きょうの社説 2011年6月23日

◎がん判別キット 金大発ベンチャーの弾みに
 金大発のベンチャー企業が実用化した、がん検査キットは、少量の血液を採取するだけ で、胃や腸などの消化器系がんが判別できる画期的な手法である。臨床試験でも高確率の判定結果が出ており、採血によるこの手法が普及すれば、従来の検査のあり方は大きく変わることになる。

 金大は附属病院が金沢先進医学センターと連携して高次人間ドック「プレミアムドック 」を開始するなど、病気の早期発見に力点を置いた事業に乗り出している。がんや難治疾患の治療だけでなく、予防や健康管理でも大学が高度な役割を担っていくのは当然である。今回のがん検査キットはそうした取り組みの追い風にもなる。

 医療分野は、診断・治療方法や薬品など研究成果を事業化できる大きな可能性が広がっ ている。臨床現場から生まれる事業は最終的に臨床現場に還元されるという点でもやりがいがある。これを弾みに金大発ベンチャーの果敢な挑戦を期待したい。

 血液を用いたがんの新たな検査手法は、金大の金子周一教授(消化器内科)らのグルー プが開発し、ベンチャー企業「キュービクス」(金沢市)が商品化した。

 がん関連の遺伝子を張り付けたDNAチップに患者の血液から採取したRNA(リボ核 酸)をたらし、各遺伝子の反応を解析する仕組みである。国内の臨床試験では、がん患者で100%を患者と識別し、健常者では87%でがん患者でないことを判定した。がんの部位も8割以上の確率で特定できたという。

 北陸を中心に国内の病院で人間ドックなどに導入されるほか、キュービクスはドイツ企 業とも契約を結び、欧州での事業化を目指している。どれほど革新的な研究成果でもビジネスとして軌道に乗らなければベンチャーが成功したとはいえない。事業の真価が問われるのはまさにこれからである。

 大学発ベンチャーの特徴は大学と密接につながっていることにある。ビジネスモデルが 増えれば民間資金を呼び込む道も開けてくるだろう。法人化した国立大にとっては極めて重要な分野であり、有望な事業については全学的な支援態勢を検討してほしい。

◎会期70日延長 法案より延命優先なのか
 今通常国会の会期延長幅が8月31日までの70日間に決まった。この間に2011年 度予算の執行に必要な特例公債法案と第2次補正予算案を成立させ、菅直人首相が意欲を燃やす再生エネルギー特別措置法案を審議入りさせる一方、本格的な復興対策を盛り込む第3次補正予算案については「新体制で対応する」という。

 首相が退陣時期を明らかにすれば、自民、公明両党が法案成立に協力すると言っている のに、首相は頑として退陣時期を語らない。これでは法案成立より「延命」を優先していると言われても仕方ないだろう。何より首相自身が与野党協力の最大の阻害要因となっている現実は悲劇的というより、むしろ喜劇的ですらある。

 枝野幸男官房長官は会見で、菅首相は特例公債法案と第2次補正予算案の成立後に退陣 し、3次補正については「後継首相が対応する」との認識を示した。ただ、それが菅直人首相の本心とは思えない。鳩山由紀夫前首相に「ペテン師」呼ばわりされても、与野党から退陣圧力をかけられても、どこ吹く風と受け流し、しぶとく続投に意欲的を見せる姿をみれば、「新体制」とは「新首相」を意味するのではなく、「大幅な内閣改造」で乗り切る腹づもりではないかと疑いたくもなる。

 自民党、公明党などの賛成を得ずに会期延長に踏み切ったことで、主要法案の取り扱い は不透明なままである。現在の最重要課題は、特例公債法案と第2次補正予算案の成立であり、特に特例公債法案が成立しないと、秋以降、復興資金すら支出できなくなる。ことの深刻さを菅首相は本当に理解しているのか。

 震災対策などのために最優先すべき法案と、再生エネルギー特別措置法案のような中長 期で取り組む法案を「退陣3条件」などとして同列に扱うのもおかしな話だ。首相としての実績が乏しいため、再生エネルギー法案を成立させたいという気持ちは分からぬでもないが、個人的感情で政策のプライオリティ(優先順位)を無視することは許されない。延長国会の先行きが思いやられる。