「よし、あとは安静にしてうまいもんでも食ってりゃ傷は良くなる」
「ありがとうございます、レオリオ先生。あの、お代の方は……」
「はっ、金は要らねぇよ」
レオリオは、もはや口癖となったこの台詞を言うと、40年近くの相棒となるトランクケースを持って立ち上がった。
ゆっくりしている暇はない。
こうしている間にもレオリオを待つ患者は山ほどいるのだ。
よっこいせと立ち上がったレオリオは、しかし立ちくらみをお越し尻餅をついた。
思っていた以上に疲労が貯まっていたらしい。
レオリオは、潤いを失い、カサカサとなった自分の手を見つめた。
俺も歳をとった……とレオリオは思った。
昔なら、そうそれこそハンター試験を受けた頃の俺なら、3、4日徹夜で患者のところを駆け回ってもまだ体力が有り余っていたところだ。
だが、今は朝から晩まで診療すればクタクタだ。オーラの絞りかすすら出やしない。
歳を経て、変わったのはレオリオだけではなかった。
世界もその姿を大きく変えた。
世界の支配者は人類ではなく、キメラアントという名の虫けらだ。
40年ほど前に現れた奴らは、圧倒的な戦闘力と人間並の知能で、勢力図を瞬く間に書き換えた。
今や、人間が人間らしく生きられるのは、レジスタンスの本拠地。ここグリードアイランドだけだ。
当初はハンター向けのゲームの舞台として用意されたこの島も、今は人類の楽園となっている。
人口は約1200万人。世界の総人口の約2割がここで生活している計算となる。
ハンターと言えば、その言葉の意味も大きく変わった。
かつてはハンターとは世界の未知を探求する職業であったが、現在はハンターとはキメラアントと戦う為の専門職だ。
美食ハンターや、宝石ハンターなどという名前は消え失せ、倒したキメラアントの数がそのまま社会への貢献度となる。
かつてはレオリオも、仲間たちと共に世界を駆け回って、蟻退治をしていたものだ。
………仲間。
その単語と共に失われた日々を思い出してしまったレオリオは、とてつもない喪失感に膝をつきそうになった。
仲間。若かりし頃、共にハンター試験に挑んだ仲間たちはもう誰1人としていない。
ゴンは、40年ほど前に、当時の直属護衛隊の1人と相討ちになって死んだ。
たった1人で蜘蛛を壊滅させたクラピカも、蟻には勝てなかった。
そしてキルア。ゴンが死んだ後は、実家に戻り牙を磨いたのだろう。レオリオから見て化け物としか思えない強さを得た彼は、キメラアントの王すら倒す力を得た。
ゴンの仇とも言えるメルエムを倒したのも彼だ。その子供。メルエム二世を倒したのもキルア。
彼が王を倒すたびに、人類の胸に希望が宿ったのは言うまでもないだろう。
しかし、そんな彼も今代の王、メルエム三世によって惨たらしく殺された。
代を越す毎に圧倒的に強くなる王。キルアが死んだ時、レオリオは人類の滅亡を覚悟した。
あのキルアを倒す相手を、いまの人類が倒せるわけがない。
そして、次の王はキルアを喰らい更に強い王として生まれてくるのだ。
蟻は既に核兵器すら克服している。
人類に抵抗する手段はなかった。
このまま人類は緩やかに数を減らしていき、やがてこのグリードアイランドも破られる時が来る。
その時が人類の最後。
そうレオリオは、最近まで思っていた。
「父さん」
レオリオが呼び掛けに振り向くと、そこには愛娘のカレンがいた。
年は11、2だろうか、ふわふわの銀髪に、クリクリとした猫目。すっと透き通った鼻梁は、将来凄まじい美人になることが予想された。
レオリオには、あまり似ていない。当然だ。実の娘ではないのだから。
カレンは、かつキメラアントによって滅ぼされた街でレオリオが拾った孤児だった。
レオリオは、カレンに自分が持ちうるすべての技術と、愛情を与えた。
その結果カレンは、レオリオを実の父のように慕っていた。
「おぉ、カレンか。どうした?」
「うん。………そろそろ行くよ」
「……………そうか」
レオリオは、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべると、愛娘を送り出した。
「いいか、カレン。お前は俺の最愛の娘だ。それはお前がどこにいても、“いつにいても”変わらない」
「………うん。ありがとう、父さん。愛してる」
「よし、じゃあ、またな。なぁに気にするな。またすぐに逢える」
レオリオはカレンの目尻に浮かんだ涙を指で掬うと、額にそっとキスをした。
カレンは泣きそうな顔で無理やり笑うと、ポケットから一枚のカードを取り出した。
スペルカード。それがレオリオの、いや、人類の希望だった。
人類側の最高戦力であったキルアが破れたことにより、人類はキメラアントを倒すことは諦めた。
しかしそれは、人類が滅亡することを許容したわけではない。
もはや人類がキメラアントに勝てないならば、“勝てる時代”に行けばいい。
それが、人類の出した答えだった。
このスペルカードは、このグリードアイランドに住まう全ての人間の“念/想い”の結晶と言えた。
「ありがとう、父さん。拾ってくれて、育ててくれて………そして愛してくれて、ありがとう」
今生の別れとなるだろう愛娘の別れの言葉。それにレオリオは無言の頷きで返す。もう言葉はいらなかった。
カレンは一歩距離を取るとスペルカードを発動させた。
「“時間跳躍/タイムリープ”オン! 1999へ!」
カードが発光し、空中へと生まれた渦へとカレンが吸い込まれる。
目映い光にレオリオが目を閉じると、そこにはカレンはいなかった。
「………過去を、未来を頼む」
そう呟くと、レオリオは次の患者の元へと向かった。
カレンが過去へと向かったことにより、未来がどう変化するかはわからない。
だが、カレンが、娘が今戦っているということに変わりはない。
ならばレオリオを戦うだけだ。――――今を!
そう決意するレオリオは気付かなかった。
カレンの居た場所に彼女の来ていた服がそのまま残されていたことに。
あとがき
ハンター28巻が出ると聞いて衝動的に書きはじめてしまった(笑)
6月15日/ちょっと加筆修正。