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特集ワイド:東日本大震災 被災地の動物はいま

嫌々処分場に送られる「計画的避難区域」の牛も=福島県飯舘村で2011年5月、西村剛撮影
嫌々処分場に送られる「計画的避難区域」の牛も=福島県飯舘村で2011年5月、西村剛撮影

 東日本大震災発生後、ずっと気になっていたことがある。被災地の動物たちだ。牛、イヌ、ネコ……。震災から約100日が過ぎた今、どうしているのか。【根本太一】

 ◇みんな生きている

 ◇殺処分--畜産農家に強い抵抗感 「同居」に壁、ボランティアもパンク寸前

 原発から20キロ圏内にあり、「警戒区域」に指定された南相馬市。4月下旬、豚舎内に足を踏み入れた男性(37)たちは思わず息をのみ込んだ。目の前で、餓死した大量の豚が折り重なって倒れている。ウジ虫がはい、悪臭はマスク越しにも鼻を突く。「見事に骨だけにされた死骸もありました。共食いですよ」。別の畜舎でも、豚などに食べられたとみられる和牛の死骸をビデオに収めている。

 福島県によると、昨夏、警戒区域内には、牛約3500頭と豚約3万頭がいた。5月初旬の調査では、餓死などで牛が1300頭ほど、豚は200頭に減少。加えて政府は5月12日、殺処分の方針を決定する。「原発が収束しても出荷できない」(農林水産省)が主な理由だ。畜産農家の同意を得て、筋弛緩(しかん)剤を注射する。死骸は放射性「廃棄物」のため、移動も埋めることも許されない。消石灰をまき、ブルーシートで覆って並べるだけだ。

 これには大半の農家が反発した。そんな無慈悲がまかり通るのか。県の説得に対して「べこ(牛)だって家族同然」などと処分の同意はほとんど得られていないという。中には警戒区域に入って餌をやり続ける飼い主もいる。

 「農場に着くと、あの方々(牛)は甘えた声で集まって来るんだ。よく来たねって、あいさつだね」と話すのは、原発から14キロの浪江町の牧場で和牛約330頭を飼育する村田淳さん(56)。「だから私も『見捨てていないよ』って言い返すのさ」

 出荷が不可能なことは承知している。餌代、人件費もかかる。国にさからって何の得があるのか--。牧場の従業員たちとの激論の末に出た答えは一つ。「餓死させる? 安楽死させる? 同じ生き物として恥ずかしくないのかってことなんだ」。今、震災後に生まれた子牛が元気に走り回っているそうだ。

 福島県在住の芥川賞作家で僧侶の玄侑宗久さんも「殺処分は、行き過ぎた人間中心主義の病の深さを物語る。家畜を商品価値でしか見ていない」と憤る。菅直人首相が設けた「復興構想会議」委員でもある玄侑さんは、幾度となく殺処分撤回を求めてきた。「被ばくの疑いだけで牛などを殺すのは、内部被ばくが危ぶまれる福島県民を排除するなど、いわれなき差別を助長するに等しい」。だが、聞き入れられないのが現状だ。「ならせめて、被ばく治療、放射性物質のセシウム排出薬を開発するための研究材料として、生かせないものか」

 実は、すでに構想が練り上げられつつある。東京大や北里大の有志らが作る「希望の牧場」。警戒区域内の約20ヘクタールで、生き残った牛を飼育する計画だ。プロジェクトリーダーは民主党の高邑(たかむら)勉・衆院議員という。

 日本動物高度医療センターの獣医師、夏堀雅宏さんが解説する。「被ばくした家畜の成長や繁殖に伴う遺伝的影響、発がんの頻度などを研究するうえで、これほど適したフィールドは他にないんです」

 調査結果は、地球の何千倍もの線量がある宇宙環境でのシミュレーションの場にもなる。「各国が共同開発する宇宙ステーションも、将来的には農作物栽培や家畜飼育を視野に入れているからです」

 「希望の牧場」を15年事業とすると、経費は約20億円。放射線の下であれ、安楽死よりはいいだろう。

震災のため石巻動物救護センターに預けられているイヌ。飼い主と再会し、実にうれしそう=宮城県石巻市で5月、久保玲撮影
震災のため石巻動物救護センターに預けられているイヌ。飼い主と再会し、実にうれしそう=宮城県石巻市で5月、久保玲撮影

 岩手県雫石町で捨てイヌ・ネコの里親探しを続ける愛護団体「動物いのちの会いわて」。5月下旬、代表の下机(しもつくえ)都美子さん(60)の元に、70代の夫婦から電話がかかってきた。「イヌを預かってもらえませんか」。震災で家を失い、仮設住宅に移った直後だったが、室内で飼われることにイヌがなじめず、ほえ、お隣との壁も薄いため人もイヌもストレスを抱えてしまったという。

 下机さんらは署名活動などを通じ、当初は禁じていた自治体に仮設でのペット同居を認めてもらった。だが「今、保護しているイヌ・ネコ54匹のうち、イヌ10匹の飼い主の住所は仮設です。10年以上も連れ添ったイヌもいる。皆さん去り際、ぎゅっと抱き締め『ごめんね』って」。年金暮らしで将来の展望が見えないからと3匹は、新たな主を求められている境遇だ。

 避難所敷地の片隅でそっと飼い続ける人も数知れない。「車中で眠る方には一時的に預かりますよと声をかけるんですが」。答えは、共に生き残ったペットと離れて暮らせない。「暑い季節がきます。飼い主の方もペットも、体調がとっても心配なんです」

 自宅と隣り合わせた事務所の周辺に、びっしりと水槽が並んでいる。「今日も千葉県市川市と東京都葛飾区にニシキゴイを引き取りに行ったんです」。川崎河川漁業協同組合の総代を務める山崎充哲(みつあき)さん(52)は、笑顔を見せつつ、疲れ切った表情だ。

 山崎さんは、もともと多摩川への外来種放出を防ぐため無償で魚類を飼う「おさかなポスト」を運営してきた。インターネットなどで連絡先を公開しており、震災後、自宅が損壊したり、停電で熱帯魚のヒーターが動かなくなったりした人たちから1万匹を超える魚やカメなどが届けられた。「東北では電気が止まって即死んでしまった魚も多い。水の生き物にとって被災地は主に関東なんです」

 都内のマンション5階の住人は、地震で水槽が割れて水が1階まで漏れ出し、クロスの張り替えに100万円以上を負担、1匹十数万円の魚を預けに来た。池が割れて持ち込まれたニシキゴイは約500匹。150匹のカメが段ボール箱で届いた日もあった。

 「カメとか金魚って長生きするんです。子どものころに縁日で祖父に買ってもらったものとか、思い入れが深い。先日は茨城県の青年が大声で泣きながら、余震で1匹だけ生き残ったという熱帯魚を置いていきました」

 山崎さんは「生き物は絶対に殺さない信念でボランティアで引き取っていますがパンク寸前。運営費不足で800万円の借金をしました」とため息をつく。「川の生態系を守るためにも本来なら行政に動いてほしい」とも。

 動物も魚類も多くの人の献身や愛情によって生かされていることを実感した。

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 t.yukan@mainichi.co.jp

 ファクス 03・3212・0279

毎日新聞 2011年6月21日 東京夕刊

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