召集令状
一九四五年（昭和二十年）五月十四日（晴）
何時モノ通リ七時半ニ工場ニ出ル。朝礼ヲ終ワッテ屋上ニ集合、ラジオ体操ヲ皆デ元気ニヤッタ。今日ハ空襲モナイヤウダ。内地ハ各都市ガ頻々ト空襲ヲ受ケテ毎日ノ紙面ヲ賑ハシテ居ル。随分押サレテイル事ハ否定出来ナイ。
午前十時、大黒町ノ交番カラ電話ガカカッタ。三時ニ来テ呉レ。其ノ時ピント来タノハ召集ダナト思ッタ。気ノ早イ話ダガ召集ト独リ極メシテ抽斗ノ中ヲ片付ケテ会田君大久保君本郷君等デ後々ノ事ヲ頼ム。皆ハ信ジラレナイト云ウ。
自分モ或ハトイウ気モスルガ、何トシテモ召集ノヤウニ思ワレテナラナイ。四十二ノヤク年ダカラカモ知レナイガ召集ト極ッテ直グ出発シテ好イヤウニ一応ハ片付ケテ三時ニ交番ヘ行ッタ。
前ニ二人来テ二階ヘ上ッテ話シテイタ。次ニ僕ノ番ガ来テ一人ダケデ二階ヘ上ル。極秘ノ召集ダト聞サレル。ハハー来タナト驚カナイ。既ニ覚悟ハ出来テイルカラ何ト云ワレテモ驚カヌ。
令状ヲ交付サレタ。五月二十二日掖河四一四部隊入隊ト示サレテアル。所持品服装等モ普通ノ旅行ト同様ニシテ決シテ召集ラシク目立ツヤウナ事ハヤッテハナラヌト申渡シヲ受ケテ終ッタ。スグニ寮ヘ戻ッテ家ノ者ヘ伝ヘル。既ニ食満サン、山田サンニモ来テイタノデ想像ハシテ居タラシイ。
店ヘモ電話ヲカケテ支店長始メ皆ニ公用旅行トダケ話シテ置ク。色々ト片付ケル事ガ多イヤウデ何ヲシテイイカ手ニ付カヌ。矢張リ落着カナイ。
五月十六日
大体出発準備モ出来タ。工場ノ方モ申送リ事項ハ全部終ッタ。今日デ最後ノ出勤トスル。
六時カラ内々ダケデ送別会ヲシテ寮ノ人達ガ集ル．寮カラハ食満氏山田氏平野氏ト僕ダ。他ニ駒井氏西園寺氏石会氏等モ召集サレタ。
店ノ方デハ壮行会ヲシテ呉レタ。煙草、キャラメル等車中ノ慰安ニ贈ラレタ。
五月十七日（晴）
朝坂田様ノ奥様ガ手伝ニ来テ呉レル。愈々出発トナルト矢張リ落着カナイ。色々用事ガ有ルヤウデサテ何カ手ガ出セナイ。少シ早目ニ昼食ニシテ寮内一同ササヤカナ膳ニ向ウ。或ハ是ガ本当ニ最後ノ別レノ宴トナルカモ知レナイノダガ自分ハ必ズ生キテ帰レルヤウニ思ワレル。
教育召集ノヤウニ思ワレルガ然シ日本ガ今何処ノ方面デモ確カニ米英ニ押サレテイル事ハ否メナイ。四十過ギノ老人迄モ実際戦争ニ引張リ出ス程人的ニ行詰ッテ居ルトハ思ヘナイ。十二時少シ過ギニ山田君ト一緒ニ出掛ケル。家族モ入口カラ外ヘ出テ見送ッテハナラナイト八釜敷云ワレテ居ルノデ寮ノ廊下デ別レタ。
肩カラ非常鞄ヲカケテ片手ニ大キナ風呂敷包ヲ提ゲ連鎮街大通リデ信濃町カラ日本橋ヘ出テ、橋ヲ渡リ旧駅カラ来ル二十何車両ハ長々ト連ネテ列車ハ静ニ出発シタ。金洲カラモ一車両乗込ンダ。大凡六千名位今度ノ召集デ出ルノダト聞ク。車中ハ普通ノ客車デ横ニナル事ガ出来ナイ為寝付カレナイ。酒ヲ呑ム者、煙草ヲ吸ウ者、皆色々前途ノ事ヲ考ヘテ到底寝ル事ハ出来サウニモナイ。或ル者ハ教養ノ為ニ召集サレタノダカラ長イ事ハナイダロウト云ウシ、或者ハ今ハ関東軍ハ南方ヤ内地ヘ転出シテ留守ニナッテ居ルカラ其ノ代リニ引張ラレタノデ二年ヤ三年ハ帰レソウニモナイト悲壮ナ決意ヲシテ居ル者モアリ、色取リドリデ殆ド一睡モセズ燕缶城ヲ過ギ鞍山ヲ通ル。コノ前ノ空襲デ手荒クヤラレテ線路ノ両側ニ直径二米位ノ爆弾ノ穴ガ並ンデイタ。
奉天デヒルノ弁当ガ渡サレタ。此ノ頃ハ何処デモ食糧ガ窮屈ナノデ美味イ不味イハ言エナイ。何デモ頂クヨウニナッタ。新京デ珍ラシクモヨウカンヲ売リニ来タ。二本買ッテ食ベタガ全然ヨウカンラシク出来テイナカッタ。値段ダケハ一人前ニ相当ナモノダ 一本十円ダ。夕食ハパンガ配給サレタ。
五月十九日
新京カラハルピン迄夜通シ走ッタガ矢張リ寝レナカッタ。ハルピンデ朝食ニ折詰
ガ配ラレタ。一升瓶ノ茶モ疾ウニ呑ンデシマイ喉ガカワイテ水ヲ随分呑ンダ。二時間程停車シテ列車ハ牡丹江ヘ向ッテ走ル。二ツ目ノ駅カラ路線ノ両側ニ軍用ト覚敷キ倉庫ガ無数ニ並ンデイルノガ目ニ附イタ。糧秣ヤ衣服ガ蔵ヘラレテ居ルノダロウガ実ニ大変ナ量ダ。停車ノ都度水ヲ汲ンデ来テノドヲ潤ス。
入隊
五月二十日
早朝牡丹江ニ着イテ二時間程停車又発車シテ次ギ掖河デ下車。一緒ニ行ッタ通信隊ノ者ト此処デ別レテ徒歩約三十分四一四部隊ニ到着。営庭ニ坐ラサレ大分待タサレテカラ名前ヲ呼ビ上ゲテ次々ニ中隊配属ガ極メラレテ行ク。自分ハ五中隊三小隊ダ。
中隊長ハ鏡泊湖ノ夏季演習ニ連隊長以下殆ド行ッテ留守デ湯川見習士官ガ中隊長代理、 班長ハ高橋伍長
五月二十二日
今日ハ愈々入隊式ダ。連隊長ハ演習地カラ帰ッテ来ラレタ。九時整列。連隊旗捧持兵ガ見事ナ歩調デ前進。壇上ニ安置。型ノ通ノ訓辞ガアリ各員今日カラ陛下ノ御盾トナッテ国ノ為ニ身命ヲ捧ゲヨ。班内ニ帰ル。
俄然古兵隊ノ態度ガ変ッタ。
先ヅ夕食ノ時ニ配食ガ終ッテ一同席ニ付イテ岡田上等兵ガサア喰ヘト云ワレタノデ皆ガ喰イ始メタ所ガ木村一等兵ガ突然立上ッテ貴様ラハマダ古年次兵ガ喰ベ始メナイナイ内ニ箸ヲ取ッタトカンカンニ怒リ皆此処ヘ並ベト一列ニ並ベルト次々トビンタヲ張ッタ。先ズ入隊第一回目ノビンタヲ頂戴シタ。馬鹿馬鹿シクテ話ニナラナイ。吾々ノ班ハ老人ガ多イカラ皆クヤシガリ二十二、三ノ若僧ニナグラレテ何トモ云エナイ吾ガ国ノ軍隊ニハ全ク面白クナイ習慣ガアル。
五月二十六日
入隊前カラ脱肛デ苦シンデハ居タガ此ノ頃特ニヒドク出テ歩行モ困難ナ位ダ。班長ニ話シテ診断ヲ受ケタ。早速練兵休ニナル。
五月二十八日
今日モ診断ヲ受ケタ。練兵休就寝許可トナッタ。就寝許可ト書イタ札ヲ自分ノ寝台ノ所エ掛ケテ横ニナッテ居ラレルカラ幾分楽ダ。
五月二十九日
今日モ寝テ居ラレルト思ッタ所 週番下士官ガ来テ使役ニ出ロト云ワレタ。何事カト行ッテ見タラ便所ノ窓ヘ黒紙ヲ貼ッテ蠅ヲ防グノダソウダ。新聞紙ニ墨ヲ塗ッテ窓ヘ糊デ貼リ付ケル。 二，三日カカルト思ッテ立ッテイルト矢張リ調子ガ悪イ。
五月三十日
昔ノ軍隊ハ食事毎ニ喰ベ切レヌ程山盛リノ飯ヲ呉レタノニ現在ノ給与ハ誠ニ悲惨ナモノダ。例ノ皿食器ニ六七分目ノ混合飯（米ト粟、米ト大豆、米ト高梁等）ニ御カヅハホンノ御印ダケ。昔ノ三分ノ一モナイ。兵隊ハ毎食鵜ノ目デ他人ノ飯ガ多イカドウカト目ヲ光ラセル。 全クナサケナイ状態ダ。 訓練ハ烈敷イ腹ハヘル。誰モ彼モ全ク浅間敷イ話ダガ食ウ事バカリ考ヘルヤウニナッタ。今日ノ晩飯ハ湯豆腐ダガ豆腐ハ一寸角位ノガ一切ダケダ。矢鱈醤油ヲカケテヤット喰ヒ終ッタ。
煙草モ配給ガアル。夕食後全員ヲ整列サセテ御前達ハタルミキッテ居ル。今日ノ演習ハ何トイウ状態ダ。煙草ハ配給セヌ。煙草ヲ吸ウ暇ガアッタラ兵器ノ手入レヲシロト全員六十五名ノ煙草ヲ僅カ四人ノ古年兵ガ取リ上ゲテシマウ。彼等ハ配給ダケノ煙草デハ足リナイカラ此ノヤウナ難クセヲ付ケテ勝手ニ取上ゲルノダ。前ノ日曜ニモ吾々ニ配給サレタヨウカンヲ銃ノ手入レガ悪イト云ウノデ配給停止シテ彼等ダケデ喰ッテシマッタ。
此ノヤウナ事デ何デ上下ガ一ツ心ニナッテ御国ノ為ニ生命ヲ投ゲ出シテ戦フ奴ガ居ルカ。随分変ッタモノト思ウ。イクラ矢釜敷教育シテモ上ニ立ツ古兵達ガコレデハ強イ軍隊ハ出来ル筈ガナイトツクヅク考エサセラレル。
六月六日
其ノ後引続キ就寝許可ダガ一向ニヨクナラヌ。湯川見習士官カラ手術ヲ受ケルヤウ奨メラレタ。自分モ此ノママデハヤリキレナイ。痛イノハ覚悟ヲ極メテ手術ヲ受ケルヤウ手続ヲ頼ム。
戦友ニ一時別レル事ニナル。色々支給サレタ品ヲ返納シタ。
六月七日
木村一等兵ガ一緒ニ病院ヘ行ク事ニナル 私物ヲ纏メテ預ケル。病院ヘハ検査ガ厳重デ何モ持ッテ行ケナイトノコト。八時ニ出掛ケル。営門デ荷物ヲ検査サレテ入隊後初メテ門ヲ出タ。外柵ニ沿ッテ左ヘ折レ三百米位ノ所ガ牡丹江第二陸軍病院ダ。
直グ西隣ノ建物ダ。受付デ記名シテ外科病棟ヘ入院。事務室デ衛生伍長ノ荷物検査ガアリ病衣ニ着換ヘテ今迄ノ服モ下衣、靴、帯剣等総ベテ木村一等兵ガ持ッテ帰ッタ。三号室ニ入院。午後軍医ノ診断ガアッテ明日手術スルト云ワレタ。入院中ノ心得ナド聞カサレタ。
六月八日
今日ハ手術ヲスルト云ワレ朝ハ絶食シテ浣腸ヲシタ。二回程便所ニ行キ十一時頃手術ヲ受ケテ其ノママ部屋ニ帰ッテ寝テイタ。夕方カラ猛烈ナ痛ミヲ感ジ始メテ夜通シ苦シンダ。全ク呼吸ガ止マルカト思ハレル程ノ痛ミダ。何度モ看護婦ヲ呼ンデ何トカナラヌカト無理ヲ云ッタ。
六月十一日
手術後排便ハ極力遅イ方ガ好イトノコトデ我慢シタガドウニモ腹ガ張ッテ寝ラレナイ。午後思イ切ッテ便所ヘ行ッタ。最後ノ一発ガ出ル時ノ痛カッタコト。涙ガ出タ。多少ノ出血モアッタガ回診ノ時ニ別ニ異常ナシ。極ク順調ニ行ッテ居ルトノコト。
六月十三日
今日カラ独歩患者ニナルコトガ出来タ。入浴スル。煙草ガ配給サレルノデ助カッタ。
六月十七日
七号室ヘ移ル。退院準備ノ為少シヅツ動イテ身体ヲ馴ラサセル。水ノヤウナシルコガ甘味子デ支給サレタ。此ノ病院モ全ク給与ガ悪イノデ退院患者ノ食器ヲ誤間化シテ取ッテ置キ食事分配ノトキ一人分デモ余分ニ受ケテ来テ皆デ分ケテ食ベル浅間敷イガ全ク空腹ガ苦シイ。マダ部隊ノ方ガ幾分デモ好イヤウダ。食事ノ時少シデモ満腹感ッヲ覚エル為実ニユックリトヨク咀ンデ喰エトイワレル。
六月二十日
今日ヨリ身体ノ運動ノ為ニ作業ニ出ルコトニナリ農場ノ草ムシリニ行ク。四十分ヤッテ二十分休憩ダ。 時間ノ経ツノガ早クテ好イ。
六月廿二日
今日ヨリ作業ハ防空壕堀リダ。山間ニ五尺位ノ溝ヲ掘ッテ行ク仕事ダ。久シ振リノ作業デ疲レタ。痔ノ方ハ順調デ退院モ近イトノコト。
六月二十九日
四一四ノ隊長ガ見舞ニ来タ。独歩患者廊下ニ整列シテ見舞ノ言葉ヲ受ケル。見舞イトシテキャラメルノ大箱一個ヅツ貰ウ。病室ノ一同デ分ケテ食ベル。
七月一日
愈々退院トナッタ。午後一時高橋班長ガ衣袴・帯剣等持ッテ迎エニ来テ呉レタ。皆ニ挨拶シテ本隊ニ帰ッタ。戦友ハ皆猛訓練デ大分痩セタ。
七月三日
今日カラ皆ト一緒ニ教練ヲ受ケル 朝ノ点呼後直チニ間稽古デ銃剣術ヲ受ケル。朝食後野外ノ戦闘教練デ三キロ程ノ丘ヘ行軍昼ニ食事ニ帰ッテ休ム間モナク再ビ教練。帰ッテ銃器ノ手入モ済マヌ内ニ入浴呼集。終ッテラ夕食、食後間稽古、点呼、軍歌演習ト息ツク暇モナイ。一週間ニ、二三回ハ此ノ外ニ夜間演習ガアッテ十時スギ迄引張ラレル。帰ッテ小夜食ニ小サナ餡巻一個カウドン丼半分位貰ッテモ間ニ合ワヌ。全員猛烈ナ訓練ダ。空腹ニ参ル。日曜日ニ銃剣術ノ中隊対抗試合ガアッテ五中隊ハ第三位ニナッタ所ガ班長ハ優勝シナケレバ絶食サセルト張リ切ッテ居タノデ遂ニ選手五名ハ絶食サセラレタ。全ク気ノ毒トモ何トモ云イヤウガナイ。
七月十五日
中隊内デ銃剣試合ガアリ僕ハ殆ンド練習シテナイ為全然手モ足モ出ナイ。終ッテカラ班長ハ猛烈ナ勢イデ仕込ンダ。ヘトヘトニナッテヤット起キ上レルカドウカトイウ時又突キ飛バシテナグルヤラケルヤラ、目モ当テラレナイ。クヤシクテ涙モ出ナイ位ニヤラレタ。
七月十七日
野外演習ニ出テ特攻隊戦車ノ体当リ訓練ニ爆雷ガ痛ンデ居少シ左ノ手ノ平ニ大怪我シタ。岡田上等兵ガ煙草ヲモンデ押シ込ンダガ益々血ガ止ラナイ。手拭デ縛ッテ帰ッタ。医務室デ見テ貰ッタガ時間ガ経チ過ギタノデ縫ヒ合セル事ガ出来ズ、リバノールガーゼヲ当テテ包帯ヲシタ。又練兵休トナル。
夕方急ニ呼ビ出サレテ転属サレル事ニナル。 各衣袴・外套・靴等一揃ト兵器受領シテ荷造リスル事ニナッタガ左手ノ怪我ノ為随分苦シイ。十時スギニヤット片付イタ。
七月十八日
朝早クカラ転属出発準備ニ追ハレ通シ十時集合ニ大分遅レテオコラレタ。同勢七十名。
十一時出発遅レタ為汽車ニ間ニ合ワヌト始終駆ケ足デ二キロ程行ッタガ参ッタ。重イ荷物ヲ背負ッテ銃ヲ肩ニ駆ケサセラレテハ全クカナワヌ。ソレカラハ徒歩デ牡丹江ノ町ヘ入リ駅ヘ着イタノガ十二時十分頃ダッタ。駅デ三時間近ク待タサレタ。
ヒル食ハ出ル前ニ喰ベタノダガ又駅デ支給サレタ。高粱ノ固イ飯ダ。御菜ハヒヂキノ醤油ノ煮付ケダ。塩辛イノデ後デノドガカハイテ水ヲ呑ムノデ遂ニ腹ヲコハシタ。列車中ノ下痢ニハ閉口シタ。貨物列車ナノデ便所ハナイシ不意ニ発車スルノデ随分苦労シタ。
吉林デ乗リ換ヘテ朝陽鎮ニ着イタノハ二十二日早朝ダッタ。
七月二十二日
駅カラ五百米位ノ小学校ガ連隊本部ニナッテ居タ。庭ニ入ッテ休憩シ、朝飯ガ出タ．各自飯盒デ受領 暫ラク振リノ味噌汁デ新鮮ナ野菜ガ豊富ニ入ツテ居テ実ニ美味ダッタ。其処カラ百米位ノ所ニ有ル満系ノ国民学校ガ我々ノ兵舎ニ当テラレテ土間ニ藁ヲ敷キ毛布ヲ拡ゲテ寝ル場所ヲ造ッタ。
当分編成途上ノ部隊デ日課モ極ラズ毎日呑気ダ。給与モ四一四ヨリハ大分好イ。
入浴ハ町ノ中央ニ有ル支那風呂デ隔日ニ借リ切リニシテ各部隊ガ時間ヲ極メテ入浴ニ行ク。小サナ風呂デ水ガ少ナイノデマルデ泥水ノヤウニナッテイル。帰リニ満人ノ店カラマンジュウヤ焼肉ヤラ大福ノヤウナモノヲ買ッテ帰ル。班内デムシャムシャ喰ベル。全ク牡丹江時代ノ苦シカッタ頃ニ比ベレバ夢ノヤウナ気楽サダ。白酒ヲ呑ム。水筒一本六十円位ダ。割合ニ安イト思ウ。今度召集サレタ予備役兵ヤ二国ガ次々ニ入隊シテ来ル。皆社会人ダカラ呑気ナ連中デ隊長以下地方人ノ集リノヤウデ誰モ八釜敷クハ云ハナイシ、何々君、トカ何々シテ下サイトカ全ク地方ト同シダ。
七月二十九日
命課布達式ダ。吾々転属組百六十名ト他ニ七月召集ノ予備役及ビ三国ノ連中デ大凡八百名位ガ吾々ノ連隊編成ニ入ッタ。第百三十八師二百七十九連隊第三中隊トナル。中隊長ハ老人少尉五十二才ノ由。至ッテ地方色豊カナ部隊トナル。
毎日決ッタ訓練ハナクテ体操、水泳等ダ。パイチューヲ買ッテハ呑ム。水汲ミ使役ニ出テマントウヤ餅ヲ買ッテ帰ル。
ソ連侵攻・終戦
八月九日
ソ聯カラ宣戦ガ布告セラレタト発表アリ。忽チニシテ国境ハ破ラレ東寧地区ニテ激戦ト伝エラレル。三，四日ノ内ニ牡丹江街道ハ破竹ノ勢ニテ突破セラレ、牡丹江ニ迫ルトノコト。
関東軍ノ精鋭既ニ無ク、殆ド無防備ノ状況。白城子方面、海拉爾方面モ同様至ル処ソ軍ノ進撃目覚キモノアリ。
八月十三日
移動トナル。撫順ノ東方南雑木ニ移動。十四日朝到着。道端ニ仮小屋ヲ建テ囲リニ幕ヲ張ッテ仮住居ヲ作ル。夕方、又移動シテ駅前ノ倉庫ニ藁ヲ敷キ込ンデ分散シテ兵舎トナル。
八月十五日
牡丹江地区ニ於テ敵戦車十五台破壊ト伝エラレタルモ夜ニ入リ特別発表アリトテ九時頃召集アリ。小学校ノ庭ニ集合スル。彼方此方ニ分散シタ兵ガ集合スルノニ手間取リテ漸ク十一時頃連隊長登壇。
天皇陛下ノ命ニヨリ停戦トナル。諸君ハ忍ビ難キヲ忍ビ耐エ難キヲ耐エ自重ヲ望ムトノコト。
皆信ジ難イト云ウ。中ニハ亢奮ノ余リ刀ヲ折リ銃ヲ投ゲ是カラ俺ハ馬賊ニナッテ満州デアバレルト気狂ヒノヤウニナッタ者モ居ル。
八月十七日
七月召集ノ兵ハ将校ヲ除キ全員召集解除トナッタ。一装用ノ被服ヲ受領シ途中ノ糧秣ヲ受ケ夕方ノ汽車デ続々ト出発シタ。転属組百六十名ハ残務整理ノ名目デ残サレタ。
八月十九日
武装解除ヲ撫順デ受ケル為糧秣ヤ銃器ヲ貨車ニ積込ム。朝カラ使役ニ次々引キ出サレ、駅デ積込ヲシタ。小休止ノ度毎ニ日本酒ヲ一本ヅツ渡サレタリ砂糖ヲ喰ベタリ牛缶ヲ開ケテ豪勢ナヒル食ヲ採ル。
八月二十日
早朝カラ貨車三輛ニ全員分乗荷物ノ箱モ一緒ニ 十時頃発車撫順ニ向ウ。撫順駅カラ徒歩デ朝日小学校ニ入ッタ。荷物運搬ヲ終リ各班毎ニ教室ニ毛布ヲ敷イテ泊ル。
八月二十二日
ソ聯ノ将校ガ多勢来テ武器ノ員数ヲ調べ武装解除ヲ終ル。此処カラ三ッ目ノ駅前ニ有ル変電所ニ警備ニ出掛ケタ一小隊ノ連中ガ帰ッテノ話ニ途中ノ村外レニ日本ノ兵隊ガ三名満系ニ撲殺サレテ素裸ニナッテ転ガッテ居タトノコト。此ノ連中ハ昨夜脱走シテ途中満人ニ所持ノ衣類ヤ食料ヲ取ラレテ命ヲ落トシタモノデ終戦後満系ノ態度ガ全ク変ッタノデ油断出来ナイ。今日カラ経理部勤務トナル。撫順駅ニハ奥地カラ引揚ゲタ日本人ガ列車毎ニ満員デ此ノ先ヘ進メナクナリ食料ガ尽キテ困ル者ガ続出シ軍隊ヘ泣キ付イテ来ルガ軍トシテハソ聯ニ押ヘラレタ糧秣ヲ渡スコトガ出来ナイ。
八月二十四日
午后三時新屯公園ヘ向フ為全員列車ニ乗り込ンダ所何時ノ間ニ知レタモノカ満人ガ一勢ニ暴動ヲ起シ砂煙ヲ揚ゲテ日本人ノ住宅街ニ押寄セ布団包ヲカツグ者靴ヲ取ッタ者タンスヲカツイダ者等我々列車ノ中カラ目ノ前ニ見エナガラソ聯兵ガ見張ッテ居テ我々ノ行動自由ガ許サレズ実ニ敗戦国民ノ惨タル有様デ其ノ内ニ汽車ハ発車新屯公園ニ着イテ松林ノ中ニ天幕ヲ張ッテ各自飯盒スイサンヲ始メタ。
僕ハ経理部勤務デ炊事班長田村軍曹、衣料係リ北村曹長、経理部木村少尉等一緒ニ二十五名天幕ニ僅カ五名ダケ入リ各自毛布ヲ二十枚位ヅツ貰ッテ五枚敷イテ五枚掛ケテ寝ル。食事ハ炊事ノ兵隊ガ下士官待遇デ捧ゲテ来ル。砂糖ハ豊富ニアルノデ小豆一升ニ砂糖ヲ倍位入レテ甘イシルコヲ作ッタリ毎晩スキ焼ヲシタリ出来ル限リノゼイタクヲシタ。
八月二十九日
師団対抗ノ相撲大会ガアリ終日賑ヤカニ遊ブ。 入浴ハ毎日炭坑社宅ニアル大キナタイル張リノ浴場ニ自由ニ出掛ケルシ欲シイ物ハ勝手ニ買イ喰ヒヲスルシ全ク気楽ナ日々ヲ送ルコトガ出来タ。
九月十四日
愈々奉天ニ集結シテ五万人集マッタラ解散式ヲ行イ各自解散シテ帰レルトノコト大イニ張切リ揮河ヲ渡リ延々二粁ニ渉ル大軍ガ徒歩デ奉天街道ヲ西ヘ西ヘト行進シタ。
夜中ノ十時頃カラ二時マデ四時間大休止ガアッタガ皆ガ寒サニ堪エラレズ焚火ヲシテ暖ヲ取ッタ。九月モ中旬ニナルト満州ノ夜ハ寒クナルノニ驚ロイタ。
ソレカラハ眠イシ疲レタノデ半分眠りナガラ無我夢中デ歩イタ。東稜ヲ通ル頃漸ヤク夜ガ白ミ始メテ来タ。非常ニ疲レテ途中カラ馬車ヲ雇フ者ガ多カッタ。我々ハ始メカラ経理部ノ大事ナ荷物ト一緒ニ装具ヲ馬車ニ積ンデイタノデ雑嚢一個ダケダッタガソレデモ足ガ棒ノヤウニナリ午後三時北陵ノ鉄路学院ニタドリ着イタ。宿舎ノ割当ガ終リ死ンダヤウニ眠ル。約五十粁ノ強行軍ダ。乗馬隊ノ連中ガ馬ヲ一頭タオシ皮ヲハギ始メタ時又移動トナリ肉ヲ少シ切リ取リアトハ穴ヲ掘ッテ埋メタリ大騒ギヲシテ東北大学ヘ移ル。
九月十七日
東北大学ハ元日本軍ガ米英ノ捕虜ヲ収容シタ所デ構内ハ随分広イ。撫順カラ来タ我々ハ四十二大隊トナル。各隊千五百名単位デシベリヤヘオクラレルラシイ。
九月二十日
四十二大隊ハ夕方整列シテ人員ト装備ノ点検ヲ受ケシベリヤヘ出発シタ。此ノ頃カラ毎夜脱走兵ガ目立チソ聯監視兵ノ自動小銃ニウタレテ外柵ニ引掛カッテ死ンデ居ル者ガ毎朝四人、六人ト報告サレル。軍医部デ取纏メテ毎朝ソ聯ノ将校集会所ヘ報告書ヲ出シニ行ッタ宮川少佐付キデ毎日炊事カラ上ル食事ノ外ニ特別料理ヲ作ル。天プラ油ガドラム缶一本有ルノデ毎日朝カラテンプラヤドウナッツヲ作リパンヲ揚ゲタリシテ油ノ物ヲ随分食べタ。
九月二十五日
奉天市民ノ内軍籍ノアル者ハ全部食料ノ配給ガアルカラトダマサレテ市役所ニ集合シタ折リソノママソ聯兵ニ取リカコマレ北陵ノ収容所迄行進サセラレ一挙ニ五千名着ノ身着タママデ連レテ来ラレ、司令部ノ裏庭ニ整列シタ。身体検査ガアリ一晩野宿シタガ寒イノデ防寒外套ヲ一枚ヅツ渡サレ其ノママ兵舎ニ収容サレタノハ気ノ毒ダッタ。パナマ帽子開襟シャツ下駄履キノ如キ状況ノ者ガ多ク全
ク気軽ニ一寸出掛ケテ来テソノママ抑留サレタノダカラ家ノ者ヘモ何等言イ残スコトモナク片付ケル事モ出来ナイママソ聯迄引張ラレタノダカラ同情ニ堪ヘナイ。我々ハ前カラ召集サレテ引続イテノ抑留故家ノ方ハ一応片付イテ居ルワケダ。
十月十日
其後次ギカラ次ギニ大隊ガ編成サレテ十七大隊ガ出発シタ。憲兵警察官等刑務所カラ来タ連中ハ全員シラミヲ持ッテイルノデ消毒ガ大変。上カラ下迄着換エサセ毛布外套モ一緒ニ滅菌消毒器ニ入レタ所過熱カラ全部燃シタ。軍医部ノ連中総出デ再ビ作リ直シタ。
十一月十三日
愈々最後ノ編成五十九大隊ニ入ル事ニナッタ。希望ナラバ病人トシテ六十大隊ニ残シテヤルト云ワレタガ病人仲間ニ入ッテ此ノ先ドウナルカワカラナイノデ元気ナ司令部ノ連中ト一緒ニ出タ方ガ好イト思ワレルノデ鞍山ノ電業支社長森川氏ニ伝言ヲ頼ンダ。大体ソ聯ニ行ク事ハ確実トナッタノデ短カケレバ一年位、長クナレバ三年位ハ帰レナイト思ワレル。
シベリアへ
十一月十四日
出発命令ガ来テヒル食モソコソコニ庭前ヘ整列同勢九七八名第五十九大隊トシテ中原大尉ガ大隊長我々ハ第五中隊デ鎌田中尉（軍医）ガ中隊長ニナッタ。
夕方六時頃出発北奉天駅マデ歩イタ。貨車ノ積込ヤ炊事車ノ設備等デ其ノママ待タサレ遂ニ夜ヲ明シタ。
飯盒炊サンデ朝ヒル二食ヲ採リ正午ニ出発シタ。
十一月十五日
二時頃鉄嶺ニ到着窓下ニ日本人ノ女子供ガ大福ヤ握リ飯ヲ売リニ来テ居ル。大福一個一円デ僕等ノ班デ二百円買ッタ。鶏ノ丸焼ガ五十円握リ飯一個一円皆ガ随分買ッタ。金ヲ持ッテ行ッテモドウナル事ヤラ不安ナノデ途中随分買物ニ使ッタ。
夕方新京ニ着イタ。水ヲ汲ミ込炊事ノ用意ヲシテイル、隣ノレールニ八路軍ガ着イタ。中ニ日本語ノ非常ニ達者ナ者ガ居ルノデヨク見タ所日本人ガ二・三名入ッテイルヤウダ。
十一月十六日
汽車ハ京白線ニ入ッテ白城子ノ方ヘドンドン西進シテ居ル。大勢ノ中ニハマダソ聯ヘ連レテ行カレル事ヲ信ジナイ者モ居ル。ヤレ国境線ノ武装地帯ヲ取リコワシテカラ日本ヘ帰ルノダトカ浦塩ヲ廻ッテ帰ルノダトカ諸説区々誰モ不安ナ一日ヲ送ッテ居ル。
十一月二十三日
楡樹屯デシベリヤ鉄道ト同一路線ノ汽車ニ乗リ換ヘタ。
十一月二十七日
満州里ニテ満州国幣ヲソ聯貨幣ニ交換百円が十円ニ交換サレタ。チタヲ経由シテ北進。
十一月二十八日
「カルイムスカヤ」ト云ウ大キナ駅ニ着イタ。朝食後全員使役トシテ下車ヲ命ゼラレ駅前ノ食糧倉庫ニ行キ積ミ替ヘヲヤラサレタ。九十キロ麻袋ノ大豆、高粱ナド負ハサレ二十米程歩イテツブレテシマッタ。弱イ者同志組ミ二人デ棒ニ通シテカツイダ。此処ノソ聯兵ハ質ガ悪ク一人ヅツ物陰ニ引込ンデ身体検査ヲシタ。目ボシイ物ガアルト片端カラ取上ゲテシマッタ。僕ハ革バンドト皮ノタバコケースヲ取ラレタ。午後三時頃漸ク終リ車ニ帰ッテ遅イ昼食ヲ取ル
十二月一日
列車ノ右側ニバイカル湖ヲ見乍ラ北ヘ北ヘ進ミ朝七時頃ニイルクックニ着イタ。大分大キナ駅ナノデ炊事ノ水ヲ汲ミニ行コウトシタ所直グニ発車スルト脅カサレタガ却々出発シナイ。ソノ内ニ時間ガ有ルカラ皆デ水ヲ汲メト云ワレ皆デ水ヲ汲ミ込ンダ。
漸ヤク終ッテ飯盒デモチ米ヲ炊イテ餅ヲツキ始メタ所突然全員下車ヲ命ゼラレタ。結局此処ガ目的地デ永イ汽車ノ旅モ終ッタ。ツイ先程水ヲ汲ム時間モ無イヤウナ事ヲ云イ乍ラ目的地ニ着イテ居タトハ驚イタ国ダ。
全クヨク秘密ガ守ラレテ居テ行ク先々ヘ命令ガ来テイル為輸送ノ指揮者サヘモ何処迄行クカ知ラヌラシイ。秘密ノ国ソ聯ノ一端ヲ見ル。線路ワキノ空地ニ荷物ヲ積重ネル。雪ガ二尺モ積モッテ居ルガ今日ハ特ニ暖イノカ少シモ寒サヲ感ジナカッタ。
夕方入浴デ二個班位ヅツ整列シテ入浴ニ行ッタ。大キナ建物ガ日本式ノ湯船ハ無ク周囲ニ水ト湯ノ出ルカランガ多数アリ小桶ニ湯ヲ入レテ洗面洗身シテ出テ、衣服ハ全部消毒ニ廻サレテ窓口カラ番号ヲ呼ンデ渡サレタ。此処デ石鹸箱ヲ紛失シタ。
薄暗クナッテ他ノ班ノ連中ガ行ク時梅原トイウ兵長ガ二、三人一緒ニ遅レテ駆ケ出シ「チャッポノイハストーイ」ト呼ンダガ何ノコトカワカラヌママ駆ケテ自動小銃デ撃タレ三発目ガ胸部ニ命中即死シタ。死骸ハ其ノママ道端ニ転ガサレテ有ッタノハ本当ニ気ノ毒ダッタ。入ソ第一日既ニ犠牲者ヲ出シタ。
其ノ夜ハ其処ニ焚火ヲシテ夜ヲ明シタ。夜中カラ寒サガ加ワリガタガタフルヘタ。
十二月二日
駅ヲ出テ各自大キナ装具ヲ背ニシテノロノロト行進ヲ始メ雪ノ中ヲ約十五キロイルクック市ノ西端ニ有ル収容所ニ午後二時頃着イタ。
後カラ後カラ自動車デ荷物ヲ搬ビ翌日ノ夕方迄デ大体片付イタ。一部編成替ガアリ田中隊ハ解散トナッタ。第一回目ノロシヤノ黒パンガ配給ニナリ一人約十五グラム位アマリ小サイノデ驚イタ。所持ノ米ヲ炊イテ腹ヲ満シタ。収容所ハ半地下式ニナッテ居ル。兵舎ニハ板張リノ床ニ寝台ガ二段ニナッテ居リ板敷ノ上ニ毛布ヲ一枚敷イタダケデ外套ヲ着タママ寝タ。燃料ノマキガ少ナイノデ燃エル物ヲ集メテ燃シタ。
十二月九日
早朝出発庭前ニ整列九時頃ニ出掛ケタガ雪中行軍ガ大キナ荷物ヲ持ッテ居ル為容易デナイ。途中デ隊長カラ今日ノ行軍ハ約四十五キロアルカラ命ガ大事故不急不要ノ荷物ハ全部捨テロト云ワレ雨外被、短靴、石鹸、天幕等思イ切リヨク投ゲタ。然シ後生大事に自分ノ身体ヨリ大キナ荷物ヲ背負ッテ行ク者モアッタ。夜中一時頃ニ大休止シテ三時間程停止シタガ寒気ノ為皆参ッタ。焚火ヲシタクトモ枯木ハナシ一面雪野原ノ真中ノ事トテ吹キ曝シデ全ク休憩ヲセズシテ歩イタ方ガ好イト思ッタ。
十二月十日
漸ク目的地バシェキー村ニ五時頃着イタ。冬ノ事トテ真暗闇ダ。皆ヤットコタドリツイタ位デ若イ兵隊ガ二名凍死、内一名ハ軍医部カラ一緒ノ広瀬ダッタガ、吾々懸命ノ手当デ息ヲ吹キ返シ一名ダケハ遂ニ駄目ダッタ。二人目ノ犠牲者ハ此処ニ葬ラレタ。
狭イ兵舎ニギューギューニ詰メ込マレ寝ル場所モナイ有様ダッタガ皆疲レテ死ンダヤウニ寝タ。
重労働
十二月十一日
今日ハ三中隊ガ此処ニ残ッテ吾々五中隊ハ山ノ中ヘ伐採ニ入ルコトニナリ八時半頃ニ出発、約十五キロ歩イテ雪ノ深イ山ノ中ヘ行進午後四時頃着イテ天幕ヲ明ケテ見タ所ハ雪ガ二尺モ積モッテ居テ寝ルドコロデハナイ。ソ聯ノ連中ハ雪野原ノ中ヘソノママ雪モ掻カズ天幕ヲ張ッタダケデ実ニ情無イト思ッタ。一晩中荷物ニ腰掛ケタママ夜ヲ明シ翌朝早クカラ天幕ヲ外シテスッカリ雪ヲ除キ天幕ヲ建テ直シタ。
昨夜此処ヘ着イタ時少シ薄暗クナリカケタ位デハッキリ見エナカッタガ峠カラ天幕張リノ宿舎ヲ見テ天幕張リニ見エズ立派ナ兵舎ガ並ンデ居ルヤウニ見エタガ近クニ寄ッテ天幕ナノデ驚ロイタ。極度ニ疲労シテ居ッタ上ニ眼鏡ハナイノデ非常ニ錯覚ヲ起コシタノニハ我ナガラ驚イタ。
十二月十三日
今日カラ早速作業ガ始マッタ。三十名位宛ニ別シ立木ノ伐採、収容所周囲ノ棚作リ浴場ノ建築、兵舎建築等毎日暗イ内カラ起サレテ重労働ニ従事シタ。
十二月二十五日
幕舎移転デ折角ノ日曜ヲツブサレタ。丘上ニ一寸シタ平地ガアリ雪をヲ掻イテ松葉ヲ敷キ天幕ヲ張ッタ。結局一日中カカッタ。
近頃頻々トシテ糧秣受領ノ兵隊（ソ軍）ガパンヲカッパラッテ我々ノ幕舎ヘ売リニ来ル。三キロパンガ山ニ行ッテ地方人カラ買ウト二百留位ノモノヲ八十留デ売リニ来ル。自分等ニ当然貰エル物ヲ頭ヲハネテ売リニ来ルノデ隊長辺リハ八釜敷ック買ッテハイケナイト云ウガ誰モ皆空腹ニ堪エラレズ内密デ買ッテイル。
何レニシロ毎日ノ食事ハ水ノヤウナカユカ飯盒半分位デ他ニ何モナイノダカラ皆目ニ見エテ痩セテユク。
一九四六年（昭和二十一年）一月一日
連日ノ作業ニ皆疲レ切ッテイル。 久シ振リデ作業モナク朝カラノンビリ出来タ。誠ニサビシイ正月ダガ僅カニ塩鰊一匹ヅツト暮ノ内カラ塩鰊ノ腹ヲ破イテ貯蔵シテイタ数ノ子ガ一切ヅツ付イタ。水ガユデ正月ヲ迎ヘル身ノ上ヲ哀シム。
同シ幕舎ノ者デ大事ニ取ッテ置イタ砂糖ヤ味ノ素ヲ出シ白米ヲ寄セ集メテカユヲ作リ僕ハ撫順以来大切ニ持ッテ歩イタ牛肉ノ缶詰ヲ切ッテ皆デ喰ベタ。
一月二日
今日カラ又猛烈ナ作業ニ入ル。山ノ建築場ヘ行キ穴ヲ掘ルノダガ二米位迄ハ固ク凍結シテイテローム（鉄棒）十字鍬エンピ等デ掘ルノニ尺角デ五寸位シカ掘レナイ。
一月八日
今日カラ三粁程離レタ山ヘ伐採ニ行ク。途中ニ地方人ノ小サナ部落ガアリ各自色々ナ品ヲ持チ出シテ交換スル。僕ハ時計ヲ売ッタ。残念ナ事ニ停ッタノデ値段ガズット安クナリ百留ニシカ売レナカッタ。山崎曹長前田准尉ナド満州デ家族ノアッタ営外居住下士官連中ハ奥サンノ着物ヲ持ッテ来テイタノデソレヲ解イテ一尺五寸位ノ小裂ニシテ三十留四十留トイウ値段デ売ッタガソレヲ着物ノママ売ルト矢張リ五十留位ニシカ買ワナイ。縮緬御召ノ高級品デ紅絹ノ裏ガ付イテ五十留デ白キャラコガ三ヤール位デ百二十留ニ売レタ。晒木綿一反ガ百留ダッタリ全ク露スケニハ値段ノ標準ガツカナイ。防寒靴下ヤ牛皮外套デ煙草ヲ買ッタリ白パンヲ交換シタリ随分色々ナ品ヲ持チ出スノデソ軍カラ段々検査ガ厳敷クナッテ収容所ヲ出ル時身体検査ヲスルヤウニナッタガソレデモ何トカシテハ持チ出シテ伐採ニ行ッテ地方人ヤ自動車ノ運転手ナド相手ニ取引ヲシテ居ル所ヲチャソボーイ（歩哨）ニ見付カリ蹴ラレタリ殴ラレタリシテモ懲リズニ持出シテイタ。
僕モヨク背中ヘ背負ッテ出掛ケ大黒様ノヤウダト云ワレタ。僕ノ幕舎ハ下士官バカリデ所帯持ノ為メ売物モ多ク尚何彼ニ顔ヲ利カセテ炊事カラ員数外ヲ貰ッタリシテ結構一般ノ者ヨリ多ク摂取シテ居ッタッガ馴レナイ生活環境ニ目ニ見エテ疲労ヲ加ヘ随分痩セタ。
軽作業
一月二十九日
今度病人ト衰弱ノ甚ダシイ者ハ静養サセルコトニナッタノデ全員ノ身体検査ガアリ僕ハ特ニ何処トイフ病気ハナイガ毎日作業ニ出テ四キロ程ノ処ヘノ往復ガ足ガ重ク何時モ一番後ニナルノデ毎日非常ニ苦痛ヲ感ジルノデ検査ノ時申出テ山ヲ下ル候補者ニナッタ。
二月三日
愈々病人ト衰弱舎将校等七十五名デ下山スルコトニ決定、十時頃ニ整列シテ出発シタ。途中デ交代ニナッタ中原隊ノ連中ニ行キ会ッタ。中原中尉ハソリノ上ニ立上ッテ皆元気ニ見エタ。パンキー収容所ニ、三時頃到着、伊藤曹長ノ班ニ入ッタ。
此処デハ付近ノ官舎ヘ薪割リニ行ッタ。
本部ヘ清掃ニ行ッタリ山ヘ薪ノ積込ミニ行ッタ。アンガラ川ヘイカダ作リニ出掛ケタリ水力発電ノ作業ヲヤリ連日ノ作業デ全ク休マセテ呉レナイ。其ノ間一人
ハ極度ノ栄養失調ニ骨ト皮バカリニナッテ遂ニ死ンダ。此ノ頃僕モ可成リ弱ッテ居リ喰ベタ物ガ其ノマヽ出ル事モアリ本当ニ死ノ一歩手前迄行ッタヤウニ思ハレタ。
然シ気分的ニ山ヨリハ楽デ高田少尉ヤ同好ノ士ガ集マリ俳句ノ会ヲヤッテ毎月題ヲ出シテ互選デ天地人ヲ極メタリシテ楽シンダ。
雪解ケヤ 轍ノアトニ 名無草
雪解ケテ 畠ノ香強シ 土ノ色
鉄柵ニ モタレテ聞クヤ 初雲雀
故郷ヲ 忍ブ窓辺ノ 猫柳
シベリヤモ 春ノ訪レ 初雲雀
小休止 フト摘ミ取ルヤ 初緑
白樺ノ 根本ニ愛シ 迎春ノ花
牛ノ群レ 越エ行ク丘ニ ツツジ咲ク
雪解ケテ アンガラ河ニ イカダ組ム
四月二十五日
大分雪ガ解ケ始メテ山々ノ緑モ深クナッタ。収容所ノ前ヲ日本軍ヲ乗セタトラックガ十五台程通ッタ。バイカル湖付近ノ山ヘ伐採ニ入ッテ居タ部隊ガ皆ダモイダト張リ切ッテ萬歳々々トイイナガラ元気ニ通ッタノデ皆急ニ内地ガ恋シクナリモウ明日ニモ帰レルヤウナデマガ飛ンダ。
五月五日
イルクックヘ糧秣受領ニ出掛ケタ。僅カ百五十瓦位ノ黒パン一個ガヒル食トシテ持ッテ行ッタガ途中デ食ベテシマッタ。肉工場ヘ行キ四人ノ内二人ダケデ中ヘ入ッテトラックニ積込ミヲ終リ三時頃ニ出発帰途ニ就ク。ナイフデ歩哨ニ見ラレナイヤウニ切リ取ッテ冷凍羊肉ヲ喰ベル。パンギー迄ニハ随分食ベタ。帰ッテヒルノスープト夕食ヲ一緒ニ喰ベテ久シ振リニ満腹ヲ感ジタ。
五月二十六日
突然イルクックニ向ケ出発命令ガ出テ皆ガダモイ確実ト大イニ張切ル。山カラ下ッテ来ルノヲ待ッテ山カラノ者ハ大部分ガポタルビヤヘ伐採ニヤラレ僕等ハ幸ニモイルクックニ戻ルコトニナリブラブラト歩イタ。約三十キロ程歩イテカラ迎エノ車ガ来テ乗ッタ。六時頃漸ク久シ振リデイルクック本部ヘ入ル。
消毒、身体検査、洗濯等ゴタゴタシタチュレンホーヘ行ッタ。鈴木安井等ガ帰ッテ来タノニ会イアマリニヒドイヤツレ方ニ驚ロイタ。聞ケバチュレンホーデ煉瓦工場デノ猛作業ニ栄養失調ガ続出シテ百名程死ンダトノコト。マリタノ収容所デハ発疹チブスガ出テ二月カラ四月迄ノ間ニ約百三十名死ンダトノコト。総員千三百名中丁度一割ガ犠牲トナッタ訳ダ。
此処本部ニ居タ者ハ殆ド軽作業ノ為死者モナク皆血色ガ好イ。
五月三十日
今日ハ外ヘ使役ニ出タ。官舎ノ清掃トカ パン工場ノ薪割リ、製材所ヘノイカダ上ゲ等ガ毎日ノ作業ダ。
六月三日
約二百名中隊内カラ選抜デ西南方郊外ノ小高イ丘ノ上ニ移動。幕舎ヲ張リ道路開鑿ニ従事、色々ナ若葉ガ萌エ出テ居ル。ニラ、ゴボウ、山人参、百合等作業ノ合間ヲ見テハ摘ミ取リ茹デテ喰ベタ。名ノ知レヌ草ハ毒草ガアリ危険ダト何回モ注意ヲ受ケタノニ隣ノ幕舎デハ踊リ草ヲ喰ベ全員六名ガ中毒ヲ起シテ幕舎ノ中ヲ這イ廻リ摘ミ草ノ真似ヲシタ。此ノ方ハアマリ苦シミハナカッタヤウダガ山崎曹長ハ大根ノ葉ニ似タ草ヲ喰ベ朝食ノ時急ニ苦シミ始メ一時ハ人事不省ニナテ七転八倒ノ苦シミ方デドウナル事カト思ハレガ注射デ一命ヲ取リ止メル事ガ出来タ。
此ノ収容所ハ周囲ガ開放サレテ居ルノデ休日ニハ自由ニ山ヘ入ッテ色々ナ野草ヲ取ッテ来テハ茹デテ喰ヘルノデ非常ニ楽シカッタ。砂利積ミニ町ヘ出タ時ハ一台積ムト山ヘ行ッテ下ロシテ帰ッテ来ル迄一時間位ノ間ガ有ルノデ皆私物ヲ隠シテハ持出シ地方人ニ売リパンヲ買ッテイタ。煙草モ配給ガ殆ンドナク、遂ニハ松葉、オオバコ、牛蒡ノ葉、ヒマワリノ葉等色々ナ物ヲ干シテハ代用ニ喫ッタ。
六月十日
段々ニ足ガムクンデ歩行ニ苦痛ヲ感ジ診断ヲ受ケ脚気トイワレタ。作業ニ出ナイデ毎日幕舎監視ヲヤリビタミン注射液ガ八本シカナイノヲ特別ニ六本打ッテ貰イムクミガ引イタ。ゲネラルダーチョ（将軍別邸トノコト）湧キ水ヲ溜メル為堤ヲ築キ道路ヲ作リ毎日三百名位ガ出動シテ大変ナ作業ダ。
七月九日
我々三十名熊井少尉引率ノ下ニマリタヘ出張。地方人ガ迎ヘニ来テイルクック駅カラ地方人ト一緒ニ汽車ニ乗ッタ。シベリヤニ来テ始メテ客車ニ乗ッタ。内地、満州ノ三等寝台ニ似テイルガ三段ニナッテ寝ラレルヤウナ箱ダ。
十時発車ノ予定ガ遅レ午後二時頃出発。約三時間八十粁西方ノマリタニ下車。マイヨール（将校）レチナント（下士官）等ガ事務所前ニ出テ、オ前達ハヨク働ケバ糧秣ノ増食モアルシ煙草ヤ肉モ増シテヤルト申渡サレタ。
駅カラ五百米程離レタ松林ノ中ノ小家屋ニ案内サレタ。取リ敢ズ飯盒炊事デ夕食ヲ済シ家ノ中ヘ入ッテ寝ヤウトシタ所猛烈ナ南京虫デ驚ロク．全然寝ル所ノ騒ギデハナイ。屋外デ寝ヤウトシタ所、雨ガ降リ始メソレモ出来ズ遂ニ夜ヲ明シタ。
七月十日
又移ル事ニナリ雨上リノ泥田ノヤウナ道ヲ西方四キロ程歩イテアンガラ河ヲ渡船デ渡リ対岸ノ家ニ着イテ此処ニ寝泊マリスルノダト云ワレタガ其ノ部屋ハ鶏小屋ト犬小屋ニ使ッテイタノデ糞ダラケ、汚イノデ参ッタ。大掃除シテ毛布ヲ述ベドウヤラ寝ラレルヤウニシタ。
七月十二日
又又移動ダ。漸ヤク天幕ガ来タカラ天幕ヲ張ルト云フ事デ北方約二キロ程ノ所ヘ行ク。待テドモ待テドモ天幕ハ来ナイ。其ノ内ニ暗クナリ始メル結局天幕ハ間ニ合ハズ野宿トナル。夜中ニ雨ガ降リ始メ寒サハ加ハリ又モ寝ラレナイ。少シ宛板木ヲ見付ケテ来テハ焚火ヲシテ暖ヲ採ル。夜明ケ方ノ寒気ハ身ニ滲ミテコタヘタ。幸ヒニ風邪モ引カズドウニカ過セタ。
七月十三日
正午頃漸ク天幕ガ着イタ所タッタ一組シカ無イトノコト、結局屋根ダケ布ヲ張リ廻リハ木ノ枝ヲ折ッテ来テ廻リカラ立テカケ乞食小屋ノヤウナモノヲ作ルト前面ハ素通リデ風ガ入ッテ来ルノデ夜ハ相当寒気ガ身ニ浸ミル。刈リ取ッテ有ッタ草ヲ持ッテ来テ下ニ敷イタ処ガ翌日背広ヲ着タ露スケノ地方人ガ何故俺ノ草ヲ持ッテ来タノダト大変ナ怒リ方デトラックヲ持ッテ来テ各幕舎ヲ全部コハシテ草ヲ積ミ上ゲ持ッテ行ッタ。嵐ノ後ノヤウ。又大騒ギデ各自ノ幕舎ヲ作リ直シタ。
此処ハ直グ前ニアンガラン河ガ有リ日中ハ非常ニ気分ガ好イガ夜ノ寒サニハ閉口ダ。日曜毎ニ魚釣リニ行キ随分釣レタ。ニラヤ牛蒡モ有リキノコモ美味シイノガ有ッテ毎食料理シテ満腹ニナル。
兵隊モ歩哨モ居ナイノデ皆命令ハキカズ勝手ナ事ヲシテイタ。毎日ノ作業モ出タイ時ニ出ル、正午ニハ正確ニ帰リ二時マデノンビリ遊ンデ出掛ル。ノルマガ出来ヤウガ出来マイガ知ッタ事デハナイトバカリ朝ハ魚釣リニ出掛ケレ却々帰ッテ来ナイ。飯上ゲニナッテモ平気デ遊ンデ居ル。熊井少尉ガヤキモキシテモ一向命令ハ守ラレナイ。
七月十八日
僕ハ釣リニ出掛ケテ一間程ノ崖カラ落チテ足ヲ捻挫シテ歩ケナクナッタ。薬モナイノデ作業ニ出ナイデ毎日炊事ノ手伝ヲシテイタ。アカザヲ採ッテ来テ茹デ飯上ゲノ時皆ニ一緒ニ出シタリメリケン粉ノ配給ガ有ッタノデ芋餡ヲ作リ饅頭ヲ作リ一人十個宛配給シタリ餃子ヲ作ッタリソ聯ニ来テ始メテノ天国ノヤウナ生活ダッタ。草刈リガ済ンデ川向フ側ヘ移ル
八月二十日
生草ヲ刈ッタママ穴蔵ノ中ヘ貯蔵シテ冬季牛ニ与エルトノコト 幅三米 長六メートル深サ二米五〇ノ穴ヲ掘リ始メタガ十名デ三日モカカリ未ダ出来上ラナイノデ ナチャルニック（司令官）ガ来テ今日中ニ完成スレバ酒ト煙草ヲ配給スルトノコト。皆デ早クヤルコトニシタ。熊井少尉ト原口班長ハ夕方ナチャルニックノ所ヘ出掛ケテ受領シテ来タ。夕食ノ時皆集ッテ飯盒ノ蓋ニ分ケテ入ソ以来始メテノウォッカヲ呑ム 一人当リ五勺位ダガ久シ振リナノデ相当酔ッタ。煙草ハマホリカ五十瓦一個ヅツ当ッタ。是モ久シ振リデ早速手巻キシテ喫ッタ。幕舎ノ前ガ野菜畑デ馬鈴薯キャベツ胡瓜トマト人参大根等アリ、キノコ、ニラ等野生ノモアリ毎食腹一杯ニ喰ベタ。
八月三十日
此処ノ草刈リモ済ンデ駅ノ東方牛小屋ニ居ル伊藤曹長ノ組ト一緒ニナッテ丘ノ上ニアル畠ニ馬鈴薯掘リニ出掛ケタ。帰リニハ皆馬穴一杯ヅツ持帰ッタノデ食事毎ニフカシタリ煮タリ何彼ト料理ヲシテ食ベタノデ皆見違ヘル程肥ッタ。此処デハ薯掘リ薯積込ミ燕麦刈リ等ダ。
九月十八日
元ノ草刈ノ時ナチャルニックダッタ マリタミョノフノ家ヘ樫村ト一緒ニ薯掘リノ使役ニ行ッタ。会憎雨ガ降リ始メタノデアマリ作業ハ出来ナカッタガ非常ニ日本人ビイキノ家庭デ皆大イニ歓待シテ呉レタ。ヒルト夕食ヲ馳走ニナリ色々ト話込ンデ十時頃ニ帰ッタ。彼等ハ日本語ヲ習ッテ必ズ日本ヘ行ク。其ノ時ハ尋ネテ来ルト約束シタ。三越ヘ来テ呉レレバスグワカルカラト主人ヤ奥様ト握手シテ別レタ。
九月十九日
十時頃ニ整列シテイルクックカラ迎ヘニ来タ兵隊ニ連レラレテ汽車デ帰ルト再ビイルクックノ本部ヘ入ッタ。
建築場
九月二十二日
五十名中原隊ヘ転属トナル 十時頃市内ノ建築場ヘ立寄リ其処デ直グニ使ハレセメントノ積込ミニ行クト連レテ行カレ十名ダケトラックデ行ッタ所ノ貨車一台ニ入ッテ居ルセメントヲ全部積込マナクテハ帰サヌトイワレ五名残リ五名ハトラックニ乗ッテ下ロシニ行ッタ。二時間位待タサレテトラックハ戻ッテ又積込ミ結局四回位往復シテ漸ヤク終リ十一時頃皆デトラックニ乗ッテ建築場ニ帰ッタガ勿論全員引揚ゲテ誰モ居ラヌ 荷物ハ誰カ先ニ持帰ッテ着ルモノガ無ク寒気身ニシミルトラックニ乗リ第二イルクック中原隊ノ幕舎ニ向フ。始メテノ所デ道順モワカラナイノデ色々頼ンダガ聞入レズ真暗ナ道ノ真中デ下ロサレ此処ヲ真ッ直グニ行ケト云ワレタ。手探リデ中原隊ニ着イタ。午前三時頃ダッタ。腹ハ空クシ寒イノデ全ク皆ガ青クナッタ。
冷タイ夕食ヲ喰ベ寝ル間モナク起床ニナッタ。今日ハ午前中作業ニ出ナイデ宜敷イトイワレタ。
九月二十三日
午前中診断ガ有リ僕ハマリタデノ捻挫ガ痛ミ始メタノデ練兵休ヲ貰ウ。
九月二十四日
此処ノ作業ハ相当力仕事ナノデ我々老人ヤ身体ノ弱イ者ハ本部ニ帰ルコトニナリ十二名歩哨ニ付添ワレ徒歩デ帰ッタ。
九月二十五日
今日カラ再ビ建築場ノ使役ダ。毎日トラックニ乗ッテ通フ。穴掘リ石運ビ等ガ続ク
十月二日
再ビ中原隊ヘ七十五名転属トナリ僕ノ小隊ハ全部行ク事ニナッテ已ムヲ得ズ転出毎日駅ノ木材下ロシ石炭オロシ。材木整理或ハ鉄道引込線作業等連日激烈ナ作業ヲヤラセラレタ。畑ノ薯ガ残ッテ居ルノデ暇サエ有レバ掘リ出シテ蒸シ焼シタリ、キントンニシタリ是ガ楽シミダッタガ下旬カラハ地面ガ凍結シテ掘レナクナッタ。
一九四七年（昭和二十二年）一月一日
遂ニ足掛ケ三年目ノ正月ヲ迎ヘタ。何一ツ御馳走ノナイ寂シイ新年ダ。今日ニ備ヘテ白米ヲ少シ貯蔵シテ有ッタノヲヤヽ固目ニ焚イテ肉ト薯ノ煮付ケタ副食ガ出来上リヒルハ黒パン一人五百瓦是ガ先ズ最高ノ御馳走ナノダカラヤリキレナイ。
砂糖一ヶ月分五百四十瓦一度ニ配給アリ、中ニハ是ヲ全部飯ニカケテ喰ベ始メタ所中途カラ気持ガ悪クナッタガ捨テルノモ惜シイト全部喰ベテ後カラ全部吐イタ者ガアッタ。誠ニ悲惨ナ話ダ。
二月十八日
三日四日前カラ風邪気味ダト云ッテ居タ平岡兵長ハ急性肺炎デ本部ヘ送ラレタ。処ガ四日目ニ容態急変シテ遂ニ死亡。彼ハ僕ト一緒ニ奉天ノ第三方面軍司令部ニ居ッテ非常ニ元気ナ男ダッタガ気ノ毒ナ事ヲシタ。何時モ早ク内地ヘ帰リ度イト口癖ノヤウニ云ッテ居ッタノニ内地ノ奥様ヤ子供ハ何モ知ラズニ待ッテ居ル事ヲ思フト本当ニ他人ノ事トハ思ヘナイ。
二月二十四日
平素通リ建築場ノ穴掘リニ行ッテ石炭ヲ掻払イニ出掛ケ見付カッテ蹴ラレタリ殴ラレタリシテ非道イ目ニ会イ作業場ニ帰ッタ処宇賀少尉カラ迎エガ来テ兵舎ニ戻ル。
君ハ身体ガ弱イノデ此ノ寒サニ作業ニ出ルノハ気ノ毒ダカラ本部ヘ帰レト云ワレタ。一昨日ハ零下六十三度昨日ハ六十八度トイフ此処デモ希ナ寒気デ僅カ三百米位ノ作業場ニ着ク迄ニ耳ヤ手ノ指ヲ凍傷ニ冒サレタ者ガ居ル。幸イ僕ハ満州デ永イ間寒サニ馴レテ居タノデ去年ハ両足ノ指ヲヤラレ夏ニナル迄一寸ノ寒サニモ痛ンデ困ッタガ今年ハ無事ニ過ギタ。相変ラズ身体ハ見ル影モナクヤセ細ッテハ居ルガ熱モ出ナイシ風邪モ引カズドウヤラ通シテ来タガ折角ノ心使ヒ喜ンデ帰ルコトニシタ。急ギ荷物ヲ纏メテ病人三名ト一緒ニ本部ヘ帰ッタ。本部デ小川、北条、石井君等ニ会フ又軽作業デ水汲ミ清掃等ニ毎日ヲ送ル。
三月十日
ボツボツ雪ガ解ケ始メタ。営庭ノ雪除ケ．自動車工場ノ雪除ケ等毎日ノ何ヤ彼ヤ面白クモナイ作業ガ続ク。パン工場ノ薪割リニ行ッテ出来タテノパンヲ貰ッタリ入浴時徹夜作業デ増食ヲ貰ッタリ本部ニ居ル者ハ大体給与ハ悪クナイ。ブラブラシテ居ル内ニ元気ニナッタ。
四月一日
ダモイダトデマガ飛ブ。今日ハエープリルフルダガ噂ダケデモ帰国ノ話シハ嬉シイ。皆寄ルト其ノ話デ持チ切リダ。各中隊カラアマリ丈夫デナイ連中ガ呼ビ出サレテ移動ガハッキリシタ。
移動
四月二日
同勢百五十名十時頃出発徒歩ニテ途中アンガラ河ヲ渡ル。未ダ結氷解ケズ幾分ユルミ始メタ程度ニテ真中辺ニソリヤ車デ運ンダ大小便ノ凍結シタモノヤゴミノ山ヲ見ル。是ガ間モナク氷ガ解ケ始メルト全部河下ヘ流サレルノダガ其ノ水ヲ汲ミ上ゲテ飲料水ヤ洗濯水ニ使ワレルノヲ考ヘルトヨクモ流行病ガ出ナイモノダト思ハレル。駅ノ裏手カラ岸ニ上リ貨物線ニ出テ客車ニ乗込ム。二車輌ニ分カレテ正午出発。西ヘ向ヒ発車矢張リダモイハウソダッタ。マリタニ着イテダモイ宿舎ニ入ラズ其ノ向側ノ空兵舎ニ行ク。馬小屋ニ使ッタ所デ寝藁ガ馬糞ダラケデ一尺モ敷込ンデアル。臭クテヤリ切レナイガ少シ出シタ位デ後寝ル場所ダケ作ッタ。各自ガ飯盒炊事デ遅クナッテカラ夕食ヲ取ル。
四月四日
突然出発命令デ山ヘ入ルコトニナル。伐採ヲシテ兵舎ヲ二棟建テ終ッタラダモイダトノコト。トラックニ分乗シテ二十キロ程山奥ヘ入ル幕舎ヲ建テ松葉ヲ敷イタリ枯草ヲ集メタリシテヤット寝ラレルヤウニ作ッタ。
翌日ハ早速引張リ出サレテ枝焼キシ入ル。四キロ近ク山道ノ雪解ケ水ヲ踏ミ乍手作業ニ出ルノデ非常ニ疲レタ。
四月六日
又々移動一部四十名程 残シテ十五キロ位ノ処ヘトラックデ送ラレタ。アンガラ河ノ岸辺デイルクックカラハ下流ニナル 此処デ建築場ニ行キ穴掘リ地ナラシ測量ヲヤル 伐採等色々ナ所ニ二十名三十名ト分ケテ使ハレタ。
五月十五日
此処ヘ露人ノ兵隊ガ来ルノデ我々ハ又移動西ヘ約一キロ、大騒動シテ天幕ヲ移ス。例ニ依リ清潔整頓、山ノ中ヲ掃カサレルノニハ馬鹿ラシクテ誰モ真面目ニヤル者ハナイ。
此処デ作業中ニ小川貞雄（神田ノ果物市場ノ人）ハ上カラ落チタ材木ノ為自分ガ支ヘテ居タ鉄棒ガハネ上リ目玉ヲ飛ビ出シテ苦シンダガ軍医ガタノンデモ露人ノ隊長ガ承知セズ三日程山ニ居テ漸ヤク下山シタガ専門医ニ見セルコトモナク遂ニ失明シタノハ気ノ毒ダッタ。マリタデ入室シテイタ。
六月三日
又スグ側ノ山ノ中ヘ移動 作業ハ同シ所ヘ通フ 朝八時頃カラ午後五時頃迄デ帰ルト途中デツカマッテ又雑用シ追イ廻サレルノデ皆吉田御殿ト云フヤウニナリ山ノ中ヲ隠レテ通リ見付カッタラケラレルナグラレル全クタチノ悪イ兵隊ガ多ク参ッタ。
六月二十三日
盲腸ノ手術後全ク忘レテ居タ胃ケイレンガ起ッタ。何モ喰ベラレナイ絶食ノママ五日ヲ経過全ク骨ト皮ダケニ痩セタ。
六月二十八日
マリタヘ下山ト命令アリ絶食五日ノフラフラノ身体ナノデ到底歩ク事ハ出来ナイト申出タガトラックガ途中迄迎エニ来ルカラトイハレ病人連十五名程軍医ガ付添イ最後尾ニ着イテ出発五キロ位デ二人卒倒シ僕ハ十キロ程ノ処デ同行十人ト共ニ道ノ脇ヘ腰ヲ下ロシテ迎ヘノ車ヲ待ツコトニシタ。三時間モ待ッテ漸ク荷物ノ上ニシガミ付イテマリタノ駅前ニタドリ付イタ。今日モ何一ツ口ニ入ラナイ。駅ノ荷物積込台ノ下ヘ毛布ヲ敷イテ入リ夜ハ此処ニ寝ルコトニナッタ。
翌朝露人ノ軍医ノ診断ガアリ僕ガアマリ衰弱シテイルノニ驚ロイタ。直グニタンカデ入室トナル。
駅カラ三百米位ノ所ニ医務室ガアリ入室シタ。一泊シタダケデ翌日又出発。イルクックノ中原隊ニ帰ル。宿舎ガ満員デ入レズ天幕ヲ張ッテ宿泊。夜ニナルト非常ニ寒クテ参ッタ。特ニ夜中雨ノ降ッタ時ナドシベリヤノ真夏トイウ時期ナノニ夜明方ニハ三、四度迄気温ハ下ル三日目ニ漸ク兵舎ニ入リ、又入室トナッタ。
七月九日
ジストリフィー（栄養失調）三級入室カラ オ・カ（四級）待遇ニ出世。翌十日「バタリーナ」（西イルクック西方二十キロ）ヘ十五名ニテ出張。農場ノ軽作業デ栄養食ヲ出シ特別待遇ノ四時間作業トイフ約束デ行ッタノニ翌日カラ建築場ヤラ石炭整理ヤラ結局八時間丸々使ハレ皆不平満々。天幕生活ナノデ僕ハ一日目ニ腹ヲ冷ヤシテ下痢ヲ始メ折角ノ牛乳モ呑メナイ。皆ガイルクックカラ露人ノ軍医ガ見舞イニ来テ作業ノ状態ヲ見テ是デハ病人上リノ者ニハ不適ト断ヲ下シテ即日引キ上ゲルコトニナリ天幕ヲタタミトラックガ来テ又イルクックニ逆戻リ。
七月十五日
大体身体ノ弱イ者二百名全部衣服装具ヲ揃エテ出発スル事ニナリ野外ニ整列。
ソ聯ノ政治部員カラ話ガアリ御前達ハ身体ガ悪イカラ丈夫ニスルタメ是カラウラルヘ送ル。其処デ軽イ作業ヲヲシテ充分栄養ヲ採リ丈夫ナ身体ニナッタラ日本ヘ帰レルト云ワレタ。今迄何回モダマサレテ来テイルノデ又ドンナ重作業ヲヤラセルノカワカラナイ。或ハ全員ノ服装ヲ綺麗ナ物ト交換シタリ毛布、水筒、飯盒ナド無イ者ニハ残留者カラ引キ上ゲテ渡シタリ上カラ下迄残留者ヲ一人宛引出シテ裸ニシテ全部交換シタリ今迄ニナイ事ナノデ若シカスルトダモイカモシレナイト考ヘタリシタ。
糧秣十五日分受領、貨車ニ積込ミ始メタ時急ニ驟雨ガ来テ黒パン十日分ガヅブ濡レニナッタ。
夜十時頃ニナッテ漸ク出発。列車ハ矢張リ西ヘ西ヘト走ッテイル。バタリーナヲ過ギマリタヲ過ギル頃迄ハマダ引返シテ東ヘ走ルカモ知レナイト都合ノ好イコトヲ考エテイタガ三日目頃カラハ誰モ諦メテ口ニ出サナクナッタ。タイシェット － チューレンホー クラスノヤルスク クリーチ等作業ニ出サレタ連中カラヨク聞イタ町ヲ通過。トムスク、オムスク、ノボシビリスク等地図デ見タ古イ都会モ汽車ノ中カラ見テ二十八日ニウラル山中ノ東入口ニ当ルスエルドロフスク ト云フ人口百五十万トカノ大都会ニ着イタ。途中パンハカビヲ生ジ五日目頃ニ残リ全部ヲ配給シタガ臭クテ参ッタ。一度ニ食ベテハ後デ困ルノデ青カビノママ少シヅツ喰ベルヤウニシテ結局ウラル迄持参シタ。クラスノヤルスクデ、クリーチノ部隊カラ三百名ガ後部ニ連結サレテ一緒ニ下車、トラック、バスニ分乗山ヘ入ル。約二十キロ東南方ヘ走リ、山ノ中ノ一寸シタ丘ニ幕舎ナガラ半永久的ニ放置サレタ兵舎デ最近マデゲルマンノ捕虜ガ居タトノコト。却々整備サレタ所ダ。
七月二九日
此処モ例ニ依ッテ水ガ不便ダ 各班カラ水汲ミ使役ガ出ル。営門ニ整列シタ時全ク思イモカケヌ大野久男ニ会イ二人共夢カトバカリ悦ブ。僕ガ一昨年五月入隊ノ時彼ハ皮革工場ニ松田君ノ下ニ事務ヲ採ッテ働イテ居タガ七月ノ召集デ海城ノ砲兵隊ニ入隊、停戦後海城デ編成サレテクラスノヤルスクヘ行キ後クリーチェ移動今度ノ転属組ニ入ッタトノコト。奇遇ヲ喜ブ。
早速全員身体検査ガアリ五百名中入院患者百八十名オカジストゥフィー三級等営内作業百二十五名残リ僅カ百九十五名ガ作業ニ出ル要員トナル。大野ハ作業ニ出ル組ニ入リ僕ハ入院組ニナッタ。
入院組と伐採組
八月九日
百八十名トラックニ藁布団装具ヲ積ミ入院ノ為山ヲ下ル 第五ラーゲル（ゲルマンラーゲル）ニ到着、スグ入浴、所持ノ装具ハ全部取リ上ゲラレテ出口デ襦袢股下ダケ貰ッテ寝室ニ入ル。煙草ヲ喫ッテハ身体ガ肥エナイカライケナイト全部取上ゲラレタノハ苦シカッタ。此処ニ来テカラハ本当ニ毎日何モセズ毎日寝台ニ横ニナッテ居ル事ガ仕事ダ。食事ハゲルマンガ持ッテ来テ食卓ニツイテ居テスープトパン或ハカーシャ（カユ）シベリヤ時代ヨリハ大分良クナッタガ矢張リ空腹ハ感ジル。毎日三百グラムノパンヲ朝、中食、ヒル、中食、夕食ト五回ニ分ケテ六十瓦ヅツ丁度ビスケット三個分位喰ベタカ喰ベヌカワカラナイ程度。日曜毎ニ小甘ナ御菓子ヲ作ッテ呉レルノガ楽シミダッタ。
九月十日
今日カラ約半数百名軽作業ニ オ・カ（四級）トシテ出ル事ニナリ今マデゲルマントヤッテイタ室内ノ水洗ヒ夜中ノ小便捨テナドニ使役デ出サレル事ニナッタ。毎日碁ヲ打ッタリ新聞ヲ見タリ退屈ナ日ガ続クガ山ニ居テ作業ニ使ワレルヨリハ楽デ全ク捕虜ニナッテ始メテノンビリ遊バセテ貰ッタ。
九月二十八日
身体検査デ漸ヤク「オ・カ」トナル。翌日カラ近ク銅ノ工場ヘ出テ構内ノ軽作業ニ出ル、或ハトラックガ迎ヘニ来テ十五キロニ有ル スェルドロフスク市中ノ倉庫ヘストック整理ニ行ッタリ建築場ノ手伝ナドシタ。スープダケデモ出シテ呉レルノデ帰ッテヒルト夕食ヲ一緒ニシテスープ二皿カーシャ二皿パント一緒ニ喰ベタ時ハ相当満腹ヲ感ジタ
十月二十五日
御前達ハダモイダトイワレテ出発八キロ程市街ニ向ヒ歩カサレ第七ラーゲルニ入ル此処モゲルマニー収容所ニナッテ居リ一棟ニ入ッタガ南京虫ノ多イ事殆ド一晩中寝付カレナカッタ。翌朝寝台ノ板ヲ出シテ針金デ小サナ穴ヲ突クト南京虫ガゾロゾロト出テ来ルノニハ驚ロイタ。
十月二十九日
突然山ニ残ッタ連中ガ全員引揚ゲテ来タ。徹夜デ今日中ニ全部集結ヲ終ルトノコト愈々今度コソダモイダトノ説ガ多イ 或ハ帰レルカモ知レナイ。
十月三十日
急ニ人員ガ増加シタノデ寝台ガ不足トナリ各自窮屈ナ生活ガ始マッタ。ストーブ用ノ薪受領デ駅迄全員薪カツギニ出サレル時ハ不思議ニ吹雪ノ日ガ多ク泣カサレル。丈夫ナ人カラ順次作業ニ出サレルヤウニナッタ。代用炭ニ使フ「トルフ」ト云フ、ツンドラノ炭化シタモノハ実ニヨク燃エルガ長持チシナイ。炊事ハ大抵是ト薪ノ併用デトルフ受領ニ毎日ノヤウニソリヲ走ラセテ駅ヘ行ク。
十一月二十日
須山兵長ガ炊事ノ勤務ヲシテイテ丁度馬鈴薯ノ皮ムキ使役デ班長以下六名炊事ノ横ノ小サナ部屋デ作業中須山ガ呼ビニ来テ班長ダケ中ヘ這入ッタガソノママ朝マデ帰ッテ来ナカッタ所、昨夜班長ト口論シテ側ニ有ッタ薪デ須山ガ班長ヲナグッテソノ為後頭部内出血ヲ起シ今朝遂ニ死去シタトノコト。ソ聯側ニモ知ラレ直チニ須山ハ重営倉トナリ一週間後重労働二十年トカデ他ノ刑務所ニ服務スルコトニナリ連レテ行カレタ。
須山ハ平素誠ニ人当リモヨク骨身ヲ惜シマズ働ラクノダガ、一寸シタ事ニカットナル性質ガアリ、ソレガ災シテ実ニ気ノ毒ナコトニナッタ。
十一月二十五日
又デストリフィー三級デ入室トナル。毎日病室デ碁ヲ打ッタリマージャンヲシテ遊ンデ居ラレル。久米氏ガ突然中風デ倒レタ。誠ニ気ノ毒ナ話シダ。外ノ作業ニ出テ居ル連中ハ積雪ヲ踏ンデ元気デ働イテイル。
十一月二十六日
入室一ヶ月漸ヤク二級ニナッテ退室構内作業デボツボツ使役ニ出ル。正月モ近付キ色々ナプランガ発表ニナル。何ト云ッテモ喰ベル事ガ最大関心事、ダモイ餅、年越ソバ、餡巻等掲示サレ色々内地ヲ偲ビ話ガハズム
十二月三十一日
夕食後十時頃ニ年越ソバヲ出スカラ食堂ニ来イトノコト。サテ出サレタソバハソバノ粒子ヲソノママヨク煮テ缶詰ノ魚デ味ヲ付ケタスープダガ実ニ美味カッタ。ソバノ粒ノマヽノモノハ始メテ見タガソ聯デハ米ト共ニ高級食糧ナノヲ知ルコトガ出来タ。
一九四八年（昭和二十三年）一月一日
入ソ四年目ノ御正月ハ思イモカケヌウラジオカラ西ヘ一万粁ウラル山中デ迎ヘルコトニナッタ。朝ハ米ノカーシャニ芋ノキントン、芋餡ノ菓子、焼魚、ヒルモパン二百瓦ニカーシャニ菓子ト本当ニ入ソ以来始メテノ御馳走ニ皆大喜ビダ。
夜ハ演芸会デ浪花節、講談等一日ノンビリト遊ンダ。
一月十五日
町ノ作業ニ出ル事ニナリ暗イ内ニ集合シテ朝食、整列出発、駅カラ汽車デ十五キロ程ノ地点ニ出掛ケル。ウラル工業地帯ノ鉄道工場、自動車工場等大キナ建物ガアリ工員ノアパートハ五階建テノ立派ナモノダ。町外レノ広場ニ工場ヲ建設スル為最初ハ雪除ケヲヤリ次ニ穴ヲ掘ル。凍結シタ地面デ一人一日二尺角位ノ穴デ深サ一尺位シカ掘レナカッタ。四時頃ニナルトモウ暗クナリ始メラーゲルニ帰ルト真暗ダッタ。
二月七日
又々移動、各自藁布団ヲカツギ僅カバカリノ装具ヲ持ッテ汽車デ山ニ向ヒ終点デ下ッテ弥次郎兵衛ト吾々ノ名付ケタケーブルノヤウナ箱車ニ乗リ山ヘ入ル。地上十五尺位ノ所ニ一本線路ガ通ッテ居リ両側ニ箱ガ下ッテ西側ノ重量ガ平均シナイト片側ニ傾イテ走レナクナル。吾々ガ走ル位ノ早サデ進ム。
二月八日
山ノラーゲルハ隊長ガ実ニ矢釜シク清潔整頓、ガミガミ怒鳴ラレテ皆ガ参ッタ。食事ハ全員ガ必ズ食堂ニ出ナクテハナラズ朝暗イ内カラ飯上ゲニナリ遅イ組ハ作業整列ニヤット間ニ合ウ位デ例ノ隊長ガ営門ニ頑張ッテ少シデモ遅イト作業意欲ガ低調ダト八ツ当リスルノデ皆不平満々。ノルマガ出来ナイ組ハ帰ラセナイ、若シ帰ッテ来タ者ハ再ビ作業場ニ追イ帰スト云フ、重イ足ヲ引キズッテ漸ク作業ニ出ル
二月九日
今日ノ検査デ始メテ二級ト診断サレル早速十日カラ伐採組ニ入ル。三名一組トサレ箱車ニ乗ッテ二キロ程行キアトハ徒歩デ松林ニ入ル。雪ガ三尺位積ッテ居ルノデ作業ハ却々困難ダ。足デ雪ヲハネノケテ根元ヲ掘リ下ゲ地面カラ三十センチ位ノ所ヲ切ルヤウニ云ワレタガ雪ガ解ケタ時ハ恐ラク七，八十センチハ残ッテ居ル事ト思ワレル。命令通リノ一人当リ二リウベ三人組六リウベハ到底出来ナイ。好イ組デ四リウベ位。
二月十七日
丁度一週間出タダケデ今日ノ検査ニハ又ゲッソリトヤセ三級ヲ超エテ「オ・カ」ニ落チタ。営内作業 炊事ノ薪割リ構内清掃 病室ノ掃除等半日位ノ作業ガ終ルト「オ・カ」中隊ノ全員ゴヲ打ッタリマージャンヲシタリ高田少尉ノ班ニ入リ至極気楽ダ
四月七日
又々二級ニナッテ伐採組ニ入ル。大分雪ガ解ケ始メタノデ前ニ倒シタ木ヲ三メートル位ニ切断集積スル。段々奥ヘ行クヤウニナリ歩クノガ大変ダッタ。
四月十七日
又々三級ニ下落 半日作業ノ伐採ニ入ル大連カラ来タトイウ四十位ノ男 此ノ二、三日夜ニナルト目ガ見エナクナリ肩ガ張ルト云ッテ居ッタガ昨夜遂ニ死亡、極度ノ栄養失調食ベ物ノ事バカリ云イ乍ラ死ンダトノコト。ダモイヲ前ニシテ誠ニ気ノ毒ダ。
五月一日
メーデー 今日ハ労働者ノ祝イノ日 作業ハ休ミ プラカードッヲ立テテラーゲルノ庭ニ整列メーデーノ歌、インターナショナル等ヲ合唱シツツ営門ヲ出テ外柵ニ添ヒ二回行進シテ帰ル。隊長ノ話ガアリ終ッテ各自思イ思イノ遊ビヲ許サレル。遠藤曹長ノ浪花節大野ノ講談ナドアリ、先ズ捕虜ニトッテハ御正月ノヤウダ。
五月二十二日
突然他ノ収容所ニ移サレル事ニナル 大野、井上、伊藤等大連以来ノ仲間ガ去ル事ニナル。大野トハ一緒ニ帰国ヲ楽シミニシテ居タノニ全ク一寸先ハ暗イ営門迄送ッテ泣イテ別レタ。
此ノ頃カラ何トナクダモイ近シト流言ガ飛ビ始メタ。誰モ今度コソハ帰レソウナ気ガスルト毎日々々隊長ヤチャソボーイノ動作ニ注意シテ居ル。隊長カラハ萬一ダモイト極マレバ二十四時間以内ニ出発ダカラ充分準備ヲシテ置クヤウニトノ注意ガアリ作業ニ出テモナルベク露スケヲ怒ラセナイヤウ、多少無理ト思フ作業デモイヤナ顔ヲセズニヤルヤウ御互ニ戒シメ合フコトニシタ。下ノラーゲルノ時ノヤウニ事故ガアレバ又ドンナ命令ガ出サレルカ判ラナイ。
ダモイへ
五月二十九日
突然作業ナシ全員装具ヲ纏メテ九時マデニ集合トノ命令、愈々ダモイ。
構内沸キ立ツヤウナ騒ギ、不用品ヲ整理永イコト守ッテ呉レタ成田山ノ御守ヲ今度コソ帰国間違ヒナシト確信、紙ト一緒ニ火ニ入レテ粗末ニナラヌヤウ灰ニシタ。
ヤジロベーノ乗リ納メ、暫ラク居タ山々流石ニ懐カシク振リ返リ振リ返リ下山。汽車ニ乗リ換ヘスベルドロスク第七収容所ニ入ル。狭イモ寒イモ文句ヲ云フ者ナシ。
五月三十日
入ソ以来始メテノ昆布ノスープヲ貰フ、露スケハ昆布ノ喰ベ方ヲ知ラズ満州カラ持込ンデ今迄使イ方モ知ラズニ置イタラシイ。
六月一日
出発準備、大急ギデ朝食ヲ終リ整列。頭文字ノ順ニ呼ビ手ヲ挙ゲラレテ列車中ノ班編制ヲ終リ昼食後出発、歯痛ノ為顔ガ腫レタＮ君一名ハ残サレ淋シサウナ顔ヲシテ見送ッテ居ルノハ実ニ気ノ毒ニ思フ。ラーゲルノ前デ一時間程待タサレタ。徒歩出発 スヴェルドロフスクノ街路ヲ歩クノモ最後ダト思フト四キロノ行軍易々タルモノ、一時間半程ニテ駅ニ到着乗リ込ミニ当リ列車ガ予定ヨリ車輌不足ノ為一悶着アリ、例ニ依ッテギュウ詰メノ有様、藁布団ヲ呉レナイノデ板ノ上ニ直接外套ヲ敷イテ寝ル。二段構ヘ下ノ者ハ夜中ニ寒クテ堪ヘラレヌト皆上ニ上ッタノデ大変ナ混雑列車ハ無事東ヘ東ヘ驀進シテ居ル。
六月三日
Ｙ少尉突然発熱 四十度ヲ超ス。急性肺炎ノ懼レモ有リト下車サセラレル。再ビ スェルフォロフスクノ病院ヘ送還サレル由只一人取リ残サレル残念ナガラ致シ方ナイ。無事帰国ヲ祈ル。
六月十日
愈々行程半分ヲ終ヘ夕方イルクック北停車場ニ着ク。此処ハ最初入ソシタ時下車シタ駅デ懐カシク思フ。
夕食後全員入浴ニ下車、真暗ナ線路ヲ横切ッテ浴場ニ行キコンパートニナッテイルシャワーヲ浴ビル。永イ汽車旅行デ汚レタ身体ヲ清メ幾分サッパリトシタ。真夜中ノ二時頃ニ発車、夏ノ夜ハ明ケ易クバイカル湖畔ニテ夜ガ明ケタ。相当大キナ汽船ガ岸壁ニ着イテイタ。トンネルヲ幾ツモ抜ケテ暫ラク走ルト平原ニ出タ。
大陸ノ 虹直線ニ 茜サス
雄大ナ風景ニ見トレル。チタ、ネルチンスクヲ通リ ブラゴエ ノ北側ニアル ルクロラ ヲ通過シ ウスリー江ノ側ニアル ハバロフスクニ到着此処ハ赤ノ教育ガ最モ盛ンナ所ト聞ク。
六月一六日
ウォロシロフニ長時間停車中ノ隣ヘ又別ノ復員列車ガ着イタ。此ノ連中ハ車輌ノ西側ニスターリン萬歳トカ世界ノ労働者団結セヨトカ派手ニ飾リ付ケテ列車ノ中デモ盛ンニアジッテイル。吾々ノ列車ニ向ッテ御前達ハ共産主義ヲ教育サレタノカ、少シモソノヤウナ様子ハ見エナイ、多分ナホトカニ着イタラ教育ガ不充分ダカラ再ビ奥地ヘ帰サレテ教育ノヤリ直シヲ受ケルノダロウ。列車ニ何モ飾ッテナイノハ面白クナイ。吾々ハ一足先ニ内地ヘ帰ルゾ等大キナ声デワメキ乍ラ先ニ発車シテシマッタ。
サア困ッタ事ニナッタ。赤ノ歌モ唱ヘナイ連中ガ多ク誠ニ静カナ汽車ダッタガ急ニ騒ギ出シテ ナホトカニ着ク迄ニ何トカ形ヲ整ヘヤウトイウコトニナリ各車輌カラ代表者ガ出テ相談ヲシテ教育部文化部、実行部等ノ団体ヲ作リ上ゲ文化部ガ主トナッテ ナホトカ迄四，五日カカルカラ歌ヲ教ヘテ行進ノ時ハ手ヲ組ミインターナショナルノ歌ニメーデーノ歌等ガ出来ルヤウニシヤウト停車毎ニ各車カラ代表ガ出テ歌ヒ方ヲ教ハリ発車スルト箱ノ中デ皆ガ焦ッテ合唱ヲ始メタ。
僕ハ文化部委員デ文芸ヲ担当、和歌、俳句等急拵ヘノモノヲ纏メテ精々共産主義ヲ謳歌スルコトニ努力、ウラジオストックハ夜中ニ過ギ、待チニ待ッタナホトカニ六月二〇日 ヒル頃到着シタ。
見ルト前ニ来タ連中ガ又列車ニ乗リ込ンデイル。聞イテ見ルト吾々ヲ教育不十分ダト驚ロカシタ ハバロフスクノ連中ガアマリ派手ニ騒ギ過ギテ行キ過ギダト叱ラレモット共産主義ノ実体ヲ掴ンデ来イト奥地炭坑ヘ送リ返サレル所ダトノコト。
吾々ハ全員下車、海岸ニ整列、収容所司令ノ査閲ヲ受ケタ処ガアマリ服装ガ見苦シイカラ此ノ儘デハ内地ヘ帰ルコトハ出来ナイト収容所ヘ入レテ呉レナイ。スェルドロフスクカラ一緒ニ来タ通訳ノ老大尉ガ共産党員徽章ヲ示シ特ニスェルドロフスク司令官カラ此ノ部隊ハ非常ニ優秀ナ作業能率ヲ挙ゲタモノデアリ、八月中ニ終了予定ノ伐採ヲ五月中ニ終ッタモノデ、他ニ優先シテ送還セヨトノ命令書ヲ示シタノデ司令官モ折レ至急ウラジオカラ服装ヲ取寄セテ見苦シカラヌヤウニスレバ許可ヲスルトイウコトニナリ吾々ハ丸二日間夜ダケ天幕ニ入ッテ休ミ朝ニナルト収容所ノ外ヘ追ヒ出サレ炊事班ノ者ハ外デ徹夜デ支度ヲシテ吾々ガ出ルトスグ飯上ゲニナッタ。午前ト午后清掃使役ヲ自発的ニヤッテ、司令官ノ感ジヲ好クスルコトニ努メ三日目ノヒル頃漸ヤク衣服ガ到着、悪イ者ハ全部取換ヘテ貰ヒ再検査ヲ受ケテパス。意気揚々隊伍ヲ整ヘインターヲ高唱シツヽ収容所（第一）ニ正式ニ入ッタ。午前午后二回討論会アリ、ラーゲルノアクチブカラ教育アリ合唱アリ休ム間モナク翌日カラ作業ニ引張リ出サレテ背後ノ山カラ石擔ギダ。モッコニ石ヲ入レテ二名デ擔ギ町ノ真中ヘ運ンデ道路ノ手入レ、ノルマハ軽ク午前午后三、四回ヅツ運搬スレバ百％、此処デモ大イニハラッショウラポーター振リヲ示シ毎百五十％カラ百八十％位ヲ貰ヒ信用ヲ得タ。入浴ガアッタガ此処ハ水ニ不便ナ所デ遠クカラ自動車デ運ブ為一人当リ食器一杯位ノ水トシャワーガ二，三分出タダケデ終リ石鹸モ落セナイ位ダッタ。只云ワレル事ダケハヤラヌト睨ラマレテ損ダカラ何デモハイハイト虫ヲ殺シテ居ル事に努メタ。
此処デハ吾々ヨリ二週間モ早クイルクックデ四一四ノ時一緒ダッタ檀、原口班長等ガ来テイタガ第二ヘ移レナイデ悲観シテイタ。結極後カラ来タ吾々ガ先ニ六月二八日ニ第二ラーゲルニ移ルコトニナッタ。此ノ日山ヘ行ッテ居ルトヒル少シ前ニ突然帰レト命令ガアリ「ソレダモイ」ト大急ギデ帰ッタ所矢張リ第二ラーゲルニ移ルトノコト。
一歩帰国ガ近付イタワケ。例ニヨリ表門ノ所デ順々ニ呼ビ挙ゲル名前ニ答ヘテ門ヲ出ル。二百六十四大隊ガＡＢＣ順ノ初メノ方デ、二百六十五大隊ハ後ノ方。僕ハ二百六十五ノ方ダッタガ今日ハ如何ナル都合カ二百六十五大隊ダケデソノ内カラ又五、六名残サレタ。奉天ノ市民軍ノ内カラ警察ヤ憲兵等デ職業ヲ偽ッテ居タ連中ノヤウダ二百六十四ノ連中ヤ四一四時代ノ戦友ニ羨ヤマレツツ整列シテ第二ラーゲルニ移ッタ。
六月二九日
今日モ作業ガアルトノコトデ町ノ中ニアル工場ノヤウナ所デ材木ノ積ミ替ヲシテイタ所、又ヒル頃ニ急ニ呼ビ返サレテ次ノ第三ラーゲルニ移ッタ。今日中ニ税関検査ヲ終ヘ全員散髪ヲ済セナクテハナラヌトノコト印刷物ヤチリ紙等カラ中ニハ此処迄来テモマダロシヤノ紙幣ヲ匿シテ来タ者ガアリ皆カラ釣ルシ上ゲヲ喰ヒ早々ニ処分シタ。モシ違反者ガ出テ皆ガ帰レナイヤウニナッタラ一大事、兎ニ角日本ノ船ニ乗リ込ム迄ハ唯ハイハイト従順ニ従ッテ居レバ間違イはナイワケダ。
若イ者ノ中ニハモウ少シナホトカニ居テ共産主義ヲ勉強シタイナドト云ウ者ガ居タガ吾々ハ兎ニ角一応日本ヘ帰ッテ今迄見聞シタ事ガ真実カ否カ米軍ノ進駐シタ日本ガ如何ナル待遇ヲ受ケテ居ルカ自分ノ目デ見ナケレバワカラナイデハナイカ、露スケノ云ウヤウニ日本デハ反動政府ガ米軍と一緒ニナッテ御前達ノ帰国ヲ喜バズ、船ハ有ッテモ幾ラ催促シテモ御前達ノ迎ヘニ来ナイノデ三年越シ御前達ヲソ聯ニ止メテ居タヤウナワケデ船サヘ廻シテ呉レレバ何人デモロシヤデハ帰サウト思ッテ再々催促シテ居タノダ。日本ハ食糧難デ東京ナドハ至ル処餓死者ガゴロゴロシテ居リ、戦災孤児ハ街頭ニ物乞ヒトナッテ佇ミ、コソドロトナリ惨状ヲ呈シテ居ル等、悪イコトヲ並ベテ残留ヲ奨メテ居タ。
六月三十日
待チニ待ッタ引揚船ガ昨日入港シタトノコト。今度コソ確カニ日本ヘ帰レルト思エバ其ノ夜ハ殆ド寝ラレナイ程興奮シテドノ寝台カラモゴソゴソコソコソ動ク人。話シヲシテ寝付カレナイ様子。長イ夜ガ明ケテ最後ノ便所ニ行ク。海ノ上ニ板ヲ張リ渡シテ長イ橋ノヤウニ板ヲ間隔ヲ明ケテアリ其処ヘ両足ヲ開イテ跨ガリ大便ヲスルト下ノ海ニ居ル魚ガ集マリスグ喰ベテシマウ誠ニ合理的ニ出来テイルノデ感心シタ。
十時ニ出発最後ノ点呼ヲ受ケタ処大阪ノ久米トイフ人ハ身体ガ悪イト残サレタ。
午后六時出帆一路日本ニ向フ。
祖国
七月一日
日本海ハ波静カデ船倉ニ造ラレタ二段ベットデ時々甲板ニ出テ遙カニ左舷ニ見エル北海道沖ヲ南下。
七月二日
午后佐渡島沖ヲ通ッテ福井辺リノ海岸ニ竹藪ヲ見タ時 本当ニ日本ニ来タ実感ヲ味ワフ。ソ聯ニハ竹ハ全然見エナカッタ。
七月三日
午前八時頃舞鶴港ニ入リ上陸シテ早速入浴、ソ聯ノ垢ヲ落ス。頭カラ白イ粉ヲ掛ケラレ驚イタ。ＤＤＴトイフ殺虫剤トノコト。永イ間ノシラミトモ御別レ出来タ。
七月四日
終日復員業務。アメリカ軍立会イデ思想問題ヲ特ニ念入リニ調ベラレル。今後暫クノ間ハ何時デモ進駐軍ノ呼ビ出シガアレバ直チニ出頭セヨトノコト。
七月五日
朝ノ点呼ノ時電報ガ有ルト呼バレテ受取ル。品川駅ニ出迎ヘルカラト連絡。 アーー。
七月六日
夕方舞鶴駅ニ向ヒ引揚列車ニ乗込ム駅頭パン一切一円八十銭 終戦前一切 五銭位ト思ッタガ余リ高イノデ買フ気ニナラナイ。
七月七日
京都駅ニハ早朝着イタガ婦人会カラ差入レ御握リヲ頂イテ感激シタ。
豊橋、静岡、沼津ナド大キナ駅デワ何処デモ大勢ノ迎ヘヲ受ケ御茶ノサービスヤ御握飯ナド長イ間ノシベリヤ留置サレタ御苦労ヲト慰メラレタ。
午后一時スギ品川駅ニ到着、家族一同揃ッテノ出迎ヘ 只感涙ノミ。
|
|