11日目 金山溶洞観光後、錦屏へ移動
8時に剣河温泉を出発、できたばかりの舗装路を1時間ほど走ると三穂県に入る。さらに20分ほど走ると長吉の町に出た。ここは平地で畑が多い。住みやすい土地は漢族が住んでいてミャオ族は山の上の不便な場所に追いやられている。
2時間ほど走ると道路脇に貞寿坊が建っていた。清の時代の漢族の女性は夫に死別すると一生1人で過す習慣だった。碑には貞操を保ち80歳で亡くなった女性を称えて子孫や役所が建てたと記されている。
貞寿坊
天柱県の県城の手前で金山溶洞を訪れる。金山溶洞は全長9kmの鍾乳洞でこのうち1kmが開放されている。
金山溶洞
入り口から急な階段を下りた後、長いトンネルの中の階段をどんどん下っていくと大広間に出た。
トンネル 大広間(拡大)
大広間には大きな石筍がいくつか見える。照明が暗くデジカメのレンズも暗いので感度を1600にあげても1秒以上のシャッター速度になってしまう。三脚がないので手摺りの上にカメラを置いてなんとか撮影する。
このあと細い曲がりくねった洞窟を進む。暗くてデジカメの自動焦点が働かないいうえカメラを置く手摺りがないので赤外線で測距するコンパクトデジカメを使ってストロボ撮影をする。ツララのようになった鍾乳石、ペンキのように白いものが貼り付いている壁、へらがたくさん連なっていて叩くといろいろな音程できれいな音を出す鍾乳石などがある。
天井が低く身をこごめないと頭がぶつかってしまうところが多い。アーチ型の石、林立する小さな石筍、帽子をかぶった釣り人のように見える石筍など次々現れる。
白い川が流れたような跡、ツララのような鍾乳石、牙のような鍾乳石など自然の造形は無限に変化する。
鍾乳洞を出たあと15分少々走ると天柱県の県城に出たが錦屏県城で昼食をとることにして通過する。13時10分三門塘を通過する。この村には明の時代の建物がたくさん残っているが昨年9月に訪れたのでパスする。さらに20分ほど走ると錦屏県の県城に到着した。今日泊まるホテルを探して煙草大酒店にチェックインし、スーツケースを預けてから近くの食堂で昼食をとる。
煙草大酒店
今日は寒いので身体を温めようとトンソク鍋を食べる。
トンソク鍋
14時25分に県城を出発、清水江に沿って南に走る。ダムの建設工事をしているので道路は非常に良い。30分ほど走ってから泥道に入り地元の人に道を聞きながら進む。暖かくなってきてもう菜の花が咲き始めている。
菜の花畑
1時間10分ほど走ると啓蒙鎮に撞いた。地元の人にこれから訪れる河口郷裕和村について聞くともう民族衣装を着ている人はいないという。しかも以前着ていた民族衣装はすでに撮った民族衣装と同じという。万さんは観光局の人と相談をして日程表を作ったというが本当に相談しているのだろうか。それに河口郷裕和村は以前訪れた村に近いので熊さんが民族衣装を確認しておけば来ないで済んだのだ。道を聞きながら悪路を走ってきた運転手の唐さんもがっかりしている。仕方がないので近くにある風雨橋を見てから引き返す。このあたりのトン族は北トンと言われるが北トンの風雨橋は肇江など南トンの風雨橋と比べるとシンプルだ。
風雨橋
引き返す途中でダムの工事現場を見学する。堰堤の長さが423m、高さが185.5mという大きなダムである。熊さんから制止されて写真を撮れなかった。
17時30分錦屏の煙草大酒店に到着した。今日も万さんの杜撰な日程表と熊さんの手抜きから貴重な時間を空費してしまった。