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LAS小説短編 紅い海からの伝言 ~父に代わって兄が述べた言葉~
ミサトに見送られ、アスカを助けるためにエヴァ初号機で量産機の輪の中へ飛び込んだシンジ。
その救援はギリギリのタイミングで間に合った。
自分を助けると言うシンジの言葉を聞いて、アスカは弐号機のエントリープラグの中で歓喜の涙を流した。
しかし、現実は非情な物だ。
すでに動けなくなっていた弐号機はロンギヌスの槍の餌食となり、シンジの乗る初号機も量産機に捕らえられた。
そして、空中に描かれる巨大な光る紋様。
シンジ達の奮闘もむなしく、ゼーレの人類補完計画のシナリオ通りにサードインパクトは起こってしまった。
碧き世界は紅い空に包まれ、人類すべての人間は溶け合い、紅い海となってしまった。
ただ2人の例外、碇シンジと惣流アスカラングレーを除いて。
世界の姿がすっかり様変わりしたのをの当たりにしたシンジの視線はしばらくの間、虚空をさまよっていた。
打ち寄せる波の音しか聞こえないこの奇妙な空間は不思議とシンジの心を落ち着かせて行く。

「あれは、アスカ!?」

シンジは白い砂浜に倒れているプラグスーツ姿のアスカを見つけると期待と不安を抱きながら駆け寄った。
ロンギヌスの槍に串刺しにされる弐号機の姿と、アスカの絶叫が頭にこびりついていたからだ。
幸いにも、アスカは気を失っているだけで無傷だった。
アスカの無事に、シンジは目を輝かせる。
シンジはアスカを起こそうと、肩をつかんで揺り動かした。
揺さぶられたアスカがゆっくりと目を開くと、シンジは嬉しそうな笑顔になる。

「よかったアスカ、僕達は助かったみたいだよ!」

テンションの上がったシンジとは対照的に、起き上がったアスカは周囲を見回すと冷ややかな表情でシンジを見つめる。

「アンタ、馬鹿……? こんな変な世界になっちゃって、どこが助かったって言うのよ」
「でも、僕達はこうして生きているんだし」

シンジは気弱そうな表情でアスカに言い返した。
しかし、シンジも段々とこの波の音しか聞こえてこない世界を不気味に思って来た。
そして頭の中に浮かんだ不安な懸念をアスカに話す。

「もしかして、サードインパクトが起きてしまったのかな?」
「ええ、多分そうよ」

シンジの質問にアスカはうなずいた。
さらにアスカは皮肉めいた言い方で言葉を続ける。

「加持さんが言っていた、人類補完計画は実行されてしまったんだわ。アタシ達が補完されずに済んだのはどういうカラクリなんだかわからないけどね」
「そんな……」

予想していた事とは言え、シンジは大きく落胆してうなだれた。

「アタシ達のして来た事は、全部無駄に終わったのよ」

アスカはそう言ってシンジに背中を向けると、海へと向かって歩き出した。
驚いたシンジは慌ててアスカを追いかける。
シンジはアスカが紅い海に腰まで浸かり始めた所で追い付き、アスカの腕をつかむ事が出来た。

「アスカ、一体何をするつもりだよ!?」
「決まってるじゃない、このまま海の中へ入るのよ」

アスカは振り返らずに淡々とした口調でそう答えた。
そんなアスカの言葉を聞いたシンジはアスカをそれ以上行かせないと肩をつかんで連れ戻そうとする。

「アスカ、死んじゃダメだよ!」
「うるさい、生きて居たって仕方が無いじゃないの!」

怒ったアスカは振り返ってシンジに向かってそう言い放った。
そのアスカの瞳には涙が溜まっている。
悲しみと悔しさに満ちたアスカの表情を見たシンジは何も慰めの言葉が出て来なかった。
こんな時、加持さんだったらアスカにどんな言葉を掛けるだろう……。
シンジがそう考えた時だった。
シンジの頭の中に直接、加持の言葉が飛び込んで来た。

「おいおいアスカ、何を言ってるんだ」
「加持さん!?」

アスカにも加持の声が聞こえているらしく、驚いた顔で辺りを見回していた。
しかし、声はすれど姿は見えない。

「俺は加持リョウジでもあり、加持では無い。融け合った人類の統合思念体の中から、加持リョウジの表層意識が君達に語りかけているだけだ」

戸惑うシンジ達の頭に再び加持の声が響いたが、その説明でシンジ達の疑問が解けるはずは無かった。
それは加持の方も心得ている様子で、落ち着いた加持の声が再びシンジ達の頭の中に響く。

「俺の正体はどうでもいいだろう。それよりアスカはどうして死んでしまいたいなんて思うんだ?」

すると、アスカは再び悔しさがこみあげたのか、涙を流しながら話し始める。

「アタシは今まで、エヴァンゲリオンパイロットとして生きて来たわ。でも、使徒との戦いが終わったら、何の意味が無いじゃない」
「それは違うな」
「何が違うのよ!」

加持から否定の言葉が返って来ると、アスカは怒って言い返した。
これには慰めの言葉が掛けられると思ったシンジも驚いた。

「生きてきたんじゃない、これから生きるのさ。君達はまだ14歳じゃないか」

加持の言葉を聞いたシンジは目を覚まされた気がした。
シンジもアスカと同じ気持ちを抱えていたのだ。

「でも、アタシはこれからどうやって生きて行けばいいのよ……」
「それは自分で見つけるんだ、シンジ君と一緒にな」

アスカは涙でぬれた瞳でシンジをじっと見つめた。
何も言葉が浮かんでこないシンジの頭に再び加持の声が響く。

「こんな時は、言葉は不要だ。分かるだろう、シンジ君?」

シンジはうなずいて正面からゆっくりとアスカを抱きしめた。
アスカもシンジに抵抗する事無く身体を預けた。

「君達2人は人類最後の希望だ、頼んだぞ……」

消え入るような優しげな加持の声をシンジとアスカは黙って聞いていた。
その言葉の意味を加持に尋ねてみたい気持ちもあった。
しかしそれよりも、シンジとアスカはお互いの温もりをしっかりと感じる事に集中していたのだった。
アスカが泣き止むまでシンジはずっとそのままアスカを抱きしめていた。

「シンジ、アタシはもう大丈夫よ」

シンジから身体を離したアスカは穏やかに微笑んだ。
それはまだ強がっている見せかけの笑顔かもしれない。
しかし、シンジもアスカに笑顔を返す。
2人の胸には小さな希望が芽生えていたのだ。
本当に加持の人格が2人に話し掛けてきたのかは分からない。
アスカとシンジは葛城家でのミサトの異変から加持が死んでしまったのかもしれないと考えていたからだ。
しかし、自分達に兄の様に接してくれていた加持ならきっと同じ言葉を掛けてくれるのだろうと信じる事にした。

「行こう、アスカ」

シンジの言葉にアスカはシンジの目を見つめてしっかりとうなずいた。
そして2人は互いに手を繋いで紅い海を飛び出し、白い砂浜を駆けて行った。
その残された足跡を波が静かにさらって行く。
まるで2人の頭を優しくなでるかのように……。
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