされてしまった、と言っても過言ではないな」

 アサシンはそう言った。
 聖杯は、参加者となる者を選定し、その者たちに令呪を授けるという。祖母はかつてのマスターで、家族は聖杯戦争で失ってしまった。沙織はこれ以上ないくらいに聖杯戦争に関わってしまっている。沙織は加わるべくして、この不条理なサバイバルゲームの枠の中に加わってしまったのだ。
 現実とは、かくも残酷に成立するものなのだろうか。
 そこへ、神奈が口を開く。

 「ほんの短い間だったでしょうけれども、彼女と一緒に過ごしたのなら、その気持ちもわかるわ・・・・でも、これ以上は・・・・いいえ。この場に身を置いていること自体が彼女にとっては酷なことでしかないのよ。それでも、すぐに結論なんて出せないでしょうから、彼女を見つけるまでの間によく考えておくことね」

 あくまで“二人でよく話し合って”とは口にしなかった神奈。
 おそらくは、沙織の意思を無視してまで聖杯戦争から降りさせようとでもいうのだろうか。
 だが、考える時間が与えられたからとして、はたして結論など導き出せるのだろうか?
 鉄平には、自信がなかった。

 「野々原さん・・・・」

 彼は一人、この場にはいないあの少女の名前をボソリと、アサシンですら聞こえるかどうかの声量で呟いた。



 窓から見える景色が流れていく。
 別に、景色を眺めているわけではない。“見えて”いてもきちんと“見て”いないだけ。だから、目に入るものの何もかもが脳にまで届くことはない。
 今乗っているバスも、どこへ向かっているのかわからない。そもそも乗る時に、どこへ向かうバスなのか、そういうのをしっかり見てさえもいなかった。普段なら、考えられないことだ。
 ならばバスのアナウンスを聞けばいいのかもしれない。でも、そうしたアナウンスは“聞こえて”いるけれども“聞いて”いない。
 正直、そういうのはどうでもよかった。
 本当に、どうでもいい・・・・
 どこか、遠くへさえ行けるのならば、このバスがどこへ向かおうとも構わない。
 それが、どれほど無駄な行為かということも一応はわかっているつもりだ。
 逃げ道などないことも、わかっている。
 ただ、遠くへ行ってしまいたい。
 そうすれば、人知れず消えることができるような気がしたから・・・・
 その先にあるのが、袋小路しかないことを知りながらも、そうする以外何も思い浮かばない・・・・



~タイガー道場~

タイガ「みんな。今回もこの小説を読んでくれて、本当にありがとう。それでこうしてタイガー道場が始まったんだけれども、今回は紹介と簡単な説明だけサクッとやらせてもらうわ。まずは、これを見てちょうだい」


クラス名:アサシン
真名:猿飛佐助
属性:中立・悪
マスター:狩留間鉄平
身長:176cm
体重:66㎏
イメージカラー:黒(宵闇)
特技:ゲリラ戦
好きなもの:干し柿、静けさ
苦手なもの:喧騒

ステータス
筋力:C
耐久:D
敏捷:A
魔力:D
幸運:B
宝具:?

スキル
気配遮断:A サーヴァントとしての気配を断つ。完全に断てば、発見することは不可能に近い。ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

忍術:B 極東の闇の歴史に生きる者たちによって独自に編み出された間諜・暗殺術。高い確率で相手の虚をつくことができる。また、あらゆる技能習得を必要としているため、必然的に投擲(暗器)、破壊工作、呪術など複数のスキルを兼ね備えた特殊スキル。
仕切り直し:C 戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
陰影の色:B 影武者。生前に主君と仰いだ者と入れ替わった影の者。Bランクならば、自身のパラメーターを下げずにその主君の技能を再現することができる。ちなみに、このスキルは取り外せない。

六道銭
一人につき六度までかけることのできる“呪”。暗器などに付与させ、それを対象に打ち込むことにより“無条件で”発動。程なくして全身に激痛が走る。六度目に呪が発動すると、確実に相手を死に至らしめる。逆に、その時に特殊な孔を突けば解除されるが、その場所を知るのはアサシンのみ。この呪が発動するたびに、対象の体のどこかに“六文銭”の銭の紋様が一つずつ浮かび上がる。なお、アサシン死亡時にこの呪が残された場合、呪が消えるのに、紋一つにつき一日を要する。これは宝具ではなく、アサシンが独自に編み出した呪。

タイガ「・・・・とまあ、こんな感じね。実際、スキルに関しては今更になって色々と手を加えたみたいよ。まあ、ぶっちゃけると、忍術の説明の後半部分は本来なかったものだし、陰影の色なんてスキルもなかったもの。とりあえず、蛇足かどうかはひとまず置いておくわ。そしてアサシンが猿飛佐助というのはけっこう早い段階から決まっていたみたいだけれど、そこからどういうわけか猿飛佐助と真田幸村が同一人物みたいな発想に至っちゃったらしいわ。でも結局、真田幸村の忠実な忍であり影武者っていう設定に落ち着いたってわけ。とりあえず、宝具(?)はさそり座の必殺技とか言わないでちょうだい。本当に。それで、今回はここまでだけれども、終わる前に、まずはこれを見てちょうだい」

無事な方々や助かった方々、被害に遭われた方々へ・・・
無事であることや助かった幸運に恵まれて、何よりです。どうか、できるだけ前向きに、そして挫けないでください。手を差し伸べてくれる人は、どこかにいるはずですから。そして無事に会いたい人たちと会えることをお祈りいたします。
亡くなった方々へ・・・
心より、ご冥福をお祈りいたします。きっと、冷たかったでしょう。辛かったでしょう。どうか、あちらでは安らかでありますように・・・
助けの手を差し伸べている方々へ・・・
今もどこかで助けを待っている命のためにその体を張り、様々な形で働きかけていることでしょう。どうか、最後まで諦めないで下さい。あなたたちの頑張りが実を結ぶものと信じております。そして、その真摯な思いはそうした命にきっと届くはずです。だから、負けないで下さい。

タイガ「・・・・これを見て、口先だけとか偽善とかと思う人もいるかもしれないし、今更と思う人もいるかもしれない。文章も要領を得ていないかもしれないし、誤解を与えるかもしれない。でも、作者も早く平穏な日常に戻ってほしいっていう気持ちがあるのは本当よ。最後にわたし、藤村大河から一言だけ。早く、いつも通りの日常に戻って、この大きな傷から立ち直って、笑顔が戻ってきてほしい。わたしが言いたいことは、それだけ。それじゃあ、今度会うときはいつものタイガー道場で会いましょう。みんな元気な姿でね・・・・」



[9729] 第三十四話「明かされた真実」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/03/25 02:41
 日が傾き、空を赤く染め上げ、地上の影という影を鮮明に映し出している。
 そんな夕暮れにバスが一台、街から郊外に向けて走っている。
 そんな様子を、どこかのビルの屋上から二人の人影が見つめていた。

 「い~けないんだ、いけないんだ♪サーヴァント連れないの、いけないんだ♪」

 そのうちの一人、黒い布の塊のようなローブの人物、アヴェンジャーがその僅かに見えている口元から囁きかけるように囃し立てる。

 「■■■■■■・・・・」

 その脇では、伏瀬勇夫が夕日よりも赤い毛並みをした人狼の姿となって、唸り声を上げていた。
 その勇夫の頭を、アヴァンジャーが優しく撫でつける。

 「大丈夫だから、心配しないで。昨日みたいなことにはならないし、させないわ。ワタシの望みを叶えるためにも、あいつの存在が必要だもの。少し、それが腹立つことだけれど」

 棘のある物言いではあるものの、相変わらず勇夫の頭を撫でるその手つきは優しいままだった。
 正直、彼女の言葉が今の反転した勇夫に届いているかどうかは怪しいところだ。いや、もしかすれば届いていないのかもしれない。だとすれば、彼女の言葉もほとんど無意味に等しい。言うなればそれは、自分が可愛がっているペットに喋りかける行為に等しい。もっとも、人によっては言葉が通じているという者もいるようだが。
 しかし、彼女にとってはそのどちらでも構わない。大切なのは、今ここにいるのが“伏瀬勇夫”であるということ。ただ、それだけである。
 それにしても、とアヴェンジャーは言う。

 「そろそろまずいかもね・・・・あいつを殺そうとするヤツもいるみたいだし、それにちょっとアピールしすぎちゃったせいで囲い込みも進みそう・・・・サーヴァント相手だと、ちょっと分が悪いかもだけど、大丈夫でしょうね。フセくんは強いし、ワタシだって人間が相手なら負けないもの」

 その言葉には明らかな自信があった。自分とサーヴァントは相性があまりにも悪すぎるが、それなりにいけるという自負もあった。
 弱者ならば弱者なりの備えがある。彼女はどこかで、この危機的な状況を愉しんでさえいた。
 とはいえ、伏瀬勇夫という戦力がいるにしても、サーヴァントさえ殺しうる泥があるにしても、彼女らの目的は戦いではない。戦いは辞さない構えだ。だが、あくまで目的は自信の望みを達成すること。それにつきる。

 「正直、あいつが死んでも別に構わないんだけど、そうなったらワタシが一番困るもの。だから、ここいらで決めるとしなきゃ」

 そして、アヴェンジャーから愉悦を含んだ笑みがこぼれた。
 バスがとうとう郊外へと出た。

 「それにしても、あいつ・・・・ようやっと“自分が何なのか”気付いたみたいね・・・・遅すぎるっていうか、何ていうか・・・・まあ、いいわ。どのみち、ワタシがわたしになることに変わりはないもの。あいつがどう思おうが、ワタシの知ったことじゃないわ」

 その言葉からは、明らかに侮蔑がこもっていた。
 アヴェンジャーが目で追っていたバスには、野々原沙織が虚ろな目で窓の外を眺めていた・・・・



 ここは、サラとセイバーが拠点としている別荘。
 街の中心部からかなり離れており、山や森といった自然が豊かな場所に位置している。ここを拠点としたのも、サラが自然の少ない街を嫌っているからだ。
 閑静な住宅街と車で一時間もする場所にキャンプ場がある以外は、取り立てて何もない場所だが、サラはここを気に入っていた。そして、近くのパン屋で焼き立てが売られているのは幸運としか言いようがない。
 そんな別荘で、セイバーは窓の外から夕焼けの街並みを見据えていた。
 そもそも、彼はここしばらくまともな外出などしていない。しかも使い魔が機能していないために情報も入ってこない。そのせいで、今の聖杯戦争を取り巻く状況がどうなっているか、彼は知らない。
 先日、不穏な魔力や邪気を感じたが、それが何なのか彼には確かなことはわからない。少なくとも、その魔力がサーヴァントのものであるかもしれないのだが、彼を含めたサーヴァントが残り四騎となった今、新たにサーヴァントが加わるなど彼には思ってもいないようだ。
 早い話が、その不穏な動きの正体を掴めていないというのだ。
 戦いを左右するものの一つは、情報である。
 その情報が不足してしまっている。おそらくは、他の面々はその正体を掴んでいると思われる中、自分たちだけが大きく出遅れてしまっている。
 はっきり言って、これは致命的だ。
 あの気位の高い、彼のマスターならばそんな失態は許せず、すぐにでも挽回しようとするだろう。しかしその勇み足が祟って自滅してしまうなどという愚行を犯すような彼女でもない。
 そんな彼のマスターはここ数日の間、自分から動こうとしないのだ。
 セイバーの後ろからは、なにやら不気味な呪文のようなくぐもった声が微かに聞こえてくる。
 セイバーは後ろを振り返った。その先には、セイバーのマスターでこの部屋の主であるサラは、ベッドの上で毛布を頭から被って香気を吸っている。その光景は何も知らない人物が見れば、今の彼女はシンナー中毒に陥っているようにしか見えないだろう。性質が悪いことに、床などに散乱している何本もの空の小瓶がそれに拍車をかけているようにも思える。

 「・・・・足りない、足りない・・・・こんなんじゃ、ぜんぜん足りない・・・・・・」

 うわ言のようにそんな言葉を繰り返しているサラ。まともに食事を取っていないせいで、頬だけでなく全体が痩せこけているようにも見え、十分に睡眠を取っていないせいで、目元に隈ができてしまっている。健康的だった肌も、今やすっかり干からびて萎れてしまった花のようになってしまっている。
 自分のサーヴァントが近づいてきているにもかかわらず、ただ一心不乱に魔力のこもった香気を吸い続けるサラ。彼女はセイバーが近づいてきていることにも気付いていない様子だった。

 「どれだけ吸い続ければ気が済むのだ、サラよ」

 そう言ってセイバーは、サラが吸っている香気の源である小瓶を取り上げた。
 サラはこの不意打ちで、ようやくセイバーの存在に気付き、緩慢な動作で自身のサーヴァントをその充血しきった目で見上げ、彼から小瓶を奪い返そうと手を伸ばす。
 だが、その手には力など入っておらず、逆にセイバーがその腕を掴みさえすれば、今にもポッキリと折れてしまいそうな細い、細い枝のようであった。

 「もうよい、サラ。これ以上はかえって体に毒だ。今のそなたははっきり言って、目も当てられぬ」

 比較的穏やかな口調でセイバーは自らの主に言った。
 しかし、自らの身を案ずるサーヴァントに対してサラは突っかかった。

 「・・・・そんなの、私の勝手よ。セイバーには関係ないじゃない・・・・」

 いつもならば、強気な口調と語気でセイバーに言い返していることだろう。
 しかし今のサラは強気とは程遠い、あまりにも弱々しい姿と相まって口調、語気ともに脆さが露呈してしまっている。
 彼女がこうなってしまったのも、数日前にあったセイバーとランサーの一騎打ちのあった日からである。
 ランサー・アキレウスの怒気“憤流砕破”。
 その怒気にサラの心は蝕まれてしまった。とはいえ“恐慌”のスキルを備えたこの宝具を前にして、発狂していないのが幸いか。いや、もはやその寸前というべきか。
 ともかく、セイバーは平常心を失ってしまっているサラに言った。

 「関係ない、ということはない。マスターとサーヴァントは一心同体。それぐらいはそなたもわかっていよう?故に、身がそなたを案ずるも至極当然の話だ」
 「・・・・そんなの、大きなお世話よ・・・・」
 「サラ・・・・」
 「いいから放っておいてよ!!!」

 普段の彼女からは考えられないほどの声量で怒鳴ったサラは、近くにあった枕を手に取り、それをセイバーの顔面に投げつける。筋違いの怒りをぶつけられたセイバーだが、それでも決して動じることはなかった。
 しかし枕が床に落ちた拍子に、そこに転がっていた小瓶のうちの一本がカランと音を立てて転がっていく。

 「ヒッ・・・・!」

 すると、サラは体をビクッと震わせ、脱兎の如く身を丸めた。体を毛布で覆っているため、小さく盛り上がっているそれは小刻みに震えている。
 人間というものは、神経が張り詰めてしまうと感覚が鋭敏になってしまうものであるらしい。
 ずっと部屋に閉じこもっているサラは、その恐怖心との相乗効果でちょっとの物音でもこの有様だ。それは、部屋の外から発せられた音でも過敏に反応してしまう。
 サラが恐慌状態に陥った最初の頃は、どうにかなだめようとセイバーは躍起になっていた。
 だが彼の言葉の一切が彼女に届かず、それどころか気持ちのむらが激しすぎるために、彼女から何気ないことでも怒鳴られたり、どうでもいいことで落ち込まれたりといったことがしょっちゅうであった。そして今のように過敏な反応を見せた後で丸まられてしまうとそれっきりだ。
 普通の神経の持ち主ならば、これだけで参ってしまうだろう。それでもセイバーは決してサラを見捨てるようなことはしなかった。
 しかし今日はどういうわけか、サラはいつもとは違う反応を見せた。
 気付けば、アルマジロのように丸まっている毛布の震えが止まり、そこから声が漏れてきた。だが、その言葉は確かにセイバーに向けられたものだ。

 「・・・・・・セイバー。今の私見て、どう思う・・・・?」

 布団に包まり、突っ伏しているせいで声がくぐもって聞こえる。しかもまだ声に震えがある。
 そんなサラに対して、セイバーは単刀直入に言った。

 「見苦しい、としか言いようがない。そこにいるのがサラ・エクレールとは思えぬほどに、な」

 いやにはっきりとした物言いであった。今、彼女に必要なのは慰めの言葉などではないことをセイバーはわかっていた。
 サラの返答には若干時間が空いた。

 「・・・・・・そう、だね・・・・そうだよね・・・・こんなの、私じゃないわよね・・・・・・」

 声のトーンが先ほどよりもやや落ちているような気がする。どこかで、自分にとって都合のいい言葉を向けられると期待していたのだろうか。
 それを察したセイバーは言った。しかし彼が紡いだ言葉は、決して彼女を甘やかすような言葉などではない。

 「だが、サラよ。確かに今のそなたは見っとも無いが、それは恥ずべきことではない。むしろ恐怖を覚えるというのはまだ人として正常な証だ。現にランサーであるアキレウスを前にした、あのヘクトルですら恐れをなして、彼から背を向けて逃げたというのだから・・・・」
 「違うのよ!」

 しかしセイバーの言葉を遮って、サラは弾けたように言った。
 ようやくのことでサラは、丸く縮こまっていた体を起こした。だが、彼女はうなだれたまま、視線を落としたまま、涙目で言った。

 「違う・・・・違うのよ、セイバー・・・・!こんな、こんなこと・・・・あってはならない・・・・あってはいけないのよ・・・・・・!!」

 だが起き上がったとはいえ、まだ体は小刻みに震えており、背筋も伸びておらず丸まっている。

 「私は・・・・私は、サラ・エクレールよ・・・・名門で、魔術師で、エクレール家の人間よ・・・・!だから、だから・・・・・・こんな不甲斐ない姿・・・・本当はあっちゃいけない・・・・!こんなの、間違っている・・・・!貴方も王だったのなら、今の私の気持ち、わかるでしょう・・・・?」

 ほとんど要点のまとまっていない独白であった。
 しかしそれでも、セイバーは黙ってサラのそれに耳を傾けていた。
 それからセイバーの口が開いた。

 「・・・・それは、高貴なる家の出であるそなた、ひいては人の上に立つべき者たちは一切の失態を犯してはならない・・・・そう言いたいのか?」

 それは、要領を得ていなかったサラが何を言いたかったのか、その確認である。
 またしても返答が遅かったが、サラはややぶっきらぼうに答えた。

 「・・・・ええ。そうよ・・・・」
 「思い上がるのもそこまでにしろ」

 突然の叱声。
 サラはビクッと体を大きく震わせ、思わずセイバーに顔を向けた。
 サラは怯えた。それまで自身に従順に従っていたサーヴァントの今までにない厳しい顔がそこにあった。
 正直に言って、サラは今すぐにでもここから逃げ出したかった。しかしあまりの恐怖のため、体が動かない。
 そんなサラに構わず、セイバーは言った。

 「サラ・エクレール。貴様は王や名門の出の者達が超越者か何かだと勘違いしておらぬか?ならば、はっきり言っておこう。そうした者たちは完全無欠な存在などでは断じてありえない。ただの人間なのだ。それも乞食にも遙かに劣る脆弱な存在なのだ」

 そうはっきり言い切ったセイバーに、サラは恐れさえも忘れて思わず面食らってしまった。というよりも、セイバーの言わんとしていることが理解できていなかったからだ。
 そうしてサラは恐る恐るセイバーに尋ねる。

 「・・・・脆弱って、どういうことよ?貴方たちは誰よりも強いからこそ、英霊なんじゃないの?」
 「だから勘違いしているというのだ、貴様は。ならば聞くが、仮に王侯貴族が貴様の言うような超人だとしよう。ならば、彼らの剣となり、盾となる騎士の存在など必要ないのではないのか?民がより良く暮らせるための法を編み出す宰相やなど不要ではないのか?」

 セイバーの話を聞いているサラの顔には、恐れなどよりも明らかに戸惑いの色が強かった。
 そんなサラをよそに、セイバーはなおも続ける。

 「・・・・実際はそうではない。その傍らには、騎士がいて、宰相がいる。一人の力など、たかが知れたものだ。その上で、敢えて聞こう。そうした者たちが一人で、日々を生きるのに必要な食物を賄えるものか?自身の住む宮殿を一人で建て、一人で整えることができようか?そしてそれらに必要な税を、一人で集めることができるのか?」

 サラは答えられなかった。そもそも、その問いかけもすでにわかりきってしまっているからだ。
 そしてセイバーは言う。

 「結局は王など、一人では何も成せぬ脆弱な存在。それは名門の者とて同じであろう。一度、権威の衣を剥がされてしまえば、途端に無力な存在に成り果てる。それもわからず、権力で他を見返し、恩恵を忘れ贅を尽くす者ほど愚かな存在はない」

 サラは何も言えなかった。
 もし、自分から名門という肩書きや、自身を魔術師たる証の魔術回路の一切が消え失せてしまったとしたら、一体どうなるのであろうか?
 今まで考えたことがなかっただけに、余計恐ろしく感じた。
 そして、今の自分の有様は一体何なのか?
 如何に相手がサーヴァントとはいえ、その怒りに恐れをなしていただけではないのか?確かに、自分のプライドはズタズタに引き裂かれてしまったが、それはもはや取り戻せないものなのだろうか?
 頭では理解していた。
 しかし心は別だ。そしてそれに連動して体も同様だ。
 サラの中に揺らぎが生じている中、セイバーは言った。

 「先ほど、強いからこそ英霊、と言ったな。だが、身よりも強大な力を有した英霊など星の数ほど存在している。しかし彼らのいずれも、その残した栄光を一人で築き上げたわけではない。太古の英雄王とて、かの朋友の存在がなければ、今ほどの名声も得られなかったであろう」

 話の最中、サラはセイバーから目を反らし、その目を落とした。

 「王は決して、孤高にはなれない。だが、それで信を置きすぎてしまえば必ずや不和が生じるであろう」

 だが、セイバーは片膝を曲げ、その身を屈めてサラに目線を合わせようとする。

 「しかし、それはあくまで王宮での話。今の身は剣だ。剣を手に取る者は誰しも、万難を目の当たりにすることだろう。だが、その万難を振り払うのは剣にあらず。剣の担い手となっている者に他ならない。その意志さえあるのならば、剣は担い手に応じるであろう」

 そう言っているセイバーの顔と声には、先ほどのような厳しさは残っていたものの、その度合いは薄れつつあった。
 しかし、サラの目線は落ちたまま。
 セイバーはスクッと立ち上がると、サラに背を向け、部屋から出ようとした。しかしその歩みも途中で止まった。

 「・・・・身の知るサラという魔術師ならば、必ずや己の足で立ち上がり、自身を閉じ込めている恐怖の檻を打ち破るであろう。しかし、それでも聖杯戦争から降りるというのであれば、身はそれに従うほかあるまい・・・・」

 そう言って、セイバーはそのまま部屋から出て行ってしまった。
 部屋の中には、サラがただ一人いるだけ。

 「・・・・わ、私・・・・・・・・」

 セイバーが出て行ってからしばらくして、サラは一人呟いた。

 「・・・・私・・・・私は・・・・・・・・・・」

 すると、サラの目から滴の涙が零れ落ちてきた。

 「・・・・・・う、ううううううう・・・・・・・・ううううううううううっ・・・・!」

 そしてサラはそのままベッドの上で突っ伏して咽び泣いた。と思えば、その次には大声で泣き腫らした。
 彼女は声の枯れるまで、泣き続けた。
 しかし、サラが泣き濡れている間、それまで彼女の体を覆っていた毛布はそこにはなかった・・・・



 夕日も落ちかけ、赤かった空はだんだんと黒で濃くなってきて、西に追いやられていっている。
 そんな中、アーチャーは姿を晦ました沙織の姿を探していた。
 彼は明るいうちからそうしていたが、思いのほか骨の折れることこの上ない。
 彼の持つ“超感覚”ならば、沙織を探すのも容易いことのように思われる。まず、彼は高い場所に陣取って、そこから沙織の捜索を始めた。
 だが実際は、常人を遙かに凌ぐ研ぎ澄まされた感覚の持ち主といえども、音が氾濫し、人が溢れかえる街から特定の人物を見つけ出すことは相当骨の折れる作業だ。普段、彼は何気なく生活を送っているようだが、それは彼が感覚に対する集中力をうまい具合に調節しているだけ。
 数十秒単位で集中力を高める必要のある射撃などならば特に問題はない。だが、それが長時間ともなれば、さすがの彼でも疲労を隠せない。
 ようやく沙織を見つけたときには、そうとう乗り継いでいったのか、かなり遠方まで行ってしまっている。

 「しかし、オレとしてはそういう気力をマイナス方向に働かせてほしくないんだがなあ・・・・」

 アーチャーはそんな風に呟く。
 正直、アーチャー自身も混乱していた。それが、沙織の捜索を遅らせていた大きな要因でもある。
 沙織が一人で出て行ってしまったのは、今朝彼女が見た夢のせいだ。その夢を、彼女のサーヴァントであるアーチャーも見てしまった。
 それを思い返すたびに、アーチャーは思う。

 ―――そんなはずはない。

 しかし、それらを裏付ける根拠がいくつも並んでいる。
 これこそ、まさしく悪い夢だ。
 しかしながら、アーチャーはそんな考えを振り払うかのように、頭をぶんぶんと振った。

 「今はそんなこと、考えている場合じゃねえな・・・・」

 今や彼は沙織の姿を捕捉している。もはや見失うことなどありえない。彼女が郊外へいるのならばなおさらだ。

 「それにしても・・・・」

 ちらりとアーチャーは横目である方向を見やる。
 その方向には、守桐邸が建っている。
 時折、彼は鉄平たちの会合を盗み聞きしていた。ただし、それはあくまでちらりと小耳に挟む程度のもので、全体的にどういう話し合いがなされたのか、彼は知らない。
 断片的に彼が掴んだ重要そうなキーワードは・・・・

“大聖杯”
“支杭沼”
“陣地”
“オリジナル”
“冬木”

 ・・・・といった具合である。
 アサシンの正体などについても言及されていたようだが、特別興味がなかったのか、彼はその部分だけ聞き流した。
 だが、キャスターが大聖杯なるものを安置している支杭沼と呼ばれる場所に陣地を形成したこと、沙織の生まれ故郷がオリジナルの聖杯戦争の行われた冬木という街で生まれたこと。これらはアーチャーにとっても興味深い話であった。
 しかし、後者に関してはアーチャーの不安を余計掻きたてた。
 それでも、アーチャーは不安に苛まされている暇はない。

 「・・・・本来ならば、あいつらにも教えてやるべきなんだろうが、必要ないかもな・・・・」

 というのも、そうしなくとも鉄平たちならばすぐに沙織たちの居場所を見つけることができるだろう。
 なぜならば、沙織を探しているのは自分たちだけではない。
 最低でも二人、ある感情を以って沙織を探している危険人物がいるからだ。
 一人は、悪意。
 一人は、殺意。
 両者ともに共通しているのは、敵意を抱いているということ。

 「・・・・沙織。待っていろよ」

 そうして、アーチャーは沙織のいる場所へと向かった。
 彼女のいる、四葉沼公園へ・・・・



 暗くなり始めたのか、街灯がポツリ、ポツリと灯りだした。
 わたしが今いる、この四葉沼公園は色々なオブジェとか、スポーツなどのための広場だとか、隣には牛乳の工場や実際に農業や牧畜を体験できる施設を備えている公園もある。
 この“四葉沼公園”という名前は、四つ葉のクローバーがよく見つかるからとも、ボートで遊覧できる沼が四つ葉の形をしているから、とはっきりしていない。その沼には、“ヨッツィー”なる怪獣が出たという噂があるらしい。けれど、わたしにはどうでもいいことだ。
 少なくとも、四つ葉のクローバーのもたらす幸運なんて、わたしには縁のないものだ。むしろ、わたしに纏わりついているのは不幸以外ありえない・・・・
一人でいるからか、そんなネガティブな考えが止め処なくわたしの頭に浮かんでくる。
 正直、これからどうしていいのかわからなくなってきた。
 聞けば、キャスターはしばらく何もせずに静かにしているという。
 それならば、もうわたしは何もしなくていいんじゃないか?
 それだったら、わたしが聖杯戦争で戦う理由ももうない・・・・
 そんな考えが頭に巡っていた。
 ただ、行く当てもなく、とぼとぼと暗い公園を歩きながら・・・・

 「何が“何もしなくていい”よ。笑わせないでちょうだい」

 どこからか、声が聞こえてきた。と同時に、わたしの体中に悪寒が走る。
 その声の聞こえてきた方向にわたしは振り向いた。
 昨日会った、アヴェンジャーが狼男となった伏瀬くんを従えて、草地からこちらに近づいてきた・・・・その伏瀬くんは、ただ唸り声を上げているだけで、襲ってくる様子はない。

 「・・・・・・何の用?」

 正直に言えば、わたしはビクビク、オドオドすると思っていた。実際、アヴェンジャーは恐ろしい力の持ち主。それは昨日少ししか見ていないけれど、それぐらいはわかる。
 けれど、意外にもわたしはそんな相手に対して驚くほどぶっきらぼうな言い方をしていた。
 そのアヴェンジャーはというと、明らかに人をバカにしたような笑みを浮かべていた。

 「へえ・・・・あなたでもそういう顔ができるのね。驚いたわ」

 言われて見れば、今のわたしは目を吊り上げて睨みつけているのかもしれない。現に、アヴェンジャーもあの腹立つ笑みを浮かべる前は、少し驚いたような顔をしていた・・・・かもしれない。何分、フードで顔のほとんどが覆われているから、表情がよく見えない。
 わたしはアヴェンジャーに対して突っかかるように言った。

 「・・・・バカにしているの?」
 「まあ、そう思いたいんならそう思いなさい。ああ、そうそう。何の用か、だったわよね?そんなの、決まっているじゃない。ワタシの目的を果たす以外、何があるというの?」

 やっぱり、アヴェンジャーの物言いは腹が立つ。
 なんだか、むしゃくしゃしてくる。

 「・・・・わたしを殺すの?」

 やっぱり、アヴェンジャーが何を考えているのか、顔がよく見えない以上あんまりわからない。けれど、今のアヴェンジャーからは明らかに嫌悪感がありありと溢れているような気がする。

 「本当だったら、そうしたいところよ。今すぐにでも、あんたなんかの首を締め上げたいほどね・・・・!」

 アヴェンジャーの言葉には、わたしに対する敵意と憎悪で溢れている。その証拠に、彼女の背後には、無数の亡者が蠢きだしている。
 けれど、そんな亡者たちもすぐに静まった。まるでアヴェンジャーが、自分の怒りをぶちまけないように、その感情を抑えるかのように。

 「けれど、そんなことをしてはワタシの望みも叶わなくなってしまう・・・・悔しいけど、ワタシの望みを叶えるためにもあなたの存在が必要なのよ」

 アヴェンジャーの望みを叶えるためには、わたしが必要・・・・?
 一体、どういうことなの・・・・?

 「そんなの、あんたが知る必要なんてないわ。だって、直にワタシがわたしになるときも近づきつつあるもの」

 言っている意味がわからない。それだけにだんだんと腹が立ってくる。
 しかし、それは思いもよらない形で鎮まってしまう。
 アヴェンジャーが、話題を変えたことで。

 「ところで、あんたの聖杯戦争に参加している動機って何だっけ?ああ、確か・・・・自分の身近な人たちを守りたい、だったっけ?」

 突然、わたしが聖杯戦争で戦う理由についてアヴェンジャーが言ってきたので、わたしは少し戸惑ってしまった。
 それにしても、どうしてアヴェンジャーはそのことを知っているの?その理由を知っているとしたら、わたしが知る限りではアーチャーさんや先輩、アサシンに神奈さん、それにサラ、あとは一応空也さん・・・・
 やっぱり、どう考えてもアヴェンジャーとは関わりのない人たちだ。
 なのに、どうしてアヴェンジャーがそれを?
 そんなわたしの疑問をよそに、アヴェンジャーの容赦ない言葉がわたしに飛んでくる。

 「けど、実際はどうなのかしら?バーサーカーの魂喰いは許しているし、おまけに駅での凶行も許している。それも、お友達も巻き込んで・・・・それで、それからあなたはどうしていたの?ただ、気を失っていただけで何もしていないじゃない。そんなんで、よく“守りたい”だとかたいそれたことを抜かせるわね」

 わたしは相変わらずアヴェンジャーを睨んだままだったかもしれない。けれど、どこかでたじろいでいるような気もした。
 確かに、アヴェンジャーの言うように・・・・わたしは、何もできていない・・・・!何も、していない・・・・・・!
 すると、急に周囲が暗くなったように感じた。アヴェンジャーの亡者がこの周りを取り囲んだのだ。

 「けれど、それももうおしまい・・・・あなたはもう、何もしなくてもいい・・・・何も考えなくてもいい・・・・!ワタシの望みは、何もワタシだけのものじゃない。これは、あなたのためにもなるのよ」

 アヴェンジャーが軽やかな足取りでわたしのほうに近づいてくる。
 それに対してわたしは、思わず後ろに引き下がってしまった。けれど、しばらくもしないうちに、わたしのすぐ後ろには亡者の壁が塞がっていた。
 そんなわたしを見て、アヴェンジャーは嘲笑うかのように言い放つ。

 「逃げてどうするつもりなの?あなたの行く先なんて、どこにあるの?そもそも、あなたは自分が何なのか、もうわかっているでしょう?それなのに、今までどおり過ごそうだなんて、ムシがよすぎない?」

 その言葉が、決定打となった。
 それまでわたしから見ても、不思議なくらい気丈に振舞っていたその心が急速に萎んでしまった。
 そのときのわたしの顔があまりにも情けなかったのか、アヴェンジャーの口元に頬が裂けんばかりの笑みが浮かんだ。

 「そうそう。あなたはそれでいいのよ。だから早く・・・・」

 でも、わたしの目には、それまで唸る以外は静かに控えていた伏瀬くんが、その顔を上に上げた。
 アヴェンジャーも後ろを見てそれに気付き、その方向に目をやった。
 しかしそうした瞬間に、何本もの矢が亡者の壁に突き刺さり、亡者たちは溶けていくように消えていった。

 そしてわたしの脇に、アーチャーさんが降り立った。

 「サオリ!無事か!?」

 それを見たアヴェンジャーはさも悔しそうに、それまで浮かべていた微笑が一気に苦虫を噛み潰したかのような顔に変化させた。

 「くっ・・・・!こんなに早く、到着するなんて・・・・・・!」

 それからアーチャーさんは文字通りの矢継ぎ早の早さで矢を次々と放ち、そうした矢は伏瀬くんやアヴェンジャーの足元に突き刺さった。
 そうした矢を全て射終えると、アーチャーさんはすぐさまわたしを抱えて、その場から軽やかに飛び上がり、離脱していった。
 いつも通りにわたしを抱えるアーチャーさん。
 今までだったら、これだけでわたしはドギマギしていた。
 けれど、今のわたしにはそうしたドギマギをかんじることはなかった。それは決して、アーチャーさんに抱えられることに慣れたからではない・・・・



 「・・・・よし。ひとまずはここまで来れば大丈夫だろう」

 アーチャーさんはそう言って、わたしを地面に降ろした。
 辺りは見渡す限りの田園地帯。幌峰の郊外では、こうした光景は決して珍しいものではない。
 そしてわたしは、あまりの気まずさにアーチャーさんの顔を直視することができなかった。
 本当だったら、助けてくれたことへのお礼を言うべきなのに・・・・

 「・・・・なあ、サオリ。たまに一人になりたいときもあるかもしれないが、それにしたってものにはやり方ってもんがあるだろ?」

 そう言ってアーチャーさんはわたしを嗜めた。けれど、それは決して責めるような口調ではない。

 「アサシンの野郎はどうだか知らないが、少なくともテッペイはあんたのこと、かなり気にかけていたぜ。それがあんたのばあさんとか、ちびっ子とか、犬っころとかになってみろ。そうなったら、きっと目も当てられないぜ」

 そう言われて、わたしの頭の中に次々とおばあちゃんやこのか、シローだけでなく、先輩や空也さんなどのようなわたしの周りの色んな人たちの顔が思い浮かんだ。
 けれどそれがかえって、わたしの中に罪悪感に似た感情が沸き立たせてしまった。
 わたしは知ってしまった。
 わたしが何なのか・・・・
 わたしは・・・・
 わたしは、本当の意味で・・・・・・

 “疫病神”だということに。

 そんなわたしに、居場所なんてどこにもない・・・・
 居場所なんて、あっていいはずがない・・・・

 「なあ、サオリ」

 すると、アーチャーさんがわたしに声を掛けてきた。でも、わたしはアーチャーさんの顔を見ることができない。そうすることを、拒んでいるからだ。

 「あんたの悩みだとか、気持ちだとか、苦しみだとか、そういうのはオレにはわからないだろうし、そういったもんを肩代わりすることもできない。けどな、あんたはオレのマスターで、あんたは“ノノハラ サオリ”っていう一人の人間であることに変わりはない。そしてオレは、あんただけのサーヴァントで、あんただけの弓だ。オレなら、あんたの力になれるはずだ。だから、一人で抱え込むマネだけはするな」

 わたしの胸に、なんだか熱いものが込み上げてきた。
 正直、そう言ってくれたアーチャーさんの気持ちは嬉しい。
 でも、同時にアーチャーさんにはとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 そして色んな感情がわたしの中でぐちゃぐちゃになって、それが涙となってわたしの目から零れ落ちてきた。

 「あっ・・・・!おい、泣くなよ!オレはどんなヤツが相手でもどうってことはないが、女の涙だけはダメなんだよ。頼むから、そんな顔しないでくれ・・・・」
 「フッ・・・・女人の涙一つでここまで取り乱すとは・・・・情けないこと、この上ないな」

 声が聞こえてきた。
 それまで困惑していたアーチャーさんは途端に臨戦態勢に入り、その方向を見やった。一瞬で涙の止まった、わたしの目から見てわかるほどに。
 その方向には、いつかのナンパ屋さんが立っていた。その闇に溶け込むかのような黒スーツに褐色の肌を持ったこの人も、よくわからないけれどわたしに敵意を持っているみたいだ。

 「男たる者、女人の喜びも、悲しみも、怒りも、その遍くを受け入れてこそ。涙で慌てふためくようでは、まだまだ甘いということだ・・・・」
 「ライダー・・・・!」

 アーチャーさんはナンパ屋さんを睨みつける。
 それにしても、ライダーって、どういうこと・・・・?
 思わず、わたしはアーチャーさんに問いかけてしまった。

 「アーチャーさん、あの人・・・・」
 「ライダーっていっても覇道王チンギスカンのことじゃねえ・・・・あいつは、前回の聖杯戦争から生き延びている、正真正銘のサーヴァントだ・・・・!」
 「・・・・ライダー、か。かつてそう呼ばれていたものだ。懐かしいな・・・・」

 そう、懐かしむように遠い目をするナンパ屋さん。
 そういえば昨日、この人も現れたみたいだけれど、そのときわたしは意識を失っていたから、何がどうなっているのか全くわからなかった。でも、この人もわたしに対して敵意を持っていることだけは何故だか理解できていた。
 けれど、この人の敵意はアヴェンジャーのそれとは大きく違っていた。

 「サオリ・・・・一度はあいつに助けられたんだろうが、もう気を許さないほうがいい。なんせ、あいつはあんたを殺そうとしているとんでもない野郎だからな」

 アーチャーさんの声は、向こうにいるナンパ屋さんに聞こえるような声でわたしに言った。ナンパ屋さんは、そのことを否定する様子もない。
 けれど、わたしはそれを聞いて取り乱しはしなかった。というよりすぐに納得できた。
 そうして、アーチャーさんはナンパ屋さんに向かって堂々と毒づいた。

 「それにしても、男がどうとか言っている割には、わけのわからねえ理屈を並べて、手前勝手な理由で女を一人殺そうとする。全く、たいした二枚目だな」

 けれど、ナンパ屋さんはどこ吹く風といった感じで涼やかな顔をしている。
 それどころか、口元に微笑さえ浮かんでいた。これが平常ならば、それこそ慈悲深ささえ感じる微笑。
 それが、アーチャーさんの苛立ちを煽ったみたいだ。

 「何がおかしい!?」

 柄にもなく怒鳴るアーチャーさんを前にしても、ナンパ屋さんの顔は柔和な笑みを浮かべたままであった。
 けれど、それはすぐに消えてしまった。それだけにもかかわらず、その整った顔に冷たさが帯びたような印象を受ける。

 「いや・・・・君ならば、もはや気付いていても可笑しくはないと思っていたのだが、それに気付かぬほど愚鈍なのかね、君は?」

 アーチャーさんは、何も言い返さなかった。
 気付いていても、可笑しくはない・・・・?そういえば、映画を見た後でサーヴァントも夢を見るって、アーチャーさんが言っていたっけ?それも、話の流れからすると、マスターの過去を・・・・
 それじゃあ、アーチャーさんも、知っているの・・・・!?
 ナンパ屋さんは、続けて言った。

 「それとも・・・・単に認めたくないだけか?それならば・・・・」

 一度、ナンパ屋さんは言葉を区切って、そうしてナンパ屋さんは、腕をゆっくりと上げ、その人差し指をわたしに向けた。

 「さあ、語るのだ。自らの口で、真実を・・・・!」

 アーチャーさんの目線がわたしに向けられる。その目は、こういっているような気がする。

 “頼む!言わないでくれ!”

 わたしは顔をうつむけたまま、言葉を紡ぎだした・・・・
 いたたまれない気持ちを、抱えながら・・・・

 「・・・・わたし・・・・わたしが、前に住んでいた街・・・・そこが大災害に遭って・・・・それで、わ・・・・わたし・・・・・・・・」

 わたしは一瞬、言葉をつぐみかけた。
 正直に言って、それはありえないことだ。ありえないことなのに・・・・何故だか本当のことのように思えてくる。
 いや。これはきっと、本当のことだ。
 けど、もしそうだとしたら、わたしは一体・・・・?
 頭が少し混乱してきた。
 それでも、わたしの口は震えながらも次の言葉を紡ぎだす。

 「死んだみたい・・・・・・」

 そう・・・・大災害のあったあの日、わたしは死んだ。
 このかを負ぶって当てもなく彷徨い続け、そうしてわたしの体は徐々に弱っていって、そして、死んだ・・・・
 そのはずなのに、わたしは生きている。
 アーチャーさんは苦々しそうな顔をして、わたしから顔を背けていた。

 「この世全ての悪、アンリ・マユ」

 そのとき、ナンパ屋さんが意味深な言葉を投げかけてきた。わたしも、アーチャーさんも、その言葉の意味がわからなかった。

 「かつて君の住んでいた街、冬木の聖杯に宿りし悪性の渦にして、六十億もの人類を呪う極大の呪詛。故に、聖杯にかけられる願いは破滅を持ってそれを成す。その一端が、どういうわけか君の心臓の代わりとなっているのだ。そのあたりの理屈は、私にもわからぬが、な」
 「・・・・え?聖杯・・・・?」
 「ならば、こう言ったほうが良いか?君のいう大災害の原因は聖杯戦争。君の住んでいたその冬木とやらがこの街の聖杯戦争のモデルとなった儀式だ」

 一瞬呆けてしまったわたしだけれど、更なる事実が突きつけられてしまった。
 まさか、前に住んでいた街でも聖杯戦争があったなんて・・・・

 「そうして、図らずも生き返ってしまった君は、知らずのうちにその破滅の力を用いていた。よもや、身に覚えがないとは言うまい?」

 無論、彼が何を言いたいのか、わたしにはわかっていた。
 それじゃあ、劇でのことも、たくさんの人がいなくなったり死んだりしたのも、わたしが死のうとして死ねなかったのも、全部・・・・

 「そうだ。それは君のうちに宿る、呪詛の成したもの。そしてそれを行使したのは、君自身に他ならない・・・・君の苦悩も、わからないでもない。だが、全ての間違いは君が生きてしまったこと。その間違いを正すときは、今なのだ」

 一瞬、静寂が訪れた。
 そのせいか、ナンパ屋さんの声はそんなに大きくないはずなのに、大きく響き渡ってきたような気がした。
 響くのは、一人の闇の宣告。

 「故に、告げよう。君の薄幸の刻も、ここまで。そして往生せよ。来世に幸あれ、と望みながら・・・・」



~タイガー道場~

 「バゼット」っていうと
 「ダメット」っていう。
 「カレー」っていうと
 「シエル」っていう。
 「キャット」っていうと
 「フード」っていう。
 それでだんだん
 わけがわからなくなってきたけれども
 「ミート」っていうと
 「フィッシュ」っていう。
 こだまでしょうか?
 いいえ、誰でも。

カレン「皆さん。遅いながらも、春が徐々にやってきているこの時期、どうお過ごしでしょうか?落ち着きつつある印象がするとはいえ、まだまだ難題も山積み。時には己の無力に嘆くこともあるでしょうが、一人ひとりにはできることがあるはず。だから今日も、私は祈り続けます。早く平安が訪れるように・・・・なので、こんな駄文を読んでいる暇があるのなら、早くパソコンを切ることをおすすめいたします。きっと、その分だけ電気も時間も有効に使えるでしょうから。さもなければ、あなたのところに(無理矢理)バレリーナの格好をさせて(強引に)ウサ耳をつけたうちの駄犬のブロマイドを送りますよ?そういうわけですから、さっさと終わらせることにするわ。まずは、こちらを」


クラス名:セイバー
真名:シャルルマーニュ
属性:秩序・善
身長:195cm
体重:134kg
イメージカラー:白銀
特技:水泳、狩り、馬術
好きなもの:焼肉、芸術鑑賞
苦手なもの:酔っ払い、書き取り、騙し討ち

ステータス
筋力:B
耐久:B
敏捷:C
魔力:C
幸運:A
宝具:A

スキル
対魔力:B 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼式呪法等を以ってしても、傷付けるのは難しい。
騎乗:B 大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクは乗りこなせない。

カリスマ:B 大軍団を統率する能力。一国の王としてはBランクで十分。
信仰の加護:B 一つの宗教のみに殉じた者のみが持つスキル。加護とはいっても最高存在からの恩恵ではなく、自己の信仰心から生まれる精神・肉体の絶対性。Bランクであれば、一信徒として十分。
芸術審美:C+ 芸術作品、美術品への嗜好。芸能面における逸話を持つ宝具を目にした場合、やや低い確立で真名を看破することができる。加えてセイバーの場合、聖剣もこの限りである。

歓喜もたらす至高の剣(ジュワユーズ)
ランク:A
種別:対城宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:1000人
セイバーの象徴ともいえる、聖遺物が埋め込まれた剣。真名開放とともに剣を振るうと、三十もの輝きを持つ燐光が剣閃となって放たれる。また、この剣から放たれる光弾“虹輝絢爛(ルミナス・レギア)”は種別でいえばCランク相当の対人宝具ではあるが、厳密には宝具ではなく、“歓喜もたらす至高の剣”の持つ魔力放出である。なお、その威力・効果は三十通りもあるが、時間経過とともにそれも変化してしまうため、何が飛び出すのかセイバー自身にも予測がつかないらしい。


カレン「思えば、このセイバーのクラスは大変構想に苦労しました・・・・というのも、候補に何人かいたからです。シグルド、ローラン、エルシド・・・・しかし、いずれもどういうわけかしっくりきませんでした。こればかりは、感覚の問題としかいいようがありません。そんな時にピッタリとはまったのが、カール大帝ことシャルルマーニュなのです。そしてどうにか今に至る、と。ちなみに、“EXTRA”が登場する前は“信仰の加護”ではなく“天使の加護”という、ランスロットの“精霊の加護”のパチモンスキルが実装される予定でしたが、あしからず。そして“虹輝絢爛”という意味不明技はアルトリアの“風王鉄槌”的なポジションで作成したらしいですが、イメージ的には“ゼ○ダ”の緑の勇者が体力満タンの時に発射できるビームみたいなもののほうが近いでしょうね。なお、彼のセイバーとしての実力は、大体ネロ(死徒じゃありませんよ)と互角、アルトリア相手には防戦可能、ランスロットやガウェインには大きく見劣る、といった具合です。まあ、彼がここまで立ち回れるのは“信仰の加護”の恩恵と宝具、そして何よりもサラ・エクレールからの万全なバックアップがあってこそでしょう。ああ、やっと終わりましたね・・・・では皆さん。またお会いするときまで・・・・まあ、そんな機会はもうないでしょうけどね」



[9729] 第三十五話「闇に座する神」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/04/02 02:40
 「ちょっと待ちな」

 そう言って、アーチャーさんはナンパ屋さんから遮るように、わたしの前に立った。
 背中しか見えないけれど、きっとアーチャーさんはナンパ屋さんをものすごく睨みつけているはず。

 「さっきから黙って聞いていれば、まるでサオリが諸悪の根源みたいな言い方しやがって・・・・じゃあ何か?この先人間を滅ぼすかもしれないから、だから死ねって言うのか?」

 何度も言うけれど、今背中しか見えない。それはある意味でよかったのかもしれない。なぜなら、アーチャーさんの言葉の節々に、あからさまな怒気が孕んでいるからだ。とてもじゃないけれど、今のアーチャーさんとは正面から向き合えない。
 対して、ナンパ屋さんはそんなアーチャーさんを前にしても、相変わらず涼しげな顔をしている。

 「そうだ」

 そして、ナンパ屋さんは平然とした面持ちで、そう答えた。
 アーチャーさんの怒りが、高まっているように感じられる。
 それでも、ナンパ屋さんは続ける。

 「君は先ほど言ったな、手前勝手な理由で女を殺そうとしている、と。これは手前勝手な理由などではない。誰かが成さねばならぬ事なのだ。何故ならば・・・・」
 「“多数と少数。どちらか選ばねばならぬのなら、多数をために少数を切り捨てなければならない”って言いたいのか?」
 「フッ・・・・。理解が早くて助かる。やはり、彼女の告白があってこそ、か・・・・」

 微かに、アーチャーさんが舌打ちする音が聞こえてきた。
 ナンパ屋さんの口元は少し緩んでいるみたいだけれども、その目は口元とは対称的に冷たさが伝わってくる。
 あくまでも、涼やかに。
 あくまでも、静かに・・・・

 「仮に、このまま彼女を見逃したとしよう。如何に聖杯を黒く染めるほどの汚濁といえども、所詮は一端。この世全てを呪うまではいかぬであろうが、それでもその呪詛の力は強大である事に変わりない。いずれ、その呪詛は抑えが利かなくなり、本人の魂すら蝕み、呑みこむであろう。魂が汚されるということは、この上ない不幸だ」

 今までも、ほんの些細なことで誰かに苛立ったり、腹を立てたりすれば、その誰かがわたしの前から姿を消すことになる。
 それも、永遠に・・・・
 確かにこの人の言うように、そうした負の感情に歯止めが掛からなくなってしまえば、いつかはそうなってしまうかもしれない。そのときは、当然わたしがわたしでいられなくなる。
 そう、思ってしまった・・・・

 「わかるか?これ以上の不幸を重ねる前に、そして彼女が彼女でなくなる前に、薄幸に満ちた生から解き放ってやるのが、彼女のためでもあるのだ。それが、破滅の道を歩んでしまった、彼女に対する唯一の救いなのだ」

 この人は、わたしを殺そうとしている。
 でも、不思議なことに死に対する不安などなかった。
 救い。
 この言葉があるだけで、死神の誘いも甘いものに感じられる。
 わたしは確実に、その甘さに惹かれている。
 けれどもしばらく静寂が辺りを包んでいる中で、アーチャーさんは言った。

 「・・・・わからないね。てか、わかりたくもねえ。神様みたいな偉ぶった物言いをしようが結局は、殺すための口実とか、大義名分とかにしか聞こえないんだよ。そんな大層なことを言うんだったら、まずはキャスターとかそういうのをどうにかしてから言えってんだ。それも、連中が行動を起こす前にな」
 「・・・・正直に言えば、この程度の儀式がここまでの大事になるなどとは私自身にも予測がつかなかった。不穏な空気は察してはいたが、それもおぼろげなものにすぎなかったのだから」
 「フン。口では大きく言っておきながら、ここまで小者臭い言い訳となると、逆にご立派としか言いようがないな」

 一方は闇のように静かに。
 一方は日光のように熱く。
 言葉のせめぎ合いだけでも、この光景だけでも、ここまで両方のうちの感情がここまで露になることがあるのだろうか。

 「勘違いしてもらっては困る。当初、私は最後の一が決まるまで、自分から動くつもりなど毛頭なかった。この儀式に集いし七の持つ望みが如何なるものか、見極めるために、そして不穏なるものの正体を確かめるために、な・・・・」

 つまり、この人は最初からこの聖杯戦争を黙って見ていた、ということなの?
 あれだけ多くの人が傷ついても、それを黙って・・・・?
 先ほどの甘さは薄まり、純粋にこのナンパ屋さんが恐ろしいと感じた。

 「・・・・だから、サオリを殺そうってか?」

 アーチャーさんが内に怒りと敵意を秘めながら、静かに言い放った。

 「そうだ。そして、彼女が彼女でなくなるときも、近づきつつある。これは、遠い未来の話などではないのだ」

 わたしが、わたしでなくなる・・・・?
 さっきも似たようなことを言っていたけど、さっきと今では妙にニュアンスが違うように思えた。
 しかしアーチャーさんはそれにも構わずに、ナンパ屋さんに噛み付いた。

 「・・・・それで、はいそうですかって言って、マスターを死なせるほど物分りがいいほうではないんでね。こっちは最後までサオリの弓でいるつもりだ。だから、サオリを殺そうってんなら、どんな理由があろうとオレはその敵を全力で討ち滅ぼすまでだ」

 アーチャーさんは怒りを秘めたまま、けれど静かな口調だった。けれど、その言葉は何よりも力強さを帯びていた。
 その言葉には、強い意志の力を感じた。
 それだけに、私はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。
 ナンパ屋さんは、溜め息を一つつき、瞳を閉じてから言った。

 「・・・・できるだけ、穏便に事を運ぼうと思ったのだが・・・・まあ、サーヴァントとは得てしてそういうもの。こうなるも、やむを得ぬことか・・・・」

 そしてナンパ屋さんは目を見開いた。
 その目に込められている力は、ナンパ屋さんが恐ろしく巨大に見えてきそうなほどであった。
 ナンパ屋さんは、言い放った。

 「なれば、全力を以って君を屠るまで・・・・この私に真っ向から挑んで、無事に済むと思うなかれ・・・・!!」

 そうしてアーチャーさんが身構えた、その瞬間だった。
 いきなりナンパ屋さんの体が地面に沈んだかのような低空姿勢となり、スプリンターも真っ青になるほどの速度でアーチャーさんに迫る。それは、まるで影が這うように進んでいるみたいだった。
 そしてアーチャーさんの眼前で、ナンパ屋さんの手がぬっと下から飛び出てくるように伸びてきた。きっとアーチャーさんの目には、獲物を呑み込もうとする蛇のように映ったことだろう。
 そうしてナンパ屋さんの掌がアーチャーさんの顔を掴み取り、前に進む勢いのままにアーチャーさんを地面へと叩きつけた。

 「――――アーチャーさん!?!」
 「――――・・・・・・!!!がは・・・・ぁ・・・・!」

 手が離れ、咳き込むアーチャーさんに今度は足で踏みつけようとするナンパ屋さん。下ろされる足は、餅つきに使われる杵をそのまま高速で突いているような印象を受けた。
 けれども、アーチャーさんはその踏み付けを地面に転げまわりながら、どうにか避けていた。
 しかし、ナンパ屋さんの猛攻は止まらない。
 アーチャーさんがようやくのことで踏み付けから逃れることができたところを、アーチャーさんの体を覆わんとするように迫る。そうしてアーチャーさんを捕らえたナンパ屋さんはそのまま馬乗りになり、上から拳を何度も何度も振り下ろす。
 もはや身動きの取れないアーチャーさんは、ナンパ屋さんの攻撃を全て被弾してしまう。防御したとしても、それを突き破るかのように打ち据えられてしまう。
 生々しい音が耳にこびりつく中、わたしは口を手で覆い、絶句するしかなかった。
 いくら傷ついたとしても、果敢に敵に向かっていくアーチャーさんを知るわたしにとって、ここまで言いように弄られているアーチャーさんの姿など予想していなかったからだ。目を背けようにも、体が固まってしまったのか、身動きもほとんど取れない。
 思えば、このナンパ屋さんは始めて会ったときから、どこか得体の知れない部分があった。喧嘩慣れしているはずの不良たちの攻撃の一切を全く受け付けていなかったからだ。それは今にして思えば、彼がサーヴァントだからという証に他ならない。
 でも、同じサーヴァントだからといって、ここまで一方的なものになるんだろうか?
 目の前では、相変わらずナンパ屋さんがアーチャーさんにマウント攻撃を仕掛け続けている。
 けれども、これも長くは続かなかった。
 というのも、アーチャーさんの微かに動いている指先から何か光の玉みたいなのがフヨフヨと浮いてきたからだ。

 「むっ!?」

 その光の玉は、ナンパ屋さんの眼前まで漂ってくると、それがいきなりカッと強く光った。一瞬、手で顔を覆った隙をついて、アーチャーさんはそこから脱出を図ろうとした。でも、ナンパ屋さんの反応は予想以上に早く、逃れようとするアーチャーさんを蹴り飛ばし、そのままアーチャーさんは吹っ飛んだ。
 アーチャーさんはそんな中にあっても弓矢を構えて、矢を何本かナンパ屋さんにはなった。矢のうちいくつかはナンパ屋さんの足元に突き刺さり、残る一本はナンパ屋さんの眉間一直線に向かっていった。
 けど、その矢はナンパ屋さんの眉間に刺さるか否かの位置で、ナンパ屋さんに掴まれてしまい、そのままへし折られてしまった。
 アーチャーさんはそうして地面に撥ねるように激突して、転がった。

 「・・・・今のがウィル・オー・ザ・ウィスプか・・・・精霊使いたる君ならこの程度の鬼火の使役も造作もない、というわけか・・・・やり方こそ古典的なれど、悪くない。そして、君の射手としての技量も同様だ。だが・・・・」

 ナンパ屋さんの視線の先に、アーチャーさんがよろよろと立ち上がる。
 ようやく立ち上がったアーチャーさんの顔は、見るも無残に腫れ上がっていた。アーチャーさんはそこを、鏃を使って傷つけることで血を抜いている。
 まだ痣だらけで痛々しい顔ではあるけれど、腫れている部分が引いているだけ先ほどよりはマシになった。
 けど、ボロボロであることに変わりはない。

 「もはや目も当てられない状態だな、君は。ここまで力の差が歴然としていては、もはや雌雄も決したといっていいのではないかね?」

 その態度も、表情も、口調も何もかもが涼やかなままにナンパ屋さんは言う。
 しかし、いくらボロボロになったからといってアーチャーさんがそれで屈するはずもなく、むしろ逆に闘志が燃え立っているようにも見えた。
 わたしは、それが痛ましくて仕方なかった・・・・

 「寝ぼけたこと、言うな。まだまだ、これからだぜ?それにしてもサーヴァントとはいえ、一切の武具なしでここまでとは思ってもみなかったぜ・・・・力任せかと思えば、その動きは意外にも巧みな技の冴えも見える・・・・なるほどな。宝具なしで最終決戦までこぎつけることができるわけだ」

 膝が笑い、肩で息をしているにもかかわらず、アーチャーさんはいつも通りの飄々とした口調で言い放った。それどころか、口元には笑みさえ浮かんでいる。

 「待ってろよ。今すぐにでもその偉そうな面、引っぺがしてやるからな・・・・!」

 それに対してナンパ屋さんは、鼻で溜め息をついてから肩をすくめてみせ、首を横に振った。

 「・・・・しつこいかもしれないが、何度も言わせてもらおう。君は、勘違いしている」
 「・・・・おい。まさか、オレがあんたに勝つこと自体が無理な話とかいうつもりじゃないだろうな?」
 「確かにそうだが、それではない」

 あまりにもはっきり言われてしまったため、アーチャーさんは少しムッとなってしまった。

 「君は言ったな、“偉そうな”と。それは違う。私は世間一般では“偉い”ということになっているようだ」

 一瞬、アーチャーさんは呆れてしまっていた。
 というか、わたしも少し呆気に取られてしまった。ここまではっきりと自分のことを偉いと言い切るなんて・・・・さすがのライダー(もちろんチンギスカンのほう)でもそこまでは言わないと思う。

 「・・・・OK。百歩譲ってあんたは偉いってことにしといてやる。それじゃあ何か?あんたは、どこかの王様だっていうのか?」

 アーチャーさんは少し呆れた口調で言った。

 「否」

 でも、かえってきたのは否定の言葉だった。

 「・・・・いや。はっきりと“否”とは断言できぬな。だが、王という要素は私には薄いとしか言いようがないのだが・・・・」
 「それじゃあ、王じゃなかったら何だっていうんだ?」
 「神」

 遠くから見ても、この一言は流石のアーチャーさんでも面食らったようだ。

 「バカぬかせ。何が神だよ。いくら聖杯が規格外とはいえ、さすがに神霊の類の召喚は不可能だろうが」

 ここまでの局面に至って、初めて発覚した事実。
 聖杯がなければ、伝説や歴史に名を残す英雄を目にするなんてことはまずないだろう。でもよく考えたら、七人もいるのにゼウスとかポセイドンみたいな神様は一人もいない。広く、その名前が知られているのにもかかわらず、だ。
 でも、よく考えたら英雄が七人揃って、これだけの規模だ。これに神様なんて現れたら、きっととんでもないことになる。
 そんな中で、ナンパ屋さんはフッと笑みをこぼした。
 相変わらずの涼やかさだけれど、逆にそれがひどく冷たく感じるようになってしまった。

 「そもそも君自身、何度も私に対して“神”という言葉を用いたように思えたが?」
 「・・・・それは言葉の綾で、特に深い意味はなくてだな・・・・~~~~!!!」

 喋っているうちに、アーチャーさんは頭を掻き毟った。
 思うんだけれどわたし今、命の危機に瀕しているんだよね・・・・?
 なのに、どうしてここまで張り詰めていたものがいきなり緩んだりするんだろうか・・・・?やっぱり、あの人がそういう人だからかな・・・・?

 「少し頭を冷やしたまえ。でなくば、わかるものもわからなくなってしまうだろう」
 「うるせえ!いちいち回りくどいんだよ!だいたい、さっきから古臭そうな言い方しやがって・・・・!!!」

 えー、と・・・・アーチャーさんたち、というかサーヴァント全員、基本的に古臭い人たちしかいないような気もするんだけれど・・・・?
 ナンパ屋さんは思いっきり溜め息をついた。
 もちろん、アーチャーさんの頭に血が上る。意外と沸点が低い。調子でも狂わされているのだろうか?

 「少しは考えてみればどうだ?何も英雄全員が英雄として崇められるわけではない。中には、神として崇められる英雄もいるのだ」
 「・・・・すると、あんたはそういった英雄だっていうのか?」
 「否」
 「・・・・さっきから何なんだよ!まるで、生まれたときから神だって・・・・・・・・――――――――!!!」

 途中で、アーチャーさんの言葉が途切れてしまった。
 途端に再び空気が冷たく張り詰めた。
 驚愕を露にしていながら睨みつけるアーチャーさんの顔に対して、ナンパ屋さんは普段と変わらぬ、穏やかな笑みを浮かべる。

 「・・・・ようやく気付いたようだな」
 「なるほどな・・・・神の中には、人間としてこの世に降臨することもある。そんな英雄なんざ、数えるほどしかいないけどな」
 「そのとおり」

 ようやくのことで、ナンパ屋さんは肯定の言葉を口にした。
 それからナンパ屋さんは、高らかに言った。

 「偉大なる維持神ヴィシュヌ第八の権現(アヴァターラ)、クリシュナ。それが、私の真名だ」

 サーヴァントの真名は、本来であれば隠すべきもののはず。
 けれど、アーチャーさんがその正体を見抜いたとはいえ、自分からその正体を明かした。
 でも、わたしは名前を聞いても理解できていない。そもそも、この聖杯戦争にいるサーヴァントなんてほとんど名前ぐらいしか知らない(セイバーやアサシンに至ってはまだ正体も知らない)のに、クリシュナなんて言われてもわかるはずもなかった。
 そんなわたしを察したのか、アーチャーさんの言葉が聞こえてきた。

 「ヴィシュヌってのはインドの三大神の一人。そのヴィシュヌがあらゆる姿に顕現して、この世の悪を一掃する・・・・そいつは、そのうちの一人だ」

 それからも、アーチャーさんの説明は続いた。
 要約すると、このクリシュナと名乗ったナンパ屋さんは、かつて大勢の人々を苦しめた悪王を打ち滅ぼしただけではなく、『マハーバーラタ』と呼ばれる物語の中にも登場し、五人の王子の味方となって陰から支援し、導いたという。
 でも、その多くは数々の陰謀を張り巡らせて敵を陥れたという。
 話を聞いても、なかなかこのナンパ屋さんと結びつかなかった。
 それでも、このクリシュナという英雄が恐るべき存在となって、わたしたちの前に立ちはだかっていること。それが、今ある現実。

 「しかし参ったな、こりゃ・・・・けど、どっちにしろやることは変わらないけどな・・・・」

 あくまでも、まだ戦う気でいるアーチャーさん。
 わたしだったら、絶対この場面だったら萎えているに違いない。正体を知れば必ずしも有利になるわけではなく、逆にどうしようもない力の差を思い知らされることもある。
 それが、今だ。

 「勇ましいことよな・・・・だが、私の素性を知ってもなお、挑むのかね?」
 「くどいっつーの。しかも運がいいことに、お喋りが長かったおかげで大分回復してきたけどな・・・・」
 「そうか。だが、私から見れば雀の涙ほどでしかないのだが、な・・・・よかろう」

 そう言って、ナンパ屋さん・・・・いや、クリシュナは自然体になった。
 それは、見るからに戦闘態勢を解いたようでもある。

 「君のその意気に免じて、一矢だけ私は身動きもせず、ただ君の放つ矢を受けよう」
 「・・・・おい。それがどういう意味かわかっているのか?」
 「無論」
 「・・・・・・はっ!正体ばらせばビビるとでも思ってんのだろうが、生憎こっちは逆に勝機が訪れたと見ているんだぜ」
 「はたして、そうかな?」
 「少なくとも、あんたの減らず口もそこまでだ。観念するのは、どうやらあんたのほうみたいだな」

 そう言って、アーチャーさんはゆっくりと移動し、クリシュナの横に回った。けど、クリシュナは全く身動き一つとろうとしない。まるで、どこからでも射抜いて構わないといわんばかりに。
 そしてアーチャーさんは弓矢を構え、クリシュナに狙いを定める。
 その間、冷たい空気に重圧が加わってきた。
 時が訪れた。
 弓弦が鳴り響き、アーチャーさんの矢が放たれる。
 向かっている先はクリシュナの足。
 放たれた矢は、クリシュナの左の踵を刺し貫く。
 そのはずだった。
 けれど、矢はクリシュナの皮膚さえも貫けず、その寸前で止まっているように見えた。
 これに一番驚いているのは、矢を射たアーチャーさん本人だ。
 クリシュナはアーチャーさんのほうへと顔を向き、にこやかな顔をして言った。

 「狙いは悪くない・・・・呪いは果たされたとはいえ、その効果は今もなお続いている。ここを射抜かれればさしもの私とて、死に直結するだろう。しかし・・・・」

 そう言ってクリシュナは屈んだ。矢に射抜かれようとしていた左足から、何かを取り出した。一見すると、何もなさそうに見えるけれども・・・・
 けど、アーチャーさんの矢を防いでいたものの正体が、すぐにわかった。
 クリシュナが手にとって見せたものは、一枚の蓮の花びら。

 「なるほどな。ヴィシュヌの持つ四つの得物のうちの一つが確か、蓮だったな・・・・おたくらのところじゃ、蓮は生命の象徴。そいつが結界宝具の役割を果たしているってわけか・・・・」

 アーチャーさんはすぐに納得したみたいだった。表情も今までみたいな不敵な笑みそのものだけれども、額からは冷や汗が一筋流れ出ている。
 そして、クリシュナは完全に体をアーチャーさんへと向けた。微笑が消え、真顔となる。

 「さて、猶予はすぎた。これより先、君は私に一矢も浴びせることなく果てるであろう。とはいえ・・・・」

 クリシュナはふと、考えるような素振りを見せてから、続けた。

 「この格好のままでは無礼というもの。よって、しばし待たれよ」

 またもや自然体となったクリシュナ。その次の瞬間、何か奔流みたいなものがクリシュナの足元から沸きあがり、その勢いにわたしはつい、目を瞑って、突風のような圧力から両腕で顔を庇った。
 しばらくするとようやく、その勢いも収まった。

 「・・・・フム。スーツというのも悪くはなかったが、やはりこちらの格好のほうが体に馴染む」

 わたしは目を開け、クリシュナのほうを見た。
 そういえばアーチャーさんも街とかで歩くときは、現代風のカジュアルな服装に身を包んでいる。そして戦いのときは、ロビンフッドとして緑衣をその身にまとう。
 そしてクリシュナはもはや、どこかのホストみたいな黒スーツではなく、異国の王様か神様が着ていそうな黄色と白で統一された衣を身に纏っている。
 服装が変わった。
 たったそれだけのはずなのに、随分とかかってくる圧力に凄みが増しているような気がする。
 これが、黒い完璧なる神の権現クリシュナ・・・・

 「では・・・・・・いざ、参る!!!」

 すると、クリシュナは一瞬のうちに、アーチャーさんとの距離を一気に詰めた。
 一瞬のうちにアーチャーさんの目の前に立ったクリシュナは、彼にフックの連打を浴びせ、そして蹴り飛ばした。
 けど、また一瞬のうちに吹き飛んでいるアーチャーさんに追いつき、今度はその体を掴んで投げ飛ばした。
 それでもアーチャーさんは矢を放つ。圧倒的なまでの力の差を見せ付けられているにもかかわらず。
 それでもやはり、アーチャーさんの放つ矢は正確無比。そうした矢が連続で発射された。
 しかしクリシュナは、どこからか何かを取り出した。あれは・・・・蓮の花?その蓮の花びらが舞い散り、アーチャーさんの放った矢を悉く防いでいく。

 「弱点さえわかればその敵を倒せる、と勘違いしていないかね?それができるのは、力の差が均等であればこそ」
 「どうかな?執念さえあれば、時にはその弱点を穿つことだってできるかもしれないんだぜ?」
 「それもまた、然り」

 吹き飛んでいたアーチャーさんは着地すると同時に、またクリシュナに向けて何本もの矢を放つ。
 凄まじい早さで放たれながらも、狙いは正確。今度こそ、せめて一本はクリシュナに命中すると思われた。

 「円刃よ!!!」

 クリシュナがそう声高らかに言うと、蓮の花は一つの輪に変化した。
 クリシュナがその輪を投げると、輪はアーチャーさんの放った矢を次々と切り裂いていき、そして全ての矢が切り裂かれるとクリシュナの手元に戻った。

 「くそっ!嫌味な野郎だな・・・・!これ見よがしに宝具をひけらかしやがって・・・・!」
 「そういきり立つこともあるまい。これは、私なりの君への敬意の表れだよ」

 またもや凄まじい早さでアーチャーさんの前に詰めたクリシュナは、振り下ろした拳でアーチャーさんを殴りつけ、アーチャーさんは地面に叩きつけられてしまう。その際、アーチャーさんの体が一度バウンドしたように見えた。

 「やはり君の射は、私の知る戦士達にも匹敵するほどのもの。我が“輪廻蓮座(パドマ)”の守りなくば、我が“理裂く円刃(スダルシャナ)”の投擲なくば、君の矢は私の肉体を刺し貫いていただろう」
 「チッ、敵にそう言われても慰めにもならねえよ・・・・」

 地に平伏すような形であるとはいえ、それでもクリシュナを睨みつけるアーチャーさん。その眼光からは諦めだとか気後れだとか、そういったものが一切見られなかった。

 「フム・・・・」

 一回頷くと、クリシュナは一跳びでアーチャーさんから距離を置いた。
 アーチャーさんは訝しそうな目をクリシュナに向けながら、よろよろと立ち上がった。

 「おい・・・・どういうつもりだ?」
 「フッ。いくらこの私が君を煮ようが焼こうが、君は決して屈することはないだろう。君を屈服させるために摘むべきは、肉にあらず・・・・その、心だ」

 そう言って、クリシュナはその場に座した。まるで、これから瞑想でも始めようとしているかのように。

 「この私が“ライダーとしての”宝具を用いようとしているのだ。我が宝具を目にできること、光栄に思うがよい」

 宝具とは、サーヴァントの持つ武装の中でも切り札に当たるもの。
 もちろん意味はそれだけではなく、英雄が英雄たらしめるもの。アーサー王のエクスカリバーなんかがまさしくそうだ。
 よく考えれば、わたしが実際に目にできた宝具というのは、ライダーの騎馬軍団やランサーの不死身の肉体ぐらいしかない。
 意外にも、自分のサーヴァントの宝具を見るのは、これが初めてだ。

 「・・・・ヘッ。宝具の打ち合いか・・・・こいつはいいや。こちとらさっきから、頭はガンガンするし、体もズキズキするから堪ったもんじゃねえ・・・・これで決まるってなれば、上等だ・・・・!」

 アーチャーさんはその打ち合いに真っ向から挑むつもりみたいだ。
 けど、それに打ち負けるということは、完全な敗北を意味する。きっと、アーチャーさんはその意味もわかっているんだろう。
 もう気が気でなくて、胸が張り裂けそうだった。

 「それじゃ、とっととおっぱじめるとするか」

 そう言ってアーチャーさんは弓を構えると、そのまま集中した。
 すると、どこからかやってきた淡い光の玉の群れがアーチャーさんの弓に集まっていく。こんな状況じゃなかったら、どこか牧歌的な雰囲気があったかもしれない。
 対してクリシュナは、まだ座禅を組んだままだった。
 けど、変化はすぐに訪れた。
 なんとクリシュナの体が、宙に浮いたのだった。
 ・・・・いや、あれは浮いているんじゃない・・・・!
 あれは・・・・何かに乗っているんだ!
 クリシュナの乗っているものが、最初は暗くてわからなかった。でも、それが何なのか今わかった。
 その正体は戦車だった。戦車といっても、キャタピラがついて大砲を備えた現代的なものじゃない。大昔の戦争に使われていた馬車だ。けど、その大きさは馬車なんてものじゃない。ブルドーザーぐらいの大きさで、しかもやたらとその装飾は派手すぎだった。
 それは戦車というよりは、まるでお祭りなんかに使われる山車みたいだった。
 けど、一つ疑問に思うことがある。
 それは、クリシュナの乗る戦車には、戦車を動かす車輪どころか、それを引く動物さえも見当たらない。
 一体、何で動くというのだろうか・・・・?

 「・・・・・・カーン」

 すると、クリシュナが何か言った。
 その途端、いきなり明るくなったせいで、わたしは思わず目を瞑ってしまった。
 目を瞑っている間にもどうにか明るさになれたためか、ゆっくりと目を開けた。それでもやはり眩しい。
 けれど、その眩しさの正体をつかむには十分すぎるくらいだった。
 炎の車輪に炎の象。
 そういった炎に照らされたことで、この戦車の黄金がはじめて輝きを増した。

 「・・・・なるほど。そういえば御者やっていたな、あんた。けど、見たところあんたの足を守っていた花びらもないみたいだが、いいのか?」
 「愚問。これしきで我が呪われし腱を覆うほど、弱気ではない。というよりも、我が“四天宝(チャトゥルブジャ)”を解除せねば、この戦車は顕現できぬ。そういう制約なのだ」
 「けど、その割には余裕というか、自信というか・・・・まあ、いいさ」

 わたしがクリシュナの戦車に目を奪われている間に、アーチャーさんはいつの間にか弓弦を引いている。先ほどの淡い光が弓に帯び、そしてそれらが収束して一本の矢となっていた。
 光の矢と炎の戦車。
 この二つが今、ぶつかり合おうとしていた。

 「“深き森精の一矢”!!!」

 まずはアーチャーさんが光の矢を放った。
 わたし自身、アーチャーさんの宝具を目にするのは初めてだ。
 矢は進めば進むほどにどんどんとその勢いを増し、強大なものとなっている。
 一方のクリシュナの戦車は、その黄金の戦車を牽く二頭の炎の象が鳴き声を上げた。その鳴動だけでも、建物一つを破壊できそうだ。
 そして巨大な戦車が前進を始めた。象の踏み出す一歩一歩が地響きを起こし、車輪が地面を深く削り取る。

 「“降し照る宇宙よりの真理(ジャガンナータ)”!!!」

 戦車は一つの巨大な炎の塊、あるいは隕石のように突き進んでいく。
 矢と進撃が衝突したそのとき、弾けんばかりの強烈な閃光があたりを覆った。
 わたしは、思わず目を塞いでしまった。



~タイガー道場~

タイガ「タイガアアアアアアアアアアアアア!!!どおおおおおおおおおおじょおおおおおおおおおお!!!!!!」

シロー「出だしからものすごい大音響だな。随分と張り切っているようだが・・・・?」

ロリブルマ「まあ、今までが今まで、閉塞的な空気が漂っていたもんね」

タイガ「ウム!人間、ジッとしてばかりいると!うちに溜め込んでばかりいると気が滅入るばかり!こういう時期にこれは少し厳しいかもしれない!でも!こういう時期だからこそ、よ!わたしはこれからもししょーとして!有り余る元気を振りまいていきたいと思う!!!」

ロリブルマ「いよ!さすがはししょー!言うことが無駄に大きすぎるッス!」

佐藤一郎「・・・・そういうわけですので、さっそくこの方について、色々と話してもらいましょうか?」


クラス名:ライダー(前回当時)
真名:クリシュナ
属性:中立・中庸
マスター:?
身長:181cm
体重:79㎏
イメージカラー:暗褐色
特技:女性の心を掴むこと、笛、イタズラ
好きなもの:牛、乳製品、女性
苦手なもの:理を乱す者、人違い


タイガ「ぐはっ・・・・!い、いきなりこの話題に触れちゃうわけ!?」

シロー「そうだな。色々と思うところはあるだろうが、まずは説明してもらおう」

タイガ「ウ・・・・ウム・・・・・・」

ロリブルマ「あ。なんか急に歯切れが悪くなってきた」

タイガ「・・・・まあ、コンセプトとしてはね、“本編におけるギルガメッシュ的な立ち居地のボス”ってことで考えられていたわけ。だから、グレードの高い英雄がいいかなって思ったらしいのよ」

ロリブルマ「でも、真祖でも敵わない相手にグレードも何もあったもんじゃないと思うけど?」

タイガ「そういうことは言うな!とにかく、ギルガメッシュ以上の敵となると彼以上に神に近い存在という発想で彼が選ばれたわけよ」

シロー「しかしそれだと、天の鎖で捕らえられるだろうに・・・・」

ロリブルマ「しかも左足の呪いのこともあるし・・・・」

タイガ「そんなもん攻め方と戦い方次第でどうとでもなるわ!現にランサーさん(いうまでもなく麻婆とか聖女とかに苛められているほうね)も金ぴか相手にかなりいいとこまでいったって言うじゃない!?とにかく!あっちがサガならこっちはシャカじゃ!」

シロー「色々とメチャクチャだな・・・・」

佐藤一郎「まあ、アジア系の英雄はこの手の方が多いですからね。その上、マハーバーラタもサーヴァントとして登場したらかなりの実力を持った面々が多くいらっしゃいますし」

ロリブルマ「・・・・でもさ、ボスキャラ設定だっていうなら、キャスターとかアヴェンジャーとかをそこに据えたほうが締まったと思うんだけど?」

タイガ「それを言うな!」

シロー「そういえば、今回は妙に仕上がりが早い上に、文章も短めだな」

タイガ「これは作者自身もけっこう意外に思ったみたいよ。そのせいかちょっと物足りない思いをしたみたいだけど、変に長引かせてグダグダするよりはいいと思う」

ロリブルマ「この作品自体がグダグダしているのに、なにを今更・・・・」

タイガ「だからそれを言うな!」

佐藤一郎「・・・・それでは、ここでお開きにいたしましょう。皆様、ごきげんよう」

ロリブルマ「・・・・ところでサオリの出番、そんなになかったわね」

タイガ「・・・・だから、それ以上言うなと言っておろうが」



[9729] 第三十六話「亡者の姫君」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/04/08 07:23
 そのころ、守桐邸を後にした鉄平とアサシンは、沙織たちのいる四葉沼公園近辺へと近づいていた。
 彼らがここまでいたることはさして苦でもなく、むしろわかりやすい道標があって思ったよりも簡単にここへ辿り着けたのだ。
 その道標とは言うまでもなく、沙織を狙うアヴェンジャーの邪気、そしてクリシュナの魔力である。この時点で、彼らはクリシュナの正体をまだ知らない。
 とはいえ、移動距離が移動距離だったので、だいぶ時間が掛かったのだが。

 「・・・・・・はあ・・・・!はあ・・・・!!」

 いよいよ沙織たちに近づきつつあるところで、それまで走っていた鉄平は急に立ち止まり、息を切らしてしまった。
 ある程度までは公共の交通機関を利用していたが、四葉沼公園に近づいてからは自分たちの足で移動することになった。
 ここまでの移動で、鉄平が息を乱すなど滅多にない。しかし、急にいなくなってしまった沙織の居場所がわかるかもしれないと思うと、つい焦ってしまったようだ。

 「鉄平よ。今しばらく休むか?」

 移動を止めたアサシンが鉄平に向けてそう言うと、鉄平は答えた。

 「・・・・いや、大丈夫だ。これぐらいなら、速度を落とせばどうとでもなるさ・・・・」
 「・・・・そうか」

 アサシンはそれ以上、何も言わずに前へ進み始め、鉄平もそれに倣った。
 アサシンにも不安はないわけではない。
 アサシンの目的は、あくまでも鉄平を勝利に導くこと。その目的に、揺らぎはない。
 しかし、今の鉄平はどうだろうか?
 今の彼の心中は、沙織のことで占められている。だが、鉄平が聖杯戦争という名の不条理なサバイバルゲームに身を投じているのも、呪詛により意識を失ってしまった姉を目覚めさせるためだ。
 沙織と姉。前者は鉄平にとって大切な存在になりつつあり、後者に関しては言うまでもない。
 今はそういった局面ではないとはいえ、仮に両者のいずれかを選ばねばならないとすれば、鉄平はどうするつもりなのだろうか?その局面に立ってしまったとき、鉄平は葛藤するに違いない。
 戦う目的がぶれてしまえば、戦いにくさも増すというものだ。
 そして、アサシンの不安はそれだけではない。
 沙織を狙っている二つの存在。おそらくは、いずれも強大な力を秘めているだろう。そして何故沙織を狙うのかさえも、今の彼らには皆目見当もつかない。
 とにかく、沙織の身柄を確保できたのならば、この場から全力で離脱すること。
 それが今の彼らの行動方針である。
 しかし、突如アサシンは何か不穏な空気を感じ取った。
 アサシンは走りながら鉄平を横目で見やってから、彼にしか聞こえない声量で言った。

 「鉄平!速度を上げよ!」
 「・・・・アサシン?」

 鉄平は訝るが、アサシンの表情はすぐに苦々しいものとなった。

 「・・・・いや。遅かったようだ・・・・」

 そう言うと、アサシンはすぐに立ち止まり、鉄平もわけがわからないままだが、すぐに止まった。その理由を、彼はすぐに理解することとなった。
 辺りが暗い中で、鉄平の体に悪寒が走った。そして、彼の耳が何かを捉えた。

 「・・・・アサシン。これって・・・・それに、獣の息遣いも聞こえてくる・・・・」
 「・・・・うむ。主の考え、できれば外れていてほしいが、どうも正解のようだ」

 暗闇の向こうから、不穏な空気を纏って二人の人影が現れた。
 一人は、赤い毛並みをした人狼。
 もう一人は、口元しか見えない布の塊のようなローブの人物。

 「・・・・貴様が、アヴェンジャーか」

 伏瀬勇夫を従えたアヴェンジャーが、微笑みながら答えた。

 「ええ、そうよ。そういえば、アナタたちに会うのは初めてね。それと言うまでもないけれど、こっちにいるのがフセくん。よろしくね、アサシンにセ・・・・狩留間鉄平さん」

 そのとき、鉄平の頭に何か引っかかるものがあった。
 このアヴェンジャーという人物、今日この場で姿を見るのは初めてだというのに、初対面のような気がしないのだ。
 鉄平は、アヴェンジャーのことなど知らない。だが、その口調や声色はどこかで聞いたことがあるような気がしてならないのだ。
 それが何なのか、はっきりとしないのだが・・・・

 「主らのことは、アーチャーから聞いている。話どおりの狂人どもだな」
 「随分と失礼な言い草ね・・・・まあ、別に気にしていないからいいけど」

 そう言うと、アヴェンジャーはカラカラと笑い出した。
 アヴェンジャーたちを睨みつけていた鉄平が、凄むような声色で言った。

 「野々原さんを攫って、どうするつもりだ?」

 相変わらずアヴェンジャーは口元に不敵な笑みを浮かべている。しかし目元が隠れてしまっているために、その真意を測ることができない。

 「・・・・そうね。ワタシがわたしになるため。それが、ワタシがこの場にいる目的よ」
 「・・・・お前が、お前に・・・・・・?」
 「鉄平よ。こやつの言うことを真に受ける必要など、ない。ましてや、気の狂っているとしか思えん輩の言動など、な・・・・」
 「さっきから黙って聞いていれば、随分とひどいじゃない。ワタシ、アナタたちには何もしていないっていうのに・・・・」
 「得体の知れぬ妖婦の言うことなど、誰がまともに聞くものか」

 アサシンがばっさりと言い切ってしまったため、アヴェンジャーとしてはただ肩をすくめるしかなかった。
 少々戸惑いはあったものの、鉄平は再びアヴェンジャーに言った。

 「・・・・確かに、何を言っているのかよくわからない。けど、お前の目的は聖杯じゃないのか?」
 「ええ、そうよ」

 アヴェンジャーがきっぱりと言ってしまったため、鉄平は少し面食らってしまったようだ。
 アヴェンジャーの口元に、再び微笑が浮かぶ。

 「聖杯なんて、ワタシには必要ないもの。ワタシに必要なのは、あの女の存在だけ。それがちょっと、ていうかかなり腹立つことだけど。でも、ワタシ一人じゃ目的果たすの難しそうだから、フセくんに協力してもらっているの。だって、そうでしょ?フセくんが普通の人間になるためには、聖杯が必要なんだもの」

 アヴェンジャーはそう言って、傍らにいる勇夫の頭を優しげな手つきで撫でる。
 だが、その二人に対して鉄平は刀を手にし、その切っ先を二人に向ける。

 「・・・・正義の味方を気取るつもりはないが、お前たちのせいでどれだけの人が死んだと思っているんだ?」

 どういうわけか、アヴェンジャーの顔から一瞬笑みが消えた。そして彼女はそのまま言葉を紡いだ。

 「・・・・そんなの、些細な問題じゃない。誰が、何人死のうとこっちの知ったことじゃない。それに、誰かが死んでも世の中には大して影響ないもの」

 アヴェンジャーの言葉から先ほどのような嘲りどころか、一切の感情が消え失せ、冷たさが宿る。
 それに対して、アサシンが言った。

 「随分と手前勝手な理屈だな・・・・だが、それは貴様らの所業の肯定にはならぬ」
 「別にワタシたちのやっていることに大義名分を掲げるつもりはないわ。ワタシたちは、ワタシたちのやりたいようにやっているだけ。ていうより、この戦いでどれだけ人が死んでるっていうのよ?ワタシたちが殺したのって、ほんの一割にも満たないと思うわ」
 「・・・・そういうのが手前勝手な理屈なんだよ」

 鉄平の言葉により、アヴェンジャーの口元に再び笑みが浮かぶ。しかし、それは先ほどのような嘲笑ではなく、冷笑。
 それに伴い、アヴェンジャーの言葉の冷たさも増した。

 「理屈、理屈って、正直鬱陶しいわね・・・・ワタシに言わせれば、そんなもの必要ないわ」
 「・・・・何?」
 「ええ、そうよ。何かを得るのに理屈どころか、理想も野望も、正義も悪も、信念も義務も、そんなものはいらないわ。必要なのは、欲望だけ。欲しいという思いだけあれば、それだけでいい。それに理屈なんて、不要よ。他に自分の求めるものを手にしようとするヤツがいれば、そいつらを押しのけてでも手にするべき。それが、欲望よ」

 それから、アヴェンジャーは手を広げて言った。その様は、何かの教えを広めようとしている宗教の指導者のようでもあった。
 そしてその教えは、大抵の人間には醜悪に見えるだろう。

 「・・・・だが全てが全て、貴様の言うような有様になれば、この世は無秩序となるであろう」
 「ええ。秩序なんて最初から必要ないわ。それが人間だもの」
 「・・・・お前らの考えなんて、どうだっていいんだよ」

 そこへ鉄平が苛立ったような口調で言った。

 「なんで俺たちの前に現れた?まさか、わざわざ自己紹介しにやってきたわけじゃないだろう?」

 アヴェンジャーは、口元を一直線に引き締めて答えた。

 「・・・・今すぐ、引き返してちょうだい」

 思わぬ回答に、鉄平もアサシンも多少驚きを禁じえなかった。ましてや、比較的マジメな口調で言われれば、だ。

 「これは、どちらかと言えばお願いね。ワタシの目的はあくまであの女。別に、殺しや戦いが目的じゃない。ワタシはワタシの目的さえ果たせれば、それでいいの。ここで黙って見逃してくれるなら、ワタシはアナタたちには一切手出ししない。アナタたちはワタシを信用しないでしょうけど、それだけは約束する」

 アヴェンジャーの真意は、鉄平にもアサシンにもわからない。だが、アヴェンジャーが本気だということは、その言葉の端々から察することができる。
 それに対して、鉄平は言った。

 「・・・・けど、お前は伏瀬勇夫を人狼の血から解き放つために、聖杯は必要なんだろう?だが、俺だって聖杯が欲しい。それだけは誰にも譲るつもりはない」

 それを聞いていたアサシンは内心、穏やかではいられなかった。
 この問いは、ある意味では鉄平にとって硝子よりも脆い部分を深く穿つことになりかねないからだ。
 そんな鉄平の問いに、アヴェンジャーは答えた。

 「・・・・確かに、アナタも聖杯が必要なんだったわね。けど、ワタシがフセくんに手を貸している以上、聖杯は誰にも渡すつもりはない。でも、どうしてもっていうのなら、アナタのお姉さんの呪いを解くことに協力しても・・・・」
 「・・・・・・お前、言ったよな?俺たちが、お前らを信用しないだろうって。ああ、そうさ。お前らみたいなわけのわからない連中のいうことを、誰が信用できるっていうんだ?」
 「確かに、それはわかるわ。でも・・・・」
 「今まで、名うての法術師でも解き放てなかったような呪いなんだぞ?それを、どこの誰かともわからない奴にできるのか?お前みたいな頭の狂ったヤツに、姉さんを任せられるっていうのか?お前みたいなヤツに姉さんを託すぐらいなら、自分で聖杯を手に入れたほうが早く済む・・・・!」
 「・・・・何よ。何かあれば姉さん、姉さんって・・・・・・いつも思うんだけどアナタ、お姉さんがいなければ、何もできないわけ・・・・?」

 鉄平のこめかみが、僅かにピクリと動いた。
 アサシンが恐れていたことが今、起ころうとしている。
 アヴェンジャーは今、鉄平の琴線に触れようとしていた。

 「確かに、アナタがお姉さんのことで気を病むのもわかるわ。けど、逆に言えばそれは、アナタがお姉さんに依存しすぎているだけじゃないの?」
 「・・・・黙れ」
 「それに、あの女のことにしたってそうよ。アナタがあの女の手助けをしているのは、単にお姉さんに似ているからじゃないの?」
 「・・・・黙れよ」

 この会話に耳を澄ましているアサシンには、アヴェンジャーの意図が全く読めなかった。それは相手が狂人だからといえば、それまでかもしれない。
 しかし、どうにもそれだけではないような気がしてならない。
 まるでアヴェンジャーは、心の底から鉄平と争う気などないように思えて仕方がないのだ。
 だが、アサシンはどうも頭に何かが引っかかって仕方がない様子だ。
 この会話、どこかが不自然だ。
 この場でその不自然な点を見つけ出すには、あまりにも短すぎた。

 「アナタに必要なのは、聖杯でもあの女の存在でも、ましてやお姉さんが目覚めることでもない!聖杯は渡せないけど、必ずアナタの悪いようにはしないから!だから、ここは大人しく退いてちょうだい!」
 「・・・・・・黙れって言ってるだろ!!!」

 心なしか、アヴェンジャーの声も悲鳴に近くなっった。
 鉄平は大声を張り上げた。

 「・・・・聖杯も、野々原さんも、お前なんかには渡さない・・・・!もし、俺の邪魔をするっていうんなら、容赦はしない・・・・・・!!」

 鉄平の剣幕に押され、アヴェンジャーはたじろいだ。
 現れた当初は余裕に溢れていた雰囲気だったが、今は狼狽しきっていた。

 「・・・・アサシン。アナタは、どうなの・・・・?」

 アヴェンジャーはアサシンに顔を向けて言った。
 うろたえる彼女は、まるでアサシンにすがっているようにも思えた。
 しかしアサシンは、忍刀を抜いた。

 「・・・・某は、鉄平の影。影は、実に寄り添うもの。主らが鉄平の行く手を阻むというのであれば、某は主らを黄泉に送るまで」

 それを聞いたアヴェンジャーは、頭に衝撃を受けたかのように愕然とした様子で、そのままうなだれてしまった。

 「・・・・・・そう、なの」

 すっかり気落ちしてしまったかのような声の調子でアヴェンジャーが呟きしばらくしてから、アヴェンジャーは顔を上げた。

 「せっかく人がなけなしの親切心で、見逃してあげようと思ったのに・・・・!」

 アヴェンジャーの声色に怒りが滲んでいた。
 さっきまでは鉄平と戦うことを望んでいない風に見えたが、もはや腹を括ったのか、衝突することも厭わない姿勢のようだ。

 「・・・・もう、いい。もういいわ。ワタシの思い通りにならない・・・・いいえ。ワタシのことを察してくれないセンパイなんて知らない!いらない!もう、嫌いよ!!!」

 駄々をこねている幼児のように金切り声を上げるアヴェンジャーの背後に、おどろおどろしい亡者がうねり出しているのを見て、鉄平もアサシンも先ほど以上に緊張した面持ちで身構えた。
 アヴェンジャーがひとしきり喚くと、静かに言った。

 「・・・・・・フセくん。構わないわ。思い知らせてやってちょうだい」
 「■■■■■■■■■――――――!!!」

 それを合図として、それまで隣で控えていた勇夫がその眼光を鋭くして疾駆すると、牙を剥き出し、爪を閃かせて飛び掛った。

 「・・・・アサシン!」
 「うむ!」

 勇夫がまず襲い掛かったのは鉄平であったが、勇夫の牙も爪も鉄平の刀に防がれてしまった。
 そこへアサシンがすかさず勇夫に攻撃を加えようとしたが、勇夫が鉄平の刀を弾くとそのままアサシンに爪を振りかざした。しかしアサシンは勇夫の爪を捌ききっている。
 勇夫に弾かれてしまった鉄平は、そのままたたらを踏んでしまったが、体勢を立て直してアサシンに加勢しようとした。

 「そうはさせないわよ!」

 しかし鉄平が走り出そうとしたが、そのための一歩を踏み出せなかった。というのも、アヴェンジャーが従えていた亡者が集合し、一本の巨大な腕となって鉄平の目の前に振り下ろされたからだ。
 もし、そのまま鉄平が駆け出していたのなら、彼は間違いなくその巨腕によって潰されていただろう。

 「くっ・・・・!鉄平・・・・・・!」

 アサシンとしては鉄平の救援に向かいたいところだが、切れ目のない勇夫の攻撃を振り切れずにいた。とはいえ、勇夫が絶え間なく攻撃を仕掛けてきたおかげか、目も大分その動きに慣れてきた。そこでアサシンはすかさず、空いているほうの手で、何か拳大の球体を勇夫の顔面に向けて投げつけた。
 そしてそれは、勇夫の顔面に届く前に炸裂した。

 「■■■!?!」

 爆薬としては、殺傷能力はあまりにもなさすぎる。しかしその代わりに、破裂すると同時に強烈な刺激臭が相手に襲い来る。
 そのせいで空気が突き刺さるように感じ、それが勇夫の顔を覆うかのような刺激に襲われてしまった。

 「鉄平!」

 アサシンは勇夫が怯んでいる隙に、鉄平の下へ急いだ。
 その鉄平は、アヴェンジャーの繰り出す巨大な腕に翻弄されていた。だがその動きが緩慢なおかげで、鉄平はアヴェンジャーの攻撃を難なく避けることができていた。しかしうまい具合に脱出路を阻まれてしまっている。

 「そうとなれば・・・・!」

 アサシンは亡者を操っている存在、アヴェンジャーに狙いを定めると、すぐに手裏剣を投げつけた。だがアサシンの投げた手裏剣のすべてがアヴェンジャーに届くことはなく、突如として地面からせり上がってきた亡者の壁によって吸い込まれてしまった。
 そこから間髪を入れずにアサシンはアヴェンジャーへの接近を試みたが、アサシンの周辺に亡者でできた柱が地面から突き出てきた。それらがアサシンの行く手を阻むのかと思えば、柱から亡者が飛び散ってきた。

 「確かにワタシは、七騎の正規サーヴァントに大きく劣るけれども、その分ハンデを設けているのよ。アナタたちにとっての天敵とも呼べる、この泥でね!」

 アヴェンジャーの声など、亡者の飛沫の回避に専念しているアサシンの耳には届かなかった。

 「アヴェンジャーへの接近はほぼ不可能、か・・・・」

 こうしてアサシンはやむなく後退。亡者の柱とその飛沫から逃れるのに全力を要した。
 その最中、アサシンは横目で鉄平の状況を確認した。
 彼は今、亡者で形成された巨大な腕に四方八方から翻弄されていた。最初は一本だけだったものが、今では数本増加しており、これらへの対抗手段を持ち合わせていない鉄平はただ避けるしかなかった。脱出しようにも、嫌味なほどにその脱出路が防がれてしまう。
 言うなれば、鉄平は今バスケの試合でマークされて身動きがほとんど取れないといった状況に近かった。

 「・・・・だが、妙だな」

 あの呪いの塊ともいえる泥の亡者に呑み込まれてしまえばアサシンでも一溜まりもないはず。ましてや、生い立ちやその素性以外は概ね普通の人間である鉄平ならばなおさらだ。
 だが、あの腕は本気で鉄平を仕留めるどころか、むしろただ単に鉄平の邪魔をしているだけに見える。かといって、弄っているわけでもないようだ。もちろん、ここまで回避できているのは鉄平の力量がある程度高いためでもあるのだが。
 アヴェンジャーが戦意を持っているのは本当であろう。一歩間違えれば、鉄平の命が危ういのだから。とはいえ、何故アヴェンジャーは敵であるはずの鉄平との戦いを望んでいなかったのだろうか?

 「・・・・今はそんなことを考えている場合ではない。まずは・・・・」

 アサシンの思考は数秒にも満たなかったが、それでも戦いにおいてその数秒が命取りとなることを知っていた。よって、彼はそれらの考えを振り払い、ひとまず鉄平の支援に回ろうとした。

 「させないわ」

 だが、またしてもアサシンの行く手はアヴェンジャーによって妨げられてしまう。アサシンの目の前に亡者の壁が立ち塞がった。

 「アサシン!!」
 「くっ、猪口才な・・・・!」

 執拗な妨害にアサシンは思わず舌打ちをした。

 「そういえば、さっき手前勝手な理屈がどうのとか、秩序がどうのとかっていう話、したわよね?」

 そんな折に、不意にアヴェンジャーが気に障るような口調で喋り始めた。
 その内容は、戦う前に鉄平がアヴェンジャーの目的を問い質す前の会話の内容についてのことらしい。

 「その中で、何人が死んだとかっていう話が出てきたはずだけど、ソイツらが死んでも世の中にはたいした影響はないわ」

 そのときにも同じようなことを言ったけどね、とアヴェンジャーは付け加える。
 その上で、アヴェンジャーは続ける。

 「まあ、影響があるとすれば、たかだか人口が少し減ったとか、それぐらい。そうねえ・・・・あと、他に付け加えるとすれば、死んで喜んでいる人間がいる、っていうぐらいかしら?」

 アヴェンジャーは笑みを浮かべる。とびっきりの、悪意に満ちた笑みで。

 「例えば、“あいつ、事あるごとに俺にいちゃもんつけてきやがって・・・・死んで清々したぜ”とか、“あの女、どーも気に入らないんだよね。いつもいばっているし、いびっているし・・・・ホント、ザマーミロよ”とか・・・・」

 鉄平もアサシンも、アヴェンジャーの話を真面目に聞いているつもりはないが、かといって聞き流しているというわけでもない。現にアサシンは壁によって行く手を遮られたために回り道をしているが、何度も壁に阻まれ迂回して、といったことを繰り返している。鉄平も襲い掛かる腕を回避するのに専念している。
 それでも、聞こえてくるアヴェンジャーの言葉に、二人とも嫌悪感を覚えていた。

 「人間なんてね、他人の失敗や失態を笑っていられるような生き物だもの。人の死を喜ぶなんて当たり前。むしろ、人の死を望んでいるといってもいいわ」

 アヴェンジャーは、続ける。言葉が紡がれる度に、その悪意が増して・・・・

 「よく殺人犯が死刑を回避して涙を飲む被害者遺族っているじゃない?ワタシに言わせればね、人間は償いなんてものを望んじゃいない。彼らが欲しているのは、断罪。それも、より絶望に苛まされ、惨たらしい結末をね。そうすれば、自分の怨みも気持ちも晴れて、溜飲だって下がるもの」
 「・・・・まともに聞く気なんてなかったけど、ここまで下衆って言葉がピッタリなやつなんて初めてだよ・・・・」

 鉄平が蛇のようにうねる腕を何本もかわしながら、そう吐き捨てた。

 「それが、人間だもの。その汚くて醜い本性を理性だとか秩序とかで包み隠しているだけ。そういう意味じゃ、聖杯戦争っていうのはそういう本性を曝け出すのに打ってつけの場ね」
 「・・・・今の貴様の言葉、多くのサーヴァントやマスターが聞けば、憤慨することは間違いないだろう」

 アサシンは敵意以上の感情を込めた言葉をアヴェンジャーに投げかけた。
 そのアヴェンジャーは、クスクスと意地の悪そうな微笑みを浮かべながら言った。

 「けど、時間潰しにはもってこいだったわよ。おかげで、ホラ・・・・」
 「■■■■■■・・・・!!」

 ふと、アサシンの後方から唸り声が聞こえてきた。
 勇夫が、ようやくのことで刺激から解放されたのだ。

 「・・・・・・ね」
 「おのれ・・・・!よもやこのような間の悪い時に・・・・!」

 勇夫の月光のような眼光がアサシンへの敵意と怒りで滾っており、血のような赤い毛並みも逆立っていた。

 「■■■■■■■■■――――――!!!」

 そうして勇夫が弾丸となってアサシンに向かっていった。
 再び勇夫の爪とアサシンの刃の打ち合いとなった。勇夫の乱れるように絶え間なく繰り出される爪の攻撃は速度をも有している。しかし、ほとんどがむしゃらだ。この程度の速い“だけ”攻撃ならば、アサシンにとっては防ぎきることなど造作もない話だ。

 「・・・・如何に潜在的な力を秘めていようとも、所詮は己を見失っているだけの獣。貴様に討ち取られるほど、某は柔ではない」

 引っ切り無しに繰り出される攻撃の中の僅かな隙をついて、アサシンは勇夫を蹴りつける。だが柔らくもあり丈夫な体毛に覆われている勇夫にそのような打撃は通用しなかった。
 この攻撃を期に怒りを増幅させたのか、勇夫はさらに攻勢を強めようとした。

 「掛かったか!」

 アサシンはすぐに蹴り足を引っ込め、忍刀を鞘に納めると、勇夫の体毛を掴み、さらに肉薄しようとする勇夫の勢いを利用して、そのまま転ばせた。
 低空でもんどりを打って、仰向けに転倒した勇夫に追撃を仕掛けるべく、アサシンは手裏剣を六つ手にした。
 しかし、またもやアヴェンジャーによって阻まれてしまう。アサシンの横から泥が飛魚のように飛来してきた。このようにして、アサシンはその場から飛び退くこととなった。
 それからも、泥の塊が頭上から落下してくる、それにより飛沫が飛び散る、などといった妨害から逃れるので手一杯となった。
 そんな中にありながらも、勇夫の位置を補足したアサシンは自分固有の呪詛“六道銭”のこもった手裏剣をようやく投げつけることができた。
 そのままいけば手裏剣が勇夫に届く。そのはずだったが、亡者の壁が手裏剣を吸収してしまった。

 「むう・・・・!このままでは埒が明かぬ・・・・・・!」

 アサシンはひそかに悪態をついた。彼が何か仕掛けようとするたびに、それをアヴェンジャーに潰されてしまうのだ。
 しかも勇夫の方はどうだか知らないが、アサシンには決定打というものがない。だからこそ、鉄平と連携をとって勇夫に立ち向かおうとしたのだが、そうする前に鉄平と分断されてしまった。
 また、決め手と呼べるかどうか怪しいところだが、真田信繁の影武者でもあった彼の“陰影の色”を以ってすればこの戦いも今以上に優位に運べたことであろう。しかし、それを発動しようにも、なかなかその瞬間を掴むことができない。
 ほとんど膠着状態に陥りそうになった、そのときだった。

 「これ以上、アナタたちに付き合っている暇はないわ。だから、もう消えてちょうだい」

 アヴェンジャーの冷たさを伴った言葉が死刑宣告のように響いてきた。
 それに呼応したのか、勇夫が天を仰ぐようにして息を深く吸い込んだ。そして次の瞬間、アサシン目掛けて突風のような息吹を吹きかけた。

 「ぐっ・・・・・・!!!」

 アサシンは吹き付ける突風に捕らえられてしまった。
 そんな動けないアサシンに、泥の波がアサシンを呑み込もうとした。呑み込まれてしまえば、当然アサシンの命はない。

 「アサシン!」

 いまだに巨大な腕の群れから逃れられていない鉄平はただ、アサシンの名を叫ぶしかなかった。仮に今から腕を振り切ったとしても、アサシンを救出できるかどうか。下手に駆けつけようとすれば、二人とも呪いの泥に包み込まれてしまう。
 万事休す。アサシンは腹を括るしかなかった。
 だが、事態は思わぬ方向へと転がり込んだ。
 アサシンの動きを封じている突風のような息を吐いている勇夫が、何かの衝撃にぶつかったかのように吹っ飛んだからだ。
 このおかげでアサシンはすぐさま脱出することができた。波は誰もいない地面に覆いかぶさっただけだった。
 さらに鉄平を翻弄していた巨大な腕も全て、何か靄のようなものに包まれてしまい、痙攣し始めた。
 鉄平も突然のことで驚きながらも、ようやくのことで執拗な腕の妨害から逃れることができた。

 「い、一体、何なんだ・・・・!?」

 戸惑いながらも、鉄平はようやくのことでアサシンと合流できた。アサシンもこれが何者の仕業なのか、全く検討もついていないようだ。

 「・・・・だ、誰なのよ!?余計な邪魔をしてきたヤツは・・・・!?」

 アヴェンジャーは当然のことながら、苦々しい顔つきをして悪態をついていながらも、どこか狼狽している様子だった。
 吹き飛ばされた勇夫は、空中で体勢を整えて、アヴェンジャーの近くに着地した。
 この場にいる全員の誰もが、戸惑いを隠せないでいた。

 「古今東西にて、この場は手出し無用というのが暗黙の了解であろうが、見過ごすは騎士の恥と思うてな・・・・故に、介入させてもらった」

 声が聞こえてきた。当然のことながら、鉄平もアサシンも、アヴェンジャーも勇夫ですらその声の主のいる方向へと顔を向けた。

 「お前たちは・・・・・・!?」

 思わぬ乱入者。その正体は最優のサーヴァントである白銀の王者セイバー。そしてその後ろには、彼のマスターである魔術師サラ・エクレールの姿があった。



~タイガー道場~

ナレーション(金ぴか):地球は今、最大の危機を迎えていた・・・・
あらゆる世界を支配しようと魔界帝国ローリン・ブールの大軍団が破壊の限りを尽くして人々を恐怖のどん底に陥れていたのだ!
・・・・だが、地球には強大な敵に立ちはだかる戦士たちが存在した。
理想と!
野望と!
己の欲望と!
己の信念の旗の下に戦った英霊たちだ。
この戦いが世にいう聖杯戦争である・・・・


タイガ「・・・・って、ストップ、ストップ!ストーーーーップ!!!いきなり何よ!?この地方から掻き集めんばかりの大規模なアクションシーンがブラウン管で繰り広げられてそうなこの出だしは!?!」

ロリブルマ「しかも敵組織の名前何よ!?前後入れ替えたら完全に私のことになるじゃないの!?」

シロー「・・・・わからんのか?」

タイガ「わかりたくもないわぁ!つーか、ネタの出所が見え見えじゃい!!!」

シロー「・・・・そうか。ならば、はっきり言おう。つまり、ネタ切れだ」

タイガ「ぐはっ・・・・!なんと、身も蓋もない・・・・・・」

佐藤一郎「えー、作者様の言葉によれば、“ネタ切れもゴーカイジャーのネタなら回避できると思いました”」

ロリブルマ「わー・・・・とうとうぶっちゃけちゃったよ、この作者・・・・」

佐藤一郎「“最初はようつべで動画見てナレーション耳コピしようと思いましたが、見事に全滅していましたので、どこかのブログから参考にいたしました。反省はしているかどうか自分でもよくわからないし、後悔なんて微塵もしていません”だそうです」

シロー「相変わらず行き当たりばったりだな・・・・だが、元ネタの人数はおよそ180人以上いたはずだが、TYPE-MOONに登場しているサーヴァントでは三桁にも届かないはずだろうに・・・・」

ロリブルマ「確かにねえ・・・・『stay night』に『Zero』、『strange fake』に『EXTRA』全部足しても足りないし、それにハサンオールスターとかロビンオールスター総動員しても無理っぽそうだし・・・・」

タイガ「何?その湘南あたりでライブやってそうな名称は?」

佐藤一郎「そこはですね、色んな二次創作で生み出されているオリジナルサーヴァントですとか、掲示板なんかで見られるオリジナルサーヴァントなどを総動員すれば、きっと・・・・」

タイガ「なんという強引さよ・・・・まさしく元ネタの撮影時そのものではないか!」

シロー「・・・・だが、冷静に考えてみれば、サーヴァント総動員で暴れたら、それこそ逆に地球が滅びそうな気がするのだが・・・・」

タイガ「そこは言わぬが花。第一、そんな細かいところまで気にしていたらどんなエンターテイメントも楽しめないわよ」

ロリブルマ「それはいいんだけど、この辺で今回の総括」

タイガ「うむ。正直に言うと、今回先輩組とアヴェンジャー組がぶつかったわけですが、最初はこんな予定、一切ありませんでした」

佐藤一郎「・・・・そのお心は?」

タイガ「うん。一応先輩たちも登場させるつもりでいたんだけど、前の構想のままだと何もしないで終わりそうな気がして・・・・」

ロリブルマ「それで、アヴェンジャーたちにぶつけたの?」

タイガ「そういうこと」

ロリブルマ「・・・・でも、結局何もできていないような気がするんだけど・・・・」

タイガ「だからそれは言うな!!!」

ロリブルマ「だって、ほとんど攻撃避けてばかりだし、アサシンの攻撃だってイサオにほとんど通用していないし」

シロー「よく見直してみれば、前座よりもひどい扱いだな」

タイガ「だからそれは言うなと何度も言っておろうが!!!」

佐藤一郎「このままでは紛糾しそうな、というよりもすでにしてしまっておりますので、キャラ紹介に移りたいと思います。今回は、この方です」


氏名:狩留間鉄平
性別:男・十代半ば
サーヴァント:アサシン
身長:172cm
体重:67㎏
イメージカラー:紺色
特技:作り笑顔
好きなもの:日向ぼっこ、惣菜
苦手なもの:子供、犬


佐藤一郎「イメージといたしましては“爽やかな先輩”・・・・なのですが、その実態は退魔系列の組織の人間、といった感じです。まあ、結果的には組織というよりは退魔に似たことを生業としている一族の人間、ということになりましたが」

ロリブルマ「はい、質問。最初はカンナの弟として登場する予定だったって話を聞いたんだけれど、それどういうことなの?」

佐藤一郎「イリヤスフィール様。いい質問ですね。はい、そうです。実は当初の予定では、鉄平様はお嬢様の弟として登場する予定でして、それも遠坂様と桜様のような事情で離れ離れとなり、聖杯戦争には我流の魔術師として登場するはずでした。しかし、思ったよりもそれがまとまらず、つくしさんで使うはずだったものをリファインして今の形となりました」

シロー「ここだけの話だが、この時点では今のような胡散臭い爽やかな人間などではなく、今登場している人間でいえば門丸真悟に近い性格をしていたというらしい」

タイガ「しかしどっちにしても、姉がいるっていう点だけは変わらないのね~・・・・」

佐藤一郎「はい。聖杯を求める理由も“龍騎”の蓮みたいな動機がいいと思ってこのようになりました」

シロー「なお、その実力に関して言えば、一般人に比べれば頭一つ抜きん出ているため高い、ということになっているのだが、超人揃いのTYPE-MOONキャラと比べてしまえばどうしても見劣りしてしまうというのが実情だ」

ロリブルマ「まあ、まともな戦闘シーンなんて序盤のメイド戦とか中盤のシモン戦ぐらいだもんね。それで実力正確に割り出せっていうほうが無理な話よ」

佐藤一郎「まだまだ若い、ということですよ・・・・成長すれば、あるいは・・・・」

タイガ「今回は、大体こんなところかしらね。それでは皆の衆・・・・」

ロリブルマ「またねー」



p.s.魔界帝国ローリン・ブール下級戦闘員・風人ネイ
モチーフ:ショッカー戦闘員、トラ



タイガ「・・・・って、おい!人がせっかく綺麗に終わろうとしたところで、こんなもん出すなー!ていうか風人ネイって何よ!?完全にわたし意識しているよね、コレ!!!!!!」



中級戦闘員・雷人ネイ
モチーフ:剣道の選手、トラ



タイガ「知るか!」



[9729] 第三十七話「大地という名の」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:de739e47
Date: 2011/04/25 06:27
 鉄平とアサシン、アヴェンジャーと勇夫の戦いに突如現れたセイバーとサラ。
 先ほどまで戦いを演じていた二組は、その主従に目を向けている。勇夫に至っては、牙を剥き出しにして唸り声を上げながら、セイバーを威嚇している。彼をより手強い相手と判断したのだろう。
 しばらくこの場は静まり返っていたが、アヴェンジャーが口を開いた。

 「・・・・それで?弱虫さんが何か用かしら?」

 その言葉には、嘲りが込められていた。その証拠に、アヴェンジャーの口元は人を小ばかにしたような笑みが浮かんでいる。
 アヴェンジャーの言葉の矛先は、セイバーの後ろにいるサラに向けられていた。
 鉄平がサラを見やった。
 最初に彼女を見たときの印象は、いかにも育ちの良い子女といった雰囲気だった。
 それが今では、目に隈ができており、髪もボサボサ、肌も荒れ気味で、その見てくれは明らか不健康そのものだ。彼女の強張った顔がそれを余計引き立たせる。
 これらから鉄平には、サラが心底怯えているものと察した。今の彼女は、どうにかこの場に踏み止まっているようだが、その足元におぼつかなさが見え隠れしていた。
 あれほど自信に満ち溢れていた印象を持つ彼女から、およそ考えられない姿である。

 「・・・・貴様が、この邪気の源か。なるほど。この邪気さながらに、醜悪な輩だな」

 アヴェンジャーの悪意からサラを遮るように、セイバーが言った。
 これに対して、アヴェンジャーは不快そうに言い返した。

 「悪いけどワタシ、アナタたちに構っているヒマはないの。聖杯を手に入れようって張り切るのは勝手だけれど、邪魔だから帰ってくれない?」
 「その聖杯を手に入れるための障害となっているのは、貴様らに他ならない。よって、ここより退くなど、ありえぬことだ」
 「へえ・・・・そう。でも、アナタはそうでも、アナタのマスターはどうかしら?」

 アヴェンジャーに目を向けられたサラは、怯んだように体を震わせた。

 「アナタ、いい様じゃない。粋がって聖杯戦争に首を突っ込んだ挙句に心身ともにズタボロ・・・・いい笑い話じゃない。でも、これも一つの社会勉強かしら?身の程わきまえたら、さっさとお家に帰って、パパママになぐさめてもらいなさい。アハハハハハハ――――!!!」

 弾けたかのように嘲笑うアヴェンジャーに、セイバーは鋭い視線を投げかけた。

 「・・・・そこまでにしろ、毒婦よ」

 セイバーの静かで、重さを伴った言葉に、アヴェンジャーの笑い声は止まった。

 「我がマスターに非があるのであれば、それは率直に聞き入れよう。だが、我がマスターを愚弄するというのであれば、身は貴様を許しはしない」
 「・・・・フン。随分とご立派ね。でも、過保護もここまでにしたら?」
 「身が過保護であるのならば、何も我がマスターをこのような場に引っ張ったりはせぬ。そして、この場に身を置いているのも、我がマスターの意によるものだ」
 「はい、はい。立派、立派。押し付けがましい善意もここまでくれば、立派すぎるわよ」
 「・・・・だが、誰彼構わずに悪意を振りまくような輩に、とやかく言われる筋合いはない」

 セイバーとアヴェンジャーの間で舌戦が繰り広げられている。
 アヴェンジャーの敵意が完全にセイバーたちに向けられたためか、鉄平たちは半ば蚊帳の外となっていた。
 それを察したアサシンは、セイバーに言った。

 「気をつけよ。彼奴はサーヴァントにとって毒となる泥を操る。そして傍らの人狼はバーサーカーのマスターだった男。こちらもかなり手強い相手だ」
 「・・・・そうか。だが、今はそれだけ聞ければ十分だ」
 「・・・・この場は、主たちに任せるが、良いか?」
 「問題ない」

 セイバーがそう断言したのを聞いて、アサシンは鉄平に向き直った。

 「ならば鉄平よ、行くぞ」
 「あ、ああ・・・・・・」

 鉄平はアサシンに促される形で頷き、二人ともこの場から離れようとした。

 「それを、ワタシが許すとでも、思ったのかしら?」

 だが、すぐに二人の行く手はアヴェンジャーの泥の亡者で形成された壁によって阻まれてしまった。
 しかし、その壁に何か淡い色合いをした靄が降りかかった。その靄は壁に纏わりつくと、壁に穴が開き、それが徐々に大きく広がっていくと、最終的には人二人が通れるほどの大きさになった。
 この靄は、サラが花粉や蜜で精製した魔術的な品である。

 「かたじけない」

 アサシンはそう言って、鉄平とともに壁の穴を潜り抜ける。

 「なっ・・・・!さ、させな――――!」

 だがしかしアヴェンジャーの言葉は続かず、毒花の成分で生成された靄が自分に迫っていることに気付くと、それを亡者で形成した巨大な腕で振り払った。
 当然、それを放ったのはサラである。

 「このっ・・・・!クソ生意気な小娘がっ・・・・!」

 アヴェンジャーはいきり立ちながら毒づいた。
 如何に恐怖の感情に支配されていようとも、彼女とて優れた魔術師。それを行使する腕は鈍ってはいない。
 とはいえ、いまだに彼女の両足は初めて地面に立つかのように震えているが。

 「■■■■■■――――!!!」

 勇夫は壁の向こう側へ行ってしまったアサシンたちを追うべく、その方向へと振り向き、小さくなりつつある壁の穴に向けて走り出そうとした。

 「させぬ!」

 そこをすかさず、セイバーの剣から虹輝絢爛が放たれ、勇夫に向かっていく。彼は当然、その光弾を飛んで避けた。
 アサシンと鉄平の通った壁の穴は、完全に閉ざされてしまった。

 「忌々しいわね・・・・!こんな形で邪魔が入るなんて・・・・・・!!!」
 「■■■■■■・・・・!」

 悪態をつくアヴェンジャーに同調するかのように、勇夫はセイバーに向けて唸り声を上げる。
 セイバーは、魔術を行使するために自分の脇へ進み出たサラに目を向け、言った。

 「身はこれより、あの人狼と対する。そなたは、あのアヴェンジャーなる毒婦の相手をしておくれ」

 セイバーの言葉を聞いたサラは、思わず彼をすがるような目つきで見上げた。

 「できれば、身が同時に相手できるのであれば、それでよい。だが万が一、奴らのいずれかが身の隙をつき、そなたに襲い掛かるとするならば、最初から二手に別れた上でそれぞれの敵と戦うほうが、油断したところを襲われるよりはまだ対応できよう」

 セイバーの言わんとしていることは、彼女にも理解できる。しかし、頭の片隅のどこかで、何かが納得しようとしていない。

 「あの毒婦の泥は脅威だが、ヤツ自体の力は他のどのサーヴァントよりも低い。身が真っ先にアヴェンジャーを倒し、人狼と対しているそなたと合流するも手だろう。だが、そなたがあの人狼と向かうは、まだ早い」

 いまだに戸惑いの表情を浮かべるサラ。そんな彼女に、セイバーは穏やかに言った。

 「そう不安に思うことはない・・・・と口にはできるが、まだそなたには届かぬのであろうな。だが、ヤツの泥を退けられたのも、それはサラ・エクレールという魔術師の力量が高いことに他ならない。ヤツの相手・・・・そなたなら、できるな?」

 サラは黙って、頷くしかなかった。不安げな表情のまま・・・・自身のサーヴァントにそこまで言われたのであれば、そうするしか他はない。

 「では任せたぞ。サラ」

 サラは一瞬、キョトンとなってしまった。
 自分の名前を呼ばれたのも、随分と久しぶりな気がする。
 サラは意を決して、アヴェンジャーに向かい合った。

 「・・・・それで、茶番はもうおしまいかしら?」

 二人に向けて、アヴェンジャーは心底不愉快そうに、冷めた口調で吐き捨てた。
 彼女の背後で、亡者どもが蠢いている。

 「こんなところでワタシの邪魔をするなんて、目障りよ。だからさっさと、消えてちょうだい!!!」

 癇癪を起こしたかのような口振りのアヴェンジャーは地面に掌を当てた。すると、そこからサラに向かって、地面が滲みていくかのように黒い泥が広がっていった。その泥の中は、亡者たちが地獄で怨嗟の声をあげているかのようだった。
 サラは震える手つきで小瓶をいくつか取り出した。その蓋を開けると、小瓶の中から香気が溢れ出し、空中を漂っていたそれらが泥の前へと広がり、その侵攻を食い止めた。

 「へえ・・・・腐っても鯛っていうことね」

 意外にも、アヴェンジャーはサラの放った香気に感心していた。
 どうやら放たれた香気の効果は様々なようで、確認できるだけでも泥の広がりを食い止めているものと、その泥を浄化しているものとがある。
 いくら恐怖心にとりつかれてしまったといえども、効果的な香気を選び出し、それを用いる判断力だけは失われてはいない。これも、今までの魔術師としての研鑽によって成せる業であろう。

 「・・・・けど、いつまで持ちこたえられるのかしら?」

 そしてすぐに、アヴェンジャーの口元には余裕と嘲りに満ちた笑みが浮かんだ。その背後で、何本もの巨大な腕が大蛇のようにうねっている。その腕が、サラに掴みかかろうと向かってくる。
 だがサラは、それらの腕に向けて何本もの小瓶を投げつけた。その小瓶は腕に当たる寸前で爆弾のように炸裂し、そして腕の動きはそこで止まってしまった。その様子はさながら、痙攣を起こしているかのようだった。
 サラはまた別の小瓶を取り出し、その蓋を開ける。放たれた香気は腕に纏わりつき、その全てを萎ませる。
 しかし、この二人の戦いの陰で、勇夫は低い姿勢で駆け出していた。ほとんど体と地面がくっつきそうなその体勢で、陸上選手も裸足で逃げ出しそうな速度でサラに迫っていた。
 だが勇夫がサラの前に到達することはなかった。勇夫の前にセイバーの放った光弾が飛来し、彼は命中する寸前で後ろに飛び退き、空中でもんどりを打って体勢を立て直した。
 光弾が地面に炸裂し、眩い光を放つ。

 「身がいる限り、我がマスターに毒牙をかけること、罷り通らん。この場にて、我がマスターの元に至りたければ、この身を屍と変えてからにせよ」

 セイバーがゆっくりとした足取りで、勇夫に近寄る。歩みは遅いが、彼の体躯とその重厚な雰囲気から醸し出される厳めしさは、相手を威圧するのには十分すぎる。
 勇夫の射程距離まで到達すると、セイバーは手にしていた剣を構える。まずはセイバーを倒さねばならないとした勇夫は、セイバーににじり寄る。
 そしてすぐに勇夫は飛び出し、一気に加速するとセイバーに飛び掛った。
 セイバーはそれを、剣で迎え撃つのだった。



 セイバーたちのおかげで、先に進むことのできた鉄平とアサシン。
 彼らが戦っている場所から随分と遠ざかると、鉄平はアサシンにふと尋ねた。

 「アサシン。一つ、いいか?」
 「・・・・手短に、頼む」
 「セイバーのマスター、大丈夫なのか?」
 「それは某らが、なんら関与するべきところではない」
 「まあ、それはそうなんだけどさ・・・・」
 「主が気に病むのもわかっている。万が一、彼奴らがアヴェンジャーどもに破れるようなことがあれば、挟撃を受ける形となるのだから、な」

 アサシンの言葉を聞いて、鉄平は若干難しそうな顔をしてしまった。

 「・・・・わかっておる。セイバーのマスターのことを気に掛けておる。そういうことだろう?」
 「・・・・ああ。まあ、な・・・・」
 「フッ・・・・主は真に、人が好いな」
 「うるさいな。ほっとけ」

 鉄平はバツを悪そうにしてしまった。自分で思っている分にはなんともないのだが、改めて人から言われてしまうと、何かこう、こそばゆいものを感じてしまう。

 「だが、セイバーのマスターはいずれ、ああなっていたであろう」
 「・・・・どういうことだ?」

 鉄平は一転して、真顔になってアサシンの話を聞いた。

 「あれは、完全に戦いの空気に呑まれてしまっている」
 「戦いの・・・・?」
 「うむ。戦いの空気は、異常だ。人を狂わせもすれば、恐れさせもする。主も、それはわかろう」
 「・・・・・・確かに」

 鉄平自身にも覚えがないとは言い切れなかった。
 鉄平とて、これまでの人生で何度も戦いに関わってきた。それも相手は人外の存在だ。彼が戦いに赴く場合、誰かが近くにいたといえども、常に死と隣りあわせだったといっても過言ではない。
 これまでの戦いの中で、妙な高揚感が心の内に芽生えたことも確かにあった。それは場合によっては、嗜虐心とも言える。その心が洗い流されるような心地を味わった後には、空虚感に襲われることもあった。
 時として、自分の力に過信することもあった。もっとも、そういう場合は常に誰かに窘められたりするものだが。
 それらは全て、戦いの空気が生んだものではないのだろうか。
 そこで鉄平はあえて、アサシンに言った。

 「けどセイバーのマスターだって、ある程度は覚悟しているはずだろう?それなのに、あそこまでなるものなのか?」
 「・・・・主の言わんとしていることは、わかる。如何に歳が若くとも、戦いの場に駆り出されることも何ら珍しい話ではない。だが、セイバーのマスターの場合は違う」
 「違うって・・・・」
 「そういった者たちや、主の場合はまず、戦いの空気に慣らされる。しかし、セイバーのマスターは違う。確かに、それ相応の覚悟は持っていたであろうが、あれは戦いの空気に慣らされる前に、戦いに赴いたのだ」

 アサシンの言おうとしていることは、鉄平にも理解できた。
 サラは生粋の魔術師だ。魔術師というのは基本的に“根源”へ至るための研鑽を重ねる者であり、魔術を戦いに用いる者ではない。中には、封印執行者などの例外も存在するが。
 ともかく、聖杯戦争が殺し合いである以上、サラもそれは承知済みだ。しかし彼女は、戦いの何たるかを真に理解していなかった。
 不死の勇者の怒りをまともに煽ってしまったといえども、彼女は死線というものを経験してこなかった。

 「・・・・おそらくは、今回のマスターの中でそういった空気に慣れている者は主と、ランサーのマスターに、おそらくはキャスターのマスターぐらいであろう」

 それ以外は普遍的な魔術師、そしてそれまで日常生活を送っていた者たちである。
 事と次第によっては、彼女らもサラのようになっていたことだってありえる。
 もっとも、そのうちの一人は、戦いの空気に呑まれているかどうかはともかく、かなり精神的に不安定な状態になっているのだが・・・・

 「だが、これはセイバーのマスター自身で乗り越えねばならぬこと。いや、乗り越えることができるのはセイバーのマスター以外において他はない。他人がとやかく言っても、仕方のないことだ」

 アサシンはそう結んだ。
 その上で、彼は付け加えた。

 「先ほど某が口にした冗談にしてもそうだが、これらはいくら考えても切りがない。よって、某たちはただ、目前のことに集中するのみ」
 「・・・・ああ」

 鉄平は顔を引き締めて、自分らの進行方向に向けてまっすぐ見据えた。

 「・・・・空気が変わったな」
 「俺も、何だか胸騒ぎがする。それも、今までにないくらいの嫌な感じだ」

 アサシンの言葉に、鉄平は同調した。
 彼らの行く先には、すでにアーチャーとクリシュナの戦いが激化している。

 「・・・・急ぐぞ」
 「そうだな」

 鉄平とアサシン。
 二人の主従は、速度を上げた。



 こちらの戦いも激しさを増していた。
 サラがアヴェンジャーの放つ泥を防ぎ、セイバーが勇夫に剣を振るう。
 セイバーの剣を勇夫は飛び退き、距離が空けばその剣から光弾が放たれる。
 これはアヴェンジャーにも言えることだが、セイバーはまだ一撃たりとも勇夫に当てることができていない。そもそも、お世辞にもセイバーの敏捷は高いとはいえない。それに対して、勇夫のそれはかなり高い。それによる野獣そのものの動きは、反転するまで日常生活を送れていた者の動きとは思えない。これも、人狼としての本能や勘、先祖還りを果たした混血としての血の濃さによるものだろう。

 「・・・・やはり、なかなかに手強いな」

 しかしセイバーとて、最優とされるサーヴァント。加えて、彼はかつて西ヨーロッパ安寧のための戦いを繰り広げた聖教王、シャルルマーニュ。これしきで屈するはずもない。
 すると、セイバーは構えを解いて、剣を持った腕をぶら下げた自然体となった。
 これを見た勇夫は、はじめのうちは警戒しており、ゆっくりと相手の周りを回って、様子を窺っていた。

 「■■■■■■・・・・」

 だがセイバーは横移動する勇夫に合わせて、向かい合わせになるように向きを変えるだけで、これといった動きは見せなかった。
 これにより勇夫は好都合と判断して、まずは息を深く吸い込み、それを大きく吐き出し、突風が生じた。セイバーは突風をまともに受ける形となったが、ほとんど微動だにせず、まっすぐに勇夫を見据えていた。
 そうして勇夫は、突風に煽られているセイバーに向けて駆け出した。風の勢いを受けていることもあり、その速度はグングンと上昇していった。
 ついに勇夫はセイバーの目前まで到達し、そして彼目掛けて飛び掛った。
 その瞬間、セイバーは目をカッと見開き、間髪入れずに跳躍した勇夫に剣を振るった。

 「■■■!?!」

 セイバーの一撃をまともにくらってしまった勇夫はそのまま後ろへ吹き飛んでしまった。しかし地面に衝突する寸前で、空中で一回転し着地した。
 セイバーの前で、僅かな赤い毛が宙を漂っている。

 「フム・・・・やはりあの息吹で動きが鈍ってしまったためか、一拍子遅れてしまったようだな・・・・」

 セイバーはそっと自分の首元に手を当てた。その箇所には、勇夫の爪による引っ掻き傷が残されていた。とはいえ、そこまでの深手というわけではない。

 「その上、あの毛並みのおかげで致命傷には至らなかったか・・・・だが」

 確かにセイバーの攻撃は勇夫に決定的な一撃を与えることはできなかった。
 だが、その勇夫はセイバーの一撃が当たった箇所を僅かに庇っている。おまけに、勇夫の目には再び警戒の色が浮かび、その呼吸にも乱れが生じていた。

 「流石は我が聖剣ジュワユーズ。人狼を下すことができるのは、何も銀の弾丸のみというわけではないようだな。とはいえ、あの体毛により裂くことは敵わなかったようだが、それでも肉を痛め、骨を砕くことはできるようだ」

 そしてセイバーは、勇夫に向けて言い放った。

 「さて、人狼よ。身が貴様の骨肉を砕くか、それとも貴様が身の喉笛を噛み千切るか、二つに一つ。貴様を屠るに、虹は無用。我が剣にて、貴様の頭蓋を割ってみせようぞ」

 勇夫はセイバーに臆したわけではないが、それでも迂闊に飛び込めないことを察してしまったため、僅かに萎縮してしまっている。
 そしてサラも、アヴェンジャーの攻撃をここまで一撃もくらってはいなかった。
 広がる泥も、向かってくる腕も、波のように迫り来る壁も、その全てを防いでいた。

 「随分と頑張るじゃない。健気ねえ。でも、あんまりにも必死すぎて笑えてくるわ」

 アヴェンジャーはサラに侮蔑を込めて、嘲り笑いながら言い放った。
 サラは確かに、アヴェンジャーの攻撃の全てを防いでいた。しかし、彼女の行動の何もかもが滑らかに行われたわけではない。
 アヴェンジャーの攻撃の大半は、サラの目前まで迫っていたこともあった。普段の彼女なら、そうなる前に防いでいたであろうが、彼女が小瓶を取り出すのに若干の時間差が生じてしまっている。
 このため、サラはアヴェンジャーの攻撃を紙一重で防いでいたことになる。
 そんな防戦を過度の緊張の中で強いられていたため、サラは荒い息を吐きつけ、顔も冷や汗まみれとなっていた。

 「あら?もう体力の限界?ここまでご苦労様」

 アヴェンジャーはサラを嘲笑いながら言った。そしてその矢先に、彼女の顔は忌々しそうに歪んでしまった。

 「けど、はっきり言って鬱陶しい以外の何者でもないわよ。もうアナタと遊ぶのも辟易してきたわ。いい加減、ここでくたばってちょうだい」

 するとアヴェンジャーの周りで亡者どもが蠢きだした。だが、その亡者たちが襲い来るわけでもなく、かといって腕や壁が形成されるわけでもない。亡者がアヴェンジャーに纏わりつき始めたのだ。
 泥が次々とアヴェンジャーに集束していく。アヴェンジャーは泥に包まれていき、それは巨大な塊となった。その塊がもぞもぞと動いたかと思うと、塊だったものが変形を始めた。泥の塊が盛り上がっていき、それから細長いものが突き出てきた。それは粘土遊びのような光景にも見えた。
 そうして泥の塊は、何かの生物の上体のような形になった。それは、何かの両生類か爬虫類のような形をしている。それが何なのかは、はっきりとしない。山椒魚と呼ぶには、蛙のように前脚が長く、蛙かといわれれば、その頭部は蜥蜴の類のようにも見える。かといって蜥蜴かといえば、山椒魚のように寸胴な体をしている。
 一言でいうのであれば、怪獣と呼ぶしかない。
 しかもその怪獣はかなり醜悪だ。なぜなら、目に当たる部分は窪んで、骸骨のようであり、おまけにその体表のいたるところには、亡者の顔や手足が見て取れる。
 このおぞましい姿を見て、サラは総毛だってしまった。

 「あっはっはっ――――そうそう!それよ、それ!アナタにはその怯えた顔がピッタリよ!!!」

 どこからかアヴェンジャーの声が聞こえてきた。
 よく見れば、彼女の上半身が怪獣の額に埋まっていた。相変わらず、人を不快にさせるような笑みを浮かべている。

 「できれば、見っともない醜態を晒してくれたら満足なんだけど、ビビって身動き一つ取れないのかしら?まあ、それならそれで失禁してくれれば最高ね」

 確かにサラの体は震えており、歯もガチガチ鳴っている。
 とはいえ、彼女の目線はアヴェンジャーを見据えたままであった。

 「・・・・・・腹立つわね、その目。意気地なしのクセして、一丁前に気張って・・・・まあ、いいわ。どっちみち、あなたはここまでよ!!!」

 怪獣の前脚がゆっくりと振り上げられた。
 あそこまで濃密な泥の塊は流石の彼女でも防ぎきれない。
 もはやここまで。サラは呆然とした面持ちになって、怪獣を見上げていた。
 そして怪獣の鉄槌の前脚が握られ、鉄槌のように振り下ろされる。

 「サラ!!!」

 だがそこへセイバーが彼女の救出に入った。間一髪のところで、サラを救出することができ、振り下ろされた前脚は先ほどまでサラが立っていた場所を粉砕した。
 しかしセイバーには息つく暇も与えられなかった。
 セイバーがサラの救助に向かったために隙が生じてしまい、そこを勇夫が迫ってきた。

 「■■■■■■■■■!!!」

 セイバーの反応が遅れてしまい、勇夫は彼の首根っこに噛みつく。鋭い牙が皮膚に食い込む。

 「ぬ、ぐっ・・・・・・!小癪な・・・・!」

 セイバーはサラを地面に降ろすと、背後で纏わりついている勇夫を振り払うべく、必死に抗った。
 そんなセイバーの苦痛に歪んでいる形相を見たサラは、恐れ戦いてしまっていた。無論、その後ろにいる恐ろしげな人狼に対してもそうだが。
 見開いた目が涙で潤んでいながらも、サラは震える手で新たな小瓶を取り出そうとする。その小瓶に込められている魔力を以って、勇夫を退けようというのだ。しかし、指先までガチガチと震えてしまっているせいで、小瓶をうまく取り出すことができない。
 アヴェンジャーはそれを黙って見ているはずもなかった。
 怪獣の口から、泥の塊が唾のように吐きつけられた。

 「あ・・・・・・」

 サラは呆けたように、高みから自分へと向かってくる泥の塊が飛来してくるのを見上げていた。動こうにも、足が自分の意思から乖離してしまっているかのように、動かすことができない。

 「くっ、サラ・・・・!」

 セイバーは泥の塊に向けて、剣から光弾を放った。光弾が炸裂し、泥は弾けた。
 それから、サラはどうにか我に戻ることができたようで、泥を砕いた光に目が眩みながらも、それによって降り注ぐ泥の飛沫を新たに取り出した小瓶の香気で防いだ。だが、いまだにその時間差は際どいものであった。
 セイバーも体を大きく振るった。飛沫が勇夫の体に触れようとしていた。勇夫はすぐさま、セイバーの首から口を離し、驚くべき身のこなしで離脱。
 だが勇夫の着地地点を先読みしたセイバーは、そこへ先回りした。ちょうど自分へ向かって勇夫が飛び掛ってくる形となった。セイバーは勇夫に剣の切っ先を向けて、そのまま鋭い突きを繰り出した。それを勇夫は体を捻らせ、かわそうとした。
 勇夫が地面へ着地すると、セイバーと距離を置いた。見ると、勇夫は自身の脇腹を庇っている。セイバーの剣の切っ先には、僅かに血が着いている。

 「どうやら刺すこと、突くことも有効なようだ。思ったよりも、人狼に有効な手段も多いようだな。もっとも、それは我が剣が聖剣という種別だからこそ可能だったのかも知れぬが・・・・」

 セイバーはサラの方に顔を向け、歩み寄ろうとした。
 しかし、セイバーの周囲にいきなり泥の塊が降りかかった。アヴェンジャーの怪獣の口から吐きつけられたものだ。

 「はい、そこまで。ワタシとしてはさっさと終わらせたかったのに、無駄に粘っちゃって・・・・もう、援護なんてさせないわ」

 どうやらアヴェンジャーは、自身の相手をセイバーに切り替えたようだ。

 「フフフ・・・・これでもワタシの分が悪いことには変わりないんだろうけど、アナタだってその泥がある限り、まともに動けないでしょう?それに、ホラ・・・・」

 アヴェンジャーが示した方向に、セイバーは黙って目を向けた。
 その先には、勇夫がサラとの間にかなり開かれた距離を縮めるべく、ジリジリと近づいている。そんな勇夫を前にして、サラは後ずさりをしている。

 「これでアナタたちはおしまい!あのクソ生意気な小娘はフセくんにおいしく食べられちゃう!マスターが死ねばアナタもおわり!アナタを仲間にするのもありだけど、ライダーみたいになっても困るもの・・・・だから、アナタはそのまま取り込んであげる!でも、どっちみちアナタみたいな偽善者はこっちから願い下げだけどね!!!」
 「ほう・・・・?身を偽善者と呼ぶか・・・・して、その心は?」
 「そんなの、決まっているじゃない。正義だ、平和だなんて綺麗なお題目を並べてはいるけれど、やっていることって言ったら、結局は戦争!人殺し!殺戮!侵略!弾圧!もう、悪のオンパレードよ、オンパレード!それなのに、聖教王?英雄?ちゃんちゃらおかしいったら、ありゃしないわよ!あっはっはっはっはっ・・・・・・」

 セイバーに対して、ありったけの嘲りを込めて大笑いをするアヴェンジャーだが、しばらく経ってから彼女の顔は不快そうにしかめた。

 「・・・・本当、アナタって人がいい気分に浸っているのをぶち壊しにするのがお好きなようね。何よ、その目?」

 セイバーは、アヴェンジャーに哀れむような目線を投げかけながら、言った。

 「・・・・アヴェンジャーよ。貴様は、いくつか勘違いしているようだから、それを言わせてもらおう。まずは、一つ」

 不愉快そうなアヴェンジャーをよそに、セイバーは続ける。

 「貴様は・・・・いや。貴様に限らず、多くの者が身を英雄と呼ぶが、身は一度たりとも英雄と名乗ったこともなければ、英雄などと思ったこともない。それはそうだ。なぜならば、それは自ら名乗るものではなく、何者かから与えられるものなのだ・・・・その何者かは、民であるかもしれぬし、何らかの意思であるかも知れぬ。そもそも、このような肩書きほど不確かなものなどない・・・・」
 「はい、はい。アナタの英雄論はご立派ですよ。素晴らしいわよ。悪いけど、アナタの持論に聞き入っているほどワタシ、暇じゃないの。それに、時間をかければかけるほど、都合が悪くなるのはアナタの方よ」

 セイバーの話を一方的に打ち切り、それまでつまらなそうな顔をしていたアヴェンジャーは、途端に邪悪そうな笑みで口元を歪めた。
 だがセイバーは、逆に不敵な笑みを浮かべた。

 「だから、言っているであろう。貴様は、いくつか勘違いしている、と」
 「・・・・・・は?」

 アヴェンジャーは一気に顔も口調も不機嫌そうになった。

 「二つ目。貴様はこの流れに持ち込んだようだが、それこそ身の望むところ。というよりも、元より頃合を見計らって身とサラの戦うべき相手を入れ替えるつもりだったのだから」
 「・・・・つまり、それはアナタがフセくんからワタシ、小娘がワタシからフセくんって感じで選手交代するつもりだったってこと?」
 「そうだ」
 「・・・・フ、フフフフフ・・・・・・あははははははは――――――!!!」

 セイバーが即答すると、アヴェンジャーが含み笑いをし、その次には例の弾け飛んだかのような大笑いをした。
 だが、セイバーはあくまでも平静だ。

 「何も可笑しいことではあるまい?貴様がこのようになるとはさすがに思いもしなかった上に、もはやこれではサラの手に負えぬようだったからな。この流れは、至極当然かと思うが?」
 「ええ、ええ。そうね。それぐらい、実際に戦ったワタシがよくわかっているわ。けどアナタ、ワタシたちをなめすぎよ!!!たかがあんな箱入り娘が反転したフセくんに敵うわけないじゃない!あの小娘は死ぬ!アナタも消える!そうよ、ワタシの邪魔をするやつは、みんな死ねばいいのよ!みんないなくなればいいのよ!みんな、みんな!みんなみんなみんなみんなみんなみんな・・・・・・!」
 「貴様こそ、我がマスターを侮るのもそこまでにしろ」

 狂ったように捲くし立てるアヴェンジャーに向けて、セイバーは静かに、そして重く言い放った。これにより、アヴェンジャーの言葉は止められた。

 「あれはこの身が認めたマスターだ。この程度で終わるような娘ではない。もし、ここでサラが斃れるようであれば、サラはそこまでだったというだけの話。それに、だ・・・・」

 セイバーは付け加える。

 「その箱入り娘相手に、手傷一つも負わせられぬ貴様は、それ以下でしかないということだな。毒婦よ」

 セイバーのありったけの皮肉にアヴェンジャーは青筋を立て、歯軋りをした。

 「・・・・・・だ、黙れ!このっ・・・・クソジジイ!!!」

 怒りに任せて、アヴェンジャーの怪獣の前脚が横に振るわれた。
 だが、セイバーはそれをいとも簡単に剣の光弾で撃ち砕いた。

 「この程度の挑発でいきり立つとは・・・・程度が知れるな」
 「黙れ!黙れ、黙れ!!!」

 激昂するアヴェンジャーに対して、セイバーはあくまでも涼やかであった。
 切られた前脚が飛沫となり、地面に付着したその瞬間、それを合図に仕方のように勇夫がサラに向けて疾駆し始めた。
 セイバーは自分のマスターが危機的な状況にあるというのにもかかわらず、いやに落ち着いている。

 「さて、サラよ・・・・ここで枯れはてるか、それとも見事に咲き誇るか・・・・」



 視界の先に、年若い女が一人。
 獲物だ。
 あれぐらいならば仕留めやすい上に、その肉は柔らかくて食べやすい、そしてうまい。
 それでも、満ち足りるのはほんの一時。
 常にこの腹は満たされることのない飢えに苛まされている。
 だが、おかげで狩猟本能が昂ぶる。感覚が研ぎ澄まされる。
 だからこそ、獲物の様子が手に取るようにわかる。
 筋肉が萎縮してしまっているだけでなく、心臓の鼓動までもが速さを増している。
 仕留めるのは、容易い。

 ――――ナゼ?

 まずは、喉笛を噛み千切ってやろう。
 そうすれば、大抵の獲物は動けなくなる。後は、煮るなり焼くなり、好きにできる。
 さて・・・・まずは、どこから食べようか?

 ――――ヤメテ?

 乳房?
 太腿?
 腹?
 そこを貪って、臓物を喰らうのもいい。
 あるいは、頭蓋骨を割って脳を啜るのもいい。
 だが、それは最後までとっておくもの。
 今日はゆっくり食べられそうだ。
 そう思うだけで、涎が止まらなくなる。

 ――――イヤダ!イヤダ!イ――――

 ・・・・・・鬱陶しい!
 いつもそうだ。時折、頭の中で雑音が響いてくる。
 苛々する。
 なんで毎度、こういう時に限って雑音がする?
 しかも、その音の出所がわからないというのが余計腹立たしい!
 何かが、聞こえた。
 雑音ではない。もっと違う、別の音。
 それを聞いた瞬間、雑音は頭から離れ、獲物へ向けて走っていた。
 もはや雑音のことは頭にはない。あるのはただ、獲物を仕留めることのみ。
 月明かりもあるおかげで、いつも以上に獲物の姿が見える。顔は伏せられていて、よく見えない。
 だが、どうということはない。

 「・・・・・・・・ない・・・・」

 獲物が何か言った。
 大したことはない。
 どうせ、自分に食われることに変わりない。
 だが、手が動いている。
 何か取り出した。
 何だ?
 どうでもいい。
 獲物に近づいている。
 ご馳走は、あと少し。

 「・・・・・・く、ない」

 だから、何を言っている。
 小さい上に、まだ距離が空いている。
 よく聞こえない。
 だが、どうして鼓動が落ち着きを取り戻している?
 筋肉が縮まっているのは、相変わらず。
 それでも、先ほどの萎縮とは、何か違う。
 問題ない。
 獲物がこの速さに追いつけるはずがない。
 いつものように仕留め、いつものように喰らうまで。
 もう、獲物はすぐそこ。
 いよいよ、ご馳走にありつける。

 「――――・・・・あんたなんか、ぜんぜん怖くないのよ!!!」

 獲物が何か叫んだ。
 手にしていた何かで、自分に体に降りかける。
 何か、臭う。
 しかし、動きに支障はない。
 それどころか、逆にいつも以上に感じる。
 獲物は目の前。
 逃げられないよう、爪で動けなくしてやり、牙でとどめをさす。
 いつものこと。
 だが・・・・
 目の前にいるはずの獲物は、どこへ行った?
 なぜ、自分の目の前に地面が――――?
 ――――月?
 月が視界に映った瞬間、背中に壁のようなものがぶつかり、衝撃が走る。
 腹が詰まる。
 息ができない。
 脳ガ、解ケル・・・・・・
 見エテル。
 デモ見エナイ。

 「久々に一本、ってところかしら?」

 獲物、何カ、言ッテル。
 獲物、何カ、バラマク。
 何カ、体、縛ル。
 固イ。
 動けナイ。
 息、思いっキり、吐いタ。
 脳、形、戻った・・・・
 そうしたら、体の中で激痛が燻っている。
 今にも爆発しそうだ。
 のた打ち回ることもできない。
 それは、体中が蔦で縛り付けられているからだと、ようやく気付いた。

 「貴方ってば全身凶器みたいなものじゃない?だから、こっちも凶器を使わせてもらったわ・・・・大地っていう、凶器をね。毛むくじゃらなおかげで、道着よりも掴みやすかったわよ。そうね・・・・これからはこう書き記すべきかしら?ルー・ガルーの弱点は柔道だって」

 獲物が何か言っている。
 掴む?
 まさか・・・・投げられた?
 それでも、何を言っているのか、ほとんどまともに聞けない。
 痛みがそれを阻害している。

 「悪いけど、貴方なんかもう怖くないわ。私に恐怖を植え付けたかったら、あの不死の勇者以上の威圧感がなきゃ、話にならないわ」

 ようやく、獲物の顔が見えた。
 月の光に照らされた獲物の顔は、自信に満ち溢れて、それでいて意地悪そうな顔をしていた・・・・



~タイガー道場~

タイガ「久しぶりだな、皆の者!さあ、今日もやってまいりましたタイガー道場!」

ロリブルマ「でも、今回はちょっとだけ期間が開きすぎたわね」

シロー「まあ、この数週間は時間にゆとりがなかったり、単に時間がなかったりしたらしいからな。だからといって、これらが理由になるとは思えんが」

タイガ「そんなことはこの際どうだって良い。それよりも問題なのは、他にあるのだよ」

ロリブルマ「というと?」

タイガ「最後の場面は何よ!?なんでフレンチなお嬢が柔道なんて使ってんのよ!?」

ロリブルマ「・・・・・・え?そっち?」

シロー「出来に関しては、この場では言及しないほうが吉、ということだ」

佐藤一郎「皆様。その様子では大分お忘れのようですね」

シロー「・・・・忘れて?一体何をだ?」

佐藤一郎「まずは、こちらをご覧下さい」


氏名:サラ・エクレール
性別:女性・十代前半
サーヴァント:セイバー
身長:154㎝
体重:42kg
イメージカラー:薄紫
特技:ガーデニング、薬草の扱い、??
好きなもの:花、ハーブティー、美食
苦手なもの:都会、害虫


佐藤一郎「こちらをご覧になりまして、何か気付くことはありませんか?」

ロリブルマ「気付くって言われても・・・・あからさますぎるんだけど?」

佐藤一郎「今回修正させていただきますと、こうなります」


氏名:サラ・エクレール
性別:女性・十代前半
サーヴァント:セイバー
身長:154㎝
体重:42kg
イメージカラー:薄紫
特技:ガーデニング、薬草の扱い、柔道
好きなもの:花、ハーブティー、美食
苦手なもの:都会、害虫


タイガ「こいつも武闘派かい!」

佐藤一郎「最初の頃は遠坂様のような立ち位置を想定しておりましたからね。ですから、遠坂様やルヴィアゼリッタ様のように何か格闘技を嗜んでいらっしゃるという設定を加えられたそうです」

シロー「・・・・その後の立ち回りを見る限り、凛とは違う位置づけのようにも思えるのだが?」

ロリブルマ「書いてるのにわかだもの。こればかりは、ねえ・・・・」

佐藤一郎「まあ、詳しくは次回で、ということで」

タイガ「そういえば、今後紹介できるのって後は黒イケメンの宝具とかブラットさんとかその他諸々って感じよね」

佐藤一郎「はい。ですので、今回はそういった紹介の類はお休み、ということで一つご容赦を」

ロリブルマ「そうなると、ここで書けることなんてもうたかが知れているわね」

タイガ「・・・・なんか、我が道場の存続にも暗雲がさしかかっているような気がしてきたわ・・・・」

ロリブルマ「元々ユーモアセンスに欠けているのに、無理して書くからこうなるのよ。ちゃんと作者自身の言葉であとがきを書けば済んだのに・・・・」

タイガ「そんなこと言ってももう後の祭りだい!こうなったら、最後まで突っ走るわよ!」

佐藤一郎「そういうわけで皆様。どうか最後までお付き合いしていただければ幸いです」

シロー「随分と久々に聞いたような気がするな、その言葉・・・・」

タイガ「というわけで、今回はここまで。私達の活躍を期待しているファンのみんなには申し訳ないけど、次回また会おうね!」

ロリブルマ「・・・・期待している人なんているの?」

シロー「さて、な。それは言わぬが花、というものだ」



[9729] 第三十八話「畏怖」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:859d9703
Date: 2011/05/04 01:46
 それは、たった10秒ほどのことであった。
 勇夫が立ちすくむサラに向けて駆け出した。その肉を喰らわんとして。
 彼女の命も風前の灯。そしてその亡骸は無残なものに成り果てる。そう思われていた。
 しかし、現実は違った。
 彼女は立ち向かったのだ。この恐るべき人狼に。いや。確かに人狼は恐ろしい存在ではあるが、それは彼女を竦ませるほどのものでもなくなった。それはあくまでも、あの怒れる不死の勇者と比べた場合だが。
 ともかく、彼女は自身の精製した香気の中でも特殊なものを振りまいた。
 だが、勇夫はすでに目の前だ。
 彼が小さき少女を喰らおうと、牙を剥き出しにし、鋭い爪を生やした腕を伸ばした。
 しかし、勇夫の腕は空を切っていた。なぜなら、サラは彼の懐に潜り込んでいたからだ。それも、文字通り一瞬のうちに。
 何ゆえ、俊敏を誇る勇夫を前にして、このような芸当を可能にしたのか?
 それは、彼女が自身に降りまいた香気にある。その効果は、自身の肉体運動を極限まで向上、加速させるというもの。これにより、勇夫とほぼ互角の速度を有することが出来たのだった。だが、通常であればこの手の魔術は効果が切れた途端に、自身に多大な負荷を与えるというものが常だ。
 よって、その負荷を軽減させるために、その効果持続時間は10秒という時間にしてみれば僅か、しかし戦いにおいてはとてつもない長さの時間で活動することが出来るという次第だ。もっとも、一度使用した場合は一週間使用できないよう施されているが。
 ところで、勇夫の懐に潜り込んだサラは、そのあとどうしたか?
 彼女は右腕で勇夫の胸倉を、左腕で彼の腕を掴むと、そのまま身を翻し、彼を背負うようにして前に屈んだ。
 一本背負いである。
 そうして勇夫はそのまま、地面に叩きつけられてしまった。
 その一連の動き、まさしく旋風。
 勇夫の全身に衝撃が走る。頭の中は霞がかったようにぼんやりとする。その霞が晴れると、体中に激痛が駆け巡っていた。
 それを自覚した頃には、すでに体中が蔦で縛り付けられていた。これもサラが魔術で精製した種で生やしたものだ。

 「な、何よ、あれ・・・・?」

 それを怪獣の額から見ていたアヴェンジャーは半ば唖然としていた。
 無理もない。セイバーのマスターであるあの小娘は勇夫によって貪られる。そういう光景が広がるものだと思っていた。
 だが、現実ではそれとは逆の事が起こってしまった。
 勇夫はサラに投げつけられ、その挙句に動きまで封じられてしまった。
 アヴェンジャーの頭の中は整理がつかないような状態に陥っていた。

 「知らなかったのか?ならば教えてやろう」

 声が聞こえてきた。しかも、膨大な魔力まで感じる。
 アヴェンジャーは、恐る恐るその方向に目をやった。
 そこにいるのは、やはりセイバーがいた。そして彼の手にしている剣は、虹の輝きを放っていた。

 「言ったはずだ。我がマスターを侮るのもそこまでにしろ、と。これが貴様の勘違い三つ目。なぜならば、サラは柔道の黒帯三段の腕前だからだ」
 「な、何よそれ!?!」

 アヴェンジャーはただ、叫ぶしかなかった。
 ちなみに、サラは幼少の頃から嗜みとして柔道を習っており、それがどういうわけか日本人である柔道の講師によって本格的な柔道の修行を積むこととなった。それも、柔道の本元、日本で。その結果、彼女は僅か七歳にして柔道黒帯初段を取得したという次第だ。
 驚愕により思考が遮断されてしまったアヴェンジャーだが、それもすぐに取り戻すこととなった。

 「“歓喜もたらす至高の剣”!!!」

 セイバーの振るわれた剣から、虹の輝きが三十もの閃光となって怪獣の体を切り裂いた。その凄まじい轟音により、アヴェンジャーの叫びは怪獣の体とともにかき消されてしまった。

 「やったわね、セイバー」

 一息ついたセイバーの元に、サラが歩み寄る。以前のような、優雅な足取りで。

 「サラよ。まだ決着は着いておらぬぞ」
 「なによ、いきなり苦言?こっちなら、別に問題ないわ」

 そう言って、サラは先ほどまで自分がいた場所を示した。
 そこでは、大の字になって倒れている勇夫が、蔦によって縛り付けられていることにより悶え、目を白黒させ、口の端から泡が漏れていた。
 そうしてサラは、勝ち誇ったかのように言った。

 「あの分じゃ、しばらくは動けないでしょうね。本調子だったらこんなもんじゃないけれど、あれでもサイがいくら暴れても引きちぎることなんで出来ないくらいの強度よ。あっちは、問題ないわ」
 「そういうことではなくてだな・・・・」
 「ええ、わかっているわよ。だから、こうして加勢しに来たんじゃない。まあ、必要なさそうだけど」

 そう言って、サラは目をセイバーから別の方向に向けた。
 その先には、アヴェンジャーがボロボロの体を圧して、よろよろと立ち上がっていた。

 「どうやら寸前で、あの化生から脱出していたか・・・・その渋とさ、もはや驚嘆に値するな」
 「はあ・・・・はあ・・・・この、野郎・・・・・・!」

 アヴェンジャーはセイバーたちを口汚く罵ろうとしたが、息を切らしていたために言葉が続かなかった。
 そのためか、アヴェンジャーはサラを標的に定めるようにして、睨みつけた。

 「・・・・・・畜生、畜生!アナタさえ、アナタさえ・・・・!」
 「“私さえ”何?言っておくけど、私がどうなろうとも、貴方がセイバーに敗れる結果は変わっていなかったと思うけど?」
 「・・・・・・ぐっ!」

 アヴェンジャーが罵倒する前に、サラがそれをばっさりと切り捨てた。
 言葉に詰まってしまったアヴェンジャーに追い討ちをかけるようにして、小悪魔、というよりはイタズラ好きな妖精のような顔をしてサラは言った。

 「そりゃそうよ。私のセイバーは一番優秀なサーヴァントなんだから。それを、負けたのを他の誰かのせいにしようとした誰かさんなんかに、負けるはずないもの。まあ、“誰”が“誰”のせいにしようとしたかは知らないけど」
 「・・・・・・このっ!クソアマが・・・・!!!」
 「さっきから人に口汚い言葉を浴びせようとしているけれど、それこそ何なの?みっともない上に、真っ向から言葉で挑んでも勝てないって言っているようなものよ」
 「うっ・・・・・・!」

 もはやアヴェンジャーはグウの音も出なくなってしまった。
 アヴェンジャーをやり込めているサラを見て、セイバーは安心したかのような顔つきをしていた。その口元に、微かな笑みを浮かべて。
 アヴェンジャーが僅かに動いたのを見て、サラの顔からはイジワルそうな表情が、セイバーの顔からは柔和さが消え失せ、それぞれが手にいくつかの小瓶や種を握り、剣を構えた。

 「そこまでよ。動けば、これら全部を貴方にぶつける。全部、私特製よ。それでも、貴方の動きを止めるのが関の山でしょうし、さっきみたいに全部防がれるかもしれない。けど、それで十分だわ。後は、セイバーが貴方を切り伏せる。それで終わりよ」
 「・・・・・・フッ、フフフ・・・・さっきまで大口叩いていたくせに、それ?結局、一人じゃ何もできないのね?お嬢様」

 アヴェンジャーはここぞとばかりにサラを罵る。
 だが、当のサラ本人は一瞬だけ、呆れたような顔つきをすると、すぐに真顔に戻した。

 「・・・・私は、私の分をわきまえているだけ。本当のところ、セイバーがいなきゃ、ここまで辿り着けなかったでしょうし、それこそ私は貴方の言うような弱虫のままだったでしょうね。それはそうよ。だって、人間一人で出来ることなんて、たかが知れているし、一人じゃ生きていけないもの。一人で生きていると思っていても、自分の知らないところで、誰かの恩恵を受けているのかもしれない」

 だけど、とサラは言葉を継いだ。

 「だからって、おんぶにだっこってわけにもいかないわ。私は、セイバーに何度も助けられてきた。セイバーだけじゃない。多くの人たちの支えがあって、私はここにいる。だから、私はセイバーやそうした人たちに応えなきゃいけない。いいえ、応えるのよ。そのためにも、私はマスターとしてできることをやるだけ。セイバーにも、他の人たちにも、自分にも胸を張れるように」

 その言葉を聞いていたセイバーの口元に、再び微笑が浮かんだ。
 それまで萎れていた花が、いまや大輪となって咲き誇っているからだ。

 「でも、人を蔑ろにして、嘲るような貴方には、一生わかるはずもないから、言うだけ無駄だったかしらね?」

 サラはそう言って締めた。
 アヴェンジャーの口元には苦々しさが浮かんでいた。

 「・・・・相変わらず腹立つ女ね、アナタってば・・・・・・」
 「そう?でも私、貴方にだけは好かれたくないけど」
 「そう・・・・ワタシも同じよ」

 このやり取りは、セイバーには意外に映った。
 アヴェンジャーとそこまで言葉を交わしていたわけではないのだが、これまでの彼女であれば、間違いなくありったけの罵倒の言葉を浴びせようとするからだ。
 それでも、セイバーは剣の切っ先をアヴェンジャーに向けた。

 「観念しろ、アヴェンジャー。貴様では身はおろか、サラにさえ勝てぬ」
 「・・・・そうね、そうみたいね。けど、ここで退くわけにはいかないわ。ワタシは、何が何でも生き延びて・・・・ワタシはわたしになってみせるわよ・・・・・・!」

 しおらしくなったと思った矢先に、また元の調子に戻ってしまったアヴェンジャー。しかし、その言葉に相変わらず悪意が見え隠れしているが、それも薄まっている印象だ。
 そのときだった。
 いきなり昼になったかと思うほどに場が明るくなった。
 何事かと思えば、向こうで巨大な火炎が燃え上がっていた。

 「な・・・・何?一体、何なのよ!?」
 「あそこは確か・・・・身が感じ取ったもう一体のサーヴァントがいる場所・・・・!?」

 サラもセイバーも、驚愕に包まれてしまった。
 そのため、彼女らの目には、アヴェンジャーの顔に絶望の色が浮かんでいることに気付いていなかった。



 その天まで届かんばかりの巨大な火柱は、沙織たちの元へ向かっている鉄平とアサシンの目にも映った。

 「なっ・・・・なんだよ、あれ!?!」
 「あれは、まさか・・・・迦楼羅炎!?」
 「かる・・・・って確か、不動明王の背負う炎のことだよな?」

 鉄平は思わずアサシンの方に顔を向け、そう尋ねた。

 「うむ。その元となっているのは迦楼羅、つまりは神鷲ガルーダの吐く火焔であるとされる。そしてそのいずれも竜種の天敵にして、あらゆる悪を降伏させる。おそらくは、アーチャーのマスターを狙っている闇のサーヴァントは仏教、あるいはインド所縁の英霊であろう」
 「・・・・ちょっと待てよ。そんなやつが相手なら・・・・」
 「間違いなく、アーチャーはかなり不利な状況に立たされているであろう」

 その頃になって、巨大な火柱も鎮まった。
 闇夜に静けさが戻ると、鉄平は前へ向き直した。

 「・・・・とにかく、急ぐぞ」
 「うむ」

 再び二人は前へ駆け出した。
 あれほどの、巨大な火焔を発生させるような敵だ。はたして、辿り着いたところで無事逃げ切れるか、どうか。
 そんな一抹の不安を振り切るべく、二人の速度は増していく。
 過ぎ去っていく景色にも目をくれず、二人はただまっすぐ前へ目を向けていた。
 どれほど走ったのだろうか?
 アサシンならいざ知らず、常人以上の身体能力を持っている鉄平でも、この距離を全力疾走するのは相当堪えてきている。それでも、意識は体に蓄積されている疲労に向けられることなどなかった。
 妙な焦げ臭さが、鼻につく。
 どうやら、火柱の立った中心地へと近づきつつあるようだ。
 目の前が開けてきた。
 田園地帯だ。

 「なっ・・・・・・!?」

 その場で、鉄平たちは筆舌しがたいものを目の当たりにしてしまった。
 まず目に入ったのは、巨大な黄金の戦車。
 その戦車は、華美な装飾で彩られているのはもちろんだが、それ以上に目を引くのが、その車輪や戦車を牽く象。これらは炎で模られていた。

 「どうやら、あの戦車があの炎を起こしたようだな」

 そう口にしたアサシンの額から、冷や汗が一滴流れ落ちた。
 アサシンだけではない。鉄平も感じている。
 あの戦車から、恐るべき圧力が放たれている。
 その圧力の源となっているのは言うまでもない。あの戦車を操っている人物、つまりサーヴァントだ。
 そうして二人とも御者台に目を向けた。
 そこに座しているのは、異国の服に身を包んだ、見るからに高貴そうな外見をした褐色の肌の男。

 「あれが、前回の聖杯戦争の勝者、ライダー・・・・」
 「そしてあいつが、野々原さんの命を狙って・・・・」

 二人とも生きた心地がしなかった。
 まだ距離が空いているにもかかわらず、ここからあそこへ近づけないでいる。近づけば、今すぐにでもあのサーヴァントによって、一瞬で葬り去られてしまうかもしれないからだ。
 それだけ、力量の差が開きすぎているのだ。

 「けど、ここで行かなきゃ、野々原さんが・・・・!」

 鉄平は声を振り絞って、ようやく口に出したが、それも言葉として発せられているか、どうかである。
 アサシンは黙ったまま。というよりも、ここより先に近づく手立てが、一切思い浮かばない。
 死を厭わぬ覚悟を持っているはずであるのに、ここより先に広がる死地へ向かうことができないでいる。それだけの力を持っているのだ。
 この聖杯戦争で倒されたサーヴァントを含めたとしても、あの恐るべき敵に勝てるかどうかさえ怪しい。
 そんな風に二人が萎縮してしまっている、そのときだった。
 御者台の上のライダーが、こちらを向いた。
 離れているのでよくは見えないが、そう思わざるを得ない。
 そのとき、二人は身包み一つさえも身につけずに、猛吹雪の中に立たされているかのような心地を味わった。
 全身に鳥肌が立ち、骨の髄まで震えるような悪寒に襲われている中、あのサーヴァントが自分たちに、こう投げかけているように思えた。

 “ここに、来るが良い”と。

 確かに二人とも、そう感じた。
 もはやあのサーヴァントにとって、二人は敵ですらないようだ。そして、あの場に立っても、二人には何ができるかもわからない。
 いや。何か使用とすれば、間違いなくあのサーヴァントによって、二人の命は造作もなく、一瞬でかき消されてしまうだろう。
 鉄平も、アサシンも、その呼びかけに答えるよう、鎖に繋がれた囚人のような足取りで向かった。
 当初は、敵の隙を突いて沙織たちを連れ出した上で逃げ失せるつもりであった。
 だが、間近でこの圧力を前にした今、はたしてそういった隙を見つけられるかどうか怪しかった。それどころか、自分たちだけでも逃げ切れるかさえも・・・・
 もはや二人の命は、あのサーヴァントに握られているといっても過言ではない。
 あの死地へ近づくにつれて、熱気が漂ってくる。それでも、体の中の温度は依然低いままだ。
 ようやく辿り着いた。
 闇のサーヴァント、ライダーが乗っている戦車を近くで見れば見るほど、場違いなほどに煌びやかで、戦場よりは祭りの場にこそ似つかわしいのではと思うほどだ。
 しかし、二人の目は、そんな戦車の華やかさなど微塵も映らなかった。

 「な、何だよ、これ・・・・・・」

 我ながら、情けない声。
 鉄平はそう思った。
 ここで一体、何が起こったのか?
 それはここに広がっている光景が語っていた。
 やはりこのサーヴァントと戦っていたのはアーチャーだ。マスターである沙織を守ろうとして。
 だが、そのアーチャーは見るも無惨な姿になっていた。
 緑色の衣はところどころ血が染み付き、焼け焦げた跡がクッキリと残っていた。それは衣服に限った話ではない。彼自身の肉体もまた、同じだ。
 深い轍を残し、なおかつアーチャー以上に黒く焼け焦げ干乾びた地面。意外にも、アーチャーはそこより少し離れた場所で倒れていた。

 「見上げたものだ。宝具を放った後でありながら、我が“降し照る宇宙よりの真理”を間一髪で避けるとは・・・・だが、避け切れなかったようではあるが」

 このとき、鉄平もアサシンも初めてこのサーヴァントの声を聞いた。
 どこか穏やかであり、どこか涼やかであり、そして恐ろしく冷気の伴った声。
 そして、驚愕した。
 直撃ではないにもかかわらず、アーチャーはもはや虫の息だ。
 これをまともにくらえば、一体どうなるというのか?

 「・・・・・・そうだ!野々原さん!!!」

 鉄平は辺りを見回して、野々原沙織の姿を求めた。
 そして、ようやく沙織を見つけることができた。
 沙織は、無事だ。
 彼女は今、腰を抜かしてしまっているのか、その場でへたり込んでしまっている。

 無事で、よかった。

 そう言おうと思ったのだが、何故だか口に出ない。
 口に出せない。
 今の彼女の顔は、絶望の色に染まってしまっている。
 ある意味では、先刻久々に見たサラの顔よりもひどい有様であった。
 自らのサーヴァントが、それも信頼している者があそこまで痛めつけられてしまっては、ああいう顔になるのも、無理はない。
 だが、鉄平には今の沙織の顔が、そういったことも含んでいるのだろうが、それとは別の何かが大きく占めているような印象を受けた。
 それが何なのか、今の鉄平にもアサシンにも知る由はない。

 「・・・・さて。こうして、近しい者が君の前にやって来たのだ。何か、言い残す事はないかね?」

 そう言って、闇のサーヴァントであるライダーは沙織に顔を向け、そう声を掛けた。
 しかし沙織は、ただ俯くだけで何も応えなかった。

 「・・・・そうか。それも良かろう。無知は罪なれど、知るという事は時として、それにも勝る苦痛を伴う。されど、彼らに罪はない。さて・・・・これにて、仕舞いとしよう」

 そう言って、サーヴァントが戦車から降り立とうとした。

 「野々原さん!」

 鉄平は沙織に向かって駆け出そうとした、がしかし、サーヴァントがこちらに目を向けると、その足もピタリと止まってしまった。

 「・・・・君のサーヴァントはしかと理解しているようだが、君はそうではないようだな」
 「何・・・・?」
 「君は“人間にしては”それなりに腕が立つようだ。ならばわかるはずだ。この場で、君達が出来る事など、何一つない。私を討ち果たすことも出来なければ、君達は、彼女の最後を止める事など出来はしないのだ」
 「・・・・このまま、野々原さんを見殺しにしろっていうのか?」

 鉄平はつい、ライダーであるこのサーヴァントに食って掛かっていった。
 しかしそのサーヴァントは、鉄平を害しようという気は全くないようだ。

 「勘違いしているようだな・・・・“見殺し”ではない。“見届ける”のだ。私が君達をここへ誘ったのは、そのためだ」
 「ふざけるなよ・・・・!誰がそんなこと・・・・・・」
 「・・・・君も、案外欲深いのだな。では聞くが、君は“どうしたい”のだ?」

 鉄平が言い終わらないうちに、闇のサーヴァントがそれを遮った。
 鉄平の傍らで控えているアサシンは、嫌な予感がした。

 「君が心の底から救いたいと願っているのは、目の前にいるこの近しき者か?それとも、君が長らく救いたいと願い続けてきた親しき者か?」

 その瞬間、鉄平は血の気が引く思いをした。
 脇で訝っているアサシンを見て、サーヴァントは言った。

 「私に見通せぬものはない・・・・されど、今はそのような事は問題ではない。君は今、岐路に立っているのだ。ここで彼女を救おうとして果てるか、それとも自らが生き延びて願いを果たそうとするか・・・・」

 鉄平の顔には、明らかに困惑の色が浮かんでいた。

 「・・・・だが、ある意味では君達は幸運である。この私を、いち早く目の当たりに出来たのだからな。本来なれば、私は最後の一になるまで姿を見せぬつもりであった。しかし、もはや看過できぬ事態にまでなった。次に見えるとすれば、君達が聖杯の前に至ろうとした時。そしてその時は君達のみで向かうも、白銀の剣と組んで当たるも君達の・・・・」
 「ちょっと待て・・・・!」

 闇のサーヴァントの後ろで、声が聞こえてきた。
 アーチャーが、ボロボロの体を圧して立ち上がった。
 鉄平やアサシンはおろか、沙織ですら信じられないという顔つきをしていた。

 「・・・・勝手にオレを仲間はずれにして、話進めるなよ・・・・・・!」
 「ほう・・・・まだそこまでの気力を有していたか。もはや、感服する以外ないな」
 「ハッ!あんたなんかに褒められたって、ぜんぜん嬉しかねえよ・・・・」

 見るからに、満身創痍。しかしその双眸に宿る、燃えるような眼光に一切の衰えはない。
 そんなアーチャーの目が、鉄平やアサシンに向けられた。

 「おい・・・・テッペイにアサシン。あんたら、何ビビってんだよ・・・・?つーか、それで尻まくって逃げたら、何しに来たって話になるだろうが・・・・」

 息も絶え絶えながら、アーチャーはいつものような軽口を叩く。
 間に敵を挟みながらも、鉄平は言い返した。

 「何しにって、お前・・・・」
 「わかってるって・・・・勇み足でサオリを助けに来たはいいが、目の前にいるこいつの力があまりにも桁外れなもんだから、自分たちじゃもうどうしようもない・・・・」

 アーチャーにそのまま自分たちの心中を、ズバリ言い当てられてしまったため、鉄平は何も言えなかった。
 代わりに、言葉を継いだのはアサシンであった。

 「・・・・主は恐ろしくないのか、この男が?」

 アーチャーは答えた。

 「・・・・おっかないに決まってんだろ」

 あまりにもはっきりとした答え方だったので、アサシンも鉄平も半ば唖然としてしまった。

 「当たり前だろ・・・・?こちとら、真っ向からぶつかってんだからよ、あんたらと違ってな・・・・けどな、ここで退いたらサオリはどうなるんだよ・・・・?」

 そう言って捲くし立てたためか、アーチャーはむせてしまい、咳をした。
 それがひとしきり落ち着くと、さらにアーチャーは続けた。

 「・・・・岐路?確かに、そうだよなあ・・・・けど、なんで見えてもいないのに、道が二つしかないってことになってんだよ・・・・?」

 このとき、アーチャーと鉄平たちとのやりとりを、ただ黙って聞いていただけのサーヴァントが、僅かに反応した。

 「欲張りでけっこう・・・・だったら、選べばいいだけの話さ・・・・サオリも、あんたの姉ちゃんも助けるって道をよ・・・・・・!」
 「絵空事、この上ないな」

 そこへ闇のサーヴァントが突如として割って入ってきた。
 彼は御者台の上から見下ろし、言った。

 「君の言っている事は、火事場にて幼子らを両腕で抱えているにもかかわらず、その上この場にてその母親をも救おうとしているようなもの。そのような綺麗事が通用するとでも思っているのか?」
 「あんたの言うことももっともだがな・・・・が、最初から助けられねえって決め付けて切り捨てられるほど、物分りがいいほうじゃねえんだよ」
 「ホウ・・・・?ならば、助けた末に、その者が悪となっても知らぬ存ぜぬで通すと言うのだな?」
 「バカか、あんたは」

 一瞬、闇のサーヴァントは目を丸くしてしまった。だが、すぐに真顔に戻そうとしたが、どうしても口元が綻んでしまうため、そこを手で押さえている。

 「いかんな・・・・こうも真正面から“馬鹿”と言われたのは久方ぶりだな・・・・」
 「うるせえ。別にあんたを笑わすつもりで言ったんじゃねえよ」
 「わかっているとも。君があくまでも、彼女を守ろうとする意思、その程を」
 「チッ・・・・!何もかもお見通しってか・・・・けど、やることは変わらねえ」

 そう言ってアーチャーは息を切らしながらも鋭い目つきで弓を構えた。
 対する敵も、口元から手を離すと、口が真一文字に引き締められていた。

 「・・・・テッペイ。まだこれでも迷ってるっていうんなら、今はサオリを連れて逃げることだけ、考えろ・・・・オレがこいつをひきつけている間に、アサシンと一緒にできるだけ、遠くへ逃げろ・・・・!」

 アーチャーは鉄平に目を向けて言った。鉄平の目には、いまだ戸惑いの色が見え隠れしている。
 それを見ていた敵のサーヴァントが言った。

 「その粋や、よし・・・・だが、その回復しきっていない体で、どれほど時間が稼げるというのだ?というよりも、はたしてその言葉を実行できるものか?」
 「できる、できない、じゃないんだよ・・・・やるんだよ。やると決めたからには・・・・」

 だが、肝心の敵はどういうわけかアーチャーからも、鉄平たちからも目を離して天を仰いでいた。

 「・・・・おい。さっきまでやる気満々だったクセに、いきなり何のつもりだよ?」
 「・・・・遅かったか」
 「あ?」

 その言葉を発した当人以外は、何を意味しているのかさっぱりわからなかった。
 しかし、アーチャーやアサシンはそれが何のことか、すぐに理解した。
 そしてすぐに、アーチャーは沙織のいる方へと目を向けた。

 「くそっ!サオリ!!!」

 アーチャーは敵に背を向け、まっすぐ沙織のいる方へと駆け出した。
 状況を理解していなかったのは沙織だけではない。
 鉄平もそうだ。
 彼は常人と比べれば実力があり、また聖杯戦争に参加しているマスターである。
 しかし魔術師ではない。
 そのせいで、彼は空から無数の火球が雨霰として降り注ぐまで、何が起きようとしているのか理解できなかった。



 前回のライダーである闇のサーヴァント、クリシュナの見上げた先。
 一見すると、それは夜空に高く浮かんでいる一番星。
 だが、これは星などではない。
 翼を生やした白馬、ペガサス。
 ゴルゴン三姉妹のメドゥーサの血より生まれたとされる、世にも美しき幻獣である。
 そしてその背に跨っているのは、二人の人物だった。
 一人は、見目麗しき青年。それは、稀代の彫刻家によって作り上げられた美の具現ともいえる彫像に命が吹き込まれたよう。その様、まさしく生きた芸術である。その美青年が、手綱を手にしてペガサスを駆っているようだ。
 そしてもう一人が神官のような服装をした青年。魔術王ソロモンであるキャスターだ。
 彼は地面に掌を向け、地上にいる敵たちを一掃すべく自らの魔術を行使していた。

 「ふむ・・・・ヤツが件のサーヴァント。それも、よりによってヴィシュヌ第八の化身、クリシュナとは、のう・・・・」

 彼はそのクリシュナからかなり離れているとはいえ、戦慄を禁じえなかった。
 その存在は感付いてはいたが、その詳細まで知ることができなかった。また、それを知っていると思われる自身のマスターに問い質してみても、はぐらかされるのみ。
 だが、キャスターにしては珍しく、それ以上の思考はしなかった。

 「ヤツがクリシュナとわかっただけでも僥倖。ならば、この場は全力を持って離脱するのみ」

 これが、キャスターが思考を続けなかった理由。
 クリシュナは英雄として類まれな力を有しているだけでなく、姦計を張り巡らして敵を陥れる謀将の面をも有している。
 知恵比べだけならば肉薄できると自負しているが、力比べとなれば話にならない。
 よって、遁走するのが吉だ。
 思考を練ることなど、その後でもできる。

 「セーレ」

 キャスターは、ペガサスを駆っている美青年の姿をした悪魔に呼びかけた。
 悲しげな顔で地上を見下ろしている彼は、キャスターに振り向いた。

 「わかっておろうな?すぐに逃げるぞ」

 セーレは物憂げな表情を浮かべながらも、キャスターの言うことにただ黙って頷いた。
 セーレは七十二の中でも、移動や運搬といったものに関する能力に長けた悪魔。
 このような場から離脱することなど造作もないことであった。

 「ならば早く動かぬか」

 キャスターはそうセーレに急かすと、彼はそれに従って、ペガサスを飛ばした。
 あっという間にクリシュナたちのいる場所から遙か遠くなった。
 先ほどの攻撃で、クリシュナにどれほどの傷を負わせたのかは知らない。もしかすれば、全く通用していないのかもしれない。それを確かめようとすれば、九分九厘の確立で自らの命が一瞬もしないうちに絶たれる。
 だが、あの場にいたアーチャーやアサシンの助かる見込みはかなり低い。
 よしんば助かったとしても、無事で済むはずがない。
 ともかく無事離脱できたわけだが、安心するのはまだ早い。
 願わくは、自分のマスターが変な気を起こさなければいいのだが・・・・



~タイガー道場~

ロリブルマ「ね~、ししょ~」

(タイガ、ねっころがりながら煎餅パリパリ)

タイガ「ん~?ど~した~?弟子一号~?」

ロリブルマ「(うわ・・・・テンション低!)なんか今回中途半端なところで終わっているんスけど、どういうことッスか~?」

タイガ「ん~?説明お願い~」

ロリブルマ「・・・・どうしたの?だらしないのはいつものことだけど、今回はいつもより輪をかけてだらしなくなっている・・・・ていうか無気力になっているんだけど?」

シロー「ああ。それについては、かなりどうでもいい理由なのだが・・・・」

佐藤一郎「まず、今の世の中は所謂ゴールデンウィークの真っ最中ですよね?それにもかかわらず、この空間から出られず留まらざるを得ないこの状況に不貞腐れて、いじけている、という次第にございます」

ロリブルマ「ああ・・・・すごい納得した・・・・」

シロー「それで中途半端な長さになった理由だが、本来ならば今回の話で終了して、外伝を一話やってから最終決戦へ向かうはずだったのだが、それだと長くなりすぎると思ったのか、一度ここで切って次回で一日を終了させることにしたらしい」

ロリブルマ「まあ、確かにこれで文字数は抑えることはできるのかもしれないけど、逆にグダグダと長引いているような気が・・・・」

佐藤一郎「作者様も長引かせたくて、長引かせているわけではないのですが・・・・まあ、そこは言わぬが花でしょう」

ロリブルマ「でも、今回も紹介ないんでしょ?しかも作者もここでのネタ切らしているみたいだし、タイガじゃないけど本当にヒマ・・・・」

シロー「まあ、逆を言えばそれだけ終盤に近づいている、ということだろう」

佐藤一郎「作者様には、ぜひとも最後まで続けてもらいたいものですな」

シロー「とりあえず、見立てとしては五十話超すか超さないか、といったところだな」

ロリブルマ「でも、その筋立ても大体固まってるような、見方によってはご都合主義のような気もしないでもないけど・・・・」

シロー「とにかく、我々は気長に待つとしよう」

ロリブルマ「そうね・・・・それじゃ、みんな。またね~」



[9729] 第三十九話「永別、そして・・・・」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:859d9703
Date: 2011/05/13 06:16
 巨大な炎もその勢いを弱め、ついに鎮まった。
 その矢先に、今度は空から無数の炎の雨が地上にむけて降り注いできた。
 その光景を、離れた場所からサラ、セイバー、アヴェンジャーの三人は見つめていた。

 「もう・・・・!次から次へと、何なのよ!?」
 「キャスターめ。この局面へ来て、打って出るとは・・・・」

 サラも、セイバーもこの光景を見て苦々しい顔つきとなった。ただでさえ混迷を極めるこの状況下で、さらに事態が混沌としたものになろうとしているからだ。
 ただ、アヴェンジャーは、どういうわけか呆然とした表情をしていた。それまでの彼女の挙動や態度から考えられないほどに。
 すると、アヴェンジャーは不気味なぐらいゆっくりとした動作で、サラたちのいるほうへと振り向いた。

 「・・・・アナタたちのせいよ・・・・・・」

 静かに、ゆっくりとした口調でアヴェンジャーは言い始めた。

 「アナタたちのせいよ!何もかもアナタたちのせいだわ!これでワタシの願いも叶わなくなった!よかったわね!満足した?けど、その代償はあまりにも大きいわ!なにしろ、アナタたちは人一人を見殺しにしたんだから!そう!何だかんだ言ったってアナタたちが死なせたのも同然だわ!ワタシを先に行かせたほうがまだ生きられたかもしれないのにね!」

 アヴェンジャーはいきなり歯を剥き出しにして、金切り声をあげながら捲くし立てた。
 しかし、言われているサラやセイバーからすれば、アヴェンジャーが何に対して怒っているのか、皆目見当もつかないために、ただ困惑するしかなかった。
 アヴェンジャーが目的を果たせなくなったのなら、まだわかる。だが、それがどうして“人を殺した”ということになるのだろうか?

 「安心しろ、アヴェンジャーとやら。お前の求めている“者”は、まだ失われてはいない」

 そのとき、誰かの声が不意に聞こえてきた。
 渋みのある、男の声。
 全員が、その声のした方向に目を向けた。
 そこに立っていたのは、夜なお暗い中にありながらも黄金色の冴える髪と、他と比べて異様なまでに蒼い瞳を持った、黒コートの男であった。

 「ブラットフェレス・ザルツボーゲン・・・・!」

 サラが萎縮しながらも、その男の名を呟いた。

 「そういえば、セイバーのマスターとも顔を合わせるのはこれが初めてか。ひとまずは、はじめまして、と言っておくべきか」

 そう言ってブラットは、会釈程度に一礼した。傍から見れば隙を見せているようにも見えるが、これが妙に威圧感を与えていた。
 すると、彼は何かに気付いたかのように、ある方向へと目を向ける。
 そこには、地面に倒れているところを蔦に縛り付けられてもがいている、勇夫の姿があった。

 「フム・・・・」

 ブラットが一頻り唸ると、そのまま勇夫のところへと近づいていった。
 ある程度まで歩くとそこで足を止め、何かを抜いた。
 すらりとした日本刀だ。
 彼はそれを振るった。
 すると、勇夫を縛っていた蔦が切れたのだった。

 「そんな・・・・!私の蔦を、あんな簡単に・・・・!?」

 サラの蔦は、たとえ傷をつけたとしても瞬時に再生するほどの生命力を持っているはずだった。それをこの男は、いとも容易くその蔦を切り捨ててしまったのだ。あの日本刀が、何らかの概念武装でないというのに。

 「■■■―――・・・・■■■―――・・・・」

 蔦の束縛から解放された勇夫は、仰向けから転がってうつ伏せの姿勢となり、荒く息を吐いた。
 それから、目の前に立っているブラットを見上げた。

 「君もはじめまして、だな。君のサーヴァントには世話になった」

 ブラットは地面に伏している勇夫に話しかけた。
 人間が人狼に何気なく話しかけ、しかも人狼に捕食される側であるはずの人間が、その人狼を見下ろしている。
 なんとも異様な光景だ。
 それにしても、さきほどまで暴れ狂っていたにもかかわらず、今の勇夫はまるでブラットを襲ってくる気配がない。いや、ブラットどころか、サラに対してもそうだ。
 ブラットから放たれる妙な威圧感に気圧されたのか、それとも先ほどの一本背負いですっかり戦意が挫けてしまったのか、あるいは・・・・

 「さて、今や君はすっかりボロボロになってしまったわけだ。あらゆる意味でね。その上で、君はどうする?」

 問いかけの意味がわからなかった。
 それは、当人たちの間にしか共有できぬものなのであろう。
 だが果たして、今の勇夫にブラットの問いが理解できているのだろうか?
 奇妙な沈黙が漂った。
 それから程なくして、勇夫はよろよろと立ち上がった。直立したところで、体が少しよろける。やはりあの一本背負いがきいたようだ。心なしか、足元も覚束ない。
 すると勇夫は、ブラットからくるりと背を向け、そのまま走り去ってしまった。
 いつの間にか、炎の雨も止んでいた。

 「なっ・・・・!?フセくん・・・・・・!?」

 ブラットが現れてから、恐縮したかのような顔をしていたアヴェンジャーが、ここへ来て勇夫が思わぬ行動に出たことに驚きを隠せないでいた。
 彼女は自分の足で勇夫を追おうとする。

 「止めておけ。君の足では、彼には追いつけまい」

 ブラットが言うと、アヴェンジャーは彼を睨みつけた。

 「・・・・よくも、余計なことを・・・・!」
 「だが、選んだのは彼だ。いや・・・・決めた、と言うべきだな。もはや彼は、ただ貪るだけの獣ではない」

 アヴェンジャーは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
 傍からきいているサラには、もはや入り込む余地などなかった。
 しかしブラットの言うように、勇夫に何らかの変化が現れた。サラには、何となくそれが理解できた。

 「それよりも、私を睨んでいる暇があるのならば、急いだ方がいいのではないのかね?そうすれば、何も失わずに済むかもしれない」

 アヴェンジャーはしばらくの間ブラットを睨んでいたが、すぐに彼女は足元にできた泥に沈み、消えていった。

 「もっとも、片方は失うかもしれないが・・・・もう行ったか。気の早い・・・・」

 そう言って、ブラットは肩を竦めた。
 そしてサラたちのいる方へと振り向き、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。
 サラの前を、セイバーが遮る。

 「そう警戒するな。私はただ、話したいだけだ」
 「話したい、ですって・・・・?こっちは話すことなんてないわよ・・・・ましてや、キャスターの悪事を放置しているようなヤツなんかとは・・・・・・!」
 「悪事?あれを悪事というのか・・・・?まあ、いい」
 「まあ、いいって・・・・」

 ブラットはピタリと歩みを止めた。
 サラの前には、セイバーが立ちはだかったまま。

 「・・・・どうやら、このままでも話せそうだな」
 「ちょっと・・・・!さっきの話はもうおしまい!?」
 「ああ。生憎だが、私は善悪の価値などに興味がなくてね。そもそも、そういうことは話してもきりがないだろう」

 サラの背中に戦慄が走った。重い声と、底の見えない瞳とともに・・・・
 それでも、それを顔に出すまいと努めていた。

 「・・・・強がっているのか?」
 「強がり?いいえ、むしろ今すぐにでも逃げ出したいくらいよ。これは、自分を見失わないようにしているだけ」
 「そうか・・・・ならば、無理だけはするな」
 「無理・・・・?無理なんて、それこそ・・・・・・」

 その言葉がきっかけとなったのか、サラの重心はだんだんと崩れていき、そのまま倒れようとした。

 「サラ!!!」

 そこをすかさず、セイバーが抱きとめる。
 サラは、気を失ってしまったようだ。

 「安心しろ、セイバー。私は何もしていない。それは、お前が一番わかっているだろう」

 ブラットの言うとおりだった。
 確かに、サラはここまでまともな食事や睡眠をとっていない。その上で、アヴェンジャーや勇夫を相手にしてきたのだ。むしろ、ここまで立っていられたことのほうが、月並みな言い方になるが、奇跡に近い。
 そうした結果、サラは疲労が積み重なって倒れた。それだけの話である。

 「・・・・たいしたものだ」

 ブラットはそう呟いた。その呟きは、セイバーの耳にも届いた。

 「あそこまで心を砕かれてもなお立ち上がり、そして自らの誇りを取り戻す・・・・並大抵では成せぬことだ」

 さらにブラットは続ける。

 「しかし、如何に大輪といえども、私から見ればまだまだ青い。見ごろになるのは、当分先か・・・・いずれにしても、色とりどりに咲き誇る花となる日を、陰ながら楽しみにしていよう」

 そう言って、ブラットはセイバーたちに背を向け、そのまま歩き出した。

 「・・・・どこへ行く?」
 「何。私も用事があるのだよ。この先にいるサーヴァントにも、アヴェンジャーが求める者にも、興味があってね・・・・」

 それだけ言うと、ブラットはそのまま暗がりの中へと溶け込むように消えていった。
 この場に残されたのは、サラを抱えたセイバーのみ。
 このままでは、戦いに赴くこともできない。
 だが、自身のマスターを放置するなど、言語道断だ。

 「・・・・今宵は、これまでか」

 そうして、セイバーはサラを抱えて離脱した。
 この夜の顛末を見ることなく・・・・



 炎の雨による爆撃が収まった。
 クリシュナが宝具を使用したときとは違い、今度の攻撃は広範囲に渡り、地面という地面が焼け焦げ、ところどころで煙が燻っている。
 そこからやや離れた位置にある林。そのうちの一本の木の下で力なく蹲っている人影が一人。
 鉄平の俯いた顔はどこか無気力で、生気さえ乏しく思えてくる。
 そんな彼の傍らにあり続けた、忠実なる影の姿は、今はない。

 話は、爆撃のあった時間まで遡る。

 キャスターが遙か上空から破壊的な攻撃魔術を行使してきた。
 当然、地上にいる全てのサーヴァントはこれに気付いていた。
 鉄平とて、若輩ながら幾度も命がけの“狩り”に身を置いてきた。そのため、自身のサーヴァントの尋常ならざる様子から、何か不穏なものを察した。
 ただし、これは彼がその稼業に携わる者として培ってきた、いわば一種の習性のようなもの。今の彼には、その体に染み付いた習性に体も頭も追いついてこなかった。
 その結果、彼の反応は一拍子遅れてしまった。
 自身を取り巻く状況というものは、常に流動的に変化するもの。全く同じ状況というものはなかなかない。
 彼が地上に無数の火球が迫ってきていることに気付いた頃には、もはや回避が追いつかない状況まで差し迫っていた。
 そのときだった。

 「・・・・御免!」

 声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはいきなり体が吹き飛ばされてしまった。
 ジェットコースターに乗っているかのように目に入ってくる景色は認識する暇もなく次々と過ぎ去っていく。
 さながら、今のこの状況そのものであった。
 そして鉄平の背中に強い衝撃が走る。
 背中から気にぶつかったのだ。

 「いっ・・・・つう・・・・・・!」

 痛みが全身に行き渡る。だが、すっかり萎縮してしまった頭をシャキッとさせる分には、この上なく都合のいいものであった。
 そして鉄平はハッとなり、顔を上げた。
 先ほどまで自分がいた場所は、火の塊が次々と落ちてきて、燃え上がっている。

 「あのまま、俺があそこにいたら今頃は・・・・」

 鉄平はそのまま言葉を継ぐことはなく、またもや何かに気付いた。
 それと同時に、彼の顔から血の気が引いてしまった。

 「アサシン・・・・?」

 彼は自身のサーヴァントの名を呼びかける。
 返事はない。
 自分がここにいて、アサシンはここにいない。
 それの意味するところは、一つしかない。

 「おい、アサシン・・・・アサシン!」

 自分の声があの爆心地まで届かないとわかっていながらも、鉄平は叫ぶしかなかった。
 得体の知れない敵に威圧され、気力が挫けてしまった自分を、アサシンは蹴り飛ばすことで彼をあの爆撃から守った。
 自分の迷い、不甲斐なさ、恐れ・・・・そういった諸々の要素が、これを招いた。

 「おい!アサシン!戻ってこい!頼む!死なないでくれ!お願いだ!アサシン!アサシン――――!!!」

 鉄平は、喉が潰れそうなぐらいに叫んだ。
 それからは、自分がどういう風に叫んでいたのかさえ、わからなくなってきた。ただ、ひたすらアサシンの名や、死ぬなだの生きてくれだのといった言葉をひたすら叫んでいた。
 それを、爆撃が止むまで続けていた。

 そんなことを思い返した途端、腸が煮えくり返るような気分に陥り、口の端が切れんばかりに激しく歯軋りをした。
 鉄平はそれから四つん這いのような姿勢になり、そこから頭を一気に振り上げて、地面に叩きつけた。
 何度も確認してみたが、令呪はやはり残ってはいなかった。
 それの意味するところは、一つしかない。

 「チクショウ、チクショウ・・・・!」

 鉄平の血で滲んだ額には、土や草がこびりついていた・・・・



 どうして?
 どうして、そこまでするの?

 「・・・・チッ。少し、焦げちまったか・・・・まあ、いいや。とにかく、サオリ・・・・無事か?」

 すでにクリシュナにやられてボロボロなのに、それでもアーチャーさんはわたしを守ってくれた。
 アーチャーさんがクリシュナの戦車に轢かれた後、先輩もアサシンもやってきた。けど、それほど時間が経たないうちに、空から炎の雨が降ってきた。
 どうしても動けなかったわたしを、アーチャーさんは炎の雨から守ってくれた。
 でも、そのせいでアーチャーさんは余計ボロボロになってしまって・・・・

 「クソッ・・・・どう考えても、キャスターの仕業だな、あの野郎・・・・引き篭もりに徹するとばかり思っていたら、変な時に出張りやがって・・・・」

 そう言って、アーチャーさんは毒づいた。
 けど、どうしてそこまでするの?
 わたしは、わたしは・・・・本当は生きていちゃいけない人間なのに。
 本当は、死んでいるはずだった人間だったのに。
 わたしのせいで、色んな人が傷ついているっていうのに・・・・

 「フム・・・・流石はキャスターのサーヴァント。臆病さだけは全てのサーヴァントの中でも随一だな」

 声が聞こえると、あたりに立ち込めていた煙が晴れた。
 その先には、クリシュナの乗る巨大な黄金の戦車があった。所々に煤が着いているものの、その眩さに少しも陰りはない。そして少し距離があるためによく見えないけれど、きっとクリシュナも健在だろう。

 「やっぱり、あいつ・・・・効いてないみたいだな・・・・ったく。なら、仕方ないか・・・・」

 そう言って、アーチャーさんはわたしに背を向け、クリシュナのいる方向へと向かって行った。
 まさか、その体でまだ戦うつもりなの?
 勝ち目なんて、ないのに・・・・
 それどころか、わたしなんかのために・・・・

 「まだ挑むというのか?君のその心を挫く事は、如何な私とて出来そうにないようだが、今の君のその体を滅する事ほど、容易い事はない」

 クリシュナの戦車が、アーチャーさんが向かってくる方向へと向きを変える。
 ・・・・やめて。

 「おいおい・・・・神様でも寝惚けはするんだな。そうなる前にオレがあんたの踵を射抜いてやるよ・・・・その悪趣味な戦車に轢かれる前に、な・・・・」

 もう、止めて・・・・

 「意気込みだけは、上々。だが、君がやろうとしている事は、飛び交う羽虫を遙か遠方から射抜くようなもの。もっとも、君が弓弦を引く前に私が君を屠っているだろうが」

 お願いだから、もう止めて・・・・

 「・・・・ハッ。最後の一矢で決まる戦いか・・・・随分と盛り上がる展開だな。これで見事、女を守りきって勝利の祝福・・・・これほど粋なのもないぜ・・・・」

 お願いだから、わたしなんかのために戦わないで・・・・

 「だが、君が守ろうとしているその者は、多くに破滅をもたらす存在。君の成そうとする事は愚かしい事この上ないが、サーヴァントの在り方としては正しいとしか言いようがないな・・・・」

 お願いだから、わたしなんかのために、傷つかないで・・・・

 「御託はいいんだよ・・・・いいから、さっさと・・・・・・」

 お願い、だから・・・・これ以上、これ以上・・・・止めて・・・・わたしなんか、もうどうだっていい・・・・
 だから、だから・・・・

 「これ以上は、もう止めて――――」

 わたしの右腕に、妙な熱さが宿った、そのときだった。

 「なっ・・・・――――!?」

 急にアーチャーさんの体が固まってしまった。
 まるで、見えない鎖に縛られているかのように、動けなくなってしまった・・・・

 「・・・・サオリ、あんた・・・・まさか、令呪使ったのか・・・・?」

 令呪。
 サーヴァントを強制的に自分の命令に従わせる力を持つもの。
 全部で三画あるそれも、残り二画。
 それが今では、もう一画だけになってしまった。
 きっと、さっき無意識に令呪を使ったんだと思う。

 「バカヤロウ・・・・・・!」

 アーチャーさんが悔しそうに吐き捨てる。懸命に動こうとするけれど、指一本ですら動くことはままならないみたい。

 「・・・・フム。マスターとしてはこの上なく愚かなる選択。だが、それが君の意志か・・・・ならば、私は君のその意志を尊重しよう」

 すると、戦車を牽いていた火焔の象やそれを動かしていた火焔の車輪が消え、クリシュナが地面に降り立った。それと同時に、戦車も陽炎のように消えた。
 それから、クリシュナはゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。

 「クリシュナ、待て・・・・・・!」

 自分の脇を通り過ぎようとしているクリシュナに、アーチャーさんは食って掛かった。

 「諦めよ。こうなる事を、君のマスターは望んでいる。マスターを失うのは君にとって苦痛を伴う事であろうが、君とてアーチャーのサーヴァント。君のアーチャーたる特性を以ってすれば、新たなマスターを見つける事など容易かろう。そうして然る後に、私の前に来るが良い」

 それだけ言って、クリシュナは再び歩を進めた。
 だんだんとわたしに近づいてくる。
 不思議と怖い感じはしない。
 そうして目の前に、傷一つない、静寂な闇夜を思わせる神の化身が立っていた。

 「・・・・言い残す事は?」

 わたしは、何も答えなかった。

 「そうか・・・・せめて、来世にて幸溢れる人生を」

 そう言ってクリシュナは、右手で手刀の形を作った。
 思わず、わたしは目を瞑って顔を下に向けた。

 アーチャーさん、ごめんなさい・・・・
 このか、おばあちゃん、シロー・・・・ごめん。
 先輩、アサシン、空也さん、サラ・・・・ごめんなさい。
 みんな・・・・・ごめんね。

 ヒュッと風を切るような音が聞こえた。
 わたしの頭に、何か温かいものが降りかかった。
 不思議なことに、痛みも何も感じなかった・・・・
 痛みも、何も・・・・・・
 ――――違う。
 わたしは、まだクリシュナの一撃を受けていない。
 わたしはまだ、生きている。
 けど、どうして?
 その疑問の答えは、目を開け、顔を上げた先にあった。

 「あ・・・・・・―――――――」

 どうして、こんなことに?
 わたしはただ、もう誰にも傷ついてほしくなかっただけなのに・・・・
 それなのに、どうして・・・・?
 どうして、わたしなんかのために・・・・?

 「■■・・・・■・・・・」

 目の前には、クリシュナの腕に体を貫かれている、紅い毛並みを持った狼男の後姿。
 伏瀬くんが、わたしを庇った。
 伏瀬くんの背中から、クリシュナの腕がゆっくりと引っ込んでいく。
 クリシュナの腕が抜かれると、伏瀬くんはそのまま後ろに倒れた。

 「伏瀬くん!!!」

 わたしは思わず叫んで、伏瀬くんの体を抱きとめた。
 胸板に、穴が開いている。
 誰が見ても助からない。
 さっきまで感じるはずのなかった絶望感が、一気に押し寄せてきた。

 「伏瀬くん!伏瀬くん!」

 わたしは必死で伏瀬くんの名前を叫んでいた。
 この姿になってから、伏瀬くんの目は神経が張り詰めているみたいでギラギラしていた。それが、今ではとてつもなく弱々しくなっている。
 それでも、わたしは伏瀬くんの名前を呼び続けた。
 何がどうなるわけでもないのに。
 すると、そのとき伏瀬くんの体を覆っていた毛や獣じみた外観がドンドンと縮んでいった。
 そうして、今にも折れてしまいそうな細い体つきをした、紅い髪の毛じゃない、いつもの伏瀬くんの姿に戻った。
 色白の体の胸元に一点の紅い血の花が広がる中、伏瀬くんの命が流れ出ていく。体中の汗の量に比例して、体はだんだんと冷えていく。呼吸も浅い。
 狼男の姿でいられなくなった伏瀬くんが生きていられる時間も、長くはない。

 「野々原、さん・・・・」

 微かな声が聞こえた。
 伏瀬くんは薄っすらと目を開けて、こちらを見ている。

 「伏瀬くん!!!」

 わたしは声を今まで以上に張り上げた。
 胸の中で、ほんの少しの安堵と限りなく悲しい気持ちが入り混じっている。

 「・・・・・・よかった・・・・無事で・・・・」

 そう言った伏瀬くんの口元に微笑が浮かんでいた。
 それを見てしまったわたしは、どうしようもなくやるせない気持ちになった。

 「ねえ、伏瀬くん・・・・どうして、どうして・・・・・・?どうして、わたしなんかを・・・・・・助けたの・・・・?ど・・・・して・・・・・・?」

 もう、今のわたしの声は涙と鼻水が混じって、ほとんど濁声に近かった。
 わたしなんか、生きていてもしょうがないのに・・・・
 伏瀬くんがこうなったのも、わたしのせいなのに・・・・

 「・・・・だって・・・・・・野々原さんが・・・・危ないって、思ったから・・・・危ない目に、あっていたら・・・・普通は・・・・助けるもの、でしょ・・・・?」
 「・・・・でも、でも・・・・・・!!!」

 わたしは助けられるような人間じゃない。
 助かるべき人間じゃない。
 なのに、わたしが生きて、伏瀬くんがこんなことになるなんて、間違ってる!
 間違ってるのに・・・・

 「・・・・ごめん、なさい・・・・・・!ごめんなさい・・・・!」
 「・・・・どうして、謝るの・・・・・・?」

 そんなの、わたしにだってわからない。
 何に対して謝っているのか、誰に対して謝っているのか、それらが多すぎてもうわからない。
 頭がぐちゃぐちゃになっている。

 「・・・・僕も、バーサーカーも・・・・君のこと、恨んでないよ・・・・君は・・・・何も、悪いことなんて、してない・・・・・・だから、泣かないで・・・・・・」

 もはや言葉を発することが出来ず、ただひたすら嗚咽するだけ。
 頭は伏瀬くんのか細い声を理解するので手一杯だ。
 どうして・・・・?
 どうして、こんなわたしに優しくしてくれるの?

 「・・・・は・・・・・・・・い・・・・」
 「・・・・え?」

 伏瀬くんの声量が小さくなっていた。
 そのせいで、わたしは伏瀬くんの言っていることを聞き逃してしまった。
 それでも、伏瀬くんは繰り返して続けてくれた。

 「・・・・君は、疫病神じゃ・・・・ない・・・・・・君は、疫病神なんかじゃ・・・・・・ないよ・・・・」

 そんなこと、ない。
 わたしは、疫病神だ。
 わたしが望めば望むほど、他の誰かを不幸にしか出来ない疫病神だ。
 それにわたしは人間じゃない。
 死人だ。
 そんなわたしが、疫病神じゃないはずがない。

 「・・・・だって、そうでしょ・・・・?君が、もし・・・・本当に、疫病神だったら・・・・・・こんな、ことで・・・・泣いたり・・・・なんか、しない・・・・はず、だよ・・・・」

 そんなわたしの頭の中に構わず、伏瀬くんは続けている。
 でも、伏瀬くんの言葉を聞いていると、不思議な懐かしさが込み上げてきた。

 「・・・・だから、本当は、君は・・・・とても・・・・心の、優しい・・・・普通の・・・・女の子、なんだ・・・・て、僕は・・・・思うんだ・・・・・・」

 思い出した・・・・
 伏瀬くんのこの言葉を聞いて、懐かしく思ったわけが、ようやくわかった・・・・

 「それ・・・・遠足の帰りに伏瀬くんが・・・・言ってくれた言葉・・・・だよね?」
 「・・・・よかった。覚えてくれていたんだ・・・・」
 「うん・・・・」

 そのとき、伏瀬くんの微笑が、より一層柔らかさを増したような気がした。
 今のわたしはきっと、ぎこちない笑顔を浮かべているんだろうな。

 「でも伏瀬くん・・・・すごいね・・・・・・そんな、昔のこと・・・・覚えているなんて・・・・それも、一言一句・・・・全部、一緒だよ・・・・」
 「・・・・どうしてだろう?何だか、昨日のこと、みたいに・・・・覚えているんだ・・・・」
 「そう、なんだ・・・・・・」
 「うん・・・・・・それを言ったら・・・・野々原さんだって・・・・僕の言葉、あのときと一緒だって・・・・覚えてくれていたじゃない・・・・?」
 「そう、かな・・・・・・?」
 「そうだよ・・・・・・だから、野々原さん・・・・」

 そう言って、伏瀬くんは自分の手をわたしの顔の近くまで伸ばしてきた。

 「・・・・泣かないで・・・・ね?野の・・・・・・・・・・」

 わたしの目から流れている涙を拭おうとしたのか、伏瀬くんの手はそっとわたしの顔に触れようとした。
 けど、そうする前にその手の力が抜けて、驚くぐらいゆっくりと倒れた。
 冷たい。
 何もかもが。
 けど、それでも伏瀬くんの顔は、まるで眠っているみたいに穏やかな顔をしていた。
 暗い。
 何もかもが。

 「・・・・別れは、済んだかね?」

 声が聞こえる。
 遠くで誰かが叫んでいる。
 頭に入った。
 でも、素通りしてしまった。

 「彼の意思を無に帰す事、忍びないが、已むを得まい・・・・」

 声の主が、すぐ近くにいる。
 でも、見上げるようなことはしなかった。
 もうすぐ、終わる・・・・
 すぐ、終わる・・・・・・
 でも、終わらなかった。
 クリシュナとわたしの間に、亡者の壁が遮っていた。
 わたしのすぐ隣には、いつの間にかアヴェンジャーが立っていた。

 「・・・・やっぱり、間に合わなかったわね・・・・」

 アヴェンジャーが静かにそう言うと、こちらに振り向いた。

 「これも全部オマエのせいよ!野々原沙織!」

 目元はよく見えないけど、アヴェンジャーは相変わらずわたしを敵視している。
 ううん。確かにアヴェンジャーの言葉には、わたしに対する敵意がこもっている。けど、それとは別の何かもまた、混ざっている・・・・
 これって・・・・怒りと、悲しみ?
 そんなわたしの疑問とはお構い無しに、アヴェンジャーの視線は、伏瀬くんに向けられた。
 伏瀬くんの体は、地面から湧き出てきた亡者の腕に持ち上げられた。

 「・・・・短い間だったけど、楽しかったわ。さようなら・・・・」

 そして、伏瀬くんの体の周りに黒い泥が纏わりつき、伏瀬くんの体はその泥に沈んでいった。
 不思議と、嫌悪感は沸いてこなかった。
 伏瀬くんの体は完全に泥に沈み、泥も縮んで消えた。
 弔いを終えたアヴェンジャーは、こちらに向き直った。

 「とにかく、オマエはこれで終わりよ。野々原沙織」

 アヴェンジャーの後ろで、亡者たちが蠢いていた。

 「そう急くな、アヴェンジャーよ」

 アヴェンジャーもわたしも、声の聞こえてきた方向に目をやった。
 聞き覚えのあったその声の主は、黒コートを着た男性、ブラットフェレス・ザルツボーゲン・・・・確か、キャスターのマスターだっていう人だ。
 アヴェンジャーは、そのブラットを睨みつけている。

 「私を責めるのはお門違いだ。言ったはずだ。決めたのは彼だ、と」

 アヴェンジャーは何も言い返さなかった。
 わたしは、この2人でどういうやり取りがあったのかわからない。

 「さて・・・・件のサーヴァントに挨拶でもしたいところだが、ここは無難に退くしかなかろう。では・・・・」

 そう言って、ブラットは片手を胸元まで掲げた。

 「令呪にて命ずる。キャスターよ、来たれ」

 近くで何か強い奔流のようなものを感じた。
 わたしがそれに煽られている間に、いつの間にか昔の神殿にいそうな神官みたいな男の人が現れた。
 わたしは、初めてキャスターの姿を見た。

 「・・・・やれやれ。またもやこんなところに足を運ぶ羽目になろうとは・・・・ブラットよ、貴様はワシに死んで欲しいのか?」
 「まさか。お前がいなければ聖杯戦争に勝つことなどできんよ」

 キャスターの文句をブラットは軽々と受け流した。

 「さて、キャスター。呼び出して早々で悪いが、すぐに退くぞ」
 「人をこのような死地に呼んでおいてそれか。野次馬根性も大概に・・・・」
 「私とお前だけではない。この二人も連れて、だ」
 「・・・・何?」

 ブラットの意図に驚いたのか、キャスターは怪訝そうな顔をした。
 驚いているのは、何もキャスターだけではない。アヴェンジャーもまた、こんな展開は予想できなかったみたいだ。

 「・・・・貴様が何を企んでいるかは知らんが、詮索している暇もないな」
 「企みとは言うな。私はただ、この2人を我らの神殿に招きたいだけだ」
 「正気の沙汰とも思えんが、それは今に始まったことではないからのう。ならばさっさと退くとしよう」

 そう言って、キャスターがさっと手を振るうと、体に奇妙な浮遊感を感じた。
 それから、わたしは意識をしばらく手放した。
 ・・・・わたしはまた、終わることができなかった。



~タイガー道場~

ロリブルマ「・・・・・・・・」

シロー「・・・・・・・・」

タイガ「シュコー・・・・シュコー・・・・」

(タイガ、なぜかガスマスクみたいなもの装備)

ロリブルマ「えっと・・・・タイガ?一体、どうしたのよ?その、失敗したゲリラみたいな顔は?」

タイガ「シュコー・・・・ウム、弟子一号。シュコー・・・・ここしばらく花粉が酷いもんだから、シュコー・・・・こうして対処しているのよ、シュコー・・・・」

ロリブルマ(なんか無意味に大袈裟すぎるっていうか、なんていうか・・・・でも、いつものことか)

タイガ「シュコー!」

(タイガ、ロリブルマに竹刀一閃)

ロリブルマ「なんで!?」

タイガ「シュコー・・・・その可愛そうな人を、シュコー・・・・見るような目で私を見るでない!」

ロリブルマ「え?元からでしょ?」

タイガ「この悪魔っ子めが・・・・!シュコー・・・・いつもいつも、シュコー・・・・どうして減らず口ばかり・・・・!シュコー・・・・」

シロー「とりあえず、その“シュコー・・・・”はどうにかできないのか?」

タイガ「ううむ・・・・シュコー・・・・そうは言われても、シュコー・・・・こればかりは何ともかんとも・・・・シュコー・・・・」

佐藤一郎「でしたら、ひとまずこちらをどうぞ」

タイガ「お。シュコー・・・・随分と気が利くじゃないの。シュコー・・・・それじゃ、シュコー・・・・早速・・・・」

(タイガ、背を向けて一郎が持参してきたものを装着)

タイガ「コーホー・・・・」

(しかし顔が某ファイティングコンピューターになってしまった)

シロー「ブッ・・・・!」

タイガ「コーホー・・・・(訳:って、なんじゃこりゃああああああああ!?!)」

佐藤一郎「ええ。シュコー、シュコーとならないようにわたくしが特別に拵えたものですが?」

タイガ「コーホー・・・・(訳:シュコーどころか人間の言葉さえも話せなくなってどうするのよ!?)」

佐藤一郎「ええ。黙らせたい方に装着させますと、より効果が期待できる一品にございます」

タイガ「コーホー・・・・(訳:それって、私の事か!?)」

佐藤一郎「他にも、ネコアルク様ですとか、薪寺様ですとか、ワカメ様ですとか、臥籐様ですとか・・・・」

タイガ「コーホー・・・・(訳:そんな連中ばっかりか!?)」

シロー(自分の教え子を“そんな連中”呼ばわりか・・・・)

タイガ「コーホー・・・・(訳:ウガガ・・・・絶妙に顔にフィットしてて、取れぬ・・・・!)」

ロリブルマ「アハハハハハハハ!タイガじゃ、ファイティング“コンピューター”じゃなくて、ファイティング“そろばん”ね!それにしても、なんだか可笑しいんだけど・・・・!」

タイガ「コーホー・・・・コーホー・・・・コーホー・・・・」

ロリブルマ「いや~・・・・()の中を取っ払うと、もう何言ってるかわからないわね」

佐藤一郎「さて・・・・藤村様もお静かになったことですし、そろそろ本題といきましょう」

シロー(黙らせるために、2ページも無駄にしたのか・・・・)

佐藤一郎「今回は、一日の長さが三日目のバーサーカー戦以来の長さとなってしまいました」

ロリブルマ「ああ・・・・そういえば、しばらくの間、一日四話の長さだっけ?」

シロー「よくよく考えてみれば、久々に一日で様々な勢力が出てきたのだからな。これまで、○○○対○○○という形だったのだからな。四話に収まらなくなったのも、無理はないだろう」

ロリブルマ「そういえば、話を進めている途中で、イサオを最終的にどうするか迷ったんだって?」

佐藤一郎「ええ。書いているうちに、そういう感情も沸いてきたのでしょうね。ですが、残念ながら、彼の結末はこちらに書かれているとおりとなりまして・・・・」

シロー「生きていた場合のことなど、色々と妄想を働かせていたらしいな」

ロリブルマ「これで、イサオルートでもあれば、きっと・・・・」

シロー「ともかく、次回は予告どおり外伝を掲載させてもらう」

ロリブルマ「ここで、消息のわからなかったあの人が出てくるかも・・・・?」

佐藤一郎「それでは皆様。ごきげんよう」

タイガ「コーホー・・・・(訳:誰かこれ、外しておくれ!!!)」



[9729] 外伝ノ五「Man with Iron Arms and Toughness Dreamer」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/05/22 05:28
 夜なお暗い繁華街。
 それでも、地上は月明かりや星明りを掻き消すほどの明るさに支配されている。
 ネオンと喧騒に包まれた繁華街ではあるが、その裏には必ずといっていいほど、そういった華やかさの届かぬ場所がある。
 この路地裏が、そうした場所の一つだ。
 ここでは、はみ出し者同士が喧嘩をする格好の場所となり、麻薬などの密売人がここで取引を行う。このような隙間のような場所には、そうしたものを引き付ける魔力のようなものが秘められているのかもしれない。
 そんなゴミ溜まりのようなこの場所に、蠢く人影が一つあった。

 「はあ・・・・はあ・・・・くそっ・・・・!」

 息を荒くして、壁にへたり込んでいるその男は、短く刈り上げられた髪をした、強面の男。見るからに、堅気の人間という風貌ではない、異国の男。だがしかし、単なるゴロツキというわけでもない。その男の身形で一番目を引くのが、腕だ。機械仕掛けを思わせる、異形の腕。その腕もボロボロで、しかも左腕にいたっては完全に千切れてしまっていた。

 「はあ・・・・はあ・・・・チッ・・・・負け犬も、ここまでくればさすがとしか、いいようがねえな・・・・」

 この男、シモン・オルストーは魔術師である。
 彼はたった一つの願望機を巡る儀式、聖杯戦争に自らのサーヴァントを従えて参加した結果、敗れ去った。敵に支配されてしまった自分のサーヴァントに腹を突かれ、遠くまで蹴り飛ばされて・・・・
 だが、そうでもされなければ、彼は敵に殺されていたかもしれない。

 「しかし、傷が治ったはいいが、これじゃあ、なあ・・・・」

 シモンはそうぼやいた。
 彼のサーヴァント、ランサーの持つ槍は、敵に不治の傷を負わせる呪いを秘めているという。このため、腹の傷の悪化を遅らせるために、そこに魔力の回復を集中させたが、ランサーの槍の呪いは非常に強力なものであるため、ほんの気休め程度でしかない。時には、熱を操ることのできる彼は、高熱を以って火傷させることで、傷口からの出血を抑えることもあった。そのせいで、何度も気絶しかけたこともあった。
 このため、彼の腕となっているゴーレムの腕を普通の人間の腕に変形・維持させるだけの魔力を回すことができない。
 その傷も今では、呪いの効果が消えている。また、聖杯戦争の参加者の証である、令呪も今では消えている。それの意味するところはつまり、彼のサーヴァントの死を意味する。

 「あのヤロウ・・・・おれになんの詫びもいれねえで、勝手に逝きやがって・・・・」

 彼とサーヴァントの関係は単なる主従関係ではない。
 短い間ではあったが、そこに確かな絆があったのかもしれない。

 「とはいえ、どうしようもんかねえ・・・・?」

 傷の呪いは解けたが、完全に癒えたわけではない。それでも呪いが解けた分、今までより魔力を傷の回復にあてることができるようになったので、いくらか状況はマシだ。
 そんな状態に加えて、飛ばされた際に左腕がちぎれてしまったため、彼の愛車であるバイクでの移動もままならない。
 彼は今日まで、残飯を食い漁ってどうにか飢えを凌いできた。食べ物の状態は、他の国と比べればかなりマシなほうだ。飽食と言われるのも、頷ける話だ。
 だが、いつまでもこのままというわけにはいかない。彼は使い魔を通して、この土地の管理人や馴染みの者との接触を試み、また聖杯戦争に関する情報を集めている。

 「とりあえず、しんどいが、動くとするか・・・・」

 彼はよろよろと立ち上がり、フラフラとした足取りで歩き始めた。
 いつまでも一箇所に留まっているわけにはいかない。それは、ある意味では根無し草である彼の処世術でもある。
 シモンは、闇の中へと消えていった。



 「・・・・う、ん・・・・・・」

 深夜であるにもかかわらず、知保志マコは目が覚めてしまった。
 近頃、どうにも寝つきが悪い上に、眠りも浅い。学校でも、たまに居眠りをしてしまう。

 (・・・・喉、渇いたな・・・・お水・・・・)

 マコはモソモソと布団の中で動くと、そのまま上体を起こした。それからベッドの近くに立てかけてあった松葉杖を手に取り、ベッドから這い出て、そして松葉杖を使って立ち上がった。
 二本の杖を使いながら、ゆっくりと前へ進み、部屋から出た。
 小学生の頃、階段から落ちたせいで足を悪くしてしまった彼女は、二階にあった部屋を一階へと移された。以降は、自宅から病院へと通い、懸命にリハビリに励んでいた。

 (どうなっているんだろう・・・・?最近、何だかおかしいよ・・・・)

 マコはゆっくりとした歩みで、おぼろげにそう思った。
 彼女の住む街では、近頃よく失踪者が出るようになってしまっていた。そのほとぼりも冷めたと思った矢先に、病院での顔馴染みが消息を絶ってしまった。それどころか、その顔馴染みの見舞いによく訪れていた彼女の友人も、近頃ではめっきり姿を見せなくなってしまった。猟奇事件が発生するようになってしまったのは、それからのことである。
 こうした滅入るような出来事ばかりで、しかもそれに自分の親しい人間が巻き込まれたかもしれないと思うと、流石の彼女でも参ってしまう。

 (どうして、こんなことになっちゃったんだろう・・・・?こんなこと、いつまで続くのかな・・・・?)

考えれば考えるほど、だんだんと塞ぎこんでしまう。
 その問いの答えなど、どこにもあるはずがない。
 そうこうしているうちに、居間へと辿り着き、そのまま台所へと向かった。
 台所へ着くと、まずは食器棚からコップを一つ取り出し、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを一本取り出した。ボトルからコップへと注がれた水を一杯、飲み干す。使ったコップを、流しへと置く。
 これまでのリハビリの甲斐あって、今では松葉杖なしでも立つことができるようになった。とはいえ、立つだけでも神経が張る上に、移動するのに苦労が伴う。
 そのため、水を飲むだけでも相当疲れる。これでも、前に比べれば体力はついてきたほうであり、移動の際も彼女なりに工夫している。
 ともかく、台所、そして居間から出ようとした、そのときだった。
 庭で妙な物音が聞こえた。

 (何だろう・・・・?)

 マコはそれが妙に気になって、庭に通じる窓まで向かった。

 「キャ・・・・!」

 彼女は思わず、上ずった声を出してしまった。
 暗くてはっきりと見えないが、庭で誰かが倒れているのが見えた。
 マコは急いで(といっても、移動速度に変化はない。単に、本人の気持ちの問題)庭へと出て行った。サンダルを履き、庭へ降りると、そのまま倒れている人物の近くへと駆け寄った。
 男だ。

 「あの・・・・!大丈夫ですか!?」

 マコは膝立ちになると、松葉杖を脇に置いて、倒れている男の体をゆすった。
 そんな中、彼女は男の体を見て、あることに気付いた。

 「これって・・・・・・!?」

 マコは男の左腕がないことに気付いた。
 そして、だいぶ目が暗さに慣れてきたのか、今度は男の右腕が目に入った。どう見ても、人間らしい腕をしていない。まるで、ロボットのような腕・・・・
 すると突然、男の体がピクリと動いた。
 マコがそれに多少驚きつつも、声を掛けようとするが、男が起き上がったために、マコは尻餅をついてしまった。
 よろよろと力なく立ち上がる男を見上げた。その顔の造りはどう見ても日本人のそれではなく、明らかに外国の人間のそれだった。まだ若いように見える。二十代ほどだろうか。そして目線を下げてみると、男はどういうわけか、腹を押さえている。
 そんなマコの視線に気付いたのか、男はその厳めしい顔を彼女の方へ向けた。男は若干、目を丸くしていたが、それもすぐに引き締まった。
 すると、男はそのロボットのような腕をマコのほうへと伸ばした。
 マコはそれに威圧されたのか、妙な不安が彼女の体を包み込む。
 しかし、彼女はある場所に目が行くと、すぐに四つん這いで進み、男に近寄った。男はハッと何かに気付いたものの、すでに懐に潜り込まれ、自分の腹を凝視されていた。

 「こ、これ・・・・・・」

 マコは開いた口が塞がらなかった。
 男の腹に負っている傷は重症だということは、素人目から見てもわかる。

 「よ、よせ・・・・!」

 男はそれ以上自分の傷を見られまいとして、マコを突き放した。
 そのせいで、マコはまたもや尻餅をついてしまったものの、すぐに手を伸ばして松葉杖を手に取り、立ち上がった。

 「ちょっと待っててください!今、救急箱とか取ってきますから!」
 「余計なことは、するな・・・・!」

 マコは家の中へ入って必要な物を取りに行こうとするが、男はそれを制止したため、男のいる方向へと向き直った。

 「・・・・おれのことは構うな。とにかく、今おまえが、ここで見たこと・・・・すべて、忘れさせてもらう。安心しろ・・・・なにも、命を、とろうってわけじゃねえ・・・・」

 男は息を切らしながら喋っている上に、顔も苦痛で歪んでいる。
 それでも、男の顔や言葉には、言葉で言い表せないような凄みに似た何かが帯びていた。
 マコは男が日本語を喋れること、そしてどういうわけか手当てを拒もうとしていることに驚きを示していたが、それでも臆することなく言った。

 「構うなって・・・・あなた、傷もひどいし、腕もそんなのになってるっていうのに、放っておけるわけないじゃないですか!」
 「それが余計なことだって・・・・いってるんだよ・・・・・・!」

 男は声を絞り出しながら言った。

 「とにかく、おまえ・・・・見たところ、足・・・・悪いじゃねえか・・・・そんなおまえに、何ができるって・・・・いうんだよ・・・・?」
 「それだったら、そっちだって腕が片方なくなってるじゃないですか!」

 男は思わず目を丸くしてしまった。ここまで言い返されるとは思ってもいなかったのだろうか。
 しばらくあたりは静まり返り、マコは男をジッと見据えていた。
 男は渋い顔をしながら頭を一頻り掻くと、マコに言った。

 「・・・・だったら、条件がある」
 「条件?」

 どうやら、早くも根負けしたようだ。やはり腹の傷のせいで、そこまで気力が持たなかったようである。
 男は渋々ながら言った。

 「まずは・・・・このことは、誰にもいわないこと・・・・それだけは、なにがあっても、守れ・・・・」

 マコはこくこくと頷いた。

 「それと、もう一つ・・・・」

 マコは息を呑んだ。

 「・・・・とりあえず、なんか腹に収まるもの・・・・くれ」

 マコは少し、ガクッとなった。



 「フウ・・・・これで、少しはマシになったな・・・・」

 マコの部屋で手当てを受けた男は、腹に巻かれた包帯をさすりながら言った。
 ただし、マコはこういった応急手当に不慣れではあったが、男自身も手伝ってくれたおかげで、思いのほか滞りなく手当てを終えることができた。
 そうして、男はマコが用意した調理パンを一袋、手に取った。

 「あの・・・・袋開けますか?」
 「ああ?大丈夫だ、そんなの。こういうのはな・・・・」

 男は手にしている調理パンの袋の端を口に銜えると、そのままビリビリと袋を破いた。
 それから、男は調理パンを頬張る。
 マコはそんな男をまじまじと見つめていた。

 「あん?おれの顔に何かついているのか?」
 「あ、いえ。顔じゃなくて、それ・・・・」
 「あー・・・・」

 男は困ったような顔をした。
 マコが尋ねているのは、男のその異形の腕だ。男はどう言っていいものか、返答に窮しているようだ。

 「あー、と・・・・つまり、これはだなあ・・・・」

 そんな風に男が言いあぐねていると、マコは躊躇いがちに言った。

 「・・・・なんていうか、随分と変わって義手ですね」
 「・・・・・・ん?」

 男は若干、呆気にとられてしまったようだ。

 「えっと、私もそういうの使っている人とか見るんですけど、それって大体人の形をしているじゃないですか。でも、こんなロボットみたいな義手、初めて見ました」

 男はひとまず、コップに入っている麦茶を一口飲んだ。それから、困ったような、安心したような、微妙な顔をして言った。

 「・・・・・・まあ、そんなところだな」

 男は調理パンを食べ終え、コップの中の麦茶も飲み干した。

 「さて、と。腹に入れるもんは入れたわけだし、とにかくごちそうさん」
 「え?まだありますけど?」
 「そこまで世話かけられねえよ。とにかく、おれはここいらで・・・・」

 そう言って、男は立ち上がろうとした。

 「・・・・・・とと」

 しかし、足元がふらついてしまった。

 「ホラ、まだジッとしていなきゃダメじゃないですか」
 「ジッとって、あのなあ・・・・」

 男は頭を掻きながら言った。

 「ジッとって、いつまで?」
 「いつまでって・・・・そりゃあ、元気になるまで」
 「それで?どこでジッとしてりゃいいんだよ?」
 「どこでって・・・・・・」

 ここで、ようやくマコは男が言わんとしていることに気付いたようだ。今度はマコが言葉に詰まってしまった。

 「ほれ、見ろ。おまえにだって親御さんはいるんだろ?それなのに、家の中にいきなりこんなチンピラみてえな男がいてみろ。度肝を抜くどころの話じゃねえぜ?」

 男は呆れながらそう言った。
 だが、男の話を聞いているマコは、目を丸くしていた。

 「なんだよ?まさか、考えつかなかったとかいうんじゃねえだろうな?」
 「あ、いえ・・・・意外としっかり考えているんだなって・・・・」

 男はまたもや立ち眩みがした。何か、目に見えない重みがのしかかったようで。

 「思ったよりも失礼なやつだな・・・・おれはマトモなことしかいわねえんだよ」
 「・・・・言っていることはわかりました。でも」

 マコはまっすぐに男を見据えて、言った。

 「でも、やっぱり放っておけません。傷がよくなるまで、安静にしていてください」

 マコの言葉には、容易くへし折れない芯のようなものが通っていた。
 それでも、男は目つきを鋭くして言い返した。

 「・・・・なら、どこで寝てろっていうんだ?」

 男の言うことはもっともだ。
 この家にいることが家族に知られれば、まず間違いなく不審者として扱われるだろう。それこそ、男の言っていた条件に反することになるし、家族にも迷惑をかけるだろう。
 マコは頭を悩ませたが、すぐに何か閃いた。

 「・・・・そうだ。あそこなら・・・・!」
 「ん?あそこって、どこだ?」
 「私の部屋」

 男は倒れそうになったが、それをどうにか踏みとどまることができた。

 「お、お・・・・おまえの部屋って、なに考えてんだ!?」

 男が素っ頓狂な声を上げたため、マコは人差し指を口元に当てて「しー・・・・」と静かにするように促した。注意された男は、色々な意味で顔を赤くしてしまった。
 それから、しばらく家の中は静かになった。

 「・・・・よかった。お母さん、起きてないみたい」
 「・・・・ああ。悪かった」

 男は気まずそうにしていたが、元の調子に戻して言った。

 「・・・・で、おまえの部屋って、どういうことだよ?」
 「あ。正確には、私の部屋だった場所が、二階にあるんですけど、そこなら今はほとんど使われていません」
 「・・・・つまり、その空き部屋が前におまえの部屋だったっていうんだな?」
 「はい」

 男はガックリと項垂れてから言った。

 「・・・・そういうことは先にいってくれよ」
 「はあ、どうもすいません」
 「まあ、いいや。そこまでいうんなら、泊まってやってもいい。よく考えれば、雨風しのげる所で寝られるだけラッキーだからな。おれもどうにかして見つからねえようにするから、それでいいだろ?」
 「は・・・・はい!」

 マコはそれが嬉しかったのか、ぺこりと頭を下げた。

 「じゃあ、場所は階段を上って、まっすぐ行ったところの正面にありますから」
 「オーケー、オーケー」

 男は手を振って、ドアの前まで進んだ。そこで止まったのは、どうやら辺りに人がいないかどうか伺っているようだ。そうしていないことを確認すると、ドアノブに手を掛けようとした、そのときだった。

 「・・・・それと、さっきは突き飛ばしたりして、悪かったな・・・・」

 男は一言詫びてから、部屋を出ようとした。

 「待ってください」

 マコは男を呼び止めた。

 「これを・・・・」

 マコは、男がまだ手につけていない調理パンの袋を手に取り、そうして立ち上がって、男にそれを差し出した。

 「・・・・ありがとうな」

 男は口元で微かな笑みを浮かべながら、マコの調理パンを受け取り、部屋から出た。
 男が去ってからしばらくすると、マコは床に置いていた松葉杖を持って、ベッドまで移動した。それからベッドに腰掛け、松葉杖をベッドの脇に立てかけておくと、そのまま布団の中へ潜り込んだ。
 天井を見上げながら、マコは思った。

 (それにしてもあの人、一体何なんだろう・・・・?もしかして、本当にロボット?)

 そんな取り留めのないことを考えていた。

 (まさか、ね・・・・でも、ドラ焼きとかコロッケとか好きなロボットもいるわけだし、意外と本当にロボットだったりして・・・・でも、あの傷って、人間のだよね・・・・?じゃあ、改造されたサイボーグとか・・・・)

 すると、マコは苦笑まじりに溜め息をついた。

 (私ってば、何考えているんだろう・・・・?)

 そんなものはただの空想でしかない。現実で起こりえないことだ。しかし、そんな空想を思い浮かべるようなことはここしばらくなかった。



 それから、数日が経過した。
 突如やって来た訪問者は基本的に、あの空き部屋でジッとしているらしく、食べ物も親がいない時間帯や隙を見計らって、マコがひそかに男に渡している。
 そして男の存在はいまだに親には知られていない。
 特に母親が掃除をしに二階へ上がっていったときは、さすがに冷や汗をかいた。
 それでも、男の存在は知られていない。
 マコはそれにホッと胸を撫で下ろす反面、何か言い知れぬ不気味なものを感じた。

 そんなある日。
 マコが病院から母親に車で迎えに来てもらったときの、帰りのことだった。
 他愛ない話をしているときに、母親が切り出した。

 「ところで、マコ。冷蔵庫の中の食べ物がちょくちょく減っているみたいだけど、もしかして、つまみ食いでもしてるの?」
 「え?うん。まあ、食べ盛りだし」

 もっとも、食べているのは自分ではないのだが・・・・
 ただ、親のいない時間帯に、サイボーグと思しき男に、ゴミはどこに捨てればいいのか尋ねられたことがあった。
 怖そうな外見に反して、本当に、意外としっかりしているのだとマコは思った。

 「そう?でも、そんなつまみ食いばっかりしてたら、太るわよ?」
 「だいじょうぶだって、そんなの」

 だって、一口も食べていないし。
 そういえば、出されたもの以外には一切手を出してないな。
 マコはあの男のことをふと思い浮かべた。正直に言って、冷蔵庫の中を自分から漁りに来るかもしれないと思ったのだが、そんなことは一度もなかった。
 少し失礼な考えかもしれないが・・・・

 「・・・・それと、包帯知らない?」
 「・・・・・・・・え?包帯?」
 「そう、包帯よ。包帯」

 マコは、心臓を鷲掴みにされたかのような心地に陥った。
 赤信号になったため、車は止まった。

 「昨日、オ口ナイン塗ろうと思って棚の中開けてみたんだけど、そしたら包帯が減ってたのよ。何か知らない?」

 マコの体中から冷や汗がブワッと流れ出た。
 正直、それに関する質問は想定していなかった。包帯をはじめ、薬や絆創膏などの入った棚は滅多に開けられることはないと高を括っていたからだ。
 だがよく考えてみれば、耳かきに使う綿棒もあの棚に入っている。ならば、いくら滅多に使われない包帯がほとんど奥に仕舞われているとはいえ、ばれてしまうのは自明の理だ。
 挙句、謎の外国人Aの存在まで露呈してしまったら、おそらくは父親を交えての家族会議・・・・
 まずい。
 それだけはまずい。
 非常にまずい。
 地獄の果てまでまずい。
 それだけはなんとしてでも、避けなければならない。
 だが、このまま黙っていると母親に怪しまれてしまう。
 とにかく、何か喋る。

 「えー、とね・・・・・・おかあさん・・・・」

 とりあえず口は動いた。
 しかし、それに続く言葉が出てこない。

 「どうしたの?マコ?」

 やばい。
 変に怪しまれてしまった。
 とにかく、収縮しきってしまった脳をフル回転させる。

 「あのね・・・・すごく、言いにくいことなんだけどね・・・・・・」

 やっぱり都合のいい言い訳など思い浮かばない。
 どうにか言葉で時間稼ぎをする。

 「その・・・・驚かないで聞いてほしいんだけど、あのね・・・・・・」

 女子高生、知保志マコ。
 このとき、テレビなどでよく見かける、質疑応答に答える政治家やお偉いさん方の気持ちを理解してしまった。

 「どうしたのよ?そんなに、言いにくいことなの?」

 ウウ・・・・もう、ダメ・・・・
 こうなったら、ままよ!
 ようやく青信号になって、車が発進した。

 「実は、その・・・・野良犬」
 「野良犬?」
 「そう、野良犬。最近、家の前ですごい怪我をした野良犬を見かけて・・・・それで、放っておけなかったから、包帯を使っちゃったの」

 ザ・でまかせ。
 イッツ・即興。
 よくもまあ、ここまで言えたものだなと、我ながら感心してしまった。
 ただし、怪我したのは犬じゃなくて、人だけど・・・・もしかしたら、ロボットとかサイボーグとかそんな感じかもしれないけど。

 「野良犬って・・・・もしかしてセントバーナードか何かなの?」

 セントバーナードっていうよりは、ジャッカルかも・・・・ていうか、犬じゃないけど。

 「あ。そういえば・・・・」

 え?
 何?
 何なの?
 妙な不安がマコを掻き立てる。

 「何だか近頃、家の近くでよく見かけるようになったのよ。野良犬が・・・・」
 「・・・・・・・・え?」

 ど、どうゆうこと?

 「でも、何だかちょっと気味悪いのよね。何がって言われても逆に困るんだけど、なんていうか、犬っぽくないっていうか・・・・もしかして、怪我した犬ってそういうのかしら?」
 「・・・・・・う、うん!そんな感じ」
 「どうしたのよ、本当に?何だか、ちょっと変よ?」
 「え?そ、そんなことないよ!私、いつも通りだよ!」
 「そう?なら、いいけど、世話も程ほどにしておきなさいよ」

 あ、危なかった・・・・
 思わぬ形で危機を脱し、マコは安堵の息をついた。

 「・・・・でも、今ぐらいでいいんじゃないかしら?」
 「え?」

 母親の言っている意味が、マコにはわからなかった。
 もっとも、それは少し気を抜いたせいでもあるのかもしれないが。

 「ほら。近頃、少し気が滅入っていたでしょ?まあ、ここのところ、いやな事件ばかり続いているものね。だから、今ぐらいの調子でいいんじゃないのかしらって思うのよ」
 「お母さん・・・・」

 確かに、気落ちしていたのは事実だ。
 それも、そういう事件に自分と関わりのある人間が巻き込まれたかもしれないと思えば、なおさらだ。
 だが、もし母親が言うように、塞ぎこんでいた気分が少し晴れたのだとすれば、きっとあの人のおかげかもしれない・・・・
 マコは、そう思うことにした。
 ただ、本当のことが言えないために、両親に対して申し訳なく思っているのだが。
 とはいえ、男の傷の経過も良くなってきている。
 別れも、近いのかもしれない。



 夜、シモンは暗い部屋の床の上で横になっていた。
 昼間は基本的に大人しくしている。
 人のいない時間を見計らって、庭に出て自分の使い魔たちから現在の聖杯戦争に関する情報収集、そして管理人である守桐家や自分の腕を修繕してくれる者との連絡を試みていた。マコの母親が見た野良犬とは、彼が放った使い魔に他ならない。
 またそれ以外は部屋でジッとしているが、流石の彼でも他人に自分の存在を知られてはまずいので、この部屋に簡易な人払いの結界を張っている。おかげで、この部屋に入られることは一度もなかった。
 一応、世話になりっぱなしは彼の性に合わないのか、この部屋の掃除は自分で行っているようだ。もちろん、自分一人の時に。
 夜も、この部屋で大人しくしている。
 大体においては、マコの家族との団欒に耳を傾けているか、彼女の話し相手になるかのいずれかであった。
 聞こえてくるのは、他愛ない家族の談話や和やかなテレビ番組の音声。
 マコから聞かされるのは、彼女の友人の話や学校でのこと、そして病院での話・・・・

 「どっちにしろ、おれには縁のないもんばっかりだが・・・・」

 シモンはそう呟いた。
 彼は、これでもれっきとした魔術師の家の出である。
 ただし、いわゆる名門のような古い歴史もなければ、かといって新興の家でもない。いわゆる、中堅どころだ。それでも、「」に対する執念に似たようなものは他の魔術師たちに引けを取らない。
 しかし、「」に対して何の興味も持てないシモンは、家の中でも浮いた存在だった。それに加えて、上には兄二人がいる。魔術は基本的に一子相伝。家督は長兄が継ぐだろうし、次兄は独立してでも、魔術の探求をやめないはずだ。
 だが、シモンはそんなものよりも、バイクだとか、街の喧騒だとかいったものに関心を持っていた。年齢が上がるにつれて、夜遊びに興じるようになり、悪友たちとつるんだりもした。もちろん、彼は自分が魔術に関わる者だという自覚を持っていたが。
 とはいえ、ただでさえ探求にしか感心のない家族から蔑ろにされていたのが、そうすることで余計に拍車をかけていた。彼らにとって、子供も自分たちの目的を達するための“道具”でしかなかった。
 そんなある日、家で保管してあったゴーレムが、何らかの不具合により暴走してしまった。それに巻き込まれてしまったシモンは、ゴーレムをどうにか破壊できたものの、自身の両腕を失うこととなってしまった。
 これに伴い、彼は父親により、ゴーレムの残骸からその腕を繋ぎ合わされることとなった。驚くことに、彼はゴーレムの腕と見事に“融合”を果たした。
 それが、彼が父親から唯一受け取ったもの。
 これにより、彼は家から勘当されることとなった。無理もない。事情が事情とはいえ、ゴーレムを破壊してしまったのだ。あの腕は、その餞別といったところか。
 その後、彼は正式な魔術の師の下で修練を積むこととなり、そうしてゴーレムの腕を制御できるようになった。
 それから、彼はフリーランスの魔術師となり、現在に至る。
 シモンは、包帯の巻かれた腹をさすりながら呟く。

 「・・・・ま、こんなもんか」

 傷の具合も大分良くなった。彼とて、ただ単にジッとしていたわけではない。自身の魔力を傷の回復にあてていた。
 おかげで、英気を養うことができた。
 だが、それもここまでだ。
 シモンは立ち上がる。

 「・・・・とりあえず、顔ぐらいは出しとくかな」

 そろそろ、家中の人間も寝静まった頃。
 傷も回復し、十分に動けるようになった今、もはやここに留まっている理由などない。
 それならば、せめて自分をここにいるよう言ったあの少女に別れを告げるべきだ。
 場合によっては、自分に関する記憶を消去することもありうる。いや、彼は彼女に自分のことを忘れるよう暗示をかけるつもりでいた。
 部屋から出たシモンは、そのまま階段を下りて一階に出た。
 少女の部屋のある方向へと目を向ける。
 僅かに開いているドアの隙間から、薄明かりが射し込んでいた。

 「まだ起きているみてえだな・・・・」

 そうしてシモンは部屋に近づいていった。
 ドアの前に立ったシモンは、その隙間から部屋の中が見えてしまう。
 勉強机のスタンドのみが点けられている中、少女がそこに向かって何か作業をしている。宿題だろうか?
 少女はシモンが来たことを察したのか、こちらに振り向いた。

 「あ。ロボットさん、来てくれたんですか?」

 しばらくの間、ここで過ごしていたが、どうにもこの呼び方だけは慣れない。

 「あなたは、もしかして・・・・ロボット、ですか?」

 それがこの家に来てから話し相手になった際、開口一番で尋ねられたことだった。
 まさか自分がこのように思われることになるとは、予想すらしていなかった。まあ、この腕を見れば、そう思ってしまうのも、仕方のないことだが・・・・
 これはきちんと自分の名前を名乗らなかったシモンにも問題があるのだが・・・・

 「・・・・まあ、そんなところだ」

 ・・・・などと、なんとなく濁すような答え方をした瞬間、あの少女の中ではシモンはロボットとなってしまった。
 そもそも、魔術とロボットを生み出す科学は相反するもの。おそらくは、魔術協会や聖堂教会のように、過去に弾圧を受けた科学者たちやその末裔による秘密結社もあるのだろうが、それはシモンの与り知らぬこと。仮にあったとしても、きっと協会などと不可侵を結んでいるのだろう。

 「・・・・入るぞ」

 ともかく、シモンは拍子抜けしながらも、部屋の中に入っていった。

 「どうしたんですか?ロボットさんから来るなんて、珍しい」
 「まあ、ちょっとな・・・・・・ん?」

 そうしてシモンは、少女の机の上のノートが目に入った。
 少女は、それに何か書き込んでいる様子だ。ただ、単なる勉強のためのノートとは違うように見受けられる。

 「・・・・なんだ、それ?」

 シモンは思わず尋ねてしまった。
 すると少女は、少しはにかみながら、何か巡らせていたようだ。

 「・・・・せっかくだから、見せようかな?こういうのは、他の人に見せたほうがいいんだろうし・・・・」

 何か独り言を呟いていると、少女は腹を括ったのか、ノートをシモンに差し出した。

 「どうぞ」

 シモンはそれを受け取り、その中身を見た。

 「こいつは・・・・」

 書かれていたのは、何かの脚本のようなものだった。
 登場人物の設定やら、場面設定、さらに細かな演出までしっかりと書き込まれていた。まだまだ拙さはあるものの、悪い内容ではない。
 シモンは片手で器用にページをめくる。

 「・・・・それで、どうですか・・・・?感想、とか・・・・・・」

 少女は若干もじもじしながら尋ねてきた。

 「ん?いいんじゃねえか?おれは面白いと思うぜ。ま、おれはこの道の者じゃねえから、気のきいた批評とかはできねえけど」
 「そうですか!」

 それを聞いた少女は、顔をパッと輝かせた。

 「ところで、何だ?芝居かなんかの脚本家にでもなりてえのか?」

 シモンはノートを少女に返すと、そう尋ねた。

 「ええ。まあ・・・・昔は女優になりたかったんですけどね・・・・」

 シモンは迂闊なことを聞いてしまったと思ってしまった。
 この少女とて、最初から足が不自由だったわけではない。普通に、二本の足でしっかり立って、歩いて、そうした時期に女優となって華やかな舞台に立つことを夢見ていたのだ。
 しかし、何らかの原因で今のような足となってしまい、夢を絶たれてしまった・・・・

 「・・・・ところで、今日も話、聞いてもらえます?」

 少女は改まってそう言った。
 今までの話とは何か違う。
 そう感じ取ったシモンは、黙ってその話を聞くことにした。

 「・・・・あのですね、私に友達がいるんですよ。小学校からの友達が・・・・」

 彼女の親友の話ならば、シモンは何度も聞いた。
 学校での友人、病院でよく会う友人・・・・その“友達”というのは、この中にいる人間だろうか?それとも、初めて聞く人間だろうか?

 「その子、転校してきたばかりで、まだ右も左もわからないようなときから仲良くなって・・・・最初は暗い顔をしていたんですけど、少しずつ、少しずつ明るくなっていったんです・・・・」

 そうした日々を懐かしむように、顔を上に上げる少女。
 話はなおも、続く。

 「それで、学習発表会っていうのがあって、そこで全部の学年が劇をやったり、演奏したりするんですよ。それで私、自分の学年の劇のヒロインを演じることになったんですけど、こうなっちゃいましたから・・・・」

 その時点で、少女の夢は失われてしまった。
 それまで、舞台の上に立つことに生きがいを感じ、夢を持っていたその少女は、二度と舞台に立てない体となってしまった・・・・

 「でも、私の代わりにその子がヒロインを演じることになって、劇は成功したんですけど、その子・・・・ぜんぜん嬉しそうじゃなかった。前からやりたかったはずの役を演じられたのに・・・・」

 嬉しくなかった・・・・?
 どういうことだ?自分が望んでいた役ならば、喜ぶはずだろう。ましてや、劇が成功したのならば、なおさらだ。

 「・・・・きっと、自分を責めているんだと思います。なんとなくですけど、私がこうなったのは自分のせいだって思っていて、それが負い目になって、今も苦しんでいるんだと思います」

 言わんとしていることはわかる。
 かたや女優を志し夢見ていたにもかかわらずその夢を見られなくなり、かたやそんな親友を尻目に自分だけ舞台に立っている・・・・
 後ろめたい気持ちになってしまうのも、わからないでもない。
 だが、たったそれだけで一生物の傷になるようなものなのだろうか?
 そう尋ねようとしたが、少女の目に制されたような気がした。
 それに関しては聞かないで、と言わんばかりに・・・・
 シモンが口を噤むと、少女は続けた。

 「だから私、お芝居への夢は諦めないことにしました。こんな足でもできることはあるかもしれませんし、女優の夢だってまだ諦めたわけじゃありません。だって私、その子にこう言うつもりなんですから」

 少女は言った。

 「“私は大丈夫。あなたのせいじゃない。誰もあなたのことを責めたりなんかしていない”って・・・・」

 その瞳は真っ直ぐで一点の曇りもなく、力強ささえ帯びていた。
 立つことさえ難しいその小さな体の一体どこに、こんな逞しさが備わっているのだろうか?

 「そうかい・・・・」

 少女のその揺るぎない言葉を聞いたシモンの口元には、ふと微かな笑みが浮かんでいた。

 「ま、それならそのうち伝えられるだろうさ。おれと違ってな・・・・」
 「え・・・・?」

 少女の顔に、一瞬戸惑いの色が浮かぶ。
 シモンがこの少女に自分のことを話すのは、これが初めてだ。

 「・・・・おれがこの国に来たのも、頼まれたもんを手に入れようとしてな・・・・それも、二人一組じゃなきゃ参加できねえルールでよ」
 「・・・・それって、何かのゲーム大会みたいなものですか?」
 「まあ、そんなとこだな」

 もっとも、ゲームと呼ぶにはあまりにも過酷で、あまりにも不条理なのだが。

 「・・・・で、おれと組むことになったそいつとは縁も所縁もねえが、それでもあそこまで気心が知れたのは後にも先にもあいつぐらいのもんさ。けど、見事脱落。そいつももう帰っちまった。もう会うこともねえだろう」

 シモンは大げさに肩をすくめてみせた。

 「・・・・ま、別れ際にあいつがおれのこと、どう思っていたか、知らねえけどな」

 そう言って、シモンは少女に背を向けた。
 そんなシモンを察したのか、後ろから少女の声が聞こえてくる。

 「・・・・ロボットさんは、その人のこと、責めてますか?」
 「いや、ぜんぜん。これっぽっちも」
 「・・・・じゃあ、その人もロボットさんのこと、責めていないと思いますよ」
 「・・・・だといいけどな」

 シモンは、自分の相棒となったあの勇者の最後を知らない。
 シモンの槍となったその勇者も、シモンが今こうして無事でいることも知らない。
 ならば、そうであると願うだけだ。
 それだけでも、心が軽くなるような気がした。
 シモンは少女のほうへと振り返り、懐から何かを取り出した。
 小さな紅い石が金細工にはめ込まれた、タリスマンだ。

 「こいつは宿賃だ。ま、おれなりの礼だと思って受け取ってくれや」
 「これ、きれい・・・・・・」

 少女は思わず、そのタリスマンに目を奪われてしまった。

 「けど、おれのことは誰にも言わないでくれよ。それこそえらいことになりそうだし、第一、誰も信じねえだろうからな」
 「はい。わかってますって」
 「なら、いい」

 そう言って、シモンはタリスマンを少女に渡した。
 そしてシモンは部屋から出ようとすると、そこで立ち止まった。

 「ああ、そうそう。もう一つ、宿賃な」

 少女は、少し首を傾げてしまった。

 「この街に、支杭沼ってとこがあるだろ?」
 「え、ええ・・・・・・」
 「しばらくの間、あそこには近寄らないほうがいい。それだけだ」

 シモンはそう言って、部屋のドアを開け、外に出た。

 「じゃあな。カギ、閉めろよ」

 そう言ってシモンは部屋のドアを閉め、そのままその足で玄関のドアから家の外へ出て行った。
 そうして、家から離れようとしたときだった。

 「あの・・・・・・!」

 どうやら、あの少女が後を追って、自分を呼び止めたようだ。
 しかしシモンは振り返らない。
 しばらく静けさが広がると、ようやく少女の声が聞こえた。

 「・・・・・・どうか、お元気で」

 シモンはそれでも振り返ることなく、片腕を振り上げて別れを告げ、歩き出した。

 あの家から離れて、しばらく経った。
 あの子に、暗示は必要ないだろう。あれならば、墓の下まで自分に関する記憶を持っていくはずだ。
 シモンは、軽やかな足取りで前へ進んだ。

 「お?」

 ふと、シモンは何かに気付いた。
 視線の先には、一匹の黒猫がいた。

 「ようやくお出ましか・・・・」

 その黒猫は、使い魔だ。
 これで、片腕だけの生活とも、おさらばできる。
 願わくは、これであの“青”がこの街にやってこないことを願うだけ・・・・



 マコは玄関の鍵を閉め、部屋へ戻っていった。
 一瞬、男の名前を尋ねようとも思ったが、そうしないことにした。
 もう、彼に会うこともないだろう。

 「それにしても、支杭沼か・・・・」

 あそこは、地元の悪がきや命知らずはおろか、自殺志願者でさえも近づこうとしない。もともと、あのあたりに行く機会などなければ、近づくこともない。
 支杭沼には近づくな。
 とりあえずは、その言葉だけ留めておくことにした。
 そんな折に、何気なく窓から空を見上げた。

 「あ。月だ・・・・」

 見上げた夜空はどこまでも澄み渡っていて、輝く月はどこまでも冴えていた。
 なぜだかわからない。
 けれど、この街を覆っている暗雲も晴れるかもしれない。
 そう、マコは思った。
 そしてそのときは、あの子に纏わりついている深い、深い闇も晴れるのだろうか。
 そのためにも、自分ももう一歩踏み出さなければ。
 マコは、名前も知らない、ロボットかどうかもわからない彼から受け取ったタリスマンを握り締めて、そう決心した。



異なる顔をした運命。
偽りの饗宴。
終幕は、近づきつつある・・・・



~タイガー道場~

シロー「外伝、か・・・・随分と久しぶりのような気もするな」

佐藤一郎「まあ、それも仕方ないでしょう。何しろ、前回まで一日終わるのに、随分と時間が掛かりましたから」

シロー「ともかく、これでようやくクライマックスへ向かう、といったところか」

佐藤一郎「ええ。そうですね」

シロー「思えば、ここまで長かったものだ・・・・ここまでくると、感慨深いものがある」

タイガ「時には、“こんなの書いて、誰が面白いと思うんだ・・・・?”とか“ああ、なんかめんどくせーや”とか思って、迷走することもあったけれど、ようやくゴールが見えて・・・・」

ロリブルマ「ていうか、誰も見向きもしていないと思うけど?」

(例の如く竹刀一閃)

ロリブルマ「ハウ!」

タイガ「世の中、開き直りが肝要なときもあるのよ!つーか、開き直れなきゃやってられるかっつーの!!!」

シロー「ぶっちゃけたな・・・・しかも、本音が色々とひどすぎる・・・・」

佐藤一郎「・・・・まあ、ここはひとまず、久々にご紹介と参りましょう。今回は、この方です」


氏名:知保志マコ
性別:女、十代半ば
身長:159cm
体重:50kg
イメージカラー:橙
特技:芝居
好きなもの:演劇、お化け屋敷
苦手なもの:高所、クラゲ
家族構成:父(製薬会社社員)、母(元研究所職員)


タイガ「あー、いたわねー。この子」

ロリブルマ「それと、今回久々に出てきたシモンも、そういえばこんなヤツいたなって感じだったもんね」

シロー「随分と扱いが雑だな・・・・」

佐藤一郎「ひとまず、コンセプトといたしましては、“沙織様の過去に関わる人物”でして・・・・とは言いましても、冬木に住んでいた頃ではなく、彼女が“疫病神”と呼ばれるようになってしまったきっかけとなった人物、といったところでしょうか」

タイガ「最初はそれだけだったんだけれど、気付いたら意外と芯の強い子っていう性格付けになったみたいで・・・・しかも、いつの間にか某ブッキーとイメージが重なったらしいわよ」

ロリブルマ「某の意味がないような気もするけど・・・・」

タイガ「それにしても、よく考えたら作中で明らかになっているだけで、沙織に呪われて無事なのってこの子だけじゃない?ほとんど行方不明か死んでいるわけだし」

シロー「フム・・・・言われてみればそうだな」

佐藤一郎「と、いうわけでこのようなステータスを追加しておきました」


幸運:A 大抵の危機的状況を回避でき、致死性の呪詛を軽減できる。


ロリブルマ「な・・・・何これ?」

佐藤一郎「例えるならば、泊まっているホテルがネロ・カオス様に襲われてもたまたま外出していたおかげで助かったり、メドゥーサ様の鮮血神殿が発動しても遅刻して助かったり、といった具合です」

ロリブルマ「・・・・それ、タイガのとどう違うの?」

佐藤一郎「危機的状況にあってもほとんど無傷で済むのが藤村様。危機的状況を回避することはできるがその代償が高くつく場合があるのがマコ様、といった具合です」

シロー「このあたりがEXとAの違い、ということか・・・・」

タイガ「それと今回の話に関する話題だけど、まず一つはこれでもハートウォーミングを目指していたつもりだったみたいよ」

シロー「しかし、はたしてこれでハートウォーミングといえるような内容なのか・・・・?」

タイガ「それは言うなかれ。作者とて、こういうテーマは初めてだから。そういうわけで別の話を頭に思い浮かべながら書いたみたいよ」

ロリブルマ「それって、“るろ剣”の志々雄と宗次郎の・・・・」

佐藤一郎「・・・・そこはそっとしておきましょう」

シロー「まあ、早い話がパクリということか」

タイガ「だから黙れと言っておろうが!どんな話だってリスペクトを込めた模倣がなければ書くことなんてできないのよ!この作者が0からスタートできるぐらいの文才を持っているわけがなかろうよ!」

ロリブルマ「何気にタイガが一番ひどいこといっているわね・・・・」

タイガ「うっさい!それともう一つ。この話にシモンが登場したわけだけれども、実際この人、生かすか死なすか正直迷ったみたいよ」

ロリブルマ「それはなんでまた?」

佐藤一郎「こちらはわたくしから説明させていただきます。死なせた場合の方が聖杯戦争の非情さが強まると思われたそうです」

シロー「伏瀬勇夫の時は情の印象が強かったが、この男の場合は単に話のために生き死をどうするか悩んだ、といったところか」

タイガ「まあ、私に言わせれば、こういうのってそういったことで決まるとは思わないんだけどね・・・・それでこの外伝のこともあるから、生存させる方向にしたみたいよ」

ロリブルマ「それって、ただ外伝のために生かされたってワケ?」

タイガ「うっ・・・・!そう言われると、ぐうの音も出ない・・・・」

佐藤一郎「・・・・さて、今回はここまでにしておきましょうか」

シロー「それもそうだな。もうここで語ることもないようだからな」

ロリブルマ「そして、いよいよ最終局面!できれば、最後まで生暖かく見ていてね」

タイガ「それじゃみんな!まったねー!!!」



[9729] 第四十話「鏡の国のサオリ」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/06/02 06:01
 野々原沙織はアヴェンジャーの手に落ちてしまった。
 そして彼女らは、ブラットフェレス・ザルツボーゲンとそれに付き従うキャスターと共に姿を消した。
 沙織の命を狙っていた闇のサーヴァント、クリシュナもこれに伴い去った。

 その翌日、昼過ぎ。
 沙織のサーヴァントであるアーチャーは、楼山神宮の屋根の上でジッとしていた。
 クリシュナにやられた傷も、今では癒えている。
 では、今彼は何をしているのか?
 今までのことを考えれば、自身の超感覚を用いた索敵かと思われるが、実際はそうではない。
 彼はあの後、アサシンのマスター“だった”狩留間鉄平から話を聞いていた。
 キャスターのこれまでの行動の真意が自身の陣地を形成することにあったこと、その場所は大聖杯が安置されている支杭沼と呼ばれる場所であること・・・・
 よって、もはや索敵する必要がないのだ。
 それならば、彼は何をしているのか?
 自身の気の昂りを鎮めているといってもいいだろう。
 というのも、敵はキャスターやそのマスターであるブラットだけではない。アヴェンジャーやクリシュナ、こういった得体の知れない敵と戦う必要があるからだ。
 彼らを打倒しなければ、沙織を救うことなどできない。
 しかも沙織は今、ここにはいない。
 それによって生じるだろう焦りなども、こうして鎮めているという次第だ。
 そのとき、ふと誰かがこの神宮の敷地内に入ってくるのを、アーチャーは感じ取った。
 だがそれが誰だかすでにわかっているため、その人物がこの近くまでやってくるまで、動こうとはしなかった。
 そして、その人物が来た。
 鉄平だ。
 彼が境内の中に入ってくると、アーチャーは立ち上がって屋根の上から飛び降り、そして彼の前に降り立った。

 「よお。どこ行ってたんだ?」

 いきなり鉄平の目の前に現れ、気安く話しかけるアーチャーだが、当の鉄平はそれに驚くこともせずに答えた。

 「ああ。ちょっと、所用があってな・・・・」
 「んで?それはどこなんだ?」

 アーチャーは意地悪そうに鉄平に尋ねるが、鉄平は鬱陶しそうにしながら、体の向きを変えて答えた。

 「・・・・どこだっていいだろ。そっちには関係のないことだし、それにまだ馴染んでいないんだからな」
 「・・・・馴染む?一体何の話だ、そりゃあ?」

 鉄平は一頻り溜め息をついた。

 「・・・・お前、わかってて聞いているだろ?」
 「ま、抱え込みすぎはよくないって話だよ」

 鉄平はまたもや溜め息をつき、顔の向きをこちらに変えた。
 とうとう観念して、白状した。

 「守桐の屋敷だよ」
 「守桐?あそこに何しに行ったんだ?」
 「こっちはこっちで準備する必要があったんだよ。それ以上は、そっちには関係ない。まあ、別に隠すようなことでもないけど・・・・」

 鉄平の言葉をきいたアーチャーは、それまでの意地悪そうな笑みを消して、真顔で尋ねた。

 「・・・・アサシンもいないのに、行くつもりか?」

 鉄平のサーヴァントであるアサシンは、今はいない。鉄平を庇ったために・・・・
 もう姿を現すこともないだろう。
 それに対して、鉄平は言い返した。

 「そっちだって、野々原さんいないだろ?」
 「生憎だが、こっちはサオリを助けなきゃならないんでな・・・・半端な覚悟で挑むほど酔狂じゃないんだよ」
 「・・・・昨日、散々やられたくせにか?」

 一度クリシュナと戦ったアーチャー。
 その結果は惨憺たるもの。手も足も出なかった。無理もない。相手はヴィシュヌ神の権現であり、その権現の中でも完璧といえる存在。かたやアーチャーは名もない盗賊。その戦力差は絶望的なものである。
 それにもかかわらず、アーチャーは言った。

 「・・・・知ってるか?ロビンフッドってのは、人々の祈りなんだよ」

 ロビンフッド。
 それがアーチャーの真名であるが、それは彼の“英霊”としての名でしかない。
 ロビンフッドは様々な危機に晒され、不当な悪に喘ぐ人々の祈りから生まれた英霊。そのため、ロビンフッドは数々の伝説を生み出し、その伝説の分だけロビンフッドは存在するといっても過言ではない。
 彼もそうしたロビンフッドのうちの一人だ。

 「あっちが神様の化身なら、こっちは祈りの化身。その上、春の喜びを告げる使者ときたもんだ。オレに祈りがあれば、誰にも負ける気はしないってとこだ」

 胸を張ってアーチャーは言った。
 先日、散々打ちのめされたのにもかかわらず、そこまで言い張るアーチャーに、鉄平は若干呆れてしまった。

 「・・・・随分と自信満々なんだな」
 「それならそれで結構。油断や慢心より万倍はマシさ。とにかく、あいつには目に物言わせてやるつもりさ。このオレの息の根を止めなかったこと、後悔させてやるほどに、な・・・・」

 それに、とアーチャーは付け加えた。

 「・・・・あいつは、自分のために祈ることはおろか、自分のために喜んだりとかしない・・・・むしろ、自分はそうしちゃいけない人間だって、思い込んじまっているんだ。悪質な呪いのせいでな・・・・あいつには、未来がある。オレと違ってな・・・・その未来で、オレはあいつに自分のために生きてほしいと思っている。どんな理由があろうと、その未来を誰にも奪わせやしない。そう思っている」

 そうしてしばらくすると、アーチャーはバツを悪そうにしながら言った。

 「・・・・なんてな。しけた話になったが、どっちみちこんなの、オレのエゴでしかないさ。とにかく、誰がなんと言おうと、オレのこの理由だけは絶対に譲れない。譲る気もないんだよ」

 譲る気はない。
 その言葉の内には、ある力強さが込められていた。
 それこそ、アーチャーの戦う理由であり、アーチャーの決意である。
 そして今度は、鉄平がアーチャーを見据えて言った。

 「・・・・なら、野々原さんはお前に任せてもいいんだな」
 「当たり前だ。サオリはオレのマスターなんだぜ?オレのマスターは、サーヴァントであるオレ自身が助けてこそ、だ。そっちも譲る気はないね」

 そのとき、鉄平はふっと口元を崩して言った。

 「・・・・なら、俺は俺のやることに集中するまでだ?」
 「お前の?何だ?」
 「・・・・だから、わかってて言ってるだろ?」
 「こういうのは口にして何ぼなんだよ。いいから言った、言った」

 アーチャーに促され、鉄平は溜め息をついてから言った。

 「・・・・聖杯だよ。この戦いに勝って、生き残って、聖杯を手に入れる」

 そう言い切った鉄平に、アーチャーは言った。

 「・・・・その意気込みはわかる。が、敢えて言わせてもらうが、サーヴァントもいないのに、どうやって?」

 しかし鉄平はそれに色めき立つことなく言った。

 「・・・・確かに、俺はアサシンを死なせてしまった。けど、それは俺が迷ったせいだ。正直、あの時あのサーヴァントに圧倒されたのもあるし、野々原さんを見捨てて逃げようとも思った。いや、もっと言えば、野々原さんと姉さんの二者択一に、勝手に陥っていた・・・・」

 そのことを思い出したのか、鉄平は苦々しい顔つきとなった。
 後になって、鉄平はあの闇のサーヴァントの正体がクリシュナだと知って、より萎縮し、あの威圧感も納得した。
 それでも、鉄平はキッと顔を引き締めて言った。

 「けど、もう迷わない。今迷っていたら、それこそアサシンに申し訳が立たない。だから、どっちを選んでいいかわからないなら、どっちも選んでやる・・・・!」

 鉄平もまた、そう言い切った。
 彼の言葉もまた力がこもっているが、アーチャーのそれと比べれば、やや不安が見え隠れしている。それでも、彼の決意に揺るぎはない。
 アーチャーは、鉄平の意思の程はすでに見通していた。
 昨日、神宮に帰ってくるや否や、魂の抜け殻のようになった鉄平を見た彼の叔父である楼山空也が、彼に渇を入れた。
 アーチャーは自身の回復に集中していたため、その間の詳しいやり取りは知らないが、どうもやや手荒く、しかも怒鳴り声が聞こえてきた。
 だがいずれにしても、それが鉄平の決意を固めたことに変わりはない。
 それでもアーチャーは、敢えて突っ込んだ問いかけをした。

 「それならそれでいいだろうさ。けど、それじゃオレの質問の答えになっていないだろうが」

 しかし鉄平は、アーチャーに負けず劣らずの、意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 「・・・・答えなら、とっくのとうに出ているだろ?」
 「どういう意味だ?」

 おどけたような素振りをして聞き返したアーチャーに、鉄平は答えた。

 「さっき聞いただろ?“野々原さんはお前に任せてもいいんだな”って」

 鉄平は続けて言った。

 「俺は聖杯が欲しいし、野々原さんだって助けたい。けど、お前の言うとおり、もうマスターでもなんでもない俺一人じゃどうにもできない。けど、ここには野々原さんを助けたいっていうサーヴァントがいる。なら、そのサーヴァントの力を借りるまでだ。言っておくけど、同盟はまだ有効だぞ」

 鉄平の話を、アーチャーは黙って聞いていた。
 鉄平が言い終わってからしばらく経つと、アーチャーの閉ざされた口から、妙な息遣いが伝わってくる。すると、アーチャーは大口を開けてカラカラと笑い出した。

 「やっぱりわかってて聞いていただろ?」

 鉄平は不満そうな顔をしながらも、そこまで不快に思っている様子はない。
 アーチャーは笑いを堪えながら言った。

 「いや・・・・悪い、悪い。どうしてもあんたの決意、あんた自身の口で聞いてみたくてな・・・・むしろ、オレは逆にあんたを気に入ったみたいだぜ」

 鉄平が怪訝そうな顔をしていると、笑いの収まったアーチャーは言った。

 「欲しいんなら、それはそれでいいさ。欲もエゴもなきゃ、人間は生きていけないし、迷いもあって当たり前だ。二兎追う者一兎も得ずと言うらしいが、オレに言わせれば、そんなのどっちつかずの弱腰や身の程知らずのバカの言い分けだ。むしろ、二兎なんてまだ謙虚なほうさ。本当の決断なんて、ここぞという時にしかやってこないからな」

 それから、アーチャーはこう言葉を継いだ。

 「けど、今のあんたはしっかり腰が据わっているみたいだし、自分の身の丈ってもんをわきまえている。あんたの決意、しっかり伝わったぜ」

 すると、アーチャーは前に拳を突き出した。

 「なんだよ、それ?」

 鉄平はそれの意味がわからなかったため尋ねると、アーチャーはさも当たり前のように答えた。

 「決まってるだろ?決意表明の証と、決戦に向けての意気込みを示すためのやつだ」
 「何をバカな・・・・」

 口ではそうは言っているものの、鉄平の顔は満更でもなさそうだ。

 「いいからやった、やった」
 「わかったよ」

 そう言って、鉄平もまた拳を突き出し、アーチャーの拳と合わせた。
 そして拳と拳とが一度離れたかと思うと、その拳同士がガツンとぶつかり合った。
 ただ小突いたぐらいの力でしかなかったが、それでも拳から体の芯に響くものがあった。



 わたしは今、闇の中にいる。
 頭の中は靄だらけになっているし、体もまるで鉛みたいに重たい。
 それらが重なって、わたしの意志の力を弱め、限りなく無気力にしている。
 もう少し、この闇の中を漂っていたい。
 そんな風に、思っていた。

 「いつまで寝てるのよ。早く起きてよ」

 けれど、どこからか聞こえてきた声が、それを許さなかった。
 その悪意ある声がまどろみの中にあるわたしの頭に突き刺さり、わたしを闇の外へと追い立てる。
 それによって、重たい瞼も徐々に開いていくものの、まだ頭の中には靄が残っており、無気力な体も相変わらず重たい。

 「・・・・う、ん・・・・・・」

 気だるい体を起こし、わたしは頭を押さえながら振った。中の靄を、振り払うように。

 「ここは・・・・・・?」

 それでもまだはっきりしない。
 というよりも、周りを見渡しても、全く見覚えのない、暗い光景が広がっている。
 壁も床も何もかもがボロボロだし、今にも崩れ落ちそうだ。暗いけれども、きっとここは、わたしの部屋かそれぐらいの広さ。それほど暗い中で、視線の先にある障子が妙に目立っているような気がする。もちろん、その障子もボロボロだ。

 「もう目が覚めた?いくらなんでも寝すぎよ」

 また悪意ある声が聞こえてきた。
 ようやくのことで、わたしはハッとなって、その声が聞こえてきた方向に目を向けた。

 「アヴェンジャー・・・・!」

 黒い布の塊のようなローブを身に纏っているために、闇に溶け込んでほとんど姿が見えないアヴェンジャー。けれども、そのせいか僅かに見えている口元がクッキリと映っている。まるで、幽霊が浮いているみたい。

 「相変わらず呑気ね。まさか、まだ寝惚けているんじゃないでしょうね?」

 そのアヴェンジャーも相変わらず、わたしに対してだけは、辛辣で悪意や敵意をむき出しにして言葉を投げかけてくる。
 ここがどこか、尋ねようとした、そのときだった。

 「ようこそ。アヴェンジャーにアーチャーのマスター、野々原沙織よ。私は君達を歓迎しよう」

 また別な声が聞こえてきた。
 もちろん、その声の聞こえてきた方へ向き直る。
 その方向には、黒コートを着た、映えるような金色の髪と異様なまでに青い瞳を持った男の人がこちらに歩み寄ってきた。

 「ブラット、フェレス・・・・ザルツボーゲン・・・・・・!」
 「ほう。私の事を覚えていてくれたか。」

 そう答えたブラットは、口元に僅かな笑みを浮かべる。
 わたしとブラットはたった一度しか会っていない。それなのに、どうしても彼のことを忘れることができなかった。彼が、聖杯戦争の裏で色々と暗躍していたキャスターのマスターだということもあるし、それに、その特徴的な外見のためもあるかもしれない。
 そして、ブラットの出現により、わたしの頭の中の靄が一気に消え去り、記憶が呼び覚まされてしまう。
 クリシュナというサーヴァントがわたしを殺そうとしていること。そのクリシュナによってアーチャーさんが徹底的に叩きのめされたこと。そんなクリシュナからわたしを庇って伏瀬くんが死んでしまったこと・・・・
 それからわたしはアヴェンジャーに捕まっただけでなく、どういうわけかブラットやキャスターも現れて、それで何を思ったのか、わたしとアヴェンジャーを連れて姿を消した。
 そうして、今に至る。
 あのまどろみは、せめてこのことが夢であって欲しいという、一種の現実逃避だったのかもしれない。それを思うと、今にも胸が張り裂けそうだった。

 「あれはお前のせいでも、そこにいるアヴェンジャーのせいでもない・・・・と言っても、今の君の耳には届かないだろう」

 すると、ブラットはくるりと私から背を向け、そのまま離れていった。すると、障子に手を掛け、ガラッとあけた。

 「・・・・そういえば、君はここがどこか、知りたそうにしていたな?」

 ブラットは顔をこちらに向け、そう言った。
 やはり、こんな場面でもわたしの顔はわかりやすいものであるらしい。

 「アヴェンジャーよ。悪いが、お前の目的はもう少し、後にしてもらうぞ」
 「・・・・悪いけど、ワタシとしては早く済ませたいの。変な邪魔が入っても困るもの」

 ブラットの呼びかけに対して、アヴェンジャーは不服そうに答えた。

 「安心しろ。向こうはまだ動かない。動くとすれば、それはお前の目的を果たした後か、あるいはそれに取り掛かっている最中だろう」
 「それが一番困るのよ。目的達成して喜んでいる間に殺されるなんて、ゴメンだわ」
 「だが、逆に言えば目的さえ達すれば、それは完全になるということ。お前の泥は、何者も寄せ付けはしまい」
 「・・・・できるだけ早く終わらせてよね」

 アヴェンジャーは、多少不満は残っているものの、一応は納得したようだ。

 「そうか。助かる。では、ついてくるがいい」

 ブラットはわたしにそう促してきた。
 わたしはブラットの後について、この狭い部屋から出て行った。足音がギシギシと響く。
 その部屋だと思っていた場所は、小さな社だった。それも、今にも崩れ落ちそうなぐらいボロボロな。目の前には傾いているせいで、いつ倒れてもおかしくない鳥居が立っている。しかもその周りは木々が鬱蒼と生い茂っていて、今が昼か夜かもわからない。
 でも、そんな薄暗い中にあっても、なぜか不気味な明るさがあった。
 その妖しい光の源がどこにあるのか、社から出てしばらく歩いていたわたしは、すぐにそこを見つけることができた。

 「こ、これ・・・・何・・・・・・?」

 社の後ろに鎮座していた“それ”はなんとも形容しがたい塊だった。
 それでも、わかることが一つだけある。
 それは、何もかもを圧倒する存在感を放っている、ということだ。

 「これが聖杯だ。マスターである魔術師たちはこれを追い求めて、この儀式に身を投じている」

 これが、聖杯・・・・・・!
 わたしは言葉を失い、半ば唖然としていた。

 「ただ、これは聖杯の源ともいえる大聖杯。そしてここは、その大聖杯が安置されている、支杭沼という場所だ」
 「し、支杭沼・・・・!?」

 鸚鵡返しのようにその言葉を繰り返してしまった。
 その場所なら、わたしでも知っている。地元の人でも気味悪がって一切近づかない場所。一度入ったら二度と戻ってこられないとも噂されているにもかかわらず、自殺しようとする人たちでさえ近づこうともしないという話を聞いたことがある。
 それが、この支杭沼だなんて・・・・
 でも、よく辺りを見渡してみれば、今この社のある場所は小島みたいになっているし、その周りは淀んだ水が広がっている。そのために、どこかかしこに橋が架かっている。もちろん、これらの橋も腐っていて落ちそうだ。

 「聖杯戦争とは、オリジナルとなったものと同じく、願望機を巡っての争いという喧伝を振りまいてはいるが・・・・まあ、これはどうでもいいだろう」

 どうでもいい?
 その言葉に、妙な違和感が引っかかった。

 「いずれにせよ、お前には関係のないことだ。それに、人を待たせるのもよくないからな」

 そう言ってブラットが示した先には、アヴェンジャーが社から出てきたところだ。

 「それで?話は終わったのかしら?」
 「ああ。だが、別に話というほどのことでもないが、な」

 素っ気ない素振りをしているアヴェンジャーに、ブラットはそう答えた。
 アヴェンジャーが一歩ずつ、こっちに近づいてくる。

 「さて。積もる話もあるだろう。ゆるりとしていくがいい」
 「・・・・別に、本当のことを言えば、話したいことなんてないわ。けど、ここまで来たからには、知ってもらわなきゃいけないみたいだものね」

 そう言って、アヴェンジャーはわたしを一瞥した。
 その視線には相変わらずの悪意と敵意が織り交ざっている。
 アヴェンジャーは続けて言った。

 「それに、ゆっくりなんてしていられないわ。それぐらい、アナタにだってわかっているでしょう?」

 アヴェンジャーの目的はいまだに何なのか、全くわからない。
 けれど、それはどうにも邪魔が入ってほしくはないということはわかる。
 そして、その目的を果たすために、聖杯を必要としないことも・・・・

 「問題ない。彼もすぐには仕掛けないだろう。仕掛けるとすれば、それはお前が目的を果たした後だ」
 「それが困るって言ってるのよ。こっちはさっさと済ませたいんだから」
 「すぐにやられはしない。それを阻止しようとする者がいる」
 「どっちにしても、ワタシの邪魔をしてくるってことに変わりはないじゃない」
 「逆に言えば、それはお前にとってはチャンスでもある。あわよくば、全てを呪う泥で、二人とも呑みこめばいい。お前のそれは、サーヴァントですら逃れられぬ」

 二人の会話が今一見えてこない。
 一体、誰のことを言っているのか、全然わからない。
 わたしの理解が追いつかないうちに、ブラットはわたしやアヴェンジャーにくるりと背を向けた。

 「・・・・どこへ行くの?」
 「言っただろう?ゆるりとしていくがいい、と。私がいては邪魔になろう。私は私で、別の所で待つのみだ」

 それだけ言うと、ブラットは歩き出し、この社のある小島から離れていった。
 ギシギシと軋む橋の音が聞こえる中、ブラットはその先にある木々の間の道へと踏み入れ、そして闇へ溶け込むようにして消えていった。
 後に残されたのは、わたしとアヴェンジャーのみ。ブラットがいなくなったことで、体中にのしかかっていた重圧みたいなのがなくなった。
 それでも、二人きりになってしまったことによるこの重苦しい空気と、アヴェンジャーのわたしに対する嫌悪の眼差しだけは変わらない。

 「・・・・まさか、こうして二人きりになるなんて、ね」

 アヴェンジャーは言った。
 話したいことなんてない、と。
 確かに、話すことなんてない。ましてや、わたしを敵視しているような人と、何を話せというのだろうか?
 でも、疑問はある。
 わたしはそれを口にすべきかどうか、迷った。
 それは、わたし自身もアヴェンジャーと話したくないからと思っているのだろうか?それとも、別の理由が・・・・?
 とにかく、わたしはこの空気に耐えられなくて、思い切って口を開いた。

 「ア、アヴェンジャー」

 アヴェンジャーがこちらに目を向ける。
 嫌悪とは別の、呆れたような目線。
 確かに無理に声を出したから、若干裏返ってしまった。アヴェンジャーでなくても呆れる。
 でも、今はそんな場合じゃない。
 わたしは思い切って、わたしの中で抱いている疑問を口にした。

 「あなたの・・・・あなたの目的は、何なの?」

 一瞬だけ、この場に沈黙が訪れた。
 そして次の瞬間、アヴェンジャーの口元に笑みが浮かんだ。それも、人を馬鹿にしているかのような笑み。

 「・・・・前にも言ったでしょう?ワタシがわたしになるためだって」

 言っている意味がわからない。
 ワタシがわたしになるためって・・・・どういうことなの?
 はぐらかされたような気がして、腹が立ってきた。

 「へえ・・・・あなたでもそんな顔、できるんだ?」

 アヴェンジャーは完全にわたしを馬鹿にしている。
 自分の心のうちが、そのまま顔に出ているのだろう。
 そんなの、わたしの知ったことじゃない。

 「自分の思い通りにならなければ癇癪を起こすなんて、子供でもやらないわよ。それに、これだけわかりやすく言っているのに、わからないなんて、相変わらずね」

 そういうと、アヴェンジャーは徐にその辺を歩き出した。
 一言怒鳴ってやろうと、身構えた。

 「相変わらず、愚図で鈍間で、意気地なしでいつもウジウジしていて・・・・オマケに自分勝手で欲深い、卑怯者」

 最後の下りは自分のことでしょう!
 そう叫んでやろうとしたけれども、そうしなかった。
 なぜだか、どこかで聞き覚えがあったような気がしたから、怒鳴ることができなかった。

 「それぐらいの歳になれば自分の責任は自分で負うものなのに、あなたは全くそうしない。それどころか、あれもしたい、これもしたいと思うだけで、ただただ憧れたり羨んだりするだけ・・・・」

 何?何なの?
 アヴェンジャーのこの言葉を聞いているだけで、体中から流れ出てくる冷や汗が止まらない。
 どういうことなの・・・・?
 アヴェンジャーはわたしの周りを歩き回りながら、続けた。

 「あれもイヤ、これもイヤと思うだけで自分からは何も動かない。ただただ・・・・・・」
 「状況に流されるだけ・・・・」

 アヴェンジャーの言葉を継いだのは、他ならぬわたし自身だった。
 間違いない。
 わたしはアヴェンジャーが言っていたこの言葉を、どこかで聞いたことがある。
 真っ青になった顔をしたわたしを見て、アヴェンジャーはわたしの目の前でその歩みを止め、また悪意のこもった笑みを浮かべた。

 「・・・・ようやく気付いたみたいね。おめでとう。ご褒美に、わたしの顔、見せてあげる」

 わたしの目の前に立っているアヴェンジャーは、そう言ってフードに手をかざし、それを脱ぎ去った。
 アヴェンジャーの素顔が、わたしの目前にある。



 ちょうどその頃。
 アーチャーと鉄平は楼山神宮を後にしていた。二人が向かう先は、大聖杯が安置されている場所にして、敵が待ち構えている支杭沼。
 そこが、最終決戦の地となるのは明白だ。

 「それにしても野々原さん、大丈夫なんだろうか・・・・?」

 鉄平がふと、そんなことを呟いた。
 それを耳にしたアーチャーが、彼に向かってこんなことを言った。

 「何、心配する必要なんてないさ。なんて言っても、こうしてオレがいるんだからな」
 「あ、そう」

 鉄平は呆れたような眼差しをアーチャーに向けた。

 「おいおい。何だよ、その目は。別にそういう意味で言ったんじゃねえよ。まあ、若干それも入っていたけどな」

 アーチャーは少し決まり悪そうにしてそう言いながら、続けた。

 「今のところ、オレの体はなんともないからな。まだあいつは・・・・サオリは無事だ」

 鉄平はその言葉に少し、胸を撫で下ろした。
 サーヴァントであるアーチャーは、マスターである沙織の魔力供給なしに現界することはできない。彼女が令呪を使い切るか、死ぬかのいずれかの道を辿れば、アーチャーも程なくして、消滅してしまう。
 もっとも、アーチャーは“単独行動”というスキルのおかげで、マスター不在でも行動することを可能としているが。

 「だからって、うかうかしてもいられないけどな。とにかく、急ぐぞ」

 アーチャーはそう言って、移動速度を上げた。鉄平もそれに倣った。
 しかしそこで、鉄平はふと、あることに気付いて、それをアーチャーに尋ねた。

 「けど、それなら何で、クリシュナ・・・・っていったか、あのサーヴァント?そいつは今、どうしているんだ?」

 アーチャーの持つ“超感覚”。
 あらゆる卓越した五感を駆使して、射撃精度を高め、索敵をも可能にするそのスキルならば、あの闇のサーヴァント、クリシュナの動向を知ることができる。
 鉄平のその問いに、アーチャーは答えた。

 「ああ。あいつはまだ、動いていない」

 鉄平はその答えを予想していたのか、すぐに次の質問を投げかけた。

 「それだったら、どうしてなんだ?あいつの力なら、あそこにいるやつらを一捻りすることだってできるんだろ?言いたくはないけど、俺たちがこうしている間にも、野々原さんはそいつに・・・・」
 「あいつは、まだ動かない」

 アーチャーは即答した。

 「あいつなら、一人でも四人いっぺんに始末することができるんだろうが、一人減っていてくれたほうが楽だろうからな」
 「・・・・どういう意味だ?」

 鉄平はアーチャーの言っていることが理解できずに、そう尋ねた。

 「ひとまず、クリシュナのことは置いておく。そいつよりも一番厄介なのが、アヴェンジャーだ」

 アヴェンジャー。
 サーヴァントにとっての天敵たる亡者の泥を操り、沙織を狙っている、もう一人の闇。そして沙織は今、そのアヴェンジャーに捕らわれている。

 「確かに、アヴェンジャーが危険なのはわかるけど、あいつは野々原さんを殺す気はないみたいだったぞ。それだったら、クリシュナの方が危険なんじゃないのか?」

 鉄平はアヴェンジャーの目的が聖杯ではないことを彼女自身の口から聞いていた。アヴェンジャーが求めているのは、なぜか沙織だ。
 それが何を意味するのか、いまだにわからない。

 「いや。急がないと、あいつが自分の目的を果たしちまう」
 「目的を果たすって、どういうことだ・・・・?」
 「テッペイ・・・・あんた、疑問に思ったことはないか?」

 アーチャーが鉄平に投げかけた。

 「どうして、アヴェンジャーがサオリを必要以上に敵視しているのか?なのにどうして、アヴェンジャーはクリシュナの野郎と違って、サオリを殺そうとしないのか?どうして・・・・サオリとアヴェンジャーが同じ力を持っているのか?」

 それらの疑問を投げかけられた鉄平は、確かにそれらに対する疑問を持っていた。
 そしてそうされることで、アーチャーから聞いた、沙織の話を思い出した。あのときの彼女は、アヴェンジャーと同じ亡者の泥を操っていたという。
 それらの意味するところを、あの時はわからなかった。
 だが、それが今わかるというのか?
 鉄平の歩調が緩くなっていく。

 「答えは、簡単だ。あいつが欲しがっているのは、体だよ」
 「体・・・・?」
 「そうだ。あいつは単に、自分の体が欲しいだけなんだよ。自分の体を手に入れるために、自分と“全く同じ体を持つ人間の体”と同調させて、それで体を手に入れようっていう魂胆だ」
 「・・・・それが、野々原さんだっていうのか?」
 「ああ、そうだ」

 体を手に入れる。
 それがアヴェンジャーの目的だということはわかった。
 しかし、それで疑問は完全に解消されたわけではない。まだまだ疑問は多く残っている。
 そんな困惑した鉄平を察して、アーチャーは言った。

 「それじゃあ、あんたの目的を知っているやつを数えてみろ」
 「俺の・・・・?」

 いきなりの問いかけに、鉄平は頭に疑問符が浮かんだ。
 それでも、とりあえずは数えてみる。
 鉄平の目的とは、聖杯の力を使って、意識を失った姉を目覚めさせること。
 それを知っているのは、まずは叔父の空也。次に、自分のサーヴァントだったアサシン。そして沙織もアーチャーも知っている。守桐に関係のある人間もそうだ。それ以外は・・・・
 だが鉄平はすぐに、ある人物が思い浮かんだ。

 「・・・・アヴェンジャー」

 アヴェンジャーと会ったのは、昨日の夜が初めてだ。
 よって、一度もそれを話したことなどない。だが、アヴェンジャーが偵察などを行って知ったという可能性もある。
 ならば、アヴェンジャーがそれを知ったのは、いつだ?
 だがその疑問を考える前に、あることを思い出した。

 ―――そういえば、あいつは俺のこと・・・・なんて呼んでいたんだ?

 その途端に、鉄平の足は止まってしまった。
 同じ力を持つ沙織とアヴェンジャー。
 そんな沙織の体を狙うアヴェンジャー。
 なぜか鉄平の聖杯を求める理由を知っていたアヴェンジャー。
 そんな鉄平に対する、アヴェンジャーの呼び方。
 それらの疑問に対する答えに、辿り着いてしまった。
 信じられなかった。

 「そんな、まさか・・・・!?それじゃあ・・・・・・」

 アーチャーもまた足を止めて、鉄平に振り向いて言った。

 「そうだ。あいつは、アヴェンジャーは・・・・」



 ここには、鏡なんてないはず。
 なのに、目の前にはわたしと“同じ”顔がある。
 でも、目の前にあるのが鏡ならば、そこに映っているわたしは、今のわたしの服装と全く同じはずだ。
 でも、そうじゃない。
 目の前にいるわたしは、黒い布の塊のようなローブを身に纏っている。
 そして目の前のわたしは、ありとあらゆる悪意を内包した顔つきをしている。
 当たり前だ。
 ここに鏡なんて、ない。
 ならば、目の前にいるわたしは・・・・

 「どうかしら?自分と全く同じ顔を目の前にした気分は?」

 目の前のわたしは、その顔に負けず劣らずの悪意を、言葉に込めた。
 声までわたしと同じだ。
 どうして、今まで気づかなかったんだろう?
 何度も、何度も聞いていたはずなのに、聞き慣れていたはずなのに・・・・
 声が一致しなかったから?
 その声を自分の声だと、認識できなかったから?
 けど、今は声も一致する。
 自分の声だと、認識できる。
 なぜなら、その声を発しているのは、自分の顔と同じだから。

 「・・・・言ったはずよ。いくら“あなた”がワタシを否定したところで、“あなた”がワタシである限り、ワタシが“あなた”である限り、ワタシは何度でも“あなた”の前に現れる。そして、“あなた”はワタシから逃れることはできないし、ワタシは“あなた”を逃がしはしないって」

 その言葉も、聞いたことがある。
 それもそうだ。
 その言葉を口にしたのは、他ならぬ・・・・

 「そうそう。改めて自己紹介しなくちゃね」

 目の前のわたしは、姿勢を正して、言った。

 「ワタシがアヴェンジャー、ノノハラサオリよ」



~タイガー道場~

(物凄い地響き)

タイガ「な・・・・何事かーーーーーー!?!?」

ロリブルマ「し、ししょー!!!た、大変ッス!ど、道場の周りに、く、黒いクラゲの大群が・・・・!黒い大巨人が・・・・・・!」

タイガ「な、なんですとーーーーーー!?!?」

シロー「・・・・しかし、何故彼女が?彼女は、何も関係ないはずなのだが・・・・」

佐藤一郎「ああ。それに関しましては、きちんとした理由がございます」

タイガ「な、何!?一体何があったっていうのよ!?・・・・・・はっ!まさか、昨日冷蔵庫にあったプリンを、こっそり食べちゃったから、とか・・・・」

(地響き)

ロリブルマ「・・・・・・うん。うん」

シロー「・・・・で、彼女は何と言っていた?」

ロリブルマ「えっとね・・・・“後で覚えておいて下さいね、藤村先生”らしいッス」

タイガ「え・・・・・・!?!ち、違った・・・・?」

ロリブルマ「あはははははは!完全に墓穴掘っちゃったッスね、これ」

佐藤一郎「あのー・・・・・話の続きをしても、よろしいでしょうか?」

シロー「大丈夫だ、問題ない」

タイガ「こっちは問題ありありじゃ!」

佐藤一郎「まあ、それはともかく、ブロッサム様(仮名)が荒れていらっしゃるのは、実は・・・・」

ロリブルマ「実は?」

佐藤一郎「・・・・当初は、ブロッサム様(仮名)がアヴェンジャーとして、登場する予定だったのです」

シロー「・・・・・・・・は?」

佐藤一郎「いえ。当初の構想では、反転衝動に苦しむ伏瀬様がまったくイレギュラーな形でアヴェンジャーを召喚して・・・・という流れにする予定でいらしたそうです」

タイガ「なんというか、脈絡がなさすぎだのう」

佐藤一郎「はい。ですので、ある時に“リュウガっぽい沙織のほうが、しっくりくるんじゃね?”と思い至って、この結果になったそうです」

(地響き)

ロリブルマ「・・・・うん。うん。えー、と・・・・“ただでさえグダグダな自己満足小説のくせに、脈絡がないとか、そんなのどうでもいいじゃないですか!”らしいッス」

シロー「そこまで出番に飢えているのか・・・・不憫な」

佐藤一郎「ちなみに、当初の流れで登場いたしますと、もれなくクリシュナ様にオーバーキルされます」

(地響き)

ロリブルマ「“結局そういう役回りですか・・・・”だそうッス」

タイガ「そりゃあ、そんなボスキャラみたいな立ち位置じゃ、ねえ」

シロー「とりあえず、ここで紹介に移ろう」

佐藤一郎「あ。はい。では、今回はこちらのこの方ですが・・・・」

ロリブルマ「ステータス・スキルに関しては、某掲示板準拠らしいッス」


クラス名:アヴェンジャー
属性:虚無
マスター:伏瀬勇夫?
身長:162cm
体重:54㎏
イメージカラー:濁った黒
特技:なし(でも世話焼きと買い物は得意)
好きなもの:なし(でも野々原絹の手料理は好き)
苦手なもの:なし(でも鏡は苦手)

ステータス
筋力:E
耐久:E
敏捷:E
魔力:E
幸運:E-
宝具:‐

スキル
単独行動:A マスター不在でも行動できる

精神汚染:A- 精神が錯乱しているため、他の精神干渉計魔術を高確率でシャットアウトする。ただし同ランクの精神汚染がない人物とは、意思疎通が成立しない。

この世全ての悪
宝具を持たないアヴェンジャーにとっての宝具に匹敵する主武装にして、冬木の聖杯を汚染した呪い。
全てのサーヴァントの天敵。その形は亡者そのもの。アヴェンジャーは自らが身に纏っている虚黒歪衣(アィーアツブス)と呼ばれるローブの概念武装によって、自らの身に纏い、様々な形に集束させる。
呪いとしての効力は、冬木の聖杯のもののほんの一厘ほどにも満たないが、それでも人間を破滅させるだけの力を持っている。


タイガ「完全に外れじゃ、これ!もはやピーキーとかってレベルじゃねえ!」

ロリブルマ「完全にこれ、アンリ頼みッスね・・・・」

シロー「どうやら、それが全て。攻略されてしまえばそれまで、ということか。それにしても、あのローブにちゃんと名前があったのか・・・・」

佐藤一郎「それは、一時リリスと仮名をつけていた頃の名残だそうです。当初は、アヴェンジャーはリリスを名乗る予定でしたので」

ロリブルマ「ちなみにさっき“リュウガ”どうのって出ていたらしいッスけど、一応それの影響もあるとはいえ、基本的なモチーフは“ホーリーランド”の伊沢らしいッス。ただし、鏡の中の」

シロー「ああ。そういえば、ここでも、そこでも、鏡の中の自分が自身に話しかけてくるというシーンがあったか」

タイガ「作中でのそのシーンは、それに感化されたみたいよ。それでそいつをもっと活かそうと思った結果、アヴェンジャーの正体になったというわけよ」

ロリブルマ「・・・・でも、こういうのって、ヒーロー的ポジションのキャラがそうなってこそ、映えるんじゃないの?例えば、どこかのメガネだったら、ポエマーが鏡の中から出てくる、みたいな」

タイガ「今更言うなあ!」

佐藤一郎「・・・・まあ、機会があれば、そういうキャラも描いてみたいと思っていらっしゃるようで。あくまで“機会があれば”の話ですが」

(地響き)

ロリブルマ「“・・・・それで、覚悟はできましたか?”らしいッス」

タイガ「・・・・・・え?後で、じゃなかったの?」

(地響き)

ロリブルマ「“ビルに灯っている火は消えました。きちんと懺悔、しましたか?命乞いもしましたか?”だそうッス」

タイガ「そんなルール聞いてねえ!つーか、何!その神罰執行!?!」

(地響き)

ロリブルマ「“いい加減にしませんと私、堪忍袋の緒が切れちゃいます”ッス」

タイガ「そんなブロッサムいやだ!・・・・あ。そうだ。その怒り、どこかのワカメ君にぶつけちゃいなYO!」

シロー「仮にも、自分の教え子を売るな・・・・」

(地響き)

ロリブルマ「“ワカメ・・・・ああ、この人のことですか?”って・・・・え?」

(窓の外に何かぶら下がっている。頭が、黒いのに埋もれて)

タイガ「ぎゃああああああああああ!!!!!!ワカメがマミってるーーーー!?!」

(地響き)

ロリブルマ「“ついでに、お爺様とアサシンさん(家政夫)もマミっちゃいました”って、えーーーーーー!?」

(よく見たら、ワカメの隣に爺と家政夫が同じ感じでぶら下がっている)

シロー「完全に巻き添えくらったな・・・・」

(地響き)

ロリブルマ「“もう面倒ですから、全員まとめてマミっちゃいます”って・・・・・・え?」

タイガ・シロー・佐藤一郎「「「あ」」」

―ブラックアウト―




[9729] 第四十一話「そして、帳は開かれた」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/06/12 02:49
 「そんな、バカな・・・・!アヴェンジャーが、野々原さん・・・・・・!?」

 アーチャーから思いがけぬ事実を知らされた鉄平は、まさしく開いた口が塞がらないといった有様だ。

 「正確には、もう一人のサオリ、ってとこだ」

 だが、対するアーチャーはあくまでも冷静そのもの。妙に落ち着き払っている。

 「まあ、そうは言っても、これに気付いたのは、あんたから昨日のことを聞いたときだな。今まではそれっぽい匂いがチラついていたんだが、こいつがなかなかはっきりしなくて・・・・が、それもあんたの話で確信したってとこだ」

 昨日今日の時点では、鉄平はとても話しなどできる状態になかった。
 しかし空也に喝を入れられ、その後に何らかの理由で守桐邸を訪れ、今に至る。
 つまり、アーチャーが昨日の鉄平たちの周りで起こった出来事を知ったのは、ついさっきということになる。
 ちなみに、アーチャーが聖杯の安置されている場所を知ったのは、昼前のこと。それも、自身の超感覚を用いて・・・・

 「けど、あいつが野々原さんだっていうなら、どうしてあそこまで俺たちの知る野々原さんを敵視するんだ?相手は、自分だっていうのに・・・・」
 「自分だからだよ」

 アーチャーはすかさず言った。

 「理性と欲望は隣り合ってはいても、反発しあうもの。合致するなんて稀だぜ?あんただって、身に覚えがあるだろ?仕方なく勉強はせども、遊びたい。けど、勉強しなきゃ赤点取っちまう・・・・」
 「言ってることはわかるけど、随分とどうしようもない例えだな・・・・それと、俺は赤点なんて取りそうになったことなんてないぞ」
 「あくまで例えだ、例え。とにかく・・・・」

 やや呆れ気味の鉄平を前に、アーチャーは話を続けた。

 「根っこの部分は同じなんだろうが、俺たちの知るサオリは利他的で、受動的で、物静か・・・・だが、アヴェンジャーのやつは利己的で、能動的で、自由奔放・・・・何もかもが正反対ってとこだ」
 「ちょっと待てよ」

 そこで鉄平は待ったをかけた。

 「根っこの部分は同じって・・・・はっきり言って、あいつはとんでもないやつだぞ。それなのに、同じってことはないだろう?」
 「いや、そうじゃない」

 アーチャーは言った。

 「あいつがその気になれば、オレだって泥に沈めることができただろうし(むざむざやられる気はないけどな)、あんたらだって問答無用で始末すれば済む話。しかも聖杯だって、自分のために使えばいいはずだ。だが、実際はどうなんだ?」
 「・・・・確かに」

 思い当たる節があったので、鉄平はすぐに納得した。
 よく考えて見れば、アーチャーを葬り去る機会はいくらでもあったはずだ。しかし実際は、彼女はそうせず、むしろ牽制していただけだった。
 鉄平たち自身に関しても、アヴェンジャーは最初のうちは彼らを説得しようとしていたし、聖杯だって伏瀬勇夫のために使おうとしていた。
 アヴェンジャーは野々原沙織とは真逆の存在。だが、これらの事実は、彼女もまたノノハラサオリだということを知らしめている。

 「まあ、サオリとアヴェンジャーの違いは、何も性格面だけじゃない。もっと大きな違いがあるさ」
 「違い?それ以外に何があるって・・・・・・――――!!!」

 しかしハッとなった鉄平は、自分の言葉を口にしかけて、それを呑み込んでしまった。
 彼は、アーチャーの言う違いに気がついた。

 「肉体か!」

 アーチャーは頷いて、鉄平の言葉を肯定する。

 「そういうことだ。アヴェンジャーのやつもオレたちサーヴァントと同じく、マスターとなる人間の魔力供給なしに存在できない不確かなもの・・・・だからあいつは仕方なしに、伏瀬勇夫を再び聖杯戦争に戦場に引きずり出したんだろうさ」

 アヴェンジャーは、言っていた。

 “ワタシがわたしになる”と。

 それはつまり、ノノハラサオリであるアヴェンジャーが、野々原沙織の肉体を手に入れて、自分が野々原沙織になろうとしていることに、他ならない。そうなってしまえば、沙織はおそらく・・・・
 ふと、それとは別に、鉄平はアーチャーの言葉の中に気になることがあったので、そのことについて尋ねてみた。

 「・・・・ちょっと待った。“サーヴァントと同じく”って、あいつはサーヴァントじゃないのか?」
 「悪いが、その辺はオレにもよくわからない。ただ、“オレたち”とは何かが違う。こいつは直感的なものさ。けど、あいつが何者だろうが、そんなことはどうだっていい」

 そう言って、アーチャーは鉄平に背を向け、それから続けた。

 「今大事なことは、サオリを助け出すってことだ。どんな理由があろうと、どんなやつが相手だろうと、あいつを消すなんてこと、オレの目が黒いうちはそんなことさせやしない。それだけだ」

 一瞬、間が開いた後に、アーチャーは言った。

 「・・・・急ぐぞ。もたもたしている時間も惜しい」
 「ああ」

 それに鉄平が答えた。そこに、力を伴わせて。
 野々原沙織を助け出すのは、彼女のサーヴァントであるアーチャーの役目。
 ならば自分は、自分自身のため、そして親愛なる姉のため、聖杯を手に入れるのみ。
 沙織のことは、なぜだかこの森の人に任せられるような気がした。
 鉄平もまた、足を前へと進める。



 稲手山。
 その頂上付近に悠然と根を下ろしている大樹“芽ぐみの樹”。
 その下で、クリシュナは地上を見下ろしている。

 「やはり、あくまでも彼女の命を救おうというのか、森の人よ・・・・」

 クリシュナはある一点を見つめながら言った。
 その先の地点には、ちょうどアーチャーと鉄平がいる場所だ。二人は一路、決戦の地へと向かっている。

 「そして彼女も、ようやく知ったようだな。己が歪さにより生れ落ちた、悪しき魂を・・・・」

 次に、二人が向かっている先の、ある一点を見つめながら言った。
 そこには、沙織とアヴェンジャーの二人がいる。沙織は今、アヴェンジャーの正体を知ったところだ。
 それから、クリシュナは瞑想するかのように、両目を閉ざした。

 「・・・・程なくして、セイバーも彼の地へ向かうことであろう。そしてそのときこそ、全てが決するとき・・・・」

 再び目を開けたクリシュナは、先ほど自分が目をやった地点へと移した。
 彼の目には、アーチャーが映っている。

 「どうやら、彼との戦いも避けられぬかもしれぬ・・・・」

 そう呟いたクリシュナ。
 これは単なる予感などではない。
 かといって、神の予言というわけでもない。
 いうなれば、これはこの先起こるであろう必然である。



 サラ・エクレールは目を覚ました。
 それと同時に、勢いよく毛布を跳ね除け、これまた勢いよく上体を起こした。
 ベッドの上の彼女は、辺りを見回す。ここは自分の別荘の、自分の部屋だ。

 「セイバー」

 サラは自分のサーヴァントの名を呼んだ。
 すぐに自分の近くに、セイバーのサーヴァント・聖教王シャルルマーニュが姿を現した。

 「あれから、どれくらい時間が経ったの?」

 サラは自らのサーヴァントに尋ねた。
 大まかの予想はついているものの、まだ整理のついていない部分があるからだ。

 「半日と数時間。もう少し経てば、夜になろう」
 「そう・・・・やっぱり、それぐらい寝ていたんだ・・・・」
 「だが、これでもまだ足りぬぐらいであろう。何しろ、昨日までまともな食事と睡眠を取っていなかったのだからな。ましてや、そなたのとっておきを使ったのであれば、なおさら、だ」
 「・・・・それもそうね」

 サラはそう静かに言うと、窓の外に目を向ける。
 日の傾いた空は、紅く染まっている。
 すると、サラはゆっくりとセイバーに顔を向け、静かに尋ねた。

 「・・・・セイバー。今夜の動きについて、貴方はどう思う?」
 「ウム」

 セイバーは答えた。

 「正直なところ、身も確かなことは言えぬのだが、今まで絶妙に保たれていた均衡が、アヴェンジャーなる者やまだ遭遇しておらぬサーヴァントと思しき存在により破られた。そしてそうなった以上、他の陣営も動かざるをえないはず。そして、おそらくは・・・・」
 「今夜中に、大方の決着は着くかもしれない。そうでしょ?」

 セイバーは黙って、サラの言った言葉に頷いて応じた。

 「そう・・・・」

 サラはまた、静かに言った。
 そのためか、どことなくしおらしい雰囲気を醸し出している彼女は、ベッドから足を下ろし、そして立ち上がった。

 「どうしたというのだ?」
 「決まっているでしょう?これから夜になる。そして、他のサーヴァントやマスターたちも動く。となれば、私たちも当然行くに決まっているでしょう?」

 立ち上がった彼女の口から言葉が発せられると同時に、それまで纏っていた雰囲気の一切が消え失せ、いつもの彼女に戻ってしまった。
 しかし逆に、昨日の夜まで失われてしまっていた彼女の自信が、そこにあった。

 「・・・・まだ体調も万全ではない、というのにか?」
 「足りなければ、補えばいいだけの話よ。しばらく私の取っておきは使えないでしょうけれど、その分貴方のマスターとして、貴方のサポートに回ってあげるわ」

 だがセイバーは、厳めしい顔つきをして、サラにまた言葉を投げかけた。

 「身はそなたのサーヴァントだ。戦うと言うのであれば喜んでそなたの剣となろう。敵を倒せと言うのであれば全身全霊を以ってその敵を斬り伏せよう。しかし、だ。今の我々には、決定的に情報が欠けている。おそらくその点においては、他の者たちのほうが先んじていよう。そんな状態で挑むというのは、一切の装具を持たず戦いに挑むに等しきこと。そなたがなそうとしていることは、愚挙そのものではないのか?」

 古今東西を問わず、戦いにおいて、情報とは何よりも勝る武器である。
 否。これは戦いに限った話ではない。
 国政、外交、商売、学問・・・・・・
 ありとあらゆる分野において、情報の持つ力というものは凄まじいものである。相手を知らないということは、自分が不利ということに他ならない。
 それゆえ、多くの者は情報収集・操作を軽んじることはない。情報一つで、世界が変わるといっても過言ではない。たった一つ情報があるか、ないか。これだけで、もはや大きな差が生じるのだから。
 それでも、セイバーに臆することなく、サラは言った。

 「・・・・セイバー。確かに、貴方の言うことは正しいわ。ここで静観して、漁夫の利を得る。魔術師の誰もが、私と同じ立場に立たされたのならば、そうするでしょうね。でもね、セイバー。そんなこと、私の誇りが許せないの」

 サラは自分の胸に手を当てて言った。
 彼女の口から紡がれる言葉には、力が漲っていた。

 「私のやろうとしていることは、間違いなく自殺行為よ。けれど私に言わせれば、今戦うべき時に戦わずに退いたり、傍観に徹してしまえば、それこそ末代までの恥。そうなってしまえば、もう私はエクレールの名を継ぐ魔術師ではいられなくなる・・・・私が私の誇りのために戦っている以上は、そんなことはもう許されない・・・・・・」

 サラは、自分の胸から手を下ろした。
 そして一呼吸おいてから、セイバーを見据えて言った。

 「セイバー。私の方針が気に入らないというのも当然の話よ。でも、私としてもこればかりは譲る気はないわ。でも、これだけは言わせてちょうだい・・・・」

 そしてサラは、言った。
 今まで口にした、どんな言葉よりも力強く。

 「私に、力を貸して――――!」

 そうして、その場は静まり返った。
 この沈黙が、悠久に続くかと思われた。
 だが、セイバーはその口元を緩めて言った。

 「・・・・言ったはずだ、サラよ。身はそなたのサーヴァント。戦うと言うのであれば喜んでそなたの剣となろう。敵を倒せと言うのであれば全身全霊を以ってその敵を斬り伏せよう、と。そなたの決意の程、しかと見せてもらった。その誇りさえ胸に抱いているのであれば、聖杯の栄誉はそなたの頭上に輝くであろう。ならば身は、そのために全力を尽くすのみ!」

 セイバーは剣を掲げて言った。
 彼のこの言葉も、力強さを帯びていた。

 「・・・・当然ね。不利なら不利で、それなりの戦い方はあるわ。本当に優れた人間っていうのは、そんな状況でも戦えるもの。それに、戦いを通じて情報を得ればいいわけだし・・・・とにかく、行くわよ」

 サラは戦いに赴くべく、一歩踏み出した。
 その一歩も、彼女の決意と共に踏み締められた。
 ふと、サラがセイバーの脇を通り過ぎようとしていた時に、彼女は言った。

 「・・・・セイバー。ありがとうね」

 聞こえるか聞こえないかの声量で、サラはそう呟いた。
 その声はセイバーに届いたのか、彼の口元には微笑が浮かんでいた。
 しかし、サラが部屋を出ようとして、ドアノブに手を掛けたそのときだった。

 グウウウウゥゥゥゥ・・・・――――

 何か気の抜けるような、なおかつ力が抜けるような音がどこかから鳴った。
 その音の出所は、サラの腹からだ。

 「・・・・セイバー」

 サラは後姿をセイバーに見せたまま、言った。

 「ひとまずは、食事にしましょう」
 「ウム!」

 セイバーは素直に、それに応じた。



 日は沈み、夜になった。
 アーチャーと鉄平は支杭沼に近づきつつあった。
 支杭沼は、アサシンがキャスターと遭遇した多磨村霊園からおよそ数十キロほど離れた場所に位置している土地。
 多磨村霊園の周辺は畑が広がっていたり、更地には工事用の車両が並べられていたりと、ある程度は人の手が加わっている。しかし、この支杭沼の周りは、一切人の手が行き届いていない。そのため、立ち入り禁止の看板が掲げられた柵の向こうは、管理を放棄されてしまった自然公園と化している。
 そもそも、この沼のある土地は元々、開拓民が居住地としていた場所で、この土地も切り開こうとしていた。当然、そこにはその名残も残っている。だが、住み着いてから一ヶ月も経たないうちに、開拓民たちの間で奇病が蔓延。開拓民は一夜にして全滅してしまった。
 それから時が経ち、そんな事件も忘れ去られた頃、街の名士たちがこの土地を手にしたが、その名士たちも次々と変死を遂げてしまう。それどころか、その名士の一族さえも破滅の道を辿り、そしてその血は途絶えた。
 そうして時代を問わず、その土地に踏み入るたびに、そして関わるたびに、そうした人間たちは怪死してしまっている。それがたとえ、魔術師であれ。
 こうしてこの沼のある土地は、死を喰らう沼“死喰い沼”と呼ばれるようになってしまった。
 現在では、守桐の管理下に置かれたことにより、この土地が持つ邪気も若干ではあるが、薄まっているのだが・・・・
 二人が向かっているのは、そんな不吉な謂れのある土地である。

 「それにしても、まだ途中だっていうのに、随分と薄気味悪いな・・・・」
 「どうした?怖気づいたのか?」
 「まさか。これぐらいの土地、何度も入ったことあるよ」

 茶化されはしたものの、ここまで気が滅入るのは何も電灯がないからだけではあるまい。
 弱いながらも、この先には何か妖気が漂ってくる。鉄平は、それを感じ取っていた。それを可能としているのは、彼が積み重ねてきた経験によるものに他ならない。

 「おそらくは、それだけじゃないだろうさ」

 鉄平が何も言っていないのにもかかわらず、アーチャーは彼の心中を聞き取ったかのように答えた。

 「まずはキャスター。あいつが築いた陣地のせいで、この土地に魔力が必要以上に溢れていやがる」

 キャスターのサーヴァントが持つスキル“陣地作成”。
 これにより、キャスターは自身にとって有利に働く陣地を形成することができるのだ。
 キャスターは自身の陣地を築くに相応しい土地として、この大聖杯が安置されている支杭沼に目をつけた。そしてそれを他に知れ渡られぬよう、様々な策を張り巡らせてきた。
 それともう一つ、と言ってアーチャーは続けた。

 「聖杯だよ。少なくとも、今あの中にはバーサーカー、ライダー、ランサー、アサシンが入っている。それだけいれば、聖杯も活性化するだろうし、土地の魔力も活発化するだろうさ」
 「なるほどな・・・・」

 願望機“として”機能させるだけならば、サーヴァントは五騎いればそれで事足りる。
 つまり、あと一騎サーヴァントを討ち果たせば、聖杯は完成するということである。そのためか。魔力がここまで濃密に溢れているのは。

 「それにしても・・・・」

 話は終わったかと思いきや、アーチャーはなにやら顎をさすり、訝りながら言った。

 「それにしては、妙に魔力が弱いような気もしないでもないんだが・・・・」
 「何だよ?珍しくはっきりしないな」

 鉄平の言葉に、アーチャーはやや困りながら答えた。

 「はっきりわからないから、はっきりしないんだよ。まあ、こういうのは個々人の感覚の問題だしな・・・・」
 「そうは言われてもな・・・・こっちはある程度までなら、ここの恐ろしさみたいなのは、肌で感じ取ることはできるけどさ」
 「・・・・・・なら、いいさ。いずれにしても、見えすぎ、聞こえすぎってのもいいことばかりじゃないんでな」
 「そうか。けど、どっちにしても、聖杯ができるのもあと少しっていうことに変わりないわけだろ?」
 「そういうことだな。まあ、時にはシンプルに考えるってことも大事って話・・・・」

 しかし途中でアーチャーは言葉を切ってしまった。
 鉄平はそれを察したのか、一気に気を張り詰める。いつでも不可視の布袋から自身の愛刀を抜けるように。
 アーチャーは高く飛び上がり、近くの高い木の上まで上った。
 そこでアーチャーは、遠くを窺っている。

 「・・・・安心しろ。まだ敵は近くまで来ちゃいない」

 アーチャーはその言葉を下にいる鉄平に向けて言った。だが鉄平は、一度張った臨戦態勢をここで解くわけにもいかなかった。とはいえ、常に気を張り詰めているわけにもいかない。
 なので、鉄平は気を抜かないようにしながらも、できるだけ力み過ぎないように努めた。

 「・・・・どうなっている?」

 鉄平はアーチャーに尋ねたが、その答えはすぐに返ってきた。

 「・・・・・・武装したホムンクルスにゴーレム、キメラにガーゴイル・・・・魔術で生み出された被造物がごまんと、お出迎えの用意をしているぜ。それも腹立つことに、入り口の真ん前で、な」
 「キャスターの仕業だな」
 「ああ」

 これだけの被造物を生み出せるのは、この先においてはキャスターしかいない。
 また、それはあの先にキャスターが待ち構えていることをも意味している。

 「そこから、キャスターは見えるか?」
 「多分、奥にいるだろうな。ここから狙い撃ちしても構わないんだが、それだと余計な連中を引っぺがす羽目になるし、それにそんなことしている暇もない。だから、強行突破でいくぞ」
 「強行突破って・・・・あれが罠だったらどうするつもりだ?」
 「そのときはそのとき。そうなったらキャスターを討ち取るまでだ」
 「あのなあ・・・・・・」

 鉄平は頭を抱えながら、思わず溜め息をついてしまった。

 「そんな顔するなよ」
 「したくて、してるわけじゃない」
 「悪かったな。あんたんとこのサーヴァントと違って、策らしい策じゃなくて」
 「勝手に人の心読むなよ。ったく・・・・」

 このとき鉄平は、いつも考えていることが顔に出てしまう後輩の気持ちを理解してしまった。
 アーチャーは頭をかきむしってから、やれやれといったふうに口にした。

 「・・・・言っておくけどな、全くの無策ってわけでもないんだぜ?こっちが二人に対して、あっちは大勢。おかげでこっちは小回りが利くし、向こうはこっちを捕まえるのに一苦労するだろうよ。しかもキャスターのやつも迂闊に魔術なんぞ使えないぜ。なにしろ、オレたち二人を攻撃するために、自分の作った連中を巻き添えにするようなもんだからな」
 「・・・・あのキャスターなら、それぐらい平気でやるんじゃないのか?」
 「そうかもしれないが、ある意味じゃ連中は盾みたいなものさ。少し気持ちよくないだろうけどな。それと、オレたち・・・・ていうか、オレとあんたの目的は何だ?」
 「・・・・野々原さんを助けること。それと俺は聖杯を手に入れること」
 「だよな?なら、無理にキャスターと戦う必要はないって話だ」

 言っていることはもっともだ。
 あくまで二人の目的は沙織を助け、鉄平が聖杯を手にすることであり、キャスターを倒すことではない。もっとも、キャスターなどはその障害ではあるのだろうが。
 戦いが回避できないのならば、迎え撃つまで。だが、それ以外は極力避ける。
 アーチャーが言わんとしているのは、そういうことだ。
 それでも、鉄平はやや腑に落ちないような顔をして言った。

 「けど、キャスターがわざわざ俺たちを見逃すと思うか?」
 「見逃さないだろうな」
 「なら・・・・!」
 「オレたちを追うヒマがあるんなら、な」
 「・・・・どういう意味だ?」
 「そのうちわかる」

 アーチャーが意味深な言葉を口にすると、そのまま地面へと降り立った。

 「とにかく、最短ルートの目星は大体つけた。後は、うまくやるだけだ」
 「何だかな・・・・まあ、こっちも沼に入る前に体力を消耗するわけにもいかないから、仕方ないか」
 「そういうことだ。じゃあ、いくぜ」
 「ああ」

 二人は互いに目を合わせ、そして頷いた。
 それからまっすぐ前を見据えると、そこから駆け出したのだった。


 かくして、役者は彼の地へと集いつつある。
 嘆く者。
 己の欲を満たそうとする者。
 道を踏み外したる者。
 障壁となりて阻まんとする者。
 己が誇りに従いし者。
 他がために戦う者。
 それぞれが己の胸に抱きし御旗の下に、舞台へと臨む。
 全ては、たった一つの杯のため。
 手にできるのも、たった一人だけ。
 たったそれだけのために、大地は血と涙に塗れ、彩られる。
 そこには、不条理に平等が与えられ、平等に不条理が成される。
 それでも、終だけは確かにやって来る。
 安楽と悲哀、多くを振り撒いてやって来る。
 闇を幕、月明かりを証明とする舞台。
 木々の囁き、鋼のぶつかり合い、風を切る矢、発破爆ぜ、怒号と悲鳴重なる楽団。
 血戦という名の題目、戦場という名の劇場に、終は観客としてやって来る。
 そして、帳は開かれた――――



~タイガー道場~

タイガ(・・・・・・ハッ!わ、私は、今まで一体何を・・・・?ていうか、これは何!?)

(タイガ、頭に何か被り物を被らされている)

ロリブルマ(・・・・ウオッ!なんかみんな変なの被らされてる!?!一体、何!?ていうか喋れない!)

佐藤一郎(えー、と・・・・あちらの道着を着てトラの被り物をしておられますのが、藤村様。体操服を着てウサギの被り物をしておられますのが、イリヤスフィール様。それと・・・・)

シロー(・・・・私に被せる意味はあるのか・・・・?)

(シロー、犬の被り物。佐藤一郎、ヤギの被り物)

ロリブルマ(うわあ・・・・一匹まんまなのがいるよ・・・・ん?わたしたちの他に三人、いるみたいだけど・・・・誰かしら?)

クマの被り物(神、サイコオオオオォォォォ!!!!!!)

ネコの被り物(最近、こういう形式の密室ゲーム系サスペンスとかはやってるけどぉ、アチシとしてはこういうのは、そお?で懲りたぜ!作者はGANGANで連載されているこれ系のマンガ気になってるみたいだけどぉ)

タイガ(・・・・うん。ものすごいわかりやすすぎる面子。もはや被り物も意味をなしてねえ)

佐藤一郎(・・・・ところで、一人見かけないお方がいらっしゃいますが、どちら様ですかな?)

タイガ(・・・・ん?あんなの、型月にいたっけ?)

ネズミの被り物「・・・・・・・・」

シロー(・・・・む?この見慣れた小さい体躯。そしてそこから溢れ出すアホの娘っぽい空気・・・・まさか・・・・!!!)

ネズミの被り物(・・・・あ!被り物ごしから伝わるリアリスティックな冷めた目線!なぜだか息遣いの一つ一つから伝わってくるシニカルな感情!・・・・間違いない!シローだ!)

(ネズミ、シローへ向けてダイブ、するも回避され自爆)

シロー(・・・・やはりこのかか。しかし、なんでこんな空間に?)

ネコの被り物(あー。妹、出番なさすぎてここへ引っ張り出されたんだとさ)

シロー(・・・・何故だ?何故口にしていないにもかかわらず、私の考えが見透かされた?)

ロリブルマ(・・・・ていうか、一体どういうことなのよ?これから何が始まるか、大体察しがつくけど)

???『ようやく、全員目を覚ましたようですね』

タイガ(あ。この「爪弾くは荒ぶる・・・・」とか言いそうな、この声は・・・・)

佐藤一郎(映像が写されるようですな)

(映像が流れる。そこには赤い布でグルグル巻きにされた一人の男がもがいている)

シロー(・・・・どう見てもランサーだな。アレ)

タイガ(つーか、何やってんのよ!?あの腹黒シスター!)

カレン『皆さんにはこれから、ここから脱出するための、あるゲームをしてもらいます』

ロリブルマ(喋ることもできないから、つっこむこともできない・・・・)

シロー(そもそも、彼女相手につっこんでもきりがないと思うが・・・・)

カレン『脱出できるかどうかは、貴方次第。もし、失敗すれば・・・・死にます』

シロー(・・・・随分と、悪趣味な内容だな)

カレン『・・・・ワカメ(本名:間桐慎二)が』

シロー(・・・・って、何故シンジ!?!)

ネコの被り物(いや。だってさ、あのワカメ、命99もあるじゃん)

タイガ(・・・・というかこれ、私たちに何のリスクもなくね?)

カレン『それでは、これから皆さんが挑戦していただくゲームは・・・・棒の間』

ロリブルマ(棒の間・・・・?)

タイガ(・・・・って、スペシャル番組ばっかでぜんぜん再開されない、ヘキサ言の裏番組のゲームじゃねえか!!!)

カレン『ルールは簡単です。皆さんそれぞれに用意された七本の棒に乗って、被り物を通して出題されるクイズに答えていってください。ただし、時間が経過すると共に、棒は少しずつ引っ込みます』

タイガ(完全にそのまんま!しかも必然的に脱出できるの一人だけかい!)

カレン『ちなみに落下しますと、言峰神父おススメの麻婆で満たされたプールを満喫することができます』

シロー(どっちみち死ぬことに変わりないな、これ・・・・)

カレン『では、スタート』

タイガ(え?もう?)

ロリブルマ(急がないと、始まる前に終わるッス!)

(画面の向こう側)

カレン「・・・・さて。この辺りで今回の話に関して。本来ならば、もう少し進めるはずでしたが、頭がすでに終わっている作者が次回以降の区切りのつけ方がわからなくなりそうだったようでしたので、今回は中途半端な長さとなりました。これで次回、長さがおかしくなったら、思う存分罵ってやってください。何はともあれ、ようやく最終決戦の始まり。是非とも、最後までお付き合いください・・・・まあ、こんなのを見るくらいなら、もっと他に有意義な時間の使い方をすることをお勧めいたしますが。では、最後に無意味に無駄に慌てふためいている、愉快な方々の醜態を眺めながら、お別れすることにいたしましょう。では皆様。ごきげんよう」

ランサー(・・・・おい、カレン!いつまで放置しておくつもりだ!つーか、さっきから“カレン”って名前表示されてんのに、俺拘束する意味あるのか!?そもそも、俺は何しに出てきたんだ!?!こんチクショウ――――――!!!)



[9729] 第四十二話「前哨戦」
Name: 黒魔将軍◆fc524a20 ID:d2f06c79
Date: 2011/06/25 02:59
 月明かりさえ届かぬ、鬱蒼とした森の中。
 木々に囲まれた草むらにて一人、品のよい華美な椅子に腰掛け、コーヒーの香りと苦みを堪能している男がいた。
 陰鬱とした空間であるにもかかわらず、この男がいるだけでその場はまるで、王が鎮座する玉座の間のような空気が漂っている。
 それもそのはず。
 何を隠そうこの男、キャスターはかつて王であった男だからだ。これも、彼が生来纏っている王者の気質によるものであろう。
 キャスターは一頻りその苦みを味わうと、口元からコーヒーカップを放した。

 「フム・・・・やはり先に現れたのは、アーチャーとアサシンのマスターか。まあ、この辺りは大方の予測どおり、というわけじゃな」

 左側の肘掛に寄りかかって頬杖をついたキャスターは、誰に話しかけるでもなく言葉を紡ぎ続けた。

 「程なくして、セイバーどももここへ現れるじゃろう。本来ならば、ここで一網打尽にすべき場面じゃが、それはそれで不都合じゃからな・・・・」

 もっとも、マスターの心が折れたセイバーがここまで早く戦線復帰するものとは思ってもみなかった。というよりも、その可能性は多少考えていたのだが、キャスターはそれをあまり重視していなかった。
 しかし今となっては、それは好都合であった。
 何故ならば彼の敵は、この先にある戦場からこちらへ向かってきている者たちだけではないからだ。
 キャスターはその口元を笑みで歪めた。

 「されど、どう足掻こうが、全てはわしの思うが侭。貴様らにはせいぜい、わしの掌の上で踊ってもらおうぞ」

 キャスターはこの戦いで起こりうる流れを全て、掴んでいた。
 イレギュラーが表舞台に立ち、この局面に至っている今、どのような瑣末な可能性を軽視するわけにもいかない。見落としもあってはならない。
 否。見落としなど、あるはずがない。ましてや、抜かりなどない。
 なぜならば、我が名は魔術王ソロモン。
 神の忠実なる信徒にして、あらゆる魔を掌握せし者。そして大いなる知恵を以って、この世の頂点に立ち、栄華を極めた王の中の王。
 それは絶対なる自信にして自負。
 断じて、慢心や過信などではない。
 彼は常にその思考を鮮明にし、冴え渡らせていた。

 「さて、あとは手筈どおり。これが済めば、奴らをいかにして出し抜くか、じゃ・・・・」

 キャスターの目は、すでにこの先に向けられている。
 それについては、いくつもの思考を張り巡らせてはいる。
 むしろキャスターにとっての真の戦いは、そこであると言っても過言ではない。
 とはいえ、ここを乗り切ることができなければ、そこに至ることもないのだが・・・・

 「しかし、このまま何もかもがわしの思い通りというのも、ちと味気ない。まあ、連中がわしを愉しませるほどの何かがあるわけでもなし。なれば、奴らの無様な姿を眺めることにしようぞ」

 ともあれ、このままねじ伏せることに変わりない。
 キャスターが口元まで運んだコーヒーカップから、湯気が立ち上る。



 「・・・・ったく!鬱陶しいったらありゃしねえ!」
 「うるさい!口動かすヒマあるんなら、手動かしてくれ!」
 「言われなくたってそうしてるっての!」

 アーチャーと鉄平は、大量の敵が群がっているそのど真ん中をひたすら突き進んでいた。
 鉄平は向かい来るホムンクルス兵やキメラを手にしている日本刀で斬り伏せ、アーチャーは鉄平の死角から迫り来る敵を射抜いていた。
 中でも厄介なのが、ゴーレムやガーゴイルといった強固な体を持った敵だ。そういった敵は、並大抵の攻撃は通用しない。
 そうした敵への有効な対処法の一つは同士討ちだ。
 固いものは固いもの同士でぶつけさせる。そうすれば、自分たちが打撃を与えるより、よっぽど効果がある。
 これが有効なのは、同種同士というわけではない。ゴーレムが巨腕を振るえば、近くにいるホムンクルスやキメラは吹き飛ばされ、急降下するガーゴイルの攻撃をうまい具合に回避することができれば、その攻撃はたまたま近くにいた敵に降りかかることになる。時には、敵を盾にして対処することも珍しいことではない。

 「しかし、これでライダーの軍団みたいな統率力があったらと思うと、ゾッとするぜ・・・・」
 「同感・・・・」

 固体としての力ならば、ライダー・覇道王チンギスカンが生み出す鮮血兵より上だろう。
 だが、ライダーの軍団には統率力があり、その機動力を活かした集団戦やその他諸々の戦法に優れている。
 よって、どちらが優れているというわけではない。
 だがしかし、ここではこの敵たちにそうした統率力がないのが幸いしている。
 おかげで、こういった同士討ちが期待以上の効果を上げている。

 「けど、本当にここ、最短ルートなのか!?」

 鉄平が、飛び掛ってくるキメラに突きを見舞いながら、アーチャーに尋ねた。
 その直後に、ゴーレムが鉄平目掛けてその巨大な腕を振り下ろしたが、鉄平は地を這うように加速して前進したため、近くにいた敵数体が犠牲になった。

 「ああ!間違いねえよ!本当ならキャスターの奴に一泡吹かせてやりたいとこだけどな!」

 アーチャーが、鉄平の隙をついて槍で刺し貫こうとしているホムンクルスの兵数体を、瞬時に全て矢で射抜いた。
 その後も、彼に攻撃を仕掛けようとする敵を、糸を縫うようにスルスルとすり抜けて、進んでいく。
 アーチャーの目的はマスターである沙織を救出すること。
 鉄平の目的は聖杯を手に入れること。
 よって、彼らの目的はキャスターを倒すことではない。
 もっとも、キャスターは彼らの前に立ちはだかる敵であることに変わりはない。しかし、決してそれは必然的に倒さねばならないわけでもない。

 「それで、キャスターが黙って見過ごすなんて思わないけどな!」
 「それだったらそれだったで、御の字だけどよ・・・・!ん・・・・?」

 アーチャーが何か言おうとしたが、彼の目には何かが映った。
 それは、彼らの進行方向の先。そこではどういうわけか、諸々の敵が吹き飛んでいる光景が広がっている。

 「・・・・どうなっている?」

 アーチャーは自分に迫る敵、鉄平の死角を突こうとする敵を時間差で手際よく射ながら、目を凝らしてそこを観察した。
 そこでは、火炎が噴水のように溢れ出てきている。
 そこでは、雷電が天に向かって昇るかの如く閃いている。
 そこでは、爆炎がその轟音を轟かせている。

 「鉄平!気をつけろ!」

 アーチャーに向かって一体のガーゴイルが迫ってきている。アーチャーはそれをギリギリまで引き付けると、すかさず前へ転がり込むように飛び込んだ。そのガーゴイルは、槌のように振るわれたゴーレムの腕に潰されるという末路を辿った。

 「あの先にキャスターの罠が張られていやがる!変に踏み込んだら粉々になるぞ!」
 「無茶言うな!ただでさえ、こいつらどうにかするので一杯一杯だっていうのに、そこまで気、回るか!!」

 鉄平はそう答えながら、身を屈めて前方で槍を突き出すホムンクルス兵の攻撃をかわす。その槍の穂先は、後ろから剣を振り下ろそうとしているホムンクルス兵を刺し貫いた。
 そして鉄平は、横薙ぎに刀を振りぬき、眼前のホムンクルス兵の太腿を切り裂く。ホムンクルス兵は、武器を落として崩れ落ちた。

 「安心しろ!その罠は大方、マヌケなキャスターの手先が引っかかってる!あんたは、その余波に気をつければいいだけさ!」

 体勢を立て直したアーチャーに、先ほどのゴーレムがゆっくりと向かってくる。
 アーチャーはゴーレムの頭部に次々と何発もの矢を射続ける。文字通り、矢継ぎ早の早さでいられたゴーレムの頭部、それも全て一点に集中して射られたため、ゴーレムの頭部は砕けた。そして、ゴーレムは膝を突き、そのまま倒れた。

 「そっちのほうがよっぽど無茶だ!」
 「どっちにしても、あそこ突破できなきゃ聖杯まで辿り着けねえよ!」
 「そりゃ、そうだけど・・・・・・くそっ!」

 悪態をつきながらも、鉄平はただひたすら、前へ突き進む。その間にも、襲ってくる敵を数対ほど斬り伏せた。
 立ち止まれば、たちまちのうちに大群の餌食になってしまう。だから、何があろうとも足を止めるわけにもいかない。
 止まるわけにもいかない。
 故に前進あるのみ。
 それを阻む者は何者であろうとも、邪魔立てすることは許さない。
 もはやどれほどの敵を斬り伏せたのか。
 どれほどの敵を射抜いてきたのか。
 その判別がつかなくなった頃に、アーチャーの言っていた、キャスターの罠が仕掛けられた地点へと近づきつつある。

 「鉄平!ここからが正念場だ!気を抜くなよ!」
 「うるさい!気が散る!」

 降りかかる矢の雨をアーチャーは自分が射た矢でその起動を逸らしながら鉄平に呼びかけると、彼はその矢の雨を刀で叩き落しながら答えた。
 とはいえ、このような大群の中での決死行だ。こうでもしなければ、見失いかねない。それぐらいは鉄平とて十分にわかっている。今の彼は多少熱くなっているのだろうが、そこまで言い返せるのならば、まだまだ余力はあるのだろう。くわえて、熱くなりすぎて周りを見失うようなヘマなど犯すはずもない。

 「・・・・ったく!今までも死線潜り抜けてきたつもりでいたけど、こんなの初だから堪ったもんじゃない!」

 飛び掛かるキメラやガーゴイルの攻撃を鉄平は、とにかく避け続けた。
 鉄平はこれまで、一度に複数を相手にしたとしても、それは二桁いっているか、いっていないか。ただし、一度大勢と乱闘をした(というより巻き込まれた)こともあるのだが、あの場合は相手があまりにも格下すぎたので、特に問題はなかった。
 しかし、相手は明らかな殺意を持った、人外の者ども。しかもその数は軍隊に匹敵する。少しでも気を抜けば、即座に死が訪れる。
 キメラの爪が鉄平の肩にかすった。致命傷ではない。

 「それでも、初めてにしちゃあ上等だ!並のやつならここまで持ち堪えられねえよ!」

 アーチャーは軽快な足取りでホムンクルス兵やゴーレムの攻撃をかわしていく。
 いまだに自分たちに向けて放たれる矢の雨で、受けてしまえば致命的になりかねないものを自分の放つ矢で逸らし、打ち落とし、それに混じっている投石をも砕いた。
 また、アーチャーは鉄平が対処しきれない矢や投石の攻撃をも矢を放って対処した。
 時にはゴーレムの打撃が自分の間近で炸裂することもあったが、その場合は吹き飛ばされる勢いに任せて、距離を取った。

 「鉄平!そろそろキャスターの罠がくるぞ!」
 「ああ!わかってる!」

 いよいよキャスターの罠が仕掛けられている地点へさしかかった。
 このような極限状態では、冷静に罠が張り巡らされている場所を見極めるなど、容易な話ではない。
 普通ならば。

 「10時の方向!気をつけろ!」
 「わかった!」

 ガーゴイルの急襲を瞬時に加速して進むことで避け、キメラの突進を横に飛び退いて避けているアーチャーの言葉を聞いた鉄平は、その方向に足を踏み出しかけたが、瞬時に方向転換して向きを変えた。それから、踏み出した足をバネにして、その方向へと跳び、着地。
 それが結果としてフェイントになったのか、鉄平に攻撃を仕掛けようとして空振りしてしまったホムンクルス兵は、そのまま前のめりになって、鉄平が進もうとしていた方向に、足を踏み入れてしまった。
 すると、そのホムンクルス兵や近くにいた者どもは、いきなり竜巻に巻き込まれてしまった。その竜巻はミキサーのように、中にいるホムンクルス兵たちを粉々にしてしまった。

 「前方と真横両方!その隙間を抜けろ!」
 「ああ!」

 ゴーレムの陰から飛び出すキメラの攻撃に晒されながらも、アーチャーは自身の超感覚にてキャスターの罠が仕掛けられている場所を正確に看破し、獰猛なキメラの攻撃を避けながら鉄平に伝える。
 鉄平はホムンクルス兵やガーゴイルの攻撃を避けながらも、アーチャーが指示した場所に飛び込む。
 何も知らずに鉄平を追ってきた敵たちは、普通にそこに踏み入ってしまったせいで、炎に包まれ、電撃に砕かれる。
 鉄平の背中に熱気が伝わってきた。
 鉄平はすぐに駆け出した。鉄平が先ほどまでいた場所に、炎が降りかかった。
 それからも、鉄平はアーチャーが見破った罠の位置を彼の言葉どおりに回避していく。
 そのため、二人とも大分迂回することとなってしまった。

 「それにしてもこれ、きりがない!」
 「全くだ!」

 鉄平の言葉にアーチャーは同意した。
 その間にも、二人とも敵の攻撃を避け続ける。
 敵の攻撃が激しくなり、罠が次々と起動している今、二人ともなかなか反撃できないで射る。どうしても回避に専念してしまうのだ。アーチャーの放つ矢も、敵の矢や投石を逸らしたり砕いたりするばかり。
 ただ、敵の数も、同士討ちや罠によって徐々にその数を減らしていってはいるが。

 「あと一息だ!この先を突破できれば、この鬱陶しい連中から抜けられる!」
 「やっとか・・・・!速く脱出したいもんだよ!」

 二人とも敵の攻撃を掻い潜りながら、加速をつけて突破をはかった。
 そのときだった。

 「鉄平!横だ!」

 そう言うや否や、アーチャーはすぐさま方向を急転換し、真横へ突っ走っていってしまった。
 鉄平は一瞬困惑してしまったせいで少し遅れてしまったものの、すぐさまアーチャーの後に続いた。
 すると、鉄平の後を追っていた敵が、いきなり何かに吹き飛ばされ、宙を舞った。

 「なっ・・・・!?くそ!」

 鉄平は振り返らず、ただひたすらアーチャーの後を追った。行動が遅れてしまったせいで、すぐ後ろで風圧を感じる。
 それが収まると、鉄平は横目でその襲撃者の正体を見やった。

 「あれ・・・・戦車か!?」

 鉄平の目に映ったのは、キメラに牽かれた戦車であった。それを御者となっているホムンクルス兵が駆り、後ろで槍やら弓やらを構えている兵が騎乗していた。

 「あれだけじゃないぜ」

 アーチャーは別の方向に指を刺す。
 鉄平はそちらにも目を向けた。

 「お、おい・・・・・・・!」

 鉄平は絶句してしまった。また別の戦車部隊がこちらに向かってきている。
 しかもいまだに矢や投石が雨霰と降りかかり、多くの敵が遠巻きにこちらを囲み始めた。
 このままでは、嬲り殺しにされるのは目に見えている。

 「御者や牽いているやつさえ射抜けばどうとでもなるだろうが、こいつはちときついな・・・・」

 そう軽口を叩いてはいるものの、アーチャーの額からは冷や汗が一筋流れた。
 自分一人でこの場を切り抜けることは問題ではないが、ここには鉄平もいる。実力はあるのだが、何台もの戦車を相手取るのは至難の業。なおかつ、敵はそれだけではないのだから・・・・
 先ほどアーチャーや鉄平に突撃を仕掛けた戦車部隊が方向転換し、再び彼らに車輪の轟音を轟かせ向かってくる。

 「おい、鉄平。負ぶってやるから、乗れ。このまま一気に突き抜けるぞ」
 「けど、それじゃお前、弓使えないだろ・・・・!?」
 「オレは別にいいんだよ。とにかく、今は一刻も早くここを抜けることが先決なんだからな」

 鉄平は苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめていた。
 自分がサーヴァントに遠く及ばないことは十二分に理解してはいた。それでも否応ないこととはいえ、自分の力が及ばないために、そのサーヴァントの足を引っ張ってしまうこの状況を歯痒く思っていた。

 「悪いが、そんなに時間はないぜ!」

 戦車部隊がだんだんとこちらに近づいてくる。それに遅れて、遠巻きに囲っていた敵たちも動き始めた。
 矢も投石も空を覆った。
 鉄平は押し殺すような声で言った。

 「・・・・・・悪い。アーチャー・・・・」
 「そういうのは言いっこなしだ。とにかく、ふんばれよ」

 鉄平は黙って頷いた。
 ここで立ち止まっている暇などない。とにかく、時間がないのだ。
 いよいよ敵が目前まで迫ろうとしている。鉄平がアーチャーの背後に回った、そのときだった。
 いきなり自分たちの周囲が草のドームに覆われてしまった。
 もはや周りがどうなっているかさえもわからない。

 「これ、まさか・・・・・・!」
 「ああ。間違いないぜ」

 見間違えるはずもなかった。
 何しろ、これは自分たちが始めて遭遇したマスターが使った魔術。無敵のモンゴル騎馬軍団の放つ矢の弾幕さえ防ぐほどだ。この程度の矢や投石を防ぎきることなど、造作もない話だ。
 そして外では、砲弾が炸裂したかのような轟音が響き渡った。おそらく、外の敵はキャスターの罠に引っかかったときのように吹き飛んでいることだろう。
 また、近づく敵は何者であろうとも、容赦なく斬り捨てられているだろう。
 しばらくすると、草のドームが開かれた。
 アーチャーや鉄平が目にしたのは、死屍累々と横たわる敵の残骸の数々。そして彼らの横には、荘厳なる銀の王と、花の妖精を思わせる可憐な魔術師が並び立っていた。

 「よお。随分と遅かったな」

 彼らはアーチャーにとって、鉄平にとっても本来であるならば敵であるはずだ。
 にもかかわらず、アーチャーは彼らに対して、まるで古くからの共に呼びかけるように、軽く声を掛けた。

 「ウム。遅れてすまぬ」

 銀の王、セイバーは素直に詫びた。

 「別に私達、貴方達を助けに来たわけじゃないもの」

 対して、セイバーのマスターであるサラはツンとした表情で、つっけんどんに言った。

 「ただ、貴方達の敵が私達の敵なだけよ!」

 そう言って空を見上げたサラの視線の先には、ガーゴイルの群れが飛来し、矢と投石が数え切れないほど放たれていた。
 しかしサラはそれに臆することもなく、手に握ったいくつかの小粒の種をそこに向けて投げつけた。
 種はガーゴイルのうちの一体に命中した。すると、ガーゴイルの体から無数の茨が飛び出してきた。それらの茨は杭となって、他のガーゴイルや地上にいるホムンクルス兵などを貫き、空から降りかかる矢や投石を逸らし、砕いた。
 それを見たアーチャーは口笛を鳴らした。

 「・・・・これで、また借りができたな」

 鉄平が胸を撫で下ろしたかのように言うと、サラはいきなり鉄平のほうに向き直って、すごい剣幕で彼に迫ってきた。

 「またって・・・・いつも顔合わせるたびに借り作ってばっかりじゃないのよ!貴方達は!!!」

 いきなりサラに迫られ、しかも捲くし立てられてしまったため、鉄平は困惑しながらやや後ずさってしまった。

 「つーか、基本的にあんたが勝手に首突っ込んで、勝手に貸し作ってるような気もするんだが?」

 アーチャーが茶々を入れると、今度はものすごい勢いでサラは彼に顔を向けた。

 「その貸しのほとんど、誰にできてると思っているのよ!それもこれも全部、サ・・・・」

 だが、それまで勢いのあったサラの口振りも、いきなりその調子が下がってしまった。

 「サ・・・・サ・・・・・・サ、オ・・・・・・」

 しかもどういうわけだか顔を赤くして、その上もごもごとややくぐもった声で何か言おうとしている。おまけにアーチャーに向けていた目も、今ではすっかり泳いでしまっている。

 「サ・・・・なんだ?」

 そんなサラを、アーチャーは面白そうに眺めている。
 しかしサラは頭をブルブルと勢いよく横に振り、そして元の調子で再び捲くし立てた。

 「もとい!貴方のマスターがしっかりしていないからいけないのよ!」
 「へいへい」

 だがそんなサラの言葉をアーチャーは肩で透かした。鉄平は何がなんだかわかっていない様子だ。
 この間、敵の大半をサラとセイバーが打ち倒したせいか、敵の攻勢も弱まっているよう。
 そしてサラは、鉄平に向けてビシッと指を刺した。
 またもや鉄平は面食らったかのような顔をした。

 「とにかく!借りを返さないまま勝手に倒れるなんて、私が許さないわよ!」

 それと!と付け加えて、今度はアーチャーに向けて指差した。

 「何があったか知らないけれど、そのことちゃんと貴方のマスターにも伝えなさい!絶対よ!」

 アーチャーは相変わらずサラを面白そうに見ているが、それでもその言葉だけはしっかりと受け止めた。
 そしてサラをまっすぐ見据えたアーチャーは言った。

 「・・・・安心しな。サオリは必ずオレが助け出す。そんで、助け出した上でちゃんとあんたの言葉、伝えてやるよ」

 アーチャーの言葉を向けられたサラは、どこか決まり悪そうに彼から目を逸らして言った。

 「わ、わかればいいのよ・・・・こ、これで全部済んだら後は貴方達と私達、どちらが聖杯に相応しいか、決着を着けましょう。覚悟はいいわね?」

 サラは横目で鉄平を見やった。
 言葉を投げかけられた鉄平は彼女に向けて言い放った。

 「・・・・・・ああ。臨むところだ」
 「どうでもいいけど、そういうのは本人に面と向かって言おうぜ」

 鉄平が言いきった途端に、アーチャーがまたしても冷やかしてきたので、サラは顔を赤くして彼を睨みつけた。こうして決まらなかったせいで、鉄平は肩をがっくりと落としてしまった。
 どこからともなく、咳払いが聞こえてきた。
 セイバーだ。

 「ともかく、キャスターは我らに任せてもらおう。故に、そなたらは先へ急ぐがよい」

 セイバーは、なお大群がひしめく敵に構えた剣を向けて言った。サラも、顔を引き締めて自らのサーヴァントと同じ方向へ、まっすぐ見据えていた。

 「・・・・ああ。それなら先へ行かせてもらうぜ」

 アーチャーはそれだけ言うと、彼らに背を向けて駆け出した。鉄平もそれに倣った。
 もはやそれ以上の言葉は不要と言わんばかりのそれは、背中を預け合う者同士の呼吸そのものであった。本来であれば、敵であるにもかかわらず。
 ふと、ある程度の距離まで進んだアーチャーはそこで足を止め、また振り向いた。

 「それと!次はちゃんとオレのマスターの名前、言えるようにしろよな!」

 アーチャーの言葉を投げかけられた少女は、耳まで真っ赤になってしまった。それを見届けたアーチャーは、彼女が振り向く前に自身の進行方向へと向き直り、先を急いだ。
 彼は耳で、彼女の従者が主をなだめるのを確認した。
 そこからも敵が襲い掛かってきたが、セイバーたちが大分数を減らしてくれたおかげで、対処するのも先ほどまでより数段も楽だった。
 こうして敵の大群を突破。
 茂みの中へ飛び込んだ。

 「・・・・どうにか抜けることができたな」
 「ああ。正直、冷や冷やしたぜ」

 鉄平の言葉にアーチャーは同意した。
 ここでセイバーたちが来なければ、どうなっていたかわからなかった。

 「さて、と。ここいらで一休み・・・・と言いたいとこだが、どうなんだ?」

 おどけたような口振りをしながら、アーチャーは鉄平に尋ねた。

 「ああ。体を動かせるんなら、問題ない。というか、ここで足を止めたら、逆に二度と動かなくなりそうだよ」
 「だと思ったぜ」

 だが鉄平は少し顔をしかめて、アーチャーに言った。

 「というか、わかってて聞いてるだろ?」
 「何度も言うが、こういうのは口に出して何ぼなんだよ。とにかく、問題ないって言ったんなら先行くぞ。後でへばっても文句は聞かないからな」
 「ああ。わかってる」

 そんなやりとりを交わした後、二人とも茂みの奥のほうへと進んで行った。
 その先の更なる死地を抜け、己が目的を果たすために・・・・



 サラとセイバーは先へ、先へと突き進んでいく。
 近づく敵はセイバーによって斬り伏せられ、遠くの敵も、彼の剣から放たれる“虹輝剣爛”で粉砕され、焼き尽くされ、穿たれる。
 サラも、自身の魔術を駆使して敵を翻弄し、セイバーを援護している。時には、自らの魔術で敵を打ち倒すことさえある。
 ともかく、最優のサーヴァントと名門の出の優れたる魔術師のマスターの組み合わせを前にした敵はただ、ただ打倒されるのみ。
 そうして二人はとうとう、大群を壊滅させ、深部へと至った。

 「随分と口ほどにもないわね」
 「だが、気をつけよ。奴のことだ。この先も何か仕掛けているかもしれぬ」
 「ええ、わかっているわよ。サーヴァント同士の対決なら貴方の方が断然優位でしょうけど、相手が相手だもの。油断するなっていうほうが無理な話よ」
 「そういうことだ。では、進むぞ」
 「ええ」

 二人は茂みを分け入り、鬱蒼とした森の中を進む。
 ここにも罠が張られていないか、サラは魔術を用いて探知した。だが、特に何も仕掛けられていない様子だ。
 そんな陰鬱な雰囲気を醸し出す木々の間を進んでいる、そのときだった。

 「・・・・・・いるわね」
 「ウム。この尋常ならざる魔力、間違いない」

 キャスターに近づいたことを二人は察した。とはいえ、ここまで何もなかったためにサラは少し拍子抜けしたようだが。

 「気を引き締めてかかるぞ」
 「ええ」

 二人ともゆっくりと足を前へ踏み出していく。
 そうして数歩もしないうちに視界が開けた。
 木々に囲まれた草むらが、まるでそこが一つのサロンのような雰囲気を醸し出している。何しろ、周囲の木々にランプがかけられているかのように、光の塊が明かりを灯している。
おまけにその中心で椅子にくつろいだ姿勢で座って、コーヒーカップを口へ運びながら読書している人物がいるのだから。
 その人物こそ、キャスターその人である。

 「・・・・随分と遅かったようじゃのう。待ちくたびれたぞ」

 キャスターはコーヒーカップを、いつの間にか出現した台の上のソーサーに乗せ、読みかけの本を閉じた。

 「キャスター・・・・・・!」

 セイバーはキャスターを睨みつけた。その人一人を殺せそうなほどの鋭さを帯びた視線を、キャスターは真っ向から向けられても全く動じる様子はなかった。

 「キャスター!貴方の悪巧みもそこまでよ!」

 サラが声を張り上げ、キャスターに向けて言い放った。

 「相変わらず威勢はいいものじゃな、セイバーのマスターよ」

 しかし当のキャスターはゆったりとした姿勢のまま、そう返した。

 「あら、随分と余裕じゃないの?追い詰められるくせに」
 「観念することだな、キャスター。貴様の正体、すでに見極めた。もはや貴様も勝ち目などない!」

 それでも、キャスターはいまだ椅子に腰掛けたまま。そして、キャスターの顔に酷薄な笑みが浮かんだ。

 「観念しろ?勝ち目などない?何故じゃ?わしが勝つこの戦いで、何故わしが観念しなければならぬ?むしろ、それはわしの台詞じゃ」
 「何・・・・・・?」

 キャスターの大仰な言葉に、セイバーもサラも怪訝そうな顔をした。

 「それにせっかく面白いものを用意したのじゃ。それを見せるまでは、死ねんよ」

 そう言ってキャスターは指をパチンと鳴らした。
 すると、茂みからホムンクルス兵やキメラ、ゴーレムがぞろぞろと出現し、それらがキャスターを遮ってしまった。さらに樹上には、ガーゴイルが止まっている。

 「まだこんなにいたの!?うっとうしい!」

 腹立たしげに言い放つサラだが、先ほどまでの大群と違ってこの敵たちはどういうわけか、サラたちを囲って立ちはだかっているだけだ。

 「・・・・・・妙だな」
 「・・・・やっぱり、貴方もそう思う?」

 セイバーも、サラも何か思うところがあるようだ。

 「・・・・何故、この局面にて、今更ホムンクルスのような者共をけしかける?」

 その疑問は、先刻の大群と対峙した時から抱いていた疑問であった。
 かのソロモン王であるキャスターは、この敵たちよりも強力な悪魔たちを従えており、また指輪の力を使ってバーサーカーやランサーを支配していた。にもかかわらず、そういった真の力を使う様子も何もない。
 一体、何故?
 そのときだった。

 「イロヒィム、イッサヒィム・・・・我は求め、訴えたり」

 奥からキャスターの声が聞こえてきた。
 何かの呪文のようだ。

 「何・・・・?これ、グリモワールの・・・・?」
 「何か魔術を行使しようというのか・・・・?」

 新たに疑問が沸いてきた。
 二人に敵がにじり寄ってくる。
 キャスターの呪文は、なお続く。

 「天に鎮座せし、我らが偉大なる主よ・・・・御身の恩恵に与れること、真に感謝いたす」

 敵がサラたちに襲い掛かってきた。
 セイバーは敵を斬り伏せ、サラも彼の援護をする。

 「何、これ?まるで、祈りの言葉みたい」

 思わず眉をひそめてしまうサラ。それはセイバーも同様であった。
 キャスターの呪文とも、祈りともつかない言葉はまだ続く。

 「されど、御身の恩恵を拒む者が地に蔓延りけり。その者共、惰眠を貪り、邪淫に耽り、他を陥れ、悪の限りを尽くさん。願わくは・・・・」

 そのとき、サラはハッとなった。

 「セイバー!すぐにキャスターを倒して!」
 「サラ!一体、どうしたというのだ・・・・!?」

 いきなり声を掛けられたため、セイバーは思わず驚いてしまった。
 サラは敵に対処しながら、セイバーに言った。

 「・・・・まだ、あったのよ!キャスターにはまだ、宝具があるのよ!」
 「・・・・・・宝具――――?!まさか・・・・・・!」

 そこで、セイバーもようやく気付いたようだ。
 そう。ソロモン王の偉業を考えれば、宝具がもう一つ存在することは明白だった。
 “指輪”は知恵者ソロモンとしての宝具。
 悪魔を使役するための“魔道書”は魔術王ソロモンとしての宝具。
 ならば、神の信徒としてのソロモンの宝具は・・・・・・

「・・・・・・地上の悪に断罪を下す事、許したれ。御身の名の下にこの手を血で濡らす事、許したれ」

 そして今もなお、キャスターの詠唱は続く。それに伴い、周囲の魔力も濃密になってくる。
 サラもセイバーも焦りが募る。

 「しかしサラ・・・・!この状況では、どうにも・・・・・・!」
 「だったら、令呪を使って、キャスターを・・・・!」
 「だが、それでは・・・・・・!」

 セイバーが渋るのも無理はない。
 今ここで、セイバーがキャスターをうちにここを離れれば、サラは敵の毒牙にかかり、倒れ伏すのは目に見えている。現に、彼らは目の前の敵を対処するので手一杯で、とても今すぐにキャスターの元へ辿り着くことはできない。

「・・・・・・主に栄光あれ!悪に呪いと滅びあれ!」

 そして、それは結びの言葉となった。

 「――――“律するべき魔封殿(トーラー・アーク)”!」

 そして、濃くなった魔力は一気に拡大した。



 「・・・・フム。キャスターめ、ついに“あれ”を使ったか」

 サラ・セイバーとキャスターが対峙している場所から大分はなれた、沼の上の橋。
 そこでキャスターのマスター、ブラットは自身のサーヴァントが最後の宝具を使用したことを感じ取った。
 マスターとサーヴァントは魔力で繋がれているもの。故に、著しく減り始めた自身の魔力から、それを察することができるのだ。

 「今、奴と対しているのは、セイバーとエクレールの娘、か・・・・そしてこちらに向かってきているのは、アーチャーと確か、鉄平・・・・といったか」

 そのことを、彼は知っていた。
 おそらくは、アーチャーと鉄平を自分やクリシュナにぶつけることで、あわよくば自分たちを疲弊させ、出し抜いた上で聖杯を手に入れる魂胆なのだろう。
 あれは、そういう男だ。

 「・・・・まあ、そうでなくては面白みがないというものだ」

 水面に目を落としたブラットは、一人笑みを浮かべる。
 それこそ、彼にとって何よりも重要なことなのだ。
 そこには、一切の思惑や算段はない。
 あるのは、単純なる愉楽。

 「・・・・とはいえ、このまま奴の思惑通りに事が運ぶ、というのも御免被りたいものだな」

 しかし、このままキャスターの思い通りにさせるわけにもいかない。
 この聖杯戦争のためにも、聖杯は必要だ。
 よって、自分は聖杯を手に入れなければならない。
 一先ずはキャスターの好きにさせる。だが、キャスターが何らかの術策を施行する前に彼を消し去る。そのための令呪なのだ。
 自身の令呪が先か、キャスターの術数が先か・・・・かなり際どいものである。

 「しかし三騎士、それも最優とされるセイバーにキャスターが敵うはずなどない・・・・というのが通常の見方であろうが、あのキャスターに限って言えば、それは断じてありえない。何故なら、あの宝具が発動すれば最後。敵は、喰らい尽くされるのみ・・・・」

 ブラットは視線を戻し、ゆるりとした足取りで先へと進む。
 水面は、はるか向こうから発せられる妖しい魔力の波動が映されていた・・・・



~タイガー道場~

タイガ「はい!今日もやってまいりました、タイガー道場の時間です!」

ロリブルマ「て言っても、ここで喋れることなんてもうほとんどないんだけどね」

タイガ「コラ!そこのブルマ!ここの存在意義を根底から覆しかねない発言はしない!」

シロー「しかし、作者もここで使うネタがほとんど切れてしまったせいで、ここを書くことが憂鬱になってしまったそうだ」

タイガ「だから存在意義を根底から覆しかねない発言は止めなさい!お姉ちゃん、泣いちゃうから!」

シロー「全く・・・・こんなことになるのならば、最初から普通のあとがきにしておけばよかったものを、自ら泥沼に嵌るとは・・・・滑稽だな」

ロリブルマ「本当よね。勢いだけで行動した結果がこれだよってところじゃないかしら?どっちにしても、いい薬になったんじゃない?」

タイガ「ええい!それ以上の自虐ネタは止めなさい!さもなければ、カレンさん主催グルメツアー(兄貴及び金ぴか参加確定)にご招待しちゃうわよ!」

ロリブルマ「うっ・・・・!それは、イヤ・・・・・・」

タイガ「それでなければ、モンジ・ガトーさんのありがた~いお話コーナーへ連れて行っちゃうわよ」

ロリブルマ「それももっとイヤ!!!」

シロー「・・・・ま、まあ、一つ言えるのは今回もまた、今までと同じようなパターンに陥ってしまった、ということか」

タイガ「む?今までと同じようなパターンとは?」

佐藤一郎「ええ。今までもこのような前哨戦で一話を使い潰す、といったことに今回も陥ってしまった、という次第にございます。まあ、もっとも今回はおぼろげながらこのような流れになるものと察していたようですが」

タイガ「何となくでもわかっていたんならいいじゃない。それで、それの何が問題なの?」

佐藤一郎「本来であれば、キャスター様最後の宝具を少し見せて次回に続く、といった流れにしたかったようですが、その場合どこで区切ってよいものかわかりかねたので、このような形となりました」

タイガ「まあ、中途半端になるよりはいいんじゃない?まだまだ発展途上なんだし」

シロー「そもそも、いつ発展したのかわからないが?」

タイガ「人間いつだって発展途上!生涯要勉強!人生にゴールなどない!」

ロリブルマ「だったら、こんなことに時間使わないで、もっと有意義なことに時間使えばいいのに・・・・」

タイガ「ここどころか、小説そのものの存在を否定するんじゃねえ!というわけで!弟子二号!弟子三号!」

シロー(二号・・・・?三号・・・・?)

佐藤一郎(はて・・・・?いましたかな?そんな方々は・・・・?)

ロリブルマ「ちょ、タイガ・・・・!いつの間に、わたし以外に弟子なんて・・・・!?」

弟子二号&弟子三号「「あなたはだあれ?」」

ロリブルマ「・・・・・・え?」

佐藤一郎「・・・・まさかとは思いますが、この方々は・・・・」

タイガ「そう。弟子二号の白ブルマに弟子三号の黒ブルマ。これでルビ振る技術があったら、“ありす”に“アリス”っていう風にやっているんだけどね」

ロリブルマ「ちょ・・・・!何でよりによってこんなデンジャラス・ロリータ呼んでんスかーーーー!!!!!!」

シロー(君も十分デンジャラスだと思うのだが、まあ、ここは言わぬが花だな・・・・)

タイガ「そういうわけだから晴れて先輩となったわけだから、十分に仲良くしなさい」

ロリブルマ「いやあああああああああああ!!!!スプラッター反対!!!!!!」

白ブルマ「せっかくだから、仲良くしましょうか。あたし(アリス)」

黒ブルマ「せっかくだから、仲良くしましょうよ。あたし(ありす)」

白ブルマ&黒ブルマ「「仲良くなるために、一緒に遊びましょ」」

ロリブルマ「ひっ、ひいいいいいい!か、かつてない危機!そして迫るクライシス!」

(白ブルマ&黒ブルマ、ロリブルマの脇を通り過ぎ)

ロリブルマ「・・・・・・・・あれ?」

タイガ「む?どこへ行く?弟子二号、弟子三号?」

佐藤一郎「おや?あの先にいらっしゃいますのは・・・・」

ロリブルマ「・・・・シローだ」

シロー「・・・・・・え?」

白ブルマ「何して遊びましょう?」

黒ブルマ「何がいいかな?」

白ブルマ「鬼ごっこがいいわ」

黒ブルマ「素敵ね、それ」

白ブルマ「あたしたちが鬼になって、そこのワンちゃんを追いかけるの」

黒ブルマ「それでね、鬼に捕まっちゃったらね、首をちょん切られちゃうの」

白ブルマ「怖いね、それ」

黒ブルマ「でも、そっちのほうが盛り上がるでしょ?」

白ブルマ「そっか。楽しくなるもんね」

黒ブルマ「そうよ。楽しくなりそうでしょ?」

白ブルマ「うん。すごく楽しくなりそう」

シロー(冷汗滝)

佐藤一郎「ここまで“ブルマ”という文字がゲシュタルト崩壊を起こしておりますな」

黒ブルマ「それじゃあ、楽しいことは早くはじめましょう。あたし(ありす)」

白ブルマ「うん。早く遊びたいな」

黒ブルマ「じゃあ決まりね」

白ブルマ&黒ブルマ「「“あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労様。でも、ぼうけんはおしまいよ。だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる。さあ、嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じて、さよならね!”」」

シロー「なっ・・・・なんでさ!!!!!!」

(シロー、逃走)

(白ブルマ&黒ブルマ、追跡。鬼ごっこスタート)

タイガ「・・・・・・・・」

ロリブルマ「・・・・・・・・」

佐藤一郎「・・・・・・・・」

一同『・・・・・・・・・・・・・・・・』

タイガ「・・・・えー、予期せぬ事態となりまして、犬のシローくんが追いかけられることとなりました。あまりにも突然すぎるかと思われますが、今回はここまでとさせていただきます」

ロリブルマ「それじゃみんな、またねー・・・・」


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