2限目の予鈴が鳴り始めると、みんな急に慌しくなる。
     机の中から教科書と資料集、それからノートなんかを出して、足早に
     教室から出て行く。
     次の化学は移動教室だ。
     
     だだっ広い氷帝学園の校舎の中では、化学室とこの教室は、割りと
     近いところにある。
     それでも、そろそろ行かないと間に合わない。

     間に合わない、---のに。

     「? 忍足、どうしたんだよ?」
    
     足を止めてふと振り返った忍足に、そばにいたクラスメイトが声をかける。

     「スマン。忘れ物してん。先、行っといてや」

     軽く手を上げて、今出てきたばかりの教室に戻った。


                                         移動室。


     「ジロ。起きぃや」

     予想通りというか。期待通りというか。
     静まり返った教室には、金色のふわふわ頭がひとつ。机に突っ伏して
     惰眠をむさぼっていた。
     あれだけ騒がしかったのに、教室には、もう彼以外誰もいない。

     「ジロ、起きぃ」

     教室の入り口から声をかけるが、反応はない。
     ビニル製の床に陽射しが乱反射して、思わず目を細めた。
     ため息一つついて、窓側のジロの席まで歩て行くと、そこだけ空気の
     匂いが違っていた。
     窓の外では、薄紅色の花びらが舞っている。  
     柔らかな、春の匂いがした。


     「ジロ。…お前、ホンマは起きとるやろ?」

     眼下で間抜け面を披露している奴に言ってやると。少し間が空いて。


   
     「………バレてた?」

     目線がかち合った。
     その目は、すぐに眠りに落ちそうだったけれど。 



     「次。移動やで?」

     呆れ顔で視線を投げかける。

     「んー……。わかってる〜…」

     
     そう言いながら、それでもまだ、ジロは机の上で春の日差しに
     まどろんでいる。

     ウソつけや。ホンマ。

     どうやら動く気配はないようだ。
     またまぶたを閉じてしまったジロに、忍足は思わずため息をついた。
     春の柔らかな風が、襟元をくすぐって流れていく。
     時間が、ゆっくり流れているようだった。

     そういえば。雲の流れも、いつもよりゆっくりしている気がする。
  



     「オシタリ…さぁ〜…」

     金髪が、揺れる。
     ちらちら陽光をあびて、色素が透けている。
     キレイだと…、思った。

    「移動のときとか、いっつも俺のこと気にしてたでしょ〜…?」

     とろとろとした目線が、忍足を見上げてきた。
     ちょっとだけ今、コイツの笑顔がにくたらしい。


     「起きとったんかい。…お前、悪趣味やわ…」
     「うししv」

     軽く眉をしかめると、ジロはいたずらっぽく笑った。
     これだから、嫌味を言う気も失せる。
     忍足は、気まずそうに視線を外して窓の外を見た。
     相変わらず窓の下には、薄紅の桜の木が揺れている。


     「だって。忍足が起こしてくれればいいなぁ〜…って。俺、ずっと
     待ってたんだもん」


     顔を、突っ伏した腕にうずめていると、忍足の目線がこちらに
     移ってきたのがわかった。
     その顔は、ちょっと驚いているようだった。


    「ほんとだよ。俺もオシタリのことすきだもん」


      目をぱちくりさせているオシタリを、にやにや笑っていると…。
  
     本鈴が、鳴った。


     「サボっちゃおうか〜?」
     
     「お前…最初っからそのつもりやったやろ…」


     春の陽射しが暖かくて。
     オシタリがこんなに近くにいて。
     だって嬉しいんだから仕方ないじゃん。

     オシタリは少し苦い顔をしたけど、思ったよりも乗り気だった。
     笑ったオシタリの顔が、すこしだけ赤かったのは。
     多分見間違いなんかじゃないと思う。




     だって限られた学校生活。
     君がこんなに近くにいるのに。
     授業で離れるなんてもったいない。






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     忍足がジロのことが好きで、実はジロも好きだったという
     安易な話(苦笑)
     この後二人は、隣のクラスの先生に見つかって、怒られます。