(cache) DOD&M - 2 - 電脳狂想曲
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 ゼロのルイズのおかげで一悶着あったが、使い魔契約の儀は、結果の上では何とか無事に終える事が出来ていた。
そして、夜。

「娘よ、いや、仮にも契約を果たしたのだから、キュルケ、と呼んだ方がよいか」
「ん、その辺は好きに呼んでくれて構わないわ」

 寮の部屋に入らぬ様な、大型の使い魔が集められている学院の広場にて、キュルケは自身の呼び出した使い魔に対する見識を深める為、ドラゴンとカイムの元を訪れていた。

「では、キュルケと呼ぶとしよう。……で、だ。我から少し聞いておきたい事があるのだ」
「ちょっと待って。その前に、わたしからも一つあるの。これは重要な事よ」

 キュルケがドラゴンの目の前で、人差し指を立てて言った。

「む? ならば、まずはそちらから聞こうか」
「話の腰を折ってごめんなさいね。でも、聞いておかないと不便だから……その、あなたには名前、あるの?」
「…………」

 そう問うと、ドラゴンはしばらく遠い目で、二つある月を眺めた後、ゆっくりと口を開いた。

「人間に名乗った事はないが……今思えば、誰にも聞かれた事もなかったな……」
「…………そうだったの」
「…………」

 ドラゴンの身体にもたれかかる様にして座っていたカイムが、興味深げに視線をドラゴンの顔に映す。
カイムが念を送っているのが、キュルケに伝わってきた。どうやら、彼も名前を知っておきたいらしい。多少驚きだったが、成る程、そういう関係でも、成り立つ信頼はあるのだな、等と彼女は納得した。

「そうだな。いい機会だ。もう、我もレッドドラゴンと呼ばれるのに飽きた。カイム、キュルケ。心して聞くがいい。我が自ら名前を教えるのは、これが最初で最後だ」

 キュルケとカイムは、ドラゴンの発した言葉に、ごくりと唾を飲んだ。

「――アンヘル、これが我の名だ」

 そう言って、ドラゴン――アンヘルは、カイムとキュルケに交互に視線を向けた。その顔がひどく優しげに見えたのは、気のせいではないのだろう。立ち上がったカイムは、そっとアンヘルの顔に身を寄せ、その首を撫でた。

「こんな風な時間が得られるとはな、夢にも思わなんだ。……存外、悪くはないものだ」

 カイムとアンヘルのやり取りに、キュルケは目を細める。
きっと、自分に召喚されるまでに、あの二人は強い絆で結ばれていたのだろう。名前を教えてもらったとは言うものの、ちょっとした疎外感を感じ、彼女は口を噤んだ。
いつか、自分も彼等の様な絆を得ることが出来るのだろうか? そんな疑問が頭の中でぐるぐると回り続けていた。

「時に、キュルケ。我の疑問なのだが」
「あ、ああ。そうね。本題を忘れちゃいけないわよね」

 唐突に振られ、キュルケは多少慌てた様子でアンヘルに答えた。

「うむ……この世界の事についてなのだ。我等は、あの様な二つある月を知らん。おぬし等の使う様な魔法を知らん。即ち、我等のいた世界とはまた別の世界なのだと、そう思っているのだ……」
「……驚いたわ。異世界からの来訪者って事になるの?」
「そうとしか説明がつかん。まぁ……元より我等の世界は崩壊したも同然なのだがな……それはよい。……そこでだ。ある程度、我はこの世界について知っておきたい。一応、我等に常識という物が無ければ、おぬしが困る事があるやも知れぬだろう?」

 アンヘルは言いながら、自身の発言に驚いていた。気高きドラゴンである自分が、人間に気を遣う様な事を言ったのだ。その事実に、無表情だったカイムの顔にも驚きが浮かぶ。
どうやら、これは結論としてカイムの為に言った発言なのだと気付き、両性である筈の自身が女性寄りの思考になったのだな、と、アンヘルは苦笑を漏らした。
カイムは、これから身に宿した狂気を晴らしていかねばなるまい。その為には、人間らしい生活を送らせてやりたい。これがアンヘルがカイムに向ける、母性の様なものだった。

「わたしからも色々と聞きたい事があるけど、いいわ。夜のお勉強会って所ね。カイム、アンヘル。ちょっと長いわよ?」

 そう言って、キュルケは二人に向けてわざとおどけた風に言って見せた。何を背負っているのかは分からないが、この二人には暗いままでいて欲しくない。彼等の主としてそんな意識が働いていた。

「頼む」
「…………」

 カイムは身体をアンヘルからキュルケに向け、アンヘルは一言言って頷き、顎をしゃくってキュルケに話の続きを促した。
流れる穏やかな時に、カイムは自身の空っぽになった心に、何かが満たされて行くのを感じていた。

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