カイムとサイトの稽古が終わってからも、一同は解散する事無く、そのままの流れで雑談に興じていた。休日の夜の余韻をそうする事によって感じ取っているのだ。
      時にアンヘルがデルフリンガーと人外談義に花を咲かせたり、キュルケがルイズをからかっては、その皺寄せがサイトに行ったり、カイムはカイムでアンヘルがある事無い事言ったりするので、気が気でなかったり。いつの間にやらタバサとシルフィードが混じっていたり。
      そんな中、使い魔ばかりが成長しても仕方ない、と、ルイズがいきり立って魔法を使ったのが、事の発端だった。
「一日や二日でどうにかなるもんじゃないでしょうに、あんたの失敗魔法は」
	    「うっさいわねぇ! こう、ある時突然使えるようになったりするかもしれないじゃない!」
	    「よりにもよって、宝物庫の辺り」
タバサがぼそっと漏らした爆破の位置に、ルイズとキュルケはその顔を青ざめさせた。
「きゅい。バレなきゃ問題じゃないのね」
	    「ふむ、一理あるな」
 アンヘルとシルフィードは裏で、何やらトンでも無い事をさらりと言っていたが、事はそう単純には収まらなかった。
	    やいのやいのと言い合いをしている内、先ほどのルイズによる爆発よりも遥かに大きな轟音が響き渡った。音の元に皆が目をやると、そこには巨大なゴーレムが宝物庫の壁にその拳を突き立てているではないか。
	    突然過ぎて、唖然としている者が多い中、一人冷静だったタバサは、そのゴーレムの創造主の名を呟いた。
「多分、土くれのフーケ」
	    「それって、今巷を騒がせてる盗賊……きゃあっ!」
 キュルケが言い終える間もなく、その巨大なゴーレムは足を上げ、彼女等のいたすぐ近くにそれを下ろした。サイトとカイムが咄嗟に三人の少女を抱え、飛び退いてそれを避ける。
	    アンヘルとシルフィードはすぐさま飛び上がり、その足を避けた後、上空からそのゴーレムを眺めた。肩の辺りに、恐らくこのゴーレムの創造主であろう、黒いローブに身を包んだメイジがいる。
「ふむ……あそこは宝物庫だとか言っておったが、盗人の類か? にしては大胆に過ぎよう」
	    「何でも、あのゴーレムで止めに入った衛兵達を蹴散らしたりしながら逃げるとか、そんな風な事を聞いたのね、結構噂になってるみたいなのね、きゅい」
	    「ほう、おぬしは中々情報通だな……む、何やら手にしておるな」
何やら楽観的に話をしているが、その逃げる最中のゴーレムはなりふりを構わないらしい。鈍重ではあるものの、三十メイルあまりもの巨体が移動するのだから、その一歩だけで恐ろしい物がある。
「まるでセエレのゴーレムだな……とりあえず、盗人であれば駆逐した方がよかろうが……どれ」
 そう言って、アンヘルは極小のブレスを黒ローブのメイジに撃って見た所、振り上げられたゴーレムの腕にそれは阻まれる。手加減に手加減を重ねた物だけに、被害も軽微だ。
	    「むぅ、あれでは足りんか。しかし、本気を出せば周りに甚大な被害が行ってしまうな」
ゴーレムの真下付近にいるキュルケ達に目をやり、アンヘルはどうしたものかと唸り声を上げた。
「まずはお姉さま達を何とかした方がいいと思うのね」
	    「そうだな」
 シルフィードの提案を聞き、二頭はゴーレムに接触せぬ様、地面スレスレを滑空して五人の身体を確保した。彼等はずんずんと歩みを進めるゴーレムから逃れるのに手一杯だった様だ。
	    カイムはキュルケを抱えて飛び上がり、アンヘルの背に乗り、タバサは『フライ』でシルフィードに乗った後、足に掴まれていたルイズとサイトを、レビテーションによりその背に運ぶ。
	    そんな一連のやり取りの最中も、ゴーレムの歩みは止まらず、その姿は学院の敷地内から既に外れていた。少し手間を取りすぎた様だ。
「危なかったわぁ。危うく踏み潰される所だったわよ」
	    「回収が遅れてすまんな」
 キュルケの言葉に答えながら、ゴーレムの後を追おうとアンヘルが羽ばたく。
	    しかし、突然そのゴーレムはぐしゃっと崩れ落ち、その身体を大きな土の山へと変えた。
	    地面に降りた五人が確認をしても、そこには何もない。黒いローブを着た人間も既に姿を消していた。
    
翌朝、蜂の巣をつついた騒ぎを見せる学院内を他所に、アンヘルはあくびを噛み殺しながら何時も通りに広場で横たわっていた。その傍らにはシルフィードもいる。
「どうやら、昨日の件が尾を引いておる様だな。やはり、被害に目を瞑っても撃ち落しておくべきだったか?」
	    「難しい所なのね。でも、過ぎてしまっては仕方のない事なのね。きゅい」
シルフィードはそう言うものの、アンヘルはあれを何とか出来なかったものかと、多少の後悔の念がある様だった。カイムやサイトは、キュルケ達を守るのに必死で手出しできなかった為、あの場で何か出来たのは自分だけだったのだ。
「確かに過ぎてしまっては仕方ないが……」
 言いかけた所で、キュルケがカイムを伴い、校舎からアンヘルの元へとやって来た。
	    朝一で学院長室に呼び出され、それから戻った所である。用件は言わずもがな、という奴だ。
「フーケ追跡の任に志願して来たわ。あなたの背中を借りたいんだけど、いいかしら?」
	    そう言ったキュルケに、アンヘルが詳しい事情を尋ねると、頭の痛くなる様な会議内容がキュルケの口からアンヘルに伝えられた。
「……何と、まぁ。腑抜けた者ばかりだな」
	    「お姉さま達の方がよっぽど肝が据わってるのね!」
	    「うふ、ありがと、シルフィ」
 きゅいきゅい鳴くシルフィードの鼻先を撫で、キュルケは言う。
	    そんな事をしている間に、フーケ追跡の任に就く者達が続々と二頭の前に現れる。
	    昨日の面子にプラスして、アンヘルの見知らぬ者が一人混じっていた。
	    彼女は学院長秘書のミス・ロングビルと言い、キュルケによると、彼女があの後フーケの情報を収集してきたおかげで、今回の任に就けたとの事だ。
「まぁ、あなたとシルフィの羽なら、目的地までそんなに時間はかからないと思うけど、お願いね?」
	    「よかろう。この様な事になったのも、ある意味では我の責任故な」
どこか疲れた溜息を吐いて、アンヘルは遠い目で空を見つめた。