決闘とやらの現場へと駆けつけたアンヘルとシルフィードが見た物は、青銅で出来たゴーレムによって、サイトが一方的に打ち据えられている光景であった。
凄惨は凄惨だが、命のやり取りと言う程の物ではない。アンヘルは杞憂だったかと小さく溜息を吐いた。
突然のドラゴンの登場も、決闘の熱気によって大した影響力を及ぼしていない様だ。これ幸いと、アンヘルは首を伸ばしてキュルケとカイムの姿を大勢いる観衆の中から探す。他の連中からは一歩引いた間隔の場所に、彼等はいた。
どうやらシルフィードの主人も一緒にいた様で、きゅいきゅいと鳴きながら、彼女はアンヘルと共に主人の元へと降り立った。おしゃべりな口はこの観衆の中では、人の言葉を放つ事は無かった。
「一体どういう事だ、これは」
アンヘルが尋ねると、キュルケは呆れた様子で事の起こりを説明した。
簡単に要約すれば、プライドを傷つけられた貴族の腹いせ、だそうだ。大人でも子供でも、人間と言う生き物はいつだって下らない理由で立場が下の人間を虐げる。
アンヘルはあからさまな侮蔑の視線を、ゴーレムを操るギーシュと呼ばれている少年に向けた。
「……ふむ、子供同士の喧嘩であれば、最早勝負ありぞ」
「そうね。誰か止めた方がいいわ。これ」
キュルケとアンヘルがそう言って頷き合った瞬間、観衆の中から、桃色の髪をした少女が駆け出し、サイトを背にゴーレムの前へと躍り出た。確か、サイトの主人で、ルイズと呼ばれていた少女だ。その行為に、アンヘルはほう、と息を漏らした。
「おおっと、いくら自分の使い魔が可愛いからって、決闘に水を差すのは無粋な行為だよ? ヴァリエール」
嫌味ったらしい気障な振る舞いをしながら、薔薇を咥えたギーシュがルイズを見下ろしている。キュルケは必死にサイトを庇おうとしているルイズの姿に、何やらやきもきしている様だ。
「ああ、もう」とか、「何やってんのよ」とか、口々に呟いていた。
「もうやめて! とっくに勝負は付いてるじゃない!」
「ふむ、でも僕はまだ彼から降参のポーズと謝罪を受けていない」
「だからって!」
「平民が貴族に過ぎた口、態度、行為に及んだのだ。その過程を踏まえ、決闘に応じたのだから、それ相応の覚悟をしていたのだろう?」
地面に倒れ伏したサイトは、血塗れになった顔で、凄まじい表情を浮かべてギーシュを睨んでいる。目は死んでいない。根性だけは座っている様だ。
「平民の癖にいい度胸じゃないか。それに免じて、今すぐ謝罪をすれば、これまでの事をチャラにしてあげてもいいんだよ?」
「うるせぇ。下げたくない頭は、絶対下げねぇ」
「サイト! それ以上言っちゃ駄目!」
「分からん男だな。君は」
ギーシュが薔薇の形をした杖を一振りすると、もう一体同じ型のゴーレムが現れ、ルイズを押しのけた。
そして、もう一体のゴーレムが倒れたサイトの腹部を強かに蹴り上げる。昼に食べたであろう食物を、吐瀉物として吐き出しながら、彼はもんどりうってダウンした。ルイズの悲鳴が響き渡り、観衆の一部はあまりの光景に思わず目を背けている。
「平民はいくら努力した所で、貴族には敵わない、という事実を思い知っていただけたかな?」
「サイト! サイトぉ……」
今度は、見かねたキュルケが、観衆を掻き分けて彼等の前に向かおうとする。が、それはカイムの手によって遮られた。
「カ、カイム?」
「行くのか? カイム」
「…………」
自分の名を呼ぶキュルケとアンヘルに、こくり、と頷きを返すと、彼はゆっくりとした歩みで、ギーシュの前へと立ち塞がった。思わぬ登場人物に、観衆は何事か? と皆口々に騒ぎ始める。
「確か、ツェルプストーが呼び出した使い魔の平民の方だな。何をしにきたのだね? まさか、平民同士のよしみで助けにでも来たって事かい? 麗しい同族愛だね」
あからさまに見下した発言を発するギーシュにカイムが返したのは、並びのいい歯を剥き出しにした獰猛な笑みだった。そんな彼に、目の前にいるギーシュも、騒ぐ観衆も、気が触れたのか? という認識を持ったのだが、アンヘルだけは知っていた。
「いかんな……あの小僧、殺されるぞ」
「ええ!?」
アンヘルの漏らした言葉に、キュルケは思わず声を上げた。
アンヘルは知っている。あれは、彼の殺人衝動が笑みという形とした浮かんだ事を。彼が殺戮への欲求に身を震わせている事を。
咄嗟に念を送り、カイムを止めようとした彼女だが、それよりも先にカイムを留める者がいた。
「待てよ……まだ勝負は付いてないんだ」
「「!?」」
ズタボロになった身体で立ち上がり、尚も言ってのけたサイトの姿に、誰もが目を見張った。
立ち尽くすカイムを手で除けて、ゴーレムの前でファイティングポーズをとった彼に、観衆は口々に、「もうやめろよ……」「充分だろ……もう」といった声を掛ける。だが、彼は止まらなかった。
「根性だけでどうにかするつもりかい……?」
「ああ……してやるよ」
不敵に返すサイトに、ギーシュは引きつった笑みを浮かべる。
対し、カイムは浮かべていた笑みを直し、元の無表情を作り出すと、おもむろに腰に差していた巨大な剣を、サイトの前に突き刺した。
「……これは?」
「…………」
カイムの意図は、アンヘルが言葉にして紡いだ。
「サイトよ、それを使え。素手よりは余程マシであろう? そしてそこの小僧。おぬしがその様な人形を使っておるのだ、剣くらいで卑怯とは言うまい」
ドラゴンに話し掛けられ、思わず怯んだギーシュだったが、頭に血が昇っている状態である。即座に頭を戦闘モードに切り替えると、少しキレた様子を見せた。
「もう命の保障は出来ないよ……」
杖をまた一振り。すると、今度は総計で七体ものゴーレムを繰り出したではないか。
どうやらこれが彼の本気であるらしい。槍や剣で武装したゴーレム達は、その穂先、剣先をサイトに向けて、一斉に飛び掛った。
「…………っ!」
しかし、それ等が活躍する事はなかった。
カイムの剣を手にした途端、その手を光らせたサイトの一閃により、ゴーレム達の全ては全て斬り崩されたのだから。それも、刀身から放たれた火炎弾のおまけ付きで、ドロドロに溶かされて、だ。
一瞬の出来事に、一同はただ唖然とするばかり。最も、一番驚いているのは剣を振るったサイト自身ではある。
だが、これを好機と取った彼は、その勢いのままに凄まじい跳躍力を見せ、一息でギーシュの元まで辿り着く。後は、剣を彼の喉元に突き付けるだけだった。
「俺の……勝ちだ」
「ぼ、僕の、負けだ」
誰がこの結果を予測出来たろう? サイトの勝利に、観衆は沸きに沸いた。しかし、決着の言葉を聞き、カイムの剣を手放した途端、サイトの身体は力なくその場に倒れこんだ。剣が発した火炎弾について、議論を交わそうとする者達も、それには驚いた。
慌ててそれに駆け寄るルイズ。そして、冷めた視線で彼等を見、地に落ちた自身の剣を拾うと、「チッ」と舌を打ちながらカイムはキュルケの元へと戻ってきた。後の事は勝手にやれ、と言った感じだ。
「お、驚いた。カイムの剣って、何? 特別製?」
キュルケは、興奮冷めやらぬと言った様子で、そんな事をカイムに尋ねるも、返ってきたのは素っ気無いアンヘルの声だった。
「確かにそれは優れた剣で、魔法も帯びてはおるが、一連の行動はあのサイトという小僧の力だな」
「嘘? じゃあ何で最初やられっぱなしだったのよ……」
「それは我が聞きたいくらいだ。あの力、どこか契約者たるカイムの物に近いな……」
どこか遠くを見るように、『レビテーション』によって医務室へと運ばれていくサイトを見て、アンヘルは呟く。
「何か、嫌な予感がする……よもや、我等の力を振るう事がなければよいのだが」
学院長室では、遠見の鏡によって一部始終を見届けていたオスマン長老とコルベールが、一連の流れについて、口々に意見を交し合っていた。
「どういうマジックアイテムなのじゃろうな、あれは」
「かなりの銘品だと思うのですが、心当たりがありませんな……しかし、あの少年は間違いなく『ガンダールヴ』と見ていいのでは?」
「……うむ、あのルーン、君の持ってきた資料に間違いがなければ、確かなのだろう。それも気になる。気になるのじゃが……」
そこでオスマン氏の頭に浮かんだのは、ツェルプストーが呼び出した例の韻竜と、ぞっとする様な笑みを見せた、あの平民の姿だ。
それをオスマン氏が口にすると、コルベールは額に汗を浮かばせながら、ごくりと唾を飲んだ。
「……あの瞳、あの笑み。正直、あまり見たくない代物ですね」
かつて、ただ命令に従うだけの、殺戮マシーンとして王国の下で働いていたコルベールだからこそ、あのカイムが孕む狂気に気付いていた。自分の様な感情を封じ込めた殺戮マシーンだったら、まだマシだ。
あの男は違う。狂気に身を任せ、殺人に喜びを見出す類の人間だ。
かつて、似たような人間と関わった事があるが、カイムほど圧倒的な死の気配を身に纏った男は他に知らない。
「ガンダールヴと、あの韻竜と男。この事は王家に報告する事まかりならん。事は慎重に扱わねばならぬ……我が学院の、爆弾とならなければ良いのじゃが……」