東京電力福島第1原発事故の影響で、首都圏でも大気中の放射線量が比較的高い地域があることが分かり、市民の間で不安が広がっている。福島県内のように、年間の推計被ばく線量が20ミリシーベルトを超えるような地域があるわけではなく、各自治体は冷静な対応を呼びかける。だが、市民の間では「ホットスポット」と呼ぶ声も上がり、自治体は対応に追われている。【早川健人、橋口正、和田浩幸】
千葉県柏市内で18日に開かれた「放射線講座」。講師の専門家が「安全と安心は一緒ではない。科学的に安全な数値でも、それが安心につながるかは別」と説明すると、350人以上の参加者が熱心にメモを取った。企画した地元の私立幼稚園協会の溜川(ためかわ)良次会長は「経営者と保護者の判断材料にしてほしい」と話す。
3歳と1歳の男児がいる市内の主婦、大作(おおさく)ゆきさん(33)らが幼稚園・学校や公園の土の入れ替えなどを求めて署名運動を始めると、周辺の「幼稚園ママ」らの口コミで、署名は1万人を超えた。
しかし、市から具体的な返答はなく、長男が通う幼稚園も放射線対策には消極的という。大作さんは「7月から休ませようか」と思い悩む。
同様の署名の動きは栃木県や茨城県、東京都の父親や母親にも広がる。大作さんは「みんな、わが子が心配なんです」。柏市や千葉県我孫子市では、園庭の表土を削り取る作業を実施した幼稚園もある。
一方、千葉県には、公式の測定場所が県内1カ所しかないことに批判が集中。県が5月末から小学校などの放射線量測定を始めたところ、柏市内の公園で1時間当たり0.54マイクロシーベルトを記録。南南東約50キロの公式測定場所では同約0.08マイクロシーベルトで、父母の不安を裏付けた。
同市など県北西部6市も「東葛地区放射線量対策協議会」を結成し、独自測定した結果、流山市内の公園で最高0.65マイクロシーベルトを記録した。
調査結果は、文部科学省が定めた校庭などの利用時の暫定的目安の1時間当たり3.8マイクロシーベルトを下回る。だが、保護者が懸念するのは、8割超の地点で、同省が目標値とする年間限度1ミリシーベルトから逆算した同0.19マイクロシーベルトを上回っていることだ。
県の調査で市内で唯一、同0.19マイクロシーベルトを上回った野田市の保育所は、20日から砂場とすべり台周辺の立ち入りを禁止した。保育所長は「これから泥遊びをさせたいのに」と言葉少な。根本崇野田市長は「騒ぎすぎと言われようと、市民の不安を払拭(ふっしょく)しなくてはならない」と説明する。6市の調査で最高値が出た流山市の公園では「数値を下げるため」として、急きょ草刈りが実施された。
都内でも、放射線量を独自測定し、結果を公表する動きが広がっている。
一部報道で「ホットスポット」があると指摘された葛飾区では5月以降、住民からの問い合わせが殺到。今月2日から区内7カ所で放射線量の測定を始めた。結果は毎時0.1~0.2マイクロシーベルト台で推移。同区はホームページと広報誌で結果を公表し、希望者にはメール配信もしている。
なぜ首都圏でも「ホットスポット」があるのか。
放射線の環境影響に詳しい山沢弘実・名古屋大教授によると、放出された放射性物質は一様には広がらず、雲のように塊になったものが風で流され、雨とともに降下する。このため地表の放射性物質の濃度はまだらになる。山沢教授は「放出量が多く、関東方面への風が吹いた3月20~22日に広がったものが降雨で沈着した影響が大きい」と話す。
千葉県柏市などで計測された毎時0.5マイクロシーベルト程度の場所で、1年間屋外にいた場合に浴びる放射線量は約4.4ミリシーベルト。佐々木康人・日本アイソトープ協会常務理事は「被ばく量は少しでも下げた方がいい。ただ、仮にがん死亡率が高まるとしても0.02%程度で、2人に1人ががんになる時代にそのリスクの大きさを判断するのは難しい。過度に不安で過ごすことで受けるストレスや健康への影響、生活上の他のリスクと比べて考えてみることが大事」と指摘する。
どのような対策があるのか。首都大学東京・加藤洋准教授(放射線計測学)は「草を植えれば粉じんが舞うのを防げるし、草を刈り取れば土壌の放射性物質の濃度が低下する」と話す。野口邦和・日本大専任講師(放射線防護学)は「自治体が住民の求めに応じて計測し、不安を解消する仕組みを整えるべきだ」としている。【杉埜水脈、久野華代】
毎日新聞 2011年6月20日 23時54分