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[28402] あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)
Name: 石・丸◆054f9cea ID:5cdb65c1
Date: 2011/06/17 21:15
 
 第一話
  
「ねえ、あんた。エロゲー買ってきてよ」
「────はあ!?」
 
 喉を潤そうとリビングまで降りてきたら、ソファでくつろいでいた妹が開口一番こんなことを言いやがった。
 
 俺の名前は高坂京介。
 平凡という名の代わり映えのしない毎日を愛する、ごく普通の高校生だ。
 非日常な世界? 刺激に満ち溢れた日々?
 
 ────悪いけど俺はごめんだね。
 
 出来るなら一生関わりたくない世界だ。
 夢がないと言われようとも、俺は普通に安寧な人生を全うしたいと考えている。
 普通に勉強して、普通に遊んで、普通に進学して────いつかは就職して、結婚したりするのかもしれない。もちろんそんな先のことは分からないけど、俺が如何に平凡な毎日を望んでいるのかは伝わったと思う。
 
「……悪い、桐乃。今何て言ったのかよく聞こえなかったんだが……?」
「ちょっ、聞いてなかったワケ? だからエロゲー買ってきてっつってんの!」
 
 そして、まったく遠慮もなしに悪態を吐いてくれてるのが、俺の妹である高坂桐乃だ。
 ライトブラウンに染めた髪にピアス。綺麗に伸ばされた爪にはマニキュアと、いまどきの女の子らしいオシャレな格好をしている。
 学業優秀、容姿端麗、スポーツ万能。更にはティーン誌でモデル活動なんかもやってたりする。
 兄である俺が言うのもなんだが、ほぼ完璧超人と言っても良い。
 
「おまえ正気か? 何処の世界に兄貴に向かってエロゲー買ってこいつう妹がいるよ!?」
「なによ、恥ずかしいとでも言うつもり? っていうか、可愛い妹がこうして頭下げて頼んでるんだから、素直に“はい、買いに行かせて頂きます”くらい言えないの?」
「あのなぁ! 可愛い妹は兄貴にエロゲーを買いに行かせたりしねーってっ!」
「────チッ!」
 
 これ見よがしな不満顔になりながら、盛大に舌打ちをかましてくれる我が妹。
 これ、普通に怒って良い場面すよね?
 
 そう────この妹と深く関わっちまったばかりに、俺の平凡で普通な人生は、一風変わったヘンテコリンなものへと路線変更されてしまったのだ。 
 
「……フン。あの時は買いに行ってくれたくせにさ……」
  
 唇を尖らせながら、何やらぶつぶつと呟いている桐乃。
 一見して完璧超人に見える妹なのだが、実は隠している裏の顔が存在する。それは『妹もの』と呼ばれるジャンルに傾倒する────オタクだったのだ。
 ちなみに、そんじょそこらを歩いているライトなオタクを想像してもらっては困る。
 R-18ものすら軽くこなしてしまう、ガチもガチの筋金入りのオタクなのだ。
 
 そんな妹に『人生相談があるの』と言われたのがほぼ一年前。
 それが全ての始まりだった。
 
 実にこの一年間、色々なことがあったさ。
 趣味の話が出来ない桐乃に友達を作ってやったり、親バレした時に趣味を止めさせると激昂する親父(鬼のように怖い)と対決したり、親友との仲を取り持つ為に変態のレッテルまで貼られたりな。
 ついこの間なんかはアメリカくんだりまで迎えに行ってやったりもした。
 けど勘違いしてもらっては困る。
 俺は妹のことが大キレーなのだ。会話すら交わさない冷戦状態も経験したし、お互いの存在そのものを無視し合っていた頃もある。
 『人生相談』以後少しはマシになったものの、以前として仲が良いとはお世辞にも言い難いし、向こうもそう思ってるはずだ。
 だけどアニメ見て笑ってる桐乃や、友達と馬鹿やってる桐乃を見てるのは……その、気分的に悪くない。
 繰り返すが、妹のことは大嫌いである。
 それでもあいつは、俺の大切な妹なんだと────そう思っていた。
 
「……じゃあさ、あたしも一緒に……行ってあげる……」
「あ? 今なんつった?」
「だから! あたしも付いて行ってあげるって言ったのっ! あんた一人で買いに行くのが恥ずかしいんでしょ? なら……これで問題ないじゃん」
「いや、そういう問題じゃないから……!」
 
 怒鳴ったと思ったら急に赤くなったりして、本当忙しい奴である。
 
「つーかさ、おまえネット通販っていうの? そういうのでエロゲー買ってるんじゃなかったっけ?」
「普段はそうなんだけど……今回は特別って言うか──────き、急にやりたくなったの! 何か文句あるワケ!?」
「文句はねえけどさ、単純に不思議つーか、疑問に思ったんだよ」
 
 俺が妹を嫌いなように、こいつも俺のことを嫌ってるはずだ。
 なのに“一緒に行って”までエロゲーを買いにいかせようとするのが理解できない。他に手に入れる手段があるんだから、わざわざ俺に頼むなんてどーかしてる。
 そんなことを考えていたら、桐乃があさっての方向に視線を向けながらこう付け加えた。
 
「……ほら、あたしこないだまでアメリカにいたじゃん。エロゲー買うなんて当然無理だし、新作の情報だって入ってこなかった。だから────さ、その……」
「あー、そういやそうだわな」
 
 確かノーパソのHDに“ぱんぱん”になるまでエロゲをインストールしていったにも関わらず、向こうではプレイすら満足に出来なかったらしい。
 桐乃曰く「このあたしが積みゲーするなんて……!」ってくらいだから、相当フラストレーションも溜まりまくったことだろう。
 んで、帰国後ネットを見ていたら留学中に発売した新作を発見。
 どーしてもやりたくなった。我慢仕切れなくなったってところか。
 
 ──────ったっくよ、しゃあねえな。
 
 正直、気は進まない。
 何が悲しくて、休日潰して妹のエロゲーを買いに行かなきゃならんのだ?
 ふざけんなって怒鳴りたい気分だね。
 だけど“そういう理由”ならミジンコ程度の気持ちだけど理解できなくはない。ちょっとだけ妹の為に時間を割いてやろうって気にもなるさ。 
 
「……で、すぐにやりたいの、おまえ?」
「え? ……あ、あったりまえじゃん! アリスプラスの新作だよ? きっと神ゲー。今すぐにでもプレイしたいに決まってるっしょ」
 
 好きな物が手に入るかもしれない。
 光明が見出せたのがそんなに嬉しいのか、桐乃の表情が思い切り軟化した。
 
「……買ってきてくれんの?」 
「ああ、分かったよ。買ってきてやる。────で、本当に付いてくる気なのか、おまえ?」
 
 タイトルさえ教えてくれれば十分だ。わざわざ兄妹揃って買いに行くこともないだろう。
 てか妹と一緒にエロゲー買いに行くなんて罰ゲームでも嫌すぎだろ!
 そう思っていたのに桐乃のやつは
 
「間違えたらシャレになんないから付いて行く」
「……マジか!?」
「なにその返事? あ、あたしと一緒に出掛けるのがそんなに嫌なワケ?」 
「妹と一緒にエロゲー買いに行くなんて拷問でもねーから! つーかさ、オマエは平気なのかよ?」
「あたしは……どうしてもゲームがしたいし、嫌だけど、すっごい嫌だけど我慢してあげてんの! か、勘違いしないでよっ! それだけ早くエロゲーやりたいだけなんだから!」 
「ちょ、おま……ああ、もうクソッ! へいへい、わーったよ。分かりました。一緒に連れてきゃいいんだろ、連れてけば!」
 
 半ばヤケクソで叫んでやった。
 だって反論しても無駄な雰囲気だし、文句を言ったら蹴りが飛んでくると断言できるね。
 だけど“勘違い”ってなんだよ。
 訳わかんねーって。
 
 そんな俺の返事が御気に召さなかったのか、子供みたいなふくれっ面になる桐乃。
 だけど直ぐに機嫌を取り戻して
 
「────ふひひ。楽しみ。じゃあ三十秒で支度して!」
「はえーよっ!!」
 
 ほんっとうに傍若無人な妹様だぜ。
 兄の存在をいったい何だと思ってやがる?
 けどさ、こんな妹の我侭に付きあってやる俺も相当なもんなんだろうなって、他人事のように思った。
 
 
「遅えぞ、桐乃っ!」
 
 人には三十秒で支度しろとか言ってたくせに、キッチリ三十分待たせやがった。
 たかだが買い物に行くぐれーで入念にメイクしやがって。
 あいつに言わせりゃ「これでもアタシ読モだよ? ファッションに気を使うのは当然っしょ」くらいに考えてるんだろうが、待ってる俺のことも考えろっての。
 
「じゃあ、行こっか」
 
 隣に並んだ桐乃の第一声がコレ。待たせてごめんの一言もなし。
 いや、そもそも期待はしてなかったですよ?
 
 俺は桐乃の姿を一瞥してから、スタスタと駅に向かって歩き出した。
 エロゲーを買うんだから当然行き先は秋葉原だろう。なのに桐乃が付いて来る気配がしない。おかしいなと思って振り返ってみれば、玄関先でぽつんと佇んでやがる。
 なにやってんだ、あいつは?
 
「おい、桐乃。どうしたんだ? 秋葉原に行くんじゃないのか?」
「……………………別に」
 
 フンっと不満気に鼻を鳴らしてからようやく歩き出す桐乃。
 時々コイツは、何処にスイッチがあるのか突然不機嫌になりやがる。我が妹ながらよくわからん奴だ。
 
 そんなこんなで秋葉原へ向かう兄と妹。
 だがこのイベント、すんなりとゲームを買って終わりという訳にはいかなかった。
 
 何故なら──────秋葉原でばったりと黒猫と沙織に遭遇してしまったからである。
 
 
 
 
 
 
 ☆★☆★☆★☆★
 
 一話の冒頭からえろげー、エロゲー連呼してるって……こんなSSで大丈夫なんだろうか?
 あ、やめてください! 石を投げないで!(/´△`\)
 
 ということで、俺の妹がこんなに可愛いわけがないのSSです。
 ずっと書いてみたかったのですが、八巻発売&配信にてアニメも最終回を迎えたことですし、思い切ってチャレンジしてみました。
 内容については、京介を中心にラブコメ風味の作品にしていきたいなと思っております。
 登場人物は追々増えていく予定。
 次話では黒猫とバジーナが登場します!
    



[28402] 第二話
Name: 石・丸◆054f9cea ID:5cdb65c1
Date: 2011/06/19 01:27
 
 第二話
 
 黒猫───本名、もとい人間としての仮初の名は五更瑠璃。
 
 陶器のような透明感のある肌。切れ長の瞳。そして腰まで伸びた艶やかな黒髪。
 気品があり、見目麗しい。
 正しく桐乃とは対極に位置するような純和風の美少女である。
 ただし、普通の服を着て黙って突っ立っていればと付け加えねばならないが。
 
「……何かしら、その瞳は? あなた───とても失礼なことを考えているのではなくて?」
「気のせいだろ」
 
 黒猫の“紅い瞳”が俺を真っ直ぐに射抜いてくる。
 ちなみにコイツは純粋な日本人だ。目が赤いのはいわゆるカラコンってやつだな。
 
「納得のいかない答えね。さてはあなた“嘘”を吐いているのね? 私の使い魔がそうだと囁いているわ」
「ドコにいんの、使い魔っ!?」
「三次元と四次元の隙間から常にあなたを監視しているわ。だから───注意なさい。あなたの行動は私に筒抜けになっているのよ」
 
 ───フ、と含み笑いを漏らす黒猫。
 
 分かって頂けただろうか。彼女は絶賛厨二病を発病中である。誰もが通る道とはいえ、このレベルは傍から見ていると痛い。
 それを如実に現すように、黒猫の服装はゴシックロリータを体現したかのような漆黒のドレス姿である。通称ゴスロリ。しかも驚くことに“私服”だそうだ。
 まあ、俺個人としては、黒猫のこの格好結構気に入ってるんだけどさ。
 それに本当は心の優しい、友達思いの良い子だってのも知ってる。
 
 桐乃の友人であり、俺の友人でもあり、学校では先輩、後輩の関係に当たる。
 
 黒猫はそんな女の子だった。
 
「はは~ん。さては黒猫氏───『あなたのこと(京介)が気になって気になって仕方ないから、常に見ているのよ』と仰りたい訳ですな? こんな可愛い妹に慕われて、京介氏も隅に置けませんなあ!」
「な、なな、何を言い出すのかしらこのぐるぐる眼鏡は!? 妄言も程ほどにしなさい!」
 
 極度のあがり症で恥かしがりやの黒猫が、沙織の言葉に煽られて表情をを赤くしていく。
 実に愛い反応だが……誰が妹か。
 黒猫か? 黒猫のことなのか?
 
「はっはー! どうやら拙者の“翻訳”が思わず図星を突いてしまったようですな。半ば想像だったのですが……これは失敬、失敬! それと京介氏、拙者も黒猫氏もれっきとした妹キャラですぞ?」
「俺、シスコンじゃねーから!」
 
 豪快に笑い声を上げているのが沙織・バジーナ(ハンドルネーム)である。
 典型的なオタクファッションに身を包み、背中にリュック、顔には大きなぐるぐる眼鏡を装備している。
 大きな身長に似合って面倒見が良く、俺達はこいつに世話になりっぱなしだ。いつかその借りを返したいと思っているが、借りばかり増えていってる有様でちょっと申し訳ない。
 勿論、沙織も俺と桐乃共通の友達であり、大切な仲間だ。
 
 そんなやり取りをしながらアキバのメインストリートを歩く。
 この場にいるのは俺と黒猫&沙織の他に、もちろん桐乃がいる。だけどずっとムスっとしたまま押し黙ってやがるから、思わず存在を忘れそうになっていたところだ。 
 
 一応、現在の状況なんかを説明しておこうと思う。
 俺と桐乃はエロゲーを買う為に秋葉原までやってきていた。
 出発時は何処となく不機嫌だった妹も、道中ですっかり機嫌を取り戻していて、到着した時にははしゃいでいると言っても良いくらい上機嫌になっていた。
 そしていざゲームショップへ向かおうかと足を踏み出したとき、黒猫&沙織と出会ったという寸法だ。
 正しく偶然の賜物だが、こいつ等は桐乃の初めてのオタク友達である。
 文字通り悪態を吐き合うくらい仲が良い。
 特に桐乃と黒猫の関係は見ていて微笑ましく────本人達は絶対否定するだろうが、もう親友と言って良い間柄だと思ってる。アメリカから帰って来た時、真っ先に空港まで向かえに来たのも黒猫だしな。
 
 チラっと横目で桐乃の様子を伺ってみる。するとやっぱり仏頂面を下げて歩いていた。
 何処で不機嫌スイッチが入ったのか分からんが、そーむくれるな妹よ。
 おまえは本当に良い友達を持ったと思うぜ。俺としては羨ましいが、兄としては嬉しい限りである。
 ぶつかることも多いけど、喧嘩するほど仲が良いって昔から言うしな。
 
 そうこうしてる時、何やら視線のようなものを感じたので足を止めてみた。
 誰かに見られてるのかと首を巡らしてみれば、俺を見つめていた黒猫と視線があってしまう。しかも、さっき沙織にからかわれた影響が残ってるのか、頬が少し紅潮したままだ。
 何ていうか、仕草が妙に色っぽいぜ……黒猫のやつ。
 
「……な、何かしら。そんなに見つめられていると……先輩から新手のスタンド攻撃を受けているんじゃないかって、勘ぐってしまうじゃない……」
「いや……別に」
 
 プイっと横を向いてしまう黒猫。
 それで視線が切れてしまったわけだが、こうしてると妙に“意識”しちまう。
 勝手にドキドキと心臓が高鳴り、生唾を飲み込むほど喉が渇いてきた。
 な、なに意識してんだ俺は。落ち着けって!
 そう思った時、脳裏に“あの言葉”が蘇ってきた。
 
『───“呪い”よ。あなたが途中でへたれたら……死んでしまう呪い』 
 
 耳まで真っ赤にしながら伝えられた言葉。
 何も触れてないのに、頬のある部分が熱くなった気がした。
 そこを、そっと指の腹で撫でてみる。
 
「く、黒ね────」 
 
 名前を呼んでみようか。
 そう思った次の瞬間───右足首のアキレス腱辺りに激痛が走った!
 
 
 
「いってえええええええぇぇぇ─────ッッッ!!!」
 
 ここが人通りの多いメインストリートなのも忘れて絶叫する。
 それくらい容赦のない蹴りだった。いったい誰がこんなことをしやがった───と考え、0.1秒で犯人を特定する。
 俺に対して全力で蹴りを放つ奴なんざぁこの世に二人しかいねぇ!
 
「い、いきなり何しやがる、桐乃っ! アキレス腱蹴るとか───歩けなくなったらマジどーしてくれんだ!?」
「あんたが黒いのに“デレ~”としてるからでしょっ! サイッテー、マジ、キモイ! 妹の友達に欲情すんなっ!」
「よ、欲情なんかしてねーよ! ドコを見てたらそんな結論になんの!?」
「じゃあなんで顔赤らめてんの!? どうせここがアキバだからってエロシチュとか妄想してたんでしょ! あ~キモ! そうやってあんたは……て────はっ!?」
 
 どうやら桐乃。喋りながらなんか考え付いたようだ。
 驚きの表情を張り付かせたまま、ジリジリと俺から距離を取っていく。
 
「ま、まさかアンタ……脳内妄想の中で黒いのだけじゃなく、沙織や、あ、あたしにまでエロいことしてたんじゃないでしょうーね!?」
「はあ!?」 
「きっとあんたのことだから、拘束して縛ったり……無理やりエッチなコスプレさせたり、果ては嫌がるアタシたちに眼鏡を掛けさせて────」
「────してねーから!」
 
 そんな考え方するおまえの方がキモイいわ!
 ってか、普段妹にどーいう目で見られてんの、俺!?
 ちょっと傷付いたわ! 
 
 そんな俺達のやり取りに、なんと黒猫が割って入ってきた。
 
「あら、居たのね、あなた。珍しく大人しいから置物が歩いてるか“沈黙の呪文”でも受けているのかと思っていたのに」
「はあ? ───いたのって……最初っからずっといるじゃんっ! マジむかつくんだけど……!」
「へえ“むかつく”ねえ。それは今の私の台詞に対してかしら? それとも、あなたの“兄さん”が私や沙織と親密になっているのが気に喰わない? ああ────それもあるのでしょうけど、本心は二人きりのところを邪魔されたのに腹を立てているのではなくて?」
「な───ッッ!」
 
 あろうことか、今度は桐乃と黒猫が喧嘩をおっぱじめやがった。
 ワナワナと桐乃の身体が震えている。怒りを堪えているのか、頬が急速に紅潮していった。
 
「大体あなたここまで何をしに来たのかしら? わざわざ“兄さん”と二人きりで」
「────げ、ゲーム買いに来たつったじゃん!」
「どうせ妹もののエロゲーでしょ?」
「なに、悪いの? あたしがエロゲー買ったら悪いの?」
「悪くはないわ。ただ────あなたがアキバまで直接エロゲーを買いに来るなんて珍しいなと思ったのよ。いつもはネット購入でしょ? もしかしてkonozamaでも喰らったのかしら? アッハッハ! だとしたら良い気味ね。あれほど密林の利用は計画的にと────」
「何言ってんの? あたしがkonozamaなんて喰らうわけないじゃん。今日買いに来たのは新作じゃなくって比較的新しいゲーム。残念でした。勘違いしないで」
 
 えっと、そこ重要なの?
 っていうか、このざまって何だよ? アニメ用語なのか!?
 時々だが桐乃達の会話には俺の知らない言葉が混ざることがある。
 
「つーかさ、あんた達なんでコイツと仲良くなってんの? アタシがいない間になにかあったワケ?」
「痛ってーな、おい!」
 
 “コイツ”の部分で蹴りくれやがったぞ、このアマッ!?
 だが俺の文句など何処吹く風とばかりに無視して、桐乃が黒猫に詰めよって行く。
 
「キッチリ、説明してもらうから」
「そう言われてもねぇ。私と先輩の関係なんて……どう伝えれば良いのかしら。うまく言葉には出来ないわ。ねえ“きょうちゃん”?」
「え? そこで俺に話し振る────!?」
 
 クスクスと含み笑いを漏らしながら、甘い声で囁く黒猫。
 絶対こいつ、この状況を楽しんでやがるな。つーか“きょうちゃん”て何だよ。初めて聞いたわ!
 
「……なに、あんた。この黒いのに“きょうちゃん”って呼ばせてんの? あーヤダヤダ! めっちゃキモ!」
「呼ばせてねーし! それから黒猫もあんまこいつをからかうなよ! 主に被害受けんの俺なんだぜ!? つうかさ────頼むから勘弁してください」
「────フッ。どうにも“久しぶり”だから、少し調子に乗ってしまったようね」 
  
 怒れる妹がゲシゲシと、何の遠慮もなく俺のことを蹴っ飛ばしてくれる。
 もしかして兄のことをサンドバックか何かと勘違いしてんじゃなかろーな?
 それとなく今度釘を刺しておこう。
 
「きりりん氏。実はこれには訳がありまして────」 
 
 そこでようやく、傍観者を気取っていた沙織が間に入ってくれた。
 
 そして雪解けのように解ける俺たちの誤解。
 簡単に説明すれば、桐乃がアメリカにいる間、俺のことを心配してくれた黒猫と沙織がちょくちょく遊びに来てくれていたのだ。
 その経緯もあって仲良くなったわけだが、あいつから見たら、帰国したら突然友達と大嫌いな兄貴が仲良くなってるわけだから、気分が良いはずがない。
 “友達思い”の桐乃のことだ。
 どうせ黒猫や沙織が俺に取られるとか思ってむくれていたんだろう。口は悪いが、本当に黒猫や沙織のことは大事に思ってるからな桐乃のやつ。
 
「……はあ。助かったぜ、沙織。けどさ、出来ればもっと早く止めに入って欲しかったぜ」
 
 これが消耗しきった俺の本心だ。
 もうちょっと遅ければ、俺のアキレス腱は断裂していたに違いない。
 
「いやー申し訳ない京介氏。あまりにも嬉しい光景だったので、拙者、つい見惚れてしまいましてな」
「は? 見惚れてた?」
「失ってしまったかと覚悟した光景が戻ってきたのです。あまりに嬉しくて────あまりに眩しくて、見惚れていました」
 
 そう言った沙織が、俺から黒猫、そして最後に桐乃へと視線を移していく。
 
「改めまして────お帰りなさい、きりりん氏。拙者はきりりん氏と黒猫氏と京介氏の三人がいる光景が大好きなのですよ。────二度と失いたくないと思うほどに」
「……なに言ってんの? 四人でしょ。ばかじゃん……」
 
 照れたようにそっぽを向く桐乃。
 だけどあいつの気持ちはよくわかる。きっと黒猫も同じ気持ちのはずだ。
 
「桐乃の言う通りだ。三人じゃない、四人だぜ、沙織! よぉし! 今日はこの四人で遊び倒すか!」
「あら、あなたにしては良い提案ね。もちろん乗ったわ」
「……皆さん?」
「あ、その顔嬉しいんだ? あたし達と遊べるのが嬉しいんでしょ~? どうしよっかなー? これでもあたし忙しいし~」
「何言ってんだ、おまえ? これから家に篭ってずっとエロゲーやるつもりだったんだろーが」
「うっさい!」
 
 照れ隠しに桐乃が蹴りを放ってくる。それを俺はひらりとかわしてやった。
 
「……なに、その顔? なに得意気になってんの?」
「────っへ。別に~」 
 
 どうということはない。
 友達と遊べて、こうして“戻って来れて”嬉しいのは桐乃も同じだからだ。
 そう思ったら、自然と頬の筋肉が緩んじまったのさ。
 
「……キモ」
「本当ね、気持ち悪いわ」
 
 え? 今黒猫にもキモいって言われた?
 ちょ……マジで凹むんだけど。
 
「あっはっはー! 拙者……拙者……良い店を知っておりますぞ! 皆の心遣いに感謝して、拙者の知識を総動員して楽しんでいただきます!」
「行き先考えてたのかよ!!」
 
 沙織が少し涙ぐんでいるように見えたのは、きっと気のせいだろう。
 その後、俺たちはアキバで遊びまくった。
 もちろん、色々と詳しい沙織が大活躍だったのは言うまでもない。桐乃の欲しがっていたゲームも買えたし、当初考えていたよりも楽しい一日になった。
 
 帰る時、みんなが笑顔で別れたことは言うまでもないだろう。
 
 
 
 あと余談ではあるが、この日桐乃が買ったエロゲーを後日フルコンプすることになるのはまた別の話である。
 ……俺が頼んだんじゃないからね?
 



[28402] 第三話
Name: 石・丸◆054f9cea ID:5cdb65c1
Date: 2011/06/22 23:52
 
 第三話
 
「ご相談があるんです、お兄さん」
 
 人気の少ない公園の片隅。
 落ち着いた雰囲気をかもし出す一人の美少女が、涼やかな表情を浮かべながら俺の前に立っていた。
 
 彼女の名前は────新垣あやせ。
 
 桐乃の級友であり、ティーン誌を飾るモデル仲間でもあり、一応は俺の知り合いでもある。
 黒猫を桐乃の裏の親友とするならば、あやせは表の親友ってところか。
 
「その台詞、何度目だっけな?」
 
 純情で可憐。清楚な黒髪の美少女。
 見た目だけなら俺の趣味、真ん中どストライクで、彼女のことを“ラブリーマイエンジェルあやせたん”と呼ぶことに対して、俺は一切の遠慮も呵責も持ち合わせていない。
 ちなみに、このあやせと出会ってからというもの、エロゲの最初の攻略ヒロインは黒髪ロングの娘と決めていた。
 
「何ですか、その嫌そうな声は? わたし、まだ何も言ってませんけど?」
「あのね、お前と関わって大変な目に遭わなかったことないからね!?」
「……え? そうでしたか?」
 
 自覚なしかよ、このアマァ!
 
「思い出すのも恐ろしい出来事がいっぱいあったろーが!」
 
 文字通り、思い出すのも恐ろしいので回想シーンはカットする。
 
「……んー」
 
 ほっぺに指を当てながら、可愛くちょこんと首を傾げるあやせ。
 「そんなことあったかな?」と考え込む素振りは、まさしく俺のラブリーマイエンジェル。
 あやせたんマジ天使。
 
「着拒なら解除しましたよ、お兄さん」
「アレは加奈子の件でチャラだろ。正当な報酬つーか、等価交換だ」
「それは……そうですけど」
 
 あやせにしては珍しく言葉を濁し、言い淀むようにして視線を外した。
 この女は思ったことを口にするのを憚るようなタマじゃない。例えそれが殺害予告だとしても笑顔でしれっと言ってのけるだろう。
 なのに、何だこの煮え切らない態度は?
 何を企んでやがる?
 危険を察知した俺は、思わず半歩だけ後ろへと下がっちまった。
 
「──────どうして後ろへ下がるんですか、お兄さん?」
「いや……怖いから」
「は?」
 
 想定外の台詞を受けて、あやせがキョトンとしてやがる。
 その表情を見て、どうやらこの場で俺を殺害する意思はなさそうだと胸を撫で下ろす。
 
「……んなことより、俺に何か相談があったんじゃねーの?」
「そ、そうでした。ですがお兄さん。その前に一つだけ訊いても良いですか?」
「訊くって何か質問あんの? ま、いーけどよ」
「大したことじゃないんですけど……お兄さん、どうして着拒されたことに半年も気付かなかったんですか?」
 
 また妙なことを訊きやがる。
 あやせはある事件の折に、俺のことを『近親相姦上等の変態鬼畜兄』だと誤解したままなのだ。とある理由からその誤解を解くことが出来ない俺は、こいつに嫌われまくってると思ってたんだが……。
 事実、出会う度にバカだのスケベだの変態だのと罵られてるわけで、挙句の果てには蹴りくれた上に死ねですよ?
 だから何の用もなしに電話をかけるのは憚れたのだ。
 だけど、俺こいつのこと結構好きなんだよね。
 可愛いし。可愛いし。マジ可愛いし。
 それだけに着拒の件を知った時はショックでさ、往来でさめざめと大泣きしたもんさ。その場にいた麻奈美には鼻水まみれの顔見られるし、本当この世の終わりかと思ったね。
 
 そのあやせが何でわざわざ着拒の件を蒸し返すんだ?
 
 まさか────この女!?
 
 その時、京介(俺)に電流走る。
 まさしく天啓だった。
 ある考えが脳裏に浮かんだ瞬間、俺の身体は指先一つに至るまで“その考え”に支配されちまっていた。 
 
「理解したぜ、あやせ。随分寂しい思いをさせちまってたんだな……。俺が悪かったよ」
「……あの、お兄……さん?」
「そうか。────そうだったのか。おまえ、俺のことが好きだったんだな!」
「え? …………えええええええ────ッッッ!???」
 
 ズズいっと近寄る俺から今度はあやせが後退さった。
 
 ────フ。全力で照れてやがるぜ。
 
「アレだろ? おまえ俺に電話掛けて欲しかったんだろ? 気付けなくてごめんな」
「ど、どうして今の話の流れからそういう結論になるんですか!? お兄さん、頭大丈夫ですかッ!?」
「照れんなよ、マイハニー。今までの辛辣な行動はぜ~んぶ愛情の裏返しだったんだな。だけどもう大丈夫。万事オッケーだ」
 
 俺は極上の笑顔を浮かべながら、あやせの元へとにじり寄って行く。
 きっとあいつからは白馬の王子様が迎えに来ているような光景に見えているはずだ!
 
「さあ、あやせ! これから二人で愛の逃避──────ごほあッッ!!」
 
 ハイキック……だとッ!?
 あの時に勝るとも劣らない一撃が俺の顔面を襲う。
 直撃を受けた俺はキリモミ状態となって空中を吹っ飛び、地面に落ちた後は砂塵を巻き上げながら転がった。
 
「……な、何をするんだ、あやせたん!?」
「あやせたん────じゃありませんっ! 突然発情して……ブチ殺されたいんですか、この変態ッ!」
「え? だって電話……」
「かけて欲しくなかったから着拒したんですっ! 当たり前じゃないですか! 質問したのは……その、少し疑問に思っただけで深い意味はないんですっ! ばか! エッチ!」
 
 顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らすあやせ。
 その姿を見ていると、とても俺のことが好きだとは思えない。つーか、好きだったらそもそも圓明流ばりの蹴りなんてくれないよね?
 
 ────ちっくしょおおおおお!
 
 普通さ、あんな甘えたような声で『お兄さん、どうして私に電話してくれなかったんですか? ずっと……ずっと待っていたのに』なんて言われたら誤解するよな?
 俺のこと好きかもって期待しちゃうよな?
 
「……ぐ……う」 
 
 痛む頬を押さえながらも、何とか立ち上がる。
 まあ、今の俺は幾分冷静になり、物事を多角的に見つめられる程度には回復していた。
 さっきの俺はたぶん一種の錯乱状態に陥っていたんだと思う。
 あやせに好かれてるかもしれない。そう考えた瞬間、あらゆるリミッターが外れたのだ。
 
「あやせ、違うんだ。今のは……」 
「お、お兄さん! それ以上近づいたら、半径一メートル以内に近づいたら──────鳴らしますから!」
「なっ!? そ、それは────ッッ!?」
 
 あやせがこれ見よがしに突きつけているブツは────いつぞやの防犯ブザーじゃねえか!
 ちなみにこの公園のすぐ裏には交番がある。
 アレが鳴らされた瞬間、ブザーだけじゃなく俺の人生が終了を告げてしまう!
 
「やめろ、あやせ! 俺を……社会的に抹殺するつもりか!?」
「お兄さんがいけないんですよ! いつもいつもセクハラしてきて──────この前なんて……わたしに、け、結婚してくれーなんて言って……」
「ああ────ありゃマジだ」
 
 ブウウウウウウウウ────ッッッ!!!
 
 辺りに防犯ブザーの音が大音量で鳴り響く。
 
 この後俺が『防犯ブザーを止めてくれ!』と、あやせ様に対して、泣きながら五体投地礼をしたのは語るまでもないだろう。
   
 
 
「……相談事というのは、桐乃のことなんです」
 
 とりあず、騒ぎになってしまったので場所を移すことにした。
 俺達は公園を出て、近くにある遊歩道脇に据えられているベンチに座ることにした。
 
「ま、そんなこったろーと思ったよ。おまえが俺に相談するつーたら大概は桐乃のことだしな」
 
 先に腰掛けていたあやせの隣に座りながら、俺はさっき買っておいた缶コーヒーを差し出した。
 
「ほらよ」
「え?」
 
 意図が掴めないと目を丸くしていたあやせだったが、再度差し出された缶コーヒーを見てようやく合点がいったようだ。
 それから「ありがとうございます」と礼を述べ、両手で缶コーヒーを受け取るあやせ。その際の仕草はすごく自然で、ありていに言えばめちゃくちゃ可愛かった。
 一瞬、マジでドキっとしたもんさ。
 
「……最近の桐乃、少しおかしくないですか?」
 
 コーヒーを一口啜ってから、あやせが話を切り出してきた。
 
「そうか? 普通だと……思うけどな」
「その普通なのがおかしいんです」
 
 あやせが俺に視線を合わせてくる。
 身長差があるから、丁度見上げるような格好になった。
 
「ほら、桐乃ってアメリカに行ってたじゃないですか。でも────途中で帰ってきてしまった。ああ、勘違いしないでくださいね。私は桐乃が帰ってきてすごく嬉しいんです。もう二度と離れ離れになりたくないって思ってます。でもそれとは関係なしに、目的を果たせなったことは辛いんじゃないかなって……」
「言いたいことはわかるケドよ……」
「桐乃、すっごくやさしい子なんです。友達思いで頑張りやで、それでいて弱音一つあげない強い子で」
 
 あやせに言われるまでもなく、そんなことは俺が一番良く分かってる。
 あいつは人一倍頑張るくせにその努力を他人に見せたがらない。その成果もあって俺なんかじゃ足元にも及ばないスゲー妹になっちまったが、辛い事は辛いし痛くないわけじゃないんだ。
 あいつだって、まれに泣くことはある。
 
「だから、本当は辛いのにわたし達のことを思って無理してるんじゃないかって……泣きたいのに我慢してるんじゃないかって、そう思ったんです」
「まあな。あいつならそうするだろうよ。けどなあやせ。今回は本当に違うんだよ。うまく言えねえけどよ、無理もしてないし我慢もしてない。見てくれどーりのあいつだと思う」
 
 実際俺も不思議だった。
 だって無理やり俺が連れ帰った格好になるんだぜ?
 大金叩いて留学したのに俺が台無しにしちまった。桐乃はその事に対して絶対に恨み言は言わないだろう。だけど昔みたいに言葉も交わさない関係に戻っちまうかもって覚悟すらしてたんだ。
 あの時はああするのが最善だと思ったからそうしたし、そのこと自体は後悔しちゃいない。
 なのに、拍子抜けするくらいあいつは以前のまま────いや、ちょっと優しくなった気くらいする。
 だからあやせが何を考えているのか、俺は分かった。
 
「心配すんなよ、あやせ。桐乃なら大丈夫だ。少なくとも今回のことに限ってはな」
「お兄さん?」
「逆にさ、あっちで無理してたんだよあいつ。────今まで勝ってきた人達に申し訳ないってな。無理して、体調崩して、取り戻そうとしてまた無理してさ。だから連れて帰った。それがあいつの為になるって思ったからな」
 
 それだけが“桐乃を連れ帰った理由”じゃないが、間違ってないって思ってる。
 
「結局さ、あいつ自分なりに納得した上で帰ってきてんだよ。だからあやせが心配してるよーなことはない……と思う」
「……だと、良いんですけどね」
 
 苦笑いのような表情を浮かべてから、あやせがすっと視線を上げた。
 視線の先には澄み切った青空が何処までも広がっている。
 
 ────眩しいな、ちっくしょう!
 
 あやせは本当に桐乃のことを心配して俺に相談しに来たんだろう。
 ちょっと思い込みの強いところもあるけど、あやせは桐乃のことを一番に考えてくれる。
 黒猫といい、こいつといい、桐乃は良い友達を持ったよ。

 それからしばらく空を眺めていたあやせだったが、やおら視線を切ると
 
「わかりました。お兄さんがそこまで言うなら信用することにします」
 
 そう言って、柔和な笑みを零したのだ。
 
「そっか。役に立てたか、俺?」
「少しですけどね。話して良かったと思いましたよ。それじゃお兄さん、わたしそろそろ行きますね」
 
 目的を達したあやせがベンチから立ち上がる。
 そして数歩分歩いて────くるりと俺の方へと振り返った。
 
「あん? どうした? 忘れもんか?」
「いーえ。もう一つ相談事があったのを思い出したんです」
「ま、マジか!?」
「もう、そんなに驚かないでください。ちょっとだけ傷つきましたよ?」
 
 あやせが心外だとばかりにぷうっと頬を膨らませる。けどすぐに表情を軟化させて
 
「お兄さん。桐乃を見ててあげてください。気にかけてあげてください。さっきの相談と被るんですけど、まったく無理してないってことはないと思うんです。悔しいけど、桐乃の一番近くにいるのはお兄さんですから」
 
 それからあやせは携帯電話を取り出して
 
「ですから、桐乃に変化を感じたら私に教えてくださいね。どんな些細なことでも結構ですから」
「それっておまえの携帯にかけていーってことか?」
「……イヤですけど、これも桐乃の為ですから」
 
 照れたようにそっぽを向くあやせ。
 まあ、桐乃のことはどーでもいいんだが、あやせにこうまで言われたらイヤとは言えねえわな。
 俺は軽く頷いて了承の意思を見せてやった。
 
「分かったよ。ちょくちょく連絡する」
「ち、ちょくちょくなんて言ってませんっ! あくまで────定期的に連絡してくださいと言ってるんです!」
 
 べーっだと可愛く舌を突き出すあやせ。
 それから今度こそ行きますねと、駆け足で去って行った。
 
 
 あやせが去った後も、俺はしばらくベンチに腰掛けていた。
 何をするでもなくぼーっとしている。
 だけど、ふと携帯を取り出し“ある番号”を呼び出した。
 
「……まあ、いっか」
 
 少し迷った挙句、俺はパタンと携帯を閉じてポケットに仕舞い込む。
 それからベンチから立ち上がり、家に向かって歩き出した。
    



[28402] 第四話
Name: 石・丸◆054f9cea ID:5cdb65c1
Date: 2011/06/23 00:04
 
 第四話 
 
「あれ、閉まってるぞ」
 
 いつもなら自動で開くはずの扉が開かない。
 
 ────おかしいな。
 
 そう思った俺は、透明な扉越しに中を覗き込んでみる。
 まだ閉館時間前のはずなんだが……。
 
「あ、見てきょうちゃん。────くーちょー設備の工事がありますので、本日は午後三時を持ちまして閉館いたします。だって~」 

 ゆる~い感じで喋っているのは俺の幼馴染である田村麻奈美だ。
 ショートボブと眼鏡がトレードマークの女の子。だけどそれ以外特筆すべきところもなく、天然ぽい性格を除けば、何処にでもいそうな普通の女子高校生である。
 その麻奈美が自動ドアの脇に張ってあった紙を見て、残念そうにまなじりを下げた。
 
「これじゃぁ今日の勉強会、出来そうにないねぇ」
 
 そうなのだ。
 こう見えて俺も受験生なので、放課後に麻奈美と一緒に勉強会を開いたりする。
 別に妹とエロゲー買いに行ったり、黒猫や沙織とアキバで遊んだり、あやせたんと乳繰り合ってばかりじゃないんだ。
 そこんとこ勘違いしないように。
 今日も麻奈美に勉強を見てもらおう────じゃない、一緒に勉強しようと図書館までやって来たってのに、タイミング悪いぜ。
 
「さて、どーっすかなー」
 
 図書館での勉強会は恒例行事なのだが、工事で早仕舞いしてるとは想定外だ。
 夏が近いこの時期だとさすがに外でやる気にはならねーし。ここだと静かだし涼しくてちょうど良い環境なんだが……どっかいいとこねーかな。
 そんなことを考えていたら、クイクイっと袖を引っ張られてることに気付いた。
 
「なんだ、麻奈美?」
「えっとねー、よかったら、家に……来る?」
 
 少しはにかんだように相貌を崩しながら、麻奈美が俺に代替案を提出してくれた。
  
 
 そんなこんなで麻奈美の家に向かうことになった俺達。
 ちなみに麻奈美の家は“田村屋”という和菓子屋さんを営んでいて、俺も小さい頃からよくお呼ばれしている。だから女の子の家だからって変な緊張もしなければ、遠慮も発生しない。
 麻奈美の家族とも顔馴染みだしな。
 
「ただいま~」
 
 店は営業中なので、二人して勝手口から回り込んで家の中に入る。
 ちなみに店内で飲食することもでき、田村屋はお年寄りから若い女の子まで幅広い層に親しまれていた。
 後は勝手知ったる他人の我が家。俺は靴を脱ぐと、麻奈美と並んでお茶の間まで歩いて行った。
 
「じゃあ、わたしお茶淹れてくるね~。きょうちゃんは座ってまっててー」
「おう」
 
 カバンを部屋の隅に置いてから、麻奈美が部屋を出て行く。
 すると、入れ替わるようなタイミングでロックの奴が部屋に入って来た。
 
「あんちゃん、来てたのか!」
「おう、ロック! 相変わらず元気そうだな、このハゲ」
「元気も元気、超元気よ! 新しい目標もできたしな!」
「目標? 定着したニックネームの変更諦めてなかったのか?」
「違う、違う。俺さ高校入ったらバイトして、金溜めて、ギター買うんだぜ! えっへっへ。それまでは琵琶法師で我慢してやらあ!」
 
 そう言って、べべんっと何処から取り出したのか三味線を弾いてみせるロック。こいつ、また腕をあげやがったな。
 この威勢の良い小坊主は麻奈美の弟であり、俺にとっても……まあ弟みたいなもんだ。
 ちなみにロックというのは本名じゃなく、こいつの魂の名前である。
 
「ふふ。相変わらず仲良いねぇ~」
 
 そうこうそている内に麻奈美が戻ってきた。
 麻奈美は俺達の様子を眺めながらクスクスと笑っている。
 
「はい、どうぞ」
「サンキュー」
 
 麻奈美が俺の前にお茶を置いてから隣に座った────と思いきや、ぽんっと拍手を打ってまた立ち上がってしまう。
 
「どうした、麻奈美?」
「どうせならお茶菓子もあったほうが良いよね~。あのね、昨日作った新作があるんだ」
 
 パタパタと足早に部屋を出て行く麻奈美。
 性格に似合わず忙しい奴である。
 すると突然、、麻奈美が出て行ったのに合わせるようにして、テーブルの下から怨嗟のような声が響いてきやがった。
 
「────もう、うちの婿になっちゃいなよ、きょうちゃん」
「のわっああああ────っっ!!?」
 
 テーブルの下から不気味に顔だけ突き出しているのは……なんと、麻奈美の爺ちゃんだった。
 何処の怨霊が化けて出たのかと思ったぜ。
 
「ど、どこから顔出してんの!?」
「ふっふっふ。きょうちゃんが来るのが分かったんでな。ここに隠れて驚かそうとしたんじゃ。どうじゃ? 驚いたじゃろ?」
「……心臓が止まるかと思ったッスよ」
「うっし! 爺の勝ちぃ! まあちょっとしたお茶目じゃな。────テヘッ」
 
 テヘッの部分で舌を突き出す爺ちゃん。
 かわいこぶりやがって……このジジイ────殴りてええええええええええええええっっっ!!!  
 
「なにがお茶目ですか。それとお爺さん、きょうちゃんは高坂家の長男ですからねえ。どうせなら麻奈美に嫁に行ってもらいましょう。ほっほっほ」
 
 朗らかに響く笑い声。
 俺が握った拳を落ち着けようと必死になっていたら、麻奈美と一緒に婆ちゃんまでもが茶の間に現れた。
 
「何を言うとるんじゃ? 麻奈美の婿にといつも言う取るのはおまえさんじゃないか?」
「あたしは“どちら”でも構わないんですよ。きょうちゃんさえ良かったらねえ」
「まあなあ。もう家族同然みたいなもんじゃし、どっちでも一緒かのう」
 
 フフフと顔を突き合わせて笑いあう爺ちゃんと婆ちゃん。
 
 ────一緒じゃねえよ!
 
 ったくよぉ。この人たちは隙あらば俺と麻奈美をくっつけよーとしやがる。家に行く度に揶揄されるから耐性が出来つつあったんだが、最近は来る回数も減ってたのもあって……ちょっと照れちまう。
 それは麻奈美も同じだったのか、自分のカバンを俺に手渡すと
 
「もう~! こ、ここだと落ち着いて勉強出来そうにないから……私の部屋行こっ! きょうちゃんは先に行っててぇ」
 
 そう言って俺を部屋の外まで押し出して行く。
 たぶんお茶とかお菓子を持って後から来るつもりなんだろう。そう思って俺は先に麻奈美の部屋に行くことにした。
 
 
 
 コチコチコチと時計の奏でる音が響いている。
 時折問題に関して質問したりするが、基本的に勉強中はあまり喋らない。俺も麻奈美もこういう時間を苦痛に感じない性質なんで、穏やかに時間だけが過ぎていく。
 勉強を始めて二時間くらい経った頃だろうか。麻奈美がペンをテーブルに置いて、ぐーと伸びをし出した。
 
「きょうちゃん。ちょっと休憩しようか」
「お、いいね。ちょうど疲れてきてたとこだよ」
 
 気心の知れた幼馴染同士。言葉は短くても意図しているところは伝わるってもんだ。
 その後麻奈美にお茶を淹れなおしてもらって、二人して一口ほうっと息を吐いた。
 
「……はぁ~。こうしていると何だかほっとするねぇ~」
「相変わらず婆ちゃんみたいな奴だな。お茶飲んでほっと一息ってか?」
「違うよ~。きょうちゃんと一緒にいるとほっとするって言ったんだよぉ~」
 
 軽くほっぺを膨らましながらぽこぽこと叩いてくる麻奈美。
 これはこいつなりの怒りのポーズだが、どこぞの妹と違ってまったく痛くない。 
 
「まあ俺もおまえと居るとほっとはするな。なんつーか、こう田舎に帰って来たみたいな」
「えー、それって喜ぶべきなのかなぁ……どうなんだろ?」
「なんで? 同じ意味じゃん」
「男の子と女の子だと、ちょっと意味合いが違ってくるの!」
「そういうもんかね」
 
 他愛の無いお喋りが続く。
 麻奈美との時間はいつもこんな感じだ。特別なイベントも起きなければ、怒鳴ったり喧嘩したり、ましてや本気で殴り合ったりすることなんてありえない。
 ただそこにいて安心できる存在。いつも傍にいるのが当たり前のような。
 そんな関係がずっと昔から続いているんだ。
 
 ────けど、いつまで続くんだろう?
 
 ふと、そんなことを思った。
 考えることに意味はないと思いながら、思い描く。
 いつまで続けられるんだろう。
 俺も麻奈美もいつまで“ここ”にいられるんだろうと。
 
 きっとこの場で幾ら考えても“答え”は出ないんだろーな。
 俺は今の関係に満足してるし、麻奈美もそうだと思う。
 できればずっと続けたい。そう思うくらいに居心地が良いのだ。そんなとりとめもないことを考えていたら、麻奈美がぽつりとこんな言葉を口にした。
 
「きょうちゃん。一緒の大学に行けるといいねぇ」
「────そうだな。一緒の大学に行きたいもんだ」
 
 その為にも勉強しないと。
 俺は新たに気合を入れなおし、麻奈美を見つめる。
 
「うし! じゃあ再開すっか!」
 
 勉強を続けようとペンを手に取った。だが麻奈美は逆に立ち上がって
 
「ねえ、きょうちゃん。今日、晩ご飯食べていくよね?」
「あ? もうそんな時間か?」
「うん。わたし色々と支度があるし……お婆ちゃん手伝わないと」
「そっかー」
 
 チラっと時計を見てみたら6時を過ぎていた。
 高坂家では午後7時に食卓に付いていないと問答無用で夕飯を抜かれてしまう仕来たりがある。
 うーん。どうすっかなー。
 今から帰れば余裕で間に合うが……正直、お袋の作る料理より麻奈美の作る飯の方がウマイんだよねー。
 もうちょっと勉強を続けたい気持ちもあるし、今日はこのままご馳走になろうか。
 そんなことを悩んでいたら、戸口に立ったままの麻奈美が喋りかけてきた。ちなみにこっちに背中を向けていたので、表情は見えない。
 
「それとも……いつかみたいに……と、泊まっていく?」
「え?」
「わたしは────良いよ」 

 俺と麻奈美は幼馴染だけあってよくお互いの家を行き来していた。
 もちろん泊まったりするのも日常茶飯事だったが、大きくなってからはそういうことも無く、去年数年ぶりに一泊したくらいである。
 あの時は何故だか桐乃が激怒しやがって、帰ってから宥めるのが大変だったぜ。
 
「…………わりぃ麻奈美。ちょっち電話するわ」
 
 携帯を取り出し、相手を呼び出して────コールする。
 プルルルルル……ガチャ。
 ワンコールで出やがった。
 
『なに?』
 
 この不機嫌な声は妹の桐乃である。
 って、あれ? 
 晩ご飯はいらないよって家に電話しようとしたはずなのに────なんで桐乃にかけてんだ?
 
『なに黙ってんの? イヤがらせ?』
「い、いや。違う。ちょっと連絡があったんだ」
 
 まあ、間違えちまったもんはしょうがねえ。桐乃から伝えてもらうってのもアリだろう。
 だけど何を察したのか、桐乃の方から詰問が飛んできた。
 
『ねえ、あんた。今ドコにいんの?』
「は?」 
『何・処・に・い・ん・の!?』 
「……麻奈美ん家だよ。それで今から────」
『はあ!? 地味子ンとこって……ちょ、マジ!? なんでそんなトコにいるワケ?』
 
 俺の言葉を遮るようにして桐乃が叫ぶ。
 その一方的な物言いについ俺もカチンときちまった。
 
『二人で何してんの? セツメイ』
「勉強してただけだっつーの! っていうか麻奈美をそう呼ぶなっつーたろーが!」
『……チッ! あんたはそうやってすぐあの女の味方してさぁ。めっちゃウザいんですけど』
「味方とかそんなんじゃねーよ。お前こそ何怒ってんだ? 訳わかんねーよ」
『ど、どうせあんた“また”その女のトコに泊めてもらう気でしょ? あーキモキモ。マジ ウザイ!』 
「またって何だよ? つーかさ、俺が誰の家に泊まろうがお前には関係ないだろーが。違うか?」 
『うっさい! 黙れ! しゃべんな! ムカツク!』
 
 なんなんだコイツ?
 てか、何でオレ桐乃と喧嘩になってんだ?
 
『……何で黙ってんの? 無視する気?』
 
 お、お前が黙れつーたんだろーが!!
 マジ頭にくるぜ、このアマはよぉ……!
 
 俺はギリっと音がするぐらい歯を食い縛り、携帯を握り締めてから……
 
「………………今から帰るから。俺の分の夕飯も用意しててくれってお袋に伝えてくれ」
『はあ? そんなことで電話してきたのあんた? ばかじゃん』
「時間的に家からかかってくるかもって思ったんだよ。……じゃあな。用件はそれだけだ」
『……本当にそれだけ?』 
「そーだよ。文句あっか?」 
『────フン! べーっだ!』
 
 ガチャン。通話終了だ。
 しかし桐乃の奴、あれだけ怒ってたくせに最後だけ妙に声音が落ち着いてたな。言葉だけを見るとそーでもねーけど。
 
「……つーわけだ麻奈美。悪いけど帰るわ」
 
 携帯をポケットに直しながら麻奈美を振り仰ぐ。
 すると、こっちに向き直っていた麻奈美はふにゃっと相好を崩し
 
「────うん。それなら仕方ないね。きょうちゃん。また今度食べにきてね~」
 
 菩薩のような笑顔で頷いてくれたのだった。
 
 
 
 
「……ただいまぁ」
 
 披露困憊した身体を引きずって玄関からリビングへと直接顔を出す。
 すると、お袋が一番に俺を向かえてくれた。
 
「あら? 京介? あんた田村さん家でご飯食べて来るんじゃなかったの?」
「────へ?」
「桐乃がそう言ってたんだけど……だからあんたの分ないわよ?」
 
 そう言うお袋がテーブルに用意していたのは──────なん……だと!? 
 馬鹿な!? 高級感のある漆塗りの桶が三つ。
 ありゃ回らない寿司屋の特上握りセットじゃねえかあああああああああっ!
 
「今日ねぇ夕飯作る時間がなくってさぁ……だから浮いたあんたの分を上乗せして特上にしちゃった。てへっ!」
 
 てへっじゃねええええええ!!
 桐乃の野郎……どういうつもりだ。俺は確かに夕飯を食うって言ったのに!
 
 結局俺の夕飯はカップめんに化けることになる。
 隣で美味そうに寿司を頬張る桐乃が悪魔に見えた瞬間だった。
 つーか、俺が何か悪いことしましたか、神様?
 ……ああ。こんなことになるなら麻奈美ん家でご馳走になってりゃ良かったぜ。
 そう思っても全て後の祭りであった。
 
 くそ、腹、減ったなぁ……。
 
 
 
 
  
  
  
  
 ☆★☆★☆★☆★
 
 麻奈美のようなほんわかしたお話になったかなと思ってますが、どうでしたでしょうか。
 今回で主要な人物が出揃った感があるので、次回以降、話を動かしていけそうな気がします。
 え? まだ出てないキャラがいるだろうって?
 
 ────フッフッフ。
 
 それは当然ツンデレ親父のことですよね? ええ。もちろん登場しますよ。
 あ、石を……石を投げないでください(/´△`\) 


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