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[28322] 【習作】蝶の羽ばたきは蟻を殺す【H×H】
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:8a0f01bc
Date: 2011/06/17 14:57
「よし、あとは安静にしてうまいもんでも食ってりゃ傷は良くなる」

「ありがとうございます、レオリオ先生。あの、お代の方は……」
「はっ、金は要らねぇよ」

 レオリオは、もはや口癖となったこの台詞を言うと、40年近くの相棒となるトランクケースを持って立ち上がった。
 ゆっくりしている暇はない。
 こうしている間にもレオリオを待つ患者は山ほどいるのだ。
 よっこいせと立ち上がったレオリオは、しかし立ちくらみをお越し尻餅をついた。
思っていた以上に疲労が貯まっていたらしい。
 レオリオは、潤いを失い、カサカサとなった自分の手を見つめた。
 俺も歳をとった……とレオリオは思った。
 昔なら、そうそれこそハンター試験を受けた頃の俺なら、3、4日徹夜で患者のところを駆け回ってもまだ体力が有り余っていたところだ。
 だが、今は朝から晩まで診療すればクタクタだ。オーラの絞りかすすら出やしない。
 歳を経て、変わったのはレオリオだけではなかった。
 世界もその姿を大きく変えた。
 世界の支配者は人類ではなく、キメラアントという名の虫けらだ。
 40年ほど前に現れた奴らは、圧倒的な戦闘力と人間並の知能で、勢力図を瞬く間に書き換えた。
 今や、人間が人間らしく生きられるのは、レジスタンスの本拠地。ここグリードアイランドだけだ。
 当初はハンター向けのゲームの舞台として用意されたこの島も、今は人類の楽園となっている。
 人口は約1200万人。世界の総人口の約2割がここで生活している計算となる。
 ハンターと言えば、その言葉の意味も大きく変わった。
 かつてはハンターとは世界の未知を探求する職業であったが、現在はハンターとはキメラアントと戦う為の専門職だ。
 美食ハンターや、宝石ハンターなどという名前は消え失せ、倒したキメラアントの数がそのまま社会への貢献度となる。
 かつてはレオリオも、仲間たちと共に世界を駆け回って、蟻退治をしていたものだ。
 ………仲間。
 その単語と共に失われた日々を思い出してしまったレオリオは、とてつもない喪失感に膝をつきそうになった。
 仲間。若かりし頃、共にハンター試験に挑んだ仲間たちはもう誰1人としていない。
 ゴンは、40年ほど前に、当時の直属護衛隊の1人と相討ちになって死んだ。
 たった1人で蜘蛛を壊滅させたクラピカも、蟻には勝てなかった。
 そしてキルア。ゴンが死んだ後は、実家に戻り牙を磨いたのだろう。レオリオから見て化け物としか思えない強さを得た彼は、キメラアントの王すら倒す力を得た。
 ゴンの仇とも言えるメルエムを倒したのも彼だ。その子供。メルエム二世を倒したのもキルア。
 彼が王を倒すたびに、人類の胸に希望が宿ったのは言うまでもないだろう。
 しかし、そんな彼も今代の王、メルエム三世によって惨たらしく殺された。
 代を越す毎に圧倒的に強くなる王。キルアが死んだ時、レオリオは人類の滅亡を覚悟した。
 あのキルアを倒す相手を、いまの人類が倒せるわけがない。
 そして、次の王はキルアを喰らい更に強い王として生まれてくるのだ。
 蟻は既に核兵器すら克服している。
 人類に抵抗する手段はなかった。
 このまま人類は緩やかに数を減らしていき、やがてこのグリードアイランドも破られる時が来る。
 その時が人類の最後。
 そうレオリオは、最近まで思っていた。

「父さん」

 レオリオが呼び掛けに振り向くと、そこには愛娘のカレンがいた。
 年は11、2だろうか、ふわふわの銀髪に、クリクリとした猫目。すっと透き通った鼻梁は、将来凄まじい美人になることが予想された。
 レオリオには、あまり似ていない。当然だ。実の娘ではないのだから。
 カレンは、かつキメラアントによって滅ぼされた街でレオリオが拾った孤児だった。
 レオリオは、カレンに自分が持ちうるすべての技術と、愛情を与えた。
 その結果カレンは、レオリオを実の父のように慕っていた。

「おぉ、カレンか。どうした?」

「うん。………そろそろ行くよ」

「……………そうか」

 レオリオは、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべると、愛娘を送り出した。

「いいか、カレン。お前は俺の最愛の娘だ。それはお前がどこにいても、“いつにいても”変わらない」

「………うん。ありがとう、父さん。愛してる」

「よし、じゃあ、またな。なぁに気にするな。またすぐに逢える」

 レオリオはカレンの目尻に浮かんだ涙を指で掬うと、額にそっとキスをした。
 カレンは泣きそうな顔で無理やり笑うと、ポケットから一枚のカードを取り出した。
 スペルカード。それがレオリオの、いや、人類の希望だった。
 人類側の最高戦力であったキルアが破れたことにより、人類はキメラアントを倒すことは諦めた。
 しかしそれは、人類が滅亡することを許容したわけではない。
 もはや人類がキメラアントに勝てないならば、“勝てる時代”に行けばいい。
 それが、人類の出した答えだった。
 このスペルカードは、このグリードアイランドに住まう全ての人間の“念/想い”の結晶と言えた。

「ありがとう、父さん。拾ってくれて、育ててくれて………そして愛してくれて、ありがとう」

 今生の別れとなるだろう愛娘の別れの言葉。それにレオリオは無言の頷きで返す。もう言葉はいらなかった。
 カレンは一歩距離を取るとスペルカードを発動させた。

「“時間跳躍/タイムリープ”オン! 1999へ!」

 カードが発光し、空中へと生まれた渦へとカレンが吸い込まれる。
 目映い光にレオリオが目を閉じると、そこにはカレンはいなかった。

「………過去を、未来を頼む」

 そう呟くと、レオリオは次の患者の元へと向かった。
 カレンが過去へと向かったことにより、未来がどう変化するかはわからない。
 だが、カレンが、娘が今戦っているということに変わりはない。
 ならばレオリオを戦うだけだ。――――今を!
 そう決意するレオリオは気付かなかった。
 カレンの居た場所に彼女の来ていた服がそのまま残されていたことに。



あとがき

ハンター28巻が出ると聞いて衝動的に書きはじめてしまった(笑)


6月15日/ちょっと加筆修正。



[28322] 2
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:7815b7d7
Date: 2011/06/17 14:57
 その日レオリオは書店へとポルノ本を買いに行っていた。
 将来は医者を目指し、独学で医学を学ぶレオリオだが、健全な若者が性欲を完全に抑えることは不可能だ。
 抑圧された性欲は、やがて無差別に火を吹くことになるだろう。
 その前にガス抜きをするのは当然であり、社会貢献ですらある。
 レオリオは内心でそう言い訳しながら、にやけ面でエロ本を物色していた。
 これは、と思ったエロ本を手に取り吟味する。
 レオリオの好みは、グラマラスで色っぽい女だ。
 胸は巨乳、けれど決してデブではなく。尻は大きく、しかし足は細くというわがままな好みを満たしてくれるモデルを、レオリオは探していた。
 やがてレオリオは、おっ! と思える女が表紙のエロ本を見つけた。
 ぷるんとした唇が色っぽい、金髪美人だ。スタイルはレオリオの理想にかなり近い。
 これにしようと裏表紙を見たレオリオは、そこで眉をしかめた。
 裏表紙には、11歳前後と見られるローティーンの幼女が映っていたからだ。
 ロリは、グラマラスが好みのレオリオの対極に位置する存在だ。
 買うのを取り止めるべきかとも思ったが、表紙の女は惜しい。
 その場で腕を組み考えていると、ふと視界が暗くなった。
 照明でも切れたか? そう思ったレオリオが顔をあげると、そこには全裸の美少女が――――。

「って、ナァニィィいいい―――! あだっ」

「ふぎっ」

 少女の額とレオリオの鼻が激突する。
 そのままレオリオと少女は縺れ合いながら揉んどりうった。

「あいててつ、な、なんだぁ?!」

 レオリオが鼻血のでる鼻を抑えながら顔をあげると、レオリオの声に反応した少女が、バッと顔を上げた。
 美しい少女だった。年の頃は12歳前後。全体的に華奢な印象だが、それなりに鍛え上げているのか、そのしなやかな四肢は野生の獣を思わせる。年の割りに発育は悪くないようで、小ぶりな膨らみがレオリオの腹部をぷにぷにと圧迫していた。
 少女がまじまじとレオリオの顔を見つめると、必然レオリオも少女の瞳に視線を引き寄せられた。
 猫のような瞳だとレオリオは思った。琥珀色の瞳が、猫じゃらしを追う猫のようにじっとレオリオの顔を見つめている。ややつり上がり気味の目が、印象に拍車を掛けた。
 しばし少女の瞳に圧倒されていたレオリオだったが、顎を擽る少女の銀髪がくすぐったくなり、何か言おうと口を開いた。
 その瞬間少女が先を制すように言った。

「―――――若い」

「わ、若い?! は、初めて言われたぜ…………ってそうじゃねぇ。おまえは誰だ、どこから現れたっていうかなんで裸??」

 老け顔が気になるレオリオとしては少女の若い発言には少し嬉しくなったが、それは現状を無視できるほどのことではない。
 少女がなぜ裸なのか、突然宙から現れたのなぜか、様々な疑問で脳が沸騰しそうになるなか、レオリオの脳の一部冷静な部位がイエローシグナルを発し始めた。
 そこでレオリオは気づく。
 ポルノコーナー、全裸の美少女、鼻血、俺老け顔。
 これは不味いとレオリオは血の気が引いた。

「私は………」

「待て、質問の答えは後でいい。今はとりあえず――……」

「お客様、なんの音、です、か……」

 騒ぎ声を聞き付けたのか駆けつけた女性店員が声を失う。
 クソッタレ、とレオリオは天を仰いだ。
 よりによって女。これが男性店員ならばなんとかなったかもしれないが、相手が女ならばそうはいかない。
 表情に怒りを乗せた女性店員が、レオリオが手に持つポルノ本を見てさらに怒りのボルテージを上げた。
 つられてレオリオも雑誌をみる。
 そこには目の前の少女と同年代の少女の写真が――……。
 レオリオは言い訳することを諦めた。
 とっさに少女を抱き抱えると、店員を突き飛ばし、全力で駆け始めた。
 突き飛ばされた店員がサイレンのように騒ぎ立て始める。
 本屋を出たレオリオに、通りの人間の視線が集まる。
 ぶわっと全身に冷や汗が浮き出るのを感じながら、レオリオはメロスの如く駆けた。
 この街にはもう住めないなと思いながら。
 
 
 
 レオリオの手に抱かれながら、カレンは街の人々の目に宿る活力に驚いていた。
 カレンの知る人間の目は、いつもどこか暗い感情を宿し、それは父レオリオすらも例外ではなかった。
 キメラアントの被害から守られているグリードアイランドですらそうなのだ、外の世界は押して知るべし。
 ハンターとしてキメラアント討伐にGIの外に出た時に見た人間の瞳は、家畜が人間の知性を持っていたらこういう目をするのかな? という目をしていた。
 自分を抱え、通りを駆け抜ける父を見る。
 その目には、焦燥が宿ってはいるが、未来の父が宿していた諦感や絶望の色は見られない。どこまでもまっすぐな光が宿っている。
 この光を守りたい。
 レオリオの胸に頭を預けながらカレンはそう思った。
 
 
 
「んで、おまえは一体誰なんだ?」

 社会的死亡という危機を乗り越え、なんとか自室にたどり着いたレオリオは、毛布へとくるまった少女へと開口一番そう言った。

「私は……」

 それにカレンは答えようとし、口を閉じた。
 一体なんと説明するべきだろう。
 未来から来たとか、世界の滅亡を防ぎに来ただとか、まともに言っても信じられるわけがない。
 本来ならば、未来のレオリオが今のレオリオに書いた手紙があったのだが、なぜか過去に来る際に衣服ごと消滅している。
 それがあれば多少はスムーズに事が進んだのだが………。
 しばし悩んだ末に、カレンは嘘を吐くことにした。

「私は………あなたの妹、だったり」

「妹ォ?!」

「そう」

「俺に妹はいねぇぞオイ」

「本当。義理だけど」

「義理ィ?」

 カレンは養父についての情報を思い返す。
 レオリオの両親は幼少の頃に離婚しており、その後は母のもとで育てられた筈だ。
 生活は苦しく、スラムで慎ましく暮らしていたらしい。
 レオリオの値切り癖と技術はそこで身に付いたのだろう。
 レオリオが16になるとその母も交通事故で他界している。
 ちなみに離婚した後のレオリオの父は別れてすぐに急性アルコール中毒で死んでおり、それをレオリオが知ったのはプロハンターになった後らしい。
 つまり、現時点でカレンの嘘を暴ける人間はいないということだ。

「私はあなたの父、レオナルドの再婚相手の、連れ子。交通事故で両親がいなくなったから、兄のあなたの元に飛んできた。OK?」

「いやいや、全くOKできねぇぞ?! 仮に、百歩譲っておまえが妹だとしても、なんで全裸でいきなり俺のところに瞬間移動してくるんだよ!?」

 最もだ、とカレンは思った。
 だがそれについての答えは、もう用意してある、私って完璧とカレンは自画自賛した。

「私が全裸なのは、親戚に性的虐待を受けそうになったから。そして瞬間移動したのは、私が超能力者だから」

 レオリオは性的虐待のくだりで一瞬同情的な表情を浮かべたが、超能力のあたりですぐに胡散臭げな表情へと変わった。

「超能力者ァ?」

「そう、美少女超能力者」

「いや、美少女はいらねぇだろ」

「今実践して見せる」

 カレンはレオリオのツッコミを華麗にスルーすると、テーブルの上のコップを手に取った。
 そして灰皿から、タバコの吸殻を取るとコップの上へと浮かべる。

「見てて」

 レオリオがコップの上のタバコに集中すると、カレンは練を使った。
 水見式の軽い応用により、コップの上の吸殻が、高速回転を始める。レオリオが目を見張った。
 それにカレンは満足気な表情と言った。

「どう?」

 顔を上げたレオリオは、カレンの顔をまじまじと見つめて言った。

「こいつは驚いた。お前、手品師だったんだな」

 カレンは無言で発を使った。
 コップの中で回転していた水が宙へと躍り出るとテーブルの上へと置かれていたワインのボトルへと飛翔した。
 ワインのボトルはスパンとこぎみ良い音を立て真っ二つになり、その中身を溢れだした。
 それを見たレオリオは、冷や汗をだらだら流しながら姿勢をただした。

「そう、私は手品師。驚いた?」

「OK、わかった。疑って悪かった。信じたよ、お前は超能力者だ」

「信じてくれて嬉しい」

 レオリオは懐からタバコを取り出すと深々と一服。そして言った。

「まさか本当に超能力なんてもんがいるとはなぁ」

「実は結構いる。プロハンターもその大半が超能力者」

 ゲッとレオリオは呻いた。

「マジか。じゃあこういうことか? プロハンターには超能力者しかなれねぇのか?」

「逆、プロハンターになってから皆ね………超能力を身につける」

「んだよ、安心したぜ」

「そう、安心していい。これから私がみっちりとあなたに超能力を教えこんであげるから」

「は?」

 呆気にとられるレオリオを尻目に、カレンは壁にかかったカレンダーを見た。

「ハンター試験まで後1ヶ月。……腕が鳴る」

 こうしてレオリオの超能力、もとい念能力訓練の日々が始まった。




[28322] 3
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:7815b7d7
Date: 2011/06/17 14:58
 カレンがレオリオのところにやって来てから、一週間がたった。
 今のところレオリオの鍛練は順調と言える。
 早くも身体を覆うオーラを知覚しつつある。
 このペースで行けば2、3日中にもオーラを完全に知覚することができるだろう。
 驚きの成長速度だ。特別養成所にて100万人に一人の逸材と言われたカレンに匹敵する。
 ハンター試験が始まるのは2000年1月1日。試験会場にはそれまでに行かなければならないから、猶予はあと二週間弱。それだけあれば、なんとか精孔を開ききり、纏を習得できるだろう。
 纏さえ覚えてしまえば、肉体の頑強度は遥かに上がる。普段は垂れ流しになっているエネルギーが留められるわけだから、スタミナも伸びる。これだけで、ハンター試験には有利だろう。

「か、帰ったぜぇ………ハァハァ、つ、疲れた」

 ランニングに行っていたレオリオが、疲労困憊といった様子で帰宅した。

「おかえり。今ご飯ができるからそれまで瞑想していて」

 カレンがそう言うと、レオリオはまるで駄々っ子のようにじたばたし始めた。

「もう動けないよー、疲れたー、一歩も動けないー」

 そのとてもいい大人がするとは思えない動作に、カレンの目がスッと冷たく細まる。
 レオリオの情けない仕草に呆れたから……ではない。

「……まだまだ元気そう、私は身体中のエネルギーが枯渇する位走ってくるように言ったはず。もう一度走ってきて」

 カレンの発言に、レオリオはギョッとした顔をした。

「か、勘弁してくれよ、マジでもう走れねぇって。もう数十キロ走ってきたんだぜ?」

「たった数十キロで、情けない」

「お前と一緒にするなよ………」

 基本面倒くさがり屋のレオリオが、カレンの言う通りにちゃんとマラソンをしているのは、カレンと自分の体力の差にショックを受けたからだった。
 数十キロ走っても、自分は汗だくで疲労困憊にも関わらず、カレンはケロッとしていた。
 それはレオリオの男としてのプライドを少なからず傷つけたし、来たるハンター試験への認識を改めさせられた。
 生まれつき常人離れした身体能力を持っていたレオリオはそれなりに自分に自信を持っていた。しかし、ローティーンの少女よりも体力が無いというのは、レオリオが持っていたハンター試験に対する自信を失うには十分だった。

「いや、もうマジで一歩も動けねぇ、身体ん中のオーラ、だっけ? それが底をついてるのがわかるぜ」

「そうなの? ……それがわかるなら、マラソンはいい。大人しく瞑想していて。ご飯はもうすぐできるから」

 カレンがレオリオにマラソンをさせているのは、単純に体力アップの為ではない。擬似的な絶を体感してもらう為だ。
 人間は、極度の疲労を感じた時、防衛反応として身体中の精孔を閉じる。
 そうすることによって、体内のエネルギーの消費を抑え、過労死することを防ぐのだ。
 人は、身近にあるものには、気付き難い。自分の体臭などは、その最たるものだ。
 オーラは、そういう意味では体臭に近いものがある。
 そして、人間は失って初めて気づく生き物だ。
 故に、レオリオには擬似的な絶の状態になって貰い、オーラがない状態を知って貰う。そして、十分な休養を取った後に再び瞑想をして貰い、これらを交互にすることによってある状態とない状態のギャップにより、オーラを近くしやすい状態にしているのだ。

「おっ、今日の飯はなんなんだ? お前の作る飯は意外に旨いからな」

「意外は余計。今日はグレートスタンプのステーキ。高級品」

「高級品……? ちょっと待て! 金はどうした、金は!」

「レオリオの財布から――」

「おい!」

「――とった金で競馬で一儲けしてきた」

「……あ?」

 呆気に取られるレオリオに、カレンは無造作にポケットに入っていた札束を投げ渡した。

「借りていたお金は返す。十倍返し」

「うぉ! なんだこの大金は!」

「フフーリ、その程度、私の予知能力を用いれば簡単なこと」

 無論、カレンに予知能力などない。これは、未来で事前に競馬の当たり馬券を調べてきていたからだ。
 世の中、金があれば大抵なんとかなるもの。それを知っていたカレンは、あらかじめ未来で競馬や株などの手軽に儲けられるであろう知識を頭に叩き込んできたのだ。

「ま、マジかよ。じゃあお前の能力があればわざわざハンターになんてならなくても金がいくらでも入るじゃねぇか!」

「……………え?」

(ど、どうしよう、予想外の反応)

 まさかハンターにならなくてもいいと言い出すとは思っていなかった。
 カレンは、レオリオは医者になるためにハンターになるつもりだということを知っている。しかし、よくよく考えれば医者にはハンターにならなくてもなれるのだ。
 カレンはそれを、未来の父の姿から、世界中を飛び回って患者を助けるためにハンターになったのだと勝手に思い込んでいた。
 だが、それはどうやら違ったらしい。
 さらに言えば、レオリオがここまで金に執着を見せるのも予想外だ。
 未来のレオリオは、どんな高度な手術をしても患者に「金は要らねぇ」と無料で治療をしてやる高潔な人物だった(ただし日常ではかなりケチい)。
 故にこの時代のレオリオも、金にはうるさくとも、金に汚い人物だとは思っていなかった。
 だが、目の前のレオリオはカレンの自称予知能力が生み出すであろう巨万の富に、だらしなく表情を浮かべている。
 カレンは、ことここにいたって、過去のレオリオと未来のレオリオを同一視していたことに気づいた。
 カレンにとってレオリオという人物は、世界で最も強く、賢く、ダンディーで、そして何よりも高潔な人格者だ(あくまでファザコンの視点から見てだが)。
 しかしそれも時を重ねてレオリオが身につけたもの。特にダンディズムなどその最たるものだ。若かりし頃のレオリオに求めるのは、いささか酷というものである。
 だが、カレンの教育次第では未来(カレン主観)のレオリオに限りなく近づけることができるのではないか。
 カレンは決意した。必ずやレオリオを立派な真人間にすることを。
 義娘による理想のパパ育成計画がスタートした瞬間だった。

「嘘」

「は?」

「だから、予知能力なんて嘘。食材を買ったおつりで馬券を買ったら、万馬券があたって少し調子に乗っただけ」

「んだよぉ、期待させやがって」

 落胆するレオリオにカレンは淡々という。

「まさか信じるとは思わなかった。軽いジョークのつもりだったのに」

「そりゃあ超能力者が予知能力なんていいだしたら期待するだろうがよぉ」

「なるほど、一理ある。でも予知能力で一攫千金なんて、考えが甘過ぎる」

「………だよなぁ、やっぱハンターになるのが一番か」

「そう、地道が一番。……ハンターが地道かどうかはわからないけど。さ、馬鹿なこと言ってないで、ご飯ができた」

 カレンが出来上がったステーキを持ってくる。
 その出来合いは、プロの料理人が作ったものと比べても遜色ない。
 実は料理はカレンの趣味であり特技である。
 幼少の頃から家事の一切を取り仕切っていたカレンは、かなり料理スキルの熟練度が高い。
 また、味覚がするどく、一度食べただけでその料理に使われている材料がわかるので、大抵の料理は再現することができた。

「ひゅー、相変わらずうまそうだな」


「フフーリ。……惚れた?」

「惚れねーよ」

「いただきます」

「無視か!」

 憤るレオリオだが、その怒りも長くは続かない。旨い料理を食って、怒りを持続できる人間はそうはいない。

「美味しい? レオリオ」

「おぉ、うめぇぞ。……ってさりげなく呼び捨てにすんな! さんをつけろ、さんを」

「レオリオが私を名前で呼んだら考えてもいい」

「あ…………………?」

「どうしたの?」

 しばし呆然としていたレオリオだったが、やがてポツリと言った。

「そういえばお前の名前ってなんだっけ?」

「…………え?」

 そこでようやくカレンはレオリオに自己紹介をしていないことを思い出した。
 こちらがあまりにもレオリオのことを知っていたので、レオリオが自分のことを知らないということに思い至らなかったのだ。
 というか、この男は一週間も一緒に暮らしていながら相手の名前も気にならなかったのだろうか。
 カレンがじと目でレオリオを見ると、彼も気まずいのか目を逸らした。

「確かに名前を言っていなかった。これは私の失敗。でも名前をわざわざ言わなくてもわかると思った」

「なんでだよ……」

 レオリオの問いに、カレンは胸に手を当てて言った。

「古来より名は体を表すという。私の姿を見たものは、皆私をなんと可憐な美少女と思う。故に私の名前はカレン」

 レオリオは、この一週間で一番真面目な顔になると言った。

「――お前、もしかして馬鹿なのか?」

「……………………………」

 食後にもう数十キロ走ってきて貰おうと、カレンは無言で思った。




[28322] 4
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:7815b7d7
Date: 2011/06/17 14:58
 ついにこの日が来た。
 いよいよハンター試験が始まる。
 いや、正確に言えばまだハンター試験は始まっていないが、道中が予選となるのだからもう始まっていると言っていいだろう。

「確か試験会場はザバン市だったよな」

 レオリオが、市販の世界地図を見ながらいった。

「そう」

「となると最寄りの港はドーレ港か。約一週間の船旅になるな。さすがに優雅なクルージングの旅とはいかないだろうな」

「レオリオ、船は止めておこう」

「あ、なんでだよ」

「理由は後でいう。でも悪いことは言わない。船は止めておいた方がいい。必ず後悔する」

 このカレンの言葉に、レオリオは神妙な面持ちで問いかけた。

「………なんか、知ってんのか?」

 カレンが、ここ数日電脳ページでなにやら調べことをしているのを、レオリオは知っていた。
 カレンのこの発言は、それを考慮してのことかもしれない。
 カレンはレオリオの問いにコクりと頷くと二枚のチケットを取り出した。

「飛行船のチケットを取っておいた。これで行く方が快適」

「ん、わかった。んじゃ行こうぜ」

「あ、待って。渡したいものがある」

「あ?」

 カレンは、懐から一本のナイフを取り出した。折り畳み式のナイフ………バタフライナイフだ。
 レオリオは手に取り、片手で素早く開いてみた。
 ……使いやすい。柄の部分には、アンティークチックな装飾が施されているが、手に持つ邪魔にはならないし、妙にしっくりくる。波打つような刀身も、如何にも切れ味が良さそうだ。

「へぇ、結構いいな、これ」

「ん、大事に使って」

 カレンが渡したのはベンズナイフと呼ばれるナイフだ。
 殺人鬼が製作したと言われるナイフで、一部に熱烈なマニアがいる。
 無論、カレンがこれを買ったのは下らないコレクター性ではなく、単純にベンズナイフの切れ味がいいからと、ベンズナイフの中でも数少ないバタフライナイフ式のものだからだ。
 カレンはレオリオが武器としてバタフライナイフを愛用していることを知っていたので、わざわざネット上で7600万ほどで入手したのだった。
 無論そんなことを知らないレオリオは、自分の全財産の数百倍の値段のナイフをぞんざいにポケットに突っ込んだ。

「んじゃ、行くか」

「ん」

 
 
 
 
 最寄りの空港へと到着したカレンとレオリオは、発着まで時間があることを確認すると、それまで自由行動とした。
 レオリオはトイレへと向かい、カレンは売店にてお菓子を買いに向かった。
 カレンがこの時代にきて、嵌まった菓子がある。チョコロボ君という菓子だ。
 一箱100ジェニーほどのチープな菓子なのだが、意外に旨く、甘いもの好きのカレンは1日一箱食べていた。
 売店に到着したカレンは、運良く最後の一箱が棚に残っているのを発見した。

(ついてる)

 内心ほくそ笑み、カレンがチョコロボ君に手を伸ばした瞬間。

「お、ラッキー。一個残ってた」

 チョコロボ君は何者かによってかっさらわれた。

(誰……?)

 カレンがそちらに目を向けると、そこには同じ年頃と思われる少年がいた。
 癖のある銀髪に、猫のような瞳と、どこかカレンに似た少年だ。
 その少年を見た瞬間、カレンはデジャヴに襲われた。

(この少年………どこかで見たような?)

 カレンが少年をまじまじと見つめていると、少年が視線に気づいた。

「何? もしかして、アンタもこれが欲しかったの?」

 棚に手を伸ばした状態で止まっていたカレンを、菓子が欲しかったのかと勘違いした少年は、そうカレンに問いかけた。
 カレンはとりあえず頷くことにした。

「へぇ、美味いよな、チョコロボ君。でもこれは俺のだぜ。悪いな」

「そう」

 イタズラっぽくチョコロボ君をカレンの前でヒラヒラとさせる少年に、しかしカレンはあっさり引き下がった。
 そんなカレンの様子に拍子抜けしたのか、少年は少しつまらなそうにした。
 そんな少年に、カレンは問いかける。デジャヴの正体を探る為だ。

「あなた、どこに行くの?」

「俺? 俺はザバン市。ハンター試験を受けに行くんだよね」

「ハンター試験?」

 カレンは少し驚いた。まさかこんな少年が、ハンター試験を受けに行くとは。

「あぁ、なんか超難関らしいじゃん? ちょっと面白そうだから受けて見ようと思ってさ」

「へぇ………あなたの名前は?」

「俺? キルア」

 キルア。カレンは口のなかで小さく呟いた。
 やはり。
 カレンの感じたデジャヴは、やはり間違いなかった。
 カレンは未来で、幾人かの重要人物の写真を見せられている。
 その幾人かの中に、このキルアがいた。
 将来は、ジン=フリークスとの戦いで弱っていたとはいえ、初代メルエムを倒した人類の最高戦力。
 最重要保護対象。

「な、なんだよ?」

 じっと見つめるカレンに、たじろぐキルア。
 そんなキルアに、カレンはふわりと微笑みかけた。
 キルアは少しだけドキリとした。

「そう、ならまた会うことになるかも」

「え?」

「なんでもない。チョコロボ君、ありがとう」

「え? あ!! おい!」

 キルアの呼び掛けに振り向かず、去っていくカレン。その手には、いつの間にか確かにキルアが持っていたチョコロボ君があった。
 ぶわり、とキルアの全身から冷や汗が吹き出す。
 いつの間に自分の手からチョコロボを奪い取ったのか、全く知覚できなかった。
 それは、少女が自分よりも数段高みにいる証拠である。
 キルアの中に、少女への警戒と、強い興味が生まれた瞬間だった。
 ………余談ではあるが、このチョコロボ君の支払いはなぜかキルアがすることになったという。

 
 
 
 レオリオと合流したカレンは、受付で搭乗手続きを取ると、飛行船へと乗り込んだ。
 窓からなんともなしにみるみるうちに離れていく地上を眺めていたレオリオは、おもむろにカレンへと問いかけた。

「そういえば、なんで船じゃなくて飛行船にしたんだ?」

「答えは簡単。私が船酔いが酷いから。この時期は大時化の時期で波が酷い。とても私が耐えきれるとは思えなかった」

 正確には、船酔いではなく船に酷くトラウマがあるのだが、それは言わなかった。

「それだけかよ! ってかお前船酔いするんだな。ちょっと意外だぜ。なんでもできると思ってたからな」

「そんなことはない。私にだって弱点はある。それに、私は一回も飛行船に乗ったことがなかったから一度乗って見たかった」

 カレンが飛行船に乗ったことがなかったのは、カレンの時代には飛行船が存在しなかったからだ。
 制空権、制海権がキメラアントに握られていた未来において、海はまだしも高度数万フィートの上空で人間はあまりに無力だ。
 それゆえ飛行船という移動手段は徐々に衰退していき、やがて完全に消失した。
 ゆえに、カレンにとって飛行船とは平和な時代の象徴であり、憧れだったのだ。
 それを知らない由もないレオリオは、年相応に瞳をキラキラと輝かせて窓に張り付くカレン見て

(こいつにも子供らしいところがあったんだな)

 などと微笑ましく思っていた。
 しばしそのまま下界眺めていたカレンだったが、ふと顔をあげると言った。

「そういえば気づいた? この船、妙にカタギには見えない人間が多い」

「ん? そう言われて見りゃあそうだな。やっぱハンター試験の時期だから志望者が多いんじゃねぇか?」

 そのレオリオの言葉にカレンは首をふった。

「いくらハンター試験の時期と言っても、一般の客は沢山いる。現に航空では、ビジネスマンや旅行客が沢山いた。けれどこの船にはそれらの客は見当たらない」

 そこまで言えばさすがのレオリオもカレンの言いたいことに気づいたのか顔を引き締めた。

「ってことは、この船には受験者が集められてるってことか。つまり――」

「あーー!! 見つけたぞ、おい! 俺のチョコロボ君返せよ、俺が金払ったんだぞ!」

 レオリオが言葉の続きを話そうとした瞬間、甲高い少年特有の声が遮った。
 そちらにカレンが顔を向けると、そこにはキルアがいた。

「なんだ? 知り合いか?」

 レオリオの問いにカレンは頷く。

「チョコロボ君をおごってくれた。多分私に惚れてしまったんだと思う」

「おごってねーよ! 惚れてねーよ!」

 そうキルアが怒鳴った瞬間、ドンッという衝撃と共に飛行船が大きく揺れた。

「な、なんだぁ!?」

 レオリオの疑問に答えるように、船内アナウンスが入る。

『この船は俺たちが占拠した。現在、この船には爆弾が仕掛けられている。命が惜しくば大人しくしろ』

 ざわめく船内で、どうやら試験が始まったみたいだと、カレンは薄くわらった。



[28322] 5
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:7815b7d7
Date: 2011/06/18 13:24
「ハイジャックか……!」

 レオリオが呻くように言った。
 周りでも、似たような声が上がる。

『繰り返す、この船には現在爆弾が仕掛けられている。爆弾は、我々の指先ひとつで起動できる。くれぐれも、おかしな気は起こさないことだ。

我々の要求は2つ。
一つ目は航空会社への乗客の身代金要求。一人につき1000万ジェニーの計10億ジェニー。
二つ目は、航路をカキン国へと向けてもらうことだ。

どちらか片方の要求でも通らなかった場面、気の毒だが貴君らには海の藻屑となってもらう』

 にわかにざわめく船内。

「カキン国かよ………今からカキン国に行かれちゃ、ハンター試験には間に合わないかもしれねぇぞ」

「それがテロリストの狙い」

「あ?」

 レオリオが、カレンへと聞き返した瞬間、船員が乗客へと声を潜めて呼び掛けた。

「皆様、お静かにお聞きください。現在、我々はお客様全員分のパラシュートと救命胴衣を用意させて頂きました。これで脱出して頂ければ、少なくとも爆発に巻き込まれるご心配はありません」

 船員たちが、乗客へと救命胴衣とパラシュートが入ったバッグを配っていく。

「もうすでに本社には連絡させて頂きました。一時間ほど海で待って頂ければ、救助船がお客様を回収します。ご安心ください」

 その船員の言葉に、道具を受け取った人間から次々に飛び降りていく。
 どうやら、身を呈してテロリストを倒し、船員を守ろうという気概のある人間はいないようだ。
 やがて、道具を配っている船員がレオリオたちの元へとやってきた。50歳ほどの、白髪が目立つ壮年の男だ。

「さ、お客様も」

「………………」

 しばし渡された道具を眺めていたレオリオだったが、やがて真剣な表情で船員へと問いかけた。

「俺たちが飛び降りた後、あんた等船員はどうなる?」

 船員は一瞬ピクリと反応すると、悲壮な決意に満ちた表情でいった。

「……出来うる限りテロリストと戦い、善処します。これは我々の船ですから」

 それを聞いたレオリオは、フッと笑うと、渡された装備を船員へと渡した。

「これは?」

「コイツは俺には必要ねぇよ。俺が代わりにテロリストをぶっ飛ばしてやる。だからあんたはコイツで脱出しな」

 …………この状況下で、素で見ず知らずの人間を思いやれる。その懐の深さ。だからカレンはレオリオが大好きなのだ。
 カレンは嬉しそうに微笑むと、レオリオの肩を叩いた。

「私も手伝う。レオリオだけじゃ荷が重い」

 続いてキルアも言った。

「俺も手伝ってやるよ。報酬はチョコロボ君でいいぜ」

「お前ら……」

 そのやり取りを見ていた船員の男性は、突然笑い出すと、レオリオへと握手の手を差し出した。呆気に取られるレオリオ。
 気づけば、レオリオたち意外の乗客は皆脱出していた。

「おめでとうございます。あなた方は合格でございます」

「合格?」

 レオリオが、問い返す。

「はい、ハイジャックは、ハンター試験の予選なのですよ」

「予選だぁ?」

「えぇ、ハンター試験の受験者は数万人を越えます。当然彼らすべてを審査するのは不可能。故に、最低限本試験を受けるに足るものをふるいにかけて落とすのですよ」

「……………………」

「今回の場合、テロリストに襲われた時、我が身可愛さに船員を見捨てて逃げる輩は論外。ハンターになる資格なしというわけです。」

「そういうことか。演技がうまいぜ」

 船員はニコリと笑う。

「その点、あなたは私の身を気遣い、救命胴衣すら渡してくれた。なかなかできることじゃあない。合格です。是非あなたのような人間にハンターになって頂きたい」

「……………照れるぜ」


 レオリオが頭を乱暴にかきながらいった。顔が赤い。

「この飛行船はザバン市直通となっています。快適な空の旅をお楽しみください」

 
 
 
 
「もしかして、お前は最初から全部わかってたのか?」

 飛行船に備え付けられた食堂で、パスタを頬張りながらレオリオが聞いた?

「テロリストのこと?」

「あぁ」

「勿論。ヒントは沢山あった」

 カレンは指を一本づつたてながら言う。

「まず、飛行船に受験者だけが集められていること。これはもうこれから試験を始めますと言っているようなもの。

その次に、あまりにもタイミング良くハイジャックが起きたこと。いくらなんでも、ハンター試験に行く航路の途中にこんなことが起きれば、試験と連想しないのは無理。
最後に、ハイジャックされているにもかかわらず船員が自由に歩き回り、救命胴衣を配っていたこと。本当にハイジャックがいるなら、船員は全員拘束されていないとおかしい」

「なるほどなぁ……」

 レオリオは唸ったあとに、キルアへと顔を向けて聞いた。

「お前もわかってたのか?」

「当然。あんなのわかんないヤツなんていんの?」

「んなっ! ムカつくガキだな」

「ガキじゃないよ、俺はキルア。おっさんはえーと、レオリオだっけ?」

「おっさ…! 俺はまだ19だ! あとさりげなく呼び捨てにしてんじゃねぇ、俺は年上だぞ」

「19!? ……老け顔だな、おっさん」

「レオリオは老け顔じゃない。若くしてダンディー値を身に付けているだけ。ダンディー値が低いキルアにはそれがわからないだけ」

 黙々とチョコロボ君を食べていたカレンが突然口を挟んだ。

「ダンディー値ってなんだよ………ってかお前の名前ってなに? 俺は言ったんだから教えろよ」

「ん、見てわからない? 私を一目見た人間は大抵「コイツの名前はカレンだ」…………レオリオ」

 言葉を遮られたカレンが、少し不満そうにレオリオを睨んだ。

「カレン、か。ってかレオリオとの関係は? さっきのやり取りを見るに前々から知り合いだったんだろ?」

「コイツは俺の妹だ」

(自称、な…………)

「妹ォ? 嘘だろ?」

 猜疑心に満ちたキルアの反応。それにカレンはあっさり頷いた。

「そう、嘘。実は父娘」

「父娘?! マジかよ! やっぱりおっさんじゃねぇか!」

「んなわけあるか!」

 そんな風にキルアとレオリオがギャーギャーと騒いでいるのを見て、カレンは内心で思った。
 狙い通り、レオリオとキルアの仲は深まりつつある。
 未来においてレオリオとキルアは最も長い付き合いとなる戦友だ。
 それは、仲間内の中で単に最も長生きしたからというだけに過ぎないのだが、気が合わなかったらそれだけ続かなかっただろう。
 そして、この二人の仲が深まることは決してマイナスにはならない。
 それを見越してカレンはキルアを発見した当初からさりげなく集団で行動するように誘導していたのだが、それは今のところ成功しているように見えた。

『まもなく目的地に到着致します。着地の衝撃にお備えください』

 どうやら目的地についたようだ。
 カレンは二人に顔を向けると言った。

「着いた。試験開始日まであと3日あるけど、どうせならそれまで一緒に観光する?」

「観光ォ? ………いや、悪くねぇかもな。試験に役に立ちそうなもんが見つかるかもしれねぇし。特にガキ、持ち物がボード一枚なんて非常識だぜ」

「あー、そうだな。お菓子とかジュース買えるだけ持ってた方がいいかも。補充効かねぇし」

「ガキの遠足かよ……」

 レオリオの呟きはキルアの耳には届いていないようだった。

 
 
 
 ザバン市についた翌日、カレンは一人でザバン市を探索していた。
 レオリオは、キルアと共に試験に必要なものを買いに行っている。キルアの計画性の無さに、レオリオの世話焼きがくすぐられたらしい。あれで、レオリオはかなり面倒見の良い性格なのだ。キルアも、内心まんざらでもない様子だった。おそらく、同世代との交流に飢えていたのだろう。
 カレンが探していたのは、ハンター試験会場だ。
 事前に情報屋から仕入れた情報によると、試験会場は一見会場とは思えない定食屋が入り口となっているらしい。合言葉は「ステーキ定食弱火でじっくり」。ポイントは指を一本立てること。

(あった)

 カレンが定食屋に入ると、どうみても一般人しか店内にはいなかった。

「いらっしぇーい。ご注文は?」

「ステーキ定食」

 ピクリと、店主が反応するのをカレンは見逃さなかった。

「焼き方は?」

 カレンは指を一本立てた。店主がさりげなく指を見る。

「ミディアムレアで」

 ふっ、と露骨に店主がカレンから興味を失うのがわかった。思わせ振りな行動しやがって、という店主の気持ちが背中から透けて見えるようだった。
 しかしそれとは対称にカレンは確信を深めた。どうやらここが試験会場で間違いないようだった。
 念のため定食を食べながら円で地下を探ってみると、定食屋に必要とは思えないエレベーターを発見した。最早疑う余地はない。
 カレンは支払いを終え、悠々と定食屋を出た。
 帰り道、カレンは良さげなボードを発見したので買って帰ることにした。
 実は、内心キルアのボードを羨ましく思っていたのだ。
 それから2日、カレンはキルアにボードを教えてもらいながら試験までを過ごした。
 そして、ハンター試験の日を迎えた。



あとがき
ハンドルネームを臆病者ソテーからただのソテーに変更しました。
理由は感想板で6字以上打てないから。



[28322] 6
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:7815b7d7
Date: 2011/06/18 13:21

「おいおい、本当にこんなところがハンター試験会場なのかよ」

 レオリオが、定食屋を見て胡散臭げに言った。

「間違いない」

「どーみてもただの定食屋だぜ」

「どーみてもただの定食屋だからこそ、ハンター試験会場に選ばれたんだろ? 見かけに騙される奴はハンターになる資格なし、ってことなんだろーぜ。それより早く入ろうぜ」

「だな。ってうぉ!?」


 店内に入ったレオリオ達は、入ってすぐに度肝を抜かれることとなった。
 なぜなら、レオリオ達のすぐ前に顔中に針を刺したイカれた風貌の男が立っていたからだ。

「カタカタカタカタ」

「……な、なんで俺のことじっと見てんだよ。気味がワリーよ、コイツ」

 なぜか針男にじっと見詰められているキルアが、ドン引きした様子で後退りした。
 レオリオも、コイツもまさか受験生か? 本選にはこんなのばっかり集まってんじゃねーだろうな、と顎の汗をぬぐっている。
 その間、カレンは一歩退いた目線で、針男を観察していた。

(この男……念能力者。それもけっこうできる)

 針男を観察するカレンに気づいたのか、針男が視線をカレンへと移した。

「…………………」

「カタカタカタカタ」

 カレンの視線と、針男の視線が交差する。
 すると、針男の視線に気づいたレオリオが、スッとカレンを背中に庇った。

(父さん………)

 無論、今のレオリオごときでは、針男への盾にもならない。だが、こうしてカレンを庇うというその行為自体がカレンは嬉しかった。
 やがて針男はカレン達への興味を失ったのか、視線を外す。
 その瞬間タイミングを計っていたのか、店主がカレン達へと声をかけた。

「あー、お取り込み中悪いんだが、ご注文は?」

「あー、俺はしょうがや「す、ステーキ定食!」」

 レオリオが勝手に注文しだすのを慌て遮り、合言葉を言う。

「……焼き方は?」

「弱火でじっくり」

「あいよ!」

 なんとか合言葉をクリアし、ホッと胸をなで下ろす。
 ステーキ定食が食いたかったのか? などとふざけた発言をするレオリオの足をカレンは軽く踏みつけた。

「お客様4名奥の部屋へとご案内しまーす」

(えっ……私たちこの針男と一纏めにされてる……?)

 若い女性店員の言葉に、カレンだけでなくキルアとレオリオも顔をしかめた。
 誰だって、こんな明らかな変人の仲間扱いされて嬉しいわけがなかった。

 
 
 
「カタカタカタカタ」

「……………………」

「………………」

「…………………」

 定食屋の奥の部屋は、焼き肉用のテーブルがついたエレベーターとなっていた。
 網には既に肉が用意され、本来ならば和気あいあいと語り合いながらステーキを楽しんだのだろう。
 しかし、カレン達の仲に入り込んだ異物が、それを妨害していた。
 皆、カタカタカタカタと不快な音をならすしゃれこうべを視界に入れぬように黙々とステーキを口に運んでいた。
 しかし。

「キ――みたちは………どうしてハンターに?」

『!?』

 驚愕、走る。
 なんと針男が自ら話題を提供したのだ。しかも、意外に普通の口調である。二重に驚きだった。
 もしかしたら、見た目ほど悪い人ではないのかも。顔中の針は制約かなにか? とカレンは内心針男への評価を改めた。


「あ、あぁ。俺は、……金のためだな。ハンターは世界一儲かる職業だ。金さえあればなんでも手に入る。うまい酒、でかい家、それに……命もな」

 意外な発言だった。過去のレオリオが金に執着していることは知っていた。しかし、金で命が買えるとまで言うとは……。

「俺は、別にハンターになりたいわけじゃないな。ただすげぇ難関だって言うからなんとなく受けてみただけ。ま、予選を見るに大したことなさそうだけど。カレンは?」

「私? 私は……世界平和のため、かな」

「「世界平和ァー?」」

 レオリオとキルアは、顔を見合わせた後爆笑した。

「ハハハハ、世界平和か。そりゃあいい。ハハハハハハハハ」

「クッククク、カレンお前ガキかよ、アハハハ!」

「……そんなに笑うことないと思う。私は真剣。…………それに、後はとう―――師匠みたいになりたいから、かな」

 師匠、その言葉にキルアが反応した。
 同い年にもかかわらず、自分からチョコロボ君をあっさり奪ったカレン。その師匠。興味がある。

「へぇ、お前師匠なんていたんだ。どんなヤツだった?」

「師匠はかっこいい人だった。世界中を飛び回っては、相手がどんな貧乏人でも、「金は要らねぇ」って無料で治療して、どんな難病もあっさり治してしまう人だった」

「…………………」

 レオリオが真剣な顔でカレンの話を聞いていた。

「私は、師匠のことを本当のヒーローだと思ってた。私は、師匠みたいになりたい。それが、私の夢……」

 カレンは、頬をうっすらと染めはにかみ、もじもじと指を絡めながら言った。
 それを見たキルアは、あーあと椅子にもたれかかって天を扇いだ。

「いいよなぁ、カレンはちゃんと自分の夢があってさ。俺はそういうのねぇんだよな。朝から晩まで家業を継ぐための修行。家族は皆俺に才能がある才能があるっていうんだけどさぁ、俺、嫌なんだよね。レールのひかれた人生ってヤツ。
んで、自分の人生は自分で決めるっていったら、親兄弟キレまくり。頭に来たからそのまま家出してきたんだけどさ」

「なるほどなぁ、反抗期ってヤツか」

 レオリオが訳知り顔で言った。

「………反抗期?」

 最初の発言以来沈黙を保っていた針男が、レオリオに聞き返す。

「んぁ? 知らねぇのか。ほら、アンタにもあっただろ? 親の言うことにとにかくなんでも反抗したくなる時期のことだよ。特に将来のことなんかその筆頭だな」

「……………」

 針男は無言でレオリオの話に耳を傾けている。

「親っつうのはとにかく自分の子供の事が心配なもんだ。だから子供のためになると思っていろんなことを指図する。でも、それが子供にとっては鬱陶しいんだ。子供も内心じゃ、親の言うことが正しいってことがわかってる。でも、親の言うことに素直に頷くのは自分の人生が親に決められているみたいで面白くない。だから反抗する。こういう時期が人間誰しもあるのさ」

 レオリオのこの言葉に、持参したジュースを飲みながらキルアが頷いた。

「……それって、合ってるかもな。俺も、家の仕事が死ぬほど嫌ってわけじゃない。なんだかんだ言って、家業が俺に向いてるってのはわかってる。才能があるって自分でも思うしな。でも、それで自分の自由が束縛されて好きなことができないのが嫌なんだ。それがお袋たちにはわかんないんだ」

「そうそう、そういう時は親は子供をそっとしとくのが一番なんだよな。ようは麻疹みたいなもんなんだ。そのうち治る。そんときに改めて話し合えばいいのに、親はそれがわからない。だから話が拗れる。キルアみたいに家出する。だろ?」

「あぁ。なんだよオッサン、気が合うじゃん」

「誰がオッサンだ! 俺はまだ十代だと何度言えば!」

「あっオイ、それ俺の肉!」

「―――――――反抗期、か」

 キルアとレオリオが最後のステーキを奪い合って騒ぐ中、針男の言葉をカレンだけが聞いていた。

 
 
 
あとがき

今日もう一回更新できるかも。



[28322] 7
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:7815b7d7
Date: 2011/06/19 20:49

 エレベーターが到着すると、皆席を立ち、部屋からでる。
 極短い間の食事となったが、それなりに打ち解けるきっかけとなったようだ。
 特にレオリオがキルアの境遇に共感を示したことにより、この二人の距離が近づいた気がする。
 カレンたちが会場に入ると、既に会場についていた受験生の視線が集まる。
 さすがに会場にたどり着くだけあって巷の参加者とは雰囲気が違う。レオリオは、若干気圧されているようだった。
 しかし、カレンやキルアにとっては巷の受験生も彼らも五十歩百歩。ライバル足り得ない。
 だが、そんな彼らの中にも針男のような実力者が混じっている可能性も低くない。
 そんな実力者を探すためにカレンがキョロキョロと辺りを見回していると、一人の男が近づいてきた。

「やあ◆ 君たちはルーキーかい?」

 ピエロ風の、怪しい男だ。レオリオが顔をしかめる。針男といい、こいつといい、本戦受験生はこんなんばっかりか、という顔だ。
 そしてその男を見た時に、カレンの中にキルアを初めて見た時のデジャヴが生まれる。

(この男……確か名前はヒソカ。“リスト”に乗っていた、ランクA対象……)

 一目でわかる。このピエロ男の実力の高さが。
 カレンは密かにヒソカへの警戒を深めた。

「あんたは?」

「ボクはヒソカ。よろしく◆」

 一見愛想の良い、格好が奇抜なだけの男に見えるが、全身を覆う禍々しいオーラがその印象を裏切っている。
 それがなんとなくわかるのか、キルアもレオリオもヒソカを警戒していた。
 そうしているうちに、豆みたいな小柄の男が、カレンたちにナンバープレートを渡してきた。
 針男が300。キルア、カレン、レオリオの順で1、2、3とそれに続いている。

「これは?」

「そのプレートは受験生の到着数を表しているんだ◆君たちは300番目くらいにきた、ということだね◆」

「へぇ」

 感心しながら、レオリオがナンバープレートを胸につける。

「ボクはこう見えてハンター試験は二回目だ◆よければルーキーの君たちに色々教えてあげようか?」

 ヒソカは、レオリオと友好的に話しているように見せて、その実カレンと針男をねっとりとした視線で観察している。
 本命はカレンたちであることは、容易に予想がついた。

「いらないよ、内容がわかったらつまんなくなるじゃん」

 キルアがそういったが、本心としてはこの男とさっさと話を切り上げたいのだろう。

「そうかい、それは残念だ◆」

 ヒソカはさして残念そうでもなくそう言うと、カレン達を見回し、

「……ククク、君たちは本当に美味しそうだ◆」

 と言って去っていった。
 それを見送り、カレンはそっと息をつく。予想以上に緊張していたようだ。
 同じ実力者でも針男はこれほど警戒しなかったことを考えると、“任務”の存在が知らず知らずカレンにプレッシャーを与えていたらしい。
 適度のプレッシャーは、実力を発揮させる起爆剤となりえるが、過度のプレッシャーは任務の妨害となりえる。気を付けた方がいいだろう。
 その後は、誰もカレン達に話し掛けてくることは特になかった。
 どうやらヒソカは受験生たちの中でも警戒されているらしく、それと会話していたカレン達も同様に警戒されているらしかった。
 あるいは、単に針男と一緒にいるせいで敬遠されているだけかもしれないが。
 試験開始まであと少しある、せっかくだからカレンは情報収集がてら辺りを探索してみることにした。

「ちょっと辺りを見てくる」

「ん? おう、気を付けろよ」

「わかってる」

 試験会場は、どうやら地下トンネルを利用しているようだ。
 確かザバン市の地下トンネルはヌメーレ湿原に繋がっていたはず。下手すれば一次試験は湿原まで百キロ近いマラソンになるかもしれない。
 レオリオにマラソンをさせていてよかった、とカレンは思った。
 そのままヒソカや針男のような実力者がいないかと辺りを見回していると、念能力者ではなさそうだがかなり身体能力の高そうな男を発見した。

(それにあの格好は……)

 カレンが近づいていくと、男はん? という顔をした。
 頭髪を綺麗に反りあげた男だ。顔立ち自体は悪くないが、ハゲがダサイ。
 しかしカレンが注目したのはそんなことではなく。

「ニンジャアサシン……初めてみた」

 男はお? という顔をすると、やたら嬉しそうな顔でカレンに話し掛けてきた。

「忍者を知ってんのか?」

 カレンは頷いた。
 グリードアイランドには、世界中からキメラアントの魔の手を逃れた人々が集まる。
 その中にはジャポン人もおり、自らを忍者となのる集団もいた。
 ジャポンが誇る暗殺者集団ということで、その隠密技術は目を見張るものがあり特別養成所の教官にも忍者が一人いた。

「おぉ、そうなのか。ヘヘッ、忍者も結構知られてるんだな」

「最近はゲームやマンガとかにも結構でてるから」

「あー、ありゃは半分以上嘘だ。本当の忍者はそりゃあたゆまぬ鍛練で身につけた技術で」

「わかってる。知り合いに忍者がいるから」

「―――なに?」

 ハゲ忍者の雰囲気がガラリと変わった。
 先ほどまでの彼はお世話にも格好以外は忍者とはいえず、なんちゃって忍者にしか見えなかったが、今の彼はどこから見ても立派な忍者だ。

「抜け忍か? 今海外にでてるのは俺だけのはずだが」

「………さぁ? でも本人はアレクサンダー流ブライアン式ニンジャアサシンと名乗っていたから実は本当の忍者じゃないかも」

 もちろん嘘だ。彼は雲隠流うんだらと名乗っていた。
 しかしハゲ忍者はカレンの言うことを信じたのかガクッと体を崩した。

「そりゃどーみても偽もんだよ、偽もん」

「でも分身の術が使えたけれど」

「あー、残像を残す対術なら忍のもの以外にも結構あるからな。肢曲? とかいうのがこっちにもあったはずだぜ」

「なるほど、参考になる」

「ぉー、いいって事よ。いや、俺も話かけてもらって助かってるぜ、ホント。辛気臭せーのはどうもダメでよ。ハンター試験ってことでピリピリしてんのはわかるけどよ、もっと明るくやってもいいよなぁ? 実力がある奴はなにしたって受かるんだからよ」

「そうとは限らない。試験官がむちゃくちゃだと実力があっても難しい場合がある。もし知らない民族料理をだせとか言われたらどうする?」

「あー、そりゃちと困るな。そういえば民族料理といえば―――」

 ―――ジリリリリリリリリ!!!
 ハゲ忍者(ハンゾーというらしい)と料理から包丁、包丁から暗器、暗器から芸者なるジャポン特有の娼婦へと話題が移りながらそれなりに会話と楽しんでいると、ベルの音が会場へと鳴り響いた。
 いつの間にか時間が結構経っていたらしい。
 タキシード服をきた紳士然とした男性がベルを持って立っていた。

「ごめん、仲間のところに戻る」

「おぅ、お互い頑張ろうぜ」

「ん」

 頷き、レオリオ達のもとへと戻る。
 戻る間試験内容が語られるが、やはりマラソンのようだ。
 レオリオ達の元へと戻ると、既に針男はそこに居らず、代わりに髪の毛がツンツンとたった少年がいた。

(あれは……間違いない。ゴン=フリークス……。キルア=ゾルディックと同じ最優先保護対象)

「おう、戻ったか」

「おせーよ、試験始まるぜ」

「ただいま、……彼は?」

「オレはゴン=フリークス。えっと、君がカレン?」

「そう」

 ゴンが差し出してきた手を握り返す。そうしてキルアとレオリオに視線で説明を求めた。

「珍しく俺たちと同年代みたいだから声かけたんだよ」

「なるほど」

「ったく、ガキばっかり増えるぜ。ギタラクルもどっかいっちまうしよ」

「ギタラクル?」

「針男だよ。あの薄気味悪い」

「あ、あはは……」

 キルアの実も蓋もない発言に苦笑いするゴン。
 そうか、あの男ギタラクルというのか。やはりリストにはない。ならば無視してもかまわないだろう。

「ん? 動き出したな」

「そうみたいだね」

「おい、おかしーぜ、どんどんペースが早くなってくぞ」

「どうやら先頭集団が走り出したみたい」

「へっ、なるほどな。一次試験はマラソンってわけだ。鍛練が無駄にならなくて助かったぜ」

 レオリオが得意気にニヤリと笑ったが、同時にカレンもニヤリと笑った。
 どうやら早速あれが役に立ちそうだ。
 カレンがトントンと踵を叩くと、そこからカシャッとローラーが出てきた。
 そのままスイーっと道を滑る。
 それを見たキルアが指をさして叫んだ。

「あーっ! なんだよカレンそれ!」

「フフーリ。昨日見つけて衝動買いした」

「カッケーな、俺のスケボーと交換してくれよ」

「そういうと思ってキルアの分も買っておいた」

「マジっ!? サンキュー」

 カレンの渡したローラーブーツをいそいそと履き替えるキルア。
 それを見たレオリオが、イライラした様子で叫んだ。

「おい、ズリーぞ。これはマラソンだからちゃんと自分の足で走るもんだ」

「なんで?」

 キルアが不思議そうに聞いた。

「なんでって当たり前だろーがっ、持久力の試験なんだぞこれは!」

「試験は原則持ち込み自由」

「それにあの人は自分についてくるように言っただけだもんね」

「ムキーッ」

 憤慨するレオリオを、キルアが宥めるように言った。

「まぁまぁ、レオリオには俺のスケボー貸してやるからさ」

 するとレオリオは現金にも機嫌を改め、嬉しそうにスケボーにのり始めた。

「おっ、悪りーな。ヘヘッ」

「結局自分も楽したかっただけ」

 カレンがぼやくと、キルアが楽しそうに笑った。どうやらずいぶんローラーブーツが気に入ったみたいだ、とカレンは思った。


あとがき


ああ・・・・・・・・それにしても感想が欲しいっ・・・・・・・・・・!



[28322] 8
Name: ソテー◆3afef9b8 ID:7815b7d7
Date: 2011/06/19 14:06

 マラソンが始まり、数時間が経過した。恐らくはもう80キロ近く走っているだろう。
 カレン達はスケボーやらローラーブーツやらで楽をしているからさして疲れてはいないが、周りの受験生は汗だくだ。
 しかも、こうして楽をしているカレン達はやはり敵意の対象なのか殺意にも似た敵意が飛んでくる。
 カレンやキルアは気にも止めていないが、むしろレオリオは視線の方に消耗しているようだった。

「しっかしいつまで続くんだろうな、このマラソンは。かれこれ6、7時間は走ってんぜ」

「ん、恐らくはもう終わり」

「どうしてそんなことがわかんだよ?」

 キルアが聞いた。

「この地下トンネルは恐らくはヌメーレ湿原に通じている。ザバン市からヌメーレ湿原は約100キロの距離だから、もうすぐ着くはず」

「なるほどな、やる気が出てきたぜ」

 レオリオがそう言った時、カレンの言葉を証明するように終わりの見えない階段が現れた。

「いよいよ終わりが近いってわけだな」

 レオリオがスケボーを抱え、カレンとキルアがローラーを仕舞う。
 そのまま階段をかけ上がっていったが、暇潰しかキルアがゴンへと話しかけた。

「………そういえばゴンはなんでハンターになりたいんだ?」

「オレ? オレは親父みたいなハンターになりたいからかな」

「どんなハンターなんだ?」

「わからない!」

「わからないのに目標なのかよ、変なヤツだなー」

 そういってキルアはカラカラと笑った。

「そぉ? オレって生まれてすぐにおばさんの家に預けられたから親父のことは写真でしか知らないんだ。でも、何年か前に親父の弟子ってハンターに会って、色々教えてもらった。その日から親父は俺の目標なんだ」

「へぇ……」

 誘導ならここしかない。カレンはポツリと口を開いた。

「…………もしあなたの父親がジンというなら、そのハンターは有名」

「知ってるの!?」

 驚愕するゴン。カレンは頷いた。

「グリードアイランドというゲームは知ってる?」

「ううん、知らない」

「……俺も知らないな。ゲームはけっこうやってるんだけど」

「世界一高いゲーム。一本58億ジェニーのハンター専用ゲーム」

「「「58億!?」」」

「なんだそりゃ、そんなイカれたゲームを買うヤツなんていんのか?」

 レオリオが呆れたように言った。

「それが、限定100本の58億現金一括払いにもかかわらず二万件の受注があったらしい」

「うへぇ、いるんだな、世の中には金の余ってるヤツってのが」

「そのゲームと親父がどう関係あるの?」

「そのゲームの開発者がジン=フリークス………という噂」

「親父が作ったゲーム……」

「そのグリードアイランドが、今年ヨークシンのオークションに出るらしいと評判になっている」

「ヨークシン?」

「知らねぇの? 毎年9月の始めから世界中のお宝を集めてオークションをしてんだよ。そっか、たしかにヨークシンならグリードアイランドが出品されてっかもな」

「そのゲームに親父の手がかりがあるかもしれないんだね?」

「わからない。でも可能性はある」

 そういって、カレンは内心ほくそ笑んだ。
 これで、ゴン=フリークスへとグリードアイランドの存在を刻み付けることができた。
 グリードアイランドはジン=フリークスがゴン=フリークスの為に用意した最高の修行場である。
 段階的に順序よく課題をこなしていくだけで、あっという間にそれなりのレベルになる。
 念のねの字も知らない彼らを鍛え上げるには最高の場だろう。

「9月のオークションには、私も出席する。あわよくばグリードアイランドを手に入れたなら、あなたもプレイさせてあげてもいい」

「ホント?!」

 カレンは頷くと、キルアにも顔を向けていった。

「その時はキルアも家に遊びにくるといい。一緒にプレイしよう」

「! おう、行く行く!」

 ゴンをカレンが誘うのを見てほんのかすかに寂しそうだったキルアは、その言葉に一気に嬉しそうになるとゴンとグリードアイランドがどんなゲームなのか楽しそうに想像しはじめた。

「オークションに出るのはいいが58億もするゲームを買う金なんてあるのか?」

「当てはある」

 カレンは、ヨルビアン宝くじというものを、ハンター試験前に買っている。これの一等は、キャリーオーバーが溜まりまくって600億くらいになっていた筈だ。これをカレンの未来知識で増やせば、恐らく落札できるはずである。

「マジかよ! そんな金があるなら少しわけてくれよ」

 目を$マークにしながら幼女にたかるレオリオをカレンはじとめで見た。

「私はヒモを養うつもりはない。でも……」

 そこでカレンは少しだけ頬を赤らめる。

「私の、だ、旦那さんになるなら考えても、いい」

「おっ、出口が見えたぜ。ようやく薄暗いトンネルからおさらばだ!」

「……………………………………………」

 ふぁっく。カレンは口の中だけで小さく呟いた。

 
 
 
 トンネルの先はやはり湿原だった。

「カレンの言う通りホントに湿原に続いてたな」

 キルアが少し感心したように言った。

「ヌメーレ湿原――通称“詐欺師の塒”」

 試験官のサトツが言った。

「この湿原にしかいない珍奇な動物達。その多くが人間をも欺いて食料にしようとする狡猾な生き物です。十分注意してついてきてください。騙されると死にますよ」

「へっ、騙されるのがわかってて騙されるわけねーだろ」

 ハンゾーが自信満々に言うと、周囲の受験生たちも頷いた。
 それにサトツはニヤリと笑うと

「そうでしょうか? まぁ十分注意してついてきてください」

 といい再び歩き出した。
 カレンは行く途中に猿を持った男が、なぜか頭部からトランプを生やして死んでいるのを発見したが、特に深く考えることなく通過した。
 奇妙な死体よりも、気になることがあったからだ。

「……なるべく先頭に行った方がいい」

「だな」

「あん? どうしてだよ?」

「後ろでまるで風船のような殺気を放っている危険人物がいる。破裂は時間の問題」

「あれは霧に紛れて何人か狩る気だな。巻き込まれないうちにさっさと逃げちまった方がいいぜ」

「危険人物って……さっきのヒソカって男か?」

 カレンが肯定すると、レオリオは納得したように頷いた。

「なるほど、そりゃあ早くした方がいいな」

 カレン達が先頭の集団に入ると同時に、遥か後方から断末魔が聞こえてきた。狩りを始めたようだ。

「間一髪だったな」

「この霧や、湿原の動物達もいる。そんなところで彼に足止めされたら、私でも危険」

「いつの間にかオレ達の後ろにいた人達がごっそり消えてるもんね」

「マジかよ、百人近くいた筈だぜ!?」

「結局、自然の弱肉強食の中で磨かれた天然のブービートラップを見破るには、人間は快適な環境に慣れすぎた……そういうこと」

「………オレたちが目指す場所ってのはそういうところを生業とする職業なんだね」

「………だな」

 真剣な顔でゴンとレオリオが言うのを見て、キルアが茶化すように言った。

「大丈夫だろ、ゴンは。見るからに野生児って感じだからな」

「私もそう思う」

 カレンも同意するように笑った。

「ひっどいなー、もー」

「ゴンは良くても俺は普通の人間だっつーの」

「レオリオは私が守ってあげるから平気」

「頼むぜ、マジで」

 何の躊躇いもなく幼女を頼りにするレオリオをキルアが呆れたように見た。

「プライドねーのかよ、オッサン」

 そんなことを話していると、二次試験会場についた。

「皆さんお疲れ様でした。ここビスカ森林公園が二次試験会場となります。それでは私はこれで、健闘を祈ります」

 会場には、体育館ほどのプレハブが建てられており、恐らくはそこで何らかの試験が行われるのだろう。
 プレハブの中からは獣が低く唸るような音が耐えず響いており、もしかしたら猛獣かなにかと戦わされるのかもしれない。
 そこでカレンはふと強い存在感を放つ存分がこの場に現れたことを感じとった。
 視線を向けるまでもなくわかる。ヒソカだ。狩りを終えて戻ってきたらしい。
 あの霧の中よく正確にこちらを追ってこれたものだ。
 そうカレンが思いながらそちらを見ると、ヒソカは金髪の民族衣装を来た男を担いでいた。
 綺麗な顔立ちの、優男だ。正直、あまりカレンのタイプではない。ダンディーさがないからだ。数値で言うならダンディー力5と言ったところだ。
 優男は、その端正な顔を、憐れに腫れ上がらせている。恐らくヒソカにやられたのだろう。
 ヒソカに遭遇したにもかかわらず生きているということは、ヒソカの中の何かに合格点をもらったのだろう。

「あ、クラピカさんだ」

 カレンがじっと見ているものに気づいたのだろう。ゴンがいった。

(クラピカ……? 保護対象にそんなのがいた筈……確かランクはC)

「知り合い?」

「うん。行きの船で一緒になったんだ。そこで別れたんだけど……良かった無事にたどり着けたんだ」

「そう……」

 ランクC。“任務”の続行に不備が生じるならば無視していいが、磨けば人類の戦力になるかもしれない……そんな人間につけられるランクだ。
 まぁ、いい機会である。
 カレンは意識を取り戻したらしいクラピカへと近づいていった。

「グッ……」

「大丈夫?」

「……あ、あぁ、大丈夫だ。ありがとう……君は?」

「私はしがない医者の卵。良ければ顔の傷と太ももの傷を見てもいい」

 近づいてわかったが、クラピカは太ももから出血をしていた。
 動脈は傷ついていないようだから死にはしないだろうが、傷口から雑菌が入る可能性がある。

「……すまない。同じ受験生にこのようなことを頼むのは恐縮だが、お願いしていいだろうか?」

「気にしなくていい。人と人が助け合うのは当たり前」

 申し訳なさそうに頼むクラピカに、カレンは助手時代に習得した営業スマイルをした。
 笑顔は、相手を安心させ心理的距離を縮める効果がある。
 営業スマイル一つで保護対象と接点ができるなら安いものだった。
 カレンがそう言うと、クラピカは微かに顔を赤らめて視線を剃らした。
 カレンは額にてをあて軽く体温測定をする。

(……体温が高い。マラソンをしていたことを差し引いても、傷による発熱の疑いがある)

 カレンは手早く応急処置をすることにした。
 まずはクラピカの太ももの服を破り患部を露出させる。
 傷口を洗い、消毒すると、注射に少量の酒を入れ、麻酔代わりとした。
 そして素早く患部を縫うと、清潔な包帯で巻く。その際巻き方をクラピカに分かりやすく教えると、替えの包帯をクラピカへと一つ渡した。

「包帯は毎日変えて。そうでなくとも汚れたら替えることをオススメする」

「あ、あぁ。ありがとう。……この借りは必ず」

「金は要らねぇよ」

「え?」

「父さんの口癖。医者は患者を救うことこそが目的。見返りは求めない」

 嘘だ。レオリオはそう言う人物だが、カレンはそこまで立派ではない。今は求めない。いずれ大きくして返してもらう、それだけのことだった。

「……立派な、人物だったのだな」

 カレンは頬を赤らめて頷く。父を誉められると自分のこと以上に嬉しくなる。

「私の……憧れ」

「そうか」

「じゃあ私はもう行く」

「重ね重ね、ありがとう」

「どういたしまして」

 カレンがクラピカから離れると、レオリオに声を掛けられた。

「見事なもんだな」

(………見られていた? 気づかなかった)

「師匠にならった」

「父さんって言ってなかったか?」

 そこも聞いていたか。
 レオリオは真剣な眼差しでカレンを見つめている。

「私が勝手にそう呼び慕ってしただけ。本当の父娘じゃない」

「……そうか」

「もう試験が始まる」

 カレンはそういって歩き出した。
 レオリオはその背中を静かに見つめていた。



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