(cache) DOD&M - 3 - 電脳狂想曲
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 キュルケによる、ハルケギニアについての講義が終わり、静寂に支配された広場に動く者は、もう誰もいなかった。話し終えたキュルケは、今は自室に帰って明日の為に眠りに就いている頃だ。
アンヘルに寄りかかって眠るカイムは、何時に無く安らかな顔をしており、それを見守るアンヘルは、ただ一人物思いに耽っている。

「異世界に呼び出された、これは副作用という物か」

 呟き、自身を支配していた本能が薄れている事を確認した。神の御使いであるドラゴンの、滅びに対する欲求の薄れは、副作用と口にした物の、アンヘルにとってはむしろ好ましいものだった。
これでいいのだ。そう心中で呟き、久しく縁の無かった安らかな眠りに身を任せようとし、不意に自身にぶつかってきた人の重みに、半目を開いた。

「……なんじゃ、このような夜中に」
「うわ!? こいつ喋った!?」

 見た事の無い衣服に身を包んだ少年は、ぶつかったアンヘルに対し、身を仰け反らせながら言った。
ふん、と鼻を鳴らし、その少年に一瞥をくれると、アンヘルは迷惑そうに口を開く。

「おぬしはこの学院の生徒か? にしては連中とは違った格好をしておるが。……我等の安眠を妨げる様な真似は止してもらいたいものだな」
「え? あ、その、ご、ごめん」
「謝罪は言葉より行動で表す方がよいぞ」

 アンヘルの言葉が耳に届いているのか分からないが、少年はその傍らで眠るカイムを確認すると、ほう、と小さく溜息を吐いた。

「あ……話には聞いてたけど、俺以外にも召喚ってのをされた人間がいるんだな」

 少年の言葉を聞き、アンヘルは興味深げに言葉を紡ぐ。

「我等と同じくして呼ばれた者の中にも、おぬしの様な奴がおるのか。しかし、同郷の者とは思えんが……」
「ええ? いや、格好からして、俺と同じ所から来たんじゃないのは分かるけど……ああ、もう。何だよこの状況。ほんとわけわからねーよ」
「小僧、少し落ち着け。カイムが目を覚ます」

 先ほどから挙動不審気に話す少年に、諭す様に言うと、ぺしぺしと地面に尻尾を叩きつけ、アンヘルは着座を促した。

「どれ、おぬしについて、少し興味が湧いた。話をするなら聞いてやるが、どうだ?」
「……竜に話を聞いてもらうって言うのも、おかしな話だけど。まぁ、いいや。ちょっと長いけど、いいかな?」
「構わん。大人しく話すのであればな」
「ありがと。……何て言うか、やっと落ち着いた気がするよ、ここに来てから……」

 適応力が高いのか、アンヘルに対して特別な警戒心を持つことも無く、少年はたどたどしく自身についての話を語り始めた。
新宿での出来事が無ければ、荒唐無稽な作り話にしか思えなかった彼の話も、今のアンヘルにはそれなりの説得力を持って聞けていた。
時折少年の話す事にアンヘルは言葉を挟みつつ、一通り話を聞き終える。
そして、少年は話し疲れたとでも言う様に、表情を緩めてアンヘルの身体にもたれかかった。普段であればそれに文句の一つでも言う彼女だが、今の気分ではそういう事を言うつもりにもなれなかった。

「異世界と言うのも、どうやら一つでは無い様だな」
「うん。俺も、あんたの合いの手を聞いてて、それは思ったよ。でも、よかった。俺にも少しは仲間が出来たみたいでさ」
「仲間か……」

 異世界から呼び出された者としては、確かに仲間とは言えるが、実際はどう言ったものか。アンヘルは言葉を飲み込んだ。
勝手に親近感を持たれるのも、困った話ではある。

「それよりも小僧。おぬしも使い魔になったと言うのなら、主人はどうした? 我等の様に部屋に入りきらぬのならまだしも、おぬしの様な者なら、主人の部屋で過ごすのが常であろうに」

 アンヘルの言葉に、少年はげんなりした様子を見せた。

「使い魔だとか、未だに納得出来て無いんだよ、俺」
「……むぅ。小僧。あまり現実逃避に走るのは良くないぞ? あるがままに今を受け入れるのも、度量だ」
「だからって、あんな横柄な奴の下僕になれったって、無茶な話だ!」
「へぇ……ツェルプストーの使い魔と慣れなれしくしてるかと思えば、随分な事を言ってくれてるじゃない。サイト」
「いいっ!? ル、ルイズ!?」

 いきなり現れた影に、サイトと呼ばれた少年は間抜けな声を上げた。
ピンクがかったブロンドの鮮やかな小柄の少女が、殺気を漲らせ、座ったままのサイトを見下ろしている。
どうやら、彼がルイズと呼んだ彼女がサイトの主人らしい。キュルケと違い、使い魔に対する接し方がかなり厳しい様だ。アンヘルはサイトに向けて、同情の視線を向けて言った。

「小僧。口は災いの元と言ってな。その、何だ。こういう場合は抵抗すると被害は拡大するぞ」
「ご丁寧に、ツェルプストーの使い魔が言ってくれてるわよ? サイト。いや、犬! 部屋に帰ってたっぷり脱走の罰を与えてやるんだからっ!」
「ひぃぃ! か、勘弁してくれー!」

 ずるずるとサイトの首根っこを掴んで、寮の方へと消えていった少女を目に、アンヘルは鼻を鳴らした。

「やれやれ。騒々しい事だ」
「…………?」
「おお、目を覚ましたか、カイム。すまんすまん。別に何があった訳でもない。さぁ、ゆっくりと眠るがいい」

 騒動によって目を開けたカイムに、アンヘルは我が子に向ける様に言うと、カイムの身体に尻尾を巻いて包んだ。それに安心したのか、カイムは再び目を閉じると、アンヘルの身体に身を寄せ、小さく寝息を立て始めた。

「さて……少しばかりやかましかったが、これでようやく我も眠れそうだな」

 この世界に於いて、自分達の役割が使い魔として以外は、どういった物かは分からない。ただ、今のところは、安らかな時間が過ごせる事に、アンヘルは誰にともなく感謝の念を浮かべるばかりであった。

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