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2011/3/4 『報道ステーション フィギュアスケート庄司理沙選手〜14歳の新星』 |
今回取材させていただいたのは、昨年12月に開催された全日本選手権で、ジュニアながら見事5位に輝いた庄司理沙選手14歳です。
理沙さんの武器は3回転+3回転のコンビネーション。
強みは、ジャンプだけではありません。
14歳とは思えない大人びた演技に印象的な表情。
観客を惹きつける魅力があります。
そんな理沙さんの1日は、朝5時30分にスケートリンクに行くことから始まります。
早朝練習後、8時過ぎに学校に行って、4時過ぎにまたリンクに戻ってきて練習。
夕方は一般のお客さんに混ざって練習するため、リンクを貸し切って練習できるのは、7時30分からの45分間だけ。
そして、8時30分に練習終了。
実に、朝の練習から15時間。。。
「疲れませんか?」と聞いてみると、「楽しい!」という答えが!
全日本選手権では、真央さんの直後に滑るというプレッシャーから、
武器である3回転が2回転になるというミスが。。。
そのとき、頭の中が真っ白になるというより、青ざめた黒色になったんだとか。
それ以降は、明るい色をイメージしたという独特の感性で持ち直した理沙さん。
今、日本はフィギュアスケートの黄金時代といってもいいほど選手の層が厚い。
選手一人一人に個性があるので、他の誰かを目指すのではなく、
理沙さんは「キレイ」を目指して頑張りたいそうです。
先日韓国で開催された世界ジュニア選手権で、理沙さんは5位!
海外の選手を見て、「もっと伸びやかに、強くなれるように頑張りたい」と思ったそうです。
「キレイ」+「強さ」を持った選手として、間違いなくフィギュアスケートの次世代を背負ってくれるはずです!
修造より
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森本淑子さん、田中のぶ子さんにご紹介いただきました。 |

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2011/3/5 『くいしん坊!万才 丹波・丹後編 9』 |
今日は、丹波篠山の郷土料理「とふめし」をいただきます。
「とふめし」の「とふ」とは豆腐のことで、
この地域でごちそうといえば、昔は豆腐だったそうです。
豆腐やごぼう、人参、油揚げ等の具だくさんごはんで、
豆腐にも味がしっかりついてて、こんなに甘いのに、
味付けは醤油だけだというからビックリ!
「とふめし」は120年も受け継がれていて、「人の集まるところにとふめしあり」というほど地元の方々にはお馴染みの料理だそうです。
素朴な味なんですが、みなさんの想い出がたくさん詰まった味ですね!
修造より
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2011/3/4 『報道ステーション スピードスケート高木美帆選手〜1本足走法』 |
昨年、史上最年少の15歳でバンクーバー五輪の代表入りした高木美帆選手。
今回は、現在新しい走法に挑戦中の美帆さんを取材させていただきました。
その新走法とは、今までのフォームとは体重の乗せ方が違う、真逆といえば真逆の走法。
世界の限られた選手にしかできない世界最高難度の「1本足走法」です。
女子では、500mの世界記録保持者でるドイツのジェニー・ウォルフ選手が唯一の使い手だそうですが、男子でもマスターするのが難しい走法だとか。
従来の走法は、前足に体重を乗せ、後ろ足で蹴り、蹴る瞬間は2本の足が氷に着いているのですが、1本足走法は、体重の乗った前足で蹴り、蹴る瞬間1本の足しか氷につかないため、効率よく進むことができるスケーティングなんだそうです。
美帆さんが、この最高難度の「1本足走法」に挑戦したいと思ったきっかけ。
それは、バンクーバー五輪で見たパシュートの決勝「日本vsドイツ」です。
日本は惜しくもわずか0.02秒差で銀メダルでしたが、世界一に限りなく近づいた瞬間ですよね。
美帆さんはそのとき補欠として応援していましたが、「パシュートでも個人種目でも、旗を持ってリンクの周りをまわりたい!」と思ったそうです。
世界で勝つことを意識して、力の差を埋めるために下した決断。
それが新しい走法への挑戦でした。
試行錯誤の日々が続き、なかなか結果が出ない中、先日アメリカで開催されたワールドカップで思いもよらない結果が!
自己ベストを3秒も大幅に更新したんです!
「1本足走法」は1年や2年で習得できる技ではありませんが、2014年のソチ五輪までには、美帆さん、きっと「一本足走法」をマスターしますよ!
16歳とは思えないほどの冷静さ、自分を分析する力が美帆さんにはありますから。
彼女のスピードスケートはまだまだ始まったばかり。
美帆さんがソチ五輪で旗を持ってリンクの周りをまわってくれるのを楽しみにしています!
修造より
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宮津まちづくり研究会の方々にご紹介いただきました。 |

みなさんのアイデア、熱い思いがたくさん詰まった「宮津バーガー」。
見ているだけで楽しくなりますね! |
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2011/2/28 『くいしん坊!万才 丹波・丹後編 8』 |
今日は、京都の宮津市に地元の食材を生かした新しいご当地料理があると伺ってやってきました。
その名も「宮津バーガー」。
現在、その「宮津バーガー」は7店舗7種類あるそうで、
それぞれのお店が、山の芋や鰆などの宮津の食材を使って、
独自のバーガーを作っているんだとか。
みなさんがそれぞれに熱い思いを持って作っているから、おいしさも抜群!
ハンバーガーを食べながら、京都を感じさせてもらえるなんて、
素晴らしいアイデアですね!
修造より
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身長151cmの小さな沙羅さんが、あんな大ジャンプを跳べるなんて!
これからもどんどん大きく羽ばたいてほしい! |
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2011/2/21 『報道ステーション 女子スキージャンプ高梨沙羅さん14歳〜歴史的記録』 |
女子スキージャンプ界でスゴイことがおきました!
オーストリアの国際大会で、高梨沙羅さんが史上最年少の14歳で優勝!
今回は、この快挙を達成した沙羅さんを取材しました。
沙羅さんの自己ベストは、なんと141m!
この記録は、男子選手でも3人しか飛んでいない大記録です。
なぜ14歳の沙羅さんが141mも飛べたのか…気になります!
スキージャンプは、ジャンプのときに、いかに上半身を地面と平行に維持して飛ぶかが鍵。
踏切地点の高さは実に84メートル。。。
失敗への恐怖と断崖絶壁に飛び込んでいく恐怖から、無意識のうちにどうしても上半身を起こしてしまいます。
しかし、沙羅さんはジェットコースター等の絶叫系が好きなんだとか。
インタビュー中に聞かれた質問、「心臓が置いていかれるような感覚分かりますか?」
そんなこと分かってたら大変ですよね!
でも、その感覚がうれしいんだとか、、、ほんと大物です。
沙羅さんにとってジャンプは、「恐怖」よりも「快感」なんですね。
そして恐怖を感じないもう一つの理由は…
コーチが安全な風の時に合図を出してくれるという絶対的な信頼。
そのコーチは、沙羅さんのお父さん。
子どものころから二人三脚で練習してきたそうです。
驚いたのは、お父さんお手製のジャンプ台!
ベニヤ板で作られたそのジャンプ台の上を台車で滑り降り、飛び込む先には、なんと布団!
ジャンプ台が壊れるまで、飛び続けたそうです。
そして、中学1年生のときに選ばれた初の日本代表。
沙羅さんのひたむきさは日本代表の中でもずば抜けているんだそうです。
学校から帰ると、お父さんが考えたメニューで自主トレの毎日。
141mもの大ジャンプは、お父さんと培ってきたフォーム、恐怖を感じることなく技術を発揮できる心の強さで実現したんですね!
沙羅さんは飛んでいるとき、鳥になった感じ、浮いていく感じがすごく楽しいんだそうです。
鳥になったような感覚や心臓を置いていかれたような感覚は怖くて味わえない。。。
踏み切るときの恐怖と着地の恐怖は、普通の人間だったら本能的に怖いはずですよ。
でも、その本能を越えたところの楽しさを感じられるのは、才能としか言えないですね。
3年後のソチオリンピックでは、女子スキージャンプが正式種目になる可能性が濃厚と言われているので、
もしそうなったら、もちろん沙羅さんは金メダル候補!
オリンピックが夢という沙羅さんの活躍が本当に楽しみですね。
修造より
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小林さんが結成した「チームフジヤマ」のメンバーのみなさん(左から、石川洋子さん、小穴桃里さん、松田敦子さん、園部淳子さん)。
小林監督のもとで、世界一のカーリングチームを目指してください!
みなさんならできる!! |
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2011/2/21 『報道ステーション Mr.カーリング小林宏さん~世界一目指すこだわり』 |
今回取材させていただいたのは、オリンピックのカーリングの解説でお馴染み、日本カーリングの父「小林宏さん」。
彼の存在なくして、現在のカーリング人気はなかったと言ってもいいほどの人物です。
小林さんがカーリングと出会ったのは、39年前の24歳のとき。
映画「007」でほんの少しだけ映ったカーリングのシーンがきっかけだったそうです。
このスポーツはきっと面白いに違いないと、その魅力に取りつかれ、
日本にカーリング文化を根付かせようと一念発起。
発祥の地イギリスからストーンを輸入し、全国で体験会を開催したり、
日本初のカーリング雑誌を自費出版したりするなど、積極的に活動されたそうですが、人々の関心は集められず…悶々とした日々が5年10年続いたそうです。
そんな中、1998年の長野五輪でカーリングが正式種目化され、小林さんは競技委員長に就任!
小林さんの想いが徐々に実を結び、オリンピックのたびにその知名度もアップしました。
その後も情熱は衰えず、2005年には自らのカーリング場まで建設したんです。
そして、小林さんのカーリング文化の普及の最終計画が始動しました!
それは、「より多くの人々がカーリングに憧れるよう世界一のチームを作ること」。
そんな長年の想いから「チームフジヤマ」を結成し、残りの人生をこのチームの世界一にかけたんです。
そのため指導者講習会にも参加して、改めて始めた自分磨き。
「基礎から勉強するって良いですよ」と生き生きしている小林さんを見ていると、僕までワクワクしてきますね。
ただ、小林さんが作ったチームは異色。
というのも、メンバーが10代、20代、30代、40代とバラバラなんです。
他のチームが同年代でメンバーを組む中、なぜバラバラなのかお聞きしてみると、
「みんな同じ年齢だと一遍に卒業してしまうけど、この仕組みなら上が抜けたら下が入ってくる。」
上の子が下を育てるという、一代限りではないチーム作りは、
カーリングを知り尽くした小林さんならではですね。
取材させていただいている間、小林さんの明るさ、その情熱に圧倒されそうになりました。
「僕だったら、世界一を目指すチームを作るのであれば、即戦力になる人を引きぬいてきますね」と言ったら、
「それじゃダメなんですよ、修造さん。他のチームも強くならないと日本全体のカーリングが上がっていかない」という答えが。
常にチームのことを、そしてカーリング界全体のことを考えている小林さんらしい回答だなと思いました。
本当にカーリングのことを愛してるんですね。
これからも小林さんの熱い情熱、深い愛情で日本のカーリング界を盛り上げていってください!
修造より
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2011/2/21 『くいしん坊!万才 丹波・丹後編 7』 |
今日は、兵庫県篠山市におじゃましました。
篠山の冬といえば「ぼたん鍋」。
名物の猪料理をいただきます!
まずは「猪の焼き肉」「網脂」「猪のレバー」をいただきました。
猪の脂がよく出ていて、おいしいですね。
そしていよいよ「ぼたん鍋」!
味噌のいい香りがして、ほっとする味ですね。
最後は、地元の篠山狩猟クラブの方々が篠山名物の「デカンショ節」を合唱!
ロマンを感じました!!
修造より
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中心に穴があいたラケットを使った練習。
見事にボールが穴をとおってます! |
お母さんが使っていた特製の小さな卓球ラケット。ほんとに小さい! |
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2011/2/16 『報道ステーション“愛ちゃん2世”平野美宇選手〜2000年生まれの10歳』 |
今回取材したのは、天才卓球少女、平野美宇選手10歳。
一見どこにでもいる女の子のように見えますが、
先月の全日本選手権の女子シングルスで高校生に勝利して1回戦突破!
福原愛選手の最年少勝利記録を更新しました(10歳9ヵ月)。
2回戦も、混合ダブルスで優勝した大学生相手に見事勝利!
平成生まれの快進撃です!
どうしてこんなに強いのか?
美宇さんが学校帰りに向かったのは、自宅から5分の距離にある練習場「平野英才教育研究センター」、通称「平野卓研」。
ここで毎日練習しているんだそうです。
練習パートナーはいつも大人の選手だそうで、その練習方法も実にユニーク。
中心に穴があいたラケットを使って、ボールをラケットの芯に当てる練習。
きちんと芯にあたるようにラケットが振れていると、中心の穴にボールが通って空振りのような形になるんです。
美宇さんは見事にボールを穴に通しています!
僕も挑戦してみたんですが、いやーラケットにボールがどうしても当たっちゃいますね。
むずかしい。。。
あとは、実践を想定した的当て練習。
卓球台のエンドラインに置かれた3つの的に、体を移動させながら、すべて違う打ち方でボールを当てます。
3つ連続で見事命中!
コントロールがすごくしっかりしているということですね。
ユニークな発想で磨き上げたこの「正確さ」が美宇ちゃんの最大の武器。
そして、幼いころからの筋金入りの「負けず嫌い」な性格。
5歳のとき、練習試合で負けて、吐くほど泣いたとか。
おじいちゃんやお母さんに負けるのも嫌で、お母さんに特製の面の小さなラケットを使わせていたそう。
そんなお母さんと親子で卓球づけの毎日ですが、親子としていい関係が築けていると思いますね。
お母さんは環境を作っているだけで、それ以外のことは小学校4年生の美宇さんがすべて決めているそうです。
ほんと自立した4年生です。
美宇さんの将来の夢は「オリンピックで金メダルを取ること」。
夢を実現する日がきっとくると思います。
これからの美宇さんの活躍がほんと楽しみです!
修造より
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