脳は「他者への罰」に快感を覚える:研究結果

われわれはなぜ、憎悪されていた男が死んだときに、通りに集まって喜ぶのだろうか。その答えは、脳とゲーム理論の関係にあるかもしれない。

Jonah Lehrer


[ビン・ラディン容疑者死亡のニュースに喜ぶ群衆。ニューヨークの「グラウンド・ゼロ」(9.11テロ事件の跡地)で撮影された動画]

われわれはなぜ、憎悪されていた男が死んだときに、通りに集まって喜ぶのだろうか。その答えは、脳とゲーム理論の関係にあるかもしれない。

ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)の、Tania Singer氏率いる研究チームは数年前、『囚人のジレンマ』と関係した簡単な実験を行なった。

[囚人のジレンマは、「個々にとって最適な選択」が全体として最適な選択とはならない状況の例としてよく挙げられる問題。古典的なモデルでは、2人の共犯者が逮捕され、警察から別々に取り調べを受け、それぞれ同じ選択肢を与えられる――「自白する」(裏切り)か「黙秘する」(協調)かのどちらかだ。もし片方が裏切り、他方が協調した場合、裏切った方は釈放され、協調した方は10年の刑を言い渡される。両方が協調した場合、どちらも6ヵ月の刑となる。両方とも裏切った場合、2人とも5年の刑となる。どちらの容疑者も、相手が行なった選択を知ることができない]

研究チームは、被験者の目の前で囚人のゲームを演じさせ、被験者らが2人の「囚人」について、強い意見を持つようにした。

多くの場合、被験者は「裏切り者」に対して強い嫌悪感を抱き、信用のおけない嘘つきとみなすようになった。続いてチームは、被験者をfMRI(機能的磁気共鳴画像)装置に入れ、囚人役の演者の手に、痛みのある電気ショックを与えるのを見させた。

その結果、演者がショックを与えられたとき、すべての被験者の脳において、痛みにかかわる領域の活動が活発になった。他者の痛みに対して、共感を覚えずにはいられなかったのだ。ところが、「裏切り者」の演者にショックが与えられたときには、その活動はやや低下した。これは、「悪い社会的行動」をとった他者に対して、人々の感じる同情が低下し、他者の痛みに対する関心が薄くなったことを示している。

この実験で衝撃的だったのは、男性の被験者の結果だ。男性の場合は、裏切り者が罰を受けるのを見て、腹側線条体および側坐核など、脳の報酬に関わる領域の活動量が増大したが、女性にはこの増大は見られなかったというのだ。これらの領域は、ドーパミン報酬系を構成する重要な要素であり、報酬系はセックスやドラッグによって快感を得る神経系でもある。どうやらわれわれは、罰を受けるに値する人間が罰を受けることで、快感を得るようにできているらしい。

ゲーム理論をシンプルに具現化したこの囚人のジレンマというゲームは、何千回と繰り返して行なわれた場合、「しっぺ返し」という基本戦略が最も効果を発揮することがわかっている。しっぺ返しのルールは驚くほど単純だ。相手が出方を変えない限り、囚人は互いに協調する(自白しない)。ただし、相手が出方を変えてきたら、それと同じことを相手にやり返す。旧約聖書や、「目には目を」のハンムラビ法典のようなやり方だ。これによって、裏切りは確実に間違った選択肢となり、裏切ればしっぺ返しをくうことを人々は知る。人間の、少なくとも若い男性の脳が、「悪事を働いた他者」の痛みに快感を覚えるのは、このためだろう。

[選択が何度も繰り返され、各プレイヤーが過去の動きを記憶する「繰り返し囚人のジレンマ」ゲームについては、1984年から大会も行なわれている。通常は「しっぺ返し」戦略が有効だが、協調的な戦略を進化させることも可能」(日本語版記事)]

今回のオサマ・ビン・ラディン容疑者の襲撃事件に関しては、John Pavlus氏が興味深いコラムを書いている。オバマ政権は巧みに「オサマという概念」を消したというのだ。


かつてそこには、一種の「悪のバットマン」のような存在があった。超人的で、われわれの集合意識に悪霊のようにとりつき、信奉者たちに対しては、初めは手本を示すことで、また後には、単に存在し続けることによって、影響を与えていた。それが今では、何もなくなってしまった。遺体も画像もなく、さらなる流血への欲求や復讐、あるいは崇拝、議論の対象となる場所もない。そこにあるのはただ、テキストの欠落、文字どおりの行き止まりだ。


このような消失は、血なまぐさい復讐の様子を見せられることに比べて、感情的な満足度は(少なくともドーパミン・ニューロンにとっては)低いかもしれない。しかしそれは、しっぺ返しの悪循環を低減させうるという意味では、有益なことなのかもしれない。ガンジーが言っていたように、「”目には目を”を貫いていたら、世界中が盲人になってしまう」のだから。

[日本語版:ガリレオ-高橋朋子/合原弘子]


WIRED NEWS 原文(English)

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