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天声人語

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2011年6月23日(木)付

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 かつて「武器のない島」だった沖縄が、あのナポレオンを驚かせたという話がある。19世紀の初めに英軍艦が琉球諸島の周辺を航海した。帰途、セントヘレナ島へ寄港し、流刑の身の元皇帝に艦長が会ったという▼沖縄には武器がないという話を、ナポレオンは理解できなかったそうだ。「武器がなくてどうやって戦争をするのだ」「いえ、戦争というものを知らないのです」「太陽の下、そんな民族があろうはずがない」――岩波書店刊の『一月一話』という本に紹介されている▼だが、その島は明治以降に変貌(へんぼう)する。日本の近代化に呑(の)み込まれ、ついには太平洋戦争末期の沖縄戦に至った。「ありったけの地獄を集めた」(米軍報告書)という戦いに20万人を超す命が消えた。きょう、66回目の「慰霊の日」を迎える▼激戦地だった本島南端に「平和の礎(いしじ)」がある。民と軍の犠牲者の名を、国籍にかかわらずすべて刻む地は一日祈りに包まれる。菅首相も参列するが、そのスピーチを沖縄の人々は何と聞こう。普天間飛行場の移設問題は、もはや頓挫である▼意志も能力も、歴史認識も、民主党政権は欠いていた。鳩山前首相の胸にあったのは甘い「思い」だった。菅首相にはそれさえあったかどうか。「世界一危険な基地」はおそらく密集の街に居座り続けよう▼沖縄の苦難に寄りかかる日米安保に、過疎地に原発を任せた繁栄が重なり合う。〈断崖も海も語(かた)り部(べ)沖縄忌〉中村富子。耳を澄ますべき声が、あちこちから湧き出(いだ)す。

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