きょうのコラム「時鐘」 2011年6月23日

 竹山洋さんの連載エッセー「かぶきもの」に、前田利久(としひさ)の名が出ていた。藩祖利家や利長、利常ほど有名ではない。織田信長の命令で家督を利家に譲った長兄、と事典にある

思い出した。大河ドラマで三浦友和さんが演じた頼りない男である。跡継ぎの座を奪おうと利家と一戦、という勇ましさはなく、やがて弟に仕えた。ドラマでも渋い脇役だった

戦国時代は、親子兄弟が血を流して争った。信長も秀吉も家康も身内の命を奪った。利家は違う。が、兄が弟と事を構えていたなら、前田の家でも無残な流血をみただろう。そう思うと、地味な兄の姿が違って見える

利久の墓は金沢・野田山の頂近くにある。利家は、その下の場所に眠る。父母や先祖ではなく戦功の乏しい兄を、なぜ利家は最上の場所に葬ったのだろう。弟との無益な戦いを避け、家を守った兄である。利家はそんな兄を敬い、後世にも自慢したかったのか

無益な争いほど愚かなものはない。連日、それを思い知らされる。無礼にも被災地復興を口実に、時間を浪費して恥じない権力争い。一人の利久も見当たらぬ寒々とした光景である。