(cache) DOD&M - 10 - 電脳狂想曲
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 舞台は再びトリステイン城下町。
目当ての品を手に入れた一行ではあるが、キュルケが言うに、折角街に来たのだから堪能しないと、等と、様々な店をはしごしながら、買い物を楽しんでいた。
カイムは既に諦めている様で、特に何か意思を示すでも無くキュルケに付き従い、タバサに至っては本を読みながら彼女等に付いて行っている。
ちなみに言っておくと、購入した品は全て学院の寮宛にしてもらっているので、誰の手に荷物があるわけではない。例外はカイムの服くらいだ。

「ねぇ、どうせなんだしさぁ。カイムとタバサは何処か行きたい場所とか、ないわけ?」
道中、不意に振り返ったキュルケは、さっきからまるで自分の意思を見せない二人に対し、そう尋ねた。一人で楽しんでいるのに多少の後ろめたさを感じたのだろう。
一応、彼女も返ってくる答えは予想が付くのだが、それでも聞いてみるのが人の道という物だ。

「……別に」
「…………」

 タバサが言い、それに追従する様にカイムは頷いた。これは、何か食べたい物はある? と聞いた時に返ってくる、何でも、という返答に近い物だ。
困り顔で頭を掻くキュルケは、そこで視界の片隅に、見覚えのある桃色のブロンドと黒髪を発見した。ルイズとサイトだ。

「二人とも、ちょっと付いて来て」

 困り顔から一転、にぃっと人の悪い笑みを浮かべ、後方の二人を促すキュルケ。
これからどうしようかと迷っていた時に、格好のカモが現れ、彼女は上機嫌になっていた。
ルイズをからかって楽しむのは、最早キュルケの日課と言ってもいい。打てば響く様に反応してくれるのは、からかう側からしたらこれ以上無く楽しい事なのだった
この人込みでは、気を使う事も無く尾行できる。

「好都合好都合♪」

 やけに嬉しそうにルイズの後をつける彼女に、カイムは額に手を添え、俯き加減で首を横に振る。タバサは相変わらず本を読んでいた。
大通りから外れ、狭い路地裏辺りに入っていく彼女等に、キュルケは妙な妄想を膨らませるも、それはあっさりと霧散する事となった。
彼女等が入っていった店には、武器屋の看板がぶら下がっている。

「また辺鄙な所にある武器屋に来たわね、あの子」

 こうなって来ると、彼女の行動は読める。大方サイトに剣の一つでも買って、機嫌を取ろうと言う所だろう。ルイズから言わせれば、ご機嫌取りでは無く、ご褒美だとかその辺りか。これはちょっとパンチが足りない。
途端にキュルケの興味は失せ始めたのだが、ルイズ達が入った店の、剣の形をした看板を見ると、カイムの目が興味深げに細められた。
本を読む傍ら、タバサはちら、とカイムを横目で見、その様子に気付くと、「どーしたもんかしらねぇ」とげんなりしているキュルケの服の裾を、ちょんと引っ張った。

「? どうしたの、タバサ」
「彼」

 タバサの言葉に、キュルケが振り返り、そして気付く。
いい機会だし、自分もカイムに剣の一つでもプレゼンとして上げようか。食い入る様に武器屋の看板を見る彼の姿を見て、キュルケはそう思った。

「よし、じゃ、行きましょうか」
「…………」

 カイムの肩に手を置いて言ったキュルケに、彼は若干遠慮した様な念を送ってくる。
それに対し、からからと笑ってキュルケは返した。

「水臭いわねぇ。いいのよ。何か買って上げたいって、あたしが思ってるだけなんだから」

 そう言って、彼女は有無を言わせず店内へと足を運んだ。
心なしか、綻んだ表情をカイムが見せたのを確認し、キュルケは内心でガッツポーズを取っていた。

「げっ、ツェルプストー!」

 キュルケ等が店内に入った瞬間、それを出迎えたのは店主の声では無く、しかめっ面をしたルイズの、嫌そうな声だった。隣にいるサイトは、逆に見知った顔を見かけ、表情を輝かせていたが。

「ご挨拶ねぇ、ルイズ。顔を合わせた途端にそれはないんじゃない?」
「うるさいわねぇ。嫌な物は嫌なんだからしょうがないでしょっ! っていうか、あんた達何しに来たのよ」
「ルイズと一緒で、使い魔に剣をプレゼントして上げようと思って」
「な、ななななな、何でそれをっ」
「いや、状況的に見てあんた、それしかないでしょ」

 キュルケの言葉に、ルイズはあからさまに顔を赤らめる。
そんな事をしている間に、カイムとサイトは、二人して何やら店内をうろついて物色を始めていた。タバサは相変わらすだ。
そして、店主は一日に貴族が三人も現れ、その商売根性をメラメラと燃やしていた。

「ねぇ、ご主人。あたしの使い魔、あっちの大きい方の彼なんだけど……何か彼に合ったいい剣はないかしら?」

 女の武器を駆使して、キュルケは出来るだけ安価で店一番の剣を購入しようと言う腹である。彼女は店主に向け、色っぽく笑って見せた。それを見て、ルイズはむきになって店主へと詰め寄る。

「わたしが先に色々見せてもらう様に言ってたわよね!? もっと色々出してよ! 大きくて太いの!」

 キュルケから向けられる、むんとした色気と、ルイズから向けられる、がっ、と来る怒気に、店主はたじたじの様相を見せている。燃えていた筈の彼の商売根性は、いきなり萎えかかっていた。

「なぁ、カイム。これとかどうかな」
「…………」

 男は男で、好き勝手に武器選びに興じている。構図としては、大体サイトが適当に見栄えのいい剣を選んでカイムに見せ、それをカイムが棚に戻す、といった具合であった。

「あー、さっきからカイムの目に適う奴一本もねーじゃんかー」
「…………」
「何かさ、こう、カイムの剣くらいにいい奴ってない?」

 腰に差した剣を指差し、サイトはカイムに質問した。
カイムとしては、あくまで代用品を探しに来ただけで、街の武器屋如きに自身の剣のクオリティを求めていなかった。答え様にもサイトには伝える手段が無い為、とりあえず棚にある物等をまじまじと見つめ、行動で示そうとする。
だがしかし、代用品としての価値すら無い様な物ばかりだ。はぁ、と溜息を吐きかけた所で、カウンターの方から聞こえてきたルイズの声に、カイムとサイトは目をそちらへ向けた。

「大きくて太いのって言ったけど、幾らなんでもそれは人の振る剣じゃないじゃないっ!」
「へ、へぇ……いや、若奥さまの、この店で一番大きくて太い物を持って来い、という注文に従ったまでですが……」
「限度って物を弁えなさいよ!」
「まぁ、これは話の種にでもするつもりだった訳でさ……」

 まるで揉み合いに発展しそうなルイズの勢いに、キュルケは肩を竦めた。
まぁ、気持ちは分からないでもない。店主の、文字通り引きずり出してきた剣は、剣と呼ぶのもおこがましいような、赤錆にまみれた巨大な鉄塊だったのだから。
刃渡りで百七十サントあまりあるそれは、存在感こそ異常だが、武器として成り立たせようと考えられた物ではなかろう。
キュルケはこの店に見切りを付けつつあった。
が、しかし。

「…………」
「え? お、お客さん……」
「うわ、すげぇ、カイム。それ持てるんかよ!」

 つかつかと歩み寄ってきたカイムが、あっさりとその鉄塊を拾い上げたのだ。それも片手で。
店内では流石に振るう事が出来ない為、少し残念そうな素振りを見せてはいたが、いたくその鉄塊が気に入ったのだろう。手にしたまま、それを離そうとはしなかった。
誰が知ろう。これがかつて、カイムが元の世界で扱ったことのある武器の一つだと言う事を。何故ここにあったのかは知らないが、これなら、とカイムは鉄塊を手にしたのだ。

「カイム、それでいいの?」

 半ば呆然とした様子でキュルケが言うと、カイムは力強く頷いて返した。

「これ、おいくらかしら……?」
「え……あ、これで御代をいただく訳には行きませんでさ。むしろ、厄介払いが出来るってんで……いつの間にやら倉庫にあった、出自の分からん妙な武器なんですがねぇ……」
「何でそんな物置いてるのよ……」
「捨て様にも持ち上げられなかったんでさ。引きずるのが精一杯で……」

 とりあえずではあるが、これでキュルケ達の買い物は終了と相成ったのである。
だが、そこでむきになるのがルイズだ。
再び店主に詰め寄るも、

「あー、ピンク色の娘っ子はうるさくって仕方ねぇや。そっちは帰れ帰れ!」

 突如背後から聞こえてきた罵詈雑言に、カウンターで固まっていた者皆、振り返った。だがしかし、誰がいる訳でもなく、ただ店の入り口の傍で、ちょこんとタバサが本を読んでいるだけだ。
正体に気付いている店主は、やれやれと肩を竦めて見せる。

「やかましいデル公! お客様に失礼な口を聞くんじゃねぇ!」
「物の価値の分からん貴族の小娘に買われちゃ、武器が泣くってもんよ! 大体、そっちのガタイのいい兄ちゃんならともかく、そっちのはてんで駄目じゃねぇか! お前等には武器は勿体ねぇ!」

 突然のやり取りに、ポカンと一同は固まっているのだが、その疑問はタバサによって解かれる事となる。彼女は、視線を乱雑に積まれた剣の一つに視線を向ける。
すると、そこには妙にカタカタと震えながら声を出している剣があるではないか。

「何だと! 俺だって剣の一つや二つ振れるってんだよ!」

 デル公と呼ばれた剣の悪口に、むっとしたサイトが返す。

「無理だね。自分の事鏡で見たことがあるか? そんなひょろっちぃ身体で剣が扱えるものかよ」
「ああ、もう、あの馬鹿剣……!」
「インテリジェンスソードなんて置いてたのね、この店」
「……ムカつくわ、あの剣」

 随分と間抜けな光景である。剣と喧嘩をする人というのも。
どうやら、店主の話では来た客としょっちゅう喧嘩を売っては怒らせて帰らせるのだとか。ぎゃあぎゃあと言い合う間に、鉄塊を片手に、カイムがむんずとその剣を掴んで見せた。

「お? そっちの方が買うってのか? それなら歓迎するぜ」
「…………」

 答える事無く、カイムはそれを鞘から抜き放ち、ぶんっと一振りする。

「おー、いい感じじゃねーか。あんたに使われるなら武器も本望だろうよ」
「…………」
「って、あれ? あんた何を……」

 剣の振り心地を確認したカイムは、それを鞘に収めると、まるでボールでも投げかける様に、サイトに向けて放り投げた。カイムの意図を、キュルケが代弁する。

「自分にはもうあるからいらない。これならサイトに打って付けじゃないか、ってさ」

 少々混乱した様子でそれを受け止めたサイトは、うーん、と一つ悩むポーズをとった後、

「よし、これに決めた!」
「えー!? ちょっとサイトこんなの止めときなさいよ!」
「おう! やめとけやめとけ! さっきの奴にかえ……おでれーた。てめ、使い手かよ」
ルイズと一緒になって騒ごうとした剣は、サイトに柄を握られた途端、よく分からない事を言って大人しくなった。
何やら曰くがある剣らしい。まぁ、何だかんだで商談はまとまりつつある様だ。

「さて、もうそろそろいい頃合だし、あっちはほっといて、あたし達は先に帰るとしましょうか」

 思いの外時間を食った為、待ちぼうけを食らったアンヘルとシルフィードが怒っているかも知れない。そんな事を考えながら、キュルケはカイムとタバサを伴い、店外へと出るのだった。

「えー!? あっちはタダで、これにはお金取るわけー!?」

 店を後にした途端、ルイズの声を背中で聞き、キュルケは思わずプッ、と吹き出した。
「あたし達はラッキーだったわ♪」

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