東奔政走

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自民党は公債特例法案に賛成し長年の政権党の強みを発揮せよ

 ◇小菅洋人(こすげ・ひろと=毎日新聞編集編成局次長)

 政治家が世間からの敬意を失って久しいが、そうは言っても国難が生じれば私益、党利党略を超えて議員はそれに立ち向かってくれるだろうとの期待はあった。

 地震が起きる3月11日以前、支持率が急降下し、外国人からの献金問題が発覚するなど、もはや風前の灯火だった菅政権が生き延びる道は何かと問われれば、政争をしている余裕がなくなる戦争や大災害が起きる時だと、私は思っていた。

 しかし事態は何も変らない。政治の姿は、被災者の悲しみ、災禍から立ち上がろうとの踏ん張りとはかけ離れている。

 ◇国会全体で国難に当たれ

 『毎日新聞』は検証報道に力を入れているが、地震からしばらくの間、政権はパニック状態にあり、原発、被災者対応ともに初動が遅れたことは間違いない。

 原子力安全委員長の班目春樹氏は原発対応について国会で「津波が想定を超えても第2、第3の手段が講じられていなければならないのに、それが講じられなかったことは人災だ」と発言している。

 避難所で1人につき1日おにぎり1個しか配布されなかったという救援の遅れも報道された。福島第1原発の周辺住民が、あいまいかつ遅い避難指示に翻弄される姿も検証記事では描かれている。

 菅直人首相は参院で野党が多数を占める「ねじれ国会」下で、党内に小沢一郎氏のグループという強力な反乱分子を抱える。さらに政治主導路線が道半ばで官僚をコントロールできない素人政権が、歴代首相のだれも経験したことのない危機管理に直面した。被災地の真ん中で仁王立ちし「俺に任せておけ」と国民に訴えかけるような、心強いパフォーマンスもない。

 しかし、チャーチルでも吉田茂でもない菅氏に、英雄的な対応が難しいということはだれもが少なからず分かっていたはずだ。

 マスコミは深刻な事態と同時並行的に検証を行い、震災・原発対応への厳しい指摘を行う。勢い重箱の隅をつつくような批判が出てくることもあるだろう。

 政府には批判に真正面に向き合いながら日々、修正・改善を繰り返し、「被災者が昨日より良くなった、未来への希望がわいてきた」という復旧・復興策に手を付けていくことが求められるのだ。決して菅氏の責任を免罪しろということではない。菅氏だけの責任ではなく、与野党全体、国会全体が国難に当たれというごく当たり前のことを言いたいのだ。

 内閣不信任案が否決された6月2日前後の政局は醜悪だった。当初、自民党の谷垣禎一総裁は不信任案提出に慎重だった。それが小沢氏のグループの造反から、不信任案可決の可能性が高まり、仮に否決されても民主党分裂を誘う「王手飛車取り」の状況が生まれたと判断した。小沢氏のグループはマニフェスト(政権公約)修正の抵抗勢力で、消費税増税にも反対だ。小沢氏と組むことは明らかに自民党がやろうとしていることとは整合性がとれない。

 不信任案提出の是非をめぐるマスコミ論調は分かれたが、私は慎重であるべきだったと思う。

 首相は自分の進退と引き換えに、不信任案を否決に導いた。その際の退陣時期をめぐる首相と前首相の「ペテン師」か否かというやり取りで、民主党政権の信頼失墜は極まってしまった。

 自民党は菅首相が辞めれば、政権に協力するとのメッセージを発し、大連立政権の可能性も取り沙汰されてきた。ところが党内でも大連立に対する消極論が台頭し、谷垣総裁も口にしなくなってしまった。

 菅氏はそこを見透かすように政権維持への強い意欲を繰り返し、一方で自民、公明両党は退陣表明した政権には協力できないという姿勢を強める。民主党内から菅氏の意欲はそっちのけで、次期代表候補として野田佳彦財務相や鹿野道彦農水相の名前が上がり、代表選がスタートしてしまっている。まさに「政治空白」である。

 自民党に言いたい。今年度予算の財源を担保する公債特例法案にはすぐさま賛成すべきである。菅氏はそれを条件に辞任を表明したらいい。

 ◇大連立でなくていい

 首相の辞任が先か、公債特例法案賛成が先かという議論はどうでもいい。仮に菅氏が公債特例法案が通っても、なお粘るというのならこれこそペテン師である。自民党はあれほどこだわっていた首相辞任を果たしても、政権への協力を担保できない態度だけはとるべきではない。これまたペテンだ。

 民主と自民両党の大連立は失速気味である。次の総選挙までの時期や震災対応以外の政策を詰めていけば、双方の思惑が交差し必然的に行き詰まる。しかし実現できない最大の理由は、自民党にとって次期衆院選に有利に働かないという思い込みであろう。

 ある自民党関係者は「自民党が完全に野党として民主党と選挙をすれば比較第1党の可能性もあり、単独過半数も夢ではない。それが大連立となれば民主党との対立軸がなくなり、手柄は政権党に持っていかれる。増税も野党だから気軽に言えるのであって、政権に入れば簡単には言えなくなる。選挙だけを考えれば、政権にはつかず離れず、野党のままいた方が一番いい」と言う。自民党の本音は、現在のような難局は、だれがやってもうまく対応できないということなのかもしれない。

 自民党は2年前の政権交代の屈辱を思い出してほしい。政権交代を後押ししたのは、民主党の政策がすばらしいからではなく、有権者の自民党への嫌悪が大きな理由だった。

 大連立でなくてもいい。自民党がやるべきことは政権に協力し被災者を助けることだ。仮設住宅、がれきの処理、雇用対策、さらに漁業、農業などさまざまな分野での復興は、大胆かつ木目の細かさが必要になる。民主党よりもはるかに地域に根ざす長年の政権党のノウハウを持つ自民党の出番なのだ。

 「復興利権を狙っている」というような自民党への警戒感があるのも事実だが、それは自民党の不徳の致すところであり、自民党は長年の不信感を払拭するチャンスである。

 被災者対策に協力したら選挙に勝てないなどというバカなことは考えるべきではない。

2011年6月20日

 

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