東日本大震災の発生から3カ月余り。日々暑さが増しストレスも積もる中、被災者の心身を癒やしているのが自衛隊の仮設風呂だ。正式名は「野外入浴セット」。迷彩服の隊員らが熱い湯とともに提供するこまやかなサービスとは--。【鈴木泰広】
現在、陸海空自衛隊が運営する入浴施設は岩手6、宮城14、福島3の計23カ所。うち米軍から提供されたシャワーが4カ所あり、空自松島基地の風呂も使われているが、主力は野外入浴セットだ。
ボイラーとポンプと発電機を搭載したトレーラー、直径約4センチの金属パイプにシートを張る浴槽(長さ約3メートル、幅約2メートル、高さ約80センチ)、テント、シャワースタンド、1万リットルの貯水タンク、すのこ、脱衣かご--などがあり、1日約1200人が入浴できる。
陸自は1970年度に採用した。本来は野営する隊員用で、欧米の軍にはない日本独自の装備。全国に約30セットある。演習やイラクなどへの海外派遣で使われ、被災者支援としては95年の阪神大震災などで活躍した。
原発事故で約700人が避難する福島県郡山市の複合施設「ビッグパレットふくしま」。深緑色のテントに「男湯」「女湯」ののれんが掛かり、「練馬の湯」と白抜きされたオレンジ色ののぼりがはためく。運営するのは陸自第1後方支援連隊(東京・練馬)だ。各部隊は広島なら「もみじ」のように、地名や名物を風呂に冠している。
入浴時間は午後2時半から午後9時。朝8時に掃除を始め、午後1時ごろから湯を沸かす。入浴剤は隊員向けの2倍の8種類を用意し、女湯にはベビーベッドやアヒルのおもちゃも。隊員なら1度に30人ほど入るが、ゆったりできるよう10人程度に調整する。
「湯加減はいかがですか」。こまめに声をかけ、温度を測り、アカをすくう。湯上がりには飲み物も勧める。待合テントには3匹の小ガメが入った水槽を置く。別の部隊では焼いた餅や風船、スナップ写真を配ったりもした。訓練では夜間に防弾チョッキと銃を身に着けて設営し、テントも擬装するが、ここではサービスに徹する。
練馬の湯を訪れるのは1日約300人。震災翌日に左ひざを大けがした福島県富岡町の萩原一郎さん(78)は「車いすを押してくれ、ギプスがぬれないようビニールで覆って背中まで流してくれた。妻にもやってもらったことないよ」と隊員の心遣いに目を細める。
「お客さんの名前を覚えるようにし、笑顔を大切にしている。体だけでなく心もすっきりしてもらいたい」と入隊2年目の三宅知恵子陸士長(23)。
避難所からアパートに移ってからも「大きなお風呂がいい」と通う人や、仲良くなった隊員に会いに、車で子供を連れてくる親もいる。女性4人を含む隊員11人の責任者、村川道雄3曹(26)は04年の中越地震や07年の中越沖地震でも入浴支援をしたが、「今回は長期の派遣で地元の方との絆が深まっている」と話す。隊員ら自身は残り湯を使い、施設の倉庫で寝る。
今回、陸自はハイチ大地震で国連平和協力活動に使っている分などを除き、入浴セットのほとんどを投入。それでも足りず、ボートや魚槽を浴槽にし、50度までの湯を沸かせる除染車をシャワーやボイラー代わりに使い、水がない時は学校のプールや川の水を浄化して対応した。海自も艦艇の風呂へ招くなどして被災者を支えた。
入浴支援利用者はピークの4月上旬には1日1万4000人に上った。今も1日約6000人が汗を流し、累計では90万人を超え、92日間で約52万人が利用した阪神大震災の倍に近づいている。
毎日新聞 2011年6月22日 11時48分(最終更新 6月22日 12時17分)