(cache) DOD&M - 9 - 電脳狂想曲
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 一時間程の飛行を楽しんだ一行は、当初の予定通りにトリステインの城下町へと降り立っていた。アンヘルの姿を衆目に晒せば一騒動起こりかねない為、彼女にはシルフィードと一緒に散歩の続きをしておいてもらっている。
さて、そんな訳で城下町の大通りへと辿り着いた、キュルケ、カイム、タバサの三人は、お目当てである服飾店を目指して歩み始めた。
最も、構図としてはただ黙って付いてくるカイムとタバサを引き連れて、キュルケが一人やいのやいの言いながら先導しているという感じな為、若干の虚しさが垣間見えるのは、気のせいでは無いだろう。
終始無言な二人を引き連れ、キュルケがまず訪れたのは、王侯貴族達にも服を下ろしていると言う、俗に言うブランド的な看板を背負った店であった。
道中目的を教えられていたカイムは、最初着せ替え人形扱いを受けるのは嫌だ、と言う意を見せてはいたが、キュルケの「いつまでも同じ服ばかり着てたら、衛生的じゃないでしょ?」という至極真っ当な意見に押し切られ、今現在に至っているのだが。

「…………」

 とっかえひっかえ、次々に様々な服を着せられたりしている内に、ただ単に楽しんでいるんじゃないのか? こいつら。等と思い始めていた。キュルケに訴えた所で、既に後の祭りなのは目に見えているが。
主に貴族用に仕立てられた平服を色々試すキュルケは、それがカイムにとって傭兵の様な鎧姿よりは余程似合う事に驚きを隠せなかった。
王子と言う肩書きを持っていたカイムである。貴族用にあつらえた服が似合わない道理が無い。しかし、今となっては鎧姿に慣れ切っているカイムにとって、装飾過多な服は落ち着かない物だった。

「…………」
「ちょっと地味だけど……うん。あなたがいいなら、それでいいわ」

 結局カイムが選んだのは、シックな装いの黒いシャツと、それに合わせて作られたズボンだった。機能美と値段を追求した結果の品である。キュルケに買って貰うとは言え、やはり高い品を選ぶのは彼としても気が引けていた。

「何ならもうちょっと、色気のある奴でもよかったのに。そう思わない? ねぇ、タバサ」
「……これで、いいと思う」

 話を振られたタバサはほんの少しだけ、読んでいた本からその目をカイムに移すと、「うん」と言って一人頷いた。ちなみに服は着て帰る、とキュルケが店員に申し付けた為、購入した服を着たカイムの姿が、タバサの視線の先にはある。
何処に出しても恥ずかしく無い、貴族的風格を放つ彼を、店員も世辞を抜きにして褒め称えていた。当のカイムは居心地悪そうに佇んでいる。

「カイムは何を着ても様になったわねぇー。ねぇ、せっかくなんだし、後何着か買って行かない?」
「…………」

 目を輝かせて言うキュルケに、カイムはやれやれと言った様子で肩を竦めるばかりであった。

 

 一方その頃、アンヘルとシルフィードは、羽休めにと、近隣の森の中にある湖のほとりを訪れていた。
湖の水で渇いた喉を潤し、一息吐いた所で、くたくたになって地面にへばるシルフィードは言った。

「アンヘルお姉さま、速過ぎなのね……きゅい」
「ちょっと鍛えてやろうと思ったら、だらしがないぞ、シルフィード」
「ううう……」

 背に乗る人間がいなくなった為、遠慮は無用とばかりに、シルフィードに対してちょっとした競争を持ちかけたのだが、どうやら彼女にはまだアンヘルのスピードに対抗させるには早かった様だ。無理も無い話ではある。

「どれ、今度から定期的におぬしを鍛える為に……」
「いい、いいのね! 遠慮するのね! アンヘルお姉さまのお手を煩わせる程じゃないのね!」
「む? ……そうか、ならばよいが」

 こんな事を続けていては身が持たない、と、シルフィードは遠慮と言う言葉で上手く言い訳する。
新しく出来た妹分に拒否をされ、少しばかり寂しい気持ちになるアンヘルであった。

「にしても、お姉さま達遅いのね、きゅい」

 話題をすり替え様と、シルフィードが言う。
キュルケ達を別れて行動してから、今で大体二時間程度である。さほど遅いと言う訳でも無いが、そこは感じる時間の感覚の差と言うもの。シルフィードとしては、皆で空を飛ぶ、という事が目的であった為、多少おいてきぼりを食らった感があるのだろう。
しかし敢えてそれを口に出さず、アンヘルは諭す様な口調で言った。

「女の買い物は時間がかかると言うでな。まぁ、使い魔としてその辺りは大目に見てやるがよいぞ」
「きゅい。アンヘルお姉さま、大人なのね。シルフィも見習わないと……」
「まぁ、そう背伸びをする事もないのだがな。身の丈にあった振る舞いをしていた方が、良いと言う話もある」
「きゅい?」
「何だかんだと言ったが、我はおぬしはおぬしらしくしているのが良いと思うぞ」

 返事を鳴き声で返すシルフィードに、アンヘルはふ、と笑みを浮かべる。カイムとはまた違った意味で、我が子の様な存在に思えて、目が離せない。
少なくとも今現在、こうして平穏に暮らせるこの世界に、アンヘルは既に愛着を持っていた。
だが、得てしてそう感じたりしている時程、トラブルという奴は向こうからやってくる物だ。
ふと森の木々を踏み折る音を耳に、アンヘルとシルフィードは首をその音の元へと向けた。

「何じゃ……今の音は」

 程なくして彼女等の目の前に現れたのは、金品を覗かせた布袋を抱え、息せき切って走って来た男二人組であった。その様子から大よそ彼等がどう言う者達かは想像が付く。
ここから城下町までは、それ程離れた距離はない。どこの世界へ行っても、こそ泥の類は存在するものか、とつまらなそうにアンヘルは溜息を吐いた。

「な、何だあの竜は……しかも二匹いやがる」
「げ、こっち見てやがる」

 アンヘル達の姿に警戒心をむき出しにしている盗賊達だが、はっきり言って彼女からすれば彼等の様な存在は取るに足りぬ者だ。さっさとどこかへ消えろ、と視線を向けるも、そこでシルフィードがアンヘルに小さく耳打ちをした。

「使い魔の功績は主の功績なのね。お姉さまは目立つのが嫌って言ってたけど、善行を積み重ねるのは大事なのね」
「ふむ……」

 それを聞き、アンヘルは考えを改めた。さて、この者達どうしてくれよう、と。
しかし、盗賊達はその目で彼女等の使い魔のルーンを見ると、不意に金品の詰まった布袋を地に置き、懐から杖を取り出したではないか。

「何だよ、どこぞの貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんの呼び出した使い魔じゃねえか」
「そういや、春は、魔法学院の使い魔召喚の季節だとか聞いたもんな。あんなガキンチョ共で何とかなるなら、俺達にだって……こいつら売り捌けば、相当な金になるぜ」

 まるで見当違いの事を考え、口にする二人に、アンヘルもシルフィードも思わず憐れみの視線を向けた。どこで知識を仕入れたのかは知れないが、この貴族の道を踏み外したであろうメイジ達は、相当な阿呆と言って差し支えないだろう。
まぁ、短絡思考の阿呆であるなら、それはそれで扱いやすい。アンヘルは威嚇する間も無く、彼等が死なない程度に爆風で吹き飛ぶだろう、と言う目測を定め、極小のブレスを地に吐き付けた。
小さな悲鳴を上げて、爆風によって吹き飛び、木々にしたたかに身体を打ち付けられた盗賊達は、そのままずるずるとへたり込んで怯えの視線をアンヘルに向ける。

「二度目は無いぞ、人間」
「「ヒィッ!?」」

 目の前の竜が韻竜だとか、そういう事すら頭から弾き出され、盗賊達はガタガタとその身を震わせ、言葉を紡ぐアンヘルを見た。

「我がうっかりブレスの加減を間違えぬ内に、それらを持って自首する事だな」
「「…………」」
「逃げよう等と思うなよ? 伝説の韻竜とやらの力を持ってすれば、おぬしらがどうしようとお見通しなのだからな」

 震えたまま動けずにいる彼等に、今度はわざらしい口調で、アンヘルは言う。

「ちなみに、我の主はキュルケ・ツェルプストー。そして、ここにいる風竜の主はタバサ。彼女等にやられたと伝えるのだな」

 聞いてみれば随分とおかしな事を言っているのだが、怯える盗賊にとって、そんな風に考える余裕はありはしなかった。
ただただ、無心でこくこくと頷き続けるばかりである。

「最後に、我が韻竜である事は隠すのだぞ? もう一度言うが、お見通し、なのだからな。それを違えば……」

 言葉の続きを、開いた口の中でブレスをちらつかせる事によって示すアンヘルに、盗賊達は地面に置かれた布袋をさっと手に掴むと、悲鳴を残し、ほうほうの体で逃げ出していった。
単純で思い込みの激しそうな発言から、アンヘルはちょっとした悪戯心からこの様な手段に打って出たのだ。

「きゅい! アンヘルお姉さまには、さっき言ってたみたいな能力があったの?」
「ハッタリぞ」
「きゅい!?」
「あの人間共は随分頭が悪そうだったのでな。少しばかり遊んでやっただけだ」

 アンヘルはそう言って偲び笑いをする。

「アンヘルお姉さまも結構お茶目なのね」
「お茶目と言うでない」

 後日、何故か街から学院に、キュルケとタバサ宛の感謝状が届き、身に覚えの無い二人が大いに困惑したというのは、また別のお話。

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