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誘導ラマン散乱の原理

誘導ラマン散乱(SRS: Stimulated Raman Scattering)は、非線形媒質にある閾値(ラマン閾値)を超えるような強いポンプ波が入射されると、ストークス波と呼ばれるより低い周波数を持つ成分が急に成長し、ポンプエネルギーの大部分がストークス波になる現象を言う。このポンプ波とストークス波の周波数差はラマンシフトまたはストークスシフトと呼ばれる。SRSはラマン増幅器や、ファイバーラマンレーザーを機能させる重要な非線形過程である。波長1064 nmに対するラマンシフトは約52 nmである。

量子力学的記述では、ラマン散乱はポンプ光子が低周波数の光子と分子の振動モードのフォノンに変換される低周波変換過程と考えることができる。フォノンが ポンプ光と結合してポンプ光より周波数の高い光子が発生する高周波変換も可能であるが、この変換に適するエネルギーと運動量を持つフォノンの存在が必要なため、実際にはほとんど起こらない。この周波数が高くなった方の光子は反ストークス光と呼ばれ、ストークス光の周波数ωsp-Ωに対して、周波数 ωap+Ωに発生する。ここで、ωpはポンプ光の周波数、Ωはストークスシフト量である。

反ストークス光が発生するとき、ωs=ωp-Ω、ωa=ωp+Ωより2ωp=ωa+ωsであるので、運動量が保存すればポンプ光2光子が消滅してストーク ス光1光子と反ストークス光子1光子が発生する四光波混合過程が起きる。この運動量保存の要請が位相整合条件Δk=2kp-ka-kx=0であり、これが 満たされないと四光波混合は起こらない。

ラマン利得スペクトル

図1はポンプ波の波長λp=1.0μmにおける溶融石英のラマン利得スペクトルgRを表している。縦軸は、ラマン利得のピーク値により規格化して表示してある。他のポンプ波長に対しては、gRがλpに逆比例することから求めることができる。

ラマン利得スペクトル

図1 ポンプ波長λp=1μmにおける溶融石英のラマン利得スペクトルの実測図
M.C.Brierley and P.W.France, Electron. Lett. 23,815(1987)

図1を見ると、gRが13THzあたりに広いピークを持ち、40THzと広い周波数領域まで連続的に分布していることが分かる。これは、溶融石英のようなアモルファス物質では、分子振動の周波数分布がバンドとなり互いに重なり合って連続しているからである。この特徴によって、光ファイバーは広帯域増幅器として機能する。また、利得スペクトルが広いことから応答時間がフェムト秒の領域にあることが分かる。しかし、パルス幅≦100psのポンプパルスによるSRSの場合、GVD、群速度の不整合、SPM、XPMの効果を考えなければならない。

SRS閾値

SRSには前方SRSと後方SRSがあるが、ポンプパワーを与えると前方SRSの閾値が最初に到達するので、後方SRSは普通光ファイバーでは観測されない。前方SRSの入射ポンプパワーの閾値(臨海ポンプパワー)Psrsthは下式で表すことができる。

P_{th}^{SRS}\approx \frac{16 A_{eff}}{g_{R} l_{eff}}

ここで、Aeffは有効コア面積、leffは有効相互作用長である。後方SRSの場合、右辺の16は20になる。

誘導ラマン散乱の原理 - ストークス波が成長する過程

ポンプ波が単独で光ファイバーに入射された場合、まず自発ラマン散乱が弱い信号(散乱光)を作り出し、その光が伝搬するにつれて増幅する。自発ラマン散乱はラマン利得スペクトルの全帯域内の散乱光を作り出すので、全周波数成分が増幅されるが、gRが最大となる周波数成分(純粋石英の場合、13.2THz低い周波数)が最も急激に成長する。ポンプパワーがラマン閾値を超えると、この周波数成分がほぼ指数関数的に急成長しストークス波となる。 これによりストークス波の強度が十分大きくなると、それがポンプとなって2次、3次と多数のストークス波が発生する。この数は入射ポンプパワーに依存し、強いポンプパワーがあればN回のラマン散乱を連続して起こすことが可能であり、N×440cm-1の波長変換が可能である。

ポンプ波と弱い信号光が光ファイバーに同時に入射した場合、信号ビームの波長がポンプ波のラマン利得スペクトル帯域内にあると、この信号光は増幅される。これがファイバーラマン増幅器の基本原理である。

cwやnsパルスによるポンプ場合、誘導ブリルアン散乱(SBS: Stimulated Brillouin Scattering)の閾値の方が小さく、SBSが主となる。ポンプ波のパルス幅がフェムト秒オーダーになり、ピーク強度が高くなるとSRSが顕著になる。

参考文献

  • G.P.Agrawal、非線形ファイバー光学(原書第2版)、物理学叢書、p356-p368 (1997)
  • 山下真司、光ファイバ通信のしくみがわかる本、技術評論者、p107 (2002)
  • 須藤昭一、"エルビウム添加光ファイバ増幅器"、オプトロニクス社、p104 (2002)