時刻は丁度昼に差しかかろうという頃、早めの昼食(どうもアンヘルは特別視されているらしい)を終えたアンヘルは、程よく満たされた腹具合に多少の眠気を感じながら、他の使い魔達の相手で疲れた身体を地面に横たえていた。
「どいつもこいつも、まるで幼子だな」
ほう、と溜息を一つ吐いて、思い思いに戯れる幻獣達に目をやる。
その中で、一際目立つ者が存在していた。先ほどは見かけなかったが、あれは自分の同族ではないか。――とは言っても、まだまだ幼そうな外見ではあるが。
暇潰しの話し相手には丁度いいか、と思った物の、ドラゴンが喋るという事実は、この世界では珍重だと言う話を思い出すアンヘル。
「会話に飢えてるつもりはなかったのだが……」
ぼそっと呟いた声が届いたのか、幼竜はアンヘルの方へとその顔を向けた。人と違って表情が読み辛いが、どうやら驚いている様子である。パタパタと羽ばたき、幼竜はアンヘルの元へとやってきた。
「きゅい。驚いた! 珍しいのね。あなたもおしゃべりができるのね?」
見た目同様、幼い声で話しかけてきた幼竜。どうやら話に聞いていた韻竜とやらは、随分身近な所にいたものだ。苦笑混じりでアンヘルは竜に答える。
「これは、思わぬ所で同族と出会ったな。おぬしも使い魔という訳か」
「きゅい」
アンヘルの言葉に、幼竜は鳴き声と共に首を縦に振った。そして、続けて口を開く。
「シルフィは、シルフィードって言うのね。あなたのお名前を教えて欲しいのね」
「…………」
騒がしい奴だ。アンヘルはそう思いながらも、話し相手が見つかった事が嬉しい様子だ。退屈そうだった視線が、今は好奇のそれへと変わっていた。
「ふむ。同族になら、尋ねられて教えるのもやぶさかではないか。我の名はアンヘルだ。シルフィードよ」
「アンヘル。素敵なお名前!」
「おぬしは中々話が分かる奴のようだな」
名を褒められて気を良くしたのか、ふふんと鼻を鳴らしてシルフィードに言った。
「シルフィ、お姉さまにみんながいる前では喋っちゃ駄目って言われて、欲求不満だったのね。でも、こういう時は、喋ってもきっと人にはバレないのね。いいお話し相手が見つかってシルフィ嬉しい!」
「む? おぬしの主人は、自身の使い魔が韻竜とやらである事を知られると、何か不利益でもあるのか?」
純粋な好奇心からアンヘルが尋ねると、生来のモノか、抑えつけられていた物が解放された為の反動か、軽い口で答える。
「お姉さまはあまり目立ちたくないみたいなのね。シルフィが韻竜だってバレたら、ただでさえドラゴンを召喚して目立ってるのに、それに輪をかけちゃうのね。だからシルフィは風竜(ウィンドドラゴン)って事で通してるのね」
「成る程。騒ぎ立てられるのは確かに不快ではあるしな」
「ところで、アンヘルお姉さまは、さっき韻竜とやら、って言ったけど、アンヘルお姉さまも韻竜じゃないの?」
自分の微妙な言い回しの部分を突く辺り、幼そうな外見や喋り方とは裏腹に、韻竜とやらの知能は、昨日聞いたとおり、なかなか高い様だ。アンヘルは内心で感心していた。
正直、お姉さまと呼ばれるのはどうかとも思ったが、自身が女性的思考に寄っている事を思い、敢えてアンヘルはそれに突っ込みはしなかった。
「おぬしらの常識に当てはめると、我も韻竜と言う括りに属するな。細部の食い違いは勿論あろうが」
「? よく分からないけど、仲間なのね。きゅいきゅい」
「そういう事にしておけ」
別世界から来た、などと言った所で、ただ面倒な説明事が増えるだけだ。そう思い、アンヘルはシルフィードに言い聞かせる様にした。彼女は彼女で、突っ込むだけ突っ込んでおきながら、細かい事は気にしないと言った感じである。
「でもシルフィ、アンヘルお姉さま程立派な仲間は見たことないのね」
「我をそこいらの竜と一緒にしてくれるな。一万年以上の悠久の時を生きてきたのだ。他とは比べるべくも無かろう」
「一万年!? アンヘルお姉さまってば、そんなにお年を召してるの!?」
いくら同じ種族であるとは言え、世界の違いがある。シルフィードからすれば、一万歳以上というのは想像し難き事だった。
「おぬしはどうなのだ?」
「きゅい。シルフィはまだ二百年くらいしか生きてないのね」
「ふむ……まだまだ子供だな。よかろう、何か困った事があれば、我に相談するがよい。幼子を守るは、年長の務めぞ」
この世界に来てからというもの、やけに庇護欲が拡大しているアンヘルである。
シルフィードは、アンヘルのその言葉に目を輝かせながら、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴き声を上げた。
その時である。
何やらそれ程遠くは無い場所から、歓声の様な物が聞こえてくるではないか。その先に、アンヘルはカイムの気配を感じ取っていた。
何事かと、彼女は契約者同士ならではの念のやり取りで、カイムに何事かと問うた。そして返ってきた答えにつまらなそうに鼻を鳴らして言う。
「……下らぬ。子供の喧嘩か。この程度で大騒ぎなぞしおって」
何やら一人納得した風に言うアンヘルが気になったのか、シルフィードは首を傾げて彼女に尋ねた。
「どういう事なの?」
「貴族の小僧と、人間の使い魔の小僧が決闘だと。やれやれ、暇な事だ」
「ええ!? それって大変な事なのね!」
素っ頓狂に声を上げるシルフィード。その様子が尋常では無い事に気付き、アンヘルは「子供の喧嘩の何が大変だというのだ」と言うと、
「確か、使い魔の小僧って言うと、平民だったのね。皆いっぱい噂してたから、シルフィも知ってるのね」
「おぬしらの言葉を借りれば、確かにサイトと言う小僧は平民らしいな」
「貴族と平民が決闘だなんて、下手したらその子死んじゃうわ」
何を大げさな、と一笑に付そうとしたが、どうもシルフィードの様子からすると、あながち大げさと言う訳でも無さそうだ。ドラゴンとは言え、二百年も生きていれば、人の世の常識についても精通するのがこの世界なのかも知れない。
直接関係はない筈だが、シルフィードは心配げな様子を見せている。無用な人死になど起きて欲しくはないのだろう。
「さっき言った手前、放置する訳にもいかぬか」
幼子云々の発言を思い返し、アンヘルは口は災いの元だと改めて認識していた。